英雄を求めて (ゴマ醤油)
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プロローグ

 窓を閉め切った体育館。そこで行われていたのは一つの試合。

 コートには三人。一人と二人。どちらが有利なのかは言うまでもない、そのはずだった。

 後輩どもの息を呑む音が聞こえる。

 

「──はあっ、はあっ」

 

 汗が滴り落ちる。

 思考が乱れる。

 目を閉じれば今にも倒れてしまいそうになる。

 

「20-0。 マッチポイント」

 

 無慈悲な審判の声が聞こえる。いつもは私の勝ちを後押ししてくれるはずの宣誓は現実を見せつけてくる。

 前にいる香織も肩で息をしている。いつもはこんな逆境でも感情を昂ぶらせてくるその情熱も今は燃え尽きかけているかのように見えてしまう。

 

(──ああ、くそ。くそっ)

 

 もはや声をかける余裕もない。息が荒いのはこちらも同じ。心が死にそうなのは香織と変わりはしない。

 

 反対側のコートにいる少女に必死で目を向ける。

 こちらのサーブを待つ少女。最近転校してきたその女。そいつの目は何処か遠くを見ているような無機質な瞳。

 

 ──こちらを見ていない。一度たりとも視線が合うことはない。

 

 全くもって私達に興味が無いのか。見る価値もないというのか。

 ふざけるな。こっちは二人。それに対しあっちはたった一人なのだ。

 この三年間死に物狂いで練習してきた。全国にも行った。表彰台にも幾度も名を残してきた。あの天才どもに今回こそは勝てると、そう思えるまで努力してきたのだ。

 今年が中学最後、香織と組める最後かもしれないのに。

 それなのに、それなのに──。

 

 サーブを上げる。何としてでも、何をしても一点だけでも──! 

 

「ゲ、ゲーム。マッチワンバイ南雲。21-0。……21-0」

 

 私は立ち尽くし、香織は膝から崩れ落ちる。その言葉は心の折れる音に等しかった。

 先輩としてこのさぼり魔に部活に出て欲しかった。それだけだった。

 二人でいいと言われた時どれだけ煮え繰り返っていたか。それがもう、何か言うことに意味があるのかと心から後悔していた。

 

「……お疲れ様でした」

 

 淡々とこちらに告げ体育館から出て行くそいつ。誰も、引き止めることはしなかった。止めることなどできなかった。

 あいつに何か言う気概さえも既に無くなってしまっていた。

 

「──ひぐっ」

 

 香織は泣いていた。負けた悔しさ故か、それとも恐怖なのか。

 

 力の入らない手を握ろうとしてしまう。

 私は怖い。あいつがどうしようもなく怖い。

 何故あそこまで強いのか。何故あんなに余裕そうなのか。──どうしてあんなに興味のなさそうな目をできるのか。

 理解できない。その感情がどうにも恐ろしい。

 

 結局、あいつはこっちを見ることすらなかった。視線が重なることすらなかった。

 天才。そんな言葉では言い表せない埒外の存在を垣間見た気がした。

 

 

「……怪物」

 

 何処からかそんな言葉が漏れる。この空間内の誰かが言ったのか、それとも私の口から出たものか。

 誰もがそんな言葉でしかあいつを表現できなかった。

 

 ラケットが手から滑り落ちる。汗なのか、力が入らないからなのか。

 どっちでもいい。もはや拾う体力も、拾おうとする意思すらも失っていた。

 

 この日以降私はラケットを、三年間共にいた相棒を握ることすらできなくなった。

 バドミントンに関わるものを見ると、あの目を思い出す。思い出してしまう。

 どれだけ強くなっても、あの三強に勝てたって。結局あいつがいる限り、どの宝石も石ころに変わるのだろう。

 

 

 その後私はバドミントンを辞めた。もう二度とやりたいと思うことはないだろう。

 聞くところによると香織はまだ続けているらしい。どんなことを考えてシャトルを追いかけるのだろうか。

 怯え、恐怖、絶望。それとも私とは違う何かなのか。

 どうでも良いか。転校してしまったあいつのことなんて。

 

 部屋に飾る写真。それは香織とのツーショット。どっかの大会で優勝した時の記念の思い出。

 それを箱に入れ、押入れの奥にしまう。

 自身のバドミントンの思い出を全て詰めた箱。これを次にいつ開けるかは分からない。

 

 けど、けれど。もし開ける機会があったとするならば──。

 その時はもう、その写真を見て震えることがないように、涙を流すことがないように。

 そんなことを願いながら押入れを閉める。心に穴が空いた、そんな気持ちが終わることはなかった。

 




こっちも不定期で書いていきます。評価を頂けると嬉しいです。


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 海鳴高校。決して頭がいいわけでもないその平均的な学校には少し大きな木がある。ご飯を食べるにはちょいと遠く、暇つぶしに木登りをするにはだいぶ大きいその木は意外と人気がない。

 

「ふわぁ」

 

 春の気持ちいい木漏れ日に照らされながら欠伸をする少女──南雲咲耶はその木に通う常連である。昼はここで仮眠をとり、放課後は普通に眠る。もはや授業よりもこの木を目的に来ているといっても過言ではないぐらいに通い詰めている。

 

 今だってそうだ。授業が終わり、すっかり眠気がたまってきたので寝てから帰ろうと思っていたのだ。

 睡眠。それはなんと素晴らしいものなのか。これをしているだけで時間は過ぎ嫌なことからは目を背けられる。

 私は寝ること──より正確に言うならば好きな時間に寝るのが好きなのだ。

 というわけで寝よう。ここで軽く寝て、帰ってご飯食べてまた寝る。なんともまあ感動的な──。

 

「あ、あのー。南雲さん?」

 

 その高めの耳に残る声で思考が遮られる。一体なんだと思い壊れた機械のように首を回して見てみると、そこにはクラスメイトの花柳が立っていた。

 

「……何の用? 会話だけなら寝るけど」

「ご、ごめんね。ぶ、部活のことなんだけど……」

 

 どうやら理由はあるらしかった。だが、それは私の動く理由にはならない。

 

「行かないよ。私は大会に出るために入ってるだけで練習する気は無い」

「で、でも一応出ないとまた御劔部長とか煩いよ?」

「言わせておけばいい」

 

 花柳の言葉をピシャリと断ち切る。私にとって部活はただの手段。学校がどうしてもというから部活は好きにしてもいいという条件でこの学校に入ったのに、学生なんかに強制させられてちゃ意味がないだろう。

 

 それにしても眠気が取れてしまった。無駄な会話のせいか。

 立ち上がり、そのまま家に帰ろうと歩き出す。

 

「え、どこ行くの? もしかして」

「ない。帰る」

「そ、そんな〜。南雲さーん」

 

 落ち込む花柳。背後でへこたれてるのが目に浮かぶ。

 だが私の足は止まらない。練習なんてしたくない。努力なんてしても何にもならない。

 罪悪感などない。私は、今の私はそこまでバドミントンに価値を見出す気はないのだ。

 

 欠伸をしながら帰り道を歩く。途中で見えた遊んでいる親子が妙に胸をざわざわとさせたのしか覚えてはいなかった。

 

 

 

 

「よーし。いくぞー」

「うん!」

 

 緑の芝生の上で一組の親子が遊んでいる。片方が長身の優しそうな男、もう一人は小さな小さな少女。

 

 ああ、分かっている。これは夢だ。過去の記憶でしかない。

 父と遊んだ中で最も楽しかった記憶。夢にまでみるのだからバドミントンがそうなのだろう。

 いつからだろう。あの時はただ羽を追いかけるだけでも楽しかったのに。シャトルを打つのがどうしようもなく面白かったはずなのに。

 

「うまいぞー! もしかして、将来はプロなのかもなー」

「ぷろ? なんかつよそうー」

「強いぞー。お前がずっとバドを続けていれば、この日本ですっごいライバルにも会えるかもなー」

 

 父の言葉。それは子供を楽しませるただの冗談だったのかもしれない。現にその時の私はライバルという響きだけで目を輝かせていたのだから。

 

「なれるかなー」

「なれるさ。咲耶ならな」

 

 根拠のないその自信。

 思えばいつもそうだった。いつもそう言って励ましてくれた。背中を押してくれていた。

 

「じゃあなる! ぷろってやつに!」

 

 だからまあ、その言葉はよく覚えている。

 自分の幼い時の宣言。これからを楽しいと思って仕方がないというその力強い誓い。

 

 だが、今の私にはそれがあまりにもそれが美しく見える。何せ今は。

 

 ──今はもう、ほとんど思ってもいない夢なのだから。

 

 

 

 

「──っ」

 

 急激に意識が覚醒していく。時計を見ると朝の六時。いつも通りの起床時間。

 汗で体が気持ち悪い。また夢を見たからか。

 とりあえず、走ってからシャワーを浴びようと布団から出る。適当な服に着替え、外に出て走り始める。

 トレーニングとしてやってるのではない。体を衰えないためだけに行っていたこれはいつからかやらなくては体の調子が合わないぐらいにまで日常に染み込んでいた。

 

 走るのはいい。集中して走れば寝るのと同じくらいには何も考えずに済むからである。その上、体力まで付くというのだから人類全てが走っていれば平和じゃないかなと思えるほどだ。……そこまでではないな。

 

「……げっ」

 

 ようやく体が温まってきた頃、どこからかそんな声が聞こえた。

 まあ気にしない。今は朝なのだ。面倒いことには関わりたくない。

 

「おい、無視してんじゃねぇよ」

「……」

 

 ……はあっ。しょうがなく振り返るとそこには自分と同じラフな格好をしてランニングに来ているであろうその女──御劔令が息を乱しながらも付いてきていた。

 

「てめえ、呼んだら、待つだろ、普通」

「待たないです。特に待つ理由もないですから」

 

 別に嫌がらせとかそんなんじゃあない。御劔主将は同じランニングコースを使っているのを見たことがあるからいるのはわかるが話しかけてくることはほとんど無い。

 こいつとはほとんど関係がなく話したことだって数えるほどしかないはずだ。クラスも、学年も違うこの人に朝から出会ったところで何かあるわけでもない。

 

「……そろそろ行っても良いですか?」

「ああ!? ああくそっ。何でこんなやつに声なんか……」

 

 心からの不満顔で悪態をつく御劔。一応先輩なこの人だがそんなに嫌ってるなら何で声を掛けてきたのだろう。

 ……まあいいか。今更部活関連で好かれることはないし。

 

「では」

「あっ! 待てって」

 

 再び走り始めるがどうしてかこちらの横に付いて走る。別に構うことはないが一体何だというのだ。

 

「お前、部活、出ないのかよ」

「……出ません。それは顧問も納得しているはずです」

「それは、知ってる。けど──」

「そこまで練習したくないんです。では」

 

 速度を上げ主将を振り切る。まったく、朝からこんな体力使わせるなんて酷い先輩だ。

 

「たまには来いよ! お前と打ちたいやつなんていっぱいいるんだからな!」

 

 後ろから大声が聞こえた。だけど、それに答える気にはなれない。

 別に、打つのが嫌とかそんなんじゃない。練習自体は嫌いではない。

 

 無駄なのだ。しなくても勝てる。したら更に差が広がる。

 この体はやればやるだけ伸びるだろう。今なお限界が見えない自分はまだまだ強くなれるだろう。

 けど、それでは意味が無いのだ。

 

 

 だから私は練習はしない。ああ、どうか。どうかお願いだから。

 

 ──私を倒せる選手がいてほしい。その望みは中一の頃から何も変わらない。



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部活

 その日の授業はえらく退屈だった。嫌いな数学、苦手な英語、ご飯後の体育。体育は嫌いではないけれどもマットを使う運動は好きでもなかった。

 放課後になった時には既にやる気が折れていた。それはもう、斧で割った木よりも綺麗に。

 

「な、南雲さ〜ん?」

「……花柳」

 

 おどおどとした声の持ち主を見る。花柳は声とは違いやる気のある顔でこちらに呼びかけてきている。

 

「ぶ、部活行かない? ほ、ほら。楽しいよ?」

 

 所々に噛みながらも言葉を紡ぐ花柳。どうしてそんなにかくかくしているのか。他の奴とは普通に話しているのを聞いたことがあるのに。怖いのか。私が怖いのか。……思い返せば塩な対応しかしてない気がする。

 

「……ん」

「へっ?」

 

 机に掛けてあるラケットケースを指差す。

 少し汚れた赤色のラケットケース。それを見た花柳の顔がぱあっと明るくなる。

 

「来るの? 来てくれるの!?」

「……調整」

 

 そんな顔をしないでほしい。なんか行ってない自分が悪いみたいになる。

 今日行くのは最初から決めていた。私は別に、弱くなりたいわけではない。衰えた私にライバルが欲しいわけではない。

 だから調整はするのだ。決して実力が下がらないよう適当に。

 ……決して朝言われたからではない。

 

「やったー! じゃあ行こっ! すぐ行こっ! 早く打と?」

「分かった、分かったから落ち着いて」

 

 体をぐいぐい揺らして歓喜を訴えてくる花柳。まるで長年の友人が引きこもりをやめたみたいな反応である。

 別に私が好きなわけではない。私に興味があるというわけだはない。

 ただ強い奴とは打ちたいだけだ。うちの部員はみんなそうなのだ。

 

 ぴょんぴょん跳ねながら体育館に向かっていく花柳。一緒に歩くのも疲れるので、少し後ろを歩きながら部活に向かっていった。

 

 

 

 

「おっはよーございますー!」

 

 体育館に花柳の声が響く。それぞれでアップをしていたり、雑談に花を咲かせていた部員達が一斉にこっちを見てくる。

 先輩、後輩、同級生。無数の視線につい帰りたくなるがそんなのはここに来るといつも通りなので気にしない──花柳と来なければ少しはましになるのだが。

 

「早く打と早く打とう?」

「先にアップ。怪我する」

「はーい」

 

 軽い返事をしてから体をほぐし始める。

 体全体を伸ばし関節をほぐす。

 怪我は実力が出せなくなるので気を付けなくてはいけない。そんなしょうもないことでもし動けなくなるのなら、私はそれに耐えられないだろう。

 

「おっけおっけ! さあ──」

「集合!」

「ありゃりゃ。始まっちゃった」

 

 部長がみんなを集める。初めに集合しコーチの話を聞く。無駄な気もするのだが皆ささっと移動してしまうので仕方なく私も並ぶ。

 

「お願いします!」

『お願いします!!』

 

 コーチに向けて礼をする。これもいつもやること。運動系の部活ってなぜ声を大きくするのが普通みたいになっているんだろう。

 

「はいおはよう。今日の予定を発表する」

 

 コーチは淡々と練習内容を確認していく。百六十センチほどの白っぽい髪色の女性。声は平坦だが、決してそれが逆に重々しさを強くしている。

 

「──以上。最後に報告だ。今週の土日に選抜戦をするので準備しておくように」

 

 選抜戦。その言葉一つで部内の雰囲気が変わる。

 選抜戦とは大会の団体戦を決めるためのリーグ式の試合で、それはこの部の最強を決めるようなものだ。

 うちの団体メンバーは学年関係なく勝敗で決まる。当たる相手はコーチが独自に決めるので多少の運が絡むのだが、この部でそれを非難するのは許されない。

 

 運も実力の内。運がないなら全員倒せ。それがこの部の方針である。

 ここまで徹底した実力主義はこのコーチが赴任してかららしいのだが、事実それでこの学校の成績は上がり全国にも進む学校になってきているらしい。

 

「では解散」

 

 その言葉と同時に一斉に動き出す部員達。外周、打ち合い、レシーブの練習。基礎的なことを全員で一時間半ほどこなしあまりの時間に自主課題。

 体育館が他より広いであろうこの学校特有の自分で考え自分で聞くというスタイル。当然相手も自分で見つけなくてはいけない。

 それは価値のない弱者は余るということだ。ここは急増とはいえ全国を狙える高校。中学時の強さゆえのプライドで去るも多い。

 

「──お願いします!」

 

 サーブを上げる。相手はネット前に落とされたそれを返すが随分と高い。

 打ち頃なそれを強打するのは簡単だ。しかし提示された課題は動くラリーの練習。我慢し少し強めに後ろのラインぎりぎりに打ち込む。

 再びそれに飛びつき返してくるが、すぐさま逆サイドのネットすれすれに落とす。それにはさすがに届かずシャトルはぽとりと地に落ちる。

 

「ありがとうございました!」

 

 礼をしてコートを去り、次の人が入ってくる。

 私はいつも教える側になる。調整で来ているのだからこちらの方がちょうどいいのだが、いかんせん人が多い。ほかの先輩──レギュラー連中に頼めばいいのに。

 

 

「次」

「お願いします!」

 

 どのくらいやったのだろう。シャトルを打ちながら時計に一瞬目を向けるとすでに六時を切ろうとしていた。そろそろ部活も終わりだな。

 そろそろかと思ってコーチを見る。ラリーは続いているが問題ない。次にどこに落ちるかは大体検討がつく。そのように打っているのだから。

 降ったラケットがシャトルを捉えそのまま返す。それは計算通りに逆サイド、ラインぎりぎりの部分に落ちていた。

 

「集合!」

 

 招集がかかる。部長のそれにはいかに疲れていようとも部員たちは動く。まるで調教された犬ころだと思いながらそちらに向かう。

 

「南雲! 遅い! 出ているのならしっかり動け!」

「……すいません」

 

 どうやら少し遅かったのが気に障ったらしく部長が強めな口調で注意してくる。まあ出ている以上はこちらが悪いのだ。しょうがない。

 

「ふむ。今日もお疲れ。明日はいつも通り休みです。各々で時間を大切に使って下さい。では解散」

『はい! ありがとうございました!』

 

 体育館が声で震える。始まりと終わりが一番大きな声だと思えるぐらいにはよく響いていると感じる。

 それぞれが帰る用意をするために更衣室に向かう。うちは一応私立なのでシャワーがあるにはあるのだが、いかんせん人が多いのを皆知っているので使う人は少ない。

 

「南雲さん! い、一緒に帰らない?」

「……途中まででいいなら」

「! うん!」

 

 花柳がこちらに寄ってきて一緒に帰ろうと提案してきたのでとりあえず頷く。なんでこいつが誘ってきたのかわからないがどうせ途中で別れるのだからどっちでも良いだろう。

 返事を聞いて花が咲いた様な顔でわたわたと練習着を仕舞い鞄を持つ花柳。正直こいつは他に友達いるんだからそっちと帰れば良いのにとは思うがなんで今日は私なんだろう。……何か嫌なことでもあったのか。

 

「よしっ! 帰ろっ!」

 

 花柳に付いていきながら帰り道を歩く。学校を出てちょっと拾い大通りを進む。どこかに向かうスーツの男、わいわい騒いでいる大学生か何か、手を繋ぎながら歩く親子。様々な人が目に映る。

 

「ねえ南雲さん! 何でいつも部活来ないの?」

 

 唐突に花柳が聞いてくる。表情を見るに本当に気になったから聞いてみた、そんな程度な疑問なのだろう。

 少し悩んで別に話しても問題無いと考える。

 

「参加は自由。それがここに来るときの条件だから」

「へぇ-」

 

 そうなんだーと呟きながら納得したような顔をしている花柳。何だろう。非常に間抜けな面に見える。

 こんなやつでも私と同じ推薦生。コーチが拾ってきた三人のうちの一人である。 

 

「あっ! コンビニ寄ろっ?」

「……いいけど」

 

 返事をすると嬉しそうにすぐ近くにあるコンビニに駆け込む花柳。

 中に入るとアイス売り場で頭を捻らせていたが特に気にすることなくスイカに似たアイスを売り場から取りレジに向かう。

 

「うーん。よしっ!」

 

 すぐに決めたらしく、それを取ってこちらの後ろに並ぶ。……はあっ。

 

「すいません、これも」

「かしこまりましたー」

 

 花柳からアイスを剥ぎ取りそのままレジに置く。急なことでわたわたしている花柳がいるがどうでもいい。二人いて待っているとかったるい。それにアイスが溶けてしまう。

 おつりを受け取りコンビニを出て、ビニール袋からアイスを花柳に渡す。

 

「あ、ありがと! お金渡すね!」

「いらない」

「で、でも~」

「さっさと食べなよ。溶けるよ」

 

 袋を破りアイスを食べる。所で箱売りのメロンのやつの方が好きなのだが、何故単品だとスイカのやつしか売っていないのだろう。とても疑問で仕方が無い。

 

 

「あ、後でお金渡すから!」

 

 そう宣言をしてソフトクリームの蓋を取り舐め始める花柳。バニラ味の白いアイスを美味しそうにぺろぺろと食べ進めていく。なんだか尻尾を振っているのを幻視するほどには美味しそうに食べている。

 

「美味しかったー! あ、お金!」

「──あむっ。いいよ別に」

 

 何でか私より早く食べ終わった花柳が財布を取り出そうとしたので断っておく。

 お金は別に良いのだ。普段は特に使うこともないし、いちいち財布を開けるのが面倒くさい。

 

「だめ! こういうのはちゃんとしなきゃいけないってお母さんが言ってた!」

 

 断ったのを更に断られる。何だその言い方、小学生か。

 無理矢理にもアイスを持っていない方の手に握らせてくるのでしょうがなく受け取る。たった百何十円なのに大げさだなこいつ。

 最後の一口を食べて棒を袋ごとゴミ箱に捨て、小銭を財布に入れる。

 

 

「そろそろ行こ?」

「……うん」

 

 こちらが食べ終わったのを確認した花柳と再び歩き出す。しばらく歩くと分かれ道に辿り着く。

 

「私こっちだから」

「そっか! じゃあまた明日!」

 

 どうやらここで解散らしくもう一方の道を進む花柳。

 適当に挨拶し、自分の家までの道を進み始める。

 

「なぐもさーん!」

 

 少し歩いた先で後ろから大声が聞こえた。何かあったかと振り向く。

 

「選抜戦! 頑張ろうねー!」

 

 両手を振りながらこちらに言ってくる。元気なやつだな。

 軽く手を振り返すとぴょんぴょん跳ねる花柳。その体力は見習う所があると重いながら再度歩き出す。

 

 一人で暗い帰り道を進む。道の電灯が寂しく光る。さっきまでうるさかったその声が何でか妙に懐かしかった。

 

 

 



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選抜戦

 選抜戦。それは大会前の選手達が何よりも力を示すための試練の場。

 一年は高校にその名を示すために、二年はおおよそが今年からの主力になるために。そして三年は最後の大会に自分たちの名を残すため。

 後悔、自信、憧れ。各々が秘めるその感情を、そして己の技術を持って勝利を目指す。

 

 この部活に所属する者はだれもがコーチからの宣言を聞く。自分は勝たせるのが仕事。団体にも出れない控えの選手に時間を割くのは難しいと。

 それはすなわちここで選抜になれなければもはや何も期待されることはないということ。

 あまりにも教育者としてあるまじき言葉。普通であればすぐさま追い出されているのだ今の世では当たり前だろう。

 

 けれど、彼女らは違う。ここに入る理由はそれぞれであろう。

 身長の違い、技量の差、熱意。そのどれもが皆一緒と言うことはない。

 共通するのはただ一つ。それは競技者が、人が争うときに当たり前に持つだろう欲求のみ。

 

 ――つまり勝つこと。勝利をこの手に掴む。それだけである。

 

 

 

 

 この日は快晴である。少し暑くなってきた春の陽気の中、その体育館の熱気はあまりにも異様であった。

 

「ゲーム。マッチワンバイ御劔。21-17、21-16」

「ゲーム。マッチワンバイ花柳! 23-21、21-14」

 

 審判のコールが聞こえる。どこかで試合が終わったのか。

 選手の奮起する声が聞こえる。未だに続く試合、絶対に落とせない状況であるのか。

 

 いずれにしても、この日のこの空間は音が止むことはない。

 シューズと床が擦れる摩擦音。シャトルえお打ち込む衝撃音。そのどれもが絶え間なく鳴り響く。

 

「ああだるい。連続で良いから早く終わんないかなあ」

 

 そんな呟きもすぐに消え去る。座りながら試合を待つのもいろいろ退屈でしょうがない。

 

「南雲さん南雲さん! 勝ったよ勝った!」

「……おめでとー」

 

 嬉しそうにこちらに勝利報告をしてくる花柳。近い、暑い、鬱陶しい。

 そんな私の思いなんて気にすることなく近くに寄ってくる花柳。よほど嬉しいのだろう。

 

「あと一回で選抜入れるよ! 南雲さんは?」

「同じ。あそこ終わったら次」

「わー! 見てるから頑張って!」

 

 指さしながらあちらの試合のスコアに目を向ける。20-18。どうやらマッチポイントらしい。

 先輩らしき人の鮮やかなスマッシュが決まりゲームが終わる。どうやら出番が来たようである。

 

「頑張ってー!」

 

 ゆっくりと立ち上がりコートに向かう私に花柳が声援を送ってくる。

 負けた一年は審判席に座る。反対側にはすでに相手の寺島先輩。確か三年だった気がするその人が屈伸をしながらこちらを睨んでいた。

 

「オンマイライト南雲。オンマイレフト寺島。南雲、トゥーサーブ」

 

 試合が始まる。サーブはこっち。けれども私の熱気は上がることはない。

 

 どんな相手なのかも知らない。覚える意味なんて無い。

 どんな攻撃もその場で対応できる。どんな守備もその場で崩せる。どんな作戦も予測できる。

 相手の名前はわかる。けれど、どんな相手だったかなんて記憶することはない。

 

 シャトルを上げる。意味なんて無いのだ。ああ、本当に。

 

 

 

 

 

 その試合はその場のすべての視線を集めていた。

 その試合を見る者は誰もが言葉を失っていた。

 

「――はっ、はあっ。っはあ」

 

 息を大きく乱す少女。三年生の彼女は疲労を隠すことは出来ず、既にラケットも手から滑り落ちそうになっている。

 一方で反対のコートに立つ少女はただ何もせずどこかを見ている。

 

 今掲示されているスコアは17-2。どちらが勝っているかは言うまでも無い。それはもはや蹂躙である。

 本来は逆になるのだろう。一年にもスタメンになれるチャンスがあるのはわかるが通常、二年間この環境で鍛え上げてきたその力は並ではないだろう。

 ましてや彼女は前大会において試合に出れるだけの選手――つまり三年の中でも高い実力者である。

 

 しかし、この場にいる者は皆理解していた。それが悲しいかな必然であるということを。

 

 疲れの見えない少女がサーブを上げる。短く低いそれはネットに掛かり前方に落ちようとする。

 受ける少女はもはや死にかけに等しい疲労を見せていたがどうにかラケットに当て相手コートに返す。

 しかしそれはあまりにも脆弱。強さもなく、ただ上がっただけのそれは絶好球。容赦なくスマッシュをコートに叩き込む。

 

「18-2」

 

 その言葉と同時に少女は崩れ落ちる。周りから人が駆け寄りその場から運ばれる。

 それが去った後、一人この場に立ち尽くす少女に視線が向けられる。

 少女をその強さに恐れるような、人ではないものを見るかのようなその眼。

 

(…………)

 

 言葉も思考もないその空虚。それが心に漂って離れない。

 勝つのは当たり前。そうでないと思えるのなら試合中に何かを感じているはずだ。

 倒れるのはしょうがない。それだけ彼女は全力だったのだろう。そこに言うことなど何もない。

 

「お、お疲れ様」

 

 花柳が近づいてくる。しかし、今は何も言う気が無かった。言う必要は無かった。

 戻ってきたコーチに目を向ける。それを認識したのか軽く笑みを浮かべるコーチ。今の自分の心を見透かしているような嫌な目線。

 花柳を気にせずにゆっくりと近づき、コーチの前に立つ。

 

 周囲に緊張が走る。今の空気は酷く緊張している。例え試合直前の部員達にとって試合どころではない。

 

「寺島は問題無い。気にするな」

「……そうですか」

 

 聞いてもいないのに伝えてくるコーチ。どうやら私が先程の先輩を気にしているのだと勘違いしたらしい。

 それは違う。勝負に関して思うところはあるが、それは私より弱かったのが悪い。強いて言えば最後まで出来なかったのがちょっと残念なぐらいだ。

 

「何か言いたいことでも?」

「……ないです。すいません」

 

 少し考え、言葉は飲み込むことにした。

 この人に言っても意味は無い。どうせ、この人ではどうにもならないのだろうから。

 とりあえず何か飲もうと、軽く礼をしてその場を立ち去ろうとする。

 

「……お前の目は、変わらないんだな」

 

 不意にそんな言葉を聞いたような気がした。

 それは私に向かって言ったのか。あるいはただの独り言なのか。そんなことはわからない。

 

「花柳。外で寝てるから終わったら声掛けて」

「え、う、うん」

 

 花柳に一声掛け、そのまま周りの視線を気にせず体育館を出る。

 

 試合に勝ったのに心は重い。

 相手は全国級。そこに期待はあったのか。それとも何も思わなかったのか。それは私にもわからない。

 

 結局眠りにつくまでその胸のざわめきが消えることはなかった。消えてほしいとも、何故か思えなかった。

 

 

 




 


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決定

「――て!」

 

 何か聞こえる。最近よく聞いている気がするその声。

 

「――きて! 起きてよー!」

 

 体が揺れているがそれが更に眠りに誘ってくる。ああっ、あと五分……。

 

「起きなさい! 南雲さん!」

 

 何かが破裂したような大きな音で目が覚める。え、何……。爆発? 一体何処から?

 

「やっと起きた! 後一コートで終わりだよ! 上戻ろっ!」

 

 目の前にいたのはポニーテールの少女――まあ花柳であった。なんだか少し不機嫌そうな、安心したような表情を見せながら手を引っ張ってくる。

 目をこすりながら立ち上がり体育館に戻るために歩き出す。まだ眠い。目を瞑ればまた夢の世界にダイブできてしまうほどには。

 

「まったくもう。本当に寝てるなんて! いくら暖かくなったからって風邪引いちゃうんだからね!」

 

 こちらに不満げに言ってくる花柳。その内容は起こせと言われたことではなくこっちの体調の心配なのはどうなのかと思うのだが。

 自分で言うのも何だが起こせと言われたら私なら見捨てる。そういう自信がある。

 

「でも良かった! またデカツリーにまで行っちゃってたら大変だったよー!」

「……ごめん」

「大丈夫! かわいい寝顔が見れて良かったし!」

 

 今度は笑顔でこちらに言ってくる。

 前から思っていたが花柳は気持ちをころころと表情に出す。部員の大体に好かれているその愛嬌の良さは彼女の強みの一つなのだろう。

 

「そういえば、何勝したの?」

「なんと、全勝です! 最後の槇原先輩との試合は見てほしかったなー」

 

 こっちをちらちらと見ながらそう返してくる。決して強くない口調なので心の底から責めてきているのでもないだろうが少しだけ心に来るものがある。

 

「公式戦はちゃんと見てね! 私が勝つところ!」

 

 前に出てこちらにびしっと指をさしながら自信満々に宣言してくる。勝つ前提で話しているのはこの少女も競技者ということなのか。普段のギャップでなんだか笑いそうになる。

 思えばこの少女も何故私に構ってくるのか。部活に出てしまえば後は特別話しかけることなんて意味はないはずなのに。バドミントンさえすればそれ以外に理由はないはずなのに。

 

「?? どうしたの?」

「……なんでもない」

 

 気づけば直前まで近づかれ覗き込まれていた。

 この疑問を聞くことはしない。それは特に意味は無いことだ。彼女にとってそれは必要なことなのだろう。

 

 体育館に戻ったとき、彼女の言葉の通り試合をしているのは残り一組になっていた。

 点を見てみると、20-19。すでに終盤を迎えており今からサーブが上げられようとしていた。

 

「これは椎名先輩が勝つかなー。一ゲーム目も21-15で取ってたし」

「……そう」

 

 花柳はそのまま勝つと思っている。事実そうだろう。

 負けている側の二年は肩で息をしておりもう限界が近いのだろう。反対に三年の椎名先輩はしっかりと冷静さを保ち何処にサーブをしようか思考をしている。

 思考の差は勝敗を分ける。いかに疲労が重なっていようと受ける側が頭を回さずに動こうとしているのは致命的であろう。

 

 案の定、サーブを無理矢理返すがそれはただのその場凌ぎ。

 どうしようもない悪手であるそれは試合を決める。あっさりと打ち込まれて何も出来ずにシャトルは地に落ちる。

 

「ゲーム。マッチワンバイ椎名。21-15,21-19」

 

 試合は終わる。終盤において一つのミスは命取り。

 残酷なようだがこれが真理。結局勝った人が正しい訳で、そこが何よりも大事な点である。

 

「集合!」

 

 試合が終わったのを見計らいコーチが全員を集める。今試合が終わり何かしらの気持ちを途中であろうに随分と厳しいことだ。

 

「集まったな。……では今回の選抜生を発表する」

 

 試合内容をもうまとめたのかすぐにメンバーを発表し始める。

 三年の御劔、椎名、来栖。二年の新崎、根本。そして一年。花柳と私。

 

「以上だ。今回選ばれなかった者は次に向けて練習に励むように」

 

 簡潔に、平坦に言葉を締める。

 鼓舞もなければ励ましもない。この学校でなければ絶対に回りからの批難が飛び交うであろうその対応。この部を全国に連れて行くという目標を何よりも優先しているのだろう。

 

「最後に一つ。今年も他校との練習試合を組めることになった。選抜生七名は来週の土日に行うのでそれぞれ準備しておくように」

 

 練習試合。それは試合に出れる他に選抜生になるもう一つの理由らしい。

 コーチが就任してから始まったと言われているそれは強い他校生と組める数少ない機会。

 どうやって組んでいるのかは知らないが、一昨年も去年も全国で名を見る常連校と試合をしたと最初に先輩が言っていた様な気がする。

 

 一体今年は何処に行くのか。大阪か、東京か、それとも田舎のどっかか。

 私にはどうでも良い。何処だろうとバドミントンは出来る。出来れば強い人がいれば嬉しいのだが、どうせ全国に行けば強い人と出会えるかも知れないので今は優先することではない。

 まあ一応、その場の名産品も食べたいとは思っているがそれは部活に関係ないのでどうでもいい。

 

 

 だがそれは私だけだ。周りの緊張はより強くなる。例え選抜に選ばれなかった者が大半でも次への糧とするため、そして次回への熱意を高めるために耳を傾ける。

 

「今回行く場所は少し遠い。ここ埼玉から距離があるのでしっかりと準備をするように」

 

 さて一体何処になるのか。

 

「場所は宮城。フレゼリシアだ」

 

 コーチから発せられるその一言。それは多くの部員にとって喜びと緊張を強める言葉なのだろう。

 どうやら強いところらしい。しかし、だがしかしだ。

 

 ――宮城って何処だっけ? 東北?

 

 私にとっては地理の方がとても重要な問題であった。

 

 

 




 どうしてか初期構想になかった練習試合が組まれていました。
次は原作読み返すので遅れるかもしれません。


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練習試合

「あー暇ー!」

 

 後ろ側でそんな声が聞こえる。この狭い空間ではそこまで大きくない声もよく響くため鬱陶しいことこの上ない。

 

「王手! どう南雲さん!」

 

 隣では一手を自信満々に指す花柳。将棋アプリをやっていたら花柳のやりたいと言ってきて、何故か将棋盤を持ってきていたので対局している。

 ……ふむふむ。じゃあここに。

 

「……ああっ?!」

 

 多分これで決まりだろう。中途半端に王手をしてあっさりと返される。よくあることである。

 ……最も今日だけで五回ほど見た気がするけど。

 

「もう一回! もうワンチャンス頂戴!」

「…………」

 

 私の肩を揺らしながらもう一回を要求してくる花柳だが、正直そこまでやりたくない。

 弱い。そこまで強くない私が言うのもなんだが弱いのだ。

 何せもう五回連続でこんなざまだ。始まる前の自信から見て初心者ではないと思うのだが、特別手加減しているとは思えないほどに負けを悔しがる。これで接待なら素晴らしい才能だろう。

 

 しかし疲れた。酔い止めを飲んではいるのだがバスに強くないためそろそろ限界だ。

 全く、なんで新幹線ではないのだ。

 

「そろそろ着くぞ。準備をしとけ」

 

 コーチの厳しいお声がバス全体の空気を少し変える。さっきまでの高校生らしい雰囲気からピリピリとした勝負前のように。

 未だ寝ている者もいるが、隣の人が起こし始めたのを確認できる。

 

 ……ところで。

 

「花柳。フレ……って強いところ?」

「フレゼリシアだよ南雲さん! フレ女は去年のインハイで準優勝したすっごい場所だよ! あの志波姫さんもいるし!」

 

 将棋盤を片しながら饒舌に語る花柳。なんでも色んなスポーツが強い学校であり強さを求めるならまず名のあげられる一つであるらしい。

 

 中学の時、私は特に高校選びに力を入れてはいない。大会に出場したのは一年の時のみ。それも途中で棄権した為実績なんて無いに等しい。

 その時にコーチに出会いここに誘われなければ、多分私はそのままバドミントンを辞めていたのだろう。

 けど志波姫。その名は聞いたことがある。昔試合をしたような気がする。

 

「ふーん」

「志波姫さんはね! 凄いんだよ! 三強って呼ばれているうちの一人で御劔主将にも勝ってるって話──」

「何か言ったか!? 花柳ぃ!!」

「へうっ!」

 

 花柳の体がびくっと浮く。まあ小声で話していたのに反応できた主将は気にしないとして。

 三強か。中一の頃からそんな存在がいるのは聞いたことがあるような気がする。顔を見れば思い出せるか。

 

 バスが知らない街中を進む。木が生い茂ル山の中。やがて見えるのは大きな学校。この自然の領域には似合わない文化の象徴。

 門を入る頃には既に、このバス内の空気は完全に部活中と同じ刺々しいものに切り替わっていた。

 

「さて、まずは挨拶。御劔、わかってるな」

「はい」

 

 バスを降りるとそこには案内役なのか人が二人ほど待機していた。風貌的に片方は監督かコーチに当たる人なのだろうがもう一人は生徒である。案内役の人なのか。

 コーチを筆頭にバスを降りる。後ろの方に座っていた私たちは最後だ。荷物が重い。

 

「亘理さん。本日はよろしくお願いします」

「九月さんもよくお越し下さいました」

 

 コーチが丁寧に男の人に挨拶をする。丁寧語のコーチは外でしか見れないのでえらく貴重であろう。

 

「御劔」

「はい。──全員! 礼!」

『よろしくお願いします!』

 

 一斉に頭を下げる。先輩達に散々バス内で言われたことなので上手く合わせることが出来たが何故私ばっかり強く釘を刺されたのだろう。花柳には軽く言っただけなのに。

 

 

「はい。今日はよろしくお願いします。では志波姫君」

「はい監督。では皆さん付いてきて下さい」

 

 フレゼリシアの監督とコーチが別れ、少女が私たちを誘導してくる。なるほど、この人が志波姫さんか。ということはここに来たのは主将であるからか。

 

「志波姫。今年はどうだよ」

「まあまあ。令は相変わらず目が怖いねー」

「うっせえ」

 

 軽く話す志波姫さんと主将。まあ主将は何度もインターハイに出ているらしいので知り合いなのかもしれない。

 

「凄いね凄いね! サインほしいな!」

「……学生に?」

「うん。志波姫さんはとっても人気があるんだよ!」

 

 小声で志波姫さんの凄さをこちらに伝えてくる。そこまで尊敬してるならどうしてフレゼリシアに行かなかったのか。これが不思議でしょうがない。

 

「それでねそれでね! 後はね──」

「ほうほう。ならサインをしてしんぜよう」

「──うひゃあ!」

 

 気づけば背後を取られて花柳の首に手を当てている志波姫さん。それが冷たかったのか、くすぐったくなったのかは花柳のみが知るところ。

 

「し、志波姫さん!」

「可愛いなー君。令の所じゃなくてうちに来てればかわいがったのになー」

「後輩をいじるなよ。そいつはうちのマスコットなんだよ」

「ちぇーっ」

 

 主将に言われようやく離れる志波姫さん。ここまでスキンシップが強いのは花柳の構ってほしいオーラの影響か。今マスコット扱いされたけどいいのだろうか。

 

「う、うへへぇ」

 

 駄目だこいつ。もう既に昇天してしまっている。これから練習とか出来るのだろうか。彼女と打つ機会があったらその後がすっごくめんどそうだ。

 

「…………」

「……何か?」

「いやー? 可愛い顔だなーと思って」

 

 今度は私に矛先を向けてきた。志波姫さんはあれか。俗に言うコミュ強とかいう人種なのか。

 けど、花柳に向けた視線とはどこか違ったような気がする。何というか、驚きとかそういうのが目から見えた気がする。気がするだけなのだが。

 

「そいつにもちょっかいかけんなよ。一応うちのエースだかんな」

「おやおや? 一年なのに?」

「寺島完封するぐらいにはな」

「へぇー」

 

 じろじろと見てくる志波姫さん。今度は隠すことなく興味を向けてくるがここまで露骨だと別に気にするまでもない。

 

「……ふーん。まあ後でのお楽しみかなこれは。はいとうちゃーく!」

 

 いつのまにか体育館に着いていたらしい。歩いている最中ずっと彼女のペースに乗せられていた気がする。恐るべし志波姫さん。

 

「お前ら並べ!」

 

 入り口に整列する。大きな声を二回出さなきゃいけないのが非常に疲れる。

 

『よろしくお願いします!』

 

 大きい体育館に鳴り響く大声。各自でやるべきことをしていた人達も何かとこちらに目を向けてくる。

 

「志波姫。アップは何処でやりゃいい?」

「半面好きに使っていいよ」

「さんきゅ。お前ら!! すぐ荷物置け!」

 

 端の方に荷物を置き練習できる格好になる。まあ別に制服でもない為長袖を脱ぐだけだが。礼儀がどうとか言っておいて制服着ないのはよくわかんないと思う。

 

 さっさと集まりアップを始める。長いバス移動で凝った体をほぐし体を温める。

 十分くらいやっていつもの調子に戻ってきた時、入り口からフレゼリシアの監督とうちのコーチが入ってくるのが見えた。……そろそろか。

 

 

「集合!!」

 

 走ってコーチの前に近づくと、集まって来た全員を鋭い目で軽く見回す。

 

「御劔。アップは?」

「終わりました」

「よろしい。──間もなく試合が始まる。名門フレゼリシアの選手と試合できる機会は少ない。全員最後まで気を引き締めるように」

 

『はいっ!!』

 

 まるで全国の一戦のような気合いが感じられる。普段はぽやーっとしている花柳も真剣になるとまるで別人のような雰囲気を纏わせる。……どうやら、心配する必要なんてないようだ。

 あちらの様子が気になり少し目を向けてみる。こちらと同じように真剣に監督の話を聞く彼女たち。どうやらあただの練習試合なんて空気ではないらしい。

 

 それぞれが指定されたコートに向かう。こちらは人数が少ないので一気に全員試合である。

 辿り着いた先に居たのは色黒で短い髪の女性。なんだか野性味のある人物。

 

「お、来たねー! よろしくっ」

 

 声を掛けてくるその女。選手の名前は知らない。

 けど、胸がざわざわしている。これは期待だ。ほんの少しの期待だ。

 

 ラケットを持つ手に力が入る。少しだけ、心に灯が灯る。

 せっかくここまで来たんだ。ああ、どうか。どうかお願いだから。

 

 ──少しは私を追い詰めてくれ。



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遅刻

 ――前提として多賀城ヒナは優秀である。野性染みた感覚(センス)。並よりも優れている身体能力。

 二年生ながらにこの名門フレゼリシアのレギュラーに入れるというだけでそれは偽りなく本物である。

 

 そう。決して弱いといえる人物ではないはずなのである。

 

 

「20マッチポイント3」

「――くそっ!」

 

 予感はあった。こいつがコートに立った瞬間に嫌な気はしていた。

 コニーとは違う突き刺す絶対感。それは自ら針の山に突撃しろと言われているようなそんな感覚。

 

 部長は注意しろと言ってきたけど一年にびくつかされていちゃ立つ瀬が無い。そう思っていた。

 けれども実際に試合をしてそれは過小評価だと思い知らされた。

 試合前に感じたそれより遙かに強く、恐ろしく無機質な恐怖。

 

 体が思うように動かない。疲労もあるがそれ以上に動くことを、これ以上試合をすることを拒否しているかに固まってしまっている。

 こんなこと初めてだ。これまでいくらでも圧倒されることはあった。つい最近だってコニーにぼこぼこにされたし、神奈川の一年に封殺された。

 けれど、こんなにも。こんなにも震えが止まらなかった事があっただろうか。こうまで逃げ出したいと思うことが果たしてバドミントンであっただろうか。

 

 相手は今だこちらを見ない。一度も目が合うことはなく時折見えるその眼はどこか遠くを見ているよう。

 それはたまらなく悔しいはずなのに。どうしようもない屈辱であるはずなのに。

 

 ――なぜだかそれは、救いにも感じてしまった。

 それで始めて、心が折れてしまっているのを実感できた。

 

 

 

「ゲームマッチワンバイ南雲。21-4、21-3」

 

 試合が終わる。何にもないまま私の勝利を告げられる。

 何もないまま終わってしまっていた。……終わってしまった。

 

 握手をしてコーチの元に戻る。相手は試合前の快活さが見られなかったけど、落ち込んでいるのはこっちも同じ。例え勝ったとしても心は依然曇ったままだ。

 

「……言うことはない」

「はい」

 

 相変わらずのコーチの言葉。私が試合をした際に何か言われることはなかった。

 別に何か助言がほしいとも思っていない。コーチもそれをわかっているから何も言う気が無いのだろう。

 並べられていたパイプ椅子に座る。次の試合は少しの休憩を挟んでからだ。

 

 ああ、やりたくない。だって、もうやる気はほとんど欠けてきているからだ。

 名門フレゼリシア。花柳の話では準優勝校だったか。

 そこの生徒、レギュラーならと少し期待はあった。だから少しは気持ちを上げてプレイした。

 それなのに結果はあれだ。もう少し何かやってくれると思っていた。少しは私を追い詰めてくれると思っていた。

 

 うすうすわかってはいた。去年のコーチの言葉。私をこの学校に、ほとんど辞めかけていたバトミントンに引き連れた魔法の言葉。

 

『今の高校になら、お前と戦えるやつはきっといる』

 

 そもそもきっととか使っているのだからもっと疑ってかかるべきだったか。いや、それだと父の言葉を疑うことになってしまう。

 他の試合を見てみる。均衡している点数、両者の充実感、何よりそこの緊迫感がたまらなく羨ましい。

 あんな風に試合が出来たのはいつまでだったか。中学ではすでに負けはなかった。であれば、小学生の時であっただろうか――。

 

 志波姫さんと部長の試合に目が行く。19-17。志波姫さんがリードしているが決してあきらめなど見せていないその目つき。

 羨ましい。私にはそんな目を向けないのに。すぐに辛そうな表情しか見せなくなるのに。

 

 ……はあっ。もう辞めようかなバドミントン。だってこれ以上続けたって――。

 

『きっとライバルが現れるよ。この国に』

 

 そうだ。まだ終わるわけには行かない。それが覚えている父の言葉だから。

 せめてあと三年。高校が終わるまではやらなければ。そしてそれでもいなければそこで辞めれば良いのだから。

 

 少しだけやる気が戻ってきた。よし、自己問答終わり。

 思えば何回こんなことを繰り返しただろう。中学の頃からずっと、試合の度に続けてきた心の安定化。

 

 一つの試合が終わる。さっきまで見ていた部長達の試合だ。

 次は、志波姫さんとやらせてもらえないかな。彼女がこの学校の最強らしいし。

 

 そう思い話しかけようとする。この人で駄目なら全国まで何も感じる事は無い。結局、どれだけ期待しても無駄だろうから。

 

「すいませーん! 遅れました-!」

 

 何処からか声がした。甘ったるいの猫撫で声。人が聞けばあざといと言うであろうそんな声。

 声の主を見てみる。そこにいたのは金髪。金髪の女だった。

 長い手足。整った容姿。まるで神に祝福されているようにバドミントンで輝けるだろうすべての要素を持ち合わせている少女。

 

 そんな少女がフレゼリシアの監督の前に移動し、なにやら話をしている。遅刻だろうか。

 

「コニー・クリステンセン、だとっ……」

 

 コーチの驚くような声。名前を知っているようだけど知り合いなのだろうか。もしかして義理の姉妹とか?

 

「知り合いですか?」

「違う。クリステンセン。あいつはデンマークのプロ選手だ。まさか留学してきているとは思わなかった。」

 

 プロ。つまりバドミントンで金を稼いでいるやつのこと。高校バドミントンに参加して良いのだろうか?

 

「ああくそ、あの天才が留学するのを知っていれば、勧誘も出来たのだがな……。惜しいことをした」

「天才?」

「ああ。あの年にして様々なタイトルを取った天才だ」

 

 天才。コーチから出るその言葉は期待が出来る。何せ滅多に人を褒めることをしない女である。

 ……期待できるのか。少しは何か、掴めるのだろうか。でも留学してきてるとはいえ海外のプロ選手って国内の括りに入れて良いものなのだろうか。

 

「……コーチ。次、あの娘と試合します」

「……そうか」

 

 ラケットを片手にその少女の元へ歩いて行く。志波姫は後だ。今日は時間がたくさんあるし問題無い。全開の志波姫とプロなら後者を取るのが正しい。

 話し終わったのかジャージを脱ぎアップをしているその少女に声を掛ける。

 

「あの……試合しませんか?」

「え? いいよ! 体動かしたいし!」

 

 まるでウォーミングアップとしか思っていないかのようなその軽い返事。

 それが間違いでないことを証明してほしい。ああ、どうか。お願いだから。

 

 ――プロなら私を追い詰めてくれ。




次は少し遅れるかもしれません。


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迷子

 体から水が滴り落ちる。

 誰もいないこの落ち着く部屋。蒸し暑い空気も段々と慣れてきてまだまだいけると確信できる。

 すでにどれくらい経っただろうか。十分か、二十分か、あるいはもっと経っているか。まあ関係ない。私は私。いけるところまで耐えきるのみ──! 

 

 刹那、音もしないその空間の扉が開く。

 

「おっ。いたのかお前」

 

 いきなりの音に少し驚きながらそちらを見てみるとそこから先輩達がぞろぞろ入ってくる。ああっ……。心の休まる場所……。

 

「南雲さんもサウナいたんだー! 言ってくれればよかったのに!」

 

 当たり前のように隣に座ってくる花柳。暑苦しいのでやめてほしい。……そういえばサウナは元々熱いものだった。

 

「やっぱ髪綺麗だよねー南雲さん。どうして洗わせてくれなかったの?」

「……どうして花柳に洗われるの?」

「それはもう、そこに綺麗な娘がいるからだよ!」

 

 問題しかない発言をしている花柳。既に熱さでまいったか。あるいは元々そっちなのか。……考えるのはよそう。

 

「花柳ぃ! てめぇまた南雲を甘やかしてるなぁ!」

「──ひゃぁ!」

「うるさいよ令。他の人も来るかもしれないんだからボリューム考えて」

 

 怒号を発する御劔主将を嗜める来栖先輩。いつでもうるさいその声だが流石は副部長。見ている感じ主将よりも権力ありそうな声と顔である。

 

「そういえばさー。南雲はどんくらいサウナいんのー?」

「……数えてない」

「あ、私三分前ぐらいに入ってるのを見たよー」

 

 根本先輩の疑問を誤魔化すもあっさりと椎名先輩に暴露される。

 ……ああそうだ、認めよう。私はあんなにも限界ぶってはいたが全然入ってない。サウナ内の時計だって必死に見ないように頑張ったのだ! それなのに。それなのに──! 

 

「南雲ってバドだと化物みたいだけどそれ以外抜け過ぎじゃない?」

「……そんなことないです」

「そんなことあるよ! この前の小テストほとんど間違ってたし! このまま中間テストやったら赤点だよ!」

 

 頬を膨らませながらこちらに言ってくる花柳。全く、どうしてそこまで言われなきゃいけないのだ。この前のは偶々勉強してなかっただけで徹夜でやれば赤点はないのに。

 何か頭がくらくらしてきた。多分先輩達のいじりのせいであろうからもう出よう。別に、この空間から逃げたいわけでは断じてないのだ! 

 

「……まだいらついてるの? クリステンセンさんと打てなかったこと」

「……別に」

 

 後ろから椎名先輩の声が聞こえるが振り返らずにそのまま部屋から出る。

 いくら他より気持ち距離が近い椎名先輩でもその質問は答える気はない。

 

 ──結局、あの後試合は出来なかったのだ。

 理由はなんてことの無い些細なこと。クリステンセンの遅刻のペナルティのせいだ。

 あの監督は留学生にも決して遠慮することなくランニングを強いて試合をさせなかった。金髪も最初はブーブー言っていたが、意外と素直に走って行ったためそのまま流れることになったのだ。 

 その後、帰ってきて試合が出来るかと思ったのだがその時は、生憎他の選手と試合をしていて誘えることもなく今日が終わってしまった。

 

 濡れた髪をドライヤーから出る温風が揺らす。普段はまとめている髪だが最近、そろそろ切りたいと思えてきた。──いっそ、全国でも何も得るものが無かったら切ってしまおうか。

 どうせ、邪魔でしかないこれを残していたってどうしようもない。思えばなんで髪を長めのままにしてきたのか。……ああっ、写真の母の真似だったっけ。

 

 まだ皆お風呂中なので建物の外に出て少し歩く。日もすっかり落ち女が一人で出るのもどうかと思うが、今はなんだかそんな気分なのだ。

 思えば何か嫌なことがあるといつもこれをしている。特に店に入るわけでもなくふらふらと近場を歩く。

 今日は場所は違うが携帯のマップで何処に帰れば良いかは記録している。決して迷うことはない。

 

 

 

「……ここどこ?」

 

 

 そう思っていた。甘かった。田舎を舐めていた。

 なにやら見晴らしの良い場所。何だろう、心なしか手を繋いでる男女が多く自分にとってここは不釣合いな気がする。

 まあ気にせずベンチに腰掛ける。二~三人座れる所の中央に一人でいるととっても楽で良い。

 

「……星か」

 

 顔だけ上を向き宙に浮かぶ光を眺める。どれもが違う光量の塊。あんなに小さくても、実際には私なんかよりもずっとずっと大きい天体であろう。

 ああっ、空にあるだけではなく人型になってコートに立ってくれないか。こんなちっぽけなヒトの悩みなんて吹き飛ばせるぐらいの大きな存在として降臨してきてはくれないか。

 ……馬鹿馬鹿しい。知らない土地だからか。都会では見れない星に興奮していたのか。どちらでも良い。

 

 そろそろ帰ろう。帰って寝よう。特に気持ちよく寝れる場所はないけどとにかく寝たい。

 

「あれ? 海鳴の娘?」

 

 地図を見れたため携帯に目を向けようとした瞬間に後ろからそんな声が聞こえた。

 少し低い女性の声。それは今日聞いた気がするそんな声。

 

「……志波姫さん」

「やっぱり。こんな所で何やってるんだ? 迷子?」

 

 志波姫唯華。今日の練習相手であったフレゼリシアの部長がなにやら驚いた顔でこちらに寄ってきた。

 

 ………………なんでどいつもこいつも迷子扱いするのだろう。

 




 たくさんのお気に入り登録ありがとうございます。とっても嬉しいです。
 拙い文章ですがこれからも読んでいただけるように頑張っていきたいです。


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疑問

「……ありがとうございます」

「ん? いいよ別に。私も走ってた途中だし」

 

 二人で少し長い語り坂を歩く。軽く挨拶をして終わりだと思ったが志波姫さんは心配だからと言ってさっきの銭湯まで付き添うと言って付いてきている。

 

「ところで、なんであんなところにいたの? 家出?」

「……違います」

 

 志波姫さんが隣から聞いてくる。あんまり表情が読めない人だが、何故という疑問を持っているのは伝わってくる。

 

「……ちょっと散歩です」

「──そっか。けど危ないから気をつけなよ? 遠征先で遭難なんてしょうもないし」

 

 その答えを聞き少し嗜めるように注意してくる。なんだろう、来栖先輩に似ている気がする。

 

 それからあまり会話もなく、坂を下り平坦な道を進む。

 ここはさっき通った。ということは、もう直ぐ着くだろう。

 

「──ねえ。私のこと、覚えてる?」

 

 唐突にそう聞かれる。

 それは一体どういう意味だろう。志波姫さんとちゃんと話すのはこれが初めてだろうに。

 

「……えっと?」

「ああごめんね。気にしないで」

 

 どういう意味か訪ねようと思ったが話をそこで切り上げる志波姫さん。結局、何が聞きたかったのか。

 

「あ、いたぁ!」

 

 前方から大きな声がし、こちらに手を降ってくる花柳。どうやら知らないうちに到着していたらしい。

 

「てめぇどこ行ってた南雲ぉ!」

「……すいません」

「ああっ!?」

 

 ずかずかと近づいてきて怒りを露わにしてくるみつるぎ主将。何か一言でも言っておけばよかったと本当に思う。……言っても多分怒鳴られただろうが。

 

「悪りぃな志波姫。この馬鹿のお守りしてもらって」

「気にしない気にしない。うちもコニーがたまにやるから」

 

 礼を言う部長に笑って返す志波姫さん。確かコニーというのはあの金髪の名前だったか。

 

「もうっ。知らない場所ではふらふらしちゃだめだよ!」

「……ごめん」

 

 ぷりぷりと怒っている花柳に、そして他の人達にも謝る。格好からしてもう少し遅かったら探しに行かせてしまっていたかもしれない。

 流石に人にまで迷惑をかけて散歩はしたくないし。

 

「じゃあ私は行くね? そろそろ戻らないと」

「……少し待ってくれ。──お前らは先戻ってろっ!!」

 

 部長がこっちに少し大きな声で帰れ宣言してくる。

 まあそろそろ良い時間だし戻りたい。風呂から上がった状態なら夕食はまだ食べてないはずだし。

 

 部長と志波姫さんを残しその場を去る。

 心なしか体が冷めた気がする。これは風邪を引かないように祈るばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

「……悪いな。残ってもらって」

「良いよ別に。何か聞きたいことがあったんでしょ?」

 

 自販機で適当に飲み物を買い、それを志波姫に渡しながら銭湯近くの少し古くさいベンチで声を掛ける。

 志波姫はそれを遠慮無く蓋を開け中身の液体を飲みながらこちらに耳を傾ける。相変わらず、部員以外には遠慮無いよなこいつ。部活内では違う意味で遠慮が無いんだろうな。

 ……まあいい。聞きたいことがあるのは事実。……残ってもらったのは良いが門限とか平気なのかこいつ。

 

「まあそこは気にしなくていいよ。後でうまくやっとくから」

「……相変わらず、お前は人を見透かすよな」

「令が顔に出すからだよ」

 

 考えがわかったかのようにこちらの疑問に答えてくる志波姫。昔からこいつはそういう所があった。少なくとも、私にはこういう風に接してくることが多かった。あの津幡路(イノシシ女)ですら私の心は読みやすいのだという。……何でだ。

 

「まあいい。それより質問だ。……これに答えると全国不利になるだろうから答えなくても構わないぜ」

「相変わらず正直だなー令は。そこが可愛いってよく言われない?」

「……うるせえ」

 

 声に出してこちらを少し笑う。こういうとき、こいつは茶化すが質問には応じようとしてくれるのを知っている。それをわかっていてこういう聞き方をした自分が少し気にくわない。

 

「志波姫。あの金髪プロは、お前より強いのか?」

「んー。どうだろうね?」

 

 少しはぐらかすように答える志波姫。それはこいつには珍しく困ったような捉え方である。

 

「……別に、そこは答えなくても良い。…………」

「どうした?」

「いや。……南雲は、うちの一年の一人の扱い方でな」

 

 一度話し始めてからはもう言葉は止まらなかった。

 あの強すぎる後輩のことについて話し終わったときには、今の時間を正確に把握できてはいなかった。

 風が少し吹く。少し冷たい春の夜風。それが暖まっていた頭と心を冷やす。

 

「……そっか。つまり、後輩の扱いについて困ってるって訳だ。思いの外普通の相談じゃん」

「悪いか?」

「いーや。令は昔から、後輩が出来ると愚痴愚痴言ってたし特には」

「……そうかよ」

 

 そうだ。あの頃から変わらずにこいつには相談していた。だから今も尋ねているのだ。

 こいつにも今は、あの留学生がいる。強い後輩がいるって事には変わりないはず。

 

「……まあ私は別に思うところはないかな? コニーが強ければそれだけ全国も勝てる見込みが高くなる。それに、あんなに可愛い娘と一緒に暮らせるんだからねー。だから、令も少しは簡単に考えたら?」

 

 それはもう素晴らしい笑顔でそう言ってのける志波姫。その笑顔は去年も見たし、それに似た言葉を去年も聞いた。

 ああっ。そういえば、こいつはそういうやつだった。

 志波姫唯華は去年言っていた。フレゼリシアは家族と一緒だと。代えがたい一つの宝だと。

 あの学校で一年から信じられないほどに重い物を背負っていたこいつだからこそ、それは軽い言葉ではないはずなのに。

 

 それを簡単にだと? ふざけるな。そう思えるならとっくにそう考えている。

 昔からずっとそうだ。益子に負けたときも、どっかの馬鹿記者のふざけた言葉を聞いたときも、こいつは常に私の先を行っていた。バドの強さでも、心の強さでも。

 志波姫唯華には追いつけない。それを再び突きつけられたかのような言葉であった。

 

「……お前はすげえな。すげえよ、本当に」

「そう? ありがとっ」

「──。そろそろ戻るよ」

 

 ベンチから立ち上がり志波姫を向く。

 もう聞きたいことはない。こいつに聞いたって、多分私が満足いく答えは返ってこない。そんな気がする。

 

「そうだ。……南雲さんって、さっきの綺麗な迷子少女だよね?」

「ああそうだが」

「そっか。……やっぱりそうなんだ」

 

 志波姫の独り言は風に消された。

 私は興味ないが南雲に何か用でもあったのだろうか。この世代の半分と仲が良いこいつならすぐに親密になれるだろうに。

 

「なんだ? 伝言でもあるのか?」

「そうだねー。……うん、今は良いかな。今度自分で言うよ」

「?? そうか」

 

 その言葉を最後に今度こそ宿に戻る。

 結局、志波姫との話で残ったのは心のしこりだけだった。あいつをどう扱うか、接すれば良いのかのヒントになることはこれっぽちも無く、自分の懐の狭さだけが理解できた気がする。

 

 月が照らす夜道を歩く。その光は太陽の反射のくせにとても明るく輝いている。

 

 ──悩みがつきない。ああっ、今だ私の心はすっかり影だらけだ。

 

 

 

 




 読んで下さっている方ありがとうございます。
 始めて評価に色が付きました。とっても嬉しいです。
 毎日は無理ですが、なるべく早めに投稿できればなと思っています。
 
 


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vs金髪 

 次の日。私たちは昨日と変わらずフレゼリシアと練習試合を引き続き行っていた。

 

「守るとき右が抜けやすくなっている。修正しろ」

「──はい!」

 

 コーチが試合の終わった来栖先輩にいろいろ言っている。全員が試合をしている状況でこうも的確にアドバイスを出来るのは凄いと思う。……言葉は大分きついが。

 

 ドリンクを飲みながらパイプ椅子に座る。昨日と変わらず試合三昧なので割と疲れてはいるのだ。

 別に、体力がどうとかという話ではない。これはどっちかというと精神的な疲労という面が強いと感じる。

 

「南雲、次行け」

「……はい」

 

 コーチに言われ次の試合場所に足を運ぶ。足取りはやはり肉体的な疲労とは別に、車のタイヤのように重い。

 

 試合だって特に変わり映えの光景の連続。相手が動き自身が返す。それを繰り返しているとコートの向こうで勝手に相手が諦めたような顔を向けてくる。それだけだ。

 出来ることならあの金髪か志波姫さんとやりたい。けれどなぜだか、どれだけタイミングを見計らっても噛み合うことはなく他の人達との試合になっている。……ここのバド部は人が多い。

 

「……ありがとうございました」

「────っ」

 

 結局この試合も変わらない。最後まで勝とうと足掻いてはくれなかった。此処は名門だろうに、いかに控えの選手でも全国でも強い部類に入るだろうに。

 

「……特にない」

「はい」

 

 コーチも何も言うことはない。私には必要が無いという信頼か、それとも無関心が故なのか。正直、どっちでも良い。

 再び椅子に座り、体育館に付けられている大きめの時計を見ると短針が十一を指している。既に三時間ぐらい経っていたのか。

 朝にコーチが午後には帰りのバスが出ると言っていた気がする。ということはもうすぐ終わりか。

 

「……はあっ」

 

 思わずため息が出る。この合宿だけで何回口から出たのか。数えてはいていないし、覚えていても更に気持ちが萎えるだけだ。

 

 どうしようか。このまま終わるのも別にいいのだが、出来るなら志波姫さんか、あの金髪と試合してみたい。いやでも、もし何も変わらなければどうしよう。全国トップクラスと海外のプロ、それらが他と違いがない試合になってしまうかもと思うとこのまま座っていた方がいい気がする。

 

「──ねえ!」

「……?」

 

 突然話しかけてくる声が聞こえた。そちらに首を向けるとあの金髪の女が笑顔でこっちを見ていた。

 ……改めて近くで見ると、本当に綺麗だなこいつ。

 

「昨日の娘だよね? 今から試合しよっ」

「……えっ」

「ほらっ! 早く!」

 

 金髪が愛くるしい? 笑顔で急かしながらコートに誘ってくる。なんかこう、迷っていた私の気持ちなんて気にせずに試合をしようと言ってくるこいつが台風かなんかに思えてきた。

 

 ──まあ丁度良い。そっちがやろうと言ってくるのならそれに答えるまでだ。

 

「ねえ」

「ん? なにー?」

 

 反対側のコートで軽く体を伸ばしながらこちらを見る金髪。そいつの笑顔は絶対に負けることはないという余裕が感じ取れる。

 

「──私を倒して」

「っ?? 当然。勝つのは私よ」

 

 当たり前の様にそう言ってのける金髪。それは人によっては挑発に聞こえるだろうその自信に満ちた言葉。

 けれど、私にはその傲慢さが何よりも頼もしかった。

 

 ──そうだ。私を倒して。

 

 試合が始める。

 少しだけ期待はしていても、この体はいつもと変わることはない。

 

 

 

 

 

 それは高校生という枠にはあまりにもふさわしくない試合だった。

 試合の組み立て方、フィジカル、展開の速度。まるで常にジェットコースターに乗せられているかのような急激な緩急。

 この体育館の中でも浮いているそのコートで行われている一つの戦いは全国の決勝といわれても何も疑問が湧かないだろうそんな一戦。

 

 それもそのはず、そこにいる二人の内片方はあのコニー・クリステンセン。つい最近までデンマークにてプロ選手として活動し、若くして様々なタイトルを取ってきた正真正銘の天才である。

 

「18-12」

 

 点数にその差は出ていた。試合を見ていない人間のほとんどが彼女が勝っているとスコアからは感じるだろう。

 この世代で最高位の天才相手にここまで善戦している──それだけで賞賛するに値するだろう。

 

 

 ──だがしかし、現実は違った。一般的な常識では考えつかないことになっていた。

 

 点数が勝っているのは黒髪の少女。名前なんて誰も知らない無名の学生である。この空間の過半数──フレゼリシアの生徒はその異常事態を理解しきれなかった。

 

 当たり前だ。何せ、コニー・クリステンセンはこの部で最強と上げられる少女である。彼女は部長である志波姫と戦い勝利しているのだ。三強と畏怖される彼女に勝てるあの少女が、少なくともこんな練習試合で不利な状況になるなんて予想もしてなかった。

 

「19-14」

 

 それでも決して一方的というわけではない。状況次第ではいくらでも逆転できる、フレゼリシアの生徒ならこう思っていた。

 

「で、ヒナはどうしてそんな不安そうに見ているのかな?」

「……違うんです。まだ、これからです」

 

 多賀城ヒナの呟きは他の部員にはそこまで理解はできないだろう。

 余り似合わない彼女の弱音。だが志波姫にとってはある意味納得がいく物であった。勘の良さはこの部一であると見ている彼女は昨日の試合でそれと感じているのだろう。

 

 彼女──志波姫唯華も昔、あの少女にぼろぼろに負けているからわかる。あの少女の恐ろしさを。本当に辛いのはここからだということを。

 

「どういうこと?」

「……あいつとやってるとなんでか動けなくなるんです」

「はい?」

「なんか何処に打っても、何をしても返される、そんな風に考えちゃったんです」

 

 隣にいた白石の疑問で嫌そうに思い出す多賀城。そう。その感覚は気のせいではない。

 中学時代にも、志波姫は似たような感覚に陥り十分なパフォーマンスが出来なくなっていて負けたのだ。

 

 覚えている。あの自分の体が自分の物でないと思えてしまうほどの絶望を。心が動こうとしても、本能がこれ以上やったって意味が無いと諦めて動こうとしないそんな苦痛を。

 志波姫唯華はそれを今でも夢で見るときがある。あの試合で見た対戦相手に興味など示さない冷め切った眼を。益子泪にすら感じる事の無かった恐怖を、己の夢想の世界で幾度となく見せられた。誰にも言ったことはないが敗北の直後はそれで眠りが嫌いになったほどだ。

 

 あの少女はその悪夢そのもの。昨日他のことではただの少女なのだと知れたとしても、それでも彼女は中学時代に与えられた恐ろしい過去の一つ。

 

「……まあコニーなら大丈夫。応援してあげな」

「はいっ!! 頑張れコニー!」

 

 だが、その不安は今は置いておこう。私はこの部の部長。自分が仲間を信じれなくて何で家族と言えるのだろう。

 コニーのことを信じてる。私の気持ちなんてそれで十分。

 そう考えながら志波姫唯華は試合を見守ると決めていた。

 

 




 続きます。


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終了

 何もかもが返される。それはコニー・クリステンセンにとって久しく味わっていない新鮮な体験であった。

 つい最近、羽咲綾乃(おねいちゃん)にそれに似たようなことをやられたことはあったのだがそれ以外では、特に試合ではそんな状況は限りなく起きなかったのだ。

 

 今回の練習試合だって本音を言えばそこまでやる気は起きてなかった。

 もちろん、始まれば勝つ為に全力でプレイする気はあった。けれど、自分が認める程度には結構強いと思うこの学校以外にはあまり期待していなかったのだ。

 

 ──しかし、それは良い意味で誤算だった。

 

「20-15」

 

 あと一点でゲームが取られる。こんなのは日本で数える程しか起き得なかった異常事態。

 どれだけ早いラリーでも当たり前についてくる。どれだけ強い一撃でも完璧に返される。

 

 何もかもが通用しない。同世代でそんな機会があるなんて考えもしてなかった。

 こんなこと、羽咲有千夏(お母さん)足長おじさん(ヴィゴ)の過酷なトレーニングでくらいしかなかったのだ。

 

 息を整え長めにサーブを上げる。短いのが全く通用しないのは分かっている。なら、打ち合いに持っていくだけ──! 

 

 ラリーの応酬。攻めと守りが間髪入れずに切り替わる。

 どちらもが落とす気は無い。例えスマッシュが飛んできても、落とすことはなく繋いでいく。

 

「──っ!?」

 

 しかしそんな均衡はすぐに崩れる。

 コニーの足が一瞬、ほんの一時遅れる。唐突に鉛のように重くなる。

 何とか一回は返すもそれは南雲にとっては絶好球。力強く振るわれたその強打を返せる道理などあるわけがなかった。

 

「……21-15」

 

 審判の娘が少しゆっくりめに宣誓する。そこまで大きく無い声なのに、何故だかこの体育館にいる誰もがそれを聞き取れた。

 

 

 悔しい。その感情がコニーの心を支配する。あそこで強打にしていれば、あの場面は前に揺らすべきだったとかそんな後悔も浮かぶ。

 

 ──けれど、それ以上に心は燃え上がっている。

 早く続きがしたい。もっとこいつと試合したい。己を燃やせる勝負がしたい。

 きっと相手もそうだろう。この戦いはそれだけ燃え滾るものだろう。

 そう思い、彼女の方を向いてみる。試合前は特に興味がなかった相手の顔を。

 

 ──だが、黒髪の少女はこちらを見てはいなかった。

 

 正しくはこちらに体は向けている。だが、その眼は、瞳が私を写してはいなかった。

 少なくとも今試合をしている人に対する視線ではない。まるで、どうでもいい他人を見る目。

 

「──そこまでっ!! 時間につきこのゲームで終わりだ!」

 

 次を始めようとした瞬間、あっちのコーチの大声が体育館に響く。

 

「……ありがとう、ございました」

 

 その言葉で黒髪の少女が戻っていく。

 冗談じゃない。こんなところで、終わってたまるかっての──! 

 

「──ちょっと! まだ試合は」

「コニー。我儘言わない」

 

 唯華に諭されるが納得はできなかった。だって、勝負というのはここからが本番だというのに、それなのに。

 

 ──どうしてあの少女は簡単に退くことが出来るのだろう。

 

 悔しい。あの少女に続けたいと思わせられなかった自分が何よりも情けない。何がプロだ何が天才だ。そんな傲慢が今の敗北を形作ったのではないのか。

 

「ねぇ唯華。……あいつとまたやれる?」

「勝ってればね。だから今は終わりにしときな」

「……はーい」

 

 ラケットを握ってない方の拳を握る。

 面白い。お姉ちゃんや優勝の他にももう一つやりたいことが増えた。

 

 ……とりあえず、彼女に名前を聞くところから始めようかな。

 

 

 

 

 試合が中断されコーチの元に戻る。足取りはどうなっているか。多分重いままなのだろう。そんな気がする。

 だってあの金髪。予想の範囲内の強さしか見せてはこなかったから。

 確かに他とは違う。普段よりは動いたとは思うし、他のやつよりはラリーも続いたであろう。

 

 だが、想像を超えなかった。超えてはくれなかったのだ。

 無論、あれが本気というわけではないだろう。もしそうだとしたら、私は余りに拍子抜け。プロとは何だったのかという話になる。

 

 片付けをして、大人達の話を聞いた後体育館から離れる。

 早くバスに戻って寝たい。それ以外を考えたくはない。

 

「今年はうちが勝つぜ」

「やってみな。勝つのは私達だけど」

 

 主将と志波姫さんが何か話している。そういえば志波姫さんと試合してなかったな。……別にいいか。あの金髪が格下というわけではないだろうし。

 

「──ねぇ! さっきの娘!」

「……?」

 

 バスに入ろうと思ったらさっきの金髪がこちらに話しかけてくる。なんだろう? さっきの試合についてか? 

 

「名前! 名前教えて!」

「……はい?」

 

 予想と大分違う質問に少し驚く。……名前? なんで? 

 

「えっと……」

「私のことはコニーって呼んでね!」

 

 どうしようか迷ってると先に名乗られた。これは答えた方が良さそうか。

 

「……南雲咲耶」

「さくや! うん! 次は絶対私が勝つから!」

 

 その一言だけ言って軽やかに去っていくコニー。嵐のような少女であったとしか思えない破天荒さである。

 だがまあ、あっちのやる気とは裏腹に私の心は冷めていた。

 だって、もし推測が正しいなら。私の感覚が確かなら。

 

 ──例えあちらが手を抜いていても、私に勝てる可能性はない。

 

 バスの席に座りながら時が過ぎるのを待つ。眠い。

 

「南雲さん南雲さん! もう出るって!」

 

 いつのまにか帰ってきた花柳がこちらに言ってくる。周りを見るともう全員揃っていた。大分ぼーっとしていたようだ。

 

「全員いるな? ……よしっ。出発する」

 

 コーチの声とほぼ同時にバスが動き始める。

 二日近くいたこの校舎。多分もう来ないとは思うが綺麗な場所だったと思う。

 

「楽しかったね!」

「……そう、だね」

 

 花柳に心にもない返事をする。

 楽しい? そんなわけなかった。得るものどころかまた一つ、希望が減ってしまったのだから。

 

 夢に逃げるために目を閉じる。一回寝ればこの重苦しい気持ちも何処かにいってくれるだろうか。

 ……そんなわけないか。今までそれを何回期待したかもう忘れてしまった。

 意識を微睡みに沈める。取り敢えず、今は寝たい。何も考えたくない。花柳の話すら聞きたいとは思えない。

 

 バスは進む。

 その揺れの中、花柳莉子が見た隣の少女の寝顔は酷く悲しそうであった。




 いつの間にかお気に入り登録が百件を超えていました。本当にありがとうございます。
 息抜きで始めたものなのでここまで見てもらえるとは思っておらず、原作の力をとても強く実感しています。
 上りきってしまったハードルなので何処で転ぶか分かりませんが、これからも読んでいただけると嬉しいです。

 明日は書く時間がそんなに無いので、もしかしたら水曜日の更新は遅くなるか、無いかのどちらかになると思います。


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放課後

 二日間の練習試合も終わり、また一週間が始まった。

 私もここ最近は珍しく授業を聞き、学業に勤しみながら日常を送っている。

 

 今日は木曜日。変わらず部活はあるのだが、全くもって行く気にならない。

 フレゼリシアに行く前よりもやる気が起きない。中三のときと同じくらいのテンション。これならまだ机に向かっていた方がましだ。

 

「……ふわぁ」

 

 その気持ちを出すかのように欠伸が出る。もう、今日はあの木で寝てようか。いや、やっぱり帰ろう。外にいるのもかったるいし。

 

「南雲さん! 今日は部活──」

「行かない」

 

 どこから湧いたのか、花柳がまた部活に行こうと誘ってくる。

 今週は毎日来るが、選抜になったから張り切っているのだろうか。

 

「えっ。……ちょ、調整は?」

「必要ない。大会前にやる」

「そんなー」

 

 誰が見ても分かるぐらいにへこむ花柳。どうしてそこまで人に感情を見せられるのか、これが一番謎である。

 

「そんな事言わずに行こうよー? 楽しいよー?」

 

 私の手を掴み、ブンブン振りながら更に誘ってくる。……子供か。

 

「帰る。映画見る」

「えー? ……なら、私も行く!」

「──はっ?」

「私も一緒に映画見るー! 」

 

 何をとち狂ったのか花柳が一緒に帰ると言い出してくる。その場を乗り切るための適当な嘘が事態を余計にこんがらせている気がしなくもない。

 

「……練習は?」

「……ま、まあ今日はお体を休めよっかなって!」

 

 一応確認してみるが、随分と苦しい言い訳だ。そもそもさっきまで行く気満々だったではないか。服だってもう練習着だし。

 ……はあっ、しょうがない。何か見るものあっただろうか? 

 

 わたわたと着替え直す花柳を待ち学校を出る。置いていってあげた方が彼女の為にもなっただろうが、親に捨てられそうになった子犬みたいな目を向けられたのでどうすることもできなかったのだ。

 

「……本当に部活平気?」

「心配ないよぉー! 部長には伝えたしコーチはどっちでもいいって言ってたし!」

 

 笑顔で答えながら街を歩く花柳。まあ確かに、選抜生は己に必要なことをするようにとコーチは言っていたけど。それはあくまで練習内容の話であって練習に出るかどうかなのかは若干悩む所である。

 ……まあいいか。明日は出るから練習に付き合ってやれば良いし。

 

 映画館までの道を歩く。駅近くのビルに入っているのでそこまでかかることはない。

 この道を二人で歩くのは二回目だ。思えば一回目も大分昔のことのように思える。あの時も、こいつから声を掛けてきたんだっけ。

 

 本当になんで私に構うのか。バドミントン以外にこちらに来る理由はないはずだ。こいつは友達も多く、勉強も出来る。

 こいつからは未知しか感じない。他の部員や先輩達は中学までと変わらない視線で見てくるのに。

 思えばこいつはずっとこんな感じで私に接してくる。学校が始まったときも。部活で始めてペアを組んだときも。変わらず笑顔で。

 

「南雲さんどれ見るのー?」

 

 映画館に到着し、上映されているリストから花柳が聞いてくる。しまった忘れていた。こいつについて考えていたらいつの間にか到着していた。どれ見よう? 

 とりあえず適当に目を向けてみる。何かラブコメっぽいやつ、SFだろうと思えるやつなど様々な映画がやっている。

 何見よう。なんだかんだ映画館なんて来たのは久しぶりだ。……あっ。

 

「……これ」

「どれ? えっこれ?」

「悪い?」

 

 指さしたのは劇場版『ほえほえ 未来へのドリームスイム!!』という映画。いわゆる小さい子向けのやつである。

 

「ええっと……。……うん。それにしよっ!」

 

 かなり考え込む様子を見せたが花柳もそれでいいと言ってくれた。

 ドリンクを買い、上映シアター入ると平日の夕方だというのに割と席が埋まっていた。

 

「ふむふむ。ふーむふむ」

 

 パンフレットとにらめっこをしている花柳と共に座席に向かう。椅子が少し柔らかい気がするが、別に問題は無い。

 

「たのしみー。おとうさんまだなのー?」

「もうすぐだよ。だから座って待っていようね」

「はーい」

 

 未だに花柳がパンフを熟読していると、近くから子供と親の会話が聞こえてくる。多分後ろだろうか。

 なんてこと無い親子の会話。その辺に耳を傾ければ聞けない方が少ないだろう家族の団欒。

 

「南雲さん?」

「…………」

 

 ふと思い出す。昔、父とこういった場所に来たことを。映画の途中で泣きじゃくる私に父が優しい言葉を掛けてくれたあの出来事を。ああっ、懐かしい。本当に、懐かしい。

 

 世界が暗転する。正面の大画面に明かりが点き、物語が開始される。その時にはもう子供はの声は聞こえなかった。

 

 映画の内容はありきたりの物。遠くに行ってしまった友を追い、ほえほえという鯨が世界を回る。七色の海、青い雲と白い空の海、自身の記憶を泳げる渦巻き。そのどれもが鯨の思いを強くし、やがて旅の終着点にて友と再開する。

 

 映画の内容なんてそこまで興味が無かった。だって、特別見たいとも思わずに決めたものだから。

 けど、なぜだか心は落ち着かなかった。

 

 エンドロールが流れ終わる。劇場に明かりが戻り、次々と人が立ち去っていく。

 

「──楽しかったー! おもしろかったね! 南雲さん!」

 

 隣の花柳はご満悦そうな表情をしている。思いの外楽しんだようだ。最初の苦笑いは何処へ行ったのか。

 映画館を出る。外はすでに茜色から黒へと変わっている途中だった。

 

 さてどうしようか。このまま解散だろう。私はどこかでご飯を食べていこうか。

 

「南雲さん! まだ時間ある?」

「……あるけど」

「なら、一緒にご飯食べよっ!」

 

 軽く頷くと、嬉しそうに一瞬でどこかで電話する花柳。多分親にだろう。親がいるならそっちと食べる方が楽しいだろうに。

 花柳と近くのファミレスに入る。流行っていそうな曲が流れるその空間で、スタッフに案内され席に誘導される。

 

「えへへー。何食べようかなー?」

 

 花柳が今度はメニューとにらめっこをしている。私は頼む物が決まっているから良いとして、これは当分時間がかかりそうだ。

 

「よーし! これで決まりー! 南雲さんは?」

「もう決まってる」

 

 あちらから見れば決して愛想が良いとは言えない返し方。それなのに。花柳はそっかと軽く頷きそのまま席に着いているスイッチを押し店員を呼ぶ。

 それぞれで注文をし、ドリンクバーで飲み物を取ってくる。私はいつも飲むメロンソーダ、花柳は多分オレンジジュース。確認した訳ではないが、おおよそその液体の色で判別できる。

 

「楽しかったよねほえほえ! いやー、以外とちゃんと見ちゃった!」

「……そう」

 

 映画館で買ったほえほえのストラップを見せてくる花柳。こいつ、なんだかんだ言って気に入ったらしい。

 適当に映画について話していると頼んでいた品がテーブルに届く。私はハンバーグ。花柳はパスタである。

 

「いっただきまーす。……うん、美味しい!」

 

 美味しそうに食べ進める花柳。こいつに嫌いな食べ物とかあるのかはわからないがそれでも、何かどれでも笑顔で食べてそうなイメージだ。

 

 ……何でそんなにいつも笑顔なんだろうか。

 

「……あのさ、なんでいつも笑ってられんの?」

「──もぐ。──えっ?」

「練習中でも、私と話してるときもずっと楽しそう。なんで?」

 

 食べながら首を傾げる花柳。けど、もう気になって仕方が無い。こんな気持ちは初めてだ。

 

「何でって、楽しいからだよ? 練習も、南雲さんといるのも」

「……はい?」

 

 当たり前だというように言う花柳。それは全くもって理解が出来なかった。

 まあ練習に関してはわからなくもない。うちの部活にいる連中は私を除いてバドミントンに対しての熱意は並外れている。だから、それがどれだけ辛くても強くなれるのなら受け入れるのだろう。

 

 だが、私といるのが楽しい? 何を言っている。どういう意味で言っているのだ。

 自分で言うのもあれだが、私は周りと楽しく会話できる人間でもない。基本バドミントン以外で目立った特徴も無い女である。

 反面、花柳は客観的に見ても魅力的だとわかる少女である。人に気に入られる社交性、テストの成績も良く、部活にも真面目に取り組む文武両道を無意識でいってるすごいやつである。

 だから、余計にわからなくなる。バドミントン以外で私に何か構う理由があるのか。バドミントンしかない私に、部活以外で話しかける意味があるのか。

 思えば、同じクラスになってからずっとこの娘は話しかけてくる。他に話す人などたくさんいるのに。

 

 考えながらフォークを進めていると、いつの間にか食べきっていた。食べた実感など全く湧かない。本当に。

 

「けどね、南雲さんといるのはね。……笑ってる顔が見たかったからなんだ!」

「笑ってる顔?」

「そう! 南雲さんは可愛いのに、いつもつまらなそうにしているから!」

 

 思わず顔を触る。笑ってる顔が見たかった? 

 ……なるほど、詰まるところこの少女は面白がってるだけなのだ。普段仏頂面のやつの笑顔は珍しい。それを見れればさぞ楽しいし、他のやつとのの話のネタにもなるのだろう。

 

 次第に心は落ち着いてくる。この鉄板のように冷め切っていくのがわかる。

 

「……そう」

「うん!」

 

 何を期待したのか。そもそも何かに期待していたのか。もはやどうでも良い。

 やはり私にはバドしかない。それが無ければこいつにだって、単なるおもしろ女という動物園のパンダみたいな扱いしか受けることはないのだろう。

 

 それから少しして店を出て解散した。彼女は結局、始終笑顔であったが、もはやそれに何か思うところはない。

 結局、私にはバドミントンしかないのだ。これしか人にとっての興味の対象にはなれないのだ。

 

 バドミントンしかないのに、バドミントンですらやる気になれない私。他の取り柄もないからそれにすがりつくことしか出来ない私。

 父の言葉が正しいと証明したかったのか、自分がやりたいことだったか、それともそれしかないからなのか。

 

 帰り道をふらふらと歩く。もうわからない。心はぐちゃぐちゃ。自分でも、どうしようもなかった。

 

 ただ一つ、私は私が大嫌い。それだけがわかる放課後であった。

 




 書いてて何ですが、主人公面倒くさいですね。
 


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予選前夜

 放課後の体育館。いつもは熱気が溢れるこの空間に、今日は何故だか異常な緊張感が上乗せされていた。

 

「次ぃ!」

 

 強く響く部長の声。それが一層張り詰めた空気を作り上げていく。決して彼女だけではない。学年関係なく、選抜か否かなど意味を成さずに集中を高めている。

 

 それもそのはず。この日は貴重な練習日。個人戦前日の最終調整。団体戦に出れるか出れないかなど気にすることはなく、自身を出せる貴重なチャンスの場。そこに向けての最後の練習なのである。

 

 

 

 

「お願いします!」

 

 もう何巡目か。再び相手とラリーを始める。

 怠い。とてつもなく怠い。そんな感情が心に溜まってきている。

 調整は終わった。もう帰りたい。なのに帰れない。

 少し眠い。今日は昼寝をしなかったので尚更眠い。早く布団に潜りたい。目を瞑ってそのまま意識を落としていたい。

 

「集合!」

 

 コーチの声で全員が一斉に動き出す。やっと終わる。時計を見なくて正解だった。見てたらこんな長い時間、耐え切れようもない。

 

「明日は個人戦。分かっているな? 選ばれなかった三年は恐らくそれが最後の大会だ。今年入った一年はそれが最初の大会だ」

 

 その言葉で何人かは顔を反らしたり、俯いたりする。

 選抜に選ばれないということは団体戦には出れないということ。それは三年にとってほぼ引退を宣言されているようなものだ。

 

「だからこそ悔いのないように当たれ。どうせ、優勝しなきゃ後で後悔する。なら、なるべく自分のやりたいようにやれ。それが一番良いんだ」

 

 励ましなのかただ見放しているだけなのか。けれどそれを聞いて全員が前を向いている。

 

「以上だ。明日の集合時間は──」

 

 その後、業務連絡をして部活は締められる。最後に少し疲れた気がするが、まあとにかく家に戻りたい。

 

「南雲さん帰ろ──」

「南雲ぉ。少し付き合え」

 

 花柳を遮ってこちらを呼ぶ部長。部活が終わったはずなのに、辺りの空気が更に緊張感でいっぱいである。

 

「……いいですけど」

「良し。悪りぃな花柳。……一緒に来るか?」

「いえいえいえいえ! 遠慮しておきまーす! ばいばい南雲さん!」

 

 手と顔をぶんぶんと振りながらその場から立ち去る。

 逃げたな。少しは対抗しろよ。……まぁ無理か。部長怖いし。

 

 半ば強制で部長と二人で帰り道を歩く。何だろう、いつも歩いている道のはずなのに妙にどきどきする。なんで嫌われているだろう人と放課後まで一緒にいなきゃいけないのだろう。

 

「…………」

 

 無言が続く。もはや何のために私はこの人と横に並んでいるのだろうか分からない。……はあっ。…………はあーっ。

 

「……お前は、バドミントンは嫌いか?」

「……別に」

 

 いきなり質問されたので簡単にしか返せなかった。まあ、いきなりじゃなくてもこんな風にしか返せなかっただろうが。

 バドミントンが好きか。改めて考えると、どうなのだろうか。父の言葉のためにやっているのか、好きだからやっているのか。バドしかない私が好き嫌いで考えたのはいつ以来だろうか。

 

「私は好きだ。そして、私は正直お前が大嫌いだ。入ってきていきなりサボり出すし、それをコーチがいいと言ってるし。……それなのに、うちの部で誰よりも強い……。本当に嫌いだ」

 

 その大嫌いな人の眼をはっきりと見て言ってくる部長。

 沈黙が公園内を走る。何故だか眼を逸らせない。

 

「だから、お前に勝つ。例え練習で負けてても、絶対に勝つ。私を、見させてやる」

 

 はっきりと宣言する部長。こちらを見据え、明確にそう主張している。

 

 まあ、私の心に響くことはない。そんな奇跡、起こり得ないのは誰よりも知っている。

 部長とはこの一ヶ月何度か試合をした。しかし、他と違うように思えることはなかったのだ。せめて、コニー程度に何かを感じていたならまだ期待はできたのだろうに。

 

 ──だけど、もしそれが虚勢ではないのなら。

 

「……やってみせてください。先輩」

 

 希望を持って、いいのだろうか。

 私を倒してくれるのだろうか。

 

 こうまではっきり言われると望んでしまいたくなる。縋ってしまいたくなる。

 

「話は聞かせてもらった!」

「!?」

 

 ばっと物陰から何人か出てくる。最初は暗くて分からなかったが、こっちに近づいてきてそれが部員達だと確認できた。……びくった。

 

「へっへーん。花柳がそわそわしてるから喧嘩かと思って付けて来たら何だ何だ!? まるで、令だけが勝ちたいと思ってるみたいに聞こえるじゃんか!」

 

 椎名先輩が少し怒っていらしき表情で部長に肩を組む。

 

「そうだよ。南雲に勝ちたい人なんてうちの部活にはごまんといるのに。いかにも私だけが挑もうとしていない空気を作るのは辞めてほしいかな」

 

 来栖先輩が微笑を浮かべながらそう発言する。全く笑っていない目で部長を見てるのが凄く怖い。

 

「一応先輩としてさー。負けっ放しじゃ面白くないんだよねー」

「そうそう。正直、他の学校に期待される方が悔しいったらないし」

 

 新崎先輩と根本先輩がお互いに見合いながらそう言ってくる。

 

「わ、私も! 南雲さんに勝ってみたいんだからね!」

 

 そして、花柳が私の手を掴みながら伝えてくる。

 練習試合を共にした選抜生の方々全員。言葉は違うが、伝わってくるその気持ちは皆同じ。燃えるような情熱が瞳や声からはっきりと理解できる。

 

「……まあそういうわけだ。そんなふぬけた顔でこの予選は突破させねえ。それだけだ」

 

 ぐだぐだになりそうだったのを強引にまとめる部長。なんだか空気が締まらないがそれならその方がずっと楽でいい。

 

 部長に対する期待も冷めた。悪いけど、私は誰にも希望を持つことはない。

 だからどうか、見せてくれ。私に、誰でも良いから輝きを。この哀れな女を追い詰める光を。

 

 月が夜の公園を照らす。それぞれが、それぞれの思いを胸に挑もうとしている。

 奮起する者、勝つためだけに参加する者。

 これが最後だという者。途中だという者。最初だという者。

 いずれにしても言えることはただ一つ。この大会は人生において一回しかないということだけ。

 

 ──長い激闘が始まる。ようやく、運命の幕が上がる。

 

 




 次から個人戦の予選に入ります。頑張って書きたいです。
 多分金曜の朝の投稿はないです。多分。


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初戦

 暖かい春の陽気に包まれたその日。県内で有数の大きさを誇るその体育館には数多くの学生が集結していた。

 白、緑、青。来ているユニフォームの色は違えど志は同じ。全国に行くために全力を尽くす──そういう場であった。

 

 しかし、当然ながら人が多ければそれだけ注目される人というもの存在する。全てが同じというわけではないのだから。

 

 この県においてそれは一つの高校が該当する。コート内を蹂躙する黒色のユニが何よりも特徴的なその学校。

 海鳴高校。ここ二、三年において個人と団体の両方で猛威を振るうその学校こそがこの予選において最強であると認識されているのである──。

 

 

 

「──ふわぁあ」

 

 心地よい日差しに欠伸が出る。正直このまま寝てしまいたいが、今寝ると間違いなく試合までに目覚められないだろうから辛い。

 コートに戻ろうか。……やっぱり暑いから嫌だ。一応始まったのを確認してから来たので後二〜三十分ぐらいはかかるだろうし、その間あの密閉された空間にいるのは息が詰まる。

 

 風邪か体を通り抜けていく。少し強いがそれが丁度良く涼しい。

 ふと時計を見る。……いつのまにか二十分近く過ぎていた。

 

(……戻ろっかな)

 

 そろそろ一旦戻った方がいいと思い、体を頑張って起こす。

 眠気に負けないようにコートに戻ろうとした。

 

「──おい」

 

 誰かを呼ぶ声がする。周りを見回してみるが呼んだであろうその女性しかいなかった。

 ……もしかして、私? 

 

「南雲だな? まさか、予選で会うとは思わなかった」

「…………?」

 

 誰だこの人。全くもって思い当たりがないのだが。

 

「……誰、ですか?」

「──あぁくそ。やっぱそういうやつだよ、お前は」

 

 心から憎々しげにそう言ってきているように見える。本当に知らない人なのに。

 何かしただろうか。……だめだ。心当たりがまるでない。でも名前は合ってたから人間違いではないし。

 

「決勝でお前を倒す。絶対にぶっ倒すからな」

 

 知らない人にいきなり宣戦布告された。別にそれだけならなんてことも無い話だが、生憎私は知名度がないからとても怖い。

 

「あいつの敵を絶対に──」

「あ、此処にいたんだ」

 

 続けようとしていた言葉を遮るように、椎名先輩が彼女の後ろから割り込んできた。

 

「隣のコートにいないから探しに来たよ。ほら、戻るよ」

「え、はい」

 

 素早くこちらの手を掴み試合会場に戻ろうとしてくる椎名先輩。もしかして、探しに来てくれていたのか。

 

「おい待てよ。こっちはまだ話が──」

「ごめんね。この娘もう試合だから」

 

 まだ言いたいことがありそうなあの人を意に介さずその場から離れる私たち。……正直凄く助かった。

 

「……すいません。ありがとうございます」

「いいよ別に。それよりあの利根石高のやつは知り合い?」

「……知らない人です。あっちは知っていたようですけど」

 

 椎名先輩に聞かれるが首を横に振るしか出来ない。例え会ったことがあったとしても覚えていないものはどうしようもない。バドミントン関係なら尚更だ。

 

「ふーん。それにしても利根石のやつに絡まれるなんて災難だね。あそこ、何かうちを敵対視してる人多くてね」

「そうなんですか?」

「問題起こしたこともないんだけどね。まあ南雲は気にしなくてもいいから」

 

 少し顔をしかめながら大丈夫だと言う椎名先輩。なんか知っていそうな気もするけどまあ気にしなくてもいいなら別にどうでもいい。

 しかし、さっきの人は明らかに私を狙っていた。本当に、誰なんだろう。

 

 少し駆け足で戻ると試合も既に佳境に入っており、次の試合が始まる寸前であった。

 危ない。椎名先輩が呼びに来てくれなかったら早く行こうと思えずに遅刻する可能性があった。本当にありがたい。

 

「もう始まるね。準備しときな」

「……はい。ありがとうございます」

「気にしない気にしない。……倒したい人が寝坊で棄権なんて嫌だしね」

 

 軽く手を振ってコート近くの場所に座る。少し体をほぐしていたし、恐らく試合はすぐなのだろう。

 

「ゲーム。マッチワンバイ浦原。21-19,18-21,21-15」

 

 少し屈伸をしていたら試合が終わる。……さて、私の番か。

 別に緊張とかはしていない。一応中学で全国には出ているのでこんな所で感じる理由がないのだ。

 

「オンマイライト、南雲。オンマイレフト、鹿島。南雲トゥーサーブ、ラブオールプレー」

 

 審判のその掛け声が己の耳に響く。

 ──さあ、試合の始まりだ。

 

 

 

 海鳴高校は強い。その前提はここ最近でおおよそ共通の認識になっている。

 けれどその強さは団体としてのもの。個人として警戒する必要があるのは、今年三年の御劔と来栖ぐらいだと同世代、そして選手を支える監督達は思っていた。

 それは間違いではない。確かに去年まではそれで良かったのだ。真に警戒するのは二年連続で本戦に行っている御劔だけで、その他の選手なら今まで頑張ってきた選手達ならチャンスはある。そう思えていたのだ。

 

 ──しかし、今年はそれでは行けなかった。

 

「ゲ、ゲーム! マッチワンバイ南雲。……21-0、21-……0」

 

 その試合はまだ一回戦。見ている者は少なかったがその試合を見ていた者はその光景に自分の目を疑った。

 それは常識では考えられなかった。確かに実力が開いていればこのスコアになるかもしれない。しかし、一ゲームならともかく、セットを通して0で抑えられるという現象はあまりにも非現実すぎる。

 

 コートには二人。あまりの出来事に涙を流しながら呆然と立っているだけの少女。そして、ただ相手コートを見ているだけの黒髪の少女。

 挨拶をしコートを去るその黒髪の少女。その服は髪と同じ黒。この大会において統一されたその色を着て試合に出ているのは一校だけ。

 

 南雲咲耶。その少女の大会初戦は見ていた者に恐ろしいほどに衝撃を与え、ほとんどがその黒髪の少女の背を恐れるような眼で見ていた。

 

 




 個人戦の予選は少し長くなるかもしれません。中々原作キャラが出せずに申し訳ないです。
 続きは早く書きたいけど、某ソシャゲの配布がタイプなので回らなければいけないので少し遅くなるかもです。

 


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準決勝

 初日は恙無く進行された。

 負ける者、勝利する者。たった一日で多くがその境界で別れ、この舞台に集まった数多の人間の中からが四人が残った所で一日目は終了を迎えた。

 

 そして、二日目が始まる。

 使うコートの数も減り、より多くの人間に見られるようになる決戦場。そこに上がれるのは残った者だけ。ここで試合ができる者はそれだけで強さがあると証明されているのだ。

 

 当然ながらここで近くで試合を待っている人間も少なくなるということ。初日に比べ喋り声も減り、心なしか寂しくなったその場所。

 その静寂を味わえるのは実力者の証。

 

「…………」

「…………」

 

 そのはずなのだがあるのは気まずさだけである。それもそのはず、さっきからこっちを睨む人が二人ほどいるためである。

 一人は別に良い。主将だから。だが、もう一人の女。先日私に宣戦布告してきたあの女がずっと鋭い視線を送ってくる。……怖い。

 

「……なあ、あいつお前の知り合いか?」

「……違います」

 

 主将も気になったのかこちらに聞いてくるが知らない物はどうしようもない。昨日布団で考えたが、結局誰かわからなかったのだ。もしかしたら、どっかで肩がぶつかったとかそんな程度の関係かもしれない。

 

「そうか。まあ利根石の奴ならたまにあるし気にすんなよ」

「椎名先輩も言ってたんですけど、学校同士で何かをあったんですか?」

「いんや。……まぁ私らが気にすることじゃぁねえよ」

 

 少しつまんなそうに言う部長。理由が分かってそうな感じを出しているが、まあ聞いた所で椎名先輩みたいにはぐらかされるのだろうし気にしないことにする。

 座って体を伸ばす。昨日の疲れなどないが、怪我はしたくないので入念に準備運動をしておく。

 部長とは特に話す事もなく淡々と行っていると、花柳と来栖先輩が近くに来るのが見えた。

 

「そろそろ時間だよ令」

「ファイト! 南雲さん!」

 

 花柳の元気すぎる声が耳にくる。やばい、なんでこんなに元気なんだ。ダブルスもあるのに。というかこいつはダブルスが本領だろうに。

 

「おう。こいつとやるためには止まらねえしな」

「その意気だよ」

 

 私を指差しながらそう答える部長。何だろう、私はそんなに恨みを買っているのだろうか。

 

「……じゃあ」

「うん!」

 

 花柳を背にしてコートに向かう。相手も既にアップをしており、こちらを一瞬見ながらも体を動かしている。ちなみに私の相手も利根石の人だが、睨んできた人は部長の相手なので当たるとしたら決勝である。

 

 軽くラケットを二、三回振り調子を確かめる。……うん、問題ない。

 

「では、試合を始めてください」

 

 体育館に開始を告げる声が鳴り響き、コートの雰囲気が引き締まる。

 

「オンマイライト、白石。オンマイレフト、南雲。白石トゥーサーブ。ラブオールプレー」

 

 サーブが上がる。さて、今度の相手はどうなるか。

 

 

 

 

 白石凪は限界だった。

 呼吸はあまりにも荒く、体はもはや言うことを聞かない。たった一試合しかしていないのにぎりぎりまで走っていたかのような疲労を感じる。

 

「1-16」

 

 無慈悲な宣告が更に心を折りにくる。

 あり得ない。私がこんなに無様に負けているなんて。全くもって理解できない。

 準決勝までは順調に勝ち続けていたのに。あと一つ勝てば全国に行けるというのに。

 

「1-19」

 

 何をしても意味がない。どんなに足掻いたって全く歯が立たない。

 初めてだった。まだ一ゲーム目だというのに、私はもう立っていたくないと思ってしまうのは。

 相手は何もしていない。ただ私の打つ球全てを返しているだけ。こんな時でも笑っちゃうぐらい可笑しいぐらいに実力差を感じる。

 分かってる。唯一取れた一点だって実力で取ったのではない。相手が必要としていないから取れた。そんな慈悲のような情けない一点。

 

 何処までも掌の上。私は所詮あいつのおもちゃでしかない。

 

「諦めるな! 足を動かせ!」

「頑張って! 凪!」

 

 私に関係する人の声が聞こえる。私を励ます魂の叫び。

 厳しくも、真剣に指導してくれた恩師の言葉。常に隣で切磋琢磨してきた友の声。そのどれもが心からのエールなのだろう。

 

 ──けどダメだ。それに答える余裕なんてほんの僅かな可能性すら私には存在できていない。

 目の前の少女がただただ怖い。震えが止まらない。腕は上がろうともしてくれない。

 

「ゲーム。ファーストゲームワンバイ南雲。1-21」

 

 勝ちへの一歩目を取られる。普段ならそれは悔しいはずの出来事なのに──。

 顧問の話し中も心に浮かぶのはたった二つ。

 一つはやっと終わってくれたという安心感。そして二つ目。明らかに過半数を占めるその感情は。

 

 ──まだやらなきゃいけないのかという絶望だけだった。

 

 

 

 

 

「ゲーム。マッチワンバイ南雲。1-21,0-21」

 

 結局、何せずに終わってしまった。わかっていたことだが準決勝でもこうだと流石に嫌になってしまう。

 つまらない。結局、予選程度では何もなく終わってしまうのか。それはしょうがないことなのか。

 

 自分ではどうにも出来ないのが尚更辛い。期待するのが間違いだとわかってはいるのに。私と戦える相手など全国で見つかればラッキー程度であるとは考えているのに。僅かでも、期待はしてしまう。

 

 ふと隣のコートの試合を見る。スコアは19-15。部長が有利な展開であるようだ。

 だからといってどうなるわけでもない。部長だってああも私に言ったところでこの試合に負ける可能性もある。どっちが上がってきたところでやることは変わらない。

 

 コートを出る。思うのはただ一つ。この流れ作業のような大会が少しでも早く終わってほしい。それだけである。

 

 




 アンケートご協力ありがとうございます。一応簡単な設定だけ乗せておきます。


南雲咲耶(なぐもさくや)
 海鳴高校一年C組。身長170cm。長い黒髪。胸はあまりない。
 幼少期より父から教えてもらったバドミントンを始める。

 そこまで勉強が出来るわけではないコミュ障。多分部活やってなければクラスにしゃべる人はいなかったと思う。
 写真の母が眼鏡をしていたのと、何となく頭が良さそうに見えるからという理由で伊達眼鏡を付けるときがある。
 


 

 



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決勝の相手

(あっちは終わったか)

 

 一ゲーム目を取ってもう一個のコートを確認した時には既に試合は終わっていた。結果は見てはいないがどうせ、あいつの勝利で間違いないだろう。

 

(まあ、今は試合についてだ)

 

 今はとりあえず自分のことを優先することにする。

 状況はこちらが有利であろう。相手は割と強い。如何に準決勝といえど、ここまで善戦されるとは思ってなかった。

 

 名前は確か及川だったか。風貌からして一年ではないとは思うが聞いたことがない。ここまでやれるなら前回も少しは話題になっているはずだ。転校生なのか、それとも試合に興味がなかったか。

 

 まあどちらでもいいか。

 私は勝てばそれでいい。ここを進んであいつに挑戦する。そして全国で益子や志波姫を倒す。こんな所で負けてやるわけにはいかない。

 

「──行くか」

 

 インターバルも終わり再びコートに戻る。相手は負けているのに余裕そうな顔をしている。あちらは横にいるやつに助言でも貰えたのだろうか。

 

「──しゃあ!」

 

 気合いを入れる。やっぱり声を出さなきゃ力が入らない。

 大丈夫、どうにも油断はできないが、まあ私が全力でやれればそうそう負けることはないはずだ。

 

 

 

 短めのサーブ。長めに返しラリーに持ち込む。

 高く、より速く。攻めこそが私の至高。これを出来なければ意味がない。

 

 ラリーは次第に速度を上がる。広く使いたそうな相手とは別に私はより狭く、より前で詰まる方が得意なのだ。

 相手はこれについていけず、長めに返して一旦整えようとしている。

 まあ無駄だ。私にそれは悪手だ。あのいけ好かない後輩ぐらい返す自信がないなら、ただ打ち抜けるチャンスにしかなり得ない。

 

「9-6」

 

 次第に点差が開き始める。だがそれほど優位に立っているとは思えないのが本音だ。

 確かに打ち合いになれば私の有利。けどあいつは多分、試合を組み立てるタイプの選手。

 感とセンスではなく、己の経験と知識で試合を型取り展開していく。そういうバドミントンをするタイプ。

 だってそうだろう。現に、あの女は未だに余裕が崩れてはいない。試合が始まってから変わらずにこちらを見据えている。

 

「9-7」

 

 ああくそっ、引きずられた。今のは明らかに飛び出す所ではなかった。もっとこう……二球前ほどのクロスはもっとライン際に……。

 

「11-10。インターバル」

 

 どうにかインターバルまで持ち込み、一旦水分を補給する。

 しかしどうする。だいぶ読まれてきた。前半は割と攻めやすかったのにどんどん有効打が少なくなってきている。

 あいつはまるで毒蛇だ。噛みついて次第に毒を回してくるうざったいやつ。まだ有利なのは変わらないが、それでもこのセット中に抑えておきたいが──。

 頭を回しどう動くか考えていると、突然頭にタオルが被さってくる。冷たっ。

 

「ほら。何馬鹿正直に悩んでるの」

「……美奈」

 

 億劫だったので目だけを向けるとそこには何故か美奈がいた。試合中にここに来たことなかったのだがいきなり何故? 

 

「令は考えて動くような選手じゃないでしょ。少し悩みすぎだよ」

「……そうか?」

「そうだよ」

 

 あっけらかんとした表情でそう言ってくる美奈。

 ……確かにそうだ。私の最も得意なバドミントンは相手のことを考えるスタイルではない。どうやら、ここ最近あの天才女に負け続けたせいで少し見失っていたらしい。

 

 頬を両手でバチンと叩く。よっし悩むのはもう終わり。私は私の出来ることをする。それだけじゃないか。

 

「さんきゅ美奈。流石は副部長だよ」

「そう? ……そういえば、春から聞いたんだけど」

 

 まるで今思い出したかのようにこっちに伝えてくる美奈。それは私の心を更に燃やす燃料には丁度良かった。美奈は多分、私にとって良い起爆剤になるとわかっていてこれを私に聞かせたのだろう。まったく、叶わないな。

 

「……行ってくる。座って見とけ」

「うん。とっとと勝ってこいバカ」

 

 椅子から勢いよく立ち上がりコートに戻る。

 相手は今だ余裕の表情。さっきの話を聞いたら、まるで私なんか前座と言わんばかりのその態度が尚更気に入らなくなる。 

 

 確かに、お前にも負けられない理由があるのかもしれない。あの後輩に対して思う物があるのかもしれない。

 ──そんなことはどうでも良い。結局は勝った方が挑めるのだ。勝ちたい思いはお互いに同じ。

 

 シャトルを上げる。その時にはもう、ほんの少し前まで感じていた焦りやいらつきなどどこかに行っていた。

 

 

 

「ゲーム! マッチワンバイ御劔。21-16,21-13」

 

 審判の試合終了を告げる声が聞こえる。どうやら部長が勝ったらしい。

 読んでいた本を閉じる。まだ読みかけだが、特別続きが気にあるわけでもないので別に良い。

 

 コートを見る。部長が相手選手と握手をしているのが見える。ぼんやりと笑顔も見える。

 試合はもう少ししてからだとか。つまらない。どうせ何か変わるわけでもないのに。

 だってそうだ。何か因縁があったっぽいあの他校の人も結局負けているのだ。例え、どれだけ勝とうという意志を見せたって、どれだけのやる気で試合に臨んだって何も意味など無いのに。

 

「……はやく、早くして」

 

 口から出た言葉はこの空間内の音にかき消される。どうでもいい。

 とっとと試合をしたい。今閉じた本よりは面白い内容になってほしいと心から願う。

 

 




 遅れました。


 


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決勝開始

「はい私の勝ちー!」

「ええー! もう一回!」

 

 目に映るのは小さな少女達のバドミントン。

 片方が勝ち、もう一方がやり直しを求める。なんてこと無い平和な光景。

 

 ああ、懐かしい。昔は良く負けたりもしたっけ。普通に押し負けたり相手の作戦に嵌められた時とか。

 敗北だって次に行かせると思える楽しかった。お父さんが見に来てくれた試合で勝てたときの喜びもあった。バドミントンが一番楽しかったのは多分この時期だろう。

 

 思えば随分と大きくなったものだ。得るものは確かにあったけど、振り返ると無くした物の方が多かった気がする。

 ふと気になる。そういえば、最後に負けたのはいつだったか。なんで負けが次に繋がると思っていたのか。

 そんなことはもはや覚えてもいなかった。

 

 

 

 

 太陽の光で目を覚ます。先程までは当たってなかったこの場所もすっかり日光に包まれていた。

 

「……そろそろ準備しなきゃ」

 

 少し固まった体をほぐす。時計が指すのは十二時五十分。確か始まるのは一時過ぎ。ゆっくりで大丈夫。

 指、手、足。少しずつ己を調整していく。いつも通りに動けるように、ただそれだけのために。

 ……うん。もういいかな。

 

「……行こっか」

 

 そろそろ近くに戻った方が良さそうなのでコート近くに戻ることにする。思えば二日間、両日此処で寝てた気がする。

 まだ穏やかな春の風。少し温かいその自然の恩恵。もうずっとこれを浴びて寝ていたい。

 

 けど試合はしなければ。無駄だとは思っているけど棄権はしたくない。中学の時はあっさりそれをしたけど、なんでか今はしたいとは思えない。

 どうしてだろう。……やっぱり期待とかしてるんだろうか。無駄だとわかってるのに。

 

「あ、南雲さん!」

 

 こちらを見つけてから駆け寄ってくる花柳。もしかして、また探しに来ていたとかだろうか。

 

「……そろそろ始まるよ! 探しに行こうと思ってたんだ!」

「……必要ない」

「ダメだよ! そう言っといてこないかもしれないのが南雲さんだもん!」

 

 酷い言いぐさだ。そんなに信用がないか。……うん、逆だったらこんな身勝手なやつ信用できやしない。

 

「レッツゴーだよ!」

 

 そう言って先に進む花柳を見ながらゆっくりと歩く。少し歩くと入り口付近には来栖先輩と部長がいた。

 屈伸をしながら集中力を高めている部長。少し近づきがたい。

 

「あ、来たね。調子はどう?」

「……問題無いです」

「そっか。じゃあ安心だね」

 

 私の返事を聞いて少し嬉しそうにする来栖先輩。どう見ても部長に勝ってほしそうな彼女なら、私の調子は悪い方が良いのではないのだろうか。

 

「だってね。我が部長には全力の南雲さんを倒してもらいたいじゃん?」

「……そうですか」

「そう」

 

 はっきりと言う来栖先輩。始めて見たときからこの人は割り切りが良さそうだと思ってはいた。でも同じ学校なのにここまではっきりと勝ってほしい方を言えるのは凄いと思う。一応副部長なのに。

 

「ただ今よりシングルス決勝を行います」

 

 そうこうしていると試合開始のアナウンスが流れる。……時間か。

 二三回屈伸をしておく。ああ、早く終わらして帰りたい。

 

「南雲」

「……?」

 

 隣から今まで無言だった部長が声を掛けてくる。試合前になんで話しかけてくるんだろう。

 もしかして、挑発とかだろうか。

 

「──負けねえから」

「……そうですか」

 

 その言葉に意味なんてあるのか。自分が折れないためか、あるいは本気でそう思っているのか。

 くだらない。結局、私の方が強いのは練習でわかっているはずなのに。理解ができない。

 

 入場と共に歓声が上がる。

 見に来ただけの観客。二日間ここで戦った学生達。

 

 どうでもいい。すべては変わることはない。結局、私が来てほしいと思う応援など今はいやしないのだから。

 

「頑張って! 南雲さん」

「……なんでいるの?」

「応援だよ!」

 

 何故かこちらの控え場所にいる花柳。あちらを見れば来栖先輩がそのまま付いて行って座っていた。コーチは恐らく上で見ているだろうし自由すぎると思う。

 まあいい。それもまた、私にはどうでもいい話。一人だろうが誰かいようが気にする理由はない。

 部長と目が合う。まるで燃えたぎるマッチのよう。私にはとっても弱く見えるのに、どうにも目に付いていらつく。

 

 ──かったるい。ああ、本当にどうしようもない。

 

 

 

「オンマイライト! 南雲咲耶 海鳴高校。オンマイレフト! 御劔令 海鳴高校」

 

 互いに同じ学校。本来注目度は低い試合のはずなのだが何故かこの試合を観る者は少なくない。

 理由は単純。片方は一年時から全国進出をしている御劔。もう片方はこれまですべての試合を圧勝してきた一年。

 この地域の最強である御劔。この空間で最も未知な南雲。わかるのはその両方が強いということだけ。

 

「南雲トゥーサーブ」

 

 果たしてどちらが勝つか。今の最強か、それとも新しい世代のダークホースか。

 今この場でバドミントンをする者、した者にとっての最大の興味がここにある。

 

「ラブオールプレー!」

 

 誰もが息を呑む。あれほどうるさかった歓声もすでにない。そこには緊張と静寂のみ。

 

 ──さあ始まる。この二日間の集大成。決勝戦が。




短いですが区切りなので。
次は遅くなるかもしれないです。


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第一ゲーム

 試合は初めから激烈な展開であった。

 勢いのあるラリーで繋ぎ、ラストにスマッシュを打つ。それは流れとしては王道であるといえる。

 様々な種類のあるショットの中で、最も点を取りやすい形になるのが恐らくこの形になるのだろう。

 バドミントンは速度の競技。いかに相手が優れた選手でも、洗練された強く速い一撃は通じるもの。

 

 ──そのはずだった。

 

「12-2」

 

 会場に言葉はなかった。

 決勝というにはあまりに開いている点差。そして、疲労を全く見せないその姿。それが勝っている者の恐ろしさを引き立てる。

 この場の誰もがこういう展開になると予想はできていなかった。海鳴高校の生徒でさえ、本番の試合でなら差は縮まって来るだろうとたかを括っていたからだ。

 

「14-2」

 

 決して差が縮まることはない。広がり続けていくのみ。

 御劔令は弱くない。彼女が高校に上がってから全国に行かなかったことは少ないぐらいには優秀な選手である。

 けれども、ここにいる多くの人はどちらが勝つのか。その答えをもう心の内に出してしまっていた。

 

「16-3」

 

 ──僅か二人を除いては。

 

 

 呼吸が辛い。体が重い。

 またこの感じ。この自分が自分でないと思えてしまう程の不自由感。

 思えばこいつと試合をするのは何度目だ。三〜四回はしている気がするが気付けばいつも動きが悪くなる気がする。

 

「17-3」

 

 まただ。形こそ理想に近い打ち方はできている。しかし、その最後で完璧封殺される。

 ならドロップやカットを混ぜるか。いや、意味がない。こんな打たされているだけのフェイントなどあっさりと看破される。

 

「17-4」

 

 点が取れる時はある。だけど、これは私が自力でやっているわけではない。

 あいつは、南雲は自分の調整の為だけに相手に点を渡す時がある。

 より絶望させる為の前段階なのか、それとも本当に意味はないのか。

 どっちでもいい。どちらにしても、共通してるのは一つ。あいつには点を失える余裕があるということ。

 

「19-4」

 

 ──ふざけんな。どこまで舐め腐っているのか。

 どうしてこんな練習にも来ない、試合で一点を大事にしないあんなやつにここまでぼこされる。

 一度もこちらを見ることなく、試合後に溜息を吐かれるのは何回経験しても腹が立つ。

 

「20-4」

 

 ああくそ。認めよう。確かに私は驕っていた。

 目標はあくまで益子、志波姫、津幡の三強。それ以外にならどれだけ苦戦しても勝てる。そんな傲慢さを確かに持っていた。

 だからこそ、こいつとの最初の試合であそこまでの無様を晒したのだ。

 

 だが、今はもうそんなことは思ってない。自分が強い位置にいるとは思える気がしない。

 あるのはたった一つの思い。勝ちたいという思いだけだ。

 この一ヶ月ちょっと、自分を限界まで絞った。コーチにもたくさん意見を聞きにいった。うちの部の誰よりも練習したという自負がある。

 

「20-5」

 

 分かっている。所詮は人間の付け焼き刃。怪物が元々持っている牙には届き得ないなまくらでしかない。私はどこまでいっても天才じゃあない。

 

 だからこそ、慣れない分析をしているのだ。

 こいつが部活に出る回数は少なかった。故に、まともに見学できる試合が少なくどうしてもこの試合でどうにか見つけるしかなかった。

 もちろん一人なら無理だ。私は頭が良くはない。無駄に疲労するだけだろう。

 

 だけど、今は後ろにあいつがいる。美奈がいる。

 誰かがいても一人で戦う後輩とは違い、私にはずっと一緒にいた最高の美奈(あいかた)が共にいる。

 なら迷うことはない。あいつが一ゲームほしいと言ったんだ。

 私はあいつを信じてる。怪物にだって付け入る隙があることを証明してくれる筈だ。

 

「21-5」

 

 ならこのゲームは別にいい。このゲームだけはくれてやる。

 どうせ正面からでは変わらない。ならやれることは全部やる。そして勝つんだ――!

 

「――はあっ、どうだ美奈。何かわかるか?」

「……」

 

 美奈の表情は重い。やはり、この短時間ではあいつの攻略法なんてわからないか。

 

「……ひとつだけ。付け入る隙があるとしたら、それは――」

 

 美奈によって導かれる結論。それは藁に縋るより可能性が少ないであろう可能性。

 ――だがそれで十分。元より零でしかなかったのなら、光が見えてきただけで体にも力が漲ってくる。

 

「ありがとな。美奈」

「感謝してるなら勝って。それが一番嬉しい」

「……応!」

 

 美奈に笑いかけコートに戻る。

 ネットの向こうにはあのいけ好かない後輩がいる。相変わらず、こちらに興味の無い無機質な瞳。

 

 ああ、やっぱりあいつは嫌いだ。気に入らないという心の叫びが体に響く。

 けどそれと同じくらい競技者として。バドミントンプレーヤーとして南雲に感じる何かが確かにある。

 

「――南雲!」

 

 南雲がこっちを僅かにだが確認してくる。

 かつて、その無機質な眼に心は飲み込まれた。動くことすら嫌だと心と体の両方に思わせてきた化物。

 

「こっからだ!!」

 

 その叫びは己を鼓舞するものであり、あの少女にまだまだやれるとわからせるための覚悟の証。

 第二ゲームが始まる。此処で負けるかもしれない、そんな不安は不思議と無かった。

 

 ――さあ行こう。こっからが本番。反撃開始だ――!

 




 書いてて何故か、この部長が主人公ではないかと一瞬思いました。
 
 
 


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一歩目

 審判の合図と共に二ゲーム目が始まる。

 先程部長が何やら叫んでいたが別に気にすることではない。

 どれだけ叫ぼうとも無意味。生憎だが、私と部長の差はそんな行動一つで埋まることはない。

 あんなに啖呵切っといて、結局何も出来ずに一ゲーム目は終わっていた。このまま行けば変わらずに試合が終わるだろう。

 

「──はあっ」

 

 溜息と同時にロングでサーブを打つ。少し甘く相手のコートに落ちようとするそれを力強く返してくる。

 甘かろうがどうしようが関係はない。部長の最高速はジャンピングスマッシュ。それが通用しないのはすでにわかっているはずだ。

 

「2-0」

 

 今だってそうだ。相手の一撃は完璧に返した。

 いくらどうしようとももう意味は無い。試合は終わり。後はこの事実をスコアに載せるだけ。

 現にも差は出来つつある。こっちの体力はまだ余裕。パフォーマンスが出来なくなるのはあっちのはず──。

 

「3-0」

「くっそー!!」

 

 なのに、何故諦めようとしない。練習試合ではあんなに簡単に折れたのに。

 何で足が止まらない。どうして。一体何で──。

 

「4-0」

 

 なんで相手のショットすべてが強くなってきている? 

 どういう理由でスマッシュの速度が上がる。何故疲れた体でさっきよりも動けている。

 理解が出来ない。試合で加速するなど。疲労よりもその勢いが上回るなど全く持って不可思議だ。

 

「5-0」

 

 まただ。また増した。打ち返すのは軽い羽のはずなのに、どうにも感じたことのないほどに重さを感じる。

 限界にはほど遠い。私が打ち返すのは容易。けれども、どうしてか。

 

「6-0」

 

 この胸に、私の心に僅かによぎる何かがある。試合中にこんなことを感じるなど、始めて──始めて? 

 

「6-1」

 

 わからない。何も、わかることはない。のに──。

 

「7-1」

 

 少しサーブに力が入る。いつもよりも速いその出だしにも付いてくる部長。

 左右、ラインぎりぎりに散らし走らせるが慣れたと言わんばかりに打ち返してくる。

 

(ちぃっ──)

 

 ラリーを切るためにドライブで返す。

 私のクロスファイアは良く曲がる。今日初めてのそれに対処できるわけが──。

 

「──うらあぁ!!」

 

 咆哮を共に強引に返される。ふざけるな、何故返せる? おおよそ不可能だろうが──。

 思わず高く上げてしまう。しまった、イージーショット。

 

 向こうから放たれるスマッシュ。弾丸のようにボディ目掛けて放たれるそれをラケットで浮かせる。

 部長の部上を超えさせようと放ったそれを待っていたかのように構える部長。

 

「──らぁっ!!」

 

 轟音と共に放たれるそれは最初のよりずっと強力。多分、こっちが本命。

 だが問題無い。逆を突くのでもなく再び胴近くを狙うなんて、何よりも愚策で愚かなチャンスの潰し方。

 再度しっかり捉え、相手コートに押し戻す。恐らくこれで終わり。部長の足は止まり、シャトルは地に転がるであろう──。

 

「────っ」

 

 だが、何故そこにいる。落ちる場所近くに、どうして飛び上がっている──? 

 

「──────―ぁぁぁっ!!」

 

 もはや人の声ですらないその咆哮。それとほぼ同時にその白い羽に確かにコートの上に墜落している。

 だがしかし、予想とは違う。落ちている場所は、だって、そんな、どうして。

 

 ──どうして私の陣地の中であるのだろう。

 

 

 

 

「7-2」

 

 別に、その一点で歓声が上がることはない。だってそれはただの一点。

 試合を決めるとか今日初めての得点だとかそんな特別なものではない。

 会場にとって、その中の多くの者にとってはなんてことの無い試合の構成要素の一つ。

 

 それはいっそ哀れみすら思う者いるのかもしれない。これまでの試合展開からその抵抗は無駄なあがきでしかないと考える者もいるのかもしれない。

 けど、それでも──。

 

「──うぉっしゃー!!」

 

 確かにわかることがある。何かを感じる人もいる。

 

 その一点は始まり。両者にとっても始まりの一歩。

 片方はこれからの試合のための。このゲームを死んでも取るという意志の強調。

 

 そして、もう一方の少女には。怪物と人に揶揄させるその少女にとっては──。

 

「……うそっ」

 

 止まっていた時間の、望んでいた何かが動き始める音のする。

 そんな一点であった。

 

 

 

 

「……うそっ」

 

 その一言は心の底からつい出てしまった。

 だってありえない。それは余りに未知で余りに処理が追い付かない事態。

 私が点を取られた? 私の意志ではなく、私のミスでもなく。

 

 ただ単純に相手の実力に押し負け。相手の力によって、私の意志とは関係もなく。

 普通に点を奪われた──? 

 

「見たか南雲ぉ!? やっと、やっと一点だ!!」

 

 ネットの奥を、その白帯の向こうに目を向ける。

 部長が嬉しそうな顔をしている。隠せない疲労を見せながら、それでも心から楽しそうに笑っている。

 

「さあ行くぜぇ。こっからだ!!」

 

 試合中に相手を見たのは久しぶりだ。一体、いつ以来だろう。

 この胸の何かが、少しだけ。ほんの少しだけだけど。

 

 ――動き出そうとしていた。

 

 




 レポートもテストもあるのに今更シンフォギアを一期から見始めました。一期が名作すぎる。
 なので、ペースは落ちると思います。申し訳ございません。……書きたくなったらどうしましょう。


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久しぶり

 試合は一ゲーム目とは違う空気に包まれていた。

 

「9-4」

 

 決して試合が逆転したわけでもない。差は依然として広がり続けるこの状況。

 違うとすればそれは一つ。あの一点を境に御劔令のスマッシュが入り始めたことだけ。

 

「9-5」

 

 だがそれは大きな違い。

 単純な確率の話。絶対であった牙城が崩れ、少しずつ繋がり始めた細い糸。それが観客やプレイヤーに光を見せ始める。

 

「11-5」

 

 試合を観る者というのは、負けている側が奮闘しているのを観るのが好きなものである。ミスも許されぬ緊迫感の中で逆転の一歩を必死に歩くのに胸を動かされる。そんなドラマティックな展開を何よりも望んでいる。

 まあつまり、何が言いたいかというと。

 

 ──会場は既に、御劔令に傾く者がほとんどであった。

 

 

 

「──っ」

 

 インターバルの最中。

 冷たいパイプ椅子に座ったのに、ドリンクを飲み首を冷やしたのにどうも熱が消えていかない。

 理由は分かっている。あの一点から、私の心はばくばくと何かを訴え続けている。

 けど、それが何かは分からない。その感情の正体が不明である限り、私にはそれがもやもやでしかない。

 

「だ、大丈夫? 南雲さん」

「……問題ない」

「そう? 辛かったらちゃんと言わなきゃだめだよ?」

 

 心配してくれる花柳には悪いのだが、今は構ってやる余裕はない。

 試合をしている限り体に問題はない。特に怪我をしたわけでもないし、これから故障する前兆みたいなのも感じられない。

 

 なら、やっぱりこのもやもやが原因。この心に根付いて離れない何かをどうにかしないと試合に集中できやしない。

 勝つだけなら今のままで問題はない。点は取られるだろうが元々そんなところにこだわっているわけでもない。

 

 でも、これは今解決したかった。この漠然とした感情にどうしてもけりをつけたかった。

 

「……何か悩んでるの?」

 

 花柳が心配そうにこちらを覗き込んでいる。

 ……誰かに相談すれば変わるだろうか。

 

「……なんかもやもやする。体から熱が取れない」

「えっ! もしかして熱でもあるの!?」

「違う」

 

 やっぱり相談したのは間違いだったのか。おろおろするばかりのこいつから何か分かるとは思えない。

 

「……じゃあ多分、試合が楽しいんじゃないのかな?」

「……えっ?」

「わくわくしてる時とかって戸惑うことはあるけど、それ以上に熱くなれるんだよ!」

 

 わくわく……? 楽しい……? 

 ……そうか。そうなのか。これは、この気持ちは。

 

 ──楽しいというものか。

 

 その言葉は心にすとんと収まってくる。

 楽しいか。確かに昔、こんな風な気持ちをそう言ったかもしれなかった。

 

「楽しい……。──そっか、そうなんだ」

 

 少し浮ついた足でコートに戻る。気付けばあんなにも荒れ狂っていた気持ちの波がいつのまにか落ち着いていた。

 

 楽しい……。うん、楽しい──。

 

「南雲さん!」

「……?」

「頑張って!」

 

 後ろから花柳が声を掛けてくる。その言葉になんだか少し笑いが溢れてしまう。

 この私に心配なんて。今勝ってる私に応援なんて。

 

 ──全く、今日は本当に。懐かしいことばっかりだなぁ。

 

「……そこで見てて」

「っ! うん!」

 

 一言言って戦う場に戻り始める。もう振り返る気はない。

 だって、そっちは試合が終わった時に見ればいいから。

 

 ……うん、なんだかとっても心地良い。

 

「よう。なんだかすっきりした面してんなぁ」

 

 コートを遮るネットの向こうから戦うべき相手が見える。

 なんだが少し怒ったような、楽しそうなよく分からない顔。

 

 そうか。ここではみんな、こんな顔で挑むんだ。

 

「まあいいや、さぁてやろうぜぇ!」

「……ふふっ」

 

 試合が再開される。これが多分最終ゲーム。

 周囲の音が入ってこなくなるのもいつ以来か。本当に、今日は私をむずむずさせてくる。

 

 またラケットを構える。どうしよう。なんだかとっても動きたい。

 部長には悪いけど、返すだけなのはもう飽きた。

 

 ──少し、ギアを上げようか。

 




このままやっても勝てたのに、どうしてやる気になってしまったんでしょうか。
多分次で試合は終わります。多分。


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決勝終了

 その少女は生まれから最強であった訳ではない。

 小学生の内は、程々に勝ちそれと同じぐらいに負けることのあった普通の少女であった。

 少し周りよりも身体能力の高いぐらいでしかなかったのだ。

 

 転機があったとすれば小学六年の後半。大好きだった父親に二度と逢えなくなったその時だろう。

 少女は縋った。父との強い思い出に、父からもらった言葉に。

 果たしてそれが影響したのかは誰にもわからない。

 

 ただ一つ。やるだけで笑顔になれたその競技はその瞬間からもはや、嫌なことから逃れる手段でしか無くなっていたのだ──。

 

 

 

「17-5」

 

 まただ。また一点差が広がっていく。

 少しずつ追い上げようとしていたそのスコアが余りにも異常な速度で引き離されていく。

 インターバルを境に大きく変化した試合展開。

 その理由は単純明快。実に当たり前でシンプルな理由。

 

 ──有利であったはずの黒髪の少女が攻め始めた。それだけだ。

 

 だが、それはどうしようもないほどの終わりの始まり。

 元々、誘われたスマッシュで強引に点を取っていたに過ぎない状態でしかなかったこの足場が一気に崩れ去った。

 

「18-5」

「──くっそ」

 

 思わず悪態が溢れる。

 まだ言葉が吐けるならましか。けど、それもいつまで持つか。

 

(ああくそっ)

 

 この期に及んでまだ見くびっていた。

 いつからあいつが本気でやっていたと勘違いしていた。ボコボコにされているからって相手が全力だとなぜ思い違いをしていた。

 

「19-5」

 

 動きがまるで違う。今までのそれとは文字通り桁が違う。

 私が、私達が自転車だとすればあいつは何だ。ロケットか、音や光の類な速度程には絶対の壁を感じてしまう。

 

 はっきり言って理解ができない。

 先程まで決まっていたスマッシュをそのまま上から打ち返されるなど。

 辛うじて狙えた逆サイドに認識するより速く移動し、気づけば私のコートに羽が落ちているなど。

 

 何処へ打っても強打で捉えられそのまま相手の点になる。

 どこに飛ばしてもあっさり追いつき、どんな体勢からでも完璧なショットで返してくる。

 

 ただ攻撃が増えたのではない。

 怪物が目を覚ました。虎どころではない。龍の尾を踏んだ。そんな曖昧で最悪な言葉が一瞬で脳を支配する。

 足が止まりそうになる。心が途切れそうになる。

 あと二点で私は負ける。あと二回のサーブが放たれればそれで試合が終わる。

 

 なら、もういいんじゃないか。これで充分じゃないか。

 頑張った。一瞬でもあいつに目を向けさせたので上出来ではないのか──。

 

「──ははっ」

 

 そんな訳がない。そこで終わってしまって良いわけがない。

 横を見る。支えてくれている美奈がいる。

 後ろから感じる。私を応援する人の声が。

 

 そしてはっきりとこの目に映る。この白帯から見える少女の表情。

 僅かにわかる、笑い方を忘れたかのように歪んでいて、けれど楽しいと思わされる微笑。

 

(くそがっ)

 

 そんな顔されてどうして諦められるか。

 体はまだ動く。心はまだ死なず。うちに眠る炎は未だ消えず。

 

「──しゃあああ!!」

 

 この体育館に響くよう吼える。

 それが私の意地。一選手として、あいつの先輩として、海鳴高校バドミントン部のキャプテンとして。

 

 譲れない覚悟ってもんがある。試合を捨てるなんて、それは馬鹿のやることだ──! 

 

 一瞬、あいつがこっちを見た気がした。少し驚いたように、少し嬉しそうなそんな目で。

 

 サーブが上げられる。全身に力を込める。

 最後まで折れてなんかやるものか。絶対に、絶対にぃ──! 

 

「──らぁ!」

 

 勝ちを譲ってなんてやるもんか──! 

 

 

 

 

 

「ゲーム! マッチワンバイ南雲! 21-5.21-5!」

 

 短く長い試合を終える声が体育館に響き渡る。

 勝者は決まり、敗者も決まる。それは当然の摂理。

 例えどれだけの実力差があれど、そこが変わるということはない。

 

 少女は未だ負けを考えることはなく、この試合も今までとは大差無いもの。

 だが、一つだけ。僅かにでも違うとすれば。何か変化があったとすれば。

 

 ──それは少しだけ、ほんの僅かだが。

 かつて感じていた何かを、まだ負けを知っていたあの頃のように。

 

 少しだけでも、試合で動く心が確かにあった。

 それだけの話なのだ。




やっと終わりました。


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友達に

 長かった一日が終わりを迎えた。

 優勝はスーパールーキー南雲咲耶、準優勝はこのあたり最強であった御劔令という形で。

 どちらもが同じ学校。彼女らの在籍する高校にとっては名誉であろうその事柄。

 

 けどそれはあくまで通過点。そう考えるものも少なくない。

 そもそもの話、この学校が本腰を入れているのは団体戦。チームで全国制覇することが何よりの望み。

 よって、この一日の締めで全員で食事をするだとか特別盛り上がるだとかそういったのはなくこの場から解散した。

 

「えへへー。凄かったねー南雲さん」

「……そう」

「うん!」

 

 だからこそ、帰り道も静かに歩けるはずだったのだ。

 花柳がにこにこしながらこちらに会話を振ってくる。いや、厳密には私を褒めるばっかりなので聞いていてむず痒くなる。

 

 で、どうしてこいつと今一緒に帰っているだろう。

 別にそれは良いのだが、あんなにも部員がいたのに何故私を選んだのか。

 聞くところによると昨日今日だけでも友達が増えたとかなんとか。ただ試合するだけの場でどうしてそんな輪が広がるのだろうか。

 

「ちょっと寄り道しない?」

 

 おおよそ半分ぐらいまで歩いた時に花柳がそう打診してきた。

 正直帰って寝たいのだがまあ良いか。どこに行くのか知らないが私も聞きたいことがあるし。

 

「……いいよ」

「ほんと!? いやったー!」

 

 私の返事でうさぎみたいにぴょんぴょん跳ねながら喜ぶ花柳。

 あざとい。これが素でなければあまりにもあざとい。

 ……なんかちょっと前にも似たようなことをしたような気がする。

 

 少し早いペースで歩く花柳に付いて行く。

 多少の坂と階段を進むと到着する小さめの公園。

 自販機が一つある他に、カップル推奨みたいなベンチがあるだけの質素な公園だが、そこから見える星だけは昔から変わらず綺麗に光っている。

 

「綺麗だねー」

 

 その小さいベンチに座り頭上の星を眺める花柳。手で隣を払って座るように手で言ってくる。

 少し悩んだがまあいいかと座り一緒になって空の輝きに目を向ける。

 

 無数にある宙の星々。私はその人には届かない神秘が嫌いではない。

 未だ届かぬ人の夢。限りなく大きな宇宙を見ていれば、ほんの少しで気が紛れる。

 初めて見たのはいつだったか。これも父が教えてくれた思い出の一つ。

 ……そうだ。聞きたいこと。

 

「……ねぇ花柳。どうして私の側で試合を見てたの?」

「えっ?」

「ただ見るだけなら上からで良かったし。近くで見たかったの?」

 

 今日トップクラスに思っていた疑問だった。

 だって、応援するなら部長の方に行くはずだ。私より遥かに好かれている部長に着くのは当然ではないのか。

 

「……なんでって、それは南雲さんを応援したかった……から?」

「……何その曖昧さ」

「しょうがないじゃん! だって私は南雲さんを応援したかったんだもん!」

 

 花柳の大声の後、沈黙が走る。

 なんだそれは。つまり、ただ応援したかっただけ? 

 理解できない。どうして、どうして? 

 

「なんで? 私といて何か得ある? 練習以外で媚び売ったってなんか意味あるの?」

 

 声を露わにして、醜くて愚かな本音をぶちまける。

 なんて身勝手な言葉。どんな理由があろうとも、優しくしてくれた人へ発する言葉ではない。

 

 それを聞いた花柳は驚いた顔をしていた。

 私が大声を出すのが珍しかったのか、それとも腹黒さにびっくりしたのか。

 

「……ないかな。意味なんて」

「……はっ?」

「だって、友達になりたいから声掛けただけだし。笑ってる南雲さんと一緒に居たいだけだもん」

 

 花柳が特に悩むことなく言った言葉はすぐには飲み込めなかった。

 理由がない? 友達になりたいから? 

 なんでそうなる。私は、バドミントンを抜いたら何もないクソ雑魚。クラスの端っこを汚す塵の一つでしかないのに。

 

「いやー。初めて見た時からピンと来ちゃってさ! 南雲さんとなら絶対仲良くなれるって! 友達になれるってさ!」

 

 本当に嘘偽りがないかのように照れ臭そうに話す花柳。

 つまりあれか。こいつは特に考えずに、損得とか気にせずに私といたのか? 

 なんだそれは。なんてまっすぐな意見。なんて単純な理由。

 

 全く、まるで私が馬鹿みたいではないか。

 意味もなく勘繰りまくって勝手に人を邪険にしていた私が阿保じゃないか。

 

 

「──はっ、ははははっ。はははっ──!」

「えっ? どうしての南雲さん!? 私変なこと言った?」

 

 急に笑いを抑えられなくなった私を見て、困ったようにおろおろし出す花柳。

 そうか。友達か。お前は私を友達と呼んでくれるのか。

 

「──ご、ごめん。なんだか可笑しくって」

「えっ、え? 南雲さん?」

 

 ああっ、なんだか胸がすっとした。

 こんなにも悩んでいたのが間違いであったと思えるぐらいにはすっきりした。

 ……なら、私も少しだけ進まなきゃな。

 

「……咲耶」

「えっ?」

「咲耶って呼んで。南雲さんじゃ、長い」

 

 それを聞いて、一瞬固まったがすぐに今日一番の笑顔に変わる花柳。

 

「うん! 咲耶ちゃん! 私も莉子って呼んで!」

 

 今度は私が固まってしまう。

 それは考えてなかった。どうしよう、なんだか恥ずかしい。

 花柳が期待百%の目でこちらを見てくる。

 ええいしょうがない。なるようになれだ。

 

「……り、莉子」

「!!! 咲耶ちゃん!」

 

 頑張って莉子と言うと、星よりも輝いた目でこっちにガバッと抱きついてくる。

 暑苦しい。ベタベタする。けど、どうにも懐かしい。

 

「えへへー。えへへへへー!」

 

 ああっ、存外に悪くない。本当に、悪くない。




花柳さんは友達の多い凄い人です。なんでこんな娘を疑うんでしょうね主人公は。

まだ続きます。けど、更新は遅れます。


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帰宅

「で、いつまで静かに見てりゃ良いんだぁ?」

「!?」

「えっ!?」

 

 不意に掛けられたその声に心臓がもうばくばくに驚いた。

 振り向くとそこにいたのは人一人。暗闇で良く見えないが。

 

「私がめそめそ泣いてるとこでいちゃいちゃしやがって。なんだ駄目押しでもしとこうってか?」

「あっ部長!」

 

 その鋭い目。僅かに掠れてはいるが馴染みのある声。茶色の髪の部長が光に当てられながらこっちに歩いてきた。

 

「御劔部長もここに来てたんですか?」

「ああ。せっかく人が試合の負けを悲しんでるのによぉ。いきなり大声で青春始めてんだからいらつくよなぁ」

 

 決して私たちが悪くないのになんか申し訳なくなるぐらいにはしみじみとした声。どうやら言葉の通り落ち込んでいたらしい。……勝ったの私なのだが。

 

「ったくよぉ。……まあ良いや。私ももうそろそろ帰ろうと思ってたし」

 

 そう言って公園を出ようと出口に向かう部長。

 しかし階段付近で一旦足を止め振り向く。……? 

 

「おい南雲。今日の私はどうだった?」

「……いつもとは、違いました」

 

 その質問にはすぐに返せた気がする。だって、それは思ったことをそのまま伝えただけなのだから。

 それを聞いた部長は少しだけ、ほんの少しだけ笑ったような顔をした。

 

「……そりゃ良い。なら、全国には私程度ならごまんといる。てめぇが全力を出せる機会も、もしかしたら見つかるかもなぁ」

「……部長は上から数えた方が早かったですよ」

「はっ。なら決勝を楽しみにしてな。……んじゃ早く帰れよ推薦ども」

 

 優しい声色でそうこちらに告げ、軽く手を振りながら今度こそ公園を去る部長。

 ……決勝か。もしかしたら、全国最後に当たるのはあの人という可能性もあるのか。他のやつよりは楽しめるかな。

 

「いやー。全国でも負けられないね咲耶ちゃん!」

「……もちろん」

 

 そうとも。今回はもう投げ出すことはしない。いくらつまらなくとも途中で辞めた中学生時代とは違う。

 あの何もかもが色褪せた世界に比べたら、今は随分と幸せなものである。

 

「……そろそろ帰ろっか! 冷えちゃうし!」

「……そうだね」

 

 がばっとこっちの手を握りそのまま私を引きずっていく。いつもならそのままか手を離すのだが、今日はそのまま歩幅を合わせる。

 彼女の横に付いて歩く。……なんだか新鮮かもしれない。お父さん以来だ。隣の人が嫌にならないのは。

 

「ふふんふーん。ふふふーん」

「……楽しい?」

「とっても!」

 

 浮かべている笑顔は本物だ。そうはっきりとわかる。

 暗い道を二人で歩く。次第に分かれ道が見えてくる。確か花柳は駅の方に行くって言ってたしここでお別れだ。

 

「ばいばーい! また学校でねー!」

「……じゃ」

 

 手を振ってそれぞれの道を進む。さっきまでのうるささも一気に静寂に切り替わる。

 少し歩き、見慣れた一軒家に辿り着く。

 明かりは一つも付いておらず何か物寂しさを漂わせているこの家。言わずもがな我が家である。

 

「……ただいま」

 

 返ってこないとわかっていながらも変わらぬ習慣を続ける。散らかったリビングに鞄を雑に置き、そのままソファに寝転がる。

 汗のベタベタ感が気持ち悪いが今日はなんだかいつもより疲れた気がする。眠い、お腹減ったがやっぱ眠い。

 

「……あ、本」

 

 読みかけた本のことを思い出す。しかしなんでか続きを読もうと気にならない。

 何でだろう。なんか、満足してる。もうこのまま夢に浸りたい気分。

 

(……とりあえず、風呂入ろ)

 

 ゆっくり立ち上がり浴室に向かう。

 僅かに残った高揚感。その心地よさは風呂に入ってもご飯を食べても布団に入っても取れることはなく眠りについた。

 

 ──今日はいつも見る思い出の夢は、何でか見ることなく次の日を迎えた。




短いです。前の話とまとめようかは後で決めます。
投稿は遅れます。頭痛と吐き気で沈没していたうえテストとレポートがやばいのです。

関係ないですけど、ダンまちの二期が始まったのでギャグ100%で付けられた通り名に怒り、それをバネにベル君張りに強くなっていく友情・恋愛・熱血の作品を誰か書いてくれると嬉しいです。私には無理です。


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あるコーチの追憶

 とあるマンションの一室。もはや月も落ち始めた時間帯にも限らず、その一室からは僅かに明かりが溢れていた。

 部屋の中はとても良く整頓されている。自室というのは見るだけでその人の本性を表すというがその論でいくとこの部屋の住人はきっちりしているか物を持たない人なのだろうとわかる。

 

「──ふうっ」

 

 走らせていたペンを止め、隣にあった冷めたコーヒーで一息いれるその人物。今、九月晶がやっていることは今日の試合内容のまとめることであった。

 女性には肌に悪そうなほど遅い時間。それでもこの脳が、今日を振り返ると眠ることを許さなかった。

 

(……思えば、僅かにでも南雲が笑ったのを見たのは二度目だったな)

 

 客席から見えた少女の微かな笑い。それでも、あの少女にとっては珍しいものであると思っている。

 

 南雲咲耶。高校一年。聞いた話によると母親は生後間も無く顔を見ることなく死亡。父親も小学六年生の時に事故で他界している。

 現在はその父親の弟が書類上の保護者らしいのだが、仕事上の都合にて家にいることはごく稀であるとのこと。

 父親と暮らしていた家で今も一人で生活をしていると本人からは聞いている。

 

 家族と引き換えにバドミントンの才をもらった少女。

 なんとも皮肉だ。その奪われたものこそが、かつて言っていた理想に一番必要なものであったろうに。

 

「……懐かしいな」

 

 

 

 

 初めて会った彼女は今でも記憶にはっきりしている。

 あれはそう。私がこの学校に訪れて一年目だか二年目の頃だ。

 

 私が全中の準決勝を見ていた時だ。当時、私はうちの高校に誘う生徒を探していた。

 その時の海鳴高校はお世辞にもバドミントンに強いとは言えない学校であった。

 私が来てようやく個人戦でちらほら上を目指せるようになったぐらいのレベル。全国を夢見るにはあまりにも非現実的。そんな程度の強さでしかなかったのだ。

 

 特にこの世代は益子泪という埒外の才能を誇る頂点がいたり、その次に当たり前のように立ちはだかる志波姫の存在が何よりも厄介だった。

 来年以降にどこぞの強豪校に行くであろう彼女らは必ず大きな壁になる。その強さは見ているだけの私よりも、その場で共に戦っている選手たちの方が理解しているのだろう。

 もちろんそんな弱音など吐いてはいられない。

 私は私の目標のため。個人ではなく、団体で全国を獲るためにチームを作るためには止まってなどいられない。

 

 ──そう思っていた時だ。南雲咲耶を最初に見たのは。

 

 最初はそこまで興味も沸いてなかった。三年に意識を集中していた私にとって一年のダークホースなど次の年でいいと思えるぐらいには優先順位は低かった。

 だが、たった一試合。その試合の終盤。僅か五点ほどのゲームに目を見開いた。

 

 蹂躙。その言葉以外には合う言葉を私は知らなかった。

 恐ろしいことに相手は志波姫。この世代最優といっていいだろう彼女がまるで手も足も出ていなかった。

 最初は志波姫が不調なのだとしか思えなかった。けど、内容を見てそれは違うと断言できた。

 

 黄金すら寄せ付けない異次元の才能。それに羽虫の如く魅入られてしまった私はその試合の後、何故か決勝を棄権した彼女と話が出来た。

 

「……全く、楽しくなかったんです」

 

 彼女が死んだような目をしながら言った言葉は今でも耳から消えることはない。

 おおよそ中学生が発していい重さではなかった。かつて理不尽な借金で潰れかけていた友人や、あっさりと間男に捨てられた母と被るようなその雰囲気。

 決勝の相手にどれほど不誠実だとしても、それについて触れることはいくら他人の私でも出来なかった。

 

「──君を、私の学校に招きたい」

 

 まだ一年の少女にこれを言ったのは後にも先にもこれが最後であろう。

 それに対して、心からどうでもいいように返事をし去って行ったその黒髪の少女。

 

 

 次に会ったのはそれから二年後。彼女が三年になった年の夏である。

 彼女の名前はそれから中学バトミントン界から聞けることはなかった。

 私も記憶を頼りにその学校に行ってみたのだが、どうやら彼女は転校していたらしくそこで情報の糸は途切れてしまっていたのだ。

 

 私は悩んだ。御劔を筆頭に、彼女が揃えばようやくあの三強にだって負けることのない最強のチームになると。

 無論、あそこまでの選手なら続けていると期待していた。だが彼女もまだ多感な学生。あの年でつまらないと思ってしまったスポーツを果たして今もまだやりたいと思えているのだろうか。

 

 偶然にも花柳莉子を獲得できたことも彼女を諦めようと思えてしまえる要因の一つでもあった。

 しかし、運命は私と彼女を再び出会わせてくれた。

 

「……ああ、あの時の」

 

 近くの河原で一人座っていた彼女。話を聞くと、最近この辺りに戻ってきたらしく懐かしい思い出の場所を回っていたとか。

 正直私のことなど全く覚えていないと思っていたのだが、流石に一年の時にスカウトしてきた変わり者は僅かに記憶の端に残っていたらしい。

 

「……バドミントンは、楽しいと思えることは、何かやっているのか?」

 

 私の質問は踏み込み過ぎだと今でも思う。けれど仕事を抜いて考えても、変わらず何もかもを目に移していないこの少女にとっての些細な安らぎがあって欲しかったのだ。

 

「……ラケットは、ラケットだけは。まだ、捨てられないんです」

 

 彼女はぽつぽつと語ってくれた。バドミントンは死んだ父との思い出なのだと。最後に話した言葉でもあるのだと。

 試合に行く前に父に聞いた。周りの友達から、少しずつ勝率が上がってきて、嬉しさと同時に持ってしまった不安を。

 

『例えさくが最強になっても。横に立とうとしてくれる人が周りにきっといるよ。そう、一緒に競い合ってくれるライバルがね』

 

 そう言って頭を撫でてくれたのが父との最後の思い出だった。

 

 その言葉を頼りに、辛い悲しみから逃げ出すように必死にバドミントンに取り組んだ。

 そして、後ろには誰もいなくなっていた。

 かつての友達も、強かった先輩も、生意気だった後輩も。

 

 ──みんなみんな私から離れた。勝つことを諦めた。

 

 気付けばもう、父の言葉を信じられなくなっていた。

 だからこの二年間バドミントンはしていないのだと。

 けれど、それでもラケットが捨てられないのだと。体が、この何もない心の奥がそれをしようとすると固まってしまうのだと。

 

 全ての話を聞いた時、既に日は落ちようとしていた。

 

「……そうか」

 

 言葉なんて出なかった。

 運命とは余りにも残酷。どうして、こんな少女にも試練ばかり与えるのか。

 その日は結局、何も言えずに情けなく終わってしまった。

 

 

 その日以降、同じ場所で一ヶ月近く彼女と話続けた。

 少しずつ、本当に少しずつ距離を縮めていった。

 

「……今もまだ、バドミントンをしたいか?」

 

 いつだろうか。ある時、ふと聞いてみた。

 

「……分かりません」

 

 彼女は少しだけこちらに目を動かし、小さな声でそう言った。

 分からない。本当にそうなのだろう。

 やりたくないとは言わず、体を鈍らせることだけしない。

 それは無意識でも、完全に興味をなくしてしていないという証拠。

 

「……もし、もしもやりたいと思うならうちに来い。うちは全国までは行けるぐらいには強くなった。この世代の一番上を見せることぐらいは出来るぞ」

 

 これは彼女にとっては得のない提案なのかもしれない。

 向き合わせることが良いことであるかなんて私には分からない。

 けど、もしまだ燃え尽きていないのなら。その渇望が残っているのだとしたら。

 

「……強い人は。私に勝てるぐらい強い人はいますか?」

「……さあな。ただ、今年は豊作だ。もしかしたら、お前でも満足できるやつがいるかもな」

 

 はっきりとなんて言えない。益子や志波姫がこいつに勝てるのかと言われれば難しい。

 志波姫は中学で完敗している。今のあいつの完成度はあの時とは比較にならないが、それでも勝てるかといったら話は別なのだ。

 

「……そうですか。なら、条件があります」

 

 意外にも肯定的だった。もしかしたら前もって決めてたのかもしれない。

 

「言ってみろ」

「……練習は自由で。出なくても文句は言わないで下さい」

「……わかった」

 

 条件はそれだけだった。それ以外は望まなかった。

 

 月が私たちを照らしながら握手をする。

 その時見えた彼女の顔は、少し歪んだ笑顔だった。

 

 

 

「……ままならんものだな」

 

 情けないものだ。結局、あれ以来私は彼女に何かしてやれたのだろうか。

 あの条件は普通の部活にとってはお断りなのだろう。練習しない推薦生なんて周りに示しがつかないし悪影響でしかない。

 だが、うちは違う。強さに重きを置くうちには関係のないこと。

 

 コップを置き再び作業に戻る。

 見たところ、友達と言える者も最近は出来ているようである。

 良い兆候だ。南雲関連も含め花柳を入れたのは本当に成功だったと言える。

 

(コニー・クリステンセン……)

 

 合宿先での若手プロを思い出す。恐らく、南雲と真っ向から相手取れるのは彼女一人だけ。

 どうか彼女と当たる機会を作りたい。それが団体と個人のどちらだとしても。

 

 海鳴高校バドミントン部コーチとして。彼女を心配する一人の大人として。

 私は願う。彼女が心から笑える、そんな試合が生まれることを。

 

 




読んでて突っ込みどころはあると思います。
それは作者の未熟故です。あくまで創作の中だと大目に見てくれると助かります。


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少しの変化

 決勝も終わり、またいつもの学校生活を送っていたとある日。

 私と莉子はとある教室で放課後の時間を浪費していた。

 

 ……遅い、眠い、眠い。

 一体どれくらい待たされるんだ。このまま夢の世界に飛び込んだって文句は言わせないぐらいには眠気が襲ってくる。

 それもこれも英語のせいだ。あの忌まわしい教科が私に勉強を強いてくるのだ。

 

 

「……部長、まだですか?」

「知るかよ。てめぇは五分と待てねぇのか」

 

 辛辣な言葉で返してくる部長。

 時計を確認してみる。……三分しかない経ってない。あまりの眠さで時間が麻痺してるらしい。眠い。

 

 コーチ来たら莉子のやつに起こしてもらおう。そう思いその心地よさに浸ろうとすると、前方のドアが音を立てて開く。

 

「すまない。待たせた」

 

 コーチが教壇近くに立つ。なんだか竹刀でも持っていたらスパルタ授業が始まると錯覚させられる迫力に少し眠気が吹き飛んだ。

 

 

「では始めよう。だいたい察しているとは思うが、団体戦のオーダーについてだ」

 

 まあ選抜生だけが集められていることからおおよそそうだろうとは思っていた。

 私はどこでも良いし、なんなら団体は出なくても良いぐらいだがそうはいかないらしい。

 コーチはどちらかというと団体戦の方に熱を上げていると部長が言ってた。理由は知らないが、まあ単純にそっちの方が好きとかだと思う。

 

「予選は基本固定で行く。例えどれだけ研究されようとも蹴ちらせねば話にならない。いかなる条件でも勝ってこそだ」

 

 結構横暴だと思うその言葉だが、別に誰も狼狽えはしなかった。

 コーチの言うことももっともだ。予選で苦戦するのは個人戦の同校対決ぐらいにしてほしい。

 

「では発表する。D1が新崎と根本。D2が花柳と南雲。S1は──」

 

 淡々と告げていくコーチ。

 私はD2のみ。つまり、シングルには出さないということらしい。

 

「──以上だ。……言っておくが、全員出すのは予選だけだ。試合内容によっては本戦でずっと座っているだけという可能性もある。せいぜい気を引き締めるように」

 

 コーチの脅しに益々緊張が走る。私にとっては今のままでも不服だが。

 だって私が二回出れば二勝は稼げるのに一回しか出していないのだ。全国の舞台でもこのままであるなら、流石に優勝できるかは怪しくなる。

 

「……あの、質問なんすけど南雲をシングルに出さないんですか?」

「出さん」

 

 新崎先輩の質問をあっさりと切る。

 余りにも早かったので、一瞬面食らった新崎先輩。

 

「南雲一人に頼る気か? それとも三年じゃ頼りないとお前は言うのか?」

「い、いえっ……」

「確かに南雲は強い。だが、仮に南雲が二勝したところでお前らが負ければ意味なんてない。実際、去年はそうやって御劔に任せて負けたのを見ていなかったわけでもないだろう」

 

 コーチの言うことはもっともだと思う。

 確かに私は勝つだろう。けど、うちはシングルでましなのは部長だけだ。

 それ以外で負ける要素があるなら、どれだけ私が勝ったって無意味だろう。

 私がシングル三回出れればそれで終わりなのだが、そうは行かないのが団体戦の厄介なところ。正直私はこっちに本腰を入れる理由はないのだが、満更勝つ気がないわけでもないのだ。

 

 何でだろう。この部に入った時は全く興味なんてなかったのに。

 莉子と上まで行きたいと僅かでも思い始めたのか。それともただ情が移っただけか。

 まあいいや。私と戦える人を探せるチャンスだと考えよう。

 

「他に質問はないか? ……ないなら解散だ」

 

 誰も意見がないのを確認しすぐに話を切り上げ部屋から出るコーチ。

 これ部活前に話せばよかったのではと思うぐらいにあっさり終わった。

 ……今日は帰って寝ようかな。

 

「咲耶ちゃん! ぶーかつ行こっ!」

 

 帰ろうとしていた私の手を莉子が掴む。

 帰りたい気持ちもあるが軽く打っとこうか。……なんだか莉子に弱くなった気がするのだが気のせいだろうか。

 

「さっきのコーチ怖かったねー」

 

 体育館に向かう途中、花柳がさっきの話について振り返る。

 負けたらもっと言われそうで怖いが、私達がそれを気にする意味はなさそうだが。

 

「負けなきゃ問題ない。隣が莉子なら邪魔にはならない」

「そう? なら良かった! ちょっと心配だったんだよねー」

 

 あからさまに安心した様子を見せるが、ダブルスに関して莉子が悩むほどの難敵が出るとは思えないが。

 まあ莉子らしいと言えばそうではあるのだが。

 

 部室に到着し、服を着替え練習に入る。

 走り、軽く打つだけ。たったそれだけのことなのに、以前よりはちょっとだけ体が動く。

 

 あの試合をしてからずっとこんな感じだ。

 確かにいつもとは少しだけ違ったとは思うが、自分がこんな影響を受けやすいとは思わなかった。

 

 いや、少しではなかったか。ちゃんと点を取られたのなんて久しぶりにもほどがあるし。

 合宿の時のクリステンセンよりは感じるものがあった。

 なんだろう。別に強さは私的にはどっちもそう変わらないのに。

 

 いつのまにか練習が終わる。

 時間を気にすることも減った気がする。前はラリー中も時計が見ることが多かったのに。

 

「咲耶ちゃん帰ろー!」

 

 莉子と共に帰り道を進む。

 誰かと一緒に帰るのにも、少し慣れてきた。

 

 ──悪くない。こんな風に感じるのも、本当に。




遅れました。すいません。
毎日更新は難しいですが、またぼちぼち始めていきます。

……早く全国編に行きたいです。


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団体戦

 


 団体戦とは一人が勝てば良いものではない。

 例えどれだけの強者が二勝しても、その他の選手が負ければ勝利にはならないもの。

 個人戦で負けた相手がいるチームと試合をしたとして、勝てる可能性を見出すことが出来る形式。

 

 ──しかし現実とは非情なもの。

 強い人間は強い場所に集まる。自身の身に合った場で己を育むことが多いとされる。

 

 ただ、それを踏まえても運という物は存在する。

 そしてその運を、その年にこの予選に集まる学校は悲しくもそれを持っていなかったとはっきり言えてしまう。

 

 ──理由は一つ。単純なもの。

 この地域には存在してしまったのだ。

 明確な最強が。手を伸ばしたところで届きはしない距離が。強さという一つの不条理が。

 

 故に結果は決まりきったもの。

 黒いユニフォームの集団が全てを塗り潰す。残酷だが、なるべくしてそうなった。それだけのことである。

 

 

 

 

 団体戦はあっけなく優勝した。

 あれだけコーチに脅されたのが効いたのかは知らないが結果は圧倒的。誰もが一試合も落とすことなく無事に終わることが出来た。

 

 私は結局、シングルで使われることがなかった。

 まあ、個人戦を見る限りやりたいと思える人がいなかったので別に良いが。

 代わりに出ていたダブルスの試合も随分と簡単に進んだ。組む相手が莉子だったからということもあり、本当に楽に終わった。

 

 ダブルスにおいて彼女の才は強く輝く。

 あれほど人を生かすことが出来る人間はそうはいないだろうと私でも強く思える程の才。

 同じコート内に存在しても動きづらいと感じることはなかった。それどころか私が動いて取りに行かなきゃいけない場面がいつもより少ないとすら感じれた。

 

 考えて動いているのか、それとも直感なのか。

 花柳莉子は私が頭を回して試合をするのと同等の快適さを作り上げた。

 

 コーチから聞いた通りだ。莉子は試合を制御出来る。

 コート内の人の位置、誰が何処に打つか。それを察知し最適に動かす。

 人に好かれやすい彼女の才。それは、どの人間とでも格上に勝利出来る可能性を生まれさせる天才。

 コーチが言うには、中学の全国大会において、彼女は準決勝でチームが負けるまで一回も試合を落とさなかったとらしい。

 

 私はダブルスがあまり好きではない。

 単純にやる意味がないのだ。大体の場合味方が邪魔になるし、一人で十分勝ててしまうからだ。少なくとも、中学時代は途中から一人でやった一試合しか記憶にない。

 

 けれど、莉子と組んでいると少しだけ見方が変わった気すらしている。

 彼女が誰か強い人と組めば、あるいは私と戦えるかもしれないと期待すらできる。

 

「うーん! やっぱウォメバーは美味しいなー!」

 

 ……目の前で美味しそうにアイスを頬張っている彼女はそうは見えないけれど。

 大会帰りにコンビニに寄ろうと提案してきたのは莉子であったが、まさかここまでだとは。

 よくもまあそこまで美味しそうに食べれるものだ。ご飯前のこの時間の二本目だというのに。

 まあ多分考えていないだけであろう。

 

「あー美味しかったー!」

「……そんなに食べて夜ご飯入るの?」

「もちろん! さすがに三本目は無理だけどね!」

 

 私のことなど気にすることなくしゃくしゃくと音を立てアイスを食べきる莉子。

 どうやら莉子がよく食べるだけらしい。そういえば普段の弁当のサイズも大きめであったことを思い出す。……元々よく食べる子であったか。

 

 笑顔で歩く莉子。随分と楽しそうであるが、まあいつもと変わらないので気にすることはない。

 

 ……一緒に帰るのをいつもと言っている自分にどうにも違和感がある。

 中学では一切こんなことが無かったからだろうか。昔の私が見たらどう思うのか。

 

「いやー、全国前にはやっぱアイスだよね!」

 

 莉子はお腹をさすりながら満足げにそう言ってるが、大体いつも食べてるのに何で全国前限定にされているなんだろうか。

 

「全国でも一緒にダブルスやりたいなー? けど咲耶ちゃんシングルに回されちゃうだろうし」

「……どうだろう。二回出るならやれるかもね」

 

 どうだろう。コーチのオーダーは正直まだ読み切れないのでどうなるかはわからない。

 私はどっちでも良いが、もしダブルスを組むのなら莉子が良いとは思うけど。というか、多分莉子以外は邪魔になるだけだけど。

 

「……まあ、出た試合を勝てばいいだけ」

「そうだねっ! 頑張ろうねっ!」

 

 道端だというのにさらにやる気を露わにする莉子。

 やる気を見せる莉子には悪いけど、なんだかそこまで乗り切れない自分がいる。

 

 どうしてだろう。最近、自分が勝ちたいと思っているかもはっきりとしない。

 自分の心だというのにどういう風に考えてるかがもう断定できない。

 負けてみたいのか、負けたくないのか。勝ちたいのか、勝ちたくないのか。いつからか何も考えずに試合をしていたからか、練習中もぐるぐると脳を思考で回しているのだ。

 

 ……煩わしい。どうしようもなくこの変動が己を苦しめている。

 

「どうしたの? なんか変な顔してるけど……」

「……なんでもない」

 

 莉子に指摘されるまで表情に出ていることすら気づかなかった。

 ……まあ、これは東京行くまでにどうにかすればいいか。なあなあにしてたら忘れられるかもしれないし。

 

 気持ちを切り替え莉子と適当に雑談をすることにする。

 人と話した方が落ち着くとか信じてなかったが、そうした方がなんだか今は考え事をしなくても済みそうだし。

 

 さて、夏まで特に何もないので、この心の疑問を解決できるのか──。

 

「──テスト勉強もしないとねー。補習になると夏は拘束されっぱなしらしいからねー」

 

 ──えっ? ………………えっっ?




 約一ヶ月ぶりでこの文の短さ、申し訳ないです。……次こそは早め投稿したい。
 そういえばはねバド本誌は終わるらしいですね。単行本最後の巻が出るまでに終わらせたいです。


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全国に向けて

 どうしてこうなったのか。

 ありえない。理解ができない。訳がわからない。

 この微妙に長い人生で今まで私にこんな危機に陥ったことがあったか。

 

 ──いや、ない。それは断言できる。

 体はもう諦めてしまいたいと動くのを止めようもしているこんな状況は、少なくともバドミントンでは感じたことはない。バドミントンで経験してないなら必然的に人生初体験であると確信できる。

 

 一体どうしてこうなったのか。

 このまま夏のインターハイまで平和で穏やかな日々が続くと思っていた。己の心と向き合う期間になると思っていたのに──。

 

「咲耶ちゃん頑張って! あと五ページ!」

 

 どうしてこんなにも辛い気持ちで教科書に向き合わなくてはならないのか。

 全ては振り返ること二時間ほど前、あの恐ろしい宣告が下されたその時からである──。

 

 

 

 

 私が通う海鳴高校にはある制度が存在する。

 中間、期末テストにて赤点を取ると補習教室に参加しなくてはならない。

 そして、そこで行われる再テストにて赤点を取ってしまうとどうなるか。答えは至極単純、留年するのみである。

 これは特別推薦生であっても例外はない。あくまで勉学こそが学生の本分だというのがこの学校のモットーである。

 

 ……普通特待生は免除にされると思うのだが。私は学校が近いと言うことしか気にしてなく、特に条件には入れてなかったが。

 

 さて、なんでこんな話を始めたかというとその訳はシンプル且つ単純。

 

「……25点」

 

 見事に私が補習コースに足を突っ込みかけているから。それのみである。

 返された小テストを見た瞬間、思わず固まってしまうほどに散々たる結果が示されたそれに思わず自分の目を疑ってしまったほどだ。

 完全に誤算だった。まさかがここまで点数が低いとは考えもせずに日常を送っていたのである。

 確かに授業中、つい夢の世界に飛び込むことも少なくなかった気がする。けど、だからってこんな成績を取ることになるなんて──。

 

「いやー、だから言ったじゃん! ちゃんと勉強しなきゃだめだよって!」

 

 小声でこっちに話しかけてくる莉子。

 声の大きさで察するかもしれないが、ただ今図書室で勉強中である。

 これはどうしようかと本気で悩み莉子に相談したところ、勉強を見てくれることになったのだ。テスト前週間だから部活はないにしても、わざわざ自分の時間を削ってまで教えてくれる彼女には頭が上がらない。今度アイス奢ろう。

 ちなみに莉子の成績は非常に優秀。文武両道を地で行く優等生である。

 

「……ごめん」

「謝るなら手を動かす! 期末の範囲は基礎が多めだったから授業で触れた部分覚えればいけるよ!」

 

 莉子は軽くそう言ってくるが、生憎簡単にいかないのが勉強というものである。

 基礎から怪しいのだから、教科書を見たって謎の暗号文程度にしか思えないのだ。そもそも私は日本人であってよその大陸の言語は学ばなくても良いと思うのだが──。

 

「集中!」

「……はい」

 

 ……これ以上莉子に迷惑掛けるわけにもいかない。せっかく時間取ってもらったのだし。

 雑念もほどほどにシャーペンを動かす。時に教科書とにらめっこしたり辞書を引いたりして懸命に問題を解いていく。

 解いていく。解いていく。……解いていく……。………………………………はあっ。

 

 疲れた。大分脳を動かした。人生で一番脳を動かした気がする。

 大分進んだと思うし今日はもうお開きにして良いと思うのだが。ほら、空ももうすっかり赤色を通り越してほぼ黒に変わっているし。

 

「……そろそろ帰らない?」

「そうだね。もう図書室も閉まるし出よっか!」

 

 反対側で勉強をしていた莉子も時間を確認して勉強道具を鞄に仕舞っていく。

 特に補習も無い彼女だが勉強に付き合ってくれた。これで家に帰ってもやるのならもう凄いとしか言いようがない。

 

「──帰ったらちゃんと復習しなきゃダメだよ? 寝る前に単語だけでも繰り返すのが大事なんだからねっ」

「……りょーかい」

 

 帰り道でも繰り返し覚えた方がいいことや覚えやすい方法などを教えてくれる莉子。

 非常にありがたいが今のくたくたな頭には非常につらい。溶けちゃいそう。

 

「ぜぇったいに一緒に全国行くんだからね! こんなところで夏が終わるなんてダメだからね! というか咲耶ちゃんが後輩とか本当に嫌だし!」

 

 莉子の励ましがとても温かい。

 なんせここまで成績について言ってくれる人は始めてだったからだ。

 父は小学生の時に死んでしまったし、中学では学年でも下の方だったけど特別困ることはなかったからまともに相談することがなかったのだ。

 だから、なんというか悪くない気分だ。誰かと一緒に勉強なんて非効率だと思っていたけど全然そんなことはなかった。

 

「莉子、……ありがと」

「来週の期末を乗り切ったらお礼は言ってほしいなぁ」

「……はい」

 

 何だろう。この辛く厳しい勉強地獄も莉子といれば乗り越えられる気がする。

 実は英語だけでなく数学もちょっとまずいけどそれは自分でできそうだし──。

 

「それじゃ、今週は全科目みっちりやるからね! 一個でも赤点がないように頑張ろうねっ!」

「……え゛っ」

 

 ……耐えきれる、はずである。

 

 ──結局この後一瞬間、死ぬほど勉強した。そしてテストは無事くぐり抜けられた。

 

 

 

 

 

 そうして七月も順調に過ぎ一学期は無事終わることができた。

 部活には以前よりは顔を出すようになったものの、未だ自分の心を理解する事はできず。

 

 夏休みのとある一日。私は今、父の墓の前にいる。

 別に大会があってもお盆と被ることはないので気にすることはないのだが、どうしても来ておきたかったのだ。

 

 墓に水を掛け丁寧に磨いていく。

 ここはもうこの世にはいない父と会話ができる唯一の場所。それ故辛いことがあったときにふらりと訪れる場所の一つ。とは言っても最近は何故かここに来たいとは思わず、随分と久しぶりであったが。

 

「……お父さん、私ね、友達ができたの──」

 

 別に、誰かが聞いているわけでもないのはわかっている。

 父は死んだ。私の見ていないところであっけなく地に還った。そんなことは理解している。

 私は霊を信じてはいない。しかし、口に出したくなってしまったのだ。どうしても吐き出したくなってしまったのだ。

 

「バドミントンも、まだ続けてるよ。続けてるんだよ」

 

 ここに来ると父の最後の言葉を思い出す。

 父さんはどうしてあんなことを言ったのだろうか。今でもその真意はわからない。

 

 あの時の私はそこまで強くなかったからか。単純にその場のノリで口走っただけなのか。

 別に、どちらでもいい。あの時ほどその言葉に対して感情が震えないのだから。

 

 ただ、本当に最近。部長との試合や莉子とのダブルスの後から思っていたことがある。

 もしかしたら、私が知らないだけで戦える人は存在するのではないか。私に勝てるやつなんて想像も予想もできないけど、それでも試合になるぐらいの力を持っている人はいるのではないかと。

 

 同世代のライバル。本当にそんなもの存在するのだろうか。

 何か競技をやっている者ならほぼ全員にいるはずのそれが今の私には存在しない。

 

 けれど、父は確かに言った。いずれ、横に立ってくれるライバルと出会えるだろうと。

 結局、答えなんてわかりはしないのだ。どれだけ考えてもこの赤点ぎりぎりの私には知るべくもないことなのだ。

 

 ──だからこそ、だからこそ言いたいことがある。伝えなきゃいけないことがある。

 

「──だから、確かめてくるよ。これから、日本の頂点で」

 

 父の墓を去る。もう言いたいことは何もなくなったのだから。

 果たして次来るときに父に伝える言葉がどうであるかは想像できない。父の言葉が正しかったのか、それとも間違っていたのか。どちらにしても証明する方法は一つ。自分の目で確かめてくることだけ──。

 

 

 

 どんな選手にも振り返る過去がある。胸に秘めた思いがある。

 それぞれの誓いと決意、すべてをぶつけ全力で挑む数少ない機会。運命の幕はもう間もなく上がるのだ。

 

 ──夏が始まる。誰にも予測できない不変の頂点と、時代を変えようとする新しい風、そして英雄(ライバル)を求める怪物が。それぞれの願いと共に決戦の舞台へと。




 というわけで次から全国編です。やっと原作キャラがちょいちょい出ます。
 


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全国編
到着


 インターハイ。それは全国最強を決める運命のステージ。

 出場できること自体が誉れであり、勝ち進むのは並の努力と才では不可能な高み。予選においてどれだけの強さを誇っても己が蛙でしかないのだと実感させられる残酷な場なのである。

 

 ──そして今、日本の学生バドミントンは黄金世代とまで囁かれるほどの質を誇っている。

 三強と称される逸材。石川の津幡路、宮城の志波姫唯華、そして栃木の益子泪の三人が長年この世代の頂点に君臨し続けている。

 彼女らを超える者が現れるのか、それともこの牙城は崩れることなく終わるのか。それは誰にも予想もできないのである。

 

 

 

 

 新幹線。それは人間が作り出した文明の利器の一つ。

 離れた場所への移動を楽にしたそれは、確か昔の東京オリンピックぐらいにはあったとか。

 もはや人々にとって欠かせないになっているその鉄の箱。だがそれが今の私にはとっても恐ろしい事実でしかない。

 

 ──ああっ。なぜ人は利便性より速度を求めるのだ。

 もう少し世界は生き急がなくてもいいと私は考える。人には足があるのだ。ゆっくり踏みしめて歩いて行けば──。

 

「咲耶ちゃん大丈夫? はいこれ袋」

「……ありがと」

 

 隣に座っている莉子がエチケット袋を一つ差し出してくれる。

 はい、そんな訳で酔いました。ゲロ吐きそうで辛い。

 

 莉子には本当に申し訳ない。せっかく窓側の景色を楽しみにしていたのに、私の太陽ごときを心配して譲ってくれたのだ。

 本当にありがたい。ここ最近莉子には頭が上がらないことばっかりだ。……あれ、もしかして端から見るとすっごく面倒くさいやつ? 

 

「花柳ぃ。もうすぐ着くからその馬鹿どうにかしとけぇ!」

「は、はいぃ!」

 

 部長が袋をこっちに渡しながら莉子に強く言う。

 ……もうすぐ着くのか。助かった。せっかくアイマスク持ってきたのに寝る余裕すらなかったのが非常に無念で仕方が無いが。

 

 多少ふらつきながらも新幹線から出て、歩き出す。

 最初は辛かったが、キャリーバッグと共に道を先輩達に付いていってたら多少は楽になってきた。今なら持ってきた大きなカップ焼きそばさえ余裕で完食できるだろうという謎の確信がある。

 

 一旦泊まることになっているホテルに荷物を置き、そして会場に向かって再度歩を進める。

 正直私はもうベッドに飛び込みたい気持ちでいっぱいなのであるが、流石に迷子にはならないと思うけど、一回は見ておきたい。

 

 照りつける太陽の下を歩くこと数分。なにやらそれっぽい建築物が近づいてきた。

 大きくて綺麗な外見をしているドームみたいな建物。ここで数日間試合に明け暮れることになるのか。

 

「私は監督会議がある。他校との起こさないように各々自由に過ごせ。御劔、後は任せた」

「はい」

 

 コーチが部長にそう言って建物内に入っていく。

 ……自由か。──さてと、部屋に帰って寝よっと。昨日も練習辛かったし。

 

「さて、さっきコーチが言ったとおりに今日は自由だ。私と一緒に練習会場行くのも良い、昨日の練習の疲れを取るも良しだ。自分の体調を考え適当に動け。以上」

 

 どうやら部長達は練習に行くらしい。なんと体力のあることだ。

 私は新幹線という地獄列車にすっかり力を吸い取られてしまったというのに。その元気はまったく羨ましくもないが良く動けると感心するものだ。

 さて、そろそろ帰ろうか。私には柔らかいベッドが待っているのだから──。

 

「咲耶ちゃんは行かないの? ちょっと体動かそう?」

 

 絶望のお知らせが私の耳に響いた気がする。

 思わずそっちを向くと、とってもいい笑顔をした莉子がこっちを見ながら誘ってくる。

 私の濁っているであろう目と莉子の輝いた瞳で完全に視線が合ってしまう。……。…………。……………………はあっ。

 

 

「……わかった。わかったから」

「本当? やったー!」

 

 もう莉子に抵抗するのは諦めた。なんかこれ断ったら私が悪者みたいな扱いになってしまう気がしてならないからだ。

 もうなんか莉子にはいろいろ敵わない気がする。どうしてだろう、いろいろお世話されすぎたからだろうか。

 

「……あいつ何か花柳の犬みたいな感じになってきたよな」

「部長には噛みつきますけどね」

「……根本は後で私と打てよ」

「ええっ!?」

 

 後ろで何か言ってるが構ってる余裕はない。

 ……はあっ。今日は爆睡できそうなぁ。

 

 

 

 

 

 練習については私の心が疲れた以外は特に何も無く終わった。

 他校の生徒は割といたのだが、生憎あちらも調整に忙しく打ち合う機会が無かったからである。

 ……いや、当たり前か。ここは全国最高を決める場。私は全くどうでもいいことだが、手の内の一つを晒すことを考えるとやりたがる人は少ないのであろう。

 

 友達作りなど後でいくらでもできる。ここは勝ち負けを、誰が強く誰が弱いのかをはっきりさせる死線。もう戦いは始まっているのだろう。

 

 食事も取り終わりすっかり時間は十一時。ベッドに横たわり枕に顔を埋める。

 隣の花柳は既に寝てしまっている。私より早く眠りにつくとは実に健康的でいい事だ。

 

(……いよいよか)

 

 開催地に来て少しだけ、僅かだが心が揺れる自分がいる。

 何でだろう。地元じゃないから浮かれているのかな。だとしたら我ながら随分と子どもらしいことだ。

 

 心の中で己を少し笑いながら目を閉じる。いつの間にか意識は落ち、最後に浮かんでいた思考は明日起きれるかいうことだけだった。




 早く原作キャラを出したい。そんな気持ちで書いています。

 



 全く関係ないけどまちカドまぞくにメソポタミア繋がりで英雄王を投入するという謎アイデアが浮かんだので誰かに書いてほしいです。私には英雄王は無理です。


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再会

 会場はすでに熱気に溢れていた。

 今日試合があるわけではない。それなのに感じれるその熱はただ暑いだけなのか。否、それだけではないという謎の確信がある。

 

 開会式。大会の始まりを知らしめるそれに私達も参加していた。

 本当は出たくなかったがさすがにコーチは言わなきゃ出ないとわかっていたのか強く注意してきた。……よくわかってらっしゃる。

 

「見て見て咲耶ちゃん人がいっぱいだよ!」

「……あーうん。そうだね」

 

 隣の椅子で楽しそうに周りを見る莉子。本当朝からなんでそんな元気なんだろう。

 こっちは人混みで溶けそうなぐらいにふやふやなのだ。真夏にこんな閉鎖空間に待機しなくてはいけないなんてなんたる地獄だ。大会とかもうどうでも良いので一日中冷房の効いた部屋で寝ていたい。

 

 ……早く始まらないかな。眠くてしょうがない。……寝よう。

 

「隣いいですかー?」

「……どうぞ」

 

 そんな時に掛かってきた声だったのですっごく適当に返事をする。

 なんでこんな広い中隣に来るんだろう。もっと開いてるところとかあると思うのだが。

 

「……志波姫か。久しぶりだな」

「やっほー令。変わらず元気そうで良かったよ」

 

 何か部長と話し始めたので頑張って瞼を開け、さっきの声の主に目を向ける。

 ショートカットの黒髪、その聞いたことのある声。志波姫唯華が隣に座っていた。

 

「咲耶ちゃんも久しぶりだねー。相変わらず眠そうで可愛いなー」

「……どうもです」

 

 志波姫さんは相変わらずの気安さで声を掛けてくる。

 どうしてこう、私にはコミュ力お化けが近づいてくるのだ。私は構い過ぎてもどうすれば良いかわからずにてんてこまいになるタイプであるというのに。

 そういえば、確かこの人の学校って……。

 

「やっほー咲耶! 元気?」

「……どうも」

 

 やっぱいた。この人受けが良さそうな通る声の持ち主が。

 クリステンセン……だっけ。確か、そんなような名前の金髪女が笑顔でこっちに話しかけてきた。

 

「今度は負けないから。覚悟してね!」

「……そう」

 

 それだけ言って自分の席に座り直すクリステンセン。私に対してのその自信は何処から出てくるんだろう。

 生憎私はもうこいつにそこまで興味は無いのだが。何しろ前回の試合で彼女の底には検討が付いてしまっているのだ。例えどれだけ成長していても負けるとは考えられない。

 叶うならその想定以上の実力をつけていてほしいが、そうやって期待してもいい事無いのは中一の時に経験済みで無駄だと痛いほどにわかっている。

 どうせ、誰が何をしてきても変わりはしないのだ。せめて予選の部長ほどには頑張ってほしいのだが。

 

 しかし、隣にこの会話エンジョイ勢が来てしまったため眠気も少し覚めてしまった。

 寝ていれば開会式などすぐに終わったものを。……部屋に置いてきたアイマスクが必要だったか。……ふわぁあ。

 

「……莉子。寝るから終わったら起こして」

「あ、うん」

 

 志波姫さんにきらきらした目を向けていた莉子に少し寝ることを伝えて無理矢理眠ろうとする。

 例え寝れなくても、気分はこのままスリープモード。頼むからもう起こさないでほしぃ……。

 

 

 

 

 

「あらら、寝ちゃった」

「……はっ。いつも寝てるやつだから気にすんなよ」

「それは残念。もう少し話したかったのに」

 

 志波姫が特に残念でもなさそうに南雲を見ながら言う。

 相変わらず、何考えてるかわかんないやつだ。いきなり寝始める南雲といいこいつといい、私の倒すべきやつらはどうしてこう肝っ玉の強いやつしかいないのか。

 

「しかし安心したよ。名門フレゼリシアが番狂わせで負けたりしなくてさぁ」

「まあうちは強いからね。うちは」

 

 志波姫はそんなことは当たり前であるように返してくる。よほどチームを信頼しているのか、あるいは己を信用しているのか。

 どちらでもいい。わかるのはこいつがこの全国でも負けを一切考えてなどいないということだけだ。

 

 ……本当にむかつく女だ。私は美奈と違って人の心なんて覗けないが、それでもこいつのだけは見たくない。

 けど本当にむかむかする。何か一言でも言ってやろうか。

 

 そんな時である。志波姫が誰かを見つけたのか後ろの席に手を振っている。大方どこかの選手だろうが益子なら呼ぶのは辞めてほしい。私はあの情緒不安定嫌いだし。

 

「久しぶりー元気だったー?」

「おう。久しぶり……って御劔?」

 

 こちらに来た人物が知った顔で少し驚いた。

 ショートカットとしっかりとした体格でデカい胸の女性。荒垣なぎさである。

 

「久しぶりだなぁ荒垣。去年以来か?」

「ああ。御劔も元気そうで良かったよ」

 

 元気そうで良かったとこいつは言うが、私からすれば荒垣の方が元気そうで良かったと思える。

 何せ前回見たときはあの全日本ジュニア選手権の時。こいつが一点も取れずにコートに立ち尽くしているのを見たのだ最後だったから。

 正直辞めてもおかしくないぐらいにはズタボロにされていたと思うが良く立ち直ったな。

 

「数が少ねぇってことは個人だけか?」

「……残念ながらな。そっちは団体だけ?」

「バカいうなよ。両方に決まってんだろ?」

 

 愚問だ。私がこの海鳴に入ってからずっとこの舞台に立ち続けてきた。今までで一番強いこの面子で負けてちゃ学校の面汚し同然のこと。

 海鳴バトミントン部主将として最優先は勝つこと。そのためならそこのいけすかない居眠り女にだって頭を下げるし全力で頼る。そういうものだ。

 

 

「……ま、当たれれば良いなぁ本当」

「お互いにな。負ける気はまったくないけど」

 

 相変わらず勝ち気なやつだ。嫌いじゃない。

 三強以外にだって化物はいくらでもいる。もし本当に当たれたならその時は全力でやりたいもんだ──。

 

「なんだばや……さっきから聞いてりゃ」

 

 感傷に浸っていると後ろから聞いたことのある妙になまった声がした。

 おおよそ誰かはわかるので適当にそちらに目をやると案の定だらけた体勢で腰掛けている女がいた。

 狼森あかね。こいつもこいつでたまに試合をする見知った顔。相変わらず獣みたいに威嚇して生きている女だ。

 

「狼森あかね様に決まって──」

「なぎさちゃーん」

 

 自慢げにこちらに宣誓してこようとするその瞬間、横から遮るよう新垣を呼ぶ声が聞こえる。

 

「……」

「………………こっちみんなよ」

 

 恨みがましい目で見つめてくる狼森。そんな目で見てくんな。

 ……まあ、その。どんまいだな。




 一ヶ月近く掛かって申し訳ございません。
 言い訳すると原作キャラを動かすのが作者の腕だとどうしても時間が掛かってしまうのでこんなに間が開いてしまうのです。決して他の作品ばっか優先にしていたわけではないです。 
 ……理由になってませんね。ごめんなさい。


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ようやく

 莉子にゆっくりと起こされたときにはほとんど終わりの雰囲気を出していた。 

 まあその前に起こされても迷惑極まりないので都合が良かったのだが、どうしてか仮眠前よりもこの周囲の空気が重い様に感じる。

 それぞれの学校、それぞれの選手の視線が一様に交差している。誰かが誰かを意識して、対抗心という火花を溢れさせている。

 私にはそういったバチバチは縁の無いことなのでそれこそどうでも良いとすら思っているが、それでもこの場に限っては居心地の悪さという面で意識せざるを得なかった。

 

「起きたか寝ぼすけ女。戻るぞこら」

「……ふぁい」

 

 どうしようもない物を見るかのような目で睨んできながらこっちに言ってくる部長。……そんな目をしなくたって遠征先での言うことぐらい聞きますよ。……多分。

 

「行くの?」

「おう。……決勝で会おうぜ志波姫。断言してやる。今年勝つのは、うちだ」

 

 志波姫さんに三下っぽいセリフを言い放ちその場を立ち去る部長に付いていく。

 クリステンセンはこっちに何も言ってくることはなかった。それよりも優先すべき誰かを見つけたのかそちらを意識しているような感じを隠そうとして隠せてないのだけチラ見できた。

 

 外に出ると中と違って昼の太陽が私の目を焼こうとしてくる。

 辛い。超絶的に暑く明るい。こんな夏になるのなら帽子の一つでも用意してくれば良かった。

 

 それでも夏の日差しに負けずに頑張ってホテルまで歩き、一回自動販売機で某栄養ドリンクを飲んだりして無事到着する。

 ……眠い、疲れた。さっきまで仮眠してたけどそれでも眠い。やはりあれか。布団派の私にとって慣れないベッドは体に合わなかっただろうか。

 とにかくもう部屋に戻りたい。戻って至福の休憩に浸りたい。……よし休もう。

 

「そういや南雲。コーチの部屋でミーティングするからこのまま部屋戻んなよ」

 

 そうと決まればと急いでエントランスのエレベーターに向かおうとした私に部長が後ろから非常な言葉の刃を突き刺してくる。

 

「ったく、こいつなんでそうまでして寛ぎたいんだ?」

「あー部長、多分理由は無いと思いますよー。本能的な?」

「ほら皆。邪魔になるからとっとと上がるよ」

 

 先輩達が言いたいように言っているのを来栖先輩がぴしゃっと切りエレベーターに乗り込んでいく。

 まったく、皆して私をどう思っているのだ。これじゃ私がただの怠け者みたいな扱いではないか。莉子だってそこまで言わない、きっと否定してくれるはずだ。

 

「んー、あんまり寝ると夜寝れなくなっちゃうよ?」

 

 ダメだ。フォローになっていない。

 私の味方はどこにもいない。この閉鎖空間では頼れるべきやつなんて存在しないのだ。……辛いわぁ。

 

 

 

 

 

 ……つーん。

 

「集まったな。……どうして南雲は不機嫌そうなんだ?」

「あー。気にしなくてもいいですよ別に。いつもの駄々ですから」

「そうか。なら、ミーティングを始める」

 

 コーチがこれからの日程や対戦する相手について話し始めると、多少浮ついていた空気が一気に変わる。

 それはコーチが前にいるからか。それともきっちり切り替えただけか。

 

 いずれにしても、ミーティングが始まった瞬間にはもういずれにしても先程までのお遊びムードでは無く、それぞれが選手としての希薄を感じさせている。

 

「──────―」

 

 流石の私もここで茶化す気にはなれないし、先に帰ると言ってやれる度胸はない。

 私はそこまで真剣になれないけど、ここにいる先輩達の熱意は一応わかっているからだ。

 

「──オーダー基本変えずにいくが、南雲は花柳とダブルスもやってもらうこともあるかもしれないので気持ち準備しておいてくれ」

「……はい」

 

 ダブルスか。……まあ莉子とならいいか。

 そこまでやりたいと思わないが、別に体力的には二試合したところで問題は無いだろう。さすがに個人と一緒とかだと面倒くささの方が上回るが、ちゃんと日程が分けられているのでそこは心配ない。

 

「恐らくお前達なら決勝以外は順当に勝ち進むと信じている。いや、それが当たり前だという実力を持っていると確信している」

 

 そこまで褒めてくれるのは嬉しいがそこまで言ってしまうのはどうなのか。なんていうかこう、慢心的な意味で足をすくわれたりしないのか不安になってくる。

 まあ私はどっちでもいいが、団体は私が二勝しても負ける可能性が存在してしまうのだ。是非とも油断しないでほしいが、まあこの人達なら心配ないだろう。

 

「決勝の相手については見当はついているが、そこは明日のミーティングで話す。今日はもう休み体を整えておけ。以上だ」

『はい!』

 

 コーチの話が終わりそれぞれが自分の部屋に戻リ始める。

 私も莉子と自室に戻り、それぞれが自由に過ごす。

 

「じゃあ私は先シャワー浴びちゃうね」

「うーい」

 

 今日は疲れたらしく部屋のシャワーでいいと浴室に向かう莉子。

 私も入りたかったがまあそこまで急いでないので、適当にお茶でも飲みながら窓際に設置されている椅子に座って夕日でも眺めておくことにする。

 

 階層が高いからか夕焼けが綺麗に見える。

 

 赤い太陽の落ちるその短い時間。まるで情熱をそのまま仕舞い込むかのように暗くなるごく普通の現象。

 けど、なんだか今日は少し何かに似ていると思い、そしてそれが先程まで感じていた先輩達の、そして開会式で少し察せられた感情のようで。

 

 情熱。それは私には無い物で、このインターハイという舞台に立つ者の誰もが持っている者。

 

「……やっと。始まる」

 

 ようやくだ。この地に着いてからどうにも気持ちが収まらない。

 早く始まってほしい。そして、私にはっきり示してほしい。

 

 戦える者がいるのならそれも良し。誰もいないのならそれもまたしょうがないこと。

 私は納得できる答えがほしいだけ。父の言葉が正しかったのか、どうしてラケットを捨てられなかったのか、その理由が知りたかっただけ。

 

 ただぼんやりと茜色の空を眺める。

 ──ああ、本当に。

 

「楽しみ。だなぁ」




 はねバド最終巻読みました。三下ムーブ全開の橋詰さんが見れて良かったです。


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団体戦準決勝

 体育館の蒸し暑いほどの熱気の中、私たち海鳴高校は特に何も無く順当に勝ち進んでいき、二日目の準決勝を迎えていた。

 

 パイプ椅子に腰掛けながら部長の試合をぼんやりと眺める。

 試合はすでに終盤。終始自分のペースで攻めることのできている部長がもうすぐ勝ちを決めようとしている。

 

「……来栖先輩。部長ってあんな落ち着いて試合する選手でしたっけ?」

「どうだろ? 前はもっと荒々しく動いていた気もするけどね」

 

 ま、令も成長するのさとどこか保護者染みた目で応援を続けている来栖先輩。何か思うところでもあるのだろうか。

 部長とは知り合ってまだ少しだが、それでも一瞬でも私に何かを感じさせてくれた人であることには変わらない。だからこそ、あんな風に冷静に一つ一つを処理する試合運びに違和感が生じるだけなのかもしれないが。

 

 ……まあいいや。勝ってくれれば問題は無い。負けても特に気にすることでもない。

 むしろ暇に殺されそうな私に回せ。負けろ。私と来栖先輩はまだ試合すらしていないのだ。このままじゃただの特等席の観客同然ではないか。

 

『ゲーム。マッチワンバイ御劔。千葉、海鳴高校。21-14。21-16』

 

 まあ当然そんな番狂わせが起きるはずもなく、部長が試合を決め我が校は決勝へと駒を進めた。

 つまらないがまあ良い。私が出ないということは結局、試合をする価値が無いと言うことに他ならない。先輩達がそれを見せてくれているだけ。そう思えば納得もできるのかも。

 

 ……それにしても暇。本の一つでも持ってくれば良かったか。

 

「よくやった。次がいよいよ決勝、団体戦最後の試合だ」

 

 休憩を挟み、いよいよ決勝前というタイミングで行われた最後のミーティングでコーチはそう口にした。

 最後。改めてそう言われるとそれがいよいよ現実味を増してくる。そう、この先輩達の部活動生活はもうすぐ終わりを迎えるのだ。

 

 そんなに長い期間この部にいたわけでもない。それほど練習に参加したわけでもない。

 それを良いように思ってはいないだろう。それで試合に出れているのだから恨んでる人させいるのだろう。

 強い選手はこれ以後も全日本ユースなんかの特別選抜もある。しかし、そこら辺のことはよく知らないし、ほとんどの人間には関係はないはずなので、実質これが最後なのは間違いではないはずだ。

 

 三年である部長、来栖先輩、椎名先輩。それぞれが何かを振り返っているのだろう。

 付き合いも長いはずの二年の新崎先輩と根本先輩も、この二日間の内最も真剣な表情でコーチの話に耳を傾けている。

 

「──ここまでこれたのは今回が初めてだ。正直、私も胸の高鳴りが止まらない」

 

 普段から冷静さを崩さないコーチからにしては随分と意外な言葉だ。

 

「──もはや小言は必要あるまい。勝つぞ」

『はい!』

 

 私以外のこの場の全員の意志が一つになっていると肌で感じられる。

 その熱も、自分だけがそうなりきれないという疎外感もよくわかる。わかってしまう。

 

 この中の誰にだって勝てる自負がある。この中で最強を聞かれたら私だと自信を持って答えられる。

 けど、熱意はない。燃え上がれる何かを私は持っていない。すべてを賭けるという感情を知らない唯一のヒト。

 

 期待もない。不安もない。恐怖もない。

 感情も揺さぶられない。子どもの映画よりも退屈極まりない。これで試合がないのならもう本当に帰ってもいいレベルでどうでもよくなっている。

 

 別に団体戦に勝っても喜びはない。結局自分が出なくてはつまらない。

 ……つまらない? バドミントン自体がつまらないはずなのに、試合に出れないのがつまらない? 

 

 以前なら、試合なんて出れなくても心を動かすことなんてなかった。どうせ勝つのならやらなくてもいいとコートに立っているのすら憂鬱であった。

 

 両耳を突き抜けるかのような大きい歓声を浴びながらコート前に進む。

 すでに相手──フレゼリシアの面子はそこにいた。パイプ椅子に座る見覚えのある監督。全員でうちではやらない円陣を組み、試合を待ちわびている特徴的なユニフォームの連中。

 

 ──ああ、やっぱりあの人達も燃えている。目の前の一生目指して死力を尽さんとしている。

 あそこの最強らしきあの金髪を負かしてやったというのに、それでも勝利を諦めてなどいない。

 

「──じゃあ、いってくるよ」

「……うん。がんばって」

「うんっ!!」

 

 花柳が意気揚々とコートに向かって歩き出す。

 多分勝てるだろう。そう思っているが、実際にどういう結果になるかは私の試合以外、予想が付かない。

 対戦相手をちゃんと視れば予想も立てられるが、生憎と無駄に疲れることに労力を割きたくない。

 

「……はあっ」

 

 ため息を吐きながらぼーっと前を見ていたら、ふと向こう側の志波姫さんと目が合った気がした。

 どんな表情とかどんな感情だとかには興味が無い。けれど、交差したであろう視線から感じたのは強い気迫。目を背けるには強すぎるその瞳。

 

 ……どうでもいいか。うん、どうでもいい。

 あれほど真剣にやっている人でも限界がある。越えられない運命というものは確かに存在するのだから。

 

 私の興味はただ一つ。あなたが私に何処まですがれるか。──何処までなら耐えられるのか。

 

 ダブルスの試合をぼんやりと眺めながら己の出番を待つ。志波姫唯華との試合をただゆっくりと待ち続けた。




 お久しぶりです。そしてあけましておめでとうございます。 
 短いですが久しぶりの投稿です。更新頻度を変えられるかはわからないですが、失踪しないように頑張りたいと思いますので気長に待っていただけると嬉しいです。
 
 正月にニコニコ漫画のデレマスキャラがテニスするやつを一気に見てモチべが高いです。……レポートもありますがね。

 


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