亡国の吸血娘(五さい) (善太夫)
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ありんすちゃん、出会う
ありんすちゃんが地上のログハウスにやって来ると、そこでは
「どうちたでありんちゅ? わらわ──わたちが解決しるでありんちゅよ。めいたんて、ありんちゅちゃがまあるくかいけちゅしるでありんちゅ」
ありんすちゃんは胸をはりました。
「ああ、ありんすちゃん様。実はナザリック宛にこんなものが……」
ユリはありんすちゃんに小さな小包を見せました。大きさは丁度B6サイズ位でドッシリとした重さがあります。
「……爆発物ではない。なんらかの魔法の痕跡もない。だから大丈夫……たぶん」
ありんすちゃんは小包を振ってみましたが何の音もしませんでした。どうやらお菓子ではないみたいです。
ちなみにありんすちゃんの頭を振るとカラカラと音が……ゲフンゲフン。な、なんでもありません。
改めてありんすちゃんは宛名を調べてみました。すると表に『ナザリック地下大墳墓 鈴木悟 様』という宛名書きがありました。
「……えっと、えっと……」
そういえばありんすちゃんは漢字が読めないのでしたね。
「……鈴木悟、ですよ。そんな名前、ナザリックにはいないかと……」
「……肯定。ナザリックにスズキサトルというデータは無い。ちなみにスズキゴでもリンボクゴでも登録は無い」
「……ふ、ふーん」
ありんすちゃんはわかったようなふりで誤魔化します。しばらく考え込む様子を見せていたありんすちゃんはいきなり顔を上げました。
「……こりは『ありんちゅちゃ様』と書いてあるでありんちゅ。ありんちゅちゃを漢字で書くとこうなるでありんちゅ」
あ然とするユリとシズを残し、ありんすちゃんは胸をそらせフンスと鼻から息をはくと小包を手にログハウスを後にしました。
※ ※ ※
ありんすちゃんは屍蝋玄室に戻るとベッドに寝そべり早速小包を開けてみます。中からでてきたのは一冊の本──アニメ・オーバーロード3の全巻購入特典小説『亡国の吸血姫』でした。
ありんすちゃんは本をひろげますが、漢字が多すぎて読めません。そこでシモベのヴァンパイア・ブライドを呼んで本を読ませはじめました。
ナザリックを出たモモンガは空高く飛び上がります。そして「いくぜ!」というかけ声でたくさんの花火を点火するスイッチを入れます。ありんすちゃんは大喜びです。
ついついありんすちゃんは花火代わりに〈ヴァーミリオン・ノヴァ〉を放とうとしてシモベ達に止められてしまうのでした。
次に、いつの間にか廃虚の街にいたモモンガは一人のアンデッドの少女──キーノ・ファスリス・インベルンと出会います。キーノが自分の名前を名乗るシーン──感動的な場面に話がくると何故かありんすちゃんは不機嫌になりました。
ありんすちゃんはヴァンパイア・ブライドから本を奪うと「なまえはキーノ・ファスリス・インベルン」の一文の上にバツをつけ、『ありんすちゃん』と書き加えました。
これで主役はキーノからありんすちゃんに変更です。
すっかり満足したありんすちゃんは『亡国の吸血姫』を胸に抱いたままうつらうつらと眠りにつくのでした。
※ ※ ※
ありんすちゃんが目が覚ますとそこはいつもの屍蝋玄室のベッドではありませんでした。起きあがって辺りを見回してみましたが、まったく見おぼえの無い廃虚の街みたいな場所にいるのでした。
もしかしたらまたしても寝ぼけてくしゃみをして〈グレーターテレポーテーション〉を発動させてしまったのかもしれませんね。
「……こりはまず、探検しるでありんちゅ」
ありんすちゃんはチョコチョコとした足どりで歩き始めました。
街の中ではウロウロするゾンビしか出会いません。ありんすちゃんはしばらくゾンビの真似をして歩いてみましたが、すぐに飽きてしまいました。
ふと、誰かがありんすちゃんを追いかけてきている事に気がつきました。
「……鬼ごっこは大好きでありんちゅ」
ありんすちゃんはキャッキャッ言いながら一生懸命に逃げます。
鬼はありんすちゃんの前に回り込むと、ありんすちゃんは勢いよくぶつかって止まりました。ありんすちゃんが鬼を見上げるとそこには──
「……アインジュちゃま……」
ありんすちゃんはぼうっとしてアインズを見上げます。しかしアインズはありんすちゃんと初対面であるかのように尋ねてきました。
「……こんばんは、星が綺麗な良い夜ですね。幾つか聞きたいのですが……」
ありんすちゃんはコクリと頷きます。
「まずはそうですね。……私は……鈴木悟と言いますが、貴方のお名前をお聞きしてもよろしいですか?」
ありんすちゃんはニッコリと笑いました。
「ありんちゅちゃはありんちゅちゃでありんちゅ」
「……キーノさん、ですね。……それで早速なのですが、この都市で何があったのかを教えてくれませんか?」
ありんすちゃんは首を振ります。
「……ありんちゅちゃは5ちゃいだからわかんないでありんちゅ」
「………………」
悟は腕を組んでしばらく考え込みました。そしてなにか決断したように口を開きました。
「それで……私は……先程も名乗らせていただきましたが、鈴木悟と言います」
「……違うでありんちゅ。アインジュちゃまでありんちゅ」
ありんすちゃんは否定しましたが、悟は無視しました。
「悟さま、でなくて悟さん、で結構ですよ。それで──キーノさんでしたね」
ありんすちゃんは首を振りました。
「違うでありんちゅ。ありんちゅちゃはありんちゅちゃでありんちゅ。キーノなんて名前、知らないでありんちゅ」
「それで恐縮なのですが、この都市で何があったのかを、貴方が知る限りで構いません、教えてくれませんか? 勿論、お礼としてマジックアイテムや金銭をお支払いするつもりです。どうでしょう?」
お礼という単語にありんすちゃんは目を光らせて悟を見つめました。ですがありんすちゃんには説明出来る情報はありません。
ふとありんすちゃんの視界に城が映りました。途端にありんすちゃんは城に行ってみたくて堪らなくなりました。
「お城行きたいでありんちゅ」
「お城ですか? ……成程。あそこに家族がいる、というわけですね。わかりました。行きましょう」
悟はありんすちゃんの手を握ると歩きだしました。
※ ※ ※
「どなたかいますか?」
警戒の為に召喚したドッグ・ゾンビを先行させながら悟とありんすちゃんは城内を進みます。
城下で見かけた兵士のゾンビの姿は一切なくあたかも無人のように静まり返っていました。
「……お城でありんちゅ!」
興奮したありんすちゃんが走りだし、奥の厳めしい扉を勢いよく開けました。
「「!!!!」」
部屋の中にいたアンデッド──ナイトリッチと目があった悟は──
「はじめまして。私は鈴木悟と申します。もしかしてこちらのキーノさんのご家族の方でしょうか?」
ナイトリッチは慇懃に挨拶をする悟を不思議そうに眺めていましたが──
「〈
ありんすちゃんの魔法攻撃により、一瞬で燃え尽きてしまいました。
「──ええー?」
一仕事終えたように満足そうな笑みを浮かべたありんすちゃんは……
「危なかっちゃでありんちゅ。ありは危険が危ないでありんちた」
「……成程。確かにこのナイトリッチは他のゾンビと違いますね。もしかしたら都市の住人がゾンビになった原因かもしれません。少し調べてみましょう」
悟は手際よくナイトリッチの持ち物を床に並べていきます。
「まずはこの羊皮紙の束から調べてみましょう。あのアンデッドの正体や目的がわかればゾンビになった人々を救う手段がわかるかもしれません」
ありんすちゃん言われるがままには変な臭いのする羊皮紙の巻物に手を伸ばしました。すると悟は止めようとします。
「ん? いや、罠について調べましたか? 魔法的な罠がある可能性が……」
悟がありんすちゃんに説明します。ありんすちゃんは呪文を唱えました。
「うえ、うえ、した、した、ひだり、みぎ、えー、びー……こりで大丈夫でありんちゅ」
ありんすちゃんは羊皮紙の束をつかんで拡げてみました。
「えとえと……ありんちゅちゃには読めないでありんちゅ」
「……では、このアイテムを使ってみて下さい」
悟はアイテムボックスからマジックアイテムのモノクルを取り出してありんすちゃんに渡しました。
「……えとえと……は、……の……の……に……である。読めたでありんちゅ!」
残念ながらありんすちゃんにはひらがなしか読めませんでした。
悟は気を取り直して他の回収したアイテムを床に並べていきます。
「では、このアイテムを見てもらえますか?」
「わかっちゃでありんちゅ」
ありんすちゃんが頭をぶんぶん振って頷きました。
「これらのアイ──」
「──あ!」
ありんすちゃんが一つのアイテムに駆け寄ると、そのアイテムを抱きしめました。
「こりはありんちゅちゃの! 前から欲ちかっちゃでありんちゅ!」
ありんすちゃんは羽がついた可愛らしいワンドを抱きしめています。
「それがゾンビになった皆を救う事が出来るかもしれない蘇生のアイテムですか」
「ちがうでありんちゅ。魔法少女リリカル☆ありんちゅの杖でありんちゅ」
ありんすちゃんはワンドを構えてポーズを決めてみせました。するとワンドの先の羽がチカチカと光ります。
悟はため息をつくと他のアイテムを調べ始めました。
“イルビア・ホルダンの仮面”、“
悟の見立てでは、込められている魔法は信仰系第五位階魔法〈
ありんすちゃんに話しかけようとした悟は思わず破顔しました。なんとありんすちゃんはワンドを抱きしめたまま、すやすやと眠っていたのです。
仕方ありませんよね。だって、ありんすちゃんはまだ5歳児位の女の子なのですから。
悟は気持ち良さそうに眠るありんすちゃんの側に腰をおろしてぼんやり待つ事にしました。
※ ※ ※
「……ムニャムニャ……おちっこ」
ありんすちゃんは突然ムクリと起き上がるとトテトテと駆け出しました。
「……おトイレはどこでありんちた?」
「……さあ?」
ありんすちゃんは半分寝ぼけた状態で〈ゲート〉を開きます。ありんすちゃんと悟は城下にやって来ました。
「……ああ、城下ならゾンビ化した兵士で実験が出来ますね」
悟はゾンビになっていた兵士を捕らえるとすぐさま息の根を止めさせて復活のワンドで蘇生させてみました。
しかしながら残念ながら復活した兵士はゾンビのままでした。
「……残念ながらゾンビとなった人達をもとに戻す手段は現在の所、無いようです。……しかしながらこの状態を起こした元凶にたどり着いたら……あるいは何かしらの手段があるかもしれません」
ありんすちゃんは城下にあった公衆トイレで用をすますと、爽やかな表情で頷いてみせました。
「……こりから冒険しるでありんちゅ!」
ありんすちゃんは悟と手を繋ぎインベリアルの王城を後にするのでした。
尚、王城の奥ではキーノの父母であるインベリアル王と王妃が二人のメイドと共にゾンビとしてさ迷い歩いていましたが、二人の知るところではありませんでした。
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