「剣姫の弟、冒険者やめるってよ」 (赤空 朱海)
しおりを挟む

第一話 咲かない花

冒険者って普通はどれくらいでレベルが上がるもんなんですかね?


 彼の朝はいつも早く、そして夜は遅かった

 

 それこそロキファミリアの中で起床と就寝の差の短さは一番と言っても過言ではないくらいだ。今日もいつも通り日が昇り切る前に起床すると、ベッドから上半身を起こし大きく背伸びをする。

目の下には不眠を象徴するような黒い隈が浮かんでいるが気にしてない。この不健康的な生活は自分の姉であるアイズ・ヴァレンシュタインと共にロキファミリアに入団してからずっと続けられていた。

 

 既に姉であるアイズ・ヴァレンシュタインと共にこのファミリアに入団して数年が経とうとしていた。アイズは既にレベル5まで成長しておりロキファミリアの若きエースとして活躍している。

 

 一方、弟である自分はいまだに『レベルが1のままだった』

 

 何か特別な理由はなかった。ただレベルが何故か上がらなかった。

 姉や同期には上に行かれ、後輩である冒険者たちにも後ろから追い上げられていく。そのたびに彼は劣等感、羞恥、困惑、苦悩と言った黒い感情に支配されていく。だがそれでも腐らずに今日まで努力をしてきた。だが何も変わらない。

 

 どれだけ剣を振ろうとも。

 どれだけモンスターを殺そうとも。

 どれだけ修行をつけて貰っても。

 レベルはずっと1のままであった。

 

 彼が早朝に起きる理由は一つ、少しでも強くなるために鍛えるためだ。

 

 ベッドから降り身支度をササっと済ませてホームの庭に出る。そしてほとんど夜のような空の下で剣を振るう。時には型を、また時にはモンスターや対人を想定して、ひたすらに剣を振るう。全ては強くなるために。

 

 一通り終わったところで汗を拭い、今度は走りこみに行く。全速力とランニングを交互に行うことによって瞬発力と持久力を鍛えていく。途中、不眠と疲れから何度も挫けそうになるがそこを押し殺しただひたすらに己を磨いていく。

 

 走りこみが終わったところでようやく朝になる。

 彼はこの早朝の特訓をずっと続けていた。意味があるかは分からないが少なくとも結果は出てない。それでもやるのは自分を欺くためなのかもしれない

  

 ロキファミリアではレベルの低い若手は雑用をすることになっている。

 彼が入団して間もない頃は、手伝いという名の使い走りとして様々な雑用を同期や姉とこなしていた。その雑用がいまでも自分だけ続いていると思うと胸が苦しくなる。後輩冒険者やロキから無理をして雑用をする必要はないという言葉を貰ってはいるのだが、ファミリアに自分が貢献できる唯一のことなので今でも仕方なく続けている。

 

 どれだけ惨めだろうとそれがファミリアに貢献できる唯一のことだから。

 だから頑張れる。

 

 一旦自室に戻り、お気に入りの青いエプロンを付ける。これはフィンに少し前に買って貰ったものだった。姉と同じの金の瞳と黒い髪に合わせた色をしているエプロンは彼によく似合っていた。

 調理場に付くと早速調理を開始していく。スープから始まり主菜や副菜、付け合わせ、メインを淡々と準備していく。料理をすることは嫌いではない。だが上がらないレベルに対して、確実に上がっていく料理の腕前には少しだけ複雑なものを感じずにはいられなかった。

 途中に後輩冒険者の女の子が料理当番として作業に来た。

 

「すいません、遅れてきてしまって!」

 

「ああ、別に構わないよ、俺が早すぎるだけだから……それより手伝ってもらえる?」

 

「はい!まずは何からすれば!」

 

「そうだね、ここを――……」

 

 毎回こうやって当番の子と一緒に料理を作りながら教えたりしている。この状況について彼は単なる自己満足だと思っている。少しでも役に立ちたいという欲求を補うための浅ましい行為だと。

 

 朝食が完成すると次に彼は姉であるアイズを起こしに行く。アイズは自分で起きることが出来てたくせに今になって彼に起こしに来て欲しいと頼むようになった。彼は不思議に思いながらもそれでも頼まれれば断れない性格なので仕方なく了承して今の生活を続けている。

 

 エプロンを取り普通の服装に戻ると調理室を抜ける。

 廊下を歩いていると途中でロキと出会った。いつもは夜更かしな彼女がこの時間に起きているのは珍しかった。

 

「おはよーさん」

 

「おはよう、ロキ」

 

「……ん」

 

 挨拶もそこそこにロキは両手を広げて抱きしめろのジェスチャーをする。彼は仕方なくロキをハグする。するとロキはいつもの裏のある笑みではなく心からの笑顔を彼に返してくれた。

 ロキは彼に対していつも優しい。その優しさに対して彼は昔は嬉しかったが、今は素直に喜ぶことが出来ないでいる。まるで出来損ないの自分を慰めているようだったからだ。

 ロキの抱きしめる力があまりに強いために少しだけ文句を言う。

 

「ちょっと力が強いかな……もういいだろ」

 

「ありがとなあ、お陰で元気が出てきたわ」

 

「……まあ、それなら良かったけど。それよりロキ……今日の夜予定はある?」

 

「ないけど……デートのお誘い?」

 

「いや、今日もステータスの更新を頼みたい。少しでいいから時間を作って欲しい」

 

 いつになく真剣な彼の表情にロキも真面目な顔に戻る。

 ロキは普段はおちゃらけた態度をとっているがこういう時は真面目に話を聞いてくれる。

 

「あんたの頼みなら断らへんよ……ほな、夜になったらうちの部屋に来てや」

 

「ああ……よろしく頼むよ」

 

 そう言うとロキは朝食を食べるために食堂へと向かって行った。

 彼も自分の姉であるアイズの部屋に向かうのだった。

 

 部屋の前に着くと彼は一応、家族とは言え女性である姉に気を使ってノックをする。

 もちろん応答はない。寝てても起きてても直接起こしに来るまでは寝たふりをアイズがすることを彼は知っていた。仕方なく扉を開け部屋に入るとベッドの上でアイズは寝息を立てて寝ていた。

 

「姉さん、起きてよ。朝ご飯出来てるから食堂に行って!」

 

 アイズは目をぱちりと開けるとベッドから上半身を起こす。どうやら起きていたらしいが起こしに来てくれるのを待っていたようだった。そしてベッドの側に立つ彼に視線を移すとその姿を確かめるように彼に抱き着く。

 抱き着いたまでは良かったがアイズは弟である彼の匂いに違和感を感じ取る。

 

「……他の人の匂いがする」

 

 アイズは彼に甘えるようになってから酷く独占欲が強くなっていた。他の女性と話してるところを見れば頬を膨らませた。他の団員に誘われそういう店に行こうとしたら剣を持ち出してでも止めさせた。よく言えば弟想い、悪く言えば少し依存しているようだった。

 そのことに対して彼は嫌気が差していたし、アイズが自分にばかり構う状況は気に入らなかった。それは出来の良い姉との劣等感を感じずにはいられないからだ。それでも一緒にいるのは唯一の肉親だからである。

 

「あー、さっきロキに抱き着かれたからかな」

 

「……ほんと?」

 

「本当!それより早く準備をして朝ごはん食べてきなよ!」

 

 それからアイズは急いで身支度を整える。彼もアイズの髪を梳いたりして手伝っている光景は仲睦まじい姉弟そのものであった。自分の髪を嬉しそうに梳いてもらっているアイズに彼はあることを質問する。

 

「姉さん……一つ質問して良いかな」

 

「……何?」

 

「もし俺がいなくなったら姉さんは――……」

 

 彼が全てを言い終わる前にアイズは彼の方に向かいなおし、そして頭を両手で押さえる。力強い両手に首は動かせることは出来ずに強制的に目線を合わせられる。アイズの見開いた目に思わず畏怖してしまう。

 

「何があっても離れては駄目、絶対に……私はあなたのことが世界で一番大切。あなたのためなら何だってできるし、何だって斬れる……だから、だからどこにも行かないで。たった一人の家族なんだからずっと一緒にいよう?」

 

「わかったから……は、離して」

 

「ごめんなさい」

 

 そう言うとアイズは大人しく俺の頭を押さえていた両手を離してくれた。

 

 アイズにとってはたった一人残された家族なのだ。

 『大事にしまっておきたい』

 『いつでも一緒にいたい』

 『自分以外と関わらせたくない』

 

 そういう思いが強くなっている。独占欲か執着か……どちらにしろアイズの抱く感情は重く黒くそして異質なものに変化してきているのを彼は感じ取っていた。

 

 だからこそ彼は悩む。

 自分の存在がアイズの足を引っ張ってしまっているのではないかと。

 弱い自分がアイズの側に立つことで足を引っ張っているのではないかと不安で仕方なかった。こんな考えも自分が強ければ悩まずに済んだのに……。

 

「どうしたの?…………ご飯食べに行こ?」

 

「……今日は、朝食は抜くよ。姉さん一人で行って」

 

「どこか調子でも悪いの?それなら医務室に一緒に行こうか?」

 

 アイズは心配そうに彼に優しい声問い掛ける。彼からすれば勝手に思い悩んで一緒にいたくないだけなので何と答えていいか分からなかった。

 仕方なく適当に答える。

 

「ううん、平気。ちょっと食欲が湧かないだけだから心配しないで」

 

「……でも」

 

「大丈夫だって!少し出掛けるから!」

 

「うん」

 

 そう言い放ちいそいそとアイズの部屋から出て彼女と別れる。心配性も度が過ぎれば相手を怒らせることになる。これ以上会話をしていると八つ当たりしてしまいそうになることを見越して彼はアイズと別れたのだった。

 

 彼は一旦自室に戻り遠征用の簡易食料と武器、バックパックを手に取りホームを出る。向かう先は一つ。ダンジョンだ。

 

 もう何度潜ったか忘れるくらい上層のモンスターを狩っていた。レベルが上がればもっと下にも行けるのだがレベル1では潜れる階層に限りがある。だから自然と同じ階層で同じモンスターを狩ることになる。

 

 ダンジョンに着いてからはまるで工場の作業のように淡々とモンスターを殺していく。それこそつまらないと本人が感じる程に。もはや生活ルーチンの一環と化した上層での殺戮の目的は強くなること以外他にない。ただその一点のみを考えながら殺しまくる。そして魔石がいっぱいになったら換金し、また潜る。休憩なんてしたくない。少しでもほんの少しでも高みに上るため。

 

 食事はモンスターを殺しながら摂る。持ってきたパサパサの簡易食を水で押し込む。彼にとって食事は所詮生きるために必要なだけで無駄な行為でしかない。だから、人に食べさせるのはともかくとして自分が食べるものにはこだわったことがなかった。

 

 気づけば、潜って殺して換金して休憩してを繰り返し既に数時間が経っていた。

 

 ギルドを出ると綺麗な夕日が彼の顔を赤く染め上げていた。

 本日稼いだヴァリスは決して少なくない金額であるが、それでもレベル2以上の冒険者達なら普通に稼ぎ出せる額だ。つまりは得た報酬がそのまま自分の力量の低さを物語っていた。それが酷く胸を締め付けてくる。彼は数年前とまったく変わらない報酬をぶん投げたくなったがグッとこらえ、そして夕焼けに照らされながら一人ホームへと戻る。

 その後ろ姿は彼の身長以上に小さく見えた。

 

 ホームに戻るとまた一人で鍛錬をする。

 昔は誰かに教わっていたが、今はもっぱら一人で鍛えていた。今のうだつの上がらない状態で教えてもらうのは彼の最後のプライドが許さなかった。ハッキリ言えばただの意地である。だから今日も一人で鍛える。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 夕食は取らずに時間になるまでひたすら自分を追い込んだ。

 

 そして限界が来たところでシャワーを浴びロキにステータスを更新してもらいに部屋に向かう。ロキの部屋に向かう時はいつも心臓が高鳴る。ほんの少しの希望が彼の心を揺さぶっているのだ。

 ロキの部屋をノックする。

 

「入ってえーよ」

 

 と気の抜けた返事が返ってきたので

 

「失礼します」

 

 の一言と共に部屋に入る。ロキは彼の顔に一瞬視線を移した後にすぐにベッドに横になるように指示を出す。

 

「自分ちゃんと食べて、しっかり眠っとんのんか?隈もやし顔色あんま良くないで……」

 

 ロキはステータスの更新をしながらそんなことを話す。

 声のトーンから気遣いが感じ取られたがその言葉に返事はしなかった。

 そんなことよりもステータスが気になる。

 

 更新が終わったロキはステータスを紙に写してそれを彼に渡す。

 

 そこには昨日と同じ数字が変わらず刻まれていた。

 

 無意識のうちにステータスの書かれた紙を握りつぶしてしまう。怒りとも失望とも取れる複雑な表情が彼の顔から浮かび上がる。目から自然と雫が零れ落ちて行った。

 ロキはかける言葉すら見つからずにただ黙って部屋を後にする彼を、いつも通り見送ることしか出来なかった。

 

 自室に戻る頃には涙は枯れ、元の冷たい表情に戻る。

 そしてまた剣を振るいに夜のダンジョンへ行く。

 

 明日こそはレベルが上がることを信じて。




次回から堕落の一途を辿っていきます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話 咲かない花を愛でる者

アイズさん視点です 
色々とストーリーを考えていますがそんなに長くは続ける気はないです



 彼女アイズ・ヴァレンシュタインは自分の部屋をノックをする音で目を覚ました。

 

 彼女は温かいベッドの中で弟が自分を起こしに来たのだとすぐに悟った。何故なら毎日起こしに来てもらうように頼んだのは他でもないアイズ自身だったからだ。このまま返事をしてもいいが、その場合起きたことを確認した弟が部屋に入らずにそのまま戻ってしまうかもしれない。そう思い再び目を閉じてまだ眠っているフリをすることにした。

 

 アイズにとって弟は自慢の存在であり、掛け替えのない大切な家族である。唯一の家族ということもあり少し……いや、大いに過保護なところもあるがそれも仕方のない事なのかもしれない。家族がいなくなることの寂しさを二度と味わわないために、アイズは弟のことを守ると誓った。

 

 弟を守れる強さを得るためアイズはロキファミリアに入団して家族を守る力を得た。だがそれと同時に弟との間に決定的な亀裂を作ることになってしまった。弟は冒険者としてあまりにも成長しなかったのである。アイズがレベルを年々着実に上げて行っていることに対して、弟はずっと1のままで止まっていた。

 

 アイズにとっては守る側である自分だけが強ければ良いと考えているが、弟の方は納得することは出来なかった。

 

 結局、弟はアイズにジェラシーに似た黒い感情が湧きだしたようで避けるようになってしまった。だが、それがアイズには許せなかった。そこでアイズはわざと弟に自分の身の回りの世話してもらうように頼んだ。実力主義の風潮が強いロキファミリアでは自分よりレベルの高い相手の要求は断りにくいこと、それと弟自身頼まれれば余程のことでなければ嫌とは言えない性格をしているために仕方なく了承したのである。

 

 アイズ自身はこういうやり方で無理矢理触れ合う機会を作るというのは本望ではなかったが、それよりも弟が自分から離れていくことの方がより心に堪えた。だからたとえ多少歪なコミュニケーションでも取らないよりはマシであると決め弟に甘えるようになってしまったのだった。

 

 コン、コンと木製のドアを数回叩く音をアイズが寝たふりをして無視すると、扉が開き弟が起こしに入ってくる。アイズはいつ弟が入ってきても良い様に部屋を片付けているために油断はない。

 

「姉さん、起きてよ。朝ご飯出来てるから食堂に行って!」

 

 呆れたようなそれでいて少し苦笑いを含んだセリフで姉を起こす。

 アイズは目をぱちりと開けるとベッドから上半身を起こす。弟の顔をあらためて見る。

 

 黒い髪に金色の目、そして何より姉である自分と違い優しさを感じさせる顔つきしている。だが、今日もそうだが最近はいつも目の下には黒い隈があり顔色もどこか白く体調の悪さを感じさせる顔色をしていた。

 

(また無茶な訓練をしたのかな……危ないことはしないで欲しいのに……)

 

 アイズは弟の体つきを確かめるために抱き着く。最近の弟は自分では気づいていないようだが確実に痩せてきている。それも着実に。そのことがアイズは心配だったのだ。

 抱き着いて改めて感じる体の細さに少し悲しくなると同時に、ある違和感が彼女の鼻を通り抜けて嗅覚に訴えかけられる。

 

(また細くなってる……ん?いつもと違う匂いがする……)

 

「……他の人の匂いがする」

 

 そういうと彼は呆れた表情を顔に浮かべ、サラッと流すように答えた。

 

「あー、さっきロキに抱き着かれたからかな」

 

「……ほんと?」

 

「本当!それより早く準備をして朝ごはん食べてきなよ!」

 

 アイズは弟を信頼していない訳ではないが、かと言って発せられる言葉全てを鵜呑みにするほど鈍感でもない。だが今回の場合は弟の言っていることは本当だろう。嗅いだ匂いもどことなくロキっぽさがあったためだ。

 

 アイズは弟に対して独占欲のような物を持っていた。それは彼女自身も自覚していることである。何故そんな風になったのかはいまさら説明するまでもないだろう。唯一の家族、幼い頃からずっと一緒、それでいて守るべき存在。理由を挙げればキリがないがそう言った複雑な思いが密接に絡み合い、この異常なまでの独占欲を生んでいるのだ。

 だから弟を誰にも渡したくなかった。そこら辺の適当な女は勿論、同じファミリアの女性陣にもだ。だから常に目と耳、それと鼻を張り巡らせている。

 

 それからアイズは弟に手伝ってもらいながら身支度を整えていく。もちろん昔は一人で出来ていたことだが弟に甘えるようになってから、理性の歯止めが緩くなり今ではこうして手伝ってもらうことが当たり前に感じてしまう。総合的に見てアイズの依存は悪化の一途を辿っていると言えるがアイズ本人は気にしてなかった。

 

 気持ちよく髪を梳いてもらっている最中に、弟が突然不可思議なことを聞き始めた。

 

「姉さん……一つ質問して良いかな」

 

「……何?」

 

 髪を梳いてもらっているアイズは上機嫌を隠すように、あくまで冷静を装って聞き返す。だが一体何を聞きたいのだろうかアイズは思い当たることがなかった。あるとすればレベルに関してのことだろうか?アイズは弟の言葉に耳を傾ける。 

 

「もし俺がいなくなったら姉さんは――……」

 

 弟である彼は一体何を言っているんだ?

 もしいなくなったら?そんなこと考えたくもない。聞きたくもない。

 本能でアイズは弟の方に向き直り、そして頭を両手で押さえる。どこにも逃がさない。力強い両手に弟は首は動かせることは出来ずに強制的に目線を合わせる。よく聞け。

 アイズの見開いた金の瞳が同じ弟の金の瞳を捕らえる。逃がさない。

 

 そして心から語る。自分の意思、いや執念を。

 

「何があっても離れては駄目、絶対に……私はあなたのことが世界で一番大切。あなたのためなら何だってできるし、何だって斬れる……だから、だからどこにも行かないで。たった一人の家族なんだからずっと一緒にいよう?」

 

 アイズは心の奥底にある黒い感情を曝け出す。

 その言葉は全てが本心であり、願望であった。

 何だってできるし、何だって斬れる、それくらいの覚悟があること伝える。

 

 弟は怯えた表情で固まって動けなくなっていたが、そのうちにゆっくり唇を動かす。

 

「わかったから……は、離して」

 

 絞り出した言葉が理解であることに喜ぶアイズ。

 それでいい。弱いままでも、何も出来なくても、たとえ落ちこぼれたままでも、それでもあなたのためなら何だってできる。

 アイズは考えを整理すると頭を押さえていた手を放し謝る。

 

「ごめんなさい」

 

 その後アイズはいつもの私服に着替え弟と一緒に食堂に行こうと誘おうとするが、弟の様子が少しおかしかった。まるで何かを悩んでいるようで俯きながら立ち尽くしていたのである。心配になったアイズは問い掛ける

 

「どうしたの?…………ご飯食べに行こ?」

 

 アイズの言葉にハっとした弟。だがすぐに拒絶の返答がアイズに送られる。

 

「……今日は、朝食は抜くよ。姉さん一人で行って」

 

 そんなこと言われても心配なのは心配である。

 アイズは食い下がるようにどこか体調でも悪いのかと質問を重ねる。

 姉として心配なのである。

 

「どこか調子でも悪いの?それなら医務室に一緒に行こうか?」 

 

 ロキファミリアには体調不良の者のための医務室がある。そこに行こうかとアイズは提案したのだが、その提案に不服の表情を示す弟。

 

「ううん、平気。ちょっと食欲が湧かないだけだから心配しないで」

 

「……でも」

 

「大丈夫だって!少し出掛けるから!」

 

「うん」

 

 そう言って無理矢理話を切って先にアイズの部屋から出ていく弟。

 少ししつこかっただろうか?いや、でも冒険者は常に命取りの仕事だ。何が原因で死ぬか分からない世界である、心配にもなる。特に最近は体調が優れている訳ではなかったので余計に心配にもなる。

 だが。もう既に弟はアイズを部屋に残してどこか行ってしまった。これ以上はどうしようも出来ないと、あきらめて食堂に向かうのだった。

 

 食堂に入ると既にもう食べ始めている者がほとんどであった。アイズも食事を受け取るといつもの席に座る。近くには後輩のレフィーヤと友人で同じレベル5のヒリュテ姉妹が既に座って朝食を摂っていた。

 三人はアイズを見ると口をそろえて朝の挨拶を交わす。

 

「「「アイズ(さん)、おはよう(ございます)」」」

 

「うん……おはよう……」

 

 いつもより覇気がないアイズに三人は不思議な顔をする。一方のアイズは弟のことを心配しながら朝食を食べていく。この料理も弟が作ったものだった。だからアイズはこの味付けが好きだった。

 元気のないアイズを心配に思ったティオナが何があったのか尋ねる。

 

「アイズ、今日元気ないみたいだけど何かあったの?私で良ければ相談乗るよ?」

 

「ううん、何もないよ……」

 

 どう見ても何か悩みのある反応を見せるアイズだった。

 アイズのこと気に掛けているのはティオナだけでなく、ティオネとレフィーヤも話に混ざり何を悩んでいるのかを聞き出そうとする。

 

「アイズ、一人で悩んでいても解決できないこともあるのよ?短い付き合いでもないんだから、正直に話してもらえれば出来るだけのことはしたいと思うわ」

 

「ティオネさんの言う通りです!私もアイズさんの力になりたいです」

 

 三人から励ましを受けてアイズは今朝のことを相談することにした。

 弟の体調不良で無理していることを正直に話した。話を聞いた三人は複雑そうな顔をした後に各々の意見を述べていく。

 

「私も弟くんのことは気にしていたのよね。朝から晩までダンジョンとホームを往復しているみたいだし、ホームにいてもひたすら鍛えてばかりで休む時間なんてほとんどないんじゃないかしら……」

 

 ティオネもどうやら同じことが気がかりだったらしい。ティオネと弟は実は仲が良い。というのもティオネが入団してきた時にアマゾネスの武術を学びたいと弟が頼み込んだことで、それ以降二人は友好的な関係を築いていた。

 だが最近では弟が常に一人で鍛錬するようになったため、ほとんど会う機会がなくなってしまった。

 

「そういえば私も弟くんとは最近話してないなあ。この前すれ違った時にチラッと顔を見たけど顔色も悪かったし……。やっぱり心配だよね。どうにかしてあげたいんだけどなあ」

 

 ティオナは弟のことを実の弟のように可愛がっていた。それこそアイズが嫉妬するくらいには仲が良い。特にスキンシップの激しいティオナにアイズが焼きもちを毎回のように焼いている光景は何回も見られた。だから、最近の無茶なトレーニングにはアイズやティオネ同様、反対の姿勢を示す。

 

「私も先輩にはお世話になってましたから。やっぱり無茶をするの止めたいですね……」

 

 レフィーヤが最初にこのロキファミリアに入った時にファミリアやオラリオの案内をしたのが弟であった。しかし、レフィーヤのレベルが上がるにつれてあまり話さないようになってしまった。

 

 四人は難しい顔をしながら、どうやって無茶な特訓を辞めさせることが出来るのかを考えていたが、どうにも良いアイデアが浮かぶことは最後までなかった。

 皆知っているのだ、彼が誰よりも力を望み、誰よりも努力をしていることを。だからこそレベルが上の自分達が辞めさせることなどおこがましいと考えてしまうからだ。

 

 朝食後は午前中はロキファミリアの遠征についての打ち合わせをし、午後からはいつもの四人で街へ遊びに出かけた。

 

 アイズは強さに固執することはない。無論強くはなりたいとは思うが、これ以上弟との差が大きくなることに懸念を覚えているからだ。だから仕事もダンジョンも遊びも程よくこなすことにしていた。

 

 夕方になりホームに戻る。

 今日はいつもより夕焼けが綺麗だったため庭の方に出て見ると弟が一人で素振りをしていた。死に物狂いで剣を振り己を追い込む姿はあまりにも痛々しかった。

 

 アイズはこれ以上はオーバートレーニングだと思い、止めに入ろうとするが後ろから制止する声が聞こえる。

 

「やめとけアイズ。今行ったって余計惨めになるだけだぜ」

 

「……ベートさん」

 

 ベート・ローガ。レベル5の冒険者にして誰よりも強さを望んでいる男だ。そんなベートが後ろから来てアイズを止めたのだ。

 

「完全にオーバートレーニングです。このままじゃ倒れてしまう……」

 

「それなら勝手に倒れさせときゃいい。そっちの方があいつも本望だろう」

 

「……なんでそんなこと言うんですか」

 

「ハッ!そんなもんあいつが一人で鍛えてることを考えればわかんだろ。成長しない自分が情けない。だから行くだけ無駄だ、勝手に追い込んで、勝手に倒れてろって話だろ」

 

「……ベートさん」

 

「これはプライドの問題だ……。家族だからって踏み込んじゃいけねえ領域だってある。そこをよく考えてから行動を決めろ」

 

 そう言い残すとベートは去って行った。

 アイズは結局、弟に声を掛けるのをやめ一人夕食を摂りに食堂に向かうのだった。

 

 アイズは食後にロキの部屋から弟が出てくるのを待っていた。いつもこの時間帯にステータスの更新をしてもらっていることアイズは知っていたからだ。そして弟が部屋から出ていくのを確認した後にロキの部屋に入る。

 ロキはベッドに腰を掛けながらうつむいていた。

 

「ロキ、今日の結果は……」

 

「……昨日と変わらんよ。何も」

 

 いつもの快活さは鳴りを潜めて今はただ結果だけをアイズに伝えた。

 

 アイズは就寝の挨拶をロキに告げて部屋を出ていく。そして廊下を歩きながら考える。

 

(強くならなくてもいいのに、私の側にさえいてくれればそれで……)

 

 アイズはそう思いながら自室に戻り、一日を終えるのだった。

 




今考えている今後の展開は
・このままレベルが上がらない
・ロキが何かを隠している
・特殊なスキルがある
・ロキファミリアがギクシャクする
・いつものヤンデレオチ などなど


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話 咲かない花は雨に濡れる

主人公視点です 沢山の感想・評価、誤字報告ありがとうございました



 夜にダンジョンに潜る者は決して多いとは言えない。

 

 換金所などもそうだがギルド自体が終業している時間帯であり、遠征などからの帰還や出発など余程のことがなければほとんどの冒険者は規則正しく、日中に活動する。だが一部の者は昼夜関係なくダンジョンを利用する場合もある。

 

 ダンジョンの上層にてただひたすらに溢れ出てくるモンスターを淡々と殺している者がいた。剣姫アイズ・ヴァレンシュタインの弟である。彼は夜のステータス更新を終えた後にこのダンジョンに鍛錬のために再び潜っているのであった。普通の冒険者であれば休むべき時間帯であるが彼は寝ることが怖かった。

 

 夢をみるのだ。このまま弱いままで時間だけが過ぎていく何も成し遂げることが出来ずに死んでいく、そんな夢を。それだけは嫌だった。自分には叶えたい夢がある。偉大な英雄になって偉業を成し遂げること、そして姉を超えて守れるほどに強くなることの二つだ。

 彼はそのためならどんな辛い鍛錬にも耐えられる。どんな困難にも立ち向かえる。どれだけ後ろ指を指されようとも、落ちこぼれと揶揄されたとしても、それでも戦うことを諦めない。それだけの心意気を持っていた。

 

 だから今日も命を懸けてモンスターを狩る。

 自分を追い込み、血と汗を流し、ボロボロになりながらもなおも殺し続ける。

 魔石は拾わない。そんな無駄なことをする位なら一匹でも多くのモンスターを見つけて殺すことに専念したいのだ。

 

 モンスターを確実に殺す彼の戦い方は非常に洗練されていると言えた。

 アマゾネスの武術に狼人の走法、小人の槍術、ドワーフの立ち回り、エルフの弓術など様々な種族の技術を会得していた。他にも暗器を学び不意打ちに使用しようとするなどレベルに関係ない技能も習得しようとしていた。レベルが上がらないのならば他の部分で補う。強さへの妥協は一切なかった。

 

 これら技能はたゆまぬ訓練で実戦で使える程になっていた。そしてレベルさえ追い付けばまさしく、オラリオ最強の冒険者への道も見えてくるだろう。あくまでレベルが上がればの話だが。

 

 最後の一匹を殺した時には床中に魔石が石ころのように転がっていた。回収する気はないので放っておく。そしてまたさらに奥の方へと進みモンスター殺しを始めた。湧いて出るモンスターを早速殺しにかかる。

 

(もっと……もっとだ!)

 

 体は既に疲労と睡眠不足などによりまともに動ける状態ではない。むしろ、いつ倒れてもおかしくなかった。それでも戦いをやめないのは限界を超えるためだ。レベルアップに必要なことは限界を超え、偉業を成し遂げることである。そのためどんな状態であってもモンスターを殺すことを心に決め常に限界とそして命を削るのである。

 

 レベルアップの方法は実に曖昧だ。だから自分が考えうる限界ギリギリを攻めなければならないと考えている。だから常に自分を追い込むことでレベルアップを狙っている。

 あれだけ湧いて出たモンスターも既に物言わぬ魔石に変わっていた。

 

 ここでやっと体の異常を感じることが出来た。戦闘中は興奮で自分の肉体の不調に気づかなかったのであった。

 次第に体が動けなくってきたのを感じる。顔面の返り血を持ってきていたタオルで拭う。もはや体力はほとんど残されていなかった。これだけやってもレベルアップはおろか、ほとんどステイタスが上がらないのだから嫌になってくる。

 

 やっと一呼吸を置き辺りが静かになったところで時計に目をやる。

 既に日にちをまたぐ寸前であった。

 彼は最低限の睡眠を得るのと明日の朝食の準備のためにも急いでホームに向かう。

 

 ダンジョンを抜けて外に出ると激しい雨が空から地面に打ち付けられていた。傘なんてものは持っているはずもなく疲れ切った体でどしゃぶりの雨の中を重い足取りで進んでいく。帰りに通る大通りも深夜であることや大雨の影響もあり、自分以外に誰一人いなかった。

 

 雨が降る夜のオラリオはまるで別の世界のように感じられた。激しい雨の音と湿った土の臭い、明かりは街頭だけ。気味が悪かった

 

 ずぶ濡れの体を引きずりながら一歩一歩あゆみを進めていく。思っていた以上に疲れていたのか、それとも服が雨を吸って重くなっているのか体がいつもより重く感じる。さらに雨の影響と疲れ切った体と心の影響なのかは分からないが、マイナスなことばかり考えてしまっていた。

 

(………………)

 

 姉に追い越され、同期と後輩に抜かれ、それでも必死に努力してきたつもりだった。それなのに何も報われていない。何も得ていない。自分は……成長していない。あらためて見つめ直す現在の自分の状況に自然と涙が雨と混じって零れていく。誰にも聞こえていないのだ。愚痴くらい言っても良いだろう。

 

「何で俺ばっかり……こんな目に………」

 

 気づけば誰もいない夜の街で大雨にうたれながら涙を流していた。

 普段は絶対に見せない弱み。溜まりに溜まったそれらが遂に弾けてしまったのである。

 その光景は誰が見ても惨めで、それでいて残酷なまでに悲壮感に溢れていた。

 感情の爆発と同時に雨は更に鋭さを増して行った。さらに追い打ちをかけるように体に急激な異変が生じる

 

「ンッ!グッ!……はぁ……はぁ……」

 

 泣きながら歩ているうちに段々とそしてゆっくりとであるが頭が重くなっていくのだ。また呼吸は荒くなり、寒気と同時に吐き気までが襲って来た。まっすぐ歩くことが出来ずに持っていた折りたたみ式の槍を杖の代わりにして何とかホームへの道を進もうとするが上手く歩けない。目の前がチカチカと白黒に点灯しているように見えてきた

 

 ここに来てこれまでの無理をしていたツケが一気に襲って来たのだった。さらに追い打ちをかけるように何らかの病気の症状まで出始めている。彼の体を大量の雨粒が襲う。

 

 そして遂には歩く体力すらなくなり片膝をついてしまう。辺りを見回し少しでも雨風をしのげる路地裏に転げ込むようにして入り込む。足元から崩れるように地面にへたり込み建物の壁に体を預ける。決してこの路地裏は衛生的に良いとはいえないがもはや歩く気力は残っていなかった。

 

「うう、え……うぅ……ぅ……はぁ……どう、して……どうして!……こんなのって……う……うぅ……」

 

 泣くなんてみっともない。常に精神を強く持て。冒険者になる時に決めたはずだった。

 だがもはや自分は冒険者と呼べる存在なのだろうか?毎日自分を追い込んで、痛めつけて、常に限界を超えようとしてきた。それなのに……。

 

 薄汚い路地裏で雨と泥にまみれ声を押し殺しながら涙を流し続けた。

 その姿は最高に憐れで、それでいて痛ましかった。

 そのうちに頭痛と頭の重さに耐えられずに地面に伏せてしまう。

 

「……ん……はぁ……はぁ……」

 

 呼吸が上手くできない。寒気がする。反対に体の芯が燃えるように熱い。

 彼は自分はここで死ぬんだと悟った。ああ、なんて無様な死に方なのだろうか。どうせ死ぬならダンジョンの中で死にたかった。

 

 もはや目を開けている力さえなくなり瞼が閉じられていく。いまの自分が感じ取れる周囲の状況は雨が地面を打つ音だけだった………筈だった。

 

「しっかりしろ!意識を保て!ゆっくりでいいから呼吸をするんだ!」

 

 誰かが自分に対して呼びかける声が聞こえる。何とか力を振り絞って目を見開くとそこには同じロキファミリアに所属する幹部のエルフ「リヴェリア・リヨス・アールヴ」が自分に対して高速詠唱で治癒の魔法を掛けていた。

 何故こんなところにいるのか?疑問はいくつかあったがそれを聞くことは出来なかった。治癒魔法を掛け終わると泥まみれの彼の体をリヴェリアが背中に背負う。

 

「待っていろ。すぐにホームに戻る。だからそれまでの辛抱だ」

 

 リヴェリアの背中はとても温かく感じられた。その温もりを感じながら意識を必死に保とうとする。治癒魔法の効果なのか先程よりもいくらか体の調子が戻ってきていた。それでもやはり歩くことは出来そうになかったので、黙ってリヴェリアの背中におぶられている。

 

 彼とアイズにとってリヴェリアは母親のような存在である。幼い二人に勉学や常識などを教えてくれたのがリヴェリアであった。昔はそれこそベッタリと付いて回った時期もあったがレベルが上がらないことに苦悩して以降、距離を置くようになってしまったのだ。

 

 リヴェリアは両手で彼を背中に背負うと急いでホームに向かった。両手で支えているために傘をさすことは出来ずにリヴェリア自身も雨に濡れてしまっているが、そんなことはお構いなしとばかりに雨の中を突っ切る。詠唱者であるとはいえレベル6の俊敏は伊達ではなくあっという間にホームに戻ってくる。

 

 ホームの玄関口ではロキがいてもたってもいられないといった状態で心配そうにウロウロとしていた。

 そこに彼を背負ったリヴェリアが到着したことで、ロキは急いでリヴェリアの元に駆け寄ると背中に背負われている彼の容態を確認する。

 

 そんなロキにリヴェリアは彼を拾った時の状況を説明する

 

「……路地裏で雨に濡れながら倒れていた」

 

「そか……やっぱり探しに行かせて正解やったな」

 

「ああ、一応回復魔法はかけたが、過労でいくつか病気を併発しているようだから今すぐに休ませないといけない。とりあえず泥を落とすために風呂に入れる。手伝ってもらえるか」

 

 二人の会話をリヴェリアの背中でじっと聞いている。頭の中は迷惑を掛けてしまっことへの申し訳なさや、自分の無茶による罪悪感など様々な感情が混ざり合っていた。

 彼は絞り出すように声を出す。

 

「……ごめんなさい……ごめん、なさい………」

 

 謝ることしか出来ない自分が情けなく恥ずかしい存在に思えてくる。結局自分は一人では何もすることが出来ない無能なのだ。その事実が悲しくて悔しくてそして恥ずかしかった。だから謝る。それが今の自分にできる唯一のことだから。

 そんな彼の言葉を聞いたロキとリヴェリアは一瞬だけ悲しそうな顔をした後に、すぐに励まし言葉を掛けた。

 

「謝らなくていい。お前は私の家族だ、だから気にするな」

 

「せや!気にせんでええねん!あんたはウチの大切な子供なんやから」

 

 リヴェリアとロキの言葉に何も言えなくなる。

 優しさが嬉しかったのは確かだが、それと同じくらい悔しかった。

 彼は二人の言葉に何も言えず俯く。二人は彼の心中を察したのかホームの風呂場へ無言で運んで行った。

 

 風呂場に付くと汚れきっていた装備は脱がされタオル一枚巻いた状態にしてもらう。そして椅子に座らされリヴェリアが頭からシャワーを丁寧にそれでいて優しく掛けられる。椅子に座っていてもふらつくために横からロキが支えてくれていた。

 

 相変わらず体は不調でいうことをうまく聞いてはくれないものの、体の汚れが取れていくのは気持ちが良かった。彼の糸の切れた人形のように動かない体をリヴェリアは洗っていく。途中、彼は何度も意識を失いそうになるがギリギリのところで持ち堪えていた。

 

 終始無言で洗い終わると体を拭い清潔な服装に着替えさせてもらい、他の団員が用意していた数種類のポーションや薬を飲ませられる。そしてここに来てやっと一段落終える。

 そして最後にリヴェリアに運ばれながら自室のベッドに寝かせられる。薬の作用で強い眠気が襲ってくる。彼は眠る前にどうしても伝えなければならないことを伝える。

 

「ありがとう」

 

「……もう心配はかけさせないでくれ」

 

 彼の感謝の言葉を聞いて満足そうに微笑んだリヴェリアはそっと部屋を後にした。

 彼は数週間、いや数か月ぶりにまともな睡眠を取ることになったのだった。

 

 

 

 

 彼をリヴェリアが運んでいくのを見送ったロキは再び玄関に戻ると、探しに行った数人の団員が既に帰ってきていた。

 団員たちに彼は無事であることを告げるとほぼ全員がホッと胸をなでおろす。

 

「雑魚の癖に面倒掛けやがって……」

 

 と言いながらいの一番で傘も持たずに探しに行ったベートは真っ先にシャワーを浴びに行った。他の団員も一安心したのかその場を去っていく。

 

 その中でアイズだけはロキに詰め寄ってきた。アイズの顔はいつものクールな表情ではなく、心配を通り越して今にも泣きそうな顔をしていたのである。

 

「ロキ……本当に無事なの?」

 

「心配せんでええよ。薬も飲ませたし今頃部屋で寝とる筈やわ」

 

 さすがにセクハラする空気でもないので真面目な口調で受け答えをするロキ。

 ロキの言葉を聞いてやっと安心するアイズ。

 

「それなら付きっきりで看病しなきゃ」

 




今考えている今後の展開は
・穢れた精霊化の可能性
・特殊なスキルによりアイズ達と対立
・改宗による決別 
・死 などなど


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話 咲かない花を育む者

リヴェリア、アイズ視点です


 夜、リヴェリア・リヨス・アールヴは一人自室で机に向かいながら読書をして物思いに耽っていた。

 

 いや、正確には読書をしていても内容が頭に入って来ないので実質考え事をしているだけのようなものだが。一体、何を考えているのかと言えば一人の後輩冒険者のことであった。その後輩冒険者というのは剣姫アイズ・ヴァレンシュタインの弟のことであり、彼の最近の動向に頭を悩ませていた。

 

 リヴェリアにとってはアイズとその弟である彼との関係は決して浅いものではない。初めて二人がファミリアに来た時に彼らをサポートしたのが他でもないリヴェリア自身だったからだ。冒険者として右も左も分からない彼らに教育を施したのである。

 

 出会った当初の二人に感じた印象は真逆の物であった。

 アイズは手の掛からない優秀な子であり、冒険者になってからは戦闘狂なところはあるものの聞き分けはよく、幼いながらもしっかりとした少女であるという印象を受けた。

 

 逆に弟の方は酷く繊細な性格をしていた。よく泣くし、よく落ち込むし、何より困ったことがあればすぐに姉に頼るなど、臆病かつ気弱な少年であった。そうなると自然とアイズと弟では弟の方に目がいって仕舞いがちになり結果、フィンやガレスを含め当時の冒険者たちは弟の世話をすることが多かった。

 

 そんな弟を変える出来事があった。

 それが冒険者になるために恩恵を授かった時であった。アイズと弟は互いに強くなることを誓い冒険者になったという話をリヴェリアはロキから聞いていた。だからこそ分かりやすいほどに二人、特に弟の方は姉に頼らなくても良い様に逞しくなろうとした。恩恵を授かってからはアイズも弟も強くなるために努力を惜しまず、ただひたすらに強さを求めていた。

 

 弟の甘い性格もこの時には改善され出していた。それこそ入団当初はアイズが嫉妬するほどリヴェリアにベッタリしていたのだが、それもなくなり一人の冒険者として自立するように成長していったのだ。リヴェリア自身も子供の成長を見ているようで嬉しかった。

 

(思えばあの頃が一番健全であったと言えるな……)

 

 だが才能、いや運命というものは期せずして思いがけない結果を二人に付きつけることになる。姉であるアイズが最速でのレベルアップを果たしたのである。大いに喜ぶ姉に対して弟は複雑そうな表情を露にしていた。ともに誓い合って同じスタートを切ったはずが一瞬で抜かされてしまったのだ落ち込みたくもなるというものである。

 

 それからのアイズの活躍は凄まじかった。数年ごとに確実にレベルアップをこなして行き、ファミリアの中核を担う存在までに成長していった。

 反対に弟の方はどこまでも成長することはなかった。いくら冒険に繰り出しても、いくら挑戦し続けても、いくら鍛錬を続けても、レベルが上がるどころかステータスすら片方の手の指で数えるくらいしか上がらなかった。いや、上がらないことがほとんどであるとさえロキは言っていた。

 

 それから彼は更に自分を追い込むようになった。幼い時にアイズと約束した共に強くなることを実現させるために。昔の繊細な一面は隠され、常に上を目指すストイックな性格へと変わってしまったのである。

 

 向上心も度が過ぎれば自分を追い詰めていくだけだ。ここ最近はさらに酷くなり食事はおろか睡眠すらも削り常に自らを磨いていた。それがリヴェリアには心配だったのである。このままではいつか倒れてしまうことになるだろうと。

 

 リヴェリアは開いていた本にしおりを挟ませてから閉じ、本棚に戻す。

 今日はもう遅い。悩んでいても仕方ない後で本人に注意を促すことにしようと決めた。

 そして就寝の支度を済ませたのちにベッドに入り一日を終えるはずだった。

 

 それから数時間後、ホームにいる全員がほぼ寝静まっている真夜中。

 窓の向こうに見える外の景色からは激しい雨が屋根の上に落ちていく光景が見えた。

 その中でロキは一人心配そうに玄関のホールを行ったり来たりしていた。

 

 というのも一人で夜のダンジョンに向かった彼の帰りが遅いのだ。いつも帰ってくる時刻より二時間ほど遅れているのである。彼は時間に関してはかなり厳しい方であり、いつも決まった時間に帰ってくるのだがどういう訳か今日だけはまだ帰ってきていない。悪天候も心配する理由の一つだが、何よりロキ自身が嫌な勘を感じていたのだ。

 ロキの勘は嫌なほどによく当たる。それはロキ自身が一番分かっていた。だからこそ心配で仕方ないのである。

 

 そこに偶然通りかかったベートがロキに話しかける。

 

「こんなとこで何やってんだよ」

 

「ベート……いやな、あの子の帰りを待ってるんやけど……いつも帰ってくる時間になっても戻ってきてないんや。外泊するっていうのも聞いてへんし。それに何か妙に胸騒ぎがするというか、嫌な予感が……」

 

 ロキの嫌な予感がするという言葉を聞いたベートは思わず渋い顔をしてしまう。

 ベートが夕方に見た彼の状態が今にも倒れそうだったからだ。

 ロキの勘は馬鹿にできない。この悪天候ならダンジョンやその途中で倒れてしまっている可能性も高いと言えた。ベートはすぐに昼間の状態をロキに伝える。するとロキは急いで指示を出していく。

 

「今すぐアイズたんとリヴェリア、それとあの子と親しい奴起こしに行ってくれへんか?」

 

「チッ!仕方ねえな」

 

 そう言うと急いでベートはホームに残っている彼と親しい友人を集めてくる。その中でもアイズは酷く取り乱して慌てるように起きてきた。数人が集まったところでロキが説明し、そしてリヴェリアが捜索の手順を説明する。現在、ガレスとフィンは不在なためにリヴェリアが指揮を執っている。

 

「バベルを目的地として二人一組になって探しに行ってもらう。途中の道で見つけた場合は片方がホームに運び、もう片方がバベルに到着した者たちに見つかったことを報告してもらう。また、全員が向かう途中に見つからずバベルに到着した場合にはダンジョンで倒れている可能性もある。その時には上層を探そう」

 

「わかった……」

 

「雑魚の癖に面倒掛けやがって……」

 

 そう言って、話を聞いた後にアイズとベートが組みを作りいの一番にホームを出て行った。他のメンバーも雨具を装着して出ていく。その中でリヴェリアとレフィーヤも探しに出発していった。

 

「それじゃあ、私達も出るか」

 

「はい!」

 

 外に出ると予想以上の悪天候であった。風は吹きすさび、雨は勢いを増していく。リヴェリアとレフィーヤは彼が良く通る道の一つを通って探しながらバベルに向かう。

 リヴェリアは願う、せめて倒れるならモンスターの餌食になるダンジョンではなくこの道すがらに倒れていて欲しいと。

 

「きっと、大丈夫ですよ……先輩は強い人ですから……」

 

「あ、ああ、そうだな……」

 

 レフィーヤが気分の沈んでいるリヴェリアに対して励ましの言葉を掛ける。

 リヴェリアは内心、今回のことを気にしていた。もっと早く自分が彼に対して何か声を掛けていればこんなことにはならなかったのではと。だがそんなことは既に後の祭りだ。どうしようもない事であると割り切って彼を探す。

 

 バベルまであと少しで着くというのにまだ彼は見つからなかった。もしや本当にダンジョンで倒れてしまったのではという最悪の結末が頭をよぎる。

 がその瞬間建物と建物の間の路地裏に人影のような物をみつける。レフィーヤもそれに気づいたのか急いでその倒れている人影による。

 

「先輩!」

「クッ!」

 

 そこには真っ白い顔でまるで死んだように横たわる彼がいた。

 服は泥にまみれ水を吸って重くなっている。少しだけ長い黒髪も地面と肌に張り付きその生々しい状態を如実に表していた。

 

 レフィーヤは急いで脈をとり生存を確認、リヴェリアは彼に向かって必死に意識を保つように呼び掛ける。頼む生きててくれ、その一心で呼びかける。

 

「しっかりしろ!意識を保て!ゆっくりでいいから呼吸をするんだ!」

 

 その言葉に反応したのか彼は瞼をゆっくりと開くがすぐに閉じてしまう。高速詠唱で治癒魔法を掛ける。体は鉄のように冷たく、息も微かなものだった。リヴェリアは回復魔法を掛け終わると彼を背中に背負う。

 力は完全に抜けていた。そして何よりもその体重の軽さに驚く。いったいどれほど自分を追い込んでいたのかが痛いほどに感じ取れた。

 

「レフィーヤ、バベルに向かって他の団員に見つかったことを報告してくれ。私はこのまま急いでホームに戻る」

 

「分かりました!先輩をよろしくお願いします!」

 

 そこからはひたすらに走った。リヴェリア自身は詠唱者であるがレベル6の敏捷は伊達ではなくあっという間にホームに戻ってくる。

 

 ホームの玄関口に到着するとロキが急いでリヴェリアの元へ駆け寄ってくる。そして背中に背負われている彼の容態を確認する。治癒魔法の効果なのか先程よりは症状はマシになっているとは言え明らかに弱っていた。

 

「……路地裏で雨に濡れながら倒れていた」

 

「そか……やっぱり探しに行かせて正解やったな」

 

「ああ、一応回復魔法はかけたが、過労でいくつか病気を併発しているようだから今すぐに休ませないといけない。とりあえず泥を落とすために風呂に入れる。手伝ってもらえるか」

 

 ロキはあくまで冷静を装ってはいるようだったが、やはりどこか焦っているようにもリヴェリアには見えた。

 そんな中、少しだけ回復した彼が背中から呟くように謝罪の言葉を絞り出す。

 

「……ごめんなさい……ごめん、なさい………」

 

 リヴェリアもロキも彼の謝罪の言葉に言いようのない後ろめたい感情が湧いて出る。それは同情か、はたまた彼のあまりにも惨めな境遇に嘆いているのか、詳しくはわからないが一つだけ言えることは彼に対して二人は言いようのない感情を持ってしまったということだ。とりあえずフォローの言葉を二人に掛ける。

 

「謝らなくていい。お前は私の家族だ、だから気にするな」

 

「せや!気にせんでええねん!あんたはウチの大切な子供なんやから」

 

 その言葉に彼は黙って俯く。何を言っていいのか分からないのだろう。リヴェリアもロキも返答は欲しいとは思わなかった。

 

 そして二人は彼の泥と汚れを流すために風呂場に連れて行く。服を脱がしてさらに悲痛な気持ちになるリヴェリア。彼の体は痣だらけでやせ細っており、背負った時になぜあれほど軽かったのかがこれで分かった。

 

 終始無言で洗い終わると体を拭い清潔な服装に着替えさせる。他の団員が用意していた数種類のポーションや薬を飲ませ、彼部屋のベッドに寝かせる。

 

(これで何とか一安心だな)

 

 やっと安全な状態に持ち込めたことに安堵すると、リヴェリアは部屋から出て行こうとする。すると彼はこれまで閉じていた口を開き思いを伝えてきた。

 

「ありがとう」

 

「……もう心配はかけさせないでくれ」

 

 彼の感謝の言葉を聞いて満足そうに微笑んだリヴェリアはそっと部屋を後にした。

 部屋を出たリヴェリアは久しぶりに彼の感謝の言葉を聞けたことに少し上機嫌になったのだった。

 

 

 探しに行った団員もそれぞれがやっと就寝に付けた頃、アイズはたった一人で弟の部屋に忍び込み弟が寝ているベッドの脇の椅子に座っていた。

 

 今回の出来事は自分にあるとアイズは考えている。弟が無理をしたのも自分が彼をしっかりと見ていなかったことが原因だと。たった一人の弟に苦痛を、苦悩を強いていたことに深く反省する。

 

 こんなことになるならもっと一緒にいれば良かった。あの時、止めていれば倒れることも無かった。アイズは酷く後悔していた。

 

 アイズは再び家族を失うことが何よりも怖かった。弟が命を落とすなんてことを考えただけで気分が悪くなる。どうすれば弟を守ることが出来るのだろうか。いくら自分がずっと側にいようとしても今回のように弟自身が危険に飛び込む可能性だってある。だったらいっそどこか安全な場所に繋いでおけばいいのではないか……。

 

(!……そんなことダメに決まっている)

 

 一体自分は何を考えているのだろうか。そんなことをしてはいけない。

 

「ねえ、どうしたら良いと思う?」

 

 アイズは寝ている弟の頭を撫でながら返事が来ないのを知りつつ質問を投げかける。どうすればいいかなんて分からない。だが少なくともこれからやるべきことは決まっている。この調子なら明日から数日は無理をすることはないだろう。

 

「明日から沢山お世話してあげる……」

 

 二人っきりで一日中、一緒に過ごすことなんて本当に久しぶりだ。それを考えただけで不謹慎ながらアイズの心は大きく揺れ動いている。




ベル君出すか迷ってます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話 咲かない花は風に抗う

主人公視点です 感想・評価、誤字報告ありがとうございました



 人は生まれながらにして平等ではない。

 

 力の強い者、知恵のある者、持つことが出来るのは生まれながらにして才能がある強者だけだ。だけど、子供の時の彼はその通りに必死に抗おうとしていた。いつか自分も強くなって誰かを守れる力が欲しい。そして偉大なる英雄の一人になりたい、そう願っていた。

 だがどれだけ自分を追い込んでも結果が来ることはなかった。

 

 彼は酷く濁っていてそれでいて朧げな夢をみていた。

 思い出したくもない忘れたい思い出。そう冒険者を目指すことになったあの日のことだ。

 

 夕暮れに照らされたとある部屋の一室で彼とその姉「アイズ・ヴァレンシュタイン」は二人で向かい合うように座っていた。その日は冒険者になる前日で、彼とアイズは各々の夢を語っていた。

 

「私は……私は強くなりたい。誰よりも強くなって、それで……」

 

「それで?」

 

「ううん、何でもない。とりあえず強くなりたい」

 

「そっか……」

 

 アイズは何かを言いかけたのを途中で辞めて話を切る。弟は特に気になる様子もなく話を続けていく。この頃のアイズと彼は強さに憧れを抱いていた。両親が消え、二人とも自分達が強くならなければと感じていたのかもしれない。特に姉であるアイズは弟である彼を守らないといけないと思い込んでいた。

 

「俺も強くなりたいけど、お姉ちゃんや皆が元気ならそれでいいかな」

 

「そう……ありがとう」

 

 この時の彼は今よりも純粋でそれでいて臆病だった。だから戦わないで済むならそれに越したことはないと思っていたし、残された家族である姉が元気ならそれで良かった。

 思いがけず自分のことを心配する弟の言葉にアイズは少しだけ嬉しそうに微笑む。

 

 この夢をみている彼は思わず目を背けたくなった。見ていて気色が悪いと思ったし何より姉とこんなやり取りをしていたのかと思うと身の毛がよだつ。気持ち悪いとしか言いようがない。

 だが夢というのは目覚めるまでは見続けなければいけない。それはまさに止めることの出来ない物語のような物であった。だからこの次の言葉もしっかりと覚えている。

 

 幼いアイズが同じく幼い自分へあのことを伝えていた。

 

「私がずっと守ってあげる。だから約束して、ずっと側にいるって……」

 

 今だったら間違いなく拒絶しているであろう言葉を吐くアイズに彼は吐き気にも似た胸糞の悪さを感じてしまう。だがそれ以上に嫌なのはこの後に自分が言った言葉だ。

 

「約束する!ずっと一緒だよ!」

 

 そんな約束をするなと言いたいがこれはあくまで過去の出来事を夢に見ているだけなので何とも出来ないのが歯がゆかった。

 この頃の自分と比べて今の自分はどれだけ惨めなことだろうか。力も知恵もなく運すらも付いてこない惨めな冒険者。それなのにまだ力を望んでしまう。そんな憐れな存在である自分が嫌で嫌で仕方ない。

 

 もう沢山だ。これ以上こんな悪夢は見ていたくない。そう思い彼は明晰夢から抜け出そうと必死に叫ぶ。

 

 

 叫び声を上げて目を覚ました時には自分の部屋の清潔なベッドの中で眠っていた。

 

 どういうことなのだろう?自分はダンジョンからの帰り道で雨に濡れて倒れてしまったはずだ。それなのにどういう訳かベッドに寝ている。服まで着替えさせられてあるし。周囲の状況を確認しようと横に目をやるとそこには椅子に座りながら腕を組んで寝ている姉アイズがいた。

 

 何故、アイズが自分の部屋にいるのかは分からないが取り合えず起き上がるかと思い上半身だけでも起こすが強い眩暈と頭痛に襲われる。体は熱く、関節は痛みを感じておりなにより強い気怠さが体中に感じ取れた

 

 風邪でも引いたのか?それとも何か別の病気でも……どちらにしろ自分は誰かに助けてもらったのは事実だ。それを確認するためにもロキに会いに行かないと。あととりあえずトイレに行きたい。

 何とかふらつきながら立ち上がり、アイズを起こさないように部屋から出る。姉に手助けをしてもらうのはどことなく気が引ける。姉の世話をすることは良くても姉の世話になることは彼のプライドというか、気持ちが許さなかった。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 動き始めると完全に体調の悪さを自覚し始める。歩くことさえ苦痛に感じる。だがこの程度なら動けない訳ではないと心を決め音を立てないように扉を開け通路に出る。体からは自然と汗が出てきて風邪の症状もあることが何となくだが分かった。

 とりあえずトイレに行ってからロキの所に行こう。そう決めた後は壁伝いに一歩ずつ一歩ずつ進んでいく。息が苦しくなり途中力のない咳をケホン、ケホンとこぼしてしまう。

 

 トイレまであと少しというところで、遂に歩くことさえできなくり地面にへたり込んでアヒル座りをしてしまう。やばいこのままじゃ確実に漏れてしまう。あの時大人しくアイズを起こして手伝ってもらえば良かった後悔するが所詮それは後の祭り。彼が絶望的な状況に落ち込んでいるときに偶然にも誰かが通りかかった。

 

「弟くんじゃん。大丈夫!?」

 

「はぁ……くっ……ティオナか……」

 

 助かった。という訳でもないか……正直に言えばティオナの手を借りるのも憚られるがこんな状態では文句は言えなかった。率直に頼みこむことにした。

 

「ティオナ……悪いけど肩を貸してくれないか?トイレまで行くつもりだったんだが……足がおぼつかなくて……」

 

「そっか!それなら任せてよ!」

 

 そう言ってティオナはへたり込んだ俺の体を、両手ですくい上げた後に歩き始める。

 何というかこの体勢はお姫様抱っこに近い状態であった。近いではなくお姫様抱っこそのものだ。逆の状態ならまだしも自分がされる側になるというのは恥ずかしいとかいうレベルではない。それにこんな情けない状態を誰かに見られるという心配もある。ただでさえ惨めな自分が更に羞恥を晒すのは情けないにも程がある。

 

「……あの、肩さえ貸してもらえれば……良かったんだけど……」

 

「だめだめ、昨日倒れたんだから無理はしないの」

 

「……ティオナが俺を見つけて運んでくれたのか?」

 

「ううん、私も探しに行ったけど見つけて運んだのはリヴェリア」

 

 そうかリヴェリアが……。朧気ながら昨日のことを思い出す。たしかにリヴェリアに背負われていたような記憶が微かに残っている。その後に芋づる式で昨日のことを思い出してきた。

 彼としては自分の失態でファミリアの皆に迷惑を掛けてしまった事が何より辛かった。彼自身はファミリアの中でも下っ端の下っ端であると自負している。そんな自分何かのために同じファミリアを動かせてしまったことは反省すべきことだと考える。

 

「昨日は……迷惑を掛けて悪かったよ」

 

 正直に謝る。普段から役に立っていないというのにこんな時ばかり迷惑を掛けてしまった事を彼は申し訳なく感じていた。そんな露骨に落ち込んだ様子を腕の中で見せる彼に、ティオナは笑って励ます。

 

「良いって!困ったときはお互い様でしょ、それに弟くんが無事ならそれが一番だよ」

 

「…………」

 

 その笑顔が今の彼には眩しすぎた。

 返す言葉を頭の中で必死に探すが結局見つかることはなかった。ただ一つ分かることがあるとすれば自分にはない何かを彼女は持っているということだけだった。

 その後無事にトイレまで送ってもらった。途中、誰ともすれ違わなかったことだけが救いである。

 

「後は……ロキにも謝って、それと問題ないことを報告しないと……」

 

「体調は悪いんだったら寝てた方が良いよ。ロキには私から言っておくから」

 

「いや、これは俺の失態だ。俺の口からしっかりと伝えない……と」

 

 ティオナは呆れたような顔をしているがこれは俺にとっては重要なことだ。自分の口で謝罪の言葉を述べたい。と思っていたのだが尿意が消え去ったことで如実に体調の悪さが露になってきた。

 

「……やっぱり、部屋に戻る」

 

「その方がいいよ。じゃあ、屈んで!」

 

「またあれで移動するのか……」

 

「うん!だってまともに歩けないじゃん。それに肩を貸すよりこっちの方が早いし楽だし」

 

 確かに歩けないがだからと言って全面的に世話になるつもりもない。だが全面的に世話になっている以上従う他は無かった。自分は恥ずかしいがティオナは恥ずかしくないのだろうか?と思いながら彼女の腕に乗り込む。

 まあティオネの場合はこうはいかないから乗り心地が良いと言えば良い。

 

 ティオナに揺られながら今度は来た道を戻っていく。もうこの際、誰に見られても文句は言えないと諦めていたが結局誰ともすれ違わずに自室の前の通路まで来ることが出来た。

 

 だが、問題は唐突に発生する。

 

 最悪なことに彼の部屋からアイズが通路に出てきたところで鉢合わせになってしまったのだ。アイズと彼はあまりの光景に思わず素っ頓狂な声を上げる。

 

「「あ」」

 

「アイズおはよう!」

 

「…………おはよう」

 

 ティオナだけが呑気に朝の挨拶をしてそれにアイズが返答している中、彼とアイズの視線が合った。その瞬間にその場の空気が固まってしまう。よりにもよって一番情けない姿を一番見せたくない相手に見られてしまった。

 彼は必死に釈明というか良い訳というか、とにかく仕方なくこの状態にあるということを説明する。

 

「……あの、ほら、ちょっと調子が悪くて、でもトイレに行きたくて、だから偶然通りかかったティオナに運んでもらったんだ……」

 

 彼のつたない説明に全く納得の様子は見られなかった。というよりもこれは前にも感じたことがある。これはどちらかと言えば嫉妬のような……

 彼の言い訳にアイズは少し冷たい声で聞き返す

 

「どうして私じゃなくティオナに手伝って貰ったの?」

 

「あ、いや、姉さん寝てたし。無理に起こすのも悪いかなと思って」

 

「……どうして私じゃなくティオナに手伝って貰ったの?」

 

 同じことを二度言うアイズが妙に怖い。

 余程、自分が頼りにされなかったことが頭に来ているらしい。そんなアイズを落ち着けるためにティオナはお姫様抱っこしていた俺を下すとアイズをなだめる。

 

「アイズもそんなに拗ねないでよ!弟くんを運んだのは本当に偶然廊下であっただけなんだから!それにそんなに弟くんが心配ならこれから付きっきりで看病すればいいじゃん!」

 

「……確かにその通り。ありがとうティオナ」

 

「うん!それじゃあロキへは私が報告して来るからゆっくり休んでね!弟くん!」

 

「ああ、助かったよティオナ……」

 

 姉であるアイズに付きっきりで看病とか勘弁して欲しい。ただでさえ一緒にいるだけで居心地が悪いというのにそれが一日中となると精神的負担は計り知れない。それくらい今の彼はアイズに苦手意識を抱いていた。

 

 まあ、愚痴を考えていても仕方ないと部屋に戻り再びベッドに潜り込む。さっきよりも熱が上がったように感じてしまう。無駄に姉を意識してしまったからだろうか。

 

 ベッドに入った俺に布団を掛けたアイズは、ベッド脇の椅子に腰を掛けると再び沈黙が訪れる。

 率直に言えば気まずい。

 先にこの異様ともいえる沈黙を破ったのは意外にも彼の方であった。

 

「姉さんも昨日は俺を探しに行ったの?」

 

「うん。いつも時間通りに帰ってくるのに、今日は遅いって聞いて居ても立ってもいられなくてベートさんと一緒に探しに出かけた」

 

「そっか……迷惑かけてごめん」

 

「気にしないで……たった一人の家族なんだものこれくらい普通だよ」

 

 その言葉に自分がアイズを避けていたことに罪悪感を抱いてしまう。アイズは純粋な気持ちで助けてくれたり、一緒にいようとしたりしてくれた……それなのに自分は自身の醜い感情でアイズと距離を置こうとしてしまった。それが悔しくて、胸を締め付けるようだった。

 彼は少しの間位なら一緒に過ごしても良いかもしれないと心に決めたのだった。

 

「そう言えば俺が目覚めた時からずっとそこに座っていたけど、いつから居たの?」

 

「寝付いてからずっといた」

 

「え?」

 

「頭に置く濡れタオルを交換したり、汗を拭ってあげたりしていた。それと久しぶりに見た寝顔は可愛かった」

 

「……そうか」

 

 それからはアイズに一日中お世話をされまくっていた。

 

 朝食や昼食、夕食の時などは一人で食べれるというのに無理やり食べさせてもらったし、汗で寝巻を着替えたいときなどはタオルで体を拭いてもらった。そうして自分が世話をされるたびに彼はアイズに対して申し訳ない気持ちにさせられた。

 

 だが、アイズはアイズでかなり楽しそうにお世話をするので無碍にも出来ずに受け入れたのだった。さすがに添い寝をし始めようとした時には止めに入ったが。それでも目覚めてからずっとアイズに看病され、複雑な思いを抱いて一日を過ごしたのだった。

 




特殊スキル関係なくただ伸びないっていうのも理不尽でいいかも


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話 咲かない花と追い風

主人公視点です 感想・評価、誤字報告ありがとうございました



 倒れてから数日が経ち、現在では本調子とはいかないまでもある程度は動けるようになった彼。というよりも早く動けるようになりたいという気持ちが強かった。

 やはり誰かの世話になるというのは彼の性分からしてあまり心地の良い物とは言えなかったからである。もっとも姉であるアイズの迷惑になりたくないという気持ちも多分に含まれていた。だからこそひたすら回復に努めたことで数日で回復したのだった。

 

 ただしこれまでの不摂生がリヴェリアにばれてしまった事で当分の間はダンジョンに潜るのを禁止されてしまった。現在はホームで手持ち無沙汰を解消するために的に向かってナイフを投擲する訓練をしている。

 

 投げナイフは冒険者にとって重要な技術の一つであると彼は考える。牽制から急所狙い、直接的な攻撃が難しいモンスターや飛行中のモンスターへの攻撃など、覚えていおいて損はない。また魔法と違い詠唱がいらないために不意打ちや素早い反撃に転用も出来るなど他にはない利点もある。

 

 ただしあくまでも小手先の技術であるために大型のモンスターにはどうしても通用しない場面があるなど一概に有用とはいかない。だが魔法の使えない彼からしたら重要な攻撃手段であることに変わりはなかった。

 

 先ほどから壁に掛けられた的に向かって投げてはいるもののどれも真ん中に当たることはなかった。彼自身のステータスの器用が高ければもう少し命中率が上がったのかもしれないが、生憎そんなものはないため自力で精度を上げなければならない。

 一通り持っていたナイフを投げ終えるが結果はイマイチなものに終わってしまった。何度目かになる外したナイフの回収を行いながらため息を吐く。

 

「はぁ……」

 

 何のために自分を追い込んでいるのか分からなくなる時が彼にはある。結果の伴わない努力をすることに意味などあるのかと。特に最近は落ち込むことが多くあったために余計に彼は訓練に身が入っていなかった。

 

「なに溜息なんか吐いてんのよ」

 

「ティオネか……何か用か?」

 

 後ろから声を掛けてきたアマゾネス、ティオネ・ヒリュテは落ち込む彼とは対照的に明るい声色をしていた。

 

 彼にとってはティオネは武術の師であり、気の置けない友人でもあった。ティオネの武術はアマゾネス特有の舞うような動きをしており、非常に洗練された戦闘技術である。昔の彼は誰かに頼ることを積極的に行っていた時期がある。その時にファミリアに入団したばかりであったティオネに戦い方を習ったのだ。

 

 また投げナイフを彼に教えたのもティオネであった。アマゾネスの武器である投げナイフ、フィルカを使った投擲術も教えてもらっていたのだった。そのためティオネは彼の戦闘スタイルに大きく関わっていると言える。

 

 ただし、最近は彼自身のプライドから誰にも頼らず訓練を行っていたため少しだけ距離を感じてしまう。だから今回急に話しかけてきたことで少し驚いたのであった。

 

「あんたが庭でナイフ投げしているのを見かけたんだけど、あまりにも真ん中に当たらないもんだからアドバイスしに来たのよ」

 

「それは……ありがたい……正直、実戦で使うにはもう少し精度をあげたいんだ」

 

「それじゃあ、フォームを見てあげるからもう一度的に向かって投げて貰えるかしら?」

 

「ああ、わかったよ」

 

 そうして少し離れた位置から的に向かって五本のナイフを投げる。真ん中を捕らえることが出来たナイフはわずかに一個だけで他の四本は的の端などに刺さっていた。あまり喜ばしくない結果に思わず渋い顔をしてしまう。

 その結果を見ていたティオネは難しい顔をしながら手を組んで考え事をしていた。何をアドバイスするのか考えているのだろう。少したって考えがまとまったのかアドバイスを彼に話す。

 

「そうね……もう少し肩の力を抜いて、投げるというよりナイフをモンスターに滑り込ませるような感じで投げると良いかもしれないわね。それともっと動きをコンパクトにしないと隙が出来るわよ」

 

 ナイフを回収し終えると今度はティオネ自身が手本のために投げるという。

 

「はっ!」

 

 ティオネの投げナイフはほぼノーモーションで、五本全てを同時に投げたと錯覚するくらい早かった。的には全てのナイフが真ん中に刺さっており、改めてレベルや才能の差を痛感させられた。

 彼のフォームと比べても、ティオネのはとても早くそして何より鮮やかであり動きにほとんど無駄がない。

 

「まあざっとこんなもんかしら。それじゃあもう一回投げてもらえる?」

 

 投げたナイフを回収したティオネはそれを彼に渡す。

 もう一度やってみてフォームに変化があったのかを確認するためだ。

 

「よし……はぁ!」

 

 ティオネのフォームを意識しながら自分のフォームと組み合わせ最適化したフォームで投擲する。五本のうち一本だけが真ん中に刺さることに成功した。

 フォームの改善が上手くいったことによる思わずガッツポーズをしてしまう。

 彼は自分の成長を実感することが好きであった。レベルに頼らずとも強くなれることを証明した気になれるからだ。見ていたティオネは真っ先に褒めてくれた。

 

「最初の時よりは断然いいわよ。動作も短くなったし速度も上がっているしね」

 

「ティオネのお陰だよ、ありがとう」

 

「……あんた礼なんて言えたのね。それよりも少し休憩したら?ずっと投げっぱなしで疲れたでしょ、病み上がりなんだしこまめに休憩を取らないと」

 

 そう言って庭に設置されているベンチに二人で座る。

 そう言えばティオネとこうして二人きりになるのも久しぶりだなと思い返す。

 

「……一つ頼みたいことがあるんだけどいいかしら?」

 

 ティオネは真面目な顔つきで話しかけてきた。

 頼みたいこと?一体何なのだろうか。レベル1の俺ではティオネに対して何か喜ぶことを出来るとは思えない。だがティオネ自身から話を始めたので俺に出来ることを要求してくるのだろう。

 

「病気が完治しても、これからもアイズと仲良くして欲しいの」

 

「え…………それは、出来ないかも」

 

 突拍子もない提案に思わず否定の言葉を出してしまう。姉さんといると迷惑を掛けてしまうし、それに何より一緒にいると些細なことでも嫉妬などの黒い感情が湧きだしてしまうのだ。だから仲良くは出来ればしたくない。自分のためにも姉のためにも。

 

 そう正直に伝えるとティオネは少しだけ寂しい顔をしながら続きを話す

 

「アイズの方から相談されたの。子供の頃みたいな仲が良かった頃に戻りたいって。たぶん同じ弟妹をもつ私にだけ相談しに来たんでしょうね。結構深刻な顔をしてたわ」

 

「アイズが……」

 

 姉であるアイズを心の底から嫌っている訳ではなかった。もしアイズがそこまで悩んでいるなら少しは歩み寄っても良いかもと彼は思った。今回のことでも世話になったことだし。

 

「わかった……少しは歩み寄ろうと思うよ」

 

「そう!それならよかったわ!」

 

 そう言って俺の頭を撫でてくる。アイズが見たらまた余計なことになるのだろうなと客観的に自分を分析していると身長の小さい一人の少年がこちらに寄ってきた。

 そう言えば倒れて以来会ってなかったな……。

 

「やあ、ひさしぶりだね。それとティオネも一緒にいたのか」

 

「……フィン」「団長!」

 

 フィン・ディムナ。ロキ・ファミリア最古参にして団長である。

 彼にとっては父親兼兄のような存在であり、非常に頼りになる存在であった。

 かなりのイケメンであり、その実力も相まってオラリオの女性達にトップクラスで人気があったりする。かく言うティオネも団長に惚れた存在の一人である。

 

「実は彼に用があってね……悪いけどティオネ、席を外してもらえるかい?」

 

「そ、そんなあ……」

 

「話が終わったら街へ出かけるつもりなんだけど……ティオネにはその時一緒に付いてきてもらいたいんだけど、いいかな?」

 

「それって、デ、デートですか?それじゃあ、二人での話が終わったら出かけましょう!約束ですよ!」

 

 そう言ってティオネはその場から勢いよく離れて行った。

 空いたベンチの隣の席にフィンが座ってくる。

 たぶんだが、今回のことで怒られるんだろうなと薄々予想は出来る。

 

「今回、キミが倒れるまでのここ最近の行動についてしっかりと叱っておこうと思ってね。まずは睡眠、食事、休憩をほとんどとっていなかったそうじゃないか。冒険者は何が原因で死ぬか分からない職業だ。これからは自分のコンディションに気を付けてダンジョンに潜って欲しい。そして限界に挑戦することと自分を追い込むことは別だということをしっかりと理解してもらいたい」

 

「……すみませんでした」

 

 限界に挑戦することと自分を追い込むことは別か……レベル6のフィンが言うのだから間違いはないのだろう。完全にオーバートレーニングだった自覚もある。今度からは倒れないように気を付けなければ。

 

「それとギルドから苦情が来ていてね。何でも夜のダンジョンで狩ったモンスターの魔石を回収せずに放置する「放置魔」がいるらしいんだ。これからは出来るだけ回収して欲しいとのことだけど……わかったかい?」

 

「……本当にすみませんでした」

 

 フィンは笑いながらそう語るが目はわらっていなかった。正直怖い。だが今回は彼の方が全面的に悪いので仕方のない事だった。

 

「まあ他にもいくつか言いたいことがあるんだけれど今日はこれくらいにしようかな。それとこれは僕個人の意見になるんだけど、絶対に無理だけはしないで貰いたい。キミのことを心配している人は多い。僕も含めてね。だから自分を粗末にするような真似だけはしないで欲しい。いいね」

 

「はい、わかりました」

 

「よし、それじゃあこれで話は終わりだ。これからティオネと一緒に街へ出かけるけど良かったら一緒にどうだい?いい気分転換にでもなるんじゃないかな」

 

「あー、遠慮しときます」

 

 そう返事をするとフィンはホームの中に戻っていく。どう考えてもデートだと喜んでいるティオネと団長の二人の間に入ることは避けなければいけない。

 

 今回のことは自分を見つめ直すいい機会になった。

 これからは無理をしないよう心掛けて鍛えていこう。そうきめたところで再び投げナイフの練習に勤しむのだった。

 

 

 

 

 ロキファミリアのホームの中にある執務室でファミリアの首脳陣「フィン」「ガレス」「リヴェリア」そして「ロキ」がテーブル越しにソファーに座り話し合いをしていた。

 今、話しているのはフィンである。

 

「彼に今日、無理はしないように忠告はしてきたからこれで一応は無茶はしないと思うよ」

 

「それを聞いて安心した。もうあんな姿は見たくないからな」

 

「……せやな、あの子にはいつも元気でいて欲しいわ」

 

 リヴェリアの言うあんな姿とは雨の日に倒れた彼のことであろう。リヴェリアの中では自分の背中で泥と雨にまみれ死んだように動かない彼の姿はそれなりにショックだったのだろう。

 ロキも自身の眷属の苦しむ姿は出来るだけ見たくなかった。

 

「だがあいつが持つあのスキル【風精華護】がある限りはまた力を求めて暴走してしまうかもしれんぞ」

 

 ガレスは『彼が持つスキル』について苦言を呈する。ガレスとしても弟子として可愛がっている彼が無茶をした今回の事件に関しては何か思うところがあるらしい。

 

「そろそろ本人に伝えても良いんちゃうか?」

 

「それはまだできない。もし真実を知れば彼は僕達に報復的な行動をとる可能性があるし、他のファミリアへの改宗なども要求でしてくるだろうからね」

 

 真実を話したいと思っているロキに対して、フィンは現実的な返答で否定する。

 そして彼の存在するメリットを語っていく。

 

「今の彼の存在はファミリアにとって大きな利益をもたらしている。【風精華護】による経験値上昇もそうだが、何より彼がいることでファミリア内の空気が引き締まる。彼より下の冒険者は彼の努力を見て自らのレベルを上げるように心掛け、彼より上の冒険者は彼のような落ちこぼれにならないためにさらに上を目指す。彼の努力する姿はファミリアの一種の指標になっているんだ」

 

 そのことを聞いた他の三人は思わずため息を吐いてしまう。フィン自身もそうだがファミリアのためとは言えスキルの存在を隠していることに強い罪悪感を抱いていた。

 ガレスは呟くようにアイズと彼を表現する

 

「アイズが敵に向かっていく向かい風だとすれば、あいつはファミリアを押し上げる追い風と言ったところだな……」

 

 ロキは決意をしたように三人に向けて話す。

 

「せや、だからこそ、その追い風を絶やさないようあの子を見守っていこう」




あらすじにも書きましたが全15話くらいになります
一話五千文字位なので計七万五千文字……一日一話はきついかも


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話 咲かない花は腐り始める

感想欄でのあまりに攻撃的な感想やストーリーの改変要求などの運対になる感想やめてください。
主人公視点です 感想・評価、誤字報告ありがとうございました


 ダンジョン探索とは本来数人で潜る方がはるかに効率的である。

 

 頼れる仲間がいることでもしものときの生存率がグッと上がるというのもそうだが、複数の冒険者が各々の役割を理解して連携をすることで、攻撃手段や戦術の幅が大きく広がる。もちろん報酬などは山分けになるのだが、それでも仲間がいるといないとでは 潜れる階層に大きな違いがある。

 

 パーティの重要性を彼自身が誰よりも理解していた。というのも常日頃からソロでダンジョンに潜っていたからだ。同じギルドに仲間や友人が全くいないという訳ではなかったが、自身のレベルの上がらなさにコンプレックスを持っていた彼は、誰にも頼らずレベルを上げようと意固地になって一人で探索をしていた。

 

 昔は姉や他の冒険者と潜ることもあったりしたが、現在ではほとんど一人きりだ。彼自身も非効率的なのは分かってはいたが、自身の弱さを誰よりも理解しているためにどうしても足手まといになってしまうのではという懸念。そして一人で潜りすぎたために連携すること自体が下手になってしまっていた。

 

 そんな彼であったが今日は珍しくロキファミリアの首脳陣の一人である、ガレス・ランドロックと中層ギリギリの上層に潜っていた。倒れてから続いていた不調も遂に完治し、ようやく動けるようになったためにダンジョンに潜りに行こうとしたところ、ガレスの方からたまには一緒に潜らないかと誘われたのである。

 最初は前述の理由から断ろうかと思っていたが、彼自身も復帰一発目のダンジョン探索というのもあり安全を一番に考えて了承したのであった。

 

 普段の彼はいつもならば潜っても10階層、完全装備でなおかつ万全の状態で戦えるときに限り11~12階層に潜るようにしていた。幾らそれなりの技巧を持っている彼でも所詮は、レベル1の低ステータスなので数で押されたり、力で押されたりすると簡単にやられてしまう。

 昔にも何度か死にかけたことはあったものの、毎回窮地を脱することが起こったために何とか今でも生き残ることが出来ているのであった。

 

 だが今回は頼もしい味方であるガレスがいることで多少無茶な冒険をすることが出来た。もしものときには助けてもらえると分かっていると自然と動きにも余裕が出て来る。

 

 現在いるのは上層最後の12階層。彼に迫りくるモンスターは大型の白い猿シルバーバック。普通に一対一で戦った場合にはそれなり苦戦、装備や状況によっては撤退すら考えなければならない相手であるが今回は違う。もしもの時に助けが入ってくれると分かっているので消耗を考えずに戦闘に望める。

 

 今回持ってきたのはガレスと同じ大型の斧である。彼自身は実のところ武器にこだわりがそれほどない。そのときの状況によって変えたりしている。

 

 まずはシルバーバックの顔面に投げナイフを投擲し、牽制をはかる。

 シルバーバックが一瞬ひるんだところですかさず持っていた両手斧をシルバーバックの膝関節に向けて体重と全身の力、そこに両手斧の質量を加えて思い切り振る。肉の厚さから最後まで切断することは出来なかったものの肉を裂き骨まで到達した硬い感触が手に残る。

 

「はぁぁあ!」

 

 片膝を破壊されたシルバーバックは壊された片足を付くような体勢になる。彼はすぐさまにもう一つの地面についていない突き出てた膝関節に両手斧を振るう。肉が裂ける音とともにこちらも骨まで到達させた。両足を潰されたシルバーバックは鳴きながら倒れる。

 

 そして最後に持っていた両手斧でその首を一撃で綺麗に狩った。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 死骸は消え魔石だけがその場に残る。前回フィンに放置魔のことで叱られてしまったために仕方なく背負っていたバックパックに魔石を入れる。

 今回の戦いは満足のいくものではなかった。今回使っている両手斧は破壊力はすさまじいものの、やはり彼のステータスでは攻撃が大振りになってしまうため確実に初撃で動きを止める一撃を当てなくてはならない。また自身の気力に見合っていない重い武器は追撃する回数にも限りがあるために、正確に一撃を当てる必要があった。

 

 これらのことを実践で行うことが出来た彼は久しぶりに戦いで満足感を得たのであった。これはもしかしたらステータスがどれか1くらい上がるのでは期待してしまう。

 

「よくやったな!無駄のない三連撃だったぞ!」

 

 そういって端で見ていたガレスが近寄ってくる。

 

 彼にとってガレスは基本的な戦いを教えてくれた師であった。ガレスの戦いはドワーフの力を生かしており豪快であった。そんな戦いに彼は憧れて彼に弟子入りしたのだ。現在は小手先だけのせこい戦いしか出来なくなったが、それでもいつか花開くときが来ればガレスのような戦い方をしたいと思っている。

 彼にとって力は憧れなのだ。

 

「いや、まだまだだ。一体ずつなら何とかなるが集団で囲まれたら今のような動きをする余裕なんてなかった。それに何よりも大振りを連発してると体力的にも厳しい。二撃で仕留められたら良かったんだけど……」

 

 あくまで冷静に自己分析をする。驕ることすら出来ないステータスである以上、自然と自己評価も低くなる。

 

「やはり戦い方としては剣や槍の方がいいのかもしれんな」

 

「……そうかもしれない」

 

 決して自分が望んだ戦い方が出来るとは限らない。

 低レベル冒険者の辛い所だ。

 

「それよりも今日はもう撤収しよう。ガレスのおかげで魔石が溜まるのも早い」

 

 背中にはそれなりにパンパンに溜まったバックパックがある。

 

「そうか。ここら辺が引き時だな」

 

「ん……ガレス、たまには一緒に飲まないか?今日の魔石なら結構な収入になるし、久しぶりに……何て言うのか、こう、少しだけ飲みたい気分になったんだ」

 

 彼自身、酒はあまり得意とは言えない。だがそれでも飲みたいときぐらいはあったりする。今日は調子も良かったし、何より久しぶりにダンジョンに潜れて少しだけテンションが上がっていたのだった。

 思わぬ提案にガレスは満足そうに答える。

 

「構わんが、ドワーフを酒に誘うと明日の朝が大変じゃぞ?」

 

「そう何度も飲む量は間違えたりなんてしないさ」

 

 今夜の晩酌を決めた二人はダンジョンから地上に戻っていくのだった。

 

 ダンジョンの入り口、ギルドの換金所に着いたところで夜の約束をして二人は別れる。

 ガレスは珍しい彼の誘いということでせっかくならと良い酒を買いに、彼は換金所でドロップアイテムと魔石の換金をしていた。酒代は自分も出すと言ったがガレスに断られてしまったので大人しく換金を待っている。

 

 今日の彼の機嫌はかなり良かった。

 今回稼いだヴァリスが結構な額でありそれも気分を上げる一つの要因になっていた。

 

 バベルを抜け出て町の方に向かって歩きだす。

 着ていた服のフードを深く被ると街の方に向けて歩き出す。

 ホームに戻るには少し時間が早い。戻って鍛錬に励んでも良かったが今日は姉がホームにいると言っていたので、出来るだけ会わないようにしたかった。決して嫌いなわけではないがホームでの療養中にずっとベッタリしていたので少し距離を置きたかったのだ。

 

 立ち並ぶ露店を見て回るだけでもそれなりに楽しめる。

 冒険者になる前の子供の頃の夢はこうした露店で自分の店を持つことだった。そんな自分が今は落ちこぼれ冒険者をやっているのだから人生どうなるのか分かったものではない。

 

 そんな露店の中で一件だけ気になる店を発見した。そこはじゃがいもを潰した物を揚げた商品「ジャガ丸くん」を提供する露店であった。彼自身はそこまで好きではなかったが彼の姉はこの商品のことをいたく気に入っているため、名前だけはよく聞いていた。

 実際に自分で買ったことはなかったために興味本位で店の前に行く。すると、背の小さい黒髪の女の子が呼び込みをしていた。そして一目で神だと分かる。

 

(神がバイトしてる……まあ珍しくもないか)

 

 神がバイトしなきゃならないというのも世知辛いなとしみじみと感じる。そう思いながら注文をする。

 

「すみません、注文良いですか?」

 

「はいはい!何にしましょうか?」

 

「小豆クリーム味二つお願いします」

 

「今揚げるので少し待っててください!」

 

 どうやら作り置きはなかったらしい。まあ揚げたてを貰えるというのならそれに越したことはない。失礼かもとは思いつつも、待っている間につい興味本位で何の神様か聞いてしまう。

 

「店員さんはどこの神さま何ですか?」

 

「ボク?ボクはヘスティア」

 

「あー……あなたが神ヘスティアか……」

 

「む、その反応はもしやロキのとこの子供だね」

 

 主神であるロキが前にヘスティアの名前を言っていたことがあった。何でもライバルらしい。何のライバルかは教えては貰えなかったが。

 

「はい、前にロキが話をしてたので。チビだの、何だのと……」

 

「まったく!ロキは子供たちにまでそんなことを話しているのかい!」 

 

 話をしてみるとヘスティア様は気の良い普通の神様であった。バイトも生活費を稼ぐためだと言うので真面目な神様だなと感心してしまう。神と言えば自分勝手なイメージがあるが一概にそうだとは言えないらしい。 

 

「ヘスティア様は眷属とかいないんですか?」

 

「うーん……一応探してはいるんだけどね。やっぱり中々みつからないんだ……」

 

 まあ知名度の問題もあるのかもしれない。眷属が欲しいとつい愚痴を言ってしまうヘスティア様の話を聞いているとジャガ丸君が出来上がる。

 俺は出来立てのジャガ丸くんを受け取ると代金を払う。 

 

「ありがとうございました、また来ますね」

 

「うん、いつでも来ておくれよ」

 

 ヘスティア様はそう元気よく声を掛けると彼を見送った。

 気の良い神様だなと感じた。

 彼はジャガ丸くんを魔石がなくなって空になったバックパックにしまうと、ホームに向けて帰路につくのであった。

 

 ホームの門前まで来ると何か揉めているのか一人の男の子が追いだされトボトボと歩いていった。彼は門番にさっきの子が誰なのかを尋ねると、どうやら入門希望者だったらしいが体格的にも貧弱そうだったので門前払いしたのだと言う。

 少し前の彼であればどうでもいい事と切り捨てたが、今回は偶然にも眷属を募集している神様にあったばかりだ。入るファミリアを探している子を紹介ぐらいしてやっても良いだろうと彼は思った。

 

 すぐさま歩いていく白髪の少年の後を追う。

 

「おーい、少し待って貰えるか?」

 

「……えっと、僕ですか?」

 

「ああ、そうだ。入れるファミリアを探してるんだよな?」

 

「……はい、でもなかなか見つからなくて」

 

 そう言って少年は赤い目を下に向ける。どうやらかなり断られ続けてきたらしい。それならなおのこと丁度良かった。

 

「実は眷属を募集している神を知っているんだ」

 

「本当ですか!?」

 

 さっきまで落ち込んでいた顔は一気に花が咲いたように明るくなる。というか少しぐらい疑いそうなものであるがきっと純真なのだろう。

 

 そうして彼を連れて再びヘスティア様のところまで戻る。

 名前はベル・クラネルというらしい。冒険者になることを誓って故郷の村から出てきたというのだ。彼はその話を聞いて冒険者になりたてだった頃のことを思い出す、自分にもこんな風に若い時があったのだと。まあ、話を聞けばベルとはそこまで年は変わらなかったのであるが。

 

「あの……どこかのファミリアに所属の方なんですか?」

 

 話している最中にベルが唐突に聞き始める。そう言えばどこの所属かも言ってなかったな。というか名前も知らない相手に付いてきたベルはかなりのお人好しなのではないだろうか。

 

「俺は……さっきのロキファミリアの所属だよ…………下っ端だけど……」 

 

 自分で下っ端というのは恥ずかしかったが、まあ隠すようなことでもないので正直に答える。

 

「えっと……それじゃあ僕が冒険者になれたら先輩ってことになりますね!」

 

「うーん、まあ先輩っていうよりはライバルって感じかな。それに今から紹介する神様とうちのロキは仲が良いわけではないし。いや、ある意味では良いのかもしれないけど……」

 

「そうだったんですか……出来ればで良かったんですけど、冒険者について教えて貰ったり出来たらなあって……」

 

 確かにベルがヘスティアファミリアの第一号冒険者になったとすれば先輩から色々教えてもらえると言ったことが出来ない。ギルドからのサポートがあるとは言えやはり心配なのだろうか。 

 何度も言うが今日の彼は機嫌が良かった。だから…… 

 

「あー、それなら少しの間、一緒にダンジョンに潜る?臨時のパーティとして」

 

「本当ですか!ぜひお願いします!」

 

 そう言って笑顔になるベルを見ていると自分も嬉しくなる。

 最近は笑うことすらなかったが、ベルを見てると自然と元気と笑みが出て来る。

 何だか久しぶり笑った気がした彼だった。

 

 その後にベルをヘスティア様に紹介して自分のホームに戻ったのだった。

 




ベル君が登場しちゃいましたね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。