ダンジョンでサーヴァントに出会うのは間違ってるでしょう!? (夕鶴)
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ダンジョンでサーヴァントに出会うのは間違ってるでしょう!?

あらすじ通りです。似たようなネタがあったらすみません。
みんなもやろう、Fate。読もう、ダンまち。


 それは、暴風のような一撃だった。

 

 牛頭人体の怪物、ミノタウロスの蹄による一撃。

 

 背後からのそれを回避できたのは奇跡に等しく、故にこそ二度目は起きない。

 

 ましてや先の一撃で腰が抜け、みっともなく尻餅をついたベル・クラネルが、逆転の目を手繰り寄せることなどあり得て良いはずが無い。

 

 

 ()()

 

 

 『ヴォウ?』

 

 しゃらん、という音色を聴いた。

 

 薄暗く、息苦しい地下迷宮には場違いな清音。

 

 直後、怪物は左右に分断された。

 

 飛び散る鮮血に塗れ、赤く染まった視界の中――

 

 ――それでも、失われない輝きがあった。

 

 

「問おう――」

 

 月光と星光を結い上げた金糸の髪。

 

 慈悲と叡智をたたえた聖緑の瞳。

 

 戦神すら畏れ、美の女神ですら頬を染める麗しき姿。

 

 時間にすれば、ほんの数秒の光景だろう。

 

 

 されど。

 

 ベル・クラネルは忘れない。

 

 地の底でなお褪せない輝きを。

 

 

 

「貴方が、  のマスターか」

 

 

 その魂に刻んだ憧憬を――!!

 

 

 

 

【ダンジョンでサーヴァントに出会うのは間違ってるでしょう!?】

 

 

 

「エイナさああああああああああん!!!!」

「きゃあああああああああああああ!!!!」

 

 

一部省略(おなじみのやりとり)

 

 

「もう、ベルくん、いくら急いでても、あんな生臭い格好で街中を出歩くなんて!」

「アハハ、すみません……」

 

 ダンジョンから無事帰還したベルは、アドバイザーとしてお世話になっているギルドの窓口受付嬢、エイナを訪ねていた。

 全ては自分を助けてくれた、()()()()()()()()()()()()()()()()について教えてもらうためだ。

 ミノタウロスの血に塗れたまま駆け込んだため、軽くお説教されるなど、ほほえましいやりとりもあったものの、お説教が終わるや否や、ベルはエサをねだる仔犬――いや、仔兎のようなキラキラした眼でエイナを見る。

 そんな現金な弟のような冒険者に、エイナは仕方ないなぁ、とあきれ半分、ほほえましさ半分、といった表情を浮かべた。

 

「それで、ええっと誰について教えてほしいんだっけ?」

 

 

 

()()()()()()()()()()()()さんについてです!」

 

 あぁ、そうだったと、ポンと手を打つエイナ。

 

「にしても、どうして急に?」 

「えぇっと、その、ちょっとミノタウロスから助けていただいたと言うか……」

「はぁ!?」

「ひぃ!?」

「ベル君、キミはまた、冒険者は冒険しちゃダメっていつも言ってるでしょう!?」

「ごごご、ごめんなさぁい!?」

 

 などという、横道もはさみつつ、ベルはめげずにエイナに縋りつく。

 

「あの、それでアルトリア・ペンドラゴンさんのことを……」

「う~ん、まあ、公然になってることくらいなら……」

 

 そう前置きして、エイナは語り始める。

 

 

 曰く、本名はアルトリアのみ。レベル4に昇格時、ギルドより与えられた竜王(ペンドラゴン)という二つ名を気に入り、以後名乗りに加えるようになった。

 曰く、団員数6名と極めて少数ながら都市最強派閥に数えられる武闘派【アンリマユ・ファミリア】の団長である。

 曰く、本人も個人として都市最強候補であるレベル6、不可視の武器を操る戦士である。

 曰く、かつて闇派閥と本気で争った際は、ダンジョン27階層から地上を超え、天にまで届く黄金の一撃で全てを薙ぎ払ったとか。

 曰く、従える団員も、黄金の輝きを宿した槍兵や悪鬼のごとく戦場を駆け巡る黒騎士をはじめ、曲者揃い。

 曰く、戦場でのその勇姿はファミリアの垣根を越えて崇拝・熱狂され、レベル6到達時に【騎士王】という二つ名を得た。

 曰く、それほどの武勇の持ち主でありながら誠実謙虚な態度と、神々に匹敵する容姿から求婚者は絶えず、神々や冒険者にギルド関係者、街の人々とあらゆる男(と女)が告白しては玉砕してきた。

 

 エイナの口から語られるきらびやかな伝説の数々に、英雄信仰者のベルの瞳はどんどん輝きを増していく。

 

「ん~、他に何があったかなぁ。この手の話題や武勇伝が多すぎて、逆に出てこないんだよねぇ」

「あ、あの! 最後らへんの話題を詳しく! あと好物とか、趣味とか!」

「だ~め、公然になってることだけって最初に言ったでしょう? あ、でも今までだれかと付き合ったって話は聞かないなぁ」

 

 よっし! と最後の言葉に特大のガッツポーズを取るベル。

 そんな弟分の可愛らしい姿に和みつつも、だからこそエイナは、せめて傷が小さなうちに残酷な現実を突きつける決心を固める。

 

「なぁに、ベル君もアルトリア・ペンドラゴン氏狙いなの?」

「い、いや、そんな狙いとかその! ……はい」

「まぁ気持ちはわかるよ。同性の私でも近くで見ると見惚れるもん。で・も」

 

 ピシッとベルの鼻先に突きつけられる指先。

 

「キミはアンリマユ神以外の神様から、恩恵を授かってるでしょう?」

「うっ!」

「他派閥の団員同士の恋愛って、すごく難しいことなんだよ? まして相手は都市有数のファミリアの団長」

「……はい」

 

 手厳しくも、自分のことを考えればこそのエイナの助言にうなだれるベル。

 先ほどまでのキラキラしたオーラは霧散し、萎れた兎の耳が幻視できそうなへこみっぷりだ。

 そんな姿に少しばかり罪悪感を覚え、エイナは思わずフォローを口にする。

 

「まぁ、アンリマユ・ファミリアは入団に対してはすごく閉鎖的なファミリアだけど、他のファミリアと積極的な交流や同盟で有名だし、ベル君が強くなれば声が掛かることもあるかもよ?」

「エ、エイナさん、それってつまり……!」

「遠征の途中、アルトリア氏を助けて良いところ見せるチャンスとかも、あるかもね」

「エイナさん……!」

 

瀕死の重体だった心が、目に見えて復活している。

単純な少年に苦笑しつつ、エイナは今のベルに一番必要なことを教える。

 

「そのためにもまず、地道に強くなること。わかった、ベル君?」

「はい、ありがとうございます! エイナさん、大好きー!!」

「ちょ、ベル君!?」

 

 聞きたいことを聞き終えると、爆弾発言を残して駆けだすベル。

 無茶をするなという自分の注意が届いたのかは不明だが、とにかくやる気がでたから良しとしよう、とエイナは自分を納得させた。

 そんな彼女に、同僚の受付嬢が声を掛けてきた。

 

「エイナのお気に入りの冒険者君、張り切ってたねえ」

「う~ん、張り切り過ぎて、また無茶しなければいいけど……」

「いやぁ、冒険者にそれは無理でしょ」

 

 ケラケラと笑う同僚だが、ふと思い出したように、あ、と声を出した。

 

「そういえば、あの噂のことは教えなかったんだね。正直、あの子の恋路の一番の障害だと思うけど」

「噂……あぁ、あの話? 言おうか悩んだんだけど、アルトリア氏が認めたわけじゃない、ゴシップみたいなものでしょ?」

「え~、たぶん当たってると思うんだけどなぁ。まあでも、もしあの噂が本当なら、さすがに荷が重いよね~。

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 それは神々の間でまことしやかに語られる、一つの噂。

 

 十年ほど前、オラリオのはるか遠方、とある災禍により一つの王国が滅びた。

 生き残りは一人もいないとまで言われる、徹底的な破壊。

 時を同じくして、オラリオにある神とその眷属が現れる。

 彼らはまたたくまにランクアップを重ね、都市最強派閥と呼ばれるに至った。

 

 

 中でも、彼らを率いる少女は特別だった。

 

 

 神々すら称える美貌、高貴なる立ち振る舞い、何より、ただ一度彼女が振るった聖剣の輝きは、滅びた王国の伝承と結びつけられた。

 

 

 

 神々は囁く。少女――騎士王にまつわる、最後の伝説を。

 

 

 

 

 曰く、彼の少女こそ、滅亡したブリテン最後の王族であり、奪われた国を取り戻す約束の王なのだ――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「という話をエイナちゃんから聞かされたベル・クラネル少年は、意気揚々とファミリアのホームに帰ったのでした。チャンチャン。

 ――これどーすんの、オタク」

「うわああああああああ、こんなはずではあああああああああああああああ!!」

 

 都市最強派閥の一角、【アンリマユ・ファミリア】のホーム、【キャメロット】にて、噂の金髪の冒険者こと、この私、アルトリア・ペンドラゴンは床を転げまわっていた。

 

 え、セイバーがそんなことするわけないだろ! ですか? ごもっともです。

 

 ええ、はい、お察しの通り、我々アンリマユ・ファミリアは、神含めて全員、死亡時に、Fateシリーズのキャラクターの見た目と能力を与えられて転生した転生者集団です。

 ちなみに、私の生前は男でした。まさかのTS転生です。

 

 仕事帰りにバスに乗ってたら、まさかのトラック衝突からの、乗客とバス運転手の計七名全員即死。

 気づいたら白いファンタジー空間で、神様的な存在から間違えて殺しちゃってごめ~ん☆ お前らが好きなFate作品のキャラにしてどっかの世界で生き返らすから許して☆ と一方的に言われ、次に気付いたらオラリオ郊外で今の姿で目覚めました。見ず知らずの、外見だけはよく見知っている今の仲間たちと共に。

 まぁその後、この世界がダンまち世界だと判明してからは、紆余曲折を経てなんとかファミリア設立に至り、本編は下手に手を出したらベル君の成長の邪魔しそうなので可能な限りノータッチ、外伝のソードオラトリアは、放置してると色々ヤバそうなのでちょくちょくロキ・ファミリアの手伝いをしよう、という結論で落ち着き、原作前から活動したりしなかったりしてたんですが……

 

 原作1ページ目から、まさかのヒロインポジション乗っ取り。何がどうしてこうなったのでしょう!?

 

 

 報告を終えた緑衣のアーチャーの視線が痛い。違うんです、ワケがあるんです。

 

「アーチャーよ、偵察と報告には感謝しよう。だがそれ以上我が王を責めるような真似はよせ」

「いや、そうもいかねーでしょ。完全にウチの王サマのミスでしょ、これ」

 

 黒い甲冑に身を包んだ紫ロン毛のイケメンバーサーカーが私を庇う声が聞こえるが、アーチャーは取り合わない。

 そうですよね、完全に私のミスですからね!

 

「ねぇねぇ、っていうことはボクたち、これから原作介入しちゃう感じ? ぃやった~! ボク、ベルと仲良くなってみたかったんだよね!」

「気楽だなぁ、お前さんは!」

 

 あぁ、淫乱ピンクライダーの声が動揺した頭に響く。

 普段ならこのアホを叱りつけるところですが、今の私はこのお調子者よりもファミリア内での立場が危うい……!

 

「ぷぅ~、アーチャーはうるさいなぁ。ねぇねぇランサー、ランサーだって原作のイベント、興味あるよねっ?」

「あのなぁ、誰も彼もお前みたいに気楽に構えてねえの。見ろよランサーの旦那を。さっきから腕組んで考え事してるだろ?」

 

 ライダーとアーチャーに話を振られた黄金の鎧と白髪が印象的なランサーが、ゆるやかにうなずいた。

 

「そうだな。アーチャーの言う通り、今後のことを考えていた。……戦争遊戯(ウォーゲーム)では、どのタイミングで参戦すれば盛り上がるだろうか?」

「オタクも乗り気なのかよ!」

 

 あぁ、場のアホ指数がどんどん上がっていく。普段ならアーチャーと一緒にツッコミに回る私も、今は床を回転往復運動するだけの機械になり果てている。役立たずですみません。

 絶望に落ちかけた私の肩に、そっとたおやかな手が添えられた。

 

「心配はいりません、セイバーよ……。いざとなれば私が調合したこの秘薬で、ベル・クラネルをアイズ・ヴァレンシュタインに惚れさせればすべて解決です」

「その手がありましたか、キャスター!!」

「いや何も解決しねえから! なに名案だ、みたいな顔してんだオタクら!」

 

 スパコン、とまとめて頭をはたかれる黒ロン毛のキャスターと私。

 崩れ落ちるキャスター。これは別にどうでもいい。

 それよりひどい、セイバー自慢のアホ毛がつぶれたらどうしてくれるんですか!

 

「やかましいわ! ちったあ真面目に対策を考えろっての!」

「真面目に悩んでるからさっきまで転がってたんですよ!」

 

 私とアーチャーの口論が白熱しかけたその時、パン!と手を打つ音が響いた。

 私たち二人はもちろん、思い思い好きなことを話していた残りの四人もその音の主に目を向ける。

 そちらでは、黒髪に紅いバンダナ、黒い肌を覆い尽くすような刺青という、異様な風体の少年が円卓に腰掛けていた。

 

 

「アヴェンジャー……」

「はいはい、アンタらの主神のアヴェンジャーですよっと。全員落ち着きなよ、()()()()()()()()()()

 

 

 ピタリ、とそれまでの騒ぎが収まった。

 

 各々咳払いをしたり、なんとなく襟元を正しながら、円卓に集まりはじめた。

 私も椅子に腰掛けながら、少し気まずいがアーチャーに詫びる。

 

「アーチャー、確かに少し冷静ではありませんでした。申し訳ありません」

「あー、まぁ、オレもちょっと言い過ぎましたし? ……悪かった」

 

 お互い謝罪を受け入れわだかまりを無くしたところで、全員が席に着いた。

 

 大広間に配置された、たった七人だけの円卓。しかし、その身に纏う闘気は全員が一騎当千。先ほどまでの醜態などどこ吹く風と言わんばかりの強者の集い。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 全員が気を引き締めたのを確認し、アヴェンジャーが話を切り出す。

 

「んで、結局ことの経緯は何なんですかー? 俺、アーチャーに呼び出されただけだから、ザックリとしか事情把握してないんだけど」

「では、当事者である私が……」

 

 私は恐る恐る挙手して、話し始める。

 

 

 そもそものことの発端は、些細なことだった。

 

 ステータスの更新を終え、腕慣らしにゴライアスでも狩ってくるかとダンジョンに潜った矢先のこと。

 普段上層ではめったにお目にかからないモンスター、ミノタウロスが大量に現れ、下級冒険者たちを襲い始めたのだ。そしてそれを追って現れたロキ・ファミリアの面々。

 正直、この時点で嫌な予感はしていた。【怪物祭】も近づいているこの時期にこのイベント、あぁ、原作開始の時期なんですね、と。

 原作にはかかわらない予定とはいえ、流石に目の前で襲われている冒険者を見捨てることはセイバー的にも倫理的にもできず駆除してたところ、アイズと鉢合わせた。

 思わず動揺し、こちらは任せますみたいなことをまくしたてて全力で離れていたら、前方にミノタウロスとそれに追われる冒険者の姿が。

 間一髪のところでズバッと切り捨てて、決め顔を作ると、目の前にはアニメや原作挿絵で覚えのあるトマト少年が。

 

 

 この瞬間、頭が真っ白になりました。

 

 

 アイエエエエ! 主人公!? 主人公ナンデ!?

 あ、原作だとアイズが通る道に私が来ちゃったからですか、なるほど。なるほどじゃないですよ!?

 とにかく、いつまでも黙っているわけにもいかない。

 私は彼が落としたらしき短剣を拾い、こう言った。

 

 

『問おう。貴方がこの剣の所有者(マスター)か』

 

 

「いや、それがおかしいだろ! なんで運命の夜再現してんだよ!? しかもダサい改変しやがって!!」

「む、何を言う、アーチャー。ええ、はい。とち狂っていたと思いますよ。ただ頭真っ白なりに、物語を始めるならこのセリフしかないとか、上手くアレンジしなきゃとか、私は私なりに頑張ってたんですよ」

「こいつ、落ち着いたら開き直ってやがる……!」

 

 はい。話してるうちにもうどうにでもなれ~って気分になってきました。

 

 そんな風に居直る私に青筋立てるアーチャーをまぁまぁ、となだめながら、アヴェンジャーが続ける。

 

「つまり、アイズたんのポジションにうちのセイバーが入っちまったってわけだ。んで、パニくったセイバーがアーチャーに連絡。アーチャーは俺らをキャメロットに集合させて、ベルきゅんを追跡。ホームまでついていった、と。……アーチャー」

「はいはい、なんですかっと」

「あのスキルは発現してたか」

「ばっちりと」

 

 アヴェンジャーの問いに対する答えに、その場のほぼ全員の顔に安堵が宿る。

 

 この物語の主人公、ベル・クラネルだけが持つ特別、【憧憬一途】。

 ヒロインであるアイズへの想いが続く限り成長を促すこのスキルこそ、私たちが原作にノータッチで行こうとした理由である。

 

 私たちが死んだ時点では、まだベルより強い冒険者は大勢いた。

 しかし、あのペースなら一年か二年後には原作最強の冒険者、オッタルすら超える可能性がある。

 逆に言えば、主人公がその早さで成長しなければ倒せないラスボスが存在するというわけだ。

 それが、例の隻眼の黒龍なのか、はたまた別の災厄なのかはわからない。

 だがそれが訪れた時、もし私たちの関与のせいでベルが原作より育ち切っていなかったら。もし、その差が、私たちアンリマユ・ファミリアの戦力で埋められないものだったら。

 

 下手をすると、地上が滅びてしまうのではないか?

 

 そんな懸念は、とりあえず先延ばしできた。

 

 まあ私は最初に聞いてたので、心配してませんでしたが。ライダー、貴方は聞いてなかったんだからちょっとは緊張しなさい。

 

 

「ならば、今から話すべき議題は明白だ」

「ええ、ランサー。私も同意見です」

 

 重々しく告げるランサーに、私も同意する。

 

 今から話すべきは――

 

 

「どうにかしてセイバーをヒロインに仕立て上げるぞ」「どうにかしてベルをアイズに惚れさせなくては!!」

 

 

 え?

 

「ランサー、何を言うのです! 理性蒸発してるのはライダーだけで十分ですよ!」

「ひどい!?」

 

 涙目のライダーは無視です。

 

 しかし私の正当な抗議への返答は、何言ってんだコイツ的な目だった。

 

「ベル・クラネルがお前に懸想を抱いている以上、お前がアイズ・ヴァレンシュタインの代役を務めるしかあるまい」

「待て、ランサー! 貴様、何を言っているのかわかっているのか!?」

 

 冷静に返すランサーに、バーサーカーが椅子を蹴倒して立ち上がる。

 

「何が不満だ、バーサーカー。現状、それしか方法はあるまい」

「不満だと? ほざいたな、ランサー……!」

 

 もはや憤怒の表情を浮かべるバーサーカー。

 おお、良いですよ湖の騎士。ちょっと怖いですが、私に代わり反論するのです!

 

「我が王をあんな小僧に渡すくらいならまず私のヒロインにすべきだろう……!「風王鉄槌(ストライク・エア)!」ぶぐはぁッ!!」

 

 やはり狂犬はダメだ、頼りにならない。

 バッ、とすがる想いでキャスターを見ると、

 

「冷静に考えてみると、私の霊薬で記憶を書き換えた場合、スキルの効果が失われるような……」

 

 アウト! 次!!

 

「セイバー、安心してよ! かわいい仕草とかファッションとか、ボクが手伝ってあげるからさ! 楽しいよ~きっと」

 

 論外! 次!!

 

「オレは当然、ランサーの意見に賛成ですよっと。身から出た錆だ。あきらめな」

 

 アーチャー、なんだかんだ信じてたのに!!

 

「んじゃ、決定だな。今後、我がアンリマユ・ファミリアはセイバールートに突入しまぁす。DEAD ENDにならないよう、気を引き締めていこうぜぇ」

 

 最後にそんな、理不尽な主神(アヴェンジャー)の決が下された。

 

 

 

「そんな心配すんなって。サポートはオレがやってやるからさ」

「案ずるな、セイバー。お前なら成し遂げられると、俺は信じている」

「セイバー、とりあえずボクとショッピング行こうよ~」

「愛の霊薬作製に取り掛かります。……10Lもあれば、貴方の対魔力も突破できるでしょうか?」

「わ、私は……認めん……ガクッ」

「んじゃ、オレは紐神様のとこにあいさつにでも行くかねぇ。今後ともよろしくってな」

 

「み、認めません!」

 

 

 そして私ににじり寄る悪鬼ども。

 

 風王結界を解除しながら迎え撃つ私。

 

 大上段に聖剣を構え、振り下ろす。

 

 

 

 

 

 

「セイバーは士郎だけのヒロインなんですカリバアアアアアアアア!!!!」

 

 

 

 

 その日、オラリオの空を極光が引き裂いた。

 




お前(夕鶴)の文章力が低すぎて登場キャラわかんねーよ!って方向けのキャラ紹介。

セイバー:アルトリア(団長) sn枠
アーチャー:ロビンフッド extra枠
ランサー:カルナ CCC枠
ライダー:アストルフォ apo枠
キャスター:パラケルスス 蒼銀枠
バーサーカー:ランスロット zero枠
アヴェンジャー:アンリマユ(主神) ホロウ枠


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第2話

感想や評価を頂けたのがうれしくて、一発ネタのつもりが続きを書くためにダンまち一巻読み返してしまいました。
昔のベル君、結構小生意気でこれはこれで可愛いですよね。


 早い話、その日のベルは浮かれていたのだ。

 

 まず運命のような出会いから一夜明け、麗しの少女と熱い抱擁を交わす夢を見て幸せな気分で目覚められた。

 主神である幼い女神ヘスティアの可愛らしい寝姿を堪能できた。(もっとも、幼女らしからぬ殺人的に豊満な部位により朝から精神的に殺されかけたが)

 意気揚々とダンジョンに繰り出した早朝、正体不明の舐めまわすような変態的な視線には寒気を覚えたものの、美しい少女、シルからお弁当をもらえた。

 ダンジョン探索も何度かヒヤッとする場面はあったものの、昨日のような致命的な事態にはならなかった。

 そして最後、これが最も重要なことだが、ダンジョン帰還後のステイタス更新の結果が素晴らしかった。

 たった一度の探索で、冒険者になってから今日までの半月分の成長に匹敵するほどの飛躍を遂げたのだ。

 

 ただその結果を見た途端、何故かヘスティアが不機嫌になり、バイト仲間と打ち上げに出かけてしまったことには落ち込んだが……。

 

『おのれ、アルトリア何某……ッ!!』

 

 出かける直前、凄まじい形相だったのは本当に何が原因だったんだろう? という疑念はあるものの、お弁当をくれた少女シルとの、夕食は彼女の店で食べるという約束を果たすため、平服で出かけた。

 女店主にシルが伝えた意図的なデマには慌てたが、提供された料理は美味しく(普段の食費の何倍も高かったが)、キャットピープルやヒューマンのウェイトレスの少女たちは美人揃い、何よりシルとの会話は、心を解きほぐされていくような奇妙な心地よさがあった。

 

 そんなシルとの談笑中、冒険者の集団が現れた。

 

 

 様々な種族で構成されたその一団は、全員が全員、今のベルなどとうてい及ばない強者の雰囲気を漂わせていた。

 特にそのうちの一人、金髪金眼を持つ妖精のような少女には、特に目を引かれた。

 ざわめきが広がる店内で、シルが彼らの正体を教えてくれる。

 

「あれは【ロキ・ファミリア】の皆さんですね。ウチのお得意さんで、よく来てくれるんですよ」

 

 なるほど、彼らが。と納得するベル。オラリオに来て日が浅い彼でも知っている、都市最大派閥の一角だ。

 

「あと、今日は珍しいお客さんも一緒ですね」

 

 そんな言葉に釣られて、目線を集団の後方に向けると――――息が止まるかと思った。

 

 

 星々の光を束ねたような金糸の髪。

 ベルと同い年か、あるいはもっと幼く見える容貌を彩るのは、強い意志と高潔さを見せる凛々しい表情。

 触れれば壊れてしまいそうな小さな身体から、思わずひれ伏してしまいたくなるような王気を放つ女神のような美少女。

 間違えるはずもない。

 

――アルトリア・ペンドラゴンさん……!!

 

 ロキ・ファミリアの登場に慄いていた酒場の面々が、再度ざわつく。

 

『おい、あれ』

『うほっ、イイ男……』

『ちげえよ、エンブレムを見ろ』

『アンリマユ・ファミリア……!』

 

 アルトリアに従うよう入ってきた面々を見て、酔客たちの口が回る。

 

『ファミリア全員が第一級冒険者ってぇ化け物ども……』『レベル7はどいつだ?』『あれが騎士王……永遠の王ってやつか』

 

 聞こえてくるのはどれも畏怖を孕んだもの。ともすれば、ロキ・ファミリアに対するもの以上に理解出来ないものへの尊敬・嫉妬・恐怖など多様な感情が入り混じっている。

 

 無論、ベルも冷静ではいられない。

 憧憬の対象である麗しの少女に目が釘付けだ。

 さっきからシルに声を掛けられているような気もするが、ろくに返事をする余裕もない。

 

 視界の先では、ベルに背を向けた背の高い赤毛の女性が乾杯の音頭を取っている。

 

「ダンジョン遠征お疲れさん!! そんでアンリマユ・ファミリア、次の遠征ではよろしくなぁ!! とりあえず今日は宴や、呑めえ!!」

 

 号令と共に、騒ぎ始める二つのファミリア。各々グラスをぶつけあったり、呑んだり食ったりしている。

 ベルの視界の先でも、アルトリアが料理を口に運んでいた。

 下品やはしたなさとは程遠い食事風景。なのに凄まじいスピードで減っていく料理。もっきゅもっきゅという幻聴が聞こえるのは何故だろう。

 

「アンリマユ・ファミリアの皆さんも、たまにウチに食べに来てくれるんです。……ただ、いつも申し訳なさそうな、物足りなそうな、でもちょっと嬉しそうな複雑な表情で食事をするのでミアかあさ、店長からは評判が悪いんですけど」

 

 ――つまりこの店に通えば、アルトリアさんに会える可能性が高まる!?

 

 心のメモ帳の最重要欄に書き留めるベル。

 

 

 今日という一日は、本当に幸福だ。

 

 ヘスティアに拾われた時には及ばないものの、幸運の連続に思わず頬がゆるんだ。

 

 

 

 

 だが、幸運があれば、急な絶望に襲われることも冒険者の常だ。

 

 

 

「そういえばアルトリア、お前のあの話、聞かせてやれよ!」

 

 

 きっかけは、ロキ・ファミリアの獣人の青年の発言だった。

 

「ゴフッ!? ……失礼。あの話?」

 

 同じ卓を囲む青年に首をかしげるアルトリア。

 盛大にむせていたような気がするが気のせいだろう。

 隣に座る黒い長髪の男性からジョッキを受け取って、喉を潤しつつ問い返す。

 

「あれだって、ほら、昨日俺達が鉢合わせた時のあれ、5階層まで逃げやがったミノタウロス! お前が最後に始末したヤツ! そんで、ほら、あの時のトマト野郎のことだよ!!」

 

 

 ドクン、と――ベルの鼓動がはねた。

 

「ミノタウロスって、17階層で返り討ちにしたら、上層まで逃げていったあの時の?」

 

「それそれ! んでよ、いたんだよその時! いかにもひょろくせえ駆け出しのガキが!!」

 

 

 

 

 一瞬で理解できた。それは、じぶんのことだと。

 

 

 

 

 その後続く青年によるベルへの嘲弄。ミノタウロスの血に塗れた自分が逃げ出したクダリでは、他派閥の相手だからと気を遣っていたロキ・ファミリアの面々の多くが、思わず吹き出してしまった。

 いや、ロキ・ファミリアだけでない。

 気づけば、酒場の客のほとんどが青年の語りに笑いを噛み殺している。

 

 ロキ・ファミリアの幹部らしきエルフの女性がいさめるが、反発からか、青年の語りはますます熱を帯びる。

 

「なあ、お前もそう思うだろ!?」

 

 何の感情も示さず黙って杯を傾けていたアルトリアに、再度声を掛ける青年。

 

「自分より弱くて、軟弱で、救えない、気持ちだけが空回りしている雑魚野郎に、お前の隣に立つ資格なんてありはしねえ。他ならないお前がそれを認めねえ」

 

 青年の一言一言が、ベルの心に軋みを上げさせる。

 

 逃げ出したい、恥ずかしい、消え去りたい、悔しい――――もうこれ以上、聞きたくない。

 

 ベルの想いに構わず、青年は高らかに叫ぶ。

 

 

「雑魚じゃあ、アルトリア・ペンドラゴンには釣り合わねえ!!」

 

 

 

 

 ダン!!!! と、凄まじい音が響いた。

 

 

 青年が、思わず口を閉ざすほどの。

 

 酒場の客が、思わず身をすくませるほどの。

 

 何より、今まさに逃げ出そうとしたベルの身体を、その場に縫い留めるほどの迫力だった。

 

 

 

「何を笑う」

 

 それを為した、小さな少女が小さく呟いた。

 

 卓に叩きつけた杯を手放し、ゆっくりと立ち上がる。

 

 

「弱さは悪か。未熟は罪か。届かぬ想いを胸に抱くことは、許されないことか」

 

 

 ぐるりと店内を見渡すその視線に、第一級冒険者を含む誰もが気圧された。

 

「貴方たちがそう思っているなら、私がこの場で宣言します。――否であると」

 

「私は知っています。弱くとも、身を挺して誰かを守る気高さを」

 

「私は知っています。未熟でも、それを認めてひた走る美しさを」

 

「私は知っています。誰に否定されても、理想を目指したその姿の――――尊さを」

 

 

 それは、誰もが見惚れる姿だった。

 

 弱さを、未熟を、不出来を綺麗なものだと語るそれは、一見すればただの戯言、優等生のキレイごとにしか聞こえないだろう。

 だが、彼女の口から語られるそれは、人が無視できない力強さと具体性があった。

 

 まるで、()()()()()()()()()姿()()()()()()()()()()

 

 

「理想を抱き、裏切られ、騙され、傷つけられ……それでも、最期まで、()()であり続けた」

 

「多くの人がその選択を非難しました。ですが、私はその姿を尊いと思う。たとえもう二度と見ることが出来なくても、忘れないほどに」

 

 その言葉には、尊敬があった。

 その言葉には、賞賛があった。

 その言葉には、その言葉には、その言葉には――――

 

「そんな彼だからこそアルトリア・ペンドラゴンを信じてくれました。共に戦ってくれました。救ってくれました。だからアルトリア・ペンドラゴンは――――」

 

 

 

 そして彼女は、花開くような笑みと共に――――

 

 

 

 

「彼を、愛している」

 

 

 

 気づいた時には、ベルは逃げだしていた。

 呼び止める声や、怒号、悲鳴、いろんなものを無視してオラリオを遮二無二駆け抜ける。

 その心を占めるのは後悔や悲しみ、嫉妬。そして怒り。

 

(何を、浮かれていたんだ、僕は!!)

 

 アルトリアが語ったのが、誰のことかは知らない。

 だが、確かにいたのだ。自分よりずっと前に。

 彼女より弱く、未熟で、馬鹿みたいな想いを抱いて、それでも彼女の愛を得た男が!

 

(僕、は!)

 

 ただ救われて、憧れて、舞い上がって、自分のことしか考えてなくて。

 

(僕は――――!!)

 

 彼女があんな風に、自分の宝物のように語る何かなんて、一つも持ち合わせてなくて。

 

「僕はああああああああ!!!!」

 

 だから今は、ただ走り続ける。

 

 

 

 

 

 

「え~、それではただいまから、セイバールート攻略wiki作成会議をはじめま~す。司会進行はこのオレ、アヴェンジャーがつとめま~す」

 

 パチパチパチ。まばらな拍手

 その場にいる全員、疲れ果てた顔をしていた。

 かくいうこの私、騎士王アルトリア・ペンドラゴンことセイバーもどきも似たような状態ですけどね。

 

 昨日の夜に始まり深夜、そして明け方まで続いた宝具まで持ち出してのOHANASHIは、とりあえず全員の精神枯渇によりひとまずの終了を得た。

 これ以上騒いでも原作は止まらない。なら身内で争う前に、今後の展望を話し合うべきだという極めて建設的な結論に至ったからだ。

 私も少し、ほんの少し暴れたものの、今はこのふざけた会議に参加している。

 決してあのまま戦ってたら普通に負けて、意識を失っている間にキャスターに怪しげな薬品で洗脳調教をうけてらめぇ! なことになるのをビビったわけではない。

 

 ビビったわけではないが、ランサー主軸に第一級冒険者が四人がかりで襲ってくるとか普通に卑怯じゃありませんか? バーサーカーは私の風王鉄鎚で気絶したまんまで盾にしかなりませんし。

 おっと、セイバーはらめぇとか言いません、清純系ヒロインですから。

 

 ちなみにバーサーカーは今朝までの騒動の謝罪行脚とギルドへの釈明で欠席です。

 湖の騎士の外交能力、本当高いですね。

 

 とにもかくにも、なんとかヒロインルートから逃れるためにも、ここは私がイニシアティブを取って進めなくては!

 

「はい、アヴェンジャー議長!」

「何かね、セイバー君」

「そもそも、原作通りっていうのがもうまず無理じゃないでしょうか!!」

 

 続けて、と目線で促すアヴェンジャー。

 

「知っての通り、我々はこの十年、良くも悪くもオラリオでいろいろな活動をしてきました。派閥の立ち上げ、ダンジョン探索、闇派閥との戦い、原作にも登場する派閥との交流……ぶっちゃけ、すでに割と原作から乖離しています! ね、ランサー!!」

「……む、確かにそうだ。俺たちは、自らの生存を第一義としながらも、この都市で生きていく以上、必然的に多くの人間とかかわらざるを得なかった。……俺自身、ガネーシャやフレイヤ・ファミリアとは浅からぬ縁がある」

 

 ええ、貴方のフリーダムな暴れっぷりは忘れていませんよ。貴方とオッタルの決闘の余波で、ウチがどれだけ賠償金を支払ったか。

 

「あ~、まあそうだよねー。原作だと死んじゃってる人、大勢生きてるし……」

 

 ライダーも少しばかりバツが悪そうな顔をしている。

 そうですよね、貴方とバーサーカーが絡んだあの一件の影響、すごく大きいですよね。いえ、責めてるわけじゃないんですよ? 英雄の力を借り受けている者として、相応しい行いでした。

 

 ――たとえ中身が偽物でも、大好きなFateのキャラを貶めるようなことはしない。

 ――誰かの運命を変える行為という傲慢さは理解していても、目の前の命を救えそうなら救う。

 

 これが、この十年で私達、アンリマユ・ファミリアが掲げてきた誓いでした。

 なんともふわっとしていて、微妙に情けなさすら漂いますが、凡人である我々にはこのくらいが精一杯でしたし、それでも悪いようにはしてこなかったつもりです。

 

 しかぁし!!

 

「困りました。もう原作のゲの字も見当たりません。この状況で私だけルートヒロイン担当は、ちょ~っと負担が大きいんじゃないでしょうか? 自分たちが引っ掻き回した分の補填は、誰がしたんでしょうねえ?」

 

 むむむ~っと可愛らしく顔をしかめるライダーと、そっと視線をそらすランサー。

 よし、二騎攻略。

 

 

 浮かれる私に、しかし緑衣のアーチャーから異議が突きつけられた。

 

「確かにオレらはすでに色々やらかしてますよ? なんなら原作ヒロインの立場変わってますし? そこのシナリオでベルが死なないように陰ながらフォローする算段までたててますし?」

「だったら……」

「でもベルとアイズ周りだけは、かわんねえように約束してきたでしょうが」

「うぐっ!」

「最悪、他のヒロインはいなくても憧憬一途があれば成長補正は続く。だったらここだけは見守ろう。アンタもそう言ってたよなぁ?」

「うぐぐぅっ!?」

 

 それを言われればこちらも弱い。

 おのれアーチャー、正論なら人を殴ってもいいわけじゃないんですよ?

 

「しかし、実際のところ難しい話ではあります……。人の感情とは複雑なもの。それに依存したスキルを外部からの干渉で調整するとなればさらに困難なことは自明の理。これは、確かにセイバー一人に押し付けることではありません、アーチャー」

 

 必死に反論を探していた私に、思わぬ助け船が現れた。

 うさんくさマッドサイエンティスト・パラPことロン毛のキャスターです。

 

「オタクはこっち側だと思ってたんだけどな、オレ」

「私はどちらにも属しません……。ファミリアの意向を、公平な裁量から叶えるのみ。そのためには、骨身を惜しみません」

 

 正直彼が助けてくれるとか意外でした。というか、胡散臭さがすごいんですが!

 

「そう、複雑な感情を持つから難しいのです。……ので、私が開発中の、人の感情をとてもわかりやすく増幅するこの新薬で、ベル・クラネルとセイバーを相思相愛♡ラブラブ馬鹿ップルにしましょう」

「貴様そこに直れ、私自ら首を刎ねてやろう!」

「ちょちょちょ、セイバー落ち着いてぇ!!?」

「ええい放しなさいライダー、この聖剣で打ち倒すべき悪が目の前にいるのです!!」

「キャスターよ、その薬は恋愛感情以外にも有用なのか? 具体的には、笑いの感情の発露などだ」

「申し訳ありません、ランサー。今のところ媚やkゲフンゲフン、プラトニックな愛を育む程度の効能しか持たないのです……」

「そうか。……………………そうか」

 

 やはりロクデナシでしたこの男! 本家のパラケルススはああ見えて正義の男なんですよ!?

 ランサーもそんな怪しげな薬に興味を持たないで下さい! 原作のカルナに比べれば貴方はわりとわかりやすいです! ポンコツですけど!!

 

 一瞬でごたついた会議を眺めながら、アーチャーが頭に手を当てため息をつく。

 

「セイバーはともかく、ベル・クラネルに薬盛るのは無しだ、無し。悪党以外の原作キャラには、可能な限り迷惑かけねえルールだっつーの」

「しかし、ならば実際どうするのですか? あまりこういうことは言いたくないのですが、本物ならともかくウチのセイバーが原作のアイズ・ヴァレンシュタイン並みにベル・クラネルの好感度を稼げるとは思わないのですが……」

「あはは、言えてる~。外での騎士王エミュは様になってきたけど、私生活ポンコツだもんね、セイバー」

 

 本当に失礼ですね、この野郎ども! だいたいポンコツなのは我々全員でしょうが!

 

 その後もああでもないこうでもないと騒ぎ立てる我々ですが、ピンポーン、と響くインターホンの音にピタリと動きを止めた。

 ライダーが円卓まで駆け寄り、その中央に鎮座する水晶(キャスター謹製、外部モニター)を覗き込む。

 

「あれ、ロキじゃん。他にもロキ・ファミリアの人が大勢いるよ?」

「ロキが? いったい何の用だ? おい、ライダー、ちょっと玄関まで迎えに行ってくれよ」

「はいは~い」

 

 アヴェンジャーに頼まれ、パタパタと駆けていくライダー。

 いや、本当に何の用でしょう。ロキ・ファミリアとは闇派閥相手に散々共闘してきましたし、同盟組んでの遠征も何度も経験してるのでそれなり以上に親交はありますが、今日は特になんの約束もなかったはず?

 しばらくして、行きと同じくパタパタとライダーが戻ってくる。

 

「なんかねえ、『豊穣の女主人』で遠征の打ち上げするみたいなんだけど、ウチも一緒にどうかって。セイバーがミノタウロス片付けるの手伝ってくれたお礼がしたいんだって」

 

 おっと思わぬところでバタフライエフェクト。

 額を突き合わせて会議開始(ディシジョン・スタート)

 

「どうします、これ、例のイベントですよね」

「ベートが読者のヘイト稼ぐアレか」

「……行くべきだろう。確かこのイベントを通して、ベルが強くなりたいとより強く望むようになったはずだ」

「でも、原作と同じような展開になるかな? ベートがセイバーに絡む?」

「そこは最悪、我々の誰かが泥をかぶりましょう。団長から聞きましたがなんとも情けない話ですね、と」

「セイバーも、これくらいなら別に良いだろ?」

「正直、嫁論争以前に、あえて少年の心を傷つけるような真似は気が進みませんが……」

 

 上から私、アーチャー、ランサー、ライダー、キャスター、アヴェンジャー、私の順に意見を述べる。

 正直、セイバールートは今も納得していませんが、これは別に積極的にベルに絡むイベントでも無し。

 今後の行動を決めるまでは、なるべく原作との乖離を少なくするべきでしょう。

 ベルには、強くなるためのイベントと思って我慢してもらいたい。…………いや、本当に我々みんな、これに関しては乗り気じゃないんですよ!?

 

 うん、と肯き合い、参加を決める。

 細かいタイミングとかは高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応しましょう。

 

 

「あ、オレはパスね。一般()のオレはもういい加減眠いから」

 

 ひ弱ですね、アヴェンジャー!

 

 

 そんなこんなで合流したロキ・ファミリアの面々。

 

「あ、アストルフォ、ひさしぶり~」

「うわ、本当に若返ってるじゃない、アンタそれどうなってるのよ?」

「ティオネ、ティオナ、おひさ~。えへへ、それは企業秘密だよ~」

 

「カルナか、久しいのう。今日は飲み比べでもしてみるか?」

「答える価値はあるか? ……重傑に挑まれ逃げたとあっては、戦士の名折れだ。謹んで相手になろう」

 

「ゲッ、テメェらもいやがんのかよ。薬草臭くて鼻が曲がるぜ」

「なんだぁ、ベート、鼻づまりか? またケツに矢ぶち込んで座薬代わりにしてやろうか?」

「……その薬は、私が責任をもって処方しましょう」

 

「やめないかベート。すまない、アルトリア。遠征帰りでどうにも気が立っているようだ」

「気にする必要はありません、リヴェリア。非礼はあの二人も同様だ」

「そう言ってもらえると助かるよ。ベートも口ではああだけど、君たちのことは認めてるんだ。騎士王と、その円卓の一員はね」

「光栄だ、フィン」

 

 一部妙なやり取りはあったものの、基本的に和気あいあいとした雰囲気で話す二つのファミリアの面々。

 私自身、ポンコツどもとやりあってささくれた胃が、大人なリヴェリアとフィンとの会話で癒されるのを感じる。

 と、私の直感スキルが反応した。

 

「アルトリアたん、久々にそのちっぱい揉まして~!! ギャブン!?」

「……ロキ、アルトリアに失礼しちゃダメ。ごめんね、アルトリア。……アルトリア?」

「あっ、ああ、申し訳ありませんアイズ。貴方の気遣いに感謝を」

 

 背後から飛びついてきた主神を叩き落とすアイズ。

 ……訂正、これからのことを考えると、胃痛が増してきた。

 アイズ、私はしばらく貴方の顔を直視できそうにありません……。

 

 話してるうちに豊穣の女主人に到着。

 目線は正面を見据えたまま、周囲の気配を探ると、やはりいた。

 ベル・クラネルがこっちをガン見している。

 横のシルをもう少し相手してあげてください。

 

 そのまま気付かないふりで着席。ロキの音頭を聴き終え、食事を始める。

 

 と、とりあえずエネルギー補充を! この後、ウチのファミリアの誰かが私にトマト事件の話題を振ってくるので、それまでにアドリブ対応できるレベルのカロリーを摂取しなくては(!?)

 

 しかし、全員ロキ・ファミリアとの談笑に夢中になっているのか、やはり何も悪くない少年を馬鹿にするのは気が引けるのか、なかなか切り出そうとしない。

 や、やるなら早く終わらせてください! 覚悟はできていませんが!!

 

 そんな緊張の中、食事を続けていると、不意に同じ卓についていたベートが私に話題を振ってきた。

 

 

 

「そういえばアルトリア、お前のあの話、聞かせてやれよ!」

「ゴフッ!?」

 

 こ、この切り出し方はまさか!?

 全くの不意打ちに盛大にむせたものの、何とか平静を装う。……装えてるんです。

 

「……失礼。あの話?」

 

 もしかしたら全く別の話かもしれない。そんな気持ちで質問する。

 あぁ、ありがとうございますキャスター。ちょうど水でも飲んで落ち着きたかったところです。

 

 

 

「あれだって、ほら、昨日俺達が鉢合わせた時のあれ、5階層まで逃げやがったミノタウロス! お前が最後に始末したヤツ! そんで、ほら、あの時のトマト野郎のことだよ!!」

 

 こ、こいつマジですか!?

 明らかに身内で盛り上がるためのネタ、しかも身内からもヒンシュク買いかねないネタを平気で振ってきやがりましたよ!?

 

 

 思わずセイバーらしからぬ汚い言葉が出てくるレベルで驚愕する私。

 いけない、水を飲んで落ち着くのです私よ。

 にしてもこの水、妙な味ですね。飲んでると、頭がぼーっとしてくるというか……

 

 妙に心地よいふわふわ感に身を委ねている間に、ベートが勝手に盛り上がっている。

 あぁ、私と話をしていたんでしたっけ?

 ちゃんと話を聞かなくては。あれ、でもそもそもきょうなにしにここにきたのだろう……?

 

 ぼーっとするしこうをそれでもなんとかしゅう中させて、目のまえのワンくんのはなしをがんばってきく。

 だいじょうぶだいじょぶ、おきてますよ?

 

 えーっとなになに?

 

 

「自分より弱くて、軟弱で、救えない、気持ちだけが空回りしている雑魚野郎に、お前の隣に立つ資格なんてありはしねえ。他ならないお前がそれを認めねえ」

 

 

 

 

 ん?

 

 

 んん? ちょっと待て貴様。

 

 

「雑魚じゃあ、アルトリア・ペンドラゴンには釣り合わねえ!!」

 

 

 

 思わず全力で、ジョッキを叩きつけてしまった。

 いや、しかしそれも仕方ない。

 何せ、この男は私に言ってはならぬことを言ってしまったのだ。

 

 弱くて? 軟弱で? 理想を抱いて溺死した馬鹿野郎? 雑魚じゃアルトリアに……セイバーに釣り合わない????

 

 なるほどなるほど、よく理解した。

 どこのどいつか知らんが貴様……

 

 

 

 

 

 

 士郎アンチだな!!??

 

 はー。こんな公共の場で吹っ掛けてきますかー。いや、よくよく思い出せば周りの奴らもくすくす笑ってましたね、なるほど、衛宮士郎アンチスレの擬人化ですね(?)。よくあることです。

 

 上等です。どのヒロイン推しも何ならzeroアニメ時によく見かけた金×剣やら槍×剣やらも個人の趣味と温かい目で見守る私ですが、アンチは別です。

 真正面からぶち抜いてやりますよ、衛宮士郎の魅力を知ったうえでFateルート百万回プレイして尊さに死ね!!

 

 

(ねぇ、なんかセイバー、変じゃない? 酔ってるの、あれ)

(いえ、あれはアルコールではなく、私の酩酊薬です。セイバーの薬物耐性を計るため、以前コスト度外視で調合しました)

(なんつーもん飲ませてんだアンタ! めちゃくちゃめんどくさい精神状況になってんじゃねえか!!)

(いやあ、緊張しているようでしたので、精神安定剤を与えるつもりが、ウッカリウッカリ)

(うっかりで済まねえだろ、ベル君泣きそうになってるじゃねえか!!)

(俺たちには好きなキャラを語っているだけとわかるが、何も知らない人間からすれば愛する者を語る乙女にしか見えないからな。仕方あるまい)

(セイバー、落ち着け、セイバアアアアア!!)

(第一段階の酩酊から、第二段階の高揚に移っています。我々の声は届きません……)

 

 

 外野が何かうるさいですが、私の語りも良いところです。無視しましょう。

 ふむ、しかしだいぶアンチスレ住民もだいぶ理解してきたようですね。

 神妙な顔で私の話を聞き入ってます。何人か泣きそうなくらい反省してますし。

 そろそろ締めくくりましょう。

 

 思い返すと今でも胸が熱くなるシーンに、思わず笑顔を浮かべながら

 

 

 良いですか、そんなわけで士郎はすごくかっこいいんです。

 だからこそ原作で、セイバーもこう言ったんです。

 

 

 

 

 

「彼を、愛している」と。

 

 

 直後、響き渡る怒号、悲鳴、怨嗟の声。

 

 

「嘘や、アルトリアたんに恋人おったなんて信じひんぞ! つるせ、ベートを、諸悪の根源をつるせええええええええ!!!!」

 

 

 おお、荒ぶってますね。ちょっと士郎っぽい髪色の人。

 

 うん、っていうかアレ、ロキですね。

 大勢に取り押さえられてるのはベートですか。

 あれ、なんか急に頭がすっきりしてきたっていうか。

 

 …………。

 

 血の気の引いた顔で振り返ると、同じく顔面蒼白の仲間たちが。

 

 あっれええええええええええええええ!?




主人公たちは割とポンコツ。
主人公はポンコツ+ちょいゲス。

書くの楽しくなってきたので、たぶん続きます。たぶん。


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第3話

2019/6/27 早朝の夕鶴
日刊ランキング2位 ダンジョンでサーヴァントに出会うのは間違ってるでしょう!?
……Σ(・□・;)!?
ありがとうございます、本当にうれしいです。感想も評価も全部読んでます。少しずつ返信します。
そんな中でこの馬鹿話を投稿する恐怖に震えてますが自分の化けの皮が剥がれるだけと思って投稿します。
前回までだとこいつマトモに見えるなと思ってバランスを取りました。


 斬る、斬る、斬る。

 

 目につくモンスターに片っ端から斬りかかり、灰の飛沫に変えていく。

 

 昨日まで感じていた昂ぶりはそこには無い。

 

 初日はゴブリン一体倒すだけでも大喜びで、神様に報告をした。

 その後も、悪戦苦闘しながらも我流で頑張り、自分なりに工夫し、策を練り、勇気を出して戦っていた。

 不安と、恐怖と、緊張と、興奮と、達成感と……一つ一つの戦いが大きな試練であり、生きるために全力を振り絞っていた。

 

 今は違う。

 

 嫉妬、羞恥、悲嘆、後悔――その他、言葉にできない苦しさを紛らわすために、モンスターを狩っている。

 

 これは、ただの八つ当たりだ。

 

 こんなものは、ベル・クラネルが憧れた英雄譚とは程遠い。

 子供じみた癇癪を起している現実(ジブン)と、彼女が誇らしげに語った理想(カレ)があまりにかけ離れていて、そのことが一層ベルの心をかき乱す。

 

 

(見惚れたんだ……!)

 

 月光のような気高い姿に。

 

(憧れたんだ……!!)

 

 神話のようなその武勲に。

 

(願ったんだ……!!!)

 

 いつかその隣に並ぶ自分を。

 

 彼女に、微笑みかけられる未来を。

 

 

 ――しかしその願いは、もう叶わない。

 

 

 アルトリア・ペンドラゴンには、愛する人がいるのだ。

 その在り方を嘲笑われただけで、許せないほどに。

 その在り方を語るだけで、誇らしげに。

 

 その人を想うだけで――――あんなにも美しい笑顔が浮かぶほどに。

 

(わかってるのに、僕は……!!)

 

「う、うぅ……ああ…………!」

 

 みっともない、情けない、恥知らずにもほどがある。

 届かないとわかっているのに。

 自分に捧げられたものじゃないのに。

 

 

 

 『彼を、愛している』

 

 その笑顔が、忘れられない。

 

 

 身体が熱い。

 背中のステイタスが―――そこに刻まれた想い(スキル)が、主に応えるように、灼熱を放つ。

 

(それでも僕は、その笑顔の先にいたいだなんて―――!!)

 

「うわあああああああ!!」

 

 己の浅ましさに涙さえ流し、それでもベルは刃を振るう。

 

 

 しかしここはダンジョン。冒険者が隙を見せれば、即座にむさぼり喰らう魔の領域。

 

 

 ほんの一瞬の隙だった。

 

 涙で視界が滲み、ゴブリンの体当たりへの反応が一瞬遅れた。

 それ自体はギリギリで躱したものの、体勢が崩れる。

 崩れた体は次のモンスターへの対処を遅らせ、それがさらに次の行動を遅らせる。

 気づけばベルは、防戦一方にまで押し込まれていた。

 

 さらに、

 

「ウォーシャドウ……!」

 

 十二階層までに出現するモンスターの内、初心者では絶対にかなわないとされる強豪モンスター。

 二体同時に現れた、黒い影のようなその怪物は、長い腕から繰り出される三枚の黒爪による攻撃でベルを傷つけた。

 

(距離を取って、態勢を……な!?)

 

 バックステップ直後に背中に伝わる固い感触。

 いつの間にか、壁際まで追い詰められていたのだ。

 

 致命的な隙を見せた獲物に、ウォーシャドウの一体が一気に詰め寄る!

 

「くっ、うおお!!」

 

 繰り出される大振りに合わせて、右手に持つ短刀でカウンターの刺突を叩きこむ。

 まっすぐ怪物の胸部を貫いたその一撃は、体内の魔石を見事に砕いた。

 同時に、左手を灼熱のような痛みが襲う。

 

 躱しきれなかったウォーシャドウの爪が、ベルの左腕をえぐり、そのまま壁に突き刺さったのだ。

 しかし問題はない。今の一撃でこのウォーシャドウは倒した。即座に灰化するはずだ。

 迫る残りの一体に意識を向けるベル。

 

 だが、

 

(ドロップアイテム!? このタイミングで!?)

 

 モンスターの絶命と共に消えるはずの黒爪は、実体を残してベルを壁に縫い留め続けた。

 冒険者への報酬すら更なる試練をもたらす状況に、ベルにある言葉を思い出させた。

 

 

 ダンジョンは、弱った冒険者を逃さない。

 

 

「うわあああああああ!?」

 

 動けないベルを、射程外からいたぶるウォーシャドウ。

 右手一本で対処しているが、片手が壁に縫い付けられた体勢では限界がある。

 肩を、膝を、頬を、腹を、モンスターが容赦なく切り裂いていく。

 

「こうなったら、腕を引きちぎってでも……!!」

 

 もはや動かない腕を自ら切り落としてでも離脱を図るベル。

 ウォーシャドウの連撃の一瞬の隙を突き、自ら左腕を切り落とすべく短剣を振りかぶり、

 

 

 

 

 

「……ふん。お前の勝手だが、その前に右に避けろ!」

 

 

 

 響く男の声。

 

 直後、消し飛ぶウォーシャドウの頭部。

 

 咄嗟に右にのけ反ったベルの頭が一瞬前まで存在した空間に、一本の矢が突き刺さった。

 何者かが、ベルの窮地を救ったのだ。

 

 

「あ、あなたは……?」

 

 矢から視線を外し、救い手の姿をその目に映すベル。

 その人物は、バツが悪そうに頬を掻いていた。

 

 知っている。自分は彼を知っている。

 

 憧憬の彼女と共に、豊穣の女主人を訪れた男性。

 

 茶色の髪に、若草を想起させる緑の装束。

 

 オラリオ最高の弓兵と名高いその人物は――――

 

 

「アーチャー、ロビンフッド。……呼ばれちゃいねえけど、それなりに働きますよっと」

 

 

 

「ありがとう、ございました」

「あー、いいっていいって。気にすんな」

 

 ロビンフッド。【皐月の王(メイキング)】の二つ名を持つ第一級冒険者。アンリマユ・ファミリアの一員。

 

 彼が現れてからは、あっという間だった。

 いまだ残っていたモンスターの群れをあっという間に射尽くした彼は、『時間稼ぎ時間稼ぎっと』といって広間の壁に大穴を空けた後、現在はベルの治療を行っている。

 貫かれた状態で無理やり動き回ったため骨が見えるほど無残なベルの左腕を、水筒の水で綺麗に洗浄し、匂いのキツイ軟膏を塗りこむとテキパキと包帯を巻きつける。

 

「あの、どうして……」

「ん~? あんだけ傷が深いと、ポーションじゃ後遺症が残るかもしれねぇからなあ。ウチの錬金術師の薬ならその点心配いりませんから。その点以外が、本当にひでえんだよなぁ……」

「そうじゃなくて!」

 

 とぼけた物言いに、つい声を荒げてしまう。彼は命の恩人なのに。

 

「どうして、助けてくれたんですか……?」

「あー……」

 

 ポリポリと頬をかくその姿は、ともすればただの、気のいいお兄さんにしか見えない。

 だがその実力は、先ほどまでさんざん見せつけられた。

 結局のところ、彼もまた、()()なのだ。

 

「アンリマユ・ファミリアなんて、雲の上の人が!」

「ナニイッテンダオマエ」

「!?」

 

 抑えられない激情のままに叫ぶと、ものすごいトーンで返された。

 びっくりして顔を見ると、『腹ペコ……男の娘……マッド……? いいえ、ポンコツです』と、虚無の顔でブツブツと謎の言葉を放っていたが。

 ベルの視線に気づいたのか、ゲフンゲフンと咳ばらいをして、ロビンフッドは顔を引き締める。

 

「そいつは、どうしてわざわざ追ってきたのかって意味だよな?」

 

 ベルが肯くと、彼はぽつりぽつりと話し始めた。

 

「酒場でベート――あの獣人な?――が話し始めた時、オタクのことだってすぐわかったよ。酒の席での笑い話に、真っ赤になって震えて死んじまいそうな顔をしてたし……何より、ウチの王サマが言ってた冒険者の特徴ぴったりだったからな」

「王様、ですか?」

「そう。知ってるだろ? アルトリア・ペンドラゴン」

 

 一息ついて落ち着いていた呼吸が、一気に苦しくなった。

 

 あの人が? 自分のことを仲間に話していた? どうして? 腰を抜かしてた自分がみっともなくておかしくて? 違う、自分でもわかる、あの人はそんなことをしない。ならどうして? 笑わなくても…………情けない姿に、失望して?

 

 

「怖がらせてしまったと。まだ駆け出しだろうに、ミノタウロスの前でただ立ち竦まず逃げようとして、立派だったと。もっと早く助けたかったと。……褒めてたよ、オタクのこと」

 

 カァっと顔が熱くなる。

 

 憧憬の人が、自分を気にかけてくれていたことに。

 そんな人を疑ってしまった羞恥に。

 それでもなお、褒められて喜んでしまう自分の浅ましさに。

 

 朱くなったベルを見て、緑衣の男はにやついた。

 

「惚れたんだろ?」

「違いま!!………………せん」

「か~、初々しいねえ!」

 

 ぐりぐりと頭を撫でまわされる。

 乱暴な手つきで痛いくらいなのに、何故か祖父のあたたかな手と重なり、気が抜けて……

 

 

「でも、意味ないんですよね」

 

 涙と共に、そんな言葉が零れた。

 

(あぁ、男は泣くもんじゃないって、さんざん言われてきたのに……!)

 

 祖父の教えを思い出して涙をぬぐうが、そのたびにどんどんあふれ出してくる。

 ついにはとめどなく流れるようになったそれを、せめて見せまいと乱暴に顔を擦り続けるベルを見ていた男は、静かに口を開く。

 

「意味ないなんて、なんでわかるワケ?」

「だって、彼女には、ロビンさんみたいに強い仲間がいて、僕は、弱くて、それにあの人には――――もう好きな人がいて……!!」

 

 

 泣き叫ぶ自分があまりにみっともない。

 命の恩人にまで八つ当たりをするような自分は、あの人が語った()とは程遠くて……

 

 

「昔話を聞いてくれるか?」

 

 ポツリと、ロビンフッドが呟く。

 先ほどまでの、どこかふざけた響きが消えた口調に思わずベルが顔を上げると、彼は真剣な目でベルを見据えていた。

 

「遠く遠くで起きた、少年少女の、小さな小さな戦争のお話だよ」

 

 

 

 

 人の願いを叶える万能の魔道具(マジックアイテム)、聖杯。

 

 それを巡り争う七組の英雄と魔術師。

 

 国と国ではなく、ささやかな個人による、しかし世界を揺るがす戦争の物語。

 

 

 ロビンフッドが語った物語は、祖父より数多の英雄譚を聞かされたベルすら初耳の話だった。

 しかし物語の登場人物たちは誰もが魅力的で、英雄たちの活躍には胸が躍り、そんな彼らが次々と力尽きていくストーリーは思わず引き込まれてしまうものがあった。

 

 しかし、何よりもベルの心を動かしたのは、とある少年だった。

 

 その少年は、ほとんど巻き込まれたようなものだった。

 力もなく、知識もなく、あるのは使命感だけ。

 相棒が最優を謳われる剣士(セイバー)でなければ、一夜目で脱落していただろう。

 実際、少年は何度も窮地に陥った。

 そのたびに助かったのは、剣士より借り受けていた癒しの力と、優れた同盟者のおかげだろう。

 

 あまりに愚か。あまりに未熟。そしてあまりに――――眩かった。

 

 誰もを救う正義の味方なんて愚かな理想を抱く少年は、しかし何度死にかけても自らを曲げず、やがてその尊い在り様に剣士も惹かれていく。

 物語の終盤、聖杯の正体が人類に仇なす呪いの塊だと判明した時、剣士には二つの選択があった。

 少年を裏切り、呪いの力を以て願いを果たすか――――少年と共に、自らの希望を破壊するか。

 

 果たして剣士は、少年の手を取った。

 

 待ち受ける最強の英雄を打ち破り、自らの手で聖杯を破壊した()()は朝焼けの中で少年に愛を告げ、物語は終わる。

 

 

 

 全てを聞き終えたベルは、あまりに壮大な物語にポツリと呟く。

 

「今のは、アルトリアさんの……?」

「さあな。ただ、お前は今の話を聞いてどう思った。その未熟なガキに対して」

 

 肯定も否定もしないロビンフッドの返答。

 普通ならあまりに荒唐無稽。

 だが、彼女になら、そんな過去があってもおかしくない。むしろ相応しいとすら思えた。

 

 その上で、彼女と共に駆け抜けた未熟な少年に対して、思うことなど――――

 

 

「勝てない、と。思いました」

「ひょ?」

 

 

 そう、勝てないと思った。

 どんな困難にも、苦痛にも、遂にはこの世全ての悪からの呪いにすら耐えたその少年は、ベル・クラネルとあまりにかけ離れていて、敬意すら覚えた。

 

 彼女が、その思い出を大事にしているのは当然だ。

 その思い出を汚すような発言に、あそこまで凛とした態度を見せたのも当然だ。

 

 いっそ、すがすがしいほどの完敗。

 もはや心残りの余地すらない。

 美しい物語に、ベルの心の闇が急速に晴れていく。

 同時に、先ほどまで感じていた背中の熱が急速に冷え込んでいくのを感じる。なんなんだろうコレ。ちょっと怖い。

 

 

「教えてくれてありがとうございます、ロビンさん。おかげでスッキリ―――「待て待て待てえええい!!」

 

 ものすごい剣幕で遮られた。

 

「ちょっと待て、今のオタクの状況は、ええっと、その、あれだ! ちょっと勘違いしてる! 何が勘違いかはわからないがオレも落ち着きたいしオタクもそうだよな! あ、ポーション飲むか!?」

「い、いえ、結構です」

「だと思ったぜ気が合うな! いやいやいや落ち着け、オレ。あいつらに大見得切って出てきた手前これはヤバいしオレもやばいしベル君もヤバい、今はとにかくリカバリーを……なんだなんだなんだ? どうすれば……そうだ、あれだ!!」

「あの、ロビンさん……?」

「ベぇルぅくん!!」

「ヒィ! はい!!」

 

 後ろを向いて早口にナニカ呟いたかと思えば急にがっちり肩を掴んでくる緑の人にガチ怯えするベル。仕方ないことである。

 

「疑問に思わないか? ……なんで今その少年はここにいない?」

「!」

 

 急に真剣な顔になって話し始める緑男のテンションに若干戸惑いは残るものの、確かにそれは気になる。

 そんな雰囲気を察したのだろう。ロビンは神妙な顔で続ける。

 

「そいつはな……死んじまったんだよ」

「な! なんで、どうして!?」

「……戦争が終わった後、二人は別の道を進んだ。少女は祖国救済の力を求めて。少年は正義の味方になるため。別れは必然だった。少年は少女と別れた後も、己の信念に沿って戦い続け……自分が救った人間に殺されたのさ」

「そ、そんな、変ですよ! そんなの! 自分を助けてくれた人を、裏切るなんて!?」

 

 アルトリアに救われ憧憬を抱き、ロビンフッドに命を救われたから先ほどの奇行を見なかったことにしているベル・クラネルには信じられない話に、思わず食って掛かる。

 しかしロビンフッドは、悲しそうに首を振った。

 

「ある種、当然の結末さ。少年は紛れもなく正義の味方で、一切の私心無く弱きを助け悪を挫いた。助けられた奴らが、『自分たちが悪になった時、この男は間違いなく自分を殺す』と確信するほどに。あとは、語るまでもない、つまんねー結末ですよ」

「そ、そんな……」

 

 知ったのは先ほどだが、それでもおとぎ話の英雄たちと肩を並べるほどに敬意を抱いた正義の味方の末路に、言葉を失うベル。

 だが、もっと気になることがあった。

 

「このこと、アルトリアさんは……!?」

「…………あぁ」

 

 心臓が、氷の手で鷲掴みにされた気分だった。

 会ったことすらない自分ですら、痛みを覚えたのだ。

 ともに聖杯戦争を駆け抜け、愛を告げた少女の悲嘆はどれほどのものか。

 

「……かつてこの街は、闇派閥(イヴィルス)ってぇ奴らに脅かされていた。もちろんオレたちも戦ったが、誰よりも先頭に立っていたのはあいつだった。オラリオのみんなは口を揃えて称えたもんさ。『騎士王に栄光あれ! 聖剣担う偉大なる勇者!!』……だけどオレは、素直に喜べなかった」

 

 目を伏せたロビンの気持ちがベルには痛いほどわかる。

 破滅の道と知ってなお突き進んだ少年と、彼を愛した少女が重なっているのだろう。

 ……あるいは、少女自身、少年と同じ終わりを望んでいるのかもしれない。

 

 

「でもなぁ、あいつは止めたって聞いちゃくれねえんだ。こっちの気持ちなんてお構いなしに突き進む。この十年、オレが何度言ったって、理解してくれなかった」

 

 ベルの肩を掴むロビンの手に力がこもる。

 

「オレたちじゃダメなんだ。ああ、さいごまで付き合う覚悟はできてるさ。でもな、本当にどうしようもない最悪が来た時、オレたちじゃ一緒に沈んでやることしかできねえ。わかるんだ!」

 

 その目は、第一級冒険者が下級冒険者に向けるには、あまりに熱を帯びていて―――

 

「それがいつかはわからねえ! 本当に来るのかもわからねえ! でもあいつを救うには、きっと別の誰かが必要になる!」

 

 だからこそ、ベルも目を逸らすわけにはいかなくて―――

 

「だから、なぁ、頼むよベル・クラネル……お前があいつを想っているなら、あいつに少しでも恩を感じているなら!」

 

 その胸に決意の炎が燃え上がって―――

 

「お前が、あいつの英雄になってやってくれ!!」

 

 

 

 

 

 

「誓います。絶対に……!!」

 

 この日、少年は飛翔を始める――――。

 

 

 

視点変更(まきもどし)

 

 

「ヤバいですヤバいですいとヤバし! なんか致命的なやらかしがあった気がします!!……あ、でも気がするだけだから、気のせいって可能性も?」

「ねえよ!!」

 

 酔っぱらったセイバーもどきの珍種による熱いキャラ語りの結果、主人公(ベル・クラネル)が涙目で走り去った。

 何を言ってるのかわからねえと思うが、オレにもわからねえ。黙ってるだけで無事に終了するはずだったイベントが、どうやったらこんなにこじれるんだ?

 

「アンタほんと、アンタほんっとふざけんなよこのアホトリア!」

「いや今回私悪くありませんよね!? キャスターに一服盛られた被害者ですよ!?」

「緊張しているセイバーを助けようと、気を遣っただけなのに……。人の善意とは、往々にして裏切られるものなのですね」

「オタクも黙ってろ!?」

 

 ベートを吊るそうという周囲の喧騒に紛れて怒鳴り合うオレの袖を、ライダーが引っ張る。

 

「ねえ、そんなことよりアレ大丈夫!? なんか原作とえらいフインキ違ったけど! あと何故か変換できない!!」

「だぶん大丈夫じゃないと思いますよ! あとフインキじゃなくてフンイキな!いちいちふざけてる場合か!」

 

 ええい、この馬鹿どもと話し合っていてもらちがあかねえ……!

 

「オレが追いかける! オタクらはフィンに一言詫びて帰っててくれ!」

「くっ、釈然としませんが、ここは仕方ありません。任せます、アーチャー!」

 

 入り口を飛び出そうとしたオレを、ランサーが呼び止める。

 その手には、ウチのファミリア特製の通信用魔道具が。

 

「待て、アーチャー。アヴェンジャーから連絡だ」

「あぁ、なんだこの忙しい時に! もしもし!?」

『もしもし、アーチャー? これフォローミスったら、次の神会でお前の二つ名、【森の賢人(ゴリラ・ゴリラ・ゴリラ)】にしていい?』

「いいわけないでしょこのアホ神がぁ! あ、切りやがったアイツ!! くそ、とんだ貧乏くじだぜ……」

 

 ゲラゲラ笑いながら通信を切る神に殺意を覚えつつうなだれるオレの肩を、ランサーがポンと叩く。

 

 

「お前にはその程度の任務が相応しい」

「ああハイハイ、オレにしかできないから頑張れってことね頑張りますよゴリラは嫌ですからね!」

 

 サムズアップしてんじゃないですよオタクも!!

 

 だがまあ確かにこのフォローはポンコツ揃いのほかの連中には無理だ。

 オレ? オレはこのファミリア唯一の真人間だ。

 

 いいか! オレは絶対、ポンコツなんかに屈したりしない!!

 

 

 

 

 

 ダンジョンに向かうベル君に追いつくのは簡単だった。

 『顔のない王』で透明化し、ダンジョンにもくっついていった。

 そこからのベル君の戦いは、まあ悲惨なもんだった。

 無理も無い。夢抱いて田舎から飛び出して、数日で(見た目だけは抜群に良い)運命の人に出会えたと思ったら次の日の夜にはそいつの口から聞きたくもない違う男の話が出るわ出るわ。ロビンフッドになる前のオレなら鬱になっていたかも知れない。

 

 いったいベル君が何をした?

 前世でどんな悪行を犯したら異性愛者の少年が、元男で現ポンコツに惚れなくちゃいけないんだ?

 しかも24時間で失恋とかRTAでもやっておられる?

 

 あまりに不憫な境遇に思わず涙があふれ、顔のない王で目頭を押さえる。

 

 ってやべえ! 目え離してる隙にウォーシャドウにめっちゃ追い込まれてる!

 あ、でも一匹倒した。さすが主人公! ってちょ、うでうでうで、欠損イベントは十二巻以上早いって、あああああああ仕方ねえええええ!!

 祈りの弓に矢をつがえながら、こういう時用のかっこいいセリフを必死に思い出す。

 

 

「……ふん。お前の勝手だが、その前に右に避けろ!」

 

 命中! いや、違う茶が入ってたような気もするが、とりあえず関係ねえ!

 とりあえず、呆然としてるベル君に名乗るか。

 

 

「アーチャー、ロビンフッド。……呼ばれちゃいねえけど、それなりに働きますよっと」

 

 うし、決まった!

 

 

 その後はとりあえず周辺の雑魚をせん滅し、キャスター印の爆薬でルームに穴をあける。これでしばらくはモンスターもわかねえ。

 んで、ベル君のケガを手当てしてたんだが、ここからが問題だ。

 完全にメンタルへし折れてたらどうしよう。

 だって、『アンリマユ・ファミリアなんて、雲の上の人が!』とか言い出すんですよ?

 それって脳味噌お花畑の隠語? そういうことだろ? 原作でネタ交じりに言われる腹ペコ(セイバー)とか男の娘(ライダー)とかマッド(キャスター)なんて可愛いもんよ? あいつらもっとヤバいアホどもですよ?

 

 思わずオレも闇に呑まれかけるが、なんとか持ち直しつつ話をする。

 

 とりあえずメンタルケア最優先だ。セイバーが気にかけてたことにして、反応をうかがってみよう。

 

 お、嬉しそうだな。意外と軽症なのか?

 

「惚れたんだろ?」

「違いま!!………………せん」

「か~、初々しいねえ!」

 

 頭をぐりぐり撫でまわす。なんだよ、全然大丈夫そうじゃねえか。いやあホッとしたホッとした!

 

 そう油断してたらまさかの号泣。ああああゴメンって! からかって悪かったって!!

 

 たぶんアレか、衛宮士郎に嫉妬?してるんだなコレ。

 どうするどうする、本物のロビンフッドと違ってオレにはイケメンフラッシュ以外のモテスキルなんかねぇぞ、バーサーカー、なんでこんな時にいねえんだよアンタ!!

 

 とにかく、アレだ。こういう時は、相手の男なんて大したことないって思わせるんだ。

 理想は、『衛宮士郎? そんな男より、ベルのここ、あいてますよセイバーさん』くらいに思ってくれるとベストだ。

 

 士郎の嫌なとこ嫌なとこ……そういえばDE○N版のアニメで見た時は、まだ士郎の内面とかよく知らなかったしオレ結構士郎のこと嫌いだったな。役立たずの出しゃばりみたいで。

 ……いけるか? いけるんじゃないか、これ。

 Fateルートをちょくちょくダンまちの世界観に脚色しつつ話せば普通に嫌ってくれるんじゃないか?

 よし、頑張れオレ。

 

 

 そして語ること数時間。

 そこには立派なFateファンになったベル君がいましたとさ。

 

 へ、第一級冒険者にとっては1ルート休憩なしで語るなんて大したことじゃないさ。

 むしろじっと黙って聞き続けたベル君の集中力が怖い。そういやこの子、神話とか好きなタイプでしたね……。

 

 

「今のは、アルトリアさんの……?」

「さあな。ただ、お前は今の話を聞いてどう思った。その未熟なガキに対して」

 

 あんまり深く突っ込まないでくれ、粗があるのはわかってるんだ。それより士郎への感想をくれ。

 ほら、あんまり役に立ってないよー? ちょっと不死身の大英雄相手にケーキ入刀したり、この世全ての悪の欠片に耐えたりしたくらいだよー?

 

 

「勝てない、と。思いました」

「ひょ?」

 

 待て、今の声はロビンフッド的に無しだ。

 いや、そんなことはいったん置いといて、ちょ、勝てないってどういうことだ!?

 

 うん、どんな目に遭っても、信念を曲げず、自らこそ間違いだと自分を責めるセイバーを正し、世界を救って見せた士郎をかっこいいと思った。

 うん、セイバーが惚れるのにも納得した。

 

 

 ちょおっとまてえ!!

 

 やばいぞーこれ、なんかすげえスッキリした顔してる。

 失恋を乗り越えて一回り大きくなった男の子の顔してる。

 完全にダメな方向に背中押しちまった!? いや、ベル君の人生的にはその方がいいかもだが、ちょっと待ってくれ、お前のスキルの為でもあるんだ!!

 

 ダメだ、焦り過ぎて変な幻覚まで見える。ウチの派閥の奴らが肩組んでなにか言ってる。なになに、『おれ達は、仲間(ポンコツ)だ!』? やかましいわ!

 

「教えてくれてありがとうございます、ロビンさん。おかげでスッキリ―――「待て待て待てえええい!!」

 

 致命的な一言を口にしようとしたベル君を黙らせつつ、何か手段がないか考える。がんばれ、オレ。オレは凡人でもこの体はサーヴァント。死後英霊にまで上り詰めた存在。

 

 ん? 死後? 死んだ後? これだ!!

 

 すまん、士郎! 死んでくれ! 他意はない、昔はともかく今は割とお前のこと好きだから!!

 

 そこから先ほどの話の続きを再開するオレ。記憶にあるextraでの無銘の過去で偽りの物語を捏造する(トレース・オン)

 

「このこと、アルトリアさんは……!?」

「…………あぁ」

 

 心臓が、氷の手で鷲掴みにされた気分だった。

 こんな話バレたら、間違いなくウチのセイバーに殺される。

 

「……かつてこの街は、闇派閥(イヴィルス)ってぇ奴らに脅かされていた。もちろんオレたちも戦ったが、誰よりも先頭に立っていたのはあいつだった。オラリオのみんなは口を揃えて称えたもんさ。『騎士王に栄光あれ! 聖剣担う偉大なる勇者!!』……だけどオレは、素直に喜べなかった」

 

 これは事実だ。

 チヤホヤされて浮かれてるアホにはめっちゃ腹立った。

 なぁにが『んん~? 昨日までアーチャーにアタックしていた娘も私に声援送ってますね~。いやぁ、すみませんね~』だ、あの野郎……!

 

 

「でもなぁ、あいつは止めたって聞いちゃくれねえんだ。こっちの気持ちなんてお構いなしに(ポンコツ道を)突き進む。この十年、オレが何度言ったって、理解してくれなかった」

 

 ベル君の肩を掴む手に力がこもる。

 

「オレたち(のツッコミ)じゃダメなんだ。ああ、さいごまで付き合う覚悟はできてるさ(やらかし的な意味で)。でもな、本当にどうしようもない最悪(のやらかし)が来た時、オレたちじゃ一緒に沈んでやることしかできねえ(マジで)。わかるんだ!(普段の言動見てるから!)」

 

 要保護者なポンコツを押し付けたいあまり、オレの眼はあまりに熱を帯びていて―――

 

「それがいつかはわからねえ(からこわい)! 本当に来るのかもわからねえ(でも多分来る)! でもあいつを救うには、きっと別の(ポンコツをフォローしてくれる)誰かが必要になる!」

 

 現実から眼を逸らしたくて仕方なくて―――

 

「だから、なぁ、頼むよベル・クラネル……お前が(不幸にも)あいつを想っているなら、(残念なことに)あいつに少しでも恩を感じているなら!」

 

 対岸の火事に巻き込む気満々で―――

 

「お前が、あいつの英雄になってやってくれ!!」

 

 

 

 

 

 

「誓います。絶対に……!!」

 

 この日、オレは少年を地獄に堕とした――――

 

 

 

余談(えくすとら)

 

 

「ランサー、アーチャーはまだ戻らないんですか! あと昨日の一件が広がって郵便受けに怪奇文書が大量に!!」

「怪奇文書は知らんが、アーチャーからは言伝を預かっている。『ショウジキ、スマンカッタ』らしい。なんのことかはわからんが」

「そっちはそっちで何やらかしたんですかあの緑いい!!」

「セイバー、追加来てるよー。なになに、『処女じゃないなんて嘘ですよね!?』『信じてたのに信じてたのにイ言じてたのにシンジテタノニ――――』『NTRに目覚めました! ありがとう!!』ほかにもいっぱ~い」

「ひぃぃ! アーチャー! アーチャアアアア!!!!」

 




憧憬一途 ギリギリセーフ。
・特に重要ではないキャラ設定
アーチャーもどきさんはロビンフッドより色々べちゃっとしてます。抹茶くらい。
アーチャーもどきさんは反面教師にできるポンコツがいなくなると、急速にポンコツ化します。
アーチャーもどきさんとセイバーもどきさんは一番仲が良いですが、お互い相手の方が自分よりポンコツと思っています。
というかファミリア全員、自分はこいつらより比較的まともと思っていますが仲は良いです。

あと感想欄でよく聞かれたアサシンですが、七騎目にアヴェンジャー突っ込んだので、今回は欠席です。
すみません、そのうちセイバーもどきさんにジャージ着せるんで石を投げるのは勘弁してください。


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第4話

今回はシーン2つ。ややこしかったらすみません。
ポンコツパートはいつもより短めかも。


 アンリマユ・ファミリアのホーム『キャメロット』。

 

 かつてとある闇派閥の本拠を奪い取り、騎士王の采配により築き直した麗しき白亜の王城に、一人の小人族の姿があった。

 

「それじゃあ、僕はこれで失礼するよ。アルトリアには、あらためて申し訳なかったと伝えてほしい。それと、どうかお大事にと」

「どうかお気になさらぬよう。我が王も、宴の席で無粋な行いだったと悔いておりました」

 

 彼こそがロキ・ファミリア団長フィン・ディムナ。誰もが認める小人族の【勇者(ブレイバー)】。

 それに向かい合うは、アンリマユ・ファミリア副団長ランスロット。礼節を弁え機知に富み、精霊すら見惚れる甘い容貌持つ【湖の騎士(サー)】。()()()()()()()()()()()()()

 

 一昨日の豊穣の女主人での一件を詫びに、菓子折り持参で訪問してきたのだ。

 

「この身が代理として応対したこと、お許し願いたい」

「あぁ、頭を上げてくれ。急に訪ねたのはこちらなんだ。まして名高きランスロット卿に歓待を受けて、不満なんてあるわけがない。むしろ、先の件含めて詫びるのはこちらの方さ」

 

 同盟派閥の団長直々の訪問を、同じく団長であるアルトリアが直接応対できなかったことを詫びるランスロットと、苦笑しながらその律儀さを受け入れるフィン。

 しかし、とフィンは続ける。

 

「あのアルトリアが寝込むとは、どうやら今回の件、ずいぶんと嫌な思いをさせたようだ。場合によっては次回の遠征、ベートの配置を考えなきゃいけないかな……」

「それに関しては心配は無用です。我が王ならば、自らへの配慮で軍の力が削がれることをこそ、気に病まれる。ベート・ローガとも喜んで轡を並べるでしょう」

「ッ……あ、あぁ、そうだね。彼女はそういう人だ。さて、そろそろ本当にお暇するよ。遠征の件は、またあらためて話し合おう」

 

 堂々とした、しかし普段の勇者を知る者ならばわずかに首をかしげる忙しなさで帰り支度を始めたフィン。

 同時に、勢いよく開く応接室の扉。

 

「たっだいまー! あ、やっぱりここにいた! ねぇねぇバーサーカー、見てよこれ! セイバーのおしゃれ用に色々買ってきちゃった! 今から持ってってあげたら喜ぶかな!? あれ、フィンじゃないか、どうしたの?」

「こんにちは、アストルフォ。先日の酒場の件で、お詫びに来たのさ。あいにくアルトリアには会えなかったけどね」

「そうなんだー、どっちかっていうと、悪いのはキャスtむぐむぐゲフンゲフン、ボクは何にも言ってないよ! あ、せっかくだからセイバーの顔見てく? 部屋まで案内するよ?」

 

 キャピッ☆とポーズを取りながら何かをごまかすアストルフォ。

 天真爛漫を絵に描いたような桃色騎士に苦笑しつつ、自派閥のアマゾネス以上のその無邪気さを心地良いものと受け取るフィン。

 だが、次の瞬間、ほんの僅かにその顔が強張る。

 

「こらこら、ライダー。お忙しいロキ・ファミリアの団長サマの邪魔しちゃダメだろー? オレらみたいな暇人と違って、色々やんなきゃいけないことがあるに決まってるデショ」

 

 気の抜けた声で部屋に入ってきたのは一人の少年神。

 ヒヒヒ、と人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべる彼こそが、アンリマユ・ファミリア主神、アンリマユそのひと──いや、その神だ。

 

「呼び止めてすみませんでしたー、勇者サマー。ほら、うちの馬鹿どものことは気にせず帰った帰った。モタモタしてたら頭から食べられちゃうぞー?」

「……それでは、お言葉に甘えて。あぁ、ランスロット、パラケルススにお礼を伝えてもらえるかな? 彼の万能薬に遠征先で随分と助けられた。アストルフォ、アルトリアの部屋に行くならその菓子折りも一緒に持っていってほしい。都市で流行りの品……らしいからね」

 

 丁寧に別れを告げながら、しかし慌ただしく立ち去るその姿は、見るものが見れば、警戒、のようなものが見て取れるものだった。

 

 

「お疲れ様ッス、団長!」

「やぁラウル、待たせたね」

「いえ、お気になさらず! でもいくらベートさんのためとはいえ、団長がお一人で向かわなくても良かったんじゃないですか?」

「彼らは頼もしい同盟者だからね。最大限の礼は尽くすさ。ベート本人は自室で凹んでて、とても謝罪に連れて行ける雰囲気じゃなかったしね」

 

 キャメロットを出たフィンは、付き添いの年若い団員と話しながら帰路に着く。

 見た目にそぐわない落ち着きと穏やかな声音の彼は、もういつものフィン・ディムナに戻っている。

 しかしその内心は、穏やかならぬものだった。

 

(アンリマユ……ロキですら警戒を怠らない()()。アルトリアたちが悪に加担するとは思わないけど、それならこの指の疼きはなんなんだろう)

 

 ペロリ、とラウルには見えない位置で親指を舐めるフィン。

 危機を告げる親指は、キャメロットに入った時点から疼きだし、アストルフォとの会話中には痛みすら覚えていた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 そこまで考えて、フィンは馬鹿馬鹿しいと頭を振る。

 

(彼らはこの十年、オラリオの正義の最前線を担ってきた。今さら疑ってどうする。何よりアルトリアの高潔さは、僕自身よく知っているじゃないか)

 

 初めて会った時は、恐怖をこらえて戦う健気な少女に過ぎなかった。

 敵にも味方にも甘く、幼い正義に振り回されるその姿は、英雄に至るため合理を突き詰めひた走るフィンが思わずハラハラしてしまうほど危なかしかった。

 なのに闇派閥との戦いには積極的に参戦し、罪なき市民を身を呈して庇い続けた。文字通り、身を呈し、自らの負傷を省みず。それも団長に引きずられるように、ファミリア全員が底抜けのお人好し。

 

 剣士としての才はともかく、戦士としての才は乏しい──ガレスやリヴェリアと共に彼らの行く末を案じていたフィンだが、その杞憂は共に戦う内に払拭されていく。

 

 恐怖は勇気に、甘さは誇りに、幼い正義は純白の気高さはそのままに力強く。

 

 かつて騎士姫(リリィ)と揶揄された少女は、騎士王と皆に讃えられるようになった。

 妹のように見守っていたはずの少女が、自分たちといつの間にか並び、そして追い越していったその姿はフィンにとってもあまりに眩く、嫉妬すら遠くて──

 

 とにかく、アルトリアたちの裏切りはありえない。

 

 

 だが、同時に思うのだ。

 

 ならば、あの指の疼きはなんなのだ、と。

 

(体調の悪いアルトリアにボクが近づくことを嫌がった? なぜ? 今までだって彼女が傷ついた時近くにいたことはあったし、僕が救ったこともある。なのに、今回だけこの指が警告したのは、いつもと何が違った?)

 

 そもそもの話、たかだか酒場で揉めた程度で寝込むほど、騎士王は柔弱か? 

 何十人もの闇派閥をただ一人で平然と迎え撃ったあの英雄が? 

 ありえない。彼女が精神的な理由で体調を崩すなど、約束されていた安寧が予想外に予想外の事態が発生し予想外の不手際で予想外に対処を誤り予想外の発展を遂げてひっくり返りでもしない限り、想像できない。

 

 だが実際、彼女は寝込んでいる。

 

 まるで精神的な疲れと見せかけて、毒でも盛られたかのように──

 

 

「だ、団長? 大丈夫っすか?」

「ん……何がだい? ラウル」

「い、いや、なんか、すごくおっかない顔に見えたから……」

「……そうかい? 考え事をしてたからかな」

 

 心配そうな団員に笑い返して安心させながら、フィン・ディムナは()()()を想う。

 

 もしもアルトリア・ペンドラゴンを──他者のために血を流し、他者の幸福にこそ幸福を覚え、暖かな笑みを浮かべてソレを見守る心優しき彼女を騙し、裏切り、傷つけ、害そうとする身近なモノがいたなら……

 

 

 きっとフィン・ディムナは許さない。

 

 それは英雄だからではなく。

 

 人として、友として、兄として。

 

 彼女の幸福を願う、一人の男として。

 

 フィン・ディムナは許さない。

 

 

 

 時間経過(そのひのよる)

 

 

 ガネーシャ・ファミリアのホーム『アイアム・ガネーシャ』。

 

 巨大化した主神の股間が出入り口系住居という前衛的にも程があるこの建造物に、今宵、多くの神々が集っていた。

 人であれば絶世や傾国と謳われるような美男美女が高価な衣装で着飾り老若問わず並ぶ様は壮観ではあるが、そこはそれ、神々にとっては今さら何がどうということもない。

 思い思いに談笑しながら旧交を温める者、悪だくみに花を咲かせる者、あるいは貧乏な武神を指差しながらフヒヒと笑う者など、それぞれ楽しんでいた。

 

 そんな中で異彩を放つ神が一柱。

 

 いや、抜きん出た美貌がーとか、奇抜な被り物をしていてーとかではなく、タッパーに宴で出てきた食料を詰め込んでるから目立ってるだけなのだが。

 

 彼女の名前はヘスティア。

 団員一名の零細ファミリアの主神であり、本日はその可愛い可愛い団員(ベル・クラネル)のために一肌脱ぎにきた決意の女神である。

 より正確に言うと、古い付き合いの鍛治神に自分の眷属のための武器を作ってもらうために交渉にきた、友神に一肌脱いでもらうため土下座の決意を固めた女神である。

 

 幸い友神はすぐに見つかった。

 少し苦手な女神が同行してたので気後れもしたが、今はお願いをする機会を虎視眈々と窺っている。心の中ではいつでもファイティングポーズ。大丈夫、怒られるのなんて怖くないコワクナイ。

 

 しかしそんな風にモタモタしていたのがいけなかったのか、ヘスティアは天敵に目をつけられてしまった。

 

「ヤッホー、ファイたーん、フレイヤー……」

「ロ、ロキ……! いったい何の用だい!?」

「あら、ロキじゃない。久しぶりってアンタえらく落ち込んでない? 何かあったの?」

「本当に。珍しいこともあるのね」

 

 声をかけてきた天敵(ロキ)に露骨に嫌な顔をするヘスティアと、その異様な雰囲気に驚くヘファイストスとフレイヤ。

 言われてヘスティアもはたと気付く。いつも憎ったらしい笑みを浮かべているこの絶壁女神が、今日はやけにテンションが低い。

 なんなら背中に雨雲でも背負ってるのかというジメッ気だ。

 

「よその子やねんけどうちのお気に入りの子がなー、なんか彼氏おったらしくてなー、男っ気ない子やから大丈夫おもてたのにメッチャ熱弁されてもうてなー、傷ついてんねーん……」

「く、くだらない……」

 

 正直な感想をこぼすヘスティアだが、そういえば今日は一部の男神に元気がない。陰気だ。訝しんで接触した別の男神にもその陰気さが伝染し、さらにその神から他の神に……と気づけば、会場の湿度がすごいことになっている。

 迷惑そうな女神たちの視線の矢がザクザク突き刺さってるだろうに、いったい何事だ。

 

「あぁ、あの子のことね……」

「うん? ヘファイストスも知ってるのかい?」

「えぇ、オラリオ有数の有名人よ。たしかにちょっと見ないくらい可愛いから、男神たちにもすごく人気があるの。ロキが気に入るのも納得ね」

「はー、子供達の恋愛も祝福できないなんて、ボクには理解できない狭量さだね」

 

 お前が言うなとツッコム神もいないまま、ヘスティアはビシッとロキに指を突きつける。

 

「だいたい、そんな陰気な顔で宴に来られても迷惑じゃないか! 帰ったらどうなんだい!?」

「あぁん? それは逆やろドチビ……。元気がないからこそ……せっかくの宴にみすぼらしい私服参加のドチビ女神を笑って元気出さななぁ!! ギャーハハハ!!!!」

 

 こいつウゼエええええ!!!! な顔をするヘスティア。

 即座に言い返そうとするが、その目が今まさに入場してきた一柱の神を捉えた。

 

「服装なんて自由だろー!? ほら、ボク以外にもものすごいカジュアルな格好もいるじゃないか! 誰かは知らないけど!!」

「あぁん、そんなもんおるわけってアレは……うわぁ、今日一番見たくないやつ見てもうた……」

 

 ヘスティアの視線を追い、件の神を視界に入れたロキ。

 とたん、ふだん怖いもの無しが服を着てるような彼女が露骨に嫌そうな顔をした。

 予想外のリアクションにキョトンとするヘスティアに、いつの間にか背後から忍び寄っていたフレイヤが耳元で囁く。

 

「彼はね、さっきロキが言っていた子供の主神なの。失恋を思い出して辛いのね」

「うひぃ!? そ、そうなのかい? ところで、耳元でいきなり話しかけるのはやめてほしいんだけど……」

「あら、ごめんなさい」

 

 クスクスと笑いながら離れるフレイヤ。

 

「聞きたいことも聞けたし、私は少し彼と話してくるわ。まだ食べてないモノがあるって、幸せよね?」

「同意を求められても困るんだけど……」

「あのエロ女に話合わすのが無駄な努力やねん……」

 

 自由な美の女神に毒気を抜かれたのか、珍しく普通に話す宿敵二人とその共通の友神。

 

「しかし、あのフレイヤが自分から男に寄り付くなんて、ちょっと意外ね。てっきり彼女は追われるのを楽しむタイプだと思ってたわ」

「そりゃそういうこともあるやろうけど、()()()に関しては別やろ、ファイたん。なんせあの色ボケ女神は、アイツとアイツのファミリアに二回も煮え湯飲まされてんねんから」

「フレイヤが煮え湯? よくそんなことをして無事だったね、彼は。彼女のファミリアはオラリオでも最大なんだろ?」

「最大派閥の、一つ、や。最大最強はうちの子供たちや!!」

 

 細かい訂正をしつつ、しかし、ロキはうむぅと唸った。

 

「まぁアイツのファミリアも、規模は小さいけど、かなりのツブ揃いやからなぁ。フレイヤもそう簡単には戦争を挑めんやろ。……最大最強はうちの子供たちやけど、おんなじ人数で戦ったら……もしかしたら、最強はアイツの子供たちかも知れん」

 

 ヘスティアは素直に驚いた。

 ロキのファミリアは、彼女が自慢する通り確かに都市最強派閥だ。

 それは人数だけの話ではなく、【勇者】や【九魔姫】など派閥幹部の精強さも含めての話だ。

 その彼女にこうまで言わせるとは、いったいあの神は何者なのか。

 好奇心に目を輝かせるヘスティアと、対照的に顔をしかめるロキ。

 

「あかん、うちとしたことが、子供を疑うようなことをよりにもよってドチビに言ってしもうた……。ほんまに不調やな……。顔見たくないやつも来たことやし、ドチビの貧乏さに腹抱えて笑ったことやし、うちもう帰るわー。またなー、ファイたーん」

「さっさとカエレ────!!」

 

 ヒラヒラー、と手を振りつつ立ち去る断崖女を見送り、ヘスティアは友神を振り返る。

 

「で、結局彼はどこの誰なんだい、ヘファイストス。天界では見たことないんだけど」

「そりゃそうでしょうね。私も名前こそ知ってたけど、実際に見たのは下界に来てからだし。

 彼の名前は──」

 

 

 

 一方、二柱の女神から離れたロキは、例の男神に鉢合わせないよう、壁沿いに進みながら思案にふける。

 

(アルトリアたんのことで気が滅入ってたとはいえ、ドチビの前であんなこと言うてしまうとは不覚や……)

 

 しかしそれも仕方のないことだとも思う。

 その神に対しては、天界でトリックスターと名を馳せ、数多の神々を殺し合いへと誘ったロキでさえ、否、ロキだからこそ、穏やかではいられない。

 

 眷属の中でも幹部たちには、彼のファミリアには気を許しても、彼にだけは気を許すなと常々言い含めている。

 彼がファミリアを通して行ってきたこと、その神意は別にある、と。

 彼がロキの睨む通りの神物なら、間違いない。

 

(アルトリアたんたちは、あいつのことをどれだけ理解してるんやろうな?)

 

 

 都市の秩序? 重んじるだろう。

 正義の啓蒙? 不可欠なことだ。

 闇派閥の駆逐? 当然、全霊をかけるとも。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 悪神として名を連ねた存在ならば、皆が皆、多大なる敵意と、警戒と、疑心と、嫉妬と────僅かばかりの敬意を抱く存在。

 

 

 

 彼こそが天界にその名を轟かせ、しかしはるか古に葬られたはずの存在。

 

 偉大なる光の神と対をなす魔王。

 

 その名は────この世全ての悪(アンリマユ)

 

 

 

 視点変更(フィンがかえったあとくらい)

 

 

 

「オレ、アンタらのことマジで理解できないんですケドォ!?」

「うるさーい! アンリマユに衣装なんていらないんだよアタック!」

 

 ライダーの怪力により、着衣状態からバリン! とギャグみたいに真っ二つに裂かれるオレの一張羅(予定だったコート)。中から出てくる腰ミノ半裸のオレ。

 いや。普通に酷くない? イジメじゃない? これ。

 仮にも主神ぞ? 我、主神ぞ? 

 

 

「アンリマユ・ファミリアの掟、第三十九条!!」

「いや、無いだろ。勢いで捏造しないでもらえます?」

「あれ、そうだっけ? とにかく! アヴェンジャーに巌窟王のコートなんて似合わないの!」

 

 こいつ、身も蓋もないことを言ってくれる……! 

 

 いや、しかしいい加減こっちだって我慢の限界だ。真冬に腰布一枚で外を出歩く男の気持ちがわかるか? 人、神問わずにマジかこいつ……みたいな目で見られるんですよ? 

 普通に寒いっつーの。風邪ひくっつーの。

 

 しかしそんな当然の抗議は目の前の理性蒸発桃色騎士に通じるはずもなく、ビシィ! と指を突きつけられた。

 

「みんなで一番最初に約束したじゃないか! 姿を借りてる英雄に恥じない行いをしようって!」

「したなぁ」

「うん、だからコートは没収」

「あぁ、なるほど。……え!?」

 

 いや、待て待て。

 お前らがオレに頑なに服着せない理由ってそれ!? 

 

「オレが服着たらアンリマユに恥じる行為なの!? むしろ半裸の方が色々辱めてると思うんですけど!?」

「だって……ただでさえボクたち何ちゃってサーヴァントなのに、宝具もスキルも使えないアヴェンジャーが衣装チェンジまでしちゃったらアイデンティティが……」

「ご心配ありがとうございます! 余計なお世話だ!」

 

 十年越しに明かされる驚愕の事実に徹底抗戦の構えを取ろうとしたオレだが、外野のキャスターから制止の声がかかる。

 

「お二人とも、静かに……つられて彼が興奮します」

「Beeeeeeeeetooooooo……Finnnnnnn……◾️◾️◾️◾️……」

「落ち着け、バーサーカーよ。アヴェンジャー、今日は一体何があった」

 

 その視線の先には鎖で雁字搦めに縛られながら暴れるバーサーカーと、それを押さえ込むランサー。

 いつもはセイバー(寝込んでる)、アーチャー(逃走中)、ライダー(バカ話中)も混ざって四人がかりでやってるだけに、なかなかに大変そうだ。

 っていうかライダー、お前オレとこんな話してないであっち手伝わなくていいのかぁ? 

 と、それより暴れてる理由ねぇ。

 

「今日、フィンの応対してたんだが、そん時に自分でアルトリアは喜んでベートと轡を並べる的なこと言ってたな」

「Beeetoooooo……Dorobouinuuuuu……」

「こええよ。あと、ライダーがフィンをセイバーの寝室に連れてこうとしてたか」

「Finnnnnnn……Oneshotaaaaaa…………◾️◾️◾️…………ッ」

「こええって」

 

 もしオレがフィン追い返してなかったら、セルフでブチギレて狂化して暴れてたんじゃねえかな。ファインプレーでしょ、オレ。

 もしかして指疼いてたりして。さすがにそれはないか(笑)

 

「なるほど、状況は理解した。案ずるな、バーサーカー。セイバーにはお前も含めて路傍の石と変わらん」

「!? ◾️◾️◾️◾️、Arthur……Arthurrrrrr……!!」

「ちょっとちょっとランサー、その言い方じゃ誤解しちゃうよ! あのさ、バーサーカー、ランサーはつまり、セイバーが仮に襲われたとしても返り討ちに出来るから心配いらないって言ってるんだよ?」

「Arthurrrrrr……Arthurrrrrrrrrrrrrrr!! ◾️◾️◾️◾️……Arthurrrrrrrrrrrr!!!!!!!」

「なんで余計に興奮してるのこいつ!?」

「……やむを得ません。セイバーがいない以上、ここは私が責任を持って……それっ」

「Arthurrrrrrrrrrrr!! Arthアッーーーー!?」

「投薬完了。このまま寝室に運んできます」

「うわぁ、あんなぶっとい注射を奥まで……」

「問題ない。ヤツには物足りないくらいだ」

「それ、バーサーカーなら痛くても我慢できるって意味だよね? …………だよね!?」

 

 ソローリ、ソローリ。

 

 馬鹿騒ぎに紛れて離脱の準備。ライダーがセイバー用に可愛い服を買い漁る横でシレッと買っておいた巌窟王風の服を手に取り、こっそり逃げ出す準備。

 扉まであと3M……2M……1M……! 

 

「直感:A!!」

「持ってないだろアストルフォならさぁ!!」

 

 脱出失敗。そのまま首根っこ掴まれて引きずられていくオレ。ライダー? 痛いんですけどー? 

 

「このまま神の宴に送り出したら、また無駄遣いしそうだからボクが送ってあげる」

「いや、勘弁してください。っていうか無駄遣いっていうならさっきからそこそこ高い服破きまくってるお前の方が……」

「セイバーが寝込んでる今、ファミリアの風紀はボクが守る!」

 

 フンスとやる気十分なのは見た目だけは可愛いが、風紀一番乱してるのお前だからなー? 

 

 

 そんなこんなでヒポグリフ便でガネーシャ・ファミリアのホームの前に落とされたオレ。

 だから寒いって。まだ割と冬だって。

 仕方なしに腰布一枚で入ってくと、おぉ、いつも通りギョッとした目で見られる見られる。

 あんま見てるとお代頂いちゃうぞー? 

 

 顔馴染みの神に話しかけながら進んでると、妙な視線を感じる。これはいつもの服装絡みだけじゃないっぽいけど、理由がわからない。

 

 うーんと首を傾げていると、ア、しまった。ヤバいのと目が合った。

 身を隠す暇もなく、ヤバい女神に近づかれるオレ。

 

「久しぶりね。アンリマユ」

「おー、これはこれはフレイヤ様。ご機嫌麗しゅうございマスデス」

「ウフフッ、貴方も元気そうで何よりよ」

 

 この女神サマは苦手だ。というか基本的に神は苦手だ。

 ただでさえ天界の知り合い0という珍しい立場のオレだ。

 下手なことを言って不審を抱かせたら、神としての立場まで失いかねない。

 

 あ、ちょっと近い近い。柔らかい柔らかい。

 嬉しいけどやめて、オレはビシッとしたキャリアウーマン風だけど私生活ダメダメなエロボディ系お姉さんに貞操捧げてるから。もしくはどエロい格好した変態性癖もちの人格破綻者のくせに妙なところで少女めいた小娘とか。あれ、フレイヤ様ちょっと該当する? 

 

 益体も無い思考を続けるオレの頬にそっと手を添え、他者には聞き取れないよう囁きかけるフレイヤ様。

 

「聞いたわよ、貴方の大切なお姫様の噂。彼女が貴方に従ってるのは、その【彼】が関係してるのかしら?」

「さーて、私めには何を言ってるのやらさっぱりと」

「フフッ、相変わらず何も教えてくれないのね? 好きよ、貴方のそういうところ」

「ハッハッハ」

 

 違うから。教えて欲しいのはオレの方だから。

 誰? オレのお姫様って。もしかしてセイバー? いらんこと言ったら即座に暴力で返してくるポンコツよ? オレが従ってるくらいデスヨ? 

 つーか彼って誰? 衛宮士郎? それに関しては、ガワ被ってるオレにもうちょいくらい優しくしてくれても良いと常々思う。

 

「カルナとの決闘でオッタルは都市最強の名を失い、私のファミリアは一段堕ちた。ロキの子供たちと貴方の子供たちはずいぶん仲が良いみたいだけれど、少し入れ込みすぎじゃないかしら? 

 そして貴方のファミリアは当然、貴方を深く信じているんでしょうね……。どこまでが貴方の狙い通りなのかしら?」

 

 何一つオレの意思は関与してません。

 

「フレイヤ様の考えすぎですよー? オレなんか、その場その場で流されてきた凡神なので」

「フフフッ、そういうことにしておいてあげる。……でも、私のモノの中で、あんまりイタズラしちゃダメよ?」

 

 フッ、と耳に息を吹きかけて離れていくフレイヤ様。

 

 腰が抜けるかと思った(いろんな意味で)。

 

 一番厄介な女神は去った。

 フレイヤ様ほどじゃないが、神会といい宴といい、いろんな連中がオレに話しかけてくる。知らねーよ、陰謀ごっこなら他所でやってくれよー。

 悪巧み系は耳に入るたびにギルドにチクってるから、最近はあんまりそういう話を振ってくるやつはいなくなった。

 まったく、セイバーたちはオレの苦労をわかってない。神なんて奴らはどいつもこいつも厨二病で、付き合うのも結構大変なんデスヨ? そこんところあいつらもわかってほしゲブほぉあ!? 

 

「やぁはじめましてアンリマユボクの名前はヘスティア昨日は君のところのロビン君にうちのベル君が世話になったみたいで感謝するよいやほんとはその前に君のところの別の子供に助けられてるんだけどそれは一旦置いといてだねズバリ教えて欲しいことがあるんだが!!」

「……はい」

 

 ワンブレスで話す肉弾魚雷もといロリ神じゃなくてヘスティア。

 わーい、原作メインヒロインだー(白目)。

 

「……君のところのアルトリア何某君に、彼氏がいるって噂は本当かい?」

 

 え、ロキじゃなくてオレに聞くの? 

 あ、そう言えばセイバールート突入してたわ。

 

 んで、士郎のことはベルきゅんから聞いてないっぽい? せいぜい酒場の話を噂で聞いたレベル? 

 あー、あの子真面目っぽいからな、もろにセイバーの過去()に関係してるその辺の話は、ヘスティアにも話してないのか。

 そういうとこポイント高いぞベルきゅん。まぁ捏造100%なんだが。

 

 とにもかくにも、ここでセイバーに男がいるって言うのは無しだ。

 いくら相手が士郎(いない)とは言え、清廉な騎士王で通してきたあいつのイメージをオレが壊すわけにはいかない。清廉(笑)。

 

 答えようとして、周りの視線に気づく。

 男神どもと、一部の女神どもが血走った眼でこっち見てる。必死すぎだろアンタら。

 しかし、ここまで期待されて応えないわけにはいかない。

 オレはゆっくり口を開く。

 

 

「うちのセイバーに、現在特定の恋人はぁ〜」

 

 ゴクリ、固唾を呑む音。

 

「いま〜〜〜〜」

 

 カチャ、食器を握る手に力が入る音。

 

「ドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥル〜」

 

 イラッ、青筋が立つ音。

 

「ドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥル、はあードゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥル、もういっちょドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥル「「「「「「「「「「長いわ!!!!」」」」」」」」」」ぶはぁ!」

 

 まぁ、神のこういうノリの良さは嫌いじゃない。

 

 

 

 

 

 平話(あたらくしあ)

 

「酷い目にあった……」

「アンリマユ、超お疲れ様! そして俺が、ガネーシャである!」

「あ、おひさっす……」

「俺は、カルナが信じるお前のことも無論! 信じているぞ!!」

「あ、どもっす……」

「まぁ他の皆はお前に対して怒ったり怯えたり面白がったり利用しようとしたり色々あるみたいだがな! あ、それでは閉会のスピーチがあるのでこれで失礼する! 最後まで聞いてくれたらガネーシャ、超感激!!」

「え、ちょ、何その情報ガネーシャ様。オレ他のみんなにどんな噂されてんの!? ガネーシャ様ぁ!?」




ロキファミリア「アンリマユは眷属を利用している。眷属はアンリマユを理解できてるのか?」
フレイヤさま「三大派閥にアンリマユの手が食い込んでいる。面白いから見逃してるけど、あんまりオイタしたらメッする」
ポンコツども「このポンコツどものこと何一つ理解できない」×7

アヴェンジャーもどきさんは本人というより、アンリマユの悪名甘く見すぎてる系ポンコツ
他の神々は表面上仲良くしつつ、絶対コイツが黒幕だろ……面白っ!と生暖かく見守ってる。一部は尻尾掴もうと走り回ってる。
闇派閥に勧誘されたのをそのまま密告して結構役に立ってたけど、自分がラスボスになるための下準備くらいに思われてる。


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第5話

予定より遅くなりました。
いや、だってファイナル本能寺が始まっちゃったから……。
ノッブ召喚出来なかったので怒りに任せて投稿です。


 ヒュッ、と風を切って短刀が走った。

 ウォーシャドウの横殴りの一撃にカウンター気味に放たれた一閃は、狙い違わず怪物に致命傷を与え塵に帰す。

 

(やっぱり前よりずっと強くなってる……)

 

 モンスターがいなくなった迷宮で、ベル・クラネルは一息ついた。

 ほんの数日前、危うく殺されかけたモンスターを容易く仕留めた自分に精神的な違和感はあるが、肉体的には特に不調はない。

 筋繊維ごとズタズタにされた左腕も、ロビンフッドに貰った軟膏を塗って一日放置したらすっかり塞がっていた。握力、反応共に問題なし。

 加えて急激な成長による全能感にも似た高揚……控えめに言って、絶好調だ。

 

 しかし、とベルは自分を戒める。

 

(足りない、なんてものじゃない……そんなことを言う資格さえ、僕にはまだない)

 

 

 ロビンフッドに救われ、男としての願いを託された後、ベルは大いに奮起した。

 ホームに帰ることを勧めるロビンフッドの制止を振り切り、再びモンスター退治に大いに励んだ。

 先ほどまでの自暴自棄な戦いではない。託された願いの、そして自らの誓いに背を押されての闘志の発露。強く、誰よりも強くなるという決意を秘めての自身を高めるための戦い。

 最初は怪我の重さから渋っていた弓兵も、ベルの熱意に絆されたのか本当に危ない場面は助けると言った後は、黙って戦う少年の背中を見守った。

 

 自分よりはるかに強い冒険者が、憧憬の彼女と轡を並べる英雄が自らを見守ってくれている。

 

 その誇らしさもベルの背を押し、結果的に朝まで不眠不休で戦い続けた少年は大きな戦闘終了後に力尽き、一歩も動けなくなったところをロビンフッドに担がれてホームに帰還した。

 第一級冒険者が下級冒険者をわざわざホームにまで送り届ける。申し訳なかったし、街中で騒ぎにならないだろうかと危惧したが特に誰かに声をかけられることもなく帰還できた。

 一応彼のマントを頭から被せられてはいたが、そのくらいで誤魔化せるものだろうか? 

 

 疑問はさておき、そこからは大変だった。

 

 怪我自体はほとんどロビンのポーションで回復していたものの、短刀一本でダンジョンに挑んだ代償に着ていた服はズタボロの泥だらけ。

 帰りを待ってくれていたヘスティアの悲鳴がまだ耳に残っているようで、ベルとしてはなんとも申し訳なく思っている。

『ボクのベルくんをこんな目に遭わせたのはキミかぁ〜〜っ!』とロビンに激怒するヘスティアの誤解を解き、一人と一柱で何度も何度も感謝をしまくって最終的に緑衣の弓兵にドン引きされたのが一昨日の話。

 神の宴に出掛けたきり帰ってこない主神が心配ではあるが、何せヘスティア・ファミリアは零細派閥。先立つ物が無くては生きていけないのは、夢と希望と浪漫に溢れた迷宮都市でも変わらない。

 心機一転、ダンジョン攻略に挑み金策と修行に励むベル。

 だがその鍛錬は、突如終わりを告げる。

 

 ズドン! という腹に響く轟音と共に、ベルの足元が大きく揺れた。

 

「うわっ、とっ、と!?」

 

 急な出来事に体勢を崩しかけたがなんとか踏ん張り、その隣で転倒して隙を晒してるモンスターたちにトドメを刺していく。

 結果的に討伐の助けとなったが、いったい何が起こったのか。

 震源地に向かい足を進め、

 

 

「あっ……」

 

 

 憧憬の輝きを、見つけた。

 

 少女が、翠の瞳を閉ざし、ただ立っていた。

 

 鎧こそ身に纏っているものの、武器すら持たず立ち尽くすその姿は一枚の絵画のような美しい静けさを保っていた。

 女神すら霞む可憐な姿は今は、静かに閉ざした瞳と固く結ばれた口元により不可侵の神秘性を醸し出す。

 もしベルが詩人であったなら、百万の言の葉を尽くしてでもその麗しさを讃えただろう。

 

 思わぬ邂逅に、呆然と立ち尽くすベル。

 ダンジョンという死地であることすら忘れ、少女の姿に見惚れ続けた。

 

 

 ──そして、そんな獲物を見逃すほどダンジョンは甘くない。

 

 無防備な頭上から忍び寄る影。

 迷宮の壁を自在に這い回るダンジョン・リザードが、飛びかかってきたのだ。

 

「くぅ!?」

 

 驚愕。迂闊さへの怒り。対処への切り替え。

 一瞬で意識を戦闘に向け、短刀に手を伸ばす──より速く、蒼銀の影が疾った。

 

 無手であるはずのその腕が振るわれた瞬間、真っ二つになる怪物。

 忘れもしない、初めての出逢いを思い起こす美しい剣閃。

 何よりも真っ直ぐで凛とした一撃は、少女の気高さを象徴しているようであり、積み重ねられた練磨を感じさせた。

 

 ふわり、と音も無く着地をした少女はこちらを見ると、厳しく結んでいた眉を解き、小さな、しかし暖かな慈悲を感じさせる笑みを浮かべる。

 

 

 

「今度は、手放さなかったのですね」

 

 向けられた笑みが、言葉が、自分へのものだと気づくのに数秒……

 

 

「?」

 

 何の反応も取らないこちらを不思議に思ったのか、コテン、と首をかしげる少女。

 

(あ、凛々しい姿しか知らなかったけどそんなポーズだとすごく可愛い────)

 

 

 

「ほわああああああああああああああああ!!?!??!!?」

「!?」

 

 

 驚愕。羞恥。動揺。興奮。

 

 一瞬の内に湧き上がったいくつもの感情が暴走し、ベルの身体は逃走を選んだ。

 

「あああああああああああギュブエ!?」

「落ち着きなさい。何も取って食おうとしているわけではありません」

 

 ベル は にげだした。

 しかし くびねっこを つかまれてしまった。

 きしおう からは にげられない! 

 

「ごごごごごごめんなさいぃ!?」

「何を謝っているのですか貴方は……」

 

 混乱のあまり、わけもわからず謝罪するベルを見て、少女──アルトリア・ペンドラゴンはフゥ、とため息をつきながら額に手を当てた。

 小さな声で「こんなはずでは……」や「セイバー見て逃げ出すとか……」など断片的に聞こえるが、困惑が強い声音だ。

 

 憧憬の彼女を自分が困らせている。

 その事実にますます惨めさを感じ思わず俯いた視線の先で──かたく握り締められた短刀が目に入った。

 

 

『今度は、手放さなかったのですね』

 

 

 不意に蘇る彼女の言葉。

 

 ハッとして顔を上げると、穏やかな目でこちらを見る彼女と目が合った。

 

 彼女と出会った時、自分はミノタウロスに追われていて、逃げるのに必死でギルドから支給された短刀も何処かに落としてしまっていて、追い詰められた先で反撃の手段すら無くて、ただ震えて死を待つだけだった。

 そんな自分を救ってくれた彼女は、見覚えのある短刀を差し出しながら問うてきたのだ。

 

『貴方がこの剣のマスターか?』と。

 

 厳かに、力強く響いたその言葉は、その情景は、まるで物語の一頁のようで、見惚れた自分は言葉を返すことも出来ず、熱に浮かされた頭で彼女から武器を受け取り──直後、いっぱいいっぱいになって逃げ出した。さっきみたいに。

 

 それは、ベル・クラネルにとってまさに、運命の時だった。

 

 アルトリア・ペンドラゴンという少女に出逢い、その美しさに心奪われ、憧憬を刻まれた瞬間。

 彼にとって、新たな自分が生まれたような瞬間であり、たとえ地獄に堕ちようと忘れることのできない宝物だが、彼女にとってはただの惨めな新米冒険者その一程度だと思っていた。

 ロビンフッドから、気にしていたとは聞いていたが、彼女の生真面目さ故のことで……しょせん良くある人助けの一環でしかないと、覚えておく価値もない出来事だと思っていた。

 

 

(覚えていて……くれたんだ……!)

 

 みっともなくて無様な姿だった。忘れていてほしい。ほんの今まで、そんな風に思っていたのに、彼女の中に自分が残っていたと気づいた瞬間、胸の中に温かいものが満ちた。

 直後、くしゃ、と頭に添えられる手。

 

 

「ずっと、気に掛かっていました。私のせいで、貴方の運命を歪めてしまったと。貴方の意思を挫いてしまったと。ですが、貴方は武器を手放さなかった。自らの運命を自ら切り開く姿を見せてくれた────私にはそれが、何より嬉しい」

 

 柔らかな手が髪を梳くたび、彼女の言葉が胸に染み込む。

 

 叫びたかった。否定したかった。

 

 違うんです。僕は貴方に救われたんです。貴方みたいになりたいと思ったんです。貴方に相応しい男になりたいと思ったんです。貴方が助けてくれたから、僕は変われたんです。変わろうと思えたんです。

 

 

 だけど、言葉は一つも出てこなくて、口にしたら、想いが汚れてしまうような気がして、結局何も言えず、ベルはただ俯いて少女の手を甘受することしか出来なかった。

 

 

 

「落ち着きましたか?」

「ひゃい!? お恥ずかしいところをお見せしてしまって……!」

 

 なんとかベルが平静を取り戻せた後、二人は並んで座っていた。

 アルトリアは立ち去ろうとしたのだが、真っ赤な顔をしたベルが一世一代の覚悟で『お礼が言いたいんです!』と叫んだことで、なんとか引き止めることが出来た。

 しかし呼び止めたところでベルは初心な田舎少年である。

 女の子と話すネタなどなく、ただアワアワとしていた。

 

(助けて、ロビンさん……!!)

 

 思わず知り合ったばかりの緑のお兄さんに助けを求めるが、イメージ映像の彼は『オレ、彼女いたことないぜ?』とサムズアップしてきた。

 自分の失礼な妄想を打ち消すベル。あんなに強くてカッコよくて気遣いの出来る彼がモテないわけがないのに。ごめんなさいロビンさん。

 

 脳内お兄さんに謝罪を終えたところで進展はなく、もういっそのことエミヤ・シロウと自分で似てるところがあるかとか気の狂ったような質問すら思い浮かび始めた頃、アルトリアが口を開く。

 

「改めて、自己紹介を。私はアンリマユ・ファミリアのアルトリア・ペンドラゴンです。どうか貴方の真名を教えてほしい」

「ぼ、僕はヘスティア・ファミリアのベル・クラネルです!」

「ではクラネルさんと」

「そ、そんな! さん付けなんて畏れ多いです!?」

「ではシロげふんげふん、ベルと。ええ、私にはこの発音の方が好ましい」

「は、はい……?」

 

 好ましい発音と言いながら、思いっきり噛んでいたような気がするが気のせいだろう。

 麗しの彼女があの緑の人みたいなトンチンカンなことをするわけがない。

 それより自分の名前を呼んでくれたことを喜ぶのだ。うん。

 

「あ、あの! アルトリアさん、この前は助けていただいてありがとうございました! きょ、今日も! なのに逃げたりして……!」

「構いません。新人冒険者がミノタウロスに遭遇すれば、動転して当然です。むしろ貴方は生き延びたことを誇るべきだ。そして先ほどのことにしても、貴方は私が手を出さずとも自力で切り抜けていたでしょう。私は、余計な手出しをしたに過ぎません」

「そ、そんなことないです! 気を取られてて、間に合わなかったかも知れませんし!?」

 

 ダンジョンで獲物を奪うのはご法度。

 その不文律に沿って謝罪しようとするアルトリアを押しとどめようと言葉を重ねると、彼女はわずかに眉をひそめた。

 

「むっ、それはいけません、ベル。ダンジョンでは一瞬の油断が死に繋がる。たとえステイタスに余裕のある階層でも、気をぬくべきではありません。だいたい、モンスターと岩しか無いこの場所で、何に気を取られていたというのですか?」

「へぇ!? そ、それは……」

 

 貴方に見惚れてました、とは言えない少年心。

 口ごもるベルの頬を、アルトリアはムニュリと両手で挟んで無理やり自分に向けさせる。

 

「目を逸らさずキチンと答えなさい。そういう油断や動揺の種は、早めに解決するのが大切なんです」

「はぅ!? いや、ほんとその、逆に集中出来なくなるというか、あ、嘘です嘘です嘘です! もう解決しましたから手を離してください〜!?」

「そうなのですか? それなら良いのですが……」

 

 

 釈然としない表情を浮かべながらも、手を離すアルトリア。

 ベルはホッとするとともに、頬から離れる温かさに名残惜しさを感じてしまう。

 

(いや、これじゃまるで僕変態みたいじゃないか!?)

 

「そ、そういえばアルトリアさんはどうしてこんな上層に!?」

 

 自分の中に潜む獣から目を背けるため、話題転換を図る。

 ベルにとってはただその程度の気持ちだったのだが……

 

 

「理由、ですか」

 

 ──思わず、ゾッとした。

 

 妖精のように可憐な容姿から一切の表情を消したその顔は、ベルの背筋を凍えさせるのに十分だった。

 

 思わず固唾を飲み次の言葉を待つベルに、アルトリアは告げる。

 

 小さく、頼りなげに、まるで告解する罪人のように。

 

「上層には、良く来るんです。自分だけでは、どうにもならなくなった時。自分の力が及ばなかった時。自分を……自分の力を、見つめ直したくて」

 

 ──自分の弱さを確かめるために。

 

 

 言葉にならない、そんな想いが確かに聞こえた。

 

 ガツン、と頭を殴られたような衝撃。

 彼女は何を言っているんだ。レベル6という、都市どころか世界最強の一人とも言える力を持ちながら、何を確かめるというのか。

 

 思い出すのは、緑衣の弓兵の言葉。血を吐くような彼の懇願は、このことだったのか。

 

 

 ──それはきっと、彼女の贖罪なのだろう。

 

 

 紅い背中を幻視する。

 

 かつて剣士は、少年の道を肯定した。

 その先に待つ破滅を予期しながら、それでもなお、彼の尊さを否定できなかったのだ。

 結果、少年は正義の味方に至り、約束された破滅を受け入れた。

 愛する者を奪われた少女は、それでも彼が歩んだ道が間違いではなかったと証明するために、茨の道を進み続ける。

 それが少年の道を肯定した自らの責任なのだと。

 彼を守れなかった自分の責務なのだと。

 

 小さな身体に、この都市に住まう人々の平穏を背負い、少女は歩き続ける。

 

 

「ベル……?」

 

 黙って立ち上がった自分に、アルトリアの困惑の声が聞こえる。

 甘やかな声で自分の名を呼ばれると、思わず留まりたくなる。

 

 だが、それは許されない。

 アルトリアは何故今日、このタイミングで、自分の弱さを見つめ直そうなどと思った? 

 

 考えるまでもない。

 名も知らぬ少年を、ベル・クラネルを傷つけてしまったからだ。

 ベル・クラネルを傷つけずに助けられなかった自分を恥じて、ここに来たのだ。

 

「ベル、どうしました? 私が何か、気に障ることでも──」

「アルトリアさん、僕、強くなります!! 今日は、ありがとうございました!!」

 

 ベルの手を取ろうとしたアルトリアを、自分でも驚くほど力強い声で拒絶した。

 

 恥じる。恥じる。恥じる。

 自らの無力を恥じる。

 彼女に、要らぬ心労をかけた自分が恥ずかしくて、憎くてたまらない。

 そして、失敗とすら言えない些細な出来事に胸を痛める少女が痛ましくて、愛おしくて、激しい感情が溢れ出る。

 今までなら、心の中の激情に振り回されて遮二無二走っただろう。

 だけど、もうそれも出来ない。

 

 

 

『お前が、あいつの英雄になってやってくれ!!』

 

 

 彼女の仲間の叫びが蘇る。

 

 こういうことか。彼女の英雄とは、これほどの責務か。

 

 あぁ、まさしく全てを救う正義の味方でなければ、彼女の心は救えない。

 

 

 武器を手に駆け出す。

 

 暴走ではなく、確かな想いを抱いて。

 

 求める理想は未だ遠く。

 

 それでも歩み続けなければ至ることは出来ず。

 

 ならば、ベル・クラネルの悔悟になど意味は不要ず。

 

 この身はきっと────彼女を救うためにあった。

 

 

 

 

 

 視点変更(まきもどし)

 

 

 

 

 

 ヒャッホーウ! 上層でオレTSUEEEE楽しいです! 

 

 どうも、恐怖の怪文書アタックにメンタルをやられてたセイバーもどきです! 

 いやぁ。今までも嫌がらせとかはあったんですけど、原作初っ端から破綻するとかファンタスティックな出来事と重なったせいでまぁまぁキツかったですね。まさにどうしてこうなった! どうしてこうなった!(AA略)

 

 まぁ、ガネーシャ・ファミリアでアヴェンジャーが上手いこと言ってくれたらしいので、大丈夫でしょう多分。何言ったのかは知らないですけど。

 今はそんな感じで開き直ってダンジョンアタックに来てます。

 

 アーチャーがいれば顔のない王借りてこっそり来るところでしたが、あいにく例の酒場の一件以来ホームに戻ってこないんですよね彼。

 正直何やらかしたのか問い詰めたい気持ちでいっぱいです。アホトリアと呼ばれた恨みは忘れてません。

 

 まあそれはさておき、変装してダンジョンに入った私は、目に付いたゴブリンやコボルトといった雑魚モンスターを見敵必殺しまくった。

 正直、カリバーンだったら折れてんじゃね?と思うレベルの騎士道?何それ?な弱い者イジメですが、このくらいではエクスカリバーが折れないのは確認済みです。

 まぁ約束された勝利の剣ってくらいですし? その他大勢なんて全て弱い者扱いですし? これからもこの調子で頼みます先生。

 

 そんな感じで調子に乗りつつ広いルームに出た私。

 

 おるわおるわ、雑魚どもがウジャウジャと。

 

 よく分からないキャラをインストールしながら、風王結界に包まれた聖剣にわずかに魔力を流し、黄金の斬撃を放つ。

 ズドン! と想像以上の快音を立てながらモンスターを一掃した余韻に目をつぶりながら浸っていると、直感スキルに反応が。

 

 うん? 冒険者とその頭上にモンスターがいるっぽいですね。

 気づいてないみたいですし、騎士王的にここは助けてあげますか! 

 

 そんな軽い気持ちで魔力放出ジャンプの大人気/zeroな一撃を蜥蜴に叩き込んで、助けた冒険者から見て一番いい角度でキメ顔。

 しかし直後、デジャヴを覚える。

 なんか前にもこんなことあったような……

 

 嫌な予感を覚えつつ冒険者の顔を見ると────はい。出ました主人公! 

 

 正直、ちょっと笑っちゃいましたよね、逆に。

 あ、またこのパターンか! みたいな半笑い出ちゃいましたよ。

 

 それでも何か言わなければ、と考えてると彼の手元にこないだ私が拾った短刀が。

 

「今度は、手放さなかったのですね」

 

 流石に運命の夜二回連続でやるのはマンネリですからね。感心感心。

 

 しかし、目が合ってからしばらく経つのにベルからは何のリアクションも無し。

 あっれー? また私何かやっちゃいました? 

 そんなくだらない事を考えていると、奇声を上げながら逃げ出そうとする原作主人公。

 ビックリして、反射的に首根っこ引っ掴んで引き止めちゃいましたよ。

 いや、なんでそうなるんだよと言われると私も困ると言いますか、こんなはずじゃなかったんですが、でもセイバーの顔見て逃げ出すとか失礼じゃありません? 

 中身はともかく外見はセイバーですよ、セイバー。

 

 誰にともなく言い訳してると、顔を上げたベルの目が潤み始めた。

 

 ちょちょちょ、待ってください、今回私まだ何もやってませんよ。

 色々早すぎてついていけないんですけど! 

 

 とは言え、今の彼に思うところが無いわけでも無い私。

 この際、ちょっと言っておきましょうか──そう、感謝をね! 

 

 ポン、とベルの頭に手を乗せて、言葉をかける。

 

「ずっと、気に掛かっていました。私のせいで、貴方の運命を歪めてしまったと(ヒロイン的な意味で)。(酔った勢いで)貴方の意思(憧憬一途)を挫いてしまったと」

 

 ええ、私も人の子ですからね。運命の相手と出会えなくしてしまったのは申し訳なく思ってますよ。ましてやキャスターが悪いとは言え、初恋の相手に他の男の話される苦しみは私もよく分かってますよ。経験があります。あ、今余計な傷口開きましたね。

 

「ですが、貴方は武器を手放さなかった。自らの運命を切り開く姿を見せてくれた────私にはそれが、何より嬉しい(原作遵守的な意味で)」

 

 正直アイズから私に憧憬の対象が変わったと聞いた時は、絶対成長補正低いと思ってたんですが、動き見た感じ、レベル1でも中堅くらいには動けてますからね。

 私の理想としては憧れてはいるけどすごく遠くて手が届かないなぁ、対等な関係なんて夢のまた夢だなくらいの距離感でベルを育てつつ、然るべきタイミングでアイズとくっついてもらうのがベストです。

 あ、違いますよ? 自分の都合だけじゃないですからね? 

 

 ベルが原作通り強くなれば、アイズも気にすると思いますし、接点が増えればアイズの方からベルに好意抱くじゃないかもしれないですか。

 そしたらホラ、ベルもキチンとしたヒロインゲットでアイズも自分の英雄見つけられて万々歳でしょ? 

 さすが完璧な王としか言いようのない完璧な作戦でしょ? 

 

 自分の作戦の素晴らしさに酔いしれながら、私はしばらくベルの頭を撫で続けたのだった。

 いや、なかなかフワッフワで悪くないですよ。

 

 

 ベルが落ち着いた辺りで(私が)これ以上余計なことしでかす前に立ち去ろうとしたら、ベルに呼び止められた。

 お礼が言いたいとのことですが、一向に話し始める気配もなくモジモジするベル。

 ウチのアーチャーを思い出しますね、このウブっぷりは。

 顔が良いから女の子の方から寄ってくるのに、前世での経験値の無さのせいで全力で逃げますからね、あの緑茶もどき。

 まぁ女子に免疫つけようと色街繰り出そうと一念発起したタイミングで、イシュタル・ファミリアと私が揉めたせいで出禁になったのは流石に哀れみを覚えましたが。いや、私は悪くないですよ。フリュネが悪い。

 

 しかしこのままでは埒があきません。私の方から話し始めますか。

 

「改めて、自己紹介を。私はアンリマユ・ファミリアのアルトリア・ペンドラゴンです。どうか貴方の真名を教えてほしい」

「ぼ、僕はヘスティア・ファミリアのベル・クラネルです!」

「ではクラネルさんと」

「そ、そんな! さん付けなんて畏れ多いです!?」

 

 ハッ、このシチュエーションならあのセリフが言える! 

 

「ではシロげふんげふん、ベルと。ええ、私にはこの発音の方が好ましい」

「は、はい……?」

 

 セーフ、ちょっと噛みましたけどセーフです! やった、セイバーのセリフ言えました! 

 

 私が密かに達成感を覚えてる横で感謝の言葉を述べるベル。

 うんうん、お礼を言われて悪い気はしません。原作でも思いましたが、こういう素直なところは美点ですね。ウチのポンコツどもの往生際の悪さったら酷いですからね。

 

 しかし話を聞いていると、彼はダンジョン内で集中を解く悪癖があるらしい。

 それは良くない。それでは危機を乗り越えられません。具体的にいうとたしか小説4巻目辺りの。

 

 問い詰めてもしどろもどろな答えを返すのみ。

 むむ、これはキチンと叱らなければ。

 

 ベルの顔を両手で挟み、無理やり目を合わさせる。

 ちょっと強引ですけど体罰とかじゃありませんよね? ウチのファミリアで説教中に目を逸らそうものならケツバット(聖剣)ですし。

 

 私の真摯な説得の甲斐あってか、改めることを約束してくれたベル。

 うんうん、良いことです。

 

「そ、そういえばアルトリアさんはどうしてこんな上層に!?」

 

 私の満足感は、しかし次の瞬間、強い語調で放たれたベルの言葉に打ち砕かれた。

 

「理由、ですか」

 

 ──思わず、ゾッとした。

 

 え、これ、見透かされてます? 

 まさかですけど、私のライフワーク、見透かされてます? 

 

 いや、そんな馬鹿なと思いつつ、ベルに返答する私。

 ヤバイです。めっちゃ声震えます。気分はまさにまな板の上の鯉。(一度食べてみたいです)

 

 

 

「上層には、良く来るんです。自分だけでは、どうにもならなくなった時。自分の力が及ばなかった時。自分を……自分の力を、見つめ直したくて」

 

 ──自分の強さを確かめるために。

 

 

 言葉にしなかった、そんな想いが確かに聞かれた気がした。

 

 

 いや、だって仕方ないじゃないですか。

 レベル6ですよレベル6。

 原作でも一握りしかいない、ほぼ頂点みたいなもんですよ? 

 セイバーのチートボディのスペックありきとはいえ、ここまで上り詰めるのにまぁまぁ苦労したんですよ? 

 なのに深層とか行ったら普通に死にかけますし、オッタル相手とか普通に負けそうですし、正直たまに嫌になるんですよ。

 私、RPGは適正レベルより10くらい上で戦うタイプなんです。自分が強くなったら敵も強くなるシステムのゲームは嫌いなんです。

 それでストレス解消に上層でちょっと暴れるくらい良いじゃないですか。

 

 ね? ね? わかりますよね? 

 

 そんな私の想いも虚しく、ベルは無言で立ち上がった。

 

 あ、これヤバくないですか? 

 私の内心、完全に見透かしてませんか? 

 憧憬一途消えるとか現実的な問題もありますけど、原作で好きだったキャラに軽蔑とかされたら結構ツライんですけどちょっと待ってください心の準備プリーズ!! 

 

「ベル、どうしました? 私が何か、気に障ることでも──」

「アルトリアさん、僕、強くなります!! 今日は、ありがとうございました!!」

 

 セ、セーーーーフ!? 

 セーフなんですか、これ!? 

 

 先ほどまでの少年と同一人物とは思えない力強い声に動揺してる隙に気づいたら立ち去ってしまったベル。

 いや、まぁ、敵意とか軽蔑とかは感じませんでしたし? なんならなんか親近感みたいなオーラ感じましたし? 

 た、たぶん大丈夫でしょう! そういうことにしときます!! 

 

 

 しかし、危うくセイバーの姿をしときながら、雑魚狩りの汚名を被るところでした。

 ちょっとライフワークは控えますか……。

 

 若干凹んだ私は、トボトボと帰路に就いたのでした。

 

 っていうか、本当に嫌われてないですよねぇ!? 気になって仕方ないんですけど!! 

 

 

 

 そして日は流れ【怪物祭】当日。

 ランサーの強い希望により、我々アンリマユ・ファミリアは毎年全員参加でお金を落としまくっています。正直今年はそんな気分じゃないんですが……。

 

 微妙な気分でいると、今朝になって流石に帰ってきたアーチャーが私に声を掛けてくる。

 

「セ、セイバー? オタク、酒場の後、ベルに会ったりしました?」

 

 なんかのカマかけてます? こいつ。

 

「い、いえ? 知りマセんよ?」

 

 おっと、声が上ずりました。

 いや、正直に言わなければいけないとはわかってるんです。

 ただ、原作外でイベント積んだとか知られたら、またなんか言われそうじゃないですか……。

 

「そ、そうか! それなラ良いんだ!」

 

 いや、こいつもなんか隠してますよね!? 

 ちょ、いったんこいつ吐かせます。お前なにやらかしたんですか!? 

 

「し、知らねぇ! オレは何もしてねぇ!!」

 

 !? 

 往生際の悪いアーチャーをとっちめようとしていると、突如直感スキルが警鐘を鳴らす。

 

 街中でこの感じ、モンスターでも出ましたか? 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、考えられるとすれば例の食人花……まぁ、アレはロキ・ファミリアの面々が対処するので大丈夫でしょう。

 そんなことを考えながらもアーチャーを屋根に登らせて偵察を頼むと、途端に顔面蒼白になる緑茶。

 おい、やめてください、何があったって言うんですか。

 

 

 

「おいヤベェぞ!! なんかベル君とヘスティア様が食人花に襲われてる!!」

 

 な、なんだってーーーーーー!?




このセイバーもどきさん、ヒロイン力足りないな→会う回数増やせば単純接触効果で多少はマシになるかという安直な発想で差し込まれたイベント。
男時代の感覚を地味に残してるので切ない少年心は理解しながらも、十年間ポンコツどもと肉体言語で接し続けてきた弊害でスキンシップの塩梅がわかんなくなったという夕鶴にとって都合の良いポンコツ設定。正直、すまんかった。


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第6話の①

めっちゃ長くなりそうだったので、とりあえずベルたち原作サイドの視点だけ先に投稿します。
ポンコツサイドもなるべく早めに投稿します。


「それで自分は、まーた下界の男にコナかけようと動き回ってたっちゅーわけか」

「それが私だもの」

 

 【怪物祭】当日、賑わいを見せる大通りを見下ろしながら、二柱の女神による腹の探り合いが行われていた。

 ロキとフレイヤ。どちらも都市最強の一角に数えられるファミリアの主神。

 ついに戦争でも始まるのかという面子だが、話す内容としては神の宴にも積極的に参加したり等、最近妙にアクティブな美の女神を貧の女神が問い詰め終わったところ。

 その色ボケっぷりに呆れつつ、ロキは僅かに好奇心を覗かせた。

 

「そんで? 今回は何やらかそうとしてるんや?」

 

 この美の女神が男を見初めたのだ。

 くわえて今日は【怪物祭】という絶好のイベント。必ずや何かをやらかすだろうという興味だったのだが……

 

 

「何も。今日は何もしないわ」

 

 そんな、期待ハズレの答えが返ってきた。

 

「は〜? ウソつけぇ。どうせ怪物でも暴れさせて、その男とぶつけるんやろ?」

「フフフッ。それも楽しそうね。えぇ、何もなければ、きっとそういうことをやりたくなっていたかも」

 

 でも、と美の女神は続ける。

 

「約束したもの。怪物祭では騒ぎを起こさないって」

「やくそくぅ〜?」

 

 思いっきり顔をしかめるロキ。

 この胡散臭い女神の口から、約束などという可愛らしい言葉が出てきたのが信じられないというオーラが溢れている。

 そもそも、たかだか約束程度でこの女神が愛の衝動のままにいらんことするのを思いとどまるとは思えない。

 

 しかし当のフレイヤは、男を惑わす妖艶な、同時に花開く少女のように可憐な微笑みを浮かべ、そっと頷く。

 

「えぇ、約束。群衆の主の名誉を守るために命を懸けた英雄(こども)との、大切な」

「はぁ?」

 

 ますます訝しむロキを横目に、何かを懐かしむようにクスクスと笑みをこぼすフレイヤは人々で賑わう通りの中、見覚えのある白髪頭を見つける。

 

「だから期待には添えないけど、今日は何もするつもりがないの」

 

 

 もっとも。

 

(せっかく私が我慢しているのに()()()が起きたら、貴方達はどうするのかしら?)

 

 ささやかな趣味に没頭していれば気づかなかっただろう、些細な違和感。

 美の女神であると同時、戦士達を愛する女神であるからこそ感じ取れた、僅かな争いの気配。

 自分を差し置いて何かが蠢いている予感に不快感は覚える。

 しかしそれを上回る好奇をその瞳に宿し、フレイヤは微笑む。

 

 

 

 

「あーあ、アルトリア達とお祭りまわりたかったなー」

「だから言ったじゃない。前もって約束しておくべきだって」

「で、でもアルトリアさん、酒場での一件以来、体調を崩してたらしいですし、お邪魔するのも良くないかと……」

「だよねー、レフィーヤ。ティオネは人の心がわからなーい」

「あぁん? あんた今なんて!?」

「なにさー!?」

「お二人とも、喧嘩はやめてくださーい!?」

 

 ガネーシャ・ファミリアの団員による調教が行われている円型闘技場。

 ロキ・ファミリアの三人の少女達は、それを眺めながらキャイキャイと騒いでいた。

 正史ならば、モンスターの脱走に対処するガネーシャ・ファミリアに感づき、動き始めるはずの彼女達。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ──異物(ポンコツ)たちの介入が、外伝のとある事件の解決策を遠ざけてしまったのだ。

 

 

 

 

「さぁ、ベルくーん、次は何を食べようかー?」

「か、神様、人探しのこと、忘れてませんよね?」

「む、当たり前じゃないか。でもベル君? 君まさか、せっかくのボクとのデートを、他の女を優先して蔑ろにするつもりかい?」

「そそそ、そんなつもりは!?」

 

 ところかわり、東のメインストリート近くの広場。

 零細派閥の主神とその唯一の眷属が、身を寄せながら歩いていた。

 いや、正確に言うと、ヘスティアが一方的にベルに擦りついているのだが。

 

 何故こうなったかというと、ことは単純。

 今日も今日とてダンジョン攻略に励もうとしたベル。

 しかし豊穣の女主人の前を通りがかった際、店員の少女たちに財布を忘れて祭りに出かけたシルに届けて欲しいと頼まれたのだ。

 負い目もあり、又、お弁当の恩もあるシルの為ならばと引き受けたベルは、祭りの最中何日かぶりにヘスティアと遭遇。

 色々あってデートをしながらシルを探し回っているのだ。

 もっとも、ヘスティアはベルとのお祭りを楽しむことに重点を置きまくっているのだが。

 

 そんな女神に苦笑しつつ、オラリオに来て初めてとも言える羽休めにベル自身少し浮かれていた。

 モンスターの調教が行われているという円型闘技場から離れて大通りまで戻った後、銀色の猿に襲われる謎の幻覚を見たが、ガネーシャ・ファミリアとギルドがきっちり管理している以上そんなことが起こるはずもなく。

 無邪気に笑う女神に釣られて、そっと微笑んだ直後。

 

 

 

 ソレが現れた。

 

 

「うわあああああああ!?」

「かみさまあああああ!?」

 

 

 突如盛り上がった地面の真上にいたヘスティアがポーンと吹き飛ばされ、大慌てでベルがダイビングキャッチ。なんとか事なきを得た。

 

「神様、大丈夫ですか!?」

「うぅっ、すまないベル君、心配させて申し訳ないが今ボクは幸せを噛み締めている!」

「何言ってるんですか神様ぁ!?」

 

 抱き抱えた敬愛する主神と漫才をしながらも、ベルはソレを見た。

 地面を砕きながら現れたソレは、蛇のような姿をしていた。

 地面から生えた、緑の鱗に覆われた長い胴体と、口や目が見えないものの頭部のように見えなくもない先細った先端部。

 顔のないそいつは、周囲を睥睨するように先端部をグルリと回した後────前方を大きく薙ぎ払った。

 

 飛び散る屋台や民家の残骸。

 悲鳴を上げながら逃げ惑う民衆。

 ベルもヘスティアを抱えたまま、この場から離脱しようとして────見つけてしまった。

 

 

 怪物を挟み広場の対角。屋台の中でうずくまり、涙を流す獣人の少女を。

 

 

「ベル、くん?」

「神様、ここから離れていてください。それから、出来ればギルドに救援を」

 

 女神をそっと下ろし、ベルは前傾姿勢を取る。

 

「おいおいベル君! まさかあいつと戦うつもりかい!? 君でも勝てる相手なのかい!?」

「わかりません。あんなモンスター、見たことも聞いたこともないので」

 

 エイナから授けられた怪物の知識に照らし合わせても該当するものがいない謎の個体。

 まだ教える必要が無かったからか、あるいはエイナも知らないレア・モンスターなのか。それはわからない。

 わかるのは、今のベル・クラネルでは絶対に太刀打ち出来ないということだけ。

 本来なら逃げるべき相手。それは臆病でも卑怯でもなく、当然の行為。

 むしろ今からベルがやろうとしていることこそ、無謀と罵られる愚行。

 だが、

 

 

 

(あの人なら、絶対に見捨てない!!)

 

 泣いている少女を置き去りにして、憧憬に向ける顔など存在しない!! 

 

 ぐ、と全身に力を溜め、一気に解放。

 冒険者になって一月も経っていないとは思えない、凄まじい加速。

 恩恵なき人々では到底成し遂げられない疾走の中、ベルは叫ぶ。

 

 

 

 

「逃げろおおおおおおおお!!!!」

 

 

 自分では絶対に敵わないだろう。

 先ほどの薙ぎ払いを見るに、少女を抱えたまま回避が叶うとも思えない。

 ならば一撃を加え、自分に注意を向けた上で全力で離脱する。

 その間に少女が逃げてさえくれれば、地面から未だ抜け出すことすら出来ていない蛇から、自分一人なら逃げられるかもしれない。

 

 握った短刀から熱が伝わる。

 あの日、憧憬の彼女から渡された武器が、ベルの心を励ます。

 誇りと興奮のまま、短刀を振りかぶり────知覚すら出来ない一撃で、吹き飛ばされた。

 

 受け身も取れず、民家に激突。

 衝撃と混乱による視界の急速なブラックアウト。

 その中でベルは見た。

 

(そん、な……)

 

 冒険者となり、初めに支給された武器。

 ミノタウロスの前に手放し、失われた牙。

 彼女に返され、ベルの心に刻んだ憧憬の象徴。

 

 

 その短刀が、粉々に砕け散っているのを。

 

 

 絶望とともに、ベルの意識は闇に飲まれた。

 

 

 

「──ん、──くん!」

 

 誰かがベルを揺さぶっている。

 良く知っている声だ。

 いつも無邪気で明るくて、なのに包み込むような優しい響きを持っていて。

 希望を抱いてオラリオを訪れファミリア入団を目指すも、無しのつぶての日々に磨耗していた心を救ってくれた。

 憧憬の彼女とは違う、自分が守りたい存在。

 いつも笑っていてほしい、大切な女神様。

 

 その声が、今は涙に濡れている。

 なら起きなくちゃ。

 泣かないでください、神様、と自分が言わなくては。

 慰める、なんて烏滸がましいけれど、彼女の悲しみを分かち合うことが、眷属(かぞく)である自分の役目なんだから。

 

 泥濘のまどろみに沈んでいた意識を浮上させ、重たいまぶたを持ち上げる。

 

「──ル君、ベル君! 起きてくれ、ベル君っ、ボクを一人にしないでくれ!!」

「かみ、さま……」

「ベル君!? 起きたのかい、大丈夫かい、怪我は!?」

「大丈夫、です。手も、足も、動きます……っ」

 

 事実だった。

 したたかに打ち付けた背中こそやや痛むものの、それ以外はほぼ無傷。格上相手に完全な不意打ちを受けたとは思えない軽傷だ。

 むしろ、倒れる前より明らかに身体に力が満ちている。

 

「そうだ! 神様、あいつは!?」

 

 完全に意識がハッキリした瞬間、一方的に打ちのめされた怪物の存在を思い出した。

 自分が助けようとしたあの少女はどうなっているのか。

 

 勢いよく身体を起こしたベルを心配そうな目で見ながら、ヘスティアはある方角を指差す。

 

 

 

「前に出すぎるな、囲め!!」

「盾を壊された! さがれ、さがれ!」

「折れた! これ絶対腕折れてる!!」

 

 

 そこでは、戦闘が繰り広げられていた。

 

 いや、戦闘ではない。それは一方的な蹂躙だ。

 

 武器を持たない数人の男達が、大口を開け、本性をむき出しにした食人花に一方的に嬲られていた。

 

 祭りの日だからと、非武装で出かけた冒険者達。動きを見るに、ほとんどが下級冒険者なのだろう。

 打撃ならばレベル5の攻撃すら無効化する食人花は、彼らにとってあまりにも強大過ぎる相手だった。

 出来ることと言えば消極的な攻撃を繰り返し、食人花の注意を引きつけるだけ。

 

 あまりにみっともなく、物語に謳われる英雄達とはかけ離れた無様。

 

 それでも彼らが何故立ち向かうかというと。

 

 

「全力で注意をひけええええ!! ガキに近づけさせるなああああ!!」

「「「「おおおおお!!」」」」

 

 

 怯え、未だに逃げられぬ少女を救う。ただその為だけに彼らは身体を張っていた。

 

 

「なにが、どうなって……」

「ベル君が吹っ飛ばされた後、逃げようとしてた冒険者君たちが帰ってきてくれたんだ」

 

 本来の歴史ならば、ロキ・ファミリアに任せ避難していた彼ら。

 しかしこの世界において、彼女らの参戦は無い。

 それでもなお、彼らは逃げようとした。

 繰り返すが、それは臆病ではない。

 

 彼らは英雄ではなく、豪傑ではなく、頂点ではなく、謳われる名を持たない人々だ。

 

 冒険を果たすことなく、魂の昇格を果たせずとも、それは自らの分を弁えた戦いと評価できるだろう。

 

 自らの日々の糧を得ることに必死な下級冒険者。

 

 そんな彼らでも、いや、彼らだからこそ。

 

 

 

「駆け出しのガキより、みっともないところ見せるなあ!!」

 

 

 自分達よりもなお貧弱な風体の少年が、一切の躊躇なく駆け出した。

 

 一撃も加えられず、逆に一発で吹き飛ばされはしたものの、子どもを救うために己が身を投げ打つ姿は、自分達が忘れてしまったモノがあった。

 

 彼らは英雄でも、豪傑でも、頂点でも無いが────かつて、確かにそれを目指していたのだから。

 

 咄嗟に、衝動的に、思わず……そういう、奥底の熱を呼び起こされてしまった。

 

 しかし────

 

 

「勢いに任せず逃げときゃ良かったブフぁ!?」

「ああ、また一人やられたぁ!?」

 

 現実は残酷だ。

 いくら奮起したところで彼らは万年下級冒険者。時間稼ぎ以上の何も出来ない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、なんとか踏み止まってはいるが、同時にこちらの攻撃も一切効かず、はっきりいってジリ貧である。

 かと言って距離を取りすぎると、何故か食人花の攻撃が苛烈になるため逃げ出すことも出来ない。

 高揚のためか、何故か体力は満ち溢れているが、精神の方が限界だった。

 

「はやく誰か助けに来てくれええええ!!」

 

 

「僕も、手伝わないと……!」

「ベル君!? 無茶だ、さっきやられたばかりじゃないか!」

 

 冒険者達の惨状に思わず立ち上がろうとしたベルを、ヘスティアが必死の形相で食い止める。

 彼女にとってベルはたった一人の愛しい眷属。

 目の前でこれ以上傷つくことを、見過ごすことは出来ない。

 だが、そんなヘスティアの手をベルは優しく押しとどめた。

 

「無茶をしてる自覚はあります」

「だったら!」

「でも神様、僕は──冒険者になる為に、オラリオに来たんです」

 

 

 始まりは、出会いを求めて。

 

 それは、物語の主人公のように女の子に囲まれたかっただけかもしれないし、最愛の祖父を喪った空虚を埋めてくれる家族が欲しかったのかもしれない。

 

 どちらにしろ、そんな甘ったれた幻想を抱いて即座に死にかけた自分は、しかし死ぬことなく、()()に救われたのだ。

 物語の英雄達よりなお輝かしく、強く、美しいその姿にどうしようもなく憧れた。

 

 今の自分ではとても届かない憧憬。

 追い続けなければ──ただ一度でも脚を止めれば、二度と届かなくなる遥か遠き理想。

 無理だと、無謀だと、何を夢を見ていると笑われるかも知れない。

 それでも構わない。

 

 そんな困難を乗り越えて、彼女の隣に立った少年の物語を、自分はすでに知っているのだから。

 

 

 ならばこれは、ベル・クラネルの始まりの英雄譚。

 

 目の前の女の子を救う。

 

 これ以上なくわかりやすい、正義の味方だ。

 

 

 そんなことを自分の主神に告げると、何故かジト目で睨まれる。

 

「君はほんっとーに……バカ!!」

「はぅ!?」

 

 耳元で叫ばれた。

 

「あー知ってるとも! 君は世間知らずで! お人好しで! 特に女の子に甘いってことくらいね! なんせ眷属0人のボクなんかのファミリアに入るくらいなんだから!! そうとも、そんな君だからこそ大好きなんじゃないかコンニャロー!!」

「か、神様……?」

 

 オドオドと声をかけると、ズイッ、と何かのケースを差し出された。

 

「本当はもっとドラマチックに渡すつもりだったんだ。でもボクは空気が読める女神だからね。時と場合は弁えるさ」

 

 開けて、というジェスチャーに従うと、中には紫紺の輝きを帯びたナイフが入っていた。

 明らかな業物。ヘスティア・ファミリアの財力ではとても手が届くとは思えない逸品だ。

 思わず驚愕して見上げると、幼い姿に見合わない豊かすぎる胸を張ってヘスティアは笑った。

 

「神様、こ、これ!?」

「何をやるにも、武器が無くっちゃ話にならないだろ? 使うんだ。これは君の、君だけのパートナーなんだから」

 

 ヘファイストスに幾夜も土下座し続けて作ってもらった【ヘスティア・ナイフ】。

 その威力は所有者のステイタスに連動して強くなる。

 ベルが気絶している間に、少しでも回復力が上がればと更新したステイタスの急激過ぎる数値。あれならば、あの食人花にも勝てるだろう。

 ポン、と眷属の背中を叩きながら、送り出す。

 

「どうせならさ、女の子を救うだけなんて言わず、サクッとあいつ、やっつけちゃってくれよ?」

「神様……はい!!」

 

 慈愛と信頼に満ちた女神の微笑に応え、ベル・クラネルは再起する。

 喪った得物よりなお鋭い牙を取り戻し、自らの信念を貫くため。

 

 戦場に舞い戻るその背は、力に満ち溢れていた。

 

 そんな眷属を見送って、ヘスティアは僅かに唇を尖らせる。

 

 

「なんだよ、アビリティ上昇値、トータル1()2()0()0()オーバーって……」

 

 デタラメ過ぎる数字に、少し納得いかないヘスティアだった。

 

 

 

 

 

(身体が軽い、これなら、確かに!!)

 

 先程の突進を遥かに上回る加速。

 一瞬で戦場に舞い戻ったベルは、触手で今まさに殴りつけられようとしていた冒険者を抱え、横っ飛びで攻撃を回避した。

 

「ガ、ガキ、てめぇもう回復したのか!?」

「はい! 状況は!?」

「獣人のチビは助けれてねぇ! 花が邪魔だ! 攻撃も鈍いし、直撃さえしなきゃ死ぬことはなさそうだが、リーチが長い上にとにかく硬ぇ! こっちの攻撃が通らねえ! たぶんレベル2くらいのモンスターだ!」

 

 

 助けた男の言葉通り、他の冒険者達も苦戦はしているが、食人花の攻撃そのものは辛うじて回避出来ている。

 あれ、僕の時はもっと速かったような? と一瞬疑問に思うものの、たぶん気のせいだろう。それか、スタミナ切れか。そんな風に納得する。

 

 ベルは激しく頭を回転させる。

 

(このくらいのスピードなら、今の僕なら女の子を抱えて離脱できるかも? いや、もしかしたらまだ全力じゃないのかもしれない。それに下手に女の子に注意を向けさせたら、僕たちがあの子に辿り着くより先に女の子を攻撃するかも知れない。その時は、たぶん間に合わない。ならやっぱり……!)

 

 

 倒すしか、道はない。

 

「僕が攻撃します! あいつの注意を引くことは出来ますか!?」

「なにぃ、てめぇみたいなガキの攻撃で……いや、そのナイフ、ヘファイストスの刻印が!? なるほど、それなら確かに、ってうぉ危ねぇ!」

 

 

 すんでのところで身を屈め、触手を回避したベルに向かって頷いた。

 

「よし、美味しいところはてめぇにくれてやる! 野郎の注意を引くのは任せろ! あいつ、さっきから逃げようとする冒険者を優先的に狙いやがるからな、つまり……!」

 

 周りの冒険者に向け叫ぶ! 

 

「てめぇら! 作戦だぁ! 合図で違う方向に逃げろ!!」

 

 ベル達のやりとりを聞いていなかったため、ハァ!? という顔を浮かべる周りの冒険者。

 しかし、ジリ貧なのも事実。

 策があるなら縋りたい。正直、早く楽になりたい。もう限界一杯です。

 

「いくぞぉ、いち!」

 

 冒険者達が、食人花に背を向けた。

 

「にのぉ!」

 

 ベルの脚に力がこもる。

 

 

 

「さぁん!!」

 

 

 消極的攻勢から、脱兎の如く逃げ出した冒険者達。

 食人花は、一瞬の静止の後、習性に引きずられるように冒険者達にありったけの触手を伸ばす。

 その瞬間。

 ベルは駆け出した。

 

(狙いは、頭の花!!)

 

 渾身の突進(チャージ)で魔石を砕き、一撃で終わらせる。

 

 超人的な加速で射程に飛び込み、跳躍。

 ナイフを突き出し────

 

 潜んでいた触手が、ベルを打ち据えた。

 

 砕け散る軽鎧。飛び散る鮮血。ベルの身体が宙を舞う。

 さらに、冒険者達に伸ばされていた触手が引き戻され、ベルに殺到した。

 

「ベルくん!!」

「小僧おおお!!」

 

 ヘスティアや冒険者の悲鳴が響く。

 誰もが小さな英雄の死を予感した。

 

 

 だが、

 

 

(まだだ!!)

 

 ベルの眼は死んでいない。

 

 自分を打ち据えた触手。それに渾身のドロップキックを叩き込み、反動で更なる加速を得る。

 直後に触手群が迫るが、必殺に見えた一本目の根は()()()()()()()()()()()()()()()()、残りは全て置き去りにベルは跳ねた。

 

 

「うあああああ!!!!」

 

 咆哮と共に、食人花の口腔内にナイフを叩き込む。

 威力、タイミング共に完璧。

 紛れもなく、今のベルに出せる最高の一撃だった。

 

 しかし、

 

(──これでも、貫けないのか!?)

 

 食人花の肉に僅かに突き刺さりはしたものの、そこで勢いが止まる。

 ベルの渾身を受け止めた食人花は、身の程知らずの雑魚を食い殺さんとする。

 

 数瞬後には噛み砕かれ、死に果てる危機的状況。

 

 走馬灯が駆け抜ける中、ベルは金の髪を幻視した。

 

 

 

『ずっと、気に掛かっていました。私のせいで、貴方の運命を歪めてしまったと。貴方の意思を挫いてしまったと。ですが、貴方は武器を手放さなかった。自らの運命を自ら切り開く姿を見せてくれた────私にはそれが、何より嬉しい』

 

 

 

「うおおおおおおおお!!!!」

 

 諦めない、手放さない、生きることを投げ出しはしない。

 

 憧憬の彼女(アルトリア)に並ぶために。

 ただの少女(アルトリア)を救うために。

 

 ベル・クラネルは、こんなところで死んでやるわけにはいかない────!! 

 

 

 諦観に染まった瞳に火が灯る。

 最期の瞬間まで、この手に力を込め続ける。

 

 

「あああああああああああああああ!!!!」

 

 

 しかし少年の奮闘虚しく、無慈悲にも怪物の顎が迫ったその時────

 

 

 

 

 風が吹いた。

 

 

 

 

 気付いた時には、ベルは食人花をぶち抜いていた。

 

 

 

「う、うおおおおおおおおおお!!!!」

「やりやがった、やりやがったあの小僧おおおお!!!!」

「うわああああ! ベルくん! ベルくううううううううんんんん!!!!」

 

 灰と化して消滅する食人花。

 一拍遅れの大歓声。

 

 

 しかし、少年の耳にはそのどれも届かない。

 

 全力のその先を振り絞った代償か、意識を失いながらベルが知覚できたのは二つ。

 

 自分の背を押し、最後の一押しをしてくれた力強くも優しい風と。

 

『ベル、よく頑張りました』と褒めてくれた、愛しい少女の幻だ。

 

 受け身も取らずに落ちていく身体を誰かに支えられながら、ベルは意識を失った。

 

 

 

 

 

「よく、頑張ったね」

 

 意識を失った少年を抱き上げながら、金の髪を靡かせる少女は呟いた。

 少年とは、初対面ではない。

 

 一度目はダンジョンで。

 自分達が逃してしまったミノタウロスに追われ殺されかけていたところを、盟友たる騎士が救った姿を。

 

 二度目は酒場で。

 自分の仲間の一人に酷く笑い者にされ、酒場を飛び出した彼の後ろ姿を。

 

 どちらの記憶の彼も今にも泣きそうな顔をしていて、何故か強く印象に残っていた。

 

 だけど、所詮それだけの話。

 酷いことをしたと。謝りたいと考えてはいたけれど、その程度のはずだったのに。

 

「すごく、強くなっていた」

 

 金の少女はその言葉を噛み締める。

 いかにも駆け出しといった風情だったはずの彼が、多くの力を借りてとはいえ、明らかに格上の敵を倒してみせた。

 ()()()()()()()()のだ。

 

 聞きたいことがたくさん出来た。

 話したいことがたくさん出来た。

 

 でも今は何よりも。

 

 

「次は、私の番だよね」

 

 石畳を砕き、現れる三体の食人花。

 

 姿形は同じなのに、明らかに先ほどの個体よりも動きが速く、攻撃性が高い。

 第一級冒険者である少女でも、代用品の武器では苦戦は免れないだろう。

 

 だがそんなことは関係ない。

 

 弱く、未熟なはずの冒険者が勲を示したのならば。

 

 アイズ・ヴァレンシュタインがこの程度の危機、乗り越えてみせなければ、示しがつかない。

 

 

 だけど、心配はないかな、とアイズは口元を綻ばせる。

 直後、彼女の前に降り立つ七つの影。

 

 

 一人は緑衣に身を隠し、毒と罠を駆使する森の弓兵。

 

 一人は黄金の輝きをたたえ、日輪の猛威を振るう槍使い。

 

 一人は白銀の馬上槍を携え、幻獣と共に天翔ける騎兵。

 

 一人は純白に身を包み、元素結晶を従えた魔術師。

 

 一人は黒の瘴気を纏い、無双の武芸と暴威を宿す狂戦士。

 

 一柱は紅の衣を身に巻きつけ、この世全てを嗤う復讐者。

 

 そして最後の一人が、アイズに手を伸ばす。

 

 

「これ以上の悪逆を許すわけにはいきません。アイズ、力を貸してくれますか?」

「……! うん!」

 

 そう、なんの心配も無いのだ。

 この偉大なる騎士王と共に戦うなら、どんな敵も恐れるに値しないのだから──!! 




ちなみに原作でのベルくんの上昇値は600オーバー
早期に積み重ねたポンコツイベントにより、現時点での成長度だけは原作を上回っています


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第6話の②

ポンコツサイド、お待たせしました。
読む前に一言だけ。オラリオの広さを信じてください(懇願)


「どうしてこうなったー!?」

 

 開幕早々騒がしくてすみません、セイバーもどきです。

 

 いや、本当に色んなことに理解が追いつかないんですが! 

 おかしい、自主的に見回りに行ったランサーを除いて、我々は今の今までのんびり祭りを楽しんでいたはずなのに、何故こうも急転直下の事態になってるんです? 

 

 屋根の上を全力疾走で現場に向かいながら、私は今の状況を整理する。

 

 第一にモンスターの脱走騒ぎが起きない。

 これは理解できます。二年前にランサーがやらかした結果ですから、当然予測済みでした。

 第二にベルが食人花に襲われてる。

 はい、この時点で1アウトですね。え、何がどうしてそうなりました? 

 第三にロキ・ファミリアの四人娘がいなさそうとのアーチャーの報告。

 よし、2アウトです。彼女たちが早めに対処してくれることを期待してたから我々呑気にたこ焼き食べてたんですけど! 

 

「あー、そういえばロキ・ファミリアが動けた理由って、ガネーシャ・ファミリアのゴタゴタに気付いたりギルドに依頼されたから、だったよな」

「ベル達も、シル捜してるならあちこち歩き回ってもおかしくないよね」

 

 ヒポグリフに運ばれながら思い出したように言うアヴェンジャーとライダー。

 え、オレついてく必要ある? とか抜かしてましたが、闇派閥に恨み買いまくってる主神をほっとくわけにもいかないのでライダーがお守り中です。

 それはさておき、なるほど、それでモンスター脱走が起きてない今回はロキ・ファミリアがいないと。

 ついでにベル達もシルバーバックに襲われないままシルを捜してたから、たまたま食人花の出現場所に居合わせてしまったと。

 つまり我々の責任ですねわかります。ヤバいじゃないですか!? 

 

 い、いえ、落ち着きなさい、私。まだ2アウト、試合は始まったばかりです。

 もう全然わけわからない状況ですが、食人花が神フレイヤの魅了にかかってるわけではありませんし、この時点で魔法も使えないベルが優先的に狙われることは無いでしょう。

 後は我々が可及的速やかに現地に赴き怪物を討伐すれば、事態は収束します。

 よし、まだ間に合う! 

 

「ああ! ベルが食人花に突っ込んでって一発でやられた!!」

 

 3アウトおおおお! 

 じゃなくて、何やってんですかあの子! あの花確かレベル4くらいはありましたよね!? え、生きてます!? 

 

 テンパる私の肩を、キャスターが安心させるように叩く。

 その目はどこか遠くを見ているようであり、使い魔と視界リンクをさせてるようです。

 

「ご安心を、セイバー。アーチャーの依頼で、ベル・クラネルの護衛としてこっそり配置していた風の元素結晶(エレメンタル)を起動しました。被弾の瞬間、風の防壁を発生させましたので、ダメージは大幅に削減しています」

「本当ですか、でかしましたキャスター!」

 

 こっそり自分の使い魔もどき配置とかストーカーじみててこいつら本当にキモいですが、今回ばかりはグッジョブです! 

 

「えぇ、術式は問題なく作動しましたので怪我の具合は………………致命傷ですね」

「ダメじゃないですか!?」

「微妙に起動が間に合わなかったようですね。私の元素結晶もダメージを受けて壊れかけましたし。まぁそれすら無ければ即死だったので、フィフティフィフティかと。もっともあの様子ですと、持って数分の命というところでしょうか」

 

 この外道、ストーカーするならきっちり守りなさい! 

 

「落ち着くのです、セイバー。ここに私が調合したポーションがあります。一滴で瀕死の老人も三日三晩戦えるこれを使用すれば、問題なく治療可能です」

「なるほど素晴らしいですねここからどうやって使うのかという問題にさえ目を瞑れば!!」

「……あっ」

「あほおおお!」

 

 ええい私、脳をフル回転させるのです! 大丈夫、私のボディはアルトリア・ペンドラゴン。常勝不敗、理想の騎士王!! 

 自分を鼓舞し終えた私は、やっべー、という顔をしてるキャスターに質問する。

 

「キャスター、そのポーションは、気化してても効果はありますか?」

「? えぇ、必要量さえ負傷部位に触れるか、体内に取り込めば」

 

 ……よし、それならば! 

 

「キャスター、手持ちのポーションやエリクサーをありったけ出しなさい! そしてバーサーカー、貴方はそれをベルのところまで届けるのです!」

「お待ちを、セイバー。たとえバーサーカーの俊足と言えど、戦場に辿り着く頃にはベルは息絶えているでしょう。ライダーのヒポグリフでも、ギリギリ間に合うかどうか……」

「考えはあります! キャスター、貴方は回復薬をどんどん気化させなさい! そしてバーサーカー、貴方にはこれを託します。使いこなして見せなさい!!」

 

 シュバッ、と私が取り出したるは、縁日のお約束の品、屋台でたこ焼きと一緒にもらった『祭りうちわ』!! 

 

 おいそこの緑色と黒いの! 『ついに頭が……』『いや元々たいがい……』とかこんな状況じゃなかったらぶちのめしてますよ!? 

 

「バーサーカー、貴方の力でこれを宝具化しなさい! そして気化ポーションを扇ぎ、風に乗せて戦場方面に散布するのです!」

 

 ライダーのおお! という尊敬の目が心地良いです、こんな状況じゃなかったらもっと楽しめるのですが! 

 

 しかし自信満々に告げた私に反して、微妙な表情の我が騎士。

 おい、どうしたというのですか。

 

「恐れながら我が王よ。それは難しいかと……」

「ハァ!?」

「我が力の原典、ランスロット卿の『騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)』は手にした武器を宝具化するものです」

 

 知ってますよ? 

 

「そう、武器を宝具化するものなのです…………さすがにうちわを武器と思うのはちょっと」

「原作のランスロットは丸太でも箸でも宝具化してたんですよつまらない固定観念なんか捨てなさいこの野郎!」

 

 ええい、グダグタ言ってる暇はありません。気は進みませんが、ここは……! 

 

 懐から穴に糸を通した5ヴァリス硬貨を取り出し、バーサーカーの目の前で左右に揺らす。

 

「バーサーカー、これを見なさい。はい、貴方はだんだんうちわが武器に思えてくるー思えてくるー」

「我が王!? 流石にそんな稚拙な催眠術でうちわが武器には……ぶきには……Weapon……うちわ……◾️◾️◾️◾️……! Weapooooooooon!!」

 

 よし、完了。

 狂化スキルがあるとはいえ、ホント簡単に正気失いますねこいつ。

 

 バーサーカーは私からうちわを奪い取ると、即座に宝具化して振り回しまくる。

 おお、バッヒュンバッヒュン風が吹き荒れてますよ。

 

「うわぁ、普通自分に仕える奴を狂わせます……?」

「しかもあんな子供騙しみたいな催眠術でだぜ? バーサーカーが哀れでならねぇよ……」

 

 悪いことしたとは思ってますよ! 

 

「私は素晴らしい采配だと思いましたよセイバー。……えぇ、やはり貴方は『こっち側』です。友だちになりましょう」

「やめなさいキャスター! 私を貴様と同じ外道サイドに入れるな!」

 

 原作のパラケルススならともかく、貴様と同じカテゴリは嫌だ! 

 

「ふふふ、照れなくても良いんですよ……ついでに状況報告すると、下級冒険者たちが助っ人に現れました。今はベル・クラネルに憑けていた元素結晶を分割し、彼らの盾役と食人花の妨害に回しています。ダメージの軽減と、いくらかの行動の制限にはなるでしょう。初手でダメージを受けていなければ、元素結晶だけで倒すことも出来たのですが」

「お、おぉ……妙に真っ当な行動ですね」

 

 この外道にしては珍しく人命優先な行動に少し動揺する私。

 

「人命優先は、私も違えたことのない信念です……。えぇ、決して、途中で逃げ出そうとした冒険者に憑けている元素結晶の魔力を活発化させて食人花に優先的に狙わせることで、逃げる気を無くさせる為とかではないですよ?」

「私の感動を返しなさい!」

「ふふふ……あっ」

 

 有効なのは認めますが、やはりこの男、色々台無しにしますね! 

 しかしやはりバチは当たるものなのか、あるいはポーションの気化とバーサーカーへのパス、遠隔で複数の元素結晶の操作、視界のリンク、あと私との無駄話を全力疾走しながらは無理があったのか、レベル5の第一級冒険者のくせに足を滑らせて屋根から落ちるキャスター。

 流石に空中で体勢を立て直し、スタッと着地を決めはしたものの、危ないですね。危うく下にいた人を踏みかけ──ってそこにいるのは! 

 

「うぉわあ! なんや!?」

「あれ、パラケルスス?」

「ム、キャスターか。いきなり空から降ってくるとは、何事だ」

 

 ロキとアイズ、おまけにうちのランサー! 

 

「おや、ランサー。奇遇ですね。我々に隠れてデートですか?」

「趣味の悪い話だ。彼女たちと俺では釣り合いが取れまい。……俺には過分な栄誉だ」

「カルナはホンマ、殊勝なやっちゃなー。あのアホ神の眷属なんが勿体ないで!」

「偶然そこで会ったんだ。それより、パラケルススは一人? アルトリアたちは?」

「いやぁ、それが複雑な事情がありまして」

 

 アハハ、ウフフ〜。

 いや何呑気にお喋りしてるんですかあのアホ! 

 

 私は屋根の上から声を張る。

 

「ランサー、緊急事態です! 合流してください! ……可能であればアイズも!!」

「ム。何かわからんが承知した」

「! ……ロキ、良いですか?」

「ん、構わんよ。手伝ったり。ウチも追っかけるから」

 

 主神の承諾を得たアイズと、ポンコツ2名が合流。

 走りながら経緯を説明すると、アイズも真剣な顔で頷いてくれた。

 

「わかった。街中でモンスターが暴れてるなら、早く退治しなくちゃ。一緒に戦おう、アルトリア」

 

 あー、ホント良い子ですね。アイズは。ウチのポンコツと違って打てば響くというか、素直というか。

 長い付き合いですが、常に可愛い。ホント幸せになってほしい。ヒロインになってほしいです。

 

「俺も承知した。ガネーシャ神の祭りを汚す者は、我が炎を以って焼き尽くそう」

 

 カッコいいこと言ってますけどアイズがのんびりデートしてる時点で違和感覚えなさいよランサー!(責任転嫁)

 

 

 そして走りに走ってようやく我々の目にも戦場がハッキリ見えてきました。ベルはまだ気絶中。助っ人の冒険者達は、パラケルススが使役する風の元素結晶に巻きつかれ、動きに精彩の欠ける食人花と交戦中。怪我した端からバーサーカーがバッヒュンバッヒュン飛ばす気化ポーションで回復しながらモリモリ戦ってますね。

 

 よし、ここらで気を引き締め直しますか。

 

「総員、聞けぇ!」

 

 久しぶりの腹の底からの号令。

 

「これよりモンスター掃討を開始する! 失われなかったはずの命が、我らの失態により奪われることはあってはならない!! 心して掛かれ!!」

 

 

 私の発破にファミリアの顔が引き締まる。返ってくるそれぞれの気合いの声。

 えぇ、私含めて馬鹿ばかりですが、やる時はやる仲間(ポンコツ)ですとも! 

 

 いやホント、ベルや名前も知らない冒険者達がストーリー変わったせいで死んじゃうとか、あり得ませんから。

 

 あーでもアイズ、貴方に言ったわけじゃないですよ? やめてください、そんな『さすが、良いこと言う!』的なキラキラした目で見られると罪悪感で死にたくなります。つらみ。

 

 おや、あれはベルが起き上がっていますね。良かった、怪我は問題なさそうです……ハッ、ティーンときましたよコレは! 

 

「アイズ、先行してもらえますか? 貴方の風が一番速い」

「わかった。アルトリアもすぐ追いついて!」

 

 風を纏ってぶっ飛んでいく剣姫。よしよし、良い感じです。

 思わずニヤついてしまう私に、ヒポグリフを寄せながらライダーが気味悪そうに話しかけてくる。

 

「なんでアイズだけ先行させたの? スピードならランサーやバーサーカーだって負けてないと思うんだけど。なんなら、ボクのヒポグリフだって」

「レベル5だった頃ならともかく、今の貴方じゃ下手したら食人花に負けるじゃないですか」

「ひどい!?」

 

 ひどくないです。

 

「それに見てください。ちょうどベルが起きました。一発で負けた以上、多少慎重になり攻めあぐねるでしょう。そんな絶望的な状況下、舞い降りる剣姫。一閃のもと斬り伏せられる食人花。どうです? ミノタウロスの再現としては、なかなか良いシチュエーションでしょう?」

「うわぁ、まだヒロイン降りる気満々なんだね」

「往生際悪いよなぁ、ウチのポンコツ騎士王様は」

 

 フハハ、理性蒸発&最弱英霊コンビが何か言ってますが、私の完璧なプランの前にはどこ吹く風。

 

 勝ったぞ綺礼! この戦い、我々の勝利だ!! (ヒロイン争奪戦的な意味で)

 

 

 

「ヤベーぞセイバー! ベル君がまた突っ込んだ!」

「嘘でしょアーチャー!?」

 

 うわ完璧にクラウチングスタートしてるじゃないですか! 

 アイズまだ間に合ってませんし! 

 

「キャスター、バーサーカー!!」

「すでに!!」

「◾️◾️◾️◾️────!!!!」

 

 キャスターはベルに憑けている元素結晶以外全てを活性化させて、バーサーカーは宝具化したうちわの魔風で、魔力を狙う食人花の注意を逸らす。

 直後スタートを切るベル。

 っていうか速い! 知ってるつもりでしたが、憧憬一途の補正半端ないですね!? 私じゃなくてアイズだったらもっとマトモに成長出来たでしょうにほんとすみません!! 

 

 ああ、でも残ってた一本でかち上げられた、何やってるんですかキャスター! しっかり囮してください! 

 あ、でも体勢整えて、ウソ、触手蹴って加速!? スゴい! 

 

 ああでも触手が戻ってます! 一本追いつかれる! 

 

「アーチャー!!」

「はいよぉ!!」

 

 ベルを捉えんとしていた触手を超長距離狙撃で紙一重に弾き飛ばすアーチャー。流石です! 

 

 そのままベルは食人花にナイフを────って、あぁ、止まった! 

 ランサーも攻撃体勢に入っていますが、彼の力では余波だけでベルが死にかねない。

 マズい、あのままでは……ええい、ベル、貴方の耐久を信じます!! 

 

風王鉄槌(ストライク・エア)!!」

 

 限界まで出力を絞った宝具をベルの背中に叩き込む。

 お願いですから届いてください────!! 

 

 

 !! 

 いったああああああああ!! 

 

 

「よっしゃあああああ! ベル、良く頑張りましたああああ!!!!」

「大好きだ主人公おおおお!」

「素晴らしい戦果だ。素晴らしい戦果だ」

「今回のMVPほぼ私ですよね?」

「◾️◾️◾️◾️────!!」

「あれ、よく考えたらボクとアヴェンジャー何もしてなくない? こうしちゃいられない、突撃するよ、アヴェンジャー!!」

「は? え、ちょ、待っ、オレが行く意味あああぁぁぁぁ!!」

 

 歓声を上げながら、現場にようやく到着。どんだけの距離走ったんでしょう。

 喜びのままにジャンプして広場に降り立つ私たち。

 アヴェンジャーが急加速したヒポグリフに振り落とされてましたが、まぁ些事です。

 

 っていうかよく見たら、アイズがベルを抱き抱えてるじゃないですか! しゃあ! 来ましたコレ!! なんか後ろで三匹くらいニョロニョロ出てきたっぽいですけど、心底どうでもいいです!! 

 私は喜びのままにアイズに手を差し出す。

 

 

「これ以上の(私がヒロインポジという)悪逆を許すわけにはいきません。アイズ、力を貸してくれますか? (恋愛要素的な意味で)」

「……! うん!」

 

 あぁ、なんて力強い返事でしょう。天使に見えます。

 万軍を得たような心強さ。これからもよろしくお願いします。

 

 まぁそんなこんなで今回の事件はなんとか無事に終わりました。

 

 え? 戦闘描写いります? ネタバレしてる格下相手に完全武装の第一級冒険者複数名によるタコ殴りですよ? 

 女騎士と触手なんてフォーリナー案件も発生してませんし、強いて言えば逃げ遅れたアヴェンジャーがヒギィッな目に遭いかけたことくらいですかね? 

 

 

 まぁあえて締めるならば……

 

 

 

 

 

 勝ったっ! 第1巻完!! 

 




あとはエピローグ的なものを書くか書かないかで原作一巻はとりあえず終了です。お付き合いありがとうございました。
皆様のご感想が本当に嬉しくて、初投稿ですがなんとかここまで書けました。まだエピローグ的なものあるかもですが。
少し間は開くかもですが、二巻以降も頑張って書いていくつもりです。お付き合い頂ければ幸いです。

以下は今回の収支報告です。

原作での被害→ベル、レフィーヤ(そこそこ重傷)、アマゾネス姉妹の拳(痛めた程度)、ゴブニュファミリアの剣(高価)
原作で得た物→ベルの成長、レフィーヤの成長

ポンコツ被害→ベル(致命傷後謎の完治)、下級冒険者多数(割と重傷後謎の完治)、キャスターのヤベー薬代(超高価)、キャスターのヤベー薬散布により一部地域の住民がギンギンになりすぎて数日の睡眠障害、ゴブニュファミリアの剣(高価)
ポンコツ利益→ベルの成長、下級冒険者多数の成長、一部地域住民の持病改善


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第7話(1巻エピローグ的なアレ)

エピローグ。いつもより少し短めです。


 

「そんで、駆けつけたアイズたんとアンリマユ・ファミリアが残りのモンスター倒して終了っちゅうわけや。かーっ、せっかくのアイズたんとのデートが台無しやでー!」

「そう、大変だったのね」

 

 オラリオのとある場所で、都市最強派閥の主神二柱が再度談笑していた。

 

 内容は怪物祭で発生したモンスター騒動について。

 当事者として巻き込まれたロキが、フレイヤに本当に関与していないか確認ついでに愚痴をこぼしていた。

 対するフレイヤは口では労いつつも、その表情はどこか上の空。というより、情欲の炎に内から焼かれ、上気した身体を押さえるのに精一杯という様子だ。

 そんな美の女神に、ロキはゲンナリとした表情を浮かべる。

 

「何をそんなに色ボケてんねん。ほんまに自分、関わっとらんのやろうな?」

「もう、しつこいわよロキ。勇士との約束は守るわ。今回は本当に無関係よ」

「今回は、かい」

 

 言外に別のタイミングでやらかすと告白しているようなものだが、それを指摘するような徒労は犯さない。

 この色ボケ女神が本気で何かをしようとしたら、止められる者など神にも子供達にもいないのだから。

 やられっぱなしで黙っているロキではないが、自派閥に関係のないことにまで首を突っ込むつもりは無い。このメンドクサイ女神は、好んで関わりたくはない相手の一柱だ。

 

(そう言えば……)

 

 好んで関わりたくはないという意味では、この女神以上の男神を思い出す。

 

「ねぇロキ?」

「あ? なんや」

「今考えていること、当ててあげましょうか?」

 

 胡散臭く微笑む女神に先を促すと、色ボケはより一層笑みを深めながら口を開く。

 

「アンリマユはこの一件にどう関わっているのか。気になってるのはそこでしょう?」

「……やっぱ自分も、疑ってるか」

 

 アイズたちに遅れて駆けつけた自分の目の前で、あの男神は食人花に吊られて弄ばれていた。

 いつも通りおどけた、滑稽な姿。だからこそ聡明な女神たちは疑いを深める。

 

 都市でモンスターが暴れ回る。大問題だ。

 迷宮の蓋たるバベルが破られたわけではないとは言え、下界の秩序を間違いなく脅かす事件。

 ギルドが箝口令を敷き、情報規制まで行っているのか情報誌などでは取り扱われてはいないが、怪物祭の裏で起きた騒動について、しばらくはひそかな噂が絶えることはないだろう。

 

 だがもしアンリマユ・ファミリアの迅速な動きが無かったら、こんな被害では済まなかった。

 神自ら最前線で指揮を執ったという見方をすれば、なるほど、流石は都市に名高い正義の派閥、そしてその主神だと子供達は賞賛するかも知れない。

 

 

 しかし。

 

 当事者として関わったのなら、大なり小なり思うところがあるべき話。トリックスターを気取るロキでさえ、隠せないキナ臭さに僅かに眉をひそめざるを得ない。

 

 であるというのに。

 

『まぁ今日はこれで打ち止めっぽいし、調査はまた今度でいいだろ。それより帰ってシャワー浴びたい……』

 

 眷属に救出され、衣服についたホコリをはたき落としながら、あの悪神はこう(のたま)ったのだ。

 実際、今に至るまで食人花が再出現したという報告は、調査と警邏に赴かせた眷属からも届いていない。

 

 まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()かのような、この物言い。

 

 この意味深な言葉が、ロキを悩ませていた。

 仮に黒幕であったなら、あまりにあからさま過ぎる失言。

 かといって違うならば、何故そんなことをお前がわかるのだという疑問がつきまとう。

 神を煙に巻いて愉しんでいるかのような趣味の悪さに、ハラワタが煮えくり返りそうだ。

 

 もういっそ、疲れから本音が溢れてしまったと思えれば気が楽なのだが、それはあまりにポンコツ過ぎるだろう。

 

 

「それは流石に楽観的過ぎる妄想ね」

「せやな。ウチもそう思う。ウチらに散々プレッシャー掛けてきたあのアホがそんなポンコツとか、笑い話にもならんわ。……ただ、気になるとこはまだある」

 

 

 アンリマユ・ファミリアと接触する少し前に遭遇し、話していた相手。

 【施しの英雄】カルナ。アンリマユ・ファミリア最強戦力にして、星の聖剣使い(アルトリア・ペンドラゴン)と並ぶ下界の未知。

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 あの男と話していた結果、自分たちは足を止めアンリマユたちと合流することになった。

 あまりにもタイミングが出来すぎている。

 

 流石にカルナが黒幕側とは思いたくはない。嘘を見抜けないとはいえ、彼のガネーシャへの尊敬と信頼は本物にしか見えない。ガネーシャ・ファミリアが関わる祭を乱すモノに加担はしないだろう。

 

 だがそれすら擬態であったなら。

 神を騙せる下界の存在が、悪神に加担していたのなら。

 それはあまりに危険だ。

 あの男は、天界への送還などという生温いものではなく、比喩抜きで()()()()()()

 

 苦い顔を浮かべるロキを、しかしフレイヤがたしなめる。

 

「カルナはそんなことしないわ。彼は本物の勇士よ。陰謀や策謀とは程遠いタイプの、ね」

「……気に入った男のこととなると、途端に饒舌やな」

 

 皮肉のつもりだが、ふふんと得意げに笑われて腹立つ。ウチの方があの子らとは付き合い長いんやぞ。

 

 腹は立つが、同時に馬鹿らしくなった。

 

「もうやめや、やめ! 今ウダウダ考えてもわからんわ! ちゅーか、相手が誰やろうと関係ないっちゅーねん!!」

 

 そう、関係ないのだ。

 

 相手が誰だろうと、自分と自分の子供達ならば正面から叩き潰してのける。

 アンリマユが関わっているかも知れないと考え、無駄に悩みすぎてしまった。根拠は言葉一つしか無いというのに、今の時点で黒幕と決めつけるのは流石に深読みし過ぎだろう。自分らしくもない失態だ。

 

 

 それに、もしも本当にアンリマユが黒幕だったならば。

 

 むしろ喜ぶべきだろう。

 

 

 天界にいた頃からはるかその名を轟かせていた悪神の中の悪神。

 かの大魔王がついに動き出したのなら、悪神(ロキ)にとっては目の上のたんこぶとオサラバできる良い機会だ。

 

 

 

「来るなら来いや、アンリマユ」

 

 

 

 都市最強派閥の女神たちは、静かに牙を研ぎ始める────。

 

 

 

 

 

 時を同じくして、バベルの最奥。

 大神ウラノスとその懐刀であるローブの怪人フェルズが、静かに今回の騒動について語っていた。

 

「またアンリマユ・ファミリアに救われたか」

『あぁ、もし彼らがいなければ、例の食人花の被害はより大きなものになっただろう』

 

 話題に上るのはここでもアンリマユ・ファミリア。

 とはいえその語調は、二柱の女神に比べれば幾分好意的だった。

 

「惜しいな。彼らであれば、異端児(ゼノス)たちの良き理解者となってくれたかも知れぬのに」

『確かに。だが現実的ではない。少なくとも、アンリマユ神の神意が明らかになるまでは』

 

 フェルズの言葉に、ウラノスは深く頷く。

 

 彼らの結成当時、未だ悪が蔓延っていたオラリオで、駆け出しの彼らが掲げる正義は尊くはあったが、重みの伴わない弱者の絵空事と断じられていた。

 今でこそ騎士王と称えられるアルトリアすら、夢見がちなお姫様という侮りを込め【騎士姫(リリィ)】と呼ばれていたのだから。

 

 だが彼らは力を付け、それでも変わらぬ理想を掲げ、悪と戦い続けた。

 ゼウスとヘラが去ったオラリオの新たなる覇者となって悪を牽制した二柱の女神。

 正義を掲げ、都市の希望となることを誓った天秤の女神とその娘たち。

 群衆の主を名乗り、都市の治安維持を担った象神。

 その他多くの派閥達との共闘により都市から悪を根絶し、彼らは共に戦った盟友たちと同じく、世界にその名を轟かせる英雄となった。

 

 が、彼らの英雄譚には不可解な箇所がいくつかある。

 

 当事者達では気づかない点と点。

 全てを俯瞰し、全体を知るギルドだからこそ気づけた違和感。

 

 彼らは、多くの悲劇をひっくり返したが、その中に、明らかに奇跡的なタイミングで間に合った事例があるのだ。

 まるで、悪の計画をあらかじめ知っていたとしか思えないような動き。

 彼らを英雄にしたい何者かが整えた、用意された悲劇とその打破。

 一度ならそんな偶然もあるだろう。

 だがそれが二度三度と続けば、それは必然と思えてくる。

 

 真相を確かめるべく、ウラノスは子飼いの神を遣わし、彼らにカマをかけたことがある。

 

『お前たちは事前にこの事件を防げたのではないか』と。

 

 だが結果はNO。

 彼らは神の前で断言した。

 自分たちは全力を尽くしてみせた、と。

 

 仮に何らかの手段で未来を知っていたとして、直前までウッカリ忘れていて土壇場で思い出して慌てて解決に乗り出した。

 そんなポンコツじみた事態でない限り、彼らの潔白は動かぬものとなった。

 

 であれば疑いが向くのは、神を欺ける神。まして相手は天界に悪名高きアンリマユだ。

 しかし。

 

『あまりにチグハグだ。知らなければ覆せないはずの悲劇を覆しておきながら、その自覚もなく。悪神の企てにしては、彼らの行いは善良に過ぎる』

 

 かといって、他の神々が囁くように、自ら以外の悪を駆逐し唯一の悪として君臨することが目的だとして、真っ先に喉元に刃を突きつけるのは彼の眷属達だろう。

 

 彼らの行動が、目的が、フェルズには──否、全ての神々にも理解が及ばない。

 

「……とにかく、彼の派閥には今後も注意せよ。彼らが異端児達の希望となるか、死神となるかは未だ計り知れぬ」

『それが賢明だろう』

 

 頷く側近にウラノスは、普段厳しいこの老神にしては珍しく気遣いの念を見せた。

 

「……苦労を掛ける。本来ならば、かの【五大元素使い(アベレージ・ワン)】に姿を晒し、共に賢者の石の再現を目指したいだろうに」

『……いずれ、彼らが真に信頼できるとわかれば。その時こそ、あの錬金術師に協力を仰ぐとも。それまでは、この身は都市と異端児達のために尽くそう』

 

 隠しきれない執着を滲ませつつ、白骨の魔導師は応えた。

 

 その誠実に老神もただ頷きながら、目を閉じる。

 

 

 

 後に響くは、迷宮に捧げる祈祷のみ────。

 

 

 

 

 

 

 

「まったく! 君は! 無茶ばっかりして!!」

「いたたたたたたぁ!!」

 

 ところ変わって、朽ちた教会地下の隠し部屋。

 ファミリアのホームで、ベルはヘスティアから治療を受けていた。

 ベルがロビンにホームまで運ばれたあの日渡された軟膏の残りを、プリプリと怒りながらヘスティアが塗りたくる。

 子供のような女神の細腕とはいえ、満身創痍のベルにはちょっとした拷問レベルで痛かった。

 しかしそれも心配させた自分の責任と、甘んじて受け入れるベル。少年はここ数日でどんどん大人の階段を上っていた。

 

「出会いを求めるとか! ハーレムを目指すとか! それは君の勝手だけど! いや勝手にされちゃ困るんだけど! 死んじゃったら元も子もないだろう!? ……本当に、君に死なれちゃ、元も子もないんだぜ?」

 

 強い語気は、しかし不意に弱まり、やがてヘスティアはポスリとベルの胸に顔を埋める。

 一瞬腹部に感じた柔らかな大質量に動揺しかけたベルだが、見れば、ヘスティアの細く小さな肩が震えている。

 心優しい自らの主神に、どれだけ心配をかけたか、百の罵倒を叩きつけられるよりも堪えた。

 

「神様……ごめんなさい」

 

 不敬と思いつつも、その背に手を回して抱きしめる。

 自分にできる精一杯の謝罪として。感謝として。そして、決意表明として。

 

「僕、強くなります。神様に心配されないくらい。神様が頼もしく思ってくれるくらい。約束します」

 

 まだまだ甘さは抜けきらないが、それでも前よりずっと逞しくなった少年の言葉。

 しかし敬愛する女神はベルの胸に顔を埋めたままピクリとも動いてくれない。

 いや、なにか小さな音はするのだが……。

 

 

「スゥゥゥゥー、ハァァァァァー、スゥゥゥゥー、ハァァァァァー!」

「あの、神様……?」

「うわぁ何だいベルくん!? ボクはなにも言ってないぜ!?」

 

 ビクゥッ、と顔を上げる女神。先ほどまでの怒りモードや健気モードはどこに言ったのか、しまりのない緩みきったニヤケ顔を必死に立て直す。

 

「ん、んんっ! ま、まぁアレだよ、ベルくん。ボクはいつだって信じてるさ。君はボクを残して死んじゃったりしないって! それに君なら強くなれるさ、それこそ、例のアルトリア何某なんかよりもずっとね!」

「……。はい」

 

 ヘスティアからすれば、何気ない言葉。

 我が子可愛さと、恋敵(?)への対抗心から出た思いつきの一言。

 だがベルは、それを深く受け止める。

 

 自分が気絶した後、新たに食人花が三体現れたことは聞いた。

 そしてそれを倒したのが、ロキ・ファミリアの剣姫とアンリマユ・ファミリアの構成員だったことも。

 自分が命を懸けて倒した敵の三倍を、彼らは危なげなく瞬殺したらしい。

 

 また、守られてしまった。

 

 わかってはいたが、自分と彼女達はあまりにも遠い。

 

 挫けることは無い。折れることは無いが……こう比べてしまうと、それでもやはり寂しさを覚えてしまう。

 

 思わず項垂れかけるベルだが、

 

「むぎゅっ!?」

 

 ムニッとヘスティアに両頬を挟まれ、無理やり顔を上げられた。

 

「ベルくん、君が何を考えてるか、ボクにはわからないさ。でも、一つだけわかることがあるよ」

 

 それは? と目で問いかけるベルに、ヘスティアは満面の笑みを浮かべた。

 

 

 

「あの時逃げ遅れた女の子にとって、君こそが英雄(ヒーロー)だったってことさ!」

 

 

 

 ストン、と。その言葉はベルの胸に収まった。

 

「君は自分が弱っちいって嘆くかもしれない。まだまだだってふてくされることもあるかもしれない。でもね、あの瞬間、あの子を助けるために走ったのは間違いなく君さ」

 

 乾いた砂が水を吸うように、ヘスティアの言葉が染み渡る。

 

「もう一度言うぜ。──君は強くなれるさ。誰よりも、何よりもね!!」

「神さまぁ!!」

「うひゃあ!?」

 

 ガバッ、と思わずいつもの恥じらいを忘れて抱きついてしまった。

 

 そうだ。足りないなんてことはわかってる。

 それでも走り続けると決めたなら。荒野を行く恐れなど、毛ほども感じはしない。

 何故なら自分は独りじゃない。いつも見守ってくれる心優しき女神がいるのだから! 

 

 

 

 

(アルトリアさん、いつか……いつか僕は、貴方に追いついてみせます!!)

 

 

 少年の決意は誰に聞かれることもなく、しかしその想いは確かに強く逞しく育ちゆく────。

 

 

 

 

「ふ、ふふふふふ、ベルくんから抱きしめてくれた、やっぱりボク達は両想いだ。勝った、勝ったぞアルトリア何某……!」

 

 

 ちなみに女神のうわごとは、少年の胸の中で誰にも聞かれることなく囁かれ続けた────。

 

 

 

 

 

 

 

 視点変更(かれらのうちあげ)

 

 

「原作一巻、お疲れ様でしたあ! カンパ〜〜イ!!」

『イェーーーーーイ!!!!』

 

 盛大に打ち鳴らされるジョッキ。喉を通る炭酸の爽快感。

 

 く〜、たまりません。この一杯のために生きてますねぇ!! 

 

 いやー、初めはどうなることかと思いましたが、何だかんだ上手くいきましたねたぶん! 

 最後の方ですがアイズとベルも引き合わせられましたし、ベルも強敵を乗り越えましたし、もうほぼ原作通りと言っても過言ではないのでは? ということで急遽始まった打ち上げ。

 

「一番、アーチャーとライダー! 『顔のない王』で二人羽織やります!」

「顔と手が浮いてるよ! デス●ムーアみたいだよぉ! イイヨイイヨォ!」

 

 いやぁ楽しい! 心置きなく遊べるの本当に楽しい! 

 

 まぁね、言ってももう原作一巻完璧に乗り越えましたからね。もうこれ余裕でしょ。二巻以降もポンポンポーン! で余裕ですよ。

 

 さぁて私もそろそろ鍛えに鍛えた宴会芸を魅せますか! ファミリアの前以外でこんなにハッチャケられませんからね!! 

 

「二番セイバー! 下からの風でスカートめくれてワーオ♡ってなる奴やります! 『風王鉄槌(小)』!」

「ワーオ♡ってアヴェンジャーの腰ミノめくるんじゃないですよ! 何つーもんみせやがんだオタク!」

「貴様アヴェンジャー、生装備で我が王にいつも近づいていたのか……!」

「ちげえよタマタマだよ! いやそういう意味じゃなくて今日は偶然だよ!」

「あー! バーサーカーが暴れ出した! ランサー取り押さえて!」

「……任せるが良い。『梵天よ、地を(ブラフマースト)──』」

「おや、珍しくランサーも酔っていますね。ここでアルコールに反応してダメージを与える断酒薬を投与したら、どうなるのでしょうウフフフフ」

 

 いやぁ全員出来上がってますねぇ!! 

 

 まぁたぶん、何だかんだこのメンバーならなんとかなるでしょう!! 

 

 それでは改めまして──

 

 

 第一巻、完!!




これで本当に第一巻は終了です。
二巻に突入する前に、SS的なのを何本か書くかもです。
気長にお待ち下さい。


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番外編①『ユニコーン騒動』

時系列:原作一巻終わった後のいつか

短編を何本かまとめて1話にするつもりでしたが、長くなって読むのが疲れたので出来上がってるものから分割投稿します。
本編以上に中身が無いので、気楽に読んでいただければ。


 どうも、セイバーもどきです。

 我々アンリマユ・ファミリアは人数的な問題で大手とは言えませんが、地道な英雄活動が実を結びそれなりに名の知られた派閥です。

 その中でも団長という最も責任重大な立場である私は何をしてるかというと……

 

 

 

「あうー、ヒマですー……」

 

 食卓前のソファでゴロゴロしながらうめき声を上げるだけのナマモノに成り果てています。

 

 いやなんかですね、最近私に謎の男性関係(笑)が発覚してそれによるストーカー被害とかがようやく落ち着いてきて、なんか疲れたなーゆっくりしたいなーって思ってソファに転がったら予想外のフィット感が演出されてですね、私はこのために生まれてきたんじゃないかと思うような運命を感じてしまった結果として真っ昼間からゴロゴロしてるんです。

 

 自分でも良くないとは思うんですよ? 

 かといって用もなく外に出て行くほどの気力も湧かず、結果としてジャージ姿(キャスター製作)でひたすらゴロゴロしてます。

 延々ゴロリよ、坊や良い子やネンネしなって感じですね。ははは。

 

「あうー、えあー」

「毎日毎日そこで寝転がられると邪魔なんですけど」

 

 ゴロゴロを続ける私にそんなことを言ってくるのは緑衣のアーチャー。

 ベーコンエッグにソーセージとトースト及びサラダ、それに紅茶という、ボヤッとしたブリティッシュイメージで続けてるモーニングセットを持ちながら、呆れと軽蔑が混ざった目で見下ろしてきます。

 

 まぁそんな目つき、ここ数日で慣れたものですがね!! 

 そんな風に開き直りながらもズリズリとスライドし、辛うじてアーチャーが座れそうなスペースは作ってあげますが。

 

 狭い……とかボヤきながら腰掛ける緑茶もどきはしかし、よく見れば顔のない王に祈りの弓という、これからダンジョン攻略にでも行けそうな完全武装の出で立ちでした。

 

「その格好は何事ですか、アーチャー? ハムハム」

「いやね、ギルドに面倒ごとを押し付けられちまいましてね、これから都市外の森で一仕事ですよ」

「都市の外とは。それはまた珍しい。モグモグ」

「なんでも珍しいモンスターが現れたらしくて、それを捕まえるためにハンターどもが森に罠を仕掛けまくったらしい。近隣の村人がその罠で怪我したらしくって、これ以上クレームが来る前に撤去してこいとさ」

「なるほど、確かにその手の話なら貴方以上の適任はいない。まぁ腕前を買われてのことです。励みなさい。パクパク」

「……つーかオタク、さっきからなにシレッと人の朝飯食ってんだよ!?」

 

 む。私の前に置いたので、食べて良いのかと……。

 

「オタクがソファほとんど占拠してるから飯置くスペースが無かったんだよ!」

「なんと。貴方に謝罪を、アーチャー。ゴックン」

「もうほぼ食い終わってんじゃねえか!」

 

 おかわりが欲しいです。

 

 アーチャーはジトっとした目で私を睨みましたが、すぐに諦めたようにハァァァァァ……という大きなため息をつきました。

 

「ったく、もう良いですよ。そんかわり、朝飯分くらいはオタクにも働いてもらうぞ」

「えー、もう少しほとぼり冷めるまでお外に行きたくないんですけど」

「黙らっしゃい騎士王(ニート)!」

 

 おま、今セイバーファンへの禁句の一つを口にしましたね!? 

 違いますから! 働きたくても見た目JCだから雇ってもらえないだけですから!! 

 

 

「本家はそうかもだけど今のアンタはただのグータラだろうが! オラ、とっとと行くぞ! ジャージ脱げ!」

 

 あ〜れ〜。

 

 

 そんな感じで都市の外まで引っ張り出された私は、せっせとトラップ解除に励んでいます。

 と言っても、地道にトラップを解体するアーチャーと違って私は、

 

「せい!」と叫びつつ飛来する矢を切り払ったり、

「はぁ!」と吼えつつトラバサミを踏み潰したり、

「てやぁ!」と猛りながら落とし穴から脱出したりと、いわゆる漢解除と呼ばれる方式を採用していますが。

 

「アーチャー、次はどこに向かいますかー?」

「あー、確か、北東エリアがまだだったな。そっち行くぞー」

「了解でーす」

 

 うーん、出かける前は億劫でしたが、いざ外に出てみると割と気が晴れますね。

 天気も良いし、ちょっとしたピクニック感覚です。トラップ? そんなもの、私のステイタスの前にはアスレチックコースよりも退屈なアトラクションです。

 

 しかしそんな風に気を抜いてると、聞き覚えのある声が。

 

「あれ、アルトリアとロビンだ。何してるのー、こんなところで」

「おや、ティオナにティオネ、アイズとレフィーヤも。それにアミッドまでいるとは何事ですか」

 

 ロキ・ファミリアの四人娘+1がお揃いでした。

 しかしいつも活力に満ち溢れているティオナが、妙に疲れ気味。一体何事でしょうか? 

 

「実は──」

 

 アミッドが言うには、この辺りにユニコーンが出没したらしく、彼女たちはその角を確保しにきたらしい。

 それだけなら第一級冒険者であるアイズ達には容易いことだが、どうにも地上では絶滅危惧種なユニコーンを傷つけずに故郷に帰したいらしく、難航中だとか。

 ちなみに我々が解除していたトラップも、このユニコーンを捕獲するためのもののようです。

 

「でも私達もユニコーンに警戒されちゃってるっぽくてさー。困っちゃってるんだ」

 

 困り果てた顔で締めくくるティオナ。

 

 うんうん。実際、私もぶった切った方が早いと思います。

 しかし、話を聞いていた緑茶もどきがアホなことを言い出しました。

 

「んじゃ、手伝ってやれよ王サマ」

「はい?」

 

 何言い出すんですかコイツ、という目で睨むと、妙にキリッとした顔を作ってるポンコツが。

 その目線の先には不安げな表情を浮かべたアミッド。

 あ、この野郎、可愛い女子(アミッド)に良いとこ見せたくてふざけたことヌカしましたね! 

 どうせ好感度稼いで親密になったらなったでヘタれる癖に!! 

 

 速攻で拒否しようとした私ですが、

 

「アルトリア、なんとか出来るの?」

「うっ!?」

 

 キラキラと目を輝かせるアイズの姿に思わずたじろいでしまう。

 そう無邪気な顔をされると、断りづらいんですが! 

 

「え! 本当に!? すごい、さすがアルトリア!」

「何か作戦があるのかしら?」

 

 私が口ごもってる間にどんどん外堀が埋まっていく。ヤバいです。

 しかもタイミング悪くユニコーンが出てきてるじゃないですか!! 

 

「おら、行ってこーい」

 

 アーチャーに背中を押されて渋々近づいていく。この野郎ブン殴ってやりましょうか。

 ……まぁアイズ達にまで期待されては仕方がない。やるだけやってみますか。

 

 

 ゆっくりと近づいていくと、体を強張らせるユニコーン。

 なるほど、かなり警戒していますね。この緊張を解くのは普通なら至難の業でしょう。ですが……

 

 振り向き逃げ出そうとしたユニコーンの機先を制し、たてがみを鷲掴みにして無理やり目を合わせる。

 気分的には『ああん? ウチのシマに入っときながら挨拶も無しとは調子乗った小僧やのぉ?』的な感情で睨み付けると、ユニコーンはビシィっと硬直して動きを止める。

 いやね、どうも(アルトリア)の竜の因子が影響してるのか、地上のモンスターくらい弱いと私が睨むだけでめちゃくちゃ怯えるんですよね。蛇に睨まれたカエル的な。

 

 そのまま軽く跳躍してユニコーンの背にまたがる。

 恐慌状態で暴れようとしますが、騎乗スキルで無理やり従えて大人しくさせました。

 これも幻想種扱いのダンジョンのモンスターにはほとんど通用しないんですが、地上のモンスターくらい弱いと以下略。

 

 完全に制御下に置いたところで、アミッド達のところに戻ります。

 アーチャーはともかく、アイズ達はポカンとしてますね。

 うぅ、正直、こういうアルトリアのスペック頼りの行いでマウント取るのは罪悪感が……。

 とりあえずそんな他人には理解されない罪悪感は表には出さず、アミッドに声をかける。

 

「さてアミッド、角は貴女に渡せば良いのですね」

「は、はい。いえ、良いのですか? この場合、所有権はアンリマユ・ファミリアにあると思うのですが……」

「元々我々への依頼はトラップの解除です。ユニコーンの対処はついでのようなものなので、気にすることはありません」

 

 スパッとエクスカリバーで切り落とした角を渡したところで、馬に乗ったリヴェリアが現れました。

 

「アイズ達の手伝いに来たのだが……ユニコーンに背を許されるとは、相変わらず大したものだな、お前は」

「いえ、それほどでも」

 

 シレッと返す私。実際、アルトリアのスペック任せでしたし。

 リヴェリアは苦笑しつつ、馬を巧みに操る。

 

「その子を群れに帰すのだろう? 先導しよう」

「感謝を、リヴェリア。それではアーチャー、貴方は先に帰っていてください。アイズ達も、また会いましょう」

 

 軽く会釈をして駆け出す私達。

 

 

 

「しかし、意外だ。あれほど想う男がいるなら、お前はてっきりもう……」

「? リヴェリア、何か言いましたか? すみません、風で聞き取れませんでした」

「……いや、何もない」

(お前の過去と愛について、私が詮索するのは無粋だろう──)

 

 

 

 

 

 

 一方、残った人たち。

 

 

「アルトリアさんは、無理だと思ってました……」

「ん? なんで?」

「そ、その、ユニコーンに近づけるのは……純潔の……アルトリアさん、恋人が……」

「あー、処女判定のことか! まぁ近づけるだけで処女ですって公言してるようなセクハラアニマルだもんな! なるほど、ウチの王サマが処女じゃないと思ってたわけだ!」

「〜〜〜〜ッ」

「レフィーヤ、顔、真っ赤だよ?」

「あー! ロビンがレフィーヤにセクハラしてるー」

「サイッテーね。ベートに匹敵するわ」

「ちょ!?」

 

 アーチャーもどき、痛恨の好感度ダウン。

 

 

 

 

 さらに一方、都市の城壁の上でたまたま外を眺めていた神々。

 

 

「お、おい、アレを見ろ!」

「んー、なんだよってアルトリアたんがユニコーンに跨ってる……だと……!?」

「ば、馬鹿な! アルトリアたんは幼妻からの未亡人と結論が出たはず!?」

「つまり正確には処女の幼き未亡人……!?」

「なんという複合属性! しかし有りか無しかで言うならば……!」

 

『有りの有りだな!!!!』

 

 

 

 後日談

 

 

「セイバー、なんかまた手紙増えてるよー? なになに、『処女懐胎したって本当ですか!?』『信じてました信じてましたイ言じてましたシンジテマシタ────』『寝取られに歪められた性癖が治りました、ありがとう!』他にもいっぱ〜い」

「ひぃぃ! アーチャー! アーチャアアアア!!!!」

 

 




とある白髪少年の耳に入ったかどうかは不明とのこと。

元ネタは、ソード・オラトリアの特典SSです。


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番外編②『キャスターの休日』

時系列:ポンコツどもが転生して二年目の頭くらい
セイバーとアヴェンジャー以外は原作キャラを10代前半くらいまで若返らせた姿をイメージしていただければ。

今後便利に使い倒す予定のキャスターもどきさんが人気出たら良いなと思って書きました。


 

「それでは行ってきます。夕方には戻りますので、食事当番は私のままで構いません」

 

 優男の顔に柔和な笑みを浮かべ、キャスターが手を振って出かけて行きました。

 それを笑顔で見送った後、真顔になる私とニヤケだすアヴェンジャー。

 

「どう思います、アヴェンジャー」

「どうもこうも、怪しすぎるだろ。普通に」

 

 転生してから早一年といくらか。

 無事全員がレベル2に到達し、資金にもある程度の余裕が出来たことから使われなくなった建物を購入してホームを得た我々アンリマユ・ファミリアは、現在、一つの懸念事項を抱えていました。

 

「発展アビリティで出た『調合』に、あそこまであいつがどハマりするとはな」

「パラケルススの知識の恩恵か、新薬のアイディアがポンポン浮かぶみたいですね……」

 

 

 道具作成スキルも作用しているのか、キャスターの霊薬は同ランクの調薬士の物に比べはるかに高性能であり、以前に比べ、我々の探索は格段に楽になりました。

 しかしその一方で、問題も発生していました。

 

「たしか、バーサーカーはまだ便所なんだろ?」

「えぇ、もう二日ほど」

「……ヤバすぎません? あいつの薬の副作用」

 

 そう。キャスターオリジナルの薬にはまれに強力な副作用が存在し、今回はバーサーカーが探索から帰還して以来トイレの住人となってしまいました。

 詳細は本人の名誉のために伏せますが、ランクアップした冒険者じゃなければ脱水症状とかで死んでません? 

 本当にピンチの時に使う霊薬ではそんな事態が発生したことはありませんので致命的な事態には至っていませんが、逆にわざとやってませんアレ。

 

 そして何よりヤバいのが、いつの頃からかキャスターは休みが取れるといつもフラッと出かけ、いくらかの金銭を持って帰ってくるようになったことです。

 本人から申告があったわけではないんですが、帳簿管理をしているアーチャーからの報告でキャスターがこっそり金庫に資金を増やしていることが判明しました。

 

「ヤベー薬売り捌いてたりしてな」

「流石にそこまでは、やら、ない、のでは……?」

 

 アヴェンジャー、貴方ゲラゲラ笑いながら言ってますけど冗談になってませんからね? 

 

 この一年ちょいでお互いのことをある程度理解し合えているつもりの我々ですが、どうもキャスターだけは信用出来ません。

 いえ、我々を裏切るとかそんなことは一切思ってないんですけど、転生前からか転生後からかは分からないんですけど倫理的にちょっとイっちゃってるところあるというか、ブレーキ壊れてる感あるというか、ポンコツ感あるというか……。

 

 金の出所を本人に聞いても、はぐらかされそうですし……。

 

 

「気になるなら、暴けば良いんだよ!」

 

 バーーン! と効果音でもつきそうな勢いでポーズを取るライダー。

 どこから湧いてきました。

 

「アーチャーがさ、勝手に金庫のお金増えてたら帳簿つけるのめんどくさいから、もうお金の出所明らかにしてこいだって」

「アーチャーが……貴方に?」

「うん!」

 

 え、嘘でしょ。尾行とか調査とかこの理性蒸発に一番向いてない仕事じゃないですか。あの緑茶もどき、ついに過労で壊れました? 

 

「ダウンしてるバーサーカーの仕事のフォローが忙しくて手が離せないんだって。そういうわけで、行こうセイバー!」

「私もですか?」

「当たり前じゃないかー。尾行なんて一人でやっても面白くないゲフンゲフン。何かあった時にフォローし合える仲間っていいよね!」

 

 本音出しましたねこのオトコの娘。

 

 まぁ確かに今日は私も手が空いてますし、ライダー一人を送り出すのは正直不安しか無いですし。仕方ない。行くとしましょう。

 

「そうこなきゃ! アーチャーから『顔のない王』借りてるから、これに隠れていこう!」

「ちょ、ライダー、引っ張らないでください! あ、アヴェンジャー、後でバーサーカーの様子見といてくださいー!」

 

 

 

 そんなわけで、私とライダーによる尾行大作戦が始まったのでした。

 

 

 

 尾行開始後しばらく、現在キャスターは工房から持ち出した荷車をひいています。

 幌が掛けられていて中身はわかりませんが、かなりの量が積載されていますね。

 もうその時点で私としては御用改めしたかったんですけど、まだなんにも判明してないじゃん! というライダーの駄々こねにより尾行はまだ続いています。

 はぁ、早く帰りたい。

 

「あ、聖剣刑事(デカ)! マルタイがジャガ丸くんの屋台の前で止まったよ!」

「本当ですね。かといって何か買うわけでもなさそうですよ短パン刑事(デカ)──この呼び方やめません? すごくバカっぽいんですけど」

「セイバーはわかってないなー、こういうのはフインキが大事なの!」

「フンイキです、フンイキ」

 

 馬鹿話をしている我々の前でマルタイ(キャスター)は屋台のおばちゃんに何かを手渡し、そのまま立ち去りました。

 

 よし、黒ですね。確保です。

 

「流石に横暴じゃない!?」

 

 チッ、うるさいですね。仕方ない。ここは捜査の基本に則り聞き込みをしますか。

 

「すみませーん、我々、こういうものなんですけどー」

 

 先程キャスターが何かを手渡していた屋台のおばちゃんに、警察手帳よろしくファミリアのエンブレムを見せるライダー。どうでもいいですけどノリノリですね、貴方。

 

「あら、アンリマユ・ファミリアの子じゃないの。先生ならさっき行っちゃったわよ?」

 

 うんうん、エンブレム見せただけでどこのファミリアか認知してもらえるなんて我々の名前も売れてきましたねっていうか、今聞き捨てならない発言があったような。

 

 先生? あのロン毛、先生って呼ばれてるんですか? 

 

「あの、先生とはウチのファミリアのキャスター……パラケルススのことでしょうか?」

「そうそう、パラくんのことよ」

 

 パラくん!? あのロン毛、パラくんって呼ばれてるんですか!? 

 

 いやいやいや、落ち着きなさい私。今はそんな情報どうでもいいんです。

 

「あの、先程彼に何を渡されたのですか?」

「あら、聞いてないの? これよこれ」

 

 そういって我々に突き出されたのは、◯の中に『キ』と字が入ったマークが特徴的な円筒型の容器。うわ、胡散臭さが凄まじいです。

 

「この仕事してると、どうしてもヤケドしちゃうでしょ? それをあの子が、格安で治療用のクリーム作ってくれてるの。この辺で屋台やってる人間は、だいたいあの子に世話んなってるのよ」

「……失礼、少しお借りしても?」

「えぇ、いいわよ」

 

 フタを開けて、中のクリームを小指の先ほど掬い取る。

 異臭、無し。痛痒感、無し。

 うーん、ぱっと見、怪しいところは無いですね。頭悪そうなマーク以外。

 薬の検分を続ける私の前に伸びてくるピンクの頭。

 

「あむ」

「ちょっ」

 

 このアホトルフォ、いきなり舐めるやつがいますか! 

 ペッしなさいペッ! 肌が紫色になっても知りませんよ!? 

 

 しかし私の心配をよそに、ライダーはケロッとした顔です。

 

「特にお腹痛くなったりはしないなぁ。大丈夫そう」

「卿はお腹より頭を心配するべきだ」

「ひどい!?」

 

 ひどくないです。

 

 むぅ、しかし真っ当な商売をしてるじゃないですか。これなら隠す必要もないでしょうに。

 

「あ、セイバー! キャスターがまた動き出すよ!」

「む、追いましょう。あ、店主殿、協力に感謝します。それとジャガ丸くんコンソメ味とめんたい味を一つずつ」

「まいどあり。何かわかんないけど、先生には感謝してるのよ、わたしらは」

 

 

 むむぅ。

 

 

 

 次にキャスターが立ち寄ったのは、立派な門構えの治療院でした。

 入口脇に荷車を止めて、輝く液体が入った瓶を何本か抱えて建物の中に入ってしまいました。

 というかここは……。

 

 

(ディアンケヒト・ファミリアの施設だよね?)

(えぇ、一体何の用なんでしょう)

 

 顔のない王に身を隠して我々がこっそり侵入すると、中から凄まじい呵々大笑の声が響いてきました。

 

 

「ふはははは! 相変わらず天才的な発想ではないかパラケルススウウウウウウウウウ!!!!」

「この私には過分な評価ですが、この知識への賞賛は喜んで受け入れましょう、神ディアンケヒト……」

「ふっははははは! 相変わらずわけのわからん謙遜だなぁ!?」

 

 豪快に笑う老神と、穏やかに微笑みながら言葉を交わすキャスター。

 

 しかしそんなことはどうでもいいです。

 彼らの傍らでは、キャスターが持ち込んだ霊薬片手に虚ろな目をしたディアンケヒト・ファミリアの眷属らしき姿が!! 

 明らかにラ◯ってますよねあれ!! 

 

(よし、今度こそ黒ですね! おのれキャスター! オラリオ屈指の治療系ファミリアを汚染しようとするとは!!)

(なんかセイバー、黒にしたがってない!?)

 

 気のせいです。

 

 しかしいざ突入しようとしたところで、再びディアンケヒトの声が響きます。

 

「確かにこの効力ならば、希釈しても十分以上に痛み止めとして有効だろう! 長期治療患者どもが大枚はたいて欲しがるさまが目に浮かぶわぁ!! この新作ポーションも安い素材でいい効き目だあああ!!」

「相変わらずお目が高い……」

「いよし、買ったぞパラケルスス!! 金額はこれでどうだぁ!!」

 

 おっと早とちりでしたか。

 んん? 話の流れから察するに、新薬のレシピの売り込みですか? 

 ディアンケヒトが契約書に書いた金額は、かなりの額ですね。原作でも大活躍のファミリアに、そんなに評価されてたんですかキャスター……。

 

 しかしキャスターは首を振ると、ディアンケヒトが提示した額の十分の一以下に書き直します。

 ああ! 何やってるんですか勿体ない!! 

 

「神ディアンケヒトよ。私への報酬はこれで十分です。ですが、契約内容は、前回までと同様でお願いします……」

「ぬぅ、貴様への報酬は今回限り。今後一切の特許料を取らないかわりに、小売価格は貴様が決めるというやつか。今回はいくらだ。……ぬぅ!? 安すぎる! もっとボレるぞパラケルススよおおお!! 考え直せ、この倍の価格でも売れる!!」

「ではこの取引は無かったことに……」

「ぬううう!? ……せめて、この四割増しだ! それより安くなっては、儂のファミリアがよその治療系ファミリアにいらん恨みを買う!!!!」

「……良いでしょう。良い取引でした」

 

(何やってるんですかキャスター! 特許料を取れるならガッツリ取りなさい!)

(セイバー、ステイ! ステーーイ!! キャスターがこっちの出口に向かってる! いったん離れよう!)

 

 キャスター達はまだ中で話しているようでしたが、ライダーに引きずられている私にはほとんど聞き取れませんでした。

 

 

「しかし貴様、何故これほどの知識を安売りする! 自ら売り捌けば、いくらでも稼げるだろう!!」

「……我がファミリアには、薬師がいません。ならば、私一人が製法を抱え込むより、多数の治癒術師や薬師が所属する御身のファミリアに任せる方が、多くの冒険者の手に渡ります」

「むううう?」

「安く、高性能なポーションは冒険者たちの生存率を高める一助になるでしょう」

 

 

 

「遍く人々に安寧を。それこそが()()()の願いであり、私の責務なのです」

 

 

 

 その後キャスターは、馴染みらしき治療系ファミリアに顔を出して霊薬開発の助言をしたり、自分が持ち込んだ霊薬を販売しながら街中をうろついた後、最終的にダイダロス通りの中でも貧困層が集まるエリアで病人やけが人を集めてタダ同然の金額で診察を始めました。

 キャスターの手慣れた振る舞いや住民達の信頼しきった顔を見るに、何度も彼は訪ねているのでしょう。

 

 正直、ついに尻尾を出して非合法な人体実験に乗り出したか、とか思ってた自分たちが恥ずかしいです。

 

 これ以上ここに居ても彼が悪事を為すことは無いだろうと判断し、私とライダーは一足先にホームに戻ったのでした。

 

 

 

「──というのが、事の顛末です」

「マジかー。ってことは、こっそり金庫に金入れてたのは、照れくさかったとかそんな理由か?」

「俺には理解が及ばん。よほど恥を知らぬと見える」

「えーっと、『立派なことしてるから恥ずかしがる必要なんて無いのに』? 当たり? やったー!」

「私が奴の薬で腹を壊したのも、意図しない出来事だったということでしょうか……ぐうぅっ」

「ま、オレは知ってたんですけどね。薬の売り歩きとか、ギルドに許可取らないと出来ないことはオレがササッと書類出してきたからな。オタクらが予想外にビビってたから面白くて黙ってたけど────冗談デス」

 

 アヴェンジャーは後でぶん殴るとして、キャスターには悪いことをしました……。

 倫理観0男とか違法実験マッドドクターとか薬物汚染領域キャスター工房とか内心思ってた自分たちが恥ずかしいです……。

 

 

「あっ、みんな、キャスターが帰ってきたよ!」

「む。では全員、配置につきましょう」

 

 

 せめてもの謝罪に、我々が出来ることと言えば────

 

 

「遅くなり申し訳ありません……。着替えた後、すぐに夕食の支度にとりかかり──なんでしょう、これは?」

 

 リビングに入ってきたキャスターが訝しげな顔をしています。

 それもそうでしょう。

 

 食卓の上には彼の好物、ジャガ丸くんハニーシュガー味をはじめ様々な料理が。

 そして我々の手元には、『キャスターくん、ごかいしててごめんね』と書かれた横断幕があるのですから。

 

「ついに皆さん気が狂い──いえ、元々でしたね」

「何か言いましたかキャスター? まぁ構いません。我々は、卿に謝罪しなくてはいけません」

 

 私は、今日一日キャスターを尾行していたこと。

 絶対非合法な手段で稼いでると疑っていたこと。

 マッド系の狂人枠だと思っていたこと。

 

 これら含めて様々なことを謝罪しました。

 

 流石に気を悪くするかと思いましたが、キャスターは首を振りました。

 

 

「そのようなこと、気にする必要はありません。────我々は、仲間なのですから」

「キャスター……!」

 

 グッと熱いものが込み上げてくる我々の前で、キャスターは続けます。

 

 

 

「ええ、全くもって気にする必要はありません。なので皆さんも気にしないで下さい。

 ──セイバーが寝ている間に採血して、竜の血の代用品にしていること。

 ──ランサーが寝ている間に鎧を削って、希少鉱物の代用品にしていること。

 ──ライダーのヒポグリフをドロップアイテムの塊扱いしていること。

 ──アーチャーとバーサーカーのポーションに試作品を混ぜて被験体扱いしていること。

 正直、薬の素材や被験体の件がバレたら怒られそうなので黙っていたのですが……許しあえる仲間というのは、本当に素晴らしいものですね。おや、セイバー。聖剣を構えてどうかしたのですか? 風王結界を解除して? 上段から? 下段に────」

 

 

 やっぱりこいつヤバい奴じゃないですかカリバアアアアアアアアア!!!! 

 

 

 

 

 




人気出たら良いなと思って外道成分頑張って抑えたんですけど、我慢できませんでした。


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番外編③『彼らはいかにしてクラスで呼び合うようになったか』

二話投稿の一話目。

すまない、散々待たせてまた番外編なんだ。しかも説明回なんだ。
第一話で書きたかったけどテンポ悪くなるから温めてたら腐りかけてたネタを慌てて大放出しました。


 城壁に囲まれた巨大な都市を見下ろせる丘の上で、私は()()()たちの下に戻っていった。

 

 最悪です……。本当に最悪です……。

 

 この世の終わりのような顔をしている私を、褐色の肌の少年が出迎える。

 

「おかえり、えーと……どうだった?」

「……ありませんでした」

「あー……ドンマイ」

 

 ドンマイじゃないんですよカムバック・マイサァァァァァン!!!! 

 嘘でしょ!? 一度も使ってない内から生き別れなんて酷いこと許していいんですか!? 

 この世には神も仏もいないんですか!? 

 あ、神様はアホみたいにいる世界でしたねどうでもいいですよそんなことはああああ!!!! 

 

「未使用だったのか……ご愁傷様です」

「哀れな。泣き叫びたければ存分にそうしろ。無意味な行為ではあるが」(特別意訳:意味無くても泣きたい時あるよね。スッキリしちゃお)

「ボクもヒヤッとしたよー。だって今のボク、見た目完全に美少女だもん!」

「私も髪が伸びていた時は聖女マルタにでもなってしまったのかと……」

「◾️◾️◾️……なんだこの胸のザワつきは……彼女(?)を見ていると、何かがおかしくなっていく……!」

「というかアルトリア(仮)ちゃん。気持ちはわかんねーですけど、嘆いてる暇ないですよー。そりゃ股間のエクスカリバーがアヴァロンになってたらショックかもだけぐぷぇあ!?」

 

 ハッ、いけません、無意識に拳が……! 

 しかし一発ぶん殴ったことで若干気分が落ち着きました。

 

 私はスンスンと鼻を鳴らしながら涙を拭い、目の前の彼らに目を向ける。

 

 発言順に、茶髪に緑衣の少年、黄金の鎧に白髪の少年、ピンク髪の少……年……?、黒髪ロン毛に白衣の少年、紫っぽい髪に黒鎧の少年、黒髪褐色肌に赤い布切れをまとったセクハラクソ野郎と、どこかで見たことのある顔触れ。まぁ最後の一人を除けばかなり幼くなっていますが。具体的に言うと、原作での姿マイナス10歳くらい。

 そして私自身、性別すら違うキャラクターに成り果ててしまっていますし……。

 

 認めたくはありませんが、これは……。

 

「あの、念のため聞いておきたいんですけど、皆さん、さっきまでバスに乗ってましたよね?」

 

 コクリ。

 

「トラックにぶつけられましたよね?」

 

 コクコク。

 

「……死にましたよね?」

 

 ……コクリ。

 

「なんか、こう、神様的な存在に馬鹿にされた後に気づいたらここにいましたよね?」

 

 コクリ。

 

 

 よし、現状確認終了。集団幻覚ですね。早く目を覚まさなければ。

 

「おーいアルトリア (仮)ちゃん。現実逃避すんなー」

「現実逃避でもしなければやってられないんですよアンリマユゥ(仮)!!」

「あ、ちょ、やめ、首しめんな! 悪かった、謝るから、やめろ、…………こふっ」

「おい、アルトリア (仮)さん!? アンリマユ(仮)気絶してるから! 窒息してるから離せって!」

「いかんな、完全に正気を失っている。ロビンフッド(仮)、引き剥がすぞ」

「くそっ、しゃあねえかカルナ(仮)さん。そっちおさえてくださいよっと」

 

 離せぇ! 私の行き場のない憤りをこの黒いのにぶつけさせろぉ!! 

 っていうか(仮)(仮)うるさいんですよ!! 

 

「確かにメンドくさいなぁ。じゃあボクは正義のセーラー服ナイトで!」

「あ、そういうの許される感じですか……? では私はPでお願いします。パラPでも構いませんよ」

 

 そこの二人はもっとうるさいんですよぉ!! 

 この非常事態にもうちょっと慌てるべきなのでは!? 

 

「いや、オレらも慌ててたんですよ? でも目の前で自分以上にテンパってるオタク見てたらなんか冷静になってきたっていうか……。とりあえずなっちまったもんは仕方ねーし、落ち着いて話しましょうや」

「くっ…………確かに正論です。良いでしょう」

 

 そんなこんなで現状確認パート2。

 

 我々を転生させた神()曰く我々は各々の姿の元となったサーヴァントの能力や技術を宿しているとのこと。神の眷属となることで使用可能となるらしいので、黒いセクハラゴミにサクッと契約させます。

 

 その結果わかったこと。

 

 割とチート転生の類でした。

 

 

 まず身体能力ですが、メチャクチャ高いです。

 レベル1なりたての平均的冒険者の身体能力は知りませんが、短距離なら壁走りとか屋根伝いにピョンピョン飛んでくとか漫画やゲームじみたアクションは普通に出来そうです。流石にサーヴァントと比較すれば完全再現には程遠そうですが。

 将来的に確実に英雄に至れる才能を持った人間の初期ステイタスって感じでしょうか。

 

 まぁこれは割と大人しめです。次からチートです。

 

 

 技量について。

 ヤバイです。剣道すらロクにやったことない私がビュンビュン刃筋立てた素振り出来ます。軽くカルナ(仮)さんと打ち合ってみたら、どう体動かせば良いかとか分かります。超高レベルチャンバラ出来てます。すごい楽しいですコレ。

 他にもロビンフッド(仮)が森の植生や狩猟の知識が湧いてきたり、パラケルスス(仮)も薬物の取り扱いや魔術に関しての知識を備えているようです。

 正直助かりました。ダンまち世界という平和そうに見えて裏では結構ヒャッハーな悪党どもものさばっている世界で、いくらサーヴァントの力があっても素人が生きていけると思いませんし。

 

 

 次にスキル。

 サーヴァントの保有スキルがそのままスキルになってるみたいです。

 私の場合、魔力放出、直感、カリスマに加え、セイバークラスのスキルである対魔力や騎乗もスキルに入っています。

 原作でのスキル最多がフィン・ディムナの五つだか六つくらいだったことを考えると、かなりのアドバンテージのはず。

 え? っていうか、レベル1の頃からこんなにスキルっていっぱい持ってて良いんですか? とか思わずツッコミが出ました。

 

 

 そして最後。これが一番重要です。

 

 宝具、使えます。

 

 魔法扱いで、宝具が使えてしまうんです! 

 威力は魔力依存になりそうですが、威力倍率が頭おかしい気がします。レベル1なりたての私がストライク・エアっても軽く小屋くらいならぶっ壊せそうです。

 しかもなんと、原作主人公であるベル・クラネルと同じく速攻魔法扱いで真名解放だけで撃てます! 

 

 凄くないですか!? かめは◯波、邪王炎殺◯龍波、アバ◯ストラッシュ、牙◯突(二文字ですからね、隠しちゃうとわからなくなりますからね)に並ぶ声を出しながら撃ってみたい必殺技ベスト10常連(私調べ)であるエクスカリバーを撃てるんですよ!? 

 

 理不尽な転生に凹みまくってますが、これだけはテンションめちゃくちゃ上がりますヒャッフー! 

 

「アルトリア(仮)、嬉しそうだねー」

「あぁ、先程まで慌てふためいていたのに、現金なものだ。だが、何故だ……あの少女の姿で無邪気に喜ばれると、かすかな戸惑いと大きな喜び、そして死にたくなる罪悪感が湧いてくる……! この身体の記憶だとでもいうのか……!? ◾️◾️◾️……!!」

「ちょ、ランスロット(仮)、大丈夫!? っていうか髪型でわかってたけどやっぱバーサーカーの方なの!?」

 

 ランスロット(仮)とアストルフォ(仮)が何やら騒いでいますが、耳に入りません。

 あぁ、早くぶっ放してみたいです……。

 

「あと話し合うべきは、今後の身の振り方か」

 

 ひとしきりはしゃいだ後、カルナ(仮)さんからの問題提起。

 それぞれ考えを話し合います。

 

「この身体の薬学の知識があれば、医療系ファミリアとして安全に稼ぐこともできそうですが……」

「いや、他所から流れてきたどこの馬の骨かもわかんねえオレらが、一から商売するのは難しいでしょ。まずは信用得ないと」

「それに我々は無一文の身だ。先立つ物が無ければ店を構えることも出来ない。やはり探索系ファミリアとして活動する必要はあるだろう」

「ランスロット(仮)の意見にさんせ〜い。ダンまち世界に来た以上、一回はダンジョンに潜っとかないと!」

「気楽な物言いだ。よほど軽く捉えていると見える」(特別意訳:ポジティブに考えててすごいなぁ!)

「んー、オレは神様だからダンジョンに潜れないし、アンタらが大丈夫ってんなら、オレからは止めませんよ」

「ならば当面はダンジョン探索系ファミリアとして貯蓄。ある程度の予算が出来た段階でパラケルスス(仮)を中心とした医療系ファミリアにシフト。当面の目標は、これでいきましょう」

『異議なし』

 

 よし、ひとまず話はまとまりました。

 

 ……ならば、一番重要な話をしなくては。

 

 

「ところで皆さん、これからはお互いのことをクラスで呼び合いませんか?」

「ん? なんで?」

 

 私の提案に、アンリマユ(仮)が首を傾げる。

 ここが正念場です、私……! 

 

 

「私は、自分がアルトリアを名乗れるほど、高潔とも立派とも思っていません。ただの小市民です。

 ですが、この世界で生きていくには、力と覚悟が必要です。

 だからこそ、クラス名を名乗るのです。

 英雄そのものを気取るほど、おこがましくはなれない。

 ですが、その力と姿を借り受けた影法師(サーヴァント)として、誇りと勇気を抱き生きていく。

 英雄の姿に恥じないよう、恐怖や傲慢を抱かずに戦っていく。

 その決意の表明と、それを忘れないために、クラス名で呼び合うのです。

 ……だめ、でしょうか?」

 

 恐る恐る意見を述べてみると、六人(五人と一柱?)の反応は悪くはなさそうでした。

 

 

「おー、そりゃ良い考えですねっと。いい加減、(仮)(仮)言うのも飽きてたし」

「俺は構わない。……確かに、カルナを名乗るのは傲慢が過ぎる」

「ボクは別にセーラー服ナイトでも良いんだけどなぁ。まぁでも良いよ! クラス呼びもカッコイイし!!」

「……皆さんが宜しいようでしたら、私はどちらでも」

「◾️◾️◾️◾️──!! なんと、ご立派な……! いや待て私、そこまで感動するような内容ではなかったはずだ……!!」

「んー……。まぁ、良いぜー」

 

 

 おっしゃあ言質とれました! 

 杞憂も無くなったことですし、さっさとオラリオに入りましょう! 

 ゴーゴーゴーです! 

 

 意気揚々と歩き出した私の後ろで六人が何やら話し合ってますが、全く何をモタモタしているのでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 ちなみに、その場に残った野郎どもの会話。

 

 

「……あれ、アルトリアっていう女の子の名前で呼ばれるのが嫌だっただけだよな。たぶん」

「一人だけ性別まで変わってしまったのだ。その葛藤は、俺たちには計り知れないものだろう」

「ボクみたいに男の娘なら全然平気なんだけど、そんな風に割り切れる話じゃなさそうだもんねー」

「……しかし、即興でよくあれほどそれっぽい理屈を並べられたものです。案外、アドリブ力は高いのかもしれませんね」

「うぅっ……◾️◾️◾️◾️……何も聞かずにセイバーと呼び安心してほしい気持ちと、もっと他に理由があるのではないかと根掘り葉掘り聞いてアタフタする様を生暖かく見守りたい感情が……! これもランスロット卿の肉体の影響か……!?」

「こえーよランスロ……もといバーサーカー。ま、クラス呼びするだけでお仲間のストレスが減るなら、良いことなんじゃないんですかねー。とはいえ……」

 

 

 

 

「皆さーん、何を話しているんですかー? 置いていきますよー!」

 

 

 自分の狙いを見透かされてるとは毛ほども考えず、無邪気に手を振るセイバーの姿に、彼らの胸に一つの感情が浮き上がる。

 

 

 

 ──なんか、すげーポンコツ感溢れる姿だなぁ……。今後苦労かけられそう。

 

 

 

 その予感は間違いなく正しかった。

 平穏無事にオラリオ生活をするという彼らの願いは、都市入り十分後に闇ギルドによる暴行現場にセイバーが鉢合わせてしまったことであっさり破られる。

 そこからなんやかんやあって、十年後には都市有数の武闘派ファミリアにのし上がることになるのだが、その裏ではいくつもの彼らの悲鳴と、どうしてこうなったの叫びが響いていた。

 

 ただ、一つだけ補足するなら…………セイバーだけではなく、彼ら全員もれなくポンコツだとは、この時点では誰も気づいていないのであった…………。

 

 

 




この後、原作開始10年くらい前だと気付きます。
同時にだから神のアヴェンジャーと老けないセイバーだけ原作通りの姿だったんかい、と判明します。


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外伝①『ランサーの昔話』

二話投稿の二話目。

※閲覧注意
本編や番外編がポンコツ:シリアスが5:5だとしたら、外伝の過去話は3:7くらいにシリアス多めかもしれないような気がします。
しかもポンコツどもが生意気にもちょっと真面目ぶってます。
本編のイメージを損なう恐れがあるので、『俺はこの話にそういうの求めてねーんだよぉ!』って方は後書きまで飛ぶこと推奨です。
三行でまとめてます。

それでも気にしねえ!って猛者の方はどうぞ。まぁまぁ長いです。


 煌めくは紅蓮の炎。振るわれるは神域の絶槍。

 

 傷つき、倒れた冒険者たちが目にしたのは、神話の如き戦いだった。

 

 怪物の攻撃は黄金の鎧の前に砕け、逆に英雄の一撃は怪物の巨躯を焼き払う。

 

 自分たちが力及ばず敗れた階層主を、業火を纏った英雄が単身圧倒しているのだ。

 

 幾度かの攻防の末、魔石を砕かれ消滅したモンスターを尻目に英雄は何でもないことのように自分たちを振り返る。

 

「終わったぞ」

「お前は、アンリマユ・ファミリアのカルナ……。すまない、助かった」

 

 冒険者たちを代表して、団長であるシャクティ・ヴァルマは心からの感謝を告げた。

 しかし英雄は顔色一つ変えず、無感情に呟く。

 

「この程度のモンスターに苦戦するなど、あり得ない話だ。冒険者としての適性を疑った方が良いだろう」

 

 一瞬、何を言われたのか理解できなかった。

 理解できた後も、聞き間違いかと思った。

 しかし────

 

「その実力でよく戦えてきたものだ。驚嘆に値する」

 

 カァ、と頭に血が上った。

 隣で彼女を姉者と慕う娘が激昂しかけているのが見えた。

 それを片手で制し、彼女自身もなんとか心を落ち着かせる。

 たとえ侮辱されようと、間違いなく自分たちはこの男に命を救われたのだから。

 

 しかしそれでも、次の言葉は頷けないものだった。

 

 

「何もかもが足りず、無様に屍を晒す必要もないだろう。俺をつれてい──」

「結構だ!!」

 

 冷静でないことは分かっている。

 傲慢極まる言い方ではあるが、ダンジョンにおいてこの男の申し出は天の助けに等しいものだ。

 

 だがそれでも、彼女たちはそれを受け入れるわけにはいかなかった。

 

 何もかも見透かすようなこの男の言葉に頷けば、まるで自分たちだけでは立つことも出来ない雛鳥であることを認めるようで。

 

 次に同じような危機が訪れた時、この男の助けを待つような弱さを得てしまいそうで。

 

 都市の守護者を自負してきた彼女たちには、受け入れられないものだった。

 

 

 上の階層で待つ本隊と合流すべく踵を返しながら、シャクティは最後に一度だけ振り返った。

 

 日輪の光輝を宿せし英雄は、ただただ静かに自分たちを見つめていた。

 

 

 

 彼女たちが立ち去った後、日輪の英雄は静かに呟く。

 

 

 

 

「どうしてこうなった」

 

 

 

 

 外伝①『ランサーの昔話』

 

 

 

「ランサー、ご飯の時間ですよー。部屋にこもってないで、みんなで食べましょうよー」

 

 扉の外からセイバーの声が聞こえる。が、俺は応えずにより深く布団に包まった。

 脳裏に浮かぶのは深層での一件。

 冒険者たちの憤怒の(と少し傷ついたような)表情が忘れられない。

 

 また言葉が足りなかったようだ。

 

 事の経緯は単純だ。

 深層で一人修行をしていたら、冒険者パーティが階層主に負けそうになっていた。

 無粋な横槍にならないよう、勝機がないことを確かめてから死人が出る前に手助けした。

 ここまでは良かった。

 

 

 冒険者の代表らしき女性が感謝してきたので、自分もそれに応えた。

 

 彼女たちからすれば強敵だったようだが、レベル6に至った俺にとっては格下であり、そもそも彼女たちとの交戦で階層主はダメージを受けていた。まして俺には『日輪よ、具足となれ(カヴァーチャ&クンダーラ)』がある。これほどの条件で負けるわけにはいかなかったので、謙遜の意を込めて、

 

「この程度のモンスターに苦戦するなど、あり得ない話だ。冒険者としての適性を疑った方が良いだろう」

 

 と言った。

 

 正直、この時点では違和感に気づいていなかった。

 

 むしろステイタス的には劣りながら、見事な連携と勇猛さで後一歩というところまで階層主を追い詰めた彼女たちに感動し、素直にそれを賞賛した。

 

「その実力でよく戦えてきたものだ。驚嘆に値する」と。

 

 この辺りから、流石に彼女たちの雰囲気が剣呑なものに変わったことに気付き始めた。理由は分からなかったが。

 しかしペース配分を間違え物資が不足しかけていたこともあり、俺も助けが必要だったので恥知らずとは思いながら、彼女たちに頭を下げて、

 

「何もかも(の物資)が足りず、無様に(俺の)屍を晒す必要もないだろう。俺をつれていってくれ」

 

 というつもりだったのだが、まさかの言い切る前の拒否。

 思わず泣きそうになった。

 

 傷心したまま、残り少ない食料をチビチビ消費し、時にモンスターを炙って食いながら(不味かった)、なんとか地上に帰還して事の経緯をアヴェンジャーに報告すると、気の毒そうな目で見られた後、俺の発言がどういう意図で受け止められたのか説明された。

 

 

 

 俺は凹んで引きこもった。今三日目だ。

 

 

 いつもこうだ。伝えたいことを全て言っているつもりなのに、他人からは一言多いと敬遠され、仲間たちからは一言足りないと怒られる。

 

 

 昔は良かった。

 闇派閥が幅を利かせている間は、彼らを倒せば感謝されたし、多少の言動の不備は気にされなかった。

 しかし数年前に闇派閥がほぼ壊滅し、オラリオに平和が訪れると俺は人々に疎まれるようになった。

 

 仲間たちは平和な世でもますます人々に受け入れられているのに、俺だけが取り残されている。

 

 それだけならまだ良い。俺一人が苦しむならそれは構わない。

 

 俺が余計な不和を撒き散らすことで、何度仲間たちが誤解を解くために走り回ったことか。

 共にこの世界に落とされ、何度も助け合った彼らの足を引っ張ることだけは耐え難かった。

 

 

 だからこうして引きこもる。

 俺など、自室の布団乾燥機(日光消毒機能付き)にでもなれば良いのだ。

 

「良いわけないでしょうがストライク・エア!!」

 

 しかしそんな俺の部屋に乱入する騎士が。

 

「ランサー、貴方に来客です。丁重にもてなすよう」

「………………。ことわ「丁重に、もてなすよう」…………承知した」

 

 セイバーは何かあるとすぐに聖剣を向ける癖はやめてほしい。

 

 

 仕方なしに身なりを整え、応接間に向かう。セイバー付き添いで。

 公的な用向きで使う円卓の間ではなく、プライベートな来客用の部屋。いったい誰が、俺を訪ねてきたというのか────。

 

 

 

「俺が、ガネーシャだッ!!!!」

 

 

 ガネーシャ神だった。

 

「先日は、俺の眷属(こども)たちの窮地を救ってくれたらしいな! ガネーシャ、超! 感謝!!」

 

 ビシィ! といちいちポーズを取りながら語る象神。

 そう言えば、あの一団は象のエンブレムをつけていたような……。

 

「貴方が助けたシャクティから話を聞いて、ガネーシャ神はわざわざお礼を言いに来てくれたのです。とりあえず座って座って、ホラ」

 

 小声で耳打ちしてくるセイバー。

 

「不要だ。不快になるだけの話をされてもこちらも困る。早々に帰る方が、お前の為でもある」

「ヌゥ!? やはり助けてもらっておいてそそくさと帰ったことは印象悪かったか! しかしこうも堂々と脅迫されると、ガネーシャ、困惑!!」

 

 違う、そうではなく────。

 

 思った通り誤解され、動揺してしまう俺。

 言葉が出ず、焦りだけが募る中、凛とした声が響いた。

 

「あぁ、ガネーシャ。どうか誤解なさらぬよう。ランサーは、自分の言動で貴方が不快な思いをしてしまうことを恐れているのです」

「なに、どういうことだ!?」

「実はランサーは、極度の口下手でして────」

 

 助け舟を出した上で会話を引き継いでくれるセイバー。

 

 いつもだ。いつもこうだ。

 

 俺が何か言うと、セイバーや、仲間たちが助けてくれる。俺は、彼らにいつも救われている。

 

 俺はやはり迷惑だ。

 

 一方的に救われるばかりの関係を、どうして仲間と呼べる────

 

 

 俯いた俺の肩を、しかし力強い腕が掴んだ。

 思わず顔を上げると、滂沱の涙と色んなものを垂れ流す象神。

 ちょ、服に垂れてきてるんだが。

 

「カルナァ!! 苦労していたんだな、お前も!! ガネーシャ、超号泣!!」

 

 困惑してセイバーに目を向けると、冷や汗をダラダラかきながら目を逸らされた。

 

 おいポンコツ、何を言った。

 

 

「安心しろカルナ!! お前が人とのコミュニケーションに踏み出せるよう、この俺が全力でサポートしてやる!!」

「は? 待て、どういうことだ」

 

 困惑する俺をよそに、象神は高らかに宣言する。

 

「感謝は要らん! 眷属を救ってくれた礼だ!! 遠慮も要らん! 何故なら俺は【群衆の主】────そう!!」

 

 

 

「俺が、ガネーシャだ!!!!」

 

 

 

 その日から、俺とガネーシャによるマンツーマンのレッスンが始まった。

 

 俺が迷宮に潜っておらず、ガネーシャが暇な時にキャメロットを訪れて様々な状況を再現して会話のトレーニングをしている。

 

 

 ケース①自己紹介

 

「俺が、ガネーシャだ!!」

「カルナだ。仲間からはランサーと呼ばれている。もっとも、お前に名乗る価値を見出せないが」

「カルナァ! 初手から喧嘩を売る奴があるかぁ!!」

「ム。違う、今のは、俺の名などわざわざ覚える必要も無いと言いたくて……」

「第一級冒険者のくせに謙遜が過ぎるぞカルナァ!!」

 

 

 ケース②買い物

 

「これが、ジャガ丸くんだ!!」

「代金だ。だがお前は、自分が価値に見合う額を請求しているつもりか?」

「カルナァ! ジャガ丸くんのどこに不満がある!?」

「ム。違う、今のは、もっと高くても皆喜んで食べるだろうと言いたくて……」

「世の主婦から怒られるぞカルナァ!!」

 

 

 ケース③道案内

 

「どれが、バベルだ!?」

「この街の中心、巨大な塔だ。一度崩されたものを建て直してまで人がすがりつく象徴だ」

「カルナァ! オラリオの存在意義を否定するようなことを言うな!!」

「ム。違う、今のは、神々に遊び半分で崩されながら、それでも下界の人々の安寧のために苦難を乗り越え建て直した希望の象徴と言いたくて……」

「ご迷惑をおかけしてすみませんでした当時の人々ォ!!」

 

 

 

 このように、順調に俺のコミュニケーション能力は向上している。

 ガネーシャやよく経過観察にくるライダー曰く、そろそろ一人で買い物が出来るかもしれないと考えることを許される時期に入りかけているかどうか複数人で協議を始めてもいいかもしれないという多数決が可決されたらしい。

 セイバーやアーチャーは滅多に顔を出さない。

 見ていると疲れるらしい。

 

 恐らく、俺のあまりの上達ぶりに困惑しているのだろう。

 

 しかしレッスンが始まって数ヶ月、ガネーシャを見送った俺に声をかけてくるものがいた。

 

「おい、【不滅の刃(ブラフマーストラ )】」

「ム、お前はいつぞやの……」

 

 俺とガネーシャがレッスンを始めるきっかけになった出来事。その時に助けた女冒険者だった。

 

「シャクティ・ヴァルマだ。ガネーシャ・ファミリアの団長を務めている」

 

 初耳だった。

 他所のファミリアと交流の多い仲間たちと違って、俺は基本的に仲間以外と話さない。

 ガネーシャ神も気を遣ってか、護衛の眷属をキャメロットまで連れてくることはなかった。

 

 しかし、これは好機だ。

 

 今の会話能力が向上した俺なら、以前の失言を謝罪することが出来るかもしれない。

 頭の片隅で、ガネーシャ神による『カルナ、土下ン座ムはするなよ!』という激励の声が聞こえてくる。了解、土下ン座ム! 

 

 勢いよく頭を下げようとした俺だが、機先を制するようにシャクティの声がかかる。

 

 

「以前の無礼は詫びよう。……私や仲間の命を救ってくれたことは、感謝している」

「ム。気にするな。大した労でもなかった」

 

 元々彼女たちが削っていたからな。

 そんな想いが伝わったのか、シャクティが笑みを浮かべる。頬がひきつっているように見えるが、疲れているのだろうか。

 

 

「だが、今は【怪物祭】が近づいている重要な時期だ。これ以上、我等の主神を連れ回すのはやめてもらいたい」

「なんだと?」

「いつもいつも仕事の合間にホームを抜け出してどこに行ってるのかと思えば、お前たちアンリマユ・ファミリアに入り浸っているようだな。何をしているかは聞いていないが、ガネーシャ自身、怪物祭の根回しで忙しい身なんだ。頼む。もう勘弁してくれないか」

 

 怪物祭。

 ここ数年始まった、ガネーシャ・ファミリアとギルド主催のイベント。

 原作でもガネーシャ・ファミリアは、怪物の調達や当日の見世物や警備と人員を割き、ガネーシャ神もまた、神々への根回しに宴を開くなど、精力的に動いていた。

 

 時期的にそろそろだとは知っていたが、その仕事を抜け出してまで、俺についていてくれたのか……。

 

 

「心得た。ガネーシャ神には、俺から伝えておこう」

「……感謝する。それでは」

「待ってくれ」

 

 踵を返そうとする彼女に、思わず声をかけていた。

 胡乱な目でこちらに振り向くシャクティ。

 

「……なんだ?」

「何か俺に、手伝えることはないか? ……ガネーシャ神には恩義がある。彼の、力になりたい」

「! ……意外だ」

 

 俺の言葉にシャクティはわずかに目を見開き、厳しかったその顔をわずかに緩めた。

 しかし一瞬後には即座に引き締め、硬い声で返す。

 

「気持ちはありがたいが、これは我等の責務だ。お前に頼むことは何も無い。……もし気が済まないというなら、祭を楽しんでくれ。きっと、ガネーシャも喜ぶ」

 

 最後の言葉だけは優しく、しかし決然とした足取りで彼女は去っていった。

 

 

「フラれちまったなぁランサー」

「……見ていたのか、アヴェンジャー」

「おう、割と序盤からな!」

 

 呆然と立ち尽くす俺を、ジャガ丸くんが入った袋片手にアヴェンジャーがゲラゲラと笑う。

 

「まぁ実際、ガネーシャの奴最近忙しいんだよ。(オレ)たちへの根回しとか、ギルドとの打ち合わせとかでさ。団長としては、これ以上余計な仕事増やしたくなかったんだろうな」

「……俺が、邪魔をしていたのか」

「あ、ヤベッ。…………いやいやいや、邪魔じゃねえよランサー。アイツはアイツで、アンタとのレッスン楽しんでたって! ……ただまぁ、時期が悪かったってだけさ」

 

 ポン、と背中を叩き、ホームに帰ろうと促すアヴェンジャーだが、俺はまだ動けない。

 

「何か、俺にできることはないだろうか?」

「【象神の杖】も言ってたろー? ありゃガネーシャ・ファミリアの問題だ。んー、まぁ強いて言えば、あと二年後くらい、原作始まった時の怪物祭でモンスターが逃げ出さなきゃ、ガネーシャの心労も減るだろうけど」

「なるほど、それがあったか。感謝する、アヴェンジャー」

「おう、どういたしましてー」

 

 

 脚に全力を込めて跳躍。まだ何か話しているアヴェンジャーを置き去りに、一路目的地を目指す。

 

 

 すなわち、【戦いの野(フォールヴァング)】────フレイヤ・ファミリアのホームへ。

 

 

 

 

 

「ま、あの事件止めるとしたらフレイヤ様に喧嘩売るしかないけどな。流石にそんな無茶はできねーよなーってあれ? ランサー? ランサーどこだー? ………………。お前らあああああああ!!!! 全員集合おおおおおお!!!!」

 

 

 

 

 

 あの後俺は、無事フレイヤ・ファミリアのホームにたどり着いた。

 

 その上であえて言おう。

 

 

 

「単身乗り込んでくるとは恐れ入った。黙ってないでなんとか言ったらどうだ【不滅の刃】ァ!!」

「アンリマユ・ファミリアの金ピカ鎧だ」「レベル6になったからって調子に乗ってるな」「言うに事欠いて、フレイヤ様に頼みがあるだと」「調子に乗りすぎてるな」「「「「殺すか」」」」

「即刻立ち去るなら我等も追いはしない。おい、ヘグニ、お前も何か喋れ」

「………………」

「おい、何故親近感を覚えてるみたいな顔をしている!?」

 

 

 

 

 どうしてこうなった。

 

 

 門番役の冒険者に、フレイヤ神がいるか、いるなら取り次いでもらえないか聞いたまでは良かった。

 

 問題は、その冒険者が俺の顔を見た瞬間、泡を吹きながら問答無用で槍で突いてきたことだ。

 流石はフレイヤ・ファミリアの冒険者。動揺しながらとは思えないあまりにも鋭い一撃に、思わず炎で迎撃したところ、つい火力を出しすぎて、門番もろとも門を吹き飛ばしてしまった。

 あ、マズイと思った次の瞬間には、オッタルを除くフレイヤ・ファミリアの第一級冒険者に囲まれていた。←今ここだ。

 

 

 とにかく、誤解を解かなくては。

 

「落ち着け。争いに来たわけではない」

「雑兵とはいえ、うちの団員をブチのめしておいてよく言う」

「そこが誤解だ。実力を見誤っていたのだ」

 

 思ったより強かった。手加減を忘れるほどに。

 

 出来るだけ褒める方向で言ったのだが、俺の喉元に突きつけられた銀槍に力がこもる。

 

「あーそうか、そいつは悪かったな……。出来の悪いもんを見せた詫びだ。フレイヤ・ファミリアの本当の実力ってヤツを、拝ませてやる!!」

 

 何故そうなる。マズイ。流石にこの数の第一級冒険者は骨が折れる。

 

「待て。お前達は今から俺と戦う気か? ならばはっきり言っておこう」

 

 両手を挙げた俺に、訝しげな目を向けるフレイヤ・ファミリア。

 

 

 

 

 

 

 

「一方的な蹂躙にしかならんぞ?」

 もちろん、蹂躙されるのは俺だ。

 

 

 

 

 

 俺の穏やかな停戦の申し込みは、しかしブチィッ、という確かに聞こえた音で拒否された。

 

 咄嗟に槍を振り回し、白と黒のエルフによる連撃を真っ向から叩き落す。

 そのまま円弧を描きながら、全力の魔力放出を全周囲に放つ!! 

 

「ォォオ!!」

 

 爆炎が巻き起こり、一瞬視界が塞がれるが、これは!! 

 

「やる気か」「やる気だ」「愚かな」「愚かだ」

「「「「死んで償え」」」」

 

 俺の炎を掻い潜り回避した四つ子が一斉に襲いかかってくる。

 四種の武器を、槍で二種、拳で一種、蹴りで一種防ぐと、驚愕の気配。

 その隙を逃すつもりはない。足元の小石を手に取り唱える。

 

 

梵天よ、地を覆え(ブラフマーストラ )!!』

 

 

 四つ子それぞれに放った石が必滅の光を帯び、命を刈り取らんと迫るが────

 

「遅い」

 

 神速の猫人が通り過ぎざま、四人を蹴飛ばして宝具から逃れさせた。

 速いな。速度だけなら俺を上回るか。

 

「痛い」「汚い猫の脚で」「許せんな」「殺すか」

「ノロマなテメェらが悪い」

 

 俺を差し置き一触即発な空気になる四人と一人。

 ウチのファミリアだと、セイバーとアーチャーがよくあんな感じになる。

 ということはつまり、

 

 

 

「仲が良さそうで安心した。どうか俺に構わず戯れてほしい」

『殺す!!!!』

 

 

 何故だ。

 

 四つ子から離れ、全力の疾走を始める猫人。

 交差しながら何度も槍と槍で打ち合うが、一合ごとに速さが増していく。

 もはや銀の轍だ。

 

 鎧により有効打は一撃も貰っていないが、このままは良くない。

 猫人一人ならともかく、後の六人を相手取りながらこのスピードは放置できん。

 仕方ない。

 鎧で一撃受け止め、カウンターを叩き込もう──! 

 

 

「とことん舐めてくれる!!」

 

 守りの構えを解いた俺に縦横無尽の軌跡を描きながら迫る猫人。

 

 さぁ、勝負だ!! 

 

 

 

 

 

 

 

「双方、武器をおさめよ」

 

 

 

 

 

 しかし必殺の衝突は、割り込んだ蒼銀の騎士により阻まれた。

 

 

 不可視の聖剣が俺の槍を押さえ、猫人の槍を掴み取りながら、セイバーは凛と顔を上げる。

 

 

「この場はアルトリア・ペンドラゴンが預かる! これ以上続けたくば、まずは私が相手になろう!!」

 

 

 

 突然のセイバーの乱入に刹那、俺と対峙する猫人に動揺が見えた。

 だが即座に振り払い、掴まれた槍を手繰り寄せ神速の突きを放つ。

 だが、

 

「な!?」

「無駄です、【女神の戦車(ヴァナ・フレイヤ)】。貴方は確かに速い……ですが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「チィィッ!」

 

 大きく後方に跳躍する猫人。

 同時に、今まで背後に控えていたフレイヤ・ファミリアの団員が前に出る。

 

「あくまで続けるつもりですか、アレン・フローメル」

「先に吹っかけてきたのは、その男だろうがぁ!」

「………………(確かに)。ライダー、やってしまいなさい!!」

「はいはーい!!」

 

 何事か言いかけたセイバーが飲み込み、号令を掛けると、天を駆ける騎兵が現れた。

 その手には巨大な笛。あれは確か……

 

恐慌呼び起こせし魔笛(ラ・ブラック・ルナ)!!』

 

 響き渡る大音声。竜の咆哮に匹敵するその音に、第一級冒険者以外のフレイヤ・ファミリアの団員大半がうずくまる。

 さもありなん。あれは弱い怪物程度なら一掃する、ライダー秘蔵の音響兵器だ。

 無事な幹部達も平衡器官を僅かに乱され、隙を見せた瞬間、

 

 

「◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️!!!!」

 

 

 疾走する黒騎士。白のエルフを一撃で吹き飛ばし、黒のエルフと真っ向から斬り合い、凄まじい膂力で圧倒する。

 しかしその無防備な背に迫る四つの影────

 

「【湖の騎士】まで現れた」「女神の庭を荒らす不届きものども」「許してはおけぬ」「全員殺せ」

 

 

「いいえ、誰一人として、私が死なせません」

 

 ────の前に立ちはだかる、白衣の錬金術師。

 五大のエレメンタルを従え、四つ子の小人と交戦開始する。

 

 

「アンリマユ・ファミリアァァ……! 本気で戦争を始めたいらしいな!!」

「それは違う。アレンよ。私達は貴方がたとランサーの誤解を解きにきただけだ」

「いけしゃあしゃあと!!」

 

 激昂してセイバーに襲いかかる猫人。

 しかしその神速の一撃は、迫る矢を叩き落とすために振るわれた。

 

「動くんじゃあねえぞ、アレン。うちの王様のご命令だ」

「【皐月の王(メイキング)】……!」

 

 矢を放ったのはアーチャー。

 樹上で笑みを浮かべながら、猫人に弓を向けている。

 

 

 何が起こっているのか、理解が追いつかない。

 

 しかしそんな俺の困惑を吹き飛ばす、最後の一撃が放たれた。

 

 

「貴方達、武器を下ろしなさい」

 

 耳朶から脳髄を犯すような甘い声。

 フレイヤ・ファミリア主神を務める美の女神が、オッタルを従え門の外から現れたのだ。

 

「ヒー、なんとか間に合ったぜー」

 

 その後ろを脇腹を押さえながら息絶え絶えに追いかけるアヴェンジャー。

 一体何が。

 

「アレン、一体何があったのかしら?」

「フレイヤ様……! アンリマユ・ファミリアの【不滅の刃】が宣戦布告してきたのです」

「ふぅん? カルナが?」

 

 蕩けるような目で俺を眺めるフレイヤ。

 これはチャンスだ。

 

「それは違う、フレイヤ神よ。俺は貴方に頼みがあって訪ねてきたのだ」

「私に頼み?」

「あぁ。実は────」

「待ちなさい。ダメよ、聞かないわ」

 

 しかし、俺の頼みは口から出る前に拒絶された。

 

「私の眷属達の早とちりもあったようだけど、私の庭をここまで荒らしておいて、頼みを聞いてくれだなんて。虫が良すぎると思わないかしら?」

 

 言われて、グルリと見渡す。

 

 俺が焼いたり、バーサーカーが踏み荒らしたり、ライダーの音波攻撃で吹っ飛んだり、キャスターが焼いて踏み荒らして吹っ飛ばして凍らせたりした惨状が広がっていた。

 

 これは酷い。

 

「ここまでやっておいて、誤解だは通らないわ。いいえ、私の矜持にかけて通さない。言いたいことはわかるかしら」

 

 女神に気圧され、押し黙るしかない俺。

 しかし、俺と女神の間に、小さな背が割り込んだ。

 

 

「心得ています。女神フレイヤ。ここまで来たからには双方、然るべき決着をつけなければ遺恨を残す────戦争遊戯(ウォー・ゲーム)で決着をつけましょう」

「あら、うふふ、流石はアルトリア。話が早いわ」

「こちらが勝てば、貴方にはランサーの願いを聞き入れてもらう」

「えぇ、いいわ。でも、私が勝った時は貴方は何をくれるの? 女神の矜持を踏みにじる対価に、何を差し出せるというの?」

 

 蛇のように妖しく微笑むフレイヤ。

 セイバーはその目をしかと見据えて応えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そちらの勝利の暁には、我が身を差し出そう。煮るなり焼くなり、好きにするが良い」

 

 

 

 

 

 

 

 フレイヤ・ファミリアとアンリマユ・ファミリア。

 

 都市を代表する派閥同士の戦争遊戯の情報は、瞬く間に都市中を駆け巡った。

 

 誰も彼もがその話題で持ちきりだ。

 

 

 神会では神々が────

 

「なんでなんでなんで!? どういう経緯でそうなったの!?」

「表向きは残存する闇派閥への示威行動らしい。だが実際は、【不滅の刃】がフレイヤ・ファミリアに殴り込みかけたんだとよ!!」

「カルナが? へー、あの陰気な槍使いがね。まぁいいや、それで、戦闘方式は!?」

「場所は都市郊外、時間は無制限、方式は一対一の決闘だ!」

「そりゃまたわかりやすい! で、アンリマユ・ファミリアは誰が出る? 騎士王か、湖の騎士か、不滅の刃の誰かだろ!?」

「不滅の刃、カルナだ。そしてフレイヤ・ファミリアの方は────」

「あぁ、そっちは言わなくても分かるよ。こんな大一番、出てくるのはアイツだけだろ────オッタルだ!!!!」

 

 

 酒場では冒険者が────

 

「さぁ張った張った! どっちに賭ける!? 今のオッズは7対3でオッタル優勢だ!!」

「猛者に三万!」

「オッタルに六万!」

「フレイヤ・ファミリアに五万!」

「カルナに五十万だああああ!!」

「うおおおおお!!!!」

 

 

 彼らを良く知る者達も────

 

「アルトリア、大丈夫かな……?」

「戦うのがカルナなら心配はいらない、と言いたいが、相手がオッタルだからね。難しいかもしれない」

「おい、フィン。不安がらせるようなことを言うな」

「ふん、まさかあのカルナが、こんな大胆なことを仕出かすとは思わんかったわい」

 

 

「ガネーシャ、これは……」

「…………。俺が、ガネーシャだ!!」

 

 

 そして当事者たちもまた────

 

「オッタル。遠慮は要らないわ。殺す気でかかりなさい」

「……よろしいのですか? 万が一があれば、騎士王を我が陣営に迎え入れたとしても、恨みを買う恐れがありますが」

「その時は仕方ないわ……。私ね、カルナ、あの子のことが、あまり好きじゃないの」

「……」

「アルトリアに匹敵、いいえ、凌駕しかねない太陽の輝きを宿しておきながら、何かが彼の魂を曇らせている。あのもどかしい光が、たまらなく嫌なの」

「…………承知しました」

「ふふっ、お願いね、オッタル」

 

 

「良かったのか、セイバー。あんなこと言っちまって」

「仕方ないでしょう、ああでも言わなきゃ、本気で最後の最後まで潰し合う戦争になってましたよ」

「ねーねー、ところでランサーは?」

「……彼は、今日もダンジョンです。きちんと食事をしていれば良いのですが。もしくは私の霊薬で栄養補給をしていれば良いのですが」

「万が一体調不良で負けでもしたら、その時は私が奴を◾️◾️◾️◾️──!!」

「いやこえーよバーサーカー!!」

 

 

 

 

 

 

 多くの思惑が入り乱れる中、俺は、何も出来ずにいた。

 

 あの後ファミリアに帰還した俺を、彼らは責めなかった。

 いや、責めようとしたのかもしれないが、その前に俺はダンジョンに逃げ出した。

 何も考えず、無心にモンスターを狩って、逃避した。

 

 結局、戦争遊戯当日になるまで、俺は誰とも言葉を交わすことは無かった。

 

 

 

 そして迎える決戦当日。

 

 巌の如き体躯を誇る猪人と俺は、10Mほどの距離を開けて対峙している。

 上級冒険者であれば、無にも等しい距離。

 何かのキッカケがあれば即座に開戦する緊張感の中、オッタルは静かに口を開いた。

 

 

「個人的には、お前に恨みはない」

「?」

「だが、お前の存在が我が女神を煩わせるというのなら、俺に躊躇いは無い!!」

「……御託は要らん。かかってこい」

 

 

 はるか遠方、オラリオ全土で遠見の鏡が開いた瞬間、俺とオッタルは激突した────!! 

 

 

 

 

 

「うわぁ、どっちも化け物じみてるねーセイバー」

「……」

「あれ? どっか行くの?」

「えぇ、見ていられませんので」

 

 

 

 

 

 

「カハッ」

 

 

 戦闘開始からどれほどの時が経ったことか。

 

 クレーターどころか、地形すら変える激突を幾度も繰り返した末、地に伏しているのは俺の方だった。

 

 

 戦力は五分とは言わないまでも、そこまで差は無かった。

 

 レベル7の奴とレベル6の俺では、確かにステイタスに開きはあったが、俺の魔力放出はその差を埋めた。

 加えて、俺の鎧は全てのダメージを十分の一に削減する上、高い再生能力すら所有者に与える。

 今までどんな窮地も強敵も、この鎧を越えて俺に致命傷を与えることは出来なかった、はずだった。

 

 だが奴の攻撃は、削減されてなお、俺を圧倒するに十分すぎた。

 

 

 頭の中に湧き上がるのは大量の疑問符。

 

 何故だ、ステイタスにそこまでの差は無い。

 何故だ、奴の攻撃のほとんどは俺にダメージを与えられない。

 何故だ、技量は、圧倒的に俺が上回っている。

 

 

 なのに何故、俺は奴に負けている────!? 

 

 

「何故、という顔だな」

 

 地に伏す俺を追い詰めるように、オッタルが一歩ずつ近づいてくる。

 

 その姿は凄惨の一語に尽きる。

 

 焼け爛れた肌、幾つもの裂傷、打撲痕、骨折────ダメージは、俺よりはるかに多いはずなのに。

 

 何故、勝てるイメージが全く湧かない!! 

 

 

「実際に打ち合って、フレイヤ様が仰ることが理解出来た」

 

 ゴボリ、と血を吐き出しながら、オッタルは言う。

 

「お前と俺の間に差はほとんどなく、お前の技量は俺を遥かに超える。なのに何故お前は地に這いつくばっているか────お前が、偽物だからだ」

 

 不意打ちの刺突────避けられた。

 

「お前の攻撃には、重みがない。その技を、その力を頼りにしながら、その実自らを少しも受け入れていない」

 

 密着状態からの拳打────防がれた。

 

「格下相手ならそれでも何の問題も無かっただろう」

 

 突き放しながらの蹴撃────掴まれた。

 

「だが、今のお前の敵は──」

 

『梵天よ、地を覆え!!』

 

 ゼロ距離からの宝具解放────首を傾けただけで、避けられた。

 

 

 

「──この俺だ」

 

 

 至近で隕石が降ってきたような衝撃、一拍遅れで殴られたのだと理解する。

 

 ただの拳がこの重み。

 

 もはや笑えてきた。

 

 あぁ、理解できた。

 

 この男の言うことが正しいのだろう。

 

 俺は、カルナの力を頼りにしながらも、人と満足に言葉一つ交わさないこの身が嫌で嫌で仕方なかった。

 

 なるほど、偽物だ。折り合いをつけて受け入れている仲間たちとはまるで違う、紛い物の贋作だ。

 

 そしてオッタル。この男は俺とは違う。

 

 それこそ、本物のカルナと同じように、大英雄と呼ばれるような超越者。

 

 影法師にすらなりきれないこの俺が敵うはずがない────

 

 

 

 絶望に閉ざされていく意識の中で、しかし声が響いた。

 

 

 

「顔を上げなさい」

 

 

 

 視界の先には、決然とした足取りで近づいてくる小さな少女の姿。

 

 その姿を見た瞬間、クッ、と思わず笑いが出そうになった。

 

 ある意味、俺よりも変わってしまった存在。

 

 少女になってしまった頃は、毎日のように悲鳴を上げていたのが、いつの間にかふてぶてしい態度を身につけた、親愛なる仲間。

 

 

 

「そんなところで這い蹲る姿は、()には似合いません。立ち上がりなさいランサー」

 

 

 

 いつもいつも抜けているくせに、こうと決めた時は恐ろしい勢いで突き進む頼れる団長。

 

 あぁ、お前たちの存在があるから、紛い物でも俺は戦ってこれた。

 

 

「王として命じます。────勝ちなさい、()()()

 

 

 

 

 

梵天よ、我を呪え(ブラフマーストラ ・クンダーラ)!!』

 

 残された僅かな力を振り絞って宝具を放ち、オッタルを吹き飛ばす。

 

「無駄な足掻きを……!!」

 

 大剣の一振りで宝具を相殺するその姿に笑いがこみ上げてくるが、あぁ、十分な距離は稼いだ。

 

 

 この距離なら、アレを撃てる。

 

 

「オッタル、確かに俺は紛い物だ。ひどく歪で、不出来なのだろう────だが、友が俺をカルナと呼ぶのだ。その名にかけて、俺は負けん」

 

「何を──!」

 

 

 ブラフマーストラをかき消したオッタルが駆けるが、そこからでは間に合わん。

 

 俺は、最後の宝具を開帳する。

 

 

 

 

『神々の王の慈悲を知れ』

 

 ミシリ、と自分の中の致命的な何かが軋んだ。

 

『インドラよ、刮目しろ』

 

 神槍が光を帯び、大気すら歪める熱を放つ。

 

『絶滅とは是、この一刺』

 

 間に合わぬと悟ったオッタルが大剣を投擲するが、俺に辿り着く前に蒸発して消えた。

 

『焼き尽くせ────』

 

 

 

日輪よ、死に随え(ヴァサヴィ・シャクティ)!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

「オイオイオイオイ!!」

「やべーぞアレはああああ!!!!」

 

 

 戦場のはるか遠方、オラリオで神々が悲鳴を上げる。

 

 それは、極大の光だった。

 

 地上であり得てはいけないエネルギーの奔流。

 

 幾柱もの神々が城壁を上る。

 

 たとえ強制送還されても、あれを近づけてはいけない。

 

 あれは『神の力』に匹敵──否、あれはまさしく『神を殺す力』だ。

 

 あんなものが到達しては、オラリオなぞ一瞬で滅ぶ。

 

 決死の覚悟で力の行使に取り掛かろうとした神々は、

 

 

 

 

 しかしもう一つの奇跡を見た。

 

 

 

 

 迫り来る光の奔流に、毅然と立ち向かう少女騎士。

 

 風の鞘を解き放ち、星の聖剣の姿を晒した彼女は、高らかに唱える。

 

 彼女が保有する、最後の奇跡の名を────! 

 

 

 

 

全て遠き理想郷(アヴァロン)!!』

 

 

 

 

 それは、騎士王がいずれ至る理想郷。

 

 異なる世界において最強の護りと称えられ、五つの魔法すら干渉させぬ究極の結界。

 

 たとえカルナの宝具が神をも焼き殺す光であっても────世界そのものを焼き尽くすことは、出来はしない! 

 

 

 セイバーの眼前に展開した数百もの光塵は神殺しの光を見事に受け切り、散らしてみせた。

 オラリオを飲み込まんと走った一撃は、僅かに外壁を抉るに留められた。

 

 

 

 それを確かめた俺は、大の字に空を仰いだ。

 

 もう指一本動かす気力も無い。

 

 そんな俺の首元に突きつけられる短剣。まだそんな武器も持っていたのか。

 

 見上げる俺の前で、苦々しい顔をしながら、しかし五体満足な姿でオッタルは立っていた。

 

 

「……何故、俺を外した」

「語るまでも無い。と言っても、納得してくれないだろう。アレは、証明だ」

「……?」

「お前と俺の力比べは、確かにお前が上だった。だが、カルナはお前に負けてはいない。そのためだけの一撃で、勝者を殺すわけにはいくまい」

「……今のお前を見ればわかる。あの一撃は、お前の全霊だったはずだ。もう二度と撃てないほどの。それを、勝利を譲ってでも外してみせたというのか」

「俺の王は、勝て、カルナと言った。俺はそれを果たしてみせた。それ以上何を望む」

「……ふん」

 

 鼻を鳴らしてこちらを見下すオッタル。

 

「槍だけではないな。お前の鎧からも力を感じない。代償はとてつもなく大きかったようだ」

「あぁ、またセイバー達に怒られる。困った。お前も一緒に言い訳を考えてくれないだろうか?」

「断る」

 

 そのまま背を向けて、足を引きずりながらオラリオに向かい始める。

 なんて冷たい奴だ。

 

 しかし、その足が不意に止まった。

 

 

「鎧に守られていた時のお前は、厄介ではあったが恐ろしくはなかった。百戦えば、俺が百勝つだろう」

「……?」

「……だが、今のお前となら、勝負はわからん。また戦おう、()()()()

 

 

 肩越しに振り返るその目は、確かに笑っていた。

 

 

 

「この勝負、お前の勝ちだ」

 

 

 

 

 …………。

 

 忘れていた。戦争遊戯だった、これは。

 

 まぁ、なんかわからんが勝てたから良しとしよう。

 

 うんうんと一人納得する俺に突進してくる小さな騎士。

 

 

「なーにいい感じにしめようとしてるんですかランサアアアア!! よくもノータイムでヴァサヴィシャクってくれましたね貴方はああああ!!」

「グフゥッ、セイバー、今の俺、鎧が剥げて血みどろなんだが」

「自業自得でしょうがあ!」

「それを言うならお前だって、あんな風に煽れば俺が宝具を使うとわかっていたはずだ……」

「それは別にいいんですけど心の準備とかあるでしょう! 躊躇なくオラリオに撃つから避けることも出来ませんし死を覚悟しましたよ!! 怪我が治ったらエクスカリケツバット100本いきますからね!!」

 

 ふん! と気合と共に俺を担ぐセイバー。

 

 待て、待て、まだ聞きたいことがあるんだ。

 

「セイバー、怒っていないのか?」

「めちゃくちゃ怒ってますけど!?」

「そちらではなくて……勝手に、フレイヤ・ファミリアと戦端を開いたことだ」

 

 意図してではなかったが。

 しかしセイバーは、はぁ? と嫌そうな顔を浮かべる。

 

「それも怒ってますし、アヴェンジャーから話聞いた時はひっくり返りかけましたよ! ……ただまぁ、もうその手のポンコツ騒動は慣れました。あぁ、はいはいいつもの感じですねーって気分でした」

「お前の身柄まで賭けさせた。相手はあのオッタルだった」

「勝ったじゃないですか、なら良いですよもう」

「……それ以外にも、いつも迷惑をかけている」

「他のポンコツどもに教えてあげてください、その言葉」

 

 よいしょ。と俺を抱え直しながら、セイバーは語る。

 

「あのですね、ランサー。いくら私でも、たとえばライダーやアーチャーが戦うなら、あんな軽く決断できませんよ」

「……?」

「貴方はいつも戦闘で私達を助けてくれてました。戦いで一番頼りになるのは貴方です。だから今回も、信じられたんですよ。貴方が負けるわけないので」

 

 

 ジワ、と胸が熱くなる。

 何気なく語る一言一言が、ひび割れた心を埋めてくれる。

 

 

「まったく、そんな下らないこと気にする暇があったら、貴方もツッコミ側に回ってくださいよ。最近またキャスターが怪しい薬開発して困ってるんです」

「……善処しよう。それはそうとセイバー、少し降ろしてくれ」

「? はい」

 

 いつもバーサーカーがやっている姿を思い出しながら、セイバーの前に跪く。

 

 

 

 

 

「改めて誓おう。サーヴァント、ランサー。これより俺の槍は、お前達に捧げる。お前達の眼前に立ちはだかる如何なる困難も、俺が貫いてみせよう」

 

 

 セイバーは一瞬、キョトンとした顔を浮かべるもすぐに満面の笑みを浮かべ────

 

 

「はい! 契約成立ですね!!」

 

 

 

 

 

 その後の話

 

「それで、カルナ。貴方は私に何を望むの?」

「一つだけ。怪物祭を使って、人を鍛えたりしようとしないでくれ。これから、毎年だ」

「ええ、それで?」

「…………。それだけだが」

「…………貴方、その為だけにオッタルと戦ったの?」

「予定外だった」

「ふ! ふふふふふふ! ええ、ええ、良いわ、カルナ。悩みが消えたのかしら、今の貴方、とっても素敵よ。わかったわ、これから先、何があろうと、私は怪物祭を妨げない。私の誇りにかけて誓うわ」

「感謝する」

「……ところでカルナ。どうして急に、私にそんなお願いをしにきたの? 誰かに何か言われたのかしら?」

「? ……いや、別に。まぁ直前までアヴェンジャーとは話していたが……」

「あっ。…………ふぅん?」

 

 

 

「ぶぇえええっくしっっっ!」

「ちょ、汚いですよアヴェンジャー!」

「わりーわりー、誰かが俺の噂でもしてんのかねぇ?」

 

 

 

 

「申し訳ありません、フレイヤ様。みすみす勝利を逃しました」

「良いのよ、オッタル。素晴らしい戦いだったわ。……アンリマユがどういうスタンスなのか、少しだけ理解できたし、ね」

「はっ」

「そうねぇ、でもやられっ放しは性に合わないわ。今度カルナがランクアップしたら、私が二つ名を決めちゃおうかしら」

「……はっ」

「何が良いかしら? 貴方ほどの勇士と戦って得た権利を、軽く他者のために捧げてしまう姿……そうね、【施しの英雄】なんてどう?」

「よろしいかと」

「ふふっ、ありがとう、オッタル!」

 

 

 

 

「俺が! 見舞いに来た、ガネーシャだ!!」

「ム、すまない、ガネーシャ神。今年の怪物祭に参加出来なかった」

「構わない! それよりも聞いたぞカルナ。お前、我がファミリアのために戦ってくれたそうだな!」

「……ム?」

「そんなお前に謝罪がしたくて、シャクティも見舞いに来てくれたぞう」

「…………ム??」

「その、カルナ、すまない。ガネーシャから聞いたのだが、どうも私達は、お前のことを誤解していたというか……」

「気にすることはない。俺が招いた舌禍だ。むしろ俺こそ詫びるべきだろう。……あの時俺は、お前達を賞賛したかったのだ。ステイタスで劣ろうと、知恵と連携と勇気で一歩も退かず戦う姿、素晴らしかった。特にお前の勇姿は、輝いて見えていた。俺程度で助力になれていたのなら、これに勝る喜びはない。……どうだろう、俺の想いは正しく伝わっているだろうか?」

「〜〜〜〜ッ!!」

「ム? どうした、顔が赤いぞ……行ってしまった」

「あー、カルナ? 一言足りるようになったのは良いが、お前に足りてないのはそこだけじゃなかったみたいだ。ガネーシャ、超反省」

「?????」

 

 

 

「いやー、しかし今回は割と綺麗な感じに終わりましたねアーチャー」

「本当にな。結果的にガネーシャ・ファミリアとの結びつきもますます強くなったし、ランサーは上位経験値が溜まってランクアップ見えてきたし、結果オーライだな」

「ねーねー、セイバー、なんかギルドとフレイヤ・ファミリアから手紙届いてるよ?」

「ええと何々、【戦いの野】修繕費用請求書及びオラリオ外壁修繕費用……!? き、金額は!? いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、えっと、えっと、えっと……」

「おいおいおい、こんな蓄えウチにねーぞ!?」

「……ラ」

「ら?」

「ランサアアアア!! 暴れ過ぎです、ランサアアアアアアアアアアアア!!!! 

 

 

 




三行でまとめ
・コミュ障のランサーさん、ガネーシャ様によるリハビリで社会復帰を目指す。
・ガネーシャ様への恩返しに、フレイヤ・ファミリアに殴り込みをかけるランサーさん。
・無事、アンリマユ・ファミリアが借金を背負いました。めでたし。


この話だけで投稿する度胸がなかったので、番外編③と抱き合わせ投稿しました。

次から本編に戻ります。気長にお待ちください。


そして以下、更なる閲覧注意としてランサーもどきさんのステイタスまとめです。
妄想爆発なので、精神汚染が嫌な方は見ない方が良いです。
こういうステイタスとか作るの、めっちゃ楽しいですよね。


【ネーム:カルナ】
【レベル:7】
【力:I0、耐久:I0、器用:I0、敏捷:I0、魔力:I0】
【奇運:H、耐異常:D、魔防:E、堅守:E、精癒:F、拳打:I】

魔法:梵天よ、地を覆え
ご存知ランチャーの代名詞、目からビーム。正確には投擲攻撃に力及び魔力ボーナスを加算したダメージを与える。格上の相手に対して使用不可の呪いはオミットされている。
バリエーションとして魔力放出(炎)との合わせ技、梵天よ、我を呪えが存在する。

魔法:日輪よ、具足となれ
常時発動型魔法……だった。
効果は凄まじく、全ダメージ十分の一にカット。呪詛や毒に対しても高い耐性を誇り、装備者に強力な再生能力を付与……していた。
現在は大きく制限がかかり、真名解放時のみ、莫大な精神力消費と引き換えに全盛期の力を一瞬だけ蘇らせる。
それ以外は、微弱な再生能力がかすかに残滓として残っているのみだが、深層に一人旅をよくするランサーにとってはあるだけありがたいので、特に気にしていない。

魔法:日輪よ、死に随え
対神魔法。
完全開放したエクスカリバーを除けば、地上で最強のエネルギーを誇る。その力は仮に直撃させれば、神を天界に送還させるのではなく、完全に消滅させられるまさにチート中のチート。
あえてオッタルに当てなかったことと、アヴァロンに防ぎ切られたので一切活躍していない上に、もう二度と撃てない+鎧も没シュートという良いとこ/zeroだった可哀想な子。
しかしその脅威はオラリオ中に刻まれており、恐らく二度と使用不可能だと考えている神々すらカルナ最強説を支持するほどの衝撃を与えた。

【スキル】

・魔力放出(炎)
原作通り

・無冠武芸
原作通り……だが、オラリオ内に限って言えばカルナの名を知らぬ者はいないので、ぶっちゃけ無いのと一緒。

・貧者見識
原作通り。偶然にも、下界の子供達の本質を見抜く神々の能力に酷似していたため、後述の神性スキルと合わせてカルナ最強説に一役買ってる。

・対魔力
原作通り

・神性
半神というものが(恐らく)存在しないダンまち世界において、ぶっちぎりでヤベースキル。
神の力を扱うことこそ出来ないものの、全ステータスに微量補正、成長補正、自身のレベル未満の太陽神系ファミリアの冒険者からの攻撃に対する耐久上昇に加え、神々と同格の精神耐性を与える。下界の魔術的な力でランサーの精神に悪影響を与えることはほぼ不可能。
更に、神が神の嘘を見抜けないように、ランサーの本質を見抜くことは神にさえ出来ない。
これのせいでランサーへの誤解が加速したといっても過言ではない。
神々の間でまことしやかに囁かれるカルナ最強説の一因。


【備考】
アンリマユ・ファミリア最強戦力。特に対多数戦、殲滅戦において最強の火力を誇る。
倒したい時は、悪口で責めよう。精神的には結構脆いぞ。


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第8話(2巻プロローグ的なアレ)

|ω・`)コソ

|*´・ω・)つ 【第8話】

|)≡サッ!!


 十八階層、『迷宮の楽園』と呼ばれるモンスターが湧かない特殊な階層には、リヴィラという街がある。

 

 ただのポーションにさえ相場の何倍もふっかけてくる恐るべきゴロツキどもの街だが、補給の叶わないダンジョンにおいて、この街の存在は必要不可欠だ。

 特に、初めてここより下の階層に降りる冒険者や、命からがら帰ってきた冒険者、あるいは金に余裕のある冒険者にとって、壁のある部屋で布団に包まって休みが取れるというのは、大きな魅力であることは否定出来ない。(たとえそれが、ポーションとは比較にならない酷いぼったくり価格でも)

 

 そんな宿の一つ、獣人の青年が営む宿に奇妙な客が訪れた。

 

 全身鎧のその男は、全ての部屋を借り受けて人を締め出した。

 

 豪勢な話だが、青年は全身鎧の後ろを見て納得する。男は、女を従えていたのだ。

 フードで顔は隠れているが、僅かに覗く輪郭からも女が相当の美人であることは伺えた。

 美しい女冒険者といえば、ロキ・ファミリアの【九魔姫(リヴェリア)】やアンリマユ・ファミリアの【騎士王(アルトリア)】がよく挙がる名前だが、青年としては目の前の女の方が好ましく思えた。具体的には、先に挙げた両名をはるかに上回る一部の豊満さ的な意味で。

 服の上からもわかるボリュームに鼻の下を伸ばす青年に、全身鎧の男が声をかける。

 

「おい、兄ちゃん、一番良い部屋に案内してくれ。あと、小遣いやるから今日はこの宿から出とけ。言いたいこと、わかるよな?」

「はいはい、わかってますよ旦那ぁ。どうぞごゆっくりお楽しみを〜」

 

 全身鎧が投げてよこした巾着の中身を確認してホクホク顔の青年は、男の希望通りの部屋に案内し、急ぎ足で立ち去った。

 

 

 

 

 

「宿をまるまる貸切なんて、ずいぶん羽振りが良いのね」

「おぉ、実入りの良いクエストがあったんでな」

「へぇ、どんな?」

「それが妙なクエストでよぉ──」

 

 部屋の中で、裸の男女が絡み合いながら言葉を交わしている。

 男は鎧を脱ぎ捨て、女もまた、フードを取り去っていた。

 

「なんかよぉ、三十階層まで行って、妙なモンを取ってこいっつう内容でな」

 

 男に馬乗りになりながら、女──正史においてレヴィスと呼ばれる怪人(クリーチャー)は内心でほくそ笑んでいた。

 アレを持ち去られたと聞いた時は少し焦ったが、目標の男には十八階層で追いつき、こうして殺す絶好の場まで整えた。

 後はこの男の荷物からアレを見つけて立ち去れば終わりだ。

 幸い目の前の男は、武器さえ持たずに隙だらけだ。たとえレベル4と言えど、油断しきっている敵を悲鳴すら上げさせずに縊り殺すことなど、レヴィスにとってはあまりに容易い。

 

 ペラペラと自慢げに話す男の首にゆっくりと手を伸ばし────

 

 

 

 

 

 

 脇腹に突き刺さった拳により、寝台から叩き落とされた。

 

 

「ッ、グ、ゥゥ!?」

 

 即座に受け身を取ったが、思わぬダメージにたたらを踏む。

 混乱を抑えて状況を分析。

 彼女の指が男の首にかかる直前、仰向けの状態から上半身の捻りだけで男が拳をねじ込んできたのだ。

 

 威力は低い。レベル6以上のポテンシャルを持つ彼女にとっては、本来なら何の支障もなく反撃に移れる程度のもの。

 だが、()()()()()()()()()()()ところに叩き込まれた拳打は、格下の一撃とはいえ十分に彼女の芯に響いていた。

 何より、あの不自由な体勢からこうも鋭い一撃を放つとは──! 

 

「素手と思って油断したか? あいにく、俺の二つ名は【剛拳闘士】。拳骨があれば十分ってやつよ!」

 

 床に降り立ち、拳闘の構えを取る男。

 なるほど、元々格闘を得意とする冒険者だったのか。ならば先程の一撃にも納得がいく。

 

 だが甘い。

 

 たとえ無手での戦闘に熟達していようと、そもそもレヴィスと男の間には埋めようのないステイタスの差がある。

 不意打ちは確かに多少効いたが、レヴィスの強靭な肉体を打った代償に男は拳を痛めている。

 加えて部屋の出入り口は彼女の背後にあり、たとえ男が逃走を図ろうとしても彼女を出し抜かなくてはならない。

 

 ほんの少し、想定外の事態に動揺したが、大きな問題ではない。

 

 無造作に踏み込み、貫き手を繰り出さんと腕を引き絞るレヴィス。

 

 しかしその背後で、部屋の扉が爆ぜた。

 

「!?」

 

 レヴィスは凄まじい爆炎に吹き飛ばされ、宿の壁をぶち抜き外に放り出された。

 空中で回転しながら落下する最中、今の今まで自分がいた部屋が視界に入る。

 そこでは、むさ苦しい隻眼の男が魔剣を振り抜いた姿で静止していた。

 その傍らで剛拳闘士を名乗った男が、頭から被った布団を引き剥がしている。

 

(あれは火精霊の護布……! 何故そんなものが寝具に、いや、そもそも最初からあの男、私の正体を見抜いて!?)

 

 今度こそ混乱の極みに達しながら、なんとか着地を決めるレヴィス。

 しかし彼女はそこで気づく。

 

「……すでに包囲されているとはな」

 

 彼女を囲むよう、半円形に展開した完全武装の冒険者達。

 その中には、宿屋の主人たる獣人の青年も混ざっていた。

 

 寝台での不意打ち、布団に見せかけた護布で防御をしての室外からの魔剣での爆撃、そしてこの包囲。

 理由は不明だが、彼女を捕らえるための集団に間違いは無かった。

 

 

「諦めな、嬢ちゃん。てめぇが闇派閥の残党だってぇネタは上がってんだ」

「大人しくお縄につくってんなら乱暴はしないぜ。ま、この数の冒険者に勝てるってんなら話は別だがな」

 

 魔剣がぶち抜いた穴から飛び降りる拳闘の男と眼帯の男。

 彼女を取り囲む冒険者達の中でも、拳闘の男の雰囲気は別格だ。

 歴戦の空気を纏い、第一級冒険者への足がかりを掴みかけている猛者なのだろう。

 

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

「……ことを荒立てずに済めば、それでも良かったんだが」

 

 ポツリ、と呟く。

 

 直後、リヴィラの街の冒険者達の背中を走る悪寒。

 

 

 この女は危険だ。

 

 自分達が束になっても敵わない。

 

 

 被捕食者の本能というべきか、ランクアップを果たした冒険者の直感と言うべきか。

 自分達を待ち受ける、避けようのない死が明確に彼らの脳裏に浮かんだ。

 

 しかし、

 

 

 

「へ、へへ」

「? ……何がおかしい」

 

 彼女を取り囲む冒険者の内、一人が笑った。

 訝しむ彼女の前で、伝染するように広がる笑い声。

 

 

「おかしいんじゃねえよ。頼もしくて笑っちまうのさ」

「あぁ、こんなおっかねえ女に睨まれてるってのに、ちっとも怖くねぇや」

「だな。もっと恐ろしいもんに気づいてねーんだわ」

「何を言って────!?」

 

 

 レヴィスはそこで気づいた。

 

 十八階層は、天井から生えた巨大な水晶により光をもたらされている。

 だが、今は夜。水晶の光も光量を落とすはずなのに────()()()()()()()()()()()()!? 

 

 

 天を仰いだ彼女はそれを見た。

 

 黄金の光を翼のように広げた、日輪の英雄を。

 

 

 

「頭上注意だ、悪く思え。『梵天よ、我を呪え(ブラフマーストラ・クンダーラ)』!!」

 

 

 直後、灼熱の一撃が彼女に降り注いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 視点変更(せんじょうのかたすみで)

 

 

 

 あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛た゛ま゛い゛た゛い゛ふ゛つ゛か゛よ゛い゛つ゛ら゛い゛の゛み゛す゛き゛た゛……。

 

 

 




お久しぶりです。この一ヶ月忙しすぎて死んでた夕鶴です。
ちょっと余裕が出来たので、またチビチビ投稿していきます。
今回はかなり短めですが、次回からはいつもと同じような量になると思います。
そしてソード・オラトリアサイドから片付けていきます。


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第9話

エルメロイもダンまち二期も面白かったという想いと、バビロニアと三期が楽しみすぎる期待を込めて投稿です。
あ、ちょっと新しめの巻のネタバレもちょこっとだけ触れていきます。具体的にいうと某ジャガ丸くん。


「これは、いったい……」

 

 金策や気晴らしの為、気心知れたメンバーでダンジョン探索に出かけたロキ・ファミリアの面々。

 

 第一級冒険者を含むパーティが今更上層や中層で苦戦するはずもなく、無事に十八階層に辿り着いた彼らが見たのは、壊滅状態と言って差し支えないリヴィラの惨状だった。

 焼け焦げ、叩き潰された屋台や樹木、ダンジョンの機能による修復は進んでいるようだが、そこかしこに大穴や抉れたような破壊痕が残っている。

 冒険者達が露店や屋台の瓦礫を撤去し、散らばった商品を回収して一応、通りと呼べるような道を形成している。

 

 撤去作業の進捗から逆算すればかなりの時間が経過しているはずなのに、未だにダンジョンの修復が完了していない。その事実が、ここで行われた破壊の壮絶さを物語っていた。

 

 

「おう、ロキ・ファミリアか。良いとこに来やがったな」

「ボールスか。一体ここで何があったんだい?」

「大捕物だよ。闇派閥の残党が出やがってな、リヴィラの冒険者総出で相手してやったんだがこのザマよ」

 

 呆然としているフィンたちに声をかけてきたのはこの街の元締めを務めるレベル3の冒険者、ボールス。

 肩をすくめる彼に、フィンは沈痛な表情を浮かべる。

 

「それは、気の毒に。これだけの惨状だ。大勢が犠牲になっただろう」

 

 しかし、当のボールスは歯切れ悪く口を動かす。

 

「あー、いや、ぶっちゃけ、ウチの連中は誰も怪我一つしてねえっつうか、この被害も闇派閥の奴がやったわけじゃねえっつうか……」

「?」

「あのな、これ全部【施しの英雄】が暴れた被害なんだわ」

「カルナが?」

 

 意外な名前に驚くが、なるほど、と納得もいった。確かにカルナであれば容易にこの惨状を生み出せるだろう。

 しかし、出来る、と実際にやる、では大きな隔たりがある。

 カルナほどの強者がここまで被害を広げなければ抑えられなかった相手とは一体何者なのか? 

 

「……そうだな。手も足りてねぇし、説明するからちっと聞いていけや。そんでお前らも手伝え」

 

 

 

 

 ボールスが言うには遡ること数日、深層への武者修行ついでにリヴィラに立ち寄ったカルナが、一枚の人相書きを渡したことから話は始まる。

 

 赤毛の女が描かれたそれをボールスに渡しながらカルナは、この人物が闇派閥の一派であり、六年前に起きた【二十七階層の栄光】や、その後発生したディオニュソス・ファミリアの虐殺事件にも関与している疑いがあること、ここ最近、似た容姿の女の目撃情報があったことを告げた。

 非常に危険な戦士である為、もし見かけた時はアンリマユ・ファミリアに通報するよう念を押していったのだ。

 ボールスも探られて困る腹が一つもない聖人とは程遠い男だが、闇派閥はオラリオに住まう多くの者にとって敵であること、アンリマユ・ファミリア──その中でも最強と名高いカルナほどの猛者が念押しするほどの脅威であることを考慮し、彼はリヴィラの主だった商人達を集めて警戒システムを敷いた。

 

 すなわち、万が一例の女が現れた場合、騒ぎ立てずにいくつかある指定の場所に案内して、不意打ちをするためのトラップだ。

 

 例えばとある宿屋の場合、騙して連れ込んだ仕掛け人は寝具に偽装した火精霊の護布に避難し、室外から不意打ちに魔剣で焼き払う、というものがある。

 

 とはいえ魔剣まで使った金のかかるトラップなどそうそう用意できるものでもなく、ましてや人相書き一枚を根拠に焼き殺しておいて人違いでしたでは笑い話にもならない。

 実際はほとんどが捕縛系やもう少し火力の低いダメージ系トラップだったし、なんなら一応用意はしたけどそんなに都合よく危険人物が現れたりしないだろうという楽観もあった。

 

 昨夜、ガネーシャ・ファミリアのハシャーナ・ドルリアが例の女を連れてくるまでは。

 

 アンリマユ・ファミリア──というよりカルナ──と最も親交があるガネーシャ・ファミリアの冒険者達にも当然、その人相書きは配られていた。

 極秘クエスト帰りの忍ぶ身とはいえ、ハシャーナとて都市の治安維持を任された派閥の幹部。小遣い稼ぎの為に悪党を見逃すわけにはいかない。

 女に声をかけられた後、精力剤を買うからと女を引き離したハシャーナはボールスと密談。警戒システムの話を聞き、一番殺傷力が高いヴィリーの宿を戦場に選んだ。

 

 後は決められた符丁でヴィリーに指定の部屋に案内させ、ハシャーナが時間を稼いでいる間に冒険者をかき集め、万全の態勢で女を罠に嵌めたのだが……。

 

 ブルリ、とボールスは身震いする。

 あの女に叩きつけられた殺気は尋常なものではなかった。

 もし、()()()()()()()アンリマユ・ファミリアが助太刀に入らなければ、間違いなくあの場の全員、皆殺しにされていただろう。

 

 

 ボールスの話を聞き終えたフィンは小さく頷く。

 

「なるほど……なら僕らに手伝って欲しいことというのは、その人物の護送や尋問かな?」

 

 至極当然なフィンの疑問に、ボールスはしかし、再度微妙な表情を浮かべる。

 

「お前らに手伝って欲しいのはそんなんじゃねぇ……お前らには、逃げたあの女を捜して欲しい」

「ええええええ!!?」

 

 ボールスの言葉に黙って聞いていたティオナが驚愕の声を上げる。

 

「カルナが戦ったんだよね!? なのに逃げられたの!?」

「……正確には、【施しの英雄】と【騎士王】の二人がかりでも、だ」

「……!」

 

 驚愕するロキ・ファミリアの面々の中、アイズもまた同様の表情を浮かべた。

 動揺を必死に押し殺す彼女の前で、ティオナが言葉を重ねる。

 

「うっそだぁ! あの二人から逃げ切るなんて、フィンやリヴェリアじゃあるまいし!」

「嘘じゃねえよ! 俺だって信じられねえわ!!」

「二人とも、落ち着くんだ。とは言えボールス、僕もティオナと同じ気持ちだよ。あの二人がいながらみすみす取り逃がすなんて、何があったんだい?」

 

 ギャンギャンと騒ぐ二人を宥めつつのフィンの言葉に、ボールスはゆっくりと口を開く。

 自分でも消化出来ていない事実を噛み締めるように。

 

 

 

 

 回想開始(とれーす・おん)

 

 

 

 

「頭上注意だ、悪く思え。『梵天よ、我を呪え(ブラフマーストラ・クンダーラ)』!!」

 

 業火を纏う英雄の一撃が、赤毛女を飲み込むのをボールスは確かに見た。

 だからこそ、光が晴れた後の光景が信じられなかった。

 

 

 

「き、さ、まらぁ……!!」

 

 階層主でさえチリも残さず焼き払うカルナの魔法が直撃してなお、女は生きていた。

 美しかったその肌は焼けただれ、幽鬼のような凶相を浮かべながら、それでも戦意を漲らせていたのだ。

 

 あり得てはいけない光景だが、ボールスは一つの可能性に思い至る。

 

(俺たちが近くにいたから、全力を出せなかったのか!?)

 

「散れぇ、てめぇら! 足手纏いになる!!」

 

 彼は即座に周りの冒険者に指示を飛ばした。

 

 彼とてレベル3。

 中規模以下の派閥であれば、団長でさえその領域に至っていない者も多い高みの存在だ。

 それなりの修羅場を潜ってきた自負も矜持もある。

 

 だが、そんなものは眼前の戦いにおいて、毛ほどの役にも立ちはしない。

 

 今から始まるのは、英雄と魔人による決戦だ。

 

 現代における神話の再現だ。

 

 その場においては、彼でさえ凡夫に過ぎない。

 

 

 叫びながら自身も逃げ出そうとしたボールスだが、女の方が速かった。

 女と共に部屋から吹き飛ばされた荷物の中から、禍々しい剣を手に取ると女は冒険者に向かって駆け出した。

 

(クソがぁ! 俺らをカルナへの盾にする気か!)

 

 しかし、そんな蛮行は許されない。

 悪逆の徒が剣を振りかぶるよりなお速く、蒼き風が吹き抜けた。

 

「チィッ、第一級冒険者か!」

 

 硬質な音を立てて噛み合う聖剣と呪剣。

 忌々しげに顔を歪める女を、固い表情で見据えるその者こそ【騎士王】アルトリア・ペンドラゴン。

 オラリオ最強の守護者が、参戦を果たしたのだ。

 

「シィッ!」

 

 短い呼気と共に剣を振るうと、化け物じみた赤毛女が綿毛のように吹き飛ばされる。

 街の冒険者たちから遠く離れたところに弾き飛ばされた女が着地をする直前、天から降り注ぐ灼熱の一撃。

 立ち上る火柱に、ボールス含め冒険者たちが歓声を上げた。

 

 しかしアルトリアは一言も発さず厳しい顔を崩さない。

 まるで、この程度の攻撃で倒せたとは思えない。そう言うかのように。

 

 果たして、彼女の懸念は正しかった。

 

 

「まさか、この場に、これほどの、化け物がいるとはな」

 

 息絶え絶えながら、女はカルナの一撃を寸前で躱していた。

 

「しかも、女、貴様。見覚えがあるぞ。その剣、そうか、貴様があの時の聖剣使いか!」

 

 威圧的に叫ぶ女に対して、アルトリアの返答はシンプルだった。

 真っ直ぐに懐に飛び込み、袈裟斬りに振り下ろす。

 

「チィ! 貴様、その聖剣が何か、理解しているのか!?」

 

 防がれ、横薙ぎ。

 

「湖のアバズレが寄越した剣で私たちの邪魔をするか!」

 

 即座に切り上げ。

 

「拘束はどうした! この戦いは精霊との戦いではないとでもいうつもりか──ガハッ!」

 

 不意をついての魔力放出が、女を吹き飛ばす。

 

 再度襲いかかるカルナの炎から逃れつつ、女は叫ぶ。

 

「面白い! 貴様がその剣を振るうに値するか、確かめてやろうではないか!!」

 

 

 そこからの戦いは、速さと力、技と駆け引きの応酬だった。

 

 

 冒険者を巻き込みカルナの砲撃を防ぎつつ、幾度もアルトリアに襲いかかる赤毛女。

 冒険者を護りつつ赤毛女と斬り結び、その都度押し返すアルトリア。

 冒険者たちから女が離れたタイミングを見極め、時に砲撃を、時に急降下をかけ空から戦いを支配するカルナ。

 

 三者の攻防が超高速で入れ替わる戦いは、ボールスでさえ目で追うことも難しかった。

 

 永劫に続くかに思えた戦いだが、しかし終わりは訪れる。

 

 

「く、ぅうっ!」

 

 何度目かの炎熱を防いで見せた女が、とうとう膝をつく。

 常人ならば何百度死んでいるか分からない攻撃をその間に浴びながら戦い続けた女だが、とうとう限界を迎えたのだ。

 

 

「いけぇ! とどめを刺せ騎士王!!」

 

 ボールスも思わず叫んだ、まさにその時だった。

 

 

 

 

 

『オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ ! !』

 

 

 

 

 慟哭。あるいは痛哭とでも呼ぶべきか。

 

 何十年と冒険者を続けているボールスでさえ、一度も聞いたことのない異音がダンジョンに響いた。

 否、これは、ダンジョンそのものが叫びを上げているような……。

 

 

「な、何だこれ! こんなんしらねぇぞ!?」

「や、やべぇ。何かわからねえが絶対にこれはやべえ!!」

「ボールス、おい、何がおこんだよこれぇ!?」

「知るかボケどもぉ!!」

 

 周囲の冒険者が恐慌を来す中、それを怒鳴りつけるボールスもまた平静を失いかけていた。

 これは明らかな異常事態(イレギュラー)だ。

 何か──とんでもない【厄災】が、この場に顕現しようとしている! 

 

 しかし、彼は見た。

 

 

「────────────!!」

 

 

 大地に聖剣を突き立て、天に向かって堂々たる態度で咆える騎士王の姿を。

 

 慟哭により、その内容までは聞き取れない。

 だが、この異常に対し、凛とした態度を崩さず天を睨むその姿は、冒険者たちの心を奮い立たせた。

 

 やがて、ダンジョンの慟哭は小さくなっていく。

 

 まるで、騎士王の威光にひれ伏すがごとく。

 

 

 ホッと一息ついた冒険者たち。

 だが、彼らは気付いた。先ほどまで騎士王と打ち合っていた赤毛女がいなくなっていることに。

 

「どこ行きやがったあのアマ!」

「ボールス、あそこだ!」

「!! 不味い!」

 

 一人の冒険者が指差す先には、河に向かって逃走を図る赤毛女の姿が。

 しかも間が悪いことに、その進行方向には、先程の異常事態に心を砕かれたのか、蹲って動けない冒険者がいた。

 

(どこのマヌケだあれは!?)

 

 あのままでは路上のゴミ同然に斬り捨てられるだろう。

 誰もがその臆病者の末路を予想した────ただ一人を除いて。

 

 

 それは、蒼銀の稲妻のようだった。

 

 音すら置き去りにしたその疾走は、騎士王の身を彼女が望む場所まで運んだ。

 

 すなわち────今まさに振り下ろされんとしている、凶刃の許へ。

 

 

 

 

 

「アルトリアアアアアアアアアア!!!!」

 

 

 

 

 鮮やかな赤が、その身を染めた────。

 

 

 

 

 回想完了(とれーす・おふ)

 

 

 

 

 恐ろしい記憶に声を掠れさせながら続ける。

 

「あの声が何かはわからねぇ! ただ、あのままだと間違いなくヤベェことになってたはずだ。騎士王だけが冷静だった。ダンジョンに挑みかかるみたいに叫んで、鎮めちまったんだ! その隙に、赤毛女が逃げだした。河の方にな。でもその途中には、逃げ遅れた冒険者(マヌケ)がいやがった。赤毛女はゴミでも振り払うみたいにそいつに剣を振り下ろして────庇ったあいつが、斬られちまった!!」

 

 

 叫ぶ勢いで言葉を吐き出し、荒い息を吐くボールス。

 しかし乱暴に伸ばされた手が、その首を締め上げる。

 

「アルトリアは、無事なんですか?」

「む、グゥ!?」

「答えてください、アルトリアは、無事なんですか?」

「アアアアイズさん!?」

「ちょ、あんた落ち着きなさい!!」

 

 光を失った瞳でボールスを責めるアイズを、仲間たちが必死に取り押さえる。

 しかし、彼女達もまた、冷静ではなかった。

 

 常勝不敗の騎士王に、まさか、と最悪の事態が脳裏を過ぎる。

 

「ゲホッ、ゲホ……クッ、結論から言うと、騎士王は死んじゃいねえ。斬られた後、お得意の風の魔法で赤毛女を武器ごとぶっ飛ばすくらい元気だったさ」

 

 アイズから解放されたボールスが咽せながら続ける。

 

「ただ、そっから先は、俺にもわからねえ。騎士王を庇うために空からカルナが女に襲いかかって、ぶつかった瞬間あいつの炎が天井まで届くくらい爆発した。俺らも目をやられちまって、視界が回復した時には女は逃げてやがった」

 

「俺が戦場に辿り着いた頃には、騎士王の傷は塞がってた。いつも通り、不死身みてえなスピードでな。ただ、二人揃ってぶっ倒れたまま目を覚まさねぇ。今は、街の宿で寝てる」

「宿の名前は!?」

「ぶきゅえ!? ちょ、またか、ジャンの宿屋だ! 赤いニワトリが看板の! ぐぷぅ!?」

 

 再度ボールスを締め上げて宿の名前を聞き出すと、即座に投げ捨て走り出すアイズ。

 

「ちょっとアイズー!?」

「待って下さーい!?」

 

 アマゾネスの妹とエルフの少女がそれを追って駆け出す。

 

「ぐぞぉ、なんだって俺がこんな目に……」

「すまないね、ボールス。うちのお姫様は、アルトリアのことになると冷静ではいられないのさ」

 

 顔面から落とされたボールスに手を貸してやりつつ、フィンは続ける。

 

「それで、その犯人が十八階層に残ってると言う根拠は?」

「騎士王たちが倒れた後、十八階層の出入り口に見張りを置いた。今まで出入りがあったのはテメェらだけだ。何より、ハシャーナの野郎が言うにはその女、ハシャーナの荷物に用があるんだとよ。ブツの回収のために、まだここに潜んでるはずだ」

「なるほど。レベル4の冒険者を相手取るほど重要な荷物なら、そう簡単に諦めはしないか。何より、たとえ逃げ果せたとはいえ、あの二人を相手取って無事とは思えない。傷を癒すために、ここに潜伏している可能性は大いにある」

 

 うん、と頷いたフィンは、仲間達に一度目を向けた。

 言葉にするまでもなく返ってきた首肯に感謝しつつ、ボールスに告げる。

 

「わかった。僕らも協力しよう。アルトリアとカルナ、二人と渡り合うほどの相手だ。戦力は多いに越したことは無いからね」

「へっ、話が早くて助かるぜ」

 

 そのまま探索エリアなどの話し合いに移りながら、しかしフィンは疑問を口にした。

 

 

「けど、少し意外だ。まさか君たちリヴィラの住人が、ここまで闇派閥の掃討に力を入れるなんてね」

 

 懸賞金も掛かっていない、第一級冒険者二人を相手取る怪人が相手だ。単独で遭遇すれば死は免れないだろう。

 フィンが良く知る目の前の男やこの街の冒険者達なら、普段はもう少し腰が引けてそうなものだが……。

 

「ケッ、奴らに好き放題されちゃ、商売上がったりってやつなんだよ!」

 

 忌々しそうに吐き捨てるボールス。

 しかし、フィンは見た。彼の隻眼に宿った、圧倒的な強敵への恐怖と、その更に奥に灯る憤怒の炎を。

 

 

 

 全く関係のない話だが、フィンは昔を思い出す。

 

 

 リヴィラとは、何度壊滅的な被害に遭っても立ち直ってきた、冒険者達の街だ。

 がめつさに辟易とされながら、それでもこの街が存続してきた理由は、冒険者にとって間違いなく有益だからだ。

 それ故に、かつて闇派閥が猛威を振るっていた頃、幾度となくその脅威に晒されてきた。

 

 

 リヴィラとは、何度壊滅的な被害に遭っても立ち直ってきた、冒険者達の街だ。

 しかし建物はいくら直せても、喪われた命は帰ってこない。

 たとえダンジョン攻略は命懸けと覚悟していても、奪われた親しき者への悲嘆が尽きることはない。

 

 

 リヴィラとは、何度壊滅的な被害に遭っても立ち直ってきた、冒険者達の街だ。

 街の住人だけでなく、幾つものファミリアがこの街を守るために戦った。

 

 

 リヴィラの冒険者は忘れていない。

 

 いつも先陣を駆け抜け、誰よりも傷ついてなお味方を鼓舞し続けた、()()()()()()の背中を。

 

 彼らがリヴィラで傷つく時は、いつも誰かを守る時だ。

 

 

 全く関係のない話だが、今日また、二人の英雄がリヴィラを守るために傷ついた。

 

 

 全く関係のない話だが────つまりはまぁ、そういうことなのだろう。

 

 

 

 

 

 視点変更(ぽんこつさいど)

 

 

 

 

 あ゛あ゛あ゛あ゛、頭がいたい……。

 

 一巻完結お疲れ呑み会の翌日、目覚めた私を襲ったのは信じがたいレベルの頭痛と吐き気でした。

 

 うう、第一級冒険者たる私をここまで苦しめるとは、侮りがたし。

 私と違い対異常・耐毒の発展アビリティを持つ面々も居間で酔い潰れた体勢のまま呻いてる辺り、全員揃って二日酔いですねこれは。

 

 原因はやっぱりアレですか。

 アヴェンジャーがソーマ・ファミリアから掻っ払ってきた非売品の方の神酒とキャスター提供の謎アルコールのチャンポンですか。流石は神をも酔わす酒と我がファミリアが誇る狂人です。

 正直、呑んでる時もヤバくないですかこれ? とはちょっと思ってたりしたんですけど、美味しかったですし……アヴェンジャー、滅多にソーマ分けてくれませんし……。

 

 まぁどれだけ酷い二日酔いだろうとアヴァロンしちゃえば治るんですけど、正直気が進みません。

 そもそも普通なら常時発動の方の治癒で毒とか麻痺とか分解してくれるアヴァロン先輩が治してくれない時点で、アヴァロン先輩からの『あ? お前何我が王の見た目でそんな無様な姿晒してんの? そんで俺に治してもらおうとかふざけてんの?』という無言の圧力を感じます。

 いや、考えすぎとは思うんですけど、セイバーの宝具一式ってなんか担い手の選別機能とかお前人工知能ついてる? みたいなイメージあるじゃないですか! 怖いんですよ下手なことして見捨てられるの!! 

 

 誰に聞かせるわけでもない言い訳をした後、とりあえず二度寝を決め込む私。

 

 もう今日は一歩も動きません。

 そもそも外見たらもう昼過ぎどころか夕方になりそうですし。今からなんかやる気力とか湧きませんし。明日から頑張りますし。

 

 ソファーで並んで寝てるアーチャーとライダーを蹴り落とし、ついでに毛布代わりに二人のマントを剥ぎ取ってさぁ寝るぞと意気込んだ私ですが、不意に呼び止める声が。

 

「セイバー、起きているか……? もし起きているなら、俺と共に、ダンジョンに潜ってほしい」

「ええ〜、正気ですかランサー。もう夕方ですよ? というか私、頭痛すぎて動きたくないですし、貴方も顔色悪いですよ……」

 

 普段から色白な顔からさらに血の気を引かせて、ランサーがアホなこと言ってきます。

 絶対に嫌です。こんな体調でモンスターと戦うとか死にます。吐きます。

 

 しかしそんな私に困ったように眉根を寄せながら、ランサーは肩を落とします。

 

「そろそろ十八階層で殺人事件が起きるはずだ。それがいつかまでは覚えていないが、早めにリヴィラに入っておきたい」

「あー、ハシャーナの事件ですか……。いや、でも流石に昨日の今日で次のイベント起きないでしょう。明日の朝一で行きましょうよ」

「俺もそう思うが……俺たちの経験上、こういうことを言った場合、高確率で手遅れになる」

「う゛っ」

 

 否定できません。つらみ。

 

「……だがそれも良いだろう。所詮お前には関わりのないことだ。ここで怠惰のままに微睡むというなら、止めはしない」

「うー……そんなに起こして悪いと思ってるなら、見逃して欲しかったんですけど」

 

 辛いですが、本当に辛いですが、ここまでお願いをされては聞かないわけにはいきません。

 

 ダンジョン攻略の装備を固め、旅は道連れとばかりにまだ寝てるポンコツどもを叩き起こしましたが、ダメです、どいつもこいつも私やランサー以上にグデグデで役に立ちそうにありません。

 仕方なく二人で寂しくダンジョンアタックとなりました。

 

 

 

 そんなこんなで到着しました、十七階層出口目前。時期が悪ければゴライアスに絡まれるところでしたが、誰かに倒されてから再出現はしていないようです。

 いざ十八階層へ! と意気込む私の肩を、ガッシリとランサーが掴んできました。

 

「ちょ、なんですかランサー。こけるかと思いましたよ」

「……セイバー」

 

 あ、嫌な予感。

 

「……色々我慢してここまで降りてきたが、正直限界だ。端的に言うと吐きそうだ」

「ちょお!? あと数百メートルで十八階層到達ってところで言いますそれ!? っていうか私もたいがいいっぱいいっぱいなんですけど!?」

「……大声を出さないでくれ。頭に響く」

「この男……! とりあえずポーション(スポドリ)飲みなさいポーション(スポドリ)。ほら、アメちゃんもありますよ」

「サンキューおかん……」

「ぶん殴りますよ貴様」

 

 などという馬鹿な会話しつつ十八階層に降下開始。

 

 いや、でも正直私も本当にもうキツいです。時間経過してアルコールが抜けるどころか睡眠不足に無理やり運動重ねたせいか頭痛・吐き気・目まいのフルパンチが。お゛お゛お゛お゛お゛。まずい、意識したらますます気持ち悪くなってきました。

 

 とりあえず多少高くついてもいいので、ベッドで寝たいです。

 あ、でもその前にボールスにハシャーナが来てないか確認しておかないと。

 うああああ、早く休みたい。

 

 ランサーに肩を貸しつつこれからのことに頭を悩ませていると、ボカーンという景気の良い音が。

 

 ん? なんです、今の音。なんか無性に嫌な予感がするんですけど。

 

 

「リヴィラの方から、爆炎が上がったな……」

 

 

 

 もおおおおぉおおしんどいのに頑張ってここまで来たのに結局手遅れじゃないですかあああああ!! 

 

 

 

 涙をこらえて現場に駆けつけると、うわ、本当にレヴィスいるじゃないですかタイミング悪!! 

 

 とりあえず明らかに一触即発な空気で向かい合ってる冒険者たちとレヴィスの空気を読まず、魔力放出でお空を飛ぶランサーが宝具解放で不意打ちファイアです。

 よし、直撃しましたね、ミッションコンプリート……ってピンピンしてるじゃないですか!? ちょ、ランサーこっち向いて謝ってるんじゃないですよ! ん? なになに? 『気持ち悪すぎて宝具に威力が出ない。接近戦なんて絶対出来そうにない。隙を見て焼くので、前衛を頼む』ですか。ふむふむ。ふざけるんじゃないですよあの野郎!! 

 

 私よりレベル上のくせに腑抜けたことを言ってくれるポンコツに怒鳴り返してやろうと思いましたが、事態は急を要します。

 

 いくら絶不調とはいえ、ランサーの砲撃を喰らっては流石に無傷とはいかなかったようで、恐らくは先ほどの爆音の際、一緒に部屋から吹き飛ばされたのだろう剣を手に、レヴィスは冒険者に向かって走り出しました。

 恐らくはランサーが火力を振るえないよう、人質でも取るつもりでしょうか。

 

 あああああああああ!! あの男、帰ったら絶対バベルの最高級レストランでフルコース奢らせます!! 

 

 聖剣を手に割り込む私。

 

 ガギィッ、と金属音を立ててレヴィスの剣を受け止めますが、ちょ、予想より重!? 

 っていうか金属音が頭に゛に゛に゛に゛に゛。

 しかし同じ感想をむこうも抱いたようで、驚愕の表情を浮かべています。

 

「チィッ、第一級冒険者か!」

 

 めのまえでさけぶなあたまにひびく!! 

 

「シィッ!」

 

 あまりの精神的ダメージに、思わず魔力放出を全開にしてレヴィスを弾き飛ばす。

 すかさずランサーが炎をまとって一撃って、外してるんじゃないですよ!! 

 

 ってちょ、貴様は切りかかってくるな! というかなんか色々叫んでますけどこっちは二日酔いなんですよ騒ぐとしんどいでしょうがあ!! 

 

 

 その後はもう泥仕合とでも言うべき惨状でした。

 

 ランサーの宝具や砲撃を嫌って冒険者や建物の間を縫うように移動するレヴィス。

 頭痛を堪えながらそれを追いかけるも、ろくすっぽ打ち合わずにとにかく人がいない方向に追っ払うことに必死な私。

 そして私が苦労して良いポジションに飛ばしてもちっともクリティカルヒットを出してくれないヘタクソ。

 

 気づけばリヴィラの街は、壊滅状態でした。

 

 …………。

 

 

 おのれぇ、いゔぃるす! ゆるさないぞぉ!! 

 

 

 知りません、闇派閥が暴れたんです。不慮の事故ですので損害賠償なんて知ったこっちゃありません。

 

 と、冷や汗を掻く場面もありつつ、それでもなんとか順調にレヴィスにダメージを積み重ねていってます。たぶん。

 ここまできたからには最早チキンレースです。

 レヴィスが力尽きるのが先か、私とランサーが公衆の面前で嘔吐して英雄として社会的に死ぬのが先か、最悪の戦いが進行しているのです。

 

 ちなみに私の直感ですと、6対4くらいで私たちが先に音を上げる可能性が高そうです。

 

 そんな悲壮な決意を固めていると、不意に嫌な感じが背中に走りました。

 ちょうど打ち合っていたレヴィスも、怪訝な顔をして天井を見上げています。

 

 んー、なんかこの感じ、何年か前に覚えが……。

 

 

 

『オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ ! !』

 

 

 !? 

 

 ちょ、ダンジョンが哭いてるんですけど! 

 

 あ、しまった! これ、ジャガーノート出現の前兆じゃないですか! 

 

 

「ランサー、ストオオオオップ!!!! 壊しすぎなんですよヘタクソォ!!」

 

 必死に叫びますが、ダンジョンの声が大きすぎて聞こえてませんよねこれ。

 それでも、流石に不味いと思ったのか、ランサーも攻撃を中止しています。

 

 

 …………。

 

 おさまりました、かね? 

 

 危ない危ない。余計な仕事が増えるところでした。流石にレヴィスの相手しながらジャガーノートから冒険者守るなんて離れ業、この体調ではしたくないですからね。

 

 ふう、と一息つく私。

 おや、そういえばレヴィスはどこに……

 

「セイバー、あちらだ!!」

 

 響くランサーの声────ってちょっ、めちゃくちゃ逃げてるじゃないですかあ! 

 あ、しかも運悪く進行方向に冒険者が! 

 ええい、ジェットコースター酔いするからあんまり好きじゃないんですけどこれ!! 

 

風王鉄槌(ストライク・エア)(小)!!』

 

 魔力放出と風の合わせ技で砲弾と化す私の体。

 よし、このままレヴィスをぶちのめします────うぷっ、不味い、やっぱこれこの体調でやるの無理でした気持ちわるいってちょ、いつの間にかレヴィスの剣先に私がって──あいたあ!! 

 

 空中で体勢を崩し、運悪くレヴィスの攻撃に割り込んでしまった私。

 不幸中の幸いと言うべきか、私が彼女の剣に体当たりをした形になったので、冒険者が切られることはありませんでしたが。

 

 そのまま返しの一撃を振るおうとするレヴィスですが、流石にそうは問屋が下ろしません。

 

風王鉄槌(ストライク・エア)!』

 

 移動の際残しておいた風を叩きつけて、打ちのめす! 

 そのまま追撃に移ろうとしたところで、なんか妙に背中が熱いような……。

 

 思わず振り返ると、とうとう限界を迎えたのか、気絶して天から失墜してくる日輪の英雄っぽいナニカが。

 っていうか炎纏ったまんま落ちてくるんじゃないですよせめて火消してから落ちてきてくださいこのままじゃ私も巻き込まれ熱いアッ─────!! 

 

 

 偶然なのか奇跡なのか、レヴィスに向かって落下したランサー。

 墜落の衝突で、レベル7のステイタスで吹き荒れる魔力暴発(イグニス・ファトゥス)

 錐揉み回転で河に落ちていくレヴィス。

 爆発に巻き込まれて吹き飛ぶ私。

 

 

 レヴィスによる斬撃(かすり傷)やランサーによる火傷(重傷)がアヴァロンによって治癒されるのを感じつつ、色々限界を迎えた私は意識を手放すのでした。

 

 

 

 のみすぎ、ダメ、ぜったい。

 

 ガクッ。

 

 




たとえ体調最悪でも、この時期のレヴィス相手にこの二人なら割と余裕なポンコツども。
なのに逃がすから本当にポンコツども。

ジャガ丸くん、十八階層で出てくるの?とも思いましたが、まぁ中層だし出てくるかもな!くらいのテンションで見逃していただければ……m(._.)m


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第10話

(´・ω・`)


 

(ここに、アルトリアが……)

 

 ボールスから聞き出した部屋に到着したアイズは、しかし最後の一歩を踏み出せずにいた。

 アルトリアが怪我をしたと聞いた時は、いてもたってもいられずに走り出したのに、いざ辿り着いてみると、足がすくんで動けないのだ。

 

(どうして、ただ、アルトリアの顔を見て、声を聞いて、そしたら、もう何も心配ないのに……ないはず、なのに)

 

 何のことはない。ほんの少し手を持ち上げて、ノブを回すだけだ。

 

 それだけで、アイズは扉を開けてアルトリアに会える。

 きっとアルトリアはアイズを迎えてくれる。

 ほんの何日か前に地上で会ったばかりなのに、十八階層にいることに驚くかもしれない。

 でも、きっとすぐに笑顔を浮かべてくれるはずだ。

 いつもみたいに『どうかしましたか、アイズ?』と優しく声を掛けてくれるはずだ。

 そうしたら、自分は彼女の手を引いてあげるのだ。

 アルトリアを傷つけた人を、フィン達が探しているから。自分も一緒に探すから。次は、私も一緒に戦うから。

 

 アルトリアはきっと、自分を褒めてくれるはずだ。

 

 貴女が一緒なら何も恐ろしくありません、と()()()のように言ってくれるはずだ。

 

 

 

 だって、アルトリアは常勝不敗の騎士王なんだから。アイズ・ヴァレンシュタインの■■なんだから。

 

 

 

 

 そこまで考えて、アイズは自分が何故動けないか、理解できた。

 

(あぁそうか、私、怖がってるんだ)

 

 そう、アイズ・ヴァレンシュタインは──都市にその名を知らぬ者なき剣姫は──傷ついた知己の顔を見るだけのことを、どうしようもなく恐れている。

 

 自分の眼で見たわけではない。ただの伝聞だ。

 その話の中でさえ、彼女は他者を護る為に勇敢だった。

 

 

 だが、カルナと二人で戦ってなお、アルトリアが勝てない相手がいた。

 

 アイズ・ヴァレンシュタインは、その事実を受け止められない。

 

 

 

 アイズにとってアルトリアは、ファミリアの仲間たちとも違う、特別な存在だ。

 

 

 

 フィンやリヴェリア達、ファミリアの先達は父母のような愛と厳しさでアイズを育ててくれた。

 

 アルトリアは違う。

 十年前から、ずっと自分の一歩先を走り続けている。

 アイズがつまずいた時、道に迷い途方に暮れた時、いつも手を差し伸べてくれた。共に進もうと手を引いてくれた。

 その手が煩わしくて、何度も振り払った。

 自分が強くなることに精一杯だったアイズにとって、弱いくせに他者を気に掛けるなんて余計なことをしているアルトリアは、邪魔でしかなかった。

 

 それが変わったのはいつからだったか。

 

 例えば、無茶な戦い方を咎められ、怒りに任せて襲い掛かったら返り討ちにされた時か。

 例えば、亜種のワイバーンの群れに襲われた絶体絶命の窮地を、二人で乗り越えた時か。

 例えば、卑劣な闇派閥に子供達を人質に取られ、解放する条件として力の象徴である聖剣をあっさり捨ててしまう愚かさを知った時か。

 

 例えば、例えば、例えば────

 

 

 どんな時でもアルトリアは、愚かで、不器用で、みっともなくて────どんな時でも、輝いていた。

 

 人はこんなにも美しく生きていけるのだと、全身全霊で示していた。

 

 彼女だけが、アイズを変えたわけではない。

 

 だが、彼女の底抜けの善良さを間近で見ておきながら、自身に注がれるリヴェリア達の愛情を無視し続けることはアイズには出来なかった。

 

 アイズの中の、黒い炎は消えたわけではない。

 

 それでも、自分の中にあるものが、炎だけではないと、気付かされてしまった。

 

 アルトリアは、暗い小道に迷い込もうとしていたアイズを、引きずり上げてしまった。

 

 

 

 

 アルトリアはアイズにとって、道標なのだ。

 

 

 

 

 たとえ誰に敗れようと、無惨に打ち倒されようと、アイズ・ヴァレンシュタインがアルトリア・ペンドラゴンに向ける信頼が曇ることは断じて無い。

 

 

 故に、彼女の身体を縛る恐怖はただ一つ。

 

 此度の敗北が、騎士王を打ちのめすこと。

 

 

 アイズが憧れる光が、恐怖に翳った姿を見ることが、たまらなく恐ろしいのだ。

 

 勇猛果敢な冒険者が、ただ一度の敗走により心折られ、二度と剣を取れなくなることなど、この都市には珍しくもない出来事だ。

 アルトリアに限ってそんなことはあり得ないと信じている。

 信じているがそれでも────────

 

 

「ねぇねぇアイズ〜、そろそろ代わりに開けていい〜?」

「ダメですよティオナさん! 今アイズさんは頑張ってるんですから!」

「でーもーもーうーヒーマーだーよー」

「そんなぁ!」

「…………。二人とも、静かにしてて」

 

 アイズの葛藤は、ついてきた少女達の会話により一時中断となった。

 

「でもさっきから三十分は扉の前でジーっとしてるじゃーん。あたし早くお見舞いしたいんだけどー」

「……もうちょっとだけ、心の準備をさせて」

「アイズさん! 私はいくらでもお待ちしますからね!」

「つーかお前らよぉ……」

 

 ワイワイと騒がしい少女達だが、一人の猪人が額に青筋を浮かべながら声をかける。この宿屋の主人だ。

 

「見舞いってんで黙って見てたが、怪我人の前でもそんだけギャーギャー騒ぐつもりなら追い出すぞ! 特に【大切断(アマゾン)】!!」

「えー、ひっどい! 差別だー!」

「やかましい、騎士王達は疲れてんだよ! テメェらみたいに騒がしい奴ら入れられるか! 入るならせめて一人だけにしやがれ!!」

「うぐっ」

 

 自分も騒いでいることを棚に上げてはいるが、アルトリア達を気遣う言葉に流石に反論も出来ず。

 結局ティオナ(と巻き添えでレフィーヤ)は宿から追い出されてしまった。

 

 

「…………」

 

 

 一人取り残されたアイズは、ようやく腹を括る。

 

 軽くノックをして、声を掛ける。

 

「アルトリア。起きてる? ……入っても良いかな?」

 

 返事は無い。散々騒いでおいてなんだが、あの騒音の中まだ眠っているのだろうか。

 それでも、ここまで来たからにはせめて顔の一つでも見ておきたくて。

 悪いとは思いつつ、アイズはそっと扉を開けた。

 

 カーテンが閉じて、薄暗い部屋の中には二つの寝台が並んでいた。

 リヴィラでは滅多にお目にかかれない、上等なものと一目でわかった。

 それだけで、どれだけリヴィラの住人が彼女たちに感謝と敬意を抱いているか理解できる。

 

(あっちは、白髪が見えるからカルナだよね。じゃあ、こっちが……)

 

 ドキドキと、妙に早まる鼓動を抑えつつアイズは寝台を覗き込む。

 

(アルトリア……)

 

 いつもは結い上げている髪もほどかれ、穏やかに眠る少女がそこにいた。

 

 普段の凛とした表情とはまるで違う、見た目相応のあどけない寝顔に思わず、アイズの口元が緩む。

 初めて出会った時と、全く姿が変わらない永遠の少女。

 見上げていたその目線が並び追い越したのは、自分がいくつの頃だったろうか。

 肩を並べて戦えるようになったのは、いくつの頃だったろうか。

 はじめは敵意すら抱いて睨みつけていた少女の顔を、気づけばいつも追いかけるようになったのは、いくつの頃だったろうか。

 

「アルトリア……」

 

 眠っている相手にいけないことだとは思いつつ、つい手を伸ばしてしまう。

 美容にあまり気を使わない自分でも見惚れてしまう、美しい金糸の髪がサラサラと指から溢れ落ちていく。

 ロキに、『二人が並んどると姉妹みたいやな〜』と言われた時は照れ臭くもあったが、それ以上に嬉しかった。

 続いて放たれた、『どや、あいつの派閥なんてやめて、ウチの眷属(こども)にならん?』との勧誘を、苦笑まじりに断られたのは本気で悲しかったが。

 

 髪を弄んでいた指が、いつしかすべすべとした頬にかかり、撫でるように走った。わざとではない、事故である。

 

(…………!!)

 

 想像以上の柔らかさに、ビシリと硬直してしまった。

 なのに指先は、短いスパンで頬を往復してその感触を確かめるように蠢いている。

 プニプニとした感触が、正直たまらない。

 

 頭の中の小さなアイズが、真っ赤な顔で必死にバツ印を作っている。

 

 さもありなん。これは、控えめに言っても変態ではないだろうか。

 いや、しかし落ち着くのだ、アイズ・ヴァレンシュタイン。ファミリアであるアマゾネスの少女は、フィンにもっと凄いことをしようと常に画策しているが、自分はそれに対して変態だなどと思ったことはない。

 つまり、自分がやっていることは変態行為ではない。論破完了。

 

 心の中で自己弁護を繰り返しながら、アイズは止まらない。

 

「アルトリア……」

 

 自分は何をしようとしているのか。

 もはや訳が分からなくなりながら、それでも胸に満ちる想いが、熱っぽい吐息と共に唇からこぼれる。

 

 次第にその指は、眠る少女の小さな唇に近づいていき────

 

 

 

 

「おはようございます、アイズ」

 

 パチリと目を覚ました騎士王に捕らえられた。

 

「あ、やっ……ちがうよ、アルトリア、これは」

 

 心臓が跳ね上がる。

 口をつくのは、形にならない言葉ばかり。

 それでも誤魔化さなければ、彼女に嫌われたくないと必死に頭を回転させるアイズだが、何も思い浮かばず、やましさから視線を下げてしまう。

 同時に、忘れていた恐怖が蘇る。アルトリアが、アイズが信じる常勝の騎士王でなくなっていたらどうしよう。心折られていたらどうすればいいんだろう。

 

 しかしアルトリアは、そんなアイズをジッと見つめた後、静かに口を開いた。

 

 

 

「……どうやら、随分と心配をかけたようですね」

 

 ハッ、と。

 アイズは、その声の響きに顔を上げた。

 

 そこにあるのは先ほどまでのあどけない寝顔とは似つかない、いつもの凛とした表情。

 しかしアイズには、そこに秘められた深い慈しみの感情が確かに見えた。

 

 瞬間、脳裏を駆け巡る遠い過去の記憶。

 

 

 

『女の子がこんなところに一人でなんて、危ないですよ?────ほっといて、と言われても、そうはいきません。子供を怖いところに放っておくなんて、騎士道にもとります!────え、あ、別に怖くない? あ、それはすみません……いえ、それでもです!────決めました。おにいさゲフンゲフン、もとい、お姉さんもついていきます! 一緒に戦えば、何も怖くありませんよ!』

 

 

 それは、オラリオにおける、もしかしたら、アイズの初めての暖かな記憶。

 

 心に黒い炎を宿した自分と、未だ白き装束をまとっていた可憐な騎士姫との初めての邂逅。

 

 

 当時の自分には理解できなかったけれど。

 

 その少女は、その日からずっとアイズを見守ってくれていたのだ。

 

 そう────目の前のものと同じ、慈愛の瞳で。

 

「……!」

 

 気づいた時には、少女の胸に飛び込んで肩を震わせていた。

 

 自分は本当に馬鹿だ。

 知っていたはずなのに。

 アルトリアは、誰よりも優しくて。正しくて。強くて。

 何度挫けても打ち負かされても。何度でも立ち上がり、立ち向かい続けたからこそ、常勝の騎士王と呼ばれるようになったのに。

 勝手に頼って────勝手に怯えて。

 

 誰よりも自分こそ、アルトリアが挫けるわけがないと分かっていたはずなのに。

 

 ポン、ポンと優しく背を叩きながら、アルトリアが話しかけてくる。

 

「アイズ、大丈夫です。ちゃんと受け止めますよ」

「っ、わたし、アルトリアが、負けて、戦えなくなってたらって、こわくなって、それでっ……」

「……それほど、心配をかけていましたか」

 

 喉につっかえ、言葉が出ない。

 幼子のように泣きじゃくるアイズの背を撫でていたアルトリアだが、不意にその肩を掴み身を離す。

 顔を上げたアイズの瞳から溢れる涙を指で弾くと、その手を取り、厳かな表情で告げた。

 

 

「アイズ・ヴァレンシュタイン。私は今ここで貴女に誓います」

 

 

 まるで薄暗い宿の一室が、絢爛輝く王城であるかのように──

 

 

「私は、二度と負けない。貴女を怯えさせない。貴女の信頼を裏切らない。我が名誉にかけて」

 

 

 それは、精悍な騎士が麗しき姫君の手を取る、一枚の絵画のような荘厳さで──

 

 

「だから────どうか、これからも貴女と共に戦うことを、赦してほしい」

 

 

 最後に、騎士は柔らかな笑みを浮かべた。

 

 

 二人の出会いをなぞるような騎士の言葉に、アイズもまた満面の笑みを浮かべる。

 

 

 

 

「────はい。喜んで」

 

 

 

 

 

 視点変更(アル中ハカタル)

 

 

 

 

「ランサー、起きてますー……?」

「……眠っている」

「ずいぶんはっきりした寝言ですね……」

 

 どうも、アルトリアもどきと名乗ることすらおこがましくなってきました二日酔い野郎です。いえ、野郎でもないんですけど。

 

 なんか起きたら、ずいぶん質の良いベッドでランサーと並んで寝かされてたんですけど、これ、アレですか? 

 みんなが必死に戦ってるのにオタクらは二日酔いで自爆とかご苦労様ですなー! いやー、お疲れのようですからこのベッドでお寛ぎくださいー! いやー、質素ですみませんなー!! 的なアレですか? 本当にすみません!! 

 

 いや、しかし冗談抜きに、今回はしくじりました。

 レヴィスの強さがせいぜいレベル6程度の時に遭遇できたというのに、みすみす取り逃してしまうとは。

 奴が今後出す被害を考えれば、ここで捕らえておくのが最良のタイミングだったんですが……。

 

「……迂闊だった。まさか、昨日の今日でリヴィラ襲撃が発生するとは」

「はい……原作メンバー、どんだけ過密スケジュールでトラブルに出会ってるんですか? ダンジョンに出会いをってそういう意味なんです?」

「せめて、バーサーカーを連れてくるべきだったか。あの男ならば、二日酔いでも無窮の武錬を発揮できただろうに」

「二日酔い対策に使われるとか、当代最高の技量持ちにだけ与えられるスキル哀れすぎません?」

「……効いたよね」

「早めのアヴァロン♪ やかましいですよ何言わせるんですか」

 

 馬鹿話をしてるのもなんですし、そろそろ起きますか。

 うーんっ、と伸びをしてベッドから飛び降りようとしたところで、扉の外から話し声が。

 耳覚えのあるその声に、思わず布団にくるまる。

 

 あれ、気のせいですか? 今なんかアイズたちの声が聞こえたんですけど。

 ちょ、ランサー見にいってくれませんって何狸寝入りしてるんですかこの野郎!! 

 

 えぇ、ちょっと今会いたくないんですけど。

 二日酔いでヘマやらかして、どんな顔で挨拶すれば良いんですか年下の女の子に。

 逆の立場だったら、私ならゴミを見るような目で見下しますよ絶対。うちのポンコツどもがやらかしたなら百パー。

 

 オタオタしてる間に、レフィーヤとティオナは宿屋の店主らしき人物に追い払われたようです。

 あとはアイズは…………これは、入ってきますね。

 

 南無三!! 

 

「アルトリア。起きてる?」

 

 寝てます! 

 

「……入っても良いかな?」

 

 ダメです! 

 

 しかし私の祈りも届かず、無慈悲に開く扉。

 おい、ランサー! 何わざとらしく『すやすや、むにゃむにゃ』とか言ってるんですか、それ許されるのはライダーか(セイバー)くらいですからね! 

 私も寝てますから口には出しませんけど! 寝てますから!! 

 

 一瞬ランサーの方のベッドを見た後、迷いなくこちらに向かってくるアイズ。

 別に良いんですよランサーのお見舞いだったとしても。いや、やっぱ嘘です。美少女のお見舞いとか嫉妬でオルタ化しそうなので駄目です。

 

 というか、なんか狸寝入りしちゃいましたけど、別にアイズに二日酔いでヘマしたって知られてると確定してるわけじゃないですよね。

 なんかこう、上手い具合に色々重なってボカーンしてたのでひょっとしたら普通に相討ちと思われてる可能性もありますよね。いや、それはそれでこのスペックでその体たらくなんだよって話になるんですけど! 

 まぁそれでも、二日酔いで負けそうになるなんて不名誉よりはマシです! この十年頑張ってきた私のキャラのためにも!! 

 

 心の中でヒートアップしていると、枕元に座ったアイズが、ゆっくり手を伸ばしてきました。

 

 おぅふ。髪撫でてくるとか不意打ちですね、くすぐったいです。

 こみあげる笑いを、布団の中で右足の太ももつねってこらえる私。

 薄目を開けると、アイズは私の髪を触りながら何か悩んでいるようです。

 

 いや、しかしこの状況なんです? アイズとはそれなりに仲良くやってますけど、髪撫でられたのとか初めてなんですけど。

 出会ったばかり、ちっちゃい頃のアイズの頭撫でたらゴミを払うような目つきで払い除けられたことはありますけどね。ふふっ。

 

 ……! 

 

 その時、私の脳裏を駆ける稲妻。

 

 アイズ、まさか、私の髪質をチェックすることで、健康状態をはかってるんですか? 

 確かに生前の頃、酒呑みすぎた翌日とか、微妙に髪がザラザラゴワゴワしてたような気がしなくもないです……。

 まぁ、セイバーの髪はキューティクルの加護があるのでいつでもきれいなんですけどね!! 

 

 しかし油断している私を嘲笑うかのように、アイズの手は頬に至ります。

 こ、これは、肌質チェック! アルコールの摂取による肌荒れをチェックしているんですか!? 

 やっぱアイズ、我々が酒飲んでやらかした馬鹿野郎だって疑ってますよね!? というかほぼ確信抱いてますよねこんだけ人の顔こねくり回すとか! 

 まぁアヴァロンのオート治癒でセイバーの肌はいつでもつるつる卵肌なんですけど!! 

 ちょ、ふへへ、くすぐったいですってほんと。

 左足もつねって笑いをこらえる私。

 

 しかしそんな私の努力を嘲笑うかのようにアイズによる蹂躙は続きます。

 触診の結果に満足がいかなかったのか、口に向かって進撃するアイズの指先。

 

 こ、これは、業を煮やして、酒臭いかどうか直にチェックするつもりですか!? 

 いけません、いけませんよアイズ! もどきとはいえ、万が一にもセイバーの口を酒臭いとか判定したら、全国五十億のセイバーファンによって私と貴女は袋叩きに遭います! いや、私のお口はいつでも清潔ですけどね!! 

 

 アイズの凶行を止めるため、思わずその手を私は捕らえてしまいました。

 

 必然、見つめ合う我々。視界の隅でランサーが、『あーぁ』みたいな顔してるのが納得いきません。

 

 と、とりあえず……

 

 

「おはようございます、アイズ」

 

 朝の挨拶を。呑兵衛の称号を得る前に、少しでも好感度を稼いでおかなくては。

 

 しかし、軽蔑の視線も覚悟で狸寝入りをやめた私の予想に反して、アイズの反応は可愛らしいものでした。

 

「あ、やっ……ちがうよ、アルトリア、これは」

 

 口ごもりながら、とうとう下を向いてしまったアイズ。

 お、おや? 私はてっきり、『やっぱり狸寝入りだったんだ。二日酔いでみんなをピンチにした挙句、誤魔化そうとするなんてサイテー』くらいは覚悟していたんですけど……。

 

 瞬間、再度閃く私の脳内の稲妻。

 

 そうか、そういうことだったんですね、アイズ。よく理解できました。

 

 となれば、私がかける言葉は決まっています。

 

 

「……どうやら、随分と心配をかけたようですね」

 

 ハッ、と顔を上げるアイズ。

 このリアクション、やはり予想通りでしたか。

 

 えぇ、えぇ、考えてみればわかることだったんです。

 良い子のアイズが、二日酔いを馬鹿にしたり見下したりするはずがなかったんです。

 妄想の中とはいえ、酷いことをしました。

 

 フラットな気持ちになって考えればわかります。(エルメロイ教室のエスカルドス君は関係ないですよ?)

 私の顔に触れる柔らかいタッチのアイズの手、熱っぽい呼びかけ、起きてると気づいた時の罪悪感がうかがえる顔。

 

 これらから導き出される答えは一つ。まさに『初歩的なことだ、友よ(エレメンタリー・マイ・ディア)』。

 

 

 

 

 

 

 

 私がアル中になって戦えなくなったんじゃないかと、心配だったんですね!? 

 

 瞬間、脳裏を過ぎるこれまでの酒の席での失態。

 

 ──ロリコンにブチ切れたり。

 

 ──傷心中のベートをぶん殴ったり。

 

 ──キャスターの薬をばら撒いたり。

 

 ──聖剣でステーキ焼こうとしたり。

 

 色々、やらかしましたねぇ……。

 原作一巻でのやらかし? それはちょっと何言ってるかわかんないです。

 

 いつも結果的になんとなく有耶無耶に済んできましたが、幼少期からこれを隣で見続けたアイズの心の中には、私=酒乱みたいな方程式が組まれつつあったのでしょう。

 

 その不信感が、今回の件で爆発したと。

 

 なんと申し訳ない……手本となるべき大人が、酒の席で暴れてばかりとか、本当にダメですよね……。

 

 思わずアイズを見る眼に申し訳なさとかいろんなものが滲んでしまいます。

 

「……!」

「オゥフ!」

 

 するとなんということでしょう。涙目になったアイズが胸に飛び込んできました。

 胸が痛みます。私の酒癖の悪さが、一人の少女をここまで追い詰めていたとは。

 

 

「アイズ、大丈夫です。ちゃんと受け止めますよ」

「っ、わたし、アルトリアが、負けて、戦えなくなってたらって、こわくなって、それでっ……」

 

 ん? 負けて? ん? ちょっとどういうことでしょう、ニュアンスがわからない。

 いえ、私、頑張りなさい。ここで返答を間違えれば、二度とアイズの信頼を取り戻せませんよ! 

 

 ……ハッ! 完全に理解できました! 

 

「……それほど、心配をかけていましたか」

 

 アイズの言葉を汲み取り、私は彼女の涙を拭ってあげます。

 もう大丈夫、貴女が泣く必要はありませんよ、アイズ。

 

 私はアイズの手を取り、厳かな表情で告げた。

 

 

「アイズ・ヴァレンシュタイン。私は今ここで貴女に誓います」

 

 

 絢爛なる王城(キャメロット)地下の薄暗い魔術工房に眠る断酒薬に想いを馳せながら──

 

 

「私は、二度と(アルコールの誘惑に)負けない。(酒の席で)貴女を怯えさせない。(酒乱で)貴女の信頼を裏切らない。我が名誉にかけて」

 

 

 それは、ビールっ腹を理由に娘に嫌われてダイエットを始めるパパの如き悲壮さで──

 

 

「だから────どうか、これからも貴女と共に戦うことを、赦してほしい」

 

 

 私の懇願に、可憐な少女は花開くような笑みで応えてくれました。

 

 

「────はい。喜んで」

 

 

 

 

 ちなみに、私ならアル中疑惑と一緒に戦うとか絶対に嫌です。

 

 

 

 

 

 視点変更(おまけのランサーさん)

 

 

 セイバー、お前、いつか刺されても文句は言えんぞ。

 

 

 むにゃむにゃ。

 

 




お久しぶりです。シリアスパート書けない病になってました夕鶴です。
リハビリの為にシリアス100%の誰得FGOコラボ嘘予告書いたり、何年ぶりくらいに/zero読んだりしてました。
ボチボチ更新は続けますので、気長にお待ちいただけるとm(__)m


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第10.5話

今回は各勢力の皆さんの動向と、独自設定チョロリと、久しぶりのアヴェンジャーage……age?
ポンコツサイドは最後にチョロっとあるだけですけど、こう、当時のポンコツ達の悲鳴に想い馳せながら読んでいただけると……


「やぁ、アルトリア。体調はどうだい?」

「まずまずといったこところですよ、フィン。それにリヴェリアも……わざわざ見舞いになど来なくても、良かったのに」

 

 寝台の上で儚げに微笑む少女の姿は、小さな勇者の胸を締めつけた。

 

「僕としても、今の君に負担をかけるのは心苦しいんだけどね、君たちをそこまで痛めつけた相手の情報が欲しい。……出来れば、威勢よく出かけたアイズにも聞いておいて欲しかったんだが」

「……あの子には、後で私から伝えておこう。それで、アルトリア、話せるだろうか?」

「勿論ですよ、リヴェリア。と言っても、どう説明すれば良いのやら……」

 

 眉をひそめながら言葉を探す彼女は、数日前、彼女達のホームで見た姿と同様、どこか翳りが見えた。

 それは、話に聞いた死闘の名残────というよりも、もっと根深い理由が潜んでいるように思える。

 先程までは見守るべき少女(アイズ)が居た手前、無理をしてシャンとしていたようだが、入れ替わりにフィン達が入ってきたことで緊張の糸も切れたのだろう。心なし、ぐったりとしている。

 ちなみにアイズは、犯人捜しに意気揚々と出かけてしまった。

 

 幾つか言葉を交わしながら、フィンの胸に苦い感情が広がる。

 寝台の上で弱っている姿は、出会ったばかりの彼女を思い起こさせた。

 

 

 少女達は、オラリオに来たばかりの頃から卓越した技倆を誇っていた。

 当時すでにオラリオ二大派閥の長であったフィンに匹敵──あるいは凌駕──する技倆と強力極まりない魔法、そして悪を許さず、弱者を慈しむ精神性を持つ彼女達は、最初からオラリオに秩序をもたらす希望の光だった────わけではない。

 

 むしろ、当時の彼女達は、侮られ、蔑まれる対象だった。

 

 

 理由は単純。彼女達は、弱かったから。

 

 

 仮に今が、神が降臨する以前の古代であったなら、彼女達より強い者など存在しなかっただろう。

 だがここはオラリオ。ヒトの領域を超え、英雄達がしのぎを削る地上で最も強き地。

 

 確かに技倆は優れていた。だがそれが何だと言うのだ。

 いかに鋭く振るおうと、枯れた小枝で巨木をなぎ倒せるか。

 

 強大な魔法を持っていた。それは確かに素晴らしい。

 だが、一発撃つだけで精神力を消費し尽くす体たらくで何が出来る。

 

 要するに、彼女達の資質に身体(ステイタス)が追いついていなかったのだ。

 

 彼女達は恩恵を得たばかりの冒険者としては異常に強かったものの、ランクアップを果たした強者達とはそれでもなお、歴然とした差があった。

 

 そもそも派閥構成員自体、一番歳上が十四か五の小娘で、他の団員はそれより幼く、主神も又、ボロを纏った少年神。侮るなという方が無理があった(もっとも神々は、この世全ての悪(アンリマユ)を名乗るモノの来訪に心穏やかではなかったが)。

 

 そんな中、やめておけば良いものを、彼女達は都市の悪と積極的に対峙した。

 迷宮攻略を進めつつ、地上で悲劇が起ころうとすれば毎度の如く彼女達は居合わせた。それこそ当時、彼女達の自作自演すら疑われるほどに。

 

 結果はもちろん、連戦連敗。

 

 ファミリア全滅の危機に陥ったことも、フィンが知る限り一度や二度では済まない。

 それでも生き延びたのは、生存に特化した魔法を持つアルトリアやカルナが時間を稼ぎ、自らの負傷を無視してランスロットが暴れ回り、逃走に向いた能力を有するロビンやアストルフォが他の派閥に助けを求めたからだ。

 

 一部の心ない者は、理想ばかり立派で現実が見えていないような彼女達を嘲り、団長である少女を騎士姫(リリィ)──世間知らずのお嬢様と揶揄した。

 

 

 フィンも又、何度も彼女達の窮地を救ってきた。

 

 その度に、彼女にこれ以上の無茶は止めるよう、何度も何度も忠告した。

 

 例え癒しの力で傷が塞がろうと、血溜まりの中で倒れる少女の姿に何度肝を潰したことか。

 微笑み一つで多くの男を虜にするだろう可憐な容貌が、苦悶に歪むことに何度胸を痛めたか。

 それほどに犠牲を払わせてなお、彼女を愚か者と嗤う者どもに、何度臓腑を焼かれるような怒りを覚えたか。

 

 願いと言ってもいいフィンの言葉に、しかし少女は困ったような微笑みを浮かべながら首を横に振る。

 

 

 

『私も別に、戦いたくて戦っているのではないんですよ?』

 

 

 

 ならば、何故そこまで傷ついているのか。何故そこまで傷ついて、戦いをやめようとしないのか。

 

 決まっている。都市に住まう、力無き人々のためだ。

 当時の彼女の装い同様、気高い純白の精神が、彼女を戦いに駆り立てるのだ。

 

【英雄】たらんと自らを律し、合理を邁進するフィンとは真逆。

【英雄】であるが故に、彼女は非合理にも手を伸ばす。

 

 その過程に何度傷つき、何度倒れようと彼女は進み続けた。

 不器用で、泥臭くて、非効率的で────なんと、尊いことか。

 

 それは、フィンが至ろうとする理想とは異なるが────フィンが、同胞達に取り戻さんと願った、勇気と気高さに溢れた姿だ。

 

 

 弱く、無様な子供達が、それでも立ち上がり、立ち向かい続ける。

 そんな姿に触発されたのはフィンだけではなかった。

 

 一人、二人と彼女達に救われ、彼女達を助けたいと願う人々が、彼女達の周りに集まり始めた。

 人々の願いに応えるよう、彼女達は戦い続け────少女は、史上最速である五ヶ月でのランクアップを果たす。

 

 人々が彼女達を見る目が、明確に変わった。

 

 力を得た彼女の快進撃は、目覚しいものがあった。

 今まで力及ばず敗北を喫していた闇派閥を真っ向から打ち倒し、より多くの人々を救ってみせた。

 されど驕らず、今までと変わらず誠実に人々と寄り添う。

 

 騎士姫(リリィ)の名は、穢れなき少女の純真を称える、敬意に満ちた呼び名に変わった。

 

 

 団長の偉業に追随するように、ファミリアの団員全員が一年以内でのランクアップを果たしてみせた。

 

 もはや、アンリマユ・ファミリアの名を嘲りを込めて呼ぶ者は居なくなった。

 

 

 その名は都市に新たに現れた希望。

 幾度敗れても、その度に立ち上がり打ち克つ──故に常勝不敗の王が率いる、誉れ高き円卓の騎士達。

 

 

 そしてフィンも又、いつしか少女を【英雄】としての責務でなく、一人のヒトとして、案じ、焦がれ────

 

 

「──ィン、──ますか? フィン、聞こえてますか?」

 

 

 ハッ、と意識を取り戻す。

 つい、思索にふけってしまっていた。

 わざとらしく咳払いをして、続きを促す。

 

「失礼。大丈夫だとも。続けて欲しい」

「はぁ。とにかく、先ほども言った通り、件の怪人はレベル6を凌駕しかねないステイタスです。万全を期すなら、私や貴方であっても、一対一の状況は避けるべきでしょう。ですが正直、現時点なら第一級冒険者二人がかりなら撃退は容易でしょう」

「……逆に、今より強くなることがあれば、ファミリアの総力で潰さなければいけなくなる、か。まるで階層主の対策を練っている気分だよ」

「少し良いか?」

 

 苦笑を浮かべるフィンの隣で、リヴェリアが手を挙げる。

 

「今の話を聞いた限り、お前達二人なら倒し切れたのではないか? 何か、特殊なスキルや魔法でも使ってきたのか?」

「そ、それは……少し、話させてください!」

 

 もっともな質問に、露骨にアルトリアの目が泳ぐ。

 その目線が、地蔵に徹していたカルナとぶつかると、部屋の隅に連れ込み小言で何か話し合い始める。

 

(え、どうしますこれ。正直に言っときます?)

(……言うべきだろう。戦力の過小評価は論外だが、過大評価も余計な力みを生み、十全の力を発揮できない要因になり得る)

(ですよねー。まぁ、大人なフィンとリヴェリアなら、呆れはしても失望の目とかは向けませんしね……向けませんよね?)

(……王の判断に委ねよう)

(あっ、ズルい! 言っときますけどアーチャーとかに怒られる時は同罪ですからね!)

 

 

 ゴニョゴニョと話し合った末、なにかを決心した顔でフィンやリヴェリアに向き直るアルトリア。

 その悲壮な表情に、フィンとリヴェリアも揃って身構える。

 

 

 

 

 

「その、実はですね、私もランサーも……大変お恥ずかしい話なんですが、二日酔い気味でして……」

「「は?」」

 

 キョトンとしてしまった二人を責めることは、誰も出来ないだろう。

 ぐるぐるとフィンの脳内を大量に駆け巡る疑問符。

 

 

(二日酔い、この二人ほどの冒険者が──明らかに不調な様子、それは真実──何故ダンジョンに──そもそも何故この場に二人は居合わせた──)

 

「……アルトリア──」

「待った、リヴェリア」

 

 余りにも突拍子が無い発言に、思わずリヴェリアが苦言を呈そうとする。おそらく、つまらない冗談と捉えて本当のことを言わせようとしたのだろう。

 だがフィンがそれを遮った。

 正直、フィンも軽い冗談と思いたかったが、そう捉えるにはあまりにもアルトリアの表情に悲壮感が満ちていた。

 

「……なるほど。二日酔いか。それなら仕方ない。仕方ないとも。あぁ、そういう日もあるさ。しかし、君達ほどの冒険者がそんなに苦しむことも厭わず呑むほどに美味い酒とは、興味深いね」

 

 うんうんと頷きつつ、代わりに一つの疑問を投げつける。

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 ハッとした表情を浮かべるアルトリアを見て、フィンは己の疑問がいくらかの正鵠を射たことを確信する。

 

「ともかく、君達はもう少しここで休んでいるんだ。不調なまま戦線に参加しても、皆も気を使うからね。僕らもそろそろ、捜索に戻るよ」

 

 何か言いたげなリヴェリアを目で制し、やや強引に退室する。

 扉が閉まる間際、鎮痛な表情のアルトリアを目に刻みながら。

 

 

 

「で、何のつもりだ。まさか二日酔いなどというたわ言を信じたわけではないだろうな」

「まさか」

「だったら何故だ」

「何故、か。リヴェリア、僕は最初から気になっていたんだけど、()()アルトリアとカルナは十八階層にいたんだろうね?」

「……それは、我々と同じくダンジョン散策を──」

「本人達曰く、二日酔い中にわざわざかい?」

「それは……二日酔いが、あの子の冗談だっただけだろう」

「彼女があの場でいきなりあんな突拍子もない冗談を言う人間じゃないことは、君もよくわかっているだろうリヴェリア。それに、アルトリアもカルナも、負傷以外の理由で弱り切っていたのも確かだよ」

「……」

 

 フィンの言葉に押し黙るリヴェリア。

 

「もっとも、僕ら第一級冒険者がたかだか二日酔いで苦しむわけがないというのも当然の話だけどね」

 

 そう、そもそも生物としての格が極めて高く、なおかつ対異常や対毒の発展アビリティを備えている高位冒険者は、滅多なことでは二日酔いになどならない。アルコールを摂取すれば酔いはするが、適切な対策などを取らなくても翌日には復調しているものだ。

 そして更に、仮に二日酔いだったとして。アルトリアほどの一流の冒険者が、そんな体調でダンジョンに潜るだろうか? 

 

 答えは否だ。

 

 どれだけ慣れ親しんだ階層であろうと、ふとした拍子に命を落としかねないのがダンジョンの恐ろしさ。

 十年近い経験を持つアンリマユ・ファミリアが、ダンジョンを軽んじるような真似をするとは思えない。

 

「つまり、彼女達は不調を押してでもダンジョンに潜る必要があり……彼女達が到着したまさにその時、十八階層では謎の怪人との戦闘が勃発していた。果たしてこれは偶然と呼べるだろうか」

「……確かに不自然ではあるが、いつ事件が起きるかなど、あの子達には知りようがないだろう──いや、まさか」

 

 何かに気づいた様子のリヴェリアに、フィンが頷く。

 

「あくまで可能性の話だけど、僕にはこれが偶然とは思えない。何者かの意図が潜んでいるようにしか見えないんだ。そして彼女達の異変。その原因の【酒】とやらは誰からもたらされたものだったろうか」

 

 

 

 二人の脳裏に浮かぶのは、暗闇に浮かぶ紅い半月────ニンマリと裂けたように笑う、とある悪神の姿。

 

 

 しかしリヴェリアは、なおも首を横に振る。

 

「そうだとしても、解せない。あの神が何か画策しているなら、アルトリア達が止めないはずがないだろう」

「……そうだね。この十年、ずっとそこだけが気がかりだった」

 

 

 どのような悪にも屈さず、善をなす理想の英雄。彼女達が眷属であることが、アンリマユ唯一にして最大のアリバイだった。

 だがつい先日、その答えの一端が見えた気がした。

 

 

「僕は、アルトリアがあれほど生き生きとした姿を見たことが無かった。あれほど誰かに執着をしていたことを知らなかった」

 

 思い起こすは数日前の酒場での一件。

 ここにいない誰かの勇姿を、彼女は誇らしげに語っていた。

 

 

 その姿は、何者かに全てを捧げた信仰者のように狂熱的で。

 

 その姿は、己が仕える主に心酔した騎士のように誇らしげで。

 

 その姿は────恋する少女のように、愛に溢れていた。

 

 

「彼女が万人に平等な、理想の王であったなら、何者も付け入ることは出来ないだろう。だけど、彼女が人間としての幸福を委ねた相手がいたなら…………それこそが、アルトリアを蝕む猛毒になりかねない」

 

 零れた言葉は、驚くほど平坦なものだった。

 自分は一体、どんな顔を浮かべているだろう。

 痛ましげなリヴェリアの顔を見るに、ロクな表情では無さそうだ。

 

 フッ、と笑って心を仕切り直す。

 

「もっとも、今はそんなことは関係がない。不調であろうとなんであろうと、彼女達から逃げ切った怪人退治に専念しなきゃね」

 

 

 

 

 

 

 

 視点変更(アル意味一番ノ被害者)

 

 

 

 

『ピギィッ!?』

 

 ブチリ、と。兎型モンスターに齧り付き、血肉ごと魔石を取り込む。

 口の中で灰に変わった肉を吐き捨てながら、赤毛の女──レヴィスは怒りに目を細めた。

 

(まさか、私の正体がバレていたとはな。それに加えて、レベル7以上の冒険者が居合わせるとは、運が無い)

 

 逃げ延びはしたが、あの炎を纏う槍使いは厄介だ。何度か近接戦に持ち込んだが、軽くあしらわれて空に逃げられた。

 散々に焼かれたダメージは未だ癒えず、五割の力も出せないだろう。

 おまけに……

 

 

(星の聖剣使いまで出張るとは、流石に想定外だ)

 

 ブルリ、と身を震わせる。

 もしあの剣が真価を発揮していたら、レヴィスと言えどチリも残さず消し飛ばされていただろう。

 

 

 存在に気付いてはいた。

 

 精霊の匂いが染み付いた強大な力の気配を、ここ数年地上やダンジョンから常に感じていた。

 だがその正体を掴めぬまま月日は流れ六年前のあの日。神々の派閥同士と多くの怪物を巻き込んだあの事件。

 そこで、レヴィスとダンジョンに潜む堕ちた精霊は、気配の正体を知った。

 

 数多の怪物を薙ぎ払い、ダンジョンから地上まで届く大穴をこじ開けた黄金の斬撃。

【二十七階層の悪夢】と呼ばれるはずだった殺戮劇を、勇ましき英雄譚に塗り替えた【二十七階層の栄光】。

 

 神々が降臨するよりはるか過去。古代と呼ばれる時代に、ただ一人の王のみ振るうことを許された聖剣。怪物から人々を守り続けた、偉大なる()()()の伝説。

 王の没後、とある湖の精霊に返還され、それ以来ただの一度も地上に現れていないはずなのに。

 何故遠きブリテンの地を離れ、オラリオにそれが存在するのか!! 

 

 その神威は、血の匂いに誘われた邪精霊すら怯え、逃げ帰ったほどだ。(その姿をとある妖精に見つかり、興味を抱いた主神に命じられるがままに調査に赴いたとある派閥が喰い荒らされたのはまた別の話だ)

 

 忌々しさに歯軋りが止まないが、一つ幸運だったことがある。

 

 聖剣の担い手が、大したことはなかったからだ。

 

 確かにステイタスはレヴィスに匹敵するほど高かった。

 だが、剣筋は鈍く、注意は散漫。一対一なら、明らかにレヴィスに軍配が上がるだろう。

 

「かの聖剣で、奴らを血祭りに上げるのも一興か……」

 

 

 フンと鼻を鳴らしたレヴィスの近くを、冒険者の一団が通り過ぎた。

 中には、レヴィスが狙っていたあの男も混じっている。

 人数は五人。負けは無いが、悲鳴も上げさせずに倒せるかというと、今の体調では半々か。

 

 どうしたものかと考えつつ、レヴィスは静かに尾行を始めた。

 

 

 

 

 

 

 ちなみにだが、当然彼女は、自分と散々斬り結んだ相手が二日酔いで体調最悪だったなど、知るよしも無い。

 

 

 

 

 

 

 視点変更(ソモソモアレ今誰ガ持ッテンノッテ話)

 

 

 

 

 

「つーかハシャーナさんよぉ」

「あん?」

 

 リヴィラの冒険者達は、五人一組で怪人の捜索を行っていた。

 そんな中、街の顔役、ボールスは同行するハシャーナに疑問を投げ掛けていた。

 

「例の女は、アンタが持ってるブツを狙ってんだろ? 一体、アンタ何持ち出したんだ?」

「あぁ、それな……」

 

 ハシャーナは腕組みをしながら思い返す。

 

「怪物祭の何日か前にな、妙な黒フードの奴からクエストを頼まれたのよ。下層まで潜ってブツを取ってこいってな」

「黒フードだぁ? 名前は?」

「さぁな、所属も何も明かさなかったよ。ただ金払いが良かったし、俺は怪物祭当日の担当は当たってなかったからな。軽い気持ちで受けたんだ」

「へっ、不用心なことだぜ」

「あぁ、今思うとな。とにかく、俺は下層に潜って、依頼のブツを回収してきた。……気味が悪い代物でよぉ、化け物の胎児みたいなもんが埋め込まれてる、緑の琥珀みたいなアイテムだったぜ」

「胎児だぁ? 聞いたことがねぇな」

「あぁ、俺も初めて見る代物だった。だがまぁ、依頼は依頼だ。この十八階層にまで戻ってきた俺は、指定されてた酒場で運び屋にブツを渡した」

「…………あ?」

「そんでさぁ仕事も終わりだ、パーッと遊ぶぜーってなタイミングで、あの女に声をかけられてな、最初は良い体してんじゃねえかと喜んだもんだが、よくよくツラ拝むといつぞやカルナに見せられた悪党じゃねえか。後は、お前らも知っての通りってやつだな」

「おい、テメェちょっと待て」

 

 話し終えたハシャーナに、ボールスがドスの効いた声を出す。

 

「するってーと何か、テメェ、今そのアイテム持ってねえのか?」

「だからそう言ったじゃねえか」

 

 

 

「アホかあああああああああ!!!!」

 

 

 ボールス、キレる。

 

 

「だったらあの女の次の狙いは、その運び屋じゃねえか! テメェ引き連れて歩き回れば女釣れると思ったのになんなんだよチキショオがぁ!」

「あ……。悪い」

「わりぃじゃねえよテメェ! さっさとその運び屋の特徴教えろや! 出て行ったかどうか調べるからよぉ!」

「待て待てあんま急かすな。顔はフードで隠れてて、あんま分かんなかったけどよぉ、小柄な浅黒い女だったぜ。あと雰囲気がちょっと獣人系だったな」

「ビリー! 急いで街に戻れ! んでこのことロキ・ファミリアに知らせろ! 探すのは、獣人の女だ!」

「りょ、了解、ボールス!」

 

 年若い男に怒鳴り散らすボールスに、ハシャーナはボリボリと頭を掻きながら詫びる。

 

「わりぃわりぃ、色々急だったもんで、すっかり伝え忘れてたぜ」

「ったく、でけぇファミリアの連中はこれだから困るぜ! どいつもこいつも気ままでよぉ」

「わりーって、そんな怒んなよ」

 

 

 

 ハシャーナ・ドルリア。

 

 本来の歴史ならこの時点で命を落としている、ガネーシャ・ファミリアの上級冒険者。

 ランサーとの交流もあり、たまに悪い遊びに連れ出す間柄である。

 

 ……ひょっとしたら、ポンコツを伝染されているかもしれない原作キャラでもある。

 

 

 

 

 兎にも角にも、余計なことを大声で話し合ったせいで、一人の犬人の少女にターゲットが移されたのは、幸か不幸か────。

 

 

 

 

 視点変更(オッサンバッカ描写シテ潤イガ足リナイ)

 

 

 

 時は少し遡り、地上。

 

 

「あ゛〜くそ、頭いてぇ。あぁ、キャスター、おはようさん」

「おや、起きましたかアーチャー」

「Arrrrrrrrrrthurrrrrrrrr!! Laaaaaaaancerrrrrrrrrrrr!!」

「まだ寝てたかったんですけどねぇ……コレが煩くて。なんなんですかぁ今日は」

「どうもセイバーとランサーが、二人で十八階層に向かったようでして。嫉妬で狂っているようです」

「 Alooooooooone!! Hoooooo◯ome aloooooooone!!」

「いや意味わかんねえよなんだよホー◯アローンって」

「アレじゃないですか? 家族が旅行に行ってるのに一人取り残されたケ◯ンくんと王に置いてかれた自分を重ねてるとか」

「そのまま泥棒でも撃退しといてくれよ、オレもう一眠りしてくるから」

「あぁ、アーチャーお待ちを。実は頼みがありまして。どうもセイバーもランサーも財布を持たずに出かけたらしくて、届けていただけませんか? 私が行っても良いのですが、この後予定がありまして……」

「財布ぅ? 別に無くても困んねえだろそんなもん」

「本当ですか? 彼らが向かったのはあのリヴィラですよ? 宿で一泊しようとして財布が無くて、『ひもじいよぉ〜』と段ボールの中で夜を明かすあの二人を想像しても心が痛みませんか?」

「嫌な絵面想像させんなよ……。あの二人ならマジでやりそうなところが一層嫌だ」

「では、頼みましたよ」

「へぃへぃ。ったく、おーいバーサーカーの旦那ぁ、アンタは──」

「何をモタモタしているアーチャー! 急ぎ、我が王の許へ馳せ参じるぞ!」

「……やっぱオレ、二度寝してて良いですかね……」

 

 

 




前回、一ヶ月以上ぶりに投稿しても読んで頂いて感想も頂けて、本当にありがとうございました。
皆さんの感想や増える閲覧数にすごく励まされています。
たぶん今後もそんなに早くはなりませんが、お付き合いいただければ幸いです。

以下、内容についてのどうでもいい言及

夕鶴が書くと、フィンの湿度がやたら高くてなんか申し訳ない気分になります

> 私も別に、戦いたくて戦っているのではないんですよ?
ヒント:幸運EX(良くも悪くも規格外というか巻き込まれ体質)


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第11話の①

|ω・`)<アケマシテオメデトウゴザイマス



「うーん、犯人、どこ探してもいないなー」

「そ、そうですね。アイズさんも見つかりませんし……」

 

 レフィーヤとティオナの二人は十八階層で犯人捜索の傍ら、飛び出したアイズの捜索も行なっていた。

 正体不明の高レベル冒険者(?)が潜伏している状況で、いかな剣姫とは言え単独行動は危険すぎる。本来なら、ロキ・ファミリア総出で見つけて速やかに合流を果たしたいところだが──。

 

 レフィーヤは苦い表情を浮かべる小人族の勇者を思い出した。

 

 

 

 

 

『相手はアルトリアとカルナ、二人を同時に相手取る怪人だ。たとえダメージが残っていても、恐らく僕とリヴェリアの二人がかりでなければ厳しい相手だろう』

 

 故に、フィン達はリヴィラで待機だ。

 捜索班が怪人を見つけ、魔剣でも魔法でも火矢でも何でも良い、合図を上げ次第現場に急行する手筈となっているのだ。

 ……当然、最初に出会った捜索班は、フィン達が間に合うまで怪人の脅威に晒されるだろう。

 

『君達には危険を押し付けることになる。だが、どうか理解してほしい』

 

 申し訳なさそうな勇者に、リヴィラの冒険者代表として会議に参加していたボールスはフン、と鼻を鳴らした。

 

『合図さえ上げれば逃げ出しちまえば良い俺らより、あのアマとやり合わなきゃならねぇテメェらの方がよほど危ねぇだろうが。余計な気をまわす暇があったら準備でもしときやがれ』

 

 なんとも頼もしい憎まれ口に、フィンは深々と頭を下げた。

 ガクガクと足を震わせながらそれでも強がる漢に、それ以上の言葉は不粋だろう。

 背後に控えるロキ・ファミリアの面々に向き直り、それぞれに指示を飛ばす。

 

『聞いての通りだ。リヴェリアは僕と待機。ティオネ、君はリヴィラの冒険者と共に怪人の捜索を頼む。ティオナとレフィーヤは二人で動いてくれ。……三人とも、もしアイズを見つけたら合流して行動を共にするように』

 

 

 

 恐ろしいほど真剣な光を湛えた団長の眼を思い出し、レフィーヤの背はブルリと震えた。

 迷宮探索の際のフィンも真剣ではある。だが、そこにあるのは冷静さと頼もしさであり、今回のような剣呑な雰囲気は初めて見るものだった。

 

「それだけ、今回の相手を警戒しているということでしょうか……?」

 

 ポロリと零れた言葉に、先を行くティオナが『んー?』と呑気な声を上げながら振り返る。

 

「まぁ、アンリマユ・ファミリアが二人も居てコレだからねー。フィンもいつも以上にホンキになっちゃうよ」

 

 その言葉にあるのは、絶対の信頼。

 それはフィンだけではなく、悪神の眷属(アンリマユ・ファミリア)に対しても向けられたものだ。

 その言葉に、レフィーヤも深く頷く。

 彼女が最も強く憧れる冒険者はアイズ・ヴァレンシュタインだが、そのアイズが尊敬するアルトリア・ペンドラゴンもレフィーヤの尊敬対象であった。

 そしてアルトリアの左右を守護する最強の戦士(カルナ)最高の騎士(ランスロット)もまた、敬意を抱くべき相手だろう。

 

 しかしそんなレフィーヤも、次にティオナが放った言葉には思わず首を傾げてしまう。

 

 

「あーあ。こんな時にロビンが居たら、すーぐ解決しちゃうのにな〜」

「ロビンフッドさん、ですか……」

 

 その名を持つ青年のことは、当然レフィーヤも知っている。

 古い伝承に登場する妖精にあやかり、【皐月の王(メイキング)】の二つ名を持つ緑衣の弓兵。森の守り手。(なばり)の賢人。

 ……正直、故郷の同胞(エルフ)達が聞けば露骨に見下すか、怒り出しそうな異名の数々だ。

 

 もちろん彼はレベル5、都市有数の強者だ。尊敬すべき相手だということはわかっている。わかっているのだが……。

 

「なになにー、レフィーヤってロビン嫌いなのー?」

「い、いえ! 嫌いというわけではないんですけどそのなんというか!?」

 

(ただ本当を言うと、正直、あの人は苦手というか……)

 

 同盟を組んでの遠征でも最前線を突き進むアルトリア達と違い、ふらりと居なくなったと思えばシレッと隊列に戻ってきて干し肉をかじっていたり。

 戦闘の際も皆が激しく戦っている中、一人姿が見えないことなどしょっちゅう。

 自派閥の幹部であるベート・ローガとの仲の悪さはオラリオでも有名で、ロビンと出会した後のベートは普段の三割増しで話しかけづらい。

 いつもよく言えば飄々とした、悪く言えば軽薄な笑みを浮かべて何を考えているのか分からない態度。

 

 更にこれが最も重要なことだが────あの男はナンパ師として有名なのだ!

 

 ロキ・ファミリアの一部──オブラートに包んだ言い方をすると男女関係において清らかな身体の──男性冒険者の怨嗟に満ちた目撃談によると、見るたびに違う街娘を口説いては侍らせる手癖の悪さ、その上当の娘達からは弄ばれた被害報告も出させない手際の良さ、さらなる噂によれば歓楽街にロビンフッドが現れればイシュタル・ファミリアの戦闘娼婦(バーベラ)が眼の色を変えて引き込もうとするらしい。

 

 平均的な同胞に比べれば、下心の無い接触等にはとても寛容なレフィーヤとはいえ、そこは清らかなエルフの乙女。この時点であまり良い気はしない。

 しかもそれだけではない────あろうことかあの男はしょっちゅうアイズに粉を掛けているのだ!

 二人きりで話している──しかもアイズがはにかむように可憐な笑顔を浮かべている──光景を見つけ、何度ハンカチを噛むような想いをしたことか。

 

 レフィーヤが入団した当初からアイズ相手に気安かったが、最近は特にそれが顕著だ。

 アイズに憧憬を抱くレフィーヤとしてはとても認められないのだが……。

 

(でも、私なんかが、偉そうに何か言えないですよね……)

 

 先の遠征以来、自信喪失が続いているレフィーヤはそこで止まってしまう。

 自分がどう思おうと、ロビンは偉業を重ねてアイズと同じ高み(レベル)に至った強者。どうこう言うなど恥知らずにも程がある。

 

 だからこその、『苦手』だ。

 

 押し黙ったレフィーヤを見て、何かを察したようにティオナが口を開く。

 

「あー、あのねレフィーヤ。ロビンはさ────」

 

 

 ポツポツと、レフィーヤの誤解を解くために言葉を並べるティオナ。

 しかし、彼女のロビン評は今ひとつレフィーヤにはピンと来ないものだった。

 曖昧な表情でその話を聞いていたレフィーヤは、しかし不意に声を上げる。

 

「あ、あれを見てくださいティオナさん!」

 

 その視線の先には、女性らしき冒険者がコソコソと挙動不審な動きをしていた。

 話に聞いていた怪人とは似ても似つかないが、妙に怪しすぎる。

 

 うん、と頷きあった二人の少女は、とりあえず話を聞くことにした。

 

 

 

 時間経過(かくかくしかじか)

 

 

 

 多少のイザコザはあったものの女性を確保した二人。

 聞いた話によると、彼女は昨夜襲われたハシャーナからその原因と思われる荷物を預かった冒険者だった。

 ルルネ・ルーイと名乗った犬人の少女曰く、第一級冒険者が出張り戦争じみた戦いを繰り広げるほどヤバい案件とは思っておらず荷物を手放すことも考えたが、中身を知ってしまった自分を例の怪人が見逃してくれるかもわからず、恐怖に震えながら今まで隠れていたらしい。

 

 

「んー、話はわかったけどさー、やっぱり一人でいるのは危ないよ。今ならあたしも付き添ってあげるからさ、フィン達のところが一番安全だと思うよ?」

「う、やっぱりそうだよね……。わかった、ついていくよ」

 

 先程まで怯えていた少女も、レベル5のティオナが言うならば、と素直に頷いてくれた。

 この強さへの信頼、これこそが第一級と呼ばれる冒険者だ。

 

 仮にレフィーヤが同じことを言ってもこうスムーズに話が進んだだろうか。

 密かにため息をつく少女────

 

 

 

 

 

 

 

 その背後で、地面が弾けた。

 

 

 

 

 

 

「レフィーヤ!」

「え? ────きゃあ!?」

 

 刹那の攻防だった。

 

 地面を割りながら現れた食人花。

 本来の歴史と違い初見ながら、その異形に怯むことなく駆けたティオナがレフィーヤを突き飛ばすと同時に大双刃で真っ二つに引き裂いた。

 まさに一瞬と言うべき早業。

 

 

 

 

 

 ──その一瞬こそ、襲撃者が欲していたものだった。

 

 

「ハァッ!!」

「グッ!?」

 

 レフィーヤを庇い、僅かな──しかし同格以上の強者にすれば、致命的な隙を突いて現れた怪人が袈裟に振るった刃が、一刀の下ティオナを切り捨てる。

 

 

 

「────ティオナ、さん?」

 

 

 鮮血を撒き散らし、崩れ落ちるアマゾネスの少女を、レフィーヤは呆然と見ていた。

 ほんの数秒前まで無邪気な笑みを浮かべていた仲間が、虚ろな眼で倒れている。

 あまりに唐突──あまりに現実感の無い光景に、レフィーヤの頭が真っ白になる。

 叶うなら、意味のない絶叫を上げてしまいたい──否、彼女は叫ぶべきだった。

 

 ドシャリ、と。

 胸を貫かれたルルネが、レフィーヤの隣で倒れた。

 

 彼女が持つ荷物を奪った怪人────レヴィスが、無感情な眼でレフィーヤに手を伸ばす。

 何の気負いもなく、しかし蛇のごとく絡みついた指が、レフィーヤの喉を締め付けた。

 

「カッ、は、──!?」

「仲間がやられても呆然とするだけか。まぁ、その無能さのお陰で、厄介な第一級冒険者の隙をつけたがな」

 

 治りきらず、焼け爛れた肌を晒しながら、レヴィスは独りごちた。

 

「せめてもの慈悲だ。一思いに殺してやろう」

 

 

 徐々に強まる圧迫に、レフィーヤの意識が急激に遠ざかる。

 

 その中で、彼女の頬を涙が伝った。

 

 それは迫りくる死への恐怖────などでは無い。

 

 

(また、わたしは、なにもできずに──)

 

 

 ティオナがやられた後、即座に魔法を使えば何か出来たかもしれない。

 

 ティオナが襲われた時、自分が盾になればティオナが撃退してくれたかもしれない。

 

 そもそも、自分を庇わなければ、ティオナが隙を晒すことも無かっただろう。

 

 

(わたし、なんか、いな、ければ……)

 

 

 無駄だった。

 

 憧憬に近づかんとレフィーヤ・ウィリディスが積み重ねてきた全ては無意味だった。

 

 彼女は大事な時に何も出来ず、立ちすくみ、何もかも奪われていくだけ。

 

 あぁ、なんて滑稽。なんて無様。なんて惨め。

 

 結局彼女の努力など、ただの徒労だった。

 

 

 愚かな娘の物語はこれにて閉幕。徐々にその身から力が抜けていき────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゴォ、と。

 

 風が吹き荒れた。

 

 

 

 

 

「ぐぅっ!?」

 

 レヴィスの短い悲鳴と共に、不意に首にかかる力が消えた。

 直後、何か大きく、温かなものがレフィーヤの身体を抱きとめ、レヴィスから奪い去る。

 

「アイズ、さん……?」

 

 何が起きたのかも分からず、しかし虚ろな意識の中、最も頼りとする少女の名を呟くレフィーヤ。

 しかし、酸素を取り戻し、急速に回復する視界で、彼女は己の救い手を見た。

 

 いつもの軽薄な笑みは消え、引き結んだ表情。

 故郷の若草を想い起こす、緑衣に身を包んだその人物は、ポツリと小さく呟いた。

 

 

 

 

 

「人の努力を、嗤うなよ」

 

 

 

 

 

 そっとレフィーヤを横たえた青年は、短剣を手に怪人へと駆け出す。

 

 

「……まって、ください……!」

 

 掠れた制止など意に介さず始まった青年と怪人の戦い。

 それを見るレフィーヤの脳裏に、先のティオナとの会話が浮かぶ。

 

 天真爛漫な少女が評して曰く。

 

 彼は皮肉屋であり。

 彼は毒舌家であり。

 彼は小心者であり。

 

 彼は世話好きであり。

 彼は人間好きであり。

 そんな素直でない彼の名は────

 

 

 

「ろびん、さん……!」

 

 ロビンフッド。

 

 人の努力、人の徒労を嘲笑うことだけはしない男。

 

 

 

 

 ────猛者ひしめくオラリオで、【最高の弓兵】と讃えられる英雄。

 




視点がコロコロ変わって読みづらくなりそうなので、ここで一旦区切り。
後半とポンコツパートは早めに投稿します。

……早めに、投稿します(´・ω...:.;::.. サラサラ...


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第11話の②

今回もまたポンコツパートはありません……_| ̄|○


 ガギィッ、と耳障りな音を立てて刃が交差する。

 

「あらよっと!」

「ふん……」

 

 次いで迫る蹴りをレヴィスはスウェーで回避。お返しに放った足払いは後方への跳躍で避けられた。

 

(なるほどな……)

 

 何度目かの小手調べを終え、レヴィスは冷静に相手の戦力を見極める。

 

(この男もまた第一級冒険者……だが聖剣使いや槍使いに比べれば、ずいぶん()()()。これなら、今の私でも十分対処可能だ)

 

 侮りではなく、公平な戦力評価。それが証拠に軽く打ち合っただけでロビンと呼ばれた男の息は乱れ始めている。

 この男と同格以上の冒険者が援軍に来られると不味いが、それも問題はないだろう。

 先程アマゾネスを襲撃した際、同時に十八階層に持ち込んだ食人花のほとんどを暴れさせた。

 今頃この階層の冒険者は総出でその対処に当たっているはず。

 多少ここで騒いだとしても、モンスターとの戦闘程度にしか思われまい。

 

 頭の中で算段を終えたレヴィスは軽く足踏みをしてリズムを整え──次の瞬間、ロビンの眼前に迫る。

 

「!?」

 

 先程までとは桁が違う速さ。

 一息にすり潰せる相手と判断しての猛攻。

 仮に聖剣使いに同じ攻勢を仕掛けたなら、レヴィスにダメージが無い万全の状態だったとしても防ぎきられ、むしろ攻撃の隙をついて手痛い一撃を受けただろう。

 だが目の前の男相手なら、下手な小細工よりも真っ向からの力押しこそ最適解。現にロビンはレヴィスの連撃を捌ききれず、亀のように縮こまって防ぐことで精一杯だ。

 レヴィスは連撃の最中、渾身の振り上げで短剣ごとロビンの腕を跳ね上げる。

 

「ッッッ!!」

 

 そのまま無防備な腹に強烈な蹴りを入れると、勢いよく吹き飛んだロビンが十八階層の壁面に激突し、盛大な土煙を巻き上げた。

 

 ただの蹴りとはいえ、レベル6以上のステイタスで放たれた一撃。並の相手なら間違いなく致命傷だろう。

 現に、視界の隅でエルフの娘も絶望の表情を浮かべている。

 

「……」

 

 だが、レヴィスの表情は冴えなかった。

 

(今の一撃、感触が軽過ぎた。私の蹴りに合わせて跳び、威力を殺したか。意外と、やるな)

 

 敵対者への評価を一段上げつつ、レヴィスは自らの剣を力任せに振り抜く。

 放たれた剣圧が土煙を吹き飛ばし、ロビンの姿を晒す────ことはなかった。

 

「……馬鹿な!?」

 

 そこにあるのは砕けた岩壁のみ。肝心要のロビンフッドがどこにもいない!

 

 ──不意に、背筋を怖気が走り抜けた。

 

 咄嗟にかざした左手に、鋭い痛みが走る。

 

「くぅっ……!?」

 

 ──それは、奇妙な光景だった。

 

 レヴィスの腕には指先ほどの穴が空き、確かに何かが突き刺さっているのに、()()()()()()()()()()()

 

「小細工を……!」

 

 見えない何かを掴み、へし折ると、何もなかったはずの空間から滲み出るように現れる一本の矢。布の切れ端が巻きついている。

 同時に、ヒュウ、という口笛の音。

 

「目玉の一つでも貰ってやろうかと思ったのによぉ、良い勘してんなオタク」

「貴様……!」

 

 そこにはフードを深々と被った緑衣の男。

 右肩と左脇に、先程レヴィスが斬り捨てたアマゾネスと犬人をそれぞれ抱えている。

 更にはいつの間に掠め取ったのか、精霊の宝玉までその手にしている。

 

「ひでぇことしやがる。可愛らしいお嬢さんが台無しだ」

「貴様も、すぐに同じ道を辿らせて──やろう!」

 

 言葉と同時に斬りかかるが──

 

「お断りですよっと」

 

 ロビンが身を翻すと同時、その姿が背景に溶けるように消失した。

 空振りに終わった一撃の後、苛立ちまぎれに辺りを切り裂くがどれも空を切るだけに終わる。

 思わず、舌打ちが漏れた。

 

(落ち着け。奴の能力を分析しろ。今の現象から、透明化なのは間違いない……。女達も消えたことを考えると、自身のみではなく任意の対象も隠せる応用性がある。先程の矢も同様の手口か。防ぐ直前まで風切り音も聞こえなかったことから、消音効果もあると見て良いだろう。厄介な能力だ──!?)

 

 思考を中断。()()()()()矢を切り払う。

 

 が、そのすぐ後に飛来した()()()()矢が脇腹を掠める。

 

「透明能力による、影矢か……!」

「ご明察。見える矢があると、ついついそっちに気を取られちまうよな」

 

 フラリと現れた男の姿に、思わず歯軋りがこぼれた。

 見れば抱えていた女達はいなくなり、その代わり、その右腕には先ほどまでは()()()()()()独特な形の弓が装着されている。

 短剣を構えていた時より明らかに堂に入ったその姿は、その弓こそ男の主兵装であることが明白だった。

 

(私の目を女達から逸らすために、あえて不得手な接近戦を挑んでいたということか……?)

 

 ──要するに、先程までの斬り合いは、三味線を弾いていたわけだ。

 

「────ハ。弓兵風情が剣士の真似事とはな!」

「……」

 

 曖昧な表情で沈黙するその姿に、苛立ちが募る。

 

 だが、この男はミスを犯した。

 姿が消えるといっても、実体が無くなるわけではないだろう。

 そして、タネが割れていれば破る手段も存在する。加えてこの近距離なら答えは明白。

 

 

 つまり────消えるより早く斬り捨てれば良い!

 

 

 レヴィスは先ほども見せた強靭な踏み込みでロビンフッドに迫る────否、正確には迫ろうとした。

 

 何かを踏み潰す感触。

 直後、足元から爆炎が巻き起こる。

 

「!!!?!?」

「あ〜、言い忘れていたけど、あんま動かねぇ方が良いぞ。この場には、オレの『顔のない王(ノーフェイス・メイキング)』で透明化した爆弾がばら撒かれている。ダンジョンの発破工事からモンスター退治まで幅広くご利用できる、まぁ、簡易な地雷原みたいなもんだ」

 

 驚愕するレヴィスに、男の声が掛かる。

 

「ここは既に命の狩場ですよ?」

 

 飄々とした声に、確かな力を込めて、緑衣の弓兵は宣告する。

 

 

 

 

「──選択を誤れば、何人たりとも生きては帰れぬと知れ」

 

 

 

 

「舐めるなぁ!!」

 

 激昂したレヴィスが、咆哮と共に駆ける。

 そして当然のようにガシャリ、と何か──恐らくロビンがいう爆弾──を踏みつけ、爆炎に身を焼かれるが、彼女は止まらない。否、止まれない。

 

(認めるものか……!)

 

 この男は明らかに自分より弱い。

 現に、先程まで自分が圧倒していたではないか。

 だというのに、ほんの一瞬とはいえ、自分は──

 

 

(そんな相手に、気圧されることなど──!!)

 

 

「……馬鹿野郎が!」

 

 まるで先の光景の繰り返し。

 いかにレヴィスとはいえ、爆炎を浴びながらではその突進の勢いも削がれる。

 身を翻し透明化したロビンに躱され、逆に矢による反撃をその身に受けた。

 

 それはまさに一方的な狩り。

 狐を罠に追い込むが如く、弓兵はレヴィスをトラップ地帯から抜け出させない。

 

 現れては消える弓兵は、怪人の刃をただの一度も身に受けず、少しずつ、少しずつその命を削っていく。

 

「……! ォォオオ!!」

 

 だがレヴィスもまた、それを意に介さずに突進を仕掛ける。

 狩人の矢も、爆炎も、レヴィスの強靭な肉体を滅ぼすには威力が低すぎる。

 ならば意に介さず、と言わんばかりに彼女は暴れ回った。

 地面を、木を、岩を、迷宮の壁を砕く猛攻は、しかし森の狩人の影すら捉えることは叶わない。

 それは、さながら暴れ狂う闘牛のごとき無謀な攻撃に見えた。

 

 

 

 だが。

 

 

 

(姿が見えず、音が聞こえずとも、形はある……ならば、炙りだすことは出来る!!)

 

 それは、レヴィスが見えない矢による初撃を防いだ理由と同じだ。

 レヴィスの攻撃に巻き上げられ、空中を漂う土煙が──その流れの歪みが、不可視の存在を浮かび上がらせる!!

 

 レヴィスの目は確かにそれを捉えた。

 

 高速で走り、跳躍し、縦横無尽に自らの周囲を駆け巡る弓兵の姿────

 

 

「止めてみろ、弓兵(アーチャー)────!!」

「んなもん当たるわけ──!?」

 

 

 ────ではなく。

 

 岩壁にもたれかかる、二つの不可視の存在。恐らくは負傷したアマゾネスと犬人を、透明化の魔法で隠したもの。

 

 レヴィスはそれに向かって、渾身の力で剣を投擲したのだ。

 

 

「しまっ──」

 

 虚空から現れた弓兵が、剣とアマゾネスの間に飛び込む。

 あぁ、彼は恐らく間に合うだろう。だがその非力では、単純な力の塊を防げはしまい。

 出来ることは、せいぜいその身を盾にする程度。

 その瞬間、レヴィスの勝利は確定する。

 

 (くら)い、安堵の笑みを見せるレヴィス。

 

 あぁ、彼女の確信は正しい。

 ステイタス的にははるか格下の相手に翻弄され、圧倒されはしたが、それでも最終的に彼女は勝利する────

 

 

 

 

 

 

 この場にいた冒険者が、ロビンフッドだけだったならば────!!

 

 

 

 

『────アルクス・レイ!』

 

 流星の矢が、友の命を奪わんとする凶刃を撃ち落とし、ダンジョンの空を駆ける──!

 

 「な──!?」

 

 驚愕するレヴィスは見た。

 

 未だ起き上がることは叶わず、それでも強い意志をその瞳に宿し、怪人を見据える気高き妖精の姿を。

 

 

「わたしは、ロキ・ファミリアのぼう、険者なんです……! 守られて、ばかりじゃ、いられないんだから──!」

 

 喉を潰され、咳き込みながら、されどその高潔さにいささかの曇りもなき宣戦布告。

 

「貴様、────っ!」

 

 激昂したレヴィスの、しかしその口から飛び出したのは怒りの叫びではなく、彼女自身の血反吐だった。

 訝しげにそれを見る彼女に、男の声が届く。

 

怪人(クリーチャー)のオタクには毒なんざ効かねえんじゃねえかって心配してたんだけど、それなりには効いてるみたいだな。さすが、キャスターが強化した猛毒だ」

 

 レヴィスの中で一つの合点がいく。

 

 そもそもの話、先のトラップもロビンフッドの矢も、仮にレヴィスが本調子であったなら、力尽くで食い破れていただろう。

 だが、先の戦いのダメージに加え、彼女の身体には異変が起こっていた。

 少しずつではあるが、四肢から力が抜けていたのだ。疲労や出血によるダメージかと思っていたが、自身の耐性すら突破する毒が存在するなど、想像すらしていなかった。

 

弓兵(アーチャー)、貴様いつから……!」

「いつから仕込んでたかって? さて、何発もくれてやった矢か、あるいは短剣か、ひょっとしたら爆弾に練り込まれていたかもしれませんねぇ」

 

 話しながら、ロビンフッドは矢を弓に番える。

 

「卑怯と言いたきゃ言いな。臆病者と罵りたければお好きにどーぞ。あいにく、このやり方しか知らないし、他を知る必要も感じないんでね」

「ぬかせ! この程度のダメージで私が動けなくなると思ったか!? 貴様のくだらない矢も、罠も、毒も、私を仕留めることは出来ん!!」

 

 

 咆哮するレヴィス。

 実際、彼女にはまだ勝算があった。

 先の一戦での負傷は重く、この戦いでも少なくない手傷を負ってはいるが、ロビンフッドの火力は低い。まだしばらくは戦うだけの体力は残っている。

 並の怪物なら即死させる猛毒も、彼女の耐性の前には凄まじい早さで分解されており、もう間も無く無力化されるだろう。

 

 故にこその挑発。────だが、間違いなく悪手であった。

 

 

 

 

「──この(わざ)を、くだらないと言ったな、クリーチャー」

 

 

 

 

 真剣ながら、軽口混じりに淡々と戦っていた今までとは違う、掛け値なしの怒りがこもった言葉。

 

「なら受けてみな。ちょいとばかり──本気の一撃ってやつをな」

 

 言葉と共に地面に手を触れるロビンフッド。

 そこから微かな魔力が流れたかと思うと、レヴィスの足元から茨状の魔力が噴出した。

 

「なっ!?」

 

 まさかの無詠唱魔法に驚愕するレヴィス。

 だが、戦闘不能のダメージという訳でもない、茨を薙ぎ払い素手で首をへし折ってしまえばそれで終わりと、思考したところで────歌を聞いた。

 

 

『我が墓地はこの矢の先に──』

 

 番えた矢に魔力が集う。

 

『森の恵みよ、圧政者への毒となれ──』

 

 深緑の光を帯びたそれは、紛れもなく彼の必殺。

 

祈りの弓(イー・バウ)!!』

 

 

 短文詠唱から放たれた矢を前に、不意打ちで崩れた状態では避けきれない。

 

(速度、威力共に今までの矢と変わりない──魔力は感じるが、そこまで強力なものでもない──特殊な効果を付与するタイプか? ならばそれはなんだ、矢の誘導? 起爆?──ブラフもあり得る。この矢を囮に影矢が飛んでいるのか? だが、いずれにしろ防ぐしかないー─)

 

 高威力だろうと何だろうと、切り払いさえすれば──その身に触れさえしなければ、と剣を振るうレヴィス。

 だが。

 

 

「残念。剣でも、受けた時点でアウトだ」

 

 

祈りの弓(イー・バウ)

 

 ()()()()()()がイチイの木から作り出したとされる宝具。

 その効果は、矢が触れた対象が帯びる不浄を増幅・流出させ、火薬のように爆発させる。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 レヴィスから毒を吸い上げ急速に成長する、魔力で編まれた巨木を眺めながら男はひとりごちる。

 

 

 

 

 

「加減はした。聞きたいこともあるし、殺しはしねぇ。──ただまぁ、自分の英雄を馬鹿にされて笑ってられるほど、人間出来ちゃいないんスわ」

 

 

 

 

 巨木が枯れた後には倒れ伏すレヴィス。

 

 十八階層を騒がせた怪人が、完膚なきまでに打ち倒された瞬間であった。

 

 




(´・ω・`)<ワシの第11話は百八式まであるぞ。

すみません調子に乗りました冗談です。
シリアスとポンコツ両方書いて投稿してたら時間が掛かるという歴史的発見をしまして、実験的に先にシリアスだけ書き上げて投稿してみました。
今後もこうするかは未定です。

次回はアーチャーもどきさんによるポンコツパートオンリーです(たぶん)。


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第11話の③

(´・ω・`)つとりあえず前半部分のポンコツパート


「■■■■■■■■■──ッ!!」

「バーサーカーてめぇふざけてんじゃあねえぞマジで!?」

 

 仲間が財布忘れたから届けに行ってたら、同行してた別の仲間に割とガチめに襲われてる件について。

 

 何を言ってるか分からないと思うが、オレだって納得してないからおあいこだな。いや、何があいこなんだよ。

 下らないこと考えて現実から逃避してたら、バーサーカーが乱射してきた矢が割と頬スレスレを掠めていく。

 

 チクショウ、なんでオレがこんな目に……!

 

 転生以来最大級の命の危機に溢れ出る涙を拭いながら、オレはこうなった経緯を思い出すのだった────。

 

 

 

回想開始(トレース・オン)

 

 

 

「バーサーカーの旦那ァ、歩くペース速いですって。こっちは二日酔い明けなんだからさぁ」

「丸一日も惰眠を貪ったのだ、むしろこれでも遅いくらいだ!」

 

 ダラダラ歩くオレの数歩先で、バーサーカーが苛々とこちらを振り返る。

 本音を言えばオレなんぞ置いていきたいだろうに、『中層以下に潜る時は二人以上で』というファミリアの掟を守る姿は律儀なもんだ。

 

「そんな焦んなくても大丈夫だって。セイバーとランサーですよ? この時期のレヴィスくらいなら軽くシメてますって」

「そういう問題ではない!」

 

 ボリュームがデカい。

 

 まぁオレには毛ほども理解できないけど、セイバーに忠誠を誓ってるバーサーカーからすれば、原作屈指の強敵との戦いに自分が居合わせないってのは、歯痒いもんなのかね。

 

 

「おのれランサー……私がキャスターに薬を盛られている隙に我が王とデートなど……! 羨ましい……!」

「そっち!?」

 

 セイバーが心配とかじゃなくてランサーへの嫉妬で急いでたのかよ!?

 

 思わずツッコんだオレに、呆れたような表情を浮かべるバーサーカー。

 おい、なんだその態度。どっちかっつうとオタクの方が呆れられること言ってるからな。

 

 

「レベル5のアイズ嬢を倒しきれず、レベル6の彼女に圧倒される程度の手合いに我が王が遅れを取るはずが無いだろう。羨ましいランサーもいることだしな……■■……本気かつ全力の私とさえ対等に戦えるあの男が……■■■■……!」

「うわー……強者視点の見下しうぜーわー……しかも拗らせてるわー……ランサーへの信頼と嫉妬のブレンドがみっともないわー……」

「黙れ清らかなる者!」

「おい待て童貞って意味かそりゃてめえ!」

 

 それ言ったら戦争だろうが……!

 

 いやいや落ち着け。流石にバーサーカーとタイマンで殴り合いは分が悪い。もとい頭が悪い。

 童貞弄りに対しては加勢してくれるセイバーと合流してからだ。そうしよう。うん。

 

 怒りを呑み込むオレの隣で、ドス黒いオーラを物理的に撒き散らしながらバーサーカーはブツブツ呟く。宝具漏れてますよ?

 

「あぁ、しかしなんとおいたわしい……酒も抜け切れぬ間にダンジョン探索など……私に一言命じてくだされば、いくらでも代わりに向かったものを……」

「いや無理でしょ。酒にキャスターの新薬混ぜられて一番ベロンベロンだったじゃねえかオタク。役に立たねぇって思ったからセイバーもランサーも置いていったんでしょ」

「……………………。

 

 

 

 ■■■■■■──────ッ!!!!」

「なんでだよ!?」

 

 バーサーカーはいきなりブチ切れた。

 

 

回想終了(トレース・オフ)

 

 

 

 ダメだ、思い出してもやっぱ納得いかねぇ!

 確かに多少キツイこと言ったけど、少なくとも十五階層から十七階層まで死の鬼ごっこを続けるほどの恨みを買った覚えはねぇ!

 

「前から思ってたけどな、アンタ本当にセイバー絡みだとIQと沸点めっちゃ低いからな! 全然理想の騎士じゃないからな!」

「Shuuuuuuuuutuppppppppp──!!」

「おい今シャラップって言ったろ! ちょっと正気に戻ってるだろ!」

「■■■■■■■■────ッ!!」

「都合悪くなったら狂化すんのズルいってセイバーも言ってたからなぁ!!」

 

 つーか『顔のない王』使って姿隠しながら逃げてんのになんで追ってこれるんだよ! あれか、精霊の加護で幸運でも強化されてんのか!? 全然危機的状況でも武功立てる戦場でもないからな!

 とはいえ、ここまでの階層でロクに冒険者と出会わず、醜聞を広げずに済んでるのは幸運だと言えるかもしれない。

 オレにはちっともありがたくないけどな!

 

 なんとか十七階層と十八階層の接続点まで辿り着いたところで、ちょうど天井からゴライアスが生えてきた。

 しめた、こいつをバーサーカーに擦りつけてその隙に逃げる……!

 どこにいるか分からんが、セイバーまで辿り着ければバーサーカーも流石に正気になるだろう。

 もしならなくても、セイバーにバーサーカーを押し付けられる。

 

 つーかなんであいつら電話(通信用魔道具)持ってってないんだよ!? 財布も忘れるし、どんだけフラフラな状態でダンジョン行ってんだっつう話だ!

 

 心の中で悪態を吐きながら、透明になってゴライアスの股を潜り抜ける。

 

「■■■■────ッ!」

『オォォォォォォオオ!』

 

 バーサーカーとゴライアスの咆哮を背に、オレはダッシュで十八階層に飛び込んだ。

 頑張れゴラちゃん! 今なら黒くなっても許す! オレの代わりにその狂犬をぶん殴ってくれ!!

 

 切なる祈りを送りながら、駆け下りた先でオレはようやく一息ついた。

 よし、後は身を隠しながらリヴィラで野宿してるセイバーのもとに辿り着きさえすればオレの勝r「■■■■■■────ッ!!」ゴラちゃああああああああんん!!

 一分も稼いでねえよ瞬殺だよつうかどんだけオレにキレてんだよごめんなさいするから見逃してくれよ!

 

 半泣きでメチャクチャに逃げたオレは、気づけば崖の上で追い詰められていた。

 

「■■■■……」

「おい待て止まれバーサーカー。悪かった。言い過ぎたな。謝りますよ。いやぁほんとすみませんねぇ!」

「Kiiiiiiiilllllllllll……!」

「あ、ダメだこれ止まる気ねえわ完全にKILLって言ってたもん! おい待てくんなってストップ!!」

「■■■────ッ!?」

 

 オレの静止を無視して飛びかかろうとしたバーサーカーが、不意に口元を押さえて咳き込む。

 

 …………ヨッシャ成功!

 

「だから止まれって言ったでしょうが、オレが逃げてるだけかと思ったかよバーサーカー! 『顔のない王』でオタクの視界から隠れた一瞬で、矢を射って毒の結界を作ってたんだよ! 詳しくはExtraをプレイするんだなハハハハハハなんで仲間同士でこんなガチバトルしなきゃいけねえんだよチクショウ!!」

 

 とにかくバーサーカーが苦しんでる隙に身を隠すんだ。

 オレの毒の解毒剤はファミリア全員が常に携帯してるから、狂化が解ければ自分で治療するだろう。

 

 しかし逃げ出そうとしたまさにその時、バーサーカーの足元がヒビ割れだした。

 

 ん? なんかごく最近見た覚えがあるヒビ割れ方だな。具体的にいうと、【怪物祭】とかで────

 

 そこまで思考が巡った時点で、地面を砕きながら食人花が現れた。

 呆気に取られるオレの目の前で、毒で悶えているバーサーカーが触手で吹っ飛ばされた────ってヤベェ、あいつもろに食らいやがった!

 

「おい、バーサーカー! 無事か!?」

 

 木々をへし折りながら吹っ飛んだバーサーカーに叫ぶ。

 と、爆発じみた勢いでそれらを吹っ飛ばしながらバーサーカーが跳躍して戻ってきた。

 おお、無事か。まぁ、食人花程度にやられるあいつじゃないか。

 ホッと安堵のため息をつくオレ。

 

 しかし、次の瞬間その息も凍りつく。

 

「Arrrrrrrcherrrrrrrrr…………!」

 

 あいつ食人花無視してめっちゃこっち睨んできてる!!

 

「いやなんでだよ今オタクぶん殴ったのあっちですよ!?」

「Pooooooisonnnnnnnnn……■■■■────ッ!!」

「あぁその前に毒使われたのが腹立ったのね自業自得じゃねえかって後ろ後ろ!!」

 

 バカやってるバーサーカーの後ろからもう一発、今度は本体の花で攻撃を仕掛ける怪物。

 しかしバーサーカーはこれを一瞥すらせずに素手で受け止めると、その首?っぽい部位に両腕をまわした。

 

「■■■■■■■■──────ッ!!!!」

『!!?!??!?!?』

 

 そのまま力任せに食人花を引き抜いたってマジかお前ぇ!?

 しかも? グルグルぶん回して? 勢いつけて? 何するつもりだ? まさかとは思うけどそれでオレを──

 

「Arrrrrrrcherrrrrrrrr────ッ!!」

『ギシャアアアアア!!?』

「ぶぐおぶぅ!?」

 

 野郎、やりやがった。

 

 食人花でぶん殴られ、宙を舞いながらオレは胸に誓う。

 キャスターが新薬作ったら、絶対あいつの晩飯にぶち込んでやると。破壊工作スキルを舐めるなよ。

 

 

「■■■■■■────ッ!!」

 

 勝ち誇ったように叫ぶ狂戦士が、いつぞやセイバーから渡された祭うちわをぶん回して周囲の毒を吹き飛ばす風で更に飛距離を伸ばしながら、オレの意識はブラックアウトした────

 

 

 

 

 ────直後に、なんかにぶち当たった衝撃で覚醒した。

 

 

 え、なんスか。もう正直お腹一杯なんですけど?

 

 超スピードからの衝突で空中を高速スピンしつつ死に物狂いで何かにしがみついて勢いを殺し、必死に着地を決めながらオレは周囲を見渡す。

 

 まず目の前、赤毛で露出度高い服装のネエちゃん。たぶんコイツにぶつかったんだな。

 次にその隣、倒れてるティオナと犬人のお嬢ちゃん。出血量がヤバい。

 そんで最後、オレがしがみついたもんの正体。荒い息で死にそうになってるレフィーヤ。

 

 

 

 …………………………。把握完了。

 

 

 

 

 何やってんだあのポンコツどもがぁ!!

 

 これアレじゃねえか! 完全にそこそこダメージ与えた上で逃げられて潜伏されたパターンのやつじゃねえか! そんでなんかのイベントが発生してアイズじゃなくてレフィーヤとティオナが行動してたけど、ダメージのせいで原作みたく正々堂々じゃなく不意打ちしてきたレヴィスにティオナがやられて、レフィーヤも間一髪だったやつじゃねえか!

 

 待て待て待て、ヤバイぞこれは。

 今のレヴィスがどんだけ体力残してるかは知らんが、正直オレ一人で勝てるかはかなり怪しいぞ。

 レベル5でバリバリに近接戦闘ビルドのアイズが真っ向勝負で負けた相手に、同じくレベル5で後方支援ビルドなオレがタイマン張るのは勝ち負け置いといても馬鹿がやることだぞマジで!!

 せめてウチのファミリアの前衛組が一人いれば楽勝なんだが──ってさっきまで居たんだよ、バリバリの前衛組(バーサーカー)が!

 

 燦然と輝くロビンフッドの幸運:Bに絶対嘘だろと叫びたくなるが今は我慢だ。

 どう嘆いてもこの場で戦えるのはオレ一人で、オレが負けたらレフィーヤもティオナも犬人の女の子も全員死ぬ。

 

 

 ダメだ。それはダメだ。

 元々死ぬはずだった人たちを守れなかっただけでも死ぬほど辛いのに。

 助かるはずだった命を死なせたら、オレが二度目の生を謳歌することなんざ許されるはずがない。

 

 

 逆転、そう、逆転の発想だ。

 

 誰がどう見ても危機的なこの状況で、オレがカッコよくレヴィスを撃退できればかなりヒーロー・ポイント高いんじゃないか?

 レフィーヤとかの口から上手いこと広まれば、他の奴らに比べてイマイチパッとしないオレのオラリオでの女性人気もうなぎ上りなんじゃないか?

 よし、そうだ、いける、今度こそモテる、頑張れアーチャー頑張れ! ロビンフッドのボディなのにモテないなんて汚名を返上しろ!

 

 必死に自分を盛り上げるオレの腕の中で、レフィーヤの目蓋が震え、焦点の定まらない瞳がオレに向けられる。

 

 よし、レフィーヤ、不本意だろうがここは一発頼む。

 助けられた女の子が、『ろびん、さん……?』みたいな、夢でも見てるような声で名前呼ばれるシチュエーション憧れだったんだ。

 セイバーがアイズにそれやってもらってるの見てから、ずっと羨ましかったんだ。

 

 はい、3、2、1、ゴー!

 

 

 

 

 

「アイズ、さん……?」

 

 

 

 

 

 …………。

 

 

 うん。まぁ、仕方ないわな。レフィーヤ的には、アイズが助けに来てくれるのが一番嬉しいシチュだもんな。

 

 涙を溢さないよう、表情を引き締めたオレの脳裏を過ぎる苦労の数々。

 

 同盟を組んでの遠征があれば、最前線のセイバー達より更に先に斥候に行き。

 戦闘が始まれば『顔のない王』で身を隠しつつヤバイ戦局を援護し。

 男に好意向けられるのは可哀想だからセイバーを狙う野郎どもを水面下で追い払い。

 気さくな良い人を演出するためにいつもニコニコ笑顔を浮かべ。

 

 

 

 なのにいつも女子人気はセイバーに集まる!!

 

 

 セイバーのファンを名乗る娘の中でもヤバそうなタイプを見つけては、穏便に諦めさせ!

 モジモジしたアイズが話しかけてきて何だろうなーとちょっと期待しつつ話を聞いたらセイバーの食い物の好みとか好きな色とかを聞かれ!!

 最後の手段と訪れた歓楽街では騒動を起こしてしまい怖くてもう二度と近づけねぇ!!! これはまぁ自業自得だけども!!!

 

 

 すまねぇ、ロビンフッド……! オレにはあんたの身体を使いこなせねぇ……!!

 

 そしてこんな時に限って、オレの苦労も知らずに可愛い子にチヤホヤされて『いやーすみませんね、アーチャー。私ばっかりモテちゃって!』とかヘラヘラ笑いながらほざくセイバー(ポンコツ)の顔が思い浮かぶ!

 

 

 

「人の努力を、嗤うなよ」

 

 

 

 思わずポロっと溢れちまった。

 

 悪気ねえのは知ってるけど! だから怒んねぇけど! オレが頑張んなかったらお前宛の怪文書、今の百倍くらいに増えるからな!!

 

 

 レフィーヤを横たえたオレは、後ろで何か言ってる声なんてちっとも耳に入らないまま、溢れ出る怨念に身を任せてレヴィスに斬りかかった────!

 




またかよ!って言われそうな気もしますが、文字数が長くなりそうなのと自分で読んでてポンコツ疲れを起こしたのでちょっと分割。
後半も早めに投稿します。


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第11話の④

間が空いたので、前回までのあらすじ。

リヴィラでの殺人事件をすんでのところで防いだ我らが頼れる英雄、セイバーとランサー。
しかし二人の脳を蝕む謎の発作により、下手人である怪人の逃亡を許してしまった!
事態を重く見たロキ・ファミリア団長のフィンは、自派閥の冒険者達にも怪人の捜索を命じた。
十八階層各地を捜索する冒険者達。
その内の一組であるレフィーヤとティオナは、自らが怪人に狙われているという犬人の少女を保護する。
少女の事情を聞き、拠点に戻ろうとする二人。
しかし、怪人の卑劣なる不意打ちによりティオナが、次いで犬人の少女がその凶刃に倒れた。
最後に残ったレフィーヤもまた、怪人の手により命を奪われんとしていた。
絶望の涙を流す少女……。

その嘆きを止めずして、何が英雄か。

戦場に降り立つは緑衣の弓兵。

少女の祈りを背に受け、アーチャーは怪人との一騎討ちに挑む……!


 

 そして普通に吹っ飛ばされた。

 

 

 うん、まぁアレだ。ちょっと感情的になり過ぎたな。

 散々レヴィス相手にタイマンやべぇって思ってたのに、普通に八つ当たりで斬りかかってたわ。

 

 冷静になったところで、『顔のない王』で身を隠す。

 

 とりあえずティオナと犬人の嬢ちゃんを回収しよう。流石にあの出血量はヤベェ。

 コソコソと死角にまわって二人のもとに辿り着くと、キャスター印のエリクサーをぶっかけて応急処置を済ませた後、懐から『顔のない王』のスペアを取り出す。

 

 この十年で色々試したんだが、どうもこのマント、切れ端には透明化の効果が残ってるんだが、切れ端同士を縫い合わせたりしてもメチャクチャ大きな透明マントを作ったりは出来ないらしい。

 その代わり、フード以外全部切り落として、元の顔のない王とほぼ同じサイズにしても、切れ端としてキチンと透明化できる。

 本体のマントというかフードは魔力を流せば元の形に修復されるとはいえ、かなり時間が掛かるから量産は出来ないし、切れ端の方は魔力を流しても修復出来ないので使い捨てになってしまうが、今はちょうど二枚ストックがある。

 これで二人を包んで──おっと、懐からなんか落ちちまった。

 

 何だコレ────

 

 

 

 

 

 

 

 いやあああああああ赤ん坊が宝石の中に閉じ込められてるグロいいいいいいいいいい!!!!

 

 

 

 いや、これアレか! 精霊の宝珠だかなんだか言う原作アイテムか!

 え、なんでオレの懐から出てきたんだよ。あれか? バーサーカーに吹っ飛ばされてレヴィスに衝突した時、どさくさに紛れてこれもパクっちまってたのか? 冗談キツくありません?

 えー、これどうしよう。レヴィスってこれ狙って今回の事件起こしたんだよな? 返したら帰ってくれるか? 無理? 無理だよなー! あー、っていうかあわよくばこのまま逃げようとか考えてたのに、思わぬ拾い物にパニクってる間にレヴィスがオレの姿が見つからないことに気付いてキョロキョロし始めやがった、ちょ、こっち見んなこっち見んな、ああぁあぁぁぁああもおおおおおお!!

 

 ほぼヤケクソで放った矢は、残念なことにその腕に突き刺さるだけに終わった。

 正直、眼球にでも当たってくれれば本当に心の底から嬉しかったんだが、世の中そう甘くないよな。知ってる。

 

 不意打ちにお冠なのか、えらい美人な顔を怒りに歪めてなんか言ってるが、正直ほとんど頭に入ってこない。

 

 よし、いったん落ち着けオレー。

 とりあえずヤケになるのはもう終わりだ。こっからは一個一個丁寧に処理していけ。

 

 まずティオナと犬人の嬢ちゃん。

 意識は戻っていないが、傷はほぼ塞がっている。かなりの重傷だったからキャスターの秘薬でも万全とは行かないだろうが、現状すぐ死ぬ心配は無い。

 

 次、レフィーヤ。

 レヴィスに首絞められてた影響でまだ立てないようだけど、こっちも命に関わる怪我は無さそうだ。

 ちょっと離されちまったからフォローするのは難しい。どうにか目立たないよう、ジッとしててくれ。

 

 三つ目、なんかグロい宝珠。

 …………。

 保留!

 キャスターに分析任せる! アイズ居なけりゃ暴れることもないだろたぶん! 次!

 

 最後、レヴィス。

 さっきはボッコボコにされたが、手持ちの装備を考えれば、いくらでも勝ち筋はある。

 いや、もう、ピンときた。

 起死回生の一手────いや、必勝の策。孔明の軍略。冴え渡る叡智の結晶。

 呼び方はなんでもいいが、土壇場でのこの頭の冴えこそ、オレが他のポンコツどもと一線を画してるとこだろう。

 

 

 よし、そうと決まれば早速──ってちょ、考え事してる最中に斬りかかってくるんじゃないですよ!!

 

 女の子二人抱えたまま必死でレヴィスの攻撃を避けて、壁側まで退避。

 二人を横たえると全速力でその場から離れ、未だにこちらを見失っているレヴィスにお返しの矢をくれてやる。

 普通の矢と、『顔のない王』で覆った透明の矢による連撃。

 初見で避けた奴はウチのポンコツ騎士王とフィンくらいしか居ない技ですよっと!

 

 

 うん、豆鉄砲ほどにしか効いてませんね! ふざけろ畜生!

 いやいやいやいや落ち着けオレ。ここまでは予想通り。ここからが必勝の策だ。

 オレには火力補助としてキャスターに渡された液体性の爆薬がある。次は接近戦を挑むフリをしてこいつをお見舞いしてやる──!

 

 

「透明能力による、影矢か……!」

「ご明察。見える矢があると、ついついそっちに気を取られちまうよな」

 

 姿を見せての煽り。

 余裕のある態度で牽制しつつ、懐に手を伸ばして爆薬を手に取る──────

 

 

 

 

 

 

 

 あれ?

 

 

 ん? ちょっと待て。確かこの辺にしまってたはずなんだけど。んん? 一緒のポケットに入れてたはずの、ミニサイズの顔のない王詰め合わせも無いぞ?

 

 不敵な笑みの裏で、冷や汗がほとばしる。

 

 あれ、ちょ、ええー。あの爆弾を主軸に戦い組み立てるのがオレの必勝の策だったんだけど、どこに落とした。

 まさか、バーサーカーに殴り飛ばされた時に落としちまったのか!?

 ちょ、あれ無いと作戦一から立て直しになるんですけど!?

 

 そんなオレの動揺は気にせず、レヴィスが忌々しげに吐き捨てる。

 

「────ハ。弓兵風情が剣士の真似事とはな!」

「……」

 

 

 

 お前ええ!

 この非常時によりにもよってその台詞言わないでくれますかねぇ!? なんか気の利いた返ししたくなるじゃねえか!

 

 そんなオレの一瞬の動揺を突いて、卑劣にも攻撃を仕掛けてきたレヴィス。

 マズい、要らんこと考えてたせいで完全に反応が遅れた────!

 

 

 

 しかし直後、レヴィスの足元から噴き上がる爆炎。

 

 その尋常ならざる火力は間違いなくキャスター印の爆薬に相応しい頭のおかしさだった。

 ちょっと待て、オレは護身用の何かが欲しいって言ったんだ。

 

 

 あんな火力、もしオレが直撃したら即死なんですけど?

 

 

 いつの間に火力アップさせやがったあの野郎! そんでよくも黙ってあんな危険物、人様の懐に突っ込んでくれやがったなキャスタアアア!!

 

 つうかよくよく周囲の地面に意識を向けると、そこかしこにオレが落としたらしい『顔のない王』の魔力を感じる。

 それはレヴィスの周囲や、オレの足元。離れたところにいるレフィーヤやティオナ達の周りにも散らばっていた。

 なんとなく、足元の一枚を可視化すると、妙にビチョっと湿っていた。

 っていうか、爆薬を吸って、不可視の爆弾化してた。

 

 そして、オレの周りだけ狙ったように超大量に落ちていた。

 

 

 もし仮に誘爆したら────。

 

 

「あ〜、言い忘れていたけど、あんま動かねぇ方が良いぞ。この場には、オレの『顔のない王(ノーフェイス・メイキング)』で透明化した爆弾がばら撒かれている。ダンジョンの発破工事からモンスター退治まで幅広くご利用できる、まぁ、簡易な地雷原みたいなもんだ」

 

 最悪の想像に、オレの口から超早口が垂れ流される。

 

 

「ここは既に(主にオレの)命の狩場ですよ?」

 

 

 頼むから動くなレヴィス。

 

 一回、一回停戦しよう。

 爆弾回収したら仕切り直すから。仕切り直し:Aばりの仕切り直しを見せるから。

 

 

「──選択を誤れば、(オレやレフィーヤ達含めてマジで)何人たりとも生きては帰れぬと知れ」

「舐めるなぁ!!」

 

 しかしオレの懇願虚しく突っ込んでくるレヴィス。

 

 舐めてねぇよ! 必死だよ! なんならさっきバーサーカーに命乞いした時並に全力だったわ!!

 

 

「……馬鹿野郎が!」

 

 マジで馬鹿野郎が!!

 お前にも悪い話じゃないし、ちょっと待ってくれても良いじゃないですかねぇ!!

 

 ええい、切り替えろオレ! とにかくもう何もかも後回しだ!

 余計なこと考えずにレヴィスを近づけないことに全力出せ!

 馬鹿みたいに頑丈なあいつならともかく、繊細なオレがこんなバ火力直撃したらその心臓貰い受ける!どころじゃなく全身飛散する!

 

 爆炎を纏いながら接近するレヴィスに死ぬ気で矢を射掛けながら、こっちはこっちで移動する。

 

 幸い、『顔のない王』はオレの宝具だ。

 透明化しててもどこにあるかは分かる。

 何者かの悪意すら感じるほどに密集して落ちてる爆弾と爆弾の隙間、猫の額ほどのスペースを必死になって跳躍する。

 

 時にバレリーナばりの爪先立ち。

 時にブリッジからの開脚前転。

 

 カッコいいロビンフッドのイメージ的にアウトなポーズを多数取る必要があったので、流石にその時は『顔のない王』を使用して出たり消えたりしながら、なんとかレヴィスをティオナやレフィーヤ達から引き離す方向で逃げる。

 

 ええい、多少作戦は変わったが問題ない! 当初の予定通り、爆弾を利用した戦法でレヴィスを撃破する!

 本当に問題ないから! オレ、やれるから!!

 

 

 現れては消える弓兵(オレ)は、怪人の刃をただの一度も身に受けず、少しずつ、少しずつその命を削っていく。

 あ、ストレスで自分の、って意味ですよもちろん。

 

 そんなト◯とジェ◯ーのような鬼ごっこもマンネリ化しそうなタイミングで、最後の猛攻とばかりに暴れまくるレヴィス。

 爆弾や、周囲のダンジョン構造物をやたらめったら壊しまくるその姿を遠巻きに眺めながら、ようやく一息つけそうだ……と安堵した直後、レヴィスがその手に持つ剣を振りかぶる。

 

「止めてみろ、弓兵(アーチャー)────!!」

「んなもん当たるわけ──!?」

 

 

 何かを狙い定めたレヴィスの視線に悪寒を覚えその先を見れば、オレが隠していたティオナ達の姿が、砂煙の流れによって浮き上がっている──!

 

 

「しまっ──」

 

 辛うじて割って入るが、それが限界。

 

 ……あー。これはちょっとオレの腕力じゃ止められませんね。

 

 

 迫る剣を見ながら、オレの脳裏をこの十年の走馬灯が過ぎる。

 思えばドタバタした日々だったが、悪くなかった。

 

 

『アーチャー、アーチャー! やりました! ランクアップです!』

『マジでか!? やったじゃねえか、セイバー!』

 

 オレ達の中で初めてランクアップしたのはセイバーだったなぁ。

 ワンコみたいにキャンキャン興奮してて、馬鹿っぽかったもんだ。いや、オレも似たようなテンションで、一緒にはしゃいだっけ。

 

 

『おわ、ランサーの旦那、どしたんスかそのほっぺ』

『む、アーチャーか。大した話ではない。ガネーシャに頼まれ、シャクティの買い物に付き合ったのだが、お前の好みで見立ててくれと言われたのでな。防御性能と機動性を重視した鎧を持っていったら、涙目で殴られただけだ。あぁ、俺の誤解が招いたことだ。理解している』

『……一応言っときますけど、重装甲の鎧が欲しかったとかじゃ無いってのは、理解してますよね?』

『違うのか? 違うのか……』

 

 ……まぁ、オレがいなくなってもガネーシャ様がいるし、どうにかなるだろ。

 

 

『アーチャー! どうしても行くの……?』

『止めるなライダー。オレは男として行くと──いや、(オトコ)になりに行くと決めたんだ』

『……わかった。もう止めないよ。たとえ帰ってきたキミが変わってしまっていても、ボクは受け入れる。……だから、ちゃんと帰ってきてね!』

『ライダー……。あぁ、約束する。じゃあ、行ってくるぜ────歓楽街に!』

 

 ライダー、すまねぇ。結局、漢になったオレを見せてやれなかった……!

 

 

『なあキャスター、宝具以外での攻撃力上げたいんだけど、なんか良い案あるか?』

『おや、唐突な質問ですね。……なるほど、貴方もパワーアップイベントが欲しくなるお年頃ということですか。では、これを授けましょう。私特製の爆薬です。専用の容器から出せば、一定の衝撃で爆発します。鏃に塗って爆裂矢にしても良し。埋めて地雷にしても良し。ワイヤートラップにしても良しの優れものです』

『いや、パワーアップイベントは別に要らねえよ? 護身用程度で十分ですよ? ……しかしまぁ、確かにこりゃ便利だ。ありがたく頂いていきますよっと』

『無くなったら補充しておきますね。…………こっそり中身を改良して、「い、いつの間にかオレはこんなに強くなっていたのか……!」ごっこが出来る様にしといてあげましょう』

 

 ……言ってた! あの野郎、思い返したら最後になんかボソッと言ってた!

 

 

『いやー、流石はアーチャー! 見事、ベルきゅんの『憧憬一途』喪失を阻止してくれたなぁ』

『おいアヴェンジャー、これであのふざけた二つ名は無しだな!?』

『わーかってるわかってるって。……もし死んだら、墓に刻むのはアリ? 【森の賢人(ゴリラ・ゴリラ・ゴリラ)】ここに眠るって』

『無しに決まってんでしょうが!?』

 

 あのアホ神、マジでしませんよね? 人の墓に変なことしませんよね?

 

 

『アーチャー、貴様、我が王を歓楽街に連れ込んだとは事実か!?』

『うわめんどくせーのが来たよ……。いや、違うんですよバーサーカーの旦那。事情があってですね──』

『事実ということか……! 問答無用。我が王の純潔は貴様の命で償ってもらうぞ!! ■■■■■■────!!』

『気色わりーこと言うんじゃねえよ! つうか誰かに聞かれたらオラリオ中から命狙われそうなデマ叫ぶんじゃねえ!!』

 

 バーサーカーは許さん。あん時も人のこと散々追いかけ回しやがって。

 っていうかよくよく考えたらオレのこのピンチあいつのせいじゃねえか。

 ……しかも、人のこと童貞呼ばわりで馬鹿にした仕返しがまだ終わってねえ!

 

 っていうか後半ロクな思い出ねえじゃねえか!

 流石にこれで死ぬのは嫌なんですけどねえ!?

 あー、でももう無理だわ! 目の前まで迫ってるわ、今さら防ぎようねえわ!!

 あー、死んだこれ! くそ、あいつら絶対枕元に立って恐怖のどん底に叩き落としてやるからなぁ!!

 

 

 

『────アルクス・レイ!』

 

 しかしそんなオレに迫る凶刃を叩き落とす魔法の一撃。

 振り向いた先で、息も絶え絶えながら、強い意志を込めた言葉を振り絞る妖精の少女。

 

 

 レフィーヤ、愛してる────!!

 

 マジでありがとう! 最悪の形相で死ぬとこだった!

 

 更に幸運は続く。

 レフィーヤに憎悪の目を向けていたレヴィスが吐血したのだ。

 明らかに毒の作用。しかし、矢に塗っていた毒だけで、あのしぶとそうな怪人がこうも苦しむか?

 

 まるで、第一級冒険者を死に至らしめる量の毒をあらかじめ摂取していたような────そこまで考えたとこで、ふと脳裏を過ぎるつい先程の出来事。

 

 

『■■■■■■────ッ!!』

 

 人のことぶん殴った後に、祭りうちわ使って周囲の毒をバッサバッサ吹き飛ばしまくっていた狂戦士。

 あの風に吹き飛ばされて、オレがレヴィスに直撃したってことは…………バーサーカー、愛してる────!!

 

 

弓兵(アーチャー)、貴様いつから……!」

「いつから仕込んでたかって? さて、何発もくれてやった矢か、あるいは短剣か、ひょっとしたら爆弾に練り込まれていたかもしれませんねぇ」

 

 正解は、オレは悪くねえ、でした。

 

「卑怯と言いたきゃ言いな。臆病者と罵りたければお好きにどーぞ。あいにく、このやり方しか知らないし、他を知る必要も感じないんでね」

「ぬかせ! この程度のダメージで私が動けなくなると思ったか!? 貴様のくだらない矢も、罠も、毒も、私を仕留めることは出来ん!!」

 

 

 ほとんど負け惜しみに近い叫びが、めっちゃ心に突き刺さる。

 

 正直、今回、ほぼ不運と奇跡の連続による泥仕合過ぎません?

 オレが自力でやったことって、レフィーヤやティオナ達の方にレヴィスが行かないよう、矢で牽制してたくらいだからな。

 いや、違うんだよ、本当に。普段はもうちょっとまともに戦ってるんだよ、本当に。

 

 心の中で言い訳をしても、我が力の原典である英雄への申し訳なさに泣けてくる。

 

 

 

 ──だから、これは八つ当たりだ。

 

 

 

 

「──この(わざ)を、くだらないと言ったな、クリーチャー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「加減はした。聞きたいこともあるし、殺しはしねぇ。──ただまぁ、自分の英雄を馬鹿にされて笑ってられるほど、人間出来ちゃいないんスわ」

 

 天に聳える魔力の大樹に背を向けながら、自嘲の言葉を口にする。

 

 あ゛〜〜〜〜、みっともねえ〜〜〜〜。

 

 いや、切り替えろ! 次だ! 次こそは、ロビンフッドに恥じない戦いをしてみせる──!

 

 

 

 

 

 

 

 そう決意はしたが。

 

 

 

 

 目の前で未だ残っていた爆弾を黒雷で一掃してのけた仮面の人物が、淡々と言葉を紡ぐ。

 

「マサカ、彼女ガ敗北スルトハ……。流石ハ、穢レ無キ正義ノ味方(アンリマユ・ファミリア)ト言ッタトコロカ。……ダガ、ソレモココマデダ。今日、騎士王ハ己ノ目デアル狩人ヲ喪ウ」

 

 

 流石にこれは、オレ、死にません?

 




ポンコツさん達は、カメラが回ってないところではちゃんとしてるんです……三回に二回くらいは。


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超・外伝『Fate/Grand Order 亜種特異点⁇:迷宮神聖都市オラリオ』

エイプリルフールだし、半年以上前に書いてお蔵入りした嘘予告この際投稿しちゃうかー、と軽い気持ちで見返したら尋常じゃない文字数だったやつ。
劇場版的なノリで読んで頂くと、精神汚染は少ないかもしれません。

シリアス:ポンコツの割合が9:1どころじゃないので、この話にそんなの求めてねえんだよ!!って方は、下の方の長い長い改行終わりから読むと、あっ(察し)ってなるかもです。


 

 

 

 

 

 ──僕の、責任だ……! 

 

 

 血と炎と灰に覆われた世界で、少年は喘ぐ。

 左腕の肘から先は存在せず、右足もおかしな方向に曲がっている。

 兎のよう、と言われた白髪は血と灰と泥で汚れ、もはや見る影も無い。

 

 それでも少年が俯くことは無かった。

 

 自らをここまで傷つけた死神を、真っ直ぐに睨む。

 

「終わりです。ベル・クラネル」

 

 何度も何度も、自分の名前を呼んでくれたその声。

 時に優しく、時に厳しく、それでもいつだって自分を案じるような、見守るような暖かな陽だまりのような響きはそこに無い。

 どこまでも冷酷に、どこまでも冷徹に、彼女は逃れ得ない死を告げる。

 

 【勇者】も【剣姫】も、【猛者】でさえ彼女には敵わなかった。聖剣──否、もはや黒く染まった魔剣の極光の前に、骸すら残さず消え去った。

 

 

 ────それでも。

 

 

 

「僕は、諦め、ません」

 

 

 ヒュー、ヒューとか細い息で、ベルは闘志を燃やす。

 この世界で、最後に残った冒険者として諦めることは許されない。

 震える右手を彼女に向け────無造作に落とされた彼女の脚に踏み潰された。

 剣を振り抜く間際、彼女は小さく呟く。

 

 

「さようなら、     」

 

 

 最後に彼女は何と言ったのか。

 

 その前に首を刎ねられた少年には届かなかった。

 

 命の灯火が消える最後の刹那、少年は思う。

 

 

 

 もし。

 

 もし、次の機会があるなら。

 

 その時こそ、自分は。

 

 

 

 ──彼女を  。

 

 

 

 湿った音を立て、少年の首は地に落ちた。

 

 これで、この世界にはもう誰もいない。

 

 黒き騎士王、ただ一人を除いて。

 

 

 彼女は数秒、動きを止め────やがて踵を返すと、崩壊したバベルを目指す。

 

 

 

 ────さぁ、世界を終わらせよう。

 

 

 

 

 

『Fate/Grand Order 亜種特異点⁇:迷宮神聖都市オラリオ』

 

 

 

 

 

 カルデアにて毎度お馴染み、微小特異点が観測された。

 

 時代は五世紀末。場所はブリテン。

 

 伝説に名高き、アーサー王の時代だ。

 

 

「緊急性は低いと思うけど、特異点は特異点だ。今回も期待してるよ、立香ちゃん」

「先輩のバイタルサインは常に私がチェックしています! ご安心ください!」

「大船に乗ったつもりで、まっかせてくださいダ・ヴィンチちゃん! マシュも、よろしくね」

 

 カルデアの技術顧問兼所長代理の美女(?)と、フンス! と意気込む美少女に見送られ人類最後のマスターだった少女、藤丸立香はコフィンに入る。

 元気いっぱいな彼女を、一年以上の時を共有したスタッフ達がサムズアップや笑顔など、それぞれのやり方で励ましながら見送る。

 そこに不安はない。幾度行っても消えない職務への緊張感や責任感はあれど、魔神王との戦いを乗り越え、大きく成長したマスターへの信頼が彼らにはあるのだから。

 

 

 

 

 だから、部屋の片隅でモニターを眺める探偵の曖昧な表情に、誰も気づくことは出来なかった。

 

「……ふむ、この特異点……何かがおかしい。これは、特異点というよりは、そう、下総のアレに近いのか? しかし──」

 

 ──今は語るべき時ではない。

 

 一人頷いたホームズは、せめて何一つ見逃すまいとコフィンに目を向ける。

 そこでは、今まさにレイシフトが行われようとしていた。

 

 しかし──

 

 

「ダ・ヴィンチちゃん!? レイシフトの座標指定に異常が!!」

「何だこれは──文字化け!? いけない、このままでは立香ちゃんが虚数空間に叩き落とされる! 即座に中止、彼女を回収するんだ!!」

「ダメです! こちらからの操作を受け付けません!!」

 

 

 明らかな異常事態。

 

 ホームズがレイシフトの瞬間に立ち会った経験はさほど多くはないが、それでもこれが危険な状態だとは理解できる。

 

「彼女の反応は!?」

「バイタルサインは全てクリア! 藤丸さんの存在証明は正常に行われています!」

「せめてもの幸いか……! 場所は!? 通信は繋がるかい!?」

「全力でサーチ中です!」

 

 職員達の怒号を背景に、探偵はそっと呟く。

 

「今回の特異点────中々の難事件となりそうだ」

 

 

 

 

 

 

 

「あぶふぁ!?」

 

 ズベシャ、と顔面から地面に突っ込み、乙女にあるまじき悲鳴を上げた藤丸立香。

 くぅぅ、と呻きつつ、鼻を押さえて立ち上がる。人類最後のマスターはこのくらいではへこたれないのだ。

 

「ダ・ヴィンチちゃーん、マシュー、着いたよー? …………。みんなー?」

 

 通信機に語りかけるが、返答がない。

 

 大丈夫。まだ落ち着いている。こういうケースも何度かあった。人類最後のマスターは経験豊富なのだ。

 

 

「とりあえず、人がいそうなところに移動して……っていうか、ここ、どこ?」

 

 右も左も剥き出しの岩肌。見上げても岩。見下げても岩。

 

 通路はしばらく行った先で曲がっており、なんとなくその先でも何度も曲がってるんだろうなぁという予感がした。

 なんとなく、日本にいた頃プレイしたゲームを思い出す光景だ。

 

「とにかく、歩いてみよう!」

 

 あえて明るい声を出し、自分を奮い立たせる。

 しかし十歩と進まない内に、少女の歩みは止められた。

 

 ビキ、ビキ、と音を立てながら床を裂き現れた小鬼のような怪物が、冷たい目で彼女を睨み据えたからだ。

 

 

「!!」

 

 今までにない出現方法に驚くものの、そこは歴戦のマスター。

 礼装に魔力を流しつつ、彼女は自らと契約した仲間(サーヴァント)を呼び出す。

 

「クー・フーリン!!」

 

 現れたるはケルトの大英雄。ドルイドの深奥を修めし魔術師だ。

 

 意思ある実像ではなく、力のみを振るう影法師(シャドウ・サーヴァント)として呼び出された仮初の存在としてもその力は本物。

 杖より放たれた火球が怪物を即座に焼き払い────しかし怪物は、絶叫をあげながらも生きている。

 

「そんな!?」

 

 今まで数多の怪物──それこそ、ティアマトの仔を含む神獣魔獣も──を打ち倒してきた一撃が、明らかに低級な怪物を殺しきれない。

 嫌な汗が滲むのを自覚しつつ、それでも立香は落ち着いて指示を出す。

 

 通常の魔術で倒せないなら、更なる力を行使すれば良い。

 

 

「令呪使用、宝具解放!!」

 

 彼女の右手に刻まれた令呪の一角が消失し、同時にクー・フーリンに莫大な魔力が注ぎ込まれる。

 影法師は自らをキャスターたらしめる真価、ウィッカーマンを呼び出さんとし────しかし、何も起こらなかった。

 

「宝具が、使えない!?」

 

 今度こそ彼女は動揺した。

 英霊を英霊たらしめる象徴、宝具が使えないなど、今まで有り得なかったことだ。神霊のような強大な存在に力を封じられているのとも違う──そもそも、宝具などというものは、最初から存在しなかったような手応えの無さ。

 

 仕方のないことだ。あまりにも当然の反応だ。しかし。

 

 その隙は、()()迷宮において致命的だった。

 飛びかかった小鬼の一撃でクー・フーリンの影は消滅し、怪物はそのままの勢いで立香に襲いかかる。

 

「! このぉ!!」

 

 礼装に魔力を走らせ、ガンドを撃ち込む。

 狙い違わず命中した魔弾は、僅かに小鬼の動きを止めた。が、所詮そこまで。

 

 即座に回復し、再度襲いかかる小鬼。

 せめて急所を守ろうと腕を上げた立香。

 そして────

 

 

 

『ファイアボルト!』

 

 

 

 炎雷の矢が小鬼を討ち倒す。

 

 

 

「へ?」

 

 思わずポカンとした彼女が振り向くと、緩やかな足取りで近づくものがいた。

 

 

 土と血に塗れて汚れた白髪。

 暗く沈み、澱を湛えた紅眼。

 かつて眩く輝いていたであろう白銀の鎧はくすみ、あちこちに傷が走っている。

 幽鬼の如き出で立ちの中、その手に携えた紫紺の刃だけが暖かな光を灯していた。

 

 

「君、は」

 

 なんとか声を搾り出した立香に応えるように、その少年は薄く微笑む。

 

 

「はじめまして、カルデアのマスター。僕はベル・クラネル────セイバーの、サーヴァントです」

 

 

 

 かつて世界を救った、ただの少女。

 

 いずれ世界を救うはずだった少年。

 

 

 あり得るはずのない邂逅が、ここにあった。

 

 

 

 

 

 

『ベル・クラネルに迷宮都市オラリオ……。なるほど、【迷宮神聖譚】の登場人物と舞台か』

 

 

 少年に連れられ迷宮を脱出した立香は今、彼が拠点にしている廃墟で休んでいた。

 カルデアと連絡は依然取れず、どうしたものかと悩んでいたところ、妙に見覚えのある卓に手をついた途端、通信が正常化したのは僥倖だったという他ないだろう。

 そのまま少年──ベル・クラネルを交えて情報交換を行い、ベルに都市の名前を聞いたところ、カルデアの名探偵ホームズが聞き覚えのない単語を口にした。

 

「あのー、私、そのお話知らないんですけど……」

『そうなんですね。では僭越ながら、このマシュ・キリエライトがご説明を!』

 

 コホン、と可愛らしい咳払いを行い話し始める後輩。

 

『先輩は、アーサー王伝説をご存知でしょうか?』

「まぁ、なんとなくは」

 

 始まりの地冬木と第六特異点キャメロット。

 

 二つの特異点で出会った騎士の姿を思い浮かべながら、立香はうなずく。

 

「確か、アーサー王が選定の岩に刺さった剣を抜いて王様になって、武者修行して、国をヴォーティガンから取り戻して、色々冒険して、最期はモードレッドと相討ちになるんだよね?」

『流石です、先輩! 迷宮都市オラリオは伝説の序盤、アーサー王が選定の剣を引き抜き国を取り戻すまでの修行期間に訪れたとされる都市です。地下に広大な迷宮が広がるその都市で王と騎士達は腕を磨き、見事、卑王から国を取り戻すのです!』

「んー? 私が読んだ本にはそんなこと書いてなかったけど……」

『あっ、それは、その……』

 

 何気ない立香の言葉に、興奮気味に話していたマシュが途端に元気を失う。

 その様子を見かねたのか、ホームズが話を引き継ぐ。

 

 

『ミス・藤丸が知らないのも無理はない。オラリオでの物語は決して有名なものではなく、むしろその荒唐無稽な舞台設定から、後世における創作であるという見方が強い。取り上げていない文献の方が多いだろう』

「……どういうこと?」

『伝承に曰く、オラリオには世界各地の英雄豪傑と、天界よりあらゆる神々が実体を保ちながら集まったそうだ。記述があるだけでも、ギリシャ、北欧、日本、インド……多くの神話体系の神がその名を連ねている」

「おぉ……それはなんというか、ゴージャスな……」

『遠く離れた異国の神話を取り入れる程度には、後の時代で作られた物語なのだろう。さらに大きな特徴もある────()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「え? アーサー王は女の人でしょ?」

『…………世間一般的に、アーサー王は男だと思うよ、ミス・藤丸』

「……あっ、そうだった」

 

 素で忘れていた。

 

『とにかく、迷宮神聖譚とは本来ならば神話としてのテクスチャすら存在するはずもない、世界そのものが幻霊とでも呼ぶべきものだ』

「へー……ハッ!?」

 

 バッ、と後ろを振り向くと白髪の少年が困ったように頬を掻いていた。

 無理もない。彼からすれば、目の前で自分たちの世界はただの創作に過ぎないと言われたのだから。

 

「ご、ごめんね、ベル!」

「気にしてませんよ、マスター。僕も、サーヴァントになったことで世界の仕組みは少しだけ理解しましたから」

 

 慌てて謝罪する立香を、少年は笑って許す。

 それよりも、とベルは表情を改める。

 

 

「皆さんには、この地を特異点へと歪めている元凶──僕らが倒さなくてはいけない、敵をお話しします」

 

 

 

 

 

 少年が語ったのは、一つの世界が終わる物語。

 

 

 

 始まりは、一柱の神が太古の魔獣に捕食されたことだった。

 魔獣の名はアンタレス。古き時代にダンジョンより逃れ、封じられていたサソリの魔獣。

 喰われた神の名はアンリマユ。魔獣を討つ為に派遣された二つの派閥の内の一柱。

 複数の第一級冒険者も所属していた彼の派閥は、しかし()()()()()()()()()()魔獣により壊滅状態に追いやられる。

 彼もその混乱に巻き込まれて眷属と離れてしまい、隙を突かれて捕食された。

 

 

 ──悲劇はそこから始まった。

 

 

 悪神を喰らったアンタレスは、赤黒い泥を生み出し、その場にいた冒険者をどんどん飲み込んでいった。

 

 逃れられたのは一人だけ。

 日輪の英雄が命を賭してこじ開けた泥の囲いを、ヒポグリフに乗せられた騎士王だけが辛うじて突破できた。

 

 彼女はオラリオに戻り、この緊急事態を告げた。

 

 ただちにオラリオの中でも最強の派閥達が集められ、第二次討伐隊が組織された。

 

 

 ──これこそが第二の悲劇。

 

 

 結果は惨敗。

 

 泥に飲み込まれたはずの日輪の英雄や湖の騎士といった冒険者達が()()()()()、討伐隊を散々に打ち倒し、泥に捧げていったのだ。

 そして捧げられた彼らもまた、黒く染まった姿で現れかつて仲間だった者に襲いかかった。

 

 最高戦力の多くを失い、あまつさえ敵にそのまま奪われたオラリオに──世界に希望はもはや残されていないのか? 

 

 

 

 ────否。騎士王が、未だ残っている。

 

 

 アンリマユとの契約が消え、戦う力を失っていた彼女は第二次討伐隊に含まれていなかった。

 眷属のほとんどを失った女神ロキと再契約を果たした彼女は、難を逃れた少数の強者達と第三次討伐隊を結成。

 下級冒険者を都市前面に配置して陽動とし、後背から泥の軍勢の首魁──アンタレスに強襲を掛けた。

 傷つけても傷つけても蘇る太古の魔獣は依然脅威であったが、此度の騎士王には勝機があった。

 最初にアンタレス討伐を請け負った月の女神が、天上への送還と引き換えに召喚した神器の矢と、それを託された少年。

 剣姫がヒビを入れた外殻の隙間に、彼は渾身を以て叩きつける。

 光となって翔けた女神の矢は、狙い違わずアンタレスを──その内に取り込まれていた悪神を討ち取った。

 崩れゆく魔獣を見て、誰もが歓喜した。

 数多の犠牲を出した悲劇が、ようやく終わったのだと。

 我らは未来を取り戻したのだと。

 

 

 

 ──そして、最後の悲劇が始まる。

 

 

 

 突如溢れ出した黒泥が、意志を持つかのようにもがき、のたうち、自らを傷つけた少年を新たな宿主とすべく殺到した。

 そして────

 

 

 

 

 ベル・クラネルは忘れない。

 

 初めて会った日と同じように。

 

 軽やかに。凛々しく。気高く。

 

 当然のように立ちはだかり、真っ向から泥を受け止めた誇り高きその姿を。

 

 それは、彼女にとって当然の行為であり────世界を滅ぼす、最悪の選択であった。

 

 

 

 泥の濁流が収まった時、そこにいたのは皆が知る騎士王ではなかった。

 黒く染まった鎧に身を包み、誇りと慈愛に満ちた瞳をバイザーで覆った姿。生の活力に満ちていた肌は病的な白さとなり、何より清冽な彼女の気配が、黒く澱んで垂れ流されていた。

 

 

 

 

 堕ちた騎士王は、まず肩を並べて戦った強者を皆殺しにした。

 【勇者】も【猛者】も【剣姫】も、全員死んだ。

 その後、都市外部でアンタレスの眷属と戦っていた下級冒険者を葬り去り、黒き極光を以てオラリオを蹂躙した。

 眷属を奪われた神々が、オラリオを守る為に戦ったのか、あるいは下界の運命と静観したのかはベルには分からない。

 ただ一つ分かることは、騎士王はオラリオの神と人を滅ぼし尽くした。その事実だけだ。

 

 ベルも彼女と戦った。討伐隊に所属していながら、はるか格下の彼を殺す価値も無いと見たのか、一度は騎士王も見逃した。

 だが、全てが滅びた後のオラリオにて騎士王に追いつき戦いを挑んだ少年を、二度も見逃しはしなかった。

 

 

 

「──そしてその時死んだはずの僕は、気づいたらサーヴァントとして存在していました。……ここ、アンリマユ・ファミリアのホーム『キャメロット』に」

 

 

 コツン、と。少年は自らが座す円卓を叩く。

 

「神様も、エイナさんも、シルさんも、ロビンさんも、みんな、みんな居なくなった世界で、僕だけが存在してる。だから、これは義務なんです」

 

 瞳は暗く澱み、かつての希望に満ちた少年とは似ても似つかず。

 

 

 

 

 

「────僕が、あの人を殺します」

 

 

 

 

 少年の誓いが、哀しく響いた。

 

 

 

『ミスター・クラネルの説明が正しければ、恐らく最初はアンタレスという怪物が聖杯を所持していたんだろう。それが魔神王が遺したものか、はたまた偶発的に生み出されたものかは不明だが、とにかく、聖杯を手に入れたアンタレスは地上を滅ぼすために動き始めた。そして今、聖杯を所有する騎士王は迷宮を攻略している。これは間違いないね?』

「はい、召喚後に探索をしていた時、迷宮の入り口が地上側から破壊されていました。たぶん、あの人がやったんだと思います」

 

 カルデアから通信を飛ばすホームズに、ベルは首肯を返す。

 少しの思索の後、名探偵は重々しく告げた。

 

 

 

『……ならば、早く彼女を止めなければ。もし彼女が迷宮最下層に到達すれば、人理は再び消滅する』

 

 

 

『そもそも迷宮都市オラリオは本来なら存在し得ない、数多の神話から影響を受けた創作のはずだった。しかし、そこに正規の英霊と同じ霊基を持つアーサー王が存在してしまっている。願望器たる聖杯まで所有してね。ここで一つの可能性が発生する。────本物のアーサー王がいるならば、この世界(オラリオ)こそ正しき世界なのではないか、とね』

 

『本来なら、この程度では正しき歴史──汎人類史が塗り替えられることなど起こらないだろう。だが、ゲーティアによる人理焼却により、世界は未だかつてない不安定な状態だ。そう、あり得ない異聞の発生すら起こり得るほどに』

 

『空想は現実に。数多の神話から生み出された物語は、それこそが数多の神話の原典へと上書きされる』

 

『そして、アーサー王の物語において、彼──彼女は、迷宮の最奥に到達せずにオラリオを去っていた』

 

『もし仮に彼女が迷宮を踏破してしまえば──その奥に待ち受けるものが、世界の在り方すら変えてしまう真実だったなら──その特異点から広がった影響が、この世界にどれだけの影響を及ぼすかは計り知れない』

 

 

「……止めなきゃ。絶対に!」

 

 ホームズの推理に、カルデアのマスターは強く宣言する。

 

「ベル……貴方にも手伝ってほしい。()()世界を、壊させないために!」

 

 伸ばされた手を、少年は眩しげに見つめる。

 僅かな逡巡。

 しかし、少年もまた、少女の手を強く握る。

 

「……はい。()()()世界を守るために」

 

 

 

 

「立香、足止めを!」

「了解! レオニダス!!」

 

 丸盾を構えた槍兵が、上半身のみを生やした巨大な骸骨──ウダイオスの攻撃を受け止める。

 まともに食らえば一瞬でミンチになりかねない怪物を完全に抑え込む様は流石はサーヴァント。

 次の瞬間、紫紺の光が走り怪物を切り裂いた。

 灰となった怪物に見向きもせず、少年は周囲を見回す。だが怪物はこれで打ち止めのようだ。

 フゥ、と一息ついた少年に明るい声が掛かる。

 

「お疲れ様、ベル!」

「うん、立香も、ありがとう」

 

 ダンジョンの奥底にも関わらず元気なその声に、ベルは少しだけ微笑んだ。

 何日も何日も掛けてダンジョンを攻略する中で、少しだけ心を開いてくれた少年に立香も笑い返す。

 

 とはいえここはダンジョンの深層。

 世界が滅びる以前とは様変わりしたとはいえ、未だに危険極まりない魔境には違いない。

 

 それに人理が揺らぎ、創作に過ぎないはずの世界が力を持ったこの特異点において、本来なら正しき人類史の英霊こそが儚い幻霊に堕とされた。

 立香が呼び出すサーヴァントが弱く、宝具すら発動出来ないのもその為だ。

 故に、この世界で座に刻まれたベルこそが唯一の万全な戦力なのだ。

 

 静かに気を張る少年に、立香はまあまあ、と落ち着くようにジェスチャーを行う。

 

 少年の話では、ダンジョンとは常に油断が出来ない場所で、一度モンスターを狩り尽くしてもすぐに母胎たるダンジョンが産み出すとのことだった。

 だが、騎士王に蹂躙された後のダンジョンは少し様子が違い、一度攻略した階層ではモンスターが新しく生まれず、未だモンスターが残る階層でも、立香達が先に進もうとしない限りモンスターの方から襲ってくることもなかった。

 ダ・ヴィンチちゃんの解析によると、とある階層で膨大な魔力反応が連続して出現と消滅を繰り返し続けており、恐らく騎士王の侵攻を食い止めることにダンジョンが総力を傾けているためではないか、との推測が為された。

 

 それでも完全な油断は出来ないが、休める時に休んでおかなくては。

 

 立香達は既に、生前のベルの到達階層より遥か深く────深層と呼ばれる領域にまで、何日もかけて辿り着いたのだから。

 

 ベルにも座るよう促すと、立香は食事の用意を始める。

 『キ』とカタカナで刻まれた折り畳み式鍋に親指の爪先ほどの大きさの茶色いキューブと魔石を入れ、鍋を振ると、魔石が淡く光りながら体積を減らし、代わりにキューブがドロっとした液体になりながらどんどん嵩を増す。

 一分もしないうちに、温かなクリームシチューが鍋一杯にまで発生した。

 

「はい、ベルの分」

「……ありがとう」

 

 

 この鍋もシチューの素のキューブも、ベルが召喚された場所──アンリマユ・ファミリアの拠点の中、とある錬金術師の工房に保管されていたらしく、その他様々なマジックアイテムが立香達のダンジョン攻略に役立てられている。

 

 

 閑話休題。

 

 

 シチューを食べながら立香はベルの顔を窺う。

 少し躊躇いを見せた後、彼女は強く頷いた。

 

 

「ねぇ、ベル。教えてほしいんだ」

「? どうしたの、立香」

 

 

 

 

「────貴方にとって、アルトリアさんってどんな人?」

 

 

 

 

 カシャン、と。

 ベルの手からスプーンが落ちた。

 

「……仇だよ。神様や、この街に住んでた僕の大切な人達の」

「本当に?」

「当たり前じゃないか。僕はこの街を滅ぼして、君たちの世界も壊そうとしている彼女を殺すために召喚されたサーヴァント……あの人には、怒りや憎しみしか抱いてないよ」

 

 拾ったスプーンをシャツで拭うベルの手を、立香は強く握りしめた。

 

 

 

 

「────だったら、なんでそんなに辛そうなの?」

 

 

 

 

「ベルが、私たちの世界のために独りで戦ってくれてたのはわかってる。その為に、アルトリアさんを倒さなきゃいけないのもわかってる。……それでも、ダンジョンを攻略する度に、貴方が苦しんだ顔を浮かべるのは、辛い思いをするのは、私は納得できない!」

「……そうか。心配させてごめんね、立香。でも大丈夫。もうそんな顔はしないよ。だからどうか、僕を道具(サーヴァント)として使い潰してほしいんだ」

 

 優しい笑顔を浮かべてそんなことを言う少年の両頬を、立香はパンッ、と音を立てて掴むと、

 

「イヤだ!!」

 

 眦を吊り上げて、叫んだ。

 

「私にとって、ベルは道具じゃない! 私の命の恩人で、短い間でも一緒に迷宮を冒険した仲間だ! そんな人が苦しんでるのに、見過ごして自分の世界だけ守られれば良いなんて、私は私を許せない!」

 

 だから、と。彼女は懇願する。

 

「話してよ、ベル。貴方にとってアルトリアさんはどんな人なの? ────本当は、貴方は何をしたいの?」

 

 

 

 少女の願いに僅かに逡巡したベルは、それでもなんとか取り繕おうとする。

 当たり障りの無いことを言って煙に巻き、さっさとアルトリアの元まで辿り着こう────それで、ようやく自分も終われる。

 

 だが、いざ口を開こうとした時、少年は見てしまった。

 

 神の加護すら受けぬ身体で、過酷なダンジョン攻略に弱音も言わず付いてきた少女。

 

 

 そんな強い少女が────涙を流していた。

 

 

 

 

「アルトリアさんは、僕の憧れなんだ」

 

 気づけば、言の葉を紡いでいた。

 

「僕の命を救ってくれた人で、僕に道を指し示してくれた人で、僕を強くしてくれた人なんだ」

 

 やめろ。止まれ。何も言うな。

 

「強くて、優しくて、誇り高くて。誰かの笑顔こそが自分にとっての幸福だって本当に信じてる、誰よりも美しい人なんだ」

 

 せっかく考えないようにしてたのに。忘れようとしてたのに。

 

「でも、僕は知ってるんだ。あの人は、みんなが思ってるほど強くなんかなくて、人並みに悩んだり苦しんだりしてるのを、必死に隠して強がってる人なんだって。だから僕は────ぼく、は……っ」

 

 人理の為に戦うと誓っただろう。だからもうやめろ。

 

「あのひとを、まもりたいって……っ。あのひとの、英雄になりたいって……!」

 

 これ以上話せばベル・クラネルは────

 

 

 

 

 

「ぼくは、アルトリアさんを、ころしたくなんかないんだ……!」

 

 

 

 

 

 ────もう、戦えなくなってしまう。

 

 

 

 召喚されてから、ずっと心の奥底に封じていた想い。

 自分が何を為すべきか理解していたからこそ、考えてはいけなかったこと。

 ベル・クラネルは、アルトリアを護るために強くなると誓ったのだ。

 なのに────なのに、どうして彼女に刃を向けられる。

 

 心を削り、擦り減らし、生前同様ダンジョンで魔物を狩って力を磨いて────でも、どうしても彼女を追ってダンジョン奥深くに潜ることは出来なかった。

 そんな中、一人の少女が現れた。

 藤丸立香。人類最後のマスター。いずれ来ると最初から知っていた、この世界の歪みを正す者。

 ベルは彼女を理由にした。

 自分は彼女の世界を救うのだ。その為に戦うのだ。

 そこに自分の意思は無く、だからこそなんだってやれてしまう。

 その過程に不都合になる感情を無理やり騙してここまで来たのに────他ならぬ彼女自身の手で、その封印を解かれてしまった。

 

 もう自分は戦えない。

 

 これ以上自分に嘘を吐けない。

 

 少年の心は、今まさに折れようとしていた。

 

 

 

 ──だが、彼はもう、独りではない。

 

 

 

 泣きじゃくるベルを──ここまで頼もしく自分を導いてくれた少年の弱さを見て、藤丸立香の心に決意の火が灯る。

 

 

 

「わかった。ベル……ここでお別れしよう」

「! そんな、ダメだ、この世界じゃ、君のサーヴァントは力を出せない!」

「……それでも、貴方をこれ以上戦わせられない」

 

 

 震える手を無理やり押さえ込み、少女はニッ、と強く笑う。

 

「大丈夫! これでも私は世界を救ったマスター! ……らしいから!」

 

 ギュッと少年の手を取った彼女は、しっかりと目を合わせて宣言する。

 

「ベル。私は、これからアルトリアさんを傷つける。……でも誓うよ。貴方の大切な人を、これ以上穢させない」

「!!」

 

 目を見開くベルに、最後に優しく微笑むと少女はサーヴァントを呼び出した。

 

 馬頭人身馬体を持つ騎兵、中華の大英雄、呂布。

 ヒョイと担がれた彼女は、最後に小さくバイバイ、と手を振ると、サーヴァントを走らせる。

 

 

「待って、立香!」

 

 

 取り残された少年は、また独り。

 だが、その心には先ほどの少女の言葉が木霊する。

 

 

 

「アルトリアさん、に……これ以上……」

 

 

 

 

 

 ────その背に、再び熱き火が灯ろうとしていた。

 

 

 

 

 

 ゴウ、と。

 黒き聖剣の一撃が、迷宮の尖兵たるジャガーノート、その最後の一体を破壊した。

 周囲に散乱する灰と魔石には目もくれず、彼女────セイバーは静かに告げる。

 

 

 

 

「────彼は、いないのですね」

「ベルが居なくても、私の仲間たちだけで十分だよ」

 

 視線の先には、この身に縁深き少年を思い起こさせる、オレンジ色の髪の少女。

 その身をここまで運んできたライダー以外にも、新たにサーヴァントを呼び出し、計六騎のサーヴァントを並べる。

 しかし摂理異なるこの世界において、汎人類史の彼らはあまりに弱々しい。

 対する黒き騎士王は聖杯の恩恵によるものか、かつて冬木の地で相見えた彼女より、はるかに強大な魔力を漲らせている。

 

 

 

 ────だが、そんなことは関係ない。藤丸立香にできる事は、自分の全力をぶつけるだけだ。

 

 魔力を回し、サーヴァント達に号令を掛け──

 

「思い上がりも甚だしい」

 

 一閃。

 

 ただそれだけで、神域の碩学たる弓兵が両断された。

 

「な!?」

「読み違えたな、星見の魔術師よ。この世界の命運を握るは貴様ではない」

 

 ヒュン、と軽く剣を振り、堕ちた騎士王は告げる。

 

 

「────端役は端役らしく、疾く失せるが良い」

 

 

 

 

 

 戦闘──否、蹂躙としか呼べないそれは、ほんの数分で終了した。

 最後の一騎を討ち倒した騎士王は、世界を救った少女に剣を向ける。

 

「ではな、……くっ!」

 

 疾る炎雷の矢。咄嗟に翳した騎士王の手に触れると、それは爆炎を撒き散らす。

 対魔力により無傷とはいえ、一瞬視界を奪われた。

 風の鞘を解放して即座に煙幕を晴らし────彼女は、静かに頷いた。

 

 

 

「迷いは晴れたのですね────ベル」

 

 傷つき、汚れた姿はそのままに────しかし、その瞳に強き光を取り戻し、再び少年は戦場に帰還した。

 

 

 

 

 

「ベル、どうして……?」

「君のおかげだよ、立香」

 

 魔力の欠乏により意識が薄れかける立香に、ベルは優しく微笑む。

 

「気づいたんだ。たとえ堕ちても、アルトリアさんがこんなことを望むはずが無いって。例えその手を仲間の血で穢そうと、心が悲鳴を上げているはずだって。……止めてあげられるのは、僕だけだって」

 

 苦笑しながら、彼は続ける。

 

「考えたらわかるはずだったんだ。なのに、僕は自分が嫌だからって逃げて逃げて、答えから目を背けようとしてた」

 

 少年の身に光が宿る。

 

「アルトリアさん。僕は今から貴方を傷つけます。怒りからでも、恨みからでもなく──」

 

 壊れた鎧は修復されその輝きを更に増し、紫紺のナイフは主の願いを叶えるべくその身を研ぎ澄ます。

 

 

 

「──貴方を、愛しているから」

 

 

 

 

 

 カルデア管制室にて。

 

「ベル・クラネルの魔力反応増大……これは、霊基の再臨!?」

「──今回の事件で一つだけ、不可解な点があった」

 

 突然の現象に驚く偉大なる芸術家に聞かせるでもなく、探偵はひとりごちる。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()? オラリオにはフィン・ディムナやオッタルなど、騎士王に匹敵する英雄も少数と言えど存在した。騎士王により討たれたとはいえ、彼らを差し置き、何故ベル・クラネルでなければいけなかったのか」

 

「答えは簡単だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。彼の召喚者は知っていたのだ。他の事件ならともかく、ことオラリオの騎士王に絡んだ件ならば、彼こそが最も強いと。強くなってくれると」

「……なら、一体誰が彼を召喚したんだい?」

「それこそ、簡単な推理さ」

 

 

 

 探偵は静かに微笑む。

 

 

 

 

「サーヴァントは、聖杯に招かれるものだよ」

 

 

 

 

 

「ハァッ!!」

「フッ!!」

 

 激しく火花を散らしながら、漆黒と紫紺の輝きが入り乱れる。

 

 目にも留まらぬ紫紺の刃が乱舞すれば凄絶なる漆黒の一撃が全てを蹴散らし、黒の魔風が荒れ狂えば紅き炎雷が掻き消す。

 白き少年は、もはや憧憬の騎士王とも対等に渡り合うほど強くなり、その力は刻一刻と増し続けていた。

 背中の熱が。失われたはずの女神の恩寵が、少年の背を押す。

 愛する女を救ってみせろと────! 

 

 一際強烈な打ち合いの末、二人は大きく弾き飛ばされた。

 

 セイバーは魔力放出により勢いを殺し、即座に体勢を立て直しながら少年を称える。

 

「素晴らしい、ベル。もはや正面からの戦いですら私と互角ですか。今の貴方が相手では、私ですら勝利は危うい。────ならば」

 

 ズ、と。

 空気が粘性を帯びたかのような重圧。

 セイバーは己が胸に手を翳し、()()を取り出した。

 

 

「我が全霊を以て貴方を討ち倒し、私は世界を滅ぼす」

 

 

 黒く染まったそれこそはこの地の聖杯。

 彼女の手を離れ浮かび上がったそれは、励起し、騎士王に魔力を注ぐ。

 そも、英霊にとって、武器での打ち合いなど前座。彼らの真価は宝具にある──! 

 

 

 

十三拘束解放(シール・サーティーン)円卓議決開始(ディシジョン・スタート)

 

『是は、■■■■■■■■■■──《■■》』

 

 

『いけない! 立香ちゃん、ベル! 彼女に宝具を使わせるな!』

 

 悲鳴に近い指示がダ・ヴィンチから届く。

 

 さもありなん。これこそが、セイバーがオラリオの神殺しを果たせた理由。

 聖杯の無尽蔵の魔力による、聖剣の認識を騙した上での強制解放。

 ただの真名解放による一撃を超えた、世界を守護する聖剣の全出力。

 例え今のベルがどれだけ強くとも、この一撃を相殺する神秘を彼は持ち合わせていない──! 

 

「なら、その前に────!」

 

 駆けるベル。

 音をも置き去りにする彼の疾走は、刹那の内に騎士王の喉元まで迫り────

 

 

 

 

無限の残骸(アンリミテッド・レイズ・デッド)

 

 

 聖杯に宿る悪神の残滓。それから溢れ出した黒き異形の大河に押し戻された。

 

 

「な!? こん、のぉっ!!」

 

 リン、と響く鈴の音。一秒チャージによる炎雷の強化。

 焼き払われた泥の軍勢だが、即座に再召喚され押し寄せる。

 

 

『是は、■■■■■■■■■──《■■■■■■》』

 

 その隙に、聖剣の拘束は十一まで外れている。

 

 

(ここまで来て間に合わないなんて────そんなことは、させない!)

 

 意識を奮い立たせる立香だが、彼女のサーヴァントは全滅している。

 一か八かに賭けて、現地召喚を試みるか? 

 無理だ。彼女と縁を結んだ汎人類史のサーヴァントはこの世界では力を振るえず、かといってこの世界の英雄達との縁を彼女は持っていない。

 もはや打つ手は残されていない────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『是は、■■■■■■■■■■──《■──』

「いいえ、我が王よ。私は承認などしておりません」

 

 

 

 

 

 ────そんな窮地を覆す者たちを、人は英雄と呼ぶ。

 

 

 

 

 

「聖杯の魔力使用が規定値を超過。仕込んであった術式通り、我らをサーヴァントとして召喚させました」

「流石キャスター。いざって時は頼りになるぜ」

「とはいえ危機的状況に変わりはない。この槍を振るうに値する」

「あ、キミ、カルデアのマスターだよね!? とりあえず、ボクらと契約してよ!」

「どの面下げてってハナシだが、まぁそこは流してくれよ。────とにかく、アヴェンジャー以下六騎。我らアンリマユ・ファミリア、カルデアのマスターとそのセイバーに助力させてもらいますよっと」

 

 

 魔力を帯びた風と共に降臨するは、強壮なる六騎のサーヴァント。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「皆さん……!」

 

 思わず喉を詰まらせたベルの前で、彼らは即座に動き出した。

 

 

「王よ、聖剣の輝きは打ち消させて頂く……!」

「バーサーカー……!」

 

 強制解放された聖剣と斬り結ぶは『無毀なる湖光(アロンダイト)』とその担い手。真なる円卓が一席、バーサーカー。

 誤認による不具合か、はたまた同格の神造兵装による影響か、最強の聖剣はその輝きを一段減衰させる。

 だが、却下された承認は彼の一つのみ。

 未だ全てを焼き尽くす魔力を秘めた聖剣だが……それでも、一瞬の猶予は出来た。

 

 

「■■■■■■────ッ!!」

 

 

 彼は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そして。

 

「この私から、聖剣を奪うか!」

 

 『騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)

 手にした武器を己が支配下に置く己が宝具を以て、彼は聖剣の魔力を己の内で無駄打ちさせる。

 当然、一瞬でその身は蒸発するだろう。

 

 だが、仕事は果たした。これほど減衰した威力ならば、奴の宝具ならば戦える。

 

 

「素晴らしい戦果だ。素晴らしい戦果だ、バーサーカー!」

 

 バーサーカーの身を焼き尽くしてなお止まらぬ極光の前に立ちはだかるは日輪の英雄。

 彼は再召喚により取り戻した己が最強宝具を展開する。

 

 

日輪よ、死に随え(ヴァサヴィ・シャクティ)!!』

 

 

 ほぼゼロ距離での規格外宝具同士の衝突。

 オラリオ最強を謳われた槍兵といえど、その身は一瞬で砕け散る。

 

 

「……征け、友よ!」

 

 

 

「あいよぉ!」

 

 

 狂戦士と槍兵は最強の聖剣を防いでみせた。

 ならば主神たる己もそれに応えよう。

 サーヴァントとして召喚されたアヴェンジャーに、オラリオでの超越存在としての権能は存在しない。

 だが、そんなものは不要だ。

 なにせ()()()()()は、この最弱の英霊は、それでもなお、最強の剣士を打ち倒してみせたのだから──! 

 

 アヴェンジャーの肉体が変貌する。

 影に覆われた獣と化した彼は走り出した。

 狙いは当然、己が半身。

 少年の道を妨げる、怨念の残滓ども。

 

 

「────ッ!!」

 

 

 

 死滅願望により、この身は最高の英霊にも比肩する。

 しかしそれでもやはり残骸どもの数が多い。

 飲み込まれ、打ち据えられ、その霊基を砕かれんとするが。

 

 

「しっかり頼んますって、カミ様」

 

 緑衣の弓兵が、残骸の群れの只中に現れた。

 飄々とした笑みを浮かべるその顔は、しかし生気が欠けた土気色だ。

 

「道はオレが作ってやるから、ちゃんと仕事してこいよ。悪ぃな、ベル。後始末頼むわ」

 

 弟分に小さく別れを告げ、弓兵は、その手の弓を己が身に突き立てる。

 

「こいつらに毒が効けば、こんなことしなくて済むんだが仕方ねぇ……! 『祈りの弓(イー・バウ)!』」

 

 自らを爆薬としての血路。

 一瞬だが、確かに開いたその隙をアヴェンジャーが駆ける。

 既にその身の崩壊は始まっている。だが、そんなもの、関係ない────!! 

 

 

「四夜は終わりだ」

 

 

 

 聖杯に宿る己が悪性。その全てを掌握し────悪神もまた、退去する。

 

 

 

「泥を失ったか」

 

 だが、脅威は未だ残っている。

 聖杯に残る残滓は消えても、既に反転したセイバーが戻るわけではない。

 最大出力での使用を諦め、彼女は聖剣を構える。

 ランサーもバーサーカーも居ない今、エクスカリバーの真名解放を防ぐ術は残されていないのだから。

 

 

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)────!!』

 

 

 

 解き放たれた黒き聖剣。

 

 残る一人と三騎を飲み込まんと迫る極光に、偉大なる錬金術師が立ちはだかる。

 

「ライダー、それでは手筈通りに」

「オッケー! そっちもよろしく!」

 

 掲げるは柄尻に宝玉を頂いた儀式剣。

 

元素使いの魔剣(ソード・オブ・パラケルスス)

 

 フォトニック結晶により構成された、超々精度の演算器。

 対象の魔術を解析しての力の強奪こそ、この魔剣最強の能力。

 格上殺しすら成し遂げるこの錬金術師の奇跡は────原典通り、食らい尽くせぬ星の聖剣の魔力により、五秒と保たずに砕け散った。

 しかし、その数秒をこそ、彼は欲していたのだ。

 

 

 

 

「……?」

 

 

 セイバーは、不意の違和感に眉をひそめた。

 聖剣の輝きが一瞬弱まったのは理解できる。

 キャスターの悪足掻きだろう。

 今この瞬間、聖剣と拮抗している正体も知っている。

 ライダーの『破却宣言(キャッサー・デ・ロジェスティラ)』だろう。

 ありとあらゆる魔術を打ち消す規格外の魔本だが──それを上回る神秘ですり潰せば良い。

 そして、エクスカリバーにはそれが可能だ。

 

 わからないのはその理由。

 

 破却宣言では星の聖剣には勝てない。

 それを理解しているはずの彼が何故──? 

 

 その答えは、ライダーが消滅した直後に理解できた。

 

 

 

「おおおおおおおお!!」

「ライダーのヒポグリフ……! 二人を逃すために使ったか!」

 

 咆哮と共に極光を越えて迫る幻想の天馬と、その背に乗るベルと藤丸立香。

 確かに次元を跳躍するかの幻想種ならば、聖剣を回避することも可能。

 ライダーとキャスターは、この奇襲のために命を懸けたのだ──! 

 

 ベルが構えるヘスティア・ナイフは白い光に包まれ、大鐘楼の音を響かせる。

 一方のセイバーは、聖剣を振り抜いた直後で動けない。

 無限の残骸が残っていれば護衛にも回せたが、今はそれも無く。

 

 だが。

 

 

全て遠き理想郷(アヴァロン)──!』

 

 

 騎士王が有する最強の護り。

 無数の光塵が彼女を覆い、次元を隔てた先に隔離する究極の防御宝具。

 何人たりとも、アルトリア・ペンドラゴンが最後に辿り着く理想郷を穢せはしない────! 

 

 

 

 

 

 

 

「令呪を以て命じる! 騎士王の願いを、誇りを────彼女の尊厳を護って、セイバー!」

 

 

 

 

 

 

 

 故に、この結末は当然だ────。

 

 

 

 彼は、彼女を穢すのではなく────

 

 

 

 

 

 

聖火の英斬(アルゴ・ウェスタ)────!』

 

 

 

 

 

 

 ────彼女を、救うためにその命を懸けたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

「強く、なりましたね……ベル」

「アルトリア、さん……っ。僕は……!」

「泣く必要はありません。貴方は、私の願いを叶えて、私をとめてくれたのだから」

 

 泣きじゃくる少年の頭を、セイバーが優しく撫でる。

 その手にはもう力が込もっておらず、瞳も焦点が合っていない。

 だが、その表情は憑き物が落ちたように安らかだ。

 

「聖杯の泥はアヴェンジャーが持ち去り、それに侵された最後の一騎たる私も力尽きました。これでこの特異点は修復されます。……あまりに多くの命を奪ったこの私に、世界を案じる資格などありませんが」

「それは、違います! アルトリアさんは、僕を泥から守るために……! だから、これは全部、元は僕の責任で……!」

 

 言葉にならず、喉を詰まらせる少年にセイバーは困ったような顔を浮かべる。

 そんな彼女達に、思わず、立香は口を挟んでしまう。

 

「でも、アルトリアさんだから、この特異点はギリギリで保たれてました! ダ・ヴィンチちゃんが言ってました。貴方が宝具を使ってダンジョンを破壊しながら進んでいれば、私たちは追いつけませんでした! 最後の戦いだって、貴方は聖杯を使って戦わなくても勝てたのに、私たちの味方を呼んでくれました! ベルを召喚したのだって、貴方なんですよね!? だから……! 自分のこと、そんな風に言わないでください……!」

 

 涙ぐみながら叫ぶ彼女にも、セイバーは優しく微笑む。

 

「世界を取り戻したマスターにそんなに褒められるとは、私も捨てたものではないようだ」

 

 心からとは思えない、せめて少年少女に傷を遺さないために取り繕ったような物言い。

 もどかしさに立香が言葉を探していると、それを遮るようにベルが叫んだ。

 

 

「もし! もし次があるなら! ……こことは違う世界で、貴方に逢えたなら……!」

 

 

 少年は誓う。例え幾果てを越えようと、決して忘れぬ想いを。

 

 

 

「その時は……僕が、必ず貴方を護ります!!」

 

 

 

 

 不器用で、飾り気もなく、ただただ真っ直ぐな言葉。

 されど、精一杯の真心を込めたその言葉に────セイバーは、少しだけ泣きそうな、笑いそうな顔を浮かべた。

 

 最期の力を振り絞り、ベルの手を握り締めた彼女は告げる。

 

「今度こそも何も、貴方は間違いなく私を──私たちを、護ってくれましたよ」

 

 きっと彼には届いていなかったのだろう言葉を。今度こそ届けるために。

 

 

 今度は別れではなく、再会の希望を込めて。

 

 

 

 

 

「さようなら──そしてきっとまた逢いましょう、()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 ──その後、カルデアにて。

 

「ダ・ヴィンチちゃん! ベルが召喚されたって本当!?」

「あぁ、本当さ。サー・ベディヴィエールと似た特例なのかな。今回の件を経て、ベル・クラネルは正式に座に登録された。──早く行ってあげなさい。積もる話もあるでしょう」

「うんありがとうダ・ヴィンチちゃ「ほわああああああ!? アルトリアさんがいっぱいぃぃぃい!!?」ベル!?」

 

 

 奇声の方へ、笑いながらパタパタと走っていく少女を見ながら、ダ・ヴィンチもまた、小さく笑みを浮かべるのだった────。

 

 

 

 その後、部屋にひしめくアルトリアシリーズにベルがひっくり返ったり、セイバーのアルトリアがベルのことを知らなかったりでまた一悶着あったりするが、まぁご愛敬だろう。

 

 

 

 

 

  亜種特異点⁇:迷宮神聖都市オラリオ

 

       告白成就

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 という嘘小説をオラリオで発行しようと思うんですけど、どうでしょうか」

「え、いきなり行軍中にファミリア全員集めて長い話しだしたと思ったらそれが本題ですか? あとどうでしょうって聞くなら普通に死ねば良いのにって思いました。なんですか告白成就って」

「オレ、可哀想過ぎない? 唯一の見せ場が自爆とか」

「聖杯を手にしているとはいえ、セイバー相手にこの俺が当て馬扱いも少し納得しかねる」

「ボクじゃなくてヒポグリフじゃん。セイバー救出したのも最後に決めたのもヒポグリフじゃん!」

「私が我が王に刃を向けるとしても、まず貴様ら全員血祭りに上げた後で説得にかかると思うのだが」

「つーか、召喚周りとかセイバーのエクスカリバーの強制解放とか、設定ガバガバ過ぎんだろ。練り直してこい。あと、こんなに善良なオレを捕まえて悪神呼ばわりとか酷くアリマセン?」

 

 

 セイバーもどきです。

 キャスターが阿呆なこと言い始めました。

 春の陽気に当てられて──と言うには、四六時中ポンコツですが。

 というか、自分だけなんか美味しい役回り多めにしてるのがちょっと腹立ちます。

 

 っていうか、人のことヒロインにして話進めるなと何回言わせれば気が済むのでしょうこのポンコツどもは!!

 

 腹が立ったので、オラリオに戻ったらキャスターのヘソクリでジャガ丸くんパーティーを開催しようと思いました。まる。

 

 

 

 

 

 

 

 ◯月×日 セイバーの日記より。

 

 劇場版の敵、アンタレスを無事討伐してのけた帰り道にて。




コンセプトはたぶん、ポンコツどもがポンコツじゃなく、シリアス畑だったらどうなるかのIFルート的な。結論として、世界の方もシリアス対応してくる。
書いてた時すっごい楽しかった記憶があります。

本編進めろや!って声も聞こえる気がしますが、許してください!
これ自体はもうだいぶ前に書き上げてたやつなんです!


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第12話

(´・ω・`)お待たせしました


 

(すごい……)

 

 なんとか身を起こせる程度には回復したレフィーヤは、ただただ驚きに目を丸くしていた。

 アンリマユ・ファミリアは全員が全員、一騎当千の猛者であることは知っていた。

 二年前のカルナとオッタルの決闘はレフィーヤも見ていたし、模擬戦でアルトリアがアイズを全く寄せ付けずに勝利したことも知っている。

 だが、その二人がかりでも倒せなかった相手を、後衛のロビンフッドが倒してしまうとは想像すら出来なかった。

 

 トラップや透明化を駆使して相手を翻弄し、毒を以って仕留める冷徹な戦法。

 せめて戦士として果てたいという敵対者の祈りすら踏み躙る、誇りなき殺戮技巧。

 その在り方を、卑怯卑劣と罵る者もいるかもしれない。

 

 だがレフィーヤには、どうしてもその戦い方を否定する気にはなれなかった。

 

 彼の戦いは、強者が弱者を嘲笑う為の戦いではない。

 彼の戦いは、弱者の戦いだ。

 

 絶対に敵わない強者相手に諦めるのではなく、誇りも名誉も打ち捨てて懸命にもがくような戦い方。

 そこにあるのは真摯な祈りだ。

 たとえ敵に恨まれようと護ったものに蔑まれようと、命を繋ぎ、最後に温かなモノが残れば良いという、英雄と呼ばれるものにはあまりにささやかで、ちっぽけな願い。

 

 

 ──そんな彼を見たからこそ、レフィーヤの心に火が灯った。

 

 今、自分に出来ることを全力で果たす。見失っていた、そんな当たり前のことを思い出したのだ。

 

(謝って、お礼を言わなくちゃ……)

 

 ずっと誤解していたことを。

 立ち向かう勇気を与えてくれたことを。

 

「あ、あの、ロビン、さん……!」

「はい? どうかしましたかー?」

 

 未だに痛む喉を震わせながら声をかけると、何処から取り出したのか、太い縄を怪人に掛けようとしていたロビンフッドが振り返る。

 先ほどまでの真剣さは何処へやら、すっかりいつものヘラヘラとした顔だ。

 

「わたし、ロビンさんに謝らなくちゃいけなくて────上です!!」

「うぉ!?」

 

 

 先のロビンフッドによる、烈風の奇襲の意趣返しの如く。

 

 天から黒雷が降り注いだ。

 

 怪人との戦いで残っていたのだろう、不可視の爆弾をまとめて焼き払った爆煙が晴れた後。

 

 ソレは、立っていた。

 

 

「ヒッ……!」

 

 一目見ただけで、喉が干上がるような恐怖を覚えた。

 

 仮面を被り、肌も晒さない謎の怪人。

 アレは駄目だ。あまりにも危険過ぎる。

 

 先の赤毛の怪人を遥かに上回る────【施しの英雄(カルナ)】や【猛者(オッタル)】に匹敵する圧倒的な存在感。

 彼(?)が行使したのだろう、リヴェリアの魔法すら上回りかねない恐るべき威力の黒雷。

 

 しかし、そんなものはまだ表面的なものに過ぎない。

 

 視線すら分からないのに────レフィーヤは、彼が放つ不気味な気配を感じていた。

 

 あまりに複雑に絡み合い、どう表現すれば良いのかさえわからないその気配の持ち主が眼を向けるのはただ一人────ロビンフッド。

 

 

 

「マサカ、彼女ガ敗北スルトハ……。流石ハ、穢レ無キ正義ノ味方(アンリマユ・ファミリア)ト言ッタトコロカ。……ダガ、ソレモココマデダ。今日、騎士王ハ己ノ目デアル狩人ヲ喪ウ」

「おいおい、遅れてノコノコ出てきて随分と大物ぶった発言じゃねえか。見てなかったのかよ。あんたのお仲間は、オレに何も出来ずに負けたんだぜ?」

 

 無機質な声に対して、レフィーヤを庇うように前に出たロビンフッドの軽口。こんな時でも薄い笑みを浮かべる彼だが、レフィーヤは気付いてしまった。

 微かに引きつる口元に。震えを誤魔化すように固く握られた手に。頬を伝う冷たい汗に。

 

 都市最強派閥の一角、オラリオ最強の弓兵、無比なる殺戮技巧を誇る狩人が、明確に気圧されているのだ。

 

「……アァ、ワカッテイル。タトエ罠ヲ全テ破壊シテモ、命アル限リ貴様ハ油断デキル相手デハナイ。──ダカラ彼女ヲ真似ルトシヨウ」

 

 何気なく。本当に何の気負いもなく。その手が伸ばされた。

 その先には不可視が解かれたティオナとルルネの姿。

 次いで、小さな声で歌が紡がれた。

 

「チィッ──!」

 

 狙いを悟ったロビンフッドが身を翻すと同時、黒雷が再度奔る。

 

「くぅぅっ……!」

 

 巻き起こされた圧倒的な爆発に身を伏して耐えるレフィーヤ。

 光と爆煙が収まり、目を開けたその先には。

 

 

「そんな!」

「……ホウ」

 

 少女達を背に、腕を広げた構えで真っ向から滅びの光を迎えたロビンフッドの姿が。

 その背後には、傷一つ無く横たわる少女達。

 全てを消し去る一撃から、ロビンフッドはその身一つで少女達を護り抜いてみせたのだ。

 

 

 ──だが、その代償はあまりにも大きかった。

 

 

 装備は焼け焦げ、隙間から覗く素肌に無事な場所は微塵も残されていない。

 虚ろな眼はもはや何の光も湛えず、中空を見据えている。

 

 崩れ落ちるように膝をついた彼の衣服から、焼け焦げた紙片が零れ落ちる。

 

「錬金術師ノ、対魔ノ呪符カ。今ノ一撃デマダ生キテイルトハ、凄マジイモノダ」

 

 無感情だった仮面の怪人から溢れる、初めて感情を露わにした言葉。

 命を賭して正義を為すロビンフッドに、仮面の怪人は明らかに心を乱されていた。

 しかし彼は、その間にも一歩一歩ロビンフッドへと近づいていく。

 

「ダガ、ソレモモウ尽キタダロウ。最期ハ、コノ手デ葬ッテヤル」

 

 

 

「させない……!」

 

 レフィーヤは気力を振り絞り自らを奮い立たせる。

 今の精神力では、もって後一撃が精一杯。

 それでも良い。ロビンフッドを、このまま見殺しにするようなことだけはあってはいけない。

 例えその矛先が自分に向けられたとしても。

 その先に、確実な死が待っていたとしても────!!

 

 しかし、レフィーヤの決死の覚悟は、思わぬ横槍によって止められる。

 

 

「待ち……やがれ……まだオレは、寝てねえぞ……」

「……意識ガ残ッテイタトハナ」

 

 震える声を振り絞るロビンフッド。

 先程まで光を失っていたその眼は、レフィーヤを強く睨み据えていた。

 まるで、命を捨てようとした彼女の無謀を咎めるように。

 

 

『黙って見てろ』

 

 

 言葉では無く、魂に語りかけるようなその眼に射竦められ、レフィーヤの動きが止まる。

 それを確認した後、ロビンフッドは仮面の怪人に眼を向けた。

 

「てめぇ、何者だ……あの女と、何を企んでやがる……!」

 

 ロビンフッドの言葉に、しばらく動きを止めた怪人は、やがて静かに口を開く。

 

「……アノ女ハ、我ガ主ト一時的ニ利害ガ一致シテイルダケダ。奴ラガ何ヲ企ンデイルカナド、興味ハナイ」

「なんだと……?」

「私ノ目的ハフタツ。我ガ主ノ大願ノ成就……ソシテ」

 

 ゾクリと。

 レフィーヤの背に悪寒が走った。

 

 

 

 

 

「オ前タチ、アンリマユ・ファミリアヲ犯シ、穢シ、貶メ、陵辱シ……アノ日見タ偽リノ輝キヲ、否定スルコトダ」

 

 

 憎悪。嫉妬。落胆。憤怒。悲哀。執着。恐怖。憐憫。怨念。苦悩。絶望。

 

 

 負の感情の濁流が、溢れ出るように。

 

 表情すら定かではない仮面の人物が、確かに笑ったのを理解した。

 

 

 

「オ前タチガ守ッテキタモノ、ソノ全テヲ壊シ尽クシテ、オ前タチノ眼前デ踏ミニジロウ。オ前タチハ正義ナドデハナク、タダノ道化ニ過ギナイト教テヤロウ。ソノ末ニ、オ前タチノ大事ナ大事ナ騎士王ヲ、私ト同ジモノニ堕トシ、嘲笑ッテヤロウ。────アァ、ソレデコソ、アノ日ノ私ハ許サレル」

 

 叩きつけるような悪意。悪意。悪意。

 

 常人では呼吸も出来ないようなその中で────

 

 

 

 

 

 

 ────狩人は、笑った。

 

 

「笑わ、せんなよ、間抜け。オレらへの……嫌がらせに、都市を滅ぼすだぁ? 出来るわけねえだろ」

 

 静かなその言葉には、しかし抑えきれない熱が籠もっていた。

 

 

「オレを殺したくらいで、調子に乗るなよ……。この都市には、ロキも、フレイヤも、ガネーシャも……他にも大勢、この地を護るために戦う奴らがいるんだ。てめぇらが何者だろうと、勝てるかよ。何よりなぁ────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「セイバーがいる」

 

 

 

 凄絶な笑みを、穏やかに緩めながら彼は言葉を重ねる。

 

「馬鹿で、間抜けで、どうしようもないポンコツだが……最後の最後には、あいつが一番強い。てめぇらじゃ、勝てねえよ」

「……言イ遺スコトハ、ソレダケカ」

「あぁ、もう十分だ。あいつのこと、オレが一番わかってるみたいに褒めてやれたからな────」

 

 

 晴れやかに笑いながら。

 彼は自らに振り落とされる手刀を見る、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────おかげで、めちゃくちゃ強いお騎士様を、召喚できた」

 

 

 

 

「■■■■■■────!!」

 

 

 ダンジョンを揺らす、狂気の咆哮。

 

 怪人が思わず振り向いた直後、鞭のように振り抜かれた食人花がその身を打ち据えた。

 

「!?」

 

 あまりにも理解が及ばない光景に動転するレフィーヤの目に、一人の男が映った。

 

 

 そしてレフィーヤは、もう一人の魔人の参戦を悟る。

 

 

 山の怒り(火山)が人の形をしていれば。

 天の怒り()が人の形をしていれば。

 地の怒り(地震)が人の形をしていれば。

 

 人の叡智が創り出した全てを無慈悲に踏み砕き叩き潰す、ありとあらゆる暴威が人の形をしていたならば。

 

 それはきっと、『彼』の形をしているのだろう。

 

 

「……言いたいことはわかる。けど、状況が状況ってのも理解できるよな?」

 

 理性なき奇襲により仮面の怪人から引き離されたロビンフッドが震える声で語りかけると、『彼』は静かに頷いた。

 

「相手は、予想以上の化けもんだ。……ひょっとしたら、ランサーと同じか、それ以上に強いかもしれねぇ」

 

 ロビンフッドから語られる最上級の危険判定に、『彼』は初めて口を開く。

 

 

 

 

 

 

「つまり、私ならば勝てるということだ」

 

 

 不敵なる宣言を果たした彼こそは日輪の英雄に並ぶ、騎士王の片腕。

 

 完璧な騎士。無双なる剣士。そして────理性無き狂戦士。

 

「さがっていろ、アーチャー。奴はこの場で潰す。────我が王のために」

 

 【湖の騎士(サー)】ランスロットの、戦いが始まる。

 

 

 

 

 

「私ヲ殺ス……? タカガレベル6ノ、オ前ガ?」

 

 食人花で殴り飛ばされた仮面の怪人は、特に痛手を受けた様子もなくユラリと立ち上がる。その怪人は、ランスロットの宣言に肩を揺らした。──まるで、愉快なジョークを聞いたように。

 

「不可能ダ。湖ノ騎士」

「ならば、試してみよう」

 

 ヴォン、と。音の壁すら突破して、食人花がしなる。

 顎を開いた毒蛇の如く怪人に迫ったソレは────

 

 

 

「無駄ダ」

 

 

 こともなげに、怪人の手に掴み取られた。

 そのまま力を込めて食人花を引く怪人に、ランスロットから苦悶の呻きが漏れる。

 

「ぬぅ……!」

「ドウシタ。コノ程度ガオ前ノ全力カ?」

『キシャァァァァァァ…………!』

 

 ギチギチと食人花の茎が異音を上げる中、ランスロットの足が一歩、二歩と前に進む。

 恐るべきことに、レベル6の冒険者が──それも最前線で戦う戦士が、純粋な力比べで遊ばれているのだ。

 

「チィ!」

 

 更に一歩引き寄せられる直前、ランスロットは手を離した。

 グラリと怪人の体勢が崩れた瞬間、彼は駆けた。

 踏み込みだけで爆風を巻き起こしながら、ランスロットは進路上の木に触れる。

 すると赤黒い葉脈のようなものが彼の手から木へと伝わり、次の瞬間、棍棒へと変じていた。

 

 

(今のは……天然武器(ネイチャーウェポン)!?)

 

 驚愕するレフィーヤの脳裏に、かつてフィンが湖の騎士を語った言葉が過ぎる。

 

『武芸百般と簡単に言うけど……オラリオでそう名乗りたいなら、彼を倒してからにすべきだろうね。ダンジョンすら使いこなす男は、彼以外見たことがない』

 

 あの時は、環境や怪物の知識を利用して戦うことを言っているのかと思っていた。だが、答えはもっとシンプルだった。

 ランスロットは、ヒトでありながら迷宮の武器庫(ランドフォーム)を使いこなすのだ!

 

 

 ヒュッ、と風を切る音と共に、たたらを踏む怪人に必中のタイミングで棍棒が振り下ろされた──!

 

 

 

 

 

「遅イ」

 

 ────つまり、それが回避されたならば。

 

 この怪人は、力だけでなく、速さにおいても湖の騎士の遥か高みにあるということだ。

 

 会心の一撃を避けられ、無防備なランスロットの横っ面に怪人の拳が突き刺さる。

 

「────ッ!!」

 

 轟音。

 十八階層全体が揺れる勢いで、怪人はランスロットを大地に叩きつけた。

 

 

 

「ランスロットさん!!」

 

 思わず悲鳴を上げるレフィーヤの肩に、安心させるように手が掛かる。振り向けば、瀕死のロビンフッドがひきつった笑みを浮かべていた。

 

「心配いりませんよっと。今ので、バーサーカーのスイッチが入った」

「え……? それってどういう──」

 

 

 

 

 

 

「■■■■■■────!!」

 

 

 

 

 

 咆哮。打撃。轟音。

 

 仮面の怪人に押さえつけられていたランスロットが、倒れた体勢からの蹴りで怪人を吹き飛ばしたのだ。

 

 

「レフィーヤはあいつの本気見るの、初めてだったか。なら教えといてあげますけどね、狂気を抑えながら戦うあいつなんざ、オレでも勝ち目がある」

 

 唖然とするレフィーヤに、傷の治療を始めたロビンフッドが訳知り顔で語る。

 

 

「────こっからが、バーサーカーの本気だ」

 

 

 

 

 

 

 枯れ木が、小石が、蔦が────その他、十八階層に存在するありとあらゆる資源が仮面の怪人を襲う。

 通常であれば目くらましにもならないそれらは、しかしランスロットが手に持った途端、明確な殺傷力を持って怪人の身を傷つけていた。

 手に持った物を己が武器とする、ランスロットの魔法の力────だけではない。

 

 

(力も……速さも……先程までとはまるで違う……!)

 

「■■■■────!!」

 

 咆哮と共に放たれた打撃が、怪人の身を掠める。

 先程までのランスロットがレベル6の上位だとすれば、今の彼はレベル7に足を踏み入れかけている。

 

(これが、狂戦士化というものか……!)

 

 仮面の中で、()()は眉をひそめる。

 誇り高き騎士が、理性も何もかも捨て去った暴力の化身となって暴れる浅ましい姿────彼女の半面が望む光景であり、もう半面はかつての希望が堕落した姿に悲哀を覚える。

 

 相反する二つの感情に裂けそうな心だが、身体はかまわずに戦闘行為を続ける。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「■■■■……ッ!?」

 

 防御に使った棍棒がへし折れ、減衰はしたものの、未だ必殺の力を残した拳がランスロットに突き刺さる。

 寸前で身を捻り、心臓を貫かんと迫ったソレを左肩で受けるランスロット。装甲が砕け、肉を抉り骨まで潰した感触が彼女の手に残る。

 

 常人ならまともに動けない激痛だろうに、ランスロットは次は己の番とばかりに手刀を彼女の首に向けたが、即座に距離を取りこれを回避。

 

 一連の攻防の中で受けた損傷を彼女が三とするならランスロットは六か七。

 勝敗の天秤は、明らかに彼女に向いていた。

 

 要因は二つ。

 

 一つは足手纏いの存在。

 回復薬が尽きたのか、瀕死の重傷を負ったまま最低限の手当てしか施されていないロビンフッドや、未だ気を失っている【大切断】達。

 無意識なのか最後に残った理性の一欠片なのか、常に彼等を背後に庇うように立ち回るランスロットは、明らかに動きに精彩を欠いていた。

 

 もう一つは更に単純な事実。

 狂化によるステイタスアップを考慮しても、彼女とランスロットの間に歴然と横たわる圧倒的なステイタスの差。

 

 であるにも関わらず、ここまで抗ってくること自体信じ難い話だ。理性無き身とは思えない、驚異的な技量と反射だが────それでもなお、この苦境は変えられない。

 

 無論、彼女とて無傷ではない。

 

 致命的とまではいかずとも、凶暴かつ精密極まりないランスロットの武技の数々は彼女に大小数えきれない傷を負わせているが……悲しいかな、()()とただのヒトに過ぎないランスロットでは、生命力に差がありすぎる。

 

 

 

「■■ッ」

 

 ガクリと。

 唐突にランスロットの膝が折れた。

 精神ではなく、肉体がダメージの限界を超えたのだ。

 彼女はすかさず追撃をかけようとし────僅かに、ほんの僅かに身を逸らした。

 

 

 

 ──結果として、彼女の首は、斬り落とされずに済んだ。

 

 

 

「ナ……!?」

 

 怪物の本能か、一瞬攻撃を躊躇った彼女の眼前を疾る光。

 それがランスロットの一撃だと気づいたのは、完全に振り抜かれた後だった。

 

 驚愕する彼女の前で、ランスロットが立ち上がる。

 片手には、暗く朽ちた湖光を湛えし魔剣。

 

 いつの間に取り出したのか、どこに隠し持っていたのか────そんな疑問を挟む間もなく、ランスロットが斬りかかる。

 

(これは……!?)

 

 あり得ざる敏捷。あり得ざる豪腕。あり得ざる剣速。

 

 ここに来て、ランスロットの力が飛躍的に増した。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 咄嗟にレヴィスが落とした剣を拾い上げ迎撃するが────

 

 

「■■■■■■────ッ!!」

 

 

 一閃。

 

 ただそれだけで、剣ごと彼女の身は深く裂かれた。

 

 

 

 

(あり得ない……! こんな姿に成り果てても、私は、奴らに届かないのか……!?)

 

 意識ごと消し飛ばしかねない一撃をなんとかこらえ、辛うじて踏み止まる。

 だが、そんな隙を見逃す湖の騎士ではない。

 

 即座に次の一歩を踏み込み。

 

「おおおおお!? ちょ! バーサーカー助けて!?」

 

 後ろから響く間抜けな声に振り向いた。

 

 そこでは、ロビンフッドの懐から宝玉から解き放たれた胎児が飛び出して、ランスロットと彼女が力比べに使った食人花に取り憑いているところだった。

 そのまま異形の女型魔獣に変貌する食人花。

 

(……ランスロットが持つ剣……精霊の気配に反応したか……)

 

 猛然と暴れだす魔獣とそれに襲われる怪我人達。深手は負ったものの、未だ脅威秘めた仮面の怪人。

 

 両者を見比べたランスロットの瞳から、急速に狂気が薄れてゆく。

 

 

 

「……勝負は、預けよう」

 

 口惜しげに呟いた彼は、今まさに命を刈り取られんとしている仲間を救う為、躊躇わずに背を向け走り出した。

 

 

 

 

「……あぁ、今は、預けるとも」

 

 先の一撃でヒビが入り、今まさに砕けた仮面を打ち捨てながら。

 エルフの少女は、赤毛の女を回収して離脱する。

 最後に一度だけ振り向き、魔獣を打ち倒さんと猛る騎士を睨みながら。

 

 

 騎士が振るう剣は、かつて彼女を救った星の聖剣によく似ていた────。

 

 

 

 

 

 そして、最後の怪物をサー・ランスロットが滅したことで、十八階層の事件は一旦の幕を下ろす。

 

 手負いになったとはいえ、危険極まりない二人の怪人を取り逃がし……しかし、誰一人死者を出すことはなく。

 

 

 その後、ティオネや結局一戦も交えることなく終わったアイズの強い希望により追撃部隊を編成。

 ロキ・アンリマユ両派閥の連合で結成されたこの部隊は、しかし重傷者を連れて行くわけにもいかず、治療に長けたリヴェリア、傷は回復させたとはいえ重傷を負ったロビンフッド、ランスロット、ティオナ、レフィーヤの計五名を除いたメンバーで深層まで進出。

 もっとも、この探索は空振りに終わる。

 

 

 

 正体不明の不気味な敵に危機感を募らせながらも、二つの派閥は結束を強めるのであった────。

 

 

 

 

 

 視点変更(はんせいかいのじかん)

 

 

 

 

 

「……」

「……」

「……」

「……」

 

 ………………。

 

 

 

 

「誰か! なんか!! 切り出しましょうよ!!!!」

 

 

 こんにちは、沈黙に耐えられなくなりました、役立たず一号ことセイバーもどきです。

 今我々は、二日酔いの私とランサーが休んでいた宿屋の部屋に役立たず四人雁首揃えて正座してます。

 この後私とランサーはフィン達と深層まで行くんですが、その前に仲間達と話し合うこともあるだろう? という今回に限ってはありがたくないフィンの気遣いにより地獄のような空間に叩き込まれています。

 

 

 重い! 空気が重い!! 耐えられない!!

 

 

 私の切実な叫びに、首から『私はバイオテロを引き起こしました』プラカードを下げるアーチャーが弱々しい声を出す。

 

「オレらみたいなカスに、喋る権利あるんスかね……」

 

 同じく『自爆テロを引き起こしました』ランサーが同意するように肯き。

 

「レベル6だ7だと馬鹿馬鹿しい……数字の数だけではしゃげるとは、随分と幸せなことだ」

 

 はしゃいでた自分がみっともない、ってことですね!? めちゃくちゃ凹んでますね!

 

 お通夜のように陰鬱な雰囲気の二人。ちょっ、口開いてますます暗くするのやめましょうよ、お願いですから!

 

 『二日酔いでゲロしかけました』私の祈り虚しく、加速度的に重くなっていく空気。

 最後の希望とばかりに我が騎士に振り向くと……。

 

「フゴーッ。フグ、フガー!」

 

 包帯で雁字搦めにされた『奥の手を使って取り逃がしました』ミイラ男が何らかの音を出していました。

 すみません、貴方の状況を忘れてましたバーサーカー。仮面の人物にボッコボコにされた状態で『無毀なる湖光』で無理やりレベルブーストで反撃、そのまま女体型魔獣と交戦して筋肉も骨もズタボロだったのでとりあえずポーションかけてグルグル巻きにしてたんでしたね。

 とりあえず口元の包帯ズラして、と。

 

 

「我が王よ……どうか私に、厳正なる裁きを」

 

 お前もかブルータス! いえセイバー違いですね私はあんなに赤くも丸くもローマでもないんですけども!

 

「奥の手として開帳を禁じられていた『無毀なる湖光(アロンダイト)』を使ったばかりか、その上で取り逃す不始末……もはや私に生きる価値はありますまい! 王よ、どうかこの身に罰を!!」

「いやだから全体的に重いんですよ貴様ら!」

 

 く、くそぅ、どいつもこいつも完全に心へし折られていますね。

 まぁ無理もないかも知れません。

 我々はサーヴァントのガワを被ってるとはいえ所詮は元一般人。英霊の力を使えるという一点のみを誇りにこの十年戦ってきたわけですし……。

 今後、あちこちに被害を出すのをわかり切っている一派を捕らえる千載一遇の機会を二度も取り逃すなど、確かに失態です。

 私とて本当に悔しい。辛い。

 

 しかぁし! こんなところでグダグダしていても時計の針は巻き戻りません! そういうのは蒼崎さんちの魔法を手に入れてからやるべきでしょう!

 

 仕方ありません、ここはファミリアの団長として、たまには優しい言葉で励ましてあげましょう!

 

 まずはアーチャー、貴様からだ!

 

 

「アーチャー、確かに我等はしくじりました。明確な敗北とまで言えるかも知れません。……ですが、手に入れたものは……護ったものは何一つありませんでしたか? 貴方の戦いで救われた命に価値は無いと?」

「セイバー……」

 

 私の言葉に顔を上げるアーチャー。

 

「誇りなさい、アーチャー。貴方は確かに、レフィーヤ達三人を救ったのです」

「…………へっ。オタクにわざわざ言われるまでもないっつーの」

 

 僅かな躊躇いの後、不敵に笑ってきました。

 うんうん、やはりロビンフッドが沈んだ顔を安売りするのは解釈違いですからね。基本的には、飄々と二枚目気取ってくれないと。

 

 どうやら少しは立ち直った様子に、一安心する私。口も軽くなるってもんです。

 

 

「まぁもっとも、エンカウントの経緯が馬鹿馬鹿しすぎるというか。なんで私達を迎えに来て身内で鬼ごっこしてるんです? 真っ直ぐこっちに着いてればそもそも最初からレフィーヤ達に同行できたのでは?」

 

「……あ゛?」

 

 お?

 

「……言ってくれるじゃねえか。そもそも、オレがあんな形でレヴィスと遭遇したのは、オタクんとこの騎士様が発狂して追いかけ回してきたからなんですけど?」

「……なに?」

 

 あ、バーサーカーの瞳に光が。

 

 

「私の記憶違いか、アーチャー? 最初に挑発してきたのは貴様だったはずだが」

「それは絶対に記憶違いだから! マジで!」

「……そうだったか? まあ些細なことだ。だが、毒まで使ったことは言い逃れできまい。貴様が撒いた毒でこの階層の冒険者に不調が出たらどうするつもりだった」

「本当にすみません冒険者の皆さん責任持って治療に当たらせて貰いますので許してくださいでも風で撒き散らしたのはオレの目の前のこの馬鹿なんです!」

「……結果としてレヴィスを倒す決め手になったわけなので、功罪相殺ということにはならないだろうか」

 

 バーサーカーの糾弾に土下座して関係各所に謝るアーチャー。

 そうなんです。鬼ごっこの時にアーチャーが仕掛けてバーサーカーがうちわで撒き散らした毒のせいで、階層全体に毒が拡がったらしいんです。

 幸い体調不良を訴える冒険者は今のところいませんが、アーチャーが居残りするのは万が一被害者が出た際のケアの為だったりもします。

 本当に何やってるんでしょうこいつら。

 

 ますますヒートアップするアーチャー(ポンコツ)バーサーカー(ポンコツ)

 

「そもそもなぁ! オタクがあんな発狂しなきゃ、オレが余計な怪我負う必要無かったと思うんですけどねぇ!? 言っときますけど、『めちゃくちゃ強いお騎士様』って書いて『めちゃくちゃ厄介なセイバーオタク』だからな読み方!!」

「ほう! 自分の力不足の責任を私になすりつけるか? 貴様が我が王のこと、自分が一番理解してる風に語った恨み忘れてはいないからな!?」

「うるせえ! アンタが前衛でオレが後衛やってりゃレヴィスだろうが仮面の怪人だろうが楽勝だったろうが!!」

「ならば言わせてもらおう! 格上と一騎討ちの状況になって体を張る後衛を誰が信用できる? 卿は逃げの一手を打つべきだった。騎士の誇りに殉じて死ぬことなど、我が王が望むと思っているのか? 私が間に合わなければ確実に死んでいただろう!」

「助けてくれてありがとね!」

「どういたしまして!」

 

 

 

 

 

 …………。

 

 うわ、こいつら気持ち悪い!

 喧嘩してる途中からなんかイチャつきだしてますよ! 

 どこに需要があると思ってるんですか、ボーイズラブってそういうことなんですか!?

 

 

 そのままギャーギャー喚き合う二人に、まあまあとランサーが仲裁に入ります。

 違いますよランサー! そいつら喧嘩よりよっぽどなんか、こう、ネチョッとしてそうななんかをやってますよ!

 

 

「落ち着け、二人とも。俺から見れば、お前達の戦いはどちらも無駄だった」

「うるせえランサー! 自分が最初から勝ってたらオレらが戦わなくて済んだとかそういう謝罪は今いらねえんスよ!」

「そうだ! 少なくとも貴様は確実に死ぬ運命だったハシャーナを救っているだろう! その事実でも誇っていろ!」

「ム……。そう、か……すまない……」

 

 

 おい貴様らランサーをその気持ち悪いノリに巻き込むのはやめろぉ!

 本気で叱られたと思って凹んでるでしょうが! 可哀想でしょうが!!

 

「そもそもオタクが売ってきた喧嘩だろうがセイバー!」

「はー!? 売ってませんが! 売ってませんが!! 元気付けようと頑張ったんですけど!?」

「完全に上げて落とすための話術でしたよねぇ!?」

 

 この男、なんて失礼な……!

 

「そもそも凹む意味がわかりませんし!? 次会った時に倒してみせますし!? 自信無い人はすっこんでて貰っていいですけど!」

「あー良いですよ!? もっとも、ノロマなオタクが倒す前にオレがやっちゃってますけどねぇ!」

「貴様、アーチャー……! 我が王、御身がお手を汚すまでもありません。この身が、必ずや討ち果たしてみせましょう」

「……俺も、喋っていいのだろうか」

 

 

 各々好き勝手なことを叫びながらそのまま何故か円陣を組む我々。

 

 

 

「エニュオぶっ潰すぞー!」

「「「「おー!!」」」」

 

 

「あ、ちょ、傷口開いた傷口開いた」

「いかん、また吐き気が……」

「……腕の骨が逝ったか……!」

「グダグダですね貴様ら!!」

 

 

 

 

 

 

 

 まあそんなことをしつつ、フィン達と合流して、深層に出発した私とランサー。

 

「カルナ……一つ聞いていいかい?」

「ム、どうしたフィン」

「……どうしてアルトリアは、真っ赤にした顔を覆いながら俯いてるんだい?」

「……難しい年頃だからな。色々あるのだろう」

 

 

 恥ずかしい……!

 なんで私はあんなポンコツどもにノせられてあんな変なノリに参加してしまったのか……!

 これはしばらく思い出してベッドの上でのたうち回るタイプの思い出……!

 

 

「アルトリア……? 大丈夫? どこか、まだ痛いの……?」

「……いえ、心配は要りません、アイズ。これは、心の痛みなのです……」

「!!」

 

 この歳でまた新たな黒歴史を作るとは……! 辛い……!

 

 

 そんな感じで終えた深層探索でした。

 

 その後、なんだかんだあって私とアイズが二人で残って、ウダイオス討伐を見守ることになったりするんですが……問題はその帰り道……。

 

 

 

「む。キミ、もっとそっちに詰めて……私の頭が落ちちゃう」

「うーん……柔らかい……良い匂い……うぅーん……」

「あの、アイズ? その少年は意識を失っているので、あんまり乱暴に押さないであげてくださいね?」

「……はぁい」

 

 

 

 私の左右の太ももにそれぞれ乗せられた、白髪の少年と金髪の少女の頭。

 

 

 

 

 

 どうしてこうなった!!!?

 




ポンコツさん達は、身内でギャーギャー罵り合ってる時が一番元気。

これで長かったソード・オラトリア篇はいったん終了。次回からは、セイバーもどきさん達が十八階層で馬鹿やってる時、地上では何が起こっていたかのターンです。
……たぶん!


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番外編④『地上の星』

時系列:原作二巻以降のどこかフワッとしたタイミング



 

 

『買い食いが、したいです……』

 

 始まりは、その一言だった。

 

 ファミリア共同財産であるソファを占拠して寝転がりながら、少女の姿をした剣士は呟いた。

 

『すれば良いじゃねえか。ってかソファ空けろ』

『アーチャーの馬鹿! むしろクラス:バーカーのサーヴァント!』

『おい、言い過ぎだぞ』

『なんでわかってくれないんですか! セイバーの見た目で買い食いとかできるわけないじゃないですか!』

『いや、原作でも冬木で似たようなことしてたろ』

『積み重ねてきたオラリオでのキャラがあるんですよ!』

 

 弓兵の至極冷静なツッコミに理不尽な答えを返し、剣士はワァッ、と泣き崩れた。

 

『買い食いがしたいです! ジャガ丸くんを買ったその場で食べたいです! 両手に焼き鳥の串持ちながら歩き回りたいです! 明らかにゲテモノな何かの丸焼きとか屋台で食べたいです!! ジャンクフードを人目はばからずに頬張りたいですぅ!!』

『チッ、仕方ねぇなぁ……。じゃあオレが今からなんか適当なもん買ってきてやりますよ』

『BARKER!! 買い食いがしたいんですってばぁ!!』

『こいつ面倒くせぇ!!』

 

 困り果てた弓兵が頼ったのは、旧知の錬金術師だった。

 

『ってわけでなんとかなりませんかねぇ。不貞腐れて外に出ようともしやがらねぇ』

『なるほど……ロールプレイ(なりきり)がからんでいる話ともなれば、我々も強くは言いづらい。承知しました。私がなんとかしましょう……』

 

 力強い、返事だった。

 

 そこから男の孤独な戦いが始まった。

 

 合法な手段などはなから眼中に無く、かといって怒られたくもないので仲間に頼ることは出来なかった。

 

『(難しかったのは)洗脳電波です。出力が強過ぎれば一般人の頭がパーになり、弱過ぎれば高位の冒険者には効きませんので……』

 

 試行錯誤の繰り返し(トライ&エラー)の中で、個人的に協力させた狂戦士の脳が十三回バーサーカー(比喩的表現)した。

 依頼は難航したが、男は諦めなかった。

 

 だが、情勢がそれを許さなかった。

 

 男による検査の結果、後一回バーサーカー(比喩的表現)すれば、狂戦士の脳がバーサーカー(比喩的表現)になることが判明した。

 

『(諦めるつもりは)無いです。ラスト一回、バーサーカーの全てを賭けます』

 

 失敗は許されない。

 男はありとあらゆる素材、手法、魔術を考慮した。

 だが、どれも及第点には程遠かった。

 いっそ、一か八か狂戦士での実験に踏み切ろうか苦悩する日々。

 

 ある日、天啓が舞い降りた。

 

 素材収集のために単身潜ったダンジョンで、()()を見つけたのだ────黄金色に輝く、三日月のようなその素材を。

 

『必要だった最後のピースが揃ったと確信しました。後はこれを接続するだけ』

 

 早速、狂戦士に試してみた。

 

『バーサーカー、少し話があるのですが……』

『どうしたキャスター。何か私に、頼みごとでもあるのか?』

『あっ、今済みました。今回はバーサーカー(比喩的表現)しなかったですね。よかったよかった。それでは失礼します』

『おい待て、貴様今の一瞬で私にナニをした。というより今回は? 今まで何度もナニかしてきたということか? おい、待てキャスター。キャスター! おい!!!!』

 

 

 五時間に及ぶ逃走劇の末、見事狂戦士から逃げ果せた男は、万感の想いを込めて頷いた。

 

 

 

『──完成です』

 

 

 

 

 ────プロジェクトX〜冒険者たち〜

 

 

 

 

 

 

 

 という苦労の末に完成したのがこの帽子型認識誤認装置──人呼んで【謎のヒロインXなりきりセット】です」

「だから長いんですよ前フリが! そのナレーション芸に味しめたんですか!?」

 

 どうも、セイバーもどきです。

 

 数日前まで買い食いしたくて堪りませんでしたけど最近はそういう欲求も落ち着いてきたので、久しぶりにダンジョンでも行こうかと準備してたらキャスターに呼び止められました。

 

 その寸劇を見せられて、私にどうしろと!?

 誰向けのナレーションだったんですか!?

 誰からインタビュー受けてる風に答えてたんですか!?

 そもそもバーサーカーの脳がバーサーカー(比喩的表現)するってなんですか!? 人の騎士に何してくれやがってるんですかこのマッドサイエンティスト!!

 というかアーチャーはアーチャーで何ヤバいやつにヤバいブツの製作依頼出してるんですか!? いや確かに発端は私のワガママですけども!!

 

 などなど、言いたいことは色々ありますが、目の前で不眠不休で作業についた証の濃い隈もなんのその、仔犬のように瞳を輝かせているキャスター(成人男性)にこういった罵倒を浴びせるのも気が咎めます。

 とりあえず差し出されたモノを受け取る私。

 

「見た目はただのヒロインXの帽子ですね……」

「ふふふ……平凡なのはその見た目だけ。是非被ってみてください。その超抜機能に度肝を抜かれること請け合いです。さぁ、ハリーハリーハリー!」

 

 キャラ変わってますよこの男……。

 

 渋々ながら帽子を被ろうとして、大事なことを思い出す私。

 

「そういえば、なんか長々とナントカ装置とか言ってましたが、具体的にこの帽子かぶれば何が出来るんです?」

「それは被ってからのお楽しみ──冗談です。刺さってます、エクスカリバー刺さってますよセイバー。こほん。その帽子は装着者の魔力を消費して、周囲の人物にとある誤認を引き起こします────そう、要するに被ってるセイバーが謎のヒロインXにしか思えなくなる洗脳電波を無差別に振り撒きます」

「やっぱヤバイやつじゃないですか!!!!」

 

 スパーン! と勢いよく帽子を床に叩きつける私。

 

 なんですか洗脳電波って!! バーサーカーが実験台になってる時点でロクなもんじゃないとは予想してましたが予想以上に酷いもんお出ししてきましたねこの野郎!!

 

「あぁ、セイバー御無体な……! 私の数日間の不眠不休の努力の結晶が……!」

 

 追撃のストンピングから身を呈して帽子を庇うキャスター。

 うずくまった体勢のまま、恨みがましそうな目を私に向けてきます。

 

「洗脳と言っても大丈夫なヤツですから……!」

「大丈夫な洗脳ってなんですか!?」

「他人に使用した時に後遺症や副作用が存在しないことはバーサーカー相手の臨床試験で確認済みです……お願いします、結構な自信作なんですよ」

 

 今度は捨てられたチワワのような目を向けてくるキャスター。

 や、やめろ! 成人男性にそんなみっともない真似されたらなんかこっちが悪いことしてる気分になるじゃないですか!!

 

「……………………本当に、周りに被害与えないんですね?」

「当然です。私の発明で、ウチの団員以外に被害出したことがありますか?」

「だから嫌なんですよ貴方の魔道具使うの!!」

 

 なんでナチュラルに我々になら被害出しても良いと思ってるんですかこいつ!?

 

 思うところはありますが、本当に嫌々ながら、帽子をかぶる私。

 ……特に、変わった感じはしませんね。

 

 もしや失敗作かと思ったところ、扉を開けてアーチャーが入ってきました。

 

「おーいそろそろ準備できたか? ダンジョン潜ろうぜ────ぜぜぜぜぜzzzzzzz」

「アーチャー!?」

 

 なんか私見た瞬間、痙攣し始めたんですけど!?

 

「仕様です。大丈夫大丈夫」

 

 絶対嘘ですよね!?

 怖い怖い怖い! なんですかコレ!?

 

「ダンジョン潜ろうぜーアサシン」

「そして普通に話し始めるんですね!」

 

 再起動して何事もなく話し始めないでください! 怖いですから本当に!!

 というか、今この男ナニ言いました?

 

「アーチャー! 誰がアサシンですか! 私セイバーなんですけど!!」

「まーた言ってんのか。はいはいセイバーセイバー。セイバー忍法使えるもんな」

「アーチャー!?」

 

 私は背後でドヤ顔をしてるキャスターを秒で締め上げました。

 

「おい! 認識誤認っていうか、なんか記憶改竄してませんか!? 昔っから私が謎のヒロインXだったみたいな接し方なんですけど!」

「落ち着いてくださいアサシン……。あれは、アーチャー含めて我々が謎のヒロインXの正体がアルトリアだと知っているから誤作動を起こしているだけです。我々以外の人間にとっては、貴方は見ず知らずの謎のヒロインXです」

「見ず知らずの謎のヒロインXってなんですか!? っていうかお前までアサシン呼び始めてるじゃないですかやだー!!」

「おいおいアサシン、どうしたってんですかそんなに声荒げて。……うん、アサシン? いや、セイバーは騎士王でアルトリアだろ? だったらセイバーのはずだろろろろろろろrrrrrrr」

「うわー! またアーチャーがバグってるじゃないですかー!!」

「大丈夫……大丈夫ですから……。とりあえずアーチャーの治療を始めます。貴方が近くにいると悪化しかねませんので、少しの間外に出ておいてください。えぇ、やりたがっていた買い食いをするチャンスですよ」

 

 ついに泡噴き始めたアーチャーの介抱を行いながら、ふざけたことを言い出すド外道。

 

 

「この状況で買い食いなんてできるわけあるかーーーー!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おばちゃん! ジャガ丸くんサワークリームオニオンと小豆を一つずつ下さい! お代はここに!」

「はいよー、毎度ありー。お嬢ちゃん見ない顔だね。観光かい? スリには気をつけるんだよ」

「ご心配どうも! セイバーッ!(挨拶)」

 

 三十分後、私はジャガ丸くんの屋台の前にいました。

 

 いや違うんですよ。

 本当は、こんな帽子即座に捨ててしまおうと思ったんですよ。

 そしたらあの狂人(キャスター)が『それ、一度かぶれば4時間は連続稼働しますので……。もし稼働中に無理やり壊そうものなら、暴走した洗脳電波がオラリオ中を汚染します』とかふざけたこと言うので、仕方なく時間を潰してるだけなんです。

 決して、なんか本当にオラリオの住人が私のこと騎士王だと認識出来てないから、今のうちに普段の羽目外そうとかは考えていません。

 この手に持つそこら辺で買った屋台の食べ物は、そう、単なる偶然です。

 ユニヴァース的運命に導かれた食べ物がたまたま私の手に収まっただけなんですモグモグムシャムシャ。

 

 しかし、アーチャーが泡噴き始めた時はとんでもないもん作りやがったなあの狂人と思ったものですが、こうしてオラリオを歩いていると、案外この帽子も悪くないように思えてきました。

 

 

 オラリオの暗黒期を戦い抜く過程の中で、私は騎士王の仮面をかぶり、民衆の前では完璧な王を演じてきました。

 それが、人々の心を奮い立たせる支えになるなら────偽りのこの身でも、生きている価値があると。そう信じて。

 

 結果、思い上がりでなければ私はオラリオでもそれなりに名の知れた英雄となり、人々から尊敬の目を向けられるような存在になりました。

 それはまぁ、決して悪いことではないんですけれど────

 

 

 

 

 めっっっっちゃ、息苦しい!!!!

 

 

 

 

 なんかこう! 完全武装ならともかく、私服で歩いてる時もちょっと距離感じるんですけど!!

 いや、別に腫れ物扱いされてるわけではないんですよ?

 何回か言ってますけど、私めちゃくちゃモテますし。

 野郎どもはともかく、女の子からキャーキャー黄色い悲鳴上げられるのは嬉しいですし。

 

 ただですね、キャーキャー騒がれるたびに彼女達の中の理想の騎士王が透けて見えるとファンサービスしたくなるというか、良い格好したくなるというかで見栄張るじゃないですか。

 そしたらますますモテるじゃないですか。

 そして更に見栄張るじゃないですか。

 

 なんかこう、凄いことになっちゃってる気がするんですよ虚構の私!!

 

 仲間たちは『ザマァ』とか『気にしすぎだろ』とか適当なこと言ってくるんですけど、童貞な上にヘタレかつ恋愛音痴だったり社会不適合者だったりスカポンタンだったり狂人なのでアテになりません。

 

 まぁ自分でやり始めたことなので全然良いですし、普段はそんなに気にしてないんですけど、たまには私人として無防備な私でいたいと思うことも事実なわけです。

 ホームでダラけてるのはその反動なのです。決して、グータラしてたらアーチャーが部屋の掃除とか食事の用意とかしてくれるからではありません。

 

 

 そんな誰に向けるわけでもない言い訳を思いつつ焼き鳥を頬張っていると、気づけばずいぶん大通りから外れてしまいました。

 ここは、ダイダロス通りに近いですね。

 今回のお忍びの目的である、買い食い行脚(あんぎゃ)にはあまり向いていない場所です。

 

 しかし踵を返そうとした私の耳に、小さな悲鳴が届きました。

 

 明らかに厄介ごとの気配。正直、何年かぶりの完全なリラックスした休日、トラブルに巻き込まれたくはないものの────

 

「……仕方ないですね」

 

 

 

 ピョン、と隣の建物の屋根まで飛び上がり、耳を澄ませる。

 

 どうも、悲鳴を上げた女の子が一人、その子を路地裏に連れ込もうとしている不逞の輩が二人、それらと争っている少年が一人いる様子。

 割と切羽詰まってそうな状況ですね。

 

 屋根伝いに騒ぎの元まで駆けつけると、ちょっ、二人組の方、武器持ち出してるじゃないですか!

 それに対峙してる男の子は……ってベルじゃないですか、ほんと面倒ごとによく巻き込まれますねあの子!!

 

 正直、相対してる二人組は冒険者崩れのゴロツキといった様子。今のベルなら軽く捻れそうな気もしますが、万が一もありますしね……。

 

 帽子を深く被り直し、私は空中に身を躍らせたのでした。

 

 

 

 視点変更(しょけいのじかん)

 

 

 

 その時の感情を、ベル・クラネルはどう言い表せばいいのかわからなかった。

 

 ダンジョン探索の合間の休養日、ホームに篭っているのも性に合わず適当に散策していると、ダイダロス通りに迷い込んでしまった。

 興味本位でウロウロと彷徨い歩いていると、たまたま酔漢二人が女性に絡んでいるのが見えた。

 思わず声を掛けると、あれよあれよという間に酔漢達が逆上し、その手に武器まで持ち出してきた。

 応戦の為に自分も構えるか、人間相手に武器を向けていいのか、僅かに逡巡した瞬間────()()は現れた。

 

 日除けのツバが付いた帽子、首元を覆う長い襟巻き、手首まですっぽり覆う見慣れない長袖の青い上着と、眩しい太ももがむき出しの極短の下衣(かい)

 

 世界中の文化が集うオラリオでもなお見慣れない装束を身に纏った少女が、ベルと酔漢たちの間にふわりと舞い降りたのだ。

 

 

「な、なんだお前は!?」

 

 突然の闖入者に驚きの声を上げる酔漢に向かって、少女はビシィッ!! と指を突きつけると高らかに叫ぶ。

 

「『な、なんだお前は!?』と聞かれたら、答えてあげるが世の情け。世界のセイバーを屠るため! セイバーのインフレを防ぐため! 赤とか黒とかセイバーを滅ぼす、宇宙でオンリーワンなセイバー!! 謎の冒険者(ヒロイン)X! ここに参上です!!!!」

 

 

 ババーン!! と謎の七色煙幕を巻き起こす少女。

 

 ぴゅー、と。ベルは寒風が吹くのを確かに感じた。

 

 そんなこちらの心情を知ってか知らずか、肩越しにこちらにサムズアップしてくる少女。

 

 

「ふふふ、少年、見ていましたよ。女性を庇うとはなかなか見所があります。得物も短くてセイバーっぽくないところと好感度高いですね!」

「あっ、どうも……」

「無用かとも思いましたが、セイバー的倫理観に従って助太刀します!」

「あっ、はい」

「では行きますよ、少年!!」

 

 返事も待たずに意気揚々と酔漢に襲い掛かる少女。

 

「舐めやがって! アンリマユ・ファミリアの騎士王ならともかくてめえみたいな小娘に負けるか!!」

 

 何かの(フラグ)が立ちそうなセリフを叫び迎え撃つ酔漢。

 

 制圧には、十秒と掛からなかった。

 

 

 

 

「アサシンと思ったうぬが不覚よ!」

 

 酔漢二名を殴り倒して決め台詞(?)を叫ぶ少女。

 晴れやかな笑顔で振り向いた彼女は、ベルにむかってサムズアップする。

 

「良い食後の運動になりました! それでは私はこれで! セイバーッ!」

「あっ、ちょっと待ってください!」

 

 謎の掛け声と共に立ち去ろうとした少女を、ベルは思わず呼び止めた。

 まるで、思わず恵まれた幸運を取りこぼさないよう手を伸ばすような必死さで。

 

「? どうしました?」

「あの、なんていうか……」

 

 キョトンと可愛らしく首を傾げる少女。

 一方のベルは、呼び止めはしたものの特に話を考えてはいなかったらしく、必死に頭を振り絞った挙句、さっきから気になっていたことを叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きょ、今日はいつもと雰囲気違いますね────アルトリアさん!」

 

 

 

 

 

 

 

「え、ちょ、え? ベル、私が誰かわかる感じですか?」

「え? 誰もも何も……アルトリアさんですよね? あ、その、いつもと服装が違ってて、雰囲気違うのもなんだか素敵というか──!」

「え? つまりさっきから私が『なんだかんだ〜』とか、『セイバー忍法・タタミウォール!』とか、『セイバーッ!』とか叫んでたのも全部私に見えてた感じですか?」

「は、はい。どうかしたんですか……?」

 

 

 謎の質問をしてくるアルトリアに、疑問符を浮かべながらも幸せそうなベル。

 一方のアルトリアは、茫然とした表情を浮かべた後────その顔が、みるみる赤く染まっていく。

 

 

 

「…………わ」

「わ?」

「忘れなさい!!!!」

「ぶぐはぁ!?」

 

 最後にベルが見たものは、白く美しいアルトリアの美脚が音を置き去りにして迫ってくる天国と地獄が合わさったような光景であり────誰かに運ばれてホームの前で目覚めた時には、今日一日の記憶が消し飛んでいた。

 

 

 

 

 

 視点変更(オチのじかん)

 

 

 

「キャスターこの野郎!! 何が自信作ですか! とんだ欠陥品じゃないですかこの帽子!」

「おやアサシンではなかったセイバー、おかえりなさい……。帰って早々、随分なご挨拶ではありませんか……」

「そりゃそうもなりますよ! ベルに全然効かなかったおかげで、大恥かくところでした! もう返します! ここ、置いときますからね!」

「効かなかった……? どういうことですセイバー、その辺詳しく……」

「どうもこうも言葉通りですよ! もう今日は私お風呂入って寝ますから! ほっといてください!!」

「セイバー……あぁ、行ってしまった。しかしこの短時間で故障とは、やはりアルトリウムなんて未解明のエネルギーを使ったことが原因でしょうか……?」

 

 

 

 

「おや……正常に作動していますね。では何故、ベル・クラネルには効かなかったのでしょう? ? ???」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【謎のヒロインXなりきりセット】

・装着者の精神力(マインド)を使用して、アンリマユ・ファミリアのセイバーを謎のヒロインXなる怪人物だと誤認させる洗脳電波を放つ。

・誰が使おうと効果を発揮するが、注意すべき点は装着者を謎のヒロインXに変身させるわけではなく、あくまでセイバーへの他者の認識を変えるだけである。ちなみにセイバー自身も徐々に謎のヒロインXっぽくなっていく。スキルとか、宝具とか。

・その素材には、キャスターが偶然見つけたアルトリウム*1が使われているとの噂。

・認識改変系魔道具としては、人類史上最高クラスの逸品。完全に才能の無駄遣いである。

・キャスターも把握していないが、この洗脳電波に抵抗するにはレベルや対魔力ではなく、セイバーに対する認識・感情の強さが問われる。が、ユニヴァース案件のエネルギーに抵抗する困難はマスター諸氏も知る通りである。

・効果への疑問がセイバーより呈されたため、キャスターの七大兵器*2の一つとして封印された。

 

・アルトリウムを除いた製作費用は、依頼主のアーチャー宛の領収書で切られている。アーチャーは憤死した。

*1
謎多き夢のクリーンエネルギー。聖剣の乱発による大気汚染が発生の原因に関与しているだとか。

*2
それ一つでアンリマユ・ファミリアを七度滅ぼすとされる最悪の禁忌兵器群。現在十八個目。




お久しぶりです。
待望?のアサシン登場です。
前から考えてたネタの消費がてら、文章書くリハビリに番外編やっちゃいました。本編進めろやという声が聞こえてきそうです。
本編の方もポチポチ書いていきますので、のんびりお付き合い頂ければ幸いです。

ちなみに、番外編(ネタ枠)や外伝(シリアス…?)枠は、時系列がフワッとしてるだけで本編の合間や過去に実際に発生したイベントです。
超・外伝や超・番外編はパラレルワールドとか劇場版的なアレなので、本編には一切関与しません。


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第13話①(原作二巻開始)

良い感じに区切れなかったので、分割しました。
残りも早いうちに仕上げて投稿します…!


「トロ臭いんだよ、役立たず(サポーター)が!」

 

 物思いに囚われていた心が、頭の鈍い痛みで引き戻される。

 目の前には怒りで顔を歪めた猪人と犬人、そしてヒューマンの冒険者が。

 

「とっとと歩けや、グズが」

「テメェのせいでモンスターどもに囲まれてみろ、わかってんだろうな…?」

 

 浴びせられる罵倒に、彼女は小さく頭を下げて詫びる。もっとも、確かに考え事はしていたが、この三人組はそれに気づいていた訳ではないだろう。

 彼らは単に、思うように増えない今日の収穫への苛立ちを、彼女に向けただけだ。

 フン、と鼻を鳴らして顔を背けた彼ら。自分から絡んでおいて、役立たず(サポーター)を罵倒する時間さえ惜しいと言わんばかりだ。

 

 なんて傲慢。

 なんて理不尽。

 そしてなんて────()()に比べて人間らしいことだろう!

 

 弱者を弱者というだけで唾棄する、ヒトらしい腐った言動! ヒトらしい身勝手な思想!

 

 腸が煮えくりかえるほど腹立たしいが────ヒトの心も分からない、どこぞの王よりはよほどマシだ。

 

 

 ニンマリと笑みを浮かべる彼女の視界で、霧が不自然に揺らめいた。

 大きな影が、そこかしこから集まりつつある。

 

 目の前の冒険者は気づいていない。

 無理もない。彼らはこの階層をナメている。

 

 何度も探索した階層だと。

 何度も生還した脅威だと。

 

 ──だから、苛立ちに任せて多少警戒を疎かにしても、気にならない。

 

 愚かなことだ。

 愉快なことだ。

 ここはダンジョン。気を抜いた間抜けな獲物をいつだって待ちわびている。

 

 笑みを浮かべたまま、少しずつ、少しずつ距離を取る彼女の前で、霧の揺らめきが激しくなる。

 異変に気付いた冒険者達が身構えるがもう遅い。

 霧の中から現れた巨躯は、真っ直ぐ獲物に襲いかかる。

 

 

 

 

 ────ダンジョンに、哀れな叫びが木霊した。

 

 

 

 

 その日、ベル・クラネルは随分と浮かれていた。

 

 ギルドでも人気の受付嬢、エイナ・チュールと私的なお買い物。まぁ目的はベルの貧弱な装備のアップグレードのためと、色気とは程遠いが買い物には違いない。

 時間と場所を決めて待ち合わせて、私服のエイナを褒めて、手を引かれながらショッピング。

 田舎育ちのベルでもわかる。これは、紛れもなくデート────

 

(違う違う違う! エイナさんは優しいから、僕をみかねただけだから! そもそも僕にはアルトリアさんが……!)

 

 バシィッ! と自分の頬を叩いて浮かれた気を追い払う。

 思い浮かべるのは金糸の髪の麗しい少女。冷たい目で、失望したようにベルを見下ろしている。

 もちろん妄想だが、邪念は打ち払えた。隣でエイナがドン引きしているが、たぶん気のせいだろう。

 そんな一幕も挟みつつ、無事に買い物を終えたベルは結局ウキウキと弾む心を抑えられなかった。

 もちろんそれは、新しい装備に浮き足立つ気持ちもあるが──

 

「アルトリアさんと、お揃い……!」

 

 ──憧れの少女と、同じファミリアの装備を使えることが嬉しかったのだ。

 都市最強の一角と言われる超一流ファミリア。当然、使っている装備もそれに相応しい逸品だろう。

 となれば、ヘファイストス・ファミリアの装備の可能性が高いはずだ。

 もちろん【神様のナイフ】もヘファイストス製ではあるのだが、あちらは敬愛する女神からの贈り物という側面が強い。

 自分の手で掴んだモノということに、意味があるのだ。

 

 しかし、そんなベルの気持ちに水を差すような言葉がかかる。

 

「え? いや、ベル君、アンリマユ・ファミリアの装備はヘファイストス製じゃないよ?」

「え…………ええええ!!? そうなんですかエイナさん!?」

 

 何の気もなしに投げかけられた言葉に、大袈裟なほど驚愕するベル。

 そのリアクションに戸惑いつつ、エイナは応える。

 

「う、うん。確かアンリマユ・ファミリアって、ちょっとした雑貨以外は、装備からポーションなんかの消耗品までほとんど全部自給自足で(まかな)ってるんだって」

「全部……!?」

 

 本当だとすれば、とんでもない話だ。

 

 今日聞いた発展アビリティの話が確かなら、第一級冒険者の使用に耐え得る高ランクの装備や消耗品には、それだけ高いランクのアビリティが必要なはず。だからこそ、オラリオには数多くの鍛治系ファミリアや医療系ファミリアなど、専門化が成されているのだろう。

 それを全て単独のファミリアが補えれば、なるほど確かに余計な出費は抑えられるだろうし、有事の際には自分のファミリアなのだから、最優先でアイテムを回すことも出来るだろう。

 理想的な運営と言えるかもしれない。

 

 補えれば、の話だが。

 

「そんなこと、出来るんですか!?」

「うん、確かに難しいよね。例えば、ヘファイストス・ファミリアの職人達は自分達でダンジョンに潜って素材を手に入れたり、武器の使い心地を確かめたり、武闘派の人が多いよ? でもそれもあくまで鍛治の範囲。ポーションや他の魔道具に手は回ってないし、回すつもりもないだろうね。他にも派閥内に鍛治師や職人を抱えてる探索系ファミリアもあるけど、あくまで応急要員って場合がほとんどかな。やっぱり、ファミリアの総力で生産系をやっている所とは、質が違いすぎるんだって」

 

 それはそうだろう。

 数は力だ。

 多くの職人や学者が知恵と技術を出し合い、競い合い、高め合い、そしてそれらを後進が受け継いで更に磨き上げてこそ技術は向上していく。

 もちろん、偉大な天才がただ一人で革新的な進歩を導くことはあるだろう。

 だが、それはあくまで一分野での話。

 どんな天才だろうと、全ての分野で人々の研鑽の歴史を上回るはずがない。

 

 もしも仮に、上回れたとしたらそれは────

 

「【五大元素使い(アベレージ・ワン)】。彼くらいじゃないかな、そんなこと出来るのは」

 

 あるいは、偉大なる騎士王や半神の英雄が迷宮で命運尽き、時の流れに忘れ去られることもあるだろう。

 だが、彼は違う。

 彼がもたらした様々な魔道具や霊薬は、たとえ彼が死した後でも多くの冒険者達のみならず、遍く人々を助け、繁栄の礎として残り続ける。

 

 ただ一人でオラリオの歴史を進めた、偉大なる錬金術師。

 

 それこそが、アンリマユ・ファミリアに所属する魔道具製作者(アイテム・メーカー)なのだ。

 

 

「……凄い人達なんですね、本当に」

 

 戦いだけではなく、創造においてもヒトの歴史に名を残すファミリア。改めて、かの派閥の偉大さを実感するベル。

 そして当然、それらを率いる騎士王の威光も。

 

 しかし、目指す道のりの長さに、思わず遠い目を浮かべた彼の頬をエイナがギュッと挟んだ。

「ひゃい!?」とすっとんきょうな声を上げるベルの目を覗き込むように、彼女は顔を近づけた。

 

「こ〜ら。目標を高く持つのは良いことだけど、君の場合はまず目の前の一歩から。その為に今日もお買い物に来たんでしょ?」

「ははははははいぃ!!?」

「うん、わかればよろしい!」

 

 思わぬ急接近にドキドキと高鳴る胸を押さえながらうずくまるベルを微笑ましく眺めながら、エイナは少しだけ意地悪な笑顔を浮かべた。

 

「あー、でも残念だなー」

「?」

「せっかくおめかししてきたのに、ベルくん、他の女の子のこと考えちゃうんだー。お姉さん悲しいなー」

「!?」

「私、そんなに魅力ないのかなー、泣いちゃいそうだなー」

「そそそそ、そんなことないです!?」

 

 ベルは慌てて立ち上がると、顔を真っ赤にして言い募る。

 

「エイナさんはとっても綺麗です! 今日だって、会った時から今までずっとドキドキしてました! いつもと雰囲気違うのもすごく新鮮だったし! なんだか良い匂いがして、緊張していっぱいいっぱいだったっていうか!!」

「ちょ、ベルくんストップストーップ!」

「むご!? ふぐぐぐぅ!?」

 

 凄まじい勢いで話し始めた少年の口を慌てて塞ぐ十九歳。

 想像以上のリアクションに、むしろ彼女の方こそ照れてしまいハーフエルフの特徴たる耳まで真っ赤だ。

 ベルも自分が何を口走ったのか気付き、赤面する。

 

 お互い顔を真っ赤にしながら、チラチラと相手の顔をうかがうこと少し、なんとか平静を装ったエイナが咳払いをする。

 

「そ、それじゃあ、目的も果たせたし、そろそろ帰ろっか!?」

「ひょ、ひょうですね、エイナさん!!」

 

 訂正。二人とも全く落ち着きを取り戻せないまま、真っ赤な顔でギクシャクと帰路についたのだった。

 

 ちなみに、それを見ていた周りの冒険者達が、

 

「見せつけてんじゃねえよ、ペッ」

「イチャイチャしやがって、ペッ」

「羨ましいんだよクソガキ、ペッ」

「あの坊や俺色に染めてぇ、ウッ」

 

 など、暗い情念が渦巻いていたのは関係のない話である。

 

 

 

 

 そしてエイナと別れた、バベルからの帰り道。

 

 ベルはエイナから聞いた話を思い返していた。

 

 冒険者が扱うポーション作製から、ダイダロス通りの住民達への無償に近い奉仕まで行う錬金術師の話。

 人に尽くすことこそが喜びとでも言うようなその活躍は、ベルに一人の少女を思い出させるのに十分だった。

 

(その人のこと理解できれば、アルトリアさんのことももっとわかるのかな……?)

 

 緑衣の弓兵に託された、彼女を救ってくれという願い。

 

 ベルはそれを、一日たりとも忘れたことはない。

 

 もしパラケルススという男が、アルトリアと同じく正しさの体現者ならば────彼を通じて、彼女を救う方法を思いつくかもしれない。

 

(……と言っても、実際に話したこともない人だし、ちょっと先走って考えすぎだよ僕──うわっ!?)

 

 考え事をしていたベルの目の前で、小さな影が豪快にコケた。

 どうもベルの足につまずいたようだ。

 

「ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか!?」

 

 兎にも角にも、目の前で倒れた相手を無視するのはベル・クラネルのやり方ではない。

 少年は、目の前で倒れている小さな人物にそっと手を差し伸ばし────

 

 

「見つけたぞ、そこか!!」

 

 響き渡る、大音量の怒声。

 思わずベルが身を竦めると、肩を怒らせた犬人の冒険者が近づいてきた。

 

「おいこらガキ! そこの小人族(パルゥム)を渡しやがれ!!」

「はい!?」

「お助けください冒険者様! 私はその悪漢に追われているのです!」

「へぇ!?」

 

 ベルの身体越しに小人族を捕まえようとする冒険者と、ベルの背中をグイグイ押して壁にしようとする小人族。

 混乱に叩き込まれてる間にも両者の距離は縮まり、冒険者の手が乱暴に小人族に掴みかかる。

 

 ──パシン、と乾いた音が鳴った。

 

 祖父の教えと自らの信条に基づき、ベルはその手を叩き落としてしまったのだ。

 

「……この、クソガキども!」

「うわっ」

 

 逆上した冒険者が拳を固める。

 ベルも、戸惑いながらも臨戦態勢を取り──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──子供二人と大人一人。状況はわかりませんが……こうするのが、早そうですね」

 

 

 

 

 ──突風が、吹き荒れた。

 

「のぉおおおおおおおおお!!?」

「えぇ!?」

 

 悲鳴を上げながら竜巻に運ばれていく冒険者。

 ベルは、呆気に取られながら見送るしか出来なかった。

 

「……あぁ、良く飛ぶ。この分なら明日も晴れですね」

 

 そんな呑気な声に振り向くと、長い黒髪を靡かせた女性────と見紛う端正な容姿の青年がいた。

 ベルは知っている。あの日────弓兵の血を吐くような懺悔を聞いたあの夜に、彼らと共に【豊穣の女主人】を訪れていた、彼女の仲間の一人。

 今日まさにエイナから話を聞いた、薬学という世界の開拓者とでも言うべき一人。

 偉大なる錬金術師。

 

 

 

 

 ────名を、ヴァン・ホーエンハイム・パラケルスス。

 

 

 

「はじめまして、勇敢な少年────どうか、私と友達になってくれませんか?」




みんな大好き?キャスターもどき
この裏でセイバーやランサー達はゲロゲロしてます


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第13話②

全国百億万のリリファンの皆さんに怒られそうですが、②の投稿です。
たぶん、④まででポンコツも書けるはず……!


 ダンジョンに潜ると、いつも同じ声が頭に響く。

 

『──よくも、私の前に顔を出せたものだ』

 

 それは力と意志に満ちた、強き言葉。

 

『貴様の不出来で苦しむのが貴様だけならば、まだ容認できよう』

 

 それは正しさと冷たさしか持たない、刃のような言葉。

 

『だが他者を巻き込む弱さは──もはや、罪深くさえある』

 

 ああ、なんて正しい言葉だろう! なんて公平な言葉だろう!!

 

『この聖剣を振るわぬことをせめてもの慈悲と知れ──()く消え失せよ』

 

 ────そしてなんて、残酷な言葉だろう。

 

 

 

 

 

「リリ、どうかした?」

「っ……なんでもありません、ベル様!」

 

 ベルの声に、サポーターの少女──リリルカ・アーデはニッコリと笑顔を浮かべる。

 ベルは笑みを浮かべる彼女に釈然としないものを感じながらも、それ以上の追及はやめておいた。彼女とは今回が初仕事だし、あまり踏み込んだ話も良くないだろう。

 それに、彼女の仕事ぶりは素晴らしいものがある。

 魔石やドロップアイテムを引き受けてくれる人がいるだけで、探索がこうも捗るとは想像だにしていなかった。

 働きに文句がない以上、これ以上言うのは文句になりかねない。ならばせめて、と最後に一つだけ言っておく。

 

「そう? ペースがキツかったら言ってね。休憩挟むから!」

「いえいえ。リリ達サポーターの為に冒険者様が探索の手を緩めるなんて、本末転倒です。どうぞ、ベル様はお気になさらず攻略を進めてください」

「そんなこと……」

「あるのです。どうぞ、リリのことはお気になさらず!」

 

 強い口調で押し切られ、ベルも頷いてしまった。

 

 うーん、とベルは内心で唸る。

 彼女の働きぶりには文句はないが、昨日からのドタバタにはやや理解が追いついていないところがある。

 

 エイナとデートをしたかと思えば冒険者と小人族の少女のトラブルに巻き込まれ、すわ乱闘騒ぎかというところを通りすがりの錬金術師に助けられた。

 そしてその次の日には、昨日の少女に良く似た雰囲気の犬人の少女に声をかけられ、セクハラ紛いの耳タッチのお詫びとしてサポーターとして雇っている。我ながら、なかなかのイベント発生数だとベルも思う。

 

 ──そう。そして、件の錬金術師がまた濃かった。

 

 いきなり現れて冒険者を吹き飛ばしたかと思えば、見ず知らずの相手(ベルは知っている相手だったが)にいきなり『友達になってくれませんか』だ。

 思わぬ質問に動転している間に小人族の少女は消えていて、パラケルススはパラケルススで『おや、何かお急ぎの用でもあったのでしょうか……? 仕方ありません、また次の機会にお話しできることを、楽しみにしていますよ』と意味深に微笑んだ後にどこぞに立ち去ってしまった。自由(フリーダム)過ぎる。

 話をしてみたいと思っていた相手が、まさかその日の内に現れることは想像していなかった。

 

 

「アルトリアさんのこと、聞いてみたかったな……」

 

 知らず、後悔の念が溢れていた。

 すると、それまで黙々とモンスターの魔石や素材を収集していたリリが何気なく話しかけてくる。

 

「アルトリアさん? まさかあの、【アンリマユ・ファミリア】のアルトリア・ペンドラゴン様のことですか? ベル様は、あの方とお知り合いなのでしょうか?」

「え? う、うん。いや、知り合いってほどでもないんだけど……あの人達に、二回も助けられたんだ」

 

 一度目は、無謀な進出の代償を払わされかけた時に救われた。

 運命に出会ったのだと確信した。

 

 二度目は、自暴自棄になり投げ捨てようとしていた命を拾われた。

 人生に使命を与えてもらった。

 

 照れ臭そうに。恥ずかしそうに。

 しかし、秘密の宝物を自慢するかのように、どこか誇らしげに。

 ベルは語る。

 

「物語の英雄達みたいに、強くて、格好良くて、綺麗で……輝いていた。もし誰もを救う正義の味方がいるんだったら、きっとあの人達のことなんだろうなって、そう思うんだ」

 

 純真な子供のように語るベルを、リリはニコニコと微笑ましげに見守る。

 

「えぇ。えぇ。そうですとも! ベル様の仰る通り、あの方達こそ正義の味方です。あの方達の道は常に正しくて、輝いています!」

「そうだよね!」

 

 同意を得られたことが嬉しくて、ベルも相好を崩した。

 リリもまた、笑顔を浮かべたまま続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ですが────誰をも救ってくれる英雄(ヒーロー)では、ないと思いますよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 失敗した。間違った。こんな筈ではなかった。

 

 ダンジョン探索を終え、ベルと別れたリリルカ・アーデは(ほぞ)を噛む。

 

 いつも通り、甘ったれで、スキが多そうで、放っておくだけでも早死にしそうな新米に目を付けたところまでは良かった。

 サポーターにあそこまで偏見も悪意も無く、一度の仕事で信頼されたのは初めてのことだ。すこぶる調子が良かった、とさえ言える。

 後は適当に仕事を重ねてスキを窺うなり、懐に入り込んで信頼を深めるなりどうとでもやりようがあったものを……輝かしい正義の味方様(アルトリア・ペンドラゴン)の名前を出されて、頭に血が上ってしまった。

 

 大人気ない否定をした後、明らかにベルはこちらを訝しんでいた。

 リリはリリで、もはやこれまで、とスキを突いて値打ち物のヘファイストス製ナイフを掻っ払ってしまった。今頃気付いて大慌てしているだろう。

 

 おまけに持ち込んだノームの鑑定屋にはガラクタ扱いされ、骨折り損のくたびれ儲けとはこのことだ。

 ヘファイストスの銘柄が刻まれた鞘もあれば、再鑑定の価値もあるかも知れないが……果たして、あの少年が再びリリのことを受け入れてくれるだろうか。と言うより、リリとしても出来れば近づきたくないというのが本音だ。

 

 どうしたものかと路地裏で悩んでいると────不意に、空気の変化に気付いた。

 

(寒い……!)

 

 比喩ではなく、明確に周囲の気温が下がっている。

 

 床石や建物の壁は霜が張り付き、リリに向かって氷の侵食が進んでいく。

 視線を上げ、冷気の元を辿り────彼女の表情が、歪んだ。

 

 

 

 

「あぁ、昨日も会いましたね、お嬢さん────申し訳ありませんが、そのナイフを渡して頂けますか?」

 

 不自然なほどに人通りの無い路地裏で、静かに佇む長身の美青年。

 その口元には穏やかな笑みが浮かんでいるが、リリにはそれが何よりも恐ろしかった。

 

「……生憎ですが、これは私のナイフです。名高きアンリマユ・ファミリアのパラケルスス様が追い剥ぎの真似事なんて、似合いませんよ?」

「……そう、ですか。それは、困りました……」

 

 本当に悩んでいるように沈痛な表情を浮かべるパラケルスス。

 そのまま、何気なく手を上げると────

 

 

「!!?!?」

 

 

 一瞬の空白。

 

 リリの天地が高速で回転し、気づけば天を仰いでいた。

 

 混乱する頭が過去の経験を遡り、何らかの強い衝撃で吹き飛ばされたのだろう、と判断する。

 その割にはどこにも痛みが無いのは、怪我をさせる価値すらないという侮りか。

 とにかく、逃げなければ。

 駆け出そうとして気づく。いつの間にか、パラケルススが黒いナイフを手で弄んでいる。

 

(〜〜っ!!)

 

 仕方ない。アレは、どうしようもない。

 あんな化け物から獲物を取り戻すなんて真似、リリには出来るわけがない。

 そもそも彼女は、生きてこの場から離脱できるかもわからないのだから。

 

 

 ──もういっそ、諦めてしまおうか。

 

 

 不意に、そんな暗い情念が湧き上がる。

 

 ──もう、疲れた。嫌だ。意味もないし……全部、投げ出してしまいたい。

 

 目の前の男が、幕を下ろしてくれるというならそれはそれで有りかも知れない。

 リリの脚から力が抜け────

 

 

 

 

「逃げて! リリ!!」

 

 

 

 思わぬ救いの手が、現れた。

 

 

 

(え、これは、一体、え? なんで、ベル様……!?)

「リリ、走って、早く!!」

 

 つむじ風を伴って、白い少年がリリとパラケルススの間に立ちはだかる。

 

 ギルド支給の貧弱な短刀一つを手に、みっともないくらい震えてる身体を無理やり押しとどめて。

 

 けれど、その声だけは────リリを護るという、強い決意に満ち溢れていた。

 

「なんなんですか、貴方は……アンリマユ・ファミリアが、アルトリアさんの仲間が、正義の味方なのに、どうしてこんなことを!!」

「……いけません、ベル様! 逃げて! 彼らに逆らっちゃダメです!」

 

 そうだ、疑問は後回しだ。

 この少年を、一刻も早くこの場から遠ざけなくてはいけない。

 自分(リリ)は良い。自分はもう、諦めている。足掻いてきたけれど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 だから、もう良い。

 

 けれど、この少年は違う。

 一日一緒にいただけで分かる。

 この少年は才能に溢れていて、希望に満ちていて、無限の未来が広がっている。

 何よりこの少年は────

 

「リリなんかの為に、アンリマユ・ファミリアに歯向かってはいけません!!」

「『なんか』なんかじゃない!!」

 

 叫びに、それ以上の怒声で返された。

 

「一緒にダンジョンに潜って、戦って、生きて還ってきて……! そんな子を、『なんか』なんて言って、見捨てられるもんか!!」

「そんな、理由で……!」

 

 少年の、想像以上の愚かしさに気が遠くなる。

 ダメだ、なんとかしないと、でもどうやって……!

 

 グルグルと思考が空回りするリリ。

 不意に、パチ、パチ、パチ、と乾いた音が響いた。

 

「あぁ、素晴らしい。やはり、貴方は良いですね……ベル・クラネル」

 

 パラケルススが、小さく拍手をしながらベルを称える。

 彼は、そのまま一つ頷くとゆっくりと歩み寄ってきた。

 

 

「申し訳ありません。些細な行き違いから、酷く怯えさせてしまったようです……。これは、せめてもの謝罪です」

 

 無造作にベルの間合いに入り込むと、空いている手に液体の詰まった瓶を握らせる。

 そのまま脇を通り過ぎながら、彼は続ける。

 

「もしそこの少女が怪我をしていたら、これを使ってください。私が作った霊薬(エリクサー)です……あぁ、そうだ。一つだけ忠告を……」

「待っ……!?」

 

 ベルが振り向いた時には、その姿は消えていた。

 呆然とする彼の耳に、風が声を運ぶ。

 

 

 

 

 

 

『────我等を正義の味方等と、盲信しない方が良い』

 

 

 

 

 

 

 静寂を取り戻した路地裏。

 ベルとリリの間に気まずい空気が流れる。

 

 何故パラケルススとリリが争っていたのか?

 行き違いとは何なのか?

 どうしてあそこまで必死にベルを逃そうとしたのか?

 

 ベルが質問したいのはこの辺りだろうか、とリリはぼんやりと考える。

 一番目は答えられるわけがない。ベルのナイフを盗んだからパラケルススが現れたのは明白だ。盗みの告白なんてする気力が今は残っていない。

 二番目はリリが聞きたいくらいだ。審判の日だと覚悟していたのに、何故か見逃された。()()()()()()()()()

 三番目も同様、答えられない。冷静になると、何故自分があんなに必死だったのか訳が分からない。恐らく惨めでみっともない理由なのだろうが────今の彼女の内に、その答えは存在しなかった。少なくとも、彼女の心の中の、見える範囲には。

 

 とは言えずっと黙っている訳にもいかず、仕方なしにリリが口を開くと。

 

「あーーーーっ!!」

 

 ベルが、不意に叫んだ。

 そのまま駆け出した彼は、路上で何かを拾って戻ってくる。

 

「良かった! 無くしたから探してたんだ! やっぱり落としてたのか……!」

 

 その手には、パラケルススがリリから奪った黒のナイフ。

 少年が『ごめんなさい神様、もう二度となくしません……!』と誓うと、紫紺の輝きを取り戻した。

 

 大方、パラケルススが立ち去る時に見えるところに置いていったのだろう。

 

 どこかわざとらしくナイフを見つけた喜びを語る少年に空々しさを感じながら、リリは目を閉じる。

 

 

 

 

(もうリリには……裁く価値すら、ないということでしょうか……?)

 

 答えをくれる者は、どこにもいない。

 

 

 

 




どこぞのポンコツどものせいで、原作とは別方向で拗らせリリ
そして読み返すと都市伝説の怪人みたいになってるキャスター。どうしてこうなった


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第13話③

作中で出てくる本に関しては特に深い意味はなく、意外なところで意外な人と繋がってるもんだなーと思ったから出しただけなので某大預言者が追加要員として出てくるとかは無いです。


 ──パラケルススとの騒動から数日後。

 

「ええと、それでは、ベル様。リリはこれで」

「えと、あぁ、うん。ま、また明日ね! リリ!」

 

 

 ベルとリリは未だに契約を結んでいた。

 

 気まずい空気の後、立ち去ろうとしたリリをベルが強く引き留めたのだ。

 彼はそのまま強く拝み倒し、リリとの探索がいかに有意義だったか、自分にとってプラスになったか、どれだけ自分がリリを必要としているかを強く語った。

 正直、かなり気恥ずかしかったが────そうでもしないと、目の前の少女がどこかに消えてしまいそうで、不安だったのだ。

 

 ベルの必死さに面食らいながらも、リリが了承してくれた時は嬉しかった……が、あの時の微妙な空気を、未だに二人は引きずっていた。

 

 

「あ、いえ、その……実は、明日は用事があって……出来れば、お休みが頂けると……」

「あっ、そうなんだ! ええっと、じゃあ、折角だし、二日くらいお休みにしようか……?」

「そうですね! ベル様もこのところ潜りっぱなしでしたし、しっかりとお身体を休めることも必要かと!」

 

 なんだかぎこちない別れを告げ、帰路につくベル。

 

 

(……ダメだなぁこんなんじゃ。僕がしっかりしないと)

 

 自分から誘ったのだ。いつまでも気まずいままではいられない。

 早急に何らかの対策を取るべきだ。

 

 それに、ベルの中で消化出来ていない問題は他にもある。

 

 エイナから聞いた、生き急ぐようなソーマ・ファミリアの冒険者達の様子。

 ファミリアの仲間達と上手くいっていないらしい、リリの心配。

 そして何より────

 

 

 

(パラケルススさんのことを、ロビンさんに相談出来ればなぁ……)

 

 あの日、何故パラケルススがリリを襲った(?)のか、結局リリから確かな答えは聞けなかった。

 気にはなったが、明らかに踏み込んで欲しくなさそうなリリにそれ以上問い詰めることは出来なかったのだ。

 ならば直接アンリマユ・ファミリアのホームに乗り込むかとチラッと考えたところ、思考を読んだようにリリに『それはするな』と釘を刺されてしまった。

 実際のところ、仮にベルが乗り込んだとしても門前払いに合っていたと思うが。

 

 最終手段として、最近知り合った緑衣の弓兵に相談に乗ってもらおうと思ったのだが、ここ数日は彼が普段うろついている酒場を覗いても姿がなく、エイナに確認したところ、数日前から同じ派閥の仲間と共にダンジョンに潜ったままだそうだ。

 

 心の中にモヤモヤとしたものを抱えたままオラリオを歩き……ふと、シルに今日の分のバスケットを返していないことに気づいた。

 

(そう言えば、今日は神様もいないんだっけ……)

 

 何やら『うおおお! 夜勤なんて聞いてないよヘファイストスー! ベルくんとの甘い夜が〜! ボクの唯一の癒しが〜!』という叫びを思い出して、とある考えが思いつく。

 

(久しぶりに……シルさんのところで、ご飯食べようかな)

 

 

 

 

「なるほど……つまり、ベルさんは、小さな女の子が好みということですね?」

「なんでそんな話になるんですかシルさん!?」

 

 あまりに酷い解釈に、思わず悲鳴を上げるベル。

 シルはそんな少年のリアクションを満足そうに眺めた後、ペロっと小さく舌を出す。

 

「ごめんなさい、ベルさんの元気が無かったから、励ましたくて……」

「からかいたかっただけですよね!?」

「…………。えへっ⭐︎」

 

【豊穣の女主人亭】で食事を取りながら、ここ最近の悩みをシルに打ち明けたところ(パラケルススやリリの具体的な話は省いた)、返ってきた答えがこれである。

 ヘナヘナと脱力しつつ、しかしシルの可愛さに全部許してしまうチョロいベルであった。

 

「そうですねー。私は冒険者さん達のトラブルや、派閥同士のトラブルにはあまり口を出せませんけど……気分転換なら、良い方法知ってますよ!」

「え、なんですか!?」

「ずばり、読書です!」

 

 バーン、と手に持つ真っ白で、表紙や背表紙に何も書かれていない本を掲げるシル。

 

「冒険者の方が忘れていった本だと思うんですけど……同業の方が読んでる本なら、ベルさんの良い刺激になるんじゃないでしょうか?」

「確かに……でも、良いんですか? 持ち主が現れたら……」

「うーん、置いてから何日か経ってますけど誰も現れませんし、何よりミア母さんがこの本を置いてるのに難色を示していて……だから、ベルさんが預かってくれるなら私も助かります!」

 

 そういうことなら、良い、のだろうか……?

 

 とりあえず受け取って、パラパラとページをめくるベル。

 シルの『あっ』という声が聞こえた気もしたが、好奇心が勝った。

 

(えぇっとタイトルは、中に書いてる……【二人はカレイド!〜プリズマ⭐︎コーズ〜】? 聞いたことのない題名だな……。あ、あらすじが書いてる。ひょんなことから神器(アーティファクト)を手に入れた女の子が、赤い冒険者に無茶振りをされながらモンスターを退治したり、もう一人の神器保有者の少女とぶつかったりしながら絆を深めていく……うん、なんだか面白そう!)

「シルさん、じゃあこの本お借りしますね!」

 

 読んだことのないジャンルの本に興味を覚えて、やや上向きの気持ちと共に顔を上げると、微妙な表情のシルと目が合った。

 

「あっ……すみません、食事中に本を開くなんて、行儀悪いですよね」

「い、いえ……そういう訳では……あー、ベルさんがお喜びなら、大丈夫です!」

 

 その後シルはミアに怒鳴られて給仕に戻り、ベルもベルで睨みを利かされたため、速やかに食事を終えてそそくさと退店した。

 

 

 

「ただいま戻りました〜ってそうだ、今日は神様いないんだった……」

 

 一人きりの教会地下に戻り、ベルは借りた本を開く。

 可愛らしい女の子達が主要人物だから、どこかほのぼのとした物語かと思っていた。が、なかなかどうして。確かにほのぼのとした場面(あとちょっとエッチな場面)はあるが、メインテーマは中々に骨太だ。

 純粋で健気な主人公や周りの人々との交流の中でもう一人の少女の心を溶かし、共に最大の敵を倒したシーンでは思わず拳を握り締めてしまった。

 

 

 

「ん〜っ、面白かった……。シルさんに感謝しなきゃ」

 

 気づけば、夜通し読みふけってしまっていた。

 外に目をやれば、夜が明けかかっている。徹夜で読書をするなんて、いつ以来だろう。

 

 確かに良い気分転換になった。これを渡してくれた少女に感謝の気持ちを覚えつつ、最終ページの作者後書きに目を通し────ピシッ、と固まった。

 

 

「著者:ヴァン・ホーエンハイム・パラケルスス……!?」

 

 まさかの不意打ちである。

 アンリマユ・ファミリアが娯楽小説の出版にまで手を出しているとは聞いていなかった。

 

 あまりの衝撃のフリーズからなんとか立ち直り、ベルはふぅ、とため息をつく。

 シルには申し訳ないが、せっかく切り替えた心が一気に現実に引き戻された気分だった。

 

「『我等を正義の味方などと盲信しない方が良い』って、どういうことなんだろう……」

 

 

 ベルにとって、アンリマユ・ファミリア────アルトリア・ペンドラゴンこそ正義の象徴だ。

 だが、彼女の仲間であり、伝聞だけなら彼女に近いのではないかとさえ思っていたパラケルススは、ベルの仲間であるリリを襲い、さらには自分達を貶めるような言葉を残して消えた。

 

 

 これは言葉通り、パラケルススが悪党なのか……いや、ならば彼を見逃しているアルトリアまで悪になってしまう……それはありえない……なら、リリが────。

 

 

「違う!! 僕は、あの子のことをそんな目で見てなんか……!」

 

 思わず声を荒げかけた。

 

 ダメだ、寝不足で思考がまとまらない。

 

 寝台に深く身を沈めながら想う。

 

 あるいは────

 

 

「それこそが、アルトリアさんを理解することに繋がるのかな……」

 

 

 

 

 

 

 

「……そうですね。それもまた、良いかも知れません」

 

 一人のはずの室内に響く声──

 

         咄嗟にナイフを手に取り反転──

 

   ──長い黒髪の男

 

             こちらに伸びる手──

 

 

「パラケ──」

「おやすみなさい」

 

 瞬間、ベルの意識は暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

(ここは……)

 

 

 波間に揺蕩うような感覚。見回せば、白い霧の中を漂う身体。

 ベルは自分が夢の中にいると気づいた。

 

 なんだろう、先ほど、とてつもなく恐ろしい(ホラーな)体験をしたような気がするのだが、よく思い出せない。

 

(い、今寒気がした……! このことを考えるのはやめておこう……)

 

 何故か悪寒がする思考を打ち切り、夢の中でふわふわと浮かぶベルの前に、ぼんやりとした白い人影が現れる。

 

『こんにちは、ベル・クラネル。気分はどうですか?』

(貴方は……?)

『私は貴方の友人────そうですね、【P】とでも名乗っておきましょうか』

(P……さん……?)

 

 あぁ、そう言えば、そんな友達もいた気がする……。

 

『えぇ、そうですよ。私は貴方が魔法を覚えるお手伝いをさせて頂いた、ただのお友達です』

(魔法……そうだ、僕は、炎が……)

 

 確かに、彼とは先ほどまでたくさん話した。

 自分にとっての魔法とは何か、魔法に何を求めるか、魔法で何を為したいか──彼と、長いようで短い話をしたではないか。

 

(ごめん……なさい……僕、すっかり……忘れちゃってて……)

『いいえ、良いのです。魔導書のインストールには負担が掛かるもの。記憶野の負荷を取り除いたのは私なのですから』

(……?)

 

 彼が何を言っているかは分からない。

 だが、彼が言うことなのだから、きっと良いことなのだろう。

 だって、彼はベルの【お友達】なのだから……。

 

『おや、何やら思ったより暗示が深く掛かっていますね……? おかしい、精神耐性は強い方と思っていたのですが……まさか憧憬関連でだけ発動するのでしょうか……』

(……?)

 

 彼が何を言っているかは分からない。

 だが、彼が言うことなのだから、きっと良いことなのだろう。

 だって、彼はベルの【お友達】なのだから……。

 

 その後も彼の独り言は続く。

 

『おや、これ私、セイバーやアーチャーに怒られる奴ですかひょっとして……?』

 

 セイバー……その名前は知っている。

 ()()のことを、彼女の仲間達はそう呼ぶのだ。

 

(アルトリアさん……)

『……そうです。今日はセイバーのことで、貴方をお呼びしました』

(誰かが……アルトリアさんを……正義の味方じゃないって……)

『……えぇ。貴方は、セイバーのことを無欠の正義の味方と思っている……違いますか?』

 

 声が、問うてくる。

 答えは決まっている。彼女こそ、光だ。

 

(そう──)

 

 

 

 

『■■なぁ、■■■は止めた■て聞いちゃ■■ねえんだ。こっち■■持ちなんてお構いなしに■■■■』

 

 

 

 世界に、ノイズが走った。

 

 

 

『オレたちじ■■■■んだ。ああ、■■■まで付き合う覚悟は■■てるさ。でもな、本当にどうしようもない■■が来た時、オレたちじゃ一緒に沈んでやる■■しかできねえ。わかるんだ!』

 

 

 

 どこかで聞いた、言葉が響く。

 

 

 

『それが■■かはわからねえ! 本当に来るのかもわから■■! でもあいつを救うには、きっと■■誰かが必要になる!』

 

 

 

 血を吐くような、願いを聞いた。

 

 

 

『だから、なぁ、頼むよベ■・クラネル……お前があ■■を想っているなら、あいつに少しでも恩を感じているなら!』

 

 

 

 捧げるような、祈りを聞いた。

 

 

 

『お前が、あいつの英雄になってやってくれ!!』

 

 

 

 それは、少女の救済を願う、一人の男の咆哮だった。

 

 

 

(違う……)

『おや?』

(僕は、知ってるんだ……あの人がいつか……立ち上がれなくなる日のことを……救ってくれと……約束したんだ……!)

 

 世界の霧が晴れる。果たすべき誓いが胸に火を灯す。

 

(……最初から、わかっていたんだ。僕は、彼女を見なきゃいけなかったんだ。周りの人全員が彼女を正しいと言っても、僕だけは、僕の目で見たことを信じなきゃいけなかったんだ……!)

 

 そうだ、わかりきっていたはずなのだ──ベル・クラネルに、彼女を──アンリマユ・ファミリアを【盲信】することは許されない。

 

 かつて騎士王が愛した、一人の少年の末路をベルは知っている。

 同じ道を歩もうとする、少女の姿を知っている。

 そして────いずれ来る破滅を知りながら、騎士王に付き従う者達の覚悟と祈りを、ベル・クラネルは知っているのだ。

 

 ならば、彼が取るべき道は決まっている。

 

 誰もが讃え、敬うアルトリアの歩みを────それでも、その道は間違っていると。貴方が悲しい結末を迎えることはおかしいと。彼女を否定する何者かにならねばならない。

 

 そうでなくては、どうして彼女を救えるというのか──!!

 

 

 

 

 完全に霧が晴れた世界で、ベルは見た。

 

 自分のお友達を名乗った白い人影────パラケルススの姿を。

 

 彼は穏やかに微笑む。

 

 不思議なことに、ベルはその時初めて彼の本当の笑みを見たような気がした。

 

 彼への不信が全て拭えたわけではない……だが、ベルはもう一度、真実を見つめ直し、アルトリアにも────リリとも向き合うと決めたのだ。

 

 恐らく、この青年はロビンフッドから何かを聞いていたのだろう。

 

 そして、ベルを見極めようとしたのだろう。

 

 こうして姿を晒してくれたということは、少しは認めてもらえたということだろうか。

 

 

(だから……任せてください。皆さんの願いは──)

 

 ──僕が、絶対に形にしてみせます。

 

 

 その誓いと共に、

 

 

 

『あぁ────安心した』

 

 

 

 鋭い痛みと共に、ベルの意識は再び暗転した。

 

 

 

 

 

 

「──くん、ベル君、起きなよ。こんなとこで寝てると、風邪ひいちゃうぜ?」

「んっ、んんん……あれ、かみさま?」

 

 主神であるヘスティアに穏やかに揺り起こされ、ベルはテーブルから身を起こした。

 

「ひゃれ? ぽく、ぱらけるすすさんが……」

「ぱるるるるる? なんだいそれ、早口言葉?」

 

 なんだろう、何を言おうとしていたのか忘れた。

 

 目を擦って眠気を覚まそうとし。

 

「あいたっ!」

 

 額から、鈍い痛みが走る。

 

「あーあーこんなに大きなコブ作っちゃって……さては、慣れない読書で寝ちゃって、テーブルに頭をぶつけたね? まったく、かわいいなぁ君は!」

「そう……なんでしょうか?」

 

 読書。そう、読書を自分はしていたのだ。

 目の前に広がりっぱなしの本を手に取り、しかし首を傾げた。

 

「『化粧品とジャム論』著者、ノストラダムス……?」

 

 こんなタイトルだったろうか? 中身は……料理本?

 わからない、何も思い出せない。

 

「その分だと、今日はダンジョンには行ってないみたいだね。いやー、ボクもさ、夜勤の後に急な欠勤のヘルプで丸一日働き詰めさ。おかげでもう夕方だよ!」

 

 ブラック企業はんたーい! とよくわからないことを叫ぶ女神は可愛らしいが、その発言には聞き捨てならないところがある。

 

「夕方!? もう夕方なんですか……!?」

「そうだよ? いや、正確にはもう夜かな?」

 

 おかしい、なんとなく明け方に起きていた記憶があるのに!

 

 頭に疑問符を浮かべるベルを不思議そうに眺めながら、ヘスティアは寝台をポンポンと叩く。

 

「さ、そんなことよりベルくん! ステイタス更新をしよう!」

「え、でも神様、仕事明けで疲れてるんじゃ……」

「だからこそ、君と触れ合いたいゲフンゲフン。おいおいベルくん、ボクは、自分がいくら疲れてても主神としての役目を放棄するような女神じゃないぜ?」

「神様……!」

 

 なんて優しいのだろう、心なしか後光も見える。

 

「それじゃあお願いします……!」

「任せてくれ! ハァ、ハァ、一日分の疲れを発散させてもらうよベルくん、ジュルリ」

 

 なんだろう、後半はよく聞こえなかったが、神様も嬉しそうだからまぁいいか。

 

 そしてステイタス更新が終わり────

 

 

 

「ベルくん! 魔法発現キタ────!!」

「ええ!! 本当ですか神様!?」

 

 ヘスティア・ファミリアのホームに、仲が良い主神と眷属の歓喜の叫びが木霊するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────時は少し遡り、ヘスティアが帰還する少し前。

 

 

 黄昏に包まれた路地裏を、音を立てずに進む人影があった。

 

 彼こそはヴァン・ホーエンハイム・パラケルスス。オラリオに名高き錬金術師。

 いつもは霊薬を詰めている荷車に、今日は少し毛色の違う荷物を載せていた。

 

 穏やかに寝息を立てる、白髪の少年だ。

 

 いくら人通りの少ない路地裏とはいえ、そんなものを載せていれば目立ちそうなものだが、何故か周辺には人っ子一人もいない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 目的地までもう少し、と荷車を引く手に力を込めた彼は、しかしその足を止めざるを得なかった。

 

 

「こんにちは、パラケルスス。いいえ、もうこんばんは、かしら?」

「あぁ、これはこれは……どうなさいました、フレイヤ様?」

 

 都市最大派閥の長たる女神フレイヤと、その腹心にして都市最強──の一人、オッタル。

 

 間違いなく、オラリオで最も影響力のある主従が立ち塞がったのだ。

 

 

「貴方ほどの賢者が、そんなに白々しい演技なんてどうかと思うわ」

「困りました……全て、お見通しでしたか」

 

 言葉とは裏腹の、あまりにも落ち着き払った態度。

 思わず額に青筋を浮かべた武人が前に出ようとするも、女神が視線一つで制する。

 

()()、貴方の仕業よね? 大したものね。人払いの結界なんて、いつの間に開発していたの?」

「職業柄、手札は多く隠し持っているものでして……。それに扱いが難しくて、私以外には使えませんし、神々や第一級冒険者には看破されますので使い所も難しい」

「ふぅん、そうなの? いいえ、でもやっぱり大したものよ? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 押し留められていた殺意が、物理的な重みすら伴ってパラケルススに襲いかかる。

 

 そして、それでもなお、錬金術師は表情一つ変えなかった。

 

 それを見て、フレイヤは口を尖らせる。

 

 

「あぁ、好みの色ではないけれど、貴方もやはり勇士なのね────そんなに怯えているのに、私に偽の魔導書を掴ませるなんて、普通出来ないもの?」

 

 

 初めて、パラケルススの表情が歪む。

 神を謀るという大罪。

 女神直々の審判に、さしもの大賢者すら遂に仮面が砕けたか、と女神は微笑む。

 

 

「質問に答えなさい。どうしてあんなことをしたのかしら?」

 

 そう。事の発端は錬金術師の嘘。

 

 ベルに目をつけたフレイヤは、彼の成長に必要なものとして魔法に目をつけた。

 そこで彼女は、都市最高の魔道具製作者である目の前の男に以前から依頼していた魔導書の納品を命じた。

 それが手元に届いたのが数日前。

 彼女は配下に命じてベルの手が届くだろう場所に配置させ──とある理由により、それがただの娯楽小説であることに気づいた。

 この時点で事情を聞いたオッタルは怒り狂っていたのだが、ことはそれだけに留まらない。

 

 放っていた配下の者が言うには、錬金術師がヘスティア・ファミリアのホームから女神のお気に入り(ベル・クラネル)を拉致したとのこと。

 

 

 報告を聞いたフレイヤは、怒るでもなく、叫ぶでもなく──ただ、静かに微笑んだ。

 

 

 そしてオッタルを呼びつけ、キャメロットから這い出た薄汚い詐欺師を今まさに断罪しようとしているところだ。

 

「答えは慎重に選んで良いわよ? もし納得のいく答えでなければ、ダンジョンから戻った可愛らしい騎士王は、瓦礫になった白亜の城を見ることになるでしょうね」

 

 アルトリアの悲しむ顔は見たくないわよね? と女神はうそぶく。

 

 これに対しパラケルススは、少しの沈黙の末に、小さな声で囁いた。

 

 

 

 

 

「────全ては、我が神の企て」

 

 

 

 

 

 その時のフレイヤの表情を、なんと呼べば良いのだろう。

 

 幸いなことに、目の前の錬金術師は頭を垂れており、傍の従者は油断ならない強敵を相手に全神経を注いでいたため、誰の目にも留まることはなかったが。

 

 

「──続けて?」

 

 フレイヤは笑う。

 自分があの忌々しい神の掌の上で踊っていることを自覚しながら。

 

「御身に捧げる書をすり替えたるは我が主神。御身が書を委ねた相手を見定めしも我が主神。そしてその少年に力を与えることを命じたのもまた、我が主神でございます、麗しき女神よ……」

 

 フレイヤの神としての感覚が囁く。

 目の前のこの男は、何一つ嘘をついていない。とても、女神を謀った大悪人とは思えない。

 それどころか、フレイヤと対面した時からずっと恐怖と後悔の念を抱いていた。

 初めは、フレイヤやオッタルの怒りを買ったことを恐れているのかと思っていたが──違う。これは、もっと大きなもの──そう。まるで運命の大河に抗うかのような、悲壮な覚悟だ。

 

 

「……えぇ。とても満足のいく答えよ、パラケルスス」

 

 

 初めから、違和感は覚えていた。

 

 パラケルススは、善良な男だ。

 彼の行いは全て、オラリオの住人の幸福を願ってのもの。

 あまりに無私を貫く在り方は時に諍いの種となり、多くの既得権益との争いを生んだものの……今回の快楽目的にしか見えない悪事は、あまりに彼のイメージとかけ離れていた。

 

 だが、蓋を開けてみればどうだ。

 あまりにわかりやすい答えがあるではないか。

 

「ねぇ、パラケルスス。アンリマユは、私に何か言っていたんじゃないかしら?」

 

 半ば確信を持った質問。

 であるならば、答えもまた確信通りであった。

 

「『ロキもフレイヤも好きにすれば良い。ここは女神達の箱庭なんだから。オレも勝手にやらせてもらう』」

 

 

 

 

「うふ、くすくす、フッ、は、はは……アハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」

 

 

 あぁ、おかしい。

 

 これはいけないだろう。美の女神である自分が、はしたなくも腹を抱えて大笑いをするなんて。

 あぁ、でもオッタルは見惚れてる。なら、この姿もまた美しさ(わたし)なのかしら。

 

 

 涙すら流しながらの笑いが収まった後、未だに頭を垂れるパラケルススに、美の女神らしい慈愛の笑みを向ける。

 

「その子は、魔法が使えるようになっているのね?」

「間違いなく」

「なら良いわ。今回は、見逃してあげましょう」

 

 少年に力を授けたのがあの悪神という事実に思うところが無いわけではないが……まぁ、今回はフレイヤの望みと重なっていた。ならば、これを口実に騒ぐのはあまり美しくない。

 

 それにどうも、かの悪神はこの都市全体での遊戯を望んでいるようだ。

 ロキがきな臭い事件に首を突っ込んでいることは知っているが、その事件の黒幕が彼なのか────あるいは、黒幕すら嘲笑いながら、遊戯そのものをひっくり返す機を伺っているのか。

 

 真意は不明だが、初めてあの神が明確にこちらを誘ってきたのだ。

 

 乗らねば女神の名折れというものだろう。

 

 フレイヤは海よりも深い慈愛の心で今回の件を水に流すことに決めた。

 ……とは言え。

 

 

「ねぇ、パラケルスス。たとえどんな理由があれ、神を謀るなんてあまりにも罪深いと思わないかしら?」

「……我が身に叶うことでしたら、なんなりとお申し付けください」

「殊勝ね。嫌いじゃないわ……そうね、近い内に一度、貴方の知識を頼ることになると思うわ。その時はよろしくね?」

「……心得ました」

 

 錬金術師にはしっかりと釘を刺し、その背を見送った。

 

「ねぇ、オッタル」

「ハッ」

「カルナとの再戦だけど、意外と近いかも知れないわね?」

「……ハッ」

 

 歓喜の震えを隠せない愛らしい従者を愛でつつ、女神は笑う。

 

 

 

 

 あぁ、これだから下界は愉しいのだ────!

 




悪神(笑)「ぶええっくしょん!!」

これでシリアスパートは終了。次回からは夕鶴が大好き、ポンコツパートです
なお、作中で非道な洗脳実験のような描写がありますが、アンリマユ・ファミリアでは副作用・後遺症無しのオーガニックなカウンセリングしか行われておりません。


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第13話④

(´・ω・`)お久しぶりです。


 〆切が……〆切が近い……!!

 

 開幕早々焦りで顔面蒼白、パラケルススもどきことキャスターです。

 現在私はレベル5冒険者の腕が腱鞘炎になりそうな勢いで筆を走らせ、魔導書を執筆しています。

 机の上には万能薬や回復薬、気付け薬に眠気覚ましと様々な銘柄の空き瓶。そして額や肩、首、肘などいたるところに冷湿布を貼りながらのデスマーチ。

 ダンジョン探索に赴いたセイバーはじめ他の面々程ではないとは言え、二日酔いの頭にコレは効く。

 

 

 ──そもそも何故こんな修羅場った状況かと言うと、ことの始まりは数時間前にまで遡ります。

 

 一巻完結飲み会の翌早朝にセイバーとランサーが出掛けるのを見送り、アーチャーとバーサーカーに財布を託した後、さぁもう一眠りするかと寝台を目指していた私は胃液と一緒に魂も吐き出したような間抜け顔のアヴェンジャーとリビングで鉢合わせました。

 余りに哀れだったので二日酔いに効く薬でも調合してあげようかと声を掛けたところ、怪訝な顔をするアヴェンジャー。

 

『それはありがたいんですけどねぇ。キャスターさぁ、こないだフレイヤ様に魔導書せっつかれてなかったか?』

『!?』

『あ、忘れてたって顔してやんのー! 知らねえぞー、フレイヤ様怒らせたらどんな目に遭うかわかったもんじゃねえぞー』

 

 イッヒッヒッ、と意地悪く笑う敬愛する主神には酔い覚まし用の水のエレメンタルシャワーをブチかまし、即座に工房にダッシュ。

 本棚をひっくり返してお目当ての本を開くとまぁものの見事に白紙。

『クソ!!』してる時の某新世界の神のようなリアクションで頭を抱える脳裏には、一ヶ月ほど前の女神からの依頼。

 

 

『ねぇパラケルスス? 前からお願いしていた魔導書、そろそろ納品してもらえる? 近い内に必要になりそうな予感があるの』

 

 

 面倒極まりないこの依頼を受けたのは、二年前。

 ランサーとオッタルによる決闘の被害損失を到底埋められず、夜逃げの準備を始めていた我々にもたらされたフレイヤ・ファミリアからの救済案。

 原作世界においても魔導書の価値は高かったものの、この世界においては我等が敬愛する騎士王(ポンコツ)の手により幾つかの貴重な魔道具や魔導書が破壊されています。恐らく女神フレイヤの手に渡るはずだった魔導書もその時失われたのでしょう。

 フレイヤ・ファミリアほどの巨大組織ならば幾つかのストックはありそうな気もしますが、そこは戦争遊戯に勝利しながら借金を背負った我等に便宜を図ってくれたのでしょうか。

 

 とにかく、私が魔導書作成を引き受けたことによりなんとか首の皮が繋がったのが二年前。

 作成に取り掛かり最初こそ真面目にやっていたものの、なんか途中で飽きてきて必要な素材や儀式の準備の名目で忘れかけてたのが昨日まで。

 納品〆切として提示されているのが明日というデスマーチ。

 

 

 ──術式とそれを書き込む魔術用インクや紙の準備は一年前に終了済み……! 後は最後まで書き切れば私の勝ちです……!

 

 

 正直、ダンまち世界で賢者と呼ばれるような人々がどうやって魔導書を作成してるかは知りません。こっちで師匠もいませんし。

 ですが、この身(パラケルスス)に存在するTYPE-MOON世界の魔術とこちらの世界の神秘溢れる素材、そしてフワッとしたダンまち世界の賢者たちの伝説をなんとなく紐解いたフィーリング手法はかつて一冊の魔導書を仕上げるに至りました(ライダーに勝手に読まれましたが)。

 

 

 ──今こそあの時の奇跡よ宿れ我が右腕!!

 

 腕が千切れんばかりの勢いでペンを走らせるのです私よ!!

 

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

 

 

 

「ふおおおおあああああああ!!」

 

 

 

 

「あっ、タンマです──腕が攣りまし……」

 

 

 

 

「死ぬ……死んでしまいます……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かゆ……うま……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハッ!?」

 

 気づけば夜は明け、リビングで目を覚ましました。

 

「魔導書は……良かった。ちゃんと完成させていましたか……」

 

 そして腕の中には確かな神秘を秘めた紙の束。

 目を通せばその魔力は失われてしまうので、文章を読むような真似はしませんが。

 寝落ちしながらも仕事をやり遂げた昨夜の自分を称えつつ、工房に戻る私。

 

「流石にこのまま渡すのは余りに不恰好というもの、装丁くらいはこしらえなければ……」

 

 幸い、製本の経験はそれなりにあります。

 

 私の工房に置いてある本棚に並ぶのはこちらの世界に来たばかりの頃、なんとか楽に金儲けができないかと探っていた時期に書いた娯楽小説達。物理保護用に一冊一冊私が魔術で強度を上げた無駄に妖しいオーラ溢れる手書きの品。

 Fateシリーズを含む数々の作品を記憶を頼りにかなり正確に再現したものですが、『盗作で金儲けはアウトじゃね?』という至極真っ当な意見により販売は中止されてしまいました。

 今では昔を懐かしむためにファミリアの同胞達が勝手に持ち出す程度ですが、その頃買った製本用の道具はまだ残っています。

 

 ページを揃えて、表紙と合わせて……よし、完成です。

 

 白い装丁をまとい、なんかそれっぽくなった魔導書に満足した私の背後で、工房の扉が勝手に開けられました。

 

「おーキャスター、仕事終わったぁ? お前さん、夏休みの宿題は最終日にやってたタイプだろ〜?」

「アヴェンジャー……貴方に言われると、何故か釈然としませんね……」

 

 ゲラゲラと笑う主神に少し眉をひそめつつ、私は入れ違いに工房を出ます。

 

「あん? どっか行くのか?」

「フレイヤ様へ魔導書を届けなくては……申し訳ありませんが、貴方に構っている暇はありません」

 

 まず一時間でも仮眠を取らなければ……流石に倒れます。その後は風呂に入って身支度を整えてフレイヤ・ファミリアに向かいましょう。

 

 あぁ、疲れた……まぁ今頃セイバーやランサーがレヴィスを倒している頃でしょう。 今後楽になるなら、今くらい頑張らなくては……。

 フラフラと工房を出た私は、寝室に向けて歩き出しました────。

 

 

 

 

 

 

 

「行っちまった。小説版プリヤ返しに来たんだが、まぁその辺に置いときゃいいか……」

 

 

 

 

 

 

 

 ────時は少し流れ、バベルのとある一室。

 

 贅を極めたような、それでいて下品さを感じさせない絶妙な調和が取れたそこで、私は恭しく跪きながら、一冊の書物を差し出していました。

 

「女神フレイヤよ……どうぞお納めください……」

「ちゃんと持ってきてくれて嬉しいわ、パラケルスス。なんの音沙汰もないから、ひょっとして忘れられてしまったのかしらと思ってたのよ?」

「ふっ……お戯れを……」

 

 もし今日来なければオッタルに取りに行かせるところだったわ、などと恐ろしいことを仰る女神に曖昧な笑みで返します。

 まぁ実際に忘れていたわけですが、私は『お戯れを』と言っただけで嘘はついていないのでセーフでしょう……。

 

 とは言えこれ以上ここにいて下手なことを言おうものなら、今も女神の側に控えている偉丈夫に何されるかわかったものではありませんので、早々に退室するとしましょう。

 タイマンでオッタルと殴り合えるのはウチのファミリアでもランサーか狂化中のバーサーカーくらいなものです。さわらぬ猪に祟りなし……。あっ、今不意にもの◯け姫見たくなりました……。

 

「それでは、依頼は果たしたということで……。私はこれで失礼します」

「えぇ、ありがとうパラケルスス」

 

 不意に目の前の女神が、あぁそうそう、と思い出したように口を開きます。

 

「先日現れた食人花のモンスターだけど、あの後何か進展はあったのかしら?」

「……いえ、我々もあの後忙しかったもので。フレイヤ様にお伝えできるような新しい情報は何も」

 

 嘘ではありません。飲み会の準備で忙しかったですし。原作知識は()()()、新しく得た情報ではありませんので。

 

「あらそうなの? そういえば、アルトリアとカルナが二人でダンジョンに出掛けたらしいけど、これは関係しているのかしら?」

「……さて、あの二人がどういう話の流れで迷宮に潜ったのか、私は聞いておりませんので、なんとも……」

 

 嘘ではありません。惰眠を貪るのに忙しかったですし。あのグータラセイバーを口下手なランサーがどうやって動かしたのか興味はありますが。まぁセイバーはランサーに甘いので、その辺でしょうけど。

 

 ……と言うか、やたら根掘り葉掘り聞いてきますねフレイヤ様。

 正直、ランサーやアヴェンジャーならともかく我々は神に嘘つけないのであんまり長話したくないのですが……。

 コレは完全に我らの私欲ですが、原作知識が流出することで、未来の英雄候補(ベル・クラネル)にどんな悪影響が出るかわかったものじゃありませんし。

 

 ……一応ソード・オラトリアの事件の対抗策は色々動き始めてはいるので、許して欲しいのですが……。

 

 

 

 とは言え今のフレイヤ様の目はネズミを甚振る猫のように好奇心と嗜虐の光に輝いておられる。一体ナニがここまで彼女の興味を引いたのか…………あっ、そういえば。

 

 

「──念のため申し上げておきますと、ランサーとの契約に関して、我々は御身を疑ったことなど一度もございませんので」

 

 二年前の戦争遊戯、あれでランサーはフレイヤ様から怪物祭の治安を勝ち取りました。

 その上で今回の事件が起きたことで、自分が我々に疑われてると思っているのではないでしょうか。

 誇り高い彼女のことです。万が一にもそんな屈辱が無いよう、私にカマを掛けているのかも。

 

 

 

「……今の言葉に嘘は無いようね。良かったわ。万が一にもそんな疑いをかけられたら、私、少し怒ってしまっていたかも」

 

 私の言葉に美しき女神は、ほんの少し驚きを顔に浮かべた後、穏やかな笑みを浮かべました。

 

 

 ──あぁ、適当な思いつきでしたが、どうやら正解だったのでは? まったく、ランサーやアヴェンジャーの迂闊さのせいで私が尋問にあっているとは良い迷惑でs

 

 

 

 

「でも、どうして貴方達は怪物祭で事件が起きると思ったのかしら? ずっと気になっていたのよねぇ」

 

 やっべ。迂闊なのは私でした。

 

 イランこと言いました。完全に藪蛇突きました。どうしましょうコレ。助けてダ・ヴィンチちゃん。

 

 

 落ち着くのです、私。IQ53万の天才錬金術師ボディを信じなさい。はい深呼吸、ひっひっふー。

 ほぉら、良い感じの答えが浮かんできました。この場を乗り切る最適な答えは……!

 

 

「……失礼ながら、御身は自由奔放なる女神の象徴とも言えるお方。ランサーが懇意にしている神ガネーシャの祭りはただでさえトラブルの種を孕んでいる。彼が万全を期したいと思うのも、致し方ないことでしょう──暴力という手段に訴えたのは、残念ではありますが」

 

 えぇ、本当に残念(なランサー)としか言えませんよねあの事件。

 セイバーほどではありませんが、寿命縮む想いでしたからね本当に。私本来なら後衛なのに、四つ子とガチバトルやらされましたからね一人で。

 

「冒険者なのに力で解決を図ろうとするのは嫌なの? 貴方らしい優しい答えね、パラケルスス」

 

 クス、と笑う女神様。性欲が薄い私ですら思わず見惚れてしまう美しい微笑みです。

 そして言ってることも正しい。毎回毎回、思いついた最新医療をいの一番に仲間に受けさせてあげる私は優しさの塊と言えるでしょう。

 

「では心優しい錬金術師に改めて質問するわ。貴方達は──貴方は、あの事件が起きるのを知らなかったのね?」

「断言します。あの一件は、全く予期せぬ出来事でした」

 

 逆に、ベル・クラネルが食人花とエンカウントするとか予想できた人いたら教えてくださいよ。

 

 

 そんな想いを込めて女神の視線を真っ向から受け止めること数秒。

 フレイヤ様は小さく笑い、視線を緩めてくれました。

 

「そんなに怖い顔をしないで。こう見えても貴方達のことはそれなりに認めてるのよ?」

「──お戯れも、程々に願います」

 

 私は速やかに踵を返します。

 これ以上ここにいたら余計なことまでポロポロ話しそうですし。オッタルなんか凄い目でこっち見てますし。

 

 

 ──あぁ、しかし肝が冷えました。

 

 やっぱりフレイヤ・ファミリアとはあまり関わりたくありませんね、恐ろしいので。

 今後何か用事がある時は、セイバーかランサーにお願いしましょう。

 

 まぁ私が何かやらかした場合、隠蔽のために私が頑張ることになるでしょうけど、まさかそんなこと早々起きないでしょうし、しばらくはのんびり過ごしますか、アッハッハ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま戻りました」

「おーおかえりキャスター。なぁ、オレがお前の工房に置いてったプリヤの小説どこに置いたん? なんかこの、似たような白い本しか置いてなかったけど」

「……? 私は知りませんよ。ライダーが持っていったのでは────────お待ちを。アヴェンジャー、その、手に持っているものは……?」

「あん? だから、プリヤの代わりにお前の工房で見つけた本だって。なんか厳重な魔術掛けてるっぽいから中身はまだ読んでねーけど」

「……………………………お」

「お?」

 

 

 

「おおぅ……………」

 

 

 

 

 

 やっべ。やらかしました。




心優しい錬金術師()はこの数日後に③の事件を引き起こします。


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