転生したらまさかのスライムだった!その上ノーチートって神様ヒドくない!? (西園寺卓也)
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第1話 プロローグしてみよう

ハーメルン初投稿です!
(普段は小説家になろう、で執筆中ですf(^^;))
のんびり暖かい目で見守っていただければ幸いです!
なろう先行分に追いつくまでは、ほぼ毎日更新予定です。
たまに更新を飛ばした場合は「大将やっちゃった?」的な感じで気長にお待ちいただければありがたいです!
コメントや感想、ご意見には出来る限り目を通していきたいと思います。
よろしくお願い致します。


よっ! 俺の名は「火薬田○ン」よろしくなっ!

 

・・・いや、「豪蔵院屯田丸」の方が勢いあるかも・・・?

 

 

えっ? 何してるのかって?

迫力のある名前の方がいいかなーって。

 

だって、今の俺、スライムだし。

 

 

・・・・・・・・・・

 

 

いや、俺だってなりたくてスライムになったわけじゃねーぞ?

 

気づいたらスライムになってたんだからな!

 

ホントだぞっ!

 

実は少し落ち着いたので、とりあえずイカツイ名前を考えていたってわけ。

 

ホントの名前? 矢部裕樹(やべひろき) 御年28歳。社会に出て4年。社畜のよーに働いて働いて。

 

・・・2浪したわけじゃねーぞ? 大学院まで出たんだからな? ホントだぞ!

 

・・・実はね・・・

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ん?んんっ?」

 

何だ、か、体が・・・動かない?

あれ・・・? 俺どうしたっけ?

確か・・・会社の自分のデスクでPCに向かっていたはず・・・。

 

「ああ、寝落ちか。そーいうことね。だから体が動かないのね~、よくあるわ~ってあるかぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

なんだか周りは真っ暗で、まったく体も動かない・・・。

・・・いや、手も足も動かないけど、よく頑張ってみれば、もそもそと体全体が動く気がするな。え・・・っと、こっちがこうで、そっちがこう・・・。

って、スライムになってるじゃねーかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!

 

だが、俺の精神は発狂する!いい意味で。

 

「ついにキター!ラノベの女神様ありがトゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!」

 

クゥ~ハハハハハ! だてに北千住のラノベ大魔王と呼ばれてねーぜ!(自称)

6畳一間のボロアパートの北側の窓から左右の壁はすべて大型ホームセンターで買ってきた一番大きな組み立て式の本棚に囲まれている。

本棚にはラノベ満載! もちろんコミカライズされたコミックもバッチリ抑えてあるぜ!

え? 窓が北側? 窓が南側なんて条件のいいアパートなんて高級すぎて住めませんとも、はい。

 

 その本棚中央、一番上の棚に、俺様が最も崇拝する神ラノベが飾ってある。

その名も『転生したらス○イムだった件』!

伏○先生ありがトゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!

 

そう!転生してスライムといえば、大魔王になったり、大賢者で美人エルフに抱きしめられたり、ダンジョンのボスモンスターになったりと、スーパーチートの代名詞!

ついにこの俺様もチート塊のスキルで異世界無双してチーレム生活だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!

 

 

・・・・・・

 

 

って、思っていた時期がありましたっ!

ねーよ!全然ねーのよ!チートスキル!!!!

てか、スキルすらねーんじゃね?

 

なんとかかんとか、グニグニムニムニ動くことができるようになったけど、

その他な~んにも出来ねぇぇぇぇぇぇ!

 

『ステータスオープン!』

『スキル発動!』

『ギフトカモーン!!』

『ファイアボール!』

『深淵なる闇の波動よ・・・』いやいやこれはこじらせそうだ。

それにしても、な~んにも起きねぇ。

 

これはマジでヤバイ!やべちゃんヤッベー!

 

あ、これ自虐ネタでよく使ってるやつね!・・・いや、白い目で見られても。

 

スライムっていやー、ファンタジーゲームでも真っ先に仕留められるザコキャラだぜ。

このまま誰かに見つかれば、ソッコーゲームオーバー、いやこれが現実なら人生、いや、スラ生か、が終了してしまう。

いったい、どうすればいいんだ・・・




今後ともどうぞ「転生したらまさかのスライムだった!その上ノーチートって神様ヒドくない!?」 長いので略して「まさスラ」お付き合いの程よろしくお願い致します。


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第2話 周りの状況を把握してみよう

とにかく、自分がヤベーことはわかった。

ここがどこかもわからない。真っ暗だし、何も見えない。

唯一、自分の体の下が草っぽいとだけ触感? でわかる。

 

とにかく、周りの状況を確認しないと、早々に詰んでしまう・・・。

う~ん、う~ん、と唸っていると、なんだか体の中でぐるぐるとエネルギーが回っている気がしてきた。

いや、体がグニグニしている話じゃなくて、体の中をエネルギーが回っているという話ね。なんだか落ち着かない感じだ。

だいたいスライムだし、目とか鼻とか口とかもなさそう・・・いやまで、鼻が無いのはよくあるパターンだが、目や口はスライムでも存在しているパターンがあるぞ。

まずは周りの状況が分からないとどうしようもない。

目で見るイメージも大事だが、周りがどうなっているか何としても探らねば。

 

そう思ってなんとかならないかウンウン唸っていると、そのうち視界が開けて自分の周り360°の情報が伝わってくる。

どうやらここは森の中のようだ。鬱蒼とした木々に囲まれている。自分の周りはわずかに開けて草むらになっているようだ。

 

(てか、何で俺、360°全開で周りの景色が見えるんだ? というか、見えるというか、わかるというか・・・?)

 

おかしいと思いつつも、周りの景色が分かり始めたため、うれしくなって周りをぐるぐると見渡す。

 

(なんだかスゲー森の中・・・? いったいここはどこなんだよ・・・)

 

急に不安になってキョロキョロしてみる。見えることで不安になることもあるのね。

 

ガサガサッ

 

(な、何だ? どこだ・・・?)

 

音のした方に体を向けて目を凝らす。今の俺に目があるかどうか知らんけど。

集中して見ると、周りのイメージだったものが、視界のイメージに代わる。

 

じーーーーーっ

 

さらに集中して見ると、木々の根元に生える雑草の向こうに、キツネかイタチのような小動物が顔を覗かせていた。少し見ていると草むらの向こうに消えていった。

 

(ふーーー、びっくりした。ゴブリンやオークだったらどうしようかと思ったぜ・・・)

 

あれ? 今はスライムだから、モンスターより人間の方がヤベーのか?

俺ってばザコキャラすぎて、どっちがヤベーかわかんねぇ!

 

それにしても、360°俯瞰イメージの位置からすると、今のイタチかキツネ、すげー遠いな。あれを見つけるって、視力6.0くらいあるんじゃねーか?

 

むむむっ!今度は音を拾おうと集中してみる。

 

体の中のエネルギーをぐるぐるしながら集中して見ると、周りの音が聞こえてきた気がする。

イメージとして取り込んでいるようだが、俯瞰イメージと違って音は人間の頃に耳で聞いていた感じと同じだ。違和感がない。

風になびく木々のざわめきや、遠くで鳥の鳴き声などが聞こえてきた。

 

視覚、聴覚の他に、触覚もある。自分の腹?の下の草の感覚が感じられるからだ。

だが、それ以外の感覚は不明だ。とりあえず違う触感を試そう。

 

俺はズルズルと近くの木の根元まで寄っていく。

そのまま木の幹にべっとりとくっついてみる。

幹の触感がじんわり伝わってくる。

 

(むむむむむ~)

 

木の幹に自分のイメージでは両腕で抱きかかえるようにくっついてみる。

もちろん腕はないが。

自分の体が伸びて幹の両側から巻き付くように伸びていく感覚が分かる。

きっと傍から見たら奇妙な光景だろうな。木に纏わりつくスライム。う~む、シュールだ。

 

それにしても、周りは完全に木々に囲まれている。

森の中だ。完全に森の中だ。

それ以外に言いようもない。

 

(そうだ!さっき俯瞰で周りの景色がイメージ出来たぞ。それならば気合を入れればもっと広く遠くまでわかるかも!)

 

早速体内のエネルギーっぽいものをぐるぐる回すイメージをしてから周りの景色を見ようとさらにイメージする。

 

(おおおっ!)

 

自分の頭上から視線が空にずっと上がっていく感じがして、広い森が全体に見えてくる。

 

(すげー、スライムってこんな感じで周りを認知してるんだな~)

 

当然スライムなんて元いた世界じゃいなかったから、自分の主観でしかないけれど。

 

(おっ、あっちに村っぽいのが見える! ヤベーな、そんなに今の位置から遠くないな)

 

村のような集落が確認できた。少なくとも人が住んでいる証拠だな。人とコミュニケーションをとりたいところだが、今の所その方法がわからない。場合によっては瞬殺される。

 

(おっ、反対側に泉があるぞ! すぐ近くだ)

 

自分の場所からすぐ近く、木々の合間から泉らしき水が溜まった場所を見つけた。

 

(あ、あれ・・・?なんだかグワングワンしてきたぞ・・・あれれ?)

 

そして、俺の意識は暗闇に包まれていった・・・。




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第3話 とりあえず動いてみよう

・・・気が付くとそこは、森の中だった。

 

(変わってねーよっっっ!)

 

て、自分で突っ込んでいてもしょーがないな。

あのぐるぐるエネルギー、使いすぎると意識が飛ぶみたいだ。

こういう時にステータスとか数値でわかるようになってると楽なんだがな~。

やっぱゲームってよく出来てたわ。現実はツライな。

 

この状態で意識を失うと、敵が来た時にヤベーな。

疲れて意識が飛ぶ直前でやめるか・・・。でもあれが魔力だとすれば、枯渇するくらい使い込むと総量が増えていくってのがラノベのお約束だ。

そのあたり、どのように折り合いをつけて対処していくか、悩むところだ。

 

 

とにかく、触覚、視覚、聴覚の3つは確認できた。

先ほどから、ズルズルと引きずるように移動することはできる。

全体の体のイメージからすると、かなりデローンと溶けて崩れているような気がする。

いわゆる『グロテスク系スライム』のイメージだ。

これは間違いなく討伐系でジ・エンドのパターンだ。

 

某伝説のRPGゲーム「ドラ〇エ」のように『かわいい系スライム』としてティアドロップ型をマスターし、「ボク、スラえもん! 悪いスライムじゃないよ!」って宣ってかわいい巨乳エルフの胸元にダイブするのだ!

 

・・・ほっといてくれ。

 

だいたい、ズルズル引きずる移動自体気持ち悪いし、何より遅い。

だが、ティアドロップ型のスライムならば、ぴょんぴょん飛び跳ねて逃げることでスピードを上げることができる。何より、気持ち悪さ軽減だ!

 

例のエネルギーぐるぐるを行いながら、なんとか体を丸くなるようにまとめていく。

 

(ぐぐぐっ・・・ぐぐっ・・・)

 

だんだんギュギューっと丸く集まってくるが、

 

(ぐはっ・・・疲れた!)

 

疲れ切ってエネルギーぐるぐるが出来なくなると、途端にデローンと崩れてしまった。

 

(うわ~、この姿ラクだわ~)

 

デローンと伸び切った状態だと、ほとんどエネルギーを消費しない。

深夜残業を終えて帰ってきたマイホームパパが背広の上着を放り出し、首元のネクタイを緩めてリビングのソファーにドテーッと寝転がった時くらいラク。

 

(だがなぁ・・・)

 

どう考えてもこの「デローン」はヤバイ。見つかればソッコーアウトだ。経験値の元だ。

何としてもかわいい系をマスターせねば生きる道はない。

 

(やったるぜー!)

 

 

そして2か月後(笑)

 

 

いや、もはや体感的に、だから。テキトーだから。

ケータイチェック出来るわけでもないし、カレンダーで確認出来るわけでもない。

日が昇って、そのうち日が暮れて夜になって。でもってまた朝になって日が昇って。

最初の一週間くらいかな。今日もしかして日曜日? みたいな自虐ネタ考えてたの。

以降数えてもいない。

 

この間気づいたのは、腹も減らなきゃ、排せつも無し。眠くもならない。熱い寒いも意識をしないと感じない。ただしエネルギーをぐるぐるするとメッチャ疲れる(苦笑)

だが、かなりエネルギーぐるぐるに慣れて来たのか、長時間ぐるぐるしていても疲れにくくなってきた気がする。それにぐるぐるしているエネルギーの総量が大きくなった気もする。

これについてはやはり読み通りというべきだろう。

魔力だよね? 魔力だよね? 誰か魔力と言って! まほー使いたい(苦笑)

まあ、それは置いておくとして。

 

スライムボディ、なかなか強靭だということが分かった。

木登りしていて枝がボキッと折れて地面に落下し激突した時も、ちょっとビシャッっと飛び散っちゃった気はするが痛みも無くまた一つに戻ることが出来た。

 

野生の草や花も包み込むようにして取り込もうとすると消化するのか体内に吸収できた。

ちょっとチャレンジして小動物(うさぎっぽい何か? うさぎに角は生えていなかったはずなのでうさぎっぽい何かだ)を捕まえて吸収したりもしてみた。

反撃されて噛まれても全く痛くなかったし、噛みつきも手ごたえなさそうだったし、このボディに攻撃は通じにくいのかもしれない。

 

・・・もっとも油断は禁物だ。何せ大半のゲームでスライムはザコキャラなのだ。どこかの戦士におおかなづちで一撃もらえば木っ端微塵に爆散してしまうかもしれない。

 

・・・とりあえずザコキャラとしての悩みは横に置いておこう。

トレーニングの結果、ついにティアドロップ型でぴょんぴょん飛び回ることができたのだ。

今は達成した事象を噛みしめ喜ぶこととしよう。・・・共感してくれる相手はどこにもいないが。

 

だが、油断すると・・・

 

(うわぁぁぁぁぁ~)

 

デローンと溶けるように崩れてしまう。

 

(これは、このティアドロップ型でいることが自然になるくらいにならないとな・・・って俺は超サ〇ヤ人かっ!)

 

一人ツッコミを入れながら、俺は一生懸命丸くなった。

 




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第4話 体の色を変えてみよう





俯瞰イメージで見つけていた泉へ行ってみる事にした。

 

もちろんマスターしたばかりのティアドロップ型でぴょんぴよん飛び跳ねて移動だ!

・・・すげー疲れるな。モロにうさぎ跳びしながら移動している気分だ。

デローンスタイルでズルズル移動する楽さに比べれば雲泥の差なわけだが、これも修行だ。

ソッコー狩られないためにも愛くるしさを身に着けることは必須なのだ。

 

ぴょんぴょん飛び跳ねることしばらく。泉の畔に着いた俺はそうっと泉を覗き込んだ。

気を付けて覗かないと、油断して泉に落ちたら大変だ。

濁り気味の泉に映る自分の姿を見て衝撃を受ける。

 

(色味がキタネェ!)

 

デローンとしたボディをなんとかティアドロップ型に鍛え上げた?俺だが、

自分の姿を真正面から見ることは出来なかった。

泉に映る自分のボディを見ると、全体は緑っぽいが、中には紫や赤っぽい場所もあり、中心部には丸くて赤く光る部分があった。

 

(まさか・・・、コレ、スライムの核ってやつか!?)

 

デロデロとしたスライムの全体に対して、中央部の赤い核の部分がある程度はっきりと見える。

 

(スライムとしての弱点である核がはっきりと見えるって・・・絶対ダメなヤツじゃん!コレ!)

 

ただでさえザコキャラであるスライムが、はっきりと弱点である部分をさらけ出している。

ふふっ、涙が止まらねーぜ!

 

これがド〇のモノアイだったらまだマシだったろーがな!

 

(核が赤いなら、体も赤くならねーかな? ス○イムベス仕様なら核が見にくくなるかも?)

 

んぐぐぐぐ~と力を入れて赤くなるようイメージする。

もはや力んで顔が赤くなるのと同じようなイメージだな。

再び泉を覗き込んでみると、全体的には赤くなった気がする。泉が汚いからはっきりわかんないけど。

いや、赤いスライムって攻撃的な気がする。

逆に核を内側に押し込むイメージで隠せないかな。もしくは例えば緑色で同色にカモフラージュするとか。

再びエネルギーをぐるぐるしながらイメージしてから泉を覗き込むと、確かに赤い核が見えなくなった。

 

(これは無意識で常時発動できるようにトレーニングが必要だな)

 

弱点である核をのさばらせておくわけにはいかない。

どうにかして核が見えないようにしなければならない。

いや、これがスライムの核かどうかはわからんけど!

リスクを鑑みれば、危険度の高い核だと想定する方が安心だ。

今のところ考えられる方法は、赤っぽく同化させる方法と、体内に隠し込む方法と2パターンだな。

やはり赤はイメージがあまり良くない。何とか体内に隠し込もう。

目標はやはりぷるんとしたボディに似合う水色だな。うん。

ノーチートな上にスキルも無いっていう地獄のスライム人生?だけど目標は生きて行く上で大事なものだ。俺は綺麗な水色王になる!ってか?

そのうち、メタリックに光り輝いて見たり、金ぴかになってみたりとか!・・・ゴールドはやめた方がいいな。冒険者に目をつけられたらメッチャ狩りに来られそうだ。

俺はエネルギーをぐるぐるしながら色のイメージを作り上げていく。

 

(・・・よし!)

 

泉に映る俺様のボディはあのゲームでよく見る美しいブルーに染まっていた。

泉が汚いからあんまり綺麗に見えないけど。

ん、一回色を決めたら、エネルギーをぐるぐるしなくても色が変わらないぞ。

これはいい。助かるな。もしかしていろいろイメージしたら、カラフルに点滅したりできるかな?レインボースライムとか。・・・だから、悪目立ちするとダメだっての。狩られちゃうから!

 

今気づいたけど、俺は俯瞰的に周りを見ることができたっけ。今の自分も見られるってことだよね。早速見てみよう。エネルギーぐ~るぐるっと。

 

・・・いやん、水色って目立つわ~、なんたって森の中だもんね。浮きまくっとりますわ。

森の中にいるのなら、やはりグリーンか?緑なのか?

早速グリーンをイメージしてエネルギーをぐるぐるしてみる。

慣れて来たのか、色がすぐに変わる。

 

(お~、周りの木々に溶け込めそうな感じだな)

 

俯瞰で見ていた俺の体がグリーンになると、ぱっと見どこにいるかわからなくなる。

最もエネルギーそのものを感知することは出来るから、ちゃんとどこにいるか意識すれば色が似通っていても関係なく居場所はわかるけどな。

 

(あれ?イメージで色が変わるってことは、もしかして・・・)

 

俺は木々の葉っぱの中にガサガサと入り込む。

そして周りの景色を見ながらイメージ。

 

(おおっ!まるでカメレオンだね)

 

まるで景色に溶け込むように俺の体の色が変わる。

今度は幹の方に移動して幹と同じ色に同化するようにイメージする。

もうイメージは色の変化というより、同化だね。うまくいけば冒険者に追いかけられても忍者のように壁と同化したりしてやり過ごせるかもしれない。忍者スライム!・・・斬新だな。

 

そこへ、ガサガサと森の奥から鹿が現れた。ちょうど大木の幹と同化中なので、鹿にバレないか試して見る。鹿は俺の前をふんふんと鼻を鳴らしながら通り過ぎていき、そのまま森の奥へと行ってしまった。

 

(動物に見つからなかったってことは、なかなか効果が高そうだ。ピンチの時には即同化!だな)

 

とにもかくにも、色が色々変えられることはわかった。

 

どれ、綺麗に染まった俺様の勇姿を泉に映してみるかな・・・。

 

と、不用意に近づいた俺が馬鹿だった。畔の足元が崩れ、泉に落ちてしまった。

 

あれ・・・? 俺やばくない?

 

 




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第5話 泉の水を浄化しよう

・・・落ちたよ、落ちた。

 

ゆらゆらと現在泉の底に向かって沈没中。

 

どーしよう?

 

泉の底に沈んで行きながら、どうやって脱出しようか考える。

だが、俺様はラノベ大魔王!もちろんあの神作品が力を貸してくれるはずだ。

その名も『転生したらス〇イムだった件』!

伏〇先生ありがトゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!(2度目)

 

作品中、スライムのリ〇ル大先生は池の水を吸い込み、ジェット噴射のように吐き出してその推進力を脱出に利用していた。

俺も早速真似してみよう。

 

 

・・・・・・

 

 

んん?

 

ぜ~んぜん水を吸えない!

というか、口の概念がなかった(苦笑)

と言ってる間に泉の底に着いてしまった。

 

(どーしよう?)

 

泉は水面からの光により、多少ではあるが光が底にも届いている。ただ、全体に淀んでいるため、透明度はいまいちだ。

 

(とにかく、泉の底を這いずり回って探検だな!)

 

 

泉の底はヘドロが溜まっているようなことはなかった。

これで、泉の水自身が汚染されていることが想像できた。

 

(ただ、長い間汚れた水が流れ込んで汚染されてしまっているのか、汚染源自体がこの湖にあるのか、見極めないとだめだな)

 

泉の底をスルスルと移動していく。体を広げるように移動していくと、浮力が働くのかふわふわとした感覚がある。

 

(まるでマンタにでもなった気分だな)

 

俺が気持ちよく泉の底を優雅に移動していると、何だか黒くなった魚が2~3匹俺を突きに来たので逆に取り込んで吸収してやった。

吸収するときに、何か毒とか悪いものがないか意識してみると、やはり具合の悪そうなものがあるのか、吸収する時に何か引っかかるような成分があるような気がした。そこで吸収する時にその成分だけ別にしようと頑張ったら、体内の一部にその成分だけ別に保管できた。・・・分離したこれが何かはわからんが。

 

その他泉の底に沈んでいた草や苔みたいな物も吸収していった。ちょっとずつ毒物っぽいものがあるらしく、別に隔離されていく。・・・一回やると、次から自動的に隔離されていくな。・・・結局これが何かわからんけど。

 

(ん?・・・何だ?)

 

何だか奥の方に淀んだ黒い靄みたいなものが体から出ているデカいトカゲみたいな生き物がいた。

 

(うわ~、絶対この泉が汚れているのはコイツのせいだよな)

 

トカゲモドキはこちらを見つけると泳ぐようにやってきて、大きな口を開けて襲い掛かってくる。

ざーんねんだったな! 俺様という無敵スライムはお前のようなトカゲモドキの噛みつきなど効かないのだよ! 俺様はトカゲモドキ全体を包み込むように体を左右に大きく広げていく。トカゲモドキは焦って爪を振り下ろして来る。水の中とは思えないようなスピードだが、それも俺様には効かないのだ。振り下ろされた前足ごと取り込んでいく。

思いっきり強力に消化するイメージを出すと、見る見るうちにトカゲモドキは俺様の体の中に吸収されていった。もちろんヤバイ毒っぽい成分は分離だ。

 

これで泉も平和になるだろう。

 

と、言っても自浄作用が働くのはずいぶんと時間がかかるだろうな。

ここはひとつ俺様が一肌脱ぐとしますか。スライムだから肌無いけど。

 

ジェット噴射に失敗した俺は、まず水をどうやって取り込むか考えていた。

さっきのようにモンスターならその対象を包み込んでしまえばいい。では水ならばどうするか?その答えがこれだ!

俺はスライムの体の一部をタコの口のように丸く細くした。イメージはホースだな。

ここから水を吸い取る。

 

(おおっ!成功だ。体内に水が入ってきたぞ)

 

タプタプと水を吸ってスライムボディが膨らむ。早速吸い込んだ水を毒素や汚れだけ分離してきれいな水にして放出しよう。

同じようにホースをイメージして伸ばした触手の先から綺麗にした水を放出していく。

 

(・・・・・なんだかオシッコしてる気分だな)

 

泉の水を浄化しているはずなのに、なぜか背徳感に襲われてしまった。

 

 

・・・・・・・・

 

 

ピュリファイピュリファイピュリファイ・・・

 

呟きながら延々と泉の水を浄化していく。

 

そして二か月後(笑) もういいって?

 

(うおっしゃー! カンペキだ!)

 

泉の底から水面を見上げる。僅かしか光を通さなかった泉は今、完璧な透明度をもって燦燦と太陽の光を泉の底まで届けている。泉の魚たちも質の悪そうな者たち以外は取り込むことをせず、自浄作用に任せている。そのうち泉の生き物たちも綺麗な水の中で生活することにより、生態系は回復して行くだろう。

 

(いー仕事してますねぇ)

 

俺は自画自賛で泉の底から水面を見上げる。

 

(・・・どーやって脱出しよう!?)

 

結局、問題は解決していなかった。

 




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第6話 ジェット噴射で脱出しよう

(さてさて・・・、どうやってこの泉の底から脱出しようか?)

 

汚れた泉も浄化出来た。

これ以上俺が泉の底で魚している意味も無いだろう。

もっとも、マンタの如く湖の底をふわふわと泳いでいるのも気持ちいいけどね。

 

どうやってこの湖の底から脱出するか。

 

まず、触手をプロペラのようにぶん回して上がれないか試しにやってみたが、

水中で全然素早く触手を動かすことが出来ない。水の抵抗は相当なものだ。

 

体をうすーく伸ばしてゆらゆらしてみても、ゆらゆらするだけで湖面に上昇することは出来ない。

 

後は空気を含んで、風船のように膨らんで上がっていくか、水圧をジェット噴流のように吐き出しロケットのように飛び出すか・・・

タコの口をイメージしてホースを作り泉の水を取り込む事は出来たんだ。

爆発的に吸い込んだ水を吐き出すイメージが完成すれば脱出も可能だろう。

 

まずは細いホースからより巨大な大筒をイメージ。タービンを回すかの如く巨大な水流を作り上げて水を吸い込んでいく。

 

エネルギーをぐるぐるしながら吸い込んでいくので水の圧力がハンパないことになっている。

 

準備が出来たところで、その砲身ともいうべき大筒のような口を泉の地面に向ける。

 

ヒュィィィィィィィン

 

圧縮した水を一気に打ち出そうと体内の水をコントロールする。

なんだか巨大戦艦でも発信しそうな雰囲気だが、ここはまじめに泉を脱出できるよう最善を尽くす。

 

(ファイア!)

 

心の中で発射ボタンを押す。一気に水が自分の体から出て行く感じがする。

 

(うぉぉ!?)

 

圧倒的な圧力がかかりスライムボディがひしゃげるように悲鳴を上げたかと思うと、カタパルトで打ち出されたかの如くの勢いで泉の中を上昇していく。

 

ザッパーーーーーーン!!

 

泉の水面を突き破るかのごとき勢いで飛び出す俺様。

 

(うわわっ!?)

 

泉の真上、結構な高さまで打ち出される。このまま落下すると、また泉にぽちゃんして逆戻りになってしまう。それはまずい。

 

(秘技、スライムムササビの術!)

 

と言いつつ、体を薄っぺらく伸ばして風の抵抗を受けるようにする。

今考えれば落下傘みたいな形にすればよりゆっくり地面に降りられたのかもしれなかったが、今さら変えようとしても間に合わない。

 

ムササビっぽく風を受けてふわりと飛んでみたのは良いが、全くコントロール出来ず。

近くの木の枝にガサガサと突っ込む羽目になった。

 

近くにいた鳥が音にびっくりして逃げて行く。

 

(いや、悪いね、悪気があったわけじゃ・・・)

 

ガサガサと葉っぱや木の枝に突っ込んだものの、木の枝にひっかかり落下は免れたようだ。

と思ったのもつかの間、枝からずるりとスライムボディが落ちてしまう。

 

(わっ)

 

ドスン、ドタン、ボデン、ドサッ!

 

まるでパチンコの玉よろしく枝から枝へ落ちて行き最後は地面に墜落する。

(イタタタタ・・・って痛くはないのか、スライムだし)

 

結構な高さから落ちたはずだが、怪我などなく、痛みも無い。

この時ばかりはスライムボディに感謝だな。

 

 

(それはそうと、このジェット噴射、何か他にも使えないか?)

 

 

ということで、とりあえずいろいろ試して見ることにする。

 

まずデローン型で立つ。周りからは見られない位置、つまり体下に発射口を準備。

弱い勢いで打つ。

 

ボシュン!

 

水の噴射とともに体がちょっと浮き上がる。

 

なるほど、いい感じだ。

 

噴射する強さと持続時間によっては空も飛べるかもしれない。

 

早速やってみる。

 

ヒュィィィィィィン!

 

ドパンッ!!

 

ブシューーーー!!

 

勢いよく噴射した水によって俺様は空中へ弾き飛ばされるように飛んでいく。

 

グラリ

 

体勢が傾いた瞬間、噴射した水を止めていないことに気づく。

 

あ、いかん。

 

無理に体勢を戻そうと捻ったため、その場でシュルシュルシュルとねずみ花火のように水を噴射したまま回転し出してしまった。とりあえず水を止めよう。

 

ひゅるひゅると地面に落下した俺はとりあえず一息つく。

あー怖かった。

そういや相当周りに水をまき散らしてしまったな。ついでだ。周りの森に水でもやるか。

潤いは大事だからな。

 

そう言って俺はスライムホースを泉に垂らすと、ホースをずっと長くして移動し始める。もう一本水を吐き出す側のホースを製作して移動しながら木々に水をやっていく。

 

イメージは消防車のポンプ車だな。

自分の体内に溜め込んだ水を使用するのではなく、吸い上げてそのまま噴射する感じ。

スライム生活に慣れてくれば、いろいろなことが出来そうだ。

 

俺は泉の周りにある木々に水をやりながらこれからの事を考えた。




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第7話 自分の能力を確かめてみよう

泉をピカピカにして、ジェット噴射で脱出した俺様は泉の畔でのんびりしていた。

 

「あ~、泉がピカピカだと気持ちいいね~」

 

泉が濁っていたころは、光の反射もなく空気さえも淀んでいる感じだったけど、今はすがすがしいったらありゃしないわ、ホント。否定形で肯定する矛盾も何のその、ひと仕事やり終えた「(おとこ)」として、いや、水職人として、いやいや泉の精霊として(?)、やり切った満足感がハンパない。せっかくだし、しばらく泉を見守るとしよう。

 

あ、どうせなら水を体内に溜めておくか。

体の一部をホースのように伸ばして、泉の中に垂らす。

 

ズズズズズ~

 

素晴らしく澄んだクリーンな水を大量に吸い上げる。

え、そんな水をどこに仕舞っておくのかって?

実は素晴らしい能力に目覚めました!

 

タララタッタタ~! 名付けて「亜空間圧縮収納」!

 

これはもう、スキルと呼んで差し支えないのでは?

ノーチートノースキルでスラ生大丈夫かって悲観していたけど!

ラノベのテンプレ能力「無限収納」。いわゆるストレージ、インベントリなどと呼ばれるあの能力だ。だよね?誰かそうだと言って!

 

泉の底でピュリファイピュリファイしている時に不純物の処理に困ったんだよね。

どんどん不純物が溜まるから。

そこでさらにエネルギーをぐるぐるして不純物の圧縮に努めまくったわけ。

そしたら、エネルギーの先に開いたのよ!空間が(笑)

いや~、びっくりしたね。とりあえず不純物を放り込んでみる。

どんどん放り込みながら、これはなんだろ~なんて考えていたら・・・

 

すると、何ということでしょう!

何と放り込んだ不純物の名前が分かったのです!

 

【ポイズンウォータードレイクの毒】

【詳細:致死毒。成人男性に対して致死量は約3g。現在1412g保持】

 

よっしゃー!鑑定機能付き!これはもう絶対スキルだよね?よね?

どうやって取得したか分からんけど。後毒がヤバイ程溜まってる(汗)

 

その他毒以外の不純物は無毒化して排出。スライム細胞はすごく優秀なんだよね!

エネルギーぐるぐるしてイメージすると、有毒物を無毒化出来た。

それ以外にも消化液を出して溶かす、接着剤代わりにくっつける・・・、うん、他にもいろいろ頑張る。

 

そんなわけで、自分で綺麗にした泉の水を亜空間収納でズゴズゴ吸い込んでいる。

 

【奇跡の泉の水】

【詳細:汚染された泉が浄化され、水の精霊に祝福され奇跡の泉となった水。体内の解毒、新陳代謝の活性化を促す効果あり。】

 

(Oh・・・・・)

 

いつの間にやら、水の精霊に祝福された奇跡の泉になってました!

ホントいつの間に?

てか、やっぱり精霊っているのね。この世界。

 

とりあえずトン単位で頂いていきましょう。奇跡の泉の水(笑)

そのうち、カレーとか作って食べたいな~。この水で料理すれば、すごくうまそうな料理ができる気がするぞ。それをこの世界の人間に食べてもらえれば・・・。うん、いいぞ!きっと「異世界うまいぞー!」って感じでフレンドリーに対応してもらえそうじゃない?

 

・・・俺料理できないけど。

 

どー考えても、このナリで料理してると怪しすぎる。

魔女ばりに巨大寸胴鍋を棒でかき回すくらいしか出来ないかも。

せめて包丁でトントントン、なんてくらいには料理できるようになりたいな。

というか俺、取り込んで消化してるから味わからないんだよね。

・・・最も狼やら兎やら草やらを消化してるから、味が分かったら最悪だと思うけどね。そういう意味では今は味が分からなくてよかったってところかな。

 

能力という意味では、スライムボディの変化にはかなり柔軟に対応できるようになった。

やはり体を動かすのはあのぐるぐるエネルギーが必要だが、逆に言えばぐるぐるエネルギーさえあればかなり自由に体を変化させることが出来る。

 

目下練習中なのは高速触手発射ね。

さっきテストしたのは高いところの枝に2本の触手を高速発射して、巻き付けた後自分の体を引き上げるって動作。これ、かなりうまくいった。慣れれば木と木の間をターザンや野生の猿の如く高速移動できそうだ。

 

・・・自分で触手って言ってるとちょこっと悲しいな。何とか、右手とか左手って言えるくらい器用に動くようにトレーニングしなくては。

 

ぐるぐるエネルギーを体に巡らせると、体自体の大きさもコントロールできるようになった。ちょっと気合を入れれば、今までの3倍以上の体積になることもできる。最もその状態で動くとぐるぐるエネルギー的にしんどかったので、移動の際には通常のサイズに戻ることにしている。逆に小さくなれるのか試して見たが、普通に小さくもなれた。小さくなるのにもぐるぐるエネルギーがいるんだけどね。

やっぱり一番楽なのは標準サイズのデローン型だな。うん。

 

スライムと言えば、分裂だけど・・・、ちょっと自信ない。怖いよね。戻らなかったらどうしようとか。分裂したもう片方が勝手にどっかに行ったりとか。もうちょっと様子見よーっと。・・・決して日和ったわけではない、うん。

 




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第8話 ケガしたヒヨコを助けよう

今日も今日とて、泉の周りに水をやる。

・・・別にヒマしているわけではないぞ。うん。

 

それにしても・・・、泉の周りの木々だけ、少し大きくなった気がするな。

葉っぱも若々しくなった気がするし、木々の根元近くに生えていた綺麗な花にも入念に水をやっていたら、わさわさと満開の花を咲かせるようになった。

もしかして、この奇跡の水、新陳代謝が良くなるって事だったけど、植物にもいい影響があるようだな。すごい。

改めて、俺はいい仕事をしたようだ(自画自賛)

 

 

 

「ピヨ~~~~~~~!!!」

 

えらい鳴き声が聞こえた。チョロチョロと花に水をやっていた俺様は鳴き声の方に身を向ける。

 

(何だ?)

 

バサバサッ!

 

「ピヨピヨピヨ~~~!!」

 

茂みから黄色いヒヨコがバサバサと羽ばたきながら走って飛び出してきた。

涙をちょちょぎらせながらピヨピョ泣いて転がり出て来たところを見ると、命からがら逃げてきたようだ。

 

その後ろから茶色い狼が追いかけて来た。やっぱり想像は当たっていたようだ。

 

(あっ!)

 

狼が左前脚を振り下ろすとヒヨコの脇腹をざっくりとえぐった。血飛沫が舞う。

 

「ピピィーーーーーー!!」

 

血をまき散らしながらヒヨコちゃんが俺の目の前にばったりと倒れる。

狼は仕留めたヒヨコを頂こうと近寄って来て、俺に気づいたようだ。

 

「ガァァァァァ!」

 

仕留めたヒヨコを横取りされまいと、狼が俺の方に大口を開けて襲い掛かってくる。

悪いな、俺様というスライムは狼ごときに遅れをとらないのだ。

俺は右腕をイメージして触手を右ストレートを放つかの如く伸ばしていき、狼の口の中に突っ込んだ。

 

「グボッ!」

 

狼は苦しそうにうめき声をあげる。だがこの俺様に牙を向けた以上は覚悟してもらおうか。

狼の口の中に触手を伸ばし、その奥の内臓まで突っ込んでいく。触手の先から酸性の溶解液を出す。

 

「ギャワワワワン!」

 

内部から溶かされ、断末魔の悲鳴を上げる狼。悪いな、俺にケンカを売るとこうなるのだよ。

その後狼の全体をスライムボディで包み込み、消化していく。

一応何も食べなくても大丈夫みたいだが、取り込んで消化するとエネルギーが上がる気がする。数値で表示されるわけでもなし、感覚でしかわからないけど。

 

さて、狼は消化したが、目の前の瀕死のヒヨコはどうしようか?

ヒヨコは「ピヨ~~~」とかなり弱々しい鳴き声でつぶらな瞳をこちらに向けてきている。

よく見ると脇腹をざっくりとえぐり取られているため、このままでは死んでしまうだろう。

 

(う~ん、スライムの細胞を使ってみるか・・・)

 

再び伸ばした触手をヒヨコの傷口に当てる。

ヒヨコの体に同化するイメージを送り込み、傷が埋まったらプチンと切り離す。

 

くっついたスライムが光り輝くと、ヒヨコの傷がすっかり消えている。

 

「ピ?ピヨ!?ピヨヨーーーーーー!!」

 

ヒヨコは傷が無くなって助かったことに驚いているようだ。

バッサバッサ翼をはためかせて飛び回っている。

 

「ピヨヨーーーーーー!!」

 

元気になったヒヨコが俺に纏わりついてくる。

 

(うおおっ)

 

バタバタ翼をたたきつけたかと思うと、くちばしでめちゃめちゃ突いてくる。

 

「ピヨピヨピヨピヨ!!」

 

(いたたたた! いや、痛覚ないから、厳密には痛くないけどっ! 何か啄まれてる啄まれてる!)

 

あれ?コイツこんなに大きかったっけ?瀕死の時より一回りくらい大きくなってないか?

ちょっとスライム細胞譲渡しすぎたか?

 

それにしても、コイツの喜びっぷりは半端ない。というかもう迷惑だ。

 

『コラっ!いい加減にしろっ!』

 

念話するようにイメージすると、ヒヨコがビクッとして止まった。

 

『ボスッ!お助け頂き誠に恐悦至極に存じます!』

 

うおっ!ヒヨコが敬礼しながらスゲー丁寧に答えてきたぞ!

やたら軍人風なヒヨコだな。すごく面倒くさそうなやつだ。

 

『ボスに助けられましたこの命!今後身命を賭してボスに仕える所存であります!』

 

『え~~~~~、別にいらないけど』

 

『ボスッ!? そっそんな!』

 

ものすごい涙目で目の前に左右の翼を組んで全力でお願いポーズをするヒヨコ。

翼の扱い起用過ぎないか?

もうほとんど翼の先がグーに見える。

 

『わかったわかった。好きにするといいよ』

 

ヒヨコが部下になったからって、何ができるわけでもないだろうし。

 

『ボス!ありがとうございます!』

 

今度は片膝つきながら片方の翼を地面につけて下を向く。

このヒヨコ器用すぎるだろ。てか、ヒヨコって膝あるの?

 

その時だ。

 

ガサガサッ

 

森から先ほどの狼より一回り大きい狼が現れた。

 

『むっ!』

 

狼に向かい合おうと俺は体を向けるが・・・

 

『ボス、ここは私にお任せ下さい』

 

と言って、俺の前にヒヨコが踊り出る。

いや、お前さっきはあの狼より小さい狼に殺されかけてたよね?

ざっくり脇腹やられてたよね?

 

俺に仕えるなんて言ってたから、イイトコ見せようと無理してるのかと思ったのだが。

ヒヨコは目にも止まらぬスピードで左右にフットワークを始める。

あまりの速さに狼がビビッて止まる。

 

「グオッ!?」

 

ヒヨコは飛び上がると狼の全身を超高速で突きまくる。

 

「ピヨピヨピヨピヨ!」

 

「ギャワワワッ!」

 

嘴で突きまくられ、毛を毟られまくっている狼を見るとちょっとだけ同情する。

もはやズタズタにされた瀕死の狼は起死回生とばかりに大口を開けてヒヨコに飛び掛かる。

 

「ガウォォォォォ!」

 

特攻してくる狼をヒヨコは躱すのかと思いきや、迎え撃つ体制をとる。

 

「ピョ!ピョ!ピョーーーーーー!!!」

 

右翼を地面スレスレからねじり上げるようにアッパーカットを放つ!

ヒヨコ自身も竜巻のようにスクリュー回転で上昇しながら狼の顎を打ち抜く。

どう見てもそれ、昇○拳だよね?よね?

てか、掛け声もそれっぽいってどういうこと?

狼は血反吐を吐きながらもんどりうって絶命した。

ヒヨコは狼を俺の目の前まで引きずってくる。

 

『ボス!狩りの獲物を献上いたします』

 

いや、君さっきまで狩られる側だったよね? 何で急に狩る側に変身しちゃってるの?

大体自分の体の何倍もある狼引きずって来るって、どれだけパワーアップしてるわけ?

やっぱり俺のスライム細胞のせい? もしかして俺様はチートが全然ないのに、細胞あげると相手がチートになるってか?

 

『え~っと、お前は食べないのか?』

 

『自分は肉でも木の実でも肉でも何でも大好物であります!』

 

『では一緒に食べるとするか』

 

『光栄であります!』

 

と言って狼を嘴でめちゃめちゃ突きながら平らげている。

バイオレンスなヒヨコだな。

 

 

・・・・・・

 

 

『ふうっ! お腹いっぱいになったか?』

 

俺様は満腹感ってないから、よくわからないが、ヒヨコのこの体でこのデカイ狼食べたらそうとうなもんだよな?

 

『大満足であります、ボス!』

 

元気に敬礼するヒヨコ。うん、ブレないね、コイツ。

 

『さてと・・・、これからどうするか・・・』

 

とりあえず呟く俺にヒヨコが、

 

『ボス!よろしければ一族その他仲間を集めてボスに仕えたく存じます!』

 

などと宣ってきた。え~、一族郎党全部面倒見るの?

 

『きっとボスのお役に立って見せます!』

 

えらくやる気だね・・・。まあ、あまり止める理由もないか。

 

『そうか、ヒヨコ隊長に任せるよ』

 

何気なく言った言葉にヒヨコがびっくりするくらい反応した。

 

『我を隊長に任命くださるのですか! 感激であります! 誠心誠意ボスに尽くす所存であります!』

 

隊長に任命しただけで暑苦しさ100倍だよ。

 

『では早速ボスのためにヒヨコ軍団を形成してはせ参じたいと思います!しばしのお別れです!それでは!』

 

といってぱたぱたと飛び上がって見えなくなるヒヨコ隊長。

ヒヨコって飛べるんだね。知らなかったよ。

 




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第9話 兄貴と呼ばれたので子分どもをまとめてみよう

ヒヨコ隊長が自分の一族郎党を引き連れに戻ってからしばらく。

 

せっかく出来たばかりの自分の部下がいなくなって寂しいかって?

ぜーんぜん、そんな事はないのです。

むしろ暑苦しくなった。

その理由は・・・

 

 

 

『ボス!ボーーーーース!』

 

誰だよ? やたらめったら叫びまくってるの。というか、ボスって誰だよ? もしかして俺? いや、もしかしなくても俺か。

 

『あ!ボス!大変です!』

 

狼牙族が集団で俺の元へ走ってくる。やっぱり俺の事か。そりゃそうだよな、念話だもんな。

狼牙族(ろうがぞく)はいわゆる普通の獣である狼と違い、魔物の類であるとのことだ。

え、何で知ってるのかって? 狼牙族のボス本人に聞いたからね。・・・魔物の狼を呼ぶのに本人ってどうなのかな・・・まあいいか。

ちょっと前にこいつらのボスをコテンパンにしてから、狼牙族全体から俺はボス呼ばわりされて纏わりつかれている。コテンパンにした元ボス(今は俺様をボスと勝手に崇めている)にいろいろ聞いてみたのだ。コミュニケーション取れるって素敵なことね!

よく考えたら、スライムにいきなり転生して、独りぼっちでずっと泉の周りでウロウロしてただけだから、先日のヒヨコ隊長が初めてコミュニケーション取れた相手だったな。すぐ一族郎党引き連れに戻っちゃったから、また独りぼっちに戻っちゃったけど。

そしたら、その次にコミュニケーション取れたのが狼牙族だったわけ。

その狼牙族、俺をボス扱いして俺の周りから離れなくなった。だから条件を出してやった。

 

俺をボスと呼んで部下になりたければ

1.人間を襲わない

(狩りに来た冒険者を含む。但し他の人間を襲っている悪党は除外する)

2.俺の仲間同士で争わない。

3.俺に絶対服従(笑)

 

という条件を出した。狼牙族のボスは『よろこんでー!』と居酒屋チックに答えてた。わかってんのかな?

大体、俺様にはすでにヒヨコ隊長というれっきとした部下がいるのだ。・・・仲間連れてくるって言ったまんま、まだ帰ってこないけど。

 

『で、どうしたんだ?』

 

『街道近くで人間に襲われました! 多分ボスのいう冒険者ってヤツです! 剣と弓と魔法で襲い掛かってきました。俺たちは人間を襲ってはならないってボスの言いつけを守るために、うちの大将が囮に・・・』

 

『何だって!』

 

しまった!村の人間といつか交易したくて、人間から危険だと認識されないよう人間を襲わないってルールを作ったんだが、普通に向こうからは肉目当てで森に狩りに来るわけか。

 

『どこだ!案内しろ!』

 

『ボス!こっちです!』

 

一匹の狼牙が走り出す。俺は高速移動で追従する。最近分かったことだが、ティアドロップ型でぴょんぴょん飛ぶより、デローン型で前の土を掴み引き寄せるように進むと、土の上をすべるように移動出来た。こちらの方が断然移動スピードが速い。

 

街道から少し入ったところに狼牙族のリーダーが倒れていた。血まみれだ。かなり攻撃を受けてしまったようだ。

 

『ア・・・アニキ・・・』

 

ハッハッと荒い息をする狼牙族のリーダー。

 

『馬鹿野郎! お前たちの実力なら、冒険者たちくらい追っ払えたろうが!』

 

自分でルールを決めておきながら、リーダーが傷つけられてしまった事が許せなかった。

 

『ヘヘッ・・・俺たちはアニキの子分になりたかったから・・・』

 

息も絶え絶えといった感じでつぶやく。

 

『何言ってんだ。もうお前たちは立派な俺の子分だ! 仲間だ!』

 

俺は絶叫する。

 

『ア・・・アニキ、俺の仲間たちをお願いします・・・』

 

もう自分の命はないとわかっているのか、一族の心配をするリーダー。

 

『ふざけんな!お前もひっくるめて面倒みてやる!』

 

『ア・・・アニキはやっぱり最高だぜ・・・』

 

あ、感動のキャッチボールしてる場合じゃないや。早く治してやらないと。

俺はリーダーをすっぽり包み込むとケガをした部分にスライム細胞を与えていき、

傷を受けた部分に同化させ塞いでいく。

 

『あ、あれ?』

 

狼牙族の元ボス(わかりにくいからリーダーと呼ぼう)は自分が瀕死のケガを負っていたはずだったのが、すっかりケガが治ってしまったのを不思議がった。

 

『これは、アニキの力ですか?』

 

『そうだ。俺の細胞を分け与えて傷を塞いだ。だからお前の体には俺の体の一部が宿っている』

 

その説明を受け、感激に咽ぶリーダー。

 

『オオオオ~~~~~ン! 今ここにボスに終生の忠誠を誓います!』

『『『『『誓います!!』』』』』

 

リーダーとその後ろに控えた一族連中が吠える。

まあ、忠誠を誓うっていうんだから、いいか。

あれ? リーダーってあんなに大きかったっけ? ヤベ、スライム細胞渡し過ぎたか? 二回りはデカくなってるな。まあいいか。

 

『ボス。よろしければ私に名前を頂けませんでしょうか? 終生の忠誠の誓いとして、ボスに名付けられた名前を死ぬまで名乗りたいと思います!』

 

狼牙族のリーダーは畏まって俺の前にお座りしているな。

名前が欲しいのか、かなりしっぽが左右にぶんぶんと振られている。わかりやすいな、コイツ。

 

『え~っと、ローガでどう・・・?』

 

『ウオオオオオオーーーーーーー!! ボスよりローガの名を頂いたぞーーー!!』

 

『『『『『ウオォォォォォ!!』』』』』

 

暑苦しいやつらだな。えらく盛り上がっちゃったよ。

 

『そういや、お前たちはどれくらいの数がいるんだ?』

 

『私を含めて六十匹ほどおります、ボス』

 

多いな!おい。食糧問題とか、大変だな、こりゃ。水だけはここにたっぷりあるけど。

こいつらの面倒みるのかー。

え、狼牙族のリーダーにローガと名付けるって、安直すぎる?

まあ、喜んでるからいいんじゃないかな。

 




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第10話 子供たちと話してみよう

今日も今日とて泉の畔で水を吸い込む俺。

でも泉を枯渇させないように水の量には気を付けないとね。

 

ガサガサッ

 

ふいに茂みから何かが出てくるような気配がしたので慌ててそちらに向き直る。

 

「にーちゃん、魔物が出てくるかもしれないから、村から遠くへ行っちゃいけないって言われてるよ・・・」

 

小さな少女が隣の少年の服の裾を掴んで呟く。

 

「どうしても水がいるんだよ、チコ。村はずっと雨が降らずに作物も枯れかけているし」

 

にーちゃんと呼ばれた少年が答える。

そういえば、俺がスライムになってこの森に居座ってから、雨降ったっけ? 記憶に無いな。

もっとも泉の底で沈んている期間もそこそこあったけど。

 

「でも・・・、森の泉も毒で汚れてしまったって村長様が・・・」

 

不安げに呟くチコと呼ばれた少女。

 

「そう言われてたけど、井戸の水も少しずつしかもらえないし、母ちゃんの具合も良くならないし、どうしても水がいるんだ。少しでも可能性があるなら、調べてみないと」

 

振るえるように、それでも力強く一歩一歩泉の方へ歩みを進める少年。

 

「カンタにーちゃん・・・」

 

なにっ!にーちゃんはカンタって名前だったのか!

であれば、妹はチコではなくメイちゃんであれ!(ムチャクチャ)

 

兄妹は俺が見えるところまで来たのだが、急に走り出し俺を素通りして泉の畔にしゃがみ込む。

 

「み、水が綺麗だ・・・」

 

「ホ、ホントだよ、カンタにーちゃん!水がキラキラしてる!」

 

カンタと呼ばれた少年は泉に顔を突っ込んでゴクゴクと水を飲み出した。

チコと呼ばれた少女も両手で泉の水をすくって喉を潤し始める。

 

「ぷはー!生き返った!」

 

「にーちゃんおいしいね!」

 

兄妹はたらふく水を飲んで満足したのか、嬉しそうに話す。

そして、ふと横を見て俺に気づく。

 

「わああ!」

「きゃあ!」

 

慌てた兄妹はしりもちをついてびっくりする。

そりゃびっくりもするか。

というか、ヒヨコや狼牙族とはコミュニケーション取ってるけど、人間と会ったのはこれが初めてだぞ! ついに、人とファーストコンタクト! く~、緊張するねぇ、子供とはいえ。

やはりここは友好的な態度で臨まなくては。

 

(あー俺は・・・)

 

って、声出ねーよ?俺。ヤベー!久々やべちゃんヤッベー!

どうやってコミュニケーションとるよ?

 

「魔物か!? 見たことない魔物だ・・・。チコ!ここはにーちゃんが食い止める! お前は逃げろ!」

 

「にーちゃんも一緒じゃないとやだよ!」

 

「チコ!早く逃げるんだ!」

 

ああ、仲のいい兄妹のテンプレ会話聞いててほっこりしている場合じゃないわ。

敵意が無いって教えないと可哀そうだよね。

 

とりあえず地面に字を書いてみるか。

 

ボクは悪いスライムじゃないよ・・・っと。

 

「な、なんだ?何か魔物が書いてるけど・・・」

 

「にーちゃん、字、読める・・・?」

 

「ばかっ!にーちゃんに読めるわけないだろ。村長かザイーデルばあさんじゃないと」

 

うお!異世界教育恐るべし! 田舎の村では識字率低いか!

ならばっ!必殺パントマイム!

 

「うわっ! なんだかウネウネし出したぞ」

 

「ちょっとかわいいかも」

 

兄妹も少し落ち着いてきたみたいだけど、やっぱコミュニケーションとれねー。

ほとんど不思議な踊りだからな。どうするか?むむむ・・・

 

『少年よ、聞こえるか?』

 

俺はエネルギーをぐるぐるしながら、念話をイメージして心で語ってみようとする。

 

「うわっ!頭に声が直接響いてきた!」

 

「にーちゃん、あたしにも聞こえるよ」

 

えっ!? マジで念話成功? やった!何でもとりあえずトライしてみるもんだね!

トライさんありがとー!(意味不明)

魔物以外でも念話って通じるのね。

 

『泉の水は俺様が浄化したから、とっても綺麗だぞ。いっぱい飲んでいいぞ』

 

「ほ、ほんと!?」

 

少女が嬉しそうに聞いてきた。

 

『ああ、たくさん飲むといい』

 

「あんた、水の精霊か?」

 

少年の問いに俺は体をデローンMr.Ⅱ型から美しいブルーのティアドロップ型へ変更する。

え? いつの間にデローン型がデローンMr.Ⅱ型へ進化したのかって? まあ気にしないでくれたまえ、気分の問題だ。

 

「うわっ!変身した!?」

 

『俺は水の精霊ではないよ。だが水の精霊の力を借りて、この泉は奇跡の泉になった。お前たちにも水の精霊の恩恵があるだろう』

 

ちょっと言い回しが難しかったか?

 

「恩恵・・・?」

 

『体の不調が改善したり、体の調子が良くなったりするだろう』

 

「ほ、ホントか!?」

 

泉を見て興奮するカンタ。どうかしたのかな?

 

「なあ、俺たちのかーちゃんも助けてくれよ! 水をたくさん飲ませてやりたいけど、体調が悪くて起きられないんだ・・・」

 

そう言って俯いてしまう。

 

俺様は早速俯瞰イメージを起動する。

 

『お前たちの村はここから近いのか?』

 

「ああ、そんなに遠くないよ」

 

『村の入り口は竹の柵で囲ってあるところか?』

 

「え、よく知ってるな。行ったことあるのか?」

 

ないよ。何たってここから全くと言っていいほど動いてないからね(笑)

ほぼヒキコモリ?

そんなわけで俯瞰イメージを拡大して空から村を観察中。

 

『いいやない。それでお前たちの家はどこだ? 入口からどう行くのか説明してくれ』

 

「あ、うん。ウチは入口から入って右手の建物の3軒目のさらに奥の小さい家だよ」

 

『家の横に空の大甕があるな』

 

「そ、そうだよ! とーちゃんが生きているころは家の中にしまってあって、村の中央にある井戸に水を汲みに行ってたんだけど、とーちゃんが死んでからは、かーちゃんが力仕事していたけど、体調を崩しちゃったから、甕を家の外に出して、近所のおじさんが余裕のある時に水を汲んでくれてたんだ。でも村の井戸の水も少なくなって・・・」

 

『入り口を入って中央の井戸を超えた左手は大きな畑が広がっているな』

 

「ああ、村のみんなで畑をやっていて、作物が取れるごとに行商人が来るから、それでいろんなものと交換するんだ。でも雨が降らないから作物も育たなくて・・・」

 

俯きながら話す少年の瞳に涙が溜まっていく。どうにもすることのできない悔しさがあるのだろうな。

 

『少年、名前は?』

 

「えっ、ああ・・・、カンタっていうんだ」

 

「あたしはチコ!」

 

答えた少年に続いて元気よく少女も答える。微笑ましいな。

 

『カンタ、チコ。お前たちは約束を守ることが出来るか?』

 

「約束?」

 

『そうだ、約束だ。この泉で俺に会ったことを誰にも教えないという約束が守れるのならば、お前の家まで水を運んでやろう』

 

「えっ!? ホントか!」

 

『ああ、本当だ』

 

今はまだ俺の存在を村全体に知られるわけにはいかない。泉が綺麗になったことが知られれは大勢の村人がここまで押し寄せるだろうし、何より俺が討伐されかねない。

 

「守るよ!約束! だから、水を届けてくれ! かーちゃんを助けてくれ!」

 

「チコも守る!」

 

『そうか、優しい兄妹よ。では俺も約束を守って水を届けよう。今日は気を付けて帰るがいい』

 

「うん!」

「ありがとう!」

 

いい笑顔だ。なんだかいい事をした気分だな。まだ何にもしてないけど。

 

「アンタ、なんて名前なんだ?」

 

「お名前、教えて?」

 

二人して目をキラキラ輝かせて聞いてくる。

 

『俺様はスライムのヤーベだ』

 

「じゃーな!ヤーベありがとう!」

 

「スライムさんありがとう!」

 

元気に挨拶して村へ帰っていく兄妹。

ヤーベなのかスライムなのかわからん挨拶をしてしまったな。まあいいか。

 

 

・・・・・・

 

 

『ローガ、いるか?』

 

『はっ!ここに』

 

俺が念話すると、瞬時にそばに控えるローガ。どこにいたんだろね?ほんと。忍者だね。

 

『あの人間の兄妹が無事に村まで帰りつけるよう見えない位置から守れ』

 

『ははっ!』

 

ピィ!と口から鋭い音を鳴らすと、さらに3匹の狼牙族の狼が並ぶ。

 

『先ほどの人間の子供たちが魔物に襲われたりしないよう守れ。気取られるな!』

 

『ははっ!』

 

3匹は風のように消える。ほんと、忍者かっての。

 

『ボス、村に水を持って行って恩でも売る作戦ですか?』

 

『まずは子供2人だからな・・・、恩ってほどでもないだろうな』

 

『ボスは気長ですな』

 

スライムだから、気が長くなったんですかね~。

俺は今日の夜村に水を運ぶため、さらに泉の水を取り込んでいった。

 




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第11話 村に水を届けよう





カンタ、チコの兄妹と約束したからにはしっかりと責務を果たそうではないか。

日が落ちて月が真上に来るころ、俺は村に向かって出発した。

 

『ボス、私と部下2名、護衛のために同行致します』

 

ローガが部下を2名連れて俺に並んでくる。頼もしい奴らだ。

 

『頼む。だが村人に見つかるなよ?』

 

『ははっ!お任せください』

 

まあ、ローガたちの俊敏性は今やとんでもないからな。頼りになる。

ずるずると移動を始めるとローガが声をかけて来た。

 

『ボス、我が背にお乗りください。村まですぐにでも到着して見せましょう』

 

おおっ!リ〇ル大先生とラ〇ガのような関係だな! かなりあこがれてたんだよね。俺。

 

『うむ、頼むぞローガ!』

 

言うなり俺はローガの背中に飛び乗る。

 

『それでは行きますよ、ボス!』

 

ドンッ!

 

強烈な瞬発力を見せ瞬時にトップスピードで加速するローガ。

当然の如く吹き飛ばされその場に転がり落ちる俺。

・・・悲しい。

 

 

『ボスッ!大丈夫ですか!』

 

慌てて戻ってくるローガ。そういやリ〇ル大先生はスライム形態時ねん糸スキルで体を固定していたっけ・・・。ねーよ!そんな万能糸スキル! くそう!ノーチートの俺ではリ〇ル大先生には近づけないってのか!?

 

と、言いつつ再度ローガの上に飛び乗る。

 

『ボス、どうやって俺につかまりますか?』

 

そんなん、触手伸ばすしかないやんな。なぜ大阪弁?

 

にゅい~んと両サイドから触手を伸ばし、ローガのお腹の前で触手をつなぎ合わせる。

 

『うひゃひゃ! ボス! くすぐったいです! 無理です!』

 

触手をお腹に回した途端、暴れ出すローガ。こらじっとしないと俺が落ちるだろ・・・ってぶぎゅる!

 

ローガが転げたため、地面に押し付けられて潰れる俺。ひどすぎる。

 

『ああっ、ボス、すいません!』

 

ローガが思いの他くすぐったがりということは分かった。あまり役に立たない情報だが。

こうなったら直接首当たりの毛を掴もう。

再度ローガに飛び乗ると、スライムボディの接触部からローガの毛の感触を感じる。

認識出来たところでスライムボディの一部を毛に絡ませ掴むようにする。

これで振り回されても落ちることはない。

 

『よし、村に向けて出発だ』

 

俺はやっと村に出発することが出来た。さあ約束の水をたっぷり持っていくぞー!

 

 

――――――――――

 

 

ものの3分で到着。マジで速いな、ローガ。

 

『村の人に気づかれないように注意してくれ』

 

『わかりました、ボス!』

 

早速、カンタ、チコ兄妹の家に水を届けに行こう。

俺はローガから飛び降りると、ズルズルと家の方へ移動する。

 

ここがカンタとチコの家だな。甕が外に置いてある。中は空っぽだ。

俺はホース型にした触手を甕の中に伸ばしいれる。

だが、このまま水を入れてはいけない。

しばらく使用していなかったみたいだしまずは掃除だな。

俺は背中側に空気取り込み口を作って空気を取り入れてからホース型の触手の先から吹き出す。甕の中のごみや埃を吹き飛ばすように掃除だ。

今度は綺麗になった甕の中にホースのように伸ばした触手から水を出す。

 

じょぼじょぼじょぼ~

 

よし、満タンになった。

俺はついでにカンタやチコの家の扉をそっと開け・・・開かなかった。

きっとつっかえ棒でもしてあるのかな。

うん、用心が肝心だ。でもちょっと悲しい。

でもでもでもでもそんなの関係ねぇ~、なんてったって俺様はスライム。

そんなわけで扉の隙間からにゅるんと家の中に入る。

 

家の中に入ると、薄めの布団にお母さん、カンタ、チコが寝ていた。

台所っぽいところに行くと、鍋や水差しが置いてある。

どうせならここにも水を入れて行こう。

 

じょぼじょぼじょぼ~

 

どうだろう、これくらいの水でどのくらい生活できるんだろうか?

一週間くらい持つのかな?

またカンタにでも聞いてみよう。

 

次に畑に移動だ。

確かに作物がしおれている。

俺様は触手のホースの先をジョウロ型に変更する。

 

しょばしょばしょば~

 

広大な畑だが、頑張って水を撒いていく。

 

しょばしょばしょば~

 

畝の間を移動しながら、まんべんなく水を撒く。

 

何といっても水の精霊の加護を受けた奇跡の水だ。

もしかしたら作物がいっぱい採れたり、おっきくなったりしないかな。

・・・泉の周りの木々や花たちはかなり元気に育っていたな。この畑も期待していいかもな。

 

結構広い畑だったが、俺様はなんとか撒き終わった。

 

よし、それじゃ帰るか。おーい、ローガ。

 

『ははっ!』

 

早速ローガの背中に乗って早々に去る。

 

『いい事したら気分がいーなー』

 

『よかったですね!ボス』

 

 

 

―翌朝、村にてー

 

「かーちゃんかーちゃん! 見てみて! 甕に水がいっぱい入ってるよ!」

「ええっ!?」

「にーちゃん、水差しにも鍋にも水がいっぱい入ってるよ!」

「うわっ!ホントだ」

「ええっ!? どういうことなの?」

 

母親が二人に問いかける。

 

「にーちゃん、これってスライムさんが入れてくれたのかなぁ」

「ばかっ! チコ、それは内緒の話だろ!」

「内緒って何かあったの?」

 

母親は心配してカンタに尋ねる。

 

「何でもないよ、かーちゃん。でも、きっと水の精霊様が水を恵んでくれたんだよ、きっと!」

「かーちゃん、お水飲んでみて!」

 

チコは水差しからコップに水を灌ぐ。

母親は粗末なベッドから身を起こしコップの水を口に含んでいく。

 

「・・・ふう、ずいぶんスッキリしたわ。ありがとう」

 

母の笑顔に喜ぶ姉妹。二人にとって森の泉に二人だけで行くことは大冒険だったのだが、結果として大成功に終わったようだ。

 

 

 

「・・・村長!見てみろ! 雨も降っていないのに、畑に水が・・・」

 

「おおっ・・・これは神の御恵みなのか・・・」

 

「いったいどういう事なんだ・・・?」

 

ずっと雨が降らずに水不足で困っていた村にとって、雨が降った形跡がなく、井戸が干上がり気味なのに畑だけに水がたっぷりと降り注いで潤っているのは、まさに神の奇跡というべき情景だった。

 




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第12話 精霊たちの誤解を解こう

いつものエネルギーぐるぐるを行っていてふと気づく。

ぐるぐる練り上げて貯めたエネルギーを放出していろんな現象を起こしているわけだ。

ならば、このぐるぐるエネルギーを外から自分の体内に取り込めたらすごくないか?

 

仮にだが、このぐるぐるエネルギーを「魔力」とした場合、外から「魔力」を吸い込み使えるようになれば、自分の体内でぐるぐる練り上げる以外にも強力な切り札になるはずだ。

 

自分の体内のぐるぐるエネルギーを練り上げるのではなく、渦のようなイメージで回し出す。まるで水が渦を巻き吸い込まれていくように力をイメージしていく。

 

ズオンッ!

 

俺様の周りの空気が変わり、木がざわめきだす。ゆっくりと空気が俺様を中心に回り出しているような気がする。

 

ズズズズズッ!

 

自分の体内にぐるぐるエネルギーがものすごい勢いで満ちてくる。自分で練り上げるよりずっと早い。

 

(おおっ!これはいいぞ!)

 

調子に乗ってもっとエネルギーを集めてみようと力を入れてみる。

 

ズゴゴゴゴッ!

 

木々が大きくざわめき、空気が加速するように流れ出す。

その時だ。

 

「ちょっとちょっと!アンタ何やってんのよ!」

「そんな事をされると、とても困ってしまいます~」

「風たちも困っているので、もっと優しく接してもらえると嬉しいです・・・」

「お前、アタイにケンカ売ってんのか!」

 

え~っと、美少女4姉妹がそろい踏みです。姉妹かどうかわからんけど。

後、何気に空飛んでるな、コヤツら。何だが水色っぽい衣装の女の子は元気娘って感じだ。水色のミニスカから健康的な足がスラッと伸びている。ボーイッシュな髪形も元気倍増なイメージだ。

茶色っぽい衣装の子は腰まであるツヤツヤのブラウンヘアーが美しいおっとりしたお姉さんって感じだな。パレオのような長いロングスカートに薄茶のブラウスが清楚な感じだね。緑っぽい衣装の女の子は、だいぶ引っ込み思案な感じ。でもすごくかわいくて優しそう。膝くらいまである薄緑のフレアスカートを靡かせると一段とかわいさが増す。

真っ赤な髪を逆立ててタイトなミニスカートを穿く赤い衣装の子はちょっとヤンキー入ってる感じ。

 

『え~っと、どちら様ですか?』

 

この前子供たちと試してうまくいった念話で話しかけてみる。4人?いるから、全員に伝わるように意識する。

 

「ボクは強制的に魔力を吸収しようとするのは良くないと思うな」

 

水色のボクッ娘に言われた。

 

「契約したりして、頼まれれば風の力を貸すこともあるけど、無理やり魔力を吸収するのはどうかと思うのです」

 

緑色の清楚な子にもダメ出しされた。

 

「無理やりはイケないと思うの~。もっと分かりあってからの方がいいと思うわ」

 

茶色いお姉さんは何か違う気もするが、そこはあえてスルーだ。

 

「てめえ!ぶっ飛ばすぞ!」

 

うん、赤髪トサカはヤバいヤツっと。

 

『あ、やっぱりこのぐるぐる回ってるエネルギーで魔力なんですか?』

 

 

「え? 何で実践してるキミが知らないの?」

 

水色のボクッ娘が首を傾げて俺に聞く。

 

『自分、ここで生まれて基本一人で生活していて、誰にも何も教えてもらってないんで。』

 

「うっわ~、チョー寂しいヤツ!」

 

赤髪トサカが俺を馬鹿にしたように声を上げ、下げずんだ目で見降ろしてくる。

 

ほっとけ!誰も好き好んで寂しい思いをしてるわけじゃねーよ!

スライムだから仕方ないだろ!

 

さらに赤髪トサカがとんでもないことを言いだした。

 

「魔力を吸い取ってるから、邪悪な存在なら滅ぼそうと思ってきてやったんだ」

 

『ちょ、ちょっと!俺は邪悪でも何でもねーよ! 試しにエネルギーが集まらないか試して見ただけだから』

 

「何だ、残念だな。邪悪な存在なら遠慮なくアタイの必殺技、<獄炎拳弾ファイア・ラグナック>を炸裂させてやろーと思ったんだけどね」

 

赤髪トサカは拳に炎を纏わせ体の前で左右の拳をゴツゴツとぶつける。怖いからやめて下さい。

 

「そう言えば、キミこの前この泉をすっごく綺麗にしてくれたから、泉にボクの加護つけたんだよね。もしかして泉だけじゃなくて、キミ自身にも加護欲しかった?」

 

水色のボクッ娘がニコッと笑顔で聞いて来たので、シンプルに疑問をぶつけてみる。

 

『加護って何ですか?』

 

「加護って、ボクたち精霊が与えるもので、ボクなら水の加護をあげられるよ! 水の魔法の抵抗力が上がったり、水の魔法を使いやすくなるよ。加護とは別に契約ってのもあるけどね」

 

『じゃあ君は水の精霊なんだ。加護と契約は違うんだ?』

 

「加護はボクたちが一方的に付与してあげるチカラ何だけど、契約は相互協力だから。キミの魔力をもらって力を直接貸すことが出来るようになるよ。直接的には水の精霊魔法を使用できるようになるのと、契約した私自身を精霊界から呼び出すことが出来るようになるね」

 

『いつでも呼び出せるんだ? じゃあ友達だね!』

 

「と、友達っ!?」

 

水色のボクッ娘がびっくりした顔をする。

 

『うん、俺基本独りぼっちでここにいるし・・・。契約して友達になってくれると嬉しいな~』

 

あまり深く考えずに思ったことを言う。そう言えば今はローガたちは獲物取りに行ってるし、ヒヨコも軍団結成の旅に出ているため、今は俺しかいない。うん、だから嘘じゃないよね。実際寂しいし。

 

「うわ~、寂しいね~。キミには泉も綺麗にしてもらったことだし。そう言えばキミ、子供たちにも自分が水の精霊様だー! なんて言えたのに、正直に水の精霊に力を借りたって言ってたね! ボクは正直な人が大好きだから、ボクの加護を付与して契約もしてあげるよ!」

 

『えっ!? ほんとっ! やった!』

 

水色のボクッ娘が両手を開いて前に突き出す。

正直スライムの俺を人って呼んでくれるのはありがたいやら複雑やらだけど・・・。

 

両手のひらが光り輝いたと思ったら、俺に抱き着いてきた。

光に包まれたと思ったら、光が収まっていく。

 

「ボクは水の精霊ウィンティア! これからよろしくね!」

 

そう言って水の精霊ウィンティアは俺に抱き着いてくる。スライムボディはたゆんたゆんして抱き心地がいいだろう? だが、こちらもウィンティアが抱き着いて接触している個所の触感を集中して感度アップ! ウィンティアのぽよぽよおっぱいとスレンダーなフトモモを堪能だ!

 

・・・これは相互協力によるWinWinな関係だからな?

 

俺が全身でぴょんぴょん飛んで喜びを表すと、他の精霊たちも興味を持ったみたいだ。

 

「あなたは~、泉の水を撒いて木々に安らぎを与えてくれましたし~。私、土の精霊であるベルヒアからも加護を付与し契約も行ってあげましょう~」

 

『わ! ありがとう!』

 

茶色のロングへアーなゆるふわお姉さん、土の精霊ベルヒアも光り輝いたかと思ったら抱き着いてきた。

光が収まって加護と契約が完了する。

 

「あなたの魔力はとても力強くて優しいです。きっとあなたの存在はこの世界において無くてはならないものになって行くでしょう。私、風の精霊シルフィーも加護と契約を授けましょう」

 

緑色の清楚な娘、風の精霊シルフィーも光り輝き出し、抱き着いてきた。

 

『すごく嬉しいよ!』

 

「アタイは加護も契約もやらねーぞ! そんな安い女じゃねーからな!」

 

胸の前で腕を組みそっぽを向く赤髪トサカ女。

 

『じゃあいいや。三人も友達が出来たし十分だよ』

 

「えっ!?」

 

俺があっさり諦めたので、信じられないって顔をして俺を見る赤髪トサカ。

 

『3人同時に呼び出した時はすごく賑やかになるね!バーベキューでもしたいね』

 

「バーベキューって?」

 

ウィンティアが小首を傾げて俺に聞く。

 

『仲の良い者同士集まって料理して食事したり、ゲームして遊んだりするんだ』

 

結構適当な説明だな!自分で言ってて情けないけど。

 

「へー、楽しそうだね! 私たちは魔力を高めて実体化すれば触れるようになるし、物を食べたりも出来るようになるよ。食べたものはすべて魔力にエネルギー変換されるけど」

 

すごいな、エネルギー変換率100%! うらやましい・・・って、もしかして俺もそうだったりするかな? 排泄しないし。

 

「待て待て待てぇ!」

 

赤髪トサカが喚き立てる。

 

『なんだよ?』

 

「いやいや!ここはぜひとも契約と加護をお願いしますって泣いて頼むところだろっ!」

 

赤髪トサカが捲くし立てる。

 

『いや、別に』

 

「何でだよ! 俺様にも加護と契約をお願いしますって言えよ!」

 

『だが断る!』

 

「どどど、どうしてだよ! 俺様にまさか不満でもあるってのか!」

 

『むしろ不満だらけだ』

 

漫画であればガーンといった表現がバックに出ること間違いなしの表情でショックを受ける赤髪トサカ。

 

「チクショー! こうなりゃ無理やり加護与えて契約してやる!」

 

赤髪トサカは全身に炎を纏わせて輝きだすと俺に突っ込んでくる。

 

『ばっ、こら!やめっ・・・あちゃちゃちゃちゃ!』

 

ジュ~~~~~といい音がしながら赤髪トサカに抱き着かれる。

俺から煙が立ち上ってるだろ!

 

「ふんっ! 炎の精霊フレイアだ。加護と契約を与えてやったんだ。死ぬほど泣いて感謝しな!」

 

『アホかっ! 焼け焦げて死ぬほど熱かったわ!』

 

俺は炎の精霊フレイアを睨む。

あ。スライムだから暑さ寒さに強いのかと思ってたけど、今焼かれて熱かったぞ。

やばい!炎耐性とかどうやって取得するんだろ?

トレーニングとしては、フレイヤを呼び出して毎回焼かれて経験値を稼ぐ・・・つらいな。

 

「あ、これで4大精霊と契約しちゃったね!過去の歴史に4大精霊と同時に契約した人なんていなかったから、キミすごいね!」

 

「私の感じている通り、きっと世界に無くてはならない存在になるくらいすごい人ですわ」

 

ウィンティアが褒めればシルフィーも同意する。

 

「でも、気負わなくてもいいわ~、自然の中でゆっくり生活してね?」

 

ゆるふわおねーさんのベルヒアが言う。

 

「俺はお前をまだ認めてねーからなっ!」

 

フレイアは俺のまえにゲンコツを突き出し宣う。

ならなぜ加護を寄越して契約する?

 

「これでボク達は一旦帰るけど、いつでも呼んでね!」

 

そう言って精霊たちは見えなくなる。

 

水の精霊 ウィンティア

土の精霊 ベルヒア

風の精霊 シルフィー

炎の精霊 フレイア

 

4大精霊たちから加護と契約をもらってしまった。

これってチートって言ってもいいのかな?

わかんねーけど、チートだね!うん。そうしよう。そう決めた。

 

でないととっても寂しいから。

 




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第13話 村人たちの諍いを仲裁しよう

あれから3~4日ごとにカンタとチコの家に水を届けてやっている。

ついでに村の畑に水を撒いてやっている。

なんだが畑が急速に元気になっている気がするな。にょきにょきと元気に育っていたり、色の悪かった実がツヤツヤになったりと奇跡の泉の水効果が出ているようだ。

きっと村では喜ばれていることだろう(自画自賛)

 

『ボス! 大変です』

 

ローガが俺の横に馳せ参じた。

 

『どうした?』

 

『ボスが水を届けに行っている村を監視させている部下からの報告なのですが、カンタ、チコの兄妹が村の一部の人間から敵視されているとのことです』

 

俺は衝撃を受けた。

 

『何だと! どういうことだ!?』

 

『はっ! 人間たちの会話を拾わせたところ、どうもカンタ少年の家だけにきれいな水があるのが、村の井戸の水を盗んでいると指摘している人間がいると・・・』

 

『馬鹿な! あの子供たちや母親がそんなことが出来るわけがないだろう』

 

『その通りだと思いますが、どうも今現在村の井戸が枯れる寸前まで枯渇しており、その状態でカンタの家だけ水瓶が満タンなのはおかしいと・・・』

 

むうっ! 確かに村の井戸が枯れているのにカンタの家だけ水瓶が満タンなのはそりゃおかしいだろうけど・・・。だからと言って、枯渇気味の村の井戸から水を盗んだことにはなるまい。というか、もはや枯渇気味の井戸からは水瓶を満タンにするほど水が盗めまい。

 

『畑とカンタの家だけ水不足が解消しているため、村長を含め、自分たちの生活に必要な水を確保できない者達が、カンタ少年たちに対して不満をぶつけているようですな』

 

ああ、俺が泉の事を内緒にするように頼んだからだ!

あの兄妹は律儀に俺との約束を守っているのか。なんて子たちだ。

自分たちが村の連中に攻められているんだ。この泉や俺から水を貰っていることを話して水の出所を明らかにすれば攻められることもないだろうに・・・。

 

『なかなか律儀な兄妹ですな』

 

俺の考えていることを読んだのか、ローガは努めて平静に話す。だが、ローガだってきっと俺と同じ気持ちだろう。

 

『ローガ、すぐ村に出向くぞ』

 

『ははっ! して、部下はどれくらい引き連れますか?』

 

『全員だ』

 

『・・・よろしいので?』

 

『ああ、自分たちの事しか考えない大人たちにはキツイ対応も必要だろう』

 

多少剣呑な雰囲気で俺は答える。

 

『ですな』

 

ローガもニヤリと笑った。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

村では、村長以下多くの村人が枯れた井戸の周りに集まっていた。

 

「カンタよ。なぜお前の家だけ水瓶に水があるのじゃ」

 

村長はカンタ、チコの兄妹に質問をぶつける。

 

「カンタ、どういうことなの? 何か知っているの?」

 

カンタの母親は家から出ていなかったため、井戸の水が回復したとばかり思っていた。

だが、実際には井戸の水はほぼ枯れており、村人全員の水を賄えない状況になっていたのだ。

水を飲んでいたら体調が良くなって床から起き上がれるようになったので家から出てみたらカンタたちが村人に囲まれていたのだ。

 

「お前が水を盗んだんだろう! 水を返せ!」

 

村人の中でもいつもリーダーを気取って皆を纏めようと空回りする男、ウーザがカンタを怒鳴りつける。

 

「村の水なんて盗んでない! そんなことするもんか!」

 

カンタは全力で否定する。

妹のチコはカンタの左腕にしがみついている。

 

「にーちゃん・・・」

 

その目はスライムさんの事を村長に言わないの?と問いかけているように見えた。

だが、カンタは約束したのだ。泉の事は喋らないと。

そしてスライムのヤーベは、約束を守って水を届けてくれている。

カンタにはどれだけ村長たちに攻められようと、ヤーベとの約束を破る気はなかった。

ヤーベはちゃんと約束を守って水を届けてくれているのだから。

 

「しかし村長、畑がめちゃくちゃ元気で、作物も急にデカくなってますよね? これ、行商人が来たら、すごくいい値で引き取ってもらえそうですよね」

 

まじめに畑一筋でコツコツと作業することで定評のあるムニージが村長に話題を変えるように話しかけた。

 

だがその気遣いをすぐにウーザがぶち壊す。

 

「行商人が来るまでに俺たちが干上がっちまうよ! カンタが水を盗むせいでな!」

 

ウーザに睨まれるカンタだったが、一歩も引くことなく村長たちに向かい合う。

 

「俺は悪いことはしていない!」

 

カンタは両手に拳を握り、必死に涙をこらえる。

 

「カンタ・・・」

「にーちゃん・・・」

 

チコも母親も心配でカンタに寄り添う。

 

「村長、井戸水が枯れて水が足りないのは心配だが、畑の作物が想像以上に育っている。水がない分は水分の多い収穫物を村人たちで分けて何とかしのげないだろうか?」

 

ムニージは村長に今できることを提案していく。このあたりが挫けずにまじめでコツコツ何事も進めて行くと評判の男らしい反応だ。

 

「だが、それもこの畑が急に元気になったからだ。カンタの家だけ水瓶が枯れないことも含めて、原因がわからぬことには、またいつ畑が萎れてしまうやもしれんし・・・」

 

村長の発言を受けてウーザがまたカンタを目の敵にする。

 

「お前の家だけ水瓶に水があることが怪しいんだよ! 畑だって何をやっているんだ!」

 

ついにカンタの胸倉を掴むウーザ。

 

「ウーザ、落ち着け! 相手は子供だぞ!」

 

ムニージの窘めも聞かず、ウーザは力を緩めない。

 

「約束したんだ! 誰にも言わないって!」

 

カンタは涙目になりながらも、それでも言わなかった。

 

 

「そこまでだ!!」

 

 

その時、ものすごく大きな怒鳴り声が響いた。

 

「な、何だ?」

「誰だ?」

「あ、あそこに何かいるぞ!」

 

誰かが指さした方向を見れば、村の広場にある小さな教会の屋根に何かがいるのが見えた。

大きな狼の上に何かが乗ったシルエットが映る。

 

「ヤ、ヤーベ!」

「スライムさん!」

 

カンタとチコが同時に叫ぶ。まさしく二人が泉で出会い、その存在を内緒にすることを条件に水を届けてくれた相手、スライムのヤーベだった。

 




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第14話 村の井戸を復活させてみよう

「そこまでだ!!」

 

・・・あれ?

俺、今声が出たな。

俺の怒りの度合いがあまりに激しかったのか、文句を言うために発声器官が完成してしまったようだ。純粋に口が出来たのはありがたいが、原理は不明なり(汗)

 

とりあえず口が出来た?のなら話が早い。カンタを助けてやろう。

俺はローガに合図を送る。

ローガは念話を送らずとも俺の意図を寸分違わず汲んでくれる。

 

教会の屋根を飛び上がると、カンタの前に着地する。

もちろんカンタの胸倉を掴んでいた男を吹き飛ばして。

 

「ヤ、ヤーベ!」

 

思わず泣き出しながら抱き着いてくるカンタに、俺は優しく触手で頭を撫でてやる。

 

「お前、結構律儀なのな。こんなに大人たちがお前に文句言ってるとは思わなくてな。俺様の事を内緒にしろなんて言って悪かったな」

 

俺はカンタに謝る。

 

「そ、そんなことねーよ! 俺だってヤーベに水を運んでもらってかーちゃんも元気になったんだ。俺の方が助けられたよ」

 

そんなことを言うカンタの頭を今度はワシワシしてやる。

 

「で? 大の大人たちが寄って集って子供相手に何してんだ? 事と場合に寄っちゃあ、カンタの代わりに俺が相手になってやるよ」

 

少々剣呑な雰囲気を出して俺は周りを見回していく。

 

「ま、魔物なのか・・・?」

「でも、あんな魔物見たことないぞ?」

「というか、あの巨大な狼も見たことないぞ!」

 

ざわざわしだす村人たちを一喝するようにウーザが怒鳴り散らす。

 

「魔物が村に入り込んだんだ! みんな退治するぞ!」

 

気勢を上げるが、誰もついては来ない。そりゃそうだよな、ローガを見てケンカ売れる奴は相当だと思うぞ。

 

「退治する? 俺をか? いや、俺たちをか?」

 

俺のセリフに反応するようにずらっと狼牙族60匹が村人たちを取り囲むように姿を見せる。

 

「きゃああ!」

「な、なんだ?」

「村長!狼に取り囲まれているぞ!」

 

急に大勢の狼に取り囲まれて村人たちは大パニックになった。

はっはっは、子供たちをイジめた罰だ。反省したまえ。

 

「スライムさん! 狼さんはスライムさんのお友達?」

 

チコちゃんが狼牙族に恐れることなくローガを思いっきりナデナデしながら聞いてくる。

ローガよ、そんな何とかしてください、みたいな目で俺を見るな。耐えろ。

 

「そうだよ。大事なお友達さ!」

 

『ア、アニキ・・・』

 

感動してちょっと目がウルウルしているローガ。自分の部下がいるところではアニキと呼ばずボスと呼ぶようにしているようだが、思わず感動して出ちゃったみたいだ。

 

「貴殿は狼たちのボスということでよろしいか?」

 

村長らしき爺さんが話しかけて来た。さっき村長って呼ばれてたし、間違いないだろうけど。せっかくだから出来るだけ友好的なコミュニケーションを取りたいものだ。うまくいけば、村に遊びに来れるようになるかも。

・・・もっとも狼牙族60匹も引き連れて村人囲んでおいて友好的も何もないもんだけどな! どうせ大人のくせにカンタを攻め立てていたヤツは許さんし、問題なしだ。

 

「そうだな、俺がこの狼牙族を纏めている」

 

「そうですか。出来る限りの事はさせてもらいますので、どうか村人たちには手を出さないで頂けませんでしょうか?」

 

村長は俺に深々と頭を下げる。

 

「俺はカンタたち兄妹が一部の村人に攻められていると聞いてやって来ただけだ。もともとこの村をどうこうするつもりはないよ」

 

俺の言葉に心底ホッとした表情を浮かべる村長。狼牙族に囲まれているし、だいぶ心配したみたいだな。そりゃそうか。

 

「そうですか・・・ありがとうございます。ところで、貴殿がカンタたちに水を届けていたのですかな?」

 

「そうだよ。こうやって畑にも水をやっていたな」

 

俺はそう言うと触手をホースのように伸ばして水を勢いよく飛ばす。

 

「「「おおっ!」」」

 

村人たちが水をみてびっくりする。

 

「この水は貴殿が生み出しているのですかな?」

 

「いや、森の泉の水だ」

 

村長の問いに正直に答える。

 

「森の泉は汚染されていたはずですが・・・」

 

「俺が浄化した。今は水の精霊の祝福を受けた奇跡の泉としてきれいな水を湛えているぞ」

 

「な、なんと・・・!」

 

村長は俺が泉を浄化しただけでなく、水の精霊に祝福を受けたことに驚いているようだ。

 

「貴殿は、まさか水の精霊様でいらっしゃるのですか・・・!」

 

俺はデローンMr.Ⅱからティアドロップ型へ姿を変える。ポヨンッ!

 

「「「おおっ・・・!」」」

 

ふふっ!ここで「ボクは悪いスライムじゃないよっ」てやりたいけど、どうも村人みんなスライムにみんなピンと来てないようだし、きっとムダだね。

 

「いや、俺は水の精霊ではない。水の精霊は友達だがね。で、村長。随分とカンタを攻め立ててくれたようだが?」

 

再度威圧するように村長に向き直る。

 

「も、申し訳ございません! 村人たちの生活を支える井戸が枯れかけてしまっております! 水が村人全員に十分行き渡らなくなってしまい、困窮しているところへカンタの家の水瓶だけ水が枯れない状況に一部の村人が不満を持ってしまいまして・・・」

 

いきなり土下座したかと思うと、状況を説明し出す村長。

 

「じゃあ、井戸が復旧してまた水が出るようになれば誰も文句言わないな?」

 

俺は村長に確認する。

 

「もちろんでございます!」

 

すがるような村長の視線に多少辟易するが、このままにもしておけんしな。

何とかしてみよう。

 

「ウィンティア! ベルヒア! 力を貸してくれ!」

 

俺は契約した水の精霊ウィンティアと土の精霊ベルヒアを呼び出す。

 

「はいは~い!」

「お待たせ~」

 

俺の左右に水の精霊ウィンティアと土の精霊ベルヒアが現れる。

 

「「「おおおおお~~~~~」」」

 

村人たちが俺の左右に現れた精霊に驚いている。

 

「二人ともすまない、力を貸してくれ」

 

「もちろんいいよ! 君は僕の友達だしね!」

「私ももちろんOKよ~」

 

二人とも頼もしいね!

 

 

 

「まずはウィンティア。この井戸なんだけど、枯渇しかかっているんだ。水源そのものに問題がないか確認できるか?」

 

「ちょっと待ってね!」

 

と言いつつ水の精霊ウィンティアは右手から光を出し、井戸の底を探っていく。

 

「うん、水源自体は問題ないようだね。この地面の下に水はあるよ」

 

と、言うことは水の出が悪いのは地盤の問題だな。

 

「ではベルヒア、水源までの地層がどうなっているかわかるか?」

 

「は~い、ちょっと調べてみますわね~」

 

と言ってふわりと浮き上がると井戸の底へ降りて行く。

 

「ヤーベちゃん、わかったわよ~」

 

ふわふわと浮かび上がって帰って来た土の精霊ベルヒア。

 

「何がわかったんだ?」

 

「もともとこの井戸の下に硬い岩盤層が少しあるみたい。今までこの硬い岩盤層にある亀裂を通じで水が染み出て来たみたいだけど、少し地殻変動があったみたいで、亀裂がほとんど塞がっちゃったみたいね。だから水源から水が上がって来ないんだと思うわ」

 

土の精霊ベルヒアの説明で理解できた。今までは硬い岩盤層のわずかな亀裂から水が出ていたのが、塞がってしまって水が出て来なくなってしまったわけだな。

 

こんなことでカンタやチコやお母さんが村人たちに言われない中傷や疑いをかけられるとは許せないな。

 

「硬い岩盤層は15mほどありそうよ。大丈夫?」

 

俺がどのような方法をとるのか想像しているのか、ベルヒアが聞いてくる。

 

「12発さ!」

 

俺はニヤリと笑うと必殺のスライム触手(右)をぶん回した。

そして井戸の真上に飛び上がる。

 

「スライム流戦闘術奥義! トルネーディア・マグナム6連!」

 

勝手に名付けたスライム触手でのコークスクリューパンチ6連撃。6連撃なのは依然泉の畔でヒマしてた時にいろいろ必殺技を考えて試していた時に実際やってみて、超スピードでのアタックでは6連撃がコントロールできる限界だったからだ。

ちなみにスライム流戦闘術は矢部氏の脳内でイメトレされたものである。

ありがたいことにこの世界に彼をチュウニビョウとさげずむ者がいないのは僥倖であろう。

 

ドゴォォォォォン!

 

ド派手な音を立てて井戸の底に亀裂が入る。だが、もう一回だ。俺様は再度井戸の上空へ飛び上がる。

 

「もう一丁! トルネーディア・マグナム6連!」

 

ズゴォォォォォォン!

 

再度のアタックにひび割れが大きくなり、一気に水が噴き出る。

 

ブシューーーーーー!

 

「おおおっ! 水が! 水が出たぞ!」

 

村長が興奮した様子で叫ぶ。

カンタたちを攻め立てていた男もバンザイして喜んでいる。いい気なもんだ。後でオシオキコースだな。

俺は水が噴き出した井戸を見ながら村人の前に姿を現してしまったことで、今後の対応をどうするか考えることにした。

 




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第15話 井戸の復活をお祝いしよう

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「・・・で、精霊様は普段どちらにおられるのですかな?」

 

「・・・いや、だから精霊じゃないんだけどね・・・」

 

「ほっほっほ、まあそれは置いておくとしましてですな・・・」

 

 

なぜか今俺は村の井戸がある中央広場に一段高く作られた席のど真ん中に座らされている。

みんなが集まっている上に食事と言う事なので、取りあえずデローンMr.Ⅱからティアドロップ型へ変化させ、色も美しいコバルトブルーへ変更している。あまりに水色だと某RPGっぽくなりすぎてしまうしね。まあこの世界じゃ誰もわからないだろうけどさ。

 

無事井戸を復活させて、水の供給不足と言う状況を改善した俺。そうしたら村長が井戸を復活させて村人みんなの飲み水の心配を解消してくれたお礼と、カンタたちを心配させたせめてもの償いとして、村人総出でお祭りをやろうということになった。もっとも、今まで水不足で生活もままならないほど厳しい状態だったのだ、いろいろごちそうがすぐ用意できるわけでもなかった。

 

「でも、畑の作物ですごく元気になったり、大きく育っている野菜もありますから、それを収穫してみましょう」

 

ムニージが率先して野菜の収穫に出向いていく。

 

俺も何か手伝えないかな・・・

 

「ローガ」

 

『はっ!』

 

「部下たちとともに、村の周りでイノシシとかウサギとか、獣を狩れるか?」

 

『もちろんです、ボス! 狩りは我々狼牙族の最も得意とするところです』

 

ニヤリと笑うローガ。ウン、ローガのイカツイ笑い顔にもだいぶ慣れたな。

 

「それはそうと、念話でなく普通にしゃべっているが、俺の言葉理解できてるんだ?」

 

疑問だったので率直にローガに聞いてみる。

 

『はい、問題なく。なぜかはわかりませんが、今まで喋られていた内容はすべて理解できております。どうも私だけでなく、部下たちも理解できておるようです。』

 

そう言うと、他に3匹ほど俺の前に風のように現れる。

 

「お前たちも俺の喋っている言葉が分かるのか?」

 

『『『ははっ!理解できております』』』

 

「そうか、何はともあれお前たちと意思疎通が出来ることは僥倖だ。それでは狩りを頼むぞ!」

 

『『『ははーっ!!』』』

 

俺の前に来た3匹を筆頭に60匹が一瞬にして消える。村の外に狩りに出かけたのだろう。

張り切り過ぎて狩りまくらなければいいが・・・。

 

ん?

 

「あれ?ローガ、お前は行かないのか?」

 

俺の横にドーンとお座りして微動だにしないローガに声をかける。

 

『はい、我はボスの護衛という最も大事な仕事がありますゆえ』

 

俺が話しかけると、きりっとした顔で答えるローガ。でも尻尾パタパタ揺れてますよ。

それにしても俺の護衛? 

 

「別にいつも護衛しなくてもいいぞ。今日とか、みんなで狩りに行っても」

 

『我々狼牙族は今まで狩りをしている時が一番幸せでしたが、今はもっと幸せな時がありますから』

 

「ん? どんな時だ?」

 

『ボスの隣にいる時です』

 

・・・ローガァァァァァァ!!

 

誰もいなかったら抱きついて泣いていたかもしれない。

だが、ここには村人たちもいっぱいいるのだ。

自重せねば。

 

「そ、そうか」

 

俺のコバルトブルーの体、赤くなってないよな?

 

 

 

そうこうしているうちに、早くもローガの部下たちが帰って来た。仕事早いな!

 

・・・気合、やっぱり入っちゃったよね~

 

村の入り口から砂塵が舞う。

どうやら獲物を引きずってきているようだ。

 

『『『ボス! ただいま帰りました!』』』

 

「おう、お帰り~、というか、だいぶ大量だな」

 

『ははっ! 人間たちもそこそこ人数がいるようでしたので、ボスの威厳を見せつけるためにもだいぶ気合を入れましたよ』

 

次々と運び込まれる獲物たち。巨大イノシシが4,5,6・・・

細かいウサギも次々山積みにされていく。

 

「うぉぉー、すごい獲物の数だ!」

「しかも大きなイノシシばかりだぞ」

「見て、ウサギもあんなに!」

 

村人たちが色めき出す。まあ、すごい数の獣だしね。相当肉が食えそうだよ。

 

『いい仕事だぞ、お前達』

 

ローガが重厚な雰囲気で部下たちを褒める。リーダーの威厳を出そうとしてますね、ローガさん。

 

「「「うぉぉぉぉぉーーーー」」」

 

入り口近くで村人たちが盛り上がっている。

 

『なんだ?』

 

ずぞぞぞぞっ!と音がしたかと思うと、巨大なクマを数匹の狼牙族で引きずって来た。

 

『ボスッ! 今回の狩りの一番の大物になります』

 

目の前には巨大なクマ。結構いろんなところから血が出てますケド。

 

「こ、これは・・・!」

 

村長が巨大なクマを見て驚く。

 

「たまに冬眠前になると村近くに来るのか、村の畑や家畜にも被害が出たりすることがあったのですが、とてもじゃないですが、討伐などできるサイズのクマではないので、気を付けるだけで放置されておったのですよ」

 

それを倒してきたわけだ。そりゃ村長も安心するよね。

 

『これは、キラー・グリスリーですな。体長5mに満たない程度ですので、この種としては少し小ぶりですが、このあたりの人里近い森ではかなりの脅威かと。今仕留められたのは僥倖ですな』

 

あ、そうなんだ、結構ヤバイやつだったのね。名前からしてキラーグリスリーだもんね。

でもこの巨体なら食いでがあるね。村人たちには喜ばれるだろう。

それにしてもローガ、獣に詳しいのね。

 

『このキラー・グリスリーは我々と同じ魔獣です。我々狼系とこ奴ら熊系は犬猿の仲でして。油断すると手ごわい連中もおりますし、なかなか大変なのですよ。ただ、肉は少々堅めですがうまいですぞ』

 

そう?熊って臭いイメージ有るけど。まあ、村人たちにも振る舞えばいいか。

 

「イノシシやクマは毛皮も役立つだろう。村で使ってくれればいい」

 

「ほ、本当ですか? これらすべてよいのですかな?」

 

村長が驚いた顔を俺に向けてくる。まあ、俺たち食べる以外に用途ないからね。

 

「ああ、俺たちには毛皮は不要だな。ただ、今日はコイツラに腹いっぱい肉を食わせてやってくれ。余った分は干し肉に加工したりして村で食べてもらって構わないよ」

 

俺が今日肉食べたら後は全部あげるよ、と言ったので、村長たちは感激したようだ。

 

「精霊様に肉と毛皮を頂いたぞ! 今日は開村祭の前祝いだ! 存分に楽しもう!」

 

 

「「「わああああ~~~~~」」」

 

 

村人たちが大事にとっておいた酒を出してきたようだ。そして復活した井戸からの水を

汲み出しては村人たちに配って行く。

 

「村長、開村祭って?」

 

「年に一度、村を開いた時期にお祭りをするのです。それを開村祭と呼んでおります。

それがもうすぐ開催が迫っておる時期でしてな。それなのに井戸が枯れてお祭りどころではなくなっておりましたが、井戸も復活させて頂けたことで、無事に開村祭を開催できそうです」

村長が嬉しそうに話す。

 

「そうか、じゃあ開村祭には俺たちも協力しよう。今日くらいの獲物をまた狩って村に届けるとしよう」

 

「おお!それはありがたい。ぜひ精霊様にもご参加いただきたいものですな!」

 

そして俺の前にも村長がコップを差し出す。せっかくなので触手を出して受け取ることにする。

 

「井戸の復活と精霊様の加護に、乾杯!」

 

「「「乾杯!!」」」

 

いや、何度も言うけど精霊様じゃないからね。精霊は別にいるからね?

てか、いつの間に加護あげたことになってるの? 俺そんなチート能力持ってないからね?

 

「おーい、みんな聞こえる?」

 

ちょっと小さい声で虚空に話しかける。

 

「聞こえるよ」

「聞こえてます」

「聞いてるわ~」

「お前何勝手に精霊扱いされてんの?」

 

水の精霊ウィンティア、風の精霊シルフィー、土の精霊ベルヒア、炎の精霊フレイアが

俺の後ろに顕著する。フレイアだけキレ気味なのはなぜ?

 

「何か精霊扱いされているんだけど、俺大丈夫かなぁ?」

 

何気に不安で聞いてみる。大精霊様とかがいて、勝手に精霊名乗った罪で成敗されたりするとか? でも魔物扱いされるよりは、精霊扱いの方が危険少なくていいんだよなぁ。

 

「まあ、いいんじゃないかなぁ?ボク的にはなんだかヤーベが仲間になった気がしてうれしいけどね!」

 

水の精霊ウィンティア、このボクッ娘ホントに俺の心をついてくるな~。

チョー嬉しいよ。

 

「精霊だって偽って悪いことしないならいいのではないでしょうか・・・?」

 

風の精霊シルフィー、この子は優しいな~。いつもそよ風に吹かれているような心地よさがあるね。

 

「お姉さんが包み込んであげるから大丈夫よ~」

 

土の精霊ベルヒア、ほんわかお姉さんだけど、言ってることはわからないです。ハイ。

 

「お前、精霊語って悪さしたらショーチしないからな!」

 

炎の精霊フレイア・・・ノーコメントで。

 

「コメントしろよな!」

 

俺は村長に復活した井戸の水を注がれながら精霊扱いも悪くないかも、と考え始めていた。

 

 

 




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第16話 ヒヨコの軍団を結成しよう

『ボス!仲間のヒヨコを集めてボスにヒヨコ軍団を献上して見せます!』

『わかった!お前には隊長の座を用意しよう! ヒヨコ隊長! 隊長の名にふさわしい軍団の構築を頼むぞ!』

『ははーーーーーっ!!』

 

とかなんとか言ってヒヨコ隊長が旅立って幾年月(笑)

実際には一ヶ月も経っていないかな?

現在ローガたちには森の奥へ探索に行ってもらっている。

ローガだけは俺の護衛に残りたかったようだが、探索効率のため、自分の部下を直接指揮してもらうため出かけてもらった。

そのため、一人で泉の畔で水やりをしている。

一人で過ごすのはちょっと懐かしささえ感じるようになったね。

 

そんな時、軍団は唐突にやって来た。

 

「「「「「「「「ぴよぴよぴよ~~~~~」」」」」」」」

 

わわわ! なんだ?この軍団? すごい数だけど・・・

ものすごい数のヒヨコが飛来してきた。もしかしてヒヨコ隊長が部下を連れて帰って来たのか?

 

 

「ぴよぴよ!」

 

ひと際大きい鳴き声が聞こえたかと思うと、全ヒヨコがビシッと整列し出す。

 

「ぴよ~~~ぴ!」

 

鳴き声一閃、一糸乱れぬ動作で隊列を組むヒヨコたち。

 

『ボス!ヒヨコ隊長戻りました! 新たにヒヨコ200匹を軍団に納め、ボスに仕えたいと思います!』

 

おお、本当に軍団を形成してくるとは、やるなヒヨコ隊長!

 

『うむ!ヒヨコ隊長の名に恥じぬ見事な働きである!』

 

仰々しく褒めてみる俺。出来る上官をアピールだ。

 

『ははーーーーっ!ありがたき幸せ!』

 

『これで見事なヒヨコ軍団を結成することが出来た』

 

ただ、取り立てて軍団が出来てもやることないんだよね。

 

『まずは長旅で疲れただろう、今日はゆっくりとその辺で休むがいい』

 

『ははっ!ありがたき幸せ!』

 

いちいち硬いね、ヒヨコ隊長。それにしても200匹を賄うエサがいるじゃん。

俺は食べなくても大丈夫だけど、ヒヨコたちはそうはいかないだろう。

魔物狩りにでも行かねば・・・。

 

『それでは皆の食糧を確保してくる。ゆっくり休んでいるといい』

 

と言って出かけようとしたのだが・・・。

 

『ボス!それには及びません!』

 

と言ってヒヨコ隊長が俺を止める。

 

『おいっ!』

 

そう言ってヒヨコ隊長が声をかけると、後ろからデカイイノシシを引きずって来るヒヨコたち。

 

『こちらへ向かっている途中でこのレッドボアに出会いましたので、仕留めてまいりました』

 

わお、りっぱなイノシシだ。レッドボアっていうのか? 魔物かな? 赤毛の巨大イノシシだね! 顔が怖いね(汗)

 

『これで今日はパーティと洒落込みましょう!』

 

ずいぶんと張り切っているヒヨコ隊長の意見を却下する理由も無い。

 

『出来れば皮を剥いで肉を焼いて食べたいものだな』

 

俺の呟きにヒヨコ隊長が反応する。

 

『わかりました!レッドボアの丸焼きと行きましょう』

 

そう言って「ぴよぴよ~」と部下に指示を出す。

あっという間にたくさんのヒヨコたちに突かれたレッドボアの皮は剥がされて肉がむき出しになる。

結構太目な枝をたくさんのヒヨコたちで引きずって来ては明らかに火で炙るための準備を始めようとしていた。

 

『おいおい、大丈夫か?』

 

巨大なレッドボアを串刺しにしてヒヨコたちが薪を集めて火を起こす準備すら完了しそうだ。恐るべしヒヨコ!

いまどーやって串刺しにした?てか、まるでモン〇ンのように獣肉を火で炙るシステムが木の枝で組まれてますけど?

これ、カソの村で開村祭の時にヒヨコたち連れて行ったらバーベキューの準備完璧なんじゃね?

 

「「「ぴよぴよぴよ~」」」

 

そのうち3匹が鳴き声を上げると、まさかの火の玉が薪に向かって飛ぶ!

そして見事に薪に火が付いた。

 

(えええええ~~~~~!!)

 

ヒヨコ、魔法使えるの!? 火の魔法使ったよね? それで薪に火をつけたよね?

恐るべしヒヨコ!

てかうらやましー! 俺も魔法使いてー!

なんならヒヨコ俺に教えてくれ!

 

そして、やたらとうまそうな匂いがしてくる。あれ?焼いてるだけだよね?

 

え? いつの間に匂いもかげるようになったのかって?

いやね、先日カソの村で歓待を受けた時にね、井戸の水の後にお酒も振る舞ってもらったわけ。お酒とくれば、ただ流し込むのももったいないじゃない? なんとか味わかんないかな~、匂いわかんないかな~と思ってたら、分かるようになりました!

いや、多少エネルギーぐるぐる、てかもう魔力でいいよね?精霊たちもそう言ってたし。

ぐるぐるした気はするけど、そんなに必死に何とかしようと思ったわけじゃないんだけど、何とかならんかなーと思ったら、何とかなったという(苦笑)

まあ、気持ちの問題って大事よね?

 

・・・あれ? ヒヨコ隊長どこ行った? アイツ、他のヒヨコより一回りはデカいからな。すぐわかるはずなんだが。

 

 

・・・いた、けど・・・

 

「ぴよぴよぴよ~」

「ぴよよ~」

「ぴよぴよ~」

 

『はっはっは、お前達、そう慌てなくともみんな相手してやるから』

 

ピキキッ!

 

えーと、ヒヨコ隊長の周りに7匹くらいヒヨコが集まってますな・・・

ええ、どっからどー見てもあれはハーレム、というやつですな。

こちとら、異世界飛ばされてまったく何の説明もないまま、スライムになったと気づいたときにチートでハーレムだーと勝手に喜んだ挙句ノーチートで今だヒロイン候補の登場も無し。

これがラノベの小説だったらぜってー売れねーぞ!

スライムと狼とヒヨコしか出て来ない物語なんて。

誰得だよ!ヒロインどころか、美人の女性すら出て来ないのに、ヒヨコはハーレムだとぉ!

 

俺はスルスルとヒヨコ隊長の前に移動する。

 

『あ、ボス。バーベキューの準備はまだ・・・』

 

「ギルティ」

 

『な、なぜぇぇぇ!』

 

触手をブン回してヒヨコ隊長を追い回す俺。

涙をちょちょぎらせながら逃げ回るヒヨコ隊長。

そしてヒヨコ隊長の愛人だか嫁だか知らんヒヨコたちからは悲鳴。

 

 

『ぴよっぴよ~(隊長とボス、仲がいいなぁ~)』

『ぴよぴよ(まったくだ。羨ましい限りだな)』

『ぴよぴよよ(俺たちもボスに相手してもらいたいもんだぜ)』

 

なぜかヒヨコの部下たちからは羨ましがられていた。

 




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第17話 ポンコツ女騎士を追い返そう!

ついにヒロイン?登場です!
読み返してみて、ホントにこれでいいのかと葛藤してますが・・・
後、局地的豪雨があったようです。7月になり暑い日も始まりますね。皆様も体調には十分お気を付けください。


「嫌っ!離して!」

 

えらく金切り声が響いてくる。やっとこ泉を浄化して周りの魔物を消化しまくって、水汲みに来た子供たちや村人達と仲良くなって平和な生活を手に入れられると思ったのに。

またまたトラブルか?

そういや、ローガたちはまだ森の奥の探索から帰って来ていないし、ヒヨコ隊長の軍団は逆に町の方へ情報収集に行かせている。狼と違ってヒヨコは人間たちにあまり警戒されないだろうしね。カソの村からさらに徒歩で約2日、冒険者ギルドがあるソレナリーニの町がある。その町の周りにヒヨコ軍団を派遣している。

そのため、またまた1人で泉の畔で水やりをしている。

1人で過ごすのはちょっと寂しささえ感じるようになったね。

 

ああ、状況を思案している場合ではなかったな。

見れば、騎士風の女が二人の盗賊風な男に襲われていた。

金属で出来た胸当てと腰回りのパーツからハーフプレートを纏っていると推測する。

ガントレットも金属製のようだ。なのに太ももはむっちり素肌が出ている。

異世界どーなってるの?装備バランス。

 

「きぃーひっひっひ!こんなウソに引っかかるオメーが悪いんだよ!」

 

「全くだぜ!チョロいにもほどがあるぜぇ」

 

男2人に襲われて悲鳴を上げる女騎士。というか、こんなゴブリンみたいな盗賊風の男2名にあっさり襲われる騎士がいるのか?もしかしてなんちゃって騎士?

 

肩のアンダーシャツを引っ張られ、肩当が外れてしまい、服が破られた。

 

「やだっやだぁー!」

 

泣きじゃくるように叫ぶ女騎士。ついに男の片方に馬乗りに圧し掛かられた。

 

「へへっ、観念しろってーの!」

「俺たちが薬草取りを教えてやるって本当に信じてたのか? オメー本当に馬鹿だな!」

「ひ、ひどい!」

 

泣きじゃくる女騎士の胸のプレートを男が引き剥がそうと力を籠める。

 

「お前たちなどに汚されるくらいなら・・・くっ、殺せ!」

 

(え~~~~~~~~!! ホンモノのクッコロシンドローム!!)

 

いや~、さすが異世界!あるんだね~、ホントに。

クッコロなんてラノベネタだとばっかり思ってたけど。

惜しむらくはゴブリンのような盗賊風の男ではなく、オークであれ!

 

「へっ!そんなに殺して欲しけりゃ殺してやるよ。もちろん散々楽しませてもらった後だがなぁ!がはははは!」

 

「うううっ・・・!」

 

これからの惨劇を想像し、絶望の表情を浮かべる女騎士風。

いや、こりゃ女騎士風だよ。絶対。こんな弱い女騎士いないだろ、普通。

だけどまあ、男どもはクズ決定だな。容赦しなくてよさそうだ。さあ助けようか。

 

「お~~~~い」

 

「なっ?何だ?」

 

俺は右手?を思いっきり伸ばした。

 

ドゴォ!

 

「ぶぺらぱっ!」

 

馬乗りになっていた男が振り返ったその顔目掛けたパンチが見事右顎をヒット!

顎を粉砕して男を吹き飛ばす。

 

「えっ?えっ?」

 

女騎士風の女は(ややこしいな!)急に男が吹っ飛んだことに戸惑っているようだ。

 

「なななっ!なんだっ!」

 

もう一人の男は仲間を見捨てて逃げようとするが、もちろん逃がさねーよ?

俺は次に右手?をぐるぐると振り回して遠心力を乗せると男を狙う。

 

「発射!」

 

ゴスッッッ!

 

ものの見事に逃げる男の後頭部を直撃する。

 

「もげげっ!」

 

男は顔面から地面に突っ伏して倒れる。

えっ?いつの間にこんな攻撃が出来るようになったかって?

ふふんっ!俺も進化したってことよ・・・あれ、信じてない?

 

実の所、右手をイメージして作った触手の中に、石を握り込んでました!

石を握り込んで槍のように直線で伸ばしたのが最初の1撃。モーニングスターや鞭のように振り回して先端に握り込んだ石をぶつけたのが2撃目。拳よりも一回り大きめの石でいったからな。相当なダメージだろう。

 

「大丈夫か?」

 

「えっ?えっ? ・・・もしかして君が話しかけているのか?」

 

女騎士風は助けてもらったことよりも、俺が話しかけたことの方にびっくりしているようだ。そりゃそうか。スライムに助けられるなんて想定外だよね。だいたい喋ってるのも非常識かな?

 

「そうだよ」

 

「ま、まさか魔物がしゃべるとは・・・、はっ!無頼者たちを倒して助けた代わりにこの体を好きにさせろと・・・くっ、犯せ!」

 

「なんでだよっ!? なんで助けたのに犯さなきゃならねーんだよ! ていうか、そこは殺せだろ!」

 

「だっ、だが助けてもらったのに私には何もお礼に差し出せるものがない!この体くらいしか・・・、はっ!さきほどの触手に絡め捕られて、ヌメヌメにされて・・・くっ、犯せ!」

 

「だからあ! そこは殺せだろ! というか、殺さねーし犯さねーけど!」

 

「そ、そうなのか・・・」

 

「何でちょっと残念そうなんだよっっっ! おかしいだろーが!」

 

「す、すまない・・・ちょっと気が動転しているようだ」

 

動転しすぎだろーよ。

だいたい、盗賊相手にあれほど泣いて嫌がっていたのに、このスライムである俺には犯せっておかしいだろーよ・・・

 

「まさかモンスターフェチとかじゃないだろうな?」

 

「ええっ!? そそそ、そんなことはないぞ・・・うん。ただ、私の命をその身を挺して助けてくれた喋る魔物さんにドキドキしているなど・・・うん、ないぞ・・・」

 

うぉーい!全部心の中を吐露しちゃってるよ!

基本的に白馬の騎士がスライムだったら、普通ドキドキしなくね?

いや、食べられるかもって違うドキドキがあるか。

 

てか、前世で全くモテず、ドーテイまっしぐらで賢者どころか大賢者も間違いなしだった俺様が、なぜスライムになったとたんモテている? だいたいねーよ! ヘソまで反り返った俺様のピーーーーが! なにせスライムだからな! ・・・ええ、誇張しましたよ! 俺様のピーーーーなんてヘソまで反り返ってなかったですよ! 

だいぶ盛りましたけど何か?

 

「あの・・・、魔物の君はずっとここにいるのか?」

 

女騎士はやたらモジモジしながら俺様に聞いてくる。

 

「ああ、俺はスライムだし、町に買い出しとか無理だから。金無いし。」

 

まあ、カソの村には姿を見られてしまったが、なんだか精霊の一種みたいに見られているようだし、内緒にしてもらうように言ってあるしな。てか、カソの村はお店とかあったか?

 

「なんだろう、すごく切実に極貧な冒険者と会話しているようだ・・・」

 

やたらとかわいそうな目で見てくる女騎士。ほっとけ。

 

「そういや、君の名前を聞いてないな」

 

女騎士を見つめてみる。・・・最も俺様に目があるかどうかわからんから、見ているかどうかわからないだろうけど。

 

「・・・そんなに見つめられると、照れるじゃないか。むっ、ジッと見つめてこの私に自ら体を開かせるようプレッシャーを・・・くっ、犯せ!」

 

「だからなんでだよっ!・・・て、なんで俺が見つめてるってわかるんだ?」

 

まさかこの女騎士、魔眼持ちとかか? ラノベにありそうなポンコツ女騎士と見せかけて実はチート持ちってヤツか?

 

「ん? だって、こんなに熱い目で私を見つめているじゃないか・・・」

 

と言ってこちらに歩いてくる。

女騎士は右手の人差し指を突き出してくる・・・なんだ?人差し指がデカくなって・・・

 

ツン!

 

「グオオッ!」

 

「わあっ!」

 

女騎士は軽く突いたようだが、俺の体は柔らかいため、ぷっすり刺さったみたいだ。

ていうか、外から見たら俺の目があるってことか?

痛覚が無いから痛くはないのだが、ぷっすり刺さったことにより驚いて大声をあげてしまった。

 

「すっ、すまない!痛くなかっただろうか・・・?」

 

すごく心配そうに覗き込んで来る女騎士。やべっ!よく見るとコイツかわいいな。

 

「痛くはないから大丈夫だ。ちょっとびっくりしただけで。というか、俺に目があるのか?」

 

「うん、すごくつぶらな瞳で私を見つめているぞ・・・」

 

両手を頬に当て、赤くなる女騎士。全くもってスライムのこの俺のどこがいいのかわからんが。自分で言って悲しくなるけど。

ていうか、つぶらな目があるのか!俺に。集中して見ると目が出てくるのかな?

自分では見られないからな。コミカライズでもされないとわからねーな、ハハ!

 

「というか、まだお前の名前を聞いていないが?」

 

肝心なことを忘れていたぞ。いつまでも心の中でポンコツ女騎士と呼んでいるわけにもいかないからな。

 

「あ、ああ、すまない。私はイリーナだ。イリーナ・フォン・ルーベンゲルグという。よろしく頼む。」

 

うわ~~~~~、ワケあり来た~~~~~!

フォンって確か貴族の家名に使うやつじゃね?貴族の娘がこの可愛さで弱いポンコツ騎士の格好で一人でフラフラして盗賊に襲われてたって、どんなワケありだよ!ワケありにも程があるだろーがよ!

ていうか、よろしく頼むってスライムに何を頼むつもりだよっ!

 

「で? アンタはなんでこんな所に来てあの二人に襲われてんだ?」

 

「せっかくイリーナと名乗ったのだ。イリーナと呼んではくれまいか・・・?」

 

めんどくせーーーーー!!

 

めんどくさいが、言うことを聞かないともっとめんどくさくなるパターンだと推測する。

 

「で、イリーナはなぜこんなところで盗賊に襲われてたんだ?」

 

そこで血を吹き出しながらぶっ倒れている2人を見ながら問う。

あ、そうだ。逃げ出さないように縛っておくか。

俺は触手を伸ばして木の弦を引っ張ってくると、2人の盗賊を縛っておく。

 

「私はとある事情で王都にいられなくなったので、田舎に逃げてきたのだ。ソレナリーニの町まで旅をしてきて、冒険者ギルドに登録して初めてのクエストに薬草採取を選んできたのだ。その時に冒険者ギルドの酒場にいた2名がこいつらだ。こいつらも旅の途中だったみたいで、薬草取りが得意だから教えてくれるっていったので一緒に来たのだ。このすぐ近くのカソの村までは行商人たちと一緒に来たので、こいつらも私を襲わなかったのかもしれない。カソの村から薬草の話を村人に聞いて森に入ったところで襲われたのだ。やはり最初から私は狙われていたという事だろうな・・・」

 

うわ~、初めてのクエストで目をつけられて襲われるって、何たるテンプレ!しかも俺が助けなかったら完全アウトな感じじゃなかったか? というか、こいつら盗賊じゃなくて、質の悪い冒険者?

 

「とりあえず、冒険者ギルドにこの2名を引きずってでも連れていけ。襲われた経緯を話して対処してもらえよ。」

 

「わかった・・・」

 

と言って弦を引っ張るが、大の男2名分を引きずっては行けないようだ。

 

「むむむっ!重い・・・」

 

「は~~~、すぐ近くのカソの村に話を付けてコイツラを縛ってソレナリーニの町まで連れて行ってくれるように村人にも協力してもらおう。開村祭が近いから、お祭りの協力を申し出ればこちらへの協力も得られるだろう。冒険者ギルドに行って報告した上早く引き渡してしまえ」

 

そう提案すると、イリーナは両手を胸の前に組み、花の咲いたような笑顔で俺を見る。

 

「そ、そうか!さすがは魔物の君だ。早速村に行って人を呼んでくる!」

 

そう言って早速村へ走り出そうとしたので俺は慌ててイリーナを止める。

 

「イリーナ、わかっているだろうが俺の事は誰にも言うなよ? 喋るスライムなんて言ったら変な目で見られるか、討伐対象になって襲われるかどちらかだからな」

 

「なんと・・・、こんなにも真摯な魔物の君の事を誰にも言えないというのか?そんな寂しい事・・・」

 

と言ってすごく寂しそうな顔をして俯くイリーナ。

これは、うまく念を押さないとコイツはポンコツだからどこでやらかしくれるか全くわからん。カソの村では俺様は精霊という事になっているが、コイツは冒険者ギルドに戻った時に俺の事をうまく説明できるとは思えないしな。それに今カソの村にはコイツラを運んできた行商人たちがいるようだ。どんなものを扱っているか見たいところだが、俺が姿を見せるのはまだまずいよな・・・

 

「イリーナ。俺の事は俺とイリーナの二人だけの秘密だ」

 

「ふっ、二人だけの秘密・・・! 魔物の君との・・・!」

 

イリーナは顔を真っ赤にして両手で頬を抑え、体をクネクネさせる。

特別な感じを出して俺の事を秘密にさせようと思って言ってみたが、なんだか効果があったみたいだ。

 

「ところで、さっきからスライムという言葉が聞こえた気がしたのだが・・・」

 

「ん?」

 

「スライムって一体何のことなのだ?」

 

「んん?」

 

スライムって何のことって・・・それこそ何のこと!?

 




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第18話 ヤーベの仲間を勢揃いさせてみよう

「スライムって一体何のことなのだ?」

 

「んん?」

 

俺はイリーナが何のことを言っているかすぐ理解できなかった。何の事って?

 

「あっ!もしかして魔物の君の名前なのかな? ス、スライム殿とお呼びしてもよいだろうか・・・」

 

「いや、名前じゃねーし。というかスライムってモンスター知らないのか?」

 

「やっぱり魔物の君はモンスターだったんだね。でもスライムって種族は聞いたことないな」

 

何だって・・・スライム知らないのか? というか、この世界にはスライムはいないってことか・・・? いや。このポンコツイリーナがただ知らないだけって可能性の方が高いな。

 

「イリーナは冒険者になる時に魔物の情報をもらったか?」

 

「うむ、冒険者ギルドに登録した時に、近隣の森に出る魔物の情報をもらったぞ。討伐対象で報奨金が出る魔物もいるからな」

 

「そこにスライムはなかったんだな?」

 

「うむ、スライムという魔物の情報無かったし、王都に住んでいた時に聞いた話や物語を読んだりして得た魔物知識の中にもスライムなどという魔物が出てきたことは一度もないぞ」

 

なんてこった・・・。スライムがいない、もしくはレアモンスターの可能性もあるってのか。

 

「もしかして、魔物の君はすごく特殊な魔物なのだろうか?」

 

ちょっと顔を赤らめて両手を頬に当て訪ねてくるイリーナ。俺に聞かれても知らねーし。

 

「う~ん、これは一度ちゃんと調べた方が良さそうだな・・・」

 

だが、当然俺はこのまま村や町に行って図書館などで調べるわけにもいかない。どうしたものか・・・。

 

「一度、村に戻ってそれとなく調べて来るとしよう。不埒者どもを引き渡さねばならないことだし」

 

イリーナの言葉に俺はちょっと感動した。俺のためにスライムを調べてくれるなんて・・・。ポンコツ女騎士だなんて思ってごめんね!

ついでに採取依頼の出ていた薬草を渡してやる。

亜空間圧縮収納による鑑定能力が備わってから、あらゆる草を取り込んで鑑定しまくってたので、薬草や毒消し草は山のようにあるのだ。

 

早速悪党2人を引きずってカソの村の近くまで連れて行く。

村の見張りの男に村長を呼んできてもらい、事情を説明する。

 

「それは大変でしたな・・・。荷車に縛り付けて村の青年2人がかりで運ばせましょう。

なになに、精霊様のお願いです。なんてことはありませんよ! それで開村祭の事なのですが・・・」

 

やっぱり気持ちよく協力してくれたな。・・・こっちもいろいろお願いされたけど。

まあ祭りを盛り上げるためだ、出来る限り協力しよう。

 

よく見るとイリーナがポカーンとしている。

 

「ま、魔物の君は私には誰にも自分の事を言うなと言っておきながら・・・、このカソの村の住人とはとても仲良しにしているではないか!」

 

なんかちょっとプリプリして怒っている感じのイリーナさん。なんで?

 

「このカソの村では、村の井戸が枯渇して困っているところだったのを改善できたんだよ。それ以来『精霊様』って呼ばれるようになっちゃってね・・・。一応村長さんから村人たちに俺の存在は他の村の人たちには言わないように口留めしてもらってるけどね」

 

「そ、そうなのか・・・、精霊様として・・・。それなら魔物の君として知っているのは私だけということ・・・? なら約束通り、ふ、ふたりだけの秘密ってことに・・・」

 

なんだか顔を赤らめてクネクネしているイリーナ。なんだ?風邪か?俺にうつすなよ。

 

そして村の青年たちの協力を受けてカソの村からソレナリーニの町へ旅立って行った。

スライムの事を調べて来るとか言っていたが・・・、まあ、依頼達成料や2人の盗賊?を引き渡した報奨金も手に入るかもしれない。わざわざこんな何もない俺のところへまた戻ってくる必要もないような気もする。・・・ちょっと寂しい。

 

 

 

しばらくして、泉の畔で花に水をやっていると、イリーナが戻ってきた。やたら早いな。ソレナリーニの町って歩いて片道2日のはずじゃあ・・・?

向こうに1日居たとしたって、計算おかしい気がする。もう1~2日かかりそうなものだが。

走って来たのか? 汗をかいてハァハァ言ってるな。・・・うん、変な気持ちにはならないよ。ダッテボクスライムデスカラ。

・・・ん?大きなリュックを背負ってるな。明らかにリュックの上部にはテントらしきアイテムが鎮座している。

 

「・・・イリーナさん?」

 

「やあ、スライム殿! 無事に悪党2人は引き渡せたぞ。薬草採取も無事達成となって報奨金とギルドポイントを受け取ることが出来た。ありがとう、これも全てスライム殿のおかげだ」

 

満面の笑みを浮かべて喜びを表すイリーナ。だが、背中の大荷物は何だろう?

 

「で、イリーナさんは何でそんなに大きな荷物を持ってるんだ?」

 

「スライム殿。スライム殿は私の命の恩人だ。さん付けなんてやめて、どうかイリーナと呼び捨てで呼んではもらえまいか」

 

前も言われたね、それ。そういえば俺もイリーナって呼んでたね。

 

「・・・で、イリーナは何でそんなに大きな荷物を持ってるんだ?」

 

「イ、イリーナと呼び捨てに・・・、きっとこの後触手で絡め捕られて「イリーナ、お前は俺の女だ!」って抑え込まれて・・・くっ、犯せ!」

 

「イリーナと呼び捨てにしろって言ったのそっちだからね! ていうか、大体荷物の話はどこへ行った!?」

 

「もちろん、スライム殿のそばで暮らすために決まっているではないか。私はまだスライム殿に何の恩返しも出来ていないのだからな」

 

そう言って嬉しそうに泉の畔にテントを立て始めるイリーナ。君、イイトコのお嬢さんだよね?

 

「もしもーし、イリーナさん? 暮らすの? ここで? どうやって?」

 

「スライム殿・・・。スライム殿は私の命の恩人だ。さん付けなんてやめて、どうかイリーナと呼び捨てで呼んではもらえまいか」

 

「それ、さっきと同じパターンだからね? 呼んで妄想して「クッオカ」パターンだからね? しつこい天丼ノーセンキューだからね?」

 

「スライム殿。ちょっと何を言っているのかわからないのだが」

 

「狙って言ってるとしたらサンド○ッチマンレベルだからね?」

 

可愛く首を傾げて俺を見つめるイリーナにかなり激おこプンプン丸レベルでプリプリしてみる。よくわかってないイリーナ、無駄にくっそカワイイなぁ、おい!

 

『ボス! 調査からただいま戻りました!』

『ついでにエモノ取ってきましたぜ~』

『そろそろあの村で祭りが始まるでがんしょ? いいエモノ捕まえやしたぜ!』

 

ん? ローガたちが帰って来たか。

何か1匹聞いたことないヤツいるな? だいぶキャラ濃いけどそんな奴いたかな?

 

「なななっ!? 狼たちがたくさん? くっ、魔物の君をやらせはしないぞ!」

 

よたよたと腰の剣を抜きかまえるイリーナ。ぜったい弱いよな、イリーナって。

 

『ボス。なんです?このへっぽこそうな女は』

 

いや、ローガよ、そう思ってもストレートに言葉に出してはいけないときもあるのだよ。

君はもう少しコミュニケーション能力を学びたまえ。

 

『あ、わかったでがんす。人間の雌のようですし、アニキの女じゃないですかい?』

 

だから、キャラ濃いんだよ。てか、誰だよお前?

 

『おおっ!ボスも嫁を取ったってことか!』

 

部下の言葉にローガが勝手に納得する。勝手に人の嫁にするんじゃないよ。

てか、ローガよ。お前直属の部下にそんなキャラの濃いヤツ居たか?

 

「安心してくれ、イリーナ。この狼牙族は俺の部下なんだ」

 

「ま、魔物の君はこんなにもたくさんの部下がいるのか?」

 

周りの狼牙族を見渡してびっくりするイリーナ。

 

「まだ帰って来てないけど、200匹(羽?)のヒヨコも部下にいるぞ」

 

「ひ、ヒヨコ?」

 

『ボス、ヒヨコも部下にしたのですか?』

 

ああ、ローガには話してなかったな。

 

「ローガが部下になる前にヒヨコを助けたら部下になったんだよ」

 

俺の説明にガーンとなって落ち込むローガ。どうした?

 

『わ、我がボスの一番最初の部下とばかり・・・』

 

あ、順序気にしてるのか。となると・・・

 

①ヒヨコ隊長

②ローガたち狼牙族

③ヒヨコ200匹(羽?)

 

という順番だな。

 

『やはり、我には先輩となるヒヨコが1匹おるわけですな。しかも隊長の役職を持っているのですな』

 

若干ジトッとした目で見てくるローガ。そう言われましてもね・・・。

 

そこへヒヨコ隊長以下200匹のヒヨコ軍団が帰ってくる。

 

「「「ぴよぴよぴよ~」」」

 

バサバサバサッと約200匹のヒヨコが戻ってくる。

 

『ボス!ただいま戻りました!』

 

俺の前で膝をつき傅くヒヨコ隊長。いつ見ても硬いね、コイツは。

でも俺は忘れない。コヤツはハーレム王なのだ。

 

『むっ・・・』

 

ヒヨコ隊長を初めて見たローガがこちらへ寄ってくる。

 

『貴殿がヒヨコ隊長であるか。我は狼牙族リーダーのローガ。ローガの名はボスより頂いたものだ。貴殿の方が先にボスの部下になったと聞き及んでおる。これからよろしく頼む』

 

ローガよ。お前も律儀で硬いね。

 

『おお、貴殿もボスの部下になられたのであるか! それにしても狼牙族とは心強い限りでありますな! これからもぜひお互いボスの力になりましょうぞ! よろしくお頼み申します、ローガ殿!』

 

と言って両翼でローガの前足を取るヒヨコ隊長。

というかヒヨコ隊長も部下のヒヨコたちも狼牙族がたくさんいたのに、全然気後れせず戻って来たな。もしかしてヒヨコって強い?

 

「こ・・・、こんなに魔物の君にはたくさんの部下が・・・、す、すごい! やはり魔物の君は優良物件であるな!」

 

独りで両こぶしを握り、ふんすっ!と気合を入れるイリーナ嬢。

いや、アナタ貴族の娘で揉め事のために王都から逃げて来たポンコツ不良物件だからね!

俺を見る前に自分見て!

 




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第19話 集めた情報をまとめよう





 

さてさて、奇しくも全員勢揃いしたんだな。

 

「ローガ達もヒヨコ隊長も良く戻って来てくれた。お疲れさん。早速だが、報告を聞こうか」

 

『ははっ! それでは我から報告を行いましょう』

 

ローガがずいっと前に出る。ヒヨコたちにも出来るところをアピールしたいのかな?

 

『この森から北にはしばらく行きますと大滝があります。滝壺はこの泉よりも大きく、より水の確保が容易になりましょう。周りの魔物は殲滅しないように指示を受けておりましたので調査程度にとどめておりますが、比較的大物としてはキラーグリスリーかジャイアントパイパーくらいが生息しているようです』

 

ふむ、この場所から北に行くと滝があるのか。マイナスイオンを浴びに出かけるのもいいかもしれないな。

 

『北東には森の奥深くにダンジョンがありました』

 

おおっ!ダンジョン! ファンタジーっぽいな。

 

「ダンジョンってどんなものだ?」

 

『ダンジョンは魔物の住処ともいわれており、我々のようなもともと獣が魔素の取り込みで魔獣へ変化した種族の他に、ダンジョンの奥深く魔素の濃い地域から生まれ出でる者達もいます。ダンジョンの奥深くに潜れば潜るほど手ごわい魔獣が住むと言われております』

 

「へー、ローガは物知りなんだな」

 

『いや~、それほどでも』

 

と言いつつ、胸を張って相当尻尾をブンブン左右に振っているな。

褒められると嬉しいらしい。

部下は褒めて伸ばすことにしよう。

 

『ダンジョンはソレナリーニの町の人間が徒党を組んで攻略に出かけているようです』

 

ああ、冒険者たちが稼ぎに来ているのね。そこそこ人が出入りしているのなら、ローガ達では中の調査は難しいな。

 

「さすがにダンジョン内の魔物調査は難しいか」

 

『そうですね・・・我々では人の目に留まるでしょうから難しいですね』

 

『それでは我々にお任せください』

 

と、ヒヨコ隊長か。

さすがに足元をちょこちょこ走り抜けるヒヨコは目立ちにくい?のかな。

 

「ダンジョン内でも視界は確保できるのか?」

 

トリ目って、暗いところはダメなんじゃなかったかな?

 

『大丈夫です!お任せください、ボス』

 

「わかった、今すぐじゃなくていい。ダンジョンに出かける前に調査してもらうとしよう」

 

ダンジョンがあるってわかった以上、一度は出かけてみたいよね。最も人間の冒険者も頻繁に来ているようだから、今の姿のまま出かけて行くとこっちが狩られてしまう可能性が高いしな。対策を練ってからじゃないとだめだな。

 

「ヒヨコ隊長たちの調査はどうだった?」

 

「ははっ! ソレナリーニの町周辺および、町の中の情報を収集してまいりました」

 

ビシッと傅いて報告するヒヨコ隊長。ホントブレないね、隊長は。

 

『ソレナリーニの町は規模といたしましてはカソの村の軽く十倍以上はあるように思えました。町自体も町を覆う壁があり、4か所の入り口には兵士が2名ついており、町に出入りする人間をチェックしておりました。町に入る際はどうも何かを渡しておりましたので町に入る際は何かアイテムが必要になると思われます』

 

「それはたぶんお金だな。金、銀、銅などの金属で出来ている丸いものだと思われる」

 

最も、俺もこの世界に来てから一度もお金見てないけどね!

イリーナにこの国の事や通貨の事を後で教えてもらおう。

如何にポンコツでもそれくらいはわかるだろう。

 

『おおっ!ボスは物知りですな!』

 

「町中の雰囲気はどうだ?」

 

『街中はかなりの人間が生活しているようです。ボスのチェック要求がありました施設では、冒険者ギルド、商業ギルドがありました。その他宿屋、武器屋、防具屋、雑貨屋、錬金術屋などの名前も確認することができました』

 

「なるほど、思っている以上に店が充実した町のようだ。食事が出来るところも多かったか?」

 

『はい、人間がいろいろ食べている建物もかなり多かったです。いい匂いがしていましたよ』

 

『ぴよぴよ~(俺、人間に食べ物もらったぞ~)』

『ぴ?ぴよっぴ~(なにっ!ホントか?)』

『ぴよぴよ~(あ、俺ももらった。うまかったな~)』

 

何だか知らないが、ヒヨコたちは人間にご飯を貰っていたようだ。

人気があって何より。

 

『情報としましては、裏通りにある鍛冶屋兼武器防具屋が知る人ぞ知る名品を扱う店らしいです。後、町の北側にあるスラム街では何やら不穏な動きがあるとか。その他代官のナイセーはこのあたり一帯を治めるコルーナ辺境伯の覚えも良く、評判が高いようです。町自体の評価も高いようで、今後の発展に商人たちが期待しているようでした』

 

おお、なかなかいい情報じゃないか。結構今でも発展しているようなイメージだけど、今後さらに発展して行けるよう町なのか。ソレナリーニとかいう名前なのに全然それなりじゃないぞ、これは期待大だ!

 

『ただ、町の雰囲気をよく観察してきましたが、人間族以外の種族がほとんど見当たりませんでした。ボスが町に行く場合は工夫が必要だと思われます』

 

うん、ヒヨコ隊長。君は完璧だ。100点花丸をあげよう。

 

・・・おお? 気が付けば、イリーナ嬢が俺の横に正座して座っている。どーした?

 

 

「イリーナ嬢、どうした?」

 

「むっ、スライム殿。いい加減嬢付けもさん付けもやめて、どうかイリーナと呼び捨てで呼んではもらえまいか」

 

いや、その天丼もうお腹いっぱいですけど!?

クッオカいらないから!

 

あ、でもそう言えばスライムについて調べてきてくれるって言ってたっけ。

 

「・・・イリーナ。そう言えばスライムについて調べてきてくれるって言ってたね。何かわかったかい?」

 

俺はイリーナの方を向いて聞いてみた。

 

「イ、イリーナと呼び捨てに・・・、クッオ・・・あ」

 

いや、クッオカ早すぎるからね! 妄想すっ飛ばしてますから! てか、「あ」って何? もしかして・・・

 

「ス、スライム殿に早く会いたくて・・・調べて来るのを忘れてしまった・・・」

 

やっぱりー!! ポンコツ過ぎるわ!

 




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第20話 イリーナの一念発起を応援しよう

 

「え~~~、イリーナさん?」

 

俺は横で正座したままあわあわしているイリーナに向き直る。

 

「あうっ・・・スライム殿がまたさん付けに戻ってしまった・・・、くっ犯せ!」

 

「いや、呼び捨てしてもクッオカでさん付けでもクッオカってどーいうことよ?」

 

もう天丼超えてカツ丼だよ、カツ丼。満腹どころか胃もたれダラダラだよ。誰か胃薬くれ!

 

「スライム殿の部下は優秀でたくさん報告しているのに、私は何にも報告できない・・・くっ」

 

と言いつつガバリと立ち上がってダダーッと走り出す。

 

「こら、ちょっと待て」

 

俺はにゅいーんと触手を伸ばし、走り出したイリーナの首根っこを引っ掴む。

 

「ぐえっ!」

 

あ、喉が閉まったようだ。

 

「あ、ゴメンゴメン。でもイリーナ、急に走り出してどこへ行くんだ?」

 

「スライム殿の部下に負けないよう、私も何か情報を仕入れて来なければと・・・」

 

何故急にそうなる? 確かにスライムの事を調べてきてくれるって言ってたけど。

よく考えたら、ポンコツイリーナに調べものって、元から無理があったんじゃないかって思えて来た。尤も、ヒヨコ隊長たちがあんなにしっかりと情報取って来てくれると思ってなかったからな~。

 

「で、急に走り出して、どこへ行くつもりだったんだ?」

 

「え~と・・・、ソレナリーニの町?」

 

「なぜに疑問形!?」

 

ポンコツ過ぎる! イリーナという女性は、どうもあまり深く物事を考えないようだ。

表面的に頭に浮かんだ内容ですぐさま行動を起こしてしまうっぽいな。

こういう人間は非常に扱いづらい。所謂「当てにできない」タイプだ。

 

「で、ソレナリーニの町へ戻って何を調べるんだ?」

 

「それは・・・スライム殿の事を調べに?」

 

・・・だからなぜに疑問形だよ。

 

「で、スライムの事をどうやって調べるの?」

 

「それは・・・冒険者ギルドの職員に問い合わせて・・・」

 

「アーーーーウツッ! アーーーーーウツッ!」

 

「ええっ!?」

 

「ギルドに俺の話をしたら、珍しい魔物がいるって討伐にくるでしょ!」

 

プンプンしてイリーナに説教する俺。

ギルドに相談、ダメ!絶対!

 

「そ、そうか・・・、で、でも調査とか保護とかしてくれるかもしれないぞ!」

 

ふんすっと両手でグーを握るイリーナ。

 

「調査でも保護でも、連れて行かれて研究されたりするのは嫌だよ。自由だってないでしょ」

 

「そ、そうか・・・」

 

極端にショボンとするイリーナ。ちょっとかわいそうに見えて来たよ。

 

「私ではスライム殿の力になれないのだろうか・・・」

 

ぺたんと女の子座りした状態からこちらを覗き込むように見てくる。そんなに目をウルウルさせられると、ポンコツでもいいかって思えて来るな・・・何が?

 

「なれるとも。イリーナでなければダメな事だってたくさんあるさ」

 

俺はイリーナを元気づけるようにイリーナの肩に触手を置く。

 

「私でしかダメなこと・・・、わかったスライム殿!初めてなのだが、優しく頼む」

 

と言って鎧の肩当てを外そうとするイリーナ。うん、ポンコツだ。わかってたけど。

 

「ちがうよイリーナ・・・。君にはこの世界の事を教えてもらいたいんだ。貨幣価値なんかも聞きたいし。これはやっぱり魔物の部下たちには聞けないことだしね」

 

俺は極力ニッコリした顔を作ってイリーナに話しかける。・・・俺、笑った顔ってどんなだろう?これもコミカライズ待ちだな、ハハ!

 

「わかった!スライム殿、私に任せてくれ!」

 

と言いつつガバリと立ち上がってダダーッと走り出す。

 

「こら、ちょっと待て」

 

俺は再びにゅいーんと触手を伸ばし、走り出したイリーナの首根っこを引っ掴む。

 

「ぐえっ!」

 

あ、また喉が閉まったようだ。

 

「で、イリーナどこへ行こうとしたんだ?」

 

「ス、スライム殿のために世界の事やお金のことを調べに行こうと・・・」

 

・・・ポンコツすぎない? 想像を遥かに凌駕している気がする。俺、この子とうまくやっていける自信ないわ~

 

「イリーナよ。調べに行く前に、まず今知っていることを話してくれるとありがたいが。だいたい、イリーナはお金持っていないのか?」

 

「そうか!スライム殿は天才だな! ちょっと待ってくれ」

 

と言ってガバリと立ち上がってダダーッと走り出す。

今度は止めない。なぜならテントの方へ走って行ったから。

テントに駆け込んで、大きなリュックを持ち出してくる。

そして、リュックをひっくり返しドサドサと荷物をぶち撒ける。

 

「何かいろいろ入ってるね・・・」

 

服やら下着やらもぶち撒けてますよ、イリーナさん?

 

「これだ! 私の全財産なんだ」

 

と言って布に撒かれた硬貨を見せる。やはり金貨、銀貨、銅貨のようだ。

 

「物価はどうなんだ? 例えば普通のパンはいくらで買えるんだ?」

 

「そうだな、普通のパンなら1つで銅貨1枚くらいだろうか」

 

ふむ、とすると感覚的に銅貨1枚で100円くらいか。

 

「銅貨は10枚で銀貨1枚と同じ価値になるぞ。そして銀貨10枚で金貨1枚だ。私は持ち合わせがないが金貨100枚で白金貨1枚になる」

 

白金貨だけは金貨の100倍なんだね。倍率違ってるね。

 

「通常の買い物は銅貨や銀貨を使う感じだな。高い買い物は金貨を使うイメージだ」

 

うん、イメージしやすい。

 

「わかりやすい説明ありがとう、イリーナ。貨幣価値はよく理解できたよ」

 

再び、イリーナの肩に触手をポンッと置く俺。ありがとうが伝わればいいけど。

 

「スライム殿・・・」

 

ウルんだ瞳で見つめてくるイリーナ。

 

『おおっ! やはりボスの嫁決定だな!』

『いやいや、ボスにはハーレムを築いてもらわないと! これからもガンガン行ってもらいましょう』

ローガにヒヨコ隊長、なに勝手なこと言っちゃってくれてるのかな?

 

『ボスの奥さんに決定でがんしょ? こいつぁ春から縁起がいーね!』

 

てか、お前のキャラなんだよ? で今は春だったのね? 後でローガ、コイツの紹介しろよな!

 

「で、イリーナ。俺の事はヤーベと呼んでくれ。スライムは種族であって実は名前ではないんだ」

 

「おおっ! 真名を教えてくれるとは・・・クッ」

 

「いいから、それ」

 

クッオカを遮ってイリーナを止める。

 

「ヤーベ殿! 私は絶対ヤーベ殿の役に立ってみせるぞ!」

 

右手で握った拳を高々と突き上げ、いかにも我が生涯に一片の悔いなし的なポーズで宣言するイリーナ。

とりあえず気持ちだけ受け取っておきます。

 




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第21話 お金を稼いでみよう

だいたいの貨幣価値はわかった。

ならば! 早々にお店デビューするべし!

 

「よし!それでは町に買い物に行くか!」

 

俺様は元気に宣言した。

 

『おおっ! 買い物ですな。人族の文化ですな。我々魔獣は力で相手を屈服させるだけですからな』

 

ローガがしみじみと語る。

そうだね、買い物は人間の文化の象徴かな?

独特だよね。知的生命体の特権だね!

ちなみに俺様は間違いなく高性能な知的生命体だ!うん。

 

『ボスッ! 楽しみですね! 何買われるんですか?』

 

ヒヨコ隊長がワクワクした表情で聞いてくる。

 

『そうだな~、いろいろ欲しいものがあるが、やっぱりおいしい食べ物買おうか!』

 

俺様はまずやっぱりおいしいものを食べたいのだ!

何せこの前のカソの村で味覚、嗅覚を完成させてしまったからな。

・・・ちなみに魔物を狩って取り込むときは味覚嗅覚OFFだ。

 

というか、スライム細胞で直接取り込む時は五感が働かない。

というか働いてもらっては困る。働いたら大変なことになる。

 

俺様は左手を腰?に当て、右手を多分町の方に向けて指を指す。

 

「買い物ツアーにしゅっぱ~~~~~つ!」

 

『『おお~~~~~』』

 

狼牙族もヒヨコたちも盛り上がっている。

だが、俺は気が付いてしまった。気が付いてしまったのだ。

 

「そう言えば、お金持ってないわ・・・」

 

『『ズコッ!』』

 

ローガ達もヒヨコ隊長たちも綺麗にコケる。

ド〇フ張りだな。ちなみに仕込んだ覚えはない。

 

そーなんだよ。当たり前だけど、お金持ってないわ。

だって気づいたらスライムだったし。

神様か女神様か知らんけど、チートもスキルもお小遣いもくれなかったし。

ふん!イジけてやるわ!

 

・・・まあイジイジしても仕方ない。

お金を稼ぐ方法を考えよう。

 

 

ぽややや~ん

 

「今日も君たちの働きに期待する!安全疾走でよろしく」

『『『わふっ!』』』

元気に返事するローガ達の背中に大きなリュックを括りつけて行く。

「それぞれ、届け先は覚えたか?」

『『『わふっ!』』』

元気に返事するローガ達。

「では行け!」

『『『わふっ!』』』

大きなリュックを背負ったローガ達が一斉に散る。

 

狼牙急便。大事な荷物を大切なあの人へ。迅速かつ確実に。

 

 

・・・うん、何となく儲かりそうだけど。

 

『我々が荷物を預かって、届けるという仕事ですか?』

 

ローガが首を傾げて聞く。

 

「そう。ローガ達は足が速いしね。人気でそうだな」

 

『ですが、相手の場所がわかりませんね』

 

「そうか~、住所みたいなもの、あるのかな~」

 

『後、我々が町を疾走すると衛兵たちが追ってきそうですな』

 

そりゃそうか。荷物括りつけた狼が町中疾走してたら騒ぎになるわな。この案は却下で。

 

 

他に何かアイデアは・・・

 

 

ぽややや~ん

 

 

「今日も依頼者の大切な気持ちとともに運ぶんだよっ!」

『『『ぴよぴよっ!』』』

「それでは、今日の自分の担当場所を覚えたかな!」

『『『ぴよ~ぴ!』』』

「大切な手紙は持った?」

『『『ぴよ~!』』』

そして、返事した後に嘴に手紙を挟むヒヨコたち。

「それでは行け!他の鳥たちに気を付けてな~」

バサバサバサッ!

一斉に飛び立つヒヨコたち。

 

ヒヨコ郵便。預かった大切な手紙を、あの人の元へ―――――

 

 

・・・うん、何となく儲かりそうだけど。

 

『我々が手紙を預かって、届けるという仕事ですか?』

 

ヒヨコ隊長が傅きながら聞いてくる。うん、固いね。

 

「そう。ヒヨコ隊長たちは空飛べるから、街中でも追っかけられないかな?」

 

『ですが、やはり相手の場所が良くわかりません』

 

「そうか~、でもギルド間とか、決められた場所から場所への手紙配達なら行けるか? どちらにしても個人配達は却下で」

 

 

 

うーん、なかなか儲かる仕事が思いつかないな。

いろいろぽややや~んって想像して検討してみるけど、いまいちいい案が出ない。

 

「やっぱり魔物の素材をギルドに降ろすのが手っ取り早いのではないか・・・?」

 

「!!!」

『『『!!!』』』

 

全員がものすごい勢いで振り返る。

そこにはポンコツイリーナ嬢が。

 

しまった!俺としたことが! 北千住のラノベ大魔王ともあろうものが!

テンプレ中のテンプレ!冒険者になって金を稼ぐ!

自分がスライムになってたからすっかり頭から外れてた。

 

「ローガ! ヒヨコ隊長!」

 

『『ははっ!』

 

「金になりそうな魔物を狩りに行くぞ! ギルドに大量に持ち込むのだ!」

 

『『ラジャー!』』

 

ローガ達狼牙族とヒヨコ隊長率いるヒヨコ軍団が森の奥へ散って行く。

 

「ヤーベ殿、みんな気合が入っているようだが・・・?」

 

イリーナが大丈夫かといった感じで聞いてくる。

初めての買い物だからね。

みんなも気合が入っているみたいだね。

 

 

 

そして次々運ばれてくる狩られた魔物たち。

狼牙族は元より、ヒヨコたちもバシバシ獲物を狩ってくる。

すげーなコイツら。

 

目の前に山のように積まれていく魔物たち。

よく見るウサギやイノシシの他、クマや巨大蛇それから・・・コレなんだ?

ライオンみたいですが、あ、尻尾がヘビですね。よくこんなの居たね?君たちどこまで行って来たの?

 

『はっはっは、ボス!大量ですぞ』

 

ローガがうれしそうに報告してくる。

 

「よしよし!早速ギルドに納品して換金しようじゃないか!」

 

ローガやヒヨコ隊長を労いながらワクワクして出発しようとする。

 

「ヤーベ殿、どうやって・・・?」

 

「!!!」

『『『!!!』』』

 

全員がものすごい勢いで振り返る。

そこにはやっぱりポンコツイリーナ嬢が。

 

「どーやってって・・・イリーナが?」

 

イリーナに押し付けようとする俺。

言われてみれば、俺が冒険者ギルドに狩った(というか狩らせた)魔物を持ち込むわけにはいかない。であれば、現在ギルドメンバーであるイリーナ嬢に働いてもらうしかない。

俺は元より、ローガやヒヨコ隊長にギルドに行かせるわけにも行かないしな。

 

「わ、わわわわたし!?」

 

「そう、たわし。いや、わたし」

 

「い、いいいいやいや、無理だろう。どう考えても私が倒したって信じてもらえないぞ!」

 

自分自身で盛大に宣言するイリーナ。自分で堂々ポンコツ宣言。ブレてませんね。

 

『確かに、イリーナ嬢の腕前ではこれらの魔物に瞬殺される可能性大ですから・・・、狩ったと持ち込んでも怪しまれるかもしれませんな』

 

ローガが心配する。結構遠慮なく失礼だが、それも心配しての事だな、うん。だからと言ってイリーナでなくてヒヨコが持ち込んでも信じてもらえないだろうけどな。ヒヨコの方は真実の狩りの結果だが。

 

「いいコト思いついた! イリーナは師匠の代理として、師匠の狩った魔物の換金を頼まれただけってことにしよう!」

 

「師匠?」

 

「そう、師匠。だから、師匠の依頼だから、詳しいことはわからないって言って逃げちゃえばいいんだ。どうせ魔物を渡せば終わりなんだし」

 

代理作戦、いいかも!

実にシンプル。

 

「そうか・・・、とにかく師匠に頼まれて魔物の換金に来た、と言えばいいのか?」

 

イリーナは改めて俺に確認を取る。

 

「その通りだ。簡単だろ。早速出発だ!」

 

「・・・どうやって持っていくのだ? この大量の魔物たち・・・」

 

俺たちは山と積まれた魔物たちの前で立ち尽くした。

 




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第22話 町に向かって出発しよう

山積みになった魔物を見ながら、誰も一言も発せない。

 

「えーと・・・」

 

イリーナが俺の方を見る。

 

『町の入口まで我々が運んでいきましょうか?』

 

ローガが申し出るが、町中運べないと意味無いしな。

というか、みんなに説明してないわ、アレ!

 

タララタッタタ~ン! 亜空間圧縮収納~!

 

というわけで、俺様は山のような魔物をガンガン収納していく。

 

『おおっ!ボスの能力ですか?すごいですな』

 

ローガが感心したようにこちらを見る。

ふふん、もっと崇めてくれてもいいのだよ!

何たって俺様はデキるスライムなのだからね!

 

『それで、ギルドへどうやって納品するのです?』

 

ヒヨコ隊長の疑問にみんなの視線が集まる。

だから、俺の姿を見られないようにすればいいわけで・・・

 

ぴこんっ!

 

閃いた。イリーナが荷物をぶちまけて空になった大型リュック。それをテントからダッシュで取ってくる。

 

「イリーナ。リュックを背負ってくれ」

 

「ヤーベ殿。背負うのは良いが、リュックは空っぽだぞ・・・」

 

と言いつつ背負ってくれるイリーナ。そして俺は空っぽのリュックにピヨーンとダイブ!

 

「わっ!」

 

イリーナがびっくりするが、きっと俺はそんなに重くない。重くないったらない!

大事な事だから二度言おう。

そしてリュックの蓋を自分で閉める。触手って便利!

 

「どうだ、外から俺が入っているとは見えないだろう?」

 

『さすがですボス!リュックの蓋が閉まっていると全然わかりませんぞ』

 

ヒヨコ隊長からOKがでる。よし、これで万全だな。

 

「いいか、イリーナ。この状態で冒険者ギルドに行くんだ。そして収納魔法をマスターしたとか適当な理由で、魔物を俺が出す。後は話を合わせればよい」

 

「な、なるほど。さすがはヤーベ殿だ。「ギルドで魔物を換金できたのは俺のおかげなのだから、分け前が欲しければ俺の女になれ」と・・・くっ犯せ!」

 

「分け前は後で考えるから、とにかくさっさとソレナリーニの町に行くぞ」

 

リュックから触手を伸ばし、クッオカをスルーしてイリーナの頭をポコポコ叩く。

 

「わ、わかったぞ、任せておくのだ」

 

リュックのベルトをギュッと握り、やたら気合を入れるイリーナ。大丈夫かね。

 

「ヒヨコ隊長、お前もついて来てくれ。リュックの上に陣取って、周りの状況を俺に教えてくれ」

 

『はっ!お任せを』

 

早々にヒヨコ隊長がイリーナの肩に乗る。ヒヨコ隊長もやたら気合が入ってるね、大丈夫?

 

『ボスッ!我は・・・』

 

ローガが聞いてくるが俺は無常に告げる。

 

「ローガは留守番な」

 

『な、なんですとぉぉぉぉぉ!!』

 

血涙を流し絶望するローガ。留守番1つでそこまで!?

 

「ローガはどうやっても町中に連れて行けないしな。致し方あるまい」

 

ローガが突っ伏している。尻尾も完全にヘタレている。

部下がローガを優しく慰めている。いい部下を持ったな、ローガよ。

 

「あ、でもよく考えたら町の手前まではローガに乗って行った方が圧倒的に早いか」

 

俺はカソの村にローガに乗って移動した時の超速ぶりを思い出した。

ローガに乗って行ったら時間短縮にもなるし、何よりイリーナも楽だろう。

 

「でも、ローガ大丈夫か? イリーナと俺を乗せると重くないか?」

 

『と、とんでもありません! むしろ軽いです。お任せください!!』

 

さっきまで突っ伏していたローガが瞬間的に復活した。ローガ、元気だな。

 

「イリーナが直接お前の背中に乗るから、全力疾走はダメだぞ。トコトコ散歩する程度のスピードで大丈夫だ」

 

『どんなスピードでもお任せください!』

 

ローガもやたら気合が入ってるね。大丈夫?

 

「むっ!トコトコ散歩のスピードなど。ヤーベ殿、いくら何でも私を甘く見過ぎというものだぞ。早くギルドに行って換金する方が良かろう」

 

イリーナよ。君のポンコツぶりはすでに実証済みだ。

君の感覚は砂糖にはちみつとメープルシロップぶっかけて口一杯頬張ったほどに甘い!

 

「ではどこまでのスピードに耐えられるか試してもらおうか」

 

まずはイリーナをローガに股がらせる。

俺様はリュックに入ったまま左右から触手を伸ばし、ローガの(たてがみ)あたりを握る。

 

「では出発。他の連中はすまないが留守番だ。しっかり待っていてくれよ!」

 

『『『了解です、ボス!』』』

 

ヒヨコも狼牙族もそろって返事をしてくれる。仲良くなったな、お前達。

 

というわけで、早速ダッシュだ、ローガ。

 

シュババババッ!

 

「はぶぶぶぶぶっ!」

 

猛ダッシュしたローガのスピードに耐え切れずイリーナの顔は見てはいけないレベルに風圧負けしている。だから言ったのに。

 

「いぎがでぎない~」

 

「え?なんて?」

 

「やーべどのぼぉぉぉ!いぎがぁ!いぎがぁ~」

 

どうもイリーナは風圧がすごすぎて息が出来ないようだ。死んじゃう?

 

『ローガ、スピードを落としてくれ。イリーナが落ち着くくらいまで』

 

『了解!』

 

結構なスピードで走っていたから、久々に念話でローガに指示を出す。

ローガがぽっくぽっくと散歩チックなスピードまで落としていく。それでも早いけど。

 

「ふああ~、ローガ殿は本当にすごいのだな・・・、とんでもないスピードだぞ」

 

風圧に負けて見てはいけない表情になっていたイリーナが、顔面を抑えてボヤいている。

俺様はイリーナのほっぺの筋肉をグリグリとマッサージするように撫でていく。

 

「ふぁっ・・・ひゃ、ひゃーべどのぉ~」

 

「イリーナのかわいい顔が強い風を受けて酷いことにならないようにマッサージだよ」

 

「きゃ、きゃわいいだなんてぇ・・・きょ、きょのままイリーニャきゃわいいよっておしたうぉされてぇ・・・くっうぉかせ!」

 

イリーナのほっぺを触手でぎゅるぎゅるしているので、イリーナが喋ってもよく聞こえないね。スルーしよう。

 

「ひょわわ~」

 

 

 

 

なんやかんやで、もうすぐソレナリーニの町に到着する距離まで来た。

 

「さて、ローガよ。お前はここで留守番だ」

 

『ぬおっ!ボス何故です!』

 

だから血涙流すなって。

 

「さすがにお前を連れてソレナリーニの町に入ることは出来ないからな。このあたりで待っていてくれ。他の旅人たちに見つからないようにな」

 

『ぐううっ・・・、了解です』

 

止まらぬ血涙と死んだように萎れた尻尾を見るとちょっとどころではなく可哀そうになるが、これも致し方なし。

 

「さあ、イリーナ、ヒヨコ隊長、行くぞ」

 

『了解!』

「わかった、ここからは歩いていこう」

 

俺たちはソレナリーニの入口門に近づいて行った。

 




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第23話 町の門をくぐってみよう

振り返れば、まだローガが血涙を流しながらお座りしている。

尻尾も全く振られていない。

 

ちょっと手を振ってやるか。

 

ローガよ、二本足で立ち上がって前足を全力で振るのはやめなさい。

後、遠吠えもやめなさい。旅人に警戒されるから。

 

 

 

さてさて、早速ソレナリーニの町に入るとしよう。

 

『ボス、町の入口に二十人ほどの人間が並んでおります』

 

ヒヨコ隊長、ナイスな報告だ。デキる部下は違うね。

 

「イリーナ、早速町の入口に並ぶぞ。早く町に入ろうじゃないか。で、イリーナはこの町に何度か入っているだろ?お金いるのか?」

 

「いや、私は冒険者登録したから、たとえFランクでも町の出入りにはお金はかからぬよ」

 

それは良かった。

というか、イリーナってFランクなのね。たぶん、Fランクが最も低いんだろうな。うん。

それにしても、だいたいラノベのテンプレで初めての町訪問って何かトラブルが発生するパターンが多いよね。

だが、ここはヒヨコ隊長の調査により、亜人がほとんどいない人間ばかりの町と判明している。そして、ここにはイリーナとリュックに隠れた俺、そしてペットに見えるであろうヒヨコ隊長しかいない。くっくっく、弱そうなゴブリンだとかイチャモンを付けられたりしてケンカを売られる心配は皆無!テンプレは回避すべきものなのだ!(力説)

 

「ねーちゃんカワイイなぁ!」

「その辺でお茶でもせーへん?」

「お茶以外もいろいろしちゃおーぜ!」

 

ズドドッ!

 

俺は器用にもリュックの中でひっくり返った。

 

「わわっ!ヤーベ殿大丈夫か?」

 

こしょこしょと小さな声で俺の方に声を掛けてくるイリーナ。

リュックが大きく揺れたから心配をかけてしまったか。

それにしても町に入る前の審査待ちでナンパとか、あまりにも斜め右上すぎて予想すらしなかったわ!

 

「な、なななんだ、お前達・・・。私に構わないでくれないか?」

 

イリーナが明らかにビビッてオタオタしている。

・・・イリーナよ、君はこんな雑魚もあしらえないのかね。帰ったら地獄の特訓だな。

 

「おいおい、アレ、Dランクパーティ<鬼殺し(オーガキラー)>の連中じゃねーか?」

「マジかよ?相当タチ悪いって噂のか?」

「ああ、街中でも結構ヒデェらしいぜ」

「近寄りたくないなぁ」

「あの女の子も可哀そうに」

「冒険者なんて一人でやってるから・・・」

 

人々のコソコソ話が聞こえてくる。

リュックに入って直接視覚が使えなくとも、俺様にはぐるぐるエネルギー(笑)で鍛えた視覚強化と聴力強化がある。魔力(ぐるぐる)エネルギーってとっても便利。

 

そしてコイツらは相当タチが悪い冒険者ってところだな。

Dランクの冒険者が調子に乗るってラノベでもテンプレだよな。

やっぱり多少結果が出てランクが上がったりして、いい気になる頃合いなんだろうな。

 

そのうち男の一人がイリーナの手首を掴む。

 

「ほらほら!こんなトコで並んでないでアッチの森でイイコトしようぜ!」

 

ナンパちゃうやん! もう誘拐やないか~い!

おっと、思わずどこかの男爵チックに突っ込んでしまったぜ。

いずれ叙爵して貴族生活でも・・・いや、面倒が多いだけだな。

 

とりあえず、イリーナを連れて行こうなどと。

ならばこのスライムのヤーベ容赦せん!

 

 

バチィン!!

 

 

「ぐわっ!」

 

「な、なんだ?」

 

イリーナは何が起こったかわからないようだ。

 

これぞ必殺のスライム流戦闘術奥義<雷撃衝(ライトニングボルト)>だ!

原理は単純で「静電気」だ。だからこの電気は実は魔力ではなく静電気による物理的衝撃なんだよね!

 

ただ、静電気を起こしたのは俺のスライム細胞を魔力コントロールして使ったけどね。

プラス電荷とマイナス電荷をそれぞれスライム細胞に持たせ、高速振動を起こすと一瞬で数万ボルトの静電気を発生させることが出来た。

 

ちなみにこのスライムボディは雷耐性が強力で俺は全然痺れない。

アースコート代わりに被膜の如く薄く伸ばした俺の触手をイリーナの手首を掴んでいる男の手のひらに滑り込ませ、<雷撃衝(ライトニングボルト)>を喰らわせたのだ。

・・・<雷撃衝(ライトニングボルト)>ってカッコ良くない?(自画自賛)

もちろん今の俺の魔力でパワーを上げると間違いなく相手が黒焦げになる気がするから、威力はそれなりに抑えてある。

 

器用だねって?

ふふっ。泉の畔での生活は驚くほどヒマなのだよ。

どれだけ泉の周りに出てくるホーンラビットで<雷撃衝(ライトニングボルト)>の威力調節の練習したか・・・。

まあ、ローガ達にはホーンラビットのご馳走がたくさん食べられて嬉しいって好評だったけどな。・・・ちなみに最初丸焦げになって完全に炭化してしまったので、『さすがにコレは食べられません』とローガに食事を拒否られてしまった。

 

その後も三回くらい炭になってしまったので、『さすがにコレは・・・』を三回喰らって俺は心の中で『さすコレ』と略すようになった。まあ俺の心の中だけの事だけど。ローガにさすコレって言っても伝わらんだろうし。

 

「こっ・・・このアマ!!」

 

雷撃衝(ライトニングボルト)>を喰らって痺れてダメージを負った右手を左手で抑えたまま、激昂する男。他の二人もそれぞれ武器に手をかけた。

うん、容赦不要と判断シマス。

 

ビッビッビッ!

 

僅か三発。

 

周りの連中は何が起こったのか全く分からず、ただ三人の男たちが眉間から血を吹いて倒れたのを見た。

ちなみにイリーナも何が起こったのかわからないで呆然としていた。

 

これも必殺のスライム流戦闘術<指弾(しだん)>! ・・・指がないのに指弾とはコレ如何に。

まあ気にしないでくれたまえ。

どうせイリーナにも指弾と言う技だと説明して、イリーナが目にも止まらずやったことにするのだからな。

 

「うおっ!あのお嬢ちゃんすげえ!」

「<鬼殺し(オーガキラー)>の連中をぶっ倒しちまったぜ!」

「あんな可愛いのに腕利きか?」

 

周りの連中が騒ぎだしてしまったな。面倒なことにならなきゃいいが。

コイツらどうしよう?個人的にはあの森あたりに埋めてしまいたいが。

 

『ボス?ちょっと剣呑な感じが出ていますが、悪い事考えてません?』

 

『おっ?何でバレた?』

 

『ボスはなんやかんやでイリーナ嬢の事を大事にしてますからね。連れて行かれそうになったので反撃したのはわかりますし、倒した後もまだオシオキが足りないって感じでしたよ』

 

と笑顔で言うヒヨコ隊長。

俺も気づかないうちにイリーナを大事に思ってるのかぁ。

そんなことない気もするケド。

 

「こらぁ、お前ら何を騒いでいる!」

 

どうやら門の衛兵が騒ぎを聞きつけて助っ人を呼んでこっちに来たようだ。

門の外にいた二名以外にもう一人増えて三名でこっちに向かってきた。

門はさらに別の二名が受付を担当しているようだな。

 

「ヤーベ殿、どどど、どうしよう・・・」

 

イリーナでは説明できまい(何せ全部俺がやったし)。手助けするか。

俺は触手を細く伸ばし、イリーナの左耳に差し込む。

 

「ひゃわっ!」

 

「こ、コラ!変な声を出すな」

 

思わず喋って突っ込んでしまう。

 

「ヤーベ殿ぉ・・・耳はぁ・・・耳は弱いのだ・・・」

 

(やめて・・・ヘンな気持ちになるから)

 

とりあえずイヤホンをイメージしてイリーナの耳にぶっ刺す。

 

『イリーナ、聞こえるか?』

 

「ひゃわわっ! ヤーベ殿の触手が私の耳を蹂躙して・・・くっお・・・ん?ヤーベ殿の声がはっきり聞こえるぞ?」

 

『イリーナ、俺の声をイリーナの耳に直接届けている。今俺の声が聞こえるのはイリーナだけだ』

 

「ヤ、ヤーベ殿の声が私だけに・・・くっ!なんて甘美な!こうして「私だけは特別だよっ」と私の気持ちを捉えて・・・くっ犯せ!」

 

『それは良いから。衛兵に尋ねられたら、俺の言う通りの事を繰り返して衛兵に言うんだ』

クッオカをぶっち切りでスルーして用件だけ伝える。妄想に突っ込んでいるヒマはない。もう衛兵は目の前だ。

 

「お前か、騒ぎを起こしているのは!」

 

『いや、違うな。騒ぎを起こしたのはコイツらだ』

「いや、違うな。騒ぎを起こしたのはコイツらだ」

 

「おいおい、三人とも眉間から血を吹き出してるじゃねーか。お嬢ちゃんがやったのか」

 

『そうだ。ここで町に入るために並んでいたのに、三人で私を拉致してそこの森に連れ込もうとしたのだ』

「そうだ。ここで町に入るために並んでいたのに、三人で私を拉致してそこの森に連れ込もうとしたのだ!」

 

俺の言葉を繰り返してるだけのはずなのに、自分が連れ込まれそうになったのを思い出したのか、怒気を含んで説明するイリーナ。怒る気持ちはわかるけどね。

 

『まさか身を守った事を咎めるわけではあるまいな?』

「まさか身を守った事を咎めるわけではあるまいな?」

 

衛兵を睨みながらセリフを言うイリーナ。いつの間にか腕組もしてるし、演技うまい?

 

「いや、そんなことを言うつもりはないが・・・」

 

その間に他の二名が周りの人たちに聞き取りをしているみたいだ。

概ね事実を皆伝えている。

・・・コイツらの評判が地に落ちていてよかったよ。

 

三人の衛兵が揃う。

 

「ああ、お嬢ちゃんの説明通りだ。問題ない。この三人は俺たちが詰所へ連れて行くよ。それにしてもお嬢ちゃん強いんだな?」

 

「ああ。この程度の奴ら、問題ない!」

 

ふんすっと腕を組んだまま胸を反らすイリーナ。

うおーい!誰がそんな事を言えと言った!?

お前の実力じゃないんだから、ヘンにハードル上げるのやめてくれよな!

 

「ちなみに、この三人をどうやって仕留めたんだ?正確に眉間に打ち込んでるみたいだが?」

 

「えっ? え、えと・・・気合?」

 

「何故に疑問形?」

「どうやってこんな攻撃を・・・」

「なんかすげぇ攻撃だよな? もしかして凄腕か?」

 

三人の衛兵に囲まれるように問いただされることに。

 

Fランクのポンコツ冒険者が凄腕なわけないでしょーに!

勝手な事喋るからこういう事になるんだよ、まったく。

 

よく見ればヒヨコ隊長も唖然としているようだ。

 

『冒険者の切り札はメシのタネでもある。詮索は些か無粋ではないか?』

「ぼっ、冒険者の切り札はメシのタネでもある。詮索は些か無粋ではないか?」

 

あたふたと答えるイリーナ。

 

「そりゃそうか、自分の手の内は簡単には明かさないわな。りょーかい」

「一応冒険者のギルドカードを見せてくれ」

 

『見せていいぞ』

「見せていいぞ」

 

「は?」

 

『アホか!お前が見せていいって口で言ってどうするんだ!ギルドカードを衛兵に見せるんだよ!』

「ああ!そうかそうか。うむ、これがギルドカードだ」

 

と言って胸元からギルドカードを取り出す。

 

「お、お前Fランクなのか!? その腕で? コイツらDランクパーティの五人の内の三人だぜ!」

 

『登録したばかりなのでな、誰でも最初はFランクからなのだろう?』

「登録したばかりなのでな、誰でも最初はFランクからなのだろう?」

 

『ついでにニヤッて笑え』

「ニヤッ」

 

口でニヤッって言うヤツがいるか!どこまでポンコツなんだコイツは!

 

「ま、まあ確かに登録したてはFランクだろうけどよ・・・。まあいいや、この三人を捕縛して詰所に運ぶから、一緒に町に入りな。冒険者なら入街税も不要だしな。迷惑を被ったんだし、並んで待つ時間くらい短縮してやるよ」

 

「あ、ありがとう」

 

(や、やっと町に入れる・・・)

 

俺はリュックの中でぐったりした。

 




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第24話 町中の決闘はスピーディに片付けよう

「やっと町に入れた・・・」

 

俺は独り言にしては大きい声で呟いた。

 

「ヤーベ殿、大丈夫か?疲れていないか?」

 

「イリーナ。俺はリュックの中でじっとしていただけだったはずだから、普通なら疲れるはずもないんだけど、現在は疲労困憊だよ。主に精神的な理由で」

 

ヒヨコ隊長もイリーナの肩で苦笑している。

 

「それでは、早く冒険者ギルドに行って魔物を買い取ってもらってお金を手に入れよう」

 

珍しく建設的になイリーナの意見に全面賛成する。お金を手に入れなきゃ買い物は元より宿にも宿泊できないしな!

 

それにしても、イリーナのポンコツぶりには溜息100連発だぜ。

急いでいなけりゃ小一時間は問い詰めてやりたくなる状況だ。

 

おっと、ついつい小一時間ネタが口をついてしまったぜ。

元の世界にいたころ、数少ないラノベ友人たちとラノベを読み合った事を思い出す。

今思い出したのは埴〇星人大先生の大人気ラノベ『フェア〇ーテイル・ク〇ニクル』に出てくる一節だ。話が抜群に面白いのはもちろんツッコミの言葉の中で『小一時間問い詰めたくなる』が仲間内でめちゃツボにハマッてお互い使いまくった。

 

「おい、早くメシ行こうぜ!」

「小一時間待ってくれ」

 

「どこにいるんだ? みんな揃ってるぞ」

「スマン、遅れてる。小一時間待ってくれ」

 

「スマン!ラノベの新刊持ってくるの忘れた!」

「何やってるんだ!小一時間問い詰めてやろうか!」

 

・・・今考えると明らかに使い方間違ってますね、うん。ほぼノリと勢いで生きてましたね、あのころ。最終的に小一時間が何分の事を指しているのかは誰もわからなかったな。些細なことだ。

 

ちなみに小一時間が流行る前は『天〇の城ラ〇ュタ』に出てくる女海賊頭の「40秒で支度しなっ!」だったからな。ちょっと待って、なんて言ってくる仲間には「40秒で支度しなっ!」て返すのが流行ったな。・・・40秒って、かなりムチャ振りだよな、うん。

 

「・・・ヤーベ殿、ヤーベ殿!」

 

「お、おお?どうした、イリーナ」

 

「どうしたではないぞ、ヤーベ殿。話しかけても全く反応しなかったからヤーベ殿こそどうしたのかと思ってしまったぞ」

 

イリーナが存外に心配しているのだぞとアピールしてくる。

 

「そうか、スマンな。少し考え事をしていたようだ」

 

「・・・問題なければいいんだ。それで、先ほどの冒険者三人を倒した技はどのようなものなのだ?良ければ教えてもらえないか?」

 

「フッ・・・知りたいかね?」

 

「知りたいというか・・・さっきの衛兵たちはうまく躱せたが、問い詰められて回答せねばならないこともあるかも知れぬだろう? その時どのように説明すればいいのかと・・・」

 

そりゃそうだ。小一時間も問い詰められたらゲロするしか無くなるわな。もういいって?

 

「最初にお前の手首を掴んできたヤツに食らわせたのが<雷撃衝(ライトニングボルト)>、静電気による電撃だ」

 

「静電気・・・? 聞いた事がないな」

 

「電撃・・・雷だよ」

 

「おおっ!精霊魔術に雷を操るものがあると聞いたことがあるが・・・、ヤーベ殿は精霊魔術にも精通しておられるのだな!すごすぎるぞ!精霊魔術を操るなど、王都でも僅かな者達しかいなかったぞ」

 

おお、また精霊扱いされてしまいそうだな。もう精霊ってことでいいか。四大精霊ともお友達だしな。

 

「冬の乾燥した時期に、金属を触ったりしてバチッて痺れたりすることが無かったか?」

 

「ああっ!私はあまりなかったが、騎士の訓練を良くしていた兄は偶にあったみたいだな。「妖精の悪戯」と呼ばれている現象だ」

 

コッチではそんな風に言われているのね。

 

「そのバチッ!をすごく強力にした技だ」

 

「おおっ!それはずいぶんと痛そうだな!」

 

嬉しそうに笑うイリーナ。パワー上げれば痛いじゃすまないけどね。何たってローガも「さすコレ」ものの威力だから。

 

「条件は接触だ。まあ、俺の触手が接触できれば相手に電撃を叩き込めるから、イリーナが直接触らなくでもいいんだが」

 

「じゃあ、電撃を喰らわせたい相手に手を向けて<雷撃衝(ライトニングボルト)>!と叫べば、ヤーベ殿が電撃を発射してくれるのか?」

 

やたらと嬉しそうに聞いてくるイリーナ。なんか俺を便利なアイテムと勘違いしてない?大丈夫かしらん?

 

「まあそうだが。あまり乱発しないように。相手との距離も対応できる距離と対応できない距離があるしな」

 

瞬間的に見えないほど細く触手を伸ばす必要があるため、あまり遠いとシンドイ。多分だが、周りの環境の影響も受けやすい。なにせバレない様に触手を伸ばすとなると、かなり薄く細くなるからね。建物内ならともかく、外では風の影響を相当に受けてしまうだろうな。

相手に発射した触手が逆風で戻って来てイリーナに接触、イリーナがシビビビビッ!って・・・、ウン!ギャグマンガでありそうなパターンだ。いや、今の流行はアババババッ!かな?

 

「それで・・・、三人の眉間を打ち抜いたのは?」

 

「それは<指弾>という技だ。もちろん俺様に指はないがな!」

 

「それはどういう技なのだ?」

 

ヒヨコ隊長も興味がありそうで俺の説明を待っている。

 

渾身の自虐ネタだというのに、誰もツッコまない・・・ちょっと悲しい。

 

「<指弾>というのは指で石や豆とか硬くて小さな粒状の物を弾いて相手にぶつける技だよ。俺の場合は弾に合わせて触手の筒形状を調整、亜空間圧縮収納にたくさん拾って入れてある小石を使用して打ち出しているがな」

 

これも泉の畔でヒマしてる時にせっせと小石を拾って溜め込んでいたものだ。

結構練習したら、簡単に撃てるようになった。

イリーナのリュックに隠れている場合はあまり自由に撃ちまくることは出来ないだろうが、リュックから触手をこっそり出して打つくらいは可能だ。時間があるなら触手の筒を長く伸ばしてライフルのようにじっくり狙って遠くを狙撃することも可能だろう。

 

俺自身でやるなら、全方位に爆散させることも出来るかもな。

 

 

大通りを歩いていくと、通りの正面に大きな建物が見えてくる。

 

「ヤーベ殿、あれが冒険者ギルドだぞ」

 

指さす方向には正面に見えた大きな建物が。やはりあれが冒険者ギルドなのか。

その時、

 

「待てゴルァァァァァァァァ!!」

 

あ~、何となく予測できなくもないけど。

叫び声を聞く限り、明らかに怒気を含んでいる。となると、「迷惑かけてゴメンね」パターンではなく、「身内がやられてメンツ丸つぶれ」パターンだな。

え? 誰かって。どうせ<鬼殺し(オーガキラー)>とかいうDランクパーティの残り二人だろーよ。パーティリーダーみたいなやつがいなかったから、きっと叫んでるのがそうなんだろーねー。

 

「てめぇがウチのモンをやった女か!」

 

デカイ斧を右手に持ったハゲ筋肉だるまが走って来た。裸にして赤パンツ穿かせたらレスラーまっしぐらだな。その横には皮鎧の盗賊風の男が「ア、アニキ~」とか言ってヒーヒー言いながら走ってきている。ハゲ筋肉だるまより遅い盗賊に価値があるのか?

 

「ななな、なんだ!?」

 

イリーナが目を白黒させている。そうだろーな。なかなか見ないよ、あんなハゲだるま。

 

「よくもウチのモンをやりやがったな! 今すぐ決闘だ!覚悟しやがれ!」

 

斧を突き付けて騒ぎ出す。イリーナ決闘やるってよ。

後、どう考えても反社会勢力の方にしか見えませんけど?

冒険者ギルドに通さず闇営業でもやってるかな。

 

『決闘って、ここで今やるのか聞いてくれ』

「決闘って今ここで行うのか?」

 

「ああそうだ! 今すぐここでだ! 叩きのめしてやる!」

 

『決闘を受けるメリットはあるのか?』

「け、決闘を受けるメリットはあるのか?」

 

「メリットだとぉ!ふざけやがって! 俺に勝てたらこの全財産をやらぁ!金貨五枚は入ってるぜ!」

 

といって懐から財布らしきものを出すと地面に叩きつける。

あ~、身内が女一人に三人もやられて、冒険者仲間内で舐められない様にって事かな?

 

『決闘のルールは?殺してしまってもいいのか?』

「決闘のルールは?ころっ・・・ええっ?」

 

「今殺すって言ったかこのヤロー! ルールなんざどっちかがぶっ倒れるまでだ! 行くぞぉ!」

 

男が斧を振り上げる。決闘の承諾をした覚えもないけどな。

 

「キャア!」

 

イリーナがビビッて硬直する。しょうがないね。

では奥の手と行こうか。

 

『装着!アーマードスライム』

「ひょえっ?」

 

リュックの隙間から、両手首と、両足首のみ薄く伸ばした触手を輪っかにしてロックする。

肘、膝まで超薄くしたスライムボディをアーマーコーティング化する。

 

男が斧を振りかぶって襲い掛かってくる。その攻撃を触手でイリーナを操って躱す。

 

「わわっ」

 

イリーナがびっくりしているようだ。

 

『イリーナ、少し力を抜いていいぞ。俺がイリーナの手足を動かす』

「なんとっ! ヤーベ殿に私の手足を束縛されて・・・くっ犯せ!」

『いや、手足のコントロールやめてもいいけど?』

「あ、ヤーベ殿見捨てないで!」

 

しょうがないな。まあここまで一緒にいるんだ、見捨てたりしないけど。

 

『さあ、イリーナをSランク冒険者に仕立て上げようか』

「ええっ!?」

『行くぞ!スライム流戦闘術究極奥義<勝利を運ぶもの(ヴィクトル・ブリンガー)>』

「ほわわっ!」

 

躱された斧を再度振りかぶり攻撃してくる男。どう見てもこれが当たると死ぬよな。

殺す気マンマンじゃねーか。じゃあ容赦しなくていいか?

大きく振り下ろされた斧を躱し懐に瞬時に入る。

 

『<雷撃衝(ライトニングボルト)>!』

「ラ、<雷撃衝(ライトニングボルト)>!」

 

右手を突き出させ、相手の胸に触れる。

そして放つ電撃!死んだらゴメンねレベルの一撃を放つ。

 

「ごばぁぁぁ!」

 

煙を上げてもんどりうって倒れる男。そう言えば名前も聞いてねーな。

 

「ア、アニキー!」

 

この盗賊からはアニキしか聞いてねーし。

 

「お前ら町の往来で何やってるんだ!」

 

あ、衛兵がまた走って来た。町の門のトコでも見たよ。デジャビュ?

 

「ギルド前で何を騒いでいる!」

 

冒険者ギルドからはマントを翻して白髭のダンディーな爺さんがこっちへ向かってきた。

 

あれ~、これメンドクサイパターンですか?テンプレ回避の戦略練って来たはずなのに?

どーしてどーして?

 




またも冒険者ギルドに届かず・・・
早く魔物を売ってお金を手に入れて楽しい買い物三昧を~!
今後とも「まさスラ」応援よろしくお願いします!


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第25話 冒険者ギルドで説明しよう

は~、トラブル回避のために隠れて来たのに、

 

『衛兵さん、さっきはどーも』

「え、衛兵さん、さっきはどーも」

 

衛兵さんは、さっき町の門で俺たちを相手してくれた一人だった。

 

「なんだ、またお嬢ちゃんか。今度はどうした?」

 

『多分さっきの三人の仲間が襲い掛かって来たんです。決闘だーって』

「多分さっきの三人の仲間が襲い掛かって来たんです。決闘だーって」

 

「決闘!? 町のこんな大通りでか?」

 

「ええ、そう言ってました。いきなり攻撃されましたし。とんでもない奴です!コイツは」

 

ぷりぷりとお怒り気味でイリーナが答える。

ヒヨコ隊長が男が捨てた財布を嘴で拾ってくる。お財布を加えたままイリーナの肩に戻って来た。

『ボス、戦利品です』

『ご苦労。リュックの蓋の隙間から放り込んでくれ』

『了解!』

羽を器用に使ってリュックの蓋を上げて財布を押し込む。

ヒヨコ隊長、君は本当にいい仕事をするね。

 

「ふー、ギルドマスター。申し訳ないが、この倒れている男連れて行きますよ?往来で揉め事を起こしたのですから、調書を取らせて頂きます。こちらのお嬢さんは被害者のようですから、調書は後回しでもいいですけどね」

 

「うむ、それでかわまぬ」

 

ギルドマスターと呼ばれた男は仰々しく答える。

長く伸ばした白い髭にこれまた長く伸ばした白い髪。そして背中には二刀を背負っている。クロスして背負っているところを見ると、双剣使いか?

 

「それでは、先にギルドで話を聞こう。ついて来てくれ」

 

ギルドマスターに言われ、その後ろをついていく。

そして冒険者ギルドの大扉を開けて中に入った。

 

「はああ~」

 

つい声を漏らしてしまう。

いや~、冒険者ギルドだよ!あの冒険者ギルド!

何と言っても異世界転生とくれば、生きて行くために冒険者ギルドで登録、冒険者としての活動で名を上げて行く。

ラノベを読みまくりながら妄想したあの世界が今!目の前に!

これが興奮せずにいられようか!いやいられぬ!

 

「ヤーベ殿、どうしたのだ?」

 

リュックの中で興奮してわさわさ動いてしまったのでイリーナから声を掛けられてしまった。少し落ち着かねば。

 

中は結構な人数がいる。どいつもこいつも冒険者チックだぜ!

というか、冒険者なんだろうけどね。

あ、あれが依頼書を張り付ける依頼ボードかな?

見たい!見たいぜ~。

 

「何をしている?このカウンターに座ってくれ」

 

言われるままカウンターの手前にある椅子に座る。

受付嬢に隣にズレる様伝え、ギルドマスターが対面に座った。

 

「冒険者カードを提示してくれ」

 

言われるまま胸元から冒険者カードを提示するイリーナ。

 

「フム・・・、イリーナ。Fランク冒険者か・・・」

 

カードを返しながら、ギルドマスターが問いかける。

 

「それで、なぜあのような騒ぎになった?」

 

そこで、町の門の前で三人に襲われたところから、先ほどの決闘騒ぎまで順を追って説明する。

 

「なるほど・・・あの連中には厳しい措置が必要だな。それにしても君一人でよくあの五人を退けられたな。特に三人を相手にしたのもそうだが、<鬼殺し(オーガキラー)>のリーダ―である斧使いは戦闘力だけならCランクにも届こうかと言った実力だったが」

 

『まあ、なんとかなった』

「まあ、なんとかなった」

 

「どうなんとか何ったのだ?」

 

おいおい、突っ込んで来るな・・・。

 

『それより、魔物を狩って来たんだが、買取をお願いしたいのだが?』

「それより、魔物を狩って来たんだが、買取をお願いしたいのだが?」

 

「ん? ああ、どこに持ってきているんだ?」

 

『収納から出すぞ』

 

そう言って亜空間収納から魔物を次々取り出す。

カウンター前にはフォレストウルフ、ホーンラビット、キラーグリスリー、ジャイアントバイパー・・・すぐに小高い山のように積みあがった。

 

「お、おいおいおい! 収納魔法の持ち主なのか!? それにしてもどれだけの魔物を・・・というか、Cランクモンスターのキラーグリスリーやジャイアントバイパーまであるじゃないか!」

 

『解体費用は差っ引いてくれ。いくらくらいになりそうだ。ちなみにまだ魔物あるぞ』

「解体費用は報酬から差し引いてくれ。いくらくらいになりそうだ。ちなみにまだ魔物あるぞ」

 

「な、なに? まだあるのか? どれほどの収納量だ・・・、というか、これ全てお前が倒したのか!?」

 

「え、ああ、倒した?かな」

 

「なぜに疑問形!?」

 

『全部を自分で倒したわけではなく、大半は師匠のお使いで換金に来ていると言え!』

 

「あ、ああ、全部が全部自分で倒したわけではないんだ。大半は師匠が倒した魔物を換金するためのお使いみたいなものだ」

 

「し、師匠だと?」

 

「そうだ!我が師匠はとても素晴らしいのだ! ヤーベ殿の素晴らしさは一言では語れぬな」

 

「ヤーベ?」

 

『コラーーーーーー!! 何で名前言う!』

 

「あ」

 

「あ、ってなんだよ、あ、って。どうもオメーおかしいなぁ」

 

ギルドマスターがイリーナを怪しみ始めた。困ったね、どうしたもんかな・・・

と思ったら、ギルドマスターに魔力が集まる。ぐるぐるエネルギーがギルドマスターの目に宿るように感じたんだ。やっぱぐるぐるエネルギーって魔力だったんだな。相手が使うのを見るとよくわかるよ。

 

「ぐわわっ! 目がぁ!目がぁぁぁぁぁ!」

 

急に両目を抑えてどこぞの大佐の様に苦しみだすギルドマスター。どうした?

俺は眩しくないぞ?

 

「ど、どうしたのだ?」

「ぐうう・・・、なんだかとんでもねーな、ちくしょう」

 

と思ったら、再度ギルドマスターに魔力が集まる。ぐるぐるエネルギーがギルドマスターの目に先ほどよりも強く凝縮される。

 

そして、ギルドマスターがまるで産まれ立ての小鹿の如く小刻みに震え始める。

 

「?」

 

イリーナも怪訝な顔をする。ギルドマスターどうしたんだろ?

 

「お前・・・一体・・・」

 

そう言うと、さらにぐるぐるエネルギーが強くなり再度ギルドマスターの右目に宿る。

 

「ブフォッ!」

 

ギルドマスターが鼻血を吹く。

そして何かしら液体が滴るような音が微かに聞こえた気がした。

 

「ご、ごごご、53万だと・・・」

 

ん?ギルドマスター、何を言っているのだろう?

 

「どうかしたのか? ギルドマスター殿」

 

イリーナが不審に思ったのか問いかけるがギルドマスターはそれに答えず、

 

「師匠と言ったな・・・?本当に師匠がいるのか? 自分の力を隠しておきたいがための嘘ではないのか?」

 

プルプルしながらそれでも倒れまいと踏ん張っているように見えるギルドマスターが問い詰めて来た。

 

「とんでもない!本当に師匠のヤーベ殿は実在している! 理由あって町にはなかなか来られない方だが、本当にすごい人なんだ!」

 

なぜかイリーナが憤懣やるかたないと言った感じで捲くし立てる。

 

「・・・ならば連れてこい!今すぐだ!師匠とやらを連れてくれば信用してやる!できなかったときはお前の秘密を喋ってもらうぞ!」

 

・・・なるほど、イリーナの不自然な戦闘力や収納魔法やらを問い詰めたいというわけだ。どうせ師匠の存在は自分の力を隠す隠れ蓑だとでも思ってるんだろうけどな。まあ、隠れ蓑はイリーナの方なわけだが。

 

「むううっ!そこまで師匠のヤーベ殿を愚弄するか!いいだろう!師匠を何としても連れて来よう。連れて来たら師匠に謝ってもらうからな!」

 

なぜ俺に謝ってもらう必要があるのか全く理解できないが。

 

『師匠を連れて来るまでに魔物の査定をしておいてもらってくれ』

「あ、師匠を連れて来るまでに魔物の査定を完了しておいてくれ。満足する値を付けてもらえないと師匠は今後この町に魔物の買取を出さないかもしれないぞ!」

 

そう啖呵を切ってギルドを出て行くイリーナ。買取にクギを指すとはなかなかやるね。それにしても、師匠って・・・どーしよう?

 




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第26話 早速師匠を呼びに行こう

冒険者ギルドを勢いよく呼び出したイリーナ。

 

「さあ師匠!ドーンとお姿をお見せください!ギルドマスターをギャフンと言わせましょう!」

 

意気込むイリーナに対し、俺様はリュックから触手だけ出すと、ぐるぐる回転させた後イリーナの頭をポカリと殴る!

 

「このオタンチン!」

 

「あいたっ!」

 

イリーナは涙目になって後ろを向く。

 

「何をする、ヤーベ殿」

 

頭を擦りながら文句を言うイリーナ。

 

「このスライムの姿で出られないからお前に代理を頼んだんでしょ!」

 

「あっ」

 

ヒヨコ隊長もイリーナの肩で「やれやれ」といった表情で溜息を吐いている。

ヒヨコ隊長にまで馬鹿にされるイリーナ・・・どこを切ってもポンコツだぜ!

 

「ううう・・・すまない、ヤーベ殿」

 

ズーンと落ち込むイリーナ。

 

最も、イリーナがギルドマスターにキレ気味に啖呵を切った時にはもう覚悟を決めてはいたけどね。後は俺の姿をどうやってごまかすかだ。

ありがたいことに、決闘とやらで手に入った軍資金もある。

 

「イリーナ、早速買い物だ。買い物の本番は討伐した魔物の買取金が手に入ってからだが、今は俺の姿をごまかすためのアイテムを購入しに行かねばならん」

 

「おおお・・・、ヤーベ殿。やっぱり私のために秘策を・・・くっおハプッ!」

 

俺様は最後まで言わせずに触手で口を塞いだ。

 

「言わせねーよ、人の多い往来で何を口走ってるんだ」

 

「ハププププッ」

 

「さあさあ、まずは鎧を見に行こう」

 

イリーナの口を押えたまま、もう1本の触手でイリーナの尻を叩いて出発した。

 

 

 

「らっしゃい」

 

気難しそうな親父のいる店だな。

道端でしっかりとした鎧を売っている店を聞いたら、この店を紹介されたのでとりあえず入ってみた。しっかりした鎧を探そう。

 

「ヤーベ殿、どんな鎧を探すのだ?」

 

「所謂全身鎧、フルプレートだな。それこそ全身が隠れないとどうにもならん」

 

「なるほど、ではこの騎士のような鎧はどうだろう?」

 

「あん、お嬢ちゃん、そんなフルプレートは重すぎるぞ。やめとけやめとけ、こっちの皮鎧にしておきな」

 

そりゃそうか、イリーナがリュック背負ってるだけだから、誰がどう見てもイリーナが鎧探しているように見えるわな。

 

「店主殿、少し試しに装着してみてもよいだろうか?」

 

イリーナが奥の店主に問いかける。

 

「諦めの悪いお嬢ちゃんだな。好きにしな。但し鎧に傷を付けたら買い取ってもらうぞ。ちなみにそのフルプレートは金貨五枚はするからな」

 

「むうっ!なかなかに高級品だな」

 

だが、俺は気にせず試着しちゃう。OK取ったことだし。

早速フルプレートの隙間から入り込み、手足の部分を含めた全身に収まるように形を変える。

 

「では、動いて見よう」

 

ガシャン、ガシャン。

 

「おおっ!どうだヤーベ殿、着心地は?」

 

動けると言えば動けるが、これで戦闘はつらいな。触手で鎧を支えている状態なので触手で攻撃することもできないし。大体金属鎧だと<雷撃衝(ライトニングボルト)>の使用も出来ないな。

 

「な!ななななな・・・」

 

ん?あ、店主がこっちを見ている。

イリーナが鎧を着ていないのに鎧が歩いている。

そりゃヤバイか。

 

「い、一体どうなって・・・」

 

俺様はイリーナの耳に触手を大至急差し込む。

 

「あふんっ!・・・ヤーベ殿、耳はぁ・・・ダメなのだぁ」

 

『やかましい!自分は鎧を操る鎧使い、操るにちょうどよい鎧を探しに来たのだが、しっくりくるものがなさそうだ。また来ることにしよう、と言って店を大至急トンズラだ!』

「じ、自分は鎧を操る鎧マスターなのだ・・・さよなら!」

 

誰が鎧マスターだよっ! とにかく騒ぎになる前にトンズラだ!

ばたばたと鎧屋を後にする。

 

「鎧マスターってなによ?」

 

「ヤ、ヤーベ殿が言えって言ったのではないか!」

 

ぷりぷりしてイリーナが俺に文句を言う。

 

「誰も鎧マスターなんて言ってないだろ?」

 

大体なんだよ、鎧マスターって?

 

「それより、次はどこへ行くのだ?」

 

「鎧がダメなんだから、次は魔導士だな。ローブを買おう。だから魔道屋だ」

 

「わかった、裏通りにいい店があると情報を仕入れているぞ!」

 

わたわたと走りながら魔道屋へ向かう・・・魔道屋っていう?

 

 

 

 

「失礼するぞ・・・」

 

やたらと薄暗い店に入る。

 

「魔導士の店、キャサリン・・・大丈夫なのか?この店」

 

思わず口に出てしまう俺。

 

「何が大丈夫なんだい?失礼だね」

 

わあっ、急に奥のカウンターにいたはずのオババが目の前にいた。

 

「うわっ!びっくりした」

 

「なんだい、嬢ちゃん一人かい?」

 

「ええ、まあそうだな、うん」

 

反応が怪しいですよ、イリーナさん。

 

『魔導士が着るローブを見せてもらえ』

「魔導士が着るローブが欲しいのだが、見せてもらえるだろうか?」

 

オババが首を傾げる。

 

「あんた魔導士じゃないだろう?何でローブがいるんだい?」

 

「ああ、師匠が着るためのローブを探しているんだ」

 

「ほう、あんたの師匠は魔導士かい」

 

「そのようなものだ。プレゼントしてびっくりさせようかとな」

 

お、うまい言い訳だ。これで本人が来ていない理由付けにもなるな。

 

「普通のローブならそこに山積みにしてあるよ。どうせ魔術付与された高級なローブは買えないんだろ?」

 

オババがちらっと見てくる。むむっ!ビンボー確定されるのは些か気分が悪いが、金がないのも事実。魔獣退治で金がいっぱい入ったら見てろよオババめ!高級ローブと杖を買ってくれるわ!

 

「そうだな、とりあえず普通のローブでいいよ。後魔導士が持つ杖も見せてほしいんだが」

 

「杖もいい素材の高級品は奥に飾ってあるけど、どうせ金が無いんだろ?」

 

ズバリその通りなんだが、他に言い方はないのか。

 

「ヤーベ殿、この色はどうだろう?」

 

そう言ってクリーム色のようなローブを山から引きずり出し、ばさばさと埃を払う。

とりあえず来てみるか。

リュックからしゅるりと出るとローブを上から被る。

おお、これは楽だな。地面に裾が擦ってしまうが、コントロールは触手だけでOKだ。ローブだから重さもほとんど感じないし。

 

「ヤーベ殿、この赤い宝石が付いた杖はどうだろう?」

 

「お、カッコイイな、これ」

 

色と言い、明らかに俺は今あの伝説のRPGドラ〇ンクエ〇トの大魔道にそっくりな自信がある。すごく無意味な自信だが。

 

「おお!ヤーベ殿、よく似あっているぞ!」

 

イリーナが両手を胸の前で組んで褒めてくれる。何となく照れるな。

 

「お、おお?お前さんそれは一体どうなっているんだい!?」

 

あ、いけね。店にはオババもいたんだった。

 

『私はローブマスター。師匠にプレゼントするローブも操ってしまうのだ』

「私はローブマスター・・・ってローブマスターってなんだ!?」

 

「何だいローブマスターって? 何でローブと杖が浮いているんだい?」

 

オババが怪しんでこっちへ来る。

 

『とりあえずお会計』

「ああ、とりあえずお会計を頼む」

 

オババの前に立ちはだかる様に会計を告げる。

 

「魔導士の杖が金貨二枚、ローブは銀貨三枚でいいよ」

 

とりあえずイリーナはちょっきりお釣りの無いようにオババに金貨と銀貨を払う。

 

「毎度あり。で、それどうなっているんだい?」

 

オババがローブを覗き込もうとする。近寄るなオババ、俺はオババ趣味ではないのだ。

 

『イリーナ、行くぞ!さっさとドンズラするのだ』

「あ、ああ、オババ、また来るぞ」

 

そう言ってローブがふわふわしたままイリーナがわたわたと店を出る。

 

「なんかあったらまた来るんだよ!」

 

オババの声が後ろで響く。「魔導士の店、キャサリン」、もう来ねーかな。

 

イリーナの横で杖を持ちながらローブを着て歩いていく。

初めて自分の足?で町を歩くな。ちょっと感動がある。

さて、冒険者ギルドでもうひと暴れしようか。

 

 




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第27話 ギルドマスターを納得させよう

イリーナの横を走っている俺。

おお、町中を歩く感覚。

ちょっと感動だ。

結構人の往来があるな。人にぶつからない様に走ろう・・・、いや、なぜ走ってる?

 

「おい、イリーナ。そう言えばなぜ走ってる?」

 

「んん? キャサリンの店から慌てて出て来たからではないか?」

 

「じゃあもう急ぐ意味ねーよ!」

 

「ああ、そうか」

 

というわけで、ギルドへは歩いていこう。

ゆっくり歩くとなると大通りの屋台も気になって来るな。

 

「うまそーだなぁ・・・」

 

連なる屋台からは煮物や焼き物のいい匂いがしてくる。

 

「ヤーベ殿、何か食べようか?」

 

イリーナがにっこりして聞いてくる。

 

「魔物の換金はまだだが、お金は大丈夫か?」

 

「もちろんだ、それほどあるわけじゃないが、屋台で食べるくらいは問題ないぞ」

 

イリーナの言葉に早速屋台を覗きに行く。

 

「肉だぞ、肉」

 

「らっしゃい!今日は新鮮なホーンラビットの肉が入ってるから、串焼きうまいぜ!」

「こっちは珍しいジャイアントバイパーの串焼きだ!どうだい?」

「さらにこっちはオークの煮込みだ!定番だが病みつきな味ですぜ~」

 

お、オークはまだ食べたことないな。煮込み買うか。

 

「今日だけだよ~、フォレストリザードの新鮮肉は今日だけだ~、塩焼きタレ焼き二種類とも銅貨五枚だよ~」

 

ちょっとのんびりした親父が呼び込みしてる。フォレストリザードって森蜥蜴ってことだよな? トカゲって固そうなイメージあるけど、今日だけなんて言われると気になるよね~。限定に弱いの、俺。

 

「おっちゃん!タレ、塩、二本ずつね! こっちの子とそれぞれ一本ずつちょーだい!」

 

「あいよ!」

 

「イリーナ、お金よろしく」

 

「ああ。店主、これで頼む」

 

イリーナは銀貨を二枚渡す。

 

「まいどっ!」

 

景気よく返事して、出来上がった串を渡してくる。

 

「待ってました!」

 

待ちきれないとばかり、串を受け取ろうと手を伸ばす。

 

「うわわわっ!」

 

店主が串を頬り投げる。おっとアブナイ、俺はひょいひょいっと串をキャッチする。

 

「危ないな、どうした?」

 

と店主に声を掛けながら「あっ」っと気がつく。触手だよ~、俺のバカ!

 

「いやなに、だいぶ昔に魔物にやられてね」

 

「お、おう・・・そうか、アンタも大変だったんだな。もう一本サービスしとくよ」

 

そう言って塩焼きを一本寄越してくれる。

変な同情を買ってしまったが、くれるならありがたく貰おう。

 

「はい、イリーナ」

 

「ありがとう!ハフハフ、なかなかおいしいんだな!フォレストリザードというやつは」

 

「うん、うまいっ!」

 

一切れをヒヨコ隊長にやって自分も食べきる。

ああ・・・町に来てよかった。

 

「あ、ヤーベ殿、そろそろギルドに行くとしようか」

 

「その前に雑貨屋へ行って手袋買おう」

 

俺は食べきった串を屋台の親父に返して、雑貨屋で皮手袋を買ってから冒険者ギルドに向かった。

 

 

 

バンッ!

 

ギルドの大扉を叩き開けるようにイリーナが飛び込む。

 

「ギルドマスターはいるか! 師匠を連れて来たぞ!」

 

「来たか・・・こっちへ来い」

 

といってカウンターを指さす。自身はすでにカウンターの反対側に座っていた。

 

「そこへ座れ」

 

イリーナはドカリと座ると早速ギルドマスターに食って掛かる。

 

「さあ!我が師匠のヤーベ殿を連れてきたぞ!」

 

イリーナさんめちゃくちゃ気合入ってるね。何で?

そんなに魔物の買取金が欲しいのかな?まあ、俺も買取金額で買い物しようって当て込んでるけどね!

 

「で、お前の師匠とやらがその怪しいローブの魔導士ってことか?」

 

「怪しいとは失礼な!我が師匠のヤーベ殿は素晴らしい方なのだぞ!」

 

プリプリと怒るイリーナ。

そこまで言われると逆に恥ずかしくなってくるね。

 

「で、名前は?」

 

俺の方を向いて質問してくる。鋭い眼光だ。威圧してくるつもりか?

 

「・・・ヤーベだ」

 

魔導士の杖をカツンと床について名を答える。

 

「師匠は何でも知っている、まさしく森の賢者と言っても過言ではないぞ!」

 

イリーナが俺を賢者だと持ち上げる。

 

「いや、俺は賢者ではない」

 

「師匠?」

 

「そう、俺を呼ぶなら大魔導士と呼んでくれ」

 

 

昔大ファンだった某有名な伝説の冒険漫画の魔法使いが言うセリフを思い出す。

 

「何が大魔導士だ・・・」

 

むっ!ギルドマスターの右目にぐるぐるエネルギーが集中していく。

 

「ぐわわっ!やっぱり目がぁ!目がぁ!」

 

再びどこかの大佐の様に目を抑えて苦しむギルドマスター。何で?

 

「くそ・・・!やはり分離している・・・」

 

右目を抑え苦しそうに呟く。怪しいクスリやってるわけじゃないよね?

 

再びぐるぐるエネルギーが右目に集まって行く。

懲りない人だね。

 

「むうっ? ・・・たったの5だと・・・?」

 

イリーナを見ながら呟くギルドマスター。何が5なの?

そしてこっちを見る。

 

ブバッ!

 

いきなり鼻血を吹き出すギルドマスター。あれ?前も吹いてた?

 

じょろろろろろ~

 

んんっ?

 

何かしら漏らした音してない?大丈夫?

 

「ごごご・・・53万だと・・・? やはり間違いないのか・・・?」

 

超高速でぷるぷる震え続けるギルドマスター。

 

「ギ、ギルドマスター大丈夫ですか? 裏で少し休みましょう」

 

といってギルド職員の女性に肩を支えてもらい移動していく。

なんだが足元濡れてますけど?

 

「お、おおい!換金はどうなるのだ!?」

 

イリーナががたんと椅子から立ち上がりギルドマスターの背中に声をぶつける。

 

「換金査定は終わっておる・・・カウンターで受け取れ」

 

そう言ってギルド職員の肩を借りながら奥の部屋へ入って行ってしまったギルドマスター。

なんか知らんが、話はこれで終わりのようだ。

それならカウンターで討伐した魔物の換金額を受け取って買い物に行こう。

 

「イリーナ、早速換金額を受け取ろう」

 

「わかった。早速だが買取金額を頼む」

 

買取カウンターの受付嬢に声を掛けるイリーナ。

 

「はい、承っております。こちらが買い取り額の金貨225枚となります」

 

「わわっ!」

 

ずっしりとした革袋を受け取るイリーナ。

 

「師匠!すごいぞ!」

 

「そうだな、やっと買い物できるし、宿に宿泊できるな」

 

「お師匠様のギルド登録はなさいますか?」

 

「いや、俺はいいよ」

 

事務的に尋ねてくるギルド嬢に俺は答える。

 

「さあ、行こうかイリーナ」

 

俺は魔導士の杖で床をコンコンと突いて立ち上がると、ギルドを後にした。

 




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第28話 やっぱりギルドで登録しよう

ギルドを出て大通りを歩き出す。

 

「どうするヤーベ殿。大金が手に入ったが」

 

「そうだな~」

 

実際の所、亜空間圧縮収納の魔物在庫はまだ半分以上ある。

必要に応じで買い取りに出せばいいだろう。

薬草や魔物の収納状況から、収納した物は腐敗が進んでいないことが分かっているので多分長期保存しても問題ないと思われる。

 

それにしても、手袋を手に入れたのは僥倖だった。

スライムの触手をコントロールするにあたって、触手自体は自由に操れるようになったが、細かい作業はあまりうまくこなせなかった。巻き付けたりして物を持つことは出来るのだが、指先のような微細な調整はうまく出来なかった。

 

ところが、触手の先に手袋をつけたので、触手の先が強制的に手袋内で別れて、手のひらの様になった。その感覚を覚えたため、人間であったころの感覚と合わせ、指先、手のひらを作り上げ、コントロールすることが出来るようになった。

 

「これは大きいぞ。これで揉んだり摘まんだりできるようになる」

 

何を?と思わなくもないが、取りあえず出来るか出来ないかで言えば、出来る方がよいのだ、うん。

 

『ところでボス、よろしかったのですか?』

 

ヒヨコ隊長が問いかけてくる。

 

「何が?」

 

『ギルドでの冒険者登録ですよ。人間の町に出入りするためには身分証が必要だったのでは?』

 

ヒヨコ隊長が鋭く突っ込む。

 

「・・・ダメじゃん?」

 

『なぜに疑問形です!?』

 

ぴよぴよっと驚いた表情のヒヨコ隊長。

 

「そういやそうだ。ギルドに縛られたり、個人情報取られたくなくて登録はいいやって言ったけど、身分証はいるじゃん!」

 

あた~、失敗した。常にイリーナのリュックの中に隠れて町を出入りするわけにもいかない。

ギルドに登録すれば、間違いなく俺の個人情報を引き出そうとしてくるだろう。

先ほどのギルドマスターの様子も変だったし。

何より強制的に招集されたりするのは嫌だ。

だが、ラノベを読みまくっている俺の情報からすると、強制義務が発生するのは高ランクになってからのはず。それならば登録だけしておいて、ランクを上げず、最低限の仕事だけこなしてランクを保持しておけばよいか。

 

「うん!気が変わったぞ。やっぱり冒険者ギルドで俺も登録しよう。身分証がないといつもイリーナのリュックに隠れていなければならないからな」

 

「むうっ、私ならば、ヤーベ殿の役に立つのならばいつでもリュックを背負うくらいの苦労は厭わないつもりだが」

 

口を尖らしてアピールするイリーナ。

 

「いつもイリーナに背負ってもらうわけにもいかないし、何より場合によっては俺だけで町の出入りをしなくてはいけない可能性だってある。やはり登録しておこう」

 

「むう・・・致し方ないか」

 

依頼を請け負わずに魔物の買い取りだけお願いしておけば、ランクを上げないまま買い取りの金額を受け取っておけば良いだろう。

 

「さて、早速冒険者ギルドに戻るとしよう」

 

俺たちは早々に冒険者ギルドに向かうべく大通りをUターンした。

 

 

 

 

冒険者ギルドの大扉をドバーンと開け放つ。

チリンチリンと鳴るベルがけたたましい音を立てる。

勢いよく開け過ぎたようだ。

 

ギルド内にいた冒険者たちが何事かと振り向けば、先ほどギルドマスターと話し込んでいた怪しい魔導士と女冒険者が戻って来た。

 

怪しい魔導士はきょろきょろとあたりを見回し、カウンターのギルド嬢を見つけるなり、

 

「おーい、さっきのお姉さ~ん!」

 

とけたたましく声を上げてカウンターにすっ飛んでいった。

 

「なんだありゃ・・・?」

 

冒険者たちは触らぬ神に祟りなしとばかり、関わらない事に決めたようだ。

 

 

 

「お姉さ~ん、やっぱり冒険者登録お願いね!」

 

冒険者ギルドのカウンター、先ほど買い取り金額の支払いを行ってくれた女性だ。

ラッキーなことに受付が空いていたので、直行した。

元気よくお願いをしたところ、奥の部屋から「ブフォッ!」って誰かが何かを噴く音が聞こえたが、まあ気にしないことにしよう。

 

「はい、冒険者登録ですね?」

 

「そう、お願いできる?」

 

「わかりました、ではこちらの申込書に記載をお願いします。代筆は必要ですか?」

 

そういってギルド嬢は申込書を出してくる。羊皮紙のような厚い用紙だな。

じっと見ると記載項目の説明が読める。

ペンを借りて、名前を書いてみる。

 

「これ、読める?」

 

「・・・ヤーベ、様でよろしいですか?」

 

お、日本語で書いたのだが、なぜか読めるようだ。助かる。この年で語学を一から勉強するのははっきり言って苦痛以外の何物でもない。

 

「では書き込んでいこう・・・名前、出身地・・・職業? 能力・・・はい、書けた」

 

俺はギルド嬢に書き込んだ申込書を提出する。

 

「はい、承ります・・・お名前はヤーベ様。出身地は奇跡の泉の畔・・・?」

 

「そう、奇跡の泉には俺がしたんだけど」

 

いや、水の精霊ウィンティアのおかげか?まあいいか。

 

「職業は大魔導士・・・」

 

「そう」

 

「むっ!私の師匠と書いてくれてもいいのだぞ? あ、後・・・師匠だけでなく、は、は、伴侶と書いてもらっても・・・」

 

何かごにょごにょ言いながらすごい赤くなってクネクネしているイリーナ。

どうした?

 

「え・・・? <調教師(テイマー)>?<召喚師(サモニスト)>?」

 

「そう」

 

「・・・えっと・・・部下って書いてありますけど、使役獣のことですか?」

 

「そう」

 

「・・・えっと・・・狼牙族一族郎党60匹って・・・」

 

「ダメ?」

 

ちょっと可愛く聞いてみる。

 

「召喚は四大精霊・・・!!」

 

「そう、とってもイイコたちだよ」

 

「・・・少々お待ちください」

 

ギルド嬢は額に手を当ててクラクラしたのか頭を振りながら俺の書いた申込書を持って奥の部屋へ消えて行く。

 

「な、なんだこれは!」

 

誰かの叫び声が聞こえる。うん、きっとギルドマスターだな、たぶん。

 

 

 

ガチャリと扉から出て来た受付嬢が俺に向かって声を掛ける。

 

「ヤーベ様、イリーナ様、こちらの部屋へお入りください」

 

呼ばれたので部屋に入ってみると、やっぱり先に会ったギルドマスターが居た。

 

「やあ、ギルドマスターじゃないか。どうした?」

 

「どうしたじゃねーんだよ!なんで登録に戻って来た!」

 

バンッ!と俺の書いた申込書を机に叩きつけてギルドマスターが怒鳴る。

え~、何で怒られてんの、俺?

 

「え~、だって身分証がないと町の出入り困るじゃん」

 

「そりゃそーだけどよ・・・、で、お前何がしたいんだ?」

 

「え? 別に何も。魔物狩ってお金に替えてもらう以外特に用はないな」

 

俺ははっきりと目的を伝える。

 

「名前はヤーベ・・・何だよ、年齢が『謎』って。ふざけてんのか・・・。職業大魔導士・・・頭痛ェ・・・」

 

クラクラしているのか頭を振りながら読み進めるギルドマスター。

 

「<調教師(テイマー)>?<召喚師(サモニスト)>?」

 

「そう、いいだろ」

 

ドヤ顔で自慢してやる俺。まあ、ローブで包まれてるし、顔はわからんだろうけど。

 

「使役獣は狼牙族一族郎党60匹・・・召喚は四大精霊・・・おまーホント何でもありかよ!」

 

キレ気味に怒鳴ってくるギルドマスター。何を言う!神様からチートももらえず生きるのに精一杯なただのスライムに向かって失礼な。

 

「友達だけは増えたな」

 

「普通使役獣や召喚精霊は友達って言わねーんだよ・・・」

 

しみじみと嘆息するギルドマスター。

 

「そうするとものすっごく寂しくなるから却下で」

 

俺はきっぱりと告げる。彼らは友達です。

 

「はあ・・・登録は認めてやるから絶対問題起こすんじゃねーぞ! 何かわかんねーことがあったら絶対俺に相談しに来い! 勝手な行動すんじゃねーぞ!いいな!」

 

「ああ、うんうん、わかったわかった。じゃあよろしく」

 

と言ってさっさと出て行こうとする。

 

「ちょっと待て、後一つ質問だ。お前、冒険者ランクを上げる気あるのか?」

 

「ないよ」

 

何の確認か知らんが間髪入れず答えておこう。何か俺に期待されても困る。面倒はお断りだ。

 

「・・・わかった。行っていいぞ」

 

「じゃあな。また魔物の買い取り頼むぞ。イリーナ、買い物に行こう」

 

「わかった師匠、早速買い物に出かけよう」

 

俺たちは今度こそ冒険者ギルドの後にした。

 




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閑話1 ギルドマスターの憂鬱 前編

俺の名はゾリア。現役時代は双剣のゾリアと呼ばれたAランク冒険者だった。

今はソレナリーニの町の冒険者ギルドにてギルドマスターを賜っている。

この町は今まさに発展途上にある。辺境にあるこのソレナリーニの町だが、北には迷宮があり、辺境の町の中では交通の要所にもなる場所にある。この先この町は間違いなく発展して行くだろう。この町の冒険者ギルドを任される事は誉れでもある。

 

そんなある日の事、ギルドの看板受付嬢でもあるラムがギルドマスター室に駆け込んで来た。

 

「ギルドマスター大変です。衛兵の詰所より連絡があり、<鬼殺し(オーガキラー)>のメンバー三人がFランクの女性冒険者一名に迷惑行為を働いた挙句、返り討ちに会い衛兵の詰所に連れて行かれたそうです!」

 

あのバカども!最近Dランクに昇格してからというもの、態度はデカいわ、他の連中にケンカを売るわ、ロクでもない対応ばかりでギルドマスターとしても制裁発動を検討していたところだ。ただ、冒険者同士の諍いだし、ギルドが表立って出ることはないか。

 

「その上、<鬼殺し(オーガキラー)>のリーダー、ドンガがキレてその冒険者に決闘を挑むとギルドを飛び出して行ったと・・・」

 

「バカがっ!」

 

俺はすぐさま席を立ち、ギルドを後にする。

さすがに決闘などとばかげたことは止めないと。まして相手はFランクの女性冒険者一人。

・・・Fランクの女性冒険者一人だと? まさか・・・先日登録したばかりのポンコツそうな女騎士っぽいヤツか!?

 

大通りを走って行くと、そこにはすでにぶっ倒されていたドンガが。そして衛兵と話していた一人の女性冒険者。

 

衛兵が話しかけて来るが、半分も耳に入ってこない。

まさか、こんなひ弱そうな女騎士っぽいやつが

ドンガを倒す?戦闘力だけならCランクにも届こうかといったヤツだぞ!?

 

「うむ、それでかまわぬ」

 

とにかくギルドに戻って話を聞かない事には埒があかぬ。

ギルドに入ってからもきょろきょろと落ち着かない女性冒険者に、明らかに不審なものを感じる。とにかくカウンターに座ってもらい話を聞くことにしよう。

 

「フム・・・、イリーナ。Fランク冒険者か・・・」

 

やはりこの前登録したばかりのやつじゃないか。

どう考えても<鬼殺し(オーガキラー)>の連中を倒せる実力があるように思えない。

 

騒ぎの理由を聞けば、<鬼殺し(オーガキラー)>の連中に非のある話ばかり。騒ぎ事態に問題はないのだが・・・。

 

「なるほど・・・あの連中には厳しい措置が必要だな。それにしても君一人でよくあの五人を退けられたな。特に三人を相手にしたのもそうだが、<鬼殺し(オーガキラー)>のリーダ―である斧使いは戦闘力だけならCランクにも届こうかと言った実力だったが」

 

「まあ、なんとかなったかな」

 

目を泳がせながら言うイリーナ嬢。どうかしてるぜ、この娘。

 

「どうなんとかなったのだ?」

 

突っ込んで聞いてみたのだが、討伐した魔物の買い取りなどと抜かしてきおった。リュックにどれほどの討伐部位があるのか知らんが、見てやろうじゃないか・・・と思ったのだが、出るわ出るわ、まさかの収納魔法から山のような魔物が出てくる。この辺境の町周りでは最強クラスのCランクモンスターまで。しかもとんでもない量だ。この女、どんな魔力をしているんだ!?もともと収納魔法の使い手など、ほとんどお目にかかれない。そして、収納魔法の要領は魔力量に比例するはず。とすれば・・・。

 

「というか、これ全てお前が倒したのか!?」

 

「え、ああ、倒した?かな」

 

「なぜに疑問形!?」

 

やっぱりこの女、ヘンだ。しまいには師匠の使いだとか言い始める。たとえモンスターを師匠とやらが討伐していたとしても、<鬼殺し(オーガキラー)>の連中を跳ね返したのはこの女のはずだ。

 

ここは俺の切り札を使おう。

俺には冒険者時代を支えた虎の子のスキルがある。

それが<魔探眼(またんがん)>と<魔計眼(まけいがん)>である。

 

我が<魔探眼(またんがん)>は魔力を探すことが出来る。魔力の強さによりその魔力は明るさで判別できる。そのため迷宮探索などでは我が<魔探眼(またんがん)>により魔力を伴う罠などの発見や、魔力の強い魔獣の襲撃を察知することが出来た。我が冒険者としての実績を支えた正しく虎の子のスキルといえよう。

 

そして、あからさまに怪しいリュックを背負った女を<魔探眼(またんがん)>で調べた時だ。女の魔力はごくわずかしかなかった。それがどうだ、リュックに目を移した瞬間、

 

「ぐわわっ! 目がぁ!目がぁぁぁぁぁ!」

 

あまりの眩しさに目が眩むどころか、潰れるかと思った。

一体どれほどの魔力があればあれほどの輝きになるのか!?

以前この国の宮廷魔術師を<魔探眼(またんがん)>でサーチした時も「ああ、明るいな」程度の感覚だったのに。

 

「ど、どうしたのだ?」

 

イリーナという女冒険者が心配したのか俺に声を掛ける。どーなってんだよ!お前のリュックは!

 

「ぐうう・・・、なんだかとんでもねーな、ちくしょう」

 

こうなったら<魔計眼(まけいがん)>を発動させてやる。これは魔力そのものを数値化して認識することが出来るスキルだ。<魔探眼(またんがん)>に比べると地味なイメージだが、魔力を数値化できることは案外有用なことが多い。明りで漠然と判別するのではなく、はっきり数値化することでわかることも多い。例えば魔力強度を測ることにより、罠の危険度を判別したり、魔道具の威力を推定できたりする。

ということで<魔計眼(まけいがん)>を発動させたのだが・・・

 

「ブフォッ!」

 

鼻血が噴き出す!

 

「ご、ごごご53万だと・・・?」

 

じょろろろろ~

 

まさかの下半身がコントロール不能だ。ちくしょう!

 

我がスキル<魔計眼(まけいがん)>で捉えた魔力を数値で見た時に、大体一般人は1~5程度、冒険者で鍛えている者でも5~15あたりだ。

ちなみに目の前のイリーナ嬢は魔力数5だ。

魔術師のように魔力を常にフルで使用するような職業はさらに魔力が高い者がいる。30~50程度を示す者もいる。それ以上となると、そうざらにはいない。

過去100を超える者を確認したのは二名だけだ。

最高値は134、この王国の宮廷魔術師だ。

 

それがどうだ、このイリーナ嬢が背負っているリュックから感じられる魔力数は「53万」である。私は体の震えが止まらず、鼻血を吹き出し、下半身は粗相してしまった。

 

53万だぞ・・・、確認できた最高の宮廷魔術師ですら134なのに・・・。

一体何倍なのだ! 53万って! 凄すぎてピンとすら来ぬわ! 規格外にも程があるだろう!?程が!

一体、リュックの中に何を隠しているんだ!?コイツ・・・一体何を企む?

 

「師匠と言ったな・・・?本当に師匠がいるのか? 自分の力を隠しておきたいがための嘘ではないのか?」

 

このイリーナという女本人の力がまるでないように感じられる。そしてリュックからの化け物じみた魔力。一体何を隠しているのか?

ともすれば体の力という力が抜け落ちて倒れそうだが、倒れてしまうわけにはいかない。

 

「とんでもない!本当に師匠のヤーベ殿は実在している! 理由あって町にはなかなか来られない方だが、本当にすごい人なんだ!」

 

何だよ師匠って?何の設定なんだ? それともそのリュックの中に師匠とやらがいるのか? いっそリュックの中を見せろと言うか・・・、いや、それはヤバすぎる気がする。長年生き抜いて来たギルドマスターとしてのカンが囁いている!あのリュックの中身はヤバいと!

 

「・・・ならば連れてこい!今すぐだ!師匠とやらを連れてくれば信用してやる!できなかったときはお前の秘密を喋ってもらうぞ!」

 

どうせ明かせないからこそ、師匠という架空の存在をアピールしているのだろう。

ギルドを飛び出て行くイリーナ嬢を見送りながら、俺は心を落ち着けるように深呼吸を繰り返した。

 

 




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閑話2 ギルドマスターの憂鬱 後編

バンッ!

 

冒険者ギルドの大扉が勢いよく開かれる。

存外に早くイリーナ嬢が戻って来た。

てっきり売り言葉に買い言葉で悩んでいるとばかり思っていたのに。

イリーナ嬢の隣には、肌色っぽいローブをすっぽりかぶり、魔導士の杖を持った怪しいヤツが。

 

「ギルドマスターはいるか! 師匠を連れて来たぞ!」

 

「来たか・・・こっちへ来い」

 

といってカウンターを指さす。俺はカウンターの内側に陣取る。

 

「そこへ座れ」

 

指示してやるとイリーナ嬢はドカリと座る。

そして隣のローブを指さして俺に食って掛かる。

 

「さあ!我が師匠のヤーベ殿を連れてきたぞ!」

 

いたのかよ!師匠!マジか?マジなのか?

 

「で、お前の師匠とやらがその怪しいローブの魔導士ってことか?」

 

「怪しいとは失礼な!我が師匠のヤーベ殿は素晴らしい方なのだぞ!」

 

イリーナ嬢が立腹しながら立ち上がる。

こりゃ、適当なヤツを連れて来たってワケじゃなさそーだな・・・。

 

「で、名前は?」

 

「・・・ヤーベだ」

 

魔導士の杖をカツンと床について名を答えてくるヤーベとやら。

少なくともこんな怪しいヤツがいるとは報告を受けていない。

 

「師匠は何でも知っている、まさしく森の賢者と言っても過言ではないぞ!」

 

イリーナ嬢は自分の師匠のヤーベを賢者だと持ち上げる。

 

「いや、俺は賢者ではない」

 

「師匠?」

 

「そう、俺を呼ぶなら大魔導士と呼んでくれ」

 

・・・何だコイツ? 自分で大魔導士とか言ってるぞ。

自分で大言壮語を吐く人間ほどダメなヤツが多いのはもはやお約束だ。

 

「何が大魔導士だ・・・」

 

俺はこのヤーベとやらの化けの皮を剥ぐべく、<魔探眼(またんがん)>を発動させる。

 

「ぐわわっ!やっぱり目がぁ!目がぁ!」

 

くそっ!もしかしたらもしかすると<魔探眼(またんがん)>を発動させたが、先ほどイリーナ嬢のリュックが眩しく光っていたのに、今はまったく光っていない。

代わりに超強烈に眩しく光っているのはこの怪しいローブ、ヤーベだ。

 

「くそ・・・!やはり分離している・・・」

 

右目を抑えぼやく。

てか、リュックの中に隠れてたんかーい!

どういうつもりだよ! 意味不明だよ。何で最初リュックの中にいたんだよ!

よくリュックの中なんかに入っていられたな?

というか、明らかに今のローブ姿はリュックに入っていた時より大きいですが!?

 

もう悪い予感しかしないが、仕方ない、確認のためだ。

俺は<魔計眼(まけいがん)>を発動させる。

そしてイリーナ嬢を見る。

 

「むうっ? ・・・たったの5だと・・・?」

 

やはりイリーナ本人は大したことがないようだ。

さっきはリュックの魔力に何か秘密があるのかと思ったが・・・。

そしてヤーベを見る。

 

ブバッ!

 

いきなり鼻血が吹き出る。

 

じょろろろろろ~

 

「ごごご・・・53万だと・・・? やはり間違いないのか・・・?」

 

心配そうに覗き込んでくるイリーナ嬢。

私は再び体の震えが止まらず、鼻血を吹き出し、下半身は粗相してしまった。

 

 

あの53万の魔力・・・それはイリーナ嬢がリュックに隠した切り札的な魔道具などではない。このヤーベという男だ。姿は見えないが、声から男だと判断する。

つまり、このヤーベという男が53万もの魔力値を保有する「存在」だということだ。

 

この男が味方となれば圧倒的な戦力をこの冒険者ギルドは手に入れることができるが、逆に敵対すればソレナリーニの町は跡形もなく消し去られることにもなりかねない。

 

為政者ほどその傾向は強くなるだろう。

この男を取り込もうと躍起になるか・・・それとも、脅威となる前に抹殺するか。

 

「ギ、ギルドマスター大丈夫ですか? 裏で少し休みましょう」

 

副ギルドマスターのサリーナが肩を貸してくれる。

ああ、優しい彼女を副ギルドマスターに据えておいて今日ほどよかったと思った事はない。

 

「お、おおい!換金はどうなるのだ!?」

 

イリーナががたんと椅子から立ち上がる。

 

「換金査定は終わっておる・・・カウンターで受け取れ」

 

とりあえずギルドとしてどうすべきか対策を練らねばならぬ。それも早急にだ。

とりあえず魔物討伐分の買い取りを行った金額を渡して少し落ち着いてもらうとしよう。

こちらにも時間が必要だ。

 

そして金を受け取り、ヤーベはギルドに冒険者登録をせずに出て行った。

ふうっ、このギルドに所属しないとすれば、この俺の監督も不要ということだ。

 

 

と、思って一息入れようとサリーナにお茶を入れてもらったのだが・・・

 

 

「お姉さ~ん、やっぱり冒険者登録お願いね!」

 

「ブフォッ!」

 

俺は飲みかけのお茶を全力で噴いた。

 

あいつが戻って来た!? しかも冒険者登録だと!?

あ、頭痛ェ・・・。

 

 

そのうち、受付嬢のラムが部屋へやってきた。

 

「ギルドマスター、申し訳ありません。こちらの冒険者申込書を見て頂きたいのですが・・・」

 

そう言って俺の目の前に申込書を置く。

 

「な、なんだこれは!」

 

頭の痛さが倍増だぜ・・・さすがは53万の男ってところか。

 

「すまないが、連中を呼んで来てくれるか?」

 

ラムが奴らを呼びに部屋を出て行く。

くっそ・・・なんて声を掛ける?俺はヤツがこの冒険者ギルドに登録するとして、どうする?

ちょっと腕の立つヤツ、将来期待の持てるヤツ・・・そんなレベルの話じゃねェ。

あんな魔王みてーなヤツ、扱いきれねェぜ・・・。

 

「やあ、ギルドマスターじゃないか。どうした?」

 

入って来るなり、のうのうと言い放ちやがる。

 

「どうしたじゃねーんだよ!なんで登録に戻って来た!」

 

バンッ!申込書を机に叩きつけて怒鳴りつける。

理不尽な気がしないでもないが、さっき登録をせずに出て行ってホッとしてしまったから余計イラつき加減が増してしまう。

 

「え~、だって身分証がないと町の出入り困るじゃん」

 

くっそー、そんな理由で登録しやがって!

 

「そりゃそーだけどよ・・・、でお前、何がしたいんだ?」

 

「え? 別に何も。魔物狩ってお金に替えてもらう以外特に用はないな」

 

金か?それだけチカラ持ってりゃなんでもやりたい放題じゃねーのかよ!

なんで魔物狩って金に換えるなんてチマチマしたことやってんのよ。

どっかの王様でも宮廷魔術師でもやってろよ・・・冒険者ギルドじゃ扱いきれねーよ・・・。

 

「名前はヤーベ・・・何だよ、年齢が「謎」って。ふざけてんのか・・・。職業大魔導士・・・頭痛ェ・・・」

 

クラクラする。頭痛薬持ってきてほしいぜ。

 

「<調教師(テイマー)>?<召喚士(サモニスト)>?」

 

「そう、いいだろ」

 

ドヤ顔で自慢してやがる。まあ、ローブで包まれてるし、顔はわかんねーけどな。

 

「使役獣は狼牙族一族郎党60匹・・・召喚は四大精霊・・・おまーホント何でもありかよ!」

 

思わずキレちまう。なんなんだコイツは! 魔力値53万なだけじゃねーのかよ!?

使役獣60匹に四大精霊召喚・・・コイツ一人で戦争おっぱじめられても勝てる気がしねェ・・・。

 

「友達だけは増えたな」

 

ちょっと嬉しそうに言いやがる。

 

「普通使役獣や召喚精霊は友達って言わねーんだよ・・・」

 

溜息が止まらねェ。

 

「そうするとものすっごく寂しくなるから却下で」

 

そりゃこんな化け物じみた魔力値じゃあ友達だって出来やしねーだろーよ。

 

「はあ・・・登録は認めてやるから絶対問題起こすんじゃねーぞ! 何かわかんねーことがあったら絶対俺に相談しに来い! 勝手な行動すんじゃねーぞ! いいな!」

 

「ああ、うんうん、わかったわかった。じゃあよろしく」

 

と言ってさっさと出て行こうとする。コイツ、ゼッテーわかってねーだろ!?

 

「ちょっと待て、後一つ質問だ。お前、冒険者ランクを上げる気あるのか?」

 

「ないよ」

 

間髪入れず回答しやがる。ねーのかよ!

ランクを上げる野望がねーってことは、コイツは名声や権力に全く興味がねーってことだ。

ならば、何を求める・・・求めている・・・?

 

「・・・わかった。行っていいぞ」

 

「じゃあな。また魔物の買い取り頼むぞ。イリーナ、買い物に行こう」

 

「わかった師匠、早速買い物に出かけよう」

 

(とにもかくにも様子を見るしかねェ・・・)

 

出て行く二人を見送りながら、俺は覚悟を決めた。

 




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第29話 買い物に行こう

「ヤーベ殿、どこに買い物にいくのだ?」

 

冒険者ギルドから出て来た俺たちは大通りを歩きながらどこへ向かうか考えていた。

 

「冒険者登録も済ませたしな。身分証があれば基本的にどこでも買い物が出来るよな」

 

チャラりと首?にかけた冒険者タグを見る。Fランク冒険者の証。

 

「ヤーベ殿に合うもっと良い素材のローブでも見に行こうか?」

 

イリーナが俺のローブを気にしてくれた。でもこの色、大魔道っぽくて気に入っちゃったんだよな。イリーナが選んでくれたものだし。大体、キャサリンの店にはしばらく行きたくないかな。

 

「ローブはいいよ。イリーナに選んでもらったこのローブを気に入っているから」

 

「うっ・・・こんなに素直にヤーベ殿が私を褒めてくれるなんて・・・この後、私を褒めて褒めてトロトロにされて・・・くっ犯せ!」

 

「いや、なんで俺がイリーナを褒めて褒めてトロトロにしないといけないわけ?」

 

イミフな会話を続けながら、大通りを歩いて行く。

 

「んっ? ヤーベ殿、また屋台街に向かっているのか?」

 

ふっふっふ、バレてしまったのならば仕方がない。

時間も昼過ぎくらい。昼飯を狙った客がひと段落したころだろう。

屋台が空き始めてくる今がチャンス!

 

「そうだ。ヒヨコ隊長の部下やローガ達にお土産を買っていかねばならないのだから。金は十分に用意できた。ならば、うまいものを買い占める以外にすることはない!」

 

「か、か、買い占める!?」

 

「そうだ!キャツらの胃袋を舐めてはいかん。あればあるだけ食べる奴らだ。それに、ソレナリーニの町は多少離れているからな。出来るだけまとめて買っていこう。俺の亜空間圧縮収納なら、食べ物は傷まないから」

 

『ボス!部下たちの事まで考えて頂き、感激です!』

 

ヒヨコ隊長もイリーナの肩で喜びのダンスを踊っている。

 

そういうわけで早速片っ端から屋台街の食べ物を買い漁ろう。

もちろんヒヨコ隊長の部下やローガたちのお土産のためだ。

決して俺があれもこれも食べたいから買い占めるわけではない。ないったらない。

大事な事だから二度言おう。

 

「おーいオヤジ!また来たよ~」

 

さっき食べておいしかったフォレストリザードの肉を串焼きにしている店に再びやって来た。

 

「よう、さっきのローブのダンナか。どうした?フォレストリザードの串焼きが忘れられなくてまた来てくれたのか?」

 

笑いながら気さくに声を掛けれくれるオヤジ。いいなー、こういう雰囲気。結構長い間泉の畔で独りぼっちだったし、ローガやヒヨコ隊長のような部下が出来ても、気さくなコミュニケーションってのはなかなか無かったからな。ちょっと感激だ。

 

「そうそう、フォレストリザードの串焼きうますぎて。全部ちょーだい!」

 

「・・・えっ?全部?」

 

「そう、全部!タレも塩もぜ~んぶ!」

 

両手を広げてオーバーにアピールする俺。

 

「ダンナ、たくさん買ってくれるのは嬉しいが、どうやって持って帰るんだ?100本以上あるぜ?」

 

早速焼きながらも、持ち帰りの心配をしてくれるオヤジ。いい人だね。

 

「安心しろ、俺は収納スキルの使い手なのだ。いくらでも持ち帰り可能だ!」

 

皮手袋の手のひらでブイサインを作って大丈夫アピール。じゃんじゃん焼いてくれ。

 

「おお、剛毅なダンナだね~」

 

隣の屋台の親父が羨ましそうに声を掛けて来た。オークの煮込みを作ってる屋台だったかな? 大鍋をぐるぐるとかき回しながらこっちを見ている。

 

「なんだ、売れてないのか?」

 

「今日は気温が高めで、あったかい煮込みはイマイチ人気がでねーのよ。味は最高何だぜ!試して見てくれよ」

 

そう言って小ぶりな器に少し取り分けてくれる。

早速口に運んで味を見る。

 

「うまいっ!」

 

一口食べてすぐ感動。何といってもトロトロに煮込まれたオーク肉がうまい!濃い目の味だが、豚の角煮みたいでうまいねーコレ。

残りをイリーナに渡すとイリーナも食べて気に入ったみたいだ。

 

「全部貰おう」

 

躊躇なく伝える。

 

「ええっ? 全部かい!?」

 

びっくりして声が裏返っている親父に丁寧に説明してやろう。

 

「そうだ、全部貰おう。鍋ごと。小分けで食べたいし、小鉢皿も全部貰おう。イリーナ、金貨出してくれ」

 

「うむっ!ここに預かっているぞ」

 

「えええっ!?」

 

親父が唖然としている。

 

「ちょうどよいではないか。鍋も小鉢皿も新しいのに買い替えると思えば」

 

「わ、わかったわかった。もうみんなダンナに売っちまうよ」

 

「商談成立だな」

 

そう言ってオーク煮込みがたっぷり入った大鍋や小鉢皿を亜空間圧縮収納に保管して行く。

 

「マ、マジで消えた・・・」

 

オーク煮込み屋の屋台は完全に空っぽになった。

 

「ローブのダンナ、こっちも焼けたぜ」

 

「おおっ!早速貰おう」

 

そう言ってフォレストリザードの串焼きを収納して行く。

 

「イリーナ、お金払っておいてくれ」

 

「うむ、オヤジ、支払いだ」

 

「ま、毎度っ!」

 

金貨を何枚ももらって驚くオヤジ。完全完売だ。

 

「ローブのダンナ! ホーンラビットの串焼きはどうだい!」

「いやいや、ジャイアントバイパーの塩焼きもどうだ!」

「ダンナー、こっちはオークのモツを焼いたモツ焼きそばだよ!」

 

「モツ焼きそば! 全部貰おう。後そっちのホーンラビット、ジャイアントパイパーもあるだけ焼いてくれ。全部買い取ろう」

 

「うおーダンナ!御大臣だな!」

 

「はっはっは! うまい食べ物には糸目を付けんぞ!」

 

「ヤーベ殿、あそこのサンドイッチもおいしそうだぞ!」

 

イリーナが俺のローブの裾を引っ張ってアピールする。

 

「お、お嬢さんお目が高い!ロックバードの炭焼きサンドイッチだ。ロックバードの肉を香ばしく焼いて、キャベキャベの刻みとトマトマのスライスを挟んだ最高の逸品だぜ!」

 

なんとうまそうな!キャベキャベとトマトマってキャベツとトマトだよね?

 

「一つ頂こう」

 

「いやいやダンナ、ダンナには一つサービスだ。味を見てくれよ」

 

そう言って一つ俺に渡してくる。

早速ガブリ。うまいっ!

ロックバード?すごいジューシーじゃないか!キャベキャベとトマトマもいい味出してる!

 

「全部貰おう」

 

「まいどっ!」

 

もう一つロックバードのサンドイッチを貰ってイリーナに渡す。はむはむと咀嚼するイリーナ。・・・ちょっと可愛い。

 

その後も他の屋台からダンナダンナと声を掛けられまくり、サービスだ味見だといろいろ貰うたびに全部買いまくった。大満足ナリ。

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

少し時間のたった冒険者ギルド―――――

 

 

 

「サリーナ、すまないが屋台街で昼飯を買ってきてくれないか?」

 

ギルドマスターのゾリアは書類整理で仕事が押してしまったため、昼休憩を取り損ねていた。

 

「遅い昼食ですね、ギルドマスター」

 

お茶を俺の前に置きながら心配してくれる副ギルドマスターのサリーナ。

やっぱり彼女を副ギルドマスターにしてよかった。

さっきは頭の痛い事ばかりだったからな。あ、油断したら頭だけでなく胃まで痛くなってきた。

 

「ご希望はございますか?」

 

「何でもいいよ、腹に溜まるものがいいかな」

 

「わかりました」

 

そう言ってギルドを出て行くサリーナ。

 

 

・・・結構時間がたつのにサリーナが帰って来ない・・・。

ど、どうしたんだ?何かあったのか?

 

と、思ったらやっとサリーナが帰って来た。

・・・しかも手ぶらで。

 

「ど、どうしたんだ? サリーナ、何も持っていないが・・・」

 

サリーナに限って上司に嫌がらせなんてないと思うんだが・・・

 

「屋台街に出向いたのですが、全ての屋台で売り切れでした」

 

「はあっ!?」

 

確かに昼のピーク時間は過ぎている。だが、全部の屋台が売り切れってありえないだろ・・・。

 

「一体何があったんだ?」

 

「はい、何でもローブの御大臣が従者の女性騎士を伴って、全ての屋台で料理を全て買い占めたそうです。屋台街の端の方の店はローブの御大臣がみんな買い占めて行くので、態々材料を急に増やして儲けようとしていた屋台主もいたとか」

 

「・・・あのヤローかぁ!!」

 

俺は拳をテーブルに打ち付けた。

 

「軽く調査してきましたが、どうも金貨200枚程度は購入しているかと」

 

それは魔物の素材買い取りで得た報酬のほとんどを使ってるじゃねーか。

 

「それで、屋台街の店主たちからは伝説の人物として認識されており、『屋台街の奇跡』『根こそぎのローブ』『ザ・御大臣』『爆買い大魔王』などと謎めいた呼び名が飛び交っております」

 

あ、頭痛ェ・・・。悪いことしてるわけじゃないのにハラ立ちすぎんだろ、アイツ。

とりあえず、今日は昼飯を諦めなきゃいけねぇって事だけは確実なようだ・・・。

 




今後とも「まさスラ」応援よろしくお願いします!


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第30話 部下と精霊にハバられたので泣いてみよう

 

ソレナリーニの町でギルド登録して身分証を手に入れた俺。

魔物もそれなりに換金して金貨を手に入れた。

・・・ほとんど使っちゃったけど。

屋台の料理はおいしい物ばかりだったからな。致し方ない。

 

血涙が流れ切ったのか、お座りしながら干からび気味だったローガに串焼きを与えて復活させた後、帰路についた。

帰りにカソの村に寄って来たので、というわけでもないが、泉に着いたのは夜になった。

疲れたので着いてすぐ寝た。

 

 

・・・・・・

 

 

翌朝俺はのんびり起きた。うーん、良く寝た。

え? スライムは睡眠不要じゃなかったかって?

そうなんだけどね。

ずっと夜も起きてるとヒマでヒマで。

精神的にも休まらないし。

ボーッとしてるのも辛いので、休む方法を考えてみました!

そしたら、いつものエネルギーぐるぐる(笑)というか、魔力循環を弱めてやると、とてもリラックスして休めることが分かったんだねー。

交感神経と副交感神経見たいな?違うか。

 

そんなわけで、朝になったからゆっくり起きてみたのだが・・・

 

なぜか目の前には精霊四娘とヒヨコたちが。

 

「かわいー!」

『『『ぴよぴよ~』』』

「人懐っこいですわね~」

「ボクの手に乗ったよ!見て見て!」

『『『ぴよぴよぴよ~』』』

「なかなか愛嬌のあるヤツラじゃねーか」

 

え~、俺様を差し置いて何で精霊四娘とヒヨコたちが仲良くしてるの?

てか、俺精霊召喚してないけど?

 

「君たち、何をしてるのかな?」

 

俺は四娘の前に移動して問いかける。

 

「あ、ヤーベ見て見て! ヒヨコたちがこんなに懐いてるよ!」

 

ボクッ娘ウィンティアの手のひらや肩や頭にもヒヨコたちが群がっている。

 

「わあっ、すごいや、はははっ!ちょっとくすぐったいよ」

 

すごく楽しそうだ・・・

 

「このヒヨコさんたち、とっても可愛いですね!」

 

シルフィーもヒヨコに囲まれてご満悦のようだ。

 

「あらあら~私にもいっぱい寄って来てくれるのね~」

 

ベルヒアお姉さんにもヒヨコたちが群がっている。

 

「くっ・・・可愛いじゃねーかチクショー!」

 

まさかのフレイアにも懐くだと!? 恐るべしヒヨコ!

 

ものすごい疎外感を感じた俺は、とりあえず散歩に出かけた。

いいんだチクショー。俺は孤高の戦士さ。

 

 

次の日・・・

 

 

「おはよー、今日もいい天気だね~」

 

誰ともなく挨拶してみる。だいたいイリーナは朝弱いからなかなか起きてこないし。

 

そして、衝撃の光景が。

 

昨日は精霊四娘とヒヨコたちが仲睦まじく遊んでいたのだが、今日は何と狼牙族までいるではないか。一昨日ソレナリーニの町からの帰り、カソの村に寄った際に三日後に迫った「開村祭」の協力を改めて依頼されたから、ローガ達に獲物を仕留めて来るべく狩りに出かけてもらっていたのだが。

 

 

 

「キミ、すごくモフモフだね~!」

 

ボクッ娘ウィンティアに抱きつかれているのはローガだ。

 

『はっはっは、我の自慢の毛皮はいつでもフサフサよ!』

 

ローガよ、えらく自慢げではないか。

 

「本当にモフモフで素敵ですね!」

 

『で、がんしょ? 毛皮にはいっぱし自信があるでやんすよ』

 

シルフィに撫でられているお前。だから誰だよ! ローガよ説明プリーズ!

 

「モフモフさんたちがいっぱいです~」

 

ベルヒアねーさん。牙狼族とヒヨコたちに囲まれ過ぎでは? もうほとんど顔しか見えませんが。

 

「お前ら、ついてこい!」

 

『『『わふわふっ!』』』

 

フレイヤが狼牙族の一匹にまたがって走っている。その後ろを三匹くらいの狼牙族がわふわふ言いながらついて行った。

・・・楽しそうだ。

 

 

 

ナニコレ。俺以外でみんなめちゃくちゃ仲良くなってる。

いや、仲良くなってることは問題ない・・・と言うか、部下同士のコミュニケーションが取れていて喜ばしい・・・と言いたいが。

 

何故に俺だけ除け者?

 

ローガよ、俺を呼びに来てくれても良いのではないか?

ヒヨコ隊長よ、俺を連れに来てくれても良いのではないか?

 

な、何かすごく悲しくなってきた。

 

「うわ~ん」

 

俺は泣いて走り出した。

 

俺だってモフモフしたいのに~ぴよぴよ戯れたいのに~

 

というわけで(何がというわけなのかは不明だが)、泉より北にある滝に来た。

 

ふう、心頭滅却すれば火もまた涼し!というわけで、滝に打たれて寂しい煩悩を退散させるぞ!

 

・・・よく見たら、打たれる場所ないわ。

そのまま滝壺に落ちてるし。

結構高さあるし。

 

・・・そう言えば、泉では俺の体は沈んだ。でも今はスライム細胞をある程度自由にコントロールできる。

そんなわけで体に空気を取り込んで行くと体がぷくっと膨らむ。さてさて、これで滝壺に入るとどうなるか?

ぷかぷかと浮かぶんですね~

触手をオールの様に平べったくして水をかいていき、滝壺の滝下へ移動して行く。

 

「さあ、滝に打たれて煩悩を吹き飛ばそう!」

 

と、滝下へ近寄ったら、あっさり水の勢いに押されて滝壺の底へ押し込まれた。

 

「うががっ」

 

水の中でぐるぐる回転して錐揉みされて、最後ぷかーっと浮いてみた。

・・・一人どざえもん。

 

なにやってるんだか。

 

「や、ヤーベ殿~!!」

 

急に声がした。イリーナか?どうしてここに?

 

ざぱーん、誰かが飛び込んだ音がした。よく見るとイリーナが飛び込んでこちらに泳いで来て・・・来ているように見えて・・・溺れてるな。

仕方ない、助けるか。

 

ざばざばざば。

 

「おーい、イリーナ。どうした?」

 

「ガボッ、ゲホッ! ヤ、ヤーベ殿が触手で優しく私を助けてくれて・・・くっ犯せ!」

 

「てか、よくわからんが助けに来てくれたのはイリーナの方じゃないのか?」

 

イリーナを連れて滝壺から陸に上がる。

 

するとヒヨコ隊長率いるヒヨコ軍団やローガ率いる狼牙軍団、それに精霊四娘もそろっている。

 

「みんな揃ってどうした?」

 

「どうしたじゃないよ!キミが急に走って行っちゃったって聞いて心配したんだからね!」

 

水の精霊ウィンティアがぷんぷん怒ってますとアピールしながら文句を言う。

 

『何かありましたか?ボス』

 

ローガがお座りしながら聞いてくる。

 

「いや、みんなが俺を除け者にして、盛り上がっていたから、邪魔なのかと・・・」

 

ちょっと触手でイジイジ地面にのの字を書いてみる。

 

『ボ、ボス!何を言っているのです!?』

 

ヒヨコ隊長が狼狽する。

 

『そうですよ!ボスが邪魔なんてありえないじゃないですか!』

 

「どうしてそんな風に思っちゃったのかしら~」

 

ベルヒア姉さんがあらあらまあまあといった雰囲気で頬に手を当てて考える。

 

『我々はボスとイリーナ嬢が町に出かけて戻って来た時にどうもお疲れのようでしたので朝起こさずゆっくりとして頂いていたつもりだったのですが』

 

え、そうだったの?ローガ。

 

『ボスがお休みの間に心配された精霊さんたちが来てくれたので、いろいろ情報交換していたのですよ』

 

ヒヨコ隊長が説明してくれる。なんだ、そうだったのか・・・。

 

「我々は全員がボスの元に集まっているのです。ボスをないがしろにするなどあり得ぬ事ですよ」

 

そう言ってローガはわふわふと笑う。

 

「み、みんなー!!」

 

そう言って俺は連中に飛びつく。

うははっ! なんだ、コイツらこんなにいい奴だったんだな!

 

そう言えば精霊娘たちとは何を話してたの?

 

『カソの村の開村祭で我々が何か出し物をやれないか精霊のお嬢様方に相談に乗って頂いておりました』

 

ローガが報告する。え、何か出し物やるの?

 

獲物を丸焼きにして村人に振る舞う以外にも何かやる気なんだ。

じゃあ、俺も楽しみにしていればいいのかな?

 

ん、ダメ?俺の感想を貰ってからでないと披露できない?律儀だね君たち。

まあいい、それでは明日に迫った開村祭を盛り上げるための準備を進めようか。

 

俺はイリーナをお姫様抱っこしたままローガに股がり、みんなと泉の畔に戻って明日の開村祭に使う獲物の処理を進めることにした。

 

「くっ・・・犯せ・・・」

 

なんか顔を真っ赤にしてイリーナが呟いていたが、スルーしよう。

 





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第31話 開村祭の準備をしよう

さてさて、本日はカソ村の開村祭当日。

準備もあるから、朝早くから村に出かけることにしよう。

 

「みんな~、出かけるよ~」

 

俺はメンバーに声を掛ける。

 

「うむっ!準備できているぞ!」

 

大きなリュックを背負ったイリーナ嬢。リュック持って行くのね。

でもテントは立てたままなんだな。

そう言えば、イリーナはここに来てからずっとテント暮らしだな。

大丈夫か?

 

『ヒヨコ隊長以下200羽準備できております!』

 

『『『ぴよぴよ~』』』

 

ズラリと整列するヒヨコ軍団。精悍だね。

 

『狼牙族、全61匹揃っております』

 

ズラリと整列する狼牙族。精悍だね・・・61匹? 増えてない?

 

「ローガよ、以前お前たちは全員で60匹ではなかったか?」

 

「はい、先日北の大滝を見回りに行った際に、はぐれを1匹見つけまして。ボスの話をしたところ、ぜひ参加に加わりたいということで連れてまいりました。紹介する前にボスの様子を見たいとのことで、正式にまだ紹介させて頂いておりません。おい、ガルボ!」

 

『なんでやんす?リーダー』

 

よく見ると、毛が少しバサついた、ちょっと大柄の狼牙族の1匹がやって来た。右目がケガでつぶれてしまったのか、片目だな。

 

『もういいだろう、ガルボ。ボスに挨拶しろ』

 

ガルボと呼ばれた元はぐれは佇まいを正すと正式に俺に頭を下げた。

 

『初めやして、ご挨拶させて頂きやす。あっしはガルボってケチな狼牙でやんす。親からもらった名なんで、似合ってなくてもご容赦願いやす。こちらのローガ殿に声を掛けて頂き、素晴らしいボスに仕えているってんで、ぜひあっしもお目にかかれる機会を頂きたくてやってまいりやした』

 

・・・えっと、とにもかくにも、仲間になってくれたってことで。

 

「ああ、よろしく頼むよ」

 

『寛大なご対応ありがとうございやす!』

 

ぺこりと頭を下げるガルボ。

謎の狼牙が気になっていたけど、やっと誰かわかったよ。ちょっと落ち着いた。

 

「というわけで、全員でカソの村に行くからな~」

 

『『『おおー!』』』

 

俺はローガにまたがり、イリーナを前に乗せて出発した。

 

 

 

 

 

「おおっ!精霊様!」

 

 

満面の笑みで走ってくるカソの村の村長。

 

「精霊ではないんだが・・・」

 

「まあまあ。それより、皆さま総出でお越しくださったのですかな?」

 

狼牙軍団とヒヨコ軍団を見て村長は嬉しそうに聞いてくる。

 

「そうだよ。ワイルドボアの大物が獲れているから、丸焼きを振る舞うよ。それに、アースバードがたくさん狩れている。俺特製の「唐揚げ」という料理をご馳走しよう。早速準備を始めようか」

 

「おおっ!精霊様からの差し入れとは、ありがたい限りですな!」

 

「いや、だから精霊ではないのだけど・・・」

 

「ヤーベ!」

「スライムさん!」

 

おおっ!この声はカンタとチコちゃんだな。

ならば俺もかわいくなろう。デローンMr.Ⅱからティアドロップへ変身だ。

 

 

ぽよんぽよん。

 

 

「やあ二人とも!元気にしてたか?」

 

ぽよぽよボディになった俺に二人が抱きついてくる。

 

「やっと来てくれたじゃねーか!」

「会いたかったよー!」

 

二人とも元気そうで何よりだよ。

 

「ヤーベにお礼を言いたかったんだ」

 

「ん?お礼?」

 

「本当にありがとうございました、精霊様」

 

顔を上げると、そこには綺麗な大人の女性が。

 

「かーちゃん、こんなに元気になったんだ!」

「スライムさんのお水のおかげだよ!」

 

ああ、カンタとチコの母親か。元気になってよかった。

ちなみに精霊じゃないけどね。

 

「やあ、お母さん。元気になってよかった」

 

にっこりスマイルスライム。

 

「これもヤーベ様のおかげです。体も治って家の仕事も出来るようになりました」

 

「これもカンタとチコちゃんが頑張って泉まで来てくれたおかげですよ。褒めてやってください」

 

「まあまあ、本当にありがとうございます」

 

お母さんも嬉しそうだ。カンタとチコもお母さんに抱きつく。

 

「よしっ!準備を始めよう。ヒヨコ隊長、ワイルドボアの丸焼きのための木組みとアースバードの毛を毟る作業を頼む」

 

『了解です!』

『『『ぴよ~~~ぴ!』』』

 

元気に散らばって行くヒヨコたち。

ちなみにワイルドボアは巨大なイノシシみたいな奴だ。

アースバードは鶏のでっかい奴だ、うん。

 

「ローガ、ワイルドボアの解体を頼む。毛皮は村に進呈するから、綺麗に頼むぞ」

 

『了解!』

『『『わふっ!』』』

 

ローガ達も作業にかかる。ヒヨコたちがアースバードの毛を嘴で突いて毟りまくっている。すぐに丸ハゲになるアースバード。

 

「ローガ、アースバードも解体よろしく」

 

『ラジャ!』

 

ピィ!と口笛を吹くと三匹の狼牙が揃う。

 

『アースバードを解体せよ』

 

『『『ははっ!』』』

 

言うが早いか、毛を毟られたアースバードを爪の斬撃でばらばらに解体して行く。

メッチャ優秀だね、君たち。

 

「ヤーベ殿、我も何か手伝いたいのだが・・・」

 

イリーナがおずおずと尋ねてくる。

 

「もちろんイリーナにやってもらいたいことはたくさんあるぞ。手伝ってくれるか?」

 

「もちろんだ!」

 

俺の問いかけにイリーナはパアッと顔を明るくさせ元気に返答してくれる。

 

「この大鍋に、この油を半分くらい入れてくれ。そしたら火をつけて油を温めよう」

 

「わかった!」

 

てきぱきと準備を進めて行くイリーナ。ぽんこつイリーナとは思えない手際だな。

 

「ローガ達がぶつ切りにしてくれたアースバードにこの粉を塗してくれ」

 

どんどん異空間圧縮収納からポンポンと必要なものを取り出す。

ソレナリーニの町で屋台の料理を買い占めた後、カソの村の開村祭で料理を振る舞おうと計画していた俺は食材だけでなく、調味料や料理に必要なものを探して回っていたんだ。

そこで思い出したのが「唐揚げ」。何とかでっかい鉄鍋に小麦粉っぽい粉と、揚げ物に使用できそうな質のいい油を手に入れることが出来た。

・・・みんな屋台の親父に聞いた情報で手に入れたんだけどね。買い占めのお礼かな?いい情報ばかりもらえたからいいものをたくさん買えたよ。

 

ヒヨコ隊長たちはワイルドボアを太い棒で串刺しにして、木組みにセットして行く。

 

『『『ぴよぴよぴよ~!!』』』

 

またも火炎魔法だ。アッと言う間に焚火に火がついた。ヒヨコたち、本当に優秀だよな。

そしてワイルドボアを貫いた太い棒をクランクでつないでヒヨコたちがゆっくり回していく。

 

油を入れた鍋もいい温度に上がってきたようだ。

 

「さあイリーナ、粉まみれにしたアースバードのぶつ切り肉を油の中に投入するのだ!」

 

「わ、わかった」

 

イリーナはそーっと粉まみれの肉を油に投入していく。

 

じゅわわわわ~

 

「おおっ!すごいぞヤーベ殿!油の中でバチバチいっているぞ!」

 

俺は泉の畔でシコシコ作った木の箸を取り出す。

尤もイリーナが箸を使えると思えないので、木を削って作った串も出す。

 

「イリーナ、この串を使って油の中の肉を転がしたりしてくれ。色が茶色くなったら突き刺して皿に取り出してくれ」

 

「任せろっ!」

 

やたら気合入ってますね。イリーナさん、味見希望かな?

唐揚げ驚くかな~。振る舞うのが楽しみだ。

 





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第32話 開村祭を盛り上げよう

アツアツの唐揚げ第一弾が揚がったところで、村長さんが開村祭の開催を宣言する。

 

「皆の者!これより開村祭を開催する!今年は精霊様のご加護もある!全力で楽しむとしようぞ!」

 

「いや、精霊でもないし、ご加護も授けられませんけどね」

 

何度目かのやり取りかは不明だけど、俺様はもう精霊様らしい。

 

やってることはワイルドボアの丸焼きとアースバードの唐揚げしかやってませんけどね~

 

見れば村人たちは色とりどりの服を着ている。

 

「あれは今日のための一張羅を着ているのですよ。普段は畑仕事ばかりですからな」

 

楽しそうに村長が説明してくれる。

 

俺たちの用意した丸焼きと唐揚げの他にも、村で取れた野菜を使った野菜炒めをおばちゃん達が作っている。大きな鉄鍋で野菜をお玉でかき混ぜながら炒めているな。実に素朴な感じだがとってもおいしそうだ。

 

炒めた野菜を木皿に盛って行く。自由に取って食べるスタイルなんだな。

 

「こ、これは!何てうまさだ!」

「この村の野菜ですよね!」

「これは王都でも大人気になりますよ!」

 

やたら盛り上がってるな。よく見ると村人ではなさそうだ。

 

「ほっほ、ソレナリーニの町や遠くは王都からの商人たちにわが村の野菜が大評判でしてな。この前からヤーベ殿に水をやって頂いた畑で取れた野菜ですぞ。通常より大きく育ってたくさん実もつけて、何よりおいしいのです。「奇跡の野菜」として売り出そうと計画しております」

 

いやいや、商魂逞しいね。俺、ずっと畑にお水撒く作業はお約束しませんけどねっ!

まあ、俺のせいじゃなくて、奇跡の泉の水のせいなら、泉から汲んで来ればいいのかな?まあ、泉の畔で暮らしてる俺からすると、泉に毎日押しかけられるのはあまりうれしくないけどね。

 

おっと、子供たちがイリーナが揚げている唐揚げの元へ集まって来たぞ。

 

「子供たちよ、おいしいおいしい唐揚げだぞ~。あまり鍋の近くに寄ると油が跳ねて熱いからな~。ちゃんと並べ~、たくさんあるから大丈夫だぞ~」

 

「「「はーい!」」」

 

子供たちに声を掛けると、素直に返事をしてお行儀よく並ぶ。いい子たちばかりだな。

 

俺は唐揚げを串にさして子供たちに一本ずつ渡していく。

 

「熱いから気をつけて食べろよ~」

 

「「「はーい!!」」」

 

一斉にアースバードの唐揚げにかぶりつく子供たち。

 

「「「はふっはふっ、おいしー!」」」

 

アースバードの唐揚げは子供たちにも大人気のようだ。

 

「ヤーベ殿、次のアースバードを出してくれないか。どんどん揚げて行く事にするよ」

「わかった」

「それにしても子供たちはヤーベ殿の言うことをよく聞くのだな?」

 

イリーナが粉塗れにしたアースバードの肉を油に投入しながら感想を述べる。

 

「そりゃそうさ、何たってヤーベは神様何だからな!」

「うんうん!」

「かーちゃんを元気にしてくれたし!」

「みんなにも自慢したんだよー」

 

そばに来たのはカンタ、チコちゃんも一緒か。

この二人が仲間の子供たちにいろいろ自慢したんだな。

それにしても、ついに精霊様から神様にランクアップしましたね。何故に?

とりあえずせっかくだから、カンタとチコちゃんにも唐揚げを食べてもらおう。

 

「うまー!」

「おいしー!」

 

二人にも大好評だ。そうこうしているうちに子供たちがおいしそうに食べている唐揚げに興味を持った大人たちもやってくる。野菜炒めに感動していた商人の人たちもやって来た。とりあえず一人一個で様子見てね。

 

「うまいなー」

「おいしいわ!」

 

村人にも好評だったのだが、商人たちは想像以上に食いついた。

 

「こっ、これは何といううまさだ!」

「これは何という料理なのですか!? 唐揚げ?」

「アツアツのサクサクなのに中はジュワっと肉汁が溢れる!」

「アースバードの肉なのですか!? 調理法は!」

 

商人たちが群がってくる。はっはっは、大人気だね~・・・・・・あ!

俺、ティアドロップ型とは言え、スライムのまんまだったわ。

商人たちに姿をバッチリ見られちゃったけど、どーしよう? まずいかな?もうどーしようもないけど。

 

「ほっほっほ、ヤーベ殿のお姿は精霊様が顕現されているため、無礼を働くと精霊様のご不興を招くことになりかねませんぞ、とは伝えておりますのでどうぞご安心を」

 

え~、どう安心していいかはわかりませんけども!

 

そうしていると、中央広場に出来た催し舞台で出し物が始まる。

 

歌を歌うものが続いたかと思うと、子供たちの演劇があったりする。

おや、次はヒヨコ軍団じゃないか。

 

・・・ズラリと並んで、まさかのベリーダンス?翼を組んでぴよぴよ足を上げながら踊る。

め、めちゃくちゃ可愛い!いつの間にこんな練習を!

大体、俺に見てもらって感想を貰わないと出し物出せないって言ってたくせに~!

俺の気づかないうちにこっそり練習していたんだな~。

俺に見せたのはぴよぴよと歌う歌だけだったのに!

最もヒヨコたちは小さいので観客の皆さんもかなり前に集まって来ているけど。

 

見ると、風の精霊シルフィーと土の精霊ベルヒアがヒヨコたちを見守っていた。

 

「上手だよー!」

「がんばってね~」

 

あの二人の特訓なのか?

仲良くなるのはいい事だけどね。

 

ヒヨコ軍団の後は何故か狼牙軍団が部隊へ並んで移動して行く。

こちらもズラリと並んでお座りした。まさか狼牙族も出し物あるのか?

そして水の精霊ウィンティアが何故か指揮棒を持って出て行く。

そして、舞台中央で観客に向いて一礼。ローガ達もペコリとお辞儀。

スチャッと指揮棒を構えたウィンティアが一振りする。

 

「「「「わわわわ~ふ!」」」」

 

一糸乱れぬ声で歌いだす。ウィンティアの指揮棒がリズミカルに振られると、ローガ達狼牙族が見事な輪唱で歌い上げて行く。

 

「わわわわ~ふ」「わわわわ~ふ」「わわわわ~ふ」

 

おおっ!ローガ達がこれほどの団結力を見せるとは、素晴らしいの一言だ!

 

ヒヨコ軍団も狼牙軍団も大喝采を浴びていた。よかったよかった。

 

おっと、ワイルドボアもいい具合に焼けてきているようだ。

ずっと火の番とくるくる回しを担当していたヒヨコたちを労いながら、メインのワイルドボアを切り分ける準備を始めようか。

 

 





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第33話 開村祭を締めくくろう

いい感じに焼けたな~、ワイルドボア。

ヒヨコ軍団よ、いい仕事してますね~

 

「さあみんな~、ワイルドボアが焼けたぞ~、今から切り分けるから食べるから食べたい人は並ぶんだぞ~、ちゃーんとルールを守って並ばない子には美味しいお肉をあげないぞ~」

 

俺は触手を振るってアピールする。

 

「「「「わああ~!!」」」」

 

子供が走って集まってくる。

 

「さあ、並べ並べ~」

 

俺はワイルドボアの肉を削ぐように切る。

どうやって切るかって?

もちろん万能スライム触手でですよ!

触手の先端のスライム細胞をぐるぐるエネルギーで硬く薄くすることによって刃物みたいにしているのだ!

さらにエネルギーを保持したままにしているので、多分魔力で切れ味を増してる?感じかな。ワイルドボアの肉をスパスパ切ってます。

肉だけでもいいんだけど、この村で取れたキュキュウリ(きゅうりそっくりだけど、ずっと大きかった)の千切りとトマトマ(トマトそっくりだった、これも大きい)のスライスを村で焼いてもらった焼き立てのパンに切れ込みを入れて挟む。サンドイッチ?ケバブ的な何か?だな。うん。

 

「おいしー!」

「うまうま!」

 

子供たちに大人気だ。となると大人もやって来るよね。

 

「おおっ!これは絶品だ!」

「おいしいわね!」

 

でもって、村人の絶賛を浴びると、その次にあの方たちもやって来るわな。

 

「おおおっ!ワイルドボアの肉汁とキャベキャベの千切りの触感とトマトマのみずみずしさ!」

「これはうまいっ!」

「王都でも売れますよ、これは!」

「販売許可お願いします!」

 

商人が群がって来た。村長が俺の方を見る。

いや、自由にしていーよ。俺が考えたわけじゃないし。

 

村長は商人たちを集めていろいろと相談しているようだ。

 

「それで、この料理は何という名前なのですか?」

 

えっ!? 名前・・・?ケバブでいいのか? それともパンで具を挟んでいるのだからサンドイッチ・・・?

 

ここで俺は何故かイタズラ心が出てしまう。

 

「これぞうまいものを纏めて挟んで一気に食べる! スライム流食事術『スラ・スタイル』!」

 

「ほほう!スラ・スタイルというのですか」

「いろんなおいしい物を挟んで一気に食べる・・・」

「それがスラ・スタイル!」

 

やっべー!やべちゃんヤッベー!

急に調子に乗ってスラ・スタ~イルなんて恰好つけちまったぜ!サンドイッチ伯爵すいやせん!

 

「早速王都で流行らせましょう!」

「いやいや、ソレナリーニの町が一番最初に流行りますよ!」

 

商人たちが盛り上がっている。スラ・スタイルが本当に流行ったらどうしよう?

だいぶ恥ずかしい気がするぞ。

まあ、いいか。それより次はお待ちかね、俺様の出し物だ。

 

「カソの村歴史ク~イズ!」

 

舞台に上がって叫ぶ。その後ろでは大きな木の(たらい)に俺様の体の一部をブリンと入れてある。

 

ローガ達がロープを引っ張って木の盥を持ち上げて行く。それにしても、このからくりもヒヨコ軍団が作ってたけど、ヒヨコたちってホントに器用だよな。というわけで、クイズに間違えるとそのスライムボディがデローンと回答者にぶっかかるという日本で時たまあったバラエティ番組をイメージしたイベントだ!

 

・・・体をちぎる時は勇気がいったな~。もちろん俺様の大好きラノベにある「スラ〇ム転生。大賢者が〇女エルフに抱きしめられてます」月〇 涙大先生の傑作小説にもあるように、分離したスライムボディーが「分身」でありながら意思を持って個別に大活躍したら嬉しいが、俺のようなノーチート野郎が意思を持った分身を生み出した場合、俺様本体が逆にボコボコにされて吸収されて消えてしまう可能性だってありうるだろう。月夜〇大先生の作品の様に、分身たちが「スラ〇ム・フォー」なんて大活躍してくれるならこれほど頼りになる事はない。だがそれも大賢者たる実力が本体にあってこそだろう。俺のようなノーチート野郎が無理をするとどうなるかまったくわからないのが怖いところだ。

 

・・・プルプルプルッ! おっと恐怖のあまりスラプルプル(スライムによる高速貧乏揺すりの意)してしまったぜ。チクショー!俺だって「スラ〇ム・フォー」とかやらしてみたいのに!非才の身が恨めしい!

 

だが、怪我を治すときにスライム触手の先端をちぎって相手にくっつける作業をしても問題なかった。そういうわけでちょっとちぎっては自分に再度吸収、ということを繰り返した結果、自分の3分の1位までを切り離しても問題ないことが分かったのだ。切り離した分離側は特に動かない。切り離し後に動けっと命令してもウンともスンとも言わなかったので、とりあえず俺に分身を操る能力はない・・・わかっていたが、自分がノーチートのスライム野郎だってことを改めて実感・・・オノレカミメガ!

 

それはさておき、クイズ大会を進めよう。

まずは子供たちに参加させる。「この村の名前は?」「この国の名前は?」「この村の村長の名前は?」など、誰でも正解できるカンタンな問題で正解させ、喜ばしてやる。正解者へのプレゼントは町のお母さん方の協力による手作りお菓子プレゼントだ。

 

次にお年寄りの参加で、村にあった過去のトラブルネタやお祝いネタを事前にインタービューしておいた内容でクイズ形式に質問して行く。大半のお年寄りが正解して、お菓子を手にできた。また、たまに間違えるおじいちゃんに若手からツッコミが入ったりして盛り上がった。

 

さて、俺様の本命を呼ぼうではないか。

 

「最後にウーザ君、こちらへ」

 

「へっ・・・オレですか・・・?」

 

「そう、君だよ君、ウーザ君」

 

と言って俺は触手を勢いよく伸ばし、くるくるっとウーザに巻き付けて引っ張る。

 

「わったった・・・」

 

舞台に半強制的に引っ張り出し、木の盥の下に立たせる。

 

ローガとその部下が(たらい)を吊っている紐を固定している。

ヒヨコ隊長の合図でローガ達が紐を引っ張れば、(たらい)が傾いて俺様のスライムボディーが頭からぶっかけられることになるのだ!

 

「あ、あの、その、一体これは・・・?」

 

「最終クーイズ! カンタとチコちゃんに文句を言っていたウーザ君に対して、私ヤーベは・・・怒っている!マルかバツか!」

 

「えーーーーー!! いや、あれは、その・・・」

 

「怒っていると思えば、マル! 怒っていないと思えばバツ!」

 

「ええっ!、あ、いや・・・」

 

しどろもどろなウーザ君。はっはっは、しっかり答えてもらおうか。

 

「回答をどうぞ!」

 

村人が固唾を飲んで?(大半は酒を飲んで笑ってるけど)見守る中、ウーザ君の答えは・・・

 

「えっと・・・怒っていらっしゃる・・・とか・・・」

 

「ウーゴ君の答えはマル! さて正解は・・・ドゥルルルルルルゥゥゥゥ」

 

口でドラムロールは難しいな。

 

今は(・・)怒ってない! というわけでブッブーーー!! 不正解! よって頭からスライム落下~~~~~!」

 

「わああっ!?」

 

「ピヨピー!」

 

グイッ!ロープが引かれ、木の(たらい)が大きく傾き、スライムボディが落下する。ズポンッ!

 

「ギョバギョバ!」

 

ウーザがスライムボディでぬちょぬちょになってヒーヒー言っている。

よしよし、これでオシオキ完了だ。ちなみに怒ってないと言った場合、あの時は怒ってましたーと言って不正解だ。どちらにしてもウーザはスライム塗れの運命にあった。フッ!

 

ヒヨコ軍団がバケツを持ってウーザに頭から今度は水をぶっかける。そのすきに触手を伸ばして分離したスライムボディを吸収。

 

「まあこれでスッキリ全て水に流して綺麗さっぱりだよ、ウーザ君」

 

「はははっ・・・」

 

苦笑いのウーザ。まあ、これで反省してくれればよいのだ、うん。

びしょびしょのウーザが舞台を降りて行って、代わりに村長が舞台に立つ。

 

「皆の者!開村祭は大変盛況に行うことが出来た。これも村人全員の協力といつもお世話になっている商者殿のご協力、そして何より大変面白い催しと美味しい御馳走を振る舞ってくれた精霊ヤーベ殿のご尽力によるものである。改めて皆に感謝を申し上げる。ヤーベ殿最後に何か一言お願いできるじゃろうか?」

 

おいおい!急な無茶ぶりだな!そーいうのは事前に根回ししてくれよぉ。

大勢の前で話すなんて、大学院で研究発表のプレゼンやった時以来だよ。社会人時代はブラックだったから、そんな機会なかったし。

舞台の中央に来て、深呼吸・・・俺、呼吸してねーわ。

 

「みんなー、楽しかったかー!」

 

大声で叫ぶ。

 

「「「わああ~!」」」

 

盛り上がってくれたみたいだ。

 

「来年はもっと盛り上がろうぜ!」

 

触手を振り上げて大声を張り上げる。

 

「「「うおおおおーーーー!!」」」

 

みんなで盛り上がった開村祭になったかな。大満足。

 




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第34話 ピンチの状況を伝えよう

あ~、のんびりだ。

 

俺は今、泉の畔で鬼の様にのんびりしている。

鬼の様に、とのんびりがマッチしないのは百も承知だが、それほどのんびりしていると言いたいわけだ。

 

開村祭を無事盛り上げることに成功して、昨日泉の畔に帰って来た。

日が変わった翌日は朝から天気も良く、気持ちの良い気候だった。

 

そんなわけで朝から泉の畔でゴロゴロと休む事にしよう。

ローガにもたれる様に休む。うむ、モフモフだ。

ヒヨコ隊長以下ヒヨコたちもそれぞれ休んでいる。

精霊四娘たちでさえ、何もせずにぐでーっと休んでいる。

 

「ああ、平和だなぁ」

 

俺が青い空を見ながら呟いていると、ばさりとテントの入口が開いた音がした。

見れば、もそもそとテントから起きて来た寝ぼけ眼のイリーナ。

 

ぽてぽてと泉の畔まで歩いて行ったかと思うと、両膝をついてしゃがみ、泉の水で顔をバシャバシャと洗い始めた。泉で直接顔洗うって、貴族の令嬢としてどうなの?と思ったが、すでにテントで何日も生活しているイリーナには今さらって感じもするな。うん。

 

「ぷはっ・・・おはよう、ヤーベ殿」

 

タオルで拭き拭きしながら挨拶してくるイリーナ。やっと目が覚めたかな。

 

「おはよう、イリーナ」

 

「で、ヤーベ殿。いつになったら我がテントに忍んで来てくれるのだ? 一人で寝るのは些か寂しいのだが?」

 

「まて、いつの間に俺がイリーナのテントに忍んで行くのが既定路線になっている?」

 

「いや、こうして好意を持ってヤーベ殿のそばで暮らすとまで覚悟を決めてやって来ているのだ。テントを立てて準備をして待っていると言い換えてもよいぞ。そんなわけで早く忍んで来てくれないと寂しくてたまらないのだが」

 

「いや、そんなわけでもなんでもあるか! だいたい何の準備よ?」

 

「一人で寂しく眠っている私のテントにそっと忍び込んで、上から覆い被さるようにして、『イリーナ、待たせたね。寂しかったかい?』と囁きながらも、触手で我が手足を蹂躙し、動けないようにして・・・くっ犯せ!」

 

「いや、のんびりしてるとクッオカモーソーも長めだね!って、やっぱりそんな準備かい!聞くんじゃなかったわ!」

 

 

 

そんなのんびりした麗らかな朝をけ破るような鳴き声が。

 

「ぴぴぴぴぴぃ!」

 

ヒヨコ軍団の一羽がのんびりしたムードをぶち破って飛んでくる。

 

「ぴぴぃ!ぴぴぴぴぃ!(ボス!大変です!)」

 

この頃、ヒヨコ隊長に通訳してもらわなくても、ピーピーいう鳴き声で言いたいことが分かるようになった。慣れって素晴らしい!

 

「ぴぴぴぴぴぃ!ぴぴぴぃぴ!(迷宮で異変です!鳴動が起こっています!)」

 

「メイド・・・?」

 

俺様はメイドをイメージした。

 

「黒いミニスカートに黒いシャツ、白いエプロンの裾はレースのフリフリ。もちろんニーソも純白の一択だ。おっと忘れちゃいけない、頭にもレースのカチューシャつけて・・・うん、可愛いね、メイド」

 

俺は自分のイメージするメイドに満足した。

 

「むう! ヤーベ殿がイメージするメイド服を着込んで、『ご主人様、ご飯にするか?それともお風呂にするか?・・・それとも、私にするのだろうか・・・?』と聞いて、すぐにでも『もちろんイリーナに決まってるだろ!』と押し倒され・・・くっ犯せ!」

 

「あ、やっぱりこの世界でもそんなメイドパターンあるんすね」

 

ちょっと感動。どの世界でも似たようなパターンはあるんだな。あ、クッオカはスルーで。

 

「ぴぴぴぴぃ!ぴぴぴーぴぴぃ!(違いますよ!迷宮の鳴動ですって!)」

 

「えー、迷宮のメイド? 迷宮にメイドさんいるんだ? 可愛い?」

 

「迷宮のメイドの方が可愛かったら・・・くっ・・・コッチはさらにスカートを短くするしか・・・くっ犯せ!」

 

「ぴぃぴぃぴぃぴぃぴー!(いい加減にしろー!)」

 

あ、ヒヨコがキレた。スライムボディを容赦なく両方の翼でバシバシ叩く。

 

「ぴぴぴぃ、ぴぴ(こらこら、やめんか)」

「ぴぴぴぴぴ!(隊長、でも!)」

『ボス、とりあえず真面目に報告を聞きましょうか? 報告を頼む』

 

「ぴぴぃ!(はっ!)」

 

片膝をつき、翼を地面に降ろして報告するヒヨコ。

 

要約すると・・・

 

『迷宮で鳴動が確認されました。しかも過去を知る長老の言葉では、かなり高速振動を行っておりその感覚も極めて短いとのこと。迷宮の魔物が溢れ出るのはもはや時間の問題との事です!つまり<迷宮氾濫(スタンピード)>が発生します!』

 

 

 

「・・・・・・ええ~~~~~!! それ大変な事じゃん!?」

 

「ぴぴぴぴぴぃ!(だから大変だって言ったでしょ!)」

 

何かヒヨコが怒ってマス。

 

んんっ? 今長老って言った?

 

「ヒヨコ隊長、長老って?」

 

『はい、長老は我が一族を含む、複数のヒヨコ族を束ねる長なのであります』

 

「あ、ヒヨコ隊長たちだけじゃなかったんだね」

 

『そうであります。我が一族だけ、ボスにお仕えするため、里から飛び出したのであります』

 

「え? それって長老怒ったりしないの?」

 

『外の世界に羽ばたくのもヒヨコの務めの一つであります。今回ボスに知り合えたことで、長老に一族でボスに従うことを許可貰ったので問題ないであります』

 

「そうなんだ、ヒヨコの世界も複雑だね。じゃあ、まだ長老が住む里にはヒヨコがいっぱいいるんだ?」

 

『はい。まだ我が一族の他にも五つの別グループがおり、総勢で千羽を超えております』

 

「わお、まだまだ多いね」

 

『ですが、我らほど器用にいろいろこなせるヒヨコはほとんどおりません。やはりボスの恩恵を授からないと強くはなれないようです』

 

いつの間に恩恵授けた事になってるんだろ? まあいいか。

 

「で、具体的な鳴動ってどんな感じだ? どれくらいのモンスターがいつ出てくる?」

 

『それは全く分かりません。迷宮の鳴動の強さが尋常ではなく、鳴動の間隔もかなり早い事から、そう遠くない時期に強力なモンスターが迷宮から溢れて来ると思われます』

 

「えええ・・・、それ、劇的にヤバイんですけど・・・」

 

迷宮から溢れた魔物がどこに向かうのか?それが一番の問題だ。

せっかく仲良くなったカソの村だったり、やっとギルドに登録して身分証が出来たので町に入れるようになったソレナリーニの町が魔物に蹂躙されるなんて事になれば、もちろん許容できない事態だ。俺のこれからの幸せなスローライフに多大な影響が出る事は間違いない。

 

「・・・まずは、カソの村の村長に情報を流した後、ソレナリーニの町のギルドマスターに報告するしかないな」

 

俺はいつの間にかスライムになっていて、泉の畔で一人のんびり生きて来た。そんな俺にも部下やら友達やら知り合いやらが出来てきたんだ。こいつらを奪われるなんて、絶対に許せることじゃない。のんびりスライム人生楽しめればよかったけど、こいつらを守り通すためにも、この<迷宮氾濫(スタンピード)>、町への被害を止めて見せる。例え俺がノーチートの単なるスライム野郎だとしてもな!

 

「ヤーベ殿・・・」

 

隣には不安な表情を浮かべたイリーナが。

 

「大丈夫だ。イリーナは俺が守るよ」

 

触手の先を手のひらにして、イリーナの手を握る。

 

「ヤーベ・・・!」

 

イリーナは跪いて俺のスライムボディをギュッと抱きしめて来た。

 

(クッオカしないイリーナも可愛いな・・・)

 

俺は改めてみんなを守ると気合を入れることにした。

 




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第35話 ギルドマスターに相談しよう

「おーい、大変だぞー!」

 

とカソの村に到着したは良いが、あまり騒ぐと子供たちに悪影響が出てもいけないので、村に入ると騒ぐのをやめて、村長の家に直接向かった。

 

「おお、これは精霊様。先日の開村祭では大変お世話になりました。これもひとえに・・・」

 

「ゴメン、挨拶は省略で。大変な事が起こっている事が分かったんだ。ソレナリーニの町の北にある迷宮がかなり短い間隔で鳴動を繰り返しているらしい。これは迷宮が<迷宮氾濫(スタンピード)>する兆候に間違いないらしいんだ。ウチの部下からの報告だが、どうやらその鳴動がかなり激しく危険な状態らしい。それも氾濫まであまり時間がないらしいのよ」

 

「な、なんですとぉ! <迷宮氾濫(スタンピード)>ですとぉ!」

 

驚愕の表情を浮かべる村長。

 

「村長、知っているのか?」

 

「<迷宮氾濫(スタンピード)>については、ワシのひいひいひいひいひい爺さんの知り合いが書き残した文献で見たことがあるんですじゃ。このあたり一帯を治めておったガーリー・クッソーさん(108)が書き残した内容によりますと、やはり鳴動のような細かな地震が続き、大きく揺れたかと思うと大量の魔物が押し寄せて来た、とありましたのじゃ」

 

「じゃあ間違いないな。ひいひいひいひいひい爺さんの知り合いって何百年前かわからんけど。後、ガーリー・クッソーさん(108)すげー長生きだったんだな」

 

俺は考える。このカソの村の防衛能力と<迷宮氾濫(スタンピード)>による魔物の攻撃力の比較。

 

カソの村防御力・・・3 (村の周りに多少柵がある。村全体を覆い切れていない)

 

迷宮氾濫(スタンピード)>による村への攻撃力・・・2000 (魔物が1匹攻撃力1とした場合の換算。約2000匹が氾濫した場合)

 

うん、無理。大体、カソの村には魔物と戦える冒険者がいない。せいぜい獣を狩猟する狩人たちだけだ。

 

「どう考えてもカソの村は魔物の氾濫でペッシャンコだなぁ」

 

「精霊様、ヒドイ!」

 

うぉーんと泣きながらヒドイと文句を言う村長。

 

「だが、どう頑張ってもこの村の防衛能力では魔物を防ぐことは出来ん。何ともならない」

 

「この村を捨てるのは忍びないですのぅ」

 

さめざめと泣きながら肩を落とす村長。

 

「だから、この村で防衛できないんだから、村に接近する前に魔物を殲滅すれば大丈夫だな」

 

「・・・へっ!?」

 

「だから、魔物1匹この村には近寄らせないって言ってるの。あんまり言わせないでよ。恥ずかしいから」

 

人助けやヒーローなんて柄じゃない。俺はもっと利己的な人間だ・・・今は人間でもないけど。ただただ仲間を守りたい、世話になった人たちの笑顔を消したくない、それだけだ。

 

「迷宮はあくまでソレナリーニの町の北にある。ソレナリーニの町で防衛し切れば、カソの村まで魔物が来ることはないはずだ。俺はこれからソレナリーニの町の冒険者ギルドに出向いてギルドマスターにこのことを相談してくる。どうやって守り切るかギルドマスターと対策を練って来るよ」

 

「おおっ・・・! やはりあなたはこのカソの村の救世主であられましたな! いや、もうこの村だけでなく辺境全体の救世主に間違いなくおなりになりますな!」

 

嬉しそうに村長が俺の肩を叩く。・・・肩の辺だね。辺。

 

「とにかく、騒動が落ち着くまで全員自宅に籠っていてくれ。外出は禁止だ。子供たちにもよく言い聞かせてくれ。言う事聞かないと精霊様の唐揚げ祭りは今後無くなるってな」

 

「はっはっは、それは言う事を聞かない者など誰もおらんでしょうな」

 

村長は髭を擦りながら笑った。

俺は早速亜空間収納からイリーナに選んでもらったローブと魔導士の杖を装備する。

 

「さて、これからは大魔導士ヤーベが出陣するとしよう」

 

そう言って村長の家を後にしてローガに跨り、ソレナリーニの町へ大至急出発する。

・・・イリーナよ、なぜ俺の背中にくっついている?

 

「例え役に立てなくても、ヤーベのそばにいたいのだ・・・」

 

そう言われちゃ断れないか。振り落とされるなと伝えて、ローガにダッシュさせる。もっとももちろんのことだがイリーナが落ちないよう触手でガッチリサポートしてますけどね。

 

 

 

そんなわけであっという間にソレナリーニの町に到着する。

そう言えば、以前ギルドに登録した際に「使役獣には使役者の魔力を登録するペンダントを付ける様に」と言われていたな。何でも町に入る門で申請すればくれるとか。それを覚えていた俺様は全60匹のローガの部下を先行でソレナリーニの町に行って町の近くで待機するよう指示を出していた。

 

町の門の手前街道から少し外れた場所にずらりと並ぶ狼牙達。一糸乱れぬままお座りして待つ姿に街道から少し離れているとはいえ騒然となった。衛兵たちも集まってくるが、襲ってくる気配はないため、どうするか冒険者ギルドのギルドマスターに連絡を入れていた。

 

「おーい」

 

そこへ俺様登場。衛兵たちが街道に集まっている。

 

「何だ、どうした?」

 

「見ろよ、強力なCランクモンスターの狼牙があんなに・・・ってもしかして?」

 

「うん、俺の使役獣。ホラ」

 

ギルド発行のギルドカードには魔力を流すと俺の名前とランク、職業が。そこには<調教師(テイマー)>の文字が。

 

「脅かすなよ!」

 

衛兵にキレられた。

 

「悪い悪い。町に連れて来たのは初めてだったしね。ところで使役獣の証ちょーだい」

 

「ちょーだいって、お前なあ・・・、まあ首にペンダント巻いてもらわないと使役獣ってわからないから・・・てか、あれ全部か!?」

 

「そうだよ、今乗ってるヤツ含めて61匹」

 

「ろっ・・・61匹!?」

 

「そう」

 

「ねーよ!そんなにペンダントが! あれ、冒険者ギルドが無料で供給しているとはいえ、魔導具だぞ・・・、ギルドマスターまたキレなきゃいいけど・・・」

 

頭痛いと手をおでこに当てて天を仰ぐ衛兵。

俺、何かおかしな事したかな?

使役獣に証のペンダントが必要だから頼む・・・至極まっとうだな、うん。

 

「この西門には10個のペンダントしかないんだ。他の3か所の10個を合わせても足りないか。おい、馬を出せ。各門のペンダントを回収してくる者と、冒険者ギルドに足りない21個を補填してもらう者それぞれ1名を選出して向かわせろ!」

 

「はっ!」

 

とりあえず先の10個を受け取り、首につけて行ってやろう。

おおう、ローガよ、いの一番に並んで尻尾をブンブン振らない様に。周りの人が驚くからね。その後ろにはローガの直属の部下である三騎士+ガルボで狼牙族四天王を名乗らせている。ちなみにガルボだけ後から来たのに名前があったので、三騎士が名前を羨ましがったから、ローガに確認した上で3匹に名前を付けている。「風牙(ふうが)」「雷牙(らいが)」「氷牙(ひょうが)」。それぞれ、風系の魔法、雷系の魔法、氷系の魔法およびスキルを使用できる、狼牙族の中でもとびっきりの戦闘力を誇る奴らだ(ローガはさらに別格)。それに風来坊なガルボ。それぞれ役割を任せられる頼もしい連中がローガの下に付く。

 

まずはローガの首にペンダントを掛ける。

 

『ボス!光栄です!一層の忠義を誓います!』

 

ローガが力強く吠える。頼もしい限りだが、ここでは落ち着こうな。周りに一般人がいっぱいいるから。その後も首に使役のペンダントを掛けて行ってやる。

そうこうしていると他の門にあったペンダントが届けられる。

俺はペンダントに魔力を通してからどんどんペンダントを狼牙達にかけて行く。

 

「ヤーベ様、お久しぶりです」

 

「んっ?どちらさまでしたか?」

 

「冒険者ギルド、副ギルドマスターのサリーナと申します。ギルドに冒険者登録を行って頂いた時にギルドマスターの横に控えておりました」

 

「ああ、これはどうも」

 

こんな美人の副ギルドマスターがいたんだね。ギルドマスターのゾリアの趣味だな。完全に。

 

「それにしても、圧巻の使役獣でございますね。全部で61匹とか?」

 

「そうですね。いい奴らばかりですよ」

 

「確かにそれは肌で感じることが出来ます。ただ、お伝えしておきますが、使役獣の起こした問題は全て使役者に責任が還元されます。魔力を通した使役のペンダントで使役者が分かる様になりますので、十分にお気を付けください」

 

「なるほど、よくわかりました。コイツらは自分たちが攻撃されない限り人を襲ったりしませんよ。とても賢いから」

 

「そうですか・・・、よろしければ少し撫でさせて頂いても?」

 

副ギルドマスターのサリーナの目がキラリンと妖しく光ったように見えた。

 

「どうぞどうぞ。どうせなら狼牙族最強のローガをモフモフしてやってください」

 

にっこり笑って伝えてみる。最もローブをすっぽりかぶっているけどね。

 

「ローガ、少しサリーナさんにモフらせてやってくれ」

 

『了解です! ドーンと来てください!』

 

「お、おっきい・・・、いいのですか・・・?」

 

サリーナさんは恍惚の表情でローガを見つめる。

 

「さあ、触ってみて」

 

俺はサリーナさんの背中を軽く押してやる。

 

ふわっ!

 

「な、なんて柔らかい毛・・・、ふわふわです!」

 

といいつつ、顔を埋めて体全体でモフモフし始めるサリーナさん。

ふっ、これでまた一人ローガの虜になってしまったか。

 

「サリーナさん、最後の1つを作って持ってきましたよ・・・って何してるんですか?」

 

ローガの体に半分くらい埋まったままモフモフし続けているサリーナさんは、ローブ姿でやって来た男が声を掛けても反応しない。

 

「ふわわ~幸せです~」

 

「そちらはどちらさま?」

 

とりあえず代わりに俺が聞いてみよう。

 

「ああ、これは申し遅れました。私は錬金術師のランデルと申します。実は冒険者ギルドから、在庫の使役獣のペンダントが足りなくなってしまったので、大至急1つ作って西門に届けるよう依頼を頂きまして」

 

「ああ、そうなんだ。それ俺のせいだな」

 

はっはっはと笑って誤魔化す。

 

「あ、あなたが使役獣を61匹も持つ大魔導士ヤーベさんですか?」

 

「そう。迷惑かけたね」

 

「とんでもない!ここ2年ほど<調教師(テイマー)>の方が訪れず、使役獣のペンダントを使用する機会が無くて、ついさきほどまでギルドマスターよりペンダントの納品を打ち切られる直前だったのですよ。これで仕事が無くなると落胆した時にサリーナさんの元へ西門の衛兵さんが来て使役獣のペンダントが足りないと報告が入りましてね。逆に打ち切りどころか、特急で1つ仕上げる様に注文を頂くことが出来ましたよ」

 

「あ、そうなんだ。じゃあ俺のおかげで仕事がつながったんだ。そりゃよかった」

 

「ホントです。ヤーベさんは私にとって神様みたいなものですよ」

 

快活に笑うランデル。いい人っぽいな~。こんないい人の仕事を打ち切ろうとは、ギルドマスターのゾリアの野郎トンデモねーな! 俺様が使役獣を増やしまくってやるか!ウッシッシ。

 

「副ギルドマスター殿!大丈夫ですか?手続きを進めないとまずいのでは?」

 

「はっ!?」

 

ランデルの声掛けに我に帰る副ギルドマスターのサリーナ。

 

「これが最後の一つです。どうぞお使いください」

 

「ありがとうございます。さあ、ヤーベ殿これで61個すべてお渡しできました。使役獣のペンダントが揃いましたら、町への入門受付を完了してください」

 

「了解だ。じゃあお前達。規則正しく行進して行くぞ!」

 

「「「わおーん」」」

 

さあ、冒険者ギルドまで行進だ!

 




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第36話 迷宮氾濫の対策を立てよう

「よーし、お前達、きちんと並べ~」

 

「「「わふっ!」」」

 

俺は先頭を歩いていく。イリーナが俺に並んで歩いてる。

後ろを振りかえると先頭のローガにサリーナさんがべったりだ。ほぼ体が半分埋まっていながら歩いている姿はある意味不思議な光景だ。

 

ローガの後ろには四天王が四列に並んで歩く。その後ろにさらに狼牙達が続くので、四列行進だ。一糸乱れぬ行進に町の人々が驚いたり遠巻きに怯えたりしている。

 

さすがに狼牙がこんなに行進していると驚かれるか。というか、町中に一匹ならともかく、こんな軍団で歩いている事なんてまずないよな。もしかしたら魔物に門を破られて攻められていると勘違いする奴らも出てくるかもしれない。

 

ふと大好きなラノベを思い出す。神〇月 紅大先生の超人気ラノベ、レ〇ェンドだ。結構ラノベにはまった初期の事から愛読させてもらっていた。主人公とその相棒の従魔の物語だが、最初恐れられていた従魔がだんだん町の人に受け入れられ、町のアイドルになるほどかわいがられる様には感動したものだ。やはりモフモフは正義なのだ。

・・・うちのローガ達も、レ〇ェンドの〇トの様に町のマスコットアイドルにならないか・・・、無理だな。数が多すぎるわ。こんな軍団が全匹マスコットになったら逆に大変な気がするな。

 

でも、ローガのファンは確実に増えて行きそうな気がする。すでに他の狼牙達に比べても二回り以上大きい。その上長めの毛がふっさふさなのだ。それこそサリーナさんが抱きつくとサリーナさんが半分くらい埋まってしまう位に。というか、サリーナさんずっと半分くらい埋まってますが大丈夫ですか?

 

 

 

「大変申し訳ないのですが、ローガさんたち狼牙族の皆さんはギルドの建屋の中には入れませんので、隣の厩舎にて待機いただくようになります。本当に申し訳ございません」

 

ギルドに着いたのだが、サリーナさんが本当に申し訳ないと言った感じで伝えてくる。

・・・ギルド内でモフモフできなくて残念だからではないよね?

 

ローガ達を隣の厩舎で待つように指示し、俺とイリーナはサリーナさんを先頭にギルド内に入る。

サリーナさんは俺とイリーナを奥の部屋まで案内してくれた。

 

 

 

「失礼致します、ギルドマスター。無事ヤーベ殿の使役獣61匹にペンダントが行き渡りましたので報告いたします」

 

ノックして部屋に入るなり報告するサリーナ嬢。

 

「そうか、とりあえず入れ」

 

許可をもらったのでギルドマスターの前に座る。

 

「やっほー、お久!」

 

「お久じゃねーよ! どんだけ使役獣連れてきてるんだよ!」

 

ギルドマスターご立腹。まあ想像できたけどな。使役のペンダントって魔道具って言ってたし、ランデル君は仕事打ち切られそうになったって言ってたしな。ならば援護射撃だな。

 

「おいおい、大魔導士を舐めるなよ? まさか使役獣がこれだけで終わるとは思ってもいまい?」

 

ギルドマスターにニヤリと言ってやる。ローブ被ってるから笑ってもわからんだろうけどさ。

 

「それこそおいおいだろうが! まだ増えるってのかよ!?」

 

「ペンダントはたっぷり用意して用意した方がいいぞ?」

 

「くそー、またギルドの予算見直しかよ・・・、頭痛ェ」

 

はっはっは、これでランデル君も食いっぱぐれ無くなるかな。

・・・ん? ギルドマスターの前、テーブルの上に食べ物がたくさんあるな。昼食中だったか。それにしても、どこかで見たような・・・。

 

「んっ? 田舎モンのお前さんにゃ初めて見る食べ物かもしれねーけどな。ワイルドボアのスラ・スタイルって料理と、アースバードの唐揚げって食べ物だ。今この町で大流行りなんだぜ。王都でも流行る事間違いなしって人気の食べ物さ」

 

どや顔で説明してくれちゃうギルドマスター・ゾリア。

恥ずかしー!スラ・スタイル流行っちゃったよー!

なぜあの時俺は調子に乗った!あの時の俺を殴りたい。

 

「これはヤーベ殿が考案した料理ではないか。カソの村の開村祭で振る舞った時の」

 

イリーナがあっさりと事実をバラす。

 

「ブフォッ!」

 

ギルドマスター・ゾリアは噴いた。

 

「おわっ!汚い!」

 

「ギルドマスター、大丈夫ですか?」

 

そう言って机の上を布巾で拭くサリーナさん。その後ギルドマスターにお茶を入れる。ついでに俺たちにもお茶を出してくれる。ええ娘や。

 

「お、お前が考えたのか!?」

 

「まあなんだ、そうなるかな・・・」

 

自分で考えたわけではないんだけど、前世というか、地球の時の話なんて出来ないしね。

 

「お前、多才なんだな・・・。この料理、今屋台でも大人気だぞ。ワイルドボアのスラ・スタイルが一番人気だが、ジャイアントバイパーのスラ・スタイルもうまい。

アースバードの唐揚げは屋台だけじゃなく、酒場のおつまみでも大人気でバカ売れしてるらしいぞ。この前屋台街に視察に来ていた代官のナイセーも大絶賛していた。そういや商人たちが広めていたが、カソの村でお前の料理の情報を仕入れてきてたんだな」

 

「ああ、開村祭で振る舞った時に料理の作り方とかいろいろ聞かれたからな・・・」

 

「まあ、そのおかげでこの町の屋台街も盛り上がってる。経済的にもいい影響が期待できるってナイセーも言っていたしな。その事は素直に感謝したいところだ。特に俺はこのアースバードの唐揚げにめちゃくちゃハマっていてな・・・、これホントにうまいよな」

 

そう言って唐揚げを頬張るゾリア。

 

「役に立つことが出来て何よりだよ」

 

「それで? 今日は使役獣の自慢にでも来たのか?」

 

「ああ、そう言えばこの町の北にある迷宮で<迷宮氾濫(スタンピード)>寸前って情報が入ったんでね。ゾリアに相談に来たんだけど」

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

しばし無言。

 

「・・・・・・早く言えーーーーーーーーーーーー!!!!」

 

あ、噴火した。

 

「ス、ス、<迷宮氾濫(スタンピード)>だとぉ! 本気なのか!ホントなのか!事実なのか!」

 

「いや、落ち着けよ。本気だし、本当だし、事実だけど」

 

「唐揚げの話してる場合じゃねーじゃねえか! サリーナ!そんな情報入っているか!?」

 

「いえ、まだギルドには何も・・・」

 

「どうしてそんな情報が手に入った!?」

 

「俺の部下には狼牙族の他にヒヨコたちもたくさんいてね。情報収集のためにいろんな町の近くへ出かけて行ってるんだよ。そのうちの1羽が迷宮の情報を掴んできた。迷宮の鳴動が相当短期間で激しくなっているらしい」

 

「イヤ・・・、まずいぞ! 非常にまずい!」

 

「ギルドマスター、緊急発令を掛けますか?」

 

「いや、まだ情報が足りん。ヤーベが嘘を言っているとは思わんが、ギルドも情報が欲しい。職員を迷宮に大至急派遣してくれ。それから衛兵詰め所に行って、迷宮管理担当に現地管理の交代員を送るタイミングで情報を取る様に指示してくれ。<迷宮氾濫(スタンピード)>なんてことになれば、どれだけの被害が出るかわからん」

 

「わかりました」

 

「それから、指示を出したら、お前が直接代官邸に赴いて代官のナイセーに取り次いでもらって事情を説明して来てくれ。出来ればすぐにでもこちらで打ち合わせを行いたいと申し入れてくれ。それから、情報は統制しろ。変に伝わるとパニックになりかねん」

 

「了解しました。それではすぐに対応します」

 

そう言ってサリーナさんは部屋を出て行く。さすが副ギルドマスター、仕事の出来る人だ。

 

「ヤーベ、お前にはもう少し詳しい話を聞かせてもらう、いいな?」

 

鋭い目を向けるギルドマスター・ゾリア。

そりゃそうか、この町を守るのは何も衛兵という役人に雇われた者達だけではない。この町に根付く冒険者ギルドの冒険者たちもまた、当然この町に深く愛着があるだろう。

 

「ああ。町に被害が出ないための対策を相談に来たのだからな」

 

さあ、<迷宮氾濫(スタンピード)>の対策を練る事にしようか。

 




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第37話 お代官サマーにも相談しよう

 

「で、どうなんだ? ホントのところ」

 

ギルドマスター・ゾリアの視線が厳しい。

 

「どうって?」

 

「<迷宮氾濫(スタンピード)>だよ! どれくらい余裕ありそうだ?」

 

「ほとんどないかな?」

 

「うお~~~~~!なんでだよ!」

 

「何でって言われてもね・・・」

 

「そんなに確実なのか? だいたいお前<迷宮氾濫(スタンピード)>見た事ないだろ」

 

「そりゃアンタもそうじゃないのか? 一応カソの村にも危険を伝えるために出向いたんだが、村長がひいひいひいひいひい爺さんの知り合いが書き残した文献で見たことがあるらしいぞ。なんでもガーリー・クッソーさん(108)が書き残した内容によると、やはり鳴動のような細かな地震が続き、大きく揺れたかと思うと大量の魔物が押し寄せて来たとのことだ」

 

「なんだよ、そのひいひいひいひいひい爺さんの知り合いって」

 

「ガーリー・クッソーさん(108)の事だな」

 

「知らねーよ!」

 

ドンドンドンッ!

急に扉が叩かれる。

 

「何だ!」

 

ガチャッ!扉が乱暴に開かれたと思うと、ギルド職員が入ってくる。

 

「ギルドマスター大変です!Cランクパーティ<呪島の解放者>が迷宮で大けがをして戻って来ました!」

 

「なんだと!」

 

ゾリアが血相を変えて立ち上がる。

 

「<呪島の解放者>って?」

 

「この辺境の冒険者ギルドじゃトップクラスのパーティだ。剣士のバーン、戦士のギイム、神官戦士のエイト、精霊使いのディードリヒ、盗賊のツリージッパー、魔術師のスーレンの6人で構成されていてな。パーティバランスが高く、高難度の依頼もミスなくこなす実力者達なんだ」

 

「え~~~~? じゃあもしかして、パーティ名の「じゅとう」ってもしかして「呪われた島」って書く?」

 

「そうだ、よくわかったな」

 

「でもって、このあたりに呪われた島があるのか?」

 

「いや、島どころか海も湖もねーよ」

 

「じゃあ何で呪島なんだよ!?」

 

「わからん。リーダーのバーンがある日、神から天啓を受けたとかで」

 

一体どちら様でしょうか? まさかの転生者がらみか?

悪ふざけだとしたら版権の問題もあるから、5寸釘くらいのぶっとい釘を刺しとかないと。

 

「で、怪我は大丈夫なのか?」

 

ゾリアが状態を心配する。

 

「とりあえず診療所に運ばれました。バーンとギイムが重傷です。魔術師のスーレンの話だと、迷宮の奥で爆発的に魔物が発生して、退却もままならないほどの激戦に見舞われたと・・・」

 

「前衛が重傷だと、<迷宮氾濫(スタンピード)>時の防御対応には戦力に計算できねーな。それで、迷宮に出た魔物の種類は!」

 

「オークやゴブリンが大半だったとのことですが、まずもってその数が尋常じゃないとのことです。そして中にはオーガの姿もあったと・・・」

 

「オーガ!」

 

ギルドマスター・ゾリアが驚愕の表情を浮かべる。

 

「オーガってヤバイのか?」

 

確か大半のラノベではオーガは「鬼」って感じで、ゴブリンやオークよりも体が大きく、強い上位な魔物に分類されることが多いのだが、果たしてこの世界ではどうか?

 

「単体でゴブリンがEランク、オークがDランクだが、オーガは単体でもCランクだ。これが複数出ると、それぞれワンランクアップの危険度になる」

 

ああ、思った通りのランク付けだな。

 

ゴブリン < オーク < オーガ

 

となるわけだ。種族も違うし、同系列ってわけでもないけど、この3種はイメージが似通るよね。一応人型っポイし。

 

「・・・あれ? そういや、狼牙たちはCランクって言われてたか?」

 

衛兵たちが言ってたよな、確か。

 

「・・・そうだな。狼牙は単体でもCランク認定だ。お前は軍団で率いているから、Bランク脅威認定だな」

 

「勝手に脅威認定しないでくれ」

 

「だが、今はこれほど力強い味方はいねーと思ってるよ」

 

ニヤリと凶悪な笑みを浮かべるゾリア。

 

「どれほど期待に応えられるかはわからんがな」

 

トントン。

 

そこへノックの音がした。

 

「入れ!」

 

ギルドマスターの横柄な返事に、ドアを開けた副ギルドマスターのサリーナが少し顔を顰めながら入って来た。

 

「失礼致します。代官のナイセー様をお連れ致しました」

 

「失礼するよ」

 

そう言ってサリーナの後に入って来たのは比較的高価に見える衣服に身を包んだ若い男だった。

 

「ナイセー殿。ご足労を掛けてすまんな」

 

本当にすまないと思っているのかわからないような挨拶で返すギルドマスター・ゾリア。軽く会釈程度に頭を下げているようにも見えるが、これもそんなにすまなそうには見えない。もっともゾリアの人となりがそうさせているのかもしれないが。

 

「代官?随分と若いんだな」

 

俺は思ったことをサラッと言ってしまった。

この世界のお偉いさんがどんな感じか全く情報を持っていないのだから、もっと慎重に口をきくべきかと思ったが、もう手遅れだな。

 

「まあね。辺境だから人手不足ってのもあると思うけどね。それで、君が噂の大魔導士さんかい?」

 

「ああ、大魔導士のヤーベだ・・・噂になってる?」

 

「うん、ギルドマスターからも町の屋台街からも君の情報は挙がってるよ。未知数の実力者で、分かってることは屋台街の料理を買い占めるほどの食べ物好きの大金持ちで、今日は<調教師(テイマー)>としての実力も超一流で狼牙を61匹も使役してるって話も来たよ。冒険者としての能力は規格外という判断だね」

 

「はっはっは(まあ、スライムって種族からして規格外ですけどねっ!)」

 

「そうなのだ!ヤーベ殿は素晴らしいのだ!」

 

目をキラキラさせてグーを握り力説するイリーナ。まあ、説得力ゼロですけどね!

この町の実績は屋台の買い占めと使役のペンダント61個所持だけだしね。

 

「それで? <迷宮氾濫(スタンピード)>とのことですが、本当に起こりえるのでしょうか?」

 

ゾリアに真剣な目を向け、確認するナイセー。

 

「サリーナ。その他の対応はどうなっている?」

 

「はい、衛兵の交代には人数を増員してもらって、時間を早めてすでに出発してもらっています。それ以外では迷宮から帰って来たCランクパーティ<呪島の解放者>及び、その他の冒険者たちからの聞き取り調査を行っております。いずれも、迷宮の魔物が異常に増力している事、迷宮自体が鳴動を行っていることなどが報告されました」

 

「そうか・・・」

 

腕を組み、難しい顔をするゾリア。

 

「間違いないのかい?」

 

心配そうに問いかけるナイセーにゾリアは重い口を開く。

 

「ああ、もう間違いないな。後はどのタイミングでどれだけの魔物が迷宮から溢れるかだ」

 

「そうなのか・・・」

 

ナイセーも表情が暗くなる。

迷宮氾濫(スタンピード)>が間違いないとなると、必ず魔物が溢れて外に出てくる。この魔物を野放しにすることは出来ない。

問題は、いつ出て来るか。どれだけの魔物が出て来るか。そして出て来た魔物がどこへ向かうかだ。

 

「迷宮の入口を塞いじゃえばいいんじゃね?」

 

俺は素直に思った事を言う。

 

「迷宮の入口はかなりデカいんだ。それをモンスターの氾濫を防ぐような強度の扉というか、蓋を製作することはまず無理だろう。それに過去の資料によれば、<迷宮氾濫(スタンピード)>の魔物はかなり精神が異常のようで、猪突猛進に突き進む傾向にある。入り口付近に兵を集め、出てきたところを叩くのが戦術としては定石だが、戦力を広く展開できないのはこちらも同じだ。一点突破で魔物に押し切られる可能性が高い」

 

「それではどうすると?」

 

ナイセーは歴戦のギルドマスター・ゾリアが無策であるとは思えなかったので、その後の言葉を待った。

 

「この町には外壁がある。外壁前にもう一段柵を講じてこの町で迎え撃ちます」

 

「やはり、この町でないといけませんか・・・」

 

出来ればこの町に接近する前に仕留められないか・・・存外にそんな希望を滲ませながら呟くナイセー。だが、平原で<迷宮氾濫(スタンピード)>の魔物を真正面から受け止めるだけの軍隊がこの町にはない。まして冒険者ギルドの所属冒険者たちもトップランカーが大けがを負う程の状況である。柵と外壁で魔物を受け止めながら遠距離で攻撃して行く以外に方法が無かった。

 

「王都には救援の急使を出しましょう。出来れば正確な<迷宮氾濫(スタンピード)>の規模を報告したいところですが、それまで待てません。まずは状況だけ報告出来るよう・・・」

 

そう打ち合わせをしていたところで、ギルド内が何かざわついていることに気が付いた。

そしてトントンとノックされる。

 

「はい」

 

誰だろう?と皆が首を傾げながらも、副ギルドマスターのサリーナが席を立ちドアを開ける。

 

「きゃっ!」

 

そこには頭にヒヨコ隊長を乗せたローガがいた。

というか、ローガよ、よくここにいると分かったな。そしてノックうまいね。

 

「おいおい、ギルド内に使役獣を入れるのは禁止されているんだがな」

 

ジロッと俺を睨んで来るゾリア。だが、よほどのことがない限りローガは言われたことを守るはずだ。であれば、この状況は緊急性が高いということだ。

 

「そうなんです、ローガちゃん。建物内には入ってはだめなのですよ・・・」

 

そう言いながら跪いてローガの首に手を回し顔を埋めるサリーナ嬢。

ここでモフッてはいけません。

 

「こ、これが使役獣の狼牙? なんと立派な・・・」

 

代官のナイセーも初めて見るローガに驚いている。

ふっふっふ、うちのローガはそんじょそこらの狼牙族とはわけが違いますからね!

 

堂々と開けてもらったドアをくぐり部屋に入ってくるローガ。

 

『ボス!ヒヨコ隊長より重大な報告があるとのことですので、緊急を要すると判断し参上致しました』

 

「わかった。ゾリア、ナイセー。どうも重要な情報のようだ。このまま報告を聞いていいか?」

 

「ぜひお願いしますよ」

「俺たちにも教えてくれよ」

 

二人が許可を出したのでヒヨコ隊長を促す。

 

『<迷宮氾濫(スタンピード)>が始まりました! 迷宮より魔物が溢れ出ています!』

 

「えっ?」

 

俺が絶句したので、他の二人が俺をせかすように声を上げる。

 

「どうした!」

「何があったのです?」

 

「<迷宮氾濫(スタンピード)>が始まって、迷宮から魔物が溢れ出たって」

 

「「えええーーーーーーー!!」」

 

ソレナリーニの町防衛の戦略は風雲急を告げるのだった。




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第38話 お代官サマーに意見を具申しよう

「ま、間違いないのか!」

 

ゾリアの顔が一層険しくなる。それ以上険しくなると怖すぎるからそのあたりに留めてもらいたい。

 

「間違いないのか?」

 

『はい。多分人間の馬も飛ばして走ってましたから、そのうち人間からの情報も来ると思われます』

 

「そうなんだ。人間の馬も走ってたっていうから、衛兵からの情報もそのうち来るだろうってさ」

 

「そうか、とりあえず無事にこっちへ逃げてきてるんだな」

 

少しホッとした様子で腰を落ち着けるゾリア。

 

「それで、規模はどのくらいなのです?」

 

代官のナイセーがさらなる情報の確認を希望する。

 

「で、どのくらいの規模だ? そいつらはどこへ向かってる?」

 

『はい・・・この目で見て来たのですが・・・』

 

「んん? ヒヨコ隊長が言い淀むって、珍しいな。どうした?」

 

不穏な空気を感じ取り、ゾリアとナイセーが真剣な表情を向ける。

 

『その数、約一万』

 

「いっ、一万!」

 

さすがに俺も想定外の数字に声が裏返る。

普通、こういった場合、数百とかがいいところでないかい?

 

「「なんだと!!」」

 

ゾリアとナイセーが一斉に立ち上がる。

 

「い、一万って言ったか! それって魔物が一万匹ってことか!」

 

俺のローブを引っ掴んで揺すりまくるゾリア。苦しくないけどやめてほしい。

 

「ま、魔物が、一万の魔物が迷宮から溢れたというのですか・・・」

 

ナイセーも信じられないと言った表情で座り直す。

 

「それで、どこへ向かっている?」

 

ヒヨコ隊長に確認する。

 

『はい、一万の魔物は真っ直ぐここへ向かっております』

 

「真っ直ぐここへ来るってか!?」

 

俺は天を仰ぐ。

この町が迷宮から一番近いからそうだとは思ったけどさ!

一糸乱れぬ勢いでここへ向かって来るって。

少しは寄り道したらいいのに・・・、イカン、他へ向かわれても困るか。

 

「なんだと・・・! 一万の魔物がこの町へ真っ直ぐ向かって来るってのか!」

 

だから、ゾリアよ。俺のローブを引っ張るなっての。

 

「ゾリア殿。この町の衛兵は約1000人、そのうち約半数を町中の警備、巡回に当てています。基本的に外への防備を担当するのは約500人しかいません。もちろん休みや交代を無視しての事ですがね」

 

両指を組んで両肘を膝に付き、考え込む代官ナイセー。

ナイセーの頭の中はこの町をどうやって守り切るか、その戦略を練っているのだろうか。

 

「ナイセー殿。冒険者ギルドの強制依頼命令が発動できるのはCランク以上の冒険者に限る。現在Cランクパーティ<呪島の解放者>の連中がケガで動けない。その他となると、同じCランクパーティでも<路傍の探究者>と<彷徨う旅人>の2パーティしかいないんだ」

 

「・・・どちらも戦闘を生業としているとは思えないパーティ名だな」

 

俺は若干呆れ気味に確認する。

 

「そうなんだよ、どっちも探索と素材収集などで実績を積み上げている連中でな。魔物退治ももちろん対応できるから総合ランクでCまでランクアップしているのは間違いないんだが、真っ向戦闘には向かない奴らなんだよな」

 

「Dランク以下の連中は強制じゃないんだ?」

 

「ああ、そうだ。Dランク以下は強制ではない。あくまで自主的にギルドの緊急依頼に対応してもらうことになる」

 

「それで、Dランク以下の冒険者たちはどれくらいいるんです?」

 

「・・・100人前後だろうな。それも依頼を受けてもらうのが前提でだが」

 

ナイセーの問いにゾリアは苦渋の表情で答える。

 

「目一杯集めても1000人防衛に回せるかどうか・・・。それで約10倍の魔物に対峙せねばならないのですね」

 

「ああ、もはや外壁頼みでしかないがな。とにかく弓矢を集めて準備を始めないと、もう時間がない」

 

 

そこへ、衛兵が飛び込んでくる。

 

「め、迷宮の魔物が氾濫しました!」

 

衛兵の報告が入るが、ここにいる全員がすでに<迷宮氾濫(スタンピード)>の事実を認識している。

 

「それで、規模は?」

 

代官のナイセーが必要情報の確認を行う。

 

「そ、それが・・・いきなり迷宮から魔物が溢れ出し、大量に真っ直ぐこちらに向かって来ましたので、正確な規模は・・・」

 

あたふたと答える衛兵。

 

「あなた以外で規模の確認を行っている者は?」

 

「交代員と詰めていた者が私を含めて六人おりましたが、私はこの氾濫の情報をいち早くお伝えすべく戻ってまいりましたので・・・」

 

「わかりました。下がって休んでください。他の者が戻りましたら至急冒険者ギルドへ連絡を寄越すよう伝えてください」

 

「わかりました」

 

そう言って部屋を出て行く衛兵。

 

「・・・俺たちはツイているのかもな・・・。ヤーベがいてくれたから正確な情報が得られた」

 

「そうですね。その事については僥倖という他ないでしょう」

 

あら、存外にお褒めの言葉を頂いてしまったな。

 

「俺の情報も当てになる精度かどうかわからんぞ?」

 

俺はおちゃらけ気味に努めて明るく言ってみる。

 

「今さらそんな謙遜いるかよ」

 

「いかに正確な情報が命綱となるか・・・。衛兵たちだけでは、一万の氾濫だと気づけず、普通の対処で何とかなるかと勘違いしかねませんでしたね」

 

「まったくだ」

 

「ヤーベ殿様様ですよ。それよりこれから第一級緊急警報を発令します。全衛兵を招集、一般市民は自宅待機の戒厳令を含みます。それから私の代官邸より、このギルドを対策本部としたいのですが、いかがですか?」

 

「ああ、いいぜ。協力しよう」

 

二人が協議を進めて行くのでこちらも情報を精査しよう。

 

「ヒヨコ隊長、魔物の分類は?」

 

『はっ! 先頭にゴブリンの集団で約4000。その後にオークの集団でこちらも同じく約4000です。4000の集団は100匹単位でまとまっており、ほぼ直線的に向かって来ております。残りの2000にはオーガ、トロールのような大型魔物の他、ジャイアントエイプのような野獣系の魔物も混じっております』

 

「そうか、大きく扇型に広がっていないのだな?」

 

『はい、真っ直ぐな陣形となっております・・・尤も奴らが陣形を守っている認識があるかどうかは不明ですが』

 

「ふむ、直線の陣形で真っ直ぐ突っ込んで来る・・・ね」

 

頭の中で戦略を練る。

 

「とりあえず間に合わなくても王都に救援を・・・」

 

「ちょっとまった」

 

俺は立ち上がる。

 

「どうした?」

 

ゾリアが問いかけてくる。ナイセーも俺を見ている。

 

「提案があるんだが・・・聞くか?」

 

ニヤリと笑って伝える俺・・・もちろんローブで表情は見えないだろうが。

 

「もちろん・・・この危機的状況を回避できるすべがあるのであれば、何を持っても聞かせて頂きますが・・・」

 

ナイセーが若干藁にもすがりたい的な目で俺を見る。

 

「俺の手勢だけで打って出る」

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

ゾリアとナイセーは無言で見合わせてから、

 

「「えええーーー!!!」」

 

ハモッて驚いた。

では俺の作戦を具申するとしようか。

 

 




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第39話 町を守るために出陣しよう

「お、お前の手勢だけで打って出るだと!」

 

ゾリアが大声を上げる。

まあ、一万の魔物を自分たちだけでどうにかする、と言っているようなものだがらな。驚かれるのも無理はないか。

 

「しかも、打って出るということは、この町の外壁を盾に防御しながら対応する、ということでなく、平原で真っ向相手に当たるってことか!?」

 

信じられないという表情を浮かべて捲くし立てるゾリア。

 

「そう言う事だな」

 

「い、いくら何でも自殺行為では?」

 

代官のナイセーもさすがに無理があると思ったのか、疑問を呈する。

そりゃそうだよな・・・、実際の所、一万ってどーなのよ?と自分でも思わないではない。

だが、どう考えてもこの町に一万の魔物が押し寄せて来たら、今までの平和な生活は崩壊するだろう。俺はそれを許容できない。何があろうとも。

・・・所詮ノーチートのスライム野郎でしかない俺が、一万もの魔物をどうにか出来る・・・それは思い上がりでしかないのかもしれない。うまくいかないかもしれない・・・。でもまだわずかしか滞在していないが、この町の人々が好きだ。そして、カソの村の人々も好きだ。なら、そんな人たちが笑って生活して行けるよう、脅威は排除せねばなるまいよ。

 

「うまくいくかどうかはわからないが・・・比較的直進的に向かって来てくれるのであれば、策がないわけでもない。尤も、万一を考えると、当然この町の外壁で防御戦を行えるよう準備はしておいてもらった方がいいと思うけどな」

 

「その言い分だと、うまくいけば魔物はこの町に魔物が来ないように聞こえるが?」

 

ゾリアが俺を見つめる。

 

「そうだな、気持ち的には一匹たりとも魔物を通すつもりはない」

 

言い切る俺・・・カッコイイ?

隣を見ればイリーナが真剣な目でこちらを見ている。

・・・てっきり両手を胸の前で組んで目をハートにでもして感動しているかとばかり思ってたのに。まあ、ここでクッオカ出されても困りますからねー。

 

「具体的にはどのような戦略で?」

 

ナイセーはこの町を取りまとめて来た代官だ。実務に長けた人間であるだけに、具体的な方法がわからないと納得できないだろう。だが・・・。

 

「俺様必殺の魔法?で、みたいな?」

 

「なんだそりゃ」

 

あきれ顔のゾリア。

 

「それでは安心してお任せすることが出来ませんよ・・・」

 

代官のナイセーも顔を顰める。

 

「もちろんこの町を救って頂けるのであれば、それに見合った報酬も用意せねばなりません。特に一万もの魔物の襲来という未曽有の危機を救ってくださるというのですから、その報酬は莫大なものになるでしょう。そしてこの町を救った英雄としての地位も。それらは、一万の魔物を退けたという結果が必要です」

 

一万の魔物を退けたという結果・・・。

この言葉の意味は深くて重い。

 

俺という存在を示す意味で、一万もの魔物を退けられるという存在がどういうものか。

筋力馬鹿っぽいゾリアと違い、このナイセーは町を預かる代官だ。

この<迷宮氾濫(スタンピード)>も領主やその上の王都へある程度正確な報告が必要だろう。その時俺という存在はどのように映るのか・・・。

 

「それに関して、相談というか、提案がある」

 

「何だ?」

「何でしょう?」

 

同時に口を開くゾリアとナイセー。案外この二人仲がよかったりしてな。

 

「俺は自分の手の内というか、能力をある程度秘密にしておきたい。だから自分の手勢だけで打って出ると提案した理由もそこにある。だが、俺が迎撃に出た後「魔物を討伐した」と言って帰って来たとして、討伐した魔物が全く残っていなければ、現実として討伐が完了したかどうか判別は出来るか?」

 

「ま、魔物が全く残っていない・・・だと?」

 

「それは・・・、基本的には依頼完了、と判断できかねる事象ですね・・・」

 

そうだよね、証拠となる一万もの魔物が残っていないんだもの。

 

「だが、現実として多くの魔物がこの町へ押し寄せてきているわけだ。魔物の迎撃は必須・・・。だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それならば、処理はともかく、報告はやりようがあるだろう?」

 

「・・・どういうことだ?」

 

ゾリアは意味が分からないと言った表情でナイセーに聞く。

 

「つまり、報告は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。という事でしょうか。()()()()()()()()()()()()()()

 

「ご名答」

 

俺は魔導士の杖で床をコツンと鳴らすように突いた。

 

「・・・ですが、それでは一万の魔物を退けた英雄としての結果を隠すのと同じことです。報酬も栄誉も無くなるということですよ?」

 

「おいおい、無報酬で働けってのかよ!?」

 

冒険者ギルドのギルドマスターであるゾリアが厳しい表情をナイセーに向ける。

こういうところは単純なゾリアに好感が持てるけどな。俺も一応だがギルドに登録している身だし、報酬無しで冒険者が働くという事は容認出来ない・・・という事だろう。

 

「むろん、さすがに無報酬というわけにはいかないと思いますが・・・、一万という魔物の規模を隠す以上、それに見合う報酬はもちろん出せません。そして、結果を確認するための魔物そのものが存在しない状況では、<迷宮氾濫(スタンピード)>の被害を防いだ英雄としての評価も出来ない・・・ということになりますが」

 

「一体、魔物の存在を残さないって、どうするんだ? 極大呪文でもぶっ放して消し炭にでも変えちまうってか」

 

「ナイセーの言う通り、一万という規模の魔物を仕留めるという報酬は事実を隠す以上無理がある事は承知できる。元々英雄なんて立場に興味もないし、それも問題ない。後は<迷宮氾濫(スタンピード)>の魔物たちを仕留めたことをどう確認してもらうかという事と、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を取ってから出陣したいという俺の希望を叶えてもらえるかどうかだな」

 

「なに?」

 

「・・・やはり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()・・・・とお考えなのですね」

 

ナイセーは溜息を吐く。

 

「なぜだ?町を救う英雄だろうがよ!それこそ王都で国王様から褒美が給われるかもしれない規模の災害だぞ!」

 

「だから、それが不要だと言っているんだよ、ゾリア」

 

「だから何故だ!男なら誰しもが英雄に伸し上がる事を夢見るはずだ! これはチャンスなんだぞ、ヤーベ!」

 

力強く語るゾリア。きっと正道を駆け抜けて来たであろうゾリアの言葉は重く響く。

だが・・・。

 

「まあ、なんだ。お偉い方々からすれば、異質な力は不気味に映るものだよ。その力がどこへ向くのか・・・とか、益体も無い事を考えてしまいがちなものさ。ならば、最初からそんな力があると知られない方がリスクは少なくなるということだ」

 

「・・・・・・」

 

ゾリアは沈黙した。目の前に映るこの俺が、いかに怪しく見えるか。ローブをすっぽりかぶり、その姿を見せることはない。そして、一万の魔物を迎撃すると宣う。

 

「・・・俺がこの国の王ならば、お前を宮廷魔術師に迎えるんだがな」

 

ふっと苦笑するように言うゾリア。俺という存在のリスクを少し感じたような苦笑いだな。

 

「もし、辺境伯や国がお前に何か良からぬことをしようと企むなら、俺がお前の味方に付いてやるぜ。何といっても誰にも言えなくてもお前はこの町を救う英雄になるんだろうからな!」

 

ゾリアが今度は悪ガキが悪戯でも思いついたような悪そうな笑顔を浮かべる。

 

「そうならないために、彼は私とあなたにその秘密の一端を話してくれたんだと思いますがね」

 

今度はナイセーが苦笑しながら言う。どうやらナイセーには正しく俺の気持ちが伝わったようだ。後は()()()()()()()()()()()()()()()()、だな。

 

「領主様と王国への報告は結果だけを伝えて、うまくあなたの事を隠しておきます。尤も、分かる人間がみれば、必ず調査が入るでしょうから、そうなれば冒険者ギルドの助力を得た、という事にしますので、ゾリアからもうまい説明協力をお願いしますよ」

 

「俺かよ!?」

 

「逆にあなた以外の誰がいるというのですか・・・」

 

ゾリアの驚きに呆れた声で返すナイセー。

 

「ところで、私も今気が付いたのですが・・・」

 

「どうした?」

 

俺とゾリアはナイセーに視線を移す。

 

「彼女はよろしいのですか?」

 

そうナイセーの指さす方向には・・・ローガに半分ほど埋まったままモフモフし続けていた副ギルドマスターのサリーナが。

 

「うおうっ!?」

 

「サリーナ、そんなところにいたのか! そういや話に夢中になってたけど、サリーナの気配がいつの間にか全くしなくなってたな」

 

「ふえっ?」

 

やっとローガから顔を上げるサリーナ。

 

「ローガ、ずっとモフモフされてたのか? 何なら声を掛けてくれればよかったのに」

 

『ボスが非常に重要な話をされていると思いましたので・・・』

 

若干サリーナに困ったような表情を浮かべながら気を使ってくれていたローガ。そりゃ悪かったね。

 

「で、我々の言質は取るとして、彼女はどうします?」

 

俺に意味ありげな笑みを浮かべて聞いてくるナイセー。

副ギルドマスターであるサリーナはギルドマスターであるゾリアの指示に従うんでないかい?

 

「サリーナよ、それで・・・」

 

話しかけたゾリアの言葉を遮るサリーナ。

 

「ヤーベ殿は素晴らしい人物。それだけです。私にはそれだけで十分です。モフモフは正義なのです!ローガ殿の主人ならば悪い人であるわけがないのです!」

 

えらく力説してくれるサリーナ嬢。

・・・まあなんだ、ありがたいですが。これもローガのおかげ・・・かな?

 

「わふっ(恐縮です!)」

 

笑顔で答えるローガ。出来る部下を持つと安心感が違うな。

 

「それでは、最後に・・・。我々としましては、町への脅威が完全に無くなった事をどうしても目で確認したいのです。つきましては、魔物を持ち帰れないという事であれば、ギルドマスターのゾリアを同行させてください。さっきの言葉にあったように、ゾリアはあなたを信頼しており、場合によっては領主や国と比べてもあなたを支持すると言っている。であれば、あなたの見せたくない手の内とやらを見ても、あなたに不利益になるような事はしないでしょう。どうです?」

 

ナイセーは問いかけてくる。そうだな、どうしても魔物の消滅を目で確認しないと安心できないわな。ゾリアなら・・・そうだな、遺失の魔法、とか、特別なスキル・・・とか、何とか説明を付けるか。納得しなきゃ・・・唐揚げで釣るか。

 

「おおっ!任せておけ! ヤーベ、お前に命を預けるぞ!」

 

バンバンと俺の肩?あたりを叩くゾリア。

さて、お目付け役付きとなったが、この町を守るために出陣するとしましょうか!

 




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第40話 ピンチは臨機応変に対応しよう

「で、ホントのトコどーなのよ? どうやって敵を殲滅するつもりなんだ? 跡形も無く・・・さ」

 

しつこく問いかけてくるギルドマスター・ゾリアをスルーしながら、ソレナリーニの町大通りを六十一匹の狼牙達と注目を集めながら大行進し、今は北門から町の外に出るための手続きを行っている。

 

「しかし・・・使役獣のペンダントを回収して行ったからどうしたのかと思えば、とんでもない数の使役獣だね。凄腕の<調教師テイマー>なんだね~」

 

門を守る衛兵の一人が気さくに話しかけてくる。

 

「まあね、みんな気のいい奴らなんだよ」

 

「そうだね、こんなにビシッと整列しているんだ、頭もいいんだね。よっぽど質の悪い人間より賢いよ」

 

そう言って快活に笑う衛兵。

いつも町の門を守っていて、いろんな人たちに対応しているのだろう。文句を言ったり割り込んだりしたり、問題を起こすような人間もいることだろう。そんな連中よりずっと狼牙達が良い奴だと笑ってくれる。

こんな気持ちのいい衛兵がいる町を心の底から守りたくなってくる。

 

「次にこの町に戻ってきたら、こいつ等を連れて各門にペンダントのお礼を言いに回るよ。時間があればモフモフタイムを設けようか?」

 

「おおっ!そりゃすごいな。こんな立派な狼牙達を触れるなんて機会ないからね。楽しみにしてるよ」

 

ニコニコしながら手続きを進める衛兵。

 

「はい、これで手続完了だ。気を付けて行って来てくれよ」

 

笑いながら手を振ってくれる。

 

「おや、ギルドマスターもお出かけですか、どうぞお気をつけて」

「うむ」

 

どこへ行くのかはもちろん知らないだろうが、俺は冒険者のギルドカードで手続しているからな。冒険者としての依頼を受けて町を出て行くと思っているだろう。

・・・間違いではないのだが。

 

 

「さて、急いで迎撃ポイントまで移動しようか」

「お手並み拝見と行くぜ」

 

俺たちは真っ直ぐ北の迷宮方向へ移動を開始した。

 

 

 

 

 

「ピヨピヨピ!(ボス!報告致します!)」

 

ヒヨコが三羽飛んできた。ローガの頭の上にいるヒヨコ隊長に挨拶もそこそこに俺への報告を行ってくれる・・・優秀だ。

 

こちらは町を出てから約二時間、ギルドマスター・ゾリアの乗る馬のスピードに合わせてローガに乗った俺は移動している。そのためかなりの距離を移動して来た。ここで迎撃しても町への影響は少ないだろう。

 

「ピピピピーピヨ!(敵はこの先北よりこちらに向かって来ております!)」

「ピヨピヨピヨ!ピヨ!(敵の進軍は最初の報告通り、ゴブリン、オーク、大型系の魔物となっております! 距離は我々の移動速度で約三十分程度です!)」

「ピヨピヨピヨー!(敵集団は百匹単位程度の集団が直線的に移動しており、迷宮から外へ出てから、全く変わっておりません!)」

 

「了解だ。ローガ、ヒヨコ隊長。このまま後一時間ほど移動して敵との距離を縮めるぞ」

 

「おう、出来るだけ町から離れて戦った方がありがてぇしな」

 

ローガに乗った俺を先頭にさらに移動を開始した。

 

 

だが、予定の一時間を移動しないうちにヒヨコからの急使が届く。

 

「ピヨピーーー!(ボス!大変です!)」

 

さらに三匹のヒヨコが飛んできた。先の連中と違い、かなり慌てており、疲れているようだ。

 

「どうした?」

 

俺は移動を止め、落ち着いて報告を聞けるようにする。

ゾリアもヒヨコたちの様子が通常と違うのに気付いたのか、真剣な表情で待つ。

 

「ピヨヨヨヨー!(敵の一部が移動方向を変え、カソの村に直接向かい出しました!)」

「ピヨピピピー!(その数、ゴブリンの一部とオークの大半で約二千!)」

「ピピピーピヨ!(残りの約八千はそのままこちらへ進軍しております!)」

 

「なんだと!!」

 

俺はローガから飛び降り、ヒヨコたちの話を再度確認する。

 

「どうした、ヤーベ」

 

俺の反応が鬼気迫るものだったのか、ゾリアが慌てたように聞いてくる。

 

「魔物の一部・・・ゴブリンとオークが進軍方向を変えてカソの村に直接向かったらしい。その数約二千」

 

「な、なんだと・・・!」

 

絶句するゾリア。カソの村は冒険者ギルドの出張所も無く、防御という面でほとんど対応が出来ていない村だ。そこに二千もの魔物が向かったとしたら、どのような惨劇が待つのか、想像だに難くない。

 

ドスッッッ!

 

魔導士の杖を地面にものすごい勢いで突き刺す。

ゾリアが目を剥いた。

 

「ローガよ」

 

些かドスが聞いた声が出てしまう。若干自分をコントロールできない。

 

『はっ』

 

「全狼牙族と、ヒヨコ隊長の全部隊の指揮をお前に預ける。今よりカソの村へ急行し、村へ迫る魔物を一匹残らず殲滅せよ。ヒヨコ隊長はローガの指揮下に入り、敵の陽動とこれ以上分離した魔物が別の場所へ行かないよう牽制を行え。屠った敵の死骸は後で俺が回収に行くのでそれまで待つように。ちょうどいい、この魔物の死骸で<迷宮氾濫(スタンピード)>討伐証明とする。他に質問は?」

 

『・・・恐れながら、ボスはどうなさるおつもりで?』

 

「俺はここで残りの敵を待ち受ける」

 

『こちらの方が多うございますが』

 

「問題ない。元より一万の魔物は俺が一人で引き受けるつもりだった。お前たちの役目はやられ始めた魔物が散り散りに逃げた場合の追撃の予定だったからな」

 

『なんと・・・』

 

ローガは敬愛するボスがすごい存在だとは肌で感じていたのだが、その片鱗をまだ見たことが無かった。ただ、今のボスが醸し出すオーラはまさに王者のものだ。

 

「行け!必ずカソの村を守り切れ! 俺もここが片付いたらそちらへ向かう」

 

『わかりました。ボスのご命令承りました。こちらが先に片付くかもしれませんので、殲滅完了時にヒヨコより伝令を飛ばします』

 

「わかった。頼むぞ!」

 

『御意! 全員聞いたな! 我々は至急カソの村へ向かい、別離した魔物を殲滅する!行くぞ!』

 

『『『『おおっ!』』』』

 

勢いよくローガ達は西へ向かいカソの村へ向かった。

 

残されたのは俺とイリーナとゾリアだけだ。

カソの村に急行するローガ達を呆然と見送るゾリア。

表情を一言で言うなら、「マジで?」だろう。

逆にイリーナは全く表情を変えず、真剣な眼差しで俺を見つめている。

イリーナよ、君はいつからそんなに強くなったっけ?

・・・まあ、良い事か。

 

さてさて、打ち漏らしをローガ達に面倒見てもらうつもりだったのだが、そうもいかなくなった。しっかりと事前準備の上、ぶちかますとしようか。

 




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第41話 迫りくる魔物を殲滅しよう

迫りくる魔物は約八千。

土煙が濛々と見えて来ている。

こちらは謎の大魔導士とFランクポンコツ冒険者とゾリア。

 

「あれ、やばくね?」

 

ゾリアはローガ達狼牙族が戦力の中心だとばかり思っていたのだが、なんとヤーベはカソの村急襲の報を聞いて全戦力をカソの村救援に送ってしまった。

 

「えーっと、俺たちだけになってしまったが・・・」

 

ゾリアがポリポリとほっぺを掻く。

 

「そうだな」

 

特に感情を込めず回答する俺。

 

「目の前には濛々と土煙が見えるな」

 

ゾリアが指を指しながら言う。

 

「そうだな」

 

特に感情を込めず回答する俺。

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

しばし沈黙。

 

「・・・おまーふっざけんなよ! 使役獣全部他へやっちまってお前だけじゃねーか!どーすんだ?どーすんのよ!死んじまう!死んじまうぞ!」

 

急に暴走するゾリア。

俺の胸倉を掴んで揺すりまくる。

ゾリアほどの男でも取り乱すんだな。

 

「あー、みんな元気?」

「はあっ?」

 

俺の呑気な声にゾリアがキレ気味に反応するが、

 

「はーい、元気だよっ!」

「元気ですわ~」

「元気です、お兄さん」

「あたいの出番だなっ!」

 

四大精霊のみなさん元気で何より。

シルフィーよ、いつの間に俺はお兄さん? 後フレイアよ、今回お前の出番はないぞ。

 

ゾリアは俺の胸倉から手を放してポカーンとしている。

 

「ヤーベ、大変な事になったね!」

 

ニコニコしながらボクッ娘の水の精霊ウィンティアが話しかけてくる。

大変な事と言いながら、メッチャ笑顔じゃないっすか。

 

「ヤーベの実力なら心配いらないもーん」

 

ぴょんと肩に座って頭をポンポンしてくれるウィンティア。

 

「ああっ!お兄さんには私がポンポンしたかったのに~」

 

風の精霊シルフィーはほっぺを膨らませて抗議する。

 

「あらあら、ヤーベとはとっても仲良しね~」

 

土の精霊ベルヒアねーさんは今日もあらあらうふふモードだ。

 

「さあヤーベ、俺の力を貸してやるぜ!敵を殲滅するぞ!」

 

炎の精霊フレイアよ、心の中のセリフだがお前の出番はない(二度目)。

 

「おおっ!精霊がいたか!これで何とかなるのか!ヤーベ!」

 

急に元気になるゾリア。現金なもんだ。

 

「まあ、何とかするけど。ちょっと派手な能力を使う。ゾリアが俺を見て何を思うかはわからんが、町を守るためにはこれしかない」

 

「・・・何をするんだ?」

 

「ちょっと能力で大幅に姿が変わる。だいぶ気持ち悪くなるかもしれん」

 

「ヤーベ、心配するな。お前がどんな姿になろうと、俺たちは友達だ。永遠にな!」

 

・・・いつお前と俺が友達になった? まあいいけど。

 

「まずはウィンティア、力を貸してくれ。念のためにみんなを守る力を」

 

「いいよ~、ボクの力をおにーさんに注ぐから、受け取って!」

 

「<水の羽衣(ウォーター・ヴェール)>」

 

透明な薄い水の膜がイリーナ、ゾリアを纏う。

 

「次にシルフィー、力を貸してくれ。この先魔物の軍勢に他の生き物が混じっていないか確認したい。殲滅する際に巻き込まれて犠牲者が出ないようにね」

 

「了解! さあ、私の力を注ぐわ、お兄さん。精霊魔法を使ってね!」

 

ニッコリ微笑んでくるシルフィー。

・・・妹、ありかも。

 

「<微風の探索(ブリーズ・サーチ)>」

 

優しい風が俺を吹き抜けて行く。

 

大勢の魔物たちが向かって来るのが風の間隔の中に伝わってくる。

 

「ヒヨコたちの報告通りだ。逃げ遅れて巻き込まれている人間や他の種族もいないな」

 

よし!これが確認できればもう問題ない。

後は打ち漏らしや拡散さえ防ぐことが出来れば安心だ。

 

「ベルヒアねーさん、今度はねーさんの力が借りたい。いいか?」

 

急に後ろからギュッと抱きついてくるベルヒア。

 

「・・・いいわ、あたしの力、みーんなヤーベに貸してあげる。そのかわり、後で・・・ね?」

 

ベルヒアねーさん!後で!後で・・・ねってなんすか!ねって!

そんなキャラでしたっけ?

 

「・・・女はいつでも不思議を纏うものよ? さあ、私の力を注ぐわよ」

 

「<土壁建造(アース・ウォール)>」

 

ズガガガガガガッ!

 

俺たちの場所から左右に五メートル程度を空けるように土壁がそそり立っていく。

ハの字の様に斜めに切り立った高さ三メートル程度の壁を出現させた俺はその空いた空間、いわば漏斗の出口部分に陣取る。

 

ついに魔物がその姿を現す。

 

 

「ギギャーーーーー!!」

 

ああ、ゴブリン語わからなくてよかった。「お前ら殺すゴブ」とか「うまそう、食ってやるゴブ」とか言われたらゲンナリするところだわ。

 

「ちっ、本当に大丈夫なんだろうな、ヤーベ?」

 

背中の剣を抜き、一応構えるゾリア。

一方微動だにしないイリーナ。

・・・イリーナ生きてるよね?大丈夫だよね?

 

「ねえねえ、どうするのヤーベ?」

 

ボクッ娘ウィンティアが興味津々といった感じで聞いてくる。

 

「あまりに魔物の数が多いんでね。焼いたり切ったりして風や水や土に悪い影響が出ても

いけないかなーと思うんで、みんな吸収します」

 

「わおっ! 取り込むんだ・・・おにーさんのパワー増大だねっ!」

 

ウィンティアよ、ついに君もおにーさんになってしまったね。

 

「ひっさびさに魔力(ぐるぐる)エネルギー全開で行きますので。もし万が一暴走しそうだったら止めてね?」

 

ちょっと可愛く言ってみる。

 

「はっはっは、心配するなヤーベ、お前が暴走したら俺が責任もって丸焼きにしてやる!」

 

「どこにも安心できる要素ねーよ!?」

 

フレイアは相変わらずだな。だか今回お前の出番はない(三回目)。

 

「変身!スライムボディエクストラ!」

 

一応、変身!って言ってからローブを脱ぎ去る。

その姿はデローンMr.Ⅱだ。

 

「全開!魔力(ぐるぐる)エネルギー! スライム細胞よ、増殖せよ!」

 

ムリムリムリムリッ!

 

伸ばした触手がまるでマッチョな男の太腕のようにボコボコと膨らんだかと思うと、本体ボディよりも大きくなっていく。

そして<土壁建造(アース・ウォール)>で作った壁の前に増殖したスライム細胞をあふれさせていく。

 

スライム細胞への命令は一つ。

 

「触れたものを取り込み、消化せよ」

 

どんどんとスライム細胞を増殖させていく。増殖したスライム細胞は俺のような形をせず、ただボコボコと粘体をくねらせる様に大きくなっていく。色だけは本体の俺と同じグリーンだけど。

まあ、見る人が見れば気持ち悪いと言えるだろう。

 

「わー、すっごいねおにーさん。これからどーなるの? ボク期待しちゃうな!」

 

ワクワクしまくって聞いてくるウィンティア。何を期待してるんですかね?

俺無双するつもりではありますが、あんまりヒーローっぽくないっすよ?

 

「みんな、ボコボコ増殖させたスライムには絶対触るなよ。取り込まれて消化されるぞ」

 

「キャー!お兄さんと一体に?」

 

シルフィー、それダメなヤツだから。ヤンでるヤツだからね?

一緒に居たかったらいつでもいるから、一体はダメだからね? ダメ、一体!

 

「ヤーベ殿、来たぞ!」

 

イリーナが叫ぶ。ついに接敵した魔物軍団。だが、先頭のゴブリンたちが俺が仕掛けたスライム細胞に触ると状況が一変する。

 

「ギョエェェェッ!」

 

至る所で叫び声が溢れる。次々とスライム細胞に取り込まれていくゴブリンたち。

取り込まれて大きくなったスライム細胞が後ろから押し寄せる新たなゴブリンたちを次々飲み込んで消化してゆく。

 

「こ、これは・・・。だから、直線的に向かって来るなら策がある・・・と言ったのか」

 

ゾリアが信じられないといった表情で呟く。

 

目の前の光景は、次々と大きな網が張ってあるのに気が付かず真っ直ぐ泳いでくる魚を捕獲するが如し。

後ろからどんどん猪突猛進してくるのだ。勝手に増殖したスライム細胞にぶつかって取り込まれてゆく。

ぶつかって左右に散らばる連中が出ても<土壁建造(アース・ウォール)>で大きく遮断しているため、迂回して進むことは出来ない。

 

そしてゴブリンがオークに変わった。

 

「ブモーーーーー!!」

 

あ、やっぱりオークはぶもーなのね。なんかブモーってミノタウロスのような牛のイメージもあるけど。

まあ、オークに変わったところで、俺はやることに変わりない。

というか、増殖させたスライム細胞は取り込んで消化せよという命令1点のみを繰り返しているため、魔物を消化してエネルギーに変えて行くたびに勝手にどんどん大きくなっていく。だから俺は最初の一手の後は、ぼーっと見ているだけだ。

 

「ヤベェ・・・このまま約八千の魔物を完封するのか? ありがてぇがナイセーになんて説明すりゃいいんだ?」

 

頭を抱えだすゾリア。

町が無傷で助かるんだ。そのくらいはうまく働いてくれ。

 

そしてついにオーガやトロールと言った大型の魔物が見えた。

土壁建造(アース・ウォール)>を三メートルにしてよかった。

二メートルだったら顔を出されてるよ。

どっかのマンガみたいに壁の上から巨人に顔を出されるのって結構なトラウマになりそうだもんな。

こちらも綺麗さっぱり吸収させてもらおう。

 

ドオンッ!

 

「チッ!圧がすごいな! みんな!下がれ!」

 

オーガの突進力が想像以上に強力だった。

オーク程度なら増力したスライム細胞がそのぷよぷよボディで受け止めて包み込んで高速吸収して行ったのだが、オーガの第一陣を受け止めた後、吸収し切る前に第二陣、第三陣の突撃を受け、スライムボディが第一陣のオーガごと押される。土壁がきしむ。

 

「よっしゃー、俺の出番だな!燃やし尽くすぞ!ヤーベ!」

 

フレイアが右肩をぐるぐる回してアピールしてくる。

だがフレイアよ、今回君の出番はない(四回目)。

 

増殖させて魔物を吸収させまくったスライム細胞は当然の如く俺の触手が元になっているため、俺という本体と接続されたままだ。

 

つまり、ゴブリンから初めてすでに六千以上の魔物を吸収し切っているという事。

つまりは圧倒的エネルギーをすでに俺は得ているのだ。

 

 

ドンッ!

 

 

「さらに倍!」

 

増殖した吸収消化用スライム細胞を一気に二倍に膨れ上がらせる。

俺のセリフがクイズ・ダー〇ーを思い起こさせるのは元々二十八歳だった俺の年齢からすれば些か古いか。まあクイズ好きだから、良いよね。

 

一気に倍にしたスライム細胞は縦に飛び掛かる様に増殖させたため、第二陣、第三陣のオーガ、トロールの上空から降り注ぐ様に包み込んでいく。

 

「ギョギャーーーー!」

「グモモモモー」

「ギャーーース!」

 

・・・ちょっと怪鳥みたいな叫び声も聞こえたが、まあ気にしない事にしよう。

 

そして<迷宮氾濫(スタンピード)>の魔物は一匹残らず吸収され尽くした。

 

「ははは・・・、やった、やっちまったよ。八千の魔物を完封だぜ!こっちは被害ゼロだ。チクショー、こんなのSランク冒険者でもできやしねぇぜ!数の暴力ってな、どうにもならん時も実際はあるもんなのに・・・、ヤーベ、おめぇすごすぎっぞ!」

 

「ゾリア、落ち着け。言葉遣いが戦闘民族みたいになってるぞ」

 

「おおっ? 変だったか?」

 

「ああ、とにかく落ち着け。これで<迷宮氾濫(スタンピード)>の対応も完了だ。後はゆっくりナイセーと上への報告を頑張ってくれ」

 

「ああ、それがあったか・・・」

 

急にテンションがダダ下がるゾリア。

 

「いや、どっちかってーと、お前の仕事はそれが本番のはずだが?」

 

「いや、お前、こんなすげーもん見せられて、何の説明も出来ねーんだぞ!? 本当に英雄にならなくていいのかよ? Sランク冒険者への推薦だって夢じゃねーぞ?」

 

「いや、そんなメンドーな立場はいらん。今後ともFランクでよろしく」

 

「こんなFランクがいるか!」

 

「なんと言われようと上げる気はない。試験も受けないぞ」

 

「ギルドマスター権限で上げてやるわ!ふはははは!」

 

「悪の総督みたいに笑ってんじゃねーよ!」

 

「わー、すごいねおにーさん。ところであのぽよぽよを通り越してぶよぶよした巨大化おにーさんの一部はどうするの?」

 

おっと、ゾリアとの無駄話ですっかり忘れていたが、取り込み消化の命令中なスライム細胞を放っておくと危ないから。もちろん回収です。

 

「そりゃ!」

 

ギュォォォォン!

 

本体に一気に吸収されるスライムボディ、おかげで本体がものすごく巨大化した。優に3mを超えている。土壁よりも高い。土壁から覗く巨大スライム・・・トラウマ必死ですな。

 

「ヤ、ヤーベ殿・・・その、ヤーベ殿はそんなに大きくなってしまったのか・・・? それでは私などは・・・私などは・・・」

 

なんかぶつくさ呟いているイリーナ。でっかくなっちゃったから聞き取りづらいわ。

もちろんこんな巨大ロボットみたいにでっかくなったままじゃ町の屋台も楽しめない。

俺様はぐるぐるエネルギーという名の魔力を使って細胞を圧縮していく。

 

シュルシュルシュル~。

 

「お待たせ。で、何か言った?」

 

いつもの大きさに戻ってイリーナの前に立つ。

 

「ヤ・・・ヤーベ!!」

 

なんだかいきなり泣き出して縋り付いて来るイリーナ。

どこにこんな感動の再開?みたいなフラグがあったのだろう? 全然気づかなかったけど。

 

「たくさんの魔物が来るのに、町を守るために一人で戦うって・・・心配したのだぞ! それにでっかくなっちゃって、もしかしたらもうイリーナはいらないって言われるかもしれないと思ったら急に不安になって・・・」

 

心配かけたのは悪いと思うが・・・、もともとイリーナいるって言ってない気がするけど、それを指摘するのは野暮ですかね!?

 

「まあ、なんだ。心配かけてゴメンな? でももう大丈夫だ。俺もイリーナも、町もな」

 

「ヤーベェ!」

 

泣きながらぎゅうぎゅう抱きついてくるイリーナ。

これをメンドクサイなんて言ったらダメなんでしょうね? なんだがいつもの「クッオカ」の方が処理しやすい気がしてくるのはどうしてでしょうね!?

 

「ねえねえ、ヤーベ? ローガ達が心配だし、そろそろカソの村へ様子を見に行った方がいいんじゃない?」

 

あっと、ベルヒアねーさんナイスツッコミ!そうだよ、ローガ達に任せたカソの村の方も様子を見に行かなきゃ。

まあ、ローガ達はぶっちぎりで強いからな。ゴブリンやオークが何匹いようとも全然心配してないんだが。

ヒヨコからの報告が来てないから、向こうの戦闘が終わってはいないんだろうけど。

 

「よし、カソの村へ行こうか」

 

 

 

そして、呆然と立ち尽くす一人。

 

「で、出番無かった・・・」

 

炎の精霊、フレイアであった。

 

 




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閑話3 疾風怒濤のローガ達

草原を怒涛の如く突き進む一団。

砂煙を濛々と上げながら超高速移動しているこの集団を通りすがりに見た商人は、後にこう語っている。

「あまりの速さにマジビビッた!」・・・と。

 

 

 

『お前たち!ボスからの直々の命令だ!絶対に抜かるんじゃないぞ!』

 

『『『おおっ!』』』

 

今まで、ボスであるヤーベからの指示は、基本的に「お願い」だった。

 

「泉の北を調査に行ってくれるか?」

「カソの村でお祭りがあるから獲物をたくさん狩って来てくれるか?」

 

普段とても優しいボスは命令がいつも依頼口調だった。

もっと厳しく手足の様に使ってもらっても構わないと伝えたりしたのだが、

 

「お前たちは大切な部下であると同時に仲間だから」

 

と言ってニコニコしていた。

 

だが、今回ははっきりと伝えられた。

 

「全狼牙族と、ヒヨコ隊長の全部隊の指揮をお前に預ける。今よりカソの村へ急行し、村へ迫る魔物を一匹残らず殲滅せよ」

「行け!必ずカソの村を守り切れ!」

 

身震いするほどの高揚。敬愛するボスからの勅命。

これで奮い立たなければ男ではない。

 

 

 

『隊長!ローガ殿たちの速度に追いつけません!』

 

ローガ達狼牙族の一団が超高速でカソの村に向かったのだが、気合が入りすぎているのか、ヒヨコたちの飛行速度を上回る速度で進行していたため、ヒヨコの一団が遅れていた。

 

『くっ!ローガ殿はボスの勅命にかなり気合が入っていたからな・・・』

 

全速力で飛びながら会話するヒヨコ隊長。

 

『二手に分かれる! 半数を今カソの村へ向かっている一団を追っている別動隊と合流させろ。半数はこのまま俺に続け!』

『はいっ!』

『別動隊と合流したらカソの村へ伝令を飛ばせ!俺を見つけてその距離を報告しろ!』

『はっ!』

 

そうしてヒヨコの半数が分かれて離れて行く。

 

『とはいえ・・・ローガ殿達のやる気を考えると・・・到着した時、我々のやる事が残っているのか、若干不安だな・・・』

 

ヒヨコ隊長は全然別の内容で不安を感じていた。

そして、その不安は的中する。

 

『た、隊長!』

『なんだ、どうした?』

『ボスが、出立する直前、伝言を!』

『なんだと! 何と言った!?』

 

後ろから何とか追いついて来たヒヨコがとんでもない事を報告してきた。

ローガ殿が勅命を受けて猛ダッシュで出立したのでそれに送れないよう急いで飛び立ったのだが、まさかボスが後方の部隊に伝言を残していたとは・・・

 

『はっ! なんでもオークという魔物は比較的肉がうまい可能性が高く、出来れば形を残して仕留めるように、との事であります』

『なっ!なんだと!』

 

ヒヨコ隊長は若干狼狽した。

出来れば形を残して仕留める、だと・・・。

今のやる気満々なローガ殿一党が敵に突入したら・・・。

 

『まずいっ!何としても追いつかねば、戦闘が始まったら敵は形を残さず消し飛んでしまいかねんぞ!』

 

ローガ殿の戦闘力は言わずもがなだが、現在四天王と言われる四頭の狼牙。この連中の戦闘力がハンパない。風牙、雷牙、氷牙、ガルボ、このうち風牙、雷牙、氷牙はその名の通りの自然現象を操るスキルを持つ。魔法も併せ持つので広範囲の敵も殲滅するだけの実力を持つ。ガルボ殿は比較的力任せのイメージがあるが、他の三頭がその魔力をフルに顔砲してフルパワーで戦闘をすれば、地形すら変わりかねない。オークの原型が残ることなどまずないだろう。

 

『このまま追いつけずオークが消し飛んだら、ボスに合わせる顔がない!何としても追いつくぞ!』

『ははっ!』

 

ヒヨコたちはさらに速度を上げローガ達を追いかけた。

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

ザンッ!

 

ローガ達はカソの村から少し離れた場所に陣取った。

陣と言っても、ローガを中心に一列に並んでいるだけだ。

まだ敵の姿は見えない。

 

『お前達、準備は良いか?』

『『『もちろんですリーダー!』』』

 

ズラリと並んだ狼牙達が一斉に返事をする。

 

『ボスは我々の敵の四倍もの数を一人で受け持つと言われた。何としてもここに来る敵を速攻で殲滅し、ボスの援護に戻るぞ!』

 

『『『『ははっ!』』』』

 

そしてやってくるゴブリンたち。

 

「ギャギャギャ!」

「ギャギャー!」

 

『ふんっ、何を言っているのか全く分からんな』

『まるで知性の無い魔物というのは哀れすら感じますな』

『仕方あるまい、ボスから力を頂いている我々とは違うのだ。知性も無いのだから、殲滅するのに気を病む必要もない』

 

四天王の内、ヤーベから直接名を賜った三頭がゴブリンをあざ笑うかのように前に出る。

 

『先陣は任す。油断するなよ』

 

『『『ははっ!お任せください!』』』

 

三頭が飛び出す!

 

『は~、やる気が違うでやんすね、あの三頭は』

『ボスより直接名を賜ったからな。それだけの結果を見せねばならんと考えているだろうよ』

『こりゃあ、俺の出番はないでやんすなぁ』

 

ガルボの苦笑にローガも頷く。

 

『それでもかまわんがな、油断だけはするな。お前は万一この布陣を抜けてくるような魔物が出たら必ず仕留めてくれ。まあ、そんな奴が現れるとは思えんが』

『了解でやんす』

 

ローガとガルボが話している間も三頭を先頭に狼牙達が攻めあがる。

 

『我が名は風牙!ボスより頂いたこの名に恥じぬよう、この戦先陣を切らせて頂く! まずは受けよ! わが身に纏いし風よ!切り裂け!<真空烈波(エアブラスト)>』

 

風牙の体が風を纏い、高速で駆け抜ける際に真空刃を発生させ敵を切り裂いていく。

 

『ふはははっ!ならば我も負けてはおれぬ。我が名は雷牙。我の力を受けてみよ! 大気に宿りし陽炎の力!今こそ降り注ぎ彼の敵を打ち破らん!<雷の雨(サンダーレイン)>』

 

雷牙の前方に広範囲にわたり雷が降り注ぎ、敵を焼き尽くしていく。

 

『ふっ!ならば我も力を見せようか。我が名は氷牙!我が前に立つことは自ら死地へ踏み込む事と同じと知れ! 大気に集う零下の子らよ、氷雪に舞え!<凍結細氷(ダイヤモンドダスト)>』

 

氷河の前方に強力な冷気が放たれ、魔物が凍り付き砕けて行く。

 

 

その後ろから狼牙達が突撃して行く。その爪と牙を縦横無尽に振るい、敵を屠って行く。

実際の所、ゴブリンやオークは狼牙と比べると魔物の分類ではワンランクかあツーランク低い。とはいえ圧倒的にゴブリンやオークの方は圧倒的に数が多い。通常ならばまともに戦うのは無謀とも言える戦力差であったが、ヤーベの部下となった狼牙達は与えられたスライム細胞で強化されたローガを筆頭に狼牙一党が圧倒的な実力を持つように進化した。ローガの力がその一族にも流れ込むようなそんな強化状況にあった。

 

『ローガ殿!攪乱担当します!』

 

別動隊の敵を追っていたヒヨコたちが、敵の間を飛び回り攪乱して行く。

 

『集団から単独で逃げ出さない様に監視してくれ』

『了解!』

 

もはやゴブリンやオークは陣形を留めることも出来ず、ばらばらに蹴散らされていく。

切られ、焼かれ、凍らされ砕けて行く。

 

あっという間にゴブリン、オークの軍勢を殲滅したローガ達。

そこへやっとヒヨコ隊長たちが到着する。

 

『ローガ殿!』

『おお、ヒヨコ隊長。ご苦労さん。敵は殲滅してしまったぞ』

『しまった・・・遅かったか』

『何かあったか?』

『出立する時、ボスが後方のヒヨコに伝言を・・・』

『何!?何とおっしゃったのだ!』

『オークという魔物は比較的肉がうまい可能性が高く、出来れば形を残して仕留めるように、との事でした』

『なんだと!?』

 

ローガが立ち上がり、目の前の状況を確認する。

 

『これは・・・手遅れ・・・か』

 

ローガがうなだれる。

ヒヨコ隊長は全力で飛んで来たにも関わらず間に合わなかったことにがっくりと翼を落とした。

 




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閑話4 ギルドマスターの葛藤 前編

はあ~

また、溜息が出ちまった。

先日ヤーベとかいうバケモノがギルドに登録して行った。

それ以来現れないので、最近はちょっと落ち着いて体調も戻って来た。

ヤーベが帰った直後は小便が近かったり、鼻血が出やすかったがそれも解消されてきた。

最近は食欲も戻って来て昼飯がうまいってもんだ。

 

今も手が離せなかったので、副ギルドマスターのサリーナに屋台へ買い出しに行ってもらっている。

最近屋台で流行り出した食べ物がすごいウマイんだ!

「ワイルドボアのスラ・スタイル」って料理なんだが、これが食べやすくてウマイんだ。

ワイルドボアのジューシーな腿肉に新鮮なキャベキャベの千切りとトマトマのスライスを柔らかいパンに挟んでタレをかけたものだ。

一つあたりは片手で持ってかぶりついて食べられる程度の大きさだ。俺の腹からすると五個くらいはペロリと食べられるな。

この挟んでいっぺんに食べる食べ方をスラ・スタイルと呼ぶらしい。

ワイルドボアの他にジャイアントバイパーやサンドリザード、オークの肉を挟んだスラ・スタイルも販売してるみたいだしな。

 

だが!このスラ・スタイルよりも俺のお気に入りがあるんだ。

それが「アースバードの唐揚げ」だ!

この唐揚げなる食べ物、あまりに画期的だった。大量の油の中で揚げる、なかなかに高価な料理なんだが、一度に結構な量の調理が出来るらしく、屋台でもじゃんじゃん揚げていた。

もうすでに各屋台でアースバードの唐揚げにかけるタレの違いをアピールしているようだ。尤も俺は何もかけないシンプルな唐揚げが一番好きだ。

聞いた話によると油は何度も使用すると劣化するらしいので、一日使ったら処分して新しい油にするのがうまい唐揚げを作る秘訣

らしい。

調理自体は簡単なので、屋台だけではなく食事処でもおかずとして人気が出ていたり、居酒屋ではおつまみメニューとして大人気らしい。

 

代官のナイセーも先日屋台街を視察して、相当な盛り上がりに経済活性化に期待できると言ってたしな。

まあ、難しい事はナイセーに任せて、俺は唐揚げが山盛り食べられれば十分だ。なんなら三食すべて唐揚げでもいい。

 

 

ああ、イカンイカン。今はランデルと話している途中だった。

ランデルはギルドが魔道具を製作依頼している錬金術師だ。

今まで毎年<調教師(テイマー)>用の「使役獣のペンダント」を十個発注、納入してもらっていた。だが、ここ二年は<調教師(テイマー)>の登録も無くペンダントの使用が無かった。他の町から来ることを考えて東西南北の各門に十個ずつ使役獣のペンダントを常備している。そしてこの冒険者ギルドにも二十個の常備がある。正直これ以上増やしても無駄だろう。そんなわけで錬金術師のランデルを呼び出して、今年以降は使役獣のペンダントを購入しない旨伝えていたわけだ。

 

「・・・何とかなりませんかね・・・」

 

「そうはいっても、もう二年も使用実績が無いしな。今の在庫品で十分だとギルド側としては判断した。悪いが今年から納品は不要だ」

 

「そうですか・・・」

 

ランデルは仕事の一つが切られたことに落ち込んでいるようだ。

ランデルは決して腕が悪いわけでも仕事料が高いわけでもない。

だが、ギルドの財源も有限だ。不要な事に予算を振り分けられない。

 

落ち込むランデルがギルドを出て行った後、入れ替わるようにしてサリーナが帰って来た。

 

「ギルドマスター、ご所望のワイルドボアのスラ・スライルとアースバードの唐揚げを買ってきましたよ」

 

優に五人前はありそうな量をテーブルの上に置くサリーナ。

お茶まで用意してくれるのはさすがだな、ありがたい。

 

「少し食べ過ぎでは? スラ・スタイルには多少野菜が含まれていますが、唐揚げはお肉の塊ですし、脂っこいでしょうから食生活のバランスがイマイチだと思いますよ?」

 

「まあまあ、野菜は今度取るとして、今はアースバードの唐揚げだな!」

 

まるで母親のような忠告をくれるサリーナの苦言をスルーして、ホクホクと唐揚げを頬張りながらサリーナが用意してくれたお茶を飲む。

 

「大変です、ギルドマスター! 西門に狼牙が大量に現れ、街道から少し離れた場所に一列に整然とお座りしているとの連絡がありました!」

 

「ブフォッ!」

 

「キャッ!」

 

思わず口の中のお茶と唐揚げを噴いてしまう。

 

「ゲホッ!ゴホッ! な、なんだと!」

 

狼牙が大量に整然と並んで・・・って、ヤツの仕業以外に考えられねーだろうがぁぁぁ!!

 

「ギルドマスター、どうしますか?」

 

「すまんサリーナ。お前西門に出向いて様子を見て来てくれるか?」

 

「わかりました」

 

そう言ってギルドを出て行くサリーナ。

・・・ったく、何考えてんだ、アイツ。

 

 

 

 

 

人心地つけて、食事を再開したのだが・・・

 

「ギルドマスター、大変です!」

 

別の職員がまた部屋に駆け込んで来る。

 

「今度は何だ!」

 

「西門の衛兵が来て、使役獣の証明のためのペンダントが二十一個足りないので至急追加分を西門まで届けて欲しいとの事です」

 

「・・・あっ!」

 

しまったーーーーーーーー!!

あのヤロー、大魔導士なんて書いてあったが、<調教師>テイマーでもあったんだ。そういや狼牙族六十匹だったか・・・。ランデルに使役獣のペンダントいらねぇって言っちまったよ・・・。何で気が付かなかったんだ俺! さっきランデルにもういらねーとか言っちまった俺をぶん殴りてぇ。

 

「頭痛ェ・・・、ん? 何で二十一個だ?」

 

「何でも、西門に常備してあった十個では足らず、各門の十個を回収に行かせ、これで合計四十個集まるらしいのですが、使役獣が合計六十一匹のため、まだ二十一個足りずギルドのストックを頂きたいとのことです」

 

「何で一匹増えてんだぁぁぁぁぁぁ!!」

 

ぎょっとする職員。だが仕方ねえだろ。

この前のギルド登録申込書には狼牙族六十匹と確かに書いてあった。いつの間に一匹増やしてんだよ!

 

「で、ギルドマスター、どうしましょう?」

 

「在庫から出して持ってけ・・・あ! 一個足りねーぞ!」

 

「ええっ!?」

 

「ええいっ! いいからとりあえず在庫の二十個を衛兵に引き渡せ!」

 

「わかりました!」

 

「それから、さっき帰った錬金術師のランドルを再度ギルドへ呼んでくれ。大至急だ!」

 

「は、はははい!」

 

職員が部屋を飛び出していく。

 

 

 

 

 

「お呼びと聞きましたが・・・?」

 

錬金術師のランデルが再度やって来た。

 

「わざわざ戻ってもらってすまないな。緊急事態だ。特殊な<調教師(テイマー)>が現れてな。大至急使役獣のペンダントを一つ製作して納品してくれないか・・・」

 

「はっ?」

 

先ほどもういらないと言われてギルドから帰ったのに、もう一度呼ばれて、今度はすぐ一つ作れと言われたんだ。すぐに理解できなかったか。

 

「マジで急いでるんだ。一個でいいから完成したら西門にすぐ届けてくれないか?」

 

「ええっ? 先ほどもう使役獣のペンダントは不要だと言う話だったのでは?」

 

「だから、特殊な<調教師(テイマー)>が急に来たんだよ!」

 

「今すぐですよね・・・? 特急料金になりますが」

 

「ぐ・・・仕方ねぇ」

 

足元見られてるような気がしないでもないが、特急で対応が必要な事は事実だ。

 

「わかりました。それではすぐに取り掛かります。一つだけならそれほど時間はかからないと思いますので、完成したらすぐ西門まで届けますよ」

 

「ああ、頼む」

 

「それから、毎年十個納品させて頂いていました使役獣のペンダントはどうしますか?」

 

少々ニヤッとした表情で聞いてくるランデル。

 

「・・・予定通り納品を頼む」

 

「毎度ありがとうございます。それではとにかくすぐ一つ作って届けてきますね」

 

そう言っていそいそとギルドを出て行くランデル。

 

「くっそー、これでまたギルドの予算見直しだ・・・」

 

俺は頭を抱えた。

 




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閑話5 ギルドマスターの葛藤 中編

「やっほー、お久~」

 

「お久じゃねーよ! どんだけ使役獣連れて来てるんだよ!」

 

副ギルドマスターのサリーナを西門にやってしばらく、ヤーベの六十一匹の使役獣登録が終わったと報告を受けた。ヤーベも来ているとのことで部屋に入るよう告げたのだが、入ってすぐのセリフがこれだ。

こいつ、本当にふざけてやがる。

挙句、使役獣のペンダントをたっぷり用意しておけだと!

ギルドの予算は厳しいっての!

 

そういや、まだ食事の途中だったな。ヤーベの野郎、テーブルの上にあるスラ・スタイルや唐揚げに興味津々と言ったところか。どれ、一つ俺様が解説してやるか。

 

「田舎モンのお前さんにゃ初めて見る食べ物かもしれねーけどな。ワイルドボアのスラ・スタイルって料理と、アースバードの唐揚げって食べ物だ。今この町で大流行り何だぜ。王都でも流行る事間違いなしって人気の食べ物さ」

 

はっはっは、ヤーベのような田舎モンにゃあ、食べたことない料理だろうさ!

食べたくてもやらんぞ!俺のメシだからな!

 

「これはヤーベ殿が考案した料理ではないか。カソの村の開村祭で振る舞った時の」

 

「ブフォッ!」

 

なんだと!?

 

「おわっ!汚い!」

 

「ギルドマスター、大丈夫ですか?」

 

サリーナがテーブルを拭いてお茶をくれる。本当にサリーナを副ギルドマスターに抜擢してよかった。それにしても・・・。

 

「お、お前が考えたのか!?」

 

「まあなんだ、そうなるかな・・・」

 

若干遠い目をして語るヤーベ。それを横で見ているイリーナ嬢。

なんだよ、訳ありか?

とんでもねー魔力の持ち主だと思ったら、料理も出来るのかよ。

 

「まあ、そのおかげでこの町の屋台街も盛り上がってる。経済的にもいい影響が期待できるってナイセーも言っていたしな。その事は素直に感謝したいところだ。特に俺はこのアースバードの唐揚げにめちゃくちゃハマっていてな・・・これホントにうまいよな」

 

唐揚げを口に入れる。外側のカリッとした触感に対して中の肉のジューシーな事と言ったら!ヤーベは気にくわないことが多いが、このアースバードの唐揚げだけは褒めてやってもいい。

 

「役に立つことが出来て何よりだよ」

 

こーいうトコ、良い奴っぽいんだよな、ヤーベってやつは。

裏表なく、シンプルに人が喜んでくれることを喜べる奴ってのは間違いなく良い奴なんだ。

 

「それで? 今日は使役獣の自慢にでも来たのか?」

 

「ああ、そう言えばこの町の北にある迷宮で<迷宮氾濫(スタンピード)>寸前って情報が入ったんでね。ゾリアに相談に来たんだけど」

 

はっ? コイツ、今何て言った・・・?

迷宮氾濫(スタンピード)>・・・?

 

「・・・・・・早く言えーーーーーーーーーーーー!!!!」

 

迷宮氾濫(スタンピード)>だとっ! 冗談じゃねぇ!

過去300年以上記録が残っている限り<迷宮氾濫(スタンピード)>は一度もない。

このタイミングでか!

 

「ス、ス、<迷宮氾濫(スタンピード)>だとぉ! 本気なのか!ホントなのか!事実なのか!」

 

「いや、落ち着けよ。本気だし、本当だし、事実だけど」

 

「唐揚げの話してる場合じゃねーじゃねえか! サリーナ!そんな情報入っているか!?」

 

「いえ、まだギルドには何も・・・」

 

ヤーベの話では使役獣にいるヒヨコたちの情報収集からってことだが、かなりの広範囲から情報を収集できるみてーだな。

それにしても<迷宮氾濫(スタンピード)>か・・・、事実であればとんでもないことになるな。

 

「ギルドマスター、緊急発令を掛けますか?」

 

副ギルドマスターのサリーナが心配そうな顔で聞いてくる。

だが、ヤーベの報告だけで事を進めるわけにはいかん。

俺たちも自分の情報網で確認をしなければ。

 

「いや、まだ情報が足りん。ヤーベが嘘を言っているとは思わんが、ギルドも情報が欲しい。職員を迷宮に大至急派遣してくれ。それから衛兵詰め所に行って、迷宮管理担当に現地管理の交代員を送るタイミングで情報を取る様に指示してくれ。<迷宮氾濫(スタンピード)>なんてことになれば、どれだけの被害が出るかわからん」

 

「わかりました」

 

「それから、指示を出したら、お前が直接代官邸に赴いて代官のナイセーに取り次いでもらって事情を説明して来てくれ。出来ればすぐにでもこちらで打ち合わせを行いたいと申し入れてくれ。それから、情報は統制しろ。変に伝わるとパニックになりかねん」

 

「了解しました。それではすぐに対応します」

 

こんな時でも冷静なサリーナ。本当に頼りになるぜ。

 

 

 

 

 

さて、<迷宮氾濫(スタンピード)>の情報をヤーベから引き出そうと会話を続ける。どれくらい余裕がありそうか聞いたら、ほとんどないとか言いやがる。なんでだよ!

 

大体、カソの村の村長のひいひいひいひいひい爺さんの知り合いでガーリー・クッソーさん(108)の書き残した資料って!何だよそれ!知らねーよ!

 

そのうちCランクパーティ<呪島の解放者>のケガ情報が入って来た。

そして迷宮にオーガが出たとの報告が入る。

 

「オーガ!」

 

「オーガってヤバイのか?」

 

ヤーベが聞いてくる。こいつは魔物の事なんも知らねーからな。

 

「単体でゴブリンがEランク、オークがDランクだが、オーガは単体でもCランクだ。これが複数出ると、それぞれワンランクアップの危険度になる」

 

・・・あれ? そういやヤーベが使役してるのって、Cランクモンスターの狼牙じゃなかったか?それが六十匹?いや、六十一匹か。あれれ、<迷宮氾濫(スタンピード)>で出てくる魔物の数にもよるが、ヤーベの軍団だけで結構迎撃行けるんじゃね?

 

「・・・あれ? そういや、狼牙たちはCランクって言われてたか?」

 

「・・・そうだな。狼牙は単体でもCランク認定だ。お前は軍団で率いているから、Bランク脅威認定だな」

 

「勝手に脅威認定しないでくれ」

 

「だが、今はこれほど力強い味方はいねーと思ってるよ」

 

今ほどヤーベがいてくれてよかったと思ったことはない。

何せ魔力五十三万の男だしな。

 

「どれほど期待に応えられるかはわからんがな」

 

いやいや、ヤーベよ、おんぶにだっこでお前の力を借りるとしよう!

 

 

そして協議は代官のナイセーも交えて進んでいく。

俺は町の外壁を使った防御を提案するが、ナイセー殿が渋い顔をする。そりゃそうだよな、町の外壁で防御するのは、もはや背水の陣だからな。失敗は許されない。

どうせならヤーベが突撃して俺TUEEEEで魔物を蹴散らしてくれると最高何だが・・・。

 

議論を進めていると、ギルド内でなにやらざわざわしている。。

 

俺はサリーナと顔を見合わせる。

 

トントン

 

扉がノックされた。

 

「はい」

 

サリーナが首を傾げながら扉を開けると、

そこには頭にヒヨコを乗せた狼牙がいた。

コイツ、狼牙にしてはデカくないか?

 

「おいおい、ギルド内に使役獣を入れるのは禁止されているんだがな」

 

「そうなんです、ローガちゃん。建物内には入ってはだめなのですよ・・・」

 

そう言いながら跪いて巨大な狼牙の首に手を回しふさふさの毛に埋めるサリーナ。

だ、大丈夫か?

 

「こ、これが使役獣の狼牙? なんと立派な・・・」

 

代官のナイセーも初めて見る巨大な狼牙に驚いている。

もしかして、この狼牙Cランクどころの騒ぎじゃないんじゃないか?

 

ヤーベと狼牙とヒヨコは何か意思疎通しているようだ。

調教師(テイマー)>ってすげえな。ちょっと羨ましいぜ。

 

あれ?なんかヤーベがびっくりしてないか?

 

「どうした!」

「何があったのです?」

 

「<迷宮氾濫(スタンピード)>が始まって、迷宮から魔物が溢れ出たって」

 

「「えええーーーーーーー!!」」

 

もう!?もうなのか!早すぎない!?ねえ!

こーなったら、もう、ヤーベよ!

その力、全力で貸してくれ!

 




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閑話6 ギルドマスターの葛藤 後編

あっさり<迷宮氾濫(スタンピード)>が発生したとか言いやがる!

こっちの準備全く整ってねーよ!

 

しかも、規模が・・・

 

「いっ、一万!」

 

さすがにヤーベの声も裏返るほどの驚き。

迷宮氾濫(スタンピード)>の規模が一万だと・・・!?

国難の災害レベルじゃねーのか!?それは。

しかも真っ直ぐここへ向かって来ると言う。

悪夢以外の何物でもねーな。

 

俺とナイセーは防御に回せる人員の確認と打ち合わせを進めて行く。

くそ・・・これほどの規模の災害に対応できる冒険者グループなんぞ存在しちゃいねーっての!

 

そこへ、衛兵が飛び込んでくる。

 

「め、迷宮の魔物が氾濫しました!」

 

衛兵の報告が入るが、俺たちゃヤーベからの情報ですでに知っているからな。

<迷宮氾濫>スタンピードの事実は認識済だ。

 

「それで、規模は?」

 

代官のナイセーが必要情報の確認を行う。

 

「そ、それが・・・いきなり迷宮から魔物が溢れ出し、大量に真っ直ぐこちらに向かって来ましたので、正確な規模は・・・」

 

あたふたと答える衛兵。

 

「あなた以外で規模の確認を行っている者は?」

 

「交代員と詰めていた者が私を含めて六人おりましたが、私はこの氾濫の情報をいち早くお伝えすべく戻ってまいりましたので・・・」

 

あーあ、使えねーな・・・いや、ヤーベの情報が的確で速すぎるだけだな。

一万もの魔物が溢れりゃ腰抜かしてダッシュで逃げて来るだけでも精一杯かもな。

 

「とりあえず間に合わなくても王都に救援を・・・」

 

ナイセーの言葉を遮り、ヤーベが立ち上がる。

提案があるとか言いやがったから聞いて見たら、なんと自分の手勢だけで打って出るって言いやがった。正気か?コイツは!

 

だが、その後自分の能力を隠したいなど、いろいろと条件や要望を言ってやがったが、魔物は跡形も無く殲滅するって言い切りやがった。その上で仕留めた結果を報告しない、自分の名誉はいらないって言いやがったぞ、コイツ。

信じられねえ。これだけの規模の災害を食い止めりゃ、どう考えても死ぬほどの褒美が出るだろ、それも国王からな。下手すりゃ叙爵だってありうるかもしれねえ。Sランク冒険者への道だってある。なのにそれらを全て放棄したうえで、町のために敵に立ち向かうっていう。なんなんだ、コイツ!俺を泣かせてーのかよ?チクショー!

 

ナイセーに言われ、敵を壊滅させた確認を俺がとる事になった。

出撃するヤーベに並んで俺も町を出る。

 

「で、ホントのトコどーなのよ? どうやって敵を殲滅するつもりなんだ? 跡形も無く・・・さ」

 

探りを入れるもヤーベからの回答は無し。

さすがに手の内は簡単に明かさねーか。

 

さっきから何度かヒヨコが飛んで来てはヤーベに報告している。どうも敵の位置を逐一報告に来ているようだ。隣のイリーナ嬢はだいぶ緊張しているのか表情が硬いな。

 

だが、進軍を開始してしばらく、緊急のヒヨコの連絡が来たようだ。

雰囲気がピリピリし出した。

 

「なんだと!!」

 

ヤーベがいきなり叫ぶ。

 

「どうした、ヤーベ」

 

あまりにヤバそうな雰囲気だが、聞く以外にない。

 

「魔物の一部・・・ゴブリンとオークが進軍方向を変えてカソの村に直接向かったらしい。その数約二千!!」

 

「な、なんだと・・・!」

 

そいつはマズイ!

カソの村はさらに辺境の村だ。柵すら町を覆えていない。

 

その時、魔力の塊が溢れ出した気がした。

 

 

 

ドスッッッ!

 

 

 

ヤーベが魔導士の杖をものすごい勢いで地面に突き刺す。

杖を中心に魔力が渦巻くようだ。

 

「ローガよ」

 

いつもよりヤーベの声にドスが効いている。

飄々とした感じは完全に失せ、使役獣の狼牙達に指示を出した。

え・・・?全員行っちゃうの?ねえ!マジで?全匹カソの村に行っちゃうわけ?ホント?

 

その後、何を聞いても「そうだな」としか言わないヤーベ。

 

「・・・おまーふっざけんなよ! 使役獣全部他へやっちまってお前だけじゃねーか!どーすんだ?どーすんのよ!死んじまう!死んじまうぞ!」

 

俺はキレた。

 

ところが、ヤーベは落ち着いた様子で四大精霊を呼び出す。

ナルホド!精霊たちがいたから落ち着いていたのか!

それにしても、精霊たちと和気藹々な感じだけど、八千もの魔物がこっちに向かってきてるんだよな?

 

「まあ、何とかするけど。ちょっと派手な能力を使う。ゾリアが俺を見て何を思うかはわからんが、町を守るためにはこれしかない」

 

「・・・何をするんだ?」

 

「ちょっと能力で大幅に姿が変わる。だいぶ気持ち悪くなるかもしれん」

 

ヤーベは若干硬い声で言った。

敵に緊張しているというより、自分の能力に緊張している感じだな。

ここはひとつ俺様がほぐしてやらねば!

 

「ヤーベ、心配するな。お前がどんな姿になろうと、俺たちは友達だ。永遠にな!」

 

いつお前と友達になったよ、みたいな目で見るなよヤーベ。尤もローブの奥の表情は変わらんが、その雰囲気はわかるぞ。

お前友達いなさそうだからな、俺がなってやるぞ、たとえお前がどんな風になってもな!

 

精霊の力を借りて準備を進めて行くヤーベ。

よく考えたら、精霊魔法を操る奴って、ほとんどいないよな。魔術師とか神官はいるけど。

 

そしてヤーベがその能力を開放した。

 

「変身!スライムボディエクストラ!」

 

ローブを脱ぎ去ったヤーベ。

何だか緑色の塊みたいな体だ。どうなってる?

まるで魔物のような体にも見えなくない。

それとも魔力の塊みたいな状態なら、精霊なのか・・・?

 

「全開!魔力(ぐるぐる)エネルギー! スライム細胞よ、増殖せよ!」

 

ムリムリムリムリッ!

 

ヤーベの体から触手のような腕が伸びる。

その伸ばした触手がまるでマッチョな男の太腕のようにボコボコと膨らんだかと思うと、ヤーベ本体よりも大きくなっていく。

そしてヤーベの作った壁の前に巨大な触手が陣取る。

ちょっと友達宣言した事を後悔しかかった。

 

そしてヤーベが呟く。

 

「触れたものを取り込み、消化せよ」

 

そして魔物の第一陣が突撃してくる。

ゴブリンの大群だ。

 

「ギョエェェェッ!」

 

至る所で叫び声が溢れる。次々とヤーベが準備した巨大触手に取り込まれていくゴブリンたち。

取り込まれて大きくなった巨大触手が後ろから押し寄せる新たなゴブリンたちを次々飲み込んで消化してゆく。

 

「こ、これは・・・。だから、直線的に向かって来るなら策がある・・・と言ったのか」

 

俺は目の前の光景が現実のものか判断するのに時間がかかった。

後ろからどんどん猪突猛進してくるゴブリンたち。次々と突撃して巨大触手にぶつかって取り込まれてゆく。

だが、この策があるからこそ、自分一人で約八千もの敵を受け持ったのか。

どんな能力なのか全く分からないが、あの触手はゴブリンやオークが触れるたびに取り込まれ溶かされていく。

 

「ヤベェ・・・このまま八千もの魔物を完封するのか? ありがてぇがナイセーになんて説明すりゃいいんだ?」

 

あいつTUEEEEEE!!

 

マジで無双してんじゃねーか!

どんなSランクの冒険者でも魔物を八千体も一人で倒すって、どんな小説ネタだよ!

何の能力だよ、コレ!

ちょっと詳しく説明してくれませんかねぇ!

 

 

ドオンッ!

 

 

なんだっ!? と思ったらオーガとトロールの群れが襲い掛かって来ていた。とんでもねえ迫力だな!

 

「チッ!圧がすごいな! みんな!下がれ!」

 

ヤーベが指示を出す。

吸収しきれずにその後ろに次の部隊が押し寄せてくる。

ヤーベの作った土壁が軋むほど押される。

全くもってトラウマ間違いなしの情景だ。

だが、このままでは押し切られてしまうぞ!

その時だった。

 

「さらに倍!」

 

ヤーベのコントロールする巨大触手が一気に二倍に膨れ上がる。

 

一気に倍になった巨大触手は縦に飛び掛かる様に第二陣、第三陣のオーガ、トロールの上空から降り注ぐ様に包み込んでいく。

そして<迷宮氾濫(スタンピード)>の魔物は一匹残らず吸収され尽くした。

 

「ははは・・・、やった、やっちまったよ。八千もの魔物を完封だぜ!こっちは被害ゼロだ。チクショー、こんなのSランク冒険者でもできやしねぇぜ!数の暴力ってな、どうにもならん時も実際はあるもんなのに・・・、ヤーベ、おめぇすごすぎっぞ!」

 

「ゾリア、落ち着け。言葉遣いが戦闘民族みたいになってるぞ」

 

「おおっ? 変だったか?」

 

自分が興奮しすぎてどんな口調かわかんねえ位だぜ。コンチクショー。

これで町が<迷宮氾濫(スタンピード)>から救われたんだ。ただの一人も犠牲を出すことなくな!誰がなんと言おうと、ヤーベはソレナリーニの町の救世主だ!英雄だ!

 

「ああ、とにかく落ち着け。これで<迷宮氾濫(スタンピード)>の対応も完了だ。後はゆっくりナイセーと上への報告を頑張ってくれ」

 

「ああ、それがあったか・・・」

 

気分が落ち込む。メンドクサイったらないぜ。

大体、こんな話、ナイセーにしても信じねーだろうな・・・。

 

「いや、どっちかってーと、お前の仕事はそれが本番のはずだが?」

 

「いや、お前、こんなすげーもん見せられて、何の説明も出来ねーんだぞ!? 本当に英雄にならなくていいのかよ? Sランク冒険者への推薦だって夢じゃねーぞ?」

 

どう考えたって、英雄として評価を受けて巨額の報酬貰った方がいいと思うんだががなぁ。

 

「いや、そんなメンドーな立場はいらん。今後ともFランクでよろしく」

 

「こんなFランクがいるか!」

 

どんな詐欺だよ!

八千もの魔物を完封するFランク冒険者とか聞いたことないわ!

てか、八千の魔物を完封すること自体聞いたことねーけどな!

 

「なんと言われようと上げる気はない。試験も受けないぞ」

 

「ギルドマスター権限で上げてやるわ!ふはははは!」

 

「悪の総督みたいに笑ってんじゃねーよ!」

 

何と言われようとヤーベはFランクなんぞに置いとけるか!

勝手にランク上げといてやる!

 

そのうち精霊に何か言われたヤーベは巨大触手を自分の体に引き戻す。

・・・そしてヤーベは巨大化した。

どーなってんだぁぁぁぁぁ!!

ゆうに三メートルはあるぞ!

 

わたわたしている間にシュルシュルと小さくなって、元の大きさに戻った。

そしてイリーナ嬢が抱きついて泣いている。

まあなんだ、とりあえず元の大きさに戻ってくれてよかったよ。

三メートルもあるとギルドの建屋に入れねーよ・・・そんなレベルの話じゃないか。

 

「ねえねえ、ヤーベ? ローガ達が心配だし、そろそろカソの村へ様子を見に行った方がいいんじゃない?」

 

精霊の一人がヤーベに言う。

そうか、こっちが片付いてもまだ、カソの村に向かった一団がいたか。

 

「よし、カソの村へ行こうか」

 

ヤーベが宣言する。

よし、こっちもついてくぜ!

 

「イリーナ、掴まれ」

「わかった!」

 

なんだか緑の塊になったヤーベの頭あたりを抱きしめる様に掴まるイリーナ嬢。

その背中を触手みたいなもので支える。

 

「シルフィー、力を貸してくれ」

「うん!お兄ちゃん任せて!」

 

高速飛翔(フライハイ)

 

ドギュン!

 

ヤーベが浮き上がったかと思うと、一瞬にして豆粒の様に小さくなっていく。

速ぇ!

 

・・・あ。

 

「待ってくれ~!」

 

俺は慌てて馬に乗ると追いかけた。

 




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第42話 迷宮氾濫の後片付けをしよう

高速飛翔(フライ・ハイ)>の精霊魔法で空中を超高速で移動する俺。

 

「アバババババッ!」

 

「ヤーベ、待って待って!」

 

精霊たちが追い付いてくる。

ん? どうした?

 

「お兄ちゃん早すぎ~」

 

やっと追いついて来たウィンティアが文句を言う。

 

「お兄様、魔力が凄すぎます~」

 

シルフィーよ、お兄さんからお兄様にランクアップしているぞ。

 

「あらあら~イリーナちゃんが死んでいるわ~」

 

「アババババ~」

 

おうっ!移動が速すぎてイリーナが耐えられなかったみたいだ。

ベルヒアねーさん、イリーナは死んでません。死にかけているだけです。

 

「イリーナ!イリーナ!大丈夫か?」

 

と言って右触手でイリーナを往復ビンタする。

 

「はぶぶっ!」

 

「おお、イリーナ目が覚めたか」

 

「何気にヒデーな、ヤーベの奴・・・」

 

フレイアが若干引いていた。

 

「じゃあ、イリーナも目が覚めたことだし、少し速度を落として飛んでいこう」

 

「ヤ~ベ~、お手柔らかに頼むにゃ」

 

へろへろになったイリーナがへろへろな返事をする。

 

「さあ出発だ」

 

俺たちは再びローガ達の救援に向かった。

 

 

 

さて、カソの村の近くに着いたのだが・・・

ズラリと並ぶローガ達狼牙族一党の土下座?というか、伏せてると言うか・・・、どした?

 

『ボス・・・! 今さら顔を合わす面目もございませんが・・・』

 

ローガが顔だけ上げて話し出す。

よく見れば、魔物は完全に殲滅されているな。

バラバラ、焼け焦げ、凍結破砕。ウン、四天王の三頭がやりまくったね、コレ。

その他引き裂かれている魔物も多い。その他狼牙達も十分に活躍したようだな。

これを見る限りローガとガルボはただ見てただけだな。

 

ヒヨコたちも居たし、戦力過剰だったか・・・って、なぜヒヨコたちも土下座、というか、翼が三つ指ついたどこかの女将みたいにひれ伏してるの?

 

『ボスがヒヨコたちに伝えたご指示・・・オークの肉確保のため、出来る限り良い状態で仕留めるようにとのことでしたが・・・』

 

ローガが話しながら落ち込む。

 

『申し訳ございません、ご指示を頂いたヒヨコがローガ殿達の戦闘開始までに間に合わず、ご指示を伝達することが出来ませんでした』

 

ヒヨコ隊長が説明する。

ああ、そういう事ね。

飛び立つヒヨコに伝えたな。

オークという魔物は結構ラノベの中でも豚肉のような感じでおいしいという設定が多かった。ならば食べてみたいと思うのも人(?)情というもの。

それにソレナリーニの町のオーク煮込みはうまかった。ならば焼いてステーキにしたりオーク肉で唐揚げを作ったりとおいしい料理も試したい。それにうまいならばギルドでの買取もいい値が付きそうだ。そう思って出来る限り肉がよい状態で仕留めてもらいたかったのだが・・・。

まあ、なんだ。大半が無残な状態だな。

ローガ達は気合入っていたし、ヒヨコが到着した時にはすでに殲滅完了!というわけか。

 

『ボスのご期待に添えず、このローガひと思いに腹掻っ捌いて・・・』

 

と言って急に立ち上がるローガ。

 

「アホかっ!」

 

そう言って触手でローガの頭をひっぱたく。

 

「グワッ!」

 

地面に突っ伏すローガ。

 

「まったくどこでそんなネタ覚えて来るかね。どんな時でもローガ達が死んだりしたら俺が悲しいでしょ! 俺を悲しませることがお前たちの責任の取り方か!?」

 

『は、ははーっ!』

 

土下座というか、伏せの状態がより厳しくなって土下寝みたいになってるぞ。

 

『ボスのお心を汲めずただただ恥じるばかりでございます!』

 

「ローガ、お前固いって。だいだい今回の任務はカソの村を守るために敵を殲滅する事が目的だった。出来れば、の希望が伝わらなかったことで対応できなかったとしても、それがどうということはない」

 

何でもないと言った感じで伝えてみる。

ローガって、結構真面目過ぎるんだよね。もっと気楽にやってもらっていいのに。その辺はガルボを見習ってもらってもいいくらいだ。・・・ガルボはもう少し真面目でもいい。

 

『ボス・・・!』

 

涙を流して感動しているローガ。だから固いって。

ヒヨコ隊長たちもホッと胸をなでおろしている。

う~ん、今度から指令も気を付けないと、コイツら本当に真面目でいい奴だな。

 

それにしても、なかなかに凄惨だ。焦げ臭いし、ばらばらで血の匂いも酷いね。とりあえずこの魔物たちを<迷宮氾濫>スタンピード対処完了の報告に使おう。2000くらいいれば、まあそれなりの形として報告出来るだろう。

そんなわけで俺様は得意の亜空間圧縮収納へ魔物を放り込んでいく。うん、四天王の3匹の倒した奴は厳しいが、普通の狼牙達が倒したオークは十分形が残ってはいる。

解体して肉だけもらおう。

 

 

 

さて、収納し終わったので、カソの村へ連絡に行こう。

 

「おーい、村長元気?」

 

「おおっ!精霊様ではないですか」

 

「いえ、違います」

 

「まあまあ、ところで、村に来られたと言うことはもしかして?」

 

「うん、<迷宮氾濫(スタンピード)>の魔物は全て殲滅したから、もう大丈夫」

 

「おお!さすが精霊様でございます!」

 

「いえ、違います」

 

「これで村は救われました! 早速祝勝会の準備をせねば!」

 

いそいそと村の奥へ準備に向かおうとする村長。

 

「村長すまないね。これからソレナリーニの町の代官に<迷宮氾濫(スタンピード)>の魔物殲滅の報告をしに行かなくてはいけなくてね。祝勝会には参加できそうもない。村の人たちだけでゆっくりしてくれ」

 

「なんと、それは残念ですが、<迷宮氾濫(スタンピード)>の魔物討伐完了報告となれば、急いでおられるでしょうな。お引止めしますまい。ぜひまたの機会にお寄りくださいませ」

 

「そうさせてもらうよ。それでは、また」

 

そう言ってローガにまたがり、ソレナリーニの町に出発した。

 

 

・・・・・・

 

 

「何ですと! もう<迷宮氾濫(スタンピード)>の魔物をすべて討伐してきたというのですか・・・!」

 

ソレナリーニの町冒険者ギルド。そのギルドマスター室で待っていた代官のナイセーは俺の報告に驚いた。

 

「まあ、移動スピードが速いからね、俺」

 

通常ならカソの村まで歩いて1~2日。しかも総計一万もの魔物と戦闘して殲滅させてきて、今は夕方。ちなみに出発は昼過ぎだったからな。いかにスピーディに済ませて来たか、いい仕事が出来たと自負しよう。

 

「それで、ギルドマスターのゾリアは・・・?」

 

「あ」

 

「・・・その反応は?」

 

「どっかにおいて来たな」

 

はっはっはと笑う俺。笑い事じゃないか。

 

「ただ、八千の魔物を仕留めるところは確認してもらった。実は一万の魔物の内、約二千がカソの村に直接向かったという報告が入ったのでな。カソの村を守るためにローガ達を先行でカソの村防衛に送ったんだ。俺が八千の魔物を仕留めて即ローガ達の救援に向かったから、その時にゾリアが遅れたんだろう」

 

「で、カソの村ももちろん無事なんですよね?」

 

代官のナイセーは確認してくる。

 

「もちろんだ。村に近づく前にローガ達が殲滅したよ。そっちは死体を回収してある。裏の倉庫に出すか?<迷宮氾濫(スタンピード)>の魔物の証拠になるだろう」

 

「ぜひお願いします」

 

そうしてギルド裏の解体倉庫にやって来た。

 

「お願いします」

 

代官のナイセーの指示に従い、ゴブリンとオークの死体を出して行く。

バラバラ、焼け焦げ、凍結破砕した死体が大半で数が数えにくい。

 

「まあ、数のチェックと解体はギルドに任せるよ」

 

「・・・はい」

 

ギルド職員も数と状態に開いた口が塞がらないといった感じだったが、なんとか返事だけはした。

 

そこへギルドマスターのゾリアが帰って来た。

 

「おうヤーベ、置いて行くなんてヒデーじゃねぇか」

 

文句を言ってくるゾリア。

 

「いや、お前を待っていてカソの村救援が間に合わなかったら本末転倒だろうが」

 

「そりゃそうだが、出来ればそう言ってくれよ。少し追いかけたが全く追いつけないだろうなと思ったし、カソの村救援だろうと分かったから先にギルドに帰って待つかと思ったんだが・・・なんでお前の方が先なんだよ!」

 

「はっはっは、遅いぞゾリア」

 

「おまーふざけんなよ!大体、また北門の外に狼牙達を並べて待たせてるだろ! きちんと並んでお座りしている狼牙達を衛兵たちがモフッてたろーが!」

 

「いや、また全員で町中を行進するのもどうかと思ってな。町の外に待機させたんだが」

 

「なんだか異常に人気になってたぞ・・・」

 

「おっ!そうか、あまり人にびっくりされると狼牙達もヘコむからな。喜んで貰ってるなら何よりだが」

 

「衛兵たちが率先してモフ・・・コミュニケーションしてるから、門を通る商人や旅人にも狼牙が怖くないように見えてみんなに撫でられてたぞ」

 

「そうか~、いい人が多いんだな、この町は」

 

狼牙達が怯えられてなくて何よりだな。

 

「それで、このばらばらだったり、黒焦げだったり、粉々の氷みたいになってるのがカソの村を襲った<迷宮氾濫(スタンピード)>の魔物か?」

 

「そうだよ」

 

「じゃあ、これで完璧に<迷宮氾濫(スタンピード)>対処完了だな!」

 

「そうだな。そう考えていいだろう」

 

「守られたのですね・・・この町は」

 

「ああ、ヤーベのおかげでな」

 

ナイセーとゾリアは俺に笑顔を向けた。

うむ、良い事をした後は気持ちがいいな。

早速ローガ達やヒヨコ隊長のために屋台街で食い物を買い占めるとするか!

 




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第43話 ハーレ・・・奴隷制度について聞いてみよう

ナイセーが報奨金を準備してくれるとのことで、先に夕方暮れなずむ町に繰り出し、屋台で買い占めることにした。

と言っても夕暮れなので、全部買い占めると生活している人たちにも影響が出てしまうだろう。そのため、各屋台から少しずつ全種類買うとしよう。

 

・・・え、金持ってるのかって?

 

モチのロンですよ~、先日狩った魔物の半分を買い取りに出して報酬を受け取った際にもう半分も買い取りに出していたのですよ!

前回最初に稼いだお金は屋台の食事を買い占めるのにほとんど使っちゃったけど、

そんなわけで、預けていたもう半分の報酬を受け取って軍資金として屋台へ繰り出すとしよう。

 

街へ入る前にローブ姿に戻った俺だが、魔導士の杖は出し忘れていたな。

亜空間圧縮収納から魔導士の杖を取り出す。

うん、これで大魔導士ヤーベの誕生だ。

 

「おお、ダンナ!久しぶりだな!」

「ダンナダンナ!今日も買い占めか?」

「よっ!御大臣!」

 

屋台の親父達が次々と声を掛けてくる。

 

「いやいや、この時間に買い占めたら町のみんなから恨まれてしまうよ。そうだな、各屋台とも十人前ずつ頼むよ」

 

「「「「「あいよー!」」」」」

 

『ぬおおっ! これは素晴らしい匂いがしますな!』

『ヒヨコ的にはあの肉を炭火で焼いた串焼きが希望ですぞ!』

 

ローガにヒヨコ隊長も俺と初めて買い物する屋台にテンションが上がっているようだ。

 

 

「おっと親父、ちょっと悪いんだが、串焼きはもう十人前ずつ頼むよ」

 

「「「あいよー!!」」」

 

串焼き系の親父達が勢いよく返事をする。

 

「ダンナ~、そりゃ殺生な」

 

オークの煮込み屋の親父が苦笑しながらこっちを見る。

 

「なんだ、俺がさらに十人前買ったら、屋台を贔屓にしている地元民に恨まれたりしないか?」

 

あはーん、みたいな感じで怪しい外国人風に肩を仰々しくすぼめ、両手を上に向ける。

 

「何言ってんだいダンナ!ダンナにたっぷり食べてもらおうと、みんなこの前から仕込みには気合を入れてるんだ。ダンナ達の使役獣にだって腹いっぱい食べてもらっても屋台が空にはならねーくらい気合が入ってるぜ!なあみんな!」

 

「「「「「おお!!」」」」」

 

「わかったわかった!親父達には参ったよ。みんな後十人前頼むぞ!」

 

「「「「「おお!さすがダンナ!!」」」」」

 

俺は屋台街でワイワイと出来た料理を受け取って亜空間圧縮収納へ放り込んでいく。

 

「ダンナはホントにすげえ魔導士様なんだな。料理が消えて無くなるなんてよ」

 

「はっはっは、何といっても俺様は大魔導士だからな!」

 

本当にこの町を守れてよかった。心の底から、そう思う。

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

「おーい、ナイセー!準備出来てるかー?」

 

冒険者ギルドに戻って来ると、受付嬢のラムが受付カウンターから出てきてくれた。

 

「ヤーベさん、お待ちしてました。ギルドマスター室にご案内しますのでこちらへどうぞ」

 

そう言って案内してくれる。

夕暮れのため、かなり込み合う冒険者ギルド。特に依頼達成の報告をしようと受付カウンターに並んでいる冒険者たちが一斉にこちらを見る。

ギルドに入っていきなりギルドマスターではなく代官を呼び捨て。

どこの頭のおかしい奴だと思われても仕方がないな。

少し反省が必要か。

そして人気受付嬢でもあるラムちゃんがカウンターを放り出して俺の案内を始めるものだから、他の冒険者からの視線が痛い。心が弱かったら倒れていそうだな。

テンプレでよくある冒険者ギルドでの絡み、マジいらないです。ノーセンキューです。

早くギルドマスター室に入ろう。

 

「お待ちしていましたよ、ヤーベ殿」

 

代官のナイセーが声を掛ける。

 

「ヤーベ、報酬準備できてるぞ」

 

ゾリアが笑顔で言う。

 

「まずは冒険者ギルドからだ・・・と言いたいんだが、かなり予算も厳しくてな。代官のナイセーよりお金としての報酬は面倒を見てもらうことになった。だから、ギルドとして特例だが冒険者ランクを・・・」

 

「あ、結構です」

 

「何でだよ!」

 

「なんか強制で呼ばれるとかノーセンキューなんで」

 

「ギルドのいろんな特別割引受けられるんだぞ!」

 

「それでもいらないや」

 

「ぬうううううっ!」

 

「それでは、今後ヤーベ殿がこのソレナリーニの町の冒険者ギルドに魔物を卸してくれる限り、解体費用を無償にするというのはどうでしょう?」

 

「お。それいいね!」

 

「え~~~~~」

 

副ギルドマスターのサリーナよりなかなか魅力的な提案が出たので喜んだのだが、ギルドマスターのゾリアは不服のようだ。

 

「ヤーベにはもっとだなぁ・・・」

 

ぶつくさ言うゾリアにサリーナが耳元に口を寄せて囁く。

 

「(ギルドマスター、ヤーベ殿は現段階では一組織に縛られるのを良しとしないようです。で、あれば、このギルドに来ることによりヤーベ殿に得があるようにしておけば、また来ていただけます。まずはそれを絆の一つとして残して置く事が最善かと・・・)」

 

ボソボソと囁くサリーナの話を聞いていたゾリアがニヤリとしだす。

 

「わかった。それではこのソレナリーニ冒険者ギルド、ギルドマスターのゾリアが保証しよう。ヤーベがこのギルドに魔物を卸してくれる限り解体費用はギルドが持つとしよう」

 

「わかった。よろしく頼む」

 

俺は立ち上がり右手・・で握手を求める。

ローブの裾から出す右手は、手袋をした手の先だけでなく、下腕までもが見える。だがそれはスライムの緑色でもなく、スライム触手でもなく、紛れもなく肌色の人間の腕に見えた。

それをちらりと見るゾリア。

 

「・・・期待してるぜ、ヤーベ。これからもな。出来ればこの町にずっと居てもらいてぇところだが、そうもいかねえんだろう。この町を出るときは一声かけてくれよな」

 

そう言って凶悪な笑みを浮かべる。

まあ、俺もこの男が気に入っていると言えば気に入っている。不義理はしないつもりだ。

 

「ああ、そうすることにするよ」

 

「では、ギルドの手続きと解体部への通達を行ってきます」

 

副ギルドマスターのサリーナはそう言って部屋を出て行った。

部屋には代官のナイセー、ギルドマスターのゾリア、俺とイリーナの四人だけになる。

ちなみにローガとヒヨコ隊長は冒険者ギルドの横にある厩舎で待機中だ。

 

きっと休憩に入っているギルド嬢たちがローガとヒヨコ隊長に食べ物を持ってモフりに行っている事だろう。この前ローガがヒヨコ隊長を頭にのせてギルド内に入って来て、誰はばかることなく堂々とギルドマスター室の前まで歩いて行き、前足で華麗にノックしたのを見て一気にギルド嬢たちがローガとヒヨコ隊長のファンになってしまったらしい。最初入って来た時は危険なのかと身構えてしまったのだが、非常に堂々と凛として歩いて来たので、誰も止められなかったのだが、それがかっこよかったらしい。その後副ギルドマスターのサリーナがローガのモフモフ具合をこれでもかと自慢して語ったらしい。何してくれてんのサリーナさん。

・・・まあ、ローガ達がいつまでも怖がられているよりはずっといいけど。

 

「それでは、ヤーベ殿への報奨金をお支払いすることにいたしましょう」

 

そう言って代官のナイセーが大きめの袋を足元から取り出す。

ドシャッ!

すごく中身の詰まった袋をテーブルの上に置く。

しかもそれを四つ。

 

「一袋に金貨五百枚。合計四袋で金貨二千枚の褒賞です」

 

おおっ!一気にお金持ち!すげーな、ナイセー太っ腹!

そう思っていたら、

 

「ヤーベ殿には大変心苦しいのですが、一部を秘匿したまま辺境伯及び王都へ報告を出す以上、あまり金額の融通が利かせられないのです。正確に報告して沙汰を受ければ、間違いなく金貨一万枚以上の褒賞は確実かと思われます。だが、それとは別にやっかいな柵も発生してくるでしょう。それはヤーベ殿の望むところではないはず」

 

頷く俺。お金の事だけを考えれば、もっとやりようもあるだろう。

だが俺はこの世界の事も、もっといえばこの国の事もよく知らない。あまりにも知識不足だ。ラノベの世界でも知識不足は後で致命的なパターンになる事が多い。転生したてでチート能力振り回して召喚国が正義だと思っていたら逆に腐っていて戦争の道具にされていた・・・なんてパターンが山の様にある。というか、そのパターンの方が多くね?

・・・まあ、ラノベは創作物語だから、その方が盛り上がるということもあるだろう。だが、俺が生きる世界は現実だ。盛り上がるよりも堅実な安全が大事だ。

 

「問題ない。ナイセー殿の配慮に感謝する」

 

そう言えば、D~Cランク級の魔物と食用に人気なホーンラビットなどを中心にギルドに卸した時の買い取り額が金貨で二百枚ちょっと。その十倍はすごいと言えばすごいが、数は圧倒的に今回の方が多いし、危険度も高いだろう。だが、倒した魔物の大半がオーク、ゴブリンだしな。そうなると褒賞自体は妥当?金銭感覚よくわからなくなってきたな。まあ、食いっぱぐれがない程度で十分だろう。

 

「後、私の報告が辺境伯及び王都に提出された後、確認に人が来る可能性があります。その場合、出来る限りあなたの事を秘匿するつもりですが、場合によってはそれも叶わない事がありえますのでその点はご留意頂きたい」

 

「承知しているよ、ナイセー殿」

 

ナイセー殿は役人だ。どれだけ俺のために無理を聞いてくれたとしても限界があるだろう。特に直属の辺境伯には詳細を問われればある程度情報出さざるをえないだろう。それは仕方がない。

 

ナイセーは俺の返事に少しホッとした表情を浮かべる。

 

「ヤーベ殿この度は本当にありがとう。貴方のおかげてこの町は救われた。大々的に感謝できないのは残念ではありますが、この恩は決して忘れない。何かあれば出来る限り貴方の力になりましょう」

 

「ああ、俺からも改めて感謝するぜ。ヤーベ、本当に助かった。冒険者ギルドはいつでもお前の味方だ・・・まあFランクだから、他の町へ行ったら舐められるかもしれんがな。その場合はあまりやり過ぎないようにしてくれ」

 

問題を起こすことを前提にクギ刺しやがって。

そういうテンプレはすべて華麗に回避する予定なんだよ、くっくっく。

 

「わかった、それから俺からいくつか尋ねてもいいだろうか?」

 

「ええ、なんでも聞いてください」

 

「この国でハーレ・・・いや、奴隷制度についてはどうなっている?」

 

「「??」」

 

何でそんなことも知らねーの?みたいな表情を浮かべる二人。俺の出目は説明してないからしょうがないけどさ、もちっと常識ない人(?)に優しくしてくれてもいーんでないかい?

 

ギュッ!

 

ん? なんだ?

イリーナが俺の頭を自分の胸にギューッと押し付ける様に抱きしめてくる。

今のイリーナは皮の胸当てをしているので柔らかくないです。俺はスライムだから痛くはないけどね。

 

「どうしたイリーナ?」

 

イリーナの表情を見れば、あり〇れた日常で世界最強の4コマに出てくる涙目のリ〇アーナ姫にそっくりな表情じゃないですか! あり〇れた職業で世界最強という白〇良大先生の神ラノベを、その日常を切り取ってハイテンションギャグ4コマに仕立てるという、もう神×神でどう絶賛していいのかわからないほどの大ファンな作品をつい思い出してしまった。まるで御餅をちょっと焼いてぷくってしたところを逆さにひっくり返したような目に涙をいっぱい溜めて俺を見るイリーナ。何かあったか?

 

「奴隷・・・ダメ、絶対・・・」

 

「え~~~~、コホン」

 

軽く咳払いする俺。見ればナイセーもゾリアも生暖かい視線を送ってくる。やめろ!そんな目で俺を見るな!

 

「どういう事かな?イリーナ嬢」

 

「・・・イリーナと・・・呼んで・・・」

 

グスグスと泣き始めてしまったイリーナ。お得意の「クッオカ」も出ないじゃないですか・・・今出されても困るけど。

 

「どうしたんだ、イリーナ」

 

「奴隷・・・いらない・・・ヤーベには私がいる・・・」

 

「え~っと・・・」

 

要約するとこうですか?

俺にはイリーナがいる。

だから奴隷(他の女)はいらない。

だからハーレム禁止。

そう言う事でしょうか?

 

「なあ、イリーナ。別に奴隷制度の話を聞いたからってイリーナがいらなくなったり、イリーナを捨てたりしないぞ・・・というか、そんな言い方もアレなんだが・・・、イリーナは俺のそばにいたいからずっと一緒に居るんだろ?」

 

コクンと頷くイリーナ。その目にはまだ焼き御餅を逆さにしたような涙を一杯に溜めている。

 

「じゃあ、この先仲間が増えたり、奴隷を買うことになったりしても、イリーナが俺のそばに居たいならずっと一緒に居ればいいよ。俺はどんなことがあってもイリーナを嫌ったりしないよ。イリーナの好きにしていいんだぞ」

 

俺は出来る限り優しく、子供に語り掛ける様にゆっくり話す。

 

コクコクとかわいく頷き、俺の手を両手で握るイリーナ。

・・・ちょっとかわいい。

 

その間、ずっと生暖かい視線を送り続けているナイセーとゾリア。

やめれ、その視線!

 

「コホン、俺はずっと森の奥で魔道の研究を研鑽し続けていたのでな。世の中の事はよくわからんのだ。イリーナという女性も預かる身だしな。社会の常識も身に着けておいた方が良いかと思ってな」

 

明後日の方を向きながら説明する俺。俺の右手はイリーナに握られたまま。

 

「そうですか、それはそれは。私で答えられることはなんでもお教えしますよ?」

 

「そうだな、何でも聞いてくれ。特にハーレ・・・おっと違った、奴隷制度とか、ナイセーは当然この町の代官だしな。詳しいだろうし」

 

ニコニコしながら話すナイセーと、くっくと笑いながら話すゾリア。

ゾリアてめーわざと言い間違えただろ!

 

イリーナの俺の右手を握る力がキュッと少しだけ強くなった。

 




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第44話 この世界の事を勉強しよう

「それでは、気になっておられます奴隷制度の事を簡単に説明した後、この世界の事から説明することにいたしましょうか?」

 

にっこり笑って説明を始めるナイセー。

すいませんね!ラノベで育ったラノベ大魔王としては、ハーレムコースの確認をせずにはいられないのですよ!だいたいねーよ! ヘソまで反り返った俺様のピーーーーが! なにせスライムだからな! ・・・ええ、誇張しましたよ! 俺様のピーーーーなんてヘソまで反り返ってなかったですよ! 

だいぶ盛りましたけど何か?

後、魂の絶叫は二回目ですけど何か?

 

「奴隷制度ですが、まず購入者には厳格な人物証明が求められます。貴族は当主であれば問題ありません。商人であれば商人ギルドのギルドカード、冒険者であれば冒険者ギルドのギルドカードですね。一般市民であれば町クラスの市民証が必要です」

 

「市民証なんて誰でも持っているものでは?」

 

「実は市民証をちゃんと保持している者ばかりではないのですよ。市民証は一定の税を、それも比較的高いランクで支払い続けている者だけが発行されます。一般の市民の大半は市民証ではなく登録証という別の証明書を発行されています。こちらは銅貨五枚で誰でも発行されます。これがあれば町の出入りは税がかかりません」

 

「なるほど、登録証では奴隷が買えないのだな?」

 

「その通りです。登録証では奴隷を買うことは出来ません。ある程度財力がないと奴隷を維持することが難しいと考えられているからです」

 

「なるほど、そうすると奴隷の権利というものはある程度確立されているのだな」

 

「そうですね、権利と言っていいのかどうかわかりませんが、奴隷を買う側にはいくつか制約があります。買った奴隷がまともに生活できないと言ったことが無いように食事を与える義務や健康に留意する義務などです。また奴隷に対する安全配慮も義務が生じます」

 

「安全配慮?」

 

「明らかに死ぬと分かっているような業務に従事されるような事・・・などですね。あまり多くの事象はないでしょうが、極端に無理な事をさせない・・・という意味合いでしょうか。また、もちろん殺人などの人を害する犯罪を強要することも出来ません」

 

「なるほど」

 

「奴隷契約には<協定の契約(ミューチュアルコントラクト)>という魔法を使います。先の奴隷法を順守するという買い手側と主人を害さない、命令を遵守する、といった奴隷側の意思を確認した後、制約するものです。制約後は奴隷側に「奴隷紋」が浮かび上がります。これは必ず右手の甲に出ます。そのものが奴隷であるという証明をいつも確認できるようにするためです」

 

「そうなのか」

 

奴隷紋に関してはなかなか厳しい措置だな。奴隷を隠したい状況でも、右手の甲をずっと隠すのは難しいだろう。それこそずっとガントレットを付けたまま・・・などなかなかあり得ぬ状況だ。尤も奴隷の身分を隠さねばならないシチュエーションなどなかなかあり得ないだろうけどな。

 

「奴隷契約は同じ方法を用いますが、条件に<借金の完済>が付く場合があります。これは事情により借金をしたものが自分の買い取りを前提に奴隷落ちする場合です。この場合は奴隷を買っても一定の額を奴隷本人が稼いで借金が完済出来た時に奴隷契約が消滅します」

 

「借金の完済が条件の場合、奴隷を買っても権利が残らないのだな」

 

「そうです。ですがその場合、最初に奴隷の権利を買われる場合の金額は一生権利が付く場合に比べてかなり安くなります」

 

「なるほど」

 

特殊な従業員を雇うようなイメージか?

借金の完済が条件に付かない場合は一生その奴隷を面倒見るようなイメージだから、家族・・・か? まあ、奴隷はたぶん売却することも出来るんだろうけどな。俺はきっとそれをすることは出来ないだろう。そんな事が出来る相手なら、最初から金を出して買わないだろう。

 

「この町にも奴隷商人はいますが、この辺り一帯を治めるコルーナ辺境伯の住まれる城塞都市にかなり大きな奴隷商館があります。必要ならばそこへの紹介状も書きましょう」

 

「よろしく頼む」

 

間髪入れず返事をする俺。

ハーレムは少々横に置いておくとしても、やはり奴隷商館の見学など実に必要な事だ。異世界生活に慣れなければ、うんうん。

 

ぎゅうううっ!

 

イリーナさん?両手で握っている手が強くないですか?

痛みは感じませんけどもね、ええ、俺の右手が原型を留めにくいほど握りしめるのはどうかと思いますが?

 

「では、奴隷制度の話はこれくらいにしましょうか。詳細がお知りになりたい場合は実際にお買いになる時に奴隷商人から直接説明を受ける方がいいでしょう」

 

「うむ」

 

そうだね、奴隷商館に紹介状も書いてもらえることだし! その時に詳しく説明を聞こう・・・イリーナを置いて出かけねば。

 

ぎゅぎゅぎゅ!

 

ほわわっ!

 

イリーナさん、だから、形が変わるほど握りしめないでくれません?

 

「それでは世界情勢について説明しましょうか。この世界はレーヴァライン大陸と呼ばれる大きな陸地に大まかに分けて5つの国が栄えています。そのうちの一つがこのバルバロイ王国。建王ロルガメント・アーレル・バルバロイ一世が建国した王国です」

 

おおっ!苦節何か月か(笑) やっとこ判明する世界の大陸と国名! バルバロイ王国ってなかなか勇ましい感じするね。

 

「現在はワーレンハイド・アーレル・バルバロイ十五世が国王として統治しています」

 

ワーレンハイド・・・なんだかごっちゃになったような名前だけど、気にしないことにしよう。

 

「バルバロイ王国には三大公爵家があり、別に四大侯爵家もあります」

 

多いな!三大とか四大とかありがちだけど!

後、小説なんかだと公爵と侯爵の記載違いは分かるけど、喋ってるとどっちも「こうしゃく」なんだよな? トークニュアンスでわかるのかな? お貴族様たちは。

まあ、そんなトップクラスの家柄間違える奴は貴族社会で生きて行けねーか。

 

「その他、伯爵以下貴族たちがおります。ヤーベ殿がこの先バルバロイ王国内を旅するのであれば、その町を納める貴族の評判を十分留意するがよろしかろうと思いますよ。貴族には偏屈な人間や横暴な人間も残念ながら珍しくない」

 

やっぱりそうなのね、ザ・貴族!

この先はヒヨコたちの諜報活動が生命線だな!

 

「ちなみにこのソレナリーニの町は先も名前が出ましたが、フェンベルク・フォン・コルーナ辺境伯が納める地域になります。辺境伯様は立場的には侯爵と伯爵の中間の位置とされていますが、コルーナ辺境伯様は侯爵とほぼ同等の立場として扱われております。この西の辺境はカソの村の奥地に広がる森には強力な魔物が住み着いており、開拓が非常に困難になっております。その広大な未開地を時間をかけて開拓して町を増やしていったコルーナ家の長年の実績が辺境伯という爵位まで与えられる結果となり、また他の貴族様方に一目置かれる存在にもなったのです。今はその実力、財力共に王国内に広く知れ渡っています」

 

コルーナ辺境伯・・・なかなかの御仁のようだ。

会ってみたい気もするが、面倒を起こすのもどうかと思うしな・・・。まあ、なるようになるか。

 

「地理的にはこのソレナリーニの町から東に向かってコルーナ辺境伯が住む城塞都市フェルベーンがあります。さらに東にいくつかの町を経て、タルバリ伯爵の納める領があり、その東に王都バーロンがあります」

 

王都に向かうならば、コルーナ辺境伯領、タルバリ伯爵領を超えて王都バーロンまで向かわなくてはいけないということだ・・・。今のところ王都に向かう理由はないが。

 

「あまり私から貴族間の派閥情報など言わない方がよいでしょう。偏った情報になってしまうかもしれませんしね」

 

ナイセーは首を振りながら言う。

もともとそのあたりの情報は自分でもフィルターを掛けるつもりだった。それを事前に自分でストップさせるのも好感が持てるな。きっと俺が質問をすれば答えてはくれるんだろうけどな。

 

さてさて、<迷宮氾濫(スタンピード)>も落ち着いたことだし、これからの事を考えるとしようか。

 




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第45話 これからの事を検討しよう

ソレナリーニの町の<迷宮氾濫(スタンピード)>を制圧した俺様達は代官であるナイセーの心遣いで代官邸に招待された。一日ゆっくりした後、朝起きて泉の畔にのんびり帰ろうか・・・そう考えていたのだが。

 

「ヤーベ、この後どうするのだ?」

 

イリーナが問いかけて来た。

どうも、ナイセーと奴隷制度の話をしてから、今まで以上に俺に対する距離が近い。

そして、今まで「ヤーベ殿」だったのが、「ヤーベ」と呼び捨てになった。

イリーナはいつも自分の事を呼び捨てにしろって言ってたけど、俺を呼び捨てにすることは無かったんだが。

・・・まあ、もっと俺のそばにいることをアピールしないと、俺が奴隷、しかも女性の奴隷などを購入した際にそちらに意識が言ってイリーナの事を忘れてしまうのではないか・・・と心配でもしているのだろうか。

 

ナイセーの話の中で、この国が一夫多妻制だと確認している。最も、多夫一妻でも問題ないらしい。ようは、生活できるだけの財力があり、双方が了解すれば結婚という形を取る事は問題ないとのことだ。

 

何らかの理由で俺が奴隷の女性を買ったとしても、ぜひとも仲良くしてもらいたい・・・などというのは、俺からすると傲慢な考え方だろうな。

 

ラノベのお約束である「ハーレム」だが、少なくとも俺にはチート能力がないので、「チートで大活躍してハーレム」という所謂「チーレム」コースはありえない。

となると、自力で奴隷を購入して増やす「通常ハーレム」コースを目指すしかない。

・・・別に目指す必要もないんだが。

 

奴隷制度はひとまず置いておくとして、「ハーレム」というものについて真面目に考えてみる。男の俺からすればメリットは山盛りなイメージだが、もちろんデメリットもある。経済的な事もそうだし、増えれば増えるほど相手とのコミュニケーションの気を使う事になるだろう。一人だけを相手にしている場合と違い、プレゼントもふれあいも夜の生活もある程度平等にこなさないと女性側からの不満が出ることは想像に難くない。

では女性側の視点からすればどうか?

メリットは・・・どうだろう? よほど相手の男が好きで、複数でも問題ないと決断すれば相手と結婚できる、生活を共にできる事になる。

デメリットは当然相手を独り占めできない事だろう。

 

ハーレムは男の夢、なんて良く聞く言葉だし、ラノベでは幸せなハーレム生活の物語が多い。だが、現実的に考えた時、本当にそうだろうか?

複数の女性を相手にするとき、全員を平等に相手にしないと、誰かが悲しんでしまうだろう。

夜の生活など、どれほど体力があればよいのか?

一人二時間として、五人も居れば十時間じゃないか。百人ハーレムとか言ってるヤツはアホじゃないのか。

尤も俺にはへそまで反り返ったピ・・・あ、もういいですか。

 

ただ、この異世界はハーレムというか、一夫多妻が必要な世界でもあると思われる。

非常に危険の多い世界だ。冒険者とか、魔物の存在とか、とにかく危険が多い。

そして、その危険を請け負うのは多くが男ということになるだろう。冒険者にしても、騎士にしても女性はもちろんいるだろう。だがその絶対数はそれほど多くないはずだ。そしてそれらの職業は死亡率もそれなりに高いだろう・・・。つまりこの世界は女性の方が多く生活している可能性が高い。となると、財力のある男性、甲斐性のある男が複数の女性と生活することにより、女性一人で生活しなければならない状況も少しは改善できるのかもしれない。

 

・・・やたら難しい事を考えてみたが、ハーレム自体悪い事じゃないような気もするが、俺には荷が重いってことだな、うん。

だがら、イリーナよ、安心していいと思うぞ。俺が女奴隷を買う事など、きっと・・・まず・・・どうだろう?

まあ、結論をすぐ出す必要はないな、うん。

 

ぎゅぎゅぎゅ!

 

ボーッと考えていたのか、イリーナに返事をしなかった俺は右手をイリーナに握りつぶされている。

 

「イリーナよ、形が変わってしまうからあまり強く握らないでくれると嬉しいのだが」

 

「・・・ヤーベ、これからどうする?」

 

掴んだ右手を話さないままイリーナが再度聞いてくる。

 

「これからとは?」

 

「ずっとこの町で住むのか?泉の畔に戻るのか?それとも王都にでも出かけるのか?」

 

これからの行動についてどうするのか、ということね。

 

「そうだな、俺たちの今後だが、こんなことを考えている」

 

そう言って今後の方針を説明する。

 

①泉の畔に帰って家を建てる

②カソの村へ行って祝勝会

③ソレナリーニの町に移住

④城塞都市フェルベーンへ旅行

⑤いきなり王都を目指す

 

「ヤーベもいろいろ考えていたのだな・・・」

 

イリーナさん、なんか俺の事何にも考えてないイケイケドンドンなヤツだと思ってません? 一応これでも思慮深い男だと思ってますが。

 

「ちなみにずらっと出してみたが、カソの村はタイミング的にも無理があるだろう。行けば盛り上がってくれる気もするが、無理をさせるのも悪い。いきなり王都も無い。行く理由もない」

 

そう言ってイリーナから目を逸らして空中に視線を泳がせる。

できれば揉め事を起こさずスローライフを送りたいものだ。

・・・そういう事を言っている主人公がスローライフを送れた試しがないのがラノベのお約束だが。ま、俺はスライムだし、町でのんびり暮らすってのは今のところ難しいしな。

 

「それではこの町に移住するのか?」

 

イリーナの問いに首を振る。首がどこと言われると困るが。

 

「ナイセーやゾリアなら許可をくれると思うけどな。まだ俺が町でのんびり暮らすのは難しいよ」

 

「そうなのか・・・」

 

少しがっかりした表情で俯くイリーナ。イリーナは町でゆっくり暮らしたいのだろうか。

代官の家では久々に風呂に入っただろうからな。

俺もこの世界に来て初めて風呂に入った。

・・・めちゃくちゃ気持ちよかった。

なんか「お背中御流しいたします」的なメイドが風呂に来ようとしたが、頑として追い返した。この姿を見られたら悲鳴だけじゃすまない。

 

「そんなわけで、泉の畔に戻って家でも建てるか、城塞都市フェルベーンへ魔物狩りなどで金を稼ぎながら出かけるか、どうしようか迷っているところなんだ」

 

「泉の畔に家を建てるのか・・・?」

 

イリーナが小首を傾げて聞いてくる。

 

「いい加減、イリーナがテント生活では心配だからな」

 

「・・・ヤーベ!」

 

急にイリーナが抱きついて来た。そんなに感動しなくても。

 

「ただ、どうやって家を建てればいいかは見通しが立っていないが」

 

俺の言葉に絶望の表情を浮かべるイリーナ。

だって仕方ないじゃないか。俺は家なんて建てられないし。

頼むならカソの村の村長に大工の派遣を依頼するくらいしか思いつかん。

費用なら今回の報酬で何とかなりそうだけど。

 

ただ、この町の情報も全部精査が終わったわけじゃない。

何か忘れてるような気もするが。

 

「ぴよぴよー!(ボス!大変です!)」

 

「どうした?」

 

「ピヨピピピピー!(北のスラム街で不穏な動きがありましたので監視しておりましたが、この町でテロ行為を行う計画を練っている連中を見つけました!)」

 

「ええっ!」

 

全然スローライフ出来ないじゃん!

 




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第46話 テロ対策を始めよう

「おーい、ナイセー」

 

代官屋敷の朝。

その屋敷の主たる代官であるナイセーを緊張感のない声で呼ぶ。

メイドたちが驚く。

主を呼び捨てにする怪しげな男。

そう、俺様。

 

「おはようございます。朝食の用意はもう出来ておりますよ」

 

そうにこやかに声を掛けてくる。

普通屋敷の主を呼び捨てにするものなど皆無である。

なのに、その事を咎めもしない。

急に屋敷へ招待された怪しげな客と使役獣。

だが屋敷の主であるナイセーの態度が、どれほど重要な客を連れて来たのかを物語っている。

 

「ナイセー、おはようさん。実はヤバいネタをヒヨコたちが掴んできてね。至急耳に入れておきたいんだが?」

 

何でもない事の様に伝える俺。

なんだが出来る探偵みたい?

 

「・・・それは、早くお聞きした方がいいのでしょうね。バーバラ、お客人との朝食は執務室で取ります。軽く摘まめる物と飲み物だけ準備してください」

 

「!・・・畏まりました」

 

一瞬驚いたものの、即座に礼をしてテキパキと準備を進めて行くバーバラと呼ばれたメイドさん。ちらりと横にいるイリーナを見る・・・俺もこんな出来るメイドさんが欲しい。

 

ぎゅぎゅぎゅ!

 

「おうふっ!」

 

イリーナさん、昨日から手を握る力加減おかしくないですかね!?

 

「さあ、こちらへどうぞ」

 

執務室の扉を開け、中に入るよう促すナイセー。

失礼しまーす。

 

おお、ザ・執務室! 奥のデスクにはきちんと整理されてはいるものの、うず高く積まれた書類の山が。

だが、打ち合わせは執務デスクではなく、その前にある高そうなテーブルを挟んだソファーに座って行えそうだ。

 

「お座りください」

 

ナイセーの言葉に従って俺とイリーナ、そして俺の頭に乗ったヒヨコがいる。ちなみにヒヨコ隊長は屋敷の外の厩舎で寝ているローガの所に居たのだが、部下の緊急報告で付いてきているのでイリーナの肩に止まっている。ヒヨコ隊長が俺の頭に乗っていないのは、緊急の情報を持ち帰ったヒヨコが説明を行うため、その場所を譲っているのだ。

 

ちなみに、ヒヨコたちにとって俺の頭に止まる事は相当な誉れらしい。一種のあこがれ、ステータスのようなものだとヒヨコ隊長が言っていた。この報告を持ってきたヒヨコも、『ボスの頭に止まらせて頂けるのですか!感激であります!』って言ってたし。

 

「早速だがナイセー、部下のヒヨコがとんでもない情報を掴んできた」

 

俺は寄り道無しの直球で話した。

 

「どのような情報でしょうか?」

 

「北のスラム街で、数人の人間がこの町でテロ行為を働こうとしている相談をウチのヒヨコが聞きつけて来た」

 

「・・・テロ行為! 一体どのような行為かわかりますでしょうか?」

 

「どうだ?」

 

『ぴよぴよぴぴー!』

 

「なんでも、毒を撒いて大勢の人間を苦しめるそうだ」

 

「なんてことだ・・・。それはいつどこで?」

 

『ぴよぴよー!』

 

「今、別の部下が数羽で監視中のようだ。動き出せば報告がある」

 

「では動き出して、奴らが毒を使おうとした瞬間を狙って捕縛するわけですな!」

 

「そうだな、それが一番確実だろう。今仕留めても毒の保持くらいでしか罪に問えないだろうしな」

 

そこへヒヨコがさらに戻ってくる。

 

『ピピピー!(奴らが動き始めました!)』

 

「よし、敵が動いたみたいだ。俺は先に出て奴らの決定的瞬間を抑える。ナイセーは衛兵に連絡して衛兵隊を連れて来てくれ。場所はヒヨコたちの連絡で案内できるようにする」

 

そう言って俺は屋敷を出る。

 

「ローガ!」

 

『ははっ!ここに!』

 

傅くローガ。

 

「緊急事態だ。お前はイリーナを乗せ、ヒヨコの部下から場所を確認しつつナイセーを案内してこい。俺は空から先に行く」

 

しまったな、こんなことなら狼牙族みんな町に入れておけばよかった。連中がいればスラム街など、すぐに制圧できそうなのに。

まあいい、急ぐか。

 

「ヒヨコ隊長、部下とともに案内を頼むぞ。シルフィー、力を借りるぞ!<高速飛翔(フライハイ)>」

 

ヤーベの体が風を纏い宙に浮く。

 

「案内しろ!」

 

『ピピー!(こちらです!)』

 

猛スピードでヒヨコと謎の物体ヤーベが空を飛んで行った。

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

「ケェ~~~ケッケ! この井戸にこの毒をぶち込んだらイチコロよ!」

「アニキィ!たまらねーな!」

「いくつの井戸を回るんだ?アニキ」

「ああ?後十か所もありやがるからよ!さっさとこの毒をぶち込んで・・・って、わあっ!」

 

いつの間にか上からスーっと降りて後ろに立っていたヤーベ。

井戸の周りにいた三人の男たちがいきなり現れたヤーベを見て驚く。

リーダーらしき男が毒の瓶を井戸に傾けて中を垂らそうとしているのをジーっと見ていた。

 

「な、なななんだお前!」

 

「あー、それが毒なんだ。どんな毒?」

 

「ああ、何でこれが毒だってわかるんだ!? てか教えるわけねーじゃねーか!」

 

激高するリーダー。単細胞だね。

 

「あ、そう」

 

シュパッと触手で毒の瓶を回収。

 

「あれっ!?いつの間に!」

 

でもって亜空間圧縮収納へ放り込んでみる。

 

【ポイズンウォータードレイクの毒】

【詳細:致死毒。成人男性に対して致死量は約3g。瓶内50g 現在合計1462g保持】

 

「Oh・・・」

 

いつぞやの泉で対峙した猛毒トカゲの毒じゃないですか。ものすごく致死性の高い奴。

 

「最悪だな、お前ら。こいつはかなり致死性の高い毒だ。大量殺人だな。死刑間違いなし。だから、今のうちに洗いざらい吐いておいた方が楽だぞ?」

 

「たった一人で何言ってやがる!おい!お前ら、見られたからには生かしちゃおけねえ!やるぞ・・・あれ?」

 

リーダーの男は振り返るが、すでに他の男2人は倒れている。

ちなみに俺様がリーダーと会話している間に、足元から触手を2本伸ばして、後ろの二人を締め落としただけだけどね。

 

「てめぇ!」

 

ナイフを振りかざし襲い掛かってくる男。もちろん触手で手首を引っ掴んでまるでハエタタキの様に石畳に叩きつける。

 

「ガハアッ!」

 

あっさり無力化成功。トラブルは未然に防いでこそってね。

 

そこへナイセーが衛兵を連れてやって来た。ローガよ、案内ご苦労さん。

 

「ヤーベ殿、賊はどうなりました?」

 

「無力化完了、奴らの持っていた毒がこれだ。致死性が極めて高いポイズンウォータードレイクの毒のようだ」

 

「なんですと! ポイズンウォータードレイクの毒は毒そのものが珍しく、解毒剤が作りにくいので非常にやっかいな毒なのです。即死するほどではありませんが、比較的死に至るまでの時間も短い。本当に毒が混入される前に阻止出来てよかったです。助かりました」

 

ホッとした表情でお礼を言ってくるナイセー。いいって事よ、昨日は御馳走になったしね!

 

「はぁ~~~はっは! これで解決だとでも思ったか!バカめ!」

 

衛兵に取り押さえられたリーダーらしき男が急に騒ぎ出す。

 

「どういう事です?」

 

「この町でのテロは失敗したがな、もうフェルベーンではすでに始まっているんだよ!」

 

「ま、まさか・・・!」

 

ナイセーは絶句した。もう始まっている、それはこの地を納めるコルーナ辺境伯がいる城塞都市フェルベーンでのテロを示唆していた。

 

俺は皮手袋をした右手でリーダーの男の顔を掴む。

 

「フェルベーンでも同じ手口なのか? 誰がお前らのボスだ? 何が目的だ?」

 

「はっ!誰が喋るか・・・うぎゃぎゃぎゃぎゃ!」

 

俺はアイアンクローの状態で万力の様に男の頭を締め上げる。

 

「で、フェルベーンでも同じ手口なのか? 誰がお前らのボスだ? 何が目的だ?」

 

「はががががががが!」

 

メリメリメリメリッ!

 

聞こえてはいけない音と出てはいけない何かが見えてしまった気がした。

 

「ヤーベ殿、尋問はこちらで」

 

ナイセーが声を掛けてくる。

 

「ナイセー、お前さんの上司に大至急連絡を取る方法があるか?」

 

「王都と違い、ここには通信魔道具がないのです・・・」

 

唇を噛むナイセー。やはり辺境伯や城塞都市が心配なのだろう。

 

「ならば大至急辺境伯宛に手紙を書いてくれ。俺がどういう人間か、それからソレナリーニの町にて起こったテロ未遂事件の概要をな。急げ」

 

「分かりました!」

 

急いで衛兵長に犯人から出来る限り情報を得る様に指示する。

 

「至急代官邸まで戻りましょう!」

 

走るナイセーの後を追って俺たちも代官邸まで戻る。

 

手紙を受け取ったら大至急城塞都市フェルベーンまで出発だ。

 




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第47話 城塞都市を調査しよう

城塞都市フェルベーンまでの道程は<高速飛翔(フライハイ)>ではなくローガに乗って大移動した。ローガ達狼牙族六十一匹が全力疾走!滅茶苦茶驚かれたね、街道で。

絶対魔物の群れがフェルベーンまで侵攻したって後でいろんなギルドに情報が上がるだろうな。ナイセー、スマン。

 

「な、なんだお前ら!敵襲か!だが、その程度では城塞都市フェルベーンは落とせんぞ!」

 

城塞都市フェルベーンに到着した俺たち。

城壁にある町入口と思われる門で衛兵たちが十人以上、ズラリと並んでいた。まあ、さすが城塞都市フェルベーンだ。今も五十人以上の人たちが入門手続きを待って並んでいる。

 

「緊急の使者なり!ソレナリーニの町代官ナイセー殿より火急の要件にてコルーナ辺境伯まで手紙を届けに来た!至急対応されたし!」

 

大声を出して伝える。何か侍っぽくてカッコイイ?

 

「なんだと!門番長を呼んで来い!」

 

なかなか訓練された衛兵たちだ。顔の見えないローブという怪しい俺、狼牙族を引き連れている怪しい俺、大量のヒヨコたちは・・・あ、先に町中を調査に行かせたわ。だから今いないし。後はイリーナか。うん、俺怪しい以外に説明のしようがないわ。

自分で言ってて悲しくなるな。

 

「どうした!」

 

門番長らしきガタイのいい衛兵が門から走ってくる。

 

「はっ!この者がソレナリーニの町代官ナイセー殿よりコルーナ辺境伯様宛に火急の要件とのことで、手紙を預かって来たとのことです!」

 

「ふむ、では確認しよう。手紙を見せてくれるか」

 

俺は懐を探る振りをして亜空間圧縮収納から代官印にて封印された手紙を取り出す。

こういう場合、魔道具の封印具で封をすると、対応する魔道具で開封しないと手紙が燃えて灰になってしまうらしい。異世界恐るべし。

 

「あいよ」

 

「こ、これは確かにソレナリーニの町代官印だ。間違いない。火急との事であれば、通ってよい。但しお主は代理の者だな?」

 

「そうだ、ナイセー殿に依頼された冒険者だ」

 

「では入門手続きだけ行ってもらう。こっちへ来てくれ」

 

人々が並んでいる門の横。今は閉ざされたより大きな門を守る衛兵の元へ案内される。

 

「この魔道具にギルドカードと使役獣のペンダントを当ててくれ。これで町に入ったという記録が残る。もちろんどの門から町を出てもいいが、必ずカードをチェックしてもらってくれよ」

 

なるほど、これで町の内外の人の流れをチェックできるのか。最もカードを偽造されたりすればダメだろうけどな。

 

「わかった」

 

「それでは気を付けて行ってくれ。使役獣が多いから問題を起こさないようにな。後コルーナ辺境伯様の邸宅はこの大通りを真正面に進んでいった先の広場から左へ向かった方向にある。町がデカいからな。距離があるから、分からなければ都度衛兵に尋ねてくれ」

 

「了解、親切にありがとうよ」

 

「ああ、それじゃ」

 

そう言って俺はローガ達を引き連れて町の中へ入って行く。

 

「・・・あんな使役獣をたくさん率いるテイマーが火急の要件でナイセー殿の代わりに・・・。何かヤバイことが起こらなければいいが」

 

門番長は嫌な予感に襲われるのだった。

 

 

 

 

「さて、町に入ったは良いが、とりあえずコルーナ辺境伯の元に向かえばいいか、それとも少し町の情報を探ってからの方がいいか・・・」

 

「ヤーベ、どうしたのだ?」

 

ローガに乗ったまま、町に入った大通りで立ち止まり考えに耽っていた俺にイリーナが声を掛ける。

 

「ああ、すぐコルーナ辺境伯の元に向かう方が良いか、少し町の情報を調べてから向かった方が良いかと思ってな」

 

「なるほど、それでは大きな町でもあるし、向かいながら情報を仕入れようではないか」

 

「おおっ! ポンコツイリーナとは思えぬ回答!」

 

「ナニカイッタカ?」

 

「イイエ、ナニモ?」

 

そう言うわけで大通りをテクテクとローガに跨って歩いていく。

それにしても、相当大きな町だが、活気がイマイチないな。

商店もいくつか閉まっているし。

 

ちょっと開いている店を覗いて見るか。

 

「はいよ、まいど」

 

イマイチ元気のない親父があいさつした。

 

「ここは八百屋か。野菜の種類が豊富だな」

 

「こんなもん、今日は少ない方ですよ。持ってきてくれる農家の親父さんが風邪で寝込んだようでね。ここ二~三日入りが悪いんですよ」

 

「風邪ね・・・、そういや親父さんもあんまり顔色良くないようだけど?」

 

「そうなんだよね、俺もちょっと風邪気味なのか、疲れが溜まったのか、少し体がだるくてね・・・」

 

おいおい、まさかだよな?

 

「調子悪いなら医者へ行った方がいいぞ」

 

「医者ってなんだい?」

 

「えっ!?」

 

医者って通じねーのか!? ヤベちゃんヤッベー!・・・程でもねーか。八百屋の親父さんとの会話だしな。

 

「いつもは体の調子が悪くなったらどうしてるんだ?」

 

「教会にお布施をすれは<癒し(ヒール)>を掛けてもらえるよ。それで体力が回復できる。ケガなんかも治してもらえるんだ。後は金が無い時は町の薬屋か、治療院があるが、そっちはあまりアテにはなんねーからな・・・」

 

「治療院があるのか。何でアテにならないんだ?」

 

「結局教会に<癒し(ヒール)>のお布施代金が払えない連中が行くからな・・・。薬草を煎じてくれたりして多少はマシになるみたいだが、劇的な回復は望めないからね・・・」

 

そりゃそうだろうね。現代医学のイメージがある俺は劇的瞬間回復なんて逆に信じられませんけどね・・・。

それにしても、ついに来たぜラノベのテンプレ! 教会での<癒し(ヒール)>。

相場がどれくらいかは知らんが、悪徳神父が暴利を貪っているか、美しいシスターが薄給で<癒し(ヒール)>をかけまくっているか、基本はどちらかだ。※矢部氏の個人的見解となります。

 

所謂魔法が全く使えない(精霊魔法は自由に操っているが、精霊たちに力を借りているので自分の能力だという認識が無い)俺からすると<癒し(ヒール)>は憧れの的でもあるな。最も神様を信仰しろって言われたら100%無理だけどな!

そんなわけで俺には回復魔法の習得はまず不可能ということで、出来ればイリーナにマスターしてもらいたいのだが。

ちらっと横を見る。

・・・無理だろうなぁ。

 

ぎゅぎゅぎゅ!

 

「ほわあっ!」

 

イリーナさん、だから手のカタチが変わりますって!

ちなみにローガに跨っている俺だが、今は俺の前に横座りでイリーナが乗っている。

でもって、俺の腰(?)に右手を回しているのだ。これはかの有名なお姫様と遠乗りバージョンでは!?

ただ、イリーナだしな、うん。

 

『ぴよよー!(ボス!左手の裏通りに人がたくさん集まっています!)』

 

「そうなんだ、ちょっと様子を見て来るか」

 

俺はヒヨコの案内で裏通りに入って行った。

 

 

 

裏通りの一角、小さめの石作りの建物に人の行列が出来ていた。

 

「何だ?」

 

よく見ると、「ボーンテアック診療所」と書かれている。

建物の中を覗こうとすると、「おい、並べよ!」と文句を言われた。

 

「あ、俺は患者じゃないから。ちょっと話が聞きたいだけ」

 

そう言って中に入る。

すると、

 

「ああ!もうどうしたらいいんだ!みんながみんな同じ症状で調子が悪いと言ってくる。この症状はアレ(・・)に似ているが、そんなはずないし・・・。ああ、薬草がもう在庫切れだ!」

 

「あるよ」

 

そう言って亜空間圧縮収納から基本的な薬草を出して渡してやる。

薬草にもいろいろあるが、今出したのは奇跡の泉近くで取れたもので、比較的珍しくないが俺が奇跡の泉で水を撒いていたので非常に効果が高いものだ。

 

「おお、これはありがたい。早速追加で調合を・・・ああ、水も切れた。裏の井戸から汲んで来なきゃ!」

 

「あるよ」

 

そう言って俺は近くのヤカンにそっと触手を伸ばして水をじょろじょろ出してやる。もちろん奇跡の泉産だ。効果は抜群だ。

 

「何と!それは助かる。早速対応しよう」

 

そう言って、薬草と水で飲み薬的な物を作り、並んでいる患者に一口ずつ飲ませて行く。

三十分以上かかって行列をさばいた時には、男はぐったりしていた。

 

「大変だったな」

 

「ああそうだね・・・って、キミは誰だい?」

 

今頃気づいたのか、呑気な返事をする男。

 

「聞きたいことがあって来た。俺はヤーベ。こっちはイリーナだ。外の狼牙達は俺の使役獣だ」

 

「ボクはボーンテアックって言います。この診療所の所長です・・・ってボクしかいませんけどね。で、聞きたいこととは?」

 

「この調子悪そうな人はいつごろから多発している?」

 

「う~ん、ここ数日急激に増えたね。ちょっと前から体がダルイとか、熱がある、とか、風邪みたいな症状を訴える人はいたんだけど・・・」

 

「さっき、この症状は「アレ」って言ってたけど、アレって?」

 

「う~ん、実は信じられないかもしれないけど、今患者で来ている人たちの多くはポイズンウォータードレイクの毒による中毒症状に似てる気がするんだ」

 

「ポイズンウォータードレイクの毒だと!」

 

「わ、ビックリした」

 

ボーンテアックは椅子からひっくり返りそうになっていた。

線の細い優男のイメージ通りのひ弱さだな。

 

「うん、今来た多くの患者の症状はポイズンウォータードレイクの毒による中毒症状だと思えるんだ。風邪に似てるんだけど、重くなると目のクマ、手の震えなども出るから」

 

「ちなみにだけど、教会でお金を払えば<癒し(ヒール)>が受けられるって聞いたんだけど、この症状は改善されると思うか?」

 

俺は疑問だったことを聞く。

 

「<癒し(ヒール)>だけではダメだと思うね。体力は多少回復しても原因の毒を取り除かないと」

 

「毒を消すポーションとか、魔法は無いのか?」

 

「魔法は<解毒(ディスポイズン)>があるんだけど、毒が溜まっている部位が分からないと魔法の効果が薄いんだ。そして、このポイズンウォータードレイクの毒による中毒症状はどこに毒が溜まっているのかわかっていないんだ。だから結構適当に辺りを付けて<解毒(ディスポイズン)>を乱発すると治る場合も通常はあるんだけど、このポイズンウォータードレイクの毒を魔法で治したって記録は無いんだよ」

 

「毒消しのポーションは?」

 

「カルノレッセの実を絞った果汁が特効薬として知られているけど、珍しい実でね。通常はまず手に入らないんだ。干したものを粉末にした粉薬も効果があるけど、果汁の方が即効性があるね」

 

「それ以外で解毒できないのか?」

 

「実際の毒があれば、その毒そのものを使って効果を中和するような解毒剤を作れると思うんだが、さっきも話したようにポイズンウォータードレイクの毒自体が非常に珍しいものだからね・・・」

 

「あるよ」

 

と言って俺は亜空間圧縮収納から悪党から取り上げた毒の瓶を取り出す。

 

「うそっ!あるの?何で?」

 

「まあ、いろいろとあってな。俺には何の役にも立たない毒だが、アンタならこれで人を救えるんだろ?ならやるよ。解毒剤製作は任せるよ」

 

「ああ、わかった!なんとか製作してみるよ」

 

にっこり笑って毒の瓶を握りしめるボーンテアック。

 

「あ、毒足りなければまだいっぱいあるから」

 

「何で!?」

 

とりあえず返事をせずに診療所を出る。

それにしても、ポイズンウォータードレイクの毒による中毒症状・・・。致死率が高い上に、僅か3gという分量での致死量だ。非常に少量で死に至る毒を、僅かばかり使用して少なくとも何日か摂取させた。しかも比較的広範囲で多くの人間に・・・。

 

「あっ!」

 

俺は診療所にダッシュで戻る。

 

「ボーンテアック!」

 

「わあっ!びっくりした。何だ、ヤーベさんか、どうしたんです?」

 

机に向かっていたボーンテアックがこちらを振り向いて再度の訪問について尋ねた。

 

「お前自身は調子悪くないのか!?」

 

「ああ、私ですか、私は別に・・・」

 

「お前、水はどこから手に入れている?」

 

「水なら・・・自分の診療所の裏に井戸がありますから、そこで」

 

「自分の敷地内の井戸で、自分専用なのか?」

 

「ええ、そうですけど・・・って、まさか!」

 

「そのまさかの可能性が高いが、まだ町の連中には言わないほうがいい。何かわかったら知らせに来るから、お前は解毒剤頼むぞ!」

 

そう言って再度診療所から飛び出していく。

 

「彼は一体何者なんでしょうか・・・」

 

ボーンテアックの呟きは俺には聞こえなかった。

 




今後とも「まさスラ」応援よろしくお願いします!


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第48話 辺境伯の娘を助けよう

診療所を後にした俺たちは再びローガに跨って大通りに戻る。

 

「コルーナ辺境伯に会って手紙を渡した後、町の井戸という井戸をチェックしないとダメだな」

 

「やはり井戸に毒が入れられているのか?」

 

俺の独り言にイリーナが返してきた。

 

「そうだな。たくさん入れると死人が出てしまうだろうから、絶妙な量をコントロールしているか、もしくはより上位よりただ「コレを入れろ」と決められた分量を渡されているだけかもしれない」

 

「その場合、かなり組織的になるな」

 

「うむ」

 

・・・すげー、イリーナと真面目に話をしている。

イリーナもこんな会話出来たんだ。

 

ぎゅぎゅぎゅ!

 

「ほわあっ!」

 

イリーナさん、だから手のカタチが変わりますって!

 

『ぴよよー!(ボス!この先の通りに人がたくさん集まっています!)』

 

「なんだ?」

 

『ぴよぴよ~!(なんだかちょっと怪しいです)』

 

「むっ?」

 

ヒヨコが怪しいと言うんだ。きっと何かあるんだろう。

ヒヨコの感受性は相当豊かだからな!

 

聖神会(せいしんかい)の御祈祷薬を買えば、今の辛さを改善できますよ! これがたったの銀貨一枚だ。聖神会(せいしんかい)に入会して銀貨一枚払うだけで辛さを改善できますぞ!」

 

何か怪しい神父が叫んでいる。何でも聖神会(せいしんかい)に入会して銀貨一枚払うだけで辛さを改善? ああ、具体的には御祈祷薬を飲めば辛さが軽減ってわけか。なんとか手に入れて分析したいが、悪党臭くてもかっぱらうのは頂けないし、金を払うのは良いが、怪しい宗教に入りたくはないな・・・。

 

「お、にーちゃん御祈祷薬買ったのか?」

 

怪しい神父の人だかりから出て来た具合の悪そうな兄ちゃんに声を掛ける。

 

「あ、ああ・・・、だるくて体に力が入らなくてね・・・」

 

俺は懐から銀貨一枚を出した。もちろん実際は亜空間圧縮収納からだが。

 

「ちょっとだけ御祈祷薬見せてくれない? コレ手間賃」

 

といって銀貨一枚を兄ちゃんに握らせる。

 

「いいけど・・・ちゃんと返してくれよ?」

 

「もちろんもちろん」

 

そう言って御祈祷薬とやらを頭上にかざしたりしながらふと後ろを向いて兄ちゃんの視界を一瞬遮る。

 

「(今だ!)」

 

俺は亜空間圧縮収納へ一瞬仕舞い、解析する。

 

【カルノレッセの実の粉末(劣)】

【ポイズンウォータードレイクの毒に対する解毒剤。但し、ほとんど小麦粉でカルノレッセの実の粉末はわずかしか含まれない。解毒効果(劣)】

 

・・・最悪だ。

何が最悪って、ほんと気持ち楽になる程度の効果しかない物を売っているのもそうだが、これを売っている時点で犯人だと言っているようなものだよな。

ボーンテアックの話だと、ポイズンウォータードレイクの毒もカルノレッセの実も非常に珍しく手に入りにくい物らしいからな。

 

「にーちゃんありがと」

 

でもって御祈祷薬とやらを返す。

 

「にーちゃんもう一仕事頼む」

 

「な、なんだよ」

 

「もう三人分買って来てくんない? コレお手間賃ね」

 

そう言って今度は銀貨5枚を渡す。

 

「お、おお、わかった」

 

そう言ってまた人の輪の中に戻って行く兄ちゃん。

 

「どうしたのだ?その御祈祷薬がどうかしたのか?」

 

イリーナが小首を傾げて聞いてくる。

 

「ああ、劣化品の解毒剤のようだ。そんなものを売っているということはこのポイズンウォータードレイクの毒を使ったテロの犯人だと言っているようなものだがな」

 

「では、あの聖神会(せいしんかい)というのが犯人なのか?」

 

「ああ。もしくはさらに裏の組織があるかもしれないがな」

 

待っているとさっきの兄ちゃんが帰って来た。

 

「はいよ、三人分だ」

 

「ああ、ありがとう」

 

「じゃあな」

 

俺は三人分の御祈祷薬を受け取る。

 

「その薬をどうするのだ?」

 

「特にどうもしないが、とりあえずコルーナ辺境伯にはコレを渡して聖神会(せいしんかい)が怪しいと報告しないとな」

 

「なるほど、証拠の一つということだな?」

 

「そういうことだ」

 

イリーナににっこりと微笑むと、俺たちはコルーナ辺境伯の屋敷へ向かった。

 

 

 

 

 

 

「ここが辺境伯の屋敷か。相当デカいね」

 

今俺たちはコルーナ辺境伯の屋敷の前に到着した。

 

大きな門の左右に衛兵が立っている。

 

「こちらはコルーナ辺境伯の屋敷であっているか?」

 

「そうだ、何か用か?」

 

「ソレナリーニの町代官のナイセー殿より火急の要件にて手紙を預かっている。コルーナ辺境伯に直接手渡ししたい。先振れはないが辺境伯にお取次ぎ願いたい」

 

そう言って手紙の封印を見せる。

 

「間違いない。ソレナリーニの町代官のナイセー殿の印だ。少々待ってもらえるか?」

 

そう言って衛兵の一人が屋敷の中へ入って行く。

 

そのうちメイドを一人連れて戻って来た。

 

「それでは入ってくれ。このメイドに案内を頼んだので付いて行ってくれ」

 

「こちらへどうぞ。ご案内致します」

 

「よろしく頼む」

 

「使役獣はそちらの庭にてお待ち頂けますようお願い致します」

 

「わかった。ローガ、そこで待っていてくれ」

 

『わふっ(了解です!)』

 

ヒヨコ隊長にあえて声を掛けなかったのは、イリーナの肩に止まって隠れているからだ。

 

「ではご案内致します」

 

 

そうして屋敷の中に入ったのだが・・・

 

 

「貴様!それでも聖職者なのか!」

 

とんでもない怒声が聞こえて来た。

 

「きぃ~~~ひっひっひ、もちろん聖職者の鏡ですよぉ。こうして聖水を持ってきているではありませんか」

 

「金ならいくらでも払う!その聖水とやらで娘が治せるのなら使ってくれ!」

 

「ですからぁ、欲しいのはお金じゃなくてぇ、この地を治める経営権ですよぉ」

 

「馬鹿な!そのような物、渡せるはずも無かろう!」

 

「では、娘さんは死ぬしかありませんなぁ」

 

「ああ、ルシーナ!」

 

「あ、あの・・・少しお待ちを・・・」

 

しどろもどろになるメイドさん。

そりゃそうだよな、いきなりすげー修羅場だよ。

扉の外側から聞いただけでも辺境伯大ピンチってとこか。

聖職者とか言ってるって事は例の聖神会(せいしんかい)のメンバーなんだろうね。

 

 

ゴンゴン!

 

 

扉を勢いよくぶっ叩く。

 

「お、お客様!」

 

メイドが目を剥く。少し待てと言ったのに、まさかこの修羅場に乗り込もうとは思わなかったようだな。だが俺という男・・・いや、スライムは空気を読まないのだ。

 

「何だ!」

 

「毎度、正義の味方でおま」

 

左手をちょいと上げて部屋にずかずかと入って行く。

 

「ヤ、ヤーベ! さすがにその挨拶はどうかと思うのだが!」

 

イリーナが俺のローブの裾を摘まんでついてくる。

 

「な、何だ貴様は! どこから入って来た!」

 

この激おこぷんぷん丸な人がフェンベルク・フォン・コルーナ辺境伯なのかな? ベッドで寝込んでいるのがルシーナと呼ばれていた娘さんで、そのそばで手を握って泣いているのが奥さんか。メイドや執事はこの場にはいない。どうせこの悪徳神官とのやり取りがあるから人払いしたってところか?

 

「どこからと言われれば、玄関からだが。ちなみに俺はヤーベ。こっちはイリーナだ。ソレナリーニの町代官のナイセー殿より火急の要件で手紙を預かって来た」

 

そう言って手紙を差し出す。

 

「火急の要件だと! 今はそれどころではない!出ていけ!」

 

怒鳴り散らして手を払うフェンベルク卿。

そこそこ年のようだが、白髪のダンディーな親父さんって感じだ。でも娘の事で余裕が無さすぎだな。

 

「まあ、出て行けと言うなら出て行くけど。さっきも言ったけど一応正義の味方として来てるんで。娘さんの事とか後悔しないといいけど?」

 

「なんだと! 貴様このフェンベルク・フォン・コルーナを脅すか!」

 

俺のローブの胸倉を掴むフェンベルク卿。

 

「いや、脅されてたのはあいつにだろう? 俺じゃなくて」

 

「むっ? それもそうか・・・、だったら貴様は何なんだ?」

 

とりあえず一周して少し落ち着いたか?

 

「とにかく手紙に目を通せよ。これでもソレナリーニの町で起きた毒によるテロ事件を未然に防いだ功労者だぞ。ナイセーの手紙にも書いてあるはずだが?」

 

「なんだと!」

 

そう言って慌てて手紙に目を通すフェンベルク卿。

 

「未然に防いだ・・・だと?」

 

怪しい神官がこちらをねめつける様に睨んで来る。

 

「お前さん、聖神会(せいしんかい)の悪党か? ソレナリーニの町での毒散布は止めさせてもらったぞ。ちなみに貴様らが町で毒を井戸に投入して町の人々をポイズンウォータードレイクの毒で中毒症にしているのも、その御祈祷薬と言って気持ちばかりの偽解毒剤を暴利で売っているのも全て知っているぞ?」

 

「な、なな何だと!?」

 

驚く神官。

 

「貴様、許さんぞ!」

 

フェンベルク卿は神官を怒鳴り上げる。

 

「証拠はあるのですかな! いきなり無礼でしょうに!」

 

掴みかかろうとするフェンベルク卿に顕然と言い放つ神官。

 

「ここまで無礼な仕打ちは記憶にありませんな。この聖水は渡せません。これで失礼する!」

 

そう言って出て行こうとする神官を俺は捕まえる。

 

「逃げんなよ、この悪党」

 

威圧するように睨みを効かす。

 

「証拠の一つはコレだ」

 

ポイっと御祈祷薬をフェンベルク卿に渡す。

 

「これは聖神会(せいしんかい)が御祈祷薬として銀貨一枚で売っていた物だ。中身はカルノレッセの実の粉末をわずかに混ぜた小麦粉だ。これはポイズンウォータードレイクの毒で中毒症になっている事を想定していないとこのようなものは用意できない」

 

「確かに!」

 

悪徳神官を目だけで殺せそうな勢いで睨むフェンベルク卿。

 

「ああ、ちなみに屋敷に入る前に部下に聖神会(せいしんかい)と名乗ってこの御祈祷薬を売っている連中を全てしょっ引いてくるように指示してるから。集まったヤツ尋問すればすぐ吐くんじゃない?」

 

「おおっ!」

 

今度は嬉しそうな表情で声を上げるフェンベルク卿。

俺が味方だってやっと認識してきたっぽい。

 

「クソどもが!ならば永遠に後悔するがいい!」

 

そう言って持っていた瓶を床に投げつけ踏みつけて壊してしまった。

 

「貴様!何てことを!」

 

「これで貴様の娘は永遠に助からない!サマーミロ! ハッハッハ」

 

バキィ!

 

フェンベルク卿怒りの一撃が悪徳神官の右頬を打ち抜く。

このままほっておくと間違いなく悪徳神官と娘のルシーナは死んでしまう。

悪徳神官が死ぬのは一向に構わないが、ルシーナは死なせるわけにはいかない。

 

俺はベッドで横たわるルシーナの元へ行く。

 

「ああ、娘を、娘をお助けください・・・」

 

涙を流しながら俺のローブを掴みすがる奥さん。

 

「お任せください。全力を尽くしますよ」

 

そう言ってルシーナを見る。

非常に辛そうだ。頬もこけ、顔色も悪い。

ポイズンウォータードレイクの毒による中毒症だろう。それも重篤な状況だ。

金も権力もあるコルーナ辺境伯が教会に助力を頼まないわけがない。ということは<解毒(ディスポイズン)>で解毒に失敗しているということだ。<癒し(ヒール)>で回復し切れない場合、<解毒(ディスポイズン)>も試しているはずだからな。

 

ポイズンウォータードレイクの毒が<解毒(ディスポイズン)>で解毒出来ないのは、体の一か所に毒が溜まり続けていないからだろう。ならば毒はどこにあるのか? 俺は一つの仮説を立てる。日本の医療に「人工透析」というものがあった。これは腎機能の低下により血中の老廃物を処理できずに体に様々な悪影響が出るというものだったはず。ではこのポイズンウォータードレイクの毒も同じように血中を回り続け、腎臓で処理できずに悪影響を体に与え続けているとすれば・・・。

 

俺はルシーナの右手首を掴む。

 

「あ・・・」

 

異性?に手を握られて恥ずかしいのか(実際は手首を掴んでいるけど)ものすごく顔色が悪いのに少し頬に紅が差すようにはにかむ。照れてるのかな?

 

「さて・・・」

 

俺は掴んだルシーナの手首の一部に自分のスライム細胞を「同化」させて行く。

これはスライム細胞に「対象の細胞と同化せよ」との指令を出している。

そして同化を進めて行き、手首の中に潜り込んでいく。血管にたどり着いたスライム細胞に血管へ接続させる。もちろん抜いた血液を戻るための接続も忘れない。

 

何をしているかって・・・もちろん「スライム透析」に決まっているでは無いですか。

それも水の精霊ウィンティアの加護パワーを使って、血液浄化対応!血液を解毒してピカピカサラサラにして返してあげるのだ!ぐるぐるパワーがあればなんとかなる!

ルシーナの血液を吸い上げ、解毒浄化した後、再度血管へ戻す。

 

「ああ・・・、もの・・・すご・・・く・・・楽・・・に・・・」

 

ルシーナが掠れた声で途切れ途切れに伝えてくる。

 

「ああ、無理して喋る必要はないぞ。少し水をやるから、ゆっくり口に含んで飲むんだ」

 

そう言って触手を一本増やして、ルシーナの口に差し込む。

 

「ひっ・・・」

 

「何だそれは!」

 

ルシーナが少し怯え、フェンベルク卿がキレる。

でも必要な事だからあまり騒がないで欲しいね。

 

「落ち着いて、水をゆっくり飲んで」

 

「ふわっ・・・」

 

コクコクと水を飲むルシーナ。

 

「お、おいひいれす・・・」

 

ニコッと笑ってそう伝えてくれるルシーナ。

そりゃおいしいと思うよ。何てったって、水の精霊ウィンティアの加護を受けた奇跡の泉の水だからね。

ルシーナの顔に赤みが戻ってくる。もう大丈夫かな。

 

「ば、ばかな! ポイズンウォータードレイクの毒は今捨てたカルノレッセの実を絞った果汁が無いと治らないはずだ!貴様どうなってる!」

 

「全力で自白ありがとう。お前が町の人たちに、そしてこのルシーナに毒を持った犯人だな」

 

「ば、ばかな! なぜそれを!」

 

「いや、今自分でそう言ったじゃないか」

 

呆れて物も言えないな。

 

「貴様がルシーナを苦しめたのか!」

 

ドボォッ!

 

フェンベルク卿の強烈なボディブローが怪しい神官に突き刺さる。

 

「ゴボゲロゴボ!」

 

ああ、出てはいかん物が出ているな。見なかったことにしよう。

俺は慌てず騒がず、ゆっくりとルシーナの血液を綺麗にしていった。

 




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第49話 なぜかモテる状況をなんとかスルーしよう

俺はゆっくりルシーナの血液を「スライム透析」にて浄化して行く。

浄化が進むごとにルシーナの顔色が良くなっていく。

当然通常の透析なら不純物を取り除くだけだろうけど、何といってもコレは俺様特製「スライム透析」だ。水の精霊ウィンティアの加護により血液に水の加護を与えている。具体的な効力は<生命力回復(ヒーリング)>だ。毒により体力を奪われているルシーナには劇的な回復効果が望めるだろう。

 

「ああ、ルシーナの顔色が良くなってきているわ!」

 

奥さんが喜んで、ルシーナの左手を握る。

俺が右手を掴んでいるから、ベッドの反対側に回り、ルシーナの左手を握っていた。

すでに悪徳神官を沈黙させているので、衛兵及びメイドを部屋に入れている。

見た目の問題もあるので、ルシーナの口に入れていた触手は回収している。

 

「・・・声も出る様になってきました」

 

まだだるそうにしながらも笑顔を向けてくるルシーナ。

 

「ああ、ルシーナ!」

 

奥さんがルシーナに抱きつく。本当に心配していたんだな。家族っていいね!

ちらっと見ればフェンベルク卿も目に浮かべた涙を拭っている。

 

「・・・? あれ・・・イリーナちゃん?」

 

ルシーナがイリーナを見て呟く。

 

「ふえっ!? バレた?」

 

「くすくす・・・、そんな格好してるからちょっとびっくりしたけど、分かるよ。イリーナちゃんとは仲良しだもん。少し前に会えなくなって、行方不明って噂も流れて・・・、とっても心配してたんだよ?」

 

「今はルシーナちゃんの方が心配だよ?」

 

そう言って二人はくすくすと笑った。

 

「イリーナちゃんだったんだ・・・」

 

奥さんが呟けば、

 

「まさか、ルーベンゲルグ伯爵令嬢がルシーナを助けに来てくれるとは・・・」

 

フェンベルク卿も信じられないと言った表情だ。

 

「ええっ!? イリーナって伯爵令嬢だったんだ!?」

 

思わず信じられないような物を見るような目でイリーナを見てしまう俺。

 

「え、ああ、うん、そうだな・・・」

 

俺のツッコミに急にモジモジして照れだすイリーナ。

 

「え・・・、イリーナちゃん、その人って・・・」

 

未だにルシーナの右手首を掴んで、謎の治療中のヤーベを見つめるルシーナ。

そう言えば意識がはっきりしてからもまだ、名前すら聞けていない。

 

「え、ああ・・・、うん・・・、その、私の・・・大事な人・・・かな?」

 

イリーナが高速モジモジをかましながらそんなことを宣う。

 

「「ふえっ!?」」

 

俺とルシーナが同時に驚きの声を上げる。

俺はいつの間にイリーナの大事な人に!?

ローブを纏った怪しい奴ですけど!?

自分で言うのもなんですけどね!

 

見れば奥さんもフェンベルク卿も驚いた顔をしている。

 

「イリーナちゃんの大事な人って・・・結婚するの?」

 

ええっ!? 結婚!? 俺が!? イリーナと!?

まず、人ではない俺が結婚ってどーなのよ!?

 

「え・・・」

 

チラッと俺を見るイリーナ。

顔を真っ赤にしている。

 

「うん、結婚する・・・」

 

すんのかーい!!

今初めて聞きましたけど!?

後、イリーナのご両親にも会った事ありませんけど!?

後、再確認しますけど人じゃないですが!?

 

ルシーナが今度は俺に視線を向けてくる。

 

「お名前・・・教えて貰ってもいいですか・・・?」

 

ルシーナが俺に聞いてくる。

 

「お、俺・・・? ヤーベって言うんだけど・・・」

 

まだ俺自身も気持ちが落ち着かない。

イリーナが事あるごとに俺にモーション?をかけてくれるのは気づいていたが、まさか大真面目に結婚とか考えているとは思わなかった。

というか、イリーナは俺が魔物の体だと知っているはず何だが。

 

「ヤーベさん・・・奥さんは二人いても大丈夫ですよね・・・?」

 

「はいっ!?」

「ふえっ!?」

「まあっ!」

「何だと!!」

 

そこにいた主要メンバー全員はそれぞれ声が裏返った。

 

「ル、ルシーナちゃん、ヤーベはダメだよぉ・・・」

 

ちょっと涙目で俺の右上腕部を抱えるようにするイリーナ。

揺すらないでね?まだ治療中だから!

 

「でもでも、イリーナちゃん、こんなすごくて素敵な人と知り合ってずるいよぉ・・・私だって仲良くしたいよ」

 

「そうねっ!ルシーナ。大事な人だって思ったらたくさん積極的になるのよ!」

 

ニコニコしながら左手を握る奥さん。

 

「お母さま!」

 

母親の応援を受けてより元気を増したルシーナがさらに俺に質問をする。

 

「ヤーベ様は奥様がたくさんいた方がよろしいですか?」

 

「ふええっ!?」

 

イリーナがもっとびっくりした顔でルシーナを見る。2人だけじゃなくてたくさん奥さんがいるの・・・!?

 

「ダメダメ!ルシーナちゃんと2人でも大変なのにもっと一杯なんてだめだよ~」

 

イリーナはヤーベの周りに自分とルシーナ、そしてたくさんの女性がいる場面を想像してもだえ始めた。

 

「そんなにたくさん女性が居たら、イリーナはポンコツだからもういらないって言われちゃうよ・・・」

 

急にグスグスし出すイリーナ。

 

「大丈夫だよ!イリーナちゃん。私と二人でヤーベさんを支えて行けばいいんだから」

 

「ふえっ!? 二人で・・・?」

 

「そう、二人で!」

 

そう言ってはにかむルシーナ嬢。すでにイリーナの味方だよ!みたいな感じで丸め込まれてますよ、イリーナさん?

 

「イカンイカン! 結婚なんて何を言っているんだ! 大体まだルシーナには早すぎる!」

 

急にフェンベルク卿が騒ぎ出す。

 

「あら、貴方? ルシーナの命を救ってくださった奇跡の魔導士様が、まさか気に入らないとでも?」

 

いやいや、お気になさらずに。というか命救ったら求婚って、お医者様はハーレム状態になっちまうよ。

 

「いや! そう言うわけではないんだ、感謝はもちろんしてるさ!対価もちゃんと支払わなければと思っているよ!でも結婚は早いんじゃないかと・・・」

 

「あら貴方、すでにルシーナは十六歳ですわよ。去年社交界にデビューを果たしておりますし、何の問題も無いではないですか。すでにいくつかの貴族よりルシーナを娶りたいと申し出が来ておりますし」

 

「むうっ! だが、やはり早いからそういった申し出も断っているではないか」

 

「それは相手によるからですわ。今まで申し出のあった貴族のお相手は皆さんイマイチでしたもの。それに比べてこのヤーベ様はとてつもない力の持ち主ですわ!ルシーナの伴侶にふさわしい!」

 

いや、怪しいローブを羽織った顔すら見せない謎星人ですけど?

俺のどこにダンナ要素ありますかね?

あ。屋台で食い物買い占めた時はダンナって呼ばれてたわ!

 

「そうですね、お母さま。イリーナちゃんと二人でしっかりヤーベ様を支えたいと思います!」

 

「うん!その意気よ」

 

「イリーナちゃんも一緒に頑張ろうね!」

 

「え・・・、うん・・・」

 

おうっ! オペレーション・なし崩し!

いつの間にやらイリーナとルシーナちゃんがタッグを組んで俺を支えると言うのが既定路線に!?

 

コルーナ辺境伯家の女性陣、恐るべし!

 

「あの~、フェンベルク様? この悪徳神官を引っ立ててもよろしいですか?」

 

衛兵たちが気絶している悪徳神官を連れて行こうとしている。

 

「お、おお、頼むぞ!尋問をきつく行って情報を吐き出させよ!」

 

タジタジだったフェンベルク卿だが、仕事モードに切り替わって指示を出す。

 

そのうち、玄関でピヨピヨと騒がしくなってきた。

 

「ああ、多分聖神会(せいしんかい)の怪しげな布教活動を行っていた連中をウチのヒヨコたちが連れて来たんだろう」

 

そう言って伝えた時、ルシーナの血液循環が一周して加護がつながった感覚がした。

 

「うん、治療完了。もう大丈夫だと思うよ。後はゆっくり水分を取って消化にいいおいしいものをいっぱい食べて体力をつけてね」

 

「あ、はいっ! ありがとうございます!」

 

上半身を起こして頭を下げるルシーナ。

 

「まだ無理しなくていいから、ゆっくり休んでね。ではフェンベルク卿、玄関に集まった聖神会(せいしんかい)の関係者を全員ひっ捕らえるとしましょうか」

 

にっこり微笑んでフェンベルク卿に伝える。ローブだからきっと顔がわからないだろうけどね。現在、顔がわかると大問題なのもあるけどさ。

 

 

 

俺とイリーナ、フェンベルク卿は館の玄関から外に出る。

すると、続々と悪党・・・いや、聖神会(せいしんかい)の神官っぽい男たちがヒヨコに宙吊りにされて運ばれてくる。大人の男をヒヨコ三羽で宙吊り・・・、いつの間にかの大パワー、ヒヨコさんマジハンパないっす。

 

そして、連れて来られた悪徳神官・・・聖神会(せいしんかい)の連中は狼牙族に囲まれてビビっている。

あ・・・急に一人立ち上がって走って逃げ出した。

狼牙の一頭が二本足で立ち上がって・・・ビンタ! 男は錐揉み三回転で吹っ飛び、中央へ戻される。

・・・狼牙マジハンパないっす。

ローガや四天王だけじゃなく、もはや一兵卒まで圧倒的な戦闘力を保持しているような気がするな。

 

「全員ひっ捕らえて徹底的に尋問だ! 詰所に連れて行け!」

 

フェンベルク卿の号令で衛兵たちが動き出す。

これで背後関係が割り出せれば、万事解決なのだが。

今回の事件も、イリーナとルシーナの関係も、スッキリ片付いてくれないものか・・・。

俺は溜息を吐いた。

 




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第50話 重篤な患者を助けよう

次々と引っ立てられて行く聖神会(せいしんかい)の神官たち。

 

「詰所で厳しく取り調べよ!」

 

フェンベルク卿の号令で衛兵たちがテキパキと詰所へ連れて行く。

 

さて・・・、この聖神会(せいしんかい)の連中が何を狙っていたのかが気になる。

ソレナリーニの町でも同じ毒でテロを狙っていた。

だが、よく考えればソレナリーニの町でテロを行おうとしていたのは盗賊チックな三名だった。フェルベーンではすでにテロ行為が始まっていると喋ったので大至急フェルベーンへ向かったため、その後の捜査を代官のナイセー殿に任せてしまったが、ソレナリーニの町でも聖神会(せいしんかい)の仕業なのか? それにしては実行犯が盗賊チックな連中だったし、毒の瓶から直接入れようとしていた事も雑さを感じる。

 

そしてその目的はどこにあるのか。

コルーナ辺境伯に恨みがあってこの地を混乱に陥れるのが目的か、それとも聖神会(せいしんかい)とやらの信者獲得が目的か。金儲けにしては杜撰過ぎるしな。

ただなぁ、信者獲得が目的なら、こんな城塞都市で始めるよりももっと小さな町や村で始めるべきだろう。このような大都市ではあまりにリスクが高い。

先ほど、聖神会(せいしんかい)がどのような組織なのか、この国の教会組織とどのような関係があるか衛兵に聞いてみた。

すると、聖神会(せいしんかい)なる宗教組織はほとんど名を知られていなかった。そしてこの国の教会組織とは全く関係のないものだった。

この大都市で知られていないだけで辺境の小さな町では知られている可能性も無いではない。先に想像した大都市でのリスクも、すでに小さな町では実行済みだったのかもしれない。そのあたりは取り調べを待つしかない。

 

「ふぃ~」

 

俺はまた溜息を吐く。

つい先日まで泉の畔でのんびりしていたはずなんだが・・・。

 

あ、のんびりしてる場合じゃない!

辺境伯の娘は助けることが出来た。だが、町中にはまだ苦しんでいる人がたくさんいるんだ。

しかもヒヨコたちが捕まえて来た聖神会(せいしんかい)の神官たちは十人を超えている。すると、かなり広範囲で被害が出ているはずだ。

 

「フェンベルク卿。街中でも貴方の娘さんと同じような症状で苦しんでいる人達が大勢いると思われる。ボーンテアック診療所というところで解毒剤を作ってもらっているのだが、なるべく早く町の人々に配れるように頼んでくるよ。薬代って、辺境伯からの支払いで大丈夫か?」

 

「ああ、もちろんだ! いくらかかってもいい。早く領民を助けてもらいたい。娘の事にかかりきりで、町のトラブルもここ数日は代官に任せっきりになっていたしな。私もすぐ町中の状況を把握するように努める」

 

「それではまた後で」

 

「ああ、頼むぞ!」

 

俺とイリーナはローガに乗ってボーンテアック診療所へ向かった。

 

 

 

 

 

「おーい、ボーンテアック」

 

俺たちはボーンテアック診療所の前にやって来た。

相変わらず列を成して患者たちが押し寄せている。

 

「おお、ヤーベ殿。解毒剤が出来たので薬草と合わせて患者に服用してもらったら劇的に回復してきましたぞ」

 

「おお、それは良かった」

 

ボーンテアックは助手に患者の相手を任せるとこちらにやって来た。

 

「だが、もう解毒剤の元になる毒が無いんだ」

 

ボーンテアックは以前渡したポイズンウォータードレイクの毒が入った瓶を振る。瓶の中は空っぽだ。

 

「あるよ」

 

と言っボーンテアックの手に握られた空の瓶を手(?)に取ると、亜空間圧縮収納に仕舞い、毒を詰めて再度取り出す。

 

「ほい」

 

「・・・君は手品師か何かかい?」

 

「否定はしない」

 

「しないんかい!」

 

ボーンテアックのツッコミを華麗にスルーし、ついでに薬草も取り出す。

 

「ああ、薬草もありがたいが・・・。実はもう僕では手に負えない患者がたくさん教会に集められているんだ。君に何とかしてくれとお願いするのは筋違いかもしれないんだが、なんとかならないだろうか・・・。かなり中毒症状が進んでしまって、解毒作用の効果が出なかったり、体力が限界に近い人たちがたくさんいるんだ。教会でも<癒し(ヒール)>で延命処置を施すのが精一杯のようなんだ」

 

「むっ、それはイカンな」

 

「な、何とか出来るのか?」

 

「行ってみないとわからんが、何とかするしかないだろうな。早速行って来る」

 

「教会は大通りに出て右手に見えるよ。よろしく頼む」

 

そう言って頭を下げるボーンテアック。

いい奴だよな。ボーンテアックが悪いわけでも何でもない。だが、自分が助けられない患者のために動く俺に頭を下げることが出来る。そんな奴の診療所はもっと力を入れて貰ってもいいだろう。主に国に。

 

 

 

 

「こんちは! ボーンテアックの依頼でお手伝いに来ました」

 

教会の大扉を開けて中に入り声を掛ける。ちなみにローガ達六十一匹は教会の庭で待機な。

 

「おお・・・、手をお貸しいただけるのですか、大変ありがたい事です」

 

かなり年配の・・・というかお爺さんな神父さんが出て来た。

 

「かなり重篤な患者さんが集められているとか」

 

「そうなのです・・・ボーンテアック殿より解毒剤と薬草を頂いて回復出来た者達も多くいたのですが、今現在教会に寝かされている人々はそれでも回復しない人たちばかりなのです」

 

「なるほど・・・様子を見せて頂いても?」

 

「こちらです」

 

教会の大聖堂へ案内される。この部屋がもっとも広いからだろうが。

扉を開け、中に入る。

そこには壮絶な光景が広がっていた。

ざっと見ても百人以上が寝かされている。

どの人もかなり重篤な状態のようだ。

四人ほどシスターがタオルを持って患者たちを見て回っているようだ。

別の神父が<癒し(ヒール)>を掛けている。

 

「これほどの数とは・・・」

 

「ヤーベ、どうしよう。みんなルシーナちゃんと同じような感じで危険な状態みたいだ・・・」

 

ルシーナちゃんを助けた時のような「スライム透析」ならば助けられるだろう。

だが、正直透析する血液に直接水の精霊の加護を与えるのは若干ためらわれる。

加護ではなく、直接<生命力回復(ヒーリング)>を魔法で掛ける方がいいだろう。

 

後は「スライム透析」を行うにしても一人一人ではとても間に合わない。助かる命も助からなくなる。

となると、触手をどういう風に説明するかだが・・・。

 

「神父殿」

 

「なんでしょう?」

 

「大変申し訳ないが、今この大聖堂にいらっしゃる皆さんに一度退出をお願いしたい」

 

「それは何故でしょうか?」

 

少し不審な表情を浮かべ問いかける神父様。

 

「患者の皆様を助けたいのですが、あまりに時間がありません。そのため大規模な魔法を行使したいのですが、患者以外の人間が範囲に入ると都合が悪いのです」

 

「それほどの魔法ですか・・・出来れば見学させて頂きたいのですが」

 

「申し訳ありません、集中せねばなりませんのでご遠慮いただけますでしょうか。できれば皆さん全員を助けたいので、少しでもリスクを減らしたいのです」

 

俺の説明に神父さんたちは「それでは皆さんをお願い致します」と全員退出して行った。

みんな疲れているし、休憩にとりあえず納得してくれたのだ。

 

俺とイリーナ、そして患者さんだけとなった大聖堂。

イリーナはジッと俺の方を見る。

 

「ウィンティア、シルフィー、力を貸してくれ」

 

「うん、もちろん。任せて!」

 

「お任せください!お兄様」

 

「<生命力回復の嵐(ヒーリングストーム)>」

 

大規模な範囲で<生命力回復(ヒーリング)>を使うため、水の精霊ウィンティアと風の精霊シルフィーの力を借りて合成魔法を作成、唱える。

精霊魔法の合成、など可能なのかと思ったが、力の行使時に精霊たちの力を借りると、精霊魔法を唱える時の力の流れに、かなり自由度があると感じていた。なので相反発しない力であれば、うまく調整することで合成したり二つの効果を持たせたりできるのではないかと考えていたが、それを実践で試すことにした。

 

具体的にはウィンティアの力を借りて<生命力回復(ヒーリング)>を拡大展開し、シルフィーの力を借りてその効果を風の力で広く拡散させる。

 

そして百人以上の患者の右手首に触手を接続。もちろん同時にだ。

別人の血が混じってはいけない。当たり前のことだが。

先のルシーナちゃんの治療で「スライム透析」のコツはもう掴んでいる。加護の力を使わず浄化するだけなら、スライム細胞の仕事もわずかで済む。

そんなわけで百人以上に同時に接続して、全員の血を混ざることなく「スライム透析」して血液浄化を実施した。

 

「ふう、全員回復出来たな。うん、間に合ってよかった」

 

俺は呼吸の落ち着いた患者たちを見て安堵した。

 

「ヤーベ、お疲れ様」

 

そっと俺の右手を抱える様に寄り添ってきたイリーナ。

俺はイリーナの笑顔に少し癒されたような気がした。

 

 




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第51話 『城塞都市フェルベーンの奇跡』を華麗にスルーしよう

本来、俺様はそれほど奥ゆかしい人間ではない。

実際の所、モテたいし、褒められたいし、尊敬されたい。

それ自体は別に悪い事でも恥ずかしい事でもないと思っている。

生活が楽になる様にお金だって欲しい。

 

だが、今の俺は・・・スライムなんだよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!

 

なんてったって、モテる前に!褒められる前に!尊敬される前に!狩られてしまう!

もう正直こればっかりは何ともならん。

俺が狩られないためには、目立たず騒がず大人しく生きるしかない。

それに、ある程度スライム能力でいろいろな事が出来るようになった今、権力者から目を付けられかねない状況でもある。

狙われるのは本当に面倒くさい。勘弁してもらいたい。

 

大体モテたってスライムの体じゃ、ヘソまで反り返った俺の(以下略)。

これがチート能力満載でイケメンにでも転生していればモテ街道も楽しめただろう。冒険者でSランクとか目指していたかもしれない。全力でハーレム狙っていたかもしれない。たくさんのお金を稼いで豪邸でも建てて住もうと思ったかもしれない。

 

だが、今の俺は・・・スライムなんだよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!(2回目)

 

今更だが、何でスライム?

一度神だか女神だかに聞いてみたい。

あなたは~何故に~スライムにしたのですか~

 

「はぁぁ・・・」

 

俺は深い深いため息を吐く。

 

「ヤーベ!もっと奥に隠れるのだ!」

 

イリーナが俺を裏路地の奥へ押し込む。

 

大通りを神官たちが走って行く。

 

「使徒様はどこへ行かれたのか!」

「何とかお戻りになってお礼をお伝えせねば!」

「出来れば我々にも神力によるご教授を賜れぬものか・・・」

 

誰が使徒だよ!使徒って敵のイメージの方が強いのはアニメ好きのせいですかね!?

 

俺とイリーナはあの後七つの教会を回って約千人近い人々を治療し切った。

どこも「ボーンテアック殿に依頼されて来ました~」で挨拶したから、ボーンテアック治療院の関係者で押し通すつもりだったのに。何でこんなことになった!?

 

「いや、ヤーベ。それは無理があるだろう・・・」

 

「そう?」

 

「ボーンテアック殿の協力があって回復へ向かった人たちが沢山居たとはいえ、解毒剤や薬草で回復できなかった重篤な患者をわずかな時間で百人以上いきなり回復させたんだぞ。奇跡の御業以外にないではないか」

 

「いや、神の力なんて欠片も無いけど。なんせ神に会ったことないし。でもきっといるんだろうね、神。何たって人の体をこんなにしたの、絶対神だからね」

 

俺は高速スラプルプルで若干怒りを示す。

 

「ならば私は神に感謝せねばならんな」

 

「なんでよ?」

 

「そのおかげで私はヤーベに出会えたのだから」

 

輝くような一片の曇りもない笑顔を向けてくるイリーナ。

 

「イリーナ・・・」

 

ちょっと見つめ合ってしまい良い雰囲気になったと思ったら、大通りからまた大声が聞こえてくる。

 

「こちらの方に来たと思ったんだが」

「お、西の教会の連中じゃないか、どうした?」

「奇跡なんだ!神が降臨なされた!」

「何だって!」

「まさに『城塞都市フェルベーンの奇跡』だ!」

 

「ブフォッ」

 

もう使徒でも何でも無くなってんじゃねーか!神そのものになってるし!

 

「そっちもか! こっちもだ!」

「ローブに身を隠されて女騎士を従者になされておられた!」

「何としても見つけてその御業をもう一度!」

 

教会デンジャラス!

回復系の大パワーを実行したとは言え、自分たちの常識では計り知れない事は全て神の御業と判断するのは教会の悪いクセだと思います!

 

「どうする?ヤーベ」

 

とりあえず、服装を変えるか。

 

「どこかで服を買おう。イリーナは騎士風の鎧を着ているから、俺と同じローブを上から被れ」

 

そう言って亜空間圧縮収納から予備のローブを取り出す。

 

「わ、わかった」

 

そう言って灰色のローブを被る。これで女騎士の従者は消えた。

さて、俺はどうするか・・・。

 

「こ、こちらに「奇跡の使徒」様が来ていると聞いたのですが!」

 

「ブブフォッ!」

 

奇跡が、勝手に奇跡が増えています!

 

「私も、母も助けて頂いたのです!なんとかお礼をお伝えしたくて・・・」

「いや~、我々も何とかお礼が言いたくて探しているのです。こちらへ来たという情報はあるのですが・・・」

「きっとあまり騒ぎになるのを好まない御方なのかもしれません」

 

そう!そのとーり!だからそっとしておいて!

 

「路地裏などで少し休んでいるかもしれません。裏通りも探して見ましょう!」

 

 

グッハア!

 

 

騒ぎを好まないと看破しておきながら路地裏までくまなく探そうとする、何か矛盾してませんかねぇ!

 

「や、やばいぞヤーベ。ここも時間の問題だぞ!」

 

ヤッベー!久々ヤベちゃんヤッベー!どうする!?

 

「こちらの方も捜索して見ましょう」

 

本気でヤバイ!どうする!?

 

「あ、思い出した!」

 

「な、何だ!?どうしたヤーベ?」

 

「行くぞ!スライム流戦闘術究極奥義<勝利を運ぶもの(ヴィクトル・ブリンガー)>」

 

「ひょわわっ!」

 

エネルギーをぐるぐるしてイリーナのローブの内側に滑り込み、背中に張り付く。そして手足をスライムボディでコーティングして行く。

 

「ああ、ヤーベに私の手足を束縛されて・・・くっ犯せ!」

 

「久々クッオカ頂きました!」

 

そう言って俺様はその場を飛び上がる、その勢いは建物の二階の屋根に軽々届く。

 

「わあっ!す、すごいぞヤーベ!」

 

「しーーーーー!!」

 

見つかるからデカい声出さないで!

 

今まで居た路地までドヤドヤと神官たちが押し寄せて来る。

 

「マジで危なかった・・・」

 

「ヤーベは本当に神様扱いされてしまっているな。もう「私が神だ」とか言って出て行った方が話が早くないか?」

 

「誰が神か!」

 

「ん!?」

 

ヤベッ!

声が聞こえたのか神官たちがキョロキョロしている。

このままイリーナの体を操って屋根伝いにコルーナ辺境伯家まで戻るとしよう。

 

「とうっ!」

 

「わわっ!」

 

屋根から屋根へ飛び移る様に動くとローブがはためいて動きにくい。

 

「メンドイから脱いじゃおう」

 

そう言ってローブを脱がして亜空間圧縮収納へしまう。

 

「ヤーベが私のローブを脱がして・・・くっ犯せ!」

 

「久々聞いたと思ったら乱発しますね」

 

そう言って<勝利を運ぶもの(ヴィクトル・ブリンガー)>で張り付いているスライムボディをものすごくカッコイイ女戦士風の鎧をイメージして形作る。

 

「とうっ!」

 

「ひょわわ~」

 

俺様は動きやすくなったことに気を良くして屋根から屋根へまるでどこかの怪盗の如く飛び移った。追い詰められていた状況を一気に打破できると調子に乗った俺はその時点で気が付かなかった。イリーナの衣装は上半身のハーフプレートを装着していたが、下半身は太ももが見えるミニスカートだったことを。そして今現在、怪盗が暗躍する深夜でもなく真っ昼間であったことを。そして、異世界だからと言って、上を見上げるものが決していないわけではないことを。その事に気が付くのは少し時間が経ってからの事になる。

 




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第52話 『聖女のおパンツ騒動記』を華麗にスルーしよう

 

華麗に屋根から屋根へと飛び移って移動しているヤーベ。

ぐるぐるエネルギーを巡回させ移動すると、体が羽の様に軽くなったような気がして、かなり調子に乗って移動した。時には大通りを跨ぐように空中を飛んだ。

 

「いやー、空中を飛ぶって気持ちいいな、イリーナ」

 

「ひょわわ~」

 

空中を飛んで移動する事にすっかり慣れたヤーベに比べて、いまだ体を操られているイリーナは奇声を上げてビビっていた。

 

 

 

「ふうっ!一息入れよう」

 

俺は屋根の上で一旦止まってイリーナに一声かける。

 

「ひょわわ~」

 

よく見ればちょっと目が回っているようだ。三半規管弱すぎだぞ?

コルーナ辺境伯家はこの先、坂になっている大通りを上がって行けば着く。

もうすでに視界には入っているしな。やっとここまで移動出来たわけだ。

 

と、少し落ち着くと腹が減って来たな。

 

・・・いつから腹が減る様になったかって?

確かに一人でいた時は睡眠も空腹も感じないし不要だったけどね。

ローガ達やヒヨコ隊長たち、なによりイリーナと生活するようになって、食事の準備をしたり一緒に食事しているうちに、何となく時間になると空腹感を感じるようになった。

生活リズムって大事ね。

 

「というわけでイリーナ。コルーナ辺境伯家に戻る前にメシにしよう」

 

「ほわっ? 何がというわけでかはわからんが・・・確かにお腹は空いたぞ」

 

「じゃあ食べに行こう」

 

「で、何を食べるのだ?」

 

イリーナは小首を傾げて聞く。

だが今の俺は<勝利を運ぶもの(ヴィクトル・ブリンガー)>を発動してるため、俺の視線はイリーナの後頭部を見ているような感じだ。ちょっとヘンな感じ。

 

「ふふふ、すでにアタリは付けてある。この屋根の下だ。滅茶苦茶香ばしい良い匂いがする。オレのカンに間違いない」

 

地球に居た頃から、こういった事には鼻が利くのだ。

 

「この匂い、間違いない・・・醤油を使ってるな」

 

異世界ラノベでなぜか手に入らないのが日本食。それも醤油はなかなか希少だったり、手に入らなかったりしている。それは醤油という調味料が日本独自の文化で培ってきたものだからだろう。同義語に味噌がある。だが、異世界だからと言って、無いとも限らないのだ。あっても別におかしくはない。作り上げた職人に感謝すればいいのだ。心の底からありがとうと。

 

今香って来ているモノ、それはチャーハンだ。俺のカンがそう告げている。

 

「イリーナ、行くぞ」

 

「ほえっ!?」

 

俺は屋根から空中二回転した後ふわりと店の前に着地する。

 

「ふっ、華麗に決まった!」

 

そう思ったのだが、

 

「ヤヤヤ、ヤーベ!」

 

イリーナさんが怒っています。どうした?

とりあえず<勝利を運ぶもの(ヴィクトル・ブリンガー)>を解除して亜空間圧縮収納からローブを取り出して着込む。

イリーナの前に立った俺をイリーナが真っ赤な顔をしてほっぺを膨らませて睨んでいた。

 

「ヤーベが手をコントロールしているから、スカートを押さえられなかった・・・」

 

「ほわっ!?」

 

イリーナの口調が移っちまった。

というか、イリーナってミニスカートだったな・・・

まったく気が付かなかった。

今、空中二回転で無駄に華麗に店の前に着地した時、足から真っ直ぐ降りた。

両手も無駄に華麗に回した。

スカートは押さえなかった。

つまり、下へ降りた時、スカートは全力で捲れ上がっていた事が予測される。

俺は風の精霊シルフィーと契約しているが、スカートを守ってなんてお願いはしていないから、ラノベのお約束にある美人エルフのミニスカの中が絶対見えない!なんてことは無い。

それは、つまり、イリーナのおパンツが全開で丸出しになっていたということで・・・。

 

「ヤ~~~~ベェ~~~~」

 

イリーナの目は涙が溢れて決壊寸前のダム状態だ!

 

「バカバカバカバカ!」

 

そう言って俺の胸に飛び込み、ポカポカパンチを繰り出す。

地球時代、リア充爆発すべしっ!って思ってたけど・・・ポカポカパンチ、全然痛くない。むしろ守ってあげたくなる。リア充共が感じていたのはこれだったのか!

 

「まあまあ、イリーナのおパンツは俺だけのものだから気にするな。それよりお腹空いたろ? お店に入って腹ごしらえしよう」

 

「ふえっ!? ヤーベだけの・・・ほわっ・・・うん、お店入いりゅ」

 

何だが顔を真っ赤にしてろれつが回らなくなったイリーナ。どうした?俺なんか変なこと言ったか? まあ、ローブの裾はしっかり握っているから、とりあえず大丈夫か。

 

 

 

「毎度! 大将やってる?」

 

俺はボロ目の木でできた引き戸を開けて中に声を掛ける。

 

「毎度。やってるよ」

 

ちょっとぶっきらぼうなガタイのいい親父がカウンターの奥から返事をする。

 

「どこでも好きな所へ座ってくれ」

 

俺はイリーナを促してカウンターに座る。ありがたい事に丁度他の客が誰もいない。

 

「この匂い醤油だな。実に香ばしい良い匂いだ。それをメシで絡めて炒めた料理か?」

 

「そうだ、よくわかるな。チャーハンってんだ」

 

「マジか!」

 

それ、地球時代と同じじゃん!食べるしかねェ!

 

「チャーハン大盛で! イリーナは普通盛りでいいか?」

 

「ふぇ!?」

 

「だから、チャーハンの量は普通盛りでいいかって」

 

「ああ・・・普通盛りでいいら」

 

「さっきから語尾がおかしいぞ?」

 

「ふえっ!? そ、そんなことはないにゃ」

 

「? まあいいか、大将!チャーハン大盛と普通盛りで!」

 

「あいよっ!」

 

俺は大将の鉄鍋を振るう荒業を見ながらチャーハンの完成を楽しみに待つことにした。

 

 

 

-そのころのフェルベーン-

 

 

「み、見たか! 今の・・・」

「ああ・・・、天女だ」

「いや、聖女だろ。大勢の人を回復させて姿をくらましたと思ったら空飛んでたんだぞ」

「・・・しかも、おパンツ振りまいて」

「「「「ステキだ・・・」」」」

 

大勢の男たちが空を見上げながら恍惚とした表情を浮かべていた。

 

「女神様だ!女神様が現れたぞ!」

「いや、聖女様だ!王都の性悪聖女じゃなくて、本物の聖女が現れた!」

「女神様だ!」

「いや、聖女様だ!」

 

若い神官たちが大通りで揉めている。空を飛んでいた女性を女神様と呼ぶか聖女様と呼ぶかで揉めているようだ。何気に王都の聖女様はディスられていた。

 

「あれほどの重篤な者達を完全に回復させるなど、正しく女神の御業に違いない!」

「確かに!王都の性悪聖女とは雲泥の差だ!」

「バカ野郎!比べるのもおこがましいわ!」

 

イリーナの女神への昇格と共に、王都の聖女のディスりが加速する。

 

「それにしても・・・」

「「「純白のおパンツ、最高でした・・・」」」

 

神官たちは空に祈った。

 

 

 

町の女性たちは通りで狂喜乱舞していた。

 

「見た見た? 今空飛んでたよね! あれ、使徒様の従者様なんでしょ?」

「なんだか、あの女性も聖女様みたいよ!」

「女神様だって聞いたけど?」

「「「キャーーーー!スゴイ!!」」」

 

キャイキャイと女性だけで盛り上がる一団。このような井戸端会議的な集団があちこちで勃発していた。

 

「すごーい、女神様だって!」

「ものすごい高価な鎧着てたよね!」

「さすが女神様!」

「それにしても・・・」

「「「白いおパンツ、カワイかった~~~~!」」」

 

イリーナの白いおパンツは女性にも大人気であった。

そして、城塞都市フェルベーンにて、清楚な白いおパンツが大人気となり、お店で売り切れが相次いだのであった。

 

 

 

-そして王都-

 

 

「聖女様!大変です!」

 

王都バーロンの大聖堂。聖女と呼ばれた少女の部屋はきらびやかで豪華な造りであった。

その部屋の扉をノックして神官が入って来た。

 

「何よ!うるさいわね!」

 

美人と言えば美人なのだろうが、口の利き方と目つきで非常にキツいイメージを与える少女が答える。

 

「城塞都市フェルベーンにて、聖女様が現れたそうです!」

 

「はあっ!? 何言ってんのよ。バカじゃないの?私はここにいるでしょ」

 

若い神官を見下すように伝える聖女と呼ばれた少女。

 

「千人以上の重篤な患者を完全に回復させたとか」

 

「なんですって!?」

 

そんなバカな話は無い。重篤な患者を完全に回復させる魔法など、奇跡の御業である。

当然聖女自身には無理な話だ。

 

「そして・・・回復させた後フェルベーンの町の屋根を飛び回って去って行ったとか」

 

「はあっ!? なんで屋根を飛び回ってんのよ?」

 

意味が分からない。

 

「それも、白いおパンツを振りまいて飛んで行ったとかで・・・。フェルベーン町では『聖女の白いおパンツ』として話題沸騰中です」

 

「な、な、な、何言ってんのよ!? あたしそんなハレンチな真似してないわよ!」

 

怒りだす聖女。若い神官も文句ばっかりで態度の悪いこの聖女の事だなどとは露程も思っていない。ぜひともその本物の聖女に王都に来てもらえないか・・・と切に願っていた。

 

「聖女様!大変です!」

 

またも同じセリフでドアがノックされる。先ほど来た若い神官は目の前にいるので2人目だ。

 

「城塞都市フェルベーンで女神様が降臨なされました!」

 

「「はああっ!?」」

 

先ほど聖女が出たという話だったのに、今度は女神!?

 

「千人以上の重篤な患者を完全に回復させ、空を飛んで去ったそうです!」

 

「あ、さっきの聖女様の話ですかね?」

 

若い神官が口を挟む。

 

「そうそう、というか聖女ってレベルじゃないらしいよ!まさに奇跡の御業だって!」

 

神官たちのテンションが上がる。

 

「しかも女神様は清楚な白いおパンツを振りまいて空を飛んで行ったと・・・」

 

「くうう~、すばらしい!」

 

感涙する神官たち。

 

「バッカじゃないの!? なんなのお前達は!」

 

王都の大聖堂。聖女と呼ばれた少女は喚き散らしていた。

 




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第53話 店の裏口から脱出しよう

「あいよっ!お待たせ!」

 

慣れた手つきで大きな鉄鍋をこれまた鉄のお玉でカンカンと音を立てて料理していた親父が完成を告げる。

さらに鉄鍋から盛られる料理。炒めたご飯に野菜や肉が入り、そして味付けの決め手はやはり醤油。絶妙な香りが漂ってくる。

 

そして目の前にチャーハンが置かれた。

 

「う、うまそう!」

 

「うまそうじゃねぇ。うまいんだよ」

 

そう言ってニヤリとするクマのような親父。嫌いじゃないね、こういう親父。

早速でかめのスプーンですくう。蓮華(レンゲ)とは違うな、ただのでか目のスプーンだ。

俺様の方のチャーハンは大盛だ。傍目に見てもイリーナの普通盛りより二倍近い量がある。いい盛りっぷりだぜ親父!

 

文字通り山と化したチャーハンの麓にドスッとスプーンを差し込んで持ち上げる。

ふわっと醤油のいい匂いが包み込む。

我慢できずに早々に口に含む。

 

「う、うまっっっっっ!!」

 

口の中に広がる芳醇な香り!これは醤油だけではない!

・・・最も俺には料理の才能は無いし、具体的に醤油以外に何が入っているのかわからないけど。

 

隣を見ればイリーナはまだぽや~っとしたままチャーハンに手を付けていない。

 

「イリーナ?」

 

「ふえっ!?」

 

「チャーハン冷めるぞ? 早く食べよう」

 

「ふわっ!? うん、そうだな、食べるとしよう」

 

そう言って慌ててスプーンを突っ込み、アツアツのチャーハンを口に放り込む。

 

「アチャチャチャチャ!!」

 

アツアツチャーハンを思いっきり口に頬張って叫び声をあげるイリーナ。

 

「ほら、水飲め、水」

 

俺が渡した木のコップをひったくるように奪うとゴクゴクと飲み干す。

 

「ふわわ~、アツアツだったぞ」

 

「そりゃそうだよ、出来立てなんだから。フーフーして食べるんだよ」

 

「な、なるほど・・・」

 

目を白黒させながら水を飲みほしたイリーナは落ち着くと、再度フーフーしながら一口だべる。

 

「お、おいしい・・・」

 

「ウマイよな!このチャーハン!」

 

「うん、すっごくおいしいぞ!」

 

喜んで食べだすイリーナ。

よかったよかった。これでお腹も落ち着けばイリーナ自身も落ち着くかな。

俺たちはチャーハンを心行くまで堪能した。

 

 

 

「・・・ん!?」

 

店の外が騒がしい。

 

耳を澄まして見る。

 

「聖女様見た? 華麗に空を飛んでいらっしゃったわよねー!」

 

「ブフォッ!」

 

イカン、チャーハンが噴き出た。

こういう時は店の親父にバレない様にこっそりスライム的掃除術(スラクリーナー)発動!

触手の先っちょを掃除機のノズルの如く細くして撒き散らしたチャーハンの米粒を回収だ!

 

「ん?どうしたヤーベ」

 

イリーナがこっちを見てくる。

 

「いや・・・」

 

どう取り繕おうかと迷っていると、さらに声が聞こえてくる。

 

「聖女様じゃなくて、女神様らしいよ!」

「なんたって千人以上の人々を回復させたって話だもんね!」

「王都にいるなんちゃって聖女なんかと比べ物にならないらしいよ」

「そんなの比べられるわけないじゃん!本物と偽物なんだから」

「そっかそっか~」

 

何か知らないけど、イリーナ賛歌と王都にいるらしい聖女のディスりが止まらない。

 

「外でイリーナを聖女とか女神とか言って讃えているみたいだ」

 

「な、なぜだ!?」

 

「なんでだろ?」

 

「讃えられるなら、ヤーベを讃えるべきだろう!」

 

なぜかテンションが上がるイリーナ。

 

「もしかしたら、追手を撒くために<勝利を運ぶもの(ヴィクトル・ブリンガー)>を発動して移動したから、イリーナしか姿が見えなくなって、イリーナが治療したことになったんじゃないか?」

 

「なんだと!? そんな間違いをしているとは!早速訂正してヤーベこそが神なのだと教えねば!」

 

そう言って店を飛び出そうとするイリーナを羽交い絞めする。

 

「コラ!誰が神か! 大体教えるってなんだ、教えるって! 教えたら教会の人間とか一杯来るでしょ!」

 

「そ、そうか・・・」

 

そうこうしているうちに、外の女性たちは別の話題に盛り上がる。

 

「屋根から屋根へ飛び移る聖女様!素敵よね~」

「違うって!聖女様じゃなくて女神様!」

「そうそう!あれだけの人を回復させるって、もう絶対女神様だよね~」

 

 

「ヤーベ、間違いなく神様扱いだぞ」

「今はお前が女神様扱いだけどな」

 

お互い見つめ合いながら笑う。

ところが・・・

 

「それにしても、女神様の真っ白なおパンツ、ステキだったわね~」

「ホント、サイッコウだったわ~」

「あまりに美しいの!」

「輝くようだったわ!」

「「「女神様のおパンツ、お美しい~~~~!!!」」」

 

 

「「!!!」」

 

笑いながら見つめ合っていたのだが、イリーナの表情が固まる。

マズイ・・・

 

「ヤ、ヤ、ヤーベ・・・」

 

ああ、またイリーナの目が決壊寸前のダムの様に!

 

「大丈夫だ!みんな美しい!最高!って言ってたじゃないか」

「わ、わ、私のおパンツ、みんなにみ、み、見られ・・・」

 

ああ、ダムが決壊する!

 

「イリーナが綺麗だから、みんな最高って褒めてるんだよ。自信持って大丈夫さ」

 

とりあえずガンバ! 見たいな格好でイリーナを励ます。

 

「私が綺麗・・・? ヤーベも私が綺麗だって思う・・・?」

 

「モチロンさ! イリーナは最高に綺麗さ!」

 

この状況で、「別に」とか空気読まずに発言できる心臓は持ち合わせていない。

最もスライムだし、もともと心臓など持ち合わせていないが。

 

「本当・・・?」

 

コクッと首を傾げて、決壊寸前まで涙を溜めた円らな瞳を俺に真っ直ぐ向ける。

 

「本当さ!」

 

今度はイリーナの両肩に手を置いて伝える。

 

「ヤーベ!」

 

イリーナがギュッと抱きついてくる。

とりあえずこれで落ち着いてくれるといいけど。

 

「うん、ヤーベのせいで町の人に私のおパンツを見られてしまったわけだし・・・、これは、ヤーベに責任を取ってもらわないといけないな・・・うん」

 

うん?イリーナが自己完結しているが、なんて言った?

 

「ヤ、ヤーベ・・・、責任、取ってもらえるだろうか・・・?」

 

ああ、またまたイリーナの目が決壊寸前のダムの様に!

デジャビュ!

てか、おパンツを見られた責任ってどうやって取るの!?

 

「ここか!このへんか!女神様がおられたのは!」

「こっちの方へ来たと情報が!」

「どこだ!探せ!」

 

外でドヤドヤと足音と声がする。

 

「ゲッ!」

 

ヤバイ!何でバレた!

てか、そういやイリーナのおパンツを丸出しにしながら店の前に着地したんだったわ。

 

「ヤバイ!逃げるぞイリーナ!」

 

「あわわ、ヤ、ヤーベ、どこから出るのだ?」

 

きょろきょろ見回すイリーナ。

 

もはや店の前の大通りは人集りが出来始めている。

 

「なんか事情があるなら、店の裏口から出なよ」

 

「マジか! 大将恩に着る!」

 

俺は残りのチャーハンをかき込み、代金を払うとイリーナの手を引いて店の裏口にダッシュした。

 

 

 

お店の裏手、細い路地に出たところで、再び<勝利を運ぶもの(ヴィクトル・ブリンガー)>を発動して屋根の上に飛び上がる。

 

「ヤ、ヤーベ・・・」

 

「あ」

 

これ以上イリーナのおパンツを振りまくわけにもいかない。

どうするか・・・

 

「イリーナ、俺に体を預けてくれるか?」

 

「ふえっ!? ・・・うん、まかせるら」

 

俺は<勝利を運ぶもの(ヴィクトル・ブリンガー)>で張り付くエリアを拡大。手足だけではなく、首から下を全身包む。服の上からだが、フルプレートのイメージで全体を包む。

イメージって大事だよね。俺のイメージは聖闘士セ〇ヤに出てくるゴールドク〇スだけどな!どうせだから、色も同じ金色で輝かすか!

 

「ヤ、ヤ、ヤーベ!何か光ってるぞ!?」

 

「イリーナがやっぱり女神ってことだろ」

 

「ひょわっ!?」

 

そのまま今度は大通りを横切らずに、通りの人々から見られない位置で屋根を移動して行く。そしてコルーナ辺境伯家に到着!

ローガ達はすでに先行させている。コルーナ辺境伯家の庭にずらりと並んでお座りしている。フェンベルク卿に声を掛けようとしたのだが・・・

 

「ヤーベ殿はまだ帰って来ぬか!」

「ははっ! イリーナ嬢と町中を移動していると思われます」

「何としても確保せよ!我がコルーナ辺境伯家の賓客としてもてなすだけではだめだ!我が辺境伯家に所属してもらわねば!」

「すでに給金等の諸条件も用意出来ております」

「絶対王都の連中に気取られるなよ!」

「ははっ!」

 

 

 

「Oh・・・」

 

建物の陰に隠れて様子を見ていたのだが、状況は最悪の方向へ向かっているな。

 

「ヤーベ、どうするのだ? コルーナ辺境伯家に雇われるのか?」

 

「そう言うのが嫌だから代官のナイセーにも内緒にするように言ったんじゃないか」

 

「そうだったな」

 

「大体、コルーナ辺境伯家に雇われたら、イリーナの家はどうなるんだ?」

 

「ヤ、ヤーベ・・・」

 

感動してウルウルするイリーナ。

でも今の俺はゴールドク〇スだから、顔見えないんだよね。

 

「よし、ルシーナちゃんだけにこっそり挨拶してこの町を出ちゃおう」

 

「いいのか?」

 

「良いも何もない。ルシーナの部屋の窓にこっそり上るぞ」

 

「わかった」

 

 

 

窓の外のバルコニーに降り立つ。

そっと覗くと、ルシーナは寝ていた。

スライム触手で、窓の隙間からにゅるりと滑り込ませ、鍵を開ける。

怪盗なんちゃらになれそうだ。

 

そっと部屋に入る。部屋にはルシーナだけが寝ていた。ちょうどよかった。

 

ふと目が覚めるルシーナ。

 

「・・・イリーナちゃん、女神様だったんだ・・・」

 

「ふえっ!?」

 

あ、ゴールドク〇スのままだったからな!

俺は一旦<勝利を運ぶもの(ヴィクトル・ブリンガー)>を解除して分離する。

瞬間ローブ着込みは得意技になりそうだ。

 

「あ! ヤーベさん!」

 

「しーーーーー!」

 

「ど、どうしたんですか?」

 

「君のお父さんがちょっと強引に我々をこの家に留めようとしているようなので、我々は一旦帰る事にするよ」

 

「え・・・、帰ってしまわれるのですか? 父の対応は謝罪致しますから、どうかお食事だけでも・・・」

 

俺は亜空間圧縮収から俺様特製の濃縮薬草汁を取り出す。

 

「これ、プレゼント。ちょっとずつ飲んでね」

 

ルシーナに渡してあげる。

 

「ありがとうございます・・・」

 

ちょっと寂しそうにお礼を言うルシーナ。

 

「また、会いに来るよ! 俺たちの事は内緒にしておいてね!」

 

そう言って<勝利を運ぶもの(ヴィクトル・ブリンガー)>を発動する。

ゴールドク〇スバージョンでね!

 

「き、綺麗・・・」

 

「ルシーナちゃんまたね!」

「イリーナちゃんバイバイ!また会いに来てね!」

 

俺たちはバルコニーから飛び出す。もちろん見つからないようにね!

 

「ヒヨコ隊長!聞こえるか!」

 

『控えております、ボス』

 

「どの城門から出るべきか?」

 

『お待ちください!各部報告せよ!』

 

 

しばし待つ。

 

 

『まだ、どの門もボスやイリーナ嬢を拘束するような命令は届いていないようです』

 

「ならば入って来た西門から出よう。ローガ達にも伝えてくれ。西門集合だ!」

 

『ラジャ!』

 

それにしてもヒヨコすごいな。今も各城門から一定の距離でヒヨコたちを配備しており、念話で情報を超高速で届けていた。あまり長い情報は伝達ゲームの様に途中でおかしくなる可能性もあるけどな。

 

まあ、泉の畔に帰ってマイホームでも建てようか。

俺は屋根の上を高速で移動しながら考えた。

 




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第54話 マイホームを建ててみよう

「久々の畔だぜ~」

 

俺様は両手(?)を上に伸ばし、背筋(?)をピンとする。

迷宮氾濫(スタンピード)>から向こう、ずっと出かける羽目になって帰って来れなかったからな。

・・・まあ、ここに帰ってくるっていう言い方もどうかと思うけどな!

 

「ほわ~、気持ちいい」

 

泉の畔でバシャバシャ顔を洗っていたイリーナ。

君、伯爵令嬢だったんだよね? でもイリーナだし、まあいいか。

 

ローガ達も長旅だったのか疲れて寝ている。

まあほとんどローガに乗って走って来たからな。

ソレナリーニの町で買い込んだ屋台飯を振る舞って慰労しよう。

 

ヒヨコたちもずっと飛んできたからな。

今はゆっくり休んでいる。

ヒヨコたちにも好物の串焼きを用意しよう。

ヒヨコがアースバードの焼き鳥・・・まあいいか。

 

帰り道、ソレナリーニの町の代官ナイセーだけには挨拶に寄った。

城塞都市フェルベーンのトラブルについて報告、対応済みと連絡しておいた。その時にコルーナ辺境伯家によってルシーナちゃんの治療もしたこと、フェンベルク卿の囲い込みがあって脱出してきたことなども包み隠さず伝えた。ナイセーは頭を抱えていた。先日の<迷宮氾濫(スタンピード)>報告も完了しないままテロ事件になったしな。

 

まあ、それはナイセーに全部お任せだ。

 

さて、俺様はマイホーム建築を考えよう。

今、俺たちに建てられそうな家といえば・・・えっ!? イエとイエば・・・ぷぷっ!

オヤジギャク!

・・・自分だけで完結する、ちょっと寂しい。

 

真面目に家を考える・・・まあ、普通に考えてログハウスだよな。

木を切り倒して、組み上げる・・・。

素人の俺には無理だな。

 

「ちょっとカソの村の村長に家の建て方を相談するかな・・・」

 

「おはよう、ヤーベ。やっと普段の生活に戻ったな」

 

イリーナがニコニコしながら朝の挨拶をしてくる。

 

「やあ、イリーナおはよう」

 

だがイリーナにとってこの畔でのテント生活が普通の生活ってどうなんだ?

大丈夫か?

 

「そう言えばイリーナはルーベンゲルグ伯爵家の娘さんだっけか?」

 

「え、ああ・・・そうだな。どうした?急に」

 

「いや・・・、泉の畔にテント生活って辛くないのかなって・・・」

 

「何を言う。前にも言ったではないか、今はヤーベのそばにいることが私の全てなのだ」

 

・・・ジーン。イリーナ、エエ娘や。

 

「よし!ここに丸太でおウチを作ろう! イリーナがゆっくり生活できるように」

 

「ええっ!? 私のためなのか・・・?」

 

「うん、俺はまあ外でもいいんだけど。イリーナは体が休まるベッドとか、暖かいお風呂とかあった方がいいだろ? 寒くなるとテントでは風邪を引いちゃうかもしれないし」

 

「ヤーベ・・・!」

 

そう言っていきなり抱きついてくるイリーナ。

顔を洗うのも、体を拭くのも泉の水を使っているせいか、イリーナはすごく綺麗なんだよな。

 

「嬉しいけど、私はテントでも大丈夫だぞ? ただ、もし可能ならお願いしたいことが・・・」

 

モジモジしながら俺の方を見てくるイリーナ。

 

「クッオカ以外なら何でも聞くよ」

 

「ヤーベは体の大きさを変えられるから、ちょっと大きくなってもらってその上に寝てみたいのだが・・・」

 

「・・・スライムベッドか?」

 

「そんな感じだろうか」

 

イリーナがやって欲しいんだから、要望には応えよう。

 

ローブを脱いで久々のデローンMr.Ⅱをさらけ出す。

一回り大きくしてさらにデローン化を進める。

イメージはゆりかごだ。

 

「さあ、いいぞイリーナ、おいで」

 

「すごいな、ヤーベありがとう!」

 

早速ポヨンッて勢いで俺に座ってくるイリーナ。まるでハンモックみたいに全身を預けてくる。

 

「わああっ!ヤーベすごいぞ!ポヨンポヨンだ!とっても気持ちがいいぞ!すごいすごい!」

 

俺の上でぽよぽよと体を揺らすイリーナ。

 

「ヤーベはひんやりするんだな。ホントに気持ちいいぞ!」

 

嬉しそうに言うイリーナ。喜んでもらえて何よりだ。

というか、俺はひんやり冷たかったんだな。自分は寒暖耐性があるから自分の温度はよくわからんのだよな。冬場は嫌われないようにぐるぐるエネルギーで湯たんぽ化することも検討せねば!

 

「・・・でもイリーナは俺が怖くないのか?」

 

「怖い?ヤーベが?何故だ?」

 

「<迷宮氾濫(スタンピード)>では大量の魔物を吸収したんだぞ。例えばこうして今俺の体の上で休んでいるが、もしかしたら溶けて吸収されてしまうかもしれないとか、思ったりしないのか?」

 

俺の質問に、イリーナはコテン、首を傾げ、その後急に笑い出した。

 

「はっはっは、何を言っているんだヤーベ」

 

実におかしいと言った感じで急に反対を向き、俯せになる。

俺を体全体で抱き包むように両手を広げるイリーナ。

まあ、それでも俺のスライムボディーの方が大きいけど。

 

「私は最初に出会った時にヤーベに命を助けられたんだぞ? その後の<迷宮氾濫(スタンピード)>だって、ヤーベが居なかったら私は町ごと滅ぼされていたかもしれない。その後のテロ騒ぎだって、私は毒に倒れていたかもしれないのだ。これだけヤーベに命を救われて来て、今さらヤーベを疑うとか、それこそないぞ。ヤーベの事は全身全霊で信用している。もし、私を溶かして吸収する事があるのなら、それはヤーベが何かの理由でそうしなければならないことがあるのだろう。それに対して私はヤーベを恨むような事はしないぞ。きっとそれが必要な事なのだろうからな」

 

ニコ~っと微笑むイリーナ。俯せに寝転がって俺様のぽよぽよボディを抱きしめているので、イリーナの笑顔を俺もはっきりと見ることが出来た。

 

「イ、イリーナ・・・」

 

ヤベッ!感動して涙が出そう!

・・・俺の目がどこにあるかは別として。

 

そんな嬉しい事を言ってくれるイリーナにちょっとサービスだ!

トプンッ!

 

「ほわわっ!?」

 

頭だけ残してイリーナの体を包み込む。

 

その後、立ち上がるようにすると顔だけ出したイリーナが、

 

「ふわわっ! ぽよぽよしているぞ」

 

そのままティアドロップ型でぽよぽよと飛び跳ねて泉の畔の周りを移動する。

 

「わああ~、楽しいぞヤーベ!」

 

「はっはっは!イリーナ専用のボディだぞ!」

 

「わ、私専用なのか・・・くっ」

 

「まあまあ、それはいいからいいから」

 

そう言ってぽよぽよ飛び跳ねる。

 

二人でワーワーと楽しんでいると、ローガ達やヒヨコたちが生暖かい目で俺たちを見ていた。

 

『春でやんすね~』

 

おいガルボ。お前この前も春だって言ってたぞ。ここはずっと春なのか?

 

『うむうむ、ボスもこれでイリーナ嬢を娶れば安泰だな』

『ローガ殿は知らないかもしれませんが、ボスにはルシーナ嬢という二人目の奥さんもいるんですよ』

『なんだと!そのような情報どこで手に入れた!』

『ローガ殿達が庭で待機していたコルーナ辺境伯家のお嬢さんですよ。ボスが命を助けてあげた縁で、ルシーナ嬢がすっかりボスの魅力にまいってしまいまして』

『なんと!ボスも罪作りなものよ』

『いやいや、ボスともなればハーレムも当たり前というもの』

『『『確かに』』』

 

四天王よ、そんなにそろって頷かなくてもいいぞ。

後ヒヨコ隊長。自分のハーレムを正当化するために俺にハーレムを押し付けるのはやめろ。

 

そんなこんなでみんなで盛り上がっていると、泉の畔に来客があった。

 

「これはこれは精霊様方、なにやら盛り上がっておられますな」

 

やって来たのは、カソの村の村長と若い衆だった。

 

「やあ村長。元気にしているか?」

 

「それはもちろん、精霊様のご加護で前よりも健康ですよ」

 

マッスルポーズで元気をアピールする村長。ホントに元気だな。

後ろの若い衆は樽を抱えている。もしかして奇跡の水を汲みに来てるのかな。

 

「こうして若い衆に精霊様の加護を受けた水を頂いております。おかげで作物も元気に育っており、村の若い衆に水を担がせて運んでおります」

 

「村長自ら出向いているんだ?」

 

「もちろんでございます。奇跡の泉の水を分けて頂くので感謝のために自ら出向いております」

 

「わ~~~、殊勝な心掛けだねっ!」

 

飛び出る水の精霊ウィンティア。呼んでなくても、もう自分たちで出ちゃうようになったね! 別にいいですけどね!

 

「私も泉の周りに加護を授けてますから~、とてもいい水になってると思いますよ~」

 

土の精霊ベルヒアねーさんも登場ですか。しかも加護あったんですね!

 

「いいな~、風は加護を与えにくいから・・・」

 

風の精霊シルフィーが残念そうに登場する。

 

「ヤーベは俺の加護で燃やしてやろうか?」

 

一人意味不明なヤツがいるのでスルーします。

 

「ところで村長、ここにマイホームを建てたいのだが、ログハウスとか建てられる職人がいたら紹介して欲しいんだけど」

 

「おおっ! ここに精霊様の神殿を!」

 

「いや、マイホームです」

 

「ログハウス風の神殿ですな! 自然に溶け込む素晴らしいものを造り上げましょうぞ!」

 

「いやマイホームです」

 

「お前達!精霊様の神殿製作だ!村を上げて全力で造り上げるぞ!」

 

「「「「「おおおーーーーー!!」」」」」

 

「いや、だからマイホームですって・・・」

 

俺は天を仰いだ。

 

 




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第55話 マイホームに住んでみよう

 

どうしてこうなった?

 

俺はマイホームを建てようと思っただけだ。

小ぶりなログハウスをイメージしていた。

二部屋か三部屋くらいに、お風呂とキッチン、寝室があれば十分だった。

ローガ達やヒヨコ達とは畔で今まで通り集まっていればいいと思っていた。

 

だが・・・

 

「それーい! 気合を入れて引けーーー!!」

「「「「「オーエス!オーエス!」」」」」

「精霊様の神殿を建てるのじゃー!!」

「「「「「おおーーーーー!!」」」」」

 

巨大な丸太を大勢の若い衆が人力で引いている。細い丸太を下に入れ替えながら運んできている。なぜそんな巨大な丸太がいるのでしょうか?

 

 

「ベルヒア様! 次はどちらの木を伐採させて頂けましょうか?」

「そうですわね、そちらの木と木の間の物をお願い致しますわ。それで木々の間に光も入ります」

「風の通りも良くなりますね!」

 

 

何か偉い頭領みたいな人が土の精霊ベルヒアと風の精霊シルフィーにどの木を伐採していいか指示を仰いでいる。いつの間にか俺の知らない所で精霊たちも協力している。

・・・うん、ありがたいとしておこう。

 

 

「そこにも杭をもう一本打ち込め!しっかり土台を作るんだ!」

「「「ヘイッ!!」」」

「馬鹿野郎!そんなへっぴり腰で精霊様の神殿の基礎を賄えるか!」

「「「ヘイッ!すいやせん!」」」

 

え~~~、なにやら土台を担当している人たちが盛り上がっております。

ちょっとしたログハウスにそんな気合を入れて頂かなくてもいいんですけどね。

 

「精霊様のためならエーンヤコーラ!」

「「「精霊様のためならエーンヤコーラ!!」」」

「丸太を切ってエーンヤコーラ!」

「「「丸太を切ってエーンヤコーラ!!」」」

「しっかり切りそろえてエーンヤコーラ!」

「「「しっかり切りそろえてエーンヤコーラ!!」」」

 

 

え~~~、もう何と言っていいのかわかりません。

職人さんたちが掛け声を掛けながら一糸乱れぬ動きで丸太を切っている。

もはや感動すら覚える。

 

 

「精霊様方、お願いしやす!」

 

んっ!? 何だ?

 

「はーい!お兄様のためにも頑張りますわ!」

「チッ!仕方ねぇ、ヤーベのためだ、力を貸してやるか」

 

シルフィーとフレイアが二人で切られた丸太が積み上がっている場所へ魔法を行使する。

風と炎で熱風を造り上げ、まさかの丸太を強制乾燥させている。

マジすげえ。

これで切り出した木がすぐ建材として使えるようになる。

この二人と親方たちを雇えば建設業で食って行けそうだ。

 

「精霊様!中の間取りでご相談がありやして」

 

「いえ、精霊ではないんですけどね・・・」

 

「実は台所、食堂、お風呂場、寝室など準備しておるんですが、便所はどういたしやしょう?必要でしょうか?」

 

 

・・・はい? 便所?

俺はピンと来なかったのだが、少しして気がついた。トイレ大事!

 

「便所いるわ。来客だってあるかもしれんし」

 

来客と言ってはみたが、チラリとイリーナを見る。俺は元より、ローガ達狼牙族も、ヒヨコ一族も魔獣であり、食べたものは体を維持するため魔力へとエネルギー変換される。そのため排せつという概念が無いのだ。だが、この中で唯一の人間であるイリーナは・・・。

イリーナが俺の視線に気が付き、顔を真っ赤にする。

 

「し、仕方ないではないか!私は普通の人間なのだぞ!」

 

顔を真っ赤にしたままほっぺをぷうっと膨らませて怒り出すイリーナ。

 

「問題ないよ。それにイリーナは普通の人間ではないよ。イリーナは俺にとっては特別な人なんだから」

 

にっこりしてそう伝える。

 

「ほわっ!? と・・・特別な人・・・ヤーベにとって・・・特別・・・」

 

顔を真っ赤にしたままブツブツ呟くイリーナ。

まあとりあえずイリーナの機嫌が落ち着いたのならよしとしよう。

ところで、この世界のトイレってどんな感じなんだろう。

 

よくある異世界モノだと、スライムを捕まえてきて放り込んでおくと全部吸収して綺麗にしてくれるとか・・・スライム・・・スライ・・・

 

「グッハァァァァァァ!!」

 

俺は絶望の淵に叩き落された。

俺か!俺なのか!

俺が毎日ぶっかけられるのか!?

 

ん?しかもウチのメンバーはトイレ使うのがイリーナだけ!?

どんな高度なプレイだよ!

異世界どうなってるんだ!

 

「ど、どうしたでやすか?精霊様」

 

頭領が尋ねてきた。

 

「いや、便所のシステムを考えたら立ち眩みが・・・」

 

「便所のシステムでやすか? 魔法の大鋸屑をたっぷりひいておきやすから大丈夫ですぜ」

 

「魔法の大鋸屑?」

 

「ええ、排せつ物を瞬時に分解してくれる便利な大鋸屑でやす。何年かすると効果が薄くなりやすんで、その時は入れ替えが必要になりやす」

 

「あ、そうなんだ。そんな良いものがあるのね、異世界」

 

「気持ちよく尻を拭けるソフトリーフもたくさん準備しておきやすね!」

 

「おお、そんなモノもあるのか」

 

「最高級ソフトリーフの吹き心地は病みつきになりやすぜ!」

 

「それは楽しみだ」

 

俺は必要ないが、拭いてみたっていいよね?

 

「風呂場はこの横になりやす。湯床も精霊様の加護を得た素晴らしい木で作る予定でやす」

 

「そうなんだ、それは楽しみだな!」

 

俺はトイレや風呂場といったマイホームでも必要な場所を打ち合わせたため、すっかりマイホーム気分でトークを楽しく進めてしまった。

そう、連中は誰もが精霊様の神殿と言っていたのに・・・。

 

俺は作業員のために樽に泉の水を汲んで溜めたり、狼牙達に獲物を狩らせに行って食事の用意をしたりした。

 

作業員の皆さんが気持ちよく作業できるように・・・となぜか頑張ってしまった。

その結果・・・

 

「どうしてこうなった?」

 

目の前にはとんでもない施設が出来上がっていた。

まあ、見ない様にしていたのもあるのだが・・・

ちょっとした小屋をイメージしていたのに、目の前の施設はどう見ても巨大だ。

奥にはローガ達の厩舎と、屋根にはヒヨコ達の休める小屋も出来ていた。

至れり尽くせりである。

 

一番の問題は建物の入口が大きく開いており、滅茶苦茶広い事だ。そしてその奥に、俺の木彫り像がなぜか飾ってある。しかもデローンMr.Ⅱ型である。なんでだ?

 

「バッチリ皆さんがお祈りに来れるよう広く造り上げやしたぜ」

「うむうむ、見事な造りじゃ。これで村のみんなも泉の水を頂きに来た際にお祈りをささげることが出来るのう」

 

頭領と村長が連れ立ってやって来る。

 

「ナニコレ!? どーいうことよ?」

 

「おお、精霊様。いかがですか、神殿の造りは?」

「だから、マイホームだっての!」

「泉で水を頂いた際には、こちらで精霊様の木造にお祈りを捧げさせて頂きますぞ」

「お祈りいらないから!」

「もちろん清掃などもバッチリ対応いたしますぞ!」

「いや、だから清掃もいらないから!」

「あ、生活するスペースには入らないよう配慮致しますので心配はいりませんぞ!」

「てか、生活するスペースだけでよかったんですけどねぇ!」

「はっはっは、何も遠慮することなどありませんぞ!」

「遠慮してんじゃねーよ!」

 

はあ・・・マイホームがこんな豪華な神殿に・・・

しかも、自宅に自分の木像が飾ってあるって、誰得だよ・・・。

ん?村人には得なのか?もうわからなくなってきたぞ。

まあいい、とにかく住んでみようか。せっかく建ててもらったんだから。

 

・・・トンデモない請求書、来ないよね!?

 




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第56話 マイホームに参拝に来る村人は来客なのか考えてみよう

出来上がりましたね~、マイホーム(・・・・・)

ええ、誰がなんと言おうとも、マイホームです。

例えカソの村の皆様が神殿と呼ぼうともね!

 

建て始めてから、完成まで結構早かった気がする。

ただ、数日でって感じでもない。

スマホやガラケーは元よりカレンダーすらないしね。

 

完成して引き渡しを受けた際、建築費用は?と村長に聞いたのだが、「もちろん精霊様からは頂けません!」との事。精霊ではないのですけどね。何だろう、最近村長と会話がかみ合わない気がする。

 

引き渡した際に、「ごゆっくり」と言って帰って行ったので、もしかしたらしばらく来ないのかもしれない。そんなわけで、昨日初めて二階にある自分の部屋として当てがわれた寝室のフカフカベッドで寝た。フカフカベッドでデローンとすると、恐ろしいほどに気持ちよかった。そんなわけで、のんびりグッスリ眠ったのだが・・・。

 

「何故にイリーナが?」

 

俺様のベッドにいつの間にか潜り込んでいるイリーナ。

しかもデローンな俺を抱きしめる様に寝ている。

完全に抱き枕っぽい使われ方だ。

ひんやりして気持ちいいのだろうか。

まさか、裸で!と思ったりしたが、ちゃんとパジャマらしき寝間着を着ていた。

・・・別に残念だと思ってなんかいないんだからね!

 

 

トントン。

 

 

「んっ!?誰だ?」

 

俺とイリーナ以外にこのしんで・・・いや、マイホームにはいないはずだ。

ローガ達は専用の厩舎一階、ヒヨコ達は専用の厩舎の二階にそれぞれ住居が出来た。

ならば誰なのか?

まさか、カソの村の若い娘がメイドとして働いてくれるようになったとか!?

 

俺はウキウキして扉を開けに・・・行けない。

なぜならイリーナが抱きついているからだ。

触手を伸ばせば扉を開けることなどスライムボディの俺には容易い。

だが、イリーナが抱きついている状況を新しく来たメイドさんに見られれば、あらぬ誤解を受けてしまうだろう。今後のメイドさんとも関係もギクシャクしてしまうかもしれない。

そんなわけで俺様は少し裏技を行使する。

 

触手を伸ばしてドアノブを握った俺はそのドアを開ける前に触手の一部にさらにスライムボディを移動させる。

傍から見ればドアノブを握った俺がドアの前に立っているように見える。

そう、送ったスライムボディで偽の本体を造り上げているのだ!

そうする事によってベッドでイリーナに抱きしめられている俺を隠すことが出来る。

 

さてそれでは、ドアを開けよう。

 

「何か用か?」

 

ドアを開ける。

 

『おはようございます、ボス!』

 

 

ズドドッ!

 

 

「お前かい!ローガ!」

 

俺はイリーナを巻き込まない様にベッドから落ちる。

我ながら器用なり。

 

全然メイドさんじゃねーじゃん!

 

『はっ! 我であります、ボス!』

 

「で、何だよ?」

 

『はっ、朝から申し訳ありませんが、カソの村の村長がお越しです』

 

「村長が?」

 

何がごゆっくり、だよ。翌日朝っぱらから早々来てんじゃねーか。

建ててくれたことは感謝するけど、せめて3日くらいゆっくりさせてくれよ。

 

仕方がないので、イリーナをそっとベッドに寝かせてローガの案内で一階に降りる。

一階に降りてくると、中央部の「祈りの間」と呼ばれる広間に出る。実に仰々しい名前だ。もちろん村長命名だ。そして祭壇に俺様の木像。一晩経ってもやっぱり俺の木像だ。変わらないな、当たり前だが。

 

さて、ローガに続いて祈りの間に入ると、村長の他にも何人かが来ていた。

 

「おお、精霊様おはようございます」

 

「おはようございますじゃないよ、村長。建物を昨日引き渡してもらったばかりだよ」

 

多少ぷりぷり感を入れて返事をするが、何せマイホームを建ててもらった身。あまり無下には扱えない。ローガは案内が終わったと厩舎の方へ戻って行く。

 

「はっはっは、失礼致しました。実は我々もしばらく精霊様にごゆっくりして頂くつもりだったのですじゃ。しかしこのバーサマがどうしても精霊様の神殿に連れて行けと・・・」

 

「バーサマ?」

 

「こりゃジジイ!誰がバーサマじゃ!」

 

とんでもないキンキン声が祈りの間に響き渡る。

よく見れば、村長の他にも、護衛らしき若い衆が2名、美人の若い娘さんが1名、そして娘さんよりもずっと小さい、というか低い身長の皺くちゃなバーサマが。

 

「バーサマをバーサマと呼ばなんだら、世の中にバーサマなどおらぬようになるわ」

 

「やかましいわ!」

 

「何だ何だ、朝からジーサマバーサマコンビの漫才を見せに来たのか?」

 

俺は盛大に溜息を吐いて見せる。

 

「いやなに、先も言ったのじゃがこのバーサマがどうしても神殿に連れて行けと朝からうるさくてかないませんでな」

 

村長も心底困り果てたと言った感じで溜息を吐く。

 

「バーサマバーサマって・・・もしかしてザイーデルばあさん?」

 

俺がザイーデルという名前を出したことで、全員が固まる。

 

「・・・なぜ、バーサマの名前がザイーデルとわかったのですかな・・・?」

 

村長が驚愕の表情を浮かべる。

 

「・・・どこかであった事あったかの?」

 

「いいや、初対面だな」

 

「じゃあ、どうしてばーちゃんの名前が分かったんスかね?」

 

ばあさんの問いに正直に答える。若い娘さんはザイーデルばあさんの孫娘なんだな。

水色のショートカットが良く似合うボーイッシュな女の子だな。

語尾に「ッス」が付くのはカワイイ後輩のボーイッシュな女の子と決まっている!(矢部氏の偏見です)

 

「おいおい、精霊様は神の御使いでもあるのか?」

「超能力ってやつだろうな」

 

若い護衛は好き放題言っている。そんなわけないやろ。何で大阪弁?

 

「実は、カンタとチコちゃんが泉に来た時に、村長とザイーデルばあさんなら字が読めるって話してたのを思い出したんだよ」

 

「なるほど・・・」

 

孫娘さんは納得してくれたようだが、他の連中は話聞きゃーしない。聞けよ。

 

「いやはや、精霊様の超能力はまさに神の如しですな」

「ううむ、予言の力かねえ」

「カソの村の行く末とか占ってもらいますか?」

「いいっすね~」

 

良いわけあるかよ。占いなんて出来ねーっての。

予言でも神の力でもないの。聞いたんだって。多分で言っただけだって。

 

「それにしても、村の近くに精霊様の神殿をおったてるなんて言うもんだから、頭がどうかしちまったのかいって思ったんだけどね。畑も元気にしてもらって、井戸も面倒みてもらって、開村祭も盛り上げてもらったらしいじゃないか。そんなお世話になった精霊様だからね。神殿も出来たって事だから、顔を見に来たのさ」

 

ん?その言い方だと、しばらくカソの村に居なかったみたいだけど?

 

「ばーちゃんは、ここしばらくカソの村の北西にあるトーテモヘンッピの村へ薬草づくりに出かけてたッス!だからしばらくこの村にいなかったッス」

 

元気っ娘が教えてくれる。

 

「ああ、それでカソの村を留守にしてたんだね。でもそんな別の村に呼ばれるなんて腕利きなんだな」

 

「ふぁっふぁっふぁ、それほどでもあるぞい」

 

「謙遜しねーのね・・・」

 

「何分こんなばーちゃんだから・・・」

 

かわいい孫娘さんが頭をカキカキ恐縮している。

 

「んで、その腕利きなバーサマが俺に何か用(なにかようか)か?」

 

九日十日(ここのかとうか)

 

「帰れ!」

 

「わあ、ごめんよ精霊様!ばーちゃんギャグが大好きッスから・・・」

 

「ひゃっひゃっひゃっ」

 

「こりゃ!精霊様に無礼を働かないって約束じゃろう!」

 

「村長、もうしわけないッス」

 

孫娘さんだけぺこぺこしてるのってどうなのよ?

 

「ひゃっひゃっひゃっ、これはすまんの精霊殿。では本題に入ろうかの」

 

「本題、あるんだ」

 

「そりゃあるわい」

 

「んで、本題って?」

 

「孫娘のサリーナを嫁に貰わんかの?」

 

 

ガタタタタッ!

 

 

何事かと見れば、イリーナが階段から転げ落ちて来た。

 

「お、おい大丈夫か?イリーナ」

 

大丈夫かと聞いてみたが、若干鼻血が出ているから大丈夫ではないだろう。

 

「ヤ、ヤ、ヤーベ!嫁を増やすってどういうことだ!?」

 

イリーナよ。まずもって嫁を増やすってどういう事だ?

すでに嫁がいるような言い方は誤解を招くのではないかね?

 

「ええっ!? 精霊様はもう奥さんがいらっしゃるッスか!?」

 

ほら、サリーナさんが勘違いしちゃった。

 

「ほっほっほ、精霊様はモテモテですな!」

 

「やかましいわっ!」

 

だいたい何だよ、この連中。ホントに何しに来たんだよ?

 

「村長、参拝目的なら俺の来客じゃなくていいよな?もう引っ込むぞ」

 

俺は背を向けて部屋に戻ろうとしたのだが、

 

『ボス、来客です』

 

ローガが再びマイホームに入って来て告げる。

 

「来客かよ!」

 

ホントに来客かよ・・・フラグって怖いね!

 




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第57話 初来客は丁寧に対応しよう

ローガが俺に「来客」と告げる。

ローガが来客と告げる以上、正式に俺への客だろう。

カソの村の村人が参拝に来ているのとは違うということだ。

そう言えば馬車の音と馬の嘶きも聞こえた。

どうやらマジで来客らしい。

誰が来たのかまったく想像できないけどな。

 

「ヤーベ!」

「スライムさん!」

 

「おおっ!? カンタにチコちゃんじゃないか」

 

二人は走って来たかと思うと俺に抱きつく。

 

「二人とも元気にしてたか?」

 

「ああっ!ヤーベのくれた水ですっかりかーちゃんも俺たちもすっげー元気になったぞ!」

「スライムさんありがとう!」

 

「それは良かった。それで? ローガが客として案内したのはお前達か?」

 

馬車で来ていると思われるので、絶対違うと思ったが、せっかくなので聞いてみた。

 

「俺たちは客を案内してきただけなんだ。ヤーベの住処に案内すればお駄賃くれるって言うんだぜ!」

 

うん、カンタよ。お駄賃で俺様の個人情報を売り飛ばすのはどうかと思うぞ?

だが、来客が身分ある者なら逆にお手伝いは誉れある仕事にもなるか。

で、誰が来たんだろう?

 

「ご無沙汰しております、ヤーベ殿」

 

そう言って姿を見せたのはソレナリーニの町代官のナイセーであった。

 

「ナイセー殿ではないですか。こちらへ帰る際にはご挨拶に寄りましたので、ご無沙汰という程間が開いた気はしておりませんよ」

 

「そう言って頂けると恐縮ですが。時にヤーベ殿はその姿が真の姿になるのですかな?」

 

あ、いけね。ナイセーやゾリアと会っている時はローブ着てたよね。今はマッパだよ。

 

「人間の姿ももちろん取れますがね。この姿が一番楽なのも事実なのですよ」

 

もうどう言い訳していいのかわからんけど。こうなったら精霊で押し通すか?

 

「そうなのですね。尤も<迷宮氾濫(スタンピード)>制圧何てことを成し遂げてしまうヤーベ殿ですからね。どのような事があっても不思議ではないのかもしれませんね」

 

そう言ってナイセーが苦笑する。

 

「そう言ってもらえるとありがたいがね」

 

「そう言えば、口調も多少違いますね」

 

「ローブの時はお気楽キャラでやらせてもらってましたよ。ゾリアにもある程度あのような喋り方が接しやすいかと思いましてね」

 

元々は地球で四年も社会人やってたんだ。当たり前だが礼節も一通り身についてはいる。

だが、冒険者ギルドで舐められない様に、という意識が強すぎたか、ゾリアとの会話はほとんどタメ口なんだよな。元々ゾリアが偉そうでむっとしたのもあるが。

 

「そうですか、それならばある程度安心できるというものです」

 

ナイセーは少しホッとしたような表情を浮かべる。

 

「何がです?」

 

「王城での王との謁見です」

 

「・・・はあっ!?」

 

「ヤーベ殿がそう言った権力に取り込まれぬよう振る舞っておられるのも、組織に属すのを良しとしないのも十分に理解しているつもりではおります。しかしながら城塞都市フェルベーンで起きたテロ事件の詳細を王都に説明せぬわけにもいかず、その説明におきましては私の主でもありますフェンベルク・フォン・コルーナ辺境伯様よりヤーベ殿の活躍をこれでもかと盛りに盛って報告がされてしまいましたので・・・」

 

「何してくれちゃってるのフェンベルク卿!」

 

「すでに『城塞都市フェルベーンの奇跡』として、千人以上の重篤な患者を救った英雄がヤーベ殿であることも、テロ集団を根こそぎ捕まえたのがヤーベ殿の使役獣である事も報告されてしまっております」

 

「Oh・・・」

 

俺は天を仰ぐ。

 

「何やらかしてくれちゃってるのあの人・・・」

 

「私の<迷宮氾濫(スタンピード)>制圧報告にて、ヤーベ殿の存在を隠して報告した書面が到着する前に『城塞都市フェルベーンの奇跡』を起こされてしまいましたからな。後から届いた<迷宮氾濫(スタンピード)>制圧報告書も、「これあれだ、ヤーベ殿の仕業だろ」とすぐ看破されたらしいです。速攻領主邸に呼び戻されましたよ」

 

ナイセーは苦笑を通り越して呆れ気味に話す。

 

「しかも国王に自分の賓客であると堂々と申し上げたそうです」

 

「いつ俺がコルーナ辺境伯家の賓客になったよ!?」

 

「まったくその通りなのですが」

 

プンスカ怒る俺にナイセーが実にその通りだと告げる。

 

「正面から突破できない場合、外堀から埋めるタイプでして」

 

「実に迷惑!」

 

「今回、ルシーナお嬢様の命をお救い頂いたこと、ルーベンゲルグ伯爵令嬢を伴ったことでコルーナ辺境伯様もヤーベ殿を完全に特別な人物として認識してしまっております」

 

「人助けして迷惑被るのってとってもやるせないし」

 

たっぷりと溜め息を吐き、肩(?)を落とす。

 

「心中はお察しいたしますが、ここまで来ればヤーベ殿に悪い話ばかりではないかもしれませんよ」

 

「ん? どういうこと?」

 

「実際問題、すでにコルーナ辺境伯家の賓客として王都に連絡が伝わっております。その上で<迷宮氾濫(スタンピード)>制圧者として、また『城塞都市フェルベーンの奇跡』の立役者としてのヤーベ殿に王自らが会いたいと使いをコルーナ辺境伯家へ出されました。これは「コルーナ辺境伯家の賓客を王城へ招く」という形を取っておりますので、これが完了するまではどの勢力もヤーベ殿に手を出すことはコルーナ辺境伯家に敵対するのと同じこととなります」

 

「俺は期せずしてコルーナ辺境伯家の後ろ盾を得てしまったわけね」

 

「そうです。何せルシーナ嬢の命の恩人であり、『城塞都市フェルベーンの奇跡』を起こしたヤーベ殿はコルーナ辺境伯家にとってもこれ以上ない恩人でありましょう」

 

「まあ、それはいーんだけどさ」

 

「それが良くはないのが貴族社会というものなのです。これほど多大な恩を受けておきながらまったく恩に報いないとなれば、それこそコルーナ辺境伯家の名に傷がつきます」

 

「大層なものだな」

 

「その上で王の謁見が叶えば、王自らも褒美の打診がありましょう。王自ら家臣取り立てなどはさすがにないと思いますので、恩賞を何かしら頂いて、その上でソレナリーニの町を拠点としたフリーの冒険者を続ける旨伝えれば、とりあえずは収まるのではないかと」

 

「教会とか、追っかけて来ないかね?」

 

城塞都市フェルベーンで散々追い回された記憶が蘇る。

ふと隣を見ればなぜか薄い掛布団を纏ったままのイリーナが目に涙を溜めている。

ああ、フェルベーンでの記憶はトラウマなのね!?ゴメンネ!

 

「イリーナ、今回は大丈夫だから、ね!」

 

「う、う、う・・・ヤーベェ・・・」

 

涙をこぼさないギリギリで踏ん張るイリーナ。

 

「せっかく王様に呼ばれたんだから、王都見学でもするか。それに、イリーナのおウチによってご両親にも挨拶しないとね! きっと心配しているぞ?」

 

「ふえっ!? り、り、両親に挨拶・・・!? ウン、おウチかえりゅ」

 

急に真っ赤になって語尾が怪しくなるイリーナ。泣かれるよりマシか。

イリーナは俺の体にぺったりとくっついてくる。

 

「仲睦まじいようで何よりです。それにコルーナ辺境伯家の後ろ盾だけでなく、王様のお墨付きに、ルーベンゲルグ伯爵家の後ろ盾となれば、王国内でもおいそれとヤーベ殿に手を出してくる輩は減りましょう」

 

「そうだといいけどね、どこにでも空気読めないヤツがいるから」

 

「否定は出来ませんね」

 

俺とナイセーは苦笑した。

 

「アンタ、王都へ行くのかい?」

 

「そう言う事になりそうだな」

 

ザイーデル婆さんに俺は返事をする。

 

「じゃあ、このサリーナも一緒に連れて行っておくれ」

 

「「えっ!?」」

 

俺とサリーナは同時に驚く。

 

「サリーナも驚いているじゃないか」

 

「この子にはこの辺境の村々しか見せてやれてないからね。できれば若いうちに王都にもいかせてやりたいのさ。遠いから女の一人旅なんてとてもじゃないけどさせられないが、アンタと一緒に行けるなら安心じゃないか」

 

ニヤリと笑うザイーデル婆さん。

そりゃ女の一人旅なんて危険でさせられないわな。

・・・よくイリーナは一人でカソの村近くまで来たな。ある意味感心するわ。

 

「遊びに行くんじゃないんだがね」

 

俺は肩を竦める。ローブだからわからんかもしれんけど。

 

「別に王城まで一緒じゃなくてもいいさ。その間は宿にでも待たせておけばいい。帰ってくるんだろ?ここに」

 

再びニヤリと笑うザイーデル婆さん。ちっ食えないバーサマだ。

 

「後生だよ。頼まれちゃくれないかね?」

 

ぺこりと頭を下げるザイーデル婆さん。

周りで村長や若い衆が「ば、ばかな!あのバーサンが頭を下げるとは・・・」と絶句しているところを見ると、よほど珍しい事らしい。それに、サリーナは俺のためでもあるんだろう。サリーナを再びザイーデル婆さんの元へ返す、それはすなわちこの泉の畔に帰って来るって事だ。俺が王都での引き抜きや誘惑に負けてサリーナを放り出さないと分かって頼んでやがる。仮に王都に残る選択をしても、誰かにサリーナを預けて返すような真似をしないだろうということだろう。例え王都に残ると選択しても、一度はここへ戻ってみんなに挨拶できるように。

 

「まあ、良いさ。王都は俺も初めてなんだ。案内は出来ないがね。一緒に行く分には面倒見るよ」

 

「そうかい!恩にきるよ」

 

破顔するザイーデル婆さん、しわっくちゃだな、おい。

 

「サリーナ、その目で王都を見て勉強しておいで」

「お婆ちゃん・・・ありがとう」

「一緒に居ればチャンスも増える、頑張るんだよ」

「お、お婆ちゃん・・・、うん、ボク頑張るよ!」

 

顔を赤らめるサリーナ。何を頑張るというのだろうか?

そして剣呑な雰囲気を出し始めるイリーナ。君、人の布団巻き付けてるけど、寝間着のままなんですね!?

 

「こちらの用意した馬車に乗って移動頂けますから、ヤーベ殿にイリーナ殿、もう一人くらいは乗れますから、大丈夫ですよ」

 

「ナイセー殿が用意した馬車で行くのか?」

 

ローガに乗ってさっさと向かえばいいかと思っていたのだが。

 

「そうです。今回は王家の要請をコルーナ辺境伯家でお受けした形となっております。私共でヤーベ殿を王都までお連れするのも使命の一つです」

 

「そうなんだ」

 

「それに、超高速で移動されますと、王家からの要請から到着までが短縮され過ぎて、またヤーベ殿の能力に関するトラブルの元になるかと・・・」

 

「そりゃそうか。で、ローガ達もみんな連れて行っていいのか?」

 

一応軍団で移動してもいいか確認しておく。

 

「もちろん大丈夫です。移動中の食事もすべてこちらで負担いたします。使役獣の分も含めてです」

 

「太っ腹ですな」

 

「王家からの要請を受けてヤーベ殿をお連れするのですからね。当然の事です。道中の宿もいいところを抑えておりますよ」

 

ふー、至れり尽くせりだね。行かないと言う選択肢はないだろう。ちょうどいい、イリーナのご両親に挨拶も必要だと思っていたし、一度家族の元に返して安心頂かねばならないとも思っていたしな。

 

「いつ出発する?」

 

「出来ればすぐにでも」

 

早えーな!

 

「ではすぐに準備してくるとするか。村長、せっかく建ててもらったマイホームだが、またしばらく留守になってしまうみたいだ」

 

「はっはっは、精霊様はもうすでに国の英雄ですからな。それも致し方ありますまい。神殿は村の者で清掃して管理しておきますよ」

 

「はっはっは、頼むね、俺のマイホーム・・・・・!」

 

「お前達、常に神殿の前に二名で立つようにせよ。一日交替で二人組を作って対応するとするか。その他二名ほど女性の清掃担当を決めるとするか」

 

「村長・・・頼むね、俺のマ・イ・ホ・ー・ム!!」

 

村長の両肩を掴み顔をギリまで近づけて伝える。

 

「おおっ!? お任せください、ピカピカに保ちますぞ!」

 

伝わったか・・・、さて。

 

「ナイセー殿、城塞都市フェルベーンでの対応は・・・もちろんうまくやって頂けるのですよね?」

 

前回の様に神官どもが押しかけて来るのは勘弁だし、おパンツ騒動なんてぶり返されたらイリーナの円らな瞳のダムが速攻決壊してしまう。

 

「え、ええ・・・たぶん・・・大丈夫・・・ですかねぇ?」

 

「何故に疑問形!?」

 

不安しかねぇ!!

 




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第58話 王都に向けて出発しよう

準備を済ませ、ナイセーの準備した馬車に乗り込むとする。

俺様自身は全く用意するものが無い。イリーナに選んでもらったローブと魔導士の杖を持つ。

 

「ヤーベ、王都に行っちゃうのか?」

 

ずっと話を聞いていたカンタが聞いてくる。チコちゃんはもう目に涙を溜めている。

 

「ああ、名誉な事かどうかはしらんが、王様が俺を呼んでるらしいからな」

 

肩を竦めて両手を広げる、外人アハーン風で答える。

 

「それってすっげーことだよな? ホントはもっと喜んで見送らなきゃいけないんだよな・・・」

 

カンタが少し俯く。チコちゃんもカンタの服の裾を握っている。

そんな二人の頭をワシワシとしてやる。

 

「王都で山のようなお土産を買って来てやるからな! 楽しみに待ってろよ~」

 

努めて明るく伝える。

 

「ああっ! 楽しみに待ってるからな! 絶対帰って来てくれよ!」

「うん、待ってる!」

 

さらに二人の頭をワシワシしながら抱きしめる。

 

「当然帰って来るよ! 帰ってきたらこのマイホームでバーベキューパーティだ!」

 

「待ってる!待ってるぞ!」

「早く帰って来てね!」

 

涙を拭きながら送り出してくれる2人。

いい子達だな。

 

「さて、行くか」

 

ふとイリーナを見ると、とんでもない量のリュックを背負っていた。リュックの上にはあのテントまで丸めて鎮座しているではないか。

 

「イリーナ、我々は王家の要請で王都に呼ばれているんだ。道中はナイセーの手配によりコルーナ辺境伯家の案内で連れて行ってもらえる。そんなわけで、まずテントはいらないぞ」

 

「ええっ!? だが、馬車でも一日で町や村まで到着しないだろう?」

 

「それもナイセーの方で手配していると思うよ? そうだろ?」

 

「そうですね、そのあたりは御心配なさらずとも大丈夫ですよ」

 

ニコニコしながら説明するナイセー。

逆にものすごく逞しいな、イリーナは。

 

「そ、そうなのか・・・」

 

そう言って巨大リュックを背負ったまま二階の部屋に戻ろうとして、階段の幅より長いテントぶつけて転んでいる。ふっ、どうかしているぜ、イリーナ。

 

「イリーナ、一応替えの服をたくさん持ってくるといい。ソレナリーニの町で一緒に服を買ったやつでいいんじゃないか?」

 

「あ、そうだな!ヤーベに選んでもらった大事な服だからな、全部持ってくるぞ!」

 

そう言って階段を勢いよく上がって行く。

いつでも元気だな、イリーナは。

 

「サリーナは準備OKなのか?」

 

「うん、ボクの着替えはこのバッグに入ってるし、お婆ちゃんにお小遣いもらったからね」

 

ニカッと笑うボクっ娘サリーナ。八重歯がかわいいな。

 

「そうか、万全だな」

 

それにしても、イリーナにルシーナ、そしてサリーナ。

俺はナのつく女性に縁があるのだろうか?

今後、ナのつく女性にあったら意識してしまいそうだ。

 

「ヤーベお待たせ! ヤーベに買ってもらった服は全部持ってきたぞ!」

 

そう言って服と一緒に買ったボストンバッグに入れて準備してきていた。

ボストンバッグをポンポンするイリーナ。

 

「そうか、じゃあ出発しよう」

 

「それでは馬車に案内しますよ」

 

ナイセーの案内で馬車に乗り込む。俺とイリーナ、それにサリーナさんだ。

 

「それでは行って来るよ」

 

馬車の窓から手を振ってみる。

 

「早く帰って来いよ!」

「神殿はお任せくだされ!」

「お土産待ってるぞ~!」

 

村長を始めとしたみんなの温かい言葉に、俺は出来るだけ早く帰って来ようと心に刻むのだった。

 

 

 

 

 

途中一泊してソレナリーニの町に到着した一行。

道中はローガ達の軍団を引き連れて馬車が数台繋がっていく。

途中のテントはめっちゃ豪華だった。

イリーナが超喜んでいたが、俺とイリーナとサリーナが同衾することもどうかと言うことで、別のテントが用意されていた。

・・・寂しくなんかないんだからね!

 

このソレナリーニの町で一日休憩して、明日の朝出発。

なぜか城塞都市フェルベーンでは三日間も休憩するらしい。

その後のルートと予定はフェルベーンで教えてくれるとのことだ。

なかなか徹底しているな。

 

ソレナリーニの町で一番いい宿に部屋を取ってもらっている。

イリーナとサリーナには少し仲良くなってもらおうと、お小遣いを渡して着替えや洋服を買いに行かせた。

そして俺は冒険者ギルドに一人でやって来た。

ゾリアへの挨拶と副ギルドマスターのサリーナ・・・

 

 

「サリーナァァァァ!?」

 

 

冒険者ギルドに入ってカウンターにたどり着く前、急に思い出してしまった。

ザイーデル婆さんの孫娘もサリーナと名乗った。

だが、このソレナリーニの町冒険者ギルドの副ギルドマスターも確かサリーナと言ったはずだ。ラノベの小説を呼んでも、名前が被るってほとんど見た事ないぞ。そりゃそうだよな、被ったらわかりにくいわ。でも現実世界はそうはいかないのは当然だ。同じ名前何て、ざらにある。

 

「ど、どうしたのですか!?」

 

奥の扉が勢いよく開いて副ギルドマスターのサリーナとギルドマスターのゾリアが飛び出してくる。そりゃそうか、ギルド内でいきなり副ギルドマスターの名前を絶叫したんだ。

驚かれても当然か。

 

「ヤーベさん!?」

 

叫んだのが俺だと気が付いてサリーナが近くまで来る。

 

「ヤーベじゃねぇか、しばらくだな。お前とんでもない事ばっかやってんな」

 

笑いながら俺の肩をバシバシ叩いてくるゾリア。

 

「ヤーベさん私の名前を叫んでいましたけど、どうしたのですか?」

 

副ギルドマスターのサリーナは問いかけてくる。

 

「ああ、すまないサリーナ。実は今王都まで一緒に旅をしている仲間に、イリーナともう一人、サリーナという女性がいてね」

 

「まあ、私と同じ名前なのですか?」

 

「そうなんだ、それで副ギルドマスターである君もサリーナだったと思い出して、思わずびっくりして叫んでしまったんだ」

 

てへへ!ってな感じでぽりぽり頭を掻く。

 

「それでは私の名前を忘れていて、ギルドに着いてから思い出されたのですか」

 

ちょっとほっぺをぷっくりさせるサリーナ。なかなかに魅力的だ。

 

「いや、悪気はないんだけどね。なぜか、俺に気を寄せてくれる娘達がみんな名前の終わりに「ナ」が付いていてね、つい気になっちゃってね」

 

「まあ、では私もヤーベ殿に狙われてしまいますね?」

 

そう言って悪戯っぽく笑うサリーナ。

 

「あ、コラッ!ギルド職員をナンパするなよ。サリーナはやらんぞ!サリーナが居なくなると俺が困る」

 

急にゾリアがサリーナの前に出て文句を言う。

 

「俺はともかく、サリーナの恋路を邪魔するようなパワハラ上司は訴えた方がいいぞ、サリーナ」

 

「ふふっ!そうですね、あまりにひどいようならそうしましょうか?」

 

笑いながら応じるサリーナ。

 

「だれがパワハラか! 大体オメー何しに来たんだよ? 王都に向かってる途中だろ?」

 

「やっぱその情報伝わってるのね」

 

「そりゃそうだぜ。『城塞都市フェルベーンの奇跡』ってもっぱらの話題だぜ。派手にやったもんだな。殲滅以外に怪我人の回復も出来るとは恐れいったぜ」

 

「たまたまだよ」

 

「それで王様からの呼び出しだろ? もう英雄まっしぐらだな。否が応でも」

 

「マジで勘弁だからな・・・本当に」

 

「諦めて観念しろって。Sランク冒険者にでもなっとけよ。で、この町いつ出発するんだ?」

 

「誰がなるか! 一応出発は明日の朝だ。お小遣い補充のためにこの前買い取りお願いした魔獣の分の金額を受け取りに来たんだよ。ついでにまた新しい魔獣の買い取りもよろしく」

 

「よろしくは良いけど、この前みたいなマンティコアとかマジでやめてくれよ? ランク高すぎて処理に困るぜ、いくら辺境だからってフェルベーンまで金額処理の申告するのは、めんどくせーんだからな?」

 

「あー、そう言う事言うわけね。ならいいよ、フェルベーンに直接買い取りに出しに行くし。ソレナリーニの町のギルド実績にならなくても俺は困らないもんねー」

 

「あ、テメー汚いぞ!」

 

「今のはギルドマスターが悪いのですよ! 手続きが面倒だからとランクの高い魔獣を持ってくるななどと、ヤーベ殿に愛想をつかれても仕方のない発言ですよ!」

 

ぷりぷりと怒るサリーナ。それはそうだろう。上級の魔物を卸してくれる存在をお断りって言ったら、ギルドの実績ポイントが稼げなくなるだろうしな。

 

「ラム、前回のヤーベ殿の買い取り金額を用意してください。それから倉庫を開けてもらって、今回の魔獣の受け取り受理もお願いします」

 

「了解しました」

 

そう言って受付嬢のラムちゃんが金額を用意してくれる。

じゃらりと金貨の入った袋を受け取る。

王都の土産を買う軍資金が調達できた。

カンタやチコちゃんの期待を裏切るわけにはいかんしな。

倉庫に移動して魔獣を引き渡していく。

 

「今回もたっぷり持ってきてんなぁ」

 

ゾリアが呆れ気味に言う。

 

「ですが、ヤーベ様のおかげで、フェルベーンにも十分に魔獣の素材を供給出来て大変助かっております。今後ともよろしくお願い致します」

 

そう言って丁寧にお辞儀する副ギルドマスターのサリーナ。

彼女の丁寧な対応にまたこのギルドに来たくなる。

ゾリアだけならもう潰れてるだろうな。

 

「王都に行ったらお土産買って来いよな!」

「王都でのお話、聞かせてくださいね」

 

二人に見送られ、冒険者ギルドを後にする。

ゾリアの土産は捨て置くとしても、帰りにサリーナさんにお土産話と、一緒に旅しているサリーナの引き合わせもしてみようか。

そんな事を考えながらホテルに帰った。

 




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第59話 ヒヨコたちの情報を聞こう(PARTⅠ)

 

ソレナリーニの町トップクラスのホテルだけあって非常においしい夕食だった。

ここでも、イリーナやサリーナとは別の部屋だ。

・・・寂しくなんてないんだからね!

 

 

それよりも、一人ならば都合がいい。情報を整理しよう。

一人部屋の窓を開ける。

 

「ヒヨコ隊長、報告を頼む」

 

一言呟くだけで瞬時にヒヨコ隊長と部下が部屋に集まってくる。

ヒヨコ隊長以下、ヒヨコ十将軍の連中だ。合計で十一羽のヒヨコたちが部屋に揃う。

今度十将軍を紹介してもらおう・・・なんかチュウニビョウな匂いが漂って来るから、聞くのも微妙な気がするが。

 

『はっ!それでは部下より報告させて頂きます!』

 

ヒヨコ隊長の一言に部下がビシッとさらに整列する。

 

『ヒヨコ十将軍序列一位レオパルド!序列二位クルセーダー!』

 

『『はっ!』』

 

『報告せよ!』

 

「ちょっ、ちょっと待て!」

 

『ボス、どうしました?』

 

「いやいやいや、ツッコミどころ満載なんだが! そもそも、ヒヨコ十将軍ってなに!?」

 

『実はヒヨコ軍団も細分化し、私の下に直属の十羽を選び出し、さらにその下にグループとしてまとめさせております』

 

「そうなんだ」

 

『ボスに勝手に組織を造り上げた事、誠に申し訳ありません。お気にいらなければ即座に解体し・・・』

 

「いや、別に大丈夫だ。ヒヨコ隊長に任せる」

 

『ははっ!ありがたき幸せ!』

 

しかし、良いのかな? 十将軍選び出してるけど、そのトップが隊長なんだが・・・、まあいいか。

 

『では報告せよ!』

 

『はっ!我々はソレナリーニの町周辺を探ってまいりました』

『ソレナリーニの町周辺はトラブルも無く、異変も確認できませんでした』

『迷宮ダンジョンも迷宮氾濫(スタンピード)以降落ち着きを取り戻し、平常時と変わらなくなっております』

 

「ふむ、この町はテロ事件以降落ち着きを取り戻しているのだな」

 

『『ははっ!』』

 

『次!序列第三位クロムウェル!第四位センチュリオン!』

 

『『ははっ!』』

 

いや、むっちゃ名前カッコイイんですけど!? どうやってつけてんの?

 

『我々は城塞都市フェルベーンでの調査を担当致しました』

『フェルベーンではボスの到着をコルーナ辺境伯が今か今かと待ち受けており、到着後すぐパレードが行われる予定となっております』

 

「何してくれちゃってるのかな!?あの御方は!」

 

『パレード後は大々的な表彰式が行われ、ボスの偉業を讃える会が開かれる予定です。夜は晩餐会でダンスパーティも兼ねるらしいです』

 

「明日速攻でナイセーに相談だな」

 

『後、ボスをコルーナ辺境伯家の賓客として持て成す用意がされております。そして賓客として王家より王都への招待を受けたと発表する予定です。コルーナ辺境伯家の賓客が王様に呼ばれたという箔をつけたいと言う事でしょうか』

 

「どこまでも俺を利用したいようだな・・・」

 

『ボスの威光ともなればそれも致し方なき事かと』

 

「俺はそんなイイモンじゃないと思うがね」

 

『次!序列第五位ヴィッカーズ!第六位カーデン』

 

『『ははっ!』』

 

『我々は城塞都市フェルベーンからタルバリ領までの間で調査してきました』

『各村はそれぞれが良く発展しており、治安も良く問題は見当たりませんでした』

『ただ、タルバリ領境辺りの山間部には蛮族が住み着いているという情報もあり、山間部への魔物狩りや薪回収のための作業に些か影響が出ているとか。素材や薪の価格が高騰気味とのことです』

 

「ふむ、街道まで出て来なければとりあえず今回の移動には影響はなさそうだが・・・」

 

『次!序列第七位カラール!第八位キュラシーア!』

 

『『ははっ!』』

 

『我々はタルバリ領最大の町タルバーンを調査してまいりました』

『この町は領主でもあるガイルナイト・フォン・タルバリ伯爵の治める地となっております』

『ガイルナイト・フォン・タルバリ伯爵はかなりの筋肉質な人物で、ソレナリーニの町冒険者ギルドマスターのゾリア殿と旧知の仲のようです』

 

「あ、そうなの?ゾリアはそんな伯爵と知り合いだったんだ」

 

『なんでも元々同じパーティで冒険者をやっていたとか』

 

「伯爵何してんの!?」

 

『このタルバーンの町の北に「悪魔の塔」と呼ばれる塔が立っているとのことです』

 

「悪魔の塔?」

 

『はい、噂では「悪魔王ガルアード」を封じた塔だと言われております。現在は迷宮ダンジョンと同じ扱いで、塔内の魔物を倒して素材を回収する冒険者が通っているようです』

 

「うん、ヤバイ塔だってことはわかった。近づかない様にしよう」

 

『その他タルバリ領タルバーンでは鉄鋼の精製が盛んです』

 

「鉄か~、武器や防具の新調ってあんまり関係ないんだよな。イリーナは戦闘出来ないし、俺はローブ着てるしな」

 

『武器防具以外にも鉄鋼製品が多く出回っております。お店を覗いて見るのも一興かと』

 

「なるほど、わかった」

 

『次!序列第九位ティーガー!第十位センチネル!』

 

『『ははっ!』』

 

『我々はカソの村及び泉の畔周りの確認をしてまいりました』

 

「あ、そうなんだ」

 

『はい、カソの村はいつも通り平和です。ローガ殿達の魔物狩りで村の周りには大幅に魔物が減っており、安心して生活できる状況が確保できています』

『泉の周りも平穏無事です。神殿も二名の守り手に、清掃担当の女性が二名来ておりました』

 

「あ、そうなんだ・・・」

 

ヒヨコ達にも神殿呼ばわり・・・

まあ、平和ならいいか。

俺はとりあえず城塞都市フェルベーンでの死ぬほど面倒くさいフラグを叩き折るべく作戦を練らないとな・・・

 

 




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第60話 城塞都市フェルベーンに翻る極太のフラグをへし折る努力をしてみよう

どうしてこうなった?

 

現在、俺様は馬車に揺られている。

ナイセーと移動に旅をしてきた馬車ではない。

まるでどこかのエリザベス様が結婚パレードに乗るような真っ白な馬車だ。屋根の無いタイプ。

その真っ白な馬車に俺はイリーナと並んで乗せられている。

前の席にはフェンベルク・フォン・コルーナ辺境伯とその奥方、間にルシーナ嬢が鎮座していた。

町の大通りは左右に人垣が出来ており、大勢の人々が人垣を作って手を振ってくれている。

俺とイリーナで教会に隔離された重篤な患者を回復して回った事を知ったのか、ありがとうありがとうと声を掛けてくれる。ありがたいと言えばありがたいのだが・・・。

 

「はっはっは、コルーナ辺境伯家の賓客ヤーベ殿が帰って来たぞ!」

 

フェンベルク卿よ、俺は帰ってきたわけではないぞ。あくまで王都に呼ばれたので向かっている途中にフェルベーンに寄っただけなんだからな。

それにしても奥様は優雅ににこにこしながら手を振っているだけだ。絵になるけど。

 

「皆さんご心配おかけしました! でも私ももう元気になりました。こちらのヤーベ様に体を治して頂きました!」

 

「「「わああ~~~~!!」」」

 

ルシーナは町の人々にも相当人気なようだ。

ルシーナが一時重篤だったのを知っているのか、相当喜ばれているみたいだな。

 

「後、私はヤーベ様に嫁ぐ事に致します~~~!」

 

「何ぃ~!」

 

フェンベルク卿が馬車で立ち上がりながら隣のルシーナをガン見する。

 

「「「わああ~~~!!」」」

 

「まあ、ステキ!」

 

町の人々の祝福と奥さんの笑顔が眩しい。

そしてルシーナは確実にフェンベルク卿の血を引いているな。外堀から埋めるタイプのようだ。

教育が行き届いてますね!

 

「ふぇぇ~、ルシーナちゃん大胆過ぎるよ~」

 

涙目のイリーナ。負けてますよ?

 

「ヤーベ殿、ありがと~」

 

むっ!? あれは・・・ボーンテアックのやつだな。

アイツこそが多くの命を救った英雄だと思うのだがな。

 

「ボーンテアック!お前の作った薬草と解毒薬は見事だったぞ!お前のおかげで多くの人々が助かったぞ!」

 

そう声を掛けたので、ボーンテアックの周りがざわついて質問攻めにあっていた。

はっはっは、君も英雄になりたまえ。

 

進んでいくと大きな教会の前に神官たちが横断幕を持ってずらりと並んでいた。シスターもたくさんの旗を振っている。

 

横断幕には・・・「おかえりなさい御使い様」。誰の事だよ!?

 

「式典の後はぜひ教会にもお寄りください!」

「我々にもう一度お導きを!」

「お待ちしております~」

 

シスターたちの黄色い声援に一瞬グラリとするが、横にいるイリーナが手を握る。

 

「ほわわわわっ!?」

 

痛い!何故だ!俺はノーチートだが無敵スライムボディでもあるはずなのに!?

最近のイリーナは意味不明にレベルが上がっているのか?

 

それにしてもこの後は領主邸までパレードして、その後領主邸で休憩、その後さらに中央広場にて領主であるフェンベルク卿自ら『城塞都市フェルベーンの奇跡』立役者である俺様に表彰と褒賞を授けるらしい。フェルベーンに到着する前にナイセーに聞いていた。

その極太なフラグを叩き折るべく、ナイセーにはいろいろ相談や提案を行った。

だが、極太フラグは俺様の提案や戦略などものともせず、優雅にたなびくのであった。

・・・悔しい。

 

最終的に、門から町に入る前に脱出するつもりだったのだが、まさか領主であるフェンベルク・フォン・コルーナ辺境伯自ら俺を待ち構えているとは思わなかった。

領主が町の外まで出て待ち構えているとは・・・そこまでやるか!?

ナイセーもナイセーで、パレードと式典だけはどうにもならないだろうと最初から諦め気味だった。というか、それに俺が出ないと領主の顔を潰すことにもなりかねんしな。俺の脱出の手引きを協力しろというのは元々無理がある話なのだが。

 

やがてパレードは領主邸までやってくる。

 

「皆よ、式典は午後から中央広場で行う!大勢集まってくれよ!」

 

 

「「「わああ~~~」」」

 

 

いや、何でこんなに盛り上がってるのよ。

こう言っては何だが、ヒマなのか?この町は。

 

「さあヤーベ殿、我が家に逗留して一息入れてくれたまえ」

 

「逗留って」

 

「午後から式典にはなっているが、今日から三日間は我が家で持て成す予定だ。ゆっくりしてくれていいぞ」

 

「午後から式典ってだけでゆっくり出来ねーよ」

 

「はっはっは、遠慮する事は無い!」

 

「話聞けよ!」

 

「ヤーベ様、さあこちらへ」

 

ルシーナが屋敷に案内しようと俺の手を取る。

 

「ヤーベ、待ってくれ」

 

イリーナは俺のローブの裾を握ってついてくる。

 

「まあまあ、みんな仲良しね」

 

奥さん、一言で纏めないでくださいね。

 

「まずはみんなで食事にしようじゃないか、さあ入ってくれ」

 

フェンベルク卿にも急かされ、俺は屋敷に入った。

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

「それでは再会を祝して、乾杯!」

「「「カンパ~~~イ!」」」

 

俺は注がれた赤ワインに口を付ける。

 

「・・・うまい」

 

特に酒にうるさくなかった俺だが、このワインはうまいと感じた。

 

「そうか、気に入って何よりだ。王都から無理をして手に入れた甲斐があったというものだ」

 

ゲッ!そんなに貴重なヤツ?値段とか聞くとヤバそうだからスルーしよう。うん、それがいい。

その後もおいしい料理が次々と運ばれてくる。前菜らしきから始まり、メインの肉料理もおいしかった。さすがコルーナ辺境伯家といったところなのだろうな。

チラリと横を見ると、イリーナの顔が蕩けていた。

泉の畔での食事は狩りで捕って来たエモノを処理して焼いたり似たりする料理ばかりだ。後は屋台の料理。そんなわけで、こんなに手の込んだ料理を食べるのはずいぶん久しぶりだ。

もちろん途中で宿泊した宿での食事も十分おいしかったのだが、コルーナ辺境伯家の料理はそれを凌駕するレベルにある。

特にデザートのような甘味はほとんど食べていなかったからな。甘いケーキのようなデザートを食べてほわほわしているイリーナを見ると、結構甘い物が好きだったようだ。というかこちらの世界、甘い物がほとんどなかった。多分、甘味は貴重なのか高級なのか、そう言う事なのだろう。イリーナには悪い事をしたような気がしてきたな。王都ならおいしい甘味もあるんだろう。イリーナに何かデザートでも買うとしようか。

 

「・・・ん?どうした、ヤーベ?」

 

「いや、おいしそうにデザートを食べるなと思って」

 

「あ、いや、恥ずかしいな。甘い物はずいぶん久し振りな気がしてな。途中の宿で食べた料理ももちろんおいしかったのだが」

 

「じゃあ、俺のデザートも食べていいよ」

 

「ふえっ!? で、でも・・・」

 

「いいんだ、イリーナがとても幸せそうに食べているからね」

 

「あ、ありがとう・・・」

 

そう言って俺のデザートの皿をイリーナの前においてやると、喜んで食べ始める。

ニコニコしたイリーナの顔を見るとこちらも幸せになりそうだ。

 

「ヤーベ様、少し嫉妬してしまいそうですわ」

 

にっこりしながら、ルシーナが俺を見る。

 

「ああ、いや、普段はろくなものを食べていないのでね。やはり甘い物は女性にはたまらないご褒美なのかな?」

 

「クスクス、そうですわね。王都で珍しい甘味のお菓子などが手に入りますと、私も子供の様にはしゃいでしまいます」

 

笑顔を絶やさず、快活に話すルシーナを見ていると、こちらまで元気になりそうだ。

やはりルシーナは良い娘だ。

 

「で、ヤーベ殿、この前はどうして急にいなくなってしまわれたのだね?」

 

食事が終わり、最後のドリンクを飲みながらフェンベルク卿が俺に問いかける。

そんなんお宅の囲い込み作戦が嫌やってん!・・・と言えたらどんなにいいか。

 

「はっはっは、急用を思い出しましてな」

 

気分的には額の汗を拭いたいところだが、残念ながら俺は汗をかかないのだ。

 

「ヤーベ様、お気になさらずに。ちゃんと父には伝えておきました。ヤーベ殿を勝手に縛り付けるような真似をすると御不興をかってしまいますよと」

 

「や、これはルシーナ嬢にも気を使わせてしまい恐縮です」

 

ぺこりと頭を下げる。少し他人行儀にしておかないと、この連中グイグイと距離を詰めてくる。

 

「まあ、そんな他人行儀な言い回しは不要ですわ、ヤーベ様」

 

両手を組んで胸の前に置き、哀願するような表情で距離を詰めてくるルシーナ嬢。ほーらね。

 

「ヤーベ殿にはすまない事をしたようだ。出来ればこの地にとどまり、我が部下として・・・いやいや、我が身内としてその力を振るってもらいたいと思っていたのでな・・・。少し先走りし過ぎたようだ。気に障ってしまったのなら申し訳ない」

 

フェンベルク卿が俺に頭を下げる。さすがにそれはマズイ。

 

「いやいやフェンベルク卿。俺に頭を下げる必要なんてありませんよ。

ただ、いろいろとありまして、ご要望に沿えないこともありますのでね。そのあたりは申し訳ないとは思うのですがね」

 

「いやいや、そう言ってもらえるだけでもありがたいよ。君と好みが結べるだけでもありがたいんだ」

 

そんなに俺とのつながりがありがたいもんかねー。ローブを被ったままの怪しい男ですがね。

 

「それでは、場所を移して王家からの要請内容を説明しよう。その後は式典に出て頂く」

 

「あ、それは確定なのね・・・」

 

がっくり肩を落とす俺だが、ふと気づく。

 

「ん? 要請内容を説明?」

 

俺が首を傾げて聞く。

 

「うむ、王より賜った要請内容だ」

 

え・・・、王城に行って王の前で挨拶するだけじゃなかったんかい!?

 




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第61話 謁見内容を把握しよう

「謁見の内容なのだがな・・・」

 

やたら難しい顔をして語り出すフェンベルク卿。おいおい謁見ってそんなヤバイのかよ?

 

「王に拝謁するだけだ」

 

 

ズドドッ!

 

 

俺は椅子からずり落ちる。

 

「だ、大丈夫か?ヤーベ」

 

「なんだよ、脅かすな!」

 

イリーナの手を借りて俺は椅子に座り直して文句を言う。

ちなみにローブ姿の中はデローンMr.Ⅱ+触手2本(右手左手)というい出で立ちだ。

 

「問題はその前と後だよ」

 

「前と後?」

 

「王への拝謁前には当然身体検査や、礼服の仕度など事前準備に一週間以上かかるはずだ」

 

「面倒臭ぇ! てか、身体検査?」

 

それを聞いてイリーナが俺をガン見する。

 

「そりゃそうだ。武器など持ち込んで拝謁などできんよ」

 

当たり前だが、厳しいんだな・・・。

そうなると、身体検査をどうクリアするか対策を練らないとだめだな。

どう考えてもデローンMr.Ⅱのボディで謁見がOKになると思えないからな。

 

「礼服などは王家御用達の者達が準備するから心配はない。費用もこちらで負担するので心配ない」

 

「謁見前は拝謁準備に時間がかかるという事で理解できた。それで、拝謁後は何が問題なんだ?」

 

「王より賜る御言葉にもよるが、コルーナ辺境伯家の賓客から、国王の謁見を経ると、当然ながら国家に所属してくるよういろいろな組織からの勧誘があるだろうよ。特に王国魔術師団、王国騎士団という王国直属のグループ、教会の大聖堂聖騎士団、神官団という教会グループ、その他私のような貴族に仕えるパターンだな。後考えられそうなのは、王国魔術師団とは別の魔術師ギルトが出張ってくる可能性もあるかもな」

 

「はっはっは、いつの間にこんなにモテモテになっちまったんだろうなぁ」

 

まったく溜息マシンガンが止まらねーぜ。

 

「どうやったかは知らんが、<迷宮氾濫(スタンピード)>を制圧する戦闘力と千人以上の重篤患者を一日で回復させる奇跡の技だぞ? 誰に聞いてもお前が欲しいと言うだろうよ」

 

「お断わりします」

 

「誰しもがはいそうですかと言ってくれると思うなよ? 万一無理矢理お前を引っ張ろうとする奴がいたら、俺のところにとりあえず厄介になってると言えばいい。俺の方は無理にここに留まって力を貸してくれとは言わないようにするさ」

 

「コルーナ辺境伯家の賓客というのは良い隠れ蓑になりそうですかな?」

 

「どこまで役立つかはわからんがね」

 

俺の茶化すようなセリフに、苦笑を交えて答えるフェンベルク卿。

結構腹を割って話してくれているように感じるな。

 

「王もヤーベという人物が傑物であるという認識はすでにあるだろう。だからそれだけにお前自身がどのような者なのか、どのようなことを考えているのか、王国にとって益があるのか、害になるのか、それを見極めるために呼ばれていると言っていいだろう」

 

「アンタ拝謁だけって言ったじゃないかよ!」

 

「拝謁の中身がそれだけ詰まってんだよ」

 

「ふん詰まり過ぎだろうよ!」

 

「王は聡明であらせられる。ヤーベの事は悪く思わないと思うのだがな」

 

「謁見の間で拝謁となった時に気を付けることはあるか?」

 

「うむ、通常多くの貴族が列席する中で拝謁する場合と、かなり絞って人数を少なくして拝謁する場合とがある。実はヤーベ殿がどちらになるかわからんのだ」

 

「む、そうなのか?」

 

「うむ、だからここを出発する際は私も行く。可能なら私も謁見する予定だ」

 

「それは心強いな」

 

「だが、まだわからん。実の所、ヤーベ殿の起こした奇跡はにわかに信じられぬものばかりだ。場合によっては内々での謁見になるかもしれんしな」

 

「気が重いねえ・・・」

 

「はっはっは、天下のヤーベ殿も苦手な事があるのかね」

 

快活に笑うフェンベルク卿。

 

「俺は普段は泉の畔でのんびり暮らしているのですよ? そんな堅苦しい場所、苦手に決まっているでしょ」

 

またまた盛大に溜息を吐く。

 

「知っているか?この国には王家の他に三大公爵家と四大侯爵家があるのを」

 

「ああ、ナイセー殿に聞きましたよ。ただ、家名も伺わなかったし、貴族間の関係も伺いませんでしたね」

 

フェンベルク卿がテーブルに肘を付き両手に顎を乗せて重い息を吐く。

 

「三大公爵家はリカオロスト、プレジャー、ドライセンの三つ、そして四大侯爵家はエルサーパ、フレアルト、ドルミア、キルエの四つだ。四大侯爵はエルサーパ家が水を司り、フレアルト家が炎、ドルミア家が土、キルエ家が風をそれぞれ司っている。四大侯爵家は王国の地水火風を示していると言われているのだ」

 

ヤッベー、どういう意味で司ると言っているかわからんが、俺が本当に四大精霊と契約済でーすなんて言ったらどんなトラブルが巻き起こるかわからん。最近召喚してないのに勝手に出て来くることもあるし、後でよーく言い聞かせておかねばなるまい。

 

「四大侯爵家は実際の所、本当に国を支える四本柱と言っても過言ではない。あまり不穏な噂も無い。そのうちキルエ侯爵家は現在女流当主が務められている」

 

「ふーん、そうなんだ」

 

「あまり大きな声では言えんが、三大公爵家は一癖も二癖もある。何せ王家に何かあれば公爵家が出張ってくるようになるわけだしな」

 

「関わりたくない感じがビンビンするよ」

 

「特に野心家と言われているのがリカオロスト公爵家だ。実は今の王には長男と長女、そして次女の三名しかおられない。そのうち長女のコーデリア様は隣国のガーデンバール王国の王子に嫁がれておられるので王国にはいない。王太子であられるカルセル様と、王女であられるカッシーナ様のお二人しかいない状況なのだ」

 

「その二人に何かあれば・・・」

 

「不遜な物言いだが、可能性が無いわけではない話なのだ。さらに、カッシーナ王女は五歳の時に宮廷魔術師の私室で起きた事故により、顔を含めた半身に大やけどを負われてしまったのだ。大神官を含めた神官たちの回復呪文によって命だけは取り留めたとのことなのだが、それ以降全く国民はおろか、王城内でもその姿を見ることはほとんどない。一年に一度の新年を祝う式典のみ、顔が半分隠れる仮面をお付けになって国王の挨拶の横に立たれる。だが声を発することも無く王の挨拶の後、会場をすぐ後にされてしまう」

 

「ふーむ、それではカッシーナ王女はほとんど表舞台に出て来ないと言う事なんだな。これでは長男のカシオリ殿の両肩には相当な重荷がかかっているなぁ」

 

「誰がカシオリか!土産じゃねーんだよ!カルセル王太子様だぞ!お前冗談でも当人の前でそんな間違いするなよ!?打ち首間違いないぞ!?」

 

しみじみと呟いたのだが、名前を間違ったせいで滅茶苦茶怒られた。

まあ確かに王太子本人の前でカシオリとか言ったらぶっ殺されること間違いないな。気を付けよう。

 

「話が逸れたな。リカオロスト公爵は王家との繋がりを強くしようと躍起になっている節がある」

 

ビクリとしてイリーナが体を震わせ、俺の手を握ってくる。どした?

 

「王家との繋がりって、王太子に娘でも送り込もうとしてるのか?」

 

「いや、リカオロスト公爵家は長男次男の二人なんだが、それぞれカッシーナ王女に求婚をしつこく続けているようだ。なにせ体の半身を火傷で損傷しているのだから、リカオロスト公爵家からの求婚以外来ていないのも事実なんだが」

 

「明らかに権力だけを見ているのか? カッシーナ王女当人を気に入っているとか、ないのか?」

 

「カッシーナ王女は誰とも会わないんだ。会ってもいないんだから、カッシーナ王女自身の事なんでどうでもいいんだろうさ」

 

「ずいぶんとむかつくヤローだな。火傷の傷もひっくるめて面倒見てやる!くらいの男気見せろってんだ」

 

「はっは、ヤーベ殿は漢気があるな」

 

そう言って笑うふぇんべだが、すぐに顔に険しい表情を浮かべ話を続ける。

 

「それにリカオロスト公爵家は厄介だ。ルーベンゲルグ伯爵令嬢であるイリーナ嬢はよくわかっているだろうが」

 

「どういうことだ?」

 

俺はイリーナを見ながら問う。

 

「リカオロスト公爵家は王家とは別にルーベンゲルグ伯爵家にもイリーナ嬢との結婚を迫っている。それもかなり強引にな。実は今イリーナ嬢が失踪という形でいないことになっているから少し落ち着いているが、ルーベンゲルグ伯爵領への圧力をかけてイリーナ嬢の輿入れを強行させようとしていたんだ」

 

「ヤーベ、それが怖くて私は王都を逃げ出したのだ。父も母も逃げろとは言わなかったが、その気持ちは汲み取れた。兄から最低限の荷物とお金だけもらって王都を脱出したんだ」

 

「そうだったのか・・・」

 

それにしてもあまりに急だし、危険だろう。現にイリーナは俺が助けなければ殺されていた可能性が高い。脱出させるにしても護衛なり何なり必要だったはずだが・・・。

 

「そうなると、王都に着いた際にルーベンゲルグ伯爵家に挨拶に行くのはまずいのか?」

 

「難しいな。俺はもちろん喋るつもりはないがヤーベと共に一緒に居る女性がルーベンゲルグ伯爵令嬢だとバレないという考え方はないだろうな。王都で一緒に行動すれば必ずバレるだろう」

 

「そうか・・・ならば、やるべきことは一つだな」

 

「ど、どうするのだ?」

 

「もちろん、君の両親にご挨拶するのだ」

 

「ほわっ!? つ、つ、ついにヤーベが・・・ウン、おウチかえりゅ」

 

「おっ?ついに年貢を納めるのか、ヤーベ?」

 

「何が?」

 

「ルーベンゲルグ伯爵家に挨拶に行くんだろう?」

 

「そうだ、イリーナの師匠・・・・・・・としてな!」

 

「し、師匠・・・?」

 

イリーナがポカーンとした顔で俺を見る。

 

「おいおいどうした、ソレナリーニの町でもそう言う設定で話をしただろう?」

 

「せ、設定・・・?」

 

なんだか顔を赤くしてプルプルしているイリーナ。

 

「お前・・・それはないだろう・・・」

 

フェンベルク卿も俺に呆れた表情を向ける。

 

あれ?俺何か間違えた!?

 




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第62話 式典で報奨金を即寄付してみよう

 

フェンベルク卿にだいぶ白い目で見られてしまった。

どうもイリーナは師匠ではなく、結婚の挨拶だと思ったようだ。

見ればイリーナはどこかのボクサーの様に真っ白に燃え尽きていた。

そう言えば、ルシーナちゃんを治療している時にも、俺と結婚するとか言ってたな・・・。

そしてパレードではルシーナちゃんが町の人々に俺と結婚するって大宣言してるし。

そこへ来て、俺が両親に会って結婚の話をしないって事は、イリーナからすると俺がイリーナと結婚する気が無いって事になっちまうか。

 

 

 

結婚ね・・・。

俺スライムなんだけどなぁ。

どう考えたってヘソまで反り返った(以下略:2回目)

貴族の娘なんかと結婚したら、絶対血を絶やさぬようにとか言って子供せっつかれるよな。

どう考えても無理な気がするんだけどね。

でも、イリーナが狙われているなら、ダミーの相手として俺がいた方がいいのか。

もしそのリカオロスト公爵家とやらが手を出して来るなら、イリーナからその対象が俺に移るはずだ。それだけでもイリーナを守れる確率が上がるか。それならば悪い事ばかりでもないな。子供の事は別に考えてもいいし、落ち着いてから俺が消えてもいいのだ。

 

「イリーナ、とにかく君の両親に会って、どうするか相談しようか?」

 

「ふえっ!?」

 

「そのリカオロスト公爵家がどのように君の領地に圧力をかけているかわからないからね、対策の打ちようが無いし。とにかく話を聞きに行こうか」

 

「ううう、ヤ~ベェ~、助けてくれるの?」

 

イリーナが俺の腕を取って目に涙を一杯溜めて聞いてくる。

 

「まあ、何だ。俺にとってはイリーナは大事な仲間だしな。イリーナや両親に敵対するような奴は撃退しないとな」

 

 

「ヤ~ベェ~! ふぇ~ん!」

 

今度は俺に抱きついて泣き始めるイリーナ。

やっぱり、今まで不安だったんだろうな。

まして相手は公爵だ。イリーナの両親が責任を持つ領地に影響を及ぼすほどの圧力などと言ったら、なかなか覆すことは難しいのかもしれない。

だが、俺様ならばなんとかできるかもしれない。いや、何とかせねばなるまい。

経済封鎖か、それとも実力介入か、どんな圧力をかけて来るのか・・・。

まあ、聞けばわかるか。

 

 

「さて、午後の式典に向かうか。ヤーベ、俺と一緒に出てくれ」

 

「はあ・・・」

 

仕方なく俺は席を立った。

 

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

 

「皆よ!今ここに『城塞都市フェルベーンの奇跡』を起こしたヤーベ殿を迎えることが出来た」

 

「「「わああ~~~!!」」」

 

民衆がメッチャ盛り上がってる。

フェンベルク卿よ、迎えるって言い方は誤解を招きかねませんからね?

 

「フェルベーンを混乱に陥れようとしていた連中もヤーベ殿のおかげてすべて捕らえることが出来た。体調不良で危険な状態になった者達もヤーベ殿の力で回復させてもらい、死者を出すことは無かった!」

 

「「「わああ~~~!!」」」

 

パレードの時でも思ったけど、やっぱり毒で体調を崩してしまった人たちが大勢出てしまったからだろうな、回復した事に対して非常に喜んでくれているようだ。

 

「ここに褒賞として金貨二千枚を進呈するものとする!」

 

「「「わああーーー!!」」」

 

金貨二千枚・・・すごいね。

よく考えるとナイセーから貰った迷宮氾濫スタンピードの褒賞と同じ額だ。

だから少ないとか文句を言うつもりもないけどね。

 

フェンベルク卿が俺に金貨の袋を渡してくる。

 

「それではヤーベ殿より一言頂く」

 

フェンベルク卿に促されて俺は民衆を見渡す。

よくもまあこんなローブで顔が見えない怪しい男を褒め称えてくれるものだ。ちょっと涙が出そうだよ。

 

「俺は出来る事をしただけで特別な事はしていないつもりだ。だが、感謝の気持ちを示して頂くのは大変ありがたい。そこで、この金貨は私からコルーナ辺境伯家へ寄付させて頂く! 具体的にはホーンテアック診療所の様に、薬草や解毒の治療が誰でもより高い効果で受けられるような研究と整備に使って頂きたい。教会の神聖魔法の治療と合わせれば、この城塞都市フェルベーンでの人々の存命期間は飛躍的に伸びることだろう!」

 

「「「「「・・・うおおおおーーーーー!!!」」」」」

 

一瞬会場に集まった町の人々もお金を返してしまう?というヤーベの行動を理解できなかったのだが、次の瞬間、この町の治療に対する技術向上のためというその理由に衝撃と感激を受けたようだ。

 

「お、おい・・・いいのか?」

 

「うむ、あまりお金を使う理由もないのでな。役に立つ目的で使ってもらった方がいい」

 

「ヤーベってやつは・・・」

 

フェンベルク卿が少し涙ぐんで俺が返す形になった金貨の袋を受け取る。

 

「皆よ!ここにヤーベ殿より、報奨金をそのまま寄付頂けることになった! ホーンテアック診療所を中心に町の治療技術を高めることをここに宣言する!」

 

「「「わああーーーーー!!」」」

 

この城塞都市フェルベーンが活気に満ち溢れれば、コルーナ辺境伯の力も増大するし、王都とのつながりもより深くなっていくだろう。コルーナ辺境伯家の賓客という立場である以上、今の俺の後ろ盾となるのはコルーナ辺境伯家となるのだから、ここで恩をさらに売っておくのも悪くないだろう。コルーナ辺境伯家の力の増大は俺にとってもプラスになるだろうしな。イリーナの両親の領地であるルーベンゲルグ伯爵領へ圧力を掛けているというリカオロスト公爵家へのけん制の意味を含めてコルーナ辺境伯家の力は必要になるだろうしな。

 

「皆よ! この城塞都市フェルベーンに住む全ての住民の事を案じて力を貸してくれるヤーベ殿に盛大な拍手を!」

 

 

「「「わああーーーーー!!」」」

 

パチパチパチパチ!!

 

集まった民衆の万雷の拍手に俺は少しだけ胸が熱くなる。

地球時代、こんなに他の人たちから褒められたことは無い。

いいもんだね、褒められるのって。

まあ、それも程度によるけどさ。

ふと見れば、イリーナが中央広場舞台の袖にいて俺を見ている。

イリーナと一緒に舞台に上がりたかったのだが、この町ではちょっと騒動があり過ぎたしな。

それに王都に近づくにつれ、ルーベンゲルグ伯爵令嬢としての存在をなるべく気取られたくないしな。何か変装することも検討しよう。

 

・・・後、民衆の後ろに横断幕掲げて手を振りまくっている神官団からの逃走ルートも検討せねば。なんだか神官団がサングラスをかけてどこまでも逃走者を追ってくる黒服にダブって見えて来たぞ。

掴まらずに逃げ切って見せる!

 




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第63話 教会を回って挨拶しよう

俺の戦略はこうだ。

 

式典の後にフェンベルク卿が屋敷に帰るのに便乗。

疲れたとか疲労回復とか適当な理由を付けて本日は引き籠る。

明日は朝からイリーナの洋服などをルシーナちゃんに頼んで二人で出かけてもらう。

女性の買い物についていくのはナンセンスだろう。

時間もかかるだろうし、男の俺に見られたくない物もあるだろう。

それに久しぶりにお友達同士、会話が弾むに違いない。

 

そして俺はナイセーに貰った紹介状を持って、フェルベーン一の奴隷商人の店を覗きに行くのだ。

 

・・・もちろん、別に女性の奴隷を買ってウハウハ、なんてことは考えていない。

だが、この国で奴隷というシステムをどのように扱っているのか、この目で実際に見てみることは大事な事だと思っている。

・・・ほんとに奴隷の女性をたくさん買い占めてウハウハなんて考えてないからな!

考えてたら金貨二千枚なんて寄付しねーっての!

でも、金はやはり必要だな。理不尽に買われた奴隷を買い取りたいと思っても、先立つものが無ければ助けてもやれない。尤も、誰もかれも買って助けてやれないのだ。必要な時に必要なだけの金が有るように、ある程度持っていないとダメだろう。魔物狩りに精を出さねば。

・・・主にローガ達がだけど。

 

そんなわけで明日は奴隷商館でみっちりと社会勉強を行い、三日目には朝から出立の準備をして、昼には王都に向けて、タルバリ領タルバーンの町を目指して出発する。

そう青写真を描いていた。

 

だが、どうしてこうなったのか!?

 

確かに、式典の後はフェンベルク卿と一緒にうまく屋敷に帰る事が出来た。

疲労がどうとか、いろいろ理由を付けて引き上げたのだ。

おいしい夕飯と気持ちいいお風呂、ゆっくりできた。

ここまでは良かったのだ。

 

そして翌日、完全休養日の一日をイリーナとルシーナちゃんに買い物に行ってもらおうと伝えたところ・・・

 

「イリーナちゃんの洋服とか、必要なものはもうメイドに準備させていますよ」

 

そうニコニコしながらルシーナちゃんが返答を返してきたのだ!

しかも、イリーナと俺の部屋は別々になっていたので、ルシーナちゃんがイリーナの部屋に夜遊びに行っていろいろ話をして旧交を温めてしまっていたのも計算外であった。

俺様自身も辺境伯家に泊めてもらっている関係で、魔力感知を切っていたため、イリーナとルシーナちゃんの動向を把握していなかったのも痛かった。

 

そんなわけで、なぜかイリーナとルシーナちゃんは真っ白なローブを着て、さながら女性神官をイメージした衣装を着ていて、俺はというと、こちらも高級そうな真っ白ローブに金色の刺繍が入ったものを着せられ、顔は少し仰々しい仮面を付けられている。

そして、またまた準備されたパレードの時に乗った真っ白な馬車に乗せられている。

 

これから、各教会を回って挨拶しなければならないのだ。

魔法は使えない、そう伝えてある。

それでも、二人を従えて教会に訪問することが大事らしい。

いつもの魔導士の杖ではなく、青い宝玉の付いた神杖を持たされている。

なんでも、訪問して皆さん元気にしてますか?みたいに声を掛ければいいらしい。

俺は地球時代に避難所などを回られる天皇陛下の映像を何となく思い出してしまった。

 

・・・余りにも不遜な想像だったな。

 

大体、俺の<生命力回復(ヒーリング)>は精霊魔術であって、神霊魔術ではない。

水の精霊ウィンティアは生命の源を司る力を持っている。

後は俺のぐるぐるエネルギー(魔力)を高めて、ウィンティアの力を高めてやれば強力なヒーリング効果を得ることが出来る。

なので俺自身は神の信仰などまったく持ってない。

どちらかというと、若干恨んでいるくらいだ。オノレカミメガ。

 

そんな俺が教会に行って挨拶する・・・ほぼ詐欺じゃね?

どう考えても実際に神がいるならバチが当たる事間違いなしだよな。

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

「御使い様に来ていただいたぞ!」

「ようこそ当方の教会へ!」

 

・・・どこへ行っても大歓迎だ。もはやここまで来ると罪悪感を感じるな。

 

元気になった人たちと握手をする。それ自体は問題ないし、それで喜んでくれるなら構わないのだが、神官たち教会関係者が俺を「御使い様」と呼んで、明らかに神の使徒として扱っている事に違和感を禁じ得ない。

尤も、暑苦しい勢いで「やればできる!」なんて講演するつもりもないけど。

 

それにしても失敗した。

よくよく考えれば、ルシーナちゃんとイリーナの二人だけで買い物に行くとか、日本じゃないんだからダメに決まってるよな。貴族令嬢が二人でプラプラ買い物とか、絶対アウトだわな。いろいろメイドなり護衛なりついてきちゃうとなると、俺も呼ばれてしまうだろうし。

呑気に俺だけで出掛けられると思っていた昨日の自分を殴りたい。

 

「御使い様は、いつこの世界に顕著されたのですかな?」

 

凄く白い髭の長い、まるで仙人かサンタクロースみたいな爺様神官が俺に声を掛ける。

 

「御使い様ではないんですけどね・・・」

 

「まあまあ、それよりこの世界はいかがですかな? 楽しまれておられましたら何よりなのですが」

 

ニコニコしながら髭を撫でる爺様神官。

 

なんだろう、デジャヴ。

 

これはカソの村の村長レベルで話が通じないと思われる。

最終的に通っていると御使い様で定着するパターンだ。

これで決まった。俺は教会にはもう来ない。心に固く誓おう。

 

大体、ものすごくまずい事に気が付く。

俺は神様のことなど何も知らない。

いろんな異世界モノがあるが、神が一柱だけではないパターンが多い。

それこそ、この世界にてどのような神が信仰されているのか全く分からない。

興味が無かったから学ばなかったな。

どこかで神について学ぶか・・・それとも完全に教会から距離を置くか。

今日の時点で全く距離を置けていないのが悲しくて泣けて来るが。

 

そう言えば何故かルシーナちゃんもイリーナも女性神官のようないで立ちで集まった人たちに対応している。えらく優しく声を掛けていると思ったら、子供たちが多いようだった。

教会と孤児院が併設されているわけではないのだが、俺が教会に挨拶に行くと伝えておいたため、近くの孤児院の子供たちも教会に集まって来ているようだった。その子供たちにお菓子などを配っているようだった。

 

「なんだ・・・、ちゃんと目的があったんだね。教会じゃなくて孤児院に直接行ってもよかったのに」

 

「ヤーベ様・・・教会に行かずに孤児院だけ行ったら絶対後で神官たちからクレームが出ますよ。もしかしたら孤児院の方にも悪影響が出かねません」

 

「そ、そんなに・・・?」

 

「孤児院の運営は教会が主導していますから・・・」

 

「そうなんだ・・・」

 

世の中世知辛いね・・・。

まあ、子供たちに少しでも元気になってもらいたいしな。ルシーナちゃんやイリーナに任せて俺は後をついていくだけにしよう。

奴隷商館には行けなかったが、子供たちを少しでも元気にできたことを喜ぶとしよう。

王様への謁見で報奨金が出たなら、孤児院を回ってアースバードの唐揚げ炊き出しをしてみようか。

俺はそんなことを考えながらルシーナちゃんやイリーナの後をついて回った。

 




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第64話 突然の魔物急襲もさらりと片付けてみよう

「ふうっ・・・長いようで長いな」

「ヤーベ、一体何を言っているのだ?」

 

王都に向かう馬車旅が長いようでやっぱり長いのでつい愚痴っぽくなってしまう。

それをイリーナに咎められてしまった。

 

「はっはっは、王都は遠いなって話さ」

 

もう少しでタルバリ領最大の町タルバーンに到着する。

まあ、もう少しと言っても馬車の速度だ。後三~四時間くらいはかかるだろう。

城塞都市フェルベーンを出発して数日。

コルーナ辺境伯領の村で二度宿泊した。

何故かフェンベルク卿だけでなく、奥方とルシーナちゃんも一緒に王都に向かっている。コルーナ辺境伯家の一番いい馬車らしい。三人に俺、イリーナ、そしてサリーナの六人が乗っても少し余裕がある。最大八人くらい乗れそうだ。

 

サリーナは俺が城塞都市フェルベーンで心が死にかかっていた(教会を回っていた)頃、ずっと錬金ギルドに行っていたらしい。錬金術師でもあるサリーナは錬金ギルドの会員であり、会員は錬金ギルドの支部で飛込でも仕事が出来るらしい。回復ポーションの製作など、いつでも人手不足とのことだ。一日半ほど働いて金貨二枚も稼いだとドヤ顔だった。

俺が金貨二千枚を寄付したことは知らないらしい。なんてったって錬金ギルドにこもりきりでアルバイトしてたんだもんな。

・・・自分で稼ぐことは大事だ、うん。

 

 

 

 

 

「フェンベルク卿!左手の森よりキラーアントの群れが出現しました!その数三十以上!」

 

「なんだと!」

 

護衛の騎士が馬車に馬を寄せ、報告してくる。

 

「キラーアント?」

 

「ヤーベ殿は知らぬか? かなり硬い外骨格を持ち、武器や魔法が聞きにくい魔物だ。強力な顎で何でも齧る獰猛な連中なんだ。三十以上・・・厳しいな、迂回できるか?」

 

「難しいかと。すでに五~六人の冒険者パーティが追われているようです。その連中が仕留められたらこちらへ向かって来るでしょう。位置関係からタルバーンへ向かう事は出来ません。危険すぎます。ここは騎士団で食い止めます、フェンベルク卿は手前の村まで大至急引き返してください!」

 

そう言って護衛騎士を纏めようとする男。なかなか有望そうなやつだ。

 

「旦那様、どういたしましょう?」

 

執事さんが聞いてくる。この人もコルーナ辺境伯家に仕えて長いんだろうな。こんな時でも落ち着いて対処できている。コルーナ辺境伯家・・・イイじゃないか。

 

「お父様・・・」

「貴方・・・」

 

「くっ・・・」

 

奥さんとルシーナちゃんがフェンベルク卿の顔を心配そうに見つめる。

フェンベルク卿の表情からすると、護衛騎士が十名いてもキラーアントの群れ三十匹以上は厳しいと言う事か。

 

「護衛騎士たちではキラーアントの群れを殲滅するのは難しいか?」

 

「・・・うむ・・・多分誰も生き残れまい」

 

険しい顔つきで眉を顰めるフェンベルク卿。

 

「そうか、ならば俺が出よう」

 

「ヤーベ殿!」

「危険ですヤーベ様!」

 

フェンベルク卿とルシーナちゃんが止めてくれるが、冒険者パーティもピンチらしいしな。

 

「イリーナ、行って来る」

 

「気を付けるのだぞ、ヤーベ」

 

「ああ」

 

言うが早いか、馬車の扉を開けると外へ躍り出る。

 

「<高速飛翔(フライハイ)>」

 

俺はシルフィーの力を借りて矢の如く空を舞い冒険者パーティを救いに向かった。

 

 

 

 

 

「ダメだ!魔力が尽きた!」

「走れ!タルバーンへ走るんだ!」

「どれだけあると思ってるんだ!」

「ならここで死ぬか?死にたくなければ走れ!」

 

男たちが喚きながら街道に向かって走って来る。

六名の冒険者グループみたいだ。

二名が女性、弓を背負った少女っぽいレンジャーみたいな子と、お姉さまみたいなシーフ。

後男四人(雑)

その後ろをとてつもない勢いで追いかけてくるキラーアントの群れ。これはトラウマになりそうな勢いだな。

 

さて、助けるとしよう。

 

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

 

「きゃうっ!」

 

軽装の弓を持った女の子が転んでしまう。

 

「パティ!」

 

後ろで若い男が叫ぶが、パティと呼ばれた少女の目の前にはもうキラーアントが迫っていた。

 

「あ・・・」

 

少女は確実な死を予感した。

 

「<石柱散華(ライジングストーン)>」

 

いきなり放たれる魔力の本流!

 

目の前のキラーアントたちをいきなり地面から石の槍だか柱だかわからないものが突き出て吹き飛ばした。

 

少女の前にふわりと降り立つ白いローブの人物。

 

「大丈夫か?」

 

とても優しく、染み渡るような声。

 

「は・・・はい、大丈夫です」

 

「そうか、それはよかった」

 

そう言って赤い宝玉の嵌った杖を振りかざす。

 

「残りも片付けるか。ベルヒア!力を貸してくれ」

 

『あら、私ばかりご指名してくれるの?うれしくてサービスしちゃうわ』

 

妖艶な雰囲気を醸し出して背中から抱きついてくるベルヒアねーさん。ちなみに今は他の冒険者たちがいるので、誰にでも見える様に顕著していない。俺だけが分かるのだ。

 

「サービスはまた今度で・・・行くよ!<永久流砂(サンドヴォーテックス)>!」

 

キラーアントたちの足元が流砂と化し、渦を巻き始める。

暴れるキラーアントたちも足元がアリジゴクのような流砂になってしまっては身動きが取れなくなる。そしてキラーアントは流砂の渦に飲まれて消えて行く。

 

「ギギッ! ギギ・・・ギィィ・・・」

 

そしてキラーアントの鳴き声も止んで静寂が戻る。

 

『ふふっ・・・ヤーベちゃんは私の力をあまねく使える様になってるわ・・・ス・テ・キ』

「ベルヒアねーさん、褒めて頂くのはありがたいですが、色っぽすぎます」

 

流砂の渦を止めて、大地に戻す。そしてキラーアントの群れは一匹もいなくなった。

 

パティと呼ばれた少女は、キラーアントの群れが消えた辺りを見た後、俺の方を見て目を丸くしていた。

呆然とした他の冒険者メンバーだったが、助けてもらったことに気が付き、こちらに向かってきた。

 

「パティ!大丈夫か?」

 

若い魔術師風の男が俺を無視してパティに駆け寄り助け起こそうとしている。

ふっ、若いな。

 

「すまねえ、助かった。アンタとんでもない魔術師なんだな。あのキラーアントの群れを一撃で仕留めちまうなんて」

 

冒険者グループのリーダーらしき男が話しかけて来た。

 

「こちとらチートなしで地道にやってるんで、魔法くらいは大まじめに取り組んでます」

 

「いや、ちょっと何言ってるかわからないんだが・・・」

 

「そっちの怪我は?」

 

「いや、大したことはない。おかげで助かったよ。それにしても・・・惜しかったな」

 

「何が惜しかったんだ?」

 

「いや、命が助かったから文句はねえんだが、あのキラーアント、すげえ買い取りが高いんだよ。外骨格は硬い上に非常に軽くて、槍や鎧に重宝されていてな」

 

冒険者グループのリーダーらしき男が残念がる。

 

「何!?そうなのか! しまった、危機回避を優先して素材の確保を忘れてたな。それは惜しい事をした」

 

「いや、アンタの判断は正しいぜ。俺たちもアンタがいなかったらパーティーが壊滅していたかもしれないんだ。こっちの魔術師が放った炎の呪文は全く効果を上げなかったし、俺の剣もこのざまだ」

 

素材を高く買い取ってもらえると聞いて心底残念な雰囲気を出してしまったからだろう、冒険者グループのリーダーらしき男が俺の判断は正しいと言いながら自分の剣を見せて来た。

 

「・・・根元からぽっきり折れているな」

 

「ああ、本当にヤバかった。助かったよ。普通なら助かったお礼をしなくてはならんのだが、何分今は手持ちも碌になくてな」

 

「ああ、気にするなよ。キラーアントが高値で売れるって情報で十分だ。次は根こそぎ狩り尽くしてギルドに山積みにしてやるか!」

 

わっはっはと笑う俺に、苦笑いを浮かべる男。俺なら本当にやりかねないとでも思ったかな?

 

「俺はリゲンってんだ。タルバーンの冒険者ギルドに所属するCランクパーティ<五つ星(ファイブスター)>のリーダーをやってる。タルバーンに着いたら冒険者ギルドにぜひ寄って俺たちを訪ねてくれ。うまい店があるんだ。助けてもらったお礼におごるぜ」

 

「お、そりゃありがたいが、結構拘束されている身でな。時間が取れれば挨拶に行くが、あまり気にしないでくれ」

 

「・・・そういや、超豪華な馬車から出て来たな、アンタ。あれは?」

 

「ああ、あれはコルーナ辺境伯家の馬車だよ。当人も乗ってるけど」

 

「げぇ!」

「ウソッ!」

「アンタお貴族様かよ!」

 

冒険者仲間がそろいもそろって驚きやがる。

そりゃ俺だって偉そうに見えないことは承知しているし、大体貴族じゃないのは合っているしな。

 

「いや、俺は貴族じゃないよ。ただ、客として招かれてるだけ」

 

「いや、辺境伯様に招かれる客って一体・・・」

 

実際は王様に招かれてるんですけどね!

言うとまた問題になりそうだし。

 

「ヤーベ、もう片付いたか? フェンベルク卿が問題なければ出発したいそうだぞ」

 

「わかった、じゃあ行こう。それじゃあな」

 

俺は軽く手を振って馬車に戻る。

 

「ふぁー、とんでもない奴に命を助けてもらったらしいなぁ」

 

リゲンはただただ去っていくローブの男を感心するほかなかった。

 

そしてパティは去っていくヤーベの背中を見ながら一言も発する事が出来なかった。

 




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第65話 タルバリ伯爵に挨拶しよう

「おかえり、ヤーベ。無事で何よりだよ」

 

イリーナがわざわざ馬車から降りて俺を出迎えてくれる。

馬車の後ろからローガと四天王も歩いてくる。

 

『ボス、道中に出る雑魚の露払いなど我々にお任せください』

 

ローガがそう言えば、

 

『そうですとも』

『ボスがわざわざ出て行く必要などありませんぞ』

『我々にお任せ下さい!』

『でがんしょ』

 

四天王もそれぞれ俺に任せろとアピールしてくる。

全くもって頼もしい奴らだ。

というか、後ろに行軍してたんだよね、こいつら。

もしかしたら、「お前ら行けっ!」の一言で終わったかもしれん。

 

「さあ、ヤーベ出発しよう」

「あいよ。ローガ達もさあ行くぞ!」

「「「「「わふっ!」」」」」

 

 

 

「それにしても、ヤーベ殿は強いのだな。まさかキラーアントの群れを寄せ付けることなく殲滅させるとは、とんでもない実力だな」

 

「いやいや、それほどでも」

 

「ヤーベ様!とっても素敵でした!」

 

「あらあら、ルシーナの旦那様はとっても強いのね~」

 

「ぬうっ!その話はまだ認めておらんぞ!」

 

「貴方、いい加減になさいませ」

 

コルーナ辺境伯家の会話にツッコミを入れるのも何なので、イリーナとサリーナを見る。

イリーナは俺の手をギュッと握ったままだし、サリーナは馬車の窓から外を見ている。

 

とにもかくにも、タルバーンへ出発してくれ。早く休みたい。

 

 

 

そう願ったせいか、その後は無事にタルバーンへ到着した。

さすが貴族の馬車だ。町の門を潜る際は貴族専用の大きな扉をフェンベルク卿の挨拶だけで通った。何やら短剣をチラ見させていたので、アレがもしかしたら貴族の証明か、コルーナ辺境伯家の紋章なのかもしれない。

 

「ヤーベ殿、ホテルは予約してあるが、宿泊前にここの領主であるタルバリ伯爵の屋敷へ挨拶に行く予定だ。今日の夕食に晩餐会を予定してもらっているのだ」

 

「あ、そうなんだ」

 

「タルバリ伯爵は元冒険者でな、だいぶ厳ついガタイをしているが、根は良い奴だ。ソレナリーニの町冒険者ギルドのギルドマスターであるゾリアと同じパーティを組んで冒険をしていたと聞いたことがある」

 

「そんな人が伯爵なんだな」

 

俺はその情報をヒヨコからすでに得ているが、そうなんだ~感を出しておいた。

 

「ヤーベ殿とは気が合うと思うぞ」

 

ローブを着込んだ素顔が見えない怪しい男と気が合う人って、伯爵も怪しい人かな?

 

 

 

タルバーンの町は、さすがに城塞都市フェルベーンほどの規模は無かった。

だが、製鉄に特化した業種も見られ、熱い雰囲気の感じる街並みだ。

後で散策したい。

よく考えたら、俺は武器全くもってない。

やっぱカッコイイ武器欲しいよな~。

ドラゴン殺せる剣とか(笑)

ただ、俺自身戦闘スキルが全くない。地球時代でも全く格闘技経験がない。高校の授業で剣道と柔道を半年くらいやったくらいだ。

だから、剣でも槍でも買ったはいいが、全く使えない可能性大だ。

見栄え以外の何物でもない。

でもな~、異世界来て冒険者ギルドで登録して、武器買ってませんって、有りなのか?

尤も、鎧とか防具はもっとダメだけどね!何せスライムですから!

 

 

 

煉瓦畳の通りを馬車で進んで行く。

煉瓦造りの建物が結構目に付くな。オシャレ感が高い。

 

「この町は製鉄技術が進んでいてな。アクセサリーなども多く取り扱っているぞ」

 

フェンベルク卿の情報はありがたいが、アクセサリーオススメされても、ルシーナちゃんにプレゼントしたら絶対後で文句言ってきそうだし。

 

「アクセサリーですって!ぜひヤーベ様と一緒に見に行ってみたいです!」

 

両手を胸の前で組んで目をキラキラさせるルシーナちゃん。

何故にそんなフラグをぶっ立ててくださいますかね?

 

ぎゅぎゅぎゅ!

 

「ほわわっ!」

 

イリーナさん!手のカタチが変わっています!

 

「ヤーベ・・・私も行く」

 

ジトっと横目で俺を見るイリーナ。

誰も連れて行かないなんて言ってないじゃないですか(汗)

 

「あ、ヤーベさん。私も行っていいですか?錬金術師としてアクセサリーはぜひ見て見たいですしね」

 

完全にみんなで出かけるフラグがぶっ立ちました。

俺は馬車の窓から見える煉瓦造りの建物を見ながら遠い目をした。

 

 

 

「おお!コルーナ辺境伯。よくお越しになられた、だいぶご無沙汰しておりますな」

「タルバリ伯爵もご健勝で何より」

 

ガッチリと握手をする二人。

ガイルナイト・フォン・タルバリ伯爵。かなり筋骨隆々。ハゲ。

これでモヒカンなら間違いなく世紀末でヒャッハーする人だ。

後、とても暑苦しい。

ただ、冒険者時代の武勇伝はなかなかの物らしい。

ソレナリーニの町ギルドマスターのゾリアとパーティを組んで、お互いAランクまで上り詰めた実績の持ち主だと言うことだ。当人の戦闘力も推して知るべし、だな。

 

「ちょうど美味い鹿が取れたんですよ。今日の晩餐に用意しておりますよ」

「それは楽しみですな」

 

タルバリ伯爵コルーナ辺境伯が気のおけない会話をしていると、奥の部屋から女性が出て来た。

 

「コルーナ辺境伯様、ご家族の皆様、ご来客の皆様、ようこそタルバリ家へお越しくださいました」

 

そう言って優雅にお辞儀をする女性。かなりの美女だ。

 

「妻のシスティーナだ」

 

「つ、妻!?」

 

「ヤーベ殿?」

 

俺が妻という紹介に驚き過ぎて声に出てしまったので、その場の全員が俺を見る。

 

「いや、こんな筋肉ダルマにこんな美人が奥さんだなんて!?」

「ヤ、ヤ、ヤ、ヤーベ!それはあまりにも失礼だぞ!?」

「ヤーベ様、表現というものがあります・・・」

「・・・」

 

イリーナ、ルシーナに怒られた。ルシーナも表現がと言っている事はそう思ってるんだろう。サリーナに至っては目が点になっている。

ちなみにフェンベルク卿は爆笑している。奥様は後ろで苦笑だ。

 

「はっはっは!そうだろうそうだろう。ストレートにそう言うやつは少ないけどな。誰でもそう思っているだろうよ。俺には過ぎた女房だよ」

「まあ、貴方ったら。私は貴方の妻になれて本当に良かったと思っているのよ?」

 

急にラブラブ感が辺りを包む。この感覚羨ましい。

 

「こちらも紹介しておこう。妻と娘、それに我が家に賓客として招いているヤーベ殿だ。その連れのイリーナ嬢とサリーナ嬢だ」

 

「ほうっ! あの王都から訪問要請が出ている・・・?」

 

「そうだ、一応私も一緒に行く予定にしているがね」

 

「なるほど」

 

そう言って俺に鋭い目を向けてくるタルバリ伯爵。俺は人畜無害ですぞ。

その思いが通じたのかはわからないが、にっこりとした表情になると、

 

「さあ、お腹も空いたろう、食堂へ案内しよう」

 

そう言って歩き出すタルバリ伯爵の後ろをみんなでついて行った。

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

「いや、確かに美味い鹿だったな。見事なものだ」

 

フェンベルク卿がナプキンで口を拭きながら食事を終える。

タルバリ伯爵が自慢するだけあって見事な鹿料理だった。

食後のお茶をメイドさんたちが継いで回る。

人心地ついた時だった。

 

「たたた、大変です! フィレオンティーナ様が攫われました!」

 

「な、何だと!?」

「何ですって!?」

 

タルバリ伯爵と奥さんのシスティーナさんがガタリと椅子から立ち上がる。

 

フィレオンティーナ様って・・・誰?

 




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第66話 メタモルフォーゼをマスターしよう

「フィレオンティーナって誰?」

 

俺は率直に口に出して聞いた。

 

「フィレオンティーナは妻のシスティーナの姉だ。町で一番の占い師でな。妹と同じかなりの美人だ」

 

「姉が攫われたとは・・・どういう事でしょうか?」

 

「はっ! フィレオンティーナ様の占いの館が急襲され、建物は半壊、フィレオンティーナ様が攫われたとのことです! 館には悪魔の塔最上階にて儀式を行うため生贄にささげる、とのメモ書きが・・・」

 

「なんだとっ!?」

 

「生贄!? そんなことしちゃいけにえ・・・・!」

 

「「「!!!!?」」」

 

俺様の場を和まそうとした必殺の地球ギャグは殺意を含んだレーザービームのような視線に貫かれることとなった。

 

「お気になさらず・・・」

 

俺は小さくなることにした。

 

「ヤーベ、反省が必要だ」

 

「スミマセン」

 

イリーナにも怒られてしまった。

システィーナさんにしてみれば姉が攫われたのだ、とても心配だろう。

反省。

 

「すぐにでも悪魔の塔へ兵を出そう。必ず君のお姉さんを助け出そう!」

「貴方・・・お願いします!」

 

夫婦でガッチリ手と手を合わせる二人。

 

「すまないフェンベルク卿、緊急事態だ。この後ゆっくり酒でも飲もうと思っていたのだが、そうも言っていられなくなってしまった」

 

「ああ、何か大変なことが起こっているようだな。もし何か相談があればいつでも頼ってくれ」

 

「ありがとう」

 

ガッチリ握手する二人。こっちもか。

 

「タルバーンの町で一番いいホテルを予約してある。ゆっくり休んでくれ」

 

「ありがとう、そうさせてもらうよ」

 

緊急事態のタルバリ伯爵家を後にしてホテルへ引き上げたのだった。

 

 

 

 

 

ホテルはかなり豪華だったが、その中でも一番いい部屋を用意してあるようだ。

・・・もちろんその部屋はコルーナ辺境伯家の皆さんが宿泊しているが。

 

そして、俺様はと言えば、今日も一人だ。

・・・寂しくなんてないんだからねっ!

 

今日もイリーナとサリーナが一緒の部屋で、辺境伯一家が豪華な大きい部屋で。

・・・だから、寂しくなんてないんだからねっ!

大事な事だから二度言っちゃう。

 

タルバーンの町はタルバリ伯爵領最大の町だ。

ここからなら王都の情報もかなり入ってくるはず。

ヒヨコ隊長にはヒヨコ十将軍にフル活動してもらって王都を中心に情報を集めに行ってもらっている。今夜報告があるはずだ。

 

俺は幸いにも一人部屋だ。ヒヨコ隊長達が帰って来る前にやる事がある。

 

それがスライム流変身術<変身擬態(メタモルフォーゼ)>だ。

 

以前、ソレナリーニの町で<迷宮氾濫(スタンピード)>を制圧した際、かなりの魔物を取り込んだため、俺のぐるぐるエネルギー(魔力)はかなり増大している。

そのため新たなチャレンジを試みた結果、とても素晴らしいテクを見につけることが出来た。それが名付けて<変身擬態(メタモルフォーゼ)>だ。

 

スライム細胞の形を変化させるのはかなりぐるぐるエネルギーを消耗する。初期の泉で暮らしていた頃、大きくなったり小さくなったりするのもかなりのぐるぐるエネルギーを消耗していたのだが、今はそのエネルギー総量にかなり余裕が出来たため、スライム細胞の変化にいろいろチャレンジすることが出来るようになった。そうして完成した<変身擬態(メタモルフォーゼ)>だが、目的はもちろん「人間の姿」だ。いつまでもローブでスライムの姿を隠しきれるものではないからな。いつ「脱げ!」と言われるかわからんし(どんな状況だ!?)。

 

だいたい、偉い人との謁見では顔を見せないのは不敬だ!と騒がれるかもしれない。偉い人との謁見なんて無い方がいいんだけど・・・。だいたい、王様に呼ばれて謁見なんだから、この国で一番偉い人に会わなきゃいけなくなったわけで。

 

まあ、そういうわけで、謁見もそうだが、人間の姿になる事は町中で生きて行く上で非常に重要なファクターだ。最初集中してうまくいったのはソレナリーニの町冒険者ギルドのギルドマスター・ゾリアと<迷宮氾濫(スタンピード)>制圧後の打ち合わせで握手した時だ。あれは右触手を肩から手先まで自分の右腕としてイメージして作り上げたものだ。

ゾリアは約八千の魔物を討伐する際に俺のスライムボディを見ているからな。

スライムボディが何らかのスキルで、本体はこちらの人間の体がメインだと思ってくていればいい。

 

その後、泉の畔に戻った時にも夜や早朝、イリーナが寝ている際にトレーニングしていた。

右手の次は左手。右手が出来たので左手は比較的簡単だった。

 

そして両手をコントロールできるようにする。

次は足だ。こちらは両足ないと歩けないので、同時に右足と左足を作り出す。

 

触手にした部分に、それぞれ足のイメージを送り込み、細胞を変化させる。

 

デローンMr.Ⅱのボディに足が二本生えた状態になった。

その状態で歩いたり走ったりするトレーニングをしていたら、ローガ達に見つかって叫び声をあげて逃げられた。だいぶトラウマになったらしい。

 

そして、今日。

俺はついにローブを脱ぎ捨てる。

今の俺の姿はデローンMr.Ⅱ。

そしてぐるぐるエネルギーを圧縮増幅して行く。

そして全身をイメージして行く。

そのイメージは・・・「矢部裕樹(やべひろき)

 

そしてその体が出来上がっていく・・・。

 

 

「ふうっ!」

 

 

ローブを脱いだ状態で出来上がった体。

つまりはマッパだ。素っ裸だ。

尤も部屋には誰もいない。問題ない。

この世界、鏡があまり無い。あってもくすんでいてあまり良く見えない。

 

そんなわけで、出来上がった自分の顔がどのようなイメージが見ることが出来ない。

 

「だが、これで人としての姿を見せることが出来るか・・・」

 

ただ、現状の姿を維持すると言うだけでかなりぐるぐるエネルギーを消耗している。

これはトレーニングでずっとこの姿を保つことにより、細胞にイメージを蓄積して行けばこの姿でいることが当たり前になって来るだろう。そこまでいけば維持にそれほど集中もエネルギーもいらなくなるはずだ。

アレだ。どこぞの戦闘民族が普段から金髪でいるような感じ?

 

「だから今後毎日この姿を維持するトレーニングをしなくてはな。どうせローブを着ているんだ。その中がデローンMr.Ⅱでも矢部裕樹でもどちらでも困らないだろうし」

 

俺は楽観的に考える。

そして、ふと気づく。

気づいて視線を自分の股間に持っていく。

 

「・・・・・・」

 

何もない。確かリ〇ル大魔王もがっくりしていたのではなかったか?

 

だが、俺様はイメージを操るスライム。

ついに、蘇る時が来た!ヘソまで反り返った俺様のピーーーーが!

・・・ええ、誇張しましたよ! 俺様のピーーーーなんてヘソまで反り返ってなかったですよ! だいぶ盛りましたけど、良いのです! なぜならイメージなのだから!

 

「蘇れ!我が愛棒よ!」

 

ドォォォン!

 

ついに!ついに!苦節何か月(笑)

俺様にヘソまで反り返ったピーーーーが!

 

「ふははははっ! つーいーにー蘇ったぞ! 待ちかねたぞ我が愛棒よ!」

 

両手を腰に当て、ドーンと仁王立ちする。

完璧なるイメージは地球時代の実物をも超える!

 

「わっはっは!」

 

俺は勝利を確信し高笑いした。

 

「ヤーベ、明日町へ買い物に一緒に出よう・・・」

 

ノックもなく、いきなり部屋の扉が開き、イリーナが喋りながら入って来た。

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

仁王立ちした俺。俺の愛棒はヘソまで反り返ったままだ。

そしてイリーナは俺の顔をガン見した後、その視線を下へとずらしていく。

そしてある場所で停止する視線。

 

「キ、キャーーーーー!!」

 

イリーナが叫び声をあげて帰って行った。

え~と、どうしよう・・・?

 




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第67話 ヒヨコたちの情報を聞こう(PARTⅡ)

う~む、どうしよう。

ただ、もう夜だ。今イリーナの部屋に行くのもどうかと思うしな・・・。

そろそろヒヨコ隊長たちも来るだろうし、イリーナのフォローをするのは明日の朝にしようか。

 

それにしても・・・いきなりイリーナに全身全裸を見られてしまったな・・・。

もう少し俺の姿は内緒にしておきたかった。

どうせならどこか劇的な場所で、バッと姿を見せて、本当の俺の姿はこれなんだー、とかなんかのピンチの時にバサーってローブを捨てて、これが真の俺の姿なんだーっ!とか、ちょっとやりたかったなー。

 

でもって、イリーナと急速接近して、ラブリーな夜を迎えて、幸せな朝チュンを迎える・・・

まあ、計画は吹っ飛びましたけどね!

 

 

コツコツ。

 

 

窓をつつく音。

 

「ヒヨコ隊長、お疲れさん」

 

『ははっ!十将軍揃っております!』

 

「ああ、報告を頼む」

 

『畏まりました。早速報告させて頂きます。ヒヨコ十将軍序列一位レオパルド!序列二位クルセーダー!』

 

『『ははっ!』』

 

序列一位レオパルドと序列二位クルセーダーが前に出て膝を付く。

 

『我々は王都バーロンの調査を行ってまいりました』

 

『ちなみに、王都バーロンは私も含めて3組に調査を担当させています』

 

ヒヨコ隊長が付け加える。

俺も王都情報が集中的に欲しかったからな、ちょうどいい。

 

『王都バーロンのメイン大通り裏手にある「手作りパンの店マンマミーヤ」の看板娘マミちゃんが大ピンチなんです。ぜひボスのお力で救済をお願い出来ればと思います!』

 

「情報がピンポイント過ぎっ!」

 

なんだ、手作りパンの店マンマミーヤって!?

看板娘のマミちゃんが大ピンチってどういうこと!?

 

『俺では・・・俺ではマミちゃんのピンチを救ってあげられないんです・・・』

 

がっくりと翼を落とし涙を流す序列一位レオパルド。

だからマミちゃんって何だよ!?

 

王都の情報でいの一番がパン屋のマミちゃんって!?

 

『次に私から報告致します』

 

おいおい、マミちゃんスルーで次行くんかい!?

 

『王都バーロンの中でも三本の指に入る規模で商いを行っている奴隷商館ド・ゲドーにて、ダークエルフのリーナちゃんが大ピンチなんです!次の奴隷入れ替えまでに金貨五枚で売れないと鉱山送りになってしまうそうなんです!なんとかバイトの口を探そうとしましたが我が力及ばす・・・、ぜひボスのお力で救済をお願い出来ればと思います!』

 

 

序列二位クルセーダーもがっくりと翼を落とし涙を流す。

なんなんだ、お前らの劇的にピンポイントなピンチネタは!?

大体情報収集に行かせたのにバイトの口探すってどないやねん!

てか、奴隷でダークエルフの少女がピンチってラノベのテンプレにあり過ぎてるから!

 

『次っ! 序列第三位クロムウェル!第四位センチュリオン!』

 

『『ははっ!』』

 

お前ら、ピンチです!でその後スルーですぐ次の情報行くのな。

 

『王都でも南に位置する比較的裕福ではない庶民層の町の一角にある教会が経営する孤児院のシスター・アンリが大ピンチです!質の悪い下っ端貴族がアンリちゃんを狙っており、手下を使って地上げ行為を行い、圧力を掛けているようです。ぜひボスのお力で救済をお願い出来ればと思います!』

 

今度はえらい具体的な情報拾ってきたな、おい!

ピンポイントな情報ではあるけれどね!

 

『ハーカナー男爵が陰謀によって殺されてしまい、未亡人となりましたハーカナー男爵元夫人が大ピンチです!テラエロー子爵の陰謀と思われ、その狙いは元々ハーカナー男爵夫人をわがものにせんとする企みからのようです。ぜひボスのお力で救済をお願い出来ればと思います!』

 

今度は未亡人来たし。

なんなの今回の情報は?

だれも大ピンチの女探して来いって言ってないし。

 

『次! 序列第五位ヴィッカーズ!第六位カーデン』

 

『『ははっ!』』

 

 

『王都バーロンの西地区にある商業区画の一店舗にあります「定食屋ポポロ」の姉妹が大ピンチです』

 

いや、パン屋に始まって男爵家未亡人まで行ったらまた定食屋に戻った感じがしますけど!?

 

『流行り病で父親を亡くし、母親も働き口を探しながら定食屋を準備しているうちに一ヶ月ほど前から行方不明となっており、今は両親が営んでいた定食屋を守ろうと姉妹が頑張っているのですが、いかんせん幼く、客足が遠のいてしまい、店が立ち行かなくなっているようです。ぜひボスのお力で救済をお願い出来ればと思います!』

 

定食屋が立ち行かないのって俺が何とかすべき問題ですかね!?

てか、この定食屋に関しては別に質の悪い圧力がかかっているとかいう情報すらないんですが!?

 

『我は王都の教会で情報を拾ってまいりました。何でも今代の聖女なる人物が城塞都市フェルベーンの奇跡を起こした聖女様を偽物と断罪し、王都に向かっているボス一行を王都の大聖堂に呼び出してその化けの皮を剥がすと息巻いているようです』

 

「そう!そういう情報を待ってたのよ、カーデン君!」

 

『ははっ!ありがたき幸せ』

 

「その聖女、危険だな。近寄らない様にせねば」

 

『その聖女なる人物にいつも虐げられている下働きのアリーちゃんが大ピンチなんです!ぜひボスのお力で救済をお願い出来ればと思います!』

 

「カーデンよ、お前もか!」

 

いや、お前達救出イベントフラグ一体何本立てるつもりだよ。

これがラノベなら「王都編」とか始まってるのにちっとも王都に到着しないパターンで、そのくせ王都に着いたらイベント満載でやたら章立てが長いパターンだぞ!

 

『ボス、この後はこのタルバーンの町周りとカソの村周りの報告になりますので、私から追加の情報を先に報告致します』

 

そう言ってヒヨコ隊長が前に出る。

 

「隊長自身も調査に出たのか」

 

『ははっ! 私は王都バーロンの中心にある王城に忍び込みました』

 

「何だと!それは素晴らしいじゃないか」

 

『はっ! そこで、王城の北東にあります塔の最上階にカッシーナ王女が半ば自分を幽閉する形でおります』

 

「自分を幽閉?」

 

『は、カッシーナ王女は部屋に一人の時でも仮面をしたままで、誰にも顔を合わせたくないと申しておりました。それも自分の顔を見られるのがつらいのではなく、見られることで相手に嫌悪感を抱かせたり同情の様に気を使わせてしまうのを気にしているようです。私の様に鳥になって自由にいろんな所へ出かけられたらいいのにって言っていました。ぜひボスのお力で救済をお願い出来ればと思います!』

 

「いや、お前も救済ネタかい!」

 

いや、助けることが嫌とかじゃないんだけどね。

なんだろう、この徒労感。

そんなにいい人キャンペーンやってるつもりはないのだが。

 

『次っ! 序列第七位カラール!第八位キュラシーア!』

 

『『ははっ!』』

 

『我々はこのタルバーンの町周りを調査担当致しました。まず攫われましたフィレオンティーナ様の情報を仕入れてきました』

 

「おお、それはすごい。ぜひ聞かせてくれ」

 

『ははっ! フィレオンティーナ様は非常に見目麗しく、魔力が高い優秀な魔導士との触れ込みです。また占い師としても有名で自身が営む占いの館は盛況だったようです。そのため、悪魔王ガルアードへの生贄としては優秀な人材と言えます。狙われるのも十分にうなずける内容かと』

 

「なるほど・・・生贄のために誘拐されたのは間違いないのか」

 

「御意」

 

『私は悪魔の塔の調査を行ってきました。塔は全六十階層となっており、入った者の行く手を魔物と罠が待ち構えると言う構造になっております』

 

どっかで聞いたことあるような塔ですな。

 

『その最上階では悪魔王ガルアードと思われる石造があり、その前に魔法陣が描かれております。また、怪しい魔導士風の男が準備に追われているのか忙しく動き回っておりました』

 

文化祭の準備か何かかいっ!?

敵の規模が透けて見えるような報告だな・・・。

それにしてもフィレオンティーナがその生贄にされるとなれば、十中八九その魔法陣に寝かされるんだろうな。大ピンチはそれからだろう。

 

「キュラシーア。手の者にその塔の最上階を常に見張らせてくれ。生贄と思われるフィレオンティーナが最上階に連れて来られたら大至急連絡だ」

 

『ははっ!』

 

これが生きた情報ってヤツだろ!

 

『次!序列第九位ティーガー!第十位センチネル!』

 

『『ははっ!』』

 

『我々はカソの村及び泉の畔周りの確認をしてまいりました』

 

「そうか、それで?」

 

「カソの村も泉の畔も神殿も平穏無事であります!」

 

「・・・・・・」

 

その報告いりますかねぇ!?

 

それにしても王都バーロンの救援フラグ乱立・・・、その前に悪魔の塔の悪魔王ガルアード復活の生贄儀式・・・。これがラノベの物語なら詰め込み過ぎだろうよ、多分。

 

でも現実は待ったなしなんだよな、これが。

 

まあ、フィレオンティーナはタルバリ伯爵の身内だ。自分たちで助け出すって言ってたし、なんとかなるのだろう。

・・・パン屋のマミちゃんに、なんだっけ?何人報告来てたっけ?

誰か救出予定リスト製作してくれませんかね~。

 




今後とも「まさスラ」応援よろしくお願いします!


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第68話 行きがけの駄賃に悪魔王を滅ぼして行こう

チュン、チュン、チュン――――――――

 

「んんっ!?」

 

ふああっ、もう朝か・・・、いつの間にか寝てしまったようだ。

最近の俺様はバイオリズムを作っている。

この世界に来たときは腹が減る事も眠くなることも無かった。

だが、イリーナと生活するうちにリズムを合わせて行くと、それなりのタイミングでお腹が空いたり眠くなったりするようになった。

もちろんぐるぐるエネルギーを高めて行けば完徹だろうとドンと来いだが。

 

そんなわけで昨日イリーナに<変身擬態(メタモルフォーゼ)>で変身した矢部裕樹の姿でのマッパ(素っ裸)を見られてしまった。夜遅めだったので、部屋にフォローに行くのをためらってしまった。その後、ヒヨコ隊長たちの報告を聞いて深夜になったのだが、どうやら寝落ちしてしまったようだ。

・・・寝落ちなんて、社畜時代を思い出してしまうな。悲しい。

 

「それにしても、一人で朝チュンとはまた物悲しいね・・・」

 

そう独り言を呟き、窓を見ると、そこには「チュンチュン」と鳴くヒヨコ隊長たちが。

 

ズドドッ!

 

思わずベッドからずり落ちる。

 

「お前ら何してんの!?」

 

『はっ! 昨夜ボスが独り言で「幸せな朝チュンを迎えたい」と・・・』

 

「朝チュンは一人じゃ意味無いからね!」

 

『なんと・・・そうなのですか?』

 

「大事な人や大好きな人と素敵な一夜を過ごした朝に、スズメの鳴き声で起きるのが幸せの象徴「朝チュン」だ! てか、お前たちがチュンチュン言っているのは違和感しかないぞ?」

 

『なんと!私としたことが、一生の不覚!』

 

いや、その言葉大河で乱発して顰蹙モンだった武将がいたな。お前の一生いくつあんだよって。

 

「まあいい、引き続き情報収集を頼むぞ!」

 

『ははっ!』

 

ヒヨコたちの出立を見送り、着替えて朝飯のために食堂に降りるとしよう。

 

 

 

食堂にはすでにイリーナとサリーナが来ていた。

 

「あ・・・、ヤーベ、おはよぅ・・・」

 

イリーナは頬を少し赤く染めて、俺から目を逸らして挨拶を返してくる。

 

「おはようございます、ヤーベさん」

 

そしてサリーナも挨拶してくる。

 

「おはよう、イリーナ、サリーナ」

 

俺も挨拶を返す。

タルバーンの町で一番いいホテルなだけあって、朝食も豪華だ。

焼き立てのパンに、ホテルお手製ジャム、新鮮なサラダに卵料理。おいしい果実水もある。

 

「さあ朝ご飯を食べよう、イリーナ、サリーナ」

 

俺は早速焼き立てのパンにジャムをたっぷり塗って頬張る。

 

「ウマイッ!」

 

パリパリに焼けた表面ながら中はしっとりふっくらな柔らかさを持つパンに感激しながら、チラッとイリーナを見れば、まるでハムスターの様にチマチマとパンを齧っている。

 

「イリーナ、何か買い物に行きたかったのか?」

 

「え、あ、ああ、王都に出発前にヤーベと買い物に行こうかと・・・」

 

「何を買いに行きたかったんだ?」

 

「あ、あの・・・その・・・、ア、アクセサリーを一緒に買いに行きたくて・・・」

 

「そうか、なら朝食を食べ終わったら出かけようか」

 

「ホントか?」

 

「ああ、別にいいぞ」

 

「わかった! 朝食終わったら準備してくる!」

 

そう言ってパンを詰め込み喉に詰まらせて、ンガググしているイリーナを見て取り合えず昨日の影響は残っていないのかとホッと胸を撫で下ろした。

 

 

 

ヒヨコたちの情報から、タルバリ伯爵が悪魔の塔へ救出隊を何組も出している事はわかっている。万一うまくいかない場合、下手すればこちらに救援依頼が来るかもしれない。

ヒヨコ達にはフィレオンティーナが塔の最上階に連れて来られたら緊急連絡を寄越すように言ってある。

 

そんなわけで午前中イリーナ、サリーナと製鉄技術の進んだ町で売られるアクセサリーなどを見に買い物に出た。

 

「製鉄技術が進んでいるというだけあって、鉄の純度が高そうだね! ボクなら錬金技術でインゴットからの加工も可能だから、金属のインゴットを買って自分で加工出来るよ。ヤーベさん何か鉄製品で欲しいものある?」

 

サリーナが俺の顔を覗きながら問いかけて来る。

おお、錬金術ってそんなことまで出来るんだ。スゲー。

ノーチートの俺と違ってサリーナには少なくとも優秀なスキルが備わっているようだな。羨ましい。

 

「サリーナは凄いな。ちょっと鉄製品でお願いする物を考えてみるよ」

 

「遠慮なく言ってね!」

 

笑顔でウインクするサリーナ。ショートカットの髪がわずかに揺れる。

ボーイッシュなサリーナだが、正しく元気娘と言った感じだ。笑顔が良く似合う。

 

その後ろではイリーナが露店で鉄製品のアクセサリーをいくつか見ていた。

 

「いくら純度が高い鉄が素材といってもネックレスや指輪などは鉄より銀や金と言った希少金属の方がよいのではないか?」

 

俺はふとした疑問をイリーナに投げかける。

 

「それはそうなのだが・・・銀や、まして金は非常に希少のためそれらのアクセサリーは非常に高価なのだ・・・」

 

少し溜息を吐き、肩を落とすイリーナ。

そう言えば食事は俺が用意している。買い食い時も魔物を買い取りに出してからは俺が出している。だから、イリーナにはお金を渡していなかったな。

 

「大量に報奨金を寄付したとはいえ、お金はまだまだあるぞ? 欲しい物があるなら買えばいい」

 

そうは言っても奴隷商館にも行くつもりだし、お金はたくさん残しておきたいところだけどね・・・。

 

「ほぎゃぎゃ!」

 

イリーナさん! 手が潰れてしまいます!

 

「ヤーベ、悪い事考えてる・・・」

 

そんな事、そんな事ないですよ!

 

そんなこんなで俺たちは露店などを見て回った。

イリーナには鉄で出来た細工の綺麗なベルトのバックルを、サリーナには純度の高い鉄のインゴッドをたくさん買い込んだ。金額からすれはたくさん買った鉄のインゴッドの方が遥かに高いのだが、サリーナはインゴッドで出来たアクセサリーを俺に確認してもらってからお金に替えたり、使えるものはくれると言う。

 

・・・いい娘や。

 

イリーナにはもっとたくさん買おうと思ったのだが、とりあえず一個だけでいいと固辞したので、バックルだけにした。今は可愛いアクセサリーを貰っても冒険者の格好をしているので、実用的な物が欲しいと言う事だったのでいろいろ探して見て、バックルを選んだ。イリーナは早速自分のベルトのバックルを交換していた。

 

今も嬉しそうにお腹のバックルをそっと撫でている。

イリーナさん、あまりに幸せそうに頬を染めてお腹を撫でないでくださいますかね?

明らかに「あたし、出来ちゃったの」みたいな雰囲気駄々洩れしてますからね?

出来てませんからね?出来るようなこともしてませんからね?だいたい出来るかどうかもわかりませんからね?

 

俺は、どこまでも広がる青い空を遠い目で見つめた。

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

「ヤーベ殿、準備は良いか?」

 

フェンベルク卿が声を掛ける。

すでにコルーナ辺境伯家の皆さんは馬車に乗っている。

 

「ああ、準備は良いが・・・タルバリ伯爵に挨拶は良いのか?」

 

出立時にタルバリ伯爵の屋敷に寄るのかと思ったが、どうもそれどころでは無い様だ。

 

「昨日のトラブル対策が大変なようだ。昨日のうちに挨拶はすませてある」

 

多少表情を曇らせながらも対応済だと語るフェンベルク卿。

王都へ急ぐ予定でもなければ力を貸したいと思っているのか、フェンベルク卿の表情は晴れない。まあ、これもタイミングだ、仕方がない。

 

 

王都に向けて出発した一行。

だが、やはり流れはうまくいかないものだ。

 

ヒヨコが報告に来る。

 

『ボス、フィレオンティーナ嬢が悪魔の塔のてっぺんに連れて来られました。意識がないようで魔法陣に寝かされています』

 

「・・・マジか・・・」

 

タルバリ伯爵の手勢で救出に向かっているはずだ。

だが、間に合っていないってことだな。

 

「どうした?」

 

「うむ・・・、ヒヨコからの情報なのだが、どうもフィレオンティーナ嬢の救出がうまくいっていないようだ」

 

「なんだと!」

 

「すでに生贄の準備に入っているらしいな」

 

「ぬうっ! ・・・ヤーベは何とか出来そうか?」

 

「ヤーベ様・・・」

 

フェンベルク卿にルシーナと奥さんも俺に期待を寄せて見てくる。

 

「とりあえず塔に寄って王都を目指そうか・・・」

 

俺たちは馬車の移動を悪魔の塔経由で王都に向かうルートに変更した。

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

「これが悪魔の塔・・・」

 

頂上が見えない。かなりの高さを感じる。

 

「ダメです!第三階層へ上がる階段が見つかりません!」

 

「探せ!何としても最上階である六十階に辿り着くのだ!」

 

「ガイルナイト卿! 第三階層への階段を発見しましたが、鍵が掛かっています」

 

「扉を壊してでも前進せよ!」

 

ガイルナイト卿・・・つまりタルバリ伯爵が塔の前で指揮を取っている。

ヒヨコの情報ではすでに最上階で魔法陣を敷いた儀式が準備されているようだし。

六十階層らしいのに今だ三階層で苦戦。

どう考えても間に合いそうにない。

 

「ガイルナイト卿、戦況はどうだ?」

 

「お、おお、これはフェンベルク卿。王都へ向かわれたのでは・・・?」

 

「我が家の賓客であるヤーベ殿が、フィレオンティーナ嬢がすでに最上階で生贄にささげられる準備が進んでいるというのでな、心配になって、我々が何か力を貸せることは無いかとな」

 

「なんですとっ!フィレオンティーナがもう生贄に!?」

 

「・・・ヤーベ殿、何とかなるだろうか?」

 

「おおっ!お力を貸していただけるのか!?」

 

皆が馬車の中を見るが、すでにそこには俺の姿はない。

 

「あ、ヤーベ殿ならすでに、悪魔の塔の外壁の所に・・・」

 

イリーナが指さした方向、そこには悪魔の塔の外壁に手をつく俺の姿が。

 

この悪魔の塔は当然建物内がダンジョンの様になっており、罠が張り巡らされているんだろうな。そしてヒヨコの偵察から、最上階は屋上であり、そこに悪魔王ガルアードの封印された像と魔法陣があるわけだ。

 

「だから、中を通って行く必要はないよな」

 

そう言って俺はぐるぐるエネルギーを高めて触手を一気に伸ばす。

そして触手は一気に塔の外壁最上段を掴む。そして俺は自分の体を引き上げる。

 

「ひょいっとな」

 

俺はあっさりと塔の最上階に辿り着いた。

 

目の前には魔法陣と寝かされたフィレオンティーナ嬢、そして首謀者らしき男とその手下たち。

さあ、さっくり片付けるとしようか。

 




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第69話 フィレオンティーナ嬢を取り返そう

今回の話は私の作品としては異常に長い9300文字の長文となっております。
通常は3000字前後に抑えて、お仕事や学業の休憩中や、夜寝る前のちょっとしたお時間に読んで頂き、明日の活力の一つにでもしていただければと思っております。ただ、今回の話は二分割にしようかとも思ったのですが、ヤーベ君の考え方、優しさ、激しい怒りなどが次々と溢れ出てきてできれば一度に呼んでもらいたいっ!と思ってしまいましたので長いまま投稿させて頂きます。少しお時間に余裕のある時にでも楽しんで頂ければ幸いです。


「な、な、な・・・何だ貴様は! どこから来た!?」

 

明らかに首謀者のボスだかリーダーらしき中央にいる男がいきなり現れた俺に驚いている。

ここは悪魔の塔の屋上だが、屋上と言っても圧倒的にだだっ広い。

 

広いせいか、最初塔の外壁の最上段を触手で掴み、自分の体を引き上げて屋上の端に着いた時には俺の姿は奴らからは発見されなかった。

 

ただ、その屋上の中央に鎮座するバケモノの石像ははっきりわかった。

高さが三メートルを超える、手が六本、足が四本もあるバケモノの石像が置いてあるのだ。

あれが封印された悪魔王ガルアードだとするのなら、封印が解けたら相当ヤバいと言うのが実感できる。

 

そして像の前に広がる魔法陣、そして陣の中央に寝かされたフィレオンティーナ嬢。

どこからどう見てもフィレオンティーナ嬢を生贄に捧げて悪魔王ガルアードを復活させようとする質の悪い計画だろう。

 

こんな危なそうな石像をなぜ国がこんな塔の上に放置しているのか?

国がこの塔を管理、防衛し、こんな質の悪い復活儀式など簡単にさせない様にしていないのか?

緊急事態時を想定した防衛システムは考えられていないのか?

 

いろいろツッコミどころは満載だ。

ラノベの世界ならある程度ご都合主義で話が進んで行くのも大事な事だろう。テンポは読み手側からすると非常に重要なファクターだ。

 

だが、現実はそんなご都合主義など存在しない。

それだけにこの塔内に騎士団や兵士を拒む山のようなトラップや魔物がいる中で、なぜコイツラが簡単にこの最上階にフィレオンティーナ嬢を連れて来ることが出来たのか?

それは二つの理由どちらか以外に考えられない。

 

一つは悪魔王自身の復活はまだだが、悪魔王の手下が暗躍している場合。

この場合はフィレオンティーナ嬢を攫った奴らも仲間なのだから、塔内の魔物にコイツラを襲わせない様にするか、寄せ付けない様に配慮する事が出来たのだろう。その場合はこの悪魔の塔をコントロールしているのが悪魔王ガルアードもしくはその手下ということになる。

 

そしてもう一つの可能性。こちらの方がずっと厄介だが。

もう一つは国が関与している場合・・・・・・・・・・だ。つまりこの塔自体を国が管理している場合、ある程度塔内の魔物やトラップをコントロールしている人物、ダンジョンマスターというよりは、タワーマスターという存在が居るという事だ。

そして、その人物は王国に繋がっている可能性が高い。

 

しかも、タルバリ伯爵内にあるのに、タルバリ伯爵ゆかりの人物を誘拐し、塔内への兵士を拒むような対応を行っている以上、タルバリ伯爵領内でこの悪魔王ガルアードが復活しても良いと考えている人物が少なくとも王国内に居ると言うことになる。

この場合は非常にやっかいだ。

なぜなら、王国全体がそう考えているのか、それともある一部の人間が王国の転覆を狙って企んだ事なのかによって話が大きく変わってくるからだ。

 

王国全体でそう考えている場合は例えタルバリ伯爵領が大変な事になっても、王都までは被害を出さない腹積もりだろう。悪魔王ガルアードをコントロールする方法でもあるのかもしれない。だが、王国転覆を狙う輩が企む場合は最悪王都が火の海になってもいいと考えている可能性だってある。今の王族が全滅してから王都立て直しのために現れてもいいのだから。

 

「・・・尤も、この悪魔王を倒す手立てをちゃんと考えているのかわかったもんじゃないけどな・・・」

 

どうしてああいう悪役は頭が悪いのが多いのかと思ってしまう。

コントロール出来ないバケモノを解き放ち、自分の気に入らない世界を壊そうとする。

だが本当にその後うまくやれるかちゃんと計画立案してるヤツ、どれくらいいるんだろう? 結構行き当たりばったりなヤツ多い気がするけどな。大抵正義のヒーローとかがバケモノを始末するから平和になるんだけどさ。

 

偶に、あまつさえ自分自身ごと滅ぼそうとするやっかいなサイコ野郎もいるから始末におえない。そう言うのは自分一人でやってくれと心底思う。せめて自分に直接敵対した奴だけを恨んでくれよな。この世界が憎いとか、何であった事もない人まで恨んで殺そうとできるのか、まったく理解できないね。頑張って真面目に生きている人だってたくさんいるだろうに。

 

というわけで、ワナワナしている首謀者らしき男のところまで歩いて来たのでこちらの姿が見つかったのだ。そうして俺を見た男が問いかけてきたわけだ。

 

「どこからというと、地上からだが?」

 

「馬鹿なっ!? 塔の中は魔物と罠で埋め尽くされているはずだぞ! お前なんぞが突破できるはずないだろ」

 

初対面でお前なんぞって・・・お前は俺の何を知っているというのか。

こういった会話一つでも相手のレベルが測れるというものだ。

多分、裏にシナリオを描いた野郎が潜んでいやがるな。

こいつは自分の欲望をエサに操られただけのただの駒に過ぎないだろう。

 

・・・あーあ、こういう敵、嫌いなんだよね。

北千住のラノベ大魔王と呼ばれ、給料の大半をラノベ購入に充てた俺だ。

死ぬほどのラノベを読み込んできている。

 

もちろんいろんな話があるのは理解している。ダークな復讐物も、王道チートでハーレムを築くチーレム物も、いろいろだ。その中で、俺はとあるパターンを苦手としている。

 

それは、メインな敵が姿を現しては、また再登場するというパターンだ。何度も逃げては再び挑んできて、そして主人公が仕留め損ね、また逃げて次の策略を練って挑んで来る。

 

物語としてはわかる。ストーリーを維持しやすいし話の流れが作りやすい。

一定の敵を表示しておけば、話自体も理解しやすいものだ。

だが、現実ならばどうか?

 

その逃げた敵をその場で仕留めておくことが出来たなら、次の犠牲は生まれなかったはずだ。より不幸になる人を生み出さずに済んだはずだ。もちろん何度も戦って最後わかり合って仲間になるなんて青春パターンもあるが、それは一対一タイマンが基本だろう。何度も罠を張り巡らす敵を逃がすことは致命的な結果を生み出しかねない。

 

そう言う意味でも、この世界に来てから「人殺し」をなるべくしたくない、と考えている自分と、「悪・即・斬」の様に敵と定めたら決して容赦してはいけない、と考える自分が両方いる。なぜなら国や町が定める法律の解釈が地球よりもずっと希薄で、魔法なんてものがある世界で「報復行為」を放って置く事は自らの安寧を遠ざける事に他ならないからだ。

 

それでも最初、泉の畔に一人でいた時はそれでもいいと思った。自分だけならばなんとかなるだろうし、自分の命だ。しくじったならば自分が責を負うだけの事だ。

だが、今は違う。イリーナがいる。カソの村の人々がいる。ソレナリーニの町にも知り合いが増えた。コルーナ辺境伯家のみんなもいる。俺が狙われる事で、周りに迷惑が掛かるような状況は出来る限り排除せねばならない。俺の敵になる者に決して「二度目のチャンス」をやってはいけないのだ。

 

・・・尤も、「俺の敵」と定めるには十分な調査などが必要だろうが。

斬してから、「あ、間違えちゃった」ではとてもではないが目も当てられない。

ま、俺を殺そうと向かって来る奴はみーんな敵!という事で「悪・即・斬」で構わないだろうけどな。

 

「何黙ってんだよ!お前なんぞが突破できるタワートラップじゃないんだよ!」

 

「そうなの?」

 

「ああそうだ! この下の五十九階層には悪魔王ガルアードを模した強力なゴーレムが設置されているし、五十八階層にはフィレオンティーナの偽物を置いて油断させたところを殺す罠だってあるんだ!」

 

「そうなんだ、でも俺、外壁を伝ってきたし」

 

さすがに触手で引き上げましたとは言いにくいので、ボヤかした。一応外壁からってことで、嘘はついてないよな?

 

「お前何なんだよ!? タワー攻略はタワー内を通ってくるのがルールだろ! 卑怯だぞ!」

 

「いや、ルールって・・・。卑怯ってなんだよ? これはゲームじゃない。現実だろうが。そしてお前は卑劣な誘拐犯だ。それも誘拐した美女を殺そうと言う殺人未遂付きのな。もう一度言ってやろう。お前は単なる卑劣な犯罪者だ。それが現実だ」

 

あくまで現実を強く意識させる。

 

「ふざけるな!ふざけるな!ふざけるな! 誰も俺の事を理解できないバカばかりだ! やはりあの男の言うようにこの悪魔王を復活させて、ダメな世の中を綺麗にしてやらなくちゃいけないんだ!」

 

あー、そういう人ね。ありがち・・・といったらさすがに可哀そうか?

そして、裏にいらっしゃりやがるのですね、黒幕さん。

苦手なパターンのもう一つにあるのですよ、暗躍する癖にちっとも姿を現さない敵。閑話とかで固有名詞が無いまま悪党計画をちょっと語ったりする奴。ホント、鬱陶しい。さっさと出てきて主人公にタコられろよ!とか思っちゃう。

・・・まあ、俺が悪党嫌いでハッピータイプの物語が好きだから、余計にそう感じるのかもしれないけどね。

 

「こんなヤツが一人来たところでどうってことない! 儀式を続けて復活させるぞ!」

 

そう言って魔法陣の周りに立つ十人のローブ姿の手下に声を掛ける首謀者らしき男。

らしき男って言ってるのは俺がそう思っているだけだから。

たぶんあってると思うけど。

 

「ど、どうした!? 早く儀式の呪文を唱えろ!」

 

「そりゃ~、無理じゃない?」

 

俺がそう言うと、十人のローブ姿の手下がどさりと全員倒れた。

 

「な・・・何をした!お前!」

 

あれだけ敵が喋ってるんだから、いくらでも対策が取れるというものだ。

気づかれぬよう細く伸ばした触手を10人の手下に伸ばして、一気に首を絞めただけの事。

一応殺さないで落ちる・・・だけにしておいたけどね。

 

「お、お前は一体・・・?」

 

「さてね、俺の事などどうでもいいさ。さあ、フィレオンティーナ嬢を返してもらおうか」

 

俺が一歩首謀者らしき男の方へ踏み出す。

 

「動くな! 動けばこの女を殺すぞ!」

 

そう言って魔法陣の方へ駆け出す男。確かに距離はずっと男の方がフィレオンティーナ嬢に近い。そう、距離だけならな。

 

「<微風の嵐(ブリーズストーム)>」

 

一瞬、フィレオンティーナ嬢の体が風に舞うように宙に投げ出される。だが、その後ふわりと俺の腕の中にフィレオンティーナ嬢が降りてくる。風の精霊シルフィーの力を借りた魔法、良い感じです。

 

「んんっ・・・、あら・・・わたくしは誘拐されたはずでは・・・。貴方がわたくしの事を誘拐した方ですの?」

 

「いいえ、違いますよ。私はコルーナ辺境伯とタルバリ伯爵より貴方の奪還を願われた者。このまま無事にシスティーナさんの元へお連れしますよ」

 

「まあ・・・システィーナのお知り合いですの? あの子ったら、タルバリ伯爵様に嫁いだのに、こんな素敵な殿方が知り合いに居るなんて一言も教えてくれなかったわ」

 

艶のある笑みを浮かべてフィレオンティーナが少しだけ拗ねる。

・・・カワイイ。

 

「いや、タルバリ伯爵と奥方のシスティーナさんにお会いしたのは昨日が初めてなのですよ」

 

「まあ、そうでしたのね? では、昨日知り合ったばかりの妹やタルバリ伯爵様の願いを聞き、わたくしを助けに参ったと・・・?」

 

「まあ、そうですね。それに、貴方を救えるだけの力が私にあった事。後、貴方がシスティーナさんの姉で、システィーナさんによく似た絶世の美女とお聞きしたことも少しだけ理由に・・・ね」

 

そう言ってウインクするが、俺はローブをかぶったままの怪しい格好だ。

ウインクは元より、怪しいローブ姿の俺を素敵と称してくれるフィレオンティーナ嬢は大丈夫なのかと心配してしまう。自分で言ってて悲しいけど。ここは吊り橋効果だと思っておこう。

 

「まあ、ますます素敵なお方・・・。システィーナやその夫であるタルバリ伯爵様は一体何を報酬に貴方様をこのような危険な場所へ送り込みましたの・・・?」

 

首をこてんと傾げる仕草。お姉さんの色香もあるのに、なぜか可愛さも同居する小悪魔的なお姉さまですね!ボク大好きなジャンルです!

 

「そう言えば報酬の話をしませんでしたね。この塔に到着してすぐにここへ。貴方に危機が迫っていると思いましたので、タルバリ伯爵に挨拶もしませんでしたな。不敬だと言って首を取られるかもしれません」

 

そう言ってわざとおどける様に首を竦める。

 

「まあ、妹の夫たるタルバリ伯爵様がそのような無体な真似をなさるとは思えませんが、万一そのような事になりましたら、わたくしも貴方様と共にありましょう。出来れば、二人で逃げ出せるといいですわね。わたくし、これでも占いには自信があって、占いだけでゴハンを食べて行けますのよ?」

 

魅惑的な笑顔を見せてくれるフィレオンティーナ嬢。やばい、イリーナやルシーナちゃんがいなかったら俺の理性を湛えるダムはあっさり決壊して理性が枯渇してしまうところだ。

 

「それも素晴らしき人生ですね」

 

そう言ってお互い瞳を見つめる。

結構至近距離なんだけど、俺の顔大丈夫かな?

 

「ふ、ふ、ふざけるなぁ! お前達はここで死ぬんだ! 何を悠長にラブってんだよ!チクショー!爆発しろ!」

 

「んんっ・・・? 何かセリフがすげーモテないダサ男の典型みたいだな、お前。こんな事をしでかす原因に世の中がどうとか言っていたが、お前自分の才能がどうとかの前に、まさかフラれた腹いせがきっかけじゃねーだろうなぁ?」

 

俺は溜息を吐きながら呆れる様に言った。

 

「うるさい!うるさい!うるさい! お前の様に女の子とすぐ仲良く話せるようなヤツに何が分かる!お前の様にモテるヤツなんか死ね!」

 

「無茶苦茶だな。大体こんな怪しいローブを着た男がモテるわけないだろ?」

 

「今フィレオンティーナからモテているじゃないか!」

 

「そりゃ、殺される直前に助けに来たんだから、通常よりはモテるだろうよ」

 

「くすくす、それだけじゃありませんけどね?」

 

そう言ってフィレオンティーナ嬢がにっこり笑う。

 

「やっぱりお前はモテる側だ!許せねえ!」

 

「ははは、俺はついこの前まで全くモテなかったぞ? それよりか、確実に俺はお前側だったし、つい何か月か前は人生のどん底だったな」

 

「な、なんだと・・・!?」

 

驚愕の表情を浮かべる男。

そしてフィレオンティーナも不思議そうな表情を浮かべる。

 

「仕事は山積みで寝る間もない、それなのに給料は上がらず最低限。食事も味気なく毎日仕事して家で寝るだけの日々だ。もちろん女の子とデートは元より喋る機会さえない」

 

「・・・!」

 

驚いている首謀者らしき男。

 

「そんな俺の唯一の楽しみはラノベを読む事だった。お前にわかりやすく言うと「本の物語を読む」だな。現実ではない、空想の物語。だけど、現実が辛かった俺はその空想の物語に夢を見ていた。でも現実からは逃げない。どれだけ辛くてもどうせ逃げられないのだから。それなら、生きて行く中で自分の楽しみを何か一つ見つけて頑張る方がいい。頑張ればその見つけた何かを楽しむことが出来るのだから」

 

男は両膝を付きそして地面に手を付く。

 

「だけどっ! 僕には何もなかった!楽しめるものなんて!夢なんて!」

 

「俺も無かったよ」

 

「えっ!?」

 

慟哭に咽ぶ男に優しく語り掛ける。

 

「俺も無かった。ずっとなかった。子供の頃から、気づいた時には何もなかった。周りの人間の顔色を見て、角が立たない様に、空気を読んで・・・。でもそんな人生に楽しみなんてなかった。楽しいと思ったことなんて数えるほどに少ない。でも、俺は出会った。ラノベに。ラノベの物語に。そして俺の人生に色が映えるようになった。初めて空想の世界に飛び出す自分の気持ちを楽しいと思った。こんな俺でも出会えたんだ。なぜお前が出会えないなんでわかる? きっと出会える。楽しいと思える事に。諦めなければ、誰だって」

 

男が立ち上がる。

 

「お、俺でも見つかると思うか・・・?」

 

「言ったろ? 諦めなければ見つかるんだよ、誰だってな」

 

そう言って笑ってやる。顔は見えてないだろうけどな。

 

男が涙を拭って笑った。

お姫様抱っこ中のフィレオンティーナ嬢も「優しい方・・・」なんて呟いてうっとりしている。モテてますかね?俺の時代来た?イリーナいないよね?

 

その時だ。

 

急に悪魔像の上あたりに魔力が発現した。

魔力は急激に圧縮したような状態から弾け、怪しい魔導士風の男が姿を見せる。

 

「まさかっ! 転移か!?」

 

俺は思わず口走ってしまった。

ラノベの世界ではチート能力の代名詞でもある「転移」。当然ノーチートの俺にはない能力だが、この世界の町や村でも転移という単語も、概念も聞いた事がなかった。そのためこの世界では「転移」は無いか、あっても伝説級なのかと思っていたのだ。

 

「使えぬデクは悪魔王復活に血肉を捧げるがよい。<光弾(ライトバレット)>」

 

「なっ!?」

 

一瞬にして首謀者らしき男の胸板を後ろから光弾が貫き、胸から血が噴き出る。

 

「ああっ!」

 

フィレオンティーナも男が改心に向かっていたのに、まさかこのような状況になってしまったことを悲しむかのように目を伏せた。

 

「俺も・・・今度は・・・見つけ・・・」

 

魔法陣に倒れた男は最後呟くと事切れた。

 

「・・・・・・」

 

「ふっ、何者かは知らんが、その女が大事なら連れて帰るがよい。儀式は始まっているのだ。この男の血だけでも時間はかかるが悪魔王ガルアードは復活するだろう」

 

その物言い。それだけでこの男が悪魔王ガルアードの手の者でないことがわかる。

そして想定は最悪の方向へ向かっているという事だ。

 

「ふ、精々足掻いてくれたまえ。それではな」

 

そう言って「転移」で消えようとする男。

 

「・・・・・・」

 

「な、何っ!? 呪文が・・・発動しない!?」

 

「・・・・・・」

 

「どういうことだ!? 貴様、何かしたのか!」

 

「・・・・・・」

 

「う、うおお・・・!?」

 

男が元々自分にかけていた魔法<飛翔(フライ)>の魔法を維持することも困難になって来たのか、体が空中で揺れ出す。

 

「な、なんだとっ!?」

 

そして空中から落ちて地面に叩きつけられる。

 

「ぐはっ・・・、こ、これは・・・!?」

 

『ヤーベ!さすがだね!』

『さすがはお兄様ですわ!とっさにこのような魔法を思いつかれるなんて』

 

「ええっ!? これって・・・精霊様!?」

 

急に顕現した水の精霊ウィンティアと風の精霊シルフィーにフィレオンティーナが驚く。

 

「<魔法障害(マジカル・ジャミング)>。この空間ではお前の魔力を高めて呪文を扱うことは出来ない。魔力を集中して維持することも出来ない」

 

魔法障害(マジカル・ジャミング)

この場で俺が思いついた合成精霊魔法だ。水の精霊ウィンティアの力を借り、空気中の水分に俺の魔力を付与させていく。そして一定のエリアで充満するように風の精霊シルフィーの力により風のバリアを作る。

 

魔法・・・呪文の行使は魔力を集中的に高めて術式を発動させることにある。

ならば、その魔力の集中を邪魔してやれば呪文の行使が出来なくなるのでは?

 

そこで考えたのが自分の魔力の波長で相手の魔力の集中を邪魔する事だ。魔力同士を干渉させると魔力圧縮を邪魔することが出来る。魔力には波長がありそれぞれ同じような魔力でも違いがあるのだ。逆に全く同じ波長で同期できるのならば魔力の増幅を外部からの魔力供給で可能にできるのだろうけどな。

 

ただ、魔力はそのまま空中に放出しても維持できない。そこでウィンティアに力を借りて空気中の水分に俺の魔力を帯電させるようなイメージで作った。

そんなわけで、俺の魔力が空気中に充満するこのエリアでは俺の魔力の波長と合わない奴は呪文を真面に使えないはずだ。

 

淡々と奴に伝える俺。ビークール、ビークールだ。目の前の改心しかけていた男を殺されて腸煮えくり返っているが、ここは落ち着くんだ、俺。

 

「ば、馬鹿な・・・、<魔法障害(マジカル・ジャミング)>だと!? そんな呪文見たことも聞いたことも無い! お、お前は一体・・・!?」

 

それには答えず、俺は男を睨みつける。

 

「いつでも自分が強者だとでも思ったか? いつでも相手が格下でどうとでも出来ると思ったか? 自分より下の者たちの命などどうでもいいと思ったか? 自分の「転移」を防ぐものがいないとでも思ったか? 自分は何があってもいつでも逃げられるとでも思ったか!」

 

いかん、喋っている間にテンションが上がって怒りも上がって来ちゃった。

地球時代務めていたブラック企業の上司もそうだったな。自分で喋って自分で勝手にテンション上げて怒り出して怒鳴りつけてくる。最低だと思ったが、コイツにはいいか。

 

「き、貴様・・・一体・・・」

 

「お前は魔術師らしいな。呪文が使えなければどうにもならんだろう。洗いざらい吐いてもらおうか。俺は拷問なんてやりたくないが、コルーナ辺境伯やタルバリ伯爵なら部下にそういう事が得意な連中もいるだろうからな」

 

俺を睨みつける魔導士。だが次の瞬間、

 

「貴様の思い通りなどにはならん!お前もここで死ね!」

 

そう言って隠し持っていたナイフで自分の首を切り落とした。

血が噴水の様に噴き出て魔法陣に降りかかる。

そして魔法陣が血を吸うように輝き始める。

 

「ちっ・・・!」

 

正直、心臓を刺し貫いても、首の頸動脈を切ってもスライム細胞を使い一時的な応急処置で延命が可能だと思っていた。例えその後死んだとしても、情報だけは引き出せると。

だが、甘かった。まさか自分の首を切り落とすとは。

それほど切れ味の鋭いナイフを持っていた事も驚きだが、魔法やポーションのある世界だ。致命傷も即死しなければなんとかなってしまい、情報を引き出すための拷問を受けてしまうと言う危機感があったのかもしれない。

俺には正直そこまでわからなかった。

これは俺のミスだろう。

もっと早くあいつをスライム触手で拘束するべきだった。

 

イラつく敵だった。それだけについ感情的になってしまった。

もちろん逃がさないのは当然だが、情報を全て引き出して敵の全貌を把握したかったのだが・・・。

 

『ヤーベ、ヤバイよ・・・』

『お兄様、アレは危険です・・・』

 

ウィンティアとシルフィーが俺に警告する。

魔法陣は大量の血を吸い込んでしまった。しかも、敵の魔導士はかなりの魔力を保有していた。たぶんフィレオンティーナが選ばれたのも美しいだけでなく、魔力保有量が高かったからだろう。そして魔法陣が輝き、禍々しい魔力が吹き荒れる。

 

「ま、まさか・・・」

 

フィレオンティーナが石像を見て呟く。

石像の表面に罅が入り、その下から凶悪な肉体が見え始めていた。

悪魔王ガルアードが復活するのだ。

 

俺はフィレオンティーナを地面に降ろす。

 

「ウィンティア、シルフィー、ここから離れて彼女を守ってくれ」

 

『ヤーベはどうするの?』

『お兄様も一緒に離れませんと!』

 

「俺は・・・責任を取らないとな」

 

ニコッと笑い、俺はローブを脱ぎ去る。

 

『ええっ!? ヤーベ、その姿って・・・』

『お兄様・・・そのお姿がお兄様の本当の姿なのですね!』

「・・・・・・」

 

2人が俺を見て驚く。フィレオンティーナは言葉が出ないようだ。

 

今の俺は魔法のマントに聖銀の胸当てを装備した矢部裕樹の姿を晒していたのだ。

 

「さて、悪魔王とやらを片付けるとしようか」

 

俺は不敵に笑って歩みを進めた。

 




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第70話 悪魔王ガルアードを居なかった事にしよう

「さあ、悪魔退治と行こうか」

 

俺は更に亜空間圧縮収納から鉄の剣を取り出す。

魔法のマントと聖銀の鎧で占めて金貨二百五十枚。

イリーナたちと買い物を済ませた後、武具の店に行って一番高い物を買った。

それが「暴風のマント」と「聖銀の鎧」だ。

魔法の武器は良い物が無かったので素材の良い鉄の剣を買って来た。

 

これでフィレオンティーナも俺が人間だと思うだろう。

 

だが、俺は悪魔王ガルアードが復活するまで待ってやるほどお人好しではない。

ゲームならば復活の映像がそのまま流れて、復活後に戦闘が始まるパターンだ。

だが、これは現実。仕留められる時に仕留める。

 

「はりゃあ!」

 

後ろのフィレオンティーナからは見えない様に腹から触手を伸ばし、悪魔王ガルアードにぶち当てる。

 

「吸収せよっ!」

 

バチイィィン!

 

「ちっ!」

 

スライム触手で一気に吸収してしまえるかと思ったが、さすがに悪魔王、甘くはない。

バリヤーのようなものに弾かれてしまった。

 

「どうやら、体表に魔法障壁のようなシールドが展開されているか・・・?」

 

スライム触手で吸収に失敗した感触からそう想像する。

 

「グゴゴ・・・フソンナルモノヨ・・・ワレノチニクトナルガイイ!」

 

ついにバキバキと石化の状態が溶け始める悪魔王ガルアード。

 

「ちっ! <真空断頭刃(スライズン)>」

 

無数の魔力を伴った真空の刃が悪魔王ガルアードに襲い掛かるが、悉く弾かれる。

 

「やっかいだねぇ」

 

俺は溜息を吐く。

 

「グガガ・・・シネ! <雷撃(サンダーボルト)>!!」

 

頭上から凄まじい雷が降り注ぐ!

 

「シッ!」

 

俺は左手を頭上に掲げる。

迫りくる雷は、だがヤーベを直撃せず、塔の外壁に流れ落ちる。

もちろんフィレオンティーナ達にも影響はない。

 

「グゴゴ・・・ナニ・・・?」

 

「お前のような古い時代の輩にはわからんかな?」

 

俺は触手を頭上に伸ばすと、パラソルの様に分裂させ、避雷針の代わりとして張り巡らせた。

一瞬、俺から切り離した触手の避雷針は悪魔王ガルアードの放った<雷撃(サンダーボルト)>の巨大な雷を塔の外壁へと完全に流しきる。この瞬間、塔自体が巨大なアースと化したのだ。

 

「ならばこっちの番だな!」

 

俺様は一瞬に悪魔王ガルアードとの距離をゼロ距離まで詰める。

 

「<雷撃(ライトニングボルト)>!!」

 

俺は悪魔王ガルアードの腹に掌底を叩き込むように全力の<雷撃(ライトニングボルト)>を放つ!

 

ドバァァァン!

 

凄まじい轟音と共に悪魔王ガルアードの腹が吹き飛び、焼け焦げた匂いが立ち込める。

 

「グガガ・・・バ、バカナ・・・」

 

「はっは、不思議か?時代遅れ!」

 

 

自分で編み出した必殺の<雷撃(ライトニングボルト)>。

これは静電気の超強化版だ。電気自体に魔力を帯びさせていないので物理的攻撃力となるのだ。

 

追撃するように飛び上がると鉄の剣をヤツの頭に叩きつける!

 

・・・が、あっさり砕け散る鉄の剣。

 

「やっぱ鉄の剣で悪魔王を仕留めようというのはムシがよすぎるか」

 

苦笑しながら柄だけになってしまった鉄の剣をポイッと捨てる。

 

「グゴゴ・・・ナメルナヨ!」

 

そう言うと悪魔王ガルアードの腹が再生して行く。

 

「やっぱあるよね・・・そう言う能力」

 

俺は何度目かの溜息を吐く。

 

「シネ! <死の衝撃(デス・インパクト)>!」

 

6本の腕をまるで一つにまとめて突き出すように黒い球を打ち出してくる。

 

「<細胞防御(セル・ディフェンド)>」

 

俺はスライム細胞を防御壁の様に展開する。ぐるぐるエネルギーを惜しみなく纏わせることにより対魔法防御能力を極限まで上げられる。魔力の攻撃には魔力で防ぐのが一番だ。

 

バギィィィン!

 

派手な音を立てて魔法がぶつかる。

 

「ギザマァァァァァ!!」

 

四本の足でシャカシャカと走り寄って来て六本の腕で滅茶苦茶に攻撃してくる。

素早く避けながらぐるぐるエネルギーを圧縮して練り上げて行く。

あの二人の力を借りねばならない。フィレオンティーナを守っているあの二人の力を。

 

悪魔王ガルアードの六本の腕が縦横無尽に攻撃を仕掛けてくる。刀、槍、槌、剣、斧、杖。六種の武器を高速で振り回す。

 

(チョーこぇぇ!)

 

正直ビビっていた。かなりの迫力だ。そのスピードも侮れない。

 

一瞬、槍と槌の武器を握り直してその間合いを変えて来た。

 

「しまった!」

 

ズバッ!

 

一瞬にして握り直された槍と槌の間合いを測り損ねた。

 

瞬間、右手が肩から切断される。

 

「ヤーベ!」

「お兄様!」

「ヤーベ様!」

 

あれ?フィレオンティーナまで俺の名前を呼んでいる。

確か自己紹介はまだなはずだと思ったが?

まあ、ウィンティアかシルフィーから聞いたのかもな。

 

俺は飛ばされた右手に左手の人差し指からピアノ線のような細い触手を発射、右手に絡めて引き寄せると、右肩に再度装着する。

 

「ナ・・・ナンダキサマ!ホントウニニンゲンカ!?」

 

「失礼だな、貴様。()()()()()()()()()()()?」

 

そう、悪魔王ガルアードにだけ聞こえる様に言った。

 

「マ・・・マサカ!?」

 

「これで終わりだ。ウィンティア! シルフィー! 力を借りるぞ! <凍破の竜巻(ホーロドニィスメールチ)>!!」

 

悪魔王ガルアードの足元から凍てつく突風が渦を巻き、全てを凍らせる竜巻が発生する!

 

「グガガガガ!!」

 

「その性根まで凍り付け!悪魔!」

 

 

 

 

 

竜巻が納まると、そこには氷の彫像のように固まった悪魔王ガルアードが存在していた。

 

 

「やったね!ヤーベ!」

「ステキですわお兄様!」

「ヤーベ様、勝ったのですか!」

 

「まだだ!来るな!」

 

こちらに来ようとするフィレオンティーナ達を止める

ウィンティアとシルフィーに力は借りたが、まだフィレオンティーナのそばに居てもらわないと。まだ決着はついていない。

 

「グガガ!! コノオレヲタオセタトデモオモッタカ!」

 

固まった氷の竜巻を内側から壊し、向かって来る悪魔王ガルアード。

そうだろうな、<魔力感知(センスマジック)>で見ているが、まだ悪魔王ガルアードの魔力は尽きていない。

・・・尤も尽きていないと言うだけで、尽きないと言うわけではない。

現に悪魔王ガルアードの魔力はもう消える寸前だ。

ウィンティアとシルフィーに力を借りた<凍破の竜巻(ホーロドニィスメールチ)>はヤツに大ダメージを与えていたのだ。

 

「終わりだ」

 

そう言って俺は右手で必殺ブローを放つ。

 

「トルネーディア・マグナム!」

 

俺のコークスクリューブローはものの見事に悪魔王ガルアードの胸板を貫いた。

 

そして、そのままスライム細胞に命令を下す。

 

「吸収せよ!」

 

「ギガガガガァァッァ!」

 

貫いた胸板の内側からスライム細胞が悪魔王ガルアードを吸収して行く。

そして完全に消える悪魔王ガルアード。

 

そこに残されたのはヤツが使っていた六種類の武器だけだった。

 

 

 

「ヤーベ!今度こそ大丈夫だよね?」

「お兄様・・・大丈夫ですか?」

「ヤーベ様・・・」

 

今度こそ大丈夫なのかと三人が駆け寄ってくる。

まあ、ウィンティアとシルフィーは飛んでるけど。

 

「ああ、もう大丈夫だ。悪魔王ガルアードはもういないよ」

 

「さっすがヤーベ!ボクはもう感動が止まらないぞ!」

 

そう言って抱きついてくるウィンティア。

 

「ああっ!ウィンティアちゃんズルいです! 私だってお兄様に抱きつきたいんです!」

 

シルフィーもウィンティアに負けずに抱きついてくる。

 

「あ、あの・・・ヤーベ様は一体・・・どれほどのお力をお持ちなのです・・・?」

 

フィレオンティーナが恐る恐る聞いてくる。

 

「少なくとも君を守れるくらいに・・・かな?」

 

「えっ・・・」

 

頬を真っ赤にするフィレオンティーナ。

 

「む~~~、ヤーベいつの間にこんなスケコマシに!」

「お兄様?カッコイイのは認めますが、節操がないのはいけませんよ?」

 

何故か二人から説教を喰らう。おかしい。

 

「ところで、悪魔王はいなかった事にしようか」

 

唐突に俺は宣言する。

 

「「「・・・はっ?」」」

 

ウィンティア、シルフィー、フィレオンティーナは同じ顔で同じセリフで驚いた。

 




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第71話 お礼の話は後でゆっくりしよう

「あ、悪魔王ガルアードが居なかった事にするって・・・?」

 

水の精霊ウィンティアが首をコテンッと傾げる。

ショートカットの髪形だが、首を傾げたことによって襟足の髪の毛が揺れる。

・・・ちょっとドキドキ。

 

「うん。悪魔王ガルアードを倒したのを知っているのはここにいるみんなだけだろ? だから、悪魔王ガルアードは単なる石像だったよーって言うのはどうかな?」

 

ヤーベのザルすぎる計画に誰もが開いた口が塞がらない。

 

「あっ! ちょっと待ってて!」

 

そう言うと俺は屋上から五十九階へ降りて行った。

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

「ヤーベ行っちゃったね」

「お兄様大丈夫かしら?」

「あの・・・お二人は・・・」

 

フィレオンティーナが精霊たちと話し始めたその時、

 

 

ドゴォォォォン!!

 

 

「わあっ!?」

「な、なんでしょう!?」

「も、もしやヤーベ様の身に何か・・・」

 

 

不安になる三人。だが、さらに・・・

 

ギョェェェェェェェェ!!

 

「ななななな!?」

「お、お兄様!?」

「ヤーベ様!」

 

より不安になる三人。

 

 

「ただいまっ!」

 

さらっと帰ってくるヤーベ。

 

「ヤーベー!!」

「お兄様!!」

「ヤーベ様!!」

 

いきなり三人が飛びついてくる。

 

「ど、どうしたんだい?」

 

「どうもこうもないよ、ヤーベ!」

「そうですわ!お兄様が居なくなってすごい音がしたり、とんでもない叫び声が聞こえたり・・・」

「ヤーベ様は何ともないのですか?」

 

どうやら三人にはずいぶんと心配をかけてしまったみたいだ。

 

「心配かけてすまなかったね。ほら、あの男が言っていたろ? 五十九階には悪魔王ガルアードを模したゴーレムを用意しており、五十八階にはフィレオンティーナに似せた悪魔が罠を張っているって。だから片付けて来た」

 

そう言って俺は亜空間圧縮収納から先ほどぶち倒した悪魔王ガルアードを模したゴーレムを取り出す。

 

 

ドンッ!

 

 

「わああっ!?」

「お兄様これ?」

「・・・ヤーベ様・・・」

 

「「「似て無くないですか??」」」

 

・・・俺もそう思った。ゴーレムは階段を守る様に立っていたので、階段を降りて行った俺はゴーレムの背中が丸見えだった。そこで問答無用で一撃をぶちかまし、ゴーレムのコアを破壊した。

 

その後五十八階に降りて、フィレオンティーナの偽物が走って来たので、容赦なく顔面にワンパン喰らわす。もんどりうって幻影魔法が解けた悪魔を即仕留める。それで帰って来たのだが。

 

よく見るとゴーレムが悪魔王ガルアードに似ても似つかない。

足も二本、手も二本、ほとんど普通のゴーレムだった。

 

「ダメかなぁ・・・」

 

頭をボリボリと掻きながら、髪の毛をかき上げる。

変身擬態(メタモルフォーゼ)>の維持はうまくいっている。

髪の毛すらうまく再現している。

 

「・・・ねえねえ、ヤーベ。それがヤーベの本当の姿?」

 

ウィンティアが肩に手を乗せて聞いてくる。

 

「まあね・・・ホントの、と言うか、前の、と言うか・・・」

 

苦笑しながら答える俺。

 

「お兄様、すご~くカッコイイです!」

 

俺の左手に飛びつくように抱きついてくるシルフィー。

 

「カッコイイ?俺が?」

 

今の俺は<変身擬態(メタモルフォーゼ)>で矢部裕樹の格好を模していると言っていい。だから、地球時代の矢部裕樹の姿をイメージしているはずだ。だから、俺がイケメンってことは無いと思うのだが・・・。俺は特に特徴のない顔立ちだったはず。可もなく不可も無く。学校で言うならクラスに居るかどうかいまいち印象に残らない系の奴だ。

 

「ええ、すごくカッコイイですわ、ヤーベ様」

 

そう言ってフィレオンティーナまで俺の前に来て両手を組んで微笑む。

 

「さ、さあ!取りあえず塔から脱出して帰ろうか! タルバリ伯爵やコルーナ辺境伯も待っていると思うしね!」

 

照れ臭すぎてとりあえず空気を換えるために地上へ帰る準備をする俺。

 

悪魔王ガルアードの残した武器、魔術師と首謀者の死体、偽物ゴーレム(笑)

それらは亜空間圧縮収納へしまう。

気絶させた十人の手下らしき連中は触手で縛ってとりあえず地上へ降ろしてしまおう。

 

「そおいっ!」

 

外壁から外へ十人を放り投げる。

その後スルスルと地上へ降ろしていく。手ごたえ無くなったら地上に着いたって事で。

多分塔の外壁にメッチャ擦れてそうだけど。

まあ、悪党だし適当だな。死ななきゃいーか、くらいで。

 

そしてフィレオンティーナをお姫様抱っこする。

 

「あっ・・・」

 

フィレオンティーナは二度目のお姫様抱っこになれたのか、腕を俺の首に回して力を抜く。

 

「さ、地上に帰ろうか。<高速飛翔(フライハイ)>」

 

俺はフィレオンティーナをお姫様抱っこしながら大空を飛んだ。

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

「フェンベルク卿! あの男が壁に向かったと思ったら、いきなり消えたんだが、どうなってるのだろう?」

 

「ガイルナイト卿、実は私もわからぬ」

 

「ヤーベはたぶん外壁を上がって行ったと思われます」

 

タルバリ伯爵とコルーナ辺境伯が首を捻っていると、イリーナがヤーベの行動を説明する。

 

「そ、それではやはり、先ほど天空ですさまじい雷が落ちたり、竜巻が起こったのは・・・」

 

「ヤーベが悪魔王ガルアードと戦っているものと思われます」

 

「な!なんだと!」

 

「悪魔王ガルアードと戦っている!?」

 

タルバリ伯爵とコルーナ辺境伯が驚愕の表情を浮かべる。

 

「それではフィレオンティーナ救出は間に合わなかったと申すか!」

 

タルバリ伯爵がイリーナに詰め寄る。

 

「いいえ、たぶんですが、ヤーベは間に合っているはずです。フィレオンティーナ嬢の事は昨日から心配しており、配下の使役獣に調査や監視をさせていたはずですから」

 

「な、なんと・・・昨日からすでに力を貸して頂いていたとは・・・」

 

イリーナの説明にタルバリ伯爵が感動したように俯く。

 

 

 

 

そこへヤーベがフィレオンティーナ嬢をお姫様抱っこしながら空を舞うように降りて来た。

 

「フィレオンティーナ!」

 

タルバリ伯爵がとんでもない勢いで突っ込んで来る。

 

「おおっと!」

 

空中でタルバリ伯爵を避ける俺。

 

「きゃあ」

 

急に空中で一回転したのでフィレオンティーナがかわいい悲鳴を上げる。

俺は地面にフィレオンティーナを降ろしてやる。

 

「フィレオンティーナ嬢は無事に救出出来ましたよ」

 

「ヤーベ殿!ありがとう!」

 

タルバリ伯爵が暑苦しい勢いで俺の両手を取ってお礼を伝えてくる。

 

「ヤーベ殿、ヤーベ殿はローブを脱ぐとそんな色男だったのだな。ローブなど被っていないほうがいいのではないか?」

 

コルーナ辺境伯も俺の姿を初めて見て色男などとお世辞をくれる。

気を使わなくてもいいのに。

 

「はうう・・・ヤーベ様カッコイイ・・・」

「あらあら、ルシーナの旦那様は色男ね~」

 

馬車の中からルシーナとその母親であるコルーナ辺境伯の奥方も俺を見て褒めてくれる。

地球時代にはありえない状況だ。照れる。

 

「ありがとうございます・・・この命、貴方様のおかげて助かりました」

 

改めてフィレオンティーナがお礼を述べてくる。

 

「いやいやお気になさらず。無事で何よりです」

 

だが、フィレオンティーナは俺の肩に手を乗せて顔を近づけてくる。

 

「報酬のお約束もせずにわたくしを死地からお救い頂いたこと、ただただ感激に堪えません。ですが、何のお礼もせずにというわけにも参りません。ぜひ私の御屋敷でご歓待させて頂ければ・・・。夜、お部屋にお伺いしても・・・よろしいですよね・・・?」

 

肩に手を置いていたフィレオンティーナ嬢が肩に手を回し軽く抱きつくように耳元で囁く。

 

夜、お部屋に来てくれるんですか!?

来るだけじゃないですよね?よね?

 

てか!据え膳喰わぬはなんとやら!

向こうがウェルカムなんだから、何を遠慮する事があろーばさ!

え、お前にはヘソまで反り返ったピーーーーが無いだろうって!?

夜遅くまで練習してきたスライム流変身術<変身擬態(メタモルフォーゼ)>があるのだよ!今も維持する姿は矢部裕樹のもの。

 

そんなわけで俺様のヘソまで反り返ったピーーーー!!も復活しているのだ!

たとえ地球時代実際はヘソまで反り返っていなかったとしてももはやそんな事はどうでもいい!

今の俺にはスライム細胞と自らのイメージ、そして必殺のぐるぐるエネルギーがある!

そう!今の俺の愛棒は地球時代を凌駕する!!

行くぞ!ぐるぐるエネルギー充填フルパワー!

ル〇ンダ~~イ・・・

 

「ほぎゃぎゃぎゃぎゃ!!」

 

気づけばイリーナが俺の左手を握りつぶしていた。

問答無用で。

比喩表現ではなく実際に。

 

てか、滅茶苦茶痛いですけど!?

なんで!俺様は痛覚無効だったはず!無敵のスライムボディなのに!

イリーナ恐るべし!

 

「ヤーベ、悪い事考えてる・・・」

 

ぷうっとほっぺを膨らませているイリーナ。

可愛いけど、手を握り潰すのは頂けない。

俺じゃなかったら事案発生するぞ。

 

まあいい。

屋敷に呼ばれておいしい物食べてお酒を頂けば、イリーナも眠くなるだろう。

こちとらスライム、睡眠不要の無敵ボディなのだ。

バイオリズムもぐるぐるエネルギーを活性化すれば完徹OKだ。

イリーナがぐっすり寝静まったころ、俺様が抜けだせば・・・

 

「ほじゃげきらん!」

 

千切れる!千切れます!イリーナさん!

何故痛い!もはやイリーナマジック!

カムバック「クッオカ」!

今ならご希望に添える自信があります!

 

「ヤーベ、今のヤーベにはオシオキが必要な気がする」

 

明らかに形が変わってしまった左手をフーフーしながら、イリーナには逆らうべきではないと脳内で警鐘が鳴る。

これはフィレオンティーナ嬢からの報酬は貰えそうもないな・・・。

 




今後とも「まさスラ」応援よろしくお願いします!


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第72話 トラブルの後片付けは偉い人に押し付けよう

「で、ヤーベ殿は悪魔王ガルアードを倒したのか?」

 

タルバリ伯爵が俺に詰め寄ってくる。

 

「いや~、なんか石像しか置いてなかったっすよ?」

 

そう言って亜空間圧縮収納から壊したゴーレムを取り出す。

 

背中から腹をぶち抜かれて穴の開いた足二本、手二本の悪魔王ガルアード(偽)のゴーレムを。

 

「・・・これが悪魔王ガルアード?」

「・・・文献とだいぶ違うようだが・・・」

 

タルバリ伯爵やコルーナ辺境伯が首を傾げている。

その後俺の方をジッと見てくる。

 

「ぴゅ~ぴゅ~ぴゅ~」

 

俺は明後日の方を見て頭の後ろで手を組んで口笛を吹く。

決してうまくはないが、口笛の音は出ている。

決して吹けていないわけではない。口で言っているわけではない。

うまくはないだけだ。

 

「いや、ヤーベ、その誤魔化しかたはどうかと思うんだ・・・」

 

イリーナが溜息を吐きながら言う。

あれ? ちょっと前まで立場が逆だったと思うんだが?

 

「おいヤーベ殿、どうなんだ!ホントのトコロ!」

 

コルーナ辺境伯が俺の胸倉を掴んで揺する。

 

「いや~、ここで悪魔王ガルアードを殺っちまいましたって報告、まずくないっすか?報奨金とか、額もメンド―でしょ? なら、石像壊れました。何にも起きませんでした―の方がよくないっすかぁ?」

 

極めて軽い口調で説明する。これで事態も少し軽く見てください!

 

「い、いや・・・それはどうか・・・」

「報奨金は確かにうちの領から出すのはキツいレベルの敵だが・・・」

 

俺の説明にコルーナ辺境伯もタルバリ伯爵も苦渋の表情を浮かべる。

 

「ま、その判断は後で考えるとして、フィレオンティーナ嬢を誘拐指揮した主犯らしき男と、その男を殺した黒幕の手先らしき魔術師の男の死体がある。そちらで確認、調査してくれ」

 

そう言って後ろから胸板を貫かれた男の死体と自分で首を切り落とした魔術師の男の死体を亜空間圧縮収納から取り出して引き渡す。

 

「すまない、助かるよ。おい、この死体を回収して調査せよ!」

「「ははっ!」」

 

タルバリ伯爵の指示により部下が死体を回収して行く。

 

「それでは、王都に向かって出発しましょうか、コルーナ辺境伯」

 

そう言ってコルーナ辺境伯に声を掛ける。

 

「いやいや、フィレオンティーナ嬢を救って頂いたお礼も、悪魔王ガルアードを倒した功績評価もまだ・・・」

 

「シーーーー!!」

 

タルバリ伯爵がデカい声で話し出すので全力で止める。

悪魔王ガルアードは居なかったって設定で行きましょうよ!

 

「王都に向かわれるのですか?それではわたくしもご一緒させて頂けませんでしょうか?」

 

フィレオンティーナ嬢が申し出てくる。

 

「お、おいおい、君は誘拐されてきたんだろ?着の身着のままだろう?家に帰ってゆっくり養生したほうがいい」

 

まさかついて来るなどと言い出すとは思わなかったので俺は少し慌てたように言う。

 

「大丈夫ですわ! 体には問題ありませんし。必要な物は途中で買いますから・・・。少々お金を貸して頂けると嬉しいのですが・・・」

 

テヘッとはにかむフィレオンティーナ。

カワイイ。貸します。ご希望額をこちらの小切手に記入ください。

 

「お、おいおいフィレオンティーナ。妹であるシスティーナもずっと心配しているんだ。一度帰ってシスティーナを安心させてやってくれないか?」

 

「う・・・」

 

「そうだね、妹さんも相当心配していたようだし。とにかく一度帰ってゆっくりしたほうがいいよ。どうせ王都から帰る時にはまた寄らせてもらうしね」

 

そう説明して安心させよう。

 

「わかりました。一度帰ってシスティーナを安心させてきますわ・・・。心配かけてしまいましたものね。でも、ヤーベ様の帰りをお待ちしているわけにはまいりません。その後ヤーベ様を追いかけて王都へ向かわせて頂きますわ!」

 

「はいいっ!?」

 

俺は素っ頓狂な声を上げてしまった。

何故に追いかけてくる?

 

「占い師としてのカンですわ! 一刻も早くヤーベ様の隣に立たないと・・・間に合わなくなってしまう気がして仕方がないんですの」

 

カンって!?

しかも、隣に立つってどーいうこと?

何しろ売れっ子占い師のカン! 当たりそうで怖すぎる!

 

「と、隣に立つって・・・」

 

若干イリーナがプルプルしながらフィレオンティーナに問いかける。

 

「あら、貴女・・・もしかして、ヤーベ様の・・・」

 

「う・・・ヤーベの妻のイリーナ・フォン・ルーベンゲルグだ・・・」

 

うお――――い!!

いつの間に妻になったんですかねぇ!イリーナさん?

 

「はいはいはいっ! 第二夫人のルシーナ・フォン・コルーナでっす!」

 

「パチパチパチ」

 

ルシーナちゃん何の宣言ですかねぇ!そしてお母さん、その拍手何!?

 

「まあ、すでにヤーベ様にはお二人も奥方が・・・。わかりましたわ! わたくし、第三夫人にてよろしくお願い致しますわ」

 

ズゴーン!

増えた!ついに第三の候補者まで!そして何故か候補者たちは全て決定事項で話している!そう当事者たる俺の意見を聞きもしないで!

ラノベにある鈍感モテモテ主人公にありがちな設定だけど、何故に俺!?

 

鈍感ではないが、ぜひとも人間の時にモテたかった!!(魂の絶叫)

 

はっ!? これはもしかして、この先「早く人間になりた――――い!」とかいうパターンに!?

 

「ふええっ!? ヤーベの奥さんが三人に!? しかも、こんな超絶美人のお姉さんなんて、絶対ヤーベ取られちゃうよ・・・」

 

といってメソメソし出すイリーナ。保護欲を掻き立てられますな。

 

「イリーナちゃん、きっと大丈夫だよ! フィレオンティーナさんはとっても優しそうだから、みんなでヤーベ様を支えていけるよ!」

 

グズり出すイリーナの肩を支えて力強く宣言するルシーナちゃん。

なんだか一番ルシーナちゃんが頼りになる感じ!

 

「くすくす、こんなに可愛い先輩が二人もいるのね。わたくしも仲良くしてくれると嬉しいわ」

 

ヤバイっ!なんだか三人が仲良くなりそうだ!

ルシーナちゃん必殺のオペレーション・なし崩しが発動中か!?

 

「と、とりあえず早く王都に出発しましょうか、コルーナ辺境伯。王からの招集で向かっているので、あまり遅くなっては申し訳ないのでは?」

 

「お、おお。そう言えばそうであったな。それでは早速出発しなければ・・・」

 

「タルバリ伯爵、後の処理をお願いしますよ!」

 

俺は素早く馬車に乗り込むとタルバリ伯爵に大きく声を掛けて手を振った。

面倒な後処理はタルバリ伯爵に任せてさっさとおさらばだ!

 

「あ、ああ!必ず王都からの帰り道に寄ってくれよ!たくさん褒美とご馳走を用意して待ってるからな!」

 

タルバリ伯爵が両手で手を振ってくれる。

 

「ヤーベ様!すぐに王都に向かいますわ!待っていてくださいまし!」

 

フィレオンティーナも手を振ってくれる。

・・・王都でどうやって俺を探すつもりなんだろう?

 




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閑話7 ヤーベにかかわる女性たちの思惑

その1.ソレナリーニの町冒険者ギルド 副ギルドマスターサリーナの場合

 

 

「・・・ああ・・・モフモフ・・・」

 

サリーナが書類を持ったまま、カウンターの裏でぼーっと立っていた。

 

「サリーナさん? サリーナさん!」

 

カウンターの人気ナンバーワンギルド受付嬢ラムが副ギルドマスターであるサリーナを呼ぶ。

 

「はっ!?」

 

「どうしたんです? ぼーっとして。最近おかしいですよ?」

 

ラムが心配したように、最近のサリーナは心ここにあらず、と言った感じで仕事に手が付いていないようだった。

 

「・・・いえ、何でもありません」

 

そう言って仕事に戻るサリーナ。

だか、またしばらくすると、書類を手にぼーっとしだす。

サリーナがぼへーっとしている表情が可愛いと今冒険者たちの間で密かにサリーナブームが来ていた。人気受付嬢のラムとしては、死活問題になるのではと無意味な不安を抱えていた。

 

「ああ、ローガちゃんをモフモフしたい・・・」

 

ヤーベさんがこのギルドに通ってくれていた時は、外にローガちゃんが必ずお座りして待っていてくれた。最初は見たことも無い大きな狼牙に驚いていた職員たちも、私がローガちゃんのモフモフの素晴らしさを教えてあげると、食べ物をあげたりして仲良くなりにローガちゃんの元へ集まって来た。みんなにモフモフされるローガちゃんもちょっと大変そうだけど嬉しそうでもあったし。だけど、最初にローガちゃんのモフモフの素晴らしさに気づいたのはこの私ですからね!そこは譲りませんからね!

 

そう言えば、ヤーベさんの取り巻きの女性は、全て名前に「-ナ」と最後にナが入っているみたいでした。もしかして、ヤーベさん私の事意識して・・・。もしヤーベさんと結婚したら、毎日ローガちゃんをモフモフし放題なのでは!?

 

あ、いけないいけない、結婚をそんな打算で決めてしまっては・・・でも、それもいいかも!

 

 

 

 

 

その2.タルバーンの町 <五つ星(ファイブスター)>のパティの場合

 

 

「はぁ・・・」

 

ここはタルバーン冒険者ギルドの中。

パティはテーブルに両肘をついて両手を顎に乗せて溜息を吐いた。

 

あの時、足を取られて転んだ時。振り返ったその視界には恐るべきキラーアントの群れが迫っていた。

 

「あの時、絶対死んでた・・・」

 

そう、あの時、キラーアントの群れが目の前に迫って、自分は殺される寸前だった。

だが、一瞬。

 

「<石柱散華(ライジングストーン)>」

 

地中から白く美しい柱が何本も突き出て来て、目の前に迫っていたキラーアントの群れを吹き飛ばした。

そして、目の前にふらりと現れた白いローブの人物。

不思議な人だった。金色の刺繍が入った真っ白なローブ。

きっとどこかの教会の偉い神官さんだと思ったけど、あんな強力な魔法見たことないし。

 

「大丈夫か?」

 

とても優しく、染み渡るような声がした。

 

「は・・・はい、大丈夫です」

 

その言葉を伝えるだけで精一杯だった。

 

「そうか、それはよかった」

 

そう言ってその人は赤い宝玉の嵌った杖を振りかざした。

 

「<永久流砂(サンドヴォーテックス)>」

 

信じられない光景だった。

私たちパーティを壊滅寸前まで追いやったキラーアントの群れ。

私の矢もリゲンの剣もポーラ姉の短剣もソーンの火魔法だって全くダメージを与えることが出来なかった。

それが、一瞬。

 

流砂に巻かれて飲み込まれていくキラーアントの群れ。

そして目の前には一匹もいなくなった。

 

その人はこちらを振り返り、にっこり笑ってくれた気がした。

 

「パティ!大丈夫か?」

 

その人にお礼を言うことなく、魔法使いのソーンが私を助け起こそうと手を貸してくる。

リーダーのリゲンがやって来てその人と何か話をしてる。

でも、私は驚き過ぎて、声も出ない。何を話しているのか聞こえもしない。

 

そして、その人は行ってしまう。

私、まだありがとうってお礼言ってないのに。

 

「はぁぁ・・・」

 

私はまた溜息を吐いた。

 

「なーに、溜息ばっかり吐いちゃって」

 

「ポーラ姉・・・」

 

ポーラは実の姉ではないが、冒険者の先輩として私と仲良くしてくれた。

このパーティに誘ってくれたのもポーラだった。

親しみを込めて私はポーラ姉と呼んでいる。

 

「待ち人来たらずって感じね」

 

完全に見透かされて慌てて顔をそむける。

 

「リゲンもお礼がしたいから冒険者ギルドに寄ってくれって言っていたけど・・・。あの人コルーナ辺境伯様と王都に向かう途中で助けてくれたでしょ。だから冒険者ギルドに顔を出しているほど暇じゃないのかもね。命を救ってもらっておいて、お礼も出来ないなんて寂しいけど」

 

その通りだと思う。そんな不義理したくない。

 

「惚れるのは仕方ないと思うけど、あまり思いつめないほうがいいわよ? お貴族様の賓客なんて身分違いもいいとこだし」

 

ポーラ姉が突然そんな事を言い出す。

 

「そ、そんなんじゃ・・・。ただ、私はお礼をちゃんと言えなかったから・・・」

 

きっと今の私は顔が赤い。

ポーラ姉の目を見ることは出来ない。

私は目を逸らしたまま俯いて話す。

 

「残念だけど、さっき馬車で王都に向けて出発しちゃったみたいよ?」

 

「ウソ!?」

 

がばっと体を起こしてポーラ姉の顔を見る。

 

「アンタにくびったけのソーンの奴が仕入れて来た情報だから間違いないと思うよ。アイツ、あの人が馬車で出立して行ったのを見たって言った時、心底安心してたから。アンタを取られちゃうんじゃないかってビビッてたしね」

 

悪戯っぽく笑うポーラ姉。

・・・そんなんじゃない、と思いたい。

あんなすごい人に私が釣り合うなんて思ってもいない。

でも、ちゃんと・・・お礼は伝えたい。

 

「うん! きっと・・・また会える気がする」

 

いつまでも落ち込んではいられない。次会う時、助けてもらった命を無駄にしてないって、胸を張って言いたいから。

 

「頑張らなくっちゃ!」

 

パティは元気よく前を向いた。

 

 

 

 

 

その3.タルバーンの町 フィレオンティーナ嬢の場合

 

 

「はぁぁ・・・」

 

悪魔の塔からの帰り。わたくしはタルバリ伯爵の馬車に乗せて頂き、タルバーンの町へ向かっている。

・・・王都について行きたかったな。

 

「とにかく、屋敷でゆっくり休んでくれ。システィーナもずっと心配していたんだ。だいたい君の屋敷は賊に襲われて半壊しているぞ」

 

「え、そうなんですの?」

 

初耳ですわ。ドーンとか、バリバリッとか派手な音はしてましたけど。

お家を壊されて誘拐されていたとは。どうせならもっと静かに誘拐して頂ければよかったのに。それにしても誘拐された時わたくしはどのようにして運ばれたのかしら。

きっとヤーベ様の腕の中のような全てをゆだねて安心できるようなぬくもりは少なくともなかったのでしょうけど。

 

「ああ、直さないととても住めないよ。しばらくは我が屋敷に逗留するといい」

 

「いえ、システィーナに挨拶したらすぐに王都に出立する準備をしますのでお気遣いなく。それに、もうタルバーンの自宅は直さなくても結構ですわ。土地が必要であれば売りに出してくださいまし」

 

タルバリ伯爵のご厚意は嬉しいが、今のわたくしには無用のものだ。

 

「いやいや、自宅直さないで土地も売るってどういうことなんだ?」

 

「わたくしはヤーベ様について行くと決めましたので。多分タルバーンの町の自宅にはもう戻らなくなるでしょうし。必要な荷物を纏めたら王都に出発いたしますわ」

 

「おいおい、そんなに急がなくてもいいだろう? 何を慌てているんだ?」

 

「慌てますとも! ヤーベ様の隣に立てるチャンスは、今を逃すともうありえない、そうわたくしのカンが告げていますの」

 

そう!わたくしのカンが告げております。

ヤーベ様の隣に立てるチャンスは今を逃してはもう無いと。

王都でヤーベ様には何かがある。その何かが過ぎてしまえば、きっとわたくしはヤーベ様のお傍にいるチャンスを失ってしまうのだろう。そんな気がしているのです。

 

「フィレオンティーナ。君には今まで数多くの男たちが求婚してきた。貴族の長男、次男も多くいたし、一番格式が高かったのはプレジャー公爵家の次男からの求婚だったな。君はそれらを全て袖にしてきた。それが、今になってあのヤーベと言う男にはどういうわけか心を許しているようだ。第三夫人なんて言った時には腰を抜かしそうになったぞ。公爵家の次男の求婚を断った人物が、傑物とはいえ、爵位も持たぬ平民の第三夫人になどと」

 

タルバリ伯爵が驚いたなどと言っていますが、わたくしからすれば、何も驚くようなことなどありません。例え公爵家の次男だろうと、他の貴族の息子だろうと当人たちに魅力が無かっただけの事。

 

「君は命を救われたばかりだ。少し時間が経てば気持ちも落ち着くんじゃないか?」

 

タルバリ伯爵が見当違いの事ばかりをおっしゃられる。

タルバリ伯爵は元々腕の良い冒険者であったと聞きます。

だからこそ、その近くで見たヤーベ様のお力をもっと認識されてもいいはずなのですが・・・。

伯爵生活が長くなってカンが鈍られたのかしら。

「傑物」などと言う一言で済ませられるような器ではないと言うのに。

今叙爵されていないことなど、ヤーベ様を語るにおいて何の価値も持ち合わせないことがわからないのでしょうか?

 

王に謁見すれば、きっと王は叙爵を申し出るでしょう。

尤も、ヤーベ様はきっとお受けにならないでしょうが。

 

「はぁぁ・・・」

 

何度目かの溜息が出ます。

とにかく、大至急出立の準備を纏めなくては。

馬車を仕立てて、自宅の荷物と自分の財産を纏めて・・・。

あ、後護衛を雇いませんと。王都までの道程は魔物の危険は少ないですが、盗賊が出ないとも限りませんし・・・。冒険者ギルドで王都までの護衛をうまく雇えるといいのですが。

王都に行きたがる冒険者パーティ、見つかるかしら?

 




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第73話 部屋から聞こえてくる女のすすり泣く声を確かめよう

 

悪魔の塔を出発して半日。今日の宿泊はタルバリ領北部にあるタタール村で取ることにした。タルバーンから直接的に王都バーロンまで真っ直ぐ向かうルートではなく、北部にある悪魔の塔を経由したため、タルバリ領の北部から東へ大きく回るルートで移動となった。

そのため、宿泊予定を取っておらず、先振れで騎士が移動していた。

 

宿泊するタタールの村は、村ではあるもののカソの村などとは違って、ほぼ町だと言っても過言ではないほどの規模だった。

そのため、宿泊する宿もそれなりのレベルにあった。

夕食も地場で取れた芋をうまく使った素朴な食事ではあったものの、非常に良い味付けで楽しめた。

タタールの村ナンバーワンホテル「ホテルタターリヤ」。

・・・元日本人の俺様からすると、少々心配になるホテルネームだ。

尤も魔法もあり精霊もいる世界だ、幽霊がいたところで違和感ないかもしれないけど。

 

それほど大きくないが綺麗に掃除されて気持ちの良いホテルであったが、その中でも一番いい部屋をコルーナ辺境伯家の皆さんが宿泊している。

・・・毎度のことだが。

 

そして、俺様はと言えば、今日も一人だ。

・・・寂しくなんてないんだからねっ!

 

今日もイリーナとサリーナが一緒の部屋で、辺境伯一家が豪華な大きい部屋で。

・・・だから、寂しくなんてないんだからねっ!

 

まあ、なんだ。毎度毎度寂しくないって言ってるけど。

コルーナ辺境伯家と一緒に宿泊している宿でハッスルしているわけにもいかない。

イリーナとサリーナが一緒の部屋で寝ているのに、イリーナだけ部屋に呼ぶわけにもいかないしな・・・。

 

何だろう、嫁って自分たちで言っているくせに、特に俺と何かあるわけではないのはなんとなくやるせない。

 

イリーナにいたっては、最近「クッオカ」すら出さないし。

俺の左手握り潰すだけだし。

 

「なんだか寂しいねぇ・・・」

 

俺は一人で自分の部屋に入ろう・・・と、その時だ。

 

「う・・・、う・・・、うう・・・」

 

「!?」

 

部屋の中から、女のすすり泣く声が聞こえてくる。

 

ちょっと待ってくれ。コルーナ辺境伯家の三人は食事後一番大きな部屋に引き上げた。

イリーナとサリーナは先ほど手を振って自分たちの割り振られた部屋に入って行った。

 

・・・そう言うわけで、俺の部屋に誰かいる可能性は無いはずだ。

 

ならば、なぜ俺の泊まる予定の部屋から、女のすすり泣く声が聞こえてくるのか?

 

「う、ううう・・・、うえっうえっうえっ・・・」

 

「!?」

 

もはやすすり泣く、ではなく号泣してね!?

もう、開けるしかない。

なんかに祟られたら・・・仕方ない。

 

ガチャッ!

 

部屋に踊り込む。

すでに時間は夜。この村のホテルには魔道具による明りは無い。

この部屋は暗いのだが、ベッドの脇にある窓から月明かりがうっすらと入って来ていた。

その光によって見える。

ベッドの上で体操座りで膝を抱えながら号泣している少女がいる。

 

「うええっ・・・うえっうえっ・・・うええええええ」

 

メチャメチャ泣いてる。

 

俺はその号泣している少女の横まで行くと、ベッドにそっと腰かけた。

少女はまだ、体操座りのまま膝に顔を埋めて泣いている。

 

「どうしたんだ?フレイア」

 

そう、人の部屋のベッドで体操座りのまま号泣していたのは炎の精霊フレイアであった。

 

「うぇぇぇぇぇん!」

 

「何だ、どうした? まさかウィンティアやシルフィーやベルヒアねーさんがお前をいじめたりするとは思えんし・・・」

 

俺はフレイアが号泣している理由がさっぱりわからなかった。

 

「だ・・・だ・・・だってだって・・・、ヤーベが私の事だけ無視するから・・・」

 

そう言ってまた膝に顔を埋めて泣き始める。

 

「おいおい、俺がなぜフレイアだけ無視するんだ? そんなことしてないぞ?」

 

「そ・・・そんなことない・・・ウィンティアやシルフィーはたくさん呼ばれて、合体精霊魔法なんてヤーベオリジナルな魔法まで協力して作って・・・、ベルヒアだってすごく頻繁に呼ばれて力を貸してるのに・・・私だけ一回も呼ばれてないから・・・」

 

そう言ってぐすぐす泣くフレイア。

 

「あ~~~」

 

確かに!

圧倒的に水の精霊ウィンティアと風の精霊シルフィーの力を借りた精霊魔法を使うことが多い。そして単独で土の精霊ベルヒア。ウィンティアとシルフィーに力を借りる水の精霊魔法と風の精霊魔法。これらは非常に使い勝手がいい。ピンポイントでも、広範囲でも非常にコントロールしやすい。だが、炎は実際難しいのだ。森で使えば燃え広がる可能性もある。モンスターを狩るにしても表面を焼くのは素材の価値が下がる可能性が高い。

野営時の食事などでも、火をつけるのは火打石や簡単な魔道具で対応できるから炎の精霊魔術を使う必要はあまり無い。でも野営時にベルヒアの力を借りてテーブルや腰掛椅子を土の精霊魔法で作ったりしているのでかなり頻繁に土の精霊魔法を使用している。

 

そんなわけでまるっきり、完全に、ただの一度も、炎の精霊フレイアの力を借りていない。

 

「フレイア、君の力は非常に強力だ。俺にとっては切り札の一つだと思ってる。本気のお前の力を放てば、敵を燃やし尽くせるだろう。でもそんな強力な力を簡単に使用するわけにはいかないよ」

 

そう言ってフレイアの肩に手を置く。

 

「ぐすっ・・・ぐす・・・、で、でも、焚火に火をつけるのも手伝えるし・・・、暗い時には松明の代わりに火の玉出せるし・・・」

 

泣きながら自分が普段でも力になれることをアピールしてくるフレイア。

 

「そうだな、そう言えば<迷宮氾濫(スタンピード)>の時もフレイアだけ力を借りなかったな。すまない、寂しい思いをさせたか?」

 

そう言うと、ガバッと顔を上げてこちらを見たかと思うと、飛び掛かる様に抱きついて来て泣き始めるフレイア。

 

「ヤーベ!ヤーベ!ヤーベ! うぇぇぇぇん!」

 

抱きついて来たかと思うと、胸に顔を埋めて再び号泣するフレイア。

 

「わ、私の事、嫌いじゃない・・・? 今度は呼んで力を使ってくれる・・・?」

 

胸に埋めていた顔を上げて、下から見上げる様にうるうるに泣いた瞳で見つめてくるフレイア。くっ・・・カワイイ!あのツンツンフレイアがデレるとこんなにもかわいいとは!計算外のさらに外!

 

「ああ、フレイア。お前の力をたくさん借りるぞ?」

 

そう言ってぎゅっと肩を抱きしめて引き寄せる。

 

「うう・・・うれしいよぉ、ヤーベ・・・」

 

凄く安心したように力を抜いて腕の中に沈むように体を預けてくるフレイア。

 

「みんなに・・・負けないくらい・・・頑張るから・・・」

 

そう言ってスースーと寝てしまうフレイア。

 

ええっ・・・!? 精霊って・・・寝るの?

 

ベッドの上でフレイアを抱きしめながら、俺はこれからどうしたらいいのか途方に暮れた。

 




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第74話 炎の精霊フレイアの力を借りて今よりも生活基準をアップしよう

タタール村を朝一で出発。一山超えて平原を進んで行くと次の村であるソラリーの村に到着できる。馬車で進んで約半日、夕方には到着できる予定だ。

一山超える峠に盗賊などが出ないとも限らないので斥候の人間が出ているとのことだ。

 

馬車の中で取り留めない会話に相槌を打ちながら、昨日の夜の事を考える。

確かに俺は攻撃のほとんどを水の精霊ウィンティア、風の精霊シルフィーの力を中心に借りている。風の精霊だけでも真空波を操れるため、<真空断頭刃(スライズン)>のような強力な風の斬撃を無数に飛ばすような魔法が使える。水の精霊は生命を司る力もあり、<生命力回復(ヒーリング)>の魔法は俺も重宝する。ウィンティアには本当にお世話になりっぱなしだ。野営の時もウィンティアの加護を受けた冷たくておいしい水を出せるし。それに<生命力回復の嵐(ヒーリングストーム)>のように、ウィンティアとシルフィーの力を合わせた合成精霊魔法を造り上げる事にも成功した。

この二人の力は縦横無尽に活用させてもらっている。

 

そして土の精霊ベルヒアねーさん。

土は非常に汎用性が高い。

野営の時のテーブルや椅子はもちろん、箸やナイフ、フォーク、石斧、皿、器、何でも細々と作ることが出来るのだ。もはやこれは精霊魔法として呪文を使っている、という認識すらない。ベルヒアねーさんに相談して、こんなの欲しいなーって言うと、「どう?」って試作した物を出してくれる。もう二人で相談しながら作り上げる、作品だ。使い終わったらまた土に戻るのだが、最初はちょっと寂しかった。

「いつでも同じのを作れるから大丈夫よ」って後ろから抱きしめてくれたときは嬉しかった。それに、この前のキラーアントを殲滅したような<石柱散華(ライジングストーン)>、<永久流砂(サンドヴォーテックス)>のような超強力な攻撃系呪文もある。<土壁建造(アースウォール)>のような防御系魔法も得意だ。ベルヒアねーさん一人でほとんど賄える万能さんなのだ。

 

そんなわけで、今回は、と言うか今後、ウィンティアとシルフィー、ベルヒアの三人だけでなく、炎の精霊フレイアの力も借りた精霊魔法もなんとか実行せねばならない。またフレイアに泣かれると困る。

 

 

 

「どんな魔法がいいか・・・」

 

馬車の窓から外の景色を眺める。

とりあえず野営があれば薪に火をつけるのにフレイアの力を借りればいいと思っていたのだが、今回の移動行程ではとりあえず一日でソラリーの村に到着する。

その後タルバリ領内でもう一村滞在したのち、タルバリ領最後の町へ到着する予定だ。その後は王都まで王家直轄の領土が続く。そんなわけで、もう野営のチャンスが無いかもしれない。

 

でもよく考えれば、炎の精霊フレイアの力を借りればいろんな事が出来る気がしてきた。

 

例えばドラム缶風呂だ!

 

・・・まあ、この世界にドラム缶は無いだろうから、それこそ土の精霊ベルヒアにドラム缶に似た器を作ってもらい、水の精霊ウィンティアに水を注いでもらい、炎の精霊フレイアの力で下から温めて風呂にする!

これ、完璧じゃね!?

野営はしばらくないけどさ。

 

それに、オーブン料理もいけるかもしれない。

もちろんオーブンは無いのだが、炎を一定に長時間保てるなら、今よりももっと料理の幅が広がりレパートリーが増えそうだ。

王都に着いたらコルーナ辺境伯やルーベンゲルグ伯爵家の皆さんにウマイ料理を振る舞って俺のイメージアップを図るのもいいかもしれない。

 

焚火で焼いたワイルド・ボアもうまかったのだが、中まで火が通らず、あの時焼いてスラ・スタイルとして食べたのは外側の肉だけだった。尤もその後の内臓の食べられる部分と内側の肉の一部は煮込み鍋に、余った内側の肉はベーコンや干し肉などの加工品に回っていたけどね。

 

もしかしたら部屋の暖房も工夫できるかもしれない。

炎という力をどのように具現化できるかで変わって来るな。

部屋を暖かくする、マッサージをするときに触手を暖かくしてもらって効果を高める・・・、あ、触手は自分のぐるぐるエネルギーを使えば温度を変えられるかもしれないけど。

 

お、もしかしたらフレイアとシルフィーの力を借りれば合成魔法で温風をコントロールできるようになるかも! ドライヤーをしてやれるかもしれないな。洗い立てのイリーナの髪を後ろから温風で乾かしながら梳かしてやる。ちょっといいかもしれない。

 

「・・・何をニヤニヤしているのだ?ヤーベ」

 

イリーナが俺が窓の外を見ながらブツブツ言っている俺を不振がって声を掛けて来た。

・・・なぜ俺がニヤニヤしていると分かるのか。俺はイリーナに背を向けているし、何よりローブをすっぽりかぶっているのである。

 

「いや、特段何か考えていたわけではないのだが・・・」

 

俺が曖昧に答えたからだろうか、イリーナは話題を変えた。

 

「昨日、ヤーベの部屋から女のすすり泣くような声が聞こえてきた様な気がしたのだが・・・」

 

「あ、私も聞こえた様な気がしました!」

 

イリーナの爆弾にサリーナもあっさりと乗る。

 

「・・・幽霊でも出たのかな」

 

俺は馬車の窓から顔を動かさずに答える。

 

「ええっ!? 女性がすすり泣く声って、ヤーベさんまさか無理矢理連れ込んで!」

 

「なんだとっ!」

 

「こらこらっ! ルシーナちゃん滅多な事言わないで! なんで君たちと一緒に移動しているのにそんな事しなくちゃいけないの」

 

ルシーナちゃんのトンデモ発言にコルーナ辺境伯が腰の剣に手を伸ばす。

どうする気だよ!

 

「そうか、でも一瞬そうなのかと思ってしまった」

「ですね」

 

イリーナにまでそう思われるとは。サリーナもあっさりと同意してるし。

 

「ヤーベの姿が滅茶苦茶かっこいい事が分かってしまったし・・・。その姿を見たら町娘たちが殺到してしまうぞ」

「そうかもしれないですね!」

 

イリーナよ。俺は一体どこのアイドルなんだ!? そんな事あるわけないだろ!

そしてサリーナよ、何でも乗っかればいいというものでもないぞ。

 

「違うよ。あまり気にしなくていい」

 

炎の精霊フレイアが号泣してましたなんて、言えるわけないし。言ったら言ったでフレイアが後でキレそうだし。

 

「ヤーベ殿、もちろんわかっている事とは思うが、婚前交渉は認められないからな。だが、若い上に力もあるヤーベ殿だ、辛い時は俺に相談するがいい。フェルベーンならいい店も・・・」

 

だがコルーナ辺境伯は二の句が継げない。

 

「ア・ナ・タ・・・?」

 

奥方がものすごい睨みを効かせている。

コルーナ辺境伯は滝のような冷汗が止まらない!

 

俺は馬車の窓の外の景色を見て素知らぬフリに努めることにした。

 

 

 

馬車は何事もなく峠を抜けて広い平原に出た。

 

「このまま真っ直ぐ向かうだけだが、非常にだだっ広いな」

 

コルーナ辺境伯は窓の外を見ながらぼそりと感想を呟く。

きっと移動にヒマしてるんだろうな。

でもそう言うセリフはフラグになりかねないから危険だ。

 

「た、大変です!」

 

「ど、どうした!?」

 

「信じらせませんが、グロウ・キャタピラーの集団がギール・ホーネットと混じりながら森から飛び出てきています! 至急回避しないと押しつぶされます!」

 

「ななな、なんだと!」

 

窓から外を見れば、濛々と土煙が横からこちらへ向かって来るのが見える。

やっぱりフラグだったか。

フラグって恐ろしいほど強力だな。

 

「アレ、仕留めないとどこへ行くと思う?」

 

「う~む、多分だが、ここから近い村へ行くと思われるな・・・」

 

「とすると、倒さないと野宿になってしまうな」

 

「いや、そんなレベルの話ではないのだがな・・・」

 

俺は馬車の扉を開け、外に出る。

 

「<微風の探索(ブリーズ・サーチ)>」

 

俺はシルフィーを呼ばすに風の精霊魔法を行使する。

 

「ふむ、二メートルを超えるイモムシが五十匹程度、でかいハチが百匹くらいいるな。ハチが空中を飛び回っているし、イモムシの突進力も侮れない。奴らを仕留めるには両方を一気に広範囲で殲滅できるほどの火力が必要だ」

 

「お、おいおいヤーベ殿、悪魔王ガルアードを倒したらしい貴殿の力を疑うわけではないが、あれほどの大群の魔物を仕留められるものなのか・・・?」

 

俺はコルーナ辺境伯の質問には答えず、虚空を見つめる。

 

「結構な魔物の数だな。だがお前の力を借りれば仕留めるのも造作も無いか。フレイア、力を貸してくれるか?」

 

少々勿体つけながら、炎の精霊フレイアを呼ぶ。

 

フレイアは俺のすぐ後ろに顕現した。

 

「ヤーベ・・・、やっと呼んでくれた・・・」

 

そう言って背中から俺を抱きしめるフレイア。後ろからの抱擁はベルヒアねーさんの特権ですよ?

 

「ううっ・・・」

 

感極まって泣くフレイア。

 

「この声って・・・?」

 

イリーナがフレイアの泣き声を聞いてピンと来てしまう。

ふだんはぽや~っとしてるのに!

 

「さあ行こうかフレイア。俺たちの初陣だ」

 

「ああっ! 任せろヤーベ!」

 

涙を拭って、嬉しそうに俺の肩に手を乗せるフレイア。

俺は魔物の方に向かって歩き出す。

 

「さて、一撃で仕留めようか。準備はいいかフレイア?」

 

「もちろんだ!」

 

「行くぞ! <十字火炎撃(クロスファイア)>!!」

 

両手を大きく広げたその先から炎が噴き出る。

その両手を自分の目の前でクロスするように振り下ろすと巨大な炎の十字架が敵に向かって飛ぶ!

 

ドゴォォォォォン!!

 

敵に直撃した炎の十字架は大爆発を起こし、その上で敵を焼く尽くしていく。

特に飛び回っていた巨大なハチは吹き飛んだ上に燃やされて逃げることも出来なかった。これが風や氷なら範囲から外れたハチに逃げられたかもしれないが、炎の爆発は吹き飛ばした上に燃やし尽くす。かなり強力な精霊魔法だな。

ハチだけでなく巨大イモムシもこんがり焼き上がっているものや、ばらばらに吹き飛んで燃やし尽くされたものが散らばっている。

 

「さすがフレイア。やはりちょっと強力過ぎるかな」

 

「うっ・・・これでもやり過ぎた? また呼んでもらえなくなる・・・?」

 

そういって目をウルウルさせるフレイア。

 

「大丈夫だ。俺の魔力で調整するし。また力を貸してくれ、フレイア」

 

そう言って頭を撫でる。

 

「ううっ・・・。やっとヤーベの役に立ったよぉ」

 

そう言って抱きついてくるフレイア。

よしよししてやってから、戻ってもらう。

 

「また、頼むな」

 

「いつでも、呼んで!」

 

そう言って姿を消すフレイア。

また、すぐ呼びたくなるような笑顔だったな。

これからはあの四人にも頻繁に出てきてもらって一緒にいろいろ楽しむとするか。

・・・まあ、それも王都でのイベントを無事に躱して泉の畔のマイホームに帰ってからだけどな。精霊が姿見せまくっていたら、即事案だろうし。

 

「とりあえず動いている魔物はいないな。それでは村まで行くとしましょうか。暗くなる前に到着するといいですな」

 

そう言って馬車の中に戻る。

 

「いや、分かってはいるつもりなのだ・・・わかってはな・・・でも・・・これは・・・」

 

コルーナ辺境伯が頭を抱えている。

 

「ヤーベ、見事だったな」

「ヤーベ様カッコよかったです!」

「ヤーベ様、素材は良かったのですか?」

 

三人娘がそれぞれ声を掛けてくれる。

 

それぞれの個性が出ていてわかりやすいね。

サリーナ。ハチやイモムシの素材はいらないです。

あまりお金にも困ってませんので。

さ、出発しようか。

 




今後とも「まさスラ」応援よろしくお願いします!


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第75話 「史上最強のFランク」なんて称号は謹んでお返ししよう

『ボス、少々よろしいでしょうか?』

 

馬車に乗って出発しようとした俺をローガが呼び止める。

 

「どうした?」

 

『はっ! 今の一撃でイモムシどもがこんがり焼けていい匂いを放っておりまして・・・。お許しいただけるのであれば、我ら狼牙族でイモムシを食べて来ようかと』

 

「えっ!? イモムシ食べるの?」

 

『ええ、なかなか栄養価の高い魔物です』

 

「そ、そうか・・・。別に止めないし。ダメってことは無いぞ。どうせ馬車の方が遅いんだ。ゆっくり食事してくるといい。ヒヨコたちにも声を掛けてやってくれ。・・・食べるかどうか知らんけど」

 

『ははっ! 皆の者!ボスのお許しが出たぞ! 腹いっぱい食べるがいい!』

 

『イヤーッホー!』

『動けなくなるまで食ってやるぜ!』

『バカかお前? 動けなくなったらボスの後を追えねーだろ』

『そりゃそうだ!』

『出してもらえる食事はすげーうまいんだが、量がなぁ』

『バカ! それは言いっこなしだろ! ボスの肩身が狭くなったらどうするんだ!』

『おっといけねぇ』

 

 

なんだか随分と楽しそうだ。

そして、コルーナ辺境伯家のくれるゴハンはとてもおいしいらしいが

狼牙族にとっては量が少ないらしい。

 

そういや今まで泉の畔では食事をあいつらに任せっきりだったからな。

こうして規則正しく移動すると自由に狩りにも行けないか。

・・・どこかの村に宿泊するなら、夕方から夜にかけて村の外で自由に狩りに行かせてやる方がいいかもしれないな。

 

「フェンベルク卿。騎士の1名を先にソラリーの町に先振れとして派遣します。宿の手配は連絡が伝わっていると思いますが、冒険者ギルドにこの事を連絡しておきます」

 

「わかった」

 

「あ、冒険者ギルドに行くなら、仕留めた魔物の解体とか自由にしていいからって伝えておいてくれる?」

 

俺はコルーナ辺境伯の部下の騎士を呼び止めて伝える。

 

「はっ! と、いいますか、良いのですか? 手数料や引き取り手間賃を払っても十分に買い取り額がありそうですが?」

 

「いいのいいの、それくらいは冒険者ギルドにプラスになればそれで。だいたい、ウチのローガ達がイモムシ食べに行っちゃったから、イモムシは残らないかもしれないしね」

 

「了解しました」

 

そう言って馬を掛ける騎士の一人。

先行してソラリーの町へ出発した。

 

「コルーナ辺境伯家の騎士たちは優秀だね」

「そうだろう!」

 

コルーナ辺境伯がドヤ顔だったが、それも仕方ないと思う程の人材が揃っているようだ。

 

 

 

馬車はソラリーの町入口に着いた。

 

例の如く、入口は一般から外れた貴族専用の門を通る。

フェンベルク卿が馬車の窓から顔を出し、胸元から例の短剣を出すとすぐ町への入門が許される。

 

俺は町に入ると同時に<気配感知>及び<魔力感知>を発動させる。これらは精霊魔術でも何でもなく、泉の畔で俺が一人でぷるぷるしていた時に身に着けたものだ。ぐるぐるエネルギーを高めてなんとかいろんな情報が取れる様になったのは嬉しかった。まあ、慣れるまで何度エネルギー枯渇で気を失ったか知れないけどな。

 

実に嫌な予感がする。

何事も無ければいいが・・・。

 

ちなみに結構大きな町だ。今までの村レベルではない。

そんなわけで気配は元より魔力もそれなりに感じられる。

情報としてはかなり雑多でごちゃついている。

泉の畔での使用時とはまるで違う。

必要な情報をより分けられるようにトレーニングが必要のようだ。

 

ローガ達もイモムシをたらふく食べたのか、腹回りがポッコリしている連中もいたが、町に入る前には合流している。

そんなわけで、とりあえずホテルにチェックインする。

時間は夕方に差し掛かろうかと言ったところだろう。

夕食までまだ時間があるとのことだったので冒険者ギルドに向かうことにした。

 

 

 

カランコロン。

 

うーん、いつも思うが、冒険者ギルドの扉はなぜカランコロンと音を立てるのか。

そっと入ってチラ見したくても、モロバレするではないか。

ちなみにここに来たのは俺とイリーナだけだ。

サリーナは途中の休憩時などにローガの部下と森へ薬草取りに出かけたりしており、錬金術ギルドに薬草を卸しに行くとのことだった。

 

冒険者ギルドも広く薬草採取の依頼を取り扱っているが、錬金術ギルドはやはり専門的な薬草を集中して買い取りしているらしい。しかも錬金術ギルドに所属していると買い取り額がアップするらしい。

そんなわけでヒヨコ隊長の部下とローガの部下に協力してもらって、頻繁に森の中へ薬草採取に出かけていた。

サリーナのお小遣いもアップすること間違いなしだろう。

 

と言うわけで、みんながなぜかこちらを見ている中、ギルドのカウンターの方へ行く。

 

「・・・ご用件を承ります」

 

なんとなく緊張した感じの受付嬢が声を掛けてくれる。

 

「えっと・・・少々伺いたいのだが、この辺りでグロウ・キャタピラーやギール・ホーネットが集団で出たりするのは珍しい事か?」

 

「・・・! あ、あの・・・お名前をお伺いしても?」

 

「んっ? ヤーベと言うが」

 

「ヤーベ様・・・! あ、あの・・・冒険者ギルドの身分証はお持ちだったりしませんでしょうか?」

 

「ん? ああ、あるぞ・・・ゾリアに作ってもらったからな。えっと・・・」

 

そんなん最近使わなかったから亜空間圧縮収納へ放り込んであるよ!

コルーナ辺境伯家の馬車で移動してから町に入る時に身分証チェック一回も無いし。

ローブの内側をゴソゴソ弄るフリをして亜空間圧縮収納からギルドの身分証を取り出す。

 

「ほい」

 

「拝見します・・・エ、Fランク!?」

 

んん? そう言えば、俺はギルドの身分証を作ってから一度も依頼を受けてないな。狩った魔物は買い取りに出しているが。なんか仕事さぼってる役立たずみたいで居心地が悪いな。今度どこかで依頼をこなすか。

・・・ランクが上がらない程度に。

 

「ヤーベ様はFランクなのですか・・・!? すみません、依頼達成内容を照合させて頂きます・・・、え!? 受注依頼件数ゼロ!? い、一度もギルドの依頼を受理されておられないのですか・・・?」

 

「ああ、そうかも。ソレナリーニの町で活動し始めた時は、個人的に狩った魔物の買い取りをお願いしていただけだし。あ、ギルドマスターのゾリアに協力したことはあるぞ。でもギルドの依頼を受理した感じではないな。話し合いだったし」

 

「ええ、ギルドマスターと話し合いで仕事!? 一体どういう・・・、すみません、ギルドマスターを呼びますので少々お待ちください」

 

そう言って受付嬢は奥へ行ってしまう。

魔物の情報が欲しかっただけなのだが・・・。

それにしても、冒険者ギルドの身分証を作ってから一度もギルドの依頼を受けていないとは俺もぬかったものだ。ラノベの物語にもよく出てくる冒険者ギルドだが、依頼を受けずに実績を積まないとギルドの身分証を剥奪する、なんて場合もあるようだし。ルールをよく聞いておくべきだったな。ゾリアじゃ役に立たないだろうから、副ギルドマスターのサリーナさんにいろいろ教えて貰おう。そのためには王都でお土産も買わねば。ゾリアにはいらないな。

 

「どうぞ、こちらへ」

 

そう言って先ほどの受付嬢が奥の部屋へ案内してくれる。

ふう、またギルドマスターとトークする羽目になるのか。

ここのギルドマスターが筋肉ダルマみたいな脳筋じゃないことを祈るばかりだ。

 

「失礼します。ヤーベ様をお連れしました」

 

「うむ、こちらへ」

 

声がする方を見れば、白髪でこれまた真っ白な長い髭を蓄えた老人が座っていた。この老人が冒険者ギルドのギルドマスターだとすれば、結構イメージと違ったな。まるで魔術師ギルドのギルドマスターと言った方がしっくりくる。

 

「まあ、掛けたまえ」

 

「失礼します」

 

俺とイリーナはそう言って白髪の老人の対面にあるソファーに腰かける。

 

「君が噂のヤーベ殿か。会えて何よりだよ」

 

「噂?」

 

「うむ、しばらく前にコルーナ辺境伯家の騎士様がこちらに見えられての。グロウ・キャタピラーとギール・ホーネットの群れを殲滅したとの連絡を貰っての」

 

「ああ、それで」

 

「うむ。コルーナ辺境伯家の賓客が対応してくれて、一撃で殲滅したとね。最初何の冗談かと思ったのじゃが、コルーナ辺境伯家の騎士として、誓って冗談でも嘘でもない、と断言をされての」

 

「そりゃまた剛毅な騎士様ですな・・・」

 

そんなに気合入れてもらわなくてもよかったんですけどね。

 

「しかも、素材が必要ならば自由に持って行ってよいという話じゃったから、二度驚いたわい。自分で魔物を倒しておいて素材いらないなんて、そんな冒険者どこにもいませんわな」

 

ホッホッホと笑うギルドマスター。

むむむ、この老人出来る。ホッホッホと笑う老人は人生経験豊富と相場が決まっているのだ。

(矢部氏の個人的見解です)

 

「それで、あのイモムシやハチはよく出るのか?」

 

「うむ、単独ではちらほら見られるので、Cランクパーティの討伐対象になっておるよ」

 

「たまには出るんだな」

 

「だが、今回のような大規模の群れというのはほとんど聞いたことが無いレベルじゃな。ギール・ホーネットが巣を作って大群となった時の駆除作戦は冒険者25名に町の警備兵も10名参加、駆除用の薬やら松明やら事前準備を万全に行っていったにも関わらず3名の死者と多くの負傷者が出たのじゃ。なんとか巣を駆除できたので町には被害が出なかったのが幸いじゃったな」

 

「それほど危険なのか。そういや俺が仕留めたハチもどこかに巣があったのかな?」

 

「可能性が無いわけでもないが、もしかしたらグロウ・キャタピラーの突進に巣が壊されて巻き込まれた可能性の方が高いかもしれんの」

 

「なるほど・・・そういう事もあるのか」

 

さすがギルドマスター、見識が深いな。

 

「グロウ・キャタピラーは普段はそれほど動かず、土の中を掘り返したりしているので、自然には都合がよい魔物じゃ。だが、集団で集まった際に、何かの拍子で暴走するととんでもないスピードで移動し始め、その間にある物を全てなぎ倒してしまう・・・。この町にグロウ・キャタピラーの集団が突っ込んできたら大惨事じゃったな。そう言う意味でも大変感謝しておるよ」

 

「偶々通りかかっただけだ。気にしなくてもいいよ」

 

「・・・普通なら、依頼が無くてもとんでもない危機を回避できたのだから報奨金を寄越せとギルドに怒鳴り込んできても良いほどの成果なのじゃがな・・・」

 

「ヤーベはそんな礼儀知らずの連中とは違う。世のため人のために自らの力を振るうヒーローなのだ!」

 

イリーナが立ち上がって力説する。

 

「違います」

 

「えっ!? 違うのか!?」

 

涙目になって俺を見るイリーナ。そりゃ違うよ。

 

「イリーナよ。俺は世のため人のために力を振るうヒーローなんかではないよ」

 

「そんなっ! そんなことはないぞ!ヤーベ! ソレナリーニの町でも城塞都市フェルベーンでも事前にテロ行為の犯罪者を捕まえたじゃないか! フェルベーンで苦しんでいる病気の人たちを回復させてあげたじゃないか! フィレオンティーナだって無償で助けてあげて、悪魔王ガルアードだって倒したじゃないか! なのに何のお礼も受け取っていないじゃないか!」

 

イリーナよ。力説してくれるのは嬉しいのだが、いろいろと内緒にしておかなければならないような事までぶちまけるのはどうかと思うぞ。

 

「な、なんじゃと・・・悪魔王ガルアードを倒した・・・!?」

 

ほら、ヤバイ反応だ。

 

「それに、城塞都市フェルベーンの奇跡は、もしやお主たちか・・・?」

 

ほら、バレなくてもいいものまでバレる。

 

「ヤーベがヒーローでなくてなんだというんだっ!」

 

涙目になったまま力説を続けるイリーナ。

ほんと、こんな俺をここまで買ってくれると照れるじゃないか。

 

「なあ、イリーナ」

 

「なんだ?」

 

「俺はイリーナのヒーローかもしれない。でもね、世のため人のために頑張ってるとは思ってないよ。俺は利己的なんだ。申し訳ないが、顔も知らぬ誰かのためにこの命を投げ出すつもりもない。偶々居合わせた俺がその騒動を治めたに過ぎない。偶々俺が居合わせて討伐したに過ぎない。それはあくまで結果だよ、イリーナ」

 

「う・・・」

 

「俺はね、さっきも言ったが利己的なんだ。俺と俺の大事な人たちを常に優先する。だから、知らない町の人々とイリーナを天秤にかけるなら、俺はイリーナを取る」

 

ボッと顔を真っ赤にするイリーナ。

何千、何万の人々の命よりもお前を優先する、そう言われたのだ。

 

「ほら、俺は全然ヒーローじゃないだろ? たまたまやったことが人々の役に立ってただけの事さ。報奨金だってくれるなら貰うけど、いちいちこちらから言うのも面倒なだけさ。何せそれほど俺たちの暮らしはお金が無くても困らないだろ?」

 

泉の畔での生活を想定してますけどね。これが王都で家でも買おうってなったらどれだけ冒険者ギルドで依頼をこなさにゃならん事か。

 

顔を真っ赤にしながら、すとんとソファーに座るイリーナ。

両手で顔を覆う。

 

「だけど・・・ヤーベは私のヒーローだ・・・」

 

両手で顔を覆ったまま呟くように言うイリーナ。

 

「ホッホッホ、仲良きことは美しきかな、かのう」

 

ギルドマスターのジーサマが笑う。

 

「まさにヤーベ殿は史上最強のFランク冒険者じゃな!」

 

「むっ!さすがギルドマスター!素晴らしい表現だ!」

 

「恥ずかしいからやめてください」

 

イリーナよ、変な称号に乗るんじゃないよ。

 

「しかし、冒険者ギルドに登録してFランクの身分証を受け取っておきながら、一度たりともギルドの依頼を受理せず、未曽有の危機にその辣腕を振るう・・・。やはり史上最強のFランク冒険者じゃの」

 

「うむうむ!その通りだ!さすがギルドマスター話が分かる!」

 

「いいか、広めるなよ!絶対そんな呼び名広めるなよ!」

 

押すなよ押すなよ、じゃないからね!

マジで言ってるから。史上最強とかマジで恥ずかしいから!

 

「キャ----!」

 

「なんだ?」

 

女性の悲鳴が聞こえたのでギルドマスターと俺が部屋から飛び出す。

 

「何じゃ! どうした!」

 

「そ、外に・・・外に狼牙の群れが!」

 

「なんじゃと!」

 

え・・・?狼牙の群れ?

 

「どういう事じゃ!」

 

そう言ってギルドを飛び出すギルドマスター。

そこには・・・

 

ババーン!

 

総勢六十一匹の狼牙達がずらりと並んできちんとお座りしている。

 

「こ、これは・・・」

 

「あ、ウチの使役獣たちです」

 

そう言えば、ホテル出てからイリーナと二人で歩いて来たけど、ローガ達に特に指示出してなかったな。てっきりホテルの庭でゴロゴロ寛いでるとばっかり思っていたのだが。

 

「お前達、ついて来ていたのか」

 

『ははっ! ボスがホテルから出て歩いて行くのが見えましたので、護衛にと思いまして』

 

「だからって全員来るかね?」

 

『初めての町ですし、部下も全員ボスのそばがいいと言うので・・・』

 

「そう言われると文句も言えんが」

 

「こ、この子達・・・ヤーベ様の使役獣なのですか?」

 

ギルドの受付嬢たちが我先にと出てくる。

 

「そうだよ」

 

「さ、触っても・・・?」

 

「もちろん大丈夫だよ。嫌がるようなことをしなければ大人しいよ」

 

「「「キャーーーー!」」」

 

四、五人ほどの受付嬢たちがローガ達にダイブするようにモフモフしまくる。

 

『おおっと、なぜに我らがこんなに人気なのでしょうか?』

 

「さあ、毛並みがよくて触り心地がいいんじゃないか?」

 

『そう言われると悪い気はしませんな』

 

わふわふ言いながら大勢の狼牙達がモフモフされている。それを見た通りすがりの人や子供たちも次々寄って来て狼牙達をモフり出す。

 

「う~む、これは商売で一儲けできそうな人気だな」

 

「いや、史上最強のFランク冒険者なんじゃし、そんな小金を稼ぐような商売せんでも・・・」

 

「いや、それこそそんな呼び名マジで広めないでよね!?」

 

変なところで変なフラグが舞い込んで来たよ・・・。

 




今後とも「まさスラ」応援よろしくお願いします!


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第76話 暗殺者「フカシのナツ」から身を守ろう

ソラリーの町の一番大きな宿が取れなかったらしく、少し込み入った裏通りのホテルに宿泊となった。

 

「ヤーベ殿、なんだか手違いなのか一番大きな宿が取れなかったようだ。だが、この宿もなかなか味があるらしいぞ?」

 

そう言ってフェンベルク卿が自ら宿へ案内してくれる。

もちろんその先には案内人と騎士もいるが。

 

その後の夕食もそれなりにおいしかったのだが、特に特筆するべきことも無かった。

俺はその後、明日から王家直轄領に入って移動するのでゆっくり休むようイリーナとサリーナに伝えて早めに自分も休むと言って部屋に戻る。

そして一人部屋に入って窓から外を見る。

 

込み入った路地。屋根伝いにいろいろな建物が見える。

今までの大通りに面した大きな宿ではなく、路地裏の中規模な宿。

何故か大通りの宿は予約が取れなかったという。

このソラリーの町は王都を目指す主要街道沿いにある。

悪魔の塔に寄ったため北側ルートになり、日程にずれがあるとはいえ、元々ソラリーの町は宿泊予定だったはずだ。

 

「・・・・・・」

 

ぴりぴりした感じがする。

俺を邪魔だと思う連中が果たしているのか。

悪魔の塔で襲って来た魔術師は自害した。だが、その黒幕は帰って来ない魔術師をそのままにしておくだろうか? すでに俺が悪魔王ガルアードを倒したと情報を得ているのではないか? ならば、王都で王への謁見が叶うのは黒幕にとっては具合の悪い事ではないのか?

 

もし、俺が敵だったら。

 

「暗殺だろうな・・・」

 

それも、このタルバリ領内で。

王都近く、この先王家直轄領ともなれば、暗殺が簡単でないうえに、実際に暗殺が成功した場合の捜査が厳しい事が予測される。何せ王が会いたいと呼んだ客を直轄領内で暗殺されれば王家の面目は丸つぶれだろう。逆に王家の権威を落とすと言う意味ではあるかもしれないが、今はそれよりもより確実な暗殺を狙うだろう。

そう、王家直轄領内に入る前のタルバリ領内での暗殺。

そしてこのソラリーの町は王家直轄領に入る手前にある最後の町なのだ。

 

狙うなら、この町以外にない。

 

俺はローブを着たまま、部屋の中央に立つ。

 

すでに<気配感知>及び<魔力感知>で屋根の上の不審人物を捕らえている。

後はいつ来るかだけだ。

 

そう言っている間に、窓の横まで来る不審者。

そして、窓を開けて入ってくる。

ちなみに俺は窓に背を向けている状態でただ部屋の中央に立っているだけだ。

ヘタすると俺の方が不審者っぽい。

 

 

 

「ヤーベだね・・・?お命頂戴?」

 

「何で疑問形!?」

 

一撃受けてから絡め捕るつもりで背中を見せていたのに、ツッコミを入れるために振り返ってしまった。

 

見れば、どこからどう見ても忍者である。そう、忍者である。

大事な事だから二度言った。

この異世界で忍者? どうも女の子っぽいからくノ一かもしれない。

自分の事を拙者といい、忍と宣う輩かもしれない。

 

「で、ヤーベ?」

 

「すげー気さくに声かけてくれるけど、不法侵入だからね?」

 

「この世界は法律が甘いから大丈夫・・・」

 

「!!」

 

コイツ・・・今、何て言った!? 

この世界は法律が甘い・・・・・・・・・・!?

 

「お前・・・転生者か・・・?」

 

「むっ・・・、そういうお前も・・・?」

 

「俺は・・・わからん。そうだと思うが・・・」

 

「それはそれとして、ヤーベお命頂戴」

 

「何で?何でぇ!? 今転生者って、すげー大事な話してるよね?よね?」

 

「う~ん、依頼? ヤーベの首は大金」

 

「ガッデム!いつの間にやら賞金首に!?」

 

「そんなわけでお命頂戴」

 

「ちょっと待て、まだ俺は君の名前も聞いてないぞ」

 

「・・・? 暗殺者は名乗らないのが普通」

 

少し真面目になって答える忍者少女。

 

「でも転生者なら、同じ地球から来てるんだろ? 名前くらい知りたいじゃないか」

 

「ならば名乗ろう」

 

「おお、頼む」

 

「我が名は『フカシのナツ』」

 

「はいっ? フカシのナツ?」

 

「そう。ナツさんは凄腕の暗殺者。『フカシ』はこの姿を見ることが出来ないほどのスピードを誇る「不可視」と私に狙われたら絶対死を免れない「不可死」、そしてトークでは盛りまくってフカシまくってるから「フカシ」」

 

「謝れ!「1〇年ニート」の坂東〇郎大先生に謝れ!」

 

俺は激怒した。ちなみに1の隣はゼロではなく伏せ時の〇になります、あしからず!

 

「ちょっと何言ってるのかわからない」

 

「嘘つけ!」

 

コイツ、絶対ラノベファンだろ!

まるっきり俺と同じ時代から転生して来ている可能性が高い。

とすると、いろいろ聞いてみたいのだが、俺の首を取ると言ってるこの忍者少女の能力が全く不明だ。俺と違ってチート能力を貰っているとすると、想像を絶する理不尽な攻撃があってもおかしくない。何としてもコミュニケーションを取って情報交換せねば。

 

「あり〇れ・・・最高だったなぁ。白〇良大先生の作品また読みたいなー」

 

「うふふ・・・ユ〇様サイコー・・・私も憧れる・・・」

 

「転〇ラ・・・最高だよなぁ。伏〇大先生の作品また読みたいぜー」

 

「うふふ・・・やっぱり転ス〇はシ〇ンが神・・・私も料理でビビらせる」

 

「いや、それダメなヤツじゃね?」

 

「八〇って、それは〇いでしょうも最高」

 

「ああ、Y.〇大先生の作品だな。実に読み応えのあるいい作品だ。俺だったら八男ってだけでもう心が折れているだろう」

 

「ふふふ・・・ヤーベは根性なしと見た。大魔力があっても使いきれないタイプ」

 

クスクスと笑う忍者少女。

 

「ほっとけ・・・って。おまえ絶対転生者じゃねーか! しかも俺と同じ日本でしかも同じ時代だろ!平成何年から転生してきた!」

 

そう言って忍者少女の両肩を掴んで揺する。

 

「ひょわわっ!?」

 

「北千住のラノベ大魔王を舐めるなよ! 悪役令嬢転生物だって網羅してるんだからな!」

 

「むうっ・・・ヤーベ・・・出来る!」

 

「どうしたんだヤーベ!大丈夫か!?」

「大丈夫ですか?」

「何を騒いでいるんだヤーベ殿」

「ヤーベ様一体どうされたのですか?」

 

見ればノックもせずに部屋に踏み込んできたイリーナ、サリーナ、フェンベルク卿、ルシーナちゃん。

そして俺は小柄な忍者少女の両肩を掴んで揺さぶっている的な。

 

「ヤヤヤ、ヤーベ・・・」

「まさか・・・」

「むうっ!幼気な少女を連れ込んで!」

「イケナイことを!?」

 

他の三人はともかく、ルシーナちゃんひどいよ。何がいけないことだっての。

 

「暗殺者は幼気な少女と言わないでしょ」

 

俺は溜息を吐きながら忍者少女を放す。警戒だけは怠れないがな。

 

「暗殺者!?」

 

イリーナが驚く。

 

「むうっ!?」

 

フェンベルク卿が腰に手をかけて剣が無い事に気づく。おいおい。

 

「とりあえず・・・ヤーベ、お命頂戴」

 

「だから、とりあえずで命を取るな! 暗殺、ダメ!絶対!」

 

「脱法ドラッグならOK?」

 

「いいわけねーだろ!」

 

「ヤーベは我儘・・・ならどうしたらいい?」

 

どうしたらいいって俺に聞くのかよ。

てか、このなっちゃん、若干というかだいぶおかしい。転生者とはいえ、こんな簡単に暗殺者として知らん人間を殺せるものか?

転生時の障害の可能性・・・? いや、暗殺者として生きてきて、途中で記憶が蘇った感じか?

 

「ナツは気づいたらこの世界に居たのか?」

 

「ううん。前世でだいぶ可哀そうに死んだからこの世界に転生してあげるって言われた」

 

「誰に?」

 

「神様」

 

いるんか!やっぱり!神様!俺の時には姿見せなかったくせに!

 

「ヤーベは神様に会ってない?」

 

「会ってねーよ!気づいたらこの世界だったんだよ!」

 

「カワイソー」

 

「絶対同情してないよね!?」

 

「うん」

 

コイツ、嫌いだ。

 

「で、神様に会ってどうしたのよ?」

 

「元気に生きて行きたいって言ったら、今の姿のままいろんな能力をくれた。チートウッハウハ」

 

「ぐおおおおおお!! ちくしょーーーーーー!! うらやましぃぃぃぃぃ!!」

 

俺は慟哭した。

 

「ヤーベ!どうした!何だ、敵の精神魔法か?」

「ヤーベ様しっかり、この気付け薬で正気に戻ってください!」

 

何か知らんが苦い物を無理矢理二人に飲まされる。

 

「ペッペッ」

 

「こら、ヤーベ、出してはいかん」

 

イリーナが俺の口を押える。扱いが酷い。

 

「ヤーベはチート貰ってない? 残念な人なんだ」

 

「ほっとけ!」

 

「そんなわけで、お命頂戴」

 

「意味不明!」

 

「ヤーベを殺させはしないぞ!」

 

そう言って俺をかばうように立つイリーナ。

気持ちは嬉しいが足がぷるぷるしてますよ?

 

「で、確か俺の首は賞金が掛かってるって言ってたよな?」

 

「そう・・・ヤーベの首でウッハウハ」

 

「いくらだ?」

 

「何と金貨百枚。ウッハウハ」

 

「そうか、ならこれでどうだ?」

 

そう言って亜空間圧縮収納から金貨百枚が入った袋を二つ取り出す。

 

ドシャリ!

 

「全部で金貨二百枚。俺の味方になってくれたら倍の金貨をやろうじゃないか」

 

「おおー、ヤーベは成功した商人? チートも無しに」

 

「だからほっとけ!」

 

チート無し無しってエグるなよな!心では泣いているんだぞ!

 

「とりあえず金貨二百枚はウッハウハ。だからヤーベの味方をする」

 

そう言って金貨の袋を担ぐ忍者少女。

 

「で、誰だ?俺の暗殺をお前に依頼したヤツは?」

 

「暗殺者集団『黒騎士ダークナイト』の首領カイザーゼル。私にヤーベの姿絵を見せて、この宿に泊まってるのも教えた。首を取ってくれば金貨百枚と交換だって」

 

物騒な話だね、やだやだ。

 

「それで? 失敗したらやばいのか? 他の暗殺者は?」

 

「私はどの組織にも属さない一匹狼・・・。たまたま酒場で話をした時に儲け話として聞いただけ」

 

「たまたまで人の命狙わないでくれます!?」

 

「だから、依頼として受けたわけじゃない。そんな話があるって聞いただけ」

 

それじゃ、成功すれば儲けもの、的な感じじゃないか。その割にこの宿の情報は掴んでいる・・・。

殺すのが目的じゃないのか、情報を探るためなのか。

 

「で、金貨二百枚で俺の味方になったなっちゃんはこれからどうするんだ?」

 

俺は「フカシのナツ」に聞いてみる。

 

「とりあえずヤーベの味方になったから、ヤーベは襲わない。後、王都でカワイイ部屋を借りて、綺麗な家具を買っておいしい物を食べる」

 

「金貨二百枚で悠々自適な生活送る気マンマンじゃねーか! 味方ならもっと働いてくれよ!」

 

「・・・ナツはフリーランスなので、特に情報を持ち合わせない」

 

「持ってないなら取って来て!」

 

「うーん、管轄外。それじゃ」

 

そう言って窓から飛び出て屋根伝いに走って行く。

 

「あ、逃げた」

 

味方って言ったくせに金貨二百枚持ち逃げしやがった。

・・・もう少しラノベの話、したかったな・・・

 




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第77話 厄介な魔物はローガ達に丸投げしよう

自分以外に転生者がいる。

この事実は俺にかなりの衝撃を与えた。

考えなかったわけではない。

だが、自分がスライムだったこともあり、あまりそのことに意識を向ける余裕も無かった。

この世界で自分以外に転生者がいると分かった以上、転生者が敵になればかなりの脅威となる。そして、なっちゃんが言っていたように、チート能力を得ている可能性が高いのだ。

 

そうなればもはやチートが羨ましいなどと言っている場合ではない。

チート能力を持った転生者との戦いを想定した対策を練らなければならないのだ。

 

「尤も、どれくらいいるのかにもよるけどな・・・」

 

独り言のように呟く。

転生者が「迷い人」のようなイメージで決して珍しくないレベルの存在であればチート能力の情報を得やすいだろう。だが、今まで立ち寄った町ではそのような情報は皆無だった。

それは「転生者」が相当稀な存在であるか、その存在がほとんど知られていないか、国の上層部が秘匿しているかであると思われる。

 

今のところ「ナツ」以外の転生者がいるかどうかはわからないし、「ナツ」にしても、何とかコミュニケーションを取る事によって戦闘は回避できた。その代わり「ナツ」のチート能力は把握できずじまいとなっている。

 

「ヤーベ、どうした? もうすぐ王家直轄領最初の町バリエッタに着くようだぞ」

 

頭の中で情報整理に追われていた俺をイリーナが現実に引き戻してくれる。

時間的には昼過ぎ、と言ったところだろう。バリエッタの町で一泊して明日の朝また王都に向けて出発することになる。

 

王家直轄領に入ったので、冒険者ギルドに顔を出してギルド証を提示しておく必要がある。領を移動したら冒険者ギルドでギルド証を出しておくように言われていたのだ。

タルバリ領ではすっかり忘れていたが。

 

王家直轄領のバリエッタの町でも貴族は専用の門から待たずに町へ入れる。

便利なものだが、往来が多いのか町への入門待ちが相当列を作っていた。

少し気が引けるな。

 

例によってこの町で一番良い宿を抑えてあるとのことで馬車は直接宿の前まで移動する。

コルーナ辺境伯家のみんなは宿でゆっくり休むようだが、俺は挨拶を済ませると冒険者ギルドへ出かけることにする。イリーナがついて来るが、例の如くサリーナは錬金術ギルドに出向くと言って別行動になった。

 

「ヒヨコ隊長、部下にいつも通りサリーナの護衛を、ローガ達は宿で待て」

 

『ははっ』

『ボス、ギルドは使役獣や馬車用の馬を休ませる厩舎があります。我々もぜひ同行させてください』

 

「だが、みんなで行くと目立って仕方がないし」

 

『では、我だけでもお供致しましょう』

 

『あ、キタネェ!』

『リーダーばっかり!』

『そうだそうだ』

 

次々わふわふと文句を言い出す狼牙達。

 

『やかましい!』

 

 

シンッ!

 

 

一瞬にして静まる狼牙達。四天王を含む。

 

『ささっ、ボス参りましょう!』

 

ニコニコしながら催促するローガ。

 

「いや、ここまでシュンとされたら連れて行かんわけにもいくまい。全員ついて来ていいから、きちんと並んで来いよ?」

 

『さすがボスだ!』

『よっ!大将カッコイイ!』

『一生ついて行くでやんす!』

 

次々ほめたたえる狼牙達。

 

『仕方のない奴らだ。ボスに恥をかかせない様に列を乱すなよ!きちんとついてこい』

 

『『『わふっ!』』』

 

そんなわけでまた俺とイリーナの後ろに狼牙達が61匹もついて来ることとなった。

 

 

 

「うおっ!? なんだあれ?」

「使役獣?」

「整然と並んでるって、ありえるのか?」

「あり得るから目の前を歩いているんだろうよ」

「すげー!」

 

完全に注目の的だ。

 

「お、良い匂いだ。ローガ食べるか?」

 

『わふっ!(ぜひ!)』

 

十件以上並んでいる屋台を次々覗いては買いまくった。

 

何せ山のように買っても六十一匹の狼牙達の食欲はハンパない。

次々に屋台で買った食べ物を食い尽くしていく。

 

「ヤーベ、ワイルド・ボアのスラ・スタイルだぞ!一緒に食べよう!」

 

俺様考案のスラ・スタイルが王家直轄領でも流行っているのか・・・。

マジで名前しくじったな。

 

「アースバードの唐揚げも追加しよう」

 

『イリーナ殿!我にもアースバードの唐揚げを!』

 

「ローガもアースバードの唐揚げ食べるのか? もっと注文するか」

 

・・・イリーナも普通にローガとコミュニケーションを取ってるな。まあいいけど。

 

その後三十分以上屋台の前で食べまくって多くの屋台を売り切れに追い込んだ。

 

 

 

カランカラン

 

冒険者ギルドの扉を開けると、一斉にこちらを見る人々。

白ローブとポンコツ女剣士は珍しいですかね?

 

受付カウンターでギルド証を提示する。

 

「これから王都へ向かうので一応王家直轄領内での登録を頼む」

 

「了解しました。登録させて頂きます。そちらの方もご提示ください」

 

美人受付嬢は淡々と業務を処理する。

 

「た、大変だ!北のバハーナ村でダークパイソンが出た!」

 

「な、何ですって!?」

 

ちょうど俺たちにギルド証を返した受付嬢はすぐに奥の部屋へ行った。ギルドマスターに連絡を入れに行ったのだろう。

 

「ダークパイソン・・・とんでもねぇ魔物が出たな・・・。下手すりゃバハーナ村は・・・」

「おいおい、不吉なこと言うなよ」

「だが、ダークパイソンなんて大物、この辺の冒険者パーティじゃ討伐できねーだろ、王都の騎士団でもなけりゃ」

「だから騎士団への討伐要請が出るんじゃないか?」

 

冒険者ギルドの中は騒然となっている。

それほどの敵なのか、ダークパイソンって。

 

俺は冒険者ギルドを出ると、ビシッとお座りしているローガ達の元へ行く。

 

「ローガ、ダークパイソンって手ごわい敵か?」

 

『ダークパイソンですか? 魔素を取り込み巨大化したヘビですな。大きく育つと二十メートルを超える個体も出るようですが、我らからすればよい栄養源ですな』

 

わふわふと笑いながら答えるローガ。頼もしいね。

 

「北のバハーナ村近くでダークパイソンが出たようだ。どれくらいの規模かわからんが、仕留めて来れるか?」

 

『容易い事です。出来れば例の回収用出張ボスを付けて頂けると助かります』

 

「任せておけ」

 

そう言ってローガの頭に手をかざす。

そして手のひらから触手を伸ばし、手のひらサイズのティアドロップ型スライムを作ると千切ってローガの頭に乗せる。

 

「亜空間圧縮収納機能付きの出張俺様ボディだ。獲物を狩ったら放り込んでおいてくれ」

 

『了解です! 出張ボスを預からせて頂きます』

 

「気を付けて行ってこい」

 

と言っても町から出るのは<調教師(テイマー)>たる俺が門までいかないといけないのか。ローガと共にとりあえず町の門まで向かう。

 

出張俺様ボディは、ローガ達が狩りに行くときに付ける俺の一部だ。千切った俺は自由に動いたりしないが、千切る前にスライム細胞に「亜空間圧縮収納起動」と命令しておけば、俺から切り離してもどんどん亜空間圧縮収納へ物を放り込むことが出来る。これでローガ達の狩りに俺自身がついて行かなくても亜空間圧縮収納に獲物を放り込めるため狩りの効率がすさまじく上がった。

 

『ボス、ダークパイソンを狩って参りましたら、ぜひともまた、ボスの手料理で「蒲焼」を食べたいのですが・・・』

 

チラッと横目で俺を見るローガ。

 

「ああ、いいぞ。たくさん作って腹いっぱい食べさせてやるさ」

 

『ありがたき幸せ! お前達気合を入れるぞ!』

 

『『『おおっ!』』』

 

「ヒヨコ隊長。部下を何名かつけてやってくれ」

 

『了解しました』

 

まあ、ローガ達に任せておけば大丈夫だろう。

ダークパイソンの蒲焼・・・おいしいといいけど。

 




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閑話8 ローガの大冒険 前編

俺の名はローガ。

敬愛するボスからつけて頂いた名だ。

 

俺は狼牙族のボスだったのだが、ヤーベ様にコテンパンにのされたので、俺はヤーベ様をボスと呼んで配下に付くことにした。

 

今から考えると狼牙族のリーダーである俺に「ローガ」と名付けて頂いたのは些か安直な気がしてきたのだが・・・、あまり敬愛するボスに文句を言う事は失礼だろう。

それにいつも「ローガ」と気さくに呼んで頂けるのだ。何の不満も無い。

これが「アレキサンダー」とか長かったりすると、気さくに呼びにくくなってしまう。

 

俺たちは今、ボスの指示に従い、バハーナ村近くに出たダークパイソンを狩るために高速移動中だ。ボスの配下になる前の俺たちならば、こんな速いスピードで移動できなかったし、すぐ疲れてしまったりしているだろう。それに、ダークパイソンは魔素を吸収して大型化する魔物だ。場合によっては俺たちでは勝てないほど巨大化している可能性もあったかも知れない。

だが、ボスの配下になった後、俺たちは非常に強くなっている。

異常ともいえる強さかもしれない。

ちなみに俺はコイツらの中でも一番強いけどな。

今の俺たちならダークパイソンなど、おいしい獲物だ。

 

人間の決めたランクでは俺たちはCランクに分類されるらしい。

ちなみに以前泉の畔から北の山奥へ狩りに出かけた時にマンティコアというのを仕留めた。

ライオンの体に尻尾が毒蛇という厄介なヤツだったが、結構あっさり仕留めることが出来た。人間の決めたランクではBランクらしい。一対一で仕留めたから、少なくともその時点でBランクを倒せるだけの力があったことになる。

ボスの配下になってからそんなに時間が経っていたわけではないのだが。

そのころに比べると、さらに俺たちの力は増しているのだ。

 

それに、増したのは戦闘力だけではない。

いろいろな物事の理解力も増している。

元々人間の言葉など聞いても理解できなかったのだが、最初ボスからは念話で会話して頂く事によってコミュニケーションを取る事が出来た。その後ボスが念話を使わなくても喋っておられる内容を理解する事が出来るようになった。そして今は人間たちの会話は基本的に全てわかるようになった。

もちろんこちらからの会話を理解してくれるのはボスだけだが。

 

俺の体は大けがした部分をボスの体の一部で補ってもらうことによって命をつなぎとめてもらった。だから、俺の体にはボスの一部が宿っていると思っている。それが俺にとてつもない進化をもたらしているのでは、と考えている。

ヒヨコ隊長も同じく大けがをボスの体の一部で補ってもらい生きながらえたと言う。

 

ヒヨコたちの戦闘力や情報収集力もかなり異常なレベルだろう。

 

やはりボスの体の一部を頂いた俺たちは特別であり、その配下達にも影響があるという事だろうか。

 

もしかしたらボスの近くにいるだけでも進化のパワーを得ているのかもしれない。

今やボスの嫁を公言するイリーナ嬢も初めて会った時はトンデモないポンコツだと思ったのだが、今はボスの左手を握り潰す勢いだ。ボスの痛がり様は尋常じゃない。いつの間にそんなパワーを身に着けたのだろうか。やはりボスのそばにいる恩恵と考えるのが妥当だろう。

 

四天王の三匹もそうだ。風牙、雷牙、氷牙、この三匹は魔法を使う事は出来なかった。そんな力を身に着けたのはボスの配下になってからだ。

ちなみに、俺は奴らの魔法をすべて使うことが出来る。

尤もそんな魔法使う必要もないし、そんな相手もいないだろうがな。

 

『ボス!もう少しで多分バハーナ村です』

『馬鹿野郎!誰がボスだ!リーダーと呼べ!』

 

俺たちのボスはヤーベ様以外にいない。俺は群れのボスではなく、今はリーダーだ。

 

『すいませんリーダー、村には入れませんよね?』

『ああ、ボスがいないと、俺たちは使役獣としての保護を受けられん。討伐に向かって来る可能性がある』

『では、ダークパイソンの居場所はどうやって調査します?』

『プロに任せる』

『プロ?』

『ヒヨコ達だ』

『なるほど』

 

今回は高速移動と言っても全力で移動してきたわけではない。ヒヨコたちの飛行速度に無理が無いよう合わせている。

 

『ダークパイソンの調査に出ます。見つけ次第連絡します』

『頼む。だが獲物はダークパイソンだけではない。俺たちも森に入る。ダークパイソンの情報は逐一伝えてくれ』

『了解!』

 

ヒヨコたちが森に散っていく。

 

『さ、俺たちも森に向かうぞ。狩る獲物は遠慮するな。出張ボスが亜空間圧縮収納で全て受け取って下さる』

『『『ははっ!』』』

 

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

 

「いない・・・」

 

私は嫌な予感がした。

大きなヘビが森で発見され、村長から森へ入るのを禁止されている。

だが、大事な娘二人がいない。

 

「ミカ・・・ミク・・・」

 

夫は三年前に森で魔物に襲われて帰らぬ人となった。それ以来、私はバハーナ村でいろいろな雑務をこなしてはお金を稼ぎ、娘二人を育てて来た。

 

今日は私の誕生日。

ちょうど一年前、森の泉近くまで娘二人と花を摘みに言った覚えがある。

 

「まさか、あの子達、去年の事を覚えていて、今度は自分たちだけで・・・」

 

私へのサプライズプレゼント。とても嬉しいのだが、今はあまりにタイミングが悪い。

森に巨大な魔物が潜んでいるのだ。

 

「探しに行かなきゃ・・・!」

 

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

 

「ミクちゃん、この花だったかなー?」

「きっとそうだよ、この花もキレイだよー」

「ミクちゃんお花いっぱいだねー」

「ミカちゃんもいっぱい摘んだねー」

 

二人の姉妹はとても嬉しそうに野花を摘んで花束にしていた。

去年お母さんと一緒に摘んだ花たち。

今年はお母さんの誕生日に私たちで摘んできた野花をプレゼントする。

二人の姉妹は大好きなお母さんに喜んで貰いたかったのだ。

 

「グルルルル・・・」

 

だが、そんな二人の姉妹の想いを引き裂くかのような唸り声が聞こえる。

 

森の奥から巨大なクマが現れた。その体調はゆうに3mを超えている。

 

「キャア!」

「わあっ!」

 

二人の姉妹は驚いて腰を抜かしてしまうが、花束だけはしっかりと手から離さずギュッと握りしめていた。

 

「ミカ!ミク!」

 

そこへ母親が二人の娘を見つけて走り寄ってくる。

 

「「ママッ!」」

 

母親が二人を庇うように覆い被さる。

だが、熊は怯むことなくゆっくりと近づいてくる。

 

「こ、このクマ・・・!」

 

赤毛の大きな熊は右目を怪我したのか、傷になって片目であった。

夫が殺された魔物の大きな熊。仲間の狩人を逃がすために殿を務め、一矢報いた右目の傷。間違いない、夫を殺して食べた赤毛の熊!

 

だが、自分には何の武器も無い。

夫の敵に自分も娘も殺されなくちゃならないの・・・!

そんな運命なんて!

 

母親は娘たちを抱きしめながら悔しくて泣いた。

 

「ガアアーーーー!!」

 

にっくきクマが咆哮を上げる。

 

「!!」

 

母親は一秒でも長く、強く、娘二人を抱きしめた。

 

だが、その時、

 

 

『やかましいっ!』

 

 

ドオオン!

 

すぐ近くで起こるすさまじい地響きと土煙。

 

土煙が納まると、巨大な赤毛熊の頭を地面にめり込ませている大きな狼がいた。

 

『フンッ! こんな弱そうな人間を襲うとは、実に根性なしの熊だな』

 

今まさに親子三人をその牙に掛けようとしていた赤毛の熊はローガの前足の一撃で地面に頭をめり込ませられた。

 

『ボス、こいつぁブラッディ・ベアの異常種じゃないですかい?』

『誰がボスだ!』

『あ、すいやせんリーダー。でもリーダーメッチャ強いっスよね。ブラッディ・ベアはキラー・グリスリーの上位種でBランク、その異常種となれば実質Aランクですぜ』

『はん、こんな弱虫熊モノの数ではないわ』

『リーダー、ハンパないっスね』

 

 

「な、何・・・?何なの?」

 

いつの間にか大きな狼たちに囲まれている。

その中でひと際大きな狼が、あの夫の敵だった赤毛熊を前足で踏みつけている。。

 

「ガアアーーー!!」

 

『おっ?』

 

ブラッディ・ベアがローガの前足を跳ね上げ、立ち上がり魔力を放出する。

 

「きゃう!」

「わあっ!」

 

その魔力風に二人の姉妹が叫び声をあげる。

 

だが、その魔力風がすぐに止んだ。

よく見ると母娘三人を守る様に大きな狼が立っていた。

 

『高々これっぽっちの魔力を放出して何を粋がっているんだかな』

 

コキコキと首を動かす大きな狼。

 

『もう少し下がっているといい』

 

振り返った大きな狼は前足をスイッと振る仕草をする。後ろへ下がれと言っているようだ。

 

「ミカ、ミク、こっちへ!」

 

何とか体を動かし少し離れる。

 

「ガアアーーー!」

 

巨大な赤毛熊が大きな狼に飛び掛かった。

大きな狼は右前足を後ろに大きく引いた。

 

『やはり単なる獣だな。さっきから同じ叫び声しか上げぬとは』

 

そう呟き溜息を吐く。

 

一閃牙(いっせんが)

 

 

ザンッ!

 

 

飛び掛かった赤毛熊の首が宙を舞う。

首を失った赤毛熊は血を吹き出しながら倒れた。

 

『フッ!誰にケンカを売ったか地獄で反省するといい』

 

 

 

 

 

「この熊が夫を・・・」

 

落ちた首を睨みつける。

そして、涙が止まらないまま、拳を握って首だけになった頭を殴る。

 

「「ママ?」」

「この熊さえいなければ!いなければあの人は・・・!」

 

『どうしたんですかね?この人間。リーダーが仕留めた熊の頭殴って』

『どうやらこの熊に自分の連れ合いを殺されたようだな。相当恨みがあるようだ』

『でも、ボスの命令で狩りに来ているんですし、獲物は持って帰るんですよね?』

『・・・いや、ボスの命令はダークパイソンの討伐だ。ブラッディ・ベアは含まれていない』

『じゃあ?』

 

 

 

ふと見ると大きな狼が真っ直ぐ私を見つめていた。

よく見れば狼に囲まれている。どう考えても夫の敵の熊が仕留められた事に喜んでいられる場合ではなかった。

 

「ああ・・・」

 

再び二人を抱きしめる。

なんとか、できれば、見逃して欲しい。

 

『女よ』

 

「!?」

 

狼が話しかけて来たような気がした。

 

『お前はその娘たちの母親なのだろう? 夫を殺された無念はわからぬでもないが、今はその二人の娘のために前を向いて生きて行かねばならぬのだろう? ならば過去の憎しみに捕らわれている場合ではあるまい』

 

「・・・・・・」

 

『まあ、けじめは必要だろう。この獲物は譲ってやろう。恨みともども食べ尽くしてやるがいい』

 

狼が何か言いながらニカッと笑った気がした。

私は夢を見ているのだろうか?それとも神の化身が狼になった姿でも見ているのか。

 

『お前達。その熊の頭と体、村まで引きずっていけ』

 

『『『ははっ!』』』

 

大きな狼が二人の娘の襟首を口に含んだ。

 

「な、何するの!」

 

思わず大きな声を出してしまった。

だが、大きな狼は首を回し、娘たちを自分の背中へ放り上げる。

 

「わ~!」

「ふさふさだぁ!」

 

二人の娘が大きな狼の背中で大喜びしている。

なんだ、この狼は娘たちに危害を加えるつもりはなく、背中に乗せてくれたのだ。

 

『お前も乗るがいい。村まで送ってやろう。通常ならば我の背中に乗れるのはボスだけなのだがな』

 

大きな狼が伏せのような恰好をしてくれる。目線で「特別だぞ!」と言っているように感じる。

 

「ママ!早く乗って!」

「狼さん、ふかふかなんだよー!」

 

ドキドキする。こんな大きな狼の背中に乗って大丈夫なのだろうか・・・。

良く見れば他の狼たちが赤毛熊の体を村の方へ引きずって行く。

頭も咥えて運んでいく。

まさか、村へ仕留めた獲物を運んでくれると言うの?

 

「狼さん、あの赤毛の熊、村に運んでくれるの?」

 

『うむ、お前の夫の敵なのだろう? 肉は食べて、毛皮は鞣して住居に敷いてしまえ』

 

大きな狼がわふわふと何かを言いながら笑う。

 

「私に吹っ切れって言ってくれるの・・・?」

 

その首に手を当ててみる。フカフカの毛。ふと気が付く。この狼さん、首輪をしている。

誰かの使役獣なんだ。

だからこんなに頭が良いのか・・・。

 

「ありがとう、狼さん。いつか、あなたのご主人様にもお礼を言わせてね?」

 

私は大きな狼さんの背中に乗る。

大きな狼さんはゆっくり村へと歩き出した。

 

「わ~、高~い!」

「気持ちいい~」

「よかったわね、ミカ、ミク。後で大きな狼さんにたくさんありがとうってお礼を言おうね」

 

「「うんっ!」」

 

『はっはっは、お礼など不要よ。大したことはしておらん』

 

わふわふと笑っているような狼さん。

 

夫の敵の熊に私も大事な娘たちも殺される直前だった。

それを救ってくれた、大きな大きな優しい狼さん。

夫の敵を討ってくれた狼さん。

その獲物をくれるっぽい狼さん。

疲れた私たちを村まで運んでくれる狼さん。

なんて、ステキなんだろう。こんな奇跡、本当にあるんだ。

 

「ママ、お誕生日おめでとう!」

「一生懸命二人で摘んだんだよ!」

 

二人の姉妹がそれぞれの花を母親にプレゼントする。

 

「ミカ!ミク!」

 

本当は厳しく叱るつもりだった。

内緒で村を出るなんて許せることじゃないと思っていた。

でも、叱れなかった。狼さんに貰ったたくさんの奇跡と優しさは、この娘達にも分けてやらないといけないと思ったのだ。

 

「二人ともありがとう。とても、とても綺麗よ・・・」

 

二人に貰った花束を握りしめ、止まらない涙を拭う事も忘れ、二人を抱きしめた。

 

『家族は仲良くあるのが一番よ』

 

大きな優しい狼さんはわふわふと笑っていた。

 




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閑話9 ローガの大冒険 中編

 

仕留めた赤毛熊の獲物を村まで引きずって行かせる。

 

「わ~、高いね~」

「うん、すごいねー!」

 

二人の娘たちはゆっくり村へ向かって歩いているローガの背の上ではしゃいでいた。

 

「二人とも、油断して落っこちないようにね」

 

二人を後ろから抱きしめる様に母親もローガの背に揺られていた。

 

「それにしても・・・このまま村へ行ったら驚かれるかしら?」

 

母親はまた別の心配をするのであった。

 

 

 

「何っ! ローナが村の外へ子供を探しに出て行った!?」

 

村の自警団長ロドリゴは槍を持ったまま村の住人が話していた内容を聞き返した。

 

「まずいよ!北の森の方へ行ったら・・・」

 

若いトニーがローナの心配をする。

明らかにトニーは未亡人のローナに惚れていた。

ロドリゴはトニーに落ち着かせるように言う。

 

「わかってる。自警団の奴らに村の北門辺りに集まる様に言え」

 

「わかった!」

 

トニーは元気に走って行く。

若いってやつはいいねぇ、と思いながらも、ロドリゴは最悪の状況にならなければいいが、と考えていた。

 

約二十人近くの自警団員が村の北門に集まっていた。

一応ながらも柵があるため、北門と呼ばれているが、柵が切れているから出入りできるので門と呼ばれているだけで、実際に敵の襲撃を防御出来るような門自体があるわけではない。

 

「見ろ!トンデモないバケモノみたいな狼がゆっくりこっちへ歩いて来るぞ!」

「なんだと!」

「それ以外にも五~六匹くらいデカイ狼がいるようだ!」

「信じられねぇ、あんな図体の狼初めて見るぜ!」

 

ローガ達が村へ近づいているのを見つけた自警団員達が口々に喋る。

 

「弓だ!弓を用意しろ!」

 

狩人で生計を立てている者も多い。

何人かは弓を準備し始める。

 

「待った!一番デカイ狼の背中にローナさんが乗ってる!」

 

若いトニーが叫ぶ。

 

「はあ?馬鹿言ってんじゃ・・・」

 

トニーが焦り過ぎてとち狂ったのかと思ったロドリゴだったが、よく見ると本当にローナが狼の背中に乗っていた。二人の娘たちも一緒のようだ。

 

「おーい、みんなー!この子達は大丈夫!味方だよー!すごく頭がいいの!」

 

ローナが狼たちを「この子達」などと呼ぶ。

とても「この子」などという可愛げのあるようなサイズではない。

間違いなく牙を剥けば村が瞬時に壊滅に追いやられるほどの災害級の魔物であるとロドリゴのカンが告げていた。

だが、実際にローナは狼の背中に乗せられて村へ帰って来た。

よく見れば赤毛熊の死体を狼たちが運んでいるようだ。

あの赤毛熊は間違いなくローナの旦那を含め、何人もの村人を襲って殺してきた憎き村の敵の熊であった。

 

「あ、あの赤毛熊を仕留めたってのか!」

 

ロドリゴは戦慄した。

狼たちはそれほどの強者であるという事に他ならないからだ。

 

もう村のすぐそばまで来ている。

改めてその巨体が浮き彫りになる。

見れば見るほど精悍ですさまじい力を持った狼だ。

だが、凶暴で恐ろしい魔物、という印象は無かった。

ローナと娘二人を背に乗せ、ゆっくりと歩いてくる様はある意味優しさすら感じられた。

 

「どうしたんだ、ローナ」

 

「森の泉に娘たちがこっそり向かってしまって・・・。慌てて連れ戻しに行ったのだけど、そこへこの赤毛熊に出くわしたの。絶体絶命でもうダメだって思った時に、この大きくて優しい狼さんが助けに来てくれて・・・。それはもうあっさりとあのにっくき赤毛熊の首をスパーンッて落としてくれたんだから!」

 

ローガから降りてその首をぽんぽんと撫でながら、我が事の様に自慢して話すローナ。

 

「あの赤毛熊を一撃・・・マジか」

「すげー、でけー!」

「うわっ!ホントだ!赤毛熊の首が無い」

「でえっ!こっちの狼が首咥えてた!」

 

赤毛熊の死体を村の入口まで運んできた狼たちは、獲物を放すとローガの後ろへ控える様に歩いて行く。

 

「狼さん。この赤毛熊・・・本当に私たちの村で貰ってもいいの?」

 

「わふっ(うむ)」

 

そう言って首を縦に振るローガ。

 

「・・・ありがとう。夫の敵を討ってくれて」

 

そう言ってローナはローガの首に抱きついて顔を埋める。

 

「助けてくれてありがとう!」

「ママを守ってくれてありがとう!」

 

まだローガの背中から降りていない二人の娘も、母親がお礼を言いながらローガの首に抱きついたのを見て、自分たちや母親を熊から守ってくれたのを思い出したのか、お礼を言いながら背中に抱きついて全身でモフモフする。

 

『わっはっは、なに、大したことはしておらん。気にせずともよい』

 

わふわふと笑いながら応じる大きな優しい狼さんに母子三人は心の底から感謝した。

 

「ローナ、とにかく無事で何よりだ。だが、まだ森は安全ではない。巨大なヘビがいると言う情報はバリエッタの町にもうそろそろ届いているはずだ。討伐隊が来るまでは森に近づかないようにな」

 

「ええ、心配かけてゴメンなさいね。いい、二人とも。もう絶対にお母さんに内緒で森に入っちゃダメだからね! 今回は優しい狼さんが助けてくれたけど、いつも狼さんが助けてくれるわけじゃないんだからね」

 

「「はーい!」」

 

元気よく返事をする二人に、苦笑するローナ。

 

「で、ローナ。この狼達はいったい・・・?」

 

「わからないの。本当に絶体絶命のタイミングで助けに来てくれたのだけど・・・。あ、でも首輪をしているわ。確か夫が前に狩人仲間に<調教師(テイマー)>という職業の人がいて、魔物を使役する事が出来るから、獲物を見つけやすくなって羨ましいって話していたのを思えているの。たぶんこの子達は使役獣なんじゃないかと思うんだけど・・・。村にどなたか<調教師(テイマー)>の人来ていないかしら」

 

「いや、こんな時だから、村に来る人間はチェックしているけど、行商人くらいだぞ?」

 

「そう・・・」

 

『我がボスはバリエッタの町でのんびりされているはずでな。ここには来ておらんぞ』

 

わふわふ何か言っている狼さんを見ると、ローナは何となく言いたいことが分かる気がしてきた。

 

「あら・・・ご主人様はこの村に来ていないのね?」

 

「わふっ(うむ)」

 

首を縦に振る大きな狼。

 

「・・・信じられん。人間の言葉を理解しているのか」

 

「ええ、そうみたい。本当に賢いのね、あなたたちは」

 

そう言ってローガの首を撫でてやるローナ。

 

「さあ、あなたたちもいい加減降りなさい。お家に帰るわよ」

 

「「えー!」」

 

明らかに不満な返事をする二人にローナは苦笑するが、

 

「いい加減にしないと、夜ご飯抜きにしますからね?」

 

「「はい!降ります!」」

 

二人綺麗にハモッて返事をする。

 

ローガはわふわふと笑いながら目一杯地面に伏せてやり、子供たちが降りやすいようにしてやる。

 

「ありがとう、優しい狼さん」

 

娘二人を地面に降ろしてから再度、ローガに向き直ってお礼を伝えるローナ。

 

『お礼など、不要だ』

 

そう言って首を横に振るローガ。

 

「ふふっ」

 

お礼を言っている事が伝わって、その上で気にするなと言われていると思うと、ローナは自然と笑顔になる。

 

 

 

その時だった。

 

「キャ――――!!」

 

同じ北の森でも、西寄りの方角から女が走り出してきた。

よく見ればそれは薬草取りのアナルダであった。

 

「だ――――! 本当に森は立ち入り禁止って連絡、伝わってんだろうな!」

 

ロドリゴは苛立ちながら槍を構える。

だが、アナルダのすぐ後ろからはとんでもない数のゴブリンが湧き出て来ていたのだった。

 

「な、何だと!」

「やばいっ!何て数だ!」

「アナルダが危ない!」

 

アナルダの位置までかなり距離がある。

だがゴブリン達はアナルダのすぐ後ろまで迫っていた。

しかもその数、優に百匹は下らない。

 

「アナルダ!」

 

ローナもアナルダとは顔なじみだ。子供たちがはしゃいで転んで擦り傷を作った時などは、簡単な薬草をくれたりもしていた。

 

 

『むうっ!ここからでは距離が遠すぎる!』

 

ギリッと歯ぎしりをするローガ。

だが、その頭に天啓の様に技が閃く。

 

『ウォンッッッ!!』

 

咆哮一閃!

 

凄まじい衝撃波がアナルダをかすめて後ろのゴブリン達を飲み込み、吹き飛ばす。直撃を打受けなかった後続のゴブリン達も足が完全に止まる。

 

『ふむ・・・<竜咆哮(ドラゴニック・ロア)>・・・なかなか強力な技だ。我は竜ではないのだが、何故か頭に浮かんで使用する事が出来た。これもボスの恩恵か』

 

都合の良い事はなんでもボスのおかげにするローガだった。

 

「す、すごい・・・」

 

ローナは大きな狼さんが吠えた一撃でゴブリン達が完全に足止めされたことに驚いていた。

 

「アナルダ! 今のうちに逃げるのよ!」

 

だか、アナルダは腰を抜かしてしまったのかその場でヘタり込んで動けない。

 

「ワオ――――ン!!」

 

今度はいきなり遠吠えをするローガ。

 

「ど、どうしたの?狼さん」

 

ローガを見るローナだったが、次の瞬間、ローナを含めた村人たちは驚愕する。

 

北の森から、大きな狼さんよりも一回りくらい小さい、多分部下の狼達が大挙して出て来たのだ。中には獲物を咥えている者もたくさんいた。

 

『お呼びですかい?リーダー』

 

集まった狼たちの中では大き目の狼が代表して口を開いたようだ。その狼は他の狼とちょっと違った毛並みで左目を怪我して片目の様だった。

 

『緊急事態だ。村を襲うゴブリンの集団が出た。今狩った獲物は出張用ボスに全て収納いただき、迅速に村の周りの魔物を殲滅する。まずはあの雑魚たちだ。行け!』

 

『『『ははっ!』』』

 

獲物を持っていた連中はローガの頭からそっと降ろされた出張用ボスにお辞儀をしてからどんどん獲物を収納して行く。

 

「な、なんだと!」

「狩りの獲物が消えてる!」

「こいつぁ・・・収納魔法、いや、魔道具なのか?」

 

大量の魔物が目の前で消えて行く光景を見て驚きを隠せない村人たち。

 

「狼さん、やっぱりご主人様の命令で魔物を狩りに来ていたんだね。でも、いいの?赤毛の熊はきっと大物だよ?ご主人様に怒られない?」

 

狩った魔物を次々集めて消していく不思議な光景を見て、少なくとも狼達を使役しているご主人の命令でここへ来てるのだろうと悟るローナ。赤毛熊をローナに譲ってくれた優しい狼さんがご主人に怒られないか心配だったのだ。

 

『はっはっは、何も心配することは無い。我がボスはそんな心の狭い方ではない』

 

そう言って大きな前足でローナの頭をポンポンした。

 

「ふわっ!?」

 

あまりの柔らかさに驚くローナ。

 

「こら、狼!気安いぞ!」

 

何故か狼に文句を言うトニー。

ロドリゴは仕方のない奴だと溜息を吐く。

 

「それより、アナルダを助けに行くぞ!俺について・・・」

 

そう言おうとしたロドリゴを狼の前足が制する。

 

「ん?」

 

そして見た。獲物を渡した狼たちがすさまじい速度でゴブリンに肉薄して行くのを。

 

『はっは!この風牙、ゴブリン狩りはお手の物よ!わが身に纏いし風よ!切り裂け!<真空烈波(エアブラスト)>!』

『ゴブリン狩りならこの雷牙も忘れてもらっては困るな!<雷撃闘波(オーラサンダー)>!』

『四天王がゴブリン狩りを自慢しているのもどうかと思うが・・・、まあよい、どのみち殲滅する事には変わりない。この氷牙も一撃見舞うとするか! 大気に集う零下の子らよ、氷雪に舞え!<凍結細氷(ダイヤモンドダスト)>!』

 

一瞬にして葬り去られるゴブリンの群れ。

 

「し・・・信じられねぇ! 狼が魔法を操っただと!?」

 

ロドリゴは自分の目で見た光景をすぐには信じられなかった。

この目の前の大きな狼はロドリゴが救援に向かうのを手で制した。

つまり、自分の部下に任せれば事足りると最初から分かっていたという事だった。

 

「と・・・とんでもねぇ。何かとんでもねぇ助っ人が来ている気がするぜ・・・」

 

変な冷汗が止まらなくなる。だが、ロドリゴはそれでもこの狼たちが助けてくれなかったらこの村の自警団員達だけでは到底村を守り切れなかった事は明白だと分かっていた。

 

『・・・この雑魚の群れ・・・。間違いなく追い立てられているな。来るか・・・』

 

大きな優しい狼さんの目が細くなり、表情が少し険しくなった気がした。

 

「まさか・・・、まだ魔物が?」

 

ローナは心配になり、大きな優しい狼さんに話しかける。

ちらりとローナを見下ろす大きな狼。

 

「シャギャ―――――――!」

 

『やはり出たか』

 

森の木々をバキバキとなぎ倒し、その巨体は現れる。

優に二十メートルはある巨大な黒い蛇、ダークパイソンだった。

しかもそれより小さめの個体ではあるものの、ダークパイソンは一匹ではなかった。小ぶりな個体を含めれば、視認できるだけでも十匹以上いたのだ。

 

「バ!バカな!」

「あんなバケモノが十匹以上!」

「終わりだ!もうこの村は終わりだー!」

 

パニックを起こす自警団員達。

ローガはやっと自分の敵が出て来たと向き直る。

 

「狼さん、行っちゃうの?」

「狼さん、大丈夫?」

 

かわいい二人の姉妹が大きな優しい狼さんを心配してくれたようだ。

 

『何の心配もいらんよ。ゆっくり待っているがいい。お前たちが安心して森で遊べるように、少し掃除をしておくとするか』

 

ローガは二人の姉妹の頭を前足でポンポンする。

 

「にへー」

「むふー」

 

ポンポンが心地よかったのか、二人の姉妹はニコニコ顔になった。

 

『さて、森の大掃除と行くか!』

 

ローガは巨大なダークパイソン目掛けて駆け出した。

 




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閑話10 ローガの大冒険 後編

 

『ガルボ、あの少女を救出せよ』

 

『アイアイサー』

 

高速移動ですぐにアナルダの横まで移動したガルボ。

アナルダの首根っこを軽く咥えてひょいっと背中に乗せる。

そのまま戦闘エリアを離脱して村まで戻ってくる。

 

『そのまま村の入口で万一に備えて村を守れ』

 

すでに一番巨大なダークパイソンに向かって駆け出したローガがガルボに伝える。

 

『あ、リーダーきたねぇ!自分だけ!』

 

『はっはっは、たまには戦闘せねば体が鈍るのでな』

 

ガルボの怨嗟の声を置き去りにして、敵の前に躍り出るため、駆けるローガ。

第一陣のゴブリン達は四天王の風牙、雷牙、氷牙達に殲滅されているが、さらに森からはゴブリンやオークがダークパイソンに追われて出て来ていた。

 

『まとめて始末するか・・・引き裂け!大気に宿る真空の刃!<真空断頭刃(スライズン)>』

 

ゾバァァァァァ!!

 

無数の真空の刃が乱れ飛び、次々に両断されていく魔物たち。

 

『雑魚に用はないわ!』

 

『リーダー!雑魚の露払いは我々にお任せください!』

 

風牙が声を掛けてくる。

 

『うむ、任せる』

 

そしてローガは二十メートルを超える巨大化したダークパイソンの前に立ちはだかる。

 

『さあ、我らがボスがお前の首をご所望だ。悪いが仕留めさせてもらおうか』

 

不敵に笑いながら首を回すローガ。

 

「キシャ――――!!」

 

ダークパイソンが鎌首を持ち上げ口を大きく開く。

 

「<闇息吹(ダークブレス)>だ!散開!」

 

部下を散らせるローガ!

そして自分は正面に立つ。

ダークパイソンの口から黒い魔素の塊のようなガスが放たれる!

 

『<風壁牙(ふうへきが)>!』

 

ローガの口から放つ風の盾がダークパイソンの<闇息吹(ダークブレス)>を打ち散らす!

 

「キシャ――――!!」

 

ダークパイソンは必殺のブレスが効果を上げなかったのが気に障ったのか体をくねらせて暴れ出す。

 

『みっともなく暴れおって・・・』

 

無秩序に暴れ出すダークパイソンにイラつくローガ。

 

『<双閃牙(そうせんが)>!!』

 

前足を体の前でクロスさせる様に横振りする。

 

シュパァァァッ!

 

クロスする真空の刃が一撃でダークパイソンの首を落とす。

 

ドダーン!

 

その巨体が首を落とされてなお、のたうち回り暴れていた。

 

「首を落とされてもしばらく動くか、何とめんどくさい事よ」

 

ローガは心底嫌がった。

 

 

 

 

 

『あーあ、あっさり一番デカイダークパイソンの首を落っことしたでやんす・・・』

 

アナルダを背に乗せ、救出して村の入口まで戻って来たガルボは、まさかの村を守る留守番に任命されてしまった。

 

『トホホ・・・この前の<迷宮氾濫(スタンピード)>でもリーダーとおいらは殿で守りについたでやんすからね・・・。もしかして、戦闘で活躍してないの、おいらだけでやんすかねぇ』

 

アナルダを連れ帰った後、お座りしながらしょんぼりしているガルボを、アナルダが首を擦りながら、ありがとうと呟いてくる。

 

「助けてくれてありがとう。でも君の仲間は魔物を狩りに出ちゃってるね。もしかして私のために留守番になっちゃったのかな?」

 

ガルボの首を撫でながらアナルダは語り掛ける。

 

『いいんでやんすよ、どうせ誰かは村の入口を守らないといけないわけでやんすし。他から突然魔物が出て来ないとも限らないでやんすからね』

 

ガルボはアナルダに殿の大事さを何故か伝えていた。

 

『他のダークパイソンも仕留めますよ! この風牙の一撃、受けられるか!<風刃斬撃(エアロスライダー)>!』

『この雷牙も仕留めて見せよう!<電雷帯弾(サンダーシュート)>!』

『ならば、この氷牙も結果を見せねばなるまい。<氷の吹雪(アイスブリザード)>!』

 

次々と四天王の三頭に狩られていく魔物達。

 

『風牙よ、出張ボスを預ける。倒した魔物を回収せよ』

 

『ははっ!』

 

だが、ローガは少し考える。

このバハーナの村はボスがいた町に救援依頼を出していたはずだ。

その情報を手に入れたボスが俺たちを先行させて対処させた。

ということは、ダークパイソンの死体を全て持ち帰ってしまうと、ダークパイソンが居たと言う証拠が無くなってしまい、最悪バハーナの村が虚言の報告をしたと勘ぐられてしまうかもしれない。そう言う意味では小ぶりのダークパイソンを残してもサイズの報告に虚偽は合ったと思われてしまうかもしれない。そうすれば、今後危機的状況を報告しても、その危険度をちゃんと認識してもらえない可能性だってある。

 

『ふーむ』

 

『どうされました?リーダー』

 

『ん、雷牙か。いや実はな、ボスにダークパイソンを狩る様に言われて来たわけだが、この村は別の町にダークパイソンの討伐依頼を出しているからな。ここで俺たちがダークパイソンを持って行ってしまうと、この村が嘘の依頼や報告を出したことになってしまうかと思ってな』

 

『なるほど、それでは首だけを置いて行ってやればいかがでしょうか?』

 

『ふむ、それは俺も考えた。胴体は我らがボスに献上してぜひとも蒲焼を食べたいところではあるのだが。ただ、首だけ置いてもその長さは推定できるものだろうか?』

 

『正確には難しいかもしれませんが、大体は推測できるのでは?』

 

『うむ・・・』

 

だが、ローガは今一つスッキリしない感じだった。

 

『どうしたのです?』

 

『氷牙か。実はな・・・』

 

 

 

『ははあ・・・なるほど。それでは我々の取り分は減りますが、一番大きい個体を残して行けばいいかと』

 

『おいおい氷牙、それではボスのダークパイソン討伐指示をどうやって報告するのだ。二十メートル級の一番の獲物が無いのでは・・・』

 

『雷牙よ、ボスの指示はダークパイソンを討伐して村を救え、という事だったと理解している。その時リーダーが蒲焼のおねだりをしているわけだが、それが二十メートル級の一番の獲物でなくてもいいわけだ。我々は食べられればいいのだからな』

 

『なるほど、量が減っても仕方ないと割り切るわけだな。村を救ったことでボスの依頼はクリアしているわけか』

 

『ええ』

 

『よしわかった、雷牙、氷牙、風牙が獲物を回収したら、村に一番巨大な二十メートル級のダークパイソンを置いて行こう』

 

『『了解です』』

 

 

 

『というわけで、この一番巨大なダークパイソンの獲物は置いていくぞ』

 

村の入口に二十メートルを超えるダークパイソンの首と胴体を引きずって来る。

 

「狼さん、これはさすがにもらえないよ・・・」

 

ローナはダークパイソンたちを討伐しているのを見ていたのだが、まさか一番巨大な獲物を村に持ってくるとは思わなかった。

 

「これはありがたいの!解体してお金にすれば村はだいぶ潤うのぅ!」

 

魔物が討伐されて安全になったと聞いてやっと皆の前に村長が出て来た。

 

「村長!これは彼らが命を懸けて狩りを行ってくれた結果であり、そのおかげで村は誰も犠牲者が出なかったんですよ!」

 

「そうだなぁ、こればっかりはその通りだな。その狼たちがいなかったらこの村は一人残らずダークパイソンに喰われていただろうよ」

 

「だが、狼達のおかげで助かったわけじゃろ? それにその狼たちのご主人様とやらもおらん。ならば狼たちがくれるというものを遠慮する理由は無いわい!」

 

村長は強硬にダークパイソンを村で手に入れようとしている。

無理もない。これほど大きなダークパイソンは一体いくらの金額が付くかわからないのだ。

 

「村長」

 

「なんじゃ!ランデル」

 

なかなか村長に賛成する村人が出て来ないため、村長が苛立つ。

 

「こいつはこの村では金に換えられねーよ」

 

「な、何じゃと!?」

 

「これほど希少な魔物だ。買取はデカイ町じゃないと対応できないだろうよ。それにこの巨体だ。解体するにも時間や人員が膨大にかかる。この村の人間たちじゃ解体が間に合わず胴体の肉は腐り始めるだろう。そうすればその肉を狙った魔物が村に押し寄せて来るかもしれない」

 

「そ、そんな・・・なんとかならんのか!」

 

「なんともなりませんよ、人も技術もないんですから」

 

「く・・・」

 

がっくりと肩を落とす村長。

 

「そう言うわけで、この大きなヘビさんは狼さんが持って行って。ね?」

 

村人たちのやり取りを聞いていたローガは「わふっ」と返事をして首を縦に振ると出張ボスに亜空間圧縮収納に閉まってもらう。

 

『ならば一旦預かるとしよう。楽しみにまっておれ』

 

パチンとウインクしてニヤリとするローガを見てローナと二人の娘はびっくりする。

 

そしてローガはローナと二人の姉妹の頭を前足でポンポンする。

 

「ふわっ」

「にへー」

「むふー」

 

そして踵を返すと狼の群れは疾風怒濤の勢いで村から離脱して行く。

 

「行っちゃったね」

「うん、残念」

「また、会いたい」

「そうだね、いい子にしてたら、また遊びに来てくれるかもね!」

「「うん!」」

 

 

その後、村にはダークパイソンの肉で出来た加工肉と長期保存が出来る干し肉が大量に届いた。そして、母娘三人に何故か一生安心して暮らして行けるだけの金貨が届けられたのだった。

 




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第78話 王都までの行程中に準備する内容を吟味しよう

朝、バリエッタを出てコルーナ辺境伯家の馬車で王都を目指す。

昨日指示を出したローガ達はダークパイソンの討伐に成功して戻って来ていた。

尤も夜の間はバリエッタの町に入れないので、出発予定の東門近くに待機してもらっていたのだが。

 

ヒヨコの報告により、バハーナ村でのローガ達の奮闘ぶりを確認できた。

ローナという夫を亡くして、娘二人を一生懸命育てている家族を助けてやりたいとのことで、巨大ダークパイソンを朝一で冒険者ギルドに持ち込み、買い取り依頼を出して来た。

 

ちなみにダークパイソン以外にも、ローガ達が出張ボスと呼んでいる俺様の分離ボディで亜空間圧縮収納に様々な狩りの獲物を受け取っているのだ。それらもいくつかチョイスして一日で処理できる分だけ買い取ってもらった。

 

バリエッタの冒険者ギルドではバハーナ村のダークパイソン討伐依頼を処理中だったので、それをキャンセルしてもらい(受注したということで討伐報奨金とギルドの貢献ポイントを追加するとのことだったが、もちろん辞退した)牙や頭部、皮などは非常にいい金になった。肉は全て保存の利く加工品と長期保存が可能な干し肉にしてもらい、それら全てをローガとその部下たち十頭に括りつけて持たせた。

干し肉は時間がかかるのかと思ったが、加工品にしろ、干し肉にしろ、便利な魔法があるようで、数時間で完了するとのことだったので、特急料金で朝までに仕上げてもらったのだ。

 

ローガ曰く、バハーナ村の村長は人間的にあまり信用が置けないとのことで、自警団長のロドリゴとローナ宛に手紙を書いた。ローナには二人の娘と一生安定して暮らせるだけの金貨を分けて、加工品と干し肉もある程度分けた。その残り全てをロドリゴ宛に送る。手紙には()()()()()()()()()()()ローナ一家にお礼を包んでいるので、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()村のみんなで分けて欲しいと書いた。ああいう手合いは名前を出しておかないとヘソを曲げたり、自分の都合で勝手な事をしかねないから、ちゃんと名前を出して「長」としての立場を尊重してやらないとな。でも直接渡すと懐に入れられかねないから、ロドリゴに目録付きで手渡すことにしたのだ。

 

ヒヨコ隊長にも部下を厳選して何匹かローガ達と一緒にバハーナ村へ行ってもらった。

手紙をヒヨコたちに持って行ってもらうためだ。ハバーナ村に行っていたヒヨコなら、ローナやロドリゴの顔を覚えているだろう。

 

ちゃんとローガの主、ヤーベよりという事で俺の名前で手紙を書いておいた。

何でもローナという人物はローガが使役獣であることに気がついたという。

なかなか見る目がある人物のようだ。

大体、俺が名前を出さないと狼が手紙を書いていることになってしまうしな。

 

 

 

 

 

さて、ローガ達はローガを含め十一頭がバハーナ村へ向かっているため、現在は五十頭が馬車の後ろからついて来ている。ローガの他、風牙、雷牙、氷牙の三頭もローガについて行っているため、ガルボが俺の随員(狼)グループのトップを預かっている。

ヒヨコたちもバハーナ村組、王都調査組、そしてこの馬車周り警戒組に分かれて対応している。そのうち三分の二は王都に派遣している。

 

・・・ヒヨコから出ている大量の救助要請をどうするかはさて置くとして、新しい情報も欲しい。特に俺が王都に呼ばれていることに対する反応がどうかといった情報が欲しい。

王が気まぐれに呼んでいるだけなのか、それとももっと裏に何かあるのか、俺に対する肯定派と否定派はどんな感じなのか。

・・・エゴサーチじゃないよ?呼ばれている理由を知るのは大事な事なんだからね?自分の評価を気にしているわけじゃないから。大事な事だから二度言おう。

 

・・・そういや、変な連中もいそうなんだよな。

悪魔王ガルアードの復活を企んでいた連中、何か適当にひと暴れさせて破壊する事だけが目的みたいな感じで、かなり厄介だ。

 

俺は頭の中で情報整理を行う。

 

王都への道程は、このまま一日移動で街道にある村に到着、一泊してさらに移動、三つの村を過ぎると王都を結ぶ街道の中では最大の町バーレールがある。できればこの町でいろいろと普段手に入らない物を買いたいものだ。溜まりに溜まった狩りの魔物を現金化する事も進めねば。

 

バーレールの町を過ぎれば二つの村を経て、王都バーロンへと到着する。

大体、王家直轄領に入って一週間の行程だ。

 

この一週間は非常に大事だ。

多分、王都についてからも王への謁見は時間調整があるはずだ。早くても三日、遅ければ一週間以上王都で滞在する必要があるだろう。

 

だが、王都に敵が多い場合はゆっくりとイリーナの実家に挨拶に行っている場合ではないかもしれない。対策に追われる可能性だってあるのだ。

逆に敵勢力が少ない、もしくは俺の王都訪問が大して話題になっていない場合は非常にラッキーだ。ヒヨコたちの救援依頼をこなしながら王都の店を回って買い物、冒険者ギルドで王都では珍しい魔物を買い取ってもらえばいい金になるはずだ。イリーナの実家に挨拶も行けるだろう。予定ではバーレールに到着した夜、王都の情報をヒヨコ隊長から最後の情報報告を受ける予定だ。

 

「その内容をじっくり吟味する必要があるな・・・」

 

「どうした?ヤーベ」

 

「ん? ああ、王都まで約一週間の行程だからね。その間に準備する事を考えているのさ」

 

「準備・・・?」

 

「うん、(王様への)挨拶の言葉とか、(謁見の時の)服装とかも気を使わないといけないだろうしね。イリーナにも頑張って(王様に)挨拶してもらわないとね」

 

俺は何気なく回答したのだが。

 

「ふえっ!? (自分の両親への)挨拶の言葉・・・(自宅訪問時の)服装・・・、ウン、気を使ってくれてうれしいら。私も(自分の両親への挨拶というか説得)がんばりゅ」

 

顔を真っ赤にしてイリーナが呟いている。どうかしたのかな?

 

こうして若干?のズレを生じながら一行は王都へ向かって旅を続けた。

 





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第79話 ヒヨコたちの情報を聞こう(PARTⅢ)

王都バーロンに最も近い商業都市。それがこのバーレールの町だ。タルバリ伯爵領からの街道の他、北にはクロテラ子爵領へ続く街道が、南にはシプル伯爵領へ続く街道があり、王都バーロンから西側へ出る際の交通の要所にある町でもある。

 

極めて重要な位置にあるため、城塞都市フェルベーンほどではないが、町には外壁が築かれ、囲まれている。

 

ここまでの道程、村で宿泊したりしたが、魔物や盗賊の襲撃も無く、非常に平和であった。

 

『どうしてあっしが護衛している間は魔物も盗賊も襲撃がないんでやすかね~、あっしの実力をお披露目するチャンスが・・・』

 

えらく物騒な事を言いながら落ち込むガルボ。

いや、旅は襲撃が無い方が安全でいいから。

 

すでにバハーナ村へ出向いていたローガ達も戻って来て合流している。

そのためガルボは隊長(仮)から元の位置へ戻っている。

 

この商業都市バーレールだが、今までの町の中で最も町へ入る門の前の行列が長い。そして、初めて貴族専用の門の前にも馬車が止まっているのを見た。

 

「さすが商業都市バーレールだな。人の往来が多い。それは貴族でも違いはないというところか」

 

フェンベルク卿が門を見ながら呟く。

やはり王都に近くなればなるほど人の流れが多くなるようだ。

 

バーレールへの到着は夕暮れ近くなった。

今日はこのまま宿泊宿に向かい、明日一日体を休めるとともに、馬も休ませる予定とのことだ。だから、明日は町の中を散策したり買い物に行ったりできる。

・・・尤も、今日の夜のヒヨコ軍団からの報告内容によるけどな。

 

 

そんなわけで、夕食後早めに割り振られた宿の部屋に一人籠る。

そしてヒヨコ隊長が情報報告に来るのを待つ。

 

 

 

コツコツ。

 

窓をつつく音。

 

「ヒヨコ隊長、お疲れさん」

 

『ははっ!十将軍揃っております!』

 

「ああ、よく来てくれた。それでは報告を頼む」

 

『畏まりました。早速報告させて頂きます・・・』

 

そう言ってヒヨコ隊長が序列順に報告させようとしたのだが・・・

 

『ボ、ボス!王都到着はいつになりますでしょうか! もう、もうマンマミーヤのマミちゃんが!マミちゃんが!』

 

『ダークエルフのリーナちゃんが!リーナちゃんが!』

 

ヒヨコ十将軍序列一位レオパルドと序列二位クルセーダーが報告そっちのけで涙をちょちょぎらせながら俺に陳情する。

いや、お前達王都の情報はどうしたよ。

 

『ボス!孤児院のシスター・アンリが!シスター・アンリが!』

『ハーカナー男爵元夫人が!テラエロー子爵の魔の手がすぐそこまで迫っております!』

 

序列第三位クロムウェルも第四位センチュリオンも、レオパルドやクルセーダーを押しのける様に陳情してくる。

 

『「定食屋ポポロ」の姉妹がもう限界です!』

『アリーちゃんが可哀そうで可哀そうで・・・』

 

序列第五位ヴィッカーズ、第六位カーデンもブレない勢いだ。

 

ここまでで、新しい情報一つも無い。

情報収集を任せているのに、これでいいのかと頭が痛くなる。

 

頭を抱えていると、序列第七位カラールと第八位キュラシーアが割り込んでくる。

 

『ボス!お助け下さい!』

 

なんだよ、どうしたよ。

 

『南地区のゴミ収集などを作業しているマリンちゃんですが、足を怪我したのか、非常に仕事に影響が出ているようなんです。なんとかしてあげたいのですが・・・』

 

新しい救援依頼増えてるやん!

 

『王都バーロンでの王都警備隊隊長に就任したばかりのクレリア・スペルシオですが、周りのやっかみと陰謀でかなり足を引っ張られています。このままでは王都警備に支障が出かねないところまで来ています。対策が必要かと』

 

カラールのマリンちゃん情報はさておき、キュラシーアの王都警備隊隊長のクレリアがピンチというのはなかなか重要な情報ではないか?

このクレリアなる人物が優秀で妬まれているのか、何やらごますりや袖の下でのし上がってる人なのかによって対応は変わってくるな。

 

『キュラシーア。俺が王都に到着するまでにクレリア・スペルシオなる人物の情報を洗い出しておいてくれ。生まれから、隊長になるまでの経緯と、人となり、なぜ足を引っ張られているのかなど理由も知りたい』

 

『了解しました』

 

キュラシーアだけいつもいいポイントの情報持って来るんだよな。

 

『ボス、序列第九位ティーガーと第十位センチネルはカソの村周辺を確認に行かせています』

 

『『ははっ!』』

 

ヒヨコ隊長の説明に返事をする二匹。

カソの村ね・・・。

嫌な予感しかしない・・・そういう言い方は語弊があるか。

 

『我々はカソの村及び泉の畔周りの確認をしてまいりました』

 

「そうか、それで?」

 

『カソの村も泉の畔も神殿も平穏無事であります!』

 

「・・・・・・」

 

やっぱりねぇ!そうだと思いましたよ!

平和だからってもちろん文句ないですけどね!

 

『後、神殿でボスのために奉納された野菜が倉庫一杯になっております』

 

『カソの村の村長に村人たちで分けて食べる様に言って引き取らせろ!』

 

『ははっ!』

 

ははっ!じゃねーし。

当人も部下もいない神殿に野菜山盛り奉納してもらっても痛むだけで勿体ないし!

 

神殿のルール作りも考えないといけないのか・・・。

 

アレ?いつの間に俺はマイホームを神殿と認めちゃってるの!?

俺は頭痛の種が増えた気がした。

 





今後とも「まさスラ」応援よろしくお願いします!


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第80話 まさかの転生者PARTⅡを乗り切ろう

朝――――

 

寝起きは複雑だった。

昨日の夜のヒヨコたちの情報報告・・・

救援依頼が増えたばかりか、自分でマイホームの事を神殿などと宣ってしまう疲れっぷりだった。

そのうえ、ヒヨコ隊長自身は例のカッシーナ王女様のところにまた言ったらしく、何とか助けてあげたいと熱く語る。

 

『いっそここから飛び降りたら鳥みたいになれるかなぁ、なんて言うんですよ! 自殺、ダメ!絶対!って思い留まらせるの大変だったんですから!』

 

などと言われても、困る。

 

だが、良い情報もあった。というか実際は無かったのだが。

 

どういうことかというと、俺が王都でほとんど話題になっていなかったのだ。

 

コルーナ辺境伯の話では、王様直々に俺に会いたいと言う話で、謁見のために王家より呼ばれているという流れだったはず。

王城などで、「どこの馬の骨が来るんだ!」みたいな反応があったらヤダなって思っていたのだが、ヒヨコ軍団の情報ではそのような反応は拾えなかったのだ。

また、王都バーロンに集まる貴族たちの中でも特に俺を敵視してくるような情報は得られなかったらしい。

 

・・・ただ、最近のヒヨコたちの反応から、情報の精度に不安が無いわけでもないけど。

 

 

 

そんなわけで、朝食を食べながら今日一日休みのため、町を回って買い物でもしてこようかと思っている。

 

「イリーナ、サリーナ、今日の予定はどうなってる?」

 

一緒に朝食を取っていたイリーナとサリーナに聞いてみる。

 

「う・・・ヤーベと買い物に行きたいのだが・・・、午前中はサリーナとちょっと二人だけで買い物に行きたいのだが・・・」

「ええ」

 

二人して出かけると言う。珍しい。

 

「そうか、では午前中は俺一人で店を回ってくるとしよう」

 

「う・・・すまないヤーベ、午後はぜひ一緒に回ろう」

 

「ああ、かまわないよ」

 

「そうか」

 

イリーナはホッとした表情になる。

それにしても女性二人で買い物か。

 

『ヒヨコ隊長、聞こえるか』

 

『はっ!』

 

『イリーナたちを護衛せよ』

 

『ははっ!』

 

『風牙にも伝えておく。建物の影や屋根から見張る様に』

 

『お任せください』

 

これで何かあっても大丈夫だろう。

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

「さてさて・・・」

 

この商業都市バーレールはあらゆる物が集まるとも言われている。

ある意味では王都よりも物が行き来している場所らしい。

うまくハマればいい物が安く買える。

そう言えは鉄の剣も悪魔王ガルアードとの戦いでへし折れてしまったままだ。

何かしらの武器を調達せねばならないな。

 

だいぶ人通りが多い。

そんなわけで、俺の隣にはローガがヒヨコ隊長を頭に乗せてついて来ているのみだ。

他の連中は宿の厩舎で大人しく留守番だ。

・・・だいぶローガに怨嗟の遠吠えが響いていたが。ちょっと近所迷惑になるから遠吠えは控えようか。

 

宿が明日出発の西門に近かったので町の散策を後回しにして、西門周辺から歩いてみることにした。

 

だが、西門まで来て、門周りの露天商を覗こうとした時だ。

 

「緊急事態だ!ギルドへの報告のため緊急対応願う!」

 

けたたましい声が聞こえる。

 

何やら、緊急事態のようだ。

 

『どうしたのですかね?ボス』

 

「さあな、邪魔にならない様に避けるとしよう」

 

ローガと共に道端の方へ寄る。

 

町へ入るために並んでいる人の間から、血だらけの冒険者たちが入って来た。

 

「早くギルドへ報告を・・・」

 

足を引きずる様に大通りを向かう冒険者たち。衛兵が声を掛ける。

 

「何があった!?」

 

「北の森でオークの集団に出くわした!その数千匹近い大部隊だ!」

 

「な、なんだとっ!?」

 

何やらオークの大群が北の森にいるようだ。

 

『どうします?』

 

ローガが俺を見る。

 

「どうもしないよ。俺たちの出番はないかな」

 

『ほう、珍しいですな。てっきりボスの事ですから、我らにオークを狩りに行けと言われるかと。我らとしましては特に問題ない相手ですが』

 

「お前たちの実力なら問題ないだろうけどね。我々の力が必要かどうかはわからないからね」

 

『そういうものですか』

 

ローガは少し釈然としないようだったが、ボスである俺に何か言うつもりは無いようだった。

 

『部下に確認に行かせますか?』

 

一応ヒヨコ隊長が俺に確認してくれる。

 

「そうだな、情報があるに越したことは無い。頼む」

 

『ははっ!』

 

情報収取はヒヨコ軍団に任せておくとしよう。早速念話で部下に指示を出しているようだ。

 

さて、露天商を覗くとしよう。

 

お、しぼりたてドリンク、うまそう。

 

「新鮮なサークァーシーを絞った果実水だ!目が覚めるよ!」

 

「一杯貰おう」

 

「毎度!」

 

お、爽やかな酸味で目が覚めるね。

 

「うまいね、これ」

 

「北の森で取れる実でね。この辺では比較的ポピュラーさ」

 

「ふーん」

 

金を払って店主と少し雑談した俺は、他の露店もゆっくり見て回ろうとしたのだが、

 

「オークだ!オークが出たぞ!」

 

「え、もう?」

 

俺はローガと顔を見合わせる。

とりあえず西門から外を覗いて見る。

 

「オークは一匹だけだ!弓矢を持ってこい!」

「槍は構えておけよ!」

「おう!」

 

町の西門を警備する衛兵たちが十人程槍を構えていた。

 

『まってくれだよ!おで、悪いオークじゃないだよ!』

 

「ブフォッ!」

 

吹いた。豪快にサークァーシーの果実水を吹いた。

 

『悪いオークたちがこの町を狙ってるだよ!おでは教えに来ただよ』

 

そう言っていきなり土下座するオーク。

 

「なんだ、ブヒブヒ言っているぞ!」

「早く殺せ!」

 

衛兵たちが殺気立つ。そりゃそうか。

 

「何でヤツの言葉が分かるんだろう?」

 

『え?ボスはあのオークの言葉が分かるんですか!?』

 

ローガが驚いた表情で俺を見る。

 

「ああ、何でかわからんが、理解できる。なんでだろう?」

 

『嘘じゃないだよ!信じてけれ!』

 

土下座しながら顔を上げて身振り手振りでアピールするが、オークがブヒブヒ言いているようにしか見えない。

 

「ちょっと待ってくれ」

 

俺は衛兵たちに声を掛ける。

 

「何だお前は!」

 

殺気立った衛兵が振り返る。

 

「俺は冒険者なんだが、実は<調教師(テイマー)>ってやつでね。どうもそのオーク、他のオークの大群が攻めてくるから気を付けろって言ってるみたいなんだ」

 

そう言って冒険者ギルドのギルド登録証を見せる。見せるだけで渡さない。じろじろ見られるとFランクの下っ端ってバレるから。今はローガがいるから、すごい<調教師(テイマー)>って信用してもらいやすい。

 

「ほ、本当か!?」

 

「ああ、さっき大けがした冒険者が来てたろ?オークの軍勢が攻めて来るって話とも合致する。俺ならあのオークから情報を引き出せる、任せてくれ」

 

「お、おお、そんなすごい狼を使役してるんなら、さぞ凄腕の<調教師(テイマー)>なんだろうな。任せていいか?」

 

「任せてくれ」

 

そう言ってローガを連れてオークの元へ向かう。

 

『聞いてくれだよ!悪いオークがこの町を攻めようとしているだよ!』

 

「そう言うお前は悪いオークじゃないよって事でいいか?」

 

『・・・おでの喋ってる言葉がわかるだか!?』

 

「ああ、何でかわかるぞ」

 

『ありがたいだ!悪いオークがこの町を攻めようとしてるだ。なんだか悪い魔導士に唆されたみたいで、いろんな集落のオークが集まってしまっただよ』

 

「悪い魔導士ね・・・」

 

ヤな予感しかしない。

 

『おで、こんなナリだけど、人間と戦いたくないだよ。人を殺すとか、女の人を襲うとかとんでもないだ』

 

「オク蔵君はどうして人間と戦いたくないのかね?」

 

『オク蔵・・・ってなんだべ?』

 

「あ、名前を付けてみたんだが気に入らなかった?」

 

『名前だべか? 一応自分でつけて名乗っている名前はあるだが・・・』

 

「え?お前達名前つけてるの?」

 

『いや、他のオークは「コロスオーク!」とか「ヤルオーク!」とか「ハラヘッタオーク!」とかくらいしかコミュニケーション取れないだよ』

 

「じゃあ名前とかいらねーだろ!」

 

『でも、今みたいに人間とコミュニケーション出来る時が来るかもしれないって思って、その時にオークだとまずいと思っただよ』

 

「で、何て名乗ってるんだ?」

 

『ゲ〇ドって名乗ってるだよ』

 

「ダメだろ!!」

 

『ええっ!? ダメだか? おでが読んだ大好きなラノベ小説に出て来たとても強いオークの名前だで。おでも勇気と力が欲しくてそう名乗ってるだが』

 

「ダメだろ!方々で怒られるわ!・・・って、ちょっと待て!お前、今何て言った!?」

 

俺は驚愕の表情を浮かべながら聞いた。

 

『え? 大好きなラノベ小説に出て来たとても強いオークの名前を名乗っただよ』

 

「それ、オークじゃなくて、オークジェネラルじゃねーの? それともオークロードの方?」

 

『え、あ・・・まさか!おめも転〇ラ知ってるだか!』

 

「おおよ・・・だから最初オク蔵って呼んだんだよ」

 

『それはゴブ蔵でないだか?それはゴブリンだべ』

 

「だからオークの君にはオク蔵と呼んだんじゃないか」

 

『微妙に言いにくいべ・・・』

 

変なところで落ち込む転生オーク(?)。

とにかく、転生者ならばこのオーク、打ち取られるわけにはいかない。

何より、俺と同じラノベファンのようだ。

ここは助け合い精神をフルドライヴさせる場面だろう。

 

俺は懐から使役獣の首輪を取り出す。

 

「すまんが、俺の<調教師(テイマー)>としての能力でお前を使役したって事にして、お前の安全を図りたい。それでもいいか?」

 

『話が分かってもらえるだけでも感激だで。おではそれでいいだよ』

 

「スマンな」

 

そう言ってオク蔵の首に使役獣の首輪を取り付ける。

 

ソレナリーニの町で錬金術師のランデルからいくつか予備として購入していたのだ。町なら貰えるはずだが、村だったり、とりあえず先に取り付けたい状況もあり得るかと思ったんだが、役になったな。

 

「おーい、このオークは俺の使役獣として支配下に入った。もう大丈夫だ!それより、さっきの大けがしていた冒険者の情報と合わせて、大至急冒険者ギルドで情報整理したいが、いいか!」

 

「ああ、分かった!先に冒険者ギルドに報告を入れる。お前もそのまま向かってくれ!それで、大丈夫なんだろうな?そのオーク」

 

「大丈夫だ。何たって俺は凄腕の<調教師(テイマー)>だからな」

 

親指をビッと立ててアピールする。

 

『お、おめは凄腕の<調教師(テイマー)>だっただか』

 

感心したように俺を見るオク蔵。

 

「ううん、嘘。何たって俺はFランク冒険者だし」

 

そう言ってぴらぴらとギルド証を見せる。

 

『ええっ!? うそだか? でもそんなすごい大きな狼を従えてるだでな?』

 

「まあね。ところでオク蔵君」

 

『できれば、ゲ〇ドがいいだが・・・』

 

「それはダメだ。方々から怒られる可能性がある。せめてゲルドンで」

 

『・・・まあ、それでいいだよ。使役してもらう立場だし、あまり我儘言えないべ』

 

・・・それにしても、オークの転生者・・・。

俺だったら心が折れているかもしれん。

俺、初めてスライムに転生してよかったって思ったよ・・・。

 





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第81話 愛と正義のオーク騎士「赤カブト」を誕生させよう

「それにしても、苦労したんだな~」

 

『そりゃあ地獄だっただよ。話は通じないだし、野蛮だし』

 

「転生してどれくらいだ?」

 

『気が付いたらオークになってて、感覚だと三か月くらいだべかな』

 

「うわ~、俺だったら心折れてるかも。ゲルドンはタフだな」

 

『オークはタチが悪いだよ。人間に迷惑かける事しかできないだで』

 

「お前真面目だな。すごく苦労するタイプだろ」

 

俺たちは西門から大通りを真っ直ぐ冒険者ギルドに向かって歩いていた。

俺はボロを纏っているオークのゲルドンと並んで歩き、その後ろからローガが頭にヒヨコ隊長を乗せてついて来ている。

 

周りの人々からかなりざわつかれてしまっているな。

仕方ないか、ボロいローブを纏っているとはいえ、オークの顔が出ているのだから。

どこかでイカツイ仮面でも買うか。

 

「おっ!あの真っ赤な全身鎧フルプレートいいじゃないか。ゲルドンの体に合いそうな重厚感だぞ」

 

『真っ赤でねえか、おで恥ずかしいだよ』

 

「着てしまえば自分では見えないぞ」

 

『そう言う問題ではないだで』

 

 

「もしかしたら通常の三倍のスピードで動けるかもしれんぞ?」

 

『どこぞのロボットアニメじゃあるまいし、そんなことあるわけ・・・異世界だからあるだか?』

 

話ながら歩いていると、冒険者ギルドの看板が目に入る。

 

「ここが冒険者ギルドか。かなり建物が大きいな」

 

ギルドの看板が出た建物についたのだが、かなり大きな建物だった。

 

『おで、人間の町に来るのは初めてだで。こんなに建物も大きいだな』

 

ゲルドンがシンプルに驚いて建物を見上げている。

 

 

カランコロン

 

 

「どこのギルドでもカランコロン鳴るんだよな」

 

『決まりでもあるだか?』

 

「わからんけど、こっそりは入れないシステムみたいだ」

 

そう言って二人?とローガが入ってくる。

ローガは建物の前で座って待つつもりだったのだが、俺が建屋内に入る様に指示した。

「え?いいの?」みたいな表情してたが、ついて来ている。

 

 

 

「キャア!オ、オーク!?」

「なんだ、あの巨大な狼!?」

 

カウンター近くにいた冒険者たちがざわつく。

そしてギルドの受付嬢がカウンターから飛び出てくる。

 

「す、すみません!使役獣を建屋内に入れるのは禁止されているんです!ですから・・・」

 

その説明を手で遮り、伝える。

 

「緊急事態だ。ギルドマスターに取り次いでくれ。先ほどの大けがをした冒険者たちと同じ情報の話だと」

 

「ええっ!? 先ほどの・・・と、とにかくそこでお待ちください」

 

そう言ってギルド嬢が奥の部屋の扉の前まで行き、ノックして扉の中に顔を入れている。

そして戻って来た。

 

「こちらへ、特別に使役獣を連れて入っても良いとギルドマスターの許可が出ました」

 

「ありがとう」

 

『すごい交渉力だでな』

 

「基本相手が困っていて、こちらが何とかできそうな雰囲気を出すと、多少無理も通るんだよ」

『勉強になるだな』

 

ゲルドンが感心する。

 

ギルド嬢がノックした後、ギルドマスタ―入ります、と声を掛ける。

 

「入りたまえ」

 

そう言われて、ギルド嬢が開けてくれた扉に入る。

入った先には応急処置を受けている男女の冒険者とカイゼル髭のがっしりした人が座っていた。このカイゼル髭がギルドマスターなんだろうな。

 

部屋にぞろぞろと入る。

俺は冒険者たちの横に座れるが、ゲルドンが座れないな。

 

「かけたまえ」

 

俺はソファーに座る。

 

『おでは立っているだよ』

 

「スマンな」

 

ゲルドンに声をかけてから座る。

 

「それで、緊急事態の情報だったかね? 聞かせてくれるか?」

 

カイゼル髭が自己紹介もせずに話に入る。

それだけ慌てているという事か。単なる無礼者でないと願いたい。

 

「このオークがオークの軍勢が攻めて来ると教えてくれたのでね。もっと詳しい話を報告しようかと思ってね」

 

「うむ、この者達も命懸けでその情報を持ち帰ってくれたのだ」

 

未だに手当てをしながらソファーに座っている二人の冒険者たち。

 

「どれくらいのオークの軍勢を見た?」

 

「正確に数えたわけじゃねえが・・・千匹近くいたと思う」

 

思い出しても震えるのか、男性冒険者の方が身を震わす。

 

『そうだでな、千匹ちょっとは居たと思う』

 

「ギルドマスター、このオークによればやはり千匹ちょっとが集まっているようだ」

 

「とんでもない数だな・・・」

 

ギルドマスターは自慢であろうカイゼル髭を指ではじきながらボヤく。

 

『だども、それだけじゃねえだ』

 

「ん?それだけじゃないって?」

 

『その千匹のグループは囮だで。西側から攻めて注意を引いておき、本体は精鋭五百匹で町の北側から攻める手はずだで』

 

「何っ!?」

 

「どうしたんだ?」

 

カイゼル髭を揺らしてギルドマスターが突っ込んで聞く。

 

「その千匹は囮らしい。西門を攻めて注意を引き、本体の精鋭五百匹が北門を襲うらしいぞ」

 

「なんじゃと!? それでは総勢千五百匹もの軍勢なのか!?」

 

「そうみたいだな」

 

「ばかな・・・オークなんて、百五十匹も集まったら災害レベルだってのに、その十倍もいるなんて!」

 

男の冒険者が震えている。女の方は治療が終わってもぐったりしている。

あれ?もう三人くらいいなかったか?

 

「すぐに王都に救援依頼じゃ! それと・・・お主、その見たことも無い大きな狼を使役しておるのであろう、どれくらい戦えそうじゃ?」

 

「よくぞ聞いてくれました。さて、商売の話を始めようか」

 

「商売?」

 

「冒険者なんだから、魔物を殲滅するのが商売だよ。で、オークの精鋭千五百匹の討伐、いくらの報奨金になる?」

 

「はっ?千五百匹全部のか? そりゃ相当冒険者の人数を集めねばならんし、強制依頼も掛けるし、かなりの額になるが」

 

「だから、その千五百匹、すべて受け持つよ。依頼処理してもらいたいんだが」

 

「はあっ!?」

 

「受けるのは俺だが、先陣を切るのはこの「ローガ」と「赤カブト」と呼ばれし騎士、この正義のオークだ!」

 

「なんじゃと!?」

 

『おで、赤カブトなんて呼ばれてないだで?』

 

「町の防具屋で見た真っ赤な全身鎧フルプレート買ってやるよ。それ来て活躍すれば、正義の騎士っぽくて目立つだろ。やっぱりオークのままだと違う意味で目立つし」

 

コソコソ話でゲルドンに作戦を伝える。

よし、愛と正義のオーク騎士、赤カブトを誕生させよう!

 





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第82話 敵陣の真っただ中で槍を振り回すだけの簡単なお仕事です、と説得しよう

「せ・・・千五百匹ものオークの群れを相手に、お前の使役獣だけで戦うと言うのか・・・?」

 

「まあね、俺も支援するけど」

 

「し・・・支援するという程度で何とかなるものなのか・・・?」

 

「まあ、何とかするんだけどね」

 

カイゼル髭は開いた口が塞がらないようだ。

(もはやギルドマスターとも呼んでいない)

 

『おで、大して強くないだよ。多分オークの群れに突撃したら討ち死にだで』

 

「大丈夫大丈夫、敵陣の真っただ中に入って槍振り回しているだけで英雄になれる簡単なお仕事です」

 

『それ、絶対簡単なお仕事ではないだで』

 

「何かチート貰ってないの?チート」

 

『そんなの全然ないだよ。気が付いたらオークだっただで』

 

「友よ!」

 

がばっと両手で握手する。

 

「どちらにしても、すぐに冒険者に招集を・・・」

 

『ボス!部下より念話通信が入っております』

 

「どうした?」

 

ローガの頭の上で敬礼しているヒヨコ隊長を見る。

 

『すでに町の西門近くまでオークの軍勢千匹が集結中です。森から飛び出て西門に接敵するのは約二時間後程度と予測されます』

 

「えっ!? もう二時間後には千匹が西門に攻めて来るの!?」

 

「な、なんじゃとお!?」

 

カイゼル髭がひっくり返りそうになる。

 

「早くね?」

 

『おでが脱走したのがバレただかな?』

 

「それで早くなったとも思えんが。というか、そんなに近くだと、町の衛兵とか見つけられないのか?」

 

俺はふと疑問に思ってカイゼル髭を見る。

 

「商業都市バーレールの周りはかなり開発や整備が進んでおる。魔物の襲撃など、散発的なもので、大規模な魔物に対する対策はほとんど検討されておらん」

 

「わかった、すぐ対応準備をしよう。西門に俺とこの愛と正義のオーク騎士「赤カブト」を配置する。その他狼牙族を三十匹、逃げるオークを狩るために準備させよう。このローガは部下の四天王を引き連れて精鋭五百匹を殲滅させよう」

 

「いや・・・そんなことが可能なのか・・・?」

 

「もちろん可能だが、心配なら町の門辺りに冒険者を集めてもいいぞ。でも邪魔しないでね。

危ないから」

 

ぬけぬけと危ないなどと宣う俺にカイゼル髭がピクピクする。

 

「オーク一匹に付き通常の倍で金貨一枚、千五百匹なら全て討伐すれば金貨千五百枚の褒賞だ。それ以外に町への被害が無ければボーナスも出す」

 

「おお、太っ腹ですな」

 

「こちらは町の門を固め、防御準備を行うが、お前たちは町の外に出るんだな?」

 

「もちろん、では早速準備に取り掛かろう。行こうか」

 

そう言ってゲルドンとローガを引き連れて部屋を後にしようとする。

 

「依頼受理のためにギルドカードを受付で提出してくれ」

 

「了解!」

 

 

 

ローブの男とオークと巨大な狼牙が出て行った部屋。

 

「・・・あの男、役に立つのか・・・?」

 

「ギルドマスターどうしましょう?」

 

ギルド嬢に問われてカイゼル髭を引っ張りながら思案するギルドマスター。

 

「ギルド内にいる冒険者たちに西門に魔物の襲撃の可能性を伝えて、西門警備に参加するだけで日当銀貨五枚と伝えてくれ。それから、あの男の情報を洗ってくれ。出て来た資料は全て俺のところへ持ってきてくれ」

 

「わかりました」

 

 

とギルド嬢が出て行ったのだが、すぐ戻って来た。

手には紙が一枚だけ。

 

「どうした?」

 

「こ、これを見てください!」

 

「何だ?」

 

ギルドマスターはギルド嬢の持ってきた紙を見る。

それはヤーベの冒険者登録情報だった。

 

「な、何だこれは・・・!?」

 

大魔導士だ、調教師テイマーだ、使役獣が六十一匹だ、それはまだいい。

 

「え・・・Fランク!! それも一度もギルドの依頼受理を行っておらんとは!」

 

何なのだ?まったく実績ゼロの男だ。それがああも自信たっぷりに千五百匹ものオークを対処すると言う。

 

ふと見れば、情報欄に追記があった。

 

ソレナリーニの町冒険者ギルドの印が押してあり、特Aのサインが入っていた。

 

「ソレナリーニの町ギルドマスターのゾリア殿が・・・?」

 

このサインは、当該冒険者に特段の考慮があり、その実力を追記できるものだ。

 

「特Aとは・・・」

 

一度の依頼も受理してない男が、なぜか頼りになりそうな気がしてきたのだった。

 

 

 

「親父、大至急この真っ赤な全身鎧フルプレートを売ってくれ」

 

「ああっ?コイツはこの店で一番高いぜ、大丈夫か? 何たって軽量化の魔法に、魔法抵抗力上昇、耐火、耐雷、耐寒まで付いてるんだからな」

 

「で、いくらよ」

 

「金貨で五百枚だ」

 

「あいよ」

 

「うおっ!?」

 

いきなり金貨五百枚の袋を親父に渡したのであまりの重さに取り落とす。

ちょうど五百枚でよかった。五百枚ずつで袋詰めしてたからな。

 

「おおお、おいいい! いきなり全額渡すなよ!」

 

「急いでいるんだ。大至急このオークのゲルドンに合わせて微調整してくれ」

 

「はああっ!? このオークに着せるのか? ・・・ってなんでオークがここに!?」

 

「俺の使役獣なんだよ。それより時間無いから大至急頼む。三十分で仕上げてね。ゲルドン着せてもらって調整済ませてくれ。俺は武器仕入れてくる」

 

『こんな真っ赤な鎧着ても、三倍のスピードで動けるわけじゃないだで』

 

「そんなどこぞのロボットアニメみたいな能力期待してないから。また後でな」

 

「え、行っちゃうの!? このオーク大丈夫だよね?ホントに?」

 

店主が焦って聞いてくる。

 

「大丈夫。嫌なことしなければ怒らないから。後、話しかければ言葉分かるから。喋れないけど」

 

そう言って俺は大至急武器屋へ行く。

 

 

 

『こんなモンだか?』

 

真っ赤な全身鎧フルプレートを着込んで、俺が買ってきた三メートル近いハルバードを持たせる。

 

「いいね!完璧だ。何処からどう見ても愛と正義の騎士だ」

 

『いや、中身はオークだで』

 

「ゲルドン、君は真面目な転生者だ。偶々オークになっただけだ。気にするな」

 

『いや、オークは気にするだでよ』

 

「まあまあ、早速英雄になりに行くとするか。ローガ!」

 

『ははっ!』

 

「四天王を引き連れて五百匹のオークを殲滅せよ。出来れば一撃で首を落とし、体へのダメージを最小限に狩り取れ。俺の出張ボディを預ける。仕留めたオークは全て回収せよ」

 

『ははっ!!』

 

ピゥ―――――!

 

ローガの口笛に六十匹の狼牙達が旅館の厩舎から飛び出て集結する。大通りを走って来たので、多分後で怒られる可能性大だ。だが、今は時間が惜しい。

 

「一緒に西門から出るから、出たら町沿いに北門まで移動し、そこから北の森あたりまで移動して森の中で敵を殲滅せよ。街道まで出て来る前に仕留めるんだぞ」

 

『お任せください』

 

「ヒヨコ達に索敵させてくれ。ヒヨコ隊長、二手に分けてサポート頼む」

 

『了解です』

 

「じゃあ行こうか」

 

『そういや、おでまだ名前を聞いてなかっただよ』

 

「おおっ?そういやそうだ。俺はヤーベだ。よろしくな」

 

『ヤーベの事を何て読んだらいいだか?使役してもらってるから、マスターとかだべか?』

 

「いや、同じ転生者同士じゃないか、ヤーベでいい、ゲルドン」

 

『ゲルドンって、段々気に入ってきただよ』

 

俺たちは笑って握手した。

 

 

 

俺たちは町の外に布陣した。

ただし、俺は指示を出した後、町の外壁の一角に昇っている。

 

『本当に大丈夫なんだべか?おで、強くないだよ?』

 

「大丈夫大丈夫、敵陣の真っただ中に入って槍振り回しているだけで英雄になれる簡単なお仕事です」

 

『それ、さっきも聞いただでな』

 

「さあ、迎え撃とうか」

 

ぽつんとゲルドンを門から離れたところに配置。狼牙達を周りに散らして配置している。

彼らとは念話で会話できる距離を保っている。

 

『ボス!オークの軍勢が森から出ます!』

 

ヒヨコの報告があった後、オークが森から飛び出て来る。

 

「「「ブモモーーーー!!」」」

 

門を守る衛兵や多少集まって来た冒険者たちが驚愕の叫び声をあげる。

 

「ば、ばかなっ!何だあの数は!」

「ホントに出たー!」

「信じられん!」

 

『ヤーベ!来ただよ、本当に大丈夫だか?』

 

ハルバードを構えながら足が若干プルッているゲルドン。

 

さあ、新ネタで援護しようか。

 

久々にローブの中でデローンMr.Ⅱになる。

そして、両腕の中である形を作り出して行く。

それは、まるで狙撃銃。

 

「<スライム的狙撃(スライフル)>」

 

 

パーン! パーン! パーン!

 

 

狙いすましたオークの脳天をぶち抜く鉄の弾丸。

 

ちなみにこの鉄の弾丸、サリーナに鉄のインゴッドから大量に作ってもらったものだ。サリーナは暇なときにコツコツ作ってくれていたので、結構な弾丸が亜空間圧縮収納に保管されている。スライム細胞で作ったスナイプ用のライフルは一応銃身部にライフリングマークを入れるイメージで製作している。加圧した魔力で発射するのだが、やはり弾丸はジャイロ回転で飛ばさないとまっすぐ行かないだろうし。

 

ゲルドンに近寄るオークを片っ端から狙撃して行く。

 

『すごいだでな、どんどんオークが倒れていくだよ』

 

「一応ハルバードで仕留めているようにちゃんと振りまわしてね」

 

『わかっただよ』

 

パーン! パーン! パーン!

 

魔力の加圧による弾丸の発射のため、発射音が甲高いな。

だが、非常に精度よく当たる。

発射動力が魔力の圧縮爆発に寄るものだが、実際的に着弾するのは鉄の弾丸のため、これは物理攻撃となる。

まあ、オーク相手なら物理攻撃だろうと魔法攻撃だろうと関係ないだろうけどな。

 

『なんだか、おでが倒している気分になってきただよ』

 

「それはよかった」

 

近寄るオークをハルバードでなぎ倒しているように見えるゲルドン。実際はほとんど狙撃で倒しているけど。

 

オークたちが組織立って隊列を組んで攻めてこないので、処理が非常にしやすいな。

この分ならずっと狙撃しているだけで終わるだろう。

 

「本命はあっちかな・・・」

 

俺は北門の方を見た。

 

 

 

『グッグッグ・・・、人間ノ町ヲ滅ボシ、オークノ王国ヲ作ルノダ!』

『『『グオオオオ!』』』

 

非常にイカツイ鎧、斧や槍を持ったオークよりもずっと大きい肉体。

ここに集まるのはオークジェネラルなどの上位種であり、それらを纏めるのはオークキングであった。

 

『ほう、オークごときも上位種となると多少の知恵が回ると見える。会話が出来るようになるとはな』

 

ローガはオークキングを珍しい生き物を見るような目で見ていた。

 

「グガガ・・・ナンダキサマ!」

 

『何だと言われてもな、お前らからすれば、死神と言ったところか?』

 

『ハッ!狼風情ガ、身ノ程ヲ知レ!』

 

巨大な槍を構え突進してくるオークキング。

 

だがしかし、

 

一閃牙(いっせんが)

 

 

ズルリ

 

 

オークキングの首が落ちる。

 

『グオオ!?バ、バカナ!』

 

側近のオークジェネラルが驚愕する。

 

『掃討せよ!連中の首を落とせ。一匹たりとも逃がすなよ!』

 

『『『ははっ!』』』

 

瞬時に分かれて飛び掛かる狼牙達。四天王が率いる精鋭たちがこちらに配置されたのだ。

その戦闘時間はほんのわずかなものであった。

 

『確か・・・ボスの話ではオークはうまい肉だという事だが・・・』

 

刈り取られた首を見ながら、ローガは思う。

 

『上位種ならもっとうまいといいのだが』

 

ローガはぜひボスに焼いてもらおうとお願いを決めるのであった。

 




今後とも「まさスラ」応援よろしくお願いします!


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第83話 すっぽかした約束の埋め合わせに御馳走を作ろう

 

「いやー、実に計画通りだな」

 

『ヤーベはとんでもないチートを持っているだな』

 

「馬鹿言え、俺はチートなぞ一つも持っていないぞ。神様にも会えなかったし。大体気が付いたらスライムになってた。ゲルドンと同じだよ」

 

『ス、スライムだか!?』

 

「そう、ものすっっっっっげー努力の末にスライム細胞をいろいろ変化させてできる事を増やしてきたんだよ。ステータスウィンドゥとか開いて、スキル選択したらそのスキル使えました、なんて一つもねーよ」

 

『はー、おめはそれだけ努力してきただな。ずごいやつだで。これは使役してもらえてラッキーだべな』

 

「これからどうすれば正解なのかはまったくわからねーけど、お互いラノベファン同士、仲良く異世界で生き抜こうぜ!」

 

『こっちこそよろしく頼むだべ』

 

俺たちは往来でガッチリ握手した。

 

『・・・どうしました、ボス?』

 

後ろからついて来たローガが大通りでいきなり握手しだした俺たちを訝る様に声を掛けてくる。

 

「おお、すまんすまん」

 

俺たちは冒険者ギルドへ歩いて行く。

 

つい先ほどまで、千匹近いオークの軍勢を倒していた。

俺の<スライム的狙撃(スライフル)>とゲルドンのハルバードぶん回し、狼牙達のサポートで危なげなく仕留められた。慣れて来たころにはゲルドンのハルバードで実際にオークを仕留めていたし。

 

そう言えば、レベルという概念が無いし、ステータスも見られない。魔物を倒しても経験値として何が上がってると言う事も無い感じがする。オークのゲルドンもこれからどう強くなっていくのか考えなくてはならないだろう。

ちなみに俺はぐるぐるエネルギーの増大をトレーニングと魔物取り込みで対応している。それが「強くなる」という事だと思っていた。

ゲルドンはどうなのだろう?

落ち着いたらゆっくり前世の事も含めてゲルドンとは話し合いたいものだ。

その時は良い酒と良いツマミを用意せねばなるまい。

 

それにしても、先ほどは完全にゲルドンヒーロー!であった。愛と正義のオーク騎士「赤カブト」として名前を売る事に成功した。突撃してくるオークをばったばったと切り伏せるその姿はまさに一騎当千であった。

 

すぐに西門の衛兵や冒険者たちから声援が飛んだ。

最後は切り伏せたオークたちの真ん中で

 

「うおおおおお―――――!」

 

と雄たけびを上げていたゲルドン。

紛れもなくこのバーレールの町を守り切った英雄である。

 

・・・オークだけど。

・・・使役獣だけど。

 

まあ、それは冒険者ギルドが分かっていればいい事だ。

すでに北門の迎撃に出たローガ達はもう戻って来ている。

ローガ達、早かったなー。本当に早かった。

もはやローガ達にとってオークごときは三時のおやつ程度のものかもしれない。

・・・例えがおかしいか?

 

 

カランコロン

 

 

「毎度―、ギルドマスターいる?カイゼル髭の?」

 

「「「ぶふっ」」」

 

何人かの冒険者が噴き出す。

というか、西門や北門に行かない冒険者たちがいたのか。

たまたま帰って来たタイミングだったと思いたい。

俺が全面的に信用されているとはとても思えないしな。

 

「ヤーベさん、カイゼル髭のとか言わなくてもギルドマスターは一人だけですから・・・」

 

ギルドの受付嬢がカウンターを出てこちらへやってくる。

 

「ギルドマスター室へご案内します。」

 

その受付嬢を手で制す。

 

「悪いけど面倒だから、オークの頭を千五百匹分出すので倉庫へ案内してくれない?」

 

「え・・・? あ、しょ、少々お待ち下さい」

 

そう言って慌てて奥の部屋へ行くギルド嬢。

完了報告と討伐確認に何で部屋へ案内するかね。

部屋の中をオークの首千五百個で埋め尽くしてやろうか!・・・悪趣味だな。

 

がちゃりと扉を開けて出てくるカイゼル髭。

 

「ヤーベよ。報告は聞いておる。見事な討伐であった」

 

「どーも。千五百個の首出すから、討伐証明受け取ってよ」

 

「うむ、裏の倉庫で出してもらおうか」

 

案内されて、倉庫で千五百個のオークの首を纏めて出す。

 

「んんっ?」

 

ローガの回収してきた方の首・・・なんかだいぶデカいし、イカツイですケド?

 

「こ・・・これはっ! オークキングか!? こっちはオークジェネラルか!?それもジェネラルの首がどれだけあるんだ・・・!?」

 

カイゼル髭が衝撃の声を上げる。

 

「ローガ、これ、オークだけじゃなかったんだな」

 

ローガを見る。

 

『そう言えば真っ先に突っ込んできたのがオークキングでしたな。まあスッパリ首落としてやりましたが。わっはっは』

 

わふわふと笑いながら自慢げに言うローガ。

 

「いや、真っ先にオークキング瞬殺って・・・」

 

さすがに俺も引き気味だ。

 

『他にもオークジェネラルやオークナイトといった上級種ばかりでしたぞ。出来ればキングの肉をボスに焼いていただけるとこの上ない幸せなのですが』

 

「お、おお、任せておけ。腹いっぱい食べさせてやるぞ。泉の畔に帰ってからだけど」

 

『楽しみにしております』

 

「で、依頼完了の処理よろしくね」

 

「あ、ああ・・・ギルド証を受付に出してくれ。報奨金は見直しが必要だ。まさかオークキングやジェネラルのような上位種がこんなにもいるとは・・・」

 

「では、明日の朝一で受け取りに来るからよろしく」

 

そう言って俺は冒険者ギルドを後にした。

 

 

 

外へ出ると、時間は夕方に差し掛かっていた。

千匹のオークを狙撃で対応していたしな。

そこそこ時間がかかったな。

 

『おで、ついて行っていいだか?』

 

「もちろんだよ、というか、普通に金払って部屋取ろう。鎧着てりゃわかんないよ」

 

『助かるだよ』

 

「飯も部屋に運ばせれば大丈夫だな」

 

『何から何まで悪いだね』

 

「なに、良いってことよ!今度ゆっくりラノベ話でも・・・」

 

そう言いながら到着した宿の扉を開ける。

ホールに入って俺は固まった。

 

「・・・ヤーベ・・・」

「・・・・・・」

 

うおおっ!?

イリーナにサリーナ!

めちゃめちゃほっぺがブンむくれてます!

 

「ヤーベ、お昼から買い物に一緒に行く約束だったはずだぞ・・・」

 

ものすごいジト目で睨んでくるイリーナ。

 

「ずっと待ってたんですよ・・・」

 

悲しそうに言うサリーナ。

 

「いや!これには深い理由が・・・」

 

「ルシーナちゃんも途中まで待っててくれたのに・・・」

 

「え!? ルシーナちゃんも!」

 

「そうだぞ、ヤーベ。みんなヤーベと買い物に行くのを楽しみにしていたのに」

 

「うおお~~~~! スマヌ!」

 

俺はその場で土下座する。

何故か、この町の危機を救っていたという説明は頭から吹き飛び、パンパンに膨れたほっぺで怒りを表している二人にどう償うかを考えていた。

 

後で埋め合わせをするので、今日はもう休むように伝えて、ゲルドンの部屋を取った後、俺は片付けが始まろうとしている露天商の通りへダッシュするのであった。

 

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

 

「ふふふ・・・この失態を何としても取り戻す・・・」

 

俺は怪しい笑みを浮かべて、終わりかけていた露店を回りまくって材料をかき集めて来た。

 

「ふふふ・・・お前たちの力、存分に発揮してもらうぞ・・・」

 

「ヤーベ、ずいぶん悪い顔してない?」

「お兄様、どうしたのですか?」

「ヤーベちゃん、今日はなんだか男っぽいわ~」

「ヤーベ、私の力が必要か?」

 

四大精霊、水の精霊ウィンティア、風の精霊シルフィー、土の精霊ベルヒア、炎の精霊フレイアを同時に呼び出す。

 

「今こそお前達の力を集結させる時だ!」

 

「どうしたの?」

「何か悪い物でも食べたか?」

 

俺が芝居がかっているので、訝しむウィンティアとフレイア。

 

「実はね・・・」

 

俺はイリーナたちとの約束をすっぽかして町を救っていたと説明する。

 

「いや、ヤーベは正しい事をしたじゃないか、何でそれを言わないんだい?ボクは全然わからないや」

ウィンティアが分からないと言った表情で肩を竦める。

 

「そうね~、正直に言えばいいのに~」

ベルヒアねーさんも説明すべきという。

 

「まあ、そうなんだろうけど。とりあえず随分待たせちゃったのは事実だから。お詫びにおいしいおいしい料理を作って二人を呼ぼうと思ってね」

 

「お兄様、どんな料理を作るのですか?」

「ヤーベ、俺の力をドーンと使ってくれ!」

 

シルフィーもフレイアも力を貸してくれそうだ。

俺はちっちゃな鍋置きをセットする。

 

「ベルヒア、これくらいの器を作ってくれ。火にかけて使う」

 

そう言って土を出す。

 

「まかせて~」

 

そう言ってベルヒアは土を綺麗なポット状の鍋にする。

ベルヒアの作る鍋は表面がつるつるで全く焦げ付かない。

これが地球ならバカ売れすること間違いなしなのに。

 

出来たポット状の鍋をセットして、買って来たチーズを入れる。

 

「フレイア、下からゆっくり温めてくれ」

 

「任せてくれ!」

 

フレイアが手をかざすと小さな火が出て、ベルヒアの作った鍋を温めて行く。

少し経つとチーズが温められて溶けて行く。

 

「シルフィー、ゆっくり鍋の中を風でかき混ぜてくれ」

 

「了解、お兄様!」

 

鍋の中のチーズがゆっくりとかき回されていく。

 

以前ベルヒアに作ってもらったコップを出し、自分の分と、イリーナ、サリーナの分で3つ並べる。

 

「ウィンティア、おいしいお水を出してくれ」

 

「うん、任せて!」

 

おいしい水が注がれて行く。

その間に、露店で買い込んできた果物とパンを一口サイズに切って行く。

 

「よし、準備出来た。二人を呼んで来るから、ちょっと待ってて」

 

そう言って二人の部屋に向かう。

 

 

 

「どうしたのだ、ヤーベ、こんな時間に。というか、夕飯にも来ずにどこへ行っていたのだ?」

「コルーナ辺境伯家の皆さんも心配していらっしゃいましたよ?」

 

イリーナとサリーナを部屋まで連れて来る。

 

「これは・・・すごくいい匂いだ。どうしたんだヤーベ」

 

「今日二人に迷惑をかけたお詫びだ。ぜひ召し上がってもらいたい」

 

「ヤーベの手料理か?すごく久しぶりな感じだな」

「あ、いいですねイリーナ様は。私は初めてですよ」

 

そう言って二人を鍋の周りに座らせる。

 

「精霊のみんなもいるんだね」

 

「彼女たちの力を借りたからね。みんなでおいしく食べてもらいたくて」

 

「ヤーベ、これは何という食べ物なのだ?」

 

「これはチーズフォンデュという料理だよ。一口サイズに切った果物やパンをこのチーズに付けて食べてね」

 

そう言って長いフォークを渡す。

 

「それは楽しそうだな・・・頂きます」

 

そう言って早速イリーナが果物の一つをフォークで刺し、チーズに付けて食べてみる。

 

「う、うまいっ! なんだこのトロトロは!」

 

「では、私も・・・」

 

そう言ってサリーナもフォークでパンを刺してチーズに付けて食べる。

 

「んんっ! おいしー!」

 

「よかった、さあみんなも食べて食べて!」

 

精霊たちにも長いフォークを渡して食べてもらう。

 

「ヤーベ、コレすっごくおいしい!」

「お兄様、蕩けますわ!」

「ヤーベちゃん、これすごいわね~」

「とってもおいしいぞ、ヤーベ!」

 

精霊たちも大喜びだ。

みんなでワイワイと食べていたら・・・

 

バンッ!と扉が開いてルシーナが立っていた。

なぜか枕を抱えて寝間着姿だった。

 

「皆さんだけで何をされているのですか!私だけ除け者ですか!」

 

若干涙目で捲くし立てるルシーナちゃん。

 

「ごめんごめん、悪気はなかったんだ。よければ一緒に食べないか? チーズフォンデュって言うんだけど」

 

「う・・・、頂きます!」

 

と言ってルシーナちゃんもチーズをたっぷりつけて食べる。

 

「おいしい!」

 

ルシーナちゃんにも大満足してもらった。

 

「あ、ルシーナちゃん専用のコップはまだ作ってなかったね。良ければ俺のコップだけどこれでお水飲んで。お水はウィンティアに出してもらった超おいしい水だよ」

 

にっこり笑って俺のコップを渡す。

 

「あ、ありがとうございましゅ!」

 

なんだか頬を赤らめて水を飲むルシーナちゃん。

 

「ああ、う、羨ましい・・・」

 

なぜかイリーナがルシーナちゃんを羨ましがっていた。

 

この後結構な時間食べたりお話したりしていたので、

フェンベルク卿にめっちゃ怒られることになった。

 



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閑話11 フィレオンティーナの大冒険 その①

 

「姉さん!」

 

妹のシスティーナが飛びついてきます。

 

「まあまあ、なんですの? 伯爵夫人たる者、もっと落ち着いてお淑やかになさい」

 

わたくしは厳しく妹に伝えます。

確かに私は昨日賊に誘拐されてしまいました。

何でも悪魔を復活させるための生贄のためだとか・・・。

それもわたくしの王子様であるヤーベ様が救い出してくださり、悪魔ガルアードすらも倒してしまわれました。正直、すごすぎますわ。

本当は王都に向かわれると言うヤーベ様にそのままついて行きたかったのですが、タルバリ伯爵にシスティーナが心配しているから一度帰って安心させてくれ、と言われたので、タルバーンの町に帰って来ています。

 

「何をいってらっしゃるの! お姉さまは誘拐されて悪魔の生贄にされる所でしたのよ! 心配するに決まっているではありませんか!」

 

ぷりぷりと怒りながらわたくしの肩を揺らず妹。

妹のシスティーナはガイルナイト・フォン・タルバリ伯爵と結婚しましたので今は立派な伯爵夫人になります。

伯爵夫人なのですから、大抵の事にも落ち着いて取り乱すことの無いよう対応しなければならないと思うのですが。

 

「まあまあ、システィーナも本当に心配していたんだ。フィレオンティーナが無事で本当によかったよ」

 

タルバリ伯爵もシスティーナの肩を持つようです。

まあ、タルバリ伯爵は妻であるシスティーナを溺愛と言っていいほど愛してらっしゃいますからね。仕方ないところです。

 

「ところでシスティーナ」

 

「なんです、姉さん?」

 

「わたくし、明日にでも準備を済ませて王都に出向きます」

 

「ど、どうしたの?急に」

 

「聞いてくれシスティーナ。君のお姉さんは昨日家にコルーナ辺境伯家の皆さんと一緒にに来られた賓客のヤーベ殿に助けられたのだが、そのヤーべ殿を追って王都に向かうと言うんだよ」

 

「ど、どういう事?」

 

わたくしはヤーベ殿に助けられた経緯を伝えます。

 

「は~~~、まさか命を助けられて、一目惚れとか・・・。まさかの王子様キタ――――ってヤツ?」

 

多少呆れた感じを出すシスティーナ。ほっといてくださいまし。

 

「それにしても・・・全く男の人に興味を抱かなかった姉さんがね・・・」

 

腕を組んで溜息を吐くシスティーナ。

 

「おい、システィーナ。お姉さんを止めないのか?」

 

タルバリ伯爵が心配そうにシスティーナに問いかけます。

 

「無駄です・・・姉さんはこれと決めたらテコでも動かないほど頑固なんです。絶対言う事なんて聞きませんよ」

 

お手上げ、といった仕草でタルバリ伯爵に答えるシスティーナ。

あら、ずいぶんと姉の事をわかっているのね。

 

「しかし・・・」

 

タルバリ伯爵が何かいいたげなのを制してシスティーナは言う。

 

「姉さん。今日はゆっくり休みましょ。おいしい夕飯を用意してもらっているし、湯あみもしたいでしょ。準備は明日ね。出発は明後日。いい?」

 

「あら、準備に一日もかけるなんて」

 

不満を口にするわたくしですが、それを制してシスティーナは言います。

 

「王都までは結構距離があるわ、姉さん。しっかりとした準備が必要よ。明日は買い物と、自宅の整理をしてちょうだい。それから冒険者ギルドで護衛も雇ってね。あなた。大変申し訳ないのですが、タルバリ伯爵家の予備の馬車を姉に貸してもいいでしょうか? 貸すと言っても、いつ帰って来るかわからないのですが、今からしっかりとした馬車を仕立てるのはだいぶ時間がかかりそうですから」

 

「ああ、予備の馬車くらいはかまわないが・・・」

 

「馬二頭もよろしいです?」

 

「ああ。明日中に準備させておくよ。それにしても、それほど王都行きをサポートしたいのかい?」

 

どちらかというと止めると思っていたシスティーナが応援してくれる流れになっているので、タルバリ伯爵がブレーキ役になっていらっしゃる感じですわね。

 

 

「先ほども言いましたが、姉はコレと決めたら頑固ですので。もう王都に行くと決めたのであれば、出来るだけ安全に行ける様に協力するしかありませんわ。例え馬車を買えなくしても、歩いてでも行ってしまう人ですから」

 

「あらあら、システィーナはわたくしの事が何でもわかるのね」

 

そう言ってクスクス笑う。

 

「おかげさまであまり気が休まりませんけどね」

 

「あらそう?」

 

「そうです!全然結婚しないと思って心配していたら、唐突に王子様を追いかけて王都まで行くだなんて」

 

苦笑しながらシスティーナがわたくしに言う。

 

「さあ、出発の準備は明日明日! 今日はゆっくり休みましょ!」

 

そう言ってわたくしの手を引いて食堂に向かうのでした。

 

 

 

 

 

 

「あらあら、これは酷いわねぇ」

 

占いを行っていた店舗兼住宅だったのですが、入り口が派手に壊されています。

ロープが張ってあり、警備の方が前に立っています。

タルバリ伯爵が気を回して警備してくださったようです。ありがたい事ですね。

 

自宅に入ると、いろいろ壊されていますが自分の商売道具であった占いの道具や隠してあった金目の物は無事でした。早速大きなカバンに詰め込みます。

呪文でロックしてある金庫も解除して、全ての資産を持ち出します。

後、洋服や下着類ですわね・・・後でもう少し若く綺麗に見える洋服やドレスも少しだけ買い足しましょう・・・、何といってもヤーベ様の奥方達はかなり若く可愛いですからね。年齢なりの美しさを出して行かないと。

大きなカバン三個に手提げカバンも用意して、荷物の全てをタルバリ伯爵家に届けてもらいます。この建物と土地の権利書もタルバリ伯爵に渡してもらうように手配します。

もうこの建物も土地をわたくしには必要ありません。わたくしの居場所はヤーベ様の隣ですから。

全ての荷物を処理し終わるとわたくしは自宅を出ます。

・・・ありがとう、今まで。わたくしはこれから幸せになるために旅立ちますわ。

 

 

 

カランコロン

 

冒険者ギルドにやってきました。

もちろん目的は王都までの護衛を頼む冒険者を雇うためです。

王都に向かってくれる比較的腕の立つ冒険者パーティがいらっしゃればいいのですが。

 

早速カウンターに行きます。

 

「いらっしゃいませ、ご用件は・・・」

 

そう言って話しかけてくれた受付嬢の女の子が驚きます。

 

「えっ!? もしかして、とにかく当たると噂の占い師、フィレオンティーナ様でいらっしゃますか?」

 

「え、ええ・・・そうですが」

 

とにかく当たるって・・・占い師としてはありがたいような気もしますが、少し恥ずかしいですわね。

 

「今日はどのようなご用件で・・・あ、昨日占いの館を襲撃されたってお話でしたよね?もしかして占いをする場所をお探しですか?よければこのギルド内に場所を・・・」

 

えらく見当違いの話をし出した受付嬢。

とりあえず止めます。

 

「いえ、そうではありません。大至急王都に向かわなければなりませんの。今馬車の準備を進めております。明日朝に王都に出発するのに護衛頂ける冒険者パーティを雇いたいのですわ」

 

「えっ!? 王都に行ってしまわれるのですか?」

 

それでは占いをしてもらえない、などとブツブツ呟く受付嬢さん。

占いの事は申し訳ないのですが、早く腕利きで明日出発頂ける冒険者パーティを紹介頂けないかしら。

 

「王都に行かれるんですか!?」

 

いきなり飛び掛かるかのように話しかけてくるお嬢さんが。

王都に何かあるのかしら?

 

「王都に明日出発されるのですよね? ぜひ護衛を私たちにお任せいただきたいのですが!」

 

ものすごく前のめりに話しかけてくる少女。

 

「ちょっとちょっと! 他のメンバーに確認も取らずに何を言ってるの!」

 

今度はお姉さんな感じの女性が少女を止めに来ます。

どうやら少女の暴走の様です。

 

「でも・・・」

 

「でもじゃないでしょ! すみません、急に話しかけてしまって。リーダーのリゲンに確認もいるし、リゲンもカルデラも剣と槍を失っているのよ。お金も無い中、今武器の掘り出し物を探しに行っているけど、見つかるかどうかもわからないのよ」

 

「う・・・」

 

泣きそうになる少女。この子、どうして王都に行きたかったのかしら。

 

「貴方、どうして王都に行きたかったの?」

 

「・・・私の命を救ってくださった方が、王都に向かわれているんです。ちゃんとお礼を言いたかったのですけれど、助けて頂いた時は声が出なくて、その後町でお会い出来たらお礼を伝えたかったんですけど、その方はお急ぎだったのか、すぐに王都に旅立たれてしまって・・・」

 

「そうなの、それで貴方も王都に行きたかったのね?」

 

「え、ええ・・・。王都は広いですし、行けたからと言って会えるわけでもないのでしょうけど・・・出来ればちゃんとお礼を言いたくて」

 

「まあ、ステキな話ね。よければぜひ貴方方に護衛頂ければ嬉しいのですけど」

 

「彼らはタルバーンの冒険者ギルドに所属するCランクパーティ<五つ星(ファイブスター)>です。腕は間違いないですよ」

 

ギルドの受付嬢さんがオススメしてくれる。

それはありがたいですわ。

 

「ふう、参ったね。手持ちの金額で手に入る質のいい武器が無いとは・・・」

「だが、何かしら手に入れないと稼ぐためにギルドの依頼も受けられないぞ」

 

そこへ男性二人がギルドに入ってきます。

 

「あ、リゲン、カルデラ! ちょっと聞いて。パティが明日朝出発の王都までの護衛依頼を受けたいって言うのよ」

 

ちょうど、パーティメンバーの方が戻って来たみたいです。

 

「ええっ!?」

「そりゃ無理だ。何といっても武器が無い」

 

カルデラが驚き、リゲンは無理だと断定する。

目に見えて落ち込むパティ。

 

「もし、貴方がたが護衛依頼を受けられないのは剣と槍が手に入らなかったからですか?」

 

「ええ・・・そうですが」

「もしかして貴方が依頼人?」

 

「そうです。わたくしが王都まで行くのを護衛頂きたいのです。剣と槍はタルバリ伯爵に頂いてきますわ。タルバリ伯爵家が騎士に使用する剣と槍なら質もいいでしょう」

 

「「ええっ!?」」

 

リゲンもカルデラも驚いて声を上げる。タルバリ伯爵家の騎士用の武器など、文句のつけようもない。

 

「ほ、本当にいいのですか?」

「そりゃすげえありがたいけど」

 

「それとは別に正規の護衛料をお支払い致しますわ。よろしければ依頼受理をお願いできませんか?」

 

「わ、わかりました。ポーラもそれでいいか? 俺としては剣がもらえて護衛料まで頂けるんだ。この依頼は逃したくない」

 

「俺もだ。タルバリ伯爵家の騎士が使う槍なんて、夢のようだぜ」

 

「そりゃアタシもいいけど・・・、アレンの奴とソーンにも確認を取らないと」

 

ポーラと呼ばれたお姉さん風の女性が頭を掻きながら言います。

何となくこのポーラさんがパーティを纏めているような感じがしますわね。

 

「とりあえず、用が無いなら文句を言わせない。受ける以外に俺とカルデラには選択肢が無い。武器の供給は喉から手が出るほどありがたいからな」

 

「それでは王都まで護衛をよろしくお願い致しますわ。わたくしはフィレオンティーナと申します」

 

そう言って頭を下げる。

 

「え、あの占い師で有名な!」

 

ポーラさんが驚く。

名前だけは知って頂けていたようですわね。

 

「ああ、こちらこそよろしく頼む。俺たちはCランクパーティ<五つ星ファイブスター>だ。王都まで貴方をしっかり護衛しよう」

 

こうしてやっと王都まで出発する準備が整いましたわ。

待っていてくださいまし、ヤーベ様。

このフィレオンティーナ、貴方の元へ馳せ参じますわ!

 




今後とも「まさスラ」応援よろしくお願いします!


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閑話12 フィレオンティーナの大冒険 その②

「ああ、いい天気ですわ」

 

パカパカと二頭立ての馬車を操縦して街道を進んで行きます。

 

「フィレオンティーナ様、少しペースが速いですよ!」

 

狩人のパティちゃんが諫めてくれます。

 

「あらごめんなさい。良い天気で気持ちが逸ってしまいましたわ」

 

わたくしは手綱を締めてペースを落とします。

 

「いや~、本当に質の良い剣だ」

「まったくだ、この槍の柄を見ろよ。安物と違って素晴らしい重量感だ」

「当たり前だよ、タルバリ伯爵家の騎士が使うものだぞ」

 

リゲンさんとカルデラさんがニコニコ顔でお互いの武器を見せ合っています。

 

「お前ら、いい加減に落ち着けよな。あたしたちは今護衛の任務中なんだぞ?」

 

二人を嗜めるのは盗賊のポーラさん。盗賊と言っても、迷宮探索で魔物を発見したり、罠を解除したり、宝箱を開錠するのがお仕事だって言ってました。

とっても大変そうなお仕事ですわ。

それに、パーティの皆さんのまとめ役で姉御肌的な感じ。

とっても頼りになりそう!

 

「それにしても・・・フィレオンティーナさんって売れっ子占い師である前に、タルバリ伯爵の奥方のシスティーナ様のお姉さんだったんだってね・・・。あたしゃ腰抜かしそうになりましたよ」

 

苦笑しながらポーラさんが話しかけてきます。

 

「たまたま妹が伯爵夫人になっただけですわ。おかげで今回無理が聞きましたけど」

 

オホホホ、と笑って誤魔化します。

なにせこの馬車はタルバリ伯爵の紋章が入ってますし、馬2頭も借りてます。その上剣と槍も融通してもらいましたしね。

 

「いや、それすごい事だと思うんですけど・・・」

 

ポーラさんは少し呆れてボヤく。

 

「王都への護衛は大歓迎ですよ。ついこの前『城塞都市フェルベーンの奇跡』を起こした真の聖女様も王都へ、向かっていると言う噂を聞いたのですよ」

 

アレンさんは神官戦士の卵さんです。

なんでも、『城塞都市フェルベーンの奇跡』という病気の人を大勢治した奇跡の聖女様が出現したと言う話みたいです。それが本当ならとてもすごいですね。

 

「なんだよお前ら・・・なんで王都までわざわざ・・・」

 

文句を言っているのは魔術師のソーンさん。なんでもパティさんに惚れているらしいです。パティさんが命を救ってもらった恩人を追って王都に向かうのが気にいらないらしく、ことあるごとに不平不満を漏らしています。

気にいらないのならお留守番していればいいのに。

 

もうすぐタルバリ領最後の町、ソラリーに到着する予定なのですが・・・。

 

「むっ!ハウンドドッグの群れが出たぞ!馬車に近づけるな!」

 

リゲンさんが剣を抜きながら声を張り上げます。出現数は六匹。

護衛の方一人一殺なら問題ないですわね。

 

ところが、リゲンさんが剣で、カルデラさんが槍で、パティさんが小弓で、ポーラさんがショートソードで、アレンさんがメイスでそれぞれ仕留めたのですが、魔術師のソーンさんは魔法を使わなかったため、私に一匹向かってきてしまいました。

 

「雷撃よ、敵を束縛せよ!<雷撃鞭(サンダーウィップ)>」

 

「ギャワワワン!」

 

電撃の鞭に捕らわれたハウンドドッグが絶命します。

 

「お前!ふざけるなよ!」

 

リゲンさんがソーンさんを怒鳴りつけています。

わたくしでも些かどうかと思ってしまいます。

何せ護衛を依頼した私に魔物が抜けてきてしまったのですから、護衛としてどうかという事になってしまいます。

 

「何だよ!ハウンドドッグくらい前衛で仕留めろよな!こっちは魔力を温存する必要があるんだよ!」

 

「何だと!」

 

あらあら、険悪になってしまいましたわね。

 

「もういいですわ。わたくし早く王都に着きたいんですの」

 

そう言って馬車を進めます。今日はソラリーの町で宿泊なのですがその先は王都直轄領になります。もうタルバリ伯爵の威光は通用しなくなるという事。わたくしも気を付けて気を引き締めなければならないのです。

 

「今までの村ではヤーベ様の情報は全く得られなかった・・・。この町ならきっとヤーベ様の情報が・・・」

 

「ん?ヤーベって、コルーナ辺境伯家の賓客っていう、あのヤーベですか?」

 

リゲンさんが聞いてきます。なぜヤーベ様のお名前を知っているのでしょうか?

 

「ええ、確かにヤーベ様はコルーナ辺境伯家の賓客でいらっしゃいましたわね。私の命の恩人で未来の旦那様ですわ」

 

「ええっ!?そうなのかい? 実は俺たちもヤーベ殿に命を救われてるんだ。お礼を言いたかったんだけど、忙しかったのか、翌日朝には出発しちまったから、俺たちもお礼を言ってないんだ。パティじゃないが、俺もちゃんとヤーベ殿にお礼を言いたいと思っているんだ。尤もお礼に払う金も持っていなかったんだが」

 

「あらあら、それでは王都までの道程で少しでも稼いでおかないとヤーベ様にお礼も出来ませんよ? 取りあえずそのハウンドドッグはお持ちになってギルドに買い取りに出されては?」

 

「もちろんそうさせてもらいます。尤もフィレオンティーナ様も一匹仕留められておりますよ」

 

「わたくしは結構ですわ。パティに差し上げてくださいな」

 

「ええっ!? 悪いですよ・・・」

 

「遠慮はいりませんことよ? 特に弓は矢の用意もいるでしょう。王都まではまだありますから、しっかり準備なさってね」

 

「あ、ありがとうございます」

 

素直に頭を下げてお礼を言ってくださるパティちゃん。可愛い子ですわね。

 

 

 

ソラリーの町に着いたので、一番良いホテルに泊まろうと思ったのですが、<五つ星(ファイブスター)>の面々が宿泊できないと言って来たので、こちらで費用を持とうと思ったのですが、それも心苦しいという事で、中堅の宿屋に落ち着くことになりました。

ホテルへの聞き込みを実施しておけば宿泊の必要も無いでしょうか。

 

冒険者ギルドへ行ってみれば、結構な喧騒が。良い事でもあったのでしょうか?

聞いて見れば、グロウ・キャタピラーやギール・ホーネットといった少しランクの高い魔物が大量に持ち込まれたとの事。

解体して素材が出回ることになるので、ギルドもホクホクになるとのことですわ。

それはそれは景気の良い事で・・・と思っていたら、なんとその魔物を持ち込んだのがヤーベ様との事!さすがは私の未来の旦那様!

大量に魔物を狩って経済効果を上げているとは。恐るべき旦那様ですわ!

 

 

五つ星(ファイブスター)>の面々はハウンドドッグを買い取りに出して多少の軍資金が増えたみたいです。よかった。

今日はしっかり休んで、明日朝には王都直轄領最初の町であるバリエッタへ向かって出発です。

 

待っていてくださいまし、ヤーベ様。

このフィレオンティーナ、貴方の元へ馳せ参じております!

 




今後とも「まさスラ」応援よろしくお願いします!


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第84話 助けた商会にブラック経営だと教えよう

 

商業都市バーレールから出発して半日。

王都までは三日の行程だ。

途中の村で宿泊する予定となっている。

今は昼休憩を過ぎて午後の移動中だ。

 

『それにしても、おで、こんなすごい馬をもらっていいだべな?』

 

愛と正義の騎士「赤カブト」ことゲルドンが馬車の横を騎乗しながら話しかけてくる。

 

「もちろんだよ、ゲルドンは何といっても英雄なんだから。後、人間の言葉トレーニングだな」

 

『おでも喋れるようになりたいだよ』

 

ゲルドンは真っ赤な全身鎧フルプレートを着たまま、大柄な馬に乗っている。

ハルバードは二メートル少々の物に買い替えてある。

ちなみに大立ち回りした三メートルのハルバードは領主に英雄がオーク千匹を仕留めた業物として寄進している。

・・・武器屋の親父が狂喜乱舞していて、二メートルのハルバードはただで貰うことが出来たからいいけど。

ただし、馬は結構お金かかったな。やはりゲルドンが全身鎧フルプレートを着たまま馬に乗る事を前提としたからな。かなりしっかりした大きい馬を買うことになった。

 

「しかし、真っ赤な鎧を着た騎士が従者とか・・・なんだか相当凄そうに見えるな」

 

フェンベルク卿が急に増えた仲間(というか使役獣)に関心を寄せている。

 

「見栄えだけは一級品だぞ、ゲルドン」

 

『見栄えだけだで』

 

「実力は後からでもいーんじゃない?」

 

『ピンチの時に間に合えばいいだが』

 

「そもそもピンチは無い方がいいけどね」

 

『それもそうだべな』

 

ゲルドンと気安い会話をしていると、イリーナがジトッと見てくる。

 

「ヤーベ、なんだか気安く話せる使役獣が出来たのだな・・・」

 

「イリーナさん? オークに嫉妬するのやめてもらってもいいですか?」

 

イリーナやサリーナ、フェンベルク卿を始めとしたコルーナ辺境伯家のみなさんにも、商業都市バーレールを襲ったオークの軍団を殲滅した話を朝食時にしてある。

 

イリーナやサリーナ、ルシーナちゃんには昨日午後買い物に行けなかった理由がわかって逆にホッとしているくらいだった。

 

フェンベルク卿に至っては「またか」くらいの反応だった。

 

「ヤーベ殿は行く先々で人々を救いまくっているぞ・・・。推理小説の探偵のようだな」

 

「だれが行く先々で死人が出る疫病神ですか!」

 

フェンベルク卿の身も蓋も無いツッコミに魂の反論をする。

はっきり言うが、この普段ない規模の魔物襲撃は俺のせいじゃないからな!

後、この異世界小説のような読み物あるんですね!

だったら俺はラノベが読みたいぞ!異世界のラノベは科学が発達した世界へ飛ばされる話だったり!?

 

「そうですよ! ヤーベ殿がいてくださったからこそ私たちは安全に王都に向かっていられるのではないですか。過去安全な旅が多かったからと言って最少人数の騎士のみで王都へ向かう判断をされたのは貴方ですからね? ヤーベ殿がいなければ今ごろ私たちは野垂れ死んでいますことよ?」

 

奥方様が俺をフォローしてくれる。

ちなみに奥方様はルシーナちゃんのお母さんであり、フェンベルク卿の妻だな。

当たり前のことを説明しているのは、ついこの前までこの奥方の名前を認識してなかったんだな。朝食時に奥方のことをフェンベルク卿が「フローラ」と呼んだのを聞いて、あ、奥さんフローラって名前だったんだ!と知った。

 

まあ、大したことではないが。

 

それにしても、商業都市バーレールと王都を結ぶ街道はかなり整備が進んでいる。

ただ、バーレールから最初の宿場町(村)への道すがら、大きめの森を迂回するような街道があった。

 

(魔物の襲撃はもうないと思うけど・・・)

 

そうはいっても何があるかはわからない。

俺は<気配感知>と<魔力感知>を薄く広く展開しておく。

 

 

「マジかっ!!」

 

 

急に大声を出した俺に馬車の中の全員がびっくりする。

 

「どうした、ヤーベ!?」

 

イリーナが馬車の窓にかじりついた俺を心配する。

 

「ヒヨコ隊長! 状況確認! 俺が出る! ローガ達は賊が逃げないよう包囲せよ!」

 

『了解です!』

『ははっ!』

 

「なんだっ!どうしたんだヤーベ殿!」

 

「フェンベルク卿、街道から外れた森の奥で商隊が盗賊に襲われている。対人のためローガ達に突っ込ませるわけにもいかないので俺が出ます! ゲルドンは馬車を守ってくれ。万一陽動という事もあり得る」

 

ないとは思うが、一応指示を出してから<高速飛翔(フライハイ)>で森へ急ぐ。

 

 

 

 

 

 

「嫌だ!やめてよ!やめて!」

 

商隊の中で、一番いい身なりをした女性が賊に組み伏せられていた。

 

「はっはー! オメーは裏切られたんだよ!自分の従業員になぁ! 安月給でコキ使うから恨まれたんだろーぜ!」

 

「そっ、そんな!」

 

見れば、従業員で下働きをしていたドムスが荷物を漁っていた。

 

「ドムス!」

 

「ようお頭さんよ、俺にもその女、回してくれよ? 安い給料で朝から晩まで働かせておきながら、使えねぇだとかボロクソ言いやがって!ザマーミロだぜ!はははっ!」

 

「ひ、酷い!」

 

ビリビリッと服を破いて女主人を襲おうとする賊のお頭。

 

「嫌っ!やめて!」

 

「やめるわけねーだろーがよ! お前の部下の男五人は全て奴隷に売り払って、お前は犯し尽くしてから娼館に売り払ってやるぜ!」

 

「うううっ・・・」

 

辛い現実と暗い将来を悲観してか涙が止まらない女主人。

 

「でも、やめた方がいいと思うんだがなあ」

 

「えっ!?」

 

 

 ガシッ!

 

 

「ななっ!?」

 

俺は馬乗りになっている賊のお頭的な男の後頭部を後ろから鷲掴みにする。

 

「ぐぎゃぎゃぎゃぎゃ!」

 

アイアンクローの要領でお頭の頭を締めていく・・・ぷぷぷっお頭のお頭だって。

盗賊の後頭部、と説明したほうがいいかな?

 

「このままだと、入ってなさそうな脳みそぶちまけることになるけど、どうする?」

 

「やめて!やめてくれ!」

 

「でもー、お前、その女の人が「やめてっ」て言ってたのにぃ、「やめるわけーねだろーが」って言ってたからぁー、俺もそうするかなー、「やめるわけーねだろーが」って」

 

 メキメキメキッ!

 

「ぎゃあああああ!」

 

さらに締め上げると叫び声をあげる賊のお頭。

 

「うるさいな」

 

「すいませんっした!悪かったです!もうしません!」

 

「すがすがしいほどのクズっぷりだな。手のひらもこれほど高速に返されるとツッコミのしようが無いね。もうこんな風に人を襲ったりしない?」

 

「しないです!心を入れ替えます!すいません!」

 

泣き叫ぶように詫びを入れてくる賊のお頭。

 

「そう、じゃ、まあいいか」

 

そう言って俺はアイアンクローを解く。

 

その瞬間、賊のお頭は腰からナイフを抜き、商隊の女主人を抱えて首にナイフを当てる。

 

「はっはー! バカめ! 騙されやがって! いいか、この女を殺されたくなきゃ抵抗するんじゃねーぞ!」

 

「あれ?心を入れ替えて悪い事はもうしないんじゃなかったっけ?」

 

一応聞いて見ましょう。

 

「アホじゃねーのか、お前! 約束なんて守るわけねーだろーがよ! おい、お前ら、今の内だ!コイツを殺せ!」

 

「へへっ!」

「馬鹿が正義の味方気取りやがって!」

「ぶっ殺してやる!」

 

賊はお頭を除いて七人か。大した規模じゃないな。それと何か裏切ってそうな小物が馬車の荷物を漁ってるな。奥に縛られた男が五人。女主人を凌辱するところを見せるためか、まだ殺されていない。とりあえず生きていてよかったというところか。

 

「ちょっと貴方! どうしてこんな賊を許したのよ! こんな奴らが約束なんて守るわけないじゃない!」

 

人質になって殺されかかっている女主人が声を荒げる。

 

「きみ、立場わかってる? 俺が来なかったらすでに凌辱されてると思うんだけど、一応それを止めた俺に文句言うかな?」

 

俺は呆れ気味に女主人に言う。

 

「そうだけど! 今はもう殺されちゃいそうでしょ! 私!」

 

結構自分中心な感じなんですね。メンドクサイの助けに来ちゃったかしらん?

 

「ごちゃごちゃ言ってねーで早くコイツを殺せ!」

 

賊のお頭がの命令で襲い来る七人。

 

ドボォ!

 

先頭の男にボディ一閃!

 

「げふぅ!」

 

素早く体を入れ替え、別の男の横に移動、回し蹴りを喰らわす。

 

バキィ!

 

「ガッ!」

 

そして瞬時に低く伏せ、回転足払いで後ろの二人を転ばす。

起き上がりに目の前に迫る男の顎を打ち抜く。

遅れた二人がナイフで付きかかって来るのを両手で捉え、ねじり上げた上で捻り落とす。首から落ちる様にしたのでダメージが大きいだろう。

そして足払いで転ばした二人が起き上がって来たところに顎を狙って鋭い蹴りで打ち抜く。

 

お頭が声を荒げる間もなく、七人の男たちが沈む。

 

「まあ、どんな人間でもチャンスはあるべきだと思うんだよね。どんなに信用がなさそうな連中でも。尤も、その与えられたチャンスを生かすかどうかは相手次第なんだけどね」

 

「それは、どういう・・・」

 

女主人がシンプルに疑問を持ったのだろうか、俺に問いかけようとしたが、その喉元にナイフを押し付ける賊のお頭。

 

「おめぇ、何モンだ・・・?」

 

「ああ、嘘つきに興味ないんだ、俺。もうお前にチャンスは無い」

 

「ふざけんな!俺を殺ろうとしても、無駄だぜ!この女の喉を切られたくなかったら・・・」

 

「どうやって?」

 

「ああ? もちろんこのナイフで・・・」

 

そう言った賊のお頭の手首が落ちる。ナイフを持ったまま。

 

「ぎ、ぎゃああああああ!」

 

噴き出す血に汚れてしまった女主人。位置的に運が悪かったって事で。

ちなみに、細く伸ばしたスライム触手でナイフを持つ手を手首からスッパリしただけですけどね。嘘つきに容赦はしないのだ。

 

『ボス!賊どもはここにいる連中だけの様です』

『ボス、森から逃げた賊もおりません』

 

ヒヨコ隊長とローガがそれぞれ報告してくる。頼りになるね。

 

「おーい、護衛隊長さん、賊を縛り上げて、突き出してきてくれない? 報奨金は護衛のみんなで飲んじゃっていいから」

 

俺はフェンベルク卿の護衛でやって来ている護衛騎士団の隊長さんが様子を見に来てくれたので声を掛ける。

 

「いや、ヤーベ殿、そう言うわけにも・・・」

 

「いいからいいから」

 

遠慮する護衛隊長さんに報奨金を押し付けるようにする。盗賊片付けてもらうんだしね。長旅を護衛してもらっているし、楽しみはあった方がいいよね。

 

「そ、それではお言葉に甘えて・・・おい、ロープを持て、賊を引っ立てるぞ!」

「了解!」

「ヤーベ殿のおかげで今日はうまい酒にありつけそうだな!」

「ツマミも期待できるぞ!」

 

護衛騎士たちはウキウキと賊に縄を打って引っ立てていく。

 

「君たち、大丈夫か?」

 

呆然とする女主人を置いておき、縛られた五人の男の縄を解いてやる。

 

「あ、ありがとうございます・・・」

「助かりました・・・」

「よかった・・・」

 

全体的に暗いな。助かったっていうのに、目が死んでる感じだ。

この感じ、昔を思い出す。社畜のように働いて夢も希望も無かった時代の同僚に似ているな。

 

「ひゃああ!」

 

我に返ったのか、叫び声をあげる女主人。

さて、怪しいのがもう一人。

 

「護衛騎士のみなさん、多分アレも仲間だから、縛って持って行ってね」

 

馬車の中で荷物を手にガタガタ震えてる小物も忘れずに伝えておく。

 

「ドムス!あんたサイテーよ!」

 

女主人が怒り心頭だ。そりゃそうか、裏切られればそうなるよな。

 

賊の一味を先に引き渡しに行くと数名が先行して行った。

 

馬車の荷物で汚れを処理して、着替えなおした女主人が改めて俺に挨拶に来る。

 

「お助け頂きまして誠にありがとうございました。私、リーマン商会の会頭をしております、サラ・リーマンと申します。」

 

「サラリーマン!」

 

俺があまりに素っ頓狂な声を上げたからだろう、サラはどうしたのかとこちらを見る。

 

「はい、サラ・リーマンと申しますが・・・」

 

俺はサラの両肩を掴んで揺する。

 

「リーマンって! 働き過ぎてないか? ちゃんと寝てるか? 過労死すんな!」

 

急に前後に揺すったのでびっくりしたようだ。

 

「なななななっ!何をするんです?」

 

「リーマンで何が悪いってんだ! 知り合いの医者も弁護士も自営業も何だかんだと言ってやがったが、リーマンでコツコツ真面目に働いて何が悪い!」

 

「えええっ!? コツコツ真面目に働くのは良い事では・・・?」

 

サラは訳も分からず、とりあえず真面目は良い事だと回答する。

 

「だが、真面目過ぎて社畜になってはイカン! それは会社の奴隷だ!未来はない!」

 

「シャチクって何ですか?」

 

「いや、今の君にはきっと縁のない言葉さ。それより、従業員のみんな、目が死んでない?働かせすぎ?」

 

俺が心配した目を向けると、サラは少しムッとした顔で反論する。

 

「ちゃんと朝八時から夕方五時まできっちりとした時間で雇用しています。実に良心的ですよ」

 

ドヤ顔で話すサラだが、他の従業員たちは

 

「店が開く八時前から準備のために来させられるし、客が多いと五時以降も帰れないしな」

「そうそう、別に給金余分にもらえるわけじゃないし」

「翌日の準備もあるから、客が帰った後もすぐ帰れないし」

「馬車の積み込みがある日は休み返上だよな」

「お店が凄い忙しい日が続いても、給料変わらないしね」

 

「ブラック!ブラァァァァァァーック!」

 

俺の魂が絶叫した。

 

「えええっ! でもそれくらいしないと商会なんて運営できませんよ?」

 

そして経営者は言う!ブラックは当然だと!

 

「その性根、叩き直さねばならぬようだ」

 

「怖いです!命を救ってもらって何ですけど!怖いですよ!」

 

サラが若干涙目になる。だが、ここで怯んだらあの五人に未来はない!

 

「今、貴様が変わらなければ、あの従業員たちの目はもっと死ぬ!」

 

「もっと死ぬって、今軽く死んでるみたいじゃないですか」

 

「そう、もう死んでいると言っても過言ではない」

 

「五人は生きてますよ?」

 

「いや、心は死んでいる! 君の商会で働いている事に生きる意義を見い出せていないのだ!」

 

俺は高らかに宣言する。

 

「君の商会は従業員に対する扱いの改革が必要だ!」

 

「助けてもらっておいてなんですけど、余計なお世話です!」

 

サラがついに怒り出す。

 

「ふむ・・・商会の会頭として人の意見に耳も傾けられないか・・・、実に残念だ。あの五人が本当に死なないことを願うばかりだ」

 

「本当に失礼な方ですね! ちょっとみんな!馬車を起こしてちょうだい!荷物を点検したら王都に向けて出発するわよ!」

 

「ええ・・・」

「はい・・・」

 

五人中二人しか返事しなかったな。

そして準備が出来るとさっさと出発してしまう。

 

「ではごきげんよう」

 

助けてもらっておいてお礼も渡さずごきげんようも何もないものだとは思うが、言い合いから踏み倒せると判断したのか、怒りでお礼を忘れているのかは判断できないな。

まあ、どうでもいいが。

一つ言えることは、彼女の店で買い物はしたくないなって事だ。

徒労感の強い人助けはこっちの心にも響くよ。

誰か俺を癒してくれー!

 




今後とも「まさスラ」応援よろしくお願いします!


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第85話 ゲルドンの事情を聞いてみよう

『で、ヤーベ殿はスライムだと言う事だっただが』

 

「うむ、ほら。この通り」

 

俺はローブを脱いでデローンMr.Ⅱ体型を取る。

そして両手代わりの触手を二本出す。

 

『こりゃあ魂消ただな。本当にスライムだべな』

 

「だろ? 何もわからないまま森の中で目を覚ましたんだよ。本当に最初はどうしようかと思ったよ」

 

ここは王都まで後一日と迫った宿場町。王都に一番近いせいか、村というよりは町に近い。人の往来も多く、活気のある町であった。

すでに夜の帳は落ち、コルーナ辺境伯家のみんなやイリーナやサリーナは宿の自室で休んでいるだろう。

だが、俺とゲルドンは宿の俺の部屋に集まっていた。

ゲルドンは真っ赤な鎧を脱いで楽な格好になっている。

 

「まあ、飲もうよ」

 

そう言ってゲルドンに酒を注ぐ。

コップはベルヒアに作ってもらったものではなく、この村の木彫りの工芸品のような大き目のマグカップのようなものを買って来た。

ちなみにゲルドンと御揃いのサイズだ。竜っぽい彫り物のデザインと、虎のようなデザインと、分けてある。ちなみにゲルドンが虎デザインを使用している。

 

『この酒、うまいだな。生きてるときはあまり酒を飲まなかっただよ』

 

「いや、今も生きてるから・・・。なんて言えばいいんだろうな。前世? それとも地球時代?」

 

『前世っていうと、やっぱり死んだだかなぁ』

 

「実は俺もわからないんだ。気が付いたらこの世界にいたからな。だから、もしかしたら過労死して転生してきたのかもしれないし、意識だけ来てて、地球に体が残ってるかもしれないけど」

 

『地球に体が残ってたら、それはそれで困るだな』

 

「確かに。誰も意識ない体なんて管理してくれないだろうしね」

 

酒を飲みながら、前世? 地球時代? からこの世界へ来た時の情報を交換し合う。

 

「この酒、商業都市バーレールで買って来たんだ。英雄と飲み交わす酒だから、良い物をって言ったらこの酒を出してくれたんだ。試飲したら飲みやすくておいしいから決めて来たよ。まだたくさんあるからどんどん飲んでくれ」

 

『それはありがたいだが、おでを酔わせてもなーんも楽しくないだで』

 

馬鹿野郎、お前酔わせたからって楽しい事なんてあるかっ!

 

「そりゃそうかもしれんが、男同士バカ話に花を咲かせて、酒とツマミでつぶれるのもたまには悪くないだろ」

 

『そう聞くと、最高な贅沢だでな。この前までオークの集団で最悪な状況だっただけに、天国のような話だで』

 

「まあ、野郎同士での盛り上がりに飽きたら、こっそりお姉ちゃんがいる夜の店にでも行くか」

 

『マ、マジだべか! ヤーベ殿はそういう店にもう行っただか!?』

 

「おいおい、えらく食いつくな。この世界に来てからはそんな店一度も言ってないよ。なんてったって、町に繰り出せるようになるまでだいぶ時間かかったからな。だってスライムなんだぜ。見つかったら速攻で経験値の元だ」

 

『確かに、それは否めないだで』

 

お互いに深い溜息を吐く。

 

『どうせなら、もっと強いモンスターに転生出来たら良かっただベなぁ』

 

ゲルドンは酒を煽りながらそんなことを呟く。

 

「そうか? オークは確かにアレだが、急にドラゴンだのマンティコアだのグリフォンだのになっても持て余しそうだしな。まだ人型だから、鎧で何とかなってる側面もあると思うぞ?」

 

俺はドラゴンになってしまった想像をしてみる。

・・・狩られる運命しか見えない。

 

『確かに。ドラゴンでも人型に変身できないと辛いだでな』

 

「ところで、ゲルドンは地球では何て名前だったんだ?」

 

『おでは、田中道春(たなかみちはる)って言うだよ』

 

「俺は矢部裕樹(やべひろき)だ」

 

『だで、ヤーベって名前だか?』

 

「そう。最初に会った村の子供にそう名乗っちゃったから、もうそれで通してる」

 

『だども、あまり地球時代の名前は意味無いだな。おではヤーベに付けてもらったゲルドンって名前気に入っただよ』

 

「それは良かった。でも何で俺たち魔物に転生したんだろうな? 普通に人間に転生してチート貰ってるヤツだっているのに」

 

『いるだか!? 他に転生者が』

 

ゲルドンが驚いてコップの中身を零しそうになる。

 

「ああ、一人会ってる。尤も、俺を殺しに来たくノ一だったけどな。そいつもラノベファンだったんだが、見た目がちっこい美少女だった。しかも神様に会って、チートを貰ってウッハウハらしい」

 

『なんだべそれ!滅茶苦茶うらやましいでねえか!』

 

とりあえず俺を殺しに来たことはスルーするらしい。

 

「そうなんだよ、すげー羨ましい! 何で俺たちだけ魔物に転生したんだろうなぁ? ゲルドン何か心当たりでもある?」

 

取りあえず何の気無しにゲルドンに話を振ったのだが、

 

『恥ずかしい話だで、実はおで、東京の大学に出て来た時にラノベにハマっただが、女騎士がオークに凌辱される話が大好きで大好きで』

 

トンデモない情報が出て来てしまった。

 

「・・・ゲルドン、その性癖はあまり推奨できないが。まあ、物語を楽しむのは誰にでもある権利だからいいけれども」

 

『おで、全然モテないだで、オークはこんな綺麗でおっぱい大きい女騎士といっぱいエッチなコトできるでなーっと思ったら、オークになりたいとか思ってただよ』

 

「・・・はいっ? オークになりたいと思ってたの!?」

 

『まあ、そのラノベ呼んでた時は、だで』

 

濃いラノベ呼んでんだな~、ゲルドン。それってノクターンのヤツだよね?

・・・もちろん俺も楽しんでましたが、なにか?

 

「あれ? ちょっと待てよ? じゃあゲルドン、オークになりたいと言う願いが叶って転生してきたって事か!?」

 

『実際オークなんてとんでも無いもんだべな』

 

「そりゃ現実は地獄だろーよ・・・」

 

俺は、これほど希望が叶って悲しい現実を見たことがないわ・・・。

 

『だいたい、オークだから女騎士にモテてるわけではないだで』

 

「そこから!? それ、読んでりゃわかる当たり前の話だからね?」

 

『だいぶ妄想が膨らんでしまっただべな』

 

「それもだいぶ間違った方に膨らんだと思うよ・・・」

 

ゲルドンのオーク転生が、もしたまたまオークになりたいと強く思った時期だったとしたら。

 

前提として、地球時代の自分が急死したとして、俺はたまたまスライムになりたいと思っていたのだろうか? いや、ないな。どれだけ転〇ラが神ラノベだとしても、大ファンだとしても、スライムになりたいと考えたことはないな。うん、無い気がする。

 

・・・となると、俺は何故スライムになったんだろう?

 

やはりわからない。ゲルドンがオークをたまたま望んでしまった時に転生してしまった可能性はあるが、俺は一度もスライムになりたいなんて思ったことはないからな。

 

「ヤーベ殿は、スライムになって女の子の服だけ溶かしていろいろしたいとか思ってしまっただべか?」

 

・・・ゲルドンよ。君は俺の中でスーパームッツリマンに変身した。

俺は決してゲルドンには染まるまいと固く誓うのだった。

 




今後とも「まさスラ」応援よろしくお願いします!


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閑話13 フィレオンティーナの大冒険 その③

「今日もいい天気ですわ」

 

二頭立ての馬車を進めながら思わず口から独り言が出てしまいます。

 

「本当にいい天気が続いていてよかったですね!」

 

狩人のパティさんがわたくしの天気ネタに乗ってくれます。

 

わたくしは二人姉妹でしたから、妹のシスティーナがおりましたが、パティさんのような元気娘はやっぱり妹と雰囲気が違います。今はパティさんが新しく出来た妹の様でちょっと嬉しいですわ。

 

「もうすぐ王都直轄領の最初の町バリエッタに到着します。今日はこの町で宿泊予定でよろしいですか?」

 

冒険者パーティ<五つ星(ファイブスター)>のリーダー、リゲンさんが問いかけてきます。

 

「ええ、ヤーベ様の情報も収集したいですし、それでいいですわ」

 

そしてわたくしたちはバリエッタの町に入ります。

大通りを進んで、宿を取ったら冒険者ギルドに寄る予定です。

五つ星(ファイブスター)>の皆さんは王都直轄領へ異動届を出しにギルドへ行かなくてはいけないようですし。

 

きっとヤーベ様はこの町でも活躍されていらっしゃるでしょうから、ギルドに行けば簡単に情報が入りますわ!

 

「ダークパイソンの串焼きだよー!今だけだよー!」

「ダークパイソンの煮込みだ!精が付くよー!」

「ダークパイソンのスラ・スタイルだ!最高にウマイよー!」

 

大通りの露店ではいろいろと食べ物が売っているのですが、ダークパイソンという魔物の肉を使った料理が人気なのでしょうか?

 

「ダークパイソンだって・・・? そんな高ランクの魔物の肉がこんなに出回ってるのか?」

 

屋台を覗きながらリゲンは情報を収集する。

 

「おうよ! つい一昨日大量にダークパイソンが持ち込まれたって話だぜ。昨日から肉を売り出しててね。昨日からダークパイソンの肉を使った料理の屋台がたくさん出ているよ! ぜひ食べてみてよ! ダークパイソンの肉を炙ってキャベキャベとトマトマと一緒にパンで挟んだダークパイソンのスラ・スタイル、最高にウマイんだから」

 

「じゃあ一つ貰おうか。おーい、みんなも食べてみるか?」

 

「リーダーの驕り?」

 

ポーラがからかう様に返事をする。

 

「ああ、わかったわかった。食べたいヤツは手を上げろ。あ、フィレオンティーナ様もおひとつ召し上がりますか?」

 

「え、よろしいのですか? では、わたくしも一つ頂いてよろしいでしょうか」

 

せっかくですので、一つ頂いてみましょうか。

 

「ソーン、お前は?」

 

「フンッ」

 

プイッと顔を背けるソーンさん。

良くない反応ですわね。もう少し大人になられるといいのに。

 

「勝手にしろ」

 

そう言って、屋台のお兄さんに数を注文するリゲンさん。

炭で焼かれたダークパイソンの肉をパンに挟んで渡してくれます。

 

パクッ!

 

「んんっ!」

 

とってもおいしいです!

ジューシーな肉汁がジュワっと口に広がり、パンとの愛称もばっちりです。

キャベキャベやトマトマもあるので、野菜も取れますしね。

 

「うまいだろ! 北のバハーナ村近くの森に大量に出たらしくて、大変だったらしいんだけどね。なんでも超すごい魔物使いがダークパイソンを狩り尽くしたらしいんだよね。しかも、バハーナ村がこのバリエッタの町の冒険者ギルドにダークパイソンの討伐依頼を準備してる情報を聞いただけで、村の救出のために狩りに出かけたらしいよ、その魔物使いの人。世の中そんなすごい人がいるんだね。まだ依頼受理も報酬も決まってない段階で村を救いに行ったんだってさ」

 

「へー、そんな英雄みたいな人がいるんだな」

 

リゲンさんが感心しています。

と言いますか、そんなすごい魔物使いの英雄、わたくし一人しか知りませんわ。

 

「ヤーベ様、もう一体いくつの町を救ってくださっているのかわからないくらいですわ。通る町通る町すべて救済しているような勢いですわね」

 

「え、これもヤーベ殿の仕事なのか!?」

 

「そんなすごい魔物使い・・・といいますか、<調教師(テイマー)>の人、他に想像できます?」

 

「確かに! 助けてもらった時はヤーベさん自ら戦ってらしたんですけど、馬車の後ろからすごく大きな狼たちが整列してついて行っていたんですよね。あれ、全部使役獣だとしたら信じられない能力ですよね」

 

パティさんが興奮した様子で当時の事を話してくれます。

何度聞いてもヤーベ様の活躍、カッコイイですわ!

 

 

 

バリエッタの町でバハーナ村を襲ったダークパイソンをヤーベ様が見事に討伐された(正確にはヤーベ様の使役獣である狼牙族が根こそぎ討伐したみたいですが)話を聞いて、さすがヤーベ様と感動しておりましたが、わたくし、まだまだ甘かったようですわ。

 

現在到着したばかりの商業都市バーレールにて。

到着した時から、なぜか町全体がお祭り騒ぎだったので、どうしたのかと思っていたら、なんでもつい昨日、オークの軍勢が町を襲ったのを英雄が撃退したと言う話だったのです。

もう英雄とくれば、ヤーベ様しかいない!・・・と思ったのですが、どうも違う?見たいです。『愛と正義の騎士赤カブト』さんが狼牙族と共に千匹のオークを討ち果たしたとのことです。てっきりヤーベ様が活躍したと思ったのですが・・・。

 

冒険者ギルドに出向けば、三メートル近い長さのハルバードが飾ってありました。

「領主寄贈」って書いてありますわね。

 

なんでも『愛と正義の騎士赤カブト』が千匹のオークを退けた時に使っていた業物らしいです。そう言えば、「赤カブト」モデルのハルバードなるものを売る武器屋がいくつもありましたが、こういう事だったのですね。このハルバードのレプリカが売られているのですね。

 

「それにしても、てっきりヤーベ様が活躍されたものとばっかり・・・」

 

「ん? ヤーベの知り合いか?」

 

わたくしが呟いていると、カイゼル髭が立派なおじさまが出てきました。

 

「ええ、ヤーベ様は私の命の恩人で未来の旦那様ですわ」

 

ヤーベ様の事を聞かれた場合、常にこのお返事をすることにしていますの。

 

「未来のダンナ? アイツ、女連れだったはずだが?」

 

カイゼル髭をピンッと弾きながらおじさまが心配してくれます。

 

「ヤーベ様のような英雄ともなれば、奥方様も複数になるのは当然ですわ」

 

「・・・そうかい、まああの男の規格外さは尋常じゃなかったけどな。そのおかげでこの町は助かったわけだが」

 

カイゼル髭のおじさまはこの冒険者ギルドのギルドマスターさんでした。

しかも、彼が言うにはその「愛と正義の騎士赤カブト」なる騎士は、ヤーベ様の使役獣とのことです。

なんと、使役獣が増えているではないですか。さすがはヤーベ様!

 

聞く話聞く話、どれもこれも放っておかれれば町が壊滅しかねない事象なのに、その全てを見事に納めている・・・もはやヤーベ様は神と言っても過言ではないのでしょうか。

 

今日一日、休んで明日朝一番に王都に向けて出発です。

ヤーベ様との距離が後一日にまで詰まったようです。

 

待っていてくださいまし、ヤーベ様。

このフィレオンティーナ、貴方の元へ後少しですわ!

 




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第86話 早速一人目の救出を行おう

「つ・・・ついに着いた王都! DA〇GO的に言うならTTO(ついに到着王都)!」

 

「イヤ、何を言っているのかちょっとわからないのだが」

 

首を可愛く傾げるイリーナを横目に、大きくそそり立つ外壁を見つめる。

ようやく長旅の末に着いた王都。

・・・まだ王都バーロンの大門と呼ばれる大きな門の前で入る手続き待ちなのだが。

なんと貴族専用門でも十台の馬車が並んでいた。

 

「さすがに王都バーロン。貴族専用口でも手続きに待ちが発生するとはね」

 

俺は馬車の窓から顔を出す。

顔を出したとはいえ、俺は基本全身ローブ。

ちょっと怪しい感じが出てたりするかな?

 

その時、一斉にコルーナ辺境伯家の馬車にヒヨコたちが群がってくる。

 

『ボ、ボス!お待ちしておりました! マンマミーヤのマミちゃんの元へ!』

 

『ダークエルフのリーナちゃんを!リーナちゃんを!』

 

ヒヨコ十将軍序列一位レオパルドと序列二位クルセーダーが馬車の屋根の上に飛び乗って来て涙をちょちょぎらせながら俺に陳情する。

 

デジャヴだな。

 

『ボス!孤児院のシスター・アンリが!シスター・アンリが!』

『ハーカナー男爵元夫人が!テラエロー子爵の部下が借金の取り立てに!』

 

序列第三位クロムウェルも第四位センチュリオンも涙がちょちょぎれている。

 

だから、デジャヴだって。

 

『「定食屋ポポロ」の姉妹が・・・』

『アリーちゃんが倒れます!』

 

序列第五位ヴィッカーズ、第六位カーデンも、だからデジャヴだっての!

 

『マリンちゃんが!マリンちゃんが!』

 

第六位カラールも全くブレないね。

 

『ボス、王都警備隊隊長のクレリア・スペルシオですが、かなり有能な人物であることが分かりました。ただ、彼女を引きずり落とそうとする勢力が大きく暗躍しており、王都の一部地域で治安が劇的に悪化しています。夜の報告会で場所とその他調べました情報を報告させて頂きます』

 

序列第八位キュラシーア、コイツは本物だ、なぜコイツが序列八位なのか? これはヒヨコ隊長に序列変更の具申をしておこう。

 

「うん、頼むよ。頼りにしているよ」

 

『ははっ!』

 

マジで頼もしいな、キュラシーア。

 

序列第九位ティーガーと第十位センチネルは横で見ている。

王都情報を持ってないから落ち着いているな。

 

馬車の屋根にはヒヨコ十将軍以外に、十将軍の部下たちも集まっており、それぞれの将軍の助けて欲しいターゲットを押しまくる。

 

『『『ぴよぴよぴー(マミちゃん助けて!)』』』

『『『ぴぴぴよー(リーナちゃんが先だよ)』』』

『『『ぴよぴー(シスター・アンリはとっても優しいんだよ)』』』

『『『ぴぴよぴー(ハーカナー夫人もとっても優しいんだよ)』』』

『『『ぴよぴよー(定食屋ポポロのコロッケとってもおいしいんだよ)』』』

『『『ぴよよよー(アリーちゃんをいじめる聖女は天誅だ~)』』』

『『『ぴよー(マリンちゃんの怪我が心配~)』』』

 

うーむ、助けて欲しい理由が段々おかしくなってきている気もするが。

 

ちなみにキュラシーアの部下は俺に陳情しない。

情報とはボスである俺が取捨選択するべきだという考えが伝わってくるようだ。

 

「わかったわかった。とにかく、手に着くところから急いで対応するから」

 

『カッシーナ王女もお願いしますね!ね!』

 

ヒヨコ隊長も推してくる。どうやって王女助けるの?

 

とにもかくにも俺はヒヨコ達を落ち着かせる。

う~ん、今日すぐできる事はあるかなぁ。

 

「ヤーベ殿、順番が回って来たので入るとしよう」

 

そう言ってフェンベルク卿が声を掛ける。

 

ついに馬車は王都の門を潜って行く。

 

「うわ~、これが王都かぁ」

 

田舎者丸出しの感想を出してしまう俺。

今までの町や都市に比べても、建物が洗練されている気がする。

 

「フェンベルク卿、王都での予定は?」

 

俺はこれからの予定を確認する。

なんたって、ヒヨコ達からの救出依頼がてんこ盛りだから。

 

「王都ではコルーナ辺境伯家の別宅があるから、そこで滞在してもらう予定だ。宿暮らしからやっと解放されるぞ」

 

笑いながら説明するフェンベルク卿。さすがコルーナ辺境伯家だ。王都に別宅があるとはな。

 

「や、それは大変ありがたいですな」

 

馬車は大通りをゆっくり進んで行く。

 

「イリーナ。ルーベンゲルグ伯爵邸・・・というか、お前の実家はどの辺にあるんだ?」

 

「私の実家・・・ふぇ!? こ・・・これから行くにょ?」

 

「い、いや・・・今から行くわけじゃないけど」

 

「ルーベンゲルグ伯爵の屋敷はウチから近いぞ。必要なら先振れを出しておけば馬車を用意しよう」

 

「ありがとうございます。助かります」

 

フェンベルク卿の心遣いにとりあえず感謝。

 

「ふぇ!? 今日じゃないら・・・こ、心の準備をするにゃ」

 

顔が赤くなっているイリーナを置いておき、これからの予定を考える。

今は昼過ぎ、感覚的には午後三時くらいか?まだ日は高い。今日行動しようとすれば出来る。

 

「クルセーダー」

 

『ははっ!』

 

大通りをゆっくり進む馬車の窓から顔を出すと、クルセーダーを呼ぶ。

 

「例の奴隷商館ド・ゲドーはここから近いのか?」

 

『ははっ! この大通りから左へ入った奥にあります!』

 

「わかった。フェンベルク卿。申し訳ないが、奴隷商館ド・ゲドーで奴隷を購入してきます」

 

「な、なんだ藪から棒に?」

 

「ヤーベ様?」

 

「一体どうされたのですか?」

 

フェンベルク卿にルシーナちゃん、フローラさんからも急にどうしたのかと訝しがられる。

そりゃそうか、急に奴隷を買うなんて言い出したからね。

 

「ヒヨコの情報で、非常に不幸な状況に追いやられている人たちの情報が何人も上がって来ています。そのうちの一人が奴隷商館ド・ゲドーで売りに出されているとのことで、とりあえず買い受けて引き取って来てから処遇は考えます」

 

「ふむ、君の情報網のことだ、必要な事なんだろうね。奴隷商館は身分照会がいる場合もあるからね、この馬車で乗り付けた方が早いかな。案内してくれ」

 

「助かります」

 

 

 

 

 

 

奴隷商館ド・ゲドーは王都でもナンバースリーの位置にある規模の奴隷商館だ。

店の中に入ってたのは俺だけだ。他のみんなは馬車で待機してもらっている。。

 

「いらっしゃい。今日はどんな奴隷をお探しで?」

 

余分な挨拶無しで商館主であろう男が話しかけてくる。

すでに俺がコルーナ辺境伯家の馬車から降りてきている事は案内してくれた店員から情報が言っているはず。

 

「ここはどんな奴隷を扱っている?」

 

とりあえず探りを入れてみる。

ピンポイントで指定すると足元を見られたり売ってくれないなんてこともあり得るかもしれない。

 

「戦闘奴隷、家事奴隷、商業奴隷、愛玩奴隷・・・ウチは総合的に取り扱っておりますよ。必ずご希望に添える奴隷が見つかる事と思いますよ」

 

自信満々に説明する商館主。

 

「それでは愛玩奴隷を見せてもらえるか?」

 

「わかりました、ご案内致します」

 

そう言って奥の部屋へ案内される。

 

進められたソファーに座ると、正面は大きなガラスの窓になっている。

 

「今から十人ずつ、三回に分けてご案内致します。気に入った奴隷がいればお申し出ください」

 

 

そう言って女性たちがガラスの向こうに案内されてくる。

どの女性も平均的にレベルが高いな。

お姉さんな感じから、若い少女くらいまで、ぽっちゃりからスレンダーまで様々な女性がいた。どんな好みの客が来ても対応できそうなイメージだな。

 

だが、クルセーダーの言っていたダークエルフのリーナという少女はいないようだ。

 

「ふむ、かなりレベルが高いな。この商館の実力を十分知ることが出来た」

 

「ありがとうございます」

 

恭しく礼をする商館主。

 

「どうだろう、他にも少女のような奴隷はいないだろうか?」

 

決して、俺がそういう性癖持っているわけではないですからね?

 

「そうですね・・・ですが、自信を持って進められる品質の愛玩奴隷はこれくらいでして・・・」

 

「ふむ、何らかの理由で、自信を持って進められない奴隷もいるという事か?」

 

「そうですね・・・」

 

少し目を逸らして肯定する商館主。

 

「では、それらも見せてもらいたい」

 

「いや、本当にオススメ出来ないのですよ。お貴族様などにとって・・・」

 

「ああ、俺は貴族じゃないぞ。単なる冒険者だ」

 

「そうなのですか?」

 

「ああ、雇われていると言うか、そんな感じだ」

 

「そうですか」

 

言葉そのままに信じてはいない様子だが、貴族ではないと言うのは理解してもらったみたいだ。

 

「特殊な奴隷として、通常より格安でお引き渡しできる奴隷がおります・・・。ただ、当然問題があるから格安になっているのですが」

 

「ぜひ見せてくれ」

 

「・・・わかりました、こちらへ」

 

 

 

そして案内されたのは、建物の地下。

 

「愛玩奴隷としては、この娘だけになります」

 

そう言って案内されたのはガラスの部屋ではなく、牢屋だった。

 

そこに居たのは、ダークエルフの少女。

居る、というより倒れているようにさえ見る。

特別な事情により、価格が安くなっているとのことだが、その理由は一目瞭然だ。

まるで熊の一撃でも受けたかの如く、顔の左半分に爪でえぐられたような傷があった。

目や耳が損傷し、非常に痛々しい。そして左肩も怪我をしているのか、左手がうまく動かせないような感じだ。

 

「リーナ、聞こえるか?リーナ!」

 

大きな声でリーナと呼ぶ商館主。

 

「う・・・はい・・・」

 

のろのろと上半身を起こす少女。

 

「この少女はダークエルフのリーナと申します。魔法も使えて素質も高いはずなのですが、魔物に襲われてしまい、その後遺症で魔法もうまく使えず、左手も使えないため家事もうまくいかず、顔の傷もあるため、愛玩奴隷としても価値が下がっています」

 

・・・しかし、クルセーダーのヤツ、よくこんな状態のリーナちゃんを見つけて来たな。ある意味すごいヤツだ。

 

「いくらだ?」

 

「えっ!? ご購入されるのですか? 一応、この娘なら金貨五枚で大丈夫ですが・・・」

 

俺は即座に金貨五枚を取り出して渡す。

 

「本当によろしいので? 能力が足りなくて文句を言われても困りますが・・・」

 

「構わない。すぐに手続きを頼む」

 

「・・・わかりました。リーナ、よかったな。お前を買って下さるご主人様がいらっしゃったぞ」

 

「あ、あ、あ・・・ありがとうございましゅ・・・」

 

ぽろぽろと涙を流しながら三つ指を付いて頭を下げるリーナ。

心が締め付けられる。

 

リーナがどうしてここにいたのか、なぜ怪我を負ってしまったのか、そのような理由は今はいい。

今は早くリーナを連れ帰って休ませてやろう。

 




ついに出ました!『まさスラ』裏のヒロインの声も高い「リーナたん」登場です!
ぜひとも応援よろしくお願いいたします!


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第87話 お腹が空いたらパンを食べよう

 

「まだお名前を伺っておりませんでしたな」

 

商館主の確認に答える。

 

「俺はヤーベという」

 

「私は奴隷商館ド・ゲドーの主、ゲドーと申します。以後お見知りおきを」

 

恭しく礼をする商館主のゲドー。

思ったよりも紳士的な男みたいだな。

 

「奴隷契約には<協定の契約ミューチュアルコントラクト>を行います。双方右手を出してください」

 

商館主のおっさんの説明で俺とリーナちゃんは右手を重ねる様に出す。

リーナちゃんはジッと俺の事を見ている。

 

「<協定の契約(ミューチュアルコントラクト)>」

 

商館主が呪文を唱えると、俺の右手を貫くように魔力が発せられ、リーナの右手に伝わる。そして、リーナちゃんの右手の甲に奴隷紋が浮かび上がる。

 

「これで完了しました。ヤーベ殿の魔力で反応する奴隷紋の登録が完了しました。これで名実ともにリーナはヤーベ様の奴隷となりました」

 

「あ・・・あのっ!ガンバリますので、よろしくおねがいしましゅ!」

 

この子、カミカミだな。

 

「それでは、体を清めて出発の準備を致します。今しばらくお待ちください」

 

そう言って女性店員の呼び、店の奥にリーナを連れて行かせる。

 

 

 

 

「今後ともどうぞご贔屓に。よろしくお願い致します」

 

丁寧に礼をする商館主ゲドーの見送りを受けながら奴隷商館を出る。

 

「ふええっ!? すごい馬車でしゅ!」

 

リーナが目を白黒させてコルーナ辺境伯家の馬車を見ている。

 

「今からこれに乗って屋敷まで行くんだよ」

 

「こんなすごい馬車乗れましぇん・・・」

 

「いや、馬車は誰でも乗れるから心配いらないよ」

 

俺は苦笑しながら、馬車の扉を開けてもらう。

 

「お待たせ、無事完了しましたよ」

 

「ヤーベ、お帰り。それで?」

 

イリーナの目が若干冷たい。

奴隷いらない派であるイリーナの反対を押し切ってるからなぁ。

だが、序列第二位クルセーダーの話では、後何日もしないうちに鉱山へ送られてしまうと言う状況だったと言う。

うーん、さっきの商館主がそんな事をするとも思えなかったのだが。

まあ、売れない奴隷はまとめて人手が無いところが買っていく可能性もあるしな。

 

「この子がリーナだよ。今後ともよろしく」

 

「リ、リーナでしゅ・・・」

 

ぺこりと頭を下げるリーナ。だが、

 

「ヒッ」

 

フローラさんがリーナの顔の傷を見て、つい声に出して驚いてしまう。

 

「ヤーベ、これは一体?」

 

イリーナも訝しむように聞いてくる。

 

「あ、あのあの・・・わ、私、こんなですけど、お掃除とか、お洗濯とか、あのっ・・・夜伽とかも・・・頑張りますので、す、すてないでくだしゃい!ご主人しゃま!」

 

俺のローブの裾をギュッと掴むリーナちゃん。

 

「キィィー!」

 

なぜか口に咥えたハンカチを引っ張って奇声を上げるイリーナ。どしたよ?

まさかローブの裾は私の物よっ!とか言わないよな。

 

「あれ?イリーナとリーナって名前が似てるね。リーナに一文字足したらイリーナになるんだね」

 

「ふええっ!?奥しゃまと名前が一文字違い・・・?」

 

「ぬおっ!なんとっ!リーナよ、お前はなかなか見どころがあるな!慣れるまでは大変かもしれないが、頑張ってくれ。私も手を貸してやろう」

 

そう言いながらリーナの頭を撫でるイリーナ。

奥様呼ばわりされて舞い上がってるな。

 

「はいはいっ!このルシーナちゃんもヤーベ様の奥様ですからね!」

 

「ふええっ!奥しゃまが二人も・・・? ご主人様はすごすぎましゅ!」

 

うん、安定のカミカミ具合だな。

それにしても、すぐ明るい雰囲気にしてくれたな。

奴隷だからって、反応が悪かったらどうしようと思ったけど、本当にいい人たちばかりだ。

 

 

くぅぅ~

 

 

「ひゃう!」

 

可愛いお腹の音がする。リーナちゃんお腹空いてるのかな?

 

「しゅみましぇんしゅみましぇん・・・」

 

お腹をぽこぽこ叩きながら謝るリーナちゃん。

 

俺はリーナを持ちあげて膝に座らせて頭を撫でる。

 

「ふぇ!?」

 

「リーナ、そんなに謝らなくていいよ。お腹が空いたらちゃんと空いたと言いなさい。誰もリーナを怒ったりしないよ」

 

ニコニコしながらリーナに語り掛ける。

 

「リーナは・・・リーナは・・・ご迷惑をおかけしゅるわけには・・・」

 

ぽろぽろと涙を流しながらリーナが言う。

 

「リーナ。迷惑なんて関係ない。リーナが辛くなったら、俺も同じように辛い。リーナが楽しくて笑ってくれたら、俺もとても嬉しい。だから、リーナがたくさん笑って生活できるようにしたいんだ」

 

そう言って俺はリーナをギュッと抱きしめてやる。

 

「ご、ご主人しゃまぁ・・・」

 

大粒の涙を流しながら、俺に抱きついてくるリーナ。

イリーナよ、そんな目に涙を一杯溜めて、口に咥えたハンカチを引っ張ってアピールしてもダメダメ。イリーナをハグするのは屋敷に行ってからね。

 

それはそうと、ちょっと腹ごしらえしよう。

俺は馬車の窓から顔を出す。

 

「ヒヨコ十将軍序列一位レオパルド、いるか?」

 

『ぴよー!(ははっ!ここに!)』

 

「例の手作りパンの店マンマミーヤはここから近いか?」

 

『はっ! この大通りを右に一本ズレた裏通りにあります』

 

「案内してくれ」

 

『ははっ!』

 

「フェンベルク卿。屋敷へ向かっている途中で恐縮ですが、もう一軒寄らせてください。手作りパンの店マンマミーヤというパン屋なんですが、いくつか購入してきます。フェンベルク卿やフローラさん、ルシーナちゃんもお裾分けするので、味の感想を聞いてもよろしいですか?」

 

「ああ、構わないぞ? どうせ君の事だ、何かあるんだろう」

 

「何があるかはわからないんですがね」

 

俺は苦笑しながら答えた。

 

 

 

「ここが手作りパンの店マンマミーヤか・・・」

 

裏通りの立地がイマイチな所とは言え、人通りが無いわけではない。だが、店には客がいないようだった。

 

「こんにちは~」

 

店に入るのは俺とローブの袖を掴んで離さないリーナと、たまにキィィとハンカチを引っ張りながら奇声を上げるイリーナだ。

 

「あ、いらっしゃませ!」

 

元気よく挨拶を返してくれる娘さん。もしかしてこの子が看板娘のマミちゃんかな?

店内を見回せば綺麗に掃除が行き届いており、棚にはいくつかのパンが陳列されている。

黒いパンに、豆を練り込んだパン、コッペパンみたいな形のパン、それに白くて柔らかそうなパンだ。白パンは黒パンと同じサイズで値段が5倍くらいしているな。

 

「えへへー、お客さんが来てくれた~」

 

なぜかこっそり呟きハイテンションで喜んでいるお嬢さん。

リーナが白いパンに釘付けになっている。

 

「お嬢さん、今すぐパンを食べたいんだが、何かオススメの物はあるかな?」

 

こういう時は店員さんのオススメを買うに限るからね!

 

「今すぐ召し上がられるのですよね? 黒パンは比較的硬めで、食事の時にスープなどに浸して食べて頂くのがおいしいので、そのまま食べるのなら、少々値が張りますが、白パンが良いと思いますよ。とっても柔らかくて少し甘みもあって食べやすいです」

 

「なるほどね。とりあえず白パンを一つ買わせて。味見してみるよ」

 

お金を払って白パンを一つ貰うと、半分に千切ってリーナに渡し、残りをさらに半分にしてイリーナに渡した。

 

「お! おいしいね、これ」

 

白パンは非常に柔らかくてふわふわだった。噛むとほのかに甘い。

 

「うむ、非常に上品な味だ。柔らかくておいしいな」

 

イリーナも合格のようだ。

 

「ふおおっ! こ、こんな柔らかいパン初めて食べましゅた!」

 

もきゅもきゅと口に白いパンを詰めて頬張って食べているリーナちゃん。可愛い。リーナというよりはリース(リス)だ。

 

「この白パンは素晴らしいね」

 

「ありがとうございます!」

 

俺が白パンを褒めたのでお嬢さんは満面の笑みでお礼を言ってくる。

 

「ところで、お嬢さんは何て言う名前かな?」

 

「私ですか?マミって言います。よろしくお願いします」

 

にっこり微笑んで頭を下げるマミちゃん。思わずパンを買い占めたくなるね。

俺は金貨を3枚出す。

 

「ひぇ!き、金貨」

 

「このお店のパンぜ~んぶちょうだい!」

 

「ぜ、全部!?」

 

「そう、白パンも豆パンも黒パンもコッペパンも全部ちょうだい!」

 

俺はにっこり笑顔で全部くれと伝える。

・・・尤もローブをかぶっているから、表情は伝わらないかもしれないが。

 

「でも、金貨3枚は多すぎます・・・金貨2枚でもお釣りが大変ですから」

 

わたわたして手を振るマミちゃん。

 

「いいのいいの、余ったらマミちゃんのお小遣いにしていいから」

 

「ひえっ!お小遣いって!?」

 

「さあさあ、パンを袋に詰めちゃって! みーんな持ち帰るから」

 

「ははは、はいぃぃぃ!」

 

さらにわたわたしながらパンを袋に詰めていくマミちゃん。

ぱんぱんに詰まった袋をたくさん抱えて店を出る。

とりあえず味は悪くないようだが、何が大ピンチなんだろう?

後でレオパルドにでも確認するか。

 




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第88話 リーナを完全復活させてあげよう

 

「旦那様、お帰りなさいませ。長旅お疲れ様でございました」

 

「うむ、夕飯と湯あみの用意を頼む。予定より2名程増えているから、食事の調整を頼む」

 

「畏まりました」

 

ザ・執事!といった感じの人がフェンベルク卿を迎え入れる。

俺たちはフローラさんやルシーナちゃんの後ろからコルーナ辺境伯家の王都別宅へと案内される。

 

「別宅とは思えない豪華さだな」

 

「そりゃまあ、王都だしな。辺境伯家として恥ずかしくないだけの物を用意しないとな。本当に貴族とは面倒なものよ」

 

フェンベルク卿は深い溜息を吐く。

 

「はは、まあ今は長旅の疲れをゆっくり癒して頂ければと思います。夕食の前に湯あみの用意を致します。まずはお部屋へご案内しますので、荷解きなどご準備ください」

 

「ご丁寧に痛み入ります」

 

「おいおい、固いなヤーベ殿。ヤーベ殿は我がコルーナ辺境伯家の賓客なのだ。ゆっくりしてもらわねば困るぞ」

 

そういって豪快に笑うフェンベルク卿。

 

「おお、こちらがヤーベ様なのですね、お噂はかねがね。それでは早速お部屋にご案内しますね・・・増えたのはそちらの少女と騎士様ですか?部屋割りはどのようにいたしましょうか?」

 

「わ、私はご主人様のお世話がありますので、ご主人様のお部屋の隅っこをお借りできればいいでしゅ」

 

「あー、赤い鎧を着ているゲルドンは一人部屋でお願いできますか? リーナは俺と一緒にいてもいいけど、寝る時はイリーナとサリーナと一緒に寝るんだぞ」

 

「ふえっ!? 私は床でもいいので、お傍に置いてくだしゃい!」

 

なんだか必死になってアピールしてくるリーナ。

 

だからイリーナよ、そんな目に涙を一杯溜めて、口に咥えたハンカチを引っ張ってアピールしてもダメだから。だいたいお前、マイホームで寝た時は俺のベッドに潜り込りで来たくせに。

 

「まあ、その話は後にして、とりあえず部屋で荷ほどきして、湯あみをさせてもらおう。もちろんコルーナ辺境伯家の皆さんの後でだが」

 

「ああ、お気になさらず。お客様専用の湯床がありますので、ご準備出来次第すぐご案内しますよ」

 

「おお、さすがコルーナ辺境伯、お客専用のお風呂があるとは」

 

「恐縮です」

 

「それでは部屋に行くとしますか」

 

俺たちは客間に案内頂いて一息入れることにした。

 

 

 

「さて・・・」

 

イリーナとルシーナは割り振られた部屋で荷解きを行っている。

ゲルドンは一人部屋だ。

そして俺の部屋にはリーナがついて来ていた。

 

「ご主人様、何かお手伝いすることはありましぇんか?」

 

早速奴隷としてお仕事をしようとやる気に燃えているようだ。

あまり気張らなくてもいいのに。

でも、まあ最初は無理だろうな。自分の怪我の状態からすると、何かあればすぐ捨てられてしまうと思い込んでいるだろうしな。

 

「先に少し試したいことがあるんだ。このベッドに仰向けに寝てくれるか? 悪いけど、着ている服を脱いでね」

 

ちょっと背徳感があるが、心を無にしてそう伝える。

 

「ふええっ!? いきなりっ!? わかりました・・・や、優しくしてくだしゃい・・・」

 

顔を真っ赤にして服を脱ぎ、ベッドの上に仰向けになるリーナ。右手で胸を隠しているが、左手はなんとか添えられているといった感じだ。これまでのリーナの動きを見ていても、怪我をしている左手は肩より上には上がっていない。

 

「さてさて、もし痛かったら言ってくれ。理論上は痛くなくイケるはずなんだが」

 

「ふええ~、だ、大丈夫でしゅ! ご主人様と一つになるためにはどんな痛みも耐えてみせましゅ!」

 

「じゃ、イクよ?」

 

「ははは、はいっ!」

 

俺は触手を二本出して行く。

 

「ごごご、ご主人しゃま!? そ、それは一体・・・!?」

 

「まあまあ、俺に任せておいて」

 

リーナの大きく傷になっている左の顔に触手を当てていく。

城塞都市フェルベーンで血液をスライム透析して人助けをした時に分かった事だが、スライム細胞を相手に同化させていき、細胞内側から同化を進めていくと対象者に痛みが伝わらないのだ。痛みも感覚の一つ、電気信号に過ぎない。ならば、発生させなければよいのだ。後はぐるぐるエネルギーと万能スライム細胞への指示によるコントロールで、うまくいくはず。

 

大きく損傷した左顔にスライム触手を同化させていく。

傷として残った部分、変質した部分を同化させ、リーナの細胞情報から元の組織体の情報を取る。得られたデータを元にスライム細胞を変質させていく。

 

そして、えぐれて失われた部分をスライム細胞で補填するとともに、傷で変質した細胞も同化吸収した上で正しい情報を元に組織を作り上げる。

 

すると、あら不思議。傷が綺麗に消えて、元通りになりました。

損傷して失われた頬肉や眼球、耳の部分も再生することができた。

 

「ふええっ!? 左顔がぽかぽかしたと思ったら・・・ご主人しゃまの顔がはっきり見えます! 左目が無かった時にはちょっとしか見えなかったのに」

 

左目が失われて視野が狭くなり、右目に負担がかかっていたのだろうか。

左目が戻り、両目で物を捕らえることが出来る様になったため、よく見える様になったのだろう。

 

次に左肩にも触手を伸ばし、細胞を同化させていく。

こちらもえぐられた筋肉の補填にスライム細胞を注入する。

 

胴体や下半身には傷がなさそうだから、これで治療は完了かな?

 

改めて傷が治ったリーナを見る・・・

やべぇ!メッチャ可愛い!

なんだか目覚めちゃイケナイ性癖に目覚めそう!

 

「ふええっ!? ふええっ!? ふええっ!?」

 

両手で顔をペタペタと触って自分の左顔に傷が無いのを確認して、なぜか左手が思い通りに動いている事に驚愕して。

 

「ふぇぇぇぇぇん! ごじゅじんざばー!!」

 

大号泣した。全力で。

 

「お、おいおい」

 

ベッドから跳ね起き、俺に全力で抱きついて号泣するリーナ。

 

「どうしたヤーベ、何があった・・・んんっ!?」

 

イリーナが部屋の扉を開けて飛び込んでくる。サリーナも一緒にいるようだ。

そして俺は、大号泣しているリーナに抱きつかれている。

・・・リーナはそう言えば、全裸でしたね。

 

「キィィー!」

 

目に涙を一杯溜めて、口に咥えたハンカチを引っ張って奇声を上げるイリーナ。

この女狐!とか言い出したらどうしようか。

 

「ヤーベ様、一体どうなされたのですか・・・」

 

この騒ぎにルシーナちゃんも来てしまったようだ。

そして、メデューサの視線を受けて石化したように固まった。

 

「ヤ、ヤ、ヤーベ様がロリ〇ンに!!」

 

「誰がじゃ!」

 

ルシーナちゃんの酷い濡れ衣を全力否定する。

 

「えっ?」

 

キーって叫んでたイリーナが驚いた声を出す。

 

「ええっ!?」

 

サリーナも驚愕の声を上げる。

 

ルシーナちゃんも気が付いた。

 

「「「えええ―――――!!!」」」

 

三人ともに衝撃が走り、絶叫した。

 

「「「リーナちゃんの傷が治ってる―――――!!!」」」

 

ああ、やっとそこで驚いてくれるのね。

その事への驚きでリーナがすっぽんぽんな状態なのをスルーしてくれませんかね~

 




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第89話 ヒヨコたちの情報を聞こう(PARTⅣ)

その日の夜。

 

傷が治ったリーナがあまりの可愛さにイリーナ、サリーナに連れて行かれ、ルシーナちゃんも加わって夜の女子会を開催するらしい。

ほとんど拉致られるように連れて行かれたリーナだが、お姉さんたちとゆっくり寝る様に伝えておいた。

 

そして俺は、王都に入って最初の夜、情報の精査を行わなければならない。

 

部屋の窓を開ける。

 

「入れ」

 

『ははっ!』

 

ヒヨコ隊長率いるヒヨコ十将軍が勢揃いで部屋の中に入ってくる。

 

『ボス、ヒヨコ隊長及び十将軍揃いました』

 

自分でヒヨコ隊長って言うのもどうかと思うが、それは置いておく。

 

「ついに王都に入った。王都の情報を精査した上で、明日からの活動方針を決める。また、情報によって追加の調査指示を出す。それでは報告を頼む」

 

『ははっ、それでは序列一位レオパルド』

 

『ははっ! まずは本日マンマミーヤのマミちゃんのお店に行って頂き感謝します』

 

「店のパンはかなりのレベルにあった。コルーナ辺境伯家の皆さんにも食べてもらったが、非常においしいと言う判断だった。何がピンチなんだ?」

 

『はっ!実はかなり客足が遠のいており、売り上げ的には店の継続が困難なレベルにあります』

 

「・・・? パン自体は非常に美味しかったぞ。なぜ客が入らない?」

 

『はい、実は半年前にマミちゃんのお母さんが流行り病で亡くなっているのですが、その後、同業者との間柄で関係がうまくいかなくなっているようです』

 

「ふーむ、それで客が入らないとなると、同業者からの嫌がらせか、何かの影響が店にかかっている可能性が高いな。レオパルド、もう少し突っ込んで調査出来るか?」

 

『ははっ!お任せください』

 

『次!序列二位クルセーダー』

 

『ははっ!まずはリーナちゃん救出誠にありがとうございました』

 

「うむ」

 

『リーナちゃんの情報はこれで完了になります。別途追う情報が無ければ他の将軍のサポートに回ります』

 

「そうしてくれ」

 

『次、序列第三位クロムウェル』

 

『ははっ!王都バーロンの南地区にあります教会にて、シスターアンリがピンチです。地上げ行為でほとほと困り果てております』

 

「地上げを行っている者達の特定は?」

 

『はっ!ダズグール商会の手の物と判明しております。教会の敷地を安く買い取って再開発の足掛かりにしたいという意図の他、ダズグール商会を手助けしているボンヌ男爵の長男がアンリちゃん自身を狙っているため協力しているようです』

 

「ふむ、王都の教会について再調査がいるな。それからダズグール商会とボンヌ男爵の関係も調査しろ」

 

『ははっ!』

 

『次!第四位センチュリオン』

 

『はっ!未亡人となりましたハーカナー男爵元夫人が狙われていると言う報告をさせて頂きましたが、テラエロー子爵の卑怯なやり口により、屋敷なども差し押さえられてしまいかねない状況です』

 

「どういうことだ?」

 

『テラエロー子爵はハーカナー男爵を謀殺しただけでなく、その後偽の借用書を持ってハーカナー元男爵夫人を追い詰めています。もともと貧乏貴族だったハーカナー男爵家ですが、屋敷まで取り上げられてしまうと、ハーカナー元男爵夫人の身の振り先が無くなってしまいます。それが狙いで支援するふりをしてテラエロー子爵が近づこうとしています』

 

『許せぬな。テラエロー子爵が謀殺したと言う証拠を掴め。それから偽の借用書と借金取り立ての連中との関係も洗い出せ』

 

『ははっ!』

 

『次!序列第五位ヴィッカーズ』

 

『はっ!王都バーロンの西地区にある商業区画の一店舗にあります「定食屋ポポロ」の姉妹が限界を迎えております』

 

「いや、定食屋ポポロの姉妹が限界ってどういうことよ?」

 

この話が一番意味不明なんだよな。

 

『この姉妹めっちゃくちゃいい子達なんですよ!俺たちに残り物のコロッケくれる心優しい子達なんです!』

 

コロッケかい!

 

「で、どう限界なんだ?」

 

『まったく客が入っておりません!』

 

「そりゃ限界だろーね! メシ屋に客が入らなきゃやってけねーよ」

 

『なんとかっ!なんとかボスのお力で!』

 

「・・・とりあえず、明日にでもその定食屋で食事してみるか。次」

 

『はっ!序列第六位カーデン』

 

『ははっ!大聖堂の下働きのアリーちゃんにピンチが続いています。聖女の機嫌が悪いため、ずっとアリーちゃんにつらく当たっており、半ばいじめに近い状態が続いております』

 

「随分と俗物的な聖女だな。まずは教会と聖女の関係、それから聖女がどのように認定されるかを含めた聖女にまつわる情報を全て洗い出せ。それからアリーが何故大聖堂で働いているか、その背景も調査せよ」

 

『ははー!』

 

『次!序列第七位カラール』

 

『はっ!南地区のゴミ収集などを作業しているマリンちゃんですが、足の怪我が悪化したのか、ゴミ収集の仕事にも影響が出ており、仕事の日銭も満足にもらえていないようです。現在もスラムに近い町の路地裏で寝ているようです』

 

「・・・朝一で様子を見に行こう。足の怪我は<生命力回復(ヒーリング)>で治るといいんだが。それにしても、回復してもその日暮らしのストレートチルドレンは変わらずか・・・、何かいいアイデアを検討せねばなるまい」

 

『御意』

 

『次!序列第八位キュラシーア』

 

『はっ! 王都バーロンでの王都警備隊隊長に就任したばかりのクレリア・スペルシオですが、かなり有能な人物である事が分かりました』

 

「どれほどだ?」

 

『スペルシオ家は、貴族ではありませんが現在の王都でもトップクラスの豪商で、その名を知らぬものはおらぬほどです。そしてそのスペルシオ家の長男、グラシア・スペルシオはこのバルバロイ王国、王国騎士団の騎士団長を務めております』

 

「この国の騎士のトップなのか」

 

『はい、それもかなり若く、騎士団の団長就任は大抜擢だったようです。ただ、その実力は本物であり、現在王国騎士団の中でも最強の実力を持っている事は間違いないようです』

 

「それほどの人物の妹、というわけか」

 

『はい、その妹であるクレリアも類稀なる剣技の持ち主の様で、スペルシオ家当主、アンソニー・スペルシオは「我が家に麒麟児が二人も生まれるとは」と大層驚いていたとのことです』

 

「ふーむ、実力は本物なのか。ならば、足を引っ張る物は妬みか、派閥争い的なものか?」

 

『一番は妬みかと。王都警備隊に、プレジャー公爵家三男のサンドリック・フォン・プレジャーが在籍しており、先日の王都警備隊隊長就任をめぐってクレリアと争っております。実際のところ、剣技は三流で、コネと金と公爵家という後ろ盾のみで伸し上がっております』

 

「かなり面倒だな。王都内で治安が悪くなるとクレリアの責任問題になるわけか」

 

『まず間違いなく直結するかと。必ずサンドリックから隊長に対する責任を問う声が上がり、公爵家もそれに賛同するかと』

 

「サンドリックも警備隊に配属されているんだから、自分の責任問題でもあるだろうに」

 

『そのあたりは全て隊長であるクレリアに責任を押し付ける形で糾弾するつもりかと』

 

「それがまかり通る公爵家の力・・・あ~、権力ってイヤね」

 

『すでに公爵家からいくつかの貴族へ通達があり、王都内で暴漢を装って暴れたりして、治安に不安を与えているようです』

 

「クレリアを追い落とすためには、何か決定的なダメージを与えて来るだろう。それが何か、調査し浮き彫りにしろ。逆手にとってクレリアの手柄とすれば一気に評価を逆転できる」

 

『ははっ!』

 

「プレジャー公爵家とつながりのある貴族、それから敵対する貴族も洗い出せ」

 

『プレジャー公爵家と敵対する貴族もですか?』

 

「そうだ、王都の治安に不安があることをアピールするのに、暴漢に敵対勢力を狙わせるのは一石二鳥の戦略になる。ターゲットになる相手が分かれば対応しやすくなる」

 

『ははっ!』

 

「それから、序列第九位ティーガーと第十位センチネル」

 

『『はっ!』』

 

「お前たちは俺という存在が王都内、王宮内で今だに情報としてあがっていないか、もしくはあがっているとすればどの程度か調査をせよ。また、暗殺者集団『黒騎士ダークナイト』という組織とその首領カイザーゼルについても調査せよ」

 

『『ははー!』』

 

『ボス、最後は私からになります』

 

「カッシーナ王女か?」

 

『はい、先ほどのリーナちゃんの傷を治した奇跡の御業。ぜひともカッシーナ王女にも』

 

「・・・そうだな。5歳から周りに気を遣わせないよう、自分を幽閉状態にするほどの娘だ、助けてやりたいな」

 

『はっ!』

 

明日はフェンベルク卿が王都へ俺の到着を連絡する予定だ。その上で王との謁見の日程が決まれば、王都での調査日程がある程度確定する。その上で優先順位を決め、ヒヨコたちの情報上がった人物たちへの対処を行っていく必要がある。

 

・・・とりあえず明日はリーナの服も買いに行こう。

 




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第90話 マリンちゃんを助けに行こう

「ふぁ~」

 

窓から心地よい光が差し込む。

多分気持ちの良い朝が来たと推測するね、俺は。

 

「・・・・・・」

 

何故か腰のあたりがあったかい。

何かがガッチリ抱きついている感じ。

 

「え~」

 

一瞬イリーナかと思ったが、感触が小さいので、おやっと思ったのだが、やっぱりリーナだった。

昨日リーナの顔と左肩の傷を治したら、メチャメチャ可愛かったので、イリーナやサリーナ、ルシーナちゃんたちに拉致られ、イリーナの部屋に連れて行かれていた。

てっきりイリーナたちと一緒に眠っているものだとばかり思っていたのだが、なぜか俺の腰にガッチリしがみついている。

 

それにしても、スライム流変身術<変身擬態(メタモルフォーゼ)>はだいぶ慣れて来た。矢部裕樹の姿のままベッドで眠っても、デローンと戻ったりしない。

ちなみに最初に寝た時はデローンMr.Ⅱに戻っていてちょっとびっくりした。

 

とりあえず上半身を起こして掛布団を横にずらす。

やっぱりひしっと俺の腰に食いついているリーナが・・・

足を絡めているので、ワンピースがはだけている。そして可愛いお尻がぷりんと。

 

「パンツを履きなさい!!」

 

「ふええっ!?」

 

むにゅむにゅと寝ぼけ眼を擦りながら起き出すリーナ。

 

「パンツどうしたの!? パンツ!」

 

俺はリーナを捕まえて膝に座らせると、聞いてみる。

 

「あ、おパンツはイリーナお姉しゃまがお洗濯してくれましゅた」

 

手を上げて元気よく説明するリーナ。

ついついよくできましたとリーナの頭を撫でてしまう。

 

「にへへー」

 

リーナの顔がにへっと笑う。くっそ可愛いな~。

 

とりあえずイリーナとサリーナにお小遣いをたくさん渡して、リーナの服と下着を山のように買って来てもらおう。

 

「おーい、ヤーベ。そろそろ朝食に・・・」

 

そう言って毎度の如くノックも無しに俺の部屋のドアを開けて入ってくるイリーナ。

そして、俺に膝の上抱っこされているリーナを見る。

 

「キィィー!」

 

またまた目に涙を一杯溜めて、口に咥えたハンカチを引っ張って奇声を上げるイリーナ。

そんなに羨ましいなら夜中に忍んできなさい。

 

「さ、リーナ朝ごはんに行こうか。ご飯食べ終わったら、イリーナとサリーナと一緒に洋服と下着を買いに行きなさい」

 

「えっ!? 私に洋服を買っていただけるでしゅか?」

 

「もちろんだよ。リーナはも大事な俺の家族だからね」

 

「ふおおっ! ごじゅじんざばー!!」

 

またも号泣して抱きついてくるリーナ。

 

「さあさあ、朝ごはんに行くよ?」

 

俺の腰にひしっと抱きついて離れないリーナ。イリーナはそれに対抗するべく反対側の腕を取りギュッと引き寄せる。

・・・両手に花って、歩きにくいよね。

 

 

 

「えええええ!?」

 

朝食のテーブルにて。

フェンベルク卿の奥様、フローラさんが、声を裏返して驚く。

 

「これは・・・一体?」

 

フェンベルク卿も目を見開いている。

やっぱり驚くかな、リーナの傷が綺麗になったのは。

 

「リーナちゃん、カワイイ!!」

 

いきなり自分の席を立ち、リーナに突撃すると、抱きあげてクルクルと回る。

 

「ふわわっ!?」

 

「リーナちゃん、何てカワイイの!? ぜひうちの子になりなさい!」

 

「こ、こらこら!」

 

フローラのぶっ飛んだ発言にとりあえずツッコミを入れるフェンベルク卿。

 

「だ、ダメでしゅ・・・とてもうれしいでしゅが、リーナはご主人しゃまの奴隷です! 頑張ってご主人しゃまのお世話をしないといけないのでしゅ」

 

ふんすっとやる気を出すリーナ。

 

「でも、ヤーベちゃんがルシーナと結婚すれば、リーナちゃんも娘みたいなものね!」

 

「ふええっ!?」

 

リーナを抱きあげたままクルクルと回り続けるフローラさんが落ち着くのはもうしばらくたってからだった。

 

 

 

フェンベルク卿が王城へ出かけて行った。

とりあえず俺の王都到着報告と謁見の予定を確認に行くとのことだ。

ちなみに今回は俺が同伴する必要はないらしい。

 

「ごしゅじんざばー!ごじゅじんざばー!」

 

泣きながらイリーナに担がれていくリーナ。

一緒に行ってやってもいいが、リーナは少しご主人様離れを経験するべきだ。

(実質二日目)

 

さて、俺は朝ごはんの後、ローガを連れて南地区へ歩いて行く。

 

ちなみに、朝ごはんの追加で昨日

マンマミーヤで買ったパンを分けてやったのだが・・・

 

『むむっ、ずいぶんとスカスカで歯ごたえがないですな』

『確かに、あまり噛み応えがないですな』

『この黒いのはそこそこ歯ごたえがありますが』

『噛んでいるとほのかに甘みがありますな』

 

なんだかんだで食べたのだが、あまり喜ばれていないようだ。

やはりコイツらには肉が良いらしい。

 

南地区に入る前に大通りで焼き鳥やスラ・スタイルを買い込む。それから、日持ちするクッキー(ほぼ乾パンな感じ)や干し肉も買い込んで袋に入れる。

 

『その食料をどうするのですか?』

ローガが首を傾げて聞いてくる。

「お前の分じゃないぞ、お前はさっきアースバードのスラ・スタイルを10個も平らげたばかりだろ」

 

『いえ、まあ我の腹具合は良い感じなのですが、その食べ物をどうするのかな、と』

 

「昨日ヒヨコ十将軍序列第七位のカラールが言っていたんだ。マリンちゃんが路上で寝ていると」

 

『なるほど、そのマリンという娘への差し入れですな』

 

「そう言う事」

 

そう言って露店の中で中古服を売っている店の上着を買う。

大きさは子供が来たら多少大きいかな、くらいの物を選ぶ。

 

「カラール、居るか?」

 

『ははっ!』

 

「マリンちゃんの所へ案内してくれ」

 

『お任せ下さい!』

 

勢いよくカラールは羽ばたいて行った。

 

 

 

奥まった路地裏。

マリンちゃんと思われる少女は壁に寄り添うように丸まって寝ていた。

着ている服はかなり薄汚れ、不衛生な事を伺わせる。

 

「王都だかなんだかしらんが、こんな子供一人養えない町なんて・・・」

 

俺は溜息を吐くが、心ではわかっているつもりだ。地球時代だって、すべての子供たちが何不自由なく幸せに暮らせていたわけではない。

 

「それでも、何かできる力があるなら、目の前の不条理を何とかしたくなるのが人間の常ってやつだよな」

 

俺はマリンちゃんの隣に座る。

 

「え・・・、きゃっ! ど、どなたですか?」

 

「俺? 俺はヤーベってんだ。よろしくね」

 

よろしくって言ってもローブを被った不審人物的な感じだけど。

 

「あ、あの・・・何か御用でしょうか?」

 

不安で目が泳ぐマリンちゃん。

 

「とりあえず、腹ごしらえしようか」

 

そう言ってアースバードのスラ・スタイルを取り出してマリンちゃんに渡す。

 

「え・・・いいんですか?」

 

「もちろん!」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

そう言ってすごい勢いで食べ始めるマリンちゃん。

 

「もう一つどうぞ」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

もう一つもすごい勢いで食べ尽くした。

 

「はい、お水」

もちろんウィンティアの加護で清められたおいしい水を飲ませる。

 

「ぷはっ!おいしいです!」

 

一心地ついたのか落ち着くマリンちゃん。

 

「じゃん!このあったかハーフコート、マリンちゃんにプレゼントするよ」

 

「ええっ!? そんなの凄すぎます!」

 

「じゃあもっとすごいことしちゃおうかな」

 

そう言って四大精霊を呼び出す。

 

「ジャジャーン!ヤーベ呼んだ?」

「ヤーベちゃんお待たせ~」

「お兄様、お待たせいたしました」

「ヤーベ、やっと呼んでくれた!」

 

ウィンティア、ベルヒア、シルフィー、フレイアがそれぞれ顕著する。

 

「ええっ!? もしかして・・・精霊様?」

 

「なんだ、詳しいんだな。ベルヒア、鍋くらいの器を2つ作ってくれ。ウィンティアは鍋に水を、フレイアは鍋の水を暖かくなるまで熱してくれ。熱くし過ぎないようにな。綺麗な布を用意してあるから、ぬるま湯で濡らしてその子を綺麗に拭いてやってくれ。それからここで髪も洗っちゃおう。もう一つの鍋でその子の服を洗濯しちゃう。シルフィーにフレイア、二人の力を借りて、温風魔法を作るぞ。洗濯した服と洗った髪を温風で乾かせるようにしよう」

 

「「「「はーい!」」」」

 

「ななな、なんですか!?」

 

とりあえず精霊たちも女子だからいいよね?

俺がちゃぷちゃぷ服を洗濯している間に、ごしごしと磨かれていくマリンちゃん。

綺麗になったマリンちゃんは一旦毛布で包まっている。

 

「さあ、シルィー!フレイア!新魔法行くよ!<温風波ドライヤー>」

 

ブオーン!

 

綺麗に洗った服も<温風波ドライヤー>の魔法で一気に乾かす。

 

「はいっ!しっかり乾いたから着てごらん」

 

「わあ!いい匂い・・・」

 

頑張って洗濯したからな。喜んでくれると嬉しい。

 

「あったかい・・・」

 

プレゼントで持ってきたコートを着ると嬉しそうに喜ぶ。

 

「はい、これもプレゼント」

 

長持ちする食料が入ったリュックを渡す。

 

「どうして、こんなに私を助けてくれるんですか?私、何も返せませんよ・・・?」

 

「ふふふっ、君はコイツに食べ物を分けてくれたでしょ?」

 

そう言ってカラールを呼ぶ。

 

『ぴよー!(恩返しに来たよ!)』

 

「あ、あの時のヒヨコちゃん!」

 

「君がお腹を空かせているのに、ヒヨコのカラールに食べ物を分けてくれたでしょ? カラールはまあ俺の使役獣だからね、そのお礼に来たんだ」

 

「でも、こんなにたくさん・・・悪いですよ」

 

マリンは俯いてしまう。

 

「全然悪くないさ。君の今の状態でご飯を分け与えるのは相当厳しい事だよ。俺は多少お金があったから、たくさんマリンちゃんを助けるのは当然のことだよ」

 

「う・・・ありがとうございます」

 

マリンちゃんは丁寧に頭を下げる。礼儀正しい子だな。

 

「そんなマリンちゃんにはもう一つとっておきのプレゼント」

 

「え・・・まだプレゼントが? もう幸せすぎてどうかなっちゃいそうなのに」

 

俺はマリンちゃんが痛めた足首を撫でる。

 

「わわっ・・・」

 

驚いたマリンちゃんが声を上げるが、気にせず続ける。

 

「<生命力回復(ヒーリング)>」

 

温かい光がマリンの足首を包み込む。

 

「い、痛くないっ!すごい!お兄さんありがとう!」

 

俺の手を取り、ブンブンと振ってお礼を言ってくれる。

 

(こんな笑顔の子供が、苦労をする町は間違っている・・・なんとか出来ないものか)

 

俺は空を見上げながら、思案するのであった。

 




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第91話 シスターアンリの話を聞こう

この世界の神聖魔法と呼ばれる<癒し(ヒール)>や<完全なる癒し(パーフェクトヒール)>などは、傷自体を治すが、<癒し(ヒール)>では骨折の治療は難しく、<大いなる癒し(ハイ・ヒール)>でないと治療できないらしい。また、例え<完全なる癒し(パーフェクトヒール)>であろうと、体の中の異物は取り除いてからでないと体内に異物が残ってしまうらしい。

 

だが、ウィンティア曰く、<生命力回復(ヒーリング)>は神の力で無理矢理癒すわけではなく、生命の持つ力をあるべき姿に戻す手伝いをしている、との説明だった。

 

俺なりの解釈をすれば、細胞にある遺伝子情報から、怪我を負ってしまった状態の前の正しい状態に戻る様に働きかけている、というイメージだろうか。そのため、異物がある状態で使用すると、体内から異物が押し出されて排除された後に傷が塞がるようになるという。とっても便利だな。

ただし、あるべき姿に戻す、という事なので、手足などの末端を欠損すると回復できない。あるべき細胞がそこにすでにないからだ。傷の様に、周りの細胞が活性化して塞ぐようなことが出来ないという事だろう。

 

こういう時は神聖魔法の<完全なる癒し(パーフェクトヒール)>だと欠損も回復するらしい。さすが最上級魔法のようだ。尤も使い手はあまりいないらしい。

 

おっと、回復魔法の講釈を頭の中でしている場合じゃない。

元気になったマリンちゃんを連れて散歩に出かける。

もちろん、出かける先は・・・「南地区の教会」である。

 

社畜時代の俺様の格言に「問題は 固めてまとめて 片付ける」というのがある。

問題の連鎖を読み解き、関連づけて一気に片付けてしまおう、というわけだ。

そんなわけで、マリンちゃんを連れたまま、この同じ南地区にある教会に出向き、シスターアンリに会おうと言う戦略である。

教会なら、孤児院とかの運営とか伝手があったりするかもしれない。

良さげな所ならマリンちゃんも預けられるかもしれない。

 

「でも、ゴミ集めのお仕事をしないと、ご飯を食べるお金が貰えないから・・・」

 

マリンちゃんが悲しそうに俯く。どうも、足が治ったのですぐにでもゴミ集めの仕事をしなければと思っているようだ。

 

「そのゴミ集めの仕事、どうやってお金になるの?」

 

「集めたゴミを収集屋さんに持っていくと、重さを測ってお金をくれるの」

 

ふむ、つまりはなんでもたくさんかき集めればお金になるわけか。

 

「わかった、でも今日はお休みだ。マリンちゃんの代わりにゴミを集めて来てくれる頼もしい仲間を紹介しよう」

 

俺はそう言って手のひらからスライム触手を伸ばし、丸く固めていく。

 

「わわっ!ナニコレ?」

 

「<スライム的掃除機(スライスイーパー)>発進!」

 

俺はぐるぐるエネルギーをぶち込み、触手を切り離す。

すでに頭の中に<気配感知><魔力感知>でくみ上げた南地区のマップが頭に入っている。その町中を<スライム的掃除機(スライスイーパー)>がくまなく走り回るイメージをインプットして命令する。

 

『ごみを回収し、亜空間圧縮収納の指定箇所に保管せよ』

 

亜空間圧縮収納もフォルダで区切るかのようにイメージで保管分離が可能になった。

そこでゴミだけ集めるフォルダを作ったというわけだ。

 

スライム的掃除機(スライスイーパー)>のイメージは、もちろんル〇バだ。

 

「行け!」

 

「キュピー!」

 

あれ?鳴き声発してたぞ。そんなイメージは無かったけど。

 

なんだかシュゴゴゴゴ!っとはでな音を立てて通りのゴミを吸い込みながら移動していく<スライム的掃除機(スライムイーパー)>。たくさん回収して来てくれ。

 

「さ、ゴミ集めはあの子に任せて散歩に行こう」

 

マリンちゃんは目を白黒させていた。

 

 

 

 

「こんにちは~」

 

俺は教会の扉を開けて中を伺う。

 

「はい、どちら様でしょうか?」

 

出て来たのはずいぶんと若くてきれいなシスターだ。

この娘がシスターアンリなのか?

てっきりそこそこ年のいった熟女が出て来るとばっかり思っていたのだが。

 

「すみません、王都に来たばかりで右も左もわからないままお尋ねするのですが、教会は孤児院のような役割も担っているのでしょうか?」

 

俺はストレートにシスターに聞いてみる。

 

「ええ、その通りです。この教会も孤児院を運営しています。現在は8人の孤児たちが生活しているのですが・・・」

 

「そうなのですね、実はこのマリンちゃんなのですが、路上で生活している孤児のようなのです。良ければシスターのところで雨露を凌がせてやっては頂けないでしょうか?」

 

「それはそれは・・・もちろん受け入れたいところなのですが、実は今この教会は王都聖堂教会本部から支援の打ち切りを通達されているのです・・・。撤回と支援延期を申し入れているのですが・・・」

 

そう言って表情が暗くなるシスター。

 

「失礼シスター。お名前をお伺いしても?」

 

「え、ああ、私はアンリと申します」

 

やはり、この若いシスターがアンリさんか。

となると、教会の動きもきな臭いな。

 

「私は田舎からやって来た無学な者でして。実は教会の運営やシステムがよくわかっておりません。教会は力無き者の味方のようなイメージでおりましたが、支援を打ち切るなど、どういう事なのでしょうか?」

 

「自らを無学と呼び、他者に知識を尋ねられる方は無学な方などではありませんよ」

 

そう言ってシスターアンリはニコリと微笑んだ。

 

「教会についてご説明いたしましょう。教会は聖堂騎士団の活躍による依頼料と、寄付が収入のメインとなります。たまに不用品を集めたバザーなども開催するのですが、そちらは微々たるものです。教会支部は寄付の5割を聖堂教会本部に毎月上納する決まりになっています」

 

「5割も。恐ろしくぼったくりですな」

 

俺の感想に苦笑するシスターアンリ。

 

「ですが、集められた資金を、運営がうまくいかなかった教会や孤児院、寄付が集まりにくい貧しい村の教会などに支援金として振り分けられるので、救済の面もあります」

 

「なるほど」

 

ある所から取り、無いところへ配る。一見よく出来たシステムのようだ。

 

「ですが、この南地区の教会はなぜか支援打ち切り、孤児院も解散で引き取り手を探さないといけない状況なのです」

 

さらに表情が暗くなるアンリ。

 

「支援打ち切りで、孤児院も解散ですか。聖堂教会も酷い判断をするものだ。ちなみにこの教会はどうなるのです?」

 

「この教会は昔祖母が土地を買って建てたものです。一応今は私が権利書を持っています」

 

ああ、なるほどね。アンリちゃんが土地建物の所有者なんだね。

 

「孤児院も聖堂教会のドムゲーゾ枢機卿が2名の女の子を引き取ってくださると手紙が来てはいるのですが・・・」

 

引き取りがあっても暗い顔をするアンリちゃん。

 

「その2名はかわいい女の子なんですか?」

 

「・・・そうです」

 

はっきりと告げるアンリちゃん。

辛いね。

土地が欲しい者。

孤児の中の可愛い少女が欲しい者。

アンリちゃん自身が欲しい者。

 

ああ、碌でもないウィンウィン関係。

 

「なるほど。きっと聖堂教会は支援を打ち切り、孤児院を立ち行かなくして、欲しい少女だけ引き取り、その後この土地と建物を売る様に迫る人間が来て、無理やりにでも売却させようとしてくるんでしょうね。残った孤児たちのために、なんてなだめすかされたりして、書面にサインでもしようものなら、安く買い叩かれてこの建物から追い出されるでしょう。そして困り果てたところへ、したり顔であなたを狙った低級貴族のボンボンが支援を持ちかけて来るでしょうね。貴方そのものを手に入れるために」

 

「な、なんてこと・・・」

 

顔が青ざめるアンリちゃん。

 

「教会への寄付ですが、5割を聖堂教会本部へ納めなければならないとの事、では、貴女個人の資産ではどうでしょうか?」

 

「個人の資産・・・ですか? それなら、自分で寄付しない限りは大丈夫だと思いますが・・・」

 

「そうですか。それではまず金貨10枚を貴女個人にお渡しします」

 

「ええっ!? き、金貨10枚も!」

 

「金貨10枚程度では孤児たち全員を養っていくのには不足でしょう。ですが、聖堂教会本部がどのような手を打ってくるかわかりません。ですから最悪奪われてもいいような額でまずはお渡しします」

 

「う、奪われてもいいような額が金貨10枚なのですか・・・?」

 

シスターアンリ、驚愕の表情!

ですが、ワタクシめは成功した冒険者なのですよ・・・Fランクのままだけど!

 

「まあそうです。その金貨も商業ギルドで発行される個人預金カードを使用しましょう。これなら必要な時に貴女本人が商業ギルドからお金を引き出せます。教会に金貨を置いておいては泥棒に入られるかもしれませんしね」

 

「な、なるほど・・・商業ギルドで発行している預金カードですか。そのようなシステムには一生縁がないと思っていましたよ」

 

アンリちゃんが口に手を当てて笑う。

 

「そして聖堂教会へは縁切状を送り付けて、今後の支援は一切無用、こちらは個人教会として聖堂教会とは一線を引くと伝えましょう。どうせ支援打ち切りですし、ちょうどいいですよね」

 

「ですが・・・それでは聖堂教会のシスターの座を失うことになりますが・・・」

 

「アンリさん。貴女が大事にしたいものは何ですか? 聖堂教会のシスターの座ですか? この土地建物といった財産ですか? それとも、連れ去られそうになったり、路頭に迷う羽目になってしまいかねない子供たちですか?」

 

「もちろん子供たちです!」

 

俺のぶしつけな質問に即座に大声で答えるシスターアンリ。

 

「聖堂教会は非道にも少女と土地建物を貴女から奪うため、支援を打ち切りました。そんな組織に貴女は未練がありますか? アンリさんは神聖魔法を使用する事は?」

 

「できますが・・・」

 

「聖堂教会という組織から外れ、シスターという座を聖堂教会の組織の中で失ったとして、それがどうしたのですか? 神聖魔法が使えなくなるのでしょうか? それとも孤児たちから見て、貴女はシスターでは無くなるのでしょうか? 違いますよね? 貴女の心の持ちようは何も変わらないはずだ」

 

シスターアンリはハッと衝撃を受けた様な表情になる。

 

「何も変わらない・・・そうですね、聖堂教会の組織から外れても、何も変わらないのでした。どうせ支援は打ち切られるのですから。であれば、きっぱり絶縁して、自分たちだけで何とかやって行けるよう検討しなくてはなりませんね!」

 

アンリちゃんの表情が少し明るくなってくる。

 

「その通りです。そのような外道な(しがらみ)から脱却して、孤児たちが安心してのびのびと生活できるような環境を頑張って整えて行きましょう!」

 

そう言って俺はシスターアンリにグータッチを求める。

グーを突き出すその角度はあの原監督を彷彿とさせるだろう。

 

「はいっ!」

 

ちょっと戸惑いながらもグーを合わせてくれるアンリちゃん。

 

「僕も応援しますので、このマリンちゃんも孤児の仲間たちと一緒にここで面倒を見て頂けますか?」

 

「もちろんです! マリンちゃんもそれでいいかな?」

 

「・・・いいの? お姉さんとお友達と一緒に暮らせるの?」

 

マリンちゃんがぽろぽろ涙を流す。

シスターアンリが膝を付きマリンちゃんを両手でギュッと抱きしめる。

 

「ここはお金もあまりないけど、みんないい子達ばかりなのよ? みんなで仲良く頑張りましょうね」

 

「はいっ!」

 

にっこりとシスターアンリが微笑むと、マリンちゃんも涙を拭いて元気よく返事をする。

 

さてさて、お金で支援するのは簡単だが、敵はそう簡単には引いてはくれまい。

どのような戦略で行くか、俺は頭の中で思案を巡らすのだった。

 




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第92話 定食屋で昼ご飯を食べよう

ヤーベ達が南地区の教会でシスターアンリと会っていた頃、コルーナ辺境伯家の庭ではゲルドンが狼牙族を相手にトレーニングをしていた。

 

『あのオーク、ボスに言われてトレーニングしてるんだって?』

『ああ、一応俺たちを殺すつもりでハルバードを振れって言われたようだが』

 

四天王の一角、雷牙と氷牙がゲルドンを見ながら話していた。

 

『だが、オークなんだろ? オークなんぞ鍛えたって役に立つのかねぇ』

 

雷牙は多少嘲りの色を持って呟く。

 

『侮るな! あのオークはボスの使役獣となった特別なオークだぞ。それでもボスは俺たち狼牙族ならば危険なことは無いと信頼して俺たちを殺す勢いでやるこのトレーニングの指示を出していらっしゃるのだ。だが、万が一に備えてヒヨコ隊がそこに控えている。万一、一撃貰って大けがでもした場合、すぐに緊急念話がボスに届くようになっているんだ。俺たちを信用して任せてくれ、且つ心配して緊急時の手配を済ませてくれている。これほど俺たちにとってありがたいボスがいるだろうか。いやいないぞ!』

 

風牙が涙を流しながら力説する。

 

『お、おお・・・』

 

熱すぎる風牙の弁舌に若干引き気味の雷牙。

 

『だが、ハルバードの一撃は万一当たりでもすれば致命傷になりかねない。それこそ部下の連中にもいいトレーニングになるであろうよ。もう少しゲルドン殿が攻撃になれて来れば、躱すだけでなく、コンビネーションで攻撃に転じるトレーニングがあっても良いだろう』

 

氷牙が冷静にトレーニングを分析する。

 

『くくっ! ハルバードを振るうだけでもとんでもなく疲れるだよ!』

 

ぶつくさいいながらも周りに配置される狼牙達を次々に狙っていく。

 

ゲルドンのトレーニングはヘトヘトになるまで続くのであった。

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

「アンリさん、少し早いですが、みんなでお昼ご飯に行きませんか?」

 

俺はアンリさんに孤児のみんなと一緒に食事に行こうと誘った。

 

「え、ええ・・・? ですが、それほど予算も今はありませんし・・・」

 

「もちろん私が食事代は持ちますよ。ご心配なさらずに」

 

「よろしいのですか・・・?」

 

おずおずと聞いてくるアンリさんの肩をポンポンと叩いて、

 

「さあゴハンに行きましょう!」

 

新たにマリンちゃんを加えた9人の孤児たちを連れて食事のため、ある店を目指して出かけようとした。

 

「あら、お出かけ? お気をつけて」

 

「オソノさん、すみません、留守番お願いしますね」

 

「はい、いってらっしゃい」

 

オソノさんというおばあさんに見送られて食事するお店に出発した。

 

目指すお店は・・・そう、「定食屋ポポロ」である。

だが、定食屋ポポロは西地区にある商業区画のお店だ。徒歩では遠いし、子供たちもいる。無理はさせられない。

 

だが、そんな俺様は秘策を用意している。

 

「タララタッタタ~ん! ローガのローシャ!」

 

『ボス・・・もう少し名称に気を使って頂けるとありがたいのですが』

 

「え~、ダメかね?」

 

俺が取り出したのは大きめのリヤカーのようなもの。

馬車ばしゃならぬ、狼車(ろうしゃ)だ。

 

早速ローガにつなぐことにする。。

 

「さあみんな乗って乗って」

 

「「「わ~い!」」」

 

子供たちが喜んで荷台に乗る。

 

「あ、アンリさんもどうぞ」

 

手を差し出し、荷台の前部に引き上げる。

 

「あ、ありがとうございます・・・」

 

手を握ったためか頬を赤くして俯くアンリちゃん。かわゆし。

 

「さ、出発しますよ」

 

俺はローガに手綱で合図を送ると、ローガが元気よく歩き出した。

 

「わー!すごーい!」

 

子供たちが大はしゃぎだ。

 

 

 

 

 

「さて・・・、ここがお目当ての定食屋さんです」

 

定食屋ポポロの前に着いた俺たち。

 

「わあ・・・なんとなくですが、レトロな定食屋さんですね」

 

アンリさんがお店の前で呟く。

うん、もう少しストレートに言うと、ボロいねこの店。

 

「「「お腹空いた~!」」」

 

子供たちが元気に声を上げる。

 

「じゃあ、早速お店に入ってご飯を食べようか」

 

「「「はーい!!」」」

 

子供たちは元気よく返事をするのだった。

 

 

 

「まいど~」

 

俺は建て付けの悪い格子戸を引いて扉を開ける。

 

「あ、いらっしゃいませぇ」

 

お盆を持った少女が奥からタタターっと走って来た。

 

「全員で11人だけど大丈夫かな?」

 

 

聞いては見たけど、大丈夫だろう。

何せ店にはお客がゼロ。誰もいないのだから。

はっ!? 11人分も食材がないという可能性が!?

 

「はいっ!どうぞこちらの席へ」

 

だが、少女は笑顔で俺達を席に案内してくれた。

とりあえず食事が出来そうでよかった。

子供たちを席に座らせて早速メニューを見る。

 

「・・・・・・」

 

メニューを見るが、いくつかが消されて、現在選べるのは・・・

 

『野菜炒め定食』

 

その一択のみであった。

 

金額は銅貨5枚。

 

「・・・これしかメニューが無いんだね。えっと、みんなこれでいいかなって、ダメでも他にないんだけどね」

 

俺は苦笑しながら子供たちに伝える。

 

「ふふっ、子供たちは食べ盛りですから、なんでもおいしくいただいちゃいますよ!」

 

アンリさんが笑ってくれる。

じゃあ早速注文しよう。

 

「注文お願いしまーす」

 

「はいっ!お待たせしました。何にいたしましょう・・・って、今は野菜炒め定食しか出来なくて・・・すみません」

 

そう言って頭を下げる小学生高学年くらいの女の子。

 

「そうなんだね。とりあえず野菜炒め定食11人前でね」

 

「はいっ!ありがとうございます! お姉ちゃん野菜炒め定食11人前入りまーす!」

 

「わっ!そんなにお客さん来てくれたんだ・・・、お姉ちゃん頑張って腕を振るうよ!」

 

フライパンでジャッジャッと野菜を炒める音が聞こえてくる。

 

「さあお待たせしました。野菜炒め定食お待ちどう様ですー!」

 

出来立ての野菜炒め定食が出てくる。

湯気が立ち込める野菜炒めは中々にうまそうなのだが・・・

 

よく見れば、明らかに野菜が切れ端や欠片のような端材で出来ている。

一口食べてみる。味自体は悪くないと言えば悪くないのだが・・・。

プロの味ではない。素人の家庭料理といったところだ。

何より、素材が悪い。悪すぎるといってもいい。

素材さえマシならば、家庭料理とはいえ、そこそこ食える料理になりそうなんだが。

 

「おいしー!」

「あったかーい!」

「シャキシャキー!」

 

子供たちには好評のようだが、正直この値段で、このメニュー一択。材料もいい物を使えていない。

 

(ないわぁ・・・)

 

なぜ姉妹が定食屋など開いているのか不明だが、どう考えても客が入る要素が無い。

 

(これはやっかいな案件になりそうだな・・・)

 

俺はお店の天井を見つめて溜息を吐いた。

 




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第93話 重くなる事態に対処しよう

定食屋ポポロの状態はかなり厳しい物がある。

建物は古め、それほどの清潔感も無い。

味付けはそこそこ悪くはないのだが、材料はかなり悪い。

正直、一見で来ているのであれば二度目にもう一度来ようとは思わないレベルだろう。

 

「お茶をどうぞ」

 

そう言って妹ちゃんが急須を持ってきてコップにお茶を注いでくれる。

 

「ありがとう」

 

コップから暖かそうな湯気が立ち上る。

一口飲んでみる。

 

「・・・・・・」

 

お茶の入れ方は良い感じだ。丁寧に作業していると思う。

だが、茶葉がだめだ。お茶自体が古いものだな。

 

ちなみに、俺はもともと味にうるさい人間ではない。社畜時代はコンビニで買ったインスタントで体を形成していたくらいだ。

異世界に飛ばされてから味覚アップのため、食べながらぐるぐるエネルギーを高めていると、食材の良し悪しや、味付けなどが鋭敏にわかるようになった。

 

「お嬢さん、このお茶の葉はいつ購入したのかな?」

 

「お茶っ葉ですか・・・? これは三日前ほどです」

 

妹ちゃんは何の質問?みたいな感じで答えてくれる。

 

この質で三日前なら、明らかに質の悪いお茶だと分かった上で格安で仕入れているか、購入時に騙されているかの二択しかない。

 

「このお店は姉妹だけでやってるのかな?」

 

「はい・・・実は半年前に父が流行り病で亡くなってしまって・・・、母もお仕事を探しながらこのお店をやっていたんですが、一ヶ月前に帰って来なくなって・・・」

 

そう言いながら涙ぐむ妹ちゃん。

 

「お母さん帰って来ないの!?」

 

思わず俺は声が大きくなった。

 

「はい・・・、衛兵さんにお母さんが帰って来ないって伝えたんですけど・・・」

 

「それは心配ですね・・・」

 

シスターアンリも心配する。

 

「アンリちゃん、王都ではこういった失踪に関しては、衛兵さんに伝えると探してもらえるものなの?」

 

「・・・正直、そう言う情報がある、というだけで、探せるものではないと思います。彼女たちの母親が居なくなったという情報は挙がっても、彼女の母親を知っている人間はあまりいないでしょうし、探すこと自体が難しいかと・・・」

 

「なるほど・・・」

 

そりゃそうだ。写真があるわけでもない、姉妹の母親が居なくなっても、有名人でもなければ母親を知る人はかなり少ないだろう。衛兵たちが探す伝手も無い。

 

「君たちの名前を教えて貰ってもいいかな?」

 

「私はリンと申します。姉はレムと言います」

 

「お母さんのお名前は?」

 

「母はルーミと言います」

 

「ルーミさんね・・・ちょっと気にして探してみるよ」

 

「ホントですか!? ありがとうございます!」

 

少し目に涙を溜めて頭を下げるリンちゃん。

だが、そうやって話し込んでいると、

 

「ちょっと、根掘り葉掘り聞かないでよね。大体誰よ、アンタ達!」

 

ちょっと目の吊り上がったきつめの女の子が出てくる。

きっと野菜炒めを作ってたお姉ちゃんかな?

 

「誰・・・と聞かれれば、客だね。俺たちは」

 

「ぐ・・・!」

 

勢いよくやって来たお姉さんのレムちゃん。

いや、右手に包丁持ってるの危ないから。

 

「今はこのお店、二人だけでやってるのかな?」

 

「そうよ!文句ある?」

 

何でこんなにこの娘はツンツンしているんだろう?

いつかデレるんだろうか?

まあ、レムちゃんにデレてもらう必要はないんだが。

後、危ないから包丁を突き付けるのは止めてくれないかな?

 

「材料は誰が買いに行くのかな?」

 

「そんなことアンタに関係ないでしょ!」

 

「私もお姉ちゃんも買い出しに行きますよ」

 

「いちいち答えちゃだめ!」

 

リンちゃんは丁寧に答えてくれるけど、レムちゃんは個人情報秘匿タイプだな。

 

「ごちそうさま」

 

そう言って俺は金貨を1枚テーブルに置く。

 

「わわっ、すみません、お釣りが・・・」

 

「いや、お釣りはいらないよ。また来るね」

 

そう言って子供たちを連れ立って店を出る。

 

「ありがとうございました!またお越しくださいね」

 

リンちゃんが丁寧に挨拶してくれる。

リンちゃんの接客は気持ちがいいね。

 

 

 

 

 

ポポロ食堂を出て、再びローガに狼車を引いてもらい帰途に就く。

 

「ヴィッカーズ、いるか?」

 

『ははっ!』

 

ヒヨコ十将軍序列第五位のヴィッカーズが飛んできて俺の肩に止まる。

 

「あの姉妹が定食屋で使っている材料をどこから仕入れているか、仕入れ先を調べろ。仕入れ先との取引状態と実際の取引現場も確認しろ。それから母親の失踪についても調査しろ。特に足取りだ。どこで行方不明になったか、徹底的に調べ上げろ」

 

『ははっ!!』

 

「え、ええ!? ヒヨコちゃんに話しかけてたんですか!? しかもすごく難しい事を指示してませんでした!?」

 

アンリちゃんが信じられないといった表情で俺に問いかける。

 

「ウチのヒヨコたちはすごく賢いんですよ」

 

俺はドヤ顔でアンリちゃんに答えた。

 

 

 

 

 

南地区の教会へ帰って来た俺たち。

教会に入ろうとしたところで、入り口に誰かが倒れているのを見つけた。

 

「オソノさん!!」

 

倒れている人にアンリちゃんが駆け寄る。

怪我人は俺たちが食事に出る時に留守番として見送ってくれたお婆さんだった。

 

明らかに暴力を受けて血を流して倒れていた。

全身が汚れ気味なのを見ると複数で寄って集って蹴られたように見える。

 

「光にありし神々の御手よ。御身の慈悲に縋りて、この者を癒し給う。<大いなる癒し(ハイ・ヒール)>」

 

アンリちゃんの両手から暖かく柔らかな光が溢れ出し、オソノさんを包み込む。

 

「・・・ああシスター、帰って来たのかい」

 

「よかった!」

 

涙を流しながらオソノさんに抱きつくアンリちゃん。

 

「大丈夫だよ、死なない限りアンタが治してくれるだろうからね。あんな連中にやられやしないよ」

 

そういって笑顔を見せるオソノさん。なんて強い(ひと)なんだ。

 

「そんなこと言って・・・あんなひどい連中が来たら、逃げてください!」

 

「とんでもない、権利書とか盗まれちまったら大変だよ」

 

「そんなこと!」

 

アンリちゃんはオソノさんが心配なようだが、オソノさんもアンリちゃんが心配なんだな。

いい二人だ。

それにしても、「あんな連中」って言っているところをみると、何度もそのチンピラどもはこの教会に嫌がらせをしに来ているということか・・・。

 

 

 

ゴウッ!

 

 

 

「はっ!」

 

アンリは驚いた。魔力風で自分の髪が大きくたなびく。

魔力の風はヤーベから放たれていた。

アンリが着ていたローブのフードが捲れ上がり、端正な顔立ちの素顔がはっきりと晒され、金髪が揺れる。

 

(こ・・・この人、とんでもない実力の魔術師・・・?)

 

アンリはヤーベの持つ内包魔力がとてつもないものだと感じていた。

 

「どうやら、片付けねばならんような連中が存在しているようだな・・・」

 

報告があったのだから、分かっていた。

だが、敵は思ったよりも直接的な手段に出ているようだ。

想像していたより、時間に余裕が無い様だ。

 

「ヒヨコ十将軍序列第三位クロムウェル」

 

『ははっ!』

 

素早く飛んできて俺の方に止まるヒヨコ十将軍のクロムウェル。

 

「シスターアンリとオソノさん、子供たちを守れ。場合によっては実力行使も許可する。但し殺すな。殺すと面倒だ」

 

『ははっ!お任せください。必ずや賊は撃退してご覧に入れます!』

 

「頼むぞ。それからお前の調査結果は明日夜報告してくれ。それまで調査を進めておいてくれ」

 

『了解です!』

 

単純に力で来るなら、その力の向ける方向が間違っている事を教えてやろう。

そう、後悔するほどにな。

 

 




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第94話 商業ギルドのやり手から情報を得よう

「キュピー!」

 

シュゴゴゴゴッ!と派手な音を立てて<スライム的掃除機(スライスイーパー)>が帰って来た。

 

「よーしよしよし」

 

「キュピー!」

 

元気に帰って来た<スライム的掃除機(スライスイーパー)>を撫でてやる。

マリンちゃんがびっくりしている。

 

「さあマリンちゃん、回収したゴミを買い取りに出してこよう」

 

「ええ? いいんですか? お兄さんが収集してきたんですよね?」

 

「マリンちゃんの代わりに収集しただけだよ。さあ、一緒に行こうか」

 

「は、はい」

 

俺はマリンちゃんの手を引いて収集屋さんに出向いた。

 

 

 

 

 

「お、マリンお疲れ。今日もゴミを回収してきたのか?」

 

「あ、えっと・・・」

 

「そう、今日は俺がちょっと手伝ったんだけどね」

 

「キュピー!」

 

「ななな、なんだ?」

 

俺が<スライム的掃除機(スライスイーパー)>を手に持っているので、驚いているようだ。

 

「で、ゴミはどこに出せばいいんだ?」

 

「そこの計量籠に出してくれ」

 

「うーん、どれくらい回収してきたんだろ? ちょっと横に出して見るか。<スライム的掃除機(スライスイーパー)>、回収オープン」

 

「キュピー!」

 

ドドドドドッ!

 

「わあっ!」

「ななな、なんだこりゃ!」

 

凄まじい量のゴミがうず高く積まれてしまった。

さすが南地区をくまなく掃除して来ただけのことはある。

 

「こ、こんな量を買い取ったら破産しちまうよ・・・」

 

いきなり顔色が悪くなる収集屋。

 

「なんだ、しょうがないな。大体籠何杯買い取ってくれるんだ?」

 

「一日当たり10杯で勘弁してくれ・・・大銅貨1枚だ」

 

「わっ、大銅貨!すごいです」

 

俺は籠に10杯分のゴミを渡す。うーん、全然減った気がしないな。

 

「じゃあ残りはまた明日持ってくるよ」

 

そう言って残ったゴミの山を<スライム的掃除機(スライスイーパー)>に収納させる。

 

「キュピー!」

 

一瞬にしてゴミが消える。

 

「な、なんだそれ? なんだがすごい能力だな」

 

「気にしないでくれ。さあマリンちゃん教会に帰ろう」

 

「はいっ!」

 

帰るところがあるのが嬉しいのか、マリンちゃんは笑顔だった。

 

「この<スライム的掃除機(スライスイーパー)>、預けておくから、明日またあの収集屋さんへ持って行ってゴミを出してね。この子にゴミ出して~って言えば出してくれるから」

 

「キュピー!」

 

「わあっかわいい!預かってもいいんですか?」

 

「うん、しばらくだけだけどね。ゴミが無くなるまでよろしく頼むね」

 

「はいっ! スラちゃんよろしくね!」

 

「キュピー!」

 

あ~、やっぱり愛称で呼ぶと「スラちゃん」だよな・・・。

スイーパーの略で行くと「スイちゃん」だし。

どっちとってもラノベの大先生方の作品に被って来るわ。

スライムは作品多いしな。ここはもう「仕方ないっすよね!」てな感じで行くか。

マリンちゃんの呼びやすい名で行こう。

 

・・・<スライム的掃除機(スライスイーパー)>鳴き声あげてたけど、大丈夫だよな?

イメージはル〇バで作ったつもりだが、実は実家ではシャ〇プ製の「ココ〇ボ」を使用していたんだよな~。コイツ、話しかけるとしゃべるんだよ。だから、ペット的な意味で家族の一員、なんて振れ込みだった。ソッチのイメージも入っちまったかな?

問題にならなきゃいいけど。

 

 

 

マリンちゃんを教会まで連れて帰ってシスターアンリと挨拶した後、コルーナ辺境伯家へ戻る。戻りすがらヒヨコ十将軍序列第五位のヴィッカーズの報告を聞く。

 

『昨日の夕方、別々に買い出しに行った姉と妹の後を尾行して確認してまいりました』

 

「どうだった?」

 

『正直最悪ですな。姉のレムの方はかなり強引で強気な発言が多く、かといってまるで目利きが出来ていないため、おだてられて質の悪い物を高い値段で買わされています。妹の方は逆に気が弱く、強気で交渉できないためにこちらも質の悪い物を高い値段で押し付けられています』

 

「商人たちの名前は調べているか?」

 

『もちろんです』

 

「よし、では王都の中央商業ギルド本部に行くか」

 

俺は商業ギルドの本部に乗り込むことにした。

 

 

 

「いらっしゃいませ、商人登録でしょうか?それとも買い取りでしょうか?ちなみにこちらでは個人向けに品物の販売はしておりませんのであしからず」

 

ローブを羽織った姿だからか、商人に見えないのだろう、そんな対応をされてしまった。

 

「直接買いたいのだが、買いたいものは品物ではない。情報だ」

 

そう言って金貨の詰まった袋をドシャッ!とカウンターに乗せる。

 

「それに、西地区の商人の幾人かについて、こちらから情報提供もある。直接西地区の商業ギルドに行かなかったのは、商業ギルドの管理体制が分かっていないので、そのあたりの説明も聞きたくて態々本部に来たのだ」

 

少し強気な態度で交渉だ。商人って奴はあまり弱腰だと足元を見るものだ。

 

「ほう、情報を買いたい、とはね」

 

「ふ、副ギルドマスター!? どうしてカウンターに?」

 

受付嬢が驚いている。よほど副ギルドマスターが出て来ることが珍しい様だな。

 

「情報、何て珍しい言葉が聞こえてね。情報というのは自分の足で稼いで小出しにしながらそれぞれの商人たちが交換して行くものなのだが。君のように金貨を積み上げてはっきりと情報を売れ、というのはまた珍しいな、とね」

 

「こ、この大きな袋・・・金貨なんですか!?」

 

受付嬢が驚いている。

 

「そりゃ音でわかるよ・・・。大手の商人ならそれくらいの金貨のやり取りは珍しくないんだけどね・・・。君は商人じゃなくて冒険者だよね?それからすると非常に成功した優秀な冒険者君という事かな?」

 

「偶々で、優秀かどうかはわからんがね。それで? 情報はどうなんだい?」

 

「おもしろいね。私が話を聞こうか。こちらへ」

 

「ええっ!? 副ギルドマスターが直々にですか? いいのですか?」

 

よほど副ギルドマスターが直接対応するのが珍しいらしいな。

 

「いいよ。彼のような優秀な人物はこちらも繋がりを持ちたいものさ・・・。あ、リンダにお茶を入れてくれるように頼んでおいてくれ」

 

「ええっ!? リンダ統括にですか? い、いいんですか?」

 

「ああ、いいよ。私がお茶を入れてくれと言っていたと伝えてくれたまえ」

 

「は、はいっ!」

 

 

 

「さ、座ってくれたまえ」

 

指示されたソファーに座ると、かなり高級な感じが伝わってくる。さすが副ギルドマスターといったところか。

 

「私は王都バーロンの商業ギルド中央本部、副ギルドマスターのロンメルだ。よろしく頼むよ」

 

「俺は冒険者のヤーベだ。こちらこそよろしく頼む」

 

「それで? どんな情報を売ってもらいたいんだい?」

 

俺は金貨を袋から10枚取り出して積み上げる。

 

「とりあえず聞いていくから、足りないなら言ってくれ」

 

「くくっ・・・、いいね、君。面白いよ。何でも聞いてくれたまえ。実に面白い」

 

くっくと笑うロンメル。

正直底が知れない相手だな。

うまく付き合って行ければ力になってくれるだろうけど。

 

「まずは、中央本部に近いところから。手作りパンの店マンマミーヤにお客が全く入っていない件だ」

 

「ふむ、客が入らないのが商業ギルドのせいだなんて言わないでくれよ?」

 

「そりゃもちろんだよ。この店、パンの味はかなり美味い。普通に営業していれば客が入らないはずがない」

 

「うん、君の言う事は尤もだね。実はその件は私のところにも直接情報が上がって来ていてね。商業ギルドの中央支部の一部の人間が圧力をかけているようだ」

 

「そりゃずいぶんな対応だな。マンマミーヤだって王都で商売しているんだ。商業ギルドの一員だろ?」

 

俺は疑問を呈する。

 

「そりゃもちろんだけどね。あそこは奥さんが亡くなってから、商業ギルドの寄り合いに顔を出してないんだよ。それに、あの一区画を取り纏める担当にも挨拶に行って無い様でね」

 

「頑固おやじの職人とまだ成人前の娘には酷な話だね」

 

「だが、それはお店側の問題だね。ギルド側の問題ではないよ」

 

俺は溜息を吐いて頭をゴリゴリと掻く。

 

「で、その取り纏めの情報は?」

 

「精肉屋のジョンだね。同じ区画に店があるよ」

 

「ジョンの好きな物は?」

 

「ふふっ・・・甘い物が好物だと聞いたような気もするがね」

 

「そうか」

 

俺は頭に情報をインプットして対策を立てていく。

 

「他には?」

 

「商業ギルドが特段贔屓にしている貴族の中にテラエロー子爵は入っているか?」

 

ロンメルの目が一瞬鋭くなる。

 

「そりゃ貴族との取引は大口も多いし、どこの貴族も大事な取引先ではあるけれどもね」

 

「ハーカナー男爵の件でね」

 

そう言うとロンメルの顔色が一瞬変わる。

 

「そんなところに首を突っ込んでいるのかい?」

 

「いや、首を突っ込むのはこれから」

 

「これからなのかい?」

 

「まあね、まさか商業ギルドが噛んでるとは思ってはいないけどね」

 

お茶目な表情でそうロンメルに伝える。一瞬魔力を少しだけ解放して。

そしてロンメルにはその一瞬で十分だったようだ。

 

「・・・君は、本当に規格外のようだね・・・私が対応できていてよかったよ」

 

「こちらからも情報だ。西地区の定食屋ポポロで、父親が流行り病で半年前に無くなり、母親は一か月前から行方不明のようだ。今は幼い姉妹が定食屋を潰さないように奮闘中だ」

 

「ふむ・・・それは大変だとは思うが、だからと言って商業ギルドは特別扱いできないよ」

 

「そうなのか? すでにある意味特別扱いしているようだが?」

 

俺がそう言うとロンメルが少し剣呑な雰囲気になる。

 

「どういうことだい?」

 

「西地区の一部の商人が、姉妹を騙して金を巻き上げているようだ。質の悪いお茶を偽って売ったり、クズ野菜や端材を高値で押し付けたりな。騙される方が悪いって言うなら、それがこの王都の商業ギルドのやり方だと判断するが?」

 

俺も少しだけ剣呑な雰囲気で答える。

 

「ふう・・・なかなか無くならないものなんだよ。そういう馬鹿を取り締まるのも商業ギルドの役目の一つなんだがね。西地区には厳しく監査を入れよう。どうせ君のことだ、すでに商人の情報を持っているんじゃないか?教えてくれるなら仕事が早くて助かるんだがね?」

 

俺は苦笑しながらヒヨコたちが調べて来た商人の名を教える。

 

「まあ、仕事が早いのは俺も助かりますよ」

 

そう言って席を立とうとする。

 

「もういいのかい? 今の話程度なら金貨で3枚ってところかな。でも西地区の商人の情報を貰ったからね、2枚でいいよ」

 

「そう? それは助かるよ」

 

そう言って2枚を机に残し、残りを回収して席を立つ。

だが、席を立った俺にロンメルは声を掛けた。

 

「この2枚の金貨で君の情報が買えると嬉しいんだけどね? コルーナ辺境伯家の賓客で数々の英雄譚を持ちながら何故か冒険者Fランクのままのヤーベ殿?」

 

ニコニコとしながらロンメルが言う。

俺は頭を掻きながら、

 

「・・・また来ますよ。その時にでも」

 

そう伝えるのだった。

 




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第95話 貴族の派閥について勉強しよう

 

王都の商業ギルト中央本部を出た俺はコルーナ辺境伯邸へ向かっている。

俺の後ろには頭にヒヨコ隊長を乗せたローガが歩いてついて来ている。

 

「王都を歩いているが、<調教師(テイマー)>には会わないな。特にローガのような大型の魔獣を使役している人なんて全然見ないんだよな。そう言えば城塞都市フェルベーンでは肩に鳥っぽい生き物を連れている人は見たんだけど」

 

『我のような比較的中型の魔物までならともかく、大型の魔物は使役しても連れまわすのに大変だからではないでしょうか?』

 

「そうだな、ドラゴンやコングヘッドなんて大型魔獣は町に入れてくれないよな」

 

『確かにそうですな』

 

わふわふと笑うローガとしゃべりながら町を歩いて行く。

夕方のこの時間、人通りが多く歩きにくいため、2つほど大通りから入った裏路地を歩いていた。裏路地と言っても入り組んでいるわけではなく、馬車も通れるほどの広さがある。

 

「ちょっと! 指定した量と違うじゃない! いい加減な仕事しないでよ!」

 

どこかで聞いたことがある様な声が聞こえてくる。

 

『随分と剣呑な声ですな。棘がある』

 

ローガにもダメ出しされるほどの対応。

 

「やっぱり・・・」

 

見れば、そこは「リーマン商会」と書かれた看板が。

どうやらここはあのサラ・リーマンが会頭を務めるリーマン商会の店舗のようだ。

 

「最初からその量は無理だって言ったじゃないっすか・・・」

 

「こっちの希望を通せないような仲買必要ないのよ!」

 

「そんな無茶な・・・」

 

どうやら仲買が買い付けて来た品物にケチをつけているようだ。

 

「仲買とうまく付き合えないような商会、長く続かないだろうよ」

 

『声を掛けるのですか?』

 

「いや、やめておこう。今行っても機嫌が悪いだろうし、助けた時の報酬でもねだられに来たのかと勘繰られるのも気分が悪い」

 

『なるほど、だいぶ感じの悪い話ですな』

 

「まったくだ」

 

俺たちはローガと苦笑しながらコルーナ辺境伯邸に帰った。

 

 

 

コルーナ辺境伯邸に着いた俺はローガに庭でゆっくり休むように伝えると、執事さんの案内で屋敷に案内された。

入ってすぐ、リーナが声を掛けて来た。

 

「ご主人様!」

 

 

ズベベッ!

 

 

リーナの格好に思わずコケる。

 

「な、なんでメイドさんの格好なんだ!?」

 

リーナの完璧なるメイドスタイルに思わずツッコむ。

 

「リーナはご主人様をお世話(おしぇわ)しないといけましぇんから! メイドしゃんスタイルでかんばりましゅ!」

 

フンスッと両手でゲンコツを作るリーナ。

カミカミだが、リーナのやる気だけは伝わってくる。

 

「メイドさんスタイルはわかったけど・・・、ちゃんと普段着も選んでもらったか?後パンツ」

 

「ヤーベよ、子供とは言えリーナも女の子だ。女性に向かってパンツ買ったかなどと問いかけるのは些か気配りが出来ていないのではないか?」

 

「デリカシーってヤツが必要だと思うよ、ウン」

 

振り向くとそこにはイリーナとサリーナが。

サリーナもウンウンと頷いている。

 

「イ、イリーナがまともな事を言っているだと・・・!?」

 

俺は驚愕の表情を浮かべる。

 

「こら~~~~! どういう事だ!」

 

俺の胸に飛び込んでポカポカパンチを繰り出すイリーナ。

なぜかやたらと可愛さをアピールしてくる。

ププッと笑いを堪えるサリーナ。

 

イリーナを抱きとめると、その顔を覗き込む。

 

「どうした?イリーナ」

 

「う・・・、リーナちゃんが来てから、ヤーベはリーナちゃんとばかり一緒にいて、私とは一緒にいてくれないから・・・」

 

いや、リーナが来たのは昨日の午後だぞ。ほぼ一日くらいしか経っていないのに、何を言っているのだろうか?

 

「ふみぃ、おくしゃま申し訳ないでしゅ。リーナの事はお気になさらずご主人しゃまとどんどんイチャイチャしてくだしゃいませ!」

 

如何にも申し訳ない、という表情でリーナがとんでもない事を言う。

 

「ふえっ!? イチャイチャ!? うん、ヤーベ、かんばりゅ」

 

顔を真っ赤にしてろれつが怪しくなるイリーナ。

 

「それはそうと、ちゃんとリーナの服や下着の替えをたくさん買ってきたかい?」

 

肝心の買い物の成果を確認する。

 

「ああ、たくさん買って来たぞ。メイド服だけでも5着くらいあるぞ。その他、可愛く見える服を中心に毎日変えても大丈夫なようにたくさん買って来た。肌着もパンツも数を揃えたから大丈夫だ。もうリーナがノーパンで寝ることは無いかな。残念か?ヤーベ」

 

ニヤニヤしながら俺に聞いてくるイリーナ。

俺を煽るとは珍しい。

 

「じゃあお前がノーパンで俺と寝てくれ」

 

「ひゃああ!? わ、私がヤーベとノーパンで!? ううう、うん、がんばりゅ」

 

再び顔を真っ赤にして俯いてカミ出すイリーナ。

何を頑張るんだか。

そしてサリーナ、君は笑いすぎだ。

 

「さあさあ、皆さま、夕食の準備が出来ましたよ」

 

執事さんの呼びかけにみんなはダイニングに向かうのだった。

 

 

 

「そんなわけで、フェンベルク卿に貴族の繋がりをお教えいただきたいのですよ」

 

夕食後、俺はフェンベルク卿に面会を申し込み、貴族の繋がりや派閥について教えて欲しいと依頼した。そこでフェンベルク卿は酒を用意しながら話をしてくれることになった。

 

「基本の話から行こう。このバルバロイ王国には三大公爵家がある。リカオロスト、プレジャー、ドライセンの三つだ」

 

「ああ、聞いている」

 

「基本的に、公爵家が三つあるのだから、派閥もおのずとこの三つを頂点としている」

 

「派閥のトップは公爵家なわけね」

 

「まあそうだ。そのうち、リカオロスト、プレジャーはそれぞれ派閥に強い力を注いでいる。逆にドライセンだけは派閥といっても、派閥そのものには力を入れていない。ちなみに俺もドライセン派という事になっている」

 

「なっている?」

 

「ドライセン公爵家当主のダリル・フォン・ドライセンが派閥に対してそれほど力を入れていないと言うのが実際のところだ。逆にリカオロスト、プレジャーは派閥をがちがちに固め、あらゆるところにその影響を及ぼそうとしている」

 

「ドライセン公爵家だけが、静観していると言ってもいいのか?」

 

「そう言ってもいいのだが、貴族からすれば、リカオロスト、プレジャーとも極端に欲望に忠実で利権を抑えに来るイメージがある。この派閥に取り込まれると、うまくすればうまい汁を吸えるかもしれないが、逆に言うとにっちもさっちもいかなくなる可能性もある。だから多くの貴族は日和見して派閥に取り込まれるのを嫌う。その受け皿があまり派閥を締め付けていないドライセンなんだよ」

 

「アンタもそうなのか?」

 

「まあそうだな。明らかにリカオロスト、プレジャーとも派閥がキツイ。しかも悪党臭が消えない気がするね」

 

「近づきたくないね。ところで、テラエロー子爵って、どこの派閥?」

 

「テラエロー子爵はプレジャー公爵家の派閥だな。かなり自分の欲望に忠実で汚い手段も使うって話だな。付き合いたくない人物だよ」

 

「ハーカナー男爵を暗殺したって話だけど?」

 

「マジか!? そんな話をどこで? ハーカナー男爵はドライセン派になるんだが、当主が無くなって、夫人との間に子供もおらず、男爵家をどうするか揉めているらしいんだ。なんでも男爵が借金をしていたって話もあってな」

 

「あ、それテラエロー子爵のでっち上げだよ。ハーカナー男爵元夫人を手に入れるための策略みたいだよ。土地と建物も奪おうとしているみたいだけど」

 

「なんだと!?」

 

「コルーナ辺境伯の名前使っていいなら、テラエロー子爵潰しに動くけど?」

 

「むっ・・・」

 

「俺って、使えるコネと権力は全力で使う主義なんだよね」

 

「・・・もちろん協力は惜しまないが、対応は気を付けろよ? 証拠もそうだが、貴族は自分本位の判断をする者が多い。下手に手を出すと、全力であらゆる角度から潰しに来るぞ?」

 

「メンドクサイ話だね・・・。今となっては実力で排除してしまう方が簡単になるなんて。ただ、俺や俺の仲間に牙を剥けてくる奴には手加減できる自信が無いね。そんな奴が出て来ないことを祈るだけだけど」

 

「俺はお前の実力を知っているからな・・・本当にそんな奴が出て来ないことを祈るだけだがね」

 

フェンベルク卿は苦笑しながらそう言うのであった。

 




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第96話 王女の夢を叶えてみよう

「侯爵家はどうなんです?」

 

俺は三大公爵家の派閥について聞いていたが、それとは別に四大侯爵家の確認もしたかった。

 

「四大侯爵家は三大公爵家とは一線を画している。三大公爵家の派閥にとは距離を置き、独自の領地経営を行っている。そう言う意味では三大公爵家のうち、ドライセン派の人間は四大公爵家のどこかに繋がりをもつ貴族も多いんだ」

 

「四大侯爵家が派閥を作ってることはないんだ?」

 

「建前上、四大侯爵家は王国を支える四本柱であり、それぞれが同等であると認識されている。尤も、一年前にキルエ侯爵家の当主と奥方が馬車の事故で無くなり、現在一人娘が当主を引き継いでいる関係で、四大侯爵家の力関係に微妙な影響が出始めているのも事実なんだ。特に新しく就任したキルエ侯爵の娘・・・現キルエ侯爵になるんだが、かなり真面目で真っ直ぐなため、煙たがられているみたいだしな」

 

「正直者が馬鹿を見る・・・どの時代でも嫌な話だね」

 

「特に貴族って奴は、良くも悪くも、『貴族』って奴なんだ。それを真っ向から否定すれば、貴族の存在意義が問われることになってしまうからな」

 

「問われなきゃいけないヤツの方が多そうですがね」

 

「否定できない事実かもしれんがね」

 

俺の若干の嫌みも、フェンベルク卿には苦笑させるに留まった。

貴族・・・やっかいだな。

俺はお礼を言って席を立った。

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

その夜。

俺は<高速飛翔(フライハイ)>で王都の空を飛んでいた。一緒に来ているのはヒヨコ隊長だ。

ちなみに、出立時にローガが起きて来て俺に声を掛けて来た。我も同行致します!なんて言っていたが、空から王城へ忍び込むのに、ローガは連れてはいけない。留守番を指示しておいた。かなりガックリ来て尻尾も萎れていたが。

 

 

 

 

さて、王城の北東にある塔の最上階にある窓辺に来た。

木の窓を開ける。

 

キィィ・・・

 

木の窓を開けることにより、月の光が部屋に柔らかく差し込む。

ベッドには一人の女性が眠っているようだ。

眠っている時でも仮面をつけたままなんだな。

 

「・・・どなたですか?」

 

ヒステリックに叫ぶでもなく、落ち着いて問いかけてくる王女様。

この王女さん大物だな。

 

「・・・魔法使いです」

 

「魔法使い? 王国(ウチ)の魔術師団?」

 

しまったー!どこぞの月下の奇術師ばりにカッコつけたつもりで魔法使いって言ったけど、この異世界じゃ魔法使い珍しくないわ!大失敗!

 

「失礼、やり直させてくれ・・・俺は君の願いを叶える精霊王・・・あれ? 願いを叶えるなら魔法使いの方がやっぱりいいかな?」

 

「あ、あの・・・貴方は一体? というか、空に浮いているのですね? よろしければ部屋にお入りになります?」

 

王女のまさかの誘いをありがたく受ける。

 

「これはご丁寧にどうも」

 

俺はふわりと部屋に入り込む。

ローブ姿だが、中は実はデローンMr.Ⅱのままだ。

 

「それで・・・ここにはどのような御用で?」

 

王女・・・カッシーナはあくまでも落ち着いた表情で問いかける。

不審者だと騒がれないのはありがたいが、ここまで反応が薄いのも心配になるな。

 

「カッシーナ王女でお間違えありませんか?」

 

「ええ、私がカッシーナです」

 

ゆるぎない表情で答えるカッシーナ王女。

 

「それにしても随分と落ち着いておられますね。私が不審者だったり、暗殺者だったりするかもしれないとか、不安になったりしませんか?」

 

俺は意地悪な質問をしてみる。

 

「私は暗殺されるほどの価値を有しておりません・・・それに、不審者であるなら、私のような醜女は狙わないでしょう」

 

「貴女は随分とそのお心を曇らせていらっしゃるようだ。確かに貴女は太陽のように眩しく輝くような魅力をお持ちでないかもしれない。でも私にはとても魅力的に見えます。そう、夜の帳を優しく照らし出すあの月のような優しい美しさがある」

 

カッシーナ王女は驚いたような表情になる。

 

「私が・・・美しいと?」

 

「ええ、貴女は美しい」

 

カッシーナ王女の疑問に俺は正直に答える。

カッシーナ王女は俺の前まで歩いてくると、その仮面を外して、素顔を晒す。

その顔の左半分は見るも無残に焼け爛れていた。

 

「私の姿を美しいなどと言ってくださったのは貴方が初めてです・・・。とても嬉しかった。ですが、私はこの通り醜いのです。体の半身も同じように焼け爛れているのです」

 

そう言って目を伏せるカッシーナ王女。

その彼女の両肩に手を置く。

 

「?」

 

「貴女は美しい。周りを気遣い、このような場所に引きこもる方が皆の負担にならずに済むと考える貴女の心がね」

 

「え・・・」

 

少し頬を染めて顔を上げるカッシーナ王女。

 

「そんな貴女に、プレゼントがあるんです」

 

「プ、プレゼントですか?」

 

『ぴよーーーー!』

 

「あ、ヒヨコちゃん!」

 

「私の友のヒヨコが貴女の願い・・・夢を叶えて欲しいと言って来ましてね」

 

「夢?」

 

俺はバサッとローブを脱ぎ捨てる。

デローンMr.Ⅱの体があらわになる。

 

「私は・・・醜いですか?」

 

出来る限り優しく王女に問いかける。

キモチワルッて引かれたらちょっと泣くぞ。

 

だが、呆気に取られていたカッシーナ王女は目を瞬かせながら微笑む。

 

「いいえ、ちっとも」

 

輝くような笑顔を見せてくれるカッシーナ王女。

 

「クスッ、では貴女の夢を叶えましょう」

 

そう言って大きな翼を形成する。そしてカッシーナ王女の後ろに回り、抱きしめる。

 

「え・・・?」

 

「さあ、思いっきり鳥になりますよ。空の散歩へエスコートします」

 

そう言って窓から夜の星空へと飛び出した。

 

「きゃっ!」

 

少しだけ悲鳴を上げるカッシーナ王女。だが、さすがは王女というべきか、すぐに慣れて星空のランデブーを楽しみ始めた。

 

「ああ・・・なんて素敵なんでしょう! 瞬くように美しい星空の下、鳥のように空を自由に飛び回れるなんて!」

 

「喜んでもらえて光栄ですよ、王女」

 

「凛とした空気・・・でも月の光は柔らかく優しい感じがしますわ・・・。本当に貴方にとって私はあの月のように柔らかく美しく見えているのですか?」

 

大空の散歩を楽しんでいたカッシーナ王女が顔を捻って俺に向かって尋ねてくる。

 

「もちろん。貴女自身が美しい事はゆるぎない事実ですよ」

 

カッシーナ王女をふと見れば、耳まで真っ赤になっているようだ。

 

「・・・よろしければ、私を貰っては頂けないでしょうか?」

 

再び顔を捻って俺に話しかけてくる。

 

「・・・光栄ですが、私はまだ自己紹介もしておりませんよ」

 

ぱっと正面に向き直って恥ずかしそうにするカッシーナ王女。

 

「そ、そうでしたね・・・あまりに早計でした」

 

「ふふっ・・・お気になさらず。それに、とっておきのプレゼントはまだこれからですよ?」

 

「ええっ!? こんな星空の散歩をプレゼントして頂いたのに、まだ素敵なプレゼントがあるのですか?」

 

「ええ、正しくとっておきのプレゼントがね。それではお部屋に戻りましょう」

 

俺は王女の部屋に戻ることにした。

 

 

 

 

「さあ、貴女の重荷はこのヤーベが全て受け止めましょう。貴女はただ、美しいまま、心の赴くままに生きればいい」

 

「ヤーベ様、と仰るんですね」

 

にっこりと笑うカッシーナ王女。左顔が焼けただれていたとしても、その笑顔は美しく感じる。この笑顔が分からない奴は彼女を愛する資格が無いと断言してもいい。

 

「私を信じて頂けるのであれば、お召し物を全て取り払い、ベッドに横になってください」

 

「えっ・・・」

 

顔を真っ赤にして俺の方を見つめるカッシーナ王女。か、かわいい・・・。

 

「ヤーベ様を信じて・・・よろしいのですよね?」

 

「ええ、良ければ信じて頂けると張り切りますよ?」

 

悪戯っぽく笑って言う。

 

「うふふっ、本当に不思議な方・・・殿方に肌を見せることなど、永遠に無いと思っておりましたのに・・・」

 

そう言いながらも頬を染め、恥じらいながらも一糸纏わぬ姿になり、ベッドの上に横になる。

 

「目を閉じて下さい。次に目を開くときは、貴女の人生が変わっていると思いますよ」

 

「まあ、それは楽しみですね」

 

笑顔のまま、目を閉じるカッシーナ王女。

俺は触手を出して、リーナを治療した時と同じように、スライム細胞を同化させていき、カッシーナの細胞情報から元の組織体の情報を取る。得られたデータを元にスライム細胞を変質させていく。カッシーナ王女の顔が綺麗に修復されていく。体の左側全域、左肩も、左の乳房も、お腹も腰も。その全てを痛めて変質した細胞を吸収し、新たなスライム細胞で体を作っていく。

 

「さあ、終わりましたよ、王女」

 

ゆっくり目を開けるカッシーナ王女。

恐る恐る俺の方を見る。

そして、自分の体を見て、半身に刻まれた傷が無い事に気づく。

両手で顔を覆って確認するが、やはり傷が無い。

 

「え? ええっ? えええっ!?」

 

驚き過ぎて理解がついて行っていないカッシーナ王女。

そして、

 

「ふええええええっ!」

 

泣き出して俺に飛びつくように抱きついて来た。

俺はカッシーナが落ち着いて泣き止むまで優しく抱きしめ続けた。

 




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第97話 王女の愛を振り切ろう

俺はカッシーナ王女が泣き止むまでずっと抱きしめて頭を撫でていた。

ちなみに今の俺の姿は矢部裕樹ではなく、デローンMr.Ⅱである。

したがってカッシーナ王女は今の俺より身長が高い。

そんなわけで、泣いて抱きついて来てくれたわけだが、今は膝を床に付けて跪くように俺に抱きついている。よしよしと頭を撫でる触手の先だけは手のひらにしている。

触手では触り心地が悪いだろうと言う気遣いである。

俺は気遣いの出来るスライムである。

 

「ヤーベ様、本当に・・・本当にありがとうございます」

 

やっと落ち着いたのか泣き顔を笑顔に変えて少し顔を上げるカッシーナ王女。

でも、抱きついている手は解かない。

 

「気にしなくていいよ。貴女の重荷は全て私が受け止めると言ったでしょ? 貴女はただ、心の赴くままに自分の人生を謳歌すればいいんだよ」

 

俺の言葉に、再び涙を流すカッシーナ王女。でもさっきの様に顔を埋めずに、ずっと俺を見ている。

・・・俺って、目があるのかな? あ、有るわ! イリーナに指で突っつかれたっけ。つぶらな瞳でカワイイ感じだといいけど。

 

「ふふっ・・・本当に素敵ですね、ヤーベ様は。先ほどは早計でしたが、今ならいいですよね? 私を貰ってはもらえませんでしょうか?ヤーベ様」

 

花咲くように輝く笑顔を見せるカッシーナ王女。

先ほどの柔らかな月の光のような美しさから一転、傷が治った事への嬉しさからか、とても力強い太陽のような輝く美しさを放っている。

 

「貴女が美しい事はこの私がよーく知っていますよ。そしてそんな貴女に気持ちを寄せてもらって嬉しくないはずがない・・・。ですが、私は見ての通り、人間とはちょっと違っている感じなんですが・・・」

 

なんせデローンMr.Ⅱですよ、今。

よく今の俺に言い寄ってくれるよなって、自分で思っちゃうけど。

地球時代、全くといっていいほどモテて来なかった俺だ。

普段なら、女性に言い寄られるなんて何を企む!って疑っちゃうけど、さすがに今のカッシーナ王女のつぶらな瞳を見ると、本心で俺に心を寄せてくれてるのかな~って思うよ。うん。経験値ゼロでも、そこまでスレてないつもりだぞ。

 

「そう言えば、そうなんですか? 確か、精霊王って言い直してましたか・・・」

 

うわっ! よく覚えてますね。

ぶっちゃけ、それもどうかと思うんだが。精霊王って・・・。

 

「自分が何者か、自分でよくわかっていないのですよ。まだまだ自分探しの旅は終わりが見えない感じですよ」

 

そう言って苦笑する。

 

「まあ・・・、そうなのですね。よろしければ貴方自身が見つかるまでずっとそばにいて、お手伝いできればと思います」

 

すげーグイグイくるな。

 

「私は叙爵されてもおりませんし、きっと王様から許可も出ないと思いますよ?」

 

ものすごく当たり前のことを伝えてみる。

 

「私は塔に引きこもった忌み子です。うまく話せば、なんとかなると思いますよ? それに王国の利益を考えるのであれば、貴方ほどの御方と婚姻を結ばないという選択肢はありませんよ」

 

にっこりと何となく迫力のある笑顔を見せるカッシーナ王女。

こういうところはさすが王女様、といったところか。

 

俺はするりとカッシーナ王女のハグからすり抜けると、バックステップで窓の外へ飛び出す。

 

「ヤ、ヤーベ様!」

 

裸のまま窓枠まで走り寄ってくるカッシーナ王女。

 

翼を羽ばたかせ、宙に浮く俺はカッシーナ王女に優しく語り掛ける。

 

「貴女はもう捕らわれのカナリアではない。今の貴方は自分の翼を羽ばたかせ、大空へ飛び立つことが出来ます・・・。お幸せに。貴女はもう自由なのだから」

 

翼を羽ばたかせ、少しずつ窓から遠ざかる。

 

「ヤーベ様! 私が大空を飛ぶには、貴方の力が必要なんです! 貴方がそばにいてくれるから羽ばたけるんです! い、行かないで! 私も連れて行って!」

 

泣き叫ぶように伝えてくれるカッシーナ。

王女ではない、一人の女性として、カッシーナの気持ちは本当に嬉しい。

だが、今彼女を連れて行くわけにはいかない。何といっても彼女はこの国の王女なのだから。

 

「貴女は幸せになるべきだ、たくさん、たくさん、誰よりも。貴女は羽ばたけるよ。俺がそばにいなくてもね」

 

そう言って背中を向ける。そして、翼を残したまま矢部裕樹の姿を取る。

 

「ヤーベ様!」

 

さっと手を振り、飛び去る。

彼女の俺を呼ぶ声が聞こえるが、振り返らずに離れていく。

 

『よいのですか?』

 

ヒヨコ隊長が聞いてくる。

 

「今連れて帰ったら誘拐犯になっちゃうよ」

 

俺は努めて明るく振る舞った。

 

 

 

 

明け方にコルーナ辺境伯邸に帰って来た。

自分の部屋の窓から直接部屋の中に入る。

 

「んっ!?」

 

自分のベッドに誰か寝ている。

 

「リーナか」

 

俺のベッドに丸まって猫のように寝ている。

ほっぺをつんつんしてやる。

 

「ふみゅう」

 

リーナがムニュムニュと寝言を言う。

 

「・・・・・・」

 

今日もワンピースで寝ているリーナ。

思わず、スカートの部分をペラッとめくる。

 

「よかった、ちゃんとおパンツ履いてるね」

 

今日はちゃんとパンツを履いて寝ているようだ。

ちゃんとスカートの部分を戻してあげる。

 

「うん、奴隷がちゃんとパンツ履いているか、チェックが必要だからね、うん」

 

誰に説明するでもなく呟く。

リーナを起こさない様にベッドにそっと潜り込む。

だが、

 

「ふおおっ! ご主人しゃま!」

 

ガシーン!と音がしそうな勢いで隣で寝ようとした俺にガッチリ抱きついてくる。

 

「うおおっ!?」

 

「ふおおおおおっ! ご主人しゃまー! ご主人しゃまー!」

 

顔をグリグリして抱きついてくるリーナ。

 

「ちょっとちょっとリーナ・・・」

 

落ち着いてもらおうと抱きついているリーナに声を掛けようとしたのだが・・・

 

「ふみゅう・・・」

 

「寝てるんかい!」

 

すげーテンション高い寝言だな、オイ!

 

「ホントに寝てるのか?」

 

ほっぺをツンツンしたり、むにゅっと摘まんだりしてみる。

 

「ふみゅみゅみゅみゅ~」

 

だが寝ているようだ。すごい力でガッチリ抱きついているのに。

 

「一人でいるのは寂しいのかな・・・」

 

そう思うと、一緒にいたいと泣き叫ぶように伝えてくれたカッシーナ王女の事を考えて胸が痛んだ。

 

「とにかく寝よう、少しでも・・・」

 

リーナの頭を撫でながら、俺は掛布団を被った。

 




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第98話 フィレオンティーナを受け止めよう

 

「ふわぁ・・・」

 

体感にして、約二時間か。

カッシーナもあまり眠れてはいないだろうか。

 

「・・・イカンイカン」

 

すでに自分の中で王女を付けずにカッシーナと呼んでしまう事が問題だ。

どうもモテない二十八年間だったからな。

今の様にイリーナやルシーナちゃんから慕われるなんて、夢のような話だ。

自分がこんな体じゃなかったらなーと思わないでもない。

・・・リーナは妹枠で。

 

「ふみゅう・・・」

 

ガッチリ俺の腰に抱きついて寝ているリーナ。

奴隷商人ド・ゲドーから買い受けた奴隷のリーナだが、そんなことは関係ない。

リーナは幸せにしてやらなければならない。

両親の事とか、ゆっくりリーナの気持ちを落ち着かせながら聞けることは聞いてみよう。

故郷があるなら連れて行ってやってもいい。

尤も、辛い思い出ばかりなら無理して里帰りする必要などない。

今のリーナが幸せになる方法を探せばいいのだから。

 

俺はそっとリーナの手を外すと、早朝の王都に散歩へ繰り出した。

 

「ふう・・・」

 

早朝の少し冷たい空気が俺の眠気を払い目覚めさせて行く。

だが、心のもやもやは晴れない。

別れ際のカッシーナが泣き叫ぶように俺に伝えてきた気持ちが心を抉る。

 

「まあ、彼女なら前に進めるさ」

 

自分に言い聞かせる様に呟く。

 

 

 

 

 

大通りをプラプラと散歩していると、前の方から二頭立ての馬車がパカパカと進んできた。

少し馬を速足で歩かせている。

 

「朝早くからえらく急いでいるんだねぇ」

 

その馬車がすれ違おうとした時、

 

「ヤーベ様!」

 

「えっ?」

 

見れば、馬車の御者台から女性がジャンプして宙を舞い、俺の方に飛んで来る。

 

「えええっ!?」

 

バフンッ!

 

女性が地面に叩きつけられない様に思いっきり抱きとめる。

勢いを殺すために、胸で抱きとめてクルンと一回転。

まるで舞踏会で踊るダンスのようにふわりと地面に足を付けさせてみれば、その人物はフィレオンティーナであった。

 

「フィレオンティーナ!?」

 

「はいっ!ヤーベ様、お待たせ致しましたわ」

 

いや、待ってませんけども。いつから俺が待ってる程になっていましたかね?

 

「フィ、フィレオンティーナ様、危ないじゃないですか!」

 

よく見れば御者台で手綱を慌てて引き締めている女性が。

 

「あら、パティさんすみませんね」

 

「もうっ!絶対反省してませんよね・・・?って、もしかしてヤーベ様ですか!?」

 

「ん?」

 

何か、御者台の女の子も俺を知っているみたいだ。

慌てて馬車を止め、御者台から降りてくる。

 

「あ、あの、私パティって言います。タルバーンの街近くでキラーアントの群れに襲われているところを助けて頂いて・・・」

 

「ああ!あの時の!」

 

思い出した!タルバーンの街近くの街道でキラーアントの群れに襲われていた冒険者たちを助けたんだっけ。

 

「あの時は、声が出なくて、ちゃんとお礼も言えなくて・・・、あの時命を助けてくださって本当にありがとうございます!」

 

パティと自己紹介した狩人みたいな女の子が頭を下げてくる。

確かにキラーアントの群れから救い出した子だな。

 

「おおっ!ヤーベ殿、このデカイ王都で本当にあっさり会えてしまったな」

 

そう言って馬車の奥から姿を現した男。

 

「リゲンか! <五つ星(ファイブスター)>の」

 

「おっ!覚えててくれたのか、英雄サマに名前を覚えててもらえるのはうれしいね」

 

「英雄?」

 

「王都へ向かう通りすがりの街々で大活躍してるじゃないか。凄すぎないか?」

 

「おいおい、噂に尾ひれがついているだけさ」

 

俺は苦笑して見せる。

 

「何言ってんだ。商業都市バーレールのオーク退治はもはや伝説級に盛り上がっていたぞ。ところで愛と正義の騎士赤カブトって誰のこった?」

 

「なんだかスゲー槍使いらしいじゃないか、ぜひ一手仕合たいもんだね」

 

槍を担いだ男も話に加わる。

 

「俺は<五つ星(ファイブスター)>の前衛、カルデラだ。あの時は本当に助かった。改めてお礼を言わせてくれ、ありがとう」

 

そう言って頭を下げてくる。

 

「いやいや、パティちゃんもカルデラも、本当に気にしないで。たまたま通りすがっただけだし」

 

「通りすがりで人助けですか。通りすがりの命の恩人って感じですね」

 

神官服の優男が出て来た。

 

「いや~、ホントにあっさり王都で見つかったんだね。会いたい人に」

 

お姉さんも出て来た。

 

「アレンです。あの時は助けてくれてありがとうございます」

 

「ポーラだよ。ホントにサンキュね!」

 

あと一人、後ろで不貞腐れ気味の魔術師がいるが、触らない様にしよう。

 

「ホントに、マジで気にしないで」

 

俺は手を振って伝える。

 

「それにしても、ホントにフィレオンティーナ様、ヤーベ殿が大好きなんですね」

 

そう言えば、<五つ星(ファイブスター)>の面々と話している間中、フィレオンティーナは俺を後ろから抱きしめていた。

フィレオンティーナはハイヒールを履くと俺より背が高いんだな。若干上から包まれるように抱きしめられているような気がする。

 

「もちろんですわ!ヤーベ様はわたくしの未来の旦那様なのですから!」

 

「いや、それはちょっと重いかなぁ」

 

「まあ、ヤーベ様?女性に重いはキンシですわよ?」

 

フィレオンティーナに笑顔で睨まれてしまった。

 

「それにしても、こんな早朝に馬車で出立してきたの?」

 

俺は疑問に思って尋ねた。

この時間、王都バーロンの外壁門は開門したばかりだ。

だから、このバーロンで宿泊して朝早く出立してきたと思ったのだが。

 

「昨日は夜通し馬車で移動して来ましたから、徹夜ですわ。朝一番で王都に入りましたの」

 

「えええっ!?」

 

徹夜で移動?何してんの?

 

「ここでヤーベ様に追いつかなければ、本当にヤーベ様の隣に立てるチャンスが無くなると思いましたので。わたくしとしましては絶対に逃せないのですわ!」

 

「いや、よくわからんが・・・眠くないのか? 大丈夫か?」

 

「まあ、心配してくださいますの? 大丈夫ですわ! ヤーベ様に会えたのですから、元気いっぱいですわ」

 

「いや、元気ならいいけど・・・」

 

フィレオンティーナはずっと後ろから抱きついたまま喋っている。

 

「ヤーベ様、あれから増えてはいらっしゃいませんか?」

 

「え、何が?」

 

「あら、オトボケですか? 奥様の数ですわ。わたくし、第三夫人の立場をまだ守れておりますでしょうか?」

 

そのフィレオンティーナの発言にパティが絶句する。

 

「ええっ!? フィレオンティーナ様が第三夫人!?」

 

「ヤーベ殿、貴殿とんでもないハーレムを築こうとしているのか?」

 

リゲンまでツッコミを入れてくる。

 

増えているか・・・うん、増えていないよね。今は。

 

「・・・ヤーベ様、どうやらお心には増えていらっしゃる様子ですわね」

 

フィレオンティーナが後ろからほっぺの両側をむにゅっと引っ張る。

 

「ふぃれうぉんふぃーな、にゃにをしゅる」

 

「これは、ゆっくりお話を伺わねばなりませんわね。朝ごはんが食べられるお店にでも行って、ゆっくり聞かせてくださいませ」

 

そう言って今度は俺の右手を自分の左手と大きな胸で挟んでガッチリとロックする。

 

「ささ、行きますわよ」

 

俺を引っ張ってどんどん進んで行くフィレオンティーナ。

姐さん女房もちょっといいかも、と思ってしまったのは内緒だ。

 




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第99話 王都での再会を祝して朝ごはんを食べよう

俺の右腕をロックしたままずんずんと進んで行くフィレオンティーナ。

 

「どこかで朝ごはんでも食べられるといいですわねぇ」

 

きょろきょろと周りを見回しながらフィレオンティーナ。

 

『ボス、序列第十位センチネルであります。僭越ながら、朝ごはんに丁度良い店がございます』

 

「おお、見事なりセンチネルよ!早速案内を頼む!」

 

「どうしたのです?旦那様」

 

「フィレオンティーナ。俺はまだ旦那様ではないよ」

 

「あら、わたくしを迎えて頂けるお気持ちがあるだけで感激ですわ」

 

俺の苦笑に満面の笑みで答えるフィレオンティーナ。

本気で嬉しそうだよ・・・、マイッタネ。

 

「ウチのヒヨコちゃんがおススメのお店を見つけて来たみたい。そこへ行ってみようか?」

 

「お任せ致しますわ!」

 

ウキウキと組んだ腕を放さず歩いて行くフィレオンティーナ。

 

「ヒヨコのオススメって・・・」

 

馬車をゆっくり進めながらパティが頭を捻っていた。

 

 

 

『ボス、ここです』

 

裏通りに入って少し。喫茶店のようなお店の前に到着した。

 

「喫茶<水晶の庭(クリスタルガーデン)>・・・いいじゃないか」

 

俺のカンがビンビンと伝えてきている。この店はウマイ!

 

「しかしこんな朝早くからやってるんだね・・・」

 

そう言って扉を押し開ける。

 

 

チリンチリン。

 

 

扉についているベルが可愛く鳴った。

 

「いらっしゃませ!おはようございます!」

 

元気のよい声が聞こえてくる。

エプロンを付けた可愛い少女が出迎えてくれた。

 

「んっ?」

 

出迎えてくれたすごい美少女。だが、頭についているのは・・・でっかい耳?

 

「あっ、珍しいですか? 私、狐人族なんです。だから狐の耳と尻尾があるんですよ?」

 

くるんとその場で回ると、スカートの下からもふもふした尻尾が見えていた。

 

「あら、とってもかわいいのですわね!」

 

フィレオンティーナも狐の尻尾にびっくりしているようだ。

 

「ステキなお嬢さんのお名前を聞いてもいいかな?」

 

「私、リューナって言います。よろしくお願いしますね!」

 

元気に挨拶してくるリューナ。

 

「こんなステキなお嬢さんのお店に来れたことを感謝しなくてはね。朝ごはんを軽く食べたいんだが、何かオススメはあるかな?」

 

「もちろんです! どうぞこちらの席へ。今メニューお持ちしますね!」

 

そう言ってテーブルに案内してくれる。

俺にフィレオンティーナ、<五つ星(ファイブスター)>の六人で大所帯だが、大きめのテーブルに案内してもらえたので全員が座ることが出来た。

 

「こちらメニューです。朝は三つのセットがありますよ! 飲み物も下のメニューから付けられますよ」

 

笑顔の狐っ娘さんが説明してくれる。

セットのメニューは、焼き立てパンとサラダと飲み物、スープ系の物とサラダと飲み物、卵料理とサラダと飲み物のようだ。セットとは別に追加として単品で焼き立てパンやスープ、卵料理も注文できる様だ。

 

みんなの希望を聞いて注文する。追加単品もたくさん注文する。

 

「再び会えた奇跡に乾杯だ。ここは俺の奢りだ。たくさん食べてくれ」

 

「おおっ!ヤーベ殿太っ腹だな」

「いいのか?」

「ヤーベさん、悪いですよ」

 

口々に遠慮の言葉が出るが、俺は制す。

 

「せっかく王都で再会できたんだ。パーッと行こうよ」

 

そんなわけで、たくさん料理を出してもらった。

 

 

 

「おいしー!」

「このパンすごく柔らかいな!」

「このスープも絶品だよ」

 

五つ星(ファイブスター)>のみんなが喜んで食べている。

 

フィレオンティーナも上品に卵料理をナイフとフォークで食べている。

 

「んんっ・・・、このオムレツ、火加減が絶妙ですわ!」

 

オムレツを絶賛するフィレオンティーナ。

その食事の所作を見ていると、イリーナやルシーナちゃんよりよっぽど貴族の令嬢っぽいんだけど。

 

「それで、ヤーベ様。奥方様は増やされるんですの?」

 

「ブフッ!」

 

フィレオンティーナの問いかけに食後の紅茶を吹いてしまう俺。

 

「いや・・・今の所増える予定はないけど」

 

「う~ん、そうでしょうか? 何か心に引っかかっているものがありますよね?」

 

とても鋭い。さすが占いでゴハンを食べて来ただけはある。

 

「まあ、今は王都での人助けに忙しいから。フィレオンティーナはどうするの?」

 

「もちろんヤーベ様のお傍にずっとおりますわ。お手伝いさせてくださいまし」

 

ありがたい申し出ではあるが、宿泊をコルーナ辺境伯邸に依頼してもいいものかどうか。

 

「<五つ星(ファイブスター)>のみんなはどうするんだ?」

 

「俺たちはタルバーンの街に帰るよ。フィレオンティーナ様に依頼完了のサインを貰ったら、王都の冒険者ギルドで完了確認をしてもらってから戻るさ」

 

「そうか、気を付けてな。俺も王都での用が終わったら戻るから、その途中でタルバーンにも寄るけどな」

 

「戻るってヤーベ殿はどこに住んでいるんだ?」

 

「カソの村って辺境だよ。近くの町はソレナリーニと言ってね。コルーナ辺境伯の領地だよ」

 

「おいおい、ずいぶんと遠くから王都に来たんだな。また何で?」

 

リゲルの何気ない質問に俺は馬鹿正直に答える。

 

「いや、王様に呼ばれてさ」

 

「「「えええっ!?」」」

 

心底驚いたと言った表情の<五つ星(ファイブスター)>のメンバー。

 

「とんでもないとは思っていたが・・・」

「本当にとんでもない奴だったな」

「ヤーベ様は王様に・・・」

「パティ!? ちょっとパティ!? 現実に帰って来なさい!」

 

放心状態の連中をさておき、フィレオンティーナの顔を見る。

 

「フィレオンティーナ。本当に俺について来るのか? 俺はただ旅しているだけで何も展望が無い男だぞ?」

 

その覚悟を問う。

 

「ヤーベ様は何もお気になさらずに。わたくしが貴方のそばにずっといるだけの事ですわ。すでに自宅は売り払って来ましたので、戻る場所もありませんし」

 

覚悟ハンパねぇ!!

 

「・・・そうか。まあ、好きにしてみるといい。きっとすぐに俺のことなど飽きてしまうと思うしな。それに、王都滞在中はかなり忙しいぞ。あまり時間を作ってやれないと思うし」

 

いろいろ言い訳じみたことも言ってみる。

 

「お気になさらずに。わたくしがただ旦那様について行くだけのことですわ」

 

輝くような笑顔で、何の迷いもなくそう宣言される。

 

ヤバイ・・・ちょっと惚れそう。

ふとイリーナやルシーナちゃん、なぜかカッシーナの顔まで浮かんで来たので、俺は両手でほっぺをパンパンして気合を入れなおした。

 




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第100話 クレリアの仕事に協力しよう

 

喫茶<水晶の庭(クリスタルガーデン)>を出た俺とフィレオンティーナ。

だが、俺は早朝の散歩に出ただけだったとハタと気づく。

 

「あ、イカン! 誰にも伝言してこなかったな。朝食用意して待っているかもしれん」

 

「え、それは些か申し訳ないのでは?」

 

フィレオンティーナも心配してくる。

そんなわけで慌ててコルーナ辺境伯邸に戻ることにした。

 

 

 

 

 

「コルーナ辺境伯様、ご無沙汰いたしております。その節はヤーベ様のご助力を頂き命を長らえることが出来ました。大変感謝いたしております」

 

「フィレオンティーナ殿、堅苦しい挨拶は抜きにしましょう。ヤーベ殿を追って来られたのでしょう。どうぞ我が家に逗留なさってください」

 

「お心遣い感謝いたします」

 

フェンベルク卿に挨拶すると、快くフィレオンティーナを受け入れてくれた。

ほっとするね、ありがたい。

 

「フェンベルク卿、フィレオンティーナはタルバリ伯爵から馬車と馬を借りてきているみたいだから、すまないけど管理をお願いしたい。王都から帰る時にタルバーンによって返却に行くから」

 

「ああ、分かった」

 

 

 

 

 

俺とフィレオンティーナは朝食を済ませて来たので、お茶だけにして、他のみんなが朝食が終わるのを待ってからフェンベルク卿と会談を持った。

 

「ヤーベ殿、王との謁見は七日後と決まった。明後日王城に一度出向き、段取りの確認と王家で用意してくれる礼服の合わせに伺うようになる」

 

「一週間後ね・・・」

 

「それはそうと本当に来たのだな、フィレオンティーナ殿」

 

「一緒にヤーベ様を支えましょうね!」

 

「ふおおっ!? ご主人しゃまはまだ奥様がいらっしゃったでありましゅか!」

 

イリーナ、ルシーナ、リーナがそれぞれ反応する。

 

「うーん、リーナちゃんのような可愛い奴隷を買ったことと、あの憂いは結び付いておりませんわ・・・、ヤーベ様、まだ奥底に何か秘めていらっしゃいますわね?」

 

「ななな、なんだとっ!? ヤーベ、どういうことだっ!?」

 

イリーナが憤慨するが、スルーを決め込む。

 

「フェンベルク卿、明後日の登城だが、時間はもうわかっているのか?」

 

「うむ、朝十時に訪問する予定だ。そのため、当日は朝から登城の準備をするので、その日は出かけないでくれよ?今日みたいな散歩も遠慮してくれ」

 

「了解した」

 

「で、ヤーベ。今日はどうするのだ?」

 

「イリーナ、ルシーナ、フィレオンティーナの買い物に付き合ってやってくれ。旅支度できているだろうが、しばらく王都に滞在するなら必要な物もあるだろう。リーナもできれば一緒に連れて行ってくれ」

 

「ふおおっ!? ご主人しゃま!?」

 

ガーンという表情のリーナをスルーして、みんなの予定を合わせるようにする。

 

「ヤーベはどうするのだ?」

 

「俺は調べたいことがあるのでな、夕方までローガと王都を回ってくる」

 

「むうっ! 出来ればヤーベと一緒に王都を回りたいのだが?」

 

イリーナがほっぺを膨らましながら一緒にいたいと言ってくれるが、俺は首を振る。

 

「登城が終わって落ち着いたらそうしよう。今は少し待ってくれ。後、一人で町へ出るな。これは絶対だ」

 

「どうした、ヤーベ殿? 王都は比較的治安もいいから、それほど心配はいらないぞ。尤も貴族の令嬢が供も付けずに歩いたりはしないだろうが」

 

「いや、今は余分な外出は控えてもらった方がいい。特に馬車だとしても奥方一人でわずかな従者と出かけたりしない方が良いと思う」

 

あくまでも真剣にアドバイスする俺にフェンベルク卿も不安を募らせる。

 

「何かあるのか・・・?」

 

「王都警備隊隊長のクレリアを追い落とすため、王都の治安を悪化させようとしているグループがいるようだ。多分プレジャー公爵家の息がかかっている連中だな」

 

「なんとまあ厄介な話よ・・・。グリード、ドライセン公爵に先振れを出してくれ。王都に着いた挨拶に伺いたいとな」

 

「承知しました」

 

あのザ・執事さんはグリードというのか。セバスチャンじゃなかったんだ。

 

「俺もドライセン公爵に挨拶がてら、王都の情報を貰って来るようにしよう」

 

「では今日の夜にでも新しい情報が入ったら教えて頂きたい」

 

「わかった」

 

「ゲルドン、お前は今日もトレーニングだ。サボるなよ?」

 

『厳しいだでな、おでも王都観光に行きたいだよ』

 

「午前中トレーニングで、午後からならいいけど、出来れば誰かと一緒に行ってくれよ。お前まだ人間の言葉喋れないだろ」

 

『そういやそうだでな』

 

「とりあえずトレーニングに精を出して、コルーナ辺境伯家の人たちが出かける際には護衛として使ってもらうといい。そうしたらとりあえず王都の散歩はできるぞ」

 

『わかっただよ』

 

「そんなわけで出かけて来るから」

 

ご主人しゃまー!と絶叫するリーナを置いて、ローガと共にコルーナ辺境伯邸を後にする。

 

 

 

それにしても昨日は濃い一日だった。

王都に着いたのは一昨日の昼過ぎ。その日はコルーナ辺境伯邸に到着後夕食、そしてすぐに休んだため、実質の王都活動は昨日一日だけだ。

その一日でマリンに会いに行ったり、シスターアンリに会いに行ったり、定食屋ポポロに行ったり、商業ギルドに顔を出したりした。

でも王都に到着した初日の午後奴隷商人のド・ゲドーからリーナを買い受け、手作りパンの店マンマミーヤでパンも購入している。出向いていないのはハーカナー男爵家と王都教会本部、それに王都警備隊隊長クレリアの件がまだ手付かずだ。

 

だが、さてどこへ行こうかと考える間もなく、トラブルは向こうからやってくる。

 

「やめろっ! うわあ!」

「ひどいっ!」

 

よく見れば大通りの屋台を壊したりお金を払わずに果物を盗んだりしている六人のならず者風の男たちが暴れていた。

 

『むっ! 盗賊ですか?ボス』

 

ローガが俺に問いかけるが、俺は否定する。

 

「違うな。あの感じ、ただのチンピラか、もしくは雇われてわざと迷惑を掛けに来ているか、だな」

 

「貴様らっ!王都の秩序を乱す輩は許せぬ! 大人しく縛に付け!」

 

威勢のいい声と共に、馬に乗った女性騎士と四名の槍を持った騎士が走って来た。

 

「はっ!実家の金と色香で今の立場を掠め取った隊長様が出張って来たぜ!おら逃げろや逃げろ!」

「ははっ!お前のような実力も無く地位についた雑魚に捕まってたまるかよ!」

 

六名の男たちはその場を走って逃げようとする。

 

「悪口言ってる割には尻尾巻いて逃げ出してるじゃないか。雑魚はどっちだい?」

 

俺は挑発するように立ちはだかる。

 

「ああっ!誰にケンカ売ってんだ!テメー」

「死ねやっ!」

 

一人がナイフを持って突きかかってくる。

 

ローブとは言え、現在は矢部裕樹の姿なのだ。両手足が自由に使える状態にある。

俺はナイフを持って突きかかって来た男の手首を掴み、足を掛けて引きずり倒して、脇腹を踏みつける。

 

「ぐええっ!」

 

「てめえ!」

「やっちまえ!」

 

二人がかりで殴り掛かって来た男たちのパンチを躱し、ボディブローを突き刺す。

 

「げはっ!」

「ごぶっ!」

 

その場に二人沈む。

 

馬に乗った騎士がもう近くまで来ているため、俺の方へ逃げるしかないチンピラたちは今度は三人がかりで襲い掛かって来た。

 

だが、中央のリーダーらしき男の攻撃タイミングが遅れたことを見た俺は、右足でするどい蹴りを左右に放ち、二人を吹き飛ばす。

 

「なあっ!?」

 

一歩タイミングが遅れたリーダーらしき男が驚くが、次の瞬間俺は攻撃態勢に入っていた。

右手で突き出した掌底をリーダーらしき男の胸に叩き込む。

 

「<雷撃衝(ライトニングボルト)>」

 

バチンッ!

 

派手なスパークと共にリーダーらしき男が爆ぜる様に痙攣し、煙を上げて倒れる。

 

「これで六人全員だな」

 

そこへ馬に乗ってやって来た騎士が到着する。

一人だけ馬だったので他の部下たちがここへ来るまでもう少し時間がかかりそうだ。

 

下馬して声を掛けて来た騎士は、女性であった。

 

「すまない、私は王都警備隊隊長のクレリアと申す。犯罪者の捕縛ご協力感謝致す」

 

「ああ、大したことはしていないから大丈夫だよ」

 

俺は手をぴらぴらと振って答える。

挨拶を受けている間に四人の部下と思われる連中も到着した。

 

「こいつらを縄で縛れ。詰め所へ連れて帰るんだ。取り調べて前後関係を吐かせろ」

 

「ははっ!」

 

「それにしても、見事なお点前。お手数をおかけするが、調書を取らせて頂きたい。詰め所までご同行願えるだろうか?」

 

クレリアはにこやかな笑みで俺に協力を要請した。

ちょうどいい、どうやってクレリアと接点を持つか思案中だった。

このままクレリアのお誘いを受けて彼女の相談を引き出すとしようか。

 




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第101話 クレリアたちと一緒に対策を練ろう

「忙しいところすまないね、調書作成に協力してもらって」

 

クレリアがテキパキと調書を取る準備をしながら笑顔で話す。

近場の衛兵詰め所に来ているので、常にここにクレリアが詰めているわけではないようだ。

簡素な机と椅子、余分な物が無く、質実剛健をイメージできる。

これがこのクレリアの指示だとしたら、かなり好感が持てる。

 

「改めて自己紹介しよう。私はこの王都を守る王都警備隊隊長のクレリア・スペルシオだ。今回は暴漢たちの捕縛協力感謝する」

 

そう言って頭を下げるクレリア。

 

「俺はヤーベだ。一応コルーナ辺境伯家の賓客として王都に来ている。身分確認が必要ならそちらに当たってくれ」

 

簡単に挨拶する。

シンプルに俺という存在をコルーナ辺境伯家の賓客という重要な立場で信頼づけようというわけだ。

 

「なんと、そのような身分の方にご協力頂けたとは、感謝の念に堪えない」

 

そう言って笑顔で話しながら左手の指で何か後ろの部下へ指示を出したようだ。

部下の一人がわずかに頷き、部屋を出ていく。

多分、ウラを取りに行くのだろう。

俺の話を鵜呑みにしない慎重さも合格だ。

 

俺の確認が取れるまで少し時間がかかるだろう。

俺は調書作成の協力をしながら、様子を見ることにした。

 

 

 

部下が戻って来て、クレリアの後ろに立っていた女性騎士に耳元で何かを伝える。

その内容をクレリアに耳打ちする。

 

「ふむ、大体聞くべきことは聞けた。ご協力大変感謝する。大変申し訳ないが王都警備隊は現在予算の圧縮が進められており、報奨金などを出すことが出来ない。心苦しいがご了承願いたい」

 

「ああ、それは全然かまわないよ。ありがたい事にお金には困っていない」

 

「ははっ、それは大変に羨ましい。私がこの王都警備隊隊長に任命されてから、予算繰りなので苦労しているのでね。一度でいいからそんなセリフを私も言ってみたいよ」

 

俺が気を使ってもらわなくてもいいように軽く答えたのだが、予算繰りに苦しむクレリアにはだいぶ羨ましく聞こえてしまったみたいだ。

 

「それでは・・・」

 

「ヤーベ殿。貴殿が王都へ来るまでの活躍を耳にさせてもらいました。できれば少し相談に乗って頂きたいことがあるのです」

 

クレリアが調書作成のための確認完了を伝えようとしたのを、後ろに立っていた部下がさえぎる。

 

「エリンシア、どうしたんだ? ヤーベ殿の活躍とは?」

 

「実は、ヤーベ殿はこの王都に来るまでに数々の英雄譚ともいうべき活躍をなさっています。ハバーナ村に大量に発生したダークパイソンを討伐、バーレーンでは千五百匹ものオークを殲滅したとか」

 

「な、なんだと!? ダークパイソンが複数出たなど、王国騎士団の出撃が検討される事案ではないか!」

 

「オークの千五百匹に関しては、本気の災害級事案ですよ。騎士団だけでなく、軍兵士も招集されるレベルです」

 

「え、え、ええっ!? それを・・・ヤーベ殿はどうやって?」

 

「うん? アイツ(外で寝転がって休んでいるローガ)とその部下六十匹でね。あ、後、愛と正義の騎士『赤カブト』ってのもいるけど」

 

「あ、赤カブト?」

 

「狼牙族が六十匹もいるのですか!?」

 

クレリアとエリンシアがそれぞれ驚いて質問をぶつけてくる。

 

「そうだけど・・・、で、相談に乗って欲しい事って?」

 

実は大体予想がついているが、向こうから言わせたい。

俺があまりに情報通では怪しさが増してしまう。

 

「実はクレリア隊長は王都警備隊の隊長に抜擢されたのだが、それを快く思わない連中も多く、指揮系統がうまく働かないのです。その上、先ほどのようなならず者がこの王都で急増しておりまして・・・」

 

エリンシアが心底困り果てているといった感じで溜息を吐く。

そりゃそうだろうな、あの公爵家の三男坊が滅茶苦茶足を引っ張っているわけだし。

 

「エリンシア、いくらヤーベ殿がすごい方だとしても、警備隊の相談をするなど・・・」

 

「隊長、現状はそのような些細な事に構っているほど余裕はありません。このままならず者たちの蛮行が増え続け、部下の統率がままならなければ、王都の治安が崩壊してしまいます! その責任を問われるのは貴女なのですよ」

 

「しかし・・・」

 

「エリンシア殿の言う通りですな」

 

「えっ?」

 

「私は王都に二日前に到着したばかりです。ですが、すでに私の元にもいくつか情報が入って来ておりますよ。このままではエリンシア殿の言う通り、王都の治安が危険水域まで下がり、その責任を押し付けられるでしょう。その後釜にはプレジャー公爵家三男のサンドリック・フォン・プレジャーが名乗りを上げるでしょう」

 

「くっ・・・やはりあのゲス野郎か!」

 

「だが、その事で一番迷惑を被るのは貴女方ではない、王都に住む何の関係も無い住民たちですよ」

 

「ぐっ・・・」

 

クレリアは拳を握りしめて俯く。

 

「ですから、ヤーベ殿のお力を何としてもお借りしたいのです」

 

エリンシアは真剣な表情で俺を見つめてくる。

 

「先ほどのならず者たちを捕縛する作戦、あったの?」

 

俺はクレリアに尋ねる。

 

「いや・・・、通報を受けて現場に最も早く到着するように・・・」

 

「それがダメだよね。見ていたけど、君だけ馬に乗って真っ直ぐ先行して部下が走って来ている。君を見て反対側に逃げるならず者を誰も捕らえられないじゃないか」

 

「あ、ああ・・・」

 

肩を落とすクレリア。

 

「ならず者たちは計画的に動いているようだ。だから、位置を確認したら二方向から挟み撃ちにする戦略で動いた方がいい。すぐに路地裏に逃げるような動きをしていたし、一網打尽にするのは難しいが、必ず一人か二人を確保する事に全力を挙げた方がいい」

 

「え・・・、一人か二人で良いのか?」

 

「と言いますか隊長、やはり敵は組織的に暴れていたんですね」

 

「そう、組織的に君たちにダメージを与えるためにやっている事だから、元々君たちが姿を現したら悪口を言って逃げることが前提になっているんだ。そして、毎回逃げられていれば、ならず者を捕らえられない王都警備隊としてその悪口が真実だと住人に錯覚されて行ってしまう」

 

「なんて狡猾な!」

 

クレリアが激昂する。気持ちはわかるけどね。あまりにコスズルイ。セコ戦法だ。

でも効果的なんだよね、評判を落とすと言う意味では。

 

「だから、姿を見せれば反対方向へ逃げるんだ。最初から位置を確認したら、前後から挟み撃ちにする位置に人員を配置すればいい。全員を捕縛できなくていい、最低一人、もしくは二人で十分だ。町の人々に「捕縛したぞ!捕まえたぞ!」とアピールできればいいんだ。どうせ何人捕まえたってしばらくは減らないよ。いくらでも末端の使いっぱしりは補充されると思うし」

 

「それでは! いつまでも王都に平和が訪れないではないか!」

 

クレリアの激昂がさらに一段アップする。

 

「随分と直情的な隊長さんだね。かなりの剣の腕だと聞いたけど、もう少し物事を冷静に分析する力が必要だよ。人の上に立つならばね」

 

「むっ・・・」

 

ここで文句を言わない器はあるようだ。自己分析出来る人は伸びるかもね。

 

「なぜこんなに嫌がらせのような事が続いていると思うんだい?」

 

「えっ・・・、それは、私への妨害か・・・?」

 

「そうだね、その通りだと思うよ。であれば、そんな事が永遠に続くわけないよね?」

 

「それは、私の失脚を意味しているか?」

 

剣呑なオーラを出しながら答えるクレリア。

 

「それでもこの嫌がらせは止まるだろうけど、王都の治安が良くなるとは思えないね。自分の評価が気に入らないと平気で王都に迷惑を掛けるヤツが責任者になって安心できるとは思えないしね」

 

「そ、そうか」

 

少し嬉しそうにするクレリア。それなりに単純なお方のようだ。

 

「だから、排除するなら、この嫌がらせを仕掛けているヤツだよね。そうすれば止まるんだから」

 

「だが、敵は強大な権力がバックについているんだ・・・」

 

俯くクレリア。プレジャー公爵家の権力は絶大なようだな。

 

「先に対処療法をもう一つ。新しい武器の提案だ。予算が厳しいと言う話だが、この提案する武器は刃物が付いていない。鉄の加工だけである程度済む。紙を貸して見ろ」

 

そう言って受け取った羊皮紙に羽ペンで書き込む。

その武器は「刺又」。そう、地球時代の犯人捕縛用非殺傷武器として、役所なんかにも配備された武器だ。先の半月部分と根元には鉤型の引っかけを付けて足も転ばせられるように一工夫だ。

 

「これで、槍で殺してしまうかも、と言った感じで手加減を考える必要はない。これで全力でぶっ叩けるし、抑え込める。先の部分で壁に押し付ければ簡単には動けなくなる。もちろん脛を打つも良し、先で突くも良しだ」

 

「これは、何という武器なんだ! 素晴らしい! つい先日もちょっと暴れただけの者を切るなど、王国警備隊は野蛮だなどという輩もいて・・・」

 

悔しそうに拳を握るクレリア。

 

「だが!この武器は画期的だ! 非殺傷武器とはよく言ったものだ! すぐにでも大量に作らせよう!」

 

だいぶ興奮しているクレリア。さてさて、うまく事が運べばいいけどね。

こちらも一つ布石は打っておこう。

 

「さて、もう一つ。君の指示を聞かない部下たちの処遇についてだ」

 

「うむ、実は相当に頭が痛い。信頼できる人間を各グループに送り込んで指示をするようにしているのだが、どの者達もうまくいってい無い様なのだ・・・」

 

そう言って落ち込むクラリス。

 

「考え方を真逆にしよう。君が信頼できる使える者達だけで編成するんだ。そして、例のプレジャー公爵家三男のサンドリック・フォン・プレジャーの派閥の連中を固めて配置する」

 

「そんなことをすれば、その隊はまともに仕事をせんぞ?」

 

「それでいいさ。その代わり、王都の簡略地図を毎回用意して、毎日各隊をどこに配置しているかをそして、印すんだ。それを君のお兄さんと宰相にも提出する」

 

「ええっ!?」

 

「紙が貴重だとしても、警備隊本部に必ず張り出して、各隊の責任者が確認しておける様にする」

 

「それでどのような効果が望めるのですか?」

 

ストレートにエリンシアが問いかける。

 

「シンプルだ。プレジャー公爵家三男のサンドリック・フォン・プレジャーの関係する隊が担当する地域でならず者たちが暴れており、サンドリックの能力不足で王都の治安が守れないと訴えるんだ」

 

「な、なるほど! この指示した地図があれば、こちらの指示を無視して対応しないから治安が悪いと報告出来ますね!」

 

「だが、この地図の意味に気が付いて我々の担当する地域に集中してならず者たちを送り込んでくるかもしれんぞ?」

 

「それであっても好都合だ。少なくとも集中的に警戒する地域が王都中から自分たちの担当するエリアに絞られるんだからな」

 

「あ!そうか!」

 

クラリスの疑問に明確な戦略を回答してやる。

 

「君の兄と宰相に提出するのは、上位権力者に王都での警備隊の不手際を晒すようなものだが、プレジャー公爵家の権力は強すぎる。王家に近いところで現状を認識してもらわないと手遅れになりかねない」

 

「くっ・・・、だが、私自身で王都警備隊がまとめきれないのも事実だ・・・。仕方がない。私の実力不足で王都をいつまでも不安定な状態には置いておけない。この地図を使った配置指示でどの隊に問題があるのか兄や宰相殿にご理解頂くのが早道だろう。早々に本日から準備して、明日の指示から実施する事にしよう」

 

嬉しそうに立ち上がり握手を求めてくるクレリア。

俺も立ち上がり握手する。

 

(尤も、反撃の一歩を踏み出したばかり。必ず敵は対策してくる。さて、敵さんはどう出て来るか・・・)

 

クレリアたちの奮闘に期待しつつも、ヒヨコ十将軍序列第八位キュラシーアのクレリアに関する報告を待つ事にしよう。こちらはその情報も併せて対策を練るとするか。

 




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第102話 教会の襲撃者を撃退しよう

さて、クレリアとエリンシアとの会話を打ち切り、警備隊詰所から帰ろうとしたのだが、緊急の念話が入る。

 

『ボス、緊急事態です!』

 

ヒヨコ十将軍序列第三位クロムウェルからの緊急念話が入る。

 

『どうした?』

 

『南地区にありますシスターアンリの教会に暴漢が六名現れました。敵より威嚇を受けております。ハンマーなどの武器を持参して来ているため、こちらへの破壊行為を実行する可能性が高いです。破壊行為が始まりましたらこちらも実力行使に移ります』

 

『わかった。こちらもすぐ向かう。少なくとも一人は逃がすな』

 

『了解しました』

 

「どうしたんだ?」

 

クレリアが立ち上がったままぼーっとしている俺に話しかけてくる。

 

「クレリア、南地区の教会でシスターアンリを狙う連中が土地の地上げも狙って殴り込んで来たみたいだ。結構な捕り物になるね。手柄立てる?」

 

如何にも何でもないような感じで捕縛の推奨を伝えてみる。

 

「ええっ!? 大変じゃない! 南区の教会って、ちょっと距離があるわよ! 急いで出るわ!」

 

クレリアが立ち上がり出立しようとするが、それを俺が止める。

 

「クレリアは馬で行くのか?」

 

「そうよ、馬が一頭しかいないけれど」

 

申し訳なさそうに伝えてくるクレリア。

 

「じゃあ先に教会に向かってくれ。俺はエリンシアを連れて向かう」

 

「えっ!?私もですか?」

 

「捕まえたチンピラの確認は二人がかりの方がいいでしょ?」

 

そう言ってウインクする俺。

 

「俺が連れて行ってやるよ。部下に捕縛して移送する準備をして教会に向かわせてくれ」

 

クレリアとエリンシアに伝えると、詰め所を出る。

 

「では、先に行く!」

 

そう言って馬に飛び乗って掛けていくクレリア。

 

「では俺たちも行こうか、エリンシア」

 

「は、はいっ・・・、ところでどのように?」

 

「ローガ」

 

『ははっ!』

 

すぐに俺の前に飛んで来てくれて、伏せてくれる。

 

「も、もしかして、この巨大な狼牙に乗って行くのですか・・・?」

 

「そうだよ、急ぐから早く乗ってね」

 

といいながら、エリンシアを小脇に抱える。

 

「ひょえっ!?」

 

「ローガ、急ぐぞ。建物の屋根を行け。最短だ」

 

『はっ!』

 

ローガは鋭く跳躍すると、建物の屋根に飛び乗った。

 

「さあ行け!」

 

『はっ!』

 

「ひええっ!」

 

俺はエリンシアを横抱きにして抑えている。

エリンシアが絶叫しているが気にしないことにしよう。

 

ローガは建物から建物へ屋根を伝って飛ぶように移動して行った。

 

「うわわわわ――――!!」

 

その日、空には女性の叫び声が木霊したと言う。

 

 

 

 

 

「なんですか、あなたたちは!」

 

シスターアンリの怒気をはらんだ声が響く。

 

「あーん、お前が教会の権利書を手放さねーからこーなるんじゃねえか」

「まったくだ、テメーのせいでこの教会を壊さなくちゃいけねーんだからよ」

「さっさと教会を手放してりゃこんなことにはならなかったのによぉ」

 

口々にチンピラたちが勝手な事を言う。

 

「よくもそんな酷い事を!」

 

シスターアンリの後ろから子供たちがやってくる。

 

「帰れ帰れ!」

「悪い奴らはやっつけてやる!」

 

囃し立てる子供たちの声にチンピラがキレだしてしまう。

 

「ざけてんじゃねーよ! やれ!」

「おうっ!」

 

ついにチンピラが大きなハンマーを振り上げて教会の門や壁を壊し始める。

 

「やめてください!」

 

シスターアンリの悲痛な叫び声もチンピラたちが破壊行為をやめる様子は無かった。

 

『対象の破壊行為を確認。これより実力行使による脅威排除に移行します』

 

ヒヨコ十将軍序列第三位クロムウェルは自分のボスであるヤーベに念話で報告した。

 

『ピヨ―――――!!(集合!)』

『ピヨ!(イチ!)』

『ピヨヨ!(ニ!)』

『ピヨヨヨ(サン!)』

『ピヨヨヨヨ(ヨン!)』

 

『ピヨピピピ!(五匹揃って!)』

『『『『ピヨピヨピー!!(ピヨレンジャー!!)』』』』

 

シスターアンリの前に五匹のヒヨコがずらりと並んで、羽を広げてポーズをとっている。

 

「え・・・ヒヨコちゃん?」

 

「なんだーこのヒヨコは踏みつぶせ!」

「ぶっ殺せ!」

「焼き鳥にしてやらぁ!」

 

『ピヨヨ!(ファイア!)』

『ピヨヨ!(ファイア!)』

『ピヨヨ!(ファイア!)』

『ピヨヨ!(ファイア!)』

『ピヨヨ!(ファイア!)』

 

小さな火がヒヨコから同時に発せられ中央に集まる。

 

『ピヨヨ!ピヨヨヨヨ!!(合体魔法!メガファイア!!)』

 

 

ゴウッ!!

 

 

集まった小さな火が集合し、巨大な火の玉になる。

 

「げえっ!」

「うそ!」

 

巨大火球はチンピラ六人にぶつかり、炎上する。

 

「あちいっ!」

「ぐわっ!」

 

チンピラたちは炎に包まれて転げまわる。

 

「てめえら・・・ぶっ殺してやる!」

 

いち早く火を消したリーダーっぽい男が立ち上がって襲い掛かって来ようとした。

だが、その足が止まる。

なぜなら、教会の屋根から、ふわりと大きな狼が目の前に降りて来たのだから。

 

「何をぶっ殺すって・・・?」

 

大きな狼はもちろんローガである。

なぜかエリンシアをお姫様抱っこするように抱えながら俺は剣呑な雰囲気を出して行く。

 

俺はエリンシアをローガの上に残したまま、地面に降りる。

 

「なんなんだオメーはよ!いきなり空から降って来やがって!」

 

「空から降ってくるのは何でも盗む怪盗か、ヒロインを助けるヒーローと相場が決まっている」

 

俺は堂々と言い切る。

 

「いや、ヤーベ殿、立場上怪盗は困るわけで・・・」

 

「ではヒロインを助けるヒーローの方で」

 

エリンシアの立場を考えてヒーローの方で行こう。

 

「ヤーベ様!」

 

「アンリちゃん無事か?」

 

「はいっ!子供たちも無事です!」

 

「よかった。じゃあ後はこのゴミどもを片付けるだけでいいか」

 

「誰がゴミだこらぁ!」

 

チンピラたちが粋がるが、俺は殺気を含めて魔力を開放する。

 

「うおっ!」

 

「テメーらがオソノさんに寄って集って暴力を振るいやがったクソどもだな?」

 

「だったらどうした!手前も同じ目にしてやんよ!」

 

チンピラ六人が同時に襲い掛かってくる。

 

「<電撃牢獄(サンダープリズン)>!!」

 

 

「「「「「「ぐぎゃぎゃぎゃぎゃ!!!」」」」」」

 

風の精霊シルフィーに力を借りた電撃の上位魔術。

一瞬電撃が落ちるだけでなく、数秒間牢獄の鉄格子の様に電撃が相手を束縛する強力な呪文のため、六人が全員電撃の直撃を受けて、煙を噴いて倒れていく。

 

「ヤーベ殿!無事か!」

 

馬で駆け付けたクレリアが見た光景は、プスプスと黒い煙を上げながら倒れている六人のチンピラであった。

 




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第103話 おいしいケーキを持って挨拶に行こう

 

「こ・・・これは・・・?」

 

六名の暴漢たちがプスプスと黒い煙をあげている。

 

「クレリア様・・・どうやらヤーベ様は類稀なる術者の様です。眉唾な英雄譚かと思いましたが・・・どうやらそれが真実だと言われても私は信じることが出来ます・・・」

 

ちょっとだけ遠い目をしてエリンシアが答える。

 

「ヤーベ様、助けて頂いてありがとうございます。それに、ヒヨコちゃん達にも助けてもらいました」

 

にっこりと微笑んでお礼を言ってくるシスターアンリ。

 

『シスターをお守りするのは当然の役目であります!』

 

「シスターを守るのは当然の役目だってさ」

 

敬礼するヒヨコたちの代弁をしてあげる。

 

「まあ、頼もしいナイトですね」

 

そう微笑みながらも、煙を上げている六人に目を移す。

 

「<癒し(ヒール)>を使おうかと思いますが・・・」

 

俺にそっと視線を移すと、再度暴漢たちを見つめながらそう言う。

 

「シスターならそう言うと思いましたよ。あまり元気になられても面倒ですから、それなりでお願いしますね」

 

「はいっ!」

 

シスターや子供たちを守るために戦った俺に対して、気を使いながらもケガ人を和らげてあげたい、たとえそれが自分たちを襲った暴漢であっても。

シスターとしては立派だろうとは思う。だが、その判断が甘すぎる結果を招いたりしないだろうか? 

 

(まあ、そんな心配しても仕方ない。その人の性根、根幹の部分だからな。優しい人はとことんまで優しいものだ。そんな人が傷つかない様に俺が出来るだけ頑張るだけだ)

 

「光にありし神々の御手よ。御身の慈悲なる両手を広げ、この者たちを癒し給う。<拡大する癒し(ワイドヒール)>!」

 

シスターアンリの手から柔らかな光が溢れ、その光が薄く広がって行き、暴漢たちの傷が癒されていく。

 

「暴れる前にひっ捕らえて連れて行く準備済ませてね」

 

「了解です。ヤーベ殿のおかげて教会の皆さんに被害が及ばずに済みました。感謝します」

 

エリンシアが頭を下げる。

 

「教会の門や壁を壊した罪に問われることになるのかな?」

 

「そうですね。シスターにも調書作成にご協力いただくようになると思います」

 

「ついでだから、今までこんな嫌がらせがありましたって、全部伝えておくといいよ」

 

「はい!」

 

俺がおどけてウインクしながら言うと、シスターアンリも笑顔で了承した。

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

現在の時間は昼過ぎ。ランチには少し遅い時間だ。

まあ、教会での奮闘もあり、午前中が潰れてしまったのだが、致し方ない。

ランチは喫茶<水晶の庭(クリスタルガーデン)>にやって来ていた。

 

「いらっしゃいませ!」

 

狐人族のリューナが今日も出迎えてくれる。

狐耳ともふもふの尻尾は今日も元気そうだ。

 

「リューナちゃんこんにちは!オススメランチ一人前ね」

 

「はいっ! いつもランチは三種類あるんですけど、トリヤムガエルのタケノコ炒めが終わっちゃって・・・、オススメはアースバードのレモンソテーです。とってもさっぱりして食べやすいですよ!」

 

「おっ!いいね、それ頂戴!」

 

「畏まりました!」

 

元気よく厨房へ戻ろうとするリューナを呼び止める。

 

「リューナちゃん、一つ相談があるんだけど・・・」

 

「はい、何でしょう?」

 

「ここの喫茶<水晶の庭(クリスタルガーデン)>はカフェだから、おいしくて甘いケーキもメニューにあるよね?」

 

「もちろんです!どれも自慢の一品ですよ!」

 

「実はお世話になっているお得意さんが甘い物に目が無くてね・・・。出来れば箱にいくつか詰めて持っていきたいんだけど、可能かな?」

 

「もちろんですよ。この大きい箱と中くらいの箱、二つか三つくらいを入れる小さい箱とありますけど、どうしますか?」

 

「そうだね、中くらいの箱に五つか六つくらい入れてくれるかな。あ、せっかくおいしいケーキなんだし、お世話になってるコルーナ辺境伯にも持っていくか。大きい箱に二十個くらい入れて貰ってもいい? それくらいあれば執事さんや使用人の人たちにも行き渡るかな?」

 

しまった、何人くらいいるか聞いとけばよかったな。

 

「お客さん、コルーナ辺境伯様のお知合いなんですか?」

 

「え、うん、そうだね。コルーナ辺境伯の賓客として屋敷に逗留させてもらってるよ。ヤーベって言うんだ。よろしくね」

 

「ヤーベさんですね!これからもご贔屓に!」

 

俺はランチに舌鼓を打ちながらケーキが準備出来るのを待った。

 

 

 

 

 

「こんにちはー!」

 

俺は元気よく手作りパンの店マンマミーヤの扉を開ける。

 

「いらっしゃいませー!」

 

元気にマミちゃんが奥から挨拶してくれる。

 

「マミちゃん元気にしてた?」

 

「あ、この前パンを買い占めてくれたお客さんですね! 元気と言えば元気なのですが・・・」

 

元気と言いつつも俯いて寂しそうな顔をするマミちゃん。

 

「元気のない理由は、おいしいパンを焼いてもなかなかお客さんが来てくれない事かな?」

 

「ど、どうしてそれを?」

 

マミちゃんは驚いた顔を向けて来るが、見りゃわかるよな。ガラガラだし。

 

「お父さんも呼んで来てくれる?」

 

「は、はい・・・」

 

マミちゃんは店の奥へ父親を呼びに行った。

 

 

 

「さて、マミちゃんとお父さん。奥さんが急にお亡くなりになり、大変だとは思いますが、商業ギルドの付き合いや、この界隈の集まりを奥さんに任せっきりにしてましたよね?」

 

「ああ、俺ぁパンを焼くことしか出来ねぇ・・・、てか、アンタ何なんだ?」

 

「お父さん!この前パンを全部買ってくれたお客さんだよ!」

 

「パンを気に入って買ってくれたことにゃ感謝するが、余計な事に口出しして欲しくねぇな」

 

「お父さん!」

 

マミちゃんが父親に声を荒げる。

 

「アンタが職人気質を振り回して苦労するのは勝手だが、この店が潰れたらマミちゃんはどうなるんだ? 自分の娘を食わしてもやれないような親父になんの価値がある? 死んだ奥さんも落ち着いて天国で休めないよ」

 

「何だと!」

 

「商売ってのは、人脈だろ? あんたはこの店を開くにあたってこの王都で商業ギルドに所属しているんだろ? 税金支払うだけで済むほど人間の付き合いって簡単なもんじゃねーだろ?」

 

「むっ・・・」

 

「実は商業ギルドの本部でこの一帯の情報を仕入れて来た。このお土産のケーキを持って今から挨拶に行くから、二人ともついて来て」

 

「え? 今から行くんですか?」

 

「店開けてる最中なんだが?」

 

「どーせ誰も来ないでしょ」

 

「「うっ・・・」」

 

俺の鋭いツッコミに二の句が継げない親子。

 

「それじゃ行くぞ。目的地は『精肉屋のジョン』だ」

 

「ジョンの店へか?」

 

「親父さん、ジョンはこの一帯を取り纏めてるんだよ。きっと奥さんはギルドの寄り合いにもちゃんと出ていたし、まとめ役のジョンにも挨拶を欠かさなかったと思うよ。もちろん今の現状が正しいとは思わないが、人間関係を潤滑にしておかないと、うまくいくものもいかなくなるよ?」

 

「う、スマン・・・」

 

目に見えて落ち込む親父に、マミちゃんが背中に手を当てて謝る。

 

「お父さん、私こそゴメンね。お母さんのやってることは私がみんな受け継がなきゃいけなかったのに・・・」

 

正直、流行り病で亡くなったと聞いたし、唐突に亡くなられたら困る事が多いよな。

ジョンの店は一区画隣なので、歩いて数分で着いた。

 

「まいど~」

 

「らっしゃい!」

 

威勢よく挨拶を返してくれるが、俺の後ろにマンマミーヤの親父とマミちゃんがいるので、少し目を細めた。

 

精肉屋のジョンと名打つだけあって、なかなかいい肉を取り揃えているようだ。

 

「おおっ! これは肉に辛みがあるって噂のフレイムバード!? コレ在庫三羽だけ? 全部貰うよ!」

 

「お、おお! 毎度! フレイムバードは希少だから値が張るけど、大丈夫か?」

 

「もちろんだよ! いい肉には妥協したくないしね! そのグラベルポークもいい色してるね~、五キロくらいもらっちゃおうかな!」

 

「わおっ! 御大臣だね、お客さん王都に住んでるの? 見ない顔だけど」

 

肉を包みながらジョンが俺に問い掛けてくる。

 

「先日来たばかりだよ。コルーナ辺境伯に賓客として呼ばれていてね。今回の肉もコルーナ辺境伯邸に持っていくんだ。辺境伯ご一家に食べてもらおうと思ってね」

 

そう言って代金分の金貨をカウンターに積む。

俺の説明にジョンは驚いた。

 

「コルーナ辺境伯に食べてもらえるのか? そりゃ光栄だな!俺の店にも箔が付くってもんだ」

 

ジョンが上機嫌で肉の準備をしている。頃合いかな?

 

「そりゃよかった。ああ、ところでマンマミーヤのお二人が遅くなったけど挨拶だって。とっておきのスイーツがお詫びの品だってさ」

 

「ええっ!?」

 

そこで俺はスッと横に避けるとマミちゃんが俺が渡しておいたケーキの箱を差し出しながら挨拶する。

 

「マンマミーヤのマミです。その・・・ご挨拶が遅くなって大変申し訳ありません。これ、よろしかったら召し上がってください」

 

「ジョンさん、挨拶が遅れてすまねぇ。マミに責任はねぇ。俺の落ち度だ」

 

そう言って親父さんも頭を下げる。

 

「奥さんが急に亡くなって大変だとは思うけど、ギルドの寄り合いは店をやって行く上では重要な事なんだ。ちゃんと顔を出してくれよ」

 

「本当に面目ねぇ」

 

「私が出させて頂きます!不勉強ですが頑張りますので」

 

二人して頭を下げる。

ジョンも少しホッとしたようだ。

寄り合い仲間とすりゃ、声を掛けてたのかもしれないがちっとも寄り合いに出て来ずに独自にやられちゃ、仲間としての協力体制も維持できるかわからなくなるってことで心配してたのかもな。

 

「今度の寄り合いは三日後だ。俺から他のみんなには伝えておくから、顔出してくれ。また、みんなもお前さんのパンを気兼ねなく食えると喜ぶと思うぜ」

 

「ジョンさん・・・」

 

「すまねぇ」

 

俺は親父さんの肩をポンポンすると、マミちゃんの頭を撫でた。

とりあえず、手作りパン屋のマンマミーヤのピンチはこれで回避できそうだ。

 




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第104話 登城の前に経過を整理しよう

精肉屋のジョンの店を出て次の場所へ向かう。

せっかくなので、肉の他にパンも大量に買った。

手作りパンの店マンマミーヤは解決に至ったと思う。

定食屋ポポロも仕入れが改善出来ればとりあえず危機は回避できるだろう。

長期的には料理のメニューなどもアドバイスしないとお店が長続きしないかもしれない。一ヶ月前に行方不明になった母親の情報も探らねばならないが。

そしてリーナとカッシーナ王女もひとまず危機を脱していると思っていいかな。

カッシーナには辛い思いをさせてしまっているのかもしれないが。

 

シスターアンリとマリンちゃんも対策を進めている。

王都警備隊隊長のクレリアにも知り合えた。

 

手付かずなのはハーカナー元男爵夫人の件と、聖堂教会の王都大聖堂で苦労しているアリーという娘の件だな。その内、王都大聖堂は聖女がやっかいという情報がある。どのようにアプローチするか悩むところだ。それにハーカナー元男爵夫人の件もやっかいだ。全く伝手が無いので唐突に男爵邸に伺うわけにもいかない。

 

聖堂教会の対応はシスターアンリに対してかなり酷い状況だった。

そういう意味で行くと、聖堂教会も正面から行って大丈夫かと思うくらいアブナイ場所だと思われる。とくにイリーナを連れて行くのは危険な気がする。万一城塞都市フェルベーンに居た人間が王都に来ていたら致命傷だ。あの喧騒が王都で再燃したら間違いなく今の聖女と全面戦争間違いなしだ。

 

明日は一日王城に出向くことになると思われる。

まるまる一日王都の散策が出来ない。

ヒヨコ達の監視を強化して何かあった時に救出に動けるようにしておかなければ。

 

「少々早いがコルーナ辺境伯邸に戻ってフェンベルク卿と相談でもするか」

 

俺はゆっくりとローガと共に歩いて戻った。

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

「ただいまですー」

 

執事のグリードさんに玄関を開けてもらって、エントランスホールに入った俺を待ち受ける人たちが。

 

「ヤーベ、お帰り!」

「ヤーベさんお帰りなさい!」

「ヤーベ様、お帰りなさいですわ!」

「ご主人しゃま!おかえりなしゃい!」

 

ずらりと並んでお帰りと挨拶してくれる。

イリーナ、ルシーナ、フィレオンティーナ、リーナの順で並んでいる。

みんな薄い水色のような色味のワンピースを着ている。

全く同じような服だ。

 

「これって・・・みんな御揃い?」

 

「そうなのですわ!皆さんで買い物に出かけた時にみんなで同じ服を着てヤーベ様を待ち受けましょうという事になったのですわ!」

 

フィレオンティーナがなぜかドヤ顔で説明する。

如何にも御揃いのワンピースが似合っているだろうといった感じだ。

・・・もっとも似合っているけどさ。

 

「ふおおっ!ご主人しゃま―――――!!」

 

リーナが突撃して来て、ぴったりと抱きつく。

 

「リーナ、みんなと仲良く出来たか?」

 

俺はリーナに聞いてみる。自分と離れて見て、問題なく過ごせているのか。

 

「ご主人しゃまの奥しゃま方はすごい人たちばかりでしゅ! リーナも奥しゃま方に負けない様に頑張るのでしゅ!」

 

フンスッと両手でゲンコツを握って力を入れる。

あまりの可愛さに頭を高速ナデナデしてやる。

 

「にへへー」

 

「明日は王城に呼ばれているんだ。全員で行ってみようか?」

 

「ふおおっ! リーナもお城に行けるでしゅか!?」

 

俺の腰にガシーンと捕まったまま顔を上げるリーナ。

 

「素晴らしいですわ!我々の存在を王家に見せつけるべきですわ!」

 

フィレオンティーナもお城へ行くことにものすごく前のめりだ。

 

「王城はだいぶ久しぶりだな。変わっていないといいが」

「そんなに変わってないと思うよ?」

 

イリーナとルシーナはさすがに王城へ行った経験があるようだ。

そう言えばイリーナは伯爵家令嬢、ルシーナは辺境伯家令嬢だ。

どう考えても俺には釣り合わないと思うんだけど。

それにしても、イリーナなの実家に挨拶に行かないとな。

まあ、王城が先だと思うけど。

 

 

 

俺は夕食後にフェンベルク卿と情報交換を行った。

俺は早速、非殺傷性の高い捕縛武器「さす又」の情報を提出する。

 

「ほうっ!このアイデアは素晴らしい!」

 

王都警備隊隊長たちにこの武器を奨めたが、金が無い上に、場合によっては鍛冶屋での作業を妨げられるかもしれない。

それだけプレジャー公爵家の力が強いという事だ。

 

「俺も金出しますから、大量に作らせません? 王都警備隊も作ろうとしてますけど、プレジャー公爵家関連で圧力がかかって製作できない可能性もありますし。コルーナ辺境伯のお力ならそんな影響も受けないでしょうし」

 

「俺の力を買ってくれるのはありがたいが、それほどでもないぞ?」

 

「いやいや、全面的に信用していますよ」

 

俺は満面の笑みでフェンベルク卿に語り掛ける。

 

「それに、少し相談したいことがあるのです・・・」

 

俺は、懸念から、想定される危機と対策案についてフェンベルク卿と協議した。

 




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第105話 知りえた情報を掛け値なしに語り尽くそう

王城――――――――

 

王族が住むお城の事である。

このバカでかいお城には王様やら何やら王族やその関係者がたくさん住んでいる事だろう。

 

「ここに王様がいるんだね~」

 

「当たり前だろう、王城なのだから」

 

俺の独り言を拾って突っ込むイリーナ。

 

「いや、初めて来たんだから、少しは感動させてくれよ」

 

「そうか、ヤーベは王城に来たのは初めてだものな。感動するのは仕方ないか」

 

なんだが偉そうに納得するイリーナ。

 

コルーナ辺境伯が城門前で馬車を止め、参上の理由を伝えている。

王城に来たのはフェンベルク卿と俺、イリーナ、ルシーナ、フィレオンティーナ、サリーナ、リーナの七人だ。

 

そう言えば、昨日御揃いのワンピースで出迎えてくれた時に、サリーナだけいなかった。

フィレオンティーナの話では、サリーナはずっと錬金術師ギルドに行っていたらしい。

ルシーナと体型が似ているため、ワンピース自体は購入してあったのだが、俺がコルーナ辺境伯邸に帰って来た時にはまだサリーナは錬金術師ギルドから帰って来ていなかったので、お揃いで並ぶみんなの中にサリーナが居なかったのだ。

 

だが、今日は俺たちと一緒に来ている。王城に訪れるチャンスだもんな。だいたい、王城は勝手に入っていいところではない。今回の様に呼ばれたりしない限り入れないのだ。サリーナもぜひ一緒にと希望してきたわけだ。

 

今日のところは4日後の謁見の流れを事前に打ち合わせするのと、謁見時の衣装見立て、採寸を行うために呼ばれているらしい。

 

コルーナ辺境伯はもちろんザ・貴族のいで立ちの服装だが、イリーナたちも一張羅の服を着込んでいる。サリーナは昨日着られなかったワンピース姿だ。後で似合っていると褒めておかねばなるまい。俺と言えばもう今は矢部裕樹の姿をずっと維持している。ローブ姿だが、さすがにフードをかぶっていては怪しい、なのでフードは外して顔を晒している。

そしていつも通りリーナは俺のローブをしっかと握りしめている。

 

許可が出たのか、馬車がゆっくり城門をくぐってゆく。

石作りの城壁の内側を抜けて、王城の入り口前に馬車が止まる。

 

「お待ちしておりました、コルーナ辺境伯様」

 

如何にもザ・従者と言った感じの壮年の男が現れる。

 

「うむ」

 

「まずは皆様を来客の間までご案内致します。私について移動をお願い致します」

 

「わかった」

 

案内人について移動する。

王城の廊下も石作りだ。どこも重厚な造りが続く。

 

案内された来客の間は大きなソファーが目を引く部屋だった。大きなソファー以外にも小ぶりなソファーもあり、大人数が分かれて座れるようになっていた。

 

「コルーナ辺境伯様、謁見の流れにつきまして宰相様が相談したいことがあるとのこと。ご案内致します」

 

「うむ」

 

コルーナ辺境伯が案内されて部屋を出ていく。

 

少しして、今度は女性の侍女が部屋に訪れる。

 

「女性陣の皆様は別の部屋でドレスの採寸を行わせて頂きます。ご案内致しますので私について来ていただけますでしょうか?」

 

「おお、ついに採寸だな」

「イリーナちゃんはドレス持ってないの?」

「うむ、そのような物は旅には不要だったのでな。ルシーナこそ、王城の用意するドレスなど必要ないのではないか?」

「王城のドレス 、気になるじゃないですか」

「王への謁見ですからね、粗相などあってはならぬものでしょうし、ここは王城のドレスをあてがって頂き、万全を期するべきですわ」

「そうですね。王城の方に見繕って頂ければ間違いありませんね」

 

フィレオンティーナの王城におんぶにだっこの戦略をサリーナも全面支援する。

 

「ではご案内致しますね」

 

「ふおおっ! ご主人しゃま~~~~~!」

 

イリーナに首根っこを掴まれズルズルと引きずられていくリーナ。

そしてみんなも移動していく。

 

 

 

「・・・・・・」

 

 

 

そして誰もいなくなった・・・いや俺は残っているけど。

先のメイドさんがお茶を入れて行ってくれたので、お茶をすすりながら一人で待つ。

・・・寂しい。

 

 

 

「おっ! 一人かね?」

 

見ればいつの間にか一人の男が部屋に入って来ていた。

金髪のイケメンロン毛。イケメンだが、ちょいワル親父?壮年ぐらいに見えるが、どちらさまだろうか?

 

「ええ・・・、コルーナ辺境伯は打ち合わせに、連れ合いはドレスの採寸に呼ばれましてね」

 

「それでは一人でヒマをしていると言うところかね」

 

「・・・まあ、そうですかね」

 

王城に呼ばれて来ているのに、ヒマしているという状況を肯定していい物かどうか?

だが、ボーッと一人で座っていたのだし、忙しいと答えては単なる嘘つきだ。

 

「いつこの王都に来たのかね?」

 

「4日前ですかね、王都は初めてなので何を見ても目新しくて興奮していますよ」

 

「そうかねそうかね、王都は楽しいかね」

 

嬉しそうに話す金髪イケメン親父。

 

「ですが、王都の闇と言いますか・・・」

 

「どういうことかね?」

 

真剣になる金髪イケメン親父に俺は王都に来る前からヒヨコが仕入れてきた情報と、王都に来てからの体験をつらつらと話していく。

 

南地区でマリンちゃんが路上生活をしていた事、教会でシスターアンリが孤児たちを面倒見ているのに、王都の聖堂教会が圧力を掛けて地上げや子供やシスターアンリ自身を狙っている事、聖堂教会の大聖堂で聖女が傍若無人の振る舞いで、下働きの少女が苦しんでいる事、商業ギルドの一部が弱い者へ不当な取引を押し付けていた事、王都警備隊隊長のクレリア・スペリオルが足を引っ張られて王都の治安が揺らいでいる事、対策として警備配置図を宰相と王国騎士団の騎士隊長に提出させた事、ハーカナー元男爵夫人がテラエロー子爵の陰謀で夫を殺され、館も取られそうになりその身を狙われている事など、調べて掴んでいる事を包み隠さず喋った。

 

通常ならこの男がいったい誰なのか、どの派閥についているかもわからない状況で調べている手の内を全て話す何てことは愚の骨頂でもある。

だが、どうしてかこの男との会話は言葉が進んでしまう。

ならば、全て情報をさらけ出し、その反応を見てみるとしよう。

敵側ならば、俺に対してアクションがあるだろう。

 

俺は掛け値なしで王都の悪しき闇を語った。

 




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第106話 段取りを聞いてみよう

 

どちらさまかの金髪イケメン親父と王都批判トークで盛り上がっていたら、そこそこ時間が経ったのか、急に「おお、もうこんな時間か」と懐中時計を見て金髪イケメン親父が席を立った。

 

「いや、お主との王都トーク、楽しかったぞ。やはり市井を見て回るという事は大事な事だな。またぜひ話を聞かせてくれ」

 

そう言って握手を求めて来るので、俺も慌てて立ち上がり手を伸ばした。

 

ガッチリ握手をする俺と金髪イケメン親父。

その握った手がずいぶんとしっくりくる。

むむっ・・・このオッサン、デキる!

今流行りの異世界オッサンものだとしたら、間違いなく主役級のオーラがある。

侯爵家の誰か・・・、大臣?宰相?・・・マサカの王様!?

ここまで高く見積もっておいて、ただの騎士団の下っ端とか、普通にモブキャラ有りそうだ。

俺ってそういうモッテナイ系の男だし。

 

金髪イケメン親父が部屋から出て行った後、メイドさんが入って来て俺の服の採寸を行うという事で別室に案内された。

 

 

 

「ふおおっ!ご主人しゃま~~~~~!!」

 

採寸から戻ってくると女性陣の採寸が終わったのか全員が戻って来ていた。

そしてリーナが部屋に戻って来た俺の腰目掛けて真正面から突撃タックルしてくる。

ガシーン!

正面から俺の腰に抱きつくのはやめなさい!

 

ぺいっとリーナを引き剥がしてだっこする。

 

「リーナもドレスの採寸してもらったのか?」

 

「はいなのでしゅ! リーナもご主人しゃまの後ろに立つために、ドレスを採寸(しゃいしゅん)してもらったのでしゅ!」

 

「それはとっても楽しみだなぁ。早くリーナのドレス姿を見たいよ」

 

「ご主人しゃま―――――!!」

 

そう言って顔を俺の顎辺りにすごいぐりぐりしてくる。

可愛い奴め。いつもより多めに頭をナデナデしてやろう。

 

「にへへー」

 

「キィィー!」

 

だがらイリーナよ、なぜに口に咥えたハンカチを引っ張って奇声を上げるのだ。

 

そんなに羨ましかったら夜にでも俺の部屋に突撃タックルしに来なさい。

イリーナなら悪質タックルでも許そう。

 

「ヤーベさんヤーベさん、聞いて聞いて!」

 

「ルシーナちゃんどうしたの?」

 

「フィレオンティーナさん、と~っても綺麗なの! ドレスの似合い方半端ないって!」

 

半端ないって、そんなトレンドワード飛び出るほどすごかったの!?

 

「そんなにすごいの?」

 

「すごいなんてもんじゃないよ? どこかの公爵令嬢かと思ったよ!」

 

「やだ、ルシーナさん、そんなに褒めないでくださいまし。照れてしまいますわ」

 

フィレオンティーナが両手で頬を抑えてクネクネしている。

どうも採寸時にべた褒めされたみたいだな。

まあ、どう見てもフィレオンティーナは貴族の令嬢に見えるよな。

イリーナやルシーナももちろん綺麗で可愛いが、フィレオンティーナは圧倒的に令嬢感がある。フィレオンティーナが怖い顔をしたらラノベでよくある悪役令嬢に転生した主人公級の美しさだ。

 

・・・そう言えば、彼女たちは俺の嫁候補、というか、嫁と言ってはばからない人たちなんだよな。イリーナが正妻でルシーナちゃんが2番目・・・って、伯爵家の令嬢が正妻で、2番目に辺境伯家の令嬢って、大丈夫なのか? それに3番目がフィレオンティーナって贅沢過ぎないか? というか、俺も何故か受け入れ前提で今悩んでたよな?

いいのか、このままズルズル行って。

王様に謁見する前に一度彼女たちと真剣に話し合うか。

 

 

 

コルーナ辺境伯が部屋に戻ってくる。

 

「フェンベルク卿、お疲れ様です」

 

「おお、ヤーベ殿、服の採寸は問題ありませんでしたかな?」

 

「ええ、大丈夫です。それで、当日謁見の流れはどのようになりましょうか?」

 

「うむ、実際の謁見は午後2時からを予定されている。午前10時までには王城に入り、事前打ち合わせと着替えを済ませて、昼は軽食を取る」

 

「午後2時からなのに、準備は早いんだな、やっぱり」

 

俺は若干溜息と共に愚痴っぽく言ってしまった。

 

「まあ、仕方がない。謁見後はそのまま帰宅となる」

 

「よかった、晩餐会だ舞踏会だと言われたらどうしようと思っていたところだよ」

 

「そう言うと思ったよ。打診もあったが断っておいた。そういうのは苦手だろうと思ってね」

 

「ナイス判断!助かったよ」

 

俺はホッと息を吐いた。

ダンスなんてムリゲー間違いなしだ。

 

「事前打ち合わせではこの国の宰相であるルベルク・フォン・ミッタマイヤー殿にお目通り願い、活躍の事実や褒美の話などを確認することになるだろう」

 

「謁見ではすでに確認した事項に沿って進んで行くわけか」

 

「そうだ、謁見ではどんな話をして、どう返事するかも決められる。自由は無い。この事前打ち合わせで確認したことをベースに謁見内容が決められるんだ」

 

「なるほどね。謁見で直接とんでもない報酬求められても困るだろうしね」

 

「そうだ、だから事前交渉で話を詰めておくことが大事なんだ」

 

そりゃそうだよね。何でも事前の下交渉が大事って事だな。

 

「正直莫大なって訳にもいかないそうだが、しっかり報酬の事は考えてくれるらしい。何か欲しい物があれば伝えてみるもの有りかもしれんぞ。何もなければ金貨で報奨金という形だろうけどな」

 

報酬ね・・・何か欲しい物があるか、考えてみるか。

 




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第107話 王国騎士団団長に挨拶しよう

 

報酬ねぇ・・・今の所何にも浮かばないが。

また今度までに考えておこう。

 

「それでは帰るとするか」

 

フェンベルク卿の言葉に全員が立ち上がる。

現在昼過ぎ、お腹も空いてきたところだ。

帰りにどこかで食べたいな、などと考えていたのだが。

 

「これはこれは、コルーナ辺境伯様。大変ご無沙汰しております」

 

廊下を向こうから歩いて来た銀色の鎧に身を包んだ騎士が声を掛けてきた。

短髪に襟を短くした髪形だが、銀髪自体は美しく艶めいている。

しっかりしたガタイのイケメンだ。

 

「おお、グラシア騎士団長殿ではないか。こちらこそご無沙汰しておる。壮健そうでなによりだ」

 

お互いがガッチリ握手をする。

 

「グラシア騎士隊長・・・って、王国騎士団の騎士団長、グラシア・スペルシオ殿ですか?」

 

俺が呟くと、グラシアはこちらを見て微笑む。

 

「おっ、君は俺の事を知っているのかい?」

 

「ええ、お噂はかねがね。昨日は妹さんの王都警備隊隊長であるクレリアさんにお会いしましたよ」

 

俺の言葉にグラシア殿はびっくりした顔をする。

 

「そうなんだ!もしかして、王都の警備隊配置地図を提出させたの、君のアイデア?」

 

「あ、そうです。届きました?」

 

「うん、今朝急に。警備隊の隊別に隊長名と人数、位置が書き込まれている地図がね。あれ?なんだい?」

 

「どうも、クレリア殿を陥れようとしている連中がいるようでしたのでね。チンピラを雇って暴れさせて王都の治安に不安を抱かせるような事をしているようだったので。そのことをクレリア殿だけに責任転嫁するような風潮だったので、どの場所でチンピラが暴れて、どの隊が対応できなかったのか確認するための地図なんですよ」

 

「うわっ!キミ賢いね! 隊の配置近くでチンピラが暴れたのに捕まえられなかったら絶対責任追及できるよね」

 

「そうですね。だいたいそいつらが手引きした裏切り者かもしれないし」

 

「うわー、身内の裏切り者を炙り出せるんだね」

 

「その通りです。2~3日続けて見れば状況が見えて来るでしょう。それを見ながら対策を練る様伝えてあります」

 

「いや~、君のような知恵袋がクレリアについてくれるとはこれほどの僥倖は無いよ。これからもよろしく頼むよ!」

 

握手を求められて、ガッチリすると肩をバンバンと叩かれる。

 

「それはそうと、皆さんお腹空いてないかい? 今から騎士団の昼食なんだけど、皆さんも一緒にどうだい?」

 

俺はコルーナ辺境伯の方を見る。

 

「俺も騎士団の連中がどんなものを食べているのか知らないな。良ければご相伴にあずかろうか」

 

「もちろん貴族の辺境伯様が食べるような食事ではないのですがね」

 

そう言って笑うグラシア団長。

グラシア団長について俺たちは食堂に案内してもらった。

 

 

 

「すごいですわね・・・」

 

フィレオンティーナはそのメニューと盛られる量に若干引いていた。

騎士団の昼食はいわゆるビュッフェスタイルだった。

お盆に皿を乗せて、料理が5種類くらい並んでいる物を思い思いに自分の皿に盛りつけ、パンとスープを受け取って食べるようだ。5種類の料理も肉が中心。野菜炒めが混じっていたり、煮込み野菜もあるが、ほとんど肉だ。

 

「みんなすごく食べるのだな・・・」

「すごいですね・・・」

 

イリーナとルシーナがそれぞれ騎士たちが自分の皿に料理を盛っているのだが、その量が凄い。誰も彼も小山の様に料理を盛っている。

パンも一人で5~6個は食べているようだ。

 

「これ、私たちもこんなに食べるんですか・・・?」

 

サリーナが恐る恐る聞いてくる。

 

「ふおおっ! ご主人しゃま!お昼はゴチソーでしゅぞ!」

 

リーナは騎士たちの豪快な食べっぷりを見て喜んでいる。

 

「はっはっは、お嬢ちゃんお腹いっぱい食べていいぞ」

 

一番小さいリーナが食事に一番前向きだったのでグラシアはリーナに笑顔で言った。

 

「はいっ!頑張って食べるでしゅ!」

 

なぜかビシッと敬礼を返すリーナにグラシアは元より、他の騎士たちもほっこりするのであった。

 

 

 

「いやはや、味がコッテリしているものが多かったが、うまかったな」

 

「コルーナ辺境伯殿に褒めて頂けるとは、騎士団の昼食もこれで箔が付くというものですな」

 

グラシア団長が快活に笑う。

 

「ところでヤーベ殿。腹ごなしに騎士団の訓練を覗いて行かれませんか?」

 

グラシア団長は歯がキラッと光りそうな爽やかな笑顔を向けてくる。

だが、この爽やかな笑顔はもちろん罠だろう。

ラノベにおいて、騎士団の訓練を見学というイベントは、ほぼ100%の確率で、ちょっと手合わせしよう的な流れになり、巻き込まれてしまう事間違いなしだ。

 

「いや~、それはちょっと・・・」

 

この後も予定がありますので~みたいな流れで断ろうと思ったのだが、

 

「それはいいな!久しぶりに血が滾るわ!」

 

まさかのコルーナ辺境伯即答!

しかも血が滾るって。

コルーナ辺境伯ってそんな脳筋なイメージ無かったですけど?

タルバリ伯爵ならともかく。

 

「<迷宮氾濫(スタンピード)>で大量の魔物を討伐して町を救った君の実力をぜひ見せてもらいたくてね、ヤーベ殿」

 

「えっ!?」

 

どうしてグラシア団長は俺の事を知っているのか?

クレリアから聞いたとしても<迷宮氾濫(スタンピード)>の規模を正確には把握していないはずだが。大量の魔物という意味を正確に把握されているとしたら、王国には1万の魔物を殲滅した人物として情報が上がっていると言うことになる。

・・・どうせ、ソレナリーニの町の冒険者ギルドマスター・ゾリアが喋ったに違いない。奴に土産は無しだな!副ギルドマスターのサリーナにその分お土産を増やしておこう。

 

「君の武勇伝は王都でも噂になっているよ。もちろん漠然とした噂が多いんだけど、さすがに王国に仕える騎士団を預かる者としては、ある程度正確に君の情報を掴んでおく必要があってね。ソレナリーニの町で起こった<迷宮氾濫(スタンピード)>への対応、城塞都市フェルベーンの奇跡の立役者、バハーナ村のダークパイソン討伐、商業都市バーレールでのオーク1500匹殲滅等、君は派手な逸話が絶えなくてね。ぜひともその腕前を見てみたくてね」

 

はいアウーッツ!

全然見学じゃないですよね?よね?

 

「・・・それ、見学だけで終わらないヤツですよね?」

 

「まあ、そうだね。ぜひ模擬戦の参加を頼むよ」

 

なぜかウインクしていい笑顔を向けてくるグラシア団長。

どうみても断れない笑顔だ。

 

「・・・はい」

 

俺は溜息を吐くような承諾の返事を返すのだった。

 




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第108話 王国騎士団団長と手合わせしよう

どうしてこうなった?

 

俺は今、騎士たちの訓練用に用意されていた刃引きのロングソードを片手に、王国騎士団団長のグラシア・スペルシオと向かい合っている。

グラシア団長と言えば、刃引きしてあるとはいえ、両手持ちでも使えるバスタードソードを肩に背負うように持っている。バスタードソードは肩手持ちでも両手持ちでもどちらでも使えるような柄と刃の長さをしており、非常に汎用性の高い武器だ。

俺のロングソードが一般的な騎士の装備だとすれば、バスタードソードはそれより少し長く、僅かだが間合いが長くなる。使いこなせれば有利となる武器だ。

 

(10人目がグラシア団長とか、どんなムリゲーだよ。俺に安息の時間をくれ!)

 

俺は心の中で愚痴をマシンガンの様に展開する。

 

「ふおおっ!ご主人しゃまー!ファイトなのでしゅ!」

「旦那様~頑張って~」

「ヤーベさん、勝利のブイ!」

「ヤーベよ、無理はするなよ」

「イリーナさん?一人だけ「わかってます」みたいな雰囲気出すのは抜け駆けですよ!」

 

リーナ、フィレオンティーナ、サリーナの応援についで、イリーナの応援が俺を気遣う者だったため、ルシーナがクレームを入れている。

でもイリーナたち全員が手をブンブン振りながらがんばれーと応援してくれている。

 

そして、若手の騎士たちからは羨望とヘイトを集めまくっている。人によっては血の涙を流している。

 

 

 

時を少し戻そう。

 

「午前中は基礎訓練でしたのでね、午後からは実戦形式の訓練を増やす予定なんです。ですので今日は模擬戦を中心に訓練するつもりです」

 

グラシア団長の説明にコルーナ辺境伯は頷いている。

 

「模擬戦か、見るだけでも勉強になるな」

 

「ヤーベ殿、少し体を解しておいてくれないか」

 

「え・・・もう模擬戦するんですか? まだ皆さんの模擬戦も見ていませんが」

 

「もちろん部下たちは準備が出来ているので、模擬戦を先にスタートします。ヤーベ殿の準備が出来たら声を掛けさせていただきますので」

 

いや、なんなら声を掛けずにそっとしておいてくれるとありがたいですが。

 

そして騎士たちの模擬戦が始まる

ハードな剣撃が聞こえてくる。結構マジなトレーニングだ。

剣を飛ばしたり、鎧に当てたりしている。

下手すればダメージが通っているだろう。

 

「ヤーベ君、そう言えば武器を携帯していないようだけど、どんな武器を使用するのかな?いつも使っている武器に近いもので刃引きの武器を用意するけど?」

 

「武器ね・・・」

 

実は俺、武器ほとんど使用してなかったりするんだよね。

今まではスライムボディで吸収する事が多かったし、人から見られる場所では精霊魔術で対応する事がほとんどだった。近接戦闘は格闘技系なんだよね。<雷撃>(ライトニングボルト)も掌底で相手に接触する関係で接近するけど、体術のイメージが強い。

 

というわけで、武器による近接戦闘はほとんどしていないんですね~。

だいたい、地球時代でも剣道を高校の授業でやった程度で、武器による戦闘経験なんてゼロだぜ、ゼロ!

え?格闘技はやってたのかって?

全然やってません。

でも、格闘技というか、体術のイメージはある程度付く。

所謂カンフー映画の大ファンだった。ジャッ〇ーとかね。

カンフー漫画も大好きだ。空手や柔道なんかもイメージが付くかな。

そして、ぐるぐるエネルギーでスライム細胞を活性化して強化していくと、まるで時間が遅くなったような感覚になる。そこで、体術のイメージで体を動かすことにより相手を圧倒することが出来るようになる。

だが、剣術はイメージがほとんどない。槍術や棒術もそうだけど、流れるような技のイメージが出来ないのだ。

さて困ったと思っていたら、

 

「旦那様、そう言えば私を救出頂く際に悪魔王ガルアードと戦われておりましたが、あの時悪魔王ガルアードに叩きつけた剣は粉々になってしまいましたわよね? 新しい武器はもう手に入れられておりますの?」

 

フィレオンティーナがそんなことを言う。

俺は信じられないと言う目でフィレオンティーナを見つめる。

それって、内緒にしている事ですから、残念!

 

「あら・・・何かまずい事を言ってしまいましたでしょうか?」

 

フィレオンティーナがしれっと宣う。

 

「悪魔王ガルアード・・・と戦った? それホントの事なのかい?」

 

「あー、何と言いますかね、タルバリ伯爵領の話ですし、銅像だかストーンゴーレムだか、よくわかんないヤツでもありまして。それで普段の武器でしたっけ? とりあえずロングソードでいいですよ」

 

「・・・そうか、では刃引きしたロングソードを用意させよう」

 

はー、いろんな情報が流れ出ちゃうよ。フィレオンティーナ、メッ!

 

 

 

「王国騎士団第三軍第一小隊所属、トランであります。胸をお借りいたします」

 

「ヤーベです、よろしく」

 

「はじめっ!」

 

トラン君の振り回す剣の軌道を見極め、何度か躱すうちに剣を握る柄の上あたりを狙って絡め捕る様に一撃を入れる。

トラン君の刃引きした剣が弾かれ、くるくると宙を舞う。

 

カララン

 

弾き飛ばされたトラン君の剣が足元に落ちる。

 

「そこまで!勝者ヤーベ殿!」

 

「まいりました」

 

トラン君が礼儀正しく頭を下げる。

 

その後も若い騎士たちが志願して模擬戦を行うが、すべて躱しながら相手の剣撃に合わせてカウンターを入れ、武器を弾き飛ばす。

 

そんなことをやってかれこれ9名に連続勝利。

そんな俺に王国最強の騎士が挑んで来たのだ。

 

 

 

「さあ、ヤーベ君模擬戦を楽しもうじゃないか」

 

「楽しめるようなレベルに無いですよ」

 

「謙遜はいらないよ、さあ行くよ!」

 

副官が審判をやってくれるらしく、「始めっ!」と掛け声がかかった。

その瞬間、すでに目の前にはバスタードソードを振り上げているグラシア団長がいた。

 

速いっ!!

 

僅かに体を捻って剣撃を躱す。

鋭く突くように剣を突き出すが、すでにそこにグラシア団長の姿は無い。

瞬間<気配感知>に左死角からの一撃を捕らえる。ギリギリでしゃがんで躱しながら体勢を整える。

 

「さすがにやるね!」

 

爽やかを通り越してヤバそうな笑顔を浮かべるグラシア団長。

 

「次!行くよっ!連撃百裂斬!」

 

目の前には連続して振るわれる剣撃が。

俺は刃引きのロングソードを最小限で振り回しわずかに剣撃を逸らす。

まるで嵐のように迫りくるバスタードソードの切っ先をずらし、打ち落としていく。

 

「いや~、これも凌ぐか。まいったね」

 

まいったならもうあきらめて終了してほしいのに。

だいたい、王国最強の騎士に模擬戦とはいえ、勝っちゃダメでしょ。忖度しないと。

 

「いや~、手がしびれまして、これ以上はもう・・・」

 

えへへ、参りましたって感じを出そうとした俺をグラシア団長が喜々として褒める。

 

「いや、想像以上だね、全く。これならヤーベ殿に手加減なんて失礼に当たるね!」

 

「いやいや、全然失礼には当たりませんよ。逆に手加減してください」

 

俺の苦笑いを無視してグラシア団長が剣を構える。

 

「受けるなら気を付けてね・・・行くよっ!【剣技:龍の顎】」

 

再び瞬間に間合いを詰められてしまう。上から真っ直ぐに振り下ろされるバスタードソード。上段から振り下ろされる剣筋は先ほど見た。俺は素早くロングソードを横なぎに振るいながらグラシア団長正面から右に体をずらして胴を薙ぐ。

 

が、しかし。

 

ガッキィィィィン!

 

「なっ!?」

 

確かに上からの斬撃だった。剣筋を見て横にズレながら胴を薙ぐために剣を横振りに振り出したのだが、まさか斬撃が下からも来て俺の剣を搗ち上げるとは思わなかった。

 

躱せると思い攻撃に転じたため、変化した斬撃に認識が及ばなかったのか。

全く気付くことなく下からの剣撃に自分の剣を弾かれ、その衝撃で柄から手が離れ剣を飛ばされてしまった。

俺の後方で落ちたロングソードがカラランと乾いた音を立てる。

 

「参りました、さすがに騎士団長だ」

 

俺が掛け値なしに褒めると、グラシア団長は子供のように満面の笑みを浮かべるのだった。

 




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第109話 王都治安維持のための一手を打とう

 

騎士団の訓練場は割れんばかりの歓声に包まれた。

件の英雄との模擬戦。

9名も騎士団の若手ホープがあしらわれ、10人目に迎え撃った団長のグラシア・スペルシオは見事に英雄の剣を弾き飛ばし見事に模擬戦に勝利したのだ。

 

「さすがは我らが団長だ!」

「見事です!」

「惚れ直しましたよ、団長!」

 

・・・一部危険な発言もあったような気がしたが、団長の威厳と騎士団のメンツを保ったのだ。団長を称える騎士団の連中を見ると、団結力に一役買えた気がしてまんざらでもない。

 

「ヤーベ、大丈夫か?」

 

皆のところへ戻ればイリーナが声を掛けてくる。

 

「ああ、もちろん大丈夫だよ。騎士団長はさすがに強かったね」

 

「旦那様は魔法を使わなかったのですか? ガルアードを倒した時のようにすごい魔法・・・」

 

俺はダッシュでフィレオンティーナの口をふさぐ。

なぜに俺の事でこんなに負けず嫌い?

 

「いいから! 騎士団との模擬戦だから! ね、魔法危ないし、言わなくていいから」

 

ボソボソと話しながら喜ぶ騎士団に水を差さない様ように隅による。

 

それにしても、さっきの【剣技】は気になる。

その前の連撃百裂斬は手数の多い技、と言った感じで、多少チュウニビョウの香ばしい香りがしないでもない技だった。

だが、その後に放った【剣技:龍の顎】は身体強化とは違った形で魔力を纏っていた。

 

(もしかして・・・あれは【スキル】か?)

 

実際のところ、今まで魔獣と戦闘経験はあるが、人間は盗賊などが少しあるだけで戦闘経験が少ない。もしかしたらレベルの高い人間は【スキル】という形で技を持っているのかもしれない。

・・・尤もノーチートの俺にはスキルなんてひとっつもないけどねー!

 

オノレカミメガ!

 

ん?<亜空間圧縮収納>はスキルか?・・・いや、あれは俺の根性だ。ぐるぐるエネルギーの行く先に新しく開いた扉だ。うん。

 

それにしても、スキルについて学ばねばならない。

だが、あまり団長に無理を言うのも申し訳ない。

そう言えば、かなりのランクだった男がいたじゃないか。

ソレナリーニの町冒険者ギルド・ギルドマスターのゾリアだ。

元Aランク冒険者ならば、剣技のスキルもありそうだ。

 

(よし、やはり土産の一つも持っていって、代わりにスキルを使った模擬戦を頼むとするか)

 

カソの村近くに帰ったら、ゾリアの元を訪れて修行を依頼しよう。

 

訓練が再開されたところで、グラシア団長を呼んで情報交換をする。

 

「妹さんのクレリア隊長が追い落とされそうになってるのはどこまで掴んでる?」

 

「うむ、プレジャー公爵家三男のサンドリック・フォン・プレジャーが糸を引いている事まではわかっているのだが・・・」

 

「かなり執拗な対応をしているようですよ。対策として昼飯前にもお話しました配置図を見ながら暴漢事件の発生場所を確認して、連中との繋がりを早めに抑えないと、王都の治安を不安視する国民が出て来てしまいそうです」

 

「悔しいね。俺たちが王都の町に出張って行くわけにもいかなくてね」

 

「雇われの暴漢が出る場所が分かれば、騎士団の帰宅途中だったり、屋外トレーニングだったりとか、いろいろな理由でチンピラの捕縛が出来ますかね?」

 

「そうだね・・・、出来る限り協力しようか。ただ、全面的に出ると王都警備隊だけで対応できないと言う指摘を受けかねないから、たまたま・・・・ってことで片付けられる程度での協力になるけどね」

 

「では、出来る限り詳細にチンピラの発生場所を連絡します。ヒヨコが手紙を持ってきたら中身確認してください」

 

「ヒヨコが手紙を運んで来てくれるのかい?」

 

「そうです、俺の使役獣みたいなもんです。クレリア殿はなかなかに真面目な頑張り屋さんのようなので、応援してあげたいんですよ。サンドリックのような質の悪いヤツが隊長になったら王都の治安はお先真っ暗ですしね」

 

「応援してくれるのはありがたいけど、クレリアを嫁にするのは勘弁してもらえないかな? 君、ちょっと奥さん多すぎると思うしね」

 

「否定できませんけどね!クレリアさんを口説こうとか思ってませんから大丈夫ですよ!」

 

「うん、よろしく頼むよ」

 

グラシア団長の爽やかな笑顔にちょっと引きつりながらも協力を要請した。

 

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

 

「フェンベルク卿、出来た分だけでも来る前に鍛冶師に発注した「刺又(さすまた)」を受け取りに行きましょうよ」

 

王都を後にして馬車でコルーナ辺境伯邸に帰る途中、俺はフェンベルク卿に提案する。

 

「刺又・・・すごいウェポンだよ。ウチの衛兵たちにも常備させようと思っててね。でもヤーベ殿はものすごい数を発注していたね?」

 

「王都警備隊隊長のクレリア・スペルシオにもアイデアを伝えたんですけどね。多分予算の都合とか鍛冶師への圧力とかで手配がうまくいかないかなって思ってます。そのため、こちらで大量に作って明日にはある程度の数を引き渡してやりたくて。何といっても刃を鍛える必要もなく、鉄の棒を曲げてくっつけるだけで出来ますからね」

 

「うん、それでいて相手を捕縛するのに特化した武器だしな。非殺傷武器なのもすごい便利だ」

 

「早速受け取りに行きましょう」

 

屋敷に帰る前に依頼した鍛冶師の店に寄ることにした。

 




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閑話14 王都のとある日常

「国王様、こちらをご覧ください」

 

とある日の王城。

宰相であるルベルク・フォン・ミッタマイヤーはある資料を手にしていた。

 

「どうした?」

 

宰相ルベルクの持ってきた資料はこの王都の地図であった。

所々に印が付いていた。

国王であるワーレンハイド・アーレル・バルバロイ15世は地図を覗きながら尋ねた。

 

「最近王都で暴漢やならず者が暴れると言うトラブルが続発しております。先月王都警備隊隊長に女性初の隊長としてクレリア・スペルシオが抜擢されたのですが、その後軽犯罪が頓に増加しております」

 

「ふむ、分かりやすい嫌がらせ・・・か?」

 

「その通りです。内偵でもプレジャー公爵家三男のサンドリック・フォン・プレジャーが隊長に昇格できなかったことに端を発していると報告が出ております。プレジャー公爵自体も力を貸しているようですし、傘下の貴族たちにも圧力を掛けて軽犯罪を起こさせているようです」

 

「随分と最低なことだな」

 

ワーレンハイド国王はシンプルに軽蔑するように言うと、深いため息を吐く。

 

「クレリア殿も随分と苦労されておるようで、てこ入れが必要かと思ったのですが、そこでこの地図なのです」

 

「ふむ、この地図の記しに意味があるのか?」

 

「はい、王都警備隊のどの隊がどこに配置されているか記されているのです。つまり、暴漢やならず者が暴れた場所を照らし合わせると、どの隊が近くにいたかわかる様になり、その隊が働いていたか確認できるようになるのです。つまり足を引っ張る連中にこの地図から仕事が出来ないという評価を下せるのです」

 

「なるほど、手引きして犯罪を増やして、その責任を隊長に押し付けるつもりが、この地図から自分たちが働いていないとバレてしまうということか」

 

「その通りです。すばらしいアイデアですな」

 

「ふむ・・・そのクレリアなるもの、なかなかの切れ者よな」

 

「ところが国王。隊長に抜擢されたクレリア殿が腕利きなのは間違いないのですが、この地図のアイデアを出したのは別の人物とのことです」

 

「ほう、誰だ?」

 

「国王が面会を求めた男、ヤーベ殿ですよ。現在はコルーナ辺境伯家の賓客となっている」

 

「なんと、ヤーベ殿か。どうなのだ、実際のところこの御仁は?」

 

ワーレンハイド国王は面白そうに宰相であるルベルクに問う。

 

「一言で言えば規格外ですな。どう見ても本当とは思えない報告ばかりです。ですが、これらの情報は全て精度の高いものであると言わざるを得ません」

 

「ざっとは報告を受けている。だから呼んだわけだが。再度確認しよう」

 

「はい、最も信じられない偉業はソレナリーニの町で起こった<迷宮氾濫(スタンピード)>にて約1万匹の魔物を討伐した、という実績です」

 

「うーむ、1万匹というのは確かに物語の世界の話に聞こえるな」

 

「この情報がソレナリーニの町冒険者ギルドのギルドマスター・ゾリアだけのものであれば、私も信じなかったでしょう。ですがこれは条件付きでソレナリーニの町代官のナイセーからも同じ情報が報告されています」

 

「ナイセー・・・何年か前に王宮の内政官を務めていた切れ者か」

 

「そうです。王宮の権力争いで酷い目にあったらしく、人間不信になって潰れかけていたところをコルーナ辺境伯に拾われた男です。正直もったいなかったですな、私がもっと早く事態に気が付いておればあのような有能な男を田舎に行かせるような真似はしなくても済んだでしょうに」

 

「まあ、過ぎたことだ。そのナイセーからも情報が?」

 

「はい。ヤーベ殿は組織に束縛されることを望まず、その力を利用されることを嫌うようです。例え叙爵を打診しても受けないであろうと」

 

「1万匹の魔物討伐は事実なのか」

 

「そのようです。その他『城塞都市フェルベーンの奇跡』と呼ばれる事象では、多くの瀕死患者を回復させたとか。その他使役獣によるバハーナ村の大量に発生したダークパイソンの討伐、商業都市バーレールでのオーク軍1500匹の討伐など、奇跡とも思えるような数々の偉業があります」

 

「これらをちゃんと評価すると、どれほど褒美を準備せねばならぬことか」

 

ワーレンハイド国王は苦笑する。

 

「偉業を説明しても信じぬものが多いでしょう。褒章は少し渋めにするしかありますまい」

 

「難儀な物よな。それほどの男を繋ぎ止めるのに褒賞が渋いとか、切なくなるわ」

 

大きく溜息を吐くワーレンハイド国王。

 

「事前に段取り説明と謁見用の服を製作するために王城に呼んでおります。その際には私がコルーナ辺境伯と面会しますので、国王の方で・・・」

 

「うむ」

 

二人の打ち合わせはしばらく続いた。

 

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

 

「どうなっておるのだ!」

 

とある警備隊詰所。

プレジャー公爵家三男のサンドリック・フォン・プレジャーは取り巻きの部下を怒鳴り散らしていた。

 

自分を差し置いて隊長に抜擢されたクレリア・スペルシオを追い落とすべく、人を雇って暴漢が暴れていると言った軽犯罪を増やし、王都の治安低下を引き起こし、クレリア・スペルシオの責任として追及する予定だった。

初めはうまく行っていたのだ。

ところが、各隊の配置を地図に出した途端、状況が変わった。

翌日にはサンドリックとその取り巻きの部隊が近くで起きた暴漢の事件を全く対処できていないと厳しく叱責されたのだ。

あの地図は誰がどこに配置され、どのエリアに責任を持たなければならないかが簡単にわかってしまうため、サンドリックたちが仕事をしていないことがばれてしまった。

それも当たり前のことではある。なにせサンドリックたちが手引きしているのである。

 

「くそっ! 順調だったのに!」

 

苛立つサンドリック。

対策として、自分たちの配属エリア以外で暴漢たちが暴れる様に位置を変更した。

ところが・・・

 

「なにっ! 大半が捕まっただと!?」

 

クレリアたちが暴漢の大半を捕縛したのだ。今までは逃げきれていたのに、その多くが捕まってしまったのだ。

この辺りはヤーベの想像通り、サンドリックたちが自分たちのエリアを外して暴漢たちが暴れる様に指示したため、クレリアたちの対策エリアで対応することになり、比較的事前予測がしやすくなり、大半が捕まってしまったのだった。

 

「くそっ!くそっ!くそっ!」

 

テーブルに拳を叩きつけてサンドリックは悔しがるのであった。

 

「見ていろ・・・こうなったら父上に相談して・・・」

 

サンドリックの澱んだ瞳に黒い炎が灯るのであった。

 

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

 

王城の北東にある塔。

バルバロイ王国第2王女カッシーナは今日も空を見上げながら涙を流していた。

 

生まれて初めての感覚だった。

あの人は自分の全てを叶えてくれた。

夜の空を文字通り2人で飛んだデートは忘れられない思い出だ。

そして、自分の体を奇跡の技で治してくれた。

 

「ヤーベ様・・・」

 

不思議な体をした人だった。最後去り際には後姿だったけど、人の姿を見せてくれた。

あの日、体の傷をすべて治してもらったことを、まだ誰にも伝えていない。

今まで着替えを手伝ってもらったり、体を拭く手伝いをさせていたメイドたちもあれ以来自分でやるからと肌を見せていない。

ヤーベ様への感謝もまだ出来ていないのに、他の人へ傷が治った事を伝えてしまったら、今まで見向きもしなかった連中が押し寄せて来るに違いない。それにリカオロスト公爵家の様に権力のみを見てくる連中もより力を入れてきてしまうだろう。

傷を治してもらったことは今は内緒にしておく方がいいだろう。

 

「どうして、私を連れて行って下さらなかったのですか・・・?」

 

ずっと、空に語り掛けながら涙を流す。

それが今のカッシーナ王女にとっての日課になってしまっていた。

 

その時だった。

 

「!?」

 

この王城に、かすかだが、ヤーベ様の魔力を感じた。

カッシーナは左半身にダメージを受けた際左目が見えなくなった代わりに<魔力感知>の能力が高くなった。ずっと塔に籠っていたカッシーナは暇を持て余していたこともあり、魔力感知のトレーニングを続けていた。そのため、今はその魔力の大きさと色をイメージで確認できるようになった。

その能力で王城内を何気に観察していたのだが、かすかにヤーベ様の魔力を感じた様な気がした。

 

部屋をバターンと飛び出そうとして、自分が今部屋着であり、外に出るような恰好でないことに気づいた。

 

「ひああっ!」

 

慌てて部屋に戻ると、メイドたちに声を掛ける。

 

「城内に降ります!着替えをお願い!」

 

けたたましい声で指示を出せば、まさか王城へ降りるなどというとは思っていなかったメイドたちが、慌てて「はいっ!」と小気味いい返事をする。

バタバタと洋服を着替え、髪を整えて準備を終える。

 

・・・結果として、カッシーナはその日ヤーベに会う事は出来なかった。

だが、有力な情報を得ることが出来た。

 

(4日後に謁見のために登城する・・・)

 

カッシーナは4日後の謁見時にどのように立ち振る舞うか、脳内会議で検討するのであった。

 

(何としても、ヤーベ様に・・・)

 

カッシーナの瞳は決意に燃えるのであった。

 

 




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閑話15 王都のとある日常②

私はカッシーナ王女様に専属でお仕えするメイドです。

カッシーナ王女様は子供の頃、事故で左半身に大けがを負われてしまいました。

今では常にお顔の左半分を覆い隠す仮面をつけられ、毎日を過ごされています。

 

少し前までは手袋を常につけ、夏でも袖の長いドレスを着て、素肌を見せるようなことはありませんでした。

お風呂や体をお湯で拭く場合もその傷に目を背けたり、同情の目を向けてしまったりするメイドたちが多く、カッシーナ王女の専属は長くメイドを続けられるものが少ないのですが、今専属でお仕えしている3名は私も含めてカッシーナ王女の傷にも慣れ、不快な感情を与えずにお仕えできる者達ばかりです。

 

何年か経つうちに、塔から出る事は少なくなっても、私たちには少しずつ心を開いてくれるようになり、夏になれば、少し袖の短いドレスも着て頂けるようになり、袖から見える痛々しい傷も、決してそれを卑下せずに、笑顔を見せてくれるようになりました。

 

 

それが、ああ、何という事でしょう。

ある日を境に、ぴたりと笑顔が止み、すすり泣くような声が続くようになり、部屋の外へ出ることが無くなりました。お風呂への移動は元より、お湯で体を拭くことさえ私たちメイドに任せることは無くなり、お湯を入れた桶と布を置いておくよう指示があるだけになってしまいました。

とても心配していた私たちなのですが、あの日・・・

 

ドバーン!

 

カッシーナ王女様の部屋の扉がとてつもない勢いで開きました。

そして寝間着姿のカッシーナ王女様が飛び出してきました。

そして、どちらかに走り出そうとして、寝間着姿のままだとお気づきになられたのでしょうか。

 

「ひああっ!」

 

素っ頓狂な声を上げられて自身の部屋にすっ飛んで戻られました。

とてもびっくりしたのですが、表情が生き生きしているのが分かり、逆に一安心いたしました。

 

「城内に降ります!着替えをお願い!」

 

まさかの号令です。

これほどの声量で話されるカッシーナ王女様を私は知りませんでした。

 

「「「はいっ!」」」

 

私を含めた3人のメイドは勢いよく返事をしました。

ただ、服を用意したものの、着替えをお手伝いする事はかなわず、ご自身で準備するのでという事でお部屋に入れて頂くことはかないませんでした。

 

ですが、ご自身で着付けの準備が出来るようになるとは、カッシーナ王女様の成長にも感動してしまいます。

ですが、さすがに細かいところまで気が回っておらず、髪も整っていなかったのでお手伝いさせて頂きましたが・・・。

気になったのは、ほとんどしなかった首周りのスカーフです。

髪を整えさせていただいた時も、首筋を見せない様に気になさってるようで・・・。

少しだけ悲しくなりました。やっと私たちの前では傷の事を気にしないようになられたというのに・・・。

 

そして、準備出来たカッシーナ王女様は、すさまじい勢いで階段を下って行ってしまいました。

慌てて私たちも追いかけます。

 

「カッシーナ王女様!廊下を走るのははしたないですよ!」

 

ところがカッシーナ王女様はまるで聞こえないのか、すごい勢いで走って行ってしまいます。日長この塔に閉じこもっていらっしゃるカッシーナ王女様がどうしてこんなに足が早いのか、全く理解できません。

 

応接室前の扉に辿り着いた時には、廊下を横滑りしながら急停止しておりました。

とにかく意味は分かりませんが、めちゃくちゃ元気になられたようです。

その後も騎士団の食事場、訓練場などを回って、その場にいる人たちから情報収集を行っていました。

 

ずいぶんと走り回った挙句、がっくりと肩を落とすカッシーナ王女様。

いったいどうしたというのでしょうか?

ところが、どなたからかは不明ですが、有益な情報を貰ったらしくニマニマしながら部屋に帰ると宣言して帰ってしまいました。

 

一体どうしたというのでしょうか。メイドである私たちには理解できないことですが、何か感じることがあったのでしょう。

 

仮面から除く素顔は半分だけとはいえ、とても生き生きした表情で話すカッシーナ王女様を見て、私たちもやはり何かが変わったと感じるのでした。

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

「お母さま・・・お母さま・・・」

 

私はお母さまの執務室の扉をこっそりノックして扉をそっと開けます。

 

「あら、カッシーナ。すごく珍しいわね、貴女の方から来るなんて」

 

お母さまはこの国の王妃です。

でもとても優秀なので、父である国王のサポートを行っています。

 

「少々ご相談が・・・」

 

おずおずと相談があると申し出ます。

 

「貴方たち、少し下がってもらっていいかしら。カッシーナ、こちらに座りなさい」

 

そう言ってメイドさんたちを下がらせてくれます。

 

「それで? カッシーナから相談なんてすごく珍しいわね。出来る限りの事は聞いてあげるわよ?」

 

お母さまはすごく嬉しい事を言ってくれる。

 

「嫁ぎたい方がいるのです」

 

お母さまは目を丸くして驚きます。

 

「随分と唐突ね。貴女に来ている婚姻申込なんてリカオロスト公爵家のろくでもない物しかなかったんじゃなくて?」

 

「4日後にお父様が謁見を依頼した冒険者の方ですわ」

 

「それはまた唐突過ぎるわね。伯爵以上の家柄でないと降嫁させられないわよ?」

 

「たぶんヤーベ様は叙爵を進めてもお受けしないような気がします。それほど何物にも捕らわれない自由な方であると思います」

 

「その自由な人にどうして嫁ぎたいの?」

 

「建前ならば、この国のためです。叙爵も望まず、自由に旅をして生きて行きたいと言う英雄様は、この国に縛り付ける鎖を、持ちません。ならば、私という人材を楔として打ち込めば抑止力にはなるでしょう」

 

「本音は?」

 

「全力で愛しています。このすべてを捧げたいと思う程に」

 

お母さまがはぁ、と溜息を吐きます。

 

「大げさではありませんよ? 奇跡を操る方ですから。王国に牙を向けられたら誰にも止められないでしょう? ですから私という存在が楔となるのです」

 

「そのような危険な存在、先に消してしまった方が安全ではなくて?」

 

「虎の尾を踏むような真似は絶対にやめるべきと考えます。逆に身内となればこれほど頼りになる存在も無いでしょう」

 

「本音の方はどうして?」

 

「理由を説明するのは難しいですけど・・・。あの方は私の全てを叶えてくれましたから」

 

首を傾げる王妃様。

そして、はたと気づく。

カッシーナの姿に若干の変化があることに。

 

よくみれば、素肌を全く晒さない衣装は今までとあまり変わりがないが、左の乳房がきちんと盛り上がっている。元々は事故で大けがをした際、左乳房も大きなダメージを受け、無事な右乳房に比べてふくらみがほとんど見られなかったはず。

ところが、今はものすごく均整の取れた状態に見える。

今まで首周りはあまり気にせず、スカーフなども巻かなかったから、少し覗き込めば傷を見ることが出来たはず。だが、今は・・・。

いや、そんな事があるわけがない。あるわけがないのだ。とても悲しい事だけれど。

でも、カッシーナは何と言ったか?

 

『奇跡を操る方』

 

それは、一体・・・。

 

「王国としても、あの方を逃すことはとてつもない損失となるでしょう。個人的には全てを捨てても受け入れて頂きたい方になります」

 

王妃様がカッシーナの顔を凝視する。

 

「今は、他言無用でお願いしますね、お母さま」

 

そう言ってソファーから立ち上がり、仮面を少しだけずらすカッシーナ。

 

「カッシーナ、貴女・・・!」

 

跳ね上がるようにソファーから立ち上がり、涙を流しながらカッシーナを抱きしめてくる王妃様。

カッシーナも自身の母親を抱きしめ返す。

 

「4日後の謁見に来られるヤーベ様に嫁ぎたいのです。良い知恵をお貸しください、お母さま」

 

カッシーナはにっこりと輝くような笑顔で自分の母親を見つめた。

 




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第110話 叙爵の打診は断っておこう

 

「ヤーベ殿、ずいぶん製作発注したのだな」

 

鍛冶師からとりあえず今日出来た分の刺又(さすまた)50本を受け取った。

 

「ええ、王都警備隊隊長のクレリアに差し入れです。今王都の治安を不安に陥れようとしている暴漢たちの抑制にはちょうどいい武器ですからね。叩いて良し、抑え込んで良しの優れものですよ」

 

ニコニコしながら俺は刺又の1本を握ってみる。

 

「曲線と直線の棒をつなぐところは俺の技を駆使してつなげてある。それにしても面白い武器だな」

 

ドワーフの鍛冶師、ゴルディンは感心していた。

刃物を鍛えるという熟練の技無しに、鉄をパイプ状にして中を空洞化しながら円筒状で強度を出すように指示された。先の部分の半円系の曲線部で敵を抑え込めるようになっている。

 

「コレ、俺たちの工房でも作っていいか?」

 

「ん? ああ、いいよ、どうぞどうぞ」

 

「いいのか? ヤーベ殿のアイデアだろう?」

 

コルーナ辺境伯の確認も俺は気にしない。

 

「利権とか気にしないし。いいものはどんどん使ってもらった方がいいしね」

 

「ヤーベ殿は本当に欲がないのだな」

 

実際は欲だらけですけどね!

利権とかこの世界のルールがよくわかってなくて面倒くさいだけですから。

 

「アンタ、随分と気風が良いな。気に入った。200本の注文貰ってるけど、少し負けとくよ」

 

「おっ、そりゃありがたいね!」

 

「納品は一日50本程度で勘弁しといてくれ。他にも依頼があれば何でも相談してくれ。出来る限り力になるぜ」

 

「魔法付与がある武器も対応できる?」

 

「高くはなるが、出来んことも無いぞ。魔石の種類と付与内容によるがな」

 

「2m少々のハルバードに強力な攻撃系の魔法付与がある武器が欲しいんだが」

 

ふむ、とゴルディンは自慢の髭をなすりながら考える。

 

「火の魔石と風の魔石があるから、ハルバードに組み込んで火炎系の魔法攻撃と爆裂系の攻撃魔法を組み込むことは出来るかな?」

 

「おおっ! それ良いね。製作頼むよ」

 

「いいのか?魔石二つも使って品質のいいハルバードを作るとなると、金貨7~800枚くらいはかかるぞ?」

 

「かまわないよ、やっちゃって」

 

「はっはっは、そういう勢いのある奴は好きじゃぞ」

 

「じゃあよろしく頼むよ」

 

「うむ」

 

俺はゴルディンとがっちり握手して店を出た。

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

その日の夜。

 

コルーナ辺境伯家に戻って夕食を済ませた後、フェンベルク卿に誘われてリビングに集まっていた。

フェンベルク卿に娘のルシーナちゃん、奥さんのフローラさん。

俺に、イリーナ、サリーナ、フィレオンティーナ、リーナ。

 

「それにしても、ヤーベ殿には感謝しかないな。我がコルーナ辺境伯家の戦力がものすごく評価されてしまっていたよ」

 

苦笑しながらフェンベルク卿が話す。

 

「どういうことです?」

 

「現在庭にヤーベ殿の使役獣である狼牙族がたくさん休んでいるし、午前中はゲルドン殿が狼牙を相手にものすごいトレーニングを行っているのでな。我が家にやってくる人たちが見て行くのだよ」

 

どうやら、トレーニングでゲルドンの振り回すハルバードが目にも止まらないと話題になっているらしい。そして、その目にも止まらないハルバードをひょいひょいと躱す狼牙も話題になっているらしい。

 

そんな規格外級の実力がある者たちがコルーナ辺境伯家に集まっていると言う噂が立っているようだ。

 

「そんなわけで、やたらと声を掛けてくる連中が多くなってね。まあありがたいつながりも出来たから助かっている部分もあるけどね」

 

「役に立てたのならいいですけどね」

 

俺は執事さんが入れてくれた紅茶を少し飲む。

 

「さてさて、大事な話をしておこう。王城で衣装合わせした際に俺は宰相のルベルク殿と打ち合わせをさせてもらってきた。国王との謁見の流れの確認だな」

 

「どんな感じになるのです?」

 

「王の前に出るのはヤーベ殿だけだが、後ろに控えるのは許可をもらった。だからイリーナ嬢他、皆が同じ謁見の場にいられることは確認した」

 

「ふおおっ! リーナもご主人しゃまと一緒に王様に会えるでしゅか!」

 

リーナが興奮して手を上げて聞く。

 

「うむ、リーナ殿も王様に会えるぞ! しっかりおめかしして行かないとな」

 

「はいなのでしゅ!」

 

リーナが元気に返事をする。

 

「ヤーベ殿には褒美が下賜される予定なんだ。出来れば男爵に叙爵するから受けて欲しいという事だったんだが・・・」

 

「お断りいたします」

 

「やっぱりか、貴族になりたいという人間は多いと思うのだがね」

 

「そうですわ、旦那様。叙爵と言うのは名誉なことではありませんか?」

 

「俺には不要のものだな。そのような義務を果たせるとも思えんし」

 

フィレオンティーナの言葉にも俺は首を縦に振らなかった。

 

「ふむ、確かに貴族には義務もついて回るだろう・・・だいたい、貴族になりたいのなら私と結婚すればいいのだ・・・もにょもにょ」

 

イリーナの発言は最後の方声が小さくなって聞き取れなかった。

 

「私の寄子になってもらえるとありがたいのだがね」

 

「何となくですが、賓客よりランクが落ちている気がしますよ」

 

俺の苦笑にフェンベルク卿も苦笑する。

 

「そう言えばそうですわね。ヤーベ様にはあまりうれしくない話でしょうか」

 

奥さんのフローラさんも笑ってくれる。

 

 

 

「そうすると、国王から頂く褒賞をどうするか、悩むところだな」

 

「別にいらないですけどね。悩むなら金貨でいいですよ? それが一番簡単でしょう」

 

「それが無難か」

 

紅茶をすすりながらフェンベルク卿は呟いた。

 

「ところで明日なのですが、ハーカナー元男爵夫人への訪問をお願いしたいのですが」

 

「うむ、すでに先振れをお願いしているよ。俺ではなく、寄子のコルゼア子爵にお願いしてある」

 

「助かります」

 

明日はまた王都を回らなければならない。そして、今まで集めた情報から、ヤバイ計画を練っている連中をどうにかしなければならない。

・・・尤も俺は暗殺者でも仕事人でもない。動き出す前にぶっ潰すわけにもいかないしな。

俺は頭の中で明日の予定を組み立てることにした。

 




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第111話 商会を立ち上げて一儲け企もう

「ところで・・・コレで遊んでみませんか?」

 

取り出したのは所謂リバーシの盤。

サリーナに頼んで、錬金術で金と銀を薄く丸いコイン状に仕立てて、それぞれをくっつけた状態にしたものを一つの駒としている。

 

「これは・・・どうするんだい?」

 

「これは、ゴールド側とシルバー側の二手に分かれて対決するゲームです。

金色の向きで2枚、銀色の向きで2枚の駒を最初から配置し、駒を挟んでひっくり返し、自分の色にしていくゲームですよ」

 

俺は駒を配置させながら説明する。

 

「どんな風に遊ぶんだい?」

 

「先手をとった側が相手の色の駒の隣に自分の色の駒を置いて、挟んだ内側の駒の色をひっくり返し、自分の色の駒を増やすゲームです。実際やってみましょう」

 

そう言って俺は実演する。

 

パチンパチン。

 

駒を置いて真ん中に挟んだ駒をひっくり返し、自分の色になるように増やしていく。

 

「この通り、置いた駒と盤面の自分の駒の間にある敵の駒は全てひっくり返して自分の色にすることが出来ます。最終的に自分の色の駒が多い方が勝ちですよ」

 

「どれ、実際にやってみようか」

 

「そうですね」

 

 

 

ゲームで遊ぶことしばし。

 

「もう一回!ヤーベ殿もう一回勝負を!」

 

フェンベルク卿の泣きのもう一回を聞き続けてどれくらい経ったか。

 

「お父様!次は私たちが遊びますよ!イリーナちゃん勝負しましょう」

 

「うむ、望むところだ」

 

ルシーナが父親であるフェンベルク卿からゲーム盤を奪い取ってイリーナの前に置く。

 

「ああ!まだヤーベ殿との決着が・・・!」

 

「貴方、いい加減になさい!」

 

駄々を捏ねるフェンベルク卿の耳をフローラさんが引っ張る。

 

「それにしても、これは素晴らしいな! 簡単で面白いぞ。王都で売り出すのか?」

 

「伝手のある商人でもいればよかったんですけどね。俺には特に商人に伝手がありませんから」

 

リーマン商会が感じよかったらいろいろと地球時代のアイデアを授けて組んで儲けようかと思ったのだが。

 

「であれば、いっそ商会を立ち上げるか。王家に商品登録を持っていって認められれば3年の独占販売許可が出るぞ。しかも王国のご用達の印がもらえるぞ」

 

「それはすごいですね・・・、それにしても商会ですか・・・名前を決めないといけないですね・・・」

 

商会の名前ね・・・有名なラノベの例だと、南雲なら『サウスクラウド』、竹林なら『バンブーフォレスト』のように日本名からうまく商会や店の名前を付けられるパターンにあこがれていたんだが・・・。

 

「矢部って何だよ!? どーするよ! 矢は『アロー』で行けるだろうけど、部ってなんだよ!ベッて!」

 

「ど、どうしたんだヤーベ殿?」

 

「『べ』に困っているんですよ!『べ』に! いっそそのまま行くか!? 『アローベ』ってなんだ?『アローベ』って!」

 

「なるほど、じゃあヤーベ殿の商会は『アローベ』商会でいいな。明日商業ギルドに出向いて登録するとともに、このゲームを登録に行こう。ゲームの名前は決まっているかね?」

 

「対戦型バトルゲーム『ゴールド オア シルバー』です」

 

俺はただのリバーシに仰々しい名前を付けた。

 

「それでは明日登録に行こう。楽しみだね! きっと大儲けできる気がするよ」

 

・・・いつの間にか商会を立ち上げることになってしまった。

 

「ついでに刺又も登録しちゃおうか。鍛冶師のゴルディン殿には登録使用料免除って事で」

 

フェンベルク卿もなかなか商売上手だな。

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

翌日。

 

俺はコルーナ辺境伯の紹介で朝からコルゼア子爵と面会していた。

 

「ヤーベです。コルーナ辺境伯様の元でお世話になっています」

 

「ラインバッハ・フォン・コルゼアだ。今回はハーカナー元男爵夫人への面会が希望とのことだったね?」

 

「ええ、そうです」

 

「ハーカナー男爵とは宮廷で会えば挨拶した程度の顔見知りであったのだが。一ヶ月ほど前事故で亡くなってしまってね・・・。ハーカナー男爵は夫人との間に子供もおらず、ハーカナー男爵家をどうするか、宮廷内でも意見が割れているところなんだ。そんな彼女へ面会って、どういう目的だい?」

 

「一つに、ハーカナー男爵は事故ではなく殺されてます。テラエロー子爵の手の者によって」

 

「な、なんだって!?」

 

「二つに、ハーカナー男爵が多額の借金を背負っていると偽の証文を作って、ハーカナー元男爵夫人に土地と屋敷を引き渡すように求めている商会がありますが、これもテラエロー子爵の息のかかった商会で、でっち上げた証文により詐欺を働こうとしています」

 

「なんとっ!?」

 

「三つに、これら全ての犯罪を仕組み、ハーカナー元男爵夫人を助けるふりをしてテラエロー子爵が名乗りを上げて、男爵元夫人を自分の手に収めようとしています」

 

「とんでもないゲス野郎じゃないか! 証拠はあるのか?」

 

「これに。商会の人員リストです。テラエロー子爵の手の物がずらりと並んでいます。それから借金の証文はハーカナー男爵のサインとは似ても似つかない文字ですよ。後は事故に見せかけて殺した人物への指示書ですね」

 

「コレを衛兵に提出せんのかね!?」

 

「証拠としては決定的な物は少なく、相手が子爵クラスの貴族です。残念ですが、証拠としてはイマイチ弱いです」

 

「むうっ」

 

「ですので、まずはハーカナー元男爵夫人にお会いして、今後どうしたいか伺ってみようかと思いましてね」

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

「・・・そうですか。テラエロー子爵があの人を・・・」

 

ハーカナー元男爵夫人はゆっくり噛み締める様に呟いた。

コルゼア子爵とハーカナー元男爵夫人に面会に訪れた俺は、いきなり包み隠さずに状況と事実を述べた。

 

「敵を討てるほど厳密な証拠はありませんが、貴女が望むなら『敵』をうつチャンスを貴女に差し上げましょうか?」

 

「敵を討つ・・・」

 

ハーカナー元男爵夫人は虚空を見つめて呟く。

 

「それとも、全てを捨てて、誰も貴女の事を知らない田舎へ行って余生を過ごしますか?」

 

「誰も私を知らない場所・・・」

 

俯き呟くハーカナー元男爵夫人。

 

「もう・・・疲れました。跡形もなく、綺麗に消して頂けますか? そして、誰も知らない場所へ連れて行ってくださいまし・・・」

 

悲しげに瞳を揺らしながら、そう告げる。

 

「畏まりました。その願い、このヤーベが承りましょう」

 

「ど、どうするのだ・・・?」

 

コルゼア子爵の不安げな問いに俺はニヤッとした笑みを浮かべた。

 




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第112話 盛大な舞台を盛り上げよう

ハーカナー男爵家の屋敷はそれほど大きくない。

その土地もそれほど広くはない。

それだけに偽の借用書を用意して土地と建物を巻き上げるほど価値のある場所でもないと思われる。

やはり、ハーカナー元男爵夫人自身を狙った犯行なのだろう。

 

 

フラウゼア・ハーカナー

 

 

彼女の名前である。準爵の上、現在は当主が亡くなってしまったため、フォンを付けずに呼ぶらしい。

貴族と言うのはよくわからないな。やはりなるもんじゃないな、貴族なんて。

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

「ようよう!金の準備は出来たのかよ!」

「金が無いなら土地と建物を貰っていくぜ!」

 

見れば10人くらいのチンピラのような男たちが屋敷の玄関前にやって来ていた。

 

「まあまあ、皆さん少し落ち着いてください。フラウゼア!助けに来ましたよ! どうか私の元へ来てください。もう何も心配する必要はありませんよ」

 

見ればチビデブハゲの三重苦を背負ったアブラギッシュなちょびヒゲ親父が立っていた。

 

「Oh・・・」

 

あれが噂のテラエロー子爵なんだろう。

ヤーベ自身は地球時代それほど外見に自信が無かったこともあり、チビデブハゲだからといってテラエロー子爵の外見を悪く言うつもりもないのだが、その嫌らしい笑み、滲み出る不快さ、姑息で卑怯な企みを忍ばせている表情、どれ一つとってもまともな感じがしない。嫌悪感しか抱かないその存在。

そしていかにももう俺の物だと言わんばかりのフラウゼアと呼び捨て。

隣に立っていたらすでに殴っている自信がある。

 

「これはアウトやなぁ~」

 

そっと窓から覗いていたヤーベはテラエロー子爵という存在が人として終わっていると感じていた。

 

玄関を固く閉ざしたハーカナー男爵家。

チンピラたちの怒声とテラエロー子爵の気持ち悪い声。

 

俺は2階中央の部屋の窓からそっと姿を隠し、横で待機していたフラウゼアさんにGOサインを出す。

 

コクリと頷くフラウゼア。

フラウゼアは窓際に立ち、窓を開け放つ。

 

「おおフラウゼア! もう心配しなくていいよ。ワシがお前を守ってやるぞ! さあ、ワシの胸に飛び込んでおいで!」

 

うおっ!マジキモい!

口からスライム吐きそうだ。

 

「私は疲れました・・・。私は誰の物にもなりません。彼の元へ行きます。もう終わりにします・・・さようなら」

 

そう言って窓枠から離れるフラウゼア。

そして次の瞬間、館の内部から火の手が上がった。

 

「ああっ! フラウゼア! お前ら!早くフラウゼアを救い出して来い!」

 

「へ、へいっ!」

 

「あーあ、ズブズブの関係丸出しじゃん」

 

俺は窓際からこっそり連中の様子を伺う。

 

『いいのか!? いいんだよな? 建物に火をつけて回れって言ったのヤーベだからな! 後でダメとか言ってももう遅いぞ?』

 

そう言って建物に火を放っている炎の精霊フレイア。

 

「大丈夫だよ。派手にやっちゃって。うまく燃えたら後でご褒美上げるよ」

 

『ヤーベのご褒美!よしっ頑張る!』

 

俺の言葉に気合が入るフレイア。

 

ボンッボンッ!

 

屋根や窓から派手に火が噴く。

 

「・・・やりすぎじゃね?」

 

『えっ!?』

 

マジで?みたいな顔でコッチ見られても。

 

「シルフィー、飛び火して周りの建物や木々に燃え移らない様に風でうまく遮ってね」

 

『任せておいて!』

 

風の精霊シルフィーがふわりと飛んでいく。頼りになるね。

 

「ベルヒア、壁の強度を高めて館が燃え崩れない様に注意して。後、玄関の扉は土魔法で内側固めちゃって」

 

『了解よ~』

 

土の精霊ベルヒアねーさんもいつものゆるふわ笑顔でOKサインを出してくる。

 

「ウィンティア、万一延焼が広がりそうだったら消火してね」

 

『いつでも消火準備OKだよっ!』

 

水の精霊ウィンティアも万全の態勢で見守ってくれている。

 

何をしているかといえば、精霊軍団フル活動でフラウゼアの人体消失マジックを行おうというわけ。

今日俺はテンコーになるっ!ってか。

 

「は、早くフラウゼアを助けろ!」

 

大きなハンマーなどで玄関の大扉を叩き壊そうとするチンピラたち。

だが、ベルヒアの土魔法で強化された玄関扉はびくともしない。

 

そして館全体に火が回り、大火事になる。

 

「あああ~~~、フラウゼア・・・」

 

両膝を付き、ワナワナしているテラエロー子爵。

チンピラたちも呆然としている。

 

やがて、消防団の人々がバケツに水を持って集まって来る。

彼らには申し訳ないが、仕事として頑張ってもらおう。

テラエロー子爵たちが引き上げたらウィンティアの一撃で消火しちゃうから。

 

そしてコルゼア子爵がやってくる・・・手筈通りに。

 

「なっ!これはどうしたことだ!ハーカナー男爵夫人は大丈夫なのか!? もしかしてお前たちが火をつけたのか!」

 

そう言ってその場にいたテラエロー子爵たちを糾弾する。

 

「馬鹿なっ!ワシたちではない!彼女が自分で館に火をつけたのだ!」

 

必死になって弁明するテラエロー子爵。

 

「では、貴様らが彼女を追い詰めたと言うのか!」

 

「うっ・・・」

 

コルゼア子爵には予定通り、テラエロー子爵たちを糾弾してもらう。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と周りにも認識してもらわなければならないからな。

 

やがて館は全体に火が回り、全焼した。

 

「あああ・・・ワシじゃない!ワシのせいではない!」

 

そう言って乗って来た馬車に乗り込んで逃げ出していくテラエロー子爵。

子飼いのチンピラたちも逃げ出していく。

火が落ち着いたところで、消防団の人たちも帰って行く。

様子を見に来た王都警備隊たちも見分は明日にすると言って帰って行く。

 

彼らが見えなくなるまで見送っていたコルゼア子爵は、一つ溜息を吐く。

 

そして、燃え落ちる寸前の館から、無傷のヤーベ達が姿を現す。

 

「<嵐の結界(テンペスト・バリア)>見事だったな」

 

水の精霊ウィンティアと風の精霊シルフィーの合体魔法<嵐の結界(テンペスト・バリア)>。強力な水と風の加護で火災の熱とガスから身を守っていたのだ。

 

「さて、これでコルゼア子爵にフラウゼアさんの死亡を確認頂いて完了だ。しばらくはコルーナ辺境伯家に匿わせてもらって、俺が王都からカソの村近くの自宅に帰る時に一緒に連れて行くから」

 

「・・・何から何までお世話になってしまって・・・私に新たな人生も下さって・・・」

 

涙を流すフラウゼアさん。

 

「テラエローの野郎も、きっと天罰が下りますよ。貴女は何も気にせずに、ゆっくりと静養されるといい」

 

「うむ、この王都にて、貴女は亡くなられたという事になったのだし。何も気にすることは無くなったわけだ。ハーカナー男爵の分まで貴女は幸せになるべきだろう」

 

俺の言葉にコルゼア子爵もその思いを伝える。

 

「・・・皆さん・・・ありがとうございます・・・」

 

涙をぽろぽろと流しながら頭を下げるフラウゼアさん。

顔を上げたその表情はほんの少しだけ笑みが浮かんでいた。

 




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第113話 王都を混乱に陥れる敵の戦略を叩き潰そう

昨日は盛大な炎のイリュージョンを行った。

・・・え? イリュージョンで屋敷燃やしていいのかって?

フラウゼアさん助けるためには仕方なかったってことで。

 

もちろんコルーナ辺境伯家にコッソリ連れ帰って匿うことになった儚げな美貌の持ち主でありながら、未亡人の色気も出てしまっているフラウゼアさんをみて、イリーナが爆発したことは言うまでもない。あとルシーナちゃんにも首を絞められてフィレオンティーナに至ってはどこからかムチを取り出してきていた。サリーナはちゃっかりと錬金グッズをおねだりしてきた。しっかり者だな。

 

・・・まだ結婚していないが、俺の嫁候補たちは少し危なすぎやしないだろうか?

なんとかフラウゼアさんが新しい嫁だの、俺の愛人だのという誤解を解き、旦那様を亡くした心の傷ついた人だからと説明した。

後、王都の住人としては死亡扱いになっているから、ここで生きている事は他言無用だし、屋敷から外へ出さない様にと伝えたら、また紛糾した。

 

・・・もうどうしたらいいんだ。

落ち込みしゃがみ込む俺の頭をポンポンとリーナが撫でてくれた。

・・・天使がいた。

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

「さて、今日はヤバいんだ」

 

「何がヤバいんだ?」

 

フェンベルク卿が問いかける。

 

「ヒヨコ軍団の情報から、今日キルエ侯爵が領地から戻って来ることになっているんだが、それをこの王都内で襲撃、キルエ侯爵を亡き者にしようとしている計画があるんだ」

 

「な、なんだって!? そりゃホントなのか!」

 

「ああ、ついに相当な強硬手段に出てきたな。正論をぶつけるキルエ侯爵を亡き者にして、その責任を全て王都警備隊隊長のクレリアに押し付ける。そりゃ王都内で侯爵自身が殺害されたら、とんでもない不祥事だよな」

 

「そ、そりゃそうだが・・・」

 

「それに、厄介なのは陽動で騒ぎを起こすらしい。それぞれ東西南北の王都外壁門の近くらしいんだが、どんな騒ぎを起こすのかが不明だ」

 

「ど、どう対処する気なんだ?」

 

「どうと言われても・・・、陽動に王都警備隊を割くわけにはいかない。キルエ侯爵を襲撃する連中を撃退するのは俺ではマズイからね。どうしてもクレリアが撃退したという実績が必要だ」

 

「クレリア隊長たちだけでキルエ侯爵襲撃の撃退は可能なのか?」

 

「そりゃ心配だから、俺とローガもキルエ侯爵襲撃犯の捕縛に回るよ」

 

「じゃ、陽動は?」

 

「ローガの部下の四天王を各門に部下を引き連れて対応させる。後は騎士団長のグラシア殿に手紙を書く。だが、酒に酔ったケンカ程度の揉め事では狼牙達を投入できない。どれくらいの陽動を敵が考えているかによるな」

 

「私たちも手伝えることは無いか?」

 

イリーナが真剣な視線を向けてくる。

 

「そうですわ、わたくしたちの力もお使い下さい」

 

フィレオンティーナが拳を握ってやる気を出してくれる。

 

「だが、君たちは明日一日この家から外出を禁止する。コルーナ辺境伯家の皆さんを守ってくれ。ゲルドンも屋敷の前に配置する。狼牙達がほとんど出払ってしまう。ヒヨコの一部はこの屋敷に残していくが、狼牙族もヒヨコたちも王都全体に散らばって配置する関係で、この屋敷は戦力がゲルドンだけになってしまう。ここは何もないとは思うが、万が一もある。家から出ずに、何かあればヒヨコたちに連絡してくれ」

 

「・・・ヤーベは大丈夫なのか?」

 

イリーナは心配なのか俺に問いかける。

 

「大丈夫だ。俺にはローガも付いているしな」

 

俺は努めて笑って言った。

 

「さて、グラシア団長に手紙を書くから、使いの者に王城へ届けてくれるよう手配をお願いします。俺はクレリアに刺又を差し入れて来ます」

 

そう言ってコルーナ辺境伯家の屋敷を後にする。

 

「ご主人しゃま!お早いお帰りをお待ちしておりましゅ!」

 

リーナのあまりわかっていないと思われる声掛けを微笑ましく思いながら手を振ってあげた。

 

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

 

「おーい、親父さん、アレ出来てる?」

 

俺は鍛冶師のゴルディンの工房に顔を出していた。

 

「おう、出来てるぞ。それにしても人使いが荒いな。革製の鞍と鐙、特注の持ち手を付けるって結構大変だったぞ?」

 

「助かるよ。これで王都の治安を守れるかな」

 

「ずいぶん仰々しいな」

 

「無事終わったら酒でも持って報告に来るよ」

 

「・・・気を付けろ。後、酒はイイヤツを頼むぞ?」

 

「任せとけ」

 

俺はサムズアップして工房を後にした。

 

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

 

「・・・すまない、こんなに沢山の刺又を差し入れてくれるなんて・・・」

 

王都警備隊隊長のクレリア・スペルシオは目を潤ませて頭を下げた。

 

「予算もまったく降りず、問い合わせたいくつかの武器工房も取り合ってくれず・・・。自らの力の無さを痛感するばかりだ」

 

うーむ、クレリアへの妨害は本当に酷い様だな。

 

「ところで、キルエ侯爵を亡き者にする計画がある事を掴んだんだ」

 

「な、なんだって!?」

 

「場所は大通りから貴族街に入る直前の通りだ。襲撃者は約50人、弓と剣、それに魔術師もいるみたいだよ」

 

「そ、そんな戦力・・・こちらは私直属の部隊はわずか20名だぞ・・・これは兄上に相談するしか・・・」

 

「おいおい、クレリア。君がこの王都を守る警備隊隊長という責任者なんだろ? 気合を入れなよ。手を貸すから」

 

不安な表情になるクレリアに俺はカツを入れる。

 

「ヤーベ殿・・・」

 

クレリアは潤んだ眼で俺を見つめてくる。

 

「ローガ、準備は良いか?」

 

『ははっ!』

 

詰所の外には鞍を付けたローガと20匹の狼牙族が勢揃いしている。

 

「こ・・・これは!?」

 

「隊長のクレリアには俺の側近であるローガに騎乗する許可を出そう。そのほかの部下には狼牙族20匹に騎乗してくれ。今日は忙しいぞ、夕刻のキルエ侯爵襲撃までは暴漢退治に王都中を奔走するつもりで対応してもらうぞ。そのための狼牙騎乗だからな」

 

「う、うむ! なんだかやるしかない気がしてきたぞ!」

 

「さあ、騎乗してくれ。行くぞ!」

 

「「「「「おおっ!!」」」」」

 

そしてこの後、クレリア率いる王都警備隊の精鋭たちは疾風怒濤の狼牙達の速度に振り回されながらも湧き出る暴漢たちをなぎ倒して捕縛して行くのであった。

 

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

 

ドオオオン!

 

爆発音が響く。

見れば東の外壁門近くで魔獣が暴れていた。

 

『うーむ、ここまでやるとは・・・、それにしてもあの魔獣たちはどこから出てきたのだ?』

 

人々が逃げまどい、警備兵や冒険者たちが迎撃に出ようと慌てて準備しているのが見える。

 

『雷牙様、どのように対処致しましょう?』

 

『少し様子を見よう。この人が住む大きな町であのように魔獣が自然と湧き出る事はない。必ずどこかに原因がある』

 

『ははっ!』

 

 

 

北の外壁門でも大型の魔獣が何頭も暴れていた。

 

『ワイルドシェイプ? あんな大型の魔獣が急に現れるわけがない。どこかに封じられた魔獣を解き放った者がいるな』

 

『氷牙様、どう致しましょう?』

 

『ヒヨコよ、いるか?』

 

『はっ!』

 

『どこかにこの魔獣たちをコントロールしている人間がいるはずだ。見つけ出してくれ。それまで魔獣を狩って時間は稼ごう』

 

『ははっ!』

 

『行くぞ!』

 

『『『了解です!』』』

 

氷牙とその部下たちは一斉に大通りに躍り出た。

 

 

 

 

 

「キャアアー!」

 

西の外壁門。小さな女の子が逃げ遅れて転んだ。

その後ろからは粗末な木の棒を振り回しているゴブリンが迫っていた。

だが、

 

ザシュウ!

 

一陣の風が吹き、少女の前にはゴブリンの首を狩った風牙が姿を現す。

 

「わあ・・・狼さん助けてくれたの?」

 

小さな少女の問いに風牙はコクンと首を縦に振る。

 

「ありがとう!優しい狼さん」

 

そう言って走って行く少女を見送りながら、わらわらと湧き出る様に迫りくるゴブリン達を見る。

 

『このままでは一般人に被害が出るな・・・連中を駆逐せよ』

 

『『『ははっ!』』』

 

部下たちが一瞬にして吹き荒れる暴風となり、ゴブリン達がばらばらになって散る。

 

『敵は想像以上に手段を選んでいないようだな・・・』

 

風牙は大通りを見つめた。

 

 

 

 

 

『いやっほう!やっと俺様の出番でやんすよ!』

 

大通りを疾走する一陣の閃光。

初戦闘のガルボは完全にやる気全開であった。

 

『ガルボ様!様子も見ずにいきなり駆逐で大丈夫なのですか?』

 

『逃げるヤツは単なる魔獣だ! 逃げないヤツは訓練された魔獣だ!』

 

ガルボのパワーの前に湧き出る様に溢れ出たオークやオーガなどの大型さえもばらばらに砕かれていく。

 

『イヤ、大丈夫なんですかね? 全開でぶっ飛ばしてますけど?』

 

部下たちはガルボの張り切りに若干引いていた。

 

 

 

 

 

王都の各外壁門近くで魔獣が暴れると言う事態が発生してからしばらく。

王城にも王都警備隊だけでは任せられないと王国騎士団の出撃要請が出ていた。

ヤーベの采配でそれぞれの外壁門には狼牙族四天王が配置されているため、一般人にけが人が出る前に魔獣たちは駆逐されていた。

だが、王都が大きく混乱している事には違いが無かった。

 

「もうすぐキルエ侯爵の馬車がこの通りに到着するぞ。この坂を上がれば貴族街だ。私たちが坂の上に陣取っているが・・・この場所で良いのか?」

 

「キルエ侯爵の馬車が襲われた時点で救出に入る。坂の上から一気呵成、一気に決めるぞ。何といってもそのために狼牙達に騎乗してもらっているんだからな」

 

「うむ! 準備は良いぞ」

 

俺は<高速飛翔(フライハイ)>の呪文で浮いている。

クレリアはローガに騎乗して横で待機している。

その後ろに狼牙族二十匹に乗った二十名の親衛隊。

 

王都の至る所で暴動のような騒ぎが起こっている。

時に魔法が炸裂する音、建物が崩れる音、剣が打ち合う音などが聞こえてくる。

だが、ここにいる精鋭たちの極限まで研ぎ澄まされた集中力によりその雑音は聞こえない。

そして馬車を引く馬の蹄の音が聞こえて来た。

 

「前から聞こうと思っていたのだが、クレリア殿。貴女はそれだけ美しい容姿と器量を持っているのだ。彼氏はいるのか?」

 

チラリと隣の俺を見るクレリア。

 

「フッ」

 

そしてキルエ侯爵の乗る馬車が見えた。その瞬間、周りの建物に隠れていた襲撃者たちが一斉に攻撃を開始した。

魔法でシールドされた馬車の様で、魔法による攻撃や弓矢を跳ね返してはいるようだ。

それも織り込み済みなのか、馬車に迫っていく襲撃者たち。

 

「私の恋人は・・・フッ、この王都だ! 全員突撃!私に続けぇ!!」

 

ゴウッ!

 

ローガを始めとする狼牙族に騎乗する超高速移動を可能とした王都警備隊達が襲撃者に突撃を開始する。

 

ここに王都襲撃者たちと王都防衛者たちの真の戦いが幕を切って落とされた。

 




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閑話16 王都のとある喧騒①

「一体どうなっておるのだ!」

 

王国騎士団団長のグラシア・スペルシオは机を拳で叩いた。

 

「貴殿の妹殿が王都を警備しきれていないのでは? 責任問題ですな」

 

王国騎士団第三部隊長のカーフェスが口を開く。

この男、プレジャー公爵派の人間であるため、グラシア団長の妹であるクレリアが王都警備隊隊長についている事を快く思っていなかった。グラシアの目が鋭くなる。

 

「馬鹿か貴様!この王都の至る所で魔物が現れ暴れ出すなど、警備隊がどうとか以前の問題だ!この異常事態、まずは何が起こっているのか把握する必要がある!」

 

カーフェスを怒鳴りつけるグラシア団長。

 

「それにしても、王都内に魔物が発生するなんて、想定外もいいところだな」

 

宰相であるルベルク・フォン・ミッタマイヤーが天を仰ぐ。

 

ルベルクは宰相という立場から、事前にグラシア団長からプレジャー公爵派がキルエ侯爵殺害計画を企て、その準備段階として王都の警備隊を混乱に陥れるべく、騒ぎを起こすと情報を貰っていた。

その情報はコルーナ辺境伯家からの手紙であり、内容はコルーナ辺境伯家の賓客として招かれているヤーベという男からのものだった。

だが、王都で騒ぎを起こすと言う情報はあったが、具体的にどのような事を起こすとは書いていなかった。まさか、王都内で魔物を発生させるなどという事がありえるとは・・・。

 

「それで? グラシア団長はどう対処するおつもりか?」

 

宰相のルベルクは今後の対応をグラシア団長に問う。

 

「事前の情報から各騎士団員には第一線級臨戦態勢を布いています。王城を空にするわけにも行きませんが、各部隊をピンポイントで騒動に対処するために出動させる準備は整っています」

 

「さすがはグラシア団長だ。それにしても、魔物が突然に発生・・・一体どういう事なんだろうな?」

 

横のローブを羽織った男に意見を求める。

 

「そうですな・・・。魔物の発生には<召喚師(サモナー)>の能力を持つ者が関与していると思われますな」

 

「ふむ、宮廷魔術師のブリッツ殿は<召喚師(サモナー)>が関わっていると申すか」

 

ルベルクは顎を擦りながら考える。

 

「それでしたら、コルーナ辺境伯家の賓客とやらが犯人ではないですか」

 

再び王国騎士団第三部隊長のカーフェスが口を開く。

プレジャー公爵派のこの男はコルーナ辺境伯をも追い落とそうとしていた。

 

「その人物は<調教師(テイマー)>ではなかったか?」

 

宰相のルベルクが首をかしげる。

 

「似たようなものでは?どちらも怪しいものですな」

 

随分と勝手な偏見を語るカーフェス。

 

「いや、彼の召喚というのはありえんな。今回の騒動は唐突に魔物が発生している。魔封石か、スキルかで封じていた魔物を解き放っていると思われるからな。この方法が使えるのであれば、コルーナ辺境伯家の賓客とやらは狼牙族を何匹も引き連れてはいないだろう。切り札として封じたままにしておくはずだ。戦力は隠せるなら出さない方がいいに決まっている」

 

宮廷魔術師のブリッツははっきりと断言した。

 

「そう判断されるように実はフェイクで普段から使役獣を出しているのでは?」

 

「それはありえないな。使役獣を封じておけるならば出しておく意味はない。今回は明らかに<召喚師(サモナー)>としても<調教師(テイマー)>としても質の違う者が関与していると思われる」

 

食い下がるカーフェスの言葉にもさらに断定して回答するブリッツ。

そこまで言われてしまい、次の言葉が無くなりカーフェスはむっつりと黙り込んだ。

 

「報告します!」

 

そこへ騎士が飛び込んでくる。

 

「どうした!」

 

「はっ! 王都の東西南北にある外壁門近くで魔物が大量に発生しております!」

 

「と、東西南北全ての外壁門でか!」

 

「はっ!」

 

グラシアは状況がより厳しい事を察した。

この前の第一報では魔物が急に現れて混乱を生じているというものだった。

それが、王都の東西南北にある外壁門近くで同時に魔物が発生しているとなると、その対処も変わってくる。

 

「第四部隊、第五部隊をそれぞれ二手に分け、東西南北の4か所に急行させよ!」

 

「ははっ!」

 

すぐに飛び出て行こうとする騎士とは別の騎士が次の報告を持ってきた。

 

「報告します!」

 

「何だ?」

 

「東西南北の外壁門近くで魔物が現れた件ですが、どの場所もどこからともなく狼牙が何匹も現れ、魔物を駆逐し始めております! 現在一般人への被害は食い止められているとのことです!」

 

狼牙が何匹も急に現れるわけはない。

もちろんあの男の使役獣であることは明らかだ。

 

「うむ!大変助かる情報だ!だがこの王都を守る者としては、狼牙だけに良い格好をさせておくわけにもいかん。第四部隊、第五部隊は出撃せよ!」

 

「「ははっ!」」

 

「グラシア団長は出撃なさらぬのですか?」

 

カーフェスはグラシアに聞いて来た。

 

「全体の把握をするために、もうしばらく情報を待って精査してから判断する。大体俺が出撃する前にお前を出撃させるぞ」

 

「・・・はっ」

 

一瞬間があってから返事をするカーフェス。

 

グラシアはヤーベからの手紙の最後に書いてあった内容を思い出す。

 

『・・・ないとは思うが万が一キルエ侯爵の殺害計画自体が囮で、本当の狙いが王国騎士団を出撃させて王城を手薄にすることだとしたら、狙われるのは王家の人間だ。騎士団の出撃は半数程度に留めて王族の警護は怠らない方がいいだろう。王都の混乱は少なくとも一般人に被害が及ばない様に手を打つつもりだ。キルエ侯爵の襲撃犯の撃退はクレリアとその手勢と俺が対応する。だから心配はいらない。それより、絶対に王族を一人にするなよ。内部に手引きしている人間がいる可能性だってある。必ずグラシア団長の信頼できる人間を護衛に付けてくれ』

 

(この予測が的外れであってくれればどれだけ良い事か・・・)

 

グラシアは拳を握り締めた。

 




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閑話17 王都のとある喧騒②

 

「この地図によると、南門エリアには王都警備隊のクレリア派が警備に当たっているようだ。現地では王都警備隊と協力して事に当たるぞ」

 

「「「ははっ!」」」

 

王国騎士団第四部隊、部隊長トニーが部下を引き連れて南門の魔物襲撃の対応に出向いて来た。だが、到着した現場には王都警備隊の隊員達も遠巻きに立っているだけだった。

 

「どうした? 魔物達の駆除は?」

 

「あ、王国騎士団の方ですか? 実は、我々の出番は無さそうでして・・・」

 

「なにっ!?」

 

よく見れば、大柄な狼牙が縦横無尽に暴れまわっていた。オークや、オーガ、ミノタウロスと言ったガタイのいい魔物達が吹き飛ばさればらばらに砕かれて散っていく。その周りを一回り小さな狼牙達が一般人に被害が及ばぬよう壁になって見守っていた。

よく見れば、魔物がほとんど駆逐され、増えていないようだ。

 

「・・・あっ!」

 

「どうした?」

 

「あそこに・・・」

 

王都警備隊の一人が指を指した先には、ミノタウロスの死体に押しつぶされて死んでいる男がいた。手元には割れた黒い水晶玉が。

 

「これで魔物を召喚していたのか?」

 

トニーは割れた黒い水晶玉と死体を回収してグラシア団長に報告すべく王城に引き上げた。

 

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

 

王国騎士団第四部隊、副部隊長ミックが部下を引き連れてやって来たのは東門であった。

 

「地図によると、ここはプレジャー公爵派の警備隊が守る手筈のエリアだ。たぶん仕事を放棄しているから、一般人に被害がでない様何としても魔物を抑えるぞ!」

 

「「「ははっ!」」」

 

部下に鼓舞しながら部隊を展開する。

 

『<雷の雨(サンダーレイン)>』

 

到着してすぐ、目の前にとんでもない雷が広範囲に落ちた。

その雷は魔物達を直撃したのか、黒焦げの魔物達が大量に倒れていた。

 

ひと際体が大きい狼牙が1匹佇んでいる。

体からパリパリと電撃の余韻が残っているところを見ると、この狼牙が先ほどの雷を操ったと見える。

 

「すさまじい戦闘力だな・・・」

 

その個体以外にも、部下と思われる狼牙達が周りの魔物を狩っている。

 

ひと際体が大きい狼牙が人ごみの中に紛れていた一人の襟首を噛んで引きずってくる。

 

『オヌシ、騎士団の者か? コヤツが魔物を召喚していたようだ。連れて行くがよい』

 

見れば、フードをかぶって黒い水晶球を持った男が巨大な狼牙の足に踏まれて喘いでいた。

 

「こいつが魔物を召喚していたのか・・・?」

 

『うむ、連れて行って取り調べるといい』

 

「・・・すげえ賢い」

 

ミックはこの大きな狼牙がもし騎士団に配属になったとしたら、全く勝てる気がしなかった。

 

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

 

王城――――――

 

結局妹御が心配なのか、自ら出撃していったグラシア団長に王城警護を任されたのは副団長のダイムラーであった。

 

ワーレンハイド国王には騎士団の中でも選りすぐりの精鋭が常に護衛している。

だから、心配になるのは第一王子と王妃様だ。

第一王子にも精鋭が護衛についている事を考えると、女性騎士に頼らざるを得ない王妃様の警護は些か不安が残る。

 

二人体制にして、一時でも護衛の目が行き届かない時間が無いよう気を使うしかない。

 

(何事もないといいが・・・)

 

そして、ダイムラーは第二王女カッシーナの護衛の事を完全に忘れると言う失態を犯していた。

 

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

 

王妃様が執務室で仕事を続けていた。

王都での混乱はまだ直接報告されていない。

そして何故か執務室の隅にはヒヨコが止まっていた。

 

「王妃様、紅茶が入りました」

 

ふと見れば、いつものメイドの中にはいなかったような女だった。

そのメイドは紅茶のカップをソーサーに乗せてゆっくり運んできた。

 

(・・・プチファイア~)

 

「あつっ!」

 

小さな火の玉がメイドの手を直撃。紅茶はカップとソーサーごと落ちて床の絨毯にシミを作った。

 

「あらあら、大丈夫?」

 

王妃がメイドを心配する。このメイド、先ほどもお菓子を床にぶち撒けている。

 

「あ、すみません、片付けます・・・」

 

慌ててメイドは自分の不始末を処理すべく動く。

 

「大丈夫?あなた少しそそっかしい様だから、あまり物を運ぶ仕事は向いてないかもね」

 

少し残念そうな表情で伝えてくる王妃様。

 

(どうなっている・・・!? 毒の入れた紅茶に気づいたのかとも思ったが・・・)

 

このメイド、王女を殺害しようと潜り込んだ暗殺者であった。

先ほど軽食の皿にも毒を盛っていたのだが、やはり手の甲が滅茶苦茶熱くなって皿ごと落としてしまった。

 

まさか王妃様もヒヨコがずっとガードしているとは思わず、暗殺者もまさかヒヨコに邪魔されているとは思ってもいなかった。

 

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

 

王国騎士団が到着した際、北門を守る氷牙はヒヨコがあぶり出した魔物のコントロールをしていると思われる男の氷漬けを完成させてた。

 

『<氷結棺桶(アイスコフィン)>だ。連れて行って解除したら状況を聞き出してくれ』

 

「・・・ありがとう」

 

狼牙に頭を下げる騎士隊長だった。

 

西の外壁門近くでも風牙に制圧された魔物達の処理が進んでいた。

 

王都の突発的な魔物の襲撃による陽動は終息を迎えていた。

 

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

 

王国騎士団団長のグラシアはクレリアたちがキルエ侯爵の護衛のため、襲撃者たちを迎撃する予定のポイントに急いでいた。

 

「・・・クレリア!無事でいてくれ・・・」

 

如何にヤーベという男が力を貸してくれると言っても、心配が無くなるわけではない。

本当であれば副団長のダイムラーに預けず、王城内で指揮する立場にあるだろう自分ではあるが、どうしてもクレリアが心配で王城を出る事を決意した。

 

そして襲撃地点に着いたグラシアが見たものは、狼牙族に跨り超高速で飛び回り敵を翻弄するクレリアたちの姿であった。

 




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第114話 キルエ侯爵への襲撃者を退治しよう

キルエ侯爵の馬車を襲撃した賊、総勢50名。

その事如くが叩きのめされ、謎のロープで拘束されていく。

 

「エリンシア! 魔術師を優先的に捕縛! 後前衛を馬車に寄せ付けないで!」

 

「ラジャー!」

 

大柄なローガに跨ったクレリアは刺又を振り回しながら副官のエリンシアに指示を出す。

 

刺又は突いて良し、叩いて良しの優れものだ。

刃物でもないので一撃で殺傷することは難しい反面、相手に攻撃するのに躊躇う事は無くなる。

元々槍にも自信のあったクレリアが操る刺又はローガの縦横無尽の動きと合わさって襲撃者たちはクレリアの動きに全くついて行けず、次々に無力化されていく。

 

具体的には突かれたり叩かれたりして地面に打ち付けられた襲撃者たちがヤーベに拘束されていく。

 

「<スライム的捕縛鞭(スライムチ)>」

 

俺は手のひらからスライムの触手を伸ばし、クレリアたちに叩きのめされたり、壁に刺又で押し付けられた襲撃者たちをぐるぐる巻きにしていった。

ぐるぐる巻きにした上で一度プチンと切って転がしていく。

 

ちなみにムチだから、ぐるぐる巻きにする前に俺の方に襲い掛かって来た襲撃者は触手で滅多打ちにしちゃう。

 

「ひいい~~~!」

 

そんでもってぐるぐる巻き一丁。

 

「な、なんていう戦闘力だ・・・! 俺たち王国騎士団を超えてんじゃねーか・・・」

 

そんな感じで捕縛を続けていたら、王国騎士団長のグラシア・スペルリオが現場に来た。

 

「鞍があるのに、手綱が無い。その代わり鞍に取っ手が付いている。超高速で移動しているのに鞍にある取っ手を片手で握って、片手で長物の武器を扱う・・・。狼牙が乗り手の負荷を考えて動いている・・・? いや、風の精霊の加護もあるのか?」

 

グラシア団長がクレリアたちの動きを見て分析して行く。

 

「狼牙の戦闘力ハンパねーな・・・。馬に乗って騎馬戦挑んでも勝てる気がしねーぜ」

 

「狼牙を騎獣に貸すのは今日だけだよ。心配しなくてもいいさ」

 

「そうなのか・・・ちょっと焦ったぞ」

 

俺の説明にグラシアが本気でホッとしている。

 

「団長自ら出撃したのか?王族の護衛は大丈夫なんだろうな?」

 

少し剣呑な雰囲気を出して聞く。

 

「ああ、副団長のダイムラーに任せてきた。王族の護衛は精鋭を宛がっているから心配ない」

 

「ならいいけどな」

 

襲撃者たちを無力化したクレリアがローガから降りて馬車に声を掛ける。

 

「キルエ侯爵様。王都警備隊隊長のクレリア・スペルシオにございます。襲撃者は全て捕縛できましたのでご報告申し上げます」

 

御者をしていた執事らしい人物が馬車の扉を外から開ける。

馬車から降りて来たのは、シルバーブルーとも言えるような輝くストレートヘアーの美少女だった。

 

「ご苦労様でした、クレリア隊長」

 

鈴のなる様な軽やかな声。

見た目15~16歳くらいにしか見えないが、まごうことなきキルエ侯爵家当主シルヴィア・フォン・キルエ侯爵その人だ。

 

「貴女の救援が無ければ私はこの場で死んでいたかもしれませんね。感謝します」

 

「勿体ないお言葉です。ご無事でなによりです。これよりは王都警備隊が御屋敷まで警護いたします」

 

キルエ侯爵とクレリアが話している間、エリンシアは部下に襲撃者たちを捕縛ロープで拘束するように指示を出して行く。

拘束が済んだ者達から<スライム的捕縛鞭(スライムチ)>を回収して戻していく。

 

ふと、キルエ侯爵が俺の方を向いた。

 

「あの者は?」

 

「はっ、王都の混乱を心配する者で、この「刺又(さすまた)」の考案者であり、この狼牙のマスターでもあるヤーベ殿です」

 

「ほう、何やら捕縛のロープもあの者の魔法なのか? かなり興味ある人物だ」

 

キルエ侯爵が俺を見て声を掛けてくる。

 

「その方、どのような身分の者か?」

 

「俺ですか?今はコルーナ辺境伯家の賓客として迎えられています。一応明後日王様に謁見する予定ですね」

 

「なんと! コルーナ辺境伯殿の賓客であるか。しかも王との謁見が決まっておるとは。随分と優秀な人物よの」

 

「多分大したことないと思いますよ?」

 

「はっはっは、あまり謙遜が過ぎると嫌みとなるぞ? それでどうだ、コルーナ辺境伯家に世話になっているようだが、我が侯爵家に来てみぬか?」

 

「お誘いは光栄なんですけどね。俺は今の所権力も家柄も特に必要ではないんで・・・」

 

「なんだ、随分と欲がないな」

 

「はあ」

 

「キルエ侯爵の誘いもお断りなのか。贅沢なものだな」

 

グラシア団長が話に加わってくる。

 

「王都騎士団の団長も現場に?」

 

「このヤーベ殿がキルエ侯爵襲撃の噂があると情報をくれましてね。敵は王都を混乱させて貴女の命を狙ったらしい」

 

「碌な真似をせぬな」

 

「ですが、王都の混乱ももう落ち着きました。大丈夫ですよ」

 

えらく爽やかな笑顔で報告するグラシア。お前なんか仕事したのか?

 

「・・・ところで、本当に王族の警護は大丈夫なのか?大体騎士団は男ばかりだろ?女性の警護はどうしてるんだ?」

 

「王妃様には今日だけ倍の人数の女性騎士を警護に当てている。お前のアドバイス通りどんな時でも必ず一人が警護出来る様にしているよ」

 

「カッシーナは?」

 

「え?」

 

「だから、カッシーナ王女は?」

 

「か・・・カッシーナ王女・・・」

 

明らかにしまったと言う表情のグラシア。額には脂汗が滲む。

 

「塔に住むカッシーナの警護は!!」

 

思わずグラシア団長の胸倉を掴みながら詰め寄ってしまう。

 

「カッシーナ第二王女は常に警護が付いていない状況なんだ・・・普段塔から出て来られないから・・・」

 

「じゃあ今もカッシーナには護衛が付いていないのか!!」

 

「ああ、ついていない・・・」

 

「バカタレが!!」

 

俺は思わずグラシアの胸を突き飛ばす。

 

「カッシーナが危ない! <高速飛翔(フライハイ)>!」

 

バシュウ!

 

ものすごい風を巻きながら高速で空を飛んで行った。

 

 

 

 

 

「しまった・・・普段警護が付かないカッシーナ王女の警護追加を指示し忘れるとは・・・このグラシア一生の不覚!」

 

「・・・それにしても、あの男。王への謁見を行うのは初めてなのだろう・・・?」

 

キルエ侯爵が如何にも不思議そうにグラシアに問いかける。

 

「そうだと思いますが・・・」

 

「ならば、なぜあの男はカッシーナ王女を呼び捨てにした? しかも塔に籠っておられるのを明らかに知っておる口ぶりだったが?」

 

「・・・! そう言えば・・・奴は一体?」

 

キルエ侯爵、グラシア団長、そしてクレリア隊長も、ヤーベの反応が理解できなかった。

 

 

 

 

 

 

俺は念話を行使する。

 

『ヒヨコ隊長!無事か?状況を報告せよ!』

 

『ボス! カッシーナ王女の部屋に怪しいヤツが!』

 

『ちっ! すぐに行く!カッシーナを守り切れ!』

 

そう言って俺は黒ローブと銀の仮面を装備して謎の通りすがりのヒーロー、ダークナイトに変身できるように装備を変えてからカッシーナがいる塔へ大至急向かった。

 




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第115話 カッシーナ王女を守り切ろう

今回は6000字オーバーと拙作としては長めです。
お時間に余裕のある時にお楽しみください。
今後もコツコツ更新して参りますのでよろしくお願い致します!


『ぴよぴよぴよ~』

 

「うふふっ、貴方はとても人懐っこいですのね? ヤーベ様も貴方の様にいつも会いに来てくれればいいのに」

 

カッシーナ王女は自身がいつも籠っている塔の部屋で寛いでいた。

木製で出来た窓の扉を開き、窓の淵に留まっているヒヨコに指を指し出していた。

ヒヨコがその嘴でカッシーナの指先を突く。

 

「うふふっ、くすぐったいよ?」

 

ぴよぴよとカッシーナの指先を突きながら愛想を振りまき、周りを注意しているヒヨコ。

もちろん、ヒヨコ隊長である。

 

(このまま襲撃者が来ないといいが・・・)

 

そう願うと碌な事にならないか、そう思った瞬間、すさまじい殺気が襲う。

 

(なんだっ!?)

 

見れば、ひょいひょいと下から壁を伝って登ってくる人物が。

 

『ピヨヨ!!(侵入者だ!!)』

 

そう言って器用に窓の扉を閉めてカッシーナを押して窓から離そうとする。

 

「どうしたの?ヒヨコちゃん?」

 

カッシーナが首を傾げるが、

 

バキィ!

 

木の扉が蹴り壊され、空から皮鎧を着た茶髪の男が部屋に入り込んできた。

 

「ん~~~ふふふ、王女様を暗殺、いー気持ちになりそうだなあ」

 

「な、何者です!」

 

カッシーナは突然の侵入者に驚きながらも、少し距離を取り部屋の入り口近くに体を寄せる。

 

「俺? 殺し屋さん。お宅を殺せって雇われてね。いーよねー、異世界。ホント最高!チート能力で殺し放題だし。アンタ、王女さんだっけ? ()る前に()ってもいいかなー、うふふふふ」

 

「な、何なんです、あなた・・・」

 

(異世界!? チート能力!? まさか!? コイツ・・・ボスの言う()()()()か! だとしたらマズイ! 俺一人で守り切れるような相手じゃない!)

 

「でも仕事は簡潔に素早くねー、死ね!」

 

いつの間にか両手に短剣を持って切りかかってくる殺し屋。

 

「ピヨヨ!(シールド!)」

 

 

ガキキキン!

 

 

「おろ? 何? 王女の魔法? それともまさかヒヨコが魔法使うの? 珍しいね」

 

両手からの超高速斬撃をすべて魔法のシールドではじかれたことに素直に驚く殺し屋。

 

(マズイ! この攻撃力、次はこのシールドじゃ防げない!)

 

シールドは王女の前、空中に維持したままだ。下手をすると王女の後ろに回り込まれたらアウトだ。

 

(一か八か、先にこちらが背後から攻撃する!)

 

ヒヨコ隊長が全力で足元から裏へ回り、魔法を準備しようとしたその瞬間、

 

「ざ~~~んねん!」

 

すでにヒヨコ隊長の高速移動は殺し屋の目に捕らえられていた。

カウンター気味に連続の斬撃がヒヨコ隊長を襲う。

 

(くっ・・・シールド!!)

 

ガガガガッ ズバァ!

 

『ピピィ―――――!』

 

ぎりぎりシールドが間に合って致命傷には至らなかったようだが、胸をざっくり切られて血しぶきを上げながら壁に叩きつけられて床に落ちる。

 

「ヒヨコちゃん!」

 

「どうされました、姫!」

 

バンッ!と入口の扉を突き破る勢いで開けてメイドの1人が飛び込んで来る。

カッシーナ王女に仕える3人のメイドの1人、最も年長のお局様的な立場にいるレーゼンであった。

 

「レーゼン!殺し屋です!」

 

「御下がりください!姫!」

 

そう言ってレーゼンはメイド服のスカートをふわりと巻き上げると太ももに隠したダガーを両手で抜いて構える。

奇しくもお互いが両手に短剣を持つスタイルであった。

 

瞬時にゼロ距離で短剣をぶつけ合う二人。

 

王国騎士団の団長グラシア、副団長のダイムラー共にカッシーナ王女の護衛を忘れると言う大ポカをやらかしているわけだが、普段から騎士団はカッシーナ王女を警護していないため、ある意味仕方のない事でもあった。

だが、王妃が可愛い娘を守っていないわけはなく、王妃の子飼いの手練れの1人が常にカッシーナ王女をメイドに扮して守っていた。それがレーゼンであった。

レーゼンは王妃がこのバルバロイ王国に嫁ぐ前から付き従う腕利きの従者であったのだ。

 

「はははっ!素晴らしいね!ここまでの手ごたえは本当に久しぶりだよ!よく僕の速度についてこれるもんだね」

 

ニタニタと不快な笑みを湛えながら短剣を振る手を止めない。

 

「舐めてもらっては困ります。このレーゼンがいる限りお前はカッシーナ姫には指一本触れさせない」

 

両手の短剣を逆手に持ち、構えなおす。

 

「いやー、すごいすごい、でもねぇ、俺は俺TUEEEEなチート持ちだしぃ、アンタみたいなBBA(ババア)に負けるわけないっしょ」

 

ゲスい笑みを浮かべながらへらへらする殺し屋。

 

「・・・ぐっ!?」

 

レーゼンが口から血を流す。

 

「レーゼン!」

 

カッシーナが悲鳴の様な声を上げる。

 

「こ・・・これは・・・!?」

 

「<毒の霧(ポイズンフォッグ)>。俺と打ち合っている間に剣の先から毒の霧が出ていたのさ。それに気づかずに接近戦を挑んで来たから毒に犯されたってわけさ。まあ、後で俺も犯すけどね~」

 

「き・・・貴様っ!!」

 

レーゼンが再度距離を詰め短剣を突き出すが、すでに最初の切れもスピードも失われていた。

 

「はははっ!哀れだねぇ」

 

数合切り合った後、蹴りを打ち、レーゼンが吹き飛ばされる。

 

「ははっ、燃えて消し炭になりなよ。<炎の槍>(ファイアーランス)!」

 

「きゃああ!」

 

動けないレーゼンを<炎の槍>(ファイアーランス)が直撃する。

燃え上がるレーゼン。

 

「レーゼン!レーゼン!」

 

カッシーナ王女が素手でレーゼンに覆い被さり、火を消そうとする。

自分の手が火傷するのも構わずレーゼンを叩いて火を消した。

 

「さてさて、そろそろ仕留めさせてもらおうか。本命は明後日のターゲットなんだし。王女様は単なる前座だしね~」

 

(・・・明後日が本命だと・・・?)

 

息も絶え絶えのヒヨコ隊長だが、それでも情報収集を怠らない。

かなりヤバイ殺し屋、その本命は王女ではなく、明後日に狙う誰か・・・。

 

(何としてもボスにお伝えせねば・・・)

 

「どうする?自殺するなら止めないけど?」

 

見下すように冷めた目で見る殺し屋。

カッシーナは黙って殺し屋を見つめる。

一分一秒を稼ぐように。きっと、きっとあの人が助けに来てくれる。そう信じて。

 

「はあ、メンドクサイ。はいさようなら」

 

そう言って右手を振り上げる殺し屋。

だが、

 

ゾグンッ!

 

「な、なにっ!?」

 

圧倒的なまでの魔力によるプレッシャー、殺気による威圧。

 

「なんだ!?どこだ!?誰だ!」

 

余裕無く声を荒げる殺し屋。だが、部屋の中には自分と王女、瀕死のメイドしかいないはずだ。

 

「!!」

 

ゆらり、という言葉がぴったり合うように窓の外から空中を歩いて部屋へ入ってくる黒いローブの男。顔には銀色の仮面をかぶっていた。

 

「なんだお前?」

 

漆黒のローブを頭まで被り、手足すら見ることは無い。

銀の仮面だけが鈍く光っている。

 

「我が名はダークナイト・・・闇に潜みし悪を切る者なり・・・」

 

完全に気分は逢〇大介大先生の大ヒットラノベ、「陰の実〇者になりたくて!」の主人公だ。あれほどズレ漫才の如くかみ合っていないのにバッチリ決まっちゃう話はマジでたまらない。あまりのニヤリ感に職場のデスクで休憩中に呼んでいた際に自分がニヤリとして事務員からかなり白い目で見られたのを思い出す。

 

「コイツだいぶ痛いヤローだな。所詮この世界の連中は俺TUEEEEのチート持ちである俺様には勝てねーんだよ!」

 

そう言って両手に持った短剣で切りかかってくる。

 

俺は瞬時にその2本の腕を掴む。

 

「なっ!? 見切りやがった!?」

 

 

ボギィィィ!!

 

 

「ギャアアアア!!」

 

そのまま両肘を砕くように逆向きに折り曲げる。

そのまま突き飛ばすように両腕を放すと、男はしりもちをついた。

 

見ればカッシーナが泣いており、その隣で倒れているメイドは大やけどで瀕死のようだ。

そして反対側の壁には叩きつけられて床に落ちているヒヨコ隊長の姿が。

 

怒りに任してぶっ飛ばしてやりたいが、ダークナイトってカッコつけたキャラを出してしまった以上、キャラ崩壊は避けたいところだ。

だが、あまり時間を掛ければ助かる者も助からなくなる。

 

「<闇の圧力(ダークプレッシャー)>」

 

ズドンッ!

 

「ギャアアアアア!!」

 

両手をへし折られた殺し屋がさらに闇の圧力で上から押し潰されそうになる。

 

え、いつのまに闇の精霊魔法が使えるようになったのかって?

この前ウィンティアやベルヒアねーさんたちから光の精霊と闇の精霊の行使についてアドバイスを受けてたんだよね。

まだ俺に加護をくれたり契約してくれたりはしないけど、魔力を対価に呪文行使は可能になったのだ。

光と闇、いかにもラノベのお約束的な力だね!

 

やがて殺し屋の体がメキメキと軋んで音を立てる。

 

「ぐおおお!」

 

『ボ・・・ボス! お伝えしたいことが!』

 

『ヒヨコ隊長か? すぐ回復させてやる、少しだけ待っていろ』

 

俺は無理に力を使わぬよう休むように伝える。

 

『その殺し屋、本命は明後日のターゲットらしいです。後、俺TUEEEEとか、チート能力がどうとか言っておりました。たぶん、ボスが注意しろと言っていたヤバい奴だと思われます!』

 

『そうか・・・、見事な情報だ。とにかく休め。すぐ回復させてやる』

 

こいつが転生者のクズヤローだという事はわかった。

だが、この場で殺すのはまずいかもしれない。明後日の本命のターゲットが誰なのかわかっていない。カッシーナの前でこのまま<闇の圧力(ダークプレッシャー)>による「へっ、汚ねぇ花火だ」を実践してもあまり気分が良くないこともある。

それならば煽ってヘイトを俺に向けておけば、本命とやらを狙う時も殺気丸出しにして俺を探して挑発してくるかもしれない。そうなれば誰をターゲットにしているのか探りやすくなるだろう。

 

「おい、ザコ。すでにボロ雑巾の様になっているザコよ。この場で貴様を殺せば部屋が汚れる。さっさと失せろ」

 

そう言って俺は<闇の圧力(ダークプレッシャー)>の魔法を解除する。

 

「ぎ、ぎさま・・・おぼえでいろよ・・・がならずごろす!」

 

真面に口も回らないながらも捨て台詞は欠かさない。ウン、やられキャラとしては申し分なし。

 

窓からその体を宙に躍らせる殺し屋。普通なら確実に死ぬ高さだろうけど、チートとやらを持っている俺TUEEEE君は死なないんだろうね。

 

『クルセーダー、聞こえるか?』

 

『はっ!待機しております』

 

『窓から飛び出た男を追ってくれ。但しかなり能力の高い男らしい。こちらに意識が向いたら全力で離脱しろ。決して深追いするな。どうせ明後日にはこの王城にまた来るらしいからな。絶対にお前達が死ぬことは許さんぞ!』

 

『ははっ!』

 

一応ヒヨコたちに追跡はさせてみる。

だが、相手はヤバイ転生者だ。無理はしない様に指示は出しておく。

 

「ウィンティア、フレイア、力を貸してくれ」

 

「お待たせ、ヤーベ」

「ヤーベ、呼んだか?」

 

お前達、ダークナイトって名乗って普段と違うカッコしてるんだから、ソッコー俺の正体をばらすように名前を呼ぶのは止めなさい!

 

「合成魔法を使う。俺のイメージを読み取り、合わせてくれ」

 

「うん!」

「任せろ!」

 

水の精霊ウィンティアの<生命力回復(ヒーリング)>。細胞の活性化は体温近くに温度を上げればなお活性化が働く。ウィンティアの細胞活性化に熱エネルギーを加えてより効果を高めるようにイメージする。

 

「合成魔法<生命力活性回復(キュア・ヒーリング)>!」

 

その魔力に触れたレーゼン、カッシーナ、ヒヨコ隊長のダメージが完全に回復して行く。

 

「レーゼンの火傷が・・・跡形もなく・・・」

 

カッシーナは自分の手の火傷が綺麗に治っている事にも気づかず、レーゼンに抱きついて泣いている。

 

『ヒヨコ隊長。見事な仕事ぶりだった。お前のおかげでカッシーナは無事だったよ』

 

怪我が治っても体力までは完全に回復しない。

よたよたと飛び上がるとヤーベの肩に止まった。

 

『すみません、カッシーナ王女を危険に晒してしまいました・・・。まだまだ力が足りません。護衛失格ですね』

 

『お前が護衛失格なら、他に護衛を頼める奴がいなくなって困るから却下な』

 

『ボス・・・! ありがたき幸せ・・・』

 

肩でうなだれながらも感動しているっぽいヒヨコ隊長。

 

「ヤーベ様・・・」

 

呼吸が落ち着いたレーゼンから離れて、ヤーベの背中に抱きついて来た。

 

「また、助けて頂きました・・・」

 

「我が名はダークナイト・・・闇に潜みし悪を切る者・・・」

 

「ヤーベ様、私は貴方に命を救われてばかりなのです。なのに、何もお礼が出来ていないのは心苦しいばかりです」

 

聞いちゃいねぇ!

 

「その仮面、私が今している半分の仮面とそっくりですね・・・」

 

ぎくっ! カッシーナにもう会えないかと思ったので、ドワーフのゴルディンにデザインを描いて銀の仮面を製作してもらったのだ。

まさか速攻で使う羽目になるとは思わなかったけど。

 

「もうお前は仮面が必要ではないのではないか?」

 

とりあえずカッシーナの意識を俺から反らそう。

 

「ヤーベ様にちゃんとお礼を出来ていない今は、誰にもこの素顔を見せないつもりです・・・。あ、でも先日母にだけはちらっと見せちゃいました。本当によかったねって喜んでもらえたんです。それだけでもヤーベ様にいくら感謝してもしきれません」

 

そう言ってさらに後ろからギュッと抱きしめてくるカッシーナ。

・・・困った。

 

そうは言ってもいつまでもこのままでいるわけにもいかない。

レーゼンというメイドも傷が回復しただろうが、体力は回復し切っていない。休ませてやらねばならない。

そう言って振り返ろうとしたのだが、

 

「あ、見ちゃだめです!」

 

そう言って俺の顔を両手でカッシーナが押さえた。

 

「レーゼンの傷を治してくださったことは大変感謝致しますが、今の彼女は服が燃えてしまい全裸に近い格好になってしまっていますので・・・」

 

おおっ!それは計算外のさらに外。

傷が治ったかしっかりチェックしなければ・・・

 

「ひてて・・・にゃにうぉしゅりゅ・・・」

 

後ろからカッシーナにほっぺたを引っ張られる。

 

「ヤーベ様、今悪い事を考えたでしょ!」

 

何故だ!イリーナと言い、美女はみんな魔法使いなのか!?

 

「カッシーナ様!大丈夫ですか!」

「カッシーナ様!何があったんですか?」

 

その時、メイドが二人部屋にやって来た。

 

「うわっ!部屋がぐちゃぐちゃです!」

「レーゼン様!?何でメイド服がぼろぼろでほぼ裸なんですか?」

 

「ああ、レーゼンの替えの服を持ってきてちょうだい。それから着替えたら今日はベッドで休ませてあげて。あとこの部屋掃除お願いね」

 

「「はいっ!」」

 

元気よく返事をするメイドたち。

だが、カッシーナが指示を出して再度振り返った時には、すでにヤーベは窓の縁に立っていた。

 

「ヤーベ様!」

 

カッシーナが窓に駆け寄ろうとするが、それより早く俺は空に体を投げ出した。

 

「ヤーベ様!また私を連れて行ってくださらないのですか・・・」

 

涙を流しながら窓の縁から身を乗り出すカッシーナ。

 

「カッシーナ、()()()

 

俺は一言声を掛けて空を飛び、王城から離れて行った。

 

『・・・一言、出ちゃいましたね』

 

ヒヨコ隊長がぼそりと言う。

 

「言わないわけにはいかなかったよ・・・あの涙を再び見てしまったからな・・・」

 

俺は深く深く溜息を吐いた。

 

 

 

 

「カッシーナ様・・・今の真っ黒な方は?」

「えっと・・・空を飛んで行かれたようですけど・・・?」

 

ヤーベが飛び去ってしまった部屋。

メチャメチャに荒らされた部屋を片付けながらメイド達がカッシーナに尋ねた。

 

「あの方は私の未来の夫ですわ・・・」

 

カッシーナはメイドたちを振り返らずに、窓の縁にもたれ掛かりながらヤーベが飛び去った空をずっと見つめていた。

 

「「ええっ!?」」

 

カッシーナ王女もまた、外堀から埋めるタイプの様であった。

 




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閑話18 闇に暗躍する者達①

「どうなっておるのだ!」

 

僅かな蝋燭の揺らめきだけが支配する部屋の中で、男の怒声が響き渡る。

 

「あの男が危険だからと、王都に来る前に始末した方が良いと言ったのはお前自身ではないか! それを悉く失敗しおって!」

 

怒声は収まる事無く、目の前に立つ()()()()()()()()に叩きつけられるが。ローブの男は微動だにせずに佇んだままだった。

 

「来る途中で魔物を氾濫させたりけしかけたりしたものは悉く叩き潰されたそうだな! バーレーンでは逆に英雄扱いだと! ふざけているのか!」

 

「別にふざけているわけではないんですがね・・・。ヤツの使役獣である狼牙があまりにも規格外なんですよ・・・。Cランクモンスターのはずなんですがね。特異種というか、変異種というか・・・」

 

「言い訳なぞいいわ! 王都の混乱に魔物を使うと言ってお前に用意した黒水晶は一体いくらしたと思っているんだ!」

 

「そう言われましてもね・・・お金には疎いんで」

 

「その上、キルエ侯爵の襲撃にも失敗しおって!」

 

「そっちは実行グループを指揮した者に言ってくださいよ」

 

「うるさいっ!」

 

男はローブの男に飲んでいたワイングラスを投げつける。

だが、ローブの男はひょいと躱してしまったので、後ろの壁に当たって乾いた音を立てて割れてしまった。

 

「王族の暗殺もうまくいっておらんのか!」

 

「王妃の毒殺は失敗したみたいですね。でも本命の第二王女はあの男が行ってますからね。そっちは間違いないでしょうよ。()()()の期待通りだと思いますよ」

 

やっと男の思惑に沿うような結果が想像できたのか、少し部屋の空気が緩む。

だが、

 

「大変です! ベルツリー様が大けがを負って戻ってこられました!」

 

「何だと!」

 

「ばかな・・・、最強の殺し屋ベルツリーが大けがだと!? 第二王女のカッシーナには大した護衛はついていなかったはずだか・・・」

 

ローブの男は信じられなかった。

ベルツリーという殺し屋は殺人そのものを楽しむ最低の殺し屋であった。

殺人そのものを楽しみ、女であれば犯してから残虐に殺すことを最上とするなど、依頼者側からも非常に使いにくい危険な人物でもあった。

だが、その殺しの技術は類に見ないもので、一度の失敗も無かった。

そのベルツリーが殺しに失敗して大怪我・・・にわかには信じられなかった。

 

 

 

殺し屋ベルツリーはリビングのソファーに寝かされていた。

 

「早くポーション持って来いってんだよ! 痛ェんだよ!」

 

「おい、一度も殺しを失敗していないお前が一体どうしたんだ?」

 

ローブの男は殺し屋ベルツリーがまるで子供がダダを捏ねているように見えるのを訝しげにしながらも聞いた。

 

「訳が分からねぇ! ダークナイトとかいうイカれた野郎が俺を邪魔しやがった! 野郎トンでもねぇ力を持っていやがる」

 

「ダークナイト? 聞いたことも無いヤツだな」

 

「ああ、見たことねぇヤツだったぜ。()()()()()()()()()()()を被っていやがった」

 

「黒いローブ・・・まさかな」

 

「アンタ心当たりでもあるのかよ?」

 

殺し屋ベルツリーは緑のローブの男が考え込んだのを見て尋ねた。

 

「・・・いや、違うだろう」

 

「とにかく、早くポーション寄越せよ!俺は自分で治療するような魔法は使えねーんだよ!」

 

「・・・オメー仕事に失敗しておきながらその態度はどーなんだよ? ポーションだってタダじゃねーんだぜ?」

 

「うるせぇよ!早く寄越せよ!回復したらぶっ殺してきてやんよ!」

 

「・・・あ、オメーマジで勘違いしてんじゃねーか? ()()()()()()()()()()()()?」

 

「あ・・・、いや、すまねェ、痛みで必死だったつーか・・・」

 

「まあいい、どうせ本命は明後日の王の謁見に来る冒険者だ。どんだけ使役獣が凄くても、王城に入れるわけにはいかねーだろーからな。当人の能力なんぞ大したことは無いだろうし、間違いなく殺れるはずだ」

 

「ああ、傷さえ治りゃ大丈夫だ」

 

ローブの男は懐からポーションを取り出し、殺し屋ベルツリーに渡す。

といっても両腕を負傷しているらしく、受け取るのも苦労そうだったので、ポーションの瓶を空けて飲ませてやった。

 

淡い光に包まれて傷が癒えていく。

 

「ふう・・・、助かったぜ。あー、むしゃくしゃするな。少し憂さ晴らしに出るか」

 

凶暴な笑みを浮かべた殺し屋ベルツリーの胸倉をローブの男が掴む。

 

「テメエが何やっても勝手だがな、次の仕事をしくじって見ろ、マジで殺すからな! 好き勝手するのは仕事をきっちり終わらせてからにしやがれ!」

 

ローブの男が吐き捨てる様に言う。

殺し屋ベルツリーがとてつもない殺しのスキルを持っていながら、まるで未成熟の子供のような精神を見せる事に苛立っていた。ただでさえ、あの男を王都に到着する前に仕留める予定が悉く失敗に終わっているのだ。これ以上の失態は許されるものではなかった。

 

「殺るのは、謁見直前だ。案内のメイドはすでに買収済みだ。謁見直前の間で武器などの携帯が無いか確認するためにあの男が一人で案内されてくる。そこを狙え」

 

「・・・わかった」

 

「謁見直前に殺されれば王家の失態は底知れぬものとなる。

計画が失敗続きとはいえ王都では魔物が急に暴れたりして不安が渦巻いている。そこへもう一押ししてやれば、今の王家への不安も高まるだろう。そうすりゃ公爵様の出番が来るってことさ。だから抜かるんじゃねぇぞ」

 

「ああ、任せとけよ。一撃で首を落としてくるさ」

 

殺し屋ベルツリーは不敵に笑うのだった。

 




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第116話 同衾の意味を考えてみよう

 

魔物により引き起こされた混乱も狼牙族の活躍と王都警備隊、王国騎士団の対応により、夜半には混乱も収集に向かった。

元々ある程度建物の破壊などは仕方ない・・・というか、ある程度建物が壊れて被害が出ないと敵を糾弾しにくいという裏事情もあり、人への被害を優先的に防ぐように狼牙に指示を出してあった。そのため、いくつもの建物が破壊されたりダメージを受けたりして、その片付けや復旧に人手を翌朝から集めるよう指示が出ていた。

 

「まあ、国が復興の資金を出すなら、公共事業の強化につながって雇われる人が増えれば、経済も良くなるか?」

 

俺はある教会の屋根に立って街並みを見下ろしていた。

 

「それにしても・・・聖堂教会が教会を閉め切ってガン無視決め込むとは思わなかったな。魔物が片付いてから教会の扉を開け始めたし。本気で馬鹿にしてるよね。魔物が出てヤバいと思って教会閉めたってコトか?」

 

俺は首を傾げる。

聖堂教会は独自に聖騎士団(クルセイダーズ)を組織していたはず。

だが、こんな時に出撃させずにいつ役に立つと言うのか?

 

「もしかして・・・地上げと人さらい専門とか・・・?」

 

物騒な想像も出て来てしまう。

 

「まあいい。明日は王への謁見がある。それが終われば教会へ行ってみるか・・・」

 

そう言えば、ラノベのお約束の一つに、教会で祈れば神様と意思疎通出来たり、神様の元へ意識が呼ばれたりすることがあるな。

俺も一つ祈ってみるか・・・尤も、いつも「オノレカミメガ」って恨んでるからな・・・。呼ばれないか。

 

明日、朝から王城へ出向き、午後一番からの謁見に向けて準備する予定になっている。

そのため、明日は一日時間が取れないことを考えると、今日一日で確認しておくことは多い。

 

「手作りパンの店マンマミーヤと定食屋ポポロはうまくやれているかどうか見てくればいいか・・・」

 

どちらの店もトラブル自体は解決できたはずだ。後は店をどう切り盛りするか。

 

「ただ、定食屋ポポロの姉妹は、メニューの協力と、母親探しが残っているか」

 

材料の仕入れは改善できたはずだが、このまま二人の姉妹で切り盛り出来るほど飲食店は甘くないだろう。

 

「シスターアンリとマリンちゃんは教会を地上げされない様に対策しないとね・・・」

 

今のところはアンリちゃんに個人的に寄付したお金で切り盛り出来ているようだ。

地上げに躍起なダズグール商会とそこに肩入れしているボンヌ男爵とやらは調査結果待ちになっている。情報が出たら対策を練るとするか。

 

「ハーカナー元男爵夫人は一応救出出来た。王都警備隊隊長のクレリア・スペルシオは現在協力中だし、これからも様子見が必要か・・・」

 

ハーカナー元男爵夫人はその存在を秘匿し死亡に見せかけることで柵から解き放つことが出来た。

クレリアには今現在も協力中だ。後はプレジャー公爵家の圧力をどう処理するか。

 

「後は大聖堂で働くアリーちゃんか」

 

・・・あくまでカッシーナ王女はペンディングだ。

 

「忙しく回ることになりそうだな」

 

俺はぼやきながらコルーナ辺境伯家に戻ることにした。

 

 

 

 

 

「フェンベルク卿、今日午後ルーベンゲルグ伯爵にお目にかかりたいので、先振れをお願いできませんでしょうか?」

 

翌日朝食後、フェンベルク卿に依頼を掛ける。

 

「今日午後かね。明日は朝から王城に出向くことになるが」

 

「わかっております。話の流れにも寄りますが、イリーナは家族との話もあるでしょうから、向こうに宿泊させるつもりです。イリーナだけですと何かあった時に対応が厳しいので、私も泊ってくるつもりです。・・・まあ、どうなるかわかりませんが」

 

俺のセリフに真っ先に反応したのはフィレオンティーナであった。

 

「旦那様!まさか同衾されるのですか!うらやましいですわ!」

 

ちょっと立ち上がってクネりながら言われると、ちょっと困っちゃいますが。

 

「ど、どどど、同衾!? うん、するにゃ」

 

イリーナが真っ赤になって肯定する。同衾するんかい!

 

「同衾ってなんですか?」

 

箱入り娘のルシーナが頭の上にハテナマークを浮かべたので、隣に座る母親のフローラが耳打ちして教える。

すぐに真っ赤になって俯くルシーナ。

 

「羨ましいです・・・私も同衾したいです・・・」

 

「イカン!いかんぞルシーナ!同衾はまだ早い!」

 

「同衾かー、ちょっと恥ずかしいかなぁ」

 

フェンベルク卿が娘を心配するのはわかるが、サリーナよ、同衾はちょっと程度の恥ずかしさでOKなのか!?

 

「ふみゅ?同衾ってなんでしゅか?」

 

リーナもわかっていないようだ。「同衾っていうのはね・・・」とフィレオンティーナがリーナにこしょこしょと耳打ちする。

 

「ふおおっ!一緒の御布団で寝ることでしゅか・・・リーナはいつもご主人しゃまと同衾していましゅ!」

 

右手を真上に突き上げて堂々と宣言するリーナ。

 

「「「!!!」」」

 

いや、マジで、リーナさん。

そう言えば深夜に戻って来ても朝必ずベッドに潜り込んで来て俺の腰にガシーンって合体張りにへばりついているけれども!

それを宣言するのはどうかと思うのですが!

 

「ほぎゃぎゃぎゃぎゃ!」

 

気づけばイリーナがいつの間にか俺の左手を無言で握り潰していた。

 

「ヤーベ様、一体どういうことですか・・・」

 

と言って首を絞めないでルシーナちゃん!

 

「旦那様、少しO・HA・NA・SHIが必要ですわね・・・」

 

フィレオンティーナさん、オハナシにムチは必要ないと思います!

 

サリーナは何か考え込んでいる。

 

「うんっ!みんなで一度同衾してみればいいんじゃない?」

 

まさかのサリーナさんが大爆破発言!?

 

「むうっ、仕方なし。同衾するべし」

 

「イヤ、イリーナよ、何が仕方ないんだ?」

 

「確かに仕方ないですね!みんなで同衾してみましょうか!」

 

なぜかすごくうれしそうにルシーナちゃんが肯定してくる。

 

「ルシーナ!ダメだぞ!同衾ダメ!絶対!」

 

フェンベルク卿魂の絶叫!

 

「ルシーナちゃん、奥の貴賓室使えばみんなでゆっくり寝られるんじゃない?」

 

まさかの母親からの援護射撃!しかも波動砲クラス!

 

「フローラ!何を言っているんだ!」

 

「アナタ?娘もいつか巣立って行くものなのよ?」

 

と言ってフェンベルク卿の耳を引っ張ってリビングを出ていく。

 

「フローラ!フローラ待つんだ!フロ~~~~~ラ!」

 

もはや慟哭とも言うべき叫び声を上げながらフェンベルク卿は奥方に連れられて部屋を出ていく。

 

「今日の夜はイリーナ様のご実家であるルーベンゲルグ伯爵邸に宿泊されるのですわよね・・・であれば、王城から帰って来る明日の夜にみんなで寝る事にしましょう」

 

フィレオンティーナが予定を組み上げてしまう。

 

「じゃあ、みんなで寝間着を買いに行きましょうか?」

 

ルシーナの提案に全員が盛り上がる。

 

「・・・でも、ヤーベと一番最初にちゃんと同衾するのは私だ・・・」

 

イリーナが独り言を呟いたが誰にも聞かれる事は無かった。

 




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第117話 イリーナの両親に挨拶しよう

午後3時。

先振れ通りにルーベンゲルグ伯爵邸に伺う。

俺とイリーナの2人だけだ。

馬車を出しては貰っているが、ルーベンゲルグ伯爵邸に着いた時に引き上げてもらった。

リーナは元より、ローガ、ヒヨコ軍団も念話が届く範囲で近くでの監視は不要と通達した。

 

ルーベンゲルグ伯爵邸の扉を入り口で出迎えてくれた執事が開けてくれる。

扉を開けて館に入ると、エントランスには壮年の夫婦と思われる男性と女性が立っていた。

 

「イリーナちゃん・・・お帰り!」

 

涙を流して、俺の隣に立つイリーナを抱きしめる女性。

 

「お母さま・・・」

 

イリーナも涙を流して抱き締めあう。

 

「ヤーベ君だね。コルーナ辺境伯から君の事は手紙で教えて貰ったんだ。

イリーナを今まで守ってくれて本当にありがとう。感謝する」

 

そう言って頭を下げる男性。きっとイリーナの親父さんだろう。

 

「すまない、自己紹介が遅れたね。私はダレン・フォン・ルーベンゲルグだ。ルーベンゲルグ伯爵家の当主で、イリーナの父親でもある」

 

「私は妻のアンジェラです。イリーナの母親です」

 

「・・・兄は領地なのですか?お父様」

 

「うむ、イリーナの兄に長男のトランがいるが、今は領地で代官をしているから王都にはいないんだ」

 

「そうなんですね、改めましてヤーベと言います。普段はカソの村近くの畔に家を建ててもらって住んでます」

 

「・・・すまない、カソの村って、どのあたりにあるのかな?」

 

おお、カソの村では全く位置が不明なのね。

 

「コルーナ辺境伯の領地でソレナリーニの町から二日くらいの距離にある村です。田舎で何もないところですが、良いところですよ」

 

とりあえず王都のご両親に田舎自慢。

もともと地球時代も実家は田舎だったしな。

 

「ヤーベに命を助けてもらったのも、そのカソの村近くの泉の畔だったな」

 

イリーナが嬉しそうに俺の顔を見上げながら言う。

 

「命を助けてもらったのか? なぜそんな遠くまで行ったんだい? 城塞都市フェルベーンで商家の手伝いをする手筈を整えてあっただろう?」

 

「? そのような話初めて聞きましたよ、お父様。何でも冒険者として生きて行かなければならないとかで、ソレナリーニの町まで言って冒険者ギルドに登録したのですから」

 

「な、なんだって!?」

 

「貴方、どうしてそんなことに・・・?」

 

「旦那様、とりあえず来客室にご案内してお茶をご用意いたしますね」

 

執事さんの一言に玄関先で立ち話を続けていた事に気づく。

 

「それではご案内致します」

 

執事さんの案内について行くことにした。

 

 

 

執事さんの入れてくれたお茶をゆっくり飲んでひと心地ついたところで、ダレン卿が質問を続ける。

 

「それで、命の恩人ってどういう事なんだい?」

 

正直俺はどこまで正直に話していいものかわからなかったので、どう説明したものか考えていたのだが・・・。

 

「実は冒険者ギルドで登録した後、ヘンな盗賊風の男たちに騙されて・・・」

 

と、イリーナはかなりガチで説明してしまった。

 

「それじゃ本当に殺される寸前だったのか・・・」

 

青ざめるダレン卿。奥さんのアンジェラさんも顔が真っ青だ。

 

「でも、ヤーベがその身を張って助けてくれたんだ!」

 

・・・身を張った覚えはないが、まあ助けたよな。

 

「その後もソレナリーニの町ではね・・・、城塞都市フェルベーンでもね・・・」

 

もはやその武勇伝誰の?というレベルで捲くし立てていく。

・・・イリーナよ、俺はもう神様か何かか?

 

「ルシーナちゃんの命もヤーベが救ってね・・・、悪魔王もヤーベがやっつけてね・・・、オークも1500匹みーんな倒しちゃってね・・・」

 

もはや、話し方がおとぎ話だ。

例えイリーナが話している事が事実だとしてもだ。

にわかに信じられないことばかりだろう。

・・・ただ、コルーナ辺境伯家の賓客としているわけで、コルーナ辺境伯からの手紙に説明があれば、俺が信頼に足る人物だという事くらいは書いてあるのではと思われる。

 

「イリーナ、君の話だと、ヤーベ殿は救国の英雄だね」

「あらあら、イリーナったら」

 

明らかに娘が俺にまいっているので話を盛りまくっているという雰囲気だ。

実の所救国の英雄と言われて問題ないくらい働いているが、だからと言って救国の英雄ともてはやされるのはまっぴらごめんだ。未だに田舎でのんびり生活する事自体は諦めていないし。

 

「お父様もお母様も信じておられないのですか? ヤーベは明日その活躍を認められた国王様に謁見を求められて登城するのですよ?」

 

「ええっ!? 明日の謁見、ヤーベ殿のものだったのかい?」

 

「知らなかったのですか?」

 

「まあ、ヤーベさんすごいのね」

 

どうもコルーナ辺境伯は手紙に大したことを書いてないのではと心配になって来た。

 

「謁見ではヤーベの後ろに並ぶ予定なんです」

 

「後ろに?」

 

「はい、ヤーベの妻として・・・。お父様、お母様、私はヤーベと結婚するつもりです!」

 

力強く宣言するイリーナ。

俺と言えばもちろん矢部裕樹の格好をして、コルーナ辺境伯家のオススメ仕立て屋で準備した服を着込んできている。

見栄えだけならおかしいところはないはずだ。

だが、俺は単なる平民だしね。ルシーナちゃんと母親のフローラさんの方がおかしいから。二番目の奥さんでOKとか、何得だよって思うけどね。

 

「イリーナ、結婚するのはさすがに難しいかな・・・」

「そうねぇ、せめてヤーベさんが男爵以上なら・・・」

 

「ヤーベは昨日王家からの叙爵の打診を断ってしまったので、貴族にはならないです」

 

両親が少し悩んだのを見てイリーナがはっきり伝える。

 

「じょ、叙爵を断ったって・・・本当かい?」

 

「ええ・・・、領地貰っても困りますし、宮廷貴族で宮仕えっての自分に合ってるとは思えませんので。どちらかと言えばこの世界をいろいろと見て回ろうかな・・・と考えている次第です」

 

「だから、いろいろとこの国のトラブルを救った功績は金貨で貰うことにしたみたいだよ?」

 

「じょ、叙爵を断って金貨って・・・」

 

「ちなみに、ヤーベはもう3人奥さんになる予定の人がいます。コルーナ辺境伯家の長女ルシーナちゃんと、タルバリ伯爵の奥さんのお姉さんで、有名な占い師のフィレオンティーナ様、それに錬金術師のサリーナちゃんです」

 

「えっ・・・!? うちのイリーナの他にコルーナ辺境伯家の長女とタルバリ伯爵の奥さんのお姉さんもヤーベ殿の奥さんになるの?」

 

錬金術師のサリーナはともかく、ほかの二人にダレン卿は驚いたようだ。

 

「まあ、イリーナあなた大丈夫? みんなと仲良く出来るの?」

 

イリーナの母親であるアンジェラさんもイリーナの身を案じる。

 

「もちろんですお母様! 何といっても私が一番目の奥さんですから!」

 

・・・若干、心が痛む。もちろん俺の一番はイリーナ・・・か?

取りあえず、一番長く俺の隣にいてくれた女

ひと

であることに違いはない。

 

「い、いや、コルーナ辺境伯は何と言っているんだい?」

 

「ルシーナにはまだ早いって言っていますが、奥さんが何故かものすごく前のめりなんですよね・・・」

 

俺は少し遠い目をして話す。

 

「まだ早いって・・・、どう早いんだい?」

 

「ルシーナちゃんの年齢はもう結婚できる年だって聞きましたし・・・あれですかね、フェンベルク卿の心の準備が出来ていないからまだ早いって事だと思いますけどね・・・」

 

俺はさらに遠い目をして話す。

 

「・・・気持ちだけの問題なのかい・・・」

 

ダレン卿は手で顔を覆って上を向く。

ヤーベの言うフェンベルク卿・・・コルーナ辺境伯の娘が奥さんともども第二夫人でもOKを出しているらしいのに、伯爵家で第一夫人をOKしないとか、ちょっとない。

だが、なんでコルーナ辺境伯はヤーベという人物にOKを出したのか・・・。

正直、ここで会っているだけでは判断が付かなかった。

 

「まあ、家の事は兄もいる事ですし・・・、ヤーベは世界を回るつもりでいますから、私はヤーベについて行くので、正直貴族とかあまり意味は無いかと思うのです」

 

「いや、そういうわけにはいかないよ・・・」

 

イリーナの宣言に頭を痛めるダレン卿。

 

「何故でしょう? 兄がいればこの家は安泰ではないですか」

 

イリーナが父親であるダレン卿に詰め寄る形を取る。

何せルシーナちゃんが母親とタッグで攻めて来ており、フィレオンティーナは自宅を処分して単身乗り込んで来ている。

自分が両親から反対されて足を引っ張られるのは避けたいと言う焦りが見えている。

 

「いや、だからね、イリーナ。そんな簡単な話ではないんだよ・・・。大体、リカオロスト公爵家からの無理な婚姻から逃れるために君を王都から脱出させて、商家の見習いに送り出したんだよ。それが戻って来て、貴族どころか平民に嫁ぐなんてことになったら、どれほどの手段に出るか・・・、ヤーベ殿だって命の危険があるかもしれないぞ?」

 

イリーナに考え直すよう説明するダレン卿。

 

「ですが、その戦略すらどこからか漏れて、裏から手を回されて商家の見習いどころか、冒険者と騙されてイリーナは命の危険に晒されたんですよね?」

 

ここで初めて俺の方から口を出した。

 

「うぐっ・・・」

 

「なぜリカオロスト公爵家がイリーナとの結婚をしつこく迫っているのか理由は不明です。()()()()()()()()()()()()結婚を迫っているとのことですし。イリーナの身の安全に不安がある事は理解しています」

 

真剣な表情で俺はダレン卿の顔を見る。

 

「でも、そんなことは関係なく、イリーナにそばにいてもらいたいと思っています。イリーナを僕にください」

 

そう、伝えるのだった。

 




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第118話 お互いの気持ちを確かめ合おう

 

・・・言ってしまった。

地球時代、全くモテず女の子と付き合う事すらなかった俺が。

『お嬢さんを僕に下さい』的なセリフを言うことになろうとは!

 

恥ずかしすぎる。穴があったら入れたい、いや違う、入りたい。

 

「ヤ、ヤーベ・・・本当に、本当に私の事を・・・?」

 

見ればイリーナが涙を流している。

俺の肩に手を置いて、俺の顔を覗き込む。

 

「私を貰ってくれるのか・・・?」

 

「ああ、ずっと俺のそばにいてくれないか?」

 

俺はイリーナの瞳を見つめる。

 

「ヤーベ!」

 

感極まったイリーナが俺に抱きついてくる。

俺の胸に顔を埋めて名前を呼んで泣きじゃくる。

 

「ヤーベヤーベヤーベヤーベ!!」

 

俺はそっとイリーナの体を抱きしめて頭を撫でてやる。

 

「どうしたイリーナ?」

 

「だってだってだって・・・ヤーベが私を受け入れてくれるなんて、夢みたいで・・・すっと、ずっとこんな日が来ることを夢見ていたのに、本当に現実になる日が来るなんて・・・」

 

俺の胸に顔を埋め泣きながらずっとその思いを吐露する。

 

「泉の畔で会った時から、元気いっぱいで、明るくて、笑顔が素敵だったイリーナの事が好きだったよ。特に、この先どうやって生きて行くか迷っていた時だったから、イリーナの明るさにとても助けられたんだ。よければこの先もずっとそばにいて欲しいと思っているよ」

 

「ヤーベ・・・嬉しいよぉ・・・嬉しいよぉ・・・」

 

顔を上げずにずっと俺の胸に埋めながら泣くイリーナ。

 

「いやはや・・・まいったね・・・」

「貴方?これ以上は無粋ですわよ?」

 

ダレン卿と奥さんのアンジェラさんが見つめ合う。

ダレン卿がやや苦笑しているのに対して、アンジェラさんはいっそすがすがしい感じもする。

 

「イリーナ。良かったわね、そんなに思い焦がれる人から結婚を申し込まれて」

 

「お母様・・・」

 

「それほどの覚悟があるなら、もう何も言えないね。コルーナ辺境伯ともよく相談するけど、イリーナの事はヤーベ君に任せる事になりそうだね」

 

ダレン卿が力無く笑った。

 

「それこそ急な申込で大変申し訳ないと思っています。ですが、どうしても明日王城にて謁見する前にお伝えしたかったものですから・・・」

 

「謁見は男爵以上の貴族は全て招集が掛かっているんだよ。よほど君の事を王家が気にしているみたいだね。君は一体何者なんだい?」

 

「自分は何者でもなく自分だと思っているんですがね・・・。とりあえず田舎でのんびり暮らすことを目標にしていますよ」

 

煙に巻くつもりなのかとも思うが、心からの気持ちともとれる。

ダレン卿はヤーベを掴みかねていた。

 

「まあ、明日の謁見で君の晴れ姿を見せてもらう事にするよ」

 

ダレン卿は今度こそ屈託のない笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

 

その夜。

漆黒の夜空に淡い星々の光と月だけが瞬いている頃。

 

ヤーベはあてがわれた部屋のベッドに腰かけて窓から零れる月の光を見ていた。

 

ついにイリーナの両親に挨拶することが出来た。

挨拶から結婚申し込みというのは自分でも想定外だったが。

 

「ま、外堀はガチガチに埋められていた気もするしな・・・」

 

自分が何者か・・・

ダレン卿の質問には今も答えられない。

なぜなら、自分でもわかっていないのだから。

 

自分がスライムである事。そしてこの世界ではスライムが認知されていない事。

魔物でも一度も見ていない事。

だからこそ、自分が「スライム」だと言いきれず、この先イリーナたちとずっと一緒にいてもいいのか、実際にいられるのか、何も確認のないままイリーナたちに勝手に気持ちを伝えて期待を持たせることにも罪悪感があった。

 

だが、<変身擬態(メタモルフォーゼ)>をマスターしてから、町でも生活自体は問題なくなるだろうと言う想定の元、彼女たちとの生活を考えるようになった。

 

コンコン

 

控えめに部屋の扉がノックされる。

 

「はい?」

 

ガチャリ

 

そっと扉が開いて、顔だけ覗かせたのはイリーナであった。

 

「ヤーベ、まだ起きてる?」

 

「ああ」

 

「入ってもいい?」

 

「いいぞ」

 

部屋におずおずと入ってくるイリーナ。

ワンピースのような寝間着に枕を抱えている。

 

とてとてと歩いて来たイリーナは、ベッドの縁に腰かけていた俺の横にちょこんと座った。

 

お互い無言の時間が流れる。

 

「・・・初めて会って、命を救われた時から、ヤーベは私の王子様だったんだ」

 

イリーナはゆっくり話し始めた。

 

「スライム・・・、不思議な姿だったが、何故か嫌な感じはしなかった。何よりヤーベの温かさが直接伝わってくるような気がして、ずっとヤーベのそばにいたいと思った」

 

俺の方を見ずに前を向いたまま話すイリーナ。

 

「最初はリカオロスト公爵家の執拗な求婚から逃れたい気持ちも強くて、ヤーベに早く抱かれて既成事実を作ってもらえば、求婚に答えなくて済むと気が焦ってヘンな事を言っていた時もあった。でもずっとヤーベのそばにいて、ヤーベと旅をしてきて、私は何もできなかったけど、ヤーベが困難に立ち向かって人々を救っていくのを見て、胸が熱くなった。なんてすごい人なんだろうって。自分に何が出来るかわからないけど、ヤーベの事を支えたいと思った」

 

イリーナがゆっくり俺の方に顔を向けた。

 

「ありがとう。イリーナの気持ちが聞けて嬉しいよ」

 

俺はにっこりと笑顔を向けた。

 

「君の両親の前でも伝えたけど、俺自身がこの先どうやって生きて行こうか不安だった時から俺のそばにいてくれて、元気をくれたイリーナの事が好きだったんだ。だから、今こうしてイリーナと一緒にいる事が出来て本当に幸せだよ」

 

「ヤーベ・・・」

 

そっとイリーナが頭を俺の肩にもたれ掛けさせる。

 

「ヤーベ・・・私を、ヤーベのものにしてくれ・・・」

 

「・・・いいのか?」

 

「・・・奥さん・・・増えそうだから」

 

ちょっとぷっくりほっぺを膨らませながら、冗談気味にジトっと睨んでくる。

 

ヤーベは苦笑しながら、イリーナの肩を引き寄せ、ベッドにそっと横たえた。

 

「アレ・・・言ってくれる?久々に」

 

イリーナは顔を真っ赤に染めて視線を逸らした。

 

「くっ・・・犯せ・・・」

 

「よろこんで・・・」

 

お互いの唇を重ね合わせる。

そして二人の影が重なって一つとなっていった。

 




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第119話 真の朝チュン道を極めよう

チュン、チュン、チュン――――――――

 

「んんっ!?」

 

窓から柔らかな朝の陽ざしが差し込み、俺の目元をくすぐる。

ふああっ、もう朝か・・・、いつの間にか寝てしまったようだ。

ふと見れば、俺の左腕を枕にしてイリーナがまだ眠っていた。

 

「・・・・・・」

 

ついに、卒業してしまったな・・・異世界で。

なんだろう、とっても大人になった気分だ。

なんとなく人生に余裕がもてる気がする。

・・・スライムだからスラ生か?

地球時代の社畜人生のままだったら、今でも賢者人生まっしぐらだったんだろうな・・・。

 

それにしても、イリーナかわいいなぁ・・・。

 

うっ! 昨夜の事を思い出してしまった。イカンイカン。

 

チュン、チュン、チュン!

 

それにしても朝チュンはあこがれのシチュエーションとはいえ、スズメがやたら元気だね。

そう思ってちらっと窓の外を見ると、

 

 

『36番!声が小さい!』

 

『チュンチュンチュン!(サー!イェッサー!)』

 

『97番!貴様やる気あるのか!』

 

『チュンチュンチュン!(サー!イェッサー!)』

 

『ふざけるな!もっと声を出せ!タマ落としたか!』

 

『『『『『チュンチュンチュン!(サー!イェッサー!)』』』』』

 

『248番!貴様国に叩き返してやろうか!』

 

『チュンチチュンチュン!(サー!ノー!サー!)』

 

 

ズドドッ!!

 

 

俺はイリーナに枕にされている左手を残したままベッドから転げ落ちた。

左手を触手の様に伸ばし、イリーナを起こさない様に窓際まで移動する。

 

見れば、近くの木の枝にスズメが10羽以上並んでいる。

その後ろからヒヨコ隊長他ヒヨコ十将軍たちがスズメを罵って鳴かせていた。

どのスズメも泣きながら鳴いている。ややこしいな!

 

 

「お前ら何してんの!?」

 

『はっ! 以前ボスがおっしゃられておりました「幸せな朝チュン」をと・・・』

『今がまさに幸せな時であります、ボス!』

『ボスが初めて奥方と結ばれた朝こそ絶好の朝チュンチャンス!』

 

ヒヨコ隊長とレオパルド、クルセーダーがドヤ顔で説明してくる。

 

いや、そーですけどね!

タイミングはパーフェクトですけどね!

強制的にスズメ鳴かせて(泣かせて?)いるのはどうかと思うんですけどね!

しかもなぜハー〇マン軍曹式!?

 

しかし、ヒヨコがスズメを罵倒しているシーン・・・シュールすぎるだろ。

てか、野良スズメ調教してるの?

 

『ボス、朝チュンの他、王都の情報収集でもこいつらは役立ちそうです。尤もこいつらはすべて平等に価値がないですが』

 

『お前染まり過ぎ!染まり過ぎだから!ドコ情報だよ!その教育方法!』

 

『はっ!ヒヨコの里に伝わる究極の短期集中型教育システムであります!』

 

『いつだ!いつこの異世界に来やがった!軍隊かぶれ野郎が!それでヒヨコ隊長はもともと軍人っぽかったのかコンチクショー!』

 

『すでにスズメたちは一定のレベルまで鍛え上げております!今後他の奥方様たちとの幸せな朝を迎えても万全な朝チュンをお約束いたします!』

 

そんなお約束お願いしてませんけどね!

 

『それにしても番号多くね!?』

 

『これでも厳選したスズメたちがこのボスを起こすと言う大役を担うことが出来るのであります!』

『具体的には1000羽以上のスズメから選りすぐりの部隊を編成しております!』

 

『多いな!』

 

俺はヒヨコ軍団の下で馬車馬のように働かされるスズメたちの魂の叫び声が聞こえた様な気がした。

 

 

 

「んんっ!?」

 

イリーナがもぞもぞと動く。目を覚ましたか。

ペタペタと俺の左手を触ったのちに、胴体の方へ手を伸ばす。

 

「はにゃ?ヤーベの体が無いぞ?」

 

ムニュムニュと目を擦りながら上半身を起こすイリーナ。

シーツがはだけると、一糸纏わぬ姿で寝ていたイリーナの上半身が露わになる。

 

「んんっ・・・ヤーベ、左手が凄く伸びてるぞ?」

 

イリーナが腕枕として寝ていた左手を残したまま窓際に移動したので、左手がビローンと伸びている。

 

「イリーナ、寒くないか?」

 

「んっ・・・大丈夫だ」

 

そう言いながら裸体にシーツだけを纏い、窓際まで俺の左手を持って歩いて来た。

俺は左手を通常の長さまで戻す。

 

「随分とスズメたちが鳴いているのだな?」

 

「うん・・・俺の元居た世界の幸せなシチュエーションでね、好きな人と初めて結ばれた朝に、朝日と共にスズメの鳴き声で起きると、自分の横に好きな人が幸せそうに寝ているっていうね・・・」

 

そんな説明をすると顔を真っ赤にするイリーナ。

 

「そ、それは、好きな人が私で、ヤーベが朝スズメの鳴き声で起きたら私が横で寝ているのを見て、幸せだと・・・」

 

「まあ、そういう事だね・・・」

 

まじまじと説明されると恥ずかしいけれども!

 

イリーナはゆっくりと俺にもたれ掛かって、手を腰に回して抱きついてくる。

 

「私もとっても幸せだぞ、ヤーベ・・・」

 

ほんのりと頬を染めて、上目遣いで見上げてくる。

 

「俺も、とても幸せだよ」

 

イリーナの肩を抱きしめて、朝の柔らかな光に身を晒す。

 

こんな朝なら、毎日巡って来てもいいか。そう思えた。

 

・・・いかん、フルチンのままだった。

 




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第120話 指摘される朝を乗り切ろう

いつまでも二人で裸のままのんびりしているわけにもいかない。

何せ今日は朝から王城へ出向かなければならないのだ。

コルーナ辺境伯にも朝には戻る旨伝えてきた手前、あまり遅くなるわけにもいかない。

 

「イリーナ、朝はゆっくりしていたいが、早く着替えよう。王城に行く準備をしなくちゃいけないからね」

 

素っ裸の俺はとりあえず着替えの準備をし、イリーナも寝間着のワンピースを着る。

平服に着替えようと一旦自分の部屋に戻ろうとしたイリーナだが、

 

「うぐっ・・・いたひ・・・」

 

見れば、とんでもないガニ股でヘコヘコ歩いている。

 

「ノオ~~~~~!!」

 

俺は頭を抱えた。

 

「いや、そのシテるときはとても幸せで気にならなかったのだが・・・終わった後こんなに痛くて違和感があるとは・・・」

 

「<生命力回復(ヒーリング)>!<生命力回復(ヒーリング)>!<生命力回復(ヒーリング)>!」

 

俺は<生命力回復(ヒーリング)>をかけまくった。

 

「おおっ。だいぶ楽になったぞ、ヤーベ。ありがとう。違和感はあまり消えないが痛みはだいぶ落ち着いたよ」

 

「よかった、じゃあ早速着替えて準備しよう」

 

俺たちは慌てて準備を始めた。

 

 

 

「おはようございます」

 

食堂に降りて行くと、すでにダレン卿と奥方のアンジェラさんが席についていた。

 

「やあ、ヤーベ君おはよう」

「おはようございます、よく眠れました?」

 

ダレン卿の挨拶に奥方はこちらの体調も心配してくれるかのように声を掛けてくれる。

 

「ええ、ぐっすり休ませて頂きました」

 

そこへイリーナも降りてくる。

 

「お父様、お母様、おはようございます」

 

「おはようイリーナ」

「イリーナおはよう、よく眠れた?」

 

奥方はイリーナにも睡眠を聞く。

 

「え、ええ? ええ・・・よく眠れたゾ・・・」

 

なぜか顔を真っ赤にして答えるイリーナ。

なんかヤバイ雰囲気だ。

 

「あ、あの、我々これから王城に出向く準備がありますので、これで失礼しますね」

 

ぺこぺこと頭を下げてイリーナを連れて失礼しようと思ったのだが、

 

「いやいや、朝食くらい食べて行きたまえ」

 

とすばやく回り込まれてしまった。

まるで魔王からは逃げられない!的な?

肩をがっしり掴まれて席に案内される。

 

「いや、本当に朝は急いで・・・」

 

といいつつ、カラカラの喉を潤そうと淹れてもらったコーヒーを一口飲む。

 

「しかしヤーベ君、昨日結婚を申し込んで早々同衾はどうかと思うんだがね?」

 

「ブフォッ!」

 

朝のコーヒーを噴いてしまう。

 

「あ・・・いや・・・その・・・」

 

慌てる俺が面白いのか。奥さんが声を掛ける。

 

「うふふ、イリーナの枕がヤーベ様のお部屋にあったみたいよ?」

 

「うっ・・・!」

 

しまった、イリーナが枕を持って来ていたのに、部屋に戻る時に持っていかなかったんだ。

それにしてもメイドさんの報告早すぎる!

 

「あわわ、それは違うぞお母様!枕は持っていっても使っていない!ヤーベの左腕で寝たわけだし・・・」

 

「ちょ、ちょっと!」

 

「ほほう・・・そのあたり詳しく聞かねばならないようだね・・・」

 

ダレン卿の凍り付くような笑みに俺とイリーナは固まってしまうのであった。

 

 

 

ルーベンゲルグ伯爵邸から、馬車でコルーナ辺境伯邸へ移動する。

 

「いやあ、えらい目にあった」

 

「まったくだ」

 

あれからダレン卿にちくちくちくちく小言の様にいろいろと言われてしまった。

おかげで朝食を頂いたのはいいのだが、何を食べたのか、それすらわからなかった。いわんや味など不明である。

 

「おかえりなさいませ、ヤーベ様、イリーナ様」

 

コルーナ辺境伯邸に着くと、執事さんが出迎えてくれる。

いつもの雰囲気がなんとなく心を落ち着かせてくれる。

 

だが、エントランスに入ると、

 

「ふおおっ!ご主人しゃま―――――!!」

 

いきなり腰にガシーンと突撃合体を繰り出してきたのはリーナ。

 

「おかえりなさいませ、旦那様」

 

フィレオンティーナが優雅に挨拶する。

 

「おかえりなさいヤーベ様」

 

ルシーナちゃんも起きて来ていた。

 

「おはようございます、ヤーベさん」

 

サリーナさんも朝の挨拶をしてくれる。

というか、全員勢ぞろいじゃないですか。

 

「・・・というか。イリーナさん、貴女・・・」

 

「なんだ?どうした?」

 

「旦那様と同衾しましたわね!」

 

 

 

ビシッ! 

 

 

 

フィレオンティーナが指を指して指摘する。

 

「ふえっ!?」

 

あっさりと顔を真っ赤にして肯定してしまうイリーナ。

 

「歩き方に若干の違和感を感じますわ! もしかしてもしかして・・・大人の階段上られましたわね!!」

 

 

 

ビビシッ! 

 

 

 

再びフィレオンティーナが指を指す。

 

「ふわわっ!?」

 

もはや完熟したリンゴかトマトの様に真っ赤になるイリーナ。

 

「ふおっ? ご主人しゃまも大人の階段登ったでしゅか?」

 

リーナが腰に抱きついたまま無邪気に聞いてくる。

 

「えっ!? いや、そうだな・・・登ったかな?」

 

「ふおおっ! うらやましいでしゅ!リーナもご主人しゃまと一緒に大人の階段を上りたいでしゅ!」

 

そう言って顔をぐりぐり押し付けてくる。

ダメだから!違う世界の扉を開いちゃうかもしれないから!

 

「うふふ・・・第一夫人たるイリーナさんといたしたのですから、もう何も気になさる事はないのですわ。今夜は私とも大人の階段を登ってくださいませ・・・」

 

妖艶な笑みを浮かべるフィレオンティーナ。

ていうか、フィレオンティーナはもう十分大人ですからー!

 

「わ、私も大人の階段を登りたいです!」

 

こちらも顔を真っ赤にして元気よく宣言するルシーナちゃん

 

「朝っぱらから何を玄関で騒いでいるんだい? 王城に出かけるから準備を進めてくれないかな?」

 

フェンベルク卿がエントランスまで出て来て俺たちに声を掛ける。

ついに王城で王様と謁見だ。

 




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第121話 敵の思惑をうまくスルーしよう

 

コルーナ辺境伯家から王城まではかなり近い。

馬車で僅か10分程度の距離にある。

貴族の中でも上級な辺境伯であるフェンベルク卿の邸宅は王城からもかなり近い位置にあった。ちなみに朝のローガ達狼牙族の散歩で王城の外回りを一周したこともあるが、かなりの大きさを誇っている。

 

コルーナ辺境伯家の馬車の中でも最大且つ最も高価な馬車に乗っているため、フェンベルク卿の他に俺、イリーナ、ルシーナ、フィレオンティーナ、サリーナ、リーナが全員乗れている。

 

「王様に会えるでしゅ!王様に会えるでしゅ!」

 

リーナが大変ご機嫌だ。

 

「王様に謁見する事よりも、今日の夜旦那様と同衾する方がドキドキしますわ・・・」

 

フィレオンティーナが頬を染めて遠い目をしている。

なんとなく危険な気がするな。

 

「この前採寸してもらったドレス、着れるんだ~」

 

サリーナは庶民の女の子らしく、王家の用意するドレスを着飾れることが嬉しいみたいだ。

ちなみに、俺も一応採寸して儀礼用の服を誂えてもらっている。

・・・似合っているかどうかは不明だが。

 

 

 

王城内に入って案内される。

以前入った時に案内された応接室よりもより奥へ案内される。

すると、石造りの廊下に真っ赤な絨毯が敷かれる様になり、廊下の端には高価そうな壺などが置かれるようになった。

 

だいたい、こういった壺はどうなんだろう。台座の上に置かれているが、危なくて仕方ないんじゃないだろうか?

掃除中のメイドさんが「あっ」とか言ってお尻で押しちゃって落として割ったりしないのだろうか?

 

「ふおおっ!おっきな壺でしゅ! こっちにはおっきな絵でしゅ!」

 

リーナがきょろきょろしながら歩いている。

 

「こらこらリーナ。ちゃんと前を向いて歩かないと危ないよ?大きな壺にぶつかって壊しちゃったら怒られちゃうから、ちゃんと歩こうね?」

 

そう言ってリーナの手を握ってやる。

 

「はいなのでしゅ!ご主人しゃま!」

 

リーナが満面の笑みで返事をする。

 

「キィィ!」

 

イリーナよ。そんな目に涙を溜めてハンカチを口に噛んで引っ張ってもダメだぞ。

後フィレオンティーナよ、急にふらつき始めても手をつながないぞ。ちゃんと歩きなさい。

 

「ヤーベ様、ヤーベ様はこちらでお着替えをお願い致します」

 

急に声を掛けられたと思ったら、女性陣と別に俺だけ呼ばれる。

 

「ヤーベ殿。私は王の間に貴族として出向かねばならんのでな。先に行く。謁見の流れと所作は再度担当侍従に確認を取っておいてくれ。それでは後でな」

 

そう言ってフェンベルク卿が行ってしまう。

正直すげー不安になって来た。俺ってやっぱりチキン。

 

「そ、それではヤーベ、また後でな」

「ご主人しゃま!また後ででしゅ!」

「旦那様!バシッと決められたお姿楽しみにしておりますわ!」

「ヤーベ様のお姿、楽しみにしております!」

「ヤーベさん頑張って~」

 

「はいはーい!」

 

みんなに手を振ってメイドさんの後をついて俺だけ歩いて行く。

 

「どうぞ、こちらの部屋で準備いたします」

 

そう言って案内された部屋は椅子も机も無い部屋であった。

 

「殺風景ですね」

 

「準備いたしますのでしばらくお待ちください」

 

そう言って出ていくメイドさん。

何もない部屋にポツンと残される。

・・・寂しい。

 

それにしても、椅子すらないこの部屋になぜ俺だけポツンと取り残されているのか。

それは・・・

 

「あー、お宅が救国の英雄とか言われてるヤツか?」

 

「はい?」

 

振り向けど誰もいない。

 

「まあ、お前なんざ物の数にも入りゃしねーけどな」

 

 

 

スパンッ!

 

 

 

「えっ?」

 

一瞬で首を狩られた。自分の首がゆっくりと宙を舞い、床に落ちる。

首からは噴水の様に()()()()()()()()

 

「はっ!この天才殺し屋ベルツリー様にかかればこんなもんだよな、他愛ねえ」

 

首を失った体がゆっくり倒れた。

 

「こんな楽な殺しばっかだったらいいけどなぁ。ダークナイト・・・覚えていろ! 次会ったら必ず殺してやるからな・・・」

 

そう呟いて殺し屋ベルツリーが部屋を出て行った。

 

「・・・・・・」

 

(うーん、謁見前の直前に暗殺とか、相当焦っているのか・・・。それとも謁見前の来客を暗殺されたって事で、王家にダメージを与えられるものなのか・・・?)

 

ぶつぶつと考えながら<気配探知>を使っていると、先ほどのメイドが戻って来たことを感知する。

 

俺は触手を入り口に伸ばしながら、メイドの反応を見る。

 

ガチャリ。

 

メイドが部屋に入って来た。俺が首を切られて血が飛び散っている惨状を確認する。

 

「ふっ、うまく言ったようね」

 

そう言って息を吸い込み、叫び声を上げようとする。

 

「ッ~~~~~!」

 

その瞬間、口を触手で塞いで声を出せないようにする。

 

びっくりして暴れ出すメイドを触手でぐるぐる巻きにして目も覆ってしまう。

拘束出来たところで、首を拾って、赤く飛ばした血飛沫に見立てたスライム細胞も回収する。

 

タネを明かせば、この部屋に連れて来られる前から<気配感知>で動向を探っていた俺は明らかにおかしい部屋に連れて来られたので、暗殺者の襲撃を予知し、首を落とされる事を想定して、血飛沫に見える様に赤く変化させたスライム細胞を体の中に準備していたのだ。

思った通りに首を狩りに来てくれたので、狙った通りに処理してみたが、思いの他うまくいったようだ。

 

体を戻して、ぐるぐる巻きのメイドを触手から亜空間圧縮収納から取り出したロープに替えて捕縛する。

 

「ん~!ん~!」

 

明らかに暗殺の事情を知っていたメイドだ。放してやるわけにはいかない。

後で偉い人に引き渡してハードなゴーモンしてもらおう。

・・・俺にそんな趣味はないけどね!

 

「さて・・・」

 

誰かを呼んで対処をお願いしないといけないが・・・誰に連絡すべきか。

 

メイドさんを置いて廊下に出る。

 

「ヤーベ、元気?」

 

「ぬおっ!?」

 

とりあえず落ち着いたと思って<気配感知>を切ったのがいけなかった。

いきなり声を掛けられてビビったのだが、誰もいない。

 

「んんっ?」

 

キョロキョロすると、上からスタッと降りてきた。

 

「お前・・・「フカシのナツ」!」

 

降りて来たのは俺と同じ時代の日本から転生してきた忍者っぽい子のナツだった。

 

「おお・・覚えててくれた。ちょっと感激」

 

「何が感激だ! 金貨200枚もふんだくっておきながら全然情報も寄越さないで消えやがって! 金返せ!」

 

「むう・・・ヤーベはケチ」

 

「ケチじゃねぇ! 金貨分は働けっての!」

 

「そう思って大事な情報を持ってきた」

 

「おお、どんな?」

 

「ヤーベ気を付けろ。お前は凄腕の暗殺者に狙われているぞ」

 

「おせーんだよ! 今襲われたばっかなんだよ! その情報全く価値ないわ!」

 

「むう・・・10分前だったらものすごく価値のある情報だったのに・・・残念」

 

「で、凄腕の暗殺者って、殺し屋ベルツリーってヤツか?」

 

「む、そこまで知ってる・・・ヤーベ、情報通?」

 

「いや、そいつ俺を殺した時に自分でぺらぺら喋ってたし」

 

「・・・俺を殺した?」

 

「あ、そう思わせたって感じだ」

 

「ふーん、ヤーベは見た目に寄らず腕利き・・・?」

 

「見た目に寄らずは余計だ」

 

「あの殺し屋から生き延びる事はすごく難しい・・・だからヤーベは腕利き」

 

感心したような視線を向けるナツ。この王城で忍者の格好って絶対アウトだと思うんだけど。

 

「それで?殺し屋ベルツリーは()()()()()()()ってことでいいんだよな?」

 

「!」

 

目を見開いてびっくりするナツ。

 

「どうしてそれを・・・」

 

(どうしてそれをって、ベルツリーなんてダセー名前つけるの転生者の鈴木君以外にないだろーよ!)

 

俺は自分の商会を「アローベ」とつけたことを棚に上げて心の中で憤った。

 

 




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第122話 ラノベ的お約束の衝撃を受け流そう

「んで? 転生者の暗殺者って他にもいるのか?」

 

俺の問いかけに「フカシのナツ」は首を傾げる。

 

「私は他には知らない。それに、ベルツリーより凄腕の殺し屋は知らない。暗殺者集団『黒騎士(ダークナイト)』の首領カイザーゼルでもベルツリーには勝てない」

 

・・・あ!? この前黒ローブで銀貨面被ってカッシーナ王女を助けに行った時に、ダークナイトって名乗っちゃったな。暗殺者集団『黒騎士(ダークナイト)』とは一切関係ありません。

 

そこへどやどやと衛兵とその上司みたいなのがやって来た。

 

「どうした!?」

 

「おい、ナツは逃げなくていいのか?」

 

ナツに確認するが、

 

「私はこの国の諜報部に雇われた。だから大丈夫」

 

「ええ――――!? なんでなんで!? この前襲って来た時はフリーランスの暗殺者っで言ってたじゃん!」

 

納得いかねー!! なんでナツが王国の諜報部に雇われてるんだ!?

 

「『救国の英雄』ヤーベの情報を持ってるって言ったら、高く買ってくれた上にスカウトされた」

 

「何でぇ!?何でぇ!? しかも俺の情報勝手に売ってんじゃねーよ!コンプライアンスどこいった!?」

 

「異世界にコンプライアンスはない」

 

ドヤァとくそムカつくぐらいのドヤ顔で宣うナツ。

 

「お、お前さんが『救国の英雄』ヤーベ殿か?」

 

「え、『救国の英雄』ってのはよくわかんないですが、ヤーベと言えばヤーベです」

 

「ははっ、面白い奴だな。俺は諜報部を統括するグウェインだ。んで、そこで転がってるのは何だ?」

 

諜報部を統括するグウェインという男、王国の諜報部トップらしい。

 

「・・・というわけで、このメイドは俺をハメるために案内したんですよ。殺し屋はベルツリーって名乗ってました」

 

「・・・そうか、殺し屋ベルツリー、厄介な奴だな。それから、このメイドはこっちで預かるぜ。アンタは謁見の準備を急ぎな」

 

そう言えばそうだ。着替えないとまずいよな。

 

「わかりました。このメイドはお任せしますのでよろしくお願いしますね」

 

そう言って、俺は着替えをするために急いだ。

 

「・・・どこへ行けばいいんだ?」

 

迷子の俺を探しに来たメイドが見つけて連れて行ってくれた。

 

 

 

 

 

 

「国王ワーレンハイド・アーレル・バルバロイ15世、入られます!」

 

厳かな雰囲気の中、国王ワーレンハイドは王妃を伴い謁見の間に姿を現す。

会場にはすでに3公爵家であるリカオロスト、プレジャー、ドライセン、4侯爵家であるエルサーパ、フレアルト、ドルミア、キルエの各当主が王座の近い位置に揃っている。

その他コルーナ辺境伯、ルーベンゲルグ伯爵他、子爵、男爵に至るまで男爵以上の貴族当主が勢揃いしていた。

 

「ふんっ、それにしても最近の王都は物騒でいけませんなぁ、キルエ侯爵」

 

プレジャー公爵は先ほどから王都の治安が悪いとぐちぐち言い続けている。

その矛先はつい先日王都内で馬車に乗っているところを襲撃されたキルエ侯爵に向けられた。

 

「襲撃者は王都警備隊によって排除された。私としては王都警備隊のおかげで命が助かったのでな。よくやっていると思うが。それよりも侯爵家の馬車を襲撃したり、王都で魔獣を召喚したりと、あまりにイカれた奴らが急に出過ぎではないか?」

 

ジロリとプレジャー公爵を睨むキルエ侯爵。

 

「何だ!? ワシが何かしたとでも言うのか!」

 

「別に公爵が何かしたなどとは一言も言っていないが?」

 

「なんだと!」

 

「少し声が大きいのではないか?」

 

しれっとすましたように言うキルエ侯爵に激高するプレジャー公爵。それをドライセン公爵が窘めた。

 

「ふんっ! 王家が呼んだ『救国の英雄』も遅いじゃないか? この城で何かあったら王家の威信に傷が付きかねんぞ?」

 

「随分と不穏な発言ですな。何か思い当たることでも?」

 

ドライセン公爵の問いかけにもニヤニヤとした表情を浮かべるだけのプレジャー公爵。

 

公爵、侯爵の集まる最前列は恐ろしいほどのピリピリとした空間に支配されていた。

 

 

 

 

「コルーナ辺境伯殿、いろいろと情報かたじけない」

 

「いやいや、これから協力体制を作って行かなくてはならんでしょうからな。こちらこそよろしくお願いしますよ」

 

ルーベンゲルグ伯爵からの挨拶ににこやかな笑顔で返すコルーナ辺境伯。

 

「・・・それほどの男ですか?あのヤーベという男は」

 

「昨日会われたんでしょう?どうでした?」

 

「・・・一言で言うと、掴みかねております・・・。尤も手が早いのは実感せざるを得ませんでしたが」

 

苦笑、というよりは苦々しいレベルの表情を見せるルーベンゲルグ伯爵。

 

「(存外に手が早いのだな・・・)」

 

コルーナ辺境伯は意外な感じがした。そんな感じは今まで見せていなかった。

どちらかと言えば女性陣のアプローチを躱していた感もあったのだが。

なぜヤーベが急いだのか。ヤーベでさえ想像だにしなかった展開へと発展して行くのだが、今は知る由もない事であった。

 

 

 

 

「みな、よく集まってくれた」

 

ワーレンハイド国王が玉座に座り声を発した。

王妃様はワーレンハイド国王が座る玉座の左横に立っている。

右隣には宰相であるルベルク・フォン・ミッタマイヤーが控えている。

宰相ルベルクが口を開いた。

 

「本日は市井で『救国の英雄』と呼ばれている男を呼んでおります。彼の者の功績は正しくこの王国を救うにふさわしい物ばかりであり、その功績に王家として報いるべく謁見の場を設けた次第であります」

 

「はっ!どれほどのものでもあるまい」

 

プレジャー公爵が悪態を吐く。

その横ではリカオロスト公爵が無表情なまま、視線を動かすことなく、微動だにしていない。

じろりと宰相ルベルクが睨んだ。

 

「コルーナ辺境伯領ソレナリーニの町では<迷宮氾濫

スタンピード

>で発生した約1万もの魔物の大群を退けました」

 

「ばかなっ!」

「1万だとっ!」

「どれほどの軍勢だというのだ!」

 

ざわつく会場。

それほどまでに1万もの魔物を討伐するという事が信じられない事であった。

 

「ソレナリーニの町、城塞都市フェルベーンではテロ行為の未然摘発、およびテロ行為の鎮圧、テロ行為によって拡散された毒による大勢の体調不良者の救助、回復」

 

「なんだそりゃ?」

「街中でも活躍出来て、回復もだと!?」

 

「タルバリ伯爵領では、悪魔の塔に封じられた悪魔王ガルアードの討伐」

 

「な!なんだとぉ!」

「あれは単なる伝説だったのではなかったのか!?」

「あれはアンタッチャブルだったはず!」

 

「その他バハーナ村で起こったダークパイソンの大量発生を使役獣で討伐、商業都市バーレールではオークの軍勢1500匹を殲滅してそれぞれ村や町を救っております」

 

「そ、それは本当なのか・・・」

「その男の戦力は王国の軍隊に匹敵するのでは・・・」

 

さすがにざわつきが大きくなってくる。

宰相ルベルクは声を大きめにして続ける。

 

「ヤーベ殿の活躍が無ければソレナリーニの町、バハーナ村、商業都市バーレールは壊滅の危機、城塞都市フェルベーンでは毒による1000人以上の死者が出ていたでしょう」

 

「なあっ!?」

「マジかっ!?」

「どれだけ助かってるんだ!」

 

謁見の間は騒然となる。

 

「皆も聞いての通りだ」

 

ワーレンハイド国王の声に謁見の間は一瞬にして静かになる。

 

「これほどの功績に何も報いないのであれば、それこそ王国の威信に関わる。彼の者の功績に十分報いたいと思う」

 

「それでは、『救国の英雄』ヤーベ殿!ご入場!」

 

 

パパパパーン。

 

 

トランペットのような楽器で音が流れ、謁見の間の大扉が開く。

 

「(うわ~~~、滅茶苦茶いっぱい人がいるじゃん!)」

 

俺は目の前の大扉が大きく開いていき、謁見の間が目に飛び込んできた瞬間そう思った。

 

「さあ、ヤーベ、行こうか」

 

緊張している俺にイリーナが男前な発言をする。頼もしい奴だな。

 

俺は謁見の間に歩みを進めていく。

 

その後ろからイリーナ、ルシーナ、フィレオンティーナ、サリーナ、リーナの五人が横並びで続いていく。

 

教えられた指定位置まで来ると片膝を付く。

 

「表を上げられよ」

 

宰相ルベルクが声を掛ける。

俺はその声に従い顔を上げて玉座を見た。

 

そこには、数日前に遠慮なしに王国談義を繰り広げたチョイ悪親父風の金髪のイケメンロン毛がいた。

 

「(アンタやっぱり王様だったのかよ―――――!!)」

 

ありそうで無さそうでやっぱりあった、ラノベ的お約束に声を上げなかった俺は自分で自分を褒めたいと思った。

 




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第123話 まさかの提案に動揺を悟られない様にしよう

 

俺を見てパチンとウインクをかますワーレンハイド国王。

全くもってイタズラ好きのちょい悪親父国王だ。

 

以前の王都談義で、死ぬほど悪口言った貴族もいましたけど、大丈夫ですかね?

後、聖堂教会のタチの悪さも、商業ギルドの管理の甘さも、ストリートチルドレンなんかの話もばんばんにしちゃいましたけど?

 

 

 

「よくぞ参られた『救国の英雄』ヤーベ殿とそのお連れ様一向」

 

宰相ルベルクが声を掛ける。

 

「先に説明した通り、『救国の英雄』ヤーベ殿は国難とも言うべき事象を数々治めて頂いた功労者であり、王国としてはその大恩に報いるべき・・・」

 

「馬鹿な! 貴様なぜ生きている!?」

 

宰相ルベルクの説明を遮る様にプレジャー公爵は声を荒げて叫んでしまった。

 

「・・・どういうことか?」

 

ワーレンハイド国王が冷ややかな目でプレジャー公爵に説明を促す。

 

「あ、いやっ・・・別に・・・」

 

「今、明らかに貴様は『救国の英雄』ヤーベ殿が生きてこの謁見会場に姿を見せたことが信じられないと言った言動をとったではないか。一体どういうことか?」

 

しどろもどろになるプレジャー公爵に畳みかけるワーレンハイド国王。

 

「・・・実はこの謁見の前にヤーベ殿が控室からメイドの手により連れ出され、暗殺者に襲われるという事件がありました。幸いな事にヤーベ殿自身に怪我は無く、大事には至りませんでしたが、諜報部を統括するグウェインがヤーベ殿を罠に嵌めたメイドの取り調べを行っておりますので、詳細が分かり次第ご報告申し上げるように致します」

 

さらに追い打ちを掛ける様に宰相ルベルクが詳細を説明していく。

 

「うぐっ・・・」

 

「大方、首を落として始末したとでも報告を受けて安心したのでしょうな、この暗殺を目論んだ黒幕は。それがヤーベ殿の仕掛けた罠であったとは知らずに」

 

嬉しそうに話す宰相ルベルク。

いいえ、こちらはそこまで想定していませんけど。

とりあえず暗殺が成功したと思わせておけば時間が稼げると思っただけで。

 

「ぐぐぐっ・・・」

 

表情が思わしくなくなるプレジャー公爵を尻目に、国王はヤーベに向かって発言した。

 

「『救国の英雄』にふさわしい褒賞を用意しよう」

 

「ヤーベ殿の主な功績は以下になります」

 

そう言って宰相ルベルクが説明する。

 

・ソレナリーニの町<迷宮氾濫(スタンピード)>の魔物殲滅

・ソレナリーニの町、城塞都市フェルベーンでのテロ活動鎮圧

・城塞都市フェルベーンでの重篤な患者回復(1000人以上)

・バハーナ村のダークパイソン討伐

・商業都市バーレールを襲撃したオーク軍勢1500匹の殲滅

・王都バーロンでの魔物襲撃における鎮圧助力

・キルエ侯爵襲撃事件の襲撃者撃退助力

・悪魔の塔に封印されていた悪魔王ガルアードの討伐

 

多いな!自分で言うのも何だけど!

ソレナリーニの町<迷宮氾濫(スタンピード)>はともかく、魔物の襲撃は王都に向かう俺の先々で仕組まれたように起こっていたイメージがある。

・・・俺を狙ってのことだとすると、各町や村に到着するタイミングで事件が起きていた意味も見えてくる。直接的にしろ、オークの軍勢の様に間接的にしろ、裏で俺のタイミングを見ながら策略を張り巡らせていた質の悪い誰かがいるって事だもんな。

 

 

「見事な功績である。よってヤーベ殿をこのバルバロイ王国の男爵として叙爵することにする」

 

国王がそうぶち上げる。

 

「?」

 

あれ? 俺は事前の褒賞打診時に叙爵の件はお断りしたはずだが?

慌ててコルーナ辺境伯の方を睨む。

コルーナ辺境伯は首をブンブンと横に振っている。コルーナ辺境伯もあずかり知らぬ事か?

 

「ヤーベ殿には男爵としてこのバルバロイ王国の末永い安寧を支える一角を担って頂きたい」

 

宰相ルベルクが俺への期待を口にする。

 

「だだだ、男爵ですと! 一代限りの特別騎士爵などでは無くですか!」

「いきなり男爵に叙爵するのはいかがなものか!」

 

一部貴族からワーレンハイド国王及び宰相ルベルクの説明に不満の声を上げるものが現れる。

 

「お心遣いはありがたいのですが、私は世界を旅してまわる旅人にございますれば、男爵などと貴族の爵位を頂きましてもそのご期待に沿えるような働きは出来ぬ事でしょう。謹んで辞退させて頂ければと存じます」

 

事前の確認で伝わっていないのであれば、丁寧に説明する以外にない。

 

「いやいや、ヤーベ殿には国の礎を築く一端を担って頂きたく、男爵への叙爵を受けて頂きたい」

 

「いやいや、私ごときの非才な身から見れば、爵位などという大役を担うことなどままならぬと・・・」

 

「いやいや、ヤーベ殿の体力、魔力は十分王国を支える貴族に名を連ねても問題ございませぬ」

 

「いやいや・・・」

 

俺と宰相でいやいや合戦を行っていると、謁見の間に凛とした声が響き渡る。

 

「それではヤーベ様への褒美として、私を下賜願えませんでしょうか?お父様」

 

そこには、国王と王妃、宰相が謁見の間へ現れた通路と同じ入口から姿を現した王女カッシーナがいた。

 

「おお、カッシーナ。しかし、ヤーベ殿の褒美に下賜とは・・・?」

 

「はい。『救国の英雄』ヤーベ様はその功績素晴らしく、まさに『救国の英雄』の名にふさわしいお方に存じます。大事な事はそのもたらされた結果だけではなく、ヤーベ様ご自身がそれだけの力をお持ちになっておられるという事にありますでしょう。ならばこそ、叙爵して王国の礎を築く一端を担って頂ければそれに勝る喜びはないと存じます」

 

「うむ、だが、それと王女を下賜するというのは?」

 

国王のもっともな疑問にカッシーナ王女は説明を交えて答えて行く。

 

「叙爵の爵位が男爵なのはあまりにもヤーベ様のお力を軽視しているかと・・・。最低でも伯爵への叙爵が必要かと思いますが、それ以前にヤーベ様はご自身が旅人であり、叙爵をお断りする意思を示されました。これはすなわち、この国にずっととどまらず、必要があれば他国へ旅立つこともあり得ると暗に意思表示されているかと思います。ならばこそ、私という楔をヤーベ様に打ち込むことにより、叙爵による爵位ではなく、私という人間により国との繋がりを持って頂くことが最上の関係と考えますわ」

 

「ふむ・・・叙爵を受けてもらえないから、君がヤーベ殿に嫁いで、王国との関係を築いて協力体制を作ってくれる・・・そういうことかな?」

 

ワーレンハイド国王は自分の娘が仮面をつけているとはいえ引きこもった塔から姿を現し、自らの位置を朗々と語るその姿に感動すら覚えていた。

 

「その通りですわ、お父様」

 

王妃の隣までやって来て、父親であるワーレンハイド国王へ告げるカッシーナ。

カッシーナは顔の左半分を覆う銀の仮面をつけ、一種異様な雰囲気を醸し出しているが、その所作はさすがに王女であると思わせるほどに完璧であった。

 

そのカッシーナはそのまま一礼し、王族と宰相が立つ今の場所から階段にして5段、ヤーベが膝を付き控える場所まで降りていく。

 

「カッシーナ・アーレル・バルバロイにございます、『救国の英雄』ヤーベ様。今後はこの身を掛けて誠心誠意ヤーベ様に尽くし御身について行く所存にございます。幾久しくよろしくお願い申し上げます」

 

そう言ってドレスの裾を両手でつまみ、優雅にお辞儀をする。

 

カッシーナの顔を覆う銀の仮面から覗く笑顔の半分は、それでもその美しさを隠せるものではなく、彼女が間違いなくこの国の王女であることを証明するかの如く光り輝いているように見えた。

 




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第124話 王女の求婚を受け入れよう

「「ばかなっ!!」」

 

カッシーナ王女・・・カッシーナ・アーレル・バルバロイからのストレートな求婚にヤーベが固まったところで、同時に声が上がった。

 

一人はここまでずっと無表情で反応を示さなかったリカオロスト公爵であり、もう一人はヤーベの後ろに控えていたイリーナであった。

 

「(イリーナちゃん! 王様の前で声出しちゃダメだよ!)」

「(許可も無く発言すると不敬罪を適応されるかもしれんぞ)」

 

ルシーナとフィレオンティーナが小声でイリーナに注意する。

 

「(ぐむむ・・・)」

 

イリーナが唸っている。

おいおい、本当にぐむむって言う人始めてだよ。

ギャフンと並んで、小説で見るけど実際言わないセリフ二大巨頭だと思ってたけど。

・・・イリーナならその内ギャフンって言うかもしれない。

 

 

「カッシーナ王女!そのような下賤な平民に嫁ぐとはどういう事ですかな! まして、私の息子が貴方に求婚を申し込んでいるはずですが!」

 

眉を吊り上げて大声を上げるリカオロスト公爵。

 

「リカオロスト公爵の御子息との婚姻についてはお断りのお返事をさせて頂いているはずですわ」

 

優雅に頭を下げて返事をするカッシーナ王女。

 

「だから、なぜ我が息子との求婚を断り、そのような下賤な平民に嫁ごうなどと酔狂な事をおっしゃられているのですかな?」

 

足を踏み鳴らし、苛立ちを隠せず態度に出るリカオロスト公爵。

 

「公爵の御子息との結婚になんの価値も見いだせないのですから、それは当然のことでしょう? 私はこれでもバルバロイ王国の第二王女になります。逆に王国の利になるのであれば例え平民であろうとこの身を捧げましょう」

 

滔々と語るカッシーナ王女。

ふと見れば王妃が「この娘もよく言うわ」みたいな目で生暖かく見つめている気がする。

 

塔で会った時は「私も連れて行って!」と言っていたはず。

つまり王国の事など考えていなかったと思われる。

それが、王国の男爵以上が揃っているこの場で、堂々と「王国のためこの身を捧げる」勢いで俺に嫁ぐと言っている。

 

「・・・・・・」

 

どんだけ俺にトツギーノしたいんだ?この王女。

悪い気は全くしないのだが、イリーナたちにも申し訳ない気がしてしまうのは男としての性か愛が深いのか。恋愛経験不足で初心者レベルの俺には判断がつかないな。

 

「(ヤーベはいつ王女様を口説いたのだ! もうすでに新しい女に手を出しているとは!)」

「(いや、口説いたっていうか・・・きっとヤーベ様の事ですから人助けがつながっているのでは?)」

「(ふおおっ! ご主人しゃますごいでしゅ! 王女しゃまもご主人しゃまにメロメロでしゅ!)」

 

イリーナがキリキリ怒っているのをルシーナが宥めている。リーナは興奮気味だ。

 

「(これは・・・わたくしの占いにあった今ヤーベ様に突撃しないとだめという理由・・・。まさか王女様が第一夫人に名乗りを上げて来るからだとは! この謁見より後にヤーベ様に言い寄ろうとしても、王女様がいたらその威圧感で近寄れなかったかもしれませんわ!)」

 

フィレオンティーナは得心が言ったとばかり、ものすごくドヤ顔でガッツポーズしている。

ちなみにサリーナは完全に固まっている。

 

「なんの価値もないとはどういうことですかな!カッシーナ王女!無礼にも程がありましょうぞ!」

 

激高するリカオロスト公爵。

 

「事実でしょうに」

 

冷たい視線を送るカッシーナ王女。

 

「焼けただれた半身で二目と見られぬような、女としては機能不全も甚だしい貴女を我が息子が娶ってやろうと言っているのだ!ありがたいと思うべきだろうが!」

 

あまりに無礼なリカオロスト公爵の言い分にさしもの国王も毛色が変わったのだが、それより先にヤーベに火が付く。

 

「随分な言い草ですな。二目と見られぬ容姿で、女として機能不全? 彼女をまったく見ていない証拠ですな。彼女を知ろうとすれば、そのような暴言が発せられるはずがない」

 

リカオロスト公爵に俺は言い放つが、リカオロスト公爵はさすがに貴族のトップにいる人物だ。俺の言葉など意に介さぬようだ。

 

「黙れ下郎! 貴様のような下賤な輩がこの高貴な血を持つワシに口を挟むな! 大体貴様も王女がとち狂って貴様に求婚して来ているんだ! 平に伏して断りを入れるのが筋じゃろうが!そんなこともわからんか馬鹿め!」

 

血管切れそうなほど顔を真っ赤にして怒り狂うリカオロスト公爵。

 

「自国の王女をとち狂ってるとか・・・お前がとち狂っているとしか思えんがな。カッシーナは周りの人々の心を汲み取り、思いやる事が出来る素晴らしい女性だ。そのような女性に妻として娶れと言われるのは途轍もなく光栄なことだ」

 

わざとニヤリと口角を上げてリカオロスト公爵を見る。

 

「ぐぬぬ・・・」

 

おいおい、言ったよ!ここにもいたよ、実際にぐぬぬって言う人。

 

「お待ちなさい」

 

声を発したのはワーレンハイド国王の横に立っていた王妃だった。

 

「リカオロスト公爵。今の言い分はバルバロイ王国の貴族トップとしていかがなものかと思いますよ。公爵であるならば、まず自ら襟を正したらいかがですか。少なくとも先の言いようをするリカオロスト公爵家に大事なカッシーナを嫁に出すなどありえませんわ」

 

刺すような視線でリカオロスト公爵を睨みつける王妃様。

 

「『救国の英雄』ヤーベ殿。先に宰相ルベルクより男爵への叙爵の話がありましたが、まずはこの叙爵をお受け頂きます。その上でカッシーナと婚約頂きましょう。ただし、カッシーナを娶るにあたっては最終的には伯爵まで陞爵することを目標にして頂きます」

 

俺は目を丸くする。

すでにカッシーナを娶る流れな上に、伯爵になるまで頑張れと言われた気がする。

その上で、この場では少なくとも嫌とは言えないのだ。

言えばカッシーナの申し出を断るに等しく、カッシーナの顔を潰してしまうのだから。

 

やべー、やべちゃんヤッベー!久々に!

これ、最初から狙っていたのか!?

イリーナたちが後ろでブチ切れていないことを祈るだけだ。

 

「はっ!勝手にするがいいわ!身の崩れた化け物じみた女は下賤な男がふさわしいのであろう!」

 

よくもまあ父親である国王と母親である王妃の前でそこまで暴言が吐けるもんだね。リカオロスト公爵もさ。

 

「ヤーベ殿、それでは叙爵の件、受けてくれるんだね?」

 

ワーレンハイド国王が立ち上がって直接発言して俺の叙爵に対する意思を確認してくる。

 

「謹んでお受けいたします。非才の身ではありますが、少しでも王国の平和に貢献できるよう力を尽くす所存です」

 

改めて片膝を付き、胸に手を当てて答える。

 

「叙爵の件、承諾を承りました」

 

宰相ルベルクが宣言する。

 

「国王ワーレンハイド・アーレル・バルバロイの名において、ヤーベ男爵と第二王女カッシーナの婚約を認めるものとする!」

 

ワーレンハイド国王直々の宣言により、俺はバルバロイ王国の男爵に叙せられ、第二王女のカッシーナを娶ることになった。まだ婚約だけど。

 

「ヤーベ様、あの日初めてお会いした日から、一日たりとも貴方様を忘れたことはありませんでした」

 

そう語るカッシーナの後ろに、いつの間にか王女付きのメイド、レーゼンの姿を見る事が出来た。

 

「今こそ、私の全てをヤーベ様に差し出す所存にございます。お受け取り頂けますでしょうか?」

 

にこやかにほほ笑みながら俺を見つめるカッシーナ。

 

「ええ」

 

カッシーナの迫力に押されて、OKの返事をしてしまった。

 

カッシーナは銀の仮面をその場で外し、後ろに控えるレーゼンに渡した。

 

「「「「「えええええっ!!!!!!」」」」」

 

謁見の間は絶叫に包まれる。

カッシーナの顔の半分を覆っていた半分の銀仮面を外すと、そこには傷一つない愛くるしいカッシーナの笑顔があった。

そして両手袋も外してレーゼンに渡す。

その左手にも傷どころかシミ一つなかった。

 

「ヤーベ様・・・、この日を心の底からお待ち申し上げておりました・・・」

 

涙をぽろぽろ流しながら、俺の胸に顔を埋めて泣いた。

俺はカッシーナの背中に手を回して抱きしめる。

すぐ後ろから「キィィー!」っと悲鳴らしきものが聞こえて来た気がしたが、気のせいだと思い込むことにした。

 




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第125話 王女の胆力に感心しよう

謁見の間は騒然となった。

 

リカオロスト公爵は開いた口が塞がらず、立ち尽くしている。

他の公爵、4大侯爵たちも呆気に取られている。

 

最も驚愕の表情を浮かべたのは外ならぬワーレンハイド国王であった。

国王は玉座から飛び上がる様に立ち上がった。

 

「こっ・・・これは・・・。まさかリヴァンダ、君は知っていたのかい?」

 

ワーレンハイド国王は隣に立つ王妃リヴァンダに話しかけた。

 

「ええ、実はあの娘は私にだけはそっと教えてくれたのです。私を味方につけるために」

 

「味方に・・・って、まさか!」

 

ワーレンハイド国王は王妃リヴァンダが言わんとしたことが理解できた。

 

「すべては、彼と結婚するために・・・?」

 

「彼と一緒にいられるなら、結婚にすらこだわらなかったと思いますけどね」

 

「そこまで・・・?」

 

「そこまでなんでしょうね。彼のそばにいることが大事なんだと思いますよ? きっとあの娘の傷を治したのは彼なんでしょうし」

 

「ええっ!? 本当かい?」

 

「それ以外に考えられないでしょう。カッシーナの見る目、大したものかもね。彼は『救国の英雄』なんて程度に収まらない人かも。元々叙爵すら断られていたところを男爵への叙爵を認めてくれるようになったし。これも全てカッシーナのお手柄よね」

 

「もしかして、影の殊勲賞かな?」

 

「そうですわね」

 

国王と王妃がこっそり笑顔で仲良く話している間も、謁見の間は喧騒が納まらない。

 

「どういうことなのです、カッシーナ姫!」

「一体、どうして傷が治られたのです?」

「元々無かったのか?」

「いや、私は過去傷を見たことがありますぞ」

「では、やはり傷が治ったのですか・・・」

 

ついには元から傷なんて無かったのでは説まで飛び出す。

求婚が面倒臭くて嘘の傷をでっち上げていた、なんて話まで広がってしまった。

 

「カッシーナ王女! やはり平民に嫁ぐのはいかがな物でしょうか!」

 

急に声を張り上げる男。

周りの貴族も注目して男を見た。

男は早くに父親を亡くし、当主の座を継いだ若い子爵であった。

 

ヤーベに抱きしめられて泣いていたカッシーナの雰囲気が剣呑な物に変わる。

 

「・・・カッシーナ?」

 

ヤーベが腕の中で泣いていたカッシーナの雰囲気が変わったので思わず声を掛ける。

そっとヤーベの胸に手を当ててひと呼吸つくと、声を上げた子爵の男を見た。

 

「今、ワーレンハイド国王からヤーベ様が男爵に叙されたのを聞いていなかったのですか?」

 

一瞬にして底冷えするほどの冷徹な目で子爵を睨むカッシーナ王女。

 

「いやっ・・・、それでもそんな男よりも私と結婚して頂いた方が王国のためになります!」

 

うわっ! ぶち上げたよ、コイツ。ノープランで。

今までアプローチしてたならともかく、今この時カッシーナの素顔がメチャ綺麗だからって婚約決まったとこにぶち込んで来るかね?

俺には無理だね。

 

「このヤーベ様より優れていると? 王国のためになると?」

 

「そうです! こんな男より私の方が貴女に相応しい!」

 

全く何の根拠も無くぶち上げる子爵に、カッシーナの目が氷点下まで下がっていく。

 

「では、ヤーベ殿の使役獣筆頭である狼牙族のリーダー、ローガ殿と決闘してください」

 

「・・・ええっ!?」

 

「ヤーベ様より有能なのですよね? では力を見せてください。ちなみにヤーベ殿の使役獣筆頭である狼牙族のリーダー、ローガ殿は単騎で20mを超えるダークパイソンを討伐される実力があるようですが」

 

シレッというカッシーナ。

あれ? 何でローガの事知ってるんだ? いつの間に情報収集したんだろ?

 

「いや、それはちょっと・・・」

 

「では、精霊と交信してみてください」

 

「へっ? 精霊と交信・・・」

 

てか、何で知ってるのカッシーナ。

どこから俺の情報漏れてるのかしら。

 

「私を抱きかかえて空を自由に飛んでみてください」

 

「いや、そのような事とてもできる事では・・・」

 

冷汗を流しながらしどろもどろになる子爵。

 

「何一つ出来ないんですね。彼は全て実現していますよ?」

 

「そ、そんなことが・・・」

 

「と、いいますか、不愉快です。下がってください。今このタイミングで私に求婚とか、空気読まないにも程があると思いますが?」

 

木端微塵になるくらい打ちのめすカッシーナ。

こんなタイミングで美人だと分かったからって手のひら返すような反応をする男、カッシーナでなくても打ちのめしたくなるか。それこそ本当に好きなら、もっと早くからアプローチしろって話だよな。

 

「あうう・・・」

 

よろよろと下がる子爵。カッシーナの圧力に負けて、しりもちをついた。

 

そしてカッシーナは再び俺の胸にふわりと戻って来る。

すごい心臓ですね、カッシーナさん。あれだけ子爵を冷たく追い詰めておきながら、再び俺の胸に顔を埋める。その胆力、俺にはないです。

 

「キィィー!」

 

ビリビリビリッ!

 

後ろで金切り声と共に何かが破れる音がした。

ついにハンカチも破れてしまったのか。

俺はイリーナに質のいいハンカチを買ってあげようと心に誓った。

 

 




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第126話 ヤーベの奥様連合発足を見届けよう

「ついにヤーベ様と添い遂げる事ができます・・・」

 

ほぼほぼ目がハートマークになってないかと思うくらい頬を染めてカッシーナ王女は俺にぴったりとくっついている。

 

「キィィー!」

 

もうビリビリになったハンカチは原型をとどめていないぞ、イリーナよ。

ルシーナとサリーナはずっと呆然としているし、フィレオンティーナは何故かガッツポーズを崩さない。リーナは王女を見て「すごいでしゅ!すごいでしゅ!」と騒いでいる。

 

ここは俺たち専用に用意された控室。

謁見が終了して謁見の間から引き揚げてきたところで、この部屋に案内してもらった。

 

今は俺の他にイリーナ、ルシーナ、フィレオンティーナ、サリーナ、リーナ、そしてなんとカッシーナ王女が来ていた。

 

「それにしましても、あの後の紛糾も大変でしたわね」

 

フィレオンティーナがうんざりと言った感じでボヤく。

 

謁見の間では俺の男爵への叙爵とカッシーナ王女の婚約が発表された後、俺の後ろに控えるイリーナたちに注目が集まった。なぜ俺の後ろに五人もの美女が控えていたのかと。

 

問われた質問に俺が答える前にイリーナがぶち上げる。

 

「我々はヤーベの妻だ!」

 

 

ど――――――ん!!

 

 

イリーナよ! 昨日君の両親に娘さんを下さい的な挨拶は確かにした。けれども、それって婚約っていうレベルでは? 後、我々はって、他のみんなもひっくるめちゃっていいのか?

 

イリーナの妻宣言を聞いて、謁見の間は一気に大紛糾した。

 

曰く、

「こんなハーレム野郎とカッシーナ王女の婚約を許すな!」

「こんな美人を侍らせている・・・敵だ!敵だぁ!」

「こいつぁ、夜の帝王だ!」

「ガンホー!ガンホー!ガンホー!」

 

うん、マジで理解できなかった。しかも・・・

 

「よく見ればルーベンゲルグ伯爵家の令嬢イリーナ嬢!?」

「コルーナ辺境伯家の令嬢ルシーナ嬢も!?」

「他にも美人お姉様、美人村娘、お子様美人とありとあらゆるジャンルが取り揃っているだと!」

「パーフェクトハーレム!!」

「死刑!」

「羨ましすぎる!」

 

 

再び炎上する謁見の間。

後、一部の貴族は嫉妬がひどすぎる。

・・・パーフェクトハーレムってなんだ?

 

しかし、ここで男前なカッシーナ王女砲がまたも火を噴く。

 

「大半の貴族の方々は妻を複数娶っておられるはずですが? ましてヤーベ様のような英雄に至っては、妻が一人だけの方が罪深いというものですわ」

 

男前すぎるカッシーナのセリフ。

マジで上級貴族に至ってはほぼ複数の妻を娶っているから、ダメだと声高らかに言える人は誰もいない。

かくして俺たちは悠々と謁見の間から退出してきたのだ。

 

 

 

 

 

「それはそうとイリーナ。ハンカチビリビリじゃないか。明日は町のお店にハンカチを買いに行こうか」

 

「ヤ、ヤーベ!」

 

目を潤まして俺の背中に張り付いてくるイリーナ。

 

「そう言えば皆さんヤーベ様の奥様なんですか?」

 

カッシーナが小首を傾げて聞いてくる・・・カワイイ。

それはそうと、そうだな。みんなで自己紹介と行くか。

 

「カッシーナ。みんなと自己紹介をしようか」

 

俺の提案に嬉しそうに笑みを浮かべて頷くカッシーナ。

先にイリーナたちが自己紹介をするようだ。

 

「イリーナ・フォン・ルーベンゲルグだ。一応ヤーベの第一奥様の予定だ」

 

イリーナが頭を下げる。ドレスのままだが、すっかり貴族の振る舞いは鳴りを潜めてしまっている。

 

「ルシーナ・フォン・コルーナです。ヤーベ様の第二奥様です!」

 

ドレスの裾を摘まみ、優雅にお辞儀をするルシーナ。さすがに辺境伯家の娘さんだ。

 

「フィレオンティーナと申しますわ。ヤーベ様の第三奥様になります。タルバリ領にありますタルバーンの街では占い師を行っていましたわ」

 

こちらもドレスの裾を摘まみ、優雅にお辞儀をする。フィレオンティーナだと絵になり過ぎるくらい似合っているな。

 

「サリーナです。ヤーベさんの第四奥様の予定です。錬金術師やってます!」

 

ぎこちないながらも礼に乗っ取った挨拶を行うサリーナ。頑張り屋さんだね。

 

「リ、リーナでしゅ! ご主人しゃまの奴隷でしゅ・・・奥様じゃないでしゅ」

 

そう言ってズーンと落ち込んでしまうリーナ。

 

「リーナは俺にとっては大事な子だよ。落ち込む必要は全然ないよ」

 

抱きあげてリーナの頭をなでなでしてやる。

 

「ふおおっ! ご主人しゃま―――――!!」

 

高速ぐりぐりで頭を胸に押し付けてくるリーナ。

 

「うふふ、皆さん仲がとてもよろしいのですわね」

 

カッシーナがとても嬉しそうに話す。

そうか、カッシーナは半身に傷を負ってから、ずっと塔に籠っていたんだったな。

こんな風に大勢でわいわいと話す事なんて無かったのかもしれないな。

 

「カッシーナ・アーレル・バルバロイにございます。バルバロイ王国第二王女となっておりますが、もうあまり関係ありませんわね」

 

ドレスの裾を摘まんで優雅にお辞儀をするカッシーナ。

さすがのオーラにその場のみんなが釘付けになる。

 

「さすがに王女の座は関係ない事はないんじゃありませんか?」

 

フィレオンティーナがさすがにそれはないだろうと聞いてくる。

 

「どうでしょうか・・・、ヤーベ様は権力に執着がない様子ですし、私が王女として役に立つことなど無いのではと思っています」

 

王女として、役に立つことは無いと言い切ってしまうカッシーナ。

 

「でも、ヤーベのそばにいたいんだよね?」

 

イリーナの問いにカッシーナは、

 

「はいっ! よろしくお願いします!」

 

元気に宣言するカッシーナ。

 

「よしっ!みんなでヤーベを支えよう!」

 

そう言ってカッシーナやルシーナたちと肩を組み出す。

イリーナの左右にカッシーナ、ルシーナ。

ルシーナの横にフィレオンティーナが、そしてサリーナと肩を組んで行く。

 

「ふおおっ! リーナも支えましゅ!」

 

肩が組めるほど大きくないリーナを自分の腰にしがみつかせるイリーナ。

 

「この先、みんなヤーベの奥さんとして、ヤーベを全力で支えよう!」

 

「「「「「おお――――!!」」」」」

 

この時、初めてヤーベの奥様連合が発足した瞬間だった。

 

「(なんでみんなこんなに気合が入ってるの・・・?)」

 

ヤーベだけが蚊帳の外であった。

 




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第127話 暗殺者を捕らえるのに容赦はしないようにしよう

それにしても、第一奥様とか・・・普通第一夫人とか言わないか?

王家ならば第一妃とか言うだろうけど。

 

「イリーナ、普通は第一奥様じゃなくて、第一夫人とか言わないか?」

 

「むっ? そうか? 私はヤーベの奥さんになりたくて仕方なかったから、つい第一奥様と言ってしまったぞ」

 

「でも、夫人の言い方の方がカッコイイですね! 第二夫人・・・なんか素敵です!」

 

ルシーナよ、第二夫人で素敵なのか? 揉めないならそれでもいいのだが。

 

「それにしても、私は一番最後に求婚したみたいですし、順番は最後でも仕方ないのですが・・・」

 

「実際そう言うわけにはいかないでしょうね。わたくしたちとは立場が違いますわ」

 

カッシーナの言葉をフィレオンティーナが否定する。

 

「申し訳ないのですが、対外的には私が正妻に収まる様にして頂かないといけなくなるかもしれません・・・、後から結婚を申し込んでおいて恐縮ですが・・・」

 

カッシーナは心苦しいと思っているのか、表情がゆがむ。

 

「ううう・・・私の第一奥様の立場が・・・」

 

ビリビリのハンカチで涙を拭うイリーナ。それ使えるの?

 

「イリーナちゃん、第一夫人って言おうよ」

 

ルシーナよ、気にするところはそこか?

 

「そうすると、カッシーナ王女が正妻の第一夫人に、イリーナさんが第二夫人、ルシーナさんが第三夫人、わたくしは第四夫人ですわね・・・」

 

「私が第五夫人ですね!」

 

順序を入れ替えるフィレオンティーナと、なぜか嬉しそうに言うサリーナ。

 

「ふみゅう・・・」

 

そしてリーナが落ち込んでいる。

どうも奥様!と言えないことが原因のようだが、そればかりはどうしようもない。

 

 

コンコン

 

 

部屋がノックされ、メイド姿のレーゼンさんが入って来た。

 

「姫様、勝手にいなくならないでください。国王様も王妃様も姫様がいなくなって心配していますよ」

 

「とはいえ、私はこのままヤーベ様について行きますし」

 

いけしゃあしゃあと宣うカッシーナさん。さすがにそれは許可されなくない?

 

「そんなすぐ行けるわけがないではありませんか・・・」

 

片手で目を抑えてやれやれと言った表情をするレーゼン。

カッシーナの入れ込みように辟易しているようだ。

 

「国王様がお認めになられたのは婚約です。一緒について行くなど、許可が出るわけありませんよ?」

 

「では私の部屋に人形か何か置いておいてください」

 

「そんな訳に行きますか!」

 

カッシーナの言い分にレーゼンは本気で頭を痛めている。

 

 

 

 

「!」

 

 

 

 

俺はすぐに精霊たちを呼び出す。

 

「ウィンティア、シルフィー、ベルヒア、フレイア」

 

「「「「はっ」」」」

 

俺のピリつく雰囲気を察して返事が短い。

 

「俺の思念を読んでくれ。無詠唱で展開する」

 

「「「「承知しました」」」」

 

そして姿を消す。

 

「どうした、ヤーベ?」

 

イリーナの問いかけに答えずに、指示を出す。

 

「みんな、少し俺から離れて部屋の奥へ移動してくれ」

 

「だから、どうした・・・」

 

「早くしろ!」

 

「! ・・・わかった」

 

イリーナとカッシーナ王女が俺の雰囲気が変わった事に早めに気づき、リーナの手を引いて奥へ移動してくれる。

レーゼンはすでにいつでも太ももに仕込んだダガーを取り出せるように重心を少しだけ低めにしている。

 

「ご主人しゃま?」

 

手を引かれて連れていかれたリーナが首をかしげる。

いつもの俺の雰囲気ではないため、どうしたのかと戸惑っているようだ。

ルシーナやフィレオンティーナ、サリーナも移動し、部屋の入口から最も遠い位置へ移動してもらった。

 

俺は部屋の中央に立つ。

 

 

 

ドカンッ!

 

 

 

部屋の扉が蹴破られた。

 

「なんだっ!?」

「何が!?」

 

奥さんズが驚いて声を上げる。

 

俺は少し前から<気配感知>と<魔力感知>で気が付いていた。この気配、魔力。

あのクソ野郎がここへ向かってきている事に。

 

「テメェ! 何で生きてやがる!」

 

堂々と扉を蹴破って入って来たのは殺し屋ベルツリーだった。

それにしても、この王城の警備どうなってるんだ?堂々と暗殺者が廊下歩いてますが?

 

「ついに扉を蹴破って正面から暗殺者が来るようになったな」

 

「うるせぇ! テメェが生きてるからコッチが殺されかけたんだよ!」

 

暗殺者が正面から来たぞと嫌みを言ってやったつもりなのだが、それを受け止めるほど余裕も無い様だ。

 

「誰に殺されかけたんだ?」

 

「あのクソブタ公爵とその右腕の<召喚士(サモナー)>にだよ! 首落としたから暗殺完了って報告したのにのほほんと生き延びてやがって! ふざけんなよテメェ!」

 

すげー勢いでべらべらと大事な事喋ってくれたな。雇い主想像できちゃうし。

王都に魔物けしかけてたのも、来る途中で魔物の襲撃が多かったのも、もしかしてその<召喚士(サモナー)>野郎のせいか。

そのせいで行く先々で殺人事件に巻き込まれる某少年探偵のごとく死神かなにかと間違えられるところだったぞ。

 

「いや、別にふざけてないし」

 

「大体、あの時テメェの首を確かに落としたはずだったんだ! 何でテメェ生きてる!」

 

「ふっふっふ・・・いつからあれが俺の首だと思っていた?」

 

「なん・・・だ・・・と・・・」

 

驚愕するベルツリー。いや、鈴木だろ、どうせ。

 

「いや~~~~~、一度は言ってみたいセリフシリーズの「いつから~だと思っていた」を使える時が来ようとは! 長生きはするもんだね! 多分一回死んでっけど」

 

「・・・き、貴様!転生者かぁ!!!」

 

「さあ?」

 

激昂するベルツリー、いやさ鈴木君を小ばかにするように首をかしげる俺。

 

「こ、殺す!」

 

両手に短剣を構えるベルツリー。

後ろでレーゼンが構えようとするのを手で制する。

 

「ところで鈴木君。名前の事なんだがね、ベルツリーはいくら何でもないわ~って思うんだが。そこんところ、どーなの?」

 

「テ、テ、テメェ!! ふざけるのもいい加減にしろ! 楽には殺さねーぜ!」

 

ベルツリー改め鈴木君は両手に持った短剣の先を合わせる様にして構える。

 

「よく見りゃあの時殺し損ねた王女様とメイドちゃんもいるじゃねーか。その他イカス女が何人もいやがるなぁ」

 

「だからどうした?」

 

鈴木の言葉に俺は少し剣呑な雰囲気が出てしまう。

 

「クククッ・・・テメェはもう終わりだよ! この部屋は俺のスキル<毒の霧(ポイズンフォッグ)>で毒を満たした! その内痺れて動けなくなる。テメェの目の前で女どもを犯し殺してやるよ! 絶望の淵に叩き込んでやるぜ!」

 

カッシーナを庇って前に出ているレーゼンに緊張が走る。

イリーナたちも明らかに敵とわかる男に殺気を向けられてこわばっているようだ。

俺の体から渦巻く魔力が漏れ出ていく。

コイツのふざけたセリフがたとえ冗談だとしても許せないと俺のスライム細胞が沸騰するかの如く魔力を生成していく。

そして、コイツの言葉は決して冗談なんかではないのだ。

 

「で?」

 

俺は拳を握りしめながら務めて冷静に声を出す。

 

「ああっ?」

 

「だから、それで?」

 

今度は大きく首をかしげて少しバカにするように煽る。

 

「テメェ!ふざけやが・・・」

 

その時、初めてベルツリーは自分の右足が床にくっついて離れないことに気が付いた。

 

「な、何だこりゃ?」

 

「<スライム的蜘蛛の糸(スライスパイダー)> 貴様の行動の自由はすでに封じられた」

 

「な、なんだと!?」

 

ベルツリーは右足を何とか動かそうとするが、びくともしない。

俺の足元から細い触手を発射、ヤツの右足の裏を床とスライム細胞でくっつけているのだ。

ベルツリーは焦りながらも、それでも脅しをかけて来る。

 

「さっきも言ったろ! この部屋はすでに俺のスキル<毒の霧(ポイズンフォッグ)>で毒を満たしたんだ! もう動けなくなるぜ!」

 

ベルツリーのわめき散らすような声に奥さんズの面々が体を固くする。

だが、みんなが顔を見回して、首を傾げる。

 

「・・・いや、別に何ともないな」

 

イリーナが呟く。

 

「はい、あの時のような影響はないようです」

 

レーゼンも影響がないと伝えて来る。

 

「どういうことだ・・・?」

 

ベルツリーの顔色が失われていく。

少なくとも自分のスキルが効果をあげていないことに不安を感じたようだ。

 

「一度見たスキルが通用するとでも?」

 

俺は懐から銀の仮面を出す。

 

「そ、それは! 貴様、ダークナイト・・・!」

 

この仮面は俺が塔にいたカッシーナを狙ったベルツリーを撃退した時に付けていた物だ。その時にダークナイトと名乗っている。

 

「すでにこの部屋は毒を除去する魔法を展開済だ。貴様の毒など小指の先ほども影響はない」

 

「ぐ、ぐそぉぉぉぉ!!」

 

「もう貴様に取れる手立てはない。大人しく捕まって洗いざらい吐くのならこの場で殺す事だけは留まってやるが?」

 

「あ、ああ・・・わかったわかった、大人しくするよ・・・」

 

そう言った瞬間、ベルツリーは自分の右足首を切り落とした。

 

「次に会ったら殺す!覚えていろっ!」

 

そのまま動けるようになったベルツリーは入って来た扉へダッシュした。

 

 

ドポォォォ!

 

 

ドプンッ!

 

 

「な、なんだこりゃ・・・なんなんだよぉぉぉぉ!!」

 

ベルツリーは出口に仕掛けたマット状に大きく広げた触手に突っ込んだ。

そしてスライム細胞で取り込むように包み込む。

喋ることが出来る様に顔だけ出しておく。

 

「<スライム的蜘蛛の糸(スライスパイダー)>マットバージョン」

 

「な、なんだこりゃぁぁぁぁ!」

 

「どうしてお前達のようなクズは自分の思い通りに行くと思っているんだ? なぜ逃げられると思っている? お前のような凶悪な殺し屋、逃すはずないだろう? ほおっておけば、また誰かを殺すんだろうからな。それを止めるためには・・・お前を殺すしかないな」

 

「ギャァァァァァァァ!!!!!」

 

取り込まれたベルツリーの体は手足の先からスライム細胞に消化吸収されている。

より具体的に言えば、手足の先から消えて無くなっている。

スライム細胞には「消化」の命令を出しているから、溶かすような処理をしているため、相当に痛いはずだ。例えるなら強力な薬品で手足の先から焼かれて溶かされているようなものだろうからな。

 

「お前、人殺ししてもなんとも思わないんだったな。その点だけは羨ましいな。俺はお前のようなクズですら殺すのに躊躇い心が痛む」

 

「ヤーベ! そんな男羨ましがる必要ない! 心が痛むのは人間なら誰しも当たり前だ! でも命を守るために相手の命を奪わなくちゃいけない時だってある。心が痛むなら、私がその痛みを共有するから! だから・・・そんな男を羨ましがるな!!」

 

イリーナが涙を流しながら俺に大声をだして伝えてくれる。

イリーナ・・・、俺には過ぎた奥さんだぜ!

 

「ありがとうイリーナ。こんな奴でも殺せば心が痛む。後でたっぷり甘える事にするよ」

 

「う・・・いっぱい甘えるといいにゃ」

 

イリーナの語尾が怪しくなる。

 

「あ、私も一杯癒します!」

「もちろんわたくしも癒しますわ」

「私も~」

「リーナも頑張りましゅ!」

「では僭越ではありますが私も・・・」

 

奥さんズが次々と俺を癒すと宣言してくれる。

いい奥さんや~。

 

「グギャアアアア!」

 

「今、奥さんたちと心の交流してるんだ、静かにしろよ、空気読めよ」

 

「ふっざけんな! 人を殺しかかっておきながら何いちゃついていやがんだ!」

 

「いや、お前がその存在を消滅させるのはもう決定だし」

 

「アガガガガ!た、たすけでぐでぇ」

 

「だが断る」

 

「そんなネタセリフでぇぇぇぇぇ!!」

 

ついに泡を吹いて意識が怪しくなるベルツリー君。

手足は付け根まで消化が進み、胴体と頭だけが残っている。

 

「ちょっと待っちゃくれねぇか?」

 

唐突に部屋に入って来たのは諜報部を統括するグウェインだ。

 

「殺し屋ベルツリーを連れて行くのか? 構わんが、情報を引き出すんなら後で俺にも教えて欲しいんだが」

 

「ああ、教えられる事なら教えてやるよ」

 

「後、ちゃんと()()つけてくれよな」

 

「当然だ」

 

「じゃ、任せる」

 

ドサッ!

 

俺はベルツリーを放り出した。

 

「恩に着るぜ!」

 

そう言ってダルマの様になったベルツリーを瞬時に縛って連れて行ってしまった。

手足の付け根部分は焼いて処理したので失血死はないはずだ。

 

そして再び部屋には俺と奥さんズとリーナ、レーゼンだけになった。

 

「みんな、大丈夫だったか?」

 

「ヤーベ!」

「ヤーベ様!」

 

みんなが俺に抱きついてくる。レーゼンも温かく見守っている感じだ。

 

「みんなも、助かったよ」

 

その言葉で、ウィンティア、シルフィー、ベルヒア、フレイアが姿を現す。

ウィンティア、シルフィーの力を借りて完全無詠唱で<毒解除(ディスポイズン)を展開しておいた。そのため、ヤツの毒は無効化されていたわけだ。

ベルヒアもフレイアも待機してもらっていた。もっとベルツリーが手ごわい奴だったら力を借りていただろう。

 

「みんな無事でよかったね!」

 

ウィンティアが笑顔で抱きついてくる。

そうだな、謁見も終わったし、大事なみんなが無事だった。

今日は帰ってゆっくりする事にしようか。

俺はみんなの笑顔を見ながらどうやって労おうか考えることにした。

 




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閑話19 闇に暗躍する者達②

「どうなっておるのだ!」

 

僅かな蝋燭の揺らめきだけが支配する部屋の中で、男の怒声が響き渡る。

 

「・・・事前に何かあったようですな。王女を暗殺するという情報は掴んでおりましたが、実際失敗するとは思っておりませんでした」

 

「何? お前王女が暗殺されると知っていたのか?」

 

「ええ、まあ」

 

()()()()()()()は抑揚のない声で答えた。

 

「何故だ?」

 

「・・・不要でしょう。()()が手に入るのならば、王家の血など邪魔でしかない」

 

「・・・()()が手に入るメドが立ったのか!」

 

「ええ、()()の封印を解く4つの≪魂の鍵≫(スピリチュアルキーナンバー)、3つまでは手に入れております」

 

「ほう! すでに3つも集まっておるのか」

 

()()()のおかげですよ。食事会で呼び出しやすいですからね。すでにエルサーパ、ドルミア、フレアルト3侯爵の当主からはキーを手に入れました」

 

「さすがよな」

 

男はいやらしく笑った。

 

「ですが、キルエ侯爵はキーを持っていませんでした」

 

「当主夫妻は事故で無くなっただろう? そのせいか?」

 

「いえ、その場合は直系の子供に受け継がれるはずです。そういう『()()』なのですよ」

 

「・・・それでは?」

 

「元々4侯爵は4つの≪魂の鍵≫(スピリチュアルキーナンバー)を管理するために作られたと言われています」

 

「むっ・・・そのような事ワシでも知らなかったぞ」

 

「昔から王家だけに伝わる秘匿された情報でしたからね」

 

「むう・・・」

 

「ですが、いつからかキルエ侯爵家からキーが消えたようですね」

 

「なっ! ではキーが揃わないではないか」

 

「いいえ、ある時期にキーが移ったんですよ。養子を取る事によってね」

 

「なんだとっ!?」

 

「だから、娘と婚姻を結ぶように言ったんですよ」

 

「・・・ルーベンゲルグ伯爵家・・・!」

 

「そうです、ルーベンゲルグ伯爵家の当主、長男にはキーがありませんでした」

 

「だから娘を・・・」

 

「残りのキーは後1つ。あの娘からキーを奪えば、封印を解くことが出来ます」

 

「そうか・・・()()の封印が解けて手に入ったら、確かに王家の血など無用の長物よ」

 

「ですが・・・、現在はあの娘に近寄るのは難しいですが」

 

「くっ・・・あの下賤な輩が・・・!」

 

「ある程度作戦は考えてあります。焦る必要はありませんよ」

 

黒いローブの男はのんびりと言った。

 

「ですが、間違いなく()()()()はキレますよ。多分証拠が積まれているでしょうから」

 

「ふん、あの男がどうなろうと知ったことではないな」

 

男は足を組みなおしながら、椅子に深く座った。

 

「ですが、多分ブチ切れてますから、王都を破壊するくらいの事をやりかねませんよ?」

 

「・・・留まるのはまずいか?」

 

「ええ、領地に帰られた方が良いかと。どちらにしても最後のキーを手に入れるための儀式は公爵の領地で行うわけですし」

 

「そうか」

 

「それに、あの女を連れだして領地に連れて行かないといけませんしね」

 

「よし、頼むぞ!ワシは領地に帰る準備をしよう」

 

「高速運転が可能な魔道馬車を1台残しておいてください。それであの女を攫って公爵領へ移動します」

 

「あのブタどもはどう動くと思うか?」

 

「あの殺し屋も返り討ちにあったらしいですからね。間違いなく切り札を切ると思いますよ」

 

「まさか・・・」

 

「ええ、あの<召喚士(サモナー)>は間違いなくドラゴンを呼ぶでしょうね」

 

「王都はどうなる・・・?」

 

「ほぼ間違いなく灰燼と化すかと」

 

男の問いにまるで人ごとの様に回答する黒いローブの男。

 

「ほっほ、では王都の屋敷の金目のものは領地に持ち帰らないとのう」

 

「ドラゴン以外にもあの男が呼べる魔獣はいますからね。『救国の英雄』だかなんだか知りませんが、まあ間違いなく木端微塵ですよ」

 

「それが見られぬのは少しばかり残念じゃのう。あのクソ生意気な小僧が死ぬところをぜひ見て見たかったんじゃがのう」

 

「ブタ公爵が王都を壊し、王家を簒奪、貴方はその後正義を正すためにブタ公爵を滅ぼし、王国を制圧すればよろしいかと」

 

「ほっほ、アレがあれば、ドラゴンなど単なるデカイトカゲじゃな」

 

男は愉快そうに笑った。

 

「(さてさて・・・あの男の警戒網を掻い潜ってあの女を公爵領まで連れ去る・・・。ずいぶん難易度が高いな)」

 

黒いローブの男は深く溜息を吐いた。

 

 

 




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第128話 立食パーティを楽しもう

王城で王との謁見を済ませて無事(?)コルーナ辺境伯家に帰って来た。

 

・・・暗殺者に首を落とされたり、暗殺者を捕まえたりするのを無事にと言って良いかどうか微妙なところだが。後、謁見で望んでなかった男爵への叙爵や、王女からの求婚がぶち込まれたりしたことも無事と言って良いかどうか微妙なところだな。

 

まあ、とにもかくにも乗り切って帰って来たのだ。

ゆっくり夕食でも食べて休みたい。そう思っていたのだが。

 

だが、何故かコルーナ辺境伯邸には続々と(?)貴族が訪問して来ている。

 

イリーナのご両親であるダレン・フォン・ルーベンゲルグ伯爵とその奥方アンジェラさん、王城では挨拶できなかったが、目線ではお互いを認識できたガイルナイト・フォン・タルバリ伯爵とその奥さんのシスティーナさんである。

さらにハーカナー元男爵夫人救出の際に協力を受けたラインバッハ・フォン・コルゼア子爵。

トドメはキルエ侯爵家当主シルヴィア・フォン・キルエ侯爵までもがやって来たのだ。

 

そして、訪れたのは貴族だけではなかった。王都警備隊隊長のクレリア・スペルシオと王国騎士団団長のグラシア・スペルシオの兄妹までもがコルーナ辺境伯邸にやって来た。

 

急遽だが、コルーナ辺境伯邸ではテーブルについての食事会から、立食形式のパーティ仕様に変更して夕食会を行うことになった。

こんなパーティみたいな雰囲気、すげー貴族っぽい!

 

「それにしても、ヤーベ君には参ったよ、本当に」

 

ルーベンゲルグ伯爵が飲み物を片手に俺に話しかけてきた。隣には奥さんのアンジェラさんもいる。

 

「どうされたのですか、あなた?」

 

「いやね、謁見の間でリカオロスト公爵と口頭でやり合ったかと思えば、王国からの叙爵を断り続けて、しまいにカッシーナ王女から直接求婚だからね・・・」

 

「まあ、まるで物語の勇者様のごときご活躍ですわね」

 

謁見の間の雰囲気をダレン卿から説明されて嬉しそうに笑うアンジェラさん。

 

「それで、国王様から男爵の叙爵とカッシーナ王女との婚約を認められたんだけどね。いや、認めさせられた、と言った方がいいのかな?ヤーベ君にとっては」

 

「ははは・・・」

 

ルーベンゲルグ伯爵の言葉に乾いた笑いを返す俺。

謁見の間で普段は姿を見せないカッシーナ王女にもしかしたら会ってしまうのでは・・・と思わなくも無かったが、平民だった俺に直接結婚を申し込んで来るとは、想定外のさらに外だ。

 

「謁見の前にイリーナを妻に迎えたいと伝えたかったって言ってたよね?もしかして謁見でカッシーナ王女から求婚されることを見越していたのかい?」

 

ルーベンゲルグ伯爵のその言葉に会場の他の人々もざわつく。

 

「いやいや、そんな事まで想像していませんでしたよ。ただ、何となく俺のカンが、イリーナとのことを早く伝えた方がいいような気がすると・・・」

 

「え・・・ヤーベ様、イリーナちゃんを奥さんに下さいって、ルーベンゲルグ伯爵様に申し込んだのですか?」

 

俺の横に来て真剣な眼差して聞いて来たのはルシーナちゃん。

 

「え、ああ。そうだね。イリーナとの結婚を申し込んだんだ」

 

「そうなんですね!じゃあ次は私ですね!」

 

満面の笑みで両手を胸の前に組んで嬉しそうに話すルシーナちゃん。

私の番って、すでに決定なのね?

 

「しかしフェンベルク卿、うちのイリーナが先に求婚を申し込まれましたが、よろしいのですかな?ましてカッシーナ王女との婚約も決まってしまいましたし、夫人の序列も見直しが必要でしょうか」

 

苦笑しながらコルーナ辺境伯に問いかけるルーベンゲルグ伯爵。

コルーナ辺境伯は苦虫をかみつぶしたような表情で、

 

「いや、私はまだルシーナとの結婚を認めたわけでは・・・」

 

隣にいた奥さんであるフローラさんが圧力を掛けたため、その続きを口にすることは出来なかった。

 

「ア・ナ・タ? 往生際が悪いですわよ?」

 

フェンベルク卿には申し込みにくいねぇ。ルシーナちゃんには悪いけど。

 

「はっはっは、ヤーベ殿、男爵叙爵おめでとう!」

「おめでとうございます、ヤーベ様」

 

そう声を掛けてきたのは、タルバリ伯爵と奥さんのシスティーナさんだ。

 

「お姉さま、お久しぶりです。お元気そうで何よりですわ」

 

奥さんのシスティーナさんはフィレオンティーナの妹だからな。

自宅を処分して王都に旅立ってしまった姉を心配していただろうから、ここで会えてうれしいんだろうな。

 

「システィーナも元気そうね。私は幸せでいっぱいよ? 自分の占い通りだったもの。すぐに旦那様を追いかけて正解だったわ。王女様との婚約が決まった後だったら、奥さんにして欲しいなんて言えなかったかもしれなかったし」

 

「まあ、売れっ子占い師の面目躍如ですわね?」

 

「今日ほど自分が占い師でよかったと思ったことはなかったわね!」

 

姉妹で笑い合うシスティーナさんとフィレオンティーナ。仲良きことは美しきかな。

 

「ガイルナイト卿、ありがとうございます」

 

俺はタルバリ伯爵の祝福にお礼を述べる。

 

「まあヤーベ殿は断りまくってたし、実際はおめでたくはないんだろうけどな」

 

そう言ってがっはっはと豪快に笑うタルバリ伯爵。

裏表のなさそうな人で気持ちいいけどね。

 

「ヤーベ男爵、叙爵おめでとう」

 

次に挨拶してくれたのはラインバッハ・フォン・コルゼア子爵だ。

 

「ラインバッハ卿、ありがとうございます」

 

「家名の登録はこれからかな?」

 

「そうですね、あの後いくつか叙爵についての説明も受けましたが、家名の登録も必要とのことでしたので」

 

「そうか、家名の登録が済んで、正式に男爵に叙されたらまたお祝いさせてもらうよ。今後ともよろしく」

 

「こちらこそ、若輩の身ではありますが、よろしくお願い致します」

 

「はっは、若輩の身の青年はリカオロスト公爵とやり合わんよ」

 

そう言って笑うコルゼア子爵。いやいや、若輩は若輩ですって。

 

「いやはや、全くコルゼア子爵の言う通りだと思うぞ?」

 

そう口を挟んできたのはキルエ侯爵家当主シルヴィア・フォン・キルエ侯爵その人だ。

フリルが少ないエレガントでシックな薄い紫のドレスがシルバーブルーの髪と相まって年齢以上の大人感を演出している。

 

「先日は危ないところを王都警備隊のクレリア隊長と共に助けてもらったな。改めて礼を言おう」

 

「いえいえ、私は大したことはしておりません、お気になさらず。クレリア隊長のお手柄ですから」

 

そう言って手を振るのだが、それが聞こえたのか兄の騎士団長グラシアと共に俺の男爵叙爵の祝いを伝えにやって来ていたクレリアが飛んできた。

 

「とんでもない!キルエ侯爵様の襲撃情報を取得したのもヤーベ殿ですし、襲撃者を撃退できるだけの武器と戦力を用意してくれたのもヤーベ殿なのですよ!手柄は全てヤーベ殿にあります!」

 

勢いよく捲くし立てるクレリアを後ろから兄のグラシアがぽかりと殴る。

 

「あいたっ!」

 

涙目になってクレリアが後ろを振り返れば兄のグラシアは溜息を吐く。

 

「キルエ侯爵様がヤーベ男爵様とお話し中だろう・・・失礼致しました」

 

そう言って頭を下げるグラシア騎士団長。

 

「ははっ、気にはしておらんぞ。何より、妹殿にはヤーベ殿と同じく命を救ってもらった恩ある相手だ。何を憚ることもない」

 

そう言ってクレリアに笑顔を向けるキルエ侯爵。

 

「ヤーベ様、男爵への叙爵おめでとうございます」

 

「あ、おめでとうございます!」

 

丁寧に頭を下げて来るグラシアにつられて慌てて祝いの言葉を述べるクレリア。

 

「グラシア騎士団長殿。祝いの言葉はありがたいですが、様付けは窮屈ですよ。今まで通り呼んで頂けるとありがたいのですが」

 

俺の言葉に首をブンブン振るグラシア騎士団長。

 

「何をおっしゃいますか。『救国の英雄』であるヤーベ様が男爵に叙されて貴族になられたんですよ? 様付け以外の選択肢なんてありませんよ」

 

真顔で行ってくるグラシア騎士団長。そんなもんかねぇ。

 

「がっはっは、グラシアはいつも固ぇな! だが、腕はなまっちゃいなかったな。一本もとれなかったしよ!」

 

「いや、私は現役の騎士団長ですからね。いかに凄腕の元冒険者であったタルバリ伯爵といえど、領主としての務めも長くなっていますでしょう。模擬戦とはいえ負けていては面目が立ちませんよ」

 

「そりゃそうか」

 

こいつら、謁見前に模擬戦やってたのかよ!

 

「私もグラシア騎士団長には負けておりますから。王国の騎士団長は見事な腕前なのですね」

 

俺はここがチャンスと、そう言って褒めたのだが。

 

「ヤーベ様は魔法戦闘の方が圧倒的にお得意だとか。私としては模擬戦用の剣での接近戦闘など遊ばれた程度だと認識しておりますよ」

 

いや、さすがにその認識おかしくない?

どこから俺様は魔法戦闘が得意だとバレたのかは知らないけど、遊んでないから。

アンタの剣技スキル超ヤバかったから!

 

「それはそうと、ヤーベ様は先日アローベ商会を立ち上げられたとか?」

 

唐突に話を変えたグラシア騎士団長に慌てて話を合わす。

 

「え、ああ。そうですね。娯楽商品や武具などを取り扱う商会として立ち上げさせてもらったのですが」

 

「実は、このような場所で無粋な真似をして恐縮なのですが、我が父はアンソニー・スペルシオと申しまして、この王都でも比較的規模の大きい商会を運営しております。その父が先日王家に申請成されました『対戦型バトルゲーム ゴールド オア シルバー』に大層ほれ込みまして。王家の独占許可が出たらぜひアローベ商会から商品を卸して頂き、我が商会で取り扱いさせてほしいと・・・その利益につきましてもご相談に上がりたいと面会を希望しておりまして・・・」

 

祝いの席で父親からの頼まれ事とはいえ商売の話を持ち込んだことにバツが悪いのか、頭を掻きながら苦笑するグラシア騎士団長。

 

「スペルシオ商会は比較的規模が大きい、ではなく、間違いなく王都一の大商会ですぞ。それにしても商会も運営なされて娯楽商品の開発も行っておるのですか・・・これはまた多才な英雄殿だ」

 

コルゼア子爵が随分とへりくだったように話す。

叙爵したとはいえ、男爵ホヤホヤな俺の方が下っ端なはずだが。

 

「ふふふ、これほどの逸材。コルーナ辺境伯のヤーベ殿の力を見抜いた慧眼、誠見事なものよの」

 

キルエ侯爵はコルーナ辺境伯が俺を見出したことを褒める。

囲い込みはほぼ無理矢理でしたけどね!

 

「一つ聞いてもよいかな?」

 

キルエ侯爵が俺に向き直って声を掛けてきた。

 

「何でしょう?」

 

「カッシーナ王女とはどうやって知り合ったのかな? それに、カッシーナ王女の傷がきれいさっぱり消えたのはお主の御業かな?」

 

会場全員の意識が一瞬ピリッとなり、視線が俺に集中する。

謁見での最大の謎。唐突にも思える王女カッシーナの平民への結婚申し込み。

そして、半身に傷を負っていた王女カッシーナの傷が奇跡の様に消え去って美しい容姿を取り戻していた事。

謁見後の貴族間でも、王城の侍女たちや騎士団の間でも、そしてその噂は市井にも広がっていた。

 

はてさて、どこまで正直に話していいのやら。

俺は少し視線を外し、上を見上げて少しの間考えた。

 




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閑話20 王都に住む人々の幸せな日常①

 

「は・な・し・な・さ・い~~~~~」

 

「離しませんよぉ!」

 

レーゼンが羽交い絞めにしてカッシーナ王女を引き留める。

 

「今夜は! 今夜はヤーベ様の奥様方が揃って初めて同衾されるのです! 何としてもその末席に!」

 

「いや、姫様! 同衾もダメですが、末席って!もう少し王家の血というものに誇りを持って下さい!」

 

「王家の誇りなぞ偉大なるヤーベ様の前では何の価値もありません!」

 

「いやいや、そこは姫様がしっかりヤーベ様に教育されるくらいの気持ちで・・・」

 

喋っている間もレーゼンはカッシーナ王女に引きずられている。

 

(ちょっとまって!? なにこの姫様のパワー! 一体いつの間に!?)

 

暗殺者として超一流の実力を持つレーゼンがそのパワーを持ってしてカッシーナ王女を止められない。

 

「エマ!メイ!手を貸してちょうだい!」

 

「「は、はいっ!」」

 

今度はカッシーナ王女の正面から新たにメイドが二人止めに入る。

 

「姫様!何卒!」

「お留まり下さい!」

 

がしっとカッシーナ王女に抱きつく二人。しかし、

 

「ぬおおおおお!」

 

三人に抱きつかれているのにじりじりと前に進んで行くカッシーナ王女。

 

「ええっ!?」

「姫様すごいお力です!」

 

エマとメイと呼ばれたメイドたちが驚愕する。

 

「姫様!うら若き乙女が「ぬおおおおお!」などと男くさい雄たけびを上げてはいけません!」

 

レーゼンは違うところで引っかかっていた。

 

「じ、人海戦術~~~~!!」

 

その言葉に十人以上のメイドたちが「わああ~~~」っと走って来る。

 

ついにメイドたちに押しつぶされるカッシーナ王女。

王女の扱いがそれでいいのかと思わなくもないが。

 

「や、ヤーベ様ぁぁぁぁぁ! 私も!私も貴方様のおそばにぃぃぃぃ!!」

 

カッシーナ王女の絶叫は王城に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふうっ!」

 

下町の定食屋ポポロの裏戸が開き、妹のリンは昨日のゴミを袋に詰めて裏通りの回収場所に出しに行った。

 

「昨日のお客さんいっぱいだったな~」

 

昨日は昼時から客が並んで、夕方前には売り切れてしまった。

材料の買い出しもすごく親切にしてもらえるようになったし、すべてはあの「ヤーベさん」と呼ばれるお兄さんのおかげだとリンは思っていた。

 

最初、教会の孤児やシスターたちと大勢で食べに来てくれたのだが、先日はお客さんの来ない昼過ぎにふらりと訪れてくれた。

 

「俺の必殺の料理があるんだけど、食べてみる?」

 

材料は良い物が買えるようになったのだが、あまりお客は増えていない。

お客さんが来ないと、一番得意の「コロッケ」もたくさん作れないし、油も痛んでしまうため、お金がたくさんかかってしまう。

 

「必殺の料理?」

 

「何よ!またアンタ来たの?余計な事しないでよね!」

 

姉のレムが奥の厨房からやって来て文句を言う。

 

「妹を守るために気を張っているのはわかるけど、話を聞かないといけないときに聞けないのは損にしかならないぞ?」

 

「うるさいわよ!」

 

「このお店の名物は油で揚げる「コロッケ」だったんだよね?」

 

「そうよ! お母さんの作るコロッケは絶品なんだから! 私もその技術をマスターしてるんだから!」

 

「うん、なら俺の必殺の料理も作れるね。その名も「バクダン」だ!」

 

「バ、バ、バ、バクダン!!」

 

「それ、だ、大丈夫な料理なんですか?」

 

レムもリンも驚く。

 

「もちろん! 食べたらおいしくて爆発するくらいおいしいから!」

 

「「ええ――――!!」」

 

姉妹が揃って声を上げる。

 

「それに、さらに驚く「必殺のソース」があれば無敵だよ!」

 

「「む、無敵!?」」

 

リンとレムは顔を見合わせて、

 

「「教えて!」」

 

と声を揃えるのだった。

 

 

ヤーベが教えたのは「バクダン」。言うところのスコッチエッグと呼ばれる類のものだ。ジャガイモコロッケの中にゆで卵を入れて揚げたものである。さらにゆで卵を半熟にして、しかもラーメンの煮卵の様に味のするタレをしみこませたものを使用するように工夫した。それをじゃがいもで包んで衣をつけて油で揚げる。それに合わせるソースは「オーロラソース」と呼ばれる、マヨネーズとケチャップを混ぜ合わせたものをチョイスした。トマトベースのケチャップに似たソースはあったのだが、マヨネーズは無かったので、ヤーベがリンとレムに教えている。

 

「これもその内アローベ商会で取り扱うから、作るのが大変なら買ってもいいけど、作る方が安くて新鮮だから、頑張って!」

 

と励ましていた。作り方も内緒にしてね!なんて可愛く頼んでいたので、リンもレムもちょっと照れながら「「うんっ!」」と返事をしていた。

 

 

 

 

「はいっ!バクダン定食3つですね!お待ちください」

 

昼前から新しいメニュー「バクダン定食」の看板を立てた。

実はヤーベから教えて貰ったバクダン料理にひと手間加えていた。

バクダン、という真ん丸なコロッケに、導火線の代わりに見立てたアスパラガスを焼いたものを1本突き刺して導火線の様に見立てたのだ。

 

これが功を奏したのかどうか、見た目が珍しいという評判と美味いという評判がさらに評判を呼び、店を開けてから材料切れになるまで店を閉められないほどの盛況ぶりとなった。

 

「ヤーベさん、来ないかな・・・」

 

リンは開店の準備を進めながらヤーベがまたお店に来てくれたらたくさんサービスしようと心に決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こら―――――! ちゃんとお掃除終わったら道具を片付けなさい!」

 

シスターアンリが声を張り上げる。

 

「「わああ~~~、シスターアンリが怒ったぞー!」」

 

子供たちが走って逃げる。

 

「もう、ちゃんと片付けないとだめだよ」

 

優しく声掛けして掃除道具を片付けるのはマリンちゃんだ。

彼女はストリートチルドレンとして一人で生活してきた時間が長いせいか、年齢よりもだいぶお姉さん感が出ていた。

 

逃げた子供たちが教会の庭に出る。

庭でヒヨコたちと遊ぶためだ。

 

「ぴよぴよぴ~」

 

「わああ~」

 

庭に飛び出た子供たちは待機していたヒヨコたちを捕まえようと走り回る。

 

「ぴよぴよ~」

 

ひらひらと飛んで子供たちの追撃から躱し続ける。

 

ボスであるヤーベからも子供たちの運動や筋力トレーニングの一環として、走り回って体を使わせるように指示されている。

こうして日常的に教会の子供たちはヒヨコによって鍛え上げられていた。

 

「キュピー!」

 

シュゴゴゴゴッと派手な音をまき散らしながら謎の生命体が教会に帰って来た。

 

スライム的掃除機(スライスイーパー)>である。

 

「あっ!キューちゃんおかえり!」

 

マリンが教会の庭に出て来て帰って来た<スライム的掃除機(スライスイーパー)>を持ち上げる。

 

「キュピー!」

 

「シスター、キューちゃんが帰って来たので、ゴミの引き取り屋さんに行ってきますね!」

 

「気を付けてね!」

 

マリンは<スライム的掃除機(スライスイーパー)>を抱えてゴミ収集屋さんに向かった。

その肩にはヒヨコが2羽止まっていた。

ちなみに、マリンちゃんに不埒な理由で寄って来る連中はこの肩に止まったヒヨコ2羽による火炎攻撃で撃退されることになる。

 

 

『クロムウェル将軍!教会南東の壁に敵が三名張り付いております!』

『壁を乗り越える瞬間を狙って迎撃せよ!魔法の使用許可を出す!』

『ラジャー!』

 

ヒヨコたちの活躍により、教会は今日もどこかで襲撃者たちの悲鳴が上がっていた。

 

シスターアンリは商業ギルドの通帳カードを見ながら溜息を吐いた。

借金やら何やらで、とにかく支払わなくてはいけないお金を払ったら金貨5枚以上かかってしまった。子供たちの食事にはしっかりと節約していい物を、と考えていたのだが、残りのお金を考えると、食費にあまりお金がかけられない。せっかくヤーベさんが子供たちのために出資してくれたのに・・・と落ち込みながら商業ギルドにお金を卸しに行くと、何故か金貨が15枚近く入っていた。

アンリはヤーベが金貨10枚を追加してくれたのだと気が付いた。

 

「ヤーベさん・・・」

 

アンリは、そっと教会に設置してある神の像ではなく、空に祈った。少しだけ頬を染めて。

 

 




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第129話 カッシーナ王女との馴れ初めを語ってみよう

みんなの視線が俺に集まる。

 

「なぜ私がカッシーナ王女と知り合いだと? 王家に捕らわれた生活に嫌気が差して市井の平民にかこつけて王家を脱走しようと考えたとか?」

 

俺はあえてトボけて見せるが、キルエ侯爵に笑われてしまった。

 

「はははっ、それはありえんよ。あの方はそれなりに王国の事を考えて下さっているお方だ。それに、事前に知っていると示したのはお主の方ではないか。馬車の襲撃時に私を救ってくれた後、「カッシーナの警護は!」とカッシーナ王女様を呼び捨てにしておったではないか」

 

はうあっ!! 

そういやそうだ!騎士団長のグラシアに確認した時、大ポカかまして護衛付けていなかったんだ! だから、口調が焦って厳しくなってしまった。

 

俺はギロッとグラシア騎士団長を睨む。

 

なぜ睨まれたのか瞬時に理解したグラシア騎士団長はハッとして顔を伏せて両手を合わせて拝んできた。

 

「あー、まあなんだ、深夜の散歩で偶然出会ったというか・・・」

 

「深夜の散歩?」

 

キルエ侯爵が首を傾げる。

 

「深夜の散歩で何故王城の端にある塔の最上階にいたカッシーナ王女と知り合えるのだ?」

 

「えー、あー、俺の散歩は空を飛ぶので」

 

何気なしに言ったのだが・・・

 

「「「「「えええええっ!!」」」」」

 

驚かれてしまった。

 

「そういえば、馬車の襲撃現場から空を飛んで行ってしまっていたな。あのままカッシーナ王女の住む塔に直行したのか?」

 

「ええ、ギリギリでしたよ。まさに暗殺者の一撃が王女を襲う直前でしたし」

 

「うぐっ!」

 

グラシアが呻く。それは俺が間に合わなければ王女が暗殺者に殺されていた事を示している。そうなれば王国騎士団の責任問題に発生する事は間違いなかっただろう。

 

「ほうっ! では物語よろしく、姫君の絶体絶命のピンチに颯爽と現れ、暗殺者を撃退し、その命を救ったと?」

 

「え、ええ・・・まあ」

 

キルエ侯爵はプッと笑う。

 

「それはそれは、王女ではなくても私でも落ちてしまいそうなシチュエーションではないか。物語でもそんなストレートな状況書かないかもしれないぞ? だが、それが事実ならば、吟遊詩人たちが間違いなく歌い継いで行くだろうな!」

 

快活に笑うキルエ侯爵。他の貴族たちも笑っている。

 

「そんなに詳しい話は漏れないだろ! 俺は喋らないぞ!」

 

俺は必死に抵抗する。そんな物語が町の至る所で歌われた日にゃ、こっぱずかしくて町中を歩けない!

 

「はっはっは、何を言う。婚約を認められたカッシーナ王女が至る所で吹聴するに決まっておるではないか。何せ王から婚約を勝ち取ったのだぞ? その理由を聞かれるに決まっているだろう。その理由を王女が語らないとでも?」

 

「うわわわわっ!」

 

俺は頭を抱えた。そうか、『なぜ俺に求婚を』その理由を聞かれることは想像に難くない。そして、俺の能力から『国のために』だけでは納得しない連中が多い事も事実。ならば命を救ってもらったことを話すことは必定・・・というか、カッシーナ王女ならば、俺に助けられたという内容をのろけ話にでもして嬉々として話しそうな気がする!

 

「これは、クギを刺しに行かねば・・・」

 

悲壮な表情でいきなり出かけようとする俺をイリーナたちが止める。

 

「ヤーベ、どうした?」

「このお時間から一体どこに行かれるおつもりですか?」

「わたくしもそんな状況でヤーベ様に助けて頂きたいですわ!」

「ふおおっ!リーナにとってもご主人しゃまは王子しゃまです!」

 

イリーナ、ルシーナはともかく、フィレオンティーナとリーナは話変わってるよね?

てか、フィレオンティーナはもう絶体絶命のピンチを救ったよね?

でもってサリーナは何故か手を合わせて遠い目をしている。村娘の錬金術師を間一髪助けるシチュエーションなんでないからね!

 

「ところで」

 

さらにキリッとした美しい瞳をヤーベに向けるキルエ侯爵。

 

「その暗殺者から身を挺して姫を救った話は分かったが、カッシーナ王女と初めて知り合ったのはその時ではないだろう? カッシーナ王女を呼び捨てにして、護衛状況を心配したのだ。その前から親密な知り合いであったという事だ」

 

「・・・確かに」

「うむ、どう知り合ったというのだ?」

「いやー、ヤーベも隅に置けねぇな!」

 

コルーナ辺境伯、ルーベンゲルグ伯爵、タルバリ伯爵がそれぞれに反応する。

タルバリ伯爵だけは面白がっているだけだな。

 

「実の所、最初に説明した空の散歩中に出会ったのですよ。夜遅くに塔の窓辺から月を見ていた彼女を見つけたんですよ」

 

ヒヨコ隊長が見つけてきたとは言わないが、空を飛んで会いに行ったのは事実だからな。

 

「本当に空を飛んで行ったのだな。カッシーナ王女はさぞや驚いたことだろう」

 

「それが、随分と落ち着いておられましたね。私に対しても怪しむことも無くお話してくださいましたから」

 

俺の話にキルエ侯爵はふむ、と頷く。

 

「だが、カッシーナ王女は一年に一度しかお姿をお見せにならなかったからな。空からの来客には心を躍らせたことだろう。ヤーベが暗殺者や質の悪い不審者じゃなくて本当によかったな」

 

「誰が質の悪い不審者ですか!」

 

「いやいや、そうでなくてよかったなという話ではないか」

 

カラカラと笑うキルエ侯爵。

 

「キルエ侯爵の御言葉は素直に受け止められませんよ」

 

ブツブツと俺は文句が出てしまう。何となくキルエ侯爵に手玉に取られている気がしてならない。

何でカッシーナとの出会いなぞ話しているんだ、俺は。

 

「では、私もヤーベ殿に嫁いでも大丈夫か」

 

 

ブフォッ!

 

 

「どこをどう解釈するとそうなるのですか!」

 

俺はキルエ侯爵の言葉に思わず噴いてしまう。

 

「むうっ!もうヤーベに新しい奥さんはいらぬのだが?」

「そうです、ヤーベ様の奥さん枠はもう一杯です!」

「そうですわ!王女様で打ち止めですの」

「侯爵様が嫁いではお家の存続に問題が出るのでは?」

 

まさかの村娘サリーナが一番まともな事を言うとは!!

 

「はっはっは、あながち冗談とは言えぬのだが、侯爵家の存続に問題が出るのは困ったのう」

 

そう言ってキルエ侯爵が溜息を吐く。

 

「キルエ侯爵殿もヤーベが好きなのか?」

 

イリーナが若干プルプルしながら聞く。

ライバルが現れたとでも思っているのか?

キルエ侯爵とは何の関係も持ち合わせていないけど。

 

「カッシーナ王女の傷を治したのもヤーベ殿なのだろう? 魔法なのかどうかは知らぬが、それが出来るだけの技術を持っているという事だろうからな。ならばそのような神にも匹敵するような技術を持った男を手元に置きたいと考えるのは必然的な事だ。それこそ金で雇えるならいくら出しても良いくらいにな。もっとも国王から叙爵を賜れる機会を断っていたような男だからな。金でどうこうできるとは思えないのが素晴らしく好感が持てるような気もするし。残念な気もするが」

 

そう言いつつ、キルエ侯爵は少し寂しそうに笑った。

 

「どこまで本気なんだこの人・・・」

 

俺は貴族のお付き合いにどっと疲れた。

これが俺の事を好意的に思う人たちでさえこれだけの疲労感があるのだ。

俺に敵対的な貴族との会話など想像したくもない。

 

「うん、王城には近寄らないことにしよう」

 

俺はこの時固く誓ったのだが、その誓いが数日後あっさり破られることになるとは、今の俺には知る由もない事であった。

 




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第130話 奥さんズとの一斉同衾に挑んでみよう

俺は今、一人で巨大なベッドに腰かけている。

 

俺の男爵叙爵おめでとう食事会的なものが終わり、奥さんズからは先にお風呂にどうぞと言われ、ものすごくゴシゴシしてから風呂から出た。

 

何故か新品の新しい寝間着が準備されていたのでそれに袖を通す。

 

巨大ベッドのあるこの部屋はいつも俺が寝泊まりさせてもらっている部屋ではない。

コルーナ辺境伯家の最大級の部屋、貴賓室と呼ばれる部屋らしい。

 

ものすごくいい笑顔でコルーナ辺境伯の奥様フローラさんから「ごゆっくり」と言われ、メイドさんに直接部屋まで案内されてしまった。

何だか知らないけど、ちょっといい匂いのするお香まで焚いてあるようだ。

 

「・・・みんなで同衾って・・・大丈夫なのか?」

 

俺は改めて腕を組んで考える。

食後、コルーナ辺境伯と奥さんにルシーナの件でお話を・・・と探りを入れたら、フェンベルク卿自身は逃げてしまった。フローラさんが鬼の形相でフェンベルク卿を睨んでいたが、「ヤーベさん、分かってますから!大丈夫!」といって素晴らしい笑顔を向けてくれた。いや、何がわかってるのか、若干不安なんですが。

貴族の娘さんとの結婚って、正式に婚姻を結ぶ前に手を出すとまずいってイメージだが・・・。

 

「今更かあ」

 

ぶっちゃけ、ルーベンゲルグ伯爵邸へ挨拶に行ったその日の夜にイリーナとそうなっちゃったわけだし。

ルシーナはコルーナ辺境伯の長女であるため、父親であるフェンベルク卿と奥さんのフローラさんに面識がある。ぶっちゃけ結婚にもフローラさんは前向きだ。

だが、フィレオンティーナはタルバリ伯爵の奥さんで妹に当たるシスティーナさんと姉妹という以外家族の情報を聞いていない。両親が健在ならご挨拶に伺いたいところだ。例え自宅を処分して身一つで俺に嫁ぎたいとやって来てくれたとは言え。

サリーナはザイーデル婆さんの孫だから、王都へ出発した時に挨拶したし、俺に嫁げって言ってたから、まあサリーナは結婚には問題ないだろう。

リーナは・・・うん、大人になってから考えようか。

カッシーナは一緒にいられるようになってから考えればいいか。

 

・・・となると、あんまり問題ないのか?

いや、初めてが全員同時って・・・あ、いや、イリーナとは初めてじゃなくなったわけだが。

 

だいたい、奥さんズが同時にやって来たとして、誰から相手をするかって問題がある。

通常は第一夫人から・・・って、イリーナ以外はみんな初めてになるんだろうし・・・。

ああ、どうすればいいんだ?

 

・・・どうしよう、イリーナだけがすごいドヤ顔でやって来たら。

ちょっとイラッとしてしまうかもしれない。

 

あれっ!?

今とてつもなくマズイ事に気が付いた。

 

「俺、フィレオンティーナとリーナにスライムだって伝えてなくね?」

 

というかスライムだと伝わらないだろうが、人外だってことは伝えておかないと・・・。

 

「ん? ルシーナちゃんにも、ちゃんとした姿は見せてないかも」

 

毒に犯されて命の危険に晒されていたルシーナちゃんを救ったわけだが、あの時はローブを深くかぶった状態だった。ちょっと触手も使ったが、全身を見せていない。

 

「これはアカンな。ちゃんと結婚前に奥さんになる人たちにだけは姿を見せておかないと」

 

それによって嫌われたり気持ち悪がられたりして結婚を撤回されても仕方がない。

 

「そういう意味ではカッシーナには姿見せてるんだよなぁ、俺」

 

カッシーナに初めて会った時はデローンMr.Ⅱ+翼の姿だったからな。間違いなく人外だと理解してもらっているだろう。

 

 

 

「ヤーベ様、お待たせ致しました・・・」

「旦那様、お待たせ致しました」

「ヤーベさん、お待たせです」

「ふっふっふ、ヤーベとの共寝だぞ、緊張するだろう?」

「ご主人しゃまー!綺麗にしてまいりましゅた!」

 

ルシーナ、フィレオンティーナ、サリーナがお待たせと言ってくれるのはわかる。

マジでドヤ顔でやって来たよ、イリーナの奴。

そしてリーナよ。なぜピカピカに綺麗にしてきたことを俺に報告する?

 

「あまりお待たせしても申し訳ありませんし、早速準備させて頂きますね・・・」

 

そう言ってルシーナが羽織り物をはらりと外す。

薄いキャミソールのような寝間着と言えないような薄手の服?に目を奪われる。

 

「あら、ルシーナちゃん積極的ですのね? わたくしも負けてはいられませんわ」

 

そう言ってフィレオンティーナも羽織り物を脱ぐ。

フィレオンティーナの爆乳がわずかに薄いキャミソールの胸部分に引っかかっているという表現が一番正しいだろう。見事な双丘の先にある突起がギリギリ見えない程度に引っかかっているだけなので、大半出ちゃっているのだが。いいのかフィレオンティーナよ。

 

「私も頑張らなくっちゃ」

 

そう言って羽織り物を脱ぐサリーナ。均整の取れたプロポーションがはっきりわかる。

 

「ふおおっ!ご主人しゃまー!リーナは準備万端です!」

 

そう言うリーナは・・・すっぽんぽんであった。着ろよ!服!

後何の準備だ!いくらなんでもリーナは対象外です!

 

「さて、みんなのために私が同衾の手本を見せよう。参考にするとよいだろう」

 

そう言ってイリーナが羽織り物を脱ぐ。

 

「いやいや、イリーナちゃんはもうヤーベ様と同衾したんだよね?昨日」

「そうですわ。今日はわたくしたちの番ですから」

「イリーナさんは後でね」

 

三人から次々と言われたイリーナ。

 

「いやいや、私が第一奥さんなんだぞ!? 常に私からだ!」

 

「でも昨日抜け駆けしたのイリーナちゃんじゃない」

「うむ」

「そうそう」

 

「キィィー!」

 

「キィィじゃなくて。先にルシーナ、フィレオンティーナ、リーナ。お前たちに言っておくことがある」

 

「なんでしょう?」

「なんでしょうか?」

「なんでしゅか?ご主人しゃま!」

 

ほぼ同時に尋ねる三人。

 

「俺は正確には人間ではないと思う。思うというのは、正直自分が何者、とはっきり言えないからなんだ。本当の俺の姿がコレだ。気味が悪いと思ったり、嫌だと思えばもちろん無理に付き合ってくれたり結婚なんて言わなくていい」

 

そう言って一度ティアドロップ型で可愛い姿になって、「ええっ!」っと驚かせてから、デローンMr.Ⅱの型になる。

 

「これがヤーベ様の本当の姿・・・」

「これは・・・なんという・・・」

「ご主人しゃま、すごいでしゅ!」

 

「これが精霊神様の真のお姿なんですね」

 

サリーナが俺を精霊神と呼ぶ。いや、違いますけどね。

 

「神様ではないと思うんだけどね。気分は君たちと同じ人間なんだ。でも本当の姿はプルプルしてる粘体みたいな姿なんだ」

 

「ヤーベ様は私の命を救ってくださいました。今更姿が人とちょっと違うからって嫌いになったりはしないですよ!」

「そうですわ!わたくしも危うく生贄にされて死んでしまうところを命懸けで救って頂いたのです。お姿が多少人間でないからと言って、どうという事はありませんわ」

「ご主人しゃまはどんなお姿でもご主人しゃまです!」

 

うーん、とても嬉しい気はするけど、この姿はちょっととか多少という違いじゃない気がするんだが。

ただ、俺の姿がどうであれ、好きでいてくれるというのはちょっと感動する。

 

「よろしく・・・お願い致します・・・」

 

そう言ってベッドに乗って隣までやって来るルシーナ。

 

「わたくしも、どうぞ優しくしてくださいませ・・・」

 

フィレオンティーナもベッドに乗ってルシーナの反対側に陣取る。

 

「ヤーベさん!私もよろしくお願いします!」

 

ちょっと元気にサリーナが宣言してベッドに乗り込んでくる。

 

ふと見ればリーナの姿が無い。

そしてイリーナが大声を上げる。

 

「ちょっと、まずは私からでしょ!」

 

そう言ってベッドに飛び乗ると俺の真正面に飛び込んでくる。

 

「イリーナちゃん、ズルいです!」

「そうですわ!まずは一度なされたのでしょう?少しお待ちになってくださいませ!」

「イリーナちゃんは今日は最後!」

 

他の三人から総攻撃を受けてイリーナが余計に文句を言い出す。

しまいにキャットファイトの如くキャアキャアと暴れ出した。

 

「ご主人しゃまー!」

 

すっぽんぽんのまま、背中から抱きついて来たリーナ。

いろいろ真面目に考えていたのに、コヤツらとくれば、好き勝手暴れ回っている。

しまいに俺は頭に来た。

 

ブチッ!

 

「お前ら、いい加減にしろ――――!!」

 

ズオンッ!!

 

キレた俺からデローンMr.Ⅱの姿のまま、触手が暴走気味に何本も放たれた。

 

「わわわっ!」

「キャア!」

「ヒッ!」

「きゃうん!」

「ふおおっ!?」

 

奥さんズを触手で絡め捕って行く。

 

・・・その後俺はどうしたのか記憶に無い。




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第131話 教会に偵察を兼ねて懺悔に行こう

チュン、チュン、チュン――――――――

 

「んんっ!?」

 

窓から柔らかな朝の陽ざしが差し込み、俺の目元をくすぐる。

ふああっ、もう朝か・・・、いつの間にか寝てしまったようだ。

ふと見れば、奥さんズの面々があられもない姿で寝ていた。

 

・・・一体何があった?

イリーナたちがギャアギャアとうるさくもめ出したので怒った気がする。

もしかして、ノクターンになっちまうような事でもしでかたのか!?

リーナに至っては事件になりかねないぞ!?

 

チュン、チュン、チュン!

 

それにしても朝チュンがやかましい。もしかして――――

 

『ふざけるな!もっと声を出せ!タマ落としたか!』

 

『『『『『チュンチュンチュン!(サー!イェッサー!)』』』』』

 

「またかい!」

 

つい大きな声で突っ込んでしまった。

そのため、イリーナたちが目を覚ましてしまった。

 

「んんっ・・・ヤ、ヤーベ・・・」

「ヤーベさまぁ・・・」

「旦那様・・・」

「ヤーベさぁん・・・」

「ふおおっ!ご主人しゃまー!」

 

ぬおって!? みんなが気怠い!

後リーナがいつも通りでホッとしています!

 

「もう朝だよ? さあさあ、顔を洗ってシャッキリ起きようか」

 

「ふあーい」

「はあーい」

「かしこまりましたわ・・・」

「りょうかい・・・」

「ふおおっ!」

 

貴賓室から出ていく奥さんズ。

 

「偵察を含め、教会に懺悔に行こう」

 

俺は真面目にそう思った。

 

 

 

 

 

俺たちは馬車に揺られて王都聖堂教会の大聖堂に向かっていた。

大聖堂は王都聖堂教会の総本山であり、中心部となっている。

何でも入るだけで一人頭金貨1枚は寄付がいるというガメツさだ。

 

「・・・ヤーベ、だいぶローガ達がしょげていたぞ?」

 

昨日も王城に出向いていたしな。

ローガ達の相手をまったくしていない。

ずっとゲルドンとトレーニングしている。

 

「何かイベントを考えねばな・・・」

 

楽しいイベントで使役獣たちとのコミュニケーションを図らねば。

いや、飲みにケーションってやつか?

悩んでいる間に大聖堂に到着したようだ。

 

「でかいねー、ココ」

 

この聖堂教会、かなり胡散臭いうわさが多い。

ヒヨコの情報でもかなり酷い物が多かった。

 

それに大聖堂の下働きのアリーちゃんが虐げられてるって話と、ポポロ食堂の姉妹のお母さんが教会の日雇い作業に参加した後行方不明になっている件、シスターアンリが嫌がらせを受けている件・・・後、質の悪い聖女か。

 

入口を潜ろうとすると偉そうな態度の神官に呼び止められた。

 

「大聖堂に入るならば寄付を納めよ」

 

シンプルにイラッとするヤツだな。

 

「はい」

 

だが潜入調査+懺悔なのだ。

仕方なく払う。

 

「うむ、良い心がけだな。信心深い者には救いがあるだろう」

 

お前には救いはねーだろうけどな。

 

「随分と横柄なのだな」

 

「質の悪い聖職者だな」

 

俺たちは「祈りの間」と呼ばれる女神像のある大きな部屋に入った。

どうやら女神像の前で祈りを捧げるようだ。

 

「とりあえず祈ってみるか」

 

女神像の前で跪き祈ってみる。

後ろからついて来た奥さんズの面々もそれぞれに祈り出す。

 

「・・・・・・」

 

やっぱねーのかよ!呼べよ女神!ラノベのお約束だろ!

オノレカミメガ!

俺は一通り憤ると、本来の目的を果たす。

足先からどろりと溶かしたスライム細胞を床の隙間から流し込んで行く。

 

「・・・女神様ありがとうございます。おかげさまでヤーベと結婚することが出来ました」

「ヤーベ様と引き合わせてくださいました女神様に感謝します」

「女神様のお導きにて旦那様のそばにいられるようになりました」

「女神様のおかげでヤーベさんと出会う事が出来ました」

「ふおおっ!ご主人しゃまバンザーイ!」

 

みんな、俺との出会いを感謝してるな・・・他にもっと感謝してもよさそうな事がありそうなものだが。後リーナよ、意味が分からないぞ。

 

「ちょっと!アンタ臭いのよ!」

 

そう言ってボロボロの服を着た少女を綺麗な服を着た少女が足蹴にしていた。

 

「すみません、すみません、あまり体を拭くお水が貰えなくて・・・」

 

「当たり前よ!アンタのような何のとりえもないクズに水なんてやるわけないじゃない!」

 

そう言いながら蹴り続けている。

 

周りの神官たちの中には、その行為に目を細めている者達もいるようだが、注意はしなかった。

 

「この聖女であるフィルマリー様のおかげでここにいられることに感謝しなさいよ!」

 

感謝しろと言いながら蹴り続ける聖女フィルマリー。

 

「臭い足で蹴りを入れてるから彼女が臭くなっちゃうんだろうな~」

 

俺は聞こえる様に言った。

その間も俺は足先からスライム細胞を床の隙間に大量に流し込んでいる。

 

「な、何ですって!!」

 

聞こえる様に言ったので当然の如く耳に入った聖女フィルマリーが烈火のごとく怒りの目を俺に向けて来る。

 

「聞こえなかったのか? お前の足が臭いから蹴られた彼女まで臭くなるんだろう」

 

「ふざけるんじゃないわよ! アンタアタシを侮辱したわね!不敬罪で死刑よ!死刑!」

 

「意味が分からないな。不敬罪で死刑? 教会にはそんな意味不明な法でもあるというのか?」

 

ふむふむ、ここにこれが・・・、そっちにはこんな物も・・・

 

「そうよ!私が法であり正義なのよ!そういうわけでアンタは死刑確定よ!」

 

周りの神官も可哀そうな目を向けて来る・・・俺に。

どうも本気で言っているようだし、周りの神官の雰囲気から察するに、下手をすれば俺が本当に死刑になりかねないくらいの勢いなのだろう。

 

「君、アリーちゃん?」

 

俺は足クサ女(自称聖女)を無視して、蹴られていた少女に話しかける。

 

「は、はい・・・私はアリーです」

 

「そうなんだ。俺の友達がね、アリーちゃんがいつもそこの足クサ女にいじめられて辛そうだから助けてあげてって。ここから逃げないのは行くところがないから?」

 

「そうです・・・」

 

「誰が足クサ女よ!アンタは死刑が確定したわ!死刑100回よ!」

 

足クサ女(自称聖女)がキャンキャン喚いているが、俺は忙しいのだ。こんな雑魚に構っているヒマはない。さてさてこっちの部屋は・・・

 

「!!」

 

俺は一瞬、あまりの怒りに殺気と魔力が漏れてしまった。

 

「ひいっ!!」

 

聖女とやらが腰を抜かして失禁する。無様だな。

だが、こんな雑魚など相手にしているほどヒマではない。大事な事だからあえて二度言おう。

 

ローブの内側を探る真似をして。亜空間圧縮収納から紙と筆を出す。

さらさらと伝えるべき事を書きつけて、ヒヨコ隊長に咥えさせる。

 

「例のオッサンに届けてくれ。大至急だ!」

 

『ぴよー!(了解!)』

 

ヒヨコ隊長はすごいスピードで大聖堂を飛び出て行った。

 

「クルセーダー、ローガを呼べ、向かうのは騎士隊長邸だ」

 

『ぴよー!(了解!)』

 

ヒヨコ十将軍クルセーダーも大聖堂を飛び出して行く。

 

そしてアリーちゃんに優しく微笑む。

 

「いい教会を知っているんだ。シスターアンリが運営している教会でね。孤児や行く当てのない子供たちを引き取ってみんなで力を合わせて生活しているんだ。アリーちゃんを優しく迎えてくれると思うよ?」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

「うん」

 

「い、行きたいです!シスターアンリさんのところへ!」

 

泣きながら這うようにして俺に縋りつくアリーちゃん。

 

「勝手な事するんじゃないわよ!そいつはアタシのペットなんだから!」

 

「ああ? シッコ漏らしが何言ってんだ?」

 

再度殺気が漏れてしまう。

 

「ひいいっ!」

 

再度失禁する聖女とやら。

 

「ぐふふふふ、シスターアンリの教会は潰れるので無理な話ですなぁ」

 

急に太ったねちっこそうなブタが奥の通路からやって来た。

 

「ドムゲーゾ枢機卿!コイツは不敬罪よ!死刑よ!殺しなさい!」

 

「聖女シッコ・モラシータよ。貴様はお漏らしの罪によりお尻ぺんぺんの刑だ」

 

俺は某ケン〇ロウのごとく渋い声で指さす。

 

「誰がお尻ぺんぺんよ!というか、誰がシッコ・モラシータよ!不敬罪不敬罪!」

 

俺のツッコミに切れる聖女とやら。

そしてコイツがドムゲーゾか。

 

「シスターアンリの教会が潰れる?」

 

「そうですよ? 彼女は教会への寄付を横領した罪に問われることになりましてねぇ」

 

実に嫌らしい笑みを浮かべるドムゲーゾ枢機卿。

 

「彼女は聖堂教会を脱退したのでは?」

 

「・・・彼女にいらぬ知恵を付けさせたのは貴様か? 我が聖堂教会は彼女の脱退を認めておらんよ。そして彼女が教会の寄付を個人口座に隠し持っていた。実に悲しい事だが、横領の証拠だ」

 

「俺が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のに?」

 

「そうだ。彼女の商業ギルドの口座にある金は教会の寄付を横領したものだと()()()()()のだ。それが真実だ」

 

更に愉悦に浸るかのように顔を歪めて笑うドムゲーゾ枢機卿。

 

「そうか・・・()()()()()()()()()()()()()()()()なんだな?」

 

「その通りだ。だから聖堂教会の法典に乗っ取り捌かれる」

 

「ならお前は細切れに捌かれて欠片も残らんな」

 

俺は肩を竦めて小馬鹿にしたように笑う。

 

「・・・下賤な輩が。不敬罪だな。そして、その後ろの女たちも教育が必要だな。全員を拘束しろ」

 

「まったくもって理由がわからんな。教会内で誘拐か?お前アホじゃないのか?」

 

「男は死罪とする。殺す直前まで痛めつけろ。女どもをいたぶる姿を見せつけながら殺してやるわ。捕らえろ」

 

「お前、今まで生きてきた時間の中で一瞬でも本気で神を敬い信じたことがあるのか?」

 

「何を言っておるか、貴様。神は常にワシと共におるよ」

 

歪み切った顔はもはや人間として見るのが難しいほどに醜かった。

 

バタバタと槍を持った兵士のような連中が俺たちを取り囲む。

 

「騎士ではないのか? ドムゲーゾの私兵か?」

 

俺が首を傾げる。

 

「あらあら、わたくし、旦那様以外の方に触れられるのを良しとしませんの」

 

渦巻く魔力を纏わせるフィレオンティーナ。

 

「私もそうだな・・・」

 

イリーナが腰の剣に手を掛ける。

今更だが、出かける時に何故か軽装の冒険者ルックなんだな、イリーナは。

ルシーナ、サリーナ、リーナは戦闘力ゼロだ。イリーナとフィレオンティーナ二人でその三人を守りながらというのはかなり厳しいか。

 

「お待ちなさい」

 

奥から女性の声がする。

 

見れば豪華な白いローブを羽織った女性がやって来た。

 

「フラメーア枢機卿・・・」

 

ドムゲーゾ枢機卿がそちらを見て呟く。

 

「ここは神聖なる聖堂教会王都大聖堂ですよ? 何をしているのです」

 

比較的静かな声だが、妙な迫力がある。

 

「そちらの女性の方々。私について来て下さい。話を聞きましょう」

 

「だが、ヤーベは!」

 

「私の言う事が聞いていただけませんか?そちらの男性の方は別に話を聞きますので」

 

さらに後ろから二人の女性神官が出て来て、イリーナたち五人を連れて行く。

 

「ヤーベ・・・」

 

イリーナが心配そうな目を向ける。

とりあえず心配するなと手を振る。

・・・といっても、()()も危険だ。それを感じとる事はまだ難しいだろうし、かと言って()()()()()()()()()()()()()()

 

奥さんズが連れて行かれた後、祈りの間には俺だけが残される。

 

「ぐふふふふ、あの女、いつもお気に入りの女をいびり抜いて殺してしまう。殺すには惜しい女どもだからな。頃合いを見て譲り受けに行かねば」

 

自分の想像通りの内容に溜息しか出ない。

教会は本来恵まれない人々にとって救いでなければならない。

だが、いつしかこんな外道の巣窟の様に慣れ果ててしまったとは。

 

「痛めつけろ!」

 

号令と共に槍の柄で俺を滅多打ちにする兵士たち。

倒れた俺をぐるぐる巻きにして地下にある牢屋に放り込んだ。

 

「なんで教会の地下に牢屋があるのかね?」

 

「まだそんな減らず口を聞ける元気があるとはなぁ」

 

ドムゲーゾ枢機卿が愉悦に満ちた笑顔で牢屋越しに俺を見た。

 

「すぐにあの女どもをお前の目の前に連れて来てやるわ。泣き叫ぶ姿が今から楽しみだわい」

 

「横から獲物を攫われた豚が何を偉そうに」

 

「貴様ぁ!許さんぞ!必ず殺すからな!泣いて命乞いをさせた上で殺してやる!」

 

そう言って捨て台詞を吐くと牢屋から遠ざかって行った。

 

さてさて・・・奥さんズが絶体絶命の大ピンチ・・・かな?

 




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第132話 ちょっと神様になって断罪の使者を送り込もう

 

フラメーア枢機卿は困惑していた。

5人の美少女を自身の部屋に連れて来ることが出来た。

ドムゲーゾの奴がモメているのを偶然見たのだが、1人の男が凄まじい美少女を5人も連れていたのだ。

 

その美少女を狙って、明らかにドムゲーゾの奴が因縁をつけていた。美少女を連れて行こうとしていたのだろう。

 

(あのブタにはもったいないほどの美少女たちだわ。アタシが食べてあげる方がいいに決まってる!)

 

早速間に割って入って、いかにも仲裁のために話を聞くふりをして美少女たちを連れて来ることが出来た。

 

(あの男もバカね、何も気づいていないのかしら)

 

フラメーアは笑みが止まらなかった。

 

(ふふふ、愉悦が止まらないわ。ああ、なんて最高なんでしょう。こんな美しい美少女を五人も壊すことが出来るなんて!)

 

フラメーアは今年で39歳。だが見た目は20代中盤程度に見える容姿をしている。

所謂、美魔女といった感じであった。

その見た目は十分に美しいが、その内面は凄まじく爛れていた。

美しい物を踏みにじり、自分以外の者が苦しみ悶える事に非常に喜びを感じていた。

 

今も五人の美少女であるヤーベの奥さんたち、所謂「奥さんズ」を毒牙にかけようと、お茶に媚薬を盛ったのだ。女性神官たちが用意した媚薬入りのお茶を彼女たちは確かに飲んだ。

 

だが、一向に変化が見えない。

 

「で? ヤーベはどうなるのだ? というか、この教会はどうなっている? あのように下働きを足蹴にする聖女など、ありえるのか?」

 

イリーナが苛立つように話す。

フラメーアも苛立っていた。

 

「(何でクスリが効かねぇんだよっ! このビチグソがぁぁぁぁぁ!!)」

 

思い通りに展開が進まないことにどす黒い内面が漏れ出してくる。

 

「(媚薬が効かねーなら、痺れ薬だ! すぐ用意しろ!)」

 

「(はは、はいっ!)」

 

「お茶のお代わりお持ちしますね」

 

痺れ薬の入った2杯目のお茶が注がれる。

それを飲み干す五人の美少女。

だが、

 

「(なんでだぁぁぁぁ! アタシの用意した薬はどっちも一級品だぞ!)」

 

フラメーアは完全に理解不能に陥る。二種の薬ともに誰にも効果を及ぼさない。これは完全に薬に耐性があるか、もしくはアイテムによる状態異常防御が掛かっているとしか思えない。

 

「それで、ヤーベ様はどのような扱いになるのでしょう?」

 

この期に及んでまだあの男の心配をしている。

自分たちの運命がどのような危機にあるかも知らずに。

フラメーアの苛立ちは頂点に達した。

 

「やってくれるじゃない・・・」

 

「「「「「?」」」」」

 

誰もピンと来ないのは育ちが良いからか、疑う事をしないピュアな精神の持ち主だからか。

 

「ちょっと状態異常の耐性強化を準備してきたからっていい気になるなよ! これが耐えられるかしら?」

 

そう言っていきなり席を立ち、魔法を行使するフラメーア。

 

「我が意図に傅き、その意思を放棄せよ!<女帝の魅了(エンプレスチャーム)>!!」

 

ついに王都聖堂教会を牛耳るトップの一角、枢機卿フラメーアが牙を剥いた。

 

 

 

 

「よっ・・・と」

 

俺は倒れていた体を起こす。

祈りの間にいた時、女神像の設置された床に見つけたひび割れからスライム細胞を流し込んでおいた。

牢屋に運ばれる時に一度切り離しているが、今からそこに再接続を試みる。

 

「さてさて・・・」

 

俺は触手を2本飛び出させる。牢を抜けて、壁際を高速で進んで行く触手。

屋根裏、床下、あらゆる隙間に忍ばせたスライム細胞に接続を行う。

いま、この大聖堂はスライムの館になったと言っても過言ではない。

 

「これがモンスターなら一網打尽で済むんだがなぁ」

 

俺は独り言ちる。

奥さんたちも助けなければいけない。当然捕まって酷い目に合っている人たちも助けなくてはならない。そして、この教会の状況に心を痛めている無力な人間も。

 

「まずは・・・あそこからだな」

 

俺は牢屋の鉄格子に体を押し付ける。

 

にゅるん。

 

何の抵抗も無く鉄格子の牢から脱出する。

俺は音も無く移動を開始した。

 

 

 

 

 

「ああ・・・主よ。愚かな我々をお許し頂きますよう・・・」

 

静かに、それでいて一種迫力のある祈りを一心不乱に捧げている老人。

 

ラトリート枢機卿。

 

この聖堂教会唯一の良心と呼ばれるこの男は、他の枢機卿たちの傍若無人振りを止められず心を痛めていた。そして主に祈りを捧げる事しかできない無力な自分を攻め続けていた。

 

「我は許さぬ」

 

重い、非常に重い声が静かに響く。

 

驚いたラトリート枢機卿は思わず祈りを止め、顔を上げた。

そこには二枚の羽を広げたティアドロップ型の姿をしたヤーベがいた。

 

「おおお・・・貴方様は・・・」

 

魔物、その考えは一瞬にして霧散した。圧倒的な魔力、もはや魔力とも呼べないような力の本流。

厳かな姿。雰囲気。それらはラトリート枢機卿に神そのもの、もしくは神の使徒を想像させるには十分であった。

 

「我は許さぬ・・・無力を嘆き、惨劇を止めず放置した貴様の罪は看過できぬ・・・」

 

「は、ははああああああっっっっっ!」

 

ラトリート枢機卿はその場にひれ伏した。もはや生きた心地すらしない。

 

「貴様に贖罪を命ずる・・・」

 

「は、ははあああっっ! な、なんなりとっ!!」

 

「これより断罪の使者を送る。罪人はその全てを滅ぼされるだろう。貴様は証人として包み隠さずその全てを王へ進言せよ」

 

「は、ははあああっっ!」

 

ラトリート枢機卿は滴り落ちる汗を拭う事もせず、深々と首を垂れる。

 

「(よしよし、証人GETだぜっ!)」

 

どこかの少年のよろしく、心の中でものすごい笑顔になるヤーベだった。

 

 

 

 

「こっちだ」

 

「はは、はははい!」

 

あの後、すぐに「どうも、断罪の使者ですけど」ってラトリート枢機卿の部屋に出向いたらものすごくびっくりされた。

もう少し低い声で威厳を持って喋る方がいう事をよく聞いてくれそうだ。

 

ローブ姿の俺はちょっと偉そうに命令口調で話しかける。

 

「ここだな」

 

スライム細胞を広げまくって触手で接続、あらゆる場所をすでにチェック済だ。

この部屋はあのドムゲーゾ枢機卿が飽きた女たちを他の貴族や他国の奴隷商に売り払った時の売買契約書などが保管されていた。

 

「クソ外道が・・・楽には逝かせねぇぞ・・・」

 

ついつい剣呑な言葉に殺気と魔力が漏れてしまう。

余波を浴びてラトリート枢機卿もちょっと漏れてしまう。

 

「ひひいっ!お許しを!お許しを!」

 

「許しを請う相手は俺ではない。神と被害にあった女性たちだ」

 

「お、おっしゃる通りでございます!」

 

「そのためには、まず腐敗した教会内の非道、不正をすべて洗いざらい王に直言することだ。その機会は主により与えられる」

 

「は、ははあ!」

 

「さて、これを持て。あと、これも。あ、これもこれも。こっちの書類もね」

 

そう言って抜き取った書類の束をポンポンとラトリート枢機卿に放り投げる。

 

「は、ははっ!」

 

わたわたしながら、慌てて受け取るラトリート枢機卿。

 

「無くすなよ?断罪に必要な証拠だ。それを守る事も貴様の贖罪の一つだ」

 

「はは、ははあ!」

 

緊張しまくって返事が「ははー」しか行って無いけど、大丈夫だよな、コイツ?

 

 

 

 

「ああ、クソ! 胸糞悪いわい!」

 

今しがた、高級食材ばかりで作られた食事を平らげてきたドムゲーゾ枢機卿。

その一食は優に一般人の一食の百倍くらいの費用が掛かっていた。

腹が膨れて食欲が満たされれば、次は性欲を満たしたくなるのがドムゲーゾという男であった。

その足で自分の奴隷たちがいる部屋へと向かう。

奴隷と言っても、正規の奴隷商から買い入れた奴隷たちではない。

その証拠に奴隷紋が刻まれているわけではなかった。

ただ単にドムゲーゾが自分の部下に攫わせてきた女たちであった。

 

バンッと勢いよく扉を開ける。

 

「ヒッ!」

 

10人以上いる女たちが一斉に怯える。

この部屋の主人であるドムゲーゾ枢機卿が戻って来たのだ。

この後の悲惨な運命が頭の中を巡る女性たち。

何人かが首輪の鎖を引っ張られ凌辱されて痛めつけられる。

今の彼女たちには耐え忍ぶ以外に取ることが出来る手段が無かった。

 

「全く忌々しいわ! フラメーアめ、ワシの女どもを横取りし追って!」

 

一人の女性の鎖を引っ張る。

 

「ウグッ!」

 

あまりの勢いに首が閉まり嘔吐く女性。

 

ドムゲーゾがその女性に馬乗りになる。

 

「まずは貴様らをいたぶって気持ちを落ち着けるとするか」

 

狂気にも似た笑みを浮かべるドムゲーゾ枢機卿。

 

ドガンッ!

 

いきなり扉が蹴り破られ、吹き飛んだ。

 

「ななな、なんだっ!?」

 

馬乗りのまま振り返るドムゲーゾ枢機卿。

 

「さあ、断罪の時間だ」

 

ラトリート枢機卿を従えたヤーベが現れた。珍しくローブのフードを下して顔を晒していた。

その笑顔は人とは思えないほどに三日月口が右側に吊り上がっていた。

 




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第133話 フィレオンティーナの実力を少し開放する事を許可しておこう

「我が意図に傅き、その意思を放棄せよ!<女帝の魅了(エンプレスチャーム)>!!」

 

ついに王都聖堂教会を牛耳るトップの一角、枢機卿フラメーアが牙を剥いた。

お茶を飲んでいた4人の美少女はキョトンとしていたのだが、一人だけは違っていた。

 

「<反射魔術(リフレクション)>」

 

 

パ―――――ン!

 

 

フラメーアから放たれた<女帝の魅了(エンプレスチャーム)>を文字通りそのまま跳ね返す。

その効果はフラメーア自身には及ばなかったが、後ろに控えていた二名の女性神官たちには影響が出た。

 

「「フラメーア様ぁ」」

 

しな垂れかかって来る二人を「うっとおしい!」と振りほどき、自身の<女帝の魅了(エンプレスチャーム)>を跳ね返した女性を見た。

 

「フィ、フィレオンティーナ?」

 

スクリと立ち上がって笑みを浮かべるフィレオンティーナに、一体どうしたのかとイリーナが声を掛ける。

 

「この者、今魔術を唱えましたわ。見るからにどうも魅了系の呪文ですわね? このような魔術を使用する以上、きちんとした話し合いには応じないと見てよろしいですわね。であれば、今頃旦那様は牢の中にでも入れられていらっしゃるのかしら」

 

「な、何だとっ!!」

「ヤーベ様が!?」

 

イリーナとルシーナが気色ばんで立ち上がるが、フィレオンティーナが制する。

 

「落ち着きなさいませ。あの旦那様がこの教会程度の連中にどうにかされるとお思いで?」

 

「ま、まあそうか、ヤーベだしな・・・」

「そうですね~、ヤーベさんですし、万が一も無いかもしれませんねぇ」

 

ルシーナはまだ心配のようだが、イリーナも、サリーナもヤーベがどうにかされるという想像は出来なかった。

ちなみにリーナは理解が追い付いていないのでキョトンとしたままだ。

 

「わたくし、館を出発する前に旦那様に言われている事がありますの」

 

そう言うフィレオンティーナを見るイリーナたち。そう言えば、エントランスの集合にフィレオンティーナとヤーベは少し遅れて一緒に来ていた。

 

「教会内で旦那様と別れた場合、その後の判断は全て私に任せると。万一わたくしたち五人に危害を加えるような輩に出会った場合、一切容赦する必要はないと。そしてその責任は全て俺が取る、と」

 

凛とした佇まいの中、スッと目を細めてフラメーアを睨むフィレオンティーナ。

枢機卿として、海千山千の相手とやり合って来たフラメーアをして、心底怯えさせるほどのプレッシャーを感じていた。

 

「っつ!ふざけんなぁ! 光よ!我が手に集まり、敵を穿て! <閃光の投擲(シャイニングジャベリン)>!!」

 

フラメーアの唱えた<閃光の投擲(シャイニングジャベリン)>により、三本の光の槍が頭上に浮かぶ。

 

シュゴッ!

 

閃光の槍がフィレオンティーナを襲う。

 

「<魔術反射(リフレクション)>」

 

ほぼノータイムで魔術を反射するフィレオンティーナ。ヤーベがここにいたらきっとこういうだろう。「反則だろ・・・」と。

 

反射された<閃光の投擲(シャイニングジャベリン)>がフラメーア達を襲う。

 

ドカンドカンドカン!

 

「うわわわわっ!」

 

何とかシールドが間に合ったようだが、その衝撃で尻餅をついてしまう。

 

「貴女、非常に頭が悪いのですわね。先に魔術を反射されておきながら、理解しておりませんでしたの?」

 

フィレオンティーナの指摘に歯ぎしりするフラメーア。

 

「テメエ!この枢機卿の地位にあるフラメーアに危害を加えたんだ!王国の王都警備隊に通報してひっ捕らえてやるからな! テメエらの言い分が通用すると思うなよ! この枢機卿フラメーアの言葉の重さを思い知れ!」

 

ついに実力行使では太刀打ちできないと気が付いたのか、権力によって行動を封じに出るフラメーア枢機卿。

 

「許して欲しけりゃ、ここで土下座してアタイの靴を舐めな!」

 

机にガンッと右足を乗せる。ブーツの底が厚めで固いのか、派手な音が鳴った。

 

「はあ・・・実に愚かですのね」

 

「はあっ? 何だとテメエ!」

 

「王都警備隊・・・警備隊隊長のクレリア・スペルシオでもお呼びになるのですか? それとも王国最強の騎士団長グラシア・スペルシオ様でもお呼びになりますか? どうぞご自由に」

 

「な、なんだと・・・?」

 

なぜこの女から王国の超重要職に就く人物の名前がスラスラと出て来るのか?

フラメーアはイヤな予感がし始める。

 

「貴女は頭が悪いようですので、先ほどお伝えした内容を忘れておいでかもしれませんので、もう一度言いましょうか?」

 

「・・・・・・」

 

フラメーアは声が出ない。

 

「万一わたくしたち五人に危害を加えるような輩に出会った場合、一切容赦する必要はないと。そしてその責任は全て俺が取ると。その俺、というのはわたくしたちの旦那様で、昨日ワーレンハイド国王様より男爵の爵位を叙爵されましたヤーベ様ですわ」

 

「なんだとっ!!」

 

フラメーアは枢機卿として、国内外の情報も集めていた。

そして昨日王城であった衝撃の謁見。

ただの平民が国王の要請を受けて謁見に訪れたと。

その平民はまるでおとぎ話のような英雄譚を地で行くとてつもない能力を持つ男だったと。

権力にも金銭にも興味を示さず、国から叙爵を打診されたのをあっさり断ったと。

そして何故か傷の癒えた『奇跡の王女』カッシーナ王女がその平民に結婚を申し込んだと。

王妃がそれを認め、カッシーナ王女を娶るためその男は叙爵を承認し、男爵となったと。

 

「確かに、ヤーベといった名だった・・・」

 

とんでもなくヤバイ奴らに手を出したとフラメーアは改めて感じた。

 

「そして、わたくしも同じく旦那様やわたくしの仲間など、わたくしの大切な存在を脅かす輩に、容赦する気はさらさらありませんわ」

 

濃密な魔力が渦を巻き、フィレオンティーナの腰まである黒紫の艶のある髪がふわりと浮き上がって行く。

 

「ま、魔力が・・・魔力が溢れるなんて・・・」

 

フラメーアは自身が魔法を使うため、魔力については素人よりは詳しいつもりだった。

だが、魔力が可視化出来る程濃密に溢れるなど、あり得る事ではなかった。

 

「わたくし・・・残酷でしてよ?」

 

「ヤ、ヤバイ・・・!」

 

フラメーアは枢機卿のプライドなどあっさりと捨て、這いつくばりながら逃げ出した。

 

「ふふっ・・・逃がすわけがありませんわ。雷撃よ、その双翼を広げ敵を拘束せよ!<雷撃拘束(ライトニングバインド)>!」

 

二人の女性神官も、フラメーア枢機卿も電撃の網が絡まり拘束される。

 

「「アババババ!!」」

 

「グギャアァァァァァァ!!」

 

明らかに女性神官に比べてフラメーアには電撃のネットの出力が高い。

 

女性神官たちもフラメーアも白目を剥いて泡を吹いて気絶した。

 

「だから言ったではないですか・・・わたくし、残酷でしてよ?」

 

フィレオンティーナは妖艶に笑った。

そしてイリーナたちはフィレオンティーナを怒らすことだけは止めようと心に誓ったのだった。

 




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第134話 ゴッデス戦隊プリンセシーズを出動させよう

フィレオンティーナが無双していた頃―――――

 

「さあ、断罪の時間だ」

 

俺はラトリート枢機卿を従え、ドムゲーゾ枢機卿が奴隷を幽閉している部屋へ押し入った。

 

「ななな、なんだ貴様! どうやって牢から脱出したのだ!?」

 

見るからに狼狽するドムゲーゾ枢機卿。

 

「それをお前に説明して何か得でもあるのか?」

 

俺は女性に馬乗りになっているドムゲーゾ枢機卿を殴りつける。

 

ボカッ!

 

「ぐぼぉ!」

 

ドムゲーゾ枢機卿は殴られた勢いで壁まで吹き飛んで激突する。

 

上に乗られていた女性を助け起こし、首輪の一部をスライム細胞で吸収、簡単に千切ったように見せて外してやる。

 

「あ、ありがとうございます!助けて頂けるのですか?」

 

目に涙を溜めて縋りつく女性。

 

「もちろん。ここにいる全員助け出すよ。安心してね」

 

俺は優しく説明する。

 

「ぎ、ぎざまぁ!許さんぞぉ!このワシをコケにしおってぇ!」

 

鼻血を出しながら起き上がって悪態を吐くドムゲーゾ枢機卿。

 

「断罪の時間だって言っただろう?」

 

そう言って起き上がったドムゲーゾ枢機卿を蹴り上げる。

 

「がはっ!」

 

大の字にひっくり返ったドムゲーゾの胸を踏みつける。

 

「ぐぎゃ!」

 

踏みつけながら、この部屋にいる女性たちの首輪を千切る。

 

「ああ・・・助かるのね・・・」

「やっとこの地獄から抜け出せるのね・・・」

「ううう・・・」

 

女性たちが抱き合って泣いている。

きっとここで監禁されている間も励まし合いながら耐え忍んできたのだろう。

本当に許せない男だな。

 

「君たち、そこに鉄の棒が転がっているけど、よかったら使う?」

 

もちろん、そんな鉄の棒など普通には落ちていない。今俺が亜空間圧縮収納から取り出して転がしておいたのだ。ドワーフの鍛冶師、ゴルディンに刺又を依頼した際にいくつか試して欲しい事やアイデアを伝えていた。そのうちの一つがこの鉄パイプで、試作品を何十本と買い取って来ていたのだ。ただの鉄の棒より軽いし、液体を通すこともできるし、何より丈夫だ。

だが、まさかここで鉄パイプが役に立つとは!

 

「・・・ありがとうございます・・・」

 

剣呑な雰囲気を出して一人の女性が立ち上がり、鉄パイプを手にする。

 

「よくも・・・よくも今までいたぶってくれたわね!」

 

そう言うと鉄パイプをドムゲーゾに叩きつける。

 

ボグッ!

 

「うがあ!」

 

その一撃を見た他の女性たちも、今までの恨みを晴らさんと次々に鉄パイプを手にドムゲーゾに襲い掛かる。

 

「ギャアアアアアアア!!」

 

まあ死ななければいいかと俺はその光景をのんびりと眺めた。

 

 

 

 

女性たちにとりあえず服を着せて部屋から出る。

もちろん鎖でぐるぐる巻きにしたドムゲーゾ枢機卿も連れて来ている。

尤も怪我を治していないし、引きずって来ているのだが。

 

「ぐわわっ!き、貴様!もっと丁寧に扱わんか!」

 

「あほか貴様、どう考えても死刑の貴様を丁寧に扱う必要がどこに?」

 

「ばかなっ!なぜワシが死刑なんじゃ!」

 

「それすら理解できないって、もう終わっているな」

 

溜息すら出ないぞ。

 

祈りの間に戻って来ると、フィレオンティーナが先ほど奥さんズを連れて行ったフラメーア枢機卿を引きずって来ていた。

 

「あら旦那様。やっぱり助けに伺わなくても大丈夫でしたわね」

 

そう言ってクスリと笑うフィレオンティーナ。

なぜかイリーナたち他の奥さんズのメンバーが引き気味だ。

フィレオンティーナがやり過ぎたか?

 

「そっちも大丈夫だったみたいだな」

 

(つつが)なく」

 

頼りになるね、フィレオンティーナ。

 

さて、ここには聖堂教会の実質トップを牛耳っていた四人の枢機卿の内、フラメーアとドムゲーゾという二名を捕縛している。そしてラトリート枢機卿。そして後一人は聖堂騎士団(クルセイダーズ)の団長だが、この大聖堂にはいないようだ。多分自分の屋敷に籠っているのだろう。そちらはローガに急襲させている。捕縛に王都警備隊にも連絡済みだ。

 

後、この大聖堂にいるのは、似非聖女と・・・

 

「そこまでよ!この狼藉者ども!」

 

そう言って奥から出てきたのは似非聖女と豪華な神官着を着込んだ人物。

この人物が教皇なのだろう。この教会の最高責任者だ・・・全く管理できていない以上、何の役にも立っていないと言い切ってもいい気がするが。

 

「おお・・・これはどういうことですかな? この教会で暴力を振るうなどと、あってはならぬ事ですぞ」

 

教皇は現状を把握できておらず、二名の枢機卿が捕縛されているのを見て苦言を呈する。

 

「全くだ。全面的に教皇殿の言う通りですよ。教会で暴力を振るうなど、あってはならないことだ。この二人の枢機卿は女性を誘拐して、暴力を振るい尊厳を踏みにじっていたのですよ。決して許されることではない」

 

説明する時につい怒気が漏れる。

 

「なんと・・・何かの間違いでは? 枢機卿たちがそのような事をするはずがありません」

 

心底信じているのか、目の前の状況を信じない教皇。

 

「随分と貴方の目は節穴なのですな。貴方の目にはこのドムゲーゾ枢機卿に尊厳を踏みにじられた女性たちが映っていないのですか?」

 

「本当の事なのですか・・・?」

 

「イヤ! これは罠よ! でっち上げて教会の威信を落とそうとしている卑劣な戦略よ!」

 

似非聖女が喚き出す。

 

「教皇様!このような下賤な連中の排除を国王様に直訴しましょう!」

 

そう言って教皇の手を握るクソ聖女。

 

「ん? お前は足クサ女ではないか、確か自称聖女のシッコ・モラシータだったか?」

 

「誰がシッコ・モラシータよ! それに足クサでも自称でもないわよ!」

 

顔を真っ赤にして怒る自称聖女。

 

「我に直訴? 何を直訴するのかな?」

 

「え・・・?」

 

俺たちがその場所をよけて少し端による。

 

その後ろには大聖堂入口から祈りの間に足を踏み入れたワーレンハイド国王と王妃様、それにカッシーナ王女と王国騎士団たちがずらりと並んでいた。

 

「こっ・・・国王様!?」

「どうしてここに!?」

 

教皇と自称聖女が信じられないと言った表情で俺を見る。

 

「そりゃ呼んだからだよ、()()

 

「よっ・・・呼んだ!? 国王様を!? お前が!?」

 

自称聖女が俺を指さしながら狼狽する。

そう、俺は国王を教会に呼び出せるほどの男だという事だ。

 

「ヤーベ男爵、ご苦労様。叙爵を約束して翌日になかなか切り込めなかった教会の腐敗を一掃してくれるとは、よほど陞爵してカッシーナと結婚したいんだね」

 

少しおどける様に言うワーレンハイド国王。

 

「お、お父様ったら・・・」

 

顔を真っ赤に染めるカッシーナ王女。

 

何してんの、二人とも。

 

「国王様!この者達が教会で理不尽にも枢機卿たちに暴力を振るいました! 厳しい処罰を求めますわ!」

 

自称聖女が国王に喚き立てる。

 

「何を言っているのかな? すでにヤーベ男爵から教会の不正、犯罪にかかわる証拠は上げてもらっているよ。そして、そちらの女性たちの発見及び救出を実行に移すとの報告ももらっているよ」

 

「え・・・?」

 

自称聖女は何を言われているのかわからない、と言った感じだった。

実に頭の悪い女だな。

俺がここに来るという事がどういうことかわかっていないのだろうな。

聖堂教会という巨大組織相手に、俺が乗り込んで来るという事は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事だ。

 

「すでに証拠も含めてお前たちの悪行は調べ尽くされている。観念するんだな」

 

素直にうなだれてくれれば話も早いと思ったのだが、自称聖女は完全に逆切れした。

 

「ふざけるなぁ! 聖堂教会にケンカ売って唯で済むと思うなよ!!」

 

「本当にお前らクズは頭が悪いな。俺は聖堂教会になぞケンカを売っていないさ。聖堂教会はそのままきちんとその組織を残しておくとも。でないと、王都の市民たちがどこで女神様に祈ればいいかわからなくなるじゃないか」

 

「え? じゃあ・・・」

 

キョトンとする自称聖女。だからといって自分がお咎めなしだとでも思っているのかね?

 

「俺が仕留めるのはお前らクズだけだよ。きれいさっぱり消えてもらって新しく真面目に働く神官を枢機卿に据えればいいだけの事じゃないか。聖堂教会という器は何も変わらんよ。お前のようなアホが教会を心配する必要は全くない。安心したまえ」

 

俺の言い分に完全にぷつんときた自称聖女は激高した。

 

「舐め腐りやがって! 駆除隊! 敵を掃討しろ!」

 

何だ、駆除隊って? と思っていたら、わらわらと武器を持った私兵らしき柄の悪い男たちが出て来る。

 

「なんだぁ。今日は相手が多いなぁ」

「それだけ楽しみが増えたってことだろうがよ」

「ちがいねぇ」

 

うわー、こいつら自国の王がいる目の前でチンピラ全開だぜっ!

でもしょうがないのか? 国王の顔なんてなかなか見られないのかな?

しかし、この自称聖女は質が悪すぎる。

ならば、その性根、根本からへし折ってくれようか。

 

「おい、ザコいチンピラ。略してザコチンども。あと足クサシッコ・モラシータ。お前が聖女とか片腹痛い。お前には真の女神より授かった力がどのようなものか見せてやろう」

 

そう言って俺はカッシーナの後ろに立つと、奥さんズを呼ぶ。

 

中央にカッシーナ。右にイリーナ、フィレオンティーナ。左にルシーナ、サリーナ。リーナは俺と一緒にその後ろに並ぶ。

 

「・・・ヤーベ、なぜ私たちが並ばねばならん?」

 

イリーナの質問を無視して、語ろう。

 

「女神に愛された者達の真の力を見よ!」

 

そう言って発動させるは久しぶりのスライム流戦闘術究極奥義<勝利を運ぶもの(ヴィクトル・ブリンガー)>。

 

派手な光のエフェクトをまき散らしながら、五人の奥さんズにスライム触手を絡めて行きその姿を変化させる。

 

「ゴッデス戦隊! プリンセシーズ!」

 

「ぬなっ!」

「きゃあ!」

「まあ!」

「わわっ!」

「これは!」

 

五人が五人とも金色に輝く羽を背負い、それぞれ形の違う鎧を着ているように見せた。

下半身はミニスカートだが、足もスライム被膜でコーティング。いつぞやのおパンツ騒動が再び起こらない様配慮済みだ!

 

「プリンセス・アイン!」

 

そう言ってセンターのカッシーナ王女の体を動かし、ポーズを決める。

 

「体が勝手に?」

 

「プリンセス・ツヴァイ!」

 

今度はイリーナの体を動かして、シャキーンとポーズを決めさせる。

 

「おわっ!」

 

「プリンセス・ドライ!」

 

次はルシーナに可愛いポーズを決めさせる。

 

「わわわっ!」

 

「プリンセス・フィーア!」

 

妖艶にフィレオンティーナのポーズを決めさせる。

 

「ふふふっ!」

 

何故かすごく嬉しそうなフィレオンティーナ。適応能力高し。

 

「プリンセス・フンフ」

 

元気にポーズを決めるサリーナ。ノリノリだ。

 

「とおっ!」

 

「五人揃って、ゴッデス戦隊! プリンセシーズ!」

 

バババ―――――ン!!

 

ド派手なエフェクトを入れて五人ともガッチリポーズを決めさせる。

後ろから神々しい光を照らし出す。

もちろん光の精霊に力を借りているんだけど。

 

「ふみゅう、リーナも入りたいでしゅ・・・」

 

あ、リーナが落ち込んでいる。どうしよう(汗)

 




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第135話 奴は四天王最弱よ・・・なら、なぜ四人目を選んでしまったのだろうと疑問を持とう

 

「ふみゅう、リーナも入りたいでしゅ・・・」

 

カッシーナもそろった奥さんズ五人を『ゴッデス戦隊プリンセシーズ』として変身させたので、リーナだけ蚊帳の外になってしまった。

これはイカン!

 

「リーナ、リーナも変身だ!リーナは『ゴッデス戦隊プリンセシーズ』を陰で助ける『エンジェル・リーナ』に変身だ!」

 

そう言ってスライム触手をリーナに巻き付けて変身させる。

小さな羽にドレス、天使の輪っか。

 

「(見た目はドクタース〇ンプあら○ちゃんに出て来るガッ〇ゃんだな)」

 

俺の感想はともかく、リーナは自力で空が飛べたことが嬉しい様だ。

 

「ふおおっ!飛びましゅ飛びましゅ!」

 

なんか懐かしい掛け声でリーナがくるくると飛んでいる。

 

 

 

「何だおめえら」

「変な格好したからって強くなるわけじゃねーんだよ!」

「ねーちゃん達、覚悟しとけや!」

 

わらわらとザコチン(雑魚のチンピラ達の意)たちが迫って来る。

 

もちろん『ゴッデス戦隊プリンセシーズ』が黙って手をこまねいているわけがない。

 

「ゴッデスパワーチャージ!」

 

五人にエネルギー(魔力)が溜まっていく。派手なエフェクト付き。

 

「必殺!プリンセス・ラビングハート・ファイア!」

 

カッシーナ達五人が同じポージングで両手を大きく振ったかと思うと、胸の前でハートを作って突き出す!

 

その手で作ったハートからハートエフェクトのエネルギービームが溢れる様にほとばしる!

 

ぱきゅぱきゅぱきゅーん!

 

「「「「「はきゅ~ん」」」」」

 

ザコチンたちが怪しい叫び声(?)を上げてふにゃふにゃと崩れ落ちていく。

 

「な、何なのよ!コレ!」

 

「説明しよう!『ゴッデス戦隊プリンセシーズ』は女神のパワーをフルチャージすると、必殺技のプリンセス・ラビングハート・ファイアを放つことが出来るのだ! プリンセシーズたちの愛と優しさが詰まったハートビームはどんな敵の悪い心も砕いて優しい人にしてしまうのだ!」

 

「そんなご都合主義の必殺技があるかー!!」

 

俺の丁寧な説明に自称聖女がぶち切れる。

 

「まあ、どちらにしてもお前は逮捕ね」

 

「くっ・・・まだ最後の枢機卿、聖堂騎士団(クルセイダーズ)のロエキーゲ団長がいるわ! アンタ達なんかすぐ打ち破ってくれるわよ! それに聖堂騎士団(クルセイダーズ)には四天王もいるのよ!教会を敵に回した事を後悔させていやるわ!」

 

何故か腕組してドヤ顔して偉そうにする自称聖女。

 

「わふっ!(ボス!お待たせしました)」

 

鳴き声がしたので振り返ってみれば、大聖堂に入って来たのはローガだった。

よく見れば、鎧がボコボコになった男の頭を齧る様にして引きずって来ていた。

頭を振ってポイっと捨てる。

 

よくもここまでボコボコにして死んでませんね、というくらいボッコボコだ。

 

「はえっ?」

 

呆気に取られた表情の自称聖女。

 

『四天王って言ってたから、こっちも四天王で対応してやったのになぁ』

『ああ、瞬殺だったな』

『一人目が瞬殺された後に、「所詮奴は四天王最弱、いい気になるなよ」ってセリフ、ちょっとカッコよかったな』

『俺たちも言ってみたいでやんすな』

『そりゃ、俺たちの誰かがやられないとダメだろ。永遠に言うチャンスないな』

『違いねぇ!』

 

わふわふと笑う狼牙族四天王。風牙、氷牙、雷牙、ガルボの四人がそれぞれ騎士を引きずって来ていた。

 

『というわけで、必然的に雑魚はおでが対応することになっただな』

 

そう言って真っ赤な鎧に身を包んだゲルドンがロープで縛りまくった騎士たちを20人以上引きずって来ていた。

 

「なっ、ななな・・・」

 

自称聖女は泡を吹いて倒れた。

 

 

 

 

 

少し時間は遡る。

 

ヒヨコ十将軍クルセーダーよりローガへ出撃命令が伝えられた。

 

『なんと!我らに出撃命令が!』

 

ローガは感動してウルウルしていた。

 

『教会の騎士たちの館らしいです。悪党ばかりですが、不殺を貫くようとの事です。但し相手は悪党で、人質の女性もたくさんいるとのことで、対応には十分留意するようにとのことです』

 

『了解! ゲルドン殿、一緒に出撃をお願いする。相手は騎士との事。存分にその力を振るわれよ』

 

『わかっただよ。任せてくれだべ』

 

こうしてローガ率いる狼牙族の半数とゲルドンが聖堂騎士団(クルセイダーズ)のロエキーゲ団長の屋敷を急襲した。

 

 

 

屋敷に着いたローガ達。

 

『屋敷入口に人の気配は?』

 

『ありません。奥に騎士の何名かが詰めていますが、敵は地下室にいます』

 

ローガの質問に屋敷の調査を済ませたヒヨコたちが回答する。

 

『了解した』

 

屋敷の玄関前に陣取ったローガ。

 

『引き裂け!大気に宿る真空の刃!<真空断頭刃(スライズン)>』」

 

 

ゾバァァァ!

 

 

玄関の大扉を壁ごと切り裂いて突入するローガ達。

 

『突入せよ!』

 

『『『『ははっ!』』』』

 

エントランスに入ると、奥から騎士団に所属する者達が武器を片手に飛び出てきた。

 

「なんだっ!?」

「敵襲だ!」

「バカめ!このお屋敷が聖堂騎士団(クルセイダーズ)のロエキーゲ団長のお屋敷と知らぬか!」

 

10人以上出てきた騎士たちに、ゲルドンがハルバードを構えて一歩前に出る。

 

『先に行くだよ。ここはおでが抑えるだ。早く捕まっている可哀そうな女性たちを助け出してやってくれだで』

 

『うむ、先に行くぞ!』

 

ローガがクルセーダーの案内で屋敷の奥へ向かう。

 

『ゲルドン!必ずお前も後から来るんだぞ!』

『俺たちはお前をずっと待っているからな!』

『ゲルドン!再び相まみえようぞ!その時は一杯おごろうぞ!』

『・・・明らかにボスの言う「フラグ」ってヤツを無理矢理立てようとしてるでやんす・・・』

 

ゲルドンは苦笑した。

 

『ヤーベ殿の使役獣は頭がいいだなぁ。ヘタをするとおで負けているかもしれんだで』

 

頭脳で狼に負けるのはいささか思うところもあるが、思えば今の自分はオークだったと思い直し、四天王が豪快にブッ立てて行ったフラグをへし折って後を追う事に決めた。

 

「なんだ、この赤鎧?」

「囲んで突き倒せ!」

 

一度に五人が掛かって来るが、ゲルドンはハルバードを一閃!

 

ドガガガガッ!

 

「「「「「ぐわわわわっ!」」」」」

 

たった一振りで五人もの騎士が吹き飛ばされて気を失う。

 

「バ・・・バケモノだ・・・」

 

誰かがぼそりと呟く。

聖堂騎士団(クルセイダーズ)に所属する者達にとって、悪夢の館襲撃が始まったのであった。

 

 

 

 

「止まれ!」

 

そこには四人の騎士が並んでいた。聖堂騎士団(クルセイダーズ)の四天王と呼ばれるトップフォーである。

 

『先に行くぞ』

 

ローガが消えるほどの動きで四人の騎士を置き去りにする。

 

「む?狼が一匹減ってないか?」

 

抜かれたことも気がつけない騎士団の四天王。

 

「ふっ、俺が聖堂騎士団(クルセイダーズ)四天王が一人、ビッグホーンだ」

 

一人の騎士が歩み出て来る。

 

『ならば俺たちも四天王の一人が当たるべきだな。四天王が一人、雷牙だ』

 

にらみ合うビッグホーンと雷牙。

 

「うおおおおっ!」

 

ロングソードをブンブンと振り回し雷牙を攻撃してくるビッグホーン。

 

『・・・ん?』

 

雷牙はひょいひょいと剣を躱しながら様子を見ていたのだが・・・

 

『弱くね?』

 

雷牙は「これで騎士団の四天王?」と不思議だったのだが、ヒマな身でもないため、あっさり一撃入れてビッグホーンを沈める。

 

「ばかなっ!」

 

他の四天王の一人が声を上げるが、別の一人が落ち着き払ってこう言った。

 

「所詮奴は四天王最弱よ。驚くことではない」

 

雷牙は思った。四天王内でそんなに実力差があるのであれば、無理に四天王などと言って四人目を選ばなければ良かったのでは・・・と。

 

「次は誰が行く?」

「お前が行けば?」

「いや、まずはお前だろ?」

 

二番手を決めるのにもめ出す四天王残り三人。

 

『・・・もしかして』

『もしかしなくても雑魚なのでは?』

『さっさと片付けるか』

 

残りの三人も瞬殺された。

実際に息の根は止めていないのだが。

 

 

 

ドカンッ!

 

鉄の扉をけ破り部屋の中に踊り込むローガ。

ヒヨコ十将軍クルセーダーの「ここです!」という指示に、全く躊躇せずローガは突入する。

 

「グハハハハッ! 今日もたっぷり可愛がってやるとするかぁ!」

 

首輪を嵌められ鎖につながれた女性たちがたくさんいる部屋の中でパンイチの筋肉ダルマが下種な雄たけびを上げていた。

 

『おい、お前が聖堂騎士団(クルセイダーズ)の団長ロエキーゲか?』

 

ローガは一応話しかけてみたのだが、ロエキーゲは全く反応せず、パンイチの姿のまま、女性の鎖を引っ張って襲い掛かろうとしていた。

 

『おい、一回我の話を聞いたらどうなんだ?』

 

ローガは段々機嫌が悪くなり唸り出すが、それでもロエキーゲは反応しない。

 

「今日はお前からだぁ。ヒイヒイ言わせてやるわぁ!」

 

ブチッ!

 

ローガは前足でロエキーゲの後頭部を思いっきり叩いた。

 

『一旦話を聞かんか!』

 

「ぐっはぁぁぁ!」

 

もんどりうって倒れるロエキーゲ。

 

「な、なんじゃ!?」

 

振り返ればそこには体長3mを超える大きな狼牙が。

 

「ひえええええ!?」

 

『おい、お前が聖堂騎士団(クルセイダーズ)の団長ロエキーゲだな? 覚悟は良いか?』

 

明らかに剣呑な雰囲気を出して威嚇するローガ。

 

「貴様っ!? ワシとやる気か! ちょっとまっておれ、聖騎士の鎧を装着したら戦ってやろう!」

 

そう言って大きな収納棚を掛けて鎧を取り出して身に付けようとしていく。

 

「あれ? これがこっちで・・・」

 

もたもたしながらなんとか鎧を着ていくロエキーゲ。

その間にローガは全ての女性の首輪をかみ切り、鎖を引き千切り自由を確保した。

 

「待たせたな!さあ邪悪な狼めが!ワシが退治してやるとするか!」

 

振り返れば捕まえていた女性たちは全て首輪と鎖を切られ、自由になっていた。

 

「貴様許さんぞ!」

 

『・・・それはこっちのセリフだ!』

 

女たちの扱いを見て相当に頭に来ていたローガ。

 

ズドドドドドドッ!!

 

ローガは前足の張り手連打でロエキーゲを鎧ごとボッコボコに瞬殺するのであった。

 

 

 

 

『・・・そんなわけで、騎士たちは全てボコボコにして捕縛、捕らわれていた女性たちはすべて助け出してきました。資料などはヒヨコたちに任せております』

 

「ご苦労さん」

 

そう言ってローガの頭を撫でてやる。

尻尾が超ぶんぶんと振られている。

 

『あ、リーダーだけボスに撫でられてズルイ!』

『四天王もちゃんと仕事しましたよ!ご褒美は平等に!』

『次は私目を!』

『今、平等にって言った瞬間に出し抜こうとか、世知辛過ぎないでやんすか?』

 

ローガ達は久々の活躍にボスであるヤーベからの報酬(なでなで)をがっつり頂こうと待ち構えている。

 

「それはコルーナ辺境伯の屋敷に帰ってからね・・・。捕縛した連中はすべて牢へ押し込んで、早く教会の人事を進めないと、祈りに来る人達に迷惑が掛かりますよ?」

 

俺は国王に直接教会の人事を早く決めるよう促すのだった。

 




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閑話21 王都に住む人々の幸せな日常②

「お父さん、焼き上がったパンはもう籠に盛り付けて並べて行くからね!」

 

「あいよー」

 

「もう30分で開店時間だよっ! 寝坊した分急がないとお店開けてもパンの数がたりないよ?」

 

「わかってるよ・・・昨日寄り合いで盛り上がっちまって、だいぶ飲んできちまったから・・・」

 

わたわたと開店準備に追われているのは「手作りパンの店マンマミーヤ」である。

 

流行り病で奥さんを亡くして以来、看板娘のマミとパン職人の親父さんの二人だけで店を切り盛りしていた。

 

妻を亡くしてから、商業ギルドの寄り合いに顔も出さず人づきあいが悪くなって客足も落ち込んだが、ヤーベの取り成しにより、店を盛り返すことが出来ていた。

 

「ヤーベさんに教えて貰った、『総菜パン』すごい人気だよね~」

 

先日様子を見に来てくれたヤーベより新しいパンのアイデアをたくさんもらったのだ。その目玉が『総菜パン』であった。

 

「昨日販売した焼きそばパンとコロッケパン、あっというまに売り切れになっちゃった」

 

先日初めて販売した焼きそばパンとコロッケパンが大人気で、口コミでお客さんにも情報が広がったのか、ここ2~3日ずっと来客が多い。

 

「特にコロッケ、おいしいんだよね」

 

焼きそばは父親が店内で調理しているが、コロッケはヤーベから紹介してもらった定食屋「ポポロ食堂」から朝一で毎日納入してもらっていた。

 

「ポポロ食堂」の姉妹が作るコロッケは本当に美味しかった。

しかもポポロ食堂の姉妹は自分と同じように流行り病で父親を亡くし、一か月前から母親も行方不明とのことで、マミは本当に心配していた。

ヤーベに紹介された時も、継続してコロッケを買ってくれるとうれしい、みたいな話が合った。常に一定のお仕事があるって安心できるよね、とマミはできるだけコロッケを買うことを決意した。なにより自分たちの店でも大人気の総菜パンになったのだ。お願いしてでも仕入れなければならないと強く決意した。

 

「ウチもパンを焼いても全然お客様が来なかった時は本当に辛かったから・・・」

 

そんな姉妹を応援しようと、コロッケパンの籠の前には「ポポロ食堂特製コロッケを使用した一番人気の総菜パンです」と案内を入れた。

 

このコロッケパン、冷めても実においしいし、これだけでお昼ご飯にもなると評判なのだ。

 

開店20分前になり、お店の窓板を外して光を取り込もうとしたマミの目の前に、人の行列が飛び込んできた。

 

「えええっ!?」

 

慌ててお店の扉を開けて外に出る。

 

「あれ?マミちゃん開店にはまだちょっと早いよね?」

 

一番先頭に並んでいるのは常連のトニーさんだった。

 

「はい、後20分くらいですが・・・何ですか!? この行列?」

 

マミは何が何だかわからない顔をして問いかけた。

 

「何って、コロッケパンを食べたくて並んでいるんだよ。だってコロッケパンや焼きそばパンは数量限定で売り切れたらその日は終わりでしょ?」

 

「確かにそうなんですが・・・」

 

見ればすでに10人以上が並んでいる。

現在毎日朝一番でポポロ食堂のリンちゃんがコロッケを届けてくれる。数は30個だ。ポポロ食堂もヤーベ直伝の「バクダン」なるコロッケに似た料理が大人気で毎日行列が出来ているとのことだ。そんな忙しい中、毎日朝コロッケを届けてくれる。

 

(うわ~、ポポロ食堂のリンちゃんとレムちゃんには足を向けて眠れないよ~)

 

マミはポポロ食堂の姉妹に感謝しながら手作りパンの店マンマミーヤの開店準備を進めて行くのであった。

 

 

 

 

 

 

「むう~~~」

 

大通りを唸りながら歩いている狐人族の美少女。喫茶<水晶の庭>(クリスタルガーデン)のオーナー、リューナであった。

 

ちょくちょく喫茶<水晶の庭>(クリスタルガーデン)に顔を見せてくれるお客、ヤーベ。だが、最近ヤーベは他の店でいろいろなアイデアを出して、そのお店の立て直しに一役買っていた。

 

ポポロ食堂の「バクダン定食」を食べた時は、シンプルながらその独創性にびっくりした。オーロラソースと呼ばれたソースに至っては耳と尻尾が逆立つほどの衝撃を受けた。

 

手作りパンの店マンマミーヤでは、ポポロ食堂のコロッケを使ったコロッケパンなるものが大人気で状列が出来ているらしい。そのほかにも焼きそばパンというものもあるらしい。

 

リューナは喫茶店を経営しているため、朝食にサンドイッチを出すことはあった。だが、焼きそばパンとコロッケパンはサンドイッチとは違う。あの発想はサンドイッチとは一線を画すものだ。

 

「むう~~~」

 

決して自分の店にアイデアをくれなくて怒っているわけではない・・・

そう言い聞かせるリューナ。

 

そう言えばふと今年も王国主催の行事で、王国一の甘味を決定する大会が開かれることを思い出した。

 

「以前にもたくさんケーキを買ってもらったこともあるし・・・ヤーベさんが今度お店に来たら、ケーキをサービスして相談に乗ってもらおうかな!」

 

リューナは過去一度もその大会に出場したことは無い。プロの料理人というわけでもない、ただ、自分のお店を持って、訪れてくれるお客様に少しでもおいしい物を食べてもらいたいだけ。

しかし今、ヤーベと言う存在が彼女に一歩を踏み出す勇気を与えようとしていた。

 

「ヤーベさん・・・来てくれないかな・・・」

 

リューナは自分の店にヤーベが来てくれることを待ち遠しく思った。

 




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第136話 再びの陞爵にも驚かない様にしよう

聖堂騎士団(クルセイダーズ)のロエキーゲ団長の屋敷から狼牙達に乗せられて助け出されて来た女性たち。

狼牙族のモフモフに癒されて狼牙達に抱きついている。

 

「ルーミさん、いるかな?」

 

「は、はい・・・私がルーミですが・・・」

 

見れば二人の姉妹の母親とは思えない程まだ若く見える女性。

 

「ポポロ食堂のレム、リン姉妹が貴女の帰りを待ってますよ。教会で治療を受けたら早めに帰ってあげてくださいね」

 

俺がそう言って微笑むと、ルーミはぽろぽろと泣き出してしまった。

 

「もう・・・もう、あの子たちには会えないものと・・・」

 

「貴女が帰って来るまで、食堂を潰さない様にと毎日奮闘していますよ。どうぞ褒めてやってください」

 

「ううう・・・はいっ、はいっ!」

 

娘達が自分を信じて待っていてくれる、お店を頑張って切り盛りしてくれている。

こんなに嬉しいことは無い。

 

真面な神官たちに教会の治療室に案内させる。体調の良い者達から帰宅することになった。その身分を聞き取りして、教会から賠償という形で金銭の見舞金が渡されることになった。

 

 

「ワーレンハイド国王。とにかく急いで教会内部の腐敗を完全に一掃するためにも、暫定トップに清廉恪勤な人物を当てなければなりません。ここは南地区の教会のシスターであるアンリさんに代行いただくと良いかと」

 

「お、お待ちください!教会内の人事に王国が口を挟むことは・・・」

 

俺が国王に提案していると、神官の一人が口を挟む。

 

「悪いが、教会の自浄作用は信用できないね。ここまで腐敗が進んだのを放置したのは貴方たちだ。聖堂教会という器にメスを入れない代わりに、その人員は王国で見直しを図ってもらうさ」

 

「うぐっ・・・」

 

「ラトリート枢機卿を教皇代理に、シスターアンリを枢機卿トップに据えて教会改革を行ってもらいましょう」

 

「うむ、早々に取り掛かってもらうとしよう」

 

そして王国騎士に呼び出されて連れて来られたシスターアンリは目をぱちくりしていた。

 

「ヤーベさん、今なんと・・・?」

 

「聖堂教会、王都大聖堂の枢機卿トップに就任お願いね! 教皇代理にラトリート枢機卿を置いておくから、分からないことは相談して決めてね!」

 

「いやいやいやっ! まったく意味が分かりませんけど!?」

 

アンリは首を超高速でぶんぶん振ると、意味不明と捲くし立てる。

 

「ファイッ!」

 

俺はものすごくいい笑顔でサムズアップする。

 

「えええ~~~~!?」

 

絶叫するアンリ。

 

「アリーちゃん。この人がシスターアンリだよ。君の面倒もしっかり見てくれるから」

 

「よ、よろしくお願いします!」

 

「えええっ!? 何かわかんないけど、よろしく・・・」

 

ここに史上最年少の枢機卿トップが誕生した。

 

 

 

 

翌日、再び王城にて。

 

「皆の者、急の招集であるがよく集まってくれた」

 

宰相であるルベルク・フォン・ミッタマイヤーが謁見の間に集まった貴族たちに声を掛ける。

僅か一昨日、謁見の間に置いてヤーベの男爵への叙爵、カッシーナ王女との婚約が発表されるというサプライズがあったばかりなのにその二日後、またも王城に呼び出されたのだ。

 

「今日は昨日執り行われた聖堂教会の腐敗一掃のため一斉検挙について、その結果と立役者の褒賞を行うため集まってもらった」

 

その説明にざわつく会場。

耳の早い物は教会で大捕り物があったという情報は掴んでいた。

聖堂騎士団(クルセイダーズ)団長の屋敷が急襲され館が半壊したという噂も流れていた。

単なるうわさではなく純然とした事実であったのだが。

 

「聖堂教会ではドムゲーゾ枢機卿、フラメーア枢機卿、聖堂騎士団(クルセイダーズ)団長でもあるロエキーゲ枢機卿の3名が中心となり、多くの女性を誘拐監禁、暴行を繰り返しており、多数の被害者が発生していた。その証拠をつかみ、昨日聖堂教会大聖堂に踏み込んで当該枢機卿たちを捕縛、誘拐監禁された女性たちを無事助け出すことに成功した。その英雄たちを表彰する。ヤーベ男爵、その奥方の一人フィレオンティーナ殿、入られよ」

 

パパパパーン!

 

音楽が鳴り、またも大扉は開き、俺と今度はフィレオンティーナだけが王の前に歩み出る。

 

「よくぞ参ったヤーベ男爵、フィレオンティーナ殿」

 

国王ワーレンハイドが直接声を掛ける。

 

「教会という人々に寄り添わなければならない組織での許されざる犯罪を暴き、多くの被害者を救うことが出来たのは誠に重畳であった。よって褒美を取らす」

 

再びざわつく謁見の間。

貴族たちの話の内容はアイツどんだけ手柄立てんだよ!的なやっかみが多い。

 

「ヤーベ男爵は子爵へ陞爵。フィレオンティーナ殿はヤーベ子爵の奥方でもあるが、一代限りの騎士爵としてその身分を保証するものとする」

 

「「「「「えええええっ!!」」」」」

 

特に下位貴族から驚きの声が上がった。

わずか一昨日、男爵にいきなり叙爵されたばかりだ。

それが二日後に子爵へ陞爵とは。

 

「い、いくらなんでもそれは・・・」

「ありえないっ!」

「そ、そんなばかな・・・」

 

ざわつく一同に国王が声を発する。

 

「実は、この場にリカオロスト公爵とプレジャー公爵が来ていないことはわかっておるだろう。リカオロスト公爵は体調不良を訴え昨日自領へ静養のために王都を出発しているので留守だが、プレジャー公爵は別の理由でこの場にいない」

 

国王の説明に謁見の間がシンとなる。

 

「プレジャー公爵には、様々な犯罪の容疑が掛けられる事となった。その大半はすでに証拠が固められ、ゆるぎない事実と確認が取れている」

 

その言葉にどよめく一同。

貴族階級では最上級である公爵の不祥事。

それも、かなりの容疑が掛けられていると思われる。何せこの場に呼ばれず、弁明の機会が与えられないのだ。

 

「プレジャー公爵は様々な犯罪に手を染めていたのだが、最も大きな罪としてはカッシーナ及びヤーベ男爵の暗殺未遂事件だ。どちらもヤーベ男爵に防がれているが、ヤーベ男爵の活躍が無ければカッシーナは暗殺されていただろう」

 

カッシーナ王女が殺されていたかもしれないという発言にさらにどよめく一同。

 

「合わせてテラエロー子爵、ボンヌ男爵にも捕縛命令が出ている。ハーカナー男爵殺害容疑や、教会と結託しての地上げ行為などが確認されている。これらは全てヤーベ男爵の活躍により暴かれている」

 

国王直々の説明。宰相であるルベルク・フォン・ミッタマイヤーが説明せずに、ワーレンハイド国王自らが説明をする。それだけ、国王自身が内容を重く受け止めているという事だった。それぞれの家をどうするかまでの説明はまだないが、少なくとも当主自身は断罪されることになるだろう。それだけは間違いなかった。

 

「改めて、ヤーベ男爵を子爵へ陞爵、フィレオンティーナ殿を一代限りの騎士爵へ叙爵する。今後とも王国のために存分にその裁量を振るって欲しい」

 

「「ははっ!」」

 

ははって答えたけど、マジでどうしてこうなった!?

男爵に叙爵も断れなかったから仕方ないけど、二日後に子爵へ陞爵とか、どう考えても常軌を逸しているとしか思えないぞ。

横を見ればフィレオンティーナが微笑んでいる。

 

「旦那様・・・これからもよろしくお願いしますわね! あ、子爵様とお呼びする方がよろしいでしょうか?」

 

ニコニコしながら俺にしか聞こえないくらいの小さな声で囁く。

何を言われても落ち着いていようと思ったのに、フィレオンティーナのからかいに俺は心を落ち着ける事は出来なかった。

 




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第137話 トンデモない二つ名の登場に心の底から驚こう

 

「キィィ――――!!」

 

イリーナの慟哭が響き渡る。

ちなみに咥えているハンカチはビリビリで見るも無残な状態だ。

昨日聖堂教会大聖堂に覗きに行った後、イリーナはヤーベに露店で素敵なハンカチを買ってもらう予定だったのだ。ところが、様子見で行った大聖堂でまさかの大捕り物となった。その後、教会内の処理も含め、相当の時間を取られてしまい一日が潰れてしまった。挙句に、枢機卿捕縛で活躍したのはヤーベやローガ達、ゲルドンを除くと、奥さんズの中ではフィレオンティーナだけであり、従って王城で謁見の間で褒賞を受け取るのもヤーベとフィレオンティーナだけとなっているのだ。そんな訳で、フィレオンティーナを除く奥さんズの面々は謁見の間控室でヤーベとフィレオンティーナが戻って来るのを待っている。

 

「イリーナちゃん、いい加減そのハンカチは止めた方がいいと思うよ?」

 

盟友ルシーナがイリーナのビリビリのハンカチについてツッコミを入れる。

 

「ううう・・・、ヤーベが新しいハンカチ買ってくれるって言ったんだ・・・」

 

目に一杯の涙を溜めて唸る様に言うイリーナ。

どうやら、新しいハンカチを使うとヤーベにハンカチを買ってもらえなくなるのではと思っているようだ。

 

「きっとヤーベ様はそんなビリビリのハンカチ使ってなくても、約束を忘れないと思うよ?」

 

「ううう・・・そうかなぁ」

 

決壊寸前の目を大きく開いたまま、ルシーナを見つめるイリーナ。こんな顔でヤーベに迫ればイリーナの買って欲しいものなど何でも買ってくれるのではと思うのだが、結構イリーナはヤーベのそばにいる時は素直になれないことが多い。

 

ルシーナはイリーナの肩をポンポンと叩く。

 

「ご主人しゃまはすごいでしゅ!すごいでしゅ!」

 

両手でゲンコツを作って顎の下に当てたまま、お尻をプリプリと振って喜んでいるリーナ。ご主人様であるヤーベがまたも王様に呼ばれてご褒美をもらうという話に朝から感動しっぱなしなのである。ミニスカートの腰をフリフリしているので、下着が見えそうになるが絶妙なラインで見えていない。わかってやっているのであればとんでもない魔性の女なのだろうが、リーナは完全に天然素材である。

 

「それにしても、フィレオンティーナさんがあんなに強いなんて全然知らなかったよ」

 

サリーナがふかふかのソファーに身を埋めながら思い出したように言う。

 

「そうだね~、私たちも魔法を教えて貰いましょうか?」

 

「いいねっ!ぜひ教えて貰おうよ!」

 

ルシーナの提案にサリーナも賛成する。

 

「ううう・・・」

「ご主人しゃまー!」

 

イリーナとリーナは先ほどから全く変わらないテンションだ。まるで光と闇だ。

 

「早く謁見終わらないかな・・・」

 

ルシーナは早くヤーベに帰って来てもらってイリーナの落ち込みとリーナのハイテンションを何とかして欲しいと願った。

 

 

 

 

その日の夜。

再びコルーナ辺境伯邸には多くの貴族が集まっていた。

最初の謁見で男爵に叙爵されると国王から申し渡された二日前の夜、このコルーナ辺境伯邸にお祝いにやって来た面々が再び集まったのである。

 

イリーナのご両親であるダレン・フォン・ルーベンゲルグ伯爵とその奥方アンジェラさん、ガイルナイト・フォン・タルバリ伯爵とその奥さんシスティーナ。

そしてラインバッハ・フォン・コルゼア子爵。

キルエ侯爵家当主シルヴィア・フォン・キルエ侯爵までもがまたもやって来たのだ。

 

そして王都警備隊隊長のクレリア・スペルシオと王国騎士団団長のグラシア・スペルシオの兄妹までもがまたまたコルーナ辺境伯邸にやって来た。

 

「しかし、ヤーベ君。男爵に叙爵されて二日後に子爵に陞爵とか・・・どう考えてもあり得ないんだが・・・」

 

ルーベンゲルグ伯爵が飲み物を片手に俺に話しかけてきた。隣には奥さんのアンジェラさんもいる。ほぼ二日前のデジャヴだな。

 

「ほぼ実感ないですけどね・・・」

 

俺は苦笑しながら答える。そりゃそうだよな。男爵にするって言われただけで、その二日後子爵だからな。男爵二日間って全く実感ないわ。そもそも貴族と言う意識ないしな。

 

「イリーナの旦那様はとてもすごい方だったのですね。イリーナの人を見る目が優れていた証拠ですわね」

 

奥さんのアンジェラさんがニコニコしながらイリーナを褒めている。

俺の隣にいるイリーナが顔を真っ赤にして照れている。

珍しい。ドヤ顔でそうだろうそうだろうと偉そうにするとばかり思っていた。

そういや、王城からの帰り道、馬車を止めて高級な服飾店でハンカチを買いに行った後ものすごく喜んで照れまくっていたな。

 

タルバリ伯爵と奥さんのシルフィーナさんはフィレオンティーナを褒めまくっている。何せフィレオンティーナも一代限りの騎士爵に叙されたのだ。正式な貴族である。

 

「いやはや、すでにもう私と同じ子爵になるのだな・・・」

 

「いや、もうヤーベ殿にはそんな感覚を持たないほうがいいかもしれませんな。私もあっさり抜かれそうな気がしてきました。一応ワーレンハイド国王からは私の寄子にするように言われているのですが・・・」

 

コルゼア子爵が嘆息しながら呟けば、コルーナ辺境伯も苦笑しながらぼやく。

 

「それにしても、お主は信じられぬほどの規格外よの・・・」

 

キルエ侯爵はもはや呆れてしまったように微笑みながら声を掛けてくれる。

 

「たまたまですよ・・・教会言ったらいきなり奥さん達拉致られたんですよ?俺は牢屋にぶち込まれましたし。そりゃぶっ潰すしかないですよね」

 

如何にも偶然の正当防衛を主張するが、

 

「どうせ必要な証拠はすでに押さえてから行ったのだろう?」

 

ニヤニヤとしながらヤーベの戦略を見抜くキルエ侯爵。

どうやら俺がかなり精度の高い情報網を持っている事を知っているようだ。

 

そこに来客があった。

 

「旦那様、お客様が到着されました。こちらへお通ししてよろしいでしょうか?」

 

執事がコルーナ辺境伯に確認に来た。

 

「誰が来たんだ?」

 

「賓客でありますヤーベ様にお会いしたいと・・・冒険者ギルドのギルドマスター・ゾリア様がお越しになられました」

 

「ゾリアが?」

 

俺は素っ頓狂な声を出してしまった。

なぜソレナリーニの町冒険者ギルドのギルドマスター、ゾリアがここへやって来たんだ?

 

「やあ、どーもどーも」

 

態度からして図々しいな、ゾリアよ。

よくこれだけの貴族が大勢いる場でそんな態度が取れるものだ。

 

「コルーナ辺境伯、急に訪問して申し訳ないですな」

 

「いえいえ、お気になさらずとも結構ですよ」

 

「絶対に申し訳ない気持ちモッテナイだろ」

 

「失礼な事を言うなよ! だいたいお前さんが国王様に呼ばれて謁見するっていうから、俺も楽しみにして追って来たんだよ。噂じゃ男爵に叙されたって言うじゃねーの! やるねえ」

 

ニヤニヤしながら俺を見て来るゾリア。

ムカつくからとりあえず一発殴りたい。

 

「ゾリア殿。その情報は少し古いな。ヤーベ殿は今日子爵に陞爵されることになったぞ」

 

「ええっ!? 男爵になったばかりでもう子爵!? ヤーベ、おまえどうなってるんだ?」

 

「俺が知るわけないだろ」

 

「いや、そう言ったって・・・」

 

と言ってふと周りを見回すゾリア。

ふとタルバリ伯爵と目が合う。

 

「ガイルナイト! お前もいるのか」

 

「なんだゾリア! いちゃ悪いのか?これでも俺は伯爵だぞ?ヤーベ殿の謁見時には登城するよう連絡が来ているんだよ」

 

そう言えばこの二人は昔冒険者パーティとして一緒に戦ったこともあるんだったな。

 

そしてゾリアはタルバリ伯爵の隣にいる奥さんのシスティーナさんを見て、さらにその隣にいるフィレオンティーナと目が合う。

 

「あれ? 『雷撃姫(らいげきひめ)』じゃねーの。なんでここにいるんだ?」

 

「「「雷撃姫(らいげきひめ)?」」」

 

大半の人間がポカンとした。俺もその一人。フィレオンティーナがとてつもない魔力を隠しているのは気づいていた。だから聖堂教会大聖堂に行くときに万一の時は、と直接指示を出したのだ。でも雷撃姫って? フィレオンティーナさんどえらい二つ名頂いておりますな。

 

それに、タルバリ伯爵と奥さんのシスティーナさんが明らかに「しまった!」という顔をしている。もしかしてフィレオンティーナに口止めされていたか?

 

「あ、いや、最後の二つ名は『轟雷の女神』だったか?」

 

「どちらでもいいですわ」

 

更なるゾリアの追撃に溜息を吐くフィレオンティーナ。

いやいや、どちらでもいいって! 今度は『轟雷の女神』ってもう最上級じゃん。それ以上ないよ?雷としても女性としても。轟雷だし女神だし。

 

「で、お前さんは何でここに?」

 

「わたくしはヤーベ様の妻ですから。旦那様であるヤーベ様と一緒にいるのはあたりまえのことですわ」

 

「はいっ? ヤーベの奥さん・・・雷撃姫なの?」

 

今度はゾリアがポカンとする番だった。

 




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閑話22 王都に住む人々の幸せな日常③

 

「う~~~~」

 

この日の仕事終わり。

 

王都警備隊クレリア・スペルシオは副隊長エリンシアと二人で酒場に繰り出していた。

 

王都での喧騒もひと段落して、早く平穏な日々が戻って来てくれと願うクレリア・スペルシオであったが、彼女の周りはなかなかそうはいかない様であった

 

「また、実家の母君から見合いの連絡があったのですか?」

 

エールを片手にエリンシアはクレリアに話しかける。

 

「そうなんだよ・・・、母上がしつこいんだ・・・」

 

右手に持ったエールのジョッキを一気に煽って飲み切る。

ドンッとテーブルに空になったジョッキを叩きつける。

 

「お代わりだ~、お代わり持ってきてくれ~」

 

空になったジョッキを振り回すクレリア。

 

「ちょっとちょっと、雫が飛びますよ!?」

 

いつもは冷静沈着で頼りになる隊長のクレリアがここまで酔って乱れるとは。

よほど母上からの結婚圧が強くてストレスになっているのか。

エリンシアはクレリアに同情の目を向ける。

 

「はい!エールお代わりお待たせしました~」

 

クレリアの前にエールが注がれた新しいジョッキが到着する。

それを掴むと一気に煽り、半分ほど飲み干してしまう。

 

「クレリア、飲み過ぎでは?」

 

エリンシアが心配する。

 

「ふう・・・、キルエ侯爵襲撃事件の撃退、教会の悪徳枢機卿捕縛、その前には王都のならず者たちの捕縛・・・、何だか知らんが手柄だけは急に山積みになったが・・・」

 

ツマミの豆料理をガっと摘まんで口にする。

 

「王国からの慰労金出ましたね。後、給料もアップしましたよ。ここ数日の大活躍で。すごいですよね、クレリア隊長」

 

持ち上げる様にエリンシアがジョッキを掲げる。

 

「でも、ぜ~んぶヤーベ殿の協力があってこそなんだ・・・。刺又も、キルエ侯爵襲撃者情報も。私の活躍など塵芥にも等しい!」

 

残りのエールを飲み切り、再びテーブルにドンッとジョッキを叩きつけるクレリア。

確かにヤーベの助力は大きいところであろう。だが、クレリアの実力は本物である。

しかしながら、やっかむ者達からはヤーベのおかげで成果を上げている、などと揶揄されることもあった。

 

「そんなことないと思うよ? 例えヤーベさんの力を借りたとしても、結果を出したのは貴女じゃない。自信持っていいと思うよ?」

 

「そうかな・・・?」

 

「そうだよ!これだけ活躍して結果出してるんだから、母上殿にも仕事で結果が出ているから、結婚は今のところ無理って言えばいいんじゃない?」

 

「むうっ!確かに! 今の私の恋人は『王都』なんだ!」

 

そう言って空のジョッキを高々と掲げるクレリア。

 

「そうそう!その意気ですよ!」

 

エリンシアも肩を叩きながら慰める。

 

「・・・でも、ヤーベ殿ならいつでもOKなのだがな・・・」

 

クレリアの書き消える様に小さく呟いた声は誰にも聞こえなかった。

 

 

 

 

 

 

「ふう・・・」

 

あまりに久々に歩く。

 

ルーミは昨日大きな狼さんたちに地獄から助けられた。

約一か月前、教会の清掃作業員、炊き出し作業員募集に応募した。

一日作業で銀貨2枚。

作業からすると報酬は多い感じだった。

 

半年前に流行り病で夫を亡くし、まだ幼さの残る娘姉妹と自分だけになってしまった。

夫の経営していた食堂を自分と子供たちだけで賄っていかなければならない。

食堂の他に少しでもお金を稼げないかと思っていたところで、教会での作業の斡旋がある事を知った。

 

何十人と作業員が集まる中、振り分けられたグループで作業していたのだが、いつの間にか意識を失い、鎖につながれていた。

誘拐されたと気づいたのは同じ部屋にもっと古くから鎖でつながれていた女性たちの話からだった。

 

教会で作業手伝いを募集し、美しい女だけを一人か二人、誘拐する。

悪辣なのは、キチンと報酬を出して、作業に参加した人々からも評判がよかったことだ。そして、その中で参加前の面接から家庭環境を確認し、行方不明になっても問題になりにくい人物を選んでいたのだ。

 

だが、あの日、地獄の生活が終わり、助け出されたのであった。

大きな狼が踏み込んできて、恐ろしかった大きな騎士を張り手でボコボコにしてくれた。

あの時ほどもっとやれ!と思ったことは無いだろう。

助け出された時、多くの女性たちは足腰が弱っており、歩くのもままならない感じだったのだが、なんと大きな狼さんたちが自分たちを優しく背中に乗せてくれたのだ。

あの時ほどモフモフ感に包まれたことは無い。

 

大聖堂に連れて来られたのだが、教会の枢機卿のほとんどが捕まり、教会の腐敗は一掃されたとのことだった。

 

私たち捕まっていた女性たちは神官に回復呪文を掛けてもらって、温かい料理も食べさせてもらった。

本当に久しぶりにふかふかのベッドで眠ることが出来た。

・・・自分の家のベッドはこんなふかふかではなかったから、久しぶりという表現は些か問題があるかもしれない。

そして私はグッスリと休むことが出来た。だが一日しっかり睡眠をとっただけでは、やはり疲労感が抜けきらないのか目が覚めたのは翌日の昼前であった。

 

自分たちを助けてくれた大きな狼さんの飼い主さんがヤーベさんだった。ヤーベさんはポポロ食堂に行ったことがあるらしく、

 

「ポポロ食堂のレム、リン姉妹が貴女の帰りを待ってますよ。教会で治療を受けたら早めに帰ってあげてくださいね」

 

と言ってくれたのだ。

 

「もう・・・もう、あの子たちには会えないものと・・・」

 

ぽろぽろと涙が止まらなくなる。

 

「貴女が帰って来るまで、食堂を潰さない様にと毎日奮闘していますよ。どうぞ褒めてやってください」

 

「ううう・・・はいっ、はいっ!」

 

娘達が自分を信じて待っていてくれる、お店を頑張って切り盛りしてくれている。こんなに嬉しいことは無いと思う反面、こんな事に巻き込まれてしまって、家に長期で帰れなくなって子供たちに迷惑を掛けてしまった。

 

「早くあの子たちに会いたい・・・」

 

ふらつく足に鞭を打ち、自宅の食堂へ向かう。

 

「・・・なに、これ・・・」

 

ポポロ食堂の前には20人以上の行列が出来ていた。

夫が生きていた頃でもこんなにお客が並んでいたことは無い。

 

「すみません、ちょっと通してもらえますか?」

 

「おいおい、ちゃんと並んで・・・」

 

そう声を掛けようとした客はルーミの顔を見て驚く。どうやらルーミの顔を知っていたようだ。

 

「ルーミさん帰って来たのか!」

 

ガラッ!

 

食堂の引き戸を開けて飛び込む。

ちょうどリンが出来たてのバクダン定食をテーブルに置いたところだった。

 

「リン!」

 

「お・・・お母さん?」

 

ガララン。

お盆を落としてしまうリン。

 

「お母さん!!」

 

そう言ってルーミの胸に飛び込むリン。

 

「お母さんお母さんお母さん!」

 

リンはルーミに抱きついて泣きじゃくった。

その声を聞いてレムも厨房から飛び出してくる。

 

「お、お母さん――――!!」

 

レムも全力で抱きついて泣き出す。

 

「リン、レム、ゴメンね!心配かけてゴメンね!」

 

ルーミも涙を流しながら二人の娘を抱きしめる。

 

「おお・・・ルーミさん帰って来たんだ!」

「母ちゃん戻って来てよかったな!」

「リンちゃんよかったね!」

「レムちゃんこれで安心だね!」

 

お客さんたちももらい泣きする。

 

「よっしゃ!こんなめでたい時は追加注文だ!」

「ドリンク全部飲むぞ!」

「いや、めでたいのは同意するが、まだ店の外で並んでるんだが・・・」

 

この後ルーミも久々にエプロンをして接客を手伝い、とにかく出せる料理や飲み物は全て注文されてしまい、ポポロ食堂は過去最高の売り上げを上げることになったのだった。

 




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第138話 風雲急を告げる王国の危機に対処しよう

 

「国王様。その王座、私に渡して頂いてもよろしいですかな?」

 

昨日、王城でヤーベ男爵に対する二度目の謁見を行い、子爵へ陞爵させた。

一昨日の聖堂教会大聖堂に急襲による、三名の枢機卿を含む十名以上の聖職者が捕縛されるという大捕り物があった。その立役者がヤーベ男爵であった。その奥方の一人も活躍したようだが、なかなか切り込めなかった大きな組織へバッサリ切り込み、結果を出すヤーベ男爵、いや、ヤーベ子爵の実力には国王としても舌を巻くばかりであった。

 

その二度目の謁見時、プレジャー公爵は謁見の間に呼ばれなかった。

なぜなら、謹慎命令が出ていたからである。

 

「プレジャー公爵? 卿には謹慎処分を科していたはずだが?」

 

国王ワーレンハイドは執務室で職務を始めたところであった。

国王の執務室には女官2名、執務官2名、護衛騎士1名、そして国王であるワーレンハイドの6名であった。

その誰もが執務室にノックも無く無断で入って来たプレジャー公爵とその後ろの男に驚いていた。

 

「もう、ワーレンハイド国王のかじ取りでは王国を任せられないと悟りましてな。私が変わって国王となり、このバルバロイ王国をより発展させて行く事としましょう」

 

気持ち悪いほど嫌らしい笑みを浮かべるプレジャー公爵。

 

「貴様、何を言っているのかわかっているのか?」

 

護衛騎士が剣の柄に手を掛け、国王の執務机の前に出て来る。

通常であれば公爵であるプレジャーに対して騎士がそのような口を利くのは不敬罪に当たる。だが、プレジャー公爵は現在多くの犯罪にかかわったとして謹慎処分中であり、ましてこの国王の執務室にノックも無く乗り込んで来て、王の座を明け渡せなどと宣ったのである。騎士が貴様、と気勢を上げてももっともな事であった。

 

「キャハハ! 弱い弱―い!」

 

ガクンッ!

 

いきなり騎士が膝から崩れ落ち、倒れる。

 

「「キャ――――!」」

 

女官たちが悲鳴を上げる。

 

「なんだ? いきなり何をした?」

 

ワーレンハイド国王は眉を顰める。

そして理解する。この執務室に来るためには王国騎士が警備する通路を通って来なければならない。そして、今の騎士が倒れた事を考えれば、プレジャー公爵の後ろに立つ緑のローブを着た男のさらに後ろに浮かぶ女性の姿をした悪魔の仕業により、騎士の守る通路を突破されたのだと。

 

「それで、王国の王の座を私にお譲りいただけますかな?」

 

プレジャー公爵が如何にも愉快といった表情で繰り返す。

 

「馬鹿な。お前なぞに明け渡すわけがなかろう」

 

ワーレンハイド国王はきっぱりと言った。

例え殺されても、「王座を明け渡す」とは言えるわけがなかった。それは王家の矜持でもあった。

 

プレジャー公爵自身もその点はわかっている。

比較的国王として評判の高いワーレンハイドを殺してしまうと、その後自分が国王に就いたとしても国民の反感が凄まじいものになるだろう。

できれば、ワーレンハイド国王自ら、プレジャー公爵に国王の座を譲ると言わせてその簒奪が正統性のある物だと知らしめたいと思っていた。

 

「キャハハ! じゃあ洗脳しちゃう?」

 

ふわふわと浮かんでいる女性悪魔が緑のローブの男に声を掛ける。

 

「どうします?」

 

緑のローブの男は自分の雇い主であるプレジャー公爵の指示を仰いだ。

 

「待て。この男自身がワシに王の座を譲る以外にないと分からせることが大事なのじゃ」

 

ウシシと笑うプレジャー公爵。気持ち悪さが一層に増していく。

だが、この男、一体何を企んでいるのだろうかとワーレンハイド国王は疑問が浮かぶ。

自分が公爵に王の座を明け渡すことなどありえない。それはヤツ自身もわかっているはずだ。ならば、ヤツは何を切り札に持っているというのか。

 

「ワーレンハイドよ、この王城には王国の北、西、南を見渡せるバルコニーがあったのう?」

 

ついに国王を呼び捨てにしたプレジャー公爵。

 

「ああ、それがどうした」

 

「今、この王国がどのような状況になっているか、目で見れば如何に愚かな国王様であろうとも理解できるであろう」

 

不遜な態度が加速するプレジャー公爵。

ワーレンハイド国王はとにもかくにもここで言い争っていても始まらないと、プレジャー公爵と共に執務室を出て最上階に近い場所にあるバルコニーに向かった。

 

 

 

「どうじゃ?ワーレンハイド」

 

「こ、これは・・・」

 

ワーレンハイド国王が見たバルバロイ王国の姿。

 

南からは万にも迫ろうかと言う魔物の大群が、

東からは20mはあろうかという山のような一つ目巨人ギガンテスが

北からは恐るべき稲妻を迸らせながら雷竜サンダードラゴンが向かって来ていた。

 

事態は風雲急を告げるのであった。

 

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

 

「一体どうなっているのだ!」

 

王国騎士団の隊長グラシア・スペルシオは次々と舞い込む魔物襲来の情報にパニックに陥っていた。

 

最初に来た報告は王都バーロンに南から万に迫る様な魔物の群れが向かって来ているとの報告であった。

明らかにスタンピードのような状況に信じられない思いだった。

 

どちらにしても全軍で当たる以外に方法はない。

 

騎士団も最低限の人数だけを王城に残し、迎撃に出る予定でいた。

王国軍の将軍職の連中にも連絡を取った。

 

だが、

 

「隊長!バーロンの西から20mはあろうかという山のような一つ目巨人のギガンテスがこちらに向かっているとの事です!」

 

「何だと!」

 

ギガンテスなど、もはや伝説級の魔物である。それがこの王都バーロンに向かっているという。

 

「大変です!」

 

「今度はなんだ!」

 

矢継ぎ早に来る伝令につい苛立つ声を上げるグラシア。

 

「王都の北に、ドラゴンが現れました! しかもワイバーンを数匹伴なっており、しかもそのドラゴンは雷竜サンダードラゴンであると思われるとのことです!」

 

「何だとお!バカな!」

 

グラシアはその報告をにわかに信じることは出来なかった。唯のドラゴンではなく、地水火風の属性を持つドラゴンは通常のドラゴンの上位種として非常に恐れられる存在であり、また、その姿をほとんど現さないことからこちらも伝説級の存在として知られていた。

 

「い、一体、何がどうなっているのだ・・・」

 

今、まさに王都バーロンは絶体絶命の危機に陥ろうとしていた。

 




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第139話 事態の収拾のために手を打とう

お待たせ致しました!


「一体どういう事なのですっ!」

 

王妃リヴァンダは珍しく声を荒げた。

 

今女性騎士から受けた報告はにわかに信じられないことばかりだった。

 

南からは万にも迫ろうかと言う魔物の大群が、

西からは20mはあろうかという山のような一つ目巨人ギガンテスが、

北から雷竜サンダードラゴンが向かって来ているというとんでもない報告だったのだ。

 

「こ、こんなことが・・・このままでは王都が灰燼に帰してしまう・・・」

 

リヴァンダは顔面蒼白になった。

 

そこへ別の女性騎士が飛び込んでくる。

 

「こ、国王様が!」

 

「あの人がどうしたの?」

 

「プレジャー公爵に連れて行かれて、バルコニーに!」

 

「い、一体何が起こっているの?」

 

プレジャー公爵は数々の犯罪行為を行っていた。

そのため取り調べを進めており、その間謹慎を命じていたはずだ。

この王城に姿を見せていいはずがない。

リヴァンダは全く状況が飲み込めなかったのだが、ともかく侍女たちと共に女性騎士の案内でバルコニーに向かった。

 

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

 

「一体どうなっておるのだっ!」

 

登城したフェンベルク・フォン・コルーナ辺境伯は宰相であるルベルク・フォン・ミッタマイヤーに詰め寄った。

 

最初、宰相のルベルクの執務室にコルーナ辺境伯が怒鳴り込んできたのだが、その後もエルサーパ、フレアルト、ドルミア、キルエの各侯爵も集まって来た。

執務室では狭すぎるので、大会議室に移動して状況確認を行うことになった。

 

万にも届くような魔物の軍勢、巨人に雷竜の同時襲撃。王都は風前の灯火だった。

 

「一体・・・どうなっている?」

 

フレアルト侯爵が腕を組んで唸る。

 

「あれほどの魔物、普通に湧いて出るはずがない。何者かの陰謀だろうの」

 

キルエ侯爵も腕を組み考える。

腕を組むとドレスを着るキルエ侯爵の胸が強調されるが、今は

 

「軍の対応はどうなっている?」

 

エルサーパ侯爵の問いに答えるのは宰相のルベルク。

 

「最初の報告が南からの魔物の軍勢だったのでな。王国軍のほとんどを南に集結させて食い止める予定だった。そのため、その後の報告で出たギガンテスとサンダードラゴンへの対応はまだ何も手が打てていない状況なのだ」

 

「実にマズイ状況ですな・・・」

 

ドルミア侯爵は頭を掻いて唸る。

 

「貴殿らは私兵をどれだけ用意できる?」

 

そこに現れたのはドライセン公爵。

プレジャー公爵が謹慎処分となっており、リカオロスト公爵が領地へ帰っている今、実質貴族のトップに立つ男であった。

 

「正直、20~30名程度か」

 

エルサーパ侯爵が呟くが、他の侯爵たちも似たようなものだった。

領地には多くの私兵を準備していても、王都では不要であり、普段から兵を置くようなことは無かったのだ。

 

「それでもよい、出来るだけ出してもらいたい。王都の市民を非難させるための誘導作業などを対応してもらいたい」

 

「だが、どこに避難する?」

 

ドライセン公爵の説明に、フレアルト侯爵が疑問をぶつける。

 

「東だ。現在王都に3方向から脅威が近づいているのだ。東から脱出するしかあるまい」

 

「そうだな・・・」

 

そこへルーベンゲルグ伯爵、タルバリ伯爵、コルゼア子爵などの貴族が続々と集まって来る。

それぞれが情報を求めて集まって来ていた。

そして、王国騎士団の担当より逐一情報が入って来る。

状況は絶望的な様相を見せる。

 

「ふむ、実際打つ手無しじゃの。コルーナ辺境伯殿。お主の切り札を切ってもらうしかないのではないか?」

 

キルエ侯爵がコルーナ辺境伯に目を向ける。自然と他の人たちも向ける。

 

「・・・そう言えば『救国の英雄』殿はどうしているのだ?」

 

ドライセン公爵が尋ねる。

 

「それこそ、男爵、子爵と異例の出世をしてるんだ。こんな時に働かなくていつ働くんだって話だぜ」

 

フレアルト侯爵がやっかみを込めて言う。

 

「よせ。彼も元々望んで叙爵となったわけではない。無理を言えば王国を捨てかねんぞ」

 

キルエ侯爵がクギを刺す。

 

「はっはっは、侯爵が子爵に気を使うか。面白いな」

 

ドライセン公爵は豪快に笑った。

 

「4日で子爵になった男ですからね」

 

キルエ侯爵も微笑み返す。

 

「そのヤーベ殿・・・ヤーベ子爵なのですが・・・、朝から姿が見えないのですよ」

 

「なにっ?」

 

ドライセン公爵が驚いて声を上げる。

この緊急事態に、朝から行方不明。

 

「逃げやがったか? 腰抜けめ! 貴族の風上にも置けねぇ。やはり剥奪したほうがいいんじゃねぇのか?」

 

フレアルト侯爵が物騒な事を言い出す。

 

「王のお決めになられたことである」

 

ドライセン公爵がフレアルト侯爵に睨みを効かす。

フレアルト侯爵は面白くなさそうにそっぽを向いた。

 

「それに、逃げたのではなく、すでに対処に動いたのかもしれんぞ?」

 

キルエ侯爵がニヤリと笑う。

 

「そう言えば・・・いつも庭にたむろしている狼牙達も、ゲルドン殿もいなかったな」

 

コルーナ辺境伯がそう呟くと、

 

「なに?」

 

キルエ侯爵が声を上げる。

 

「ヤーベ殿にとって狼牙族は虎の子の集団であろう。それが1匹もいないと申すか?」

 

「え、ええ・・・。1匹もいなかったですな」

 

「では、間違いなくこの未曽有の危機に対処するために動き出している・・・と言ったところであろう」

 

「しかし・・・動いているとはいえ、『救国の英雄』殿でもどのように対処すると言うのか」

 

キルエ侯爵がホッとしたような感じでヤーベの行動を断定すると、エルサーパ侯爵がヤーベの対処について心配する。

 

「うむ・・・」

 

キルエ侯爵も黙り込む。

何せ相手は万にも届こうかと言う魔物の群れにギガンテス、サンダードラゴンである。

どうにかしてくれと頼む事自体どうかしていると言える。

 

「大変です!」

 

そこへ女性騎士が飛び込んでくる。

 

「どうした?」

 

「い、今、バルコニーに! プレジャー公爵とその部下らしき男と女性の姿をした悪魔がワーレンハイド国王を捕らえて王の座を明け渡すように迫っております!」

 

「な! なんだとっ!」

 

フレアルト侯爵が激昂する。

 

「とにかくバルコニーに行こう」

 

ドライセン公爵を先頭に全員がバルコニーに向かった。

 

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

 

バルコニーに到着した時、ちょうどリヴァンダ王妃も到着したところだった。

 

「一体どういうつもりなのです!」

 

誰も聞いたことが無かったリヴァンダ王妃の怒声がバルコニーに響いた。

 

「これはこれは、皆さんお揃いで」

 

余裕綽々で返答をするプレジャー公爵。

 

「冗談では済まされぬ事だと思うが?」

 

ドライセン公爵も眼光鋭くにらみつける。

 

「当たり前だ。愚か者が。本気で王の座を明け渡してもらおうと思っているのだからな」

 

「あの魔獣たちはお前の仕業か!」

 

そう、これだけの人数が集まったのである。国王が近くにいるとはいえ、強引に事を進めればプレジャー公爵たちを拘束する事も出来るだろう。だが、あの魔獣たちがどのよう動くかわからないのだ。

 

「キャハハ! 人がいーっぱい! 精気吸っていい~?」

 

「なんだ、この悪魔?」

 

フレアルト侯爵がにらみつけるが、悪魔には効果がない。

 

「今はダメだ」

 

「つまんな~い」

 

「サキュバスだな。精神に干渉する魔法が得意な種族だな」

 

「ああ、これで合点がいった。力のある王国騎士団の騎士たちの守りを突破したのはこの悪魔の魔法だな」

 

コルーナ辺境伯とタルバリ伯爵が女性悪魔をサキュバスと看破する。そしてそれにより、なぜプレジャー公爵が国王をここまで連れて来ることが出来たのか理解したのである。

 

「賢い賢~い、お礼にエッチする?」

 

「ふざけやがって!」

 

タルバリ伯爵が怒りを隠さずに一歩踏み出す。緊急時ではあったが、宰相のルベルクに会いに行くのに剣を持っていくわけにもいかず、現在ここにいる貴族たちは全て武器を所持していなかった。

 

「不思議だな」

 

ぼそりとドライセン公爵が呟く。

 

「何がだ?」

 

「いやな、これだけの事を起こして、ワーレンハイド国王様より例え王の座を譲られたとして、どうなるというのだ?」

 

「どうなる、だと?」

 

「王家を簒奪したお前に誰がついて来るというのだ? 例えワーレンハイド国王より王の座を譲られたと発表しても、我ら貴族はお前を王とは認めん」

 

「そりゃそうだよな。簒奪者に従う必要はない!」

 

フレアルト侯爵もドライセン公爵に追従する。

 

「くっくっく、はっはっは、わーーーーはっはっは!」

 

馬鹿笑いしだすプレジャー公爵。

 

「決まっておるだろう? ワシに従わねば、あのバケモノたちを領地にけしかけるだけよ」

 

そう言ってリヴァンダ王妃やドライセン公爵に背を向け、バルコニーの手すりに手を掛ける。

 

「見ろ!あの魔物の群れを!山のような巨人を!恐ろしい雷竜を!」

 

そう言ってもう一度振り返り、その手を振る。

まるで、それが自分の力だとでも言わんとばかりに。

 

「・・・従わぬものは魔獣で殺すのか。王国の国力は地に落ち、すぐにでも隣国から攻め込まれて御終いだろうな」

 

ずっと黙って聞いていたワーレンハイド国王が呟いた。

 

「だからワシに従うしかないんじゃよぉ」

 

ついに涎まで垂らして笑い出すプレジャー公爵。

 

「いやあ、笑いの三段活用、実際に聞けるとは思えなかったな。ラノベあるあるも異世界になるとホントにあるあるなんだな」

 

謎の言葉が聞こえてくる。その言葉の意味をだれも理解することは出来ない。

だが、その声の主は誰もが密かに心の底で待ち望んでいた存在だった。

 

「ヤーベ殿!」

 

真っ先に声を出したのはコルーナ辺境伯であった。

 

「ヤーベ殿、やはり来てくれたか・・・」

 

キルエ侯爵も少し安堵するように声を漏らす。

 

「毎度、正義の味方でおま」

 

集まった人々をちょっくら御免よとかき分けながら前までやって来たヤーベは、右手をひょいっと挙げると、あまりにも軽く挨拶するのであった。

 



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第140話 なぜここに来たのか教えてあげよう

あまりにも軽く挨拶するヤーベ。

その態度にイラつく者が出る。

 

「テメエ!どこ行ってやがったこの非常時に!」

 

フレアルト侯爵がヤーベに食って掛かる。

 

「どこと言われても、()()()()別にどこも」

 

「ふざけんな!」

 

そのフレアルト侯爵を押し止め、ドライセン公爵がヤーベに話しかける。

 

「子爵殿。お主の手勢が姿を見せておらんようだが、どうしているのだ?」

 

「ああ、それなら・・・」

 

そこへヤーベの言葉を遮る様にある人物が突入してきた。

 

「ヤーベ様!お会いしとうございました!」

 

そう言ってヤーベの背中に抱きつくカッシーナ王女。

 

「うおうっ!?」

 

思わずよろけちゃったよ。てか、王女様、人前で抱きつくのってハシタナイとか言って怒られません?

 

「カッシーナ、今大切なお話をしてますから。ちょっと落ち着きなさい」

 

リヴァンダ王妃がカッシーナ王女を嗜める。

 

「ほう、カッシーナ王女。本当に傷が治ってお美しくなられましたな。まさにワシの后にふさわしい! 今すぐこちらに来い。そうすれば命だけは助けてやるぞ。ああ、リヴァンダよ、貴様もワシの側室として生かしておいてやる。年がいっている分お前の方が側室だがな」

 

「なっ!?」

 

怒りで顔が真っ赤になるリヴァンダ王妃。

対してカッシーナ王女はキョトンとしている。

 

「プレジャー公爵? 一体何を言っているんでしょうか? 私はすでにヤーベ様の奥様だといいますのに」

 

へばりついていた背中から左手の方へ移動してきたカッシーナ王女。ガッチリと自分の胸に左手を取り込むあたり、抜け目のなさが感じられるな。

 

「いや、カッシーナ。まだヤーベ君の奥さんじゃないから・・・」

 

ワーレンハイド国王が嘆息しながら言う。

 

「そうよカッシーナ。ヤーベ子爵の奥様になるには、ヤーベ子爵が最低でも伯爵まで陸爵してもらわないと婚姻は認められないんだからね」

 

この王都が風前の灯火となっている状況下で、国王も王妃も自分の娘の結婚についてダメ出ししている。肝が太いというか、座っているというか・・・。

 

「はははははっ! 馬鹿か貴様ら! その男の妻になる事は永遠にないわ! 早くこっちへ来いカッシーナ! そうすれば可愛がってやるぞ?」

 

「キャハハ! 手伝う~?」

 

「いいのう、それも」

 

死ぬほど気持ち悪い笑みを浮かべるプレジャー公爵と盛り上がるサキュバス。

 

「まあそれも王の座を頂いてからにしてくださいよ」

 

緑のローブの男が窘めるように言う。

 

「そうそう、アンタだけ顔出してないんだよね? お宅、誰?」

 

ヤーベが不躾に聞く。

 

「お前は知らぬだろうよ。俺は5年前までしかこの王城にいなかったからな」

 

「お、お前は!」

 

声が上がったのは貴族たちの後ろにいた男からだった。

 

「おお、ブリッツ殿、お主もここへ来ていたのか」

 

コルーナ辺境伯が声を掛けたのは宮廷魔術師長であるブリッツであった。

ブリッツはその実力と功績のみでトップまで登りつめた男であった。

元は平民の出であったが、叙爵して現在は伯爵まで陸爵している。ちゃんと家名もあるが、王城内ではよほどの事がない限り名乗らない。領地も断っているため、所謂宮廷貴族と呼ばれる、給料だけもらって国のために仕事をする貴族である。

 

「ゴルドスター・・・、とてつもない実力の<召喚士(サモナー)>が関わっていると予測できた時点でお前でないかとは思っておったが・・・まさかプレジャー公爵と手を組んで王家の簒奪を狙うとはな」

 

厳しい目つきで睨む宮廷魔術師長のブリッツ。

 

「ゴルドスターって、あの大量の生贄を使って召喚術を実験する計画をぶち上げ、撤回を求められても従わず、ついには解雇となり王都を追放された、あのゴルドスターか」

 

「当時からその魔力と召喚術だけは超一流で、次代の宮廷魔術師長を狙えるとまで言われた男だったな・・・」

 

コルーナ辺境伯とルーベンゲルグ伯爵が思い出したように言う。

 

この二人は王都の政治にも人材にも明るい様だが、どうも四大侯爵家は我関せずと言った雰囲気の様で、あまり人材にも詳しくない様だった。

 

「当時俺の天才的な能力を認めず、王都から追い出した者達への恨みは募るばかりだったが、ついに貴様らに復讐する時が来たのだよ。あれを見ろ!俺が召喚した魔物どもを!あれだけで王都を壊滅させられる戦力だ!他国への侵略も容易に出来る! 俺を認めなかったお前らは自分の無能さを恨みながら死んで行け!」

 

「で、話からすると、お前は自分の実力やら魔力やらが足りないから、たくさんの人を犠牲にしてアレを召喚したと?」

 

俺は剣呑な雰囲気になってしまいそうなのを出来るだけ抑えて聞く。

あのデカイ化け物ども召喚するとなれば、すでに相当な犠牲者が出てしまっているという事なのか。

 

「口の利き方に気を付けろ、下郎! 貴様のような多少狼が使えるだけの<調教師(テイマー)>風情が出る幕ではない!」

 

「うーん、俺の実力云々より、お前の魔力や実力が足らないから人を一杯犠牲にしないと召喚できないって話をしたんだが?」

 

「ははは、愚かな者とは会話にならんようだ」

 

ゴルドスターは呆れたと言わんばかりに肩を竦める。

 

「いや、コミュ症の人間と会話するのは疲れるね。魔力足らないから生贄たくさん使ってるんだろって聞いてるだけなのに。まあ、自分の実力が無いって認められない器の小さい男って事だよね。あ~、嫌だ嫌だ」

 

「き、貴様~~~~!」

 

ゴルドスターの血管が切れそうになる。

だいぶイラつかせたところで、もうちょい突っ込んで聞いてみるか。

 

「お前、強制的に<迷宮氾濫(スタンピード)>をおこさせる術を持っているな?」

 

俺の問いにゴルドスターが反応する前に真っ先にコルーナ辺境伯が反応した。

 

「な、何だと! ヤーベ殿それでは・・・」

 

「ええ、コイツでしょうね。ソレナリーニの町の北に位置したダンジョンで<迷宮氾濫(スタンピード)>を起こしたのは」

 

「どういうつもりだ!」

 

「想像は出来ますけどね」

 

「え、出来るのかい?」

 

コルーナ辺境伯がゴルドスターに問い詰めるも、俺は想像が出来たのでつい言葉を発してしまったのだが、ルーベンゲルグ伯爵は驚いたようだ。

 

「王家を簒奪し、王都を制圧した際に一番困るのは外部から攻められる事でしょう。そのために外の力を排除しておきたかったのでしょうね。この中で最も王都から遠い代わりに辺境を開発し、魔獣と戦うための戦力を整えているコルーナ辺境伯こそが一番注意すべき相手であったという事でしょう」

 

「なんだと!このフレアルト侯爵家よりもか!」

 

フレアルト侯爵は激昂するが、俺は淡々と話を続ける。

 

「四大侯爵家の領地は王都から近く、その戦力は王都防衛のためとは言え対人間に特化しており、実戦も少ないでしょう。それに比べてコルーナ辺境伯家の戦力は広い未開拓の土地を開墾していく作業を行いながら魔獣と戦っていくために整えられた騎士たちです。鍛えられ方が違います」

 

「むう!」

 

「なるほど、ただの馬鹿ではないらしい。ますます面白いな。確かにダンジョンで<迷宮氾濫(スタンピード)>を起こしたのは俺だ」

 

堂々と犯人だと自白しやがった。

 

「どうやってやるんだ?」

 

「くくく・・・知りたいか? ダンジョンにはモンスターポッドと呼ばれる、魔物が生まれ出す力場がいくつかある。そこに魔力を極限まで圧縮した魔輝石を放り込むんだ。魔輝石が爆発した時に圧縮魔力が一気に解放され、モンスターポッドを暴走させる!」

 

魔力を極限まで圧縮した魔輝石ね・・・

 

「あ、そう。で? 実力も魔力も無いヘタレなお前はその魔輝石とやらにどうやって魔力を詰めたわけ?」

 

俺の体内で濃密な魔力が渦巻いて行く。

 

「くくくっ、どうも貴様は俺を怒らせたいようだな。まあいい、頭の悪いお前にも分かるように説明してやろうか。魔輝石は一つで数百人分の魔力を詰めて作るものだ。まあ、田舎に行けばそれくらいの村などいくらでもあるさ」

 

「・・・そうかい」

 

ついに抑えきれなくなり、魔力が俺の体から漏れ出す。

 

「「「!!」」」

 

魔力感知の高い数名が俺の変化に気づいて体を強張らす。

 

「おいおい、テンション上げるのは良いが、何か忘れちゃいないかぁ? 俺たちに手を出して見ろ。王都はあっという間に壊滅するぞ?」

 

ニヤ突きながらゴルドスターが馬鹿にしたように告げる。

 

「マ・・・マスター・・・コイツ・・・ヤバいかも・・・」

 

後ろで浮いていたサキュバスがダラダラと冷汗をかき、震えだす。

 

「お前、本当にアホだな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

その場の全員が、プレジャー公爵は元より、国王も王妃もドライセン公爵以下貴族たちも誰もがヤーベが何を言っているのか理解できない。

そしてカッシーナ王女だけがニコニコと微笑んでいる。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだろうが」

 

ここにいる誰もがポカンと口を開けてヤーベを見た。

この男は今何と言ったか?

すでに王都の外に迫っている魔獣の対応が終わった?

その全てがあまりにも意外過ぎて理解が追い付かない。

 

「お疲れ様です」

 

カッシーナ王女だけが優しい笑顔でヤーベに労いの言葉を掛けるのだった。

 



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第141話 絶妙な人(?)選で迎撃しよう

時は少し遡る。

 

 

 

「うーん、これは騒動になるなぁ」

 

俺は明け方、まだ夜が明けない頃からすでに着替えを済ませ、部屋の中で唸っていた。

 

ヒヨコ十将軍からの報告では、王都バーロンの北、西、南の3方向で魔物を召喚しての襲撃を計画していると情報が届いていた。

 

「それにしても、フィレオンティーナが元Aクラスまで上り詰めた一流の冒険者だったとはね・・・」

 

再びの立食パーティでゾリアから聞いた話。

二つ名も雷撃姫から轟雷の女神まで進化した、雷撃の使い手と言われた魔術師だったようだ。俺もシルフィーの力を借りれば雷の精霊魔術を操ることは出来る。

だが、フィレオンティーナは精霊魔術以外にマナの力を使った元素魔術の使い手でもあった。この世界で所謂魔術師(ウィザード)と呼ばれるのは元素魔術の使い手の事を言う様だ。それだけ複数系統の魔術を操ること自体が実力を証明するものでもあった。

 

「さて、どう対処するか・・・」

 

すでに、どの門の方角にどのような魔獣が呼び出されるか判明している。

南からは南方のダンジョンから<迷宮氾濫(スタンピード)>で大量発生した魔物が王都へ襲来している。

その数、万に達しようかと言う規模との報告が上がっていた。

その構成はゴブリン、コボルドのような小型から、オーク、オーガ、そしてマンティコアやキマイラのような大型魔獣までかなりの数が迷宮から溢れ出したようである。

 

そのため、先んじてローガ達に指示を出している。

ローガを大将に、狼牙族全軍と、ヒヨコ十将軍の内、序列第一位から第三位までの軍団を先発させた。そして、万に近い魔獣たちを狩りきるために、俺の体の一部をいくつか持たせてある。それは亜空間圧縮収納機能を持つ出張用ボスと呼ばれている。

 

「ローガ達なら、まあ魔物がどれだけいても問題ないか・・・。多少抜けられても王都の防衛に兵士たちが南門に集結しているしな・・・」

 

魔物が3方から襲来している情報の内、一番早い南の<迷宮氾濫(スタンピード)>の情報は王城に届いているだろう。

となれば王国軍や王国騎士団の戦力はまず南門に集結するだろう。

そうすれば、ローガ達だけで魔物の軍勢の大半を殲滅したとして、多少ローガ達の包囲網を魔物が抜けても王都にダメージを与えるまでには至らないだろう。

 

これでまず1方向を封じる事が出来るはずだ。

 

コンコン。

 

俺の部屋がノックされる。

 

「入っていいよ」

 

「おはようございます、旦那様」

 

部屋に入って来たのはフィレオンティーナだった。

魔術師のローブになかなかゴツい杖を持っている。

もうすでに、俺が頼みたいことが分かった上で準備万端、といった感じだろうか。

出来る奥さんを持つと話が早くて助かるね。

 

「おはよう、フィレオンティーナ」

 

俺はにっこりと微笑んでフィレオンティーナを迎える。

 

「温かいお茶でも入れようか?」

 

「旦那様。とても魅力的なお申し出ですが、問題は早めに片付けた方がよろしいでしょう。出来ましたら帰って来てから入れて頂いてもよろしいでしょうか?」

 

俺の申し出に優しく微笑みながら、先にトラブルを片付けようと言ってくれる。

 

「すまないが北の雷竜サンダードラゴンを仕留めてくれるか? お前に敵が近づけない様、ゲルドンを前衛につける」

 

「もちろんですわ、旦那様のご期待に見事応えて見せましょう」

 

碌に詳しく説明していないのに、あっさり了承して優雅にほほ笑むフィレオンティーナを見ると安心と共に、ついついまた一緒に寝室に戻りたくなる。イカンイカン。

 

「奇しくも雷対雷だな。負けられないか」

 

「もちろん負けませんわ」

 

そう言って杖を持ち立ち上がるフィレオンティーナ。

 

「・・・雷竜を仕留めてきた暁には・・・旦那様からのご褒美・・・期待してもよろしいですわよね?」

 

妖艶にほほ笑んだかと思うと、部屋を出ていくフィレオンティーナ。

 

「もちろんさ・・・期待に応えられるよう頑張るとしようか」

 

フィレオンティーナを見送った俺は、メイドさんにイリーナたちを起こしてくるように依頼する。

俺の分身を封じた宝玉を持って西門に行ってもらうためだ。

イリーナたちに戦闘力がなくとも、俺の分身の解放と回収だけ担当すれば問題ない。

 

俺の分身は、いろいろと夜中にコッソリ研究した結果の集大成でもある。

 

その大きな球を1つ、中くらいの球を1つ、小さい球を4つ作り出して、組み合わせる様につなぎ合わせる。

俺のイメージは、そう。アンパ〇マンだ。

スライムボディがベースなのだから、もちろんその必殺パンチは思いっきり伸びる。

 

以前の俺は分身と言っても切り離したスライムボディを俺の意識で動かすことは出来なかった。

スライム的掃除機(スライスイーパー)>のように、目的を指示して自動行動を意図させることで勝手に動くようにすることは出来るが、それはあくまで勝手に動いているだけであって、自分で自由にコントロールしているわけではない。

そこで、切り離したスライムボディに追加で俺の意識を受信するための「核」を後から埋めてやることにより、ラジコンの様に動かせないかと思ったのだ。

そして、それは実際にうまくいった。離れた場所から操作するのは慣れが必要ではあったが、それも夜中のトレーニングで克服した。

最初にトレーニングしたのは、小さなスライムを作り、そのボディを遠隔操作して遠視する事だった。

まるでネズミの様に様々な所へ入り込んで自分の目で見る事でそのコントロールに慣れて行ったのだ。

・・・決して奥さんズの寝室を覗きに行ったわけではない。行ったわけではないのだ。大事な事だから二度言おう。

 

コンコンコン

 

「入っていいよ~」

 

「ヤーベ、お待たせ・・・ふああ~」

「ヤーベ様、おはようございます・・・」

「ヤーベさん、おはよう!」

 

イリーナに、ルシーナ、サリーナが朝の挨拶と共に部屋に入って来る。

・・・リーナはって?

リーナは俺のベッドで寝てるよ、まだ。

 

「ご主人しゃまー、ふみゅみゅ・・・」

 

まだ夢の中のようだ。

 

「やあ、みんなおはよう。ところで悪いんだけど、この王都に魔獣が向かってきているから、ちょっと退治して来てくれる?」

 

「魔獣退治?」

「そ、その・・・私たちにでしょうか・・・?」

「ど、どんなヤツ?」

 

「全長20mの一つ目巨人のギガンテスだって」

 

「「「・・・えええ~~~~~!!」」」

 

眠そうだった三人の目がこれ以上開かれないくらいバッチリと開く。

目が覚めたかな?

 

「・・・ヤーベ、私は即ぺちゃんこにされてしまう未来しか見えないぞ・・・」

「ペチャンコ嫌ですぅ・・・」

「・・・・・・」

 

イリーナが目に涙を溜め初め、ルシーナが小動物の様にぷるぷるし出し、サリーナは完全に目が死んでいる。

 

「大丈夫大丈夫。君たちには俺の分身を授けるから。現地に行って、敵に向かって俺の分身を開放して、敵を倒した後に回収するだけっていう単純なお仕事だから」

 

俺は、至極簡単に説明して安心するように伝えた。

 



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第142話 敵を殲滅して王都を防衛しよう(ローガ編)

本年の投稿は本更新が最後となります。
皆様の応援で更新を続けてくることができました。
本当にありがとうございます。
結構気になることろで更新が止まってしまい大変恐縮です。
来年は元旦から怒涛の初!令和正月お祝い記念の一週間連続更新で盛り上げたいと思います。
どうぞ来年もよろしくお願いいたします。


『お前達、抜かるなよ』

 

『『『『おうっ!』』』』

 

コルーナ辺境伯家の庭で屯していたローガたちに出撃命令が出た。

大通りを俺を含む61匹の狼牙達が疾走する。

 

「うわっ!」

「なんだっ!」

 

夜明け前、仕事の準備をするために早起きな住民が、大通りをものすごいスピードで疾走する狼牙を見て驚き、尻餅をついた。

 

突風の様に疾走するローガ達。

アッという間に南門に到着する。

南門は大きく開かれ、多くの兵士が城壁の外へ出て行くところだった。

 

「な、なんだっ!?」

「と、とまれっ!」

 

門番らしき兵士が両手を広げて静止を促すが、ローガ達は止まらない。消えるようなフェイントで兵士たちをすり抜けると、城壁の外へ出ていく。

 

ふと見ると、一匹の狼牙が隊長クラスの兵士の前で止まった。

 

止まったのは氷牙である。

目の前で停止した狼牙を見る騎士隊長。

 

「あ・・・君もしかして・・・」

 

『この前、<氷結棺桶(アイスコフィン)>を預けた隊長殿だな?』

 

「あ、ああ。この前は助かったよ」

 

騎士隊長は何となくだが、この狼牙が何を言っているのかわかる気がした。

 

『我らのボスより<迷宮氾濫(スタンピード)>の魔物を討伐せよとの指示を受けた。これより我らは出撃する。万一打ち漏らしがあり、王都に魔物が近づくようなら仕留めてもらえると助かる』

 

「あ、ああ・・・任せてくれ」

 

『ではな』

 

そう言って風の様に消える氷牙。

 

「た、隊長! 狼と会話できるんですか!?」

 

部下の騎士が目を丸くして聞いてくる。

 

「いや、会話なんてとてもできないんだが・・・何となく、あの狼牙の言いたいことがわかったような気がしたんだ」

 

「で、なんと?」

 

「どうも、彼らのボスから魔物を討伐するように指示を受けたらしい。万一打ち漏らして王都に魔物が近寄るようなら対応してくれ、くらいのイメージだと思う」

 

「じゃ、じゃあ・・・あの狼牙たちだけで、1万もの魔物に立ち向かうつもりですか!?」

 

「多分そうなんだろう・・・」

 

目を見合わせながら、それでも部隊を整えたら出撃すべく準備を急ぐことにするのであった。

 

ローガ達は城門を抜け、少し南下したところで止まる。

その地表に伝わる振動からも魔物の群れが近い事を感じ取るローガ。

 

ボスの話では万に迫る魔物の群れがこの王都に真っ直ぐ向かっているとのことだった。

以前ソレナリーニの町の北の迷宮が<迷宮氾濫(スタンピード)>を起こした時に対応したが、それと同じくらいの規模、魔物の種類らしい。

 

あの時、カソの村に約2000匹のゴブリンやオークが向かったため、そちらを対応する指令を受けた。そのため、約8000もの魔物の群れをボス一人で引き受けられたのだ。

たった一人で対応したボスに比べれば、我らは自分を含めて総勢61匹で対応できるのだ。

 

ローガはその場で敵を迎え撃つべく、部下を横に展開させる。

 

『ガァァァァオオオオオッッ!!』

 

咆哮一閃!

 

凄まじい衝撃波が魔物の群れの先頭を直撃する。

その威力は敵の数千を飲み込み、吹き飛ばす。

あまりの威力に<迷宮氾濫(スタンピード)>で暴走した魔物達も足が完全に止まる。

 

『ふむ<竜咆哮>(ドラゴニックロア)はやはり強力な技だな』

 

完全に魔物の勢いを止めたローガが満足そうに頷く。

 

『四天王よ、行けい!その力を存分に発揮し、敵を蹂躙せよ!』

 

『『『『了解!!』』』』

 

ローガの号令に四天王たちが突撃を開始する。

 

『雷牙!』

『風牙!』

 

風牙に名を呼ばれた雷牙はチラリと風牙を見て、その意思をくみ取る。

 

『行くぞ!<雷の雨>(サンダーレイン)

<風竜巻>(エアトルネード)

 

激しい雷が巻き起こり、突風が巻き上がる。

 

『『合成魔法<雷の嵐>(サンダーストーム)』』

 

ドガガガガ――――ン!!

 

凄まじい竜巻が雷を纏い、とてつもない嵐になる。

 

多くの魔物が巻き込まれ空中に巻き上げられ、雷に打たれ黒焦げになり吹き飛ばされていく。

 

『はっはっは!凄まじい魔法だ!だが、負けてはおれんぞ!』

 

四天王の一角、ガルボが敵陣へ突入する。ゴブリンやコボルドなど、小型の魔物は吹き飛ばされているため、オークやオーガが中心となった魔物の先頭へ体当たりをかますように攻撃して行く。凄まじく舞う血飛沫。

 

『エス・ピラル・ケッサ・ロウ!天空の星々に願い奉る!星に纏いし凍てつく嵐を吹き下ろせ!<星屑氷呪縛>(スターダスト・アイステンタクル)!!』

 

『うわわっ!』

『一旦離脱せよ!』

 

氷牙のあまりに広範囲な冷気放射の呪文に突入をいち早く開始した先鋒の狼牙達が慌てて一度離脱する。

 

圧倒的な冷気が舞い降り、万に近い魔物の群れを包んで行く。

 

「グギャギャギャ!」

「グガ――――!」

「シャギャ――――!」

 

小型の魔物は凍り付き砕けていく。

大型の魔獣も動きが鈍って行く。

 

そこへ高速斬撃で狼牙達が襲い掛かる。

あっという間に狼牙達の爪と牙に狩られていく。

未だに魔物は狼牙の布陣を一匹たりとも突破できていない。

 

『おいおい、俺の分も残してくれよ? せっかく万にも上ろうかと言う規模で魔物が発生したんだ。<竜咆哮>(ドラゴニックロア)一発ではあまりにも物足らんぞ』

 

そう言って疾風の如く駆け出すローガ。

狙うは後方の大物。

大型のトロールの群れが見える。

 

『燃え盛る火炎の王よ、その力を開放し我が敵に紅蓮の十字架を解き放て!<十字火炎撃(クロスファイア)>』

 

ドゴォォォォォォォ!!

 

紅蓮に燃え盛る十字の火炎がトロールの群れに直撃!爆発炎上する。

その圧倒的火力によりトロールがあっという間に炭化して燃え尽きる。

 

そして、ついに王都には一匹の魔物も辿り着くことは無かった。

 




本年は応援本当にありがとうございました。
来年もどうぞよろしくお願いいたします。
それでは皆様、よいお年を!


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第143話 敵を殲滅して王都を防衛しよう(フィレオンティーナ編 前編)

皆様!あけましておもでとうございます!
令和になって初めての新年!お正月ですね。
皆様にとって今年が良い年でありますようお祈りするとともに、益々の発展を願いたいと思います。
この「まさスラ」も新年を迎えて話が加速していきますので、応援のほどよろしくお願い致します!


コルーナ辺境伯家の馬車で王都バーロンの北門へ移動するフィレオンティーナとゲルドン。

ゲルドンの巨大なハルバードは馬車に持ち込めないため、馬車の側面に括り付けられている。

鍛冶師ゴルディンの力作で金貨にして800枚もの値を払って製作してもらった逸品だ。

 

「それにしても、ヤーベの奥さんを守ってドラゴンと戦うことになるだとは・・・ヤーベに会う前には考えられなかったことだで」

 

ゲルドンは兜をかぶったまま、流暢に話した。

 

「ゲルドン殿も随分しゃべり方が達者になりましたわね。努力のたまものですわね」

 

ゲルドンは普段午前中を狼牙との戦闘トレーニングに充てているが、午後は発声練習と文字の読み書きの勉強に充てていた。

 

「ヤーベにも言われただよ。話せないとヤーベ以外との意思疎通に困るから、何とかした方がいいって」

 

ヤーベ自身はゲルドンと念話で話すこともできれば、なぜかお互いしゃべっている内容がわかった。だが、ヤーベ以外はそうはいかない。ゲルドンが独り立ちできるように最低限人間とのコミュニケーションができるよう努力した方がいいとアドバイスをしたのだった。

 

「現地で敵の状況を見てからの判断になりますが・・・」

 

そう前置きしてフィレオンティーナは作戦を伝える。

 

「先制攻撃でワイバーンを含む全体に攻撃を仕掛けます。但し、この攻撃ではワイバーンを倒せても雷竜サンダードラゴンは倒せません。その後の<雷の吐息(サンダーブレス)>も防ぐ手だてがあります。その後雷竜をしとめる極大呪文を準備します。その間雷竜をわたくしの下へ近づけないようにお願いできますかしら?」

 

「了解しただべ。指示がわかりやすくて助かるだよ。おら、あんまり頭のいい方ではないだで。最近はヤーベの使役しているヒヨコたちにも負けてるんでねーかと心配になってるだで」

 

仮面で表情は見えないが、若干落ち込んでいるかのような雰囲気のゲルドン。

 

「まあ! 朝からハードなトレーニングに精を出し、午後には会話と読み書きを勉強する、そしてどちらもしっかりと成果を出す・・・そんな方が頭が悪いなんてありえませんわ」

 

にっこりとほほ笑むフィレオンティーナ。

 

「それに、あなたを見出したのは旦那様です。旦那様のお眼鏡にかなったのです。あなたはそれだけで超一流ですわよ?」

 

続けざまにほめてくれる・・・若干旦那へのノロケを感じなくもないが。

単純にゲルドンはうれしかった。努力していることを認めてくれる人がいたことに。

 

 

 

馬車は北門に到着した。

城門は固く閉ざされている。

すでに日は登っているので、これから門番が城門を開けて通行が可能になる。

その準備をしていた門番兵はコルーナ辺境伯家の家紋が入った馬車がすでに日が昇っているとはいえ、こんな朝に到着することにいささか緊張した。

 

馬車から降りてきたのは真っ赤な鎧を着た大柄な騎士と、見目麗しい令嬢の様だった。

ただ、令嬢はドレスではなく、魔術師のフードを着込み、杖を装備していた。

 

「ありがとうございます。ここからは歩いてまいりますわ。ここでお待ちになっていてください」

 

フィレオンティーナは御者にここで待つよう伝えた。

 

「よろしいのですか?」

 

「もちろん構いませんわ。まだ時間に余裕がありそうですし、近すぎると、戦いの余波に巻き込まれかねませんので」

 

優雅にほほ笑むと、一礼して城門へ近づくフィレオンティーナと騎士。騎士は馬車に括り付けてあった巨大なハルバードを抱えた。

 

「すみません、急ぎで出ます。あの馬車の紋章からコルーナ辺境伯家の関係者と分かって頂けるかとは思いますが、城門の外へ出てもよろしいでしょうか?」

 

フィレオンティーナに問いかけられた門番はどぎまぎしてしまう。

 

「あ、ええ、だ、大丈夫です。ただ、徒歩で出かけられるのですか? 道中に魔物がほとんど出ないとは言え、盗賊などが出没する可能性もあります。危険なのでは・・・」

 

美しい貴族令嬢が共に騎士を一名だけ連れて王都から出る。あまりにもおかしな話であった。

だが、フィレオンティーナはにっこりと微笑み、次のように言った。

 

「今から王都を出る方々には少しお待ち頂いた方がいいかもしれません」

 

そのフィレオンティーナの説明に、王都を出ようと並んでいた数人の商人が騒ぎ出す。

 

「なんの権利があって俺たちを出さないようにするんだ!」

「横暴だぞっ!」

 

そんな文句を言ってくる商人たちにフィレオンティーナは杖を掲げて北の空を指す。

 

「ほら、こちらに向かっているようですわよ?」

 

「なんだ?」

「何が向かって来ているんだ?」

 

「・・・ドラゴンが」

 

言われて目を凝らして腰を抜かす商人たち。

そこにはだいぶ遠くではあるが、確かに空を飛ぶ竜とワイバーンの姿が見えたのであった。

 

 

 

フィレオンティーナとゲルドンは城門を抜けて北へ歩いている。

ドラゴンの飛行速度を考えれば、そんなに王都から離れられない。

 

「もっと王都から離れた方がよかっただべかな?」

 

「あまり離れますと、帰りが大変ですわ。それに・・・」

「それに?」

 

倒すことではなく、帰ることを考えていたフィレオンティーナに驚きながらもゲルドンは尋ねた。

 

「あまり遠いと、我々が雷竜を討伐する姿を王都の皆様が見学出来ないでしょう。せっかくの竜退治ですから多くの人に見て頂き、ヤーベ様の保有戦力が<竜殺し>(ドラゴンスレイヤー)であることをアピールしなくては」

 

ゲルドンは王都への距離が近いことに不安を抱えるのではなく、絶好の旦那アピールの機会だと考えるフィレオンティーナに若干引いていた。

 




今年も「まさスラ」応援よろしくお願い致します!


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第144話 敵を殲滅して王都を防衛しよう(フィレオンティーナ編 後編)

城門をくぐり抜け、幾何もいかないうちにドラゴンとワイバーンが迫って来た。

 

「ガアアアアアアッッッッッ!!」

 

雷竜サンダードラゴンが先制の<竜咆哮>(ドラゴニック・ロア)を放つ。

 

「「ヒィィィィィ!!」」

 

フィレオンティーナとゲルドンが情けない声を上げる。

鍛え上げられている二人をして状態異常を発生させる属性竜の咆哮。

 

「かかかかかっ・・・勝てるだか!?アレに?」

「だだだ、大丈夫ですわよ!旦那様のご判断ですもの・・・」

 

完全にチビッたゲルドンにフィレオンティーナは大丈夫だと伝えるが、足がぷるぷる震えている。

 

「(だ、旦那様~~~~~!! 私は一人でドラゴンに勝てるのでしょうか!?)」

 

涙がちょちょぎれ始めるフィレオンティーナ。

 

「(だ、だいたい人間が一人でドラゴンに立ち向かうなど・・・正気の沙汰ではないのですわ~~~~~!!)」

 

ついにフィレオンティーナの目から涙が決壊する。

かなり内又になって全身痙攣けいれんの如く震え始めた。

ちなみにゲルドンはいないことになってしまった。

 

『イカン! ボスの心配された通り、状態異常の効果が高い咆哮の一撃を喰らったか』

 

そう言って慌てたのは、助っ人兼情報確認のために来ていたヒヨコ十将軍が一人、第四位センチュリオンであった。

 

『今こそボスよりお預かりしたこの出張用ボスを使う時だ。ボス頼みます!』

 

センチュリオンは足で捕まえていた出張用ボスをフィレオンティーナの肩に置く。

出張用ボスは小さなティアドロップ型のスライム形状をしていた。

 

キィィィィィィィィン!!

 

出張用ボスから魔力が溢れたかと思うと、

 

パアンッ!

 

勢いよく魔力が破裂した。

 

「ハッ・・・? わたくしは一体?」

「おら、どうしてただか?」

 

一瞬状況が飲み込めない二人。

 

『フィレオンティーナ。聞こえるか?』

 

「はっ!? 旦那様?」

 

だがフィレオンティーナがすぐ理解する。ヤーベの声が聞こえたのだ。

 

『俺の分身がお前たちの魔力抵抗値を上げておく。油断しないようにな』

 

そう言って出張用ボスが光っていた。

 

「ああ、旦那様・・・愛しておりますわ」

 

会話になっていないような気もしたが、頑張れと伝えてヤーベは通信を切った。

 

「そうですの、さすが属性竜ですわね。こちらの魔力抵抗値を上回る咆哮を仕掛けてきましたか。ですが、わたくしには旦那様がついていらっしゃいます。アナタのような空飛ぶ蜥蜴に負ける道理などないのですわ」

 

そう言ってフィレオンティーナは杖を雷竜サンダードラゴンに向かって掲げる。

 

「天空にあまねく精霊たちよ、我が声に応じ、彼方よりその力を解き放て!<雷撃牢獄(サンダープリズン)>!!」

 

ズガガガガガ――――――ン!!

 

広範囲に広がりながら天空より雷が荒れ狂う。

正しく雷の牢獄に捕らわれた雷竜サンダードラゴンとワイバーンたち。

 

ワイバーンはフィレオンティーナが放った<雷撃牢獄(サンダープリズン)>に耐え切れず墜落して行く。

だが、さすがは雷竜サンダードラゴンである。<雷撃牢獄(サンダープリズン)>に耐え切り、怒りの咆哮を上げる。

 

「ガアアアアアア!!」

 

大きく口を開けて首を後ろに捻る。

雷の吐息(サンダーブレス)>の予兆動作である。

 

「くるだでっ!」

 

ドウッ!!

 

雷竜サンダードラゴンが口を開けて<雷の吐息(サンダーブレス)>を放つ!

 

「<雷鳴の光線(ライトニングシュート)>!」

 

フィレオンティーナは雷竜サンダードラゴンが放った<雷の吐息(サンダーブレス)>に向かって魔法を放つ。

 

フィレオンティーナの杖からは一条の雷が迸り、<雷の吐息(サンダーブレス)>に当たる直前、傘の様に広がる。

雷の吐息(サンダーブレス)>は広がった<雷鳴の光線(ライトニングシュート)>に流れる様に散っていき、霧散する。

 

「ふふふ、旦那様に雷の防御の仕方をお教えいただきましたの。<雷の吐息(サンダーブレス)>は効かなくてよ」

 

教えて貰ったとフィレオンティーナは言ったが、実際には見ていたのである。

ヤーベが捕らわれたフィレオンティーナ救出のために悪魔王ガルアードと悪魔の塔で戦った時に、ガルアードの放った<雷撃>(サンダーボルト)に対して触手を傘骨の様に広げて塔へ雷を流しきって防御していたのだ。

 

「ガアアアアアア!」

 

雷の吐息(サンダーブレス)>が防がれ、ダメージを与えられないことにイラついたのか、直接攻撃に出ようとする雷竜サンダードラゴン。

 

「ゲルドン殿、お願い致しますわ」

 

そう言って自身は極大呪文を準備すべく、魔力を練り上げる。

 

「任されただよ。この一撃におでの全てを込めるだよ!」

 

ゲルドンは右足を大きく後ろに引き、巨大ハルバードも後ろへ回す。

 

「おおおおおっ!!」

 

右腕を下側から回し、すくい上げる様にハルバードを振り上げる。

 

「飛天剛衝波!!」

 

ギュゴッ!

 

空を切り裂き、ハルバードから放たれる裂ぱくの衝撃波が雷竜サンダードラゴンを襲う!

 

ギュバッ! ドゴォン!

 

さらに魔法のハルバードの爆炎効果が追加される。

爆炎に包まれる雷竜サンダードラゴン。

 

「ギュゴゴゴゴオオオ!!」

 

突っ込んできたところをカウンター気味にゲルドンの放った飛天剛衝波を喰らい、突進が止まってダメージを受ける雷竜サンダードラゴン。

 

「ギエル・シ・アール・キース!古の契約に基づき、神霊の祭壇に今力よ満ちよ!数多の精霊たちよ、天空よりその断罪の剣を解き放て! <轟雷>(テスラメント)!!!」

 

フィレオンティーナ最強の魔術が施行される。

天空より空間を切り裂くが如く、超巨大な雷撃が雷竜サンダードラゴンを貫いた。

 

「ガアアアアア!!」

 

巨大な雷撃に体を貫かれ外は元より内部からも雷に焼かれる痛みに断末魔を上げる雷竜サンダードラゴン。

そして翼の動きが止まり、スパークを放ちながら黒い煙を上げて地面に墜落する。

 

「ふふふ、属性竜に完勝!ですわねっ!」

 

嬉しそうに魔法の杖をクルクル回すフィレオンティーナ。

 

「(先制攻撃の<竜咆哮>(ドラゴニック・ロア)でチビリまくったのは完勝には影響しないだか・・・?)」

 

そう思ったゲルドンだったが、口にすれば碌な事にならないと思い直し、黙って勝利を喜ぶことにした。

 



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第145話 敵を殲滅して王都を防衛しよう(イリーナ、ルシーナ、サリーナ編)

イリーナたちはヤーベに出張用ボス封印バージョンを受け取ると馬車で王都西門へ向かっていた。

 

コルーナ辺境伯家の馬車ではなくフィレオンティーナが乗ってきたタルバリ伯爵家の馬車である。コルーナ辺境伯家の馬車は王都に2台あるが、一台は辺境伯自身が移動するように、もう1台を予備としている。その予備の馬車をフィレオンティーナとゲルドンが乗っていったので、預けてあったタルバリ伯爵家の馬車を乗り出したのである。

なぜタルバリ伯爵家の馬車をフィレオンティーナ自身が乗っていかなかったかといえば、出立の順番が早く、準備されていたコルーナ辺境伯家の馬車にすぐ乗って北門に出かけて行ったからであった。

 

王都バーロンにおいて王城と貴族街はどちらかというと東寄りだ。

そのため、王都西門が距離的に一番遠かった。

したがって徒歩では時間がかかりすぎるため、馬車を準備してもらう依頼をしたところ、すでにフィレオンティーナとゲルドンが予備の馬車で出立した後だったため、保管されていたタルバリ伯爵家の馬車を乗り出してきたのだ。

 

西門ではすでに警備兵や商人たちが大騒ぎしていた。

城壁よりはるかに大きい巨人がこちらに近づいてくるのだ。

恐怖以外の何物でもない。

イリーナたちは城門の内側に到着すると、馬車を降りて門番に近づく。

 

「私たちはヤーベ子爵の妻だ。夫からあの巨人を倒してくるよう指示をもらったのでな。悪いが城門を開けて外に出してくれ」

 

イリーナがストレートに警備兵に伝える。

 

「ええっ!? あ、あの巨人を倒す!? そんなことができるんですか?」

 

顎が外れそうなほど驚く警備兵。

 

「うむ、夫より必殺のアイテムを授かってきている。大丈夫だ」

 

「し、信じますから、助けてくださいね!」

 

通常であれば、こんなに簡単に通さなかったであろう。

だが、未曽有の危機は目の前に迫っている。

比喩でもなんでもなく、本当に目の前に迫っているのだ。

そして、ここで、彼女たちの申し出を断っても事態は何も好転しないことは想像に難くなかった。なにせ20メートル近くもある巨人である。城門を閉じっぱなしにしていたところで、守り切れるわけもなかった。

 

「うむ、期待に応えられるよう頑張るとしよう」

 

イリーナはにっこり笑うと城門の外へ出た。ルシーナとサリーナが続く。

 

「『救国の英雄』ヤーベ子爵の奥様方・・・この王都バーロンをお救いください・・・」

 

警備兵は神に祈るがごとくイリーナたちに祈った。

 

 

 

 

 

「うわー、でっかいね~」

 

サリーナが王城を初めて見た時と同じような感想を述べる。

この娘にも何事にも物おじしない胆力がついてきたのか、反応が何気にのんきである。

 

「うむ・・・、あまりにも巨大な体つきのくせに、足は短足で上半身に比べひ弱に見える。どう考えても膝のお皿が耐えられないのではないか?」

 

なぜかイリーナはギガンテスの膝の皿を心配した。

 

「と、とにかくヤーベ様より預かりましたその出張用ヤーベ様から、あの巨人を倒すことができるヤーベ様分身ボディを出してくださいませ」

 

ルシーナが早く対処しようと声をかける。

王都に近すぎて、戦闘の余波が影響を及ぼしてもいけないのだ。

 

「う、うむ・・・それでは早速封印を解くことにしよう」

 

そう言ってイリーナは出張用ボス封印バージョンを頭上に掲げる。

 

「出でよっ!我らが求めし愛と勇気を守る戦士よ!今ここにその姿を現し、正義の鉄拳制裁を行使せよ!はにゃ~ん!」

 

「なにそれ!?」

「はにゃ~んって?」

 

イリーナの掛け声に総ツッコミを入れるルシーナとサリーナ。

 

「ししし、知らん! ヤーベがこう言えって言ったんだ!」

 

顔を真っ赤にして文句を言うイリーナ。

そしてイリーナの掲げた出張用ボス封印バージョンが光り輝く。

 

「「「わわわっ!」」」

 

そしてその姿を現したのは――――

 

 

 

ちょいーん。

 

 

 

まん丸の体に短い手足をくっつけた、やっぱりまん丸の頭の姿。

その大きさはわずか1m程度。ギガンテスに比べれば20分の1であり、イリーナたちよりも小さかった。

 

「な、なんだこれ?」

「も、もしかして私たち・・・」

「ペッチャンコ?」

 

三人がお互いを抱き合い震えだす。

 

「ゴアアアアアァァァァァァ!!」

 

ついに巨人が咆哮し、巨大な棍棒を振り上げる!

 

「「「ひいいっ!!!」」」

 

涙がちょちょぎれる三人。

 

だが、ヤーベがワンパンマンと名付けた、わずか1メートル程度のまん丸のスライムゴーレムが光り輝く。

その瞬間、なんと20メートル位の大きさに膨らんだのである。

 

「「「ひええっ!!!」」」

 

いきなりギガンテスの目の前に現れたスライムゴーレム。

 

「ゴアアアアアァァァァァァ!!」

 

ギガンテスは攻撃目標を目の前に現れたスライムゴーレムに切り替え、その棍棒を再度振り上げる。

だが、それより早く、スライムゴーレムは右腕を後ろに引き絞り、アッパー気味にギガンテスのボディにその一撃を突き刺す。

 

 

 

ズムッッッッッッッッッッ!!!!!!

 

 

 

「ウボロロロロロ~~~~~!!」

 

内臓をえぐりこんだボディブローが突き刺さったギガンテスは出してはいけないものを吐き出しながらくの字に折れ曲がり膝をついて突っ伏す。

 

「「「キャ―――――!!!」」」

 

出てはいけないものがまき散らされ、逃げ惑う三人。

 

そしてスライムゴーレムはギガンテスと、出てはいけないものを包み込んで吸収する。あっという間に敵は殲滅され、静寂が戻る。

そしてスライムゴーレムはしゅるしゅると縮み、1メートル位にまで戻る。

 

「あ、もう終わり?」

 

イリーナがぽかんとしたままつぶやくと、1メートル」位になったスライムゴーレムは再び光り輝き、元の出張用ボス封印バージョンにまで戻った。

ヤーベにワンパンマンと名付けられたスライムゴーレムはその名の通りワンパン一撃で相手を沈めてしまった。

 

「え、えっと・・・これを回収してヤーベに依頼されたお仕事は完了・・・。本当に簡単な仕事だったな」

 

ヤーベの事を信頼していないわけではなかったが、こんなに簡単に20メートル級の巨人を仕留められるとは思っていなかったイリーナは改めてヤーベの規格外の能力に感心するのであった。

 



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第146話 だから、なぜここに来たのか理由を教えてあげよう

「外の・・・魔獣どもの対応が・・・終わった、だと・・・?」

 

ゴルドスターが震える声で俺に問いかける。

後ろのサキュバスちゃんも震えながらダラダラと汗を流している。

集めて煮詰めたらガマの油が取れそうだ。しかもいい匂いがしそう。

 

「そうだけど?」

 

俺は努めて普通に答える。

 

「は、ははっ・・・、どうやらお前の頭はおかしいようだな。『救国の英雄』などと祭り上げられて物事が自分の都合の良いようにしか捉えられなくなったと見える」

 

極めて馬鹿にしたように笑うゴルドスター。

 

「そんな頭の悪いボケた勇者特性持ってねぇよ。俺は天〇河か」

 

だが、俺のツッコミはゲルドンもフカシのナツもいないこの現状、完全にスルーされる。

 

「ならば、アレらの絶対的強者たちに囲まれた王都をどうすると? 絶望の沼に沈みたくなければさっさと王の座を明け渡したまえ」

 

そう言って大げさに手を振り上げ、後ろの王都を指さす。

 

「ちっ!」

 

俺がいきなり舌打ちしたため、ゴルドスターに押されていると貴族たちがざわめく。

そうじゃないんだけどね。

 

「フィレオンティーナ。聞こえるか?」

 

いきなり関係ない事を呟きだした俺をこの場の全員が見つめる。

 

「俺の分身がお前たちの魔力抵抗値を上げておく。油断しないようにな」

 

俺が何を言っているのかわからないため、周りの連中がだんだん怪しい人を見る目になって来た。

 

「頑張れ」

 

そう伝えて通信を切る。

・・・ローガ達との念話と違い、フィレオンティーナが相手なので出張ボスを通じて声を伝える様にしたんだけどね。

 

「はははっ!ついに英雄様は心が壊れてしまったようだな!」

 

高笑いするゴルドスターに俺は言い放つ。

 

「お前こそ、自分の都合の悪い事を認めようとしない癖があるんじゃないか?」

 

俺は北の雷竜サンダードラゴンとワイバーンを指さす。

 

「な、なんだとっ!?」

 

ゴルドスターが俺の指さす方を見る。

釣られて、プレジャー公爵やワーレンハイド国王、その他貴族たちもそちらを見る。

 

 

ドガガガガ―――――ン!!

 

 

雷竜なのに、なぜか雷竜サンダードラゴンとワイバーンたちの方が巨大な雷撃に包まれて撃沈されていく。

 

「なななっ・・・?」

 

ゴルドスターは何が起こっているかわからないと言った感じで慌てふためく。

雷竜サンダードラゴンが反撃に<雷の吐息(サンダーブレス)>を放つが、うまく防御されているようだ。そして、とてつもない雷が天空を切り裂き、雷竜サンダードラゴンを直撃する。そのまま轟沈する雷竜サンダードラゴン。

 

「ばっ!ばかな!!」

 

「お前にとって随分と都合の悪い事が起こったようだが? 現実を受け止めるといいぞ?」

 

「きっ、貴様の仕業か!!」

 

「むしろそれ以外に何かあるとでも?」

 

俺は余裕綽々といった表情で答えてやる。あー気持ちイイ!

 

「ぐぐぐっ!!」

 

プレジャー公爵は顎が外れそうな程驚き、ワーレンハイド国王はちょっと遠い目をしている。助けているんだから、もうちょっと嬉しそうな顔をして欲しいものだ。

リヴァンダ王妃や他の貴族たちも雷竜サンダードラゴンが墜落して行く様を見て信じられないものを見るような表情になっている。

 

「ほれ、次はあっちだぞ?」

 

「な、なにっ!?」

 

慌てて俺が指さした西の方角を見る。

 

そこには、一つ目巨人のギガンテスが目の前にいきなり現れた緑の巨人?に腹パン一発で轟沈されて倒れて行くのが見えた。

 

「・・・・・・!?」

 

もはや言葉にもならないゴルドスター。

ワーレンハイド国王は苦笑している。

 

「さて、チミの用意した、あ~、何だっけ? 「絶対的強者」だっけ? 「絶望の沼に沈め」だっけ? ご要望にはお答えできそうにないんだが、どうするかね?」

 

俺は肩を竦めて両手を上に向ける。

ハハン、みたいに小馬鹿にしているように見えるだろう、というか事実しているし。

 

「・・・まだ、<迷宮氾濫(スタンピード)>の魔物達が残っている。王都へ約一万近い魔物が襲い掛かるだろう」

 

まだ目に光を残しているのか、震えながらもまだ魔物がいるとゴルドスターは睨みを効かす。

 

「お前本当にアホだなぁ。多分、ソレナリーニの町の北で起こした<迷宮氾濫(スタンピード)>の規模で今回も約一万と思っているんだろうけど、ソレナリーニの町の<迷宮氾濫(スタンピード)>を制圧したのは俺だぞ? 同じ規模の<迷宮氾濫(スタンピード)>が成功するとでも思っているのか?」

 

「なんだと・・・」

 

「まして、お前の戦略では真っ先に仕掛けたのが<迷宮氾濫(スタンピード)>だったはずだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()。気が付かないのか?」

 

「なっ・・・!?」

 

「すでに<迷宮氾濫(スタンピード)>の魔物は全て討伐済みだ」

 

ローガからの念話で討伐完了報告と共に、出張用ボスを通じて亜空間圧縮収納に一万近くの討伐された魔物が放り込まれて来たのだ。

俺はすでに制圧済みだと分かってゴルドスターと喋っていたのだ。

すでに戦略をぶっ潰している状態で、何も気づいていない敵と喋る。

・・・なかなか癖になりそうな優越感だ。イカンイカン、きっとラノベの中でも正統系勇者なんかはこんな気持ち持たずに、とにかく悪よ滅びろ、みたいな感じなんだろうな。

 

「うふふ、本当に王国を救っちゃいましたね! やっぱりヤーベ様に叙爵頂いて本当によかったですわ!」

 

俺の左腕をガッチリ取って嬉しそうに言うカッシーナ王女。

子爵に祭り上げられているからな、国のために働くのが当然だ、的な感じでご褒美無かったらどうしよう。

・・・まあ、カッシーナの笑顔が見られたからいいけどさ。

 

「いや~、カッシーナの旦那さんは実に有能だねぇ。プレジャー公爵、実に残念な結果に終わったね」

 

良い笑顔でプレジャー公爵に語り掛けるワーレンハイド国王。

先ほどまで王都を壊滅されるのに十分な戦力が渦巻いていたのに、まさかの瞬殺。

信じられないことに、誰の血も流すことなく王国の絶体絶命なピンチが回避されてしまったのだ。

 

「本当に・・・あの子の人を見る目は確かなものね・・・」

 

リヴァンダ王妃が嬉しそうにヤーベの左手を取るカッシーナを見つめる。

 

「とんでもない男のようだな・・・」

「マジかよ・・・」

「信じられん・・・」

「いやはや、見事なり」

「ふふっ・・・ますます惚れ込んでしまいそうじゃな」

 

ドライセン公爵、フレアルト侯爵、エルサーパ侯爵、ドルミア侯爵、キルエ侯爵も呆気に取られながらも感想を漏らす。

 

「・・・いや、目の前で見たのだから事実なんだろうが・・・一体どんな戦力なのだろう・・・?」

「そうだね、どういった戦力なのか不思議だが、一番の戦力は目の前の彼だからね・・・」

「そうですな、その実績は申し分なし。何せあの悪魔王ガルアードを仕留めているようですからな。でも確かに彼自身の戦闘を目の前で見たことは無いんですが」

 

コルーナ辺境伯、ルーベンゲルグ伯爵、タルバリ伯爵がヤーベの背中を見ながら話している。

 

「くくくくく・・・」

 

ゴルドスターが俯きながら笑い出す。

 

「お前らっ!これで終わったとでも思ったか!!」

 

「おおっ!」

 

絶望の表情を浮かべていたプレジャー公爵に笑顔が戻る。

ゴルドスターが嫌らしい笑みを浮かべて右手を掲げた。

 

ワーレンハイド国王の表情が曇る。

リヴァンダ王妃や他の貴族たちにも緊張が走る。

敵はまだ奥の手を隠しているようだ。

 

「本当に、頭が悪いなぁ、お前」

 

俺は深く深く溜息を吐く。

 

「なんだと?」

 

「なぜ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだ? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のに」

 

「どういうことだ!?」

 

「皆まで言わねばならぬとは・・・敵として情けないぞお前」

 

「なんだとおっ!!」

 

顔を真っ赤にして怒り出すゴルドスター。

 

「外の魔獣どもを俺の手を使わず仕留められるのに、俺がここに来たって事は、当然お前の切り札を仕留めるために来たに決まっているじゃないか」

 

俺はゴルドスターとは反対に、出来る限り爽やかな笑みを浮かべて断言してやるのだった。

 



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第147話 ヤツの切り札を切らせよう

 

「ふざけるなぁ! ミーナ!奴らを魅了しろ!」

 

「う・・・わかったよ、え~い!」

 

サキュバスが魔法を使おうとモーションに入る。

だが、

 

「<スライム的捕縛網(スライキャッチャー)>」

 

サキュバスのミーナとやらが魔法を放つ前に、俺が伸ばした左手から触手を発射。

投網の様に広がった触手にサキュバスは捕らえられる。

 

「な、ナニコレ~、ち、力が入らない~!」

 

俺の触手に捕らえられたサキュバスがもがくが、段々動きが鈍くなり、しまいに空中に留まれなくなり、落下して地面に横たわる。

 

「な、なんで・・・動けないの・・・?」

 

「それを説明してやるほど俺は優しくない」

 

実際のところは相手の魔力を触手から吸っているのだ。

だから相手は魔力枯渇に陥ることになる。

ぐるぐるエネルギーとして魔力のトレーニングを死ぬほどして来た俺は、一時期外から魔力を取り込もうとしたことがある。まあ、精霊たちにメッチャ怒られたわけだけど。まあ、自然界の魔力を強制的に吸い取る事はあまり良くないことでも、敵に接触して魔力を吸う事も出来るはずだ、という考察を元に完成させたのが<スライム的捕縛網(スライキャッチャー)>である。

 

俺は触手を回収。サキュバスが引きずられ、俺の足元に転がる。

それを踏みつける。

 

「きゃうっ!」

 

「さて、もうお前だけだが?」

 

魔族?とはいえ、超美少女のサキュバス、ミーナを足蹴にするのは俺的に心が痛むが、ゴルドスターに切り札を切らせるためには煽りまくるしかないのだ。

 

「(ゴメンネ?あんまり痛くない様に踏むから、少しの間我慢してね)」

 

こっそりサキュバスのミーナにだけ聞こえる様に言う。

 

「(ひんっ・・・でも、この人ちょっと優しいのかも。今のマスターより断然ステキ!)」

 

サキュバスのミーナが熱い目で俺を見る。

なんかアブナイ目をしている気もするが・・・。

とりあえずそれは後回しと、俺は今にも飛び出しそうなフレアルト侯爵たちを手で押さえながら、ゴルドスターを睨む。

 

「ふふふふ、うははははっ! あーっはっはっ!」

 

笑いの三段活用で狂ったように笑い出すゴルドスター。

 

「もう、王の座などどうでもいい」

 

「な、何を言い出すんだ!ゴルドスター!」

 

プレジャー公爵が喚き出す。

 

「この王都全体が灰燼に化すのはお前らが俺を追い詰めたからだ!」

 

そう言って自分の首にかかっていたネックレスを引き千切り、魔力籠め空に投げた。

 

「出でよ!三頭黄金竜(スリーヘッドゴールデンドラゴン)

 

ネックレスの宝玉からまばゆい光があふれ、三頭黄金竜(スリーヘッドゴールデンドラゴン)と呼ばれた三つ首の黄金に輝く竜が現れた。

 

「ば、ばかな!三頭黄金竜(スリーヘッドゴールデンドラゴン)だと!」

「あれは伝説の存在ではなかったのか!?」

「こ、これでは王都は・・・」

 

貴族たちが三つ首竜の存在に気圧され始める。

 

「テメエのせいだぞ! さっさと奴を倒しておけばこんな事にはならなかったんだ!」

 

フレアルト侯爵が俺の胸倉を掴み、大声を上げて罵る。

 

いやー、どっからどう見ても金ぴかに輝くキ〇グギドラにしか見えないよな。

一応翼もあるが、それほど大きくない。翼の揚力と言うよりは、魔法的な力で浮いているという感じだね。

 

「あの三頭黄金竜(スリーヘッドゴールデンドラゴン)は俺でもコントロールできない。これでこの王国は終わりだ! お前のせいでな!」

 

狂気の愉悦を浮かべたゴルドスターが俺を指さして叫ぶ。

 

「そうだ! お前のせいだぞ! どうしてくれる!」

 

そう言って殴りかかって来るフレアルト侯爵のパンチを躱し、その腕を掴むと捻り上げて引き落とし、地面に叩きつける。

 

「ぐはっ!」

 

転がるフレアルト侯爵を無視して、足で踏んでいたサキュバスのミーナの触手拘束を解かずに上半身を起こして座らせる。

 

「(大丈夫? もう少しで終わるからもうちょっとだけ我慢してね)」

 

俺はサキュバスのミーナにだけ聞こえる様に伝えると、パチリとウインクする。

 

「(は、はいっ!)」

 

頬を染めて小さく返事をするミーナ。

俺はサキュバスのミーナをその場に残し、ゴルドスターの元へ歩み出す。

 

「はははっ!絶望したか!クズめ!」

 

すでに正気を失っているようなゴルドスターの目を見ながら、俺は右腕を引き絞り、勢いよく殴った。もちろん全力ではない。全力で殴ると、ゴルドスターの顔面は木端微塵に吹き飛ぶ。

 

ドガッ!

 

「ぐふっ!」

 

吹き飛び、バルコニーの欄干に激突したゴルドスターに歩み寄り、髪の毛を引っ掴んで立たせる。

 

「ああ? 俺のせいで王都が亡びるだぁ? どう考えてもアレはお前が出したんだろうが! 人のせいにしてんじゃねぇ! お前のせいでアレがこの世界に顕現したんだよ!」

 

そう言って床に叩きつけ、その胸を踏みつける。

 

メキメキメキッ!

 

「ぐはあっ!」

 

「お前達クズや頭の悪い猪突猛進な筋肉バカどもはすぐに人のせいにしやがる。自分では出来もしないくせに、できる人間に責任を押し付けやがる。よくその腐った目で見て見ろ。あの三つ首竜はお前が出したんだよ。現実逃避するな。腰抜けの弱虫めが!」

 

存外にフレアルト侯爵の事を筋肉バカと呼んでいるが、まあ気にしないことにしよう。事実は事実でしかないしな。

 

「アレは止められんのか!」

 

ドライセン公爵が俺に踏まれているゴルドスターに怒鳴る。

 

「アレはどうにかなるのかね?」

 

ゴルドスターの回答を待たず、ワーレンハイド国王は俺に問いかけた。

 

「もちろんですよ。先ほども言いました通り、俺がここに来た理由はコイツの切り札を仕留めるためなのですから」

 

にっこり微笑みながらワーレンハイド国王に伝える。

 

「な、なんだと・・・?」

 

その声は足元からではなく。後ろで転がっていたフレアルト侯爵からだった。

叩きつける様に投げたが、それほどのダメージはないはずだ。既に上半身を起こしている。

 

「アレに勝てると言うのかね・・・?」

 

ドライセン公爵が俺を真っ直ぐに見つめながら聞いて来た。

 

「当然です。あれを出させるためにここまで待ったのですから。アレを封印したネックレスを使わせずに奴を捕縛して、その後どこかでアレの封印が解けたら大変なことになるでしょう。だから今ここで仕留めるのですよ。王国にとって後顧の憂いを断つためにね」

 

存外に王国の事ちゃんと考えてるでしょ?だって貴族に叙されちゃってるもんね。

俺は再度にっこりと笑って宙に浮く三頭黄金竜(スリーヘッドゴールデンドラゴン)を睨みつけた。

 



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第148話 アローベ商会の目玉商品のために素材を確保しよう

 

俺は後顧の憂いを断つため、王国に不安の種を残さぬため、俺は三頭黄金竜

スリーヘッドゴールデンドラゴン

を仕留めると明言した。

もちろん、それだけが理由ではないが。

 

「はははっ、使役獣もいない貴様があの三頭黄金竜(スリーヘッドゴールデンドラゴン)に勝てるとでも思っているのか! 身の程を知れ!」

 

「「「ギャ―――――ス!!!」」」

 

首が三つあるのでそれぞれが叫び声を上げる。

 

それぞれの首が鎌首をもたげる様に振りかぶる。

ブレスの予兆動作だ。

 

ゴウッ!!

 

三つの首からそれぞれブレスが吐き出される。

 

「うわっ!」

「ヤバイッ!」

 

<細胞防御>(セル・ディフェンド)

 

ブレスの前に俺のスライム細胞を防御壁として展開する。

ぐるぐるエネルギーを高め、ブレスエネルギーを吸収する。

 

「さて、ここに居る皆様方。私は先日「アローベ商会」という商会を立ち上げました。そこで、せっかくですので目玉の商品を販売したいと思います」

 

「えっ?」

「なに?」

「アローベ商会?」

 

俺が何を言っているのかわからないと言った感じでざわざわが広がって行く。

 

「ヤーベ子爵・・・一体何を言っておられるのですか・・・?」

 

リヴァンダ王妃が首を傾げる。

 

「あの、三頭黄金竜(スリーヘッドゴールデンドラゴン)の素晴らしい皮を剥ぎ取り、ハンドバッグを製作して売り出します。超強力な防御能力と黄金の輝きを持つバッグになります。きっと奥様への素晴らしいプレゼントになるでしょう。完全限定販売となりますので、お早めに予約をお願い致します」

 

そう言って俺は優雅に礼をする。

そう、あの三頭黄金竜(スリーヘッドゴールデンドラゴン)、素晴らしい素材が取れそうなんだ。なので、仕留めて素材を回収し、アローベ商会に専用で商品を作って販売すれば大儲けできると考えたのだ。

 

「は、ハンドバック!? あの三頭黄金竜(スリーヘッドゴールデンドラゴン)の皮で!?」

 

リヴァンダ王妃が驚く。

 

「一つ予約をいいかな?」

 

ワーレンハイド国王がウインクしながら人差し指を立てる。

 

「あ、あなた!」

 

ワーレンハイド国王の軽口にリヴァンダ王妃が慌てる。だがちょっぴり嬉しそうでもある。

 

「後、超強力な防御力を誇る三頭黄金竜(スリーヘッドゴールデンドラゴン)の盾を製作しますので、こちらもご予約をお願いします」

 

「お、それはマジですごいな。予約させてもらっていいか?」

 

タルバリ伯爵が前のめりで欲しがってくる。

 

「ふざけるな!いい加減にしろ! そんな出来もしない妄想見苦しいんだよ!」

 

ゴルドスターが足元で騒ぐ。

 

「コルーナ辺境伯、このアホの拘束をお願いします」

 

そう言って俺は飛び上がる。

 

「<高速飛翔(フライハイ)>」

 

「と、飛んだっ!」

 

ドライセン公爵は俺が空を飛んだので驚いたようだ。

 

「さあ、ここからモンハン(モンスターハントの意)させてもらおうかぁ! 行くぞキングギ〇ラ!」

 

俺は三頭黄金竜(スリーヘッドゴールデンドラゴン)の真正面に位置取りする。

ブレスを吐こうとするキングギ〇ラに攻撃する。

 

「トルネーディア・マグナム六連!!」

 

ドゴゴゴッ!!

 

三つ首に2発ずつコークスクリューパンチを喰らわす。

ぐらついた三頭黄金竜(スリーヘッドゴールデンドラゴン)にさらに追撃を喰らわす。

 

「<風撃圧殺衝(ストームボルテックス)>!」

 

両の手の平を合わせ、風の力を圧縮して目標に突き出した手のひらから解放する技だ。

気分はまさにカメ〇メ波!

超強力な風の圧力を受けて三頭黄金竜(スリーヘッドゴールデンドラゴン)が王都の外まで飛んでいく。

 

「王都で暴れられると被害が出ちゃうんで、外で戦って来ますね。早めに首を狩って戻って来ます。それまでこの連中をよろしくお願いしますね」

 

そう言って俺は自分で飛ばした三頭黄金竜(スリーヘッドゴールデンドラゴン)を追った。

 

 

 

吹き飛ばされた三頭黄金竜(スリーヘッドゴールデンドラゴン)は王都の城壁を超え、平地に墜落した。

 

「さて、三つ首竜なのか、それともヒドラなのか。ラノベではヒドラは圧倒的な再生能力があり、厄介なイメージがあるが・・・」

 

暴れる三頭黄金竜(スリーヘッドゴールデンドラゴン)の首攻撃を華麗に躱し、その首の一つに狙いを定める。

 

「<真空斬波(エアストレイド)>」

 

俺は右腕に風の刃を纏わせ、首をめがけて振り下ろす。

 

ザンッ!

 

三つ首の一つを切り落とす。

 

「ギイヤァァァァァ!!」

 

「近くだと叫び声がやかましいな!」

 

どさりと首の1本が落ちるが、その首が再生する感じはない。

 

「残念、再生するなら無限に素材が取れると思ったのに」

 

ラノベによく出てくるヒドラだったら強力な再生能力があるはずだ。何度も頭が生えて来るなら、牙や首周りの皮が取り放題だと思ったのに。

 

そう、言うならばスーパーマ〇オの裏技、無限1UPみたいな。

 

「<風刃斬撃(エアロスライダー)>」

 

先ほどの<真空斬波(エアストレイド)>と違い、少し距離が離れたので中距離の風魔法で首を狙う。

 

ザンッ!

 

さらに一本が落ちる。

 

「ギャ――――ス!!」

 

それにしても、この三頭黄金竜(スリーヘッドゴールデンドラゴン)、ブレス以外に攻撃能力がないのか? 前足が凄く短いし、動きも鈍重だ。皮が黄金色に輝いているから、非常に高級に見えるけど。ブランドバッグとして製作しよう。多分高く売れる。

 

さて、最後の首を落としても絶命しない気がしてきた。大丈夫か?

それに、皮は本体の方が圧倒的に多い。仕留めるのに雷撃や炎など皮に傷が付きそうな魔法は避けたい。

氷の魔法は仕留めた後の処理が大変だ。何せカチカチに凍り付くからな。

 

となると、やはり風か。

 

「シルフィー。かなりパワー借りたいけど、いいかな?」

 

「いいよ~、ボクの力はすべてヤーベの物だって言ってるじゃないか」

 

後ろに顕現して抱きついてくる風の精霊シルフィー。

 

「じゃあ、六等分に輪切りにするか」

 

「わお、容赦ないね、ヤーベ」

 

「うん、綺麗に切らないとね! あの皮を剥いでバックにして売るんだ」

 

「ヤーベは商魂たくましいね」

 

首に抱きつきながらシルフィーが笑う。

 

「しっかり稼いで、シルフィーたちにもおいしい御馳走をプレゼントしないとね!」

 

「ヤーベ大好き!」

 

ギュギュッとまるで締め付ける様に抱きしめる力を強くするシルフィー。

俺は右手の平を上に向け、天高くつき上げる。

 

「<真空断頭刃(スライズン)>」

 

右手を振り下ろすと極限まで圧縮された空気の刃が指先に沿って放たれる。

 

ゾバンッ!

 

五本の指から放たれた真空の刃が三頭黄金竜(スリーヘッドゴールデンドラゴン)の胴体を六等分に切り裂く。

 

「一丁上がり!」

 

切り裂かれた三頭黄金竜(スリーヘッドゴールデンドラゴン)を亜空間圧縮収納に回収すると、王城を目指して再び空に舞い上がった。

 



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閑話23 王城に残された人々の悲喜こもごも

「トルネーディア・マグナム六連!!」

 

ドゴゴゴッ!!

 

宙を舞い、三頭黄金竜(スリーヘッドゴールデンドラゴン)に二発ずつコークスクリューパンチを喰らわすヤーベ子爵。

 

「<風撃圧殺衝(ストームボルテックス)>!」

 

体勢をぐらつかせた三頭黄金竜(スリーヘッドゴールデンドラゴン)に強力な風の魔法を放ち、王都の外へ吹き飛ばす。

 

「王都で暴れられると被害が出ちゃうんで、外で戦って来ますね。早めに首を狩って戻って来ます。それまでこの連中をよろしくお願いしますね」

 

そう言ってヤーベ子爵は自分で飛ばした三頭黄金竜(スリーヘッドゴールデンドラゴン)を追って行ってしまった。

 

 

 

「いやあ、言葉に出来ないね」

 

プレジャー公爵に短剣を首元に突き付けられていたワーレンハイド国王は少々呆れ気味に言った。間違いなくヤーベ子爵は稀代の英雄であり、自分の命の恩人であり、このバルバロイ王国の救世主でもある。だが、あまりの規格外さに、目の前で自分の命を助けてもらってさえ、実感がわきにくい。

 

ガシッ!

 

短剣を握っているプレジャー公爵の手首を思いっきり掴む。

 

「き、貴様ッ!」

 

プレジャー公爵が顔色を変える。

ワーレンハイド国王は素早く手首を捻り上げると、グルリと回し、プレジャー公爵を床に叩きつける。

 

「ぐはっ!」

 

さらに手首を背中側へ回すように織り込み、短剣を手放すように押し込む。

 

「ぐああっ!」

 

ワーレンハイド国王がプレジャー公爵を抑えたので、ドライセン公爵が素早く駆け寄り、プレジャー公爵を拘束する。そのまま衛兵に引き渡す。

 

「あなた!」

 

リヴァンダ王妃がワーレンハイド国王に抱きついた。

 

「心配かけてすまなかったね」

 

リヴァンダ王妃の頭を優しくなでるワーレンハイド国王。

 

「ご無事で何よりです」

 

心底ホッとした表情で笑顔を見せるリヴァンダ王妃。

 

「あの・・・あなた・・・」

 

「ん? 何だい?」

 

三頭黄金竜(スリーヘッドゴールデンドラゴン)の皮で作ったハンドバック・・・本当に買ってくださいますの?」

 

少々潤んだ瞳で下から見上げる様に国王様を見上げるリヴァンダ王妃。

確実にわかってやっている。

そして、ワーレンハイド国王がリヴァンダ王妃にこの体勢からお願いされたことを断れたことは一度もない。

 

「もちろんだとも。一番に予約したじゃないか・・・値段聞いてないけど」

 

最後の方の呟きは誰にも聞こえることは無かった。

 

 

 

「いいのう・・・ヤーベ子爵が戻ってきたら私も予約するかのう」

 

キルエ侯爵が抱き合う国王と王妃を見ながら羨ましがる。

 

「ふふふ、私はアローベ商会立ち上げ時に手続きを手伝ったからな。後で直接ヤーベ殿に融通してもらうとするか」

 

「おお、それは羨ましい。私も一つ妻に送りたいのですが口を利いて頂けますかな?」

 

コルーナ辺境伯がニヤつけば、ルーベンゲルグ伯爵も一口乗ろうとする。

 

「私よりもダレン卿の方が言いやすいのでは? ダレン卿の奥方はそれこそイリーナ嬢の母親な訳ですから、もはやプレゼントしろくらいの勢いで行けるのでは?」

 

「いやいや、それはさすがに・・・、と言うか、それはフェンベルク卿も同じことでは?」

 

「いや・・・私はまだ認めていないというか何と言うか・・・」

 

非常に諦めの悪いコルーナ辺境伯であった。

 

「ぐぐ・・・竜の盾は絶対欲しいが、妻のシスティーナへハンドバックもプレゼントしたい・・・。だが一体あれらはいくらになるのだろうか・・・。これはもうシスティーナの姉であるフィレオンティーナ殿を通じて分割支払いをお願いするか・・・」

 

タルバリ伯爵は腕組みをしながら思案を続けた。

 

そのタルバリ伯爵の悩む姿を見ながらコルゼア子爵も妻にハンドバックを贈りたいが自身の領の財務を圧迫するほどの費用が掛かるならば諦めねばと考えていた。

 

「何はともあれ、いくらで販売するつもりか確認をせねば・・・」

 

ヤーベ子爵は「限定販売だ」という。三頭黄金竜(スリーヘッドゴールデンドラゴン)の皮と言う貴重な素材を使うのだ。材料が無くなれば製造できないというのは容易に想像出来る。

 

「いくつぐらい作れるのであろうか・・・」

 

コルゼア子爵はあの巨大な竜の姿を思い出し、存外に結構な数が作れるのでは?と楽観的な気持ちになった。

 

 

 

プレジャー公爵が連行され、コルーナ辺境伯に抑えられていたゴルドスターも衛兵に連行されている。

残っているのは、ヤーベ子爵の魔法?でぐるぐる巻きにされているサキュバスのミーナだけである。

 

「さて、この魔族をどうやって殺す?」

 

「コロシが前提!?」

 

フレアルト侯爵の言い様にサキュバスのミーナが悲鳴を上げる。

 

「当たり前だろうが! 魔族を生かす理由などないわ!」

 

「待て、この魔族はすでにヤーベ子爵が捕獲済みだ。我々には生殺与奪の権利がない」

 

テンションを上げるフレアルト侯爵をキルエ侯爵が窘める。

 

「はあっ!? 魔族だぞ! 関係あるか!」

 

「本当にお主は直情的だの。すでにその者は拘束されて無力化されておる。その後ヤーベ子爵がその者を何か利用する計画でも立てていた場合、お主は責任を取れるのか?」

 

ジトッと睨みを効かすキルエ侯爵。

 

「子爵ごときが侯爵に楯突くなら、相応の対応をするまでだ!」

 

「ほう? 絶体絶命の状態が回避され、敵が駆逐されると随分と強気になるものよな」

 

フレアルト侯爵の反応に小馬鹿にしたように鼻で笑うキルエ侯爵。

 

「なんだとっ!」

 

「少しは現実を見つめた方がよいのではないかな? フレアルト侯爵」

 

そう話したのはワーレンハイド国王であった。

 

「国王様・・・」

 

「彼は一人でこの王国の滅亡を救った。絶体絶命だった窮地を救ってくれた。その敵がいなくなった瞬間に貴族の階級を持ち出して彼を押さえつけるのはあまり感心しないね。彼がその気になればプレジャーやゴルドスターなぞよりもあっさりとこの王都を平地にしてくれるだろうさ」

 

「う・・・」

 

「別にヤーベ子爵にゴマをすって気を使う必要などないし、ヤーベ子爵が王国に仇名すような事をすれば、私はこの命を懸けて止めるようにするさ。止められるかどうかは別にしてだが」

 

自虐的に話すワーレンハイド国王。

 

「ヤーベ子爵が規格外なのはもう説明する必要もない。だが、彼を特段持ち上げる必要もないと考える。だが、規格外ゆえにこちらの常識で勝手に判断する事は避けた方がいいような気がする。その魔族も、あっさり自分の使い魔にでもしてしまいそうな気がするしな」

 

「そーなんですよ! さっきの男に呼び出された私ですが、あっさりヤーベ様にその契約を解除されまして、こうしてぐるぐる巻きにされて捕まってしまったわけでして。その時に魔力を限界まで吸われてしまいまして魔界に帰る事が出来なくなってしまったんです。これはもうヤーベ様に責任を取ってもらうしかないですよね!私はすでにヤーベ様をマスターとして一生ついて行く所存でございますぅ!」

 

一気にまくしたてるサキュバスのミーナ。

 

「責任を取ってもらう・・・? ならば後腐れ無い方が良いか・・・?」

 

さっきまで庇っていたのに、急に剣呑な雰囲気を出すキルエ侯爵。

 

「何で何で何でぇ!?」

 

急に手のひらを返されて涙目になるサキュバスのミーナ。

 

「あらあら、どこの泥棒猫がヤーベ様に紛れ込もうとしているのかしら?」

 

キルエ侯爵よりさらに剣呑な雰囲気を出してきたのが王女カッシーナであった。

腰に両手を当て、座り込むサキュバスのミーナを仁王立ちで見下ろす。

 

「ひいいっ!」

 

涙目は決壊しちょちょぎれる。

 

「ヤーベ様早く帰って来て~~~~~!」

 

サキュバスのミーナは泣きながらヤーベの帰還を願った。

 

空を飛んでヤーベが帰って来たのはそれからすぐの事であった。

 




今後とも「まさスラ」応援よろしくお願いします!


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第149話 何故か勃発する修羅場を対処しよう

更新に間が開いてしまい申し訳ありませんでした。
今週末からは連続更新できると思います。
どうぞよろしくお願いいたします。


俺は三頭黄金竜(スリーヘッドゴールデンドラゴン)を倒して亜空間圧縮収納にしまうと<高速飛翔(フライハイ)>の呪文で王城へ飛んで帰った。

 

「ただいま~、無事三頭黄金竜(スリーヘッドゴールデンドラゴン)を討伐する事が出来ましたよ~」

 

俺は王城のバルコニーに着陸した、のだが。

 

 

「・・・あれ? 何この雰囲気」

 

 

俺はバルコニーに降り立った時から、周りの雰囲気が微妙におかしい事に気づいた。

 

「ヤーベ様ぁ~~~~~!」

 

俺を呼ぶのはスライム触手にぐるぐる巻きにされたサキュバスのミーナである。

 

「なぜ俺を様付けで呼ぶ?」

 

俺は首を傾げるが、

 

「ヤーベ様、これは一体どういうことでしょうか?」

 

なぜかカッシーナ王女が腰に両手を当てて俺を可愛く睨んでいる。

その後ろに腕組みしたままジト目で俺を睨むキルエ侯爵もいる。

 

「ヤーベ様ぁ!助けてくださいませ! ヤーベ様に忠誠を誓いますからぁ!」

 

大粒の涙を流しながらなぜか俺に忠誠を誓うサキュバスのミーナ。

 

「あらあら、女の涙で同情を誘うのはいかがなものかと思いますが?」

「うむ、女の風上にも置けんの」

 

カッシーナ王女とキルエ侯爵が何故かタッグを組んで強い圧力を発している。

なんだかヤバイ雰囲気だ。敵の召喚獣は全部仕留めたのに、なぜかヤベー、やべちゃんヤッベー!

 

「いや、別に忠誠とかいらないから、帰っていいよ」

 

「そんな!魔力を吸われて契約魔術も解除されて、自力で帰れないんです! ヤーベ様の使い魔になりますからぁ!捨てないでください!」

 

どうやら、ゴルドスターに召喚されたはいいが、俺が<スライム的捕縛網(スライキャッチャー)>で捉えた時に魔力を吸収しちゃったから、強制的に契約解除になった上、魔界?に戻る魔力も枯渇して自分で帰れなくなった、ということらしい。

 

「ということは・・・帰れないの?」

 

「そうなんです! ヤーベ様に養って頂く他ないんです!」

 

スライム的捕縛網(スライキャッチャー)>で捉えたままのため、ぐるぐる巻きになったまま、ぴょんぴょんと腰で跳ねる様にアピールする。

 

「あらあら、どこかの泥棒猫は養ってもらおうなんて図々しい事を考えているのかしら? 身の程を知らないようですね」

 

極寒の世界を見つめるかの如く冷ややかな目を向けるカッシーナ王女。

 

「そのような世迷言をきく口は処分せねばならぬようだの」

 

キルエ侯爵が剣呑な表情で睨みを効かす。

 

「そんなぁ!」

 

涙をちょちょぎらせながらサキュバスのミーナが悲鳴を上げる。

 

「う~ん、帰れないのかぁ。なら、とりあえずウチに居候してもらうかぁ。でもウチって言っても俺が居候の身なんだよね。コルーナ辺境伯よろしいです? 一人増えても」

 

俺は横にいたコルーナ辺境伯に尋ねる。

 

「ああ、一人くらい増えてもどうってことない・・・ヒッ!」

 

ヤーベに聞かれたコルーナ辺境伯は軽く答えようとして、自分をものすごい目で睨むカッシーナ王女とキルエ侯爵に気づいて小さく悲鳴を上げる。

 

俺も油断するとオシッコチビリそうだ。

・・・スライムだからオシッコしないけどさ。

 

「カッシーナ、それにキルエ侯爵。ミーナは確かに魔族かもしれないけど、こうしてちゃんとコミュニケーションも取る事が出来る。帰る事も出来ないようなので、帰る事が出来るようになるまで面倒を見ようと思う」

 

「・・・ふう、優しいヤーベ様ならばそう言うと思いました」

 

溜息を吐くカッシーナ王女。キルエ侯爵も後ろで溜息を吐いている。

 

仕方がないですね、という雰囲気のカッシーナ王女に、噛みつくものが出た。

フレアルト侯爵である。

 

「魔族を許すというのか? しかも王城内で王国騎士に魔法で暴行を働いた者を!」

 

怒りの炎を目に宿してフレアルト侯爵が文句を言う。

確かに、罪ある者をそのまま贖罪する事も無く許していいのかという問題はあるだろう。

だが、魔族だからと言って無条件に命を奪っていいはずがない。

 

「ワーレンハイド国王。少し提案があるのですが?」

 

少し真面目な表情をしてワーレンハイド国王に俺は向き直る。

ちなみにサキュバスのミーナは簀巻きのままイモムシの様に転がっている。

 

「なにかな?」

 

隣にはその腕を取るリヴァンダ王妃がいる。

何故か良い雰囲気のようだ。

 

「捕縛した者の内、減刑を嘆願したい者()()がおります」

 

「はっ! 卑怯にも国王様に直訴かよ!」

 

フレアルト侯爵が毒づくが俺は無視したまま続ける。

 

「聖女と呼ばれたフィルマリーと、このサキュバスのミーナです」

 

「減刑と言うのは?」

 

「聖女フィルマリーはかなり乱暴を働き、素行が悪くわがまま放題だったそうですが、それなりに神聖魔法を使うことが出来るとの事。シスターアンリにも提案しますが、無償、もしくはかなり安く治癒魔術を実施しようと思っています。特に王国市民に迷惑を掛けていますので、そのお詫びも含めた教会のイメージ回復作戦ですかね」

 

「ふむ、治療魔術を使えるフィルマリーを牢につないでおくのはもったいないと言いたいのだね?」

 

「まあ、そういう事です。教会のイメージも悪いですからね。少しでも市民に寄り添う市民のための教会であるという認知に一役買ってもらいたいというのもあります。フィルマリーが反省しているという姿も見せたいですしね」

 

「改心するものかね?」

 

「そこはお任せ下さい。改心しなければ目にもの見せてくれましょうぞ!」

 

そう言って邪悪に俺は笑う。

ちょっと引き気味のワーレンハイド国王。

 

「それで、サキュバスはどうしてかね?」

 

ワーレンハイド国王は顎を擦りながら俺に聞く。

 

「王国騎士団に所属する屈症な騎士たちを惑わせるほどの魔術を操る者ですからね。ある程度その力を把握してみたいと思います。それに彼女の力は野放しにはできませんからね。私が使役したいと思います」

 

ものすごい勢いで睨まれる俺。カッシーナはともかく、キルエ侯爵からなぜこんなに睨まれなければならないのか、理解に苦しむ。

 

「うむ、きっと君は使い魔にでもするだろうという話が出ていたよ」

 

「それは・・・誤解がないといいのですが」

 

変な汗が出てくる。サキュバスを使役するって言っても、別にエロいことをするわけではない・・・うん。

コミュニケーションの取れる相手を問答無用で切るほど凝り固まった思想や概念は持ち合わせていない。分かり合える可能性がある場合は少なくとも努力をするべきだろう。

・・・もちろんその努力が報われないことも多々あるのだろうが。

だから、決してあのバカ聖女(元)やサキュバスのミーナをハーレムに増員しようとか、にゃんにゃんしようとか思っていない。思っていないと言ったら思っていない。

 

「ヤーベ様ぁ! ミーナは・・・ミーナはこのカラダ全てをヤーベ様に差し出す所存ですぅ!」

 

潤んだ眼でいきなり叫び出すミーナ。

 

「誤解満載のセリフご勘弁願えませんかねぇ!?」

 

「やっぱり! ヤーベ様はボインボインが良いのですか!! あんなものは脂肪の塊です!」

「そうだぞ!女の魅力は腰のくびれだぞ!」

「いや、何言ってるの!?」

 

カッシーナ王女とキルエ侯爵の怒涛のガブリ寄りに両手で肩を押し止めながらとりあえず落ち着くように言う。

 

「ヤーベ様、夜伽の方も私にお任せください!全身全霊を込めてお相手させて頂きますっ!」

 

一気にカッシーナ王女とキルエ侯爵の周りの気温が氷点下に下がった気がした。

 

「全身全霊込めなくていいから! てか夜伽の相手もいらないから! 気にしなくていいから!」

 

スライム触手の捕縛を外していないので未だイモムシのままのミーナが束縛状態のままぴょんぴょんと飛んでアピールする。

 

「とんでもありません! ヤーベ様は私の命の恩人です! 全身全霊をかけてお世話をするのが使い魔たる私の役目です!」

「ヤーベ様!一体どういうおつもりですか!」

「ヤーベも胸か!胸なのか!胸があればいいのか!」

 

ミーナ、カッシーナ王女、キルエ侯爵に詰め寄られ俺は何故か涙が出そうになる。

俺は確かにこの王国のピンチを救ったはずだ。

巨大なモンスターを倒し、王国に被害が出ない様に対応したはずだ。

だが、なぜ俺はこんなにもピンチになっているんだろう?

きらきらと水の球が俺の目から散って行くのがわかった。

 




今後とも「まさスラ」応援よろしくお願いします!


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第150話 リューナちゃんの相談に耳を傾けてみよう

昼下がり―――――

 

王城での取り調べ・・・と言うか報告と言うか、とにもかくにも拘束されて時間をくった。

討伐証明として、三頭黄金竜(スリーヘッドゴールデンドラゴン)の頭を一つ取り出し、証拠を見せた。ヒヨコたちの情報から雷竜サンダードラゴンと一つ目巨人のギガンテス、そして<迷宮氾濫(スタンピード)>の魔物達の討伐がすでに完了している事を確認している。

 ゴルドスターが用意した召喚獣は全て攻略が完了した。プレジャー公爵とゴルドスターの企んだ王国簒奪計画は完全に幕を閉じる事となった。

 

聖女のフィルマリーは条件付きで聖堂教会大聖堂付きの治癒神官として活動することになった。

サキュバスのミーナはもう少し取り調べ・・・というか、この際いろいろと聞きたいと諜報部のグウェインと宮廷魔術師長のブリッツが話を希望してきた。

一応俺の使い魔として使役するとワーレンハイド国王から許可をもらったので、無下にするようなことはしないと思うが、ちょっと心配なのでヒヨコ十将軍序列五位のヴィッカーズとその部下をミーナにつける。ミーナの頭や肩にヒヨコが止まっている情景は、何とも言えず哀愁があるが、ミーナに何かあればヒヨコ達から念話で連絡がある。

 

「ヤーベ様ぁ~~~~」

 

だいぶ情けない声を出していたが、明日には引き受けに来てもよいと言われている。一日の我慢だと伝えたら、絶対迎えに来てくださいね!と三度もしつこく念を押されてしまった。

 

明日迎えに来る、といっても、どうせ明日再度王城に来なければいけなくなったのだ。

 

なぜかって?

 

今回の活躍でまたまた陞爵することになったからだよ、コンチクショー!

伯爵だって!伯爵!

叙爵して四日で伯爵って、ありえなくね?

ワーレンハイド国王も一体何を考えているんだろうね。

尤もカッシーナは結婚するための降嫁条件が伯爵であったため、自分の求婚からわずか四日で伯爵に陞爵されることになったヤーベの愛がなせる奇跡だと言って城内で吹聴しまくっている。マジで勘弁してもらいたい。

 

そんなわけで、王城で拘束されていたら昼下がりまでかかってしまったのだ。

 

「それにしても・・・腹減ったな・・・」

 

コルーナ辺境伯家に戻れば、何かは食べさせてもらえるだろうが、時間が遅くなったので、あまり無理を掛けたくない所だ。

 

ふと見れば、見覚えのある通りだ。

 

「確かここを曲がって裏通りに入って少し行けば・・・」

 

俺は裏通りに入って歩を進める。

 

「あった! 喫茶<水晶の庭>(クリスタルガーデン)。リューナちゃんは元気かな?」

 

カランカラン。

 

「リューナちゃん元気? まだランチ食べられるかな?」

 

喫茶<水晶の庭>(クリスタルガーデン)の扉を開けて店の中に入る。

 

「いらっしゃいませ! まだランチは大丈夫ですよ・・・って、ヤーベさん!」

 

丁度客が帰ったところだったのか、テーブルを片付けていた店主のリューナがこちらに気づいた。

 

「ヤーベさんやっと来てくれたんですね!」

 

そう言ってテーブルの片づけを止めて、俺の方へ小走りで寄ってくると俺の手を取る。

 

「もう!他のお店でアイデアを出して大活躍してるって聞いてますよ!」

 

俺の手を取り、揺すると、リューナは少し拗ねたように言う。

 

「え?」

 

「ポポロ食堂のバクダン定食も、マンマミーヤのコロッケパンに焼きそばパンも、ぜーんぶヤーベさんのアイデアなんでしょ?」

 

「ああ、そのことか。そうだね、まあちょっとアドバイスしただけで、努力したのは彼女たちだよ」

 

俺は頭を掻きながら笑った。

 

「ぷうっ! 私のお店にはアドバイスしてくれないんですか?」

 

掴んでいた俺の手を放し、くるりと後ろを向いて背中を見せるリューナ。

ちょっと振り向いて拗ねた様な目で俺をジトッと睨む。

だが、フサフサの尻尾がゆらゆらしている。

 

「俺で力になれることがあればいいけど・・・、だいたいリューナちゃんの料理はアドバイスなんて出来ないくらいおいしいからね・・・、あ、ランチ何が食べられる?」

 

「えへへ・・・そんなに美味しいですか?嬉しいなぁ。あ、ランチは二種類が終わっちゃいまして、今日はフレイムバードとピピーマンのピリ辛炒め定食しか残ってないんです」

 

「おおっ!フレイムバードの料理なんて最高だね!よくそれ残ってたね。王都のみんなは辛い物がダメなのかな?」

 

「お昼から辛い物が人気ないのもありますが、フレイムバードのお肉は希少ですからね・・・他の二種類の定食より値段が倍くらい違うんですよ・・・」

 

申し訳なさそうにリューナが値段を告げる。

 

「フレイムバードの肉だからね。それは仕方ないけど、一般的には昼の食事としては贅沢過ぎるから残ってたのか・・・、ま、おかげで俺はフレイムバードの定食にありつけるけどね!」

 

ウインクして笑顔を見せる。

 

「はいっ!ただいま用意しますね!お席にお座りになってお待ちくださいませ!」

 

そう言って片付け途中だったテーブルの片づけを済ませると、パタパタと奥の厨房に小走りで戻って行く。

大きく揺れる尻尾を見ながら俺は楽しみに料理を待つことにした。

 

 

 

「お待たせしましたっ! フレイムバードとピピーマンのピリ辛炒め定食です! お熱いうちにどうぞ!」

 

テーブルに座って料理を待っていた俺の目の前にフレイムバードとピピーマンのピリ辛炒め定食が到着した。もうピリ辛感満載の匂いが食欲を刺激する。

 

「頂きます!」

 

バルバロイ王国では基本ナイフとフォークで食事をとる。

米も無く、基本パンだ。

ゆえに、このフレイムバードとピピーマンのピリ辛炒め定食もおかずの皿に小鉢が1品、パンを2切れとスープが付いている。

 

スチャッ!っと俺は亜空間圧縮収納からマイ箸を取り出す。

やはり箸で食事しないと落ち着かないからね~。

 

「んんっ! ウマイ!」

 

元々フレイムバードの肉はうまみが強いが、肉自体に辛みがあり、癖の強い食材だ。バーベキューなら塩コショウだけで炙って食べてもうまいだろうが、料理でうまく合わせるならば料理人の腕が問われるだろう。リューナの作ったこのフレイムバードとピピーマンのピリ辛炒めは辛みのバランスが絶品の上、ピピーマン(きっとピーマンだろう)の触感も良く、食べれば食べるほど食欲が増すような錯覚すら覚える。

やはりリューナはなかなかの料理人のようだ。

 

「いかがですか?」

 

「サイコーだよ!リューナちゃんみたいな美人で料理が上手な女性が奥さんになったら最高だろうね」

 

「やだっ!ヤーベさんったら・・・」

 

顔を赤くしてクネクネするリューナちゃん。

・・・料理がおいしいのは間違いないけど、お世辞をそんなに真に受けなくても・・・。

 

一切れたりとも逃さず、綺麗さっぱり平らげると、嬉しそうにお皿をさげに来るリューナちゃん。

 

「やあ、おいしかったよ、ご馳走様!」

 

「お粗末様でした」

 

そう言ってお盆に皿を回収して行くリューナちゃん。

一旦厨房に皿を引き上げると、代わりにお茶を持ってきてくれた。

 

「ありがとう」

 

お茶を入れてくれた手を止めて、俺を見るリューナちゃん。

 

「ヤーベさん、相談したいことがあるのですが・・・聞いてもらえませんでしょうか?」

 

「俺に相談? できる事なら何でも協力するけど?」

 

「一週間後に王都でナンバーワンのスイーツを決める、王都スイーツ決定戦が開かれるんです」

 

「王都スイーツ決定戦?」

 

「はい、王都中のスイーツ職人がナンバーワンを目指して申し込んでくる大会なんです」

 

「で、俺に相談って?」

 

「出来れば、スイーツのメニューを一緒に考えてくれませんでしょうか?」

 

「お、俺にスイーツメニューの相談?」

 

「はい、それで・・・、一番の問題が」

 

「どんな?」

 

「今、王都に砂糖がないんです・・・」

 

落ち込むように俯くリューナちゃん。

 

「え・・・砂糖がない?」

 

スイーツ作るのに砂糖が無いって・・・致命的じゃね?




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第151話 再びギルドのやり手に聞いてみよう

「さ、砂糖がないって・・・それじゃスイーツ作れないじゃない」

 

俺は首を傾げてリューナちゃんに聞く。

 

「そうなんです・・・。元々砂糖は王都でも貴重な調味料で、高い金額での取引ではありましたが、一定量の流通はありました。それが、ここ一ヶ月ぐらいで品薄から一気に在庫切れの商店が続出して、今では全く手に入らなくなってしまって・・・」

 

「ふーむ、過去にそんなことあった?」

 

「いいえ・・・、毎年の王都スイーツ決定戦近くなると砂糖が割高になったりはしますが、無くなって買えなくなるって事は無かったと思います」

 

俺は考え込む。たまたま砂糖の流通が薄くなったところに大会の需要が重なった・・・。あり得る話だろうとは思う。だが、これが大会優勝を狙う大手商会の戦略だとすると、非常に厄介だ。何せ、大会に出させない様にどこかで買い占めているか流通を止めているということだろうからな。

 

「うーん、じゃあ早速リューナちゃんの懇意にしている商会とか、問屋さんとかちょっと回って話を聞いてみようか?」

 

「え、一緒に行って頂けるんですか?」

 

「うん、お店閉めてもいいなら、今から早速一緒に行かないか? もうあまり時間がないだろうしね」

 

「わかりました!もうすぐ昼の営業も終わりですから、少し早く閉めちゃいますね!」

 

そう言って店の看板を営業中から準備中に変えて、店を閉める。

 

「さあ、行きましょう!」

 

リューナちゃんはやたら嬉しそうに言った。

 

 

 

「砂糖・・・やっぱりないんですね・・・」

 

「リューナちゃんすまねぇ・・・。リューナちゃんがお店でスイーツ出しているのは知っているんだが・・・」

 

卸問屋の主人がすまなそうに頭を下げる。これで5軒目。

問屋の他、通常の商店も見たのだが、どこも砂糖の在庫は無かった。

 

店を出て歩き出すが、やはり現実を突きつけられてショックを受けているのか、かなり落ち込んでいる様子のリューナ。耳はぺたんと倒れ、尻尾も萎れて垂れ下がっている。

 

「ちょっと伝手を当たってみようか」

 

そう言うと俺は歩き出す。

 

「えっ? どこか砂糖がありそうなところがありますか?」

 

リューナが期待するような目で俺を見る。

 

「まずは、何が起こっているか確認してからね」

 

そう言うと俺はリューナを連れてある場所へ向かった。

 

 

 

 

 

「なるほど、それで俺のところへね」

 

王都商業ギルドの副ギルドマスター、ロンメルが笑った。

 

そう、俺は王都バーロンの商業ギルド中央本部へ再びやって来たのだ。

そこで、受付カウンターで「副ギルドマスターのロンメル殿に面会したい」と直接申し出た。

隣について来たリューナちゃんが腰を抜かすほどびっくりしていた。

 

リューナちゃんにとっては喫茶<水晶の庭>(クリスタルガーデン)の経営者として商業ギルド東地区に登録して在籍しているものの、中央本部に来ることなどまずない。その上中央本部ナンバー2とも言える副ギルドマスターに直接面会を申し込むなど、想像の彼方の話であった。

 

「すみません、副ギルドマスターへの面会は事前に予約が必要の上、通常は受け付けておりませんよ」

 

すげなくお断りを伝えて来る受付嬢。

 

「うーん、一応ヤーベが面会希望と伝えてもらえると嬉しいんだが」

 

しつこく食い下がってみる。リューナちゃんが心配そうに俺を見ている。

ここですげなく断られるとちょっと立場がない。

 

「ですから! 副ギルドマスターへの面会は無理だと・・・」

 

「ロレインちゃん、先日もう少し仕事は柔軟にってリンダに説教されてなかったっけ?」

 

ロレインと呼ばれた受付嬢の後ろに副ギルドマスターのロンメルが現れた。

 

「副ギルドマスター!?」

 

「後、ヤーベ殿、いや、ヤーベ子爵。出来れば事前にアポを取ってもらえるとありがたいけど。まあ、貴方は今とても忙しいだろうから、アポは無理だとしても、私を呼ぶ際は子爵とアローベ商会の会頭という地位も説明に入れてもらえると助かるよ。優遇するから」

 

「ええっ!? 今飛ぶ鳥を落とす勢いのアローベ商会の会頭様なんですか!? しかも・・・子爵様!?」

 

ロレインと呼ばれた受付嬢は顎が外れるほど驚いている。

 

「え? アローベ商会って飛ぶ鳥を落とす勢いなの?」

 

「いや、何で会頭であるヤーベ子爵が知らないんです・・・」

 

ちょっと疲れた様な表情で突っ込む副ギルドマスターのロンメル。

 

「まあ、お話は聞きますよ。絶好調の商会のトップが会いたいと言っているんですし、お断りする理由はありませんからね。どうぞこちらへ」

 

そう言って前回も話をした部屋へ案内された。

 

 

 

「俺のところへ来たって事は、砂糖の流通について何かあると思ってきたんだよね?」

 

「そう。たまたま品薄に大会が重なっただけなのか、明らかにどこかが買い占めているか、流通を止めているか確認出来ればと思ってね」

 

コンコン

 

ノックされ、扉が開く。

金髪ゆるふわの巨乳おねーさまがお盆にお茶を入れて持ってきてくれた。

 

「ああ。リンダ。ありがとう」

 

「いえ、どういたしまして」

 

前回もリンダ統括と呼ばれていたから、この金髪ゆるふわおねーさまも結構偉い立場にいると推測される。

そのリンダ統括、前屈みで俺の前にお茶を置いてくれる。そうなれば、当然上から第二ボタンまで外したシャツから零れ落ちるかのような巨乳が目に飛び込んでくるわけで。

 

借りて来た猫の様に大人しく横に座っていたリューナちゃんが俺の太ももを抓る。

 

「痛ってぇ!」

 

正直痛くはないはずだか、なぜか気分的に痛く感じる。

 

「はっはっは」

 

温かい目で見ながら笑うロンメル。やかましいわ。

 

「で、どうなんだ? 砂糖は」

 

「うん、砂糖は流通が止められているね。基本砂糖は南のガルガランシアで採れる作物を元に精製しているため、そのほとんどが南から運ばれてくるんだ。そのガルガランシアと王都を結ぶルートの途中にガナードの町があるんだが、この集積地を抑えているのが、この王都でも指折りの商会であるタチワ・ルーイ商会だ。俺の情報ではこのガナードの町に大量に砂糖が保管されており、タチワ・ルーイ商会のキャラバンだけが砂糖を王都へ運んでいるようだ。それ以外の商会に砂糖を卸していないらしい」

 

「それでよく文句が出ないね?」

 

俺は思いっきり首を傾げる。

下手すりゃガナードの町で戦争が起きかねないのでは?

 

「ガナードの町の集積倉庫の大半をタチワ・ルーイ商会で抑えているんでな。売れないものは売れないの一点張りで、自分たちだけが王都に砂糖を運んでいるようだな」

 

「そんな・・・」

 

とても悲しそうにつぶやくリューナちゃん。そんな酷い事をする人がいるなんて・・・と思っているのかな? 純真そうなリューナちゃんには辛い現実かな。

 

「それで、目的は何だろう? 王都スイーツ決定戦の大会に向けて、砂糖の流通を絞って自分たちだけが販売する事によって高値で儲けるのが目的だろうか? それとも、実際に大会に参加する者と組んで、他の大会参加者を妨害するのが目的だろうか?」

 

俺は敵の目的を確認する。儲け主義だけなら、金にものを言わせて砂糖を買ってもいいのだが、それは下策だろうしな。

 

「どうも両方みたいだ。ただ、どちらかと言えば妨害がメインのようだな。タチワ・ルーイ商会がバックアップするレストラン『デリャタカー』のオーナーシェフ、ドエリャ・モーケテーガヤーが大会で優勝する事によって、そこの料理や総菜を優勝で箔をつけて高く売ろうという戦略だろうね」

 

肩を竦めて存外にしょうがない奴らだとのニュアンスを滲ませるロンメル。

 

「なるほどね、よくわかったよ」

 

席を立とうとした俺をロンメルが止める。

 

「少しはこちらも情報が欲しいんだが? ウィンウィンで行こうじゃないか」

 

ニヤリと笑うロンメル。

そういや情報料として金の話しなかったな。

なるほど、俺から情報が欲しかったからか。

 

「俺にアンタを満足させられるような情報があればいいけどな」

 

フフンと笑ってみる。

 

「今朝のバケモノ騒ぎ、あっという間に収まったんだが、あれ、お宅の仕業?」

 

「詳細は王家の発表を聞いてくれとしか言えないが、仕留めたのは俺の身内だよ」

 

「うわあ・・・マジか。こっちの情報だと北門には雷竜サンダードラゴンにワイバーンが十二匹。西門には全長二十メートルはあるギガンテスが、南門には約一万匹の魔物が迫っていたはずなんだが・・・」

 

「うん、全て仕留めた、俺の身内がだけど」

 

隣でびっくりしているリューナちゃん。声も出ないみたい。

 

「王城の屋根に三つ首の竜が出現したって報告もあるんだが・・・」

 

「あ。それ仕留めたのは俺ね。首もちゃんと三本持ってるよ」

 

「あ、そうなんだ・・・。もう何でもありなんだな、ヤーベ子爵は」

 

「え・・・三つも頭がある竜を倒したんですか・・・?」

 

リューナちゃんが<竜殺し>(ドラゴンスレイヤー)たる俺様を見て目を輝かせる。

 

「そうだよ、竜のお肉はおいしいらしいからね。少し分けてあげようか?」

 

「ホントですか!?うれしいです!」

 

「いや、その肉一体いくらするか知ってる・・・? 金貨積み上げたら買えるようなもんじゃないからね? それ商業ギルドに卸してくれないの?」

 

「ええっ!? そんなに高いんですか?」

 

リューナちゃんが驚き、悲しそうな表情になる。

そんな高そうなお肉は分けてもらえないと思ったのだろう。

 

「リューナちゃんにはおいしく料理して欲しいから、多少の量だけど無料で進呈するよ。その代わり一番にドラゴンステーキ定食食べさせてね!」

 

「わ、分かりました!お任せください!」

 

ふんすっと力を入れるリューナちゃん。かわゆし。

 

「うわっ!羨ましいなあ」

 

ロンメルが羨望の眼差しで俺を見る。

 

「リューナちゃんのお店、喫茶<水晶の庭>(クリスタルガーデン)でドラゴンステーキ定食が販売される日を連絡してやるから」

 

「絶対だよ!忘れないでくれよ!」

 

「肉の他だと、アローベ商会で三頭黄金竜

スリーヘッドゴールデンドラゴン

の黄金の皮を使ったハンドバックとか楯とか鎧とか作って売る予定だから」

 

「ええっ!? マジで!?」

 

「うん、鍛冶師のゴルディン師と懇意でね。彼にお願いしていろいろ作ろうと思ってね」

 

「うわ~、アローベ商会マジでヤベェ。ギルドへの売り上げ貢献ありがとうございます!」

 

テーブルに両手をついて頭を下げるロンメル。

アローベ商会からの売り上げの一部が商業ギルドに入って来ることを想像しているのだろう。

 

「ギガンテス、いる?」

 

「へっ? ・・・いや、そりゃ嬉しいけどさ。あの巨人の皮は防具として重宝するんだよ」

 

「冒険者ギルドに卸してもいいんだけど」

 

「いや~~~、このクラスの魔物は超貴重だからね。冒険者ギルドからの卸しよりも直で卸してもらって冒険者ギルドに解体依頼を出した方が圧倒的に儲かるから。ぜひぜひ私に買い取らせてくれたまえ」

 

「え? 副ギルドマスターが買い取るの?」

 

「俺が窓口でって話でね。こりゃいい実績になりそうだ」

 

「副ギルドマスターたるアンタに実績なんて、もういらんだろう?」

 

「いやいや、何事も実績の積み重ねってね!」

 

嬉しそうに揉み手をするロンメル。

 

「急いでいるから後日でいいかい?」

 

「もちろんいいさ。声を掛けてくれればすぐ対応するよ」

 

そうロンメルと約束するとリューナを連れて商業ギルド中央本部を後にした。

 




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第152話 王都随一の大商会に相談に行こう

お待たせいたしました。


王都商業ギルドの中央本部を出て、大通りを歩いて行く。

中央本部を出てから、リューナちゃんの元気がイマイチ無い様だ。

 

「どうしたリューナちゃん。砂糖が心配かい?」

 

「え、あ、砂糖も心配ですけど・・・」

 

一度俺の方に顔を向けたが、すぐに俯いてしまう。

 

「どうしたんだい?」

 

「ヤーベさん・・・お貴族様だったんですね・・・」

 

そう言って落ち込むように沈むリューナちゃん。

貴族が嫌いなんだろうか? 以前質の悪い気族に嫌がらせされたとか?

 

「リューナちゃんは貴族が嫌いかい?」

 

「え・・・、そ、そんなことは無いです。と、言いますか、貴族の方とお付き合いなんてしたことないですし、貴族の方が私みたいな獣人のやっているお店に来てくれるはずないですし」

 

うーん、獣人って何か偏見でもあるのかな?

そういうの、全然調べて無いし。久々にヒヨコに情報集めさせるか。

 

「というか、俺、四日前に貴族になったばかりだから、全然自覚無いしね。大体、貴族って偉そうだから嫌いだし」

 

「え!? 四日前に貴族になったばかりなんですか? しかも貴族嫌いなんですか!?」

 

リューナちゃんが驚いて俺の方を見る。

 

「嫌いだよ。王城で王様に謁見した時も、お前みたいな奴が何で貴族に、みたいな事を言われたり、そんな目で見られたりしたりさ。もちろん貴族だけどいい人もいっぱいいたから、そういうのが分かっただけでも貴族になってよかったと思える事はあるけどね」

 

「じゃあ、それまでヤーベさんは平民だったんですか?」

 

「平民も平民だよ。ずーと西の端の田舎の村の奥の森に住んでいたんだから」

 

「わあ、じゃあすごく遠くから来られたんですね」

 

「そうだよ、とんでもない田舎者だからね、俺」

 

ビッ!とサムズアップして田舎者を自慢する俺。

 

「クスクス、田舎者を自慢する人ってあまりいないですよ・・・?」

 

笑いながらリューナが俺の方を見る。少し元気になったかな?

 

「俺の田舎は自慢さ! 凄く澄んだ空気に元気な森、おいしい水。どれをとっても最高の自然だよ。まあ、自然しかないけどね!」

 

自虐的に笑いながら言うと、リューナもつられて笑う。

 

「それに、獣人なんて、すごく可愛くて素敵じゃない。変な偏見や差別なんて俺からすればありえないね」

 

「え!? そ、そんな可愛いなんて・・・」

 

えへへっと笑い、頬を赤く染める。ぴこぴこ動く耳に、ゆらゆら揺れる尻尾。うん、かわゆし。ケモリスタとしての血が目覚めそうだ。

 

「さ、次の伝手に会いに行こう」

 

「え、ヤーベさんまだ伝手があるんですね・・・すごい」

 

「はっはっは・・・王都に来たばかりなのに縁だけはたくさんあるみたいでね」

 

俺は笑いながら目的地を目指して大通りを歩いて行った。

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

「ここだな」

 

かなり大きな建物の前で足を止める。

思った通り商業ギルドの中央本部から近かったな。

 

「あ・・・あの・・・ここって・・・」

 

リューナが信じられないと言った感じで建物に指を指しながら俺の方を見る。

驚きが凄いのか、指がプルプルしているな。

 

「うん、ここに用があるんだ」

 

そう言って大きな建物の中に入る。

ここも問屋と言うか、お店はここではなく別でやっている感じだ。だからここは本店と言うか、本拠地なんだろうね。

 

「えええ・・・だ、大丈夫なんですか・・・?」

 

恐る恐ると言った感じで俺の後について来るリューナちゃん。

 

店に入り、カウンターらしきところにいた女性に声を掛ける。

 

「あー、すみません。ヤーベと申しますが。会頭のアンソニーさんいらっしゃいますか?」

 

「訪問予約はお取りでしょうか?」

 

カウンターにいた女性は見ていた帳票らしき資料から目を上げると、じろりとこちらを睨んだ。感じ悪いな。

 

「すみません、特にご連絡を差し上げてはいないのですが」

 

「それではご案内は無理ですね。ちなみに会頭への訪問予約は三か月以上一杯でお取りできません」

 

怪しい男が来たと思ったのか、ジトっと上目で俺を見た後、すげない回答をくれる。

 

「今いらっしゃらないんですかね? 事前にご連絡しなかったのは申し訳ないのですが、先方からぜひお会いしたいと言伝を頂いているのですが?」

 

ちょっと俺もプリッとしたプンプン感を出して詰め寄っちゃう。

 

「はあ? ウチの会頭からですか? 申し訳ないのですが、うちは王都の中の名だたる商会の中でもナンバーワンを誇るスペルシオ商会なんですよ? ウチの会頭が会いたいから来てくれなんて話、聞いてませんね」

 

そう、俺はこの王都ナンバーワンの大商会であるスペルシオ商会にやって来た。

なにせ、叙爵記念パーティの際にグラシア団長から言伝を貰っているからな。アローベ商会の遊具を取り扱いたいからぜひ会いたいってさ。

 

「来てくれと言われたわけじゃないから。いつでもいいので会いたいという言伝だったと思ったんだけど」

 

「いやいや、ウチの会頭馬鹿にしないでもらっていいですか。そんなヒマな人じゃないですから。会頭に会いたいって人がどれだけいるか知っています? それでも面会予約はなかなか取れませんからね」

 

ハハンと言った感じで肩を竦める受付嬢。取り付くシマもないとはこの事か。

 

「あっそう。じゃあもういいよ。アンソニーさんが今忙しいとか、いないとかならわかるけど、確認もしてもらえないならどうやっても彼に会えないしね。グラシア君には申し訳ないが、この話は無かった事にしてもらうとするよ」

 

「グラシア君? この話?」

 

受付の女性が首を傾げる。でもいいや。俺が何で詳しく説明せにゃならんのだ。先方が会いたい、商品を取り扱わせて欲しいって話だったのに。

 

「じゃあこれで」

 

そう言って踵を返し、出て行こうとしてボンっとぶつかる・・・胸に。

 

「あら」

 

そう言って声を漏らしたのは妖艶な大人の女性だ。鍔の大きいゆったりとした帽子をかぶっている。すらりとしたドレス、そして凄まじく豊かな胸。マダムと言う言葉がこの人以上に似合いそうな人はいないかもしれない。

 

「どちらさまかしら・・・もしかして、ヤーベ様かしら」

 

「はい、ヤーベと申します。こちらの会頭のアンソニーさんが私に会いたいとグラシア殿から言伝を頂きましたので、先振れなく失礼かと思いましたが寄らせてもらったのですが、どうも私のようなものは会頭と面会できないようですので帰ろうかと・・・って、どちらかでお会いしました? 何故私の名を?」

 

俺は首を傾げる。

 

「ふふふ・・・ヤーベ様の事はよーく聞いてますよ。息子もそうですが、特に娘から。全くお見合いせず結婚のけの字もなかったあの子が、ヤーベ様の事は饒舌に話すんですよ」

 

やたらと嬉しそうに話すマダム。

俺の事を饒舌に話す娘・・・、後、息子もいて、このスペルシオ商会に来たマダム。

どう考えても、きっとそうだろう。王国騎士団団長グラシア・スペルシオと王都警備隊隊長クレリア・スペルシオの母親なんだろうね。

てか、会ったことのない母親が俺を見てヤーベだと分かるほど外面を細かく話しているのか?クレリアよ。他にトークするネタはないのか。母娘関係心配になるぞ。

 

「カレンさん?」

 

「ははは、はいっ!奥様!」

 

「いつも言っているわよね? 思い込みでの判断は時に致命的な問題を引き起こしかねないって」

 

「ははは、はいっっっ!」

 

よく見ればカレンと呼ばれた先ほどの女性は滝の様に汗を流していた。

 

「この方はヤーベ子爵よ。そして今を時めくアローベ商会の会頭様でもあるわ」

 

「ひ、ひええっ!!」

 

「アローベ商会って今を時めいているんですか?」

 

「商会の会頭様がなぜお知りにならないのかしら・・・?」

 

俺が尋ねるとマダムに首を傾げられてしまう・・・手を頬に当てて傾げる仕草、色っぽすぎませんかね?

 

「それにしても、カレンさん」

 

「は、はいっ!奥様!」

 

直立不動のカレンさん。

 

「今ここでたまたまヤーベ様にお会いできたから御止めできたけど・・・、このまま帰られたら、アナタ、首程度では済まなかったわよ?」

 

「は、はひ?」

 

よろけてぺたんとしりもちをついてしまうカレンさん。え、そんなに?

 

「え、そんなに? って顔してますわね。そんなにですよ。何せあの人はアローベ商会で独占している遊具の販売権を融通頂きたいと御相談させて頂くためにウチの方から会いたいと言伝させて頂いたのですから」

 

「はわわ・・・」

 

ぷるぷるして小動物みたいになってるカレンさん。なんだか気の毒になって来たぞ。

 

「それを先方がわざわざ足を運んで頂いたというのに、門前払いなんてしたら・・・ねぇ」

 

「すすす、すみませんでしたぁぁぁぁぁ!!」

 

全力の土下座を披露するカレンさん。この世界にも土下座風習あったんだ。商人だけかもしれないけど。

 

「まあまあ、誤解が解ければ私はそれで・・・」

 

「まあ、ヤーベ様の御心は澄み切った大空よりも広いのでしょうか。よかったわね、カレンさん。。ヤーベ様がご寛容な方で」

 

「はいいっっ!ありがとうございますぅぅぅ!!」

 

カレンさん必死だな。軽く引くぞ。

 

「まあまあ、立ち話も何ですから、どうぞお上がりください。あの人もすぐ仕事に一段落してくると思いますわ。カレンさん、いつもまでも土下座なんかしていないであの人を呼んで来てちょうだいな」

 

「は、はいぃぃぃぃぃ!!」

 

ドビュンって効果音がしそうなほどの勢いで奥へ駆け出すカレンさん。

まあ、これで王都随一のスペルシオ商会に相談できるね。

・・・今の感じだと、砂糖の相談より、向こうの相談の方が多そうな気がしてくるけどね。

 




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第153話 直接砂糖を買い付けに行こう

「どうぞ、こちらへ」

 

マダムな奥さんに案内されて俺たちは客間と思わしき部屋へ案内される。

素人の俺が見てもかなり豪華だ。

尤も壁の絵や、隅にある壺の価値など全く分からないが。

 

「失礼します」

「し、失礼します・・・」

 

即されて座ったソファーは体が沈み込むかのような感触だった。

 

「ひゃいっ!」

 

あまりの柔らかさに体がソファーに沈むリューナは驚いて声が裏返る。

 

「ふふっ、そういえば挨拶がまだでしたわね。私はスペルシオ商会の会頭アンソニー・スペルシオの家内でスパルタニア・スペルシオになります。よろしくお願い致しますわね」

 

「子爵を賜っておりますヤーベです。アローベ商会の会頭にもなっております」

「リュ、リューナです。東地区で喫茶店<水晶の庭>(クリスタルガーデン)を開いています」

 

俺もリューナちゃんも丁寧に挨拶を返す。

だが、俺の心は悲鳴を上げていた。

名前が「スパルタニア」って!めちゃ怖すぎないか!?

名は体を表す、と言うしな。

少なくとも、息子であるグラシア団長や娘であるクレリア隊長はひとかどの人物に育っている。ただ、その教育方針がスパルタ仕様であれば、商会の運営にも影響があるかもしれない。

ただまあ、見た目は優雅なマダムといったイメージだ。そのイメージのままであってくれと祈ろう。

 

バタバタバタッ!

 

激しい足音が聞こえて来たかと思うと、扉がバーンと開けて男性が入って来た。

 

「おおおっ! ヤーベ子爵様! わざわざご足労頂くとは申し訳ないっ!」

 

相当慌てていたのか、ずり下がるズボンを引き上げながら部屋に入って来る。

小太りでつるっぱげ、ちょび顎髭の短足チビ。

スパルタニアと並ぶと、頭一つスパルタニアの方が大きいだろうな。

こうやって見ると、美女と野獣と言う言葉では言い表せないほどの衝撃だ。

人は外見じゃないと心の底から言える夫婦だ・・・これで金だったら涙が止まらないが。

 

「なんです、あなた! そんなに慌ててみっともない。大切なお客様の前ですよ?」

 

「や、すまないタニア。何せ『救国の英雄』ヤーベ子爵がいらしたと聞いて、いても立ってもいられなくてな!」

 

悪びれず嬉しそうに話すこの人がスペルシオ商会の会頭、アンソニー・スペルシオなんだろう。

 

「ホントにもうあなたって人は・・・」

 

溜息を吐くスパルタニアさん。

 

「それはそうと、さっきカレンがヤーベ様に随分と失礼な対応をしてしまったのよ」

 

「なにっ!?」

 

そう言うとスパルタニアさんの説明を食い入るように聞くアンソニーさん。

 

「ヤーベ子爵、大変申し訳ない!」

 

テーブルに手を付きガバッと頭を下げるアンソニーさん。

 

「アンソニーさん、お気になさらず。大丈夫ですよ、私は気にしておりません」

 

「それは大変ありがたい。お忙しい身でしょうから、早速お話を進めさせていただければと思います」

 

「その前に、こちらから少しお尋ねしたいことがあるのですが?」

 

食い気味に商談に入ろうとしたアンソニーさんに待ったをかける。こちらの質問を先に聞いてもらおう。この後に商談があるとなれば、いろいろと優遇してくれるかもしれない。

 

「なんでしょうか?」

 

「今、王都に砂糖がまったく売られておらず、手に入らないんです。ご存知ですか?」

 

俺の質問にアンソニーさんも表情を曇らせる。

 

「ええ、タチワ・ルーイ商会の仕業ですな。砂糖の流通を止められてしまい、王都に入って来る砂糖をかなり絞られています」

 

「ここにいるリューナが一週間後の王都スイーツ決定戦に参加する予定なのですが、砂糖が手に入らないんですよ。まず、スペルシオ商会で砂糖の在庫を保管してませんか?」

 

少し考えたアンソニーさんは、パンパンと手を叩く。

 

「お呼びでしょうか?」

 

ガチャリと扉を開けて入って来たのはきっちりとした服装の紳士だった。

 

「ドノバン、倉庫から砂糖のツボを持ってきてくれ」

 

「・・・よろしいのですか? 砂糖はあの壺1つで最後ですが・・・」

 

「かまわないよ。我々は商人だ。商品は必要な人に使ってもらってこそ価値が出る」

 

「わかりました」

 

そう言ってドノバンと呼ばれた男が去っていく。

 

「砂糖をお譲りいただけるのですか?」

 

「はい、どうぞお持ちください」

 

「? お売り頂ける、ということですよね?」

 

俺は思わず聞き直した。

 

「いえいえ、商品の在庫としては僅かな残り物です。どうぞそのままお持ちください」

 

「い、いいんですか!?」

 

リューナちゃんが前のめりになる。そりゃ砂糖が貰えるんだから嬉しいだろうけどね。

昔から言うのよ、只より高い物はないってね。

だが、こちらからもスペルシオ商会に得になる様な提案がある。

 

「確か、砂糖は南のガルガランシアで生産されていて、ガルガランシアと王都を結ぶルートの途中にあるガナードの町を集積地としていたんですよね?」

 

「おお、その通りですぞ、詳しいのですな」

 

素人ながらによく勉強していると感じたのか、アンソニーさんが笑顔になる。

 

「スペルシオ商会で直接ガルガランシアにて買付できる生産者の方いらっしゃいます?」

 

「もちろんおります・・・当商会に専属で砂糖を卸してもらっている生産者ですが・・・ガナードの町で運搬を受け持つ商会がタチワ・ルーイ商会の傘下の商会で、運搬に影響が出ているため、この王都に砂糖が届かないのです」

 

説明をして溜息を吐くアンソニーさんだが、俺はこの説明で安心した。

問題は運搬であって、生産者とスペルシオ商会が直接買い付けできるなら、砂糖の問題は解決できる。

 

「では、その生産者の方へ手紙を書いてもらえますか? 後、買付の予算を預けて頂ければ、必要分だけ私が運んできますよ。ああ、いくらでも大丈夫です。亜空間圧縮収納という能力を使います。どれだけでも砂糖を運んで来ることが出来ますよ」

 

「・・・あ、貴方は神か?」

 

「いいえ、違いますよ?」

 

ここで、とんでもねぇ、アタシャ神様だよ!なんてギャグでも飛ばそうものなら、本気で神様扱いされそうだ。

 

「本当にヤーベ様は規格外でいらっしゃいますわね・・・。アローベ商会の商品を取り扱わせて頂きたいと商談を進めようと思っていましたのに、その前の砂糖で奇跡の提案をなさって下さるなんて・・・」

 

スパルタニアさんが胸の前で両手を組んで感動している。

 

「この後すぐにガルガランシアまで出向いて砂糖を買ってきます。夕方には戻って来れると思いますから。砂糖納品しますよ」

 

「え? ガルガランシアはガナードの町を経由して馬車で一週間以上かかりますが・・・」

 

「超高速で空飛んで行くので大丈夫ですよ」

 

俺の返事にアンソニーさんもスパルタニアさんもポカーンとするのであった。

 




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第154話 困っている専属生産者の在庫砂糖を纏めて買い付けよう

「ヤーベ殿! 砂糖の買い付けの前に、ぜひともアローベ商会の品物を我が商会でも取り扱わせて頂けないでしょうか!」

 

早速砂糖をガルガランシアまで買い付けに出かけようかと思ったのだが、アンソニーさんがアローベ商会の品物について取り扱いを希望してくる。

 

「どの商品でしょうか?」

 

「まずは、対戦型バトルゲーム『ゴールド オア シルバー』です! アローベ商会殿では、一見さんがなかなか購入出来ないようで、私共の商会に問い合わせがひっきりなしなんですよ」

 

「あー、コルーナ辺境伯にお店の設立任せちゃったから・・・。多分一店舗だけ?で、知る人しか買えないようなお店?じゃないかなあ、あ、知ならきゃ買えないのは当たり前か」

 

俺は頭をガシガシと掻く。

 

「後、刺又もぜひ取り扱わせて頂きたい! いろんなところから問い合わせが多いのですよ。仕入れられないかって」

 

祈るような手つきで俺に迫るアンソニーさん。

そんなに顔を近づけてこなくても。

 

「まあ、いいですよ、アローベ商会は立ち上げたばかりで販売網を持ってませんからね。対戦型バトルゲーム『ゴールド オア シルバー』や刺又は作り方自体は難しくないですし、販売だけでなく製造許可も出しますよ。ロイヤリティだけで処理して構わないです」

 

「ほ、ホントかね!? それはありがたいが」

 

「実は、三頭黄金竜(スリーヘッドゴールデンドラゴン)を仕留めたのですが、その黄金に輝く皮を使って、ハンドバックと鎧と盾を作って販売するつもりなんですよ」

 

三頭黄金竜(スリーヘッドゴールデンドラゴン)!? で、伝説級の魔獣ではないですか!? その皮で盾と鎧!? ハンドバッグ!? ぜ、ぜひウチでも取り扱わせて頂きたい!」

 

凄まじく前のめりのアンソニーさん。ですから、顔が近いですって。

 

「コッチはこれから製作ですし、とりあえず予約販売で初めて、あとはどれだけ作れるかによるかな?」

 

「ぜひ!ぜひ少しだけでも扱わせて頂ければ!」

 

アンソニーさんが両手を握って上下にハードに振って来る。

 

「じゃあ、とりあえず各一式をお渡しして、店舗に飾ってもらって反応を見てもらいますか。完全注文販売って事で」

 

「おおっ!ありがたい!ぜひともよろしくお願いいたしますぞ!」

 

暑苦しいほど喜んでくれるアンソニーさん。

とりあえず砂糖を取りに行くから、その話はまた後でって事で。

 

「それじゃ、ガルガランシアまで砂糖を買い付けに行って参りますので、買付金と書面を準備お願いしますね」

 

俺は準備出来次第ガルガランシアまでひとっ飛びすることにした。

 

 

 

高速飛翔(フライハイ)>で超高速飛翔移動を行い、一時間足らずでガルガランシアまで到着した。

 

南の町らしくヤシの木っぽい植物が目に付くな。

人々の服装も薄着が目立つ。

 

「さてさて・・・」

 

スペルシオ商会が専属で作付けを依頼している砂糖農家・・・って言い方でいいのか?

とりあえずその辺の人に聞いてみれば、町の南一帯に畑を持つ中々な規模の農家らしい。

 

「こんちわー・・・って」

 

到着した俺は声を掛けようとしたのだが、スッゲー勢いで揉めてた。

 

「なあメリッサ。タチワ・ルーイ商会の保護を受けとけよ。でなきゃもう砂糖は販売できねーぜ?」

 

「うるさいっ! お前らの様なチンピラが農家を語るな!」

 

確かにチンピラにしか見えない男ども六人が一人の女性を囲むようにしている。

威勢よく啖呵を切ったのはメリッサと呼ばれた女性だ。

そしてスペルシオ商会の専属生産者だろうか。俺が買い付けに来た相手だな。

 

・・・思ったより若くね? 結構農家としては大きい畑を持っているようなんだけど。

三十前に見えるよな、あの子。

 

「あんまり調子に乗るなよ? もう首も回らなくなり始めてんだろ?」

 

「ぐっ・・・」

 

メリッサと呼ばれた女性は悔しそうに歯噛みする。

事実なんだろうな。ガナードの町で砂糖を止められていれば、砂糖が現金に変わらない。王都でも困った人たちが増えているだろうが、生産者も迷惑を被っているわけか。

 

「いいからとっとと俺の女になっちまえよ。そうしたらお前にもいい目を見せてやるぜ?」

 

「だっ誰が! 例え飢え死にしても貴様の女になぞなるか!」

 

「ああっ?テメエ下手に出てりゃいい気になりやがって!」

 

そう言ってメリッサと呼ばれた女性の胸倉を掴む男。

 

「ええ?どこが下手に出ていたんだ?」

 

「だ、誰だ!」

 

あ、思わずツッコんでしまった。

 

「いや、こんな脅迫まがいの男の女になっても絶対いい目は見られないってわかるし」

 

「だから、誰なんだよ、貴様!」

 

「うーん、俺が誰でも良くない?」

 

俺は首を傾げる。ここで堂々とヤーベだ!と言っても、結局お前誰だよってなるんだよな。多分。

 

「関係ねえ奴は引っ込んでろ!」

 

そう言って殴りかかって来る六人を一瞬にして叩きのめし、地面に転がす。

 

「がはっ!」

 

それぞれの男たちが呻きながら土の上を転がる。

 

「とりあえず失せてくれ。商売の邪魔だから」

 

「しょ、商売だと・・・?」

 

「はい、これ。スペルシオ商会のアンソニー会頭から」

 

そう言って俺は書面を出す。一緒に金貨が詰まった袋を渡す。

慌ててその書面に目を通すメリッサ。

 

「こ、こんな量の砂糖を!? どうやって運ぶんだ・・・? というか、アンタ一体何者だい・・・?」

 

「俺はアローベ商会の会頭でヤーベと言う。スペルシオ商会の会頭アンソニーさんとは懇意でね。砂糖の買い付けを頼まれただけさ。あまり時間をかけたくないんでね。早速倉庫に案内してくれる?」

 

「ああ、わ、わかった・・・」

 

「ははっ、笑わせるぜ! どれだけ馬車を用立ててもガナードの町は通過できねぇ!無駄なんだよ!」

 

チンピラAが喚いている。俺が倉庫を空にして歩いて帰ったらどんな顔をするんだろうか。まあ、どうでもいい事か。あまりうるさくされるのも面倒くさいし、空になった倉庫の中を知られない様にメリッサにはクギ刺しておくか。

 

俺はメリッサに案内されて倉庫に入る。

倉庫の中には麻袋に詰められた砂糖が山の様に積まれていた。

 

「砂糖を出荷できなくて現金化できないから困窮してしまって・・・」

 

俯くメリッサ。

 

「先ほどの金貨はかなりの量だ。防犯は大丈夫か? しばらく倉庫の中の砂糖を出荷したことは知られないほうがいいぞ。身を守る術が必要か?」

 

「ああ・・・両親を早くに無くしてしまって、広大な砂糖畑だけが残ってしまってな・・・。私には畑を守って行く事しかできない・・・」

 

うーん、とりあえず、チンピラを追っ払って、簡単な力仕事を手伝えるガーディアンを用意するか。

 

俺はメリッサを伴って一度倉庫の裏に回る。チンピラたちは帰ったので俺たちを見ている者はいない。

 

「ベルヒア」

 

「はーい、ヤーベちゃん元気?」

 

もちろん俺の後ろに顕現した土の精霊ベルヒアねーさんはぎゅっと抱きついてくる。

 

「わわっ! な、なんですか・・・この人?」

 

「土の精霊ベルヒアだよ」

 

「よろしくね?」

 

「は、ははいっ!よろしくお願いします、精霊様!」

 

「そんなに固くならなくても大丈夫よ?」

 

「でもある程度固いヤツ作って守らせようと思ってるんだ」

 

「クスクス、じゃあ協力するわね」

 

「いくよ・・・<大地の従者(アースサーバント)>」

 

俺の呪文の行使と共に地面が光り輝き、二十体の<大地の従者(アースサーバント)>が現れる。

身長約一メートル。ずんぐりむっくりの体型だが、土で出来た体は硬く、力持ち。

コイツらがメリッサを守ってくれるだろう。

 

「メリッサ。俺の手を握って。君の魔力をサブマスター登録するから」

 

「へっ!? ど、どういうこと・・・?」

 

呆気に取られているメリッサの手を取り、二十体の<大地の従者(アースサーバント)>にメリッサの魔力でサブマスター登録を行う。

 

「よし、これでこの<大地の従者(アースサーバント)>たちはメリッサのいう事を聞くよ。魔力は大地から吸収して動くから、特にメリッサが何かすることは無いよ。簡単な命令ならメリッサの言う事を聞くから。畑耕したり、重い物を運んだり、チンピラ追い払ったりはコイツラに命令すれば簡単だから」

 

「ど、どうして私にここまで・・・?」

 

「君はスペルシオ商会の専属農家だろ? ピンチでも揺らがずに信義を守る君をスペルシオ商会の関係者である俺が守るのは当然のことだろ?」

 

「え・・・」

 

信じられないという目で俺を見るメリッサ。そんなにおかしいかな?

 

「まあいいや、この倉庫の砂糖、引き取らせてもらうよ」

 

そう言って亜空間圧縮収納に積み上げられた砂糖の全てを回収する。

一瞬にして消える砂糖の袋。

 

「えええっ!?」

 

「引き渡しのサインちょーだい」

 

俺は書面に砂糖引き渡しのサインをもらうと、倉庫の外に出た。

 

「じゃあね、メリッサ。もし困ったことがあったらスペルシオ商会のアンソニー会頭に手紙を出しなよ。ヤーベに相談があるってね。それじゃ、砂糖の生産頑張ってね」

 

そう言うと俺は空中に浮き始める。

 

「<高速飛翔(フライハイ)>」

 

一瞬にして超加速して見えなくなる俺。

きっとメリッサは信じられないものを見た様な表情で俺を見送っているだろう。

 




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第155話 活躍したみんなにはお礼をしよう

ガルガランシアで砂糖農家のメリッサから大量の砂糖を買い付けに成功した俺は大至急王都バーロンへ帰る。途中集積地であるガナードの町の上空を素通りする。情報収集に降りて様子を見て行こうかと思ったのだが、どうせトラブルに巻き込まれることは想像に難くない。それに、スペルシオ商会だけで言えば、俺がこの砂糖を運ぶだけでしばらく砂糖の運搬は不要だろうしな。

 

そんな訳で、夕方には王都バーロンに帰って来た。

ちゃんと南門に並んで入る。チェックを受けておかないとね。

 

大通りを歩いて行くと、夕方の喧騒が目に入って来る。

屋台の食べ物屋も夕飯時を狙って声を張り上げている。

リューナは砂糖を貰って店に帰っている。スイーツの研究を始めているだろうが、今の時間は夜の営業を始めているだろう。

俺も早くスペルシオ商会に砂糖を納品して、コルーナ辺境伯家に戻って夕飯を食べたいところだ。きっとイリーナたちも俺を待っているだろう。

・・・待っていなかったら悲しい。

 

「アンソニーさんお待たせ」

 

「おお!ヤーベ殿!本当にガルガランシアまで行って来られたのですか?」

 

「そりゃそうだよ。ちゃんと砂糖買い付けてきたから、倉庫に案内してくれる?」

 

「おお、こちらですぞ!」

 

と言って案内された倉庫、狭くね?

 

「メリッサから買い付けてきた砂糖、全部は入らないよ?」

 

「あれ、そんなに買えました?」

 

「お金に困っていたようだったからね。在庫は全て購入してきたよ」

 

そう言って取引完了書の書面をアンソニーさんに渡す。

 

「おう、持って行ったお金全部使ったのですな。もちろん大歓迎ですが」

 

「じゃあ、ここに入るだけ出すから。後はしばらく預かっておこうか?」

 

「そうして頂けると助かりますな」

 

アンソニーさんがそう言うので、俺は倉庫に出せるだけ砂糖の袋を積んで行く。

だいたい買付の半分くらいか?

 

「後半分くらいあるな。預かり証書いてくれる?」

 

「わかりました。準備しますよ」

 

そう言って残りの砂糖の分の預かり証を製作してもらい、サインしたものをそれぞれ持ってスペルシオ商会を後にした。

 

 

 

 

「わふっ!(ボス!お帰りをお待ちしておりました!)」

 

コルーナ辺境伯家に戻って来て、建物に辿り着く前、庭にはローガを筆頭に狼牙族がズラリをお座りで待機していた。

 

『無事、約一万の魔物を殲滅出来ましたのでご報告いたします!』

 

ローガが尻尾を左右に高速で振りながら俺に報告する。

これは、あれだな。モフモフタイムを要求しているという事だろうな。

 

普通、ラノベではモフモフする側が気持ちよくて、される側が嫌がるパターンの方が多い気もするが。

ウチは逆だな・・・ローガたちがモフりタイムを要求している気がする。

 

後、ラノベのお約束として獣人少女をモフるとものすごくエッチな感じになるのは確率100%である。まあ、ローガたちは全身狼で間違いなしだから、関係ないけど・・・。後、ローガたちの性別も知らんな・・・まあいいか。今更ローガがメスだとか言われても困る。

 

「よくやったぞ、ローガよ」

 

そう言ってお座りしているローガに跪いて首を抱きしめてモフモフしてやる。

 

「おおっ!ボス!感無量でございます!」

 

超尻尾を振って喜ぶローガ。

 

「むう!ボスのモフりがいつもより長めだな!」

「やはりそれだけ危険な相手であったという事か」

「まあ、我らの敵ではなかったが」

「あんまり余裕を見せるとモフり時間が減るでやんすよ」

 

余裕を見せる四天王三人衆にガルボがツッコむ。

 

「おお、それはイカン!」

「やはり、数も多かったし討伐は大変だったという事で」

「うむうむ、大型の魔物もいたことだしな」

 

そう言って氷牙、雷牙、風牙が如何にも大変でしたという表情でモフられるのを待っている。

 

「まあ、ボスのモフりは最高のご褒美でやんすからね」

 

ガルボも大人しくモフられるのを待つ。活躍しましたよーという顔で。

 

俺は、六十一頭全員をモフり倒してやった。三十分以上かかった。

 

 

 

「ただいまー」

 

「ふおおっ!ご主人しゃま―――――!!!」

 

 

ズトンッ!

 

 

コルーナ辺境伯家の建物に入って真っ先に真正面から突入してきたのはリーナであった。

 

「リーナはいつでも元気だな」

 

「ご主人しゃまに会えるといつでも元気いっぱいでしゅ!」

 

ちょうど俺のお腹辺りに顔を押し付けてグリグリするリーナ。

甘えんぼさんである。

 

「おお、ヤーベおかえり。無事巨人は倒して回収出来たぞ」

「ヤーベ様のおっしゃる通りでしたわ・・・」

「一瞬死を覚悟したけどね・・・」

 

一応笑顔のイリーナと、ちょっと目の焦点が定まりの悪いルシーナとサリーナ。

最初に出てきたワンパンマンが身長一メートルくらいだったろうから、その時に一瞬絶望感が襲ったのかもしれないな。お詫びのデートプランを考えねばなるまい。

 

「旦那様。我々も見事に雷竜サンダードラゴンとワイバーンの群れを仕留める事に成功いたしましたわ」

 

満面の笑みを浮かべて討伐報告をするフィレオンティーナ。

 

「うむ、少々チビリそうだっただが、作戦通り戦えただよ。だでども、おでの一撃で倒したわけじゃないだで、<竜殺し>(ドラゴンスレイヤー)は名乗れないだでな」

 

「あら、わたくしたちはコンビで雷竜サンダードラゴンとワイバーンの群れを討伐しましたのよ? ゲルドン殿も胸を張って<竜殺し>(ドラゴンスレイヤー)を名乗るべきですわ。ゲルドン殿が前衛を努めて下さったからわたくしも極大魔術を準備する事が出来たわけですしね」

 

うまく戦ったのだが、手柄は誇れないと言うゲルドンにフィレオンティーナが二人で討伐したのだと諭す。

 

「そうだか、おでも<竜殺し>(ドラゴンスレイヤー)を名乗っていいだか。ラノベファンとしては夢のような称号だでな」

 

ゲルドンの言う事はもっともだな。竜を倒した者だけが名乗ることが出来る称号、<竜殺し>(ドラゴンスレイヤー)。一番夢のある称号だよな。あ、俺も三頭黄金竜(スリーヘッドゴールデンドラゴン)倒してるから、<竜殺し>(ドラゴンスレイヤー)を名乗ってもいいよな。

 

「そうだな、俺たちは<竜殺し>(ドラゴンスレイヤー)だ」

 

俺とゲルドンはガッチリ握手を交わす。

 

「ちょっと照れるだでな」

 

ゲルドンがデレた。嬉しくはないが。

 

「旦那様!わたくしもがんばったのですわ!」

 

フィレオンティーナが両手を広げて頑張りをアピールしてくる。これはハグをしろって事かな?

 

「ああ、見事だった、フィレオンティーナ」

 

そう言って真正面からぎゅっと抱きしめてやる。

 

「ああ・・・幸せですわ」

 

フィレオンティーナが頬を赤く染めて呟く。

 

「ああ、ズルいぞフィレオンティーナ! 私も頑張ったのだ!」

「わ、私も頑張りました!」

「え~っと、私も頑張ったってことでいいかなぁ」

 

左右後ろからイリーナ、ルシーナ、サリーナのトリオがくっ付いてくる。こらこら。

 

「ふみゅう・・・リーナは留守番だったでしゅ。頑張ってないでしゅ・・・」

 

リーナが落ち込んだので励ましてやる。

 

「リーナ。お前は俺が出かけている間留守番を頑張ったじゃないか。ご褒美をあげないとな」

 

「ふおおっ!ご主人しゃま―――――!!」

 

みんなに纏わりつかれて身動きが取れなくなったが、まあ喜んでくれるのだ、無下には出来ない。

 

「さあさあ、皆さま、夕食の準備が整いましたよ。感動の再会はそれくらいにして食事にいたしましょう」

 

執事のグリードさんが夕飯の準備が出来たことを伝えてくれる。

 

「じゃあ、食後にみんなに俺にやって欲しい事とか要望を聞こうか。三十分くらいずつ個別に対応するよ。みんな頑張ってくれたからね」

 

「ホ、ホント!?」

「ステキ!」

「え~、何頼もうかなぁ」

「ふふふ・・・わたくしもう決まっておりますわ」

「ふおおっ!夢の時間でしゅ!」

「お、おでもいいだか・・・?」

 

ふふふ、奥さんズが狂喜乱舞しておるわ!ここはダンナのカイショーというものをだな・・・ってゲルドン、お前は俺との時間とかいらんだろ!

 

「ゲルドンは今度良い酒とツマミ手に入れて来るから、夜ゆっくり飲むとしようか」

 

「おお、それは良いだな。楽しみにしてるだよ」

 

よしゲルドン終了。

 

「さあ、まずは夕飯だよ」

 

そう言ってみんなを食堂に押して行った。

 




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第156話 みんなの希望を聞いてみよう

「ヤーベ殿!見事な活躍だったな!」

 

いつもより一段と豪華な食事が並ぶ中、コルーナ辺境伯が飲み物を持って声を掛ける。

何せ王国簒奪を謀ったプレジャー公爵一味の放った圧倒的な戦力の魔物達を(ことごと)く俺の身内だけで撃退したのだ。活躍と言えばこれ以上の活躍はない。

 

・・・おかげで明日の王城での謁見で伯爵に陞爵だよ!

わずか四日で伯爵様だよ!どーなってるのバルバロイ王国。

ちらって聞いたけど、伯爵だと、王都に別宅用意して拠点を設けないといけないんだって。地元(カソの村の北にある泉の畔のマイホーム)にもほとんど滞在していないのに、もう別宅!? 

金は・・・あるな、多分。だけど、家っていくらするかわからんし。

猫の額ほどの庭があるこじんまりとした家でいいよ。どうせやること終わったらカソの村の北の森に帰るんだからな。なんならハーカナー男爵跡地に掘っ立て小屋を建てて、ヤーベ伯爵邸って木の看板を立てておけばなんとかなるか?

 

気が付けばコルーナ辺境伯だけではなく、奥さんのフローラさんも、奥さんズの面々もドリンクを持っている。

 

「ヤーベ殿の伯爵への陞爵と英雄としての栄達を祝して、乾杯!」

 

「かんぱ~い!!」

 

「どうせ明日にはまた陞爵パーティするんだろうけどね」

 

フェンベルク卿が苦笑する。

 

「またグリードに立食パーティの準備を伝えておかないといけませんわね」

 

「また、大勢集まってしまうのですね・・・」

 

「いや、君の陞爵を祝いに来てるんだし」

 

つい俺が溜息を吐いてしまうと、フェンベルク卿からツッコミが入る。

 

「あ、そう言えば、私のためにパーティを開いて頂いてるわけですよね? 食費とか、費用をお支払いしないと!」

 

というか、コルーナ辺境伯家にずっと居候している形になっているんだ。

最初は賓客として持てなされているが、全面的におんぶにだっこでは具合が悪いだろう。まだ詳しく聞いていないが、貴族になれば給料的な物が王国から出ると聞いているしな。

 

「おいおい、君は一応叙爵して貴族になったとはいえ、まだウチの賓客でもあるんだよ。気にすることは無いさ。ただ、伯爵になると、王都に別宅が必要になるから、そちらに移ったら、立食パーティは私が訪問することになるかな」

 

笑いながらフェンベルク卿が説明してくれる。

 

「そうですか、であれば、王都に別宅を手に入れたら真っ先にお呼び致しますよ」

 

「そうか、それは楽しみだね」

 

改めてフェンベルク卿とグラスを会わせて乾杯する。

 

家か~、カソの村の北の森は気がついたらログハウス風神殿になってしまっていたからな。奥さんズの面々とのんびりできるような広さと間取り、でもやたら豪邸とかいらないし、絶妙なサイズのお家が見つかればいいのだけれど。

・・・王都で土地から見つけて、一から建てるのはちょっと敷居が高いしね。

 

 

 

 

 

さて、おいしい食事に舌鼓を打った後、大きな客間で俺と奥さんズとリーナが集まっている。

食後の自由時間を三十分ずつ区切ってそれぞれ俺とのツーショットタイムを楽しむことにした。それぞれその時間に何をしたいか聞いてみる事にしよう。

 

「で、まずは第一夫人のイリーナから聞いて行くか?」

 

「え、え、私!? にゃ、にゃにをしてもらうきゃ、決めてにゃいにゃ」

 

急に振られて顔を真っ赤にして慌てるイリーナ。

 

「決まってないなら、次。じゃあルシーナちゃん」

 

「ふえっ!?」

 

イリーナが自分を飛ばされたことに衝撃を受けているのをスルーしてルシーナに目を向ける。

 

「はいっ! ルシーナはもう決まっています!」

 

ものすごく元気よく右手を真っ直ぐ上げるルシーナ。

 

「じゃあルシーナちゃん発表」

 

俺がルシーナを指す。

 

「はいっ! 抱いてください!」

 

「ぶふぉっ!」

 

折角執事のグリードさんが入れてくれた紅茶を思いっきり噴いた。

 

「だだだ、抱くの?三十分?ちょっと早くない?」

 

俺が慌てると、ルシーナもどんな意味で捉えられたのか気がついたのか顔を真っ赤にして、

 

「ちちち、違いますぅ! ギュッとハグしたままのんびりしたいんですぅ!」

 

と全力で訂正した。

 

「ああ、そうね、ギュッとハグしてのんびりね。良いんじゃないかな?」

 

わたわたとカップを置いて、姿勢を正す。いや、抱いて欲しいって・・・。うふ。

 

「ああ、そうですわね、わたくしも抱いて欲しいとお願いするつもりだったのですが、確かに三十分では余りにも短いですわ」

 

うんうんと力強く頷くフィレオンティーナ。

フィレオンティーナ嬢は何分ご希望でしょうか?

 

「私は一緒に錬金して欲しいな~。素材の混ぜ合わせとか相談に乗って欲しいかな」

 

コレコレ!こーいうのだよ、ヘヴィじゃないやつね!

 

「ああ、良いよ。アドバイスできることがあるかわからないけど、一緒にやってみようか」

 

「うん!」

 

俺の言葉にすごく嬉しそうにサリーナが微笑む。

そしてフィレオンティーナも頬に手を当てて考えている。いや、ホントに三十分で抱いてくれって言うつもりだったんかい!?

 

「はいはいはいっ!」

 

視線を下に向ければ、リーナがぴょんぴょんと飛びながら手を上げている。

 

「リーナは何か希望が決まっているのか?」

 

「はいなのでしゅ!」

 

「そうか、何が良いんだ?」

 

「リーナはご主人しゃまとお風呂に入りたいでしゅ!」

 

「ぬなっ!?」

 

俺は慌てる。一緒にお風呂! 確かにラノベのハーレムネタに確実にあるシチュエーションだ。だが、このハッピーニューヨーク(幸せ入浴の意)に対して俺は若干の戸惑いを持っていた。

 

実は俺・・・風呂場ではデローン初期型に戻っている事が多いのだ!

 

デローン初期型って何かって?

デローンMr.Ⅱが三角タイプのボディなのに対して、デローン初期型はもっと平べったく広がっている。言うなれば国民的伝説のPRGゲーム「ドラ〇ンクエスト」に出て来る、「バブルス〇イム」や「はぐれメ〇ル」のようにデローンと崩れているのだ。もっと言えばぺしゃんと潰れて水たまりにでもなっている?ような感じだ。

その状態で風呂に浮いているのが凄く気持ちいいのだ。

 

だから、みんなと風呂に入りたいという欲望はあれども、一人でデローン初期型で湯船に浮かんでいたいという気持ちもあるのだ。

 

「なんとっ! リーナは神か! それは素晴らしいアイデアだ!」

「は、恥ずかしいけど、みんなとなら・・・」

「あら、ならば善は急げと申しますわ!」

 

そう言って俺を風呂場へ押し始めるフィレオンティーナ。

 

え、次回奥さんズと初めてのお風呂!? こうご期待!?

 




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第157話 レッツゴウ!ハッピーニューヨーク(幸せ入浴)しよう 前編

カポーン。

 

今、俺様は脱衣所にいる。

ちなみに、今、口でカポーン、って言ってみた。

お風呂場のシーンって、カポーンって音しない?

何がカポーンって鳴っているかわからないけどさ。

 

とりあえず服を脱いでいく。

すぐ後ろでは奥さんズとリーナがワイワイと服を脱いで混浴の準備中だ。

 

ラノベにあるハーレムものでは絶対外せない、お風呂シーン。

だいたい、日本から転生した主人公は異常な風呂好きだ。こだわったりチート能力のある主人公だったりすると、ヒノキの風呂とか作っちゃったりするんだよな。実に羨ましい。

 

・・・だが、実は俺、それほど風呂好きというわけではない。どちらかと言えば不衛生と言う程ではないが、風呂は面倒臭いという気持ちの方が強かった。シャワーならすぐ浴びて済ますことが出来るが、風呂は溜めている時間も入っている時間もシャワーより長い。その分余分な時間がかかる。仕事で忙しい日々の中、ラノベを読み込む時間を確保するためには早飯早便早シャワーは鉄則と言えば鉄則だった。だから、ラノベの主人公のような異様な風呂への執着がない分、奥さんズとの混浴にも目を向けなかったのは俺の落ち度と言えよう。ぶっちゃけワクワクが止まらない。

尤も温泉は好きだったのだ。露天風呂なんかも大好きだ。そう言う意味では混浴にもっと早くから気が付いてトライしても良かったのではないか、と思わなくもない。

まあ、自分が二十八年間もヘタレ賢者だったのだ。早々にハーレムイベントなど思いつくはずも無いか。

 

それにしても、以前奥さんズと同衾した時はブチ切れてほぼ記憶がない。そんなわけで奥さんズの面々の裸体をまじまじと見たことは一度もない。

 

・・・語弊があったな。イリーナはまじまじ見ている。その裸体の全て、隅々まで余すことなく。ちなみにリーナも治療の時に正面だけ見ている。うむ、ノーパンでしがみつかれて寝ていた時に見たプリンとしたお尻はノーカウントだ。

ルシーナ、サリーナ、フィレオンティーナは艶っぽい事は一度もないので、正直ドキドキが止まらない。

 

・・・ここにはいないがカッシーナ王女も治療のため、正面だけ見ている。王女なのに見てしまっている。それは致し方のない事である。治療のためなのだから。大事な事だから二度言おう。

 

「準備出来たでしゅ!」

 

多分スポーンと脱いだリーナが一番最初にすっぽんぽんになったので準備が出来たのだろう。

 

「リーナよ、早いな。ちょっと待ってくれ」

「イリーナちゃん、タオルどこだっけ?」

「あ、ルシーナさんここにありますよ」

「髪の毛は縛ってあげておいた方がいいですわね」

 

・・・うん、先に行こう。心が持たない。

 

 

 

 

カポーン。

 

心を落ち着けるためにもう一度言おう。カポーン。

 

俺はジャバジャバと掛け湯をすると、とりあえず湯船にザブンと浸かった。

 

「ああ~~~~~」

 

肩まで湯船につかるとおっさん臭い声が出る。

かろうじて「あ」に濁点が付かない声だったことは自分を褒めてやりたい。

でも、このままデローン初期型になって湯船に浮かんだら「あ」に濁点が付いてしまうかもしれないな。

 

「ふおおっ! ご主人しゃま―――――!!」

 

スタタタタッと小走りで走って来たのはリーナ。

おいおい、風呂場の洗い場を走ると転ぶぞ?

 

あげく、掛け湯も無しに俺に飛び掛かって来た。

擬音を付けるなら、ピョーン、だ。

 

「こらっ!掛け湯もせずに湯船に入るんじゃありません!」

 

俺は湯船から上半身を出し、リーナを空中でキャッチ。くるんと回して衝撃を吸収。湯船の縁に座らせる。

 

「ふおおっ!?」

 

俺は一度湯船から出て、洗い場にある腰掛を持ってきて、リーナを改めて座らせる。

そのリーナの頭から桶で湯船のお湯をすくい、掛けてやる。

 

「ふおっ!暖かいでしゅ」

 

そのままお湯で髪をすくように洗ってやる。その後、石鹸を頑張って泡立ててリーナの体を洗ってやる。この世界でも石鹸があったのは僥倖だった。尤もボディソープの様にフワフワの泡が立つほどの品質ではない。そのため、頑張って超高速でこすって泡を立てまくる。

 

「ふおおっ!くすぐったいでしゅ!」

 

背中から洗って体を泡塗れにしてやるのだが、途中でくすぐったいのか、暴れ出す。

逃げない様に背中から抱きしめる様に片腕を回し、抑える様にして洗っていく。

 

「あー! リーナちゃんを襲ってる!」

 

「失敬な!」

 

ルシーナの誤解満載の指摘を全力で否定する。

見ればぞろぞろと風呂場へ奥さんズが入って来る。

ルシーナ、サリーナがタオルで体を巻いてから入って来たのに対し、イリーナはタオルで前を抑えて入って来た。フィレオンティーナに至ってはタオルで前を隠しているものの、いろんなところがギリギリである。

 

「あら、リーナちゃんを洗って差し上げていたのですか?旦那様お手ずから洗って頂けるなんて・・・わたくしもお願いしてよろしいのでしょうか?」

 

「え・・・ヤーベ様に体を洗って頂くのですか・・・」

 

「ちょっと恥ずかしいですね・・・」

 

フィレオンティーナの申し出にルシーナ、サリーナが顔を真っ赤にする。

 

「あ、ヤーベ、私も出来れば洗って欲しいぞ」

 

イリーナも笑顔で希望する。

 

「じゃあ、イリーナとフィレオンティーナは俺が洗おうか」

 

とりあえずリーナの泡を落とすため、湯船のお湯を桶ですくい掛けながら、努めて何でもないことの様に言う。

フィレオンティーナの爆乳をあ、洗うだと・・・!?

いいのか、そんなパラダイス的な事をしても?

イリーナに関しては、まあその全てを見ているとはいえ、素晴らしい事に違いはない。いたわる意味も兼ねて心を込めて洗ってあげよう。

 

「はい、リーナはとりあえずこれでピカピカだよ。ゆっくり湯船に浸かって暖まりな。但し、熱くなったら湯船からでて、縁に座ったりして体を冷ますようにな。半身浴と言って、上半身だけお湯から出して覚ましながら下半身の足だけ温めるのも有効だよ」

 

「はいなのでしゅ!ご主人しゃまは物知りなのでしゅ!」

 

そう言ってドポンと湯船に飛び込むリーナ。

 

「こらこらリーナ、湯船にはそっと入って飛沫が飛ばない様に気を付けなさい」

 

「あ、ごめんなしゃいなのでしゅ」

 

シュンとするリーナの頭を撫でてゆっくりお風呂に浸かるように言う。

 

その間にルシーナ、サリーナがタオルを体に巻いたまま掛け湯をしている。

 

「イリーナ、先に体を洗おうか。フィレオンティーナは掛け湯をして少し湯船で体を温めておいてくれ。それからルシーナにサリーナ。湯船に浸かる時はタオルを外して湯船にタオルを浸けないようにな」

 

「ひょえっ!」

「た、タオルだめなのですか・・・?」

 

真っ赤な顔をしてプルプルしながら俺に聞いてくるルシーナとサリーナ。だが俺は心を鬼にする。日本人の心を忘れるわけにはいかぬ!日本人の心は大事なのだ。大事な事だから二度言おう。

 

「うむ、ダメだ。お風呂マナーとして、タオルを湯船に浸けてはいけないというのがあるのだ」

 

「あわわ・・・」

「て、照れますね・・・」

「大丈夫なのでしゅ!リーナはタオルを縁に置きましゅた!」

 

ゆでだこのようなルシーナ、サリーナを見ながらリーナが自分のタオルを縁に置いて自分は万全だとアピールする。

 

「ふふふ・・・リーナちゃんはお風呂のマナーをもうマスターしたのですね」

 

そう言って掛け湯を終えたフィレオンティーナが自分のタオルを畳んで縁に置き、湯船に入る。ちらりと後姿を目で追えば、湯船に浸かるその時、とてつもない山が湯船に浮かんだ気がした。まるで戦艦大和と戦艦武蔵が並んで出航して行くような・・・尤も戦艦に全く詳しくない俺のイメージが合っているかなど知る由もないが。

 

掛け湯を終えたルシーナ、サリーナが顔を真っ赤にしながらその体に巻いたタオルに手をかけ、イリーナもタオルを外し、腰掛に座って髪をかき上げ、うなじと背中を無防備に晒しながら、「ヤーベ、それでは頼む」などと宣ってくる。

 

ここに、俺のハーレムニューヨーク(入浴)の本番が切って落とされた。

 




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第158話 レッツゴウ!ハッピーニューヨーク(幸せ入浴)しよう 中編

 

目の前にはイリーナの背中が。

 

「さあヤーベ、ドーンと頼むぞ?」

 

首だけ後ろに回し、チラリと横目で俺を見てそんなことを言うイリーナ。何をドーンと頼むというのか。

 

「ドーン」

 

「のわわ!」

 

湯船からたっぷりのお湯を桶に取り、頭から勢いよく掛けてやる。

バッシャバッシャお湯をかけてたっぷり濡らした後、触手を八本くらいに増やしてイリーナの頭を泡だらけにして頭皮をマッサージしながら髪を洗っていく。

 

「のおおおおおお!」

 

八本の触手に同時に洗われて声を上げるイリーナ。構わずワシワシ洗っていく。

触手がうねるさまを湯船に浸かったフィレオンティーナがリーナを抱きながらちょっと心配そうに見守っている。触手の暴走は思い出して良いのかわからない、ちょっとだけアブナイ深層の記憶なのだ。胸がドキドキしてしまうのだろう。

 

八本の触手の内、二本で桶を持ち、たっぷりのお湯で髪の毛をすすぐ。その間にボディ用の泡立てを行い、すすぎ終わったら泡をイリーナの体に塗りたくってやる。

 

「ほわ~」

 

どうも頭を触手でワシワシ洗われたのが気持ちよかったのか、夢見心地のイリーナ。

そんなイリーナの体を触手で洗っていく。

 

「のおおおおおお!」

 

二本の手で洗うのではなく、八本の触手で同時に八か所を洗うという初めての刺激に再び派手な声を上げるイリーナ。触手と言っても先端は手のひらにしてあるので、阿修羅観音のようなイメージだよな、うん。

あまり強くこすらない様に、肌を痛めない様に優しく洗っていく。

 

「ふわわわわ!」

 

全身洗いあげる頃にはイリーナはぐったりしていた。

 

「きゅう・・・」

 

泡だらけのイリーナにお湯をたっぷりかけてすすいでやる。

 

「よし、綺麗になったぞ、イリーナ」

 

お尻をこちらに向けたまま突っ伏しているイリーナ。

お尻をペチンと叩いてやる。

 

「ひゃんっ!」

 

「早く湯船に入りなさい。風邪引いちゃうよ」

 

「ふわ~い」

 

のそのそとまるでなめくじの様に動きながら湯船にズルんと入るイリーナ。なぜにそんなカッコしてるの?

 

「イ、イリーナさんどうだったのですか?」

「なんだがとっても気持ちよさそうだったけど?」

 

ルシーナとサリーナに挟まれながら聞かれるイリーナ。

 

「ヤーベはすごすぎるのら・・・気持ちよすぎて足腰に力がはいらないにゃ・・・」

 

ぶくぶくぶくと口まで沈んで行くイリーナ。

 

「イ、イリーナちゃん大丈夫?」

「ちょっとこっちの浅いとこに座ろ?」

 

なんだがイリーナはルシーナとサリーナに介護されているな。のぼせたか?

 

「今度はわたくしですわね?」

 

ふと見れば髪をアップに縛ったフィレオンティーナが腰掛に座り、背を向けている。

背を向けているのに、そのくびれた腰、細い背中、そしてなぜか背中を見ているのに、背中の端にはおっぱいの横が見える・・・。細い体つきのフィレオンティーナのおっぱいはどうやら体からはみ出るサイズのようだ。ごっくん。

 

「? 何か飲まれました?旦那様」

 

あ、生唾です。とか言えないわ! 恥ずかしいから!

 

「あ、お気になさらず。早速洗って行くね・・・、って髪の毛どうしよう? きちんとアップにまとめてあるけど、洗髪はまた今度にする?」

 

「そうですわね。出来れば旦那様に洗って頂きたいのですが、わたくしの髪は長いので、髪用の香油などを使って纏めないといけませんので・・・、次のお風呂の時は洗髪用セットも準備してきますわね」

 

なるほど、フィレオンティーナほどの女性になると髪のケアまできちんと考えているんだな。池の畔でバシャバシャやってたイリーナよ、見習い給え・・・って、奇跡の泉の水で洗ってるだけで、イリーナの髪めっちゃサラサラなんだよな。

 

「あ~、フィレオンティーナ? 実は奇跡の泉と名付けられた水の精霊ウィンティアの加護を受けた泉の水でずっと体や頭や顔を洗っていたイリーナがピカピカのツルツルのサラサラなんだ。もしかしたら、水の精霊ウィンティアの加護を受けた水で洗うと綺麗になるのかもしれないな」

 

「ななな、なんですって!?」

 

いきなり振り向いたフィレオンティーナ。振り向いたという事は上半身が正面を向くわけで・・・。

 

「ブフッ!」

 

俺の心は鼻血を噴いたはずだ・・・スライムだから血はないけど。

大迫力の双丘はそれほどの重量感を漂わせながらも、下に垂れることなく、圧倒的な存在感を示していた。

 

「イリーナ様!ちょっと見せてくださいませ!」

 

「ふぇ!?」

「キャッ!」

「わっ!」

 

ルシーナとサリーナに両側から支えられてぽや~っとしていたイリーナにフィレオンティーナが突撃してくる。

 

「な、なんとスベスベツルツルの肌・・・、髪も先ほど石鹸で洗われたはずなのにごわついていない・・・、なんて素晴らしいのでしょう・・・」

 

イリーナをペタペタ触りまくって呟くフィレオンティーナ。

その表情を見てルシーナとサリーナもイリーナを触り始める。

 

「ホントだ~、イリーナちゃんお肌がスベスベだ~、いいなぁ」

「本当ですね。髪の毛もサラサラです。私なんてすぐパサつくから肩までしか伸ばさない様にしているのに、イリーナさんは長い髪でもサラサラなんですね~」

 

「ひょわ~」

 

三人から触られまくっているイリーナはヘンな声を上げている。

ふと気が付けばリーナが俺の膝にちょこんと乗っかって来た。

 

「どうした、リーナ?」

 

「にへへー」

 

今の俺はフィレオンティーナを洗うために湯船の縁に腰かけていた。そのため膝が空いていたのでそこにリーナが座りに来たのだが。

そう笑って背中ではなく今度は正面を向いてリーナが抱きついて来た。

俺の胸に顔をくっつけてグリグリしている。

 

「ふおおっ!ご主人しゃまー!」

 

「こ、こら!コレはお風呂でやってはいけません! ヘンな扉が開いちゃうかもしれないから!」

 

服を着た状態で飛びついて来たリーナを抱っこすると、ちょうど胸の位置にリーナの顔が来るので、「ご主人しゃまー!」と顔をグリグリ胸に押し付けて来るのはいつもの事だ。

だが、それを風呂場で全裸の状態でやられるとちょっとニュアンスが違う・・・ちょっとじゃないか?

 

「ご主人しゃまー!」

 

今度はギュギュッと全力でしがみついてくるリーナ。

そう言えば、奴隷として買い上げて数日。お風呂はイリーナたちに任せっぱなしだったから、リーナとお風呂に入るのはこれが初めてなわけで。

リーナにとっては、いつもそばにいて欲しい俺がお風呂でも一緒な事がとても嬉しいのだろう。いつもよりハイテンションになっているのかな。だからといって俺がヘンな扉を開いていいわけではないが。

 

「あ―――――!! リーナちゃんが抜け駆けしてます!」

「ややっ!やるねっ!リーナちゃん!」

「ああっ、今度はわたくしが洗って頂く番ですから!」

 

ルシーナとサリーナ、フィレオンティーナが触りまくっていたイリーナをほっぽり出してこちらにバシャバシャと湯船の中を走って来る。

放り出されてブクブクと沈んで行くイリーナ。大丈夫か?

 

それにしても、俺のハーレムニューヨーク(入浴)はまだまだ終わりそうにないようだ。

 




・・・まさかのお風呂編纏まらずで前中後編に。
書いてて俺は一体何がしたいのか、と反省しきりです(--;)
もちっと話を進めなければと思いながらも、これもヤーベのスローライフか!?などと自分を正当化しようとしております(苦笑)

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第159話 レッツゴウ!ハッピーニューヨーク(幸せ入浴)しよう 後編

「はーい、リーナちゃんはちゃんと湯船に浸かって暖まろうね~」

 

「ふおおっ!? ご主人しゃま―――――!」

 

正面を向いてガッチリしがみついていたリーナがフィレオンティーナに脇の下から両手を入れられ、高い高いでもするように持ち上げられて悲鳴を上げる。

 

「はい、ルシーナさんにサリーナさん、リーナちゃんをちゃんと温めてあげてね」

 

そう言って二人にリーナを預けて自分は腰掛に座って俺に艶やかな背中を向ける。

妖艶なうなじをアピールしながら、チラリと後ろを向き、俺に目を合わせて来る。

 

「さあ、旦那様・・・お願い致しますね」

 

「はい、イタシます!」

 

辛抱溜まらんとばかり、高速泡立てを行った石鹸を触手にたっぷりつけ、フィレオンティーナに塗りたくる。

 

「あんっ・・・」

 

あ、ヘンな声出さないでもらっていいですか? いろんなトコロが持たないので。

とりあえず、触手ではなく、人間形態、矢部裕樹としてお相手致す。

 

後ろからきゅっとフィレオンティーナを抱きしめる。

 

「あ、旦那様・・・」

 

「じゃあ、綺麗に洗っていくね」

 

二本の腕でフィレオンティーナの背中からゆっくり優しく肌が傷つかない様洗っていく。

フィレオンティーナの背中はまるで滑らかな絹の様だった。どこにも引っ掛かりがなく、すべすべという一言以外に表すすべがない。

 

背中が終わると肩を抱くように洗う。

 

「んっ・・・温かいです・・・旦那様・・・」

 

ほうっと頬を住めるように呟くフィレオンティーナ。

風呂は体を温める効果があり、新陳代謝を促進する。フィレオンティーナが健康になれば言うこと無しだ。

 

そのまま脇を洗い、太もも、足を洗っていく。

一言で言うなら、むちむち、であろうか。素晴らしい。

後ろからお腹に手を回してすべすべしながら洗っていく。

 

「ひゃんっ・・・旦那様、くすぐったいです・・・」

 

「む、お腹もしっかり温めながら綺麗に洗わないとね。試練だが、ガマンするんだ、フィレオンティーナ」

 

「は・・・はいぃ・・・旦那様・・・フィレオンティーナはガマンしますぅ・・・」

 

ぷるぷると肩を震わせながら艶っぽい声を出すフィレオンティーナ。いや、お腹撫でる様に洗っているだけだからねっ!?

 

だが、お腹も終われば、残すは素晴らしきお尻様と御胸様を残すのみだ。

チラリと横を見ればリーナはのんびりイリーナの横でお湯につかりながらボヘーっとしているイリーナを心配しているようだ。

そしてルシーナとサリーナは両手でつくったゲンコツを口に当ててこちらをガン見している。

・・・どしたの?

 

まあいいか、フィレオンティーナを洗いあげる事に集中しよう。

まずはお尻様を両手でワシッと掴むように泡を付けていく。

 

「ひゃんっ!」

 

むちむちのお尻を一心不乱に優しく撫でる様に洗っていく。

 

「ああっ・・・旦那様・・・」

 

フィレオンティーナの表情は後ろからでは伺い知れないが、洗われて気持ちがいいようだ。よかったよかった。

 

さて、最後の砦と言うか、ラスボスと言うか、巨大御胸様を清めねばならぬ。これは誰にも譲れない、俺だけの仕事である。うん。

 

再度後ろから手を伸ばし、下から持ち上げる様に御胸様を包み込む。もちろん俺の手では包み込むことなど出来るはずもない。それほどの圧倒的スケールを誇る。

 

ふにゃん!

 

「・・・・・・ッ!」

 

何かに耐えるフィレオンティーナ。

こ、この感触は!マシュマロなどと言うありきたりな表現では生ぬるい!

だが、これ以上この御胸様を解説するわけにはいかぬ。いろんなトコロからお叱りが来てしまう気がする。

俺は健全且つジェントルな男子であるからして。

ただただ、御胸様を洗うのみ!

 

「・・・・・・ッ! ・・・・・・ッッ!」

 

胸を洗うたび、フィレオンティーナが声にならない声をあげて体をよじる。

・・・ちょっと背徳感あるな。いかんいかん。

 

さて、そろそろいいか。きっと綺麗になった。ピカピカだ。多分。

俺は桶でお湯をすくって体中の泡を洗い流す。

瞬間、くたっとフィレオンティーナが後ろに倒れてきたので、優しく抱きとめる。

 

「綺麗になったぞ、フィレオンティーナ。気持ちよかったか?」

 

俺は日ごろの感謝を込めて精一杯洗ったのだが、フィレオンティーナは蕩ける様な表情で目を潤ませ俺を見つめてきた。

 

「旦那様・・・、最高に幸せです・・・」

 

そう言って両手を俺の首の後ろに回し、フィレオンティーナは俺にキスをしてきた。

 

フィレオンティーナ可愛すぎる!

滾る! 久方ぶりにスライムの血が滾るわ!

・・・スライムの俺に血はないけどね!

もうR-18指定突入してでもここで押し倒す以外に道はない!

 

俺もギュッとフィレオンティーナを抱きしめ返す。

がばちょっと押し倒そうとした、その時。

 

ビターン!

 

俺の背中に何かが張り付いた。

 

「ふおおっ! ご主人しゃま―――――!!」

 

「!?」

 

リーナか!? い、今はいかんぞ!コッチ来ちゃダメ!今は大人の時間だから!

 

だがしかし! リーナは俺のキモチお構いなしにガッチリと俺の背中に張り付いた。

 

「ふおおっ! ご主人しゃま―――――!!」

 

あ、やめてやめて!俺の背中にぐりぐり顔を押し付けちゃダメだって!

俺様のエロエネルギーがリーナのぐりぐりによって保護エネルギーに代わって行くぅぅぅ!

 

あ、見ればその間にフィレオンティーナがくったりしてしまった。あー寝てるぅ・・・クスン。

ま、まあよく考えたらコルーナ辺境伯家の来客用お風呂場でイタしているわけにもいかないよな。うん、そうだそうだ。そういう意味ではリーナいい仕事してますねぇ!

 

「つ、次は私を洗ってもらえますでしょうか・・・?」

 

「そ、その次は私です・・・」

 

顔を真っ赤にしたルシーナとサリーナがそれぞれ洗って欲しいと希望してくる。

俺はフィレオンティーナをゆっくり風呂に入れるとルシーナ、サリーナの順に体を洗って行った。もちろん鉄の意志によって風呂場でイタそうなどとは思うことは無かった。

その間ずっと背中にリーナがへばりついていた事とは一切関係がない・・・無いったらない。うん。

 




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第160話 リーマン商会を救ってみよう

朝―――――

 

俺は朝早く散歩に出た。

昨日の風呂は思いもかけず大変だった。

風呂ってあんなに体力がいるものだと初めて知った。

 

「ローガは嫁さん欲しくなったりしないのか?」

 

俺は横で一緒に歩いているローガに問いかける。

 

『嫁ですか?』

 

「そう、嫁」

 

朝早く、日が昇ってすぐの頃だろう。

俺は思いもかけず早く目が覚めてしまった。

嫁さんズの面々は女性陣の部屋に戻って寝たこともあり、俺は自分の部屋に戻り一人で寝た。そのため、コルーナ辺境伯家の筆頭執事グリードさんに朝飯は不要と挨拶して散歩に出た。目的は<水晶の庭>(クリスタルガーデン)での朝食だ。もちろん朝食はついでであり、一週間後に迫った王都スイーツ大会のネタを検討するために出向くのだ。

尤も午後からは伯爵への陞爵式がある。

もう三度目ともなると、午前中早い時間から王城へ出向かなくてもいいらしい。ありがたいと言えばありがたいが。

 

そして、俺は隣を歩くローガに再度問いかける。

嫁は欲しくないのかと。

 

朝、一人で散歩に出ようとしたとき、庭にいたローガ達が一斉に起きて俺の方に寄って来た。

朝の挨拶は良いとしても、散歩に全員ついて来ようとしたのでさすがにローガだけにした。軍団で歩くと目立ちすぎるしな。

 

『嫁ですか・・・、今は不要ですな。ボスを護衛する仕事を全うするために嫁は不要です』

 

そう言って歩きながら俺の方を見てニッと笑う。

 

「俺を護衛するのと嫁は関係ないような気がするが?」

 

『とんでもありません。ボス以外に大事なものを作る事は、ボスの護衛を担当する者にとって致命的なミスを招きかねません。部下たちはボスに服従する者同士の繋がりがありますが、家族となりますと、部下の系統とはまた違いますからな。私には不要のものです』

 

「随分と厳しい判断な気がするが」

 

『それこそお気になさらず。ボスに寄り添う事を至上の喜びとしておりますゆえ』

 

「律儀だね」

 

俺はそう言ってローガの頭を撫でる。

ローガはわふわふと嬉しそうに笑った。

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

「よう、サラ! 砂糖は用意出来ているんだろうなぁ?」

 

「う・・・、いや、しばらく待ってくれ!」

 

「ああっ!? ふざけんなよテメエ! お前が出した条件だろうがよぉ!」

 

随分と剣呑な声が朝の静寂を切り裂く。

人がせっかくいい気持で朝の凛とした空気を楽しんで散歩しているというのに。

 

見れば、ここはいつぞやのサラ・リーマン商会のある通りだった。

リーマン商会の前でチンピラ風の男が三人そろってがなり立てている。

 

「約束の期限に砂糖を納品できなかったんだ! 約束通りテメエの体で払ってもらおうか!」

 

「そんなっ!本日いっぱいまで時間はあるはずだ!待ってくれ!」

 

「待ったって一緒なんだよ! テメエに砂糖は手に入れられねぇんだよお! あーっはっは!」

 

ああ、砂糖の流通を止めているタチワ・ルーイ商会の関係者かな?

それにしても、納品できなかったときは体で払うとか、どういう約束しているんだろう。自業自得か?

 

「い、今伝手のある商会を回っているんだ・・・。なんとか砂糖を分けてもらってくるから待ってくれ!」

 

「待てねえよ! それにテメエの伝手なんざ、もう無いも同然だろうがよ! 仲買人にケンカばかり吹っ掛けて見捨てられちまった哀れな商会さんよぉ!」

 

そう言ってサラの胸倉を掴むチンピラ。

なるほど、リーマン商会の会頭であるサラ・リーマンの動向を見た上でつぶしに来ているというわけか。しかも明らかに手に入らない砂糖を指定して取引自体がサラの納品失敗を誘い、サラ自身を自由にしようとする作戦だな。

それこそ伝手のある仲買人がいれば早い段階から砂糖の動向を掴めたはず。仲買人とケンカばかりして伝手を失っていたサラには情報が入って来なかったというわけか。

 

「やだ・・・やだよぉ・・・」

 

ついには泣き出すサラ。

 

「はあ・・・」

 

俺は溜息を吐いた。

 

『気の乗らない人助け・・・ですか?』

 

ちらりとローガが俺の方を向く。

 

「ああ、そうだ。面倒臭い」

 

そう言いながら俺はリーマン商会へ近づいて行った。

 

「ああ? 何だテメエは? 関係ねーヤツは引っ込んでな!」

「「そうだそうだ!」」

 

この感じ、チンピラAとその取り巻き二名って感じだな。

 

「あ、貴方は・・・あの時の・・・」

 

俺を見て、少しバツが悪そうに俯くサラ。俺が誰だか思い出したらしい。最もあの時の俺と今の俺の立場は圧倒的に違うけど。

 

「砂糖、どれだけの分量をいくらで売る予定だったんだ?」

 

「あ・・・さ、砂糖を融通してくれるの!?」

 

飛び掛からんばかりに俺の方へ顔を向けて来るサラ。

 

「先に聞いたことに答えたらどうなんだ? アンタピンチなんだろう?」

 

「あ・・・、うん。砂糖10kg一袋だ。金貨で二枚の予定だったのだが・・・」

 

「はっ? 金貨で二枚? 砂糖10kgが? お前、砂糖の相場知っているのか? タチワ・ルーイ商会が取り扱っている砂糖、混ぜ物が入って1kg金貨五十枚だぞ?」

 

「な、なんだって!? どうしてそんな相場に・・・!?」

 

「タチワ・ルーイ商会が流通をガナードの町で止めたからだろう。現在砂糖はタチワ・ルーイ商会が販売している物以外には基本的に出回ってない」

 

「そ、そんな・・・」

 

絶望に暮れるサラ。どうせ例え金貨五百枚持って行っても砂糖を10kg売らないだろうさ。

 

「だから大人しく俺の女になるしかねーんだよぉ!」

 

そう言ってサラを突き飛ばすチンピラ。

 

ドサッ!

 

サラに歩み寄ろうとした男の足元へ砂糖10kgの麻袋を放りだす。

 

「おわっ!? 何だテメエ!」

 

「砂糖だよ。お前がご所望のな。しかもまじりっけなしの正真正銘ガルガランシア製だ。これで文句は言わせん。金貨2枚を払ってとっとと失せろ」

 

「はあっ!? テメエふざけてんのか? ガルガランシア製の砂糖があるわけねーだろうがよぉ!テメエが言ったことだぜ! ガナードの運輸会社はタチワ・ルーイ商会が牛耳ってんだ。砂糖が手に入るはずがねえ!」

 

「うるさいな。現実を見ろよ。目の前の麻袋を確かめろ」

 

そう言って男は麻袋を開けて中を見る。

 

「そ、そんなバカな・・・」

 

そう言って指でつまみ、口に放り込む。

 

「ま、間違いない・・・正真正銘の砂糖だ・・・」

 

信じられないと言った顔で俺を見るチンピラ。

 

「テメエ!サラのためにタチワ・ルーイ商会の倉庫から盗んできやがったな! 王都警備隊に突き出してやるぜ!」

 

「わ、私のために・・・?」

 

いきなり斜め上の発言をかましてきたチンピラA。コイツ、本気か?

そしてサラ。お前の事なんか知らん。たまたま通りがかっただけだし。

 

「今の今まで、契約を立てに非合法な方法で女を犯すと言った、バリバリ犯罪を犯そうとしたお前が、俺に事実無根の言いがかりをつけ、おまけに王都警備隊に突き出すと言ったか? ちゃんちゃらおかしいな、お前。頭湧いとるんか?」

 

「なっ! 何だとテメエ!」

 

掴みかかって来たチンピラAの手を掴み、ねじり上げてから引き落とす。

 

「グエッ!」

 

地面に叩きつけた後、横顔を思いっきり踏みつける。引き落とした際の手は逆手に持ち、倒れたチンピラAの横顔を足で踏む。

 

「殴り掛かって来たんで思わず反撃してしまったが、想定以上にザコだな、お前。俺が王都警備隊に突き出してやるよ、いきなり殴りかかって来た強盗犯としてな」

 

「ななな、なんだとっ!?」

 

「それか、リーマン商会からの買い付けとして金貨2枚を支払ってこの砂糖を持ち帰るかだ。どっちがいい? お前に選ばせてやるよ」

 

ギリギリと強めに横顔を踏みながら話す。

取り巻きがこっちに走って来そうになるが、ローガのひと睨みでビビッて腰を抜かす。

 

「わ、わかった!分かったから助けてくれ!金貨2枚払う!」

 

「あ、そう。じゃあさっさと支払って消えてくれ。砂糖持ってな」

 

「お、覚えてろ!」

 

そう言って金貨二枚をサラに投げつけて、砂糖10kgの袋を担いで消えるチンピラAと取り巻き二人。

 

それらを見送った後、サラに向き直る。

 

「さて・・・」

 

「あ、ありがとう・・・砂糖を譲ってくれて」

 

サラが勝手な事を宣う。

 

「誰が砂糖を譲ってやると言った? 砂糖の相場は先ほど説明した通り、砂糖1kgで金貨五十枚だ。しかも俺の渡した袋はまじりっけなしだからな」

 

「そ、そんなお金、払えない・・・」

 

泣きそうになるサラ。自業自得とはいえ、不勉強すぎるよな。

 

「じゃあ仕方ない」

 

「ま、まさか私の体を好きにさせろというつもりか!」

 

自分の体を自分で抱きながら怒り出すサラ。こいつも頭湧いとるんか?

 

「ふざけんなよ、お前なんかいるか」

 

「そ、そんな言い方しなくても・・・」

 

落ち込むサラを無視して、俺は考える。

 

「じゃあ、アローベ商会の傘下に入れ」

 

俺はニヤッと笑って言った。

 




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閑話24 エルフブリーデン公国 公女ブリジットは登場する ~ほのかなポンコツの匂いを漂わせて

「は・や・く~~~~、早く着かないかしら~~~~」

 

エルフブリーデン公国、ブリジット・フォン・エルフリーデン公爵令嬢はバルバロイ王国に向かう公国の馬車の中で思いっきりハシャいでいた。

 

「お嬢様! あまり暴れますと馬車が揺れます!」

 

「何言ってるの。我がエルフブリーデン公国が誇る長距離移動用馬車なのよ。風の精霊に守られたすごい馬車なんだから! 速くて揺れないんだからね!」

 

馬車の中でいきなり立ち上がり腰に両手を当ててフンスッとドヤ顔するブリジット。

ついて来たお付きのメイドの注意も意に介さない。

 

「いえ、だからと言って馬車の中で暴れていいわけではないですからね? 馬車が急に止まることだってあるんですから。ちゃんと座って大人しくしてください!」

 

「そんなこと言っても、年に一回しか行われないバルバロイ王国でスイーツのナンバーワンを決定する大会が開かれるんですもの!大人しく出来るわけないじゃない!」

 

バルバロイ王国で毎年行われる王都スイーツ決定戦。

ネーミングセンスはともかく、王都バーロンで行われる食の祭典として有名な催しであり、甘味が贅沢の一つであるこの世界において、国民を熱狂させるお祭りの一つとして数えられている。

 

その王都スイーツ決定戦の外部招聘特別審査員を担っているのがエルフブリーデン公国である。

 

 

 

 

エルフブリーデン公国―――――

 

文字通り、エルフ種を中心とした公国である。

代々一番力を付けた家が「エルフリーデン公爵家」を名乗り、大公として「エルフブリーデン公国」のかじ取りを行う。

昔は一定期間で「エルフリーデン公爵家」を名乗るための力試しがあったりして入れ替えがあった時代もあったようであるが、現在は人間国と同じ血の継承を重視し、同じ一族が長年「エルフリーデン公爵家」を名乗っている。

 

尤もエルフ種は長命であり、あまり「欲」というものに頓着しない者が多く、国を運営してくれるならどうぞどうぞという反応の者の方が多い様だ。

 

ちなみにブリジットの父親でありローランド・フォン・エルフリーデン公爵当主をローランド大公と呼び、公国トップとして約300年も君臨しているものの、その父親であり、ブリジットからすれば祖父に当たるソルフォール・フォン・エルフリーデンも健在である。ソルフォールも大公としてエルフブリーデン公国を400年間けん引して来ていた。いうなれば二人で700年もの間エルフブリーデン公国を仕切って来ている一族なのである。

 

地理的にはバルバロイ王国の東、ガーデンバール王国の北の大森林に位置し、「森の王」とも呼ばれている国になる。あまり対外的に付き合いの大きな国ではないが、自国の南に位置するガーデンバール王国、および食料事情および文化圏としても質の高いバルバロイ王国への貿易は積極的に行っている。そのような間柄であるため、バルバロイ王国王家ともつながりがあり、王家主催のパーティやイベントには呼ばれることも多々あった。

 

「特にこの王都スイーツ決定戦は、「スイーツ」と呼ばれる贅沢な甘味料理が中心に競われるんだから!何に置いても特別審査員の席に座って食べ尽くさないと!」

 

注意されているのに聞かず、立ち上がっては両手を振り回し熱く語るブリジット。

 

キキーッ!

 

「んきゃんっ!!」

 

馬車が急ブレーキをかけて止まる。

その勢いで立ち上がっていたブリジットは前側の壁に顔から突っ込んで強打した。

 

「いった――――い!」

 

「だから立ち上がっては危ないと言っているではありませんか」

 

そう言ってハンカチを取り出し、顔をぶつけて鼻血を出しているブリジットの鼻を拭く。

 

「何なのよ、もうっ!」

 

急停車した勢いで前に飛ばされたブリジット。

とりあえず口から出るのは文句であったのだが、元気ではあるようだ。

止まった理由はわからないが、通常ではありえない状況にメイドたちには緊張が走る。

 

「た、大変です!王都バーロンの北側に、ド、ド、(ドラゴン)の群れが!」

 

「な、何ですって!?」

 

ブリジットがメイドの止める間もなく馬車から飛び出る。

これが陽動だったり、何かの罠だったら一体どうするつもりなのか。そのような事はブリジットの頭の中には無い様だ。

 

「こ・・・、こんな事って・・・」

 

見れば王都バーロンの北門の外にワイバーンの群れと雷竜サンダードラゴンが飛んでいた。

まさに絶望的な戦力であった。

 

「信じられない・・・」

 

ブリジットを追って馬車を出てきたお付きのメイドもその目で見た。

王都バーロンを雷の渦に巻き込んでしまうであろう恐るべき戦力を。

ブリジットをバルバロイ王国へ使者として立てているため、公国の精鋭騎士団が護衛についているが、その騎士たちも、贈り物を積んだ荷馬車を守る兵士たちも立ち止まり足がすくむ。そしてこの後起こるであろう惨劇を想像して身震いした。

 

「バロバロイ王国の人々が・・・」

 

お付きのメイド、ソルフィーナは胸の前で手を組み、祈る様に呟いた。

 

「このままじゃスイーツ食べられないじゃない!」

 

公女ブリジットはかなり残念な子であるようだった。

 

「て、撤退だ!万が一こちらに向かってきたらブリジット様をお守りできない!」

 

この部隊を任された部隊長は大声を上げる。

 

「いえ、ここは私の魔法であの竜を仕留めてあげましょう!」

 

「「「え?」」」

 

多くの騎士やメイドのソルフィーナはブリジットが何を言っているのか理解できなかった。

なぜなら、エルフのお嬢様とはいえ、ブリジットの魔力は実に大したことが無かったのである。

 

「ここでバルバロイ王国へ恩を売って、スイーツの優遇を受けるのです!」

 

一言で纏めればバカとしか言いようのない内容で気勢をあげるブリジット。

それに対して「テメエの仕事だろ、何とかしやがれ!」といった騎士団からの視線がメイドのソルフィーナに突き刺さる。ソルフィーナは今なら口から血が吐けると思った。

 

「ブリジット様、いくら何でもドラゴンを仕留めるのは・・・」

 

「何言ってるのよ! ドラゴンぐらいさっくり仕留めて、バルバロイ王国からスイーツをせしめるのよ!」

 

お前が何言ってるんだ!!という騎士団からの殺意が滾り過ぎた視線がソルフィーナにさらに突き刺さって行く。そしてスイーツは優遇される物からせしめる物へ変わっている。

 

「お嬢様・・・ブリジット様・・・ドラゴンは無理ですって・・・」

 

もうイヤ・・・と思いながらも、目に涙を浮かべても、仕事をほっぽり出すわけにはいかず、ブリジットを宥めようとするメイドの鑑、ソルフィーナ。だが、その時。

 

ズガガガガガ―――――ン!!

 

雷竜サンダードラゴンとワイバーンに何故か雷が降り注ぎ、ワイバーンが撃沈されていく。

さすがに雷竜サンダードラゴンは雷が降り注いでも墜落することは無かった。

 

「「「えええっっっ!?」」」

 

騎士団は元より、ブリジットもソルフィーナも同じように声を上げる。

 

そして雷竜サンダードラゴンからサンダーブレスが放たれるも、なぜか王都には被害が全くなく、逆に王都側から何かエネルギーのようなものが放たれ、雷竜サンダードラゴンが怯み、行動が止まる。

 

そして、信じられないほどの巨大な雷が天空を切り裂き、雷竜サンダードラゴンに直撃したのだ。そして轟沈する雷竜サンダードラゴン。

 

「な、なんだ? 何が起こっているのだ・・・?」

 

理解できない、と呆然とする部隊長。

 

だが、ソルフィーナはきちんと理解していた。わずか3手、雷撃に関しては2手で雷撃サンダードラゴンとワイバーンを屠る存在が王国にいるのだ。

正しく、恐るべき戦力、と言えた。

 

「竜が落っこちて行ったわよ? スイーツせしめられないのは残念だけど、これで王都スイーツ決定戦は問題なく行われるわね。さあ、早速出発よ」

 

ドーンと王都を指さして早速出発を指示するブリジット。

すさまじく頭を抱える部隊長。

そんな部隊長にそっと声を掛けるソルフィーナ。

 

「とにかく二名の騎士を先行させて王都が問題ないか調べて来てもらいましょう。その間は行軍速度を落としてゆっくり王都バーロンへ向かうのはいかがでしょう?」

 

「おお、それはいい。お前達、先に王都バーロンの様子を探って来い。こちらはゆっくり向かうから、問題なければこちらへ戻って来て報告をくれ」

 

「「了解しました!」」

 

二名の騎士が馬を駆り王都バーロンへ向かう。

意気揚々と馬車に戻るブリジット。

ソルフィーナは深い深い溜息を吐いた。

 




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第161話 結婚式について検討しておこう

「傘下に入れって・・・貴方も商会を運営しているのか・・・?」

 

サラはしりもちをついたまま、俺の方を見る。

 

「ああ、これでもアローベ商会の会頭でな」

 

「あ、あのアローベ商会って今注目度ナンバーワンの商会じゃないか!」

 

「アローベ商会って今注目度ナンバーワンなんだ?」

 

「商会の会頭様がなぜ知らないんだ・・・?」

 

「まあ、運営はお任せで商品のアイデアとかを出すことを中心に対応してるから」

 

俺はアローベ商会の運営方法について詳しくないからねぇ。

 

「さ、傘下に入るって、どうすればいいんだ? 私は亡くなった父から継いだこのリーマン商会の看板を無くしたくないのだ・・・」

 

そう言って俯くサラ。

なるほど。自分の実力が付く前に父親をいきなり亡くしてしまって会頭に立たねばならなくなってしまったわけか。

その後、何とかしなくちゃ、という気負いが空回りした感じだね。

自分の実力が全然足りないのを見せたくなくて、強がったり高圧的になったりするパターンだな。

その場合、まず間違いなく孤立して、その上で結果が出ないと周りは離反して行く。

社会人として四年間ブラック企業で社畜の様に働きまくった俺だ。こういった機微は感じ取ることが出来る。

 

「お前さん、どうも商売に向いてない気がする。商人としての基本的な対応も出来ていないように見える。どうしても商人としてやっていきたいなら基本から学びなおした方がいいんじゃない? 知ってる商会に口きいてやるから、しっかり働いてみれば?」

 

「し、知っている商会って・・・どこなのだ?」

 

「ん? スペルシオ商会だけど?」

 

「そうか、スペルシオ商会か・・・え?ス、スペルシオ商会!? 王都ナンバーワンの、あのスペルシオ商会なのか!」

 

「あの、が実際どれ指しているのか知らんけど、スペルシオ商会だな。それなりに貸しがあるから、多分丁稚奉公くらい受け入れてくれると思うんだが」

 

「ぜ、ぜひお願いしたい・・・。すでに部下もほとんどやめて、もうどうしていいかわからなくなっていたところなんだ・・・」

 

おうっ、これは思った以上に追い詰められていたんだな・・・。さっきのチンピラたちから助けられてよかったな。

下手すりゃ、首括ったりしかねないほど追い詰められた町工場の社長のような雰囲気があったぞ。

 

これが、バルバロイの黄金の翼、と呼ばれるほどの大商人となるサラ・リーマンの転機となった邂逅であった・・・

 

とか、ラノベだと結構未来の情報を小出しに教えてくれたりするよね。

まあ、サラがこの先大成するかはわからんけどさ。

 

 

 

 

「ふおおっ!ご主人しゃま―――――!!」

 

ズドムッ!

 

朝の散歩を終えてコルーナ辺境伯家に戻って来て玄関に入って一秒。

我がストマックに魚雷突撃を敢行してきたのはリーナであった。

いつもより起きるのが早いね~。

 

「ヤーベおかえり、そしておはよう。朝の散歩に行くなら誘ってくれればよかったのに」

 

そう言ってイリーナも俺を出迎えてくれる。

俺はリーナを持ち上げて肩に乗せてやる。

 

「ふおおっ!高いでしゅ!」

 

はっはっは、今はリーナが一番高いぞ。

 

それにしても、朝の散歩で時間を使いすぎたわけではない。今の時間、ちょうど起きて来るころかな、とは思うが、決して遅い時間ではないのだ。

そういう意味ではリーナもイリーナも早起きしたのだろう。と思ったのだが。

 

「旦那様、朝の散歩でしたらわたくしもご一緒したかったですわ」

 

フィレオンティーナも起きていて俺を出迎えてくれた。

 

「あ、ヤーベさんお帰りなさい! グリードさんにヤーベさんが帰って来た事を伝えておきますね」

 

多分朝食の準備を指示しているのだろう、玄関を開けた時にいつもいる筆頭執事のグリードさんがいなかったのだが、サリーナが俺の帰宅を伝えてくれるようだ。

ルシーナだけは起きていないようだが、ルシーナは自分の部屋があるしな。まだゆっくり寝ているのかもしれない。

 

「ついに伯爵へ陞爵になりますわね」

 

フィレオンティーナが俺に微笑みかけながら言った。

 

「まったく持って望んでないけどね」

 

「ですが、カッシーナ王女を娶るためには致し方のない事では?」

 

そう言いながらとても素敵な笑みを向けて来るフィレオンティーナ。さすが売れっ子占い師、手ごわい。

 

「・・・まあ、そうだけどね」

 

「でもこれでリヴァンダ王妃がおっしゃられた降嫁条件が整いましたわ。きっとカッシーナ王女も伯爵に陞爵されたヤーベ様にすぐ結婚を申し込んでくるのではないでしょうか?」

 

結婚か・・・。そう言えばすでにイリーナとはイタしているわけだし、両親に結婚の挨拶にも行っているな。

ルシーナはフェンベルク卿にちゃんと話をしに行かないといけないだろう。

・・・話そうとするとすぐに逃げられているけど。

 

フィレオンティーナのご両親は健在なのだろうか?自宅まで処分して俺について行くと言ってくれたんだ。ご存命ならば挨拶に伺いたいところだ。

サリーナはザイーデル婆さんによろしく言われているからな。嫁に貰うと言えば喜んでくれるだろう。

リーナは・・・うん、まだ妹枠で。だけど、リーナの家族とか、そういった話をいつ聞けばいいだろうか。思い出したくもない辛い記憶なら、無理に聞かないほうがいいのかもしれない。

 

「結婚式・・・すごく楽しみですわ、旦那様」

 

フィレオンティーナがうっとりした表情で頬に手を当てる。

 

「え・・・結婚式?」

 

「そうですわ、結婚式ですわ、旦那様。カッシーナ王女と合同で出来れば言うことないのですが・・・さすがに第二王女様ですから、わたくしたちとの結婚式は王女との結婚式が終わってから・・・と言う事になりますでしょうか。きっと規模もだいぶ違うのでしょうが、わたくしは旦那様と式を挙げられるなら、たとえ村の小さな教会でもなんの不満もございませんわ」

 

キラキラと輝くような笑顔で思いを語るフィレオンティーナを見ながら俺の意識が空の彼方に飛んで行こうとするのをかろうじて繋ぎ止める。

 

けっ、結婚式・・・やるんだよね、そりゃ。

 

なんだかすごくみんな楽しみにしてる感じだもんね~。でも俺、そう言う式系、苦手なんすよね~!

できればやりたくない!

あんなかたっ苦しい式、長時間座って晒し者なんて・・・

あ、でもこっちの世界の結婚式がそうだとは限らないな。ちょっといろいろ聞いてみれば、もしかしてさらっと終わる簡易的な式が主流だったりするかも!

 

「結婚式か~、その後の披露宴も含めて、三日三晩は行わなければなるまいな」

「すごいですね!村では大体式と披露宴で一日、翌日は村全体でお祭りになるので二日くらいです」

 

長げーよ! 何だよ三日三晩って! イリーナの三日三晩も長いが、あのド田舎のカソの村でも二日間もやるの?サリーナよ!

 

「場所も大変ですわね・・・わたくしはともかく、イリーナさんにルシーナさんはお呼びしなければならない人たちも多いでしょう。カッシーナ王女ともなれば相手は王家ですから、より大変ですけどね。サリーナさんは、王都で式を挙げる場合、ご家族を王都までお呼びするのも大変ですわよね」

 

「あ~、お婆ちゃんや両親に結婚する姿を見てもらいたいけど、それは無理かな。カソの村に帰った時にヤーベさんと一緒に報告すればいいかな。きっと村ではお祭り騒ぎになると思うし」

 

そう言って笑うサリーナの笑顔に少しだけ寂しさを感じてしまう。

出来るなら何とかしてやりたい。

・・・いや、俺は式とか嫌いなわけで。だが、奥さんズの面々がこれほど楽しみにしているのにそれを無下にするほど甲斐性が無いわけではない。男の甲斐性はここぞという時に奮い立たせるものである。

 

「やあ、ヤーベ殿、おはよう」

 

「あ、フェンベルク卿おはようございます」

 

「いい加減家名を登録しないとまずいぞ? 何せ本日伯爵へ陞爵されることになるんだ。多分家名も同時に発表になるんじゃないかな? きっと王城に行けば聞かれると思うぞ?」

 

「え~、アレ、二週間くらい猶予があったと思いましたけど」

 

「わずか四日で伯爵に陞爵するとは向こうも思ってないだろうからね。伯爵は領地を下賜されるし、王都に屋敷も必要になる。そんな伯爵が家名決まってないってマズイに決まってるじゃないか」

 

「うわ~、頭痛い。だいたい領地とか無理だし」

 

「とりあえず領地は先延ばしだって言ってたけどね。それから、今日の謁見はヤーベ殿の伯爵への陞爵の他に、フィレオンティーナ殿とゲルドン殿、それからイリーナ殿とサリーナ殿とウチのルシーナも謁見に呼ばれているから」

 

「ええっ!?」

 

「そりゃ、君がプレジャー公爵を捕まえる時にワーレンハイド国王の前で随分と身内自慢をしたからね。活躍した身内の人たちにも褒賞を、ということらしいよ」

 

「そりゃすごいね・・・すでにフィレオンティーナは一代限りの騎士爵貰ってなかったっけ?そういやすでにお貴族様なんだよね、フィレオンティーナは」

 

「あら、嫌ですわ旦那様。そういう旦那様はすでに子爵でありますよ? 今日の午後には伯爵様でありますが」

 

フィレオンティーナが笑いながら口に手を当てる。本当に貴族令嬢っぽい。でも貴族当主扱いなんだよね。すごいね。

 

「・・・正直、私が褒賞を貰ってもいい物か微妙なところだが」

「ですよね~」

 

イリーナとサリーナがあははと苦笑いしながら見つめ合う。

俺の分身を持って行って、コトが済んだら回収して戻って来ただけだしな。

 

「君たちも胸を張るといい。聞いた話では、ヤーベ殿のゴーレムを使ったとのことだが、ヤーベ殿を信じてあの巨大なギガンテスに立ち向かい、その目の前まで行ったのだ。他の者にそのような事を頼んでも、ヤーベ殿を信じていない者ならばとてもではないがギガンテスの前に立つことなどできなかったであろう。それだけでもすごい事だという事だ」

 

フェンベルク卿がイリーナたちの活躍を認めてくれる。うれしいことだ。

 

「ほっほっほ、未来輝かしいお話は興味が尽きませぬが、まずは目の前の腹ごしらえですぞ? 朝食の準備出来ましたのでどうぞ食堂の方へ」

 

筆頭執事のグリードさんがエントランスで話し込む俺たちを朝食に呼びに来てくれた。

早速朝食を頂いて朝の活力を付けるとしよう。

 




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第162話 リーナにもしっかりとご褒美を準備しよう

朝食を食べ終えて、食後のモーニングコーヒーを頂いていると、何か違和感を感じる。

 

「ん~~~~?」

 

コーヒーカップを片手に俺は思案に耽った。

 

「どうしたんだ、ヤーベ?」

 

イリーナが心配そうに俺の顔を覗き込む。

 

「うん、何か予定と違うような・・・あ~~~~~!!」

 

「どどど、どうしたヤーベ?」

「ヤーベさん?」

 

イリーナとサリーナが心配そうに俺を見る。

 

「俺、朝食いらないって散歩に出たんだった。なのに普通に帰って来て朝飯食べちゃったよ。いらないって言ったから、てっきり俺の朝食無いのかと思ったけど」

 

コーヒーカップを持ったまま、そう言えば朝飯食べないつもりだったと思い出す。

 

「ほっほっほ、人数が多少前後しても調整するのが執事の役目でございますれば」

 

俺が驚いていると、後ろで筆頭執事のグリードさんが笑っていた。

 

「や、グリードさん、予定がコロコロ変わって申し訳ない」

 

「いえいえ、ヤーベ様はコルーナ辺境伯家の賓客。自由にお過ごし頂いてこその賓客でございますれば。遠慮せず何なりとお申し出ください。予定が変われば、それに合わせますので何のご心配もありませんぞ」

 

「朝食食べずにどうするつもりだったんだ?」

 

「リューナちゃんがやってる喫茶<水晶の庭(クリスタルガーデン)>で朝食を食べようと思ったんだ。何でも一週間後に行われる王都スイーツ決定戦に出場するから、メニューの検討を手伝って欲しいって相談されてたんだ」

 

「ス、スイーツですか!食べたいです!」

 

ルシーナちゃんが食いついてくる。どうも甘い物に目がない様だ。

 

「ヤーベはそのスイーツメニューの検討に手を貸すつもりなのか?」

 

イリーナがじろっと俺を睨むように問いかける。

 

「ああ、頼まれたからね。俺にいいスイーツメニューが閃くかはわからんけどな」

 

「でも、あのバクダン定食でしたっけ? すごくよく出来たメニューでしたよ。安い材料で、しかもあの姉妹の得意料理のコロッケを変化させたような料理だったし」

 

サリーナが俺の料理に太鼓判を押してくれる。ありがたいけど。

 

「また奥さんが増えたりしないだろうな?」

 

腕組みしながら俺を睨むイリーナ。

というか、俺、一度も嫁を増やしたいなんて言ったことないぞ。

君たちでさえ、俺の意見はほとんど入ってませんからね?

 

「リューナちゃんはすごく可愛いですから、仕方ないですけどね。無理はいけませんよ?」

 

フィレオンティーナが妖艶な笑みを浮かべて俺を嗜める。でも、奥さん増員オッケーなんだ。まあ、リューナちゃんだからってこともあるだろうけどね。

 

「午後からの王城での謁見だが、昼飯食べてから行くから、昼飯は早めに用意するよ」

 

フェンベルク卿が予定を伝えてくれる。

 

「王城に行くのは、ヤーベ殿とフィレオンティーナ殿、ゲルドン殿、イリーナ殿、サリーナ殿、そしてルシーナが対象だ」

 

「ふみゅう・・・リーナはお寝坊してお留守番だったでしゅ。頑張ってないでしゅ・・・、みんなと一緒にお城に行けないでしゅ・・・」

 

そう言って目に涙を溜めたかと思えば、すぐにぽろぽろと泣き出してしまう。

 

「リーナは俺たちが出かけた後、しっかりお家でお留守番できたからね。リーナはみんなと同じように頑張ったよ。だから一緒にお城に行こうか」

 

そう言って泣いているリーナをギュッと抱っこしてやる。

 

「ご、ご主人しゃま―――――!!」

 

ふええええ~んと泣きじゃくるリーナを抱っこしながら頭を撫でてやる。

なるべくリーナも同じように行動できるように心を砕いてやらないとな。

 

「フェンベルク卿、ローガ達も今回は一万の魔物を仕留めたという事で大活躍してるわけなんだけど、王城にローガ達を連れて行くわけにもいかないでしょ。なので、リーナにローガ達の褒賞を代わりに受け取ってもらうようには出来ませんかね?」

 

「むう、宰相殿に聞いてみるか・・・」

 

「褒賞額が変わらなくてもいいですから、リーナにローガの分を受け取らせてもらえると助かります。何なら俺が我儘言ってるって言ってもらっても構わないですから」

 

「はっはっは、ヤーベ殿が我儘言ったら、何でも通るんじゃないのかね?」

 

「何でも我儘言うつもりはありませんけどね、リーナだけ仲間外れと言うのはどうしても許容できませんのでね。リーナも大事な家族ですから」

 

「なんとかお願いしてみるとしよう。みんなで王城に行こうか」

 

「うう・・・ありがとうでしゅ・・・うれしいでしゅ・・・ご主人しゃまに買われてリーナは・・・リーナは幸せでしゅ・・・」

 

ぐしぐしと泣きながら俺の胸に顔を埋めるリーナ。

だけど、一緒に王城に行けると分かって、少し笑顔が戻って来た。

リーナにはとびっきりの笑顔が似合うのだ。

 

「さあ、王城に行くのにおめかしして行かなくちゃね。みんなもドレスアップして午前中にしっかり準備するようにね」

 

そう伝えると、俺はもう一度屋敷を出て、喫茶<水晶の庭(クリスタルガーデン)>に向かった。

 

 

 

 

「リューナちゃんおはよう」

 

カランカランと扉を開ける音が店内に響く。

こじんまりとした店舗内はいつ来ても落ち着く雰囲気だ。

丁度最後の客と入れ違いになったのか、現在この喫茶<水晶の庭(クリスタルガーデン)>にはお客がいなかった。

 

「あ、ヤーベさん! 昨日は本当にありがとうございました」

 

「どういたしまして。あれから何か考えた?」

 

「実はあまりいいアイデアがなくて・・・。砂糖がしっかり手に入ったので、一番得意なケーキを作ろうと思っていたのですが」

 

「コーヒーを飲みに来たんだけど、そのケーキ、今あるかい?」

 

「早速試食して頂けるんですね! お願いします!」

 

そう言ってリューナは厨房へ戻って行った。

 

 

 

「ごちそうさまでした」

 

カタリと木の皿に木のフォークを置く音がする。

 

「いかがでしたか?」

 

イチゴが乗ったケーキはおいしいと言えばおいしい。だが、目新しさも無い気がするし、突き抜ける衝撃も無い。これでは勝ちあがれないな。

 

「・・・砂糖はスペルシオ商会が適正価格で今日から販売を再開する。そのため大会には全ての参加者が砂糖を十分に使ったレシピで参加してくると思う」

 

「あ、そうなんですね・・・」

 

少しだけ落ち込むリューナ。

 

「そりゃ、どうせ勝つなら平等な条件で勝った方が気持ちいいでしょ」

 

相手だけ制限が掛かっているような状況で勝っても後からクレームが付くだけだしな。

 

「か、勝つんですか!?」

 

「そりゃ勝つことを目標にするよね?」

 

「そ、そうですけど・・・」

 

「確か、予選で一品提出して、上位十名が決勝に行くんだっけ?」

 

「そうです」

 

「決勝は三品だっけ?」

 

「はい」

 

「予選は、蜂蜜とバタールをたっぷり使ったパンケーキで勝負しよう。砂糖は逆に無しだ。蜂蜜は素晴らしい状態の物が多分手に入ると思う」

 

「蜂蜜ってなんですか?」

 

「ああ、花の蜜を集めた・・・

 

「午後から王城で王様に謁見しなくちゃいけないから、これで今日は帰るけど、明日には蜂蜜を手に入れて来るからね」

 

「ありがとうございます・・・って、今日午後王様とお会いになるのですか!?」

 

「あ、うん。伯爵に陞爵するんでね。その式典みたいなもんかな?」

 

「えええ!! ヤーベ様・・・伯爵様になられるんですか!?」

 

リューナは穴が開くほどヤーベを見つめた。

伯爵様御用達のお店・・・ちょっとカッコイイかも・・・などと思ってしまったことは内緒にしようと誓うリューナであった。

 




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第163話 すっかり見落としていた大ピンチを切り抜けよう

王城―――――

 

「ふおおっ!おっきな壺でしゅ! こっちにはおっきな絵でしゅ!」

 

リーナがきょろきょろしながら歩いている。

 

「いや、リーナ。それ前にもやったから。危ないからちゃんと歩きなさい」

 

そう言って手を握って歩く。

 

「了解なのでありましゅ!ご主人しゃま!」

 

何故か最近ちょっと軍人っぽい感じのリーナが出る時がある。ヒヨコ将軍の悪い影響でも受けているのだろうか?心配だ。

 

そしてイリーナよ。キィィィとか言って買ってやったハンカチをまた咥えて引っ張っているが、今度破っても新しく買ってやらないぞ。後、フィレオンティーナ。急にふらついても手を握って歩かないから、ちゃんと歩きなさい。

 

以前は前室に集まった後、それぞれ着替えに連れて行かれたが、今回はすでにドレスに着替えて準備万端でコルーナ辺境伯家から出発してきた。なんでも以前は俺が貴族ではなかったために王城で準備してくれたらしいのだが、すでに俺は子爵。貴族として王城に登城する場合はちゃんとした格好で準備した状態で来るのが正しいらしい。そう言えば男爵の時に子爵へ陞爵する謁見の時も俺とフィレオンティーナはコルーナ辺境伯家で着替えてちゃんとした格好で来たっけ。やれやれ、貴族とは面倒臭き生き物なり。

 

俺はと言えば、同じ服は少々ダサいらしいのだが、何せ二日前に着たばかりだ。その前は四日前だったし。そんなわけで、アクセントになるアクセサリーやポイントチーフだけ変更している。女性たちはさすがに同じというわけにもいかないらしく、四日前の謁見時とは違うドレスをあつらえている。フィレオンティーナに至っては三着目だ。まあ、一から作らせているのではなく、仕立て屋にあるドレスを手直して選んでいるから出来る芸当だけどな。結婚式となれば、お色直しのドレスを含めて一から作らなければならないだろうな。

・・・いくらかかるんだろ?

 

ゲルドンだけはフルアーマーだから鎧綺麗にするだけでよかったんだよね。

 

イリーナのドレスは薄いブルーでスカートを絞ったシルエットの出るタイプだ。

ルシーナとサリーナはそれぞれ薄めの黄色と緑のドレスでスカートがふわっとした可愛いタイプ。

さすがのフィレオンティーナは腰の括れと胸元を強調した薄紫の大人ドレス。

リーナも子供らしく可愛めの白いドレスを着させてもらった。ダークエルフとはいえ、リーナは肌の色がそれほど濃くないので白いドレスも健康的に見える。

 

 

 

 

 

すでに謁見の間には呼ばれた貴族たちがスタンバイOKらしい。

そして、俺は呼ばれて後から入るらしい。また全員がこっちを見るパターンだな。あれ、すごく緊張するからやめて欲しいのだが。

ちなみに、俺だけならその場にいて、呼ばれれば国王の前に出ればいいらしいのだが、今回は奥さんズとリーナも褒賞対象のため、後から謁見の間に入る運びとなった。

 

「あ、ゲルドン様、兜はお脱ぎになって脇に抱えて膝をつくようにお願いしますね」

 

「・・・え?」

 

・・・しまった―――――!!

ゲルドンはオーク顔だよ!!

てか、オークそのものだよ!

建前上使役獣だよ!しまった!扱いはローガ達と同じじゃん!

普通に会話してたから連れてきちゃったよ!どどど、どーしよう!?

 

「あ、か、兜脱ぐだか・・・?」

 

「ええ、国王様の前で兜をかぶったままなのは不敬に当たりますので」

 

 

ダラダラダラ~

 

 

今ゲルドンは滝の様に汗が流れている事だろう。

俺も気分はそうだ。

スライムだから汗かかないけど。

 

「お、おでの顔は相当へちゃむくれてるだで、こんな顔を国王様の前に晒すわけには・・・」

 

「何をおっしゃいます。英雄様の顔が傷だらけだろうと、そんなことを気にされるワーレンハイド国王ではありませんとも」

 

「あ・・・そうだか・・・」

 

うわ~、脱がないという選択肢はないのか。どうするか!?

ヤベー!久々やべちゃんヤッベー!!

 

急にゲルドンの顔をボコボコにして、こんなんなっちゃいました~って、ダメだな。

魔法!変身魔法・・・そんな都合のいい魔法覚えてねーよ!俺はノーチートなんだよ!

 

あ、あれで行こう!

 

『ゲルドン! 俺のスライム細胞でお前のマスクを大至急作るから、俺が合図したら兜を脱げ!』

 

『りょ、了解だで!助かっただで!』

 

久々、行くぞ!スライム流戦闘術究極奥義<勝利を運ぶもの>

ヴィクトル・ブリンガー

俺は見えない様に極細の触手をゲルドンに伸ばす。

足から伝ってゲルドンの顔まで来た触手を兜内で一気に広げる。

 

『おお、何かが顔に張り付いただよ。呼吸は大丈夫だべか?』

 

『目と鼻の部分だけ少し穴開けとくから、御意、とありがたき幸せ、以外喋らないようにな。口動かないからたくさん喋るとバレる恐れがある』

 

『アイアイサーだで』

 

『よし、いいぞ!』

 

俺の合図でゲルドンが兜を脱ぐ。

 

「ほうっ!どこがへちゃむくれなものですか、とてもイケメンではないですか。謙遜もそこまで来ると嫌みですぞ?」

 

そう言って案内役を務める男がゲルドンを褒める。

 

「え、おで色男だか?」

 

「貴方が色男でなかったら王都に色男はいないことになりますな」

 

『ヤーベ、おでそんなに色男にしてもらっただか?』

 

『えっ? 咄嗟だったからね、どんなイメージ・・・ぶほっ!』

 

振り返った俺は思わず噴き出した。

そして奥さんズは目が点になっている。

 

「ゲ、ゲルドン殿・・・随分と男前になったな・・・」

「え、ええ・・・そうですね・・・」

「う、うん・・・カッコイイね・・・」

「ふふっ、きっと貴族の令嬢方が放ってはおかないでしょう」

 

フィレオンティーナだけ楽しんでるな。ありゃ。

他のイリーナ、ルシーナ、サリーナはオークであるゲルドンの素顔を知っているからな。

今のイケメンからのギャップを知っているから、唖然としている。

慌てて作ったゲルドンの顔は、ラノベでいうところのイケメン王子様の顔だった。

それも完璧超人クラスの。

 

これ、素顔って言ったら問題でるよな・・・。でも見せてしまったからには今さら変えられん。

さらっと過ぎて誰の記憶に残らないことを祈ろう。

 

 

 

「ヤーベ子爵とその奥方、部下のゲルドン殿、入られます!」

 

荘厳な音楽隊のトランペットの音が響く。

こうやって入るのは三度目だが、何回やっても慣れないものだな。

 

俺は定位置で膝を付く。

俺の後ろにはイリーナたちも続いているはずだ。

 

「ヤーベ子爵、その奥方、そしてゲルドンよ。表を上げよ」

 

宰相ルベルクの声が響く。その案内に基づき、顔を上げた。

ワーレンハイド国王がにっこりとして玉座に座っている。

その右隣にはリヴァンダ王妃が美しいドレス姿で立っていた。

以前からも美しいとは思ったが、今回は淡い緑のドレスを纏っている。

非常に爽やかで落ち着いたイメージだ。

そしてその反対側、国王の左隣には薄いピンク色のドレスを纏ったカッシーナが立っていた。頬を染め、煌めき輝くような笑顔をこちらに向けている。

チラリと左右を見れば、若い貴族たちは完全にカッシーナ王女に見惚れているようだ。

 

「この度のプレジャー公爵による王都簒奪事件を未遂に防いだ功績、誠に大儀であった」

 

宰相ルベルクではなく、直接ワーレンハイド国王が立ち上がり声を掛ける。それほどまでにプレジャー公爵の謀反は重く受け止められているという事だ。

 

「プレジャー公爵とゴルドスターによる王都襲撃の計画では、場合によってはこの王都が壊滅しかねないような状況に追い込まれかねなかった。それを一人の犠牲者も出すことなく防ぎ切ったヤーベ子爵とその奥方達、部下のゲルドンには敬意を最大限評するものとする」

 

そして宰相ルベルクが拍手を打つと、その場にいる貴族たちにも雪崩を打つように拍手が広がって行った。

 

「ヤーベ子爵は本日をもって伯爵に陞爵するものとする。そして王都に伯爵家として家を持つことを許可する。この邸宅については別途宰相ルベルクより候補地を提示するので、その中から選んでくれ」

 

「謹んでありがたく」

 

そんなのいらねーとかマジで言えない状況だよ。カソの村の神殿マイホームも一晩過ごしただけだってのに、王都に邸宅だってさ。どうなってるの俺のスライム人生。

 

「また、ヤーベ伯爵の奥方達にも褒賞をとらす。ギガンテスを撃退したイリーナ嬢、ルシーナ嬢、サリーナ嬢には一代限りの騎士爵を、また雷撃サンダードラゴンとワイバーンの群れを退治した<竜殺し>(ドラゴンスレイヤー)でもあるゲルドン殿にも一代限りの騎士爵を授ける」

 

「「「「ははっ!ありがたき幸せ」」」」

 

朗々と宰相ルベルクの説明が続く。きっと奥さんズの騎士爵はどうせ俺の奥さんになるんだし意味無いよね、でも名誉だからいいよね、みたいなことだろうな。本当なら金貨の方がよっぽどありがたいぞ。

 

「ゲルドン殿と共に雷撃サンダードラゴンとワイバーンを仕留め、<竜殺し>(ドラゴンスレイヤー)となったフィレオンティーナ殿は一代限りではあるが男爵へ陞爵することとする」

 

ざわつく下位貴族たち。

一代限りとは言え、男爵を賜るのは相当なことなんだろうな。

フィレオンティーナほどの美女でも男爵というんだな。貴族位だから、女爵とか言わないか。

 

「リーナ殿にはヤーベ伯爵の使役獣であるローガ達が一万の魔物を殲滅した褒賞を代わりに受け取ってもらう。金貨にして二千枚になる。後で目録を渡すので受け取って欲しい」

 

「はいなのでしゅ!」

 

元気よく答えるリーナに謁見の間が少しほっこりした。

 

あーあ、何かいろいろもらったよ、メンドクサイ(しがらみ)ばかり。

実質、実があるのは家と金貨くらいか?

家なんて王都に縛りつけておくための鎖にしか見えないけどね。

謁見なんて早く終わってゆっくりしたいよ。

 

だが、俺の気持ちをスルーするかの如く、カッシーナが一歩前に出る。

 

えっ?もしかして、ここで何か言っちゃうの?

こっちへの相談なし?

勘弁して~~~~!

 




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第164話 新しい家名を発表しよう

「ヤーベ伯爵の家名について発表致します」

 

カッシーナ王女が良く通る声で話し出す。

 

あ、俺の家名の話ね。

てっきり結婚式はいつにします、とか王家の都合の話をぶち上げられるのかと思ったよ。

 

「ヤーベ伯爵の家名は、『スライム』となります。ヤーベ・フォン・スライム伯爵です! 今後はヤーベ卿の家名、スライム伯爵にて王宮の各行事をご案内する事となります」

 

「ス、スライム伯爵・・・」

「家名がスライム・・・」

「スライムって響き、イマイチじゃないか・・・?」

 

スライムと言う家名発表にざわつく一同。結構不評だ。

 

俺は昨日の夜の奥さんズ会議を思い出す。

 

 

 

昨夜―――――

 

「明日ヤーベの家名を伝えないといけない?」

 

「ああ、最初は二週間くらい考える時間をくれるって言ってたのに、伯爵になるから、もう家名を決めないといけないと言われてね」

 

イリーナが首を傾げながら聞いて来たので、俺はその理由を答えた。

家名って、あれだろ? ローエング〇ムとか、そーいうヤツ。カッコイイの考えないとな。

そーいや、意識を取り戻して一番最初にしてたことは、名前を考える事だったな。なんだっけ? 豪蔵院屯田丸だっけ? あれ、元ネタどこから引っ張り出してきたんだ?

 

「ヤーベは伯爵になるんだろ? ならルーベンゲルグでいいじゃないか。ちょうど伯爵だぞ?」

 

「そういうわけにはいかないだろ。お前の親父さんの家じゃないか。兄さんが継ぐんだろ?」

 

「それに、ヤーベ様は新しく家を興されたわけですから。ルーベンゲルグでもコルーナでもダメですよ。新しい家名でないと」

 

イリーナの自分の家の名を使うアイデアを全否定するルシーナ。

 

「旦那様はスローライフを求めておられるのですから、スローライフ伯爵はどうですか?」

 

「いや、そのままだし・・・。全然スローライフ出来てないから恥ずかしいよ。ぷぷぷっ、アイツスローライフって家名なのに全然スローライフ出来てねーぜって」

 

「そうですか・・・」

 

フィレオンティーナの『スローライフ』を却下する。

 

「なら、『アルケミー』はどうですか? 錬金術って意味ですよ!」

 

サリーナが嬉しそうに解説してくれるが、俺、錬金術出来ないし。

 

「それもないかな・・・」

 

「ですよね~」

 

スライム的狙撃(スライフル)>で使用する弾丸とかたくさん鉄のインゴッドから作ってもらっているけど、アルケミーはないわな。

 

「ふおおっ!ではでは、サイキョーご主人しゃま!でどうでしゅか!」

 

「いや、リーナ。なにがどうなのかまったくわからないけど・・・」

 

とりあえずリーナの頭を撫でてやる。

ご機嫌になるリーナ。抱きついて来て顔を俺の胸にグリグリと押し付けて来る。

 

「で、ヤーベには腹案は無いのか?」

 

腕組みしながらイリーナが俺に尋ねる。

 

「実は二つあるんだ。どちらかにしようと思ってる」

 

「なんだ、アイデアがあるのか」

 

「どんな家名ですか?ぜひ教えてください!」

 

「そうですわね、その家名を名乗らなければなりませんからね」

 

イリーナは落ち着いたようだが、逆にルシーナは前のめりに興奮している。フィレオンティーナはもう名乗る気満々だ。

 

「一つは『ヤーベ』を家名にして、俺が自分の名である『ヒロキ』を名乗るパターンだな」

 

「ヒロキ・フォン・ヤーベ伯爵、ということか?」

 

イリーナの確認に俺は頷く。

 

「旦那様はヒロキ様・・・お名前、悪くありませんわ・・・」

 

呟くようにフィレオンティーナが俺の名を口にする。照れるな。

 

「だが、今までヤーベヤーベと多くの方がヤーベの名を呼んでいる。その名を家名にするのは些か違和感があるが・・・」

 

イリーナが腕組みをしたまま眉を顰める。

 

「そうですね・・・、妻となる私たちも、大きなくくりではヤーベ伯爵夫人となります。我々もヤーベ家を名乗るわけですからね」

 

ルシーナが家名を解説してくれる。

 

「どうせヤーベは今までの友達や仲間にヤーベと今まで通り呼んで欲しいだろう? そのためには家名にヤーベを使わずにいた方がいいぞ。ヤーベを家名にしてしまうと、ヤーベ伯爵と貴族呼びに拍車がかかるだろう」

 

「確かにそれは嫌だな」

 

「もう一つの案はどんなものですか?」

 

サリーナが俺に腹案のもう一つを催促する。

 

「『スライム』だ。スライム伯爵」

 

「・・・ヤーベ・フォン・スライム伯爵・・・」

 

イリーナが心に刻むように呟く。

 

「スライム・・・ですか?」

 

ルシーナが首を傾げる。スライムと言う名にピンと来ないのだろう。

 

「スライムは俺の粘体の体を指す言葉なんだ。種族・・・と言い変えてもいいかもしれない。だけど、この世界ではスライムという魔物を聞いたことがないという人ばかりだ。ならば、名前に使ってもいいかなと思ってね」

 

「旦那様はスライム・・・、なんとなく可愛いですわね、スライム伯爵」

 

フィレオンティーナが俺を見ながら頬に手を当てて目を潤ませる。

 

「確かに、スライム伯爵って、語呂が可愛いですね!」

 

ルシーナも賛成してくれるようだ。

そうなんだ、実際、誰もスライムって言ってくれないから、自分で名乗ろうかなってさ。

まあ、誰も言ってくれないって、俺もスライムだった正体明かしてないから当たり前か。

そんな訳で、家名を『スライム』と登録しておこう。

 

 

 

「・・・なお、スライム伯爵には子爵時の決定にある様にコルーナ辺境伯家の寄子としての位置づけとなります。また、現状はスライム伯爵には領地を下賜せずに、宮廷貴族としての立場となりますが、王城への出仕義務は免除致します」

 

カッシーナ王女の説明を要約すると、土地はあげない、コルーナ辺境伯の子分、でも王城に出勤して来なくていいよ、みたいな感じかな。俺に自由を下さい。

 

「そして、スライム伯爵と私の婚姻についてご報告いたします」

 

なぬっ!? やっぱりあるのかその話。でもって事前連絡まるでなし。事前相談プリーズ!

 




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第165話 メンドクサイ男は排除しよう

「私とスライム伯爵の結婚ですが、今から三週間後に執り行いたいと思います」

 

堂々と宣言するカッシーナ王女。

三週間後ね。宣言前に相談してよね。

 

「六日後に王都スイーツ決定戦が開催されますが、その特別審査員にエルフブリーデン公国、ブリジット・フォン・エルフリーデン公爵令嬢をお呼びしております。ブリジット公女は昨日王都バルバロイに到着されました。二週間程度の滞在を予定しておりましたが、少し滞在を伸ばして頂いて、私の結婚式にご参加いただけることになりました」

 

おお、エルフの国があるんだ。それは初耳だな。ヒヨコたちに情報取って来てもらうか。

それに、公女様が来てるんだ。エルフを見るチャーンス!!

異世界に来た北千住のラノベ大魔王(自称)としては、エルフを見ずして異世界を語るなかれ!できる事ならその耳をモミモミしてみたいところだ。

・・・尤も耳を触ったら結婚とか、危険なしきたりがあるかもしれない。情報収集が命だな。

 

「また、結婚式には隣国のガーデンバール王国に嫁がれました私の姉であるコーデリア王女とその夫であられるセルシオ王太子にもガーデンバール王国を代表してご参列頂けることになりました」

 

重い!重いよカッシーナ!

人の結婚式に隣国代表も呼ばないでよ!

・・・といっても、第二王女と結婚するわけだし、そりゃそうなるか。偉い人ばっかりくるんだろうな。やっぱザイーデル婆さんやカソの村の村長は呼べないな、うん。別口で披露宴やろう。何なら神殿(マイホーム)ってちょうど結婚式にいいのでは?

 

「王都スイーツ決定戦の優勝者には結婚式のパーティにスイーツ料理を出せる権利も今回特別につけるように致します」

 

お、それは俺も食べたいな・・・って、その大会、リューナちゃんと俺参加予定ですけど?

 

「結婚式への参列は強制ではありませんが、多くの皆様に祝って頂けますと私、幸せです」

 

そう言って優雅に礼をするカッシーナ王女。

・・・まあ、カッシーナが嬉しそうだから、いいか。

 

 

 

 

 

「ああ、緊張した」

 

前室に戻り、背伸びをして肩を回す。

 

「ついにヤーベも伯爵でカッシーナ王女とも結婚か」

 

イリーナがちょっとだけ遠い目をする。

 

「それに、この王都にヤーベ様のお屋敷が出来るんですね」

 

ルシーナが嬉しそうに俺を見つめて言う。

今まではルシーナの実家であるコルーナ辺境伯家の賓客と言う立場というか、単なる居候だったからな。

居候を卒業して、自分の邸宅を持つと、両親のいない俺たちだけの生活が出来る、とでも思っているのか、なんだかルシーナのテンションが高い。

・・・まあ、コルーナ辺境伯家の大貴賓室を毎回利用させてもらうわけにもいかんしな。

そういう意味では我が邸宅も巨大な寝室に巨大ベッドが必要か!?

 

「まあ、この後宰相のルベルク殿がいくつか案内してくれるらしいから。実際に連れて行ってくれるのは別の人だろうけどね」

 

「楽しみですわ、旦那様」

「ふおおっ!ご主人しゃまの新しいおウチでしゅ!」

 

フィレオンティーナやリーナが嬉しそうに喜ぶ。

 

「ヤーベさん、出来れば館に錬金術部屋を作ってくれると嬉しいです」

 

サリーナが俺にお願いをしてくる。

 

「要望があれば出来る限り聞くよ。みんなも後で何かあったら遠慮なく言ってね」

 

俺たちが前室を出て、廊下を歩き出す。

すると一人の男が俺の前に立ちはだかり、行く手を遮った。

 

「おい貴様」

 

おー、今日陞爵したばかりとはいえ、伯爵となった俺にいきなり噛みつくヤツが出るとは。

誰だ、コイツ?

 

「どちらさまで?」

 

「貴様、今すぐカッシーナとの結婚を辞退して来い」

 

「はい?」

 

コイツ、何言ってんの?

 

「聞こえないのか? 今すぐカッシーナとの結婚を辞退して来いって言っているんだ!」

 

「だから、お前誰なんだ?」

 

怒気をはらんで睨み始める奥さんズを手で制しながら、再度問いかける。

 

「俺はバオーカ・フォン・リカオロストだ。わかったらとっととカッシーナとの結婚を辞退して来い!」

 

「・・・え?」

 

確かリカオロスト公爵本人は体調不良を理由に自領地に帰っているはずだ。

だいたい、男爵に叙爵された時に会ったリカオロスト公爵は当主のコルネリオウス・フォン・リカオロスト公爵だったはず。白髪の年のいった男だった。

だが、このバオーカと名乗った男はもっとずっと若く、黒髪をオールバックにしている大柄な男だ。

 

「お前、もしかしてリカオロスト公爵の息子か? 長男だか次男の」

 

俺は当たりを付けて聞いてみる。

 

「俺は次男だ。わかったら早く辞退して来い。もたもたするな!」

 

「おー、つまりお前、貴族の当主でもないのに、伯爵になった俺にイカれた命令をしているって事か? まあ伯爵じゃなくても人として間違ってるけど」

 

「これだから下賤な輩は始末に負えん。お前のような似非貴族が形だけ叙爵されても意味がないわ。俺のような高貴な血こそが貴族たる所以だ。お前のような汚れた血が王家に入ればこの国も終わりだ。俺のような高貴な血を持つこそがカッシーナの夫に相応しいのだ。だからさっさと結婚を辞退して来い!」

 

「なんですの? このゲスは? 自分が貴族当主でもないのに、親の威光を振りかざして喚いているだけの雑魚ではないですか。自分が何を言っているのかわかっているのかしら?」

 

凄まじく剣呑な雰囲気を醸し出しながらフィレオンティーナがバオーカを睨みつける。

 

「完全に自分の都合だけで喋っているな。実に意味不明な男だな」

「ここまで自信満々にイカれていると気持ち悪いですね」

 

イリーナにルシーナが何かゴミでも見るような目でドン引きする。

 

「カッシーナ様の眼中に完全に入っていないのに、哀れですね」

「サリーナよ、そんなときは、『アウト・オブ・眼中』って言うんだよ」

「あうとおぶがんちゅう、ですか?」

「そう」

 

サリーナが眼中に入ってない話をしたので、イマドキの表現を教えてあげよう。

 

「貴様ら!この俺をバカにするか!」

 

「むしろお前のような馬鹿をバカにしなくてどうするんだ」

 

「ふざけるなっ!」

 

いきなり殴りかかって来たバオーカの右パンチを左に躱し、その右手首を掴んで折り曲げる様に下に引く。

 

「ぐわっ!」

 

手首の痛みに耐えかねて前に転がる様に倒れるバオーカ。その右手をそのまま離さず、捻り上げて胴体を足で踏みつける。

 

「あがっ!」

 

痛みに叫ぶバオーカ。

 

「衛兵!いるか!」

 

「「ははっ!」」

 

大声で衛兵を呼べば、バタバタと二人ほど奥から走って来た。

そして踏みつけている男を見ると、うっと声を漏らす。

どうやら誰の息子か、理解したらしい。

ならば、衛兵に引き渡すだけでは危ないかもしれんな。

 

「スマンが宰相のルベルクを呼んで来てくれ。それまでコイツはここで取り押さえておくから」

 

「貴様っ!俺にこんなことをしてただで済むと思うなよ!」

 

「殴り掛かってきたうえにあっさり無力化された口先だけで何の実力も無い、パパの権力で言う事きかすぞ、だけが取り柄のザコ君は俺が押さえておくから。早く偉い人呼んで来て。厳重に公爵家に抗議するし」

 

「ははは、はいっ!」

 

慌てて走って行く衛兵たち。

 

「貴様!必ず殺してやるからな!俺のカッシーナに触れてみろ!許さんぞ!」

 

・・・あ? 今、何て言った、コイツ? 俺のカッシーナ・・・だと?

 

「おい、今なんて言った?」

 

俺は俺の足元で這いつくばっているゴミに確認する。

 

「必ず殺す!俺のカッシーナに・・・」

 

メキメキメキッ!

 

「ギャアアアアアアア!!」

 

「ああ? 誰が俺のカッシーナなんだ? 俺の奥さんを誰の許可を得て呼び捨てにしてるんだテメエ」

 

ゴキゴキッ!

 

「ギィエエエエエエエエ!!」

 

床に這いつくばらせているバオーカの背中を足で踏みつけていたのだが、怒りでさらに踏みつけたのであばらが何本かイッてしまったようだ。まあどうでもいいが。

 

「お前のとち狂った頭も踏みつけて中身ぶちまけてやろうか? 俺のカッシーナなどと永遠に勘違いできないようになぁ」

 

殺気を飛ばして睨みを効かす。

あばらをやられたせいか、殺気を浴びたせいか、ガタガタと震えだすバオーカ。

 

「そこまでっ!そこまでにしていただけますかな!」

 

走って来たのは宰相のルベルクと王国騎士団団長のグラシアだった。

 

「どうされました、ヤーベ・フォン・スライム伯爵殿」

 

えらく丁寧に名前を呼んでくれるな、グラシア団長は。

まあ、この足元のゴミを片付けやすいようにという配慮だと思うけど。

 

「貴族の当主でもないこの男が、不敬にもカッシーナ王女を呼び捨てにした上で、俺の物だなどと世迷言を叫び出し、あまつさえ俺にカッシーナ王女との結婚を辞退して来いなどと喚き知らし、さらに殴り掛かって来るという暴挙に出たので、仕方なく制圧したところだ」

 

折角だから、ものすごく丁寧に説明しておこう。

 

「・・・バオーカ殿。貴方がリカオロスト公爵家次男としてカッシーナ王女に求婚をしていた事は存じております。ですが、カッシーナ王女は求婚をお断りしていたはずです。そして今回、王家はカッシーナ王女とスライム伯爵の結婚をお認めになりました。先ほどもカッシーナ王女ご自身から結婚式の日程について発表があったばかりです。あまり現実味のない話を喚かれるのは王国としても迷惑ですな。とりあえず頭を冷やしてもらいましょう。衛兵、連れて行け」

 

「「ははっ!」」

 

宰相のルベルクが指示すると衛兵たちがすぐに返事をして対応を始める。

二人の衛兵が倒れたままのバオーカを起こそうとすると「ぐわっ!」と叫び声を上げる。

 

「あばらをやっているかもしれませんので、回復ポーションか何かで少し手当てをしてやってください」

 

一応俺は説明してやる。

 

「わかりました、そのように対処しておきます」

 

グラシア団長が了承した上で連れて行くように指示を出す

連れて行かれるバオーカを見ながら、ああいう面倒臭い奴がこれ以上出て来ない様にと祈った。

 




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第166話 貴族の叙爵を受けた理由を話してみよう

「それにしても・・・ヤーベは普段温厚でとても優しいのだが、たまにすごくキレる時があるのだな?」

 

王城の廊下を歩きながら、イリーナが呟く。

 

「うーん、自分の大事な人たちに悪意が向くとどーもね・・・」

 

日本にいた頃はいろんな事に諦めていたり、見ないふりをしたり・・・、まあ、波風立たない様に生きようと思っていた。異世界に来た今でも、その性根は変わっていないと思っている。

だけど、この世界は悪意があまりにも直接的すぎる。暗殺者然り、貴族の圧力然り。

自分を強く保ち、いつでも対処できるようにしないと、相手がどんどん付け上がり歯止めが利かなくなってしまうような気がする。日本では「法律」という縛りがきつかったため、抑止力が働いていたように思う。だが、この異世界は油断すればあっという間に命が無くなってしまう。自分が油断したり、弱気になったりして大切な存在を失う事になったら悔やんでも悔やみきれない。それなら、自分自身が大切な人たちを守る抑止力になればいい。

調子に乗った敵を圧倒的力で叩き潰し、二度と俺にケンカを売って来ないほど強くあらねばならないと、そんな義務感にすら襲われる。

 

・・・ちょっと疲れているかな? 悪意に晒されるとストレス溜まるよね。

バオーカとか、プレジャー公爵とか、ゴルドスターとかね。

 

 

「わたくしたちのために立ち向かってくださること、とても嬉しいですわ。でも、無理はなさらないでくださいね?」

 

フィレオンティーナが俺の左腕を取って胸を押し付けて来る。ビバビッグマシュマロ!

 

「あー、フィレオンティーナさん抜け駆けですー!」

 

ルシーナが抗議の声を上げる。

 

「うふふっ!早い者勝ちです!」

 

そう言って走って来て俺の右手にガッチリと抱きついて来たのは、まさかのカッシーナ王女であった。

 

「うおっ! カッシーナか、どうした? また勝手に来ると怒られるぞ? 国王か王妃かレーゼンに」

 

「んもうっ! 私の事わかりすぎですねっ! さすがヤーベ様、でも今回はちゃんと許可をもらって来ましたよ」

 

「許可貰って来たの!?」

 

俺は目を白黒させる・・・スライムだけど。

 

「ハイッ! だって、これから王都のお屋敷を皆さんで見に行くんですよね? 私だってヤーベ様と結婚したら一緒に住むんですから、ぜひ皆さんと御屋敷見学に行きたいですもの」

 

ああ、そうか。王都の屋敷は結婚したらカッシーナも一緒に住むのか。

・・・んん?

 

「カッシーナは王女として王都に常にいないとダメなのか? 落ち着いたらカソの村の畔の泉に帰ろうかと思っているんだが?」

 

「もちろんヤーベ様にずっとついて行きますよ? それに、コルーナ辺境伯と打ち合わせが必要ですが、ヤーベ様に用意される伯爵領はコルーナ辺境伯家の北西になる予定です。大変申し訳ないのですが、コルーナ辺境伯よりもさらにキツイ開拓地になる様な場所とのことです」

 

申し訳なさそうに俯きながら教えてくれるカッシーナ。

 

「いや、その方がありがたいよ。現在町が発展している所なんて、自分の領地に貰ったら周りの貴族に恨まれる事間違いなしだからね」

 

「本当はプレジャー公爵の領地を全てヤーベ様に任せて頂けるようにお父様にお願いしたのですが・・・」

 

「いや、領地経営のド素人に公爵領任せちゃダメだから!」

 

「えー、ヤーベ様なら絶対町を発展させられると思うのですが・・・。今でもアローベ商会でヒット商品を連発されてますよね?」

 

「いやカッシーナよ。たまたま商会の商品が当たっただけで、領地経営がうまくいくとは限らないから」

 

「そうでしょうか・・・」

 

「で、プレジャー公爵の領地は王都直轄になるのかい?」

 

「そうです。よくわかりましたね?」

 

カッシーナが俺の右手を抱えたまま首を傾げて見上げて来る。

 

「この前会ってみて分かったが、四大侯爵家はたぶん領地経営に向かないかな。ドライセン公爵領は東に結構広いから、そうなると任せる貴族がいないんだよね」

 

「はあ・・・王都に来られてまだ数日ですのに、よくわかりますね」

 

カッシーナが俺の話に感心する。

 

「まあ、カッシーナと結婚するために貴族にならないといけなかったからね・・・。叙爵後にトラブル勃発しても困るから、いろいろ調べたり勉強はしたけどね・・・」

 

大半はヒヨコの情報ですけどね!後は王城とかのトークで判断してます。

 

ピタッ。

 

カッシーナの足が止まるので、俺まで引っ張られる。隣で俺の左手を抱えていたフィレオンティーナもつんのめる。

 

「ど、どうしたカッシーナ?」

 

俯いたまま止まったカッシーナ。

不意に顔を上げる。

カッシーナの顔は真っ赤に染まっていた。

 

「わ、私と結婚するために、断っていた貴族の叙爵を受けてくださったんですか・・・」

 

頬を染めてウルウルしているカッシーナ。

 

え? あ? 俺、なんか恥ずかしい事言っちゃったかな・・・?

 

「まあ・・・、君を攫うと間違いなく問題になるし、リヴァンダ王妃も降嫁の条件は伯爵になることだって言ってたからね・・・まあ、頑張った?感じかな?」

 

ちょっとしどろもどろになる俺。何か照れる。

 

「いや、頑張りすぎだろう? 男爵に叙爵後、二日で子爵、四日で伯爵なんて聞いたことないぞ・・・」

 

背後でイリーナがあきれ気味に嘆息する。

 

「いや、それこそ俺も狙って働いたわけじゃないからね? たまたま王都がピンチになっただけだからね?」

 

俺は頭をフルフルする。

腕はカッシーナとフィレオンティーナに抱えられているので手を振ったりできないのだ。

別に俺が企んだわけじゃない。

企んだのはプレジャー公爵であり、たまたま教会に悪党が巣食っていたのを掃除しただけのことだ。

 

「旦那様は本来貴族になりたくないとおっしゃっておられましたものね。正しくカッシーナ王女のためだけに旦那様は貴族になられたわけですか」

 

さらに追い打ちをかける様にフィレオンティーナがカッシーナを覗き込みながら言う。

ニシシと笑っているようだ。

さらに顔を真っ赤に染めて俯くカッシーナ。

 

「もうもうっ! 私を嬉しがらせてどうするんですかっ!? 何も出ませんよっ!」

 

顔を真っ赤にしたまま、俺の腕を抱きしめたまま歩く足を速めていく。

 

「早くお家を見に行きましょう!」

 

腕を引っ張ってずんずんと廊下を進んで行くカッシーナを俺は可愛いと思った。

 




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第167話 王都の邸宅を見学に行こう

「おお、皆さま、お揃いでございますな」

 

王城を出て、迎えの馬車が来ている場所まで歩いて行くと、出迎えてくれたのは宰相のルベルクであった。

 

「あれ、宰相のルベルク殿が王都の邸宅を案内してくださるのですか?」

 

「ええ、私が直接ご案内致しますよ」

 

俺の質問にストレートに回答してくれる宰相のルベルク殿。

 

「・・・ちょっと意外ですね。宰相であられるルベルク殿は日ごろからお忙しいでしょう? 私たちのような者に邸宅の案内など、それこそ、下っ端と言いますか、部下なり新人でも対応できそうな仕事と言いますか・・・」

 

俺は喋っていて少し失礼な言い方になってしまったことを後悔した。

暗に下っ端や新人でも案内くらいできるだろ、アンタみたいなお偉いさんはもっと別の仕事があるだろ、と言っているようなものだ。

 

「いえいえ、王国にとって大恩あるスライム伯爵の検討する邸宅をご案内するのは非常に大事な仕事ですからな。とくに、邸宅に対して王国から改善、改修費用の協力も検討しております。その打ち合わせなども現地の邸宅を見ながら行う権限も預かって来ておりますので」

 

「あ、そこまで検討頂いていたのですね・・・失礼致しました」

 

改築、改修まで見てくれるとは、バルバロイ王国太っ腹!

 

「いえいえ、お気になさらず。特に気に入った邸宅を見た時には一部改造、改修作業なども請け負いますのでご遠慮なくお申し付けください」

 

素直に頭を下げた俺に気にするなと言ってくれる宰相ルベルク殿。

まさか、邸宅を見た時に改修工事や改造対応をそのまま直接打ち合わせして対応してくれる気だったとは。実にありがたい話だ。いろいろ無理を聞いてもらえそうな気がしてくる。

 

 

 

 

 

俺たちは宰相ルベルク殿の案内で王家の馬車に乗せてもらった。

なんと10人乗りの豪華な大型馬車だ。奥さんズもリーナも一緒に乗ることが出来る。

 

王都の館についてだが、もともと、更地に一から豪邸を立てるのは今の王都では難しいらしい。だいたい土地がそんなに空いていないとのことだ。そりゃそうか。

 

特に新興貴族が王都に家を持つことは最近あまりないらしい。

帝都に家を必須で持たなければならないのは伯爵以上だが、もちろん男爵や子爵と言った貴族たちも大きくないものの邸宅を持っている者がほとんどである。

 

貴族たちはその家を世襲して行くため、そのまま何代も同じ家を継いでいく。最近は大きく貴族の爵位が変動する事も無いので王都の貴族住宅街はぎっしり詰まって空いている土地が無く、売りに出されたり、爵位が上がって家を移り変わる貴族もほとんどいない。

 

「そうしますと、新築で館を立てるのは難しいのですか?」

 

「ええ、ご案内するのは中古邸宅のみとなります。一応、ハーカナー男爵家の当主が亡くなり、館が火事で夫人も亡くなられたため、館を取り壊して更地に戻す作業をしています。ですが、そこは男爵の様な下級貴族が住む地域ですし、土地が小さめですので、スライム伯爵には向かないと判断しております」

 

意味深な笑みを浮かべて俺に説明してくれるルベルク宰相。

ハーカナー元夫人のこともどうやら知ってるっぽい。

それでいて知らないフリをしてくれているのか、ありがたいね。

 

それはそうと屋敷は新築とはいかないようだ。

ふーむ、中古住宅をリフォームする感じかな?

 

「それにしても、伯爵となると上級貴族、という感じになるのですか?」

 

「ええ、スライム伯爵は上級貴族になりますので、王城から一番近いエリアの館をご案内することになります」

 

「それ、何軒か選べるのですか?」

 

邸宅の見学に案内してくれるという話だが、3~4軒くらい見られるのだろうか?

 

「・・・実は、王城周りの上級貴族エリアでスライム伯爵クラスの御方にお勧めできる邸宅は1軒しかありません」

 

「一択ですか!」

 

さすがに奥さんズも驚いている。いろいろな家を見てわいわいと意見を言い合いたかったのだろう。

 

「・・・スライム伯爵。今まで呼んでいたヤーベ殿の名の方でヤーベ卿と呼ばせてもらってもよろしいですかな?」

 

「・・・私も家名を決めておきながら呼ばれ慣れていないので、ヤーベの名で呼んで頂く方がありがたいです」

 

宰相ルベルク殿の申し出に一も二も無く頷く。

 

「その邸宅の規模と立地条件だけは間違いなく超一流です。まさにヤーベ卿にぴったりですぞ」

 

「はあ・・・超一流の物が私に合うとは思えませんが」

 

「まあ、見てからご判断ください」

 

ニコニコしながら宰相ルベルク殿は説明するのだった。

 

 

 

 

やがて馬車が通りを曲がり、敷地内へ入って行く。敷地内に入ってそのまま馬車が進んで行くという事は、かなり広い庭があるという事だろう。

そして、馬車は邸宅の玄関前に停止する。

ドアを開けてくれるので、俺と奥さんズとリーナは馬車から降りた。

俺たちの目の前には巨大な豪邸が鎮座している。

 

「・・・ここって・・・」

 

「ええ、元プレジャー公爵邸です」

 

「やっぱり・・・」

 

あのプレジャー公爵は現在拘束されているが、その夫人も子供たちも総じてあくどい事をやっており、全員が拘束されている。プレジャー公爵家は完全に取り潰し、財産は完全に没収が決定していた。一部使用人たちも質の悪い者達は捕縛されているという。

 

「完全に接収したばかりの物件をそのまま下賜するわけですね・・・」

 

ちょっとばかり遠い目をしてしまった。

さすが悪徳公爵家。無駄に邸宅がデカイ。圧倒的にデカイ。

外から見るだけではわからないが、俺と奥さんズとリーナが生活するなら、この十分の一でも十分だろう。死ぬほどメイド雇わないと掃除もままならないのでは、と心配するほどのデカさだ。

 

「うわ~」

「お、大きいですね・・・」

「とてもリッパですわ・・・」

「こんなに大きいと落ち着きませんね」

「ふおおっ!ご主人しゃますごいでしゅ!」

 

イリーナが口をポカーンと開けて豪邸に見入っている。

ルシーナとフィレオンティーナは建物の大きさに驚いているようだ。そう、建物の大きさに。大事な事だから二度言おう。

サリーナはやはり庶民的な感覚だ。それも大事な事だな。貴族の生活に慣れる必要も無いしな。

リーナは安定のハシャぎっぷりだ。元気で何より。

 

デカい建物、玄関も立派だ。

庭も広い。池が無くて何よりだ。あっても手入れが面倒だ。

奥には馬車が十台くらいは余裕で止められそうな屋根付き駐車スペースと厩舎がある。俺はそんなに客を呼ぶつもりも無いしな。あそこはうまく改修すればローガ達の生活スペースが作れそうだな。ヒヨコたちの憩のスペースもいるしな。

 

「どうですか? ヤーベ様」

 

カッシーナが俺に問いかけてくる。カッシーナはプレジャー公爵邸のリサイクルを知っていたのか。

 

「カッシーナは知っていたのだな」

 

「そうですね。と言いますか、ここ以外に上級貴族向けの邸宅が空いていないというのが現状です」

 

肩を竦めて苦笑するカッシーナ。

 

「まあ、伯爵となったヤーベ様ならば、公爵家の建物をそのまま使っても問題ないかと思いますよ?」

 

笑顔で太鼓判を押してくれるカッシーナ。

そうかな? 伯爵と公爵は結構差がある気がするが。

フレアルト侯爵辺りが文句を言って来そうな気がするが。それか嫌味とか。

 

「それに、ぜひともヤーベ卿にこの建物を引き受けて欲しい事情もあるのですよ」

 

「事情ですか?」

 

宰相ルベルク殿が建物を引き受けて欲しい事情があるという。事情ってなんだろう?

 

「館に入ればわかります。そのために出来るだけ改修工事のご協力はしますので・・・」

 

そう言って玄関へ案内してくれる宰相ルベルク殿。

一体どのような事情があるのだろう?

俺は首を捻りながらついて行った。

 




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第168話 その事情を汲んでみよう

「どうぞお入りください」

 

 

宰相ルベルク殿の案内で大きな玄関扉を開けて元プレジャー公爵の邸宅へ入って行く。

非常に大きなエントランスだ。

 

「いらっしゃいませ、旦那様」

「「「「「いらっしゃいませ、旦那様」」」」」

 

「うおっ!」

 

いきなりの挨拶に驚いた。

中央には白髪にモノクルを装備した、ザ・執事といった執事服の老人が。

その後ろには三十人はいるだろうか、メイド服の女性がずらりと並んでいる。

 

ザ・執事さんの挨拶の後に、一斉に挨拶してきたメイドさんたち。非常に若い声だと思ったのだが、よく見ればほとんどが若い女性ばかりだ。メイドさんと言えば、ベテランのおばちゃんがいてもおかしくない気がするが。

よく見れば、その後ろには白い衣服の料理人らしき人が数名。作業服を着た老人が数名。

 

「ん?」

 

さらによく見ると、メイドさんたちの表情が一様に暗い。

顔に傷がある者も多い。さらに片腕がない者までいる。これは・・・?

 

「よくお越しいただきました、ヤーベ・フォン・スライム伯爵様」

 

中央のザ・執事さんが俺に声を掛けて来る。

 

「お初にお目にかかります。私はセバスチュラ・イクウィットと申します。出来ましたら親しみを込めてセバスとお呼びいただければこれに勝る幸せはございません」

 

にっこりとして優雅に腰を折るセバスチュラ。おしい、セバスチャンではないのか・・・。

だが、愛称がセバスと言うのは実にポイントが高い。

 

「ヤーベ・フォン・スライム伯爵だ。後ろは奥さん達ね。それで・・・君たちは?」

 

「ヤーベ卿。実はこの邸宅を使用して頂きたい理由が彼女たちにあるのだ」

 

宰相ルベルク殿が改めて俺に伝えて来る。

 

「その先は私が説明致しましょう」

 

そう話を引き取ったのはセバスだった。

 

「私の後ろにいるこの者達は元プレジャー公爵家にお仕えしていたメイドたちや職人たちになります」

 

「ああ、元々プレジャー公爵家で仕事していたんだね。ならこの家の事もよくわかっているわけか」

 

俺は簡単な認識をした。元々この家で働いていたのだから、家の事がよくわかっているはず。ならば新規で雇うより即戦力だ。

 

「・・・実は、そう言った理由からではございません」

 

あれ?そうなの?

 

「この家の執事長は私の教え子でした・・・。ですが、その男はいかな理由があったとはいえ、執事としての領分を超え、プレジャー公爵に悪事の一端を担がされてしまったのです。それは自分の部下たちへの支配にも影響を及ぼしました」

 

目を伏せて辛そうに話すセバス。

 

「セバスチュラはこの中で唯一この家で働いていなかった者なのですよ。この家を切り盛りしてもらうために引退していたセバスチュラに依頼して来てもらったのです。この家の執事長他数名はプレジャー公爵と共に捕縛されているので」

 

セバスの身の上を説明してくれる宰相ルベルク。

 

「この者達は大半が虐待を受けたり、女性としてむごい仕打ちを受けた者、過酷な状況で仕事をさせられていた者達ばかりなのです」

 

「なっ・・・」

 

俺は言葉を失う。その表情が暗い物であった理由が分かったような気がした。

 

「そんなことが・・・」

「なんてひどい・・・」

 

イリーナにルシーナも言葉を失っている。

フィレオンティーナは怒りに身を震わせていた。

 

「プレジャー公爵家の人間だけでなく、すでに捕縛されていますが使用人の上位数人がメイドたちに酷い事をしていたようです」

 

説明をされているうちにますます俯き表情を暗くしていくメイドたち。

 

「・・・それで、俺に何を望む?」

 

「この邸宅でこの者達を雇って頂きたいのです。プレジャー公爵家の取り潰しにより、この者達は取り潰しの家で働いていたという負い目が出来たため、再就職が難しいのです。その上、虐待など酷い目にあっており、その能力が十全に発揮できない者もおり、ますます働き場所を探すのが難しいのです。ですが、恩給を手厚くするので仕事を止めたい者は去っても良いという話に、この者達は誰も頷きませんでした。働かねば生活がままならない者達ばかりなのです」

 

見れば顔に大きく傷を受けている女性もいれば左腕がない女性もいる。

あまり考えたくないが、プレジャーのクソ野郎どもが彼女たちに暴力を振るった結果だとすれば許せるものではない。

 

「ルベルク殿。プレジャー公爵の差し押さえた財産から彼女たちへの賠償金と言うか、治療金と言うか、そういったものは出ているのですか?」

 

「いえ・・・実際に誘拐されたりした家族への補償等は調査の上差し押さえた財産から支払われるのですが、彼ら身内の者達はその対象外となってしまうのです・・・」

 

「・・・・・・」

 

「そんな・・・酷い・・・」

 

サリーナが自分の事の様に悲しむ。

 

「わかった。ルベルク殿。この館にしよう。そして高そうな調度品が置いてあるが、それらは全て俺の物と言う事でいいのか?」

 

「ええ、建物内にある物は全てヤーベ殿に下賜されます」

 

「ならば、この建物内の調度品を全て売却してくれ。絵も机も何もかもだ」

 

「ええっ!?」

 

ルベルク殿が驚く。セバスもメイドたちもびっくりした顔をしている。

 

「その金を彼女たちに均等に分売してくれ。足りなければ俺もだそう。一生働かないでいいだけの金額を渡す。無理してこんな嫌な想い出の詰まった屋敷で働く必要はない」

 

「さすがヤーベだな!」

「はいっ!」

 

イリーナにルシーナも賛成してくれるようだ。

 

「あ、あのっ!」

 

控えていたメイドの一人が声を上げる。

 

「どうした?」

 

「で、出来ればここで働かせて頂けませんでしょうか!」

 

「え? どうしてだ? 君たちが働かなくても十分生活できるだけの金額を保証するが? 辛い目に合ったんだ。自分のやりたいことをやって生きて行く方がいいのではないか?」

 

無理して働かなくてもいいと思うんだけどな。

 

「ここでは確かに地獄のような想い出しかありません。なんども逃げようと思ったこともあります。今、この館の調度品を売って、私たちに一生働かなくてもいいお金を頂ける、と言ってくださいました。あのプレジャー公爵のような酷い貴族様と違って、英雄ヤーベ様はきっととても信用できる方だと思っております。そんな方の元で働きたいのです。傷で見目醜い者もおります。能力が十全に発揮できない者もおります。ですが、私たちにどうが居場所を与えては頂けませんでしょうか?精一杯働きますのでお願いできませんでしょうか?」

 

「「「「「お願い致します!」」」」」

 

全員が頭を下げる。すごいな。俺なら間違いなく一生遊んで暮らせるお金をもらったら働かない自信がある。

だが、そんな彼女たちはそれでもここで働かせてくれと言う。

ならば、俺もその彼女たちの想いに答えよう。信頼をもって彼女たちの居場所を作ろうじゃないか。

 

「わかった。ただ、無理する必要はない。辞めたい者はいるか? 十分な金額を渡すぞ」

 

だが、誰も手を上げない。そんなに全員ここで働きたいのか。ならばその期待に応えよう。

 

「そうか、ならば約束しよう。この屋敷でしっかり君たちに仕事をしてもらう。君たちが辛い思いをしてきた分を吹き飛ばして幸せな生活が出来るくらい俺も頑張らせてもらうよ。よろしく頼む」

 

「よ、よろしくお願い致します!」

「「「「「よろしくお願い致します!」」」」」

 

メイドたちが涙を流して頭を下げて来る。後ろの料理人たちも職人たちも同じように頭を下げる。

そんなにつらい思いをしてきたのなら、この屋敷での生活はこれから逆に笑顔が絶えないものにしてやるぞ。まずはローガ達も交えて庭で大バーベキュー大会だな。

 

「この者達のまとめ役はぜひ私にお任せ下さい」

 

セバスが優雅に頭を下げて来る。

 

「もちろん。よろしく頼むよ」

 

俺は笑ってセバスに答えた。

とりあえず屋敷とここで働く使用人たちは確保できてしまったな。

ならば、王国にリフォームの我儘を一杯伝える事にしよう。

奥さんズの意見も一杯聞いてね!

 

「さあ、屋敷で働いてくれる人も決まった事だし、この屋敷に住むことを前提に、改良点や改造して欲しい場所をチェックして回るぞ~!」

 

「「「「「おお~」」」」」

 

奥さんズが元気よく返事をする。

 

「おお~でしゅ!」

 

リーナも遅れて元気よく返事をした。

 




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第169話 とりあえずどこで眠るか考えてみよう

「まず応接室! 応接室をチェックだよ~~~~!」

 

イリーナが右手を高くつき上げて元気に宣言する。

 

「いいですね!お客様をお迎えする応接室は大事ですよ! スライム伯爵のイメージが決まりますです!」

 

ルシーナも両手をぶち上げた。

それを合図に奥さんズとリーナがバタバタと応接室の方に走って行く。

その後ろ姿を見ながら、先ほどのメイドたちの事を考える。

 

俺は彼女たちに一生働かなくてもいい金を渡すと言った。

だが、誰も首を縦に振らなかった。

ここで働いてもいいと伝えた時の本当に安心した顔。

 

・・・俺はまだここが異世界なのだと心の底で理解していなかったようだ。

 

俺が日本にいた時なら、一生遊んで暮らせる金をくれるといったら、喜んで仕事を辞めただろう。好きな趣味に没頭して背徳な人生を送ったかもしれない。

だが、ここは異世界だ。法の効力も薄く、力ある者に正義がなければ弱者を蹂躙出来る世界だ。

 

彼女たちが大金を持ってこの屋敷を出て、果たしてどこへ行くのか?

まず、実家がある者は戻る家があるだろう。だが、孤児だったものはどうか。金が有るからと言って一人で安心して暮らして行けるだろうか? その金を狙って悪いヤツが寄ってくるかもしれない。

それに実家だからと言って安心できるだろうか? その家族が非情な人間で、金だけ巻き上げてまた働かされに出されるかもしれない。その時、俺の伯爵家よりも条件が良い働き口がどれほどあるだろうか?

 

・・・彼女たちにとって、一度に金を得ることが幸せにはつながらないのだろう。

必要なのは、安心していられる「場所」なのかもしれない。

ならば、少なくとも知り合えた彼女たちだけでも、俺がその「場所」になろうじゃないか。

奇しくも伯爵、なんてものになっちまったんだからな。

 

「いよーっし! お前達!俺の屋敷で働く覚悟は出来てるか―――――!!」

 

いきなり叫び出した俺にその場にいた全員が驚き俺を見る。

 

「ヤ、ヤーベ、どうしたんだ? いきなり・・・」

「ヤーベ様?」

「どうしたのですか?旦那様?」

 

奥さんズが目をぱちくりして俺を見る。

 

「俺の屋敷で働く以上、誰よりも幸せにするぞ! 今までよりずっと幸せにするぞ! 幸せになる覚悟は出来てるか―――――!!」

 

一瞬ポカーンとなるメイドたち。だが、次の瞬間、

 

「「「「「ハイッ!!」」」」」

 

涙を浮かべて元気にメイドたちが返事をした。

後ろでオッサンや爺さんも元気よく「おうっ!」返事をしていた。

 

「よし、今日の夜はバーベキューだ! 準備するぞ!」

 

「ええっ!? 館の内覧はどうするのだ?」

「そうですよ、館のチェックをしないと」

 

俺は戸惑う奥さんズの面々をスルーしてぶち上げる。

 

「フフフ・・・材料は亜空間圧縮収納にたっぷり入っている。調理場に案内するのだ! 材料を渡しておくから料理人とメイドたちで仕込みを頼む。それから、外の庭で食事するから、皿や飲み物の準備も頼むぞ」

 

「「「ハイッ!」」」

 

元気よくメイドや料理人たちが散っていく。

 

「俺は先に材料を出してくるから、先に応接室を見に行ってくれ」

 

ここで奥さんズに館の見学を指示する。おうちの中、気にしてるだろうしね。

 

「わかった。早く来てくれよ」

 

そう言ってイリーナ達は先に応接室に向かった。

 

 

 

 

 

「さて、ここに肉と野菜を出して行くから」

 

そう言って俺は亜空間圧縮収納からポンポンと食材を出して行く。

 

「ワイルドボアでしょ・・・フレイムバードでしょ・・・ダークパイソンでしょ・・・」

 

「ダークパイソン!? あんな高級なお肉・・・こんなに!?」

 

驚くメイドや料理人たちをしり目に、俺はドカドカと大きな塊で食材を出して行く。

 

「野菜もね。キュキュウリ、ナナース、トマトマ、ピピーマン、ジャガーイモ・・・」

 

「デ、デカイ!」

「な、なんでしょうこの野菜・・・通常よりもずっと大きいです・・・」

 

「これ? カソの村で取れた野菜なんだよね。すごく元気よく育っててね」

 

「ま、まさか・・・カソの村の奇跡の野菜ですか!?」

 

料理人のおっさんが驚く。カソの村の野菜って、奇跡の野菜って言われてるんだ。確かにデカいよな~、ナナースなんて、普通の十倍くらいの大きさがあるぞ。

 

「こ、こんなにたくさんの量・・・旦那様と奥様方の量としては多すぎますよ?」

 

手伝いをしているメイドの一人が呟く。

 

「何を言う、君たちも一緒に食べるんだよ」

 

俺は料理人やメイドたちも一緒に食べると伝える。

尤もローガ達も一緒に食べるから、相当食材いるからな。

 

「ええっ!? と、とんでもありません。旦那様方と一緒に食べるだなんて・・・」

 

「料理する者や給仕する者もいるが、交代で食べてもらう。というか、バーベキューと言うのは外で竈を作り、焼いただけで食べられる材料を事前に用意しておく料理方法だ。準備を事前に済ませておくことにより、外で炭火を使って焼いた食材をすぐに食べられるから調理人もその場で食べられるし、給仕する人も少なく済むし、交代でその場で食事が出来る」

 

「そ、そんな料理方法が・・・」

「でも、旦那様とご一緒に食事なんて・・・」

 

「むう、なんだ、君たちは俺と一緒に食事をするのは嫌か?」

 

ちょっとイジけてみる。

 

「ととと、とんでもない!」

「そんな光栄なことがあってもいいのかと・・・」

 

料理人たちもメイドたちも緊張して恐縮しているようだが、ここは今日からスライム伯爵の邸宅だ。俺の方式に従ってもらうぞ。

 

「いつもとは言わんが、今日のような初めての食事といった記念の日は、みんなで食事をして、楽しさを分かち合うぞ!」

 

「「「ははは、はいっ!」」」

 

それでは彼らに食材の準備を任せよう。

 

 

 

 

 

「あ、ヤーベ、お疲れ」

 

俺が応接室に入るとイリーナが声を掛けてきた。

応接室はやたらと豪華な調度品が置いてあった。よくわからん絵やら壺やら。

テーブルとソファーは高級そうだ。これくらいは使ってもいいか。

 

「この絵や壺は品がないから、引き取りに出してお金に替えて、別の調度品に変えた方が良いかと思う」

 

「任せるよ、イリーナ。俺は絵とか壺に詳しくないから」

 

「それなら王城に飾ってある物をもらって来ましょうか?」

 

さらりととんでもない事を言うカッシーナ。いや、それ普通はくれないだろ。貰っても困るけど。

 

「いやいや、王城からなんていいよ、気を使っちゃうから」

 

「そうですか?」

 

「うん、別に絵も壺も興味ないしね。ウチに来客とかあんまりないんじゃない?」

 

「そうでしょうか・・・きっとキルエ侯爵とか頻繁に来そうですよ。キルエ侯爵邸はすぐ近くですから」

 

え、マジで? ルシーナよ、その情報いつ手に入れたの?

 

「それに、我が父や母も来たいだろうし」

「ウチもそうでしょうね」

 

イリーナとルシーナは両親が来るだろうと話す。もちろん来てもらっても問題ないけど。

 

「きっとタルバリ伯爵や妹のシスティーナも一度は挨拶に来ると思いますわ」

 

フィレオンティーナも関係者が来るだろうと話す。

こりゃ立食パーティですな。

 

「よし、二階の部屋を見に行こう!」

 

イリーナ達がエントランスに戻り元気に階段を上がっていく。

 

二階に上がるとそこそこの広さの部屋がいくつもある。

 

「これなら奥さん達が一人一人部屋を持てるな」

 

俺は部屋を見ながら納得する。10部屋くらいはあるな。

 

「ヤーベ来てくれ!」

 

一番端の角部屋からイリーナが俺を呼んでいる。

 

「どうした?」

 

「ここを寝室としよう! ルベルク殿!王都で一番デカイベッドを頼む! 10人くらい寝られるヤツでな!」

 

いやイリーナよ。そんなにデカイベッドどーするつもりだ?

 

「いいですね!ウチの貴賓室より大きいですね!」

「これならみんなで一緒に寝られますわ!」

「ちょっと恥ずかしいけどね~」

「ふおっ!みんなでオネムネムでしゅか!」

 

ルシーナ、フィレオンティーナ、サリーナ、リーナがそれぞれ肯定の意見を述べる。良いのか君たちよ。それにしても毎回全員で寝るのか? 一人で寝たい日は無いのか?

 

「どどど、同衾・・・同衾・・・ついに私もヤーベ様の奥さんとしてその末席に・・・!」

 

カッシーナが後ろで静かに燃えている。

だが、カッシーナよ。多分君は連れて帰られると思うぞ。きっと泊ってはいけないだろう。レーゼン辺りが回収に来るだろう。合唱。

 

「ルベルク殿」

 

「なんでしょう、ヤーベ卿?」

 

「一階の奥の4部屋は来客用に使いますので調度品とベッドをお願いします。それからこの二階の10部屋も個人別に使用できるようにそれぞれ調度品とベッドをお願いします。彼女たちの希望を直接聞いてやってください」

 

「個室として使うのですか?」

 

「ええ。私も個室が欲しいですしね。執務室は一階の予定ですし」

 

「僭越ですが・・・寝室は奥方様たちが巨大ベッドで全員そろってお眠りになると・・・」

 

「いや、いつもってわけにもいかないでしょうから、個室は用意しますよ・・・一応巨大ベッドもお願いしますけど」

 

一応お願いしておこう。巨大ベッド。あくまで一応だけどね!

 




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第170話 お風呂はこだわって改造しよう

館の二階には大きなバルコニーがあり、館正面の庭を見渡すことが出来た。

 

「うわー広いバルコニーだな」

「ここでお酒とツマミを嗜むのもいいな」

「なかなか贅沢な感じですわね、旦那様」

 

イリーナの感想に飲みで回答する俺。フィレオンティーナも賛成のようだ。

 

後、館は三階と、一階奥の廊下を伝っていく離れの建物、地下がある。

地下室は大浴場と広い物置だと聞いているが・・・。

 

「一階の俺の執務室、応接室、調理場と食堂、倉庫と宝物庫みたいな部屋は予定通りそのまま使うから。調度品とか、多少の模様替えだけでいいよ」

 

「わかりました」

 

俺の説明に頷く宰相ルベルク殿。

 

「二階も来客用の寝室四部屋と個室十二部屋を整えてもらって、後は大寝室ね」

 

「了解です」

 

「三階は後でゆっくり見るとして、地下室だな。錬金部屋も地下に作るつもりだけど、サリーナはそれでいいかい?」

 

「あ、専用の錬金部屋を用意してもらえるんですか!うれしいです!」

 

サリーナが笑顔で万歳する。

 

「みんなで地下のお風呂を見に行こうか」

 

「「「はーい!」」」

 

 

 

 

 

さてさて、地下にやって来た俺たち。

お風呂に入るわけじゃないけど、ちょっとドキドキするのは何故だろう。

 

「ここが脱衣所だね。かなり広いね・・・って、この小部屋は何?」

 

俺は脱衣所の横にある小部屋に気が付いた。

 

「ここはたぶん湯守の待機室ではないかと」

 

ルベルク殿が教えてくれる。

 

「湯守?」

 

「お風呂の管理者ですな。あと、主人の背中を流すなどの作業をする者もいるとか」

 

「あー、ウチではいらないな。身内でのんびり入るだけだから」

 

「はっはっは、羨ましい限りですな」

 

ルベルク殿が快活に笑った。

 

「だけど、湯船は大改造がいるかな」

 

俺は湯船を見てそう言った。

 

「どのように?」

 

「湯船が浅いな。手前をベンチの様に腰かけられるように浅くして段を作ったら、奥はもう一段低く、底に座ったら肩まで沈むくらいの深さが欲しい」

 

「なるほど」

 

羊皮紙らしき物にメモを取るルベルク殿。

 

「材質は検討を任せるが、大理石のような石とか、檜のような水に強く香りのいい木材での製作でもいい」

 

「大理石・・・ですか? それにヒノキ?」

 

「まあ、材料は職人に尋ねてみてくれ、磨いた石かよい香りのする木材が良いという事だ」

 

「なるほど」

 

「後、排水はどうなってる?」

 

「王都の貴族街は排水管がつながっております。問題ありません。ただ、供給は魔石を使う必要があります」

 

「なるほど。じゃあ、ライオンの顔をした石造りの水供給口を作って欲しいな。目の部分に水の魔石と火の魔石を入れれば温水が出るって事だよな」

 

「ライオン・・・ですか?」

 

「うーむ、説明するとだな・・・、竜とか獅子とかの顔を石で掘って、口から水や湯が出るイメージだな」

 

「ああ、なるほど。何となくイメージが付きましたぞ。といいますか、なかなか豪快なデザインですな」

 

「だろ?迫力あると思うんだ」

 

「なんだ、ヤーベ。竜の口からお湯が出るようになるのか?」

 

「まあ、そんなもんだ」

 

イリーナの問いかけに適当に回答する。出来てからのお楽しみの方がいいだろう。

それに何度かに一度は俺が奇跡の泉の水を使って風呂を準備するつもりだ。

きっと奥さんズもツルツルスベスベ肌になる事だろう。

 

「後、洗い場も水やお湯を使えるようにしておいてね。後、腰掛も五つくらい準備して」

 

「はい」

 

「で、横の倉庫ぶち抜きで、もう一つ湯船を作ってくれ。排水管もつないでね」

 

「わかりました」

 

もう一つの湯船は温泉成分とか、入浴剤の研究が進めば試して見たいと思ったので頼んでおく。

 

俺たちは風呂場を離れて別の地下室を見に行った。

 

「・・・なんか、嫌な感じだねえ」

 

やけにだだっ広い倉庫。だが、しっかりとした掃除した後が見える。

壁には何故かいくつも穴が開いている。まるで、鎖でもつなぐ鉄柱の輪が刺さっていたようなイメージだ。ろくでもない事が行われたことを少しだけ想像してしまう。だが、その事を口にしない方がいいだろう。奥さんズのメンバーにも気を使わせてしまってはいけない。

 

「ここは時間をかけてもいいから、壁も天井も石作りから変更して明るい色でやり直してくれ。それから、この倉庫は廊下から四つに分けて個室にするから。そのうちの一つは錬金部屋にするから、規格に合う様にしてもらえるか?」

 

「わかりましたぞ」

 

「後は離れの部屋も一通り見直してくれ。今のメイドや職人たちの個室もきちんと用意できるようにね」

 

「了解ですぞ」

 

「とりあえず今日はそんなところか? いつからこの屋敷を使える?」

 

「実質の所有権利はまだ王国側にありますが、使って頂く分には問題ないですぞ。ただ、結構工事が入りますからな。もうしばらく待っていただいた方がよろしいかと」

 

「そりゃそうだよね。工事頼んでいるのに家主がのんびりうろうろして邪魔してちゃ進むものも進まないか」

 

「楽しみは先に取っておくほうがいいだろう」

 

イリーナが急に真面目な事を言う。珍しい。

 

「なんだ? 私の顔に何かついているか?」

 

「いや、イリーナは可愛いなと思って」

 

「にゃ!? にゃにゃにゃにうぉ!?」

 

イリーナの顔が急に真っ赤になってカミカミになった。

 

「まあまあ、そろそろ夕飯時か? バーベキューの準備はどうなっているか見に行こうか」

 

俺はみんなを連れて庭に向かった。

 




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第171話 スライム伯爵邸初めての食事会は賑やかに行おう

「びえぇぇぇぇぇん!!」

 

ドガシィ!

 

エントランスを出て正面の庭に出た俺に突撃を誰かがかましてきた。

 

「おわあっ! 誰だ・・・って、ミーナか!?」

 

そう言えば、取り調べが終わったら引き取るって話をしていたっけ?

すっかり忘れていたな。

 

「ご主人様―! 忘れてたでしょ!忘れてたでしょ!忘れてたでしょ!」

 

俺の胸に飛び込んできて顔をグリグリと押し付けて来るサキュバスのミーナ。お前はリーナか!

 

「いや・・・、忘れてたけど」

 

「ヒドイ!ご主人様ヒドすぎぃぃぃぃぃ!!」

 

さらに高速グリグリで俺の胸に顔を押し付けて来るミーナ。まだ顔だからいいけど! その豊満なバストを押し付けられた日にゃヤーベのヤーベがヤーベっちゃって危険なモードに!

 

「ふおおっ! ライバルでしゅ!ライバルが現れたでしゅ!」

 

見れば後ろでリーナが「ガーン!!」って顔してる。安心しろ、リーナ枠は誰にも奪わせはしないぞ?

 

「あら? いつの間に女狐が紛れ込んできたようですわ」

 

カッシーナが剣呑な雰囲気を出す。いや、出来れば一つ穏便に。

 

「ぬうっ! ヤーベの奥さん枠はもう一杯だぞ!」

「そうですよ!」

「満杯ですわ!」

「いや、サキュバスさんが奥さんってさすがにまずいんじゃ・・・」

 

イリーナ、ルシーナ、フィレオンティーナの奥さんズのトップスリーが奥さん満杯を告げる。

サリーナがとても正論を語っている気がするが。

 

「わふっ!(ボス!()りますか?)」

 

ぬっと横に現れたのはローガ。狼牙族のみんなもバーベキューに参加させるためにこちらに呼んでおいたのだ。もちろんヒヨコたちもこちらの屋敷に一度来るように連絡してある。

 

「ひいっ!なになに? この狼さん明らかにワタシを齧ろうとしてるよね!?」

 

「ああ、ローガ、一応お前達と同じ支配下枠?のお客さん?かな?」

 

『なんと・・・ボスの配下になるのですか?この魔族の女が』

 

多くの人間がいるため、会話ではなく念話で話しかけてきたローガ。

 

『あら、このワンちゃん、念話が出来るの? なかなか賢いじゃない。ご主人様のペット?』

 

サキュバスのミーナがローガに舐めた様な念話を送る。ああ、ミーナお前死んだぞ?

 

「グルル・・・(小悪魔風情が、我を愚弄するか!)」

 

ドンッ!

 

三メートルはあろうかと言うローガが一瞬魔力を高め、その殺気をミーナにぶつけ、威圧を掛ける。

 

「ヒイイッ!!」

 

腰が抜けて抱きついていた手すら力が入らずずり落ちて腰を抜かすミーナ。

 

「おいおいミーナ。ローガは俺の部下たちの中でも、名実ともにナンバーワンの実力を持っているんだぞ?昨日もローガと部下たちで約一万匹の魔物を狩り尽くしてきたばかりだしな」

 

「へッ!?」

 

『女、あまり舐めた態度だとその入ってなさそうな頭丸かじりにしてやるぞ?』

 

「ヒィィィィ!」

 

余りの威圧にガタガタと震えだすミーナ。

 

「ふふふっ、ローガ殿の洗礼を受けて少しは大人しくなるといいのですが」

 

カッシーナが腕を組みながらミーナを見下ろす。

 

「まあ、とにかく丁寧な対応で、先輩たちを敬うようにな。仲良くやってくれ」

 

「ううう・・・よろしくお願いしますご主人様ぁ」

 

泣きながらも挨拶を返してくるミーナ。

 

「わざわざ連れて来てくださったんですか、お手を煩わせて済みませんでしたね」

 

ミーナと一緒に館に来てくれたのは諜報部を統括するグウェインだった。

 

「陞爵の謁見が終わったら引き取るって話だったのに、邸宅の見学に行っちまったっていうからよ」

 

頭をボリボリと掻きながら説明してくれるグウェイン。

 

「よかったらこれからバーベキューという料理方法でこの庭で食事するんですよ。肉や野菜もたくさん用意してますから、よかったら召し上がっていかれませんか?」

 

「お、良いのか?」

 

「ええ、もちろん」

 

「じゃあ、遠慮なくご相伴に預かるとするか!」

 

嬉しそうに揉み手をし出すグウェイン。俺は準備中のメイドに声を掛けて飲み物を用意させる。

 

「さあ、飲み物を配ってくれ。そして竈に火を入れて肉を焼き始めようじゃないか。ア・レ・キュイジーヌ!」

 

「「「はいっ!」」」

 

メイドたちの何人かが元気よく返事をして小走りに準備しに行く。

ふふふ、スライム伯爵邸初めてのバーベキュー大会スタートだな!

 

「おお、何やら賑やかじゃな?」

 

ふとみれば・・・あ、キルエ侯爵だ。

 

「ここは我が屋敷から近いの。いつでも遊びにこれそうじゃな」

 

ニコニコしながら右手には何やら高そうな酒瓶を持っている。

 

「引っ越し祝いの軽い挨拶じゃな。正式には別途祝いの品を送らせてもらうがの」

 

「お気を使って頂かなくても大丈夫ですよ?」

 

「何を言うか。お主と懇意だと知らしめるためにも親しげに祝いの品を送るのじゃ。遠慮せずに受け取るがいい」

 

「そういうものですか」

 

その後、コルーナ辺境伯家の皆さんやルーベンゲルグ伯爵ご夫婦、タルバリ伯爵ご夫婦、コルゼア子爵と知り合いの貴族が続々と集まって来る。何故に俺がバーベキューをするって事を知っているんだ?

 

「やあ、ヤーベ伯爵、元気かい・・・って、なんだこのメンツ!?」

 

んっ?誰だって・・・おお、商業ギルドの副ギルドマスターであるロンメル殿ではないか。

 

「ロンメル殿、わざわざ会いに来てくれたのか?」

 

「ああ、そうなんだが・・・伯爵に陞爵おめでとう・・・って、この集まってるメンツ凄すぎないかい?王国の錚々たるメンバーが集まってるんだが・・・」

 

ロンメルがキョロキョロ見回しながら言う。

 

「そう? よくわからんけど」

 

「なんで君がわからないのかね」

 

ロンメルが苦笑しながら突っ込む。

 

「ヤーベ殿!伯爵への陞爵おめでとうございます!」

「ヤーベ様、伯爵おめでとうございます」

 

振り向いたロンメルがさらに驚く。

 

「王国騎士団の騎士団長グラシア殿に、王都警備隊隊長のクレリア殿・・・」

 

「やあ、お二人とも昨日は大変でしたか?」

 

「ははは、最初の情報ではもう王都も終わりかと思いましたが、ヤーベ様さまさまですよ。また王国を救って頂きましたね」

「えっ!?そうなのですか?またヤーベ様がご活躍を!?」

 

クレリア隊長はあまり詳しい事を知らなかったようだ。

 

「その話、詳しく聞かせてもらいたいですな」

 

ロンメルも食いつく。

その反応になぜか気を良くしたグラシア団長がまるで英雄譚の様に語って行く。

これは恥ずかしいぞ。ちょっと場所を変えるか。

 

 

 

 

「君、名前は?」

 

「あ、アリスと申します。よろしくお願い致します、旦那様」

 

俺は顔にやけどの傷があるメイドに声を掛けた。

 

「そうか、ちょっとこっちに来てくれるか?」

 

「はい」

 

そう言って廊下の陰に連れて行って、いきなりハグをする。

 

「キャッ・・・だ、旦那様いけません・・・。このような醜い私などお相手になさっては・・・」

 

俺はギュッと抱きしめる。

 

「つらかったか? でももう大丈夫だ。これからは毎日笑って楽しく生きて行けるような環境を用意する。だから、自分の生きたいように生きていいんだぞ」

 

そう言って頭を撫でながら顔を胸に押し付ける。

その時に俺は逆の手を触手にして傷のある顔に伸ばしていく。

いつもの「同化」を使ってカッシーナの傷を治したようにアリスの顔の傷をスライム細胞で治していく。

 

治療が終わったら体を離す。

 

「これからも頑張ってくれ」

 

そう言って肩をポンと叩く。

 

「はい!」

 

元気に返事をして笑顔を見せてくれたアリスの顔に、もう傷は無かった。

 

 

 

それから、次々と目に見えて傷のあるメイドを見つけては廊下の端に連れて行ってハグしまくる。驚いて顔を胸に抱くようにして視界を遮っているうちにスライム細胞で傷を治していく。腕に傷のある者、顔に傷のある者もみーんな治しちゃう。

 

最後に左手が無かった少女だ。

 

「君、名前は?」

 

「あ、旦那様、私はリオーヌと申します」

 

「ちょっとこっちへ来てくれる?」

 

「あ・・・はい・・・」

 

少し俯きに暗い返事をする。

廊下の端の方へ連れて来て、いきなりハグをする。

 

「あ・・・」

 

なんだが、俯いて元気がないリオーヌ。もしかしたら、欠損しているからメイドとしての力が足りない分、体で払ってもらおうか、的な悪い貴族をイメージしているのかもしれない。

 

だが、ギュッとリオーヌの頭を胸に抱きよせて、その視界を奪う。

 

「今までとても辛い思いをしたな。だが、もう大丈夫だ。お前は絶対幸せになれる。だから、この屋敷でしっかり仕事を頑張ってくれるか?」

 

そう言いながら押し付けた頭を撫でながらリオーヌの顔を覗き込む。

その隙に触手で失った左手の付け根部分に「同化」して細胞の情報を引き出す。腕の組織情報を拾ったらその情報を元に「再生」させる。するとあら不思議。失われた腕が元通り・・・というか、スライム細胞で代用するんだけどね。神経に接続するから、自由に動かせるはずだし。

 

すっと肩を押して体を離す。

 

「しっかり仕事、頑張ってくれよ?リオーヌ」

 

「はいっ!頑張ります!」

 

そう言って両手で拳を握り、ふんすっと力を入れる。

 

「えっ・・・?」

 

そしてリオーヌは、何故か自分が両手で拳を握っている事に気が付いた。

 

「え、あれ? どうして・・・? これって・・・」

 

みるみる目に涙を浮かべながら俺の方を見る。

 

「しーっ、内緒だぞ?」

 

俺は唇に人差し指を当て、内緒だぞって伝えてみる。無くなった腕が元通りになっているのに、内緒もくそも無いのだが。

 

「だ、だんなさば―――――!!」

 

リオーヌが号泣して抱きついて来た。まあ、無くなった腕が元通りになったらこうなるか。

俺はリオーヌの背中をポンポンとしながら抱きしめた。

 

 

 

 

その頃、庭では―――――

 

「え、ええ―――――!?」

 

「なに、どうしたの?」

 

給仕していたメイド仲間がアリスの顔を見て大声を上げる。

 

「アリス、貴方顔の傷どうしたの?」

 

「ど、どうしたのって?」

 

「傷が治ってるよ!すっごく綺麗な顔!」

 

「う、うそ!」

 

アリスがお盆を置いて自分の顔をペタペタと触る。

 

「ほ、本当に傷がない・・・ど、どうして?」

 

「そう言えば私も腕の傷が無い!」

「ああ、私もだ!」

 

何人ものメイドが自分の傷が治っていると騒ぎ出した。

 

「なんだ、どうした?」

 

イリーナが騒ぎ出したメイドに声を掛ける。

 

「あ、奥様!実は私たちの傷がいつの間にか無くなって消えてしまったんです!」

 

メイドのアリスが代表してイリーナに答えたのだが、

 

「お、おくしゃま・・・」

 

顔を真っ赤にしてへにゃへにゃしてしまうイリーナ。

 

「皆さん、傷が治ったんですの?」

 

代わりにフィレオンティーナがメイドたちに声を掛けた。

 

「はい、きれいさっぱり」

 

「そう言えば貴方顔にやけどの傷があったわね」

 

「はい、そうなんです。その傷がすっかり消えて治ってしまったんです・・・」

 

不思議そうにアリスが首を傾げる。

 

「何か変わったことがあったかしら? 例えば旦那様に何かされた?」

 

「あ、旦那様に抱きしめられて、お仕事頑張ってくれと・・・言われました」

「あ、私も旦那様に抱きしめられました・・・廊下の隅に連れて行かれて」

「私も! 優しく旦那様に抱きしめてもらいました!お仕事頑張れよって!」

 

傷が治ったというメイドたちはすべて旦那様に抱きしめられたようだ。

 

(なるほど。抱きしめて視界を奪っておいて、その内に治療なさったのですね・・・さすが旦那様ですわ!)

 

「旦那様の奇跡ですわね。良かったですね、旦那様の元で働けて。旦那様に十分感謝なさい」

 

フィレオンティーナは我が事の様に自慢そうに話すととびっきりの笑顔を見せるのだった。

 

「なにっ! ヤーベがもうメイドに手を出しだだとっ!」

「由々しき問題です!」

「私たちもメイド服で寝室にトツニューだよっ!」

 

なんだか横でイリーナ、ルシーナ、サリーナがテンションを上げている。

 

(わたくしまでメイドの格好をしろなんて言いませんわよね・・・?)

 

フィレオンティーナは溜息を吐いた。

 

 

 

『これがダークパイソンの蒲焼か!』

 

ローガが念願のダークパイソンの肉にかぶりついていた。

 

『なかなかに美味ですな』

『脂分が少なくて食べ応えがありますな』

『低カロリーで高タンパクですな』

『なにやら会話が美食と健康に溢れているでやんす・・・』

 

四天王たちもダークパイソンの肉を堪能している。

その他の狼牙族たちも肉にありついていた。よく見ればヒヨコたちも食事している。

スライム伯爵邸での初めての食事会は日が暮れるまで賑やかに行われたのだった。

 

・・・ちなみに、レーゼンとメイド隊がやって来てカッシーナをなんとか馬車に押し込んで王城に帰って行ったのは言うまでもない。

馬車の去り際、カッシーナの慟哭が響き渡った・・・合唱。

 




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第172話 頑張っている人にはご褒美をあげよう

 

ズルリ・・・ズルリ・・・。

 

ズルズル・・・。

 

 

ふふふ、とっても久しぶりにスライム形態だ。デローンMr.Ⅱだ。

王都に到着してコルーナ辺境伯家に居候してからというもの、ずっとスライム流変身術》<変身擬態(メタモルフォーゼ)>で人間・矢部裕樹の格好を続けている。

寝る時も今は<変身擬態(メタモルフォーゼ)>を解除しない。逆に意図的にスライムに戻ろうとしないと解除されない。無意識化でも人間のカタチを保っていられるようになった。その上、いつも奥さんズの誰かがそばに居たしな。スライムの姿でウロウロするわけにもいかなかったのだが。

 

 

 

 

 

俺は今、リューナの家に忍び込んでいる。台所には今日の王都スイーツ大会予選で使用するパンケーキの生地がボールに入れておいてある。

ヒヨコ達が手に入れてきたある情報を元に、その見張りのためにわざわざ夜中にやって来たのだ・・・リューナの許可も得ずに家に入り込んでいるがのだが。

 

ガタリ・・・

 

どうやら招かれざる客が到着したようだ。

 

「アニキ・・・どれだろう?」

「シッ!静かにしろ・・・だいたい台所に行けば明日使う材料とか置いてあるだろうよ」

「さすがアニキだ!」

「静かにしろっての!」

 

どうやら二人組の賊のようだ。狙いは明日の王都スイーツ大会予選で使う予定の材料か。

 

「どうやらこれだな・・・」

 

台所の机の上に置いてあるボールには布巾が掛けられている。明日予選会で使うパンケーキの元だ。

 

(味見をするかな?)

 

俺は隙間ににゅるりと入り込んで賊を観察する。

 

ガシャン!

 

いきなりボールをひっくり返す賊。

 

ガタガタガタン!

 

調味料が入っていると思われる陶器の小瓶も机から落として壊してしまう。

 

「な、なにっ!?」

 

壊れた音でリューナが起きてきたようだ。

 

「お、女か!? やっちまうか!」

「馬鹿野郎!見つかったらボスに迷惑が掛かるだろう!ずらかるぞ!」

 

ふう・・・もしリューナに手を出そうものなら、思わずヤッちまうところだったぜ!

 

二人の賊が立ち去った後、リューナが台所に入って来る。

可愛いパジャマ姿にカーディガンを羽織った格好だ。

 

「ああっ! ヒドイ・・・」

 

ひっくり返されたお盆や、蜂蜜が入っていたであろう陶器の小瓶が割れた状況を見て、とても悲しそうな顔をするリューナ。

 

「深夜に勝手にお邪魔して悪いね?」

 

「キャア!」

 

耳と尻尾を逆立てて飛び上がって驚くリューナ。

振り返って俺と目が合う。

 

「や、ヤーベさん!?」

 

「驚かせてゴメンね。どうやら王都スイーツ大会の参加者を狙って妨害する輩がいるって情報を掴んでね。万一リューナが狙われたら危険だから、こっそり見張っていたんだけどね」

 

「ええっ!? そ、それは嬉しいのですが・・・あの、その・・・勝手にお家に入って私を見張っていたのですか?」

 

顔を真っ赤にしてちょっとほっぺを膨らませるリューナ。

 

「あ、いや、勝手にウチに入ったのは悪かったと思うけど、リューナを見張っていたわけじゃないよ? そのボールや調味料に悪さする奴が来ないか見ていたんだからね?」

 

そう説明すると、ちょっとホッとした表情になるリューナ。尻尾もゆらゆらと左右に揺れている。

 

「でも、パンケーキの元や調味料をダメにされちゃいましたね・・・」

 

悲しそうに壊れた小瓶やひっくり返ったボールを見つめるリューナ。

 

「もちろん、無事だよ?」

 

そう言って机に亜空間圧縮収納にしまった本当のボールや調味料の入った小瓶を取り出す。

 

「わっ!ど、どうして・・・?」

 

「もちろん、狙われていたら、それが成功したと思わせて泳がせるためだよ」

 

「じゃあ、この壊れた小瓶とかは・・・」

 

「そう、俺が準備した偽物だよ」

 

惜しいかな、ボールの中身を味見してくれたら面白かったのに。チョー激辛にしてあったのだが。

 

「じゃあ、明日問題なく予選会に参加できるんですね!」

 

パアッっと笑顔になってリューナが喜ぶ。

 

「もちろん! こんな姑息な手段を取る奴らなんかに負けないぞ! 頑張ろう!」

 

「はいっ!」

 

「じゃ、一旦帰るけど、朝また迎えに来るから、ゆっくり休んでね」

 

「はい! ありがとうございました」

 

そう言ってぺこりとお辞儀をしてくれるリューナ。

 

「おやすみ」

 

「おやすみなさい」

 

ふっ・・・一人暮らしの女性の家に忍び込んだことは不問にしてもらえたようだ。

 

 

 

 

 

「わあ・・・すごい人の数ですね!」

 

「なんでも、参加者は百人以上いるらしいぞ?」

 

「そんなにですか!?」

 

翌日、朝に喫茶<水晶の庭(クリスタルガーデン)>にやって来た俺は朝食をごちそうになった後、王都スイーツ大会の予選会に参加するために会場にやって来た。

会場には多くの人が詰めかけており、会場の外には屋台も出ている。

 

「それにしても・・・今日はずっとそのローブで顔を隠されたまま参加されるのですか?」

 

リューナが俺の姿を見て問いかけてくる。

 

そうなのだ。今の俺の格好は以前貰った高級神官着を使っている。そのため、ローブで顔まで覆っており、手足すら見えないくらいにしている。

その姿は地球時代に大ファンだった伝説の冒険漫画ダ〇の大冒険に出てきた敵キャラ、ミ〇トバーンの姿に激似だろう。

 

カッシーナの話では、この大会の優勝者には俺とカッシーナの結婚式で振る舞われるスイーツの製作と言う名誉も与えられるらしいからな。直接カッシーナの夫になるスライム伯爵である俺がリューナに力を貸すというのは良くないと思われる。そのために姿を隠して参加しようという魂胆だ。

 

さて、会場を見渡せば、多くの参加者が受付に並んで登録を行っている。終わった者から会場に入って行っているようだ。この会場で調理をして、そのまま審査を受けることになる。上位十名が二日後に行われる決勝戦に参加できる。

 

「さあ、まずは受付に行こう」

「はいっ!」

 

俺たちは受付に並ぶことにした。

 

 

 

 

「俺たちは七十七番だな」

 

「はい、ここに七十七番の札があります。この場所で調理して審査を受けるみたいですね」

 

七十七番・・・俺が大ファンだった闘将の背負った番号じゃないか。これは負けられないな!

調理の場所は同じようなスペースで区画整理されているようだ。屋根だけのテントと、水桶、机があるだけだ。調理器具など必要な物は自分たちで持ち込まなければならない。

俺は予選で作るスイーツのキモとなるべき魔道ホットプレートを取り出す。

これは魔石が組み込まれた鉄の板だ。鍛冶師のゴルディン殿にプレートを準備してもらい、表面をみっちり研磨してもらったものを知り合いの魔道具師に仕上げてもらったものだ。

何度かテストして火加減もマスターした。リューナにもバッチリ教え込んだから大丈夫だ。

 

出来れば出来たてを食べてもらいたい。だが、何かあってもいけないしな、早めに2~3枚焼くとしよう。

 

周りを見れば、スペルシオ商会が砂糖を復旧させたために、どの参加者も砂糖を大量に持ち込んでいるようだ。タチワ・ルーイ商会とレストラン『デリャタカー』のオーナーシェフ、ドエリャ・モーケテーガヤーの目論見がとりあえず崩れた形になっているだろう。

 

 

「「「「「わあああああああ~~~~~!!」」」」」

 

 

「ん?なんだ?」

 

「あっ!王女様ですよ!」

 

見れば会場にカッシーナの姿が見えた。

どうやら審査員である王女カッシーナが現場に到着したようだな。

 

「見てください!エルフの公女様もいらっしゃいますよ! それに・・・あれはもしかして、教会の最年少女性枢機卿であられるアンリ様では!?」

 

え・・・アンリちゃん、そんな評判になってるの?

俺は二日前の記憶を思い出す。

 

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

 

「カッシーナ。少し話があるんだけど」

 

「どうしました、ヤーベ様? ヤーベ様のお願いなら、何でもお聞きいたしますが」

 

いや、何でもって、若干重いですけど・・・まあいいや。

 

「実はね、ちょっと頑張っているコにご褒美・・・みたいな?プレゼント的な感じで行きたいんだけど」

 

「どういう事でしょう?」

 

「ごにょごにょごにょ・・・」

 

「ああ、それなら何とかなると思いますが・・・、アレにも・・・ですか?」

 

「まあ、真面目に働いているなら、ついでに?ご褒美でもいいかなって」

 

「ふふ、お優しいですね、ヤーベ様」

 

カッシーナがにっこりと微笑んでくれた。

 

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

 

「ひ~~~~ん!! ヤーベさんのバカ~~~~~!!」

 

ヤーベへの悪態を吐きながら涙を流しつつそれでも書類を処理する手を止めない。

教会の最年少女性枢機卿トップ、アンリは仕事に忙殺されていた。

以前の悪党枢機卿どもがメチャクチャしていた教会を立て直すべく、ヤーベの指名により国王様から直々に枢機卿への就任を依頼されてしまった。

今は各教会からの資金の流れを精査し、要求される金額に見合うかチェックを行う作業を進めていた。

だが、やはり教会本部の腐敗を一掃しても、末端の教会まですべてクリーンになるわけでもない。質の悪い寄付金隠しや余分な要求もあり、それに対応するのも大変であった。だいたいにして、優しいシスターだったアンリに全てやれというのが土台無理な話なのだが。

 

「やっほ~、おいしい話を持ってきたんだけど、バカは酷いんじゃない~、馬鹿は」

 

「あ!ヤーベさん!」

 

俺の声に反応して書類に埋めていた顔をガバッと上げてこちらを見た。

 

「助けてくださいよぉ~~~~!」

 

書類をまき散らしながら俺の方に走って来て抱きついてくる。

 

「はっはっは、とっても頑張っているアンリちゃんにとっても素敵なご褒美を持ってきたヨ?」

 

「ご、ごほうび・・・ですか?」

 

「うん、とりあえず各教会を回って査察に入る人間は王国から出してもらえるように国王さんに頼んでおくから、今日はアンリちゃんの慰労になればと思ってね。今度開催される王都スイーツ大会の審査員に推薦したら、カッシーナ王女からOK出たから。審査員としてスイーツ食べ放題だよ?」

 

「ス、スイーツ食べ放題ですか!?」

 

「うん、ついでに審査員してね?」

 

審査員の方がついでになっているが、まあいいか。

 

「すごく嬉しいです!」

 

満面の笑顔を見せるアンリ、だが、すぐに表情が曇る。

 

「私だけおいしい物を食べるのも・・・あの子たちも食べられるといいのですが」

 

あの子達というのはマリンちゃん達孤児の事だろう。

 

「ふふふ、もちろん考えているよ。実は予選のスイーツは3人前を製作するという指定に変えてもらったんだ。だから、審査員が少しずつ食べてもたくさん余るんだよ。それを王都中の孤児たちを招待して審査後に食べてもらおうという作戦なんだ」

 

アンリちゃんの目がみるみるうちに涙を溜めていく。

 

「ヤーベさん!!」

 

そう言ってギュウッとアンリちゃんが抱きついて来た。

 

「ありがとうございます!ありがとうございます!最高のプレゼントです!」

 

うん、イイコトすると気持ちがイイネ!

 

 

 

 

「次の方ー」

 

「ひょひょひょ、腰が痛とーて痛とーてのぅ」

 

「はいー、神の慈悲よ、我が願いを聞き届け、この者を癒し給え<癒し(ヒール)>」

 

パアアッ!

 

女性神官のかざした右手から光があふれ、お婆さんのを包む。

 

「おお、腰の痛みが引きましたぞい」

 

「ヨカッタデスネー」

 

神官の案内でお婆さんが退出していく。

 

「よう、真面目に働いているな」

 

だいぶ目のハイライトが消えて表情死んでるけど。

 

「あ!アンタ!アンタのせいで・・・!」

 

「ん? 俺はお前が真面目に心を入れ替えて人々のために働くなら、その命を救ってやってもいいと国王様に進言した、いわば命の恩人のはずなんだが?」

 

「むぐぐぐぐっ!」

 

「あれ?もしかして首チョンパの方がよかった?」

 

そう言って俺は首を狩っ切る真似をする。

 

「いいわけないでしょ!」

 

「なら、感謝したほうがいいんじゃないのか?」

 

「ぐぬぬぬぬっ!」

 

「今後も真面目に働くなら、『聖女』としておいしいスイーツ食べ放題に連れて行ってやろうか?」

 

「食べる! いや、働く!真面目に働いてるから!私にもご褒美があっていいと思うの!」

 

立ち上がって両手をぐるぐる回してアピールする聖女。

・・・なんだっけ、名前。シッコ・モラシータだっけ?

 

「アンタ失礼なこと考えてるでしょ!アタシはフィルマリーって名前よ!覚えておきなさい!」

 

「わかったわかった、モラシータの事は聖女って呼べばいいか?」

 

「誰がモラシータよ!ちなみにシッコでもないからねっ!フィルマリーよ!フィルマリー! いい? フィ・ル・マ・リ・ー!わかった?」

 

「で?行くのか?行かないのか?行くなら今後も超真面目に働けよ?行かなくても超真面目に働けよ?」

 

「働く!働く!チョー真面目に働くから!スイーツ食べたい!連れてって―――――!」

 

服に両手でしがみつくフィルマリー。

 

「わかったわかった、約束だぞ。今後も働けよ?アンリ枢機卿に連れて来てもらうから」

 

「? あれ、アンタのエスコートじゃないの?」

 

「おいおい、カッシーナ王女やエルフ国の公女たちと並ぶんだぞ? 俺なんて行けないよ。ただお前がなんか反省して頑張ってるって聞いたから、ご褒美上げてもいいんじゃない?くらいの話をしただけだから」

 

ツンデレ?もちろんデレてないが。

 

「うわーん!ありがとー!!」

 

「うわっ!なんだ!?泣くな!抱きつくな!俺の服で鼻をかむな!」

 

ビービーと鳴くフィルマリーはなかなか離れなかった。

 

 

 

 

 

 

あの時は良い事をしに行ったはずなのにひどい目にあった。

 

会場に到着したカッシーナ王女に続き、エルフ国の公女ブリジット・フォン・エルフリーデン嬢も登場だ。その後ろからは教会の最年少女性枢機卿であるアンリと聖女フィルマリーがニコニコしながら現れた。スイーツ食べ放題と聞いているからな、あの笑顔は気合が入っているな。

 

ん?その後ろからはフレアルト侯爵が姿を見せる。メッチャ笑顔だ。なんだあいつ、甘い物好きか?

 

その他にも商業ギルドの副ギルドマスターのロンメル、王都警備隊隊長のクレリアも審査員だ。その他スイーツ伯爵との名高いコンデンス伯爵や、王都の重鎮が数名。合計15名の審査員がスイーツを食べて審査を行っていく予定だ。

 

「さ、役者は揃った。俺たちも準備を始めようか」

 

「はいっ!」

 

俺の言葉にリューナは元気よく返事をするのだった。

 




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第173話 スイーツの自信作で予選突破を狙ってみよう

「マジで妨害行為があったんだよ!何者かが忍び込んで準備してあった料理材料をダメにしたんだ!」

「ウチもやられたぞ!」

「俺もだ!」

 

数組の参加者たちが、運営者のいるテントに詰め寄っている。

どうやら、妨害者に材料をダメにされたか?

 

「いやいや、うるさいですな」

 

「なんだとっ!」

 

運営に詰め寄っている連中の後ろから偉そうに声を掛ける男がいた。

やたらに長くて白い帽子をかぶった男だ。どう見てもザ、シェフって感じだな。

 

「自分たちの管理が不十分なのを運営に文句をつけるとか、見苦しいにも程があるな」

 

「き、貴様ッ!」

「お前・・・高級レストラン『デリャタカー』のオーナーシェフ、ドエリャ・モーケテーガヤーか」

「もしかして貴様の仕業か!」

 

ほう、あのいけ好かないブーメラン髭のザ・シェフがドエリャ・モーケテーガヤーか。タチワ・ルーイ商会と組んでるという。

 

「おいおい、なんの話だ? 俺は運営に文句を言っているお前たちが見苦しいという話をしているんだぞ?」

 

「貴様ッッ!!」

 

「いい加減にしてください!」

 

ついに運営側の人間も対応してきたか。

 

「何があったか知りませんが、王女の前ですよ!それもエルフブリーデン公国の公女様も教会の最年少枢機卿様も聖女様もいらっしゃっているんですよ!騒ぎを起こさないでください!」

 

聖女はともかく、他の重要人物の前で国のイベント中に揉め事を起こすなと。

気持ちはわからんではないが、話も聞いてくれないとはいささか冷たいな。

だが、事前準備の妨害を自己防衛するのもまあ大事なファクターの一つと言えない事も無い。

 

しぶしぶ自分のブースへ戻って行く参加者たち。

嫌らしい笑みを浮かべて勝ち誇ったような表情のドエリャ。あの表情だけでギルティー間違いなしだが。

 

 

 

 

「ヤーベさん、魔導ホットプレート、暖まって来ましたよ」

 

嬉しそうに鉄板の状態を報告してくるリューナ。

まあ、大会が終わったらこの魔導ホットプレートをプレゼントするって言ってあるから、使いこなせるようになるのが嬉しいのだろう。喫茶店のメニューも幅が広がるって言って喜んでたし。

もちろん、この魔導ホットプレートはリューナちゃんにあげちゃうので鍛冶師のゴルディン殿に追加発注してある。慣れて来たら大量生産してアローベ商会で販売するって伝えてあるし、魔道ホットプレートだけでなく、タコ焼き用の丸い半円の穴が開いた鉄板の試作もお願いしている。

・・・尤もこの世界でタコが食べられているか知らないけど。というか、海産物を見たことないな。だいぶ内陸なのか、海の話も聞いたことないし。いい加減、世界の地理と常識のお勉強を進めなければならないかもしれないな。

 

「早速、森のバターを鉄板に引こうか」

 

「はいっ! バタールでいいですよね?」

 

「ああ、そうだね、バタール」

 

俺が森のバターと言ったのは、バタールという木になる果実の事だ。

この世界で牛をまだ見ていないので乳製品があるかどうかわからないのだが、偶然にも喫茶<水晶の庭(クリスタルガーデン)>でモーニングを食べた時にパンに塗ったバターのような物が「バタール」と呼ばれる木の果実であり、見た目はアボカドのような実であった。

だが、中を割ってみると、正しく新鮮なバターそのものの果肉があり、味も一級品のバターと言って遜色なかった。そのため、即採用したのだ。

 

「まんべんなく引いたら、ホットケーキの元を鉄板に引いてくよ。その前に最後のひと手間。マヨネーズを入れてよくかき混ぜてね!」

 

「はいっ!これでとってもふっくら膨らむんですよね!びっくりです!」

 

嬉しそうにマヨネーズを入れてまぜまぜするリューナ。尻尾もフリフリしている。

マヨネーズを混ぜるとホットケーキがふっくらふわふわに仕上がる、と言うのは地球時代テレビで見た裏技か料理知識だったか、そんなものだ。だが、実際テストしたら倍以上ふっくら加減が違った。地球時代試したことが無いので何とも言えないが、異世界のバタールはパワーがあるのかもしれない。

 

「一枚一枚丁寧に焼こうね。その前に輪っかをセットしてね」

 

「はいっ!」

 

今回は大会なので勝負だ。ならば見た目も大事だろう。これも鍛冶師のゴルディン殿に作ってもらったホットケーキの型用の輪っかだ。この輪っかの内側に生地を流し込むことにより同じサイズのホットケーキを作ることが出来る。三段くらい綺麗に重ねて、バタールと蜂蜜をたっぷりかける。

 

実はマヨネーズという秘策とともに、この蜂蜜も切り札の一つだ。

この王都では蜂蜜の流通が無い。

蜂蜜自体まるっきりとれていないのだ。

 

だが、偶然ローガ達が出向いてダークパイソンを狩り尽くしたあのバハーナ村には自然の蜂の巣から蜂蜜が取れる事を知っている狩人がいて、蜂蜜の存在を知っていたのである。

 

そこで早速俺様は夜中に文字通り飛んでバハーナ村へ移動、朝一に狩人の元を訪れ、その蜂蜜採取をしてきたのである。その上で村長やローナ、ロドリゴといったメンツも巻き込み、養蜂と言うビジネスを持ち掛けた。アローベ商会で専属契約を行い、うまくいけば蜂蜜を高値で買い取ると契約して、その手付の金貨を山の様に置いて来た。村長は謎の踊りを踊り出すほど喜んでいた。ローナに分量の管理責任者をお願いして、ロドリゴには実際に巣を作ったりする若い作業員を見繕ってもらうように指示してきた。

 

軌道に乗ればスイーツ革命が起こるかもしれない。何せ蜂蜜と言えば、デストロイな某魔王様も手なずけてしまう程の破壊力があるからな!

 

「わ~~~~、膨らんできましたよ!」

 

鉄の輪っかからはみ出さないホットケーキは上方にぷっくりとふわふわに膨らんでいく。これを三段に重ねたら相当な迫力だろう。

 

「一度ひっくり返そうか」

 

「はいっ!失敗しない様に・・・」

 

もうある程度固まって来たので、輪っかを外し、ヘラでフワフワのホットケーキをひっくり返す。

 

「うまく出来ました!」

 

最初はヘラの扱いに慣れなかったリューナも今はずいぶんと上達してきた。これならお好み焼きも行けるかもしれないな。

 

「さ、焼けたホットケーキはこの皿に置いて。これなら同時に二枚焼いても問題ないだろう。次は一度に二枚焼こうか」

 

「はいっ!」

 

そして完成した三枚のホットケーキを皿に重ねる。

重ねる前に熱々の状態のホットケーキ一枚一枚にたっぷりとバタールを塗るのも忘れない。

その上で一番上にバタールの欠片を置き、熱でじんわり溶けて来たら、たっぷりの蜂蜜を上からかけてやる。

 

ちなみに名称をホットケーキにしたのは、パン自体が普通に販売されているので、パンケーキよりは完全に新しいスイーツとしてのイメージが付きやすいと思ってホットケーキの名を選んでいる。

 

これで、王都スイーツ大会の予選突破を狙う喫茶<水晶の庭(クリスタルガーデン)>特製『リューナのホットケーキ』、三段重ねの完成だ!

 




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第174話 審査員にアピールしよう

製作時間も終わり、一同が完成したスイーツをブースの前に並べる。

予選は参加者が多いため、完成したスイーツは自分のブースに置いておき、審査員たちが食べ歩きながら審査して行くという流れになっている。

 

『デリャタカー』のオーナーシェフ、ドエリャ・モーケテーガヤーのブースを見れば、完成したスイーツは二段のスポンジケーキのようだ。チラ見程度だが観察していた様子だと、下の段はパウンドケーキのようなしっかりとした触感のケーキで、上の方は配合を変えて出来るだけ柔らかくした触感を楽しむフルーツケーキを合わせていた。ドライフルーツの他、ナッツのようなものを砕いていたから、触感もそれなりに楽しいだろう。単なる偉そうな金儲け主義の男かと思っていたが、それを差し引いてもそれなりの腕前のようだな。連れてきた部下にはかなり厳しく指示を出していたが。

 

他の参加者たちを見ても、固めのスポンジケーキが主流のようだ。やはり下調べした通りだったな。ドライフルーツなどの種類をいろいろと変えているとは思われるが、パウンドケーキとか、フルーツケーキとか、そういった感じの物がほとんどだ。後は完全に焼き上げるクッキー系だな。くくく、俺たちの様にふっくらふわふわ触感のスイーツなど皆無だ。

何せ乳製品が見つからないからな。チーズも生クリームもない。ソフトクリームで勝負出来たら最高なのに。そう言えばチョコも見かけないな。見つかったら一儲けできそうだ・・・おっと、今は大会に集中せねば。

 

参加者が多いため、審査には時間がかかる。俺たちの作ったホットケーキは時間が経って冷めてくると硬くなるかもしれない。

そこで魔道ホットプレートと同じような物で、保温プレートも製作しておいた。

そこに完成したホットケーキを乗せておく。しばらく時間が経ってもほのかに暖かいまま食べてもらえるように配慮してあるのだ。

 

回っている審査員たちが、一口食べては「これはおいしいですわ」とか「なかなかに美味!」とか「なるほどなるほど」とか口々に感想を言いながら手にした用紙になにやら書き込んでいる。きっとスイーツの感想やら点数やらが書き込まれているのだろう。

 

 

 

 

「ふおおっ!ご主人しゃま―――――!!」

「旦那様~~~~!!」

 

声のする方を見れば、リーナとフィレオンティーナが参加者エリアの外から手を振ってくれている。

 

リーナよ。思いっきり手を振るのはいいが、左手に握り締めた肉の串からタレが飛び散っているぞ。周りの人の迷惑になるからやめなさい。

イリーナやルシーナ、サリーナの姿が見えないが、きっと屋台で遅めの昼食でも買い込んでいるのだろう。

 

それにしても、リーナは俺の方を見ているが、フィレオンティーナはどうもホットケーキに釘付けになっている様にも見えなくもないな。

・・・これは、無事予選突破出来たら予選突破おめでとうの祝勝会と明後日行われる決勝戦の試作を兼ねたパーティでも開かないといけないかな?

 

 

他のブースが騒がしいとそちらに視線を送れば、エルフブリーデン公国の公女ブリジットと紹介されたエルフっ娘が「うまいのじゃー!」「最高なのよ!」「甘味バンザイ!!」などと叫びながら各ブースで爆食している。ていうか、アレは審査なのか? ほぼガチ食いしているように見えるが、百以上あるブースを回り切れるのであろうか? その後ろにいるメイドらしきエルフっ娘が泣きながら何やら諭しているが、まるで効果ない。知らない人が見たら、エルフブリーデン公国の公女だとは思わないだろう。逆に思ってしまうとエルフブリーデン公国のイメージとしてどうなのかという心配が出て来てしまう。

 

・・・しかし、さすが異世界。やっぱりいたんだね、エルフ。

エルフのお耳をモミモミしたい・・・という願望はラノベファンならば、誰にでもある・・・うん、誰にでもだ。きっとある。

だけど、あの公女様は無いかな。うん。近寄らない様にしよう。メンドクサイ臭が漂いまくっている気がする。

 

その公女様、あのドエリャ・モーケテーガヤーのブースに立ち寄って感動しているようだ。

 

「のおおっ!このフルーツケーキのうまいことと言ったら!カリカリしたのはナッツなのか?楽しい触感だわ!」

「もう少し!もう少しだけで構いませんので、お淑やかで優雅に食されてくださいませぇ~」

 

ガッついて爆食するエルフ公女っ娘に泣きながら懇願するエルフメイドっ娘。

まあ、無理だな。聞きゃしないだろう。

 

「そうでしょうそうでしょう、このドエリャ、渾身の一作にございますれば」

 

恭しく胸に手を当ててお辞儀するドエリャ。

この時俺の脳内でドエリャのイメージを「ザ・シェフ」から「ザ・イヤミ」にシフトした。

そのイメージはお菓子で言うならダダ甘、料理で言うなら油ギッシュなクドイ揚げ物だろうか。

 

やがて、俺とリューナのブースの前にも審査員がやって来た。

最初にやって来たのはスイーツ伯爵と名高いコンデンス伯爵だった。

 

「・・・? これは? この王都で私が食べたことの無いスイーツに出会えるとは・・・」

 

しげしげとホットケーキに顔を近づけて見つめるコンデンス伯爵。

 

ツンツン。

 

俺はリューナの背中をツンツンする。基本説明はリューナがした方がいいだろう。

 

「あ、これはホットケーキと言うスイーツです。王都で主流のスポンジケーキは触感が硬めですので、ふわふわな触感を目指して作りました。また、温かいのが特徴です。ホントなら出来立てホカホカを食べて頂くのが一番おいしいのですが・・・」

 

「なんと! 温かいスイーツなのかね! これはもしや大発見になるのか!?」

 

そう言うと興奮気味にナイフとフォークでホットケーキを一口大に切り分けて口に運ぶ。

 

「!!」

 

口に運んだまま、固まるコンデンス伯爵。どした?

 

「ウ、ウマイッッッッッ!!」

 

いきなり大声を出したものだから、他の審査員やエリアの外にいる観客たちからも注目が集まる。

 

「なんだこのうまさはっ! ほのかに暖かく、それもふわふわな触感。なのに染み入る様に甘い! コクがあるのは新鮮なバタールを使っているからと言うのはわかる。だが、この琥珀色のような、というのか、黄金色・・・というのか? この甘くねっとりとした液体は一体・・・?」

 

「これは『蜂蜜』と言います。蜂が花の蜜を集め、巣の中で加工して貯蔵したものなのですよ。栄養価も高く、非常に貴重な食材なのです。もう少ししたら王都でもアローベ商会が取り扱う予定ですよ」

 

ちゃっかり自分の商会の宣伝も入れておく。

 

「な、なんとっ!? 蜂が集めた蜜だと!? き、聞いたことも無い! それがこれほどのうまさを・・・。だが、蜂蜜だけではない。基本ケーキはスポンジがしっとりとはしていても比較的硬めの触感でしっかりしているものなのだが・・・、これはまるで違う!手で押さえたらあっさりぺちゃんこになってしまいそうなほど繊細で脆い印象だ。これほどのふわふわ感を一体どうやって・・・」

 

コンデンス伯爵があまりに驚いているので、審査員たちも次々に寄ってきてしまう。

ならばここはお店の宣伝のチャンスだな。

 

「このホットケーキは、東地区にあります喫茶<水晶の庭(クリスタルガーデン)>で大会終了後に販売されますから、出来立てホカホカの一番おいしい状態で食べたい方はぜひお店に来てくださいね!」

 

俺は大声で説明する。

 

「ほうっ!お店に行けばこのホットケーキの出来立てが食べられるというのかね!」

 

目をキラキラさせて食い気味に聞いてくるコンデンス伯爵。顔近いよ。おっさんはノーセンキューです。

 

「ええ、ドリンクとのセットメニューですけどね!」

 

さりげなくドリンクもセットにして、売り上げに貢献しよう。

横を見れば、俺の方を見て、「ええっ!?」という表情のリューナちゃん。

いやいや、ここで宣伝してお客の心をガッチリつかんでおかないと。

 

「んんっ!おいし―――――!!」

「ふわふわですぅ!」

「甘―――――――――――――――い!!」

 

どっかの漫才師かと思うような人もいたが、やはりホットケーキのふわふわ触感と蜂蜜の砂糖とは一味違った甘さは初めての体験のようだ。

 

「私も一口頂きますね」

 

見ればカッシーナ王女がやって来ていた。

リューナを手伝うとは伝えているが、ヤーベ・フォン・スライム伯爵の名前は出さないと伝えてある。

アイコンタクト・・・もできないか、ローブ被って顔出してないし。

 

「どうぞどうぞ」

 

皿を示して食べて頂くように勧める。ローブから手、出してないけどね。

 

フォークでホットケーキのひとかけらを口に運ぶカッシーナ王女。

 

「お、おいしいっ!」

 

満面の笑みで喜ぶカッシーナ王女。

 

「本当に美味しいです!初めての触感です・・・、それに本当に心地の良い甘さです。うっとりしてしまいます・・・」

 

ほわんと頬に手を当てて喜ぶカッシーナ王女。

フォーク咥えたままなのはいかがなものか?

 

「本当に美味しそうですね!」

「どれ、聖女フィルマリーが食べてやるわ!」

 

そう言ってアンリ枢機卿と聖女?フィルマリーもやって来てホットケーキを頬張る。

 

「わっ!ふわふわです!」

「甘いっ!何よこれ!凄すぎなんですけど!?」

 

幸せそうに食べるアンリとびっくり目を白黒させて驚くフィルマリー。

商業ギルドの副ギルドマスター・ロンメルもパクついている。

王都警備隊隊長のクレリアも至福の表情だ。

 

「ほわわ~~~」

 

頬に手を当て、フォークを口に咥えたまま、カッシーナ王女と寸分たがわず同じ格好でトリップするクレリア。

 

乙女はホットケーキを食べるとみんなこうなるらしい。

 

ふと見れば、ドエリャの奴が凄い形相でこちらを見ている。

はっはっは、こちらが話題をさらったのが相当悔しいらしいな。

 

 

 

やがて審査が終わり、予選通過者の発表になる。

 

「予選第一位は・・・」

 

ドルルルルル

 

ちゃんと生演奏でドラムロールなるのな。異世界も似たような感じだな。

 

「エントリー番号七十七番!喫茶<水晶の庭(クリスタルガーデン)>オーナー・リューナさん!」

 

「「「「「わあああああ―――――!!」」」」」

 

パチパチパチパチ

 

「やったぁ!」

 

万雷の拍手と歓声が上がる中、予選を第一位で通過したことを告げられ、万歳するリューナ。尻尾もブンブン左右に振られている。

 

「やりましたよヤーベさん! ヤーベさんのおかげです!」

 

「し――――! 俺は謎の助っ人マンだよ。それに、作ったのは全てリューナちゃんだよ? 自信もっていいよ」

 

「あ、そうでした謎の助っ人マンさんでした」

 

そう言ってテヘペロするリューナ。尻尾もフリフリだ!可愛すぎる!心のシャッター百連写だ!記憶フォルダに永久保存だ!

 

さてさて、まずは王都スイーツ大会の予選を無事突破したな。

後は明後日の決勝戦に用意するスイーツのメニューと食材を検討しなくちゃならないな・・・。

俺は夜の祝勝会のメニューと合わせ頭の中でいろいろと献立を考え始めるのだった。

 




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閑話25 カソの村の日常?拝見

-これはヤーベが王都バーロンでスイーツ大会に参加していたころのお話-

 

 

 

ここは辺境――――――

 

その辺境の更に辺境、西の最果て。カソの村。

バルバロイ王国の中で、最も西に位置するこの町は、ソレナリーニの町から更に徒歩で二日ほど西に移動した場所にあります。

この村よりさらに西は、「魔の森」と呼ばれ魔獣が多く生息する地域になります。

ここに暮らす人々は、日々開拓と開墾を繰り返し、王都からの物資が十分でない中、貧しいながらもお互いを助け合い、慎ましやかな生活を送っている村でありました・・・が。

 

 

 

「えっほ!えっほ!えっほらさっさ!」

「えっほ!えっほ!えっほらさっさ!」

 

「泉のみ~ずをは~こぶぞ~」

「泉のみ~ずをは~こぶぞ~」

 

「コイツはどえらいみ~ずだぞ~」

「コイツはどえらいみ~ずだぞ~」

 

「かーちゃんたちにはナイショだぞ~」

「かーちゃんたちにはナイショだぞ~」

 

「なんでかーちゃんにはナイショなんだいっ!」

 

バシンッ!

 

平たい、まるで警策のような板で水の担ぎ手のケツをひっぱたく一人の女性。

・・・女性でしょうか?すさまじくガタイのいい筋肉ムキムキの女性が男たちに気合を入れています。

 

「あいたっ!」

 

「ムダ口叩いてないで早く水を運ぶんだよっ!」

 

「アイアイサー!」

「おー、姉さんはやっぱ怖えーや」

「くわばらくわばら」

 

「何だって?」

 

「「「イエ!何でもありません!!」」」

 

多くの男たちが二人一組で木の棒に大きな水桶を吊るし、奇跡の泉からカソの村まで水を運んでいます。

 

「しかし、セトのやつも、すげー嫁さんもらったよなぁ」

「村長の息子のセトって、まだ若くなかったか?」

「村長がだいぶ年取ってからやっと出来た息子だったからな。目に入れても痛くないくらい可愛がってたから、ちょっと甘ったれなところがあったけど、もう25くらいじゃなかったか?」

「それが、仕事でやって来た女冒険者に言い寄られて、あっさり陥落か?」

「すっげえガタイしてるよなぁ」

「何でも森に連れ込まれて襲われたんだとか?」

「それ、普通逆じゃね?」

 

水を運びながら軽口を叩いて笑う男たち。

逆は逆で事案発生してますから、笑い事ではないのですが。

 

「ああんっ!? 何か言ったかいっ!?」

 

「「「イエ!何も言ってません!!」」」

 

ほぼほぼ軍隊の如く統率されながら水を運ぶ男たち。

村の中でも力自慢の男たちのメインの仕事になります。

朝から昼頃まで奇跡の泉の水を運び、昼からは畑仕事に従事する。

カソの村の男たちの大半はこのような作業に従事しています。

 

 

 

「ええーと・・・、次の方~、はい、これが取引依頼書ですね。ナナース10kg、トマトマ10kg、ピピーマン10kg・・・」

 

村長の息子であるセトが注文書を見て四苦八苦しながら商人の取引を希望する野菜の確認を行っていきます。

 

奇跡の泉の水で育てた作物は、どれもとてつもなく巨大化した上に、味も素晴らしく濃厚でおいしく、栄養価も高いと評判になり、「奇跡の野菜」としてすごい高値で取引されるようになりました。

そのため遠くは王都からも商人がやってくるようになり、たくさんの「奇跡の野菜」を買い求めていくようになりました。

あまりに多くの商人たちが押し寄せてきたので、「奇跡の野菜」はすぐ無くなってしまうのではと心配もされましたが、奇跡の水を撒いた畑からは収穫しても収穫しても次々に大きな実をつけていくのです。

そのため、ムニージを始め畑担当の村人たちは嬉しい悲鳴を上げながらもてんてこ舞いになっています。

 

販売を担当するセトの後ろには別な男たちが何人もスタンバイしており、収穫された山のような大きな野菜の中から、商人の希望する野菜の量を集めて出して行きます。

セトとダブルチェックを行うのは、この村でも器量良しで評判のセシルです。

可愛らしく甲斐甲斐しい性格もあり、商人たちからも人気があります。

 

「はい、セト様、チェックOKです」

「ありがとう。それでは野菜は全部でこちらの籠の分になりますね、代金は・・・」

 

目の前に金貨や銀貨が積まれていきます。

少し前までありえなかった光景です。こんな辺境の村に、これほどの硬貨が見られることは今までありませんでした。まして金貨など、取り引きに使う事もなかったのです。

 

「ちょっとセシル! ダンナに近すぎるんじゃあないかい!」

 

急に怒鳴り声が聞こえます。

みれば、奇跡の泉から水を運ぶ男たちを指揮しているセトの妻、ガゼルです。

女冒険者だったガゼルはこの村の景気が良い事を聞きつけ、仕事にありつこうとソレナリーニの町からこのカソの村にやって来たのですが、その時にこの村で畑仕事をしていた村長の息子のセトに一目ぼれ。怒涛のガブリ寄りで押し切りお付き合いと言うか、即刻結婚まで漕ぎつけた剛の者にございます。

 

ちなみに女性なのに男性の様なガゼルと言う名は、貧しい村で生まれた娘に強く育って欲しいからと父親が名付けた名前です。希望した以上に強く育ってしまったのはいささか父親も思うところがあるかもしれません。

 

「仕事だから仕方ないでしょ! 文句があるならガゼルが書類チェックやればいいでしょー!」

 

「アタイはそんな書類みて数字をチマチマ数えるなんて仕事、向いてないんだよ! 野郎どもに気合を入れてる方が性に合ってるってもんさ」

 

セシルの文句にガハハと豪快に笑いながら言葉を返すガゼル。

 

「なら文句言わないでちょうだい!」

「でもダンナに近すぎるのは気に入らない!」

 

まるでおでこを突き合わせるかの如くにらみ合う二人。傍から見れば仲良しこよしでございます。

もともとセシルは綺麗で大人しい性格であったのですが、ガゼルとやり合うようになってから俄然元気が増してきているのでございます。

それが逆に殿方には受けがよく、セシルの人気は日に日に鰻登りになっているのですが、知らぬは当人ばかりなりでございます。

 

「だいたいアンタ、夜の営みの声がデカすぎるのよ!ちょっとは自重してくださらない! 夜寝られなくてメーワクなんですけど!」

「ななな、ナニを言ってんだコノヤロー! アタイは別にそんなこと・・・」

「二軒先の私が迷惑被ってるんだから、両隣のトムスじいさんやバンドーじいさんトコなんて最悪じゃないの?」

「そそそ、そんなことないぞ、きっと・・・」

 

顔を真っ赤にしてどもるガゼル。ちなみにいきなり飛び火したセトの顔もトマトマの身の様に真っ赤でございます。

 

「あの~、野菜の方をお願いできますでしょうか・・・」

 

「あ、すすす、すいませんっ!」

 

商人の遠慮がちなツッコミに我に返るセト達でありました。

 

 

 

 

「フォッフォッフォッ。今日も神殿は賑わっておるのう」

 

カソの村の村長はヤーベ殿の神殿・・・マイホームにある祭壇の前でニコニコしておりました。

カソの村の村長でありながら、息子のセトに豪快なお嫁さんが来てからというもの、ほとんどの時間をこの精霊神ヤーベの神殿で過ごしております。

早く孫の顔を見たいからワシに気を使わなくてもいいようにいつも神殿におるのじゃ、そう村の者には説明をしている村長ですが、息子のセトのお嫁さんが怖くて近寄り難いからと言うのは内緒の話でございます。

 

今日も神殿は大賑わい。村を訪れた商人たちが、次から次へとヤーベ像のある前に設置されたお賽銭箱にジャラジャラと御賽銭を入れて行きます。

 

お賽銭を入れたものは、奇跡の泉の水を汲んでも良い、と神殿入口・・・マイホーム入口に書かれているのです。

 

初めは万病に効くとも言われた、この奇跡の泉の水で商売しようと多くの商人が押し寄せたのでございます。ですが、不思議な事に樽詰めした奇跡の泉の水は、一日も立つとその効果は失われ、ただの水に戻ってしまうため、他の町へ輸送できずに商売にならないことが分かったのでありました。

 

しかしながら、奇跡の泉の効果は素晴らしいものがある事は間違いなく、カソの村に取引に来た商人たちはほとんどが帰りがけに奇跡の泉により、精霊神ヤーベ像に手を合わせ、お賽銭を入れて泉の水を汲んで帰るのであります。

通い始めた商人たちはみな健康になった、体調が良くなったと大評判になっているのです。

 

「あーあ、ヤーベ早く帰って来ないかなぁ~」

「そうだねー、早くスライムさんに会いたいね~」

 

カソの村に住む、カンタとチコの兄妹です。

今は精霊神ヤーベの神殿の掃除という重職を任されています。

祭壇の間を箒で掃いて、精霊神ヤーベの像をいつも雑巾がけしてピカピカにしています。

 

「あの・・・本当に私が巫女の役などを頂いてよろしいのでしょうか・・・?」

 

そう言って赤と白の独特な衣装を来て現れたのはカンタとチコの母、ライナです。

 

「もちろんじゃて。何せヤーベ様に確認を取ってお許しを頂いたのだからのう」

 

そう言って村長は屈託なく笑い声を上げるのです。

すでにヤーベ殿のマイホームはその99.9%が神殿と言っても過言ではなく、参拝客が後を絶たないため、管理する者を常駐させねばならなくなったのです。

 

そのため、村長はライナ母子に白羽の矢を立て、ヤーベに手紙で相談をしていたのでした。その後了承の返事がすぐに来たので、そのまま母子三人で神殿の一室に寝泊まりしながら参拝客の相手をしたり、掃除をしたり維持管理に努めてもらっているのです。

 

ちなみに神殿ではお土産も取り扱っており、一番人気はライナの手作りヤーベ神人形ストラップです。水色に染めた布と綿を使った力作で、ヤーベ神のフォルムが上手に表現されていると評判です。その第一号の完成品は娘のチコちゃんが「スライムさんかわいい~」と言って自分のベルトのバックル部分にぶら下げています。ワンピースにベルトが良く似合っており、その上でプラプラとティアドロップ型のヤーベ神人形が可愛く揺れているため、チコちゃんを見た参拝客がこぞって同じストラップを買い求めているのでありました。

 

 

 

「オラオラオラ! ここの責任者は出て来いや!」

「俺たちが今日からここを縄張りにしてやるぜ!」

 

どうやらトラブルが発生したようです。

見れば明らかに盗賊のようなナリをした悪者達が5~6人やってきました。

どうも奇跡の泉の噂を聞きつけて、その場所を奪いにやって来た者達の様です。

 

「フォッフォッフォッ。痛い目を見たくなければさっさと逃げる事じゃな」

 

「何だとぉジジイが! 即刻ぶっ殺すぞ!」

 

「あー、オッサンたちマジで悪い事言わないから、早く帰った方がいいぜ?」

 

掃いていた箒をビタッと悪党たちに向けるカンタ少年。ずいぶんとサマになっています。

 

「ウン! 悪い人はオシオキされちゃうんだよ? チコも早く帰った方がいいと思うの!」

 

元気にチコちゃんも悪党にアドバイスしてあげます。優しい娘ですね。

 

「ふざけんじゃねぇ!テメエらぶっ殺してやる!」

 

いきり立って襲い掛かろうとする悪党たち。大変危険です。

 

「先生!せんせ―――――い!! お願いします!」

 

いきなり村長が大きな声を上げます。

 

「どお~~~~~れ」

 

すると、奥の扉から出てきたのは、なんと体長1mはあろうかと言う巨大なヒヨコではありませんか。

 

「ななな、なんだこのデカいヒヨコは!?」

「バ、バケモノだっ!!」

 

「何じゃヌシらは? この神殿がどなた様の物と心得るか!」

 

ギンッッッッッ!!

 

眼力一発!

 

「「「「「ヒィィィィィ!!」」」」」

 

悪党たちが縮み上がります。

 

「神聖な祭壇の間にお前ら悪党は目障りじゃ!」

 

今度は羽ばたき一閃!

 

凄まじい突風が悪党たちを襲い、神殿の外まで吹き飛ばします。

 

ドサドサと神殿前まで転がり出される悪党たち。

それを待ち構えるものがおりました。

 

『ピヨ―――――!!(集合!)』

『ピヨ!(イチ!)』

『ピヨヨ!(ニ!)』

『ピヨヨヨ(サン!)』

『ピヨヨヨヨ(ヨン!)』

 

『ピヨピピピ!(五匹揃って!)』

『『『『ピヨピヨピー!!(ピヨレンジャー!!)』』』』

 

五匹のヒヨコがずらりと並んで、羽を広げてポーズをとっています。

この者達、先生と呼ばれたヒヨコの長老の愛弟子たちの中でも選りすぐりの猛者たちなのです。

 

『ピヨヨ!ピヨヨヨヨ!!(合体魔法!メガファイア!!)』

 

ゴウッ!!

 

集まった小さな火が集合し、巨大な火の玉になると悪党たちに一直線で飛んでいきます。

 

ド――――ン!!

 

巨大火球は悪党たちにぶつかり、炎上します。

 

「アッチイ!」

 

奇跡の泉に飛び込もうとする燃える悪党たちに長老の飛び蹴りが炸裂します。

 

「お前たちのようなバッチイ小悪党が泉に飛び込んだら泉が汚れるわ!」

 

その後、大量のヒヨコたちに啄まれ、頭をハゲにして悪党どもは逃げて行きました。

 

「さっすが先生!今日もかっこいいぜ!」

「先生、強いの~」

 

カンタとチコも大はしゃぎです。

 

「先生、ご苦労様です。いつも無頼な者達を排除してもらって助かります」

 

巫女であるライナが先生と呼ばれた巨大なヒヨコに向かって頭を下げます。

 

「なーに、大したことはしておらんよ。それよりこの村に来て奇跡の泉の水を飲んでから腰の調子も良くてこちらの方がありがたいくらいじゃ。我が孫を部下にしてくださったヤーベ殿には感謝しておるよ」

 

そうです、この先生と呼ばれた巨大なヒヨコは、何を隠そうヒヨコ隊長のおじいさんで、ヒヨコの里の長老なのです。

奇跡の泉の畔で住むことを許可してもらいたいとヒヨコ隊長を通じてヤーベ殿に打診したところ、快く快諾され、神殿横にある狼牙とヒヨコたちのための厩舎も利用してよいと許可をもらうことが出来たのです。

今では大勢のヒヨコたちが住んでおり、神殿周りやカソの村の警護を務めております。

そのためカンタやチコを始めとした子供たちや、力の弱い老人、女性も安心して暮らすことが出来るのです。

 

 

パタパタパタ

 

 

一羽のヒヨコが神殿にやってきました。

 

「あ! ヤーベからの手紙だ!」

 

ヒヨコが口に咥えている手紙を見て、カンタが大喜びします。

 

「スライムさん、今は何をしてるのかなぁ」

 

チコちゃんも手紙に興味津々の様です。

 

「かーちゃん読んで読んで!」

 

「カンタ、貴方ももう少し字が読める様にお勉強しなきゃダメよ? ヤーベ様のお手紙、読みたいでしょ?」

 

「ああ、勉強するさ!でも今は早く読んで読んで!」

「チコも勉強するー!」

 

手紙をせがむカンタに元気よく手を上げて勉強を宣言するチコちゃん。

 

カソの村の急速な発展に伴い、ヤーベ殿はソレナリーニの町の冒険者ギルドにカソの村で読み書きを教える教師の仕事を依頼しておいたのでした。ソレナリーニの町の冒険者ギルドのゾリア殿はヤーベ殿の依頼を快く受理、報酬も良かったため、薬草の採取などをメインにしている熟練のCランク冒険者パーティ<路傍の探究者>や<彷徨う旅人>たちのような学のある者達が名乗りを上げ、カソの村に教師としてやって来て字を教えているのです。そのため、カソの村の大人たちの識字率は急速に上がっているのです。

 

これにはソレナリーニの町の代官であるナイセー殿も協力しており、冒険者の他に、官吏の人間もカソの村に送って教育と共に、商人たちの取引で多くのお金が動くのをサポートさせており、村の運営がうまくいくようにソレナリーニの町も一丸となってバックアップを行っています。

 

正しくカソの村は、今、ヤーベ殿の力を元にして留まり知らぬ発展を成し遂げようとしています。

 

「それじゃ読むわね・・・」

 

ライナに手紙を読んでもらい、ワクワクしながらカンタとチコが耳を傾けます。

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

「すっげー! ヤーベすっげーよ! 王女様と結婚するんだ! ヤーベ王様にでもなるのかな?」

「王女様、すごーい!」

 

どうやら手紙はヤーベ殿が王女様と結婚する事になったらしいと書かれていたようです。

 

「それに、王都のお菓子大会にも参加するんだろ? 今度会った時にその大会で作る予定の超ウマイお菓子くれるって! 早くヤーベに会いてーよ!」

「チコもお菓子食べたい!」

 

さらに、王都で開かれるスイーツ大会に参加する事も書かれていたようです。

甘いお菓子をヤーベが食べさせてくれると聞いて、カンタもチコも飛び上がって大喜びです。

 

「それもこれも、ちゃんとカンタやチコがお掃除やお片づけをしっかり手伝って、お勉強もたくさん頑張らないとご褒美はもらえませんからね」

 

手紙には書いていませんが、子供たちを甘やかさない様にライナがしっかりと注意します。

 

「「は――――い!!」」

 

今日も元気に子供たちの大きな声が聞こえます。

 

ここは辺境、最果てのカソの村。

 

ですが、ここには今、たくさんの希望が溢れています。誰もが辛く、ひもじい思いをしていた、昔の姿はもうありません。今は溢れんばかりの笑顔が、笑い声が絶えることなく続いているのです。

 

そしてカンタとチコがヤーベのおいしいスイーツを食べるのは

もう少し先のお話―――――

 




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投稿200話達成記念 リーナの成長日記その① リーナ、クッキー作りに挑戦する

投稿を初めてついに200回を迎えることが出来ました。(本編+閑話合計)
これもひとえに皆様にお読みいただいているおかげです!
折角の記念ですので今回はある一人の女の子に焦点を当ててみたいと思います。


これは、王都に魔物が襲来し、ヤーベが奥さん達とその迎撃に出た日のお話――――

 

 

「ふみゅう~~~ふみゅう~~~ふみゅう~~~」

 

パタパタパタ

 

「ふみゅ?」

 

あれれ? ご主人しゃまに抱きついてオネムネムしていたのに、手で探ってもいつの間にかご主人しゃまの感触が無いでしゅ・・・?

 

パタパタパタ

 

目を瞑ったまま、お布団の中をゴロゴロしてご主人しゃまをさがしますが、どこにもいないでしゅ。

 

「ふみゅ~~~」

 

まだ少し眠いですが、ご主人しゃまがいないととても悲しいので目を開けましゅ。

 

パチパチパチ。

 

目をパチパチして周りをよく見ましゅ。

ご主人しゃまのお部屋でしゅ。昨日もこっそりご主人しゃまのお布団に潜り込んだでしゅ。

寝る前は奥しゃまたちと一緒にご主人しゃまの触手で暴れていたでしゅ。

なんとなく大変だったでしゅ。

 

リーナは慌ててお布団から出ましゅ。

ご主人しゃまにおパンツを穿いて寝なしゃいと怒られたので、いつもイリーナお姉しゃんに寝る前に新しいおパンツをもらうでしゅ。だから万全なのでしゅ。

 

早速ご主人しゃまを探しに行きましゅ。

きっと奥しゃま達の誰かのお部屋に行っているでしゅ。

昨日の触手だけでは足りなかったのかもしれないでしゅ。

 

まずはイリーナお姉しゃんのお部屋に行くでしゅ・・・。

 

 

あれれ?あれれ?

 

 

イリーナお姉しゃんもルシーナお姉しゃんもサリーナお姉しゃんも、フィレオンティーナお姉しゃんもいないでしゅ・・・。

 

ご主人しゃまもお姉しゃん達も誰もいないでしゅ・・・。

 

もしかして・・・もしかして。リーナを置いてみんなでどこかへ行ってしまったでしゅか?

もうリーナはいらない子でしゅか?

 

「ふえ・・・ふえええええ~~~~~」

 

廊下で泣いてしまいましゅた。泣く子はきっとご主人しゃまに嫌われてしまうでしゅ。でもご主人しゃまに会えないと思うと、勝手に涙しゃんが目から出て来てしまうでしゅ・・・。

 

「あらあら、リーナちゃんどうしたの?」

 

誰かがリーナに声を掛けてくれたでしゅ。

 

「あ、メーリングお姉しゃん!」

 

メーリングお姉しゃんはご主人しゃまがお世話(しぇわ)になっていましゅコルーナ辺境伯家のメイド長という、とっても偉い人なのでしゅ!

たまにこっそりご主人しゃまにナイショでリーナにクッキーをくれるとっても優しい人なのでしゅ!

 

目をゴシゴシと擦って涙を拭いて、朝の挨拶をしなくちゃいけないでしゅ!

 

「おはようごじゃいましゅ!」

 

ぺこりと頭を下げましゅ。

 

「はい、おはようございます。リーナちゃんはちゃんと朝の挨拶が出来てえらいですね~」

 

そう言ってリーナの頭を撫でてくれましゅ。えへへ。

 

「それで、どうしたの? 廊下で泣いてたみたいだけど?」

 

はうっ! そうでしゅた。 リーナは・・・リーナは・・・ご主人しゃまに捨てられてしまったでしゅ・・・

 

「ふえ・・・ふえええええ~~~~~」

 

また勝手に涙しゃんが目から出てしまいましゅ。ご主人しゃまに会えなくなると思うと全然止まってくれないでしゅ。

 

「あらあら、どうしたのリーナちゃん?」

 

そう言ってメーリングお姉しゃんはリーナをぎゅっと抱きしめてくれたでしゅ。とっても温かくて安心するでしゅ。

 

「朝起きたら、ご主人しゃまもお姉しゃまたちも誰もいなくなってたでしゅ・・・。きっとリーナがお寝坊したから、もうリーナはいらない子で置いていかれたでしゅ・・・捨てられたでしゅ・・・」

 

メーリングお姉しゃんにぎゅっとされながら、メソメソしてしまうでしゅ。

しっかりしなきゃと思うけど、ご主人しゃまがいないと悲しくて元気が出ないでしゅ。

 

「何言ってるの。大丈夫よリーナちゃん。ヤーベ様がリーナちゃんを置いてどこかへ行っちゃうなんてあるわけないじゃない」

 

「ふみゅ?」

 

「ヤーベ様はリーナちゃんがだーい好きなんだから」

 

「ふおっ! 本当でしゅか!?」

 

「本当本当、ヤーベ様はリーナちゃんの事をとっても大事にしてるのよ? 今日もリーナちゃんが気持ちよさそうに寝てたから、ヤーベ様はリーナちゃんを起こさない様にそっと起きてお仕事に出かけたのよ?」

 

「ご主人しゃまが・・・リーナの事を大切

たいしぇつ

に・・・」

 

「そうそう、それにヤーベ様や奥様方もきっとすぐに帰って来るわよ。だから、お姉さんと一緒にクッキーを作って待ってようか?」

 

「ふおおっ! クッキーでしゅか! 頑張って作ってご主人しゃまにプレゼントするでしゅ!」

 

ふんすっと力を入れるでしゅ!

涙しゃんを目から出している場合じゃないでしゅ!

ご主人しゃまのためにおいしいクッキーを作るでしゅ!

 

早速メーリングお姉しゃんと手をつないで調理場へお出かけでしゅ!

 

 

 

 

「そうそう、クッキーの生地は作ってあるから、コレをコネコネしてね」

 

「はいなのでしゅ!」

 

おっきなボールの中にクッキーの生地が入っているでしゅ。これをクッキーのカタチにする前にコネコネするでしゅ。

 

「えいっ!」

 

びちょっ!

 

「ふみゅう・・・かかってしまったでしゅ」

 

「あらあら、リーナちゃん力を入れ過ぎよ?」

 

「ついついご主人しゃまのためにと思うと力が入ってしまうでしゅ」

 

「なら、ヤーベ様のお手手を優しく握るつもりで生地を捏ねてみたら?」

 

「ご主人しゃまのおてて・・・ぎゅって強く握ったら痛いかもしれないでしゅ。優しくそおっと握るでしゅ・・・コネコネ・・・」

 

ゆっくりコネコネしていくでしゅ。

 

「出来たでしゅ!」

 

「すごいね!完璧だよ! じゃあ、この型抜きでクッキーの形を作ろうか?」

 

見ると、いろいろな型があるでしゅ。

 

「真ん丸でしゅ・・・お星しゃまでしゅ・・・お花でしゅ・・・あ、ハートでしゅ!可愛いでしゅ! ハートを作るでしゅ! ハートのクッキーを作ってご主人しゃまにプレゼントでしゅ!」

 

「きっとヤーベ様も喜んでくれるよ?」

 

「頑張って作るでしゅ!」

 

コネコネした生地をメーリングお姉しゃんと一緒に丸い棒で伸ばして平たくしていくでしゅ。平たくした生地に型を押し付けて生地をくり抜くと、クッキーの生地が型の形になるでしゅ! ハートを一杯作ってご主人しゃまにプレゼントするでしゅ!

 

「いっぱいハートが出来たでしゅ!」

 

「頑張ったね、リーナちゃん。じゃあ早速焼いてみようか?」

 

「ハイなのでしゅ!」

 

 

 

「魔道オーブンを使って焼くのよ? トレイに綺麗に並べてね」

 

「頑張って並べるでしゅ!」

 

トレイに一枚一枚並べていくでしゅ。ご主人しゃまのためにハートを一杯作ったでしゅ。おいしく焼けるといいでしゅ。

 

「あら? 魔道オーブンの魔石が切れてるわね。予備はどこかしら?」

 

メーリングお姉しゃんが何かを探していましゅ。どうしたでしゅか?

 

「魔石に蓄えられた魔力が空になっているから、魔道オーブンが温かくならないの。新しい、魔石を探してくるから、ちょっと待っててね」

 

魔力・・・でしゅか? 確かご主人しゃまがリーナには魔力があるって言っていたでしゅ!

 

「リーナには魔力があるってご主人しゃまに言ってもらったでしゅ。クッキーをご主人しゃまにプレゼントするためにも、リーナが魔力を注ぐでしゅ」

 

ペトッと魔道コンロの魔石に手を置いてみるでしゅ。

 

「リーナちゃん、だいじょうぶぅぅぅぅ!」

 

ゴッ!!

 

なんだかすごい力が湧いた気がするでしゅ。

 

ボンッ!? 

 

「ふええっ!?」

 

魔道オーブンが爆発したでしゅ・・・。

 

「大丈夫!? リーナちゃん怪我はない!?」

 

メーリングお姉しゃんがリーナを心配してくれましゅ。

 

「大丈夫じゃないでしゅ・・・ご主人しゃまのために作ったクッキーがバラバラになってしまったでしゅ・・・グスッ」

 

たくさん作ったハートは・・・バラバラでしゅ。クッキーもかなり焦げてしまったでしゅ・・・。

 

「リーナちゃんの体が大丈夫なら、ヤーベ様も怒らないから大丈夫よ? もしリーナちゃんが怪我してたら、きっとお尻ぺんぺんだよ? 心配させて悪い子だーって」

 

ふおおっ!? ご主人しゃまからお尻ぺんぺんされたら・・・リーナは、リーナは・・・。

お尻が真っ赤になって夜寝られなくなるでしゅ!恐ろしいでしゅ・・・。

 

「ほら、ばらばらでも、あんまり焦げてないクッキーもあるよ? 集めて形を見て見よう?」

 

メーリングお姉しゃんがまだ大丈夫なクッキーを拾ってくれるでしゅ。リーナも頑張るでしゅ。

 

 

 

 

「ただいまー」

 

「これはこれは、お帰りなさいませ、ヤーベ様」

 

「やあ、グリードさんお疲れ様」

 

「問題は解決ですかな?」

 

「グリードさんには隠し事は出来ないなぁ」

 

「ところで、リーナ様が留守番をしながらメイドのメーリングにクッキーの作り方を習っておりまして、ヤーベ様に頑張って食べさせるのだと張り切っておりましたよ」

 

「お、そうなんだ。リーナの手作りクッキーか、それは贅沢だなぁ」

 

「ですが、魔道オーブンに魔力を込め過ぎて、オーブンが爆発してクッキーが粉々に・・・」

 

「えっ!? リーナは無事なの?」

 

「もちろんですよ、怪我一つありません。ただ、頑張ってハートの形のクッキーを一杯作ってヤーベ様にプレゼントする、と張り切っておりましたので・・・」

 

「そうか・・・」

 

 

 

「あ、ご主人しゃま・・・」

 

ご主人しゃまが帰って来てくれたでしゅ! ご主人しゃまが帰って来てくれたでしゅ!

よかったでしゅ・・・、あ、また涙しゃんが勝手に出てきたでしゅ。

ご主人しゃまがいなくなって涙しゃんが出て来るのに、ご主人しゃまが戻って来てくれてもまた涙しゃんが出て来るなんて、本当に涙しゃんは勝手でしゅ。

 

「リーナ、お留守番お疲れ様。俺がいない間、しっかりお留守番できてえらいね」

 

そう言ってご主人しゃまがリーナの頭を撫でてくれましゅ。

えへへ、とっても嬉しいはずなのに涙しゃんがどんどん出て来るでしゅ。

 

「リーナは、リーナはご主人しゃまにいっぱい、いっぱい喜んでもらおうと、ハートのクッキーをいっぱい作ったでしゅ。でも、オーブンが爆発してハートのクッキーが粉々になってしまったでしゅ・・・」

 

メーリングお姉しゃんと一緒に頑張ってあまり焦げてないクッキーを集めてトレイに並べてきたでしゅ。う・・・涙しゃんが出て来るのを止められないでしゅ。

 

「リーナはすごいな、こんなにたくさんクッキーを作ったんだね。ほら、ここをこうして・・・こっちをこういう風に置いたら・・・出来たよ、おっきなハートさんだ」

 

ふおおっ!? ご主人しゃまが粉々のクッキーを並べて行くと、おっきなハート型になったでしゅ! そして、クッキーの欠片を一つ食べてくれたでしゅ。

 

「うん、おいしいよリーナ。よく頑張ったね」

 

「う・・・うぇぇぇぇぇぇん!! ご主人しゃまー!ご主人しゃまー!」

 

トレイを放り出してご主人しゃまに抱きついてしまったので、慌ててご主人しゃまがトレイを受け取ってくれたでしゅ。でも、リーナはご主人しゃまに抱きつくという大切な使命があるのでしゅ!

 

「ご主人しゃまー!ご主人しゃまー!」

 

涙しゃんがどんどん出て来るでしゅが、それでもいいでしゅ。リーナはご主人しゃまのそばにいるだけで心がポカポカしてくるでしゅ。

 

「どうしたんだ、リーナ? 今日はやけに泣き虫さんだぞ?」

 

「リーナちゃんは朝起きたらヤーベ様も奥様方も誰もいらっしゃらなかったので、自分が置いていかれて捨てられたのでは、と心配していたのですよ」

 

「ええ? バカだなぁ。俺がリーナを捨てるなんてこと、あるわけないじゃないか。リーナはとってもとっても大事な子なんだぞ? リーナが「もうイヤだー」って言ってもリーナを離してやらないぞ?」

 

ご主人しゃまが、リーナを離さないって言ってくれてるでしゅ。ぎゅうっと抱きしめてくれるでしゅ。

 

「リーナも絶対絶対ご主人しゃまから離れないでしゅ! ずっとずっと一緒でしゅ!」

 

ご主人しゃまをぎゅぎゅっと抱きしめるでしゅ。絶対離さないでしゅ。

今日は朝起きたらご主人しゃまがいなくてとても寂しかったでしゅが、ご主人しゃまが帰って来てくれて、リーナの事大切って言ってくれたでしゅ。離さないって言ってくれたでしゅ。

 

リーナはとってもとっても幸せでしゅ!

 




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第175話 決勝で戦うためのとっておきの調味料を手に入れよう

大変お待たせいたしました。
更新に間が開いてしまい申し訳ございません。
本日からしばらく連続投稿できると思いますのでお付き合いいただければと思います。


予選突破者十名が発表される。

トップ通過のリューナだが、二位通過はあのレストラン『デリャタカー』のオーナーシェフ、ドエリャ・モーケテーガヤーである。前評判が高かったし、なにより腕は確かなようだ。

先ほどの発表時はすごい勢いでこちらを睨んでいた。

 

発表が終わり、カッシーナ王女より、教会サポートのもと、王都の孤児院の子供たちを招待して、予選を戦った参加者たちのお菓子の残りを食べてもらおうという企画の発表があり、子供たちが参加者ブースに案内されてくる。その数百二十名以上。大会の参加者以上にたくさんの子供たちが集まっている。それでも王都全体からすればわずかな人数しか呼べていないだろう。だが、それでもやらないよりやるべきだと俺はカッシーナを説得した。

 

そして魔道マイクを持ったスタッフが子供たちを案内しながら、予選で作ったお菓子を食べさせる。実は参加者はプロの職人が多い。そのため、自分たちのお店を持っていたり、どこかのお店で実際働いている者たちが多いのだ。

 

そこで、予選を突破できなかった者たちも、残りのお菓子を子供たちに食べてもらって、おいしいと喜んでもらう姿を観客に見てもらいながら、魔道マイクでスタッフがインタビューを行い、お店の紹介やお菓子の説明などを参加者に聞いて回ることにしたのだ。

 

まあ、参加者たちのお店の宣伝を兼ねているということだ。腹ペコの子供たちがおいしいおいしいとお菓子を食べる姿を見せられれば、甘いもの好きならば余計に食欲をそそられるだろう。そこへお店とお菓子の情報を流してやることにより、購買意欲を煽るのだ。

少しでも参加者に得になるように、また大会に参加することに前向きになれるような配慮でもある。いろんなイベントごとは皆が幸せになるべきだ・・・が俺の持論でもあるのだ。

 

 

 

 

 

「「「「「カンパ~~~~~イ!!」」」」」

 

ここは喫茶<水晶の庭(クリスタルガーデン)>。

王都スイーツ大会の予選突破をお祝いしてリューナのお店に俺と奥さんズとリーナが集まっていた。予選終了後、屋敷に帰ってきた俺に奥さんズの面々から「あのホットケーキを食べてみたい!」と喧喧囂囂の要請があった。大会終了後にはホットケーキをメニューに出すと宣伝したことだし、材料なんかも大量に仕入れたことだから、練習を兼ねてホットケーキを焼いてもらえるかとリューナにお願いしたところ、ホットケーキだけではなく、予選突破のお祝いもかねて食事会を開きましょうとリューナに逆にお誘いを受ける形になってしまった。

 

お店自体は王都スイーツ大会に参加するため、今日一日を臨時休業にしている。決勝進出が決まってホッとしていることだろう。明後日の決勝はもとより、明日一日も臨時休業で決勝のレシピ考案とスイーツつくりの時間を取るべきでは?と伝えてはみたのだが、リューナちゃんはできれば休みを少なくしてよく来てくれるお客さんのためにお店を営業したい、とのことだった。お店を終わってから夜に決勝レシピのスイーツを練習するつもりなのだ。

睡眠時間を削る以上、体力なども心配だ。俺様特性のブースト薬と魔力活性のツボマッサージを準備しておこう。他意はない。そう、他意はないのである。大事なことだから二度言おう。

 

早速リューナは予選を突破したホットケーキの準備に取り掛かっている。

 

「おいおいリューナ。折角こんなに御馳走を並べてくれたんだ。一緒に食べようじゃないか」

 

「つまみ食いしながら作りましたから、大丈夫です。それより、たくさん食べてくださいね!」

 

その言葉を真に受けているのかどうか、イリーナなどは最初から遠慮がない。

 

「素晴らしくウマイじゃないか! ヤーベはこんなおいしいご飯が食べられるお店を我々に隠していたのか!」

 

貴族の令嬢とは思えぬがっつき具合でモリモリと食べ進めているイリーナ。

 

「ほんとですね!この素晴らしいお店を秘匿しているとは・・・これは奥様会議で懲罰モノですよ?」

 

ルシーナも魚のムニエルのような料理をもきゅもきゅ口に頬張りながら文句を言う。

奥様会議・・・あな恐ろしや。近寄るべきではないだろう。

 

「すっごくおいしいです! パーティの食事もいいですが、私はこういった料理の方が好きですね!」

 

サリーナも鳥料理を口に運び大絶賛だ。やはり貴族の凝ったような料理よりは、素材を生かした家庭料理のようなリューナの味付けの方を好んでいるようだ。

 

「実はわたくし、旦那様と王都で再開した際にこのお店に旦那様と初めて訪れて朝食をご馳走になったんですの。良き思い出ですわ。旦那様とわたくしの初めてのデートはこの<水晶の庭(クリスタルガーデン)>での朝食なのですから」

 

「「「えええ~~~!いいな~~~!」」」

 

イリーナ、ルシーナ、サリーナがそろって声を上げる。

いや、フィレオンティーナよ、あの時はお前の護衛でついてきていた冒険者パーティ<五つ星(ファイブスター)>の連中もいたじゃないか。二人っきりじゃないぞ?

 

「ふおお~~美味でしゅ! 美味なのでしゅ~~~~!!」

 

ナイフとフォークを振りかざして喜んでいるのはリーナだな。

誰だ? 美味とか難しい言葉を教えたのは? 俺か?

 

「お口に合ってよかったです。いっぱい食べてくださいね!」

 

リューナの手料理に大満足の奥さんズ。もちろん俺もだし、実はヒヨコの何匹かはリューナの護衛のためここにおり、ご相伴に預かっているのだ。役得だな、お前ら。

 

 

そして、ご馳走を頂き、人心地着いたところで、まさしく本日の主役が登場する。

 

「ハイ! ヤーベさん直伝のホットケーキですよ~」

 

「「「「「わあああああ~~~~~」」」」」

 

奥さんズとリーナが目を輝かせて食い入るようにホットケーキを見つめる。

 

「さあどうぞ!」

 

「いっただっきま――――す!!」

 

俺の教えた「頂きます」が奥さんズの中でプチブレイク中だ。

リューナが「?」の表情だったので、一応意味を教えておく。

 

奥さんズとリーナは一斉にホットケーキを切り分けてたっぷりバタールと蜂蜜がかかった部分を一口頬張る。

 

「「「「「甘~~~~い! おいし~~~~い!」」」」

 

みんな満面の笑みだ。

 

「ふおおっ! これは神の食べ物でしゅ!きっとご主人しゃまは神様でしゅ!」

 

いや、リーナよ、俺は神様じゃないぞ? ん・・・? 神様、ちょっといいかもしれないな。万が一の時はそれでいくか。決勝でどんな妨害があるかわからんからな。

万一このネタでうまくいったらリーナが殊勲賞だな。

 

 

 

「いや~~~実においしかった!」

 

ぽんぽこぽんに膨れ上がったお腹をさすりながらイリーナがイスでぐったりしている。

食べすぎだっての。

ホットケーキはカロリーなかなかありそうだからな、体重が増えて叫び声をあげても知らないぞ?

 

「それで、ヤーベさん。決勝のレシピはどうしますか?」

 

リューナもテーブルにつき、食後のコーヒーを配ったところで決勝のスイーツのレシピについて相談を始めた。

 

うん、二つはもう決まっている。もう一つも決めた。ただ、最後の一つはリューナには再現できないレシピだ。ただただ、相手を倒し勝つためだけのレシピ。反則と言われても仕方ないレベル。だが、相手が何をしてくるかは不明だ。準備だけはしておこう。

 

「一つは『バニラアイス』だ」

 

「バニラアイス、ですか・・・?」

 

「うん、この名前を使うかどうかはわからない。試作したものがあるから食べてみて」

 

そう言って俺は事前に試作したバニラアイスモドキを皿に乗せて配っていく。

この魔導冷蔵庫も決勝の舞台に持って行かないとな。

 

「冷たくておいしい!」

「不思議な触感です!」

 

初めて食べるバニラアイスは概ね好評のようだが・・・。

 

「とても素敵なスイーツだとは思いますが・・・」

 

フィレオンティーナは少し不満があるようだ。やっぱり。

 

「そうですね・・・冷たくておいしいですが、コクが足りないといいますか、食べ応えが薄いといいますか・・・」

 

リューナも少し首をかしげる。

 

そうなんだ、牛乳や生クリームが見つからないから、似たような代役の品で試してみたのだ。砂糖だけは品質のいいものがたくさんあるしな。

だが、圧倒的にコクが足らない。どっしりとした濃厚な味が出ないのだ。

これは代役の品が植物性のさらさらしたような材料だったからだろうとは検討をつけている。だが、栄養たっぷりの乳牛のお乳のような牛乳から作る生クリームなど今から探しても難しいだろう。

 

それに、アイスに変化球的なタレを考えていた。

思い出したのは地球時代、テレビで見たアイスに醤油をかけて食べていた光景だ。

醤油のしょっぱさがアクセントになること間違いなしなのだが、なにせ米や醤油のような日本食に巡り合っていない。

 

「・・・あれ?」

 

どこかで、何かが引っ掛かる。脳内の記憶に何かが引っ掛かっている。

 

「ああ~~~~~!!」

 

俺は大声をあげてイスから立ち上がった。

 

「ど、どうしたヤーベ?」

 

びっくりして俺を見るイリーナ。他のみんなも俺を見ている。

 

「あったよ! 醤油が! イリーナと一緒に食べたんだ!」

 

「え?え?え? 何の話だ?」

 

「何を一緒に召しあがったんですの?」

 

フィレオンティーナが興味深そうに聞いてくる。

 

「チャーハンだ! 城塞都市フェルベーンの大通りにあった小さな食堂! 親父さんが一人で切り盛りしてた小さな店だったが、食べたのは紛れもない、チャーハンだ! お米と醤油を使っていたじゃないか!」

 

「ああ。ヤーベと私がフェルベーンの街中を逃げ回っているときにお腹がすいたので立ち寄ったお店だったな。確かにあれはうまかったな! 醤油?というのか? あの香ばしい香りは何やらお腹が空いてくるような感じだったぞ」

 

イリーナも思い出すように感想を述べる。というか、頭の中で思い出していそうだな。

 

「よし!明日の朝一番で城塞都市フェルベーンに行ってくる! リューナちゃんはもう一品のレシピの内、重要な工程を教えるから、お店の合間で練習しておいて」

 

俺は力強く宣言する。

 

「は、はいっ!」

 

決勝戦二品目の練習と聞いてリューナも気合が入る。

 

「ですが、いいのですか? 決勝戦前日ですので、もしかしたらリューナちゃんやお店に敵が何か妨害を仕掛けてくる可能性も・・・」

 

フィレオンティーナが心配する。

 

「そうなんだよな。一応ヒヨコたちの護衛に、店の周りはローガの部下に何匹か見張らせるよ。だけどお店の中はなぁ・・・」

 

「わたくし、明日一日で良ければウェイトレスとして働きましょうか?」

 

フィレオンティーナがまさかのウェイトレス役を進言してくる。

 

「マジか!? それならとてつもなく安心できるが・・・いいのか?」

 

「もちろんですわ!旦那様のご心配を取り除くのがわたくしの役目ですから」

 

にっこりと笑うフィレオンティーナ。女神か。

 

「あ、リューナさん、お昼の営業の後のまかないはホットケーキ5段重ねでお願い致しますわ!」

 

まかない狙いかよっ!

 




今後とも「まさスラ」応援よろしくお願いします!


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第176話 喫茶クリスタルガーデンを切り盛りしよう

いつも誤字脱字指摘ありがとうございます。大変助かっております。
また、ご感想をいただき大変うれしく思います。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。


「今日はきっとお客様がたくさん来ますわよ! 一日頑張りましょう!」

 

フィレオンティーナが何故かメイド姿で元気よく気合を入れる。

 

「「「「おー(でしゅ)!!」」」」

 

イリーナ、ルシーナ、サリーナ、そしてリーナまでもが気合を入れて返事をする。

 

「え?え?え~~~~?」

 

リューナは目を白黒させる。

 

(どうなってるの?)

 

前日夜、予選突破をお祝いする食事会で、まかないにホットケーキ五段重ねを要求しながらお店を手伝ってくれると言ってくれたフィレオンティーナさん。

でも、なぜか翌日朝になったら、その他の人たちも勢揃いしていた。

ちっちゃなリーナちゃんまで。

 

ヤーベさんは朝から城塞都市フェルベーンへ貴重な調味料を手に入れるために出かけているみたい。私の王都スイーツ大会に参加したいって我儘を聞いてくれて、本当に申し訳なくなる。でも、力を貸してもらっている以上、私も全力で頑張らなくっちゃ!

 

「リューナさん。きっと今日はとんでもなくお客さんが来ると思いますから、ホットケーキ死ぬほど焼く準備をしましょうね」

 

そう言って魔道ホットプレートをもう一台取り出すフィレオンティーナさん。

 

え? もう一台?

 

「最初、リューナさんが数枚焼いたら、イリーナとルシーナが後はずっとホットプレートでホットケーキ焼くから。リューナさんはおいしいコーヒーと紅茶の準備をよろしくね!」

 

「え?え?」

 

「ホットケーキはドリンクセットメニューだから。あの二人は朝一からホットケーキを焼く練習してきたから。コルーナ辺境伯家の皆さんにたくさん振る舞ってきて大喜びされてるから、腕前は大丈夫だよ」

 

「あ、はい」

 

返事をして、コーヒーの準備をします。紅茶の茶葉を確認して、コーヒー豆を挽く準備もして・・・。

 

見ればフィレオンティーナさんが陶器の細長い筒のような物を取り出しています。

 

「フィレオンティーナさん。それ、なんですか?」

 

「これですか? 後で説明しますわ」

 

出番まで内緒みたいです。

 

「本日のサンドイッチ、というメニューでサンドイッチの材料を用意してもらえます?一人前で三切くらいでしょうか。この木皿に乗るくらいで大丈夫ですわ」

 

見れば、簡素に削った木製のお皿みたいです。お皿の様ですがそれほど丁寧に作られている物ではなさそうですが。

 

「リーナちゃんは私と一緒にホットケーキを運ぶお仕事だよ?大丈夫?」

 

「ドーンと任せてくださいでしゅ! リーナは頑張るでしゅ!」

 

メイド服を着込んでエッヘンと胸を張るリーナ。

 

「わ~~~、相当気合が入ってるよ?」

 

サリーナちゃんが外を見ながら声を上げます。リーナちゃんの気合じゃないの?

 

「わっ、もう凄くたくさんの人が並んでるよ?」

 

サリーナちゃんの横に並んで外を見るルシーナちゃんも驚いています。

 

「ええっ!?」

 

私は慌ててお店の窓からそっと外を覗きます。

 

「ひええっ!?」

 

人が・・・人が・・・ずっと並んでいます・・・果てしなく。

 

「明らかに昨日の予選会トップ通過の影響でしょうね・・・。お店営業予定だし」

 

これ・・・みんなホットケーキを食べに来ているの!?

 

「値段設定ですが、ホットケーキ2段重ね、ドリンクにコーヒーか紅茶のどちらかを選んでもらって銀貨一枚です」

 

「高っ!? いいんですか!?」

 

フィレオンティーナの説明にオーナーであるリューナの方が驚く。

 

「貴重な甘味ですからね。さらに、オプションで蜂蜜希望の方は追加で銀貨一枚です。この器で」

 

「小っちゃ!?」

 

フィレオンティーナさんの持っている陶器の小さな壺。タラーッてかけたら、終わり。

 

「旦那様のお話ですと、蜂蜜はまだ特別な物で超貴重なのです。これだけで、銀貨一枚でも安いくらいみたいですわ。しかも、限定数が決められています。一日当たり限定数に達したら本日分は売り切れとして終了になりますわ」

 

「ひえ~」

 

自分のお店の事なのに、何かどこか遠くの事みたい。

そんな特別な材料を扱うなんて・・・。

 

「でも、そんなにホットケーキばかりだと、ランチ営業やコーヒーを楽しみにしている常連さんがお店に入れなくなっちゃうかもしれませんね」

 

ちょっとだけ悲しくなります。たくさんお客さんが来てくれるのに、なんだか贅沢な悩みですね。

 

「もちろん、旦那様は言っていましたわ。一番大事なお客様はいつもこのお店を大事にして通ってくれる常連さんだって。だから、今日のサンドイッチというお土産メニューとあの筒を用意してくださったのですわ」

 

「あの筒・・・どうするんですか?」

 

「コーヒーのお持ち帰りです」

 

「ええ――――!?」

 

「あの筒でコーヒー三杯分が入ります。陶器の入れ物入りで銀貨二枚。次回お持ち帰りコーヒーを注文する時に筒を洗って持って来て下されば、銀貨一枚でOKですわ」

 

「ああ、銀貨二枚はコーヒーを入れる陶器の筒の代金も入っているんですね!」

 

すごい!とっても素敵なアイデアです!これならお店に入れない常連さんにもいつものコーヒーを飲んでもらえます!

 

「さ、そろそろお店開店ですわよ!頑張りましょう!」

 

「「「「「お――――(でしゅ)!!」」」」」

 

 

 

 

「いらっしゃいませー!」

 

「奥のお席へどうぞ!」

 

「ご注文はホットケーキドリンクセットでよろしいでしょうか?」

 

「蜂蜜トッピングはお付けいたしますか?」

 

「ホットケーキお待たせしましたでしゅ!」

 

次から次へとお客さんが入ってきます。

 

「ひえ~~~~、焼いても焼いても・・・」

 

魔道ホットプレートでホットケーキを焼いているルシーナちゃんから悲鳴が上がっています。ルシーナちゃんファイト!

・・・イリーナちゃんは目が回っているようです。倒れないで!

 

「ねーねー、お姉さんすごい美人だけど、今日からここで働いてるの?」

 

「ありがとうございます。実は今日だけの助っ人なんです。お兄さんはとってもラッキーですね。今日しかいない私に会えるなんて!」

 

フィレオンティーナさん・・・接客がうますぎます。もう虜になってるファンの男の人が何人も出ています。今日だけなんて・・・たまにはアルバイトで助っ人に来てくれないかしら。

 

 

 

「これはどういうことだ! 貴族であるワシも並べだと!」

 

表が騒がしいです。どうやら何か揉めているようです。

 

「あら、どうなさいまして?」

 

メイド姿のままフィレオンティーナさんがお店の外に出て行ってくれました。

 

「貴様!貴族であるワシが食べてやろうと言っているのだ!こんな平民と同じく並べなどと、馬鹿にしておるのか!」

 

「馬車で乗り付けようと、例え王様であろうと、お店で食事をなされたい方はお並び頂きますわ」

 

「貴様!不敬罪だぞ!覚悟は出来ているだろうな!」

 

ああ、貴族様がすごく怒っています。フィレオンティーナさん大丈夫でしょうか・・・。

 

「不敬罪ですか・・・ちなみに貴方、どちら様?」

 

「キ、貴様!ワシを知らんのか! ボブスナー男爵である!」

 

「・・・うーん? 聞いたことないですわね・・・、貴方、先日の謁見の間にいましたかしら?」

 

「なんだとっ! ・・・え? 謁見の間?」

 

ボブスナー男爵と名乗った貴族の人は目が点になっています。

 

その後ろにも馬車が何台もやってきました。

 

「貴族の我々も並べと言うか!不敬な連中だ!」

「平民と同じ扱いだと!ふざけるな!」

 

次々と貴族の人たちがフィレオンティーナさんに文句をつけています。

 

「これは何の騒ぎか?」

 

さらに後ろから来たのは、貴族の中でももっと偉そうな感じの人です。

 

「おお、これはコルゼア子爵殿!大変ご無沙汰しております」

「いやいや、コルゼア子爵ご健勝そうでなによりです」

「この平民が我ら貴族を平民と同じく並べなどと申しておりまして、貴族の何たるかと教えてやらねばと・・・」

 

「あら、コルゼア子爵様ではありませんか。一昨日ぶりですわね」

 

「おお、フィレオンティーナ男爵ではありませんか。どうしてそのような格好を?」

 

男爵!? コルゼア子爵はフィレオンティーナと呼んだ女の事を男爵と言った。周りの貴族は一体どういうことなのかすぐには理解できなかった。

 

「旦那様・・・ヤーベ・フォン・スライム伯爵が肝入りで肩入れしているのがこの喫茶<水晶の庭

クリスタルガーデン

>なのですわ。店主もよい腕をしていて、昨日の王都スイーツ大会では見事トップで予選を通過いたしましたわ」

 

「おお、その予選とトップで通過したというホットケーキなる物を食べてみたくて足を運ばせてもらったのですよ。ああ、それで王都住民が押し寄せていると言うわけですな」

 

コルゼア子爵様が長蛇の列を成す人びとを眺めます。

 

「そうなのです。もしホットケーキをご所望であれば、従者さん二人にお並び頂いて、お店に入れる少し前に一人が子爵様をお呼びにお戻りになる方法がよろしいかと。子爵様に限らず、貴族の方々は王国に住む民を守るためにお忙しい身でしょうから」

 

強烈な嫌味を含めてお店に入る方法を提案するフィレオンティーナさん。凄すぎます。

 

コルゼア子爵様は周りを見回してから、フィレオンティーナさんが何を言いたかったのか理解したみたいです。

 

「はっはっは、まさにフィレオンティーナ男爵のおっしゃる通りですな! そのようにさせて頂きましょう。お前達、悪いが早速並んでくれるか。お店に入れそうになったら呼びに戻って来てくれ」

 

「ははっ!」

 

フィレオンティーナさんの言うとおりにするコルゼア子爵様をポカーンと見る他の貴族たち。

 

「時にコルゼア子爵様。わたくし、どちらかと言えば人の顔を覚えるのは得意な方なのですが、この貴族を名乗るこの方たちは謁見の間で見覚えが無いのですが?」

 

コルゼア子爵様がジロリと周りを睨みます。

 

「この者達は騎士爵という貴族としては一番下の部類になります。まあ男爵もいるようですが、一部の男爵は騎士爵と同じ扱いの者もおりますので、謁見の場には呼ばれないのですよ。フィレオンティーナ男爵が叙爵された際に謁見の間にいなかったとしてもおかしくはないのです。逆に言えば、フィレオンティーナ男爵が見覚えのない貴族は、すべからくフィレオンティーナ男爵より身分が下の者と思ってもらって間違いないですな」

 

そう言って豪快に笑うコルゼア子爵様。フィレオンティーナさんって、貴族の中でも王様に呼んでもらえるくらいすごい人だったんだ・・・。

 

「そうなのですか、それで納得できました。それから我が主人のヤーベがまた屋敷のお披露目で食事会を開くことになるかと思います。その際にはホットケーキをデザートにご用意するように伝えておきますわ」

 

「おお、その時にもいただけるのですな。実に楽しみな事です。ですが、それまで待てそうにもありませんので、また後で順番が来たら参上する事に致しますぞ、それでは」

 

「ええ、お待ちいたしております」

 

優雅にフィレオンティーナさんがお辞儀をします。

 

「それで? 貴方がたはどうなさるおつもりで?」

 

わっ、フィレオンティーナさんが睨みを効かせてる~。

 

「わ、我々も従者を並ばせることにしようか」

「お、そうであるな、早速並ばせることにしよう」

 

あ、貴族さんたちがわらわらと散っていきます。

 

またもフィレオンティーナさんが八面六臂の活躍です・・・もうフィレオンティーナさんに足を向けて眠れません。というか、フィレオンティーナさん男爵様で、伯爵様の奥さんなんですね・・・私、そんな人にバイトに来てくれないかな~なんて思ってました。不敬罪だけは勘弁してください・・・。

 

 

 

「お店でホットケーキを召し上がりたい方はお並びくださーい。コーヒーとサンドイッチはお持ち帰り注文できまーす!お持ち帰りの方は並ばずにこちらでお買い求めください」

 

ああ、またもフィレオンティーナさんが大活躍です。

常連さんたちにコーヒーが飲めるように配慮してくれるみたいです。

 

「おお、コーヒーだけなら並ばなくていいの?」

 

「はい、コーヒーを専用の容器でお持ち帰りできますよ」

 

「やった、リューナちゃんのコーヒー飲める!」

 

5~6人の人がお持ち帰り受付に来る。

 

「あ、いつも来て下さるサンディさん、ジムさん、トムおじさんも!」

 

「リューナちゃん決勝進出おめでとう!」

「コーヒーお持ち帰りはファンとしてはありがたいよ」

「お店でゆっくり飲めないのは残念だけどね」

 

そう言いながらもコーヒーのお持ち帰り容器ごと買ってくれる。ホントにありがたいお客様たちです。

 

「サンドイッチもお持ち帰りできますよ?」

 

「おお、それはありがたい!」

 

あ、その木皿ごと渡しちゃうんですね。だから、木のお皿も安い物を大量に用意したんですね。ヤーベさん、本当にアイデアマンです!

 

 

 

 

 

「テメエらドケドケ!」

「俺たちが先に入るんだよ!」

 

・・・またトラブルでしょうか?

 

フィレオンティーナさんが外を覗きに行こうとしたのですが、

 

「わふっ!(ちゃんと並ばないとブッ殺すぞ!)」

「わふっ!(そのドタマ齧られたくなければ大人しく並べ!)」

 

見れば狼牙族が数匹、暴れていたと思われる男たちを咥えて列の後ろに運んでいます・・・頼もしいです。

その後も、お店の入口に二匹ほどビシッとお座りしています・・・あ、扉開けてくれるんだ。賢い・・・。

 

そんなこんなで、時間はもう午後三時過ぎ。

最後のお客様を送り出してお昼の営業を終了する。

 

「終わった~~~~」

 

イリーナさんが床に突っ伏しています。

ルシーナさんもサリーナさんもぐったり。

 

「ふみゅ~」

 

リーナちゃんはテーブルに頭を乗せて寝ています。

 

「どうでした?今日の営業は」

 

フィレオンティーナさんが笑顔で話しかけてきます。この人、本当にタフな人だ・・・。

 

「信じられないくらいのお客さんが来ましたね・・・」

 

「きっと、売り上げも信じられないくらいありますよ?」

 

あ、そうだ!売り上げ・・・とんでもないくらいの金額になってます。

 

「明日の決勝に勝って優勝したら、もっとすごいことになるかもね」

 

「うわ~~~、優勝したくないかも!」

 

私はフィレオンティーナさんと一緒に笑います。

 

「それはそうと、早速まかないをお願い致しますわ! わたくし、五段重ねでお願い致しますわ!」

 

フィレオンティーナさん、ブレないですね~。

 




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第177話 チート能力による調味料を手に入れよう

高速飛翔(フライハイ)>で夜明けと共に大空へ飛び出す。

どうして今まで気がつかなかったのか。

米に醤油。完璧な布陣じゃないか。

 

 

 

城塞都市フェルベーンにやって来た。

あの時の店、名前すら覚えていないが、あのうまいチャーハンの味だけは忘れない。

 

「店の名が、『ハラが減ったらココに来い』。ウン、何やってんだあの親父は」

 

もしかして、もしかするのか?

 

朝一から飛んできたため、まだ営業前だ。朝だからな。

でも、乗り込んじゃおう。

 

「親父さん、いるか?」

 

ガラガラガラ。

 

あ、開いた。鍵かかってなかったよ。

 

「うおっ、なんだ? まだ開店前だぞ・・・朝だし」

 

おお、この前チャーハンを作っていたガタイのいい親父さんだ。

 

「・・・って!何食べてんのよ!朝から!」

 

「朝からって、朝だから朝食だろうよ」

 

「朝食って・・・つやっつやに立った銀シャリぢゃねーか!! それに、ナニコレ!? 焼き魚!? どーいうこと!? 魚初めて見ましたけど!? お隣様はなんとまあ、お味噌汁様ではござーませんかぁぁぁ!!」

 

俺はあまりの衝撃に完璧なブリッジを決めてしまった。

 

「和食・ザ・パーフェクト!」

 

「おお、アンタ、和食を知ってんのかい」

 

いや、親父さんよ、なぜそんなに落ち着いていられる!

 

「魚どうしたんだ? 海ないだろ?」

 

「こいつは川魚だよ。魚の名前は知らんがな」

 

「てか、親父さん、転生者だろ? 名前教えて貰ってもいいか?」

 

「転生者・・・って、ああ、あれか、何かすごい別嬪さんに『貴方はお亡くなりになりました。これから別の世界で新しい人生を謳歌してください』って言われたんだよ」

 

「ええ! マジで!? とりあえず女神だったんだ、この世界」

 

「で、俺は吉田泰三(よしだたいぞう)ってんだがよ、その別嬪さんから、『新しい人生はどのように生きて行きたいですか?』って聞かれたんだよ」

 

「ほう!それで?」

 

「俺は料理人だったから、料理しか作る事しか能がねぇって言ってやったんだ。そしたらその別嬪さんが『チート能力を差し上げます』って言ってたな」

 

「ぐおおっ! チート羨ましいっ! こんなオッサンでも貰ってるのに! なぜ俺にはチートくれなかったんだぁぁぁぁ! てか、俺にはチートどころか、姿も見せてねぇぇぇぇ!!」

 

俺は慟哭にむせび泣く。女神は俺に何か恨みでもあるのか!?

 

「いや、こんなオッサンってえらい言われようだが・・・」

 

「ああ、オッサン。俺は矢部裕樹だ。俺も地球時代、日本に住んでいたんだ。ちなみに俺はその別嬪さんにも会ってないし、チート能力ももらえなかったんでね・・・」

 

「そうなのか、にーちゃん苦労してんだな」

 

「オッサンはずいぶん年な気がするが、この異世界に来て長いのか?」

 

「うーん、約半年くらいかな?」

 

「え!?」

 

おかしくね? もういい年のオッサンなんだけど?

 

「お亡くなりになりました、で新しい人生がオッサンスタートなのか?」

 

「・・・言われてみれば、確かにもっと若返った方が得な気がするな」

 

「いや、得とかそういう問題か? それ転生じゃなくて、そのままこの世界に召喚されたって感じなのか?」

 

「うーむ、だが、あの別嬪さんは確かに『貴方はお亡くなりになりました。新たな人生を異世界で』って言ってたけどな」

 

うーん、そのまま死んだ時の年齢で転生って・・・全然得してない気がするが・・・。

 

「何、気づいたらオッサンの体でどこにいたの?」

 

「この店の中だ」

 

「ここ!? この店の中に居たの?」

 

「ああ、俺が料理人で料理しか出来ねぇって言ったから、店をくれたんだとばっかり思って、ここで食堂をやってるんだけど」

 

「じゃあもしかして無許可営業!?」

 

「あ、やっぱり許可とかいるのか?」

 

「いや、俺もよく知らんけど、商業ギルドとかはあるな」

 

「まずいかな?」

 

「ここの領主には顔が利くから、何とかしてもらうよ」

 

「マジか! そいつはありがたいな」

 

オッサンがやっと笑顔を見せる。

 

「で、チート能力もらったって言ってなかった? 良ければ教えてくれない?」

 

「いくつかあるが・・・」

 

うおっ!複数のチート持ちかよ・・・やっぱりうらやましぃぃぃ!!

 

「一番ありがたいのは、米俵(こめだわら)ってスキルだな。今はレベル3になってるぞ」

 

「うおっ!スキルにレベルがあるんだ!って・・・米俵?」

 

「そう、米俵。一週間に一回のペースで出せるんだ。今レベル3になったんだが、米俵三俵出るぞ」

 

「すげ―――――!! 米が出せるのか! タイゾーのオッサン! 俺にも米売ってくれ!」

 

「そりゃいいけど」

 

「他には?他には何かあるのか?」

 

「調味料ってスキルもあるな。こっちもレベル3だ。今のところ、レベル1で醤油、レベル2で味噌、レベル3で昆布出汁だったな」

 

「アンタ神か!」

 

「いや、神じゃねーよ」

 

「調味料ガンガン売ってくれ。金ならある!御大臣アタックで買い込むぞ!」

 

「なんだ、こっちの世界で成功してるのか?」

 

「成功してるかどうかわからんが、魔獣を狩って金に換えてるから、そこそこ稼ぎは良いはずなんだ。後、昨日この王国の伯爵に叙された」

 

「ええっ! それすげーことじゃねえのか?」

 

「貴族なんてメンドクサイだけだよ。そういやオッサン甘い物好きか? 明日知り合いの女の子と王都スイーツ決定戦の決勝戦に出るんだ。よかったら今度スイーツ持ってこようか?」

 

「そりゃありがたいな。ここで店やっているのと食材調達に出かけるくらいしかやることないから」

 

「とりあえず、調味料全て売ってくれ。それからオッサン、ラノベとか異世界モノの小説とか好きか?」

 

「ラノベ・・・? なんじゃそれ? 異世界モノの小説とか、全く知らんな。何せ俺は料理人だったからな」

 

いや、料理人だからってことは無いと思うが。多分完全な職人気質の人だったんだろうな。

 

「そのチート能力、使えば使う程レベルが上がると思うから。米でも調味料でも使い切れない分は全て俺が買い取るから、とにかく日々全力全開で出してくれ。レベルが上がれば、よりたくさんの量を出せる様になったり、調味料の種類が増えたりすると思うから」

 

「なるほど、レベルとはそういったものなのか」

 

「調味料はどれだけ出せるんだ?」

 

「そこの樽に満タンくらいだな。醤油でも味噌でも一緒だ」

 

「マジか! タイゾーのオッサンは神か!」

 

「いや、神じゃねーし」

 

「とりあえず醤油が欲しくて来たんだけど、あるだけ買い占めて行くから」

 

「そりゃいいけどな。で、お前さんもこっちへ来たのはいつなんだ?」

 

「あまり詳しくはわからないが・・・俺も半年くらいか?」

 

「なんだ、同じようなタイミングなのか? じゃあ巨人が優勝したかわかんねーか」

 

「あ~、俺あんまり野球見て無かったからなぁ」

 

「そりゃ残念」

 

そう言って親父さんは奥から木で出来た大き目のジョッキを持ってきた。食堂で見たことあるな、エールとか酒を飲むためのジョッキだ。

カウンターの裏にある樽の下側にあるコルクを抜くと、白い液体が注がれる。

 

「え・・・? 何それ?」

 

「これか? まあ、牛乳・・・かな?」

 

「マジか!!」

 

「うわっ!」

 

俺は思わずカウンターを飛び越えてタイゾーのオッサンがジョッキに注いだ白い液体を見る。

 

「これ、マジで牛乳なのか!?」

 

「まあ、そんなようなモンかな」

 

「味見!味見させてくれ!」

 

「ああ、ほらよ」

 

そう言ってジョッキを俺に渡してくれる。

見れば、確かに牛乳だ。

俺は一気に煽って飲む。

 

「・・・ウマイッッッ!!」

 

なんだこの濃厚な牛乳! 明らかに地球時代の牛乳よりウマイんですけど!

コクのある濃厚な味わい。なのに後味は比較的スッキリで口の中にあまりミルク感が残らない。これでアイス作ったらパーフェクトだ!

 

「タイゾーのオッサン!これもアンタのチートスキルなのか!?」

 

だが、オッサンは首を振る。

 

「こいつは、たまたま森で知り合った連中から直接仕入れているんだ」

 

「この世界にも牛がいたのか! 牧場でもあるのか?」

 

「いや、この牛乳・・・と言っていいのか、まあこれは牛の乳じゃないんだ」

 

「・・・? じゃあ、何の乳なんだ、コレ?」

 

「これは、ミノタウロスの乳なんだ」

 

「ミ、ミノタウロス!?」

 

ヤッベー、さすが異世界!想定外の乳の出現だ!

 




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第178話 ミノタウロス達に食事を御馳走しよう

「ミノタウロスの乳ね~」

 

俺はタイゾーのオッサンから教えて貰った場所に向かって空を飛んでいる。

城塞都市フェルベーンから北、森林と岩山が広く続いている。

 

岩山の麓、森の奥にミノタウロスだけの集落を作って生活しているらしいのだが・・・。

 

「彼女たちは非常に貧しく苦しい生活を強いられている。お前さんなら何とか出来るかもしれないな。ぜひ彼女たちを救ってやってくれ。タイゾーの紹介だと言えはわかるだろう」

 

そんな事を言っていた。

それにしても、ミノさんを「彼女」って。

やっぱりメスが乳を出す、というわけか。

 

タイゾーのオッサンはラノベを読んでないから、逆にコミュニケーション取れる相手はすべからく平等、って感じで捉えているのかもしれない。

この世界の亜人の扱いがまだよくわからないんだよな。

この辺りも一度国王様に国の指針を確認しないといけないかもしれない。

何でもかんでも助けてたら、国としては国民として認めない種族とかがいたら大変だ。

 

 

 

森の中に、僅かに切り開かれた場所を空から見つける。

 

「あのあたりか?」

 

俺は空から地面に一気に着陸する。

 

「きゃああ!」

 

「ん?」

 

いきなり俺が空から降って来たから、驚かせてしまったようだ。

 

「ああ、驚かせてすまないね、俺はヤーベって・・・」

 

振り向いて、固まる。

驚いて、桶に野菜らしきものを入れていたのだろうか、それもひっくり返って転がってしまっている。尻餅をついて地面に座り込んでしまった「女性」。

 

(めっっっちゃくちゃカワイイじゃん!)

 

ちょっと大柄な少女だ。尻餅をついて、地面にも手を付いている。

ウェーブが掛かった赤毛はとても柔らかそうだ。

よく見ると、頭に牛のような角が左右に二本生えている。

 

それ以外は全然人間と変わらな・・・くはないな。

下半身は牛っぽい。

足が蹄のようだ。よく見れば、尻尾もあるな、牛っぽいやつ。

 

北千住のラノベ大魔王であるとともに、コンピューターゲームも一通り楽しんできた俺からすると、ミノタウロスってのは二足歩行の完全な牛であり、とんでもなくデカイ戦斧を振り回して「ブモ―――――!!」って問答無用で襲い掛かってくるイメージだったんだが。

 

・・・それにしても、デカイ! 爆乳だ。さすがにミノタウロス! もはやこれはモンスター娘と言っても過言ではない!と言うかそうしか言えない気がしてきた。

 

「あ、あの、どちら様でしょうか・・・?」

 

おずおずと俺が誰か聞いてくる女の子。

 

「ああ、すまない。俺はヤーベ。タイゾーのオッサンに君たちがここで苦労しながら住んでるって聞いて、何か出来ないかと思ってね」

 

そう言って手を伸ばしてやる。

俺の手を掴んで立ち上がった少女は・・・俺より頭一つ大きかった。

190はありそうだな。

 

「ヤーベさんと仰るんですね。タイゾーさんのお知り合いなんですね。わざわざ来てくださってとても嬉しいです!」

 

とっても素敵な笑顔を見せてくれる女性。

 

「なんだ? どうしたんだミーア」

 

そう言って別の女性がこちらへ歩いてくる。

褐色の肌の女性だが、やっぱり頭に角が二本生えていて、下半身は牛の脚、尻尾も牛さん仕様だな。そして、ミーアと呼ばれた女性を上回る爆乳なり。

 

「チェーダ、こちらヤーベさん。タイゾーさんのご紹介でこちらに来ていただいたんですって」

 

「うん? タイゾーのオッサンの紹介か。何の目的でここへ来たんだ?」

 

チェーダと呼ばれた女性。2mくらいあるな、身長。そして間違いなく胸は1mを超えているだろう。

 

「ああ、実はね・・・」

 

「「「うわ~ん!」」」

 

「チビども!泣くんじゃないよ!」

 

厳しい!スパルタ教育だな、おい。

 

「ごめんごめん、この子達、お腹空いちゃってて・・・」

 

「マカン、野菜の残りは無いのか?」

 

「ニーンジンなら少しはあるけど・・・」

 

「「「お肉食べたい~」」」

 

「我儘言うんじゃないよ!」

 

チェーダが大きな声を出すと、子供たちが一層泣き出す。

 

「ああ~、もう! 少し狩りに出るか」

 

「チェーダ、大丈夫? 貴方この前も魔獣に襲われて左腕噛まれてうまく動かないままになってるでしょ」

 

ミーアがチェーダを心配しているようだ。

 

「しょうがないじゃないか、オレが一番ガタイが良くてパワーがあるんだから」

 

「すまない、ここの村は女性のミノタウロスしかいないのか?」

 

「ああ、どういうつもりだ、テメエ!」

 

「ちょっと、やめなよ、きっとタイゾーさんと同じ理由かもしれないよ?」

 

怒り出したチェーダをミーアが止める。

 

「ええっと・・・どういうこと?」

 

「ミノタウロスって種族・・・ご存知でしょうか?」

 

ミーアが真面目な顔で俺を見る。

ラノベ知識でいいんだろうか?

 

「えっと・・・、筋骨隆々の肉体に牛の下半身と顔を持つ戦士のような感じ・・・?」

 

俺は少し首を傾げながら答えた。

 

「そうですね・・・大体あっています。ミノタウロスの雄ですね」

 

「そうすると・・・雄はめっちゃ魔獣っぽいのに、雌はって言うか、女性は君たちのような超美人ばっかりなの?」

 

「えっ!? わ、私たちが美人・・・」

 

急に顔を、真っ赤にしてクネクネ照れだすミーア。

 

「オレたちはミノタウロスハーフなんだよ。大半は人間のお袋がミノタウロスに無理やり襲われたりして出来ちまった子供ばかりさ。そんな子供は生まれてすぐ森に捨てられちまう。

そりゃそうだよな。頭に角があって下半身がこんな牛なんだぜ? 無理矢理襲われたお袋だって化け物の子供を育てようとはしないはずさ」

 

「・・・・・・」

 

如何にもそんなこと普通の事だろ、みたいに説明するチェーダ。

確かに、ミノタウロスの雌って、あんまり聞いたことない。

だけど、ここにいる子達が、全て望まれないで生まれてきた子達だなんで・・・。

 

「君たちは綺麗だ。本当に素敵だと思う。だからってわけじゃないけど、君たちがずっと辛く苦しい生活を強いられるのはちょっと俺的に許容できないよ」

 

「じゃあ何か! オレたち全員をお前が面倒見てくれるってのか! ここには小さな子供たちを含めて三十人以上いるんだぞ! 碌に畑も耕せないし、碌に雨露を凌ぐ家だって作れないんだ! 毎日毎日、いつかお腹いっぱいご飯が食べられたらいいねって夢を語りながら、その日を何とか生き延びるんだ! お前にそれが分かるのか!」

 

右手を俺に突き付けながら涙を流すチェーダ。左腕を痛めているのか、左手が動かないようだ。

 

「なんだ、オレたちが綺麗だとか言っているが、オレたちを囲うつもりか?オレたち全員を面倒見てくれるなら、オレはお前の妾にでも何でもなってやるよ。だけど、子供たちには腹一杯食べさせてやって欲しいんだ・・・」

 

止めどもなく涙を流しながら俯くチェーダ。本当に辛く苦しい生活だったのだろう。父親が魔獣で、母親に捨てられ、誰にも頼れない中生き延びていく。

一体彼女たちが何をしたというのだろうか。やはり、この世界の神だか女神だかは仕事を碌にしていないらしいな。

 

「ああ、頑張ったなチェーダ。お前は本当に今までたくさん頑張ったな。だからもうお前はこれからたくさん幸せになっていいんだぞ? お前だけじゃない。ここに居るみんなは全員幸せになる権利があるんだ」

 

そう言いながらチェーダを抱きしめて頭をギュッとして撫でてやる。

 

「う、ううう・・・うわあああああ」

 

大きな体でぎゅっと抱きついてくるチェーダをしっかりと抱きしめてやる。

そして左手の怪我をしている部分に手のひらを当てて、スライム触手で傷を治していく。

 

チェーダが号泣しているので、何事かと大勢のミノタウロスハーフの女性が集まって来た。

誰も彼も超美人で超巨乳だよ。

ぱっと見、五人くらい小さな子供がいるが、その子達はさすがにまだぺったんだ。逆にペったんじゃなければ変な事案が発生しかねない。

 

「よし、まずは腹ごしらえだな!」

 

そう言ってまずは屋台で買い込んだ串焼きやスラ・スタイルを取りだす。

 

「まずは子供たちだな。たくさん食べていいぞ」

 

「「「「「わーい!!」」」」」

 

あっという間に子供たちに囲まれてしまう。

子供たちに焼き鳥や串肉を渡していく。

 

「「「「「おいしー!!」」」」」

 

「たくさんあるからな、遠慮せずお腹いっぱい食べていいぞ」

 

「「「「「はーい!!」」」」」

 

「でも、肉だけじゃなく、栄養ある煮込みを作ろうか」

 

亜空間圧縮収納から魔道コンロと寸胴鍋を取り出す。

まな板と包丁、それからカソの村の奇跡の野菜を出す。デカいから、少しずつ切って鍋に入れないとな。

 

「な、なななんだこれ!? 何もないところから食べ物や調理道具が・・・」

 

チェーダが目を白黒させている。

 

「貴方・・・神様かなにか?」

 

マカンと呼ばれた少女が俺を見つめる。

 

俺?ただのノーチート野郎ですから、気にしないで。

 

「とりあえず、君たちを守る者・・・ってとこかな?」

 

寸胴鍋に水を注いでいく。もちろん、奇跡の泉の水だ。

くっくっく・・・味付けはさっき手に入れたばかりの『味噌』だ!

オーク肉を取り出して、風魔法でシュパーンと一口大に切れた肉が鍋にぽちゃぽちゃと落ちる。あれ、風魔法があれば包丁いらなかったか?

 

「さあ、このヤーベ特製の「トン汁」を煮込んでいる間に、君たちもワイルド・ボアのスラ・スタイルを食べて食べて」

 

ミーアやチェーダ、マカンなど俺は次々に食べ物を渡していく。

 

「おいしい!」

「すごい!」

「もっと食べた~い!」

 

女性たちが次々にスラ・スタイルを頬張って涙を流す。

 

「・・・・・」

 

チェーダがパンを握ったまま見つめている。

 

「どうした?」

 

「え、ああ、なんだか、夢を見ているみたいで・・・。だってさっきまで、食べる物も碌になくて、生きるか死ぬかの瀬戸際だったんだぞ? それが、いきなりお腹いっぱい食べる事が出来るなんて・・・」

 

俺は座り込んでパンを眺めているチェーダの横にしゃがんで、右手でチェーダの頭を撫でてやる。ふと俺の方に顔を向けたチェーダにいきなりキスをする。

 

「ふぐっ・・・んんっ・・・ふわっ!」

 

顔を離せば、目を白黒させて顔を真っ赤にしてびっくりしている。

 

「自分で助けてくれるなら妾にでも何でもなるって言ったんだろう? 遠慮せずに食べな。チェーダが頑張って来たからみんなが生き残って来れたんだろ? だからチェーダもお腹いっぱい食べていい。俺がお前たちの面倒を見る。誰一人不幸にはさせないよ」

 

「うう・・・、うん!うん!」

 

そう言ってやっとパンを齧り出すチェーダ。

 

みんなが串モノやサンドイッチ(スラ・スタイルね)を食べている間に俺はトン汁を煮込んでいく。BBQ用に用意してある皿やスプーンを出しておく。

 

「さあ、ヤーベ特製のトン汁が出来たよ~」

 

「「「「わ~い!」」」」」

 

「子供たちよ、アツアツだから気を付けるんだぞー」

 

木の器にトン汁を注いでみんなに渡していく。

 

みんながつがつと一心不乱に食べ進めていく。

 

「ああ・・・こんなにあっさりお腹いっぱい食べるという夢がかなうなんて・・・」

 

チェーダがまだ涙を流しながらトン汁を啜っている。

 

「すごいっ!こんなおいしいもの初めて食べました!」

「不思議な味ね!体が温まるわ」

 

ミーアもマカンもトン汁を啜りながら感動している。他の女の子達にもどんどん配って行く。

 

あちらこちらでトン汁をすすりながらすすり泣く声が聞こえる。

まずはみんなお腹いっぱいになってくれ。

 

「うぐっ!」

 

突然皿を取り落とし、胸を抑えて苦しむマカン。一体どうした!?

 




今後とも「まさスラ」応援よろしくお願いします!


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第179話 「お前たちを守る」というセリフを吐く以上、その責任もちゃんと全うしよう

「マカン?」

 

俺は胸を押さえて蹲ったミノタウロスの少女に声を掛ける。

 

「胸が張って苦しいの?」

「うん・・・辛くて・・・」

 

ミーアの問いかけに荒い息を吐きながらマカンは答えた。

 

「ちょっと向こうで絞ろうか、エイカ、手を貸して」

「はいっ!」

 

両肩を支えられて奥の方へ連れられて行くマカン。

よく見れば、草木を使って屋根や壁のようなものを作ってある場所があるな。

いつもはあそこで寝泊まりしているのかな?

 

「大丈夫なのか?マカン」

 

「ああ、マカンは気が利いて面倒見のいい奴なんだが、自分自身はそんなに精神が強い奴じゃないからな。不安なことがあったりすると乳の出が悪くなって胸が張って痛くなるんだ」

 

「あ、そうなんだ、胸が張ってって・・・ええっ!? お乳出るの!?」

 

「な、なんだよ?変か?」

 

俺が驚いたように声を上げたのでチェーダは小首をかしげて俺に聞いた。

 

「じゃあ、マカンはお腹に子供がいるのか?」

 

「ば、バカッ!ふざけるんじゃないよ!オレたちは全員生娘だよ! だいたいオレたちみたいなミノタウロスハーフを相手にするような男なんていやしないよ!」

 

顔を真っ赤にしてプイッと横を向くチェーダ。カワイイ。

 

(ケモっ娘やモンスターっ娘ならご褒美だって奴らもたくさんいましたけどね!)

 

俺は地球時代の男たちの挽歌を心の中だけにそっと仕舞っておくことにした。

 

う~ん、それにしても俺は酪農の知識とかほとんどないが・・・とにかく彼女たちはお乳が出るんだな。

え・・・? てことはタイゾーのオッサンのところで飲んだ牛乳って・・・。

 

「え? タイゾーのオッサンが飲んでた白い液体・・・てかミルクって、もしかして・・・」

 

「ん?タイゾーさん?そういやオレたちのお乳を樽で持って行ったな。代わりに食べ物をたくさんくれたからすごく助かったよ」

 

「なんだとぉ!」

 

「な、なんだよ、どうした?」

 

俺が激高して立ち上がったのでチェーダは驚いて俺を見た。

 

「誰だ!誰のお乳を持って行った!」

 

「え?あ、あの時は・・・ミーアとエイカだったか?」

 

「よし!ギルティーだ!」

 

「おいおい、どうしたんだ? も、もしかして他人にお乳を飲まれるのは嫌なのか・・・? じゃ、じゃあオレはヤーベ専用のお乳にしてもらってもいいぞ・・・? 今まで子供たちの栄養のために飲ませていただけだしな」

 

「ブフッ!」

 

ヤバイ! 立ち上がって叫んだため、まだ体操座りで地面に座っているチェーダは俺を下から見上げるような目線でそのようなことをおっしゃりやがってくれましたよ!

俺に血が流れていたのなら、確実に鼻血を噴いた自信があるっ!

 

そして周りの娘たちがヒューヒューと囃し立てる。

さらに顔が赤くなるチェーダ。カワユス。

 

「ヤーベ様」

 

「え?」

 

見ればミーアが戻って来ていた。

 

「少し、お手をお貸し頂いてもよろしいでしょうか?」

 

「俺?」

 

「はい」

 

「ああ、わかったよ」

 

そう言って俺は魔導コンロのつまみを「弱」から「保温」レベルに落とす。

 

「チェーダ、このトン汁お替りする時はお玉で中を少しかき混ぜてから皿に装うようにな」

 

「ああ、わかったよ」

 

俺はトン汁をチェーダに任せてミーアの後をついて行く。

ちなみにオーク肉を使っているのに「トン汁」と呼ぶのは、「オーク汁」と呼ぶと食欲の減退感がハンパないからだ。

 

案内された草木で隔離された部屋のような場所には、木に縋りつくように立つマカンの姿があった。

 

「どうしたんだ?」

 

「お乳が溜まって胸が張って痛いのに、なかなか出てこないのです。ヤーベ様、できましたらマカンの胸をマッサージしてお乳の出の改善をお願いできますでしょうか?」

 

 

な、なんですとぉぉぉぉぉ―――――――!!!

 

 

「お、俺が!?」

 

「はい」

 

「どして?」

 

「実は私たちがお互いマッサージしてもあまり効果がないんですよね・・・。実際胸が張って痛いのになかなかお乳が出ない娘は多くて・・・。結構苦しいんですよね。であれば、男性であり、私たちの救世主でもありますヤーベ様にマッサージして頂いたら、安心してお乳もいっぱい出るのでは・・・と」

 

「ア、アンシンスルコトハダイジデスヨネ?」

 

「え? ええ、そうですね?」

 

ミーナがちょっと俺のテンションに戸惑ったようだが。

見ればマカンの足元にはあまり見た目の良くない傷んだ木桶が。

 

「大事な大事なマカンのお乳を搾るんだ。この綺麗でしっかりとした樽に搾乳しよう」

 

そう言って亜空間圧縮収納から鍛冶屋のゴルディン師の紹介で作ってもらっている木工屋の酒樽を取り出す。

 

「そ、そんな大きい・・・樽に・・・」

 

なぜかマカンの顔が赤くなる。どした?

そして、俺はマカンの後ろに回ると、そっとマカンの大きな乳房を下から持ち上げるように掴む。

 

「アッ・・・」

 

これは搾乳!これは搾乳!これは搾乳!

なんなら医療行為!医療行為!医療行為!(注:無資格です)

 

俺は心の中で呪文のように繰り返す。

 

そして、なぜか思い出す。近所の内科にたまたま風邪を引いたため、診察と薬をもらいに受診した際、待合室に置いてあった少ない雑誌を一つ取ったら、やっぱり婦人雑誌で、たまたまそれを開いたら母乳の出が悪いお母さんへの母乳改善マッサージ特集だったことを。そしてなんの気もなく、最後までしっかりと読みつくしていたことを。まさか、あの時の雑誌知識が今ここで役に立とうとは! 人生、何があるかわからんものですな。

 

ついでにぐるぐるエネルギーを少し活性化させて、手のひらを温める。

たぶんだけど、温めてやる方がリラックスできるはずだ。

 

「あ・・・ヤーベ様の手が、温かいです・・・」

 

「それはよかった」

 

そうして俺は背後からマッサージを進めながらマカンの耳元に口を近づけてそっと囁く。

 

「マカン。もう何も心配いらない。これからはつらく苦しいことよりも楽しくて幸せなことがいっぱいあるから。俺がお前たちを守るから。だから安心して暮らして幸せになってくれ」

 

地球時代、「俺がお前を守る」なんてセリフを吐く奴が大嫌いだった。

小説でも、ドラマでも、そして現実でも。喫茶店でたまたま隣のテーブルに座ったバカップルがまさしく件のセリフを吐き、そんな男のセリフに手を握った女の表情を見て、「何言ってんだ、ふざけんな」とずっと思ってきた。

 

生きることはそれだけで理不尽で不条理だ。

生きれば誰かを、何かを犠牲にする。その幸せは誰かの悲しみの上にある。そう思って生きて来た。

そして、地球時代はさまざまな柵により、自らの思いを貫くことなど、夢のまた夢だとずっと思っていた。

 

だが、この異世界に来て、法の力が薄く、自らを自らが守らねば生きていけないような世界で、奇しくも伯爵という地位をもらい、ある程度国にも自分の意見などを融通してもらいやすくなった。魔物を仕留められるような力を身に着けることが出来た。ローガたち使役獣のお掛けで、魔物を狩って現金に替えることが出来てお金にも困らなくなった。

 

だからこそ、守りたい存在が出来た。きっと力が無ければ見過ごしていたことでさえ、守りたいと思うようになった。守りたいものは自分の手で、自分の力で守ることが出来るようになった。

 

(もし、地球時代でも諦めずにコツコツ頑張っていたら、もっと守りたいものが出来ていたのかな?)

 

ラノベ小説に埋もれていた人生だって、自分としては決して悪いものであったとは思っていない。でももしかしたら、もっと努力していたら、違った人生もあったのかもしれない。

 

(だけど、今はもうこの異世界で生きているんだ。今は俺の手の届く人たちを少しでも助けて守っていかなくちゃ!)

 

真摯に搾乳のためマッサージを続けていく、全体に、そして先端も。

 

「アッ・・・アアッ・・・わたし・・・もう・・・イッ・・・!」(注:搾乳且つ医療行為(無資格)です)

 

プシュ――――――!!

 

新品の酒樽にすごい勢いで溜まっていくミルク。うん、ミルクと呼ぼう。お乳だとココロが持たないから。

それにしても、体のどこにこんなに入っていたんだろう? 異世界不思議すぎる。

リットル? ガロン? よくわからないが、すごい量だ。

 

そして絞り切ったのか、マカンがずるずると地面に突っ伏してぐったりする。

 

「し、幸せ・・・」

 

それを見たミーアとエイカが、

 

「わ、私も最近張り気味で・・・」

「私もお願いします・・・」

 

とにじり寄ってきたので搾乳してあげた。

 

 

 

「きゅう・・・」

「アフン・・・」

 

二人してマカンと同じく地面に突っ伏しているので、そっとしておいてあげる。

酒樽はすでに満タンだ。俺のココロも満タンだ。

 

 

 

「キャ――――!!」

「みんな森に隠れろ!」

 

チェーダの声が聞こえる。俺はダッシュで広場に戻る。

そこにはオスのミノタウロスが3匹も来ていた。1匹はチェーダの右手首をつかんで上に引き上げている。

 

「ヤ、ヤーベ逃げろ!こいつらはメスを攫いに来たんだ! オレが何とかするから!」

 

ブチッ! ヤベ、俺の中で何かが切れる音がする。

 

見れば一匹はさっき俺が居た草木の家の方へ、もう一匹は子供たちが逃げた方へ向かおうとしていた。

グオッグオッと唸り声をあげながら迫るミノタウロス。ああ、こいつら言葉も操れない下等な魔獣なわけね。

俺は触手を二本伸ばすと、それぞれのミノタウロスの首に鞭の如く絡みつける。

 

「ハアッ!」

 

裂帛の気合一閃! 触手を思いっきり振り上げ、ミノタウロスの体を宙に舞わせる。

 

ブチブチッ!

 

あまりの勢いにミノタウロスの首がちぎれてしまう。

 

その間に、俺はチェーダの横に瞬時に移動した。

 

「テメエ!俺の女に何しやがんだゴルァァァァァ!!」

 

ドパンッ!

 

トルネーディア・マグナム一閃!

手加減無しのコークスクリュー・パンチはミノタウロスの頭部を爆砕する。

 

プシュー

 

噴水のように血を吹き出す首なしのミノタウロスの体。

 

「ふえっ?」

 

瞬間、理解できないチェーダは何が起こっているのかわからない表情で俺を見た。そして一呼吸おいて自分が助かったことに気づく。

 

「ヤーベ! ヤ――――ベェェェェェ!!」

 

号泣して俺に抱き着いてくるチェーダ。そりゃそうだよな、怖かったんだよな。だけど仲間のみんなを逃がさなくちゃ、守らなくちゃって、また頑張ったんだよな。もう俺がいるから頑張らなくていいって言ってやったのに。

 

俺はチェーダをギュッと抱きしめながら頭を撫でてやった。

 

 




なぜかミノタウロスハーフの彼女たちとの交流が長い(苦笑)
ミルクを確保してさっさと戻ってスイーツ決勝戦に臨むはずが、ミノタウロスハーフの少女たちの生活を垣間見てしまったヤーベ君には、そのまま帰るという選択肢はなかったんですね~。

ノーチートと叫び続けながらも自分の努力と知識によって力をつけていくヤーベ君。あれ?このままだと無自覚天然タラシのハーレム勇者野郎のパターンに?

んなわけないか~、あのヤーベ君だし(作者も匙投げる(爆))

今後とも「まさスラ」応援よろしくお願いします!


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第180話 ダンジョンをぶっ潰す許可をもらいに行こう

グスッグスッと泣くチェーダを落ち着かせるように抱きしめる。

 

「ヤーベさん・・・いえ、ヤーベ様」

 

「ん?」

 

誰かに声を掛けられた。

 

「私、パナメーラと申します。ヤーベ様は本当にお強いんですね・・・」

 

美しい銀髪が腰まで伸びたボボン・キュッ・ボボンのお姉さまだ。

見ればパナメーラの後ろにもたくさんのミノタウロスハーフの少女たちが戻って来ていた。

 

「本当に私たちを守ってくださるのですね・・・」

「ヤーベ様なら、本当に私たち幸せになれるのかも・・・」

「毎日お腹いっぱいご飯食べられるかなぁ!」

 

希望にあふれた会話をするミノタウロスハーフの少女たち。

そうだよ、こういう表情こそが彼女たちに似合うんだよ。

 

「あの、チェーダがお妾様になるとのことでしたが・・・」

 

パナメーラがじっと俺を見つめてくる。

 

「え?」

 

あ、言ったな、そんなこと。チェーダがあまりにも遠慮して飯食べないもんだから、お妾さんになるんだから、お前には食べる権利があるって、納得させるために言っただけなんだが。

 

「ああ、その事なら無理に妾になってくれなくても・・・」

 

「ダメか!ダメなのか!? ヤーベ!オレじゃダメなのか?」

 

縋りつくようにしながら俺に抱き着くチェーダ。いや、君の方が大きいから。

急に眼に涙をまた浮かべてぎゅうぎゅう締め付けてこられても。やめてください。潰れて死んでしまいます。スライムだけど。

 

「いや、ダメっていうか、その、無理にお妾さんにならなくても、ちゃんと君たちは全員面倒見るし、食事も住む場所ももっといいものをだな・・・」

 

「無理じゃない!オレはヤーベのそばにいたいんだ。お妾さんにしてくれ!」

 

「ええっ?」

 

「ヤーベ様、では私もお妾様に立候補してよろしいでしょうか?」

 

見ればさっきまでぐったりしていたはずのミーアが復活して戻って来ていた。

 

「あら、ミーア。今までどうしてたの?マカンは大丈夫なの?」

 

「マカンはヤーベ様にお乳を搾ってもらって幸せすぎて寝てるわよ。エイカもそうね。私も絞ってもらったんだけど、とっても気持ちよくって・・・」

 

パナメーラの問いに、ミーアが頬を染めて答えた。

なんですって!という表情で高速振り向きにて俺をガン見するパナメーラさん。

 

「ぜひっ! 是非とも私にもしてくださいませ!」

「私も!私も!」

「あ、ずるいぞ!それならオレだってヤーベにしてもらえるならなんだってOKなんだからな!」

 

わらわらとミノタウロスハーフの少女たちに囲まれる俺様。

 

もうやるっきゃないね! 搾乳ワッショ――――イ!!

 

 

 

 

 

「ヤーベ様はタイゾー様と同じく、遠い国からやってこられたのでしょう?」

 

ミーアが俺の方を向きながら問いかけてくる。

 

あれから俺は30名近いミノタウロスハーフの少女たちの搾乳を行った。

酒樽が濃厚ミルクでいくつ一杯になったかもうわからん。

地球時代の握力なら即パンパンに手が腫れてダウンしているだろう。

だが我が触手はぐるぐるエネルギーでコントロールするのだ。スライムボディーに内包する魔力(ぐるぐる)エネルギーは相当なモノになっている。どれだけ搾乳してもへっちゃらだ。この世界に来た時、池の畔でやることないからぐるぐるエネルギーを鍛え上げることに集中していた自分を褒めてやりたい。

 

それに、亜空間圧縮収納に保管しているから、搾乳したての新鮮な状態を保てるのは素晴らしいことだ。たくさんスイーツが作れるようになるし、定期的に手に入れられるなら、アローベ商会で販売してもいいかもしれん。それについては彼女たちとしっかり話し合ってからの方がいいだろう。

 

「そうだね、俺はタイゾーのオッサンと同じ国からやってきたんだ」

 

さすがにタイゾーのオッサンも異世界という言い方はしていないようだけど。

 

「ヤーベ様も最初に私たちの事を全然知らない感じでしたから・・・」

 

ミーアが俺を見ながら微笑む。

 

「タイゾー様もそんな感じでいらしたんですよ。私たちを、まるで普通の人間と変わらないように接してくださって・・・。ヤーベ様も同じような感じだったので嬉しくて」

 

パナメーラも嬉しそうに話す。

 

「そうだね、俺もみんなが普通の人間とそんなに変わらないって思うよ。なんなら普通の人間より美人でグラマーだよ」

 

キャ――――っと歓声が上がる。俺に褒められてみんななんだか嬉しそうだ。

 

「そう言えば、タイゾーさんもヤーベ様のようにお強いのでしょうか?」

 

「どうかな?人それぞれだから。タイゾーのオッサンは料理人だって言ってたな。さっき食べた「トン汁」もタイゾーのオッサンから買い取った調味料で味付けしているんだよ」

 

「そうなのですね・・・」

 

ミーアが俺の方を見つめながら呟く。

 

ミノタウロスを吸収して片付けてから、俺たちは再び広場に集まってお茶をしている。

今度は魔導ホットプレートに死ぬほど作り置きしてあるホットケーキの生地を取り出す。魅惑のデザートタイムと行こう。

リューナちゃんに教えてもらったコーヒーの淹れ方とコーヒーポット、それに木を削って作ったコーヒーカップも取り出す。

 

なぜが俺の左手を自分の胸に抱えるようにチェーダがくっついているため、右手の他にサポート用の触手も大盤振る舞いして出している。

 

俺の能力ってことであっさり納得してくれるあたり、人間と違って、いわゆるミノタウロスハーフのような亜人種の方が嫌悪感少ないのかもね。

 

「さあ、ヤーベ特製ホットケーキだぞ~、たっぷりバタールと蜂蜜を縫って食べるんだぞ~、熱いから気を付けるんだぞ~」

 

「「「「「わ――――い!!」」」」」

 

子供たちに木皿に取り分けたホットケーキを渡していく。

 

「「「「「おいし――――!! 甘――――い!!」」」」」

 

子供たちの喜びようにミーアやパナメーラといった他の少女たちも目を輝かせる。やはり女性には甘いものがいいようだ。

 

「ヤーベ様!ぜひ私にも!」

「私も食べたいっ!」

 

次々と手が上がるので、どんどんホットケーキを焼いていく。

 

「「「「「おかわり――――!!」」」」」

 

「こら、あんたたち!」

 

子供たちに調子乗りすぎと注意するミーア。だけど、今日は腹いっぱい食べていいぞ?

 

「たくさんあるから、今日は特別だ!デザートも腹いっぱい食べていいぞ!全員の分もちゃんとあるぞ!」

 

「「「「「わ――――!!」」」」」

 

 

 

「グスッ、こんなうまいものがあるなんて・・・ミル姉さんにも食わせてやりたかった・・・」

 

チェーダがホットケーキを口にしながら、「ミル姉さん」と口にする。

 

「ミル姉さん? お姉さんがいたのか?」

 

「あ・・・いや・・・」

 

口ごもるチェーダの代わりにミーアが話を引き取る。

 

「実は、はっきりとどれくらい前かわからないのですが、ミルさんという一番のお姉さんが居たのですが、ミノタウロスの襲撃の時に、私たちを逃がすためにミノタウロスに連れて行かれてしまって・・・」

 

「なんだって!?」

 

なんてことだ、すぐ助けないと・・・。でもどれくらい前なのか、どこに連れて行かれたのか・・・。

 

「なんでも岩山の山腹に<迷宮(ダンジョン)>があって、ミノタウロスたちはそこに住んでいるらしいんだ。たまに<迷宮(ダンジョン)>から出てきては女を攫って行くみたいなんだ」

 

さっきのミノタウロスもその<迷宮(ダンジョン)>から出てきたやつらか。

なら話は早いな。

 

「それなら、話は早い」

 

「えっ?」

 

「その<迷宮(ダンジョン)>をぶっ潰せば、もう二度とミノタウロスに攫われる心配はなくなるだろ」

 

俺はニッコリと笑った。

 

「ええっ!?」

 

チェーダは目を点にしている。

 

「そ、そんなことが・・・」

 

パナメーラたちは信じられないという表情を俺に向けている。

 

「とりあえず<迷宮(ダンジョン)>ぶっ潰す許可をもらってくる。ちょっと待ってて」

 

そう言ってすぐ出かけようとして、気が付いた。俺が居ない間、またミノタウロスなんぞが来ても困る。チェーダたちがピンチにならない様にしないとな。

 

「<大地の従者(アースサーバント)>」

 

俺の魔法でずんぐりむっくりな土のゴーレムが20体召喚される。

 

「わあっ!」

「な、なにコレ?」

 

「「「「「わ~~~~~!」」」」」

 

子供達にはすぐに懐かれ、よじ登ったりされている・・・、まあいいか。

 

「お前たち、この少女たちを守れ。ここを襲う魔獣どもは殲滅しろ。人間は敵対するものは追い返せ」

 

ビシッッッッ!!

 

声は発せないものの、敬礼ポーズでこちらの命令を受諾した旨を示すゴーレムたち。

・・・一部子供たちによじ登られて子供たちが危なくなるので敬礼できないヤツもいるが。

 

「任せた」

 

そして俺は<高速飛翔(フライハイ)>で城塞都市フェルベーンに向かった。

 

 

 

 

 

とりあえず城門受付が並んでいるので、そのまま飛んで冒険者ギルドまで行ってしまおう。

一応ギルドの場所は覚えているのだが、この城塞都市フェルベーンの冒険者ギルドには一度も顔を出していない。

 

 

 

カランコロン

 

どこに行っても音の鳴る扉を開けて冒険者ギルドの中に入る。

 

さすがに城塞都市フェルベーンだ。建物も大きいと感じたが、その中も広く作られており、冒険者たちの人数も多い。併設された酒場は多くの冒険者たちでにぎわっており、受付カウンターにもたくさんの冒険者が並んでいる。

 

丁寧な対応を心がけるべきだとは思う。だが、チェーダたちは今もミノタウロスに襲われるかもしれない危険と隣り合わせであり、ミル姉さんと呼ばれる人はすでに連れ去れてかなり時間が経っているという。一刻も無駄にしたくはない。

 

「ギルドマスター殿はおられるかっっっっっ!!!」

 

とてつもない大声でギルドマスターを呼ぶ。

 

「北の岩山にあるというミノタウロスが住み着いている<迷宮(ダンジョン)>をぶっ潰してもよいか、確認を取りに来たっっっっっ!!」

 

いきなり大声でぶち上げた俺に酒場で飲んでいた奴らからは大声で笑い声が上がる。

空のジョッキを振り回して馬鹿笑いしてるやつもいるな。

 

カウンターで並んでいた冒険者も振り返り、俺を胡散臭そうな表情で見る。

そしてカウンターの後ろから受付嬢らしき女性が出てきた。

 

「何なんです、あなた!いきなり大声で!」

 

「不躾で済まない、無礼は承知の上なんだ。急いでいるので、ギルドマスターにミノタウロスが住み着いているという<迷宮(ダンジョン)>を潰してしまっていいかどうかの確認をお願いしたいのだが」

 

俺が確認にこだわっている理由、それは冒険者たちの生活だ。

迷宮(ダンジョン)>に潜って魔獣を討伐し、日銭を稼いでいたり、宝箱とかあるかどうか知らないが、<迷宮(ダンジョン)>でお宝を手に入れようとする連中がいるとすれば、勝手に<迷宮(ダンジョン)>を消滅させてしまったら生活に困る連中が出てくるかもしれない。その確認だけに来たのだ。逆に特に問題無ければさっさと<迷宮(ダンジョン)>に向かいたい。俺は暇ではないのだから。

 

「貴方、冒険者の人? 冒険者プレートは?」

 

冒険者プレート? ああ、ソレナリーニの町でゾリアに作ってもらったヤツだな。ほとんど使ってないぞ。

 

「ああ、えっと、コレだな」

 

胸元に手を入れ、亜空間圧縮収納から冒険者プレートを取り出す。

 

「エ、Fランク!?」

 

その言葉に、一気にギルド内が爆笑の渦に包まれる。

 

「ギャ―――――ッハッハッ! ハラ痛ェ!」

「エ、Fランクが<迷宮(ダンジョン)>ぶっ潰すってよぉ!」

「Fランクのボーヤがミノタウロスなんざ相手にしたら即ぶっ殺されるぞぉ」

「悪いことは言わねぇ、ゴブリンにしときなって」

 

酒場で飲んでいる冒険者たちが口々に笑いながら心配してくれる。

心配してくれるとしておこう。でないと俺の精神がもたん。

 

「貴方、Fランクの身でありながら、ふざけているんですか? そこの依頼ボードを見てごらんなさい。ミノタウロスの討伐はBランク依頼です。まして岩山にあるミノタウロスの<迷宮(ダンジョン)>だなんて、死にに行くようなものです!」

 

ふむ、岩山にあるのはミノタウロスの<迷宮(ダンジョン)>で間違いないようだな。

後はそれが無くなってもいいかどうか許可を取るだけだな。

 

「岩山にミノタウロスの<迷宮(ダンジョン)>があるのは理解した。で、その<迷宮(ダンジョン)>が無くなっても問題ないか?」

 

「はっ?」

 

受付嬢の顔が段々般若に見えてきた。

 

「だから、そのミノタウロスが住み着いている<迷宮(ダンジョン)>が無くなってしまっても問題ないか聞いているのだが?」

 

再度爆笑の渦が吹き荒れる。別にいいけども。

 

「はっはっは、おもしれーガキだなぁ」

 

ハゲた筋肉ダルマが奥から出てきた。まさか、これギルドマスターなのか?

いつぞやぶっ倒したDランクパーティ<鬼殺し(オーガキラー)>のリーダーに似てるな。上位互換だな。ギルドマスターなら少なくともDランクパーティのリーダーよりは強いだろう。

 

「岩山のミノタウロスが住み着いている<迷宮(ダンジョン)>を潰すってか?」

 

「ああ、それで冒険者たちの生活が困ったりしないか確認に来たんだ。そこをメインに稼いでいる連中にとっては死活問題だろう?」

 

ギルドマスターのドーリアは驚いた。

単なるガキの戯言かと出てくれば、まさか<迷宮(ダンジョン)>に潜る連中の生活を心配しての確認だという。この小僧が本気で<迷宮(ダンジョン)>を潰しにいくのかと信じかけてしまった。

 

「あの迷宮はミノタウロス以外に大した魔物もいないし、お宝もあまり出ている形跡がないから、あそこをメインに活動している冒険者はいねーな。たまにミノタウロスが<迷宮(ダンジョン)>から出て徘徊するから、近隣の村から討伐依頼がかかるくらいだな。今もそこにあるだろ、Bランクの討伐依頼書が」

 

「ああ、そこの受付嬢さんにも教えてもらったよ」

 

「ミノタウロスの討伐は単独でもBランク冒険者からの受理だ。まして<迷宮(ダンジョン)>なんてとんでもないぜ? 悪いことは言わん、やめておけ」

 

ギルドマスターは俺にそう説明してくれた。

だが、その説明があれば俺には十分だ。

 

「<迷宮(ダンジョン)>が無くなっても困らないならそれでいい。ミノタウロスの討伐依頼を受ける気もない。俺はミノタウロスが根城ごと処理できればそれでいいからな」

 

堂々と言い切ってやる。

はっはっは、どうせ魔物の買取はソレナリーニの町に出すしな。この城塞都市フェルベーンの冒険者ギルドにそれほど用はない。

 

「じゃ、俺はこれで」

 

「ちょっと待て、お前名前は?」

 

ギルドマスターが俺の名を聞いた。

 

「俺はヤーベだ。冒険者なら、家名は不要だよな?」

 

振り返り、ちょっとだけニヤリとして、俺は冒険者ギルドを後にした。

 




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閑話26 城塞都市フェルベーンの冒険者ギルド、大失態を犯す

 

その日はいつになく依頼受理や達成報告が活況だった。

城塞都市フェルベーンの周りには魔獣が住み着く森や<迷宮(ダンジョン)>もあり、多くの冒険者が採取や討伐の依頼を受けに行っては、達成の報告のために戻ってくる。

 

最近ではやたらとソレナリーニの町の冒険ギルドに高ランクで品質の高い魔物の買取が多く出ているらしく、城塞都市フェルベーンでも手に入らないような素材がこちらに流れてくる。さすが辺境といったところか。俺たちも負けてはいられないところだ。

 

「ギルドマスター殿はおられるかっっっっっ!!!」

 

いきなりとてつもない大声で誰かが俺を呼んでいる。なんだ?

 

「北の岩山にあるというミノタウロスが住み着いている<迷宮(ダンジョン)>をぶっ潰してもよいか、確認を取りに来たっっっっっ!!」

 

はあ? <迷宮(ダンジョン)>をぶっ潰す?

何言ってんだ?そんなことできるわけねーだろーが・・・。

一体どんな奴がそんな夢物語を語ってるんだよ・・・。

 

「何なんです、あなた!いきなり大声で!」

 

この声は受付嬢のコビーだな。

犬人族のコビーは可愛い顔に似合わず融通が利かない頑固者だからな。

生半可な対応はしないだろう。

酒場の連中にもゲラゲラ笑われているし・・・しょーがねーやつが来たな。

まあコビーならさっさと追い返すだろう。

 

「不躾で済まない、無礼は承知の上なんだ。急いでいるので、ギルドマスターにミノタウロスが住み着いているという<迷宮(ダンジョン)>をつぶしてしまっていいかどうかの確認をお願いしたいのだが」

 

「貴方、冒険者の人? 冒険者プレートは?」

 

どうやらとりあえずソイツのランクを確認するらしい。

いつでも仕事が丁寧だな、コビーは。

 

「エ、Fランク!?」

 

ブッ!なんだ、そいつFランクなのか!? 駆け出しじゃねーか!

どこのバカがそんな<迷宮(ダンジョン)>ぶっ潰すとかわけのわかんねーこと言ってるんだ?

・・・それみろ、酒場の飲んだくれどもにメチャクチャ笑われてるじゃねーか。いいサカナだぜ、ホント。

 

「貴方、Fランクの身でありながら、ふざけているんですか? そこの依頼ボードを見てごらんなさい。ミノタウロスの討伐はBランク依頼です。まして岩山にあるミノタウロスの<迷宮(ダンジョン)>だなんて、死にに行くようなものです!」

 

コビーが丁寧にFランクの駆け出しに説明してくれているな。

これでミノタウロスがどれだけヤバイ敵か理解できたかな。

 

「だから、そのミノタウロスが住み着いている<迷宮(ダンジョン)>が無くなってしまっても問題ないか聞いているのだが?」

 

マジか・・・、コビーが丁寧に説明しているのに、<迷宮(ダンジョン)>が無くなっても困らないかまだ聞いてやがる・・・。いったいどんなガキなんだ?

 

「はっはっは、おもしれーガキだなぁ」

 

俺はそのガキがどんな顔をしているのか見たくなってフロアに出ていく事にした。

 

「あ、ギルドマスター」

 

コビーが困った顔をこちらに向けてくる。そりゃそうだよな。

 

「おい、ギルドマスターのドーリアさんが出て来たぜ・・・」

「死ぬな、あのガキ」

 

おいおい、俺が何をするってんだ? 人聞きの悪いこと言うんじゃねーよ。

 

「岩山にあるミノタウロスが住み着いている<迷宮(ダンジョン)>を潰すってか?」

 

「ああ、それで冒険者たちの生活が困ったりしないか確認に来たんだ。そこをメインに稼いでいる連中にとっては死活問題だろう?」

 

コイツ・・・マジか。

実力がどうかはさておいても、<迷宮(ダンジョン)>を潰すにあたって冒険者の生活の事を心配してるのか? そんな気遣いというか気が回せる奴がこのギルド内に果たしているかどうか・・・。おっと、マジでこいつがイケそうな気がして信じかけちまったぜ。

 

「あの迷宮はミノタウロス以外に大した魔物もいないし、お宝もあまり出ている形跡がないから、あそこをメインに活動している冒険者はいねーな。たまにミノタウロスが<迷宮(ダンジョン)>から出て徘徊するから、近隣の村から討伐依頼がかかるくらいだな。今もそこにあるだろ、Bランクの討伐依頼書が」

 

「ああ、そこの受付嬢さんにも教えてもらったよ」

 

「ミノタウロスの討伐は単独でもBランク冒険者からの受理だ。まして<迷宮(ダンジョン)>なんてとんでもないぜ? 悪いことは言わん、やめておけ」

 

おもしれーやつだが、死にに行かせるにはちともったいない。

なぜ、そんなにミノタウロスの討伐にこだわるのか聞いてみるか・・・。

 

「その<迷宮(ダンジョン)>に何でこだわる?」

 

「ミノタウロスが徘徊する事により、望まれない子供が生まれてしまうと聞いた。森でミノタウロスハーフの少女たちが明日をもしれぬ生活を強いられているのを見た。ここではそんな情報は?」

 

コイツ、ギラつく視線を俺に向けてきやがる。

 

「おいおい、ここは冒険者ギルドだぜ? 魔物の情報ならともかく、保護や救援なら領主様に掛け合うかお前がギルドに依頼でもかけなよ」

 

「ギャーハッハ! そりゃいいや! 御大臣様だなぁ!」

 

チッ、馬鹿にするつもりはなかったが飲ん兵衛たちが囃し立てやがる。うるせえな。

 

「・・・そうか。まあ<迷宮(ダンジョン)>が無くなっても困らないならそれでいい。ミノタウロスの討伐依頼を受ける気もない。俺はミノタウロスが根城ごと処理できればそれでいいからな」

 

堂々と言い切りやがった。

どういうつもりだ?受理せずに戦えば依頼達成報酬もないんだぞ?

 

「じゃ、俺はこれで」

 

「ちょっと待て、お前名前は?」

 

なんだか嫌な予感がしてきやがった。コイツ・・・何者だ?

 

「俺はヤーベだ。冒険者なら、家名は不要だよな?」

 

振り返り、ちょっとだけニヤリとして、ヤーベと名乗ったソイツは冒険者ギルドを後にした。

 

「家名って・・・あいつ、貴族なのか!?」

 

俺は顎を擦りながら考えた。ここフェルベーンはコルーナ辺境伯の領主邸がある街でもある。変な貴族が専横出来るような街ではない。それだけは安心できるんだが・・・。

 

「ホントかよ?」

「Fランクだって言ってただろーが!」

 

ざわつくギルド内。

だが、その喧騒を打ち破る情報がもたらされる。

 

「大変です!ギルドマスター!」

 

「なんだ、どうした?」

 

一人の受付嬢が奥から羊皮紙を手に走ってくる。

 

「先ほどのFランク冒険者のヤーベ様ですが・・・!」

 

「様?」

 

そこにいる全員、受付嬢が先ほどのヤーベを様づけして呼ぶことに違和感を覚える。

貴族らしい、との事なので爵位がわかったのだろうか、と思ったのだが。

 

「ヤーベ様はFランクのまま一度も更新を行っておりませんが、ソレナリーニの町ギルドマスターのゾリア様より特段の事情有りとして特Aランクの記載を受けています!」

 

「と、特Aだと!」

 

「しかも・・・商業都市バーレールではオークキングを筆頭にオークジェネラルやオークメイジなどのオーク上位種を含む1500匹もの討伐を自身と使役獣だけの戦力で達成し、その時は正式にギルドマスターからの特別依頼だったとの処理がなされています!」

 

「な、なんだとっ!?」

 

ギルドマスターのゾリア殿は元Aランクの冒険者で、元Bランクどまりの俺とは実力の桁が違う。そのゾリア殿が特Aランクの表記をしている・・・。それになんだ?オーク1500匹討伐?オークキングにオークジェネラル?何かの物語か?

 

「商業都市バーレールで1500匹のオーク討伐が冒険者ギルドでの初依頼となっており、冒険者ポイントが信じられないほどの処理となっているため、まだ正式にランクアップの設定が完了していないみたいです・・・」

 

「ば、ばかなっ!」

 

冒険者ギルドの初依頼がオークキングを筆頭にオーク上位種を含む1500匹討伐って!

そんな化け物じみた冒険者なんでいるんだよっ!

フツーは薬草採取やゴブリン討伐から始めるだろうがよ!

・・・とんでもないやつを笑いものにしてしまった。

なのに、あいつはミノタウロスの討伐が出来ればいい、とそれだけを・・・。

 

「た、大変です!」

 

「今度はなんだ!」

 

「全冒険者ギルド支部へ緊急通達です! 先ほどのFランク冒険者のヤーベ様は、王都でも国を救うほどの活躍を何度もされており、男爵に叙爵されてからわずか四日で伯爵まで陞爵された「救国の英雄」とのことです!」

 

「げえっ!?」

 

ギルド内が一瞬にして静寂に包まれる。

男爵に叙爵されてから、わずか四日で伯爵まで陞爵されただと・・・。

そんなヤツ過去に聞いたこともないし、物語の主人公にだっていないだろう!

 

「ほとんど冒険者ギルドに顔を出さず、魔物の買取ばかりだったので、ギルドもヤーベ様の動向を全くつかんでいなかったそうです。それで、今回国を救って伯爵にまで陞爵されたヤーベ・フォン・スライム伯爵をSランクに認定する事を決定したと王都のギルド本部から連絡が!」

 

「エ、Sランクだとぉ! FランクからSランクへランクアップ!?」

 

冒険者ギルドは国をまたいでの組織ではあるが、国の援助を受けたりする事情もあり、一国の冒険者ギルド本部が冒険者に与えられるランクは最大でSランクまで、と決まっている。

その上にはSSランクという伝説級のランクもあるのだが、このSSランクは少なくとも3つの国家にある冒険者ギルド本部がSSランクを認定しないと発行されない究極のランクであった。このSSランクの認定を受けたものは過去、魔王の復活を阻止した伝説の勇者パーティ5名だけであった。

 

そんなこの国のトップランクを認定されたヤーベを笑いものにしてしまったのである。

この後、他のギルドから何と言われるか分かったものではない。ヤベェ、体の震えが止まらねーぜ・・・。

 

「ああっ!?」

 

冒険者の一人がいきなり声を上げた。

 

「な、なんだ!今度はどうした!」

 

「ヤーベ、ヤーベってどこかで聞いたことがあると思ったら、城塞都市フェルベーンの奇跡といわれた1000人以上の重症患者を奇跡的に回復させて、テロリスト組織を壊滅させた英雄の名前だ!」

 

「な、なんだと・・・」

 

もはやギルドマスターのドーリアは声も出なくなった。

その時の混乱と喧騒、そして歓喜は自分もよく覚えている。

なにせ自分の娘も助けてもらっているのである。重篤な状態で教会に寝かされ、妻と二人涙を流すしかできなかった時、颯爽と現れ、瞬く間に病人を回復させていった奇跡の立役者。

聖女様と二人で病人を治して回った様は御使い様、と呼ばれていた。

そんな人を笑いものにしてしまったのだ。

 

「お、俺はなんてことを・・・」

 

ギルドマスターのドーリアはその場で四つん這いになって崩れ落ちた。

 

「そういや、俺の彼女も教会で助けてもらったんだ・・・」

「俺はテロリストの宗教に入信するところを救われたんだ・・・」

 

誰もかれもが『城塞都市フェルベーンの奇跡』で少なからずヤーベにお世話になっていたのだ。

 

あの時、立役者のヤーベは馬車のパレードでも、表彰式でも白い豪華なローブをかぶっており、顔を見せることはなかった。だから、今日冒険者ギルドに来た矢部裕樹の姿を知る者はいなかったのである。

 

この日、城塞都市フェルベーンの冒険者ギルドはお通夜のように静まり返ったという。

そしてこの後王都の冒険者ギルド本部は元より、バーレールの冒険者ギルドやソレナリーニの町の冒険者ギルドからも非難轟々の嵐となってしまうのであった。

 




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第181話 ダンジョン攻略は斯くあるべき、という持論を展開しよう

「さて、言質は取った。速攻で<迷宮(ダンジョン)>を攻略してぶっ潰すとするか!」

 

俺は城塞都市フェルベーンの冒険者ギルドから飛び出すと、すぐに裏道へ入り、人の目が無くなるのを見計らって<高速飛翔(フライハイ)>で空中に浮きあがった。

 

だいたい町にはいる時も門で並んでいたからと言う理由で空から飛んで入ったからな。いい加減ちゃんとルールを守らないと俺が取っ捕まってしまいそうだ。ミル姉さんを助け出したら少し襟を正すことにしよう。

 

城塞都市フェルベーンの冒険者ギルドにも、無事<迷宮(ダンジョン)>をぶっ潰したら、王都スイーツ決定戦終了後に菓子折りでも持って挨拶に行くか・・・。

 

 

 

 

 

 

「お、アレか?」

 

岩山の中腹に洞窟のような物が見えた。しかも、丁度、ミノタウロスが二匹ほど出て来ていた。

 

「ありがたいほどにわかりやすいな」

 

俺は着陸時に飛び蹴りをかましてミノタウロスを瞬殺する。

 

「さて・・・<迷宮(ダンジョン)>攻略と行くか!」

 

尤も、真面目に?<迷宮(ダンジョン)>攻略する気などない。数あるラノベも<迷宮(ダンジョン)>の攻略はメインストーリーの一つだろう。何階層もある<迷宮(ダンジョン)>を階層ごとに主人公が苦労しながら攻略して行く様は胸躍るワクワク感があったものだ。

 

だが、ここは現実世界。<迷宮(ダンジョン)>攻略にワクワクもドキドキも必要ない。

必要な事は要救助者の確保と敵の殲滅、あるとすれば<迷宮(ダンジョン)>の奪取だ。

悪魔の塔も真面目に攻略せず外からあっさり頂上に上がった俺だ。

現実世界は求める結果があればいい。

 

「ウィンティア、シルフィー、ベルヒア、フレイア」

 

「はいはーい」

「お兄様お呼びですか?」

「ヤーベちゃん元気~」

「ヤーベ、やっと呼んでくれたな!」

 

四大精霊たちが俺の後ろに顕現する。

 

「すまない。これからかなりの魔力を使う。最悪暴走したら止めてくれ」

 

「ええっ!? 何するの?」

 

「こうする」

 

俺は久々に外でデローンMk.Ⅱの姿を取る。

 

「さあ行くぞ!」

 

ゴウッッッッッ!!

 

「わあっ!」

「お兄様そんなすごい魔力どうするんですか!?」

 

迷宮(ダンジョン)>の入口を塞ぐように立つ俺は魔力を全力で高めていく。

 

「スライム細胞よ、増殖せよ!」

 

ドビュルルルルルルル!!

 

スライム細胞を超高速増殖させ、<迷宮(ダンジョン)>の中に送り込んで行く。

あっという間に<迷宮(ダンジョン)>の通路がスライム細胞で埋め尽くされていく。

 

駆け巡るスライム細胞に<迷宮(ダンジョン)>の通路にいた魔物達が取り込まれていく。魔物は速攻で吸収である。

 

1F・・・制圧・・・2F・・・制圧・・・3F・・・

 

どんどん細胞を増殖させ、<迷宮(ダンジョン)>内をスライム細胞で埋め尽くして行く。

 

お、宝箱・・・回収・・・4F・・・制圧・・・5F・・・隠し扉があるな・・・宝箱回収・・・6F・・・

 

ミノミノミノ吸収・・・ミノミノミノミノ吸収・・・ミノミノミノ・・・おいおい、結構ミノさんいるなぁ。

 

7F・・・制圧・・・8F・・・制圧・・・9F・・・制圧・・・もうミノはめんどくさいから数えてません。

 

10F・・・あっ! きっとこの鎖に繋がれた女性がミル姉さんだ!

俺はスライム細胞で包み、<迷宮(ダンジョン)>入口まで細胞内を移動させる。もちろん空気を送り込むためにデローンMr.Ⅱの背中から筒状の空気取り入れ口を作る。取り込んだ新鮮な空気はスライム細胞内を移動させているミル姉さんに届けて呼吸を助けるのだ。

そして10F一番奥にデカイ扉がある。想像するにダンジョンボスの部屋だろうか?

まあ、俺には関係ない。即刻ぶち破ってその中の奴は吸収だ。

一回り大きいミノタウロスのような感じだったが、それも興味なし。早くミル姉さんを救助だ。

 

ん? なんだか一番奥の部屋に偉そうな台座の上に宝玉みたいな物があるな。これが<迷宮(ダンジョン)>か? 何でもいいや、回収。

 

「・・・お?」

 

ゴゴゴゴゴッ!!

 

「ややや、ヤーベ何したの!?」

「お兄さん崩れますよ?」

 

「スライム細胞超速回収!」

 

ズギュギュギュギュ!!

 

そのうちミル姉さんが<迷宮(ダンジョン)>入口に到着する。

 

スポンッ!

 

「コホッコホッ!」

 

助け出したミル姉さんが咳き込む。でもとにかく無事でよかった。

あ・・・お腹が大きくなってる・・・。くっ、とにかく今は命があったことをまず喜ぼう。

 

「ヤーベちゃん!崩れるわ!」

「おおい、ヤーベ何したんだよぉ!」

 

ベルヒアねーさんもフレイアも慌てふためく。

 

「スライム細胞回収終了!ここから離れろ!」

 

「「「「わああ――――!!」」」」

 

 

ドドドドドッ!! ガラガラガラッ!!

 

 

少し離れたところから振り返れば、<迷宮(ダンジョン)>の入口が完全に崩落して埋まっている。

 

「あ~、やっぱり<迷宮核(ダンジョンコア)>を奪い取ると崩れちゃうのか。壊せばよかったのかな?それとも誰かダンジョンマスターでも設定すればよかったかな?」

 

「えええ!? ヤーベ<迷宮核(ダンジョンコア)>持ってきちゃったの!?」

 

「あれ? マズかった?」

 

「いや・・・マズいっていうか・・・そんなことする人見たことも聞いたこともないから」

 

「そうねぇ、<迷宮核(ダンジョンコア)>は普通台座上で破壊して活動を止めるか、<迷宮核(ダンジョンコア)>にアクセスして新しいダンジョンマスターとして登録するか、のどちらかだと思うんだけどねぇ」

 

ウィンティアにそんなことをする人って言われたよ・・・。

ベルヒアねーさんにもちょっとジト目で睨まれてるよ・・・なんで?

 

「逆に、持ち出せば<迷宮(ダンジョン)>が崩壊するのに、持ち出せることが凄くないですか?」

「世界初かもしれないぞ、ヤーベ」

 

シルフィーにフレイアもなんだか感心してくれる。良い事か・・・な?

 

「それにしてもヤーベ、<迷宮(ダンジョン)>攻略に10分かかってないんだけど・・・」

 

ウィンティアが俺の方を信じられないものでも見る様に言う。

 

「まあ、なんだ。早いに越したことはないな。俺は行くから、君たちもゆっくり帰っていーよ」

 

「「「「はーい!」」」」

 

 

 

俺はミル姉さんをお姫様抱っこしながら、ミノタウロスハーフの娘達が集まっている村に帰って来た。

 

「ヤーベ!」

 

戻って来た俺にチェーダたちが走って集まって来る。

 

「ミ.ミル姉さん!」

「生きてたのね!」

「ヤーベ助け出してくれてありがとう!」

 

ミノ娘達が地面に座らせたミル姉さんの周りに集まって来る。

 

「あ・・・ミル姉さんお腹が大きい・・・」

 

「・・・・・・」

 

俺は確かにミル姉さんの命を救った。だが、重苦しい空気が漂う。

 

「んんっ・・・あれ? ここは・・・眩しい・・・」

 

ミル姉さんが目を覚ましたようだ。

 

「ミル姉さん!」

 

チェーダたちが声を掛ける。

 

「チェーダ・・・みんな・・・、私は助け出されたのね・・・信じられないわ。あら?イイ男ね、どちらさま?」

 

「俺はヤーベって言います。皆さんの生活をこれから支えるって約束した者です」

 

「まあ・・・わたくしたちを? 見返りは何を望みましたの?」

 

「いえ、別に・・・」

 

「お、オレがヤーベの妾になるんだ!」

 

「チェーダ?」

 

「あ、だから無理に妾にならなくてもね・・・」

 

「あ、ズルいです!私も立候補します!」

「私もです」

「私も!」

 

チェーダに続いて、ミーア、パナメーラ、マカンと次々に妾立候補者が現れる。どしてよ?

 

「あらあら、ヤーベ様はとてもおモテになりますのね」

 

ニッコリと聖母のような微笑みを湛えるミル姉さん。

 

「とりあえず栄養のある物を食べて下さい」

 

そう言ってすぐに食べられる食料、それからたっぷりの水を樽に入れて出す。

 

「ああ、ありがとうございます・・・」

 

「チェーダ、ミル姉さんにゆっくり食べさせてあげてくれ」

 

「ああ、わかった!」

 

その後、バーベキュー大会で使う予定だった、テントやタープを出してセッティングして行く。あるだけ使っちゃおう。携帯食料も保存食も箱ごと出しちゃう。

 

「わっ、そんなたくさんの食糧どうしたんだ?」

 

「明日一日忙しいから、戻って来るのも夜か明後日の朝になるかもしれないから。たくさんの食料と水は置いていくよ。後、とりあえずあのテントやタープで雨露は凌いでくれるか? 出来るだけ早く戻って来るから」

 

「え、どこかに行ってしまうのか?」

 

急に不安になったのか、俺の手を引いて目を潤ませる。

 

「明日王都で大事な用があってな。とにかくなるべく早く戻って来るから」

 

そう言ってチェーダの頭を撫でてやる。

 

「うう・・・」

 

俺の胸に顔を埋めるチェーダ。いつの間にか地面に膝ついてましたね。

 

「チェーダ、ヤーベ様を困らせてはいけませんよ?」

 

「ミル姉さん・・・」

 

「ヤーベ様、体が大きくてもチェーダは甘えん坊ですから・・・よろしくお願い致しますね?」

 

「ミル姉さん!!」

 

チェーダが顔を真っ赤にして文句を言う。

 

「さて、俺はこれで一旦王都に戻るよ。急いで帰って来るから、待っててくれよな」

 

俺は立ち上がってみんなを見回すと<高速飛翔(フライハイ)>で空中に浮きあがる。

 

「わっ、ヤーベが飛んだ!」

「まあ、チェーダの旦那様はすごいのね~」

「チェーダだけの旦那様じゃありませんから!」

「あらあら」

 

なんだか姦しく盛り上がってしまっているようだが、俺は帰路を急ぐため、王都に向かって移動を始めた。

 

「カラール!」

 

『ピヨッ!(ははっ!)』

 

序列第七位カラールが返事をする。

 

「ミノタウロスハーフの娘達を守れ。頼むぞ」

 

『ピヨヨッ!(ははーっ!)』

 

大地の従者(アースサーバント)>も二十体召喚してあるし、これで何かあってもとりあえずは大丈夫だろう。

 

 

 

超高速で空中を飛ぶ。

すでに空は黄昏の域を超え、夜の帳を降ろそうと準備を始めているようだ。

 

だが、醤油に味噌に昆布出汁に米・・・ミノ娘達のミルクも大量に手に入れた。完璧な布陣だ!

尤も明日の決勝戦には醤油とミルクがあれば大丈夫だけど。

必ずリューナに勝たせる・・・。だが、勝つだけでいいのだろうか?

俺と言う存在はスライム伯爵としてバレないほうがいいだろうし。

 

「まあ、明日の事は明日になってから考えるか・・・」

 

俺はリューナちゃんの喫茶<水晶の庭(クリスタルガーデン)>に向かった。

 




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第182話 明日の準備の前にお邪魔虫を片付けよう

キ―――――ンと音がするほどの速度で王都へ向かっている。

そう言えば王都を出る時も街門を通らずに空飛んで行ったな。今後はちゃんとルールを・・・ちょっと待てよ? 超高速で移動していろんな町で冒険者ギルドプレートを出しまくったら、逆にマズイのか? スライム伯爵の貴族証でも同じことだな。あまりに短時間で長距離を移動していると、変に勘繰られるかもしれん。ウン、街門での受付はしないようにしよう!並ぶのが面倒臭い訳ではないぞ? 我が能力を危険と判断されると困るからだ。決して並ぶのが面倒臭いからではない。大事な事だから二度言おう。

 

それにしても、<迷宮(ダンジョン)>が十階層程度で助かった。それに左右奥行きともに感覚としてはそれほど大規模な感じではなかったな。小ぶりな<迷宮(ダンジョン)>でよかったよ。百階層とかだったら目も当てられないな。こんなに短時間で攻略は出来なかっただろうしね。

 

いかん、すっかり日が暮れてしまったな。

確か喫茶<水晶の庭(クリスタルガーデン)>の夜の営業は休んで明日の用意を進めているはずだ。リューナちゃんに指示した練習はどれくらいの成果をあげているだろうか?

昼の営業だけでも昨日予選をトップ通過したホットケーキを是非食べたいと客が殺到しただろうしな。フィレオンティーナ達が活躍してくれているといいが。

・・・ウン、大会が終わったら慰労会を開こう。別にヤマシイ事なんてないけれども。

 

 

 

 

 

「あれ? ナニコレ?」

 

喫茶<水晶の庭(クリスタルガーデン)>の入口に降り立った俺は首を傾げる。

めちゃめちゃ高級な馬車が何台も並んでいる。御者たちはいるが、中には人が乗っていないのか? それにしても、何台あるんだ、この馬車?

 

俺は喫茶<水晶の庭(クリスタルガーデン)>の入口扉を開けて中に入った。

 

「ただいまー」

 

俺は右手を軽く上げて挨拶したのだが。

 

「ウムッ! ウマイッ!」

「素晴らしい食感ですわ!」

「確かにこれは美味しいですね!」

「しっとりと甘くて、やめられません!止まりません!」

「これほどの物とはのう・・・レシピを聞いてウチでも出来ぬかのぅ」

 

ステーン!

 

俺はぶっ転んだ。何してんのこの人たち!

でもってカッシーナよ、お前はどこかのえびせんでも食べているのか?

 

「ああ~、ヤーベさんお帰りなさい~助けてくださいよぅ~」

 

リューナが涙目になりながらホットケーキを焼いている。隣でフィレオンティーナもせっせとホットケーキを焼いている。奥のソファーには燃え尽きたであろうイリーナ、ルシーナ、サリーナ、そして一番上にリーナが積み上げられている。なぜかここは戦場だった!

 

「国王様! 一体ここで何をやってるんです!」

 

俺は中央テーブルのど真ん中に陣取ってホットケーキをパクついているワーレンハイド国王に文句を浴びせた。見れば横にはリヴァンダ王妃に、カッシーナ。反対には・・・どこのイケメンだ?もしかしてこの人がカルセル王太子?

 

「おおスライム伯爵! ホットケーキとやらはすさまじく美味だな。金を払うからぜひ王城の料理人たちにも指導してやってくれないかね?」

 

「私からもお願い致しますわ!」

 

「リヴァンダ王妃! 一体何枚のホットケーキを積み重ねているんです!」

 

リヴァンダ王妃の目の前には七段重ねのホットケーキが鎮座していた。

 

「王妃様、それお代わり三回目ですからね~!」

 

涙目のリューナが告げ口する。

 

「ちょ! リューナちゃんそれは言わない約束で・・・」

 

「何が言わない約束ですか!」

 

俺は両手を振り上げて抗議する。

 

「いや、ヤーベ卿。本当にウマイですよ、このホットケーキというやつは。温かいスイーツとはまた珍しいですね」

 

「それはどうも・・・って、初めましてですよね?カルセル王太子様。謁見の時も一度もお顔を拝見しておりませんでしたが?」

 

「なに、結構暗殺者に狙われることが多いのでね、最近は少し落ち着くまで引きこもっていたんだけど、まさかカッシーナがヒキコモリから脱却して嫁に行くとはね」

 

「さらっと聞いたら話が重かった!」

 

「カッシーナも降嫁すると、私しか王の地位を引き継ぐものがいなくなるからね・・・、でもヤーベ卿のおかげで面倒な公爵の一つは潰れて、一つは引きこもったから、大変ありがたいよ」

 

結構爽やかな笑顔で毒吐くな。初めて会ったけど、思ったよりしっかりした人かもな。

 

「もきゅ、もきゅ、もゅきゅきゅ! もぐもぐ!」

 

見ればカッシーナが右手も左手もフォークを持ち、それぞれの手でホットケーキを突き刺して頬張って食べている。カッシーナのほっぺたはパンパンだ!

 

「カッシーナよ!お前はリスか?リスなのか!?」

 

「もきゅ?」

 

「もきゅ?じゃねー!!」

 

俺は激怒した。頭から煙がドッカンだ。

 

「可愛く言ってもダメだから! どんだけホットケーキ食べてるの! 大体貴女明日も決勝戦の審査員でしょー! お腹一杯になっても知らないよー! だいたい決勝参加者のお店来ちゃダメでしょー!」

 

「テヘペロ♡」

 

「誰だ!カッシーナに碌でもない事教えたヤツ! 表出ろ!」

 

俺は地団太を踏みながらキィー!と暴れる。

 

「それはそうとヤーベ様、今お兄様を仕留めれば、私を妻とするヤーベ様が王位の座に!」

 

「おいおい、兄に連れないじゃないか」

 

「私の細胞の一片までその全てがヤーベ様のためにありますの」

 

何をドヤ顔で言っちゃってるのかな? カッシーナさん!

後、連れない程度で済むのか、カルセル王太子よ。

 

「いらないから! 王の座なんてノーセンキューだから! そんなメンドクサイのいらないから! からの~、も無くて! マジで王様なんてメンドクサイ立場お・こ・と・わ・りですからー!」

 

「メンドクサイって二回も言われたよ・・・」

「まあまあ、面倒なのは事実ですから・・・」

 

あ、ワーレンハイド国王が落ち込んだのでリヴァンダ王妃が慰めている。

悪いことしたかな。お詫びのスイーツは決勝戦後だな。

 

「まあまあ、ヤーベ卿、あんまり暴れると血管切れるぞ?」

 

見ればキルエ侯爵もいるじゃないか。優雅にコーヒー飲んでるようで、実は手元にホットケーキの皿持ってますよね!

ていうか、キルエ、エルサーパ、ドルミア、フレアルトの四大侯爵家勢ぞろいですけど!? フレアルト侯爵は明日の決勝戦もカッシーナと同じ審査員でしょーに!

そして何気に一番奥でそっと食べてるの、ドライセン公爵じゃね!? 

 

「偉い人来過ぎなんですけど――――!!」

 

国王以下偉い人たちを追い返すのにだいぶエネルギーを費やすことになった。

 




今後とも「まさスラ」応援よろしくお願いします!


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第183話 決勝戦のレシピを試して見よう

「あー、意味もなくシンドイ・・・」

 

偉い人に対応するのってパワーいるよね・・・

まして国王様って、この国で一番偉い人じゃん!

気軽に王城出ないで欲しいよね!

 

リューナちゃんもさすがにぐったりしている。

フィレオンティーナも椅子に座ってうたた寝している。

よっぽど疲れたんだろうな。俺は亜空間圧縮収納から、綺麗な一枚のショールを取り出して、フィレオンティーナの肩に掛けてやる。

 

「あ、素敵ですね、それ」

 

リューナちゃんがフィレオンティーナに掛けたショールを見て感想を述べる。

 

「ふふ、俺はいつも奥さんズのみんなに頼ってばかりだからね。ちょっとした時に何か買い込んだり作ってみたり・・・もっとゆっくりのんびり出来る時間が取れればいいんだけど」

 

向こうのソファーに山積みされているイリーナたちは軽く毛布みたいなのが掛けられているから、プレゼントは明日だな。

 

「すいません、私がスイーツ大会への協力をお願いしたばかりに・・・」

 

「リューナちゃんには逆に感謝しているよ。美味しいスイーツを作る事も出来たし、彼女たちも接客対応なんてあまりやったことなかっただろうし、いい経験になったと思うよ」

 

「私の方こそヤーベさんや奥様たちには感謝してもしきれないです。今日なんてとんでもない売り上げになったのに、みんなお給料いらないって、ホットケーキ頂戴って・・・ホットケーキの生地もバタールも蜂蜜も、全部ヤーベさんから貰った物ですよ。とにかく売り上げからちゃんと生地代とか払いますからね!」

 

腰に両手を当てて勢いよく俺を覗き込むリューナちゃん。

 

「生地代が払いたかったら、まずは自分一人でこのホットケーキの生地を仕込めるようになってからね?」

 

「テヘッ!」

 

リューナちゃんがペロッと舌を出して笑う。

リューナちゃんの作るホットケーキはまだ混ぜ方にムラがあるのか、俺の作るしっとりとした生地までは及んでいない。それでも十分おいしいんだけどね。

 

「それより、俺の出した課題、練習したかな?」

 

「はいっ! これを見てください!」

 

俺はリューナが出してきた果物を見る。

橙色の果実。オーレンと呼ばれるもので、俺のイメージはオレンジの硬めの奴だな。中々柑橘系のいい香りがする果物だ。

これをまるでリンゴの皮むきの様に皮を細めに切れない様にクルクル回して切る練習をさせた。

 

「うん、よく出来ているよ。皮も長く繋がっているね」

 

「最初は結構途中で切れちゃいましたけど・・・」

 

「いやいや、この完成したオーレンを見ればリューナちゃんの努力が十分わかる。見事なものだよ。それで、練習に失敗した果実や皮は渡したお酒の樽に浸けてあるかい?」

 

「はい、ここに」

 

リューナちゃんは小ぶりの酒樽を出してくる。透明な酒の中にオーレンの果実や皮が浸かっている。これはスペルシオ商会で買って来たスピリッツ(蒸留酒)だ。何が元になっているか説明を聞いたが忘れたな。ポイントは癖がなくすっきりしているところだ。これをベースにオーレンの果肉や皮を浸け込んでオレンジリキュールに似た物を作るのが狙いだ。

 

「よし、このオーレンも一緒にいれておこう」

 

「これも入れちゃうんですね」

 

「うん、実際に明日使うオーレンは、リューナちゃんにその場で素早く皮むきしてもらうから。何といってもむき立てが一番香りが良いからね」

 

「あ! 香り付けのためなんですか?」

 

「そうだね、香りは重要なファクターになるからね」

 

「ふぁくたー?ですか?」

 

「重要な要素、ポイントって事さ」

 

「わかりました!そこが大事なんですね!」

 

「明日はバニラアイスと呼んでいた物を『スノーアイス』と名前を変えて発表するよ。バニラエッセンスが手に入らなかったから、バニラの名前はちょっと使いづらくてね」

 

「そうなんですか? よくわからないですけど、目的の物が手に入らなかったなんて残念ですね」

 

ちょっとしょんぼりしちゃうリューナちゃん。

 

「だけど、とんでもない物が手に入ったんだよ! ちょっと飲んでみて」

 

そう言ってミノ乳の樽を取り出す。もうミノ(にゅう)って呼んじゃってるけど。

 

木のコップですくって飲んでみるリューナ。

 

「おいしいっ! 何ですか、コレ!?」

 

「すごいでしょ! 濃厚でコクがあって、それでいて口の中にあんまり味が残らなくて後味スッキリ」

 

「はいっ!」

 

「これで真っ白なアイスクリーム、その名も『スノーアイス』を作るよ」

 

「楽しみですね!」

 

「今から一緒に作ってみよう」

 

あ、ミノ乳を高速分離して生クリームとバター作らなきゃ。ぶっちゃけコレ、スライム細胞内で処理できるからメチャクチャ楽ちんだな。

 

「材料は、質のいい砂糖、ミノ乳、生クリーム、卵黄・・・コレ、アースバードの卵だっけ? それに塩と氷を用意しておくんだ」

 

「そんなにたくさんの材料じゃないんですね」

 

「だけど、この材料を質のいいまま準備して混ぜるのが大変なんだ」

 

俺のアイスの作り方・・・それは伝説の料理?漫画『美味し〇ぼ』の海〇雄山が作っていたアイスだ! コレは結構鮮明に覚えている。おかげでリューナちゃんにもアイス作りを教えてあげられる。何せこのために鍛冶師のゴルディン殿に金属の筒を作ってもらったのだからな!

 

「まず、魔導コンロに熱を入れて「弱」に設定、温めのお湯を作り、そのお湯を使って湯煎するんだ」

 

「湯煎ってなんですか?」

 

「直接火にかけずに、温める方法さ。こうやってね」

 

暖まって来た鍋のお湯の上に金属のボールを入れ、その中に砂糖と卵黄を入れる。

少しかき混ぜながらミノ乳を混ぜ合わせながらかき混ぜていく。

しっかり混ざったら今度は氷水で冷やしながらかき混ぜてやるのだ。

 

「<氷の弾丸(アイスバレット)>」

 

ちょこっと唱えた精霊魔法で氷をコロコロと出す。

今度は鍋に氷を敷き詰めてその中にボールを置いてかき混ぜる。

 

「私一人では作れないですね・・・」

 

氷の魔法が使えないリューナが悲しそうな顔をする。

 

「何言ってるの。魔導冷蔵庫を用意するから。その上の段には水を入れておくと氷になる場所があるから、氷はたくさん作れるよ」

 

「ええっ!? そんなすごい魔導具が!?」

 

「明日の決勝戦、そのままその魔導冷蔵庫持って行くから」

 

あれ、もしかして、コレまたアローベ商会で取り扱えば宣伝になるかな?うまくいけばまた一儲けできそうだ。でもこれ以上ゴルディン殿に仕事を振るとキレられるかもしれん。まああれだな、少数生産で1年待ちとか、大人気商品につき品薄ですパターンにすればいいか。

 

「なんだか、明日の決勝戦、すごい事になりそうですね!」

 

「持ち込む道具だけでも馬車二台分あるからね」

 

「魔導冷蔵庫、魔導ホットプレート、奇跡の泉の水の樽(これは現地に行ってから俺が亜空間圧縮収納から汲み出すけど)、専用調理器具を含む道具一式にスイーツ用の専用皿も必要だよ」

 

「それに食材や準備したお酒の樽ですね!」

 

「そう!それがキモだよ!」

 

そう言いながら氷につけたボールの中身に生クリームを加えてかき混ぜる。

 

「さて、固める準備をするよ」

 

そう言って木の桶にまた氷をコロコロ出して一杯にする。

その上に塩を振りかける。

 

「氷の上に塩を振るんですか?」

 

「そう、そうすることで、氷の周りが0℃よりも低くなり、マイナスの温度になるんだ」

 

「マイナス・・・?」

 

「えーと、すごく冷たくなるって事。それでね、かき混ぜたこのアイスの元を金属の筒に入れて・・・」

 

そのまま蓋をして桶の氷の中にぶっ刺してからくるくると勢いよく回転させる。

これ、漫画では海原〇山がジャッジャッと手でやってたけど、なかなかに重労働だな。

木工屋のドワーフの親父に筒をセットしてハンドルでくるくる回せるからくりを作ってもらおう。

 

一生懸命回してから、金属の筒の蓋を外して中を見る。

 

「あっ! 筒の内側に白く固まっていますよ!」

 

「ふふふ、これが『スノーアイス』だよ」

 

ぶっちゃけ普通のアイスクリームに仰々しい名前つけた様な気もするが、派手な方がイメージもいいだろう。このアイスは硬めだからクリームってイメージ無いしな。

 

「食べてみたいです!」

 

そう言うリューナちゃんの手にはすでに木の匙が握られている。

 

「用意がいいね、はい」

 

俺は筒を差し出す。

リューナちゃんが匙で周りにくっついたアイスを削り取って口に運ぶ。

 

「・・・!!」

 

匙を咥えたまま固まるリューナちゃん。

 

「冷たーい!甘ーい!おいしーい!」

 

狐耳と尻尾がピーンと真っ直ぐ逆立つ。すごい衝撃を受けたのかな?

 

「びっくりするでしょ?」

 

「びっくりしました!」

 

リューナちゃん素直だね。

 

「さらに、魔法の調味料でびっくり変身するよ?」

 

そう言ってタイゾーの親父から買って来た醤油を出し、アイスの上に少し垂らす。

 

「わっ!このソース黒いです!」

 

「これは醤油って言うんだ。試して見て」

 

「はいっ! ・・・うわわっ!甘じょっぱいです!これもおいしい!」

 

結構しっかりした醤油だったからな。アイスに合わせると、甘じょっぱい『みたらし味』に近くなるはずだ。

味の変化としてはインパクト十分だ。

 

「一品目から審査員の度肝を抜きに行くよ!」

 

俺はリューナちゃんにサムズアップする。

 

「そう言えば、一品目の『スノーアイス』、今練習してる二品目と、後もう一品必要ですよね?」

 

「そうだね、三品目はもう完成して、この特別な魔導冷蔵庫に入れて保管してある。これは明日、現場で最後にもう出すだけでいい」

 

「え~、私にまで内緒なんですか?」

 

「う~ん、器といい、モノといい・・・ちょっと特殊?なんだよね・・・」

 

「ズルいです!一緒に戦うのに、内緒は無しですよ!」

 

「う~~~ん、そこまで言うなら・・・」

 

俺はそう言って専用魔導冷蔵庫から予備のソレを取り出す。

 

「!!」

 

リューナが目を点にしている。

 

「な、何ですかこの器・・・! つ、冷たい・・・! こんなの見たことないです! まるで中のスイーツが宙に浮いています!」

 

「これはね、ガラスって言うんだ。冷たいのは魔導冷蔵庫で器ごと冷やしたからなんだよ」

 

そう、ガラス。

ラノベの世界ではなかなか重鎮な位置にいる事が多い。

これをチートで作れる者は大儲け出来ることが多いし、チート無しで狙おうとすると異世界の技術で苦労する事が多い素材だ。

例に漏れず、この世界でもガラスは見かけてない。窓もそうだし、コップ類も木製か金属のどちらかだ。

 

ガラス自体は石や砂の素材を混ぜ合わせて溶かせば作る事が出来る。

 

珪砂(石英)、ソーダ灰(無水炭酸ナトリウム)、まあソーダ灰は草木を燃やしてできた灰をさらに加工する事で完成するから比較的簡単だ。後は石灰(炭酸カルシウム)とかだな。

 

何といっても俺は亜空間圧縮収納にぶち込んで鑑定出来るからな。

ブルドーザーの如く石や土を喰らって亜空間圧縮収納にぶち込んで様々な素材に分離収納している。今はさながら歩く素材宝庫だな。地球時代の素材もあれば、異世界で初めて見る素材も結構ある。ゴルディン殿に相談すれば飛びついて寄越せと言われる素材もあったりしたな。

 

ガラスに関しては素材を高熱で溶かして固めればあっという間にガラスの完成だ。俺の場合、スライム細胞内で加工出来て、さらに不純物を取り除くことが出来るため、超クリアなガラスを作り出すことが出来た。ぐるぐるエネルギーで加圧圧縮するとものすごい強度のガラスも作ることが出来た。これ、地球時代の強化ガラスや防弾ガラス凌駕しているかも。まあ、これは副産物だ。普通に売るなら標準のガラスで十分だ。完全に不純物を取りのぞけば、まるで存在していないかの如く透明なガラスが出来上がる。これもアローベ商会で取り扱おう。

・・・なんだか商人っぽくなってきたな。

 

そしてリューナが()()を一口食べる。

 

「!!!」

 

あ、泣き出した。

目に涙を一杯に溜めたと思ったら、ぽろぽろと涙を零す。

 

「はふぅ」

 

バタン。

あ、倒れた。う~ん、()()ヤバいかなぁ。まあ、リューナは純粋な子だからと言う事にしておくか。

 

『ボス!聞こえますか?』

 

『どうした』

 

ヒヨコからの念話だ。序列二位のクルセーダーだな。

 

『クルセーダーです。タチワ・ルーイ商会の手の者が喫茶<水晶の庭

クリスタルガーデン

>に火をつけようと集結しております。その数15!』

 

『喫茶<水晶の庭(クリスタルガーデン)>の警護担当は誰だ?』

 

『我です、ボス』

 

氷牙か、丁度いい。

 

『火つけを行う連中が火矢を準備したら、()()()()()()()。それがそのまま証拠になる』

 

『ははっ!』

 

『クルセーダーたちはその後ばらついて逃げる連中を捕縛しろ』

 

『はっ!』

 

丁度疲れた?リューナちゃんが眠っているんだ。安眠を邪魔する者は・・・容赦しない。

さて、俺は明日の決勝戦の準備と確認をもう少しするかな。

そう言って倒れたリューナちゃんを抱き上げると、ベッドで休ませるために寝室に運ぶことにした。

・・・ちゃんとすぐ寝室から戻って来たよ!

奥さんズの面々もリーナもダウンしているんだから、その面倒見るのだってあるんだからね!

 




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第184話 万全の準備で決勝戦に臨んでみよう

決勝戦当日―――――

 

 

早朝、俺は目を覚ます。

昨日はちょうど良く、と言っていいのかどうかわからないが、三つ目のスイーツを食べてリューナちゃんが気を失ったので、そのままベッドに寝かせてダウンした奥さんズとリーナを触手でぐるぐる巻きにしてから闇夜を忍びながらコルーナ辺境伯家に帰って来ている。王都警備隊とかに見られると事案になってしまうからな。

 

チュン、チュン、チュン―――――

 

「むっ!?」

 

俺は慌てて木枠の窓を開ける。

そこには、普通にスズメらしき鳥が鳴いていた。

 

「おおっ! ついに泣いていない鳴き声が!」

 

初めてこの世界で普通にスズメらしき鳥が鳴いているのを聞いたな。なにせ今までは強制労働だったからな。

 

俺は喫茶<水晶の庭(クリスタルガーデン)>へ行く前に、コルーナ辺境伯家の台所に向かった。

 

「あら、ヤーベ様。随分とお早いですね」

 

そこに居たのはメーリングメイド長であった。料理人たちよりも早いとは。

 

「これはメーリングメイド長、おはようございます。随分とお早いですね」

 

「ヤーベ様、メイド長とは言え、私はこの家のメイドにすぎません。丁寧な口調など不要といつも申しているではありませんか」

 

困った顔をしながらメーリングメイド長は俺にいつものセリフを言う。

メーリングメイド長はいわゆるアラフォーの女性だ。もちろん直接年齢を聞くような真似はしないから、正確なところは知らないが。

 

「すみませんね、どうも人生の先輩と素敵な女性は大事にしたくなる性分でして」

 

「もう!そう言ってすぐにお揶揄(からか)いになるのはいかがかと思いますよ?」

 

ちょっと頬を染めながらも文句を言うメーリングメイド長。

 

「別に普通に本心なんですけどね・・・、そう言えば先日はリーナにクッキー作りを教えてくださってありがとうございます。またお礼をしなくちゃいけませんね」

 

「お礼なんて・・・リーナちゃんがヤーベ様に置いていかれて捨てられた、なんて泣いていたので、一緒にクッキーを作ってヤーベ様をお待ちしただけですよ」

 

そう言って微笑むメーリングメイド長。

 

「ですが、もしよろしければ、僭越ですが今から試作されるスイーツの味見など・・・」

 

俯き加減から上目使いで若干モジモジしながら切り出してくる。

 

ははあ、それで料理人たちよりも早く起きてきたのか。

今日は王都スイーツ決定戦の決勝戦当日。正午開始だから、最終チェックで俺が台所で何かするかもと狙われたか。だとすれば、メーリングメイド長侮りがたし!

 

「ええ、いいですよ。ぜひ味見して頂ければ。それでは早速準備しますからお待ちくださいね」

 

そう言って俺は丸型魔導ホットプレートを取り出す。

 

「これは・・・まるで小さな腰掛椅子みたいに丸く磨かれていますね?」

 

「ですが、この丸い表面は魔導ホットプレートですから、熱くなるのですよ」

 

そう言って俺は横から取り出したように見せて亜空間圧縮収納から生地を取り出す。

 

「ホットケーキの生地・・・とちょっと違いますね。もう少しさらさらしているみたいです」

 

覗き込みながらメーリングメイド長は感想を漏らした。

 

「さすがですね。その通りです。これはこうやって焼きます」

 

そう言って木で作ったT型ヘラを取り出す。

生地を丸型魔道ホットプレートに垂らして薄く均一に伸ばす。

この木で作ったT型ヘラをくるりと綺麗に回転させるのがコツだ。

 

あっという間に薄い生地が焼ける。そう、クレープの生地が出来たのだ。

 

「わあ・・・とっても薄いですね!」

 

「食べてみますか?」

 

「はいっ!」

 

薄くてもふわふわもちもちなクレープの生地は美味しいはずだ。俺なら味無しで十枚はイケル!

 

「美味しいです! あったかくてふわふわでほんのり甘いですね!」

 

メーリングメイド長はとっても素敵な笑顔で喜んでいる。

 

「ではではもう一枚サービスしますか」

 

そう言ってもう一枚焼くのだが、今度は昨日から仕込んだ生クリームも取り出す。

 

焼けたクレープ生地の上に生クリームをポテッと乗せて、クレープ生地でくるくる包む。

 

「はい、生クリームクレープの出来上がり!」

 

「ほわっ!」

 

真っ白な生クリームをまるで花束の様に包んだクレープを差し出されてメーリングメイド長の声が裏返る。

 

「こ、こんな素敵なスイーツがあるなんて・・・」

 

なぜかまるで本当に花束を受け取るように両手で大事にクレープを受け取るメーリングメイド長。目は生クリームの部分に釘付けだ。

 

「さあ、ガブッとどうぞ」

 

「ええっ!? ガ、ガブッと食べていいのですか・・・」

 

あ、持ってかぶりつくような食べ物ってこの家ではなかなか無いか。

 

「ガブッといってOKです」

 

「は、はいっ!」

 

 

はむっ!

 

 

口が小さめなのか、大きくかぶりつけなかったため、生クリームがはみ出て口の周りに飛び散る。

 

・・・イカン!男として変な想像をしてはいけない!せっかく新作スイーツの試食をお願いしているのだ!口の周りが白くドロドロに汚れてしまったら、優しくハンカチを貸してあげるのがジェントルヤーベの真骨頂だ!心のシャッターを切る事は別にして。

 

「あ、甘い! クリームがふわふわ過ぎです! 蕩けますぅ!」

 

まさかの腰砕けでその場で女の子座りしてしまうメーリングメイド長。。

でもクレープを手放すことは無く、はむはむと食べ続けている。

うん、クレープ効果高し。

 

俺はメーリングメイド長のもっともっとを振り切って喫茶<水晶の庭(クリスタルガーデン)>に向かった。

 

 

 

 

「リュ・ー・ナちゃん!オー・ハー・ヨー!」

 

店の玄関前に立ってデカイ声で挨拶する。

一応紐を引くと店内のベルが鳴る呼び鈴もあるのだが。

ちなみに、昨日リューナちゃんをベッドに寝かしつけた後、奥さんズとリーナを触手でぐるぐる巻きにして運んで帰る時に、ちゃんと扉の内側の閂を戻してあげてある。防犯にちゃんと気を使っているのだ。

外から触手をにゅるりといれて内側の閂を掛けて帰ったからな。

 

そう考えると、よく真実は一つしかないって言っている子供や、じっちゃんの名をよく掛けている少年とかに密室殺人を疑われても、バリバリ密室にできちゃうな、俺。スライムの触手があれば、閂でも鎖でもレバーの鍵でもにゅるりんとロックして密室を作り放題だ。密室トリックも真っ青なスライムパワーなり。

 

急に真面目な話をすれば、今の俺は結構どこでも侵入できる体だ。

悪い事を考えれば、いろんな女性の部屋に無断で侵入し、襲ったり、商人の家などに忍び込みどこぞの怪盗よろしく泥棒したりし放題な能力がある。もちろんノーチートな俺だが、異世界で頑張ればこれくらいは出来るようになるのだ。

だが、この力を悪に使ってはいけない。いつぞやの殺し屋ベルツリー君などは異世界転生の最悪パターンだろう。相手の嫌がる事をしないで、相手の気持ちを大切に。みんながハッピーになるように。今の俺様のモットーだ。

 

そんな意味では、この王都スイーツ大会でこの世界にないスイーツを広めて食べてくれる人をハッピーにする。そんな心づもりで大会に望むことにしよう。ちょっと高尚な気がしてきたぞ。

 

「はーい! ヤーベさんちょっと待ってくださいね!」

 

パタパタと走って来る足音が聞こえたかと思うと、ガタガタと内側の閂を開ける音も聞こえる。

 

「おはようございます、ヤーベさん」

 

お店の入口扉を開けて、リューナちゃんが俺を迎えてくれる。

 

「どうぞ」

 

「おはよう、リューナちゃん」

 

挨拶しながら俺は店の中に入った。

 

「あ、あの・・・ヤーベさん・・・」

 

ん? 見ればリューナちゃんは何故か尻尾を自分の股に挟んで前に持ってきて自分の手で掴んで毛先をイジッている。ケモニスタが見たら垂涎モノのシチュエーションだろう。

 

「どうした? リューナちゃん」

 

「あ、あああ、あの・・・昨日、私・・・気づいたらベッドだったんですけど・・・」

 

股に挟んだ自分の尻尾の毛先をくるくるイジるリューナちゃん。カワイイ。

 

「昨日リューナちゃんは疲れてたからね。早めに休んだんだよ。僕も奥さん連れて帰ったから」

 

「そ、そうですよね。寝ぼけてしまってすみません」

 

ぺこりと頭を下げるリューナちゃん。ちょっと胸がチクッとするけど、とにかく今は決勝レシピの最後の練習だ。

 

「さあ、もう時間が無いよ。早速最後の練習だ!」

 

そう言って俺は丸型魔道ホットプレートを取り出し、クレープの焼き方を教える。

 

「わあ、うすーい!」

 

食べてみればもちもちほのかな甘さが癖になるだろう。

 

「おいしー!」

 

更に昨日練習したオーレンの皮むき、その他手順を確認する。

 

 

 

・・・・・・・

 

 

 

「よしっ!完璧だ!」

 

「・・・すごいです、こんな・・・こんなすごいスイーツが作れるなんて・・・」

 

このレシピはリューナちゃんだけで対応可能だ。ホットケーキのように手軽ではないから、お店で出すなら、ディナータイム専用で、それもディナーコースの最後のデザート専用とか。そうなるとも予約営業オンリーになっちゃうかもな。高級店に様変わりするのもリューナちゃんの営業イメージに合わないかもしれない。これは要相談だな。

 

「わふっ!(ボス!準備出来ました!)」

 

店の外に出れば、ローガが荷車を引いている。

昨日馬車二台分かな、と言っていた荷物も、俺に任せろとばかり大型の荷車を自分一人で堂々と引いて来たな。

ていうか、いつの間にこのデカイ荷車を用意したのか。いつぞや子供たちをたくさん乗せてポポロ食堂に食べに行った時に使って以来、コルーナ辺境伯家の厩舎にほったらかしにしていたヤツじゃないか。

コレは、きっと厩舎担当のおやっさんに無理言って迷惑かけたな。後で甘味を差し入れしておかねば。

 

まあいい、丁度荷物は積み始めねばと思っていたところだ。

俺は次々にローガの持ってきた大型の荷車に道具を積み込んで行く。

魔導冷蔵庫、冷蔵庫の中には氷やスノーアイス、ミノ乳などがすでに冷やされている。魔導ホットプレート、丸型魔導ホットプレート、酒樽、そして第三のスイーツを冷やした専用の魔導冷蔵庫も積み込む。

料理道具に、オーレンなどの果物、奇跡の泉の水を入れる程の空樽も積み込まねば。

 

「リューナちゃん、準備はいい?」

 

「はいっ!」

 

「じゃあ横に乗って!」

 

「はいっ!」

 

「さあ、出発するぞ!ローガよ頼むぞ!」

 

「わふっ!(お任せください!)」

 

俺達は決勝の会場へ出発した。

 




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第185話 波乱?の決勝戦を戦おう

 

「―――――それでは、決勝へ勝ち抜き駒を進めた勇者たちよ!その持てる技量の全てを尽くして奮闘せよ! ア・レ・キュイジ~ヌ!」

 

「なんで国王様いるのよ! ノリノリぢゃねーのよ! リヴァンダ王妃までいるじゃん!!」

 

俺は全身白ローブで顔を隠したまま、キィィッと地団太を踏んだ。

だいたい何でそのネタ知ってんの!?

この前案内受けたマイホームでいきなりバーベキューやった時の俺の掛け声ネタパクったよね?

 

「「「「「わああああああ」」」」」

 

観客も大盛り上がりだ。何せ国王と王妃が揃って姿を現したのだからな。普段なら揃って国民の前に姿を見せるのは正月の挨拶の時だけらしい。それに美しい姿を取り戻した『奇跡の美姫』カッシーナ王女、それになかなか姿を見せないカルセル王太子までいる。というか王家勢ぞろいじゃないですか!暗殺者さーん!今が大チャンスですよ――――!!

 

あ、後ろにグラシア王都騎士団長の姿が。苦り切った表情をしているところを見ると、急きょ決まったな、あれは。よく見れば周りにも護衛のために王都騎士団の面々が。宮仕えは大変ですな。

だいたい、決勝の審査員は予選の十五名から十名に厳選されると聞いていたのだが・・・。ああ、こちらも苦り切った表情のオッサンたちが。昨日予選の審査をしていた連中だな。元々五名が審査員から脱落する予定なのに、王家三名が急に名乗りを上げてしまったわけ・・・あれ?キルエ侯爵までいるじゃん!あんたら権力使いすぎでしょー!!四人も涙を流しているのかよ!

 

・・・もしかしてホットケーキのパワーか?優勝候補のドエリャのケーキも好評だったようだが、リューナのホットケーキの衝撃は凄かったらしいからな。ましてあの連中は昨日喫茶<水晶の庭(クリスタルガーデン)>に押しかけて来て、たらふくホットケーキ食べて行ったからなぁ・・・。

 

決勝審査員のメンツは・・・

 

国王ワーレンハイド・アーレル・バルバロイ十五世

王妃リヴァンダ・アーレル・バルバロイ

王太子カルセル・アーレル・バルバロイ

王女カッシーナ・アーレル・バルバロイ

侯爵シルヴィア・フォン・キルエ

侯爵マークナー・フォン・フレアルト

伯爵トレイ・フィン・コンデンス

枢機卿アンリ

聖女フィルマリー

エルフブリーデン公国公女ブリジット・フォン・エルフリーデン

 

あ、来場者貴賓席で商業ギルドの副ギルドマスター・ロンメルが泣いている。今度スイーツを差し入れしてやろう。リンダ統括官にもきっと喜ばれるはずだ。商業ギルドにも顔が売れるとは、スイーツ様様だな。

 

貴賓席の他にも上級観客席には貴族たちが多く詰めかけている。そして見渡せば一般観客席の最前列に奥さんズの面々とリーナも応援に駆けつけてくれていた。奥さんズの面々は貴族たちの集まる上級観客席にも入れるはずだけど、そういうとこが庶民的で気持ちいいね。一応ヤーベ・フォン・スライム伯爵としての参加は隠しているものの、俺への応援は欠かしたくないらしい。ありがたいね。

 

・・・?あれ?イリーナやルシーナがプンプンに怒っている? フィレオンティーナがショールを肩に掛けてドヤ顔だ。サリーナがショールを指さしている。

あ、なんでフィレオンティーナだけプレゼントがあるんだと怒っているのね。

それは貴女たちが昨日ダウンして山積みにされていたから渡せなかっただけだよ。ちゃんとみんなの分あるからね?

それにしてもリーナがぴょんぴょんと飛んで全身で羨ましがっているな。

自分の気持ちを前面に出せる様になってオトーサンは感慨深いよ。ウンウン。

 

さて、この決勝戦は予選十位から一組ずつ順に製作、試食して点数が付けられる。

俺達は予選トップだったから大取りを務めるわけだ。明らかに王家の面々はこちらへの期待の視線が強すぎる。ドエリャから平等な審査を!とかツッコミが入らないといいけど。

 

スタートは予選十位の人からだ。

準備に最大二十分。三品を順次提示しながら、仕上げは目の前で行ってもいいと確認を取ってある。

だが、実際ほとんど準備時間を最大まで使う参加者はいない様だ。スポンジケーキや、クッキー、タルトなどの焼き系のお菓子が中心のため、基本的にすでに作り込んでみんな持ち込んでいるんだよな。

この場ではフルーツを切って盛り付けたりするパターンが多い。

 

予選十位の参加者から順々に見ていくが、手が込んでいるなと思ったのは予選三位の料理人が砂糖を温めて溶かした物をフルーツケーキに掛けてコーティングしていた技術だな。固まって表面がパキリとする触感が楽しいかもしれない。審査員たちにも受けが良い様だ。

 

そしてついに予選第二位、レストラン『デリャタカー』のオーナーシェフ、ドエリャ・モーケテーガヤーが登場する。

 

だが、ドエリャがスイーツを準備する前に声が掛かった。

 

「国王様、大会中に失礼致します。重大な違反が発覚しましたのでご報告にあがりました」

 

王都警備隊隊長クレリアが登場する。

 

「どうした?」

 

「こちらに捕縛した者どもですが、タチワ・ルーイ商会より依頼を受けて、予選第二位で通過したレストラン『デリャタカー』のオーナーシェフ、ドエリャ・モーケテーガヤー以外の参加者へ妨害工作を行っている事が判明しましたのでご報告申し上げます」

 

「「なんだとっ!」」

 

国王様と同時に叫んだのは当のドエリャであった。

・・・ああ、なるほど。ドエリャにとってタチワ・ルーイ商会は単なる金を出してくれるスポンサーであって、悪だくみはタチワ・ルーイ商会が独断で行ったって事かな?

 

「どういうことだっ!!」

 

クレリアが連れてきた捕縛されている連中に食って掛かるドエリャ。

 

「ちょ、ちょっと落ち着いてください!」

 

掴みかかってぶっ飛ばしそうな勢いで近づいて来たので、慌てて間に入るクレリア。

まあ、知らされていないとなると、ドエリャの腕が信用できないからライバルを蹴落とすという邪魔を行おうと思ったわけだからな。ドエリャからすれば俺が信じられないのかーってなるか。

 

「ふーむ、モーケテーガヤー氏は知らなかったのかね?」

 

国王様がドエリャに問いかける。

 

「ははっ! 誓ってこのドエリャ、料理に関しては嘘偽りを申しません!」

 

地面に片膝を付き、深々と頭を垂れるドエリャ。

 

「少なくともタチワ・ルーイ商会の息のかかったもの達が妨害工作を行ったのは事実です。特にこの氷漬けの者達は火矢を用いて喫茶<水晶の庭(クリスタルガーデン)>を襲撃しようとしていた者達で、あまりにも悪質であると思われます」

 

「なんと・・・」

 

国王達が絶句する。火矢で襲撃って、邪魔するレベルじゃないもんな。ほぼ火付け強盗じゃん。

 

そして引き出されたのは氷漬けの男たち、手には火矢と焚火の状況すら凍り付いている。

国王様たちも唖然としているな。

そりゃそうか、炎すら凍り付いているのだからな。

これ以上の証拠も無いか。

ちなみに<氷結棺桶(アイスコフィン)>は魔法解除すれば中の凍った生物は無事に元に戻る。殺さなくていいので有用な魔法だ。

 

「国王様に申し上げたき事がございます!」

 

おお、王様に直言とは。世が世なら打ち首もあり得る話だが。

 

「なにか?」

 

「私自身は何もやましいところがあるわけではございませんが、スポンサーとして費用のバックアップを受けていた商会が不正を働いていたという事、このドエリャ痛恨の極みでございます。私に不正があるかどうかは気のすむまでお調べ頂ければと思いますが、今大会では例え優勝してもその栄誉は辞退致しますので、私が作り上げるスイーツをお召し上がり頂けませんでしょうか!」

 

ほぼ直訴だな。ドエリャとすれば、意地とプライドか。

例え優勝を辞退したとしても、国王様からお墨付きの評価を得られたなら、それはそれでお店の箔が付けられる、ということだろうか。

 

「あい分かった。王都警備隊に調査は任せるとして、今はその技術の全てを決勝にぶつけてみよ!」

 

国王様の英断とも言える参加続行に観客が沸き上がる。

そしてドエリャがスイーツを準備し始めた。

 

見事な手際でケーキを二段に重ねて盛り付けている。さすがに決勝の舞台用に用意したスイーツだな。

 

一品目に出してきたのは団子のような練り物のお菓子に甘そうなソースをかけたものだ。

イチゴなのかどうかはわからないが、赤色が映えている。

二品目はフルーツタルトだ。きっと三品目に用意しているだろう二段重ねのスポンジケーキを際立たせるために触感の違うタルトを用意したというところか。

 

そして三品目の二段ケーキの仕上げにかかるドエリャ。

 

「・・・なんだあれ?」

 

ドエリャが何か小さな木樽の中から果物を取り出す。

 

「あれは・・・ドリアンか!!」

 

緑色っぽいトゲトゲの果物らしき物を取り出す。

強烈な甘みと豊富な栄養を持つ、果物の王。但しその強烈な腐敗臭とでも言うべき臭いのために敬遠される事が多い果物だ。

 

「あれはドリリアン!」

 

なにその微妙な類似。三十五億とか体に書いてないよね?

 

「噂では強烈な甘みを誇る果物の王様とも呼ばれている果実ですが、凄まじく臭いのでほとんど食べる人はいないとも言われています」

 

あ、異世界(コッチ)でもそうなのね。

そしてドエリャが包丁を入れ、果肉を取り出して二段ケーキの二段蹴中央に盛り付けていく。

それにしても、ここまで甘い香りが漂って来るが、臭くないぞ。

 

「信じられない・・・全然臭くない・・・それどころかとても甘くいい香りが・・・」

 

多分、何か漬け込んであったようだから、臭みを抜く特殊な方法を考え付いたんだろう。

それだけでも称賛に値するな。やりやがるぜ、ドエリャ!

 

「それでは最後の三品目となります。仕上げをとくとご覧ください!」

 

大皿に飾り付けられた二段になったドリリアンケーキ。

 

「今から舞い散る雪景色をご覧に入れましょう!」

 

そう言うと、後ろの助手が魔法を唱える。風魔法か?

そして、ドエリャの持っていた壺から白い小さな竜巻のような風が吹いたかと思うと、二段ケーキの上から雪の様に降り注いだ。

あれはシュガーパウダーか・・・。この世界なら、砂糖を目の細かいスリコギで相当細かくしたのか?

シュガーパウダーがまるで粉雪の様に降りそそぐ。

 

「さあ、降り積もる雪に埋もれる宝石のごときドリリアンケーキをお楽しみください!」

 

やべぇ・・・マジで手ごわい演出だ。

 

ケーキが切り分けられて審査員たちに配られていく。

 

「ウ、ウマイッ!」

「おいしいっ!」

「ドリリアン・・・初めて食べましたけど、こんなに甘いなんて!」

「すごいね、感動するよ」

 

王家の皆さん大絶賛だ。

 

「ウマ―――――ッ!!」

「本当に美味しいです・・・」

「最高ね、コレ!」

「これは手強いのぅ」

 

公女ブリジットに、アンリ、フィルマリー、キルエ侯爵と女性陣に大好評のようだ。

 

野郎ども(フレアルト侯爵とコンデンス子爵)は無言で爆食いしている。

 

そして、その評価は当然のことながら今までの最高点を叩き出す。

 

大きな拍手を受け、気障な礼をかまして悠々と下がるドエリャ。コイツ・・・腕だけは本物だ!

 

「す、凄いです・・・」

 

見ればリューナちゃんが震えている。これから決勝戦のスイーツを作る緊張に加えて、本当のプロの料理人の底力を思いっきり見せられてしまったからな。

 

だが次は大取り、やっと俺たちの出番だ。

本命は最後に現れるってね!

予選トップの底力、今度はこちらが見せつける番だ!

 

俺はリューナちゃんの背中をバシッと叩く。

 

「さあ、今度は俺達の番だ!行くぞ!」

 

目をぱちくりさせたリューナが俺を見る。

 

「はいっ!」

 

「いざ参らん!異世界のキュイジーヌ!!」

 

「・・・ヤーベさん、なんですか、それ?」

 

リューナちゃんがキョトンとした表情で俺の顔を覗き込んだ。テヘッ。

 




ドエリャをタチワ・ルーイ商会の悪だくみから完全に外したため、ドエリャ自身は鼻持ちならなくても一流の料理人という流れになってしまったので、なぜか決勝でドエリャが奮闘する姿を書かねばならず、どうでもいいキャラに苦労させられました・・・どうしてこうなった?

今後とも「まさスラ」応援よろしくお願いします!
よろしければしおりや評価よろしくお願い致します。


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第186話 練習したスイーツを全力で作り上げよう

さて、審査員の前に設置されたキッチンに道具を運び込む。

魔道冷蔵庫、魔道冷凍庫、三品目を入れた専用の魔道冷蔵庫も準備。丸型魔道ホットプレートを置いて熱を入れる。

 

「さあ、始めて行こうか」

 

「はいっ!」

 

そして、顕現させてはいないが四大精霊たちにも合図する。

 

『さあ行くぞ。ピンチになったら力を借りるからな!』

 

『任せて!ヤーベ』

『お任せくださいお兄様!』

『ヤーベちゃん私も食べたい~』

『ヤーベ、俺の力、いつでも貸すぜ!』

 

ウィンティア、シルフィー、ベルヒア、フレイアにも待機してもらう。

 

「それでは、予選第1位、喫茶<水晶の庭(クリスタルガーデン)>オーナー、リューナさん、用意スタートです!」

 

号令と共に早速魔道冷凍庫から一品目を取り出す。

 

金属の筒から固めたアイスを取り出して「皿」に盛り付けて行く。

皿は白い陶磁器の皿である。それも白磁の皿を用意した。

これは「王都御用達」の食器専門店から金貨の山を積んで手に入れてきた王族も使う美しい皿だ。

焼き物の皿は、木製の皿に比べてアイスが溶けて液体になっても食べやすいはずだ。

 

王家御用達のお店で買って来てもらった物だけあって、非常に白く美しい。それだけに白い皿に白いアイスをのせても、まるでそこには何もないかのような錯覚を起こしそうなほど白い皿である。それだけに醤油をわずかでも垂らした時の白と黒のコントラストがハッキリと浮かび上がるだろう。白磁の皿はめっちゃ高かったけどいい仕事してくれそうだ。キンキンに魔道冷凍庫でアイスと共に冷やした白磁の皿は木の皿と違ってアイスが溶けても木の様に沁み込まないからな。それにこの後の()()()()()としての役割もあるしな。

 

スプーンでこそぎ取る様にすくって皿に盛り付ける。

スプーンですくうと、若干のカーブを描くようにアイスが取れる。

三回すくい、さらに重ね合わせる様に盛り付けたものを審査員の前に出して行く。

その横に小さな陶器のポットを用意する。中身はもちろん「醤油」である。

 

「一品目『スノーアイス』でございます。最初、そのまま白いスノーアイスをスプーンですくってお召し上がりください。口の中でとろけるような味わいが楽しめると思います。次に隣のポットにある黒いソースをほんの少し垂らして召し上がって見てください。味が変わるのをお楽しみいただけます」

 

「どれ・・・」

 

真っ先にスノーアイスにスプーンを入れたワーレンハイド国王。

 

「うおっ!?」

 

あまりの冷たさと蕩けるクリーミーさとコクのある甘みに体が震える。

 

「すごいっ!」

 

ワーレンハイド国王の言葉に、国王をガン見していた他の審査員たちも我先にとスノーアイスにスプーンを突き刺し、次々に口に運んでいく。

 

「冷たいっ!」

「蕩けますぅ!」

「口の中で消えてしまったぞ!?」

 

王族の皆さんも驚きの表情を浮かべる。

 

「甘――――い!」

「冷たくて美味しいです」

「これは凄いわね!」

 

公女ブリジット、アンリ枢機卿、聖女フィルマリーがアイスの口の中でとろける感覚に感動している。

そして醤油を掛けるワーレンハイド国王。

 

「むうっ!これはウマイ!なんと甘じょっぱい感じなんだ!我はこちらの方が好みだな!」

 

どうやら国王様は醤油の味がお好みのようだ。

他の審査員も醤油を垂らしては口にアイスを含み驚愕の声を上げている。

 

「この黒いソース、色々な料理にも合いそうですわ・・・」

 

リヴァンダ王妃の目が光る。その価値がアイスのソースだけに留まらないことを見抜いたようだ。

 

「なんだ!?この『スノーアイス』というのは冷たくて甘いのに、口の中に入れたら溶けて無くなってしまうのだ!それにこの黒いソース!エルフの国には全く無いぞ!」

 

興奮気味に捲くし立てるエルフブリーデン公国公女ブリジット。

 

「もう少し!もう少しだけお淑やかにお願い致します!」

 

泣きそうな表情で必死に宥めるエルフメイドっ娘。なんとなく可哀そうだな。

 

「一品目のスノーアイスですが、全て食べずに少し残しておいてください。二品目と一緒に食べても美味しいですので」

 

リューナちゃんはにっこりと笑ってあっという間に食べ尽くしそうな審査員たちにブレーキを掛ける。

 

 

 

審査員たちがスノーアイスに夢中になっている間に二品目を準備しよう。

リューナちゃんに何枚かクレープを連続して焼いて行くよう指示する。

今度は大きめの平たい白磁の皿を用意して、焼けたクレープを二つに折って並べていく。

 

その横では魔道コンロにフライパンを準備する。

流し込むのはバターと砂糖、そしてオーレンを漬け込んだ酒だ。

少し煮詰めたら焼いたクレープをソースに沈め、スプーンでソースをかけながらしっとりさせる。

 

折角だから、仕上げは目の前でキメさせてもらおう。

まさかガラスを作った時に超圧縮の強化ガラスの使い道などしばらくないと思っていたのだが、耐熱ガラスが欲しかったので、早速超圧縮の強化ガラスでシャンパングラスを用意したのだ。リューナちゃんが一生懸命オーレンの皮むきを練習したその実を漬け込んだお酒をグラスに注ぐ。

 

「な、何だその透明な器は!?」

 

ワーレンハイド国王が思わず席を立ち、リヴァンダ王妃も両手で口を押えるほどの衝撃。

 

水晶(クリスタル)・・・?それしても透明だの・・・」

 

キルエ侯爵の目もグラスに注がれている。

 

「グラスについては後でご説明いたしましょう」

 

俺は国王様たちに声を掛け、とりあえずリューナちゃんに次の作業に移る様に目で合図する。

 

リューナちゃんはコクンと頷くと、クレープを沈めてソースを煮詰めている間にオーレンの皮むきを始める。

オーレンのヘタの部分を少し落として、シュルシュルと皮をむいて行く。その皮が螺旋の様に垂れ下がるまで伸ばせたら皮むきOKだ。そして、小ぶりなレイピアやエストックを思わせるような、細い剣でオーレンを突き刺す。

 

フライパンのクレープを白磁の大皿に移してその上からフライパンのソースをかける。

その皿を審査員の中央にいるワーレンハイド国王の目の前に準備する。

 

「さあ、それでは始めましょう。二品目は『クレープシュゼット』です!」

 

そう朗々とリューナちゃんがその名を伝える。

右手でオーレンを突き刺した剣を持ち、オーレンを目の前の高さに合わせる。左手はオーレンを漬け込んだお酒だ。

 

「お願いします!」

 

俺はリューナちゃんの合図で魔法を放つ。

 

「フレイア行くぞ! <種火(ティンダー)>」

 

俺の掲げた右手の先から、炎の精霊フレイアの力を借りて作った小さな炎がふわふわとリューナちゃんが左手に掲げたお酒の入ったシャンパングラスに向かって飛んでいく。

 

ボウッ!

 

「うわっ!」

「キャア!」

 

国王様、王妃様が同時に声を上げる。

グラスから青白い炎が煌めき立つ。

 

「も、燃えているのか・・・」

 

キルエ侯爵が呆然とその炎を見つめる。

 

そしてリューナちゃんが剣で突き刺したオーレンに炎が立つお酒を掛けていく。

ゆっくりとオーレンの螺旋に垂れた皮を青白く燃え盛る炎のお酒が伝っていく。

 

「キレイ・・・」

 

カッシーナ王女がその幻想的な状況を声も無く見つめていた。

 

そしてついに炎の酒がクレープの皿に到達し、クレープを載せた大皿がゆらゆらと青白い炎に包まれていく。

 

「スイーツが燃えていますわ・・・」

 

公女ブリジットもその状況をボーっと見つめていた。

 

そして、リューナちゃんが燃えているオーレンを隣に用意した金属のバケツに放り込む。

シャンパングラスの炎は口を手で押さえて消す。

 

「あ、熱くないのですか・・・?」

 

枢機卿アンリが驚きの表情を見せる。

 

「クレープシュゼット、完成致しました!ファイアードラゴンが降臨するかの如く吹き荒れる炎の幻想をお楽しみいただければと思います。どうぞお召し上がりください!」

 

リューナちゃんの声に審査員たちがハッと我に返って、恐る恐る配られてくるクレープシュゼットを見る。そしてナイフとフォークで切り分け、口に運んでいく。

 

 

「「「「「!!!!!」」」」」

 

 

全員が衝撃の表情を浮かべる。

 

「ウ、ウマイッッッッッ!!」

 

「温かいわ!何て高貴なスイーツなの!同じ温かいスイーツでもホットケーキが家庭的で庶民的な感じとすれば、正にこのクレープシュゼットは王族の味!」

 

ワーレンハイド国王が素直に感動し、リヴァンダ王妃は一昨日のホットケーキとの違いをズバリ看破する。

 

「温かいからより香りが湧き立ちます!何て芳醇なオーレンの香り!すごくオーレンの香りを感じるのに、酸味は少なく、とってもソースにコクのある甘みを感じます!」

 

カッシーナ王女が一口食べて感動に打ち震える。

 

「一口召し上がられたら、味を変えたい場合は、横に沿えました生クリーム、フルーツのカット、そして一品目のスノーアイスを乗せてお召し上がりください。特にスノーアイスを一口分乗せて召し上がられますと、温かいクレープと冷たいスノーアイスの両方を同時で口の中に入れてお楽しみいただけます」

 

リューナちゃんの説明に、我先にと公女ブリジットがスノーアイスをスプーンで一口すくい、クレープの上にポトリと置いて、クレープで包むように口に放り込む。

 

「んんん~~~~~♡♡♡♡♡」

 

公女ブリジットがナイフとフォークを握りしめたまま立ち上がって唸る。

何事かと見つめる審査員たち。

 

「あったか~い!冷た~い!おいし~い!」

 

ナイフとフォークをグーで握りしめたまま、ほっぺたを抑える公女ブリジット。

あまりのうまさにバタバタと体を揺らす。

 

「お嬢様!お願いですから!お願いですから少しだけ落ち着いてください!」

 

後ろで涙を流しながらお付きのエルフメイドっ娘が窘めているが耳に入っていない様だ。

 

「何と香しい香りなのだ・・・」

 

一切れフォークでクレープを突き刺しながらキルエ侯爵が感動している。

 

「凄いです・・・」

 

アンリ枢機卿もはむはむと食べながら恍惚とした表情を浮かべる。

 

「ウマすぎるわねっコレ!」

 

聖女フィルマリーに至ってはソースを啜るという行儀悪さを露呈している。

 

「これすげーうめーな」

 

「こ、こんな洗練された美しく格式高い料理が・・・しかもすさまじく美味しい! それにスノーアイスと組み合わせれば温かい物と冷たい物を同時に食べられる・・・こんな組み合わせ見たことも聞いたことも無い! まぜて足を引っ張り合うどころか、それぞれが引き立てあってさらなる高みが見えるような気さえする!」

 

フレアルト侯爵にコンデンス伯爵もナイフとフォークが止まらない。

 

完全にワーレンハイド国王を始めとした審査員たちがクレープシュゼットにドハマリしている。

 

「それでは、三品目を・・・」

 

「ちょっと待った」

 

リューナが三品目を取り出そうとしたのを止める声が。

 

「・・・ドエリャさん?」

 

リューナが首を傾げるが、ドエリャはリューナを無視して、俺の前へやって来る。

 

「自身の結婚式のためだとは言え、これはいかがなものでしょうか、スライム伯爵殿」

 

まるで苦虫を噛み潰したかのような表情で俺の前に立ちはだかった。

 




やっと決勝戦メニューが登場しました。引っ張る気も無かったのですが、結構かかりましたね(苦笑)
クレープシュゼット、皆さんの想像通りだったでしょうか?
一度だけ目の前で見たことがあるのですが、炎が伝って降りてくるときはちょっと感動しました。

今後とも「まさスラ」応援よろしくお願いします!
よろしければしおりや評価よろしくお願い致します。


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第187話 スラ神様を降臨させよう

皆様日頃は「まさスラ」ご愛読誠にありがとうございます。
世間は新型コロナウイルスの影響で外出自粛要請が出て、GWも出かけられないような状況になっております。このような事態を皆様で乗り越えるためにも、本日から二週間、GW明けの5月7日まで、毎日更新宣言いたします!
コロナウイルスが落ち着くまで、家でハーメルン三昧できるよう、毎日更新いたします!
ぜひ皆様もご自愛いただきながら物語を楽しんでいただければと思います。
この難局を皆で乗り切りましょう!


俺の前に立ちはだかって苦言を呈すドエリャ。

 

「なるほど、素晴らしいスイーツの数々、恐るべき慧眼とその実力にございます。さすがは救国の英雄と呼ばれるだけの事はありますな。そのお力は戦うだけでなく、スイーツにまで幅広く網羅されておられるとは。ですが、ご自身とカッシーナ王女の結婚式に花を添えたいからと囲いの者を出場させ、それに力を貸すのは公平に期さないのではないでしょうか? スライム伯爵」

 

観客がにわかに騒めきだす。

なにせ、この白ローブを羽織る俺が『救国の英雄』ヤーベ・フォン・スライム伯爵だと一度も紹介されていないのだから。

 

「囲いの者って・・・」

 

なぜかリューナが真っ赤になって後ろから回した尻尾を握りしめてクネクネしている。

・・・股に挟んでいないだけマシだな。人前だし。

 

ちらりと応援席を見ればフィレオンティーナが今にも魔法をぶっ放しそうな勢いでこちらを見ている。ルシーナとサリーナがかろうじて押し留めているようだ。

リーナはよくわかっていないのか、変わらず応援してくれている。

 

「何とかおっしゃられてはいかがですかな?」

 

ドエリャの言葉に国王様たちが何か言おうとしたその時、

 

『ふむ・・・我がヤーベ・フォン・スライム伯爵であるというのは些か間違いではある・・・、よかろう、望むのならば、現世に顕現して見せよう』

 

厳かな声色で、全体に響くように声を出す。

 

これぞ必殺の<スライム的拡声術(スライスピーカー)>!

まるでドームコンサートの如く声を響かせる。

 

そしてその後ろからウィンティア、シルフィー、ベルヒア、フレイアの四大精霊たちが顕現する。その姿は<勝利を運ぶもの(ヴィクトル・ブリンガー)>でまるでどこぞのゴールドク○スを真似たようなかっこいい鎧を着せている。水を司るウィンティアがブルーの基調で、風を司るシルフィーが緑の基調で、土を司るベルヒアが茶色の基調で、炎を司るフレイアが赤の基調の鎧を纏っている。

 

そして俺は白いローブを脱ぎ捨て、ブルーのティアドロップ型+2枚の大きな翼を背負った姿でゆっくりと宙に浮いている。

 

『我は精霊王・・・精霊スライムの(かみ)、スライム(しん)である!』

 

堂々とそう宣言する。

宣言した俺の前に移動すると、四大精霊たちが傅く。

 

「「「「精霊王スライム神様、ご顕現お喜び申し上げます」」」」

 

その瞬間会場が大喧騒に包まれる。

 

「うお――――!! 神様だ!神様が現れたぞ!」

「ありがたやありがたや!」

「あれ、魔物かと思ったけど神様なんだ?」

「バッカ!お前バチが当たるぞ!早く拝んでおけ!」

 

観客は神様が現れたと大パニックで拝みだす。

 

「ば、バカな・・・か、神だと・・・」

 

俺がスライム伯爵だと思っていたドエリャはその場で腰を抜かした。

まあ、俺が喫茶<水晶の庭(クリスタルガーデン)>に肩入れしてたのはわかるだろうしな。良い読みだったが、俺様は斜め右上を行く男だ。

 

「か、神様が来ちゃったよー!?」

「お、おおお、落ち着いてくださいませ、あなた!」

 

ワーレンハイド国王もリヴァンダ王妃も抱き合いながら神の顕現に恐れ慄く。

 

そんな中一人俺の前に歩み出て、優雅に傅く女性。カッシーナ王女だった。

 

「スライム神様、現世への顕現、誠に光栄の極みにございます。できましたら現在この世界で認識されている神々の一柱に加えさせて頂き、信仰をお許し頂ければこれに勝る喜びはございません」

 

すらすらと俺に対して要望を述べるカッシーナ。

 

『許す。現在この世で我が加護を授けているのはヤーベだけである。今後誰かに加護を授けることはないだろうが、信仰の気持ちを妨げるような真似はせぬ。好きにするがよい』

 

「ははっ!ありがたき幸せにございます」

 

深々と首を垂れるカッシーナ王女。

 

『我を信仰する者には気軽に「スラ神様」と呼ぶことを許そうぞ! ちなみに我が本殿はカソの村の外れにある奇跡の泉の横にある。この王都に新しく神殿を立てる必要はないぞ。教会の女神像の横にでも我の像を間借りしておいておけば十分だ』

 

「「「えええ―――――!?」」」

 

どうやら観客席の教会関係者が腰を抜かしているようだ。

そりゃそうか、女神だかなんだか信仰している神の像の横に別の神の像を置いとけって言ってるんだからな。わっはっは、この世界の神め、ザマーミロ!

そして、カソの村のマイホームはついぞマイホームとして活躍することはなかったな・・・。今後はスライム神の本殿としてその役割を果たすことだろう。

・・・近くにもう一軒建ててくんないかな?村長に相談してみるか。

 

「仰せのままに」

 

恭しく返事をするカッシーナを国王様たちが目をパチクリさせながら見ている。

 

「ヤーベ様のお力はスライム神様の加護によるものだったのですね・・・」

「じゃあ、教会にスライム神様の像を飾って熱心に祈れば私もあの男みたいな力が貰えるかしら?」

 

アンリ枢機卿は胸の前で手を組みながら俺を見ているが、聖女フィルマリーはどこまでも俗物のようだ。まあ、最近は最低限の仕事(無償で<癒し(ヒール)>対応)をこなしているから見逃してやるか。

 

「か、神様・・・?」

「スライム神様・・・?」

「神様出た―――!」

 

多くの人間たちが神だ神だと騒ぎ出す。

 

うははははっ!

ラノベの主人公が言ってはいけないセリフナンバーワンではないだろうか?

 

『我こそが神である』って!

 

どう考えても勘違いのモブキャラか悪党のセリフだもんな!

だいたいラノベでは自分が神だなどと宣うバカはチート勇者か復活した魔王にぶっ殺されるパターンが多い。

そう考えると神を自称した俺様はスゲー悪党っぽいな!

少し自重しないと狩られてしまうかもしれん。ラノベの典型的パターン(おやくそく)に!

気をつけねば!

 

・・・一応四大精霊たちに、精霊の神様って自称しても大丈夫かな?的な相談はしたんだぞ? だけど、「ヤーベなら何言っても大丈夫じゃない?」ってウィンティアなんかさらっとOK出したからな。シルフィーは「お兄様が神・・・」ってちょっとアブナイ目つきだったし。ベルヒアねーさんは「ヤーベちゃん神ってるわ~」とか言ってからかってくるし、最近やたらと素直になったフレイアに至っては「よし、オレもヤーベを崇めるか!」とか訳の分からんことを言い出す始末だった。

 

それに、今このタイミングで神を自称というか詐称というか・・・したのにはある程度理由がある。

俺がこの国を救った『救国の英雄』として祭り上げられている分にはいいのだが、俺様の力を不審に思う連中も少なからずいることはいるのだ。

なので、俺の「すごい力ってどうなってるの?」という疑問にアンサーを投げておこうというわけだ。

 

人間、目で見えない不安なものには理解が及ばずに恐れ慄きやすいが、たとえすごい力があったとしても、その力の「理由」が明確になっていれば、そうは不安にならないものなのだ。

 

俺という存在が人間離れしている理由・・・それが大いなる『神の加護』を受けているから!という説明をすることにより、人よりすごい力を持っていても、「ああ、神のご加護があるからすごいのね」で済ませてもらおうという魂胆なのだ!

 

フツーなら異世界転生時に女神とかにチートを貰ってくるわけだから、転生者なら()()()()()()()()()()わけだが、当然ノーチートの俺にはそんなものはない。

だから、悲しいかな()()()()()()()()()()()()()!と王都のみんなに宣言する事にしたのだ。

 

・・・まるでバレンタインデーにチョコを貰えない自分が自作自演で自分の下駄箱にでもチョコを入れて、チョコ貰っちゃった、みたいなことを呟いている様で、俺の心の奥底に多大なダメージの津波が押し寄せてきているが・・・。

それでも俺の存在がまるで想像のつかない不気味なモノであると思われるよりは、何だか知らないけど精霊の一種を司る神様から「ヤーベ、加護貰ってるってよ!」と言われている方が幾分も親しみやすいのではないだろうか?

 

くそうっ!それにしてもこんなチュウニ病全開で『俺は神だ!』って叫んで自作自演で自分に神の加護があるってアピールせにゃならんとは・・・! これも俺にチートを寄越さなかった神のせいだ! オノレカミメガッ!!

 

 

 

「それで、スライム神様はなぜこの世に顕現を・・・?」

 

アンリ枢機卿が席を立ち、カッシーナ王女の横に来て傅き、問いかける。

 

『我が加護を与えたヤーベが結婚するという事だったのでな、祝いの品を送ろうと思ったのである。優勝すればヤーベの結婚式にデザートが出せるらしいのでな・・・。それが三品目のスイーツである』

 

俺のセリフにリューナちゃんが我に返り、三品目だけを入れて冷やしてある魔導冷蔵庫からスイーツを取り出す。

 

それは先ほど炎の酒を作ったフルート型シャンパングラスと違い、少し大きめのソーサー型シャンパングラスをモチーフにしたガラスの器であった。その中に満たされているものは、薄めのブルーのゼリー。

 

『「スライムゼリー」である』

 

俺の言葉を受けてリューナちゃんが審査員の前にグラスに入ったスライムゼリーを配っていく。

 

「な、なんだこの器!あまりにも透明だ・・・」

「硬くて、美しいですわ・・・」

「向こうが透き通って見えます!」

「ふーむ、これはいったい何でできているのだろうか?」

「まるでブルーのゼリーが空中に浮いているようだの」

 

王家の面々とキルエ侯爵が興味津々でガラスで出来たグラスを眺めている。

カッシーナも審査員席に座ってスライムゼリーをしげしげと眺めている。

 

実はカッシーナには俺が神様だと本来の姿を現すかもしれない、と伝えてあった。その場合はさっきのようなやり取りで場を治めようと話をしてあったのだ。

 

そして審査員たちは同時にスプーンでスライムゼリーをすくって口に含む。

 

「「「「「!!!!!」」」」」

 

 

そして、驚愕。

 

 

その口の中には、深く深く甘くとろけそうで、それでいて爽やかな風が優しく吹き抜けそうな清廉さを兼ねた、圧倒的に神々しいまでの味が口の中に広がったのである。

 

その味わいを言葉で説明することは、不可能であった。

 

そして、全員の目からすうっと頬を伝って涙が零れ落ちる。

 

観客席の応援する人々も近くにいたドエリャも声もなくそれを見守った。

 

「感動だ・・・いや、感動などという言葉ではまったくもって言い表せない・・・」

 

ワーレンハイド国王が呟いた。

 

「ええ、全くですわ。私も、言葉にできません。この素晴らしさを表現する言霊を持ち合わせていないのです」

 

ゆっくり頭を振って、リヴァンダ王妃も溜息をつく。

 

「これはいったい何なのでしょうか?」

 

素直にカッシーナが俺に聞いた。

 

『これは、俺の体でっす♡』

 

「「「「「ブブフォッッッッッ!!」」」」」

 

その時、審査員十名全員がきれいに吹いて綺麗なアーチを架けた。

吹いたゼリーは日の光に照らされキラキラと薄いブルーの光を放ち、さながら神の虹がかかったようだと、その時を振り返って人々は口にしたという。

 




初期プロットで考えていた「スラ神様降臨す」ついに実現してしまいました(笑)
そしてこの先、初期プロットでは王都編最終の事件へと進んでまいります。

今後とも「まさスラ」応援よろしくお願いします!
よろしければしおりや評価よろしくお願い致します。


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第188話 衝撃の事実をなんとか理解しよう

王城にて―――――

 

あれから、すったもんだの末、リューナとドエリャはそのまま王城に移動(というか、ほぼ拉致)して、急遽行われる晩餐会にてスイーツを振る舞うという流れになった。

 

俺が「スラ神様降臨!」なんてやったもんだから、会場が結構パニックになったのだが、最終的に、後ろ盾の商会に問題が発生したドエリャと、後ろ盾が神様だったリューナはどっちも違う意味で問題があるんじゃね?みたいな雰囲気になったので、もうドエリャとリューナが二人とも優勝!という事になったのだ。まあ、めでたしめでたし?的な?

 

俺はといえば、再びローブを纏ってから超小さくなってローブがばさりと落ちた時には姿が消えてなくなるといったマジシャンチックな手法で姿を消した。

・・・どうせなら派手なエフェクトで空中消失した方がよかったかと思ったのだが、後の祭りだ。

 

そんなわけで、スラ神様より「唯一の加護」を受けているとなった俺様に話を聞きたいと、王様自ら俺を王城で開かれる晩餐会に招待したわけだ。なので、俺様は半ば・・・というか、全ば・・・というか、100%強制的に王城に連れてこられている。

 

王城に向かうという事だったので、謁見時に着ていた貴族スーツを身にまとっている。戦時ではあるまいし、鎧姿というわけにもいかないしな。

 

招かれた王城では、すでに立食パーティの準備が整っており、多くの貴族がやって来ていた。

前菜と飲み物はすでに振る舞われており、各々がつまみながらドリンクを片手に持ち、談笑を繰り広げているようだ。

俺はコルーナ辺境伯とともに会場を訪れた。俺は会場でそのまま王様に拉致られたので奥さんズの面々とは会えなかったのだが、コルーナ辺境伯に聞いたところによると、一応奥さんズの全員は騎士爵を拝命しているが、フィレオンティーナを始めとしたみんなは参加を遠慮するとの事であった。

 

会場に入れば多くの貴族が俺の方に視線を向ける。なんだか居心地悪いな。

 

「スライム伯は神の加護を得ておったのですな」

「どうりで数々の英雄譚も納得がいくというもの」

「いや、神の加護とは・・・まっこと羨ましいもので」

「一体どのようにそのような強力な加護を?」

 

あ~、ぶっちゃけ狙い通りにはなったのだが、すげえうぜえ(苦笑)

力のありように納得してもらったのはいいが、「その加護俺も欲しいんだけど」みたいなことを言われてもどうしようもない。カソの村の近くの泉の水をきれいにしてたら精霊の加護を頂きました・・・っていったら、明日から泉に人が殺到しそうだしな。

 

「いつもスラ神様には感謝の祈りを捧げておりますよ。私は孤児で、一人で森の奥で生活しておりましたからね・・・。森の木々や花に水をやったり、泉の掃除をしたりと、自然と調和の取れるような生活を行っていたらいつの間にか加護を頂いていたようです」

 

「なんと!」

「自然と調和・・・ですか」

 

それを聞いた貴族たちがウンウンとうなりだす。

明日になったら王都から多くの貴族が田舎に旅行にでも向かったら笑うしかない。

 

「やあ、ヤーベ卿。リューナ殿の優勝おめでとう」

 

そう言って声を掛けてきたのはシルヴィア・フォン・キルエ侯爵だった。

 

「どうも。まあ、リューナちゃんの努力の賜物ってヤツですよ」

 

「リューナ殿の腕前に疑う余地などないが、優秀なブレーンのステキなレシピがあっての事であろう?」

 

「神様直伝の・・・ですか?」

 

「どうかの? レシピはお主のものであろうが」

 

にやりと口角をあげるキルエ侯爵。

 

「スラ神様の御立場もありますので、ノーコメントで」

 

「ほっほ、スイーツのレシピに神の立場もあるのか」

 

「いや、あのゼリーは確かに神の一品であったぞ!」

 

そう談笑していると、そこに現れたのはワーレンハイド国王であった。

あのスライムゼリー・・・確かにあれは俺の体であるスライム細胞そのものだ。だが、ただ単にプリッと触手を切り離して冷やしたわけではない。

 

スライム細胞自体はとてつもなく優秀だ。ローガやヒヨコ隊長、果てはカッシーナ王女やリーナの傷を治したように同化してそのものになる性質を持つ。だがそれは、俺が魔力

ぐるぐる

エネルギーでスライム細胞自身に同化するよう命令を与えているからだ。同じように自分の手足のように操るときも、<身体偽装(メタモルフォーゼ)>で矢部裕樹の姿をする時も、俺自身が魔力(ぐるぐる)エネルギーでスライム細胞自身に意識的に命令を送っている。

 

尤も、今は矢部裕樹の姿を取っている時も、触手をコントロールする時も、ほぼ無意識で動かすことが出来る。体で言えば、地球時代の生活と通常時は変わらないイメージだ。

 

緊急時や戦闘時は魔力(ぐるぐる)エネルギーを増大させることによって自身の反応速度を上げることが出来る。かなり高めると、まるで周りの時間がゆっくり流れているように見えるから驚きだ。手ごわいやつはそのゆっくりとした時間の中でも素早く動いてるから、油断はできないけどな。

 

まあ、そんなわけで、今回スライムゼリーを作るにあたって、俺がスライム細胞に命令した事と言えば・・・。

 

『とってもとっても深くコクのある甘い甘―いゼリーにな~れ~。でも後味爽やかに口の中から消えてほんのりとした余韻だけ残るように~』といって魔力(ぐるぐる)エネルギーを送り込んだ。ものすごく抽象的なイメージだが、どうやらなんとかうまくいったようだ。神々しい、という評価もあったが、あれは魔力(ぐるぐる)エネルギーの内包パワーが高かったせいだろうか。ちょっと魔力(ぐるぐる)エネルギー込め過ぎたかしらん?

 

まあ、でもとりあえず自分の体がおいしい食べ物になることは分かったわけだし・・・。

自分で食べたら、わしゃタコか!? 自分で自分を食べるってダレ得だよ!?

でも、イメージでスライム細胞の味を決められるなら、激辛もダダ甘も思いのままではないか。

 

・・・まあ、スライム細胞を食べた人たちがどうなるか、実際のところ長期服用データは取れないわけだし、何かあったらヤバいわけで、とりあえずスライムゼリーは神の食べ物として封印することにしよう。

 

やがてメインの食事も来て、立食パーティも進んでいく。

そこへリヴァンダ王妃とカッシーナ王女、カルセル王太子もやってきた。

 

「さあ、今宵は王都スイーツ大会のダブル優勝者、ドエリャ・モーケテーガヤー殿とリューナ殿の二人に来てもらっておる。ドエリャ殿には決勝三品目の『ドリリアンケーキ』を、リューナ殿には決勝二品目の『クレープシュゼット』を用意頂くようお願いした。王都スイーツ大会初のダブル優勝者のスイーツを存分に楽しんでくれ」

 

 

「おおっ!」

「それは素晴らしい!」

「この時を待っておりましたの!」

「楽しみでたまりませんわ!」

 

そういえばどの貴族も女性を随伴させている。きっとその多くが奥方なんだろう・・・違う人もいるようだが。スイーツ大会優勝者の料理が食べられるとあれば、奥方たちの圧力も相当なものになるだろう。ノーと言える旦那がいるとは思えないな。

 

見ればドエリャがドヤ顔でドリリアンケーキを切り分け、貴族が持つ皿に一切れずつ乗せている。その後ろには貴族たちが皿を持って並んでいる。珍しい光景だな。

そしてリューナちゃんも丸型魔導ホットプレートでクレープを焼いてはフライパンで煮詰め、オーレンの皮をむいては酒に炎を纏わせクレープにかけていく。

炎は俺がいないので最初からローソクで用意しておいて、グラスを炎に近づけて火をつけている。

完成したクレープシュゼットをこちらも切り分けて皿を持って並んでいる貴族たちに配っていく。どの貴族たちも奥方たちも満面の笑みだ。

 

やれどちらがウマイだの素晴らしいだの、この味わいがとか、この甘さが、とか、にわか知識満載で、それでも笑顔で会話の花が咲いていく。

 

なんとなくだが、いいな、こういう光景。

うまいものを食べながら笑顔で会話。うまいものは世界から争いを無くせるような気さえしてくる。

 

そして時間は流れ、ワーレンハイド国王の挨拶で晩餐会は大盛況の内に幕を閉じ、多くの貴族たちが帰路についた。ドエリャとリューナも片づけを済ませ別室で休憩の後、別途食事を振る舞われることになっている。

 

「ヤーベ卿、忙しいところすまなかったね」

 

ワーレンハイド国王が会場に残っていた俺に声を掛けてくる。

リヴァンダ王妃、カッシーナ王女、それにキルエ侯爵とドライセン公爵がこの場には残っていた。

 

「いえ、別に問題ありませんよ。これでも王国より伯爵の地位を賜る身ですから。国王の命は最優先事項ですよ」

 

「素敵な建前ありがとう」

 

苦笑しながら話すワーレンハイド国王に思わずリヴァンダ王妃まで苦笑する。

 

「それで、スライム神様の事なんだが・・・」

 

やはり、神様のお話を聞きたかったのね。ある程度は予測してましたけどね。

 

だが、俺がまるで予測していない事柄が起きていた。

 

「国王様!大変です!」

 

後片付け中の会場に飛び込んできたのは、宰相ルベルク・フォン・ミッタマイヤーと宮廷魔導士のブリッツであった。

 

「どうした?騒々しい」

 

「これを!通信用の魔導水晶に通信が!リカオロスト公爵家からの通信が!」

 

慌てふためきながら宰相ルベルクが魔導水晶を掲げる。

光が発せられ、ホログラムのように映像が投射された。

 

そこに映し出されたのは・・・

 

「ギャーッハッハッ!見えてるかぁ?クソ野郎ども!」

 

どこからどうみてもゲス一色の男が画面いっぱいに映し出される。

 

「こやつ・・・ゲスガー・フォン・リカオロスト!」

 

ドライセン公爵が叫ぶ。

 

「誰なんだ?それ?」

 

そういやこの前バオーカとかいう次男が難癖付けてきていたが・・・もしかして。

 

「リカオロスト公爵家の長男だ」

 

苦り切った表情で説明してくれるドライセン公爵。そうとうタチの悪い輩だな。

 

「そろいもそろってクズしかいねーのかよ、リカオロスト公爵家ってのは」

 

俺の軽口が聞こえたのか、憤怒の表情を浮かべるゲスガー。

 

「テメエがスライム野郎か! ドクズの平民風情が成り上がりで貴族名乗ってんじゃねーぞ!俺のような高貴な血を持つ奴以外が貴族とか名乗るからこの国がおかしくなるんだよ!」

 

「安心しろ、お前以上におかしいヤツなんてこの世にいねーよ」

 

俺はひょうひょうと言葉を返す。この通信用魔道水晶、相互通信が出来ているようだ。向こうさんと普通に会話できるな。

 

「くくく・・・どれだけテメエが粋がっていてもどうしようもねーよ。これからテメエはテメエの女がとことん犯されて喘ぎまくるのを指を咥えて見ているしかできねぇんだからなあ!」

 

そう言って奴がその場から横にずれた。

その後ろに映し出されたのは・・・

 

「イリーナ!?」

 

映像に映し出されたのは、どこかの牢屋らしきところに囚われて、両腕を鎖で吊るされた状態のイリーナであった。

 




イリーナ、絶体絶命!?


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第189話 重なる油断を後で猛省しよう

どうして・・・イリーナが捕まっている?

奥さんズの面々やリーナは狼牙やヒヨコたちに護衛させていたはずじゃないか・・・。

いや、狼牙やヒヨコたちのせいじゃない。

 

俺が・・・甘かったのか?

 

どうして・・・俺の手の中にイリーナがいない?

 

どうして・・・俺の大切な存在が危険に晒されている?

 

どうして・・・何を俺は間違った?

 

ドウシテ・・・ドウシテ・・・ドウシテ・・・

 

マワリノ オトガ キエテイク―――――

 

 

 

 

 

時は少し遡る。

 

コルーナ辺境伯邸ではゲルドンの朝の訓練を見届けたローガが頭に小さなティアドロップ型の出張用ボスを乗せたまま大きなあくびをしていた。

 

『平和だな・・・』

 

今日は王都スイーツ大会決勝戦当日。昼からの決勝に出場するため、ボスであるヤーベと奥方たちは全員出払っていた。

 

常にヤーベのそばで護衛をしたいローガではあったが、四天王や部下たちの突き上げもあり、護衛対象はローテーションを組んで回している。

そのためローガは今日、コルーナ辺境伯邸での留守番となっていた。

四天王の一角、氷牙とヒヨコ将軍の一部隊がヤーベの新居の護衛に、同じく四天王の一角雷牙とその部下たちが教会の警護に、さらに四天王の一角であるガルボと何匹かが王都の全体警護に、そして四天王の最後、風牙とその部下たちがボスであるヤーベと奥さんズの護衛に出向いている。

 

現在、コルーナ辺境伯も出かけているため、この屋敷に残っている人たちは奥方のフローラ様とメイドたちが中心だ。

そのため、ローガは屋敷の警護をヒヨコたちにゆだねて自身は庭で昼寝を決め込むつもりであった。

 

『ボスからの急な呼び出しに応えるためにも、休める時に休んでおかんとな』

 

尤もたる理由を口にしてサボりを決め込むローガであった。

 

 

 

 

 

そのころ、スイーツ大会の決勝は圧倒的な観客で人がごった返していた。

 

『何という人の多さだ!』

 

風牙は辟易していた。しかも自分たち狼牙族は目立つため、人前に姿を現すことは避けたかった。

 

『ヒヨコ殿!大変申し訳ないが、お主たちの負担がでかくなりそうだ。何かあったらすぐ念話で連絡を頼むぞ』

 

『了解です!』

 

ヒヨコの将軍クラスは情報収集や直接ヤーベからの指示で動くことが多いため、狼牙のサポートはヒヨコの中でも一兵士クラスが担当している。

 

そして、風牙の心配は現実のものとなった。

 

『むっ』

 

それに気づいたのは風牙ではなく、部下の一匹であった。

 

「今のうちに食べ物を買ってこようか?」

「じゃああたしは飲み物買ってきますね!」

「今のうちにトイレに行ってくるとしよう」

「じゃあ、リーナちゃんとわたくしでここの場所を確保しておくようにしますわ」

 

そう言って奥さんズの面々が四つのグループに分かれてしまったのである。

 

この時風牙は会場の反対側に回っており、全体警護とボスであるヤーベの動向を観察していたため、奥さんズの監視を部下に任せていたことが裏目に出た。

 

『おい、それぞれ違う場所に移動するぞ?』

『ここにいるのは何名だ?』

『狼牙十一、ヒヨコ十二です』

『それではここに狼牙二、ヒヨコ三で残ってくれ。後は移動している奥様方を狼牙三、ヒヨコ三のグループで追う。移動している方が見失うリスクがあるからな』

 

『『『了解!』』』

 

そしてそれぞれに分かれて護衛対象を追っていった。

 

食べ物を買いに行ったルシーナ、飲み物を買いに行ったサリーナは問題なかったのだが、トイレに行くと言って離れたイリーナは、なぜか知らない人間に声を掛けられ、会場の外に連れ出されていた。

 

『会場の外まで出たようだが?』

『誰なのだ?あの人間は?』

『見たところ、険悪な様子ではないようだが』

 

実のところ、これが誘拐でイリーナが抵抗していれば狼牙たちも異変に気が付き、救出を試みたことだろう。だが、男の言葉巧みな「ヤーベさんが決勝の料理で材料が足りなくて困っている。一緒に取りに行ってほしい」などという緊急性の高いウソ話に単純なイリーナがあっさりと引っ掛かってしまい、会場外に連れ出されてしまったのだった。

 

会場外には二頭立ての豪華な馬車が用意してあり、それにイリーナが疑いもなく乗り込む。

 

『馬車で移動するのか?』

『馬車の方が見失わずに済むな』

『それもそうか』

 

狼牙たちやヒヨコたちにとって、多くの人ごみの中で対象者をずっと見失わないよう気を張るよりも、馬車という大きな存在を見張る方がずっと楽であったため、馬車に乗り込むという異様さに気が付くものがいなかったのである。

しかも馬車にはリカオロスト公爵家の紋章が入っていたのだが、狼牙やヒヨコたちにそれに気づけというのはあまりにも酷であろう。きっとヤーベ本人でも興味がなく覚えてはいないのだろうから。

 

馬車は移動を開始したのだが、王都の北門近くで、いきなり王都の外へ出た。

しかも王都の外へ出る人たちが手続きで並んでいる門の横、貴族専用の門を一旦停止することもなくスピードを上げて飛び出して行った。

 

『な、なんだ?』

『様子がおかしいぞ?』

『急げ!』

 

ヒヨコたちは城壁の上を迂回して外へ飛び出して行く。狼牙たちは一瞬逡巡したが、馬車の通った貴族門を突破することにした。

後で怒られることになったとしても、イリーナ嬢の身の安全を優先したのである。

 

「な、なんだ?」

「と、止まれ!」

 

慌てて門番が狼牙たちに槍を向けるが、あっという間にその横をすり抜けて王都の外へ出る狼牙たち。

 

だが、その目の前で見た光景は、イリーナ嬢が無理やり別の馬車に押し込まれて乗り換えさせられている光景であった。

 

『ちっ!しまった!』

『救出するぞ!』

『おうっ!』

 

だが、それよりも早く乗り換えた馬車は出発して移動を開始する。

 

『逃がすか!追え!』

『『おうっ!』』

 

狼牙たちは自分の足に自信があったため、馬車に追いつかないという可能性を考えることはなかった。そして、自分たちの失態でイリーナが誘拐された今、敵を仕留めて取り返すという目的意識に集中したため、ローガやヒヨコ将軍などの上司に連絡を取ることを失念した。それも致命的な失敗につながる事となった。

 

 

 

『おかしい・・・』

『どういうことだ!?』

『我らが全力で走っても追いつかぬとは・・・というかだんだん引き離されて行っている気が・・・』

 

狼牙たちが追走しておかしいと思い始めたのはかなり時間が経ってから。すでに王都バーロンからは相当な距離が離れている。

 

『まずいっ!我らは嵌められたのだ!』

『どういうことだ!?』

『すでに相当の距離追走して来ている。念話が届く距離ではない。そしてこのままあの馬車に振り切られたら、イリーナ嬢の連れ去られた先もわからぬまま、ボスやリーダーに連絡さえつけられない状態となる』

『どういたしますか!?』

 

ヒヨコが焦りを隠さず狼牙に問いかける。すでに自分たちは取り返しのつかない失態を犯していることは間違いない。であれば、その傷を最小限に留めなければならない。

 

『ヒヨコ殿! 一匹は我と一緒にこのまま全力で追走してくれ! ヒヨコの一匹と狼牙の一頭はリーダーのローガ様へ報告を! 全軍でイリーナ嬢を取り返しに向かわないとヤバイほどの敵だと伝えてくれ! ヒヨコの一匹は近くのヒヨコへ念話を飛ばして、王都からこの北の先までできる限り念話の届く距離を保ってヒヨコを集めてくれ! ローガ様が手勢を引き連れてイリーナ嬢を取り返しに向かう時、少しでもロスの無いように向かう先を指示する必要がある!』

 

『了解!』

『わかりました!』

 

そして至急コルーナ辺境伯邸にいるはずのローガへ報告する者とヒヨコの部隊を集める者に分かれて散っていく。

 

『後は・・・我の体力がどこまで持つか・・・』

 

追走する狼牙は命に代えてもあの馬車を見失いはしないと誓った。

 

 

 

 

 

『リーダー! リーダー!』

 

『んんっ?』

 

昼寝をしていたローガはけたたましい念話に急速に意識を覚醒させていく。

 

『どうしたっ! 何があった?』

 

だが、返答は念話ではなく、当該の狼牙が敷地に飛び込んできた。息も絶え絶えだ。

 

『申し訳・・・ありませんっ! イリーナ嬢を攫われました!』

 

『なんだとっ!? どういうことか!』

 

ローガは瞬時には理解できなかった。ボスより力を賜った自分たち狼牙族を出し抜くものがいるなど信じられなかった。だが、常々ボスであるヤーベが言っていたことを思い出す。

 

「魔物はだいたいのランクが決まっている。上位種や特別変異などもあるが、それほど大きな個体差はあまり見られない。極端に言えばゴブリンより弱いマンティコアも、ドラゴンより強いマンティコアもいないということだ。だが、人間は違う。人間は弱く、そして強い。とても愚かなのに賢いのだ。人間は千差万別だ。人間という枠一つでくくってはいけない。痛い目を見ることになる。教会で人のために働く者もいれば、盗賊になって人から物を盗む者もいる。ゴブリンに殺される人間もいれば、ドラゴンを殺す人間もまたいるのだ。もう一度言うぞ、人間をひとくくりにするな。人間と対する時は、相手を見て判断するのだ。手強いかどうかをな」

 

そう、人間とは敵に回れば恐るべき存在になりうるとボスから教えられていたのだ。

 

『敵は我らの能力や力量を把握して誘拐する作戦を立てていたようです。現在は我らでも追いつけぬほどの高速移動する馬車でイリーナ嬢を誘拐し北へ向かっております! その道すがらはヒヨコ軍団にできるだけ集まってもらって、北への正しい道がわかるよう協力をお願いしております・・・』

 

『くっ・・・してやられたという事か!』

 

ローガは悔しさに塗れるが、頭を振ってすぐに意識を再覚醒させる。

部下の狼牙はだんだん喋ることも辛くなってきたのか、声が途絶え途絶えになってきている。

 

『お前は休んでいろ。聞けっ! 今から全軍出る! 王都に散らばる我が同胞(はらから)よ! イリーナ嬢が誘拐された! 四天王とその部下の半数は北門から北へ逃げた敵を追うぞ! 我に続けぇ!!』

 

王都全土に広がるような強力な念話。

王都中に散っていたローガの部下たちも未曽有の危機に体が震える。

 

『『『『『おうっ!!』』』』』

 

そして、即時移動を開始する。

 

『ゲルドン殿、申し訳ないがこの屋敷の警備は御身にお任せする。すまん』

 

『任されただよ、気にせず急いで行ってけれ』

 

 

シュバッ!

 

 

風のように消えるローガ。その後を部下の狼牙たちもすさまじいスピードで追う。

 

 

「キャア!」

「なんだっ!」

「うわわっ!」

 

一秒でもロスを減らすべく、ローガが取ったルートは北門へまっすぐ向かう大通りだった。

そこを超スピードで狼牙たちが駆け抜けたので、屋台に積んで販売されていたリンゴや野菜が竜巻のような風にまかれ崩れ落ちたり、煮込み料理屋の鍋がひっくり返ったりしていた。けが人は出ていないようだったが、とてつもないつむじ風が大通りを襲ったと人々はささやきあった。

そしてローガたちは北門のうち、貴族用の扉が開かれたままの門を目に見えぬほどのスピードで駆け抜ける。

 

「うわわっ!? なんだっ!?」

 

門を守る兵士たちはあまりの突風にくるくると体を回して倒れこんだ。

ローガが北門を突破する頃には四天王たちも合流した。

 

『我が持ち場から誘拐されるとは・・・申し開きもございませぬ!』

 

超高速移動を行いながらも風牙がローガに念話を入れる。

 

『すべてはイリーナ嬢を傷一つなく取り返してからのことだっ!それまでは救出に全力を注げ!』

 

『『『『ははっ!』』』』

 

ローガたち一団は疾風という表現では生ぬるいほどのスピードで北へ向かって駆けて行った。

 




今後とも「まさスラ」応援よろしくお願いします!


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第190話 全力でイリーナを取り戻そう

『ゼハッ・・・ゼハッ・・・ゼハッ・・・』

 

狼牙はよろよろと、それでも足を止めず数時間全力を超えるスピードで走り続けてきた。

 

ギリギリ視界にとらえている馬車は背後を大きな岩山に囲まれた城塞都市へ入って行った。

狼牙たちは知らぬことではあるが、ここがリカオロスト公爵家の領主邸がある領地最大の都市、リカオローデンである。奥に広がる岩山はミスリル鉱山であり、リカオロスト公爵家の資金源の根幹でもある。その岩山を守るように建てられたのが領主邸の名目ではあるものの、明らかにどうみても城としか思えないほどの巨大な建物であった。ここに住む人々はこれをリカオローデン城と呼んでいた。

 

『くっ・・・』

 

街まで追いかけて行きたかったのだが、慌てて近くの茂みに身を隠す。街には多くの軍属兵士が待ち構えていたのである。自分に万一のことがあればと、もう一頭狼牙に追走を命じていたが、隣で完全にダウンしている。すぐには動けそうもない。

 

『ヒヨコ殿!できるだけ高い位置から、少しでも街に入った馬車が向かう先を記憶してくれ!』

 

『了解!』

 

ヒヨコ自身ももはや碌に飛ぶ力も残っていないが、できるだけ高度を高くとり馬車を見失わないように目を凝らす。

 

街に入った馬車がスピードを落としてゆっくり移動していることも幸いした。

街中を奥の城らしき建物へ向かっている馬車を見逃さないようにホバリングしながら注視する。

 

どれだけ時間が経っただろうか、馬車は完全に建物の陰に隠れて見えなくなった。

 

『くそっ!』

 

ヒヨコは意を決して街に近づいた。その時――――

 

バシッ!

 

『ぐはっ!』

 

まるでバリヤーのようなものに触れてヒヨコがダメージを受け墜落する。ちょうど敵軍の真正面である。

 

「なんだぁ?ヒヨコが焦げて落ちて来たぞ?」

「こいつぁスライム伯爵とかいう敵の使役獣じゃなかったか?」

「敵か?なら殺すか」

 

ヒヨコはわずかに意識を残していたが、魔物除けの障壁でダメージを受け、完全に体力を失って全く動くことが出来なかった。

 

『無念・・・』

 

だが、槍で突かれる前にその体が咥えられた。

そして、ダッシュで離脱する。狼牙がヒヨコを助けに来たのである。

 

『狼牙殿!その体では!』

『最後まで馬車の行く先を見ていたお主を失うわけにはいかんのだよ』

 

そう言いながらできる限りのスピードで離脱を試みるが、当然のことながら精も根も尽き果てた状態の狼牙がいつものスピードで動けるわけもない。逃げる狼牙を討ち取るべく矢が放たれ、槍を持った兵士が大勢追いかけてきた。

 

『くっ・・・』

 

矢を躱しながらの離脱は思うようにスピードが上がらず、矢の雨を躱しきれなくなり、二本が突き刺さった。

 

『ぐはっ!』

『狼牙殿!』

『早くっ!ここから少しでも離れるのだ!』

『しかしっ!』

『貴殿の情報が命なのだ!』

 

だが、兵士たちは追いついてきた。

 

「ひっひっひ!やっと殺せるぜぇ」

「手間ぁ取らせやがって!」

 

槍を構える兵士たち。

だが、一陣の風が吹き、兵士たちは吹き飛ばされる。

 

『大丈夫か?』

 

そこには狼牙族リーダーのローガがいた。

 

『リーダー・・・!申し訳ありません!自分の失態でボスからの狼牙族全体の信頼を失うことに・・・』

 

『そのようなことはイリーナ嬢を無事取り返してからゆっくり考えればいいことだ。それより、追走は見事な対応だった。今はゆっくり休め。もう少しすれば回復薬をヒヨコたちが運んでくる』

 

『はっ・・・』

 

そう言って狼牙は気を失う。

 

『ローガ殿!申し上げます!イリーナ嬢を連れ去った馬車はあの町の一番奥にある城のような大きな建物に向かいました。途中で見失いましたが、まず間違いないと思われます! それから、何やら街には魔物除けの障壁が展開されており、私が街に入るのを妨害されました!』

 

『よく報告してくれた、ヒヨコよ、貴殿も仲間が来るまで休むがいい』

 

そういうと吹き飛ばした兵士の前に陣取るローガ。

 

『貴様ら・・・狩人などではないな?敵の兵士か?死にたくなければ道を開けろ!』

 

ウォンッッッ!!

 

咆哮一閃!

 

こちらに向かって来ていた多くの兵士が吹き飛ばされて飛んで行く。

 

『<竜咆哮(ドラゴニックロア)>だ。邪魔する者は吹き飛ばす!』

 

『突撃だっ!』

 

『『『おうっ!』』』

 

若い狼牙が数匹先陣を切り突撃していくが、

 

バシッ!

 

『ギャン!』

 

魔物除けの障壁に阻まれて吹き飛ばされた。そして、先ほどの<竜咆哮(ドラゴニックロア)>の影響範囲外にいた兵士たちが、障壁の後ろ側に陣取って矢を射かけてきた。

 

『あれが魔物除けの障壁か・・・我ら狼牙族の突進をも防ぐとはな』

 

雷牙が跳ね飛ばされた若い狼牙たちを見ながら呟く。

 

『時間が惜しい!極大魔法をぶち込んでみるか?』

 

普段は冷静な氷牙も手段を択ばぬようだ。

だが、それより先にローガが動く。何よりもボスの信頼を裏切って一番苦しい思いをしているのがローガであろう。

今のローガの道を阻むものは死に向かうことと同義と言えた。

 

『お前ら・・・戦争である以上、死ぬ覚悟が出来ての蛮行であろうなっっっ!』

 

グルアアアアアアア!!

 

いきなりローガが雄たけびを上げる。するとその体がさらに膨れ上がり、倍くらいまでの大きさに変化した。その額の角が二本に増えている。

その体から魔力がスパークするように溢れ、周りの空気が振動する。

 

『こ、これがリーダーの真の力でやんすか・・・』

 

ガルボの呟きに他の四天王たちも息を飲む。

 

 

『<竜撃砲(ドラゴニックカノン)>!!』

 

 

ウォゴッッッッッ!!!!!

 

ローガの口から途轍もないエネルギー波が放たれる!

 

バキャァァァァン!!

 

あっさりと障壁を打ち破り、街を守る正面門を吹き飛ばし、さらに街の一番奥にあるリカオローデン城の正面扉と城壁をも破壊する。

 

すさまじい破壊音がして、城前からはもうもうと土煙が立ち込めた。

 

『リーダー・・・とんでもない戦略兵器でやんすな』

『リーダーだけは怒らせないようにしよう』

 

ガルボと雷牙がちょっと尻尾をプルプルさせながらビビっていた。

 

『突撃だ!! イリーナ嬢を取り戻す!』

 

『『『『おうっ!』』』』

 

『一般人は傷つけるな!兵士たちは殺す必要はないが、手加減する必要もない。容赦するな!今はイリーナ嬢を救い出すことが先決だ!行くぞっ!』

 

再びローガたちが疾風の如く街へ突入していく。

 

『<暴風大嵐(ウィンドストーム)>!』

『<雷撃気絶(ライトニング・スタン)>!』

『<氷嵐気絶(アイシクル・スタン)!』

 

「うわあ!なんだ!」

「止めろ!」

「ダメだ!」

 

狼牙族の突撃を全く止められずに吹き飛ばされ、また痺れ、凍り付き意識を失っていく兵士たち。

風牙、雷牙、氷牙も吹き飛ばし系や気絶系の魔法で敵の行動を阻害していきながら城を目指して疾走していく。

 

「バリスタ用意!」

 

城に肉薄するローガたちに向けて城の城壁から巨大な矢をつがえた二台の大型クロスボウが準備された。街中に設置されるバリスタを見て、いったい何から城を守るつもりだったのか、全くここに住む人々の事を考えていない話ではあるのだが、今はそのバリスタの位置が僥倖であったといえようか。

 

「発射!!」

 

バリスタから発射された巨大な矢が先頭を突き進むローガを襲う。

 

『<風壁牙(ふうへきが)>!』

 

ローガの正面に展開された風の障壁に阻まれ、巨大な矢が逸れて近くの教会と冒険者ギルドの建物に突き刺さる。

 

「うわあ!」

「助けてくれ!」

 

見るも無残に倒壊する教会と冒険者ギルドの建物。だが阿鼻叫喚ともいえる街並みを無視して疾走する狼牙たち。

バリスタ放ったのはリカオロスト公爵家の兵士たちだし、くらいの気持ちもあるのだろうか、その足を止めることなく、破壊された正面城門から城内へ突入していくのだった。

 

 

 

 

そのエントランスに到着したローガが地下から感じる自分のボスにも匹敵するような巨大な魔力に顔をしかめる。

 

『な、なんだこの魔力は!』

 

だが、ローガにヒヨコが声を掛ける。

 

『ローガ殿!イリーナ嬢は上の階、西側の塔付近に連れて行かれている模様です!』

 

『わかった!地下の異常は後回しだ!まずはイリーナ嬢の身を確保する!』

 

『『『おうっ!』』』

 

 

 

そして城を駆け上がり、敵兵士を吹き飛ばし、廊下を駆け抜けた先、塔の上層の一部屋に到着する。

 

『ここかっ!イリーナ嬢ご無事か!』

 

扉を破壊して部屋へ躍り込んだローガの目に飛び込んできたもの・・・それは。

 

「ぐ、ぐげげっ・・・だぢげてぇ」

 

両腕を鎖につながれ気絶したままのイリーナ嬢から、なぜか二本の触手が飛び出しており、ゲスガーの首に巻き付いて締め上げている光景であった。

 




ふふふ・・・まさかのイリーナ触手祭りには誰も気づくまい・・・(作者ニヤリ)
ちなみに当人のイリーナも気づいてません(苦笑)

今後とも「まさスラ」応援よろしくお願いします!


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第191話 最後まで諦めない様にしよう

「ギャ――――ハッハッハ!! テメエらは何もできずにそこで指を咥えて見ていることしかできねぇんだよぉ! このイ〇ポ野郎どもがぁ!」

 

悦に入りまくってゲスい顔を歪めるゲスガー・フォン・リカオロスト。

リヴァンダ王妃やカッシーナ王女がいてもお構いも無く罵る言葉はイ〇ポ野郎である。

 

「で、人質を取って何が望みなのかね?」

 

ワーレンハイド国王はゆっくりと落ち着いた声でゲスガーに問いかけた。

魔道通信機での会話のため、相手が正確にどこにいるのかはわからない。多分リカオロスト公爵領だろうとは思われるが、そうだとすれば距離にして相当遠い。今すぐ助けに行けるわけではない。となれば、イリーナ嬢に危害を加えさせないためにも、考慮して猶予を引き出す必要があると考えた。なにより、先ほどイリーナ嬢が捕らえられた映像を見てから、ヤーベ卿の反応がおかしいのだ。何度も王国の絶体絶命の危機を救って来た英雄にピンチが訪れているのならば、今こそ国王として力にならなければならないと思っていた。

 

「望みぃ? そりゃ国王の座に決まってんだろーがよぉ! 親父が国王の座に座れば、次期国王の座は俺のモンだからなぁ!」

 

愉悦に浸り切った顔からは涎すら垂らしていた。まさに見るに堪えない顔であった。

 

「そうかね、それではリカオロスト公爵と国王の座について話し合わねばならないようだね。で、お父上はどこにおられるのかね?」

 

「ギャ――――ハッハッハ! そんなモンもう手遅れだよぉ! テメエらは死ぬ! この女は犯されて死ぬのさぁ!」

 

「手遅れ?」

 

リヴァンダ王妃が首を傾げた。何が手遅れだと言うのか?

 

「カッシーナよ! どうせならテメエをヒーヒー言わせてやりたかったぜぇ! 傷の治ったテメエなら大歓迎だったのによぉ!」

 

唾だか涎だかをまき散らしながら魔道通信機に近づいて喋ったため、画面にドアップになるゲスガー。誰しもが見るに堪えないと感じていた。

 

「あら、高い評価だこと。ならばここにいらっしゃいな。貴方の力でそれが可能ならね?」

 

ワーレンハイド国王の隣に歩み出て、挑発的な笑みを浮かべるカッシーナ王女。

少しでもイリーナからゲスガーの意識をこちらに向けようと必死だった。

 

「カッシーナぁ・・・本当にテメエを()ってやれねーのが残念だぜぇ・・・そうだ、本当に傷が治ったのか俺様がチェックしてやるよ。今すぐそこで服を脱いで股広げな。そうして「ゲスガー様の熱いお情けを下さいませ」ってよがったらこの女の命だけは助けてやるよ!」

 

下種が下種な要求を出すのは当たり前のこととはいえ、この場にいる者達はすべて王族か上級貴族である。人がここまで下種になり切れることに憐憫の情すら感じていた。

 

「チェックしたところで、お前は触れられんだろう?」

 

小馬鹿にしたような表情を浮かべるカッシーナ。

だが、腕組みしたその手先は震えていた。生まれた時から傷を負って憐みの目を向けられたことはあっても、これほどの悪意に晒されたことなど無い。恐怖で体の震えが止まらなかった。だが、恐怖に負けている場合ではない。愛する旦那様の第一夫人の命が危機に瀕しているのである。持てる力の全てを使ってでも一分一秒を稼ぐ――――きっと、旦那様がこの状況を打破してくれると信じられるから。

 

「うるせーんだよ!ほらぁ、さっさと脱げよ!でねーとこの女をひん剥いてブチ殺してやるぜぇ?」

 

「くっ・・・」

 

「さっさとしろぉ!」

 

カッシーナ王女が自身のドレスの肩口に手を掛ける。

 

「カッシーナ!やめなさい!」

 

すぐにリヴァンダ王妃がカッシーナを止める。

 

「邪魔すんじゃねぇよ! 丁度いい、テメーも一緒に裸になれや!親娘まとめて股開けや!ギャ――――ハッハッハ!」

 

「おのれ!男子の風上にも置けぬゲスめが!」

 

リヴァンダ王妃が怒声を上げる。

 

「ああ!ふざけんなよ!この女が死んでもいいってのか!」

 

そう言っイリーナの肩口を掴んで引っ張ろうとしてゲスガー。

だが・・・

 

にゅるん。

 

「うわっ!? なんだ?」

 

確かにイリーナの肩口に手を伸ばしたはず。だが、触った感触はまるでぶにょぶにょした何かであった。

もう一度イリーナの肩に手をやるが、やはりイリーナに触れる事は出来ず、その表面にはコーティングされたように柔らかい被膜があった。

 

「何だこりゃ!テメエ何なんだよぉ!」

 

激高してナイフを振り上げるゲスガー。

 

「危ない!」

 

思わずワーレンハイド国王が画面に向かって叫び声を上げるほど逼迫した状況だった。

だが、次の瞬間、

 

「ぐえっ!」

 

いきなり触手がゲスガーのナイフを振り上げた右手首と首に巻きついたのである。

映像からはイリーナの上半身しか映っておらず、触手がどういうものなのかうかがい知る事は出来なかったが、

 

「ぐるちい・・・し、死ぬ・・・だ・・・だぢげでぇ」

 

泡を吹き始めるゲスガー。足元は映像に映っていないが、もしかしたら触手に首を絞められたまま吊り上げられているのかもしれなかった。

 

『イリーナ嬢ご無事かっ!』

 

そこへ破壊音が聞こえ、画面にローガの姿を映し出す。

ついにローガ達が到着したのである。

 

 

ドウンッ!!

 

 

強烈な魔力の高まりを感じ、エネルギーが急速に収束していく。

見れば、ヤーベを中心に空気が振動し、渦を巻き始める。

 

「ヤーベ卿!」

 

ワーレンハイド国王が叫ぶが、ヤーベに意識がないのか、力が暴走しているようにも見えた。

 

「こ、これはっ!?」

 

 

 

 

 

オトガ―――――キエテイク―――――

 

セカイガ―――――キエテイク―――――シロク―――――

 

イリーナを奪われて真っ白になってしまった俺だが、その画面にローガの姿を見た瞬間、世界に色が戻った。そしてパーンとはじける様に音が戻る。

そうだ、何を絶望しているヒマがある!最後の一秒までイリーナのために足掻いて足掻いて足掻き続けなきゃいけなかった!それが俺のやるべき事だった!

 

見ろ!画面のローガを!体中傷だらけで血を吹いている。きっと建物内を壊して暴れながらイリーナを探してくれたんだろう。諦めなかったから、イリーナのそばに辿り着けたんだ。ローガは諦めなかったから間に合ったんだ。さすがは俺の相棒だ!主人たる俺がこんなところで沈んでいるわけにゃいかねーぜ!

 

「イリーナァァァァァ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

そして、会場内にとてつもない魔力嵐が吹き荒れる。

 

「うわっ!」

 

壁際に吹き飛ばされるドライセン公爵。ワーレンハイド国王はリヴァンダ王妃を庇って床に伏せている。カッシーナ王女とキルエ侯爵も魔力嵐に吹き飛ばされない様床にへばりつくように身を屈めた。

 

「ヤーベ卿!一体どうしたんだ!?」

 

ワーレンハイド国王が再びヤーベに声を掛けるが、その声は聞こえていない様だった。

 

ヤーベが右手を伸ばし、その指先でスクウェアの形を示す。次の瞬間―――――

 

「き・・・消えた!?」

 

ヤーベの姿は忽然とその場から消えたのである。

 



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第192話 大事なイリーナを取り返そう

「ま・・・まさかっ!」

 

壁際まで吹き飛ばされたドライセン公爵が声を上げる。

 

今まで、確かにヤーベ卿がいたのだ。目の前に。

魔力嵐が吹き荒れ、ヤーベ卿の魔力が極端に高まったと思ったら、ヤーベ卿が人差し指を突き出し、右手を大きく空間に四角を区切る様に動かす。

 

その瞬間、ヤーベ卿の姿が消えた。文字通り消えたのだ。

 

「ヤーベ卿?」

 

ワーレンハイド国王がきょろきょろと周りを見回す。

だが、ヤーベ卿の姿はどこにもない。

 

「ええっ!?」

 

カッシーナ王女が驚きの声を上げる。

カッシーナ王女が指を指したその先、魔導通信機の映像の中に、ヤーベ卿の姿が映ったのである。

 

「ど・・・どうしてっ!?」

 

リヴァンダ王妃が驚愕の表情を浮かべる。

 

明らかに映像の中にヤーベ卿がいるのである。

 

「こ・・・これは!? 伝説の空間転移なのか・・・?」

 

宮廷魔術師ブリッツが信じられないといった表情で魔導通信機の映像を見つめる。

 

だが、確かに映像の中にヤーベ卿は姿を現したのである。

 

 

 

 

 

目の前には鎖で繋がれたイリーナの姿があった。

俺が姿を見せた瞬間、「ヤベッ!」って感じで触手がしゅるるんと引っ込んで行く。

そしてその場にどさりと落とされるゲスガー。

・・・触手がどこに引っ込んで行ったかは見なかったことにしよう・・・。

 

そして、落とされたゲスガーが目を覚ました。

 

「な、何でテメエがここにいやがんだっ!?」

 

ゲスガーが俺を見て驚いている。足腰が立たないのか、震える指を俺に向けながらぎゃーぎゃーと喚くだけだ。人を指さしてはいけませんと親に教育されなかったのか。まあ、育ちの悪さが見えるというものだ。

 

「貴様・・・俺の大切な存在に手を出して、タダで済むと思ってねーだろうなぁ?」

 

こうして手の(触手?)の届く位置まで来られたんだ。

この俺がコヤツを断罪の一撃で屠ってやるのがイリーナの敵討ちになるだろう。

・・・イリーナが死んだわけじゃないけど。

 

「何故だ! 何故貴様がここに! さっきまで画面の向こうにいただろうが!」

 

「知らんっ!!」

 

俺は堂々と宣言する。

 

「無責任だろうが!」

 

「お前に対する責任なぞあるかぁぁぁ!!」

 

 

ドウンッ!

 

 

俺の魔力(ぐるぐる)エネルギーが溢れ出す。

ヤバいと思ったのか、ゲスガーが腰を抜かしたまま後ろにずり下がって行く。自分が持っていたのか、右手に地面に落ちていた大ぶりのナイフが触れた。

 

「おまえの次のセリフは『テメエ、ぶっ殺してやる!』だ」

 

俺は目に影を作って人差し指をゲスガーに向ける。

 

「テメエ、ぶっ殺してやる!」

 

いきなりナイフを拾って振りかぶり、俺に攻撃を仕掛けて来るゲスガー。だが、表情がハッとする。

 

「な、なんでわかったんだこの野郎!」

 

ゲスガーがナイフを俺に対して振り下ろす! もちろん、そんなナイフに刺さってやるほど俺は優しくない。ゲスガーの右手を捕らえて、肘を逆向きにへし折る。

 

「グギャァァァ!」

 

「さあ、断罪の時だ、覚悟はいいか?」

 

「ヒィィィッ!」

 

『いかん!ボスが結構キレ気味だ!早くイリーナ嬢を助けて退避するぞ!』

 

『『『おうっ!』』』

 

ローガがイリーナを捕らえている鎖を噛み切り、背中にイリーナを乗せて離脱する。

 

「貴様には某伝説の漫画の初代主人公が超初期に使ったと言われる必殺技を喰らわせてやろう」

 

「は、はあ?」

 

自分がやられそうになっているのだが、俺が何を言っているのかわからないという状況で混乱しているのかポカンという表情だ。

 

「某主人公のズームパンチはちょっと伸びるだけだが、俺のは一味違うぞ?」

 

ズグンッ!

 

「ヒ、ヒィィ!!」

 

折れた右手を庇う事も忘れ、後ろにずり下がっていくゲスガー。

 

 

 

 

魔導通信機の映像を見ていたワーレンハイド国王達は首を捻っていた。

 

「・・・どうしたのだろう?」

 

急にゲスガーがガタガタと震えて後ずさっていく。

 

「何があるんでしょう?」

「ここからでは見えませんな」

 

ワーレンハイド国王の疑問にも宰相ルベルグも宮廷魔術師ブリッツも答えが出せなかった。

 

魔導通信機の水晶が置いてある位置から見た映像のため、ビビッて後ずさりするゲスガーとヤーベ卿の背中のアップは映っているのだが、なぜゲスガーがビビっているのか理解する事ができなかった。

 

 

 

 

 

 

「な・・・何なんだテメエはよぉ!」

 

俺が高々と上げた右拳が、巨大に膨れ上がって行く。

そりゃ、スライム細胞で出来ているからね。大きさも自由自在。十倍くらいの大きさに拡大する。

 

「さあ断罪の時だ。生まれてからのテメエの罪を数えな! 尤も数えきれるほどの時間をやるつもりもないけどなぁ!」

 

さらに拡大して行く拳。

 

「ヒィィィィィィィ!!!」

 

「アディオス!ゲス野郎! くらいな!ズームパンチ!!」

 

ドッコンッ!!

 

「ウギャァァァァ!!」

 

上から振り下ろした超巨大な拳に押しつぶされ、床に埋まるゲスガー。

 

『ボス!塔が崩れますぞ!』

 

俺は瞬時に周りを確認する。

確かに塔にはダメージが無いことは無いが、十分にズームパンチは手加減した。建物の破壊はおろか、ゲスガーの命もちゃんと残っている。

 

「この波動・・・地下からだな。だが、まあ俺には興味ないな」

 

そう言うと俺はイリーナとローガ達、ヒヨコ達の位置をすべて把握した後、全員に細い繊維のような触手を張り巡らせる。

 

もう一度、あのチカラを使おうか・・・イメージを高めていく。

 

 

 

 

 

「うわっ!」

「きゃあ!」

 

ワーレンハイド国王とリヴァンダ王妃が同時に驚く。

俺がカッシーナのすぐ後ろに現れたからだ。しかもイリーナを抱いて、ローガ達もヒヨコ達も引き連れて王城の間に現れたのだから。

 

俺は左手にイリーナを抱きしめたまま、カッシーナの頭を撫でてやる。

その頭には俺が贈った髪飾りが付いている。

薄いグリーンの細長い装身具はバレッタのようなイメージで、スライム細胞で製作したものだ。ローガ達に貸し出ししている出張用ボスと同じ効果を持つ。

 

それ以外にも長距離でも念話通信ができるようになるので、渡した当初はのべつ幕なし話しかけてきたカッシーナに閉口した。しまいには通信をブロックしたら泣かれたので、朝と寝る前の挨拶と緊急事態以外は念話連絡しないように約束させたのだが、結構「綺麗なお花を見つけました!」とか、「今日の昼食のメニューが美味しかったので是非今度一緒に!」とか、どうでもいいことを・・・いや、これくらいは会話に付き合った方がいいのか?

 

その髪飾りを撫でながらカッシーナに「ただいま」と告げる。

 

「おかえりなさいませ、ヤーベ様」

 

カッシーナがニッコリと微笑んでくれる。

そして俺は、膝をついてイリーナを床に寝かせると、上半身を支えて、ほっぺたをぺちぺち叩く。

 

「イリーナ、イリーナ、いい加減起きろ」

 

「うーん、ムニャムニャ」

 

「こら」

 

そう言って鼻をつまんで塞ぐ。

 

「・・・ぶはっ! ヤーベ殺す気か!」

 

イリーナが飛び起きた。

 

「あ・・・ヤーベ、助けに来てくれたんだな!」

 

イリーナが目にちょっと涙を溜めて俺を見る。

 

「・・・ヤーベ?」

 

俺はギュッとイリーナを抱きしめた。

 

「ひょわっ! どうしたのだヤーベ?」

 

「・・・すまない・・・怖い思いをさせたな。俺は大切な者達を絶対に守ると決めていたのに・・・」

 

そして一層力を入れてイリーナを抱きしめる。

 

「ううう・・・ヤーベ!怖かったよ~!怖かったよ~!助けに来てくれてありがとう!」

 

『ボス・・・我らの失態によりイリーナ嬢を危険な目に合わせてしまうことになり、誠に申し訳ございませぬ』

 

『『『申し訳ございませぬ!』』』

 

狼牙達が一斉にひれ伏して謝罪する。

ヒヨコ達もそれに習う。

 

ワーレンハイド国王達は狼牙達やヒヨコ達が一斉にそろって伏した事に驚いた。

 

「よい、お前達の責任ではない。俺が甘かったんだ。敵意を向けてくる者に対しての対応を甘く考えていた」

 

俺はイリーナを立たせながら、自分も立ち上がった。

 

「それはどういう・・・」

 

だが、ワーレンハイド国王は言葉を続けられなかった。

魔導通信機の映像の向こうに映っていたリカオローデン城の塔が崩壊し始めたのである。

 

「た、助けてくれえ!」

 

瓦礫に埋まったゲスガーの叫び声が聞こえてくる。だが、次の瞬間、

 

「ちゃぶっ!」

 

吹き上がった瓦礫にその身を潰されるゲスガー。城が崩壊する映像が未だに映し出される。遠くから映していないため、全体が分かりにくいが、完全に城が崩壊しているようだ。

 

その崩壊は地下から何かがせり上がって来たからだと思われた。

 

そして、その姿の一部が現れる。

 

まるで船のような全体が映り出したかと思うと、空に浮かび上がって行く様子が見て取れた。

 

「・・・ま、まさか・・・まさか!!」

 

宮廷魔術師ブリッツが大声を上げる。

 

「どうしたのだ。あれが何か知っているのか?」

 

ワーレンハイド国王に即された宮廷魔術師ブリッツが顔面を蒼白にしながら答える。

 

「あ、あれは・・・もしかしたら、伝説の大陸間戦略兵器『魔導戦艦』かもしれません・・・」

 

宮廷魔術師ブリッツの説明にワーレンハイド国王達が息を呑む。

 

魔導戦艦・・・って、なに?

 




ゲスガーのヤツ、5話も引っ張ったくせに一発か・・・(5話の内1話は出番すら無し)

今後とも「まさスラ」応援よろしくお願いします!
よろしければ評価よろしくお願い致します。
大変励みになります(^0^)


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閑話27 悪党たちのただならぬ陰謀 -捕らぬホーンラビットの角算用-

「よっしゃあ! キマった!」

 

黒いローブの男は珍しく大声でガッツポーズした。

普段は物静かでフフフと何かを企んでいるイメージだったため、周りの部下は驚いた。

 

「発車するぞ!」

 

特別改造した高速馬車のスイッチを入れて加速させる。

見れば、狼牙が三匹ほど追いかけて来ていた。

 

「くくくっ・・・ヤツの使役獣か・・・ご苦労な事だ」

 

黒いローブの男は悦に入ったように笑うと、魔道馬車の魔石コアに魔力を注いだ。

 

「本当にここまで苦労したぜ・・・」

 

そう言うと懐から煙草を吸うための長筒を取り出した。

 

「ところで、なんか狼が追って来ていますが、大丈夫ですかね? ファンダリルさん」

 

ファンダリルと呼ばれた黒いローブの男は煙草をふかしながら部下を見た。

 

「問題ない、ヤツの使役獣の能力はある程度把握できた。だいぶ手間がかかったがな・・・」

 

ファンダリルはヤツ、と呼んだ男の規格外ぶりを嫌という程見せつけられて来た。

 

始まりはソレナリーニの町の<迷宮氾濫(スタンピード)>だった。

 

プレジャー公爵の子飼いだったゴルドスターがコルーナ辺境伯を追い落とすために策略を練っているのは掴んでいた。うまく利用できるものなら利用しようと立ち回るつもりだったのだが、一万もの魔物を討伐してしまうなど、あまりの規格外ぶりに絶句した。

それ以降、ゴルドスターにそれとなく子飼いの部下から妨害の手助けをしたり、資金援助したり、逆に情報を仕入れてきたりした。

 

ゴルドスターにヤツがヤバイ存在だと吹き込んで、プレジャー公爵の手の者から消させるようにうまく仕向けられたはずだった。

だが、その悉くをヤツは跳ね返してきた。いや、正確には使役獣の狼牙族の戦闘力が、だろうがな。

最終的に、まさかプレジャー公爵側が完全に潰されるとは思わなかった。

特にゴルドスターの切り札中の切り札だった雷竜サンダードラゴンの誘引と封じられていた三頭黄金竜(スリーヘッドゴールデンドラゴン)の宝玉を両方使ったのに、王都に傷一つ付けられなかったのには驚きを通り越して信じられないという印象が今でも強い。よほど運がよく立ち回れたのだろう。当人の能力が大したことないのに、使役獣の戦闘力だけで今の地位を手に入れていやがる。実に気に入らねえ。

 

何故かファンダリルはヤーベと言う男の実力を極端に見誤っているのだった。

 

それにしても、あのイリーナという女を誘拐するのには骨を折った。

中々一人にならねえし、常に狼やヒヨコみてぇな鳥が護衛についていやがる。

だが、やはり読み通り、今日は大チャンスに恵まれた。

目当てのイリーナがポンコツだったのも幸いした。

巧みな嘘とは言い難いが、それでもスイーツ大会というイベントがうまくハマった。

一人になったイリーナを嘘で連れ出し、馬車の乗り換えで魔道馬車へ移して一気に引き離して攫うことが出来たのだ。全くもって計画通りと言ったところだ。

 

「コイツ!大人しくしやがれ!」

「いい加減にしろ!」

「何だ貴様ら!離せ~~~~!!」

 

後ろがやかましいと思えば、攫ったイリーナを拘束するのに手間取っているようだ。

 

「何してる!さっさと眠り薬を使え!」

 

「さっき顔に当てましたよ!」

 

ああ?薬が効かない?

なんか嫌な予感がするな。

 

「おい、魔導馬車の運転代われ。変に操作しなくていい。前だけ見てろ」

 

「は、はいっ!」

 

緊張気味の部下に馬車を任せて、後部へ移る。

 

「貴様!私を誘拐してどうするつもりだ!」

 

「マナよ!彼の者を眠りの底へと誘え!<睡眠(スリープ)>」

 

カクン。

 

あっさりと魔法にかかりイリーナが眠る。

 

「さすがですね」

 

「いいから、さっさと縛り上げろ!」

 

「へいっ!」

 

「後は・・・<()()>を奪うだけだ・・・」

 

ファンダリルは再び長筒に火をつけ、煙草を燻らせた。

 

 

 

 

「よくやった!ファンダリルよ」

 

満面の笑みでファンダリルを迎えたのはコルネリオウス・フォン・リカオロスト公爵その人であった。

 

「なんとか無事成功しましたよ」

 

ファンダリルは黒いローブを翻して大げさに頭を下げた。

 

「早速儀式を始めようではないか!」

 

リカオロスト公爵が急かすように告げるが、その後ろからは別の声がした。

 

「よう親父!その女もちろん俺にくれるんだよなぁ?早くくれよ!」

 

長男のゲスガー・フォン・リカオロストであった。

 

「ワシの用が済めば好きにせい」

 

「おお、やった!いつだ!いつ用が終わるんだ?」

 

「うるさいわ!用が終われば呼んでやる!」

 

「オレぁ我慢できねーよ!先でもいいだろう?なあ、親父よぉ」

 

リカオロスト公爵自身、自分の息子でありながらも辟易していた。長男、次男も貴族の特権だけを振りかざし、自分の能力を全く高めようとせず、それでいて欲望だけはむき出しだ。

自分自身も貴族の特権を振りかざしてはいるが、陰謀を巡らすためには頭を使わなければならない。貴族はバカでは務まらないのだ。だが自身の息子たちには最低限の知識も知恵もない。すでにリカオロスト公爵自身が自分の息子たちを見限っていた。

 

「西の塔の拷問部屋を使わせてやる。先に行って準備しておれ。ワシの用が済んだらそっちへ運んでやるわ」

 

「お、あの部屋かぁ、いいな!早く頼むぜ親父!」

 

そう言ってウキウキと西の塔へ向かうゲスガー。

その姿を見送ったファンダリルがリカオロスト公爵へ視線を向けた。

 

「・・・いいんですか?西の塔って。()()が発進する時に・・・」

 

「構わんよ、むしろ都合がいいじゃろう」

 

ファンダリルが言い終わる前にリカオロスト公爵はセリフを遮って答えた。

 

「都合がいいんですか?」

 

「子供なんぞ、()()()()()()()()いくらでも作ればいいんじゃよ」

 

くっくっくと笑うリカオロスト公爵。

明らかに建物の崩壊とともにゲスガーを見捨てるつもりなのだ。

その目に光る狂気にゾクリと震えるファンダリルであった。

 

 

 

 

地下室の一室でイリーナをベッドに仰向けに寝かせると早速儀式呪文の準備をするファンダリル。

 

「すでに大量の魔石も食料も積み込んでありますから。封印された起動キーを四つ解除できれば、稼働できるはずです」

 

「フォッフォッフォッ、楽しみなことじゃて」

 

愉悦に浸るリカオロスト公爵。

その顔を見るとやる気が失せるので目を逸らして儀式に集中を始めるファンダリル。

 

「最後の≪魂の鍵≫(スピリチュアルキーナンバー)・・・やっと手に入る」

 

そう呟いたファンダリルは右手に持った杖を振り上げる。

 

「ゴーデル・ソーレルレイル・グーダン・コーネリル。深淵に眠る純粋なる力よ。封印されし閉ざされた扉を開く鍵を我が手に与えたまえ!<具現召喚>(コーリング・リアリゼーション)

 

イリーナのベッドの下に大きな魔法陣が完成し、光があふれたかと思うと、イリーナの胸のあたりに光り輝く数字が浮かび上がる。

 

「出た!出たぞ!」

 

興奮しながら羊皮紙に慌てて浮かび上がる数字を書き入れるファンダリル。

 

「よし!これで≪魂の鍵≫(スピリチュアルキーナンバー)が四つ揃った!これで可動できる!」

 

早速移動しようとして、ゲスガーの子飼いの男たちに呼び止められた。

 

「この女、もういいのかよ?」

 

「ああ・・・そういやゲスガー様が早く寄越せって言ってたなぁ・・・」

 

アレに渡すのは人としてどうなんだとは思えども、だからとしてイリーナを助けようとも思わないファンダリル。

 

「西の塔にゲスガー様がいるんだろう?運んでやれ」

 

「わっかりました!」

「女を運ぶのは楽しいねぇ」

 

ウキウキしながらイリーナを運ぼうとする男たち。だが・・・。

 

「な、なんだ?」

「コイツ、体がヌメッてるぞ?」

 

「なんだと?」

 

男たちが気味悪がってイリーナから一度離れる。

先ほどまでは特段異常はなかったはずだが・・・。

ファンダリルに嫌な予感が過る。

 

「おい、麻の布を持ってきて、包んで縛り上げてから運べ。何か嫌な予感がする。その女に絶対に手を出すな。ゲスガー様に首を落とされたくなければな」

 

「わ、わかった・・・」

「言われなくても、こんな気持ち悪いオンナ手をださねーよ・・・」

 

急に怖気出す男たち。

 

(きっと、あの女の体に危機が迫ると何か防御手段が発動するように、手が打たれているのかもしれない)

 

使役獣が強いだけの男かと思ったが、どうもあの男は何かがヤバい。

そうファンダリルのカンが警鐘を鳴らす。

 

()()が動けば、もう怖い物は無い。あの男も木端微塵にしてやればいい)

 

ファンダリルはほくそ笑んで()()に乗り込んだ。

 

 

 

「おおっ!ファンダリル!≪魂の鍵≫(スピリチュアルキーナンバー)は揃ったのか!」

 

「ええ、揃いましたよ。大丈夫です。早速稼働させましょう。かつてこの大陸を僅か三艦で滅亡寸前まで追い込んだうちの一艦、この、魔道戦艦≪ヒューベリオン≫」をね!」

 

ファンダリルは興奮しながら、封印が施された艦橋のコントロールパネルに四つのキーナンバーを打ち込んで行く。

 

そしてその封印は解かれ、コントロールパネルに光が灯る。

 

「やったぞ! すでに大量に魔石を動力炉に詰め込んである。これで動力は確保出来ているはずです!」

 

「よし!早速動かそうではないか!早く王国の馬鹿どもに見せつけてやろう!我が真の力をな!」

 

リカオロスト公爵が我が力などと気勢を上げると、ファンダリルは鼻で笑いたくなった。

凄いのはお前じゃない、この魔導戦艦であり、その封印を解除するキーを集めた俺が凄いんだろうが。

だが、それを口にしても得にはならない。それよりもファンダリル自身も早くこの魔導戦艦を動かして世界を席巻したかった。

 

「魔導戦艦、稼働スタート! 魔力充填開始! 動力炉出力十パーセント・・・二十パーセント・・・三十パーセント・・・」

 

ファンダリルはエネルギーの計器を見ながら確認していく。

 

「動力炉出力六十五パーセント・・・発進できます」

 

「よしっ!発進じゃ!」

 

ファンダリルの報告にリカオロスト公爵が腕を振って騒ぎ立てる。

 

「甦れ! <古代魔法科学時代(インダストリア)>の<失われし魔法技術(ロスト・テクノロジー)>! 魔導戦艦ヒューベリオン、発進!」

 

ファンダリルがレバーをグイッと倒すと、魔導戦艦ヒューベリオンは天井を突き破って浮上を開始する。

 

「ファッハッハ、城が瓦礫の山に変わって行くわい」

 

今まで自分の居城だった建物が瓦礫に変わって行くのに、何が楽しいのか全く分からないファンダリルだったが、今は何より魔導戦艦を動かすことに集中しようとした。

 

「おい、ファンダリル。ワシの城に魔動砲を打ち込め!」

 

「な、なんですと?」

 

ファンダリルは聞き違えたのかとリカオロスト公爵の方を見た。

 

「試し打ちじゃ!それに、見られればまずい物もたくさんあるからのう」

 

城の財宝は積めるだけこの魔導戦艦に積み込んだ。

城にはその残りとはいえまだ多くの財宝が残っている。

だが、ファンダリルはもうあまり深く考えないことにした。

 

ゴウンゴウンゴウン

 

独特な動力音のする魔導戦艦が空中で旋回する。

 

「魔動砲、発射準備! 出力チャージ十パーセント・・・二十パーセント・・・三十パーセント・・・」

 

「ホホホッ!エネルギーが溜まって行くわい!たまらんのう!」

 

「城を吹き飛ばす程度でいいなら、四十パーセントもあれば十分でしょう・・・。出力チャージ四十パーセント、魔動砲発射!」

 

ゴウッッッッッ!!

 

そしてエネルギー波が着弾する。

 

ズドォォォォォォン!!

 

一瞬にしてリカオローデン城が灰燼と化し、大きな穴も開いて、後ろのミスリル鉱山も大きく崩れている。

 

「カッカッ!この威力!たまらんたまらん!これでクソ生意気な小僧も面倒な王家も一網打尽じゃ!」

 

そして、リカオロスト公爵はその進路を王都バーロンへ向かうよう指示をする。

 

「王都の城へ魔動砲を打ち込んだら、降伏を勧告するかのう」

 

「打ち込んでから降伏勧告ですか・・・嫌味ですね」

 

黒い笑みを浮かべながら二人の男たちは今後の予定を話し合った。

 

そして魔道戦艦は再度空中で旋回すると、一路王都バーロンへ向かい始めるのであった。

 




捕らぬホーンラビット<一角兎>の角算用 ⇒ 捕らぬ狸の皮算用 です(爆)

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第193話 世界の危機を救う覚悟を持とう

「バ・・・バカなっ! あれが魔導戦艦だと!?」

「わずか三艦で大陸中を火の海に沈めた、伝説中の伝説ともいうべき兵器・・・」

 

宮廷魔術師ブリッツの説明に、ドライセン公爵、そして宰相ルベルクが声を上げる。

 

「魔導戦艦とな・・・聞いたことがないが」

 

キルエ侯爵が首を捻る。

 

「貴公は若いのでまだ知らぬか。あれは伝説中の伝説ともいわれ、実際にあったことだと資料文献が一部の王族や貴族たちには引き継がれてきておる。千年以上年も前に起きた、この大陸中の国という国が滅亡寸前まで追い込まれた恐るべき出来事なのだ」

 

「わずか三艦。たった三艦の戦力で、この大陸中の国が滅亡寸前に追い込まれたのですよ。圧倒的火力、こちらの魔法を弾く魔法防御フィールド、そして空中を浮いて移動するという機動力。どれをとっても現在の我々にはあの魔導戦艦に対する攻撃手段を持ちません。魔導戦艦が相手となるとたとえ隣国のワイバーンを駆る竜騎士たちでも魔導戦艦からすれば、ハエが周りを飛んでいるようなものでしょう」

 

「それほどまでにか・・・」

 

ワーレンハイド国王は宰相ルベルグの説明を受け、呟いた後言葉を失う。

 

「申し上げます!」

 

「どうした?」

 

「リカオロスト公爵領を見張る調査部からの報告です! リカオロスト公爵領リカオローデンにて、公爵自身の館が崩壊!巨大な乗り物とも思われる物体が空中へ現れたそうです!しかもその乗り物らしきものは、リカオローデンの公爵邸を砲撃で破壊したと報告が上がっております!」

 

「・・・道理で映像が消えたわけだ・・・」

 

ワーレンハイド国王は得心がいった。

 

「先ほどまで映っていた魔導通信機が映らなくなったので、何かがあったのだろうとは思ったのだが、まさか自身で自分の館を砲撃させていたとは・・・」

 

「威力を試した、その程度の事でしょうかな?」

 

宮廷魔術師のブリッツが砲撃の理由を想像する。

 

「そうだな・・・、後は自身の館にあまり見られたくないものがまだ眠っていたのかもしれん」

 

「なるほど・・・」

 

ワーレンハイド国王の説明に頷く宰相ルベルク。

 

「となりますと、次の目的地が気になりますな」

 

ドライセン公爵が魔導戦艦の行き先を気にする。

 

「もちろんこの王都バーロンであろうよ。自身の館を砲撃させた以上、自領には戻らないというもしかしたら不退転の決意の表れかもしれん。となれば、この王都にいきなり砲撃を放つ可能性だってあるかもしれん」

 

「そんなっ!」

 

ワーレンハイド国王の想定に思わずリヴァンダ王妃が悲鳴にも似た声を上げる。

 

「あの男の考えていることを読み取るのは難しい・・・」

 

腕を組み、苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべるワーレンハイド国王。

 

「ヤーベ様・・・」

 

カッシーナ王女がヤーベの袖を握った。

 

「報告します!」

 

先の報告に続いて次の報告が入ったようだ。

 

「リカオロスト公爵邸を砲撃した空飛ぶ乗り物は、リカオロスト公爵領を出てこの王都を目指す進路を取っているとのことです!」

 

「やはりか・・・」

 

その時であった。魔導通信機が光り出す。

 

「むっ!」

 

宮廷魔術師ブリッツが目を細めて光の先を見据える。

そして浮かび上がる映像。

 

「カ~~~ッカッカ!愚か者の諸君、元気かね?」

 

コルネリオウス・フォン・リカオロスト公爵と、その隣には黒ローブの男がいた。

 

「そちらも療養のために自領に戻った割にはずいぶん元気そうだねコルネリオウス卿?」

 

「カ~~~ッカッカ! 魔導戦艦ヒューベリオンが可動するんじゃ!寝てなどおられんよ!」

 

嬉しそうに涎を垂らす勢いで愉悦の表情を浮かべるリカオロスト公爵。

 

「それで、その魔導戦艦とやらの発掘に成功したので、その自慢かな? 王国に納めてくれるなら、高く買い取って勲章も出すけど?」

 

努めて軽く振る舞っているのだろう。もしくは僅かな望みをかけての事か。

 

「馬鹿か貴様。この世界の全てを治める王に対してどの口が世迷言を吐くか」

 

その瞳は完全に人を見る目ではなかった。

自らが手にした、巨大な力をただただ思うがままに振り回し、自分の都合のいい世界を作り上げようとしている、イカれた老人の姿があった。

ワーレンハイド国王は背中に冷たい汗が流れるのを感じた。

もはや自国だけの問題ではない。この男は先ほど全世界の王と言った。

つまりはこのバルバロイ王国だけでない、隣国はもとより、この大陸全ての国を蹂躙する、そう言っているのであった。

 

「要求は何かね?」

 

相手の思惑がわかった以上、下手な駆け引きをやめて直接的に尋ねるワーレンハイド国王。

 

「死ね」

 

「!」

 

「王家の人間はすべからく死ね。お前たちの血は一滴も残さぬ!」

 

憤怒の表情を浮かべるリカオロスト公爵に会場の誰もが戦慄を覚えた。

ただ一人、ヤーベを除いてだが。

 

「どうしてそこまで・・・」

 

リヴァンダ王妃が震えながら声を絞り出す。

慇懃無礼だったり、偏屈だったり、奇妙だったりはあった男であったが、ここまで異常だとは思っていなかったのである。

 

「ふざけるな!ワシこそが王じゃ!生まれついての王じゃ!ワーレンハイドよ!貴様がワシの王の座を奪ったんじゃ!」

 

絶句して声もないワーレンハイド国王とリヴァンダ王妃。

 

「あの御仁・・・子供のころの剣術指南で、一度たりともワーレンハイド国王に勝てなんだことが国王になれなかった原因だとでも思っておるのか・・・?」

 

ドライセン公爵は映像に映る狂気を目に宿した老人を見つめた。

自身が生まれながらの王だと喚き立てるリカオロスト公爵のそれは、まるで子供が手に入らないおもちゃを欲しがってダダをこねているようにしか見えなかった。

 

「で、だからどうだってんだ?」

 

ついに、今まで一言も口をきかなかった男、ヤーベ卿が声を発した。

 

 

 

 

 

 

俺は魔導戦艦とやらが飛び立ってからの情報をヒヨコたちの念話伝言で受け取っていた。

伝言ゲームのように多くのヒヨコが情報を介すため、間違って伝わったりしないか心配な面もあるが、伝え方に工夫でもあるのか、ヒヨコたちの記憶力が優れているのか、非常にクリアな情報が送られてくる。

 

あの魔導戦艦ヒューベリオンは<古代魔法科学時代(インダストリア)>の<失われし魔法技術(ロスト・テクノロジー)>の粋を集めた兵器らしい。僅か三艦でこの大陸の多くの国を滅亡寸前まで追いやったトラウマ的戦略兵器のようだ。

 

とどのつまり、あんなクソおもちゃのために、俺のイリーナを誘拐して、何だか知らんが封印されたキーを抜き出した・・・という事だな。うむ、許さん。

すでに、ヒヨコたちの情報から魔導戦艦ヒューベリオンの発進時の情報は入って来ている。

 

実に信じられない事だが、あの魔導戦艦に乗り込んでいるのはリカオロスト公爵と黒ローブの男の二人だけらしい。尤も最初から放り込まれていた人がいないとも限らんからな。

少々危険だが、ヒヨコたちが何匹か魔導戦艦ヒューベリオンに潜入している。当然バリヤーのような防御フィールドを備えていると思われるが、常に発動しているわけでは無い様だ。こちらとしてはありがたい情報だ。

それにしても、二人しか乗っていないとはいえ、リカオロスト公爵が役立っているとは思えないから、実質あの黒ローブが一人で動かしているということだ。

 

「おいちょびヒゲ、黒ハゲ」

 

「あ? もしかしてちょびヒゲって、ワシの事か?」

 

「それ以外に誰がいるんだ、ちょびヒゲ」

 

いきなりちょびヒゲと呼ばれて呆気に取られているリカオロスト公爵。なんだ、自分のヒゲも理解してないのか。

 

「おい・・・黒ハゲって誰の事だ?」

 

「お前以外に誰がいるんだ?黒ハゲ?」

 

「誰が黒ハゲだこらぁ! ハゲてねーだろうがよ!」

 

いきなり黒ローブのフードを取って顔を見せる。

ソコから出てきたのは金髪のフツー顔だった。

 

「ファンダリル!貴様!」

 

見れば宮廷魔術師ブリッツが激昂する。

 

「えー、またアンタの知り合い?」

 

「え?あ、イヤ、知り合いと言うか・・・昔ウチの部署で働いていた男でして・・・研究職としては優れた男だったのですが」

 

「この前のゴルドスターと言い、アンタの元部下、碌なヤツいねーんじゃねーの?」

 

イリーナを誘拐されて機嫌が悪い俺は、完全に宮廷魔術師ブリッツに八つ当たりした。

 

「いやはや、面目ない事で・・・」

 

急に汗を拭き出すブリッツ殿。

 

「まあまあ、そのくらいにしてやってくれないか、ヤーベ卿」

 

俺を嗜めたのはワーレンハイド国王だった。

 

「おっと、話が逸れたな。それで、ちょびヒゲと黒ハゲ。お前ら何がしたいわけ?」

 

「やはり下賤な者は品がないのう。貴様は三日後に死ぬ。王都共なぁ。カッカッカ」

 

ヒヨコの情報から魔導戦艦ヒューベリオンが魔力温存のためか、普通の馬車の二倍程度の速度で動いているという事が分かっている。王都到着は約三日後だ。

 

「凄まじく品のないツラで何を言われても響かねーよ。まずは涎くらい拭いたらどうなんだ、耄碌ジジイ」

 

「き、貴様ァァァァァァ!!」

 

顔を真っ赤にして激怒するリカオロスト公爵。そのまま血管プチッとイッてそのまま逝ってくんないかな?その方が世界の平和のためだろう。

 

「はっはっは、リカオロスト公爵。アイツは自分の大事な女が誘拐されて凌辱されていることで気がおかしくなったんですよ。哀れですなぁ~、自分の大事なモノが守れない愚か者の遠吠えですよ」

 

ファンダリルとやらが俺を嘲り笑う。

 

「おいヤーベとやら。貴様の女は犯されて拷問された挙句死んだ。先ほどこの魔導戦艦の魔動砲で城ごと木端微塵になったんだよ。あーはっはっは!」

 

こちらも愉悦に浸る様なイカれた笑みを浮かべる黒ローブ。

 

「・・・ヤーベ、あの男は何を言っているのだろうか?」

 

俺の後ろにぴったりと隠れていたイリーナがひょっこり顔を出して俺に聞く。

リズミカルな音楽に乗ってひょっこり顔を出したら人気が出そうだなイリーナよ。

 

「さあ、黒ハゲの言う事だからな。心もハゲきっちゃって、つるっつるになっちゃった人だから、もう自分でも何を言っているかわかっていないんじゃないかな?」

 

ひょっこり顔を出したイリーナの頭をなでなでしてやる。気持ちよさそうに目を細めるイリーナ。

 

「あうう~~~、羨ましい・・・」

 

カッシーナがちょっと涙目だ。後で頭を撫でてやるか。

 

「・・・はあっ!?」

 

やっと気づいたか。目ェついとんのか、ワレ?

 

「な、なんで! なんでその女がそこにいる!? まさか、さっきの女はニセモノ・・・いやいや、≪魂の鍵≫(スピリチュアルキーナンバー)を奪ったんだ!間違いなく本物だった! ははあ、その女が偽物なのか!チンケな罠で動揺させる気か!本物の女が死んだというのに薄情なものだな!」

 

うーん、ここまで支離滅裂だと、ツッコんでやる気も起きなくなってくるな。あはれなりけり。

 

「・・・ああ―――――!! アイツ!私を誘拐したヤツじゃないか!ヤーベ、気を付けろ、あの黒ローブは魔法をつかうぞ!確か縛られた時に魔法で眠らされたんだ!<睡眠(スリープ)>って魔法だったぞ!」

 

「おお、イリーナ良い情報だ。だが、安心しろ、俺はあんな黒ハゲには絶対負けないよ」

 

そう言ってイリーナを抱き寄せ、唇にキスをする。黒ハゲに見せつける様に。そう、見せつける様に。大事な事だから二度言おう。

 

「あうう~~~、羨ましい・・・」

 

カッシーナがだいぶ涙目だ。後でこっそりキスしてやるか。

あ、リヴァンダ王妃がカッシーナの背中をポンポンしている。

 

「誰が黒ハゲだ!ふざけんな!ハゲてねーだろーがよぉぉぉぉぉ!!!」

 

あ、キレた。案外堪え性ないのな。

 

「・・・は?何で狼たちもそこにいるんだ?城には魔動砲打ち込んだんだぞ!何で生きてる!」

 

「は?そんなもん崩れる前に脱出したからに決まってるだろ? それよりお前も涎拭けよ。品が無さすぎるぞ。二人して品無さーズだな」

 

「ぎ・・・ぎざま―――――!!」

 

「もうよいわ」

 

ちょび髭が少し冷静になった? 元々イカれてるからな、ちょっと冷静になっても五十歩百歩だな。

 

「貴様は殺す、必ず殺す!三日後には王都に魔動砲を打ち込む!皆殺しじゃあ―――――!!!」

 

こっちもキレた。ちょび髭も堪え性ないのな。

 

すっと後ろにワーレンハイド国王が来る。

 

「ヤーベ卿、何か手があるのかね・・・?」

 

俺はワーレンハイド国王に返事をすることなく、数歩前に歩み出て魔導通信機に近寄る。

 

「三日後・・・? 随分呑気だなぁ、お前ら?」

 

俺は剣呑な雰囲気をゆっくりと出しながら一言一言を紡ぎ出す。

世界のため?人々のため?奥さんズのため?理由はいろいろ付けられる。今でも、後からでも。

 

だけど・・・

 

自分で決める事だから。自分の手で行う事だから。だから、自分で責任を持って、その言葉を紡ぐ。

 

「明日の日が昇る前までに、魔導戦艦を止めて地面に降りて土下座しろ。そうすればお前らの命だけは助けてやる」

 

会場の連中も「ええ?」みたいな雰囲気を出している。

この人、何でこんなに強気なの?みたいな?

映像の向こうの二人もポカンとしてやがる。

 

「もし・・・土下座せずにこの王都に向かって来るようなら・・・お前らは明日の朝日を拝むことは二度とない」

 

俺はひと呼吸、置く。

 

「お前らを・・・殺す」

 

指を突き付けて、俺はそう告げた。

 




ヤーベ君・・・ついに「覚悟完了!」です。(ちょっとセツナイ)

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第194話 自らの気持ちを強く持って対応しよう

俺の宣言が相当気に喰わず、リカオロスト公爵がブチ切れて暴れたためか、向こう側の魔導通信機が壊れたようで、映像が途絶えてしまった。

 

「・・・交渉の余地なく、お互い殺すと罵ったまま通信が途絶えてしまったが?」

 

ドライセン公爵が俺の方へ歩み寄って来る。

 

ワーレンハイド国王にリヴァンダ王妃が心配そうに俺を見つめていた。

 

「うむ・・・だが、元々交渉できるようではなかったような感じだったが・・・」

 

宰相ルベルクが頭を掻き毟る。

 

「元々、ファンダリルのヤツは権力志向が強かったですからな・・・」

 

宮廷魔術師ブリッツが髭を撫でつけながらボヤく。

 

「いや、志向の問題じゃないような? 魔導戦艦で世界を恐怖に陥れて蹂躙しようって話だよね?」

 

「いや、まあ、そうなのですが・・・」

 

宰相ルベルクに続いて、宮廷魔術師ブリッツも頭をガリガリ掻き毟る。

 

「それで? 貴公が交渉をぶった切ってしまったわけだが? どう責任を取るつもりか?」

 

さらに俺に詰め寄るドライセン公爵。

 

「責任? 貴方はアレと交渉して思い留まらせることが出来ると?」

 

「あ、いや、まあそうなんだが・・・」

 

ドライセン公爵も頭をガリガリ掻き毟る。

 

頭を掻き毟って苦悩するオッサン三名。むさ苦しい。

 

「それで・・・ヤーベ卿どうする? 世界の命運が君にかかってしまう事になってしまうが・・・」

 

心苦しいとばかりにワーレンハイド国王の表情に苦悩が浮かぶ。

 

「先ほどヤツらに伝えた通りです。明日の朝日が昇る前に魔導戦艦を止めて土下座しなければ・・・殺します」

 

俺ははっきりと伝えた。

 

「言うのは簡単だが・・・どうやって殺すのかね?」

 

ドライセン公爵の言葉に俺は睨み返した。

 

ビクリと体を震わすドライセン公爵。

 

()()()()()()・・・? ()()()()()()()()()()()が?

俺にとってみれば、()()()()()()()()()()()だよ。

 

実際に人を殺すと口にすること・・・。

地球時代でも俺はケンカをしたことは無かった。それでも口げんかで「殺すぞ」なんで冗談気味に言ったことはある。それは法で守られた世界の中で、人殺しが重罪で、実際に人を殺す事の恐ろしさが理解できているから、実際に行わない事を百パーセント前提として口にしている。

 

だが、この異世界は違う。もちろん基本殺人は重罪だ。だが、街道では盗賊も現れ、油断すれば殺されることもある。俺自身も暗殺者に命を狙われたこともある。

実際に命のやり取りが身近にある世界なのだ。

 

「俺が殺すと言ったんだ。奴らの死は絶対だ」

 

目を剥くドライセン公爵。俺の迫力にビビってる?

 

「魔導戦艦をどうするのかね?」

 

ワーレンハイド国王が俺に問いかけた。

 

「・・・まさか、欲しいとか言いませんよね?なにやら世界のパワーバランスを崩しかねないとてつもない兵器ですよね?戦争でもしたいんですか?」

 

「あ、いや、もちろんそういうつもりはないんだがね・・・」

 

ワーレンハイド国王も頭をガシガシと掻き毟る。

 

オッサンのフケが空気中に漂う率が高まってしまったか。

 

「消しますよ。きれいさっぱり・・・ね。その方が他の国に対しても刺激が少ないでしょう」

 

「そりゃまあ・・・確かに・・・」

 

ワーレンハイド国王がちょっぴり残念な表情を浮かべながら頭の掻き毟りを加速させる。

あの魔導戦艦を無傷で拿捕して、バルバロイ王国の戦力としてしまった場合、わずか三艦で大陸を滅亡寸前に追い込むほどの戦力の一角を保有すると言う事に他ならない。それは余計な緊張を生むことになるだろうし、かなり厳重に封印されていたところを見ると、復活させてしまったことを他国から責められるかもしれない。それならば、きれいさっぱり消してしまう方がいいだろう。

・・・決して亜空間圧縮収納にこっそり仕舞って後で乗ってみようとか思っていないぞ。

 

俺はローガ達にイリーナをコルーナ辺境伯邸まで連れて帰った後、待機するように指示を出す。

 

『僭越ながら・・・ボスはどうなさるおつもりで?』

 

「言った通りだ。朝日が昇る前に魔導戦艦を止めてヤツらが土下座しなかったら、言葉通り殺す。だから、一応仕留められる位置まで移動しておく」

 

『ならば、我もお供に!』

 

「いや、お前は拠点を守れ。魔導戦艦以外に敵戦力があるとは思えんが、念のためだ。任せるぞ」

 

『・・・はっ』

 

力無く承諾の返事をして引き下がるローガ。せめて自分だけでもお傍に・・・と言いたかったのだが、イリーナを攫われている失態を犯している以上、拠点の防衛を任せると言われて、ノーとは言えなかった。

 

そのまま俺は王城を後にして<高速飛翔(フライハイ)>で日が落ちてすっかり暗くなった暗闇に向かって飛び立った。

 

 

 

 

「行ってしまったな・・・」

 

ワーレンハイド国王はヤーベが出て行った扉を見つめる。

 

「国王様、本当にどう対処致しますか?」

 

ドライセン公爵がワーレンハイド国王の前に歩みより、相談する。

 

「今はヤーベ卿に頼るしかないか・・・」

 

ワーレンハイド国王は頭を掻き毟りながらボヤいた。

 

「そうですな、先ほどの報告では魔導戦艦の王都到着が約三日後。ヤーベ卿は明日の朝までにと期限を区切っております。であれば、まずは明日の朝まで様子を見てみてはいかがでしょうか」

 

宰相ルベルクがワーレンハイド国王に進言する。

 

「そうだな・・・とにかく朝まで待つとしよう。朝から主な貴族を集めて会議を開く。皆を招集してくれ」

 

「ははっ!」

 

そしてその場は解散となった。

 

 

 

 

 

 

 

『魔導戦艦はどの位置にいる?』

 

俺はヒヨコ隊長に念話で問いかけた。

 

『ボスの位置からですと、北北東、距離は推定・・・』

 

ヒヨコ隊長から報告を受ける。予定通りの位置取りだな。

この場所へ魔導戦艦が飛んでいるのが見えた時、それはヤツらが日の出までに魔導戦艦を止めて、土下座をする意思がないと言う事になる。

 

『艦内に捕らわれている人間は?』

 

『すでに潜入したヒヨコたちが脱出してきましたが、本当にあの魔導戦艦の中にはあの二人しかいないとのことです。積み荷は大量の食糧と財宝、生活品だけです』

 

『そうか・・・馬鹿で助かったな』

 

魔導戦艦は圧倒的に高性能で、基本設定を済ませれば自動運行プログラムが作動するのだろう。誰も信用せず、己だけを信用して世界征服に乗り出したんだろうな。その魔導戦艦の威力を見せつけてから、自分たちに順応な人間を集めるつもりだったのか。

 

それだけ、今のリカオロスト公爵には人望が無く、信頼を置ける部下がいなかったということに他ならない。それはあの二人と共に道連れになる人々が出なくて済むと言う事だ。リカオロスト公爵の人望の無さに感謝する事としよう。

 

『みんな・・・よろしく頼む』

 

四大精霊がその姿を現す。

 

水の精霊ウィンティア、風の精霊シルフィー、土の精霊ベルヒア、炎の精霊フレイアである。だが、それ以外にも二人の姿があった。

 

「なんだかとんでもない事をしそうだね」

「その力・・・深淵に届くかもしれませんことよ?」

 

光の精霊ライティールと闇の精霊ダータレラまでもが顕現していた。

ここに六大精霊が顕現したことになった。

 

「なんだか、魔導戦艦ヒューベリオンっていう、世界を脅かすクラスの兵器が現代に蘇ってしまったみたいだ。仕方がないので、フルパワーで吹き飛ばす。万一暴走したら助けてくれると助かる。後、周りの影響も心配だから、一応気を付けておいてね」

 

「貴方自身は気を付けないのね・・・」

 

闇の精霊ダータレラは呆れる様に言った。

 

「今までフルパワーってあんまりやったことないんだよね。ダンジョン無双した時も、実際60%くらいのパワーで十分だったしな」

 

「うわ~、キミは本当に規格外だな!」

 

光の精霊ライティールが驚いている。

 

「確かに、あの魔導戦艦は人の手に余る代物です。ヤーベ様、きれいさっぱり処分してしまうのがよろしいかと。有り余る力は人を狂わせるのに十分です」

 

ベルヒアが畏まってそう言った。

 

・・・そう言われると、俺も狂ってしまってもおかしくないのだろうか?

 

「ヤーベ、貴方は大丈夫・・・狂いたくなったら、まず私が貴方を狂わせてア・ゲ・ル・・・快楽で♡」

 

そう言って俺の後ろから抱きついてくるベルヒア。

 

「オッフウ!」

 

確実に鼻血が出そうな感じだが、俺に血は無いのだ。

 

『ボス!地点到着まで後五分です!』

 

ついにヒヨコ隊長が俺の元へ帰って来た。

結局あいつらは改心することなく、世界を恐怖に陥れようとしている。

 

「そうか・・・それがお前らの答えなんだな」

 

俺はばさりとローブを脱いで収納する。そして、その形態をデローンMk.Ⅱに切り替える。

 

「わあ、ヤーベその恰好を見るのは久しぶりだね!」

 

ウィンティアが俺の頭頂部?をペタペタする。

 

ドウンッ!!

 

「「「「わあっ!!」」」」

 

精霊たちが驚いて宙を舞う。

 

「少し離れていてくれ。魔力(ぐるぐる)エネルギー全開!!」

 

俺は掛け値なしにパワーを上げていく。

そしてその体を変えていく。

デローンMk.Ⅱの基本ボディーをそのままに、砲身を製作。その長さ約十メートル。途中に砲身を支える様に地面に支えを突き刺す。

 

「<スライム的大砲撃(スライチックカノン)>!!」

 

キュィィィィィィィィン!!!!!

 

「うわわわわっ!」

「こ、これほどの魔力圧縮が・・・」

「お兄さんだ、大丈夫でしょうか・・・」

「ヤーベ、頑張って!」

 

四大精霊たちがヤーベを心配する。

 

「ま、まだ総エネルギーが高まりますの!?」

「すごいね!本当に規格外だよ。魔導戦艦を仕留めたらボクも加護をあげようかな」

 

闇の精霊ダータレラも光の精霊ライティールもヤーベを見つめる。

 

魔力(ぐるぐる)エネルギー圧縮充填率四十パーセント・・・五十パーセント・・・六十パーセント・・・」

 

俺の周りの空気が振動し出し、ついに俺を中心に渦を巻き始める。

 

「わわわっ!ヘタするとヤーベに取り込まれちゃうよ!」

「お兄様と一つに・・・」

 

ウィンティアの叫びにシルフィーが恍惚の表情を浮かべる。

 

「バカ!お前が風の防御魔法を展開しなきゃダメだろうが!」

 

フレイアがシルフィーの頭を叩く。

 

「あ、はいはい、<風の防壁(ウインドシールド)>」

 

 

シルフィーの後ろに集まる精霊たち。

 

魔力(ぐるぐる)エネルギー圧縮充填率七十パーセント・・・八十パーセント・・・九十パーセント・・・」

 

「うわわ・・・ヤーベ大丈夫かよ・・・」

「大地が・・・空気だけでなく大地が震えています・・・」

 

フレイアの心配にベルヒアが大地までが震えていると言う。

 

「こ、ここまでとは・・・」

 

光の精霊ライティールが呆然としている。闇の精霊ダータレラはすでに言葉を失っている。

 

魔力(ぐるぐる)エネルギー圧縮充填率・・・百パーセント」

 

今、俺が放てる全てのエネルギーが準備出来た。

 

「<発射(ファイヤ)―――――――!!>」

 

キュバァァァァァァァァァ!!!!!!!!!

 

ゴウッッッ!!

 

余りの衝撃波に風の防御すら破壊され精霊たちが吹き飛ばされる。

 

圧倒的なエネルギーはまばゆい光を放ち、そして消えた。

 

「・・・ふうっ」

 

俺は矢部裕樹の姿に戻ってひと呼吸吐いた。

 

 

 

 

 

 

「ぐははははっ! 奴らを殺せると思うと楽しみじゃのう!」

 

夜通し魔導戦艦を進めているが、リカオロスト公爵は寝る気配を見せなかった。興奮が収まらないのだろう。

ファンダリルはその姿を横で見ながら一抹の不安を覚えていた。

この魔導戦艦ヒューベリオンは三艦ある魔導戦艦の中でも最強の能力を持つと言われている。この魔導戦艦を打ち破る方法など、この世にない。

だが、あの男ははっきりと言った。

 

「朝日が昇る前に魔導戦艦を止めて土下座しろ。そうすれば命だけは助けてやる」

 

いったい何があると言うのか。こちらが王都に到着するのは約三日後。なのに、奴は朝日が昇る前に、と言った。

何か、自分の理解の及ばない何かがあるのか・・・。

 

「おお!見ろ!朝日じゃ!ヤツめ!何が二度と朝日を拝むことは出来んじゃ!笑わせよるわ!」

 

艦橋から見れば、地平線の向こうからまばゆい光が見えてきた。

 

「正しく!美しい朝日ですな・・・やはりヤツの言うことなど唯の世迷言・・・」

 

だが、ファンダリルは気づいた。今自分たちは南に向かって向かって魔導戦艦を進めている。

 

()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

「ま、まさか!?」

 

目の前がまばゆい光に包まれていく。これは、まさか、もしかして!

 

ファンダリルの髪がさらさらと抜けて行った。

人は絶望すると体に急激な変調をきたすことがあるようだ。

 

「おお、ファンダリルよ? お主、ハゲておるぞ?」

 

ゴウッ!!!!!!

 

そして、まばゆい光が消え去った後、魔道戦艦はその姿の一片をも残すことは無かった。




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閑話28 “その時”を見た人々

-王都バーロン-

 

 

「眠れないのですか? あなた・・・」

 

王城のバルコニー。リヴァンダ王妃は両手にワインの入った金属グラスを持ってやって来た。先客は彼女の夫でもある国王ワーレンハイドである。

 

「そうだな・・・さすがに眠れん・・・もしかして三日後にはこの王都が魔導戦艦からの砲撃を受けることになるかもしれん・・・となればな」

 

暗い顔をしながらそう呟く夫の顔を覗き込みながら、右手のワインを差し出すリヴァンダ王妃。

 

「私たちにはありがたいことにカッシーナが見染めた英雄様がついていらっしゃるわ。それも精霊王スライム神様のご加護を持つ・・・ね。だから、心配は日が昇ってからにしましょう。それまでは少しでもお休み下さい」

 

ワーレンハイド国王はリヴァンダ王妃の肩をそっと抱いた。

 

「そうだね、ありがとう。本当に君が王妃として僕のところに嫁いで来てくれてよかったと思っているよ」

 

ワインのグラスをスッと差し出すワーレンハイド国王。

そのグラスにチンッとぶつけると、少し照れたのか赤みの差した頬でリヴァンダ王妃が微笑む。

 

「妻を酔わせてどうするおつもりですの?」

 

少しばかり妖艶な笑みに変わったリヴァンダ王妃にドキッとしたワーレンハイド国王だが、次の瞬間、凄まじい異変を感じた。

 

「な、なんだ、空気が震える・・・」

そして、足元にも振動が伝わって来る。

 

「大地も震えてますわ・・・」

 

リヴァンダ王妃が不安な表情になる。

 

「大丈夫だ」

 

ワーレンハイド国王はリヴァンダ王妃の肩をしっかりと抱いた。

次の瞬間、

 

カッッッッッ!!!

 

「眩しい!」

「あ、朝日!?」

 

だが、朝日にしてはあまりにも眩しい閃光とも言うべき光に二人は驚きを隠せない。

 

「今のは一体何だったんだ・・・?」

 

二人がそれについて知ることになったのはしばらく後の事だった。

 

 

 

 

 

-城塞都市フェルベーン北 ミノ娘の村-

 

 

チェーダは胸騒ぎがして日が昇る前に目が覚めてしまった。

 

ヤーベが食料を置いて王都に用があると戻って行ってすでに一日半が経とうとしていた。

実際、ヤーベは翌日用があるが、なるべく早めに戻って来ると言っていたわけであるが、すっかり恋する乙女になってしまったチェーダにしてみれば、愛しいヤーベに会えない時間がすでに一日半も過ぎた、という感覚であった。

 

つい王都の方角を見て両手を胸の前で組むチェーダ。

 

「何してるの? チェーダ」

 

声を掛けてきたのはミーアであった。

 

「あ、いや、別に・・・」

 

「王都の方を見て両腕組んで祈る様に見つめて、別にも何もあったもんじゃないわよ」

 

腰に両手を当て、笑うミーア。

 

「みんなの中で一番がさつでお寝坊さんだった貴女がね・・・」

 

「な、なんだよ! オレが早起きするのがそんなにおかしいかよ!」

 

「いいえ、別に。恋する乙女は変わるんだなって」

 

ぷりぷり怒り出すチェーダを宥める様に話すミーア。

チェーダは顔を真っ赤にする。

 

「いいと思うよ? 相手を心配するのも、心配して胸が苦しいのも、恋する乙女の特権なんだから!」

 

元気出せーとでも言うかのようにウィンクしながら肩をパンパン叩くミーア。

 

「うん・・・」

 

その時だった。

 

遠く、王都より北の方角で、強烈にまばゆい光が放たれるのを見た。

 

「すごい・・・なんだろうね? 今の光」

 

ミーアは首を傾げたが、

 

「ヤーベ・・・」

 

チェーダは何故かその光にヤーベを感じていた。

 

 

 

 

 

-ドラゴニア王国-

 

 

「何か胸騒ぎがする・・・」

 

ドラゴニア王国、国王陛下バーゼル・ドラン・ドラゴニア八世は浅い眠りから覚醒した。

 

「これほどまでに余の胸をざわつかせる何かが起こっておるというのか・・・」

 

チリンチリンとベルを鳴らす。

 

「お呼びでしょうか? バーゼル陛下」

 

「眠れぬ。ワインを持て」

 

「畏まりました」

 

恭しく頭を下げる女性給仕。

 

バルコニーに出て冷たい空気に触れる。

 

「一体この胸騒ぎはなんなのだ・・・」

 

腕を組みながら何の気なしに空を見つめる

 

「な、何なのだ!あれは!」

 

次の瞬間、まばゆい閃光が空を駆け抜けていく。単なる光ではない。圧倒的なまでに濃密に加圧された魔力の塊に見えた。

それが夜明け前の暗い空を切り裂いた。そして、その光も消え去る。

 

「陛下、ワインをお持ち致しました」

 

「すぐに当直の執務官に国防大臣と国務大臣、軍務大臣を呼ぶように伝えろ! それから竜騎士団の団長もだ!」

 

「い、いかがなされました陛下?」

 

「早くしろ!」

 

「は、ははははいっ!」

 

慌てて当直の執務官が詰める執務室へ走り出す女性給仕。

 

「厄災の前触れでなければいいが・・・」

 

バーゼルはまだ日が昇らぬ東雲の空を見上げた。

 

 

 

 

 

-ガーデンバール王国-

 

 

「あら、セルシオ様、いかがなされました?まだ夜が明ける前ですが?」

 

早く起きた王太子であるセルシオに後ろから声を掛けたのは妻であるコーデリアだった。

コーデリアはワーレンハイド国王とリヴァンダ王妃の長女であり、カッシーナの姉でもある。

約1年前、隣国バルバロイ王国より嫁いできたコーデリア。ガーデンバール王国としても隣国であるバルバロイ王国との好みが結べるのは願っても無いことであり、コーデリアの輿入れは諸手を挙げての歓迎ぶりであった。

 

「うん、少し胸騒ぎがしてね・・・目が覚めてしまったよ」

 

セルシオは少し長めの金髪をかき上げながら振り向いて愛する妻を見た。

死ぬほどのイケメンぶりにモテない男たちからすれば「リア充爆発しろ!」の大合唱であろう。

 

「何か・・・お飲み物を用意しますか?」

 

コーデリアが隣まで来てその顔を覗き込む。

 

「いや、君がいてくれるだけで十分だよ」

 

そう言ってセルシオはコーデリアの肩を抱いた。

 

その時である。

 

カッ!

 

まばゆいほどの光が溢れ、閃光となって遠くへ消えて行った。

 

「キレイ・・・」

「そうだね」

 

二人は平和であった。

 

 

 

 

 

-某国 山間部 某村-

 

 

「おら、竜の神様に生贄に捧げられる事になっただ」

 

薄い巫女衣装一枚だけを羽織った幾分幼さを残す少女は、両親に最後の別れを告げていた。

 

「すまない、マリナ。お前だけに負担を強いる事になってしまって」

 

村の長老の一声で生贄はマリナに決まった。飛来する竜に生贄として食べられれば村は見逃してもらえる、そういう説明だった。

母親はずっと泣いていた。できる事なら我が子と代わってやりたかった。だが、この寒村では長老の言う事は絶対であった。

 

マリナは井戸の冷たい水を三度、頭から被り身を清めると、竜の祭壇と呼ばれる村の高台へ向かった。

 

(もうすぐ、竜の神様が来て、私は食べられちゃうのか・・・)

 

マリナは今までの人生を振り返っていた。もっとたくさん両親と話したかった、友達と話したかった。山奥の高地にあるこの村では、生きるだけで精一杯の毎日であったが、それでも今ここで自分の人生が終わってしまう事は残念でならなかった。

 

そして、ついに竜が姿を現す。それは神、といより邪悪な悪魔に見えた。高い位置を旋回して飛び回り、派手な咆哮で村人たちを威嚇した。

 

マリナは思わず目を瞑るが、思い直して、カッと竜を睨みつけた。

 

(食べられるその瞬間まで、目を離さない!)

 

理不尽に生贄に選ばれたからか、そんな強い意思で竜を睨みつけた、その瞬間。

 

ゴウッッッッッ!!

 

横から来たまばゆい閃光が竜を包み込んだ。そして光は通り過ぎた。

 

「え?」

 

マリナは見た。閃光が消え去った次の瞬間、あれほど天空の覇者の如く飛び回っていた竜の体が消滅していた。羽も、尻尾も。

そして、首だけが空から落ちてきた。

 

ドズゥゥゥン!!

 

竜は首だけになって死んでいた。マリナは何が起こったのか、すぐに理解できなかったが、あの光が竜をやっつけてくれて、自分が生き延びる事が出来たことだけは理解することが出来た。

 

ちなみに、隠れて見ていた長老はその近くに首が落ちてきたことにびっくりしてぎっくり腰を発症し、長老の座を後進に譲る事になった。




大して内容の無い話ではありますが、バルバロイ王国の周りの国の紹介がメインといったところです。

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第195話 救済出来るなら、どんな形でも救済しよう

 

朝の王城は慌ただしかった。

名立たる上級貴族が朝一番から王城に出仕要請があり、何台もの馬車が列を成していた。

 

議場にはすでにワーレンハイド国王とリヴァンダ王妃、カルセル王太子、カッシーナ王女が揃っており、その横にドライセン公爵、キルエ侯爵も深刻な表情を浮かべていた。

 

そこへ、ヒヨコが手紙を咥えて飛んできた。

 

ワーレンハイド国王はヒヨコから手紙を受け取り、その内容を驚愕の表情で見つめた後、ホッとしたような表情を浮かべて、隣のリヴァンダ王妃に手紙を渡した。その後宰相ルベルグや宮廷魔術師ブリッツも手紙を確認して行く。

 

「一体どうしたというのだ・・・」

 

ルーベンゲルグ伯爵は首を捻った。

 

「なにやら随分と深刻な雰囲気だが・・・」

 

タルバリ伯爵も腕を組んでその空気のヒリつきに眉を顰める。

 

「昨日は平和なスイーツ大会だったって言うのによ」

「フェンベルク卿、お主は何か知っておるのか?」

 

フレアルト侯爵が昨日行われたスイーツ大会に思いを馳せれば、ドルミア侯爵はコルーナ辺境伯に情報を求めてきた。

 

「ええ、まあ・・・」

 

「歯切れが悪いの? 何か言えぬ事でも?」

 

横で聞いていたエルサーパ侯爵が続きを促す。

 

「詳しくは国王様より報告があるかと・・・。それにヤーベ卿・・・、スライム伯爵が昨日の夜から戻っておらんのですよ」

 

「なんだと?」

「どこへ行っているのだ?」

 

「それは私にも・・・、ただ、ヤーベ卿の奥方の一人、イリーナ嬢が攫われたという話があったのですが、夜遅くにイリーナ嬢だけが狼牙に連れられて戻って来たのですよ」

 

「誘拐だと!?」

 

にわかにざわつき始めた時、

 

「皆の者、よく集まってくれた」

 

ワーレンハイド国王が話し出した。

 

「今から極めて重要な情報を伝える。昨日スライム伯爵の奥方の一人であるイリーナ嬢が誘拐された。犯人はリカオロスト公爵とその手下たちだ」

 

「なんですと!」

 

ルーベンゲルグ伯爵が血相を変える。

 

「すでにイリーナ嬢は無事にスライム伯爵の手によって救出されているので安心して欲しい」

 

一同に安堵が広がる。イリーナ嬢の無事もそうだが、スライム伯爵が怒りのまま暴れれば大変なことになるのでは、という不安に駆られた者も多かったのである。

 

「だが、事を企てたリカオロスト公爵は古の戦略兵器である魔導戦艦を復活させ、この王都に向かって出発した。その際に自領のリカオローデンの町にある自身の館を魔導戦艦で破壊している。このため、町は大変な被害が出ている」

 

「なんだとっ!」

「馬鹿な!」

「魔導戦艦など、ただの伝説ではなかったのか!」

 

様々な声が上がる中、ワーレンハイド国王は手でそれを制した。

 

「ここに招集したのは伯爵以上の我が国内でも上級貴族に当たる者達だけである。それゆえに今から伝える事は口外まかりならん。みだりに情報を漏洩した者は家名取り潰しもあると心して聞け」

 

シンと静まる議場内。それほどまでに大事な情報をワーレンハイド国王がこれから口にするということだ。

 

「復活させた魔導戦艦でリカオロスト公爵は三日後・・・実質的には二日後に王都に到着、砲撃して王家を皆殺しにすると通告してきた。そのまま魔導戦艦の戦力で持って他国も侵略、この世界の王になると宣言した」

 

「ば、バカな・・・」

 

一人の貴族が呻くように言葉を漏らす。

他の貴族たちも絶句して言葉が出ない。

正しく世界の危機であった。伝説に謳われた魔導戦艦の力はそれほどの物であった。

 

「だが、結論を伝えると、もう魔導戦艦による侵略の心配はない」

 

「どういう事でしょう?」

 

コルーナ辺境伯が疑問を呈した。今しがた世界の危機を伝えられたばかりだと言うのに。

 

「スライム伯爵が魔導戦艦の迎撃に成功。魔導戦艦ヒューベリオン及び、乗り込んでいたリカオロスト公爵と魔導戦艦の復活を指揮したであろう右腕のファンダリルという男の二人も消滅した。諜報部が確認中だが、先にスライム伯爵の使役獣が報告書を持って来てくれた」

 

「げ、迎撃・・・ですか・・・」

「消滅・・・」

 

コルーナ辺境伯とルーベンゲルグ伯爵がそれぞれ呟く。

どちらもそれなりにヤーベの力を知っているだけに、全くの荒唐無稽な話ではないとそれなりに理解を示すことが出来た。

だが、それ以外の者達からは魔導戦艦の存在そのものが本当なのかという疑義の声も上がった。

 

「それについてはこの宰相ルベルク、それから宮廷魔術師ブリッツ殿、それにドライセン公爵とキルエ侯爵が証人である。我らはリカオロスト公爵が魔導戦艦を復活させ、自領を砲撃し、王都を攻撃、世界を手にするという宣言をこの目で見ておるからのう」

 

「それで・・・スライム伯爵は?」

 

コルーナ辺境伯がワーレンハイド国王に尋ねた。

 

「魔導戦艦を迎撃したその足でリカオロスト公爵領に向かったようだ。リカオロスト公爵は魔導戦艦の砲撃で自領を攻撃している。その映像も我々は目にしたのでな。人命救助に向かったようだ」

 

「なんと・・・」

 

コルーナ辺境伯はてっきり自分の妻であるイリーナ嬢がリカオロスト公爵に誘拐されたので報復に出たのだと思ったのだが、王国に反逆の意思を示したリカオロスト公爵を魔導戦艦ごと討伐し、そのリカオロスト公爵領で被害に苦しむ人々を助けに行ったという。

 

「どこまで英雄気質なのだ・・・あの御仁は」

 

「途轍もない人物ですな・・・」

 

コルーナ辺境伯の呟きにルーベンゲルグ伯爵も呟きを重ねた。

 

「対外的には魔導戦艦の復活を秘匿する。だが、その魔力波動は大きかったため、隣国でも異変を感知している可能性もある。外交として情報収集に来る可能性もある。その場合は王家で対応するため、現状は魔導戦艦の復活とその魔導戦艦を迎撃したスライム伯爵の行動は無かった事とする。ただ、リカオロスト公爵の王国への反逆行為及び、スライム伯爵の反逆者討伐の実績のみがあった事とする。よいか」

 

「「「「「ははっ!」」」」」

 

その場に集結した貴族一同は声を揃えて返事をした。

 

「それから、リカオローデンの町の復旧及び、旧リカオロスト公爵領の管理をスライム伯爵に任せる事にする」

 

それは途轍もない破格の恩賞にも聞こえたが、誰も異議は唱えなかった。下級貴族であればスライム伯爵の躍進を妬み反対も出たやもしれなかったが、上級貴族たちはスライム伯爵の実力をそれなりに感じ取ることが出来る者達ばかりであった。そのため、この場で大きな反対は出なかったのである。

 

「それではその後のリカオローデン救済における対応について議論する」

 

会議は、被災したリカオローデンの町の復旧と旧リカオロスト公爵領を任せるスライム伯爵との連携が必要な隣領を治める貴族たちの情報交換をメインに進んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

「こりゃ酷いな・・・」

 

リカオロスト公爵領、リカオローデン城跡。魔導戦艦ヒューベリオンの砲撃を受け、崩壊した城はまさに瓦礫の山であった。

 

「生きている人は一分一秒を争うな・・・」

 

俺は足元からスライム細胞をゲル状化し瓦礫の山に浸み込ませて行く。

瓦礫の隙間から侵入して行くスライム細胞で瓦礫の下敷きになっている人たちを見つけては触手で掘り出して救出を進めて行った。

近くでも冒険者たちや、衛兵たちだろうか、多くの人が瓦礫の撤去作業及び人命救助に当たっている。

そんな人たちの横で、触手を振り回し、次々と瓦礫の下からケガ人を運び出しては、並べていく。

 

亜空間圧縮収納からたくさんの毛布を出して、地べたではなく、とりあえずでも柔らかい場所で寝かせてあげられるようにした。

クソデカい建物のせいか、かなりの人が下敷きになっているようだった。

俺はとにかく、触手を増やして出来る限り迅速に瓦礫の下にいる人の救出に全力を尽くす。

見つかった人を掘り出しては毛布の上に横たえていく。

 

「なんだ、魔物か?」

「特殊魔法の使い手か?」

 

だが、黙々と触手を使って人を掘り出していくので、気味が悪いのか誰も俺に近づいてこない。だが、それでもいい。触手が不気味で後から何か言われるかもしれないし、敵認定されたりするかもしれん。それでも助けられる命は助けたい。自重?何それ?おいしいの? 助かる命を助けられるならば、俺が触手を振り回して嫌われる事など些細な事だ。

 

助け出した少女は瓦礫に押しつぶされたのか、右腕を失っていた。

すぐさま触手を失った右腕部分にくっつけて、細胞から情報を吸収、右腕になる様命令して切り離す。

右足を失っていた老齢の執事さんも触手をくっつけて右足になる様命令だ。

お腹に穴が開いてしまった若い少女のメイドちゃんも触手からスライム細胞を投入、失われた組織の代わりになる様命令する。触手で大盤振る舞いだ。自重?何それ?おいしいの? 大事な事だから二度言おう。俺様がどう思われようが助かる命に比べれば些細な事だ。

 

・・・ローガ達の様に、ハイパワー仕様になってしまったら・・・ウン、見なかったことにしよう!

まあなんだ、ハイパワー過ぎて就職先が無ければウチの館に来てもらってもいい。というか、ハイパワーメイドさんや執事さんの需要って!? そんなことが無いように祈る事にしよう。

 

そんなこんなで、リカオロスト公爵の館の下敷きになった人々は全員助け出した。

・・・残念ながらすでに亡くなっていた人や、即死だった人も何人もいた。遺体も掘り出して安置してある。

 

俺がイリーナを攫われなければ、この人たちは死なずに済んだのだろうか・・・。心がキリキリと痛む。万能なスライム細胞でも、死者ではどうしようもない。クソッたれの女神野郎が俺にチートを寄越さなかったから、どうにもならない。ラノベでよくある、チート魔法の代名詞<死者蘇生

リザレクション

>とか、使わせてくれよ、女神様。そうしたら理不尽に命を失ってしまった人たちだって笑って生き返ってくれるじゃないか・・・。きっとこの人たちだってもっともっとたくさん生きたかったはずなんだ。だけどこんなことになってしまって・・・。

 

「貴方様に感謝を・・・」

 

ふと声がした。振り返れば、若い神官がいた。

 

「多くの人々が貴方に救われております。中には瀕死だったり、手足を失っていた人々も大勢おりました。ですが、貴方の奇跡の御業で本当に多くの人が助かったのです。貴方には感謝してもしきれません」

 

そう言って膝を付き、俺に祈るように感謝を述べる。

 

「俺は、自分が出来る事をしただけだ。ただ、それだけだ。それに助けられなかった命もたくさんある」

 

俺の返答に、静かに神官は首を振った。

 

「ただ、自身が出来る事を粛々と行う事こそが尊いのです。人間誰しもが出来る事をやれるわけではないのです。むしろ、いろいろな事情や、心の持ち様で出来る事をやらない、もしくはやれない人の方が圧倒的に多いでしょう。だからこそ、貴方様の行いは尊いのです」

 

そうして、にっこりと微笑んで再び祈る様に感謝を述べる神官。

 

「お兄ちゃん、ありがとう!」

 

いつの間にか、神官の横には幼い少女が立っていた。

この子は・・・先ほどがれきの下から救い出した子か・・・右手を失っていたから、スライム触手で右手を修復したのだったな。

 

「右手の調子はどうだい?」

 

「全然痛くないよ!お兄ちゃん凄いね!倒れてきた柱に右手を挟まれて、気が付いたら右手が無くなっちゃって、すごく痛くて・・・もう死んじゃうんだって思ったら、なんだかぐるぐるーって包まれてぶよぶよーって連れ出されて、気が付いたら右手が元通りになってて、全然痛くなくて・・・お兄ちゃん凄い!本当にありがとう!」

 

ぺこりとお辞儀してお礼を伝えてくれる少女。

 

「気にしなくていいよ。俺は出来る事をしただけだから」

 

「うん、でも本当にありがとう! 私は助けてもらってとっても嬉しかったから!」

 

そう言ってとびっきりの笑顔を少女は見せてくれた。

 

「助けられた者は、みな感謝しています。なぜ、こんな事になったのか、どうしてこんな目に合わなければならないのか、思う事はあるかもしれませんが、それでも貴方に感謝しているのです」

 

俺は瓦礫の山となった館に目をやる。

 

「息子の体を掘り出してくれてありがとうございました・・・」

 

遺体を安置してある方にちらりと視線を送ると、一人の男性の遺体の横で涙を流す老夫婦がいた。

 

「息子は公爵様のお城で働けることに誇りを持っておりました。お城の倒壊で、もう二度と息子に会えないとばかり思っておりました。ですが、貴方様のおかげで、息子に最後の挨拶をすることが出来ます」

 

だが、俺は老夫婦の方へ顔を向けられなかった。

 

イリーナを攫われなければ、彼は死なずに済んだのではなかったか。

イリーナを奪われた時に、もっと冷静に対応していれば、城への砲撃などさせなくて済んだのではないか。

イリーナを取り返しに来た時、リカオロスト公爵たちを仕留めていれば魔導戦艦が起動する事も無く、館の倒壊も防げたのではなかったか。

 

俺の心の中で様々な思いが渦巻く。

 

「多くの人々が貴方様への感謝を口にしています。心優しき貴方様が心を痛められ、涙を流される事も理解は出来ますが、どうぞ胸を張り、笑顔でお救いなされた者達からの感謝をお受け取りください」

 

俺が・・・泣いている?

 

神官の言葉に初めて自分が泣いているのに気付いた。

俺はスライムだぞ? 涙なんて出るわけないじゃないか・・・。

 

俺は自分の頬に伝う液体を指で拭いながら、それでもこれは涙ではない、そう思った。

 




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第196話 O・SHI・O・KIのために爆走しよう

時はしばらく遡る―――――

 

イリーナはローガの背に揺られてコルーナ辺境伯邸に帰って来た。

 

「イリーナちゃん!」

 

遅い時間でもあるのに、家の前にはルシーナたち他の奥さんズやリーナが出迎えに出て来ていた。

ローガの背から降りるイリーナをギュッと抱きしめるルシーナ。

 

「無事でよかったよぉ・・・」

 

サリーナとフィレオンティーナもさらに二人の肩を抱きしめるように手を回す。

足元をみれば、イリーナの腰にリーナがくっついている。

 

「ヤーベに助けてもらったんだ・・・。ヤーベにはたくさんの迷惑をかけてしまった。みんなにもたくさんの心配をかけてしまった・・・。私は最低だ」

 

「何を言っているのですか・・・。貴方が無事なら、何もいらないですわよ。きっと旦那様もそう言うはずです」

 

フィレオンティーナが優しく微笑んだ。

 

「ともかく家に入りましょう」

 

フィレオンティーナに促されてみんなはリビングへと向かった。

 

執事のグリードが温かい紅茶を用意してくれたので、ゆっくりと飲んで体を温めるイリーナ。コルーナ辺境伯も席につく。

 

そしてイリーナは自分がリカオロスト公爵の手の者に誘拐されたこと。ローガたちやヤーベが助けに来てくれたこと。リカオロスト公爵たちが魔導戦艦ヒューベリオンを復活させたこと。自領を攻撃して多大な被害が出ていること。三日後には王都に到着し、砲撃すると宣言したこと。この王国だけでなく、大陸全土を狙って戦争をする目的があることなどを話した。

 

「な、なんてことだ・・・」

 

コルーナ辺境伯が絶句する。

そこへ王城からの使いがやって来てコルーナ辺境伯へ早朝出仕の指示を伝える。

 

「多分、その魔導戦艦とリカオロスト公爵への対応を検討する会議だな・・・」

 

コルーナ辺境伯が出仕の説明をする。

 

「すでに、ヤーベは魔導戦艦の迎撃に向かったんだ」

 

「何ですって!?」

 

フィレオンティーナが驚きの声を上げた。

 

「ここへ戻らず、わたくしたちに相談も無くですの!?」

 

少し、フィレオンティーナが怒っているようだった。

 

「うん・・・、ヤーベはこうはっきりと言ったんだ。『朝日が昇る前に魔導戦艦を止めて土下座しないと、必ず殺す』・・・と」

 

「「え!?」」

「必ず殺す・・・ですか」

 

ルシーナとサリーナが声を上げてびっくりする。

フィレオンティーナが殺すと言う単語にひっかかる。

リーナは真剣に黙って聞いているようだ。

 

「魔導戦艦の破壊力を見たが、僅か三艦でこの大陸全土を火の海に変えたことがある伝説の兵器のようだ。そんなものが! 私が攫われたせいで復活してしまったんだ。今あの魔導戦艦を止めなければこの王都は間違いなく三日後に砲撃を受けて火の海になる。王様たちもそう言っていた。ヤーベしか止められないんだ。そして止めるということは魔道戦艦を破壊する事。それはすなわちリカオロスト公爵とその手下の男を殺すと言う事に他ならない」

 

奥さんズの面々に重く言葉が圧し掛かる。

奥さんズはヤーベがとても優しい事を知っている。自分たちを心から大切にしてくれている事も。そして思いのほか繊細で、自分たちに気を使ってくれている事も。

 

優しいヤーベが、人を殺す・・・。

 

それは途轍もなくヤーベの心に負担をかけるのではないか。

戻ってこないヤーベをみんなは心の底から心配した。

拠点防御とはいえ、ローガですら自分の手元から離脱させている。

自分一人で、人を殺す、そういうつもりだと奥さんズの面々は理解した。

 

「追いたくても、場所がわかりません。それに、魔導戦艦と戦うと言う事ならば、わたくしたちが近くにいては邪魔になる可能性が高いですわね。今は休みましょう。そして朝日が昇る前に起きます。旦那様が戻って来るのを起きて待ちましょう」

 

「そうね、イリーナちゃんも疲れているだろうし、今は休もう?」

 

「うん・・・」

 

「イリーナおねえしゃま!今日はリーナと一緒に寝るでしゅ!リーナとギュッして寝れば元気モリモリでしゅ!ご主人しゃまもよく褒めてくれましゅ!」

 

元気のないイリーナをリーナが励まそうとしているのか、みんながほっこりした。

若干、ヤーベがリーナに対して寝る時に何をして褒めているのか、後でキッチリ問い詰めようと思いながら。

 

 

 

 

夜明け前―――――

 

奥さんズの面々は揃って目を覚ましていた。ゆっくり眠れている者は一人もいなかった。

すでにコルーナ辺境伯は先ほど王城へ出立して行った。

 

「ヤーベ・・・」

 

イリーナがまだ太陽の昇らぬ暗い北の空を見つめて呟く。

ヤーベは魔導戦艦の迎撃に向かった。であるならば、ヤーベは北に向かったはずである。リカオロスト公爵領が北にある以上、魔導戦艦は北からこの王都に向かっているはずだからである。

 

全員は二階のバルコニーに出ていた。夜明け前なので、まだ空気は凛として肌寒さを感じる。だが、誰も部屋に戻ろうとは言わなかった。

 

皆が固唾を飲んで帳が晴れぬ東雲の空を見つめている。

 

ふいに、

 

「こ、これはっ!?」

 

フィレオンティーナが感じた魔力の圧倒的な波動!

 

「旦那様の魔力!これほど離れていても空気を震わせて伝わって来る・・・?」

 

余りの規格外さに、なぜ感じられるのかわからないほどに混乱しながらも、感じた魔力が間違いなくヤーベのものだと確信するフィレオンティーナ。

 

そして、まばゆいほどに溢れ出る光、そして閃光。

やがて、それらはカスミのように消えて失われた。

代わりに暁の空に、緩やかに朝日が昇って行くのが見えた。

 

「さすがは旦那様ですわ・・・」

「どうしたフィレオンティーナ?」

 

フィレオンティーナの呟きにイリーナが反応する。

 

「たぶんですが、もう終わりましたわ」

 

「「え!?」」

 

ルシーナとサリーナが声を揃えて驚く。

 

「もう・・・魔道戦艦を打ち墜としたと言うことか?」

 

「ええ」

 

フィレオンティーナがにっこり微笑んだ。

 

 

 

 

だが、事態は思わぬ展開を迎えた。

 

「・・・旦那様が戻ってこない?」

 

戻って来たのはヒヨコ隊長とその部下だけであった。

 

「・・・どういうことですの?」

 

だいぶ剣呑な雰囲気を出し、ヒヨコ隊長に詰め寄るフィレオンティーナ。

ヒヨコ隊長がビビり始める。

 

「魔導戦艦ヒューベリオン発進時にリカオロスト公爵領の主都リカオローデンの自身の館を砲撃、多数の死傷者が出ていると見込まれております。その救援に向かったものと・・・」

 

「貴方やローガ達を置いて?」

 

「ははっ・・・」

 

ヤーベはヒヨコ隊長たちにもついて来るなと命令して、一人でリカオロスト公爵領に向かったと言う。

 

「ふみゅう・・・ご主人しゃまには助けが必要でしゅ!」

 

見れば、リーナが握りこぶしを掲げて力強く宣言していた。

 

「ど、どういうことです?」

 

ルシーナが首を捻る。

 

「たぶん、旦那様はイリーナさんのため、わたくしたちのため、この国の人々とのため、ひいては世界のために、魔導戦艦の迎撃しました。すなわち、リカオロスト公爵とその部下の二人を殺したということ。今まで話に聞く限り旦那様は人を殺したことは無かったはずです。どうも旦那様はとても甘いところがあり、人殺しというもの自体に嫌悪感を抱いておられる所がありましたから」

 

「確かにな・・・」

 

イリーナもそれは感じていた。自分を助けに来てくれた時、それでもゲスガーを殺さなかったヤーベをとても好ましく思えた。

 

「ですが今、二人を殺したことを自分のせいの様に感じているのでしょう」

 

「そんな!」

 

「そして、自分の使役獣やわたくしたちを遠ざけて一人でリカオロスト公爵領に向かったということは、人を殺したと言う結果だけを罪として感じ取り、自分の心だけで背負う事にしようとしているのでしょう。わたくしたちを心配させない様に」

 

フィレオンティーナが断定するように言う。

 

「ヤーベ・・・」

 

イリーナが北の空を見つめる。

 

「ですが!」

 

いきなり大きな声を上げるフィレオンティーナ。

 

「ど、どうした?」

 

「それは優しさを通り越して少々傲慢ではありませんでしょうか? つまりはわたくしたちの力を信じず、わたくしたちに頼らず、自分だけの心で処理しようとなさっていらっしゃる。なぜわたくしたちを頼って頂けないのでしょう?なぜわたくしたちと共有していただけないのでしょう?」

 

「確かに・・・そうだ」

 

イリーナの目も細く剣呑な雰囲気を醸し出す。

 

「かつてイリーナ様は王城で暗殺者に襲われた時、わたくしたちも共に重荷を背負うと宣言されたではありませんか」

 

「ああ、そうだ」

 

「それをないがしろにされているとは思いませんか?」

 

「思う・・・思うぞ!」

 

段々ボルテージが上がってくるイリーナ。

 

「これは・・・O・HA・NA・SHIが必要ですわね・・・」

 

そういってどこからかムチを取り出すフィレオンティーナ。

 

「生ぬるいぞ、フィレオンティーナ!」

 

「え?」

 

「必要なのはO・HA・NA・SHIではない! O・SHI・O・KIだ!」

 

「「ふえっ!?」」

 

イリーナの豹変にフィレオンティーナが目を丸くし、ルシーナとサリーナが驚きの声を上げる。

 

「ご主人しゃまにオシオキでしゅ!」

 

だが、まさかのご主人様命であるリーナがオシオキ敢行にGOサインを出したことで、奥さんズ全員に結束の輪が広がる!

 

「「「「「お―――――!!」」」」」

 

今ここにヤーベO・SHI・O・KI隊が結成された瞬間であった。

 

 

 

「さて、後はどのようにリカオロスト公爵領に向かうかですわね」

 

フィレオンティーナが顎に手を当てて考え込む。

真面に普通の馬車で向かえば一週間近くかかる距離だ。

 

「ローガ、我らを乗せて行け」

 

イリーナがいきなりローガに命令する。

 

『乗せて行くのは構わぬのですが・・・、飛ばせばその風圧は途轍もない力となりますぞ?』

 

「むう・・・」

 

なぜかコミュニケーションが取れているイリーナとローガ。

 

そこへ

 

「おう、早いの、嬢ちゃんたち」

 

やって来たのは鍛冶師のゴルディンであった。

 

「ゴルディン殿・・・そのデカイ馬車はなんだ?」

 

「これか? これはヤーベに頼まれた特注馬車だよ。すごいな、アイツは!この板バネ?って奴か、金属の板を何枚も重ねて弾性を生むなんざ、とんでもねえアイデアだ。フレームとその補強に金属を使っているが、金に糸目を付けねぇってんで、軽量化のためにミスリルを使っているぜ。強度も抜群で、風の魔石によって空気抵抗を減らしスピードが出やすいようにもしてあるぞ」

 

「それをくれ!すぐにくれ!」

 

イリーナに胸倉を掴まれ咳き込むゴルディン。

 

「く、くれもなにも、ヤーベの発注だから、納品に来たんだよ。金貨二千五百枚も前払いで貰っているしな。出来たら早く持って来てくれって言われていたから、日が昇ったならいいかと持ってきたんだ」

 

「ローガ!牽けるな!」

 

『もちろんです! これなら夕方までについて見せましょうぞ!』

 

「みんな乗り込め!ヒヨコ隊長!部下に先行させて、道の状況を確認してこちらに情報を流せ! 行くぞ!」

 

「「「「「お―――――!!」」」」」

 

ローガに特注馬車(ローガが牽くので狼車だが)をつなぎ、バタバタと乗り込む奥さんズとリーナ。

 

「さあ、ヤーベをO・SHI・O・KIに出発だ!」

「「「「お―――――!!」」」」

 

凄まじいスピードで特注狼車が走り出して行く。

 

「な、なんじゃったんだ・・・」

 

ゴルディンはその場に呆然と立ち尽くした。

 




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第197話 速やかにO・SHI・O・KIを執行しよう

俺は、瓦礫の下へ隅々まで広げたスライム細胞での生体反応捜索を終了した。亡くなった人の遺体も含めても、瓦礫の中に取り残された人はいない。気が付けば少しずつ夕暮れに向かっていた。空が黄昏時を示すかの如くオレンジ色に染まって行く。

天気が良くてよかった。建物にダメージのあるところが多い。教会も倒壊してテントを張っていたしな。雨だと負傷者には辛いだろう。

 

俺は触手を使って埋もれていた財宝を掘り出す。

大事な物は持ち出されているようだが、それでも金目の物がたくさん残っているようだ。

これらは全てこの街の復興に当ててもらおう。

ワーレンハイド国王なら文句を言わないとは思うが、リカオロスト公爵の財宝を国で回収、管理すると言ったら、もう一度埋めてしまおう。これらはこのリカオローデンの街に住む人たちが享受すべき物だ。

 

それにしても、結構金塊や金貨が残っている。魔道具などのマジックアイテムを持って行ったのか?それとも美術品か? まあ、すでに木端微塵だか消し炭だか知らんが、この世にはないだろうから、どうしようもない。どちらかと言えば、金塊や金貨の方が使いやすいからありがたいと考えよう。

 

さて、重傷者の回復は対応済だが、軽症者は後回しにしていたしな。教会を訪問して様子でも見るか。

 

「どこへ行かれるのです?」

 

不意に声がした。

 

振り向けば、なぜかフィレオンティーナがそこにいる。

 

「フィレオンティーナ・・・? なぜここに?」

 

「ヤーベ、覚悟は出来ているか?」

 

フィレオンティーナの後ろからイリーナが横にズレて姿を現す。

 

「か、覚悟?」

 

「そうですよ、覚悟です」

「ふっふっふー、ヤーベさん、覚悟してね!」

 

見ればルシーナとサリーナの姿も。みんなが覚悟覚悟と迫って来る。何のコト?

 

「ふおお―――――!ご主人しゃま―――――!!」

 

いきなり俺の腰にトツゲキしてきたのはリーナだ。お前まで来たのか。

 

「ご主人しゃま! リーナはご主人しゃまをお救

しゅく

いするためにオシオキしゅることにしたでしゅ!」

 

「んんっ?」

 

俺を救うために、オシオキって、どういうことよ?

 

「旦那様、旦那様はご自身で全てを背負いすぎです。わたくしたちはそれほど頼りになりませんか? わたくしたちも旦那様のお力になりたいのです。癒して差し上げたいのです。危険を想定して安全な場所に置いていただけるのも旦那様の優しさですが、わたくしたちの知らぬところで旦那様が辛く苦しまれるのは、とても容認できるものではありません」

 

フィレオンティーナが泣きそうな表情で語る。

フィレオンティーナの顔を見ると、心が締め付けられる。俺は、何を間違えて彼女にこんなにも悲しい顔をさせてしまったのだろうか?

 

「ヤーベ、私はお前の辛さも、苦しさも分かち合いたいと言ったはずだ。それはダメなのか?私ではヤーベの力になれないのか?私たちではダメなのか?」

 

今にも泣き出しそうに眼を潤ませるイリーナ。

そしてルシーナとサリーナは腰に手を当ててプンプンしている。

 

「私たちにこんなに心配かけて」

「いーっぱい言う事聞いてくれないと許さないぞー」

 

如何にも怒ってマスとアピールする二人。

そして、俺の腰にガシーンと合体したリーナもお得意の高速顔グリグリで俺にアピールする。

 

「ご主人しゃまにはリーナが一杯オシオキするでしゅ!」

 

にへへーととてもいい笑顔で下から俺を見上げながら、くっついて離れない。

 

「そうか、俺をオシオキするのか。リーナも偉くなったな」

 

そう言ってリーナの頭をナデナデしてやる。

そうするとリーナは、にぱっとさらに輝く笑顔を見せたかと思うと、すっと俺から体を離す。

 

「ん?」

 

ヒュパーン! くるくるくる! ビシッ!

 

「はれっ?」

 

なにやら、いつのまにかムチでぐるぐる巻きにされていますが・・・

このムチの動きを見切ってリーナが俺の体から離れたのであれば、リーナ恐るべし!戦闘能力開花!?

 

「さあ、旦那様。わたくしたちの怒りがご理解いただけましたところで、O・SHI・O・KIタイムに移らせて頂きますわ」

 

「ええ――――! なんでなんで!?」

 

「何でもなにも、どれほどわたくしたちが旦那様を心配したと思っていらっしゃるのです?」

 

「そうだぞ、ヤーベ。私たちはヤーベを心配し過ぎて疲れてしまうくらいなんだ。その責任を取ってたっぷり私たちに尽くしてもらうぞ?」

 

そう言ってズルズルと引きずられていく俺。

 

「え――――!? よし、分かった黄金竜の皮で作ったハンドバッグをみんなにプレゼントしよう!」

 

ブランド物?で気を引く作戦だ! ところが・・・。

 

「「「「「・・・・・・」」」」」

 

全員がジトッとした目で俺を睨んでいる。

まさかのリーナまでジト目とは!?

これは心に来るものがある! ジト目ファンの自虐趣味は俺にはない! ただ辛いだけだ!

 

「旦那様は、物を与えればわたくしたちが喜ぶとでも?」

 

フィレオンティーナの底冷えするようなジト目にチビリそうになる俺。オシッコでないけど。

 

「ヤーベ様からのプレゼントはとても嬉しいのですが、今は違うと思いますよ?」

 

ルシーナが笑顔で教えてくれるが、その笑顔は死の天使を連想させた。

 

パシーン!

見ればフィレオンティーナがムチを振るっている。

あれ?俺をぐるぐる巻きにしているのもムチでしたよね?

もしかして二本目ですかぁ?

 

「さ、崩壊した教会でも、まだ懺悔室の一部が使えるそうですわ。そこをお借りしてきましたので参りましょう」

 

そう言って爽やかな笑顔を浮かべるフィレオンティーナ。だが俺は感じる、その爽やかな笑顔の下に極寒のブリザードが吹き荒れているのを!

 

「やめれ~~~~助けれ~~~~」

 

だが俺の慟哭も虚しく、ズルズルと引きずられていき、教会の懺悔室に押し込まれた。

 

これから恐怖のO・SHI・O・KIタイムの始まりらしい。

どうやら俺は一人で抱え込み過ぎたようだ。

自分が行動を起こす前に奥さんズに相談すればよかったかな。

でもいい奥さん達だから、きっと「自分も自分も」って言うんだよな。そんな奥さん達に精神的な負担や辛さ、苦しさを押し付けるなんて、やっぱり俺には出来ないな。だけど、説明しなかったら俺がいないことですごく不安になり、それが負担になる。

だから、これからはたくさんコミュニケーションをとって行く事にしよう。

俺の考えを伝え、奥さんたちの考えを聞く。考えが違っていてもそれでいい、妥協点や、変化点を探って、一歩一歩前に進んで行こう。この素敵な奥さん達と共に!

 

「さて、覚悟は良いですか? 旦那様」

 

フィレオンティーナがムチを持って俺に聞いてくる。

 

「あ、自分の中ではいい感じにまとまったんで、もう勘弁してもらえるとありがたいかな?」

 

「何が自分の中ではいい感じですか! 旦那様は勝手すぎます!」

 

そう言って一度ムチのぐるぐるを解除したかと思うと今度はフィレオンティーナ自身も巻き込んで俺を一緒にムチでぐるぐる巻きにする。フィレオンティーナに滅茶苦茶ギュッと抱きしめられているんですが?

 

「旦那様はわたくしたちをこんなに心配させて悪い人です・・・。だから、しっかりと拘束してもう悪いこと出来ない様に反省してもらいます!」

 

そう言って俺の横顔に自分のほっぺをすりすりしながら、そんなことを宣うフィレオンティーナさん。O・SHI・O・KI? GO・HO・U・BIの間違いでは!?

 

そう言って十分程度、耳元でフィレオンティーナからどれだけ俺の事が好きか、どんなところが好きか、延々と呟かれた。耳元で甘い吐息を混ぜながら呟かれると、確かにGO・HO・U・BIだけではなく、違う意味で攻められている気がしてくる。恐るべしフィレオンティーナ!

 

次にイリーナが抱きついて来た。サバ折りかますかの如くぎゅうぎゅう締め付けてきたので、マジで死ぬかと思った。無敵スライムボディーもなぜかイリーナにかかると死にかかるから不思議だ。

 

イリーナからは俺からやる事の相談が無いから、寂しいし心配すると文句を言われた。その後、自分が誘拐されたからヤーベが人殺しをしなくちゃいけなくなったから、全部自分のせいだと何故かイリーナがギャン泣きした。

・・・おかしくね? 泣きたいのはこっちだっつーの!

 

イリーナを宥めたら今度はルシーナが抱きしめてきた。

 

カッシーナ王女との結婚式も控えている事だし、ちゃんと両親に挨拶して欲しいとのことだが、逃げ回っているのはフェンベルク卿だからね?俺悪くないからね?

 

サリーナもぎゅっと抱きしめに来てくれたが、サリーナのハグは優しめだった。ありがたい。無敵スライムボディーでも死にかかるとか、マジで勘弁してもらいたい。

サリーナはカソの村のザイーデル婆さんに俺の奥さんになる事を手紙で伝えたらしい。そうしたら、先日ザイーデル婆さんから手紙の返事がきたとのことだ。結婚おめでとうの言葉の他、カソの村が奇跡の野菜で大儲けして空前の経済ブームが到来しているらしい。その他、村長の息子が結婚したことなども書かれていたようだ。神殿(俺のマイホームね)ではカンタやチコちゃん、そのお母さんが住み込みで働いてくれているらしい。ヒヨコ隊長からも自分の祖父であるヒヨコの長老を住まわせたいと相談もあって許可しておいたが、どうやらカソの村は大幅に発展しているようだな。コルーナ辺境伯もホクホクだろう。一度様子を見に行きたいものだ。

 

錬金のお手伝いを約束させられてサリーナが離れると、なぜかリーナが「ふおおっ!」と抱きついて来た。そういえばリーナも俺にオシオキするって張り切っていたからな。

 

抱きついてきたリーナはスルスルと俺の頭に登って肩車のような位置に座ると、俺の頭をギュッとした。

 

「今日は一日ずっとリーナと一緒でしゅ!」

 

「ん? 俺の肩にずっと乗ってるの?」

 

「ハイなのでしゅ! ご主人しゃまを癒しゅために、頭をギュってして、一杯なでなでするでしゅ!」

 

そう言いながら俺の頭だけでなく顔も撫で繰り回すリーナ。

 

「あらあら、リーナちゃんが一番旦那様と一緒にいられるわね?」

 

フィレオンティーナがしょうがないわね、と言った感じで俺の肩に乗るリーナの頭を撫でる。

 

「にへへー」

 

リーナはきっと笑っているだろう。

見れば奥さんズのみんなも笑っていた。

最初俺がここにいたのを見つけた時とはえらい違いだ。

俺はこの笑顔を守るためにこの世界で生きて行く。そう、思った。

 




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第198話 旧リカオローデンの町を復興しよう

奥さんズとリーナに教会の懺悔室で嬉しいO・SHI・O・KIタイムを過ごしてから、外に出ると、立派な馬車に繋がれたローガがいた。

 

「なるほど。お前が奥さんズやリーナを連れて来てくれたのか。この馬車は鍛冶師のゴルディン殿に依頼していた物が納品されたのか」

 

『ははっ! どのように向かうか相談しておりましたところ、丁度良く納品に見えられましたので、即出発致しました』

 

「それはゴルディン殿も驚いたことだろうな」

 

『ボス!我も奥方様と同じ気持ちです!どんな些細な事でも、どんな危険があっても、ボスのお力になりたいんです!もっと我らの力をお使いください!』

 

ズズイッっと迫って来るローガ。迫力あるな。

しまいに俺の腕を咥えて甘噛みしたかと思うと、ベロベロと人の顔を舐め回してきた。

やめろっての!唾液塗れじゃねーか!

仕方ないのでモフり倒してやった。

 

日も落ちたところで、篝火を焚いて教会前で炊き出しを行った。

奥さんズやリーナも手伝ってくれたおかげで、たくさんの人が集まっても対応することが出来た。またまた感謝せねばならない。

 

再び懺悔室でみんなと就寝し、朝起きてみると、続々と狼牙達が荷駄を引いてやって来ていた。

 

「どうしたんだ?」

 

先頭の風牙に聞いてみると、荷物の中にコルーナ辺境伯とワーレンハイド国王からの手紙が入っているとの事、早速奥さんズの面々と読んでみる。

 

「なになに・・・ええと、今回の手柄を持ってヤーベ・フォン・スライム伯爵の領地について、旧リカオロスト公爵領全域及びカソの村を含む北西の魔の森一帯をスライム伯爵領地とする。飛び地になるけど頑張ってね! by国王。なんじゃこりゃ―――――!!」

 

「ええっ!? ヤーベは領地をそんなにたくさんもらえるのか? 凄いじゃないか!」

「お父様より土地が広いですわ!」

「カソの村もヤーベさんの領地に!やった!実家もヤーベさんの領地だー!」

「ふふふっ、さすがは旦那様。これで領地経営に乗り出してさらに大儲けですわ!」

「ふおおっ!ご主人しゃまバンザ―――――イ!!」

 

イリーナ、ルシーナ、サリーナが驚きと共に喜んでいる。

フィレオンティーナよ、領地経営しても大儲けできないぞ? 大体ラノベの展開として領地経営で大儲けしているのはチート内政野郎か、悪徳貴族のどちらかだ。そして俺はノーチート野郎だから内政無双は一切できませんとも、ハイ。

うーむ、後、今回に限ってはなぜかリーナの万歳がとてもしっくり来てしまうのは何故だろう。

 

「領地経営なんて、俺みたいな素人が出来るわけないだろうに」

 

俺は深々と溜息を吐く。

 

「あら、弱気ですわね旦那様」

 

フィレオンティーナが面白そうに俺の顔を覗き込む。

 

「そりゃそうだよ。俺の両肩に君たちだけじゃなく、多くの領民の生活が乗るんだよ? そんな責任は負えないよ」

 

げんなりした表情を浮かべる俺。望まぬ陞爵を受けてしまった俺だが、だからといって領地経営はないんではなかろうか?

 

「それほど心配する事はありませんわよ? きっとリカオロスト公爵領であれば、すでに今まで働いていた実務経験者がたくさんいるでしょうし、指針とたまの視察でしっかり管理しておけば問題ないかと。後は不正を取り締まる体制があればなんとかなるかと思いますよ」

 

フィレオンティーナがニコニコしながら答えてくれる。

あれ~、この人、Aランク冒険者の雷撃姫で、その後売れっ子占い師だったはずなんだけど?どうしてこれほどまでに政治に精通してるのかしらん?もしかしてウチの奥さんズの中でも最もミステリアスな人?

 

そう言えば、出目がはっきりしているのは王族のカッシーナと伯爵家令嬢のイリーナ、辺境伯家令嬢のルシーナ、ザイーデル婆さんの孫娘サリーナの四名か。

フィレオンティーナの出身については聞いたことないな。いいのか、そんなんで、俺。

リーナもそうだけど、どこかのタイミングで話を聞かないと・・・。

でも、俺の話はしづらいんだよな。スライムの姿は見せたけど、自分が何者かはっきりわからないって伝えただけだからな。異世界転生者?って言ったらどんな感じだろうか?

ヘンなヤツ、で済めばいいけど。

 

「はい、これ。こちらはお父様からの手紙の様です」

 

「ありがとう」

 

早速手紙を読んでみる。

 

「ええと・・・なになに・・・、ヤッホー、ヤーベ卿元気? 王様より旧リカオロスト公爵領復興のためのとりあえずの物資を用意してもらったよ~。家にいた狼牙達に相談したら運んでくれるっていうから、みんなに荷駄を引いてもらって向かってもらったからよろしく! それから旧リカオロスト公爵領とカソの村を含むソレナリーニの町の北西一帯がヤーベ卿の領地になったよー! 俺の方はソレナリーニの町から南西に向かって沼地や草原を開発して行くようになるから、協力して対応して行こうよ~、ソレナリーニの町の代官であるナイセーには内政官の登用増員を指示してあるから、カソの村に帰った時には確認しておいてくれよな! byフェンベルク・フォン・コルーナ・・・って、なんじゃこりゃ―――――!!」

 

「どうされたのですか?」

 

ルシーナが首を傾げて聞く。

 

「なんで君のお父さんはこんなに急にフランクでノリノリな人に変わったんだ!」

 

「ああ、それなら、魔の森一帯がヤーベ様の領地に変わったからではないでしょうか?」

 

「魔の森が?」

 

「以前から魔の森に住む魔物達の襲撃は大変な問題になっており、その防衛に対応するためたくさんの費用を割かねばならず、対応が大変だったと聞いております。その魔の森の開拓をヤーベ様が担当されるとなったわけですので・・・」

 

「やっかいな場所を押し付けられてるじゃん!」

 

俺は再びげっそりした。

 

「まあ、その通りかとは思いますが・・・、ローガさんたちの力もあって、魔物狩りは得意だと思われているのではないでしょうか・・・?」

 

コクンと小首を傾げながら人差し指を唇に当てて話すルシーナ。カワユス。

 

「何故かテンションの高いコルーナ辺境伯がウザいけど、この分ならルシーナをお嫁さんに下さいって話を聞いてもらえそうだな」

 

「えっ!? お嫁さん・・・」

 

顔を真っ赤にしてクネクネしだすルシーナ。

ああ、いかん、クネクネしているルシーナを見てほっこりしている場合じゃない。狼牙達が運んできた物資を分けないと。

 

狼牙達が運んで来た物資は、王都で用意してくれた日持ちする食料や毛布などの衣類、薬草などの医療品系の荷物が大半だった。これらを奥さんズの面々と仕分けしながら、教会や冒険者ギルド、この街の内政官だった人たちを集めて分配していく。

 

空になった荷駄を使って、リカオロスト公爵の館の瓦礫を撤去する作業も行っていく。瓦礫は街の外に運んで、ひと塊にしてとりあえず積んでおこう。

 

ひっきりなしに狼牙達が荷駄を引いて瓦礫を町の外に運んでは戻って来る。町の人たちも元気に瓦礫撤去などを手伝ってくれる。

そして昼や夜がくればまた炊き出しだ。

休む間もなく俺や奥さんズやリーナ、ローガ達も働きづめだ。

だが、みんなが一生懸命働いてくれるせいか、住んでいた地元の人たちとの交流も非常に歓迎ムードでいい感じだ。もともとリカオロスト公爵の統治は悪くはないものの税金は高めで、弱者を切り捨てる傾向にあったと言う。それに息子たちの評判は最悪で、領主が変わってこれで平和になればいい、とすごく前向きだ。奥さんズの面々も新しい領主の妻だと教会関係者や冒険者ギルドのオッサンたちが触れ回ったので、そんな人たちが一生懸命働いているととても好意的に受け止められている。

なぜかリーナが俺の娘になっていたが、違うから。そこ、リーナも自分で訂正しなさい。なんで嬉しそうなの?

 

仮庁舎として、政務担当者が仕事を出来る場所を用意するべく、ベルヒア姉さんに力を借りて、土で出来た建物を一気に立てる。真四角のビルの一階みたい。テーブルも椅子もみんなベルヒア姉さんの力で作っちゃう。とりあえずだけど。

 

一部被害のあった住宅街も俺様のスラブルドーザー(ただ単に一気食いしただけ)で更地にした後、ベルヒア姉さんの仮設住宅チックな箱ものをたくさん立てて、しばらくこれで凌いでもらおう。

 

そんなこんなで、やって来てから三日間。働きづめだが、街自体はだいぶ落ち着いた感じを取り戻した。

 

リカオロスト公爵の館があったところは地下室もたくさんあったため、一定の瓦礫を取り除いた後は作業を止めている。何処に空洞があるかわからないしな。少し時間をかけて調査が必要だろう。

教会と冒険者ギルドは瓦礫を撤去した後、応急処置をした上でとりあえず復旧させ、運営を再開している。建物の完全修繕はまだまだ先の事だろうが、そのあたりはゆっくり打ち合わせしよう。

 

それにしても献身的に働く俺の奥さん達。リーナも甲斐甲斐しくお皿を運んだり片付けたりしている。さっきも思ったのだが、おかげでここの領民たちにすごぶる評判がいい。おばちゃん達には何なら俺よりも受けが良さそうだ。

 

今も食事後の片付けなんかを地元のおばちゃん達と一緒になって行っている。

 

「あら~、新しい領主様の奥さん、いっぱいいるのね~」

「そうなのだ、みんなに負けない様に頑張らないといけないのだ」

「夜の方も、頑張らないとね!」

「実は・・・それは一歩リードしているのだ」

「「「きゃ――――!」」」

「む、負けませんわ、イリーナさん!」

「フィレオンティーナさん」

「あらあら、そういう時はね、みんなでこんな格好で・・・」

「「「フムフム」」」

「そして、こんなポーズで・・・」

「「「な、なるほどなるほど」」」

「そして、ここをこうして、“ズギューン”で“バキューン”して・・・」

「「「ななな、なんと!!」」」

 

・・・一体、何の会話をしているのだ・・・。領民と仲良くなることは良い事だとは思いながら、なぜか不安を感じることになった。

 




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第199話 真のO・SHI・O・KI道は超危険だと言う事を認識しよう

四日目の朝、俺は朝日が昇ってしばらく、ゆっくりと目覚めた。

 

「ふああ~、懺悔室よりは広くて朝日も入る様にしてもらったから快適だけどね」

 

一人つぶやく。

もちろん周りにはとぐろを巻くように俺を中心に奥さんズとリーナが寝ているが。みんなイイトコのお嬢さんのはずなのに、俺なんかを好きになったせいでこんなところで雑魚寝を強いられて、辛くないのかと昨日の夜聞いてみたら、みんな揃って生活が楽しい、幸せだなんて言う。

もう足を向けて寝られない!と思うのだが、俺を中心に360度全方位でみんなが寝ているため、それすらままならない。いいベッドを買ってゆっくり休もうと思うのだが、カソの村のマイホーム(神殿)といい、王都の館といい、決まってすぐ次の所へ行って仕事ってなんなの?マイホームでゆっくりさせてよ!

 

一人でブツブツ言っていたせいか、みんなが目を覚まして起き始める。

 

「ふぁぁ・・・ヤーベおはよう・・・」

 

イリーナを皮切りにみんなが目を覚ましていく。

 

「おはようみんな。それじゃあ朝食の準備をしようか」

 

今は教会の懺悔室から出て、ベルヒア姉さんの力を借りて作った家で寝泊まりしている。

リカオロスト公爵の館跡の横にとりあえず立てて、ここを拠点にしているのだ。

 

「さーて、朝はマンマミーヤの炊き立てパンと、ポポロ食堂の揚げたてコロッケを使ったコロッケパンでも・・・」

 

「あら、朝から揚げ物ですの? 野菜も欲しいところですわね」

 

フィレオンティーナが俺の用意している食材を見ながら希望を伝えて来る。

ぶっちゃけ、炊き出しは保存のきく食材を煮込みにして作っているから、俺が亜空間圧縮収納から取り出した焼き立てパンや揚げたてコロッケなんで、超贅沢品に該当すると思われるのだが。さらに新鮮な生野菜もご所望ですか。ならば出しちゃおう。

 

「はい」

 

そう言って取り出したのは巨大なキャベキャベ丸ごと一玉とトマトマだ。

 

「でかっ!?」

 

フィレオンティーナがびっくりする。無理もなかろう。何といってもこれは今大人気のカソの村で取れた奇跡の野菜!

 

え、なんでカソの村の奇跡の野菜がこんなに新鮮な状態で手に入ったのかって?

 

先日、というかしばらく前に、ヒヨコの一団に出張用ボスを持ってカソの村に出向いてもらったからなのだ。もともと神殿が出来てからは奉納という形で野菜が神殿に運ばれていたのだが、倉庫もすぐ一杯になってしまった上に、俺達がすぐ戻れなくなってしまったので、村のみんなで食べる様にと伝えていたのだが、村長から何とかぜひ食べてもらいたいというお願いもあって考えたのが、ヒヨコたちに出張用ボスを持って行ってもらう事だった。

ローガ達の狩りに持たせていた出張用ボスだが、こいつは亜空間圧縮収納につなげる能力を持たせてある。そのためカソの村の倉庫に置いておけば、倉庫に運ばれて来た奇跡の野菜をどんどん亜空間圧縮収納に収納できる。

おかげでおいしい野菜が食べ放題だ。

 

「すごい野菜ですね・・・」

 

「精霊たちの加護がある野菜だからね」

 

「そうだ、旦那様。朝食につける飲み物はどういたしましょう?」

 

フィレオンティーナが俺に尋ねる。

初日は忙しかったから、奇跡の泉の水をそのまま飲んだな。

俺はコーヒー持ってないし、執事のグリードさんから教えて貰った紅茶セットは少々時間がかかる。

 

「あ、そうだ。朝にぴったりの飲み物があるよ」

 

そう言って俺は亜空間圧縮収納から大き目の樽を出す。

 

「お酒・・・の樽ですか?」

 

「そうなんだけど、中はお酒じゃないんだ。ミノ乳・・・いや、ミルクと呼ぶか。白い飲み物でね、栄養満点でおいしいよ」

 

そう言って奥さんズの面々がいつも使っているマグカップにそれぞれミルクを注いでいく。

 

マグカップに注がれた白い液体を不思議そうに覗き込みながらフィレオンティーナが一口恐る恐る飲んでみる。

 

「おいしいっ!甘くて爽やかで後味もスッキリです!」

 

「喜んでもらえてよかった」

 

イリーナやルシーナ、サリーナもおいしそうに飲んでいる。リーナもミルクを一気飲みで「お代わりを所望しゅるのでしゅ!」と元気いっぱいだ。

 

「たくさんあるから、どんどん飲んでいいよ」

 

そう言ってお代わりをマグカップに注いでやる。

 

「ああ―――――!!」

 

「ど、どうしたのです?」

 

突然叫び声を上げた俺にフィレオンティーナが怪訝な表情をする。

 

「ミノ娘たちの事を忘れてた!!」

 

「ミノ娘?」

 

不意に剣呑な雰囲気を出しながら問いかけてきたイリーナ。だが、俺はこの時ミノ娘達を完全に忘れていて、テンパってしまい、その雰囲気に気づけなかった。

 

「ミノタウロスハーフの娘達でね・・・可哀そうな境遇だったから助けたんだけど、お礼にその娘達のお乳をもらってね。それがこれなんだけどとってもおいしくて! そう言えば彼女たちを迎えに行くって約束してたっけ・・・」

 

「ほう・・・お乳をな・・・」

 

この時振り返ったらきっと夜叉のオーラが見えていた事だろう。だがテンパったままの俺はまだ気がつかない。

 

「その娘達、何人くらいいらっしゃいますの?」

 

フィレオンティーナががムチを取り出しながら聞いて来たのだが、もちろんテンパったままの俺はそちらに目を向ける余裕が無かった。

 

「30人くらいいたかなぁ。みんないい(素直な)子たちだよ」

 

「そうですか、みんないい(綺麗で順応な)子たちなんですの・・・」

 

俺は空を見上げながら言ったもんだから、フィレオンティーナの髪の毛が魔力オーラで渦巻いているのに気がつかなかった。

 

「このお乳って・・・その子達から搾るんですの?」

 

ふいに、無邪気を装い、バクダン級の問いかけを放つルシーナ。あくまでも、自然な流れの中で・・・。

隣でサリーナがものすごい顔をしてルシーナを見ていた。

リーナは何故かプルプルして泣きそうになっている。

だが、テンパり中の俺はその全ての信号

シグナル

を見落としてしまった。

 

「そうだよ? なんだか出が悪いと痛くて具合が悪くなって苦しいみたいでね。俺に助けを求められたから頑張ったんだけど、とっても上手だって褒められてね・・・」

 

俺は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()で喋ってしまった。奥さんズの反応も見ないまま。

 

不意にイリーナが俺の左手を握手するように掴んだ。

 

「ん?どうしたイリーナ?」

 

グシャリ!

 

「ぎょわっ!?」

 

ち、千切れた!? 文字通り、俺の左手が親指を残して千切れた!

無敵スライムボディのこの俺の手を!?

というかイリーナよ。一般人だったら事案が発生しているぞ?

 

はたと見れば、ズラリと揃う夜叉の群れ、いや般若か?鬼か?まあその類のものだ。

 

「あ、あれ・・・? どうしたみんな・・・?」

 

千切れた指四本の組織がまるで般若から隠れる様に俺の手にひゅんと戻って来る。細胞がビビっているのが伝わって来る。

 

「お、怒っていらっしゃりますか・・・?」

 

「ヤーベ様・・・」

 

ルシーナが微笑む。だが、その目はハイライトが消えていた。

 

「ギルティです」

 

そうして後ろ手に持っていた巨大な死神の鎌を構える。

おかしいだろ!ルシーナの身長より長い死神の鎌が見えて無かったって!どっから出したの、それ!?

 

ブウンッ!

 

「うわっ!」

 

本気だ!本気で俺の首を狙って振ったよ、ルシーナちゃん!

 

「錬金!硫酸弾!」

 

ピュピュピュピュン!

 

ジュワ―!!

 

「うぎゃー!!」

 

俺の表面が溶ける!? ウソ!? サリーナちゃん何開発しちゃってるの!?

痛くないけど、感覚的恐怖が俺を襲う。

 

シュルルルル!

 

ムチが俺の首に絡まる。

 

見ればフィレオンティーナが、凍り付くような笑みで俺を見つめながらゼロ距離まで歩いてくる。

 

「やあフィレオンティーナ、ちょっとだけ話を聞いてもらえると・・・」

 

「<雷撃牢獄(サンダープリズン)>直接叩き込みバージョン!!」

 

俺の胸に手を当ててそんな呪文を放つフィレオンティーナさん。

 

「フギャギャギャギャ!!」

 

全身を駆け巡る稲妻のような衝撃!俺はうる星〇つらの主人公の気持ちが今、分かった!

 

プシュ~と煙を噴く俺の体。

 

「ご主人しゃまは・・・ご主人しゃまは・・・リーナを裏切って捨てるおちゅもりでしゅ・・・」

 

ポロポロと泣きながら何故か右手の手のひらを俺に向けるリーナ。

そしてリーナの中の魔力が溢れて爆発する。

 

ゴウッッッ!!

 

リーナの髪が逆立ち、魔力が溢れ出す。

 

「リーナ、誤解だよ? 俺がリーナを捨てるわけないじゃないか・・・」

 

だが、俺の声は今のリーナには届かないようだ。

 

「深淵に眠る闇の爆炎よ!黒き魔の力を持ちてその翼を広げ、敵を焼き尽くす業火となれ!!」

 

リーナよ! 俺は敵じゃないぞ! 後ソレ、すっごい闇の魔法臭いけど、大丈夫か!?

 

「<爆炎地獄(ヘルフレイム)>!!」

 

 

ドゴォォォォッ!!

 

 

まるで竜巻のような炎の火柱が俺を包み込む。

 

「うっぎゃ―――――!!」

 

燃える!溶ける!蒸発する! リーナの放った<爆炎地獄(ヘルフレイム)>の火力が、俺のスライム細胞の通常の防御力を上回って来るとは! 細胞が熱で焼き尽くされ蒸発する! この子天才か!

だが、いや、マジでリーナよ、俺死んじゃうから! このままだとマジで死んじゃうから!

 

「<細胞防御(セルディフェンド)>!」

 

辛うじて魔力を纏い一部の表面だけの蒸発に留める俺。

 

だが、全身からは黒い煙をプスプスと噴き、ボロボロになっている。

 

「ご、ごめんなしゃい・・・」

 

俺はぺこりと頭を下げると、ドウッと仰向けに大の字に倒れた。

異世界にて、初めての完膚なきまでの敗北。

俺の奥さん達は・・・強かった。ガクッ。

 




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第200話 さらにO・SHI・O・KI道には超裏HARDモードがあった事を肝に銘じよう

約二週間近くもお休みを頂き失礼いたしました。
また再開いたしますのでどうぞよろしくお願いいたします。


俺は良い感じにプスプスと焦げたまま倒れている。

 

「あ、ヤーベが倒れている・・・」

「ヤーベ様が・・・」

「ヤーベさん、だいぶ焦げちゃったね・・・」

「ああ、旦那様!大丈夫でしょうか・・・」

「ふおっ!? リーナはどうしたでしゅか? ご、ご主人しゃまにヒドイ事したのは誰でしゅか!」

 

とりあえずみんなが落ち着いた・・・というか、正気に戻ったと言うか、なんというか。

普通になってよかった。そしてリーナはぷんすこ怒っている。

 

それにしても、属性竜すら屠るフィレオンティーナはともかく、リーナのポテンシャルはトンでもないな。

ちなみに俺を黒焦げにしたのはリーナ、お前だぞ。言わないけど。

 

それに、戦闘力の無かったサリーナが錬金を駆使して工夫と努力を重ねているのは嬉しい誤算だ。ただ、俺で試すのもどうかと思うのだが。

ルシーナも、なんだよあの<死神の鎌(デスサイズ)>!? もしかして、威嚇用なのかな? ゴルディン作っぽいけど、何のため?

 

とりあえず、元気にならないと心配かけちゃうか。

俺は魔力(ぐるぐる)エネルギーを体内に張り巡らせる。

 

「<自己細胞再生(セル・リジェネレーション)>」

 

パアアッと光に包まれたかと思うと、すっかり元通りになった俺が姿を現す。

 

「ヤーベ!」

 

イリーナが抱きついてくる。みんなもそれぞれ心配してくれたみたいだ。でもこれ、みんなにやられたんだからね?

 

「すまなかったね。バタバタしてて、いろいろ報告が抜けていたみたいだ。俺はヤマシイ事をしていたわけでもないから、みんなもミノ娘達の村に案内するよ。彼女たちの生活する場所もどうしたらいいか考えないといけないしね」

 

「それはいいですわ。一緒に行けば安心です」

 

フィレオンティーナが両拳を握ってフンスと力を入れる。

 

「ただ、俺だけなら<高速飛翔(フライハイ)>の呪文で飛んでいけば、短時間で到着できるんだが・・・」

 

俺は頭を捻る。出来る限り早く到着したい。だが、ローガに狼車を引かせても、ミノ娘達の村まではかなり時間がかかる。何といっても城塞都市フェルベーンの北だからな。

 

「薄くて軽くて強~い籠を作ってヤーベちゃんが運べばいいんじゃない?」

 

ふと見ればベルヒア姉さんが妖艶な笑みを浮かべてそんな提案をしてくる。

 

「薄くて軽くて強い籠なんてどうやって作るの?」

 

「土魔法で作ればいいわ。やってみましょ?」

 

そう言って手取り足取り教えてくれるベルヒア姉さん。

なるほど、こうやって力を掛けると薄くて強くなるのね。

でも、この土の籠、俺が持って飛ぶんだよね?

大型の飛行魔獣を使役して、飛んでもらえるようになりたいねぇ。

 

文句を言っていても仕方がないので、大至急奥さんズとリーナを運ぶ籠を製作する。

そして風の精霊シルフィーも呼び出し、軽量化と風圧減少の魔法をかけてもらう。

 

「さ、出来たぞ。この籠に乗って出発だ!」

 

「「「「「はーい!」」」」」

 

俺は内務官と冒険者ギルド、教会の責任者に後の事を任せて、寄り道してから一旦王都に戻る旨を伝えて出発した。

 

 

 

 

 

「もうすぐ着くよ~」

 

一生懸命籠を持ったまま空を飛んで来た俺。風圧軽減の魔法で土の籠に入っている奥さんズの面々やリーナも強い風に当てられずに済んでいる。

 

俺は村の場所を見極めるべく、大きく旋回しながら森を確認して行った。

 

 

 

 

 

 

「あーあ、ヤーベさん帰って来ないね~」

 

食事を終えた皿を片付けながらミーアが溜息を吐く。

 

「王都に用があると言っていたからな・・・。用事が長引いているのかもしれん」

 

パナメーラは多少険しい表情で空を見つめた。

 

「パナメーラはヤーベ様が私たちをお見捨てになったとは考えていないのね?」

 

マカンも皿を片付けながらパナメーラに声を掛けた。

 

「ああ。若干楽観的に考えていないわけでもないが・・・。ヤーベ様は元々考えていないような事を言うような人に見えなかった。助けてくれるとおっしゃってくれたからな、私は信じているよ」

 

「泣き暮れているチェーダとは大違いね」

 

「まったく・・・本当にヤーベ様が私たちを見捨てたと思っているのか・・・。そうだとしたら逆にヤーベ様が戻って来てくださった際にはオシオキしてもらいたいくらいだよ」

 

そう言いながら苦笑するパナメーラ。

最初の三日間は「ヤーベだって用があるさ」「予定が変わって遅れているだけ」などとなかなか帰って来ないヤーベを心配する仲間を励ましていたチェーダだったが、昨日から悲観的に変わり、泣き始め、今日に至っては小屋の隅で膝を抱えてうずくまっている。「ヤーベに捨てられた、ヤーベに見捨てられた、自分に魅力が無いからだ、自分のお乳がおいしくないせいだ」などと自虐を繰り返し、地の底までも落ち込む勢いであった。

 

「しかし・・・ヤーベ様に早く戻って来てもらわないと。チェーダのヤツ、悲しみで死にかねませんね」

 

エイカがパナメーラに溜息を吐きながら愚痴る。

良くも悪くもチェーダはグループのムードメーカーとしての役割も持っていた。

そのチェーダが地獄の底の様に暗く沈んでいるのだ。仲間が心配しないわけがない。

 

「それにしても・・・ヤーベ様、王都で何か異変に巻き込まれていないとよいのですが・・・」

 

パナメーラの表情は一層険しいものになった。

 

「エイカ! ミル姉さんが綺麗なお水と清潔な布を分けて欲しいって!」

 

走って来たのは元気娘のカレラだった。

 

「わかった。ヤーベ様が置いていってくださったお水と布があるから、それを持って行って頂戴」

 

「ありがとっ!」

 

受け取ると、来た時と同じように元気よく走って行くカレラ。

 

「私もミル姉さんたちの様子を見に行ってこようかしら・・・」

 

そう呟きながら空を見上げたパナメーラの目に、謎の飛行物体が映り込んだ。

 

「な、なにあれ?」

 

呆気に取られているパナメーラをよそに、飛行物体は目の前にゆっくり着地する。

そしてその籠の様な箱を運んでいた翼のある薄緑の球体のようなボディが一瞬にして消えた。

 

「やあパナメーラ元気だったか? 戻りが遅くなってすまないな」

 

「ヤーベ様? ヤーベ様!!」

 

パナメーラの前にいきなり現れたのは人の姿をしたヤーベだった。

 

 

 

 

「ヤーベ様ぁぁぁぁ!!」

 

いきなりパナメーラが泣きながら俺に抱きついてきた。

パナメーラはナイスバディなミノ娘達の中でもボボン・キュッ・ボボンのスーパーボディの持ち主だ。抱きつかれるといろいろな意味でマズイ。

 

そして、その後ろからものすごいオーラを感じる。

すでに奥さんズ+リーナは籠から出て来て臨戦体勢万全のようだ。

ここはひとつ落ち着いて交渉する態度を見せねば、俺のスラ生(スライム人生)が終わりかねない。

 

「すまない、パナメーラ。王都でトラブルがあってね、すぐに戻ってこれなかったんだ」

 

「ああ、やはり何かのトラブルに巻き込まれていたのですね。私は信じておりました・・・。それで、ヤーベ様には問題ないのでしょうか? 大丈夫ですか?」

 

「ああ、俺の方は問題ないよ」

 

「あ!ヤーベさんお帰りなさい!」

 

ミーアが走り寄って来る。マカンも気づいたようだ。それに合わせて子供たちも他のミノ娘達も大勢やって来て取り囲まれてしまう。

 

「ヤーベ、大人気だな・・・」

「ハーレムというのは、正しくこういった状況をさすのでしょうか・・・」

「うわ~、ヤーベさんモテモテだよぉ・・・」

「ふふっ、旦那様を見染めるとは、このミノ娘とやらも中々やりますわね」

「ふみゅう、ご主人しゃまが大人気でしゅ!」

 

みなさんそれぞれの感想があるようだ。だが、何かが爆発する前にとりあえず今後の話だけでも、と思ったのだが、チェーダが見当たらないな?

 

「ふふっ、チェーダならあの小屋でヤーベ様に見捨てられたと泣いて落ち込んでおりますわ。出来れば顔を見せて慰めてやってくださいな」

 

パナメーラがいたずらっ子のような笑顔で俺にそんなことを伝えてきた。

まったく・・・俺がチェーダを見捨てる事なんでないってのにね。

 

俺はテクテクと歩いて小屋までたどり着くと、とりあえず中を覗いて見た。

 

「ううう・・・ヤーベェ・・・ヤーベェ・・・会いたいよぅ・・・寂しいよぅ・・・見捨てないで・・・捨てないで・・・何でもするから・・・うぇぇぇぇ~~~ん」

 

 

重い!暗い!後ろ向き!

 

 

そこにはどよどよと黒い雲が湧き立っているかの如く暗い雰囲気を醸し出しているチェーダがいた。壁に向かって膝を抱えて落ち込んで泣いているチェーダを見ると、慰める前にこの娘大丈夫かと不安にならなくもない。

 

「おーい、チェーダ。お待たせ!遅くなってスマンな。心配かけたか?」

 

俺は努めて普通のテンションで何でもない挨拶の様に声を掛けた。

 

「へっ・・・? ヤ、ヤーベ・・・?」

 

泣き顔を上げてゆっくり振り向くチェーダ。

 

「おう、ヤーベさんだ。ちゃんとお前に会いに帰って来たぞ! ちょっとばかし遅くなったか?」

 

「う・・・うわああああああ!! ヤーベ! ヤーベェ!!」

 

 

ドーン!

 

 

チェーダの機関車のような突進を受け止めきれず小屋の外まで吹っ飛ばされる俺。

そのままチェーダにギュウギュウに抱きつかれたまま地面に転がる。

 

「うわああああん! ヤーベが戻って来てくれたよぉ! よかったよぉ!」

 

わんわんと泣きながらギュウギュウ締め付けるチェーダ。

ちなみに、多分普通の人間だったらベアハッグで背骨折られてるんでは?というくらいのパワーを感じる。うん、愛が重いね。

 

ふと見上げれば、チェーダに抱きつかれて地面に寝転がっている俺を取り囲んでいる奥さんズの皆様方+リーナが。

 

「ヤーベ、ちょーっとモテ過ぎやしないか・・・?」

 

ものすごーくジト目で俺を見降ろしながら睨むイリーナ。

 

「そうですね・・・ちょっと心配になっちゃうくらいモテてます・・・」

 

ルシーナも困ったと言った表情で俺をジトッと睨む。

 

そんな声が聞こえたのか、チェーダが顔を上げる。

 

「ほえっ? な、何だ?このすごい美人の女たちは!?」

 

よほどびっくりしたのか、飛び起きるチェーダ。

 

「ああ、彼女たちはね・・・」

 

俺も上半身を起こして、説明しようとしたのだが、そんな俺の左手を自分の胸に挟んで抱え込むチェーダ。見れば涙目である。

 

「おわっ、どうしたチェーダ?」

 

「グスッ・・・。また、ヤーベはどこかへ行ってしまうのか・・・?」

 

潤んだ眼で俺を見つめるチェーダ。

あれ? なんで?

おお、奥さんズの面々のオーラが揺らめき始めちゃったじゃないか!

 

「チェーダ、少し落ち着きなさい」

 

俺達の間に割って入ってくれたのはパナメーラであった。

 

「貴方はヤーベ様のお妾様になりたいと希望したのでしょう? こちらの方々はきっとヤーベ様の正式な奥方様だと思うけど?」

 

「ええっ!? あ、ああ・・・そうか、そうだよな。ヤーベ位の男になれば、こんなすごい美人の奥さんがたくさんいるのも当たり前だよな」

 

そう言ってちょっと寂しそうに俯いて俺の左手を開放する。

うーん、地球時代全くモテずの俺様がなぜにここまでモテ期到来したのか、いまだにちょっと謎なのだが。

そしてすごい美人と言われて奥さんズの面々が照れまくっている。

このまま穏便に時よ過ぎよ!

 

「ヤーベ様の奥方様でよろしかったでしょうか?」

 

パナメーラが丁寧に尋ねる。

 

「そうだ、第一奥様のイリーナだ」

「イリーナちゃん、第一夫人ね。今は第二夫人のルシーナです」

「サリーナです」

「フィレオンティーナと申しますわ」

「リーナでしゅ!」

 

なぜかリーナも奥さんひとくくりで挨拶している。パナメーラの目がちょっと揺らいだ。

だが、パナメーラはその場で片膝を付き、深々と頭を下げる。

 

「ヤーベ様の奥様方。ヤーベ様は死と絶望の迫っていた我々ミノタウロスハーフをお救いくださいました。願わくば、これからも先、ずっとヤーベ様にお仕えしたく存じます。我々で出来る事は何でもさせて頂きますので、ご検討のほど、お願いできませんでしょうか?」

 

「それはいいのだが・・・」

 

イリーナがちょっと考える様に呟く。

 

「ヤーベ様がお乳を揉んだと言うのは本当なのですか!?」

 

いきなりバクダンぶちかましたのはやっぱりルシーナ。最近気が付いたが、ルシーナは結構爆弾を投げる。うん、気を付けよう。

 

「ええっ!? 揉んだというか・・・」

 

チェーダがしどろもどろになる。

 

「我々ミノタウロスハーフは子供を身ごもらなくても母乳が出る種族なのですが、定期的に絞らないと体調不良や、酷い時には病気になったりしてしまいますので、ヤーベ様には搾乳を手伝って頂いた次第です」

 

おおっ!ナイスフォローだパナメーラ! やはり出来る秘書は違うね! 某転〇ラの名前だけ秘書のおっぱい美人とは一味ちがいますな!

 

「それでも! 羨ましいものは羨ましいのです! 私なんて揉んでもらったことないんですから!」

 

 

ずべべっ!

 

 

俺はもんどりうってずっこける。

 

いや、ルシーナさん、どこを羨ましがってるの!?

 

「そうですわね。私も洗ってもらったことはございますが、しっかり揉んでもらったことはありませんから・・・やはり、すでにミノ娘さんたちが揉んでもらっているのであれば、大至急わたくしたちも揉んで頂かないと、ミノ娘さんたちを認めるわけにはいきませんわ」

 

ルシーナに乗じてフィレオンティーナが腕組みしながらトンデモない条件を放り投げてきた。

ミノ娘達を認めるために、奥さんズの御胸様を揉みしだけばいいのですかっ!?

ガンガン揉みしだきたいと思いますが、何か?

 

「あ・・・、あくまで搾乳ダゾ・・・も、揉んでもらったんじゃないし・・・」

 

そう言って自分の爆乳を組んだ両腕で持ち上げる様に強調し、顔を真っ赤にしながら体をくねらせるチェーダ。はいアウーーーッツ!!

 

「さささ、搾乳でそんなに顔を真っ赤にしても、説得力ないですから!」

「まあまあ、私たちもヤーベさんに揉んでもらおうよ」

 

ぷりぷりしだすルシーナちゃんを宥めるサリーナちゃん。

ありがたいけど、宥め方に多少問題が。

 

そんなこんなで、パナメーラのおかげもあって場が落ち着いて来た。

朝から飛んできて、現在は昼過ぎだ。今日はここで泊るか、城塞都市フェルベーンに向かうか検討しなくてはならない。

 

その事を伝えようとした俺に、信じられない声が聞こえて来た。

 

「ハーイ、やっとパパが帰ってきまちたよ~! 元気に挨拶しまちょうね~」

 

見れば、ミル姉さんが両腕に赤ちゃんを抱えている。それも二人。双子か!?

一人は可愛い女の子の赤ちゃんだ。でも頭にちっちゃな角が二本生えている。

そして、もう一人は・・・顔が牛さんだな。多分男の子のミノハーフか?

思わず「ゲッ!」って言いそうになったけど、言わなかった俺を褒めてやりたい。

ところで、男の子のミノハーフは育てても大丈夫なんだろうか?

 

俺はそんなことを考えていたのだが、それよりも致命的な言葉があったことに気づく。

 

 

へ? パパ?

 

 

ドシュゥゥゥゥゥ!!

 

振り返れば魔力嵐に包まれる奥さんズとリーナ。

ああ、朝のO・SHI・O・KIモードはまだフルパワーモードではなかったのですね?

 

「パ・・・パパ・・・」

「おっぱいを揉んだだけでなく、子供まで私たちより先に作りましたか・・・ギルティです」

「ヤーベさん、さすがにこれは許せないゾ!」

「旦那様・・・お覚悟を!」

「リーナは・・・リーナはやっぱり捨てられてしまうのでしゅか?」

 

俺の目が幻を見ているのでなければ、イリーナは何かしら強力なナックルを装備しているように見えるし、ルシーナはあの死神の鎌を構えているし、サリーナに至っては見たことない巨大なハンマーを肩に背負っているではありませんか。フィレオンティーナはムチではなく魔石がゴテッとついた凄そうな杖を装備しているし、リーナは金色の魔力が体を纏うようにバチバチとはじけている。髪の毛も逆立っているし、どこからどう見てもスーパーリーナさん状態だ。

 

俺は異世界に来て初めて、己の死を覚悟した。

 




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第201話 真のO・SHI・O・KIモードから生き延びよう

「い、いや・・・ちょっと待って・・・マジ、意味わかんない。ミル姉さん、パパってなによ、パパって」

 

俺は必死に弁明するが、ミル姉さんは幸せそうに双子を抱いたまま、「パパ来たよ~」と赤子をあやしていて、俺の言う事を聞いてくれない。

 

「さあ、ヤーベよ、覚悟はいいか?」

「ヤーベ様、断罪の時ですわ」

 

イリーナとルシーナが並んで俺の前に立つ。

こうなれば、学生時代に友人たちを黙らせたあの必殺技を出すしかねぇ!

 

俺はガバッと両腕を振り上げて、そのままの勢いで前にバターンと倒れる。受け身なしだ。

 

「しゅ、しゅみまっしぇーん!」

 

五体投地! またの名を土下寝とも言う。

これ以上頭を低く出来ない状態で謝罪だ!

学生自体の友人はだいたいこれで呆れて許してくれたものだ。

なかなか真っ直ぐピンピンに五体投地するのは難しいのだ。土下寝は美しくあれ!が基本だ。

 

「・・・何をしている、ヤーベ」

「いきなり寝て誤魔化せるとでも?」

 

ハレッ? 俺様の五体投地が通用しないだと・・・

 

確かこの世界でも土下座を見たぞ・・・、えーと、そうだスペルシオ商会のスタッフが土下座してたよ。なんで俺の五体投地は通用しない?

ま、まさか土下座の習慣は商会のような商人たちの間だけでしか通用しないのか!?

貴族に土下座はないのか!? まして土下寝はただ、地面にうつぶせに寝ているだけなのか!?

 

俺は慌てて起き上がる。

 

「いや、今のは五体投地と言って、古来より伝わる伝統の格式高い謝罪方式・・・」

 

だが、しかし! イリーナはにっこり微笑んで俺の胸倉を掴む。

 

「ヤーベ、ギルティだ」

 

見ればナックルに見えたのはガントレットだ。しかも両腕に装着されている。

 

「あたたたたたたたたたたたたたたたた!!!!!」

 

ドドドドドドドドッ!!

 

「ひでぶっ!」

 

どこかのケン〇ロウよろしく、百裂拳を放つイリーナ。

最近とみに思うのだが、イリーナの人外パワーは酷くなる一方ではないだろうか?

俺様のスライムボディがひしゃげて某漫画の如く破裂しそうになる。

よく見れば二本の腕の他に、俺のような触手も二本あって、四本同時に俺を殴っている。いつのまにイリーナが触手使いになったのか。

 

ボコボコになった俺をルシーナの死神の鎌が襲い掛かり、あっさりと手足が飛ばされる。

 

「ヤーベ! ヤーベェ!!」

 

俺の大ピンチにチェーダが泣き叫びながら俺の盾になろうと走り寄って来るが、<大地の従者(アースサーバント)>たちがチェーダをブロック。パナメーラや他のミノ娘たちにも被害が及ばない様担いで離れていく。ミノ娘たちを守れと命令した<大地の従者(アースサーバント)>たち、いい仕事してますねぇ。後でご褒美に俺が直接魔力を送り込んでやるか・・・俺がそれまで生きていればだけど。

 

いそいそと飛ばされた手足を拾ってくっつけていると、銀色に輝く巨大ハンマーを抱えたサリーナがこっちを見ている。

 

サリーナよ! それはシティー〇ンターの1〇0tハンマーなのか!? それともあり〇れのシ〇が振り回しているヤツか? どちらにしろ、ろくでもない目に合いそうだ!

 

「ヤーベさん天誅! くらえっ! 錬金ハンマー!!」

 

うわー! 振り下ろしはか〇りちゃんの方だった!

言ってる場合じゃねぇ!

 

ドコッ!

 

俺は後頭部をハンマーでぶっ叩かれ、某漫画よろしく地面にめり込まされた。

 

「やった! レア素材出た!」

 

ええー! 今俺のスライム細胞がチョッピリ殴られた勢いで飛び散ったとは思ったけど、俺殴ってレア素材出すって、もうチートじゃん! 旦那の俺がノーチートなのに、錬金術師の孫娘とは言え、村娘のサリーナにチート能力が備わるなんて、大したものだと褒めたいけど、羨ましすぎるぅぅぅ!!

 

大体、ハンマーで殴って飛び散った俺のスライム細胞がレア素材に化けるってどういうことだ。これはまさか、他の奥さんズの武器もそうだが、ゴルディンのオッサンが一枚どころか百枚くらい噛んでるんじゃねーか? 王都に帰ったらゴルディンのオッサンの工房に殴り込みじゃ!

 

そしてO・SHI・O・KIタイムの大本命とダークホース改め裏番長の二人が構えている。この二人はマジでヤバイ。死ぬかもしれん。事実リーナの<爆炎地獄(ヘルフレイム)>はあるがままに受け入れたらスライム細胞が蒸発して体が残らなかったかもしれん。

 

そして俺の前にはゴツイ魔杖を構えたフィレオンティーナが登場する。

 

「天空に散らばる数多の精霊たちよ!我が声に耳を傾け、その力の行使を神々に問う!」

 

この詠唱長いな!あの、<轟雷(テスラメント)>より上位の呪文なんてあるのか!?

 

「星々を束ねる黄昏の神々より、その(いにしえ)よりの契約に基づき、その力お貸し給う!」

 

ヤバイ・・・(いにしえ)のって、もう古い時代の禁呪とかのヤツじゃね?

絶対普段使っちゃダメなやつじゃん!

 

「数多の精霊たちよ、黄昏の神々より導かれし子らよ! その力を行使し、神を導き指し示せ! 我は願い奉る!雷神よ、その槌を解き放て!」

 

「げえっ!?」

 

「<雷神の槌(トールハンマー)>!!」

 

ドシャァァァァァ!!!

 

スパイラル状に導き下ろされる雷神の槌は、まるでダウンバーストを起こすかの如く強力な風の力を纏った雷撃となった。

 

「ぎょわわわわわわ!!」

 

低温、真空、そして雷撃による損傷熱。あらゆるダメージの総合デパートのような呪文だな。

本来ならば大群を相手にした広範囲殲滅魔法だろう。

その出力は9億2400万メガワットくらいある気がする。

おかげで俺のスライムボディ表面はパリパリに焦げ付いている。

恐るべしパワーだ。

 

だがしかし! <雷神の槌(トールハンマー)>すら耐えきって見せた俺に、最強の存在が襲い掛かろうとしていた。

なんとスーパーリーナさんモードのまま行くんですね!?

 

「深淵に眠る黒の鼓動よ! 黄昏よりも暗き闇の王に願い奉る!」

 

言葉が難しいよ!リーナたん!いつものでしゅましゅ言葉に戻って来て!カムバーック!!

 

「慟哭の闇深きサロモルシアの祭壇にかかげる血肉にかかりて、その聖餐杯(せいさんぱい)に罪と罰を満たせ」

 

詠唱なげーよ! どんだけの威力なんだよ! 後詠唱内容がヤバすぎる!

 

「彼方より現世における(ことわり)を超越し、深き咎人(とがびと)に断罪の剣を振り下ろせ!」

 

いや待って!ホント!俺、全然(とが)ってないから!ホントだから!

 

「<黒死滅殺地獄(ヘルロストデリア)>!!」

 

「いやあああああああ!!」

 

今が夜なら、間違いなく空に輝く北斗七星の横に、死の運命に捕らわれた者だけが見えると言う不吉な星が十個は見えるだろう! 本体の七つ星より多いやんけ!!

 

黒き魔の力を凝縮したような剣が俺に突き刺さり、体を真っ二つに切り裂く。

その闇のエネルギーは切り裂いた俺の内側から瞬時に蒸発されるだけのパワーがある。瞬間、自分の(コア)をずらしたから助かってるけど、自分の体内の中心において置いたら、マジでヤバかった。リーナ、どんだけ恐ろしい子!

しかも現在進行形で俺の細胞を喰らい尽くそうとしている。

 

呑気に喋っているように感じるかもしれないが、ここまでリーナの魔法が炸裂してから0.02秒しか経っていない。魔力(ぐるぐる)エネルギーを全開で展開し、スライム細胞全域で<超速思考>を行っている。時間が引き延ばされて物が止まって見えると言う、アレの凄い奴だな。

このまま何もしないと、俺の体は0.8秒後に蒸発して消えて無くなってしまう。

対処が必要だ。それも早急に、しかも強力な方法でだ。

 

どちらにしても、この闇のエネルギー、地表に受け流すにしてもあまりにデカすぎて大地に多大な影響が出る。ならばどうするか? 答えは神ラノベにある。そう伏〇大先生の大傑作、転〇ラである! 伏〇大先生アリガトゥゥゥゥゥ!!(超久しぶり)

 

闇の魔法とはいえ、魔力エネルギーなんだから、喰らい尽くせばよいのだ。

そう、気分は捕食者だ。

 

「いくぞ!<細胞捕食吸収(セルアブソ-プション)>!」

 

ギュオォォォォ!!

 

荒れ狂う闇の波動が俺のスライム細胞内で暴れ回る!

やっぱリ〇ル大魔王様みてーにスッキリとはいかねーよな!

なんたってこちとら地道にノーチートで踏ん張っている身ですからね!

取り込んだ闇のエネルギーがボッコンボッコン暴れ回ってスライム細胞自体が形を変えるが、何とか自身の魔力

ぐるぐる

エネルギーに変換して抑えていく。

 

「・・・抑えきった・・・」

 

ぼふっと口から白い煙を吐いて俺は大の字で仰向けに倒れた。

 

 

 

 

 

「そうかー、何だかおかしいと思ったよ」

「そうですね、ヤーベ様がそんなことするわけないですものね」

 

「おかしいと思ったらまず止めろよ! そんなことするわけないと思ったら輪切りにしないでよ!」

 

イリーナ、ルシーナの言葉にプンスカ怒る俺。

えへへって可愛く笑ってもダメだからね!

 

「私は最初からヤーベさんのことは信じていましたけどね」

 

「その割に巨大ハンマーで天誅ってぶん殴ってくれたよね!」

 

「ぴゅ~ぴゅ~ぴゅ~」

 

サリーナも下手な口笛吹いて誤魔化したってダメだからね!

 

「でも、ヤーベさんの体からすごいレア素材出るんだね~、毎日ちょっとずつ殴っていい?」

 

「いいわけあるかっ!」

 

「ちぇ~」

 

ちぇ~じゃねぇ! マゾに目覚めたらどうしてくれる!

 

「オホホホッ! さすがは旦那様ですわ。お見事な耐久振り」

 

「褒められても全然嬉しくないわ!」

 

可愛くオホホホ笑いしてもダメだからね!

 

それにしても超強力な雷撃でスライム細胞が炭化する寸前だった。

魔力防御しなかったら完全に黒焦げで消し炭の完成だったぞ。

正しく<雷神の槌(トールハンマー)>恐るべし。

というか、ハンマー続いてない?

 

「ふおおっ! ご主人しゃま!ご無事で何よりでしゅ!」

 

「ええ、ええ!ご無事ですとも!ヨカッタデスネー」

 

ついついリーナにも捻くれた口をきいてしまう。

どうもリーナ自身が意識下で放っている呪文ではないようだが・・・?

 

「ご主人しゃま、また誰かにやられたですか? 痛いの痛いの飛んでけーでしゅ」

 

リーナが拗ねてる俺の頭をなでなでしながら痛いの痛いの飛んでけーしてくれる。

悪くない、ムフフ。

 

いつまでもリーナに撫でられてにへへーと笑っているわけにもいかない。

リーナならともかく、俺がにへへーと笑っているつもりでも、傍から見ればでへへーと笑っている危険なオジサンに見られかねない。事案発生だ。

 

「で、ミル姉さん。何で俺をパパなんて呼んだのさ? 迷宮で助けた恩を完全に仇で返されて死に掛かけちゃったよ?」

 

「ごめんなさいね? でも、気持ち的にはヤーベちゃんはこの子達のパパだから・・・」

 

「いや、それがわからなくてね? 気持ち的にパパって言われても困るわけで・・・」

 

奥さんズとリーナがさっきからジトッとこちらを睨んでいる。

誤解は解けたようだが、いまだにパパの謎が解けていない。

 

「ほら、ヤーベちゃんが迷宮で私を助けてくれた時、迷宮内のミノタウロスはぜーんぶ吸収して退治しちゃったんでしょ? だから、私を襲って子供を産ませたミノタウロスも、ほら、ヤーベちゃんに取り込まれちゃったから、これはもうヤーベちゃんをパパと呼ぶしかないって思って」

 

「いやいやいや! そんなミノさん成分残ってないから! きれいさっぱり魔力分解して無に消えてるから!」

 

「えー、でもヤーベちゃんの中に取り込まれちゃったわけだし」

 

「いやいやいや、それはおかしい!おかしいと思いますよミル姉さん!」

 

俺は必死に弁明する。迷宮でミル姉さんを高速救出するために、ダンジョン無双したわけだけど、その時吸収したミノタウロスが父親だったからと言って俺が父親代わりになるのはいくら何でも無理があり過ぎるだろう! 

 

「でも・・・そうすると、貴方たちのお父さんはヤーベさんに取り込まれちゃったから、ヤーベさんを拝んでパパと言いなさいねって教えないと・・・」

 

「教え方おかしいから! 大体その言い方だと、俺が大事なお父さん殺しちゃってる感じになってるから!」

 

「だから~、私と愛を育んだことにすれば~」

 

「育んでないから!」

 

「後から育めば一緒よ~」

 

「一緒じゃないから! 後、育まないから!」

 

「え~」

 

「えーじゃないし!」

 

プンスカ怒る俺に、後ろから奥さんズが言葉を挟む。

 

「つまり・・・なんだ。この人はミノタウロスに攫われて迷宮に捕らえられていたのを、ヤーベが助けたと」

「その時にもうミノタウロスの子が・・・」

「そのミノタウロスをヤーベさんが吸収して倒したことにより、迷宮から助け出されたんですね」

「あら? 旦那様はこのミノ娘さんたちを救った英雄では?」

「ふおおっ!ご主人しゃますごいでしゅ――――!!」

 

奥さんズの面々が俺を褒めてくれるが、さっきまでマジで俺の事殺そうとしてたでしょ!俺忘れないから!

 

「ヤーベ様、真面目な話、一つお願いがございます」

 

ミル姉さんが頭を下げる。ていうか、やっぱり今までの流れ、真面目な話じゃないんかい!

 

「騎士の物語の本を私にいただけませんでしょうか?」

 

「騎士の物語?」

 

「このミノタウロスハーフの男の子に、物語を聞かせてやりたいのです。そして立派な騎士になる様にと教育出来ればいいと思っています」

 

「ああ、王都で探してたくさん買って来るよ。たくさん読ませてあげるといい」

 

俺の答えに満足するように頷くミル姉さん。

ホント、最初からそんな感じで挨拶してくれれば死に掛けずに済んだのに。

 

見れば奥さんズの面々やリーナがミル姉さんの抱いている双子の赤ちゃんに興味津々で質問攻めにしている。

 

俺の子じゃないってわかったら現金なもんだね。

 

もしかして、俺だけものすごく貧乏くじ引いている気がするのはなぜ!?

 




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第202話 己の才覚を頼りにノーチートを脱却しよう

俺の名は矢部裕樹(やべひろき)、多分28歳。ノーチート野郎である。

 

多分28歳だと思うのは、地球で社畜の様に働いていた頃の最後の記憶が28の時だからである。

異世界に来てゼロ歳からカウントすると、現状はとてもまずい事になるため、28歳で通そうと思う。精神的にもそれがいい。

 

ノーチート野郎と叫んでいるのは、この異世界に飛ばされた?呼ばれた?時に、神だか女神だかに会えなかったからだ。そして、スキルもチート能力も全くない。正しくノーチートである。

スキルとか、チートとか言うのは、ラノベによくある異世界へ飛ばされた人が神から貰えるハイパー能力の事だ。そして俺にはそのスキルだの、チートだのと言った能力が全くなかったのである。そりゃそうだ、異世界に知らぬ間に放り出されたのに、神に会えなかったんだもんな。神から何の説明も無い。あまりにもヒドくないか?ノーチートだぞ!? ノーチート!

オノレカミメガ!って神様恨みたくなる俺の気持ちがこの異世界で誰にわかってもらえるだろう?

 

まして、気づいたらスライムだったからね!ホント、俺の心のバイブル「転〇ラ」が記憶に無かったら発狂して死んでいる自信があるぞ、全く。

 

 

 

今は夕暮れに近くなって、空が茜色に染まり始めている。

奥さんズとチェーダやミーアたちが夕飯の準備をしている。リーナも張り切ってお手伝いするつもりだったようだが、ミノ子たち(まだまだ子供の小っちゃいミノ娘たちが5人いる)に懐かれて、お姉さんぶって色々と教えているようだ。微笑ましいが、闇のなんとかとかは教えないで欲しい。

 

さて、ミル姉さんに赤ちゃんがいるとなると、この粗末な小屋しかないここでは衛生面で不安がある。城塞都市フェルベーンで30人以上のミノ娘達を住まわせるのはちょっと大変かもしれん。ここにミノ娘達の村を起こしてやるにしても時間がかかるしな。

手っ取り早いのは王都のデカイ屋敷にしばらく住まわせることだな。30人くらい大柄なミノ娘達が来ても大丈夫な部屋数や別宅がある。

 

だが、30人以上のミノ娘達を王都まで運ぶとなると、ローガの狼車でも乗り切れないし、時間もかかる。そんなわけで、別の移動方法を考えなければならない・・・ノーチートの俺が。

 

先日、イリーナが誘拐された時、ブチ切れてよく覚えていないが、俺は王都からリカオロスト公爵領まで「転移」してイリーナを助けに行くことが出来た。

つまり、俺は「転移」をマスターしたのだ。

だが、悲しいかな、しつこい様だが俺はノーチート野郎だ。スキルウィンドゥがブンッとか開いて、レベルとかスキル名とかが確認出来るようなことは無い。

 

だから、理論を構築して、唯一と言ってもいい、魔力(ぐるぐる)エネルギーでスライム細胞を操る能力を生かして生き延びるしかなかった。

 

そのおかげか、理論で考えて出来そうだ、出来るかもと思いつくことは練習すれば何とかできるようになった。その中でも俺のイチオシ能力が、「亜空間圧縮収納」だ。

これはラノベのお約束チート、「無限収納(インベントリ)」と呼ばれたりする能力に近いと思っている。

ついでに、俺の能力はありがたいことに鑑定して情報が取れるようになった。

これも魔力(ぐるぐる)エネルギーの賜物だな、うん。

 

さて、俺が何でブツクサ独り言を呟いているかと言うとだな、今から新たな能力の開発実験を行おうと思っているのだ。

すでに、ヒヨコ隊長たちに協力してもらって、出張用ボスと呼ばれる俺の分身をいくつかの場所に置いて来てもらっている。

 

もともと、この出張用ボスと言うのはローガ達狼牙族が狩りに出かける時に、獲物を咥えて持って帰ってこなくてはならない面倒な状況を改善するために考え出したものだ。

 

カソの村近くの泉で生活していた頃はローガ達が各々口に咥えて持って帰って来た。獲物によっては血が垂れて転々と続いていたからな。ローガに至っては魔物がこちらにおびき寄せられるから楽でいいなどと抜かしおったので叱りつけてやった。安心して眠れないだろうが!

そんなわけで、こんな状況を旅に出た町先でやったら即事案発生だ。間違いなく衛兵沙汰である。

 

そこで俺が開発したのが「出張用ボス」だ。俺のスライム細胞を千切って俺の分身を作ったのだが、核をコピーしていないので自分で動くことが出来ない。このスライム細胞に与えた命令は「亜空間圧縮収納の出入り口になること」だ。ちゃんと収納を念じて獲物を「出張用ボス」の前に置けば亜空間圧縮収納へ回収される。ちなみに中に入っている物を把握していれば、取り出しを念じる事で「出張用ボス」から取り出すことが出来る。もっぱらローガ達は獲物を狩って収納する一方だけどな。

 

ちなみに、この「出張用ボス」今ではver.3までランクが上がっている。

最初のver.1は予定通り亜空間圧縮収納の機能のみだったのだが、ver.2ではそれに付け加えて通信機能を追加してある。魔力を込めて話しかければ俺に通じるのだ。こちらから話しかける時は魔力による念話の他に、スピーカーとしての役割を持たせて周りに聞こえる様に声を伝える事も出来る。

 

そして、ver.3だ。これは中々苦労した逸品だ。先日やっと完成した自分の意識を切り離したボディに残す「核のコピー」技術で作ったワンパンマンの劣化版と言ってもいいか。ver.3の出張用ボスにはカメラ機能が備わっているのだ。おかげで動くことは出来ないが、視覚情報を取ることは出来る。これは実に大きい。そして、位置検索もできるようになった。俺の<魔力感知>を超薄く広範囲に広げても、その俺の分身はちゃんと反応する。実際にはあまりやってないが、王都内なら「出張用ボス」がどこにいるかはわかるだろう。

 

ちなみに似たようなver.3機能を持つ物として、カッシーナに渡した髪留めと、ルシーナに渡したリングがある。指輪と言わずにリングと呼んでいるのは(意味は変わらないだろうけど)、石をつけていない、薄緑のシンプルなリングだからだが、なぜかルシーナはそのリングを左手の薬指につけて一時も外そうとしない。

 

そして、リングを意味深な目で見ながら大事そうに撫でるルシーナを見て他の奥さんズから大クレームが来たことは実に不本意だ。

 

結婚式までに、宝石とミスリルを加工した指輪を製作するつもりだと伝えたのだが、それはそれとして、俺の分身のリングが欲しいと口をそろえるので、現在製作中だ。別に時間がかかる物でもない、すぐにでも出来るのだが、それだとありがたみが無いかと思って少し待つよう伝えた。

それに、ルシーナと全く同じデザインでは外した時に区別がつかないだろう。と言っても、石の無いシンプルなリングにどれだけデザインを持たせられるのだろうか?俺にそんな才能はないが、思ったイメージ通りにスライム細胞が変化してくれるので、造形自体は問題ない。問題は俺のイメージ力だな。28年もモテて来なかったんだ。指輪のデザインをいくつも思いつくはずがない・・・。ちょっと後で誰かに相談するか。

 

さてさて、独り言が長くなったが。新たな世界の扉を開こうか。

俺が無意識で行った「転移」。これは亜空間圧縮収納を利用していると考える。

 

つまり・・・

 

現在、狩りに出かけるローガ達は王都の外で獲物を狩り、出張用ボスへ獲物を収納する。

 

俺本体は王都の中にいる。

 

そして、収納された獲物は即座に王都にいる俺が取り出すことが出来る。

 

これは、見方を考えれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言えないだろうか?

だが、亜空間圧縮収納へは生き物の収納を行って来なかった。あまりにも怖いしな。

しかし、それすら行わなくてもいい画期的な理論を構築した。

ヒントは22世紀の未来にあった。

 

チャララチャッチャチャ~ン! どこ〇もドア~!

 

俺は自分のスライム細胞で一枚ドアのような物を作った。

 

亜空間圧縮収納は生きている生物をしまう事が出来ない、それを前提としたとして、それならば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

そこを通る存在は収納されることなく、出口へ直通すれば、それは正しく空間移動、つまり「転移」となるのでは?

と思って試したのがこのドアである。ぶっちゃけ、俺自身はドアが無くても意識下で入口を開けるけどね。

 

試しに念じるのはカソの村の外れの泉近くにある本神殿(マイホーム)の二階にある、俺の自室に置かせた出張用ボスだ。

 

ドキドキ。緊張の一瞬だ。

 

ガチャリ!

 

俺はドアを開けて飛び込む!

 

「どわあっ!」

「ぐはっ!」

 

俺はいきなり誰かにぶつかった。

 

「村長?」

「あいたたた・・・って精霊神様!」

 

おや? 今までカソの村の村長は俺を精霊呼びだったはずだが、神様が付いてしまったぞ。

 

「おおお、私のお祈りが通じたのか、精霊神様が顕現なされたぞ!」

 

いきなりテンションフルマックスで騒ぎ出す村長。

ていうか、ここ俺の部屋だよね?

一階の祭壇でなく。

 

「村長何してんの?ここ俺の自室のはずだけど?」

 

「あ、いや、毎日のお祈りの時間でしてな」

 

「お祈りって、下に俺の木彫りの像置いてあるじゃん」

 

俺は首を捻る。

 

「木彫りの像はもちろんあるのですが、何と言ってもこちらに本物の精霊神様の分身を置かれる事に相成ったわけで・・・。ともすれば、こちらにもしっかりお祈りをと・・・」

 

「お祈りいらないから!これはそのための物じゃないから!」

 

「いやいやしかし、精霊神様の一部と聞き及んでおります。ともすれば、下の木彫りの像を撤去して、この精霊神様の神像を下にお祀りさせて頂きたく・・・」

 

「ダメ!お祀りダメ絶対!」

 

そこへバタバタと走って来る声がする。

 

「ヤーベか! 今の声はヤーベか!? 帰って来たのか!?」

「スライムさん来たのかなぁ?」

 

ノックも無くガチャリとドアを開けて走り込んできたのはカンタとチコであった。

 

「ヤーベ? ヤーベなのか?」

「う~ん、スライムさんだよ!間違いないよ!」

 

ああ、矢部裕樹の姿をしているからわからないのか。

 

「人の姿をしている時はこんなだよ? どうかな?」

 

「ヤーベはカッコよかったんだな!」

「スライムさん、かっこいい!」

 

フフフ、子供と言えどもちゃんと忖度する事を教育されているようだ。

この俺にカッコイイなどとお世辞が言えるようになっているとはな!

 

「あらあら、カンタ、チコ、お掃除放り出してどうしたの?」

 

そこへやって来たのは巫女さんの格好をした女性。

 

「あら、もしかして精霊神ヤーベ様でしょうか?」

 

「ええまあ、ヤーベですが・・・精霊神って?」

 

「ええと・・・王都でそのように宣言なされたとお伺いしておりますが・・・。3~4日前からでしょうか?すごい勢いで参拝する人々が増えまして。ちょっとしたパニックになるほど混雑しております」

 

「迷惑かかってた!」

 

そういや王都スイーツ大会でスラ神様降臨ってぶちかましたんだった。

もうこのカソの村の本神殿(マイホーム)に人が集まっているとは。

恐るべしスラ神様パワー!!

 

「ご挨拶が遅くなりました精霊神ヤーベ様。僭越ではありますが、ご指名頂き巫女として働かせてもらっております、カンタとチコの母親でカンナと申します」

 

ぺこりとお辞儀するカンナさん。二人の子持ちとは思えないほど若く見える女性だ。

 

「あ、ドーモ。ヤーベです。神様やらせてもらってます」

 

こちらもぺこりと頭を下げる。

 

「やっぱヤーベだぜ! 神様だったから、なんか丁寧に話さないとダメとか言われたんだけど、やっぱヤーベとはこうでなくっちゃな!」

「うん!私もスライムさん好きー!」

 

カンタとチコが俺に抱きついてくる。

 

「コラ!神様に何てことしてるんですか!」

「こりゃ、ちゃんと精霊神様を敬わんか!」

 

カンナさんと村長が怒り出すが、すげー気まずい。自分の能力に理由をつけるために神と名乗ったけど、自称であり、詐称ともいう。なのに子供の方が怒られる。切ないぜ。

 

「いやいや、カンタとチコはこの世界に来て初めて会った人間ですからね! 特別な存在ですよ」

 

そう言ってカンタとチコの頭をワシワシしてやる。

 

カンタも褒められたガキ大将みたいやドヤ顔を見せ、チコちゃんはにぱっとヒマワリのような笑顔を見せた。

 

「精霊神様・・・」

 

カンナは少しばかり困った顔をしながらも、仕方ないわねぇ、と溜息を吐いた。

 

「ところで、夕飯はこれからかい?神殿閉められるなら、これからバーベキューやるんだけど、一緒に来るか?」

 

「行く行く!」

「行きた~い」

 

カンタとチコが諸手を上げて賛成する。

 

「あらあら、よろしいのですか?」

「ワシも行くぞい!」

 

「あ、ザイーデル婆さんとか呼んで来て。サリーナに会いたいだろうし。でも「転移の門」はあまり情報が広がってもらうと面倒だから、ザイーデル婆さんだけにしてもらうか」

 

「了解ですじゃ!精霊神様!」

 

そう言って元気に走って行くカソの村の村長。本当に元気だな。

そしてザイーデル婆さんがカソの村の奇跡の野菜を籠一杯に抱えながらやって来る。

 

「ホッホッホ、精霊神様ご無沙汰しておりますぞ」

 

「元気そうで何よりですよ」

 

そう言って握手する俺とザイーデル婆さん。

 

「それじゃ、バーベキュー会場へご案内~!」

 

俺は大手を振って「どこ〇もドア」を作り出す。

「出張用ボス」の前で直接空間を開かないのは、この「出張用ボス」自身に大きな力があると感づかれたくないからだ。あくまでも「転移の扉」は俺が持っていると認識しておいてもらいたいのだ。

 

ドビラをガチャリと開けてカンタとチコの背中を押してやる。

ふふふ、驚くかな?

 




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第203話 折角だからカッシーナも連れて来る事にしよう

 

「あ、あれ? なんだここ!?」

「すごーい!」

 

カンタとチコは転移の門(どこ〇もドア)をくぐった先の世界に驚きを隠さなかった。

 

そしてザイーデル婆さんたちを連れて「転移の門」を再びくぐる。

そこはもちろんミノ娘達の村だ。戻れるように「出張用ボス」を置いていったからね。

ルシーナのリングをゲートにできなくもないけど、きっと驚くだろうからね。

 

でも大勢いきなり現れたからか、やっぱり驚かれた。

 

「ヤーベ・・・その人たちは?」

「どうして急に現れたのでしょう?」

 

イリーナとルシーナが首を傾げる。

 

「お、お婆ちゃん!」

 

「おお、サリーナ、でかしたね!」

 

「お婆ちゃーん!」

 

泣きながらザイーデル婆さんに抱きつくサリーナ。結構長い時間ザイーデル婆さんと離れていたからな。

 

「精霊神ヤーベ様の御心でいきなりお前に会うことが出来たよ。全くお前さんの旦那様はとんでもないお人だよ・・・あ、人ではないのかい?」

 

「もう・・・お婆ちゃんは相変わらずね! 見て見てお婆ちゃん! 私、こんなすごい人たちと一緒にヤーベさんの奥さんになれるんだよ!」

 

イリーナやルシーナ、フィレオンティーナを指して満面の笑みで微笑むサリーナ。

横でリーナも全力で手を振っているのはご愛敬だ。

 

「そうかい。ヤーベ殿にけしかけた私も間違っていなかったようだね。そしてサリーナもよく頑張ったね。だから、今の位置があるんだろうさ。誇っていい事だよ、これはね」

 

「お婆ちゃん・・・」

 

なんだかいい感じになっているな。ならばここでもう一人の奥さんズメンバーを呼んできた方がいいか。後で私だけ除け者に、キィィ!とイリーナ化されてもたまらんしな。

 

おっと、先にミノ娘達の受け入れを準備してもらうべく、王都の館に連絡しておかねば。

 

早速「どこ〇もドア」を取り出し、ガチャリと開けて扉をくぐる。

行先は俺の王都の屋敷の執務室だ。

 

執務室についた俺は執務室の扉を開け、廊下に出る。

 

「うおっ!」

 

いきなり俺が執務室から出てきたので、執事長のセバスチュラ・イクウィットが声を上げて驚いていた。。

 

「だ、旦那様、いつの間にお戻りに!?」

 

「はっはっは、驚かせてすまんね。今後は玄関から帰らずに、神出鬼没に帰ってきたり、いなくなったりするかも」

 

「はあ・・・心臓に悪いので、なるべく事前にご連絡を頂きたいものですが・・・」

 

「はっはっは、善処しよう・・・ところで、実はお客さん・・・というか、身内になる連中・・・というか、メイドさんのお友達・・・というか、30人以上の女性をしばらく屋敷に住まわせたい」

 

「・・・それはまた、何と申していいやら・・・」

 

執事長セバスの顔が困った人を見るような目になった。

うん・・・、俺もあまり言い訳できないから困るけど。

 

「実は、ミノタウロスハーフと言う亜人の少女たちが中心だ。双子を産んだばかりの女性や、5人くらいは小さな子供もいる」

 

「・・・だいぶお盛んな事で」

 

「いや、俺の子じゃないから!」

 

「・・・・・・」

 

ジトっとした目で俺を見るセバス。

コホンっと咳ばらいをして説明する。

 

「つらい境遇の子達でな。我が家でしばらく保護する。そのうち、彼女たちが仕事しながら生活できる村を構築するので、それまでの間借りのようなものだ。ただ、彼女たちは体が大きめなのでな、一階の奥の大部屋を開けてやってくれ。床に直接寝具を引く形で対応すればいいから、数が足らなければ買い足しておいてくれ」

 

「わかりました」

 

俺はセバスに受け入れの準備を任せると、執務室から次の行動に移る。

 

『カッシーナ、聞こえるか?』

 

カッシーナに念話で連絡を取る。

 

『は、はははいっ!聞こえます!』

 

バタバタ、ドタンとまるでベッドから落ちるような派手な音が聞こえたかと思うと、カッシーナからの応答があった。

 

『今は自室か?』

 

『はい、もうすぐ夕食ですので、食堂に出る準備をしようかと・・・』

 

『無理ならばいいのだが、今奥さんズの面々やカソの村の数人、その中にサリーナの祖母もいるんだが・・・、まあ後、他に俺の仲間になるメンツも含めて、バーベキューの準備をしていてな』

 

『う、羨ましいですぅぅぅぅぅ!! 私も!この籠に捕らわれた小鳥を助け出してくださいまし!籠の鳥もちゃんとエサをやらないと死んでしまうと思うんです!』

 

意味不明な事を捲くし立てるカッシーナ。だいぶストレス溜まってる?

 

『それで、よければこっそり抜け出せないかなと。俺が迎えに行くから』

 

『わかりました!大丈夫です!』

 

そう叫んだかと思うと、ドタドタとけたたましいし音がして、ドバンと扉が開けられた音が聞こえる。

 

「レーゼン!レーゼン!」

 

「はっ!いかがしました姫様?」

 

「今から瞑想に入ります」

 

「・・・はっ?瞑想・・・ですか?」

 

「そうです、瞑想です。非常に重要な事です。私の瞑想が終わるまで何人たりともこの扉を開けてはなりません。私の瞑想を邪魔する者は処罰すると伝えなさい」

 

「また、急にどうしたのです?夕食はいかがなさるおつもりですか?」

 

不審に思ったレーゼンではあったが、姫の話の続きを聞きながら今後の流れを確認する。

 

「夕食も不要です」

 

「は?夕食を召し上がらないのですが?」

 

「ええ、不要です。とにかくこれから瞑想に入ります!絶対に邪魔をしない様に!」

 

そう言って扉を閉めようとするカッシーナを引き留めるレーゼン。

 

「それで? いつまで瞑想されるおつもりですか?」

 

ジトッと睨むレーゼン。どうやらカッシーナの瞑想には何かあると感づいたようだ。

 

「い、いつまで・・・?」

 

カッシーナは頭の中で素早く計算する。

バーベキューに呼んでくれると言う事は、大勢で夕食をとるつもりだろう。

食事が終わったら帰してもらえれば、遅くとも日付が変わることは無い。

だが・・・

 

「うっ!」

 

思わずレーゼンが呻く。それほどにカッシーナはその端整な顔を大きく歪めてニヤリと笑った。

 

「(食後に、ヤーベ様と二人だけで、会いたいと・・・いや、寝室で逢瀬すれば・・・!)」

 

並々ならぬエネルギーを漲らせながら、歪めた顔を戻し、端正な王女の顔立ちに戻る。

 

「明日の朝日が昇るまでです」

 

「アウトォッ!」

 

レーゼンがカッシーナの右手を掴む。

 

「きっとどういう方法かは知りませんが、ヤーベ様に夕食でも誘われたのでしょう! だから抜け出したのがバレない口実に瞑想するから部屋に入るなと言ったんですね!」

 

後ろに控える王女専属のメイド、エマとメイもやっと得心が言った。

カッシーナ王女がいきなり瞑想をして部屋に引きこもるから扉を開けるなと言い出したので、どうしたらいいか悩んでいたのだが、レーゼンの看破した内容に納得できたのだ。婚約者である愛しのヤーベ様に会いに行くつもりだったのだと。

 

「いいい・・・いや・・・、そ、そんなことは無いですよ?」

 

目を挙動不審なほどくるくると回しながら、脂汗をダラダラと掻くカッシーナ。どこからどう見てもアウトである。

 

『すまんな、レーゼン。俺がカッシーナを食事に誘ったばかりに』

 

脂汗を流しまくるカッシーナ王女の頭からヤーベの声が聞こえて来た。

 

「ヤーベ様・・・カッシーナ王女様は大変大切な身でございます・・・みだりにこっそりお誘い頂くのはご遠慮願いませんでしょうか・・・」

 

溜息を吐きながらボヤくレーゼン。

 

『すまんすまん、それにしてもこれほどカッシーナの言い訳がポンコツだとは・・・』

「ええ・・・私もそれは教育の不明を恥じいるばかりではございますが・・・」

 

「な、なんです二人して!」

 

溜息を吐く俺達にプリプリするカッシーナ。

 

『レーゼン。ちょうどサリーナの祖母であるザイーデル婆さんと会えることになってな。その他俺の仲間がたくさん集まって今からバーベキューで夕食を取ることになってね。それでカッシーナもみんなに紹介しようかと思ったんだ』

 

「そういう事情がお有りだったのですね」

 

『どうだろう? 夜少し遅くなっても必ず日が変わる前までにカッシーナは部屋に俺が責任を持って送り届けるよ。ちょっとばかし目を瞑ってはもらえないか?』

 

ふうう~、と盛大に溜息を吐くレーゼン。

 

「・・・わかりました。ヤーベ様を信用させて頂きましてカッシーナ王女をお預けいたします。但し!必ず日が変わる前にこの部屋にカッシーナ王女をお返しくださいね!約束を決して違えぬようにお願いします」

 

『ああ、分かった』

 

「それと・・・お願いが」

 

『なんだ? 無理を聞いてもらうんだ。出来る限りのことはするよ?』

 

「姫様が先日のスイーツ大会後に「ホットケーキ」なるスイーツが素晴らしいと繰り返し語られておりまして・・・、ですがそのホットケーキを販売する喫茶<水晶の庭

クリスタルガーデン

>は連日長蛇の列ができ、なかなかホットケーキが食べられないそうです。出来れば私やメイドのエマやメイにも食べさせていただけるとありがたいのですが・・・」

 

「「レーゼン様!!」」

 

歓喜の声がダブルで聞こえる。控えていたメイドさんかな?

 

『お安い御用さ。たっぷり三段重ねのスペシャルバージョンで用意するよ、出来立てでね!』

 

「「やったぁ!!」」

 

エマとメイが飛び上がってハイタッチして喜びを爆発させる。

王城の中のメイドたちの間では何とか食べられないかと話し合いを行うものが続出しており、つわものは平日に無理やり休みをもらって朝から並んで食べたと言う。そのわずかな食べた者達の自慢話がホットケーキ神話を加速させていた。

 

「それでは、出かけて来てもよいのですね!」

「ちゃんと日が変わる前に帰って来てくださいよ」

 

そう言ってレーゼンはカッシーナ王女の耳に顔を寄せる。

 

「・・・同衾はまだダメですからね?」

 

「はうっ!?」

 

完全にぶっといクギを刺された形となったカッシーナ。

だが、自分の護衛であるレーゼンから許可が出たのだ。

 

「では、また夜中に」

 

そう言ってバタンと扉を閉めてしまうカッシーナ王女。

 

「あ、ヤーベ様にホットケーキにかける蜂蜜もお願いしておかないと!」

 

手をポンッと打ってエマが思い出したように言う。

 

「蜂蜜の掛かっていないホットケーキなんて、神父様のいない結婚式のようなものでは?」

 

メイが唇に人差し指を可愛く当てて蜂蜜の重要性を説けば、エマもさもありなんと激しく頷き返す。

 

コンコン!

 

ノックの後、カッシーナの返事も待たずにエマが扉を開ける。

 

「姫様!ヤーベ様にホットケーキに掛ける蜂蜜もたっぷりサービス頂きたいと・・・」

 

だが、その部屋はすでにもぬけの殻であった。

 

目を丸くするエマとメイ。

 

「・・・本当に神出鬼没だな。あの御方が敵でなくて本当によかった・・・」

 

レーゼンは心底ほっとしながらも大きく溜息を吐くのであった。

 

 




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第204話 仕事に出よう

俺は今、ある決意に燃えていた。

 

時間は夜明け前。夜の帳が明ける頃。暁の空を見つめながら、今日の自分の行動を決める。

 

 

 

昨日の夜―――――

 

メチャクチャバーベキュー大会で盛り上がってしまった。

色んな肉を出してカソの村の野菜も焼きまくった。

 

ミノ娘達の食いっぷりと言ったら、それはもう凄まじいものがあった。

イリーナやルシーナ、サリーナはだいぶ引いていた。

フィレオンティーナは荒くれ冒険者たちと一緒にいる事もあったせいか、それほど驚いていない様だったが。

 

そしてカッシーナまで連れて来て紹介したもんだから、会場は大紛糾した。

 

「ええっ!? ヤーベはこの国の王女様と結婚するのか!?」

 

ミノ娘達の中でも腰を抜かさんばかりに一番驚いたのはチェーダであった。

 

「というか、王国の伯爵様であらせられるのですか・・・」

 

パナメーラも信じられないと言う目で俺を見ていた。

 

「いや、まあ、貴族とかいう雰囲気に馴染んでないのは認めるけど」

 

「あ、いえ・・・そういう事ではなくてですね・・・」

 

ほっぺを人差し指でぽりぽりかきながら苦笑するパナメーラ。

他のミノ娘達もどうなるのだろうと不安顔だ。

 

「てっきりヤーベ様は成功された冒険者か何かなのかと・・・。まさか王国の伯爵様で王女様とご婚約中の偉い人だなんて思ってもいなかったので、私たちのようなミノタウロスハーフの亜人たちなど、相手にしているヒマがあるのかとか、もともと相手にしていて、いいものなのかどうか・・・」

 

パナメーラが心配そうな顔を向けて来る。

 

「んん? まさか王国がミノ娘達(きみたち)を差別するようなことはしないと思うけど? もし国王が何か言ってきたら腹パンで黙らせるから安心していいよ」

 

「いえ、ヤーベ様、出来れば腹パンの前にご相談いただければ大半の事はヤーベ様の思い通りになるかと思いますので・・・」

 

俺がにっこりと回答すれば、やんわりと俺の腹パンを止めるカッシーナ。まあ、腹パン相手はカッシーナのお父さんだからな、義父は大事にせねばなるまい。

 

OKOKと軽くゼスチャーで返す俺をあんぐりとした顔で見つめるパナメーラたち。

 

「いやはや・・・ヤーベ様はとんでもない規格外の英雄様なのでは・・・?」

 

ちらりとパナメーラがカッシーナに目を向ければ、「その通りですよ?」とあっさり肯定するカッシーナ。

 

「じゃ、じゃあヤーベは偉い人だから、俺みたいなミノタウロスハーフの妾はダメなのか?」

 

いきなり目に涙を溜めてグスグス泣き出すチェーダの頭をなでなでしながらにっこり微笑んでやる。

 

「全然ダメじゃないぞ? チェーダは可愛いと言っているだろう? もっと自信を持てばいい」

 

「ヤーベ!」

 

元気になってもらおうと、そう伝えてみればすぐに笑顔になって俺の左手を抱えて回り出す。

おいおい、元気になり過ぎだろ。

それを見ていたカッシーナがジト目で、

 

「ヤーベ様は『鈍感スケコマシ』と『天然タラシマン』のどちらの呼び名がよろしいですか?」

 

と聞いて来た。いや、なんだその恐ろしく人でなしな感じの二つ名は。

危うくトンでもない二つ名を付けられて広められる直前まで行った。

全くもって到底承認できない不可解さだ。

だが、カッシーナのO・SHI・O・KIモードが発動しなかったのは僥倖と言えよう。

 

しかし、油断は大敵であった。

バーベキュー大会も終わりに近づいた時、ミノ娘達の一人、ミーアが俺の傍へ来て、とんでもない事を小声で囁いた。

 

「ヤーベ様ぁ、今日はぁ、御搾りシテいただけないんですかぁ・・・」

 

 

ドキィ!

 

 

いや、シタいかシタくないかで言えばシタいんですが、どう考えても今はヤバいワケで。

 

ミーアの雰囲気を感じ取ったマカンやエイカもソロリソロリとすり寄って来る。どこかの狂言師か!

 

「ちょっと・・・どういうことなのでしょう?」

 

カッシーナのジト目に魔力が帯びる。あ、マズイ雰囲気です。

ふと見ればヒヨコ十将軍の一匹であるカラールや、先ほどご褒美に直接俺が魔力を注いだら<大地の従者(アースサーバント)>から<大地の騎士(アースナイト)>へ進化してしまった連中がスタコラサッサと逃げて行く。あれ?お前達おかしくない?俺を守るという最も大事な任務を放棄していない?

 

 

ヴァサッ!

 

 

なんと!カッシーナの背中に薄く輝くエメラルドグリーンの翼が生えたではないか!

どどど、ど-なってるの!?

 

他の奥さんズの面々やミノ娘達もボーゼンとしている。

 

「て、天使しゃんでしゅ!」

 

リーナが驚いて感動している。天使と言えば天使なんだが・・・。

 

「ヤーベ様・・・もしかして、搾乳と称して、この娘たちの巨乳を思う存分堪能なさっている・・・ということでしょうか・・・?」

 

ゴゴゴゴゴッ!と擬音が聞こえてきそうだ。

 

「あ、いや・・・これは彼女たちのためと言うか・・・医療行為と言うか、無資格だけど・・・おいしいミルクを手に入れるためには必要と言うか・・・・・・ハイ」

 

「ギルティです」

 

にっこりと死の宣告を行うカッシーナ。

 

ガシッ!

 

いきなり俺のバックをとったかと思うと、羽交い絞めにしてくる。

 

ドンッ!!!!!

 

凄まじい勢いで空へ舞い上がるカッシーナ。もちろん俺を羽交い絞めにしたまま。

 

ギュルルルルル!!

 

しかもものすごいスパイラル回転で上昇して行く。

コレ・・・もしかしてペガ〇スローリングクラッシュ!?

そして、錐揉みしながら地面に向かって一直線!

 

「ヤーベ様!反省なさいっ! フライング・カッシーナ・アタッ――――ク!」

 

ズトンッ!

 

まるで湖に逆さになっている八つ墓村の死人の如く、地面に刺さる俺。

それにしても、カッシーナに翼が・・・!? どういうこと? 後、必殺技のネーミングセンスがポンコツ過ぎる。

 

「カッシーナさん、それ・・・?」

 

イリーナが翼を指さすが、その時にはカッシーナの翼が消えていた。

 

「・・・何でしょう? これくらいではヤーベ様が全然死なないと分かって知っているような気がします・・・。不思議ですね。あまりヤーベ様を傷つけようなどとは思っていないのですが・・・?」

 

そう言って地面に刺さった俺のホコリをパンパンと払ってくれるカッシーナ。それでも地面から抜いてはくれないのね・・・。

 

理由ははっきりとはわからないが、奥さんズのメンバーは異常に戦闘力が増大していると言う事だ。それとは別にリーナのポテンシャルもヤバイ。

 

俺は地面に刺さったまま、これが良い事なのかどうか悩んでいた。

 

 

 

 

 

「こ、これは・・・?」

「こんな大きな屋敷に住むのか・・・?」

「何でもお風呂があるとか・・・」

「お風呂って何ですか?」

 

転移の門を開いて、ミノ娘達を連れて屋敷まで帰って来た俺達。

ミノ娘達は初めて見る巨大な屋敷に興奮気味だ。どうも風呂がどのようなものなのかわからない娘たちもいるようだから、イリーナたちにお風呂の入り方を享受してもらおう。

 

そして夜も更け、ミノ娘達が落ち着いた頃、奥さんズを呼び出して会議を行う。

もちろんリーナは俺のベッドで爆睡中だ。

 

「どうした?ヤーベ」

「もう休みましょうよ」

「ふああ~」

「もしかして・・・夜の同衾についてでしょうか?」

 

イリーナ、ルシーナ、サリーナ、フィレオンティーナがそれぞれの反応を示す。

 

「明日、コルーナ辺境伯家から引っ越しをする。今まで長期にわたってフェンベルク卿にはお世話になってきたわけだが、結婚式まで後二週間だしな。自宅に引っ越ししてしっかり準備をしていこうと思う」

 

「そうか、ついにマイホームでの生活だな」

 

「それで、ルシーナはとりあえず自宅に戻るか?」

 

「え?嫌です!みんなと一緒がいいですぅ!」

 

首をブンブンと振ってイヤイヤするルシーナ。

 

「フェンベルク卿が許してくれればいいけど」

 

「許してくれなければ腹パンしていいです」

 

「ルシーナちゃん、それはどうかと思うよ・・・」

 

ルシーナがフェンベルク卿に腹パンOKを出した事に若干引き気味のイリーナ。

 

「明日の引っ越しはローガ達に荷車を引かせて荷物を運べばいいから」

 

俺はすでに転移の門を開いてリカオロスト公爵領のリカオローデンの街で待機していたローガ達を王都の屋敷まで連れ帰っている。

 

「いいから・・・って、ヤーベはどうするのだ?」

 

イリーナが首を傾げる。

 

「引っ越しはイリーナが中心で指示を出してくれ。ゲルドンにも手伝わせてくれ。俺は別に用がある」

 

「用?」

 

「俺は・・・仕事をしてくる!」

 

俺は奥さんズを見回しながら、力強く宣言した。

 




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第205話 異世界で仕事と言ったら冒険者ギルドで依頼を受ける事と同義なのだから、まずは薬草採取から始めてみよう

朝、朝食もとらずに日が昇った王都の町へ繰り出す。

奥さんズとリーナはちゃんと屋敷で朝食をとるように指示を出しておいた。

リーナはまだ爆睡中だったが、起きた時俺が居ないと泣くだろうか?

これもご主人様断ちの修行だな、うん。イリーナたちに任せる。

後、堂々とローガがついて来ようとしていたが、引越しの手伝いをするよう厳しく申し伝えてくと、死んだように萎れた尻尾で頷いていた。

 

俺の装備はドラゴンの皮で作った竜皮鎧と背中に背負った大剣だ。

ドラゴンの皮は属性竜サンダードラゴンの物を使った。三頭黄金竜(スリーヘッドゴールデンドラゴン)だと、金ぴかが派手でさすがに恥ずかしい。後は盾よりも両手剣を選んだ。その方がかっこいいというものだ。剣も属性竜サンダードラゴンの牙を粉末に加工したものをミスリルに練り込んで打ち据えて鍛え上げた技物らしい。雷竜(サンダードラゴン)三頭黄金竜(スリーヘッドゴールデンドラゴン)を狩った時に素材をゴルディンに渡して製作依頼をかけておいてよかった。最も、奥さんズにも最上級の、というかもうチート武器じゃね?というレベルのアイテムを渡していたことにはクレームを入れたのだが、ゴルディンはどこ吹く風だった。奥さんの要望だし、という事らしい。ならば俺の渡した素材ふんだんに使用しないでくれ。後、なぜ俺に請求書を回してくる。奥さんズに回せ。

・・・旦那のカイショー?異世界恐るべし!

俺がボコられるためのチート武器の製造に俺が金を出す!・・・なんか間違ってる気がするぞ!誰か助けろ!

 

それはそれとして、朝食を抜いて屋敷を出てきたからな、腹が減った。

 

「冒険者の朝は露店で買い食いと相場が決まっているものだ」

 

俺はそう呟きながらながら王都の冒険者ギルドに向かって歩いていた。

宿に泊まっていれば、宿の朝食と洒落込みたいところだが、なにせ王都に館を持つ身になってしまったからな、冒険者として活動する時は館で出してくれる洗練された朝食ではなく、屋台で買い食いが冒険者にはふさわしい。

 

早速アースバードの串焼きと、ワイルド・ボアのスラ・スタイルを買い込み、食べながら冒険者ギルドに歩いていく。

 

 

 

 

 

カランコロン

 

「常に鳴るな、この音」

 

王都バーロンの冒険者ギルドは過去いろんな町で見てきたどのギルドよりも立派で大きな建物だった。

 

「さすがに王都の冒険者ギルド、規模が違うな。入口の音は同じだが」

 

俺はキョロキョロと周りを見回す。

 

左手の大きな掲示板にはランクごとに依頼書が張り出されている。相当な数だ。てっきり王都周りの冒険者ギルドなんて魔獣がたくさん出るわけでもなし、依頼がたくさんあるなんて思っていなかったのだが、どうやら違うようだ。

 

「よう、坊主、お上りさんか? 王都の冒険者ギルドに圧倒されているようだが? なんなら俺が案内してやろうか? ただじゃねーけどな」

 

そう言って豪快に笑ったのは、左頬に大きな傷のある剣士だった。

 

「おいおい、新人ビビらせて何やってんだよ・・・それよか、王女様の結婚式まで後二週間しかねーんだぞ? 早く稼いで金を貯めておかにゃ祭りで楽しめねーだろうが、こんなビッグイベントに乗り遅れたらいつ楽しむんだって話だぜ」

 

ローブを着込んだ魔法使い風の男が文句を言っている。

なるほど、カッシーナとの結婚式は王国でも相当なイベントになるというわけか。王都全域で大掛かりなお祭りと言った雰囲気になるのね。

 

「ま、お上りさんである事には間違いないが、今は案内は遠慮しておくよ。受けてみたい依頼もあることだしな」

 

「そうか、無理にとは言わんが、まあわからんことがあったら何でも聞くといい・・・ただじゃねーけどな」

 

そう笑いながら手を振ってその場を去る男。憎めない奴だ。

 

それはそうと、さっそく依頼を受けてみよう。

初めての依頼・・・なんだがちょっぴりドキドキするな。

これから俺の異世界冒険者ライフが始まると思うと、胸が高鳴るというものだ。

 

そうして俺は一番低いFランクの依頼書の中から、ものすごく有名でよくある薬草の採取、という依頼書を持ってギルドの受付カウンターに並ぶ。

 

しばらく待って、やっと俺の番が回ってきた。

 

「この依頼処理を頼む」

 

「はい、依頼受理ですね。ええと・・・Fランクの「薬草採取」ですね」

 

幼さの残る少女のような受付嬢が俺の渡した依頼書を見て確認する。

 

「うむ、よろしく頼む」

 

「それでは冒険者タグを提示してください」

 

「タグ? ああ、冒険者の証明プレートね・・・はい」

 

亜空間圧縮収納から冒険者プレートタグを取り出す。

 

「はい、お預かりいたします」

 

そう言って何かの機械にかざす受付嬢。

 

「Fランク・・・ヤーベ様でいらっしゃいますね・・・ヤーベ様!?」

 

椅子から転げ落ちる受付嬢。どした?

 

「しょ、しょしょしょ少々お待ちくださいませぇ!」

 

そう言って俺の冒険者タグを握りしめたまま四つん這いでダッシュして行く受付嬢さん。本当にどした?

 

「お。お前ラープちゃんに何したんだ!」

 

隣で並んでいた男が俺に文句を言って来た。

 

「特に何も」

 

「俺たちのラープちゃんに手を出したら許さないぞぉ!」

 

図体が大きいが、ちょっと頭が足り無さそうな典型的戦士の男がさらに文句を言って来た。

というか、俺もどうなっているのか知りたい。

 

「あ、ああああの! こちらへお願いできますか? ギルドマスターからお話があります」

 

ふと見れば先ほどの受付嬢が戻って来ていた。ラープちゃんとか呼ばれている子だな。

 

「そちらへ行けばいいのか?」

 

「は、ははははい!」

 

やたらと緊張してカミカミな子だな。冒険者ギルドの受付嬢って、こんな子で務まるのか?

 

「お、お前本当に何したんだよ?」

「ラープちゃんに手を出したら・・・」

 

男たちが詰め寄ってくるが、それを押し止めたのはラープちゃんだった。

 

「や、やめてください!ヤーベ様は何も問題ありませんから」

 

そう言って俺の手を引っ張って奥の部屋へと連れ込んだ。

 

 

 

 

 

「ギルドマスター、入りますよ?」

 

あわただしくノックしたかと思うと、返事も待たずにドアを開けて部屋に入るラープちゃん。

部屋にはダンディーなオッサンが座っていた。

 

「ヤーベ・フォン・スライム伯爵ですな、お噂はかねがね。私はこのバルバロイ王国の冒険者ギルドを統括するモーヴィンと申します。よろしくお願いします」

 

そう言って握手を求めてきたので握手をする。

 

「ヤーベだ。冒険者としてはFランクの新米なんでね。あまり気にしないでもらえると助かるけど?」

 

俺は努めて特別扱いは不要と伝えてみる。

 

「そういうわけにはいかないのですよ、スライム伯。実は、スライム伯に対応頂いた商業都市バーレールでのオーク1500匹殲滅の討伐ポイント処理が終わりましてね。それに付け加えて、王都でのご活躍を加味させて頂いた結果、冒険者ギルドとしてスライム伯をSランクに認定する事に決定したのです」

 

「辞退と言う事で」

 

「いやいや、Sランクですよ!? 最高ランクですよ!?」

 

慌てだすモーヴィン。やっぱSランクってみんななりたいんだろうか。

 

「辞退と言う事で」

 

「いやいやいや!そう言うわけにはいかないのですよ!『救国の英雄』殿がFランクでは冒険者ギルドは見る目が無いのかと厳しい批判にさらされます!」

 

「そうは言っても、冒険者としての実績は皆無と言ってもいいわけですから」

 

「いやいやいやいや!<竜殺し(ドラゴンスレイヤー)>であらせられますスライム伯に誰が実績なしと申せましょう!」

 

なにやら、どうしても俺をSランクに認定したいらしい。

横を見ればラープちゃんがおろおろしている。

 

ゴンゴン。

 

派手なノックと共に入って来たのはゾリアだった。

 

「おお!ゾリア殿」

 

ホッとしたような表情を浮かべるモーヴィン。

 

「ようグランドマスター、元気そうだな。でもってヤーベ、やっぱSランクになったろ?」

 

ニヤリとゾリアが笑った。

 




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第206話 薬草採取は仲良く行おう

 

扉を開けて入ってきたのはゾリアだった。

 

「ゾリアじゃねーの。まだ王都にいたのか」

 

「おいおいつれねーなぁ。引っ越し祝いのバーベキューパーティに呼ばれるの楽しみにしてるのによぉ」

 

「バーベキュー狙いかよ!?」

 

ガッハッハと笑うゾリア。

 

「まあ、それだけじゃねーよ。何といっても冒険者ギルドの本部がお前さんをSランクに認定したからな。お前が断った際の交渉補佐に俺を残すよう言っておいたんだよ」

 

「そんなことで副ギルドマスターのサリーナちゃんの負担を増やしてるのか?後で相当文句言われそうだな」

 

「怖いこと言うなよ・・・マジで早く帰って来いって矢のような催促の手紙がきているんだから」

 

「じゃあ帰れよ」

 

「お前さんがちゃーんとSランクの冒険者認定を受けたらな」

 

「だから、メンドクサイってあれほど言ったじゃないか」

 

俺は盛大に溜息をつきながら肩を落とした。

 

「じゃあ、あれほど目立って活躍してくれるなよ。どうせなら謎の仮面勇者とかで正体不明のまま国を救ってくれていればこんなことにはならなかったのに」

 

「アホか! それこそメンドクサイわ!」

 

そう文句を言いながらも実際銀の仮面をつけて暗殺者に対峙したこともあったなと俺は思い出す。

 

「事情はどうあれ、お前さんはもう『救国の英雄』として認知され、実際に王国から爵位を賜っているわけだからな。そのお前さんが冒険者ギルドの発行する冒険者タグのランクがFランクのままでは体裁が悪すぎるってことさ」

 

「むうっ」

 

俺は腕を組んで唸る。そう言われれば返す言葉もない。

 

「まあ、SランクになってAランクのゴールドタグを上回るプラチナタグになるだけってもんだ。うまく隠しながら見せればBランクのシルバータグに見えなくもねーぞ?」

 

「そんなもんかな?」

 

「そんなもんさ」

 

「(そんなモンなわきゃないでしょうがぁぁぁ! アンタ一体何を言って・・・!)」

 

「(とにかくSランクの受諾をさせるのが先だって)」

 

ゾリアとモーヴィンが何やらモメている。

 

「どした?」

 

「いんや、何にも」

 

「まあいいか、SランクならSランクでいいから早く処理してくれ。俺は薬草採取という初めての冒険に旅立たねばならんのだ」

 

「や、薬草採取?」

 

ゾリアがきょとんとした表情で俺を見つめる。モーヴィンもこの人何言ってるの?的な視線を向けてくる。

 

「そうだ、薬草採取だ。冒険者ギルドで初めての依頼受理を行うんだ。まずは薬草採取依頼をこなして冒険者活動を始めるのだ!」

 

俺は力強く宣言した。

 

「ギャーハッハッハ! ハラ痛ぇ! エ、Sランクになってもまずは薬草採取からって・・・ア――――ハッハッハ!」

 

大爆笑するゾリア。

 

「あ、お前薬草採取馬鹿にすんなよ! こういった採取系の仕事を地味にこなしてこその冒険者というものだろう! 地元の一般人にも貢献できるというものだ!」

 

俺は腕を組み、うむうむとう頷いて見せる。

 

「ず、ずいぶんと殊勝な心構えだなぁおい!」

 

まだ笑い転げているゾリア。失礼な奴だ。

 

「しかしスライム伯、適材適所という言葉もございますれば、<竜殺し(ドラゴンスレイヤー)>にFランクの薬草採取などを担当して頂くわけにもいきませんので・・・」

 

モーヴィンも反対してくる。

 

「俺はドラゴンを仕留めたが、冒険者としては新米だ。冒険者としての経験値と戦闘力は比例しない。薬草と間違えて毒草で死ぬかもしれんし、<迷宮(ダンジョン)>の罠にかかって命を落とすかもしれん」

 

どちらも100%ないですけどね。亜空間圧縮収納に放り込んで鑑定するし、<迷宮(

ダンジョン)>は基本的に“ダンジョン無双”するからね。

 

「まあ、戦闘力以外の能力が冒険者に必要だってのは間違いないけどな」

 

急にゾリアが真面目な顔をして俺を見る。

 

「まずはFランクの薬草採取! そして次にEランクのゴブリン討伐だ!」

 

「スゲー初心者冒険者の王道依頼だな」

 

「そうだ!初心者冒険者の王道依頼を満喫せずに何が異世界か!」

 

「あ?お前今初心者の依頼をマンキツって言いやがったか!?」

 

「えっ!? ああ、気のせい気のせい!じゃ、薬草採取に出かけてくるから!」

 

そう言って俺は扉をバーンと開けてダッシュで逃げる。

 

 

 

 

 

「いやいや、全く危ないところだった」

 

あれから王都バーロンを北に出て少し西に移動した場所。通常であれば徒歩三~四時間くらいかかるだろうか。俺は<高速飛翔(フライハイ)>ですぐだったけどな。

 

うっそうと茂る森には、奥に入るとある程度希少な薬草なども生えているという。

俺は周りに誰もいないことを確認するとデローンMk.Ⅱの体形を取る。

 

ドザザザザザッ!

 

まるでブルドーザーのように草を根こそぎ亜空間圧縮収納へ放り込んでいく。

ただの草や土は後ろからポイだ。

鑑定結果で有用なものだけ回収する。

 

「はっはっは!これで薬草を死ぬほどカウンターに積み上げてやるわ!」

 

俺は完全にラノベでチート能力をフル活用して初心者冒険者なのにとんでもない結果を出すというシチュエーション(ラノベのおやくそく)にあこがれていた。

そうなのだ、俺もドーンと薬草をカウンターに積み上げ、ゴブリンの死体を山ほど出してチヤホヤされたいのだ!

 

粗方周りの薬草をごっそり回収したところで、ふと気づくと森の奥の方に三人ほど誰かがうずくまっているのが見える。

俺は矢部裕樹の姿に戻ってそっと近づく。

 

「まずいです・・・どれが目的の薬草かわからなくなったです・・・」

「この辺の全部引っこ抜いて持っていけばいいんじゃないかにゃ?」

「この前それで受付嬢のサリーさんにメチャクチャ怒られたです。次はきっとないです」

 

何やらそれぞれ特徴のある耳と尻尾をぴこぴこ動かして座り込んで相談しているな。

声を聞く限り女の子たちのようだが。

 

「すでにFランクの薬草採取に二回失敗しているです。後がないです」

「く~、ゴブリンとかだったら瞬殺できるのに!」

「仕方ないにゃ、Fランクの依頼を一度はクリアしないと一つ上のEランクの依頼受けられないにゃ」

 

犬耳少女、狼耳少女、猫耳少女の順に悩んでいる。

狼耳の少女は喫茶<水晶の庭(クリスタルガーデン)>のオーナーであるリューナちゃんの耳に形が似ているといえば似ているが、リューナちゃんは銀髪に銀色のしっぽだが、この子は茶色いな。より狼っぽい? 普通とか安っぽいっていうと、きっと当人に怒られるだろう。

 

「次にFランク依頼を失敗すると、一か月の冒険者資格停止になるです」

「ヤバイ・・・お金稼げない・・・」

「でも元々お金稼げてないにゃ」

 

切実だな。おい。

 

「でも今までは冒険者だったから、安宿の支払いもちょっと待ってもらえたです。資格が止められたとすれば宿も追い出されるかもしれないです」

「ヤバイ・・・本格的にヤバイ・・・故郷の連中を見返すどころの話じゃないよ・・・」

「死活問題にゃ。妖しい酒場でエロい衣装で踊る仕事くらいしか稼げないにゃ」

「「そんなの絶対イヤ(です)!」」

 

猫耳娘の非常な提案に涙を浮かべて拒否を示す狼耳娘と犬耳娘。

大変だなぁ、冒険者って。

 

「やあ、君たち、だいぶ困っているようだけど?」

 

「にゃああ!」

「きゃああ!」

「わふうっ!」

 

三者三様に驚くケモ耳娘たち。

 

「だ、誰にゃ!」

「というか、私たちの鼻が効かないなんて・・・」

「気配を感じさせないなんて、とんでもない達人です」

 

う~ん、ものすごいポンコツ臭が漂ってくるが、この子達大丈夫なんだろうか?

 

「俺は薬草採取に来た新米冒険者だよ。ヤーベっていうんだ」

 

「一人でこんな森の奥深くまで?怪しいにゃ!きっと獣人の美少女を捕まえて奴隷商人に売る悪党にゃ!」

「なんですって!」

「許せないです!」

 

そう言って飛びかかってくる三人。すごいな、自分で美少女って言い切ったよ。しかもこちらの話を聞きゃあしないし。猪突猛進もいいところだな。

 

俺は一番早く飛び掛かってくる狼耳娘の手首をつかんで捻って転ばし、もう片方の手で猫耳娘の手首を取って投げを打つ。一瞬遅れてきた犬耳娘は飛び掛かってきたところで体をずらし、右手で抱えるように掴むと、背中からひょいっと地面に寝転がす。

 

「はい、そこまで」

 

犬娘耳の顔の前に人差し指を突きつけると、顔を真っ赤にして目をそらした。

 

「つ、強い・・・!」

「これは、私たち全員売られてエロい事をされてしまうにゃ・・・」

 

「売らないから! エロいこともしないから! なんなら薬草いっぱいあるから分けてあげるから!」

 

そう俺が必死に告げると、

 

「薬草あるにゃ!?」

「薬草頂戴!」

 

俺は猫耳娘と狼耳娘に飛び掛かられた。

 

「やめれ!あげるから、やめれ!ひっかくな!ひっぱるな!顔を舐めるな!」

 

薬草狩りに来て、逆にケモ耳少女たちに狩られるってどーいうコトよ!

俺は華々しい冒険者ライフのデビューに失敗したことを感じとっていた。

 




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第207話 ギルドカウンターにその成果を積み上げてみよう

やっと落ち着いてくれたケモミミ三人娘たち。

 

「改めて自己紹介しようか。俺は新米冒険者のヤーベだ。君たちは?」

 

「Fランク冒険者のコーヴィルなのです。犬人族なのです」

「誇り高き狼人族のサーシャよ!」

「猫人族のミミなのにゃ!」

 

犬耳娘に狼耳娘に猫耳娘か・・・。

ラノベのお約束の一つ、ケモミミ少女は美少女限定! だが、これは真実だったようだ。今元の世界に帰れるとしたら、ラノベ学で論文が一本書けそうだ。

 

「それで、おにーさんは私たちに薬草をくれるにゃ?」

 

「ああ、そうだな。いいよ、あげるよ」

 

「それで・・・見返りは何を要望されるのです?」

 

俺の方を見ながら油断ならないような視線を向けるコーヴィル。

 

犬耳の可愛いこの子が一番いろいろなことをしっかり考えているように見える。

最も現状そう見えるだけでなんの確証もないけど。

 

俺がすぐに答えなかったことで、狼人族のサーシャが俺の前にずいっと歩み出る。

 

「し、仕方ないわね~、このアタシの太もも、触らせてあげるわ! でもちょっとよ!ちょっとだけよ!」

 

ニョキッとミニスカートから覗く健康的な太ももを見せつける。

 

「アホか!何がちょっとだけよ、だ! お前はカトちゃんか!」

 

俺は思わず異世界で全く通用しないツッコミを放ってしまう。

 

「ええっ!? ちょっとだけじゃ物足らないっていうの! なんて欲望に忠実な男なの! これだから人間の男は・・・」

 

「こら~! 人間の男をひとまとめにしてエロい目で見るな! 君の太ももは素敵だし触りたいけど! だからと言って薬草あげるから太もも触らせろって、人としてダメな奴だから! 今回は薬草たくさん持ってるから、タダであげるから!」

 

「ええっ!? タダでいいの!」

「ホントにゃ!? ウソじゃないにゃ!?」

 

狼と猫が食いついてくる。

 

「ウソじゃないって! 本当だって!」

 

「それはすごくありがたいのですが・・・でも、タダでもらっても、私たちには返せるものなんて何にもないのです。あなたの得になる事なんて、一つもないのです」

 

なんだかすごく落ち込む犬っこちゃん。

 

「じゃあ、冒険者仲間になろうよ。こうして知り合えたわけだし。俺もいつも冒険に出られるわけじゃないけどさ」

 

「冒険者・・・仲間・・・です?」

 

コテンと首をかしげるコーヴィル。犬耳かわいい。撫でたい。ワシワシしたい。

 

「はうっ・・・撫でてはダメなのです。犬耳族の耳と尻尾を撫でていいのはご主人様だけなのです・・・」

 

ノォォ!心の声が漏れちゃってた!?

 

「ご、ゴメンゴメン、そういう事なら無理に触ったりしないから安心してね。ふさふさして可愛いと思っただけだから」

 

「はうう・・・です。可愛いって言われたです・・・」

 

真っ赤になるコーヴィル。

 

「ちなみに、アタシの耳と尻尾もダメだからね! 狼人族は誇り高いのよ!」

 

「その割にお前太ももはちょっとだけならいいのかよ」

 

「しょ、しょうがないでしょ! 薬草がないと冒険者資格が停止になっちゃうんだから!」

 

狼人族のサーシャは顔を真っ赤にして捲し立てる。まあいい、種族間の違いというやつはしっかりと学んで行かねばならぬ。

 

「サーシャはちょっとだけなら太ももOK・・・と」

 

「何メモしてんのよっ!変態!」

 

サーシャが顔を真っ赤にして怒っている。

 

「お前がちょっとだけならいいって言ったんじゃねーか!」

 

「薬草で困っていたからよ!もう薬草貰ったから太もも触ったらダメだからねっ!!」

 

「むうっ! じゃあ次の依頼の時にがんばったらでいいよ」

 

「ななな、何でがんばったら私の太ももを触る前提でいるの!おかしいわよっ!」

 

顔から湯気が出そうなほど真っ赤になって怒るサーシャ。

 

「でも、このままだと薬草を貰っても何も返せないです。サーシャの太ももで済むならばそれが一番お金がかからないです」

 

まさかの一番真面目そうなコーヴィルが太ももにGOサインを出す。

 

「コーヴィル! あんたアタシを売る気!」

 

「自分で言ってたです。太ももちょっとならいいって」

 

コーヴィルとサーシャが睨み合ってしまったので、俺が助け舟を出す。

 

「まあまあ、とにかく冒険者仲間の記念だ。今回の薬草はタダでプレゼントする。もし何か困ったことがあったら助けてくれよ?」

 

「わかったわ!狼人族の誇りにかけて誓うわよ!」

「私も犬人族の誇りにかけて誓うです」

「ミミも誓うにゃ!」

 

俺の提案に元気よく返事をする三人娘たち。

 

それぞれが手を出して、「お――――!」と元気よく掛け声をかけあった。

とりあえずどうなる事かと思ったが、冒険者の知り合いもできたことだし、まずまずのスタートかな?俺はそう考えていた。

この後ケモミミ三人娘の言っていた『仲間』という意味の相違に気がつかずに。

 

 

 

 

とりあえず俺だけ飛んで帰るのも気が引けるので、ケモミミ三人娘と歩いて王都バーロンへ帰還する。今からでも日が暮れる前には何とか到着できるだろう。

 

・・・あれ?何か重要なことを忘れている気がする。なんだろう?

 

「ああ―――――!?」

 

「うわっ!」

「なんにゃ!?」

「ど、どうしたです?」

 

ケモミミ三人娘が一斉に俺を見る。

 

あかんやん!Sランクに強制的にアンクアップされた俺が、薬草カウンターに積み上げても、誰も驚かないやん!俺が驚き過ぎて関西弁だよ!

ラノベのお約束は、Fランクのぺーぺー初心者が驚くほどの量を持ってくるから驚かれるんだよ!もう俺じゃ意味ないじゃん!

 

その場でがっくり膝をつき倒れ込む俺。

 

「どうしたです?具合わるいです?」

「ちょっと!しっかりしなさいよ!アンタが倒れたらアタシの薬草はどうなるのよ?」

 

おいサーシャよ、心配するのはそこかい。

 

ところで、別な案を閃いたぞ。

 

「・・・君たちは確か、Fランクの薬草採取を二度失敗しているって話だったね?」

 

「そうなのです。後がないのです」

 

暗い表情で俯きながら呟くコーヴィル。

確認するが、やはり成功していないようだ。

 

「他の依頼も受けたことがないから、()()()()()()()()()()()()()()ってことだよね?」

 

「そうよ!悪い? でもアンタが薬草をくれるんだから、初めての依頼達成よ・・・って!まさか、初めての達成だからって、特別ボーナスでやっぱり太もも触らせろって言うんじゃ・・・」

 

そう言って俺をジトッと睨んでくるサーシャ。俺がどんだけ太ももフェチだと思ってるの?

 

「いや、俺の集めた薬草を全部君たちにあげるよ!たくさん採取したからね、これでギルドのみんなを驚かそう!」

 

そうなのだ、俺がSランクになってしまい、薬草を山ほど積んでも驚かれなくなったのならば、()()()()()()()()()()()()()()()のだ。間接的にも味わおうではないか!甘い甘い蜜の味(チートさくれつ)を!

 

俺はサーシャのリュックを受け取ると、中の荷物を取り出す。

 

「ちょ、ちょちょちょっと!何するのよ!アタシのパンツ出さないでよ!」

 

ん?下着とかまで持って来ていたのか?とりあえず荷物を亜空間圧縮収納へ預かる。

 

「<擬態変身(メタモルフォーゼ)>」

 

そして俺はリュックにちょうど入るようなティアドロップ型のスライムに変身する。

・・・元の姿に戻るとも言うが。

 

「にゃ!? かわいいにゃ!」

 

そう言って俺のボディをつんつんするミミ。やめれ!

 

「へ、変身の魔法ですか・・・?もしかしてあなた高位の魔術師様ですか・・・?」

 

コーヴィルの質問をあえてスルーして俺はリュックに入り込む。

 

「さ、サーシャ背負ってくれ。早く王都に戻ろうよ。初めての依頼達成なんだ。乾杯しようじゃないか」

 

「て、なんでアタシがアンタを背負わなくっちゃいけないのよ!」

 

「え?太ももの方がいい?」

 

「ばっ!わ、わかったわよ!その代わりアンタが採取した薬草全部だからね!」

 

「はいはい、()()()()()()()()()()は全部あげるから」

 

俺たちはとにもかくにも王都バーロンへ向かった。

 

 

 

 

 

カランコロン

 

冒険者ギルドの大扉を開けると、やはりカウンター前には多くの冒険者たちが列を成して報告の順番を待っている状態だった。

 

「やっぱりこの時間は込み合っているです」

「でも仕方ないわね。報告して依頼達成料を貰わないと宿にも泊まれないから」

 

コーヴィルのボヤキに切実な状態を説明して列に並ぶサーシャ。

余裕のある冒険者たちは明日の報告でもいいんだろうけどな。

 

列に並んでいると、ケモミミ三人娘に声を掛けてくる連中がいる。

 

「ようサーシャ!俺の女になる覚悟はできたか?」

 

むさくるしい筋肉質の男がそんなことをサーシャに行ってきた。

 

「他の二人も俺たちのパーティに入れば面倒見てやるぜ?」

 

別の剣士らしい男も口をはさんでくる。

 

「寝言は一昨日言いやがれっての! アタシたちはバッチリ依頼達成して帰ってきたんだからな! 今日は大通りのいい宿でゆっくり泊まって上手い飯を食べるんだから!」

「そうなのにゃ!」

 

サーシャのドヤ顔にミミも便乗する。だが、男たちはその二人を笑いものにした。

 

「ギャーッハッハ! Fランクの薬草採取でお前ら三人が豪遊できるような依頼達成料がもらえるとでも思ってんのかよ!」

 

他の男たちも馬鹿にしたようにケモミミ三人娘を笑う。

 

「実はその男たちの言う通りなのです。今回の薬草採取依頼では三人でいつもの安宿になんとか一泊宿泊できるくらいの金額しかもらえないです」

 

コーヴィルが小さな声で説明する。やっぱりこの子が一番しっかりしているか。後の二人は薬草の採取予定量と達成金をあまり把握していなかったようだ。

 

「うっ・・・」

 

泣きそうになってうつむいてしまうサーシャと落ち込むミミ。

だが、コーヴィルよ。冒険者ギルドは依頼書に予定納付量と達成金額を書いてくれているが、だからと言って()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだぞ?

 

そして俺たちの番がやってくる。

 

「あ、先に登録をお願いする。ヤーベ、冒険者タグを出してくれ」

 

そう言って背中に背負ったリュックに手を突っ込んでくるサーシャ。

おおう、びっくりした、冒険者タグね。ハイハイ。

 

「はいこれ。アタシたち三人と合わせて()()()()()()()()()ね」

 

「わかりました」

 

さらりとタグを受け取って処理を進めていく受付嬢。

 

ハレ? 今サーシャは何と言った?()()()()()()()()()だと!?

 

「あ、ちょっと待って・・・」

 

「では、依頼の薬草をお納めください」

 

「よし!薬草出すぞ!ヤーベ頼むぞ!」

 

そう言ってサーシャがリュックの蓋を開けようとする。

ええい、仕方ない!先に連中の度肝を抜いてやるわ!

 

ドサドサドサドサ!!

 

「うわわわわっ!」

「にゃああ!」

「わふうっ!?」

 

カウンターにはとんでもない量の薬草が積みあがった。

 

「一体・・・どこからこんな山のような量の薬草が・・・」

 

驚くギルド受付嬢。そりゃそうか。

 

「リュリュリュ、リュックにギュ―――ッて詰め込んであったのよっ!」

 

とんでもない言い訳をするサーシャ。自分でも薬草の量に驚いて耳と尻尾がピンピンに逆立っているけど。

 

見れば馬鹿にして笑っていた男たちも顎が外れんばかりに驚いている。

 

ふっふっふ、特別依頼ではない、通常の常時依頼書なら、需要があれば多くても買い取ってくれるはずだ。

別に馬鹿正直にその数だけを納品する必要はない。たくさん取れればたくさん納品すればいいのだ。

これだけあれば大通りの宿でいい部屋に宿泊できるだろう。それにね・・・()()()()()()()

 

「こ、この量・・・ちょっと査定にお時間を頂きたく・・・、先輩!手を貸していただけますか?」

 

「なーに、もうわからない事出ちゃったの? 王都のギルド本部に栄転してきたといっても、まだまだ新人さんだね~」

 

なんて軽口叩いて出てきたベテランっぽい受付嬢はカウンターに山と積まれた薬草の束に腰を抜かした。

 

「ななな、なんなのこれ!?」

 

「こちらの新人冒険者さんたちが採取してきたんですが・・・」

 

「新人冒険者?」

 

「こちらの方たちです」

 

サーシャ、コーヴィル、ミミを見るベテラン受付嬢。

 

「あ、貴方たちがこれだけの薬草を・・・?」

 

「そ、そそそそうよ!」

「ミミ達頑張ったのにゃ!えっへん!」

「・・・です」

 

若干怪しい雰囲気を出すケモミミ三人娘。

 

「ちょっと、薬草の確認に手を貸してちょうだい!」

 

その声にさらに二人の職員が確認作業に現れる。

 

ふふふ、見て驚くがいい。

 

「ちょ・・・コレ! ベラドンナの葉ですよ!信じられない!」

 

「ウソ!それ今じゃ幻って言われてる、あのベラドンナ?」

 

「この薬草採取の依頼って常時依頼で出てるマルーンの葉の依頼でしょ?」

 

「そ、そうなんですけど・・・」

 

「こ、これ!なかなか手に入らないベラベラの葉もありますよ!」

 

「こっちには薬に加工できる毒草のキシロトキシンですよ!」

 

「あんたたち、すごい貴重な薬草も見つけてきたのね・・・」

 

職員たちが信じられたいと言った表情で三人娘を見る。

 

「あ、あははは・・・運が良かったのかな!?」

「そ、そうにゃそうにゃ! たまたま見つけたにゃ」

「う、運がよかった・・・です」

 

ケモミミ三人娘は目を泳がせながら答えている。

 

「ちょっと待ってて・・・こんな希少な薬草を含んで、しかもこれだけの量でしょ・・・査定に少し時間がかかるから、そっちで座って待ってて頂戴」

 

ベテラン受付嬢に促されて、受付カウンターの横にある酒場のテーブルに座って待つことにした。

 

「ようお前ら、すごい活躍だったなぁ!」

「今度薬草の見分け方教えてね!」

 

同じような若い冒険者たちが声を掛けて来る。

 

照れながらもサーシャやミミが応対している。コーヴィルだけは少し真剣な表情で何かを考えているようだ。

 

さっきまでサーシャたちを馬鹿にしていた連中は居心地が悪そうにしている。

 

「サーシャちゃん達、お待たせ」

 

ベテラン受付嬢に呼ばれて、再度カウンターへ行く。

 

ドシャリ! 大きい袋と小さい袋の二つがカウンターに置かれる。

 

「どうせいろいろ支払いあるでしょう? 金貨で三十枚はコッチ。大きい方は銀貨五十枚と銅貨三百五十枚ね」

 

「「「えええっ!?」」」

 

元々、マルーンの葉五枚で銅貨八枚の依頼だった。三人が五枚ずつ採取したとしても銅貨二十四枚。銀貨二枚と銅貨四枚にしかならないはずだった。

そこを、俺が採取した希少薬草を含む大量の薬草を出したので、相当な金額になったようだ。よかったよかった。

 

「そそそ・・・そんなにもらえるの?」

 

サーシャが信じられないといった表情で受付嬢に確認する。

 

「ベラドンナの葉はもはや幻とも言われるほど手に入らない貴重な品なの。希少なポーションや病気に聞く薬の材料として有名な素材なのよ。これが結構な量あったから、それだけで金貨20枚分はあるわ」

 

「すごいにゃ!」

 

「マルーンの葉は状態の良い物が文字通り山の様にあったし、他にもそこそこ希少な薬草があったから、高値で買い取らせてもらったわよ。ギルドの貢献ポイントも色つけておくって」

 

「やった!」

「よかったにゃ!」

 

お気楽に二人が喜んでいるがコーヴィルは気づいているようだ。やっぱり賢い子かな?

大金を貰ってホクホクしながらギルドを出るケモミミ三人娘。

チラリと後ろを見て、俺は溜息を吐く。

そんなラノベのお約束はいらないんだが・・・。

このままではこの子たちは宿屋に無事たどり着けないだろう。

一肌脱ぐとしようか。

 




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第208話 三人娘のお守りをしよう

金貨と銀貨、銅貨がたっぷり入った袋をホクホクとリュックに入れて冒険者ギルドを出るケモミミ三人娘。ぶっちゃけ、新人の三人娘に渡す額としては多いだろうし、渡すにしても、他の冒険者たちにわかる様な渡し方はどうなんだろうか? それとも冒険者稼業は自己責任をわからせるためか? だとしても、間違いなく今<気配感知>で捉えている三人組はこちらを襲う気満々だぞ?

 

「ねえねえ、大通りの<水晶のベル>亭に泊まろうよ!」

「それいいにゃ!憧れだったにゃ!」

 

サーシャとミミが浮かれながら憧れの宿へ泊りに行こうとする。

 

「待つのです。今まで路地裏の<樫の木>亭に泊まっていたです。先にお礼と滞納していた家賃の支払いと、洗濯してもらってる服の引き取りに行かないといけないです」

 

「あ、そっか」

「新しい服買えばいいにゃ」

「ダメです。少しお金が入ったからって、無駄な事は避けるべきです」

 

サーシャとミミのイケイケ行動をコーヴィルが諫める。

いいバランス感覚だな。逆にコーヴィルが手綱をコントロール出来なくなったらヤバイパーティだ。

 

三人娘はキャッキャと楽しそうに話しながら路地裏に入って行く。

<樫の木>亭はかなり裏通りの安宿だ。くるくると入り組んだ角を曲がって向かって行く。

 

「ひょいっ!」

 

俺はサーシャのリュックから飛び出して矢部裕樹の姿に戻る。

 

「わあっ!」

「ヤーベ、どうしたにゃ?」

 

「つけられているぞ。多分冒険者ギルドでお前たちが大金を貰ったのを見ていたんだろうな。お前たちを襲って金を奪うつもりだろう」

 

「さ、最悪じゃない!」

「最低なヤツにゃ!」

「そんな酷い人が・・・」

 

俺は角の隅に寄ってついて来る連中を待つ。

そして男たちがやって来た。

 

「よう!」

 

俺が明るく声を掛けてやると、驚く暑苦しいマッチョ三人組。

 

「てめえ!」

「つけている事を知ってたのか!」

 

「当たり前だろ? 逆になんでバレてないと思ったんだ?あんな雑な尾行で」

 

俺は肩を竦めてハハンと笑ってやる。

 

「まあいい、さっきの金は俺達が有意義に使ってやるよ。さっさと寄越しな」

「ああ、なんならお前たちもおいしく頂いてやるよ!」

 

「おお、ゲスと言う以外に言いようがないな。冒険者として雑魚すぎるからって、ついに盗賊に身を落とすとは。哀れなりけり」

 

俺は大げさに頭を振って肩を竦める。

 

「な、何だと!」

「俺達Dランクの<黄金の船>を舐めてんじゃねえぞ!」

「俺たちにケンカ売ってタダで済むと思うなよ!」

 

次々に捲くし立てる盗賊。あ、Dランク冒険者たちだっけ?

 

「信じられんほどの馬鹿だな。金目当ての強盗を働こうとつけて来て、見破られたらケンカ売ってるって? 頭湧いとんのか? しかも黄金の船だか知らんが、名乗りを上げて強盗って、狂ってるな。黄金の船?おまえらなんざ泥船で沈没間違い無しだろーよ」

 

さらにハハンと鼻で笑ってやる。

 

「ふ、ふざけるな!」

 

殴り掛かってくるDランク冒険者たち。

 

先頭の男のパンチを躱し、右フックを叩き込み、そのまま建物の壁に叩きつける。

 

メシャリ!

 

壁と俺の拳に挟まれて顎を粉砕されるDランク冒険者A?

 

そして、二人同時の攻撃もミドルキックで右側の男(冒険者B?)を吹き飛ばし、左の男(冒険者C?)のパンチを躱して手首を捻り落とし、地面に叩きつける。

 

「つ、強い・・・」

「ヤーベは強い男にゃ!」

「すごい・・・です」

 

「ちょっとコイツらギルドに突き出してくるから、先に<樫の木>亭に行っててね」

 

俺はそう言ってボコった男たちを引きずって冒険者ギルドに向かった。

 

 

 

 

 

「おーい、ギルドマスター。いやグランドマスターだったか?」

 

普段から混んでいる王都冒険者ギルドにならず者三名を引きずってドカドカと入って行く。

 

「げっ、あれ、Dランクパーティの<黄金の船>の連中じゃないか」

「三人とも完全にやられてるけど・・・」

「あの男、それほどの腕前ってことか?」

 

カウンターに並んでいた連中が騒ぎ出す。

 

「なんだ、騒々しいな・・・って、ヤーベ殿これは!?」

「あーあ、ヤーベにケンカ売るとか、自殺願望でもあるのかね?」

 

グランドマスターのモーヴィンとソレナリーニの町ギルドマスターのゾリアが出て来てぼやく。

 

「いや、直接は俺にじゃないな。薬草てんこ盛り取って来た新人女性冒険者三人組をつけて来て、その報酬を強奪しようってタチの悪い話だったよ。しかも、女の子を乱暴する目的も追加でね」

 

「なんたることだ・・・」

「まったく、冒険者として情けねーな」

 

マスター二人が深く溜息を吐く。

 

「冒険者の教育や管理はもっとしっかりとしてもらいたいね。少なくとも俺がいなければ有望かどうかは知らんが、三人の駆け出し女性冒険者の人生が大きく狂っていたかもしれんぞ」

 

「お手を煩わせて申し訳ない・・・」

 

モーヴィンが項垂れて頭を下げる。

 

「こいつらの怪我は重傷だが、教会の大聖堂にいるアンリ枢機卿なら治療魔法で治癒が可能なレベルだ。ギルドで治療費を教会に建て替えて、治療した後のコイツらに罰金と借金を追わせておくのはどうだ?」

 

「ヤーベ卿がそれでよいのであればそうしましょう。ヤーベ卿に慰謝料は?」

 

「俺は不要だ」

 

「わかりました。それでは職員にコイツらを教会に連れて行かせるとしましょう」

 

そう言って職員が出て来てならず者たちを教会まで連れて行く。

 

「ほら、Sランクだとトラブルも便利だろ? これがFランクならお前さんの言っている事が本当か厳しく言い分を聞くところだが、何と言ってもお前さんは『救国の英雄』であり、信頼度抜群のSランクだからな、基本的には全面的にお前さんの話が信用できると思われるのさ」

 

「Sランクは悪いこと出来ないね」

 

「悪い奴は元々Sランクにしないさ」

 

Sランクに上がるためには厳しい審査があるんだろうね。俺はどうだったか知らないけど。

 

「それにしても、質の悪い奴らだな」

 

ゾリアがモーヴィンに苦言を呈する。

 

「最近、王都の周りに魔獣が出なくなって、討伐系の依頼がほとんどなくなっているんですよ」

 

(ハレ? もしかして、ローガ達が王都周りの魔獣を狩り尽くしたから、魔獣狩りしか出来ない粗暴な連中が金を稼げなくなったのか?)

 

元々、ローガ達の一部がトレーニングを兼ねて夜中に魔獣狩りに出かけている。

寝ている間も亜空間圧縮収納にどんどん収納されてくるから、認識はしていた。

一応、魔獣ではない獣の類は狩らない様に指示している。それこそ狩人の仕事を奪ってしまってもいけないと思ったからだ。ちなみに、獣はローガ達に恐れをなして近寄って来ないから問題ないらしい。

 

「王都の周りは平和なんだな」

 

ゾリアは妙な顔つきで納得していた。

うーむ、しばらく王都周りの魔獣狩りを中止しよう。

転移の門が使えるようになったから、カソの村にローテーションを組んで、魔の森へ定期的に魔獣狩りに出かけさせよう。魔の森ならどれだけ魔獣を狩っても迷惑が掛からないだろう。

 

 

 

 

 

「おばちゃんお世話になったわね! 今日から<水晶のベル>亭に泊まる事にするから!」

 

サーシャがドヤ顔で説明している。

 

「おや、アンタ達も偉くなったもんだね」

 

「ふふん、出来る(おんにゃ)は違うにゃよ!」

 

何故かミミもドヤ顔だ。

 

「ま、もうここに来ることも無いかもね~」

 

ピラピラと手を振るサーシャ。

 

ゴチン!

 

「アイタッ!」

 

俺は後ろからサーシャにゲンコツを落とす。

 

「な、何すんのよ!」

 

サーシャが涙目で振り返って、俺がいる事にびっくりする。

 

「それが今まで世話になった宿の女将さんへの挨拶かよ・・・。すみませんね、礼儀のなっていない子供たちで。ちょっと今回収入が良かっただけで、すぐここに帰って来ると思いますから、これからも一つよろしくお願いしますね」

 

俺は笑って女将さんに挨拶する。

 

「はっは、羽振りがいい時はたまには贅沢もいいさね。金さえちゃんと払ってくれればいつだって泊りに来るといいさ」

 

気さくなおばちゃんは快く送り出してくれた。

溜めていたツケを払い、洗濯ものを受け取って<樫の木>亭を出る。

 

「さあ、<水晶のベル>亭へレッツゴー!」

 

サーシャがゲンコツを落とされたことも忘れて、軽くジャンプしながら拳を突き上げる。

 

「それで、<水晶のベル>亭は部屋が空いているか確認してあるのか?」

 

「・・・え?」

 

サーシャがキョトンとする。ミミも全く同じ顔で「にゃ?」って言ってる。

 

「あ・・・」

 

コーヴィルはわかったようだ。

 

「あのなあお前達、通常は次に泊まりたい宿の部屋の空きを確認してから今の宿を引き払うんだよ。<水晶のベル>亭が開いていなかったらどうするんだ?野宿するのか?」

 

「あうう・・・」

「にゃにゃにゃ・・・」

「わふぅぅぅ」

 

落ち込む三人娘。

 

「ここに来る前に<水晶のベル>亭に行って予約してきたよ、ちょうど三部屋しか空いてなかったぞ。ちょっと遅れたら泊まれなかったかもな」

 

「わーい!ヤーベ大好き!」

「やるにゃ!流石はヤーベなのにゃ!」

「出来る人は頼りになるのです!」

 

三人が大喜びで俺に抱きついてくる。

本当に手のかかる娘たちだよ・・・。この先大丈夫なんだろうか?

 




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閑話29 お引っ越ししてもオヒッコ漏らしゅなよ!でしゅ!

 

「うんしょ!うんしょ!」

 

おりおり、おりおり。

 

「うんしょ!うんしょ!」

 

イリーナおねーしゃんたちにたくさん買ってもらった服を折りたたんでいくでしゅ。

ある程度服が折りたためたらそれを縦に積むでしゅ。

そして、ご主人しゃまに買ってもらったリーナ専用のリュックに詰め込むでしゅ!

 

ご主人しゃまにリュックを買ってもらった時はうれししゅぎてご飯を食べる時もしょったままで、寝る時もリュックを抱いて寝たでしゅ。

・・・気づいたらご主人しゃまの腰に抱きついて寝ていたでしゅ。不思議でしゅ。

 

「うんしょ!うんしょ!」

 

リュックは軽い物を下に積めると背負いやすいってご主人しゃまに教わったでしゅ!

ご主人しゃまは何でも知っていて、とってもすごい人でしゅ!

 

リーナはあんまり自分の荷物がないから、引越しの準備も楽ちんでしゅ。

リュックの上にはリーナのためにご主人しゃまがベルヒアおねーしゃんに作ってもらったコップやお皿を入れるでしゅ!

リーナが手を滑らせて落としたりしても全然壊れない、とってもとっても丈夫ですごい食器なのでしゅ!

 

「うんしょ!」

 

リュックを背負って準備万端でしゅ!

 

「あら、リーナちゃんはお引っ越しの準備が出来たのかな?」

 

見るとメイド長のメーリングおねーしゃんがにっこり笑って声を掛けてくれたでしゅ。

今まではコルーナ辺境伯しゃまのおうちにご主人しゃまたちと一緒に居候させてもらっていたでしゅ。当主であるフェンベルクしゃまにはもちろんでしゅが、たくさんのメイドしゃんたちにもお世話(しぇわ)になったでしゅ。特にメイド長のメーリングおねーしゃんにはたくさんたくさんお世話(しぇわ)になったでしゅ。

・・・紅茶やクッキーもいっぱいもらったでしゅ。

 

「今までたくさんたくさんお世話(しぇわ)になりましたでしゅ」

 

そう言ってぺこりと頭を下げるでしゅ。たくさんお世話(しぇわ)になったのだから、ちゃんとありがとうの気持ちを伝えないとダメでしゅ。

 

「はい、こちらこそ一緒に居られて楽しかったですよ? ありがとうね」

 

メーリングおねーちゃんがそう言ってリーナの頭を撫でてくれましゅ。

 

「ふええ・・・ふえぇぇぇぇぇ~ん」

 

メーリングおねーしゃんにギュッと抱きついてしまったでしゅ。メーリングおねーしゃんと離れ離れになると思うと悲しくなって涙しゃんが出てきてしまったでしゅ。

 

「あらあら、じゃあリーナちゃんはココのおうちの子になっちゃう?」

 

メーリングおねーしゃんがこのおうちに残れるように言ってくれましゅ。

 

リーナは目をゴシゴシこしゅって涙しゃんをふき取りましゅ。

 

「とってもうれしいけど、ダメなのでしゅ。リーナはご主人しゃまのおそばでお仕えしないといけないのでしゅ」

 

そう言って、メーリングおねーしゃんを心配させないように目いっぱいの笑顔を向けるでしゅ。

 

「ふふふ、リーナちゃんは強い子なのね? ご主人様と新しいおうちに行っても、いつでもここに遊びに来てね?」

 

「ハイなのでしゅ!」

 

「それじゃ、準備が出来たら、出発まで時間もあるし、紅茶とクッキーでも食べましょうか」

 

「やったーでしゅ!」

 

そうして、イリーナおねーしゃんたちが呼びに来るまでメーリングおねーしゃんといっぱいいっぱいお話しながら紅茶を飲んでクッキーをご馳走になったでしゅ!

 

 

 

 

「フィレオンティーナさん、かっこいいトランクですね」

 

サリーナがフィレオンティーナの準備したトランクを見て感想を述べる。

 

「一応冒険者時代は移動も多かったし、占い師を始めた頃も、呼ばれて移動して行うこともよくあったから、トランクはしっかりとしたものを使っているのですわ」

 

そう言って小さなコロがついてひっぱれる大きなトランクと、手提げの小ぶりなトランクをポンポンと撫でながら説明するフィレオンティーナ。

 

「すっごく味のある色をしてますよね~」

 

「これ、冒険者のころに討伐した魔獣ベヒモスの皮を使用して作ってもらった特注品なのよ。だからわたくしのオリジナルと言えばオリジナルですわね」

 

自慢げにフィレオンティーナがトランクを説明すれば、いいなーとサリーナがうらやましがる。

ちなみにサリーナは魔獣には疎いのでベヒモスがSランクのすさまじく危険な魔獣であることを知らないため、全く驚いていないのだが、知る人が聞けば腰を抜かすだろう。その希少性と計り知れない価値に驚いて。そしてそんなSランクの魔獣を討伐するだけの実力をフィレオンティーナが有していることもサリーナはもちろんスルーである。

 

「私なんて、生活雑貨はこの小さな手提げバックだけだし」

 

サリーナが小ぶりなバックを持ち上げる。

 

「でも、その後ろの大きな箱たちは、ここまでの旅や王都で旦那様に買っていただいた錬金の道具なのでしょう?」

 

「えへへ・・・そうなんです。結構かさばる物や大きな道具も、錬金ギルドで掘り出し物があると、すぐにヤーベさんが買ってくれて・・・」

 

「結構いろいろ溜め込みましたわね」

 

「あはは・・・特に鉄の加工でヤーベさんに依頼された“弾丸”というアイテムの製作を効率化しようといろいろ買い込んでもらったから・・・」

 

サリーナとフィレオンティーナはお互いの引っ越し準備が整ったため、玄関に来て談笑していた。

お互いにカバンの中には王都の謁見時に着込んだ一張羅のドレスとかも入っているのではあるが、それらは話題には一切出ない。質実剛健、自分の能力とヤーベのためになることを目的とした奥さんズの意識の高さが垣間見える一瞬である。

 

その横では続々と高級な家具を運び出すお手伝いたちを指示しているルシーナの姿が。

 

家の前には荷物を積む車をつながれた狼牙族がずらりと並んでいた。その先頭はまさかのローガであり、ローガにも大きな車がつながれていた。

 

『奥方様たちの大切な荷物をお屋敷まで運ぶのは我々の大事な使命であるからして』

 

そう言って尻尾をブンブンと振っているローガ。ローガともなれば、というか四天王クラスでも、部下に荷物を牽かせれば十分であり、ローガたちは監督する立場でよかったはずである。だが、直接荷車をつなぎこみ、荷物を運ぶ役目を請け負っていた。

明らかに、運んで来ましたよ!とアピールしてモフモフタイムを勝ち取ろうという魂胆がミエミエのローガたちである。

 

 

 

その狼牙たちが牽く荷台にどんどんと高級な家具が積まれていく。

 

「ルシーナちゃん、そんなに運ぶんだ?」

 

「これ? お母さんからの花嫁道具よ。奥さんになりに行くわけだし」

 

「「「な、なにぃ!?」」」

 

ガーン!という顔をするサリーナとフィレオンティーナ。その奥では大して準備もしていないイリーナも声を上げていた。

 

「あらあら、ルシーナも自分の荷物をまとめたの?」

 

見ればルシーナの母親であるフローラさんが玄関にやって来ていた。

 

「ええ、お母様。もう完了しているわ」

 

そう、と答えたフローラさんがどんどん積み込まれて、赤い帯で荷台にくくられていく荷物を見つめる。

 

「ルシーナもお嫁さんに行く時が来たのね・・・季節の移ろいも早いはずだわ」

 

ルシーナを見つめながら、ふふふと笑うフローラさん。

 

「お、おいフローラ! これは一体どういう事なんだ!?」

 

見れば王城から帰ってきたフェンベルク卿が積み込まれた荷物を見て驚いている。

 

「何って、ルシーナの花嫁道具ですわよ。ヤーベさんのところへ嫁ぐわけですし」

 

「引っ越しって聞いたけど!?」

 

「だから、嫁ぐ相手の新居が準備できたからお引っ越しじゃない」

 

「ぐぐぐっ!だからって、まだ結婚式もしてないのに!」

 

「逆でしょう? 今これだけの狼牙たちに荷物をゆっくり運んでもらって移動できるなんて、大チャンスじゃないですか、貴方。このあたりの方々に、スライム伯爵家にコルーナ辺境伯家から嫁がせていると大々的にアピールできるのですよ?こんなチャンスを逃すわけには参りませんわ」

 

ドヤ顔でふんすっと鼻息荒いフローラさん。

涙目のフェンベルク卿をよそに、次々と積み込まれていく花嫁道具の高級家具。

 

「お父様?ヤーベ様のお屋敷はすぐ近くですから、お気軽に遊びに来てくださいね?」

 

ルシーナがにこやかにそう父親に伝えると、「むぐぐっ」とさらに顔をしかめてフェンベルク卿は積み込まれていく荷物を眺めるのであった。

 

「むむむ・・・ウチも実家から何か結婚祝いを送ってもらうか・・・いや、しかし」

 

その横でイリーナが難しい顔をして腕組みをしながらウンウンとうなっていた。

イリーナは王都へ出発する際、自分の生活用品の内、小物以外の大半をカソの村の神殿に置いて来ていた。ヤーベが王都へ呼ばれた際、その途中にて必要な経費はその大半をコルーナ辺境伯家で持つと言われたからである。

 

そのため、服を詰めたバック一つでイリーナの引っ越し準備は終わっていた。

 

「今日はともかく、一度実家に戻り父上と母上としっかり話をするべきか・・・」

 

どんどん積み込まれていくルシーナの荷物を見ながら、イリーナは真面目にそんなことを考えていた。

 

 

 

 

 

「しゅっぱ~~~~つでしゅ!」

 

なぜか、先頭のローガ自身にまたがり、集団の出発を促すリーナ。その後ろにはガルボが牽く狼車があり、フィレオンティーナが手綱を握っている。イリーナやルシーナ、サリーナもこちらに乗り込んでいた。

 

『それでは参りますぞ』

 

ローガの「わふっ」という返事とともに、ゆっくりと歩きだすローガたち。

 

コルーナ辺境伯家の総出に近い人々の見送りを受け、大きく手を振って狼牙たちの歩みを進めていく。

フェンベルク卿や奥さんのフローラ、執事長のグリード、メイド長のメーリングの他、多くのメイドやお手伝いたちがその仕事の手を止め、送り出すために集まってくれていた。

 

「今までお世話になりましたわ!落ち着きましたらまたご挨拶に伺いますわ!」

「今までありがとうございました!」

 

フィレオンティーナとサリーナが大きな声でお礼を伝える。

 

「本当に今まで助かりました、ありがとう!」

「ヤーベ様のお屋敷にも遊びに来てね!」

 

すぐ近くに実家があるにも関わらず、コルーナ辺境伯家に居すわったイリーナと、新居に遊びに来るように伝えるルシーナ。

 

多くの者たちに手を振られながら、奥さんズとリーナは長く逗留したコルーナ辺境伯家を後にした。

 

貴族街の大通りを歩いていくローガたち。道幅は広いものの、王都を出る各門に通じる大通りと違い、屋台などが出たり店が立ち並んだりはしない。貴族専用の店もあるにはあるが、大半は貴族の屋敷ばかりであった。

 

そんな通りをゆっくりとローガを先頭に進む狼車の部隊。

 

「はうっ!」

 

『・・・どうした?リーナ殿?』

 

奴隷であるリーナではあるが、ボスであるヤーベが非常に大切にしている存在だとわかっているため、他の奥さんズの面々と同じような対応を取るローガ。

 

「オ・・・オシッコ・・・」

 

『な、なんとっ!?』

 

「さっき・・・メーリングおねーしゃんと楽しくお話ししながら待っていた時に、たくさんの紅茶を飲んでしまったでしゅ・・・漏れるでしゅ・・・」

 

すでに涙目のリーナ。ローガに乗って主人であるヤーベの新しい新居へ移動するという興奮に包まれていたせいか、尿意の到来に気づくのが遅れたようであった。

 

「はううっ!」

 

リーナがプルプルしだす。

 

『こ・・・このまま我の背中でぶちまけられたら・・・』

 

ローガは恐ろしい想像に背中がヘンに熱くなった。

 

『も、もう少しで屋敷につきますぞ!今しばらくの辛抱である!』

 

そう言ってローガがフル加速をしていく。今のローガは風の精霊魔法も操れるため<風の手>という初歩系の魔法を唱えて、リーナを自分の背中に固定すると、フルスロットルで加速していく。

 

「ふおおっ!?」

 

屋敷に向け、大通りを直角に曲がる。ドリフト気味に荷台が傾き、きしむ。

 

あっという間に新居の屋敷前に到着するローガ。

 

『開門!開門だ!』

 

屋敷の敷地に入る門はもともと開いていたのだが、屋敷の玄関は開いていない。

 

『『『『ぴよぴよー(了解!)』』』』

 

館の中にいたヒヨコ軍団がローガの念話をキャッチし、玄関を開け放つ。

 

「おお、いったいどうしたと・・・」

 

筆頭執事のセバルチュラが玄関を開け放つヒヨコたちを疑問に思い、エントランスに出てきた。

そこへ荷物満載の荷車を牽いたままのローガが突っ込んでくる。

 

「うわわわわっ!?」

 

飛び込んで来て急停車するローガ。風の精霊魔法<風の手>を解除したのか、その勢いでポーンと放り出されるリーナ。

 

『ヒヨコよ!頼んだぞ!』

 

『『『『ぴよぴよー(了解!)』』』』

 

空中を飛んできたリーナを編隊を組んだヒヨコたちが背中でキャッチ。そのままトイレへと直行した。

 

「ほわわ~」

 

多くの協力といくつかの犠牲を経て、リーナの大惨事は辛くも回避されることになったのであった。

 




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閑話30 王国の内情

「それでは、今後半年間は各領土が王国へ納める税の5%を旧リカオロスト公爵領の復興及び領地統括のために当てる事を了承する」

 

「「「「ははっ!」」」」

 

ヤーベ達がリカオローデンの救済作業に向かっている頃、王都バーロンでは国王ワーレンハイドを筆頭に上級貴族が集まり、今後の王国運営について話し合いを行っていた。

 

すでにプレジャー公爵家が取り潰され、その寄り子の貴族もいくつかまとめて潰すことが決定している。その上でさらにリカオロスト公爵の取り潰しが決定したため、王国領を統括する人員が足りなくなっていた。

 

「すでに旧リカオロスト公爵領全域及びコルーナ辺境伯領の一部及びその北西をスライム伯爵領として統括してもらうと連絡したわけだが・・・」

 

ワーレンハイド国王は諸侯を見回す。

 

「本当に大丈夫なんですかね? この前まで貴族でもなかった素人ですよ?」

 

フレアルト侯爵がスライム伯爵の個人資質に疑問を投げかける。

 

「ははは、大丈夫な訳なかろうよ。素人であるスライム伯に魔の森の開拓はともかく、旧リカオロスト公爵領の統治などすぐにできようはずも無かろう」

 

今や唯一となってしまった公爵家であるドライセン公爵が笑い飛ばす。

 

「おいおい、じゃあどうなるんだよ? 旧リカオロスト公爵領の統治は?」

 

心配そうにフレアルト侯爵が問いかける。

 

「心配いらぬよ。プレジャー公爵家と違って、リカオロスト公爵家はその部下たちは非常に優秀な者達が多い。リカオロスト公爵の狂気が止められなかっただけで、内政自体に大きな問題があったわけではない。税が比較的重くリカオロスト公爵家に金が集まり気味だったことを改善すれば、それほどスライム伯が新たにかじ取りする必要はないのだ」

 

宰相ルベルグがその内情を説明する。

 

「なんだ、誰がやっても同じなんじゃないか。それなら俺でもよかったのに」

 

フレアルト侯爵は腕を組んで毒づいた。

 

「はっはっは、お主では役者不足だよ。『救国の英雄』であり、リカオロスト公爵の反逆を止めた男であり、何よりすでに被災したリカオローデンの復旧に向かっている。これほど人望を集める男は他におらんだろうよ」

 

ドライセン公爵が笑い飛ばす。

 

「そうだな。自分たちの主が王国反逆と言う、最大の犯罪を犯したのだ。連座が適応されて部下である自分たちも処断されてもおかしくない中、その主を打ち破り、王国を守った英雄が自分たちの領土を守るためにやってくる。そしてその英雄を支えるために働くのであれば部下たちの罪は問わない。これほどの条件に首を縦に振らぬものなどおらぬだろうよ」

 

キルエ侯爵は腕を組み、目を瞑ったままフレアルト侯爵に言い聞かせるように説明を続けた。

 

「ふんっ」

 

拗ねたようにそっぽを向いて足を組みなおすフレアルト侯爵。

侯爵の中ではキルエ侯爵についで若い男であり、父親の急死により急遽後を継いだ長男と言う意味からもまだ侯爵当主として二年も経っていなかった。

 

「ふふふ、王国領を任されると言う意味では、一日の長があるとはいえ、お前さんもまだまだ若造の域だ。スライム伯と切磋琢磨して王国領土を発展させてくれねば困るぞ?」

 

侯爵の中では最も年を取っているエルサーパ侯爵が笑いながらフレアルト侯爵に話しかけた。

 

「誰があんなポッと出の男と切磋琢磨するか!」

 

あっさり激昂するフレアルト侯爵に、諸侯の面々はまだまだ若いと嘆息気味だ。

 

「実際のところ、実務は部下に任せれば問題ないとはいえ、突拍子もない事を思いついて我々を驚かせてくれるのではと楽しみにしているのですがね」

 

宮廷魔術師長であるブリッツが笑った。

 

「ほう、お主もか」

 

宰相ルベルクも同じように笑う。

 

「くくっ! なんだ、そちらも同じような事を考えておったか」

 

愉快そうにワーレンハイド国王までもが笑う。

 

「どういうことです?」

 

怪訝な顔のフレアルト侯爵に代わり、ドルミア侯爵がワーレンハイド国王に尋ねた。

 

「考えても見よ、『救国の英雄』ヤーベ卿はどれほどの成果をこれまでに上げて来ておると思っておるのだ? 圧倒的な戦闘力による敵討伐だけではない。先日の精霊王スライム神様の降臨にも驚いたが、信じられないほど美味しいスイーツのメニュー開発もそうだし、『アローベ商会』で販売され始めている見たことも無いような道具や武具や食材の数々、そういった素晴らしい発想が領土運営でも生かされるのではないか・・・と期待しておるのだよ」

 

ワーレンハイド国王は嬉しそうに笑いながら説明した。

 

「すでに娯楽遊戯アイテムとして、ゴールド オア シルバーなるボードゲームが流行っているようですな。アローベ商会から販売製造委託の一部を受けたスペルシオ商会がある程度の数を販売したことによって急速に王都内に広がっているようです。単純なルールながら、奥深い戦略性があるとかで、商人たちの間でも爆発的に人気が高まっております」

 

「ほう!」

 

宰相ルベルクの説明にワーレンハイド国王も感嘆の響きを漏らす。

 

「庶民の娯楽など少なかったですからな」

 

「貴族向けには金と銀を使用した高級駒を使用した物を、平民向けには樫の木を削って磨いた駒に色を塗って作った物を販売しているようです。価格差がありますが、樫の木を削って作った物の方は価格を抑えて平民たちでも気軽に購入できるようにしているようです」

 

「さすがはヤーベ卿だな。同じものでも貴族向けと庶民向けに分けるとは」

 

宮廷魔術師長のブリッツが唸る。

 

「そう言えば・・・王家にも一つ上納されておるな。なんでもアダマンタイトとミスリルを使った、この世に二つとない代物だとか・・・」

 

ぼそりと呟いたワーレンハイド国王に一同が目を剥く。

 

「な、なんですと!」

「ミスリルとアダマンタイトを使った駒!?」

「いやはや、ぜひこのような駒でゲームを楽しんでみたいものですな!」

 

すっかり一同が盛り上がってしまい、しまったという表情のワーレンハイド国王。

ミスリルも貴重ではあるが、アダマンタイトはミスリルをも上回る強度を誇る金属の一種でまるで黒曜石のように黒光りするのが一つの特徴であった。そのような希少な金属で出来たゲーム駒である。やってみたいと盛り上がるのも仕方のない事であろう。

 

「そう言えば、三頭黄金竜

スリーヘッドゴールデンドラゴン

の皮で作るバッグや防具はいつ販売になるのでしょうな?」

 

盛り上がる諸侯をけん制する意味も込めて、宰相ルベルクが話題転換を図る。

 

「販売予約の正式な受付もまだのようでしたが・・・」

 

タルバリ伯爵が現状を説明する。タルバリ伯爵も三頭黄金竜

スリーヘッドゴールデンドラゴン

の皮で作る鎧と盾が欲しくて早く予約をしたいのだが、商会はまだ予約も受け付けていない状態であった。

 

「だが、調味料や食料の販売は増えておりましたな。特にカソの村産の『奇跡の野菜』はバカ売れしているようでしたな。店頭に並ぶや否や飛ぶように売れて売り切れるとか」

 

「カソの村から王都へはかなりの距離がありますからな。今まではピクルスなど加工した物の販売に留まっていたようですが、アローベ商会が新鮮な野菜を仕入れてきたとのことで、他の商会は戦々恐々としておりましたよ」

 

ルーベンゲルグ伯爵がアローベ商会に顔を出した時の様子を語れば、その情報を仕入れていた宰相ルベルクが補足する。

 

「まあ、あの御仁の事だ。王都周りの農家が全滅するような販売の仕方はせぬだろうよ。せいぜい高級志向のレストランなどが高値でも飛びつく程度の量に抑えてくれるだろうさ」

 

ワーレンハイド国王はヤーベの販売方針について楽観視していた。

 

「そう言えば・・・先日我が家の食卓に並んだサラダに「マヨネーズ」なる調味料が用いられておりましたが、これが絶品でしたな。アローベ商会の新製品はすぐ試すように申し伝えておいて正解でしたよ」

 

キルエ侯爵が嬉しそうに話す。

 

「まよねいず、とな? それはいかな物なのかな?」

 

エルサーパ侯爵が興味津々で前のめりに聞いて来た。

 

「そうですね・・・、白っぽいクリーム状の調味料で、何に掛けてもおいしくなる魔法の調味料・・・といったところでしょうかな」

 

「なんと!魔法の調味料・・・!?」

 

「本当に魔法が掛かっているわけではありませんぞ? 何に掛けてもおいしくなるので、魔法のようなイメージがあるという話でありますから」

 

「なるほど・・・それは是非とも購入して見なければ・・・」

 

あまりの食いつきに慌てて説明を追加するキルエ侯爵。だが、エルサーパ侯爵はもうマヨネーズに心を奪われているようだ。

 

「そう言えば、僅かばかりだが『蜂蜜』も販売を始めたようだな」

 

「「えっ!? あの蜂蜜ですか!?」」

 

ワーレンハイド国王の何気ない一言に食いついたのはフレアルト侯爵とコンデンス伯爵であった。二人とも大の甘党でホットケーキの信者と言っても過言ではない。

 

「うむ、先日王家に上納されて来た。まだまだ流通は希少ではあるが、アローベ商会で取り扱いを始めるとのことでな・・・」

 

二人のあまりの食いつきに若干引き気味に答えるワーレンハイド国王。

 

「あの甘味を我が屋敷でも味わえるとなれば・・・」

 

コンデンス伯爵が腕組みをしながら思案していると、宰相ルベルクがクギを刺す。

 

「何でも蜂蜜は僅か百グラムで金貨二十五枚と言う高級品らしいですぞ。しかも、それでも半年以上予約待ちだとか」

 

「ななな、なんですとっ!?」

 

絶望の表情を浮かべるコンデンス伯爵。

 

「そう考えると、東街にある喫茶<水晶の庭(クリスタルガーデン)>のホットケーキについているオプションの蜂蜜銀貨一枚と言うのは、随分と安く感じるな。あの店のためというよりは、庶民の楽しみのため、儲けなく出しているのであろうな。ヤーベ卿はどうやら庶民の味方のようだ」

 

快活に笑うワーレンハイド国王。

 

「くっ・・・! 蜂蜜ばかりは量が少ないんだ、貴族優先でもよかろうに・・・」

 

苦虫を噛み潰すように呪詛の呟きを放つフレアルト侯爵。

 

「はっはっは、英雄には程遠い感覚よの? 努々気を付けるが良いぞ? 『救国の英雄』殿が振り上げる断罪の剣は、常に敵を殲滅するが、その敵は『庶民』にとっての敵であろうからな。我らが庶民を蔑ろにする時は、その剣が我らに向けられると心せよ」

 

少しばかり冷ややかに告げるキルエ侯爵。尤もフレアルト侯爵が蜂蜜欲しさに本気で商会に圧力を掛けるとは思っていないのだが。

 

「わかってるよ・・・英雄サマは庶民の味方だからな・・・」

 

不貞腐れる様に椅子に沈み込むフレアルト侯爵を見ながらワーレンハイド国王が口を開く。

 

「何も庶民に限った事ではないだろう。我ら王国貴族も彼に救ってもらったのだからな」

 

そうにっこりと微笑むと、宰相ルベルクも追従する。

 

「そうですな。我らが国民を蔑ろにせず、安心して暮らせる国を運営している限りは、彼の御仁も我らに仇なす事無く、そのお力を貸して頂けるのでは、と思いますな」

 

「そういう意味でも、旧リカオロスト公爵領の人事は王国内政官のサポートも含めて迅速に行う事とする。魔の森の北西に関しては、コルーナ辺境伯、どのようにまとめるか?」

 

ワーレンハイド国王に意見を求められ、ここまで口を開かなかったコルーナ辺境伯が説明する。

 

「はっ! ヤーベ卿が住んでいたと思われる魔の森近くのカソの村は、ヤーベ卿の加護を得て急速に発展しております。そこで、このカソの村を我がコルーナ辺境伯領から切り離し、ヤーベ卿・・・スライム伯爵領の拠点として頂ければと思います。すでに我が部下のソレナリーニの町の代官であるナイセーが現在カソの村の代官代理を務めておりますが、急速な発展に伴い、彼の者より改革案や人材の確保の依頼が来ております。また、このカソの村の発展を自らの手で成し遂げて行きたいとの希望もありましたので、スライム伯爵家への家臣としての移動も認めるところであります」

 

「ほう、それほど急速に発展しておる村をスライム伯爵領へ変領すると?」

 

ドライセン公爵が不思議に思ったのか問いかけた。

 

「ええ、カソの村の急速な発展は私に一片も功績はありません。すべてヤーベ卿のなしえたことです。カソの村の住人もすでにヤーベ卿とスライム神様を崇める神殿まで立てております」

 

「そこまでとは・・・」

 

「それに、正直に申しまして、我がコルーナ辺境伯家としてもメリットが無いわけではありません」

 

「どういうことか?」

 

ドルミア侯爵が尋ねる。

 

「元々カソの村は魔の森に近く、魔獣の被害に晒され続けた村でもありました。そのため、魔の森の魔獣を討伐する戦力を常に維持せねばならず、開拓に力を注ぐことが難しい状況でした。そのカソの村から北西一帯をスライム伯の領土として管理してもらえるということは、魔の森の魔獣対策をお任せする事と同じことになります。魔獣対策を丸投げするのは心苦しいところでもありますが、スライム伯は狼牙族と言う高い戦闘力を誇る魔物を使役していることもあり、魔獣狩りが得意でもあります。そこで魔獣対策をお任せすることにより、我々は南西の肥沃な平原の開拓に全力で乗り出せるようになるのです」

 

これは、ワーレンハイド国王とも宰相ルベルクとも事前に打ち合わせしていた内容であった。魔獣の襲撃も意に介さないヤーベ卿を魔の森の開発担当に据えることが出来れば、コルーナ辺境伯家は南西の肥沃な平原の開拓に集中できるのである。バルバロイ王国としては、正に一石二鳥、最高の人材配置であった。魔の森は実際にヤーベ卿が手腕を振るい、旧リカオロスト公爵領の統治は救国の英雄という存在だけを生かして実質運営を今までの者達で賄う。ワーレンハイド国王はヤーベと言う存在を王国で最大級に生かし切る戦略を考え、実行したのであった。

 

「これにて会議を終了する。彼の御仁に無理な負荷や、やらせなければならないようなことは無いな?」

 

「はい。これまで通り、ヤーベ卿には自由に過ごして頂いて問題ありません。城への出仕義務はありませんし、旧リカオロスト公爵領の統治のために縛られることもありません。カソの村の防衛に関しましては、魔の森の魔獣退治、開墾と共に、スライム伯爵としての領土と説明しておけば、最低限の手を打たれる事と思いますので、報告だけ上げて頂くようすれば良いかと」

 

宰相ルベルクの言葉に大きく頷くワーレンハイド国王。

 

「それでは解散。今後ともよろしく頼む」

 

「「「ははっ!」」」

 

こうして、ヤーベの知らぬところでヤーベは王国最大の領土を誇る伯爵になったのであった。

 




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第209話 飛び込みの依頼はありがたく頂こう

 

「無い! 無い! 無い!」

 

折角朝早く起きて王都冒険者ギルド本部に足を運んだと言うのに・・・。

なぜ無いのだ!あの!超有名な!伝説の!討伐依頼が!

 

俺が騒いでいるのが気になるのか、早朝の冒険者ギルドにまばらにいた他の冒険者が怪訝な顔をしている。

 

やがて、カウンターから受付嬢がこちらへやって来た。

 

「あの・・・一体どうされました?」

 

「無いのですよ!超有名な、基本討伐依頼であるゴブリン退治の依頼が!」

 

俺は依頼書が張ってある掲示板を指さして言う。

討伐系の依頼はEランクから、と決まっているのだが、なんとEランクは元より、Cランクまでの依頼の中に討伐系の依頼が無いのである。

 

「ああ・・・、私も最近この王都に配属になったばかりなので、詳しい事はわからないのですが、ここしばらく王都バーロンの周りにほとんど魔獣が現れず、魔獣による被害も無いため、討伐依頼が来ないのですよ。依頼が無くとも、通常であればゴブリンやオークなどは常時討伐依頼があるはずなのですが、魔獣が出ないのでその常時討伐依頼も今は外しています・・・受けて頂いてもゴブリンやオークがいないので」

 

すまなさそうに行って来る受付嬢の女性。

 

(ヤッベー! 久々にヤベちゃんヤッベー! 昨日の話じゃん! 低ランクの魔獣討伐依頼を中心に受けていた連中の仕事が無くなった件! ローガ達が王都周りの魔獣を狩り尽くしちゃったから、魔獣討伐依頼が無くなっちゃったんだ! マジでしまった! ローガ達を放置しておいた俺を殴りたい)

 

汗をかかないスライムボディである俺様のはずなのに、ダラダラと嫌な液体が額から噴き出ている気がする。

 

「こちらに来てまだ数日なので、あまり把握をしているわけではないのですが、食材に使用できるオークやフォレストリザードなどの解体依頼や買い取り依頼も無くて、最近は慢性的に肉不足みたいなんです」

 

(ヤッベー! さらにヤベちゃんヤッベー! ローガ達がトレーニングと称して王都の周りの魔獣を狩りまくっているわけだけど、俺の亜空間圧縮収納に放り込んである討伐した魔獣を王都に来てから一体も売りに出してない! 溜まる一方だよ! だって売ってないんだもん! 当たり前だよ! 死ぬほどオークもフォレストリザードも持っているよ! 新鮮で生きのいい死体ですけどね! 金にならないけどゴブリンの死体も山ほどありますが、なにか?)

 

汗をかかないスライムボディである俺様のはずなのに、先ほどにも増して滝の様にダラダラと嫌な液体が額から噴き出ている気がする。

 

(い、今さら冒険者ギルドにオークとか山の様に買い取り出せねぇ・・・)

 

俺は脳みそをフル回転させる・・・スライムだから脳みそ多分ないけどな。

 

(通常なら、ソレナリーニの町で買い取りに出すと、解体手数料無料でやってくれるんだが・・・)

 

城塞都市フェルベーンくらいまでならそれでもよかっただろう。だが、今は王都にいて、この王都に肉が無いのだ。あまりに遠くに解体に出してしまうと、王都に来るまでに時間も費用も掛かってしまうだろう。

 

もはや解体費用がどうこうというレベルで考える必要も無い。それほどお金に困っていないし。だから、出来れば王都で解体に出して肉に加工してもらい、新鮮な状態で食べてもらいたい・・・熟成とかあるから、多少遠くてもいいのか?

 

「はああ・・・、近くの定食屋さんでも、鶏肉しかないからアースバードの唐揚げ定食ばかり食べてしまうんですよね・・・。太っちゃいそうで」

 

何の心配をしているんだと思うのだが、肉が鶏肉しかないのは選択肢が無いな。

 

「よう、何騒いでんだ?」

 

ふと見ればゾリアがフロアに出て来ていた。

あくびをしながら、頭をバリバリと掻いている。

もしかしてコイツ、冒険者ギルドに寝泊まりしているのか? 金使わない気だな。

 

「あ、ゾリア様。こちらの方が、討伐依頼がない事に困っておられまして・・・」

 

丁寧に俺の事を説明してくれる受付嬢さん。

いいよ、そんなに丁寧に説明してくれなくても。どうぜゾリアだし。

 

「なんだ、ヤーベ。昨日も言っていたが、ゴブリンでも狩りたかったのか?」

 

「そうだよ!Eランクのゴブリン討伐で山の様にゴブリンの死体を積み上げて驚かせたかったんだよ!」

 

俺の魂の絶叫にゾリアも受付嬢さんもキョトンとする。

一拍、時が止まった後、

 

「ギャ――――ハッハッハ! ハラ痛ェ! お、お前がゴブリン山積みって、誰ももう驚かねーっての! バーレールの町でオーク1500匹狩り尽くしてその首だけで倉庫の床埋め尽くしたのを忘れたのかよ!」

 

指さして笑いやがった、コイツ!

そういや、バーレールで1500匹のオークたちを仕留めたけど、首しか出してないから、肉はほとんど俺が持ってるよ! ローガ達にキングやジェネラルの上位種の肉を食べたいと言われて、上位種も全く買い取りに出してない! 俺か!俺のせいなのか!? この受付嬢のかわい子ちゃんがオーク肉の焼肉定食食べられないのは俺のせいなのか!?

 

「そういや、お前さん昨日Fランクの薬草採取の依頼を受けていなかったか? このマルーン草の採取は鮮度が命だから、受けたら当日引き渡しじゃなかったか?」

 

「な、なにっ!?」

 

そういや、俺も個人で受けてたよ、薬草採取! しかも、昨日採取した薬草、全部ケモミミ三人娘に渡しちゃったよ! 俺の分残ってねーよ!

 

「・・・モッテナイ・・・」

 

「ブフッ!」

 

ゾリアが吹いた。隣の受付嬢さんはキョトン顔だ。

 

「お、おまー、Sランクの・・・冒険者が! え、Fランクの薬草採取の依頼をしくじるって・・・!」

 

俺を指さしながらもプルプルしているゾリア。

 

「ギャ――――ハッハッハ! ハラ痛ェ! よ、捩れるぅ! SランクがFランクの薬草採取失敗って!!」

 

四つん這いになって倒れ込んで床を叩きながらバカ笑いするゾリア。くそー!!

 

「え、えええSランク!?」

 

受付嬢のお姉さんが驚いて固まる。そういや、このお姉さんには昨日Fランクの冒険者タグを渡したな。サーシャがパーティ登録だとか言っていたけど。

 

そこへ、ケモミミ三人娘がやって来た。

 

「あー、やっぱりヤーベ先に来てた!どうして宿に迎えに来ないのよ!」

「ヤーベおはようにゃ」

「おはようございますです」

 

狼耳娘のサーシャが文句を言う。猫耳娘のミミと犬耳娘のコーヴィルはちゃんと朝の挨拶をしてきた。えらいね。挨拶は大事だよ。

 

「はいおはようさん。それで、そんな約束してたっけ?」

 

「今日はEランクの魔物討伐依頼を受けるんでしょ!パーティリーダーの私を迎えに来なくてどーするのよっ!」

 

両手を腰に当てて、偉そうに宣うサーシャ。

 

「お前がパーティリーダー? 初耳ですけど?」

 

「言って無かったかしら? 昨日この四人でパーティ登録したから」

 

「あっ! 登録するパーティ名考えました?」

 

受付嬢さんが再起動したのか、急に問いかける。

 

「ええっ! 一晩いい宿に泊まって考えてきたわよ!」

 

そう言うと、猫耳娘のミミはケモミミが付いたカチューシャを取り出して、ピョンと飛んで俺に装着する。

 

「こ、これは・・・?」

 

「私たちのパーティ名は『ケモミーズ』よ!」

 

「だから俺にもケモミミ付けさせてるのか!」

 

俺は頭に付けられたケモミミカチューシャに手を添えて叫んだ。

 

「ア―――――ッハッハッハ!! か、かわいいぞヤーベ! イ――――ヒッヒッヒ!!」

 

ゾリアが死ぬほど笑い転げている。本当にひどい奴だ。

 

「サーシャ・・・、Eランクは元より、Cランクまで討伐依頼が無いわ・・・」

 

犬耳娘のコーヴィルが掲示板を見ながら呟く。

 

「な、ないにゃ? ひとつも討伐依頼がないにゃ!?」

 

身長が小さいせいか、コーヴィルの肩に手を置いてピョンピョンと飛び跳ねて掲示板を見るミミ。

 

「ど、どうしたらいいのよ・・・」

 

いきなり途方に暮れるサーシャ。大丈夫かケモミーズ。

 

「なあ、頼むよグランドマスター!通常の二倍・・・いや、三倍出す!何とかオークの肉を手に入れてくれないか!」

 

「いや、そうは言ってもですね・・・王都周りにいないことにはなんとも・・・」

 

グランドマスターのモーヴィンに纏わりつくように一緒にやって来た髭面のオッサン。誰だ?

 

「ああ、ヤーベさん、おはようございます・・・その頭の耳は何か意味が? 後ゾリア殿は何故床で転げ回って笑ってるんです?」

 

「ああ、笑った笑った・・・おう、モーヴィンおはよう。この世は面白い事がまだまだあるな」

 

「何が面白いのかよくわかりませんが・・・」

 

「それはそうと、オーク肉だよ!オーク肉! わかった!四倍だす!頼むから手に入れてくれ!」

 

「わかりましたわかりましたよ・・・、一応特別依頼と言う事で受注します。張り出ししますけど、うまくいくとは限りませんからね?」

 

そう言って丁度目の前にいた受付嬢に指示を出し、髭面のオッサンを案内させて依頼申し込みを行っている。

 

とりあえずその様子をケモミーズの三人と見守る。

やがて完成した依頼書が掲示板に貼られる。

 

サーシャとミミがしげしげとその依頼書を覗き込む。他の冒険者たちも覗き込んでいる。

 

「うおっ! オークの買い取り価格が通常の四倍だぜ!」

「ちょっと探してみるか」

「いつもならオークの二~三匹くらい何とでもなるんだけどなぁ」

 

冒険者たちが口々に展望を語る。

 

「これ、Dランク推奨って書いてあるです。推奨だからFランクの我々でも一応は受けてもいいです」

「じゃあこれを受けてオークを狩りに行くにゃ!」

「どこに居るのかしらね~」

 

ケモミーズの三人娘もオークを狩る気満々だ。というか、オーク倒せるのか?

 

「さあ! 行くぞヤーベ、この依頼を受注だ!」

 

そう言ってサーシャが依頼書をカウンターに突き出す。

 

「はい、依頼受理致します。とりあえずこの特別価格での対応は先着五十体までとなります。注意してくださいね」

 

「了解なのです」

「さあ行くわよ!」

「行くにゃ!」

 

依頼を受理した三人娘が俺を捕まえて出かけようとする。

 

「あ~~~なんだ。あるよ、オーク」

 

「ほえ?」

「にゃ?」

「わふっ?」

 

三人娘が揃って首を傾げる。

 

一応俺はケモミーズのパーティメンバーらしいしな。

それに王都の周りの魔獣はローガ達が狩り尽くしてしまったしな。

今探しに行っても無駄足になってしまう。

どこかで探して倒してきたと言っても嘘になってしまう。

それなら、もう持っている物を出した方がいいだろう。

 

「お、オーク、あるって・・・どういう事?」

「もしかして、オーク持ってるにゃ?」

「あ、あの急にたくさん出て来る不思議な魔術です?」

 

「オーク、あるよ」

 

俺はカウンターにドンと首なしオークの死体を取り出す。まず一匹。ちなみに上位種はヤバいかもしれないから標準で。標準でも1000匹近くいるしな。もっとも何匹かはバーベキューやミノ娘の村で煮込みに使ったけど。

 

「わあっ!」

「にゃあ!」

「わふぅ!」

 

カウンターにデンと取り出したから、手足がブラーンと垂れ下がっている。

だが、首の切り口から血が垂れることは無い。

もちろん一旦収納後、夜、森に出向いて逆さ吊りにして血抜きをしてある。でないと取り出してすぐ料理に使えないからな。

 

「もっと出すか」

 

デン、デン、デデンデンデン。

 

そのカウンターに四体、五体と積み上げる。

カウンターがギシギシと軋み始める。

 

「あ、あの!これ以上はカウンターが潰れますぅ!」

「ヤーベ殿、裏の倉庫に納品頂いてもよろしいですかな?」

「よっしゃでかした!すぐに解体してくれ!」

 

受付嬢にグランドマスターのモーヴィン、髭面のオッサンが俺に詰め寄って来る。

 

「・・・とりあえず、依頼達成って事でいいのかしら」

「今日は朝から飲めるにゃ。大通りの<バッカス>亭で一杯ひっかけるにゃ」

「わふぅ・・・それでいいのです?」

 

三人娘がそれぞれの反応をしている中、俺は建屋の裏に回ってキッチリ五十体のオークを納品完了するのであった。

 




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第210話 責任?を取ってギルドの指導員になろう

「で、お前さん何してんだよっ!」

 

冒険者ギルドの倉庫でオークの死体を五十体分亜空間圧縮収納から取り出して納品していた俺にゾリアが文句を言ってくる。

 

「何してるって・・・とりあえずオークの納品だな」

 

改まって聞かれると、それしか回答のしようがないが。

 

「ちげーよ! 何でお前あんなド素人のFランクの駆け出したちとパーティ組んだんだ! お前はSランクって言っただろうが!」

 

青筋立ててゾリアが怒鳴り散らす。

 

「そう言われても、冒険者仲間にって話だけだったんだが、あのサーシャって子が、勘違いしてパーティメンバーで登録しちゃったんだよ」

 

「お前、本気なのか!?」

 

「本気ってどう行う事だよ?」

 

「お前さんはこのバルバロイ王国の伯爵でもあるだろうが! 毎日お気楽に冒険者として活動できるわけじゃないだろう?」

 

「そりゃそうだ。だから冒険に行ける時はって伝えてはいるけどな」

 

「そんな事をあの娘たちが認識しているとでも思っているのか?」

 

「どういうことだ?」

 

わけがわからん。やれる時だけ冒険者パーティに参加する事に何か問題でもあるのか?

 

「今回の特別依頼達成でギルド貢献ポイントが大幅に加算される。オーク肉が無くて困ってるところに大量に納品したんだからな。それはいい、だが、これでお前たちは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。お前はともかく、あの()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って事だよ!」

 

「?」

 

「常にお前が面倒を見るならそれもいいさ。だが違うんだろ? お前はたまに趣味程度に冒険者活動をすればいいのかもしれんが、あの娘たちは違うだろう。生活のためにお前がいなくてもギルドの依頼を受けるはずだ。それも、()()()()()()()()()()()()()()な!」

 

「あ・・・」

 

しまった――――――!!

そうか、そういうことか!

ラノベのお約束だなんて、俺TUEEEEしたかったから、あの三人娘に薬草を出させたが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだ!

ポンコツ三人娘に俺TUEEEEさせても意味無いじゃん!

というか、完全にサーシャやミミは勘違いして平気でEランクやその上のランクの依頼を受けそうだ。コーヴィルだけでは抑えられないだろう。

 

今はまだローガ達が魔獣を狩り尽くした影響で討伐依頼がないが、その内魔獣たちが増えれば討伐依頼が復活するだろう。

その時、Fランクの薬草採取もままならないあの三人娘が無茶をしない、何てありえない。勘違いして無謀な依頼を受ければ待ち受けるのは「死」だ。

 

「う・・・」

 

「明らかに今回の状況はあの三人娘にはオーバーキャパだ。一応モーヴィンと相談して判断するが、パーティ功績があるのにポイント昇格しないのも具合が悪いと言えば悪いんだ」

 

明らかに俺のミスだな。勝手にパーティ登録されたとはいえ、面倒を見れないのに一時的にでも過剰な手助けをしてしまったわけだからな・・・。

 

「そこで、だ」

 

ゾリアが右手の人差し指を俺に突き付ける。

 

「なんだ?」

 

「お前、ギルドの指導員になれ」

 

「・・・はい?」

 

ギルドの指導員? 何ソレ?

 

「ギルドの指導員だよ! シ・ド・ウ・イ・ン!」

 

「だから、何だよ、その指導員って?」

 

「基本的には冒険者たちを教える立場のヤツを意味している。先輩とか、そういう意味ではなくて、ちゃんとしたギルドの登録員だ。教官みてーなもんかな?」

 

「なんで俺がその指導員とやらにならなくちゃならねーんだよ?」

 

「今回のお前が無茶したオークの功績も、指導員込みなら貢献ポイントを抑えられるし、何より指導員がいる場合のみ上位クエスト受理可、とか条件が付けられる。大体お前はSランクになるって言ったろうが。このままではFランク登録のデータをSランクに書き換えるんだぞ? あの三人娘からも何言われるかわからんぞ? とりあえず今のFランク冒険者タグをEランク指導員へ変更して、指導員同行の場合のみEランク対応、というようにあの三人娘に条件を付けさせろ。そうすればお前がいない時は無茶できない」

 

「なるほど・・・」

 

確かに、俺がいない時はFランクとかの危険が少ないクエストしか受けられないのであれば、無茶は出来ない。俺がいない状態でも大丈夫なように実地訓練をしてもらうしかないだろう。

 

「で、お前は指導員としてパーティ登録されるんだから、責任もってあの三人娘が一端になるまで面倒見ろよな」

 

右手をピラピラと振って俺にそんなことを言うゾリア。

 

「なんでだよ!」

 

「お前が楽させちまったからじゃねーかよ。下手すりゃあの三人娘は薬草採取に失敗して冒険者資格を剥奪されて、違う人生を模索しなきゃいけなかったかもしれないんだぞ?」

 

「そうだよ、可愛そうじゃねーか。寝る場所も確保できないくらい貧乏なんだろ? これで腰据えて頑張れば・・・」

 

「英雄サマにしちゃ随分なまっちょろい事をいうじゃねーか」

 

剣呑な雰囲気を出すゾリア。

 

「腰据えて頑張ればなんとかなる? そう言うやつはFランクの採取依頼でも泥水啜ってでもクリアしてくるもんなんだよ。ラッキーなお前さんのアシストで浮足立って喜んでいる連中が本当にほったらかしで一人前に育つと思ってんのか?」

 

「ぐっ・・・」

 

どう考えても調子に乗ってバカやる姿しか想像できない。特にサーシャ。

 

「だから、責任取って鍛えろって言ってんだよ、指導員サマ?」

 

ニヤニヤしながら俺の肩をポンポンと叩くゾリア。

クソー! 俺が俺TUEEEEしたいなんて思わなければ!

 

大体鍛えるって、マジでまずいぞ!?

俺は亜空間圧縮収納に放り込めば鑑定も出来るから、薬草の形なんて覚えてない。だから、薬草採取を教えられないのだ。

 

・・・コレ、マジで真面目に一から勉強するのか?俺が?

鑑定が大賢者モードでも発動して説明してくれるようになれば別だが、他人に教えると言う事は、自分が違いを分かっていないと教えられないからな。とんでもないことになった。

戦闘だってそうだ。俺のスライム戦闘術は俺のボディがあってこそだ。

今でこそノーチートな俺でも努力を積み重ねた結晶が花開いてある程度俺TUEEEE出来るけど、コレを相手に教えろと言っても無理だ。ということは、一般的な教養は元より、戦闘術も学んだうえで対応しないと何にも教えられないぞ!?

 

ヤベー!ヤベちゃんヤッベー!

最近ヤベーことばっかりな気がする。

天才は教えられないって全面的にお断りしてー! 天才じゃねーけどなっ!!

 

「じゃ、お前さんはギルドのEランク指導員で、あの三人娘は指導員付き添いの場合のみEランク処理ね、ヨロシク!」

 

そう言って手を振って出ていくゾリア。

チクショー! 厄介な仕事がまた一つ増えたぞ!

 

 

 

俺が倉庫から戻って来ると、カウンター横で俺を待っていたのか、三人娘が駆け寄って来る。

 

「見て見て! こんなに報酬もらっちゃったよ!」

「これはパーティの仕事にゃ! だから報酬はみんなで割り勘にゃ!」

「いいのでしょうか・・・? ヤーベさんが持っていたオーク納品しただけですよね・・・?」

 

コーヴィルの真面な意見は他の二人に完全にスルーされている。

サーシャとミミは俺に飛びついて喜んでいる。

 

「いいよね! いいよね! 私たちパーティだもんね!」

「パーティの功績は分かち合うにゃ!」

 

もはや揉みくちゃにされているレベルで纏わりついて来るサーシャとミミ。

どうあがいても転がり込んできた大金を山分けしろと言うつもりのようだ。

まあ、良いんだけど。

 

俺はべたべたと纏わりつくサーシャとミミを見ながら、オロオロしているコーヴィルがとても真面目で頼りになる影のリーダーになってくれ!と心の底から願った。

 




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閑話31 奥様会議

コンコン。

 

木でできた扉をノックする音が聞こえる。

 

「・・・合言葉は」

 

「全てはヤーベ様のために」

 

「入室を許可します、同志よ」

 

そう言って内開きの扉を開けたのはルシーナであった。

そして、今しがたノックしたのはイリーナである。

 

普段ヤーベを呼ぶ時に様をつけないイリーナであったが、ルシーナの考えた『合言葉』を言う時は一言一句間違えないことをルール化しているため様をつけている。

 

「なんだ、私が一番最後だったか」

 

見ればテーブルにはすでに奥さんズの面々であるサリーナ、フィレオンティーナが着座している。

・・・なぜかフィレオンティーナの横にはリーナも座っており、その手前の入り口に近い下座にはチェーダ、パナメーラ、マカン、エイカの四人のミノ娘たちまで座っていた。

 

「ええ、これでそろいましたね。それでは第三十二回奥様会議を始めます」

 

何気に開催の多い会議であった。

 

そしてルシーナがイリーナに着席を促す。

ここはヤーベの王都の屋敷、地下1F。元々はプレジャー侯爵が地下に作った拷問部屋の一部である。地下に錬金部屋が欲しいといったサリーナの要望を受けて改装した際、区切った間取りの一部を後々倉庫として使えるように残した一部屋である。

そこに、奥さんズの面々を始めとした女性たちが集まっていた。

 

地下室なので全く光の入らない壁に囲われた部屋に、大きな長方形のテーブルとイスがおかれている。その他、飲み物が飲めるように部屋の隅に置かれたキャスター付きの移動ワゴン。そして、壁に取り付けられた魔導具による淡い光が部屋の中を照らしている。

 

「これなら円卓の方が雰囲気でるかな?」

「あら、いいですわね、円卓。かっこいいですわ」

「ふみゅ? 円楽ってなんでしゅか? カッコイイでしゅか?」

「リーナちゃん、円楽じゃなくて円卓ね? まあるいテーブルよ。みんなの顔がよく見えるのよ」

「ふおおっ!みなしゃんが見えるのはいい事でしゅ!」

 

イリーナ、フィレオンティーナ、リーナが円卓に思いをはせていると、ルシーナが厳かな口調で語り始めた。

 

「・・・由々しき問題です」

 

「どうしたんだ?」

 

イリーナが腕組みしながら問う。

 

「・・・これを見てください」

 

ルシーナが白いハンカチを広げる。

そこには、何かの動物のような毛がいくつもあった。

 

「んん? 動物・・・いや、獣人の毛だろうか?」

「複数ですわね・・・、微妙に色味が違いますわ」

 

見ればどの毛も茶色がかっているのだが、黄色がかっているものもあり、複数の種類だと思われた。

 

「私の錬金釜による鑑定だとね、これは狼人族、犬人族、猫人族の毛だと判明したよ。それも女の子だね」

 

「・・・なんだと?」

 

サリーナの説明に多少剣呑な雰囲気を出すイリーナ。

 

「それはそうと、いつの間にその錬金釜手に入れたんですの? この前お風呂に持ち込んだ時におかしいなと思ったのですわ。錬金釜は中古でも金貨100枚はくだらないですわよね?」

 

ジトッとフィレオンティーナがサリーナを見る。

 

「あはは・・・、王都の錬金術ギルドに行ったときに錬金釜の掘り出し物があってね・・・ちょっとヤーベさんにおねだりを・・・」

 

テヘヘ、と笑うサリーナ。

 

「ちょっと!? 出かけたとは聞きましたけど、それ聞いていませんけど!? 金貨百枚って!」

 

ルシーナがびっくりして声を上げる。

 

「むうっ! 私なんか王都に来てからヤーベに買ってもらったのはハンカチ1枚だけだぞ・・・」

「そういうと私もショールだけしか受け取っていないのですわ」

 

イリーナとフィレオンティーナが不満を口にする。

フィレオンティーナのショールに関しては他のメンバーの分もあるのだが、バタバタしてまだヤーベは渡せていなかった。

そして、ゴルディン師のところで作らせたチート武器の数々はヤーベからのプレゼントには含まれない。たとえヤーベの財布からお金が出ていたとしても、ヤーベのプレゼントではない。

 

「でも、ルシーナちゃんも抜け駆けしてヤーベさんの指輪貰ってるし・・・それは高価というよりプライスレスだよね?」

 

サリーナがやり返さんとばかりにジトッと視線をルシーナに向けた。

 

「いやいや、それは皆さんにも同じように用意するってヤーベ様はおっしゃったではありませんか!」

 

わたわたと両手を自分の前で振って心外だとアピールするルシーナ。

 

「いやいや、いの一番に貰ったのは大きいよね~、だって私たちのはまだ全然できてないのか、誰ももらってないし」

 

嬉しそうにニヤニヤしながらルシーナをやり込めるサリーナ。

そのやり取りとみていたチェーダが溜息をつく。

 

「いいな~、俺もヤーベから何かプレゼントしてもらいたいよ・・・」

「あら、随分と贅沢ね、チェーダは。そんな卑しい感じだとお妾さんとして嫌われるわよ?」

「だいたい奥様方と同じように扱ってほしいなんて分不相応です」

「そうそう」

 

ぼやいたチェーダに総攻撃をかけるパナメーラ、マカン、エイカ。

どちらかと言えば大ピンチを救ってもらい、ヤーベに白馬の王子様の姿を見ているチェーダと違い、パナメーラ、マカン、エイカの三人はちゃんと自分たちの立ち位置を把握してこの場に臨んでいた。

 

そんな厳しい言葉に、一層肩を竦ませ、縮こまるチェーダ。

そうは言っても、自分たちが飢えて困っている時に、そして魔物に襲われている時に颯爽と現れ助けてくれたのだ。その上キスまでされて、ぎゅっと抱きしめられ頭も撫でてもらっている。助けてもらった立場のチェーダだったが、ヤーベにまだまだたくさん甘えたいのである。

 

なぜ奥さんズの面々が怪しげに打ち合わせしているこの場にチェーダたちが居るのかというと、お風呂でひと悶着あって意気投合したうえ、妾の立場もしっかり考えようという事になったからであった。

 

そんな折の奥様会議であった。

 

「チェーダさん、このヤーベ様の服、匂いをかいでもらえます?」

 

すっと差し出されたシャツ。それはヤーベが昨日冒険者ギルドから帰ってきた際に着替えた服であった。なぜそれが洗濯されることなくルシーナの手の中にあったのか・・・それについて誰も知る由もなかった。

 

服を受け取り、自分の鼻を近づけるチェーダ、

 

「クンクン・・・お、ヤーベのいい匂いだ・・・むっ! 獣人の匂いが混じっているな・・・。それも狼人族と猫人族の女の匂いはマーキングされているレベルの匂いだ・・・。それにそれよりも残り香が少ないが、犬人族の女の匂いもあるな・・・。少なくとも三人に抱きつかれているぞ」

 

眉間にしわを寄せて答えるチェーダ。

 

「確かに、ルシーナの言う通り、ゆゆしき問題だね・・・」

 

黄金の錬金釜を撫でながらサリーナが呟く。

 

そう、ここにいる奥さんズの面々を筆頭とした奥様連合のみんなは、ヤーベが自分たちをほったらかしておいたまま、浮気しているのだと考えたのだ。

 

「これは・・・O・HA・NA・SHIが必要ですわね・・・」

 

ゴゴゴ・・・とアブナイオーラを出しながらフィレオンティーナが呟けば、

 

「ふふふ・・・場合によってはO・SHI・O・KIも必要かもしれませんよ・・・」

 

目にアヤシイ光を漂わせてルシーナがにやりと笑った。

 

当人は全く気が付いていないが、今、ヤーベの命は風前の灯火となっていた。

 




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閑話32 お風呂の異変

「それはそうと、皆でお風呂にいきましょうか」

 

フィレオンティーナがその場の空気を換えるようにパチンと手を叩く。

 

「ふおおっ!お風呂でしゅ!お風呂でしゅ!真っ白なお風呂でしゅ!」

 

リーナも万歳して賛成する。

 

「それでは、他の者たちにも声を掛けてまいりますね」

 

パナメーラはお辞儀すると真っ先に会議室を出て行った。

 

奥さんズの面々やリーナとミノ娘たちがなぜみんなでお風呂に入ろうと盛り上がっているのかというと・・・。

 

 

 

 

 

 

昨日の事である。

 

「うははっ! お風呂って本当に気持ちいいな!」

 

チェーダが湯船から桶を使ってバシャバシャとかけ湯を行っていた。

 

「ちょっと!もう少し周りに気を使いなさいよ! 飛び散っているわよ!」

 

マカンがチェーダに苦言を呈した。

 

「わかってるわかってるって」

 

大量のお湯をかぶるのが気持ちいいのか、かけ湯を続けているチェーダ。

 

「メイドさんの説明受けてるわよね! ちゃんと流し場で体を洗って汚れを落としてから湯船につかるんだからね!」

 

ガミガミとチェーダに注意するマカン。チェーダは肩をすくめて洗い場に移動した。

 

「わかってるよ、オレも説明は聞いたさ。湯船を汚したら後から入る人たちに迷惑がかかるって話だろ?」

 

「そうよ! 特に今日は特別に奥様方が忙しいからって私たちがなぜか一番乗りなんだから、絶対に汚したりしたらダメよ! 万一私たちに何か不備があって、今後ミノタウロスハーフたちにはお風呂を使わせるなって怒られたらシャレにならないんだからね!」

 

マカンも相当お風呂を楽しみにしていたようだ。それだけに今後ともこの屋敷でいい待遇の中働かせてもらうためには十分に気をつける必要があると思っていた。

 

ミノ娘たちは屋敷に来てから、午前中は教養を身に着けるために勉強、午後は戦闘訓練、メイドの仕事の実践勉強など、四組に分かれて訓練を行っていた。

チェーダのように戦闘訓練に適性が高い者もいれば、マカンのように料理関連などメイドの中でも特殊な作業に才能を見せる者、エイカのように掃除や洗濯を丁寧にこなし、基本的なメイドとしての適性を見せる者などいろいろであった。パナメーラに関しては、執事長のセバルチュラがパナメーラに一般教養が身に付けば旦那様の秘書を任せたいと抜擢を示すほどの才能を見せていた。

 

その訓練が終わって、夕食ができる前までに汗を流すようメイドたちに指示を受けたのである。

 

「このせっけんってやつ?こすると泡が出るんだな!すべすべして気持ちいいな!」

「いい香りもするわね!」

 

チェーダと並んでエイカも一緒に体を洗っている。

 

一足先にパナメーラが洗い終わったようだ。

 

「先に湯船につかるわよ~」

 

そう言ってちゃぽんと湯船に肩までつかるパナメーラ。

 

「ああ~~~~、なんかタマシイ出ちゃいそう・・・」

 

とんでもないことを言い出すパナメーラ。

 

「ええっ!? 大丈夫なのか?」

 

慌てて声を掛けるミーアに手をフリフリして大丈夫だとパナメーラはアピールした。

 

「大丈夫よ~、気持ちよすぎてとろけそうと思っただけ」

 

「ええっ!? そんなに気持ちいいの!?」

 

そう言って慌てて体を洗って我先にと一番大きい大風呂の湯船に沈んて行くミノタウロスハーフの娘たち。

 

「これは極楽だ~」

 

チェーダが顔の半分まで沈んでしまいぶくぶくしている。

 

「こらチェーダ!顔まで沈まないの!」

 

「おおっと、気持ちよすぎて溺れ死ぬところだったよ!」

 

ミノ娘たちは大声で笑いながらヤーベに救われて今の幸せがあることをかみしめていた。

 

「・・・あら?」

 

最初に気がついたのはパナメーラであった。

 

「どうしたの?」

 

マカンの問いかけにも答えない。

 

「このお風呂って・・・白濁していたかしら?」

 

気が付けば湯船が白く濁っている。一番最初に入ったパナメーラは記憶をたどる。

確か、湯船のお湯は透明だったはずだ。湯船の底が見えていたはずだ。だが、今は白く濁っていて底が見えない。

 

「ま・・・まさか・・・」

 

パナメーラは嫌な予感がして周りを見回す。

すると・・・

 

「ちょっと!あなたたち!お乳が出てるじゃない!」

 

「へ?」

「えっ!?」

「はれ?」

 

数人がお湯の中で気持ちよくのんびりしていたところ、自然とお乳が滲み出てしまったようだ。

 

「ちょっと!ちゃんと搾ってこなかったの!?」

「搾っては来たんですけど・・・」

「最近自分では出が悪くて・・・」

「あたしも張ってるけど・・・あんまりでないんだよね~」

「で、あったかくて気持ちよくてのんびりしたら・・・」

 

「「「でちゃった感じ?」」」

 

悪びれもせずテヘペロする娘たちにパナメーラが怒り心頭になる。

 

「どうするのよ!いきなりこれほどの量のお湯汚しちゃったじゃない!」

「あああ・・・短いお風呂人生だった・・・」

 

見ればマカンが四つん這いになって突っ伏している。

お風呂を汚したために明日からお風呂出入り禁止を言い渡されるのだろうと絶望の淵に落ちたようだ。

 

「う~ん、なんとかならないかなぁ?」

「なんとかなるわけないでしょ?どれだけのお湯の量だと思ってるのよ」

 

エイカの呟きにミーアがあきれる。

だが、お乳が出て白く濁ってしまったお風呂はもう元には戻らないのだ。

 

そこへ陽気な声が聞こえてきた。

 

「おっ風呂~、おっ風呂~、おっ風呂~」

「でしゅ!でしゅ!でしゅ!」

「あらあら、随分とはしゃいでいるわね? 何かいいことあった?」

 

大浴場に現れたのはヤーベの奥さんズメンバーであるサリーナとフィレオンティーナ、それにリーナの三人であった。

 

「えへへ~、錬金術ギルドでちょっと掘り出し物が出たんで、ヤーベさんとリーナちゃんで買い物に行ったんだよ~」

 

「え!? 聞いてませんけど? また旦那様にタカりましたわね!」

 

プンプンするフィレオンティーナにいたずらが見つかったような顔をして首をすくめるサリーナ。

 

「リーナはポポロ食堂のコロッケ買ってもらったでしゅ!三つももらったでしゅ!」

 

「そう、旦那様はリーナちゃんが大好きだものね~」

 

そう言ってリーナの頭をナデナデするフィレオンティーナ。

ポポロ食堂のコロッケなど何十個買おうと問題はない。

だがサリーナの言う錬金術ギルドの掘り出し物は、物によっては金貨数十枚、高いものになると金貨百枚を超える品もあるという。

 

「甘えすぎてはいけませんよ!」

 

「は~い!」

「は~いでしゅ!」

 

サリーナに言ったのだが、リーナまで返事をしたのでフィレオンティーナはほっこりしてしまった。

 

「あら? ミノタウロスハーフの皆さん、お先でしたか」

 

比較的体の大きなミノ娘たちが全員入ってもまだ余裕のある大浴場の大風呂であったが、湯が白く濁っていた。

 

「あら・・・? 今日はお風呂が白いですわね?」

「あ、本当だ」

「ふおおっ!白くてキレイでしゅ!」

 

フィレオンティーナの疑問にサリーナも首を傾げる。

リーナは喜んでいるようだが。

 

「も、申し訳ございません!」

 

湯船から慌てて飛び出すとパナメーラはその場で土下座する。

 

他の娘たちもそれに続いて続々と湯船から上がり土下座していく。

 

「どどど、どうしたのですか?」

 

フィレオンティーナが慌てて事情を聞いた。

 

「はい、お風呂でリラックスしすぎたせいか、お乳が滲み出てしまった者たちがおり、お湯が白く濁ってしまいました」

 

「「「申し訳ございません!」」」

 

「え・・・じゃあミルク風呂ですわねぇ」

 

のんびりとフィレオンティーナが状況を認識する。

 

サリーナがおもむろに白濁した湯船に手を突っ込む。

 

「んん~?」

 

ちゃぱちゃぱして自分の腕にかけてみる。

 

「コレ・・・もしかしてすごいかも!」

そういうとサリーナはタオルをほっぽり出して脱衣所の方へ飛び出して行く。

 

「キャ――――!!サリーナ様!なんて格好で廊下へ出ていらっしゃったのです!」

「ふ、服!服をお召しになってくださ―――――い!!」

 

メイドたちの叫び声が聞こえる。

どうやら、隣の部屋である自分の錬金室に裸で飛び込んだらしい。

 

そうしてサリーナが裸のまま戻ってくる。金色のお釜を持って。

 

サリーナは桶で白濁したお湯を汲むと、金色のお釜に流し込んだ。

その後魔力を注いでブツブツ呟く。

この間、すっぽんぽんのまま作業は行われている。

サリーナに限らず、大浴場であるからして、タオルを持っているかいないかの違いくらいで全員すっぽんぽんであるのだが。

 

「うん! やっぱりすごいよ!この白いお湯!」

 

サリーナが興奮したように手をブンブンと振っている。

 

「どうすごいのですか?」

 

フィレオンティーナが首をかしげるのを見て、サリーナがドヤ顔で説明を始めた。

 

「疲労回復、魔力回復に効果があるよ、コレ! それに何よりお肌がツルツルになって新陳代謝が良くなるって!」

 

「ええっ!? それはすごいですわね!」

 

サリーナのドヤ顔にフィレオンティーナも納得する。これは風呂に入ってただ気持ちいい、という次元をはるかに凌駕している。この白濁したお風呂に入れば、疲労回復、魔力回復、健康になるうえに、お肌までツルツルになるのだ!

 

「決めましたわ!これから毎日ミノタウロスハーフの皆さんと一緒にお風呂ですわ!」

 

フィレオンティーナがドーンとぶち上げる。

 

「ええっ!?」

 

パナメーラが驚きを隠せない。

 

「あら?ご迷惑でした?」

 

「迷惑なんてと、とんでもない! 奥様方とご一緒できるなんて光栄の極みですが・・・、その、いいのでしょうか? お風呂が白く汚れてしまいましたが・・・」

 

パナメーラが恐縮する。

 

「何を言ってるの。貴女たちのお乳が入ったお湯はとても素敵な効能があるのよ? こちらからお願いしているのだから、何も遠慮することなくお風呂で一緒に温まりましょう?」

 

「は、はいっ!」

 

フィレオンティーナに誘われてみんなで白く濁ったお風呂につかる。

そこへ遅れてイリーナとルシーナもやってきた。

 

「わっ!お風呂が真っ白だぞ?」

「どうしたんでしょう?」

 

イリーナとルシーナがそれぞれ首をかしげるが、またもドヤ顔でサリーナが錬金鑑定の結果を説明すると、二人とも慌てて流し場で体を洗って湯船につかりに来た。

 

「ふわ~、なんだか甘い香りもするような気がするぞ・・・」

「おふふ・・・これでお肌もツルツルスベスベに・・・」

「しゅべしゅべでしゅー!」

 

イリーナとサリーナも大喜びで湯船につかっていた。

リーナに至っては全身沈んでスベスベ感をマンキツしているようだ。

お風呂マナーとしては問題だが、子供のやることと見逃されている。

 

その後お風呂場で女子トークが始まってしまい、ミノ娘たちのヤーベへの妾入りなどが話題となり、改めて今後どうするか話をする場を設けることが決まったのであった。

 




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閑話33 王都に住む人々の幸せな日常④

コルーナ辺境伯邸――――

 

 

「ううう・・・一体いつまでこうして内職していればいいんですかねぇ・・・」

 

しくしくと泣きながらそれでも器用に手を動かして人形ストラップを作り続けている娘。

そう、サキュバスのミーナであった。

 

「うふふ・・・、何事にも縛られず、ただただ黙々と作業するのもいいものですよ?」

 

そう言ってこちらも器用に手を動かして人形ストラップを作り続けているのは、フラウゼア・ハーカナー元男爵夫人である。

 

コルーナ辺境伯邸の地下にある一室で二人は黙々とヤーベ人形ストラップを作り続けている。傍から見ればかなりブラック企業の窓際内職である。

 

二人が作業しているテーブルの横には、大量に完成したヤーベ人形ストラップが箱詰めされており、そのさらに横にはヤーベ人形ストラップの材料がこれまた大量に箱詰めされている。

 

これを見てしまうと、作っても作ってもここから出られない永遠の作業と感じられるだろう。

 

「しくしくしく・・・大人しくしているのにヤーベさん全然会いに来てくれないし・・・」

 

泣きながらもちゃんと手は動かして人形ストラップを作り続けているミーナ。何気に律儀である。

 

この二人、理由はどうあれ、王都では大っぴらに姿を見せるとマズイ人物であるため、コルーナ辺境伯家でも出来るだけ目立たない場所で過ごすことにしていた。

フラウゼアに処遇について不満はないのだが、サキュバスのミーナは元来明るい社交的な性格をしているため、詰め込まれて放置されているのは辛いものがあった。

 

 

コンコン。

 

 

地下室のドアがノックされる。

 

「はい」

 

一応部屋の主っぽいフラウゼアが返事をする。

 

「すみません、完成した分のストラップを受け取りに来ました」

 

そう言って姿を現したのはメイドさんであった。

ヤーベ人形ストラップの回収を命じられたのか、品物を取りに来たようだ。

 

「あら、ミーナさんも作業組だったのですね。まだしばらくこちらに?」

 

メイドの問いかけに、イマイチピンと来なかったミーナは首を傾げた。

 

「いや、先日ヤーベ伯爵様はその身内の方と揃って王都に出来たご自身のお屋敷にお引越しされましたので・・・」

 

なんとなく可哀そうな人を見るような目で説明してくれるメイドさん。

 

「・・・忘れられた―――――!!」

 

完全に自分がヤーベに忘れられていると悟ったミーナ。おんおんと泣き出す。

 

ちなみにフラウゼアは引っ越し前にカソの村の二人目の巫女として打診があり、OKの返事をヤーベに返していたので、王都の引っ越しにはついて行かなかった。カソの村の神殿で受け入れ準備が整い次第フラウゼアはヤーベが送り届けることになっている。

 

「お~んおんおん! 見捨てられた――――!! ヤーベさんのバカ――――!!」

 

ガチ泣きで落ち込むサキュバスのミーナを見ながら、元気な娘だなぁと感心するフラウゼアだった。

 

 

 

 

 

ポポロ食堂にて――――

 

 

「うわ~~~~!どっちを頼みゃいいんだ~~~~!!」

 

ランチタイムに来た常連客の一人がメニューを見ながら悶えていた。

 

「おい、早く決めろよ、お店に迷惑が掛かるだろ?」

 

連れの男に即されてもうんうん悩んでいる男。

 

「こっちはバクダン定食だ!」

「あ、俺はね~今日はクリームコロッケ定食ね!」

 

「はーい!」

 

ポポロ食堂の看板姉妹、妹のリンがが元気よく返事をする。

 

このポポロ食堂では新たな名物メニュー「クリームコロッケ」が登場してから、メニューを悩むお客が増えたのだった。

 

もちろんこの「クリームコロッケ」を考えて教えたのはヤーベである。

アローベ商会の取り扱う「ミルク(ミノ娘たちから搾ったお乳)」の売込みを兼ねて、ヤーベが実際にベシャメルソースを作ってクリームコロッケを実践して作ったのだった。

 

ベシャメルにチーズを削り入れるのがヤーベ流のこだわりだ。ちょいとマヨネーズも混ぜ込む。

 

魔導冷蔵庫をプレゼントして、出来たクリームの素を冷やしておく。

翌日に衣をつけてからりと上げると、さくっとした歯ごたえと、どろりとしたソースのうまさが絶品のクリームコロッケの完成だ。

最も海産物の情報が入っていないので、カニクリームコロッケではなく、ただのクリームコロッケだ。クリーム自体をすごくおいしくすることに特化している。

 

「アツッ!アツッ!」

「んんん~~~!トロトロですぅ!」

 

レムとリンの二人は試食で感動して即採用になった。

そして自分たちが揚げたクリームコロッケを母親のルーミに食べさせる。

 

「美味しいっ! 凄くクリームにコクがあって美味しいわね!」

 

ヤーベに教えて貰ったと説明すれば、ルーミは涙を浮かべて心の底からヤーベに感謝するのであった。

 

そんな訳で、今のポポロ食堂にはバクダン定食の他にクリームコロッケ定食が大人気であり、どちらを食べるか悩む客が続々と増えているのであった。

 

「仕方ないわね~、特別に両方とも食べられるスペシャル定食を出しましょうか」

 

そう言ってルーミが厨房から出て来る。

 

「りょ、両方とも食べられるって!?」

 

ざわつく食堂内。

 

「バクダン定食のバクダンコロッケの半分と、クリームコロッケ定食のクリームコロッケを1つ、それぞれ同じ皿にのせて、両方食べられるスペシャルな定食よ?」

 

ニッコリして笑顔を振りまくルーミ。

 

「そ、それだっ!スペシャル定食お願い!」

「こっちもスペシャル定食で!」

「こっちはスペシャル三人だ!」

 

次々と両方を食べられるスペシャル定食の注文が入る。

 

「はーい! スペシャル定食は銅貨8枚ですよ~」

 

バクダン定食、クリームコロッケ定食共にランチタイムは銅貨7枚の設定だが、ちゃっかり銅貨一枚値上げするルーミだった。

 




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第211話 万全の資料を作成して依頼達成をサポートしよう

俺は朝早くから冒険者ギルドの資料室に籠っていた。

具体的には朝日が昇ったころに起きて、冒険者ギルドにやって来ている。

ちなみに王都の冒険者ギルドは二十四時間営業である。

俺が来た時には宿直のギルド嬢と技術員のスタッフたちが対応していたから、朝のスタッフ出勤はまだのようだ。

 

資料室で何を籠っているかというと、薬草を調べまくっている。

薬草採取の依頼をケモミミ三人娘にクリアさせるために、採取すべき薬草の特徴を纏めているのだ。

資料には大まかに図柄で説明があるのだが、より分かりやすいように特徴や、間違えないポイントを纏めていく。

 

そして、新たに目覚めた能力を使って資料作りをする。

スライム的調査術(スライスキャン)><スライム的印刷術(スライプリンター)>である。

亜空間圧縮収納に収納した物を鑑定した情報を調査(スキャン)して、取り込んだ羊皮紙に印刷(プリント)する。

イメージは取り込んだ羊皮紙にスライム細胞でスキャンイメージをインクジェット方式で印刷して行く感じだね。

誰もいないことを良い事に、デローンMk.Ⅱの姿に戻って資料を取り込んではイメージデータを作って、プリントして行く。取り込んだ羊皮紙にイメージを印刷して完成した羊皮紙をベーっと口から吐き出す。傍から見るとシュールな映像になっているかな?

 

出来た資料はまるで写真を見ているかのようだ。俺が回収した薬草の写真を中央に張り付け、見るべきポイントを矢印でコメント付きで入れてある。

 

「うん、よく出来た資料だ」

 

俺は出来た資料を見て自画自賛する。

薬草は写真を見るかのような出来だしな。これなら実際に薬草採取に行った際に、実物と見比べることが出来るだろう。いかにポンコツなケモミミ三人娘だとしても、この資料があれば実際に採取に行った際に、薬草を間違えることは無いだろう。

俺は常時薬草依頼にある「マルーン草」の他に、有益な薬草の資料も作ってやった。

 

「これだけあれば薬草採取は大丈夫だろう」

 

そうこうしているうちに時間が過ぎて朝の受付ラッシュが始まったようだ。

受付カウンターが込み合ってきている。

俺は矢部裕樹の姿に戻ってカウンター近くのテーブルに座ってケモミミ三人娘を待つ。

カウンター横の酒場は、朝になると暖かいスープや朝食代わりの軽食が取れるメニューも用意されていた。早速スープと軽食を注文する。

スープはオニオンスープかな? 軽食は硬めのパンを暖かく焼いた物にハムや野菜が付いていた。

 

パンを手で二つに分けて、野菜やハムを挟んで自家製スラ・スタイルを作って食べているとケモミミ三人娘がやって来た。

 

「あーっ!自分だけ美味しそうなもの食べてる!」

「私たちも食べたいにゃ!」

「おはようございますです、ヤーベさん」

 

コーヴィルだけが朝の挨拶を返してくる。こいつらには常識から教えないとダメかね。

 

「おはようコーヴィル。それと、サーシャ、ミミ。朝一番にあったら挨拶からだぞ。冒険者たるもの、礼儀も大事だからな」

 

冒険者だからって事はないが、こいつらにはそうやって教え込む方が早いだろう。

 

「・・・おはよう、ヤーベ。急に教官ぶるようになったわね」

「おはようにゃ!挨拶できたから朝食奢るにゃ!」

 

ジトッと俺を睨むサーシャと笑顔で朝食を要求するミミ。

 

「ギルドの指導員になっちゃったんだから仕方ないだろ? それから朝食は<水晶のベル>亭で食べて来なかったのか?」

 

昨日ゾリアからギルドの指導員なるものを押し付けられてしまったからな。

ケモミミ三人娘にもその説明をあの後して、納得してもらってはいる。

サーシャからは尻尾を逆立たせて偉そうだのなんだの散々文句を言われ、ミミからは尻尾でぺちぺちと叩かれながらどんどん助けてもらうにゃ!とおんぶにだっこな発言を受けた。コーヴィルだけがご指導よろしくお願いするです、とちゃんと挨拶してきた・・・いい娘や。

 

「食べてきたわよ? さすが<水晶のベル>亭ね。朝食もおいしかったわ!」

 

「だったら何で朝食奢れって話になるんだよ!」

 

「もっと食べたいにゃ」

 

朝を食べてきたとさらっというサーシャに文句を言えばミミがもっと食べたいと言う。

シンプルな理由だな。ただただ人にタカると言う。

・・・それにしても、無理くり高額報酬を分けさせられたじゃないか。今のこいつらは十分にお金を持っているはずだ。

 

「人にタカらなくても今は十分にお金があるだろ。食べたいなら注文すればいいじゃないか」

 

「昨日ヤーベの忠告に従って大半をギルドに預けたにゃ。だからお金ないにゃ」

 

「いや、預けるのは大事だが、だからお金ないっておかしいだろ」

 

「いいから奢るにゃ。男のカイショーを見せるにゃ」

 

「お前らに見せるカイショーなんざねーんだよ! いいから今日はFランクの薬草採取を受けて来い! お前ら三人だけで薬草採取をクリアしなかったらオシオキだからな!」

 

「きゃあ、ヤーベが怒ったにゃ!」

「わかったわよ!」

「クエスト受注してきますね」

 

そういってケモミミ三人娘がカウンターに並びに行く。

・・・その間酒場のカウンターに行ってスープと軽食を三人分注文する。俺ってお人好しだな。

 

 

 

「さ、薬草採取を受理してもらって来たわよ」

 

サーシャが依頼書を取り出す。常時依頼のマルーン草採取だ。

 

俺が奢ってやった朝食をハムハムと食べながらミミとコーヴィルがこちらを見ている。

 

「ご馳走様なのです」

「ご馳走にゃ!やっぱりヤーベは優しいにゃ!」

 

「まあいいけど・・・。はい、これ。この資料絶対無くすなよ?」

 

そう言って朝早起きして作った資料を見せる。

 

「ナニコレ! すごい! 薬草の絵がまるで本物みたい!」

「すごいにゃ!これなら現地に行っても迷わないにゃ!」

「すごいです・・・。採取の際に注意すべきポイントがしっかり書かれているです。似たような草と間違えないように説明してくれてあるです」

 

うん、何としてもこのケモミミ三人娘だけで薬草採取を成功させてもらわなければならない。色々調べてみたが、常時依頼のマルーン草以外にも、ある程度希少な薬草採取も頻繁にあり、それらの報酬はそれなりに高い。そのため、魔獣討伐の依頼が無くても、ある程度薬草採取だけで生活を賄うことが出来そうだ。それだけに、しっかりと薬草採取の各種依頼をこなせるように鍛え上げなければならない。

 

「いいかい? この資料を元に、ちゃんと薬草を見比べて間違いないように採取して来てくれよ? それと、今日受けたマルーン草の採取以外にも、希少な薬草があれば採取して来て買取依頼に出すようにね。後、必ず今日の夕方までに帰って来て報告するように。トラブルがあったりしたら、撤退して立て直す判断も必要だぞ。俺は今日一緒に行かないから、お前達三人だけで依頼をクリアするんだ。わかったか?」

 

「ええ、わかったわよ」

「わかったにゃ!」

「了解したのです」

 

朝食を食べて満足したのか、素直に頷くケモミミ三人娘。

 

「ケモミーズの真の実力を見せる時だ! お前たちに薬草を任せるぞ!」

 

「ええっ!」

「おうにゃ!」

「はいなのです!」

 

元気よくケモミミ三人娘は返事をして冒険に出発して行った。

 

「さて・・・今日は忙しいな。カソの村で計画しているミノ娘たちの新しい村おこし計画の土地視察にいかなきゃならないし、アローベ商会の商品補充にもいかないといけないしな・・・あ、商業ギルドのロンメルにギガンテス買い取りお願いしないとな」

 

俺は今日一日やるべきことを考える。

夕方には彼女たちの帰りを迎えるべく、もう一度冒険者ギルドに顔を出す事にしよう。

俺は彼女たちの奮闘を期待しつつ冒険者ギルドを後にした。

 

 

 

・・・そして、彼女たちケモミミ三人娘はその日冒険者ギルドに帰って来る事は無かったのである。

 




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第212話 行方不明のケモミミ三人娘を探しに行こう

「えっ? まだ帰って来ていない?」

 

俺は冒険者ギルドのカウンターで人気受付嬢のラープちゃんからまだケモミミ三人娘が返って来ていないことを告げられた。

 

「夕方日が暮れる前に帰って来いって言ったのに」

 

「まあまあ、まだ日が沈むまでには幾分時間がありますよ。そのうち戻られるのでは?」

 

ぷりぷりして文句を言う俺に、にこやかな顔をしながら言葉をくれるラープちゃん。新米指導員が心配しているのを気にしてくれているのか、ありがたいね。

 

「しょうがない奴らだね」

 

俺は苦笑しながら隣の酒場のテーブルに座る。

もちろんカウンターに一番近い位置に座ってケモミミ三人娘が戻ってくるのを待つ。

 

「親父さんエール一つ」

 

「あいよ、しかし指導員たぁ、大変だねぇ」

 

木でできたエールのジョッキを俺のテーブルに置きながら笑う酒場の親父さん。この人も元冒険者らしい。一応Cランクまで上がったらしいが、年も年だし、引退を考えていたところでギルドマスターから声を掛けてもらったらしい。

冒険者の第二の人生もサポートできるとは、冒険者ギルドもなかなかやるな。

 

だが、エールを飲み干しても、お替りを飲み干しても、乾きもののおつまみを食べても一向に戻ってこない。

時刻はとうに夕飯時間を過ぎている。

受付嬢のラープちゃんも「お先に失礼します」と仕事を上がるときに声を掛けてくれた。「まだ、戻らないのですか・・・ちょっと心配ですが、きっとどこかで休んでいるのかもしれませんね」と気づかってくれた。

 

そして時刻は深夜。もうすぐ日が変わる。

 

明らかに何かあったとしか考えられない。

心構えとして、食料や水については余分を持つことを教えてあるから、予定通り帰ってこないからと言ってすぐ困る事は無いはずだ。だが、何かしら戻って来れない状況にあるから予定時刻に帰り着いていないのだ。

 

 

「・・・何かあったか・・・」

 

『ヒヨコ隊長、部下からの報告は?』

 

俺は念話でヒヨコ隊長に報告を求める。

 

『・・・申し訳ありません、まだ何の報告もございません。念話の届く範囲の部下に確認しておりますが、護衛担当からの報告を受けたものはおりません』

 

『・・・ローガ、お前の方はどうだ?』

 

俺はローガにも念話を飛ばす。夕方冒険者ギルドに出向くときに、散歩がてらローガも連れてきており、今はギルドの建物の横にある馬車を止めるスペースでくつろいでいた。馬車につながれた馬たちはそろって失禁して震えていたらしいが。

 

『はっ! 今回のボスの護衛依頼は万全の体制を期すべく、四天王の一角、雷牙を派遣しております。護衛に失敗することはまず考えられません。ですが現在まで報告は入っておりません』

 

実は、ケモミミ三人娘に何かあっても困るので、陰ながら見守る護衛を派遣している。

先日のイリーナ誘拐事件から、大事な存在には護衛をきっちりつけて必要に応じて報告をさせるようにしている。今回のケモミミ三人娘もその実力は心配だらけな連中だし、命だけは助けられるように護衛を派遣したのだ。今回はヒヨコ隊と雷牙だ。さすがに狼牙族は何匹もついて行くと身を隠すのが大変なので雷牙だけに任せている。

 

『ヒヨコと狼牙たちを念話が届く距離まで捜索に行かせろ。しばらくしたら俺も出る』

 

『『ははっ!』』

 

とりあえず先行でヒヨコと狼牙たちに探しに行ってもらうとしよう。

ある程度捜索結果が出ればその情報をもとに自分が動けばいい、そう思っていたのだが、それよりも早く事態は動いた。

 

『ボスッ!大変です!』

 

ヒヨコ隊長から念話が入る。

 

『どうした?』

 

『護衛に出向いていた一匹が戻ってまいりました。報告がありますが状況が状況ですので念話リレーでなく、直接ご報告申し上げるそうです。もうしばらくで冒険者ギルドに到着しますのでその場でお待ちください!』

 

『わかった』

 

念話リレーで話しにくいほど濃い内容の報告があるのか。嫌な予感しかしないが。

 

 

 

ドバンッ! 体当たりでヒヨコがギルドのドアを開け放った。

ちょうど出るところだった冒険者の男が顔面をドアにぶち当てて泣いている。

・・・今度エールでも奢っておこう。

今は深夜遅く日も変わった時間。ギルド内の人はまばらだ。カウンターも夜勤者が1名いるだけだ。だが、俺がここでじっと待っていたためか、先ほどからゾリアとモーヴィンが同じテーブルに来て酒を飲んでいる。なんでだよ。つまみまで用意してきて。

 

『ボスッ!大変です!』

 

ヘロヘロになっているヒヨコが俺に報告する。遅れてヒヨコ隊長やその他ヒヨコも数匹が集まってくる。

 

『で、どうしたんだ?』

 

『実は、崩れた山肌から未知の<迷宮(ダンジョン)>が発見されました!』

 

「ダ、<迷宮(ダンジョン)>!?」

 

それは想定外のさらに外だ。どうして薬草採取に行って未知の<迷宮

ダンジョン

>見つけちゃってるの?

 

「未知の<迷宮(ダンジョン)>か・・・こいつはスゲーな」

「ええ、とんでもないものが見つかりましたね・・・」

 

ゾリアとモーヴィンがワクワクしたように嬉しそうに呟く。

 

「クソー!そんなおいしい発見は俺がしたかったのに!」

 

ドンッ!と木のジョッキをテーブルにたたきつける。あ、イカン、つい本音が。

 

「はっはっは、指導員たるもの、教え子の活躍は褒めねばなりませんよ?」

 

モーヴィンがニヤニヤしながら話す。

 

「褒める以前に、現状行方不明ですから!」

 

笑い事じゃないと俺が文句を言えば、ヒヨコの報告が続く。

 

『はい、現在笑い事ではない状況です』

 

「どういうことだ?」

 

『未知の<迷宮(ダンジョン)>ですが、山肌が崩れ、<迷宮(ダンジョン)>の入り口が開いてしまったところを見つけたため、三人娘が中に入ってしまいました。慌てて雷牙殿とヒヨコ三匹が後を追いましたが、その後さらに山肌が崩れ<迷宮(ダンジョン)>の入り口が完全にふさがれてしまいました』

 

「なんだとっ!」

 

『私のみが外に取り残された形となってしまいまして、周りを調査しても他に入口が見つからず、いくら念話で呼びかけても反応もないため、王都のボスへ報告に戻ってまいりました』

 

「モーヴィン、地図出せるか?」

 

「わかった」

 

そう言ってギルド職員に持ってこさせた地図を皆で見る。

 

「どのあたりだ?」

 

『たぶんこのあたりかと・・・』

 

ヒヨコの翼が指した場所は薬草採取予定の場所からかなり山深く入ったところだった。

 

「随分奥まで行ったな」

 

『最初は予定通りの採取地点で作業をしていたのですが、もっと奥に希少な薬草を見つけたようで・・・』

 

ガーン!俺のせいか!?俺のせいなのか!? 

確かに希少な薬草は通常採取依頼の薬草よりも高値で買い取ってくれる。

だから、ついでに採取できるならば採取して損はない。

だが、最初から希少な薬草を探してしまうとなると話が変わってくる。希少な薬草は山奥深く、危険な場所に生息することが多いからなかなか採取に行けず希少価値があるのだ。それをわざわざ自分たちから探しに行ったら、それはすでにFランクの薬草採取依頼で

はなくなっている。

 

「しまった・・・希少な薬草の資料データもつけたのが仇になったか!」

 

俺は唇を噛む。明らかに俺の失態か。彼女たちに持たせる資料としてはオーバースペックだったか。あくまでFランクの薬草採取のついで、と割り切って通りすがりの希少価値のある薬草を逃すことなく採取させるつもりが、完全に今回の目的を見失って採取目標を切り替えてしまうとは・・・。

 

俺には理解できないが、「依頼を達成する」という目的よりも「希少な薬草をたくさん採取して報酬を増やす」方に重点を置いたという事だろうか。

俺の指導が甘かったという事だろうな。厳しく目的達成のために今何をすべきなのか取捨選択できるように教え込まねばならなかったのだ。

 

それにしても、護衛だからと雷牙に出張用ボスを預けなかったのは痛かった。カメラ機能で様子を伺ったり、転移の門を開いて救出に行くことが出来ない。

雷牙に出張用ボスを預けると護衛そっちのけで狩りをしそうで若干心配になったのが仇になった。

もはや直接救出に行くしかない。

 

 

「俺が出る。その未知の<迷宮(ダンジョン)>まで案内してくれ」

 

『ははっ!』

 

「疲れているだろうがすまんな。俺の頭の上で休んでいていいぞ」

 

『光栄であります!』

 

見ればヒヨコ隊長他数匹のヒヨコがうらやましそうに頭の上に乗るヒヨコを見ている。

・・・そんなにいいもんかねぇ、俺の頭の上って。

 

「おい、ヤーベ」

 

「なんだ、ゾリア?」

 

「未知の<迷宮(ダンジョン)>の調査報告よろしく頼むぜ」

 

ニヤリとして俺にそう伝えるゾリア。

俺は無言で手を出す。

 

「なんだ?」

 

「調査依頼だろ?報酬くれ」

 

「お前金には困ってねーだろ!」

 

「それとこれとは別だ!」

 

俺はあくまでも冒険者だぞ!

 

「ですが、指導員として教え子の調査は行って頂きませんと・・・」

 

申し訳なさそうにモーヴィンが伝えてくる。

 

ぐぐっ!そう言われると行かねばならないのは必須事項だ。

まあ、いいんだけど。

 

「でも、未知の<迷宮(ダンジョン)>で有益な情報があれば報奨金を出しますから」

 

そう言っていいネタがあればタダ働きにならないよと教えてくれる。

 

「じゃあ、軽率なおバカ三人娘の回収ついでに未知の<迷宮(ダンジョン)>の情報を持ってくることにするよ」

 

そう言って早速冒険者ギルドを飛び出るとローガにまたがり、<高速飛翔(フライハイ)>で空に舞い上がった。

 

『こ、これがボスの空中飛翔呪文ですか・・・感激ですな!』

 

ローガが興奮している。そうなんだよね、俺がローガにまたがった状態で<高速飛翔(フライハイ)>の呪文対象をローガまで含むようにイメージして唱えると、まるでローガが空中を駆けるように飛ぶことが出来た。最も俺が呪文のコントロールをしているんだけどね。

 

とにもかくにも、俺はその未知の<迷宮(ダンジョン)>へ向かった。

 




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第213話 未知のダンジョンのシリアス戦闘シーンを華麗にスルーしよう

一月も更新が止まってしまい申し訳ありません。
また、前回更新後丁度ハーメルン様で連載1年が過ぎましたが、まさかの更新停止中でした。自分で何をしているのかと自己嫌悪です。
また再開いたしますのでどうぞよろしくお願い致します。


『クッ・・・マズイな・・・』

 

 

雷牙がごちる。

 

 

目の前には雲霞の如くゴーレムが次から次へと溢れ出ていた。

 

 

『チッ・・・』

 

 

雷牙が舌打ちする。

 

余りにも軽率なあのケモミミ三人娘をしかりつけてやりたい気持ちをぐっと抑えて三人の前に立つ。

 

 

 

雷牙は目の前に次々と溢れ出て来るゴーレムを見つめながら、ここまでの流れを思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

手にした資料を見ながら、どんどん森の奥へ進んで行くケモミミ三人娘。

 

「護衛」と指示を受けた以上、彼女たちの行動に口を出すわけにはいかない。

 

だが、どうにも強そうに見えないケモミミ三人娘がどんどん森の奥に進んで行く事に一抹の不安を覚えていた。

 

 

 

『雷牙殿、大丈夫でしょうか?』

 

 

 

ヒヨコの一匹が尋ねてくる。

 

 

 

『魔獣の気配はないが・・・我々は護衛だ、連中に帰れとは言えぬ』

 

 

 

『・・・はっ』

 

 

 

森をどんどんと奥へ進み、山の麓をさらに奥へ進んで行くケモミミ三人娘。

 

 

 

「またあったわよ!希少な薬草!」

 

「お宝お宝たくさんにゃ!」

 

「ヤーベさんに貰った資料はすごいです!」

 

 

 

ウキウキと薬草を見つけてはリュックに採取した薬草を詰め込んで行くケモミミ三人娘。

 

 

 

『それにしても随分と山奥へ入って来たな・・・こやつら、分かっているのか?』

 

 

 

『不安ですね・・・』

 

 

 

雷牙もヒヨコたちもかなり不安になって来る。

 

 

 

その時だ。

 

 

 

ガラガラ、ドサササッ!

 

 

 

「なんだっ!?」

 

「どうしたです?」

 

「あ、あそこ! 山が崩れて穴が開いてるにゃ!」

 

 

 

ケモミミ三人娘は山肌が崩れて穴が開いているのを見つけた。

 

 

 

『あれは・・・まさか、<迷宮(ダンジョン)>か!』

 

 

 

雷牙が崩れて穴が開いた遺跡らしい入口を見て声を上げる。

 

 

 

だが、考える間もなく、ケモミミ三人娘が開いた入口に飛び込んで行く。

 

 

 

「きっとお宝が眠っているわよ!」

 

「お宝見つけたら大金持ちにゃ!」

 

「ちょ、ちょっと待つです!」

 

 

 

『な!? なんの調査もせず全員で飛び込むのか!?』

 

 

 

雷牙は驚愕する。あまりの無鉄砲さに。

 

 

 

『雷牙殿、どうします!?』

 

 

 

『追うぞっ! 護衛対象から離れるわけにはいかん!』

 

 

 

『ははっ!』

 

 

 

雷牙とヒヨコたちもケモミミ三人娘が飛び込んだ遺跡の入口へ飛び込んで行く。

 

だが、その後再び山が揺れ、飛び込んだ遺跡の入口が塞がれてしまった。

 

 

 

『くっ・・・退路が塞がれたか!』

 

 

 

雷牙は飛び込んだ遺跡の入口が再び土砂で埋まったのを見ながら毒づく。

 

 

 

だが、雷牙が後ろを向いている間にもケモミミ三人娘がドンドンと<迷宮(ダンジョン)>内を進んで行く。

 

 

 

『いや、こんな怪しい遺跡をなんでどんどんと進んで・・・』

 

 

 

ボコオッ!!

 

 

 

急にケモミミ三人娘の足元が崩れる。

 

 

 

「きゃあ!」

 

「にゃあ!」

 

「わふぅ!」

 

 

 

穴に吸い込まれていくケモミミ三人娘。

 

 

 

『チッ!』

 

 

 

空を切り裂く稲妻の如く駆ける雷牙。穴の壁を走りながら、崩落した穴の底へ先に着くと、上から落ちて来るケモミミ三人娘を背中で受け止める。

 

 

 

ボスンボスンボスン!

 

 

 

「ふぁあ! おっきな狼さんの背中に落ちたから怪我が無かったにゃ!」

 

「ええっ!? これって狼牙・・・? でもこんなおっきい狼牙なんて・・・」

 

「すごいリッパです・・・」

 

 

 

見れば迷宮の奥からゴーレムがガシャガシャと湧き出て来る。

 

 

 

『チッ!』

 

 

 

前足に雷の力を纏い、鋭い爪の斬撃を見舞う。

 

 

 

ガギッ!

 

 

 

石のゴーレムが切り裂かれ崩れ落ちる。

 

 

 

『グッ・・・硬い!』

 

 

 

雷の魔力を纏わせた爪の斬撃でやっと切れるほどの相手。それが続々と奥から湧き出て来るのだ。

 

 

 

『<雷撃衝(ライトニングショット)>!!』

 

 

 

雷牙の口から雷の魔力弾が発射される。

 

 

 

ドゴォォォォン!!

 

 

 

ゴーレムの数体が破壊されるが、石で出来たゴーレムに雷の魔力は相性が悪い。

 

まして<迷宮(ダンジョン)>内では天空から呼び寄せる大規模な雷の魔法が使えないのだ。あまりに状況は雷牙に不利であった。

 

 

「狼さんが私たちを守ってくれているです・・・?」

 

「そうかも!急いでついていこう!」

 

「了解にゃ!」

 

 

ゴーレムの群れの一部を雷牙がなぎ倒す。その隙を狙ってケモミミ三人娘たちが狼牙の後をついて脱出を図った。

 

 

 

 

 

 

 

迷宮(ダンジョン)>の上層部に向かう道が見当たらず、ゴーレムを躱しながら進める道は最下層へ向かっているようだった。

 

ゴーレムに追われるようにして階段を下って行った先に、大きな水晶で出来た柱のような物が立っている。

 

 

 

『・・・これは?』

 

『なんでしょう・・・? クリスタルの中に何かが閉じ込められているようですが』

 

 

 

雷牙もヒヨコたちも目の前の水晶の柱(クリスタル・ピラー)を見上げる。

 

 

 

「ふぁあ! なんだろうこれ?」

 

「何か水晶の中に閉じ込められているにゃ!」

 

「何かの生き物・・・です?」

 

 

 

だが、ゆっくりと水晶の柱(クリスタル・ピラー)を見つめている余裕はなかった。

 

水晶の柱(クリスタル・ピラー)の後ろから大型のゴーレムが部下ゴーレムを引き連れてわんさとやって来たのだ。

 

 

 

『チッ・・・』

 

 

 

狼牙は舌打ちしながら周りを見回す。

 

部下ゴーレムにすっかり取り囲まれている。ヒヨコたちの火力では部下ゴーレムすら破壊できない。雷牙自身は<迷宮(ダンジョン)>内では広範囲な雷魔法を行使できない。

 

石のゴーレム軍団に対して有効な打撃を与える攻撃手段がない。絶体絶命だった。

 

 

 

「ゴーレムに取り囲まれてるにゃ!」

 

「だだだ、大丈夫よっ!あの狼牙が助けてくれるから!」

 

「サーシャは狼さんに頼り過ぎなのです」

 

 

 

どことなく絶体絶命感の薄い三人娘だった。

 

 

 

 

 

 

 

ドガガガガガッ!!

 

 

 

ふと、小刻みな振動と派手な破壊音が聞こえてくる。

 

 

 

「無駄無駄無駄無駄無駄ァァァァァァァァ!!!!」

 

 

 

『こ、この声は!?』

 

『まさか!?』

 

 

 

雷牙とヒヨコたちがキョロキョロと周りを見回す。

 

 

 

「な、何の音にゃ!?」

 

「く、崩れるのかしら!?」

 

「上から聞こえてくるです!」

 

 

 

ケモミミ三人娘がお互いを抱きしめ合って震えている。

 

 

 

「ゴーレムごときが俺様に追いつけるかーッ!お前らはこの俺様にとってのモンキーなんだよォォォーーーッ!!」

 

 

 

天井をぶち抜いてバラバラになったゴーレムと共に飛び出してきたのは、デローンMk.Ⅱの全身をドリルのように変形したヤーベだった。




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第214話 解き放たれた存在に目を向けよう

時は少し遡る―――――

 

 

 

「ここか、その未知の<迷宮(ダンジョン)>とやらは」

 

 

 

『ははっ!』

 

 

 

ヒヨコの案内でやって来た未知の<迷宮(ダンジョン)>の入口。

 

俺だけなら崩れて瓦礫と化している入口もスライム状の体で隙間を通り抜けられる。

 

だが、ローガは連れて行けない。ここまで来てローガを連れて行かないとなると、相当ヘソを曲げそうだ。

 

 

 

「ならば、ぶち破るしかあるまいな」

 

 

 

そう言って俺は亜空間圧縮収納に冒険者としての装備を収納し、デローンMr.Ⅱへと姿を変える。

 

 

 

「<スライム的(スライ)ドリル大回転(ドリラー)>」

 

 

 

俺はデローンMk.Ⅱの体をネジってドリル状に変化させる。

 

 

 

「ハッハ―――――ッ!! それじゃあワンパク三人娘をオシオキに行こうかぁ!」

 

 

 

そのまま体をギュィィィィィンと回転させる!

 

 

 

「行くぞ!スライドリラーアタ――――ック!」

 

 

 

ドコ―――――ン!!

 

 

 

崩れた入口の瓦礫をドリルアタックでぶち破る。そのままドリル回転をしたまま<迷宮(ダンジョン)>の中に突入して行く。

 

 

 

迷宮(ダンジョン)>の奥から出てきたのはゴーレムの群れだった。

 

俺がベルヒアねーさんの力を借りて行使する<大地の従者(アースサーバント)>とは違い、かなり精巧な造りのゴーレムだ。石で出来ているようだが手足の造りは精巧で如何にも兵士として作られていることをうかがわせる。

 

 

 

バキバキバキッ!

 

 

 

尤もドリルのままゴーレムの群れに体当たりしてしまったので、ゴーレムは木端微塵に粉砕される。

 

 

 

「おっと、やり過ぎたか?」

 

 

 

『お見事な一撃です、ボス!』

 

 

 

ローガが追い付いて来た。

 

 

 

だが、喋る暇も無く奥から更にゴーレムが湧き出て来る。

 

 

 

「<石柱散華(ライジングストーン)>」

 

 

 

奥の通路からこちらへ向かって来るゴーレムたちを石の槍で串刺しにする。その後石の槍が爆発し、ゴーレムごと木端微塵となる。ドリルアタックでも木端微塵、<石柱散華(ライジングストーン)>でも木端微塵。あたりはゴーレムの残骸で一杯となる。

 

 

 

「ん? なんだこの赤い珠みたいな石は?」

 

 

 

『それはゴーレムの魔核では?』

 

 

 

「魔核?」

 

 

 

『我々魔獣には魔核と呼ばれるものがあります。解体時に出て来る赤い石ですな。いい値段で引き取られているあれです』

 

 

 

「ああ、魔石か」

 

 

 

『ゴーレムもそういった魔核があるのではと愚考致します』

 

 

 

「なるほどね、なら拾って来ればお金になるか。ヒヨコ隊長、部下たちを呼んで回収しておいてくれ。出張用ボスを預けておくから収納しておいて」

 

 

 

『ははっ!』

 

 

 

「シルフィー、この階層に連中はいるかな?」

 

 

 

俺は風の精霊シルフィーを呼び出す。

 

 

 

「ちょっと待ってね、調べるから」

 

 

 

シルフィーは素早く風をこの階層に吹かせていく。

 

 

 

「・・・いないみたい」

 

 

 

「なら、どんどん行くか!」

 

 

 

実は手前にはケモミミ三人娘が落ちた落とし穴が空いていたのだが、ドリル突撃した際に勢いよく通過したので落とし穴に全く気付かないヤーベだった。

 

 

 

 

 

 

 

再びドリル状に変化した俺は階段を探すことはせず、足元の床をぶち抜く。

 

 

 

ドゴッ!

 

 

 

一階層下がって次のフロアへ出る。

 

 

 

「シルフィー、この階層はどうだ?」

 

 

 

「・・・いないみたい」

 

 

 

「よし!次だ!」

 

 

 

ドコッ!

 

 

 

そうして俺は一階層ずつ捜索を開始する。ゴーレムを木端微塵にしながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドガガガガガッ!!

 

 

 

「無駄無駄無駄無駄無駄ァァァァァァァァ!!!!」

 

 

 

ドリルマシーンと化した俺様は階層をぶち破っては雲霞の如く押し迫って来るゴーレムを粉砕して行く。魔核の回収はヒヨコたちに任せ、ケモミミ三人娘の捜索はシルフィーに任せ、俺様は粉砕に勤しむ。

 

 

 

ずっとおんなじデザインのゴーレムを繰り返し破壊する事を続けていると、段々感覚がマヒしてくる。自分でも無理やりテンションを上げて行こう。

 

 

 

「ゴーレムごときが俺様に追いつけるかーッ!お前らはこの俺様にとってのモンキーなんだよォォォーーーッ!!」

 

 

 

どこぞの悪役張りにイカツイセリフを吐きながら大量のゴーレムにドリルアタックをかましていく。

 

 

 

そしてさらに床をぶち抜いた先、広い空間にでた。

 

 

 

『ボスッ!!』

 

 

 

「おや、雷牙じゃないか。ならばあのポンコツケモミミ三人娘も無事なのか?」

 

 

 

『ははっ!』

 

 

 

「そうか、よかった」

 

 

 

『ですが、かなりのゴーレムに包囲されております!』

 

 

 

「ん~~~?」

 

 

 

見れば完全にゴーレムに囲まれている。雷牙の後ろには三人娘が抱き合っており、その向こうは壁だ。逃げ場がない。

 

 

 

「そうか、ならばこのゴーレムたちを駆逐する以外にないな」

 

 

 

そう言って俺は矢部裕樹の姿に戻る。

 

 

 

「ん?」

 

 

 

水晶の柱(クリスタル・ピラー)を見上げる。

 

 

 

「なんだこりゃ?」

 

 

 

何か生き物?がクリスタルの中に封印されているのか?

 

 

 

「・・・しかも二匹?」

 

 

 

高い位置に封印されているので、よく見えないが。

 

 

 

『雷牙!無事か!』

 

 

 

ローガとヒヨコ隊長たちが追い付いて来た。

 

 

 

『リーダー!自分が付いていながら申し訳ありません!』

 

 

 

『無事ならかわまん! それより、脱出するぞ!』

 

 

 

『ははっ!』

 

 

 

「あ!ヤーベ!」

 

「助けに来てくれたにゃ!さすが教官にゃ!」

 

「ヤーベさん、ご迷惑をおかけするです」

 

 

 

「さすがじゃねーんだよ! 常設の薬草採取依頼で何でこんなところにいるんだよ!お前ら帰ったらオシオキ決定だからな!」

 

 

 

コーヴィルだけ無駄に丁寧だし。

 

 

 

「ええっ!?理不尽よ!理不尽!太ももは触らせないからね!」

 

「ヤーベ、ここはひとつ穏便にすますにゃ!」

 

「申し訳ない気持ちでいっぱいなのです」

 

 

 

『ボス!来ます!』

 

 

 

「チッ! オシオキの話は後だ!先にこの土くれを片付けてやるわ!」

 

 

 

俺は右拳を腰の後ろに引いて構える。

 

 

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオアオラオラオラオラオオラオラオラオラァァァァァァァァァァ!!」

 

 

 

思いっきり殴りまくる。ただ殴りまくる。容赦なく殴りまくる。

 

 

 

次々に押し寄せるゴーレムを砕きまくる。

 

そして明らかにボス感満載の大型ゴーレムがこちらに向かって来るので、迎撃する。

 

 

 

「オラオラ流星拳―――――ッ!!」

 

 

 

色々混じったテキトーな必殺技でボスゴーレムをボコボコに殴る。

 

正しく文字通り木端微塵になるボスゴーレム。

 

 

 

「おお、さすがに魔核がデカイな」

 

 

 

粉々に砕いたボスゴーレムの胴体から大きな魔核が転がり出てきた。

 

とりあえずそれだけ亜空間圧縮収納に仕舞っておく。

 

 

 

「さて、さっさと帰るか」

 

 

 

俺の一言にローガ達もケモミミ三人娘たちも驚きの表情を見せる。

 

 

 

『・・・ボス、このクリスタルの中に封印されている生き物を放置するのですか・・・?』

 

 

 

「ヤーベ!この奥にきっとお宝があるにゃ!」

 

「そうよ!お宝ゲットよ!」

 

「いや、助けてもらっておいていきなりそれはどうなのです?」

 

 

 

ゴチンゴチン!

 

 

 

「あいたっ!」

 

「うにゃ!」

 

 

 

サーシャとミミにゲンコツをくれる。

 

 

 

「何言ってるんだ! お前たちの実力で自分たちの責任においてやってることなら何も言わん!自己責任だからな!だけどなんだ、お前たちの体たらくは!大体常時依頼の薬草採取に来たんだろうが!それが何でこんなところにいる!それだけでお前たちには何も依頼できないって事だ!」

 

 

 

俺は激怒して説教する。

 

自分たちの自己責任でやるならどうぞご自由に、というところだが、知り合っただけにどこかで死なれても寝覚めが悪い。どうしても言葉が荒くなってきつく当たる様になっても、自らの命を簡単に危険に晒す行為はやはり許せない。

 

 

 

「ごめんなさいです・・・」

 

「うう・・・ごめん・・・」

 

「申し訳ないにゃ・・・」

 

 

 

項垂れて謝るコーヴィルにサーシャとミミも目に涙を浮かべながら謝る。

 

 

 

『それはそうと・・・ボス、この水晶の柱(クリスタル・ピラー)はどうするのです?』

 

 

 

ローガが俺に問う。

 

 

 

「そんなもん、放置だ放置。こんなモン封印解いたらメンドクサイ事になるに決まってる。こーいうものは国とかに押し付けるのが最善なんだよ。君子危うきに近寄らずってね!」

 

 

 

こんな水晶に封印されている存在なんて、ヤバい存在に決まってるってーの!

 

封印されているのがスゲー美少女ならちょっと考えるが、なんか違う感じだし。触らぬ神に祟りなしってね!ノーチートの俺様は神だか女神だかに会えなかったから、触ってないわけで、俺には祟り無しだな!うん。

 

 

 

『そういうものですか・・・』

 

 

 

ローガが少し首を傾げる。

 

 

 

ピシピシッ!

 

 

 

その時、水晶の柱(クリスタル・ピラー)にヒビが入った。

 

 

 

「えっ!?」

 

 

 

いや、だから!俺は封印なんて解かないから!

 

 

 

だが、俺の想いとは裏腹に水晶の柱(クリスタル・ピラー)は砕け散って、封印されていた存在が解き放たれる。

 

 

 

『おおっ!』

 

 

 

ローガと雷牙がその解き放たれる存在に意識を向ける。

 

 

 

「おおっ! 勿体ない。クリスタルなら金になるかもしれん」

 

 

 

そう言って俺は砕けた水晶の破片を拾っては袋に詰めていく。

 

 

 

『ボス!何してるんですか!』

 

 

 

「え?水晶拾ってるんだけど。買い取りしてくれないかな?」

 

 

 

『いや、破片より封印から解き放たれた謎の存在の方が大事じゃないですか!?』

 

 

 

ローガが食って掛かる。

 

 

 

「えー、封印解けたの俺のせいじゃないし」

 

 

 

『いや、どー考えてもあの巨大ボスゴーレムが封印を解く鍵ですよね!?』

 

 

 

ローガにその態度どうなの?みたいなツッコミを受ける。解せぬ。

 

 

 

「キュッキュ―――――!!」

 

「ズゴ―――――!!」

 

 

 

「な、なんだ!?」

 

 

 

俺は水晶の破片を拾うのをやめて、上を見る。

 

 

 

空中をふわふわと泳いで?来る二匹の生き物?なんだこれ?

 

 

 

見れば真ん丸なボディの生き物?とちょっとかまぼこ型みたいな生き物?だ。

 

 

 

「キュッキュ―――――!!」

 

「ズゴ―――――!!」

 

 

 

二匹の謎の生き物は俺の頭の上まで飛んで来るとヒレでペチペチと叩いてくる。

 

 

 

「な、なんだお前ら!?」

 

 

 

よく見れば、真ん丸の方はボウリングの球に腹びれ、尾びれ、背びれをつけた様な生き物だ。かまぼこ型の方も腹びれ、尾びれ、背びれをピコピコ動かして宙に浮いている。

 

 

 

どっちもまるでぬいぐるみのような姿だ、

 

真ん丸の方は愛嬌のある目にギザギザの大きな口。灰色と白のツートンボディ。

 

かまぼこ型の方は横長の大きな口につぶらな瞳。水色と白のツートンボディ。

 

 

 

「ホホジロザメとジンベエザメ?」

 

 

 

俺はふよふよと空中に浮かぶ二匹の謎の生き物に当たりをつける。

 

 

 

「キュキュ―――――!!」

 

「ズゴズゴ―――――!!」

 

 

 

存在を当てられて嬉しいのか俺の頭にべたべたと纏わりついて来る。

 

 

 

なんだ?コイツらは?

 

 

 

「まさか・・・ラノベにあるマスコット枠か!」

 

 

 

俺は驚愕する。確かに人気ラノベには可愛い系のマスコットキャラがいる事が多い。ローガ達はもふもふしているが、可愛い感じはあまり無いしな・・・。

 

 

 

「だからって、なんで魚!?しかもサメ!?意味不明!!」

 

 

 

 

 

「キュキュ―――――!!」

 

「ズゴズゴ―――――!!」

 

 

 

 

 

「ぐわわわわっ!?」

 

 

 

文句を言った俺が気に入らないのか、ホホジロザメが俺をガブガブと齧り、ジンベエザメがズゴーっと俺を啜っている。

 

信じられない!俺様は無敵ボディのはずなのに!齧られたり吸われたりするって!

 

 

 

コイツらは一体何なんだ!?

 

 




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閑話34 奥様会議Ⅱ

「・・・由々しき問題です」

 

 

 

目にうっすらと涙を浮かべて呟くようにルシーナが声を絞り出す。

 

 

 

つい先ほど「第33回奥様会議を始めます」と宣言したばかりだと言うのに、もう絶望の淵に叩き落されたかの如く表情が暗い。

 

 

 

「・・・確かにな」

 

 

 

腕を組み、足も組んだまま呟くイリーナ。イリーナも表情は暗い。

 

 

 

「・・・私たちに飽きちゃったのかなぁ?」

 

 

 

錬金釜を撫でながら寂しそうにサリーナが呟く。

 

 

 

「飽きられるほど堪能された覚えはありませんわ」

 

 

 

少しだけ剣呑にフィレオンティーナが言う。

 

 

 

「だよねぇ・・・」

 

 

 

自分で呟いておきながらサリーナもそう思っていたのか、同意した。

 

 

 

「カッシーナ王女はどう思うかしら?」

 

 

 

ルシーナがそう呟く。

 

 

 

「そうですわね・・・」

 

 

 

すると、カッシーナが考える様に声を絞り出す。

 

なぜこの会議にカッシーナが返事できるかと言えば、ついにヤーベの奥さんズとカッシーナを結ぶための魔導通信機が完成したからである。対になるこの魔導具をルシーナとカッシーナが持つことにより、相互通信で互いの映像と声を送ることが出来るようになった。そこで今回の会議からカッシーナが参加できるようになったのである。

 

 

 

「実は、先ほどからヤーベ様におやすみの念話を送っているのですが、返事がいただけないのです。ですので、念話で返事がいただけないほどにお忙しいのか、もしかして私とのおやすみの挨拶をお忘れになってお眠りになるほどお疲れなのかと危惧していたのですが・・・」

 

 

 

「えっ? 念話ってそんなに遠くまで届くのか?」

 

 

 

イリーナが最もな疑問を呈した。

 

 

 

「あ、ヤーベ様に頂いたこの髪飾りのおかげですわ」

 

 

 

そう言って魔導通信機に頭を向けると、そこには薄いグリーンの髪飾りが見えた。

 

 

 

「ああっ!? それ、ヤーベさんの体で出来た奇跡の逸品だ!」

 

 

 

サリーナが椅子から立ち上がって叫ぶ。

 

 

 

「ルシーナが旦那様に抜け駆けして貰ったヤーベ様の指輪と同じ物、と言う事ですわね?」

 

 

 

フィレオンティーナの目が鋭くなる。

 

 

 

「いや、抜け駆けって!」

 

 

 

ルシーナの表情が困惑する。

 

 

 

「カッシーナもヤーベ特製のアイテムを貰っていたのか! 一体いつの間に!?」

 

 

 

イリーナも目に涙を溜めて悔しがっている。

 

 

 

「えええっ!? 何故話がそんな方向に!?」

 

 

 

いつの間にか自分が糾弾される立場になってしまったカッシーナは狼狽する。

 

とりあえず、自分がいつもヤーベのそばにいられなくて寂しい、と相談していたら、遠く離れていても話せるようになるアイテムを貰った、との説明で納得してもらった。

 

尤も、髪飾りがある事によりカッシーナの位置を常に把握できるようになることで、誘拐されたりしてもすぐに連れ戻せるようになっているのだが、そこまでの説明はされていなかった。

 

 

 

「それで、ヤーベ様が夕食時も戻って来ずに、深夜日が変わる時刻になってもご帰宅されない、というお話でしたわよね・・・?」

 

 

 

カッシーナが他の奥さんズの面々が悩んでいる議題を再確認する。

 

そうなのだ。ヤーベが夕食時に帰って来なかったのである。そして、現在深夜零時を回って日付が変わってもヤーベは屋敷に帰って来ていなかった。そして何の連絡も無いのである。

 

 

 

・・・尤も、この時のヤーベは冒険者ギルドでケモミミ三人娘が帰って来ないと文句を言ってエールを煽っている頃である。そしてこの後、未知の<迷宮ダンジョン>へケモミミ三人娘を救出に向かうため、日が変わっても屋敷に帰って来なかったのである。屋敷で待つ奥さんズの面々に連絡を入れなかったのはヤーベの完全なる落ち度と言えよう。

 

 

 

「そうなのです・・・。屋敷に帰って来たくない理由でもあるのでしょうか・・・?」

 

 

 

ルシーナが心底落ち込んだように力無く呟く。

 

 

 

「そんなことは無いと思いますが・・・。ちなみにヤーベ様は「お仕事」と称してお出かけされているのですわよね?」

 

 

 

カッシーナが確認する。

 

 

 

「そうだな、確かに「仕事」に行くと言っていた」

 

 

 

イリーナが断言する。

 

 

 

「その、仕事と言うのはどういったものなのでしょうか?」

 

 

 

そもそも論を展開するカッシーナ。

 

 

 

「・・・そう言えばそうだ、どんな仕事をしているのだろうか?」

 

「王国の伯爵に叙されているわけですし・・・その関係では?」

 

 

 

イリーナが首を傾げれば、ルシーナが貴族の仕事ではと推論する。

 

 

 

「いえ、現在ヤーベ様には伯爵として直接何かしなくてはならない、という命令は王国からは出ていないのです。これから辺境の開発をお願いする事にはなるのですが」

 

 

 

「・・・それじゃ、王国からの仕事じゃないのかな?」

 

 

 

カッシーナの説明にサリーナが頭を捻る。

 

 

 

「・・・冒険者ギルドに行くとおっしゃっていましたわ」

 

 

 

フィレオンティーナの説明に他の奥さんズの面々が視線を向ける。

 

 

 

「冒険者ギルド?」

 

 

 

「ええ、多分冒険者として依頼の仕事を受けるつもりなのだと思いますが・・・」

 

 

 

「なんだ、フィレオンティーナ。知っていたのなら教えてくれればよかったのに」

 

 

 

イリーナのツッコミに若干困惑の表情を浮かべるフィレオンティーナ。

 

 

 

「実はよくわからないのです。旦那様の実力は冒険者のランクなどというものでは測れないほどの実力の持ち主です。この王都バーロンは比較的平和で、冒険者ギルドにはそれほど深刻な依頼があるとも思えないのですが、なぜ今冒険者の依頼を仕事として受けようと思われたのでしょうか・・・?」

 

 

 

元冒険者Aランクまで上りつめたフィレオンティーナだからこその疑問であった。

 

冒険者はその命を懸けた冒険の対価に報酬を得る。

 

それだけにヤーベほどの実力者がわざわざ冒険者ギルドに行ってその仕事に満足するほどの報酬が得られるような大きな依頼があるとは思えなかったのである。

 

それならば王国の仕事をしたり、アローベ商会の仕事をしていた方がずっと儲けることが出来るだろう。フィレオンティーナにはそこが理解できなかった。

 

 

 

・・・まさか、ヤーベが冒険者ギルドで依頼を受けて仕事をすることを『ラノベのロマン』として意気揚々と出かけて行っているなどとは想像できないことであり、理解できなくても当然のことであったのだが。

 

 

 

「・・・うーん、なんか心配することでもあるのか?」

 

 

 

不意にチェーダが呟いた。

 

 

 

「ちょ、ちょっと!」

 

 

 

パナメーラが慌てる。

 

 

 

チェーダ、パラメーラ、エイカ、マカンのミノ娘四天王(ミノ娘たちを統括する4人なのでそう呼ばれるようになった)たちも会議室の末席に座っていたのだが、深刻に話し合う奥さんズの雰囲気を察して今まで一言も口を利かなかったのである。

 

それが、チェーダがいきなり不敬ともとられない一言を唐突に呟いたためパナメーラたちは慌てた。パナメーラたちはヤーベの「妾」としての立場を弁え、控えているつもりだったのだが、チェーダは若干、というかだいぶヤーベを王子様として見ている「夢見る少女」のようなところがあり、些か「妾」としては態度に問題があるとパナメーラたちは考えていたからだ。

 

尤もヤーベは全く気にしていないし、そんなチェーダの気持ちをある程度知って、奥さんズの面々もチェーダにはあまりうるさい事を言わずに好きにすればいいと思ってはいるのだが。

 

 

 

「ヤーベ様が夜に帰って来ないことが心配でないと?」

 

 

 

ルシーナがじろりとチェーダを睨む。

 

だが、珍しくチェーダはたじろぎもせず、持論を展開した。

 

 

 

「オレも魔獣討伐に森に入って狩りを良くしたんだけどさ・・・、魔獣を追ってついつい遠くまで来てしまって帰りが遅くなったり、獲物が大きすぎて持って帰るのに苦労して帰るのが遅くなったりしたこともあるんだ。ヤーベの実力は本物だし、ヤーベが魔獣にやられるなんてことは考えられないし・・・。なら、多少帰りが遅くなっても心配する事なんてないんじゃないのか? 何かちょっと手間取って遅くなってるだけだろうし」

 

 

 

チェーダが何でもない事の様に言う。

 

 

 

「・・・まあ、確かに言われてみればその通りですわね。旦那様に何かあるとは考えにくいですし」

 

 

 

フィレオンティーナも少しホッとしたように椅子に深く座り直す。

 

 

 

「・・・ですが、ヤーベ様は亜空間圧縮収納という能力をお持ちです。狩った魔獣が大きいからと苦労する事はありません。実力も申し分ないでしょう。だからこそ、チェーダさんが言うように何か苦労して帰りが遅くなるようなことがあるはずがない、と思うのです」

 

 

 

「ふむ・・・確かにヤーベが苦労することなどあまり考えられないか・・・」

 

 

 

ルシーナの考察にイリーナも同意する。

 

そして会議室に少しだけ沈黙の静寂が流れた。

 

・・・ちなみにすでに深夜のため、リーナはオネムで爆睡中である・・・ヤーベのベッドで。

 

 

 

「と、なると・・・やっぱり浮気・・・?」

 

 

 

「ふぇっ!?」

 

 

 

サリーナが暗く淀んだ眼をして、錬金窯を磨きながら呟く。

 

浮気と言う言葉にチェーダが涙目で裏返った声を出す。

 

 

 

「ヤーベは私に会いたくないから帰って来ないの・・・?ほ、他の女の所へ?」

 

 

 

パナメーラに向けた顔は涙だけでなく鼻水まで大洪水のチェーダであった。

 

 

 

「ほら、拭きなさい」

 

 

 

そう言ってハンカチを渡すパナメーラ。

 

お約束の如く、受け取ったハンカチでチーンと鼻をかむチェーダ。

 

後で念入りに洗濯しようと決意するパナメーラであった。

 

 

 

「もし他の女に現を抜かすようなことがあれば、再度こちらに目を向けさせればいいのですよ」

 

 

 

パナメーラはチェーダに言い聞かすように言ったのだが、奥さんズの面々もものすごい目を向けて来ていた。

 

 

 

「例えば・・・裸にメイドエプロンだけをつけて、『お帰りなさいませご主人様!』と出迎えるとか・・・」

 

 

 

「「「「「!」」」」」

 

 

 

「いつものメイド服をサイズを小さい物に変更して、いろいろなところが見えちゃいそうな感じで出迎えるとか・・・」

 

 

 

「「「「「!!」」」」」

 

 

 

「後、ミルク風呂の効果が高いので、お風呂で背中を流して差し上げたり、マッサージして差し上げたり・・・」

 

 

 

「「「「「!!!」」」」」

 

 

 

いくつか思いつくことをつらつらと上げて行ったパナメーラだったが、いつの間にか奥さんズの面々に囲まれていた。

 

 

 

「あら・・・、どうされました奥方様?」

 

 

 

「その話・・・詳しく!」

 

「もう少し具体的にお願いします!」

 

「そう言えばメイド姿でトツニュー作戦もあったね!」

 

「戦略こそ勝利への第一歩ですわ!」

 

 

 

そうして会議では魔導通信機でのカッシーナまでも交えてヤーベへの対応という戦略を練ると、パナメーラの提案する作戦を詳細まで詰めて具合的な戦術を練るのであった。

 

 

 

先日会議終了時には風前の灯となっていたヤーベの命であったが、ここに来てまさかのバラ色の花園への誘いへと変化していようなどとは、当のヤーベにはまったくわからないことであった。

 

 




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投稿250話達成記念 リーナの成長日記その② リーナ、初めてのおつかい

投稿を初めて250回を迎えることが出来ました。(本編+閑話合計)

またまた記念に成長日記シリーズでお送りしたいと思います。


これはヤーベが王都の自身の館に引っ越してすぐのお話―――――

 

 

 

「リーナちゃん、これ、メーリングさんにちゃんと渡してね?」

 

 

 

「了解なのでしゅ!」

 

 

 

ご主人しゃまのお屋敷で一番偉いメイド長のリンダしゃんからご主人しゃまが焼いてくれた出来立てクッキーの入ったバスケットを受け取るでしゅ。

 

 

 

このご主人しゃまの焼いてくれたクッキーをコルーナ辺境伯家のメーリングメイド長に届けるのがリーナに課せられた使命でしゅ!

 

お世話になったメーリングおねーしゃんに美味しいクッキーを届けるでしゅ!

 

 

 

「行ってきましゅ!」

 

 

 

「気を付けてね~」

 

 

 

リンダしゃんが見送ってくれましゅ。本当はご主人しゃまに見送って欲しいでしゅが、帰って来たらご褒美にホットケーキ焼いてくれるって言ってくれたでしゅ。頑張って届けて、帰って来てからご主人しゃまに一杯褒めてもらうでしゅ。

 

 

 

 

 

おっきな玄関の扉を開けて外に出ましゅ。

 

まずはお屋敷の敷地を抜けて大通りに出ましゅ。

 

 

 

とて とて とて ドテッ

 

 

 

・・・いきなり転んでしまったでしゅ。

 

バスケットが転がってしまったでしゅ。

 

ケーキじゃ無くてよかったでしゅ。クッキーだからきっと大丈夫でしゅ。

 

 

 

「うんしょっ!」

 

 

 

起き上がって服をパンパンしましゅ。

 

バスケットを拾って、改めておつかいにレッツゴーでしゅ!

 

 

 

 

 

 

 

お屋敷の門を出て、右に曲がるでしゅ。

 

道路を歩くときは、真ん中を歩いちゃダメってご主人しゃまに教えて貰ったでしゅ。

 

真ん中はでっかい馬車が走るので引かれちゃうから危険でしゅ。

 

だから、道は端っこを歩くでしゅ。

 

 

 

道はリンダしゃんに教えて貰ったでしゅ。

 

お屋敷を出て、右に向かって、最初の大通りを左に向かうでしゅ。

 

五つ目の交差点を左に曲がって右手にある御屋敷が目的のコルーナ辺境伯家でしゅ。

 

 

 

大通りを左に曲がって歩いて行くでしゅ。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・どうしたでしゅか?大丈夫でしゅか?」

 

 

 

大通りを歩いて行くと、しゃがんで泣いている子供を見つけたでしゅ。

 

 

 

「え~ん、え~ん」

 

 

 

「迷子でしゅか?」

 

 

 

「え~ん、え~ん」

 

 

 

う~ん、まずは落ち着いて元気を出してもらうでしゅ!

 

 

 

バスケットの中のクッキーを一つ取り出すでしゅ。

 

 

 

「はい、これ食べるでしゅ!」

 

 

 

メーリングおねえしゃんに持って行くクッキーでしゅが、困っている子を助けるために少し分けてもらうでしゅ。

 

 

 

「一緒に食べるでしゅ。美味しいでしゅよ?」

 

 

 

リーナもクッキーを出して食べるでしゅ。

 

一緒にはむはむ食べていると、迷子の子の涙しゃんも止まって来たでしゅ。

 

 

 

「ちーちゃん!ちーちゃんどこー?」

 

 

 

ふみゅ?きっとおかーさんでしゅか?

 

 

 

「まあ~、こんなところに居たのね?よかった。あら、クッキーもらったの?よかったわね。ありがとうね、お嬢さん」

 

 

 

「どういたしましてなのでしゅ」

 

 

 

泣いていた子も元気になって帰っていったでしゅ。良かったでしゅ。

 

 

 

・・・でも、ちょっとバスケットのクッキーが減ってしまったでしゅ。

 

よくみたら二人で半分くらい食べてしまったでしゅ。

 

メーリングおねえしゃんに謝らないといけないでしゅ。

 

 

 

 

 

「バイバーイ」

 

「バイバーイ」

 

 

 

 

 

お母さんに手を引かれて帰って行く子に手を振って、早速おつかいを再開するでしゅ。

 

 

 

とてとてとて。

 

 

 

大通りを歩いて行くでしゅ。

 

次の交差点を左に曲がるとコルーナ辺境伯家があるはずでしゅ。

 

 

 

 

 

ヒヒヒーン!

 

 

 

 

 

急に目の前に馬車が止まったでしゅ。

 

 

 

バタン!

 

 

 

馬車からなんだか高そうな服を着た人が降りて来たでしゅ。

 

 

 

「おお、お嬢ちゃん! 一人歩きは危険じゃ! 馬車に乗せてやろう」

 

 

 

「目的地がすぐ近くなので大丈夫でしゅ。お気遣いありがとうなのでしゅ」

 

 

 

ぺこりとお辞儀をして歩き始めるでしゅ。

 

知らない人にはついて行っちゃいけないって言われているでしゅ。

 

いい人なのかもしれないでしゅが、ご主人しゃまの教えをちゃんと守らないといけないでしゅ。

 

 

 

「グフフフフ、生意気なガキだ! いいからこっちへ来い! 可愛がってやろうぞ!」

 

 

 

「お断りでしゅ!」

 

 

 

手を伸ばしてきたので、ひらりと躱して走り出しましゅ。

 

 

 

「逃がさんぞ!ワシを誰だと思っておる!お前達そいつを捕まえろ!」

 

 

 

「「へい!」」

 

 

 

ビシッ!ビシッ!ビシッ!

 

 

 

「ふみゅ?」

 

 

 

振り向くと、追いかけて来ようとしていた男たちも、高そうな服を着ていたおじいさんも倒れていたでしゅ。不思議ですが助かったでしゅ。

 

今のうちにコルーナ辺境伯家に向かうでしゅ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コルーナ辺境伯家の門番さんに挨拶するでしゅ。

 

 

 

「こんにちはでしゅ。スライム伯爵のお使いでメーリングメイド長しゃまにお届けものでしゅ」

 

 

 

シュタッと敬礼してご挨拶するでしゅ。

 

 

 

「はいこんにちは、ご苦労様です。入っていいですよ。玄関でノックしてくださいね」

 

 

 

「了解なのでしゅ!」

 

 

 

入る許可をもらったのでバスケットを抱えて玄関まで歩いて行くでしゅ。

 

 

 

玄関のドアノッカーをゴンゴンしたいでしゅが、ちょっと高い位置にあるでしゅ・・・。

 

 

 

バスケットを横に置いて、ぴょんぴょんと飛んでドアノッカーをゴンゴンするでしゅ。

 

 

 

「はーい」

 

 

 

玄関の扉を開けてくれたのはメーリングおねえしゃんでしゅ。

 

 

 

「こんにちはでしゅ! スライム伯爵からメーリングメイド長しゃまにクッキーのお届けものでしゅ!」

 

 

 

そう言ってバスケットを・・・あれ? バスケットはどこでしゅか?

 

 

 

「あ、ここでしゅ。これがお届け物でしゅ!」

 

 

 

そう言ってバスケットを拾って渡すでしゅ。

 

 

 

「まあ、ありがとう! 中身は何かしら?」

 

 

 

「ご主人しゃま特製のクッキーでしゅ! ・・・でも、量が少し減ってるでしゅ・・・」

 

 

 

せっかくのお届け物がちょっと減ってしまったでしゅ。

 

 

 

「クッキー、いっぱい入ってるわよ? ほら」

 

 

 

そう言ってメーリングおねえしゃんがバスケットの中を見せてくれるでしゅ。

 

 

 

「・・・ふえっ!?」

 

 

 

見れば、バスケットの中はクッキーでいっぱいだったでしゅ。

 

確かに迷子で泣いていた男の子とクッキーを半分くらい食べてしまったでしゅ。

 

でも、今見たらバスケットの中はクッキーでいっぱいでしゅ。

 

・・・不思議でしゅ。魔法のバスケットでしゅ。

 

 

 

「お届け物ご苦労様! このクッキーによく合う紅茶を入れるから、一緒に食べよう?」

 

 

 

メーリングおねえしゃんに誘われたので、お茶してから帰る事にするでしゅ!

 

 

 

おつかい大成功の後で飲む紅茶はカクベツなのでしゅ!

 

・・・でも、無事に帰るまでがおつかいだってご主人しゃまが言っていたのでしゅ。

 

メーリングおねえしゃんとお茶をした後も油断せず気を付けて帰るでしゅ!

 

 

 

無事に帰ってご主人しゃまにいーっぱい褒めてもらうでしゅ!

 

 




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投稿250話達成記念その2 リーナ、初めてのおつかい(裏)

前回の「リーナ、初めてのおつかい」のヤーベ側から見たお話です。これで、全体の流れがわかるかと思います。


ヤーベの執務室。

 

 

 

豪華なデスクに両肘を乗せ、組んだ両手で顔を隠すように座っているヤーベ。

 

傍から見れば、非常に重要な要件をこれから伝えようかといった雰囲気だ。

 

 

 

そのせいか、集められた奥さんズの面々にも多少緊張の色が見えた。

 

 

 

「で、ヤーベよ。我々を呼んでどうしたのだ?」

 

「何か御用がありましたか?」

 

 

 

イリーナとルシーナがヤーベに問いかける。

 

サリーナとフィレオンティーナも黙ってヤーベを見つめた。

 

 

 

「非常にインポータントなミッションを発動する・・・。このミッションに失敗は許されない」

 

 

 

厳かにヤーベは告げた。

 

 

 

「ちょっと何を言っているのかわからないのだが?」

 

 

 

素直にイリーナが首を傾げる。

 

 

 

「リーナのご主人様断ちの修行の一環として、一人でコルーナ辺境伯家までおつかいに行かせる・・・、そう、たった一人でだ!」

 

 

 

いきなり椅子から立ち上がって右手の拳を振り上げ、そう宣言するヤーベ。無駄にテンションが高い。

 

 

 

「えっと・・・つまり、リーナちゃんに一人でコルーナ辺境伯家までおつかいに行ってもらう、と?」

 

 

 

フィレオンティーナが要約して確認する。

 

 

 

「そうだ!たった一人でだ!」

 

 

 

一人を強調するヤーベ。

 

 

 

「おつかいですが、何を申し付けるおつもりですか?」

 

 

 

「俺が焼いたお手製のクッキーをメーリングメイド長にお裾分けと言って届けてもらうという非常に難解なミッションだ」

 

 

 

フィレオンティーナの問いにヤーベが目をギラリと光らせながら回答した。

 

フィレオンティーナはどこが難解なミッションなのか全く理解できなかったが。

 

 

 

「・・・それくらい問題ないのではないか? リーナはしっかりしているしな」

 

 

 

「そうですね、私の実家は歩いてもそんなに遠くないですし。道も大通りを歩けば迷わないでしょう」

 

 

 

イリーナにルシーナがどこに問題があるのかと言った表情で応じる。

 

 

 

「甘―い! ホットケーキに蜂蜜2リットルぶっかけてその後アイスをてんこ盛りにトッピングしたくらい甘い!」

 

 

 

やたらと美味しそうな例えでイリーナとルシーナの反応を切って捨てるヤーベ。

 

 

 

「随分美味しそうな甘さだね・・・」

 

 

 

苦笑しながらサリーナが呟く。

 

 

 

「きっとリーナの優しさなら、迷子で泣いている子供を見つければ、クッキーを分け与えて慰めてしまうかもしれない! それにリーナの可愛さなら変態紳士が現れてリーナを攫って行こうとするかもしれん!」

 

 

 

ダンッ!とデスクに両拳を打ち付けて絶叫するヤーベ。

 

 

 

「いやいや、ここは貴族街だぞ? ヤーベ」

 

「そうですよ、そんな迷子も変態も出ませんって」

 

「ちなみにはぐれ狼とかも出ませんわ、あしからず」

 

「まあ、安全って事だね!」

 

 

 

イリーナ、ルシーナ、フィレオンティーナの言葉にサリーナが太鼓判を押す。

 

 

 

「・・・まあいい、リーナの成長を陰ながら応援する事にしよう」

 

 

 

そう言ってチリンチリンとベルを鳴らすヤーベ。

 

 

 

コンコン、とノックの音がする。

 

 

 

「入ってくれ」

 

 

 

「お呼びでしょうか?旦那様」

 

 

 

入って来たのはこの屋敷のメイド長であるリンダであった。

 

 

 

「このクッキーの入ったバスケットを渡しておく。後は手筈通りに」

 

 

 

「了解致しました」

 

 

 

バスケットを受け取り、恭しく礼をしてリンダが退室する。

 

 

 

「獅子は可愛い我が子を千尋の谷に落として這い上がるのを見守ると言う。我らもリーナに苦難を与えその成長を見守るとしよう!」

 

 

 

「苦難って・・・」

 

 

 

ヤーベのテンションにイリーナの呟きはかき消された。

 

 

 

 

 

 

 

「リーナちゃん、これ、メーリングさんにちゃんと渡してね?」

 

 

 

「了解なのでしゅ!」

 

 

 

玄関先でリンダから説明を受け、クッキーの入ったバスケットを受け取るリーナ。

 

 

 

「行ってきましゅ!」

 

 

 

「気を付けてね~」

 

 

 

リンダの見送りに手を振り、玄関を出ていくリーナ。

 

次の瞬間、ヤーベが玄関の隙間に張り付き、リーナの後姿を見守っていた。

 

 

 

「きゃ、だ、旦那様」

 

 

 

びっくりするリンダ。

 

だが、次の瞬間奥さんズの面々も玄関の隙間から覗くヤーベの頭に重なる様に玄関にへばりついて行く。リンダが地球の人間だったらこう呟くだろう。

 

「トーテムポールみたい」

 

と。

 

 

 

 

 

とて とて とて ドテッ

 

 

 

 

 

いきなり転んでしまうリーナ。バスケットも転がってしまう。

 

 

 

「リ、リーナァァァァァァァァァァ!!」

 

 

 

いきなり飛び出そうとするヤーベを奥さんズの面々が押し止める。

 

 

 

「ダメだって!」

 

「いきなり出て行ったら一人でおつかいになりませんよ?」

 

 

 

イリーナとルシーナにダメ出しされるヤーベ。

 

 

 

「ぐむむ・・・」

 

 

 

ヤーベが冷静な第三者であったらきっとこう言うだろう。

 

「お前もぐむむって言うんかい!」

 

と。

 

 

 

だが、リーナは一人で起き上がると、服の埃を払い、バスケットをもって再び歩き出した。

 

 

 

「えらいぞ!リーナよ!さすが我が娘だ!お前なら出来ると信じていたぞ!」

 

 

 

感極まって泣くヤーベを見ながらイリーナが首を傾げる。

 

 

 

「・・・いつからリーナはヤーベの娘になったんだ?」

 

「奴隷とご主人様と言う関係ではありませんね」

 

 

 

イリーナの疑問に笑ってルシーナも返した。

 

リーナはすでに家族の一員のようなものであった。

 

それを誰もが感じ取っていた。

 

 

 

ピィィィィ!

 

 

 

「お呼びですか、ボス」

 

 

 

ヤーベの口笛に風の様にローガが推参する。

 

 

 

「俺を乗せてリーナの後をつけてくれ。気取られるなよ?」

 

 

 

「ははっ!」

 

 

 

奥さんズの面々しかいないため、普通に会話するローガ。狼牙族はローガを筆頭にどんどん賢くなって恐ろしい事になっていた。

 

 

 

「それでは行って来る。俺の頭と、ヒヨコ隊長、それからヒヨコ十将軍のクルセーダーにもライブカメラ・・・じゃなくて、出張用ボスを持たせておくから。その出張用ボスが見ている映像は俺の執務室で確認できるようにしてある。リーナが無事おつかいを果たせるよう祈っていてくれ!」

 

 

 

そう言うとローガに合図をして飛び出して行くヤーベ。

 

 

 

「・・・過保護すぎないだろうか?」

 

「まあ、映像があるならそれを見ていましょうか」

 

 

 

イリーナの若干呆れた様な反応に、フィレオンティーナが執務室へとりあえず行こうと踵を返すのであった。

 

 

 

 

 

屋敷を出て大通りを目指して歩いて行くリーナ。

 

ちゃんとヤーベの教えた「道路の真ん中は馬車が走ったりして危ないから道路の隅を歩くように」という教えをきちんと守っているようだった。

 

 

 

「うむうむ、きちんと理解しているな」

 

 

 

建物の屋根の上からローガに跨ったままリーナを見下ろしているヤーベ。

 

 

 

「ボス、人の姿では些か目立ってしまうのでは?」

 

 

 

「おお、なるほど。ローガよ、お前賢いな!」

 

 

 

「ははっ!お褒めに預かり恐悦至極!」

 

 

 

尻尾をブンブンと振って嬉しそうなローガ。

 

そしてヤーベはローガの背に乗ったままデローンMk.Ⅱの姿に変わる。

 

そのまま屋根伝いにリーナの尾行を開始するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・どうしたでしゅか?大丈夫でしゅか?」

 

 

 

大通りを歩いていたリーナは、道端でしゃがんで泣いている子供を見つけた。

 

 

 

「迷子キタ―――――――!!」

 

 

 

約1km近く離れた場所から観察しているヤーベ。

 

その映像は拡大されて屋敷の執務室に送られている。

 

 

 

「・・・本当に迷子が出たぞ」

 

「ここ、貴族街のはずなんですが・・・」

 

「貴族街だと迷子が出ないんですか?」

 

「貴族の子供が一人で通りを歩いたりしないから・・・」

 

 

 

げっそりとしたイリーナを横目に、ルシーナの説明に疑問を挟んだサリーナは、さらにルシーナの回答に納得する。

 

 

 

「家族で近くのお店に来て、退屈になって子供だけ一人でお店を出てしまった・・・といったところですわね」

 

「そうでしょうね・・・移動も通常なら馬車でしょうから」

 

 

 

フィレオンティーナの想像をルシーナは肯定した。

 

 

 

 

 

泣いていた子供に話しかけていたリーナだったが、バスケットの中のクッキーを一つ取り出すと、泣いている子供に与えた。

 

 

 

「はい、これ食べるでしゅ!」

 

 

 

泣いていた子供はびっくりしたように顔を上げる。

 

とてもいい匂いのするクッキーが気になるのだろう、しげしげとクッキーを見つめる。

 

 

 

「一緒に食べるでしゅ。美味しいでしゅよ?」

 

 

 

リーナもクッキーを出して食べ出すと、泣いていた男の子もリーナからクッキーを受け取って食べだす。

 

 

 

「おいしい!」

 

 

 

「ご主人しゃまの作ってくれたクッキーは天下一品なのでしゅ!」

 

 

 

ドヤ顔のリーナは泣き止んで笑顔になった男の子にまたクッキーを渡した。

 

自分もクッキーを取り出して二人で仲良く並んではむはむと食べている。

 

 

 

「ぬおおおおお!リーナかわいいぃぃぃぃぃ!! それになんて優しい子なんだ! 泣いている男の子にクッキーを分け与えるとは! だがしかし!リーナに色目を使ったらその存在は危うくなると知れ!男の子よ!」

 

 

 

ヤーベはローガの上に乗ったままテンション爆上がりで感動している。

 

 

 

「・・・いや、お届け物のクッキーを食べてしまっていいのか?」

 

「・・・難しいところですね」

 

 

 

イリーナとルシーナが首を傾げながら悩む。

 

 

 

「あまり良くはありませんが、旦那様の事ですから。きっと手を打たれている事でしょう」

 

 

 

フィレオンティーナはニコニコしながら画面を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

「レオパルド、センチュリオン」

 

 

 

『『ははっ!』』

 

 

 

「大至急部下を近隣の調査に向かわせて、あの迷子の男の子の親を探し出せ。多分子供がいなくなって慌てて探している可能性が高い。通りの場所を教えるのと、見つけたら俺が話すから出張ボスを預けているクルセーダーを行かせてくれ」

 

 

 

『『了解!』』

 

 

 

あっという間に飛び立つヒヨコ達。

 

そして親はすぐに見つかった。

 

 

 

「テッドちゃんどこに行っちゃったの!?」

 

 

 

キョロキョロと通りに出て周りを見回している母親。

 

 

 

『こんにちは!』

 

 

 

出張ボスを乗せたクルセーダーが母親の周りを飛んでいる。

 

 

 

「ええっ!? ヒヨコさんが喋っている?」

 

 

 

『ええ、大通りへ出て左に行ったところで男の子が泣いていましたので、保護しています。うちの子がとっておきのクッキーを分けてあげたので、今は泣き止んで落ち着いていますよ。早く迎えに行ってあげてください』

 

 

 

「あ、ありがとうございます、不思議なヒヨコさん!」

 

 

 

そう言って駆け出す母親。

 

 

 

 

 

 

 

「何であんな説明したんだ、ヤーベは?」

 

 

 

イリーナがまどろっこしいと首を傾げた。

 

 

 

「多分、リーナちゃんがクッキーを上げたからでしょう。知らない人から食べ物をもらうという行為は貴族からすれば一歩間違うと毒殺にも繋がりかねませんから。通常なら厳しく怒らなければならない可能性もありますし、リーナちゃんに文句を言う可能性もありますから」

 

 

 

「なるほど、だから先手を打って泣いている子供にクッキーを与えて落ち着かせたから大丈夫と説明を入れたのだな!さすがヤーベだ!」

 

 

 

フィレオンティーナの説明にイリーナが指をパチンと鳴らして納得した。

 

 

 

「テッドちゃん!テッドちゃんどこー?」

 

 

 

大通りに母親が到着した。

 

 

 

「まあ~、こんなところに居たのね? よかった。あら、クッキーもらったの? よかったわね。ありがとうね、お嬢さん」

 

 

 

「どういたしましてなのでしゅ」

 

 

 

母親に抱かれて手を振りながら帰って行く男の子。母親もリーナにお辞儀をしてお礼を伝えてくれたようだ。リーナも嬉しそうにしている。

 

 

 

「立派だ・・・立派だよリーナ・・・お父さんはもうお前に教える事は何もない・・・」

 

 

 

そう言ってローガの背に乗りながら号泣するヤーベ。

 

 

 

「ボスはいつからお父さんになったのですか・・・」

 

 

 

ローガは困惑していた。

 

 

 

 

 

 

 

チラリとバスケットの中身を確認して困ったような表情を浮かべたリーナだったが、再びコルーナ辺境伯家を目指して歩き出した。

 

 

 

しばらく歩き、次の交差点を曲がればコルーナ辺境伯家の通りに出られるところまで来た時だった。

 

 

 

ヒヒヒーン!

 

 

 

急にリーナに横づけするように一台の豪華な馬車が止まった。

 

 

 

バタン!

 

 

 

馬車からなんだか高そうな服を着たジジイが降りて来た。

 

 

 

「キュラシーア! お前は王都の全貴族の名前と顔を覚えていたな? あれは誰だ!」

 

 

 

ヤーベは肩に止まっているヒヨコ隊長の後ろに控える、序列八位の将軍キュラシーアに尋ねる。

 

このキュラシーアは王都にある貴族名鑑を熟読し、全貴族の名前と顔、爵位などを全て覚えたスーパーヒヨコであった。

 

 

 

『ははっ! イエスタッチ伯爵であります。メイドに小さな女の子ばかり採用することで有名であります』

 

 

 

「それはもうアウトだな」

 

 

 

ヤーベが勝手にアウト宣言をするが、状況は正にアウトと言ってよかった。

 

 

 

「おお、お嬢ちゃん! 一人歩きは危険じゃ! 馬車に乗せてやろう」

 

 

 

「目的地がすぐ近くなので大丈夫でしゅ。お気遣いありがとうなのでしゅ」

 

 

 

ぺこりとお辞儀をしてイエスタッチ伯爵を無視するリーナ。

 

 

 

知らない人にはついて行っちゃいけないって教えた事をちゃんと守っているリーナに、再び感極まるヤーベ。

 

 

 

「素晴らしい!リーナの成長ぶりは天元突破だ!」

 

 

 

すでにヤーベのテンションが天元突破しているとも言えなくもない状況に、モニター越しに多少引き気味の奥さんズの面々。

 

 

 

「・・・おいおい、危ない変態紳士まで出て来たぞ?」

 

「ヤーベ様があんなことを言うから、『ふらぐ』というものが立ってしまったのでしょうか?」

 

 

 

イリーナのやるせないツッコミに『ふらぐ』という単語で答えるルシーナ。

 

 

 

「あー、『ふらぐ』って奴は、恐ろしく強力だってヤーベさん言ってたな~」

 

 

 

サリーナがうんうんと頷く。

 

だが、『ふらぐ』が強力なのか、変態紳士は強硬手段に出ようとしていた。

 

 

 

「グフフフフ、生意気なガキだ! いいからこっちへ来い! 可愛がってやろうぞ!」

 

 

 

「お断りでしゅ!」

 

 

 

手を伸ばしてきた変態紳士をひらりと躱して走り出すリーナ。

 

 

 

「逃がさんぞ!ワシを誰だと思っておる!お前達そいつを捕まえろ!」

 

 

 

「「へい!」」

 

 

 

リーナを追って捕まえようとする変態紳士と部下の男二人。

 

 

 

 

 

 

 

「テメエらの血は何色だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 

ドギューン!ドギューン!ドギューン!

 

 

 

スライム的狙撃術(スライフル)>で非殺傷弾をぶち込むヤーベ。

 

山での薬草採取や鉱物採取の時にゴムに似た材料を手に入れたので、テスト用で作っていた物を容赦なくぶちかました。

 

 

 

ダダダダダダダダダ!!

 

 

 

その後馬車にしこたま弾丸をぶち込んで破壊し、馬の連結部も破壊してしまう。

 

驚いて逃げてしまう馬二頭。

 

 

 

「・・・いいんですか?」

 

 

 

「あの逃げた馬が迷惑をかけたら、イエスタッチ伯爵のせいだな」

 

 

 

すでに頭から煙を上げて倒れているイエスタッチ伯爵と部下二名を見ながらそんなことをさらりと宣うヤーベ。

 

ちなみに、体の一部をラッパの様に伸ばし、遠くの音をピンポイントで聞く<スライム的収音術(スライミミ)>で会話を聞いていたため、ヤーベの怒りはひとしおだったようだ。

 

 

 

「大体、イエスタッチとか言う名前がダメだな。ノータッチでなければ紳士とは言えん。キュラシーア、あの変態の家を調査して報告書を纏めろ。内容によっては王に報告告げ口する。

 

 

 

『ははっ!』

 

 

 

 

 

 

 

「・・・おいおい、ホントに出たぞ・・・変態」

 

「ヤーベ様の『ふらぐ』は神がかり的ですね」

 

 

 

イリーナとルシーナが嘆息する。

 

 

 

「・・・ねえ、ヒヨコに報告書纏めろって言ってたけど・・・?」

 

「・・・ヒヨコは随分と頭が良いようですわね・・・」

 

 

 

ヒヨコに報告書をまとめさせようとしているヤーベにドン引きするサリーナとフィレオンティーナ。あまりのヒヨコ使いの荒さに驚きを禁じ得ない。

 

 

 

 

 

 

 

走って逃げたリーナは振り返って変態紳士たちが倒れて動かず、馬車がなぜか木端微塵になっているのを見て、安心して歩き出した。

 

そしてコルーナ辺境伯家の門まで無事到達する。

 

 

 

「こんにちはでしゅ。スライム伯爵のお使いでメーリングメイド長しゃまにお届けものでしゅ」

 

 

 

シュタッと敬礼して挨拶するリーナ。

 

 

 

「はいこんにちは、ご苦労様です。入っていいですよ。玄関でノックしてくださいね」

 

 

 

「了解なのでしゅ!」

 

 

 

門番に許可をもらい、バスケットを抱えて玄関まで歩いて行くリーナ。

 

 

 

「く~~~~! やっと無事にここまで来れたんだ! 後ちょっとだぞ!」

 

 

 

ローガの上に乗っかったまま、デローンMk.Ⅱの体でぐにょぐにょ暴れながら応援するヤーベ。カメラはヤーベの頭のものではなく、その後ろにいるヒヨコ隊長の頭に乗せているカメラの映像が流れているため、奥さんズの面々はヤーベが暴れながらリーナを応援している姿を見ていた。

 

 

 

「あーあ、すっかり娘を応援するお父さんですわねぇ・・・」

 

 

 

フィレオンティーナが溜息を吐きながらも温かく見守っていた。

 

 

 

「これで本当に自分の娘でも生まれたら、どれほど可愛がってしまうんだろうな?」

 

 

 

何気ないイリーナの一言に、一斉に引きつった笑いを見せる奥さんズの面々。

 

 

 

「リーナちゃんでしっかり練習してもらいましょう・・・」

 

「ああ、それがいいな」

 

 

 

ルシーナの発言に頷く一同。

 

 

 

「何人生まれても変わらない気もしますわね・・・」

 

 

 

フィレオンティーナだけはヤーベのテンションが変わらないだろうと予測した。

 

 

 

 

 

 

 

リーナは玄関のドアノッカーを叩きたいようだったが、若干高い位置にあり、リーナが背伸びをして叩くため、足元にバスケットを置いた。

 

 

 

「(今だ!)」

 

 

 

亜空間圧縮収納から新しいバスケットを取り出して触手を超高速で伸ばし、リーナの足元に置いてあるバスケットと入れ替える。

 

 

 

「よし!」

 

 

 

回収したバスケットの中身を確認する。

 

クッキーが半分くらいに減っていた。

 

 

 

「だいぶ食べたんだな」

 

 

 

ヤーベはクスッと笑うと、クッキーを一枚掴んで、自分で食べた。

 

 

 

「うん、うまいね」

 

 

 

「ボス、我も一つ頂きたいですぞ!」

 

 

 

『『出来ましたら我らも!』』

 

 

 

ローガもヒヨコたちもおねだりしてきたので、ヤーベはローガの口に頬り込んでやり、ヒヨコ達には一枚ずつ口に咥えさせてやった。

 

 

 

「ああ!うまそうにクッキーを食べているぞ!」

 

「羨ましいです!」

 

 

 

イリーナとルシーナがクッキーをもしゃもしゃ食べているヤーベ達を見て憤る。

 

 

 

ポンポンッ!

 

 

 

映写していた受信用出張用ボスから、リーナが持っていたバスケットと全く同じ物が二つ飛び出てきた。

 

 

 

「食べていいよ」

 

 

 

画面の向こうでヤーベが触手を振って合図していた。

 

 

 

「ふふ、やっぱり旦那様は同じものをたくさん用意していたのですね」

 

 

 

「どういうことだ?」

 

 

 

フィレオンティーナの微笑みにイリーナが尋ねた。

 

 

 

「リーナちゃんが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ということですわ」

 

 

 

バスケットからクッキーを取り出すと、にっこりと微笑みながら一口食べるフィレオンティーナ。

 

 

 

「なるほど!最初から何かあった時のために予備をたくさん用意してあったのか!」

 

 

 

手をポンッと叩くと腑に落ちたのか笑顔でクッキーを漁り出すイリーナ。

 

ルシーナとサリーナもクッキーに手を伸ばす。

 

 

 

コンコン。

 

 

 

「誰だ?」

 

 

 

ノックの音にイリーナが答えた。

 

 

 

「リンダです。よろしければお茶をお持ち致しましょうか?」

 

 

 

執務室の扉を開けることなく、そう告げるリンダに、クッキーを食べる手が止まる奥さんズの面々。

 

 

 

「・・・よろしく頼む」

 

 

 

イリーナが返事を伝える。

 

 

 

「畏まりました。すぐに準備致しますのでしばらくお待ちくださいませ」

 

 

 

そう言って扉から離れていくリンダ。

 

 

 

「・・・優秀なメイドですわね・・・」

 

 

 

フィレオンティーナが溜息を吐いた。

 

 

 

「なんでわかったのでしょうか?」

 

 

 

「多分、元々リンダメイド長からリーナちゃんにおつかいを頼んでいましたから、旦那様がクッキーの予備をたくさん焼いている事も知っていたのでしょうね。無事にリーナちゃんがコルーナ辺境伯家へ到着する頃には、予備のクッキーもお役御免と言う事になりますから、そうすれば旦那様が余ったクッキーを私たちに食べさせることを想定していたのでしょう」

 

 

 

ルシーナの疑問にフィレオンティーナが推論を述べた。

 

 

 

「ふえ~~~、その気遣いすごく優秀!」

 

 

 

サリーナは舌を巻いた。

 

 

 

「さすがは元公爵家のメイドさんだな。頼りになる」

 

 

 

イリーナは笑った。

 

 

 

 

 

 

 

その後、コルーナ辺境伯家のメイド長であるメーリングにバスケットを渡し、クッキーがちょっと減った?と伝えたようだが、バスケットの中身はクッキーがぎっしり詰まっており、それを見たリーナは目を丸くして「魔法のバスケットでしゅ!」などと驚いていた。その後メーリングに誘われてゆっくりお茶とクッキーを堪能してからリーナは帰路につくのであった。

 

 

 

「・・・無事、家に帰るまでが遠足です!」

 

 

 

「・・・遠足ってなんですか? ボス」

 

 

 

ヤーベとローガがわけのわからない会話をしていたが、リーナ自身、帰りは何事も無く無事に屋敷に帰って来たのであった。

 

 

 

ヤーベが帰って来たリーナをギューっと抱きしめて頭をワシワシと撫でてやると、にへへーとものすごくいい笑顔を見せた。

 

 

 

「すごいな! リーナは一人でおつかいに行けたんだな!」

 

 

 

「えっへん! リーナは一人でおつかいにもいける大人の女なのでしゅ!」

 

 

 

ものすごくドヤ顔で腰に手を当ててふんぞり返るリーナにヤーベも奥さんズの面々も大笑いした。

 

 

ちなみに、リーナが戻ってきた後メイド長のリンダは元より、他のメイドや料理長、職人たちにもクッキーがぎっしり詰まったバスケットを配っていたヤーベを見て、どれだけ予備を用意していたんだと苦笑する奥さんズの面々であった。

 

 




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第215話 朝帰りの言い訳はしっかりしよう

俺は何故か今、土下座している。

 

場所は、自身の屋敷、二階の特別寝室・・・巨大ベッドのある大きな寝室だ。

 

そして奥さんズの面々にチェーダ、パナメーラ、マカン、エイカの四人のミノ娘たちに取り囲まれている。リーナがいないのは朝早くだからまだ寝ているのだろう。

 

 

 

そしてなぜか、それぞれがちょっとずつ小さめのメイド服を着ているのが謎だ。フィレオンティーナの爆乳など、どう見ても零れそうだ。チェーダやパナメーラの大爆乳は、なぜ零れていないのか不思議でしょうがない。ラノベの七不思議のひとつと言えるだろう・・・俺の人生はラノベじゃないけどな。

 

 

 

 

 

 

 

時は少し遡る―――――

 

 

 

 

 

 

 

ケモミミ三人娘が謎の<迷宮(ダンジョン)>に入ったまま行方不明と連絡を受けた俺は夜中であったが大至急捜索に出た。そして<迷宮(ダンジョン)>の奥でゴーレムに囲まれていたケモミミ三人娘たちを保護する事に成功した。

 

 

 

「きょうか―――――ん!!」

 

「せんせ―――――いにゃ!!」

 

「ヤーベさんです!!」

 

 

 

ケモミミ三人娘抱きつかれてわんわんにゃあにゃあ泣かれる。泣くぐらいなら無理するなと言いたいが、ゴーレムに取り囲まれて絶体絶命のピンチだったしな。まあ仕方がないか。

 

 

 

『雷牙もよく守ってくれた。相性が悪そうなゴーレムを相手に大変だったな』

 

 

 

『ははっ!ありがたきお言葉! 自らの弱さを恥じ入るばかりです』

 

 

 

雷牙、固いぞ。

 

大体お前の得意とする雷ではなかなかこの土くれゴーレムは倒しにくかったろうに。

 

 

 

そう言えばあのデカいボスゴーレムみたいなのを倒したら、奥からわらわら湧き出てきたゴーレムも止まったな。奥に無限ゴーレム製造工場でもあったのかな?

 

 

 

それにしても、ずっと俺の頭に乗っているな、こいつら。

 

何の生き物なんだ・・・。ずっと小さなヒレでぺちぺちと俺を叩いている。

 

 

 

『それで・・・ボスの頭の上に乗っているそやつらは、一体何でしょう?』

 

『ぐぐぐ・・・我らでもボスの頭に乗るのは誉れと言うのに・・・』

 

 

 

ローガの疑問はともかく、ヒヨコ隊長の文句はちょっと謎だ。

 

 

 

「キュキュ―――――!!」

 

「ズゴズゴ―――――!!」

 

 

 

ぺちぺちぺちぺち!!

 

 

 

急にテンションが上がったのか嬉しそうに俺の頭をヒレでぺちぺちと叩く回数が増えた。

 

 

 

「何なんだお前たちは・・・」

 

 

 

頭に乗っている二匹を両手で捕まえて改めて見て見る。

 

 

 

真ん丸体系のホホジロザメは、まるでスーパーマ〇オに出て来る黒い鉄球みたいなヤツだな。もしくはU〇Jのジョーズコーナーでお土産に売っているかわいいデフォルメジョーズ人形にそっくりだ。そしてジンベエザメは美ら海水族館のお土産コーナーに売っていそうなジンベエザメ人形にそっくりだ。どっちも愛らしいと言えば愛らしいけど。

 

 

 

「大体サメ肌ってザラザラしてそうな気がするけど、お前たちはつるつるぷにぷになんだな・・・」

 

 

 

ふわふわ浮いている二匹を手でナデナデしてやるとものすごい笑顔でキューキューズゴズゴ鳴いて懐いてくる。

 

 

 

「しかしなぁ・・・こんな謎の<迷宮(ダンジョン)>に封印されていた生物、連れて帰ってもいいものかどうか・・・」

 

 

 

「キュキュ―――――!!」

 

「ズゴズゴ―――――!!」

 

 

 

「うわわわわっ!?」

 

 

 

一瞬ここに置いていった方がいいかと考えたのがバレたのか、怒り出す二匹。

 

ホホジロザメがガブガブと俺の体を齧り、ジンベエザメがズゴズゴと俺の体を啜る。

 

恐ろしすぎるだろお前ら!人の体食べてんじゃねぇ!

 

てか、俺様の無敵スライムボディは簡単に齧ったり千切ったり出来ないはずなのに!!

 

 

 

なんか体が食べられて体積が減った気がするので、魔力ぐるぐるエネルギーでスライム細胞を戻しておこう。あーこわっ!

 

 

 

「それにしても、ヤーベのその頭に乗ってる生き物は何?」

 

「とっても不思議にゃ!」

 

「謎の生物なのです・・・」

 

 

 

サーシャ、ミミ、コーヴィルがそれぞれ俺の頭の上に鎮座する謎の生き物を見て質問してくる。だが、俺も知らないんだから答えようがない。

 

 

 

「さあなあ、ギルドマスターにでも聞いてみるか・・・」

 

 

 

「キュキュ!」

 

「ズゴッ!」

 

 

 

俺の頭から降りて、俺の顔の前にふわふわと制止するとピッとヒレを上げて俺に挨拶?してくる。

 

 

 

「・・・え、名前つけろってか?」

 

 

 

「キュキュ!」

 

「ズゴッ!」

 

 

 

正解!とばかりにヒレをぺちぺちと合わせて拍手する二匹。何でこいつらの考えている事がわかるのか、それも不明だ。念話とはまた違う感じだしな。何となく求められている感情が伝わる、的な感じだ。

 

 

 

「うーん、お前は、ジョージだ。こっちはジンベーな」

 

 

 

俺はホホジロザメに『ジョージ』と名付け、ジンベエザメに『ジンベー』と名付けた。

 

安易かな?と思わなくもないが、まあいいや。

 

 

 

某心のバイブルのラノベだと名付けは特別なもので名付けられた者はものすごくレベルアップして名付けた者はエネルギーをゴッソリ取られる設定なんだが。

 

 

 

・・・まあ、そんな美味しいチートな話はないな。

 

最もローガや四天王といった狼牙族の連中を名付けて何もなかったんだから、言わずもがなだがな!

 

 

 

「キュキュ―――――!!」

 

「ズゴズゴ―――――!!」

 

 

 

「うおおっ!?」

 

 

 

嬉しかったのか俺の顔にまとわりつくジョージとジンベー。

 

名付けでパワーアップはしないようだが、喜んでくれたようだし、まあいいか。

 

 

 

「さあ帰るか、お前たち、採取予定だった薬草はちゃんと持っているか?」

 

 

 

「バッチリよ」

 

 

 

サーシャがポシェットをポンッと叩く。

 

 

 

「なら早速脱出するか、ギルドマスターも心配しているしな!」

 

 

 

「はーい」

 

「はいにゃ!」

 

「はいなのです」

 

 

 

返事だけはいいケモミミ三人娘を連れて俺は<迷宮(ダンジョン)>を脱出して王都に帰った。王都に着くころには朝日が昇り始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

王都に戻った俺たちは冒険者ギルドに報告に出向いた。

 

ケモミミ三人娘には依頼完了報告をさせて宿に帰らせて休ませる。今日は一日しっかり休みと伝えた。ちなみに明日も休みだ。装備の手入れや昨日の冒険の反省など、王都から出ずに過ごすように命じた。

 

 

 

その他ギルドマスターとゾリアには未知の<迷宮(ダンジョン)>の位置と内容について報告をしておいた。ちなみに頭の上に鎮座している謎の生き物についてはまったく見たことも聞いたことも無いらしい。ギルドの書物にもそれらしき記述を見たことがないとのことだ。

 

・・・まあ、ゾリアの意見は参考にならんが。

 

 

 

そんなこんなでやっとのこと家路についたのはもう朝日が完全に登り切った頃だった。

 

 

 

「結構疲れたな・・・」

 

 

 

『お疲れ様でございます、ボス!』

 

 

 

冒険者ギルドから何故かローガに乗ったまま自分の屋敷まで戻って来た。

 

いつもなら自分の脚で歩いてローガが横に並んでいるはずなのだが、今日はローガにライドンしてしまったな。疲れているからと言う事にしておこう。後、俺の頭にジョージとジンベーがライドンしているのは触れない様にしておこう。

 

 

 

「キュキュ!」

 

「ズゴッ!」

 

 

 

どうもこやつらは俺の心を読んでいるらしい。

 

 

 

 

 

 

 

屋敷の門を抜け、ローガには厩舎に戻ってもらい、俺自身は屋敷の玄関を開ける。

 

 

 

「ただいまー」

 

 

 

「おかえりなさいませ旦那様」

 

 

 

迎えてくれたのは筆頭執事のセバスチュラではなく、メイド長のリンダであった。

 

 

 

「ああ、ただいま」

 

 

 

「一応朝食のご用意は整えてございますが、まず先に奥様方より、旦那様がお帰りになりましたら二階寝室にご案内するように仰せつかっております」

 

 

 

・・・え?なんて?二階寝室?

 

 

 

俺は一瞬何を言われているのか理解できなかった。

 

そして今の状況を鑑みる。

 

 

 

・・・連絡もせず、朝帰り。

 

 

 

マズイッ!これはマズイのでは!?

 

これはおこなのでは!?激おこですか!?激おこぷんぷん丸ですか!?

 

 

 

せめてヒヨコに連絡させるべきだった!

 

 

 

リンダの案内で寝室前までやって来る。案内中、ちらちらと俺の頭の上の謎生物に目をやるが、声を上げて驚いたり逃げたりしないのは立派だ。メイドとしての矜持がそうさせるのか。

 

 

 

コンコン。

 

 

 

「旦那様がお帰りになりましたのでご案内致しました」

 

 

 

「・・・入ってもらってくれ」

 

 

 

リンダがノックして声を掛けると、中からイリーナの返事が聞こえて来た。

 

 

 

リンダは扉を開けると、「どうぞご主人様」と手で入室を促す。

 

 

 

「入りますよ~、ヤーベ、無事にただいま帰りましたよ~」

 

 

 

そおっと中を除くように部屋に入って後ろ手に扉を閉める。

 

 

 

部屋の周りを見回す。よく見れば巨大なベッドの向こう側から顔だけ出してる奥さんズの面々が。

 

 

 

「ヤーベ、やっと帰って来たな・・・」

 

「遅いです、朝まで何をしていたんですか?」

 

「心配したんだよー」

 

「旦那様が帰って来ないので夜も眠れませんでしたわ!」

 

 

 

ベッドの奥から奥さんズの面々が飛び出してくる。

 

 

 

何故か全員メイド服だ。そしてサイズが小さい!いろいろ零れそうだ!ケシカラン!ケシカランゾォォォ!

 

 

 

「ヤーベ、私たちがどれだけ心配したかわかっているのか?」

 

「そうですよ!ヤーベ様が戻って来ないって心配したんですから!」

 

「ヤーベさんに何かあったらッて思うと、私の小さな胸が張り裂けそうだったよ!」

 

「わたくしも同じですわ・・・」

 

 

 

奥さんズが寄って集って抱きついてむぎゅむぎゅしてくる。嬉しいけど!嬉しいけど!

 

 

 

「・・・それで、どうして獣人の女の子達と関係がありますの?」

 

 

 

ルシーナの一言に固まる俺。何で知ってるの?

 

 

 

「あ、えーと、それは・・・」

 

 

 

「ヤーベ、ギルティだ」

 

「O・SHI・O・KIですわね・・・」

 

 

 

イリーナとフィレオンティーナが物騒な事を言い出す。

 

 

 

「待った!何もヤマシイ事はしていないぞ!」

 

 

 

慌てて言い訳しようとするが、奥さんズの目が怖い。

 

 

 

「ヤーベ・・・獣人の女の子にマーキングされるくらいに抱きつかれてるんだろ・・・。獣人ならオレだけにしてくれよ・・・」

 

 

 

見ればミノ娘のチェーダが部屋の隅に居た。いや、チェーダよ、お前までぴっちぴちのメイド服着て何してんの!? 出てるから!零れてるから!出ちゃいけないところまでギリ出ちゃってるから!

 

 

 

「ヤーベ様?」

 

 

 

ルシーナが死んだような目で俺を見る。

 

 

 

「ギルティです」

 

 

 

「はうう~しゅ、しゅみまっしぇーん!!」

 

 

 

とりあえず怖いので土下座した。

 

 




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第216話 謎の生物を調べに行こう

勢いよく土下座して頭を下げたため、俺の頭の上に乗っていたホホジロザメ?のジョージとジンベエザメ?のジンベーが落ちそうになって慌てて後頭部の方へうまく移動する。

 

こいつら、ムダにバランス感覚が優れているな。

 

ちょうどぺったりと土下座した俺の後頭部に鎮座するように乗っかっている。

 

 

 

「・・・なんだ?この不思議な生き物は?」

 

「見たことないですね」

 

 

 

俺の土下座をスルーしてイリーナとルシーナが俺の後頭部に乗っかっている謎生物に興味を移した。

 

 

 

「錬金術で生み出した未知の生物!」

 

「そんな訳あるか!」

 

 

 

サリーナの錬金脳に一応ツッコミを入れておくが、こいつらがどんな生物なのかは俺も知らないんだよな。

 

あの未知の<迷宮(ダンジョン)>探索は冒険者ギルドに丸投げした。

 

協力して欲しいとグランドマスターのモーヴィンに依頼されたけどブッチだ。

 

それほど伯爵様は暇ではない。

 

・・・こんな時だけ貴族面するなというツッコミは受け付けない。受け付けないったらない。

 

 

 

「わたくしもこのような生き物<迷宮(ダンジョン)>でも見たことないですわ・・・」

 

 

 

フィレオンティーナも首を傾げる。

 

 

 

土下座する俺の前に四人が並んだせいか、ジョージとジンベーは

 

 

 

「キュキュ!」

 

「ズゴッ!」

 

 

 

と短いヒレを上げて挨拶した。

 

 

 

「・・・か、かわいい・・・」

 

「かわいいです・・・」

 

 

 

 

 

イリーナとルシーナがそう呟くと、ジョージとジンベーはヒレをパタパタさせてふわふわと空中を飛び、イリーナやルシーナの胸に飛び込んで行った。

 

 

 

「かわいいぞ!」

 

「ぷにぷにですぅ!」

 

 

 

イリーナとルシーナはそれぞれ胸に抱きしめる様に捕まえると二匹を撫でまわす。

 

 

 

「キュキュ――――!」

 

「ズゴズゴ――――!」

 

 

 

撫でまわされるのが気持ちいいのか鳴き声を上げてヒレをペチペチ動かし喜んでいるようだ。

 

 

 

「あ、私も抱いてみたい!」

 

「わたくしもお願い致しますわ!」

 

 

 

サリーナとフィレオンティーナもジョージとジンベーを抱きたいと二人に変わって胸に抱きいれる様に包み込む。

 

 

 

フィレオンティーナの胸に埋まる様に抱かれたジョージはチラッと俺の方を見ながら喜んでいる。

 

 

 

なんだ、チクショー!胸に包まれるように抱かれて羨ましいかってか!

 

羨ましいに決まってんだろ!でもその気になれば俺だってフィレオンティーナに頼み込めば何とかなるんだからな! そんなこと頼めないけど!

 

 

 

「キュッ!キュッ!キュ――――!」

 

「ズゴッ!ズゴッ!ズゴ――――!」

 

 

 

奥さんズの面々に抱かれて撫でられて嬉しそうに鳴き声を上げる二匹を見ながら、ここがチャンスと俺は言い訳を繰り出す。

 

 

 

「いや~、冒険者ギルドでSランクに認定されてしまってね。それに付け加えてギルドの指導員まで仰せつかってしまって、その流れで獣人の新人冒険者三名を担当する事になってしまってね。指示して冒険に出てもらったんだけど、何故か未知の<迷宮(ダンジョン)>が発見されて、その中に迷い込んだらしくてね。夜まで冒険者ギルドで三人が帰って来るのを待ってたのに、<迷宮(ダンジョン)>で三人が行方不明って情報が入ったので、夜中だけど助けに行ってね。その未知の<迷宮(ダンジョン)>の最奥に水晶の柱に封印されていたのがこの二匹でね。なぜか封印が解けて俺に懐いちゃったから連れて帰って来たんだけどね」

 

 

 

俺はペラペラと説明を捲くし立てる。勢いで押し切るのだ!

 

 

 

「え・・・? 今、Sランクに認定って言われました・・・?」

 

 

 

フィレオンティーナが信じられないといった表情で俺を見る。

 

あ、しまった。フィレオンティーナは元バリバリのAランク冒険者だった。Sランクの凄さを知っているんだ。

 

 

 

「え・・・? この生き物、<迷宮(ダンジョン)>で封印されていたのか・・・?」

 

 

 

それって大丈夫なのか?といった表情で問いかけるイリーナ。大丈夫かどうかわかりません。

 

 

 

「え・・・? ヤーベさんギルドの指導員になったの!? すごいね!」

 

 

 

自身も錬金術ギルドに所属するサリーナは指導員になった事に驚いていた。

 

 

 

「え・・・? それでは指導する三人が獣人の娘たちという事ですね・・・」

 

 

 

ルシーナよ、君の引っかかるところはソコかい。

 

 

 

「そんなわけで、その謎生物の事を王宮の宮廷魔術師殿に相談してくるよ。だから行って来ます!」

 

 

 

そう言って土下座体勢から一転、ガバッと起き上がると走って逃げる。

 

 

 

「キュ? キュキュ―――!!」

 

「ズゴッ? ズゴズゴ―――!!」

 

 

 

俺が部屋から走って逃げると、ジョージとジンベーも涙を流して泣きながら俺に向かって飛んで来た。そして頭に着地すると、なんで俺たちを置いてどこかへ行こうとするんだ、と怒っているかのようにヒレで俺の頭をペチペチ叩きながら鳴いていた。

 

 

 

・・・こいつらも初期のリーナと同じくご主人様断ちのトレーニングが必要か。

 

俺をご主人様と思っているかどうかは知らんけど。

 

 

 

「キュキュ―――!!」

 

「ズゴ―――――!!」

 

 

 

何だかご主人様ではないらしい、保護者?のような感覚が頭に流れ込んできた。

 

・・・とにかく王宮の物知りに相談だ!

 

奥さんズの「ちょっと!ヤーベ!」という呼びかけを振り切って俺は屋敷を飛び出して王宮に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、どうも。宮廷魔術師長のブリッツ殿に用があって来たんだけど」

 

 

 

王城の門は俺の顔パス(といっても伯爵を現す短剣を見せるんだけど)で入れるのだが、王城内は一応入口で訪問理由を問われるので、用のある相手の名前を出して回答する。

 

本当ならば宮廷魔術師長クラスだと先振れと言うアポみたいなものがいるんだろうけどな。今はこの頭の上の謎生物について一刻も早く調べてもらわないとな。

 

 

 

「ブリッツ魔術師長ですね、どうぞ、お通りください・・・それはそうと、スライム伯爵様は新たな使役獣を増やされたのですね。今回の使役獣は、その、なんといいますか、ものすごく可愛いですね・・・」

 

 

 

訪問理由を聞いていた衛兵が俺の頭に乗ったジョージとジンベーに目をやりながらそんな感想を漏らす。

 

・・・<調教師(テイマー)>である、ということになっている俺は狼牙族などを引き連れているからな。今更謎の生き物が増えたところで、「使役獣を増やした」という一言で済んでしまうかもしれん。これはラッキー。

 

 

 

「可愛いだろ~、でも迂闊に手を伸ばすなよ? ガブッと噛まれるかもしれんぞ?」

 

 

 

「えっ!? マジですか!?」

 

 

 

おいおい、伯爵に話しているには不敬じゃないかと思ったりもするが、俺自体貴族らしくないから全然気にしない。

 

ちょっと手を伸ばしかけた衛兵君はびっくりして手を引っ込める。

 

 

 

「はっはっは、こいつらのご機嫌次第だからな。油断は禁物だよ」

 

 

 

そう言って俺は宮廷魔術師長のブリッツ殿が詰めている部屋へと向かった。

 

 

 

 

 

宮廷魔術師たちの詰めている部屋を訪れ、魔術師長のブリッツ殿に用がある事を告げる。

 

確認を取ってもらったところ、許可が出たようで魔術師長の部屋に案内された。

 

その間も魔術師たちの視線はずっと俺の頭の上の生き物に注がれている。

 

俺があまりにも普通に頭の上に二段に重なる様に謎の生き物を乗せているため、そこを聞いてもいいものか戸惑いがあるようだ。あまりに堂々としていると、逆に指摘しにくい、ということだろうか。

 

 

 

コンコン。

 

 

 

案内してくれた魔術師が魔術師長のブリッツ殿の部屋のドアをノックする。

 

 

 

「スライム伯爵をお連れしました」

 

 

 

「入ってもらえ」

 

 

 

ガチャリと扉を開けて入室を促してくれる魔術師君にお礼を言いながらブリッツ殿の部屋に入る。

 

 

 

「やあ、忙しいところ急に押しかけてしまいまして申し訳ありませんな」

 

 

 

「いえいえ、大恩ある『救国の英雄』殿の訪問とあらば断われますまい」

 

 

 

如才ない挨拶を向ければ、笑いながら訪問を受け入れてくれるブリッツ殿。

 

 

 

「実は相談があって来たのですよ」

 

 

 

「・・・もしかして相談とは、その頭の上に乗っている見たことも無い生き物二匹の事ですかな?」

 

 

 

「ほう、分かりますか!さすがは宮廷魔術師長たるブリッツ殿だ」

 

 

 

「・・・いや、さすがに頭の上に二匹も見たことの無い生物を乗せている状態で相談があると言われれば、分からないほうがどうかしているかと・・・」

 

 

 

相談内容をズバリ当てられたので褒めてみたのだが、どうもブリッツ殿には俺の相談が丸わかりだったようだ・・・まあ、頭に鎮座されているし、当たり前か。

 

 

 

「まあ、そういうわけで、この謎の生物が何なのか知ってたら教えて欲しいのですよ」

 

 

 

「・・・実際問題、私も見たことがありません・・・。ちょっと絵の上手い者にスケッチさせましょう。その間に私は古い文献を当たってみます」

 

 

 

そう言って部下だか弟子だかしらないが、若い魔術師を呼んでくると、早速俺の頭の上の二匹の生き物をスケッチし始める。

 

 

 

どうやら自分たちが注目されていることに気づいたのか、変にヒレを持ち上げてポーズを決めるジョージとジンベー。無駄に賢いな、こいつら。

 

 

 

 

 

 

 

しばらく待っていると、何と国王であるワーレンハイドが姿を見せた。

 

 

 

「やあ、ヤーベ卿。なんだか不思議な生き物をテイムしたんだって?」

 

 

 

ぶっちゃけ、俺にテイムするなんてスキル無いから、心苦しい事ないったらないのだが、懐かれている以上、そういう以外に説明できないんだよね。

 

 

 

「まあそんなところでしょうか。ただ、この連中、魔獣かどうかすらわからないのですよ・・・。今のところ大人しく人の頭に乗っかっているだけなんですけどね」

 

 

 

怒り出して俺のスライムボディーを食べまくった事は内緒にしておかないとな。無差別に人を襲うかも、なんて不安にさせたら一大事だ。

 

尤も、こいつらがむやみに人を襲わないだろうというのは何となくわかるんだよな。心でわかるというか、本能に訴えかけて来るというか。不思議な連中だ。

 

 

 

俺は頭に二段で乗っている二匹のうち、上の方にいたジンベーを捕まえてワーレンハイド国王に抱かせる。

 

 

 

「おお、大人しくて可愛いな! 触り心地もツルツルスベスベだ!」

 

 

 

「ズゴ――――!」

 

 

 

気持ちよく撫でられて鳴き声を上げるジンベー。

 

サメ?のくせにツルツルスベスベで触り心地がいいってホント謎だよな。

 

 

 

「ヤーベさん、とっても可愛い使役獣が増えたって聞きましたよ!」

 

 

 

そう言って勢いよく部屋に入って来たのはカッシーナではなく、リヴァンダ王妃であった。

 

 

 

「ああ、どうも王妃様。可愛いって、こいつらのことですかね?」

 

 

 

すでにワーレンハイド国王がジンベーを抱きしめている。それをみてすごく羨ましそうな顔をするリヴァンダ王妃だが、それを察知したのか、俺が手で捕まえるより早く俺の頭から飛び立ったジョージがリヴァンダ王妃の胸にポフッと飛び込む。

 

 

 

「キュキュ――――!」

 

 

 

「か、可愛い・・・!!」

 

 

 

感動して胸に抱き込むようにギュッとするリヴァンダ王妃。

 

そして、王妃の豊満な胸に埋まりながら俺をチラッと見てドヤ顔するジョージ。

 

だから、なんなんだよ!そのうらやましいだろ的な表情は!ああ羨ましいよ!特に王妃様なんてどう頑張っても俺が胸に飛び込んだら打ち首だろうからね!チクショー!なんで俺はこんなケモノに敗北感を味わってるんだ!

 

 

 

「ふーむ、魔物事典や資料は元より、聖獣や霊獣といったあまり存在を知られていない高次の存在を書き記した資料を見たのですが、この二匹に該当するような情報が見つかりませんでした」

 

 

 

「え、わからないの?」

 

 

 

俺は素直に驚いてしまった。宮廷魔術師長のブリッツ殿に聞けば何かしら情報が出ると思っていたのだ。

 

 

 

「ほう・・・ブリッツでもわからないとなると、本当に謎の生物だな」

 

「こんなに可愛いのですけどね! ヤーベさん、もう名前は決まっているのですか?」

 

 

 

首を傾げるワーレンハイド国王をよそに、嬉しそうにジョージを抱きしめながら聞いてくるリヴァンダ王妃。

 

 

 

「王妃が今抱いている方がジョージで、国王が抱いている方がジンベーですよ」

 

 

 

「キャー!ジョージちゃんっていうのね!あなた、真ん丸で可愛いわね~!」

 

 

 

そう言いながらジョージのおでこにチューをするリヴァンダ王妃。

 

 

 

「キュッキュ――――!!」

 

 

 

明らかに嬉しそうに鳴くジョージ。コイツ、女好きか。

 

 

 

その時、扉がドバーンと音を立てて開く。

 

 

 

「ヤーベ様!王城に来られるなら連絡ぐらいくださいよぉ!」

 

 

 

見れば涙目でカッシーナが飛び込んできた。

 

 

 

「ああ、すまん。ちょっと緊急事態でな」

 

 

 

「どこが緊急事態なんですか! 新しい使役獣がとっても可愛いって自慢に来たんですよね?」

 

 

 

いや、どんな風に情報伝わってるの!? 誰も自慢しに来てないから!

 

大体こいつら自慢できるの?

 

 

 

「キュキュ――――!!」

 

「ズゴズゴ――――!!」

 

 

 

俺は馬鹿にしたわけではないのだが、そんなニュアンスを感じ取ったのか、国王と王妃の腕から飛び出したジョージとジンベーは俺の頭に飛びつくとペチペチとヒレで叩きまくった。

 

 

 

「いてててて!」

 

 

 

「キュキュ――――!!」

 

「ズゴズゴ――――!!」

 

 

 

明らかに怒気を含んだ鳴き声を上げてペチペチする二匹を見ながら、それでも国王と王妃は温かい目を向けた。

 

 

 

「あらあら、やっぱりヤーベさんとは仲がいいのねー」

 

「そうだな、さすが使役主なだけはあるな」

 

 

 

いや、そういう問題ですかね? 

 

 

 

「ぐすっ、やっぱり全然緊急事態じゃないじゃないですかぁ・・・。可愛い使役獣とじゃれ合ってるだけですぅ!」

 

 

 

ぷりぷりと怒り出すカッシーナ。なんでやねん。

 

 

 

だが、カッシーナが緊急事態緊急事態と騒いだせいだからか、まさかの緊急事態がやって来た。

 

 

 

「たたた、大変です国王様!」

 

 

 

衛兵の一人が部屋に飛び込んでくる。

 

 

 

「どうした?何かあったのか?」

 

 

 

「北西の空に・・・、ワイバーンが十二匹飛来しておりますっ!!」

 

 

 

「な、なんだとっ!!」

 

 

 

驚くワーレンハイド国王。そして、なぜか俺の方を見る。

 

隣を見ればリヴァンダ王妃も俺の方を見ていた。

 

首を横に向ければ、宮廷魔術師長のブリッツ殿も俺を見ている。

 

 

 

いや、俺のせいじゃないよ? 俺は謎の生物頭に二匹乗せて来ただけだからね?

 

 




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第217話 飛来するワイバーンを調査しよう

「な、なんじゃと!」

 

 

 

宰相のルベルクは報告を聞いて耳を疑った。

 

丁度王国騎士団団長のグラシアと竜のブレスを防ぐ盾の導入を検討しているところであった。アローベ商会を通じて竜の皮を用いた防御力の高い盾を用意し、騎士団の防御力を高めては、という検討であった。

 

 

 

 

 

「すぐに城門付近へ向かわせます!」

 

 

 

「うむ、ワシも国王様に報告したら、軍の将軍たちに声を掛ける!」

 

 

 

そう言って慌ただしく部屋を出ていくルベルクとグラシア。

 

 

 

どちらも、ヤーベ伯爵かフィレオンティーナ男爵にも連絡すべきだろうと内心思っていたのだが、それぞれ組織の長たる立場で一個人にいきなり打診するのは憚られたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわ~、飛んでるねぇ」

 

 

 

頭にジョージとジンベーを乗せたまま西門近くへ来た俺。

 

 

 

見れば確かにもう肉眼でもワイバーンが数匹飛んでいるのが見える。

 

その内、騎士や兵士たちが集まり、城門の外に集結して行く。

 

よくよく数えてみると十二匹。報告にあった通りだ。

 

 

 

その内の一匹が大きく王都近くで旋回し出す。

 

 

 

「どうやら王都を攻撃する意思はない様だが・・・」

 

「キュキュ!」

 

「ズゴッ!」

 

 

 

俺の独り言に頭の上のジョージとジンベーが一言鳴く。まるで俺の意見を肯定するようだ。

 

だが、謎の生物たちに肯定されてもあまりピンとこないな。やはり奥さんズの面々から「すごーい!」だの、「さっすがー!」だの言ってもらいたい。

 

 

 

「キュキュ―――――!!」

 

「ズゴズゴ―――――!!」

 

 

 

ペチペチペチッ!

 

 

 

「あいたたた!」

 

 

 

どうやら俺がこいつらをぞんざいに考えてしまったことがバレてしまったようだ。

 

と、いうか、何で俺の考えている事がわかるんだろう?

 

 

 

それはそうと、旋回しているワイバーンから何かが投下された。

 

見れば木で出来た筒状の入れ物にパラシュートがついて、ゆらゆらとこちらへ落ちて来る。

 

 

 

「なんだっ!何か落ちて来るぞ!」

 

「どうすればいい!」

 

「危険なものか!?」

 

 

 

集まった兵士たちがざわつく。

 

 

 

あれがバクダンとか火炎瓶であったら大変な事になるが、たぶんそうではない。

 

 

 

兵士を束ねる責任者と話をしたいと思ったのだが、パッと見てもどこに居るのか不明だ。

 

仕方がない、後で文句を言われるかもしれんが指示を出すか。

 

 

 

「兵士諸君!あの落ちて来る木の筒を確保してくれ!多分あれは書簡だ!非常に重要なものであるため、あの筒を確保したら中を開けずに、宰相のルベルク殿へ届けてくれ!」

 

 

 

まあ、宰相のルベルク殿が直接開けることは無いだろう。万一何か仕掛けられている可能性も無くはないからな。

 

 

 

「「「ははっ!」」」

 

 

 

兵士の何名かが返事をして走り出す。おお、俺に文句言わず従ってくれるとは何だかありがたいな。

 

 

 

「スライム伯爵様!あれは敵ではない、と言う事なのでしょうか?」

 

 

 

ふと見れは隣に他の兵士たちよりもちょっとよさげな鎧を着ている男がやって来ていた。

 

 

 

「うむ、多分だが、ドラゴニア王国からの使者ではないかと思う。緊急なのか、大至急なのかは知らないが、最も早い方法でバルバロイ王国の王都へ使者を送りたかったという事だろう。それにしても十二匹の編隊は些か物々しい気もするけどな」

 

 

 

「なるほど!さすがはスライム伯爵、さすがの見識でございます」

 

 

 

んん?なんでこんなに俺を持ち上げてるの?

 

 

 

「・・・どこかで会ったことあるかな?」

 

 

 

「いえいえ、遠巻きにお姿を拝見したことはありますが、こうしてお話させて頂くのは初めてでございます」

 

 

 

丁寧に説明してくれる兵士さん。

 

 

 

「俺の事知ってるの?」

 

 

 

「もちろんですよっ! 『救国の英雄』ヤーベ伯爵の話は騎士団だけでなく兵士たちの間でも超有名ですよ!」

 

 

 

「え、そうなの?」

 

 

 

「冒険者の身分でありながら、何度も王国に迫った危機を跳ね返し、ついにはありえないほどのスピードで伯爵まで昇りつめた平民の憧れの存在ですよ!」

 

 

 

興奮して話をしてくれる兵士さん。そんなに興奮されると照れますがな。

 

 

 

「騎士団の訓練で、王国最強と言われたグラシア騎士団長といい勝負をされたとも聞いております。それに何と言っても卿は<竜殺し(ドラゴンスレイヤー)>であらせられますから」

 

 

 

おおう、何だか知らないが、一般兵士さん達にも有名になってしまっているようだ。

 

迂闊に立ちションも出来んな・・・スライムだからオシッコしないけど。

 

 

 

「スライム伯爵様! 手に入れてまいりました!」

 

 

 

そう言ってパラシュートの付いた木の筒を俺に持って来る。

 

いいのか、俺が貰って。

 

まあいい、俺ならスライム触手を極細にして中のチェックが可能だ。

 

 

 

チェックすると、やはり中は書簡だ。蝋で封がしてあるようだ。変な仕掛けなどは無い様だ。

 

 

 

「誰か、この木の筒を宰相ルベルク殿へ届けてくれ。危険な仕掛けなどがない事は俺が確認した」

 

 

 

「ははっ! 兵士長である私が承ります!」

 

 

 

「よろしく頼む」

 

 

 

隣で俺を褒めてくれていた兵士さんが持って行ってくれるようだ。というか、この人兵士長だったんだ。ちょっと偉い人だったんだな。

 

 

 

 

 

 

 

「むう・・・」

 

 

 

宰相ルベルクはスライム伯爵の言伝付きで書簡を受け取っており、その中身を確認していた。

 

その内容は、『先日バルバロイ王国方面で巨大な魔力を感知した。その事について確認したく、面会を希望するものである』とのことだった。そのため、王都近くにワイバーンを着陸させたいと書いてあった。

 

 

 

「ワーレンハイド国王様。至急OKのサインを送り、まずはワイバーンを着陸させ、王都の混乱を治めましょう」

 

 

 

「うむ、そうだな。その後王城へ案内して話を聞く事にしよう」

 

 

 

ワーレンハイド国王は宰相ルベルクの言葉に頷き、会談の準備をするように指示を出す。

 

 

 

だが、ワーレンハイド国王とルベルク宰相は目を合わせながら渋い顔をした。

 

 

 

ドラゴニア王国の使者が問うてきた、圧倒的な魔力の波動の話、それは、秘匿すると決めた魔導戦艦の発掘と消滅の件であり、それを秘匿すると言う事はそれを成し遂げたヤーベの存在を秘匿することでもあったからだった。

 

 

 

この会談は一筋縄では行かない、二人はそう感じていた。

 

 




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閑話35 狼牙族の憂鬱

 

「・・・由々しき問題である・・・」

 

 

 

夜の帳もすっかりと落ち、深夜静寂が闇を支配する時間。

 

 

 

ローガは狼牙族一同を集め、静かに呟いた。

 

自分たちに与えられた厩舎は広く快適ではあったが、総勢61匹も集まれば狼牙達で溢れかえって「そっちつめろよ!」「狭いな!」などと小競り合いも発生している。

 

 

 

通常、深夜も警備を怠らないため、全匹が一堂に会することなとありえない。

 

だが、ローガは全狼牙族を束ねるトップの権限を使い、警護や警邏を中止させてでも全匹を一同に集合させた。

 

 

 

「・・・一体どうしたというのです?」

 

 

 

一同を代表して氷牙がローガに問いかけた。

 

 

 

「・・・我の失態を捌くのでは・・・?」

 

 

 

風牙が項垂れて申し出る。

 

先日風牙は奥さんズ警護と言う大役を担ったものの、イリーナを誘拐されると言う大失態を犯してしまった。ヒヨコたちも同罪であるのだが、風牙は四天王として警護のトップというべき地位にいる。その責は自分が負うべきだと考えていた。

 

 

 

「ああ、その件はボスより風牙は元より俺達狼牙族もヒヨコたちも責任を問わないと直々に言われた。ボスも考え方が甘かったとご自身が反省されるようなことをおっしゃられておられた」

 

 

 

「そんなっ! ボスに何の責任がありましょうか!」

 

「風牙だけではない、我々狼牙族の力不足がいけないのです!」

 

「ボスの優しさが身に染みるでやんすな」

 

 

 

氷牙が声を上げれば、雷牙が自分達の力不足を指摘し、ガルボがヤーベの優しさに感動する。

 

特に雷牙はつい先日ケモミミ三人娘の護衛に出て、土くれゴーレムに苦戦した経緯があり、より自身の力不足を痛感していた。

 

 

 

「・・・実はボスが、我々はマスコット枠ではない、と断言された・・・」

 

 

 

ものすごく落ち込んだ表情でローガが呟く。肩も落ち、明らかに沈んでいた。

 

 

 

「・・・マスコット枠ですか?」

 

「それは一体、どういう・・・?」

 

 

 

氷牙と風牙は首を傾げる。

 

 

 

「多分マスコット枠と言うのは、ボスにとって『可愛がる存在』を意味しているのではないかと思われる。そのマスコット枠が、現在ボスの頭を席巻しているジョージとジンベーと名付けられた謎の生き物たちだ」

 

 

 

「な、なんですとっ!?」

 

「か、可愛がる存在!」

 

「で、では我々は可愛がってもらえないとっ!」

 

 

 

氷牙、風牙、雷牙がそれぞれ驚きの表情を浮かべる。

 

ガルボはみんな、ボスに可愛がってもらいたかったのかと若干驚きの表情を浮かべていた。

 

 

 

「そうだ、このままでは我々はボスに可愛がってもらうことは出来ない! あの新参の二匹だけが可愛がられ、我々はモフモフタイムを頂くことは無くなってしまうであろう!」

 

 

 

「それは大問題だ!」

 

「正しく死活問題だ!」

 

 

 

一般の部下たちも声を上げる。

 

狼牙族にとってボスからのモフモフはご褒美であり存在意義と言っても過言ではなくなっていた。

 

 

 

「何としてもボスに可愛がってもらえるよう、我々の存在を復権せねばならない!」

 

 

 

「「「ウォォォ――――!!」」」

 

 

 

「シ―――――!! 静かにしろ!ここは厩舎で今は深夜だ!」

 

 

 

(((ははっ!!)))

 

 

 

急にやる気満々で雄たけびを上げた部下たちを叱責するローガ。自分で煽っておいてそれはどうなんだと思わなくはないガルボはジト目でローガを見る。

 

 

 

「それではボスに可愛がっていただくためのアイデアを出せ!」

 

 

 

ローガの言葉に、一匹の狼牙が手、というか前足を上げる。

 

 

 

「貴様っ!」

 

 

 

「はっ! ボスの前で地面に背中をつけて、腹を出し全面降伏の姿勢を示してみてはいかがでしょうか?」

 

 

 

腹を見せるのは魔獣にとってその命を預けるという信頼もしくは全面降伏の意味を示す。

 

 

 

「だが、それは可愛く見えるのだろうか?」

 

 

 

氷牙が根本的なツッコミを入れる。

 

 

 

「むう、確かに」

 

 

 

ローガは前足を組んで唸る。ローガに至ってはその所作がおっさん臭くなってきている。

 

 

 

「それより、魔力をより高めて、毛を伸ばしてみてはいかがでしょうか?今よりさらにモフモフが進めば、触りたくなるのでは?」

 

 

 

別の一匹が別のアイデアを出す。

 

 

 

「あまり毛が長くなると、逆に触り心地が悪くならないか?」

 

「ふわふわ感が無くなるかもしれないぞ」

 

 

 

だが別の狼牙からは疑問の声が上がる。

 

 

 

あーだこーだと意見を言い合うが、これと言ったアイデアが出ない。

 

 

 

「・・・そう言えば、リーナ殿の所作をボスが可愛い、可愛いと褒めておりましたな」

 

 

 

ぼそりと風牙が呟く。

 

 

 

「風牙、どういうことだ?」

 

 

 

その呟きを聞き逃さずローガは問う。

 

 

 

「はっ、リーナ殿がオシリをクネクネと振って手を振る踊りを見せたところ、ボスが両手を叩いて可愛い可愛いとリーナ殿を褒めておられたところを見たことが・・・」

 

 

 

「それだっ!」

 

 

 

風牙の説明にローガが立ち上がる。

 

 

 

「我らは数が多い。それはそれだけであの二匹よりも有利な条件となる。そこで、リーナ殿のように可愛いと言われる踊りを我ら全員でマスターすれば・・・」

 

 

 

「おおっ!素晴らしいアイデアでございますな!」

 

 

 

ローガの説明に真っ先に雷牙が食いつく。

 

 

 

「では早速その踊りをマスターしましょう! 風牙、どうやるのだ?」

 

 

 

「えーと、確かリーナ殿はこんな感じで・・・」

 

 

 

氷河に促された風牙は二本足で立ち上がると、クネクネと尻尾を振りながら踊り出す。もちろんリーナに尻尾はないのだが風牙が腰をフリフリすれば、合わせて尻尾もフリフリだ。

 

 

 

こうしで夜通しローガ達の特訓は続けられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レッツダンス!スタ―――――ト!!」

 

 

 

朝、屋敷の玄関をでた俺は、ローガ率いる狼牙族が勢揃いしているのにまず驚いた。

 

俺の頭の上に乗っているジョージとジンベーも声が出ないくらい驚いているようだ。

 

一緒に出てきた奥さんズの面々とリーナも狼牙族の勢揃いに完全に呆気に取られている。

 

 

 

そしてローガを先頭にその後ろに四天王、さらにその後ろに軍団がずらりと並ぶ。

 

軍隊を思い起こすビシっとした整列から、尻尾をフリフリ踊り出すローガ達。

 

謎のステップを踏みながら、二本足で器用に踊るローガ達を見て、俺はローガ達一体何をしたいのかまったく理解できなかった。

 

 

 

ただ、61匹もいるのに、一糸乱れぬステップで尻尾をフリフリ踊るローガ達は素直にすげーなって思うけど。

 

 

 

 

 

「フィニッシュ!」

 

 

 

ババーンとキメポーズで止まるローガ達。

 

チラッと俺を見て、「どう?」みたいな視線を送られても。

 

 

 

「キャ―――! すごいです―――!」

 

「ふおおっ!カッコいいのでしゅ!」

 

 

 

見ればルシーナとリーナがローガ達に突撃して行き、抱きついて全身でモフモフしている。その後ゆっくりとイリーナ、サリーナ、フィレオンティーナもローガ達を撫でに行った。

 

その光景を見たのか、メイドさんたちやメイドの格好をしたミノ娘たちをローガたちをモフりに来た。

 

 

 

多くの女性たちにもみくちゃにされるローガ達。何となく羨ましい。

 

だが、ローガ達が何したかったのかさっぱりわからん。

 

 

 

『(何故だっ!こんなにみんなモフりに来てくれるのに、ボスだけモフりに来て下さらないのは何故なのだっ!!)』

 

 

 

ローガの想いは何故かヤーベだけには届かなかったようである。

 

 




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第218話 ワイバーンたちと密談しよう

更新がしばらく止まり恐縮です。
ゆっくり再開しますのでよろしければまたお付き合いの程よろしくお願いいたします。



 

「それで、あの魔力嵐は一体何だったのでございますか?」

 

 

 

ドラゴニア王国、竜騎士団副団長のライオネルは、生粋の武人らしく、ストレートに最大の疑問をぶつけてきた。

 

 

 

宰相ルベルクは努めて表情を変えずに対応していた。

 

応接室にはその他ドライセン公爵、騎士団団長のグラシア・スペルシオも着座していた。

 

ルベルクはここまでの流れを頭の中で振り返る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は少し遡る―――――

 

 

 

「こちらです! こちらへ着陸ください!」

 

 

 

大きな旗を振って、ワイバーンに乗る騎士たちに合図を送る。

 

それに応じてワイバーンたちが大きく旋回しながら高度を下げる。

 

 

 

「うおっ!」

 

「デカイッ!」

 

 

 

兵士たちに多少の動揺が広がる。

 

以前雷竜サンダードラゴンとワイバーンが王都を襲撃した際、フィレオンティーナが一蹴しているが、その時はワイバーンたちは雷撃の呪文で撃ち落とされ、回収されているので、生きたワイバーンを近くでその目にしている者は少なかった。

 

 

 

やがてワイバーンたちは地上に降りた。

 

ズシンと大地に響く振動。ワイバーンの重量をうかがい知れる一瞬でもあった。

 

 

 

「ドラゴニア王国 竜騎士団副団長、ライオネル・バッハである! 我が王よりバルバロイ王国ワーレンハイド国王当ての書簡を預かって参った! お取り次ぎ願いたい!」

 

 

 

朗々と告げるライオネル。その雰囲気と声からだけでもひとかどの武人だと判断できる。

 

ドラゴニア王国より竜騎士団副団長のライオネル・バッハという男が来たと王城へ至急連絡が入ることになった。

 

 

 

その間も彼らをフリーにしているわけにはいかない。

 

兵士長は遠巻きにワイバーンを見ながらも騎士団の到着を待った。

 

 

 

「兵士長、一応杭とロープを用意した。ありがたい事にここは街道から少し離れている。杭とロープで囲って、一応ワイバーンたちがロープから出ない様にドラゴニア王国の騎士たちに伝えておこう。自由に散歩でもされて、街道の方に向かわれてはたまらんからな」

 

 

 

兵士長が振り向けば、そこにはバルバロイ王国最強の騎士、グラシア・スペルシオがやって来ていた。

 

 

 

「了解しました! おい、さっそくロープと杭で囲いを作るぞ!」

 

 

 

「その間に彼らに少し話をしておこう」

 

 

 

「よろしくお願いします」

 

 

 

立場がある者が話に行った方が通じやすいだろうと思っていた兵士長は騎士団長のグラシアが直接話に出向いてくれるのはありがたかった。

 

 

 

「バルバロイ王国騎士団団長を務めております、グラシア・スペルシオと申します」

 

 

 

「おお、貴君があの有名なグラシア騎士団長であらせられるか! 自分はドラゴニア王国竜騎士団で副団長を拝命しておりますライオネル・バッハと申します。此度は不躾にも急な訪問大変申し訳ない。我が国王様より至急の書簡を預かって参りました。また、それに関わりまして私が代理に事前会談を申し込ませて頂きたい」

 

 

 

そう言ってスッと頭を下げるライオネル。

 

 

 

「それではすぐ宰相のルベルク殿へ打診致しましょう」

 

 

 

「謁見と会談が終わりましたら、ぜひ立ち会いをお願いしたいですな!」

 

 

 

「ははは、もちろんいいですよ」

 

 

 

ライオネルはワイバーンを部下の一人に預け、グラシアと一緒に王都に向けて歩き出した。

 

 

 

「ああ、何でもバルバロイ王国ではリカオロスト公爵領で災害があったとか? 国王様より見舞いの品を運ぶように言われておりましてな。ワイバーンでは大量の荷物は運べないのですが、いくつか運んで来ております。おい、お前達降ろしてくれ!」

 

 

 

「「はいっ!」」

 

 

 

二人ほど返事をすると、他のワイバーンに乗る騎士たちにも連絡し、それぞれ括りつけられている荷物を外して行く。バルバロイ王国への進物の他に、ワイバーンたちの食料もある程度積んでいるようだ。

 

 

 

「それでは荷を運べるよう馬で引く荷台を用意させましょう」

 

 

 

「かたじけない」

 

 

 

グラシアの申し出にライオネルは嬉しそうに頷いた。

 

 

 

荷馬車が到着し、進物の荷物を運びながらグラシアとライオネルは王城に向かって行った。

 

十一名いる残りのワイバーン騎士のうち、五名を帯同させ、六名を十二匹のワイバーンの面倒を見るためこの場に残して行った。

 

 

 

一応バルバロイ王国の兵士たちも緊急事態に備えて何名かはこの場に残っている。見張りの役目だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて・・・主だった連中は行ったようだな」

 

 

 

俺はその場に気配を消して残っていた。気配を消してと言っても、だだっ広い草原だからな、身を隠す場所ないんだけどね。兵士の後ろに気配を隠してそっと立っているのだ。

 

 

 

そしてスルスルとドラゴニア王国の騎士たちに見つからない様にワイバーンに近寄って行く。

 

 

 

『よう、元気?』

 

 

 

『うえっ!? だ、誰?』

 

 

 

よしっ!思った通り念話が通じたぞ!

 

 

 

『あ~、あまりキョロキョロしないでいいよ。足元にいるから』

 

 

 

『びっくりした・・・話が通じるなんて初めてだよ』

 

 

 

『なに、そっちの国では話通じないんだ?』

 

 

 

『最悪だよ~、言う事聞かないと叩かれるし、訓練で何回も空飛ばされるし』

 

 

 

『うわ~、大変だね~』

 

 

 

ワイバーンの生活も世知辛いもんだな。ドラゴニア王国もワイバーンに取ってはブラックか?

 

 

 

『ホントだよ~、ご飯だって少ないし・・・』

 

 

 

ワイバーンが溜息吐いた。ワイバーンも溜息吐くんだ。

 

 

 

『そうなんだ~、ウチに来ればメシ食べ放題もあるけどね~』

 

 

 

俺はニヤリとして告げる。

 

 

 

『ええっ!ご飯食べ放題!? お腹いっぱい食べられるの!?』

 

 

 

『そうだね~、週に一回魔の森で魔獣狩り放題かな~』

 

 

 

『うわ~、いいないいな!羨ましいよ!』

 

 

 

首を折り曲げて足元に隠れる様にいた俺に顔を向けて来る。あまり挙動不審だとドラゴニア王国の騎士たちに見つかるから落ち着いて欲しい。

 

 

 

『なになに? 何話してるの?』

 

 

 

隣のワイバーンも顔を向けてきた。

 

 

 

『この人の国に行けば、お腹一杯ご飯食べられるんだって!』

 

 

 

『マジかよっ! いいな~、行きてーなー』

 

 

 

隣のワイバーンも飯に不満があるらしいな。

 

 

 

『毎日の食事もある程度確保するし、訓練もそんなに厳しくないよ、ウチは』

 

 

 

なんたって竜騎士団持ってないからね。どうトレーニングしていいかわからんし、始めの手探り期間なんかは比べるまでも無く楽ちんだろうさ。

 

 

 

『週一回は魔の森で魔獣食べ放題なんだけどさ、その日は訓練も休みだから、お腹一杯食べてのんびり休めるよ』

 

 

 

『うわ~、それすごい!』

 

『ちょっと、マジで考えてみるか?』

 

 

 

ワイバーンたちが浮足立つ。

 

俺はその後もコソコソとワイバーンたちからドラゴニア王国の状況を聞いたりバルバロイ王国のいいところを伝えるのであった。

 

 



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第219話 交差する両国の思惑をスルーしよう

「・・・それで、どうなのです? あれほどの魔力嵐、前例がないのですが」

 

 

 

ドラゴニア王国の竜騎士団副団長、ライオネル・バッハの質問に深く溜息を吐く宰相ルベルク。

 

 

 

「そちらでリカオロスト公爵領の災害情報を掴んでおられます通り、復興自体は進んでおりますが、大元の原因は大きな地震が起こったと言う以外よくわかっておりません。目下調査中なのですよ」

 

 

 

しれっと原因不明と宣う宰相ルベルク。

 

領主邸が崩壊するほどの局地的地震など、なかなかあり得る事ではないのだろうが、見えない以上、細かく追及して来ないだろうとルベルクは考えていた。

 

 

 

「原因が不明なのですか!? あれほどの魔力を感知しておきながら、何もわからずと言うのは非常に理解しがたいのですが・・・」

 

 

 

訝し気に首を傾げるライオネル。

 

 

 

「ええ、逆にあれほどの巨大エネルギーなど、我が王国でも初めて観測されたほどの事象です。目下宮廷魔術師たちが原因の調査に当たってはおりますが・・・」

 

 

 

如何にも困ったと言った感じで首を振る宰相のルベルク。

 

 

 

「まるで手がかりがないのですか?」

 

 

 

「そうですな、局地的な破壊と、瞬間的な魔力の爆発があったような感じ以外は痕跡が残っていない状況でしてな・・・。今我が国から強力な魔力を感じる事は出来ないと思います。正しくそれが何よりの証拠でもあります。まるっきり痕跡が無く、何も残っていないのですよ」

 

 

 

「不思議なものですな・・・、騎士団に所属されるグラシア殿はどうお考えで?」

 

 

 

急に話を振られた騎士団団長のグラシアは一瞬の戸惑いを見せたが、シンプルに答えた。

 

 

 

「急な魔力の爆発のようなものがあって、騎士団に集合を掛けたのですが、特に王都には影響が無かったので・・・」

 

 

 

この件に関してはまるっきりノータッチと言わんばかりのグラシアの回答に、ライオネルの眉間は深いしわが刻まれる。

 

 

 

これでは何も情報を持ち帰れない、そんな雰囲気が伝わって来る。

 

 

 

「実際のところ、バルバロイ王国はあの伝説の魔導戦艦を発掘したのでは・・・、と我が国の王は心配しております」

 

 

 

ついにズバリとその名を出して様子を伺うライオネル。

 

バルバロイ王国としては、その存在を知られてはならない「魔導戦艦」であるため、頷くわけにはいかなかった。

 

尤も、すでにヤーベによって塵に変えられてその存在は消滅しているのだ。

 

他国への魔導戦艦を用いての侵略などありえないのだが、その事を証明する事は難しい。

 

一旦存在を認めた魔導戦艦を消滅させたとなると、魔導戦艦をも上回る戦力があると言っているのに等しいからだ。

 

 

 

「ははは・・・、その心配は杞憂であるとバーゼル陛下にお伝えください。そのようなものを現・在・我が国は保有しておりません。まして、そのようなものがあったとして、隣国へ救援に出向くことはあっても、害するような意図など持ちようもありませんぞ」

 

 

 

少しわざとらしいほどに快活に説明する宰相ルベルク。

 

大げさに、ドラゴニア王国への敵意などないとアピールしている。

 

 

 

「そうであれば大変よろしいのですが・・・」

 

 

 

ライオネルは少し肩を落としながら苦笑する。

 

ルベルクの言葉通りならば何の心配もいらないのだが、それを証明するものは何もないのだ。

 

 

 

「そう言えば、先ほどの王への謁見時にもお会いできませんでしたが、バルバロイ王国における、救国の英雄殿にもお会いしたかったのですが、今はいらっしゃらないのですか?」

 

 

 

急に話題を展開するライオネル。

 

宰相ルベルク、ドライセン公爵、騎士団団長のグラシア全員が眉をピクリと動かした。

 

 

 

先ほど王への謁見を済ませた際にも、バルバロイ王国への進物、災害への慰藉の言葉と続き、「救国の英雄」についての質問もあったのだが、なんとその場に伯爵であるヤーベ卿の姿は無かったのである。

 

 

 

「はあ・・・、実は王城内に居なかったので謁見時には呼べなかったのですよ」

 

 

 

「どちらにいらっしゃるのですか?」

 

 

 

「今はどこに居るのか・・・、何せ彼の御仁は登城義務が無いので・・・」

 

 

 

苦笑いしながら頭をボリボリと掻く宰相のルベルク。

 

 

 

「なんと・・・伯爵殿は登城義務が無いのですか・・・。バルバロイ王国としては、まるでフリーランスの冒険者の様ですな」

 

 

 

「まあ、伯爵殿は元々冒険者でしたからね・・・。無理に貴族のルールに当てはめたら出奔しかねないかと思いましてね」

 

 

 

頭を掻くのをやめて、ハンカチを取り出し額の汗を拭き出す宰相ルベルク。

 

ドライセン公爵は腕を組んだまま苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 

 

 

ライオネルはスライム伯爵が貴族に叙爵されたとはいえ、王国側からはスライム伯爵に気を使っているような感じさえうかがえると感じていた。

 

 

 

(もし戦争になっても・・・うまくすれば「救国の英雄」をこちらに取り込めるかもしれん・・・。そうでなくても、バルバロイ王国内でそう言った特殊な扱いになっているのなら、直接正面から戦わなくてもいいように持って行きやすいはずだ)

 

 

 

ライオネルはスライム伯爵の状況を何となく理解した。

 

 

 

(直接ヤーベ殿にいろいろ聞かれるのはまずいかもしれぬ・・・、ここはヤーベ殿と会わせずにスルーさせるのが良策じゃ)

 

 

 

宰相のルベルクは頭の中でシミュレートを完了した。

 

 

 

ヤーベがいない状況で、何故かヤーベの存在を巡って両国の代表がピリつく事態となるのであった。

 

 



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第220話 落ち着いて日常生活に戻ってみよう

 

ワイバーンと取りあえずコミュニケーションを取って、ドラゴニア王国の話を聞いてみた。

 

尤もワイバーンから見たドラゴニア王国の内情だからな。話はワイバーン使いが荒いって事ぐらいだったな。

 

 

 

結局頭の上に鎮座する謎の生き物たちの情報も手に入らなかったし、俺としては実りの無い時間になってしまった。

 

 

 

さて、時間はすでに昼を大きく回っている。

 

遅いランチを食べたいところだが、もうすぐ夕方だ。それに<水晶の庭(クリスタルガーデン)>のリューナちゃんのご飯を食べたくても、きっとまだ混雑している事だろう。ポポロ食堂はもう閉まっている頃か。

 

ここまで考えて、大人しく屋敷に帰って奥さんズの面々と食事しようと思わないのが情けないところだ。ちょっと心を落ち着けたい。悪い事をしているわけではないはずなのだが。

 

 

 

「よし、手作りパンの店マンマミーヤに行こう!」

 

 

 

ポンッと手を打って歩き出す。というか遠いので、ちょっと飛んでいくか。

 

 

 

「キュキュッ!」

 

「ズゴッ!」

 

 

 

宙に浮かぶと、頭の上に座っているジョージもジンベーも嬉しそうに鳴いた。

 

君たち怖くないんかい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっほー、マミちゃん元気? パン買いに来たよ!」

 

 

 

元気よく挨拶して手作りパンの店マンマミーヤに入った俺だが、店内を見て固まった。

 

 

 

「あっ、ヤーベさん! お久しぶりです!」

 

 

 

笑顔で出迎えてくれた看板娘のマミちゃんに変わりはないのだが、店にはパンが一つも無い。

 

 

 

「いやはや、完売だね・・・、パンが一つも無い」

 

 

 

空っぽのパンの棚を見て俺は呟いた。まあ、店のパンが売り切れるほど店が繁盛しているのならいい事ではあるんだが。俺の昼飯が手に入らないだけで。

 

 

 

「そうなんです・・・、緑の皮鎧を着た兵士さんたちが数名来て、とても美味しいと感動されて、根こそぎ買って行ってしまったんです」

 

 

 

嬉しいやら困ったやらで複雑な表情のマミちゃん。

 

 

 

「ああ・・・そうなんだ。あの連中か・・・」

 

 

 

「知ってる人たちですか?コロッケパンは売り切れだったんですが、焼きそばパンは出来るだけたくさん作って売っているので、まだあったんですけど、それを買って我慢できなかったのか一人がすぐ食べ始めたら凄くパンが美味しい美味しいって・・・、それで全員食べ始めちゃったんです」

 

 

 

「それはそれは・・・」

 

 

 

あの連中、緑色の皮鎧をまとっていたが、多分ジャイアントリザードの皮で出来ている鎧だろうな。ワイバーンに乗るために、出来るだけ軽い防具をつけているという事か。

 

 

 

「明日からもっとたくさんパンを焼かないといけないかな・・・」

 

 

 

「多分あの連中は隣の国のドラゴニア王国の兵士たちだよ。だから、今日か明日には帰っちゃうんじゃないかな?」

 

 

 

思案顔になるマミちゃんに連中の素性を話す。

 

 

 

「そうなんですね、それじゃあ毎日は来てくれないかぁ。凄いお得意様が出来たかと思ったんですが」

 

 

 

そう言って笑って舌をペロッと出すマミちゃん。

 

 

 

「そうだね、たまに来たら根こそぎ買っていく軍団ってことで」

 

 

 

「ふふふ、来たら大変ですが、ずっと来ないのも寂しく感じちゃうかもしれませんね!」

 

 

 

俺はマミちゃんの笑顔に見送られてマンマミーヤを出た。

 

・・・スライムだから、お腹空かないはずなんだけどね、リズムのある生活を送ると、眠くなる、腹が減る、などの感覚が襲ってくる気がするからまいるね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そっと屋敷の門から中を覗く。

 

結局昼飯は食べられずじまい。その後商業ギルドのロンメルのところへ出向いて魔獣の取引について話し合い、アローベ商会に出向いては商品の中身を確認、予約状況なども確認する。

 

それも終わってしまったので、やるべき事としては、ローガ達の厩舎からカソの村の西に広がる魔の森へ出かけられるようにする空間移動用常設扉を作らねば。

 

カソの村側はこちらも神殿マイホームの横に作られた狼牙族用の厩舎の中に作る事にしよう。勝手に使用されない様に神殿マイホームの護衛を目的とした常駐グループも用意するか。ローガと相談しよう。万一魔の森で狼牙族が見つかれば仲間に引き入れてきてもらってもいいしな。

 

 

 

俺は屋敷に入らず、厩舎を覗く。

 

 

 

『あ、ボス!お帰りなさい!』

 

 

 

むくりと顔を上げたのは氷牙であった。

 

 

 

「おう、警護おつかれさん。先日ローガには伝えたんだが、この王都周りでの魔獣狩りは今後依頼を受けてお願いされない限り行わないことにしたんだ」

 

 

 

『なるほど・・・魔獣がいなくなれば人間の生活も安全になるのかと思っておりましたが』

 

 

 

氷牙は少し首を傾げる。

 

 

 

「そうなんだ・・・、俺もそう思っていたんだが、弱めの魔獣を狩って生活する人間もいたんだよ。その人間たちの仕事が無くなってしまってな・・・」

 

 

 

ちょっと遠い目をして俺が語ったため、氷牙もそれが若干触れるべきではない話題なのかとそれ以上追及しなかった。

 

 

 

「そんなわけでお前たちに思いっきり暴れられる場所を用意しようと思ってな」

 

 

 

『ほう!そんな場所を頂けるのですか』

 

 

 

「カソの村の西にある魔の森で狩りをしてきてもらいたい」

 

 

 

『おお、それは腕が鳴りますな!』

 

 

 

氷牙は魔の森と聞いて嬉しそうな表情になる。

 

 

 

『して、魔の森まで行くメンバーを選定せねばなりませんな』

 

 

 

きりっと表情を締める氷牙に俺はチッチッチと指を振る。

 

 

 

「なんと、ここから即カソの村の泉の畔に立てた神殿マイホームに行けるように俺の能力で空間をつなぐようにするんだ。すぐに行けるし、すぐに帰って来れるぞ。だからローテーションを組んで全員が魔の森で腕を磨けるようにしてやるぞ」

 

 

 

『ほう!それは素晴らしいですな!では我ら四天王がそれぞれグループを率いて鍛えて参りましょう!』

 

 

 

やたら気合いの入った氷牙に苦笑いしながらも、俺は空間転移の扉を設置する。

 

 

 

「お前たちだけが使うようにな。あ、ヒヨコたちはフリーに使わせていいぞ。この扉を守るために、こちらとあちら側に最低二匹を張り付かせてくれ」

 

 

 

『ははっ!』

 

 

 

後は、明日にでもカソの村へ行ってミノ娘たちがのんびり暮らせる村をつくる相談をせねば。フラウゼアさんも巫女の仕事のために移動準備をしてもらわないとな。

 

・・・サキュバスのミーナは、うん、ストラップ作りに精を出してもらうか。

 

 

 

 

 

 

 

「さて・・・」

 

 

 

努めて普通の表情で屋敷に入る。

 

 

 

「おかえりなさいませ、旦那さま」

 

 

 

出迎えてくれたのは筆頭執事のセバスチュラであった。

 

 

 

「ああ、ただいま」

 

 

 

「食事が出来ております。奥様方も普通のお姿でお待ちです」

 

 

 

「あ、そうなんだ。ありがとう」

 

 

 

すっと無言で頭を下げて来るセバスチュラ。必要情報だけをすっと出してくれる、出来る執事だね。

 

 

 

「ただいま~」

 

 

 

努めて普通に食堂に入る。みれば奥さんズの面々とリーナが席に座っていた。

 

 

 

「ふおおっ!ご主人しゃまが帰って来たでしゅ!」

 

 

 

席から飛び降りてリーナが俺に突撃してくる。

 

ここは甘んじてリーナの突撃を優しく受け止めよう。

 

 

 

「ただいまリーナ。いい子にしてたかな?」

 

 

 

リーナの頭を撫でる。

 

 

 

「ハイなのでしゅ!」

 

 

 

何となく俺がいい子に出来ていないとかツッコミを入れられそうだが、リーナには真っ直ぐに育ってもらいたいので声はかけておかねば。

 

 

 

「ヤーベおかえり。疲れたろう、とにかく夕食を取って休むといい」

 

 

 

イリーナが席につくよう手で促しながら声を掛けてくれる。

 

まさか、イリーナがまるで奥さんの様に俺を気遣う労いの言葉をかけてくれるようになるとは・・・。まあ、奥さんになるんだが。

 

 

 

「・・・ヤーベよ、何か失礼な事を考えてないか?」

 

 

 

「イイエ、ソンナコトハ」

 

 

 

思わずカタコトになってしまう。

 

そんなこんなもあったが、ゆったりとした食事をとり、休むことにした。

 

 

 

そして翌朝―――――

 

 

 

「さて、今日はカソの村に行っていろいろ打ち合わせだな」

 

 

 

「私に務まりますでしょうか・・・」

 

 

 

心配そうな表情を浮かべるのはフラウゼア・ハーカナーさんだ。

 

 

 

「なんの心配もいらないですよ。それにもうすでに一人働いていますから、その人についていろいろ覚えてもらえればいいですよ」

 

 

 

「ちょっと―――――!! アタシ!アタシのこと忘れてますよね!」

 

 

 

羽をパタパタと動かし、ちょっとだけ浮いた状態で俺に文句を言うサキュバスのミーナ。

 

 

 

「えっと・・・だれ?」

 

 

 

「うええええ~~~ん!ヤーベさんがひどいよ~!!」

 

 

 

ガチ泣きするミーナ。

 

 

 

「わかったわかった、お前にも環境のいい場所でストラップ作りできるよう部屋を用意してやるよ」

 

 

 

「ていうか、どーしてアタシだけずっとストラップ作りなのよ~~~!!」

 

 

 

「売れるんだよ、ストラップ」

 

 

 

「ふえええ~~~ん、鬼だよ!ヤーベさんは鬼だよ~~~」

 

 

 

「失礼な。ちゃんと時給で給料計算しているぞ? 時給銅貨2枚」

 

 

 

「少なっ! 一日八時間働いても銅貨16枚だよ!?」

 

 

 

「そこから食費と宿泊費差っ引くけどね」

 

 

 

「お給料残らない!? ていうか、もしかして赤字かも!?」

 

 

 

がっくりと膝から崩れ落ち、両手を床について肩を落とすミーナ。まあ冗談なんだけどね。

 

 

 

そんなコントじみたことをエントランスでやっていると、門番が慌ててやって来て玄関を開けた。

 

 

 

「だ、旦那様!王城から使いの方が来ています!」

 

 

 

すぐ後ろには宰相であるルベルク殿の部下がやって来ていた。

 

 

 

「どうしました?」

 

 

 

「スライム伯爵様! すぐに登城お願い致します! 今朝方ドラゴニア王国より宣戦布告状が届きました!」

 

 

 

・・・はれ? いつの間にそんなことになったの?

 

 



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第221話 戦争は全力で回避しよう

唐突だが、俺は戦争が嫌いだ。大っ嫌いだ。

 

 

 

まあ、平和な日本に生まれ育って、戦争が好きだ、たまらねーなんてヤツはいないとは思うけど。だが、俺は戦争映画も嫌いだったし、話を聞くのも嫌だった。他国で行われていた戦争のニュースを聞くのも嫌だった。

 

戦争を体験した人の体験談を聞き、戦争の悲惨さを学んで戦争を起こすことの愚かさを学ぼう、という事自体を否定しようとは思わない。目的がそれだけでないこともわかる。

 

映画もそうだな。戦争の悲惨さと、一人一人の兵士が「一人の人間である」ことを伝える良い媒体であるような気もするが、どうしても好きになれない。

 

「戦争=悲惨」である、というイメージが抜けないため、映画も本も全く楽しめない。

 

大体、学ぶだけなら想像するだけでわかるだろう、と思ってしまう。

 

だが、自分が痛くないと分からない人たちもいる事は事実なんだよな。

 

 

 

戦争により、領土拡大する事ができ国が富む、そう考えるから侵略戦争が起こるのだろう。

 

相手の国に同じような人が生きている事を知っていながら、それらを蹂躙して自分たちの富のためだけに力を振るう。

 

それって、盗賊と何が変わるの?と思ってしまうのだが。

 

だが、個人で行えば犯罪になる事も、国でやるとそうでは無くなる事は非常に多い。その現実は目を背けても無くなりはしないだろう。

 

 

 

現実問題を考えた上で、今自分がいる異世界の事を考えてみる。

 

ラノベの物語って、必ずあるよな。チート主人公が活躍し始めると巻き込まれる大型イベントに『戦争参戦』が。主人公の力が膨大になれば、巻き込まれるトラブルもそれに比例して規模が増大する。それは仕方のない事なのかもしれない。田舎でスローライフを、と思っていた俺も今では王都で伯爵なんてものに祭り上げられちまってるしな・・・チートも無いのに。

 

 

 

それにしても、ラノベの主人公が戦争に巻き込まれる時、チート能力で相手を殲滅するパターンか、戦争そのものを回避させると言う想像を絶するパターンか、大抵どちらかが多い気がするな。力が足りないからってその場から逃走するパターンもあるけど。

 

 

 

ラノベで読むならよかったが、この異世界は自分の生きる世界なんだ。今の自分の力と立場からすれば、戦争への参戦は不可避だろう。ならば、俺は相手の兵士を殺せるのか? 人を殺すところを自分の目で見たくないからと言って、絶対に野放し出来ない最悪の敵を魔導戦艦ごと圧倒的なエネルギーで消滅させた俺に目の前に迫る兵士が殺せるのか?

 

 

 

侵略戦争なんだ。戦わないと言う選択肢はない。だが、相手国の兵士たちはこちらを蹂躙して欲望を満たしたい悪魔のような奴らばかりだろうか? 戦いたくないけど、命令だし仕方なくって思っている兵士もいるかもしれない。でも、給料をもらっている職業軍人ならばその気持ちを考慮する必要などないのだろうか? 無理矢理徴兵された農村の優しい青年が槍を持たされていたらどうするのか。その区別は果たしてつくのだろうか?

 

 

 

それにワイバーンだってそうだ。彼らは捕まって無理矢理調教されている感じもあった。なんだか強いドラゴンがいて、逆らえないと言っていたような気もするが、攻めてきた時にそのワイバーンたちの首をあっさり落とすことが出来るのか。

 

 

 

考えていても埒が明かないが、戦場に立つのならば、それ相応の覚悟は必要になるだろう―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おお、スライム伯爵、よくぞ参った! そちらの席に掛けてくれ」

 

 

 

宰相のルベルクに案内されて席に座る。

 

伯爵が何人も並んで座っているが、最も辺境伯に近い位置に案内された。いいのか?最も新参な俺が伯爵の並ぶ席の一番上座的な場所で。

 

 

 

だが、その隣はイリーナの父親であるダレン卿、ダレン・フォン、ルーベンゲルグ伯爵だしな。あまり気にしない様にしよう。

 

 

 

俺は椅子に座った。周りを見れば、子爵以上の貴族の多くが出席しているようだ。

 

 

 

「ヘッ! 重役出勤たぁいい御身分だなぁ、オイ!」

 

 

 

文句を言って来るのはフレアルト侯爵だな。スルーで。

 

 

 

「おいっ!無視すんなよ!」

 

 

 

何か言ってるけど、スルーで。

 

 

 

「よし、これで揃ったな。早速会議を始める」

 

 

 

宰相のルベルクが宣言する。フレアルト侯爵がマジで!?みたいな顔でルベルクを見た。

 

 

 

ちなみに、今までずっと頭の上に鎮座していた二匹の謎生物、ジョージとジンベーは奥さんズに預けてきた。ジンベーはイリーナが、ジョージはフィレオンティーナにギュッと抱きしめられたままの状態で屋敷を出てきた。出かける時にめちゃめちゃキューキューズゴズゴ鳴いてペチペチされたが、ちゃんと夜までに帰って来ると約束して、いい子なら留守番して待つことも出来るだろ、と話しかけから、落ち込んで目に涙を浮かべながらも理解してくれたのか、イリーナとフィレオンティーナの腕に抱かれたまま大人しくなった。

 

ちょっと可愛そうになったが、他国からの宣戦布告状を会議で話し合うのに、頭に謎生物を乗せたままでは何を言われるか分かったものではないからな。

 

 

 

宰相のルベルクの隣にはワーレンハイド国王、リヴァンダ王妃、カルセル王太子、カッシーナ王女の王族全員がそろっていた。

 

・・・改めて、一番最後が俺ってまずかったのでは、と思わなくもないが、多くの貴族はたぶん城にいたんだろうな。屋敷にいた俺は呼ばれて登城したわけだし、仕方がないな。

 

そしてリヴァンダ王妃、なぜ俺の頭の上を見て残念そうな表情を浮かべてるの! 大事な会議だからね。カッシーナもだよ!

 

 

 

「スライム伯爵が到着する前に一応ドラゴニア王国よりもたらされた宣戦布告状の内容を皆には一読して頂いたわけですが、スライム伯爵も到着されましたので、簡潔に要点を再度確認しましょう」

 

 

 

そう言って宰相のルベルクがドラゴニア王国の宣戦布告状の要点を次の様に述べた。

 

 

 

1.ドラゴニア王国はバルバロイ王国に宣戦布告を行うものとする。

 

2.宣戦布告の理由はバルバロイ王国が大陸各国の安寧を脅かす兵器を獲得しながら秘匿した事による

 

3.戦争開始は一週間後とする

 

 

 

という事のようだ。

 

 

 

「・・・明らかに、リカオロスト公爵が掘り出した魔導戦艦の事を指しているな・・・」

 

 

 

ドライセン公爵が腕を組みながら溜息を吐くように呟く。

 

 

 

「死んでからも我が国に迷惑をかけるとは・・・、本当に存在自体が害悪でしたわね・・・」

 

 

 

リヴァンダ王妃が思いっきり辛らつな発言をする。

 

相当リカオロスト公爵にムカついていたんだろう。

 

 

 

・・・それにしても、兵器・・という指摘で助かった。実際のところ兵器としての魔導戦艦はすでに木端微塵で消滅している。これが大陸を脅かす存在・・と記載されていれば、微妙な所だろう。俺の事を危険な存在だと言われれば、全面否定したくても信じない者は出るだろう。

 

・・・ノーチートの上、ツルンとした可愛いスライムボディの俺を危険な存在などと、何をバカなと言いたいところだがな。それに、そう言った危険な存在ではないと証明するためにわざわざスラ神様になって「加護持ち」を印象づけたのだ。怪しい神とはいえ、神からの加護持ちを危険な存在で切って捨てるのはあまりにも短絡と言うものだろう。

 

尤も、王国に利が無いとなればあっさり切られる事もあるのだろうがな。

 

 

 

「彼我の戦力差はどうなっているのです?」

 

 

 

「わが国は王都の騎士団と兵士で約五万の戦力を有しております。バルバロイ王国の兵士総数は三万から三万五千程度との調査報告ですが、彼の国は竜を崇める国であり、その兵士たちの多くは竜人族ドラゴニュートの血を引くと言われております。兵士一対一の戦いでは彼の国に分があると言えましょう」

 

 

 

淡々と説明する宰相ルベルク。

 

なるほど、完全に亜人の国と言うわけではないが、その血を引いているわけか。

 

 

 

「なんの! ドラゴニア王国なぞ何するものぞ! 我が兵団は一騎当千! 負けるはずがありませんぞ!」

 

 

 

気勢を上げるのは宰相の近くに座っているフルプレートを着た男だった。

 

 

 

「オレイス将軍、そなたが兵を鍛え上げているのはわかっている。だが、戦力差はまず数字で把握しておかねばならぬ」

 

 

 

ワーレンハイド国王が少し諫める様に発言した。

 

 

 

「ははっ」

 

 

 

大人しく引き下がるオレイス将軍とやら。あれが、兵士を纏める軍のトップか。

 

王国騎士団とは別の組織、バルバロイ王国軍を束ねる頭があれか・・・ちょっと脳筋入っている感じだな。どちらかというと、王国騎士団長のグラシアとはだいぶ違う感じだな。

 

 

 

「敵国はワイバーンを駆使しております。天空から飛来し、<火炎の吐息ファイアブレス>での攻撃が予想されます。まずはこれに対抗措置を取らねば、戦争に勝つことなど夢のまた夢となりましょう」

 

 

 

そう思っていたら王国騎士団の団長グラシアがはっきりとそう告げる。

 

 

 

「何を軟弱な!王国騎士団長がそんな弱腰でどうする!」

 

 

 

激昂して立ち上がるオレイス将軍。うむ、何の対策も出さずに根性論だけをぶち上げる脳筋の中の脳筋野郎だな。

 

 

 

「だが、ワイバーンの飛行高度は我らの弓矢の届くギリギリの距離を飛ぶ。こちらの弓矢は大した威力を発揮できないのに敵の<火炎の吐息ファイアブレス>はこちらを焼くのだ。対策は必要だ」

 

 

 

「そんなものっ!」

 

 

 

グラシア団長は頼りになりそうだが、オレイス将軍はダメだな。この将軍の下で戦う兵士たちに同情を禁じ得ない。

 

 

 

「スライム伯爵、どう思う?」

 

 

 

ワーレンハイド国王が直接俺に問いかけた。

 

 

 

「ドラゴニア王国のワイバーンですが、どうやら二十匹程度の集団の様です。それとは別にそれらを束ねているドラゴンが一匹いるとか」

 

 

 

「な、なんだとっ!」

 

「ドラゴンだと!」

 

「ドラゴンがいるなど、初耳ですぞ!」

 

「そのような情報どこで!?」

 

 

 

いきなり紛糾する会議場。この前ワイバーンが飛来した時にちょっと直接トークしたら、いろいろ聞けたんだよね。

 

 

 

「先日ドラゴニア王国より使者がやって来た際に乗っていたワイバーンから直接情報を聞いたのですよ。何せ<調教師テイマー>なもので、うまくいけば魔獣と意思疎通が出来るのですが、ドラゴニア王国のワイバーンとはうまく意思疎通を取ることが出来ました」

 

 

 

「なんとっ!」

 

「それは素晴らしい!」

 

「ナイスな情報ですぞ!」

 

 

 

俺の説明に感動してくれる人が・・・。

 

というより、俺を持ち上げてる感じ?俺を持ち上げてもなーんにも出ないですけどね!

 

 

 

「・・・それほどの軍勢がすべて我が王国に向かって来れば、大変なことになるな・・・」

 

 

 

ワーレンハイド国王が苦々しい表情で呟く。

 

 

 

「二週間後に控えたスライム伯爵とカッシーナ王女の結婚の儀式は延期する以外にありませんな・・・」

 

 

 

宰相のルベルクが残念そうに国王に告げる。

 

 

 

「その必要はないかもしれませんよ?」

 

 

 

俺は、ニヤリとしてそう告げるのだった。



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第222話 敵の動きを検討しよう

 

作戦は、こうだ。

 

 

 

敵国のワイバーン戦力をヘッドバンキングする―――――

 

 

 

いや、ワイバーンがヘッドバンキングしたら怖すぎる。ロックやヘビメタライブでは盛り上がるかもしれんが。ヘッドハンティングだ、ハンティング。

 

ワイバーンを味方に引き抜けばドラゴニア王国としても戦争継続は難しいだろう。

 

 

 

そう説明したところ・・・

 

 

 

 

 

「ハ――――ッハッハッハ! スライム伯爵は御乱心召されたようだぞ!」

 

 

 

とオレイス将軍に馬鹿にされた。まあ、この説明だけで納得しろとは俺も言わないが、コイツに馬鹿にされるのだけは何となく腹が立つな。

 

 

 

「そんな事が可能なのか・・・」

 

「救国の英雄殿ならばあるいは・・・」

 

「いやしかし・・・」

 

 

 

ざわつく貴族のオッサンたち。特に子爵、伯爵のこの会議場で言うと下座の人たちのざわつきが激しい。

 

てか、侯爵様方はなぜに泰然とされておられる?

 

俺ならやりかねん、ってか?

 

 

 

「はっはっは、さすがは救国の英雄殿だな。して、ワイバーンの引き抜きだが、お主の<調教師(テイマー)>の能力をもってして、どれほどの確率なのだろうか?」

 

 

 

キルエ侯爵が笑みを浮かべて俺に問いかける。

 

ワイバーンを使役できる能力があると俺の能力を知らない下座の貴族たちにわかるように聞いてくれるとは、さすがキルエ侯爵だ。

 

 

 

「もちろん交渉事ですからね。100%というのはあり得ないわけですが、ドラゴニア王国のワイバーンたちは隷属の首輪と呼ばれる首輪をつけられており、その効力もあって竜騎士たちの指示に従わざるを得ないようですので、まあやりようはあると思いますよ?」

 

 

 

実は、ワイバーンたちとトークしてた時に首輪に気づいたので聞いてみたら、網で捕まった時に首につけられて、やつらの言うことを聞かないと体が痺れて動けなくなるとの事だった。仲良くなったワイバーンに急に暴れないことを伝えた上で、試しに俺の亜空間圧縮収納へ首輪を収納できるか試したところ、あっさり収納できてしまった。鑑定の結果、隷属の首輪というモンスターを無理やりテイムするためのアイテムだとわかったのだが、コレ、人間にも効果があるようだ。コワッ!

 

 

 

うわっ、首輪とれたー!と喜びのあまりワイバーンが暴れそうになったので、すぐ首輪を元通りにしてやったらすごく落ち込まれた。

 

今みんな自由になると問題になるから、もうちょっと待ってろ、タイミングを見てお前たちの国に行ってやるから、と伝えたらどのワイバーンたちもすごく喜んでいたからな。引き抜きはともかく、ワイバーンの首輪を外してフリーにするところまでは100%成功するだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「それは頼もしい限りだ」

 

 

 

キルエ侯爵が俺を持ち上げる。

 

俺を持ち上げても何も出ませんぜ?

 

 

 

「ハンッ!ワイバーンがいなくなっても、まだドラゴニア兵団三万五千が残ってるだろ。安心するには早いんじゃねーのか?」

 

 

 

フレアルト侯爵がいら立つように告げる。

 

この御仁、どうも俺様が活躍することに反発する傾向にある。文句があるなら自分が対応すればいいのに。

 

 

 

「それ以前に、もっと大事なことを検討せねばならないと思いますが?」

 

 

 

俺は努めて冷静に伝える。

 

 

 

「どういうことだね?」

 

 

 

俺の言葉に即座に反応したのはワーレンハイド国王であった。

 

 

 

「ドラゴニア王国の宣戦布告状にある戦争開始の期限は一週間後ですよ?おかしいと思いませんか?」

 

 

 

「・・・何がだよ?」

 

 

 

フレアルト侯爵が首を傾げる。

 

 

 

この王都バーロンの北は旧リカオロスト公爵領となっている。そのリカオロスト公爵領の北は広大な山脈が広がっている。つまりドラゴニア王国はこのバルバロイ王国の北西に位置した国ではあるが、この王都バーロンを急襲するために、そのまま国から南下して攻めてこられるわけではないのだ。

 

 

 

「ああっ!そういう事か!」

 

 

 

ドライセン公爵が思わず立ち上がって叫ぶ。どうやら俺が疑問に思っていることに気が付いたようだ。

 

 

 

「なんだ、どういうことか?」

 

 

 

宰相のルベルクも俺とドライセン公爵を交互に見ながら説明を促す。

 

 

 

「ドラゴニア王国が主要街道を使って軍を進めてくる場合、真っ先に我が国に到達する場所は城塞都市フェルベーンになります。元々<迷宮ダンジョン>が多いからという理由の他に、ドラゴニア王国が進行してきた場合ここで食い止めることも視野に入れて作られている都市です。そう簡単には落ちません」

 

 

 

「ふむ・・・」

 

 

 

ワーレンハイド国王が頷く。

 

 

 

「ですので、王都を急襲するためには山越えをして直接王都バーロンの北西に出る以外にありません」

 

 

 

「なるほど」

 

 

 

宰相のルベルクも頷く。

 

 

 

「ここで問題になるのが、先ほどヤーベ卿が言われた一週間という期限です」

 

 

 

ドライセン公爵が会場を見渡しながら説明する。

 

 

 

「一週間がなんだというのです?」

 

 

 

フレアルト侯爵がまだピンと来ていないのか疑問を口にした。

 

 

 

「貴殿、ドラゴニア王国から軍兵が移動してきた場合、どれくらいの日数がかかると思う?」

 

 

 

「え? あ~」

 

 

 

ざっとした地形は頭に入っているのだろうが、馬でも人でも実際に移動する時間の認識まで持っていなかったのか、フレアルト侯爵は答えられなかった。

 

 

 

「ドラゴニア王国から城塞都市フェルベーンまででもざっと一週間以上かかるでしょうな。王都を急襲するために山越えしてくるとなるとどんなに急いでも二週間以上は確実かと」

 

 

 

ドルミア侯爵が腕を組んだまま説明する。普段影が薄めのドルミア侯爵ではあるが、実直で頼りになる男でもあった。

 

 

 

「・・・開戦日程にまるで間に合わぬではないか・・・」

 

 

 

ワーレンハイド国王が手を顎に当てて考えるしぐさを取った。

 

 

 

「ここから考えられる事は二つです」

 

 

 

俺は指を二本立てて説明する。

 

 

 

「一つはワイバーンを使った竜騎兵の集団のみで戦端を開くという可能性」

 

 

 

「むうっ!」

 

「ワイバーンによる竜騎兵のみでだと・・・」

 

 

 

ざわつく会場に俺は説明を続ける。

 

 

 

「ワイバーンの戦力からして、王都を陥落させるほどの脅威ではない。あくまでもこちらの兵士の士気を落とし、兵団での戦闘を優位にする目的と思われるが、日程に乖離があり、疑問符が付く」

 

 

 

「それでは・・・?」

 

 

 

これまで一言も口を挟まなかったリヴァンダ王妃が恐ろしい表情を浮かべながら疑問を口にする。

 

 

 

「そうです、もう一つの可能性として、すでにドラゴニア王国の兵団がこちらに向かっている可能性です。この場合、宣戦布告状が届く前からドラゴニア王国はこのバルバロイ王国に兵を出立させた。つまり最初からドラゴニア王国は戦争を仕掛ける気であったということですよ」

 

 

 

「な、なんだと!?」

 

「なんてこと・・・」

 

 

 

ワーレンハイド国王とリヴァンダ王妃が同時に言葉を失う。

 

 

 

「それでは、最初の会談を求めてきた時には、もうその腹積もりであったということか」

 

 

 

宰相のルベルクはしてやられたと臍を嚙んだ。

 

 

 

「聞けばドラゴニア王国はこのバルバロイ王国より国土も狭く、高地であり食糧事情もあまりよくないとの事。そんなドラゴニア王国が防衛ではなく、侵略戦争として兵をこのバルバロイ王国へ繰り出すという。先の報告にもあったように、王都全軍でも三万五千程度の兵団という規模なのだ。竜騎兵と全軍でこの王都バーロンを急襲して初めて勝利が見えてくるだろう。であれば、ドラゴニア王国の王都を防衛する戦力は空になってしまう。これをどう見るか」

 

 

 

俺の言葉にハッと気づく諸侯たち。

 

 

 

「確かにおかしいぞ・・・」

 

「王都の防衛を考えないなど、通常はあり得ないぞ」

 

 

 

ざわざわと話し出す連中をしり目に、俺はワーレンハイド国王に目を向ける。

 

 

 

「ワーレンハイド国王がもしこの王都全軍を上げて他国に攻め入ろうと判断をする時、そこにはどんな条件が必要ですか?」

 

 

 

俺は答えのわかった質問をワーレンハイド国王に向ける。

 

その方が諸侯にも今どれだけ世界が動いているのかイメージできるだろう。

 

 

 

「通常ならばその判断はありえん・・・。だが、どうしてもその判断をせねばならぬとなると、この王都への危機が及ばぬことが絶対条件となるが・・・、そのような条件があるかどうか・・・」

 

 

 

「貴方、コーデリアが嫁いだガーデンバール王国が全面的にバックアップしてくだされば、東からの脅威に対応できますから、全軍を北へ向けられるのでは?」

 

 

 

悩み始めたワーレンハイド国王にリヴァンダ王妃が声を掛ける。

 

 

 

「そうか、ガーデンバール王国の力を借りれば・・・まさかっ!」

 

 

 

ワーレンハイド国王が驚愕の表情を浮かべる。宰相のルベルクもドライセン公爵も侯爵一同も、コルーナ辺境伯でさえ驚きの表情を浮かべた。

 

 

 

「ドラゴニア王国の東は大きな山脈があり、西は魔の森が広がっている。南はこのバルバロイ王国ですよね」

 

 

 

俺が指を折りながら地理を確認していく。

 

 

 

「グランスィード帝国・・・!!」

 

 

 

そう、ドラゴニア王国の北に位置する、列国第二位の軍事力を誇る強大なグランスィード帝国が裏で糸を引いているに違いなかった。

 

 

 

「グランスィード帝国の後ろ盾を得たからと言って、全軍で進行を始めるなど、一体・・・」

 

「どれほどの盟約があるのか・・・」

 

「そもそもグランスィード帝国を全面的に信頼するなど、ありえるのか?」

 

「想像を絶する裏取引があるやもしれん」

 

わらわらと話し出す諸侯。ドラゴニア王国のさらに後ろに強大な帝国の影がちらつくことにより、脅威が増したようだ。

 

 

 

「まずは斥候の数を増やし、ドラゴニア王国から進行する兵団の位置と規模を正確に把握するのが大前提です。その上でドラゴニア王国とグランスィード帝国のつながりを検討し、その対策を練らねばなりません。ワイバーンの引き抜きなどその対応の一手に過ぎません」

 

 

 

俺の言葉に険しい表情を浮かべる諸侯たち。

 

今まさに長く続いた安寧の時代が終わりを迎え、激動の時代へと切り替わろうとしているのを肌で感じ取るのだった。

 

 



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第223話 敵の状況を把握しよう

 

『フッ・・・ボスの睨んだ通りだったな』

 

『まったくだ・・・ボスの慧眼、正に千里眼の如しだな』

 

 

 

ヒヨコ十将軍、序列一位のレオパルドと序列二位のクルセーダーは森の木々を切り倒したり踏みつけながら苦労して進軍している兵士たちを見降ろす。

 

 

 

 

 

丁度ヤーベが王城の会議室でドラゴニア王国の進行状況を調査しなければならないと伝えていた時、すでにヒヨコたちはヤーベの命を受け各地へ調査に赴いていた。

 

 

 

 

 

『ドラゴニア王国の兵士たちはボスのいるバルバロイ王国の王都バーロンを急襲するために無理に山越えを敢行している事が確定したな』

 

『ああ、念のため城塞都市フェルベーンの北の街道を南下してくる可能性も考えてクロムウェルとセンチュリオンが調査に出向いているが、多分そちらには兵はいないだろうな』

 

『そうだな、明らかにここの兵士の数が多い。部下たちに数を数えさせているが、多分ドラゴニア王国の王都から出立した全軍の三万五千近いだろうな』

 

『うむ、この規模なら間違いないだろう』

 

 

 

レオパルドとクルセーダーは高い木の枝に止まりながら、ドラゴニア王国の兵士たちを見る。

 

 

 

『となると、数日後にはワイバーンの竜騎兵も出撃することになるか』

 

『ああ、このまま手をこまねいていれば、この山越えの兵士たちが山を越えて王都に到着するころにワイバーンの竜騎兵が到着して、同時に攻め寄せられてしまうだろうな』

 

『ワイバーンを何とかせねばならんか』

 

『それなら問題なかろう。なんと言っても「ヤツ」がワイバーンに伝言と言うか、情報を伝えに行ったんだろう?』

 

『ああ、「サスケ」のヤツがボスからの連絡をワイバーンに伝えに言ったはずだ』

 

『新たに魔の森で仲間になった狼牙族の中で「ハンゾウ」の名を賜ったグループと「隠密」という仕事を行うと言う事だったな』

 

『狼牙族とヒヨコ族の合同隊だからな』

 

『誇らしいと言えば誇らしいのだが・・・』

 

 

 

レオパルドとクルセーダーはお互い見つめ合った後溜息を吐いた。

 

 

 

『くっ・・・俺達は将軍職をヒヨコ隊長から賜る時に自分でハクの付く名前を名乗ったわけなんだが・・・』

 

『ああ・・・まさか、ボスから名前を賜るヒヨコが出るとは・・・』

 

『『自分で名前を付けて名乗るのではなかった・・・』』

 

 

 

二匹は溜息だけではなく肩(翼?)も思いっきり落としていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ハンゾウのやつ、うまくやっているでしょうか?』

 

『ボスが肝入りで命名したヤツだからな。まあ大丈夫だろう』

 

 

 

ここは王都バーロンのヤーベの屋敷。狼牙族の厩舎。

 

留守番のローガと屋敷警備の風牙が話し合っていた。

 

 

 

ハンゾウは先日魔の森にトレーニングに出かけ始めたローガ達の一団が魔の森にいたハンゾウの一団と出会い、スカウトしてきた連中であった。

 

それにしてもハンゾウ率いる一団に初めて会った時は背筋が寒くなったものだとローガは思い出していた。ハンゾウを筆頭に僅か十頭で魔の森で生き抜いていたのだが、出会った当初の戦闘力で言えばローガの足元にも及んでいないだろうが、気配を捕らえにくい印象があった。色味もローガ達の濃い青色の毛に比べればよりダークな濃い藍色と言った毛色を持ち、闇に溶け込めるように見えた。

 

 

 

連れ帰って転移の扉を潜り、館に帰って来てボスに恭順の意思を示した時に、「隠密」という仕事を割り振ると伝えられ、グループのリーダーであった狼牙に「ハンゾウ」の名前が与えられた。その後、ヒヨコ隊からも「隠密」隊への抜擢が行われ、そのグループのリーダーには「サスケ」の名が与えられた。

 

 

 

『ヒヨコ隊長たちは「サスケ」の名を与えたことに相当驚いていたようですな』

 

『うむ、ヒヨコたちはボスの名付けが初めてだったからな・・・。ヒヨコ隊長でさえ今でもヒヨコ隊長だからな・・・』

 

 

 

ローガは自分たち狼牙族の何名かにボスより名を頂いているが、ヒヨコたちは誰も名付けを行われていなかったのだが、初めて「サスケ」の名を賜り、「隠密」としての仕事を与えられたヒヨコが誕生したのである。

 

 

 

『どちらにしても、情報収集と言う面では、専門の担当が出来た様なものだ。我々はその存在意義を失わぬよう、高い戦闘力を維持しなければボスのお役には立てない』

 

『そうですね。私もどちらかと言えば今まで情報収集を行う事が多かったですが、今後はハンゾウたちに情報収集のメインを任せるようになると、より戦闘に特化して鍛えて行かねばなりませんね』

 

『いや・・・、お前がさらに戦闘特化って・・・』

 

 

 

ローガは風牙の斜め右上の決意を頼もしく見ればいいのか、ヤバイと感じればいいのか複雑であった。

 

 

 

 

 

 

 

ゆらり。

 

 

 

わずかな空間の揺らぎを感じるとともに、一匹のヒヨコと狼牙が現れる。

 

 

 

『わっ! いつの間にここに来たんだい?』

 

 

 

ワイバーンの一匹が問いかけた。

 

 

 

『今しがたですよ。先日ウチのボスが貴方にお話ししていたと思いますけど、貴方たち全員の首輪を外して、我が国の魔の森へ招待するってお話を改めて伝えに来ました』

 

 

 

狼牙の頭の上に乗ったヒヨコが説明した。

 

 

 

『ええっ! アレ、本当の話だったの!?』

 

 

 

ワイバーンは驚いた。確かにあっさり首輪を外してくれたけれど、本当にわざわざドラゴニア王国まで来て助けてくれるとは思わなかったのだ。

 

 

 

『決行日は明後日です。ウチのボスが来てみなさんの首輪を外しますから、仲間の皆さんにも伝えておいてくださいね』

 

 

 

『わ、わかった』

 

 

 

『ここを脱出してウチの国に来れば週一で魔物の森で魔獣食べ放題らしいですよ。楽しみですね』

 

 

 

ヒヨコが嬉しそうに説明した。

 

 

 

『ホント!今から楽しみだよ!』

 

 

 

ワイバーンは嬉しそうに首を縦に振った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『な、なんだあれは・・・』

 

『正しく、敵なのであろう』

 

 

 

ヒヨコ十将軍序列五位ヴィッカーズと六位カーデンはある位置・・・・から敵の侵攻を確認していた。

 

 

 

『もしかしたら、とボスも言っていたが、この動きもボスの想定の内だろうか?』

 

『もしかしたら、と言っていたのだから、想定の内なのだろう。尤もいい方で想定内なのか、最悪の想定なのかは我には判断付かぬが』

 

 

 

ヴィッカーズの問いにカーデンは進行してくる敵を真っ直ぐ見つめた。

 

 

 

『大至急ボスに報告が必要だ』

 

『うむ、だが、敵の規模を把握してからだな』

 

 

 

鈍い光を放つ銀色のフルプレートに身を包んだ騎士たちが雲霞の如く押し寄せてくるのを見ながら二匹は情報収集に動くのだった。

 

 



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第224話 ヘッドハンティングを成功させよう

 

「ば、馬鹿なっ! 貴様ふざけているのか!」

 

 

 

「恐れながら陛下、これは冗談でも嘘でも虚言でもないのです」

 

 

 

ドラゴニア王国、国王陛下バーゼル・ドラン・ドラゴニア八世は玉座より立ち上がって怒鳴り声を上げた。

 

報告した兵士は真っ青を通り越して真っ白になってしまったと思われるほど白くやつれ切っていた。

 

 

 

「それでは、貴様は竜騎兵の厩舎に居たワイバーン二十頭悉くが脱走して行方不明と言うか!」

 

 

 

「恐れながら国王陛下、その通りでございます」

 

 

 

頭を下げ、顔が上げられない兵士。

 

だが、その事実はどうしても陛下に伝えなければならなかった。なぜならすでに戦争は始まってしまっているのだから。

 

 

 

「ワイバーン二十頭が煙の様に消えたと申すかッ!!」

 

 

 

完全に激怒しているバーゼル陛下。

 

 

 

「しかし、これは少々おかしゅうございますな」

 

 

 

「少々で済むか!」

 

 

 

「陛下、落ち着いてください。落ち着きを失う事はより多くの物を失うことになりかねませんぞ」

 

 

 

国務大臣のパーシバルがバーゼル陛下を諫める。

 

本来ならば国防危機なのだから国防大臣のノルデガが諫めるべきところだと思われるが、国防大臣のノルデガはコネと血筋で伸し上がって来た典型的な貴族であったため、非常時にはまるで頼りにならなかった。

 

 

 

「むう・・・で、何がおかしいのか?」

 

 

 

「厩舎でございます。ワイバーンたちの隷属の首輪が不具合を起こしたとして、暴走したワイバーンたちが一頭たりとも建物を壊すことなく静かに逃げて行くと言うことなどありえるのでしょうか?」

 

 

 

「むっ!確かに変だ!」

 

 

 

「それでは、煙の様に消えたとでもおしゃられるのですかな?」

 

 

 

軍務大臣のガレンシアが眉をひそめて国務大臣のパーシバルを睨む。

 

 

 

「わからぬ。どのようなからくりがあるやも見当が付かぬ」

 

 

 

「大したご意見番よの」

 

 

 

ガレンシアはパーシバルを足掻けるようにぼやいた。

 

 

 

「えらいこっちゃ~、ワイバーンが一匹もおらん様になっとりますわ!」

 

 

 

慌ててバーゼル陛下のいる玉座の間に駆け込んできたのは竜騎兵隊長のドワルーであった。

 

 

 

「落ち着け、もうその話は陛下にご報告が上がっておる」

 

 

 

国務大臣のパーシバルはドワルーに説明した。

 

 

 

「しかし、隷属の首輪つけ取ったのに何で一匹たりともおらんようになってまったんやろ?」

 

 

 

「陛下、申し上げます!」

 

 

 

そこへ別の兵士が報告に来た。

 

 

 

「どうした?」

 

 

 

国防大臣のパーシバルが問いかけた。

 

 

 

「はっ! 西の森に向かって多くのワイバーンが飛び去って行くのを見たとの目撃情報が上がっております!」

 

 

 

「なんだとっ!」

 

 

 

再び玉座を蹴って立ち上がるバーゼル陛下。

 

 

 

「それは誠か?」

 

 

 

「ははっ!多くの兵士が目撃しております。多分城下の町でも多くの人々が目にしていると思われます」

 

 

 

国務大臣のパーシバルに問われ、答える兵士。

 

 

 

「西の森・・・だとっ! 北東の火竜山に住む<古代竜エンシェントドラゴン>のミーティアの保護を受けに行ったのではなく、真逆の西の森へ飛び去ったと言うのか!」

 

 

 

バーゼルは全く理解できなかった。

 

古代竜(エンシェントドラゴン)>ミーティアの加護を受けしワイバーンたちが、なぜ西の森に飛び去ったのか・・・。

 

 

 

「馬を引けぇ! 余自ら火竜山へ向かう! 支配の王錫を用意せよ! あれが無いと<古代竜(エンシェントドラゴン)>のミーティアに攻撃されてしまうわ! あれこそが<古代竜(エンシェントドラゴン)>の加護を可能にする我が王家の秘宝なのだからな!」

 

 

 

「陛下!今陛下ご自身で向かわれるのですか!危険ですぞ!」

 

 

 

国防大臣のノルデガは自分も付いてこいと言われると非常に危険が迫ると感じての、わが身可愛さから出るセリフであった。

 

 

 

「今余が行かずしてどうするのだ!すでに戦端は開かれたと言っても過言ではない!竜騎兵の奇襲があってこそ兵士の突撃も生きて来るのだ!こうなれば余自ら<古代竜(エンシェントドラゴン)>のミーティアに乗ってバルバロイ王国に攻め入る事にする!」

 

 

 

「なんですとっ!?」

 

 

 

国防大臣のノルデガは腰を抜かす。ドラゴニア王国の守り神とも言うべき<古代竜(エンシェントドラゴン)>のミーティアを狩り出し、バルバロイ王国の王都を急襲するという。

 

圧倒的存在の<古代竜(エンシェントドラゴン)>のミーティアで戦場に赴けば必勝は間違いないところだろうが、逆に言えば自国の防衛能力は限りなくゼロになる。正しく背水の陣と言っても過言ではない状況にあった。

 

 

 

「出発するぞ!何としても先行している兵士団の行軍に間に合わせるっ! ガレンシア、ドワルー、道中供を頼む」

 

 

 

「「ははっ!」」

 

 

 

こうしてバーゼル国王陛下は支配の王錫を手に<古代竜エンシェントドラゴン>のミーティアに助力を願うべく火竜山へ向かった。

 

 

 

自分が供をせよと名指しを受けなくてよかったとノルデガはその場でへなへなとへたり込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

時はしばらく遡る―――――

 

 

 

 

 

 

 

『我が主よ。ワイバーンたちがいる厩舎に忍び込みましたぞ』

 

 

 

長距離念話がハンゾウより入って来る。狼牙族のハンゾウとヒヨコ族のサスケを組ませて隠密として働いてもらっているが、素晴らしい適材適所だったようだ。俺はハンゾウに持たせた出張用ボスから受けた念話で、その位置を特定する。

 

 

 

『それではそちらに向かう』

 

 

 

 

 

そう言って転移の扉を開けて瞬時にハンゾウとサスケの目の前に現れる。

 

 

 

『さすが我が主。主の前には空間すら意味をなさなくなるとは』

 

 

 

恭しく頭を下げながら俺を出迎えるハンゾウ。

 

 

 

『ボス!ボスと仲の良いワイバーンがいるのはそちらの厩舎です』

 

 

 

『お、サスケさすが仕事が早いね、ありがとう』

 

 

 

『ははっ!我はボスの手足となって働く事こそ我が望み!』

 

 

 

サスケは固いね、ホント。

 

 

 

じゃあ、魔法耐性の弱い人間だけが効くように魔力調整して魔法を発動させよう。

 

 

 

「ダータレラ、頼むよ」

 

 

 

俺の言葉に闇の精霊ダータレラが顕現する。

 

先日の<スライム的大砲撃(スライチックカノン)>発動後、光の精霊ライティールと闇の精霊ダータレラにも加護と契約を行ってもらった。もらった・・・というか、勝手に懐いて契約を押し付けられたのだが。

 

 

 

『ふふっ・・・ついに私を呼び出してしまいましたのね・・・貴方に深淵の闇が訪れんことを・・・』

 

 

 

『ダータレラ、いきなり怖い事を言わないでくれ。深淵の闇なんていらないよ。ダータレラだけでいい』

 

 

 

『あら・・・貴方様はわたくしを喜ばせる事がお上手なよう・・・』

 

 

 

ほんの少しだけ頬を染めて笑顔を浮かべる。闇の精霊ダータレラ、かわゆし。

 

 

 

「さあ、兵士たちには眠ってもらおう。<眠りの世界(スリーピングワールド)>」

 

 

 

俺は闇の精霊魔法<眠りの世界(スリーピングワールド)>で広範囲に眠りの世界を築いた。厩舎を取り囲んで、その外の警備担当者たちも巻き込んで一帯の兵士たちを眠らせる。

 

 

 

『やあ、ワイバーン君、元気だったかね?』

 

 

 

『あ、この前の! 本当に来てくれたんだね!』

 

 

 

この前俺と喋ったワイバーンが嬉しそうに顔を向けてきた。

 

 

 

『さあ、その忌々しい首輪を取り外そう。だけど、建物を壊したり人間を殺したりするなよ?脱走がバレて邪魔されちゃうから』

 

 

 

『なるほど!君は頭いいね!わかったよ!』

 

 

 

ウキウキとした様子で隷属の首輪を外してくれるのを待っているワイバーン。こうやって見ると人懐っこい様に見えるけど、気のせいか?

 

 

 

俺は亜空間圧縮収納へ隷属の首輪を収納する。ワイバーンの首から隷属の首輪が消える。

 

 

 

『わあっ!やっぱり問題なく外れた!君すごいよね!』

 

 

 

その後他のワイバーンの隷属の首輪も全て回収する。

 

総勢二十頭のワイバーンたちに指示を出す。

 

 

 

『それではここから建物の外に出て、西の森へ向かおう。俺も一緒に飛んでいくから、ついて来てくれ。いい狩場があるんだ』

 

 

 

そう言って<高速飛翔(フライハイ)>で空に浮かび上がる。

 

 

 

『よしっ!みんなであの人について行こうぜ!』

 

 

 

俺を先頭にワイバーンが大勢飛び立つ。

 

眠らせた連中はともかく、街の誰かにワイバーンたちがどちらの方向へ行ったか確認してもらう必要がある。転移の扉であっさり消える様に移動してしまうと、ワイバーンが神隠しにあったとか変な方向に話が行きかねない。それに、転移の能力を万が一にでも気づかれるわけにはいかないしな。

 

 

 

まずは西の森で腹いっぱいになるまで魔獣を狩らせて、それから南下してバルバロイ王国の領土に移動だな。

 

俺は今後の移動方向を確認しながらまずは西の森に向かった。

 

 



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第225話 ドラゴニア王国兵士団の侵攻を足止めしよう

ドラゴニア王国、国王陛下バーゼル・ドラン・ドラゴニア八世は昼夜を問わず駆け、火竜山に住む<古代竜(エンシェントドラゴン)>のミーティアに会いに行った。

 

通常の馬なら潰れてしまうであろう距離と時間ではあるが、岩蜥蜴ロックリザードと呼ばれる山に住む巨大蜥蜴に乗っていた。この岩蜥蜴ロックリザードは飼いならせば騎乗でき、体力とスピードに優れ遥かに馬を凌駕する乗り物となる。

 

 

 

「陛下!少し休憩を入れられては!」

 

 

 

並走している軍務大臣のガレンシアが声を掛ける。

 

休憩と言っても水分と少しの携帯食を取るだけだ。

 

回復魔法が使えるような人材はドラゴニア王国には少なかった。

 

特に軍務につく者には皆無であった。これは竜騎兵を用いて戦うドラゴニア王国の特性のためか、兵士に中途半端なケガで戦線離脱する率が少ないため、あまり必要性を感じる人間がいなかったことに起因していた。

 

 

 

「そうしましょ!それがいいですわ」

 

 

 

竜騎兵ドワルーが賛同する。だが、

 

 

 

「まだ不要だ!もう少し進むぞ!」

 

 

 

休憩の言を却下し、岩蜥蜴ロックリザードの手綱を握り直して加速して行く。

 

 

 

「ええ~、まだ休憩せんのかいな」

 

 

 

ドワルーの嘆きは誰にも聞こえることは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

古代竜(エンシェントドラゴン)>ミーティアよ! 我はドラゴニア王国、国王バーゼル・ドラン・ドラゴニア八世である! 盟約に基づき、我が要望を聞き届け、その力を貸せ!」

 

 

 

火竜山の山頂近く、火口付近の支配の王錫を掲げて巣穴に踏み込んだ国王バーゼルは声を張り上げた。

 

 

 

「だ、大丈夫でっしゃろか・・・」

 

「支配の王錫にどれほどの力があるかわからんが、<古代竜(エンシェントドラゴン)>ミーティアが敵に回れば我らは一瞬で消し炭になるだろうよ」

 

 

 

不安げなドワルーに身も蓋も無い答え方をするガレンシア。

 

 

 

『フシュ~~~、不遜なる者よ、人間の国の矮小な王よ。我が<古代竜(エンシェントドラゴン)>ミーティアと知ってそのような口をきいておるのか』

 

 

 

巣穴の奥、大きな体を丸めて休んでいた<古代竜(エンシェントドラゴン)>ミーティアは侵入者に首をもたげて対峙した。

 

 

 

「<古代竜(エンシェントドラゴン)>ミーティアよ!今は我が国存亡の時ぞ!古き盟約に基づきその力を行使せよ!俺を乗せてバルバロイ王国王都バーロンを急襲するのだ!」

 

 

 

そう言って国王バーゼルは手に持っていた支配の王錫を掲げる。すると支配の王錫は光輝きだし、その光は<古代竜(エンシェントドラゴン)>ミーティアの眉間に吸い込まれる。

 

 

 

『グム・・・古の盟約とは言え、支配の王錫の能力も限界であろう。これが最後となるやもしれぬな。小僧、貴様の願い、聞き届けてやろうぞ』

 

 

 

バサリと大きく羽根を広げたかと思うと、首だけでなく、その前足と後ろ足も地面を踏みしめ、胴体を持ち上げる。

 

 

 

「で、でかい・・・」

 

 

 

ガレンシアは呟いたが、ドワルーは絶句していた。首を持ち上げ、地面から立ち上がった<古代竜(エンシェントドラゴン)>ミーティアはその高さだけで10m近くありそうで、しっぽまで入れた全長は優に20mを超えそうであった。

 

 

 

「ど、どうやって乗ればいいのだ・・・?」

 

 

 

国王バーゼルはあまりに巨大な<古代竜(エンシェントドラゴン)>ミーティアを前にしばし呆然としていた。

 

 

 

『仕方のない奴よ』

 

 

 

古代竜(エンシェントドラゴン)>ミーティアは国王バーゼルの襟首を口先で加えると、自分の頭の上に放り投げた。

 

 

 

「あいたっ!」

 

 

 

『短めの角にでも捕まっておれ。それでは行くぞ。古の盟約に基づき、貴様の要求をかなえよう。バルバロイ王国の王都バーロンを急襲、であったな』

 

 

 

そう言って大きな翼をはばたかせ、巣穴を飛び出ると、高々と大空へ舞い上がった。

 

今ここに、神話級の天災(カタストロフィ)が解き放たれたのである。

 

まさにバルバロイ王国、王都バーロンは殲滅不可避、絶体絶命の危機に陥ろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時を同じくして、ここはバルバロイ王国とドラゴニア王国の国境境にある山脈。

 

ドラゴニア王国王都に所属していた全軍約三万五千の兵団はバルバロイ王国の王都バーロンを目指して山越えを強行していた。

 

 

 

「進め!進むのだ!」

 

「これだけ木が生い茂っているんだ、たまったもんじゃねーよな」

 

「できる限り踏みしめて後続が通りやすいようにしろよ!」

 

「大ナタを持っている奴、刈り倒しちまえ」

 

 

 

だいぶ苦慮しながらではあるが、着実に王都バーロンへの距離を縮めていく。

 

 

 

『だいぶ王国内に侵入してきたな』

 

『敵国も王国だぞ?』

 

 

 

氷牙の言葉に上げ足を取る風牙。

 

 

 

『・・・ドラゴニアの兵士たちがバルバロイ王国領土内に侵入してきたな』

 

『ずいぶん丁寧な説明だな』

 

『お前のせいだろ!』

 

 

 

まるで漫才のような掛け合いを見せる氷牙と風牙。

 

 

 

『さて、我らの仕事は足止めなわけだが・・・』

 

『うむ、ボスからの指令は少々厄介だ』

 

 

 

氷牙と風牙はヤーベよりドラゴニア王国の兵士たちの足止めを指示されていた。

 

その条件は、

 

 

 

①相手兵士を殺さない事

 

②自分たちの存在を気取られない事

 

 

 

であった。

 

 

 

『あの時は高揚してお任せください!などと言ったのだが・・・結構条件がキツイな』

 

 

 

氷牙がボヤく。あの時というのは、言うまでもなく、四天王やその下の直属の何匹かの狼牙たちの前で、ボス直々に指名を受け指示を賜った時の事だ。ボスから直接名指しで命令を受けることは狼牙族の中でも極めて名誉なことであった。

 

 

 

『そうだな、だが、俺たちの能力ならやりようもあるだろう。そのために俺とお前を指名して下さったのだろうしな』

 

 

 

ただ単に蹴散らすだけなら、造作もないことだ。殲滅することもたやすいだろう。それは雷牙やガルボでも同じことだろう。いや、むしろ広範囲の雷撃魔法を操る雷牙やパワー型のガルボの方がさらに殲滅速度が速いかもしれない。だが、今回は足止めだけで相手を一人も殺さず、しかも自分たちの存在を知られてはいけないのだ。そんな条件をクリアできるのは氷牙と風牙しかいない、そうボスが言ってくれたのと同じ事なのである。

 

 

 

『まずは全軍の行動速度を落として行こうか・・・』

 

 

 

氷牙が魔法を唱える準備に入る。

 

 

 

『大気に潜む氷の子らよ。その力を開放し、その世界を見せよ!<氷点下の領域(ビロウフリージング)>』

 

 

 

氷牙の唱えた魔法により指定したエリアの温度が徐々に下がっていく。あまりに急速に下げてしまうと死に至らしめてしまうが、氷牙はあくまでゆっくりと温度を下げて行った。

 

 

 

「やべぇ、手がかじかんできた」

 

「やたら寒くなってきやがったな」

 

「山の天気は変わりやすいって言うぜ?」

 

「焚火で温まりてーよな」

 

「馬鹿野郎!火なんか使ったら煙が出て居場所がばれるだろうが!」

 

 

 

奇襲のための隠密行動であったため、暖が取れずに状況が改善できないドラゴニア王国兵士団。

 

 

 

『さすが氷牙、素晴らしい。効果抜群だな。俺ももう一押しするか』

 

 

 

そう言って風牙も魔法を準備する。

 

 

 

『風よ、行く手を阻みしものを切り裂け!<風刃斬撃(エアロスライダー)>』

 

 

 

風牙の魔法により放たれた風の斬撃が、木々の枝葉を切り落とす。

 

それらは足元を邪魔し、さらに進軍を遅くした。

 

そして、効果的な位置で幹を切り裂き、偶然を装って倒木を起こした。

 

 

 

「やべっ!でけー木が倒れてくるぞ!下がれ!」

 

「うわっ!」

 

「押すなっ!」

 

 

 

進行方向から倒れてきた木に大慌てのドラゴニア王国兵士団。

 

氷牙と風牙の嫌がらせにより、兵士団の侵攻は遅々として進まないのであった。

 

 



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第226話 決戦前日は普段通りに過ごしてみよう

「えっ!? ミノ娘たちの集落が他にも見つかった!?」

 

 

 

俺に長距離念話でヒヨコ十将軍序列七位のカラールとそれをサポートしている狼牙族の「砕牙」をリーダーとする狼牙族の一団から連絡が入った。

 

ちなみに「砕牙」をリーダーとする狼牙族の一団は、先日隠密に抜擢した「ハンゾウ」たちと同じ魔の森でスカウトされた狼牙族である。砕牙の名を授けた狼牙は、ガルボ並みに図体が大きく、パワー型の狼牙であった。魔法も土属性に秀でており、かなりの戦闘力を誇る狼牙だったので新たな一団を組ませてみたのである。

 

 

 

実は今日は貴重な一日なのだ。

 

現在ドラゴニア王国との戦争が始まろうとしている。国王達に詳しく説明していないが、山越えの敵兵士たちは氷牙と風牙に足止めさせている。

 

ドラゴニア王国国王のバーゼルはたぶん<古代竜(エンシェントドラゴン)>の力を借りに行くだろう。それが成功した場合、最短で明日の昼頃にはこの王都バーロンに<古代竜(エンシェントドラゴン)>が到達する可能性がある。

 

 

 

逆に言えば今日一日は余裕があるのだ。念のために王都バーロンとその周辺の町は戒厳令が出され、ピリついた雰囲気となっているが、店も開いているし、冒険者ギルドも通常営業である。一般市民への戒厳令ではあるが、冒険者や商人たちは逞しいと言えば逞しいのだろう。

 

 

 

俺も朝から冒険者ギルドに出向き、ケモミーズの今日の依頼内容を確認した後、明日の休息を命じた。危険は及ぼさせないつもりだが、明日は何があるかわからないからな。

 

そうしたら、明後日ケモミーズに入りたいと言う武闘家がいるとのことで、俺に入団テストを行って欲しいとサーシャに頼まれた。ていうか、なんだよ入団テストって。それに、わざわざこのポンコツケモミーズに入りたいって、どんな物好きだよ。

 

・・・一応入団テストするけどさ。

 

 

 

でもって、午前中はアローベ商会とドワーフの鍛冶師ゴルディン殿の元を回って三頭黄金竜(スリーヘッドゴールデンドラゴン)の皮で製作するバックと鎧、盾の準備を進めた。

 

さてやっと昼飯にありつこうか・・・と言ったところで、先ほどの連絡が入ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

『さて、どこに居るんだ?そのミノ娘たちは?』

 

 

 

俺は転移の扉を使ってカラールの元を訪れる。

 

 

 

『はっ!こちらであります』

 

 

 

いきなり俺の姿が目の前に現れて驚かさない様、ミノ娘たちの集まる場所から少し離れた場所で俺の到着を待ってくれていたカラール。よく出来たヒヨコだな。

 

 

 

この辺りは城塞都市フェルベーンの北西、最初にミノ娘達を見つけた場所から更に北の森の奥地だ。見れば20名近くのミノ娘たちがいた。以前見つけたチェーダたちよりもさらにボロボロの服、栄養状態の悪そうな雰囲気だ。

 

 

 

・・・砕牙たちがミノ娘たちを囲んでいるので、怯えているようだ。

 

 

 

『砕牙、部下たちを下げてくれ。ミノ娘たちが怯えているようだ』

 

 

 

『ははっ!』

 

 

 

「さて、君たち。森の奥でかなり苦しい生活をしているという事だったが、どうだろう? 良ければ他のミノ娘たちが生活している場所まで連れて行って仲間同士暮らしてもらおうかと思うのだが、どうかな?」

 

 

 

「あ・・・あの・・・私たちを保護して頂ける・・・ということでしょうか・・・?」

 

 

 

グループのリーダーらしきミノ娘が問いかけてくる。

 

 

 

「そうだね。よければ保護させてもらいたい。もちろん生活のための仕事はしてもらいたいが、それも先輩のミノ娘たちに聞いてもらえばいい。君、名前は?」

 

 

 

「ゴーダと言います」

 

 

 

「君がグループのリーダーでいいかな?」

 

 

 

「あ、えっと・・・そうですね。とりあえず・・・」

 

 

 

「とりあえず、食事とお風呂の準備をしよう」

 

 

 

そう言って俺はオークの煮込みとマンマミーヤで買っておいたパンを取り出す。

 

 

 

「さあ、とりあえずお腹一杯しっかり食べてくれ」

 

 

 

「「「わあっ!」」」

 

 

 

ゴーダの後ろからわらわらとミノ娘たちが集まって来る。

 

「リコッタです!お兄さんよろしくお願いします!」

 

「マスカルです。お代わりお願いします!」

 

「モッツァレラです。お仕事もらえるようで嬉しいです!」

 

 

 

どの子も大柄でご立派な御胸をお持ちのようだ。

 

それにしてもドラゴニア王国との戦争前に保護できたことは僥倖だったな。

 

尤も城塞都市フェルベーンの周りは戦火に巻き込まれる事はないはずだけどな。

 

 

 

食後はお風呂に入ってもらい、ボロボロの服も着替えさせる。

 

お風呂はベルヒアねーさんの作った土の風呂釜にウィンティアに水を入れてもらい、フレイアのパワーで温めてもらう。二人くらいしか入れないけど、それでもお風呂に入って汚れを落としてもらい、ミノ娘たちのために作った服の予備を出して着てもらう。

 

 

 

「この娘たちが新たに保護された者たちでしょうか?」

 

「今までよく無事だったな!ヤーベに任せておけばもう大丈夫だぞ!」

 

 

 

転移の扉でミノ娘の先輩にあたるパナメーラとチェーダを連れてくる。

 

 

 

「とりあえず屋敷の離れを使って休ませてやってくれ。この娘たちは屋敷の仕事ではなく、カソの村に新たに作る牧場と畑の担当をお願いしたいのでね。そのうち移動してもらうことになるけど」

 

 

 

「わかりました、ヤーベ様」

 

「おい、ここからの移動は極秘だからな!死んでも誰にもしゃべるなよ!」

 

 

 

そう言って屋敷への転移の扉をくぐらせるチェーダ。なんだか頼りになるね。

 

 

 

「こ・・・ここどこ?」

 

「不思議・・・」

 

 

 

ミノ娘たちが俺の屋敷の敷地に行きなり到着したのできょろきょろしている。

 

 

 

「何度も言うが、絶対他言無用だからな!みんな、こっちについて来い」

 

 

 

チェーダが新しくきたミノ娘たちをまとめて先導していく。

 

チェーダはわずか数日でえらく成長したような気がするな。後は彼女たちに任せよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっほー、ランチまだいけるかな?」

 

 

 

覗きに来たのはポポロ食堂。リンとレムの姉妹が頑張っているお店だ。尤も今はお母さんが戻って来ているからな。親子三人で切り盛りしているだろう。

 

 

 

「あ!ヤーベさん!どうぞどうぞ!」

 

「あらあら、救国の英雄様に来ていただけるなんて、その節は本当にありがとうございました」

 

 

 

ちょっと久しぶりになっちゃったせいか、挨拶が固いよみんな、気にしなくていいのに。

 

 

 

俺は席に座って日替わりランチを注文する。

 

見ればリンちゃんがのれんを取り外してきた。

 

 

 

「ちょうどお客様を送り出してこれから私たちもお昼にするところだったんです」

 

 

 

ニコッと笑って取り込んだのれんを片付けるリンちゃん。

 

 

 

「あれ、じゃあ俺が居たら迷惑じゃなかった?」

 

 

 

「とんでもない!ぜひ一緒にご飯食べていってください!」

 

 

 

目の前にお茶の湯飲みを置きながらリンちゃんが一緒に食事を誘ってくる。

 

 

 

「ありがとう」

 

 

 

俺はありがたくその好意に甘えることにした。

 

 

 

「さあ、お腹いっぱい食べてよ!」

 

 

 

レムちゃんが爆弾コロッケやクリームコロッケ、その他鳥のから揚げも乗った大皿を出してくる。全部揚げ物ばっかだが、この親子は健康大丈夫だろうか?

 

 

 

 

 

 

 

お腹いっぱい食べた後、お土産にポポロ食堂特製コロッケを10個も包んでもらった。

 

リーナが大喜びするだろう。

 

お代はいらないとの事だったが、金貨1枚をこっそりリンちゃんのポッケに入れておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、王都警備隊の詰め所にも顔を出す。

 

警備隊隊長のクレリア・スペルシオに挨拶しておこうと思ったのだ。

 

 

 

「やっほー、クレリア隊長いる?」

 

 

 

覗いた詰め所にて、すぐに出てきてくれたのは副官のエリンシアであった。

 

 

 

「あら、ヤーベさん。あ、今はスライム伯爵様でしたわね」

 

 

 

いたずらっぽくウインクしてくれるエリンシア副隊長。

 

 

 

「貴族してるつもりはないので、今まで通りヤーベでいいですよ」

 

 

 

「ヤーベ卿が良くても、どこでだれが見ているかわかりませんからね~」

 

 

 

おどけるように言うエリンシアの後頭部をチョップが襲う。

 

 

 

「痛っ!」

 

 

 

「何を馬鹿なことを言っている! 誰が見ているかなどではなく、スライム伯爵様への敬意が大切なのだろうが!」

 

 

 

ぷりぷりしているのは隊長のクレリアであった。

 

 

 

「クレリア隊長久しぶり。本当に気を使わなくていいよ」

 

 

 

「しかしさすがにそれは・・・」

 

 

 

「何言ってるの。キルエ侯爵を命がけで守った戦友同士じゃない」

 

 

 

「せっ・・・戦友・・・同志・・・」

 

 

 

なぜか顔を真っ赤にして照れるクレリア隊長。俺、変なこと言ったか?

 

 

 

「わ、わかった・・・それでは公の場でなければ、ヤーベ殿、と今まで通りの呼び方を許してもらえるだろうか・・・?」

 

 

 

頬を赤く染めて指を組んで絡ませ、上目遣いに聞いてくるクレリア。

 

今のクレリアのお願いを断れる男がいるなら、見てみたいね。

 

 

 

「ああ、もちろんいいとも」

 

 

 

 

 

 

 

それから戒厳令が敷かれる王都の様子を聞きながら、明日、敵が攻めてきたときの避難経路や市民誘導などのイメージを話しておいた。

 

 

 

「戦争に・・・なるのだろうか?」

 

「たとえ戦争になっても、誰一人王都の市民に怪我させたりしないさ」

 

 

 

クレリアの不安そうな顔に俺は自信を持って答えた。

 

 

 

そう―――――

 

 

 

ドラゴニア王国との決戦は明日。

 

今は思い描いた通りに進んでいる。

 

明日、敵の切り札をどう無力化するか・・・その一点にかかっていた。

 

 



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第227話 古代竜を迎え撃つ準備をしよう

「ガァァァァァァァ!!」

 

 

 

恐るべき咆哮を上げながら火竜山を飛び立つ<古代竜(エンシェントドラゴン)>のミーティア。

 

 

 

「うわわわわわっ!」

 

 

 

支配の王錫を持っているとはいえ、ドラゴニア王国国王バーゼルは<古代竜(エンシェントドラゴン)>の頭に乗っている状態で強力な咆哮を聞くはめになり、心の底から震え上がっていた。何より、頭に四本生えている角の内、とても短い二本につかまっていなければ振り落とされて死んでしまう。バルバロイ王国王都攻略どころではない。

 

 

 

「だがっ!この<古代竜(エンシェントドラゴン)>のミーティアのパワーを持ってすれば、バルバロイ王国の攻略など容易いものよ!」

 

 

 

必死で角につかまりながらも愉悦の笑みを浮かべる国王バーゼル。

 

ではなぜ、この<古代竜(エンシェントドラゴン)>ミーティアの力を借りて今まで他国へ攻め込まなかったのであろうか。

 

それには「支配の王錫」というマジック・アイテムが関係している。

 

 

 

元々ドラゴニア王国は<竜人(ドラゴニュート)>と呼ばれる亜人の祖先が起こした国と言われている。現在ではその容姿に<竜人(ドラゴニュート)>特有の角や翼が無くなっているため、その血は薄れているといわれている。とは言え、祖先は竜に連なる者として竜を崇めてきたのがドラゴニア王国の歴史である。

 

 

 

その信仰対象が火竜山に住む<古代竜(エンシェントドラゴン)>ミーティアであった。

 

ドラゴニア王国を起こした開祖の英雄は「支配の王錫」という極めて強力なマジックアイテムを所持し、<古代竜(エンシェントドラゴン)>ミーティアの力を借りたという。

 

その力はあまりにも強力であったのだが、「支配の王錫」を使うたびに<古代竜(エンシェントドラゴン)>ミーティアへの強制力が弱まっていったという。

 

 

 

そのため、歴代の王たちは引継ぎの際、極めて危険な有事以外で「支配の王錫」を使用することを禁じたのであった。

 

だが、バルバロイ王国に宣戦布告しながら、虎の子のワイバーンを編成した竜騎兵がワイバーンの脱走という信じられない事件により壊滅、と言うよりは消滅してしまったため、すでに歩兵団を先行させてしまっていた今となっては撤回もできず、「支配の王錫」による<古代竜(エンシェントドラゴン)>ミーティアの参戦という切り札中の切り札を切らねばならなくなった。まさしく背水の陣であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ボス、<古代竜(エンシェントドラゴン)>ミーティアが火竜山を飛び立ちました。バルバロイ王国王都バーロンへの接敵は本日昼頃と予測されます!』

 

 

 

ヒヨコ十将軍序列二位、クルセーダーより長距離念話が入る。

 

昨日一日、いろいろと王都を見て回ったり新しいミノ娘の集団が見つかったりと忙しかったが、一通りやるべきことは終わらせてある。

 

 

 

『わかった。引き続きお前たちはヴィッカーズとカーデンに合流し、()()の動向を探れ。一応その対応内容がヤバイ様であれば、お前たちの力の解放を許す。()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

『ははっ!』

 

 

 

尤もヒヨコたちだけでは何ともならないだろう。

 

一応切り札的には一昨日の夜西の森に移動させたワイバーンたちをドラゴニア王国の王都近くに呼び戻して待機させてある。ハンゾウとサスケにコントロールさせているのでトラブルはないだろう。()()が非道なことをしなければワイバーンたちに出番はない。

 

・・・尤も後詰めに派遣した雷牙の部隊は不謹慎だが、相手が非道な存在であれば出番があるなどと気合を入れているだろう。()()がいい人キャンペーン中であることを祈ろう。

 

 

 

 

 

 

 

さて、朝一登城した俺はワーレンハイド国王、宰相ルベルク、騎士団長グラシア、宮廷魔術師長のブリッツに本日昼頃<古代竜(エンシェントドラゴン)>ミーティアが王都バーロンを急襲するだろうという予測を伝えた。

 

 

 

「な、なんだと!」

 

「<古代竜(エンシェントドラゴン)>じゃと・・・!」

 

「どう対処すればよいのか・・・」

 

 

 

頭を抱える一同に俺は戦略を伝える。

 

 

 

迎え撃つのは俺。

 

たぶん北西から飛んでくると思われるため、王都バーロンの北西は立ち入り禁止区域とし、一般人は東街の方へ避難。教会などの施設が受け入れを行う。

 

昨日のうちにアンリ枢機卿には一言伝えておいたから、協力はスムーズだろう。

 

 

 

一応弓矢兵の準備と俺が防ぎきれなかった時のことを考えて魔法障壁を展開できる魔術師団の派遣はお願いした。

 

 

 

「それだけでいいのかね?」

 

 

 

ワーレンハイド国王が俺に疑問をぶつける。

 

 

 

「一応フィレオンティーナは戦闘準備を取らせて待機させます。冒険者ギルドにも市民の避難の手伝いと遠距離攻撃及び魔法障壁の展開が可能な高レベルパーティの派遣をお願いしてあります」

 

 

 

「冒険者ギルドへの報酬はどうしたのだ?」

 

 

 

「一応私が立て替えております」

 

 

 

宰相のルベルクの問いに俺は答えた。

 

 

 

「国庫で賄う由、後で報告を上げて欲しい」

 

 

 

「わかりました」

 

 

 

「それで、騎士団にはどのような役割を頂けるのでしょうか?」

 

 

 

グラシア団長が俺の方を真剣なまなざしで見る。

 

・・・俺は騎士団に<古代竜(エンシェントドラゴン)>ミーティアと接近戦を行わせるつもりはないので、出番がない、と言いたいのだが、見かけ上国の存亡の危機に出番がないと王国騎士団が言われるのはまずいよな。

 

 

 

「申し訳ないのですが、あの将軍に指揮をとって頂くのは些か不安であります。弓矢隊を率いる副官レベルの人材を見繕って宰相ルベルク殿より指示を行ってもらえますでしょうか?」

 

 

 

オレイス将軍とやらに指揮を任せるのはまずい気がする。攻撃命令を出す前にあっさり弓を放って<古代竜エンシェントドラゴン>を怒らせるだけの気がする。

 

 

 

「オレイス将軍では不安かね?」

 

 

 

宰相ルベルク殿が俺に問う。

 

 

 

「少なくとも私の攻撃命令を待っていただけるだけの度量が必要です。いたずらに攻撃すれば<古代竜(エンシェントドラゴン)>の怒りを買い、被害が拡大するばかりです」

 

 

 

「ふむ・・・そうだな。グラシア団長、人選を頼む。決まり次第ルベルクより指揮の命令を伝えよう」

 

 

 

「一応騎士団の三分の一は北西にて待機してもらいますか。もう三分の一は市民の避難誘導に協力を、もう三分の一は王城での待機としましょう」

 

 

 

これほどの国難に騎士団が出なくていいとは言えないしな。一応形だけでも陣を作ってもらおう。

 

 

 

「了解しました」

 

 

 

グラシア団長が頭を下げる。

 

俺はふと疑問が浮かんだので聞いてみた。

 

 

 

「そういえば・・・、軍の指揮権とか特に持っていませんが、いろいろと指示を出してしまいましたね。よかったのでしょうか?」

 

 

 

俺が首を傾げながら訪ねると、

 

 

 

「本当に今更なことだな」

 

 

 

とワーレンハイド国王が笑った。

 

 

 

「通常ではあり得ぬことですがね、スライム伯爵殿の実力と情報網は王国をはるかに上回っておられるような気もしますしな」

 

 

 

宰相のルベルクも苦笑しながらそんなことを言う。

 

 

 

「私はスライム伯爵様に従うのに何ら異存はありません。その実力が本物であると理解しております」

 

 

 

しっかりと頭を下げて宣言してくれるグラシア団長。いや、貴方騎士団の最も偉い人ですから、もっと堂々としていていいんですけどね。

 

 

 

「ヤーベ・フォン・スライム伯爵。貴殿に王都防衛の最高責任者の任を与える。見事その大役を果たしてもらいたい」

 

 

 

厳かに伝えるワーレンハイド国王。

 

俺は席を立ちあがると恭しく礼をした。

 

 

 

「国王直下の任、誠に恐悦至極。見事その大役を務めて見せましょう」

 

 

 

そう言って顔を上げると、ワーレンハイド国王がいたずらっ子のような笑みを浮かべた。

 

 

 

「お主にとっては面倒なことこの上ないだろうがな」

 

 

 

「この王都でもたくさんの友人や知人が出来ましたからね。日々を生きる人たちに理不尽な不幸が降りかからないよう、精一杯やらせてもらいますよ」

 

 

 

俺はそう言って笑い返した。

 

 



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第228話 古代竜を迎撃しよう

「旦那様・・・もうすぐ<古代竜(エンシェントドラゴン)>がここにくるのですわよね・・・?」

 

 

 

不安そうな表情を浮かべるフィレオンティーナ。見れば少し震えているようだ。

 

 

 

「大丈夫だよ。念のためにフィレオンティーナには俺のそばにいてもらうけど、戦ってもらうつもりはないから。今のところは」

 

 

 

そう言ってフィレオンティーナの肩をそっと抱く。

 

 

 

「クスッ・・・今のところは、ですのね」

 

 

 

俺の肩に頭を寄せ、上目づかいに俺を見る。震えは止まったようだ。

 

 

 

「ぬぐぐ・・・リア充伯爵様めぇ・・・」

 

「くそう!伯爵様はカッシーナ王女と結婚式を控えているってのに・・・」

 

「あんな美人を・・・」

 

「何故だ!何故美人は一人の英雄の元に集まるのだ!皆平等にチャンスがあってもいいはずだ!」

 

「ヘッ!何故か目から水が出てきやがるぜ!」

 

「何故だ・・・何故俺の弓は敵ばかり貫いて女性のハートを貫けぬのだ・・・」

 

 

 

・・・オレイス将軍のところの弓矢隊から何故か不穏な慟哭が唸り聞こえてくる・・・。

 

 

地球時代全くモテなかった俺に何故だと聞かれても、答えなどモッテイナイ。ちなみにチートもモッテイナイ。

 

 

「伯爵、えろうすんまへんな」

 

 

頭を掻きながら俺に声を掛けてきたのは、ヤーネン・ナーンデーだった。

 

ヤーネンも大商家の出で、貴族ではないものの家名持ちだった。

 

何でも抜群の弓の腕前と持ち前の明るい性格で統率力も高いらしい。

 

だが、貴族派閥のオレイス将軍率いる軍部では冷や飯食らいだった。

 

グラシア団長の大抜擢で今回の弓矢隊隊長に就任している。

 

 

 

「ヤーネン隊長か。気にしてないよ・・・というか、少し前まで俺は彼らと同類だったからね」

 

 

 

笑って答えた俺をびっくりした目で見るヤーネン。隣を見ればフィレオンティーナまで驚いている。俺のどこにモテ要素があるんだよ? スライムだぞ、スライム。まあその姿をあまり晒してはいないけどさ。

 

 

 

「はあ~、全くもって信じられまへんけどな・・・。そう言えば、伯爵様がワイを推薦してくれはったんでっしゃろ? おおきに、感謝しますわ」

 

 

 

「推薦したのはグラシア団長だよ。お礼なら彼に」

 

 

 

「グラシア団長さんのトコにはもう挨拶行って来ましたわ。そしたら将軍とは別の腕利きを隊長に据える様に伯爵様に言われたって言ってはりましたわ」

 

 

 

「だから、グラシア団長が君を抜擢したんじゃない。ところで、隊長とかメンドクセ~わ~とか思ってない?」

 

 

 

「いえいえ!思ってまへんわ!大出世ですやん、ありがたい限りですわ!給与もナンボかマシになるかもしれへんし」

 

 

 

屈託のない笑顔を見せるヤーネン。何だか憎めない奴だ。

 

 

 

「ぶっちゃけ、居てくれるだけでいいよ。<古代竜エンシェントドラゴン>とガチでやり合おうとかあんまり思ってないから」

 

 

 

「はあ・・・まあ、隊長を任されたからには、あんじょう働きますよってに」

 

 

 

「よろしく」

 

 

 

そう言って俺は手を振ると、王都の外壁の北西角までやって来た。

 

 

 

俺はどちらかと言えばエゴイストだ。

 

王都の自分の屋敷だけ強力な結界を張って来た。

 

出張用スライムを応用した結界魔法、<スライム的大結界(スライフィールド)>だ。

 

スライム(ペー)、スライム(ナン)、スライム(トン)、スライム西(シャー)の四匹を屋敷の東西南北に配置、風と光の合成結界魔法を発動させている。

 

屋敷にはイリーナやルシーナ、サリーナ、そしてリーナは屋敷から出ない様に指示している。

 

ミノ娘たちやセバス、メイドさんたちにも同様の指示を出している。

 

・・・なぜか、謎の生物二匹のジョージとジンベーは泣きながら俺の頭に飛びついて来たので連れて来ている。俺の頭に二匹も謎の生物が乗っているのに、普通に会話してくれた弓矢隊の隊長であるヤーネンには感嘆を禁じ得ない。

 

 

 

 

 

 

 

『ボス!<古代竜(エンシェントドラゴン)>王都バーロンへ接敵します!接敵まで後五分!』

 

 

 

『了解』

 

 

 

俺は念話でヒヨコ隊長に了解を伝える。

 

 

 

「さて、招かれざる客を迎えるとしましょうかね」

 

 

 

「もう、くるんでっか?」

 

 

 

見ればヤーネンが俺の隣に来ていた。

 

 

 

「ああ、後五分で見える」

 

 

 

「お前ら!気合い入れて行くんやで!空飛ぶ蜥蜴がナンボのモンじゃ!」

 

 

 

「「「おおお――――!!」」」

 

 

 

おお、なかなかカリスマ性があるじゃないか。

 

 

 

 

 

「ガアアアアアアアア!!」

 

 

 

 

 

ついにその姿を現した<古代竜(エンシェントドラゴン)>。

 

 

 

「はははっ!これでバルバロイ王国も終わりだ!」

 

 

 

よく見れば<古代竜(エンシェントドラゴン)>の頭に誰かしがみついて喚いている。なるほど、あれがドラゴニア王国のバーゼル国王陛下というわけか。小物だな。

 

 

 

古代竜(エンシェントドラゴン)>の咆哮に弓矢隊の兵士たちが竦み上がる。

 

 

 

「お前ら!ボケっとすんな!気合い入れや!そんなしょーもない態度で空飛ぶ蜥蜴から王国を守れると思っとるんか!」

 

 

 

「「「おおお―――――ッス!!」」」

 

 

 

おおっ!鼓舞で兵士たちを立ち直らせたぞ! ヤーネンやるなあ。大阪弁っぽく聞こえるのはきっと地方の出身なんだろう。

 

 

 

「斉射用意っ! 指示があるまで待て!」

 

 

 

「「「おおお――――ッス!!」」」

 

 

 

弓矢隊、頼りになりそう。

 

 

 

やがて<古代竜(エンシェントドラゴン)>が近づくにつれてその姿がはっきりしてくる。

 

体長は20mを越えそうな巨大な姿だ。

 

さすが<古代竜(エンシェントドラゴン)>、大迫力だ。ジェラシック何とかなんて目じゃないね。これが動物園だったらよかったんだろうけどな。

 

 

 

「行けっ!ミーティア!バルバロイ王国を火の海に沈めるのだ!」

 

 

 

古代竜(エンシェントドラゴン)>の頭の上で何やら棒を振り回して騒いでいるバーゼル。やかましい奴だ。

 

 

 

「グオオオオオオオ!!」

 

 

 

ファイア・ブレスを放つ<古代竜(エンシェントドラゴン)>。このままでは外壁の上にいる弓矢隊の多くが炎に包まれてしまう。

 

 

 

「<細胞防御(セル・ディフェンド)>」

 

 

 

右手を掲げて被膜状にスライム細胞を広げて火炎を防御する。

 

さすが<古代竜(エンシェントドラゴン)>のファイア・ブレスだ。火炎に魔力が練り込まれている。通常の火炎防御では防ぎきれない威力だ。

 

 

 

できれば某大魔王様みたいに「喰らい尽くせ、グラ〇ニー!」とか言ってきれいさっぱり消して見たいところだが、残念ながらノーチートの俺にはそれは難しい。

 

細胞(セル)・捕食吸収(アブソ-プション)>は捕食した対象をスライム細胞で吸収する技だが、俺は吸収するために自分のスライム細胞で魔力ぐるぐるエネルギーに変換する必要がある。魔力に近いものであれば捕食吸収しやすいが、そうでないものは変換がうまくいかなかったり、時間がかかったりする。そんなわけで魔力を纏うとはいえ、強力なドラゴンブレスの純粋な火炎エネルギーを吸収処理する事は俺には難しいのだ。

 

とりあえずブレスからは守り切るしかない。

 

 

 

吐きまくられるブレスを悉く<細胞防御(セル・ディフェンド)>で防御し切る。

 

 

 

「キュキュ――――!」

 

「ズゴズゴ――――!」

 

 

 

荒れ狂う炎にビビっているのかジョージとジンベーが俺の頭をヒレでペチペチ叩く。痛い。

 

違う、俺に気合を入れようとしているようだ。大丈夫だ、あんな空飛ぶ蜥蜴に負けはしない。

 

 

 

「何をやっているんだ!ミーティアよ!早く王都を火の海にするのだ!」

 

 

 

暴れる小物。ザコ臭が漂うな。

 

 

 

パキーン!

 

 

 

「な!? 支配の王錫が!?」

 

 

 

どうやら<古代竜(エンシェントドラゴン)>を使役するための魔道具が壊れたようだ。あはれなりけり。

 

 

 

『グハハハ!これで我は自由よ!』

 

 

 

頭の上の小物を振り飛ばす<古代竜(エンシェントドラゴン)>。

 

 

 

「うわ―――――!!」

 

 

 

小物が何故かこちらへ飛んで来る。ギャグ漫画なら頭から突っ込んで埋まるところだろうが、現実世界だからな。このままでは間違いなく王都の外壁に叩きつけられてキタネェ花火になって死ぬだろう。

 

 

 

「<スライム的捕縛網(スライキャッチャー)>」

 

 

 

俺は飛んで来た小物をスライム網でキャッチする。どうせキャッチするなら美人の女の子の方がいい。小物とかいらん。

 

 

 

「グラシア団長、この小物を一応捕まえておいてくれるかな?」

 

「了解しました、伯爵」

 

 

 

「貴様!誰が小物か!余を誰だと心得る!」

 

 

 

グラシア団長に引き渡したバーゼルがやかましく吠える。

 

 

 

「制御不能になった<古代竜(エンシェントドラゴン)>に振り落とされて死にそうになった小物だろ? 文句あるなら、同じ高さからもう一度落っことしてやろうか?」

 

 

 

俺がじろっと睨むと、口をパクパクして黙り込むバーゼル。

 

 

 

「さて、<古代竜(エンシェントドラゴン)>とやらがどれほどのものか見てやるか」

 

 

 

そう言って俺は頭の上のジョージとジンベーをフィレオンティーナに渡して抱かせる。

 

 

 

「キュキュ~~~」

 

「ズゴズゴ~~~」

 

 

 

何でか知らないが大人しく手を振る二匹。文句が無くて何よりだ。

 

 

 

バサリッ!

 

 

 

以前カッシーナが出した薄緑色に輝く翼を出す。

 

翼を出した矢部裕樹の姿を見せた事があるのは今までカッシーナだけだったが、今はスラ神様の加護を持つ身だからな。翼ぐらい生えてもいいだろう。

 

 

 

『グハハハハ!もののついでだ!我が怒りを人間どもにぶつけてやろう』

 

 

 

ああ。そういう(ヒト)ね。なら遠慮はいらないか。

 

 

 

高速飛翔(フライハイ)!」

 

 

 

俺は翼を広げて大空に飛び上がる。

 

 

 

「さあ、大きな空飛ぶ蜥蜴よ、その力を見せてもらおうか?」

 

 

 

俺は思いっきり啖呵を切る。

 

何と言ってもラノベではまさに王道!大興奮間違いなしの手に汗握るドラゴンとの戦闘シーン!今こそマンキツせずして何がラノベ大魔王か!

 

 

 

『グハハ、不遜なる者よ!その矮小な身で我に立ち向かうと言うか!』

 

 

 

巨大な翼を広げてその巨体を宙に合わせる<古代竜(エンシェントドラゴン)>。

 

 

 

「光の精霊ライティールよ、その力を貸してもらうぞ?」

 

 

 

『ボクの力を使うのかい?いいよ、いくらでも力を貸すよ』

 

 

 

光の精霊ライティールは金髪ボブカットのボクッ娘だ。風の精霊ウィンティアと被り気味だが、より少年っぽい。短パンだし、胸はペッタンコだし。

 

 

 

『キミは何か良からぬ事を考えていないか?』

 

 

 

「キノセイデス」

 

 

 

そう言いながら<古代竜(エンシェントドラゴン)>に光の精霊魔法を放つ。

 

 

 

「<光の矢(ライトアロー)>」

 

 

 

光の精霊ライティールの力を使用した光の矢が<古代竜(エンシェントドラゴン)>に向かうが、パキーンとあっさり消滅した。

 

 

 

『クハハ、なんとも貧弱・・・』

 

 

 

そう笑おうとした<古代竜(エンシェントドラゴン)>の表情が固まる。

 

 

 

キュアアアアアア!!

 

 

 

俺の指先に凄まじい光が集まっている。

 

 

 

「<閃光の投擲(シャイニングジャベリン)>!」

 

 

 

シュオォォォォォ! ズガン!!

 

 

 

『グォォォ!?』

 

 

 

古代竜(エンシェントドラゴン)>の眉間を寸分たがわず捕らえる。

 

刺さりはしなかったが、衝撃は与えたようだ。

 

 

 

『き、貴様! ゆ、ゆるさんぞ・・・?』

 

 

 

顔を上げた<古代竜(エンシェントドラゴン)>ミーティアが見た物、それは数多くの光の球に囲まれている自分だった。

 

 

 

「<荒れ狂う流星(シャイニングミーティア)>」

 

 

 

大量に浮かべた光の球はまるで四方八方から<古代竜(エンシェントドラゴン)>に襲い掛かる。

 

 

 

ドドドドドン!!

 

 

 

『ゴハッ!』

 

 

 

光の玉を喰らった<古代竜(エンシェントドラゴン)>は煙を上げながら空中で姿勢を崩す。墜落こそしないが、そこそこダメージが通ったようだ。

 

 

 

まあ、<荒れ狂う流星(シャイニングミーティア)>は光の精霊魔法の中でも上位の部類に入る。

 

例え<古代竜(エンシェントドラゴン)>であろうと、その魔法防御壁を貫くことが出来るようだ。

 

 

 

『ウググ・・・貴様ッ!タダで済むと思うなよ!』

 

 

 

ダメージを負って無茶苦茶に暴れ出す<古代竜(エンシェントドラゴン)>。

 

俺は翼を羽ばたかせブンブンと振り回される前足を素早く回避する。

 

 

 

「まあ、お前の力は大体わかった。もう暴れないで住処に帰るなら見逃してやらんこともないが?」

 

 

 

古代竜(エンシェントドラゴン)>相手に上から目線で提案する。

 

 

 

『ふ、ふざけるなぁ!』

 

 

 

火炎のブレスを吹きまくりながら暴れまくる<古代竜(エンシェントドラゴン)>。

 

ふむ、遠慮はいらないようだ。

 

 

 

「ベルヒア、ダータレラ。思いっきり力を借りるよ」

 

 

 

「いいわ、私の力はヤーベの物よ?」

 

「貴方・・・深淵覗いて見る?」

 

 

 

土の精霊ベルヒアねーさんと闇の精霊ダータレラだ。

 

二人から力を借りて強力な精霊魔法を唱える。

 

 

 

「<深淵の重力場アビス・グラビディ>!!」

 

 

 

『ウグォ!?』

 

 

 

地面より発生する圧倒的な重力場により、地面に墜落する<古代竜エンシェントドラゴン>。

 

 

 

ズトオオオオオン!

 

 

 

『ガハッ!こ・・・こんなバカな・・・』

 

 

 

地面に縫い付けられるように押さえつけられ、自由に動けずに唸り声を上げる。

 

 

 

「さて・・・順応にならぬと言うなら、後は食べるしかないか」

 

 

 

俺は両腕を組みながら呟く。

 

 

 

『ヒイッ!?』

 

 

 

<古代竜エンシェントドラゴン>の目に恐怖の色が浮かび上がる。

 

 

 

「キュキュ―――――!!」

 

「ズゴズゴ―――――!!」

 

 

 

お、謎の生物ジョージとジンベーがふわふわと飛んできて俺の頭に乗る。

 

コイツら仲いいんだよな。なぜか俺の頭の上に重なって乗るのが好きなようだ。

 

 

 

『・・・神獣様!?』

 

 

 

え?今なんて?

 

 

 

『・・・それも二柱も!?』

 

 

 

・・・コイツらが神獣・・・マジで!?

 

 



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閑話36 原初の女帝 ノーワロディ・ルアブ・グランスィード

「くふふふ・・・・、くふふふふふふ・・・・・」

 

 

 

女は玉座に優雅に座っていた。美しい足を組み、玉座のひじ掛けに右ひじを乗せ、自分の顎を支えていた。

 

薄い水色のドレスに身を包んだその女性は虚空を見つめながら笑みを浮かべていた。

 

珍しい漆黒の髪に交じって前髪の一部は赤く染まっている。艶のある黒い髪は母親譲りだろうが、赤い髪は父親の影響であるらしかった。

 

 

 

「なんておバカさんなのでしょう・・・。高々クズを一人王妃として送っただけなのに、完全にこちらを信用するなんて・・・くふふふ」

 

 

 

女は玉座に座ったまま愉悦の表情を浮かべていた。

 

この女こそ、グランスィード帝国初の女帝、ノーワロディ・ルアブ・グランスィードその人である。

 

 

 

元々グランスィード帝国は男尊女卑の国であり、帝王に全ての権力が集まる典型的な独裁国家であった。ノーワロディが女帝に着く前はその父親である、ガンダレス・ローマン・グランスィードが帝王の座についていた。

 

 

 

当時ノーワロディは妾の娘として生まれた。

 

正妻の子供は王子が二人、王女が一人。妾は多くいたが、ガンダレス自身に生殖能力の衰えがあったのか、あまり子供には恵まれなかったようだ。また、メイドなどにも手を出していたようだが、子供はいない様だった。

 

 

 

妾の中でもノーワロディの母親は特別な存在だった。

 

母親は「魔族」と呼ばれる存在で、人族を凌駕するほどの魔力と美しさを誇っていた。通常であればガンダレスなどの妾になっているはずのない人物であった。だが、卑劣なガンダレスの策略により、隷属の首輪をつけられ、幽閉されてしまったのだった。

 

ガンダレスは正妻や他の妾などに比べて、ノーワロディの母親に異常なまでの執着心を見せた。そうして生まれたのがノーワロディであった。

 

 

 

物心着くころから母親は父親のガンダレスに暴力を受けては穢される毎日を繰り返していた。そんな日常を見続ければノーワロディが自分の父親を憎むようになることなど当たり前のことだった。

 

ガンダレスはノーワロディにも暴力を振るった。正妻の子供たちも半人半魔のノーワロディを汚らわしい存在として扱った。

 

そのころには自身の母親の体調が崩れ、寝込む日々が多くなっていった。

 

ノーワロディはいつしかガンダレスや自分以外の一族を排除する事を考えるようになっていった。

 

 

 

そして、その時は意外と早く訪れる。

 

 

 

国民を顧みず自分たちの栄華のみを追求したガンダレスに牙を剥く者達が現れたのだ。

 

ノーワロディはその時十四歳。魔族である母親の血を色濃く受け継いだのか、内包魔力は通常の人間を大きく凌駕しており、魔術師としての力は宮廷魔術師たちを遥かに凌ぐ力を有していた。レジスタンスの主力メンバーはそんなノーワロディの力に希望を見出し、神輿を担ぐことを決める。ノーワロディはそんなレジスタンスの思惑を利用し、レジスタンスのメンバーを集め、自分の父親たちを打倒する準備を整えたのである。

 

 

 

立ち上がったノーワロディは迅速かつ苛烈に行動した。

 

ガンダレスを筆頭とする一族郎党について国民を蔑ろにする反逆者と断罪。

 

ガンダレスの寝所を急襲すると、捕獲した翌々日に国民の前で斬首とした。

 

正妻は元より二人の息子や親戚一同、悉く斬首として、国民に陳謝、国庫をある程度解放し、国民のための政治を行っていくとノーワロディは告げたのだった。

 

 

 

ノーワロディは帝国で初めて女帝として王位につくと、「ローマン」の家名を廃止、新たに「ルアブ」の家名を起こして襲名した。

 

ガンダレスの血脈は自分以外では王女だったサーレンのみその命を救い、幽閉していた。別途他国への政略結婚に利用するためであった。

 

 

 

ノーワロディは女帝としてグランスィード帝国のトップに立つと、レジスタンスのメンバーの中でも特に優秀なものを主要のポストに就け、その政治を掌握した。

 

それからわずか二年。グランスィード帝国は国力を回復し、国民の生活は飛躍的に向上した。

 

そして軍備においても精強な軍隊を持つに至った。

 

 

 

 

 

 

 

そして、ノーワロディは毒を打つ。

 

ドラゴニア王国の若きバーゼル国王が閉塞感の打破を狙っている情報を掴むと、サーレンを王妃に娶る様政治交渉を仕掛けた。

 

ドラゴニア王国としてはグランスィード帝国と好みを結ぶことは帝国の後ろ盾を得ることに等しく、肥沃で広大な国土を誇りながらも平和が続くバルバロイ王国を侵略する足掛かりとして申し分ない申し出であった。

 

 

 

婚姻はすぐにまとまり、ドラゴニア王国では盛大な結婚式が開かれたのだが、ドラゴニア王国にとって完全に誤算だったのは、王女サーレンが女帝ノーワロディにとって歯牙にもかけない存在であったことだった。

 

 

 

ドラゴニア王国はバルバロイ王国に宣戦布告し、ほぼ全軍をもって侵攻を始めた。ほぼノーワロディの思惑通りに。

 

そして、ノーワロディは自国の精鋭騎士団をドラゴニア王国王都向けて進軍させた。

 

もちろん、空の王都を簒奪するためである。

 

 

 

「くふふふ・・・・、王族はみ~んな捕らえちゃっていいわよぉ。一般市民には出来るだけ被害を出さないようにね。特に第二師団の「狂犬」はちゃんと手綱を握っておいてよね~」

 

 

 

ドラゴニア王国王都簒奪の総指揮を任された大元帥ゴルゴダ・ヤーンはノーワロディからそんな言葉を貰って出立した。

 

女帝ノーワロディがクギを刺した「狂犬」の二つ名を持つ将軍、ヤンバルカーン率いる第二師団は戦場下において一般人を蔑ろにすることが多く、無意味に殺したり女性を乱暴したりすることが勝者の特権であるかの如く振る舞う危険な集団であった。

 

ノーワロディはドラゴニア王国の王都を血の海に沈めるつもりはないのだ。それでは生産性が保てない。

 

 

 

「戦争だから思い通りに行くとは限らないけど・・・まあ、精々踊って頂戴な」

 

 

 

蠱惑的な笑みを浮かべてノーワロディは虚空を見つめるのだった。

 

 



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第229話 ラノベのお約束に頭を抱えよう

「・・・神獣って?」

 

 

 

ひれ伏す<古代竜(エンシェントドラゴン)>に問いかけてみる。

 

・・・ほぼ土下座しているように見えるが。

 

これで変態妖艶美女に変身したらあり〇れをほうふつとさせてしまうため、ご遠慮願いたい。

 

 

 

『貴様っ!知らぬのか!? 神界に住む高貴なる存在! 神々とは違う存在を神獣と呼ぶのだ』

 

 

 

「あ~、つまり神界には神様と神獣しかいないと」

 

 

 

『まあそう言う事だ』

 

 

 

「キュキュ――――!」

 

「ズゴズゴ――――!」

 

 

 

褒められて嬉しいのか俺の頭をヒレでペチペチ叩く二匹。

 

 

 

「んで? お前さんどうするの? 帰るの? これ以上暴れるなら、

 

 

 

①素材剥ぎ取り(牙とウロコ)

 

②丸焼きで食す

 

③お尻にパイルバンカー

 

 

 

どれか選んでくれ」

 

 

 

俺は選択肢を告げる。優しいな、俺。

 

 

 

『どれも地獄じゃ!特に③!!』

 

 

 

丸焼きよりお尻にパイルバンカーの方が嫌なのか。

 

 

 

「キュキュ?」

 

「ズゴズゴ!」

 

 

 

ん?ジョージとジンベーが何か言ってるようだな。

 

 

 

『はは――――!! いえ、滅相も無い! 神獣様に迷惑をかけるなど・・・して、何故にそのような凡庸な男の頭に乗っているので?』

 

 

 

「キュキュ――――!!(怒)」

 

「ズゴズゴ――――!!(怒)」

 

 

 

 

 

ジョージとジンベーが口をカパッと開けるとピ――――!っと白い光線が出て<古代竜(エンシェントドラゴン)>を直撃した。

 

 

 

ボガンッ!

 

 

 

『ゴハッ!』

 

 

 

こんがりして口から煙を吐く<古代竜(エンシェントドラゴン)>。

 

さながらド〇フの爆破コントみたいだ。

 

 

 

『も、申し訳ございませぬ! ヤーベ殿に仕える事に異存はないのじゃ、よろしく頼むとするのじゃ!』

 

 

 

え? 今何て言った?

 

 

 

「おい、今なんて言った? 俺に仕えるとか言わなかったか?」

 

 

 

『言ったぞ!言った! 神獣様に命令されれば嫌はないのじゃ!』

 

 

 

おおい!何を命令してるの!?ジョージ!ジンベー!

 

 

 

「キュキュ――――!」

 

「ズゴズゴ――――!」

 

 

 

おい、お前ら。どうしてそんなにドヤ顔なんだ?

 

俺達のおかげでいい部下が出来ただろってか?

 

 

 

「いや、こんな巨大な図体のヤツ、面倒見切れねーけど。メシ代だって馬鹿にならんだろうし」

 

 

 

俺は存外に居てもらっては迷惑と言った雰囲気を醸し出す。

 

 

 

『ならば我も人化すればよかろう!小さくなればそれだけエネルギーも消費せずにすむのじゃ!それならばお主も文句なかろう!』

 

 

 

そう言って<古代竜(エンシェントドラゴン)>の体が輝きだすと、みるみる内に小さくなっていく。

 

 

 

「これならばどうじゃ? 我の体も随分と小さかろう。この状態であれば念話ではなく会話も可能じゃ」

 

 

 

そう言って無い胸を張るのは頭に二本の角を生やした幼女だった。

 

 

 

「幼女じゃねーか! あり〇れのような艶女じゃねーのかよ! しかも幼女枠も妹枠もリーナで埋まってるから! もう空きはないから!」

 

 

 

俺は心の奥底から絶叫した。

 

 

 

「ななな、なんじゃお主!我の姿に何か文句があると言うのか!」

 

 

 

「ありまくりだろうが! お前は長年生きている<古代竜(エンシェントドラゴン)>なんだろうが! 何故に人化すると幼女になるんだ! ラノベの王道過ぎんだろーよ! 何だよ!ドラゴンで、幼女で、のじゃロリって!? 要素てんこ盛り過ぎんだろーが!」

 

 

 

「何がラノベの王道じゃ!意味が分からぬわ!」

 

 

 

ぷんすか怒る俺にぷんすか怒り返すお子様ドラゴン。

 

それにしても、すっぽんぽんでなくてよかった。そうであれば死ぬところだ。俺が、社会的に。

 

 

 

「それにしても、ドラゴンローブ? マント?と謎の杖を持ってるけど、それも変身する時に用意するのか?」

 

 

 

「これは竜気で作ったアイテムじゃの。我のイメージで具現化しておるのじゃ」

 

 

 

ドヤァと言った感じで鼻息荒く説明するお子様竜。

 

 

 

「はあ・・・こんなお子様竜の面倒を見るのか・・・」

 

 

 

俺がものすごく深く溜息を吐くと、さらにお子様竜が怒り出した

 

 

 

 

 

「我にはミーティアと言う立派な名前があるのじゃ!お子様竜などと呼ぶではない!だいたいお前なんぞよりもずっと長く生きておるわ!」

 

 

 

如何にもぷんぷん怒ってマス、といった感じで両手を振り回し地団太を踏んでいる。

 

なにこの保護欲をかき立てられる生き物は?

 

いかんいかん、幼女枠はリーナでいっぱいなのだ。

 

 

 

「キュキュッ!」

 

「ズゴズゴッ!」

 

 

 

なに、めでたしめでたし? どこが!

 

俺は痛くなる頭を抱えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、王都バーロンの屋敷では―――――

 

 

 

「ヤーベさんが置いていってくれたクッキー、おいしいねー」

 

「確かに、サクサクだな」

 

「紅茶にバッチリ合いますわ」

 

「ふおおっ!うまうまですー」

 

 

 

サリーナ、イリーナ、ルシーナ、そしてリーナがメイド長リンダの入れてくれた紅茶を飲みながらヤーベが置いていってくれたクッキーを楽しんでいた。

 

 

 

「ふおおっ!」

 

 

 

リスの様に両手でクッキーをカリカリ食べていたリーナのアホ毛がピーンと立った。

 

 

 

「ど、どうしたのリーナちゃん?」

 

 

 

ルシーナが驚いたように声を上げたリーナに目を向けた。

 

 

 

「ラ・・・ライバルが現れたでしゅ~~~~~!」

 

 

 

絶叫するリーナをポカーンと見つめる奥さんズの面々であった。

 

 

 

 



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第230話 戦争の止め方を考えてみよう

皆様、明けましておめでとうございます。
作者の西園寺でございます。
2020年9月1日更新より約四か月停止しておりました「まさスラ」の更新を再開させて頂きます。
コロナ禍において日常が変わらざるを得ない方々も多くいらっしゃると思いますが、また少しでも皆様の日常においてわずかでもひと時の憩いとなれるような作品になることができればと思っております。
よろしければ今後ともどうぞお付き合いの程よろしくお願いいたします。


「それで? そこの小物君はこれからどうするんだ?」

 

俺は<スライム的捕獲網(スライキャッチャー)>で捕まってぐるぐる巻きになっているドラゴニア王国のバーゼル国王に視線を向ける。

 

「き、貴様ふざけるなよっ!我を愚弄してタダで済むと思うかっ!」

 

小物が叫んでいるが、ぐるぐる巻きのままだし、説得力ゼロだな。

 

「別に愚弄しているつもりはないな。事実だ」

 

「き、ききき貴様ッ!」

 

「あー、キャンキャン喚くのもうるさいけど、自分で買った怨みだし、自分で処理するか?」

 

「へ?」

 

俺の言ったセリフが理解できないのかキョトンとするバーゼル。

 

「ほほう、お主わかっておるのう。小物!ワシを魔導具で無理矢理操ってくれたのじゃ。覚悟は出来ておろうの?」

 

ベキベキ!バキボキ!と両手で拳を握り派手な音を鳴らすミーティア。

 

お前はどこぞの北斗のケンシ〇ウか。

きっとあの小物には夜空に浮かぶ北斗七星の横に浮かぶ死の星が見えるだろう。今は昼だけど。

 

 

「ひ・・・ひぃっ!」

 

 

ぐるぐる巻きのバーゼルが腰を抜かしたのか地面に転がる。

 

 

「あー、待てミーティア。少々確認したいことがある」

 

 

「む、何じゃ?お主の要望なら聞こうではないか」

 

 

イモムシの様に地面に転がっているバーゼルが顔を上げる。

 

 

「な、何だ・・・」

 

 

「お前の国、今頃グランスィード帝国に乗っ取られていると思うんだが、これからどうするね?」

 

「・・・はっ?」

 

首をコテンと傾けて、俺の言っている意味が全く分からないといった表情のバーゼル。

 

 

「お前、グランスィード帝国からサーレン王女を娶ったから、攻めてこないとでも思っていたのか?おめでたい奴だな。すでに帝国側の五つの村のほとんどはグランスィード帝国に占拠されているぞ。総勢約三万の帝国騎士団がお前の国の王都に向かっている。もうすぐ王都に到着する事だろうな」

 

 

「ははっ!ばかばかしい。俺はサーレンの夫だぞ!帝国がサーレンのいる我が国を攻めるはずがないだろう!」

 

 

おお、これほど蒙昧だと憐れむ気持ちすら薄れゆくな。かわいそうなのはコイツの国の一般市民だよな。

 

その時、バーゼルの胸元からピーピーと警報音が鳴った。

 

俺は<スライム的捕獲網(スライキャッチャー)>の一部を解除し、右手が使えるようにしてやる。

 

バーゼルが胸元から取り出したのは魔導通信機の様だった。だが、バルバロイ王国の物の様に映像は出ずに、声だけが通信できる様だ。まるで携帯電話だな。

 

 

「どうした!」

 

 

『バーゼル陛下!大変です!グランスィード帝国が裏切りました!』

 

 

「ななな!なんだとぉ!」

 

 

魔導通信機で現状を伝えられ、やっと現実を受け入れたのか顔面蒼白になるバーゼル。

 

 

『サーレン王女は、自分には人質としての価値はない、などと口走っております!短気な連中はサーレン王女の首を取って帝国に叩きつけてやる、などと憤る者も出ております!』

 

 

声がデカいからか、周りにいる人たちにも内容が聞こえている。

 

 

「それは悪手だよなぁ。サーレン王女の首なんかとったら、何といってもグランスィード帝国に大義名分が出来ちまうし」

 

 

俺がデカい声で呟いた独り言を聞いてバーゼルの顔がさらに青ざめる。

 

 

「なんだとぉ!ダメだダメだダメだ!サーレンの首なんて叩きつけたら、帝国に攻める理由をわざわざやる様なもんだ!絶対ダメだ!」

 

 

『なるほど!確かにその通りですな!さすがバーゼル陛下!早速止めてまいりますぞ!』

 

 

魔導通信機が切れる。

 

 

「まあ、止めたからと言って今のままでは王都が陥落してドラゴニア王国が乗っ取られるのは確定なんだが」

 

 

「そ、そんな!なんとか、なんとかしてくれ!」

 

 

「え?いや、なんでお前を助けてやらなきゃいかんの? 大体お前宣戦布告して戦争吹っ掛けてきた野郎だよな? 普通捕まったら打ち首じゃね?」

 

 

「なんとか!そこをなんとか!」

 

 

「いや~、普通は何ともならないだろうけどね」

 

 

振り向けばワーレンハイド国王がやって来ていた。

 

 

 

「さすがはヤーベ卿だね。まさか<古代竜(エンシェントドラゴン)>が使役されてしまうとはね」

 

 

あ、傍から見るとそんな様に見えるのかな?

 

 

「誰が使役されておるのじゃ!ワシを舐めると・・・」

 

 

文句を言いだしたミーティアに俺の頭の上の二匹が反応する。

 

目がピカリと光り、口からエネルギーが放たれる。

 

ピ――――!

 

 

 

ドーン!

 

 

 

「ぽげらぱ!」

 

 

またもプスプスと焦げて口から煙を吐く羽目になったミーティア。大人しくしていればよかったのに。

 

 

さてさて、どうしたものか・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時はしばらく遡る―――――

 

 

 

ドラゴニア王国、王都辺境の村、ランズ。

 

 

 

「ヒャッハ―――――! お前らぁ!男は殺せ!女は犯せ!いくぞぉ―――――!」

 

 

 

グランスィード帝国第二師団、「狂犬」の異名を持つ将軍ヤンバルカーンは自身の兵士たちに号令をかける。総指揮官である大元帥ゴルゴダ・ヤーンより一般市民に手を出すな、の命令を完全に無視してランズの村に襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・これで現実と認められよう」

 

 

 

ランズの村、村長は迫りくる鎧の騎士団を見つめながら、その隣にいる大きな狼が人間の言葉を喋っている現状を受け入れられずにいた。

 

 

 

「こんな・・・ことが・・・」

 

 

 

村長は思考回路が完全に停止していた。

 

 

 

「わ、私は誓います!ヤーベ様に忠誠を!」

 

 

 

一人の女性が声高らかに叫ぶ。それにつられて、他の村民たちも次々に声を上げる。

 

 

 

「お、俺もヤーベ伯爵に忠誠を誓う!」

 

「お、俺もだ!」

 

「私も!」

 

「ヤーベ伯爵バンザイ!」

 

 

 

何せ、どこからどう見ても恐ろしい騎士の格好をした者達が殺せ、犯せと村へ迫ってくるのだ。

 

藁でもなんでも縋りたいところであろう。

 

 

 

狼牙族のハンゾウと雷牙率いる部隊は、王都周辺の村で一般市民に被害が出そうなら食い止めろとヤーベより指示を受けていた。五つの村のうち、四つまでは無血占領されているが、この第二師団は女帝ノーワロディの指示を守らないだろうとハンゾウは睨んでいた。その通りの対応にハンゾウは満足そうに頷く。

 

止めろと指示を受けただけなのに、敵からの護衛を条件にヤーベ様に忠誠を誓う事、ととんでもない斜め上の条件を勝手に提示したハンゾウ。もちろんヤーベは知る由もない。

 

 

 

「そうか、お前たちがヤーベ伯爵様に忠誠を誓うのであればヤーベ伯爵領に住む住人と認められよう。ならば我らが村民を守るのは義務である。雷牙殿、存分にその爪と牙を奮って頂きたい」

 

 

 

そう告げると、自身もその姿をカスミの様に消すハンゾウ。

 

 

 

「フン・・・言われるまでも無い。お前達・・・あれは盗賊だ。盗賊は・・・殲滅せよ」

 

 

 

「「「ははっ!!」」」

 

 

 

狼牙達は一陣の風が吹くが如く消えた。

 

 

 

 

 

 

 

「ヒャッハ―――!まずはお前を頂くぜぇ!」

 

 

 

村に逃げ遅れた少女に圧し掛かり襲い掛かるヤンバルカーン。

 

 

 

だが、その背後にはすでに雷牙の姿が浮かんでいた。

 

 

 

「賊は殲滅する。貴様に兵士たる資格はない。<雷爪撃(ライトニングネイル)>」

 

 

 

ザンッ!

 

 

 

雷を纏う雷牙の前足の一撃。あっさりと首が落ちるヤンバルカーン。

 

その一撃を皮切りに次々と狩られていく賊と認定されたグランスィード帝国第二師団。

 

わずか数分後には五千の兵団に生き残っている者はいなかった。

 

 




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第231話 先読みで手を打っておこう

「ロディ、顔色が悪いわよ? 疲れてない?」

 

 

 

「あのね・・・お母さん。具合が悪くて寝ているのはお母さんの方でしょ・・・」

 

 

 

ここはグランスィード帝国の帝都コロネバ。女帝ノーワロディ・ルワブ・グランスィードの居城、ゴルゴダード城。

 

女帝ノーワロディは自身の母親を見舞いに来ていた。

 

ノーワロディの側近たちは「ノーワ様」と愛称で呼ぶこともあるが、「ロディ」の愛称で呼ぶのは自身の母親だけであった。

 

 

 

「うふふ・・・貴方は本当は優しい子なんだから・・・。女帝なんてあまり向いてないでしょ。どこかのかっこいいイケメンと結婚してご飯作ってラブラブする方が似合ってるわよ?」

 

 

 

「な!ななな・・・」

 

 

 

ノーワロディは顔を真っ赤にして慌てふためいた。

 

ノーワロディの母親は高位の魔族であったのだが、隷属の首輪をつけられ長期幽閉されていたため、その間に体調を崩してしまっていた。現状は魔力が少しずつ漏れており、体に力が入らず寝たきりに近い状態になってしまっていた。

 

 

 

「うふふ・・・そんな顔、久しぶりにみたわね」

 

 

 

嬉しそうに母親・・・魔族のアナスタシアは微笑んだ。

 

 

 

「やめてよお母さん・・・私は今やグランスィード帝国、原初の女帝ノーワロディ・ルアブ・グランスィードなのよ。そしてお母さんは今や国母、アナスタシア・ルアブ・グランスィードなんだからね!もっと偉そうにしていいのよ? 何ならこの国で一番偉いんだよ?」

 

 

 

ノーワロディは自分の母親の手を握りながら笑いかける。

 

魔力が漏れ続けているせいか、母親の手には力はなく、顔色は悪かった。

 

 

 

「ロディったら、そんなに長い名前何て言いにくいじゃない。ロディだけで充分あなたの可愛さは伝わるわよ」

 

 

 

「私をロディなんて呼んでいいのはお母さんだけよ。他の誰にもロディなんて許していないわ」

 

 

 

プイッと横を向いて頬を膨らませるノーワロディ。

 

 

 

「誰かいい人いないの? ロディって優しく呼んでもらったらいいのに」

 

 

 

「もうっ!いいの私の事は!お母さんが元気になったら考えるわ!」

 

 

 

顔を真っ赤にしながらさらに頬を膨らませる。

 

 

 

「あらあら、それじゃあ早く元気にならないとね」

 

 

 

「そうよ、お母さんが早く元気になってくれないと、私は結婚できないわ」

 

 

 

そう言いながら上半身を起こしていた母親をベッドに寝かせ、薄手の毛布を掛けた。

 

 

 

 

 

「ノーワ様!ゴルゴダ・ヤーン大元帥から緊急魔導通信が入っております!」

 

 

 

けたたましいノックとともに、廊下から大きな声で報告を告げられる。

 

 

 

「うるさい!ここをどこだと思っている!静かにしろ!」

 

 

 

そう言いながら席を立つノーワロディ。

 

 

 

「お母さんゴメンね。お仕事みたい。ちょっと行って来るわ。ゆっくり休んでね」

 

 

 

そう微笑むと部屋を出るノーワロディ。

 

 

 

「どうした、こんなところまできて大声を上げるだけの緊急性があるのだろうな?」

 

 

 

母親との貴重な時間を断ち切られて機嫌の悪いノーワロディ。

 

 

 

「ははっ!一大事にございます! 第二師団全滅!五千の兵が悉く討たれた由にございます!」

 

 

 

「なんだとっ!?」

 

 

 

ノーワロディは混乱した。ドラゴニア王国の王都には戦力らしい戦力など残っていないはずだ。王都を占領するのに、それほどの犠牲を払う必要などないはずだ。

 

 

 

「どういう事だ。それほど王都攻略に手間取ったと言うか?」

 

 

 

「恐れながら申し上げます! 未だドラゴニア王国の王都には到着しておりません。王都手前で布陣しております。その数二万五千!」

 

 

 

第二師団五千が全滅したわけだから、三万の内残りの全兵力二万五千が王都近くに集結しているのはわかる。だが、それならばなぜ王都を攻めないのか。空の王都を攻めてドラゴニア王国を占拠する絶好のチャンスのはずだ。

 

 

 

「なぜ王都を攻めない。ゴルゴダ・ヤーン大元帥は何をしている?」

 

 

 

「こちらで通信が繋がっております!」

 

 

 

そう言ってノーワロディに魔導通信機を差し出す兵士。

 

 

 

『ノーワロディ様、ゴルゴダ・ヤーンにございます』

 

 

 

「どうした、何故王都を攻めぬ。ドラゴニア王国の王都を占拠し、早く王族どもを拘束せよ!」

 

 

 

苛立つようにノーワロディは早口で撒くし立てた。

 

 

 

「かなり難しゅうございます。ドラゴニア王国の王都前にワイバーンが展開されております。その数二十。我ら装甲兵団では飛び道具も無く、ワイバーンのファイアブレスに対抗する手段も乏しい状況です。それでも突撃せよと申されるのであれば何人生き残るかはわかりませんが何とかワイバーンを撃退して見せます。我らが全滅してでも道を切り開きますので、念のため王都を占領するための後詰めを派遣ください」

 

 

 

ノーワロディは何を言われているのか即座に理解できなかった。

 

なぜ、ワイバーンが王都周りに残っているのか。バルバロイ王国攻略に向かっているのではなかったのか。

 

 

 

 

 

ちなみに、そのワイバーンたちは―――――

 

 

 

『おーい、ちゃんと並んであっちを睨むんだよ。しっかり睨んでないと、人間たちが突撃してくるかもしれないよ』

 

 

 

ヒヨコ隊長がワイバーンに言い聞かせていた。

 

 

 

『ああ、そうだったそうだった。本当にお腹一杯だから、ちょっと眠くなっちゃって』

 

 

 

『あの人間たちの兵がいなくなったらここでゴロゴロ寝ていいってさ、それまでの我慢だよ』

 

 

 

『『『はーい』』』

 

 

 

ヤーベは一度連れ去ったワイバーンを西の森で腹いっぱい魔獣狩りさせた後、再びヒヨコ隊長の統率でドラゴニア王国の王都付近まで連れ帰って来ていた。グランスィード帝国がドラゴニア王国の空になった王都を簒奪するつもりなら、ワイバーンで牽制するつもりだったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ノーワロディは素早く頭を回転させる。

 

装甲兵団ではワイバーンには分が悪い。

 

ファイアブレスで一網打尽にされかねない。

 

 

 

「情報を精査します。一次撤退しなさい。手前の村まで戻り指示を待つように」

 

 

 

『はっ!』

 

 

 

ゴルゴダ・ヤーン大元帥は一言返事を送ると魔導通信機を切った。

 

早々に撤退準備に取り掛かるだろう。好き好んでワイバーンの群れに特攻をかけたいものなどいようはずも無い。女帝ノーワロディの手前、ワイバーン殲滅も辞さずとの態度を取っていたものの、実際勝てるとは思っていなかった。

 

 

 

「くっ・・・、一体何がどうなっているの・・・」

 

 

 

ノーワロディは思い描いた計画の歯車が狂い、音を立てて崩れて行くような錯覚に襲われるのであった。

 

 




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第232話 せっかく異世界なんだからラノベのお約束張りに全力でクサイセリフを口にしよう

今回、珍しくヤーベ君が出て来ているのに三人称で書かせてもらいました。

ヤーベ君のおバカぶりを外から見て頂きたかったので(^^;)
いつもは女性の方からヤーベに迫って来る?パターンが多い中、ヤーベ君一世一代の告白?ぜひぜひご覧くださいませ!


黄昏時―――――

 

 

 

ノーワロディは自身の居城であるゴルゴダード城の三階にあるバルコニーに出ていた。

 

今日は天気が良かったせいか澄んだ青空であったが、今は太陽も大きく傾き、オレンジ色の優しい光で空に散らばった雲を照らし出していた。

 

 

 

「一体どうなっているの・・・」

 

 

 

ノーワロディは独り言ちる。

 

ゴルゴダ・ヤーンの報告を受け、近くの村まで軍を撤退させた。

 

その代わりドラゴニア王国王都とランズの村の情報を集めさせている。

 

だが、その状況はいまだにはっきりとわからぬものであった。

 

 

 

そのノーワロディを屋根から見つめる存在が。

 

 

 

『フッ・・・ヤツ・・が一人になったぞ』

 

『チャンスだな・・・。ボスを呼び寄せよう』

 

 

 

ヒヨコのサスケと狼牙のハンゾウ。隠密という特別な立場を与えられた新参者たちである。

 

サスケとハンゾウはボスであるヤーベに古参の者達を差し置いて新参者の自分たちに特別な役割を与えてくれた事をことのほか感激していた。それだけに、その恩に全力で報いねばならないとその任務に並々ならぬ執念を燃やしていた。

 

 

 

『ボス、聞こえますか?サスケです』

 

 

 

サスケはヤーベに出張用ボスを通じて連絡を取った。

 

さすがにヒヨコの魔力では国を越えてヤーベに長距離念話を飛ばすのは難しいので、出張用ボスを預かっている。

 

もちろん、出張用ボスは長距離念話のためだけではない。狩った魔物収納のために亜空間圧縮収納機能を使うためでもあり、転移の扉を開くためでもある。

 

 

 

『サスケか。どうした?』

 

 

 

『グランスィード帝国の女帝ノーワロディが一人になりました。今がチャンスです』

 

 

 

『・・・ウム、すぐに行く』

 

 

 

少しばかり緊張して声が上ずったヤーベを、珍しいこともあるものだとサスケは驚いていた。常に冷静沈着で的確な指示を出すボスも緊張する事があるのか・・・。そんな思いでボスの到着を待った。

 

 

 

「ノーワ様!情報部の一人が帰ってきました!」

 

 

 

「なに!どこだ!」

 

 

 

「こちらです!エントランスに待たせてあります!」

 

 

 

「すぐに行く!」

 

 

 

バルコニーで佇んでいたノーワロディは部下からの報告に大股で歩き出すとバルコニーを出て行ってしまった。

 

 

 

バルコニーを出て廊下を左に進み、エントランスに向かったノーワロディと入れ違うように、右手から廊下をゆっくりゆっくり歩いて来た女性がいた。

 

しばらく寝たきりで休んでいたノーワロディの母親、魔族のアナスタシアであった。

 

 

 

「ふうっ・・・ふうっ・・・」

 

 

 

廊下に手を付きながらゆっくりと歩いてくるアナスタシア。

 

 

 

「ずっと寝たきりだったから・・・足の筋肉が言う事を聞かないわね・・・」

 

 

 

独り言ちながらバルコニーに辿り着き、その夕日を全身に浴びる。

 

 

 

「なんて綺麗・・・」

 

 

 

「ですが、その美しい夕日も貴女の美しさの前には単なる引き立て役に成り下がる」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

誰もいないと思っていたバルコニーの端から声がしたのでそちらに振り向くと、そこには男の姿があった。

 

夕日を見つめていたアナスタシアに声を掛けた者。そう、我らがヤーベであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ノーワロディが一人きりになるタイミングがあったら呼んでくれ』

 

『了解しました!』

 

 

 

元々サスケにそんな指示を出していたヤーベ。

 

狙いはドラゴニア王国の解放にあった。

 

戦争などしたくないので、とりあえず元の状態に戻しませんか?と交渉するつもりであった。

 

 

 

そのため、サスケの呼び出しのタイミングで意気揚々とやって来たのだ。

 

「女帝」と聞いたため、意味不明にテンションを上げて。

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あの・・・どちら様でしょうか?」

 

 

 

「見てごらん? 夕日も貴女の美しさに照れてしまって・・・ほら、こんなに赤くなっている」

 

 

 

ゆっくり歩み寄りながら夕日を指さすヤーベ。クサイ。クサすぎる。

 

 

 

「ふえっ!?」

 

 

 

アナスタシアのそばまで歩み寄ったヤーベはアナスタシアの肩を抱いた。

 

アナスタシアはまだ足腰が弱く、急には動けず、あっさりヤーベの腕の中に納まってしまった。

 

 

 

「貴女は美しい・・・。黄昏の光を浴びてオレンジ色に輝く金髪はまるで女神のようだ。その瞳も黄昏の光を湛えて琥珀のような柔らかい光を放っている。ああ、その目に僕は吸い込まれそうだ」

 

 

 

右手でアナスタシアの肩を抱いたまま仰々しく左手を動かし、オーバーにそんなセリフを吐くヤーベ。

 

 

 

「はわわわわ・・・」

 

 

 

顔を真っ赤にしてあわあわするアナスタシア。

 

何せ十代半ばと言う若さでガンダレスに捕らわれてしまい、その後十四年もの間幽閉されていたのだ。現在三十代前半とはいえ、男に対する免疫はゼロである。なにせ男の経験はガンダレスしかなく、今まではガンダレスから人形でも相手にするかのようなひどい扱いを受けてきたアナスタシアである。そんな心に大きな傷を負った少女のようなアナスタシアは初めて異性に褒めちぎられ優しくされてしまった。

 

 

 

下劣で粗野なガンダレスなどとは違って、気品?があり、優しい笑みを浮かべて魔法?のような言霊を紡ぎ出し、自分を褒めちぎってくれる存在。

 

そう!今まで一度も女として優しくされたことの無い魔族の姫は初めて女として優しくされてしまったのである!

 

 

 

娘のノーワロディが自分に優しくしてくれるのは「家族」の愛である。

 

それはアナスタシアにもよく理解できた。

 

だが、この男からは発せられる優しさは「家族の愛」とは違っていた。

 

いつも無理矢理乱暴に扱われ、人形の様に心を閉ざしていたアナスタシア。そんな地獄から解放してくれた娘に愛される日々にやっと心の安らぎを取り戻し始めた今、新たな感情がアナスタシアに押し寄せて来ていた。

 

 

 

 

 

 

 

微笑みながらヤーベは思った。

 

 

 

(女帝さん、フィレオンティーナに勝るとも劣らないほどの爆乳の持ち主さんではないか! この華奢な腰つきに対して似合わない胸!世界七大ミステリーの一つに違いない!)

 

 

 

そんな事を心の中で考えていたヤーベ。サイテーである。そして、残り六つのミステリーについては謎のままである。

 

 

 

「そんな美しい貴女に戦争なんて似合わない。そう、夕日さんもそう言っていると思いませんか。ほら、こんなに優しく温かい」

 

 

 

そう言って右肩を抱いたまま左手でアナスタシアの右手を取り、手を握る。自分の手のひらの体温を伝えて温かさを優しさに変換、心まで温めようと言うヤーベの作戦であった。

 

ちなみにスライムであるヤーベに体温はない。

 

イリーナ曰く、ひんやりして気持ちいい、らしいので、ここは魔力ぐるぐるエネルギーでスライム細胞を活性化。体と手のひらの温度を少し上げて温かさを演出している。無駄にスライム細胞の扱いがうまくなっているヤーベであった。

 

 

 

「あ、あのっ!そ・・・そのっ・・・え?戦争」

 

 

 

褒められていたアナスタシアはテレテレのまま急に「戦争」の単語にキョトンとした。

 

 

 

「ええ・・・、戦争なんてしてたら、心が殺伐として貴女の美しさが失われてしまう・・・。そんなこと僕には耐えられない。僕は貴女ともっと仲良くなりたい。(友達として)付き合っていけたら、(両国にとって)素敵な関係になれると思うのです」

 

 

 

全力の「ニコッ☆キラリン」(何故か歯の一本が夕日を反射して光る演出付き:もちろん魔力ぐるぐるエネルギーによる)でセリフを紡ぐヤーベ。

 

 

 

「ええっ!? もっと仲良く・・・(恋人、いつか夫婦として)付き合って行けたら・・・、(二人にとって)素敵な関係に・・・」

 

 

 

顔をゆでだこの如く真っ赤にして今にも頭からシュ~~~~と煙が噴き出そうなアナスタシア。今、この瞬間、アナスタシアは魔族でもなく、国母でもなく、母親でもなく、正しく一人の少女であった。そう、例え三十を過ぎていたとしても。

 

 

 

「ん?」

 

 

 

自分にチートがない事はわかっているものの、せっかく異世界に来たのだから、一度はラノベのチート鬼モテ主人公キャラを地で行くかの如くゲキクサのセリフで女性に迫ってみようと気合を入れてきた(一応平和のためにという理由あり)ヤーベであったが、アナスタシアの体調がおかしい事に気が付く。

 

 

 

つないでいた左手を離すヤーベ。

 

 

 

「あっ・・・」

 

 

 

急に失われるぬくもりにとても切なさを感じてしまったアナスタシアは、とても寂しそうな声を上げてしまう。だが、次の瞬間、

 

 

 

「ふぁっ!?」

 

 

 

その左手のひらを自分のおでこに当てられたアナスタシア。

 

余りの驚きに声が裏返ってしまった。

 

そしてヤーベの顔がアナスタシアの顔に近づく。

 

 

 

「~~~~~!」

 

 

 

「ん~~~、微熱があるね。それに魔力が体中から霧散するように少しずつ漏れ続けているね」

 

 

 

今度は驚愕の表情を浮かべるアナスタシア。

 

一目で自分の状態を見破られたことに驚きを禁じ得ない。

 

 

 

「ねえ、こんな症状何か知ってる?」

 

 

 

急に虚空ヘ話しかけた男を、どうしたのかと見つめるアナスタシア。

 

次の瞬間、

 

 

 

「珍しい症状ですわねー」

 

「僕は見たことあるよ」

 

「あーら、かわいいお嬢さんね~」

 

「ヤーベ、また女性を口説いているのか?」

 

「ははっ!キミはいつも規格外だな」

 

「魔力回路が痛んでいます・・・」

 

 

 

風の精霊シルフィー、水の精霊ウィンティア、土の精霊ベルヒア、炎の精霊フレイア、光の精霊ライティール、闇の精霊ダータレラ。まさかの六大精霊顕現にさしものアナスタシアも驚き過ぎて声が出ない。

 

 

 

「どうやったら治るかな?」

 

 

 

「どうやら魔力回路の損傷による魔力欠乏症のようですわね・・・。衰弱して魔力回路が異常を来しているようです。ヤーベ様はご自身の魔力が膨大ですから、虚弱した彼女の魔力回路を強引にこじ開けるように魔力を流し込めば体調が改善できるはずですわ」

 

 

 

闇の精霊ダータレラが対処方法を語る。

 

 

 

「なるほど・・・こうかな?ちょっと失礼」

 

 

 

そう言ってヤーベはアナスタシアの両肩を掴むと、自身の魔力ぐるぐるエネルギーを流し込んでみる。

 

 

 

「ふあうっ!?」

 

 

 

余りの感触に体をビクリと震わせる。

 

 

 

「肩周りにヤーベ様の魔力が入り込みましたね・・・。全身を回る様に魔力を流し込めば体調が完全に回復するでしょう」

 

 

 

「やってみよう」

 

 

 

闇の精霊ダータレラの説明に頷くヤーベ。

 

 

 

「ぜ、ぜぜぜ全身!?」

 

 

 

全身と聞いて体を震わせるアナスタシア。この男に触れられた肩の部分がじんわり熱くなって心地よくなったと思ったら、一気に体の中に魔力が入り込んできて体の中を掃除してくれるような気持ちよさが伝わって来た。これが全身ともなると逆に恐ろしい気持ちになってしまう。

 

 

 

「さあ、魔力を注ぎ込むよ」

 

 

 

「い、いや・・・わたくし、怖い・・・」

 

 

 

ヤーベの腕の中で身を捩らせるアナスタシア。捩らせるだけで、ヤーベの腕の中から逃げようとはしない。

 

 

 

「大丈夫だよ。さあ、僕に身を任せて・・・」

 

 

 

またも全力の「ニコッ!」を発動させるヤーベ。

 

アナスタシアはこわばらせていた体の力が抜けて行くのを感じた。

 

 

 

「や、優しくしてください・・・」

 

 

 

涙目のアナスタシアはヤーベの腕の中から上目使いにそう言った。

 

 

 

「もちろんだよ・・・」

 

 

 

「あの、お名前を・・・お名前をお教えいただけますか?」

 

 

 

「僕はヤーベと言います、美しい女帝さん」

 

 

 

女帝と言われて一瞬「?」となるアナスタシアだが、目の前の素敵な男の名前が「ヤーベ」と判明したことに比べれば些細な事であった。

 

 

 

「さあ、行くよ?」

 

 

 

そう言って魔力を流し込んで行くヤーベ。

 

 

 

「ふあっ!あ、あつい! ヤーベさんのあついのが、私の中に、入ってきますぅ!」

 

 

 

とんでもない表現をするアナスタシアにヤーベの表情は引き攣るが途中でやめるわけにはいかない。ぐっと魔力を込める。

 

 

 

「あ、ああ・・・! どんどん、ヤーベさんの・・・(魔力が)私の中で大きくなっていきます!」

 

 

 

魔力を流し込んでいるので絶対量は多くなっているのだが、大きくなっているわけではない。

 

 

 

「もう少しだ・・・もう少しで(全体に魔力が回り切る!)」

 

 

 

魔力を送り込む手に力をかけるヤーベ。

 

 

 

「ああ!もっと!もっとヤーベさんの(魔力)がわたくしの中に入ってくりゅうぅぅぅぅ!あついよぉぉぉぉぉ!」

 

 

 

もはやろれつも回らない勢いで絶叫するアナスタシア。

 

そして魔力を全身に流し切って回路が繋がり、自己魔力循環がつながったアナスタシアは、急に魔力循環が回復したためか、体に負荷がかかり・・・

 

 

 

「きゅう・・・」

 

 

 

と気絶してぐったりしてしまった。

 

急にヤーベの腕の中でカクンと体を折るアナスタシア。

 

 

 

 

 

 

 

『・・・どうするサスケ?』

 

 

 

屋根の上で事の流れを一部始終見ていた狼牙のハンゾウは汗をダラダラと流しながら頭の上のサスケに聞いた。

 

 

 

『・・・今更人違いなどと、どうして言えようか・・・』

 

 

 

こちらも汗をダラダラと流すヒヨコのサスケ。

 

 

 

そう、ノーワロディが一人でバルコニーに出たところを見計らって出張用ボスを使った長距離念話でヤーベを呼び出したまでは良かったのだが、ヤーベが現れるまでのタイムラグの間に、ノーワロディが移動してしまい、入れ違いにまさかノーワロディの母親であるアナスタシアが同じ場所に現れるとは神でも気づかぬ偶然であろう。

 

 

 

「何!今の絶叫みたいな悲鳴は!?」

 

 

 

そこへノーワロディがバルコニーに駆け込んできた。

 

目に映る光景は怪しい男が自分の母親を腕に抱いているシーン。

 

しかも母親は男の腕の中でぐったりして気を失っているようだ。

 

その状況から推測される結論は、ただ一つ。

 

 

 

「貴様!我が母を誘拐するつもりか!」

 

 

 

眉を吊り上げ、右手の人差し指をビシッ!と突き付けるノーワロディ。

 

まさか自分の母親がバルコニーで口説かれているとは想定外のさらに外であろう。

 

 

 

「へっ・・・誰?」

 

 

 

突然現れた美少女に、首を傾げるヤーベ。女帝に娘がいるなんて情報無かったんだけど・・・などと頭を捻っている。何気に呑気な男であった。




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第233話 思いの丈を伝えよう

俺は腕の中にいる美女を見つめる。

 

 

 

「我が母?」

 

 

 

思わず首をコテンと傾げてしまう。

 

 

 

見つめられて照れたのか美女が顔を背ける。かわゆし。

 

 

 

「・・・子持ちの女ではダメでしょうか・・・?」

 

 

 

いつの間にか目を覚ました美女はちょっと目をウルウルさせて見つめて来た。

 

 

 

「いや、全然問題ないですよ。ウン、ダイジョブダイジョブ」

 

 

 

慌てて問題なしと伝える。

 

ちょっとホッとしたようだ。よかった。

 

 

 

「貴様!さっさと母上から離れろ!馴れ馴れしい!」

 

 

 

美人の娘さんが俺に指を突き付け、怒鳴り散らす。

 

 

 

「ロディ、大丈夫ですよ? ヤーベさんはとても紳士な方ですから」

 

 

 

ちょっと頬を赤らめて俺を擁護してくれる美女。というか、この美女が『原初の女帝』と言われているノーワロディさんでいいんだよね?

 

 

 

「お母さん何言ってるの! ここに現れただけでもう怪しい奴決定なんだから! 騙されないで!」

 

 

 

ぷんすか怒る娘さん。

 

現れただけで怪しいとか、冷たいじゃないか。もっと大人のトークを楽しんでもらいたいものだね。

 

 

 

その内、娘さんだけでなく、兵士たちも集まって来る。

 

ヤベ、囲まれちまったい。どうしよう?

 

 

 

「・・・そう言えばヤーベ様はどちらからお越しになられたのですか?」

 

 

 

「・・・空から。貴女に会うために」

 

 

 

再び目力込めて微笑もう、キラリン。

 

 

 

「まあ・・・」

 

 

 

再び照れる美女。

 

 

 

「ちょっとお母さん!何騙されてるの!どう考えたってそいつは敵よ!アンタどこの国の間者よ!白状なさい!」

 

 

 

「間者なのですか?」

 

 

 

娘の糾弾に美女が問いかける。

 

 

 

「いやいや、俺は間者なんかじゃないですよ。堂々と女帝たる貴女に会いに来ただけです」

 

 

 

胸を張って堂々と答える俺。

 

 

 

「・・・女帝に会いに・・・」

 

 

 

美女の目が悲しげに揺れる。ハレ?どうして?

 

 

 

「・・・私がグランスィード帝国の女帝ノーワロディ・ルアブ・グランスィードよ。アンタが腕に抱いてるのは私の母親のアナスタシア・ルアブ・グランスィードよ!」

 

 

 

怒り心頭の娘が叫ぶ。

 

 

 

「・・・ええ―――――!!」

 

 

 

え?え?え? ソッチが女帝!? この人母親!? 若すぎね? どう見ても二十歳前後なんだけど? よく見ればちょっと耳尖ってる? エルフですかエルフなんですか??

 

てか、母親口説きまくってたわけですか? そりゃ娘はキレるわな!

 

 

「・・・本来は・・・娘に用があって見えられたのですね・・・娘と間違って私に声を掛けられたのですね・・・そうですよね、私のような年増な子持ちにこんなに優しくしてもらったり素敵な言葉をかけてくれたりするはずがないですよね・・・」

 

 

 

そう言って俯いてしまう美女。そしてすっと顔を上げると、目には溢れんばかりの涙が!

 

ああ、ヤバイ!決壊寸前だ!

 

 

 

「ち、違う!違うんだアナスタシア!」

 

 

 

俺は娘が呼んだ名前を口にした。

 

名を呼ばれて驚くアナスタシア。

 

 

 

「確かにきっかけは女帝の娘さんと間違えた事かもしれない。だけど、声を掛けた後、君を見て口にした言葉は紛れもない、君自身を想って言った気持ちだ。その気持ちには嘘偽りなどない!」

 

 

 

右肩を抱いたまま、左手でアナスタシアの右手首を掴み、グッと引き寄せる。

 

 

 

「俺は来週末に結婚を控えている。奥さんになる人も複数いる。だけど、今、君に出会ってしまったんだ!君を見て想った気持ちに嘘などない!君が女帝かどうかなんて関係ない!君は外でもない!君なんだ!」

 

 

 

そう言ってギュッと抱きしめキスをする。

 

 

 

「んっ・・・んん・・・」

 

 

 

くぐもった声を漏らすアナスタシア。

 

 

 

「ちょ、ちょっとぉぉぉぉぉ!! 何やってんのよ! ぶっ殺すわよっ!!」

 

 

 

娘である女帝ノーワロディが暴れ出す。

 

兵士たちが槍を構える。その後ろにはローブを着た魔法使いらしき連中も集まって来た。

 

 

 

もはや勢いだけでなんかサイテーな事言ってる気もするが・・・。

 

だが、人違いだったとはいえ、アナスタシアに伝えた気持ちに嘘はない。なんならそこにいるノーワロディより全然いい女だ!

 

・・・だから何だと言われれば返す言葉も無いが。元は女帝と仲良くなって戦争回避が目的だったのに、その母親に言い寄って娘である女帝にキレられるという本末転倒な状態。ヘタすりゃ、俺のせいで戦争勃発にもなりかねない状況だ。

 

 

 

俺はバサリと翼を広げる。夕日に照らされて薄いグリーンのはずの翼は金色に輝いて見えた。カッコつけてはいるが、三十六計逃げるに如かず!だ。トンズラしよう。

 

 

 

「つ・・・翼?」

 

 

 

アナスタシアが驚いた表情を浮かべる。

 

 

 

「ば、ばかな・・・翼だと・・・」

 

 

 

驚愕の表情を浮かべる女帝ノーワロディ。なんだ、やっぱり翼は珍しいか?

 

 

 

「ま・・・魔王だ!魔王が魔族の姫アナスタシア様を取り返しに来たんだ!」

 

 

 

誰かが俺を見て魔王だと叫ぶ。

 

 

 

「「ま、魔王だと!?」」

 

 

 

何故か俺とノーワロディがハモッてしまう。

 

アナスタシアは信じられないようなモノでも見るような目で俺を見つめた。

 

 

 

「魔族・・・!?」

 

 

 

だが、アナスタシアは呟くと少し首を傾げて微笑んだ。

 

 

 

「貴方が、魔族であっても無くても・・・私には関係ありません。貴方の言葉が嘘偽りない物だと感じる事が出来ました。それだけでわたくしは幸せです」

 

 

 

そっと俺の胸に手を添えて頬を赤く染めるアナスタシア。沈みかけた夕日に照らされ、幻想的な美しさを醸し出す。

 

 

 

俺はそっとアナスタシアの頬に左手を当てる。アナスタシアはその手に両手をかぶせる様にして触れてきた。

 

 

 

「きっと、また会いに来る。約束だ」

 

 

 

アナスタシアの目を見つめて、俺は伝える。

 

 

 

「ずっと、お待ちしております」

 

 

 

アナスタシアは目を潤ませながらも笑顔を見せてくれた。

 

 

 

バサリッ!

 

 

 

翼を羽ばたかせ、宙に浮かぶ俺。

 

 

 

「アナスタシア、次会う時まで壮健なれ!」

 

 

 

カッコつけて飛び去ろうとしたのだが、そうは問屋が卸さんと兵士たちが攻撃を仕掛けてきた。

 

 

 

「アナスタシア様より離れたぞ!今だ!」

 

「魔王を倒せ!」

 

「アナスタシア様を守れ!」

 

「魔王にアナスタシア様を奪わせるな!」

 

 

 

口々に俺を魔王魔王と罵りながら、<炎の矢(ファイアロー)>を放ってくる。

 

俺は両腕で迫って来る<炎の矢(ファイアロー)>をペしぺしと叩き落とす。

 

 

 

「はっはっは、また会おう!」

 

 

 

そう言って翻って帰ろうとした俺の目に映ったもの、それは、ノーワロディの頭上に浮かぶ超巨大な火球であった。

 

 

 

「逃がすかッ!魔王!これで死ねぇぇぇぇ!!」

 

 

 

「げええっ!?」

 

 

 

さっきの<炎の矢(ファイアロー)>がかめ〇め波だとすれば、ノーワロディが放とうとしている<火球(ファイアボール)>は超かめ〇め波くらいある!

 

 

 

「くらえっっっ!!<火球(ファイアボール)>!!」

 

 

 

ドゴオッ!

 

 

 

「うっぎゃぁぁぁぁ!!」

 

 

 

ド――――――――――ン!!

 

 

 

火球(ファイアボール)>の勢いに押されて吹き飛ばされる俺。

 

 

 

「また会おうぅぅぅぅぅぅ~~~~」

 

 

 

ドップラー効果の聞いた叫び声を上げながら俺は遠ざかって行った。

 

 

 

「死ね!魔王!」

 

 

 

女帝ノーワロディは遠ざかる俺に全力で悪態を吐いていた。

 

 

 

「ああ、ヤーベ様・・・」

 

 

 

アナスタシアはちょっとだけ心配そうに俺の名を呟いていた。心配されたのはちょっとだけだったようだ。それだけ俺の実力を信頼されていると思う事にしよう。

 

俺は飛ばされながらそう考えた。




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第234話 新たな抗争の勃発を暖かく見守ろう

ヤーベがアナスタシアを口説いてノーワロディの<火球(ファイアボール)>に吹っ飛ばされていた頃―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここがヤーベの奴が住んでいる屋敷かえ?なかなかじゃの」

 

 

 

「あ―――――!ライバルでしゅ!ライバルが現れたでしゅ!」

 

 

 

リーナがアホ毛をピーンと立てて腕をブンブン振って指さす。

 

その先にはヤーベが「とりあえず客人」として屋敷に連れて来ていた<古代竜(エンシェントドラゴン)>ミーティアの姿があった。

 

 

 

「なんじゃ?このお子様は?」

 

 

 

「ふおおっ!ライバルでしゅ! ライバルなのでしゅ!」

 

 

 

両腕をぐるぐる回して暴れるリーナ。こんな反応のリーナは珍しかった。

 

 

 

「どうしたリーナ?何がライバルなんだ? 大体、この子供はとりあえず客人としてヤーベが連れてきたのだろう?」

 

 

 

「ライバルなのでしゅ!ご主人しゃまは渡さないのでしゅ!」

 

 

 

両腕をぐるぐるパンチの要領で振り回しミーティアに突撃しようとするリーナをとりあえず止めるフィレオンティーナ。

 

 

 

「何を言っとるか、この小娘は?」

 

 

 

「にゅ~~~! ライバルも小娘こむしゅめなのでしゅ!」

 

 

 

「はっはっは、ワシは<古代竜(エンシェントドラゴン)>じゃぞ? この姿は仮初の物。実際には千年以上生きておるわ」

 

 

 

からからと笑うミーティア。

 

 

 

「え~~~、そうなの?じゃあすごい素材が取れるって事だよね?よね?」

 

 

 

目を爛々と輝かせ見つめてきたのは錬金術師のサリーナであった。なぜかすでに黄金の錬金釜を手に持って撫でながらの登場であった。

 

 

 

「おわっ!何じゃこの娘っ子は!?」

 

 

 

「その娘はサリーナだ。私たちはみんなヤーベの妻になるのだが・・・、サリーナは一応第五奥様になるのか?」

 

 

 

「だから第五夫人だよ、イリーナちゃん」

 

 

 

イリーナの説明にルシーナが突っ込む。

 

 

 

「む・・・? もしかしてそちらも皆ヤーベの奥方になるのか・・・?」

 

 

 

「うむ、そうだ。私が第一奥様・・・じゃなかった、第一夫人・・・でもないな。カッシーナが来ると私は対外的に第二夫人と説明せねばならんのか」

 

 

 

「微妙に言葉尻にトゲがあるよ、イリーナちゃん」

 

 

 

ルシーナがイリーナを嗜める。カッシーナ自身は遠慮しているが、対外的にバルバロイ王国の第二王女を娶っておいて、第五夫人です、などと言えばとんでもないことになってしまう。大体来週末に予定されている結婚式もヤーベとカッシーナ王女が主役であり、イリーナたちは良くて後ろに並んでパレードに参加できるくらいだろう。

 

 

 

「むう・・・、ヤーベは番をたくさん連れておるのか・・・雄として優秀と言う事じゃな」

 

 

 

ミーティアが腕を組み、考える様に言う。

 

 

 

「ご主人しゃまは優秀でしゅが、ライバルには渡さないのでしゅ!」

 

 

 

今にもミーティアに襲い掛かりそうな勢いのリーナを後ろから羽交い絞め・・・というか抱っこするフィレオンティーナ。

 

フィレオンティーナはミーティアが幼女になる前の<古代竜(エンシェントドラゴン)>の姿を見ているため、まだあまりミーティアに突っ込む気にはなれなかった。

 

 

 

「リーナよ、ミーティアをライバルライバルと連呼しているが、何がライバルなのだ?」

 

 

 

イリーナが首を傾げる。

 

 

 

「うーん、そうだね~」

 

 

 

そう言ってルシーナがミーティアとリーナを並ばせる。

 

ほとんど同じ身長だが、僅かにミーティアの頭に生える短い角がリーナの身長を上回った。

 

 

 

「みゅ~~~~!」

 

「ぬうっふっふっふ。おこちゃまの身長を上回ったようじゃの!」

 

 

 

負けたリーナが目を(><)な感じにして悔しがる。

 

怪しい笑いで勝ち誇るミーティア。

 

 

 

「ご主人しゃまには身長よりおっぱいなのでしゅ!フィレオンティーナおねーしゃまを見る目がエッチだから間違いないのでしゅ!」

 

 

 

そう言って自分の胸?というか胸板を両手でワシワシする。

 

とりあえずツルペタな状態を少しでも大きくしようとしているのか。

 

そして何気にこの場にいないヤーベの性癖がリーナによって暴露されると言う悲劇も勃発した。

 

 

 

ジトッとした目でフィレオンティーナを見るイリーナ、ルシーナ、サリーナの三人。

 

フィレオンティーナはちょっと頬を赤く染めて恥じらうが、何故か顔の半分でドヤ感を出しているようにも見えた。

 

 

 

「ぬうっ!胸だって小娘よりはワシの方があるのじゃ!」

 

 

 

そう言ってミーティアも胸?というか胸板を両手でムギュムギュする。

 

リーナとミーティアが競って自分の胸?というか胸板を両手でムギュムギュしているのを見て、何となく微笑ましいものを感じてしまう一同。

 

だが、そちら系の御方がこの場に居れば泣いて喜ぶ垂涎の状況であろうことは間違いないであろう。ここにそちら系の御方は元より男性がいなかったのは僥倖であった。

 

 

 

「きっとその内にご主人しゃまのベッドに潜り込んでご主人しゃまと一緒に寝たり、抱きついてしゅりしゅりしたり、お布団の中でご主人しゃまの匂いをクンクンしたりするようになるでしゅ!」

 

 

 

左手を腰に当て、肩幅ほどに足を開き、右手をまっすぐ伸ばしドーンと人差し指でミーティアを指さす。

 

 

 

「な、なんじゃとう! そのようなハ、ハレンチなこと・・・!」

 

 

 

以外に純情な反応を見せる<古代竜(エンシェントドラゴン)>のミーティア。

 

そして何気に普段のリーナ自身の行動が自身で暴露される。

 

 

 

「な、なんだと・・・!?」

 

「リーナ、恐ろしい子・・・」

 

「リーナちゃん、ちょっと後でおねーさんと話そ?」

 

「リーナさん、旦那様のベッドに潜り込むタイミングについて一つご教授を・・・」

 

 

 

イリーナ、ルシーナ、サリーナ、フィレオンティーナがそれぞれリーナを見つめる。

 

 

 

「ふえっ!?」

 

 

 

リーナにとって今までイリーナたちは「おねーさん」であり、完全な味方の認識であった。そこへ自分と同じ体つきのミーティアが来たのでヤーベを狙うライバルが現れたと焦ったわけだが、実はそれほどヤーベとラブラブ出来ていないイリーナ達奥さんズの面々は、リーナがヤーベと寝ている事は知っていても、まさかギュウギュウ抱きついたりスリスリしていたりクンクンしていたりしているとは思っていなかったのだ。何なら自分たちよりもヤーベとラブラブしているのでは!?と気づいてしまったと言える。

 

 

 

ミーティアの登場により混沌とする奥さんズの面々であった。

 

 




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第235話 とりあえず失態は土下座で凌ぎ切ろう

 

俺は今、激しく土下座していた。

 

なぜかというと―――――

 

 

 

「ヤーベ様の鈍感スケコマシ!天然タラシマン!」

 

 

 

カッシーナが泣きながら俺を糾弾しているからだ。

 

ちなみにここはバルバロイ王国王都バーロンの王城大会議室。

 

子爵以上の中・上級貴族が面子をそろえ、ドラゴニア王国との戦争、及びその裏で糸を引いているであろうグランスィード帝国への対応について検討するために会議を行っている。そのさなか、俺は華麗に土下座を決め、カッシーナの激怒をやり過ごそうとしているのだ。

 

 

 

俺はドラゴニア王国のワイバーンによる飛竜隊及び切り札である<古代竜(エンシェントドラゴン)>のミーティアを無力化し、ドラゴニア王国国王バーゼルを捕らえ、王国の危機を救った。

 

その時、グランスィード帝国は空になったドラゴニア王国の簒奪を企んでいたため、ドラゴニア王国の王都を守るために手を打った俺はドラゴニア王国の王都を守り切り、グランスィード帝国へ乗り込んだ。目的はグランスィード帝国の「原初の女帝」ノーワロディ・ルアブ・グランスィードとこっそり面会し、仲良くなって戦争なんてやめようよ、と説得するためだった。

 

 

 

だが、この作戦は脆くも破綻した。

 

なぜなら、仲良くなろうと声を掛けた女性は女帝ノーワロディの母親であるアナスタシアであり、そのことで女帝ノーワロディの怒りを買ってしまったからだ。

 

 

 

ちなみに、今俺が土下座しているこの会議場で行われている会議は朝一番の時間から始まった。そのため、俺も早朝屋敷から出立してきたが、昨日屋敷に帰宅したのは夜、日が落ちてからだった。

 

 

 

俺は昨日夕日が落ちた後、燃え盛る<火球(ファイアボール)>の炎を消すと、森の奥深くに着地した。立ち上がる俺の目の前には地面にめり込まんばかりの勢いで土下座するヒヨコのサスケと狼牙のハンゾウがいた。

 

 

 

『ボス!此度の失態申し開きもございません!』

 

『処罰はいかようにもお受けいたします!』

 

 

 

たぶん、俺を呼んだタイミングでノーワロディが移動してしまい、代わりに母親のアナスタシアが来てしまったために俺が勘違いしてしまった・・・ということだろう。

 

 

 

『そのせいでボスの計画が・・・』

 

『面目次第もございませぬ!』

 

 

 

土下座したまま落ち込むサスケとハンゾウ。

 

 

 

「かまわん。俺もお前たちにノーワロディの容姿を詳しく聞くという手間を怠ったのだ」

 

 

 

『ですがっ!』

 

『しかしっ!』

 

 

 

あくまでも自分たちの失態だと主張するつもりのようだ。

 

サスケにハンゾウはどうも思い込みが激しいな。もっと気楽にやってくれていいのに。

 

 

 

「それに、逆にラッキーだったかもしれん」

 

 

 

『ど、どういうことでしょう・・・?』

 

 

 

ハンゾウが顔を上げて首を捻る。

 

 

 

「あそこでアナスタシアが来なければ俺はアナスタシアがどんな人物か知ることはできなかっただろう。結果として今回はアナスタシアという人物を知ることが出来た。そして当初の目的だった女帝ノーワロディの人物像も見ることが出来た。これはラッキーと捉えていい。戦争を止める、ドラゴニア王国の解放を考えればうまくいかなかったわけだが、俺個人としては大変な成果があった。逆によくやってくれたと褒めたいくらいだ」

 

 

 

尤も、女帝ノーワロディに凄まじくキレられ、怒り心頭になってしまったのは凄まじくマイナスなのだが。後、ワーレンハイド国王からは怒られるだろう。帝国ともめるとは何てことを、みたいな感じで。

 

 

 

『『ボスッ・・・!!』』

 

 

 

「それより、これからの事を考えろ。この先どんどん情報は大事になる。俺たちの命綱と言っても過言ではない。その重責を俺はお前たちに任せている。クヨクヨ悩んだり落ち込んでいるヒマなぞないぞ?」

 

 

 

『『・・・ははっ!!』』

 

 

 

なんだかやたらと感動しているサスケとハンゾウ。

 

これで俺がアナスタシアがめっちゃ好みだったらから許す、とか言ったら俺を見限るだろうか?

 

まあいい、とにかく自分の屋敷に帰るとしよう。あまりもたもたしすぎるとグランスィード帝国の追手がここまで来ないとも限らんしな。

 

 

 

「ドラゴニア王国の王都前に展開しているワイバーンたちはヒヨコ隊長に任せて、お前たちはこのグランスィード帝国の内情を探れ。特に女帝ノーワロディと母親のアナスタシア、それからその取り巻き連中だな」

 

 

 

『『ははっ!』』

 

 

 

ゆらりとサスケとハンゾウが消える。本気ですごい奴らだと思う。

 

 

 

「さて、俺も屋敷に帰るか」

 

 

 

そんなわけでいそいそと「転移の扉」を開き、自身の屋敷に移動する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

 

 

誰もいない執務室。執務室には俺の許可なく入ってはいけないと通達してある。メイドたちの掃除も遠慮してもらっているのだ。なんたって、急に俺が転移してきたらびっくりするだろうからね。執務室の掃除は俺が屋敷にいる時だけ許可を出している。

 

そんな誰もいない執務室に転移で帰って来た俺は、廊下へ出る。

 

 

 

ガチャリ

 

 

 

「ふおおっ! ご主人だば―――――!!」

 

 

 

なぜかギャン泣きしているリーナが廊下を出て0.01秒後にトツゲキしてきた。

 

俺の腰にがっちりと抱き着いて顔をわき腹に埋めている。どした?

 

 

 

「どうしたリーナ?ホットケーキが我慢できなかったのか?」

 

 

 

「ふえっ!? ご主人しゃまのホットケーキ・・・ふおおっ!食べたいでしゅ~~~~!」

 

 

 

すっかり泣き止んで笑顔になるリーナ。

 

 

 

「ホットケーキは私も食べたいが、まずは夕食が先だぞ、ヤーベ、リーナ」

 

 

 

見ればイリーナたちも廊下に集まっていた。

 

 

 

「おかえり、ヤーベ」

 

「ただいま、イリーナ」

 

 

 

その後ろにはルシーナやフィレオンティーナの姿もある。

 

 

 

「それはそうと、リーナはなぜ泣いていたんだ?」

 

 

 

俺は疑問を口にする。

 

 

 

「そうでしゅ!ライバルでしゅ!ライバルが現れたのでしゅ!」

 

 

 

ぎゅうぎゅうと俺に抱き着いてライバルが、と訴えかけるリーナ。ライバルってなんだ?

 

 

 

「おお、帰ったのか、主殿」

 

 

 

廊下の先から姿を見せたのは<古代竜(エンシェントドラゴン)>のミーティアであった。

 

 

 

「主殿、やっと戻ったか。ワシが由緒ある<古代竜(エンシェントドラゴン)>だと家族の者たちに説明せなんだのか? そこのおこちゃまなど、ワシをライバルライバルと呼んで構ってきよる。まあ、可愛いといえば可愛いがの」

 

 

 

なぜか腕を組み、無い胸を反らしてドヤ顔で説明するミーティア。

 

 

 

「とりあえずお前が竜に戻らなければ問題ないだろう。それとも、まさか俺の屋敷で竜の姿に戻って暴れたりするつもりか?」

 

 

 

ジロッと睨みを利かす俺。

 

 

 

「ないっ!そんな事絶対思ってないのじゃ!」

 

 

 

首をぶんぶんと振って大げさに否定するミーティア。

 

 

 

「キュキュ―――――!」

 

「ズゴズゴ―――――!」

 

「わわっ!」

 

 

 

見れば今までミノ娘のチェーダに抱かれていたのか、その腕から飛び出し俺の方へ飛んで来る神獣のジョージとジンベー。神獣に適当な名前を付けてしまっていいのかと考えたのだが、当人たちが喜んでいそうなので深く考えないことにしている。

 

 

 

俺の頭に鎮座してミーティアに向かい直すジョージとジンベー。

 

 

 

「キュキュ!」

 

「ズゴズゴ!」

 

 

 

「わ、わかっておるのじゃ!主たるヤーベ殿には絶対服従なのじゃ!屋敷では暴れないと誓うのじゃ!」

 

 

 

膝をついて祈るように宣言するミーティア。神獣パワーおそるべし。

 

 

 

「それはそうと、どちらに行かれていたのですか?」

 

 

 

ルシーナが俺に問いかける。

 

 

 

「多国間の重要な協議でね。大役を仰せつかったので出向いてきたんだ」

 

 

 

ちょっとばかしドヤァといった雰囲気を出して説明する。君たちの夫はデキる男なのだよ。

 

 

 

「まあ、すごいですね!ワーレンハイド国王直々の勅命ですか?」

 

 

 

「まあそうだね」

 

 

 

「旦那様は活躍の場が広いですわね」

 

 

 

ルシーナに続いてフィレオンティーナも褒めてくれる。思わず鼻が伸びそうだ。スライムだからいくらでも伸ばせるけど。

 

 

 

「う~ん、大事な仕事はいいんだけど、あまり女を増やすのは勘弁してくれよな・・・」

 

 

 

見れば俺の肩近くに顔を寄せて、クンクンと匂いを嗅ぐチェーダが!

 

あれ?ウシさんってお鼻利きましたっけ!?

 

 

 

「ふえっ!? ・・・本当でしゅ・・・知らない女の匂いがしゅるでしゅ・・・」

 

 

 

「はいっ!?」

 

 

 

チェーダはやれやれ、といった表情だが、リーナの目はハイライト消えてるぞ、おい!

 

 

 

「ほう・・・? 多国間の重要な協議のために出かけていた・・・ね」

 

 

 

なぜかイリーナは拳を握りバキボキと指を鳴らす。

 

 

 

「いやっ! ちっ、違うっ! う、嘘じゃないし! マジで国と国の関係を修復する重要な任務をだな・・・」

 

 

 

「で? なぜ知らない女の匂いがべったりとついているのですか?」

 

 

 

ルシーナの笑顔の奥にある狂気が揺れた気がした。ヤバし!

 

 

 

「交渉相手が女性だった事が原因カナー」

 

 

 

ぴゅっぴゅぴゅっぴゅ~と軽快に口笛も吹いてみる。

 

汗をかかないはずのスライムボディにダラダラと汗が流れる感覚が。

 

 

 

気が付くとずらりと奥さんズの面々に取り囲まれていた。

 

 

 

「ヤーベ・・・」

 

 

 

イリーナの目がヤバイ。

 

 

 

「オ」イリーナが呟く。

 

「シ」次にルシーナが呟く。

 

「オ」なぜかサリーナも呟く。

 

「キ」フィレオンティーナが笑顔で呟く。

 

「でしゅー!」リーナ、お前まで!?

 

 

 

「んぎゃっはぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 

俺はとんでもないことになった。バタンキュー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とまあ、昨日の夜屋敷では奥さんズの面々やリーナにえらい目にあわされた。

 

下手すると帰宅恐怖症になりかねんレベルだ。

 

後、神獣とミーティアが笑いすぎだ。ミーティアには帰ったら俺からの八つ当たりオシオキを食らわせてやる・・・と考えながら会議出席のため王城に出向いたのだが、真っ先に会議の冒頭、帝国との折衝結果を聞かれて俺は、

 

 

 

「失敗しちゃって女帝激怒。テヘペロ」

 

 

 

と報告して会議場を唖然とさせた。

 

ワーレンハイド国王が「詳しく!説明プリーズ!」と焦っていたので、懇切丁寧説明した。女帝と間違えてその母親とものすごく仲良くなってしまい、娘の女帝にキレられたと素直に説明する。その後俺はずっと土下座している。

 

なぜならカッシーナが泣いて激怒しているから。浮気だって。

 

おかしい・・・俺は世界の平和のために帝国に出向いたはずだったのに・・・。

 

どうしてこうなった? 誰か助けて!

 

 




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第236話 王族に流れる血の重さを感じよう

 

パンパン!

 

 

 

大会議室に手を叩く乾いた音が響いた。

 

 

 

見ればリヴァンダ王妃が二度手を叩いて立ち上がっていた。

 

 

 

 

 

「少し空気を入れ替えるためにも休憩しましょうか。皆様一度会議室から出て頂けますか?」

 

 

 

そう言って宰相のルベルクに視線を送るリヴァンダ王妃。

 

 

 

「そうですな、ちょっと落ち着くためにも一息入れましょうか。外の空気を吸いに行きましょう」

 

 

 

そう言って貴族たちに席を立って会議室を出る様に急かす。

 

 

 

俺の<気配察知>、<魔力感知>などの能力で、俺が土下座中の貴族たちのコソコソトークも聞こえている。

 

大半、俺がカッシーナ王女に頭が上がらない、完全に尻に敷かれている軟弱男のイメージが根付いたようだ。俺としては作戦大成功だ。俺の力を脅威に思う人間もまだいるだろう。それこそ、バルバロイ王国に牙を剥くような事があっては一大事と考えていたりするかもしれない。そんな人間からすると、今の俺はかなり安全パイに見えるだろう。

 

何人もいる奥さんに頭の上がらない、ショボイ男のイメージを植え付けておけば、俺を危険視する連中も減るだろう。

 

 

 

わらわらと出ていく貴族の皆様方。

 

とりあえず土下座を解くタイミングを推し量ろう。

 

 

 

「ふふふ、この後大事な話があるのであろう?私もこの場に残ろうかのう?」

 

 

 

キルエ侯爵が面白そうにつぶやく。

 

 

 

「悪いけど、侯爵もご遠慮なさって?」

 

 

 

リヴァンダ王妃がキルエ侯爵にクギを刺す。

 

 

 

「それは残念じゃの」

 

 

 

そう言ってキルエ侯爵も会議室を出ていく。

 

フレアルト侯爵なぞ、「ケッ!なっさけねぇ!」と俺を見下しながら出て行った。

 

思惑通りだとは言え、アイツに突っ込まれるのは腹が立つな。

 

 

 

 

 

 

 

会議室に残っているのは俺とカッシーナとリヴァンダ王妃、そしてワーレンハイド国王だけになった。

 

ちなみに俺はまだ絶賛土下座中だ。辞め時を完全に逸してしまった。

 

 

 

「さて、もういいですわよ、スライム伯爵・・・いえ、ヤーベさん」

 

 

 

リヴァンダ王妃の声に俺は顔を上げる。

 

 

 

「お、お母さま・・・?」

 

 

 

メソメソしていたカッシーナがリヴァンダ王妃の方に顔を向ける。

 

 

 

「ヤーベさんの演技で、王国中の貴族の大半はヤーベさんがカッシーナに頭の上がらない気弱な旦那様で、かかあ天下の家庭を築くだろうと思ったでしょうね。そして、そんな弱腰な夫は、このバルバロイ王国に弓引くことなどありえないだろう・・・とも」

 

 

 

少し冷たい印象を受けるリヴァンダ王妃の視線。

 

なんなら、逆に俺の事を信用し切れないとでも言いたげだな。

 

俺は心から言いたい・・・「ボクは悪いスライムじゃないよっ!」・・・と。

 

 

 

「なぜ、道化を演じてまで、その力を隠そうとするのです?」

 

 

 

さらに冷たい目を向けるリヴァンダ王妃。

 

なぜ・・・と言われても、とりあえず奥さんズの面々やカッシーナに怒られたら土下座でやり過ごす以外に有益な方法が思いつかないだけのことで。

 

 

 

とりあえず俺はそっと立ち上がる。そしてリヴァンダ王妃に笑みを向ける。

 

尤もかなり苦笑いになっているかもしれないが・・・。

 

 

 

「私自身、大した力など持っていないと自負していますがね・・・。美人に泣かれるのは性に合わないので」

 

 

 

ハハン、といった感じで肩を竦める。

 

 

 

「ヤーベ様・・・」

 

 

 

涙を拭いて落ち着きを取り戻すカッシーナ。

 

 

 

「・・・ふう、それは置いておきましょう。そしてごめんなさい。カッシーナの教育が出来ていなくて」

 

 

 

そう言ってリヴァンダ王妃は俺に向き直ると深々と頭を下げた。

 

 

 

「お、お母さま!?」

 

「おいおい・・・」

 

 

 

カッシーナにワーレンハイド国王がリヴァンダ王妃の謝罪に驚く。俺も驚いた。まさかリヴァンダ王妃が頭を下げるとは。

 

 

 

「カッシーナは五歳の時に事故で半身に大けがを負ってしまってからというもの、ずっと引きこもりだったので・・・。王家として、王族の教育をほとんど行っていないのよ。だから、ヤーベさんが戦争回避のためにグランスィード帝国の女帝との関係を築くつもりで出かけて行ったことも多分許せないくらいの気持ちでいると思うわ」

 

 

 

はあ、と溜息を吐きながらカッシーナを見るリヴァンダ王妃。

 

 

 

「お。お母さまはお父さまが別の国の王女や女王を娶ったり口説いたりしてもよいのですか!」

 

 

 

「あたりまえじゃない。必要とするならば当然認めますよ。例えばグランスィード帝国の女帝との婚姻なら、諸手を上げて賛成しますよ?」

 

 

 

「お。お母さま!?」

 

 

 

リヴァンダ王妃の答えに信じられないという表情のカッシーナ。

 

 

 

「このバルバロイ王国にドラゴニア王国を降し、そしてグランスィード帝国の女帝と婚姻を結べたら、この大陸の三分の一を抑えることが出来る。これほどの好条件を指を咥えて見逃す手などありませんよ、カッシーナ」

 

 

 

冷静に自分の娘を見つめるリヴァンダ王妃。

 

 

 

「そ、そんな・・・」

 

 

 

「それより、貴女こそどういうつもりなの? 規格外の英雄たるヤーベ様と婚姻を結べることになったのに、その足枷になるつもりなの? それでも王族の血が流れているのかしら?」

 

 

 

畳みかけるリヴァンダ王妃の言葉に絶句するカッシーナ。

 

 

 

「まるで御伽話のお姫様みたいに王子様に助けられて末永く幸せに暮らしました、みたいな物語が現実にあると?」

 

 

 

「お、お母さま!だから私はヤーベ様を・・・!」

 

 

 

「それで? ヤーベ様に自分だけを見ろと? 自分より先に奥さんになる人たちは我慢するけど、自分より新しく現れた女は許さないと?」

 

 

 

「あう・・・」

 

 

 

リヴァンダ王妃の追及に二の句の告げないカッシーナ。

 

 

 

「貴女、英雄の妻になるという意味が分からないなら結婚なんてやめなさいな」

 

 

 

「そんなっ!!」

 

 

 

残酷な現実を教えるかの如く突き付けるリヴァンダ王妃。

 

 

 

「貴女の我儘でヤーベさんがうまく動けずに帝国と戦争になったら、貴女が責任を取るの? 我が国民に対して貴女は何と言うの?」

 

 

 

「はうっ・・・」

 

 

 

「貴女が感情だけを振り回して物事を決められるほど王家の血は軽くはないのですよ」

 

 

 

カッシーナの目が涙に揺れる。

 

リヴァンダ王妃の言わんとすることは何となくわかる。

 

王族であればこそ、国民を守る義務があるのだろう。それはつまり、国を守るということでもある。

 

王族としての血を残すと言う意味以外で言うならば、その婚姻が国の繁栄や防衛に繋がるのであれば是非もないと言う事なのだろう。

 

 

 

「なんなら、ヤーベ様には各国のお姫様を娶って大陸制覇を成し遂げて頂いてもよろしいのですよ?」

 

 

 

腕を組んで、どうです、この作戦?みたいな目線を送られても。

 

そんな大陸制覇にハーレム生活って、ラノベでもなかなか無いシチュエーションではないだろうか?ノーチートの俺は元より、チート満載のラノベ主人公でもそうは成功しないだろう。そんな偉い立場の女性を何人も囲ったら心が持たない。間違いなく。心労で禿げそうだ。スライムだから髪ないけど。

 

 

 

「そんな器でもありませんし、なんだかそれはロクでもない男のような気がしますから遠慮しておきますよ。前にも言いましたが、国を治めるなんてメンドクサイことこの上ないですし」

 

 

 

俺が欲しいのは心の安寧であって、大陸制覇でも各国の姫でもない。神としてあがめられることでも魔王の称号でもない。ないったらない。大事な事だから二度言おう。

 

 

 

「・・・それで、どうするのかね? 帝国への対応は?」

 

 

 

ワーレンハイド国王が会議冒頭の問いに戻る。

 

 

 

「その前にドラゴニア王国をどうするかです。捕らえたバーゼル国王をどうするのか。それによって対応が変わります」

 

 

 

俺は国王ワーレンハイドを見つめる。

 

 

 

「うむ・・・」

 

 

 

ワーレンハイド国王も腕を組み、考えをめぐらすように視線を宙に彷徨わせる。

 

 

 

ドラゴニア王国、そしてその向こうのグランスィード帝国。

 

バルバロイ王国はそれらの国への対応について、正に岐路に立たされたのであった。

 

 




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第237話 ドラゴニア王国の実情を鑑みよう

 

俺は今、王城を出て冒険者ギルドに向かって歩いている。

 

屋敷を出る時、執事長のセバスチュラが馬車を用意すると言っていたのだが、大して遠くも無いし歩きたかったので断った。

 

と、言うわけで、帰りも歩きだ。

 

 

 

ヒヨコ十将軍序列二位のクルセーダーから連絡があった。

 

冒険者ギルドでケモミミ三人娘が待っているらしい。そう言えば新たなメンバーの入団テスト?をやるから見て欲しいとか言ってたっけ。

 

 

 

ちなみに、会議は今捕らえているドラゴニア王国、国王バーゼルを含め、ドラゴニア王国への対応をどうするのかを今日一日検討しあって草案をまとめることになった。

 

俺はもちろん抜けてきたけど。国同士の関係なんてよくわからんし。お任せだ。

 

 

 

ちなみに、

 

 

 

最も優しい・・・バーゼル国王無条件解放

 

 

 

最も厳しい・・・バーゼル国王首チョンパ

 

 

 

だろうか。

 

元々ドラゴニア王国のワイバーン軍団と守り神であった<古代竜(エンシェントドラゴン)>はすでに俺の手の内にある。ドラゴニア王国の主力は壊滅したのと同じだ。

 

それを国王であるバーゼルはどう理解するか。

 

 

 

そんなわけで、今会議室では文官を中心に草案の意見調整中なのだが、先んじて俺は先ほど軟禁状態にあるバーゼル国王の元を訪れてきたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よう、国王サマ」

 

 

 

ドア越しに話すのも面倒なので、部屋の扉前に立っていた兵士に鍵を開けてもらい中に入った。もちろん普通はダメなのだが、「まあまあ」で押し通った。

 

 

 

「き、貴様!あの時の!」

 

 

 

どうやらぐるぐる巻きになって捕まっている間、<古代竜(エンシェントドラゴン)>のミーティアが俺の元へ来ることになったいきさつを目にしたようだ。

 

 

 

「だいたい、俺はお前の命の恩人なはずだが?」

 

 

 

支配の王錫とやらが壊れて、<古代竜(エンシェントドラゴン)>ミーティアの支配が解除されてしまい、あっさり振り落とされて死ぬ直前だったバーゼルを助けたのは俺なのだ。

 

 

 

「むぐぐ・・・!」

 

 

 

悔しそうに黙り込むバーゼル。

 

しかしよく見れば軟禁状態とはいえ、隣国の国王だからだろうか、豪勢な部屋でいい物を食べているようだ。

 

 

 

「宣戦布告しておいて戦争吹っ掛けてきたうえに盛大に負けたんだ。通常なら大通りで打ち首だろ」

 

 

 

「むがっ!」

 

 

 

顔を真っ赤にして何か言おうとするが、言葉が出ないバーゼル。

 

 

 

「お前、何がしたいの?」

 

 

 

唐突な俺の質問に怪訝な顔をするバーゼル。

 

 

 

「お前、自国の民はどうなってもいいのか? 国民の生活を守り、その生活を支えて行くのがお前の役割じゃないのか? 他国を攻めて領土拡大が自国の国民の幸せになるのか? お前の自己満足に過ぎないんじゃないのか?」

 

 

 

「お、お前に何がわかる! 高地で農業も限られた作物しか育たず、食料事情の改善には他国へ攻め入るしかないんだよ!」

 

 

 

俺の質問に絶叫するように心の内を吐露するバーゼル。

 

 

 

「馬鹿じゃないのか。無いから他人から奪うのか。お前と盗賊は何が違うんだ。外交で情報交換しながらお互いウィンウィンになる方法を模索する方法だってあるだろう。相手のある事だから、その全てが望むように行くことは無いかもしれないが、少なくとも自助努力をしない人間なぞ、どうして力を貸してやろうと思うんだ。相手が信用できないと不安になったり疑心暗鬼に陥ったりすることもあるかもしれないが、それでも前に進むしかない。コミュニケーションを取る前に敵と決めたら、もうお前の周りには敵しか存在しなくなるだろうよ」

 

 

 

首を竦めながら、みんなが幸せになれるように一歩を踏み出さなかったバーゼルをジッと見つめる。

 

 

 

「も、もし・・・もしお主に相談できていたら、結果は変わったのだろうか・・・?」

 

 

 

縋る様な目で俺を見るバーゼル。

 

 

 

「そんなの当たり前だろー。ワイバーンの飼育方法の改善とかも指導してやれるし、<古代竜(エンシェントドラゴン)>のミーティアともコミュニケーション取れただろうし、農業の改善も相談乗ったし、お前んところの国の特産を聞いて、バルバロイ王国ウチの特産と貿易したりするのを打ち合わせできるし、国民への娯楽なら、今王都バーロンでも大人気の娯楽遊具を輸出してやることだって出来たのに」

 

 

 

つらつらと述べる俺。

 

 

 

「ア、アニキ―――――!!」

 

 

 

いきなり泣き出しながら俺に抱きつくバーゼル。

 

 

 

「な、なんだなんだ!? 男に抱きつかれる趣味はないわ!」

 

 

 

「アニキッ! 俺はアニキについて行くぜ! 俺はどうなってもいいから、国民たちを救ってくれ!!」

 

 

 

「うおいっ!」

 

 

 

涙だけではなく鼻水も噴射する勢いで垂れ流しながら俺にしがみつくバーゼル。

 

どうやら、コイツはコイツで国民の事をいろいろと考えているヤツだったようだ。

 

 

 

「国民たちは飢えと寒さを凌ぐのに必死で・・・、我も何とか、何とかしようと・・・」

 

 

 

ぐちゃぐちゃの顔を俺に押し付けて訴えて来るバーゼル。

 

ふーむ、比較的高地にある国だったはずだが、それほど食料事情が悪いとはな。

 

確かにグランスィード帝国から防衛したランズの村も、それほど裕福な感じではなかったと言う報告がヒヨコ達から上がっていたな。

 

 

 

・・・そう言えば、ランズの村の住人たちがなぜか・・・俺に忠誠を誓うと言う話になっているらしく、食料援助などの施しを行ってその実を固めましょうなどとハンゾウから連絡が来ていたから、出張用ボスを砕牙に持たせて食料を運搬している。

 

 

 

運ぶだけでは改善にはならんからな、高地でも実る野菜の栽培は必須だし、土が硬いならベルヒアねーさんに相談して土壌改善と行くか。

 

・・・おっと、もうドラゴニア王国改善に乗り出そうとしてしまったぜ。

 

それを決めるのは今ワーレンハイド国王達が行っている会議の結果によるところだ。

 

尤も、バーゼルの内心が知れた今はコイツに力を貸してやってもいいとは思っているが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まあ、バーゼルの心の内を確認した旨、ヒヨコにその報告書を持たせてワーレンハイド国王に渡すよう指示しているし、酷い対応にはならないだろう。

 

バーゼル自体がバルバロイ王国と協力して国を立て直していく意思を見せてくれれば、後はこちらから力を貸すだけだ。

 

 

 

ふらふらと通りを歩きながら今までの事を頭の中で整理する。

 

 

 

『ボス、三人娘がまだボスが来ないと騒ぎ始めております。特にサーシャの機嫌が悪くなっておりますよ』

 

 

 

見ればヒヨコのクルセーダーが俺の到着をまだかと迎えに来てくれたようだ。

 

 

 

「すまんすまん、考え事をしながら歩いて来たので、思ったよりゆっくりになってしまったな」

 

 

 

『すでに入団希望のテスト希望者も到着しております』

 

 

 

そうだったそうだった。ケモミーズに新たに戦力が入るかどうか大事なテストだったな。

 

俺はどんな人物がパーティに参加希望なのか、出来ればサーシャたちを引っ張っていくほどの元気な奴だといいなと思いながら冒険者ギルドに向かった。

 

 




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第238話 加入テストを実施しよう

「遅いっ! 遅い遅―――――い!!」

 

 

 

冒険者ギルドに入るなり、両手を腰に当てて仁王立ちするサーシャが俺に文句を言ってくる。

 

 

 

「ああ、すまんな。朝から王城で緊急会議があったもんでな」

 

 

 

王城で緊急会議という言葉に多くの冒険者やギルドのカウンターにいる受付嬢が驚いた顔を向けた。

 

 

 

「そんな言い訳聞きたくないわ! お詫びに朝食セット人数分よ!」

 

 

 

再度ビシッと人差し指を俺に向けるサーシャ。

 

いや、朝食ぐらい奢りますけれども。このサーシャのメンドクサイ態度はどうにかならんもんかね。

 

 

 

「それで? パーティに加わりたいって娘さんはどこだい?」

 

 

 

「おはようございます、ヤーベ先生」

 

「ヤーベ、おはようにゃ」

 

 

 

犬人族のコーヴィルと猫人族のミミがそれぞれ挨拶をしてくる。ちなみに狼人族のサーシャは文句はあっても朝の挨拶は無い。

 

 

 

「うん、朝食はちゃんと朝の挨拶が出来た人だけな? それで、そちらの子がテスト希望の子?」

 

 

 

コーヴィルとミミの後ろに控える様に立っていた少女を見て俺は聞いてみた。

 

見た目、ミミと同じ身長か、さらに少し低いくらいか。

 

3人娘の中ではミミが最も身長が低く小柄なため、新しくパーティ加入を希望しているこの娘は最も小さい娘と言う事だな。

 

 

 

「わ、私も挨拶できるわよ!おはよう!おはよう!これで朝食GETよねっ!」

 

 

 

一度サーシャには常識というものがいかなる物であるのかじっくり話し合う必要があるようだ。

 

 

 

「お、おはようございます。ヤーベ教官。私は熊人族のヴォーラといいます。よろしくお願い致します」

 

 

 

そう言って頭を下げるヴォーラ。

 

耳がまるでまあるいチョコクッキーをイメージさせる黒髪に、少し白く見える肌。

 

うーん、熊と言うよりかわいいパンダに見えなくもない。

 

尤もパンダはクマ科だから、おかしくはないけどな。

 

そして色白なのにその目はブルーサファイアの様に碧く輝いている。可愛い娘だ。

 

 

 

そう言って俺はヴォーラの後ろに回る。短パンのお尻部分からこちらもまあるいふわふわの尻尾がのぞいている。真っ白だ。うん、パンダ。

 

 

 

「あうっ!」

 

 

 

尻尾をまじまじと見られるのは恥ずかしいのか、ヴォーラが後ろ手に尻尾を隠す。

 

 

 

「ヤーベはヘンタイね! まじまじと尻尾を見つめるなんて」

 

 

 

サーシャが腰に両手を当てて偉そうに俺に文句を言ってくる。

 

 

 

「ならサーシャの太ももでも見つめておくか」

 

 

 

ミニスカからのぞくサーシャの太ももをジ――――っと見つめてみる。

 

 

 

「ヘンタイヘンタイ!やっぱりヤーベはヘンタイだわっ!」

 

 

 

短いスカートのすそを抑えてサーシャが怒り出す。

 

太ももちょっとだけならいいって言ってたくせに。

 

 

 

「それで? ヴォーラの冒険者ランクは?」

 

 

 

「え、Fランクです。登録したばかりです」

 

 

 

モジモジと指を絡ませながら説明するヴォーラ。

 

 

 

「え? 登録したて?」

 

 

 

どういうことだとサーシャたちに目をやる。

 

このド素人三人娘の戦力アップのためにパーティ入団テストを行うのではないのか?

 

 

 

「そうよ、私たちが先輩なんだからね」

 

 

 

ドヤ顔で宣うサーシャ。もしかしてただただ後輩が欲しいだけなのだろうか?

 

コイツの頭の中はお花畑で出来ているのだろうか?

 

 

 

「と、するとだな・・・。お前たちが冒険者のイロハを新人のヴォーラに教える・・・と、そういう事か?」

 

 

 

遠慮がちに聞いてみる。

 

 

 

「そうよ。だけど、ケモミーズにふさわしいかどうかのテストは受けてもらうわ!」

 

 

 

ケモミーズにふさわしいかどうかなら、もうふさわしいだろうよ。立派なケモミミだし。加入すればケモミミ四人娘と呼ばねばなるまい。

 

だが、コイツらが新人を教えられるのか?だいたいお前たち自身が新人の域を出てないだろうに。

 

 

 

「コーヴィル、本当に大丈夫なのか?お前たちがヴォーラの教育なんて行えるのか?」

 

 

 

「・・・実は亜人の女の子の冒険者なんて、どこに行っても歓迎されないです。それか違う目で見られてしまうです。だから、協力し合わないといけないのです。ヤーベ先生の教えを受けて私たちも入ったばかりのヴォーラも早く一人前の冒険者になれるよう努力するです」

 

 

 

コーヴィルの中ではすでにヴォーラが加入完了になっているな。

 

だが、亜人の、それも女性の駆け出し冒険者はそれだけで苦労する事になるんだな。

 

世の中の世知辛さを感じるね。

 

地球時代でもそうだったな。生まれた時から立ち位置が違う、会社でも大学受験でも何かしらの力が働き、スタートのラインが違う、走り出しても、評価が違う。

 

この娘たちは、それでも、この世界で前を向こうと懸命に足掻いている。

 

ならば、俺は俺で出来る事で彼女たちを後押ししてやろう。

 

 

 

「じゃ、早速パーティに加入するためのテストを行うか。それが終わって文句なく合格になったら薬草採取クエストを受理しよう」

 

 

 

「えー、また薬草採取なの!?」

 

 

 

俺の言葉に不満を言うサーシャ。

 

 

 

「それ以外でお前たちが対応できるクエストがあるのか、そこの依頼掲示板をよく見てみろ」

 

 

 

そう言って俺は依頼書が貼ってある掲示板を指さす。

 

 

 

「う・・・」

 

 

 

そこにはFランクの薬草採取以外、サーシャたちが請け負える依頼は無かった。

 

尤も雑用自体無くはないのだが、王都バーロンは清掃業務などを国営で賄っているため、あまり雑用作業の依頼自体多くは無かったのである。

 

 

 

「Eランクの魔獣討伐があれば・・・」

 

 

 

歯噛みするサーシャ。

 

 

 

「どうせその内復活するさ。その時のためにEランクになっておくためにもFランクの薬草採取依頼をミスなく繰り返しこなして経験を積むんだよ。でなきゃEランクなんて上がれないぞ?」

 

 

 

Fランクから唐突にSランク認定を受けてしまった俺がどの口で言うんだと思わなくもないが、今はギルド教官という立場ももらってしまったしな。正しく導いて行かねばならない。魔獣を狩る仕事ばかりではいざと言う時に臨機応変に動けないだろう。

 

 

 

「むぐぐ・・・」

 

 

 

言い返せなくなったサーシャを尻目に、俺はヴォーラに目を向ける。

 

 

 

「それで、テストはどのような形にするんだ?」

 

 

 

「訓練場で模擬戦をお願いするのです」

 

 

 

答えたのはヴォーラではなく、コーヴィルだった。

 

 

 

「サーシャが言うように、魔獣が戻ってくれば、魔獣狩りを基本の仕事にする予定なのです。戦えないとさすがにパーティに入ってもらっても役に立てないのです」

 

 

 

戦闘力が無いと役立たずだとはっきり告げるコーヴィル。

 

分かりやすくていいが、君たち三人に戦闘力があったなんて、先生は初耳です。

 

 

 

「地下の訓練場でお願いします・・・」

 

 

 

俺にぺこりと頭を下げるヴォーラ。

 

 

 

「じゃあ移動しようか」

 

 

 

俺はヴォーラたちを連れて地下の訓練場に降りて行った。

 

 




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第239話 その実力を受け止めよう

「さて、得物は何を使うんだい?」

 

 

 

冒険者ギルドが訓練用に置いてある木剣の入れ物を探る俺。

 

通常のロングソードに短めのショートソード、ダガーなどのナイフ。

 

それからスピアーにアックス、ハルバードタイプまであるな。

 

木を削ってこれだけ作るのは見事なものだな。

 

京都の修学旅行生たちが通るお土産屋に、木刀の代わりにこれらが置いてあったらSNSで爆散されること間違いなしの出来栄えだ。

 

てか、京都の修学旅行土産に木製のハルバード2mとか怖すぎる。

 

 

 

「私はこれで戦います・・・」

 

 

 

小さめの声で俺に伝えるヴォーラ。見れば拳を構えている。

 

 

 

「え~と、徒手空拳で戦うって事かな?」

 

 

 

「はい。自分、武道家ですので・・・」

 

 

 

その説明に両目を右手で抑えて上を向く俺。

 

どこの世界に好き好んで魔獣と素手でやりあおうなどと考える輩がいるのか・・・ここにいたけど。

 

武道家って、ゲームの中だけの職業じゃなかったんですね。

 

黄金で出来たツメとか装備してみるか?

 

 

 

だが、逆の見方もできなくはない。武器が無ければ戦えませんでは、冒険者家業を生き残る事は難しいだろう。武器を無くすこともあるだろうし、戦闘中に武器が破損する事だってあり得るだろう。だからと言って徒手空拳がメインです、というのもどうかとは思うのだが。

 

 

 

「・・・まあいい、ヴォーラの実力を試すとしよう」

 

 

 

そう言って俺はギルドが用意した練習用の木剣を収納箱に戻す。

 

 

 

「教官殿が無手で付き合って頂く必要はないのでは・・・?」

 

 

 

ヴォーラが少し首を傾げた。

 

それ自体は当然だ。冒険者として戦う以上、相手は魔獣だったり盗賊だったりするだろう。武器を持っていたりすることの方が多い。

 

だが、あくまでも今はヴォーラの実力を見るのが目的だからな。

 

 

 

「君の実力を見るだけだからね。君に合わせるよ。いつでもかかって来てくれ」

 

 

 

そう言って訓練場の戦闘練習用コートの1面に歩みを進め、無造作に仁王立ちする。

 

見ればいつの間にか野次馬が集まってきている。

 

ゾリアの野郎にグランドマスターのモーヴィンまで来ているな。

 

ヒマか?コイツら。

 

 

 

ヴォーラは両手にグローブをしている。上半身はシャツに毛皮のようなチョッキを纏っているか。下半身はホットパンツと言っても過言ではないほどの短パンだ。それにブーツ。

 

 

 

ヴォーラも俺のいる戦闘コートに入ってくると、一礼して構える。

 

まるで空手のようなスタイルだな。

 

 

 

「獣究空手免許皆伝、熊人族ヴォーラ。参ります」

 

 

 

なんだか沖縄っぽかった!しかも免許皆伝だ!

 

 

 

「ギルドFランク教官のヤーベだ。その実力拝見しよう」

 

 

 

そう言って俺も構える。

 

くっくっく、だが俺は拳を構えない。前に構えた右手は人差し指と中指を緩やかに曲げ、腰に引きつけた左手は抜き手の構えを作る。

 

典型的なドラゴ○ボールの孫悟空スタイルだ。

 

・・・だってしょうがないじゃないか。俺は地球時代空手とかやったことないし。

 

後構えられるのはジャッキー・チェ○主演の酔拳や蛇拳とかだな。あ、これの方がかっこよくてわかりやすかったか。

 

 

 

「はあっ!」

 

 

 

漫画ならばドンッと効果音が付きそうなくらいのスピードでダッシュするヴォーラ。

 

俺は構えを解かずに迎撃するためヴォーラの動きを観察する。

 

 

 

いきなりヴォーラが飛び上がる。

 

 

 

「!?」

 

 

 

何のフェイントもなく、真正面から飛び上がったヴォーラが俺に向かってくる。

 

 

 

「番傘旋風脚!!」

 

 

 

そう言ってクルクルと回し蹴りの要領で回りながら俺に向かって落ちてくるヴォーラ。

 

 

 

「どう見ても竜巻旋○脚なんですけど!?」

 

 

 

俺はツッコミの言葉が思わず漏れてしまう。

 

コレ、どうしたらいいの?威力があるかどうか知らんけど、クルクル回りながらこちらに落ちてくるんだから、ちょっと回避すれば済むことだ。

 

何を持って初手に意味不明な大技?を選んだのか。

 

 

 

とりあえず俺は当たらないギリギリで躱す。

 

すたっと着地したヴォーラはその回転を止め、こちらに連続の掌底を突き出してくる。

 

 

 

「はりゃりゃりゃりゃ!」

 

 

 

よく見れば手のひらが肉厚でぷにぷにしているみたいだ。

 

コレ、当たると痛いんだろうか?当たっても痛くないとか?

 

 

 

そう思いながらもなかなかな鋭さの掌底を両手で防御していく。

 

 

 

「!!」

 

 

 

この娘の攻撃をいなしてみてわかった。

 

この娘、かなりのパワー型だ。防御する腕が押し込まれるような感触がある。

 

流れに沿って撃ち落とすつもりだったが、大して魔力強化していない状況では俺の方が防御していても押されている。

 

 

 

「やっやっや!」

 

 

 

「今度は百裂キックかよ!」

 

 

 

俺は鋭く連続で繰り出されるミドルキックとハイキックの連脚をめいっぱい防御する。

 

この娘、対人戦闘としてはかなり優秀ではないだろうか?

 

 

 

ドコッ!

 

 

 

俺にドロップキックの要領で両足キックをお見舞いしながらバック転で距離を取るヴォーラ。俺は両手をクロスにした十字受けでヴォーラのドロップキックを凌いだが、ビリビリ腕が痺れる。なかなかの威力だ。ゴブリンやコボルド程度なら一撃で吹き飛ぶだろう。

 

 

 

少し離れたヴォーラは再度構える。

 

 

 

「・・・教官殿は攻撃してこないのですか・・・?」

 

 

 

少し不思議そうにヴォーラは俺に問いかけた。

 

 

 

「君の実力がどの程度か判断がある程度ついてから反撃するよ」

 

 

 

そう言って俺も再度構える。

 

俺の言葉が挑発的に聞こえたか、ヴォーラの青い目がギラリと光った気がした。

 

 

 

ドンッ!

 

 

 

再びそんな擬音が聞こえそうなほどの加速で向かってくるヴォーラ。

 

とりあえず迎撃のために、正拳突きを見舞う。

 

 

 

瞬間、ヴォーラの姿が消える。

 

<気配感知>にて下への移動を捉える。だが、視覚だけであれば捉えられなかったほどの切れのある動きだ。

 

 

 

「なにぃ!? スピニング○―ドキックだとぉ!」

 

 

 

俺は驚きのあまり、おもわずツッコミを口にしながら襲い来る脚撃をスウェーして躱す。

 

尤も、ゲームのように空中を逆さに回転しながら飛んでくるわけではない。

 

視線の死角に潜り、逆立ちするような姿勢から回転して回し蹴りを放ったのだ。イメージで言えばカポエイラだろう。ヴォーラも地面に両手をつけて回転しているしな。

 

 

 

「はあっ!」

 

 

 

あ、イカン。下半身を動かさずに上体だけのスウェーで躱したから、まだヴォーラの脚撃範囲内だ。ヴォーラは上半身を跳ね上げ、前転するように高速のかかと落しを放った。狙いはスウェーしきって動けない俺の上半身、胸だ。

 

完全に体重が後ろに流れているため、両腕の防御など力が入らず、ヴォーラのかかとに撃ち抜かれてしまうだろう。それはギルドの教官としては立場上マズイ。

 

 

 

そんなわけで、俺は無理やり躱す。

 

 

 

プルンッ!

 

 

 

通常の骨格では若干?あり得ない、まるでこんにゃくが揺れたかのように腰の部分がくにゃりと後ろに引かれ、ヴォーラのかかと落としを回避する。

 

 

 

「!?」

 

 

 

驚愕の表情を浮かべるヴォーラ。そりゃそうだよな。タイミング的には通常、どうやっても躱せないだろう。俺様のスライムボディでもなければな。

 

それが躱されただけにその衝撃も大きいだろう。

 

 

 

俺はかかと落としを空振りしたヴォーラの顔面に正拳突きを寸止めする。

 

 

 

「そこまで、見事な組手でしたな」

 

 

 

見ればグランドマスターのモーヴィンがパチパチと拍手しながらこちらへ歩み寄る。その後ろにはゾリアもいる。

 

 

 

「なかなかの腕前じゃないか」

 

 

 

だが、その判定を不服としたのは他でもないヴォーラ自身であった。

 

 

 

「待ってください。勝負はまだついていません」

 

 

 

そう言ってグランドマスターのモーヴィンとゾリアを手で制して、俺に正対する。

 

 

 

「今の動き・・・人のものとは思えないのですが。もしかして魔物が化けて紛れ込んでいる・・・?」

 

 

 

死ぬほど物騒なことをブツブツとつぶやくヴォーラ。やべえ、この娘、結構アブナイ娘か?

 

 

 

「どちらにしても、私の最大の必殺技でその正体を暴きます」

 

 

 

そう言うとヴォーラは右拳を引き、腰に当てる。左手は軽く拳を握り、肘を軽く曲げて前に出している。所謂「右正拳突き」の構え。全力で右拳を打ち込むのが彼女の必殺技、という事だろうか。

 

 

 

「はああっ!」

 

 

 

ヴォーラの右手に青白い光が輝きだす。

 

 

 

「この娘・・・<闘気(オーラ)>使いか!」

 

 

 

ゾリアが驚く。<闘気(オーラ)>と来たか。魔法ではない、純粋な生命エネルギーのイメージだが。

 

 

 

「貴方が魔物なら、これで消し飛ぶ・・・」

 

 

 

「物騒だなぁ、おい」

 

 

 

一応先生らしく余裕ぶった態度をとってみるが、果たして大丈夫だろうか。

 

 

 

「<根性の拳(こんじょうのフィスト)!!>」

 

 

 

ズオオッ!!

 

 

 

瞬時に超加速で左足を踏み込み、右足を前に出すとともに右拳を突き出してくる。所謂「順突き」というやつか。

 

 

 

バシィィィィィィ!!

 

 

 

闘気(オーラ)>エネルギーを乗せたヴォーラの右正拳突きを両手で受け止める。激しい音とともに<闘気(オーラ)>のエネルギーが破裂する。

 

 

 

もちろん、強化無しで拳を受けてスライム細胞が飛び散ったりした日にゃ、相当な騒ぎになってしまうので<細胞防御(セルディフェンド)>で強化した両腕で受け止めた。

 

ヴォーラの<闘気オーラ>パワーと俺の魔力ぐるぐるエネルギーがぶつかったためにより派手な音が鳴ったのだろう。

 

 

 

「すごい・・・私の必殺技を完全に止められた・・・」

 

 

 

さすがにかなりのエネルギーを込めたのか、玉のような汗をかき、肩で息するヴォーラ。

 

 

 

「文句なしだ、ヴォーラ。お前は合格だ。ケモミーズへの加入は問題ない。なんならサーシャの代わりにリーダーやってもいいぞ」

 

 

 

真実はいつも一つ!

 

何かいろいろと事情がありそうな娘だが、ヴォーラの実力は本物だ。

 

俺は笑いながら告げると、模擬戦を見ていたサーシャたちが色めきだす。

 

 

 

「ななな、何を勝手なコト言ってるのよヤーベ!リーダーはあくまで私なんだからね!」

 

「すごいにゃ!ヴォーラはこんなに強かったにゃ!」

 

「素晴らしい戦いだったのです。これでケモミーズも安泰なのです」

 

 

 

などとケモミミ三人娘が大いに盛り上がっていた。

 

 

 

「私の<闘気(オーラ)>エネルギーは悪しき存在に触れると激しくスパークして対象に多大なダメージを与えるです。貴方が魔物ではないという証拠なのです」

 

 

 

そう言って笑顔を見せるヴォーラ。

 

こっちが審査しているつもりだったのに、いつの間にか審査されてましたよ。

 

ともあれ、ケモミーズに強力な仲間が入ることになるのはいいことだろう。

 

俺はケモミミ三人娘とヴォーラを見ながら、少なくともヴォーラの加入により、サーシャたちの生還率がより高くなってくれることを願った。

 

 




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第240話 世の中の常識を教えよう

「・・・それにしても、あれほどの逸材が良く一人でふらふらと冒険者登録なぞに来たもんだな?」

 

 

 

俺はゾリアとテーブルを挟んで対面に座り、花豆茶を飲んでいる。

 

ゾリアも同じものを頼んでいる。さすがに朝一からエールと言うわけにもいかないようだ。

 

ちなみにケモミミ三人娘とヴォーラは朝食にがっついている。

 

 

 

「あれは、俺の知り合いの武神から預かった娘なんだ」

 

 

 

「ブッ!」

 

 

 

俺は花豆茶を思わず吹き出してしまう。

 

元々雰囲気が通常の冒険者と違うとは思ったが、とんでもない出目じゃねーか。

 

後、ゾリア。さらっと出していい単語じゃないぞ、武神って。

 

 

 

「汚ねーな」

 

 

 

「お前のせいだろ!何だよ?武神って!?」

 

 

 

ゾリアはバツの悪そうな顔をしながら花豆茶を飲む。

 

 

 

「うむ・・・実は俺の冒険者時代の師匠的な感じの一人なんだよ」

 

 

 

「一人って・・・師匠何人いるんだよ」

 

 

 

「俺たちの時代はもっと魔獣が跋扈して不安定な時代だったからな・・・生き残るのに必死だったし、もっと殺伐としていた気がするよ」

 

 

 

「そうだったんだな・・・、で? 武神って?」

 

 

 

「ああ、武神ドルフの事だな。徒手空拳の達人で、伝説ではドラゴンも素手で倒したらしいぞ」

 

 

 

ドルフって、名前からしてすげー怖そうな感じじゃないか。

 

でも、俺も先日三頭黄金竜スリーヘッドゴールデンドラゴン素手で倒したよな。

 

あ、でもあれは精霊魔法で仕留めたからな。でも初撃は拳で殴りつけたぞ。だけど武神とやり合いたいかといったら、ノーセンキューだ。俺は脳筋でも戦闘狂でも格闘バカでもない。

 

 

 

「で、何で預かる事になったんだ?」

 

 

 

「実は、ずっと山籠もりで修行ばかりの生活だったらしくてな・・・一般常識が全くないらしい」

 

 

 

「ブホッ!?」

 

 

 

達人に育てられて、すげー強くなって、イッケネ、常識教えるの忘れとったって、賢者〇孫かよ!? 大好きなラノベだけど! まさかの俺?ならぬアタシTUEEEE!? ラノベの主人公クラス、キタ―――――!?

 

 

 

「汚ねーな」

 

 

 

「お前のせいだろ! 大体常識無いのに、常識が極めて薄いケモミミ三人娘のパーティに加えて大丈夫なのか!?」

 

 

 

「うーむ、俺もそれが心配なんだ」

 

 

 

「心配ならパーティ加入なんて認めるなよ!」

 

 

 

「まあ、お前が何とかするだろ」

 

 

 

「丸投げか!」

 

 

 

俺は花豆茶の入っていた木のジョッキをテーブルにガンと叩きつける様に置いた。

 

 

 

「しょーがねーだろ、お前以外に適任者なんていねーんだから」

 

 

 

「しょーがねーだろ、じゃねーんだよ!しょーがねーじゃ!」

 

 

 

俺がプリプリ怒っているのが面白いのか、けらけらと笑いながら俺を見るゾリア。

 

どう考えても、トラブルが起こらないわけがない。心労で倒れる自信がある。

 

 

 

「まあ、俺も気を付けるけど、お前も気にかけてやってくれよな」

 

 

 

「お前はすぐにでもソレナリーニの町に帰る事になるんだろーが!!」

 

 

 

「はっはっは」

 

 

 

「はっはっはじゃねーだろーが!」

 

 

 

 

 

 

 

「何よ、アンタ!」

 

 

 

俺とゾリアがガチャガチャやり合っていると、サーシャの怒鳴り声が聞こえてくる。

 

見れば依頼書が貼り出してある掲示板の前で、サーシャたち四人とにらみ合う五人の男たちがいた。

 

 

 

「邪魔だ、亜人の不潔な雑魚ども!」

 

 

 

おいおい、何だ?とんでもない事を口走ってるやつが来たな。

 

 

 

「坊ちゃん、こういう亜人の女は遊びに使うのがちょーどいいんですよ」

 

「違いねえや」

 

 

 

ゲッヘッヘとゲスな笑いを浮かべる取り巻き。

 

坊ちゃんってどこの坊ちゃんだ?地球時代なら坊ちゃんは名作なんだが。

 

 

 

「ふざけないで!」

 

「失礼なのです」

 

「最悪にゃ!」

 

「親友ともを守るために振るう力を正義と呼ぶ」

 

 

 

おおう、すでに拳を引こうとしているヴォーラは要注意だな。

 

サーシャはもちろん、コーヴィルもミミも怒っているな。

 

 

 

「全く、躾のなっていない者どもだな。不敬罪だな。こいつ等を見せしめにひんむいて殺せ」

 

 

 

ピクリ。

 

 

 

俺とゾリアの気配が変わる。

 

 

 

不敬罪。

 

 

 

ラノベのクズ貴族が大義名分で振り回す伝家の宝刀。流れに漏れず、というか、このバルバロイ王国にも制定された法律の中に文言がある。

 

つまり、ハッタリじゃなければ、少なくとも貴族の当主に名を連ねるものだと言う事だ。だが、あんなクズの取り巻き連れている若造なんて見たことがないけど。少なくとも王城の集まりに居なかった事は確かだ。

 

 

 

「不敬罪が何よっ!」

 

 

 

サーシャがさらに怒鳴り声を上げる。

 

対応としてはまずいな。どれだけクズ貴族だろうとも、不敬罪の言質を取られるのはマズイ。

 

人付き合いなどの教育って、それも俺の仕事なんだろうか?

 

 

 

だが、相手は相当いかれた連中のようだ。

 

 

 

「我がゴキナゾール男爵家に楯突くとは、万死に値するなぁ」

 

 

 

若造がサーシャたちを見下しながらほざく。

 

ゴキナゾール? 殺虫剤かなんかか? それでもってそんな男爵聞いたことないが。

 

 

 

「じゃあ坊ちゃん、不敬罪って事でいっちょ殺っちまいますか」

 

 

 

「不敬罪は死刑だ。殺れ」

 

 

 

「あばよ子猫ちゃんども!」

 

 

 

いきなり剣を抜いて振り上げる取り巻きの一人。

 

冒険者ギルド内で武器を抜くとは、マジでどうかしている連中だな。

 

 

 

ブンッ!

 

 

 

俺は花豆茶を飲んでいた木のジョッキを剣を振り上げた男の右手めがけて投げつける。

 

 

 

ガツンッ!

 

 

 

「ぐわっ!」

 

 

 

ものの見事に木のジョッキは男の右手甲を直撃する。その衝撃で剣を取り落とす男。

 

 

 

「ヤーベ先生!」

 

 

 

真っ先に俺に気づいたコーヴィルが俺の名を呼ぶ。

 

 

 

「冒険者ギルド内で武器を抜くのはご法度だ」

 

 

 

俺はテーブルを立つと、若造の前に歩み出る。

 

ヴォーラがあのままコイツらに攻撃を仕掛けていたら、正拳突き一発で良くて肋骨ボキボキ、悪いと内臓が木端微塵で死亡間違いなしだ。

 

 

 

「なんだぁ、貴様? 貴様も俺に逆らうと言うならば不敬罪で死刑だなぁ」

 

 

 

ニタニタとイラやしい笑みを浮かべながら宣う若造。

 

すごいな、不敬罪のオンパレード、バーゲンセールだぞ。

 

俺はチラリとギルドの入口に目線を送る。

 

心得たとばかりにヒヨコが一匹飛んでいく。頼りになるね。

 

 

 

「おい、土下座して僕の靴をペロペロ舐めて泣いて謝れば命だけは助けてやるぞ?」

 

 

 

若造のセリフに取り巻き達がギャハハと笑いだす。

 

 

 

「そりゃいいや、坊ちゃん傑作だ!」

 

 

 

「そうすりゃテメエの後ろの人モドキどもの命も助けてやるよ」

 

 

 

ビクリと身を竦める三人娘と怒りを露わにするヴォーラ。

 

 

 

あ、今なんつった、コイツ・・・? 人モドキ・・・だと!?

 

 

 

ピシリッ!

 

 

 

一瞬空気が固まる様な気配が静寂を生む。

 

 

 

離れた場所で、「あーあ、ヤーベキレさすってどんだけバカなんだよ・・・」とゾリアが頭を抱えているようだが、知った事ではない。

 

 

 

「確かに・・・お前の言うとおり不敬罪だな」

 

 

 

俺がお前の言うとおり、なんて言い方をしてしまったからか、後ろの娘たちに一瞬動揺が走る。違うよ。俺が言いたいのは、自分の行いが自分に返ってくるよ、ということだよ。

 

 

 

「“鏡よ、鏡(ミラー、ザ・ミラー)”。自分の行いはまるで鏡を見る様に自分に返ってくる」

 

 

 

「はあっ?何言ってんだテメー?頭おかしいのか?」

 

 

 

そう言って俺の胸倉を掴もうと近寄って来る男。こいつが後ろの娘たちを「人モドキ」と抜かしやがった。

 

 

 

俺は左手を瞬時に伸ばし、男の頬をわしづかみにして、顎を砕く。

 

 

 

ゴシャリ。

 

 

 

「グギャア!」

 

 

 

砕けた顎のせいで口からおびただしい血を流し喚く男。前屈みになったその後頭部をめがけて左足を高々と上げ、かかと落としでギルドの床に顔面をめり込ませる。

 

 

 

ドゴッ!

 

 

 

「ふぐわっ!」

 

 

 

そのまま男の後頭部を踏みつけたまま、俺は連中を見回し、告げる。

 

 

 

「不敬罪だ。お前ら全員覚悟は出来ているんだろうな? 不敬罪は自分が振りかざしたんだ。振りかざした刃が自分に振り下ろされる可能性を考えていなかったとすればそれはただのバカだろうさ。“鏡よ、鏡(ミラー、ザ・ミラー)”、正しく言葉通りだな」

 

 

 

「ふ、ふざけるな! こいつを殺せ!」

 

 

 

若造の言葉に一斉に武器を抜いて襲い掛かって来る取り巻き四人。一人高速で沈めても向かって来る根性があるとは、ある意味あっぱれ・・・いや、実力差も気づけないただのバカだな。

 

 

 

前にいた二人をそれぞれ武器を持つ利き手を肘から逆にへし折ってやり、どてっ腹に蹴りを入れる。これで二人が瞬時にダウン。後ろの二人はそれぞれナイフを抜いていたが、固まって動けなくなった。

 

 

 

そのまま俺は若造の胸倉を左手で掴み、引き寄せる。

 

 

 

「ひっ!僕に何かあったら、パパが黙ってないぞ!僕のパパは男爵なんだぞ!」

 

 

 

喚き散らす若造の胸倉を掴んだまま往復ビンタをかます。

 

 

 

バシンバシン!

 

 

 

「うぎゃ!」

 

 

 

「おい、そこの二人」

 

 

 

「「ははは、はいい!」」

 

 

 

「今すぐコイツの親とやらを連れて来い。ここに今すぐだ」

 

 

 

「いいい、今すぐですか?」

 

「それはいくら何でも・・・」

 

 

 

「親が来るまでずっとこいつに往復ビンタかましているから。あまり遅いとコイツの首が取れちまうかもな」

 

 

 

喋っている間もずっと往復ビンタしている。

 

うぎゃ!とか、おげっ!とかうるさいが、気にしない。

 

 

 

「た、たぢけて・・・」

 

 

 

「い、急いで連れてきます!」

 

 

 

そう言ってギルドを飛び出して行く二人。

 

 

 

「よう小僧。早くパパが来てくれるといいなあ?」

 

 

 

そう言いながら往復ビンタ。ばしばし。

 

 

 

「ふぎゃ!ぐげっ!も、もうゆるぢて・・・」

 

 

 

「はて? お前は自分で言ったじゃないか。不敬罪だと。だから死刑なんだろ?」

 

 

 

「そ、そうだぞ・・・僕にこんなことして、お前は不敬罪だ!死刑確定だからな!」

 

 

 

口と鼻からダラダラ血を流しながら喚く若造。汚ねーな。

 

 

 

「だから、お前が不敬罪で死刑なんだよ。わかりやすいだろ?」

 

 

 

「はへ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくして、馬車の急停車する音が聞こえた。こいつのパパとやらが到着したのかな?

 

 

 

「どこだ!ワシの息子に暴力を振っているのは!」

 

 

 

髭面ハゲ親父が部下らしき騎士っぽい奴ら三人と共に飛び込んできた。

 

 

 

「お前か!ワシの息子に暴力を振るったなどと、冒険者風情が貴族を舐めおって! 正しく不敬罪じゃ!即刻コヤツを切り捨てよ!」

 

 

 

部下の騎士らしき連中にどなるオッサン。

 

 

 

「貴族は正しく貴族の当主の事を指す。その息子や配偶者は家族としての地位を認められているが、貴族の当主ではない。そのため、バルバロイ王国においては不敬罪を息子への対応をもって直接問うことは出来ない」

 

 

 

俺だって貴族のはしくれだからね。ちゃーんとお勉強したのよ。これホント。

 

 

 

「馬鹿が!こざかしい知恵を振りかざしおって!ワシが不敬罪と言うのだから貴族のワシが法律じゃ!貴様は不敬罪で死刑じゃ!」

 

 

 

実の所、不敬罪だから必ず死刑という決まりはない。貴族当主がその不敬罪により処断を決められるとある。まあ、その場で切って捨てることが昔は往々にしてあったらしいけど。今もこんな感じの貴族って、さすがにバルバロイ王国では珍しい、というか見たことない、というか。あのプレジャー公爵でさえ、もう少し真面まともだった気がする。

 

 

 

「そうか、不敬罪で死刑か」

 

 

 

「そうじゃ!貴様は死刑じゃ!冒険者ごとき、ワシの一存でどうとでもなる事をしれい!」

 

 

 

愉悦見まみれた汚ぇ顔で笑うオッサン。

 

俺はオッサンの息子である若造を掴んでいた手を離す。

 

どさりと俺の足元に落ちる若造。

 

 

 

「おお、早く息子を助けろ!」

 

 

 

だが、俺は騎士らしき男たちが動くより早く若造の頭をドゴッと踏みつけて床にめり込ませる。

 

 

 

「ふぎゃ!」

 

 

 

カエルが潰れたような声が聞こえたが、気にしない。

 

 

 

「な、何をするんじゃ!」

 

 

 

「“鏡よ、鏡(ミラー、ザ・ミラー)”。正しく自らの行いは自らに返ってくるのだよ」

 

 

 

「はあっ?」

 

 

 

きょとんとしたオッサン。まるで馬鹿を見るような目つきをしているが、馬鹿はお前だからな。

 

 

 

俺は胸元から取り出すふりをして亜空間圧縮収納から自分の伯爵の身分を証明する貴族証をを取り出す。装飾の施された短剣である。伯爵と辺境伯はこの短剣がモチーフになっているらしい。男爵と子爵の時は準備が間に合わなかったので貰わなかったからどんな形が見てないけど。

 

 

 

「・・・え?」

 

 

 

ポカンとして状況が飲み込めないオッサン。

 

 

 

「だから、お前ら全員、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だから不敬罪で全員死刑?だっけ? お前らが決めたことだからな? 俺に文句言うなよな?」

 

 

 

王家の紋章が入った細工の複雑な短剣を見て、やっと自分が誰に啖呵を切っていたのか、身の程を知ったオッサンが顔面蒼白で土下座する。

 

 

 

「は、ははは、伯爵様とは露知らず、大変申し訳ございませんでしたぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 

「「「えええっ!?」」」

 

 

 

連れてきた騎士らしき連中が驚くが、オッサンが怒鳴りつける。

 

 

 

「貴様らも頭を下げんか! は、伯爵様であらせられるぞ!」

 

 

 

「「「は、ははぁぁぁぁ!」」」

 

 

 

なんだろう、コレ。こんなイメージどこかで・・・。

 

あ、思い出した。水戸〇門だわ、コレ。




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第241話 一応体面は大事にしておこう

どこぞの黄門様よろしく、伯爵の身分を示す短剣を見せたところ、即座に這いつくばる様に土下座を敢行してきたゴキナゾール男爵。短剣の意味が分かると言う事は、一応本物の貴族なんだろうな。パチモンの自称貴族じゃなくて。

 

「伯爵様とは露知らず!大変申し訳ございません!何卒!何卒平にご容赦を!!」

 

パパなる人物がべったり床に頭突きするかの如く土下座する。

うーん、立場が変わればこうも人は変われるものなのか。

有名なコーモン様はこの土下座光景を毎回見てどう思っていたのだろう?毎回毎回一件落着、はっはっはって笑ってた気がするけど・・・って、ドラマの話だな、それは。

 

 

 

「いや、平にご容赦も何も、自分たちがそう言っていたんじゃないか。不敬罪は死刑だと。別に俺が決めたわけじゃないぞ」

 

あくまでもお前たちの責任ですよ?と説明する。

 

「伯爵様とは知らなかったんです!」

 

弁明するゴキナゾール男爵パパ。

 

「うーん、相手によって態度が変わり過ぎじゃないか? さっきまで死刑死刑と騒ぎ立てていたじゃないか。それにその前の貴様の息子も酷かったな」

 

「申し訳ありません!」

 

「たまたま俺が伯爵であったから頭を下げているが、この危機を凌いだら、また平民相手に不敬罪だと騒ぎ立てて暴力を振るったり、その命を奪ったりするのか? 今後の展開を考えると、世の中の平民の皆さんのためにもここは一つさっくりと・・・」

 

俺は遠い目をしながら顎を擦って考える。

 

「いやいやいや!今後は心を入れ替えて精進させて頂きますので!どうか!」

 

ゴキナゾール男爵の必死の弁明を聞き流しながらしばらく待つ。

 

すると、

 

「こちらですか?伯爵様に不敬罪を働いたという犯罪者は?」

 

冒険者ギルドにドカドカと入って来たのは王国騎士団の面々。

その先頭はまさかの王国騎士団副団長のダイムラーであった。

 

「あれ?副団長のダイムラーさんじゃないですか」

 

ヒヨコに不敬罪で逮捕して欲しい連中がいるからと王国騎士団に連絡しに行ってもらったが、まさか副団長のダイムラーが直々に出張って来るとは思わなかった。

 

「そりゃ、ヒヨコからの連絡ですからね。『救国の英雄』殿へ不敬を働く者どもなんて、国家反逆罪と同じじゃないですか」

 

爽やかに俺への不敬を国家反逆罪と断罪するダイムラー。ハンパないね。

 

「「「えええっ!?」」」

 

土下座組が驚きの声を上げる。

 

「きゅ・・・救国の英雄って・・・」

 

アホ息子が顔を上げて俺をポカンと見る。

 

「ま、まさか・・・プレジャー公爵の王都簒奪を阻止して、カッシーナ第二王女と来週結婚すると言う・・・」

 

パクパクと口を開けて俺を指さす男爵パパ。

 

「「「本物の英雄! ヤーベ・フォン・スライム伯爵ぅぅぅぅぅ!?」」」

 

土下座組が全員上半身を起こして騒ぎ出す。

本物の英雄とか言われると照れるな。

 

「なんだ、そんなことも知らずにこの方にケンカを売ったのか?命知らずなヤツだな」

 

呆れかえるダイムラー。

 

「「「ひええっ!?」」」

 

縮み上がる土下座組一同。

 

「じゃ、いつも通りに」

 

ダイムラーに俺は告げる。

 

「了解致しました」

 

そう言って土下座組を立たせ、縄を打って行く騎士団の面々。

 

「い、いつも通りって?」

 

アホ息子が怯えながら問いかけてくる。

 

「ふむ、このまま牢屋に連行して頭を冷やしてもらい、二日間しっかり反省してもらって・・・」

 

その説明に反省すれば許されるのだと安堵が広がるゴキナゾール男爵一同。

 

「三日目に打ち首だな」

 

「「「ひええええっっっっ!!!」」」

 

容赦ないダイムラーの説明に泣いて許しを乞う一同。だが、耳を貸すことなく引っ立てて行く騎士団。

ギルドを出ていく一同を見送って、俺はやっと一息つく。

 

「おいおい、ホントに首を落とすのかよ?」

 

近くまで来て耳元で問いかけるゾリアに笑って答える。

 

「そんなことするか。三日目に死刑直前に俺から恩赦が出たぞ、って説明する手筈なんだ。これに懲りたら馬鹿なことするなよ、真面目にやれよ、もう戻って来るなよってセリフ付きで」

 

俺の説明にゾリアが声を上げて笑う。

 

「まったく・・・、お前って奴は役者だな」

 

「メンドクサイが、貴族って奴は体面も大事らしくてな」

 

俺は苦笑いしながらゾリアに告げた。

 

「まあ、尤も再び逆恨みして牙を剥くようなヤツには容赦せんけどな」

 

それこそ、きっと恩赦で釈放されても情報部がしばらく調査対象として監視してると思うけどね。

 

 

 

さて、あの後貴族たちへの態度が悪かったサーシャたちを叱ったのだが、なかなか納得しなかった。実にメンドクサイが、自分たちでいかようにしてもピンチを潜り抜けられるならケンカしてもいいと言ったら押し黙った。媚びへつらう必要はないが、戦略的撤退という言葉も覚えてもらいたい。後、君子危うきに近寄らず、と三十六計逃げるに如かず、だな。うん、教える事がまだまだいっぱいだ。

 

それはともかく、これから王城へ向かう。

 

昨日ドラゴニア王国への対応内容を纏めてもらうのを丸投げしたからな。

昨日一日でまとまっているだろう。

それを確認した上でドラゴニア王国の責任者たちと折衝した上で国王バーゼルを返すかどうか決めるわけだ。

 

・・・ドラゴニア王国の責任者たちがなぜバルバロイ王国の王都バーロンで話合いできるのかって?

 

昨日の段階でヒヨコが手紙を届けたからね。ドラゴニア王国の責任者たちに。

 

今日朝一でワイバーンの籠に乗ってバルバロイ王国に移動するから、話し合いに参加するお偉いさんは集まる様に伝えておいた。バーゼルが今軟禁状態にいる事も伝えてね。

 

一応バーゼルが頭に被っていた王冠を手紙と一緒に持たせてあるから、信憑性はあると思うんだが。

 

後、山の中で立ち往生している歩兵団も手紙を渡して、狼牙達に下山の案内をさせている。

 

今日中には王都近くの平原に集まれるだろう。こちらにも国王バーゼルを捕らえている事を伝えると、比較的おとなしくこちらに従った。まあ、何かあれば一気呵成で立ち上がるつもりかもしれんが。今は大人しくしてくれるならそれでいい。

 

さてさて、ドラゴニア王国とうまく話し合いが締結してくれるといいけどね。

 

 




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第242話 国家間の取り決めを行おう

 

「果たして、鬼が出るか蛇がでるか・・・」

 

 

 

国務大臣のパーシバルは籠の中で揺られながら溜息を吐いた。

 

 

 

「鬼や蛇程度ならば退治すればすむのだがな」

 

 

 

腕組みしながらむっつりと呟く軍務大臣のガレンシア。

 

 

 

ドラゴニア王国国王バーゼルが捕らえられて、まともに戦端が開かれる前に戦争が終結、ドラゴニア王国の敗北を告げられたドラゴニア王国の責任者たち。

 

最初は「ふざけるな!」とばかりヒヨコの手紙に激昂した責任者たちだが、国王の王冠と、バーゼルが持っていた魔導通信機での話、そして、ドラゴニア王国の王都を現在スライム伯爵直属のヒヨコと狼牙族、そしてコントロールされたワイバーンがグランスィード帝国からの侵攻を守っていると言う真実。

 

これらの状況を突き付けられたドラゴニア王国の責任者たちは話し合いに応じないわけにはいかないと腹をくくった。

 

 

 

国王バーゼルはすでに捕らえられ、グランスィード帝国に睨みを効かせている戦力を反対に王都に向けられればドラゴニア王国としては対応する術がないのだ。

 

 

 

「それにしても、ワイ、確実にクビやな~、ワイバーン取り上げられたらオマンマ食い上げやで、ホンマ」

 

 

 

一同の中でも最も肩を落とし、落ち込むのは竜騎兵隊長のドワルーであった。

 

 

 

何せワイバーンを取り上げられている今、ドワルーには指揮する兵団が無いのだ。

 

ちなみに国防大臣のノルテガは留守番を強行に主張したのだが、無理矢理籠に押し込められて連れて来られていた。

 

 

 

「敵国にて話し合い・・・皆殺しの予感がする!」

 

 

 

不吉な事しか言わないノルテガの首を絞めて黙らせたいと思う一同であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やがてワイバーンは高度を下げ、バルバロイ王国王都バーロンへと到着する。

 

比較的静かに籠は地面に着き、ワイバーンが地上に到着する。

 

 

 

籠は外から鍵を開けるタイプのため、開けられるのを待つ一同。

 

 

 

ガシャリと閂が外される音がして籠の扉が開いた。

 

そこにはフルプレートを纏った精鋭そうな騎士たちがずらりと並んでいた。

 

 

 

「ようこそバルバロイ王国王都バーロンへ。私は皆様の案内役を務めますグラシア・スペルシオと申します。よろしくお願いします」

 

 

 

ひと際輝いた鎧を身に纏った騎士が挨拶してくる。

 

 

 

「バルバロイ王国騎士団長のグラシア殿が案内役とは・・・」

 

 

 

軍務大臣であるガレンシアはバルバロイ王国の戦力にも精通していた。

 

まさか騎士団最強の男がわざわざ案内役とは、些か訝しんだ。

 

 

 

「ははは、お気になさらず。此度の戦・・・といいますか、小競り合いは特に騎士団の出番がありませんでしたので、暇を持て余しておりまして」

 

 

 

「・・・」

 

 

 

国務大臣のパーシバルは開いた口が塞がらなかった。

 

こちらは<古代竜エンシェントドラゴン>まで繰り出したのである。

 

それを、ただの小競り合い、と切って捨て、あまつさえ出番が無かったから暇だと言い切られたのである。ドラゴニア王国の責任者たちは一言も言い返すことが出来なかった。

 

 

 

「おうグラシア殿、そちらがドラゴニア王国から来られた皆さまかな?」

 

 

 

「あ、これはヤーベ卿」

 

 

 

畏まって挨拶しようとしたグラシアをヤーベは手で軽く制した。

 

 

 

「これから大会議室にご案内する予定です」

 

 

 

「そうか、遠路はるばる来られたところ恐縮だが、すぐご案内して頂こうか。飲み物だけは準備するように給仕に伝えてあるから、席に着いたら一息入れてもらうといい」

 

 

 

「わかりました。では皆さまこちらへどうぞ」

 

 

 

グラシアが歩いて行く後ろをついて行く一同。

 

 

 

「・・・グラシア殿、先ほどの御方はどなたかな?」

 

 

 

国務大臣のパーシバルはグラシア団長に問いかけた。

 

王国騎士団の団長と言う地位にある男が、かなり丁寧に対応しようとした人物。

 

貴族には間違いないだろうと思うのだが、パーシバルの持つ情報の中にあの男のものはなかった。

 

 

 

「あの御方はヤーベ・フォン・スライム伯爵です。会議にもご参加の予定です」

 

 

 

「は、伯爵ですと!」

 

 

 

パーシバルは驚きを隠せなかった。

 

隣国とは言え、バルバロイ王国における伯爵クラスの人間はすべて把握しているつもりであった。

 

また、名前を聞いても何も記憶に引っかからない。男爵や子爵で活躍したという情報も持ち合わせていない。

 

 

 

「ご存じないのも無理ないでしょうね。彼のヤーベ卿は王都に訪れて僅か六日で伯爵に任じられた、正しく「救国の英雄」なのですよ」

 

 

 

その瞬間、ドラゴニア王国の責任者たちは稲妻に打たれたように理解した。

 

なぜこのバルバロイ王国を狙った電撃的侵攻戦略が破られたのか。ワイバーンの異変、<古代竜エンシェントドラゴン>の無力化など、信じられないことの数々を裏で仕掛けていたのが、件の男だったのではないか・・・と推測できたのだ。現れて僅か六日で伯爵に任じられるほどの能力。途轍もないバケモノを敵に回してしまったのだと、今さらながらに肝が冷える思いだった。

 

・・・尤もノルテガだけはピンと来ていなかったようだが。

 

 

 

パーシバルやガレンシアは実際その目で見ている。ワイバーンが忽然と姿を消した事。なぜか舞い戻って来てグランスィード帝国の方を向いて睨みを効かせ、王都を守っている事。その首に隷属の首輪が付いていない事・・・・・・・・。竜騎兵隊長ドワルーの言う事を全く聞かない事。それらの原因がこれで腑に落ちたのである。

 

そして更なる疑問が押し寄せる。その男はどうやってかは知らないが、ワイバーンを完全に使役しており、なぜか我々ドラゴニア王国を守ろうとしているらしいと言う事を。

 

 

 

「・・・何も安心できる材料はないのだが・・・」

 

「うむ・・・何とか最悪の状況だけは回避できそうな希望が生まれてきたな・・・」

 

 

 

そう、パーシバルもガレンシアも今、大きな希望が生まれたと思っていた。

 

ドラゴニア王国を殲滅したければ帝国の侵攻を止めなくてよかった。

 

それを止めたと言う事は、少なくともドラゴニア王国に価値を見出しているという事に他ならない。ならば、自分たちが国王と共に生き延びる可能性が見えてきたと言っても過言ではあるまい。

 

呼び出しておいて戦争責任を問わせ、並んで打ち首と言う可能性も無くはないが、そこまで面倒なことをする必要が感じられなかったことも大きかった。

 

それだけ、その男に手玉に取られたと言う感覚がパーシバルとガレンシアを包み込んだのである。

 

だが、二人が感じた希望など、ほんの序の口であったことが後で明らかになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こ! ・・・これは・・・」

 

「本気・・・なのか・・・?」

 

 

 

案内された大会議室。そこにはすでにバルバロイ王国国王ワーレンハイドとその后リヴァンダ王妃、その息子であるカルセル王太子、そして来週結婚が発表されているカッシーナ第二王女の王族が揃っていた。そして宰相ルベルク、公爵家からドライセン公爵、侯爵家から、キルエ、ドルミア、エルサーパ、フレアルトの四家が、そして西を守るコルーナ辺境伯が席についていた。案内されたドラゴニア王国の責任者である国務大臣のパーシバル、軍務大臣のガレンシア、竜騎兵隊長ドワルー、国防大臣ノルテガ、参謀秘書のセーレンの五人ともが着座する。そこへヤーベに連れられてドラゴニア王国国王バーゼルが会議室にやって来た。

 

バーゼルは特に手を縛られたりせず、普通の状態で連れて来られていた。

 

 

 

「おおっ!バーゼル国王陛下!」

 

 

 

思わず立ち上がって声を上げてしまうガレンシア。

 

他の一同も無事なバーゼル国王の姿を見て安堵してるようだった。

 

 

 

「他国の国王陛下の前ですよ、少しご自重ください、ガレンシア軍務大臣」

 

 

 

セーレンと呼ばれた女性秘書官は落ち着いた声でガレンシアを窘めた。

 

 

 

「う、うむ」

 

 

 

席に座り直すガレンシア。

 

 

 

「バーゼル国王はあちらにお座り下さい」

 

 

 

案内して来たヤーベはバーゼルに席を指示した。だが、

 

 

 

「お、俺はアニキの横に座りたいと思っているのですが・・・」

 

 

 

子犬が捨てられそうな感じの目を向けて来るバーゼルに引き気味のヤーベ。

 

 

 

「いやいや、今は国家間の話し合いを行いますので、陛下はあちらに・・・」

 

 

 

そう言って再度席を指示され、肩をガックリと落として席につくバーゼル。

 

その様子を見て、全員が一体どうしたのかと驚いた。

 

 

 

そして、会議の挨拶を終え、早々にワーレンハイド国王から提示されたその内容に驚いて冒頭の反応になったのである。

 

 

 

その書面内容はこうだ。

 

 

 

バルバロイ王国とドラゴニア王国間における国家間友好条約の締結について

 

 

 

その1.バルバロイ王国王国の今回発した宣戦布告に対する一連の騒動に置いて、バルバロイ王国はドラゴニア王国へ一切の賠償責任を問わないものとする。

 

 

 

その2.ドラゴニア王国の食糧事情を鑑み、協議の上バルバロイ王国よりドラゴニア王国へ食料援助を行うものとする。詳細は別途閣議会議で決定する。

 

 

 

その3.ドラゴニア王国の農業事情を鑑み、土壌改善ややせた土地でも育ちやすい作物の選定など、農業改革に協力するものとする。詳細は別途閣議会議で決定する。

 

 

 

その4.ワイバーンに関しては、今後ドラゴニア王国の警備を担当するためバルバロイ王国側より管理者を含め無償で貸し出す事とする。その責務は必要に応じて管理者に運用要望を提示し、許可を得る事。但し侵略戦争に力を貸すことはしない。また、ワイバーンの厩舎及び食事等維持メンテナンスにかかる費用はドラゴニア王国側にて負担する事とする。

 

 

 

その5.ドラゴニア王国国王陛下バーゼル・ドラン・ドラゴニア八世を今この時を以て無条件で解放するものとする。

 

 

 

その6.バルバロイ王国、ドラゴニア王国は友好な関係を築けるよう、今後は定期的に閣議レベルで会議を設け、情報交換を行い、意見を出し合って友好な関係を保つこととする。

 

 

 

その7.今後永久に両国間に友好が保たれるよう、この国家間友好条約には期限を定めないものとする。

 

 

 

 

 

 

 

大まかにはそのような事が書かれていた。

 

 

 

「どういう事なのです・・・ワーレンハイド国王」

 

 

 

国務大臣のパーシバルは自分の頭では理解が追い付かなかった。

 

 

 

「どういう事とは? そこに書いてある通りだが」

 

 

 

笑みを絶やさないワーレンハイド国王。

 

 

 

「宣戦布告して、貴国へ攻めておきながら、一切の責任を問わず、国王も解放され、あまつさえ食料援助と農業改善の技術提供も頂ける。我らに属国になれとおっしゃられているのですかな?」

 

 

 

えらく穿った見方だが、条件が良すぎると人間怖くなるものなのだろうか。

 

徐にヤーベは席を立ちあがる。その動きに一同の視線が集まる。

 

 

 

「あんまり難しい事考えなさんなよ。みんなでハッピーに仲良くやりませんか? そう言っているだけの事さ」

 

 

 

ヤーベは笑顔でそう説明した。ほとんど一同が呆気に取られてる中、王族の三人が苦笑して、カッシーナだけが美しく微笑んでいた。

 

 




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第243話 みんなハッピーになればいいじゃんと説明しよう

 

「いや・・・みんなでハッピーにって・・・」

 

 

 

一瞬、パーシバルは何を言われているのかわからなかった。

 

 

 

「う~ん、俺は何か難しい事を言っているか?」

 

 

 

俺は首を傾げる。うーん、条件が良すぎると、人は信用しなくなるものなのだろうか?

 

こちらとしては、戦争は水に流して苦しい状況は改善提案をするから、仲良くやって行こうよ、と言いたいだけなのだが。

 

 

 

「いや、こちらは貴国へ攻め入った経緯があるわけで・・・」

 

 

 

しどろもどろに説明するパーシバル。

 

 

 

「うーん、ホラ、よくあるだろ? 男同士、殴り合って喧嘩したけどその後スッキリした感じで肩組んで仲良くする感じ?」

 

 

 

漢字の『漢』と書いて『おとこ』と読むあれだな。後、『強敵』と書いて『とも』と呼ぶパターンね。

 

 

 

・・・尤も一方的に攻めてきたのを返り討ちにして一方的にボコった感じがするしな。

 

殴り合ってスッキリした感じはしないよね。

 

 

 

「イヤイヤイヤ! 国家間の話ですから! だいたい、こちらが一方的に攻めて、一方的にやられてますよね?」

 

 

 

いや、国務大臣のパーシバルさん、説明が的確ですから。

 

その論理でいうと、ドラゴニア王国無くなっちゃいますけど?

 

 

 

「アンタ、一体何が目的なんだ?」

 

 

 

軍務大臣のガレンシアがジッと俺の方を見る。

 

 

 

「大陸の平和が一番だろ?みんな仲良くハッピーが目的っておかしいか?」

 

 

 

俺は立ったまま腕を組んで問いかける。

 

 

 

「お前に何の得があるんだよ? そこがわかんねぇ」

 

 

 

訝し気に俺を睨むガレンシア。

 

 

 

「お前はドラゴニア王国の重鎮だろ? 金もある程度あるだろう。まだ他に何か自分の欲望溢れてるのか? 大陸統一とか?」

 

 

 

「ばっ! 馬鹿野郎!そんなこと考えるか!」

 

 

 

ガレンシアがいきり立つ。

 

 

 

「じゃあ、別にいいじゃねーか。国同士が仲良くなって、国民が笑顔で暮らせるようにお互い生活改善に協力しましょうって話さ。ある程度金儲けの話も絡んで来るんだろうが、国同士の友好に比べれば微々たるものさ」

 

 

 

俺は屈託のない笑顔を浮かべて説明する。

 

みんな難しく考えすぎなんだよ。

 

裏をかくとか、相手を騙すとか面倒臭い。

 

尤も、いまだに大陸統一とか抜かしたら叩き潰すけどな。

 

後、どこかの国で暴君とか誕生したら、スッパリ殺りに行こう。

 

折角安寧の時代が始まろうとしているのに、その邪魔はさせないようにしないとね。

 

 

 

「お前・・・本気で言ってるんだな・・・」

 

 

 

呆れたように俺を見ながら呟くガレンシア。

 

見れば女子秘書官?のセーレンと言う女性も俺を見て目を丸くしている。

 

 

 

「そうなのだ!アニキはすげーんだよ!」

 

 

 

国王バーゼルがテンションを上げてパーシバルやガレンシアに捲くし立てる。

 

 

 

「一体どうしたと言うんですか?」

 

「そこの男と何があったんだよ?」

 

 

 

訝し気にバーゼル国王を見るパーシバルにガレンシア。

 

 

 

「おお、ぜひとも聞いてくれ!アニキの凄まじい改革案を!これでドラゴニア王国は変わるぞ!」

 

 

 

そう言って軟禁状態中に俺と話した改革案やアイデアを熱く語るバーゼル国王。

 

あまりに熱く語るその仕草をみて、ワーレンハイド国王たちが苦笑する。

 

ただ、ドライセン公爵や宰相ルベルクなどは多少渋い顔をする。

 

ヤーベの改革案はそんな事出来るなら先にバルバロイ王国内でやってくれよと言いたくなるくらい画期的な物も多かったからだ。

 

 

 

「お・・・おおおおおっ!!!」

 

 

 

国務大臣のパーシバルは感極まって号泣した。

 

周りに見られていようとその涙を止めることは出来なかった。

 

 

 

国務大臣として、ドラゴニア王国の国益確保に全力を尽くしてきた。

 

農業改革ではなかなか作物が育たずに食料不足を改善できなかった。

 

未だに王都ですらスラム街に近い場所もあり、孤児が溢れている実態もあった。

 

それが、改善される。改善に力を貸してくれる。

 

辛く苦しむ国民たちが救われる。

 

その力を貸してくれる男に、裏表がなく、人々が幸せになればいいと、ただそれだけを願っているらしい男。

 

パーシバルは泣いた。もしかしたら食料事情が改善できるかもしれないと感じて。

 

国民たちに笑顔が絶えない生活を送らせることが出来るようになる。

 

この男の事がどれほど信用できるかは不明だ。だが、ワーレンハイド国王を筆頭に王家や上位貴族がこの男を支持しているのだ。

 

胸に希望の光が灯る。信用してもいいのだ。いや、信用すべきだ。信用したい!

 

 

 

夢物語だと誰もが笑うだろう、「みんな幸せに」。

 

だけど、この男は言う。「それを目指して何が悪い」と。

 

目指してもいいのだ。突拍子もない戯言、物を知らぬ愚か者、と蔑まれようと、夢を見てもいいのだ。その夢に向かってもいいのだと、この男は教えてくれた。

 

 

 

パーシバルは机に手を付いて涙をぼたぼたと垂らした。

 

隣に座っているガレンシアも頭をボリボリと掻いて大きく溜息を吐いた。

 

 

 

「こいつぁ、国の運営について苦労しているからな・・・。そんな光り輝く希望を見せられりゃ、こうなるだろーよ・・・」

 

 

 

そして徐に席を立ちあがる。

 

 

 

「バーゼル国王陛下」

 

 

 

「うむ、なんだ?」

 

 

 

「この条約締結に向けて、調整したく思います。よろしいですか?」

 

 

 

「ああ、よろしく頼む」

 

 

 

ガレンシアの言葉を受けて、国王バーゼルは笑顔を向けた。

 

そしてバーゼル国王も立ち上がる。

 

 

 

「よろしくお願い致します、ワーレンハイド国王」

 

 

 

「こちらこそ」

 

 

 

そう言ってワーレンハイド国王も立ち上がり、国王達はお互いの右手でガッチリと握手を交わしたのだった。

 

 




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閑話37 魔王去りて平穏は訪れるのか?(前編)

 

「これで死ねぇぇぇぇ! 魔王ッッッッッ!!」

 

 

 

「また会おう~~~~~」

 

 

 

大火球に包まれながら「また会おう」などと捨てセリフを吐く魔王。

 

死ね!消し炭になってしまえ!

 

 

 

私、ノーワロディ・ルアブ・グランスィードはホッと溜息を一つ吐く。

 

クソよりもゲスな実父とその一族を排除してやっと手に入れた自由。

 

訳の分からない男なぞにお母さんを連れ去られるわけにはいかない。

 

 

 

見れば、「ああ・・・」などと胸に両手を組んで飛んで行った魔王を心配した感じの母が。乙女かっ!

 

 

 

「ちょっとお母さん!しっかりして頂戴!」

 

 

 

私は母に近寄って肩を揺する。

 

 

 

「あら、ロディ。ひどいわ。ホントは貴女に会いに来た人だったからって、お母さんから無理矢理引き離すなんて」

 

 

 

悪びれもせず、拗ねたように文句を言う母。そうやって上目遣いに見られると、本当に少女と言う言葉がぴったりだ。とても私を生んだ女ひとだとは思えない。

 

 

 

「何言ってるの!敵国の間者だよ、あれは!」

 

 

 

と言いながらも、後ろでは部下たちが「ノーワ様が魔王を撃退したぞ!」などと盛り上がっている。そもそもあれが本当に魔王かどうかわかんないけど。

 

 

 

「間者? 確か、戦争なんてあなたには似合わない、みたいなことを言っていたかしら?」

 

 

 

お母さんが顎に人差し指を当て、首を傾げる。ホント天然でカワイイのよね・・・お母さんは。これを計算でやっていたらあざとさマックスだけど、お母さんは素でこんな感じなのよね・・・。

 

 

 

「あ、あの・・・」

 

 

 

おずおずと声がかかるのでそちらを見ると、お母さん付きのメイドだった。

 

 

 

「どうしたの?」

 

 

 

「あ、あの・・・アナスタシア様は、体調は大丈夫なのでしょうか・・・?」

 

 

 

そう言って心配そうに母を見るメイド。

 

 

 

・・・? そう言えば、先ほどから違和感なく喋っているし、立ち続けているわね・・・?

 

 

 

あれ?あれ?あれ? 随分寝たきりで、あの暴力男から救い出して、やっと最近落ち着いてベッドから起きたり、部屋付きのトイレに一人で行けるようなトレーニング始めたばかりじゃなかったっけ? どうしてお母さん元気に立ってるの?どうして元気に喋っているの?

 

 

 

「お、お母さん・・・一体・・・?」

 

 

 

どうしたの? 病気、治ったの? そう聞きたかったのに、声が出ない。

 

 

 

「ああ、病気? ヤーベ様・・・・に治してもらったのよ! もう元気になったんだから!」

 

 

 

そう言って両手で力こぶを作り、ガッツポーズを取る母。

 

 

 

治った・・・!? お母さんの病気が、治った!!

 

 

 

「お母さん!!」

 

 

 

常に部下の前では母上と呼び、自分の威厳を保ってきたけど、もう駄目だ。

 

だってお母さんが、もう体調が戻る事は無い、緩やかに死に向かうだけだと医者に言われていたお母さんが元気になったんだから!

 

 

 

私は思いっきり母親に抱きついて泣いた。

 

 

 

「お母さんお母さん!!」

 

 

 

「なーに、ロディはいつからこんなに泣き虫さんになっちゃったの?」

 

 

 

そんな事を言って私を抱きしめて頭を優しく撫でてくれる母。でもいいの。お母さんが元気になって生きてくれるなら、私は泣き虫でいい。

 

 

 

「アナスタシア様、ご体調が回復したようで何よりでございます」

 

 

 

そう言ってやって来たのは王宮付きの医師たちだ。

 

だが、半信半疑と言った感じでざわついている。

 

 

 

「本当に体調が回復されたのですか・・・」

 

「一体いかように・・・」

 

 

 

「母上の言葉を疑うかッッッ!」

 

 

 

思わずキツく叱責してしまう。だって、お母さんの回復を疑うなんて!

 

 

 

「こら、私を心配してくれてるんだから、そんな言い方したらだめでしょ?」

 

 

 

「だって・・・」

 

 

 

ふくれる私に笑みを浮かべてお母さんは説明を始めた。

 

 

 

「なんでも、魔力回路?と言うのが欠損してしまって、うまく魔力循環できなくなって魔力が体内に溜められずに漏れて魔力欠乏症になってたみたいよ?」

 

 

 

「なんですとっ!」

 

 

 

医師団が驚く。私も驚愕した。

 

今までの医師団の説明では、魔力欠乏症により、魔力が体内に溜められず、体が緩やかな死に向かっており、それを止められないとの説明だったからだ。その原因は不明だった。だから不治の病と言われていたのだ。それが、はっきりと原因が分かったと言うのだ。驚くなと言う方が無理な相談だ。

 

 

 

「魔力回路の欠損・・・」

 

 

 

それにしても、その原因を突き止め、いつ回復したのだろう?

 

 

 

「それで、その魔力回路の欠損と言うのはどのように治療をなされたのですか?」

 

 

 

「うーん、すっごい魔力をギュギュ――――ッと流し込んでもらって、詰まってたところがドバーッて感じで、最後はピーンッてなってね、その後魔力が体の中をグルグルーッてね・・・」

 

 

 

うん、わけわかんない。医師団もポカーンだ。お母さん、もうちょっとボキャブラリー頑張って欲しい。

 

 

 

「あ、信じてないわね? いいわっ!見せてアゲル。これがあの人・・・から授かった私の真の力よ!」

 

 

 

そう言って私を抱いていた母は私の体を離すと、少し距離を取る。

 

 

 

「新生アナスタシア、メイクア―――――ップ!!」

 

 

 

ドンッッッッッ!!

 

 

 

「「「「「わあっ!!」」」」」

 

 

 

その場にいた全員がいきなり吹き荒れる魔力嵐に吹き飛ばされる。私は辛うじてひっくり返りそうになる体を両足を踏ん張って支える。

 

途轍もない魔力が母から放たれる。そして背中から大きく美しい翼が。

 

魔力が枯渇していた今までは出せなかった翼が美しく沈みかける夕日に煌めいた。

 

消えゆく落陽の最後の光がまるで母の翼に乗り移るかの如く、光り輝く美しい翼。

 

今まで魔力が枯渇して死にかけていた母とは思えない。本当に母は危機を乗り越えたのだ。

 

 

 

ボフンッ!

 

 

 

急に母が煙を噴く。

 

 

 

「きゅう・・・」

 

 

 

目を回してグラリと倒れる母。

 

 

 

「お、お母さんっ!?」

 

 

 

慌てて抱きとめると、目を回して気絶していた。

 

医師団が駆けつける。

 

 

 

「・・・急に魔力を全力で放ったので、一時的に枯渇したのでしょう。これならば一時的な魔力の使い過ぎと同じですので、安静にしてお休み頂ければ魔力が回復するでしょう」

 

 

 

医師団の説明に私はホッと胸を撫で下ろす。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()だけど、その理由を考えるのは私の仕事じゃない。私はただ、母が元気になってくれたことを喜ぶ事にしよう。

 

神よ、感謝します。私の元に母を残してくださったことを。




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閑話38 魔王去りて平穏は訪れるのか?(中編)

 

「それで、一体どうなっている?」

 

 

 

駐留する軍を一応そのままにし、一度ゴルゴダ・ヤーン大元帥を呼び戻したノーワロディは、早々に主要メンバーを集め会議を開いた。

 

大元帥のゴルゴダ・ヤーンには戦闘における一切の報告を纏めよと指示してあるし、その他の情勢に関しては情報部に徹底的に調査するよう命じた。

 

とにかく現在の状況を確認せねば。

 

 

 

「はっ、報告させて頂きます」

 

 

 

そう言ってゴルゴダ・ヤーン大元帥が報告した内容は脅威であった。

 

 

 

ドラゴニア王国王都の北側周辺5つの村の内、4つを無血占領した後、第二師団の到着を待ったが戻って来なかった事。向かわせた偵察隊が見たものは、第二師団五千が全滅している情景。そこに敵の姿が無かった事。

 

残存兵力二万五千で王都に攻め入ったが、その直前でワイバーン二十頭が王都前に展開されていた事。

 

そして、一度も戦闘を行うことなく、四つの村へ駐留隊を振り分けて報告に戻って来た事、である。

 

 

 

途中までは完全に私の思惑通りだった。無血占領で村を支配できると思ったし、そのあたりに問題はない。

 

だが、質が悪いとはいえ、あの第二師団が全滅したのは全くの想定外だ。村が一つ全滅したと言う方がまだ理解できる。そして不気味なのはその敵の姿が全く見えない事だ。

 

 

 

「情報部、ここまでの補足は?」

 

 

 

私は情報部の調査報告を求めた。

 

 

 

「はっ、こちらでも調査しましたが、第二師団を全滅させた敵の戦力は今だ不明、まったく掴めておりません。ランズの村にも敵戦力が残存している様子はありません」

 

 

 

「一体どういうことなのだ・・・」

 

 

 

思わず私は声を出して呟く。

 

第二師団五千を全滅させるような戦力が、どうしてその姿を全く見せていない?あの狂犬どもを始末するためには倍の兵力でも心もとないと思えるのだが・・・。

 

 

 

「はっ!? まさかワイバーンか!?」

 

 

 

だが、私の想像はゴルゴダ・ヤーン大元帥によって否定された。

 

 

 

「ワイバーンが戦闘を開始したのならば、多少距離が離れていてもわかります。あのワイバーンたちは確かに王都を守る様に展開されておりましたが、あの位置からは動いていない」

 

 

 

百戦錬磨のゴルゴダ・ヤーン大元帥に断言されれば、どうしようもない。

 

 

 

「・・・他に気づいたことは?」

 

 

 

「・・・そうですな、ランズの村では狼らしき獣が数匹飼われているようだと報告がありました。それくらいです」

 

 

 

「・・・狼?」

 

 

 

「犬なら狩猟犬であろうが、狼を飼いならすとは珍しいな」

 

 

 

軍部の一人が呟く。確かに狼は珍しいが、だからと言って狼が五千の兵団を全滅させたりは出来ないだろう。

 

 

 

「後、申し上げるべきか迷う情報ではございますが・・・」

 

 

 

情報部のくせに報告を迷うとは、どういう情報なのか?

 

 

 

「申せ」

 

 

 

「・・・はっ。実はドラゴニア王国王都前に展開されているワイバーンなのですが・・・」

 

 

 

そう言って一旦口を噤む情報部長官。

 

だが、誰も口を挟まず、次の言葉を待つ。

 

 

 

「報告者の見解のようですが、どうも王都周りでごろごろと寝ているように見える・・・との報告が」

 

 

 

「なんだと?」

 

 

 

寝ている?どういうことだ?

 

 

 

「寝ているだと!それでは突撃しておれば蹴散らせたのではないのか!?」

 

「何たる腰抜け兵団か!」

 

 

 

クーデターで私についてレジスタンスメンバーだった新参の大臣たちが口々にゴルゴダ・ヤーン大元帥を暗に批判する。ゴルゴダ・ヤーン大元帥率いる多くの兵団も情報部も旧帝国体勢からの引継ぎなのだ。レジスタンスメンバーからすれば目の上のタンコブの様なイメージなため、何かと風当たりを強くしている。

 

愚かな事だ。私からすれば軍部の大半が旧体制から私についてくれた事こそが大事な事なのだ。

 

 

 

「よせ、例えワイバーンが寝ていたとしても、だからと言って突撃して勝てると言う道理が通じる相手ではなかろう」

 

 

 

ドラゴン、所謂<竜種>の生態はいまだにはっきりわかっていない。ワイバーンは所謂<竜種>の中でも亜種に属するものではとの見解が一般的だ。だからと言ってその戦闘力が我々にとって侮れぬものであることに違いはない。

 

私の一喝に黙る大臣たち。

 

 

 

「もう一点・・・こちらもまだ情報の精査が終わってないのですが・・・」

 

 

 

そう前置きして言葉を続ける情報部長官。

 

 

 

「ランズの村の村民たちが口々に『ヤーベ伯爵のおかげで助かった』、『ヤーベ伯爵に忠誠を誓ってよかった』、『これからもヤーベ伯爵の庇護を受けよう』などと、ヤーベ伯爵と言う名を口にしております」

 

 

 

「ヤーベ伯爵?」

 

 

 

私は首を傾げる。当然のことながらグランスィード帝国にヤーベ伯爵なる人物の名前はない。ドラゴニア王国でも聞いた覚えはなかった。

 

 

 

「ドラゴニア王国にそのような伯爵がいるのか?」

 

 

 

だが、私の質問に情報部長官は首を振る。

 

 

 

「ドラゴニア王国の貴族全員の情報を掴んでおりますが、ヤーベ伯爵なる名前は今まで聞いたことがありません」

 

 

 

情報部長官を含めて、ここにいる全員がヤーベ伯爵なる人物を知らない。これは一体どういうことなのか?何者なのだ、ヤーベ伯爵とやらは。

 

 

 

「そして、最も悪い情報になりますが・・・」

 

 

 

そうして一度口を噤む情報部長官。大事な情報を勿体ぶるのはこの男の悪い癖のようだ。

 

 

 

「ドラゴニア王国はバルバロイ王国に敗北しました。それもほとんど痛打を与えられず、あっさり敗北したとのことです」

 

 

 

な・・・何だと!? ドラゴニア王国がバルバロイ王国に・・・あっさり敗北? 確か事前情報では<古代竜(エンシェントドラゴン)>まで繰り出したとの報告だったではないか・・・。それが、敗北?

 

私の頭はその情報を理解する事が出来ず、真っ白になった。

 

 




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閑話39 魔王去りて平穏は訪れるのか?(後編)

いつも「まさスラ」をお読みいただきまして誠にありがとうございます。
今回の「閑話39」は約7000字近くと通常の私の投稿の倍近い文章量です。
いつまでもノーワロディの会議で引っ張るのもと思い、一気に纏めました。
お時間に余裕のある時にお楽しみいただければと思います。
今後ともコツコツ更新して参りますのでよろしくお願い致します。


「一体どういう事なのだ! なぜあれほどの戦力がバルバロイ王国に敗れるのだ! 大体なぜワイバーンが出撃しておらん!」

 

 

 

私は疑問点の最たる部分をぶちまけた。

 

 

 

「まあまあ、ノーワ様、少し落ち着かれてはいかがか」

 

 

 

そう言って会議室に控えていたメイドにお茶を給仕させる大臣の一人。

 

それどころではないと怒鳴りつけてやりたいが、あまりピリピリするだけでも話は進まないだろう。せっかくのタイミングだし、それに乗る事にしよう。

 

 

 

「ああ、すまない。一杯貰おうか。それで?」

 

 

 

私は落ち着いたふりをして情報部長官に視線を戻す。

 

 

 

大体、<古代竜(エンシェントドラゴン)>が打ち破られたのならば、それを上回る脅威があると言う事だ。何としても暴かねばならないのだ。のこのこと手をこまねいている余裕などない。その脅威が帝国に向けられたら、例え防衛に成功したとしても多大な被害が出る事は想像に難くないのだから。

 

 

 

「実は、これもまだ未確定情報なのですが・・・」

 

 

 

またも勿体つける様に口ごもる情報部長官。

 

 

 

「いいから申せ!」

 

 

 

「はっ! 実は今朝方、ドラゴニア王国王都にて上層部の中でもトップクラスの人間が数人、ワイバーンに吊られた籠に乗ってどこかへ出かけたよしにございます」

 

 

 

「なんだとっ!? 誰だ? わかっておるのか?」

 

 

 

「は、判明しているのは国務大臣のパーシバル、軍務大臣のガレンシアが少なくとも含まれているとのことです」

 

 

 

「な・・・なにっ?」

 

 

 

どちらも重鎮中の重鎮じゃないか。どうしてその二人ともが・・・。

 

 

 

「で、どこへ行ったのだ?」

 

 

 

「現在目下調査中ですが、南下したとの報告もありますので、おそらくバルバロイ王国王都バーレンに向かったものと・・・」

 

 

 

「なっ・・・!?」

 

 

 

のこのことそんな重鎮たちがバルバロイ王国に出向くわけがない。どう考えても戦争責任を取らされて首が落ちる。大体、一戦当たって敗北したとはいえ、それで戦争が終結することなど普通ない。退けられたと言っても全滅したわけでもあるまい。態勢を立て直して打開策を練るのが普通だ。一体何が起きている?

 

 

 

私は机を両手で勢いよく叩くと、立ち上がった。

 

 

 

「洗えっ!! 徹底的に状況を洗えっ!! 僅かな情報も漏らすな! 一体バルバロイ王国に何が起きているのか、なぜドラゴニア王国の重鎮たちを呼び寄せたのか、その全てを洗い出せ!」

 

 

 

「ははっ!すでにバルバロイ王国に送っている諜報部員のリーダーに魔導通信にて指示しております。本日中の情報を朝までに纏めます」

 

 

 

「わかった、明日朝一で再度会議を行う。皆もどのような情報が出るかわからぬ。すぐに動けるように準備しておいてくれ」

 

 

 

「「「ははっ!」」」

 

 

 

私は一度会議を解散した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・お母さん?」

 

 

 

私は休息を取りがてら母の部屋へやって来た。ノックをしても母はおろか、メイドも出て来ないので覗いて見ると、部屋はもぬけの殻であった。

 

 

 

「あっ!ノーワ様!」

 

 

 

母についているメイドの一人が走ってやって来た。

 

 

 

「どうした?」

 

 

 

「アナスタシア様のお姿がどこにも見えないのです!」

 

 

 

「・・・! いつからだ!」

 

 

 

「先ほど、シーツの替えをお持ちした時にはもうお姿が・・・」

 

 

 

「くっ!」

 

 

 

まさか、あの魔王がまた来て母を・・・。

 

そう思ったのだが。

 

 

 

バサリッ。

 

 

 

見れば羽ばたく音がして、部屋の窓が開けられる。

 

そこには母の姿が。窓枠を跨いで部屋へ戻ろうとしている所で、私とメイドと目が合う。

 

 

 

「あ」

 

 

 

「あ、じゃないでしょ!お母さんどこに行ってたの! 心配したでしょ!」

 

 

 

私は母を部屋に引き込むと肩を掴んで揺する。

 

 

 

「ちょ、ちょっとちょっと、ロディちゃん」

 

 

 

私は揺する手を止める。見れば母の手にはどこかで摘んだ花が何本か握られていた。

 

 

 

「それは?」

 

 

 

「ふふん、これ? この花を取りに行ってたの。もう一種類は昨日の夜にコッソリ取りに行ったし」

 

 

 

そう言って花瓶を指さす母。見れば薄いブルーの花が何本か活けてあった。

 

 

 

「・・・と言うかお母さん、夜こっそり抜け出してたの!?」

 

 

 

私のツッコミにしまったという表情を浮かべる母。

 

 

 

「だってだって・・・月下草(げっかそう)の花は深夜しか咲かないんだよ? 咲いてるのを摘んでこないと花は見られないんだから」

 

 

 

目に涙を浮かべていやんいやんと顔を左右にフリフリする母。異様に可愛いわね。

 

 

 

「それにね、この紅草(くれないそう)は別名『落陽(らくよう)の花』とも呼ばれていてね、花言葉が『命尽きるまで貴方を愛します』って言葉なの! そしてねそしてね! こっちの月下草(げっかそう)は別名『月光の花』とも呼ばれていてね、花言葉は『例えこの命尽きても、貴方を思い続けます』って意味なの」

 

 

 

頬を赤く染めて、紅草(くれないそう)で顔を隠そうとする母。

 

 

 

「素敵な気もするけど、重い!重いよお母さん!?」

 

 

 

いきなりそんな花を用意して、相手がどう思うんだろ?

 

・・・て、言うか、相手って・・・まさか魔王!?

 

 

 

「お母さん、一応聞くけど・・・お母さんの想い人って・・・この前の魔王?」

 

 

 

「・・・(コクン)」

 

 

 

「ダメッ!ダメダメダメ!ダメったらダメ!!!!!」

 

 

 

「えー、何で何で何で!?」

 

 

 

ダメを連発した私に涙目になって抗議する母。

 

 

 

「アイツは絶対怪しいから!」

 

 

 

「そんなことないよ、あの人は良い人だもん!」

 

 

 

頬を膨らませてプイッと横を向いて拗ねる母。駄々っ子か!

 

 

 

「何でいい人ってわかるのよ!?」

 

 

 

私は子供にお説教するように母を問い詰めた。

 

 

 

「だって、私の体を治してくれたの、あの人だし」

 

 

 

・・・え!?

 

 

 

「ええっ!? あの魔王がお母さんの体を治してくれたの!?」

 

 

 

お母さんの体を治してくれた・・・まさか、本当にいい人?

 

 

 

「あ、もしかして、ママだけ幸せになろうとしてると思って、拗ねてるんでしょー」

 

 

 

「なっ!?」

 

 

 

ちょっとボーッとした瞬間に明後日の解釈をしだす母。マジで勘弁して!

 

 

 

「大丈夫だよ? ロディちゃんも私と一緒にお嫁さんにしてもらえばいいんだよ!」

 

 

 

「全然大丈夫じゃない!?」

 

 

 

母の斜め上を遥かに超える提案に私は頭痛が止まらない。どこからそんな発想が・・・。

 

 

 

「えーとね、ホラ!これこれ!この恋愛小説だとね・・・えーと、コレ! 母娘(おやこ)ドーン!」

 

 

 

「ブフッ!!」

 

 

 

誰だ!私の大切な母にとんでもない小説読ませたのは! 出て来い! 即刻打ち首よ!

 

 

 

母娘(おやこ)ドーン! だとね、母も娘もとっても幸せになれるんだよ?」

 

 

 

「お母さん!それは何かが違うから!」

 

 

 

私は母の誤解を解こうと一生懸命頑張ったが、母の目は何故か遠いお空の雲を見つめながらニコニコするばかりだった。私は泣きたくなった。

 

・・・あの魔王、今度来たら絶対に殺す!

 

 

 

「フンフンフン~、ヤーベ様~、ヤーベ様~、私はここに~、心はそこに~」

 

 

 

謎の鼻歌を歌いながら摘んできた花を花瓶に活ける母。はあ、頭が痛い。

 

・・・それにしても、ヤーベ?誰それ?・・・まさか、魔王の名前とか? と言うか、どこかで聞いたことあるような・・・まあいいか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、朝一番に会議を始めることにした。

 

冒頭、情報部長官の顔が青ざめており、そのサポートなのか、昨日とは別に二名が席についていた。

 

 

 

「早々に報告を始めてもらおう」

 

 

 

そう言葉を掛けたのだが、長官は目が死んだようになっており、動かない。

 

 

 

「どうした?」

 

 

 

「はっ、長官は心労が祟りまして・・・代わりに私からご報告させて頂きます」

 

 

 

心労が祟るとか、一体どうしたと言うのか。まあいい、話を聞こう。

 

 

 

「バルバロイ王国とドラゴニア王国は永久的な友好条約を結んだよしにございます」

 

 

 

「・・・はっ?」

 

 

 

「バルバロイ王国は今回宣戦布告して攻めてきたドラゴニア王国へ一切の賠償を求めず、戦争責任も問わないと明言致しました。そればかりか、ドラゴニア王国の食糧事情にも触れ、食糧援助と農業の技術改革の協力を約束した模様です」

 

 

 

「ば・・・バカな・・・」

 

 

 

戦争を仕掛けてきた国を無条件で許した上、食料援助と農業技術改革を協力する・・・そんなことがあり得るのか?

 

 

 

「ドラゴニア王国バーゼル国王も無条件で解放されました」

 

 

 

「・・・、無条件で解放・・・と、言う事はすでにバーゼル国王はバルバロイ王国に捕らわれていたと申すか!」

 

 

 

私の剣幕に臆することなく情報部の担当は「はい」と返事をした。

 

 

 

「しかも、<古代竜(エンシェントドラゴン)>はバーゼル国王の支配下を離れ、バルバロイ王国のある<調教師(テイマー)>の能力を持った伯爵に使役された・・・と報告が」

 

 

 

「な、なんだとおっ!?」

 

 

 

私だけではない、大臣たちからも声が上がる。

 

 

 

「<古代竜(エンシェントドラゴン)>が使役されるなど、そんなバカなことが!」

 

「そうか!バーゼルは魔導器を奪われたに違いない!」

 

「なるほど!」

 

 

 

確かに、そう考えねば納得できるものでもない。だが・・・

 

 

 

「報告では使役の魔導器である『支配の王錫』は破壊され、<古代竜(エンシェントドラゴン)>は支配から解放され、バーゼル国王は殺される寸前だったそうです。ですが、それを助けたのも、その<調教師(テイマー)>の能力を持った伯爵だったそうです」

 

 

 

「馬鹿な!」

 

 

 

私は思わず机を叩いて立ち上がった。

 

信じられない、信じたくない。そんな化け物じみた<調教師(テイマー)>がいるなんて。

 

 

 

「それで! その伯爵とやらは何者なのだ!」

 

 

 

大臣の一人が怒鳴り声を上げる。

 

 

 

「はっ、なんでもスライム伯爵と呼ばれており、『救国の英雄』という二つ名がついているようです。しかも、精霊神の加護持ちだとか、スライム伯爵そのものが精霊神だ、などという話も広まっております」

 

 

 

「何をバカな!」

 

 

 

別の大臣が一笑に付する。私もそう思いたい。

 

 

 

「ヤーベ伯爵・・・という名ではないのだな?」

 

 

 

不意にずっと腕を組んだまま黙っていたゴルゴダ・ヤーン大元帥が問いかけた。

 

 

 

「はっ!今朝までの情報では「スライム伯爵」としか確認が取れておりません。ただ、当然ファーストネームもあるはずですので、引き続きスライム伯爵の情報を集めさせております。スライム伯爵につきましては非常に重要な人物と考えておりますので、会議中ではありますが、新たな情報が入り次第、こちらへ連絡が届く手筈になっております」

 

 

 

その説明に再び考える様に黙り込むゴルゴダ・ヤーン大元帥。

 

 

 

「大元帥殿、なぜそのような確認を?」

 

 

 

大臣の一人が疑問をぶつけた。

 

 

 

「我らの進軍を妨げたのは、間違いなく『ヤーベ伯爵』なる人物であると考えています。少なくともこの人物本人か、その手下が第二師団を殲滅させたと考えて間違いない。そう考えると、我々の進軍をワイバーンで止めたのもこの人物がやったか、少なくとも関与していると思われる」

 

 

 

「・・・なるほど」

 

 

 

「そして、この人物は帝国の伯爵でもドラゴニア王国の伯爵でもなかった」

 

 

 

「・・・まさか!」

 

 

 

大臣の一人が声を上げ、青ざめる。見ればゴルゴダ・ヤーン大元帥にも一筋の汗が見える。

 

 

 

「このヤーベ伯爵とやらが、裏で全てを指揮しているとすれば・・・」

 

 

 

あの歴戦の勇者たるゴルゴダ・ヤーン大元帥をして、声を震わせる人物。

 

 

 

ドサリ。

 

 

 

私は足の力が抜け、椅子に座り込んでしまった。きっと私の顔面は蒼白だろう。

 

私の策は完全に裏目に出た。

 

 

 

国内の掌握が進み、これからの打開策を考えた時、使えないサーレンをうまくドラゴニア王国に送り、バルバロイ王国と戦争させ、その間にドラゴニア王国を乗っ取る。戦争で疲弊したバルバロイ王国をその後に下せば、大陸の西側を制することができ、一大勢力となる。これで東の商業国イーサカを挟んで小競り合いを起こしている東の雄と呼ばれるトランジール王国との戦いも優位に進めることができ、そして大陸最強である東の帝国に肩を並べるまでになるはずだった。

 

 

 

・・・だが、今の状況は最悪だ。完全に思い描いたシナリオを逆手に取られた。今の状況はバルバロイ王国が陥るものであったはずなのに。これではバルバロイ王国はドラゴニア王国をほとんど属国化したような物だ。併呑したのとさして変わらない。そして、その戦力を今度はこのグランスィード帝国に向けることが出来るのだ。背後の憂いも無く。

 

 

 

私はテーブルの上で両手の拳を握る。マズイ!非常にマズイ。今更ドラゴニア王国と和解も出来ない。サーレンも逆に足かせになるだろう。私の打った策はその全てが裏目に出たのだ。

 

 

 

その時、

 

 

 

「・・・ヤーベだと!?」

 

 

 

絶望の淵に立たされた私に母の言葉が思い出された。母の想い人、それは『ヤーベ』。

 

 

 

「どうしたのですか?」

 

 

 

ゴルゴダ・ヤーン大元帥がヤーベの名を口にした私を見た。

 

 

 

「母が・・・先日母を攫おうと我が城に乗り込んできた魔王が「ヤーベ」と名乗ったと・・・母が言っていた」

 

 

 

「なっ!?」

 

 

 

ゴルゴダ・ヤーン大元帥が驚く。

 

第二師団を殲滅した手の者がこの国の中枢である帝都コロネバの女帝ノーワロディ・ルワブ・グランスィードの居城、ゴルゴダード城に姿を現していたことになるのだ。

 

 

 

会議室に重苦しい空気が流れる。そこへ、

 

 

 

「ロディちゃん、いる~?」

 

 

 

ガチャリと扉を開け、のんびりした明るい声で話しかけてきたのは母であるアナスタシアだった。

 

 

 

「母上・・・」

 

 

 

「あら・・・お仕事忙しかったかしら」

 

 

 

「申し訳ありません・・・」

 

 

 

「そう・・・せっかくヤーベ様からラブレターを頂いたから嬉しくってロディちゃんにも報告しようと思って来たのだけれど・・・後にするわね」

 

 

 

そう言って踵を返し会議室を出て行こうとする母。

 

 

 

なに?ちょっと待って!ラブレターですって!?

 

 

 

私は椅子から飛び上がる様に立ち上がった。

 

がたんと派手な音が鳴る。

 

 

 

「は、母上ちょっとお待ちください!」

 

 

 

「な~に?」

 

 

 

「魔王・・・ヤーベからラブ・・・手紙が届いたのですか?」

 

 

 

ラブレターとは認めない。断じて。

 

 

 

「そう!ヤーベ様からラブレター頂いちゃったの!嬉しくて嬉しくて!」

 

 

 

多分その手紙だろう。母は大きな胸に埋める様に大事に両手で握っている。

 

 

 

「一体いつ!どうやって!」

 

 

 

「え?ついさっきよ? 可愛いヒヨコちゃんが咥えて持って来てくれたの!」

 

 

 

嬉しそうに語るアナスタシア。

 

 

 

ヒヨコが咥えて持ってきた?

 

 

 

「ヒヨコ・・・そう言えば、ランズの村の狼達の頭にヒヨコが乗っていたと言う情報も」

 

 

 

「なにっ?」

 

 

 

情報部の追加情報に目を光らせたのはゴルゴダ・ヤーン大元帥であった。

 

 

 

「すみません!ちょっと見せてください!」

 

 

 

そう言って私は母からその手紙を奪い取る。

 

 

 

「あん、大事に扱ってよね! ・・・後、こんなに大勢の皆さんの前で読むの? ママ恥ずかしい・・・」

 

 

 

顔を真っ赤にして俯く母。だか、今は情報が欲しい。早々に手紙を開く。

 

 

 

 

 

「親愛なるアナスタシアへ。

 

 

 

 先日はいきなり現れてすまなかった。君の美しさに見惚れてしまい心がうまく制御できなかった。

 

だが、こうして離れていても君を愛しいと思う気持ちは日々膨らむばかりだ。

 

落陽の中、女神の様に美しかった君を思い出すと、私の心はいつも締め付けられる。ああ、貴女は罪な人だ。私には妻に迎えるべき女性がもう複数おり、今週末には結婚式を挙げねばならないのです。その時に、貴女にもぜひ我が妻の席の一つに座って頂くことができたなら・・・そんな懸想ばかりが浮かんでは消えて行く。

 

こんな私は最低な男だろうか。でも貴女を諦めるなんて、出来そうにもない。

 

 

 

いつか月明かりの下、貴女を迎えに行く。

 

その時は月下の魔術師、とでも名乗ろうか。貴女を奪う、魔術師となろう。

 

その時こそ、永遠の愛を貴女に。それまで壮健なれ。

 

 

 

バルバロイ王国 伯爵 ヤーベ・フォン・スライム」

 

 

 

クソみたいな女ったらしの戯言などどうでもいい。

 

だが、その署名!

 

 

 

「バルバロイ王国、伯爵。ヤーベ・フォン・スライム・・・」

 

 

 

「最悪・・・ですな」

 

 

 

ゴルゴダ・ヤーン大元帥が立ち上がり、テーブルに両手をついて頭を垂れた。

 

ドラゴニア王国の攻勢を碌に被害も出さずに跳ね返し、<古代竜(エンシェントドラゴン)>さえも手懐けた上に、ドラゴニア王国そのものを許し、友誼を結ばせた男。

 

 

 

コンコン、ガチャリ。

 

会議室に情報部の一人が入って来て、今まで長官の代わりに説明していた情報部員に何か耳打ちする。

 

 

 

「・・・確認が取れました。ドラゴニア王国との友誼を結ばせた『救国の英雄』、その名はヤーベ・フォン・スライム伯爵・・・です」

 

 

 

「・・・確定、か」

 

 

 

腕組みをしたまま難しい顔をしたゴルゴダ・ヤーン大元帥。

 

 

 

すべては、このヤーベ・フォン・スライム伯爵の手の上で行われたことだったのである。

 

そして、ドラゴニア王国を手に入れたも同然のこの男が当然次に狙うのは・・・そう、我々帝国なのだ。

 

私が手に入れたかった全ての物を奪い去り、そして私に立ち向かってくる男。

 

ヤーベ・フォン・スライム伯爵。

 

私はひそかに戦慄した。

 

 




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閑話40 ある男の選択

 

「ケッ! ロクな事がねえっ!」

 

 

 

男は毒づきながら、足元の石を蹴った。

 

男は生まれてからずっとツイていない、そう思っていた。

 

 

 

グランスィード帝国の辺境にある田舎の村で生まれ、貧しいながらも両親は一生懸命畑を耕しながら育ててくれたはずだが、男は常に一獲千金を夢見ていた。

 

常々、「こんなビンボーな村は俺の器に合わねぇ!」が口癖だった。

 

だが、王都に移動するだけの金すら工面できず、生まれた村から少しばかり大きい町に移動するのが関の山であった。

 

 

 

男は定職についても長続きせず、努力を続けることも無く、全てを周りのせいにしながら生きてきた。自分への不当な評価が許せないと考えていた。そして、この状況はまだ自分が本気を出していないだけ、とも考えていた。

 

 

 

このころ、グランスィード帝国ではノーワロディが前帝王ガンタレスを打倒し、統治者が交代した頃であった。この後、王都を中心にグランスィード帝国は平民が住みやすい国へと変わって行くのだが、まだ辺境の町や村への改革の波が届くのはずっと先の事である。

 

男は国内が回復に向かっている事を感じることは無かった。

 

尤もそのような事を感じるほど努力をしているわけでもなかったのだが。

 

 

 

今もなけなしの有り金を闇賭博でスッてしまった帰りだった。

 

 

 

「おい! イテェな! テメエか! 今石ぶつけたのは!」

 

 

 

見れば、チンピラ三人組が男を睨みつけていた。

 

どうやらムシャクシャして蹴った石がチンピラの一人に当たってしまった様だった。

 

 

 

「あ・・・いや・・・」

 

 

 

「テメエ!覚悟は出来てんだろう―な!」

 

 

 

男は路地裏に連れて行かれ、殴る蹴るの暴行を受けてボロボロになった。

 

 

 

 

 

 

 

「ち・・・ちくしょう・・・何で・・・こんな目に・・・」

 

 

 

口と鼻から血を流して地面に転がる男。

 

 

 

「こんな世の中間違ってる・・・みんな消えちまえばいいんだ!」

 

 

 

中々起き上がる事も出来ないほどダメージを受けながらも、怨嗟の声を上げた。

 

 

 

「変えたいかね? 世の中を」

 

 

 

不意に後方から声が聞こえた。

 

男はイモムシの様に地面をはいずり、何とか声のする方へ視線を向けた。

 

 

 

「だ・・・誰だ・・・?」

 

 

 

そこには闇の様に黒いボロのようなローブを纏った男が立っていた。

 

男だと思ったのは、声がしゃがれていたからだった。

 

 

 

()()()()そんなことは君には何の価値も生み出さないだろう。だが、私は君が望めば、君の望みをかなえてやることができる」

 

 

 

「望みを・・・叶える?」

 

 

 

「そうだ」

 

 

 

「何でも・・・か?」

 

 

 

「ああ、きっとお前の望みは何でも叶うようになるだろうよ」

 

 

 

男はあまりにも胡散臭い話だと思った。

 

だが、今の男には失うものがあまりにも無さすぎた。

 

 

 

「このクソッタレな世の中が壊せるなら、何だってやってやるよ!」

 

 

 

「ふふふ・・・何でもか。だがお前が意気込む必要はない。何も難しいことは無い。ある場所へ行って宝玉を手にするだけだ。それだけでお前は巨万の力を得る。気に入らない世界をぶち壊せるほどの力をな」

 

 

 

黒いボロを纏った男の声がまるで魔法の様に男の心に沁み込んで行く。

 

 

 

「・・・それで、俺はどこへ行きゃいいんだ?」

 

 

 

膝を付いてやっと体を起こす男。

 

 

 

「お前の故郷の村の南の森に古びたダンジョンがある。そこの最下層に宝玉がある。それを手に取るだけだ」

 

 

 

だが、男の反応は鈍かった。

 

 

 

「ダンジョンだと・・・? しかも最下層なんて、自殺行為もいいとこじゃねーか!」

 

 

 

男は冒険者ではない。ダンジョンになど潜ればその命は風前の灯火だった。

 

 

 

「ふふふ・・・心配など無用よ。この「退魔の杖」があれば魔物など寄って来ぬよ」

 

 

 

黒いボロを纏った男はどこからともなく、高価な宝石が付いた杖を取り出した。

 

その杖をふわりと宙に浮かせると、男の足元に突き刺さした。

 

 

 

「手に取るがいい。そしてダンジョンに踏み入れたらその「退魔の杖」を掲げるがいい。それだけで魔物は寄って来なくなる。後は最下層の宝玉を手に入れるだけだ」

 

 

 

「こんなお宝を俺に渡して、お前に何の得がある? それに、それほどの力が得られるなら、なぜ自分が行かない?」

 

 

 

男は疑問を呈した。九割九分信じてダンジョンへ向かう気になっていたからこそ、最後の確認も込めて聞いた。

 

 

 

「ははっ! お前が世の中を壊したいと思う程の憎悪を持っているからこそ、お前に声を掛けた。まあ、俺と同類なヤツを見捨てるのが忍びない・・・と言ったところだ。それに、俺がその力をもう持っていないとでも思っているのか?」

 

 

 

黒のボロを纏った男は、そう答えた。

 

男の腹は決まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、男はダンジョンに踏み込んだ。

 

「退魔の杖」の効果か、男に襲い掛かってくる魔物は皆無だった。

 

 

 

「ははっ!こりゃいいや!マジですげーぜ!」

 

 

 

そして男は最下層に着く。

 

通常ならダンジョンボスが存在するはずの大広間にも、魔物はいなかった。

 

男はその事を不審に思う事も無く、大広間の奥へと進んで行く。

 

 

 

男がもう少し周りを気にしたのならば、ここでしばらく前に魔物が倒されたことが分かったかもしれない。壁に飛び散った血や、匂いに気づいたかもしれない。

 

だが、男は高揚した気持ちと思い込みから、その事に気づけなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「ククク・・・これが『宝玉』か!」

 

 

 

男が冒険者ギルドに所属していたら、きっとこれが「ダンジョンコア」であることに気が付いたかもしれなかった。だが、男にはその知識が無かった。

 

男は無造作に「ダンジョンコア」を手に取った。

 

 

 

瞬間、

 

 

 

「ぎゃあああああああ!!」

 

 

 

黒いオーラが吹き荒れ、男を包む。

 

 

 

『ギャハハハハッ! 哀れなイケニエちゃんがやって来たぜぇ!』

 

 

 

声がする。

 

男は知らなかった。ダンジョンには、ダンジョンマスターと呼ばれるダンジョンを管理する存在があるが、長い歳月を存在してきたダンジョンはダンジョンマスターが息絶えてしまう事がある。その場合新たなダンジョンマスターを設ける事がほとんどだが、ごくまれに『ダンジョンコア』と融合し、自分の意識をダンジョンコアに移してその存在を長らえる輩がいた。

 

ダンジョンマスターとダンジョンコアが融合すると、ダンジョン管理は今まで通り行えるのだが、ダンジョンコアはその場所から動いてしまうとダンジョンが崩壊してしまうため、コア自身はその場から離れられなくなる。ダンジョンマスターとしても体が無くなりその意識だけをコアに移した状態になっているので、つまりは意識がダンジョンから外に出られなくなってしまう。

 

 

 

だが、意識を移せる肉体が手に入れば、話は別だ。

 

 

 

『ギャハハハハ! 今からお前の意識を喰らって体を頂いてやるぜぇ!』

 

 

 

「がああああ! 俺は・・・騙されたのか・・・」

 

 

 

男の意識は闇に沈んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くはははは! これで俺はダンジョンコアを動かさずに自由に行動できる」

 

 

 

乗っ取った男の体を確かめる様に色々と動かして見る。

 

 

 

「くくく・・・全力でダンジョンを暴走させ<迷宮氾濫(スタンピード)>を起こしてやる! それも過去にないほどの規模でなぁ!」

 

 

 

高笑いしながら男・・・いや、乗っ取られた元男は歩き出す。

 

 

 

「破壊だ・・・全てを破壊し尽くしてやる・・・」

 

 

 

その元男の目には暗い炎が揺らめいていた。

 

 

 

 

 

 

 

ダンジョンの外―――――

 

 

 

黒いボロを纏った男が離れた位置からダンジョンを見つめていた。

 

 

 

「ククク・・・どうやらうまく行ったようだ・・・」

 

 

 

ダンジョンの雰囲気が変わった事を見て、我が事成れりとほくそ笑んだ。

 

 

 

「これで大陸の西の雄、グランスィード帝国は滅亡待ったなしだ・・・少なくとも大打撃で立ち直れないだろうな」

 

 

 

嫌らしく男は笑うと、踵を返した。

 

 

 

「大陸西の最も強大な国でさえ、この程度で沈む・・・。楽な仕事だな。大陸の統一も大して時間はかからぬだろうよ」

 

 

 

男は闇に解ける様に消えた。

 

 




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閑話41 絶望の淵に沈む帝国

 

あれから数日。

 

ノーワロディはバルバロイ王国のヤーベ・フォン・スライム伯爵を調査するため、情報部の戦力のほとんどをバルバロイ王国に振り向けた。僅かに東のトランジール王国を見張る諜報部員を残したきりだ。

 

 

 

バルバロイ王国からドラゴニア王国の重鎮たちはまだ戻って来ていない。

 

その報告が来る前にドラゴニア王国との関係について対応を協議する必要がある。

 

そのために、二万五千の兵団もドラゴニア王国内の村に駐屯させたままだ。

 

つまり、戦争状態のままなのである。

 

 

 

落としどころを探さなければならない。

 

主要な大臣を集めて協議を繰り返していたのだが、

 

とんでもない情報がもたらされた。

 

 

 

「き・・・北のダンジョンで<迷宮氾濫(スタンピード)>・・・!?」

 

 

 

「そっ・・・それも数万という未曽有の規模だそうです・・・」

 

 

 

真っ青を通り越して、真っ白に見えそうなほど顔色の悪い情報部担当からの報告。

 

 

 

「そ・・・そんな・・・バカな・・・」

 

 

 

ノーワロディは言葉を発することが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

その全てが裏目に出た。

 

ノーワロディは自分がスライム伯爵に恐れをなして東のトランジール王国の動向をチェックしている僅かな人数を残して、情報部のほとんどをバルバロイ王国に振り向けたために自国の北側の領土を見張る人員がいなかったことが致命的なミスを引き起こしたと悟った。

 

まさか、北のダンジョンが<迷宮氾濫(スタンピード)>を起こすなど想定外もいいところではあるのだが。

 

 

 

だが、情報部の人員をバルバロイ王国に振り向けなければ、その<迷宮氾濫(スタンピード)>の予兆も動向も全く掴むことが出来なかった、という事は無かっただろう。だが、もう全ては遅い。今更言っても詮無きことである。

 

 

 

そして、主力の第一師団、第三師団合計二万五千をドラゴニア王国側の村に駐屯させたままで、この王都の戦力は半減しているのだ。

 

まるで、悪魔が全て最悪のタイミングを見計らってグランスィード帝国を滅ぼそうと攻めかかって来ているようだった。

 

 

 

「第四師団、第五師団を急遽編成せよ!帝都の住民を南に逃がすのだ!」

 

 

 

ゴルゴダ・ヤーン大元帥が部下に怒号のような命令を飛ばす。

 

国内の情報がほとんど上がって来なかったところに、急に北のダンジョンが<迷宮氾濫(スタンピード)>を起こした、という報が舞い込んできたのである。

 

帝城はパニックに陥っていた。

 

 

 

「何だと!? 兵団が集まらない? どういうことだ!」

 

 

 

ゴルゴダ・ヤーン大元帥の指示を受けて軍隊の編成に動いた部下が戻って来て告げた事実。この帝都に兵士がほとんどいないと言う事実が発覚した。

 

 

 

「それが・・・、一部の大臣が、ゴルゴダ・ヤーン大元帥が出征している間、魔物の森の開拓や東のトランジール王国国境に近い領地のテコ入れに勝手に兵士を回したらしく、この帝都にまともな小隊すら残っていない状況です」

 

 

 

「ばかなっ!!」

 

 

 

ゴルゴダ・ヤーン大元帥が怒鳴り声を上げる。

 

それはそうだ。軍部最高責任者である自分のあずかり知らぬところで、帝都の防衛のための兵士を勝手に移動した上、帝都の守りを空にしたのだ。ゴルゴダ・ヤーン大元帥は勝手な判断をした連中の首を切り落としたいほどの怒りにとらわれた。

 

 

 

「それで、どれくらい残っている!」

 

 

 

「第四、第五師団の残りが合わせて三百、一応帝城に詰めている近衛師団二千にも手を貸してもらえるよう近衛師団長にも話を通してきました。ノーワロディ様への確認を一応お願いされましたが、最低限をノーワロディ様とアナスタシア様の護衛に残して協力してくれるそうです」

 

 

 

「わかった!」

 

 

 

返事をしたゴルゴダ・ヤーン大元帥がノーワロディに許可をもらいに面会を申し出たのだが、ノーワロディの顔色は真っ青であった。

 

 

 

(やれやれ・・・僅か十六歳の少女では、このような状況は非常に厳しいか・・・だが、これで心が折れてしまってはグランスィード帝国を背負って頂くことも難しくなるやもしれんな)

 

 

 

ノーワロディに詳しい説明をすることなく、独断で兵を動かすことを決めたゴルゴダ・ヤーン大元帥。

 

 

 

「許可は頂けましたか?」

 

 

 

戻って来たゴルゴダ・ヤーン大元帥に声を掛ける部下たち。

 

 

 

「・・・全ては私の責任において兵を動かす。まずは急いで王都の住人たちを南へ避難させるのだ。尤も、焼け石に水でしかないかもしれんがな」

 

 

 

大きく溜息を吐くゴルゴダ・ヤーン大元帥。

 

 

 

「・・・出来る事は全てやりましょう」

 

 

 

「・・・うむ」

 

 

 

部下の言葉にゴルゴダ・ヤーン大元帥は頷くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・なぜ・・・こんなことに・・・」

 

 

 

ノーワロディは泣いていた。帝城のバルコニーから北の平野を見る。

 

その目にも異様な光景が広がっていた。

 

雲霞の如く押し寄せる魔物の群れ。報告では数万、と言う事だった。

 

情報部の手が足りていないため、正確な情報がつかめないのだ。

 

 

 

帝都の戦力の半数以上をドラゴニア王国の村に駐屯させたままにしてあるため、残存戦力が減っている上に、勝手な判断で自分の領地に有利になる様に軍の兵士を動かした一部の大臣たち。

 

どれもこれもノーワロディがドラゴニア王国に戦略を仕掛けなければこんなことにはならなかったのかもしれない。

 

 

 

今、ゴルゴダ・ヤーン大元帥が残存兵力をかき集めて帝都の住人たちの避難を指示しているとのことだったが、果たしてどれほどの人々が生き残れるのだろうか。

 

 

 

そして、ついに荒れ狂った異形の魔物どもが姿を現す。

 

 

 

「そ・・・! そんな・・・」

 

 

 

ゴブリン、オークのようなよく見かける魔物だけではない。

 

オーガ、トロールと言った大型種、マンティコアのような魔獣さえ姿を見せていた。それが正しく数万と言う言葉も決して大げさではないと思えるほどの魔物の群れが帝都へ襲い掛かろうとしているのだ。何をどう考えても、大地を埋め尽くす魔物の群れに対処する術はない。

 

 

 

ガクリ。

 

 

 

ノーワロディは両膝を床に着き、その場に崩れ落ちた。



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第244話 絶体絶命の窮地を華麗に救ってみよう

ものすごくいいところで一日更新が飛んでしまいましたね(笑)
気になっていた方にはお待たせいたしました。
グランスィード帝国絶体絶命の大ピンチ、どうなりますか、物語をお楽しみください。


「大元帥!魔物は帝城すぐそこまで来ております!」

 

 

 

部下の報告にゴルゴダ・ヤーン大元帥は舌打ちする。

 

 

 

「もう時間が無い!ノーワロディ様に脱出頂くように説得してくる!帝城へ魔物が直撃するのをわずかでも防ぐために俺とともに魔物に突撃する決死隊を三百募れ!それ以外は帝都住民の避難を優先させろ!」

 

 

 

そう指示を出すゴルゴダ・ヤーン大元帥だったが、正直、とても間に合わないと感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

ノーワロディの下へ急ぐゴルゴダ・ヤーン大元帥と廊下で遭遇したのは宰相の地位にいるジークであった。

 

 

 

「ゴルゴダ・ヤーン大元帥・・・この度は・・・」

 

 

 

暗い表情で俯くジーク。

 

その肩をバンッと叩く。

 

 

 

「何を落ち込んでおるか!今はそんなヒマすらないわ!しっかりせいっ!おぬしら若者がこの帝国を支えてゆくのだろうが!」

 

 

 

叱咤激励を入れるゴルゴダ・ヤーン大元帥。

 

ジーンはレジスタンス上がりであったが、旧帝国時代から名を馳せていたゴルゴダ・ヤーンら軍部の上層部には敬意を払っている男だった。

 

それだけに今の状況はノーワロディの失策と一部レジスタンス上がりの大臣の勝手な行動で圧倒的窮地に陥ってしまったことへの負い目がジークを押し潰さんとしていた。

 

それを一目で見抜いたゴルゴダ・ヤーン大元帥はジークにカツを入れたのであった。

 

 

 

「は、はいっ!」

 

 

 

「お主は文官たちを城から退避させよ! ワシはノーワロディ様の脱出を見届けたら一分一秒でもあの魔物どもを食い止める!」

 

 

 

「そっ!それでは・・・!」

 

 

 

「行けいっ!時間がないっ!」

 

 

 

バシンと背中を叩く。

 

 

 

「は、はいっ!」

 

 

 

ダッシュで走っていくジーク。

 

 

 

「ふっ・・・、この国は若いモンに任せるとしようかのう」

 

 

 

走りだしながらゴルゴダ・ヤーン大元帥は何となく楽しくなってにやりと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ノーワロディ様!すぐに母上殿と脱出を!」

 

 

 

バルコニーに到着したゴルゴダ・ヤーン大元帥は、いまだ両膝をついて泣いているノーワロディに声を掛けた。

 

 

 

「ノーワロディ様!いつまで呆けているのです!魔物はもうすぐ目の前まで接近しますぞ!早く母上殿と城から脱出ください!」

 

 

 

肩をゆすって声を掛けるゴルゴダ・ヤーン大元帥。

 

 

 

「もう・・・終わりよ・・・間に合わないわ・・・」

 

 

 

涙を流しながらそうつぶやくノーワロディ。

 

 

 

「何をおっしゃるか! ワシは今から決死隊を率いてあの魔物の群れに突撃致す!ノーワロディ様と母上殿が少しでも遠くへ逃げられるよう一分一秒でも稼ぎます!だから早く城から脱出なされよ!」

 

 

 

今度は片膝を着き、目線を同じ高さに合わせたうえで両肩をつかみ、ゆすりながら声を掛けるゴルゴダ・ヤーン大元帥。

 

 

 

「そ、そんな・・・あんな魔物の群れに突撃したら間違いなく死ぬわ!」

 

 

 

「ここにいても同じです!ならば、自分の主君を生かすため、その命を懸けるのは武人にとって本懐ともいうべきもの。望むところです!ですから、早く脱出してください!」

 

 

 

真剣なゴルゴダ・ヤーン大元帥の説得に心揺れるノーワロディ。

 

そんな時、この緊迫した場面に似合わぬ声が聞こえてきた。

 

 

 

「そうよ~ロディちゃん。もうダメ~、なんて、あきらめちゃだめよ? もうダメ~なんて、使っていいのは殿方と床を一緒にする時だけですよ?」

 

 

 

ガクリとくるノーワロディ。

 

あっけにとられるゴルゴダ・ヤーン大元帥。

 

バルコニーに現れたのは少々薄手のドレスに着飾った母親、アナスタシアであった。

 

 

 

「は、母上殿も早く脱出ください!今にこの城に魔物が殺到致しますぞ!」

 

「お、お母さんだけでも逃げて!」

 

 

 

ノーワロディは、なんでそんなおしゃれなカッコしてるの?という疑問をとりあえず横に置いておいた。

 

だが、二人の必死な形相を見ながらも優しく微笑んだままのアナスタシア。

 

 

 

「そうねぇ・・・ちょっと大変な感じねぇ」

 

 

 

「ちょ・・・ちょっと!?」

 

 

 

ゴルゴダ・ヤーン大元帥は開いた口がふさがらなくなった。

 

この数万にも及ぶ魔物の群れが押し寄せてくるこの状況を、何をどうしたら、()()()()()()、で済むというのか。

 

 

 

「さあ祈りましょう、あの方へ。きっと・・・きっと約束をたがえるような人ではないと信じていますので」

 

 

 

そう言ってバルコニーの先端まで行くと、バサリとドレスの裾を広げ、片膝を着いて両手を組み、祈り始めた。

 

 

 

「い・・・祈る・・・?」

 

 

 

ゴルゴダ・ヤーン大元帥は全く理解できなかった。

 

この期に及んで、()()()()ことで何か解決できるというのか。神の奇跡が起きるとでもいうのか。

 

 

 

「お・・・お母さんまさか・・・」

 

 

 

ノーワロディは母親が何に祈っているのか・・・いや、()()祈っているのか想像がついた。

 

 

 

「ヤーベ様・・・今帝国は魔物の群れの襲撃を受けております・・・。このままでは私も魔物に食べられちゃいそうです・・・、できるなら魔物じゃなくてヤーベさんに食べられたいなぁ・・・なんて、エヘ♡」

 

 

 

「何の祈り!?」

 

 

 

ノーワロディは自分の母親の祈りの言葉に頭が痛くなった。

 

 

 

「このままだと、私だけじゃなくてロディちゃんも、ヤーンさんも、帝都に住む多くの住民にもたくさんの被害が出てしまいそうです。それはとても悲しいことです。どうぞ私たちをお助け下さい・・・」

 

 

 

本気か!?本気なのか!? 

 

ノーワロディは雲霞の如く押し寄せる魔物の群れに一切怯えることなく、凛とした佇まいで祈りをささげる自身の母親を信じられないものを見るような目で見つめた。

 

・・・祈りの言葉も信じられないと思ったことは横に置いておく。

 

 

 

「いや、母上殿。祈るよりも先に脱出を・・・」

 

 

 

祈りをささげるアナスタシアに声を掛けるゴルゴダ・ヤーン大元帥。

 

だが、

 

 

 

ドガガガガガガガ―――――ン!!!!

 

 

 

 

 

凄まじい轟音が鳴り響く。

 

 

 

その光景に目を伺うノーワロディとゴルゴダ・ヤーン大元帥。

 

 

 

その一瞬で巨大な炎が、雷が、竜巻が、氷の吹雪が数万の魔物の群れに襲い掛かった。

 

途轍もない爆音や衝撃が辺りを襲う。

 

魔物の第一波が完全に噴きとばされ、焼かれ、粉々に砕け散る。

 

 

 

「こ・・・これはっ!?」

 

 

 

ゴルゴダ・ヤーン大元帥が声を上げるが、ノーワロディはあまりの情景に一言も発せずにいた。

 

 

 

「ほら・・・やっぱり助けに来てくれました」

 

 

 

嬉しそうに立ち上がるアナスタシア。

 

 

 

「え・・・まさか・・・?」

 

 

 

母親の後ろ姿を見つめながら言葉を紡ぐノーワロディ。

 

 

 

その瞬間、空に途轍もない衝撃が走る。

 

 

 

 

 

 

 

次の瞬間―――――

 

 

 

 

 

 

 

「は―――――っはっは! アナスタシア!お前を助けに来たぞ!」

 

 

 

見つめる空の先には、体長二十メートルはあろうかという巨大な<古代竜(エンシェントドラゴン)>に跨ったヤーベの姿が浮かんでいた。

 

 




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第245話 英雄として事前準備を怠らないようにしよう

 

時は暫く遡る――――――

 

 

 

 

 

 

 

「すぐに帰さない方がいい?」

 

 

 

俺の言葉に宰相ルベルクが首を傾げる。

 

 

 

「ああ」

 

 

 

「なぜだろうか?」

 

 

 

問いかけたのは宰相ルベルクではなくワーレンハイド国王だった。

 

 

 

現在、ドラゴニア王国バーゼル国王以下重鎮たちとの会合を終え、今後の友誼を結んだばかりであった。

 

 

 

「グランスィード帝国に攻め込まれたため、ドラゴニア王国はグランスィード帝国と戦争状態に入っている。この状態のまま、国王以下重鎮たちを無事に帰してバルバロイ王国と友誼を結んだと判断されると、帝国がどう動くか判断しにくい。できれば、数日の猶予が欲しい。情報不足でどうなっているのか、帝国を何日かでも判断が付かない状況に置いておきたい」

 

 

 

俺の説明を受けて「ふむ」と頷くワーレンハイド国王。

 

 

 

「いきなりこの情報が洩れれば、ドラゴニア王国に決死の覚悟で突撃を敢行するやも・・・という事ですか」

 

 

 

宰相ルベルクが顎髭を擦りながら考える様に言う。

 

 

 

「そうだな。それもある。とにかく悩んで、即断即決が出来ない状況が長く続くほどこちらの準備が整い易くなる」

 

 

 

「準備ですか、何か手がおありですかな?」

 

 

 

俺の返答に宰相ルベルクが問いかける。

 

 

 

「まあ、女帝ノーワロディと仲良くなるという方法は失敗したわけだから、今後はバルバロイ王国やドラゴニア王国と仲良くするとこんなにお得な事がありますよ・・・といった内容を提案して行こうと思ってるよ」

 

 

 

「その準備の間、ドラゴニア王国バーゼル国王以下皆様方をどうします?」

 

 

 

「宴会で歓待しよう。特に、美味しい物を食べさせて、それらのいくつかはドラゴニア王国でも生産できるようにするという話をしていけば、彼らの期待ややる気も上がるというものでしょう」

 

 

 

「なるほど、実際に美味い物を食べて経験してもらうというわけですな。それが自国でも食べられるようになると言えば、確かに目の色も変わりますか」

 

 

 

俺の提案に笑いながら賛成する宰相ルベルク。

 

 

 

「それでは三日間くらい続く晩餐会でも開こうか。貴族たちも張り切る事だろう」

 

 

 

ワーレンハイド国王はくっくと笑うのだった。

 

だが、この後ヤーベも思いもよらなかった事態が帝国を襲うことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なに?迷宮氾濫の危険?」

 

 

 

俺はヒヨコからの報告に思わず執務室で腰かけていた椅子から立ち上がる。

 

 

 

『はっ!何者かの暗躍により、まず間違いなく<迷宮氾濫(スタンピード)>が発生するものと思われます!』

 

 

 

「なんだと・・・」

 

 

 

俺は臍を噛む。確実に<迷宮氾濫(スタンピード)>を起こす方法など、あのゴルドスターが行っていた方法くらいしか思い浮かばないが。

 

 

 

『どうも、生贄を用意して、ダンジョンマスターの核に取り込ませたようです。意思を持ったダンジョンマスターの核が依り代を持った場合、魔力接続を行っておけばダンジョン外へ出て来る事も出来ます。その上で自身のダンジョンで<迷宮氾濫(スタンピード)>をダンジョンマスター自身が起こせば、それらは正しくダンジョンマスターの軍勢と言っても過言ではなくなります』

 

 

 

「それ、とんでもねーな・・・」

 

 

 

俺は頭を抱える。

 

 

 

「場所は?」

 

 

 

『はっ!グランスィード帝国 北西の海岸近くになります』

 

 

 

「北からとか・・・。ノーワロディはその戦力の多くを南のバルバロイ王国に振り向けていたはずだ。帝都防衛の戦力を残してあるだろうが、その北に点在する町や村は壊滅するな・・・」

 

 

 

『まず、間違いなく』

 

 

 

「ふむ・・・よし、サスケと、ハンゾウに連絡せよ。そしてサイゾウを中心に帝都北の町や村の住民は全て帝都西のドヴォルザーの町に向かわせてくれ。食糧は十分に用意しておく」

 

 

 

『ははっ!』

 

 

 

「御触れはアナスタシアの名前を借りるか。ダンジョンに<迷宮氾濫(スタンピード)>の気配有りと言って避難を誘導してくれ。移動時にかかる食糧は国より支給と言ってくれ」

 

 

 

『了解です』

 

 

 

「間に合うか?」

 

 

 

『何としても間に合わせます』

 

 

 

「頼りになるね」

 

 

 

ヒヨコの力強い返事に満足する。

 

 

 

「それにしても・・・何者なんだろうな・・・その黒いヤツ」

 

 

 

俺は首を傾げ、顎を擦る。

 

 

 

『はっ・・・こちらの存在は気取られなかったと思いますが、その謎の存在は転移の魔法を使用したようで、忽然と消えました』

 

 

 

「は~~~、転移の魔法ね。チートだよ、チート。俺もほしー」

 

 

 

俺は自分の転移の扉を棚に置いて敵の転移魔術を羨む。

 

 

 

『? ボスは転移能力をお持ちでは?』

 

 

 

ヒヨコが首を傾げて問いかける。

 

 

 

「いや、一応転移出来るけど、自由にどこでも行けるわけじゃないから。転移先は俺の分身が無いとダメだし」

 

 

 

苦労して能力を高め、工夫して転移能力を確立した俺だが、転移魔術で思い描いた場所へ瞬間移動、なんて便利な仕様にはなっていないからな。やはりノーチートは辛いね。努力を怠れないな。

 

 

 

『ボスほど優れた実力者はいないと存じます』

 

 

 

ヒヨコの言葉に照れる。たとえ忖度されたとしても悪い気はしない。

 

 

 

「それほどでもないさ。それより、<迷宮氾濫(スタンピード)>の発生タイミングと、帝都への魔物到達のタイミングを計ってくれ。準備出来る時間を知りたい」

 

 

 

『ははっ!調査の上ご報告いたします』

 

 

 

「どうせなら、カッコイイ鎧や剣を装備して、派手にキメるか! <古代竜(エンシェントドラゴン)>のミーティアにも協力してもらって、<竜騎士(ドラゴンナイト)>として登場してみようか」

 

 

 

俺は、万全の体制を整え、最高のタイミングで助けに行けるよう事前準備を入念に行うことにした。

 

 

 

 




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第246話 敵の数が多い時は自重と言う言葉を一旦横に置いておこう

「フゥーハハハ! 見ろ!敵がゴミのようだ!」

 

 

 

俺は<古代竜(エンシェントドラゴン)>ミーティアの頭に跨りながら叫ぶ。

 

・・・いかん、テンション上げ過ぎてどこかの大佐の様になってしまった。

 

 

 

見れば、奥さんズの面々もあきれ顔だ。

 

 

 

それにしても、ローガたちの一撃はすさまじいな。

 

それぞれ最強の一撃を放っているようだったな。敵が数万の大群だから容赦しなくていいとは言ったけど、ホントに容赦なかったな。

 

ちなみに、ローガ、風牙、雷牙、氷牙の四匹に部下を率いさせている。

 

ガルボは念のため屋敷の警護を命じた。

 

この一大戦闘イベントに留守番となった形だ。

 

・・・ガルボのヤツ、絶望の表情を浮かべていたからな。帰ったらオークキングの肉でバーベキュー大会でもやって労うとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

バルコニーに転移してきた奥さんズの面々がその状況を確認しようと周りを伺う。

 

 

 

「・・・ヤーベは何をテンション上げているのだ?あんな口調は普段使わないのに」

 

「敵が数万だからね~。無理に強がってるんじゃない?」

 

 

 

イリーナの言葉にしれっと俺が小心者だとディスるサリーナ。ほっとけ。

 

 

 

「それで、こちらが女王様かな?」

 

「・・・帝国ですので、女帝さんでは?」

 

 

 

サリーナの問いにフィレオンティーナが訂正を入れる。

 

 

 

「ふおおっ!ご主人しゃまカッコイイのでしゅ!」

 

「キュキュ―――――!!」

 

「ズゴズゴ―――――!!」

 

 

 

古代竜(エンシェントドラゴン)>のミーティアに跨って空を飛んでいる俺を見てリーナと神獣二匹が興奮している。

 

なぜかリーナまで来ているのだが、その頭にはジョージとジンベーの二匹も鎮座している。俺が戦闘で忙しいので待っているように伝えたら、なぜかリーナの頭に鎮座した。

 

 

 

「な、何なのあなたたち・・・」

 

 

 

女帝ノーワロディは突如現れた奥さんズに戸惑っている。

 

その隣にいる白い髭の爺さんがヤンバル・カーン大元帥か。

 

そして、俺を信じて待っていてくれたアナスタシア。

 

彼女たちを助けるために転移して魔物を食い止める作戦を展開すると説明したら、自分たちも行くと言い出した。

 

・・・どうもアナスタシアの存在を感じ取っているようだ。うまく仲良くなってくれるとありがたいが。

 

 

 

 

 

 

 

「皆さま、ヤーベ様の奥方様でいらっしゃいますか?」

 

 

 

妖艶なドレスに身を包んだ魔族の女性が祈りの姿勢から立ち上がり振り返った。

 

 

 

「そうだが・・・貴女は?」

 

 

 

「私はアナスタシアと申します。グランスィード帝国、女帝ノーワロディの母親になります」

 

 

 

「ひ、人妻!!」

 

 

 

イリーナの問いに自己紹介したアナスタシアに驚愕するルシーナ。

 

 

 

「つ・・・ついにヤーベ様は人妻にも手を出して・・・」

 

「NTRは禁止事項に抵触するよ!」

 

 

 

ルシーナの絶望するかのような呟きに、サリーナがトンデモツッコミを実施する。

 

 

 

「ご安心を・・・、わたくし望まぬ形で無理矢理攫われて来ましたので、結婚はしておりません。それに、あの子の父親はあの子自身の手で首を落とされております」

 

 

 

「え・・・」

 

 

 

絶句するイリーナ。

 

自身の父親を自身の手で殺す。その事実をすぐ認識することが出来なかった。

 

 

 

「帝国の状況や貴女の救出をドラスティックに対応するためには仕方のなかったことなのでしょうね・・・」

 

 

 

少し遠い目をしてフィレオンティーナが呟く。

 

 

 

「ふおおっ!おねーさんは悲しかったでしゅか? でももう大丈夫でしゅよ! ご主人しゃまはとーってもしゅごい人でしゅから!」

 

「キュキュ―――――!!」

 

「ズゴズゴ―――――!!」

 

 

 

何故かリーナがドヤ顔でアナスタシアに言い放つ。

 

 

 

「お嬢さんありがとう」

 

 

 

リーナの前に跪いて目線を合わせるアナスタシアの頭をナデナデするリーナ。

 

ついでにジョージとジンベーの神獣コンビもヒレでペチペチとアナスタシアの頭を撫でる。

 

 

 

「ご主人しゃまのところに来れば、とっても幸せしあわしぇになれましゅよ!」

 

 

 

「・・・何故かリーナがヤーベへの嫁入りを認めているが」

 

「ああ見えてリーナちゃん本当にヤーベさんの事見てますからね・・・」

 

 

 

イリーナとルシーナが複雑そうな表情を浮かべている。

 

 

 

「よろしくお願いしますね」

 

「ちょっと!お母さん!」

 

 

 

ノリノリのアナスタシアに焦るノーワロディ。

 

 

 

「ロディちゃん! 母娘(おやこ)ドーンよ!母娘(おやこ)ドーン!」

 

「しないわよっ!!」

 

 

 

「・・・ルシーナよ、何かヤバイ人が仲間になりそうな気がするが?」

 

「奇遇ですね、私もです」

 

「ぷるぷる、ヤーベさんもそんな特殊な性癖身に着けない様にして欲しいよ~」

 

 

 

イリーナ、ルシーナ、サリーナが新たな脅威に心配をしていた。

 

そして、ルシーナとサリーナはアナスタシアの爆乳にも視線を向けていた。

 

 

 

「・・・脅威です」

 

「胸囲だけに?」

 

 

 

サリーナの言葉にルシーナはジトッと視線を向けた。

 

 

 

 

 

「奥さんズの面々もなんだが良くなったことだし」

 

 

 

俺は強制的にそう思い込むと、ローガ達の一撃で第一波が崩壊した魔物の群れを見つめる。

 

そして次に来る第二波。

 

 

 

「次は俺の出番だろ」

 

 

 

まだまだ雲霞の如く押し寄せる魔物の群れを見ながら呟く。

 

 

 

『主殿はどうやって攻撃するのじゃ?ブレスでも吐くかの?』

 

 

 

「いや、新しい技で敵を一掃する! ・・・お前の力を借りるけど」

 

 

 

最後の方は小さめに呟く。

 

 

 

『ぬっ?我が力ならばいくらでも貸すが・・・?』

 

 

 

「じゃあ行こう」

 

 

 

俺は魔力ぐるぐるエネルギーを充填して行く。尤もこれは呼び水とするためのもの。自分のパワーとこれから取り込むパワーの融合が圧倒的な相乗効果を生むはずだ。

 

 

 

ズオンッ!!

 

 

 

以前、この世界から魔力を集めて取り込もうとしたらシルフィーたち精霊が集まって来てメチャ怒られた。

 

世界から強制的にエネルギーを集める事が危険な事だとしても()()()()()()()からなら大丈夫ではなかろうか?

 

帝国に住む大勢の人々を助けるためだ。うん、人助けならいいよね?

 

そんなわけで早速試して見よう。

 

 

 

ズズズズズッ!!

 

 

 

『ぬおっ!?』

 

 

 

そう、<古代竜(エンシェントドラゴン)>ミーティアから魔力を強制吸収しているのだ。ミーティアの場合竜力?か。途轍もないエネルギーを持つミーティアのパワーを借りようと言う事なのだ。

 

 

 

『あ・・・主殿!? ちょっとパワーを持って行きすぎなのじゃ!このままでは飛べなくなるのじゃ!』

 

 

 

ミーティアが何か言っているが、新しい魔法構築中のため集中しているから聞こえない。聞こえないったらない。大事な事だから二度言おう。

 

 

 

「喰らえっ! <拡散竜撃砲(ドラゴニックバスター)>!!!!!」

 

 

 

ギュオオオオオオオオッ!!!

 

 

 

極限まで混ぜて圧縮したエネルギーを解き放つ!

 

 

 

ズガガガガガガガ―――――ン!!

 

 

 

雲霞の如く押し寄せた魔物の群れが吹き飛ばされていく。

 

 

 

「ふっ!決まったな!」

 

 

 

『主殿!落ちる――――!落ちるのじゃあ!!』

 

 

 

いつの間にか俺たちは墜落していた。

 

 

 

ズドン。

 

 



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第247話 迷宮氾濫の原因には容赦なく対応しよう

 

「イタタタタ・・・」

 

 

 

気持ちよく大魔法をぶっぱなしてやったら、なぜか墜落していた。

 

 

 

「何してんだよ、根性無し!」

 

 

 

ケツの下で伸びている<古代竜(エンシェントドラゴン)>ミーティアに俺は毒づいた。

 

 

 

『あ、主のせいじゃろが――――!! ワシの魔力のほとんどを吸い上げおって!』

 

 

 

ケツの下からプリプリと怒ったミーティアの文句が聞こえてくる。

 

あ、念話だからケツの下って事はないか。

 

 

 

「ちっ!軟弱な竜だな。これっぽっちの魔力吸い取っただけで墜落するとは」

 

 

 

『なななっ!主殿がどれだけ魔力を吸い取ったと思ってるのじゃ!飛行能力も維持できぬほどに魔力を持って行きよってからに!』

 

 

 

「ハイハイ、即刻魔力枯渇する駄竜は黙ってよーね?」

 

 

 

『ムッキー!!』

 

 

 

いきなりミーティアの体が光ったかと思うと、<古代竜(エンシェントドラゴン)>の姿から幼女に変わった。

 

 

 

「あ、主殿のせいなのじゃ――――!!」

 

 

 

そう言って幼女の姿でポカポカ俺を殴ってくる。

 

残念ながら俺は幼女にポカポカされて喜ぶような性癖は持ち合わせていない。

 

襟元をひょいッと持ち上げる。

 

 

 

「な、何をするのじゃ――――!!」

 

 

 

襟首を持ったまま目の前にミーティアをぶら下げてみる。

 

両腕をくるくる回し、ポカポカパンチを繰り出してくるが、襟首をつかんだ右手をまっすぐにしていると、ポカポカパンチは俺に届かず、ぐるぐるしているだけだった。

 

 

 

「何、このイキモノ? カワイイんですけど?」

 

 

 

「ムッキー!ワシを小ばかにしおってぇ!!」

 

 

 

さらにぷんすか怒るミーティア。

 

だが、確かに魔力が枯渇気味で戦力にはならないだろうな。

 

 

 

「クルセーダー」

 

 

 

『ははっ!』

 

 

 

俺の呼びかけにヒヨコ十将軍が一匹、クルセーダーが姿を現す。

 

 

 

「ヒヨコたちでミーティアを奥さんズのみんながいるバルコニーまで運んでくれるかい?」

 

 

 

『了解しました!お前たち準備せよっ!』

 

 

 

『『『ピピィ(ははっ!)』』』

 

 

 

あっという間に十匹以上のヒヨコにつままれるミーティア。

 

 

 

「ぬおっ? 主殿・・・これは?」

 

 

 

「魔力が枯渇気味なのだろう。ゆっくりと休んでいいぞ」

 

 

 

そう言ってパチンと指を鳴らすと、ミーティアの服の端を咥えたヒヨコたちがわっさわっさとはばたき始め、宙に浮かび始めた。

 

 

 

「にょわ~~~~、こ、怖いのだ!」

 

 

 

「何を言っとる?さっきまでもっと高いところを飛んでいただろう?」

 

 

 

「バカモノッ!自分で飛ぶなら怖くないが、こ、こんなヒヨコどもにつままれて宙に浮くなど・・・」

 

 

 

俺の疑問に涙目で返答するミーティアを無視して、ヒヨコに告げる。

 

 

 

「よろしく頼むぞ」

 

 

 

『ラジャー!』

 

 

 

ものすごく勢いよく飛んで行くヒヨコたち。

 

 

 

「いやぁぁぁぁぁなのじゃぁぁぁぁぁぁ!」

 

 

 

ミーティアの叫び声はドップラー効果を残して消えて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ボスっ!もうすぐダンジョンの入り口になりますぞ!」

 

 

 

俺を乗せたまま超高速で疾走するローガ。風の精霊の守りもあって強烈な風圧が俺にかかる事は無い。それにしてもこれだけのスピードで走っているのに、ローガの駆る足音が聞こえない。すごいな。

 

 

 

周りでも大魔法を打ち込んだ後はそれぞれの狼牙たちが爪と牙を使った直接戦闘で魔物たちを屠っては背後に待機している出張ボスを持った仲間たちに亜空間圧縮収納へ回収させていく。ものすごくうまくできた分担作業だな。凄まじいほど効率がいい。

 

結果として、大半の魔物の死体が回収されていく。大魔法で粉みじんになったり、炭化してしまった死体はそのままにしてあるようだが。

 

 

 

そして、魔物を狩りながらダンジョン入口へと近づく。

 

ダンジョン入口からはもうそれほど魔物が出てきてはいなかった。

 

 

 

「こ・・・これはどういうことだ!」

 

 

 

見れば、黒い靄を纏った冴えない三十路近くに見える男が一人叫んでいた。

 

 

 

「なんだ、コイツ?」

 

 

 

『ボス、こいつが人の体を乗っ取ったダンジョンマスターコアの意識です』

 

 

 

「ああ、コイツが・・・」

 

 

 

黒い靄の男は俺とローガに気づいたようだ。

 

 

 

「なんだ貴様ら!」

 

 

 

「なんだと言われても・・・魔物を狩ってる冒険者?」

 

 

 

「なぜ疑問形なのです?」

 

 

 

ローガが俺に問いかける。

 

 

 

「仕事としてはギルドから依頼受けたわけじゃないから」

 

 

 

「なるほど」

 

 

 

俺の説明に納得したようなローガ。

 

 

 

「ぼ、冒険者だと!冒険者風情が俺の魔物軍団をどうにかできるわけないだろ!」

 

 

 

「俺の魔物軍団、ねぇ・・・。<迷宮氾濫(スタンピード)>であふれさせた魔物を軍団って・・・ちょっと滑稽だよね?命令できない烏合の衆を軍団って・・・ぷぷっ!」

 

 

 

「貴様ぁ!」

 

 

 

俺の煽りにあっさり激昂する黒靄男。

 

 

 

「さーて、さっくり終わらせてこの<迷宮氾濫(スタンピード)>を収拾させるかぁ」

 

 

 

努めて俺はのんびりと口にする。

 

 

 

「ふははっ!ずいぶんな余裕だな!だが、ダンジョンコアである俺がダンジョンから出られるんだ、もちろんダンジョンボスが出られない道理もないよなぁ!」

 

 

 

そう言って愉悦に混じった気味の悪い笑みを浮かべる黒靄男。

 

どうもそうとう鬱屈している感じだな。元の男の性格か、このダンジョンコアの性格か・・・。

 

 

 

そしてダンジョンの入り口から出てきたのは赤い巨体。

 

 

 

「ファイアードラゴンだぜぇ!竜種の力!とくと味わって死ね!」

 

 

 

翼のない、四足歩行の赤いドラゴンがこちらへゆっくりと向かってくる。

 

確かにファイアードラゴンらしく、口からトカゲのような細い舌の他に、炎がチロチロと燃えているのがわかる。

 

 

 

「ブフッ!」

 

「ププッ!」

 

 

 

俺とローガは思わず噴いた。

 

 

 

まさかの態度に、ファイアードラゴンもキョトンとした感じになる。

 

 

 

「い・・・今更ファイアードラゴンとか・・・つい先日<古代竜(エンシェントドラゴン)>とやりあったばかりだってのに」

 

 

 

「いやいやしかり。それにしても、火トカゲは小さきものですなぁ」

 

 

 

なんとローガまでバカにする始末。

 

 

 

「くだらん戯言を並べおって!やれ!ファイアードラゴン!」

 

 

 

黒靄男の号令でファイアードラゴンがこちらへ向かってくる。

 

 

 

「ほう・・・俺とやろうってのか・・・」

 

「火トカゲ風情が調子に乗るなよ・・・」

 

 

 

俺とローガが自らの魔力を練り上げて纏っていく。

 

俺はその身に翼を出し、ローガはその体を三倍ほど大きくして角をはやした。

 

 

 

お互い、魔力がパリパリと電気を帯びるかの如くスパークする。

 

 

 

「グ、グワワワワ!?」

 

 

 

いきなり土下座するかの如く自分の顎を地面にこすりつけペコペコするファイアードラゴン。どうやら力の差を身にしみて感じたらしい。

 

 

 

「ば、バカな!ファイアードラゴンが怯えるだと!ふざけるなぁ!そいつらを殺せ!」

 

 

 

急にファイアードラゴンに黒い靄がかかったかと思うと、苦しみだした。

 

 

 

「ダンジョンコアからの強制か・・・?」

 

 

 

見れば黒い魔力の帯がファイアードラゴンからダンジョン内に続いている。たぶんダンジョンコアが設置されているコアルームからの魔力供給を受けているから、ダンジョンマスターの支配下にあるんだろうな。

 

 

 

「なら、その呪縛断ち切ってやろう」

 

 

 

そう言ってファイアードラゴンから伸びる黒い魔力の帯に右手を触手に戻して伸ばす。

 

 

 

「<細胞(セル)・捕食吸収(アブソ-プション)>」

 

 

 

あっさり魔力供給を断ち切る俺。ついでにファイアードラゴンに残るダンジョンの魔力残滓も吸い取る。

 

なんたって、魔力を吸収するのはお手の物。対象物を魔力に変えて吸収するおれのスライム細胞にとって魔力そのものは最も吸収しやすい対象だ。

 

 

 

呪縛を解かれたファイアードラゴンが俺に懐いてペロペロする。

 

おや、俺はスライムだからいいけど、人間がコイツにペロペロされたら大丈夫なんだろうか?

 

 

 

「ばかな・・・そんなばかな・・・」

 

 

 

そう言ってダンジョンに逃げ込もうとする黒靄男の襟首をムンズとつかむ俺。逃がすわけねーじゃん。

 

 

 

「さて、随分と暴れてくれたなぁ?覚悟できてんだろーね?」

 

 

 

俺がジロリと睨む。

 

 

 

「ふ・・・フハハハハッ!この男は何も知らん一般人だ。俺を殺せばコイツは死ぬ!ダンジョンも崩壊する!どうだ!俺には手がだせまい!」

 

 

 

バシンバシン!

 

 

 

とりあえず往復ビンタしてみる。

 

 

 

「ぐわっ!貴様血も涙もないのか!一般人が死ぬと言ってるだろーが!」

 

 

 

俺は黒靄男の文句をスルーすると、亜空間圧縮収納からある物・・・を取り出し右手に持った。

 

 

 

「じゃあやってみよう」

 

 

 

そう言ってある物・・・を持ったまま右手の触手を超高速でダンジョン内に伸ばしていく。

 

 

 

「お・・・お前・・・一体・・・何を・・・」

 

 

 

しばらくして・・・

 

 

 

「お、とうちゃ~~~~く」

 

 

 

「な、何が到着・・・」

 

 

 

「再び<細胞(セル)・捕食吸収(アブソ-プション)>」

 

 

 

ズオンッ!

 

 

 

中々の手ごたえで魔力を吸ったぞ。そしてコアがあったと思われる台座からの魔力供給が完全にストップした。そして魔力切れのダンジョンコアを台座から取り外して、代わりに右手で持っていた別のダンジョンコアを台座に置く。

 

一拍して、再び魔力がダンジョンコアに充填され始めるが、もちろん取り外したダンジョンコアには魔力供給される事は無い。

 

 

 

「あ・・・あ・・・」

 

 

 

交換したダンジョンコアを持って触手を引き戻す。

 

これでダンジョンの崩壊はない。

 

え、なんでダンジョンコアなんて持ってるかって?

 

ミノタウロスが住み着いてたダンジョンぶっ潰した時に回収したダンジョンコアが余ってたんだよね。

 

 

 

「さて、これでお前のダンジョンコアは回収した。ダンジョンとの魔力接続がすでに切れているからな。もう魔力を回復させることはできん。そしてその男は魔力がほとんどないようだ。つまり・・・」

 

 

 

口をパクパクさせる黒靄男。

 

 

 

「チェックメイトだ」

 

 

 

ついでに黒靄の魔力残滓も吸い取っておく。

 

 

 

「ギャアアアア!」

 

 

 

えらい断末魔を発して黒靄は俺の細胞にすべて吸収された。

 

ダンジョンコアにはもう意識は残っていない。完全に消滅したようだ。

 

乗っ取られていた男がどさりと倒れる。もう黒い靄はかかっていない。

 

とりあえず呼吸しているし、死んではいないようだ。

 

 

 

「よし、めでたしめでたし」

 

 

 

「さすがはボス!」

 

 

 

二本足で立ち上がり、前足でパチパチと拍手をくれるローガ。器用だね。

 

 




今後とも「まさスラ」応援よろしくお願いします!
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第248話 命が助かったらやっぱり次の処理をどうするか考えよう

 

ヤーベがローガに乗ってダンジョンへ向かっている頃・・・

 

 

 

 

「皆さまはヤーベ様と今週末にご結婚されるとか」

 

 

 

アナスタシアが奥さんズの面々を見ながら問いかける。

 

 

 

「・・・そうだが」

 

「なぜご存知で?」

 

 

 

イリーナとルシーナが反応する。

 

 

 

「ヤーベ様にお手紙で・・・」

 

 

 

恥じらいながら説明するアナスタシアにムッとする奥さんズの面々。

 

 

 

「私たちもまだ詳しく聞いてないのに・・・」

 

 

 

ルシーナの顔に闇が広がっていく。

 

 

 

「ま、まあまあ・・・旦那様もまだどうするか詳しく聞いてないのでは? あと数日ですけど、結構それどころじゃなかったですしね」

 

 

 

フィレオンティーナがルシーナに説明する。

 

 

 

「そうだな、ヤーベが帰ってきたら、一度しっかり話し合った方がいいだろうな・・・」

 

 

 

イリーナが腕を組んで声を押し出すように呟く。

 

 

 

「元々、カッシーナ王女との結婚式だよね? パレードもあるっていう」

 

 

 

「そうなのですが、私たちもぜひ後ろの馬車に・・・とカッシーナ王女は言ってくれているのですよね・・・」

 

 

 

ルシーナがカッシーナからの情報を話す。

 

 

 

「え?私たちもパレードに参加できるの?」

 

 

 

サリーナが嬉しそうに顔を輝かせる。

 

 

 

「ただ、パレードはともかく、結婚式自体はカッシーナ王女と一緒に並んでもいいものかどうか・・・」

 

 

 

ルシーナが溜息を吐く。

 

 

 

「そうですわね・・・。結婚式は旦那様という英雄がカッシーナ王女と結婚すると言う、国の結びつきを大々的にアピールしたいがために行うようなものですからね・・・。カッシーナ王女以外に私たちがいるのは目的がぼやけるという意味では多分許可されないかと」

 

 

 

残念そうにフィレオンティーナが説明した。

 

 

 

「むう・・・」

 

 

 

イリーナが落ち込む。

 

 

 

「パレードだけ参加すると、後ろの女たちは何なんだ・・・ってなりますわね・・・」

 

 

 

ルシーナも深く溜息を吐く。

 

 

 

「いっその事、何なんだーって言わせる? その方が驚きがあって楽しくない?」

 

 

 

サリーナがトンデモ発言をかます。

 

 

 

「旦那様とカッシーナ王女が二人っきりで馬車に乗って手を振っている、その次の馬車に私たちがわんさと乗り込んで手を振る・・・相当な話題ですわね!」

 

 

 

何となく悪い顔をしてフィレオンティーナはニヤついた。

 

 

 

「まあまあ、とても楽しそうですわね・・・ぜひその馬車に私奴も・・・」

 

 

 

おずおずと人差し指をつんつんと合わせながらアナスタシアも馬車に乗りたいとアピールしてくる。

 

 

 

「お母さん!」

 

 

 

「母娘ドーン!よ、母娘ドーン!」

 

 

 

「しないわよっ!」

 

 

 

アナスタシアの言葉に食い気味で否定を入れるノーワロディ。

 

 

 

「アナスタシアさん、本気でヤーベの奥さんになりたいんですか?」

 

 

 

サリーナがストレートにアナスタシアに問いかけた。

 

 

 

「ぜひっ!!」

 

 

 

両手を胸の前で組んで乙女チックに前のめりになるアナスタシア。

 

 

 

「じゃあバルバロイ王国に来るのかな?」

 

 

 

「はいっ!」

 

 

 

アナスタシアは間髪入れず右手を真っ直ぐ上げて宣言をする。

 

 

 

「おっ、お母さん!この国を出て行っちゃうの!?」

 

 

 

ちょっと涙目になりながらノーワロディは母親であるアナスタシアに詰め寄る。

 

 

 

「ロディちゃんも一緒に来ればいいのに。母娘ドーン!」

 

 

 

「しないって言ってるでしょ!?」

 

 

 

涙目になりながらも怒りながら突っ込むノーワロディ。

 

 

 

「じゃあ、お母さんはヤーベさんと仲良くなりに行くから、ロディちゃんはしっかりとこの国を守って行きなさい」

 

 

 

急に真面目な顔になって真っ直ぐ目を見つめるアナスタシアに声が出なくなるノーワロディ。正直、頭の中では分かっている。これほどの国難を救ってもらったのだ。バルバロイ王国からどれほどの要求が出てくるのか全くもって想像できない。

 

だが、現在国の立て直しが軌道に乗り始めたばかりのグランスィード帝国にとって、資金も食料もまるで余裕などなかった。列国第二位の軍事力、などと言われているグランスィード帝国ではあったが、その内情は全く余裕のない苦しい台所事情であった。

 

 

 

「あ、そうそう。ゴルゴダ・ヤーン大元帥」

 

 

 

一連の状況が全く飲み込めず、空気と化していたゴルゴダ・ヤーン大元帥に急に声を掛けたアナスタシア。

 

 

 

「あ、はい!」

 

 

 

「ヤーベ様が見事に魔獣の群れを退治してくれました。確認は必要になるでしょうが、この帝都への侵攻は防ぎ切ったと見ていいでしょう。民の避難を止め、危機は回避できたと伝えてパニックを収拾してもらえますか?」

 

 

 

「わ、わかりました! まずは斥候を出して確認に向かわせますが、確かに先ほどまで見えていた魔獣の群れが駆逐され、地鳴りのように響いていた魔獣の足音も感じなくなりましたしな・・・。民の避難は止めるようにいたしましょう」

 

 

 

早々にバルコニーを出ていくゴルゴダ・ヤーン大元帥。

 

 

 

「ロディ。ヤーベ様はわたくしたちだけではなく、この国そのものを救ってくれた。これは途轍もなく大きい事よ。私たちはヤーベ様に・・・ひいてはバルバロイ王国に途轍もなく大きな借りを作った。それ自体は仕方のない事だったと思うわ。この国が正に存亡の危機に晒されたわけだし、それを大きな被害も無く食い止めてくださったヤーベ様にはどれほど感謝してもしたりない。だけど、これは個人の感情で終わらせられる話じゃないはずよ?わたくしたちは長い年月をかけてでもこの国を無傷で救ってくださったお礼をしていかなければならないの」

 

 

 

諭すように説明するアナスタシア。

 

 

 

「でも! でも助けてくれと依頼したわけじゃない!」

 

 

 

涙を流しながら大声を上げるノーワロディ。

 

分かってはいる。自分は女帝でこの国を纏めなければならないトップの位置に君臨しているのだ。わかってはいるのだが、アナスタシアが、自分の母親がヤーベの元へ行くことがこの国難を救ったヤーベへの褒賞の一部として国のために、そう意識していることが許せなかった。認められなかった。

 

やっとあの先帝が君臨する地獄の日々から解放されたのだ。それが、またも別の男の元へ身を寄せなければならないなんて・・・。

 

 

 

「ロディちゃん、それを言ってはダメ。あの人は、何の見返りもなく私たちを助けてくれた。事前に報酬を約束してから戦ってくれたわけじゃないの。その相手に、なんのお礼もせずに、助けてくれなんて言って無い、なんて言ってしまったら、金輪際周りの国は貴女を助けてはくれなくなるわ」

 

 

 

涙を流すノーワロディに一言一言沁み込ませるようにゆっくりと言葉を紡ぐアナスタシア。

 

 

 

「でも・・・どうしてお母さんが・・・」

 

 

 

「そりゃ、私がヤーベ様の元に嫁ぎたいし」

 

 

 

あっけらかんと告げるアナスタシアにボーゼンとするノーワロディ。

 

 

 

「そう言えばそうだったわ・・・」

 

 

 

ノーワロディはがっくりと肩を落とす。

 

 

 

「わたくし自身にどれほどの価値があるのかはわからないけれど、きっとヤーベ様はいろいろ考えてくださると思うわよ? それにね、ロディ。ヤーベ様が急に空に現れたことを考えても、ヤーベ様の元に嫁いだからって、もう会えないってわけじゃないと思うわ」

 

 

 

にこにこしながらアナスタシアは説明して行く。

 

 

 

「本当に・・・?もう会えないってことは無いの・・・?」

 

 

 

グスグスと泣きながらノーワロディはアナスタシアに抱きつく。

 

 

 

「もちろん!ヤーベ様に頼んで、たくさんお土産を持って実家に帰って来られるようにお願いするわ」

 

 

 

頭を撫でながら、優しく諭すアナスタシアに安心したような表情を浮かべるノーワロディ。

 

そこへグランスィード帝国の宰相の地位を預かるジークがやって来た。

 

 

 

「ノーワ様!無事ですか!」

 

 

 

母親のアナスタシアに抱かれていたノーワロディは涙を拭いて母親から離れるとジークの方へ振り返った。

 

 

 

「ええ、大丈夫。それで、避難誘導は中止したの?」

 

 

 

「はい、ゴルゴダ・ヤーン大元帥にお会いしまして、大元帥の方から兵へ直接指示頂くようにお願いしました。大元帥が大丈夫と言えば、兵士たちも安心できるでしょうから」

 

 

 

「そう」

 

 

 

お互いに胸を撫で下ろす。

 

 

 

「それで、一体何がどうなっているのですか・・・?」

 

 

 

ジークの問いかけにノーワロディはこれまでのいきさつをかいつまんで説明する。

 

 

 

「・・・それは、我が国への不法入国及び戦力を率いての越権行為は侵略にも値します!」

 

 

 

ジークがごく一般的な解釈で気勢を上げる。

 

 

 

「そうねぇ、その目的が我が国を侵略する事だったらそうなんでしょうけどねぇ」

 

 

 

頬に手を当てて悩まし気に溜め息を吐くアナスタシア。

 

 

 

「そうなのだ、ジーク。我々は帝都滅亡の危機をバルバロイ王国のヤーベ・フォン・スライム伯爵とその手勢に救ってもらった。これは揺ぎ無い事実だ」

 

 

 

「そんな事!それよりも先に断りもなく兵力を我が国に入れたこと自体が問題なのではありませんか!」

 

 

 

ノーワロディの説明にそれでもジークはヤーベの行動を問題にすると声を大にする。

 

 

 

「・・・それでは我々は助けてくれた恩人に礼ではなく剣を向けるというのか?」

 

 

 

ノーワロディにジロリと睨まれてジークは縮こまる。

 

 

 

「それにね~、ヤーベ様の罪を問うって、あの数万の魔物の群れを討伐したヤーベ様を捕らえられるとは思えないし。後、助けに来てくれたヤーベ様と敵対するって事は、バルバロイ王国とも敵対するって事でしょ? あの、ドラゴニア王国の<古代竜(エンシェントドラゴン)>さえもあっさりと退けて、攻めてきたドラゴニア王国とまさかの友好を築いちゃったバルバロイ王国と」

 

 

 

ものすごく丁寧な説明にジークは二の句が継げない。

 

 

 

「ですが・・・全面的に彼の伯爵の行動を認めれば、どれほどの報酬を求められるか・・・、いや、バルバロイ王国から相当無茶な要求が出されるかも・・・」

 

 

 

肩を落とし、青い顔をしてジークが呟く。

 

 

 

「・・・要求を見てから判断するしかあるまい・・・」

 

 

 

ノーワロディも視線を落とし、言葉を無理矢理押し出すように呟く。

 

 

 

そんな二人を見てアナスタシアはクスクスと笑う。

 

 

 

「・・・何がおかしいのですか、お母さま?」

 

 

 

ノーワロディとジークはアナスタシアがなぜ笑うのかわからず、視線を向けた。

 

 

 

「まあなんだ。それほど心配はいらんと思うぞ?」

 

 

 

その問いに答えたのはなぜか腕を組んでドヤ顔をしているイリーナだった。

 

 




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第249話 戦勝パーティなんだから遠慮せずガンガン食べてみよう

 

俺がローガに跨って狼牙族を引き連れて帝都に戻って来ると、戦勝パーティの準備中だった。どうもアナスタシアが先導して俺たちを労うためにパーティの準備をしたようだ。ちょっと感動するね。

 

逆にノーワロディにどういうつもりだ、くらいの文句を言われるかもしれないと思ってたからね。まさか全面的にご苦労様の姿勢で迎えてもらえるとは、ちょっと想像してなかった。

 

 

 

「ヤーベ様!お帰りなさいませ!」

 

 

 

城の門をくぐると、走って来たのはアナスタシアだった。

 

 

 

「ああ、ただいま、アナスタシア」

 

 

 

俺はローガから降りてアナスタシアに歩いて近づく。

 

アナスタシアは走って俺に抱きついて来た。

 

 

 

「迎えに来るというお約束・・・違えず叶えて頂いたこと、感謝の念に堪えません」

 

 

 

俺の胸に顔を埋めたかと思うと、その顔を上げて下から俺を見上げる。その目から涙が伝う。

 

 

 

「約束しただろ? アナスタシアを見捨てるわけがないじゃないか」

 

 

 

俺は安心させるようにアナスタシアの頭を撫でる。

 

 

 

「お帰り、ヤーベ」

 

「ヤーベ様お帰りなさいませ」

 

「ヤーベさんナイスファイト!」

 

「お見事でした旦那様」

 

「ふおおっ!ご主人しゃまお帰りなしゃいましぇー!」

 

「キュキュ―――――!」

 

「ズゴズゴ―――――!」

 

 

 

奥さんズとリーナ、それに神獣のジョージとジンベーが俺を迎えてくれる。

 

今ガッツリとアナスタシアを抱きしめているんだが、比較的みんなの視線が温かめだ。

 

即制裁オシオキにならないだけマシだな、うん。

 

 

 

そして、その後ろからグランスィード帝国の女帝ノーワロディが姿を現す。

 

 

 

「あ・・・あの・・・」

 

 

 

その横にはグランスィード帝国の軍部トップであるゴルゴダ・ヤーン大元帥が控えていた。

 

 

 

「貴殿・・・本当にあの数万からなる魔物の大群を退けたのだな・・・」

 

 

 

「ヤーン大元帥ですな、お噂はかねがね」

 

 

 

俺は恭しくお辞儀をする。

 

魔物の大群を殲滅した・・・・わけだが、それを退けた・・・、という事にしている。

 

 

 

これは亜空間圧縮収納で大量に魔物を収納している事で魔物の死骸がない事に不信を抱かれないように奥さんズからノーワロディに説明してもらっていた。

 

そして、ダンジョンに押し返して、そのダンジョンを封印(実際は新しいダンジョンコアを設置して封鎖命令を出した)したことにしてある。尤も第一陣はローガ達の魔法で木端微塵になったりしているからな。ある程度死骸も残っているのだが。

 

 

 

「そ・・・それで・・・あの・・・」

 

 

 

ノーワロディが何か言いたげにしているが、言葉が出て来ない。

 

 

 

「あ~、難しい話は後にしよう。今はゆっくりさせてくれ」

 

 

 

俺はノーワロディにそう告げる。

 

 

 

「ヤーベ様、たっぷりご馳走を用意しておりますわ!たくさん召し上がってくださいね!」

 

 

 

アナスタシアは俺の手を取って城の中に入って行った。

 

 

 

 

 

 

 

「じゃんじゃん料理を運べ!もたもたするな!」

 

 

 

一際高い白い帽子をかぶったシェフが大声で指示する。

 

 

 

城の大食堂。立食パーティ形式を取ったテーブルには様々な料理が並んでいる。

 

 

 

だが・・・

 

 

 

「キュキュ―――――!」

 

「ズゴズゴ―――――!」

 

 

 

まるで掃除機の如く、神獣のジョージとジンベーが口を大きく開けて料理を吸い込んで行く。

 

 

 

「・・・すごい食べっぷりだな」

 

「神獣さんたちは大食漢なのですね・・・」

 

 

 

イリーナとルシーナが呆れて神獣たちを見つめていた。

 

 

 

「ふおおっ!負けられないのでしゅ!」

 

「ふははっ!お子ちゃまが!ワシにかなうと思うてか!」

 

 

 

何故かリーナと幼女姿のミーティアが大食い勝負をしている。

 

 

 

「むごっ!むぐっ!」

 

 

 

バタンッ!

 

 

 

リーナが皿を持ったま仰向けにひっくり返る。

 

口に肉を山盛り頬張ったままだ。

 

 

 

「ふははっ!お子ちゃまがワシに勝とうなぞ甘いのじゃ!」

 

 

 

そう言って鬼の様に食べ物を詰め込んで行くミーティア。

 

さすが<古代竜(エンシェントドラゴン)>だな。リーナが古代竜に食べる量で敵うわけないわな。

 

 

 

「おいっ!料理が足りなくなるぞ!下働きの連中も現場へ送り込め!」

 

「料理長!下働きの連中は庭で肉を焼いております!」

 

「いかん!そうだった!こうなれば城のメイドに料理を運ぶのを手伝ってもらえ!ワシも鍋を振るう!恩人たちの労いパーティに料理を切らすわけにはいかん!!」

 

 

 

厨房に料理長の怒号が響く。

 

下働きの連中は庭に狩り出されて、肉を大きく切り分けては炭火で焼きまくるという作業を続けている。

 

 

 

何のためにそんな肉ばかり焼いているのかというと・・・。

 

 

 

「わふっわふっ!(こりゃウマイ肉だな!)」

 

「がふっ!(全くです!)」

 

「わふわふっ!(コッチの肉もうまいですぞ!)」

 

 

 

ローガを筆頭に大活躍した狼牙族が庭に集まって次々に焼けた肉にかぶりついていた。

 

当然、殊勲賞の狼牙族にもご馳走を振る舞って欲しいと俺がお願いする事も無く、狼牙達に肉が準備されていた。狼牙達は生肉で良いかと聞かれたので、焼いてタレを付けた物の方が良いと伝えておいた。・・・アイツら、俺が肉を焼いて与えてからというもの、ほとんど生で食べなくなった。狩りに出かけても亜空間圧縮収納に保管するだけでその場では食べなくなっちゃったしな。

 

 

 

・・・それにしても六十匹以上いると壮観だな。

 

料理人を焼けた肉をどんどん皿に置いていくが、置いた傍からローガ達がかぶりついて食べていくので、焼いても焼いても追いつかない。

 

料理人たちは次から次へ消えていく肉を補充するために切り分けては焼いて行く。

 

ここは正しく肉の戦場だった!

 

 

 

折角の料理だ。俺もたっぷりと頂く事にしよう。

 

俺は皿を持つと美味しそうな料理をどんどんと乗せて行った。




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閑話42 ヴィレッジヤーベ開拓記 その①

 

「おーい、レッド。準備出来たからこっちに来てくれ~」

 

 

 

「グァウ!」

 

 

 

ドスドスと派手な足音を立てて寄って来るのは、ファイアードラゴンのレッドだ。

 

レッドドラゴンが出て来たらややこしい名前になりそうだけど、今はまあいいか。オレンジがかった赤色のボディは、「レッド」と呼ぶにふさわしい。「オレンジ」だとメスっぽいよな。

 

なんでレッドの奴はオスだとわかったかというと、<古代竜(エンシェントドラゴン)>のミーティアがそう言ったからだ。

 

 

 

ちなみに、このレッドと名付けたファイアードラゴンは元々グランスィード帝国北にあるダンジョンのダンジョンボスだった。退治・・・と言うよりは俺とローガでちょっと脅しをかけたらソッコーひれ伏して懐くようになったのでカソの村周辺の開拓に協力させようと連れて帰って来たのだ。

 

 

 

「よーしよし、鞍と手綱を付けさせてくれ。それと、この巨大な爪を引っ張ってもらうぞ?」

 

 

 

「グァウ!」

 

 

 

レッドは嬉しそうに頷く。魔の森の開拓は生えている木自体が大地の魔力を吸って変質、硬質化している。おかげで通常の木こりたちでは木を切り倒すことすらできない。草木も魔力を帯びてアヤしく変質している。薬草や役立つ草木もあるけど、逆にヤバくなっている場所も多い。精霊たちと相談した結果、魔の森は手を入れて光が森の中に射すようにして土壌改善をしていった方がいいという結論に至った。

 

精霊から開拓OKを貰ったのだから、遠慮する事はない。ローガ達に魔の森から溢れ出てくる魔獣たちを狩りまくってもらっているし、カソの村の北、奇跡の泉から西に進んだ魔の森の端から俺は開拓を始めることにした。

 

 

 

「さ~、行くぞレッド!」

 

「グァウ!」

 

 

 

ドドドドドッ!

 

 

 

巨大な鉄の爪を引きずってレッドが疾走する。

 

非常に硬い土壌も引き裂くように耕していくレッド。

 

 

 

「はははっ!流石だなレッド!」

 

「グァウグァウ!」

 

 

 

レッドは褒められて嬉しそうに鳴き声を上げた。

 

 

 

「焼き畑農業も行けるか、一発頼むぞ!」

 

 

 

「グァアアアアゥ!」

 

 

 

レッドが<火炎の息ファイアーブレス>を放つ。

 

 

 

切り株や草木が燃え上がり灰になって行く。その後を踏み荒らすように走り抜け、耕していく。

 

 

 

「はっはぁ――――!!」

 

「グァウグァウ!!」

 

 

 

ドドドドドッ!

 

 

 

ファイアードラゴンが疾走するその姿――――

 

 

 

通常ならば災害級の事象であるはずだったが、この辺境では、日常の光景となりつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

街の中央から北には、大きな敷地を区画で区切って確保していた。

 

そう、ミノ娘たちの仕事場、ミルク製造工場を建設する予定なのだ。

 

製造工場というと、イメージが悪いのだが、ミノ娘たちが毎日の生活の中で、ストレスを減らして自分たちで搾乳して、その量を管理し、出荷をコントロールできるようになればいいと俺は考えている。その大事なミルクはアローベ商会の中でもごく一部の上客と自分の屋敷での消費だけに抑えるつもりだ。大人気になってもそんなに大量に生産できないし、ミノ娘たちに無理をさせられないしな。

 

 

 

「うわ~、すごく広い敷地だな」

 

 

 

チェーダがミルク製造工場の予定地を見ながら呟く。

 

 

 

「かなりのスピードで建物は完成していく予定だよ」

 

 

 

「でも、オレはヤーベのそばにずっといたいから屋敷での生活を続けたいんだ。いいよな・・・?」

 

 

 

チェーダが目に涙を浮かべながら俺の腕を取る。

 

 

 

「ああ、お前には屋敷に居てもらいたいしな」

 

 

 

「ヤーベ・・・!」

 

 

 

ギュギュギュっとチェーダに抱きつかれる。ウン、スライムボディが軋みます。

 

 

 

「ヤーベさん、仮住まいの小屋の建設ありがとうございます」

 

 

 

ミノ娘のゴーダが俺に挨拶してくる。

 

その後ろからはリコッタやマスカル、モッツァレラもやって来た。

 

 

 

「ボクらのお乳が売り物になるなんて・・・不思議な感覚だけどね。そのおかげで生活も安定して暮らせるようになるんだ。お兄さんには感謝しかないよ」

 

 

 

ミノ娘の中でもボクッ娘のゾーラが声を掛けてきた。

 

 

 

「あまり気負わなくていいよ。体調によって搾乳量が変わるだろうけど、少ないと生活レベルを落とすとか、そんなことしないし、ゆっくり生活してくれればいいよ」

 

 

 

「お兄さんありがとう!」

 

 

 

そう言って俺の腕に抱きつくゾーラ。

 

 

 

「でも・・・たまにはお兄さんに直接搾乳してもらいたいなぁ」

 

 

 

耳元でコショコショと呟くゾーラ。

 

俺は無言でコクコクと頷くと、俺の専用転移ゲート部屋を作っておくことを心に誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「町の名前?」

 

 

 

カソの村の村長は村の北に広大な町を計画している俺にその町の名を決める様に言ってきた。現在、カソの村は奇跡の野菜を生み出す村として、その名が売れてしまっている。そこで、このカソの村の名を残したまま新たに開拓される町の名前を決めてくれという事のようだ。

 

 

 

「うむ、ヤーベの街、でいいだろう」

 

 

 

イリーナが飾り気のない名前をぶち上げる。

 

 

 

「ヤーベ・ザ・ドミネーターはどうでしょうか?」

 

 

 

ルシーナさん、俺は別に支配者になりたいわけじゃないですけど?

 

 

 

「ヤーベブルグ!でどうでしょう?」

 

 

 

サリーナよ、ものすごく無難なドイツチックネームありがとう。この世界に合うかどうか知らんけど。

 

 

 

「旦那様!無敵のキャッスルヤーベはいかがですか?」

 

 

 

フィレオンティーナよ、俺はどこかの城主をやるわけではないのだよ。尤も城主をやったとしてもキャッスルヤーベは名付けないけどな。

 

 

 

「ふおおっ!ご主人しゃまサイキョーの街!でいかがでしゅか?」

 

 

 

リーナよ。俺をサイキョーと言ってくれるのはありがたいが、ヤバイ脳筋冒険者とかが集まってきそうだから却下だ。

 

 

 

「難しい顔をしているのう、主殿?」

 

 

 

ミーティアが俺の顔を覗き込む。

 

どうしても俺の領土の中央都市・・・今は何も無いが、その予定の村というか町には、俺の名を入れないといけないようだ。

 

・・・他の領土で貴族当主の名が入っているところ、無かった気がするんだけどな~。

 

 

 

「新たな町の名が浮かばぬのかの?」

 

 

 

「実は、もう決めてある」

 

 

 

ミーティアの言葉に返事をした俺だが、奥さんズやリーナはびっくりしたようだ。

 

 

 

「もう町の名が決まっているのか?」

 

「教えてください!」

 

 

 

イリーナとルシーナがズズイと迫って町の名を聞いてくる。

 

 

 

「町の名は・・・ヴィレッジヤーベ、だ」

 

 

 

ヤーベ村、という意味だがな。全体の計画はぶっちゃけコルーナ辺境伯家の主力都市である城塞都市フェルベーンを超えるような都市計画を行う予定だが、初っ端は単なる村だもんな。

 

 

 

「ヴィレッジヤーベ? なんとなくカッコイイな」

 

「そうですわね、渋い感じがしますわ」

 

 

 

イリーナとルシーナがヴィレッジヤーベに賛成してくれる。ド田舎の村だしね。イカツイ名前を付けても恥ずかしいだけだしね。

 

 

 

 

だが、ヤーベは元より、この時誰も気づくことは無かった。

 

この西の辺境が王都バーロンを凌ぐほどの発展を見せ、魔の森の<魔獣氾濫(スタンピード)>を防ぐために、王都よりも巨大で荘厳な城が建てられる事を。

 

そして、巨大な城は『キャッスルヤーベ』と呼ばれ、巨大な中央都市は『ヴィレッジヤーベ』と初期のころから変わらぬ名で呼び続けられることを。

 

 

 

そう、この時は誰も想像しなかったのである―――――

 

 




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第250話 年貢の納め時?を実感しよう

 

「わ~~~、こちらもステキですね!」

 

「次はこちらをお試しになりましょう!」

 

 

 

俺は先ほどからまるで着せ替え人形の如くとっかえひっかえ礼服を着させられては鏡でチェックしている。

 

 

 

・・・なんでこんなことをしているかって?

 

そりゃ、明後日に控えたカッシーナとの婚礼の儀及び王都のパレードで着る礼服の最終チェックをされているからなんだが。

 

先日グランスィード帝国を大規模な<迷宮氾濫(スタンピード)>から救ってから目まぐるしい忙しさだ。

 

 

 

なんとついにバルバロイ王国、ドラゴニア王国そしてグランスィード帝国の西方三国が友誼を結ぶことになった。その名も『西方三国同盟』だ。こいつは東の国々に衝撃が走ることになるらしい。下手をすると軍事行動を触発する可能性もあるとのことで、できる限り温和にできることを協力して豊かな生活を目指そう、的な温かいイメージの同盟だという事を東の国々にも伝わるよう工夫を凝らしている。

 

その一環が俺とカッシーナの婚姻だ。

 

 

 

・・・もはやこの結婚式は前座みたいな感じになってしまったが。

 

ちょっとカッシーナに申し訳ない気もするが、式の変更を嫌がったのは他でもないカッシーナだった。

 

俺とカッシーナの婚姻の儀、結婚パレードを行った翌日には『西方三国同盟』の各首脳が集まり、調印式が行われることになった。

 

グランスィード帝国からの移動は当然間に合わないのでワイバーン便で対応する。

 

ドラゴニア王国は友誼の調印後特急で結婚式に贈り物を間に合わせるよう馬車が出立していた。そこに友誼の調印時に参加していなかった大臣たちが追加でやってくるらしい。

 

・・・ドラゴニア王国の王都、空っぽになってないか?大丈夫なのだろうか。

 

 

 

ちなみに、西方三国同盟調印のあとは、俺個人としてはプレオープン状態だった『アローベ商会』を大々的にオープンする予定になっている。先行で遊具や野菜やハチミツなどの取り扱いをアピールしたが、客が殺到していた。そこで、商店を大きな建物で構え、御用聞きも対応できるように準備を進めている。スペリオル商会の全面バックアップもあってかなり立派な建物が出来上がっているからな。オープン初日はすでに販売してるある物の発表がある。実に楽しみなことだ。

 

自領地の開拓はカソの村の北側起点にスタートさせた。グランスィード帝国で捕まえた、というか、仲間になった、というか、ペットになった、というか・・・ファイアードラゴンのレッドが大活躍中だ。固い地面も何のそので掘り返してくれるタフガイ野郎だ。

 

野郎と呼ぶのはレッドがオスだとわかっているからだ。<古代竜(エンシェントドラゴン)>のミーティアがオスだといったから間違いないだろう。

 

 

 

個人以外だと、ワーレンハイド国王からガーデンバール王国への外遊を依頼されているな。なんでも『救国の英雄』たる俺とその妻となったカッシーナを招いてバルバロイ王国との友好を諸外国にアピールしておきたいらしい。ガーデンバール王国の東には小国がいくつか集まっており、そのさらに東には列国最大の軍事力を誇る巨大な帝国がある。それらの国々への牽制の意味があるだろう。

 

・・・俺とカッシーナがニコニコして出かけるだけでどれほどの効果があるかはしらんけどな。

 

 

 

 

 

それにしてもカッシーナはともかく、奥さんズの面々もリーナも神獣のジョージもジンベーも姿を見せない。なんでも奥さんとなるカッシーナに会えるのは当日結婚の儀となるらしいので、今日はもとより、明日も会えないことになる。なんでも純潔を守って大聖堂の専用部屋で前日は過ごすとか。今日行われている衣装合わせの最終チェックが終われば、身支度を整えて大聖堂に移動するらしい。

 

 

 

結婚の儀が始まるまで会えないというのはさみしい気もするが・・・だからと言って奥さんズがここへ来ないのは些か疑問が残る。俺のこの着せ替え人形的な姿を見たいと思ってくれるだろうし、ミーティアなら指をさして笑いそうだしな。

 

 

 

・・・誰も来ないと寂しいものだ。

 

 

 

「やはりこちらの白を基調とした礼服がよろしいかと」

 

「内に着るベストは銀色をチョイス致しましょう」

 

「ワンポイントのハンカチーフは青ですね!」

 

「ヤーベ様は『白銀の竜騎士ドラゴンナイト』と御呼ばれになっているとか」

 

「ならば、この礼服はまさにぴったりですわね!」

 

 

 

メイドたちや衣装係たちのはしゃぐ声が耳に響く。

 

ちょっと格好つけすぎたか・・・俺は心の中で若干反省する。

 

アナスタシアたちを助けに行くのに、<古代竜(エンシェントドラゴン)>のミーティアに乗っていく事にしたから、かっこいい鎧と盾と剣の製作をゴルディンに頼んだのだ。

 

まあ、真っ白なフルプレートに白いロングソードと白いシールド。どこぞの儀礼騎士だよって感じのきらびやかな鎧と盾と剣だった。

 

・・・尤も喜び勇んで着込んでいそいそと出かけた俺にも非があることは承知している。

 

 

 

「英雄様のご結婚、大変おめでとうございます」

 

 

 

改めてメイドの一人が俺に声を掛けてくれた。

 

 

 

「どうもありがとう」

 

 

 

「これで伯爵様も奥様をお構えになられますのですね」

 

 

 

なんとなく怪しい目つきで俺を見るメイドさん。

 

 

 

「・・・エエソウデスネ」

 

 

 

「それでは次は第二夫人様やお妾様のご準備ですね!」

 

 

 

なぜかとてもうれしそうにメイドさんたちが話す。

 

そこは年貢の納め時、とか言うところではないのだろうか?

 

俺がそんな話をすると・・・

 

 

 

「何をおっしゃられているのですか。伯爵様ともなれば、これからがスタートですよ!」

 

「そうですそうです。伯爵様のカイショーというものを世間にもお見せせねば!」

 

「その通りです!どれだけ人数をそろえられるか、これはある意味戦いでもあります!」

 

 

 

いや、そんなこと聞いたことないですけど。後、戦いって何と戦うの?

 

だいたい、すでに第五夫人まで決まっているんだよね。

 

カッシーナを第一夫人とすると、第二夫人にイリーナ、第三夫人にルシーナ、第四夫人にフィレオンティーナ、第五夫人がサリーナだ。後、妾にチェーダがいる。なぜかパナメーラやマカン、エイカたちも数に入っているらしいけど。

 

そんなわけで、数だけでももう結構いますけど、何か?

 

 

 

俺はキャピキャピはしゃぐメイドさんたちに気づかれないようそっと溜息をついた。

 

 

 

・・・もしかして、マリッジブルー?

 

 




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第251話 独身最後の夜はハメを外して盛り上がろう

 

「「「「「カンパ―――――イ!!!」」」」」

 

 

 

並々と注がれたエールが入った木のジョッキを勢いよくぶつけ合う。

 

当然のことながら、エールの飛沫が飛び交う。

 

 

 

ここは冒険者ギルドからほどなく歩いた場所。

 

『ハラが減ったら食ってきなっ!』で大人気の冒険者御用達のレストラン「満腹亭エクストラ」。

 

恰幅のいいおかみさんであるエルガさんが切り盛りする食堂だ。

 

どの料理も盛りが多くて味もいいということで、冒険者だけでなく、兵士や騎士団の連中にも大人気の店である。その店を思いっきり貸し切りやがった。だいぶ張り込んだな。

 

 

 

外では貸し切りに気づかずがっかりしている連中もいるようだが、店の外に並べられたベンチで何故か振る舞い酒とちょっとしたツマミが用意されていた。これも明日俺とカッシーナの婚姻の儀があるからおめでたいという事で振る舞っているらしい。

 

 

 

「いや~~~、本当におめでとうございます!」

 

 

 

そう言って何度も木のジョッキをぶつけてくるのは、王国騎士団の団長、グラシア・スペルシオだ。

 

 

 

「この国も間違いなく安泰というものです」

 

 

 

グラシア団長の肩を叩いてわっはっはと笑っているのは、その父親のアンソニーさんだ。スペルシオ商会の会頭でもある、商人の間では超の付く実力者だ。

 

実は、この俺の独身最後を祝う会は発起人がグラシア団長という事になっているのだが、バックアップは親父であるアンソニーさんが手配したのだろう。

 

 

 

「アローベ商会と提携できたので、私共としましても商売大繁盛なのですよ」

 

 

 

どうもアローベ商会への口利きと言うだけでもウハウハで相当忙しいらしい。

 

まあ、そのあたりはうまくやってもらいたいが。

 

 

 

「本当におめでとう、伯爵。しかし王女と結婚なさるとは、いやはや・・・」

 

 

 

そう言って来たのは商業ギルドの副ギルドマスターであるロンメルだ。

 

 

 

「アローベ商会を通じて卸したギガンテス、肉の解体が終わったら約束分届けてくれよな」

 

 

 

「わかってますって! あまりのデカさに解体部がてんやわんやでしてね。錬金術ギルドのギルドマスターと副ギルドマスターが飛んできましたよ。目玉と角は絶対に売ってもらいたいからオークションにかけるのは待ってくれって」

 

 

 

「オークション?」

 

 

 

錬金術ギルドが飛んで来たのはギガンテスの目玉と角が貴重な素材になるだろうからと想像つくが、オークション?

 

 

 

「そうです。王都で年一回開かれる大オークションですよ。ちょうど来月行われます。その時に出品すれば諸外国からも関係者が狙ってやって来るくらい貴重な素材ですからね。国外に売るなというクギを刺しに来たのでしょう」

 

 

 

「ふーん、オークションね・・・」

 

 

 

ラノベでオークションって言うと、どうも裏の世界の匂いがする事が多いんだけどな。奴隷の売買とか、ヤバイクスリが出品されたり・・・。

 

 

 

「よう!ついに年貢の納め時だな!」

 

「ご結婚おめでとうございます」

 

 

 

二人並んで来たのはソレナリーニの町冒険者ギルドのギルドマスター、ゾリアと王都冒険者ギルドのグランドマスター、モーヴィンだ。

 

 

 

「おう、ありがとう」

 

 

 

そう言ってエールが少ししか入っていない木のジョッキをぶつけあう。

 

 

 

「なんだ、入っていないじゃないか」

 

 

 

そう言って一際デカイ木のピッチャーを持ち出して俺のジョッキにエールを並々と注ぐゾリア。

 

 

 

「おいゾリアよ、いい加減お前ソレナリーニの町に帰らないと副ギルドマスターのサリーナちゃんがブチ切れるぞ?」

 

 

 

俺がニヤつきながらツッコんでやったら、ゾリアはとんでもない事を言いやがった。

 

 

 

「ああ、それならサリーナがギルドマスターに昇格したぞ」

 

 

 

「はあっ!?」

 

 

 

俺はコイツが何を言っているのか理解するのに時間がかかった。

 

 

 

「はっはっは、だから何も心配いらねーぞ?」

 

 

 

「いや、サリーナちゃんが心配だろ!てか、お前何してんのよ?」

 

 

 

「サリーナは優秀だから何も問題はないぞ? 俺はちなみに王都冒険者本部サブグランドマスターに就任した。まあ、ほぼお前専用の相談役?だな!」

 

 

 

そう言って豪快に笑うゾリア。隣ではモーヴィンが苦笑している。

 

コイツ、俺をダシに王都に残る作戦たてやがったな!

 

大体サブグランドマスターって何か偉そうになってるじゃねーか!何かムカつくぞ、ゾリアのくせに。

 

 

 

「ん? それって・・・俺はサリーナに恨まれないか?」

 

 

 

「なんか、矢継ぎ早にすごい文句の手紙がギルド本部に何通も届いたらしいが黙殺している」

 

 

 

「黙殺すんなっ!」

 

 

 

ダメだろ、絶対。サリーナの怒り顔が頭に浮かぶ。

 

 

 

「いや、開けたらメンドクサイ事がいっぱい書いてあるだろうし・・・」

 

 

 

「開けなくても後でメンドクサイことになるんだよ!」

 

 

 

頭イテェ・・・。ゾリアのヤツ、マジで帰らないとか信じらんねーな。

 

 

 

「ヤーベさん、ご結婚おめでとうございます!」

 

「おめでとう」

 

 

 

「ヤーベさんご結婚されるんですね!おめでとうございます!」

 

「フン、アンタに奥さんが出来るなんて、物好きもいたもんね!」

 

「あらあら、ヤーベさんおめでとうございます」

 

 

 

見れば美味しいパンで有名になったマンマミーヤのマミちゃんとその親父さん、それにポポロ食堂の姉妹レムちゃんとリンちゃん、それに母親のルーミさんまで来てくれたのか。

 

 

 

「はい、ヤーベさん!差し入れのポポロ食堂特製コロッケですよ!」

 

 

 

そう言ってリンちゃんが大きなバスケットを俺のテーブルに置いてくれる。中には温かいコロッケが。

 

 

 

「こりゃ嬉しいね!早速頂くよ!」

 

 

 

一つ摘まんでパクリと食べる。ホントにシンプルにウマイんだよね、ポポロ食堂のコロッケは。

 

 

 

「今回はご結婚おめでとうございますの意味も込めてますから、代金は頂きませんからね!コッソリ金貨を入れてくださるのも無しですよ!」

 

 

 

そう言って可愛くウインクするリンちゃん。

 

こりゃまいった。こっそりお礼を入れている事にもクギを刺されてしまった。まあ、今度お礼にコロッケ100個注文入れるかな。コロッケパーティでもやろう。

 

後、レムちゃん、その物好きはこの国の王女様です。

 

 

 

「ヤーベさん!おつまみになるようハードブレッドにフルーツを乗せたおつまみを新作して見たんです。ぜひ試して見てください!」

 

 

 

そう言ってマミちゃんもバスケットから中の創作パンを出してくれる。ああ、これは硬く焼いたクラッカーのようなパンの上に果物やジャムなどを乗せている。所謂カナッペだな。

 

先日古くなって硬くなったパンの処理に悩んでいたマミちゃんに、揚げパンなどのアイデアを話した時に、最初から硬めに焼いたクラッカーに近いようなイメージの物を教えたんだが、まさか独力でカナッペに仕上げて来るとは、マミちゃん恐るべし!

 

 

 

俺は一つ摘まんで口の中に放り込む。

 

 

 

「うん、ウマイッ!」

 

 

 

「よかった!」

 

 

 

嬉しそうなマミちゃん。

 

 

 

「なんだなんだヤーベ、美味そうなものを食べてるじゃないか!」

 

 

 

ゾリアたちがやって来てカナッペやコロッケをパクつく。

 

みんながうまそうに食べて行くのでどんどん減るな。

 

俺ももっと食べよう。

 

 

 

「ほらよっ!おかみの肉焼きマウンテン盛りお待ちだよっ!」

 

 

 

女将さんがうまそうに焼けた肉をこれでもかと盛り付けた皿をドーンとテーブルの真ん中に置く。

 

 

 

「よっしゃ!追加来た――――!」

 

 

 

ゾリアが嬉しそうにジョッキを掲げて肉にアタックを開始する。

 

ホントにうまそうだな。俺も早速頂こう。

 

 

 

「ヤーベさん、ご結婚おめでとうございます!」

 

 

 

肉を口にてんこ盛り頬張ったところなのでうまく喋れないが、どちら様かと振り向けば、<水晶の庭(クリスタルガーデン)>のオーナーであるリューナちゃんだ。今日も銀色のモフモフとした耳と尻尾がかわいいね。

 

 

 

「りゅーにゃひゃん、うぁりがたう」

 

 

 

「ふふっ、ヤーベさんお口の中がいっぱいですよ?」

 

 

 

笑いながらリューナちゃんもバスケットを持っている。

 

テーブルに置いたバスケットからはすでに甘くいい匂いが・・・。

 

 

 

「ヤーベさんにぜひ食べて頂きたくて・・・。はいっ!初めて私が一から作ったホットケーキです!」

 

 

 

そう言って取り出したのは皿に乗ったホットケーキだった。

 

今までホットケーキの生地だけは俺が作ったものを納品していたけど、リューナちゃんは一から自力で作る練習を欠かさなかった。

 

 

 

「どれ・・・」

 

 

 

一口大に切ってパクリと食べる。

 

 

 

「うん、ウマイッ!」

 

「ホントですか!」

 

「ああ、本当に美味しいよ。見事だね!免許皆伝だな」

 

 

 

あ、ちょっと涙ぐんじゃった。

 

 

 

「嬉しいです!」

 

 

 

そう言って俺に抱きついてくるリューナちゃん。

 

 

 

「おお?結婚する前から浮気か?」

 

 

 

「うっせ!」

 

 

 

茶化してくるゾリアにツッコミを入れておく。

 

 

 

「免許皆伝嬉しいですけど、ヤーベさんと会えなくなるのは寂しいです・・・」

 

 

 

抱きついて耳元で囁くように話すリューナちゃんにちょっとドキドキしてしまう。ここに奥さんズの面々がいればO・SHI・O・KI間違いなしの事案発生だ。

 

 

 

「大丈夫大丈夫、ちゃんと会いに行くし、食べに行くし」

 

 

 

そうして頭をポンポンと撫でてあげる。

 

・・・ついでに耳をモフモフしちゃう。

 

 

 

「・・・ンッ・・・」

 

 

 

ヤバイ!リューナちゃんが色っぽい!これ以上はキケンなり!

 

 

 

「いや~、さすがは救国の英雄殿、モテモテですな!」

 

 

 

いや、アンソニーさんそんな嬉しそうにしなくても。

 

いや、グラシア団長とウンウンと頷きあって無くてもいいでしょ?

 

 

 

 

 

ガンッ!

 

 

 

 

 

木のジョッキを叩きつけるようなハデな音が鳴る。

 

 

 

「うにゅう・・・わらしは・・・わらしは・・・」

 

「ちょっと!クレリア隊長!飲み過ぎですよ!」

 

「うりゅしゃい!わらしわぁ!」

 

 

 

見れば叩きつけたジョッキを振り回しながらテーブルに器用に突っ伏しているのは王都警備隊隊長のクレリア・スペルシオと、それを宥める副隊長のエリンシアだった。

 

 

 

「クレリア隊長!最後の花束贈呈はクレリア隊長の役目ですよね!?ちゃんとしてください!」

 

「わらしはぁ!ヤーベしゃまがしゅきなのらぁぁぁぁ!」

 

「ええっ!?」

 

 

 

エリンシアが固まる。

 

そりゃそうだよな。俺に花束贈呈でおめでとうっていう役の人が、俺の結婚で失恋して泣いてるのはまずい気がするけど。

 

 

 

「ヤーベしゃまに命を助けられてぇ!賊の討伐に協力してもらってぇ!まるで王子しゃまなんだもぉん!ステキしゅぎるんだもぉん!そんなのしゅきになるに決まってるでしょお!わ~んわんわん!」

 

 

 

ヤベェ・・・ガチ泣きだ。クレリア隊長はスーパー泣き上戸だったんだな。

 

エリンシアが肩を叩いたり頭を抱きかかえたりしながらクレリアを落ち着かせようとしているが、ガチ泣きのクレリアは収まらない。しまいにエリンシアも涙目だ。

 

 

 

「・・・ヤーベ卿、大変申し訳ないのですが、妾の末席にでも我が娘を置いてやってはもらえませんか・・・」

 

 

 

大変すまなさそうに俺に謝りながらとんでもないお願いをブッ込んでくるアンソニーさん。

 

 

 

「えええっ!?」

 

 

 

「すみません・・・まさか妹があれほどヤーベ様を愛しているとは・・・ついぞ気が付きませんで」

 

 

 

頭をポリポリと掻くグラシア団長。

 

いまだに俺の事を好きなんだ~と喚きながら泣いているクレリア隊長。

 

誰か助けて~と涙目のエリンシア。

 

 

 

「え、えーと・・・ちょっと奥さん達と相談していいかな?」

 

 

 

俺はそう答えるのが精一杯だった。

 

どーしてこうなってるの!?

 

 




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閑話43 結婚前夜の乙女たち(前編)

「う・・・うう・・・ううう・・・」

 

 

 

カッシーナは泣いていた。

 

それはもう、先ほどからポロポロポロポロと涙をこぼし続けている。

 

 

 

「いい加減落ち着いたらどうだ、カッシーナ」

 

「そうですよ、あまりに泣いておりますと、明日目が腫れぼったくなってカワイイ顔がだいなしになりますわ」

 

 

 

カッシーナの横に座ったイリーナとルシーナはそれぞれハンカチを持ってカッシーナの涙を抑えていた。

 

 

 

「だって・・・だって・・・やっとヤーベ様の下へ嫁ぐことが出来るから・・・」

 

 

 

そう、カッシーナはあまりの嬉しさにうれし涙が止まらなかったのであった。

 

 

 

「今から泣いてたんじゃ、明日の本番、大丈夫かなぁ?」

 

「そうですわね、感動して卒倒されても困りますわねぇ」

 

 

 

苦笑しながらサリーナとフィレオンティーナがどうしたものかと言葉を交わす。

 

 

 

「明日の結婚式でみーんな幸せしあわしぇでしゅ!」

 

「キュキュ――――!」

 

「ズゴズゴ――――!」

 

 

 

リーナが笑顔で右の拳を天に突き上げれば。その頭に乗った二匹の神獣たちも賛同したように鳴き声をあげる。

 

 

 

「ふむ、主殿のつがいに正式になる儀式が明日行われるのじゃな・・・(これは好都合じゃったわ)」

 

 

 

なぜか古代竜エンシェントドラゴンのミーティアも幼女姿でここにいた。

 

 

 

ここはバルバロイ王国が誇るバルバロイ大聖堂。

 

アンリ枢機卿たちが普段生活している教会の大聖堂とは違い、バルバロイ王国の王族が使用する専用の教会だ。バルバロイ大聖堂は月に一度一般国民に入場料を取って見学ツアーが組まれているが、それはあまり娯楽のない王国では大人気であり、申し込みが殺到するイベントでもあった。豪華な作りに、美しいステンドクラスのような内装が施され、大聖堂内に色とりどりな光を届けていた。

 

この大聖堂は王族の結婚式や儀式以外で使用されることは普段ない。そのため、見学ツアーで中を見たことがある人も、無い人も、王族の結婚式が大々的に行われ、その姿を見ることは長年の希望の一つでもあった。

 

 

 

そんなバルバロイ大聖堂の一室。婚姻の儀を前日に控えた花嫁が身を清め、当日まで俗世との関りを絶つために籠る部屋・・・そこになぜかカッシーナの他にイリーナ、ルシーナ、サリーナ、フィレオンティーナ、そしてリーナと神獣二匹にミーティアまでもが集結していた。

 

 

 

皆が皆、清められた白いローブに身を包んでいる。

 

まさしく、花嫁準備であった。

 

ここにヤーベがいたら、まさしくこう言うだろう。

 

 

 

「なんでリーナとミーティア幼女枠と神獣様謎のイキモノが! てか、ジョージとジンベーってメスだった!?」・・・と。

 

 

 

「まあ、カッシーナ王女はいつもヤーベさんのそばにいられなかったからね、やっとそばに来ることが出来てうれしいって気持ちはわかるけどね」

 

 

 

肩を竦めながらサリーナがカッシーナを見つめる。

 

 

 

「もう・・・サリーナさんも王女なんてやめてください。カッシーナと呼び捨てになってください」

 

 

 

「ああ、そうだったね。つい王女様だーって思っちゃって」

 

 

 

「逆にイリーナはカッシーナと即座に呼び捨てに慣れてましたけど・・・逆に慣れすぎでは?」

 

 

 

フィレオンティーナが苦笑しながらイリーナを見た。

 

 

 

「む?我らは皆ヤーベの奥さんになるのだろう?ならば同士ではないか。皆で協力しあってヤーベを支えて行かねばならぬからな。そのためには変に遠慮などしていられん」

 

 

 

腕を組みながらむっつりとするイリーナ。

 

 

 

「さすがはイリーナおねえしゃんなのでしゅ!」

 

「キュキュ――――!」

 

「ズゴズゴ――――!」

 

 

 

リーナがイリーナを褒め称える。

 

パチパチパチと小さな手で拍手する。神獣たちもヒレをペチペチと叩いている。

 

嬉しそうにニコリとするイリーナ。

 

 

 

「そうですね、ヤーベ様の奥さんになるわけですし、ヤーベ様の前には家柄など無意味ですね。私の事はルシーナと呼んでください。明日からよろしくお願いしますね、カッシーナ」

 

 

 

隣に座りカッシーナの涙を拭いていたルシーナがハンカチを膝に置き、改めてカッシーナの方を向いてほほ笑んだ。

 

 

 

「・・・ありがとう、ルシーナ。これからもよろしくお願いね」

 

 

 

やっと涙が止まり笑顔になったカッシーナに他のメンバーも笑顔を向ける。

 

 

 

「それで、カッシーナは結婚パレードの後、ウチ・・の屋敷にすぐ来るのか?」

 

 

 

イリーナの問いかけにカッシーナではなくルシーナが先に反応した。

 

 

 

「ウチの屋敷って・・・ヤーベ伯爵の屋敷の事ですよね? まあすでに引っ越ししてみんなで住んでいますから、あながち間違いではないのですけど、もう正妻気取りですか?」

 

 

 

ジトッと横目でにらんでくるルシーナにウッと言葉を詰まらせるイリーナ。

 

 

 

「まあ、まだ正式に誰もヤーベ様と婚姻を結んだわけではありませんからね・・・、対外的には、今はヤーベ伯爵邸に居候しているのが私たちの立場なわけですが」

 

 

 

苦笑しながらフィレオンティーナが説明する。

 

 

 

「はうっ!」

 

 

 

方々からやり込められて涙目になるイリーナ。

 

 

 

「いえいえ、最も古くからヤーベ様のおそばにいらっしゃったイリーナさんだからこそ、そのお気持ちがあるのですよね。わかるつもりです。実はお父様やお母様と特にその話をしていないのですが、パレードが終わったらその足でヤーベ様の館に行くつもりです」

 

 

 

堂々と即刻移籍と言わんばかりの言いように呆気にとられる一同。

 

 

 

「・・・いや、結婚パレードの後は王城で披露宴パーティじゃなかったか? 確かこの前の王都スイーツ決定戦でダブル優勝したドエリャとか言うシェフと喫茶<水晶の庭クリスタルガーデン>のオーナーであるリューナちゃんが腕を振るった料理が並ぶんだろ?」

 

 

 

「・・・ああ、そうでした・・・」

 

 

 

イリーナの説明に心底がっかりしたと肩を落とすカッシーナ。

 

 

 

「いや、なんでがっかりしているの?自分たちの披露宴でしょ?」

 

 

 

サリーナが首を傾げる。

 

 

 

「披露宴パーティなど、貴族の集まりに挨拶するだけの退屈な時間ですよ」

 

 

 

「そうはいっても、ヤーベの隣に立って一緒に挨拶するのだろう? それこそ夫婦最初の仕事じゃないか」

 

 

 

落ち込むカッシーナに叱咤激励するイリーナ。

 

 

 

「そ、そうですわね!夫婦最初の共同作業ですわね!ヤーベ様のお隣に立って、『妻のカッシーナですわ!』って挨拶・・・うふふふふ」

 

 

 

だいぶ残念な娘になって怪しく笑うカッシーナを呆れる目で見つめるイリーナ。

 

対外的にもカッシーナを第一夫人に納めるしかないのだが、だんだんと本当に大丈夫かと心配になって来ていた。

 

・・・尤も陰で『ポンコツイリーナ』とヤーベに揶揄され続けたイリーナに心配されるカッシーナにだいぶ不安が残る一同であった。

 

 

 

 

 

 

 

「それはそうと、本当に私たちも参加していいのか?」

 

 

 

イリーナが真剣な眼差しでカッシーナに問いかけた。

 

 

 

「ええ、もちろんですわ。皆さまを差し置いて私だけ婚姻の儀に臨むなど、申し訳ありませんから」

 

 

 

英雄と王女の結婚式に参加するように伝えてきたのは、他でもないカッシーナだった。

 

そして、今カッシーナと同じく清められたローブに身を包める者たち。

 

それが何を意味するのか・・・ここにいるメンバーは理解していた。

 

・・・若干リーナは怪しい面もあるのだが。

 

それでも『ご主人しゃまとケッコンケッコン』と喜んで踊っていたので、何もわかっていないわけではないだろう。

 

 

 

「しかし、ミーティアまでヤーベを狙ってくるとは思わなかったな」

 

 

 

溜息を吐きながらイリーナがミーティアに視線を送る。

 

 

 

「何を言う。すでにワシは主殿に従うと決めたのじゃ。それに強きオスに惹かれるのはメスとして当然の事じゃ」

 

 

 

両手を腰に当て、無い胸を張ってドヤ顔するミーティア。

 

 

 

「なら妾でいーじゃん」

 

 

 

サリーナが不服そうに文句を言った。

 

 

 

「どうせなら寵愛はガッツリ受けた方がよいじゃろうが。それにこんなおこちゃまが主殿の妻になるのならば、ワシも同列に並ばねばならぬわ」

 

 

 

そう言ってリーナの方を向くミーティア。

 

 

 

「うにゅ!ライバルには負けないのでしゅ!」

 

 

 

プリプリしだすリーナを宥めるように神獣たちがリーナの頭にまとわりつく。

 

 

 

「ところで、確認しておきたいことがあるのだが・・・」

 

 

 

イリーナは清めの部屋にいる全員を見渡すように話し出した。

 

 

 

 




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閑話44 結婚前夜の乙女たち(後編)

 

「この先、ヤーベには様々な困難が降りかかるのではないかと思っている」

 

 

 

イリーナには珍しく、真剣な表情で全員を見回しながら告げた。

 

 

 

「それでも私は、ヤーベを絶対に裏切らないと誓う。ルーベンゲルグ伯爵家の名に懸けて」

 

 

 

イリーナは力強く宣言した。

 

 

 

「もちろん! 私もバルバロイ王家の血を引くものとして、ヤーベ様に一生寄り添い支え続けると誓います!」

 

 

 

「私もコルーナ辺境伯の名に懸けてヤーベ様を裏切るなどという事はしません」

 

 

 

カッシーナとルシーナも同調する。

 

 

 

「リーナはご主人しゃまと一心同体なのでしゅ!」

 

「主殿に逆らうと神獣様の神罰が怖いのじゃ」

 

 

 

奴隷紋を刻まれているリーナと神獣にヤーベに使えるよう指示されているミーティアも元気よく宣言する。

 

 

 

「私も絶対裏切らないと誓うよ! だって、生まれ故郷のカソの村が大発展してるのもぜーんぶヤーベさんのおかげだしね!感謝しかないよ」

 

 

 

カソの村出身の錬金術師サリーナも笑顔で宣言する。

 

 

 

最後にその場の全員がフィレオンティーナに視線を向ける。

 

 

 

「私は今まで出身を明かしておりません」

 

 

 

語り出したフィレオンティーナを全員が見つめる。

 

 

 

「ですが、私の出目は今しばらく秘密にさせてください」

 

 

 

そう言って頭を下げるフィレオンティーナ。

 

元々『雷撃姫』『轟雷の女神』などと途轍もない二つ名を持つ元Aクラスの冒険者にして、引退後売れっ子の占い師だったという経歴を持つ彼女だが、妹がタルバリ伯爵の奥さんになっているが、その生まれは詳しく聞いていなかった。

 

 

 

「ですが、旦那様を心の底から愛しております。悪魔の塔に捕らわれ、悪魔王ガルアードに生贄に捧げられる直前、颯爽と私を救ってくださった旦那様の事はこの命例え尽きようとも永遠に忘れることは無いでしょう。旦那様に助けて頂けなかったら私の命は悪魔王ガルアードへの生贄として消えておりました。この命は旦那様に救って頂いた物。この命消えるまで旦那様のお傍に仕える所存です」

 

 

 

そう言って立ち上がると深々とお辞儀をするフィレオンティーナ。

 

 

 

「うん、フィレオンティーナがどこの生まれだったかとか、あまり気にしてはいないよ。貴女がここに居てくれることはとても心強い。共にヤーベを支えて行こう」

 

 

 

そう言ってイリーナが右手を差し出す。

 

 

 

「ええ、こちらこそよろしくお願いいたしますわ」

 

 

 

フィレオンティーナもイリーナの手を握り返した。

 

 

 

ここに奥さんズの面々が一丸となってヤーベを支えて行くという魂の絆がつながった瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

 

コンコン。

 

 

 

 

 

 

 

清めの部屋の扉がノックされる。

 

 

 

「・・・? 明日の朝まで誰も来ないはずですが」

 

 

 

そう言ってカッシーナが自ら「はい」と返事をして扉を開ける。

 

 

 

「えへへ・・・来ちゃいました」

 

 

 

そう言ってカッシーナ達が着ている白いローブと同じものを纏ったアナスタシアが入って来た。

 

 

 

「ア、アナスタシアさん!?」

 

 

 

ルシーナが驚く。

 

無理もない。グランスィード帝国の女帝ノーワロディの母親、魔族のアナスタシアがなぜここにいるのか。

 

 

 

「実はワイバーン便で運んで来てもらったのです。ヤーベ様のご結婚パレードの末席にでも愛妾でもいいので参加させて頂きたいな~と思ってやってきました」

 

 

 

ニコニコしながらあっけらかんとやってきましたと説明するアナスタシア。

 

 

 

「愛妾・・・、だが、貴女は白いローブを纏ってここへ来ているが?」

 

 

 

イリーナが訝しむ。

 

 

 

「そうなのです、大変図々しい話なのですが、私の娘でグランスィード帝国の女帝を賜っておりますノーワロディが、妾ではなく、正妻としてなら認めなくもない・・・と言いだしまして」

 

 

 

「な、なに!?」

 

「ええっ!?」

 

 

 

イリーナとルシーナが同時に驚く。

 

 

 

「あちゃ~、そうなるんじゃないかと思ったけど、思ったより早かったね」

 

「そうですわね、まさか結婚パレードに間に合わせて来るとは」

 

 

 

サリーナとフィレオンティーナが苦笑しながら顔を見合わせた。

 

 

 

「ロディちゃんは夜遅い時間だけど、ワーレンハイド国王様とリヴァンダ王妃に面会させてもらって、私の正妻入りをお願いしてくれて。リヴァンダ王妃も大賛成してくれて」

 

 

 

「ヤーベには会ったのか?」

 

 

 

「ううん、まだ会えてないの」

 

 

 

イリーナの問いかけに首を振るアナスタシア。

 

 

 

「ヤ、ヤーベは知らないのか・・・」

 

「それなのにお母様はOK出したのですね・・・」

 

 

 

ポリポリほっぺを掻くイリーナに右手で両目を覆うカッシーナ。

 

 

 

「えへへ・・・一応ヤーベさんにはお前が欲しいって言われてて・・・。いきなり来てサプライズしちゃおうって」

 

 

 

ほっぺを両手で押さえながら照れるアナスタシア。

 

 

 

「むむっ・・・、だが、最も長くヤーベと付き合っているのはこの私だからなっ!」

 

 

 

イリーナが腕を組んで偉そうにする。

 

 

 

「そうなんですかっ! ぜひヤーベさんと出会った時のお話聞かせてくださいっ!」

 

 

 

アナスタシアがものすごく前のめりに聞いてくる。

 

 

 

「ふおおっ!ご主人しゃまとイリーナおねーしゃんが出会った時のことでしゅか?リーナも知りたいでしゅ!」

 

 

 

リーナがぴょんぴょん飛び跳ねて話をねだる。

 

 

 

「よし、ならば語ろう!私とヤーベの運命の輪が絡まった瞬間の話をな!」

 

 

 

パチパチパチパチ!

 

 

 

何故だかみんなワクワク顔でイリーナの話を聞く姿勢になった。

 

 

 

「アレはカソの村の北にある奇跡の泉の畔でのことだった。盗賊に襲われた私を華麗に救ってくれたのだ!」

 

 

 

「キャ――――!ヤーベ様カッコイイ!」

 

 

 

アナスタシアが少女の様に声を上げて手をブンブン振る。

 

 

 

「私は、テロリストたちに仕掛けられた毒によって死ぬ寸前だったのをヤーベさんの奇蹟によって命を救われたんです!」

 

 

 

「ふおおっ!ご主人しゃまの奇跡でしゅ!」

 

「すごいねすごいね!」

 

 

 

ルシーナの話に何故かリーナとアナスタシアが手を取り合いながら興奮している。

 

 

 

「わたくしは、悪魔王ガルアードに生贄に捧げられる直前に旦那様に助けて頂きました。本当にカッコよかったですわ!」

 

 

 

フィレオンティーナは顔を真っ赤にしながらヤーベとの出会いを話す。

 

 

 

「あの時に初めてヤーベさんローブを脱がれたんですよね、カッコよかったな~」

 

「そうだな、それまでずっとローブで身を包むような姿だったな」

 

 

 

ルシーナとイリーナが当時を思い出したのか懐かしそうに眼を細める。

 

 

 

「リーナは奴隷商で捨てられる直前にご主人しゃまに買って頂けたでしゅ! ケガでつぶれていた目も動かない腕もご主人しゃまの奇蹟で治してもらったでしゅ!」

 

 

 

とても嬉しそうに話すリーナ。

 

 

 

「私も半身が大やけどで酷い傷だった体をヤーベ様の奇蹟の御業で治して頂きました。どんなにお礼を申し上げても足りません」

 

 

 

続いてカッシーナも祈る様にヤーベとの思い出を話す。

 

 

 

「体を治す前に、空のデートに連れて行ってもらったんです。月が綺麗でしたわ・・・」

 

 

 

カッシーナが恍惚とした表情で思い出を語る。

 

 

 

「え!? なにそれ?聞いてないですけど!」

 

 

 

ルシーナが空のデートに敏感に反応する。

 

 

 

「どんなデートなんだ?」

 

「聞きたいですわっ!」

 

 

 

イリーナとアナスタシアがカッシーナに食いついてくる。

 

 

 

「う~~~~、私は全然ヤーベさんとのハデな想い出がないよ~」

 

 

 

頭を抱えるサリーナ。

 

カソの村から一緒に王都まで旅してきたサリーナだが、サリーナが主役となったイベントは特になかった。

 

 

 

「結構アタシ平和だったんだ~」

 

「平和な方が良いではないか。ワシなぞ殺されかけたぞ?とんでもない大魔法で」

 

 

 

頭をばりばりと掻き毟るサリーナに苦笑しながらミーティアが慰めの言葉をかける。

 

 

 

ヤーベの奥さんとならんとする女性たちはそれぞれの想いや過去の思い出を思う存分語り合った。

 

・・・語り合いすぎですでに日が昇り朝となっている事に気づかず、全員が目が真っ赤のまま清めの部屋より出て来て、シスターたちにメチャメチャ怒られたのであった。

 

 




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第252話 始まった婚姻の儀に緊張しよう

 

「ギャハハハハ! 馬子にも衣裳っつーけどもよぉ!」

 

「いやいや、お似合いですよ、さすがは救国の英雄殿だ」

 

 

 

 

 

俺の後ろで笑ってるのは王都冒険者ギルドサブグランドマスターとやらに就任したゾリアとグランドマスターのモーヴィンだ。

 

モーヴィンも口に手を当てて「プフッ!」て笑ってるの見逃してねーからな!

 

 

 

俺はと言うと、気持ちよく晴れた晴天の空を見ることもなく、朝早くから大聖堂の一室に詰め込まれて白いタキシードに着替えさせられている。

 

 

 

すでに婚姻の儀に参列する貴族や隣国の招待者たちも案内が始まっているらしい。

 

いや、マジでここまでの流れ、詳しい説明ないからね!?

 

 

 

誰に聞いても、「こちらで段取りしてありますから」の一点張りだ。

 

一番話を聞いていないのが新郎ってどうなのさ?

 

 

 

そしていま、俺の髪にべっとりと油らしきものを塗りたくって「ふぬぬぬぬっ」っと苦戦しているメイドさんたちが三名ほど。

 

 

 

「何とかこれで御髪が整えば・・・」

 

 

 

どうも俺の髪をぺったりオールバックにしたいようだ。

 

だが、俺の髪は普通の髪ではなく、スライム細胞だからね。

 

俺の今の髪形はちょっとツンツンしたラノベ主人公的な髪形をイメージしているわけではないのだが、多少わっさりしたり、ピンと跳ねさせている。それが気に入らないのか、あの手この手で髪の毛を何とかしようとしている。

 

 

 

仕方ない、オールバックにするか。

 

俺は魔力ぐるぐるエネルギーを髪の部分のスライム細胞に流してぺったりさせる。

 

 

 

「よしっ!髪油が馴染んできましたよ!」

 

 

 

実際は違うのだが、ぺったりとした髪にそう判断するメイドさんたち。

 

いやいや、スライム細胞に油とか浸透しないし。

 

 

 

そのうち、完全にぺったりオールバックになった俺の髪に満足したのか、メイドさんたちが作業完了を告げ、退出していく。婚姻の儀の間が準備できたら俺を迎えに来るらしい。

 

 

 

そこへ扉がノックされて新たに別の人が入ってくる。

 

 

 

「やあ、ヤーベ卿、元気かな?」

 

入ってきたのはこのバルバロイ王国のワーレンハイド国王であった。

 

 

 

「ワーレンハイド国王、これはどうも・・・」

 

 

 

その場で膝を着こうとして俺を止めるワーレンハイド国王。

 

 

 

「よい、今日の主役は貴殿だ。膝を着けば衣装も汚れるしな」

 

 

 

そう言って快活に笑うと国王は続けた。

 

 

 

「この日を良き門出の日としたい。貴殿にとっても、王国にとっても」

 

 

 

そう言ってがっちりと握手をしてくる国王サマ。

 

 

 

「どこまでお力になれるかわかりませんが・・・」

 

 

 

俺は国王様の手をぎゅっと握り返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シスターに案内されて婚姻の儀の間に到着する。

 

 

 

「緊張なされておりますか?」

 

 

 

そっと案内してくれたシスターが俺に声を掛けてくれる。

 

 

 

「ええ、普段から緊張が足りないと怒られることが多いので、今日くらいは目いっぱい緊張しようと思っているのですよ」

 

 

 

俺はそう言ってにっこりと笑みを返す。

 

 

 

「まあ、それでは本日の結婚の儀は大成功間違いなしでございますわね」

 

 

 

そう微笑みながらシスターは祭壇の間の扉前に俺を案内してくれる。

 

そして、扉の左右に立っていた神官に合図をする。

 

 

 

「新郎、ヤーベ・フォン・スライム伯爵様入られます!」

 

 

 

厳かな説明とともに目の前の大扉が開いていく。

 

その中央には赤い絨毯がひかれ、その左右には大勢の高そうな服をまとった貴族らしき人たちがいた。

 

 

 

知らないヤツラばっかり・・・ってことはないか、正面の祭壇近くにはタルバリ伯爵やコルゼア子爵のような知った顔ぶれもあるし、侯爵家の面々もいるか。祭壇前の最前列には先ほど挨拶に来てくれたワーレンハイド国王とリヴァンダ王妃、カルセル王太子もいるな。その他にも何人か重要人物らしき姿があるな。

 

 

 

俺は赤い絨毯の上に足を踏み入れると、その場で足を止めて周りの人々の顔ぶれを観察した。

 

 

 

・・・ドラゴニア王国のバーゼル国王が俺に手を振っているな。なぜ奴がここに?その隣にいるあまり表情のない女はもしかして奥さんか?あのノーワロディの腹違いの。

 

てか、なぜかグランスィード帝国の原初の女帝ノーワロディまでいるじゃないか。明日の西方三国同盟締結に向けたおぜん立てってことか?

 

 

 

・・・アナスタシアの娘であるノーワロディの前で婚姻の儀って、俺も罪深いぜ・・・フッ。

 

そんなことを言っている場合ではないかもしれん、後ろから刺されるかもしれんな。逃げた方がいいか?

 

 

 

「さあ、どうぞお進みなされ」

 

 

 

見れば隣にはラトリート枢機卿が。

 

ああ、不正と犯罪オンパレードだった教会のトップを刷新した時にとりあえず犯罪に手を染めていなかったラトリート枢機卿をトップに据えて、アンリちゃんを枢機卿に推薦したんだったね。

 

今日の儀式の進行はラトリート枢機卿がやるのかな?

 

汝、いつでも相手を愛しますか~ってやつだよね?

 

 

 

俺はラトリート枢機卿の案内するままに赤い絨毯の上を歩いていく。祭壇の前に到着すると、目の前にはひときわ大きな女神像が。

 

初めて大神殿に乗り込んだ時にも思ったが、この世界はどうも女神様を信仰してるっぽいんだよね。

 

女神の名前? 聞いたような気もしますが、すでにふぉげっとしておりますわ。チートをくれなかった女神なんぞに興味なし!

 

 

 

「ヤーベ様、どうぞこちらにお立ちください」

 

 

 

そう示して声を掛けてくれたのはアンリ枢機卿だった。

 

ラトリート枢機卿は紺色に金の刺繍が入った高そうなローブ、と思ったのだが、アンリちゃんは真っ白なローブに金の刺繍が入った綺麗なローブを着込んでいた。まるでウェディングドレスのシスター版だよ?

 

 

 

「アンリちゃん!元気そうで何よりだね!」

 

「ええ、ええ、ヤーベさんが私を枢機卿なんてものに推薦しちゃったから、毎日死ぬほどたくさんのお仕事に埋もれて、とーっても元気に過ごさせておりますよ?」

 

 

 

能面のような貼り付けた笑顔で俺を見つめてくれるアンリちゃん。

 

 

 

「アハハ・・・、よかれと思ったんだけどね~」

 

 

 

汗もかかないスーパースライムボディのはずなのになぜか冷や汗が流れる感覚が。

 

 

 

「フフッ・・・冗談ですよ。本当にヤーベさんには感謝しています。ごろつきから教会を守ってくださったことも、孤児たちのためにいろいろ手を尽くしてくださったことも・・・」

 

 

 

やっと笑顔から険が取れて柔らかな笑顔を浮かべるアンリちゃんを見て俺もホッと一息つく。よかったよかった。

 

 

 

「ヤーベさん、結婚なさるんですね・・・」

 

 

 

今度は笑顔から一転、寂しそうな表情を浮かべるアンリちゃん。

 

 

 

「ええ、まあ、いつの間にか?」

 

 

 

俺は素晴らしく無責任な発言をかます。

 

 

 

「でも・・・私にもまだチャンス、ありますよね・・・?」

 

 

 

「え?」

 

 

 

何かアンリちゃんが呟いたようだが、俺には聞き取れなかった。

 

 

 

「さあ、花嫁様が到着なさいましたよ」

 

 

 

パパパパーン!

 

 

 

厳かな音楽隊の奏でる音に合わせ、俺の入ってきた大扉が再び開く音がする。

 

俺は正面の女神像の方へ顔を向けているので、ちょうど背面となる大扉の方に視線を向けることはできない。

 

・・・尤も<魔力感知>を展開すればだれが入って来たか想像つくけどね。無粋だわな。

 

 

 

「新婦、カッシーナ・アーレル・バルバロイ様ご入場!」

 

 

 

少しだけちらりと後ろを振り返る。真っ白なウェディングドレスに身を包んだカッシーナが、左右のメイドさんたちに裾を持たれたりしながらゆっくり歩いてくる。

 

・・・地球時代、全くモテずに女の子と手もつないだ記憶すらない俺だったが、まさか異世界で王女様と結婚することになるとはな・・・フッ!世の中わからぬものよ。

 

それにしても、今日のカッシーナはとてつもなく美人だ。こんな美人がホントに俺の奥さんになるの?今更ドッキリとか言わないよね?

 

 

 

「新婦、イリーナ・フォン・ルーベンゲルグ様ご入場!」

 

 

 

・・・はい?

 

 

 

・・・どゆこと?

 

 

 

・・・なんで?

 

 

 

顎が外れんばかりに驚いて後ろを振り返ると、しずしずと歩いてくるカッシーナの後ろに、なんとこちらも真っ白なウェディングドレスに身を包んだイリーナがしずしずと歩いてくるではありませんか! それもメイドがちゃんと左右について裾を持ったりしているのを見る限り、イリーナが勝手にカッシーナについてきたわけでは無さそうだ。

 

 

 

「新婦!ルシーナ・フォン・コルーナ様ご入場!」

 

 

 

・・・ええっ!?

 

 

 

イリーナ登場の時点で何となく想像がついたことはついたのだが、三人目ご登場で会場もだいぶざわついておりますが、なにか?

 

 

 

「新婦、フィレオンティーナ様ご入場!」

 

「新婦、サリーナ様ご入場!」

 

 

 

ええ、ええ、そうでしょうよそうでしょうよ。イリーナたちが来るんだから、奥さんズの面々は全員くるんでしょーよ。

 

あちらこちらから「なんと美しい・・・」「絶世の美女を何人も妻に娶るとは」「タイプの違う美人を侍らすとは・・・さすがは英雄殿だ」などとまことしやかに聞こえてくる。ほっといてくれ。俺は一度も結婚してくれと言った事は無いですけどね!だけど決して嫌なわけじゃないからな。奥さんズが嫌いなわけじゃないからな!大事なことだから二度言っとこーっと。

 

 

 

「新婦、リーナ様ご入場!」

 

 

 

「ハイなのでしゅ!」

 

 

 

ブホッ!?

 

 

 

「こら、小童。こういう式典では返事はいらぬのじゃ。黙って歩くがよい」

 

 

 

「新婦、ミーティア様ご入場!」

 

 

 

ぬがっ!?

 

 

 

見れば幼女枠のリーナとミーティアまで明らかに専用で仕立てられた豪華なウェディングドレスに身を包んで歩いてくる。

 

リーナなど、しずしず歩くというよりはもうスキップしてますけど?

 

 

 

さっきまで美人ばかりで羨ましいとか抜かしていた連中のざわめきが急に変わっていく。

 

 

 

「いやはや英雄殿の性癖にも困ったものですな・・・」

 

「英雄ほどそういった傾向にあるとか」

 

「そういえば数百年前に異世界から来た勇者が極度のロリコンだったと文献に・・・」

 

 

 

コラ―――――!!

 

なんでリーナにミーティアまでもがご入場しちゃってんの!

 

後、存外に俺が幼女趣味だと抜かしてるヤツラ!覚えてろ!どちらかと言うと俺は巨乳派だからな!ロリ巨乳だったらちょっと危なかったかもしれんが、リーナにミーティアはぺたんこだからな!ちっぱいでもなくペタンコだからな!

 

後、異世界から来た勇者、お前何してくれてんだよっ!異世界でチート貰ってはっちゃけてんじゃねぇ!そういうのはノクターンでやれ!

 

 

 

「新婦、アナスタシア・ルアブ・グランスィード様ご入場!」

 

 

 

・・・はいっ?

 

 

 

プンスカ怒り出した俺の視線の先には、明らかにあのアナスタシアが。しかもウェディングドレスに身を包んでこちらに歩いてきていた。

 

ちらりと見ればノーワロディも自身の母親であるアナスタシアが綺麗なドレスに身を包んでゆっくりと歩いてくる姿を見て涙ぐんでいるようだ。

 

 

 

あ、俺と目が合った。

 

 

 

途端に凄まじい威圧で睨まれる。幸せにしないとコロス・・・そう目が訴えていた。

 

 

 

フッ!俺の思考は完全停止だ!もう考えることすら難しい!

 

なぜアナスタシアがここにいる?誰の手引きだ?

 

ノーワロディもいるのだからワイバーン便で移動してきたことはわかるのだが、よくもまあこのバルバロイ王国がとり行う俺とカッシーナの結婚式に花嫁としてねじ込んできたね。

 

尤も全然イヤじゃないですけどね!アナスタシアだし!全然イヤじゃないですから、大事なことだから二度言っちゃう。

 

 

 

「新婦、ロザリーナ・ドラン・ドラゴニア様ご入場!」

 

 

 

・・・えっと、どちらさま?

 

 




今後とも「まさスラ」応援よろしくお願いします!
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大変励みになります(^0^)


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投稿300話記念 リーナの成長日記③ リーナ一人で下町に出かける

今回は投降300回記念としてリーナの成長日記をお届けします。
今後もコツコツ更新して参りますのでよろしくお願い致します!


 

「ふみゅう・・・」

 

 

ある日のこと―――――

 

 

リーナは寝ていた。

 

もちろんご主人様であるヤーベの腰にガッチリと食いついたままである。

 

ヤーベに意識があれば、「お前はダッコちゃんか!」などと古いツッコミを入れる事だろうが、生憎とヤーベは昨日までの激務が祟って現在も爆睡中である。

 

 

 

異世界に来てスライムボディで泉の周りをウロウロしていた時はお腹が空くことも無く、排せつも無く、眠くなることすらなかったはずであるが、人間形態をマスターしで町で暮らし始めるとバイオリズムが出来たのか、ちゃんと腹も空くし、眠くもなるのである。

 

スライムとしては些か退化したのではと言えなくもないヤーベであった。

 

 

 

ふみゅみゅみゅみゅ、と口をもごもごさせながらそれでもヤーベの腰にガッチリしがみついたまま熟睡するリーナ。だが、ヤーベがぱちりと目を覚ます。

 

 

 

「あー、また俺のベッドに潜り込んで・・・」

 

 

 

一応ヤーベの部屋にはリーナが寝られる布団が敷いてあるのだが、すぐヤーベのベッドに潜り込んで来ていた。その確率現在までで100%である。

 

 

 

だがこの日、ヤーベには王城から登城命令が出ていた。朝から珍しく会議でそれに出席して欲しいと宰相ルベルクの名で手紙を受け取っていた。承諾の返事も出してあるため、行かないというわけにはいかない。

 

 

 

ヤーベはリーナを腰から引き剥がすとベッドに腰かけて膝に座らせた。

 

 

 

「ふみゅみゅ・・・おはようごじゃいましゅ、ご主人しゃま」

 

 

 

寝惚け眼をコシコシ擦ると、振り向いてヤーベの顔を覗き込むリーナ。

 

 

 

「おはようリーナ。今日は王様に呼ばれていてね、お城にお仕事に出かけて来るよ」

 

 

 

「ふおっ!それではリーナもお供致しましゅ!」

 

 

 

元気に手を上げて宣言してくれるリーナに、首を振るヤーベ。

 

 

 

「すまないが、大事な会議みたいでね。リーナにはちゃんとこの屋敷で留守番していて欲しいんだ。留守番できるかな?」

 

 

 

「ふみゅう・・・ご主人しゃまと一緒にいられないのは悲しいでしゅが、ご主人しゃまの命令とあれば、リーナは見事に留守番るしゅばんの大役を果たすのでしゅ!」

 

 

 

シュタッと敬礼ポーズを取って宣言するリーナ。

 

 

 

 

 

「さすがリーナだ。頼もしいね」

 

 

 

フンスッと気合を入れるリーナの頭をヤーベは撫でながら褒めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃ行って来るから」

 

 

 

ヤーベを見送る奥さんズの一同とリーナ。

 

 

 

だが、ヤーベのいない屋敷において、リーナは実は時間を持て余すことが多かった。

 

元々リーナはヤーベが奴隷として購入したわけだが、身の回りの世話をして欲しくてリーナを購入したわけではない。あくまでリーナの命が危ないというヒヨコの情報を元に助けるために購入していた。そのため、リーナに特に仕事を与えるつもりが無かったのである。

 

 

 

現在はリーナの教育のため、午前中は読み書きや一般教養をイリーナやルシーナたちが教えたりしているのだが、午後は特に指示が無い限りフリーになる。奴隷だからと言ってリーナが洗濯や部屋の掃除を行う必要はないのだ。なぜなら専属のメイドさんが屋敷に居るのだから。

 

コルーナ辺境伯の屋敷に居候していた頃も、今の屋敷に来てからも、リーナは取り立ててヤーベのために何かする必要があるかというと、特になかった。

 

 

 

それでもコルーナ辺境伯に居候している頃は少しでもヤーベの役に立ちたくて、メイドさんのところに押しかけてはヤーベの服の洗濯や、ヤーベの部屋の掃除を手伝っていた。リーナが悪戦苦闘しながらも頑張る姿は微笑ましく、コルーナ辺境伯家のメイドさんたちには大人気であった。

 

 

 

だが、ヤーベが自分の屋敷に移り住むと、メイドさんたちからはリーナは例え奴隷契約とはいえ、屋敷の主人が大事にしている子供、として映るため、掃除の手伝いなどもってのほかとリーナをお嬢様扱いしていた。最初は照れていたリーナではあったが、最近は午後やる事が無くて手持ち無沙汰になっていた。

 

 

 

お昼ご飯をイリーナたちと食べてしばらく、リーナは一人決意した。

 

 

 

「ふみゅう、ご主人しゃまにポポロ食堂のコロッケをプレゼントするのでしゅ!」

 

 

 

唐突であった。

 

 

 

「ポポロ食堂のコロッケはとても美味しいのでしゅ。ご主人しゃまもきっと喜んでくれるのでしゅ!」

 

 

 

その動機は、もちろん自分がオヤツでコロッケを食べたいからであったのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

屋敷を一人で出ようとして、筆頭執事のゼバスチュラに「一人で屋敷を出てはいけませんよ?」と念を押されたのだが、ヤーベにコロッケを食べさせたいと思ったリーナはシュタッと敬礼ポーズを取るものの、返事をせずニヘラッと笑ってその場をやり過ごすと、こっそりと庭に出た。

 

 

 

そのまま屋敷の横の狼牙族の厩舎に出向くと、今日の留守番(屋敷警護当番)であったローガがあくびをしていた。

 

 

 

そのままローガにポポロ食堂のコロッケを買いに行きたい、ヤーベ(ご主人しゃま)に食べさせたいというリーナの説明を快く引き受けたローガ。その背中にリーナを乗せてテクテクと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

リーナを乗せたまま暫く通りを歩いて行くローガ。

 

大柄の狼に跨って通りを歩いて行くリーナは途轍もなく目立っていた。

 

通行していた多くの人々がローガの前の道を開けた。

 

ふと、ローガはリーナに問いかけた。

 

 

 

「リーナ殿、確か人間の世界では物を買う時には『お金』というものが必要だったはず。リーナ殿はお金を持っているのであろうか?」

 

 

 

「大丈夫でしゅ!リーナはご主人しゃまの肩とかいろいろ揉んでマッサージしているので、お駄賃を貰っているのでしゅ!」

 

 

 

そう言って大事そうに腰に巻き付けたポシェットの中から革袋を出す。じゃらりと音がするところを見ると、硬貨がたくさん詰まっているようだった。

 

それにしても、今ここにヤーベがいたのなら、「肩とかいろいろって、背中踏んだり、足揉んだだけでしょ!いろいろってドコよ!いろいろって!」とツッコミを入れているところであろう。

 

 

 

「なるほど、それでは万全ですな。ボスもきっとリーナ殿が買ってくれたコロッケに感動するでしょう」

 

 

 

「そうなるととっても嬉しいでしゅ!」

 

 

 

わふわふと笑うローガの上でリーナははしゃいでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「テメェ、店のモン盗んでタダで済むと思ってねーだろーな!」

 

 

 

見れば目の前の八百屋の前で小さな男の子が店主に腕をねじられて地面に押さえつけられていた。

 

 

 

「にっちゃ!」

 

 

 

泣きながら小さな妹が走り寄るが、それを平手で弾き飛ばす店主。

 

 

 

バシッ!

 

 

 

「あうっ!」

 

 

 

「妹に手を出すな!リゴンを盗んだのは俺だ!俺が悪いんだ!」

 

 

 

涙を流しながら男の子が声を上げる。

 

見れば遠巻きに十人以上の子供たちが路地から顔を出してこちらを伺っていた。

 

どうやら男の子はリゴンという赤い実の果物を一つ盗んだところを店主に取り押さえられたようだった。

 

 

 

「ふむ・・・ボスのお力で教会に孤児が引き取られて、路地で生活しなければならない子供たちは減ったとばかり思っていたのだが・・・」

 

 

 

ローガは首を傾げながら呟いた。

 

ローガの言うとおりヤーベの取り成しで教会と王家はお互いに協力し合い、王都の孤児たちが路頭に迷わない様教会で面倒を見ることが出来るよう改革を進めているところだった。だが、いかんせん取り組み始めたばかり、まだまだ手が回っていない現状もあった。

 

 

 

「立て!衛兵に突き出してやる!」

 

 

 

いきり立つ八百屋の親父。

 

隣の金物店の店主も顔を顰める。何もそこまでしなくても、と言った顔だった。

 

 

 

「こいつらは甘い顔をすりゃすぐ付け上がるんだ!」

 

 

 

そう言って声を荒げる八百屋の親父。

 

確かに真理の一面ではあろう。

 

 

 

「妹が病弱で・・・どうしても果物を食べさせてやりたかったんだ!」

 

 

 

泣きながら男の子が理由を話した。

 

 

 

「にっちゃ!」

 

 

 

妹も泣いて兄に縋っていた。

 

 

 

「ぬうっ!」

 

 

 

ローガはヤーベの元で部下になると宣言して以来、ずっとそばについて来ていた。その間、ヤーベとはいろんな話をしている。その中でも人間世界での暮らし方、悪党の見分け方など、多岐にわたって王都で生活するための注意点を教わっていた。

 

そんなローガはこの状況を冷静に分析していた。

 

 

 

泥棒は悪い事である。だが、幼い少年少女の兄妹にはお金も無く、仕方のない事情もあるだろう。だが、それでもだからといって少年を取り押さえる八百屋の親父を悪党として断罪するわけにはいかない。

 

 

 

ローガは一瞬唸り声を上げながら、それでも人間界における不条理に気持ちをモヤ付かせた。

 

 

 

「ふみゅう、おじしゃんは果物を盗まれて怒っているでしゅか?」

 

 

 

いきなり声がしたので振り返ってみれば、大きな狼に乗った浅黒い少女が声を掛けて来ていた。

 

 

 

「うわっ、なんだ、お前ら!?」

 

 

 

驚いた親父のセリフを無視して、リーナは問いかける。

 

 

 

「どうすればおじしゃんはその男の子を許してくれるでしゅか?」

 

 

 

「え?許す?」

 

 

 

親父はキョトンとする。

 

 

 

「そうでしゅ。その男の子を許して欲しいでしゅ」

 

 

 

「ダメだダメだ!コイツの盗んだ果物をお前さんが代金を払ったからと言って、それで盗みの罪が消えるわけじゃねえんだ!」

 

 

 

いい加減にしてやれよと隣の金物屋の親父が視線を送るが、八百屋の親父はそれでも首を振った。

 

 

 

「だから、どうすればその男の子を許してくれるでしゅか?」

 

 

 

リーナは親父の説明を無視して繰り返した。

 

リーナは罪がどうとか、どうでもよかった。苦しくて涙を流す兄妹を許して欲しかったのである。

 

 

 

「ああ、しつこい嬢ちゃんだな。コッチも商売邪魔されて売り上げが大損なんだ。オレっちの店の品物全部買い取ってくれたら許してやってもいーぞ」

 

 

 

「わかったでしゅ。全部買うでしゅ」

 

 

 

「リーナ殿・・・?」

 

 

 

意地悪くそんな説明をした親父は、全部買うと即答したリーナに驚いて声も出ない。

 

ローガも自分の背中に乗るリーナを首を回して見つめた。

 

 

 

リーナはローガの背から降りると、じゃらりと重そうな皮袋を取り出す。

 

そしてその中から硬貨を一枚取り出した。

 

 

 

きらりと輝く大きな金貨。それは紛れもなく『大金貨』であった。

 

 

 

通常の『金貨』の十倍の価値がある『大金貨』。

 

リーナはその大金貨を一枚、革袋から取り出した。

 

チラリと見える革袋の中。それは大金貨がパンパンに詰まった革袋だったのである。

 

 

 

「だ、だ、だ・・・大金貨・・・!?」

 

 

 

八百屋の親父は腰を抜かす。

 

親父の店は小さなものだった。全部の野菜や果物を買っても金貨であれば二~三枚枚あるかないか。それをリーナは大金貨を取り出したのである。

 

 

 

なぜそんな大金をリーナが持ち合わせているのか。

 

 

 

ヤーベはリーナにマッサージのお駄賃として金貨を渡していたのだが、ある日大金貨を見たリーナがメダルの様にカッコイイと言ったのを見て、お駄賃を大金貨に変更していた。

 

何気に極めて親バカレベルがカンストしているヤーベであった。

 

 

 

「まっ・・・ほ、本当に全部・・・?」

 

 

 

「? おじしゃんが行ったでしゅよ? 全部買えばそこの男の子は許してもらえるでしゅよね? これで足りるでしゅか?」

 

 

 

「あ、ああ・・・じゅ、十分だけどよ・・・」

 

 

 

「店主よ、十分というより、リーナ殿の提示した大金貨は多すぎるだろう。お釣りを用意できるのか?」

 

 

 

目の前の狼に問いかけられて驚く八百屋の親父。

 

狼が喋った事にも驚いたが、明らかに貨幣の価値が分かって狼は問いかけて来ていた事にもっと驚いていた。

 

 

 

「い、いや・・・それは・・・」

 

 

 

大金貨のお釣りなど、こんな小さな八百屋の親父に用意できるわけがなかった。

 

 

 

「ああ、お釣りはいらないでしゅ。取っておいてくれでしゅ」

 

 

 

「「ええっ!?」」

 

 

 

八百屋の親父とローガは同時に驚いて声を上げた。

 

特にローガなどは顎が外れそうなほど驚いていた。

 

 

 

ちなみにリーナはお釣りがいくらあって、どれほどの価値があるかなど全く分かっていない。

 

いつもご主人様であるヤーベが「お釣りはいらないよ、取っておいてくれ」と買い物しているのを覚えていてただセリフを真似ただけである。

 

ただ、その時のお釣りなどは微々たるものであったのだが、今回の場合はお釣りがとてつもない額になってしまっているが。

 

 

 

あんぐりとしている親父とローガを尻目に、兄妹を立たせて服をパンパンして埃を払ってやるリーナ。

 

 

 

「あそこでこっちを見ている子達はお友達でしゅか?」

 

 

 

リーナが指さす方向には路地からこちらを伺う子供たちがたくさんいた。

 

 

 

「え、ええ・・・仲間たちです。一緒に路上で暮らしている・・・」

 

 

 

「みんなコッチに呼ぶでしゅ。お店の野菜も果物も全部買ったでしゅ。みんなで持って帰るでしゅ」

 

 

 

何気なく説明したリーナの話に驚く男の子。

 

 

 

「え・・・君が買ったんだよね?」

 

 

 

「リーナはご主人しゃまにいつもご飯を食べさせてもらっているので、食材はいらないでしゅ。全部君たちにあげるでしゅ」

 

 

 

「ええっ!」

 

 

 

驚く兄妹を尻目に、遠巻きに見ていた子供たちは立ってきて口々に「いいのっ!?」

 

「もう食べていい?」などとテンションを上げまくっていた。

 

 

 

「ここではお店に迷惑が掛かるでしゅ。近くの教会まで移動してこの子たちの事を頼むことにするでしゅ」

 

 

 

「なるほど、それは良い。おい、近くの教会まで案内してくれ」

 

 

 

ローガがそういうと、空から様子を見ていたヒヨコ十将軍の序列五位であるヴィッカーズがローガの頭に降りて来る。

 

 

 

『了解です、すぐ近くにありますよ』

 

 

 

踵を返して八百屋から去ろうとするリーナを親父が呼び止めた。

 

 

 

「あ、アンタ・・・いや、嬢ちゃんは一体ナニモンなんだ!?」

 

 

 

リーナが振り向く。

 

ふとローガも立ち止まり周りに気を配って見れば、リーナからなら先ほど見せた大金貨の詰まった革袋を簡単に奪えると思ったのか、不穏な空気を醸し出す男たちもいるようだった。

 

 

 

「グルル・・・」

 

 

 

威嚇するように低く唸り出すローガ。

 

そんなローガを無視してリーナは高々と右手を上げ、人差し指を天に突き上げ、大声で叫ぶ!

 

 

 

「リーナはサイキョーご主人しゃまの奴隷なのでしゅ!!」

 

 

 

ばばーん。

 

 

 

「ど、奴隷・・・」

 

 

 

八百屋の親父が腰を抜かし、隣の金物屋の親父も信じられない者を見るような目でリーナを見た。

 

大金貨の詰まった革袋を持ち、それで店の品物を買い占めた挙句、釣りはいらねぇと言い切った。その上、買った野菜と果物は飢えた孤児たちに全部やってしまうという。もはやご主人様が最強なのではなく、この奴隷のお嬢ちゃんが最強なのでは?と八百屋の親父を始め、リーナの啖呵を聞いた多くの人々は思ったのであった。

 

 

 

そしてローガは不穏な空気を醸し出していた連中に聞こえる様に説明を追加した。

 

 

 

「ちなみに、このリーナ嬢の言う『ご主人様』というのは、救国の英雄と呼ばれる、ヤーベ・フォン・スライム伯爵の事だ。そして俺はヤーベ様の使役獣のトップを預かる狼牙族のローガという。伯爵様よりこのリーナ嬢に不貞を働く輩は全てオレが排除する許可を得ているのでな、あまり無謀な真似はせぬ方がよいと忠告させて頂こうか」

 

 

 

そう言ってローガがギロリと一睨みすれば、リーナの持つ革袋を奪おうとしていた連中が慌てて逃げ去る。

 

 

 

「あ、その前にポポロ食堂のコロッケを買いに行かないといけないでしゅ。どうせならたくさん買って君たちにもお裾分けしてあげるでしゅ」

 

 

 

全く危機感のないリーナ。ローガもやれやれと溜息を吐く。

 

 

 

「「「「「コロッケ!!」」」」」

 

 

 

だが、リーナの言葉に子供たちが一斉に顔をほころばせる。どうもコロッケの事は知っているのか、言葉だけで魅惑の食べ物と感じているのか、今まで以上に元気になった。

 

 

 

「ヒヨコよ。イリーナ様達に連絡して、教会に少し肉やパンを寄付して頂けるよう連絡してくれ。果物と野菜はあるが、バランスが悪かろう。子供たちの事もお願いしないといけないしな」

 

 

 

『了解ラジャー!』

 

 

 

大至急ヒヨコが屋敷に向かって飛んでいく。

 

 

 

その後十人以上の子供たちを引き連れてポポロ食堂のコロッケを買いに行ったリーナ。

 

 

 

「これで買えるだけのコロッケをくだしゃいなのでしゅ!」

 

 

 

「ヤーベさんより金銭感覚おかしい人がいた!」

 

「何百個コロッケ揚げないといけないのよ!」

 

 

 

リーナの取り出した大金貨を見て、驚いて開いた口が塞がらないリンとレム。

 

真面目に計算すればコロッケは千個揚げなければならない。

 

 

 

「あらあら、もっと小さなお金は持ってないかしら?」

 

 

 

母親であるルーミも顔を出した。

 

 

 

「ふみゅう・・・小さなお金も前は貰っていたのでしゅが、このおっきいメダルみたいなお金がかっこいいから、ご主人しゃまに全部コッチに変えてもらってしまったでしゅ」

 

 

 

そう言って落ち込むリーナ。

 

 

 

「じゃあ、お金はまた今度でいいわ。在庫にあるコロッケ百個全部揚げてあげる。今度この金色の硬貨の一番小さい物を持って来てくれるかしら?」

 

 

 

「大丈夫でしゅ!お釣りはいらないのでしゅ!取っておいてくれなのでしゅ!」

 

 

 

にっこり微笑むルーミにリーナが力強く宣言する。

 

 

 

「でも、大きなお金は泥棒が入っちゃうかもしれないし、この食堂ではあつかえないから・・・」

 

 

 

「ふみゅう・・・」

 

 

 

ちょっと困った顔をするルーミさんにリーナも落ち込む。

 

 

 

「そうですな、すぐヒヨコに金貨を届けさせますので、それでお願いできますかな?」

 

 

 

入口から顔だけ覗かせてローガが提案する。

 

 

 

「ええ、そうしてくださるかしら」

 

 

 

「わかったのでしゅ!よろしくなのでしゅ!」

 

 

 

そうしてアツアツ揚げたてのコロッケが大きな笹の葉のような物に十個ずつ包まれている。

 

 

 

「いっぱいなのでしゅ!頑張って運ぶでしゅ!」

 

 

 

そう言ってローガの背中にドンとコロッケの包みを乗せる。

 

 

 

「アツッ!アツッ!」

 

 

 

ぴょんぴょん飛び上がって熱がるローガ。

 

戦闘ともなれば高めた防御力で炎すら凌駕するローガであるが、気の抜けた日常では揚げたてコロッケでも熱いものは熱いのである。

 

 

 

そして、教会までの道中もローガに乗ったリーナが孤児の子供たちを引き連れて歩いて行く姿は相当に目立った。

 

その間も買い占めたり狼藉者を屠ったりと話題に事欠かなかった一同。

 

教会に着けば、届いていた食料でバーベキューを取り仕切って子供たちの胃袋を満足させた。

 

その一日だけで、リーナとローガが八百屋の前で名乗ったこともあり、リーナたちの情報は瞬く間に王都に広がって行った。

 

 

 

曰く「最強の奴隷少女」

 

曰く「御大臣奴隷少女」

 

曰く「孤児たちを率いる裏通りのボス」

 

曰く「救国の英雄の懐刀」

 

 

 

様々な異名が流れる中、リーナは王都でも知る人ぞ知る有名な少女になって行くのであった。

 

 




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第253話 パレードも披露宴も笑顔で乗り切ろう

奥さんズの大名行列の最後に登場した人物。

 

真っ白な美しいウェディングドレスに身を包んでいるのは同じだが、その艶やかな深緑の髪からにょきりと黒い角が二本生えていらっしゃいますが?

 

よーく見れば、こちらも深緑のしっぽらしきものがちらりとドレスの後ろからこんにちはしていらっしゃいますけど、何か?

 

もっとよく見れば、ドレスから出る二本の腕も、外側はうろこのようなものに覆われている。でもとてもきれいな深い緑色をした艶のあるうろこだ。硬いのだろうか?ちょっと触ってみたい。

 

 

 

「・・・えっと、どちらかでお会いしたことがありましたでしょうか?」

 

 

 

俺は首を傾げながら聞いてみた。

 

 

 

「お初にお目にかかります、ヤーベ・フォン・スライム伯爵様! (それがし)はドラゴニア王国国王がバーゼルの妹でロザリーナ・ドラン・ドラゴニアと申します!誠心誠意ヤーベ様に尽くす所存にございますれば、幾久しくよろしくお願い申し上げます」

 

 

恭しく頭を下げるロザリーナ。某ってサムライかよ!?

 

てか、王妹キタ―――――!!

 

バーゼルよ!お前何してくれちゃってるワケ!?

 

地球時代の日本でも、昔は顔も見ないまま家同士で結婚を決めたなんて話があったりしたけど、当人に結婚式当日まで知らされていない結婚相手って、なかなかないと思いますけど!?

 

 

 

「アニキ!ウチの妹をお願いします!妹は自分よりか強い男としか結婚しないって、ずっと結婚の申し込みを断り続けていたんですが、英雄ヤーベアニキなら嫁いでもいいって言ってくれたんです!」

 

 

 

どこの脳筋だよ!?

 

俺より強いヤツじゃなきゃ認めねぇ!とか!

 

 

 

「妹はこれでもドラゴニア王国の近衛騎士団長です!妹は俺たち王族の中でも<竜人(ドラゴニュート)>の血が色濃く出た先祖かえりなんです。その力はまさしく一騎当千ですよ!アニキの身を守る護衛としてもうってつけです!」

 

 

 

見ればドラゴニア王国の大臣たちも涙を流して喜んでいる。

 

 

 

「よかった・・・ロザリーナ様の地獄の訓練が無くなるのかと思うと・・・」

 

「我ら文官衆にも「体がなまっているぞ!」とトレーニングを押しつけてきましたしな」

 

「これでやっと解放される」

 

 

 

だから、脳筋じゃねーか!

 

後、完全に厄介払いのニオイがプンプンするんですけど!?

 

何気に近衛騎士団長って、バーゼルの護衛はいなくなっていいのか?

 

 

 

それにしても、竜の血が色濃く出た女性・・・確かに、俺の周りにはいなかったですけどね。

めっちゃくちゃ美人だけど、手の甲から肘まで外側に緑の鱗がきれいです。頭にも二本の角が鎮座しておりますな。一番びっくりするのは純白のウエディングドレスの後ろから鮮やかな緑のしっぽがぴょこんと顔を出していることでしょうか。だからと言ってお楽しみだなんて考え、持たないですよ?

だってO・SHI・O・KIが怖いからね! 何気にビビッてますけど、何か?

 

 

 

「それでは、今から婚姻の儀を始めます」

 

 

 

ブレることなく、アンリ枢機卿・・・まあ、アンリちゃんが女神像の前に立って朗々と祝いの言葉を発していく。

 

 

 

アンリちゃんの前に、俺。

 

俺の隣にカッシーナが並んでいる。

 

一段下がって、イリーナたちがずらりと並んでいる。

 

圧巻だ。

 

俺一人しかいないのに、横のカッシーナが引き連れるかの如くウェディングドレスに身を包んだ美女たちが八名も並んでいる。

 

・・・尤も幼女枠リーナとミーティアを妻と呼んでいいかどうかの問題はまだ残っているが。

 

 

 

難しい祈りの言葉が続いた後に、アンリちゃんが俺に問う。

 

 

 

「新郎、ヤーベ。汝、いついかなる時も妻たち(と私)を愛すると誓いますか?」

 

 

 

・・・何か、言葉に微妙な響きがあった気がするが・・・。

 

まあ、誓わないという選択肢はないよね。

 

 

 

「誓います」

 

 

 

俺の言葉に、とてもうれしそうな表情を浮かべるカッシーナ。よく見ればもう泣いてますけど? 後、カッシーナの後ろに並んでいる新生奥さんズも俺の言葉がうれしかったのか、それぞれが反応を見せている。

 

 

 

「新婦、カッシーナ、イリーナ、ルシーナ、フィレオンティーナ、サリーナ、リーナ、ミーティア、アナスタシア、ロザリーナ(と私)、汝らはいついかなる時も夫ヤーベを愛すると誓いますか?」

 

 

 

「「「「「「「「「誓います(しゅ)(誓います)!」」」」」」」」」

 

 

 

・・・なんだか、また小さな声が聞こえた気がしたけど。

 

 

 

「汝らの誓いは、女神クリスティーナの名において認められるところとなった。ここに汝らの婚姻を宣言し、祝福するものとする!」

 

 

 

おおう!女神の名前はクリスティーナっていうのか。

 

まあ、チートをくれなかった女神なんかに興味ないですけどねー!

 

 

 

アンリちゃんの朗々とした宣言に、参列者からの盛大な拍手が沸き起こる。

 

俺たちは万雷の拍手とフラワーシャワーの中、バルバロイ大聖堂の婚姻の間から退出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・で、これに乗るんだ?」

 

 

 

目の前にあるのは真っ白に輝く豪華な馬車。もちろん屋根はない。

 

 

 

「ははっ!僭越ながら私が御者を務めさせて頂きます!」

 

 

 

礼服に身を包んだクレリアがそこにいた。

 

クレリアは騎士隊に配属ではないため、騎士服を着用してはいなかったが、それでもかなり上等に見える服装であった。

 

 

 

「王国騎士団が先導させて頂きます」

 

 

 

クレリアの横に歩みを進めてきたのは、王国騎士団のグラシア団長だった。

 

グラシアも美しく白く輝く儀礼用の鎧を身にまとっていた。

 

 

 

「王国騎士団にとっても一世一代の晴れ舞台ですよ」

 

 

 

そうグラシアは笑うと、これまた儀礼用に飾りを纏った美しい白馬にまたがった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キャ―――――!! 王女様―――――!!」

 

「ステキ―――――!!」

 

「キレイ―――――!!」

 

「ご結婚おめでとうございます!」

 

 

 

カッシーナは元々『仮面の王女』と呼ばれて、その姿を見た国民はほとんどいなかったらしいからな。それが仮面を外してこんなきれいな顔を見せているのだから、国民が熱狂しないわけもないか。

 

 

 

先頭の馬車にはワーレンハイド国王、リヴァンダ王妃、カルセル王太子が乗り込み、国民に平和をアピールしている。だが、パレードの主役は俺たちのようだ。その次の馬車には俺とカッシーナだけが乗っており、クレリアの御者で大通りをゆっくりと進んでいく。とりあえず笑顔で手を振りまくる。あの羽○君もパレードの時はこんな感じだったのかな?

 

そして、俺たちの後ろの馬車にはイリーナたちが乗り込んでいる。馬車の長さが俺たちの乗る馬車の二倍くらいあり、大勢が乗れるようになっていた。その馬車に新生奥さんズの面々が勢ぞろいしている。

 

・・・アンリ枢機卿?なぜ貴女までその馬車に乗っているのですか?

 

 

 

「イリーナ様―――――!お幸せに―――――!」

 

「ルシーナ様―――――!お綺麗です―――――!」

 

 

 

王都が地元であるイリーナとルシーナにも声援が飛ぶ。見ればメイドさんの格好をした人たちの集団が。ルーベンゲルグ伯爵家とコルーナ辺境伯家で働くメイドさんたちかな?

 

 

 

「ウオオ―――――!ヤーベカッコイイぞ!!」

 

「ヤーベ様素敵です―――――!!」

 

 

 

おっと、まさかの俺様にも黄色い声援が。ふと見れば、この通りは俺の屋敷の前じゃないか。通りに出てチェーダたちミノ娘たちが大勢手を振っていた。

 

ミノ娘の大半がメイド姿のままだな。一部のマニア系な男たちが怪しい目をミノ娘たちに向けている。見るだけならともかく、それ以上は厳しく取り締まらねば。俺はヒヨコに目で合図する。

 

 

 

 

 

「伯爵はなんであんなにもたくさんの美人を奥さんに・・・」

 

「羨ましい羨ましい羨ましい・・・」

 

「こんなことが・・・ここはウソの世界ウソの世界・・・」

 

 

 

あ、ヒヨコたちよ、その暗黒世界に落ち込みそうな呪詛を放つ連中の事はスルーしてあげて!

 

どちらかというと俺も地球時代はアッチ側の人間だから。

 

 

 

そう言えばローガたちもパレードに参加したいと意思表示していた。ローガなどは、馬などにボスを任せられん、とか言って俺たちの乗る車を牽くつもりでいたようだ。あまりに目立つから留守番させておいた。だいぶしょぼくれていたが。一応四天王は目立たぬ位置からパレードを警護するように伝えてあるしな。ローガが落ち込んでいても安全には問題ないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

盛大なパレードの後は王城での披露宴パーティだった。

 

ワーレンハイド国王の挨拶に始まり、ドラゴニア王国のバーゼル国王、グランスィード帝国のノーワロディ女帝からも挨拶を賜っていた。

 

まさしく明日調印式のある西方三国同盟の華々しいアピールにふさわしい場となったな。ワーレンハイド国王の睨んだ通りと言うヤツか。

 

 

 

立食式のパーティ料理は王都の有名レストランオーナーシェフのドエリャ・モーケテーガヤーと喫茶<水晶の庭クリスタルガーデン>のオーナーシェフであるリューナちゃんの二人が指揮してくれた。食い気の強い来客者などは挨拶もそこそこに料理にかぶりついていた。

 

俺も料理にガッつきたかったのだが、さすがに新郎と言うパーティの主役の位置にいることもあり、身動きが取れない。隣のカッシーナなどは先ほどからかわるがわるやってくる貴族の挨拶に「妻のカッシーナでございます」と満面の笑みを浮かべて対応していた。

 

 

 

貴族たちに囲まれる前にイリーナの両親であるルーベンゲルグ伯爵夫妻とコルーナ辺境伯夫妻には挨拶を行った。娘をよろしく頼むと言われたのだが、コルーナ辺境伯は号泣していた。イリーナとルシーナは他の貴族の娘さんたちに囲まれて質問攻めだ。どうもまんざらではない顔をしているところを見ると、友達とか知り合いなのかもしれない。ここからでもイリーナのドヤ顔が見えるのが何となくハラ立つけどな。

 

 

 

タルバリ伯爵と妻のシスティーナさんにも挨拶できた。何せフィレオンティーナはシスティーナさんの姉である。今後も家族ぐるみの付き合いを頼むと言われた。久しぶりの再会でもあり、フィレオンティーナは妹のシスティーナさんと会話を楽しんでいる。

 

 

 

・・・リーナとミーティアはなぜかここでも大食い対決を行っている。見なかったことにしよう・・・。どうせ王城のメイドさんが介抱してくれるだろう。

 

 

 

さすがにサリーナは手持無沙汰のようだったが、今はアナスタシアとロザリーナがサリーナにいろいろと質問攻めをしている。きっとサリーナは嬉々として俺のネタをしゃべっているだろう。

 

 

 

そんなこんなで名前も覚えられない貴族たちの挨拶攻勢に辟易していると、バーゼル国王とノーワロディ女帝が俺の周りにやって来てくれた。さすがに隣国の国主たちの邪魔は出来ぬと場所を開けてくれる。

 

 

 

「アニキ!大人気ですね!」

 

「盛大なイベントになったな。これで明日の調印が終われば大陸の西方に争いがないことが大陸中に広まるだろう」

 

 

 

単純に俺の人気を褒めてくれるバーゼル国王と、大陸情勢を鑑みてのアナスタシア結婚、西方三国同盟締結だったと伝えてくるノーワロディ。凄まじく対照的な連中だな。

 

 

 

「ノーワロディ、バーゼル国王の妃であるサーレン王妃とは少し話せたのか?」

 

 

 

元々、ノーワロディはサーレンが憎むべき自分の父親の娘であることから、その存在を歯牙にもかけておらず、ドラゴニア王国へのほぼ生贄の形で結婚させていた。

 

俺は三国同盟の前に、バーゼル国王と一緒にサーレン王妃にも面会を申し出て、ノーワロディへの気持ちを聞いていた。

 

その時のサーレン王妃の言葉は印象的であった。元々、自分の父親が非道な存在であり、いつか討たれるのではないかと想像していたとサーレン王妃は語った。

 

その上でノーワロディへの恨みなどない、母違いの姉妹としての意識もない、とのことだった。であれば、ノーワロディ自身があまり変に意識しなければそれぞれの国でお互い幸せになれるのでは、と思ったので、その後ノーワロディにも話をしていた。サーレンと話をして、ドラゴニア王国を攻めたとこを詫びるように・・・と。

 

 

 

「ヤーベ様、本当にありがとうございました。姉・に謝られたときは本当にびっくりいたしましたわ」

 

 

 

あの表情の薄かったサーレン王妃とは思えないような笑顔を見せる。

 

 

 

「本当にアニキには感謝してもしたりねぇ・・・」

 

 

 

サーレンの肩を抱いて、涙ぐむバーゼル。暑苦しい。

 

居心地の悪そうなノーワロディ。ここでツッコムときっと後が怖い。スルーの一択だ。

 

 

 

「西方三国同盟、誠に素晴らしいの一言に尽きます。ぜひ、次は我が国とも友誼をお願いしたいものです」

 

 

 

そこにやってきたのはガーデンバール王国のセルシオ王太子と妻のコーデリアだった。聞けば、もうすぐ彼の父である国王が彼を国王に指名し、即位の儀があるという。これもまためでたいことになりそうだ。

 

 

 

「姉上も王妃となられるのですね」

 

「責任が重くなるから今から気が重いわ」

 

 

 

カッシーナの言葉にコーデリアは笑った。セルシオ王太子も苦笑している。

 

彼らもまた、未来に平和を見る同志、そう俺は感じた。

 

 

 

・・・これだけ各国のトップが集まっている中、エルフブリーデン公国のブリジット公女だけは、料理のデザートコーナーから全く動くことなく食べ続けていた。何せそのデザートコーナーは、リューナの肝いりだからね。気持ちはわからなくもないけど。

 

 

 

「ブリジット様ぁ!挨拶!最低限の挨拶だけでも済ませてからでないと・・・!」

 

御付きのエルフ女性が涙を流しながらブリジットをデザートコーナーから引きはがそうとしているが、下半身を踏ん張ってテコでも動かないと体で意思表示しながらデザートを食べつくす勢いのブリジット。

 

 

 

そこは違う意味で平和だなぁ・・・と俺は思うのだった。




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第254話 大々的にアローベ商会をオープンしよう

婚姻の儀とパレード、結婚披露宴パーティーと極めて自分に似合わないイベントをこなした翌日は、西方三国同盟締結の儀を執り行った。そんな大事なイベント、国の偉い人たちだけでやってくれよと思ったのだが、なぜか俺の同席が必須らしい。解せぬ。

 

 

 

だが、俺が同席した効果があったかどうか定かではないが、無事に西方三国同盟は締結した。お互いの不可侵、共通の敵への相互協力、農業の技術提携、万一、一国がこの同盟を破棄、侵略に出る場合、残り二国が協力して迎撃に当たる等、いくつかの決め事を行い、それぞれの国のトップが確認の上サインを行った。

 

 

 

ここに、例え一時期の物であったとしても、三国間での戦争が凍結され、平和が訪れたのだ。この意味は非常に大きい。

 

逆に東の国に与える影響も大きい様だ。

 

俺はただ戦争が無くなって平和が続けばいいと思っているだけなのに、この同盟締結を東へ戦力を集中するための攻めの同盟だととらえる連中もいるのだとか。

 

どれだけひねくれてんだよって話だよね。そんなに戦争したいかね? 天下統一―――!!とか?もっと現実見てくれよって話だよな。

 

 

 

・・・え? 新婚初夜はどうしたって?

 

いやあ、朝日ってあんなに黄色いんだな。地球時代じゃ何度も見た徹夜明けのやるせない視線が捕らえる黄色い太陽を、まさか異世界でも見るとは思ってもみなかったよ・・・。

 

 

 

それはそうと、翌日登城して締結の儀に参加したわけだけど、王女であるカッシーナも参加した。その後、俺と一緒に屋敷に帰るのかと思ったら、メイドさんに拉致されていった。

 

なんでも結婚後に俺の屋敷に住むための家財道具やらドレスなどの着る服やらの一切合切を準備していなかったらしい。まあ、俺も別に新しいの買えば?とでも思っていたのだが、王家の娘を降嫁させるわけで、それなりの貢ぎ物?を持たせなければカッコが付かないらしい。そんなもん先にやっとけばよかったのに。

 

泣きながら俺の名前を呼ぶカッシーナがメイドさんたちにズルズルと引きずられていく様はある意味シュールだったな。

 

準備に何日かかかるらしいので、俺の屋敷でカッシーナが暮らし始めるのはまだ先のようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おおー、想像以上だなぁ」

 

 

 

一等地から少し外れた場所。そこに俺の「アローベ商会一号店」をオープンした。

 

アローベ商会の倉庫兼事務所はスペルシオ商会の近くに場所を抑えてもらったのだが、店自体は大きいスペースが欲しかったので、大通りから一本入った裏通りの場所を紹介してもらって建物を建てた。

 

この店舗には俺のアイデアグッズやカソの村の野菜、ミノ娘たちのミルクなどを販売する予定だ。尤もミルクは数が少ないし、目玉の蜂蜜はすでに半年先まで予約でいっぱいだ。何せ販売量が少ないからな。

 

 そんなわけで、名前を売るために俺はひとアイデア捻ったわけだ。

 

 

 

「押さないでください! 押さないでください! 宝くじの当選番号はこれから番号決定になります。当選確定番号を順に店舗前に張り出しますので、そちらをご確認下さい!」

 

 

 

ウチのスタッフが声を張り上げている。

 

そうなのだ!俺はこの異世界で宝くじを販売したのだ!

 

宝くじ一等は何と「ハチミツ」だ。量を少なめにしてあるが、金貨十枚の価値がある。

 

ちなみに宝くじ一枚は銅貨五枚。一般市民でも問題なく買える値段にした。

 

一応千枚用意したのだが、瞬く間に売り切れた。ちょっと驚きだ。

 

三桁で決着できるように番号は「000」から「999」までの数字を掘った木の札を宝くじにした。

 

 

 

「それではこれから当選番号を決定いたします!まずは一等の「ハチミツ」の当選番号からです!」

 

 

 

「「「うおお―――――!」」」

 

「ハチミツは俺のものだ!」

 

「いや、俺だ!」

 

 

 

店の前に二百人以上集まってるな。

 

当選番号は、弓矢で番号ルーレットを射抜く方法を考えていたのだが、弓矢の達人はルーレットの数字を狙い打てることが判明。異世界マジハンパないな。

 

そんなわけで、クロスボウを開発。ちょっと非力なかわいこちゃんスタッフが引き金を引いたら矢が飛び出る。そして数字の書いてあるルーレットに突き刺さる。

 

 

 

「569! 一等のハチミツ当選は569番です!」

 

 

 

「やったぁ!お母さんにハチミツ食べさせてあげられる!」

 

 

 

何だか小さな女の子が泣いて喜んでるな。お母さんにハチミツを食べさせたかったのか。いい子だな。後で不埒な悪党どもが悪さしない様ヒヨコたちに守らせておこう。

 

ドエリャとか、部下にも並ばせて宝くじ買ってたし、スイーツ好きのコンデンス伯爵も屋敷のメイド全員に並ばせたって言ってたしな~。

 

ワーレンハイド国王も宝くじを買いたいと我儘を言っていたが、宰相のルベルグ殿が諫めていたな。国王に宝くじを買いに来られても気まずいし、助かったな。

 

 

 

今回は当たりの全てを食料にした。一般市民や、子供たちにも楽しんでもらいたくて試して見たが、中々好評のようだ。

 

 

 

次々にクロスボウを発射して二等以降も当選番号を次々決定して行く。

 

決定した番号はどんどん店舗前に張り出す。

 

 

 

「おいっ!俺の宝くじは当たっているだろ!」

 

 

 

お? 揉め事か?

 

見れば、木で出来た宝くじの数字をどうやら彫り込んで数字を変えたようだな。

 

だが、そんな不正見逃すわけないだろうが。

 

宝くじの木片には、側面に小さい穴を開けてある。

 

三桁なので、一桁目、二桁目、三桁目の数字に対応した数の穴をチクチクと開けてあるのだ。

 

ぱっと見わからないレベルだからな。でも説明しちゃったら次からどうしようか。

 

四等、五等と決定して行き、第七等まで進んだ。第七等はカソの村の奇跡の野菜ハンパものセット。結構大人気だ。そして第八等、第九等と発表して行く。

 

 

 

「これ以降は第十等となります。アローベ商会特製クッキー五つ入りの袋と交換になりま~す!」

 

 

 

所謂外れが十等になる。普通の宝くじと違って、俺様の作った宝くじは空くじ無しだ。

 

水晶の庭(クリスタルガーデン)>のリューナちゃん監修特製クッキーだ。ミノ娘たちのミルクをふんだんに使ったしっとりクッキーで、マジうまなのに、原価ほとんどかかってないという優れものだ。

 

 

 

多くの人たちが宝くじの木片とクッキーを交換して行く。

 

 

 

俺が自分の店に入らず、外から眺めていると、店の前にひと際豪華な馬車が止まる。

 

 

 

「んん?」

 

 

 

豪華な馬車からは帽子を深々と被り、白い髭がもじゃもじゃした男が降りてきた。

 

手に持った宝くじの木片の数字を見て、店舗の前に張り出された当たりの数字を食い入るように見つめる。

 

 

 

「・・・ワーレンハイド国王様、一体何をしているんです?」

 

 

 

俺は謎のひげもじゃ男の肩を手で掴む。

 

 

 

「うおうっ! ヤーベ卿、後生だ! 見逃してくれ! ワシもどうしても宝くじの興奮を味わいたいのだ!」

 

 

 

「いや、国王様が町でフラフラしちゃダメでしょ」

 

 

 

すぐに王国騎士団が馬で駆け付けて来る。

 

 

 

「国王様!勝手に城を抜けられては困ります!」

 

「後生じゃ~~~!」

 

 

 

ワーレンハイド国王が何か喚いているが、結局騎士たちに連れて帰られた。

 

ちなみにワーレンハイド国王の宝くじは外れていた。後でクッキー差し入れしておこう。




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第255話 目玉商品をドドーンとディスプレイしよう

昨日はアローベ商会のオープン初日だったのだが、ありがたい事に大盛況だったな。尤も宝くじ効果があった事は否めないからな。今日からは堅実に商売だ。

 

 

 

「キュキュ――――!」

 

「ズゴズゴ――――!」

 

 

 

俺の頭の上に鎮座する神獣のジョージとジンベーもそうだそうだ、気を引き締めろと鳴いているようだ。

 

 

 

「ふふふ、主殿は商才もあると見える。これは生活にも困らぬのじゃ。よい夫を見つけたと言えるのじゃ」

 

 

 

隣ではものすごくドヤ顔でミーティアが両腕を組んでふんぞり返っている。

 

なぜそんなに偉そうにしているのだろうか?

 

 

 

「あ、オーナー!おはようございます!」

 

 

 

元気よく挨拶してきたのは、先日面接で採用を決めた店長候補生のジェフ・フォン・ウィリアーム君だ。本人の履歴説明を聞くと、辺境の男爵領の三男らしい。どう頑張っても貴族としてやっていけないので商人として勉強したいとの事だった。

 

俺のところでなんの勉強が出来るかわからんが、イケメン君で誠実そうな青年だったので採用した。切れのある動きのサウスポーだ。ちなみに俺の事は会頭でもなく大旦那でもなく、オーナーと呼ぶように教育した。オーナー・・・いい響きだ。まるでプロ野球のオーナーにでもなったような・・・んなわきゃないか。ジェフ君は見習いだが、実際の店長や会計担当はスペリオル商会から出向してもらっている。

 

全面的に協力してもらってもよかったのだが、あまりにべったりでも他の商会からの妬み嫉みが生まれやすくなってしまう。そんなわけで、俺もアローベ商会として何名かスタッフを募集、面接を行った。

 

・・・メッチャ来た。俺がアローベ商会のオーナーだとバレたらしく、プレオープンでカソの村の野菜やハチミツを取り扱ったのも拍車をかけたらしい。

 

スペルシオ商会の会頭、アンソニーさん達にも手伝ってもらって、やっとこ三十名くらいに絞り込んで雇う事が出来た。なんせ千人以上募集来たしな・・・。

 

 

 

「オーナー!今日からこの目玉商品を展示するんですよね?」

 

 

 

その中でも期待の星であるジェフ君が元気よく問いかけてくる。

 

 

 

「ああ、ディスプレイ頼むぞ」

 

 

 

「ディスプレイ?」

 

 

 

「ああ、目立つところにカッコよく並べてくれってことだ」

 

 

 

「わかりました!」

 

 

 

そう言ってジェフ君は鎧を着せられた人形を運んでくる。

 

 

 

「この辺でしょうか」

 

 

 

「そうだね、お店に入ってすぐ目にはいるから、よく目立つね」

 

 

 

そう言って俺はその人形を見つめる。

 

その人形に着させている鎧は黄金に輝いている。そう、三頭黄金竜スリーヘッドゴールデンドラゴンの鱗を用いて作られた鎧だ。ドワーフの腕利きゴルディン師に素材を渡したところ、喜び勇んで取り組んでくれた。雷竜サンダードラゴンと三頭黄金竜スリーヘッドゴールデンドラゴンをまるまる解体に出したからな。解体や鎧、盾、兜、槍、その他バッグなどの製作費用についてはドラゴンの牙と鱗をちょっと分けてくれればいいわい、とのことだった。ちょっとって、どれくらいなんだろ?

 

 

 

「えーと、商品は三頭黄金竜の鎧スリーヘッドゴールデンドラゴンアーマー、三頭黄金竜の盾スリーヘッドゴールデンドラゴンシールド、三頭黄金竜の兜スリーヘッドゴールデンドラゴンヘルム、三頭黄金竜の槍スリーヘッドゴールデンドラゴンスピアー・・・、それにしてもすごい品ぞろえですね。これ全部装備したら眩しくて見えなくなっちゃうかもしれませんね」

 

 

 

「そりゃ面白いな」

 

 

 

ジェフ君の冗談に俺は乗っかる。

 

ワーレンハイド国王とかがコレを全部装備して堂々と出て来たら、逆に笑うかもしれんな。

 

これが一組しか出来ないくらいの量の鱗しかないのならば、王家に献上してもいいのだが、死ぬほどあるからなぁ・・・鱗。なんせ首三本と巨大な体が丸々あるからな。その気になれば鎧も盾も相当数製作が可能だ。

 

一応オーダー制にして、注文を受けてから採寸を行い、その人に合わせた鎧を製作する。尤もツルシでOKという王都旅行者や冒険者もいるだろうし、多少の作り込みはしてあり、微調整で着られる人は持ち帰りも可能としている。

 

 

 

「あ、王城に納品する雷の槍サンダースピアー五百本は倉庫から荷馬車に積み込んでおいてね」

 

 

 

「了解です!」

 

 

 

雷竜サンダードラゴンの牙から作った雷の槍サンダースピアーは雷属性を持つ槍になった。ものすごく強力だった。ゲルドンのハルバートの先にも取り付けて強化をしてある。

 

 

 

最近一緒に出掛けないゲルドンだが、午前中は王城へ出向いて騎士団とトレーニングをしている。ほとんど模擬戦らしいけど。

 

 

 

「ヤーベ、おでを呼んだだか? とりあえず来ただで」

 

 

 

そのゲルドンがアローベ商会一号店にやって来た。

 

 

 

「すまんね、呼び出して。今日はバイト代弾むから、一日よろしく頼むよ」

 

 

 

「頼むって・・・何をだべ?」

 

 

 

「この鎧と兜と盾と槍を持ってお店に立ってるの」

 

 

 

そう言って三頭黄金竜(スリーヘッドゴールデンドラゴン)シリーズの武具を指さす。

 

 

 

「こ、この金ピカの武器や鎧を着るだか!? オラが今着ている真っ赤の鎧よりハデだで!?」

 

 

 

「そう、コレ着て一日中立ってて。来客にアピールしてね」

 

 

 

「ゆるキャラの着ぐるみ張りに厳しいだで!」

 

 

 

「何を言う、着ぐるみよりは暑くないぞ」

 

 

 

「殺生だて!」

 

 

 

文句を言うゲルドンを店の奥に押し込んで着替えさせる。

 

 

 

やがて、全身を三頭黄金竜(スリーヘッドゴールデンドラゴン)シリーズの武具でまとめたゲルドンが出てきた。

 

 

 

「おお、似合っているな、ゲルドン」

 

 

 

「いや、確かにすごい魔力を感じるだども・・・」

 

 

 

元来内向的な性格のゲルドンだ。ド派手な格好が落ち着かないのだろう。

 

 

 

「まあ、もう時間になるし、店を開けるとしよう」

 

 

 

「えー!」

 

 

 

未だに文句を垂れるゲルドンを無視して店をオープンする。

 

 

 

途端に店舗に客がなだれ込む。

 

我先にといろいろ買い込もうとする客が多い中、何とタルバリ伯爵が来店した。

 

 

 

「ヤーベ卿!ついに出たのだな!これがそうか!」

 

 

 

ディスプレイの三頭黄金竜(スリーヘッドゴールデンドラゴン)シリーズの武具に食いついているタルバリ伯爵。

 

 

 

「着込むとこんな感じですよ」

 

 

 

そう言って店の端っこに避難していたゲルドンを引っ張って来る。

 

 

 

「おおー、いいじゃないか! ぜひ購入したい!」

 

 

 

「お値段は・・・」

 

 

 

「うおっ! それはちょっと・・・もう少し何とかならんか?」

 

 

 

「まあ、タルバリ伯爵との仲ですからね~」

 

 

 

奥さん同士が姉妹だしね。

 

 

 

三頭黄金竜(スリーヘッドゴールデンドラゴン)のハンドバッグもお付けして、このお値段で」

 

 

 

「よっしゃ!買った!」

 

 

 

「毎度あり~、奥でドワーフの職人たちによる採寸チェックがありますから、どうぞ奥へ」

 

 

 

「よろしく頼む」

 

 

 

そう言ってウキウキと奥の部屋に向かうタルバリ伯爵。

 

早々にクソ高い高級品の三頭黄金竜(スリーヘッドゴールデンドラゴン)シリーズが売れてしまった。恐るべきドラゴン効果。

 

 

 

次々と商人や貴族の使いがやって来ては買い物をしていく。品出しに雇ったスタッフたちも天手古舞の状況だ。

 

 

 

そう言えば、ワーレンハイド国王に三頭黄金竜(スリーヘッドゴールデンドラゴン)のハンドバッグの第一号を予約して貰ったんだったな。それくらいは王家に献上するか。リヴァンダ王妃も喜んでくれるだろう。

 

 

 

そう思っていたら、店の前にひと際豪華な馬車が止まる。

 

 

 

「んん?」

 

 

 

何だがデジャビュだ。

 

 

 

豪華な馬車からは帽子を深々と被り、黒い髭がもじゃもじゃした男が降りてきた。

 

髭面の男はキョロキョロ店の中を見まわして、三頭黄金竜(スリーヘッドゴールデンドラゴン)シリーズの武具飾ってある人形を食い入るように見つめる。

 

 

 

「・・・ワーレンハイド国王様、一体何をしているんです?」

 

 

 

俺は謎のひげもじゃ男の肩を手で掴む。

 

 

 

「うおうっ!ヤーベ卿、後生だ!見逃してくれ!ワシだってどうしても三頭黄金竜(スリーヘッドゴールデンドラゴン)シリーズの武具が欲しいのだ!」

 

 

 

「いや、だからって国王様が町でフラフラしちゃダメでしょ」

 

 

 

やっぱりすぐに王国騎士団が馬で駆け付けて来る。

 

 

 

「国王様! 勝手に城を抜けられては困ります!」

 

「後生じゃ~~~!」

 

 

 

ワーレンハイド国王が何か喚いているが、結局騎士たちに連れて帰られた。デジャビュだ。

 

仕方ない。ワーレンハイド国王へ三頭黄金竜(スリーヘッドゴールデンドラゴン)シリーズの武具を献上するとしよう。来賓室にでも一式飾ってもらえるように整えるとしよう。

 

・・・リヴァンダ王妃のためのハンドバッグも忘れずに届ける事にしよう。

 

 




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第256話 仕事の斡旋を検討しよう

 

「ヤーベさん、少しご相談よろしいいでしょうか・・・」

 

 

 

 

 

アローベ商会オープン三日目、大混雑の日々を過ごしていた俺に、思わぬ来客があった。

 

 

 

「やあ、リューナちゃん。どうしたの?」

 

 

 

喫茶<水晶の庭(クリスタルガーデン)>のオーナー、リューナちゃんがアローベ商会までやって来ていた。

 

 

 

「実は・・・この子達の仕事先を探しているのですが・・・もしよければヤーベさんのところでお仕事をさせて頂けないかと・・・」

 

 

 

おずおずと説明するリューナちゃん。

 

 

 

リューナちゃんの後ろには狼人族と思われる三人の少女が立っていた。

 

だが、リューナちゃんの美しい銀髪と違い、茶色い毛並みだ。普通の狼っぽい。いわゆるサーシャと同じタイプ?かな。

 

 

 

「ララです」

 

「リリです」

 

「ルルです」

 

 

 

「「「お仕事させて頂けないでしょうか?」」」

 

 

 

そう言って三人とも勢いよくお辞儀した。

 

 

 

俺の後ろではカウンターにいる店長が渋い顔をする。そりゃそうだよな、あれほど多くの申し込みからふるいにかけてスタッフを厳選したんだ。

 

いくらリューナちゃんの頼みと言っても三人もいきなり雇ったら、何の面接だったんだって話だよな。

 

 

 

「リューナちゃん、いきなりどうしたんだい?後ろの子達が仕事を探しているの?」

 

 

 

俺は努めて丁寧に問いかける。

 

 

 

「そうなんです・・・。この子達、私の住んでいた村から出て来てしまったんです。特に伝手も無くて、亜人の子達を真面に雇ってくれる所は・・・。私の店は自分で出来る仕込みだけでお店を回しているので、三人も雇ってもお店が回せなくて・・・」

 

 

 

困ったような顔でリューナちゃんが説明した。

 

 

 

「どうして村を飛び出してきたんだい?」

 

 

 

俺はとりあえずリューナちゃんの後ろに並んでいる三人に質問する。

 

 

 

「実は・・・村で山の神に捧げる生贄に選ばれそうになって・・・」

 

 

 

「はいっ!?」

 

 

 

生贄・・・

 

 

 

「生贄、そんなことしちゃ、いけ」

 

 

 

「ヤーベよ、そのギャグは以前ドン滑りしているだろう」

 

 

 

俺に最後まで言わせなかったのは、俺の隣にいたイリーナだった。

 

昨日はミーティアが神獣二匹と共に俺のそばに居たのだが、どうも家に留守番していたリーナが寂しがったらしく、今日はリーナの頭の上に神獣たちが鎮座して屋敷で留守番している。そのため、じゃんけんで今日俺のそばにイリーナがいる事になっていた。

 

 

 

「山の神って・・・?」

 

 

 

リューナちゃんが首を傾げる。リューナちゃんも知らないようだ。

 

 

 

「何でも大きな巨人が山を守っていて、何年かに一度山の神に生贄を差し出すみたいなんです」

 

「それに私たちの誰かが指名されそうになって・・・」

 

「私たちの両親はすでに亡くなっていますし、反対する人があまりいなくて・・・」

 

 

 

泣きそうになりながら説明する三人。なんてひどい話だ。てか、山の神ってなんだ?

 

 

 

「リューナちゃんは聞いたことないんだ?」

 

 

 

「そうですね・・・もう村を出て五年以上たちますし・・・」

 

 

 

首を捻るリューナちゃん。仕草がかわいい。

 

 

 

「そもそも、リューナちゃんの村ってどんな感じ?」

 

 

 

「あまり大きくなかったですよ? 同年代の友達とも遊んだ覚えがありませんし。閉鎖的な感じでしょうか。王都に出て来て驚いた覚えがあります」

 

 

 

「今のお店を出すまでに、相当苦労したのかな?」

 

 

 

「そうですね・・・あまり亜人に親切にしていただける人たちが少なかったのですが、たまたま私は親切な老夫婦と知り合うことが出来まして、お店のお手伝いをしながら働かせてもらってました。その御夫婦も三年前にお亡くなりになられたのですが、遺言で私にお店を譲ると言葉を残してくださっていて・・・」

 

 

 

思い出したのか、少し涙ぐみながら当時の状況を説明してくれるリューナちゃん。本当にリューナちゃんは良い人と知り合えたんだな。尤もこの三人も同じようにいい人と出会えるとは限らない。だから俺に相談に来たのだろう。

 

 

 

「・・・こんな事は言いたくないのですが、本当はリューナさんが生贄になるはずだったみたいです。白色の異端児がいればよかったのに・・・村の男の人たちがそう言っていたんです」

 

 

 

「なにっ!?」

 

 

 

俺の怒気が漏れたのか、説明したララちゃんがビクリと体を強張らせる。

 

 

 

「そ、そんな・・・」

 

 

 

わなわなと体を震わせるリューナちゃん。

 

 

 

「そう言えば、両親が私に夢はないかとしきりに問いかけて来て、いつか小さな店を開きたいと言ったら、王都までの旅費と生活費を少し持たせてくれて、村から出立させてくれたんです。今から考えれば、なぜ両親があんなに急いでいたのかと不思議だったのですが、もしかしたら生贄の事を知っていたのかもしれません・・・」

 

 

 

暗い表情で俯いてしまったリューナちゃんの肩を叩く。

 

 

 

「リューナちゃんの村って、狼人族ばっかり住んでいる村?」

 

 

 

「そうだったと思います。色が白い私たちは除け者にされていた気がしますけど。それでもララやリリやルルは結構お話してくれましたから、寂しくはなかったですけどね」

 

 

 

「私たちも、色が違うだけでどうしてリューナちゃん一家を除け者にしていたのか理由がわからないのですが・・・」

 

 

 

申し訳なさそうにしながらもララちゃんが説明する。

 

 

 

「ふむ、そのあたりは種族に詳しそうな者に聞いてみる事にしよう。差し当たって三人の仕事だ」

 

 

 

そう言ってリューナちゃん達を見る。

 

 

 

「リューナちゃん、宝くじの時に作ってくれたクッキーがとても好評でね。普段でも多少まとめた数を店頭に並べたいんだ」

 

 

 

唐突にクッキーの話をし出した俺にキョトンとするリューナちゃん。

 

 

 

「ですが、クッキーはそれほどたくさん準備出来ません・・・店の仕込みもありますし・・・」

 

 

 

申し訳なさそうにリューナちゃんが説明する。

 

 

 

「そこで、この三人さ」

 

 

 

そう言ってララ、リリ、ルルの三人を見る。

 

 

 

「クッキーを焼く場所はこちらで準備するから、リューナちゃんはこの三人にクッキーの作り方だけ叩き込んで、アローベ商会ウチに出向という形で送り込んでくれればいい」

 

 

 

「あ!」

 

 

 

リューナちゃんが笑顔になる。

 

 

 

「うん、アローベ商会ウチでいきなり雇うと角が立つけど、クッキー納品のために喫茶<水晶の庭クリスタルガーデン>のスタッフを出向という形にして、リューナちゃんにクッキー代を含めた手数料を払うから。その中から三人の給料を賄ってあげてくれればいいかな」

 

 

 

「はいっ!ありがとうございます!」

 

「「「ありがとうございます!!」」」

 

 

 

全員が笑顔になる。まずはこの子達が生活できるようにしてあげないとね。

 

 

 

「それはそうと、ご両親も心配だね。少し落ち着いたら一度リューナちゃんの村に行ってみようか?」

 

 

 

「え!?いいんですか?」

 

 

 

俺の提案に思わず驚くリューナちゃん。

 

 

 

「なんだろ、ちょっと変な感じがするし、村が生贄捧げないといけないくらいピンチなら、その山の神とやらを退治した方がいいかなって」

 

 

 

何でもない事の様にニコリと俺が説明すると、三人娘はポカーンとした。

 

神殺し・・・まあ、ラノベではよくあるよね・・・?

 

 




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第257話 生贄は自分がなれと伝えてみよう

「は、早っ!」

 

 

 

馬車・・・いや、狼牙に牽かせているから狼車か・・・が爆走している。

 

王都バーロンを出立して二日。田舎の村を過ぎて街道に人が少なくなったところで狼牙に牽かせている狼車の速度を上げた。

 

 

 

以前トンデモないスピードでリカオロスト公爵領のリカオローデンに到着していた事があるが、さすがにそこまでの速度は出していない。

 

大体、今牽いているのはローガでも四天王達でもない。ローガや四天王達は我先にとアピールしてきたが、その下っ端に牽かせている。だからと言ってローガ達が大人しく留守番しているかと言えば、そうではない。連中は車の周りを護衛しているのだ。

 

馬車に繋がっていると、魔物などが現れた時に迅速に戦闘に移ることが出来ない。そんな説明をしたら、我先にと馬車の牽引を譲り合う結果となった。

 

 

 

「雑魚は狩る必要ないからな。冒険者ギルドの仕事も残しておかないとな」

 

 

 

「了解です、ボス。お前らっ!雑魚に手を出すなよ!」

 

 

 

「「「了解です!」」」

 

 

 

「ただし人間が襲われている場合は助けろよ。後、俺に連絡な」

 

 

 

「「「「了解です!」」」」

 

 

 

ちなみに、ローガに四天王、その部下たちでぶっちゃけ五十頭くらいいる。

 

ヒヨコも同じくらいの数が護衛についている。

 

王都や屋敷の警備は大丈夫かと心配になったが、実はすでにこの三倍の数の狼牙やヒヨコたちが仲間になっていた。一体いつの間にそれほど増えたのか、魔物の森恐るべし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日はかかりそうな旅路も高速で移動する事によりあっさりと村の麓へ到着する。

 

 

 

「驚くほどに早いですね・・・」

 

 

 

リューナちゃんが狼車の窓から景色を眺めてそう呟く。

 

 

 

「私たちが何日もかけて何とか王都までたどり着いたのに・・・」

 

「そうですね・・・」

 

「ええ、まったく・・・」

 

 

 

ララ、リリ、ルルの三姉妹もちょっと遠い目をして感想を漏らした。

 

超高速で移動する狼車の窓から見る景色は、それこそ窓の外の景色が飛ぶように消えて行った。

 

そのくせ、狼車は大きく揺れることは無く、不安に感じる事もあまりなかった。

 

 

 

「ふふふ、ジャンケンで勝ったことにより、ヤーベと旅行に出られるとは・・・ジャンケン最高だ!」

 

「わたくしも、女神様に日ごろの行いが認められたのでジャンケンに勝てたのですわ!」

 

「ワシは主殿に知識を求められたのでな、ジャンケンは不戦勝なのじゃ」

 

 

 

ジャンケンに勝ったイリーナとフィレオンティーナ、それに亜人の情報を貰おうと<古代竜(エンシェントドラゴン)>のミーティアには同行してもらった。

 

ジャンケンに負けてリーナは四つん這いに崩れ絶望していた。神獣の二匹が慰めていたからきっと大丈夫だろう。

 

後、一応護衛にチェーダ率いるミノ娘護衛隊が数騎ついて来ている。

 

 

 

「さあ、リューナちゃんの村まで案内してくれるかな?」

 

 

 

「ヤーベさん、この大きな馬車では途中道が狭くなって通れなくなるかもしれません」

 

 

 

俺を見つめてリューナちゃんがちょっと心配そうに俯いた。

 

 

 

「村の食料とか、生活用品はどうしていたの? 商人が荷馬車で行商に来たりしなかった?」

 

 

 

「たまに来ていたみたいですが、村の村長とか、数人しか商人と取引していなかったみたいです」

 

 

 

答えたのはララだった。リリやルルもうんうんと頷く。

 

 

 

「うーん、あんまりいい感じの村じゃないなぁ。リューナちゃんのご両親が肩身の狭い思いをしているなら、王都にお呼びして生活してもらう?」

 

 

 

「あ、あの・・・とてもありがたいのですが、ララ、リリ、ルルの生贄問題を解決しないと・・・」

 

 

 

「ああ、それはたぶん問題ないと思うよ?」

 

 

 

平然と伝える俺に首を傾げるリューナちゃん。

 

 

 

「問題ないんですか?」

 

 

 

「うん。だって、その山の神とやらを退治すれば生贄いらなくなるよね?」

 

 

 

にっこりと答える俺にポカーンとするリューナちゃん。三姉妹もこちらをポカーンと見ている。あれ?なんか変なこと言ったかな?

 

 

 

「や、山の神・・・退治できるんですか・・・?」

 

 

 

不安そうに俺を覗き込むように聞いてくるリューナちゃん。その後ろに三姉妹も祈る様な感じで俺を見つめる。

 

 

 

「そりゃ、出来るよ。問題ないし。なに、山の神って生贄出さなきゃいけないほどタチが悪いんでしょ?退治しちゃダメなの?」

 

 

 

「あ・・・た・・・退治出来るなら村の皆さんも喜ぶのではないかと・・・」

 

 

 

リューナちゃんや三姉妹が俺を信じられないようなものでも見るような目で見ていた。解せぬ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・ここが私の生まれた村、トラン村です。狼人族ばかりが住む村です」

 

 

 

そう言って説明してくれるリューナちゃんだが、少々げっそりとしている。

 

どうも、俺が村に着くまでに山道を整地しながら進んだり、風魔法でばっさり木々を切り倒したりして道を広くしたことを驚いているようだ。これで王都からの荷馬車の商隊が簡単に通れるようになり、行商もはかどるようになるだろう。亜人の村を差別するような連中が多いなら、アローベ商会で行商を引き受けてもいいだろう。

 

 

 

「止まれっ!お前達何者だ!」

 

 

 

村の入口に着くやいなや、四人ほどの狼人族の男が走ってやって来る。

 

手に武器を持っているところを見るに、こちらを警戒している事は間違いないだろう。

 

 

 

「やあやあ、こんにちは。俺はバルバロイ王国の・・・」

 

 

 

「お前っ!リューナやララたちをどうしたっ! 両手を上げ、そこを動くな!!」

 

 

 

一人が大きな声を上げる。こちらの挨拶は無視だ。悲しい。

 

 

 

「すみません、こちらの御方は・・・」

 

 

 

リューナが説明しようと前に出るが、そのリューナを狼人族の男の一人が捕まえる。

 

 

 

「村を脱走した娘だなっ!こっちへ来い!」

 

 

 

「おい、乱暴に対応するな。それ以上粗野な対応を取るのであれば、バルバロイ王国にて伯爵の地位を預かる身として、それなりの対応を取らせてもらうが、いいか?」

 

 

 

俺がリューナちゃんの間に入って男の目を睨むように伝える。

 

 

 

「なんだとっ!王国がどうしたというんだ!俺達狼人族は人間の国などに従いはしない!」

 

 

 

えらく問題発言ばかりする狼人族だな。ここは明らかにバルバロイ王国の領土内だ。王都直轄地だから、問題行動を起こせば騎士団による粛清対応になるはずだが。

 

まあ、こんな小さな村が王都で問題になっているはずもないか。

 

 

 

そう、俺が顎を擦りながら首を捻っていると、奥から年老いた狼人族が護衛らしい男たちを引き連れてやって来た。

 

その横には銀色の毛並みをした男女がやって来ていた。

 

 

 

「リューナ! どうして村に戻って来たの!」

 

 

 

そう言ってリューナちゃんに抱きつく銀色の毛並みの女性。

 

 

 

「お母さん!」

 

 

 

そう言って抱きついてリューナちゃんが泣いている。ご両親なんだな。会えてよかった。でもどうして帰って来た事に不満があるのだろう・・・あ、生贄の問題があるか。でも、それは片付くから問題ないけどね~。

 

 

 

「リヴァン、シルヴィア。お前たちの娘が戻って来たのだ。予定通りお前たちの娘を山の神の生贄に捧げる事にする」

 

 

 

偉そうにジジイの狼人がリューナを生贄にすると宣う。

 

こういう時絶対、ワシが生贄になるっ!とか言わねーよな、権力者って。マジウザイ。そんなに生贄が欲しけりゃ自分が生贄になりゃいーのに。

 

 

 

「そんなっ!?」

 

 

 

リューナちゃんのお母さんが悲痛な叫び声を上げる。お父さんもリューナちゃんと自分の奥さんの肩を抱いて目に涙を浮かべている。

 

 

 

「・・・不思議なのじゃが」

 

 

 

急に声を発したのはミーティアだった。

 

 

 

「銀狼族のお前たちがただの狼人族の連中に迫害を受けているのはどういう事じゃ?お前達銀狼族はありとあらゆる面で通常の狼人族の能力を上回るぞ?」

 

 

 

不思議そうに首を傾げるミーティア。

 

やっぱり。リューナちゃんは冒険者ギルドに所属する狼人族のサーシャよりよほど内包魔力が多かった。おおかたそんなことだろうと思ったが、やっぱりリューナちゃんは上位種族だったようだな。

 

 

 

「き、貴様っ!何を言うか!」

 

 

 

狼人族のジジイが声を荒げる。

 

 

 

「あ? ワシに貴様、と言ったのか?」

 

 

 

ギロリと睨み、少しだけ竜気を開放するミーティア。それだけでその場の狼人族が恐れをなして震えだす。

 

 

 

「大体、そんなに生贄がいるなら、お前が生贄になれよ」

 

 

 

そう言ってジジイを指さす俺。

 

 

 

「な、何じゃと!」

 

 

 

「そりゃそうだろ。未来ある若者よりも、年老いた老害のようなお前がいなくなった方がよっぽどましだ」

 

 

 

「な、な、な・・・!」

 

 

 

顔を真っ赤にして怒っているジジイ。

 

 

 

「どうせ、優しいリューナちゃんの両親をあることない事村人に言いふらして迫害させて、自分が村の権力でも握ったんだろ? 本当にしょうもないジジイだな」

 

 

 

俺がバカにしたように笑ってやると、ついにジジイがキレた。

 

 

 

「ふざけるなっ!山の神に生贄を出すからこの村は襲われないんじゃ!ワシの決めたことに逆らうと山の神の天罰が下るぞ!」

 

 

 

そう言うと、ジジイの護衛たちが槍をこちらに構えた。

 

 

 

 

 

「ボス、ただいま戻りました」

 

 

 

一触即発の中、ローガの声が聞こえた。

 

 

 

「こいつがこの付近の山では一番強い妖気を放っておりましたので退治しておきました」

 

 

 

そう言ってローガが口に咥えてぶら下げていた首をこちらに転がした。

 

その後ろの狼牙たちが巨大な体を引きずって来ていた。

 

 

 

「ジャイアントトロルじゃな。なかなかの大きさじゃの」

 

 

 

ミーティアが転がった首を引きずられた体を見ながら魔物の種類を特定した。

 

 

 

「や、や、山の神・・・!!」

 

 

 

見ればジジイの顎が外れていた。




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第258話 まさかの襲撃者?も一蹴しよう

 

「フガッ・・・フガッ・・・!」

 

 

 

何とか若い衆の手を借りて顎を入れたジジイが喋れるようになった。

 

 

 

「あ、あの山の神が・・・」

 

「信じられん・・・」

 

「大体、アレは山の神なのか・・・」

 

 

 

ジジイの取り巻きがざわつく。そりゃそうか、山の神なんて言われているが、自分の目で見たことがある奴なんざ少ないだろうしな。

 

 

 

「ど、どういうつもりじゃ!山の神を殺して、この村に祟りがあったら・・・!」

 

 

 

今後は訳の分からない祟り説で怒り出すジジイ。

 

本当にこういう理屈が通じないアホと喋るのは苦痛だね、全く。

 

 

 

「そ、そうだぞ!この村に被害が及ばない様に生贄を出していたんだ!それを殺したりしたら・・・!」

 

 

 

意味不明な理由で怒り出す。解せぬ。こいつの言っていることが俺には理解できない。

 

生贄を出していた事も許せないが、元凶が取り除かれたことに安堵できないって、どうなっている?

 

 

 

「何の話か分かりませんが、コイツはコミュニケーション能力が皆無でした」

 

 

 

「何?」

 

 

 

ローガの報告に俺は思わず声を漏らす。

 

 

 

「生贄を差し出したから村が襲われないとか、あり得ないですな。ただ腹が満たされたから襲われなかったとか、そんな程度でしょう。コイツ程度なぞ、クウ・ネル・ヤルしかない単細胞でしょうからな」

 

 

 

辛辣にバッサリ切るローガ。

 

 

 

「それじゃあ、生贄なんてものは何の役にも立っていなかったのか?何なら人ではなくイノシシなんかの野生動物でも間に合ったってことか?」

 

 

 

俺はついつい剣呑な気配を出してしまう。

 

 

 

「まあ、そのとおりかと」

 

 

 

俺はギロリとジジイを睨む。

 

 

 

「おい・・・生贄なんざ意味無かったじゃねーか、どういうつもりだ・・・」

 

 

 

殺気ともとれる魔力が漏れ出す。抑えるのに苦労してしまうな。

 

 

 

「ヒッ・・・!」

 

 

 

ジジイが腰を抜かす。

 

 

 

「じゃが、じゃが、お前は山の神を殺したんじゃぞ!」

 

 

 

俺はローガが持ってきたジャイアントトロルの首を拾ってジジイに突き付ける。

 

 

 

「ドント!シンクッッッ!!」

 

 

 

「ヒイイッ!!」

 

 

 

「フィ~~~~~~~ルッッッッッ!!!!」

 

 

 

「「「・・・・・・!!」」」

 

 

 

俺の迫力に押され、ジジイの他護衛の二人も腰を抜かし後退る。

 

 

 

「・・・ヤーベ?どういう意味なのだ?」

 

 

 

イリーナが俺に問いかける。

 

 

 

「考えるな、感じろってことだ。山の神がどうとか考えないで、もう脅威は去ったと感じて今後の村の経営を立て直してもらいたいと思ったんだが、このジジイはダメだな」

 

 

 

「ヤーベ!魔物討伐して来たわよっ!」

 

「ヤーベ、獲物大量ゲットにゃ!」

 

「ヤーベ先生、獲物が一杯だったのです」

 

「・・・大量」

 

 

 

狼牙達と一緒に魔物を討伐してきたのは狼人族のサーシャ、猫人族のミミ、犬人族のコーヴィル、熊人族のヴォーラ、四名からなるケモミーズの面々だった。山へ行くので、魔物討伐の依頼を受けさせて一緒についてこさせた。狼牙達にサポートさせれば危険もないだろうしな。

 

 

 

「わっ・・・狼人族がいっぱい!」

 

 

 

サーシャが驚いていた。

 

 

 

「なんだ、お前はこの村の出身じゃないのか」

 

 

 

「ええ、私たちは様々な亜人が住む村で育ったから・・・」

 

 

 

村に狼人族しかいないのが物珍しいのかキョロキョロと村を見回すサーシャ。

 

 

 

「お前たちも無事ならそれでいい。討伐部位は確保しておけよ?それ以外は狼牙族の亜空間圧縮収納に放り込んでおけばいい」

 

 

 

「了解にゃ!」

 

「了解なのです!」

 

 

 

ケモミーズの面々が嬉しそうに集まって討伐部位や素材を確認し合っている。王都周りでは討伐依頼が受けられず苦労していたからな。嬉しさも一入なのだろう。

 

 

 

「それにしても、このジジイはダメだな。王国の名代として指示する。銀狼族のリヴァンさんだったかな? この村の代官を任命する。しばらくは皆を纏めてくれ」

 

 

 

「ええっ!? 私がですか?」

 

 

 

「ええ、銀狼族は能力が高いとのことですし、もう生贄やなんだとバカげた話は無くなりますから。王国からも人材を派遣して、人間と共存してより良い暮らしが出来るよう協力できるようにします。もっと美味しいものが食べられるようになりますよ」

 

 

 

俺は笑って説明した。

 

 

 

「な、なんじゃと! 人間がこの村にくるじゃと!そんなことを許すわけがないじゃろう!」

 

「そ、そうだそうだ!」

 

「人間なんかと暮らせるか!」

 

 

 

ジジイの周りの若い奴らも騒ぎ出すが、ほんの一部だけだな。周りで見ている狼人族の人たちはそんなに騒いではいない。むしろ化け物《やまのかみ》が退治されてほっとしているようだ。

 

 

 

だが、村の周りが急にざわつき始める。

 

 

 

「・・・まさか」

 

 

 

古代竜(エンシェントドラゴン)>のミーティアが村の周りの異変に気づく。

 

俺にも感じられた。

 

今まで感じられなかった魔力の流れが感じられる。それも超広範囲でだ。

 

 

 

「キシャァァァァァ!!」

 

 

 

「な、何よアレ!」

 

「木のバケモノが迫って来るにゃ!」

 

「木が動いているのです・・・」

 

「・・・・」

 

 

 

ヴォーラは無口だな。三人のケモミミ娘は木が動いている事に驚いているようだ。

 

 

 

「・・・これは・・・トレント? それもエルダークラス・・・」

 

 

 

元Aランク冒険者のフィレオンティーナが落ち着いた声で呟く。

 

見れば村の北西一帯のエリアで木々がうごめき村に向かって来ていた。

 

その数、ざっと見積もっても数千から、万に届こうかという数だな。

 

よくもまあ今まで魔力を隠し動かなかったものだ。

 

 

 

「もしかしたら、この一帯はあのジャイアントトロルの縄張りだったのかもしれないですな。我々がコイツを狩ったので、エルダートレントどもが動き出したのやもしれません」

 

 

 

ローガが淡々と説明する。ローガは元より、四天王もその部下も慌てているものは一頭もいない。

 

 

 

「そうじゃっ!貴様らのせいじゃ!」

 

 

 

再びジジイが騒ぎ出す。

 

 

 

「ギャハハハ!愚かなる人間ども!狼ども!ここは我らトレント族が支配する!お前たちは家畜の如く働かせてやるから命がある事をありがたく思え!」

 

 

 

「おお、木が喋っているな」

 

 

 

一際大きな木が根っこをウネウネさせながら村まで降りてきた。

 

 

 

「うん、見たことあるな、ドラ〇エで・・・人面樹・・・だっけ?」

 

 

 

「誰が人面樹だ! 貴様! キングトレントのワシをバカにするとはいい度胸だな!」

 

 

 

俺が首を傾げながら言うと、キングトレントとやらがキレた。

 

 

 

「それはそうと・・・これは大儲けのニオイがするぞ!」

 

 

 

俺はイリーナとフィレオンティーナを振り返ってニンマリする。俺の目はコミカライズされれば$とドルマークになっている事だろう。

 

 

 

「えっと・・・旦那様。まさか・・・」

 

 

 

ヒクついた笑みを浮かべるフィレオンティーナ。

 

 

 

「その通りだ! エルダートレントの材木はめっちゃ高級なんだ! 高値で取引されること間違いなしの素材が今、目の前にそれこそ無数に! 山の様に! 取り放題だ!」

 

 

 

ビシッ!っとキングトレントを指さしながらニマニマする。

 

 

 

「・・・ヤーベ、まさかエルダートレントを討伐するのか?」

 

「実際に討伐してからでないと、捕らぬホーンラビットの角算用になりかねないのです」

 

 

 

コーヴィルの例えは、捕らぬ狸の皮算用、ってことかな?

 

 

 

「はははっ! 人間も面白い事をいうものだ! 我らの素材で家でも建てる気か?馬鹿め!我らが今どれだけいるのかわかっておらんようだな! 今すぐ貴様らを蹂躙してやる!」

 

 

 

わさわさと枝を揺らしながら揺れるキングトレント。

 

 

 

「エルダートレントの表皮は硬くて、触り心地が悪いんだ。だから削り込んで建材になるのは芯の部分だ。つまり、表面は焼いてしまっても問題ないわけだ。芯が残れば」

 

 

 

「・・・え?」

 

 

 

キングトレントの動きが止まる。

 

 

 

「フレイア、出番だよ」

 

 

 

俺の言葉に炎の精霊フレイアが顕現する。

 

 

 

「ヤーベ、アタイの力が必要か?」

 

 

 

俺は数千とも万にも届こうというエルダートレントの群れを指さす。

 

 

 

「思いっきり燃やしちゃって」

 

 

 

「いいのか?」

 

 

 

「いいよー。炭になればそれはそれでバーベキューにも使えるかな」

 

 

 

「ヤーベに力を貸すんじゃなくて、アタイが直接力を振るってもいいのかい?」

 

 

 

「いいよー、任せるよ」

 

 

 

俺の言葉を受け、ゲンコツを握ってブルリと体を震わせ、ふわりと宙に浮かぶフレイア。

 

 

 

「ふっ、アタイの真の力を見て驚けヤーベ! いっくぞー! ルミナ・バロール・エクステント! 精霊の御名において、数多の子らに告ぐ!」

 

 

 

ええ!? フレイアが詠唱するって、とんでもなくない!?

 

見れば宙に浮くフレイアの背後に巨大な火球がまるで時計の様にまた一つ、また一つと円状に増えていく。爆発的な魔力の高まりを感じるぞ。大丈夫なヤツか、これ?

 

 

 

見ればキングトレントがガタガタと震え、滝の様に樹液を吹き出す。まるで冷汗でもかいているみたいだ。

 

 

 

「火炎界の階層におけるその理を外れ、我が手に集え。ゲヘーナの業火よ、我が敵を焼き尽くせ!!<業火焦熱地獄(エグゾ・レガリア)>!!」

 

 

 

フレイアの背後に十二の火球が揃った時、爆発的な火炎エネルギーが放たれた。

 

 

 

ギュオオオオオ!! ドズゥゥゥゥン!!

 

 

 

その威力はすさまじく、トレントの一部は吹き飛び、燃え尽き灰燼と化し、その大半が燃えてのたうち回っている。

 

 

 

「ちょっとちょっとフレイアちゃん! 危ないよ!」

 

「そうですよ、燃えちゃいますよ!」

 

 

 

村に慌てて結界を張ってくれた水の精霊ウィンティアと風の精霊シルフィー。村の中まで降りて来ていたキングトレントとエルダートレントの一部が守られる形になっているが仕方ないだろう。

 

 

 

「でも~、これで農業を行うのに丁度いい土壌になるかもね~」

 

 

 

見れば土の精霊ベルヒアねーさんも顕現している。

 

 

 

「まあ、これで村を広くしやすくなったんじゃない?」

 

「村の開拓としては成功しやすくなりましたわ」

 

 

 

光の精霊ライティールと闇の精霊ダータレラまでも顕現してきた。

 

 

 

六大精霊揃い踏みのこの状況にキングトレントも完全に固まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、俺の目の前にはキングトレントとエルダートレントたちが見事な土下座を決めていた。

 

 

 

「ははあ―――――!! ヤーベ伯爵様におきましては、ご機嫌麗しく!」

 

 

 

意味不明なご機嫌取りを行うキングトレント。

 

とりあえず森の延焼を食い止めたのだが、村の北西は広範囲で焼け野原みたいになっている。とりあえず燃え残ったエルダートレントの芯の部分を狼牙達とヒヨコ達で回収に行かせているのだが、燃えた皮の部分も炭で使えそうなら回収しよう。

 

 

 

「とりあえず、この村に迷惑かけたらお前ら全本伐採ね」

 

 

 

「は、ははあ――――!! 我らヤーベ伯爵様に逆らうことなどありえませぬ!以後、伸びてきた枝葉はカットして献上いたしますので、どうか本体の幹の部分だけはご勘弁いただきたく・・・」

 

 

 

ものすごいペコペコしながら、枝葉は進呈してくれるというキングトレント。

 

まあ、フレイアのあの魔法見たら、手のひら返しも仕方がないわな。誰しも消し炭になりたくはない。

 

 

 

「じゃあ、この村の住人には危害を加えるなよ? 後、焼け野原の部分は畑にして開墾するから。後建物も立てるから。お前たちの住処は、あっちの方で固まってもらっても大丈夫か?」

 

 

 

俺が北の方を指さす。

 

 

 

「もちろん、否はありませぬ! 場所だけいただければ、地脈から僅かな魔素を取り込めますので、我らはそれで生活できます」

 

 

 

なるほど。トレントって、地面から魔素を吸ってるのか。

 

 

 

「お前たちが大人しく共存に力を貸してくれるなら、いい水をたまには掛けてやるよ」

 

 

 

「ありがたき幸せ!!」

 

 

 

うーん、ここまで豪快に姿勢が変わるとどうしたもんかと思うが、まあしばらくは様子を見ながらキングトレントたちの動向を監視するか。

 

 

 

ふと見回せば、狼牙達やヒヨコ達が燃え残ったエルダートレントの芯や炭をどんどん運んでくる。

 

 

 

ウフフ、また一財産できそうだ。

 

 

 

「・・・また、ヤーベが悪い顔をしているな」

 

「一儲けできそうなネタを考えているのでしょう。悪い事ではないかと」

 

「あんな燃え残りが金になるのかのう?」

 

 

 

ニマニマとしている俺を遠巻きにイリーナ、フィレオンティーナ、ミーティアが心配しながら何やらブツブツ話し合っていた。

 

 




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閑話45 王制会議その1 件の伯爵がなかなか自重しない件

 

「――――と、いうわけで、王家直轄領に亜人を中心とした開拓村が出来ることになります。つきましては代理の代官が任命されていますので、こちらから正式な代官と政務官を送って村の管理を地元の者達と協力して行っていく必要があります」

 

 

 

宰相ルベルク・フォン・ミッタマイヤーの説明が一区切りつく。

 

概ね肯定的にとらえられているが、一部の者は不満そうな顔をしていた。

 

 

 

「ったく、メンドーな事しか起こさねーのかよ、あの野郎は」

 

 

 

悪態を吐いたのはフレアルト侯爵だ。

 

 

 

「なんだ? 新たな開拓村が出来上がって王国に税収が入ってくるようになるのだぞ? 不満などあるまい」

 

 

 

すました顔で宰相ルベルクの説明の意を汲むのはキルエ侯爵だった。

 

 

 

「ハンッ!亜人の村からの税収などたかが知れてるだろうよ。それよりか、亜人たちが暴動を起こして騒がなきゃいいけどな!」

 

 

 

吐き捨てる様に言うフレアルト侯爵。

 

 

 

「それについては、そうならぬようこちらからも代官や政務官には柔軟に対応できる人間を選抜する必要があるだろうな」

 

 

 

淡々とした物言いでエルサーパ侯爵が意見を述べる。

 

ワーレンハイド国王は腕を組んだまま目を瞑って黙って聞いていた。

 

 

 

「それこそ新たな火種にならなきゃいいがな」

 

 

 

フレアルト侯爵はあくまでケチをつけたいようだった。

 

 

 

「税の話が出ましたので、開拓村の説明を続けます」

 

 

 

宰相ルベルクが再び話し出したので、まだ話が終わっていなかったのかと一同はルベルクを見た。

 

 

 

「開拓村ですが、村の北西にキングトレントが率いるエルダートレントの群れが住んでいる事が分かったそうです」

 

 

 

「なんだとっ!?」

 

「キ、キングトレントだと!?」

 

 

 

ここにはドライセン公爵、四侯爵以外にも伯爵、辺境伯の他、領地を持たない宮廷貴族の内、大臣を賜っている者達が勢揃いしている。

 

普段この国のかじ取りを行う歴戦の者達をして、キングトレントが率いるエルダートレントの群れというものはおいそれと無視できぬ話であった。

 

 

 

「ご安心を、すでにスライム伯によって一部の討伐及び、キングトレント率いるエルダートレントの群れの支配下契約が済んでおります」

 

 

 

「な、なにぃ!?」

 

「ば、バカな!!」

 

 

 

一部の者達が信じられぬと声を上げる。

 

それはそうだろう。エルダートレント一個体ならともかく、キングトレントにエルダートレントの群れなど、災害級の状況である。それを支配下に置くなど、ありえると考える方がおかしい。通常は、であるが。

 

 

 

「はっはっは、さすがはヤーベ殿。もう何でもありだな」

 

「確かに。魔王と友達になったと言っても驚かないかもしれませんな」

 

 

 

好き放題言っているのはコルーナ辺境伯にルーベンゲルグ伯爵だった。

 

どちらも娘がヤーベに嫁いでいるため、お互いがヤーベを「婿殿」と呼ぶ間柄だ。

 

 

 

「開拓村では、亜人たちの住む村中心部から離れた位置にキングトレント及びエルダートレントの群れが根を張り、住み分けが出来ているそうです。また、スライム伯へ直接ですが、キングトレント及びエルダートレントの群れから、伸びた枝葉の譲渡が決まっており、その木材を安く開拓村に譲ることに決まったそうです。そのエルダートレントの木材を開拓村が定期的に販売する事で、開拓村は高級木材の輸出という産業がなりたつとのことです」

 

 

 

宰相ルベルクの説明に誰もが二の句を告げなくなる。

 

開拓村は通常、何年もの時間をかけて村を造り上げ、そのさらに先にやっと生産物を確保できるようになるのが通常だ。

 

それが、開拓村を造ることになったかと思えば、即座にエルダートレントの木材という超高級素材を販売できるという。とんでもない夢物語、まるでいきなり金鉱でも掘り当てたかのような話であった。

 

 

 

「・・・彼の御仁はどこまでも規格外だの」

 

 

 

ため息交じりにキルエ侯爵が呟く。

 

 

 

「な、なんでヤーベの野郎が買い上げで村に売りつけてるんだよ!? この村は王家直轄領になるんだろうが!」

 

 

 

席から立ち上がって激昂するフレアルト侯爵。

 

この話では、自分の領地ではないスライム伯爵が勝手に中抜きのマージンを取っているようにも見える。

 

 

 

「元々、ヤーベ卿も開拓村に直接エルダートレントの材木を卸すように話をして下さったみたいですが、キングトレントが『我らの素材はぜひヤーベ様にお受け取り頂きたく』と譲らなかったため、一応ヤーベ卿が受け取ったものを村へ卸すという流れになったそうです。一応ヤーベ卿より木材管理担当の人員を一名派遣してもらい、そのものが材木の受け渡しに立ち会う事でキングトレントに了承して貰ったそうです。それでも、キングトレントの素材は村へは卸さずにヤーベ卿が村に訪れた時にキングトレントが直接素材を引き渡すことになったと報告が来ております」

 

 

 

再び、会議室がシンとなる。

 

この話を聞く限り、どこまでもキングトレントとエルダートレントの群れはスライム伯爵に従っている事が伝わって来る。

 

大半の人間がそんなことがあるのかと半信半疑になっていた。

 

 

 

「・・・くっくっく、はっはっは!」

 

 

 

急に笑い出したワーレンハイド国王に、何事かと会議室の全員が視線を向けた。

 

 

 

「ルベルクよ。確か王家の静養のために保養地を選定してあったな」

 

 

 

「・・・はい、確かに。ここから馬車で三日ほどですか。オーロレント湖の畔あたりだったかと思いますが」

 

 

 

「だが、建物はまだ未建設であったな?」

 

 

 

「・・・ええ、予算もさることながら、オーロレント湖のまわりはあまりよい石が取れず、建設素材の確保が難しかったからですが・・・」

 

 

 

「ぜひ、エルダートレントの木材を使って立ててもらいたい。木材なら軽く運びやすいであろうし、何よりエルダートレントの木材は相当な耐久と軽さを誇るという。ぴったりではないか」

 

 

 

嬉しそうにワーレンハイド国王は説明した。

 

元々王都は富裕層ほど石造りの建物であり、木材の建物などは平民でも貧しい人間が住むイメージがあるが、高級素材であるトレントの木材を使った建物を別宅として持つことが一部貴族の中でも特別なステータスとして認識されていた。

 

だが、さすがに王族の保養施設、別宅とはいえ、木材での建設となると、耐久性や安全性の観点からOKが出なかった。エルダートレントの木材は、それらをクリアできる素材であり、ワーレンハイド国王にとっては念願の木造別宅という風流な保養施設を完成させることが出来るのである。

 

 

 

「確かにその通りですが・・・。王族の保養施設としても通常の木材では不安ですが、エルダートレントの木材となれば石よりも遥かに強靭で魔法抵抗力も高いですからな。文句はありませんが・・・それほどの予算が取ってありましたかな?」

 

 

 

首を捻る宰相ルベルク。

 

エルダートレントの木材は何と言っても超高級素材である。それを使って王族用の保養施設を建てようというのだ。どれほどの金額が必要か、頭の痛いところであった。

 

 

 

「はっはっは、ワーレンハイド国王にとってヤーベ卿は婿殿に当たる。少し安く融通してくれるようお願いしてみればいかがか?」

 

 

 

面白そうにワーレンハイド国王を煽るのはドライセン公爵だった。

 

確かにワーレンハイド国王にとって次女のカッシーナの夫になったヤーベ卿は『婿殿』である事に間違いはないのだが。

 

 

 

「そうしたいのはやまやまだが、一応建前上は開拓村からの販売になるしな」

 

 

 

「そういえばそうでしたか」

 

 

 

お互い、腕を組みながら悪い笑みを浮かべあう。

 

どちらにしても、今後王国が潤う事に変わりはないと分かっているのである。

 

 

 

「それにしても、開拓村は一山越えた北側が旧リカオロスト公爵領ですからな。自分の手柄を全面的に出して、開拓村を自身の管理する領に組み込もうとしてもよさそうなものですが」

 

 

 

内務大臣を務めるトラン・フォン・コレスト伯爵が呟いた。

 

コレスト伯爵は内務大臣として王城に常勤しているが、内政会議にヤーベが出席しないため、ヤーベと直接話したことはほとんどなかった。

 

 

 

「欲深い者はそういったことも考えるかもしれぬがな、彼の御仁はあまり我欲を持たぬらしい」

 

 

 

キルエ侯爵は目を瞑ったまま説明した。

 

 

 

「ちっ!」

 

 

 

フレアルト侯爵が舌打ちするが、それを無視するようにドルミア侯爵も口を開く。

 

 

 

「それに、今回の事は妻となられたカッシーナ王女の顔を立てての事やもしれぬ」

 

 

 

「と、いうと?」

 

 

 

キルエ侯爵が目を開けてドルミア侯爵を見る。

 

 

 

「なに、カッシーナ王女は降嫁されたわけだが、その時に王位継承権が消滅しておられる。実質的にはカルセル王太子やドライセン公爵殿に何かあっても、スライム伯爵とカッシーナ王女のお子が王族に連なる事は無い」

 

 

 

ドルミア侯爵の説明をその場の誰もが黙って聞いた。

 

 

 

「王位継承権を捨ててでも自分の元へ来てくれたカッシーナ王女と王位継承権を外してでも自分の元へカッシーナ王女を送り出してくれたワーレンハイド国王への感謝の気持ちが出ているのでは・・・と思ったのだよ。開拓村がすぐに軌道に乗って、経済が豊かになる、それも王家直轄地で。それは王家にとっては大変ありがたい事であるだろうからの」

 

 

 

老獪なドルミア侯爵の説明に、納得する者達。

 

自由奔放に生きているように見えるスライム伯爵も、王家に感謝している――――

 

ヤーベに対するそんな感情が生まれる中、フレアルト侯爵だけは面白くなさそうにむっつりとした表情で腕を組むのであった。




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閑話46 留守番ズの華麗なるティータイム~ 新戦力を調査せよ!の巻

 

「ふう、美味しいアッポーティですわ」

 

 

 

「お気に召して頂き光栄です」

 

 

 

ルシーナはティーカップをソーサーに戻しながらメイド長のリンダを見る。

 

最近はヤーベに傷を治されたり、お給料がたくさんもらえたりと嬉しい事が多いスライム伯爵邸のメイド陣は笑顔を見せる者が多い中、このメイド長であるリンダだけは無表情で仕事をしている事が多く、笑った顔を見たことが無かった。

 

だが、仕事は途轍もなく出来る人間であり、文句の付け処はない。

 

 

 

「でへへへへ・・・」

 

 

 

お茶を飲みながらも自分の左手の薬指を見てはデレデレと破顔しだらしなく笑うサリーナ。

 

 

 

「サリーナさん? 嬉しいからってちょっと気を抜き過ぎでは?」

 

 

 

結婚の儀の後、古参のメンバーはヤーベからスライム細胞で出来たリングを受け取っていた。リーナだけはリングではなくブレスレットであったが、「ふおおっ!おっきいのでしゅ!」と大喜びであった。結婚の儀当日に知ったアナスタシアとロザリーナの分はまだなかったのだが。

 

 

「ついにボクもヤーベさんの奥さんか~と思うと、つい、ね」

 

ニヤニヤと緩んだ笑顔を見せながらも、ルシーナに苦言を呈され、サリーナはテーブルより上半身を起こして、ティーカップのお茶を一口飲んだ。

 

 

 

「このアッポーティってリゴンの実の香りがするね」

 

 

 

「リゴンの実の事を一部地域でアッポーと呼ぶのですよ。その地域で作られたお茶ですので、アッポーティと呼びます」

 

 

 

一口お茶を飲んだサリーナが疑問を口にすると、リンダが説明してくれた。

 

 

 

「ふみゅう、美味しいのでしゅ!」

 

 

 

リーナも喜んでアッポーティを飲んでいる。

 

ちなみに、ジョージとジンベーの神獣コンビはうららかな午後の一時を昼寝に当てている。

 

日の光が入るヤーベの寝室のベッドの上でグースカ寝ていた。

 

 

 

「それにしてもヒマだね~、ヤーベさんがいないとつまんないよ~。なんでジャンケン負けるかなぁ」

 

 

 

行儀悪く再びテーブルにぐで~っと突っ伏すサリーナ。

 

その様子をちらりと横目で見ながら、お茶請けとティーポットを置いてリンダは部屋を退出した。

 

 

 

「寂しいのは同感ですが、私たちにはやることがありましてよ?」

 

 

 

リンダが退出した後、三人になったルシーナが二人を見ながら言った。

 

ルシーナの「やること」にサリーナとリーナが顔を向ける。

 

 

 

「新戦力のチェックです!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴンゴン。

 

 

 

派手にノックされたかと思うと、返事も待たずにガチャリとドアが開けられる。

 

 

 

「おーい、ルシーナ。新しい人たちの部屋割り説明が終わったから連れてきたぞ」

 

 

 

無造作に入って来たのはメイド服姿のチェーダであった。

 

普段は外回りの警備担当が多いチェーダが内勤のメイド服姿なのは珍しいのだが、月の担当で数日は回って来るようになっている。

 

 

 

バシン!

 

 

 

「あいたっ!」

 

 

 

「チェーダいい加減になさい! 奥様方への礼儀がなってなさすぎでしょ!」

 

 

 

持っていた書類の束でチェーダの後頭部を殴ったのは秘書のパナメーラであった。

 

 

 

「大体妾希望の貴女が、奥様を呼び捨てにするって、貴女妾の立場わかってるの!?」

 

 

 

カンカンに怒ってチェーダを叱るパナメーラ。後頭部を殴られて涙目になっているチェーダはさらに委縮する。

 

 

 

「大変申し訳ありません、ルシーナ奥様」

 

 

 

丁寧に頭を下げるパナメーラ。チェーダも頭を擦りながら謝る。

 

 

 

「まあ、チェーダは来た時からそんな感じでしたから、あまり気にしてませんけどね。来客がある時だけ気を付けてくれればいいですわ」

 

 

 

「来客がある時はチェーダを倉庫に閉じ込めて出さないように致します」

 

 

 

「ヒデェ!」

 

 

 

ドスッ!

 

 

 

文句を言うチェーダに肘鉄を喰らわすパナメーラ。

 

 

 

「それで、お部屋での荷解きは終わったの?」

 

 

 

「ああ・・・いえ、ええ。終わりましたので案内致しましたです」

 

 

 

「ああ、もう・・・」

 

 

 

チェーダのメチャメチャな敬語に頭を抱えるパナメーラ。

 

 

 

「ふふふ、入ってもらって?」

 

 

 

ルシーナが椅子に座り直してちょっとばかし優雅な姿勢を作りながら促した。

 

 

 

「ああ、いや、はい。コッチに入ってくれ・・・下さい」

 

 

 

横でパナメーラがゲンコツを握り締めてプルプルしているが、ルシーナはそっと目を逸らす。

 

 

 

「皆さんお待たせしました~」

 

 

 

優雅なドレスで笑顔を見せたのはグランスィード帝国の女帝ノーワロディの母親であるアナスタシアであった。新たにヤーベの奥さんズに加入したニューフェイスである。

 

 

 

「な、なんたる・・・」

 

 

 

サリーナが一点を凝視して言葉を失う。

 

ぴょんぴょんと飛び跳ねる様に部屋に入って来たアナスタシアの爆乳・・・イヤ、魔乳が大きく揺れていた。

 

 

 

「敵影発見! 調査に当たります!」

 

 

 

そう言ってサリーナはアナスタシアにトツゲキするといきなり胸を揉んだ。

 

 

 

「キャッ!」

 

 

 

「おっきー上に素晴らしく柔らかいよ! 脅威(胸囲?)指数は100を越えてるよ!」

 

 

 

アナスタシアの大きな胸をモミモミしながらサリーナがルシーナに報告する。

 

 

 

「ふおおっ! お尻もおっきーのでしゅ! やわやわなのでしゅ!」

 

 

 

「いやん!」

 

 

 

リーナも何故かアナスタシアの背後からお尻に抱きついていた。

 

 

 

「由々しき事態です・・・。ヤーベ様がその魔乳や魔尻に捕らわれて現世に帰って来られないような事が無いように気を付けなければ・・・」

 

 

 

「ええっ!? どういうことなんですの?」

 

 

 

訳も分からず胸を揉まれて困惑するアナスタシア。

 

後、自分が魔族だからと言って乳や尻に魔を付けなくてもいいのでは・・・とアナスタシアは思った。

 

そこへ次のニューフェイスも入って来る。

 

 

 

「改めてご挨拶させて頂きたく。(それがし)、ロザリーナ・ドラン・ドラゴニアと申す。先輩方と協力してヤーベ殿を支えていく所存。よろしくお頼み申します」

 

 

 

堅苦しい挨拶を決めたのはロザリーナ・ドラン・ドラゴニア。ドラゴニア王国国王バーゼルの妹である。

 

 

 

「いや、何で屋敷の中で鎧着て槍を持っているのです?」

 

 

 

呆れ気味にルシーナが問いかける。

 

 

 

「某の役目は護衛と認識しております。奥方様方の末席に座らせて頂けるとはいえ、某の役割はキチンと果たす所存!」

 

 

 

気合いを入れた挨拶に顔を引きつらせるルシーナ。

 

 

 

「えーい! 調査調査―!」

 

 

 

そう言ってロザリーナの後ろに回ったサリーナが皮鎧の隙間からロザリーナのおっぱいを揉む。

 

 

 

「むうっ! ここにも隠れ巨乳が! 敵影発見! 脅威(胸囲?)指数90!」

 

 

 

「ひゃわっ! ちょ、ちょっと!」

 

 

 

急におっぱいを揉まれたロザリーナが慌てふためく。

 

 

 

「ふおおっ! つるつるの尻尾が気持ちいいのでしゅ!」

 

 

 

何故かロザリーナの背後に回って尻尾に抱きつくリーナ。

 

 

 

「おほほっ! 尻尾は! 尻尾はだめなのら!」

 

 

 

言葉尻が怪しくなるロザリーナ。事案が発生しそうである。

 

 

 

「むむっ! またも脅威(胸囲?)の新戦力が・・・それにリーナさん、尻尾がつるつるとは素晴らしい情報です! ヤーベ様に気を付ける様に言わないと」

 

 

 

「ええっ! 私の胸と尻尾の何を気を付けろというのですか!?」

 

 

 

ルシーナの言葉に焦るロザリーナ。

 

今まで男性経験はおろか、一度も男性と付き合ったことなどないロザリーナはルシーナの言葉に慌てふためく。まだ会ってゆっくりと話も出来ていない自分の夫にいきなり嫌われるのは避けたかった。

 

 

 

「とにかく、屋敷内は槍を持ち歩かないでくださいね。チェーダ、武器預かっておいてちょうだい」

 

 

 

「了解」

 

 

 

「あ。この槍は某の母国ドラゴニア王国の至宝で・・・」

 

 

 

だが、最後まで説明することも出来ず槍を片付けられてしまうロザリーナ。

 

 

 

「さ、これからティータイムの続きですわ。美味しいお茶を飲みながら旦那様への接し方をレクチャーいたしますわ」

 

 

 

ルシーナがニコリと微笑みながら着座するように言う。

 

 

 

 

 

 

 

その後、ヤーベの普段の様子から、一緒にお風呂に入る時の話、一緒に寝室に突撃する時の話などをしながら、留守番メンバーは新たに奥さんズに加わったメンバーと楽しい時間を過ごすのであった。

 

 




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第259話 大収穫はみんなで喜びを分かち合おう

 

「さあレッド! 思いっきり疾走するのだ! 遠慮はいらんぞ!」

 

 

 

「グァウグァウ!」

 

 

 

ドスドスと派手な音を立ててファイアードラゴンのレッドが草原を疾走する。

 

草原と言っても、土は硬く、荒れ気味でどちらかと言えば荒野に近いイメージだが。

 

 

 

ここはドラゴニア王国、王都ドラグーンよりランズの村へ向かった平原。

 

ヤーベは西方三国同盟よりも前に締結されたバルバロイ王国とドラゴニア王国の友誼に基づき、農業の生産改善のためにドラゴニア王国へ足を運んでいた。

 

 

 

王都ドラグーンの周りをまわって、どこも土が硬く栄養が不足気味であることが判明。そこで比較的広い土地が確保できるランズの村近郊で大規模な畑を作るプロジェクトを発足した。

 

発足して翌日、ファイアードラゴンのレッドに鉄の爪を牽かせて硬い土壌を掘削する。その後土の精霊ベルヒアのパワーで栄養ある下層の土とかき混ぜ、加護を与える事により、すばらしい土壌へと変革していった。

 

 

 

「バーゼル。土の精霊が与えられるのは王都近郊で、ランズの村近くのここだけだ。後は鉄の爪や農機具を貸し出すから、ワイバーンなどを使って硬い土の掘削作業を地道に進めて行けよ? 出来た畑には栄養を追加できるよう肥料を準備してやるから、それで畑の様子を見て行ってくれ」

 

 

 

俺はバーゼルに説明する。

 

ドラゴニア王国の全ての畑にベルヒアの加護をやるわけにもいかんしな。王都周りのこの畑だけでも相当な量の農作物が取れるはずだ。それだけで食料事情はだいぶ改善するだろう。後は国の隅々へ畑の開墾技術を普及してくことでドラゴニア王国の農業革新は進んで行けるだろう。

 

 

 

「ありがとうございます、アニキ! それだけでも十分ですよ!これで飢えて苦しむ国民が少しでも少なくなるなら、こんなに嬉しいことは無い!」

 

 

 

大げさに身振り手振りで感動と感謝を伝えて来るドラゴニア王国の国王バーゼル。見れば後ろの農業担当大臣も泣いて喜んでいる。

 

苦労したんだろうな、だいぶ硬い土だったからな。大型の魔獣のパワーでも使わないと人間だけの手では掘り返して畑にするなんて、夢のまた夢だっただろう。

 

 

 

「さて、せっかく加護が与えられたんだ。大至急国民のお腹を満たす作物を植えようではないか!」

 

 

 

そう言って俺は仰々しくある作物を取り出した。

 

 

 

「・・・それはなんですか? アニキ」

 

 

 

「ふふーん、見て驚け聞いて腰抜かせ! これが俺様の秘密兵器、ジャガーイモだ!」

 

 

 

俺はヒョウ柄のイモを取り出す。

 

このジャガーイモ、地球時代でいうところの「ジャガイモ」だ。

 

蒸せばホクホクで甘みも強く、何より一杯取れるし、腹にも溜まる。

 

その上、ありがたい事にこの異世界では連作障害がないらしい。

 

ならば植えまくって大量ゲットを目指すべきでしょ!

 

 

 

「さあさあ、この種芋を植えまくるのだ! あ、均等にな!」

 

 

 

この畑の管理はランズの村で行うことになった。

 

このランズの村、帝国来襲時に雷牙とハンゾウたちが村を護衛したことで、何故か俺様に忠誠を誓うと謎の反応を見せている村である。

 

そんなわけで、俺が怪しい畑を猛スピードで開墾して行っても、「さすがヤーベ様」の一言で片づけられていた。解せぬ。まあいいけど。

 

 

 

 

 

 

 

そうしてジャガーイモも大量に植えて僅か一ヶ月。

 

 

 

 

 

 

 

「アニキ! スゴイ大量ですよ! ジャガーイモがこんなに!」

 

 

 

いや、めっちゃくちゃ早くない?成長。

 

カソの村でもジャガーイモは二ヶ月くらいかかってた気がする。いや、それも通常半年以上からすればメチャ早いんだけども。

 

 

 

やはり、水の精霊ウィンティアの加護を受けた水を撒いたことと、土の精霊ベルヒアの加護を受けた大地で育てたことによる精霊ダブルパワーが影響しているのかな。

 

まー、採れる採れる。ザクザク採れる。帝国に輸出できるくらい取れてないだろうか?

 

 

 

「農業大臣! 辺境の村の隅々までこの芋を配るぞ! 手配しろ!」

 

「ははっ!」

 

 

 

うれし泣きの農業大臣がダッシュで運搬手配を検討に行く。

 

国民が皆飢えることなく生活できる。バーゼルにとって最も叶えたい夢が今叶いそうなんだ。嬉しさも一入か。

 

 

 

「アニキ!、これはやっぱりふかして塩をかけて食べるんですよね?」

 

 

 

笑顔で聞いて来たバーゼルに俺はカツを入れる。

 

 

 

「バカモン! 俺の後ろのキレイどころは何のために連れてきたと思っている! 今日はドラゴニア王国のイモパーティだ! あらゆるジャガーイモ料理を伝授してやる! そのあまりのうまさに腰を抜かせ! 天よただ刮目せよ!」

 

 

「なんかわからんけど、さすがアニキだ!」

 

 

そう言ってなにやら感動しているバーゼルに俺の後ろのフィレオンティーナやリューナちゃんを紹介する。なぜかレストラン「デリャタカー」のオーナーシェフ、ドエリャ・モーケテーガヤーまで協力すると申し出てきたので、一緒に連れてきた。

 

 

 

 

 

「まずは基本のジャガバターですよ!」

 

 

 

フィレオンティーナがスタッフにジャガーイモを切り、ふかすように指示して行く。もちろん森のバターこと、バタールの実も新鮮なものをたっぷり用意してある。

 

 

 

「私はポテトサラダですね!」

 

 

 

リューナちゃんがジャガーイモを使ってポテトサラダを作っていく。

 

 

 

「わたくしは自慢のソースを使ったシチューを振る舞いましょう!」

 

 

 

ドエリャが大きな鍋をいくつも準備させ、煮込みの味を指示して行く。

 

 

 

「ふっふっふ、俺もジャガーイモを美味しく食べる魔法のレシピを持ち合わせているのだよ!」

 

 

 

そう言って大き目の中華鍋のような入れ物に油をたっぷり入れる。

 

 

 

「むうっ! やはりスライム伯爵は新しい料理を・・・、これだから彼の御仁からは目が離せぬ!」

 

 

 

何やらドエリャが煮込み鍋を準備しながら俺の方に熱い視線を送って来る。まあいいけど。

 

 

 

「イリーナ、ルシーナ、サリーナ、ジャガーイモを出来るだけ薄く切ってくれ」

 

 

 

「「「了解!」」」

 

 

 

「リーナはこの器の中のジャガーイモをこねてくれるか?」

 

 

 

「はいなのでしゅ!」

 

「キュキュ――――!」

 

「ズゴズゴ――――!」

 

 

 

リーナの頭の上にいるジョージとジンベーも返事をするが、手伝わないようだ。

 

そのくせコイツら恐ろしいほど食欲あるからな・・・。

 

 

 

「ヤーベ、出来たぞ。どうするんだ?」

 

 

 

「もちろんこうする」

 

 

 

そう言ってイリーナたちが薄く切ったジャガーイモを油の中に放り込む。

 

 

 

ジュワ~~~~!

 

 

 

「うわ!すごいな!」

 

「油がパチパチ言ってますよ!」

 

「すごいねー」

 

 

 

「これは油で揚げているんだ。ポテトチップスって料理だよ」

 

 

 

そう言ってからりと揚がった薄切りのジャガーイモを油から取り出し、金属で作った網目の器に取り出して行く。

 

油を吸う紙がないからな。仕方がない。ここへ塩をふる。

 

 

 

「食べてごらん」

 

 

 

パリッ!

 

 

 

「「「!!」」」

 

 

 

女性陣が驚いたまま固まる。

 

 

 

「おいしい!」

 

「サックサクです!」

 

「これ、止まらないよ~!」

 

 

 

ポテトチップスは簡単だからな。どんどん揚げて行こう。

 

 

 

そうしている間にバーゼル達も食べにくる。

 

 

 

「アニキ、こりゃウマイ!」

 

 

 

「今日は無料だ!どんどん配れ!もう少ししたらジャガバターもポテトサラダもシチューも出来るぞ!」

 

 

 

「「「うおお~~~」」」

 

 

 

「リーナ、それはいももちっていうんだ。出来たら食べてみてごらん?もちもちだよ?」

 

 

 

リーナが自分でこねて丸めたいももちを食べる。

 

 

 

「もちもちでしゅー!」

 

 

 

満面の笑みで喜ぶリーナ。自分で作ったからよりおいしく感じているかな?

 

 

 

「あ、それも食べたいぞ!」

 

「わたくしにも!」

 

 

 

イリーナやフィレオンティーナがリーナの元へ駆け寄って行く。

 

 

 

「「もちもち~!」」

 

 

 

いももちも好評のようだ。

 

 

 

「さあ、イモ料理はまだまだあるぞ!腹がパンパンになってもう食べられないっていうまで食べ尽くせ!」

 

 

 

「「「おおー!!」」」

 

 

 

どうせ精霊の加護のある畑なんだ。

 

とってもまたすぐ実が付くだろう。

 

とりあえず今は飢えた奴が誰もいなくなって全員腹いっぱいになるまで面倒見てやるぞ!

 

 

 

「さあさあ食え食え――――!!」

 

 

 

「「「わああ~~~!!」」」

 

 

 

王都入口で行ったジャガーイモ試食会はその後三日三晩続くお祭りとなり、王都中の店が便乗して盛り上がるのであった。

 

 




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第260話 表敬訪問に出かけよう

今回より、「勇者急襲編」始まります!


 

どこまでも続くのどかな草原の風景。

 

実に平和だ。

 

 

 

「ガーデンバール王国に入って数日。ずっとこのような平野が続いているな」

 

 

 

イリーナが馬車の窓から外を覗く。

 

俺達はバルバロイ王国の国王ワーレンハイドより、勅命を受けてガーデンバール王国へ向かっている。名目は表敬訪問だ。

 

国王に面会すれば、セルシオ王太子とその妻であるコーデリア様にも会えるだろう。

 

コーデリア様はカッシーナの姉だからな。積もる話もあるだろう。

 

 

 

「おっ、あれはなんだ?」

 

「ふおっ!カワイイのでしゅ!」

 

 

 

イリーナとリーナが二人して馬車の窓から外を見ていた。

 

見れば角が生えたウサギが遠くで群れを成して走っていた。ぴょんぴょんしてるな。

 

 

 

「アレはホーンラビットですわね。冒険者の駆け出しが狙う魔獣の代表格ですわ」

 

 

 

フィレオンティーナが解説してくれる。

 

なるほど、アレが噂の<一角兎(ホーンラビット)>ね。

 

ピンクがかった色合いは可愛らしいが、角で突撃してくる攻撃は侮れない。ゴブリンと共に初心者冒険者の討伐対象目標になっている。

 

ゴブリンと違い、<一角兎(ホーンラビット)>は討伐証明の角にも買い取り価格があり、それとは別に肉もいい値段で引き取ってくれるので、初心者や低ランク冒険者としてはとてもありがたい魔獣である。

 

 

 

「捕らぬ<一角兎(ホーンラビット)>の角算用、ということわざの元になっている魔物だな」

 

 

 

「おお、流石ヤーベ!博識だな」

 

 

 

イリーナが褒めてくれるが、正直博識というレベルの知識ではないだろう。

 

 

 

「見てください、遠くに群れが見えますよ」

 

 

 

今度はカッシーナが反対側の馬車の窓から外を指さす。

 

 

 

「あれはリングカーウですわね。お肉がとても美味しい魔物ですわ」

 

 

 

今度もフィレオンティーナの魔物講座によって説明される。

 

うん、フィレオンティーナの方がずっと博識だぞ。

 

 

 

「あのリングカーウは、あまり動かなくて太っているものの方が油が乗って美味しいらしいですわ」

 

 

 

・・・なんだろ、サシが入ってウマイってことかな?

 

大体、リングカーウって和牛ってこと?

 

 

 

「個体が黒いブラックリングカーウはさらにお肉が美味しいらしいですわ」

 

 

 

「黒毛和牛かよっ!?」

 

 

 

「クロゲワギュウ?」

 

 

 

思わずツッコんでしまった俺にフィレオンティーナが小首を傾げて俺に問いかける。

 

 

 

「あ、コッチのことだから気にしないで」

 

 

 

黒毛和牛なんて、ゲルドンかフカシのナツくらいしか通用しないだろうし。

 

 

 

そう言えばゲルドンは留守番だが、元気にしているだろうか?

 

 

 

「それにしても・・・すごい馬車だな、コレ」

 

 

 

改めてぐるりと馬車の室内を見回すイリーナ。

 

俺達はワーレンハイド国王より勅命を受けてガーデンバール王国へ向かっているわけだが、そのメンバーはひとえに「俺の家族」だった。

 

俺にカッシーナ、イリーナ、ルシーナ、フィレオンティーナ、サリーナ、リーナ、アナスタシア、ロザリーナ、そして何故かアンリ枢機卿が馬車の中に勢揃いだ。

 

馬車の中に十人だぞ。パンパンに詰め込まれる・・・というか通常なら二台の馬車に分乗する必要があるだろうが、今回表敬訪問に向かうために作られた特注馬車は何とまさかの十人乗りだった。八輪の特注馬車は通常の倍の長さがある。ゴルディン師の作らしいがいつの間にこんなデカイ馬車作ったんだろう。馬も四頭立ての立派な馬車となっていた。

 

 

 

「ヤーベ、美味そうなリングカーウの群れだぞ。狩りに行った方がいいんじゃないか?」

 

 

 

そんなことを小窓を開けて話しかけてきたのは御者台に座っていたチェーダだった。

 

 

 

「ちょっとチェーダ!私たちはバルバロイ王国からガーデンバール王国へ表敬訪問という使命を持って向かっているのよ! 寄り道して無駄な時間を消費するわけにはいかないわ」

 

 

 

チェーダを諫めたのは隣に座っているパナメーラだ。

 

チェーダとパナメーラの二人のミノ娘たちが御者としてこの馬車を運転している。向かっているガーデンバール王国は比較的亜人の扱いに特別なものがなく多種多様な人種が住む国でもあったため、俺が二人を選定した。他のミノ娘たちもメチャメチャ手を上げて立候補していたが、そんなには連れて行けないしな。

 

 

 

先行している騎士団が約五十名。後方には二十名がついて来ているが、馬車のすぐ後ろには狼牙族が三十頭ついて来ている。別途ヒヨコたちは先行でガーデンバール王国へ行かせているが。

 

 

 

「周りに冒険者がいないなら、ローガ達にリングカーウを狩って来てもらうか。お肉美味しいなら食べてみたいしな」

 

 

 

俺は広範囲で<魔力探知>を行う。

 

魔獣と人間の違いは魔力にも表れるので大体わかる。

 

丁度人がいない様だったので俺はローガに指示を出す。

 

 

 

「ローガ、お前達であのリングカーウを狩って来てもらえるか?肉が美味しいらしいんだ。お前たちにも何匹か焼いてやるよ」

 

 

 

「おお!それはぜひ食してみたいですな!早速行ってまいります!」

 

 

 

そう言うと、俺が窓から投げた出張用ボスを頭で受け取ると、ローガは僅か5頭を引き連れて馬車から離れていく。

 

 

 

見れば四天王達は馬車の護衛に残っているようだ。

 

どうも狼牙族の中でも若手を引き連れて言ったようだ。

 

狼牙族三十頭の選抜はもちろんローガに任せてある。

 

いつも留守番の貧乏くじを引くガルボも同行している。

 

屋敷の護衛はハンゾウと砕牙の新顔たちが今回担当していた。ゲルドンと仲良くやってもらいたいものだ。

 

 

 

 

 

 

 

「はっはっは、大量ですぞ、ボス!」

 

 

 

ホクホク顔で帰って来たローガ達。

 

結構な数のリングカーウが狩れたようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわわわわわっ!」

 

 

 

ドドドドドッ!

 

 

 

「ん?何だ?」

 

 

 

馬車旅でのんびりしていた俺たちに結構な振動と共に叫び声が聞こえて来た。

 

とりあえず<魔力感知>してみると、多くの魔物に追われた数人の人間がこちらに逃げて来ているようだった。

 

 

 

『ボス、ブラックリングカーウの群れに追われた人間たちがこちらに走って逃げて来ています』

 

 

 

ヒヨコの1匹が報告に来る。

 

 

 

馬車の窓から見れば土ぼこりを上げてブラックリングカーウの群れがこちらに走って来ているのが見える。それから逃げている冒険者風の連中が5人ほど。

 

 

 

「ローガ、やっちゃって」

 

 

 

「了解です」

 

 

 

そう言ってローガはやはり5頭ほど引き連れて走って行く。もちろん出張用ボスを頭に乗せて。

 

いや、百頭近く居そうだけど、ブラックリングカーウの群れ。

 

まあローガだし、大丈夫か。

 

 

 

ぼんやり見ていると、突風の如く冒険者たちをすり抜けてブラックリングカーウの群れに突撃、あっという間にズンバラリンだ。

 

爪の斬撃でもはや解体?という手際の良さでバラバラにされているようだ。

 

はでな魔法も不要なようだ。ブラックリングカーウも大した魔獣じゃないらしいな。

 

 

 

とりあえず今日の夜はステーキを焼こう、そう思った。

 

 




「勇者編」と名打っておきながら、のんびりとしたスタートです。
一体、いつ勇者出て来るんでしょうね・・・?

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第261話 ケガはサクッと治しちゃおう

 

「すまねぇ!助かった!」

 

 

 

ブラックリングカーウの群れからダッシュで逃げていた冒険者たちのリーダーらしき男がこちらに挨拶に来る。

 

ちなみに俺たちの馬車は前後をバルバロイ王国の王国騎士団の精鋭が固めているため、冒険者たちが近寄って来た時、騎士が威嚇のために前に出たのだが、俺が馬車を止めて外に出て直接対応した。

 

この騎士団を率いる隊長が最初俺を止めたが、この辺の魔物達の情報も欲しかったので俺が直接話したいと退けた。もちろん奥さんズは馬車に乗ったままだ。

 

 

 

「いやいや、無事で何よりだ」

 

 

 

「・・・というか、アンタもしかして偉い貴族か何かか? とんでもない騎士の列と豪華な馬車なんだが・・・もしかして騒がせたから不敬罪とか・・・ないよな?」

 

 

 

ブラックリングカーウの群れから逃げていた時とは違った汗を流し出す男。

 

 

 

「いやいや、不敬罪とか無いから。君たちが無事で何よりだが、ケガ人はいるか?こちらは回復魔法の使い手もいるぞ」

 

 

 

「ま、マジか! 実はうちの神官が魔力尽きちまって・・・。近接戦闘担当の一人が腕を折っちまってな、困っていたところなんだが・・・」

 

 

 

頭を掻く男。やがて男の後ろには四人の仲間が集まって来る。

 

 

 

リーダーらしき赤毛のシュっとした青年。

 

腕を負傷しているらしい筋肉質の斧使いの男。

 

斥候らしき皮鎧を着た軽装の女。

 

メイスを持った神官ローブを着た女。

 

魔術師らしき杖とローブを羽織った男。

 

 

 

 

 

うーん、なんだろ?デジャヴ?

 

タルバリ領タルバーン近くで助けた冒険者パーティ<五つ星(ファイブスター)>の連中によく似ているな。構成のバランスが取れている。男女の違いはあるにしろ。

 

 

 

それにしても、心のバイブルである転〇ラのイメージがあるからか、冒険者パーティというとスチャラカ三人組しか出て来ない。

 

だが、よくよく考えれば三人は構成として少ないわな。アレは実力を封印されていたという設定だった気がするし。

 

タンクである前衛、機敏に動けるアタッカー、罠や索敵を担当する斥候役、回復担当と魔術担当。

 

うん、普通に五人いるな。

 

ドラ〇エとか、前衛一人に負担掛け過ぎじゃね?

 

ホ〇ミとかあるからいけるんだろうな、きっと。

 

現実世界では五人から六人のパーティが理想だな。

 

それくらいの人数でやっとバランスが取れているといえるだろう。これ以上多ければ報酬分配時に一人頭の稼ぎ分が減るから、仕事をたくさんしなくてはいけないだろうし、少なければ取り分は多くなるもののリスクが高まる。

 

・・・そう考えると、ケモミーズの面々はもう少しメンバー増やしてもいいのか。

 

というか、あいつらどんな能力があるのか知らないな。マズいぞ、教官失格とか言われそうだ。ヴォーラは武道家?だとしても、後の連中、魔法とか使えるのかな?いろいろ聞いてみないといけないな。ミミはたぶん斥候役だと思うんだが。

 

 

 

「すまない、本当に助かるよ。俺はCランクパーティの<希望の星(ポーラスター)>でリーダーやってるリドルだ。今は大した手持ちもないが、王都ログリアまで行けば、冒険者ギルドに蓄えがあるから、それなりにはお礼できると思う」

 

 

 

うーん、<五つ星(ファイブスター)>に<希望の星(ポーラスター)>か。なんだろう、パーティ名に星ってつけるの流行っているんだろうか?

 

後、赤毛の青年リドル君ね。

 

お連れ様はレアとかフィーナとかリリアとか言わないだろうな?

 

 

 

とりあえず馬車からあの人を呼ぼう。

 

 

 

コンコン。

 

 

 

「すまない、アンリちゃん。ケガ人がいるんだが、回復魔法を頼めるかな?」

 

 

 

「まあ、それはいけませんね。ご案内お願い致します」

 

 

 

そう言って馬車から出て来てもらったのはアンリ枢機卿。

 

何でかしらないけど、表敬訪問団に組み込まれてた。

 

ガーデンバール王国に用でもあるのか聞いてみたら、「わたくしを置いて遠くへ行ってしまうというのですか!? およよ・・・」と泣かれた。解せぬ。

 

 

 

アンリちゃんがケガ人の腕を見る。

 

 

 

「それでは早速回復魔法で負傷を治しましょうか。光にありし神々の御手よ。御身の慈悲に縋りて、この者を癒し給う。<大いなる癒し(ハイ・ヒール)>」

 

 

 

柔らかな光に包まれると、折れていた腕が傷も無く元通りになる。

 

破れた服は戻らないので、それこそ傷を負った証明ではあるのだが。

 

 

 

「すげえ! 全く傷も無く治っちまった!」

 

「マミの回復魔法なら痛みは引くが一発では治らないレベルのケガだぞ?」

 

 

 

男たちが治った腕を見ながらワイワイとはしゃいでいる。

 

 

 

「申し訳ありません、わたくしの魔力が尽きてしまったため、お手間をとらせまして・・・」

 

 

 

そう言って頭を下げてきた女性神官の目が見開く。

 

 

 

「そ・・・そのローブ・・・ま、まさか・・・す、枢機卿様・・・では・・・」

 

 

 

顔を青くしてプルプル震えだす女性神官。

 

 

 

「お、おい、どうしたんだマミ?」

 

 

 

様子がおかしい事に気づいたリドルがマミの肩を叩く。

 

 

 

「は、ははあ! まさか枢機卿様にお助け頂けるなど、この身に余る光栄!」

 

 

 

そう言って跪く女性神官。

 

 

 

「ちょ、ちょっとちょっと! 大袈裟ですよ?」

 

 

 

「そ、そんな! まさかこのようなところで枢機卿様にお助け頂けるなんて・・・」

 

 

 

いまだ跪いたままプルプルしている女性神官。

 

 

 

「枢機卿ってそんなに偉いんだね」

 

 

 

俺が人ごとの様に呟くと、アンリちゃんがジトッとこちらを睨む。

 

 

 

「誰かさんのせいで祭り上げられてしまいましたからね!」

 

 

 

ぷりぷりしているアンリちゃん。

 

まだ根に持っているようだ。

 

 

 

「それにしても、ローブでわかるんだね」

 

 

 

「ええ、聖堂教会は役職によってローブの裾と襟に専用の刺繍が入りますから・・・」

 

 

 

そう言えば枢機卿に就任した後のアンリちゃんの神官着は確かにちょっと豪勢だったな。襟もとなんか複雑な金の刺繍が入ってるし。

 

 

 

「枢機卿って教会の偉い人なのか?」

 

 

 

リドルもあまり詳しくないのか、マミに問いかけている。

 

 

 

「バカッ! 枢機卿に回復魔法なんて通常唱えてもらえないのよ! 教会だって枢機卿でないと扱えない上級回復魔法を唱えてもらうのに金貨何十枚もお布施しないといけないんだから!」

 

 

 

「ゲッ!」

 

 

 

おいおい、ゲッて。まあ気持ちはわかるけど。

 

 

 

「あの、今回は通りすがりの事ですし、お布施は不要です。それでもというなら、街にお戻りになった時に教会にお気持ちの寄進をお願い致します」

 

 

 

そう言ってにっこりと微笑むアンリちゃん。やっぱええ娘や~。

 

 

 

「ほ、本当にそれでよろしいのですか・・・?」

 

 

 

半信半疑なのか、顔を上げても跪いたままのマミの手を取るアンリちゃん。

 

 

 

「ええ、ここを通りかかったのもたまたま。貴女の仲間の方がケガをしていたのもたまたまです。きっと神様のお導きでしょう」

 

 

 

そう言ってそのまま手を引いて立ち上がらせる。

 

 

 

「貴女に神のお導きがありますよう・・・」

 

 

 

そう言ってスッと手で印を組み祈るアンリちゃん。

 

 

 

「・・・・・・」

 

 

 

マミちゃんは感動したのかぽろぽろ涙を零した。

 

 

 

すごいな、アンリちゃんの徳が高すぎる件について。

 

まあ困らないからいいか。

 

 

 

「あ、王都の冒険者ギルド本部ってどこにあるんだ?」

 

 

 

丁度いいからリドルに場所を教えて貰っておこう。

 

俺は冒険者ギルドの大体の場所を聞くと馬車に乗る。

 

 

 

「じゃあな、こちらは馬車なので先に行くから」

 

 

 

「すまない! 本当に助かった! 時間があればぜひ王都の冒険者ギルドによって俺達を訪ねてくれ! お礼をさせて欲しい」

 

 

 

そう言って頭を下げるリドルたちに、気にするなと声を掛けて出発する。

 

 

 

本当にこういうのってタイミングというか運命だよね。

 

まあ多少力を使えるようになった今、助けられる命を助けないって選択は正直無いしな。

 

 

 

「・・・助けられない命が出ないことを祈るばかりだな」

 

 

 

何故かそんな言葉を俺は呟いた。

 

 




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第262話 冒険者ギルドに顔を出そう

 

「ここがガーデンバール王国の王都ログリアにある冒険者ギルドね~」

 

 

 

やっぱりカランコロンと鳴った正面扉を開けて感想を呟く。

 

 

 

「バルバロイ王国に比べると少し小さめですわね」

 

 

 

俺の後ろについて来たフィレオンティーナも感想を呟いた。

 

 

 

俺とフィレオンティーナは二人だけでガーデンバール王国の王都ログリアにある冒険者ギルドにやって来たのだ。

 

ちなみに、この国の王都に到着後、そのまま宿泊先に向かうという予定だったので、冒険者ギルドに寄ってもらうことにした。ギルド建物の前に騎士団が列をつくり馬車を止めて、騎士たちも護衛ですとか言ってついて来ようとしたので追い返した。

 

 

 

「ヤーベ伯爵は国賓待遇なのですよ!」

 

 

 

と騎士団長のグラシアが言っていたが、どこの世界に騎士団引き連れて冒険者ギルドに顔を出す冒険者がいると言うのだ。ちなみにローガ達も予定の宿泊先ホテルまで先に行かせた。

 

 

 

「ボス!我々こそギルドの前で待ちます!」

 

 

 

とメチャメチャ尻尾を振ってお座りしていたが、邪魔だから!

 

三十頭も狼牙族がお座りしていたら事案だから!

 

尻尾が萎れていたが、心を鬼にして騎士団や馬車と共にホテルに向かわせる。

 

 

 

挙句カッシーナ達も付いて来ようとしたが、どう考えてもフラグだから!そんなフラグいらないから!

 

 

 

「おお!テメエいいねーちゃん連れてるなー、ちょっとコッチ来て酌しろや!」

 

 

 

とか、

 

 

 

「オメエのようなヤツにゃ勿体ねーから俺たちがパーティに入れてやんよ!」

 

 

 

とか、そんなフラグ絶対いらないから!大事な事だから二度言っとく!

 

 

 

だけど、フィレオンティーナだけはガンとして随行を譲らなかったんだよね。

 

なんたって当人もAランク冒険者だしな。

 

ランクの高い冒険者は一応その国に入った際には冒険者ギルドに顔を出して所在を明らかにしておくよう言われているそうだ。

 

・・・そんな事王都グランドマスターのモーヴィンや勝手に?副グランドマスターに就任したゾリアから聞いたことないけど。

 

 

 

「それはそうと、どうしてガーデンバール王国の冒険者ギルド本部に?」

 

 

 

「ゾリアの奴がガーデンバール王国の冒険者ギルド本部グランドマスターであるレドリック殿に書簡を届けて欲しい、とかぬかしやがってね」

 

 

 

フィレオンティーナの疑問にそう答えて俺は懐からさも取り出したように亜空間圧縮収納から書簡を取り出す。

 

 

 

「まあ、そのような依頼を受けておられたのですね」

 

 

 

「ああ、だけど、国賓待遇で呼ばれて表敬訪問するって予定の奴に物頼むかねぇ、普通」

 

 

 

「普通は頼まないでしょうけどね。ゾリア殿は旦那様の事を気に入っておられますから」

 

 

 

「迷惑極まりないな。やはりゾリアだけはガーデンバール王国の土産無しだな」

 

 

 

俺はフィレオンティーナの方を向いてニヤッと笑いながら冒険者ギルドの入り口扉を押して中に入ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よーよー、ねーちゃんすげー美人だなぁ!俺達と一杯やんねーか!」

 

「違うことも一杯しちゃおーぜ!」

 

 

 

建物に入ってすぐ、建物の見ればむさ苦しい男4人組が酒を飲んでいたテーブルを立ってこちらへ向かって来た。

 

 

 

「・・・・・・」

 

 

 

俺は右手で両目を抑え、天を仰ぐ。

 

 

 

「・・・・・・申し訳ありません」

 

 

 

ものすごくすまなさそうにフィレオンティーナが俺に謝る。

 

そりゃそうだ、カッシーナ達が一緒に行くと言い張っていたのを、こういったフラグが立つからやめようね、と懇切丁寧説明していたのだ。だがフィレオンティーナだけは自身が冒険者であるため、問題ないと突っぱねて俺について来ていた。

 

 

 

「そんなやさ男じゃ満足できねーだろ?」

 

「俺たちと一緒に呑もうぜ!」

 

 

 

「お断りします」

 

 

 

すげなく答えたフィレオンティーナに気色ばむ4人組。だが、

 

 

 

「いい加減にしてもらえますか!これ以上ギルド内で揉め事を起こすならランクダウンの検討も辞さないですからね!」

 

 

 

そう言って受付から出て来て両手を腰に当てて捲くし立てたのは受付嬢の一人だった。

 

 

 

「チッ!」

 

 

 

大人しく4人が元いたテーブルに座り直すのを見て受付嬢がこちらに声を掛けてきた。

 

 

 

「大変失礼いたしました。ガーデンバール王国冒険者ギルド本部受付嬢のレスと申します。それはそうと、どうかなさいましたでしょうか?依頼をお探しなら依頼ボードはあちらになりますが」

 

 

 

正面扉を入ってすぐのところでブツブツと喋っていたからだろうか、見れば受付嬢らしきレスと名乗った受付嬢は絡んできた4人組を追っ払うと俺に問いかけた。

 

 

 

時間ももうすぐ夕刻だからだろうか、それなりにギルド内は賑わいを見せている。絡まれて大変という親切もあるだろうが、込み合い始めたギルド内の入口で立ったままの俺達が邪魔というか、不審な感じを抱かせたか、そんな部分もありそうだ。

 

 

 

「まあ、依頼はまた機会があれば。実は俺たちはバルバロイ王国の冒険者ギルド本部からこちらのグランドマスターであるレドリック殿当てに書簡を預かって来た。なんでも出来れば当人に直接手渡してもらいたい、との言付けもある」

 

 

 

ゾリアの奴、出来れば直接渡してくれ、なんて言ってやがったからな。ギルドに居れば絶対だぞ!とも言っていた。そんなに大事な手紙だろうか?

 

 

 

「ええ、グランドマスターに直接ですか・・・? グランドマスターには事前にアポイントがないとお会いできないのですが・・・」

 

 

 

そりゃそうだろうね。ここで、というか、この国の冒険者ギルドで一番偉い人だろうからね。俺が行けばホイホイ出て来るモーヴィンとゾリアあのふたりがおかしいんだよな。

 

 

 

「どうかしたのかい?レス」

 

 

 

レスと呼ばれた受付嬢がびっくりして後ろを振り向くと、そこには緑を基調とした服に身を包んだ金髪の紳士が立っていた。

 

・・・見れば耳が長いですが?

 

 

 

「グ、グランドマスター。実はバルバロイ王国の冒険者ギルドより書簡を預かったという冒険者が来ているのですが、なんでも出来ればグランドマスターに直接書簡を手渡したいと・・・。事前にアポイントがないとお会いできないと説明したのですが」

 

 

 

「まあ、今は空いているから構わないよ。それで、誰からかな?」

 

 

 

「副グランドマスターのゾリア殿からになります」

 

 

 

そう言って俺は書簡を渡す。

 

 

 

「ああ、ゾリア殿から。珍しいね。確か彼はこの前バルバロイ王国冒険者ギルド本部の副グランドマスターに就任したのだったか」

 

 

 

そう言って受け取った書簡をぴらっと広げるレドリック。

 

おいおい、こんなところで広げるのかよ。大事な書簡だったらどうするんだ。あ、ゾリアからの書簡だから大したことないのかもな。

 

 

 

グランドマスターであるレドリック殿はゾリアからの手紙をその場で読み込んでいく

 

 

 

見れば一番偉いグランドマスターが受付カウンターの前にやってきて手紙を読んでいるのだ。珍しい光景なのか、ギルド内の冒険者や隣の酒場カウンターやテーブルで飲んでいる連中、受付嬢さえも固唾を飲んでその光景を見守っていた。

 

 

 

「フフッ」

 

 

 

手紙を読み終わったレドリック殿が笑う。どうしたのだろうか?

 

 

 

「読んでみますか?」

 

 

 

そう言ってレドリック殿がゾリアからの手紙を俺に渡してくる。

 

 

 

「・・・いいのですか?」

 

 

 

「ええ」

 

 

 

俺はレドリック殿から手紙を受け取り目を通した。

 

 

 

『おっす、レドリック元気か? ゾリアだ。

 

今お前に手紙を届けに来たヤーベってやつだが、超面白いぞ!

 

ウチじゃあ≪救国の英雄≫とか呼ばれてる王国の伯爵位だが、王女をも娶る女誑しだな。

 

だが、怒らせるのはよくねーぞ。なんせ竜を素手で殺す≪竜殺し(ドラゴンスレイヤー)≫でもあるからな? 

 

使役獣の狼牙族とか、マジで国を亡ぼすレベルだからな? 怒らせるのはやめた方がいーぞ。

 

でもお人よしだからな。困ったことがあったら全部ヤーベに押し付ければ何とかなるぞ。

 

一応バルバロイ王国冒険者ギルドではSランク認定にしてあるからな。

 

後、ヤーベにお土産買ってくるように伝えておいてくれ。じゃーな』

 

 

 

「クソがっ!」

 

 

 

俺は某女芸人の如く口汚く罵ると手紙を丸めて床に叩きつけた。

 

 

 

「だ、旦那様一体何が!?」

 

 

 

普段激昂しない俺の豹変にフィレオンティーナが焦る。

 

 

 

「はっはっは、貴方を怒らせない方がいいと書いておきながら、貴方を怒らせているゾリア殿には困ったものですな。Sランク冒険者でバルバロイ王国の伯爵位を頂く、ヤーベ・フォン・スライム伯爵殿?」

 

 

 

爽やかな笑顔で俺のフルネームを口にするグランドマスターのレドリック。

 

一応ガーデンバール王国にも俺の情報は来てたのね。

 

 

 

「「「「えええええっ!?」」」」

 

「・・・Sランク冒険者ァ!?」

 

「は、初めて見た・・・」

 

「は、伯爵様・・・」

 

 

 

冒険者ギルド内が騒然となる。

 

あーあ、これでお忍びでクエスト受けに来ようかななんて、冒険者チックなイベント考えていたけど、パーだな。

 

俺は肩を落とし、深いため息をついた。

 

 




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第263話 高い文化の香りを楽しんでみよう

 

「いやはや、まいったね」

 

 

 

俺は右手で顔をパタパタと仰ぎながら、歩いている。

 

冒険者ギルドからフィレオンティーナと二人で出てきた後、そのまま大通りを宿泊宿の方へ歩き始めている。

 

 

 

「そうですわね・・・思いっきり旦那様がSランク冒険者でバルバロイ王国の伯爵様だとバレてしまいましたわ・・・」

 

 

 

隣で歩くフィレオンティーナも深い溜息を吐く。

 

ガーデンバール王国に折角来たのだ。王城での面会が終わったら王都を観光しようとしていた俺たちにとって、身バレは出来るだけ避けたい状況だった。

 

だがすでに冒険者ギルドにはバレてしまった。以後ヤーベの名で冒険者ギルドに行けば騒動の元になるだろう。

 

 

 

「はああ・・・」

 

 

 

ついつい深い溜息が出てしまう。

 

 

 

「まあまあ、旦那様。せっかく二人きりのデートなんですし。気を取り直して何か美味しい物を探しながら町を歩きましょうか」

 

 

 

そう言って俺の左手をグイッと両腕で取り込むように抱きついてくるフィレオンティーナ。

 

ともすれば、フィレオンティーナの爆乳が俺の左手を包み込むわけで。

 

 

 

拝啓母上様。天使のマシュマロに包まれる幸せを知りました。

 

 

 

「それに、ガーデンバール王国の王都ログリアは『芸術の都』とも呼ばれていますの。旦那様とぜひ演劇でも見たいですわ」

 

 

 

「演劇とかあるんだ・・・」

 

 

 

そう言えば異世界に転生?して、生き残る事に必死であまり娯楽に意識を向けることは無かったな。リバーシとか作って売ったけど、自分で楽しむというよりは金儲けのためとか、王国の国民に楽しんでもらおうという意図だったからな。純粋に何か自分が楽しもうなんて考える余裕無かったな。

 

これでもバルバロイ王国では伯爵位を賜る身だ。

 

ある程度生活水準も上げられる。自分自身の生活の事も見つめ直してもいい時期かもしれない。

 

 

 

「そうだな。演劇とは非常に高い文化レベルを感じるな。ぜひとも俺も見てみたいよ」

 

 

 

カッシーナ達をほっぽり出しておいてフィレオンティーナと二人っきりで演劇とか見ていていいんだろうか?まあ、後で怒られたら怒られた時だな。

 

 

 

「あ、旦那様!あれ!あれ美味しそうですわ!」

 

 

 

多くの屋台が連なる広めの通り。

 

フィレオンティーナが指さす屋台では、果物を潰してジュースにした飲み物を売っていた。台の上にはいろいろな果物がのっている。

 

上からてこの原理で板を押し込む道具で果物の果汁を絞っているようだ。

 

 

 

「わたくしはこのゴーマンの果物ジュースが飲みたいですの!」

 

 

 

そう言って俺の左手をブンブンと振りながら、黄色く完熟した果物を指さす。これってマンゴー?

 

 

 

「おっ!おねーさん詳しいね!このゴーマンを知ってるんだ。こいつはこのガーデンバール王国の東にあるバドル三国のさらに東にあるラードスリブ王国産なんだよ。距離もあるうえに最近バドル三国がキナ臭くて、なかなか入って来ないから高騰してるんだよ。だが、オレっちの店のモノは新鮮だぜ!ここに着くころに食べごろになる様に調整して収穫してもらってるからね!」

 

 

 

自信満々に説明するドリンク屋のにーちゃん。

 

いろいろ聞いてみると、このガーデンバール王国の東にはバドル三国と呼ばれる小国がそれぞれ隣接している。この三国はそれぞれバドルシア、バドルローレン、バドルウルブスと言い、この三国で小競り合いをずっと起こしているらしい。小競り合いばかり起こしているので、三すくみのようになっており、このガーデンバール王国や東のラードスリブ王国には戦争を仕掛けられないらしい。そのため、ここしばらく戦争がなく平和が続いているようだ。平和なのは何よりだ。

 

 

 

フィレオンティーナにゴーマンのジュースを、俺はリゴンとオーレンのミックスジュースを注文しつつ、この屋台のにーちゃんから情報収集する。

 

何やらバドル三国の東にあるラードスリブ王国で最近不穏な動きがあり、農作物の仕入れが不安定になっているらしい。元々美しい王女姉妹がいたラードスリブ王国だが、十年以上前に姉妹で失踪、行方不明になっているらしい。その後国王の体調が不調になり、その叔父が国王代理の座についてから、今の宰相が抜擢され、キナ臭い情報が流れる様になってきたという。元々ラードスリブ王国はそのさらに東には列国最大の大帝国であるロズ・ゴルディア大帝国が広がっている。この大陸の東に君臨するこの大帝国は圧倒的な戦力を誇る列国でも最大面積の国であるのだが、険しい山間部が多く国内の移動も苦労するらしい。

 

 

 

(三国志でいうと、蜀のようなイメージか・・・?)

 

 

 

元々常にロズ・ゴルディア大帝国に脅かされているラードスリブ王国は、あの手この手で大帝国にすり寄っていたらしい。その切り札が美人姉妹の王女たちだったらしいという噂を聞いた時は異世界の世知辛さを感じられずにはいられなかった。

 

何でも失踪した時、姉妹は十歳にも満たない子供だったという。誘拐説、事故死説、陰謀説など今でもいろいろな噂が絶えず、演劇の演目にもなっているらしい。

 

 

 

「ふーん、何だかいろいろ面倒臭そうな国際情勢だな。もう帰りたくなってきたよ」

 

 

 

そう言ってフィレオンティーナの方を見たのだが、フィレオンティーナは受け取ったゴーマンのジュースを手に持ったままボーッとしていた。

 

 

 

「どうした?フィレオンティーナ?」

 

 

 

「え、ええ。何でもありませんわ。ジュース、美味しいですわね」

 

 

 

そう言って勢いよくゴーマンのジュースを啜るフィレオンティーナ。

 

俺の左手を取ると、勢いよくスキップしながら歩き出す。

 

 

 

「さあ、演劇を見に行きましょう旦那様!」

 

 

 

急にテンションを上げながら俺を引っ張るフィレオンティーナに俺は首を傾げながらも付いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ!あそこが演劇場みたいですわ!」

 

 

 

見れば大きな建物の前に行列が出来ていた。結構な人が並んでいるな。

 

 

 

「おいおい、これみんな演劇を見るために並んでいるのか?」

 

 

 

俺は地球時代並ぶのが本当に苦手だった。ラーメンとか、人気店など、何で並んでまで食べたりしないといけないのか、そう思っていた。まあ、時間のほとんどをラノベを読む、という時間に費やしたい俺にとっては無駄な時間は徹底的に省くのがライフスタンスだったしな。

 

 

 

「あら・・・これ・・・?」

 

 

 

「ん?」

 

 

 

フィレオンティーナが俺の左手を離して、演劇場の壁に貼られた演目ポスターを見に行く。

 

 

 

「これ・・・旦那様の事では?」

 

 

 

「え?」

 

 

 

フィレオンティーナが何を言っているかわからなかったので、演目ポスターを見た。

 

 

 

「ブフッ!」

 

 

 

俺は全力でミックスジュースを吹いた。

 

演目ポスターにはこう表記されている。

 

 

 

『救国の英雄見参!立ちふさがる敵は竜でも公爵でもぶった切り!!各国の王女をこの手に抱き、目指すはハーレム大帝国!』

 

 

 

誰の事だよっ!! 後、ハーレム大帝国なんて目指してませんからー!!

 

 

 

 




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第264話 国王様に謁見しよう

 

 

「ようこそおいで下さいました!救国の英雄殿!」

 

 

 

近くに寄るといきなり俺の手を掴んで両手で握り満面の笑みで挨拶をくれる。

 

ガーデンバール王国の王太子、セルシオ・ヴァン・ガーデンバールその人だ。

 

満面の笑みで手を握られて訪問を喜ばれるのは悪い気はしない・・・通常なら。

 

だが、ここはガーデンバール王国の王都ログリアにあるガーデンバール城。そして国王への謁見の間である。王都ログリアに到着して数日、結構早い日数でガーデンバール国王への謁見が準備された。通常は十日以上かかるらしいが、俺達がバルバロイ王国の重要人物で国賓待遇でのおもてなしとなっているかららしい。

 

 

 

そんなわけで、王都ログリアを十分に堪能している時間は無かった。

 

まあ、謁見が終われば帰る前にゆっくり観光してもいいのだが。

 

ちなみに、俺様を題材にした謎の演劇は奥さんズがどうしても見たいと言ったので怪しいローブを被ったり仮面をつけて見に行ってみた。

 

 

 

・・・誰だよ。俺様の情報をリークしたやつは!?

 

詳しすぎだろ!どうでもいいところまで結構あってるじゃねーか!

 

俺のセリフの言い回し、マジで勘弁してもらえませんかね!?

 

 

 

 

 

おっと、王都をざっと観光したことを思い出している場合ではない。

 

今もセルシオ王太子は俺の手を両手で握り満面の笑みを俺に向けている。

 

王太子の父親であるガーデンバール王国の現国王セルジア・ヴァン・ガーデンバール王は玉座に座りながら苦笑していた。

 

 

 

この謁見の間は、バルバロイ王国では国王側が三段ほど高かったのに比べ、ガーデンバール王国の謁見の間は五段と更に高く、王族と謁見する訪問者の差が大きくなっていた。

 

 

 

その段差を駆けおりる様にしてセルシオ王太子が俺の元へやって来て、両手を取ったのである。異例中の異例だ。

 

見れば俺から見て国王の左側には3人の后が並んでいた。

 

事前の情報では王位継承権を持つ子供がいるのは3名の后達であり、長男のセルシオの母親、次男のセドリックの母親、まだ12歳だが、長女になるプラウディアの母親と並んでいる。そのセドリックとプラウディアは国王の右側に並んでいるのだが、一緒に並んでいたセルシオが駆け下りていってしまったので口をあんぐりと開けて驚いている。

 

 

 

「坊ちゃま!いくら国賓待遇のお客様とはいえ、身が軽すぎますぞ!」

 

 

 

なんだかお付きの爺やみたいな人が怒っている。

 

でも、どう見てもこの国の宰相の地位にいるような人だよな。段の下にいるとはいえ、国王様の一番近いところに立っていたからな。

 

 

 

「いや、あのバルバロイの救国の英雄が結婚後、一番、最も、最初に!我が国を訪問国に選んで足を運んでくれたんだよ?こんなうれしい事が他にあるかい?」

 

 

 

おんなじことを言ってないか?一番、とか、最も、とか、最初、とか。

 

 

 

「まあまあ、セルシオはスライム伯爵様の大ファンですから」

 

 

 

ホホホと笑う后、というかこの国の第一王妃様だよね。

 

 

 

「えーっと、誰かと間違えてません?」

 

 

 

「間違えてませんよ!ヤーベ伯爵様!」

 

 

 

俺の腕をブンブンと振って満面の笑みを浮かべるセルシオ王太子。

 

なぜだろう、なんで彼はこんなにも俺を気に入っている?

 

 

 

「結婚の儀にお伺いした時にコーデリアと一緒にカッシーナ王女よりヤーベ卿の武勇伝を聞かせてもらいました!もう一つ一つのエピソードが大興奮ですよ!」

 

 

 

(お前かぁ! お前のせいか!)

 

 

 

俺は首をグリンと後ろに向けて、背後に並んでいた奥さんズの内、カッシーナを睨みつける。

 

イリーナたちはジトッと横目でジト目を向けている。

 

当のカッシーナは鳴らない口笛をヒューヒューと吹きながら明後日の方を向いて冷汗を流している。

 

ウチの奥さん達、口笛吹けない娘が多くないか?イリーナもだし。

 

 

 

「私が国に戻って来てすぐ、国営の演劇場で公演を担当している脚本家がすっ飛んで来てね。ヤーベ卿の武勇伝を聞かせろとしつこくてね。みっちり取材されてしまったよ」

 

 

 

(お前かぁ! お前のせいか!)

 

 

 

俺は再び首をグリンと回して前を向いた。セルシオ王太子を睨みつけるわけにはいかないのでジト目で抑えておく。

 

でも、王太子のせいか!どうりで王都ログリアの演劇場に俺の演目があったわけだよ。それも結構詳しくな!そりゃそうだ!カッシーナが死ぬほど自慢げに詳しく語っちゃったからね!それを聞いた王太子も、きっと自慢げに詳しく語っちゃったんだろーね!

 

 

 

プレジャー公爵を追い詰めて三頭黄金竜(スリーヘッドゴールデンドラゴン)が出て来るところなんか、俺のセリフそのまんま使われてたし。恥ずかしいから!

 

でもサキュバスのミーナが出てきた所は全カットだったな・・・あ、ミーナ元気にストラップ作ってるかな?

 

 

 

ブンブンといまだに振られる腕を見ながら、俺はバルバロイ王国に残してきた連中の事をふと考えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――― その頃のバルバロイ王国 ――――

 

 

 

 

 

「主殿は無事謁見に臨んでおるのかのう?」

 

 

 

屋敷の庭で日向ぼっこをしながら椅子に腰かけていたのは<古代竜エンシェントドラゴン>のミーティアであった。

 

 

 

「どうだべかな。もう少し時間がかかるでねえかな」

 

 

 

ハルバードを振り回しながら一人でトレーニングしているゲルドンが答えた。

 

 

 

「お互い人間ではないから、お留守番とは・・・主殿も薄情よな」

 

 

 

ぷりぷりしながらミーティアはバルバロイ王国の自宅で留守番するよう指示したヤーベに不満を見せた。

 

 

 

「仕方ないだで。別の国に行けば、人間でないとバレた時に問題になる可能性が高いだで」

 

 

 

「ふん、そんな輩は焼き尽くしてやればいいのじゃ!」

 

 

 

「そんなことをしたら大問題だで」

 

 

 

尤もミーティアも本気で言ってはいないので、ゲルドンのツッコミにむっとした表情を返すに留まっている。

 

 

 

「・・・そう言えば、神獣様たちはどうしてるだ?姿が見えないだが」

 

 

 

神獣であるジョージとジンベーはその存在が希少すぎると家で留守番するようにヤーベが申し付けていた。絶望の表情を浮かべて滝のような涙を流してキューキューズゴズゴ泣いていた。

 

 

 

「神獣様は透明化の能力がある。ダメだと言ってもついて行ったのだろう。あのちびっ娘に懐いておられたしの」

 

 

 

(あのちびっ娘・・・ああ、リーナ殿のことだか)

 

 

 

ゲルドンは訓練を止め、屋敷を振り返った。

 

ヤーベは奥さんズのほとんどを連れて行っているし、ミノ娘たちの数人も選抜して連れて行っている。古参の狼牙族もローガを筆頭に連れ立っていた。

 

 

 

「ヤーベ殿が帰って来るまで、屋敷も寂しくなるだな」

 

 

 

ゲルドンはそう言って一つ溜息を吐いたのだが、今も屋敷の地下でサキュバスのミーナがヤーベストラップを作り続けている事は気づいていなかった。

 

 




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第265話 ありえない現実に耳を傾けよう

 

「改めて、よくぞ我が国にまいった。バルバロイの英雄よ!」

 

 

 

俺の手をブンブンと振っていたセルシオ王太子も国王のいる上段へ連れ戻され、元の場所に戻っている。

 

 

 

「今後ともガーデンバール王国とバルバロイ王国の協力関係を維持して行く事にしよう」

 

 

 

ガーデンバール王国の現国王セルジア・ヴァン・ガーデンバール王は玉座から立ち上がるとそう宣言した。

 

 

 

その後は粛々と進み、俺もバルバロイ王国の特使として、運んで来た貢ぎ物の進呈を行ったり、目録読み上げたりとなんやかんや堅苦しい謁見の儀を乗り切った。

 

 

 

 

 

 

 

「いや~、本当にめでたいですね!」

 

 

 

謁見の儀が終わって一息つけるのかと思いきや、少し時間を置いて晩餐会が開かれることになっていた。もちろん、俺達はホテルに帰りますから、みたいな反応でスルーする事はできず、カッチリとした服に着替えさせられてホールに案内された。

 

 

 

「ここも立食パーティみたいになってるな・・・」

 

 

 

どうも、席を用意すると動きにくいし、それだけ場所も取る。

 

そんなわけで大勢が集まって食事しながらトークできるような環境を作るために、立食パーティが好まれるようだ。

 

 

 

俺の周りにもガーデンバール王国の重鎮やお偉い貴族様たちが俺と話をしようと群がって来る。

 

当たり障りのない話をしてのらりくらりしているが、バルバロイ王国のアローベ商会の情報が入っているらしくハチミツや竜の武具の融通を希望されることが多かった。

 

いや、バルバロイ王国の特使に個人商店の話されてもどうなのって気がしないでもないが、この人たちからすれば、俺と話せるチャンスは生かしたいというところだろうか。

 

 

 

見れば、奥さんズの面々も多くの女性に囲まれている。

 

その美しさの維持をどうしているのか、その秘訣は?とかグイグイ来る貴族のご令嬢とか。

 

俺との馴れ初めがどんなものか根掘り葉掘り聞いてくる貴族の奥様オバチャンとか。

 

後、下世話に夜の方も英雄なのかしら?とか聞いてくる行き遅れてる感じ満載の30過ぎてるであろうネーチャン。マジで勘弁してくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご注進!ご注進!」

 

 

 

いきなりドバンと大扉を開けて兵士が転がり入って来る。

 

大きなケガはない様だが、泥だらけの汗だく、糞尿の臭いすら纏っているところを見ると、本気で昼夜を駆けてきたのだろう。そう、トイレに寄ることすら拒否した伝令。つまりはそれほど緊急性の高い情報を持ってきたという事だろう。

 

 

 

「何だ貴様!」

 

「汚らしい!」

 

「ヘンな臭いがしますわ!」

 

「ソイツを早く摘まみ出せ!」

 

 

 

着飾った貴族たちが騒ぎ出す。

 

おいおい、この伝令の重要さをわかっていないのか?

 

 

 

「よい、何があった」

 

 

 

そう言って側近を連れて近づいて行くのはセルジア国王であった。

 

 

 

「東のバドル三国が一つ、バドルシアがこのガーデンバール王国へ向けて挙兵いたしました!その数一万二千!」

 

 

 

「なんだとっ!」

 

「馬鹿な!」

 

「そんなことがあるはずがない!」

 

 

 

騒然となる会場。そりゃそうか。バドル三国は三すくみの状態であったため、このガーデンバール王国へ兵を向ける事は不可能だったはずだ。一国が抜け駆けしてガーデンバール王国という大国を攻めようとすれば、残りの二国が空になった自国本土を攻めて来るからだ。

 

 

 

「むうっ・・・一万二千だと・・・?」

 

「その兵力はバドルシアのほぼ全軍に当たると思われますが」

 

「自国を空にして攻めてきたというのか!」

 

 

 

セルジア国王の疑問に側近たちも首を傾げるが、周りの貴族たちが騒ぎ出す。

 

 

 

「ならば他の二国と兵を合わせて打ち破ってやればよい!」

 

「そうだそうだ!この際バドル三国の一角を切り取ってみては?」

 

 

 

勝手に盛り上がる貴族たち。反対に国王の表情はまだ晴れない。なぜ挙兵されたのか、()()()()()()()()()()()()() その疑問が解消されていないのだからな。

 

 

 

「それで、バドルシアの兵は今どのあたりだ?」

 

 

 

「は! バドルシアの軍はすでに我が国の領土内に侵入!すでに国境近くの村は攻め落とされているものと・・・」

 

 

 

「な、なんだとっ!?」

 

 

 

あまりの侵攻の速さに大臣の声が裏返る。

 

 

 

「しかも、村を攻め落としても、村の略奪などを行わず、村自体を素通りして、真っ直ぐこの王都ログリアへ向かっております!」

 

 

 

「な、なんじゃとお!」

 

 

 

ついにセルジア国王も怒声を上げる。

 

あまりにも早い、異常ともいえる侵攻であった。

 

 

 

「ご注進ご注進!」

 

 

 

ざわつく会場にさらなる声が響く。

 

大扉を通って会場に入って来たのは、先ほどの伝令と同じような姿の兵士だった。

 

 

 

「どうしたっ!何があった!」

 

「バドルシア軍の続報か?」

 

 

 

だが、その伝令の兵士から出た言葉は想像を絶していた。

 

 

 

「バ、バドル三国が一つ、バドルローレンが越境して我が国へ侵攻してまいりました!その数約一万!」

 

 

 

「な、ななななんだとお!?」

 

 

 

顎を外しそうになる大臣。

 

 

 

「・・・バドルシアではなく、バルドローレンで間違いないのか?」

 

 

 

呻くようにセルジア国王が声を絞り出す。

 

 

 

「はっ!間違いなくバドルシアではなく、バルドローレンの軍になります! 越境したバルドローレン軍は国境近くの村に火を放ちながら、そのまま前進! その速度を落とすことなくこの王都ログリアを目指しております!」

 

 

 

「ば・・・ばかな・・・」

 

 

 

さすがの国王様も呆然としている。

 

そりゃそうか、隣国で揉めていた三国中の二国がまるで足並みをそろえてより大国であるこのガーデンバール王国へ攻め入って来たんだからな。それも占領しながらではない。電光石火の王都侵略を目指しているようだしな。しかも・・・これはもしかすると・・・。

 

 

 

「ご注進ご注進―――――!!」

 

 

 

やはり、また来たか。

 

 

 

「今度は何じゃ――――!!」

 

 

 

もうやけくそ気味に大臣が声を張り上げた。

 

 

 

「ご報告申し上げます!! バドル三国が一国、バドルウルブスが我が国に向けて挙兵いたしました!!」

 

 

 

「な、な、な・・・」

 

 

 

大臣が両膝をついて崩れ落ちた。

 

これで東に隣接する三国全てがこの国に攻めてきたわけだ。

 

 

 

「・・・合従軍だ」

 

 

 

俺はその場でぽつりとつぶやいた。




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第266話 緊急事態に一丸となって対応しよう

 

 

「合従軍・・・?」

 

 

 

俺の呟きを聞き逃さなかったセルジア国王が俺へと視線を向ける。

 

だが、空気が読めないと言うか、読まないと言うか、もはや読む気が無い大臣が大声を張り上げた。

 

 

 

「バドルウルブスの兵力は!!」

 

 

 

「はっ・・・その数約一万との連絡にございます!」

 

 

 

「なっ・・・なっ・・・」

 

 

 

ついに会場が静まり返る。

 

 

 

「ば・・・ばかな・・・我が国は全軍合わせても二万五千だぞ・・・」

 

 

 

「我らを上回る勢力で攻めてきたと申すかッッッ」

 

 

 

「これほどの国難がかつてあっただろうか・・・」

 

 

 

怒鳴り声を上げる者、呆然とする者、悲観する者。

 

ガーデンバール王国の重鎮たちは少なくとも混乱の極みにあると言っていいだろう。

 

 

 

「ヤ、ヤーベ様!」

 

 

 

セルシオ王太子が俺の元へ走って来る。

 

 

 

「ぜひ!ぜひこの未曽有の有事にそのお力を」

 

 

 

俺の手を取って声を張り上げるセルシオ王太子。

 

だが、その続きをセルジア国王が言わせなかった。

 

 

 

「ならんッッッ!」

 

 

 

「ち、父上!?」

 

 

 

「ヤーベ卿は国賓待遇の特使である!その身はバルバロイ王国の王国代理にであり、真っ先にその身を案じねばならぬお相手なのだ!」

 

 

 

「で、ですが・・・」

 

 

 

セルジア国王のいう事がわかるのだろう、セルシオ王太子も言葉を詰まらせる。

 

 

 

「ヤーベ卿。貴方という英雄に出会えて話が出来たことは大変有意義であった。出来ればこの先もバルバロイ王国とこのガーデンバール王国の懸け橋となって頂き、ヤーベ卿の知識を学ばせてもらえればと思ってたが、その前に降りかかる火の粉を払わなければならないらしい」

 

 

 

真剣な表情を俺に向けるセルジア国王は、ぐっと拳を握った。

 

 

 

「なーに、やすやすとやられはせんよ。この国も歴史は長い。幾度となく滅亡の危機があったのを悉く乗り越えてきたのだ。今度もまた同じこと」

 

 

 

そう言うとセルジア国王は会場をぐるりと見渡す。

 

 

 

「よいか皆の者!バドル三国が足並みをそろえこのガーデンバール王国へ向けて出兵した!我々は王国国民の安全と生活を、いわば人生を背負う立場にあるのだ!絶対に負けるわけにはいかぬ!!」

 

 

 

「「「「「オ、オオオオオオッ!!」」」」」

 

 

 

セルジア国王の檄に会場中の大臣や貴族たちが呼応する。

 

 

 

「ガレン軍務将軍!軍議を開く。各隊長を集め準備せよっ!」

 

 

 

「ははっ!」

 

 

 

そしてセルジア国王は俺の方へ向き直る。

 

 

 

「ヤーベ卿。大至急この国を離れてバルバロイ王国へ帰国されよ。そして東よりバドル三国の来襲を伝えてくれ。出来ればこれまでのよしみで援軍を出してくれるとありがたい。万一この国が破れる事があれば、その次は貴国が狙われる可能性もあるのでな」

 

 

 

俺はわずかの間、セルジア国王の瞳を見つめた。

 

 

 

「・・・承知しました」

 

 

 

「ヤーベ!?」

 

 

 

俺がセルジア国王の言に了承の意を伝え頭を下げたのでイリーナが驚いて声を上げる。だが、俺はそれを後ろ手で制した。

 

 

 

「・・・コーデリアよ」

 

 

 

セルジア国王はセルシオ王太子の横にいる妻であるコーデリアに目を向けた。

 

 

 

「そなたはヤーベ卿と共にバルバロイ王国に向かいなさい」

 

 

 

「い、イヤです! 私もここに残ります!」

 

 

 

そう言ってセルシオ王太子の袖を掴むコーデリア王女。

 

 

 

「そなたに万が一のことがあってはワーレンハイド国王に顔向けできぬ。それにまだ、セルシオとの子も生まれておらぬ。ここで無理をする必要はない」

 

 

 

自国を上回る戦力が攻めて来ているこの現状、セルジア国王の頭の中には最悪の結果になるシミュレーションも出来ているのか、最悪の状況を回避する手を打とうとしているようだった。

 

 

 

「・・・そうだな、それがいい」

 

 

 

「そんなっ!!」

 

 

 

自分の夫でもあるセルシオ王太子までもがバルバロイ王国に避難する事に賛成したことがよほど信じられなかったのか、絶望の表情を浮かべるコーデリア王女。

 

 

 

「姉上・・・」

 

 

 

「カッシーナ。貴女ならこんな時にどうしますか? 自分の夫であるヤーベ様を置いて自分だけ安全な場所に逃げたりするのですか?」

 

 

 

 

 

見かねてカッシーナが声を掛けるが、逆にコーデリア王女に自分ならどうするのかとツッコまれてしまう。

 

カッシーナは自分の姉であるコーデリアから怒気を張らむ声を掛けられ、困惑した。

 

 

 

「わ、私は・・・」

 

 

 

だが、俺はカッシーナの言葉を手で遮った。

 

ここでカッシーナが自分は俺を見捨てて逃げないなんて言ってくれたら、嬉しいが問題がややこしくなるだけだ。

 

 

 

「今は攻めて来る敵への対処を一刻も早く準備しましょう。敵は今もこの王都ログリアを目指して進軍して来ているのでしょう?一刻の猶予もないはずです」

 

 

 

「おお、そうであった! ガレン将軍が軍議の準備に出ているはずじゃ、早速軍議を開くとしよう」

 

 

 

「どちらにしてもコーデリア王女には支度の準備が必要でしょうから、それなりにお時間がかかるでしょう」

 

 

 

「わ、私はバルバロイ王国に戻りませぬ!」

 

 

 

俺の言葉に過剰に反応するコーデリア王女。

 

 

 

「いえ、バルバロイ王国に限らず、この王都ログリアが戦場になる可能性もあります。王族の皆様は一時この王都ログリアを離れて近隣のどこかに避難する必要があるやもしれません。それを考えても移動の準備を行う事は必要なはずです」

 

 

 

「・・・わかりました」

 

 

 

俺の説明に渋々と言った感じだが、コーデリア王女が頷く。

 

即座に侍女たちがコーデリア王女を連れて会場を出て行った。

 

 

 

「ヤーベさん、ありがとうございますね」

 

 

 

見ればセルジア国王の正妻でセルシオ王太子の母親でもある王妃が俺に声を掛けてきた。

 

 

 

「いえ」

 

 

 

「・・・もし、この国に何かあれば、コーデリアの事、お願い致しますね?」

 

 

 

優雅に腰を折り、礼をすると別の后妃たちを連れて会場を後にする。

 

 

 

「さて、俺たちも準備をしようか」

 

 

 

そう言って奥さんズを連れてあてがわれた客室にいったん戻る事にする。

 

 

 

「・・・ヤーベ、どうするつもりなのだ?」

 

「きっと、もう何か企んでいると思いますわ」

 

 

 

イリーナがジロッと俺を睨む。

 

俺がガーデンバール王国の危機に力を貸すと言わなかったことが不満なようだ。

 

ルシーナは俺が何か企んでいると断言する。何ゆえ?解せぬ。

 

 

 

「うーん、きっととんでもないことするとボクのカンが告げている!」

 

「そうですわねぇ、わたくしもそう思いますが、でも魔物と違って兵士ですから・・・」

 

 

 

サリーナが何故かドヤ顔で明後日の方向へ指をビシッと指している。

 

フィレオンティーナは今回、魔獣ではなく人間の兵士たちが相手という事を不安視している。

 

・・・まあ、その通りだが。

 

 

 

「ふおおっ!ご主人しゃまに任せておけばダイジョーブなのでしゅ!」

 

 

 

リーナが両手を振って歩いている。

 

何だか大丈夫の発音が怪しい。もう俺なら何でも大丈夫とか言いかねないな。

 

 

 

とりあえず俺たちは客間に戻ってこれからの対応について確認することにした。

 

 




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第267話 紛糾する軍議に呼ばれたので意見を語ってみよう

 

 

「で、どこで迎撃する?」

 

 

 

準備された会議室での軍議。いきなりキモになる質問をセルジア国王が発した。

 

この軍議の出した結論によってガーデンバール王国の命運も決まると言ってもよかった。

 

 

 

「取れる手立ては今となっては二つだけです」

 

 

 

ガレン将軍が答える。

 

 

 

「それは?」

 

 

 

真剣に問いかけるセルジア国王にガレン将軍は目をそらし、俯き加減で説明し出す。

 

 

 

「一つはこの王都ログリアに籠城する事です。王都の城壁は高く厚く出来ています。ほぼ中央に鎮座するガーデンバール城も堅牢です。全軍を王都の防衛に回し、凌ぎ切るという作戦です」

 

 

 

「馬鹿な! 王都で戦を行うだと!」

 

「香り高い文化革新の我が王都ログリアで戦など!」

 

 

 

誰が我が王都ログリアだよ、とセルジア国王は発言した貴族をジロッと睨む。

 

 

 

「ちなみにもう一案は?」

 

 

 

「ここから東に大きな町が二つあります。北側にあるタレリアの町と南にあるコラーンの町です。この二つの町に兵を派遣し、東から来る敵軍を待ち受けます」

 

 

 

「おお!それがいい!」

 

「王都を戦場にするよりはよっぽどマシだ!」

 

「それに南側にあるコラーンの町は小麦を生産する一大農業産地でもある。食糧の心配もない!」

 

「なるほど!」

 

 

 

次々と貴族たちが賛成して行く。軍議に役立つのかわからないような貴族たちだが、上級貴族たちは大臣職などに就いていなくともある程度の会議では発言権があった。

 

 

 

「ですが、その案には大きな穴があります」

 

 

 

「それは」

 

 

 

「北側のタレリアと南側のコラーンでは距離が離れています。この二つの町の間は平野のため、敵軍が二つの町を無視して王都へ直進する可能性もあるのです」

 

 

 

セルジア国王の質問に致命的なデメリットを説明するガレン将軍。

 

 

 

「そ、それでは中間地点の平野に陣取ればいいではないか!」

 

 

 

貴族の一人が声を荒げる。

 

 

 

「その場合、敵軍は北のタレリア、南のコラーンに向けて進軍するでしょう。そして、現在の二つの町の防衛力ではとてもではありませんが敵軍を防ぐことなどできないでしょう」

 

 

 

ガレン将軍の説明に軍議出席者一同が声を失う。

 

 

 

「東からの敵を迎え撃つために最も良い戦場は二つの町のさらに東にあるポルポタの丘です。この丘の北東には北の山脈のすそ野が広がっており、南東は深い森があります。そのため、進軍速度を最も重視していると思われる敵軍は間違いなく進軍経路が狭まり、ポルポタの丘へ続く進路を取るはずです。このポルポタの丘に布陣できれば、こちらの兵力が少ない状況でも有利に戦局を運ぶことが出来るでしょう」

 

 

 

「おお! そんないい場所があるのか! すぐに兵を派遣するのじゃ!」

 

 

 

上級貴族の一人がガレン将軍に偉そうに指示する。

 

 

 

「それは無理です。どれほど急いでもポルポタの丘への到着は敵軍の方が早いでしょう。ポルポタの丘へ進軍すれば、我々よりも早くポルポタの丘を占拠した敵軍より正しく逆落としを喰らい壊滅の危機に瀕します」

 

 

 

再び軍議の場に静寂が訪れる。迎撃に有利な場所への布陣は絶対に間に合わない。

 

王都から出て迎撃準備をしても、王都へ向かう事を阻止できない可能性が高い。

 

その場に絶望の空気が漂い始める。

 

 

 

「父上」

 

 

 

それまで一言も発さなかったセルシオ王太子が立ち上がった。

 

 

 

「なんだ?」

 

 

 

「先ほどヤーベ様への助力を乞おうとした際に私を止めたのは、ひとえにこの国の事をおもんぱかっての事でしょうか?」

 

 

 

ジッと父親であるセルジア国王を見るセルシオ王太子。

 

 

 

「その通りだ。国として軽々しくヤーベ卿の助力を受けるわけにはいかん。それだけの見返りを示さねばならぬし、場合によってはバルバロイ王国と我が国の関係が大きく不利に働くような条件を後から出されるかもしれぬ。またヤーベ卿個人と交渉して力を借りれば、バルバロイ王国の許可なくヤーベ卿が力を振るったととらえられるだろう。それはヤーベ卿にとっても良い事ではないはずだ」

 

 

 

「大体、あのような者に何が出来ると言うのですか?」

 

「しかりしかり、美しい女子を侍らせているだけの道化よ」

 

「正しく」

 

セルジア国王に追従するようにやいやい言い出す貴族たち。

 

 

 

「父上、俺は例えバルバロイ王国からどのような不利な条件を突きつけられようと、今国民を失うわけにはいかないと思う。例えガーデンバール王国の名が無くなったとしたって、そこに無事に我が国の民たちが安心して暮らせるのなら、俺はそれでもいいと思う」

 

 

 

嘲わらう貴族たちを無視してセルシオ王太子は語る。

 

 

 

「馬鹿なっ!」

 

「王国の名が消えるという事は王家そのものが消えるという事ですぞ!」

 

貴族たちがセルシオ王太子に食って掛かる。だがそれを無視してセルシオ王太子は言葉を続ける。

 

 

 

「父上、私のやることが間違っているのならば、王太子の座を返上いたします。それで足りなければこの首をお取りください。もしバルバロイ王国から無理難題な要求が出るようならこのセルシオが勝手に行ったことだと、バルバロイ王国に突き出してください」

 

 

 

そう言ってセルシオ王太子は部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――そのころ、客室では。

 

 

 

「ヤーベ、なぜセルシオ王太子の救援依頼を拒んだのだ」

 

 

 

イリーナが俺に疑問をぶつけて来る。

 

 

 

「俺たちはバルバロイ王国の特使として来ているからな。あの場で簡単に救援依頼を受諾する事は難しいよ」

 

 

 

「・・・そうかもしれないが」

 

 

 

ガーデンバール王国を助けないという選択をしたと思っているイリーナは不満のようだ。

 

 

 

「それに俺個人が協力を申し出たとしても、バルバロイ王国から指示も無く勝手に振る舞う事になるからな。ワーレンハイド国王への進言と、それに対する許可をもらう必要があるだろうね」

 

 

 

「それに関しては、お父様はヤーベ様の判断を全面的に支持すると思いますが」

 

 

 

カッシーナが俺の判断を全面的に国王が認めてくれると太鼓判を押してくれる。いや、ありがたいけどさ。

 

 

 

「まあ、一応建前上の体面ってヤツがあるだろうからね」

 

 

 

俺は苦笑しながらカッシーナに微笑む。

 

 

 

「ヤーベ様は英雄なのですから、そのような体面など不要かと」

 

 

 

いやいや、どんだけ持ち上げてくれちゃってるのかな?

 

さすがにテレますよ?

 

 

 

「それで、旦那様はいかがなさるおつもりですか?」

 

 

 

フィレオンティーナが心配そうに俺の顔を見る。

 

 

 

「・・・まあ、きっとその内呼びに来るよ。それまでお茶でも飲んで待っていよう」

 

 

 

俺はソファに座るとメイドさんにお茶をお願いした。

 

 

 

「・・・呼びに来るのですか? 誰が?」

 

 

 

みんなは疑問を持ったようだが、しばらくしてセルシオ王太子が真剣な表情で部屋に入ってきて、「ガーデンバール王国の窮地救うため、軍議に参加いただきたい」と深々と頭を下げたことに驚いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・なるほど、お話はよくわかりました」

 

 

 

セルシオ王太子に軍議の場に連れて来られた俺は、それまでの話し合いの内容と検討された対応内容をガレン将軍から説明された。

 

 

 

「やはりバルバロイ王国からの国賓、ヤーベ・フォン・スライム伯爵に力を借りようということか・・・」

 

 

 

貴族の一人が憎々しげに俺を睨む。

 

いや、文句あるなら自分で何とかしなさいよ。

 

 

 

「先の食事会の席で、貴殿は『合従軍』と呟いたな。それはどういった意味であろうか?」

 

 

 

セルジア国王が俺に問いかける。

 

あの呟きを聞かれていたのか。

 

 

 

「合従軍とは、まあ端的に説明すれば複数の国がある目的をもって一つの国を攻めようと一致団結して軍を起こす事です」

 

 

 

「今回の目的はこのガーデンバール王国を攻める事・・・」

 

 

 

「そうなります」

 

 

 

「それで、どうだろうか? 迎撃の二案は?」

 

 

 

「どちらも致命的な結果をもたらすでしょう」

 

 

 

さらりと言った俺の回答に議場が紛糾する。

 

 

 

「貴様!どういうつもりか!」

 

「我々を愚弄するか!」

 

 

 

騒ぎ出す貴族たちを抑えてセルジア国王が俺を見る。

 

 

 

「どういうことか説明してもらえるだろうか?」

 

 

 

「この王都ログリアに籠城する作戦は、一見バドル三国の襲来を受け止めるには良い案かと思います」

 

 

 

「それではなぜ問題なのだ?」

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()でしょうか?」

 

 

 

「・・・勝利条件?」

 

 

 

「この王都は最終防衛地です。敵からすればここを落とせば勝ちです。そして、落とされれば我々は滅亡することになる。それで()()()()()()()()()()()()()()()とお考えなのですか?」

 

 

 

「あ・・・」

 

 

 

気が付いたようだ。籠城するのだから、敵軍を打ち破るという話ではない。敵の侵攻を受け止める戦術なのだ。ならば敵軍が退却するまで侵攻を受け止めきれなければ勝利できないのが『籠城』という戦術だ。

 

 

 

「籠城は古来より援軍が来る事を前提とした戦略となります。バルバロイ王国から確実に勝てるだけの援軍が約束されてない今、籠城は危険な選択肢と言えるでしょう。そして敵軍は必ず、南のコラーンの町を占拠し、食料を奪って来るはず。十分な食料を持って敵に攻めかかられれば、敵が食糧難になって退却する事も望めません」

 

 

 

「なんと・・・」

 

 

 

「そして二案目はもっと危険ですね。どこに配置しても必ずこの王都を目指して進軍してくるはず。敵がこの王都ログリアの陥落を至上の命題としている事は越境して侵攻してきた軍が村々を蹂躙しながらも進軍速度をまったく落としていないことからも明白です。そのため、タレリア、コラーンの二つの町に戦力を配備しても間違いなく素通りしてこの王都ログリアに敵軍が殺到するのはほぼ間違いないでしょう。事前案としては食料が豊富にあるコラーンの町に戦力を分散して、通過した敵軍が王都ログリアに到着したところで、王都守備軍との挟撃を狙う作戦がありますが、戦力の分散がバレれば、間違いなく全力でコラーンの町に攻めかかられるでしょう。ただでさえ戦力がこちらは敵軍を下回っていますから、各個撃破の目標となってしまいます」

 

 

 

「むう・・・」

 

 

 

「ならば、どうすればいいというんじゃ!」

 

 

 

貴族の一人が苛立ちながら怒鳴る。

 

 

 

「それ以前に、皆様方は()()()()()()()()()()()()()()だと思っておられますか?」

 

 

 

「な、なに!?」

 

 

 

セルジア国王が俺に驚いた顔を向ける。セルシオ王太子も首を傾げる。

 

 

 

「あれだけ小競り合いを起こしてきたバドル三国が、いきなり足並みをそろえてこのガーデンバール王国へ挙兵した。しかも電光石火の進軍でこの王都ログリアを目指している。()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

「現実に起きておるから我々がこうして軍議を開いておるんじゃろうが!」

 

 

 

更に苛立ちを深める貴族たち。

 

 

 

「ま、まさか・・・」

 

 

 

聡いセルシオ王太子は気づいたようだ。

 

 

 

「そのとおりですよ、セルシオ王太子。この三国の小競り合いに利がない事を説き、ガーデンバール王国へ兵を向けさせた何者かがいるという事ですよ。それも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。バドル三国の誰かならば、どう説明しても他の二国は疑心暗鬼に陥って協力できないでしょうから。今までずっと小競り合いを起こしてきたのです。急に三国纏まってガーデンバール王国を攻め落とそう、などと言っても、そう見せかけて自国を攻められるのでは、と信用できないでしょう。つまり誰かがこの三国の団結を仲介したのです」

 

 

 

「そ、それでは・・・」

 

 

 

「ええ、バドル三国以外に第四の国がいるという事です」

 

 

 

「まさか、ラードスリブ王国か・・・」

 

 

 

セルジア国王が呻くように呟く。

 

 

 

「ええ、その通りです。()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「ど、どういう事でしょうか?」

 

 

 

セルシオ王太子の疑問に端的に俺は答えた。

 

 

 

「ラードスリブ王国がバドル三国をそそのかしてこのガーデンバール王国へ全兵力を向けたとすれば、バドル三国の東に位置する()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、あるいは()()()()()()()()()という事でしょう。

 

何せ自国を空にしてまでこのガーデンバール王国を攻めているのですから。もしかしたら自国を空にしてガーデンバール王国を攻めている時にラードスリブ王国が裏切ってバドル三国のどこかを攻め落とすかもしれない。そういった疑問すらも抱かせない、もしくは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()があるのかもしれません。

 

そんな敵がバドル三国をけしかけて争いを傍観するだけならまだ対処は楽ですが、バドル三国をまとめ上げて挙兵させられるだけの知恵者がそれで終わるとも思えません。別の何か目的があるのならばともかく、もしこのガーデンバール王国を攻め落とすことが目的ならば、間違いなく後詰の形でラードスリブ王国からも兵を出立させているでしょう。その総兵力はバドル三国の一国分を遥かに上回る戦力だと思われます。たとえこの王都ログリアで籠城し、持ちこたえていたとしても、後から悠々と戦場へ到着し、互角の戦いを強いられる我々の息の根を止めることが出来るだけの戦力を用意しているでしょう」

 

 

 

俺の説明に軍議の場にいた誰もが絶句した。

 

 



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第268話 合従軍への対策を説明しよう

 

「・・・ヤーベ卿、君の説明はよく分かった・・・」

 

 

 

シンと静まった軍議の場。

 

セルジア国王が俺を見ながら口を開く。

 

 

 

「君の予測ではラードスリブ王国が裏で糸を引いているという事だが、彼らの狙いがどこにあるのかわかるかね?」

 

 

 

俺は目をつぶり、腕を組んで僅か一時だが、考えを巡らせる。

 

 

 

「貴様っ! 国王が質問しているだろうが! 無礼だぞ!」

 

 

 

貴族の一人がテーブルをバンッと両手で叩き、いきり立つ。

 

俺は自分の席を立つといきり立った貴族の前に歩みを進める。

 

 

 

「な、なんじゃ無礼者が!」

 

 

 

俺はその貴族の襟首をつかみ立たせると、俺の方を強引に向かせた。

 

 

 

「ヒイッ!」

 

 

 

俺がギロリと睨むと震えだす貴族。

 

 

 

「ならお前が三万を超える敵軍を止めて来いよ」

 

 

 

「な、なっ・・・」

 

 

 

「偉そうに喚き散らすだけの無能が、少しは自分の能力を弁えろ。お前がこのガーデンバール王国でどれだけ偉い貴族か知らんが、今このガーデンバール王国は滅亡の危機に瀕している。ここでかじ取りを間違えれば間違いなくこの国は亡くなり、多くの国民は蹂躙される運命になる。お前はそれをわかって騒いでいるんだろうな?」

 

 

 

「あ、あうう・・・」

 

 

 

ドサリ。

 

放してやると力無く椅子に座り込む貴族。

 

 

 

「ここにいる各々方もよく考えて頂きたい。すでに敵軍は越境してこの王都ログリアを目指して進軍を進めている。今一時一秒も無駄にできぬ状況だ。すでに国境近くの村々に住む多くの国民は敵軍に蹂躙されている可能性が高いのだ」

 

 

 

室内にうめき声や歯ぎしりが聞こえる。誰もが悔しいのだ。平和に油断し、情報を確保せずに過ごしてきた事を。

 

 

 

「北のタレリア、南のコラーンの住人は万一に備えてこの王都ログリアに避難させた方がいいでしょう。王都より東の町への避難も検討したほうがいいでしょう」

 

 

 

「すぐに手を打つ。内務卿、軍務卿、指示を出してくれ」

 

 

 

「「ははっ!」」

 

 

 

そう言って二人は控えている部下に細かく指示を出していく。

 

 

 

「王都より東の町からは食料を王都へ念のため運ばせて、一応籠城にでられるよう準備だけは進めておきましょう」

 

 

 

「それもすぐに対応しよう」

 

 

 

再び内務卿、軍務卿が指示を出していく。

 

 

 

「それで・・・敵軍への対応はどうすべきでしょうか・・・」

 

 

 

セルシオ王太子が不安そうな顔で俺を見つめてくる。

 

 

 

「もし、この国を救って頂くことが出来るなら、この私の出来る限りにおいてヤーベ卿へ便宜を図りましょう。この国を代表する事は出来ないのですが・・・」

 

 

 

そう落ち込むセルシオ王太子の肩にポンと隣に座っていたセルジア国王が手を置いた。

 

 

 

「ヤーベ卿。このガーデンバール王国国王であるセルジアもこの国難を救ってくれるとあらば、出来る限りの便宜を図ろう。バルバロイ王国の伯爵である貴殿に爵位を渡すことは出来ぬが・・・金貨や魔道具など、国宝のいくつかは見繕っても良い」

 

 

 

「他国の貴族位にある者でも、名誉貴族の称号ならば授けられますぞ」

 

 

 

法務卿を司どる大臣が発言する。

 

 

 

「そうだな、それも良いか。国難を救ってくださった場合は一体いくらの金貨を褒賞に出さねばならぬか想像もつかぬ。月ごとに爵位の額で褒賞を分割してもらうとありがたいの」

 

 

 

少し笑顔を見せるセルジア国王。

 

 

 

「褒賞の話は後からお願いします。今は一刻を争う状況ですので」

 

 

 

そう言って俺は席を立つ。

 

 

 

「そ、それで、どのような対応をされるのですか?」

 

 

 

「ガレン将軍の説明にある見識は見事だったと思います。私も合従軍を止めるためにはポルポタの丘を先に占拠して迎え撃つ以外にないと思います」

 

 

 

「し、しかし・・・それは絶対に間に合わないと・・・」

 

 

 

セルシオ王太子が弱り切った表情を俺に向ける。

 

 

 

「その通りです。通常の軍備を行い、大軍を展開しようとすれば間に合わないでしょう」

 

 

 

俺のさらりとした説明で軍議の場に静寂が訪れる。

 

 

 

「え・・・、それではまさか・・・」

 

 

 

「ええ、私だけが先行してポルポタの丘へ向かい敵を足止めします」

 

 

 

俺の説明に神妙にしていた貴族たちが爆笑しだす。

 

 

 

「わっはっはっは!バルバロイの英雄殿は一人で三万からの軍を足止めするとおっしゃるか」

 

「いや、神のごとき戦人ですな!」

 

「しかししかり!」

 

「して、お一人様でどうやって戦うのです?」

 

 

 

一斉に笑い出して小馬鹿にしたように問いかける貴族たちを無視して、ガレン将軍に視線を向ける。

 

 

 

「ガレン将軍。念のため、この王都ログリアに厳戒態勢を引いてください。軍兵は籠城の準備だけ行い、決して出撃なさらぬように」

 

 

 

「なっ・・・! 貴殿は今ポルポタの丘へ足止めを行いに行くと言ったばかりですぞ!後詰に我らの軍が間に合うように足止めいただけるのでは・・・?」

 

 

 

驚いた表情のガレン将軍に指示を出しておく。

 

 

 

「こちらからポルポタの丘の状況を使役獣のヒヨコに手紙を持たせて連絡します。うまく終結出来そうなら、100騎程度の小隊で、バドル三国の軍事責任者に顔が通じる偉い人を何人か連れて来てください。そこで状況を説明させるようにしましょう」

 

 

 

「え・・・、説明させましょう・・・って・・・」

 

 

 

セルシオ王太子が汗を垂らす。

 

 

 

「ええ、まあ出来るだけ殺さない様にはするつもりですので」

 

 

 

俺の発言にまたも爆笑する貴族たち。

 

俺はそれを無視して再度指示を繰り返す。

 

 

 

「もう一度言いますが、こちらから使役獣の使役を飛ばし、手紙を送ります。それが届くまでは籠城の準備のみを行い、軍兵を動かさない様にお願い致します。もちろん他国の私が信じられないという話はあるでしょう。ですので、密偵を放ち、敵の軍勢の状況や、ポルポタの丘の状況をそちらでも把握するようにしてください」

 

 

 

「いえ、ヤーベ卿を信じないなんてことは・・・」

 

 

 

助けてくれと頼んでおいて信用できないとは言えないのか、セルシオ王太子が口ごもる。

 

貴族たちはそうだそうだと情報を取る様にガレン将軍に詰め寄っている。

 

 

 

「それでは」

 

 

 

セルジア国王とセルシオ王太子に礼をすると、席を立ち俺は部屋を出ようとした。

 

 

 

「あの・・・、どのように敵を止めるのでしょうか?」

 

 

 

余りに真剣な目を俺に向けるセルシオ王太子に、俺は秘策を答えた。

 

 

 

「一夜城です」

 

 

 

「・・・イチヤジョウ・・・ですか?」

 

 

 

「そうです、ポルポタの丘に一時的に敵の侵攻を防ぐ城を築きます。まあ、仮のものですので、合従軍を止めたら片付けますけどね」

 

 

 

ま、尤も今の俺なら、一夜もいらんがな。魔力ぐるぐるパワーでソッコーよ。

 

 

 

「し、城を建てるですとっ!?」

 

「ギャハハハ!」

 

「英雄殿はジョークも一流のようだ!」

 

 

 

またまた偉そうにしていた貴族たちが騒ぎ出している。

 

コイツらわかっているのかな? 俺がしくじったらアンタら滅亡の一途を辿る羽目になるんだが?

 

俺は貴族たちのバカ笑い声を背に、部屋を後にした。

 

 

 

 




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第269話 一夜城をぶっ建ててみよう

 

 

「そんなわけで、ちょっと三万二

千ほどの軍勢を相手にしてくるから」

 

 

 

「いや、どんなわけでそんなことに!?」

 

 

 

客室に戻って奥さんズの面々に一言説明してからポルポタの丘へ向かうかと思ったのだが、イリーナに顎が外れるほど驚かれた。

 

 

 

「ヤーベ様、一体・・・?」

 

「ヤーベさん、ヤーベ無双する気だね?」

 

 

 

首を傾げるルシーナとニコニコ笑っているサリーナ。いや、ヤーベ無双って何?

 

 

 

「やはり手を貸すことにしたのですね・・・」

 

 

 

少し心配そうにカッシーナが俺を見つめる。

 

 

 

「そりゃね、君のお姉さんが嫁いだ国だからね。それに放っておくと、とてつもない犠牲が出そうだからね・・・」

 

 

 

俺は少し遠い目をしながら説明した。

 

 

 

「旦那様・・・」

 

 

 

不安そうにフィレオンティーナが俺を見つめる。

 

ちなみにリーナはソファですでに爆睡している。

 

あ、何故か留守番を命じていた神獣のジョージとジンベーがリーナの上に乗っかって一緒に寝ている。あいつら、ついて来ていたんだな。全然気づかなかったぞ。

 

 

 

「魔獣と違い、敵軍は人間たちです。戦争は多くの人間の命を奪う事になります。その・・・旦那様はいわゆる人の命を奪うという行為は慣れていないものと・・・」

 

 

 

おおう、フィレオンティーナが両手を胸の前で組んで心配そうに俺の顔を覗き込む。

 

美人お姉さん風のフィレオンティーナがこんな表情を見せるとは。

 

 

 

「そうだね、間違いなく人殺しは苦手だし、やりたくないよ、出来ればね」

 

 

 

そう言って肩を竦める。

 

 

 

「ではわたくしもお連れ下さい。現役の冒険者時代は盗賊退治も数多く経験しております」

 

 

 

いや、ものすごく綺麗な笑顔で話してますけど、それ盗賊相当ぶっ殺してますってコトですよね?いや、仕事だし悪党退治だから別に気にしてませんけど。

 

 

 

「いや、君たちはこの城を守っていてもらいたい。連絡係にヒヨコたちを連れてはいくけど、ローガたちもこの城に待機してもらう予定だ」

 

 

 

俺の説明に奥さんズが驚く。

 

 

 

「それって、ヤーベ一人で戦うって事か!?」

 

「それほど私たちが信用できませんか!」

 

 

 

イリーナとルシーナが気色ばむ。いやいや、そう言う事じゃないんだけどね。

 

 

 

「そうじゃないんだ。今回は俺の能力でうまくいけば誰も殺すことなく無力化できると思っている。そのために俺の能力を広大な面積で使用するから、みんなには近くにいてもらえないんだ。そのために待っていてもらいたいんだ」

 

 

 

俺の説明に全面的に納得しているわけではないだろうが、とりあえず待っていてくれると言質を取ってから城を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高速飛翔(フライハイ)>で移動する事数時間。俺はこの戦争の肝になる戦場、ポルポタの丘へとやって来た。

 

実のところ、この国に来ることになった時からヒヨコ達に先行して情報を集めてもらうため、送り込んでいた。そのため、合従軍の動向自体は把握していたのだ。

 

そして、現在その後詰にラードスリブ王国が約一万五千の軍勢を出立させたことも把握しているしな。

 

 

 

先ほどまでバドル三国の斥候兵がこのポルポタの丘近くまでやって来ていた。

 

念のため、ガーデンバール王国の兵がここまでやって来ていないか偵察に来たのだろう。

 

俺はその偵察に来た斥候兵を全て見逃す。

 

このポルポタの丘が安全であることを確認して情報として持ち帰ってもらわないとな。

 

バドル三国の軍勢は明日の朝にはこのポルポタの丘へ到着するだろう。

 

今はすでに夕暮れ、日が落ちた頃。

 

暗くなったら派手に準備しよう。

 

 

 

「ベルヒアねーさん、ドーンと力借りていい?」

 

 

 

「もちろん、私の全てはア・ナ・タのものよ」

 

 

 

そう言って俺の後ろに顕現したかと思うと、首に抱きついてくる土の精霊ベルヒアねーさん。

 

 

 

「<土壁建造(アースウォール)>」

 

 

 

ドガガガガガガッ!

 

 

 

ポルポタの丘の頂上を中心にぐるりと囲むように城壁を築き上げる。

 

そして、正面、左右の合計三か所に入口を設ける。

 

 

 

「あら~、ちゃんと穴もあけてあげるのね?」

 

 

 

「そりゃ、ここから入ってきてもらわないとね」

 

 

 

そう言うと、俺はポルポタの丘の頂上に立つ。

 

 

 

魔力(ぐるぐるパワー)全開!」

 

 

 

ムリムリムリ!

 

 

 

久々に全開でスライムボディを増殖させていく。

 

あっという間に丘の頂上を占拠するスライムボディ。

 

 

 

大きくなった俺は、細部を細かく調整して行く。まずは大まかなイメージ。そして、部分ごとに細部まで作り込んで行く。自分のスライム細胞で形作るんだから、難しいことは無いが、圧倒的に今までの中で最大級の形を作っているので、時間が結構かかったな。

 

 

 

「あっと、これは忘れない様に・・・」

 

 

 

そう言って出来上がったボディの上部に表示する。

 

 

 

「風雲!ヤーベ城」

 

 

 

そう、俺様はスライムボディを全開に増殖させて、城になった。

 

正しく一夜城だな。

 

 

 

「シルフィー、ちょっと砂嵐で俺のボディ汚してくれない?」

 

 

 

「ジャジャーン。お兄様に呼ばれたの久しぶり~、任せて~」

 

 

 

そう言って風の精霊シルフィーが砂を巻き上げて俺のボディを砂で汚す。

 

 

 

「これで後は敵軍を待つだけだ」

 

 

 

「私たちの出番は~」

 

「そうだぞ、ヤーベ。仲間外れは寂しいじゃないか」

 

 

 

水の精霊ウィンティアと炎の精霊フレイアも顕現する。

 

 

 

「じゃあみんなで焼肉でもするか。いいブラックリングカーウの肉があるんだよ」

 

 

 

「やった!」

 

「食べたいです~」

 

「あらあら、じゃあいい土で石焼きできるように準備しなくっちゃ」

 

「炙るのは任せろ!」

 

 

 

「ちょっとちょっと、ボクたちも混ぜてよね!」

 

「・・・仲間外れは寂しい」

 

 

 

光の精霊ライティールと闇の精霊ダータレラまでも顕現してきた。

 

 

 

「じゃあ敵軍が城・・・というか、俺のボディに突入してくるまで焼肉大会を始めまーす」

 

 

 

「「「「「「わーい!」」」」」」

 

 

 

俺達は明日の朝から戦場となるであろうポルポタの丘の頂上で優雅に焼き肉を楽しむことにした。

 

 




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第270話 風雲!ヤーベ城を起動しよう

 

バドル三国連合軍―――――

 

 

 

連合軍と呼ばれてはいるが、実のところ、各々の国が指示された同じタイミングで出兵しただけのことであり、その戦略はそれぞれの国が電光石火でガーデンバール王国の王都ログリアを攻め落とすという指示のみによって動いていた。

 

 

 

現在、三国の各総大将である将軍たちが丁度集まっていた。

 

 

 

「ふふ、やはりこの位置で一度合流となったか」

 

「まあ、しかたあるまい、ここは地形的に狭い。それぞれの大軍が王都ログリアに向かう進軍経路において、重なるのは当然の事だ」

 

「おかげで、こうして顔を合わせることが出来たのだ、それも僥倖であろう」

 

 

 

バドル三国の各国が誇る最強の将軍。

 

 

 

バドルシアの将軍、セガール。

 

バドルローレンの将軍、シルベスタ。

 

バドルウルブスの将軍、アーノルド。

 

極めてイカツイ体格をした男たちがガチガチの鎧を着込んで騎乗したまま喋っていた。

 

 

 

その三人を一歩下がった位置から見守っている存在がいた。バドルシアの副官、ソネットである。女性ながらキレる判断とアドバイスで副官の地位まで昇りつめた有能な女性で会った。

 

 

 

(此度の戦、()()()()からの提案であったが、恐ろしいまでの交渉力だっ・・・。戦の絶えない三国をまとめ上げて、ただ一国の大国へ矛先を向けさせるとは・・・)

 

 

 

ソネットは唸った。元々、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

必ず、裏に何かある。だが、その裏を説明できず、各国はあの御方の思惑に乗った・・・)

 

 

 

「さあ、出立の準備を済ませて先を急ぐとしよう」

 

「む、抜け駆けか?感心せんな」

 

「まあまあ、あの御方の率いる本隊が到着する前に手に入れたモノは全て自分たちのモノにしてよい、という協定が出来ているのだからな」

 

「そうそう、本隊が来る前に王都ログリアを攻め落とさねばな」

 

「そう言えば、ここに着く前の村々には人っ子一人いなかったな」

 

「そっちもか、村には住んでいた形跡はあったが、こっちも人はいなかったんだ」

 

「我らの進軍に恐れをなして慌てて逃げたか」

 

「ガーデンバールの村人はネズミの様に逃げ足が速いようだな!」

 

「だが、王都ログリアには間違いなく人がいるだろうよ」

 

「そうだな、ワシは王女をもらうとするか」

 

「ならばこっちは金だな」

 

「どちらにしても早い者勝ちですぞ?」

 

「「違いない!」」

 

「「「わぁ~っはっはっは」」」

 

 

 

馬鹿笑いする三将軍を見ながらソネットは些か心配していた。

 

 

 

(あまりにも我らへの条件が優位だ・・・。()()()()は何を考えている? それに・・・今までの村々になぜ誰もいない?進軍を恐れたとはいえ、村の全員が姿が見えないほど遠くへ逃げるためには、こちらの進軍を事前に察知しなければならないはず・・・一体何が起こっている?)

 

 

 

ソネットは考えを巡らすが、その不安はぬぐえなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三国連合軍が日の出を待たずに出立。僅か四時間の睡眠で軍を動かして少し。

 

ポルポタの丘へ全軍が到着する。

 

 

 

「・・・なんだ、あれは・・・?」

 

 

 

バドルシアの将軍セガールが進軍を止め、その異形な姿を見て言葉を漏らした。

 

 

 

「ば、バカな!」

 

「し、城が!城が出来ている!」

 

 

 

「斥候!」

 

 

 

バドルローレンの将軍シルベスタは斥候を呼びつける。

 

 

 

「は、はっ!」

 

 

 

「貴様!昨日の夜の報告ではポルポタの丘に敵軍は無く、進軍には何の問題も無い、と報告したではないか!」

 

 

 

激怒するシルベスタ将軍。それはそうだろう。

 

丘には敵軍の姿は無く、進軍に問題なしと報告してきたのだ。それなのに実際はどうか?

 

ポルポタの丘には()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

城を迂回すれば、横から間違いなく迎撃されるだろう。

 

この狭い地形で進軍するためには、どうしてもあの異形の城を攻め落とさねばならなくなったのだ。

 

 

 

「き、昨日の夜にはあのような城は姿形も無く・・・」

 

「貴様の目は節穴か!どう見ても巨大な城が建っているではないか!」

 

「は、ははっ・・・」

 

 

 

激怒する将軍に項垂れる斥候。

 

だか、その横でも同じような責め苦を受けている斥候がいた。

 

 

 

ソネットがセガール将軍に声を掛ける。

 

 

 

「どうやら、他の国の斥候たちも昨日の夜偵察に出た時は城を見ていないようです。どうやら()()()()()()()()()()()()ようですが・・・」

 

 

 

「馬鹿な!そんなことがあるわけないだろうがッ!」

 

 

 

セガール将軍に怒鳴られるソネット。怒鳴られるのはいつもの事だが、この不可思議な状況は整理しないと敵の思うつぼになる。

 

 

 

「将軍の言うとおり、あれほの巨大な城を一夜にして造り上げるなど不可能でしょう。ならば、()()()()()()()()()()なのではと愚考致します。視覚で驚かせておき、我らの進軍スピードを落とすことが敵の狙いなのではと」

 

 

 

「むうっ!流石ソネットだ!ならば、すぐにでも進軍し、突撃をかけてあの幻術を打ち破ってくれる!横でゴチャゴチャやっている他の国の連中を出し抜けるわ!」

 

 

 

「お、お待ちください!幻術と合わせて落とし穴など、物理的罠を仕掛けている可能性もあります!」

 

 

 

「むう・・・それではどうするのだ」

 

「はっ、この見解を他の二国の将軍にも話して、三軍で同時に攻撃すべきです。多少の物理的罠の影響があるかも知れませんが、罠があった場合は我らだけで突入して我らだけが被害を受ける可能性があります。その可能性よりはずっとマシかと」

 

 

 

「ふむ・・・抜け駆けできると思ったが、罠があると確かにヤバいな・・・。それで行こう。お前が説明して来い」

 

「・・・は」

 

 

 

メンドクサイ事は全て自分に丸投げするセガールに辟易するソネットだが、突っ走られて自国の兵だけが損失する事だけは避けなければならない。ソネットは他の二国の将軍にも話を付けに行くことにした。

 

 

 

(それにしても・・・あの城に書かれた文字・・・『風雲!ヤーベ城』とは、一体・・・?)

 

 

 

ソネットは首を捻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

所変わって、ヤーベ城内。

 

城の一番高い天守閣に陣取るヤーベは敵の姿を捕らえていた。

 

 

 

「やっと来たね・・・戦闘開始の準備をしないとね」

 

 

 

そう言って亜空間圧縮収納から小さめの樽と木のジョッキを取り出す。

 

樽からジョッキに真っ白なミルクが注がれていく。

 

 

 

「ヤーベ、何ソレ?」

 

 

 

水の精霊ウィンティアはヤーベが飲もうとしている白い液体に首を捻る。

 

 

 

「これは、ミノ娘のミルクだよ。俺専用に絞ってもらったものなんだ」

 

 

 

そう言って俺は一気に注いだミルクを飲み干す。

 

 

 

「・・・ウマイッ!」

 

 

 

これはミノ娘のチェーダに手渡しで貰ったものだ。

 

 

 

 

 

 

 

「コレはオレが朝絞った搾りたてのミルクだゾ・・・。ヤ、ヤーベが無事に帰って来れるように祈りながら絞ったから、戦いの前に飲んでくれよな」

 

 

 

顔を真っ赤にしながら俺に小ぶりの樽を渡してくれたチェーダ。

 

俺はチェーダの頭を撫でて・・・撫で・・・背が高いな、オイ!

 

右手を触手の如く伸ばしてチェーダの頭を撫でてやる。

 

 

 

「もちろん無事に帰って来るさ・・・その時はお代わりを頼むぞ?」

 

「おうっ!任しとけよな!」

 

 

 

そんなわけで戦の前にチェーダのミルクで戦勝祈願と言ったところだ。

 

 

 

 

 

 

 

「わー、ボクも飲みたいなぁ」

 

「わたくしも飲みたいわねぇ」

 

 

 

ウィンティアにベルヒアがジロジロと俺を見る。

 

 

 

「はいはい、コッチならいいよ」

 

 

 

そう言ってチェーダに貰った小樽より一回り大きい中樽を出す。

 

パナメーラから搾乳作業の内の一樽を分けてもらったものだ。

 

 

 

ずらりと並ぶ六大精霊たちに木のジョッキを渡してミノ娘のミルクを注いでいく。

 

多分この中樽はミノ娘たちのミルクをブレンドしたものだ。

 

娘たちによって多少味に違いがあるとかで、ある程度混ぜて均一にすることで品質を一定に保つと話していたな。

 

・・・今度ヴィレッジヤーベのミルク工場見学に行こう。転移のために分身体も置いてあるしな・・・搾乳が目的ではないぞ?ミルクだからな!ミルク!大事な事だから二度言おう。

 

 

 

「勝利を祈願して、カンパ―――――イ!」

 

「「「「「「カンパ~イ!」」」」」」

 

 

 

ゴキュゴキュとミルクを飲み干す精霊たち。

 

 

 

「ウマ~~~イ!」

 

 

 

みんなが喜んでいる中、風の精霊シルフィーが俺に問いかけた。

 

 

 

「お兄様、城に書いてある『風雲!ヤーベ城』というのはどういう意味ですか?」

 

 

 

おおう、ソコに気づいてしまったのね。

 

 

 

「それはね、俺の意気込みだよ」

 

 

 

鬼才、世界のた〇しがバラエティに打ち立てた恐るべきコンテンツ!

 

今は無き、古き良き昭和の時代だからこそ許された恐るべき番組であった。

 

だが、俺はそのバラエティになぞらえて連中を屠るつもりはない。

 

ゆらゆら揺れるジブラルタルの橋とか吊り橋を渡って来る兵士をバレーボールで撃ち落とすとか、三万人もいる敵にやってられないわな。

 

 

 

これは、映画ドラ〇もんの『風雲!ドラ〇もん城』をリスペクトしている。兵団の侵攻を食い止めるために用意した城だ。正にその名にふさわしいし、天下のドラ〇もんがパク・・・いや、取り入れているのだ、俺様も取り入れても文句は出ないだろう。何と言ってもドラ〇もんが先に取り入れているんだからな、はっはっは!

 

 

 

ほぼ三列になって攻めて来る敵軍を見ながら、俺様は迎撃準備を行うべく、隅々までスライム細胞に魔力ぐるぐるパワーを通していく。

 

 

 

さあ、開戦だ!!

 

 




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第271話 激闘!風雲ヤーベ城をフルドライヴさせよう

 

時は少し遡る―――――

 

 

 

『ボス!北エリアの村、全ての村人は脱出完了しました。山裾のエリアで待機中です』

 

 

 

ヒヨコ十将軍、序列二位のクルセーダーが俺に報告をする。

 

 

 

「よし、よくやった。出張用ボスに食料が入れてあるから、随時取り出して村人たちへ配布してくれ」

 

 

 

『了解です』

 

 

 

『ボス、中央エリアも敵進軍経路から外れた位置まで村人の脱出に成功しました。現在待機中です』

 

 

 

ヒヨコ十将軍序列三位、クロムウェルも報告に来る。

 

 

 

「よし、そちらにも出張用ボスを回すので、村人たちが飢えない様に食料を出してやってくれ」

 

 

 

『ははっ!』

 

 

 

そして、序列四位のセンチュリオンも報告に来た。

 

 

 

『ボス、南エリアの村人も南の森林地帯への退避が完了しました』

 

 

 

「お疲れさん、出張用ボスから食料を出して村人たちに十分振る舞ってやってくれ」

 

 

 

『ははっ!』

 

 

 

俺はラードスリブ王国が黒幕の合従軍編成について事前に情報を掴んでいた。

 

ガーデンバール王国に向かうと決まった時に、ヒヨコ達に事前に東の国の情報を掴むよう指示を出しておいた。

 

 

 

バドル三国のバドルシア、バドルローレン、バドルウルブスの他、さらに東にあるラードスリブ王国までヒヨコ達を飛ばして情報収集に努めた。

 

そこで掴んだのがラードスリブ王国の通称「黒衣の宰相」と呼ばれる切れ者がいるという情報を掴んだ。そして、このラードスリブ王国、さらに東に大帝国がいる事もあり、かなり外圧を受けている国であった。そのプレッシャーを跳ね返すための切り札に、『勇者召喚』を行ったというトンデモない情報が飛び込んできたのである。

 

 

 

てっきり合従軍を企てた黒衣の宰相とやらが異世界から召喚された勇者で、軍師チート系のヤツかと思ったのだが、どうも違うらしかった。

 

勇者という切り札が手に入ったから合従軍に踏み切ったのか、そのあたりはわからないが、これで厄介な事に合従軍をまとめた黒衣の宰相の知識と、「勇者」という戦力の二枚看板がラードスリブ王国には存在しているという事になる。

 

 

 

ヒヨコ達の情報によると、元々美しい王女姉妹がいたのだが、大帝国への政略結婚を検討し出した際に、失踪。外交の切り札になりえた美人王女姉妹を失ったラードスリブ王国は大きく揺れ、父親であった国王を隠居させ、叔父の立場であった男が王位に就いたらしい。

 

その後黒衣の宰相と呼ばれる切れ者が宰相の座についてから、国外へちょっかいをかけ始めているようだ。

 

 

 

「キナ臭い国だよね~」

 

 

 

俺はぼやきながらも、とにかく村々が合従軍に襲われた際に村人に被害が出ないよう、進軍経路から外れた位置に脱出させた。ヒヨコにガーデンバール王国の印の入った紙で作った指示書を見せて説明させたのだが、言う事を聞かない村人にはヒヨコと共についていった狼牙族が脅してでも脱出させている。

 

多少文句もあるだろうが、命には代えられないからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて・・・、進軍してきた連中を仕留めるとしようか」

 

 

 

俺は天守閣の位置から進軍してきた敵を見降ろす。

 

巨大な城に化けている俺様だが、隅々まで魔力ぐるぐるパワーを張り巡らせているため、隅々まで詳細に把握できる。

 

敵が城に入って来たのだが、手足の末端に触れられているかのように敵の動きを感じられる。

 

 

 

「突っ込めぇ!敵を打ち取り、城を占拠せよ!」

 

「「「「わああああ!」」」」

 

 

 

城の中に入った敵軍。

 

最初の長い廊下を走って来るが、あっさり足元の床が無くなり、何十人もの兵士が消え去る。

 

 

 

「わ、罠だ!」

 

 

 

だが遅い。

 

すでに入って来た廊下の後ろは壁がせり上がり戻る事は出来ない。

 

というか、全てスライムボディで出来ているのだから、入って来さえすればもはや自由自在。

 

やりたい放題だ。

 

 

 

「上に続く階段を見つけたぞ!上がれ!」

 

「「「「わああああ!」」」」

 

 

 

だが、多くの兵士が階段を登って行くが、途中で階段の段がバタンと倒れ、滑り台の如く綺麗に斜めになってしまう。

 

 

 

「「「「うわわわわっ!」」」」

 

 

 

そして階段下にはぽっかりと落とし穴が。

 

そのままずぞぞぞぞっ!と滑り落ちていく兵士たち。

 

 

 

「いや~、ヤーベさん容赦ないね」

 

 

 

笑いながら水の精霊ウィンティアが俺を見る。

 

 

 

「いやいや、これからこれから。ウィンティア、水の魔法お願い、あそこね」

 

 

 

「あ~、あそこね。了解!」

 

 

 

そして、通路の階段を駆け上がって来る兵士たちに大量の水が上から押し寄せていく。

 

 

 

「な、み、水がっ!」

 

「「「「うわわわわ!」」」」

 

 

 

多くの兵士が水に押し流され、まるでダストボックスのように空いた床に吸い込まれていく。

 

 

 

「ヤーベちゃん、私も力になりたいわ~」

 

 

 

「もちろんだよ、ベルヒアねーさん。あそこに例のヤツ、お願いね」

 

 

 

「うふ、任せて~」

 

 

 

一直線の長い廊下を進む兵士たちの前に大きな丸い岩が転がり落ちて来る。

 

 

 

「た、退避――――!」

 

「「「「「ぎゃああああ!」」」」

 

 

 

もちろん大岩に押されたり潰された連中はダストボックスの穴に収納される。

 

 

 

その後も壁を登って来る連中にはシルフィの風魔法で吹き飛ばしたり、フレイアの火魔法でロープを燃やしたりして落としたところを回収する。

 

その後も光の精霊ライティールや闇の精霊ダータレラの力で眩しくしたり、真っ暗にしたりして混乱させて落とし穴に回収だ。

 

 

 

「ところで、この兵士たち、スライムボディの中に取り込んでるの?これ、溶かして吸収しちゃう感じ?」

 

 

 

ボクっ娘ウィンティアが結構恐ろしい事を笑顔で聞いてくる。

 

いやいや、人間なんて吸収したら夢に出そうで怖いから。

 

・・・そういや殺し屋ベルツリーの野郎はキレイさっぱり溶かして消そうと思ったけど。

 

 

 

「実はね、この前いろいろと実験した結果、凄い事が分かってね」

 

 

 

俺はこの前の実験を説明する。

 

俺の亜空間圧縮収納は、生きた生き物を収納したことは無い。

 

なぜなら、怖いから。

 

生きたままの生き物を亜空間圧縮収納に収納してエライ事になったら目も当てられないし。

 

だけど、先日偶然こんなことがあった。

 

バトルホークという巨大な大鷲のような魔獣を仕留める際に、はく製にしたいから出来るだけ傷がない方がありがたいという依頼が冒険者ギルドにあった。

 

そんなわけで、弓矢や魔法では無く、直接触手で接触し、魔力を吸い取ってスタン状態、いわゆる魔力枯渇状態に追い込んだ。

 

魔力枯渇すると生物は気絶状態になる。それを狙ったのだが、気絶したバトルホークがあらぬ方へ墜落しかけたので、俺は慌てて亜空間圧縮収納へ収納してしまったのだ。

 

 

 

「・・・おいおい、生きたまま生物を亜空間圧縮収納へ収納出来ちまったぞ・・・」

 

 

 

通常ラノベではこういった無限収納的な能力の場合、生きた生物は収納できないというお約束がある。だが、気絶状態のバトルホークを俺は収納出来てしまった。

 

 

 

ちなみに、この後適当な生き物ネズミやウサギをそのまま収納してみようとしたが、収納できなかった。この事から、生物を収納する場合、魔力枯渇状態か、意識がない(気絶、もしくは仮死状態)になれば可能になるのでは、と仮説を立てた。

 

さすがに人間でテストするのは問題が・・・と思ったのだが、丁度良く村を襲っている盗賊たちがいたので、早速実地テストを行ってみた。

 

結果は良好。魔力が枯渇して気絶した状態の人間を亜空間圧縮収納へ収納出来たのだ。

 

これはデカイ。要人を亜空間圧縮収納へ収納して隠すことも出来るのだ。

 

・・・尤も魔力枯渇させて気絶状態にするという若干むごい状況になるのだが。

 

 

 

そんなわけで、スライムボディ内に人を格納するなどという無茶をする必要は無くなり、敵兵士の悉くを魔力枯渇するまで魔力を吸い取り、気絶状態に追い込んだら亜空間圧縮収納へ収納して行く。

 

 

 

かなり軍を指揮する将軍がアホなのか、全軍で城へ突撃してきたので何の障害も無くほぼ全軍を亜空間圧縮収納へ収納出来たのだが・・・。

 

 

 

「一人、城の外に待機しているな」

 

 

 

俺は視力を高めて、踏み込まなかったその騎士を見る。

 

女性のようだ。

 

 

 

「くっ・・・、やはりおかしい。この城は魔法による幻術などではない! だが、一体どうやって一夜で・・・。しかも、各国が全軍で攻めたのに、今は戦闘の音すらしていない・・・」

 

 

 

冷汗を流し、風雲!ヤーベ城と書かれた巨大な城を見上げる女騎士。

 

 

 

「これは・・・私だけでも一度下がって、あの御方に報告した方がよいかもしれぬ・・・」

 

 

 

そう言って馬の踵を返し、来た道を戻ろうとする。

 

 

 

「そうはイカン」

 

 

 

城から触手を発射。女騎士の首に巻き付ける。

 

 

 

「ぐわっ!な、なんだ!?」

 

 

 

ひょいっとな。

 

俺は触手を引いて女騎士を宙に舞わせる。

 

 

 

「なあっ!?」

 

 

 

城に引っ張られる女騎士。落ち際を見ようと首を回したその視界に捕らえたものは、怪しく黒く歪む空間だった。

 

 

 

「ひいいっ!」

 

 

 

だが、女騎士に意識はそこで途切れる。触手から魔力を吸われた女騎士は魔力が枯渇して気絶スタン状態に陥っていたからだ。

 

 

 

あっという間に亜空間圧縮収納へ収納されて消える女騎士。

 

 

 

「よし、これで合従軍は消滅だ」

 

 

 

俺は城に化けた体を一気に元に戻し、ポルポタの丘に降り立った。

 

昇り切った朝日を浴びてポルポタの丘から、ガーデンバール王国を見下ろす。

 

 

 

広がる美しい緑の平野が朝日に煌めく。

 

 

 

「この自然美しいガーデンバール王国が戦場にならなくてよかった」

 

 

 

俺はホッと一息吐くのだった。




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第272話 出迎える準備をしよう

 

「さて・・・、そろそろ王都ログリアの攻略が始まっている頃でしょうか」

 

 

 

真っ黒な衣装を身にまとい、黒いマントを翻しながら馬を進める男。

 

ラードスリブ王国にて黒衣の宰相と呼ばれるレオナルド・カルバドリーその人である。

 

フォンの名が入らないことからもわかる様に、貴族の出ではないレオナルドだが、ラードスリブ王国の現在の王位に就くグランドー・デアル・ファインソートが見出だした人材であり、現国王の懐刀といった存在になっている。

 

 

 

「何とか勇者召喚が成功したと思ったら、死ぬほど人間性最悪のクズが召喚されるとは・・・」

 

 

 

レオナルドは歩くようなスピードで馬を進める。

 

その後ろにはラードスリブ王国の約半数の戦力である一万五千の軍勢を率いている。

 

 

 

「あの勇者・・・召喚された直後はうまくスキルも使えなかったくせに、騎士団長のトロア殿に扱かれて強くなったかと思ったら、女、女と騒ぎ出して・・・。犯罪まがいの行為も何度も起こして、それを諫めた騎士団長のトロア様を殺してしまうとは・・・。挙句国を救ってやるから、女をもっと連れて来いとは・・・。どうして女神はあんなクズに勇者としての能力をお与えになったのか・・・」

 

 

 

レオナルドは考えを振り払うように頭を振った。

 

 

 

「フフフ・・・クズならクズで使いようはあるというものです。ヤツは女さえ与えておけばある程度言う事を聞く。うまくコントロールしてやれば、あの戦闘力は大帝国にも対抗できるはずだ。ガーデンバール王国なぞ、あの男一人で王都を落とせるだろう。尤も美人と名高い王太子の妻である王太子妃は蹂躙されてボロボロになってしまうだろうがな」

 

 

 

女に見境なく、コントロールの難しい勇者をラードスリブ王国に留守番させ、今回の進軍は自分でコントロールする。留守番の対価は国内の美人を招集、数名をあてがってある。そして、ガーデンバール王国から美人を連れて帰る事。

 

何と言っても今回は合従軍を纏めることが出来た。

 

王都ログリアを落とすのは連中に任せ、我々は悠々とログリアの地を踏めばいい。

 

我々が到着する前に手に入れた物は全て自由にして良いというのが合従軍を纏める際に出した条件だ。物欲が強いバドル三国の連中は嬉々として王都攻めを行うだろう。

 

 

 

「王都攻めはバドル三国の合従軍が対応する。勇者のような強大な戦力は必要ない。王族を悉く捕らえ処刑し、人員を刷新してガーデンバール王国を傘下に収めれば大帝国に対抗できるだけではない、その間に入っているバドル三国も結局は我らの傘下に入らざるを得ない。

 

 

 

「奴ら、目の前にぶら下げたエサにあっさり食いついたが、自分で自分たちの首を絞めている事に気づかぬとは・・・哀れな事よ」

 

 

 

行軍はポルポタの丘を越え、平野に差し掛かる。

 

順調なら後五~六日で王都ログリアに到着するだろう。

 

 

 

「それにしても・・・伝令が全く来ませんねぇ」

 

 

 

バドル三国のどこからも伝令が来ない。

 

 

 

「はあ・・・略奪に精を出すのは勝手ですが・・・やる事はやって頂けないですかねぇ。これだから野蛮人どもは・・・」

 

 

 

明らかにバドル三国の兵たちを見下すような発言をして溜息を吐くレオナルド。

 

 

 

その苛立ちが通じたわけではないだろうが、王都ログリアの方面から騎馬が1騎やって来た。

 

 

 

「ラードスリブ王国が黒衣の宰相、レオナルド殿が率いる軍で間違いないだろうか?」

 

 

 

やって来た騎馬は女騎士であった。

 

 

 

「そうですが」

 

 

 

レオナルドの返事を聞いた女騎士は下馬すると、片膝をついた。

 

 

 

「バドルシア軍、副官を務めますソネットと申します。セガール将軍より言伝を預かって参りました。攻城戦の状況を報告に行くようにと」

 

 

 

頭を垂れたまま、ソネットと名乗った女騎士が口上を述べる。

 

 

 

「ご苦労様です。それでは報告を伺いましょう」

 

 

 

「はっ!王都ログリアでの攻城戦は時間のかかっているものの順調に進んでおります。黒衣の宰相殿が到着される頃には制圧が終わっている事でしょう」

 

 

 

「それは重畳。ああ、王族の男子は生かして捕らえておいてくださいよ。それ以外は合従軍の約束通り、早い者勝ちで結構です」

 

 

 

「ははっ!それではそのように将軍に伝えさせていただきます」

 

 

 

そう言って副官と名乗った女騎士は再び騎乗すると踵を返して走り出した。

 

 

 

「フフフ・・・全ては計画通りですね」

 

 

 

だが、この時、バドルシア軍の副官であるソネットが伝令に来たという違和感にレオナルドは気づくことが出来なかった。普段であれば黒衣の宰相と呼ばれるほどの冴えを持つレオナルドならば違和感に気づいたであろう。

 

だが、今は自分の立てた計略が自分の思い描いたとおりに進んでいる事で、完全に油断したと言えよう。

 

 

 

「王女姉妹が失踪した際はこのラードスリブ王国も終わったかと思いましたが・・・」

 

 

 

レオナルドは澄み渡った青空を見上げる。

 

 

 

「ラードスリブ王国はこの私の手で大陸最強の国にのし上げてやる」

 

 

 

端整な顔を歪めるようにレオナルドは笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・は?」

 

 

 

レオナルドの思考は完全に停止した。

 

一体何が起こっている?何がどうなっている?

 

あの女騎士は王都ログリアの攻略は順調だと言っていたではないか。

 

 

 

だが、現実は無常だった。

 

 

 

王都ログリアの王城どころか、王都の防壁すら傷一つついていない。

 

1万五千の軍をまっすぐ王都ログリアに向けて進めてきたレオナルドだが、

 

今は王都の左右に展開された敵軍に挟まれるような形となっている。

 

それぞれが約1万5千の軍勢のようで、純粋にこちらの倍の軍が展開されているということだ。つまりはガーデンバール王国のほぼ全軍という事。

 

 

 

「が・・・合従軍は一体どうなったというのだ・・・」

 

 

 

今回の合従軍は電撃的速度を持って王都ログリアに攻め込むことが最大の目的だった。

 

そのための戦略を指示したのだ。つまり、今展開されている敵軍3万と合従軍が戦を行ってお互いがそれぞれ大幅に消耗しているはずだった。

 

それが、合従軍の姿はどこにも見えず、ガーデンバール王国側の軍勢は丸々3万がてんかいされている。

 

 

 

「さ、宰相様、どういたしましょう・・・左右の軍勢が一気に攻めて来たら、我々は壊滅ですぞ・・・」

 

 

 

如何にも気弱な男がレオナルドに声を掛ける。

 

この男、これでも騎士団長の座についている。殺されてしまった前騎士団長のトロアの代わりに着任したのだが、所謂勇者の腰ぎんちゃくといった感じの男であった。

 

 

 

「一体、何が起こったのだ・・・」

 

 

 

レオナルドはまるで判断が付かなかった。

 

その時、左右の軍ではなく、正面の王都ログリアから騎馬が数騎やって来た。

 

見れば、バドル三国の各将軍が縛られて連れて来られていた。

 

 

 

「なっ・・・」

 

 

 

レオナルドは絶句する。少なくとも合従軍を担った三国の将軍たちが悉く捕らえられているのだ。

 

 

 

「ラードスリブ王国が黒衣の宰相、レオナルド・カルバドリー殿とお見受けする」

 

 

 

よく見れば先頭の騎馬は馬ではなく、大きな狼であった。

 

その狼を守る様に、さらに4頭の狼がいる。

 

声を掛けてきたのは先頭の狼に跨った男であった。

 

 

 

「此度のラードスリブ王国が仕掛けてきた戦、どのような形で納めるのが望ましいか、話し合いを持ちたいと思うが、いかがかな?」

 

 

 

一際大きな狼に跨った男・・・ヤーベは不敵な笑みを浮かべて問いかけるのだった。

 

 

 

 




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第273話 大神官ヤーベンを登場させよう

 

時は少し遡る―――――

 

 

 

 

 

 

 

「さて、無事に三万からの軍兵を回収できたな」

 

 

 

亜空間圧縮収納に回収した兵士たち。

 

全て魔力枯渇による気絶スタン状態の者達ばかり。

 

そして、鑑定の機能が働き、名前や種族、性別年齢の他、所属やスキルまで分かった。

 

・・・やっぱりスキルってあるのね、この異世界。

 

ええ、スキルなんてひとっつもありませんけど、何か?

 

亜空間圧縮収納もスライムボディ変化も、自分の努力で才能を開花させたんだもんね!

 

女神に貰ったチートなんかじゃないんだからね!

 

 

 

「さて・・・どうしよう」

 

 

 

俺が悩んでいる理由。

 

それは、この人を収納した能力が俺、つまりヤーベ・フォン・スライム伯爵の能力だと認識されるのはマズイのでは・・・という事だ。イマイチどころか、イマニ、イマサンも良くない気がする。

 

チートがねーって叫んでいる俺だが、所謂異空間収納インベントリという能力において、生きた人間を条件が限定されているとはいえ収納できるなんて、結構ラノベを読み込んできたけど、そんな能力ちょっと無い気がする。この能力はちょっとヤバイ。うん、ちょっとだけどね。でも、誘拐事件とか発生するたびに絶対俺が疑われそうだ。

 

だから、一工夫しよう。

 

 

 

そういって俺は亜空間圧縮収納から白い豪華なローブとゴツイ装飾の神杖、それから銀色の仮面を取り出す。

 

白い豪華なローブとゴツイ杖は以前城塞都市フェルベーンにてフェンベルク卿から頂いたものだ。そう、女神様白いおパンツ騒動のあった町で、顔を隠して教会を回るために用意して貰ったものだ。

 

そして、銀色の仮面は、以前カッシーナが顔の半分を隠すために着けていた仮面を参考にドワーフの腕利き鍛冶師であるゴルディン殿に製作して貰ったものだ。

 

カッシーナを殺し屋から守るため、この仮面をつけてダークナイトと名乗って戦ったんだよな。もう懐かしく感じるよ。

 

 

 

そんなわけで、このローブに銀の仮面を被って、俺ではない別の人が凄い秘術を使ったんだよ、と説明しよう。

 

俺は一人納得して<高速飛翔(フライハイ)>を唱えると空を飛んで王都ログリアへ向かった。

 

・・・帰りは転移で帰った方が楽なのだが、急に奥さんズの近くに現れると驚かれるだろうし、何より王都の門から出ているからな。戻って来たという情報が必要だろう。

 

出来る限り俺が転移できるという情報は他国の人にはバレないほうがいい気がするしな。

 

・・・まあ、ピンチになったらそんなことを気にしている余裕もなくなるのだろうが、そのようなことが起こらない様に立ち回らないとな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま」

 

 

 

「お帰り!ヤーベ!」

 

 

 

そう言ってイリーナが抱きついてくる。

 

 

 

「ヤーベ様お帰りなさい!」

 

「ヤーベさん待ってたよ!」

 

「旦那様、無事で何よりです」

 

 

 

ルシーナ、サリーナ、フィレオンティーナが俺を笑顔で出迎えてくれる。

 

 

 

「あなた・・・お帰りなさい」

 

 

 

「え!?」

 

 

 

少し目に涙を溜めて俺の手を取るカッシーナ。

 

 

 

「あ、あなた!?」

 

 

 

「むうっ!カッシーナが正妻力を発揮している!」

 

「さすがカッシーナですね!」

 

 

 

イリーナとサリーナが解説している。

 

急にあなた呼ばわりされると、半端なくテレますけど。

 

 

 

ちなみに、リーナは爆睡している。

 

神獣たちをお腹に乗せて。うん、まだ朝早いから。

 

 

 

「それであなた、敵軍は無事撃破出来ましたの?」

 

 

 

カッシーナが結構物騒な事を聞いてくる。

 

 

 

「いや、撃破って・・・。みんな捕虜にしたよ」

 

 

 

「そうですか・・・それはなにより・・・えっ!?捕虜?」

 

 

 

カッシーナがホッとしたような表情を一瞬見せた後、怪訝な顔をしてクワッと目を見開いた。

 

 

 

「ほ・・・捕虜?」

 

 

 

「そう、捕虜」

 

 

 

「さ、三万からの敵兵がいたはずですが・・・」

 

 

 

「正確には32,357名いたね」

 

 

 

亜空間圧縮収納に放り込んだら、カウンターがついて収納した人たちの総計が簡単に分かったよ。便利だね。

 

 

 

「・・・・・・」

 

 

 

カッシーナがポカーン顔になる。

 

 

 

「どういうことだろう?」

 

「・・・さあ、私にはわかりません」

 

 

 

イリーナとルシーナが顔を見合わせて首を傾げる。

 

 

 

「どこかに捕まえて隠しているのかな?」

 

「三万からの兵ですよ?いくら旦那様が凄くても、さすがにそんな大勢の敵兵を捕虜として捕まえておくなんてことは・・・」

 

 

 

サリーナとフィレオンティーナ俺を見ながら意見を交換している。

 

 

 

そこへドバンと扉を開けて入って来た人物がいた。

 

 

 

「ヤーベ殿! 戻られたか!」

 

 

 

ガーデンバール王国のセルジア国王だった。

 

 

 

「ヤーベ様! ご無事で何よりです!」

 

 

 

セルシオ王太子もやって来た。

 

 

 

「どうも、とりあえず合従軍の三万は処理しました。王都での籠城も不要ですが、ラードスリブ王国から出撃している後詰の軍に対応するために、王都の軍を動かす準備はしてくださいね」

 

 

 

「あ、それは良いのだが・・・三万もの合従軍は一体どうなったのだ?」

 

 

 

「そうですね・・・、斥候からは敵軍の進軍無しとの報告が来ています・・・まさか皆殺し!?」

 

 

 

「物騒だな!?」

 

 

 

国王と王太子があれこれ詮索してくる。そりゃ気になるか。

 

早速ヤツを呼んで来る事にしよう。

 

 

 

「それでは、捕縛の秘術の使い手を呼んで来る事にしよう」

 

 

 

そう言って俺は小部屋に移って白い豪華なローブとゴツイ神杖、銀の仮面を装着し、戻って来る。

 

 

 

「我われが大精霊スライム神様を崇めるスライム教の最高責任者、大神官ヤーベンであーる」

 

 

 

 

 

ピシリ。空気に亀裂が入ったような雰囲気に。

 

 

 

 

 

「・・・ヤーベ? 何してる?」

 

 

 

イリーナが首を傾げる。

 

 

 

「ヤーベ様?遊んでいる場合ではありませんよ?」

 

 

 

ルシーナに怒られた。解せぬ。

 

 

 

サリーナとフィレオンティーナがポカーン顔だ。

 

セルジア国王とセルシオ王太子も怪訝な表情を浮かべる。

 

 

 

「我はスライム教、大神官ヤーベンであーる。我が親友ヤーベ殿より依頼を受け、敵軍の捕縛に力を貸したのであーる」

 

 

 

俺は神杖をシャランと振ると、亜空間圧縮収納から一人を解放する。

 

 

 

ドサリ。

 

 

 

一番話が通じそうな、ソネットというバドルシアの副官を選んでみた。

 

触手で魔力を充填するわけには行かないからな。神杖をソネットに触れさせると魔力を少しだけ送り込む。

 

 

 

「う・・・ううん・・・」

 

 

 

ソネットは頭を振って上半身を起こす。

 

 

 

「え・・・? こ、ここは・・・?」

 

 

 

「初めまして。我はスライム教、大神官を司るヤーベンであーる」

 

 

 

「は、はあ・・・?」

 

 

 

全くといって現状が把握できないソネット。

 

 

 

「こちらはガーデンバール王国のセルジア国王とセルシオ王太子にあらせられーる」

 

 

 

「はあっ!?」

 

 

 

目を白黒させて周りを見回す女騎士ソネット。

 

 

 

「くっ」

 

 

 

剣を抜こうとするソネットの右手を神杖で叩く。

 

 

 

「うぐっ!」

 

 

 

「すでにお前はガーデンバール王国の捕虜という立場であーる。大人しくしないと即刻打ち首になるのであーる」

 

 

 

「ヤーベよ、その語尾何とかならんのか?」

 

 

 

「我は大神官ヤーベンであーる」

 

 

 

俺はイリーナのツッコミに名乗り返す。

 

 

 

「バドルシア軍副官の地位にいるソネットよ。これから質問する事に正確に答えるのであーる。嘘を吐くと、スライム神様の天罰が下り、暗く深い異次元のはざまに再び封印されるのであーる」

 

 

 

「ヒイイイイッ!!」

 

 

 

どうやらソネットは自分が亜空間圧縮収納へ取り込まれる直前の記憶があるようでことのほか異次元への封印を恐れた。そのため、その後の質問には震えながらも拒否することなく話してくれた。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・やはり、ラードスリブ王国黒衣の宰相、レオナルド・カルバドリーの描いた筋書きか」

 

 

 

ソネットの説明によれば、バドルシアにレオナルドがやって来て、話し合いを持った。その時にバドル三国の連合軍をまとめ上げガーデンバール王国への侵攻を行うという戦略を提案してきた。

 

ラードスリブ王国軍が到着するまでの分捕り品は全て各国が自由にしてよいという条件、ガーデンバール王国の王都を陥落させた後はバドル三国の隣接部にそってガーデンバール王国の東をバドル三国へ併合、ラードスリブ王国は王都ログリアで王族を処刑後、新たにラードスリブ王国の属国として別の人物を立てて政治を行う予定な事。

 

断った場合、召喚した勇者の戦闘訓練にバドル三国が巻き込まれる可能性もあり得ることなどを告げてきたという。

 

ほぼ脅しのような気がするが、分捕り品が自分たちの物になり、ガーデンバール王国の東を奪えるなら、それも悪くないと考えたとの事だが、それも仕方のない事か。勇者をけしかけるぞ、というのは人類にとってかなりの殺し文句というか、逆らえない脅しというか、ずいぶんと質の悪い戦略のような気がする。そんな存在自体がチートな勇者をけしかけられた日にゃたまったもんじゃないわな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

王の間に移動した俺たち一行はガーデンバール王国の多くの貴族たちや近衛兵を集めて人垣を準備したところで、大神官ヤーベンが三人の男を亜空間圧縮収納から放り出す。

 

 

 

ドサドサドサッ!

 

 

 

もちろんバドル三国の各将軍たちである。

 

 

 

バドルシアの将軍、セガール。

 

バドルローレンの将軍、シルベスタ。

 

バドルウルブスの将軍、アーノルド。

 

 

 

その三人が槍を構えた近衛兵たちに囲まれている。

 

 

 

「ななな!なんじゃ!」

 

「ここはどこだ!」

 

「何が起こった!?城攻めをしていたはず・・・?」

 

 

 

「ここはガーデンバール王国の王都ログリア。こちらはセルジア国王とセルシオ王太子であーる。今からお前たちの戦争責任を問うのであーる」

 

 

 

困惑する三将軍に俺はさらりと説明をする。

 

 

 

「はえっ!?」

 

「何を!?」

 

「そんなっ!?」

 

 

 

さらに困惑が深まる三将軍。

 

 

 

「質の悪い侵攻軍は即刻打ち首なのであーる」

 

 

 

さらにさらりと説明する俺。

 

その場に悲鳴が上がる。

 

 

 

「ぎゃ――――!?お、俺のせいじゃねーよ?なんたって攻めろと言われただけだし!」

 

「いや、ふざけんなよお前!攻めろって言われて攻めて来たら戦争だろうが!」

 

「あ、俺はついて来ただけだから」

 

「今更逃げんなよ!」

 

 

 

3将軍が責任をなすりつけ合っている。見苦しい。

 

 

 

「どちらにしても、バドル三国の各将軍及び各軍の主力はこうして捕縛したのであーる。今ならバドル三国へ攻め込んで切り取り放題なのであーる」

 

 

 

「な、何だとっ!」

 

「テメエ!ふざけんな!」

 

「許さんぞ!」

 

 

 

「許さんのはコッチの方なのであーる。貴様らは勝手にガーデンバール王国へ侵攻して来て東の村々を焼き払ったのであーる。その所業、許される物ではないのであーる。打ち首間違いなしなのであーる」

 

 

 

仮面だから、余計無慈悲に見えるのか、三将軍は怒りから徐々に怯え打ち首が現実のものととらえ始めている。

 

 

 

「ふむ、君たちはこのガーデンバール王国に攻め入った事を深く後悔しているのかね?」

 

 

 

無慈悲な大神官ヤーベンの横に立って優し気な声を掛けるセルジア国王。

 

 

 

「そ、そうなのだ!申し訳なかったのだ」

 

「すまない・・・レオナルドにそそのかされてしまった」

 

「お、俺達が悪いんじゃないんだ!」

 

 

 

必死に自己弁護をする3将軍。ホント見苦しい。

 

 

 

「そうかそうか・・・ラードスリブ王国の黒衣の宰相に唆されただけか・・・。だが、このガーデンバール王国に攻め込んで村々を焼き払ったことは事実。しっかりと補償の話をしようではないか、うん?」

 

 

 

実に優しそうな声でにっこりと笑うセルジア国王。

 

実に恐ろしい笑顔だ。

 

 

 

見苦しい三将軍はどのような条件を突きつけられるのか、戦慄した。




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第274話 停戦交渉を実現させよう

「こ・・・これは一体どういうことですか・・・?」

 

 

 

ラードスリブ王国、黒衣の宰相レオナルド・カルバドリーは現状が全く理解できなかった。

 

 

 

なぜ、合従軍として進軍したバドル三国の軍隊が全く姿を見せていないのか?

 

なぜ、すでに合従軍の三将軍が全て捕らえられているのか?

 

なぜ、合従軍が無力化されているのに、ガーデンバール王国の戦力が全く衰えていないのか?

 

 

 

バドル三国の連中に裏切られたのか?まさか?自分が嵌められたなんてことはあり得ない。一体何が起こっている・・・。

 

 

 

 

 

 

 

「随分と混乱しているようだが、こちらはお前が落ち着くまで待ってやる義理はない」

 

 

 

堂々と言葉をぶつけてやる。

 

 

 

「貴方は一体何者です!」

 

 

 

「俺か? 俺はバルバロイ王国にて伯爵位を預かるヤーベ・フォン・スライムだ。故あってガーデンバール王国に助太刀することになった」

 

 

 

「助太刀だと・・・! バルバロイ王国の伯爵が・・・!?」

 

 

 

驚愕の表情を浮かべるレオナルド・カルバドリー。

 

自分の計画に全く俺のことが入っていなかっただろうからな。

 

 

 

「悪いがそれほど暇じゃない。お前に選べる選択肢は二つだけ」

 

 

 

そう言って俺は右手を突き出し、ピースサインで選択肢が2つだとアピールする。

 

 

 

「・・・それは?」

 

 

 

「一つは一応お前がラードスリブ王国の宰相ということで、顔を立ててやるからラードスリブ王国からの侵略戦争において、停戦条件の確定とそちら側からの賠償内容を検討するものだ」

 

 

 

「・・・もう一つは?」

 

 

 

レオナルドの顔が険しくなる。

 

まあそうか。顔を立ててやるから戦争を停止して攻めてきたことを見逃す代わりに賠償金をよこせ、と言っているのだからな。

 

 

 

「当然、ここでお前が死ぬことだ」

 

 

 

「・・・・・・!」

 

 

 

すでに敵軍の倍に相当する兵力を左右に展開している。

 

最悪、敵側が突撃してくれば、左右の軍を突っ込ませてすりつぶす。

 

多少被害が出るだろうが、王都ログリアへの影響はないだろう。

 

 

 

「随分な物言いですな。こちらの軍が一点突破で王都を攻め落とせないとでも?」

 

 

 

いかにも余裕ありますという表情を作ってハハン、みたいな態度をとってくるレオナルドだが、滑稽なんだよ。

 

 

 

「ならばやってみるがいい。その内政官を務めるような貧弱な連中で攻め落とせるものならばな」

 

 

 

「なっ!?」

 

 

 

「どうせ貴様は合従軍でガーデンバール王国の兵力を削りきる戦略だったんだろうが。ラードスリブ王国の本拠地はある程度主力を残しておかなければ、最悪ロズ・ゴルディア大帝国が攻めてきたときに対処できないからな」

 

 

 

「ぐっ!」

 

 

 

レオナルドの端正な顔がゆがむ。

 

俺にそのものズバリを指摘されて悔しいのだろう。

 

結局ヤツが後詰で編成した軍は比較的自分の言うことを聞くもやし系の兵士たち。古参の歴戦の兵たちはラードスリブ王国の王都防衛のために残しているはずだ。

 

合従軍としてバドル三国の兵士たちに分捕り品は全て取ったもの勝ちとエサをぶら下げ、ガーデンバール王国の軍と激突してもらう。自分たちは落とされた王都ログリアに悠々乗り込んで国を支配すればいい、そう考えていただろうからな。

 

 

 

「さあ、どうするのかね? 我々はこのまま一戦構えても全く問題はないが?」

 

 

 

できる限り圧力をかけて、ヤツの思考を狭めたいが。

 

 

 

「バドル三国の兵士たちはどうしたのですか?」

 

 

 

「それに答える義理はない」

 

 

 

「バドルシアの副官が伝令に一度来ましたが、それも貴方の差し金ですか?」

 

 

 

「それも答える必要性を認めない」

 

 

 

コイツは基本的に頭がいいヤツだからな。できる限り情報は与えないに限る。

 

 

 

しばらくお互い無言が続いた後、レオナルドが口を開いた。

 

 

 

「わかりました。停戦の条件を打ち合わせ致しましょう」

 

 

 

肩をすくめて、参ったといわんばかりに両手を上に向ける。

 

 

 

「そうか。それでは王都内へ案内しよう。そちらの護衛は何名希望だ?」

 

 

 

「そうは参りません。王都ログリアはもとより、この場所でも話し合いは不可能です」

 

 

 

引きつれる供の数を聞いたところ、まさかの協議拒否。どういうつもりだ、コイツ?

 

 

 

「どういう意味だ?」

 

 

 

「まさか、これだけの軍勢で回りを囲んで停戦条件を結ばせるわけではありませんよね?王都に入るなんて、自殺行為と同じですし」

 

 

 

嫌らしい笑みを浮かべて宣うレオナルド。

 

 

 

「ははっ、戦わずしてすでに敗軍の将たる貴殿に、そんな選択肢があるとでも?」

 

 

 

俺は強気に出てみるが、どうやら何か確定めいたものをつかんでいるのか、強気な姿勢を崩さないレオナルド。

 

 

 

「そうですね、ポルポタの丘あたりで停戦協議はいかがですか? 私も軍の大半は自国へ返しましょう。お互い話し合いにそれほどの軍勢など不要でしょう?」

 

 

 

チッ!いつの間にか手綱を向こうにもっていかれ気味だ。

 

 

 

「面倒臭いな。もう討ち取って後顧の憂いを断つ方が早いか」

 

 

 

「どうぞご自由に。我々は軍を引き返させていただきます。貴方に戦う意思のない軍を後ろから卑怯にも襲い掛かるような真似ができるのならばどうぞ」

 

 

 

そう言って手綱を引き、馬を反転させた。

 

 

 

「・・・チッ!」

 

 

 

心の舌打ちだけでは収まらず、口に出ちまった。

 

あのヤロー、俺が人殺しをなるべくしたくないというのを見破りやがった。

 

やっぱり、生きて三将軍を連れてきたのは失敗だったか。

 

だが、合従軍を無力化した証拠を一目で突きつけるためには三将軍を表に出す以外になかった。最も効果が高かったのは打ち首にして三人の首を転がすことだったろうが、さすがにためらわれたし、あの連中はうまく回せばバドル三国自体が東の国へのけん制になる。

 

 

 

その上で圧倒的優位な位置から総攻撃をかけずに停戦条件の打ち合わせを選択肢にしてやった。つまりは殺さずにうまく落としどころを探っているという事に感づかれたわけだ。

 

別に感づかれてもよかった。これで自分の命が助かると安堵してくれるなら。

 

だが、ヤツは不敵に顔を歪めるようにニヤついた。

 

何か考えているはずだ。面倒な事にならなきゃいいがな・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クソがっ!!」

 

 

 

野営の天幕の中。黒衣の宰相レオナルド・カルバドリーは荒れまくっていた。

 

 

 

「あのヤーベという男・・・この俺をコケにしやがって!」

 

 

 

レオナルドはチラリと横を見る。天幕内でお茶の用意をしていた女中と目が合う。

 

 

 

「ヒッ!」

 

 

 

レオナルドは女中を乱暴に引き倒すと、馬乗りになり女中の顔を殴り続けた。

 

 

 

「お、お許しを・・・!」

 

 

 

ゴッ! ガッ! ゴスッ!

 

 

 

やがてピクピクとけいれんしながら反応しなくなると、やっと女中から馬乗りをやめて立ち上がった。

 

 

 

「誰か、このゴミを片付けろ!」

 

 

 

ほかの女中が腰を抜かして震える中、兵士が殴られて意識のない女中を天幕からまるで死体を運ぶように引きずっていった。

 

 

 

「ヤーベとやら・・・この屈辱必ず晴らしてやるっ!」

 

 

 

黒衣の宰相レオナルドはまさしくどす黒い炎を目に宿してヤーベへの復讐を誓うのだった。

 

 




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第275話 停戦協議への出発準備をしよう

 

停戦条件の話し合いはポルポタの丘にて行う。

 

双方手勢は二十名までとする。

 

武力行使を行う場合は停戦協議を破棄し、戦争を続行するものとみなす。

 

 

 

 

 

あの場で決めたことはこの程度。

 

さっさと後ろを向いてあの黒衣の宰相レオナルド・カルバドリーは去りやがった。

 

 

 

確か地球時代、中国大陸の歴史の中で、負け続けた劉邦は最後の戦いにおいてお互い停戦をしておきながら、全兵力をもって楚国へ帰る項羽を討った・・・そんな話ではなかったか。

 

勝てる時に全力で勝ちを奪いに行かなければならない・・・そんな気もしてくる今、レオナルドの軍勢一万五千を無傷で帰国させたのはまずかったかもしれない。

 

 

 

尤もバドル三国を無力化した今、ラードスリブ王国はこのガーデンバール王国へ攻め入るだけの戦力を整えられないはずだ。

 

まずは目の前の脅威が去ったことを喜ぶとするか。

 

 

 

とりあえず今日は休んで明日朝ポルポタの丘へ出立すればいいだろう。

 

ヤツに一日くらいポルポタの丘での打ち合わせ場所を準備する時間をやろうではないか。

 

ちなみに奥さんズの面々には停戦協議の会談に俺と手勢だけで会うと言ったら大反対された。まあ、あの黒衣の宰相がおとなしく会談に応じてくれるかという問題もあるしな。

 

だが仕方がない、ヤツがどんな手を打ってくるかわからない以上、会談の場に奥さんズを引き連れていくわけにはいかないのだ。

 

 

 

セルジア国王やセルシオ王太子なども停戦協議の会談に同席を求めてきたが、協議の場は遠慮してもらった。互いの国の責任者による調印時には出席してもらうことで納得してもらった。

 

尤も、国王のサインとかどうせ協議後の締結の場では必要になるだろうし、それまで出番待っててね、と納得してもらった。

 

だがしかし、ゆだんは禁物。出兵準備は解かずに待機してもらって、王都防衛の体制は維持してもらっている。

 

 

 

そんなわけで俺一人、別の部屋で出立の計画を練っていたのだが、

 

 

 

『ピピピピィ!(ボス!あの男が自分の天幕の女中を暴行し、意識不明の重体です!)』

 

 

 

いきなり飛び込んでくるヒヨコ軍団からのろくでもない連絡。

 

それにしても最悪だな、アイツ。

 

 

 

『助けられるか?』

 

 

 

『ピピィ!(出張用ボスを預かっております。意識がないようですのでそちらへ収納します)』

 

 

 

あらやだ、ヒヨコさんマジ完璧判断。

 

そう言えば、俺様の亜空間圧縮収納は気絶した人間放り込めるんだったわ。

 

なんせ三万以上の兵士たちを気絶のまま放り込んだままだからな。はっはっは。

 

 

 

あれ?これもしかしてすごくない?

 

俺の亜空間圧縮収納は時間の経過がない。どんなピンチな重傷者も収納してしまえば時が止まり死なずに済むかも。それに治らない病気とか、収納したまま病状の進行を止めておき、その間に解毒薬や特効薬を準備すれば、死を回避できるかもしれない。

 

 

 

もしかして、これチートなんじゃね?

 

ついに俺様にもチート能力が!?

 

 

 

・・・イヤイヤ、落ち着け俺。これは俺が努力して作り上げた能力だ。

 

決して女神とかから授かったチート能力ではない!

 

 

 

さすが俺! さすオレと自分で自分をほめてやりたいが、決して油断してはいけない。俺はしょせん女神から何ももらえなかったノーチート野郎なのだ!

 

どこぞの勇者とかとは違うのだ!努力あるのみ!

 

 

 

フンスッと力を入れると、停戦会談へ向かうための準備を始める。

 

 

 

『ピピピィ!(ボス!重体患者の女中を収納しました!)』

 

 

 

『ご苦労さん。この後もしっかりと見張ってくれ』

 

 

 

『ピピィ!(了解です!)』

 

 

 

俺はヒヨコとの長距離念話を終了すると、城内のヒヨコにアンリちゃんを呼んでくるように念話を送る。

 

 

 

その間に最低限の治療はしておかないとな。

 

ひどいけがの女中を目の前に出すと、すぐに<生命力回復ヒーリング>を唱える。

 

ゆっくりだが血が止まり折れた骨がくっつき傷もふさがっていく。

 

これで少なくとも命に別状はないところまで回復しただろう。

 

このあとアンリちゃんの回復魔法をかけてもらえば全快するはずだ。

 

 

 

「ヤーベ様一体どうし・・・キャア!どどど・・・どうしたのですかこのひどいけがの女性は! はっ!?・・・まさか、ヤーベ様イケナイ趣味に目覚めて!?」

 

 

 

「目覚めてない! というか、こんなひどいことするのは犯罪だし!」

 

 

 

俺はぷんすかアンリちゃんに文句を言う。

 

 

 

「そ、そうでした・・・、ヤーベさんがそんなことするわけありませんものね。どうしてもの時は私に相談してくださいね?」

 

 

 

落ち着いたアンリちゃんに<大いなる癒し(ハイ・ヒール)>をかけてもらう。

 

後、どうしてもの時ってどんな時にアンリちゃんに相談すればいいんだよ!?

 

 

 

「うん、これで完全回復だ」

 

 

 

とりあえず女中さんの傷がなくなって元気そうになる。

 

多分、最初から<大いなる癒し(ハイ・ヒール)>だけでは治りきらなかった可能性が高いからな。先に<生命力回復(ヒーリング)>である程度けがを治したからうまくいった。

 

 

 

「う・・・うう・・・」

 

 

 

お、女中さんが目を覚ましたぞ。

 

 

 

「ヒッ! ゆ、許してください許してください!!」

 

 

 

ありゃ、パニック状態だな。どうしよう。

 

 

 

「もう、大丈夫ですよ」

 

 

 

そういってアンリちゃんがギュッと女中さんを抱きしめる。

 

 

 

「もう、貴女を傷つけるような人はここにはいません。もう心配は不要です」

 

 

 

そっと抱きしめる腕を緩め、笑顔を見せてあげるアンリちゃん。

 

 

 

「うわああああああ!」

 

 

 

女中さんはアンリちゃんの胸に抱かれて号泣した。

 

俺もアンリちゃんにちょっとだけ抱かれたいと思ったのは内緒だ。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・ふむ。あの男、早馬で何か王都に連絡を入れたか」

 

 

 

女中からの話では、天幕を張り、休むのかと思いきや、書きなぐるように手紙を書いて大至急王都に届けるよう指示したという。

 

 

 

「ラードスリブ王国王都へ手紙が届くよりは、少なくとも俺がポルポタの丘へ到着する方が早いだろう」

 

 

 

腕を組みながら俺は考える。停戦条件の確認を王都にいるであろう王へ行うつもりなら、明らかに時間がかかりすぎる。俺がポルポタの丘へ到着した時には返事はまだ来ずに、ヤツが指定した停戦協議の会談に間に合わない。

 

 

 

「何か魔導具でもあるのでしょうか?」

 

 

 

確かに早馬を出立させたとはいえそのままずっと馬で手紙を運ぶというわけでもない。

 

途中から何か別の便利な魔導具を持つ部隊が潜伏しているかもしれないしな。

 

 

 

「まあ、どちらにしても何かしかけてくるならポルポタの丘へ俺が到着する寸前だろう。気を付けて行ってくるよ」

 

 

 

「はい、無事をお祈りしております」

 

 

 

アンリちゃんは優雅にお辞儀をしてくれる。さすが枢機卿だね!

 

 




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第276話 停戦会談に臨んでみよう

 

「急げ!奴が来る前に何としても準備を整えろ!」

 

 

 

黒いマントを翻し、漆黒の服を纏う男が声を上げる。

 

黒衣の宰相レオナルド・カルバドリーはヤーベが来るまでの間にすべての準備を整えなければならなかった。

 

 

 

完全に出し抜かれた。

 

自分の張り巡らせた策略は全て見抜かれ打ち破られた。

 

あの男がもっと非道であったり、戦争に傾いている男であれば、この首は今頃戦場に転がっていただろう。

 

 

 

「ヤーベ・フォン・スライム・・・!」

 

 

 

手に持つ指揮棒が強く握られ軋む。

 

 

 

「この屈辱・・・絶対に晴らす!」

 

 

 

そこへ兵士が大きな声をかけてきた。

 

 

 

「宰相様! 例のモノが王都より届きました!」

 

 

 

「よし! 間に合ったか! 大至急弓隊を配置して展開しろ!」

 

 

 

「ははっ!」

 

 

 

部下に指示し終わるとふう、と一息吐くレオナルド。

 

 

 

「くくっ・・・」

 

 

 

自然と笑みがこぼれる。

 

レオナルドはヤーベという男を自分と同じ「軍師」タイプだと判断していた。

 

その腕っぷしは大したことないものの自分と同じ魔法系のスキルを持つ男だろうと。

 

だからこそ王都から大量に取り寄せた。

 

ラードスリブ王国が誇る最先端の魔導具、「魔法探知隠微シート」である。

 

 

 

「ポルポタの丘後方に弓兵部隊を潜ませろ! 三千の弓兵全てだ! 魔法石も用意しろ! 火矢を放てるようにな! ただし、合図があるまで魔法探知隠微のシートから絶対に出るな! 気取られるぞ!」

 

 

 

「ははっ!」

 

 

 

「くくっ・・・これで奴の<魔法探知(マジカルサーチ)>をかいくぐることができる。馬鹿正直に俺が約束通りわずかな手勢で会談を待っているように見えるだろう」

 

 

 

レオナルドは端正な顔を大きくゆがめ、引きつるように笑った。

 

煮え湯を飲まされた憎き相手、ヤーベ・フォン・スライムをハチの巣にすることができる。

 

だた1つ、残念なことは、()()()()()()()()()()姿()()()()()()()ことだけ。

 

 

 

だが、それも些末な事だとレオナルドは己を納得させる。

 

 

 

「殺せる時には必ず殺す・・・。敵に二度目のチャンスを与えては、自分の命が危なくなる」

 

 

 

くしくもヤーベ自身が大切な身内を守るために自分に言い聞かせたこと。

 

それとほぼ寸分たがわず同じ事をこの男も自分に言い聞かせていた。

 

 

 

「我らの倍の兵力で囲んでおきながら、停戦協議などと戯けた事を抜かしやがって・・・。この甘さを地獄で悔いるがいい!」

 

 

 

その目にどす黒い復讐の炎をたぎらせ。レオナルドはポルポタの丘頂上から王都ログリアの方向をにらみつけた。

 

明日にでも到着するであろうヤーベの存在を感じながら。

 

 

 

斥候の情報では、約定通りわずかな騎士と狼を数匹連れて来ているだけとのことだった。

 

あの男は本気でレオナルドの命を見逃し、レオナルドとの口約束を守ったのだ。

 

 

 

「くくっ・・・」

 

 

 

再び右頬を引きつらせるように口角を上げ、笑うレオナルド。

 

 

 

「さあ、やってこい・・・お前のその甘さをすべて否定してやる・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう少しでポルポタの丘だな」

 

 

 

俺は独り言のようにつぶやく。

 

 

 

『ははっ! すでに前方に大きく見えております丘がポルポタの丘になります』

 

 

 

俺のつぶやきに答えてくれたのは肩近くに飛んでいたヒヨコ隊長だった。

 

 

 

「予定通りだな」

 

 

 

『ははっ!』

 

 

 

「後は・・・あの男がこの後どう動くかだけだな」

 

 

 

『一応、レオパルドとクルセーダーの二部隊をこの丘周りに展開しております。それ以外はご指示通り王都ログリアに』

 

 

 

「ああ、アイツが大人しく国に帰ってくれればいいんだけどね・・・」

 

 

 

俺はため息をつきながら丘へと歩みを進めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よう! 

元気だったかい? 停戦協議にやってきたよ~」

 

 

 

俺はことさら明るく声をかけてみる。

 

ポルポタの丘の頂上は白い幕が張られ、陣ができていた。

 

なんだろう、ちょっと戦国時代みたい。

 

 

 

俺は狼から降りると、天幕に近づく。

 

 

 

「お待ちしておりました。こちらへご案内いたします」

 

 

 

騎士の一人が俺に声をかけてきた。

 

 

 

案内についていき陣幕の中に入る。狼と俺についてきた騎士たちも天幕近くまでやってきた。

 

 

 

「これはこれは、スライム卿とお呼びすればいいのかな? お約束通り少数の手勢で来ていただき感謝する」

 

 

 

「なんのなんの、呼び方はご自由に。これから両国の和平に向けて話し合いを行うわけですからな、まずはお互いを信頼することから始めませんとな」

 

 

 

ものすごくニコニコして俺は話しかける。

 

 

 

「くくっ・・・くっくっく・・・」

 

 

 

だが、黒衣の宰相レオナルド・カルバドリーは笑いをかみ殺しているようだ。

 

 

 

「あーっはっはっは! お前本気か!? バカなのか!? 斥候からの報告を聞いたときは耳を疑ったぞ!? 俺の戦略を見事破っておきながら、こうもバカだとは!」

 

 

 

耐えられない、そういった表情で大笑いを始めるレオナルド。

 

 

 

「なんだ? どういうことだ?」

 

 

 

「はっはっは、俺は忙しい身なんだ。お前のようなバカを相手にしている時間は惜しい」

 

 

 

そう吐き捨てると右手をサッと上げる。

 

ばさりと周りの天幕が落ち、魔力感知隠微シートを跳ね上げて弓兵たちが立ち上がる。

 

ずらりと矢をつがえこちらに狙いを定めていた。

 

 

 

「まさか・・・貴様! 約束をたがえる気か!」

 

 

 

「ぶわぁ~っはっは! これだから愚か者は! 我々は戦争をしているのだぞ!? 約束? 信頼? まさに負け犬の戯言よな!」

 

 

 

愉悦の表情を浮かべ笑い続けるレオナルド。

 

 

 

「貴様っ・・・俺が命を救ってやったことを忘れたか!」

 

 

 

「命を救う・・・? はははははっ! 人を殺す覚悟を持たぬ愚か者が戦場に立つな!!」

 

 

 

いきり立ち席をけ飛ばすように立ち上がると、右手を振り下ろす。

 

 

 

「討てぇぇぇぇぇぇ!!!!!」

 

 

 

その瞬間三千からの弓兵が矢を放つ。

 

 

 

 

 

ドスドスドス!!

 

 

 

 

 

あっという間に俺の体に突き刺さる無数の矢。

 

俺の後ろにいた狼たちや騎士たちにも容赦なく矢が突き刺さる。

 

 

 

ドサリ。

 

 

 

俺はその場に倒れた。

 

 

 

「火矢を放て! 消し炭にして死体すら残すな!!」

 

 

 

俺だけでなく、狼たちや騎士たちの体にも火矢が放たれ、燃え上がる。

 

 

 

「はーっはっは! 愚か者の末路など、このようなものよ!」

 

 

 

黒衣の宰相レオナルド・カルバドリーは一際大きく高笑いすると、黒いマントを翻した。

 

 

 

「急げ! すぐに出立するぞ! ()()()()()()()()。全力を出していいと言ったからな。今頃は王都の形も残っておらんかもしれんなぁ」

 

 

 

そう言ってレオナルドは騎士の一人が連れてきた馬に乗る。

 

 

 

「まあいい、更地になったとしても、一から再建すればいいだけのことだ・・・何なら俺が王にでもなるか!」

 

 

 

「それは剛毅ですな!ぜひその暁には私に大将軍の位を・・・」

 

 

 

馬を引いてきた騎士は、レオナルドが率いてきた軍勢のトップ、将軍の地位にいた。

 

レオナルドの意図を組んで動くだけの腰巾着ではあったのだが。

 

 

 

「まああの勇者のことだ。男どもは皆殺しだろうが、女たちは生きているだろう・・・まともかどうかは知らんがな」

 

 

 

そう言うとレオナルドは馬の横腹に蹴りを入れ、ポルポタの丘を下り始めた。

 

 




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第277話 急襲!絶体絶命の王都を守り切ろう

 

時はしばらく遡る―――――

 

 

 

「ヤーベはそろそろ到着する頃だろうか?」

 

 

 

王城の最も高い位置にある『豊穣の間』にやってきていたイリーナたち奥さんズの面々。

 

この場所は王城の謁見の間の上階にあり、360度王都を見渡せる作りになっていた。

 

 

 

「会談がうまくいってくれるといいのだが・・・」

 

 

 

セルジア国王は不安そうにポルポタの丘の方へ視線を向ける。

 

もちろん、見える距離にはないのだが。

 

 

 

「まあ、相手が話を聞いてくれるかだよね~」

 

 

 

一国の王様に話しかけるにはあまりに不敬な言い回しのサリーナ。

 

こんな時でも態度を変えることはない。

 

 

 

「現状、ヤーベ様のご指示通り、城下には厳戒態勢を敷いております」

 

 

 

セルシオ王太子が改めて説明した。

 

ヤーベの指示通り、三万の兵力は第一線級の厳戒態勢を敷いたままにしている。

 

 

 

「と、いうことは旦那様が最も警戒しろと言っていたタイミングになりますわね」

 

 

 

武装した状態のフィレオンティーナが緊張した声を出す。

 

ベヒーモスの皮で作ったローブに、ゴツい魔晶石がついたイカつい魔杖を持っている。

 

通常こんな重装備で王族の周りにいることなど許されるものではないが、これはヤーベからの指示でもあった。万が一の時は王家の人間を守ること。そして、ヤーベが出立する前に残していった予測。

 

 

 

「俺が会談をしている間に王都が狙われる可能性が一番高い」

 

 

 

奥さんズや国王たちに最も危険なタイミングを教えていった。

 

もうすぐその時を迎える。

 

 

 

「何事もなければいいのですが・・・」

 

 

 

祈るようにバルコニーから空を見つめるカッシーナ。

 

だが、その祈りは空しくあっさりと破られる。

 

 

 

「・・・何か・・・来る!」

 

 

 

最初に気づいたのはフィレオンティーナだった。

 

何かが東から飛んできた。

 

 

 

「鎧を着た騎士・・・?」

 

 

 

だが、飛んできた騎士らしき男は空中にとどまった。

 

 

 

「なんだっ!?」

 

 

 

巨大なバトルアックスを構えたチェーダが空を睨む。

 

 

 

光り輝く鎧をまとった男が叫ぶ。

 

 

 

「ギャハハハハッ! いいオンナいっぱいいやがるなァ! レオナルドの野郎、もったいぶりやがって」

 

 

 

「・・・レオナルド?」

 

 

 

「ラードスリブ王国の宰相ですよ。ヤーベ様が停戦協議の会談に向かっているはずですが」

 

 

 

イリーナが首をかしげたので、ルシーナがフォローを入れる。

 

 

 

「ならば、あの空に浮かんでいる者はラードスリブ王国の関係者・・・?」

 

 

 

「しかも黒衣の宰相レオナルド・カルバドリーを呼び捨てにする立場のものですよ・・・」

 

 

 

セルジア国王とセルシオ王太子の顔色が悪くなっていく。

 

敵は最悪の戦力を投入してきたらしい。

 

 

 

「全力出していーってんだからな! 野郎どもはもとより、爺も婆も皆殺しだっ! かわいい女だけ生かしてやるよ! 俺の性奴隷だけどなぁ! ギャハハハ!」

 

 

 

「・・・あれが人類世界を守るために女神より遣わされた勇者などとはとてもではありませんが信じられないのですが」

 

 

 

まるで汚物を見るような眼を空に向けるカッシーナ。

 

 

 

「さあおっぱじめるかぁ! 四聖獣よ、その姿を現せ! 破壊だ! 破壊だぁぁぁぁぁ!」

 

 

 

空に浮かぶ男が一際輝くと王都ログリアの東西南北にとてつもない光の柱が立つ。

 

その光が消えた次の瞬間、

 

 

 

「「「「グァァァァァ!!」」」」

 

 

 

すさまじい獣の咆哮が響き渡る。

 

 

 

北には黒い巨大な大岩亀ロックタートル「玄武」が

 

東には青い首長の天空竜スカイドラゴン「青龍」が

 

西には白い巨大虎ベノムタイガー「白虎」が

 

南には赤く染まった大きな羽を広げる鳳凰フェニックス「朱雀」が

 

 

 

王都ログリアを取り囲んだのである。

 

 

 

「ひ・・・人族を守護する四聖獣が・・・」

 

 

 

セルジア国王はその場でへたり込んだ。

 

四聖獣は全てこちらを向いている。ガーデンバール王国の敵として現れたのだ。

 

 

 

「そ・・・そんな、バカな・・・」

 

 

 

セルシオ王太子も膝をつく。

 

 

 

その時である。

 

 

 

『者ども!聞こえるか!』

 

 

 

『ははっ!』

 

『敵をすでに補足しております!』

 

『いつでも、ご命令を』

 

『久々にホネがありそーなヤツらでやんすな』

 

 

 

ローガの念話に四天王が即座に答える。

 

 

 

『オレが最も魔力保有量の高い火の鳥を相手にする! 氷牙は白い虎を、雷牙は青い竜を、ガルボは黒い亀を相手にしろ! 他の者たちは戦闘時に一般人が巻き込まれないように守れ! 風牙は奥方様たちの護衛だ!』

 

 

 

『『『ははっ!』』』

 

『アイアイサーでやんす!』

 

 

 

『全力の戦闘を許可する! 行けい!』

 

 

 

ローガの念話ながら頭に怒声のごとく響く言葉にはじかれるように飛び出す四天王。

 

この時、ローガは相対する敵への戦力検討を瞬時に行い、対応する部下の配置を決めた。

 

最もスピードに優れる風牙を奥方への護衛に向かわせた事、自分が四聖獣のうち、最も手ごわそうな朱雀に向かったことは決して悪くはない判断だった。

 

だが、この後この判断をローガは悔いることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フハハハハッ! 受けよ勇者の一撃!<勇者の一撃(ブレイブショット)>!!」

 

 

 

とてつもない光が集まり、空に浮かぶ男が振り下ろした剣に宿ると、それは振り下ろされた。

 

 

 

「レイ・オブ・ザ・ラネストリー! 神霊の祭壇を背に破邪の力よ方陣に満ちよ!<絶対なる聖域(ネオ・サンクチュアリ)>!」

 

「マナよ! 集積、収束し何物も通さぬ壁となれ!<物理障壁(フォースシールド)>!」

 

 

 

アンリ枢機卿の神聖魔法最強防除呪文<絶対なる聖域(ネオ・サンクチュアリ)>とフィレオンティーナの物理衝撃高度防御魔法<物理障壁(フォースシールド)>を重ねがけする。

 

 

 

ドゴォォォォォン!!

 

 

 

「キャア!」

 

「グウッ!」

 

超高度な二種類の防御魔法が一撃で打ち破られる。

 

だが、その防御魔法があったからこそ誰も吹き飛ばされずにその場にとどまることができた。

 

 

 

「信じられない・・・神聖魔法の中でも、<絶対なる聖域(ネオ・サンクチュアリ)>は最上級の防御魔法なのに・・・」

 

 

 

「多分、勇者の一撃は魔法力だけじゃなくて、物理+αの力が乗っているみたいですわね・・・」

 

 

 

呆然とするアンリ枢機卿に声をかけるフィレオンティーナ。

 

供に最強の防御魔法を一撃で打ち破られた。

 

この後、打てる手立ては果たしてあるのか・・・。

 

 

 

「ギャハハハハ! 中々やるじゃねーの! 尤もこれで消し炭になってたらオレが楽しめねーから、ちょうどよかったけどよぉ!」

 

 

 

白く輝く長剣を肩に背負い、光輝く鎧に身を包んだ男が下りてくる。

 

 

 

「俺はこの世界に召喚された最強の勇者・・・白長洲(しろながす)久志羅(くじら)だ。とりあえず男どもは死ね。女は俺に股開いたら命だけは助けてやるぜ?」

 

 

 

どれほどのクズだとしても、その身に宿すは人類最強の力、『勇者』。

 

今、ガーデンバール王国に絶望の時が訪れる―――――

 

 




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第278話 四聖獣を打ち破ろう

「グアア――――!!」

 

 

 

いきなり朱雀が大きく羽ばたくと凄まじい火炎を吐き出す。

 

 

 

『チッ・・・! 範囲が広い!』

 

 

 

ローガは足を踏みしめると大きく息を吸い込む。

 

 

 

『<竜咆哮(ドラゴニックロア)>!!』

 

 

 

ローガの放つ凄まじい咆哮が朱雀の放つファイアブレスをかき消す。

 

 

 

『これ以上王都に近づくと被害が及びかねん・・・』

 

 

 

ローガは朱雀を少しでも王都から離すべく、魔法を準備する。

 

 

 

『引き裂け!大気に宿る真空の刃!<真空断頭刃(スライズン)>!』

 

 

 

 

キュバァァァ!!

 

 

 

ローガより放たれる真空の刃が朱雀を襲う。だが、

 

 

 

「キュアアアア!!」

 

 

 

 

朱雀が大きく羽ばたくと、その羽ばたきから強烈な風が巻き起こり、<真空断頭刃(スライズン)>の威力を相殺する。

 

 

 

『な、なにっ!?』

 

 

 

ローガの魔法を相殺した朱雀が再び翼を広げると、今度は翼に炎が宿る。

 

 

 

『チッ・・・、風と炎を融合させる気か!』

 

 

 

厄介な攻撃だ・・・そう思ったローガだが、王城の一角に爆発のような衝撃が走る。

 

 

 

『なっ、なんだっ!?』

 

 

 

その強烈な魔力と荒れ狂う力。この朱雀など相手にもならぬような膨大な力を纏った存在が王城に現れたのをローガは感じ取る。

 

 

 

『しまった! コイツらは陽動か! 本命は王族・・・しかしこれほどの魔力を操る相手・・・風牙では荷が重いか・・・』

 

 

 

ローガは歯噛みする。現れた存在は先に現れた魔獣とは比べ物にならないほどの強さを感じる。まさしく自分も全力で行って対応できるかどうか。

 

だが、目の前の朱雀を放置していくわけにはいかない。ここで魔力を消耗し、消耗した状態で相手をしなければならなくなるとしても、だ。王都の住民たちを危険にさらすことは認められていないのだ。

 

 

 

『ならば・・・大魔法を打ち込むチャンスを探るしかあるまい』

 

 

 

ローガはそう言うと空中をかけるように空に舞う。

 

 

 

『スキル<天歩>!』

 

 

 

まるで空中に階段でもあるかの如く空を縦横無尽に駆け回るローガ。

 

 

 

「キュエエエエ!」

 

 

 

風を起こし、炎を纏わせ近くに寄せないように羽ばたく朱雀。

 

だが、それらをかいくぐり肉薄すると風の刃を纏わせた前足の一撃を見舞う。

 

 

 

「キュエエエエ!!」

 

 

 

傷を負うたび、めちゃくちゃに羽ばたく朱雀。

 

だが、それらを悉くかわしながら朱雀の周りを飛び回るローガ。

 

 

 

『ルミナ・バロール・エクステント! 精霊の御名において、数多の子らに告ぐ!』

 

 

 

ローガが呪文の詠唱を始めると、その上空には魔法陣が一つ、また一つと浮かび上がり、その魔法陣に大きな火炎球が宿る。

 

 

 

『火炎界の階層におけるその理を外れ、我が手に集え。ゲヘーナの業火よ、我が敵を焼き尽くせ!!<業火焦熱地獄(エグゾ・レガリア)>!!』

 

 

 

巨大な十二もの火炎球が渦を巻くように回りながら落ちてくる。

 

別名を<鳳凰(フェニックス)>と呼ばれ、炎から生まれる不死鳥とも言われる朱雀。

 

その朱雀をより強力な炎で焼き尽くすローガ。

 

 

 

『一片の肉片すら残さずに燃え尽きるがいい』

 

 

 

その様子をほんの少しだけ見届けると、ローガはこの場を部下に任せ急いで王城の最上階へ駆けて行った。

 

ちなみに、朱雀はその羽一つ、肉のひとかけらも千金の値を持ち、その血すら黄金の価値を持つと言われ、まさに全身が超希少な素材の塊であるのだが、今回はローガの放った<業火焦熱地獄(エグゾ・レガリア)>によって、完膚なきまでに焼き尽くされているため、素材は何一つ取れていない・・・。尤も警護対象が大ピンチであるからして、素材にかまってなどいられなかったという実情ではあるのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのころ、他の四聖獣を迎撃に出た四天王たちも戦闘に入っていた。

 

 

 

天空竜スカイドラゴン「青龍」に対峙したのは雷牙。

 

その名にふさわしく、青く美しい長い体を優雅に空中に漂わせ空に浮いている。

 

 

 

「ガアアア!」

 

 

 

青龍がファイアブレスを放つが、それを避けながら距離を測る雷牙。

 

 

 

『天空にあまねく精霊たちよ、我が声に応じ、彼方よりその力を解き放て!<雷撃牢獄(サンダープリズン)>』

 

 

 

「ギャオオオオ!!」

 

 

 

空中に浮いたまま<雷撃牢獄(サンダープリズン)>の雷撃に捕らえられる青龍。空から墜落して、目の前に落ちる。のたうち回るその姿は巨大な蛇のようにも見える。

 

痛みからか、体をくねらせながら咆哮し炎を吐く青龍。

 

 

 

『見苦しいな』

 

 

 

炎を躱わしながら雷撃を纏わせた前足で一撃を加えていく雷牙。

 

 

 

『ギエル・シ・アール・キース!古の契約に基づき、神霊の祭壇に今力よ満ちよ!数多の精霊たちよ、天空よりその断罪の剣を解き放て! <轟雷(テスラメント)>!』

 

 

 

ドゴォォォォォン!

 

 

 

轟雷(テスラメント)>によって引き起こされる超巨大な雷撃が青龍の体を貫く。

 

体の内外を<轟雷(テスラメント)>による雷撃で焼かれ苦悶の咆哮を上げる青龍。

 

 

 

『ふむ・・・、焼けたドラゴンというのはうまいのか・・・?』

 

 

 

一瞬食欲をそそられた雷牙だが、問題は去っていないことを思い出し、即移動を開始した。

 

 

 

同様に巨大虎(ベノムタイガー)「白虎」に相対した氷牙、巨大な大岩亀(ロックタートル)「玄武」に相対したガルボもそれぞれを撃破する。

 

伝説の四聖獣もローガ率いる狼牙族四天王で撃破してしまった。王都ログリアに大きな被害を出すことなく比較的あっさり四聖獣を撃破できたことに安堵するローガたちだが、異常なほどの力を感じる存在が王城の最上階に現れている今、まだ何も問題は解決していないのと同じことだった。

 

 




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第279話 絶体絶命の大ピンチでも最後まであきらめずに戦おう

 

黄金に輝く鎧に、白く光る剣を肩に担ぐように構える男。

 

白長洲(しろながす)久志羅(くじら)と名乗ったこの男は自分を勇者と呼んだ。

 

 

 

「勇者・・・この男が勇者だと?」

 

「いつから人類の希望である勇者様は強姦魔になり下がったのでしょうか?」

 

 

 

イリーナが顔をしかめながらつぶやく。

 

カッシーナが辛辣な言葉を投げかける。

 

 

 

「ゆ、勇者が我が国に攻めて来ただと・・・?」

 

「一体どういうことなのでしょうか・・・?」

 

 

 

セルジア国王とセルシオ王太子は勇者が攻めて来たことに驚きを隠せない。

 

 

 

「ギャハハハハ! この世は勇者様である俺!白長洲しろながす久志羅くじら様が自由にできるんだよ! この国は俺様がもらった! 王族は悉く処刑する! 女だけは俺の性奴隷として飼ってやるけどなぁ!」

 

 

 

そう言って下品に笑う勇者白長洲。

 

 

 

「勇者とは、人類の守護者であり、世界が暗雲に包まれようとする時、暗闇を切り裂くためにこの世に現れるといいますわ。だが、この男は自分が世界を暗雲に包み込もうとするがごとし、ですわ」

 

「勇者どころか、ただの悪党ですわね」

 

 

 

フィレオンティーナとルシーナが勇者を睨む。

 

 

 

「はっ!うるせーよ! 文句があるならかかってこいや! 俺は白長洲(しろながす)久志羅(くじら)! 世界最強の勇者だ! この世の中は全て俺のものなんだよ!」

 

 

 

そういうと肩に乗せていた大剣を振りかぶる。

 

 

 

「はははっ! 股開くならさっさとしろよぉ!<勇者の波動(ブレイブウェーブ)>!!」 

 

 

 

連続で振り回す大剣から鋭い衝撃波が放たれる。

 

 

 

『風壁牙!』

 

 

 

ガキィィィン!

 

 

 

空気の壁に阻まれるように衝撃波が派手な音を立てた。

 

 

 

『お下がりください!奥方様!』

 

 

 

バルコニーより飛び込んで衝撃波を防御したのは狼牙族の四天王が一頭、風牙であった。

 

 

 

「風牙か! 助かった!」

 

 

 

なぜか狼牙族と意思疎通ができるイリーナは風牙が助けに来てくれたことに気づく。

 

 

 

『イリーナ様! 王都に現れた四匹の巨大な化け物はローガ様と他の四天王が対応しております! 早くここからお逃げください!』

 

 

 

「わかった!国王様から早くこの場を脱出してください!」

 

 

 

イリーナの指示にセルジア国王たちがおぼつかない足で後ろに下がろうとする。

 

 

 

「おいおい、どこに行くんだぁ? <断頭の一撃(ギロチンカッター)>!」

 

 

 

唐竹割のようなひと振りで発する今までよりも巨大な衝撃波がイリーナたちを襲う。

 

 

 

『重壁牙!』

 

 

 

風牙の左右から小型の竜巻が発生し、正面で重なるように合わさると空間に圧力がかかる。

 

 

 

グギャァァァン!

 

 

 

勇者が放つ衝撃波の一撃を受けきる風牙。

 

 

 

『乱走牙!』

 

 

 

お返しとばかり、風牙が前足を連続で振るい、空気を切り裂く真空波を放つ。

 

 

 

キャキャキャゥゥゥゥン!

 

 

 

だが、鎧の効果なのか、勇者に届く前にはじかれ、甲高い音を立てる。

 

 

 

『チッ!』

 

 

 

風牙は毒づいた。

 

自身の大技となると、大きな竜巻を生んだりと、風のスキルは周りに影響の出るものが多い。イリーナたちを背後に守りながらの戦闘は風牙の戦闘力を大幅に制限した。

 

 

 

「ははっ!イヌっころが邪魔すんじゃねーよ!」

 

 

 

『クッ!<風の弾丸(ウィンドパレット)>!』

 

 

 

踏み込んで来る勇者を威嚇すべく、高速で風の弾丸を放つ風牙。

 

だが、勇者は全く止まらない。

 

先ほどの乱走牙で放った真空波と同じく、鎧に阻まれ全くダメージを与えられない。

 

 

 

「吹き飛べ! このイヌっころがぁ!」

 

 

 

『クッ・・・<重壁牙>!』

 

 

 

だが、圧倒的速さで踏み込んで大剣を振るう勇者の一撃に<重壁牙>の空気を圧縮する防御壁の生成が間に合わない。

 

 

 

『ガハァァァァァ!!』

 

 

 

右から左へ横一線の一撃が風牙を襲い、壁まで吹き飛ばされる。

 

壁にたたきつけられ、さらに壁を破壊してがれきに埋まる風牙。

 

 

 

「風牙!」

 

 

 

イリーナが壁に叩きつけられた風牙を心配してそちらに顔を向ける。

 

 

 

「おいおい、イヌっころを心配してるヒマがあるのかぁ?」

 

 

 

すでにイリーナの目の前には勇者白長洲が剣を構えていた。

 

 

 

「ハッ! とりあえず手足くれーでカンベンしてやるよ!」

 

 

 

再び勇者が剣を上段に構える。

 

 

 

「<雷撃弾(ライトニングショット)!>」

 

 

 

バチバチバチッ!

 

 

 

イリーナのすぐ後ろから放たれた雷撃弾に勇者が押され後ずさった。

 

 

 

「ハッ! なかなかやるじゃねーかよ」

 

 

 

パリパリと電撃の余韻が残る手をプラプラさせる勇者。

 

余裕を見せる勇者に対してフィレオンティーナの表情は険しくなる。

 

 

 

風牙と同じでフィレオンティーナの雷撃系呪文は広範囲に影響がわたることが多い。

 

そのため、周りを巻き込まずに勇者だけを高火力で叩く呪文が用意できないのだ。しかもこの場ではだれも勇者と接近戦をこなせない。長い詠唱を必要とする強力な呪文を放つことができない。

 

 

 

「おらおらぁ!どうしたその程度かぁ!」

 

 

 

再び大剣を振り下ろす勇者の一刀!

 

 

 

「くっ・・・雷よ!わが手に纏え!<雷撃剣(ライトニングソード)>!」

 

 

 

呪文を唱えたフィレオンティーナの右腕に雷が纏うように集まり、バチバチとスパークしながら剣の形を作り上げる。

 

 

 

ガシィィィン!

 

 

 

「うぐぅ!」

 

 

 

「おっほー! コイツ受け止めやがった! この俺様が聖剣エクスカリバーで放つ一撃をよぉ!」

 

 

 

受け止めたフィレオンティーナの右腕に凄まじい衝撃が走る。一撃受け止めただけで骨が砕けているかもしれなかった。

 

 

 

「せ・・・聖剣エクスカリバー!? 魔王を倒すことができる三振りの聖剣の内の1本のはず!」

 

「そ、そんな剣を人に向けるなんで・・・」

 

 

 

魔王討伐という人類を守護すべき戦力を自国に向けられてセルジア国王とセルシオ王太子は体が震え、その場に再び崩れ落ちる。

 

 

 

「(ぐっ・・・とんでもない衝撃・・・。だけど、少しでも時間を稼がないと・・・!)」

 

 

 

ダメージを受けた右腕をそれでも振り上げようとするフィレオンティーナ。

 

 

 

「くっ・・・! やらせはせん!」

 

「みんなで力を合わせないと!」

 

「何としても止めなくちゃ!」

 

「こんな時こそお役に立たねば!」

 

 

 

イリーナが触手で応戦、ルシーナも死神の鎌を構える。

 

サリーナが錬金ハンマーを担ぎ、新顔であるロザリーナは自慢の竜槍を突きつける。

 

ちなみにリーナとアナスタシアはコーデリア王女たちを保護すべく、別の部屋で脱出の準備を進めているため、この場にはいない。逆に言えば、この場にいるヤーベの奥さんズ全員が勇者に対抗すべく、武器を向けた。

 

しかし、その気概をあざ笑うかのように勇者が聖剣を振りかぶる。

 

 

 

「ハッ!吹っ飛べ!<勇者の旋風(ブレイブトルネード)>!」

 

 

 

勇者が放つ横薙ぎの一閃から竜巻のような衝撃波が襲い掛かる。

 

 

 

「「「キャァァァァ!」」」

 

 

 

吹き飛ばされ、壁に叩きるけられるイリーナたち。

 

唯一、<雷撃剣(ライトニングソード)>を振るい、衝撃を相殺したフィレオンティーナだけが、その場で膝をつき息を切らせていた。

 

 

 

「さ~て、そろそろ味見タイムといくかぁ!」

 

 

 

舌なめずりをしながら聖剣エクスカリバーを肩に担ぐ勇者。

 

 

 

「い、行かせはしませんわ!」

 

 

 

再び立ち上がり<雷撃剣(ライトニングソード)>を振るうフィレオンティーナ。

 

 

 

「あらよっ!」

 

 

 

何とか立ち上がり、それでも勇者を行かせまいと立ちふさがったフィレオンティーナの右腕を切り飛ばす白長洲。

 

 

 

「かはぁ!」

 

 

 

右肩からバッサリと切り落とされ、フィレオンティーナの右腕がキリキリと宙を舞う。

 

ドサリと落ちた右腕は<雷撃剣(ライトニングソード)>の効果が失われ、普通の腕に戻っていた。

 

そして右肩から血を噴出させるフィレオンティーナ。

 

 

 

「フィレオンティーナさん!」

 

 

 

アンリ枢機卿が駆け寄ろうとするが、護衛の騎士たちに押しとどめられる。

 

 

 

「フィ・・・フィレオンティーナ・・・」

 

 

 

ルシーナ達はダメージが大きいのか気を失ったまま動かない中、イリーナだけは意識があり、叩きつけられて破壊した壁の瓦礫から這い出てくる。叩きつけられて内臓にダメージを受けたのか、口から血を流しながらそれでも四つん這いでフィレオンティーナの元へ行こうとするイリーナ。

 

 

 

だが、それよりも早く白長洲は聖剣を頭上に掲げた。

 

フィレオンティーナは右肩を左手で抑え、何とか少しでも血が流れ出るのを抑えようとしていた。

 

 

 

「ハッ・・・この期に及んでまだ命乞いしねーとは、お前よっぽどバカなんだな?」

 

 

 

あざけわらうようにフィレオンティーナを見下ろす白長洲。

 

 

 

「フッ・・・あなたごときに命乞いなどする必要はありませんわ」

 

 

 

脂汗を流しながらそれでも勇者白長洲をにらみ返すフィレオンティーナ。

 

 

「八・・・いいねぇ! 気のつぇーオンナは嫌いじゃねーよ。そういうオンナが泣き叫びながら許しを乞うようになるのが最高にイイんだよなぁ」

 

 

 

「ゲスが・・・」

 

 

 

愉悦の表情を浮かべる白長洲に吐き捨てるようにつぶやくフィレオンティーナ。

 

 

 

「ハハッ・・・とりあえずダルマにでもなれやッッッ!!」

 

 

 

聖剣を振り下ろす白長洲。

 

その瞬間まで決して目をつぶることなくにらみ続けるフィレオンティーナ。

 

 

 

「ヤーベェェェェェェェェェェェェ!!!」

 

 

 

イリーナのヤーベを呼ぶ絶叫が木霊したその瞬間―――――

 

 

 

ガシッ!

 

 

 

ガクンッ!

 

 

 

いきなり白長洲の右手首が捕まれ、振り下ろそうとした右腕がピクリとも動かなくなり、体が前に崩れかける。

 

 

 

「な、なんだぁ!?」

 

 

 

勇者白長洲が後ろを振り返った。

 

 

 

「やってくれたな・・・このクソ野郎が・・・」

 

 

 

ミシミシミシッ!

 

 

 

「ぐああっ!」

 

 

 

その右手をつかんで締め上げていた人物。

 

とてつもない魔力が渦巻き、赤いスパークを放ちながら凄まじい形相で勇者白長洲を睨みつける男。

 

 

 

「だ、旦那様・・・」

 

 

 

脂汗を流し、苦しそうな表情だったフィレオンティーナが、その全てを救われたようなとびっきりの笑顔を見せる。

 

 

 

そこには、誰もが心の底から待ち望んだ存在、ヤーベが姿を現していた。

 

 




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第280話 敵の思惑に乗せられたフリをしよう

 

時はしばらく遡る―――――

 

 

 

 

 

「いや~、平和だねぇ」

 

 

 

大きなローガにまたがって、ポクポクと歩みを進める。

 

目指すポルポタの丘まで一週間程度かな?

 

 

 

『しかし、ずいぶんローガ殿らしくなりましたね。他の狼牙族もそうですが』

 

 

 

俺の肩に止まるヒヨコ隊長がローガたちを見ながらそうつぶやく。

 

 

 

「ふふん、努力の賜物だな」

 

 

 

『最初見たときは子供の落書きかと思いましたよ』

 

 

 

「ぐっ」

 

 

 

存外にヒヨコ隊長の厳しい突っ込みに俺は声が出なくなる。

 

まあ確かに、言い訳できないクオリティだったしな。

 

 

 

・・・そう、俺とヒヨコ隊長がしゃべっている通り、今俺がまたがっているローガは実際のローガではなく、その後ろについてきている数頭の狼牙族も狼牙族ではない。

 

それが何かと問われれば、俺のスライム細胞で作った偽物、という事になるだろう。

 

 

 

俺様はついに出張用コントロールボスをメタモルフォーゼさせることにより、影武者を製作することに成功したのだ!

 

・・・まあ、最初に作ったローガたちが、あまりにひどかったのでローガたちにあきれられたのだが。

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

「ボス・・・もしかしてこれは我でありましょうか・・・?」

 

 

 

目を点にしてローガが俺に尋ねる。

 

ローガの目の前にあるもの。それは俺がスライム細胞で作ったローガの影武者、というか、偽物である。その他狼牙族も数体製作している。

 

 

 

「・・・ボス」

 

 

 

「なんだ?」

 

 

 

「もう少し何とかなりませんでしょうか・・・?」

 

 

 

申し訳なさそうに俺の方を見てつぶやくローガ。

 

 

 

『あれ、もう少しで何とかなるレベルなのか・・・?』

 

『うむ、リーナ殿がお絵かきしてももう少しマシなのでは・・・?』

 

『まるで悪魔の呪いでも受けたかのような造形だ・・・』

 

『お前らボスのことメチャクチャ言うでやんすね・・・』

 

 

 

四天王たちはさらに辛辣だった。俺に彫刻家とか、芸術関係の才能はないらしい。

 

 

 

「こうなったら、だれか一匹取り込んでいただいて・・・」

 

 

 

ローガのトンデモ発言に四天王はおろか、他の狼牙族もざわつきだす。

 

 

 

『そ、それはあまりにも無体な!』

 

『ボスに協力するのは当然ですが、取り込まれて消化される・・・』

 

『プルプルプル・・・』

 

『こういう時絶対リーダーは自分を外すでやんす!』

 

 

 

「うるさいぞお前ら!」

 

 

 

ローガのひと睨みでシーンとなる狼牙達。

 

 

 

「そうだな・・・造形を記憶した方が早いか」

 

 

 

「ですよね、ボス。それでは栄えある協力者イケニエを・・・」

 

 

 

一度後ろを振り返ったローガがこちらを再度見る。

 

 

 

「うむ、どうせなら一番立派なローガにしよう」

 

 

 

「へっ?」

 

 

 

すでにデローンMr.Ⅱの姿に戻った俺は体を倍化してローガに覆いかぶさる。

 

 

 

「ノォォォォォォ!!」

 

 

 

ドプンッ!

 

 

 

ローガが悲鳴を上げるが、お構いなしにローガを全身で包み込む。

 

 

 

(モガッ!モガッ!モガッ!)

 

 

 

ローガが何か叫んでいるが、聞こえないったら聞こえない。大事なことだから二度言おう。

 

 

 

「ペッ」

 

 

 

ドサリ。ローガが俺から解放される。

 

四天王以下他の狼牙たちはドン引きして、しっぽを股に挟んでプルプルと震えている。

 

 

 

「ううう・・・もうお婿にいけない・・・」

 

 

 

失敬な。外側の形を覚えただけで何もしていないぞ。

 

 

 

ちらっと狼牙達に目を向けると、全員サッと目をそらした。

 

そして、誰もローガの元へ寄ってこない。

 

 

 

・・・まあいいか。とりあえず俺は再びスライム細胞でローガの偽物を作る。そこから少しダウンサイジングして狼牙族を何頭か製作する。

 

 

 

『おお、素晴らしい出来ですな!』

 

『これなら見た目にも偽物だとはわかりませんぞ!』

 

『お見事!』

 

『さっきの落書きとは雲泥の差でやんす!』

 

 

 

「・・・これならば我の犠牲も報われるというものよ・・・」

 

 

 

遠い目をしながらしみじみとローガがつぶやく。

 

だから、何もしてないって、失敬な。

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

「・・・まあ、苦労があってこの狼牙達そっくりさんができているからね。そう簡単に見破られないよ」

 

 

 

俺は自信満々にヒヨコ隊長に説明した。

 

 

 

「それで、後ろの黒騎士軍団もボスの細胞でできて

 

いるのでありますか?」

 

 

 

ヒヨコ隊長は後ろを振り返り、歩いて付いてくる全身を黒い甲冑に包まれた真っ黒な騎士を見る。

 

 

 

「それは、土の精霊魔法<大地の騎士(アースナイト)>で作った騎士たちだよ」

 

 

 

「あれ、こんな真っ黒でしたっけ?」

 

 

 

「ある程度強力な力を持たせたかったからね、ベルヒアねーさんと相談して、土から騎士を作り上げる時に、土の中に含まれる微量な酸化鉄を集めて表面コーティングしてるんだよ。だから、表面だけはアイアンゴーレムみたいに鉄っぽいんだ。だから、非常に騎士らしく見えるだろ?」

 

 

 

土の精霊ベルヒアねーさんと相談して<大地の騎士(アースナイト)>の魔法生成時の土組成に変更を加えて、酸化鉄を増やしたのだ。思った以上に強力な騎士に仕上がった。

 

 

 

「ま、尤も敵の奇襲であえなく散る・・・そんな予定になるんだろうけどね」

 

 

 

今のままでは敵が弓矢を放ってきた場合、はじき返してしまう。敵の攻撃タイミングで組成を解除して強化を解かないとな。

 

 

 

『・・・やっぱり攻撃されますかね?』

 

 

 

ヒヨコ隊長がため息交じりにぼやく。

 

 

 

「そりゃね・・・。君の部下からの報告を聞く限りはね・・・」

 

 

 

俺も深くため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

ポルポタの丘到着直前。

 

 

 

敵は「魔力感知隠微シート」なる魔導具を使って伏兵を隠す戦略に出た。

 

伏兵が弓矢隊なのを見れば・・・、奇襲戦法に打って出るのは明々白々である。

 

 

 

「魔力感知隠微シートね・・・。俺の索敵が<魔力感知>に頼り切っているという大前提が必要だよね、その判断には」

 

 

 

そう言って俺はポルポタの丘()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「<魔力感知>の他、<気配感知>もできるけど、()()()()()()()()()()()()

 

 

そう、隠微もくそもない。何せ今、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

『敵からすれば悪夢のような状況ですな』

 

 

 

ヒヨコ隊長が笑う。

 

 

 

「それもお前たちヒヨコ軍団が俺に力を貸してくれているからできることだ。感謝している」

 

 

 

『もったいなきお言葉・・・!』

 

 

 

深く感銘を受けたのか、深々とヒヨコ隊長は頭を下げた。

 

 

 

「さて、最悪の選択をしたあのバカ野郎がどんなシナリオを描いているのか、ショボイ舞台に乗ってみるとするか」

 

 

 

俺はヒヨコ隊長と苦笑いを浮かべあうと、ポルポタの丘へ向かって足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

「あーっはっはっは! お前本気か!? バカなのか!? 斥候からの報告を聞いたときは耳を疑ったぞ!? 俺の戦略を見事破っておきながら、こうもバカだとは!」

 

 

 

大笑いを始めるレオナルド。

 

 

 

(はあ・・・やっぱりこうなるんだな)

 

 

 

(『どうにもならないクズですな。約束を守るというどころか、ボスに打ち首を見逃してもらった感謝もありません』)

 

 

 

俺はヒヨコ隊長と念話で会話する。

 

 

 

(この後、攻撃されたら死んだふりするから、魔力感知をかいくぐるため、ボディ表面を魔力遮断するから)

 

 

 

(『了解です』)

 

 

 

さて、仕方がないからアイツと会話してやるか。

 

 

 

「なんだ? どういうことだ?」

 

 

 

俺は迫真の演技・・・とは言えないが、頑張ってセリフが棒読みにならないようにする。

 

うん、この後いけしゃあしゃあと奇襲してくるのがバレバレだからな。バレてますよ~と顔に出すわけにもいかないしね。

 

 

 

「はっはっは、俺は忙しい身なんだ。お前のようなバカを相手にしている時間は惜しい」

 

 

 

そう吐き捨てると右手をサッと上げる。

 

ばさりと周りの天幕が落ち、魔力感知隠微シートを跳ね上げて弓兵たちが立ち上がる。

 

ずらりと矢をつがえこちらに狙いを定めていた。

 

 

 

「まさか・・・貴様! 約束をたがえる気か!」

 

 

 

(いや、たがえる気満々だってわかってますけどね!)

 

 

 

心の中で苦笑しながらも驚いた演技を頑張る俺。

 

 

 

「ぶわぁ~っはっは! これだから愚か者は! 我々は戦争をしているのだぞ!? 約束? 信頼? まさに負け犬の戯言よな!」

 

 

 

愉悦の表情を浮かべ笑い続けるレオナルド。

 

 

 

(ここまでくると、いっそ気持ちいいほどのクズだな。今ならなんのためらいもなく首を落としてやれそうだ)

 

 

 

「貴様っ・・・俺が命を救ってやったことを忘れたか!」

 

 

 

まだまだ頑張って演技を続ける俺。結構努力家だな。

 

 

 

「命を救う・・・? はははははっ! 人を殺す覚悟を持たぬ愚か者が戦場に立つな!!」

 

 

 

いきり立ち席をけ飛ばすように立ち上がると、右手を振り下ろす。

 

 

 

「討てぇぇぇぇぇぇ!!!!!」

 

 

 

その瞬間三千からの弓兵が矢を放つ。

 

 

 

 

 

ドスドスドス!!

 

 

 

 

 

あっという間に俺の体に突き刺さる無数の矢。

 

俺の後ろにいた狼たちや騎士たちにも容赦なく矢が突き刺さる。

 

 

 

(人を殺す覚悟ね・・・。覚えておくとしよう。俺もコイツのようなクズを殺さないと、俺の大事な人たちの安寧が脅かされてしまうかもしれないしな)

 

 

 

ドサリ。

 

 

 

俺はその場に倒れた。もちろん死んだふりだな。俺様の得意技だ。

 

 

 

「火矢を放て!消し炭にして死体すら残すな!!」

 

 

 

俺だけでなく、狼たちや騎士たちの体にも火矢が放たれ、燃え上がる。

 

 

 

(火矢のおかげで死体の演技が楽だな。見分されると面倒だと思っていたところだし)

 

 

 

「はーっはっは! 愚か者の末路など、このようなものよ!」

 

 

 

黒衣の宰相レオナルド・カルバドリーは一際大きく高笑いすると、黒いマントを翻した。

 

 

 

(うわ~~~、だいぶ悦に入ってますな。これ、俺側から見たら滑稽極まりないな)

 

 

 

「急げ! すぐに出立するぞ! あの勇者のことだ。全力を出していいと言ったからな。今頃は王都の形も残っておらんかもしれんなぁ」

 

 

 

(!!)

 

 

 

そう言ってレオナルドは騎士の一人が連れてきた馬に乗る。

 

 

 

「まあいい、更地になったとしても、一から再建すればいいだけのことだ・・・何なら俺が王にでもなるか!」

 

 

 

(どういうことだ! 王都への進軍は偵察隊を出していたはずだろ!)

 

 

 

(『そのはずです! ポルポタの丘へ到着する前までに念話での報告はありませんでしたが・・・』)

 

 

 

お互い死んだふりをしながら念話であわてて会話をする。ヒヨコ将軍は俺の体で炎から守っている。

 

 

 

(しかも勇者だと!? 情報が入っていない一番ヤバイ奴が・・・クソッ!)

 

 

 

(『確かに勇者の情報は全くと言っていいほど集まっておりません・・・』)

 

 

 

「まああの勇者のことだ。男どもは皆殺しだろうが、女たちは生きているだろう・・・まともかどうかは知らんがな」

 

 

 

そう言うとレオナルドは馬の横腹に蹴りを入れ、ポルポタの丘を下り始めた。

 

 

 

(クソッタレ! さっさと失せろ! お前が行かねーと俺が起きられないだろ!)

 

 

 

(『まさか・・・このポルポタの丘を通る進軍経路をとらないで勇者とやらは移動したのでしょうか?』)

 

 

 

俺は焦りながら考える。

 

 

 

(まさか・・・ラードスリブ王国の王都から直線的に王都ログリアに向かってきたのか!)

 

 

 

勇者が飛行魔法などの能力を持っていた場合、進軍経路が陸地の影響を受けない可能性がある。ポルポタの丘あたりを必ず通ると思ったからヒヨコ十将軍の一部を索敵に出したのだ。だが、直線的に移動したとなると、ここよりも遥か北、山裾の深い森に影響されずその上を通過して行ったことになる。

 

 

 

やがてレオナルド一行はポルポタの丘を下って王都ログリアの方へ進軍を開始した。

 

 

 

「クッソ! やっと行きやがった! ヘラヘラ笑ってモタモタしやがって!」

 

 

 

苛立ちから口が悪くなる。

 

俺は急いで魔力遮断を解除すると、ヒヨコ隊長も開放する。

 

 

 

『ボス! ボス! 聞こえますか!!』

 

 

 

魔力遮断を解除した瞬間、長距離念話がけたたましく届く。

 

 

 

『今までずっと念話をご連絡しておりました! フィレオンティーナ様が殺されます!』

 

『風牙様もすでに退けられ、守り手がおりません!』

 

『奥方様たちにも敵の剣が!』

 

 

 

「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

しまった!! 魔力遮断を発動していたから、念話が届かなかったんだ!

 

ヒヨコ隊長とは実際にくっついて包み込むように魔力遮断していたから念話がはじかれなかったんだ。完全に俺のミスだ。念話に影響が出ることを失念してしまったわけだからな。

 

 

 

『ボ―――――ス!!!!』

 

 

 

『今行く!!!!!』

 

 

 

クソッタレ! 間に合えっ! いや、絶対に間に合わせる!!!!

 

 

 

俺は全力で転移した。




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第281話 勇者だろうと容赦なくぶっ飛ばそう

お待たせいたしました。


 

「やってくれたな・・・このクソ野郎が・・・」

 

 

 

俺はフィレオンティーナに向かって剣を振り下ろそうとした男の右手首をつかむ。

 

 

 

大至急王都に残した転移用ボス(分身)に向かって転移した俺だが、ヒヨコが転移用ボスを担いでその現場を飛んでくれていたのか、ちょうど大ピンチの現場にギリギリのタイミングで間に合ったようだ。

 

 

 

「だ、旦那様・・・」

 

 

 

フィレオンティーナが脂汗を流しながらも俺が現れたことに安堵した表情を浮かべる。

 

右手は肩から切り落とされ、出血がひどい。

 

 

 

 

ドシャア!

 

 

 

 

大きく建物が揺れたかと思うと、奥さんたちの前にローガが建物の外から飛び込んできた。

 

 

 

大けがをしているフィレオンティーナ、がれきに埋まる風牙を見て、ローガがパワーを上げていく。

 

体がさらに大きくなり、角が三本に分かれ、魔力が渦巻き、体から赤いスパークが放たれる。

 

俺と同じく、魔力が体からあふれ出ている。ローガも俺と同じく怒りまくっているようだ。

 

 

 

「ゲスがぁ・・・よくも我が部下だけでなくボスの奥方様をも傷つけてくれたな・・・楽に死ねると思うなよ!!」

 

 

 

凄まじい怒りの表情を浮かべ、牙を剥くローガ。

 

 

 

「なんだこのデケェ獣は!」

 

 

 

俺はわめく男の手首をつかんだまま、ローガに伝える。

 

 

 

「ローガよ、すまんがこのクズの処理は俺がやる。お前はイリーナたちを守ってやってくれ」

 

 

 

「ははっ!ボスの奥方様方にはこれ以上傷一つつけさせませぬ!」

 

 

 

ローガにイリーナたちを守ってもらえれば間違いなく大丈夫だ。

 

シンプルにこのクズ野郎をぶちのめすことに専念しよう。

 

 

 

「ハハッ! なんだこの女どもはテメーの女か? じゃあこの後テメーをぶち倒して、テメエの目の前で女どもを犯しまくってやるよ!」

 

 

 

首だけ振り向いて俺にそんな言葉を投げつけたクズ男。

 

 

 

「お前ダセーなぁ。出来もしねー事をベラベラしゃべるのは小物の証拠だぞ。雑魚臭が漂ってんぞ?」

 

 

 

「ざけんなっ! くたばりやがれ!」

 

 

 

体ごと振り向いて左手で殴り掛かってくるクズ男。

 

俺が右手をつかんだままなので、無理な体勢から左ストレートを放ってきた。

 

俺は左ストレートを左手でつかみ左下へ強く引く。

 

前のめりに体が崩れたところへ、左ひざで顔面を打ち抜く。

 

 

 

「ゴハッ!」

 

 

 

体が浮いたところへ、右足で思いっきり回し蹴りを放つ。

 

体ごと吹き飛ばされるクズ男だが、俺がつかんだ右手を離さなかったため、右肩から右腕がちぎれて、俺の手に右手を残したまま吹き飛ばされて壁に叩きつけられる。

 

 

 

「ハッ! 汚ねぇ右手だ」

 

 

 

俺はそう言うとちぎれた右手をポイッと後ろに捨てると、フィレオンティーナの元へ駆けつける。

 

落ちていたフィレオンティーナの右腕をそっと愛おしむように拾うと、フィレオンティーナの前に跪いた。

 

 

 

「フィレオンティーナ、遅くなってすまない。だけど、君のおかげでイリーナたちが無事で助かったよ」

 

 

 

「旦那様・・・」

 

 

 

俺は自分の右手から少しスライム細胞を出すと、フィレオンティーナの右肩にくっつけて、その上から右腕を押し付ける。

 

 

 

「スライム細胞よ、同化せよ」

 

 

 

シュウウウウと光り輝き、傷口がわからなくなるようにくっついたのをみて、スライム細胞のつながりをプチンと切る。これで右手がつながって元通りかな。

 

 

 

「どうだ? 右手は」

 

 

 

クイックイッと試すように右手を動かすフィレオンティーナ。

 

 

 

「大丈夫ですわ・・・さすがは旦那様、切れてしまった右手も元通りなんて・・・」

 

 

 

そう言って立ち上がるフィレオンティーナだが、立ち眩みがしたのかふらついてしまう、

 

 

 

「おっと・・・、大丈夫か? 流した血は元に戻っていないからな、しっかり休んで、栄養も取らないとな」

 

 

 

ふらついたフィレオンティーナの肩を抱きとめて、やさしく微笑む。

 

目に涙をためるフィレオンティーナ。イリーナたちも起き上がってこちらに来ようとしている、その空気を読まないゲスが立ち上がってくる。ゾンビか。

 

 

 

「ガァァァァァ!!」

 

 

 

ぶっちぎれた右手がもりもりと生えてきて、やがて元通りになる。

 

一瞬で再生させるピッ〇ロ大魔王やリ〇ル大魔王の完全下位互換なスキルだな。

 

 

 

「てんめぇぇぇぇ! もう容赦しねぇ! ブッ殺してやる!!」

 

 

 

「はははっ! お前今まで容赦してたのか? そんなことできるほど賢くないだろう?なあゲス野郎?」

 

 

 

「クソガァァァァ!! 俺は勇者だぞ! 勇者白長洲久志羅様だ! そこんトコわかってんだろうなァァァァ!!」

 

 

 

「はあ? 知るかよボケ」

 

 

 

やっぱりコイツが勇者か。異世界転移ってやつだな。どうしてこの世界の女神様とやらはこんなクズをわざわざこの異世界に呼び出して、しかもチートなスキルを与えたんだ。マジで責任とれよな。

 

 

 

治った右手で白く輝く剣を握り直し、俺に向かって足を進める勇者。

 

 

 

「殺す!!」

 

 

 

俺は勇者白長洲とやらを仕留めるべく、超強力な風の精霊魔法を準備する。

 

 

 

 

キィィィィィン!

 

 

 

 

小さなエリアで極端に気圧差が生まれる。

 

 

 

「な、なんだっ!?」

 

 

 

風にからめとられて動きが鈍くなる勇者。

 

 

 

「風牙よ、見よ、ボスの魔法を。あれほど強力な風の魔法をこの小さなエリアに凝縮している」

 

 

 

瓦礫から風牙を掘り出し、アンリちゃんに回復させてもらっていた風牙に声をかけるローガ。

 

 

 

「す、凄まじいコントロールです・・・」

 

 

 

風牙が息をのみ、俺を凝視していた。

 

そして、勇者の周りの空気が一気に圧縮され、支配された真空の刃は瞬時に竜巻となり、勇者を包み込んだ。

 

 

 

「<真空断層波(エアロガレイド)>」

 

 

 

ギャァァァァァン!!

 

 

 

甲高い音がして風がやむ。だが、そこには光輝く鎧に身を包む勇者白長洲が無傷のまま立っていた。

 

 

 

「ボケが! 勇者の鎧に呪文が通じるかよォォォ!!」

 

 

 

そう言って白く輝く剣を振り下ろしてきた勇者。

 

俺は瞬時に懐に入り込むと、振り下ろしてきた右手をつかみ、手首をへし折る。

 

 

 

「グオッ!」

 

 

 

落とした白く輝く剣を俺は拾うと、柄と刃を両手で持つ。

 

 

 

「こんなおもちゃを持って振り回しているから、人を傷つけても平気になるのか?」

 

 

 

そう言って俺は魔力ぐるぐるパワーを全力で高めていく。魔力ぐるぐるパワーが体からあふれ、外に漏れた分が赤くスパークし始める。

 

 

 

「はあああああっ!」

 

 

 

 

バキィィィィィン!!

 

 

 

 

「お、折ったァァァァァ! 聖剣エクスカリバーを折ったァ!!」

 

 

 

勇者白長洲が折って捨てた剣を拾ってわめき散らす。

 

 

 

「ま、魔王を倒すための三本の聖剣のうちの一本である聖剣エクスカリバーが・・・」

 

 

 

セルジア国王もぼーぜんとしている。

 

 

 

「じゃあ、もう魔王は倒せない・・・?」

 

 

 

セルシオ王太子が首をひねる。

 

 

 

「ま、大丈夫ではないですか?」

 

 

 

国王と王太子の心配をよそにカッシーナがあっけらかんと話した。

 

 

 

「ど、どうして・・・?」

 

 

 

「まあ、魔王がでたらヤーベ様にまたお願いしましょう」

 

 

 

完全にヤーベに押し付ける案をさらりと宣うカッシーナ。

 

国王と王太子は二の句が継げない。

 

 

 

「魔法が効かないなら、ぶん殴るまでだ」

 

 

 

俺はズイッと白長洲とやらの前に立つ。

 

 

 

「ざけんなッッッ!」

 

 

 

右手で殴り掛かってきた白長洲の攻撃をかわすと、全力で腹パンをかます。

 

 

 

「ゴブゥゥゥゥゥ!!」

 

 

 

ゴパァっと吐血しながら宙に浮く白長洲。

 

 

 

「<雷撃衝(ライトニングボルト)>!!」

 

 

 

さらに掌底で全力の<雷撃衝(ライトニングボルト)>を放つ。

 

 

 

 

ドバァァァァン!!

 

 

 

 

吐血し、全身から黒い煙をあげる勇者白長洲。

 

 

 

「が、ガハッ! て、テメエバケモンかよ・・・」

 

 

 

超速再生?のようなスキルでも持っているのだろうか。ボロボロの体がだんだんと自動で治っていく。

 

 

 

「ハハハッ! テメーがたとえ魔王だろうと、勇者である俺は殺せねえよ! 残念だったなぁ!」

 

 

 

少しずつ傷が治って動けるようになりそうな白長洲。

 

 

 

「・・・それにしても、白長洲久志羅(しろながすくじら)って、どんなキラキラネームだよ。ダセーにもほどがあるだろ? 海で塩でも吹いてろ、バーカ」

 

 

 

俺の煽りを聞いた白長洲がぽかんとした顔をして一時停止した。

 

 

 

「くじらで海って・・・テメーも転生者かぁぁぁぁ!!」

 

 

 

いきなりいきり立った白長洲は右手に光のエネルギーを溜める。

 

 

 

「<勇者の一撃(ブレイブショット)>!!」

 

 

 

「<細胞防御(セルディフェンド)>」

 

 

 

魔力パワーを上げての<細胞防御(セルディフェンド)>は白長洲の一撃を完全に防ぎきる。

 

 

 

「なッッッ!?」

 

 

 

あっさり自分の一撃を防がれて驚愕する白長洲。

 

棒立ちの状態に再度全力の<雷撃衝(ライトニングボルト)>を放つ。

 

 

 

「ゴハアッ!」

 

 

 

再び黒い煙を上げて倒れる自称勇者の白長洲。

 

だが、三度傷がふさがっていき、ゾンビのように立ち上がる白長洲。

 

 

 

「ギャハハハ! ゆ、勇者は倒せねーんだよォォォ!」

 

 

 

「ははっ、最近はゾンビの事を勇者と呼ぶんだ。知らなかったね」

 

 

 

俺は肩をすくめてため息を吐く。

 

ぜーぜー息を切らして血を吐きながらも俺に向かってこようとする白長洲。

 

 

 

「いやあ、何事も念のために準備することって大事だよね」

 

 

 

「?」

 

 

 

俺が独り言?をつぶやいたのでその場の全員が頭に「?」を浮かべる。

 

 

 

俺は眷属とも言うべき存在を召喚するべく右手を掲げ魔力を高めていく。

 

体から再び赤く光る魔力がスパークし始める。

 

いやはや、本当に念のために事前にいろいろと聞いておいてよかった。

 

さあ、このクズを仕留めて、騒動を終結するとしようか。

 

 

 

 




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第282話 対勇者最強の切り札を切ろう

 

「いでよ!眷属召喚!」

 

 

 

俺は右手に魔力(ぐるぐるパワー)を集める。

 

右こぶしから魔力があふれ赤いスパークが飛び散る。

 

 

 

「け・・・眷属召喚だと・・・!?」

 

 

 

イリーナの目が見開かれる。

 

俺の眷属なんて、たぶん見たことないだろう。

 

 

 

バチバチバチッ!

 

 

 

赤くスパークする魔力が一段と強く輝き、その場の全員がまぶしく目を開けられなくなる。

 

 

 

 

 

次の瞬間―――――

 

 

 

 

 

「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン! 愛と勇気とちょっぴりエッチな恋心を応援するマジカル美少女、サキュバスミーナが登場だゾ!」

 

 

 

ポンッ! と音がしたかのような錯覚すら覚えるほど赤いスパークが収まった瞬間唐突に現れたのはサキュバスのミーナであった。

 

 

 

「女の子の大切な恋心を踏み躙る極悪非道な存在はご主人様に代わってお仕置きだゾ!」

 

 

 

華麗にごっつい魔石がついたマジカルステッキをくるくると回したかと思うと、紫色のマントを翻し、トンガリ帽子をゆらゆらさせながらくるりとターン。しかしながらきわどいミニスカートは見えそうで見えないギリギリを抑えている!

 

 

 

パクパクパク。

 

 

 

イリーナがミーナを指さしながら口をパクパクさせている。どうやら驚きすぎて声も出ないようだ。フィレオンティーナもルシーナもサリーナもボーゼンとしている。

 

カッシーナは目をぱちくりさせている。あのサキュバスがなぜここに? といった表情だ。

 

 

 

あまりにシーンとした現場に、真っ先に耐えられなくなったのはサキュバスのミーナ自身であった。

 

 

 

「ちょっとー! ヤーベさん話が違うじゃないですかー!! このひらひら衣装でステッキ振り回してターン決めれば称賛の嵐だって言ってたのに!」

 

 

 

どうやらヤーベはだいぶコアな目線でミーナに話をしていたようだった。

 

 

 

「あれー、おかしいな? 十分可愛いぞ?」

 

 

 

「えへへ、ヤーベさんに可愛いって言われちゃった・・・じゃなくてぇ! 皆さん完全に不審者を見る目でコッチを見てるじゃないですか! なんですか! これがヤーベさんの仕打ちですか!私がこれまで65535個もヤーベ人形ストラップ作ったというのに! しかも1000個に1個は<魅了(チャーム)>のスキルでヤーベさんへの愛を込めて作るほど頑張ったのに!」

 

 

 

「お前か! お前のせいか! たまに明らかに金儲け主義まっしぐらそうな商人が『素晴らしきヤーベ様! 全財産を寄付させてください!!』とか、どこかの貴族の鼻持ちならない令嬢が『きゃー! ヤーベ様! 私の全てをささげますわ! 身も心をお受け取りくださいましー!』とか言って突撃してきたのはお前のせいかぁ!!」

 

 

 

俺はぷんすか憤った。たまに神殿(マイホーム)におかしなヤツが突撃してくると思ったが、ミーナのせいかよ。

 

 

 

「なんですかぁ! ヤーベさんのことを思って頑張ったのに!」

 

「<魅了(チャーム)>なんてヤバそうなスキル使うんじゃありません!」

 

 

 

俺が自分で呼び出したサキュバスのミーナと言い合いしていると、どよどよと不穏なオーラが立ち込めた。

 

 

 

「ヤーベ様・・・一体いつミーナさんがヤーベ様の眷属に・・・?」

 

 

 

ミーナの後ろにゆらりと歩み寄っていたのはカッシーナだった。

 

 

 

「いや・・・その・・・何と言いますか・・・」

 

 

 

俺とミーナはだらだらと脂汗を流す。カッシーナの迫力に押され言葉が出てこない。

 

俺たちがまるで漫才の掛け合いのごとくしゃべっていると、完全に蚊帳の外に置かれていた勇者が暴れだした。

 

 

 

「ざけんなッ!ブッ殺してやる!」

 

 

 

さっきから何度も同じセリフを吐くゾンビ勇者。ほかにセリフないのかよ。

 

勇者コイツの脳みそ8ビットくらいしか容量ないんだろうか。昔のファミコンカセット並みだな。

 

 

 

「うるさいよ、ちょっと静かにしてろ」

 

 

 

そう言うと俺は右手を触手に戻し、勇者をぐるぐる巻きにする。

 

まるで見た目はスプリ〇グマンに捕らえられた超人みたいだな。

 

 

 

「<電撃(サンダーボルト)>、神雷電流撃500万ボルト!」

 

 

 

調子に乗って神の雷を名乗ってみる。

 

文句があるなら直接俺に言え、女神とやらよ。

 

 

 

バリバリバリバリッ!!

 

 

 

ぐるぐるに巻き付かれた触手から500万ボルトもの電流が発せられ、勇者白長洲の体を高電圧の電流が駆け巡る。

 

 

 

「グギャギャギャギャ!!」

 

 

 

もはやゴブリンと区別がつかないような叫び声をあげているな、勇者コイツ。

 

 

 

そして、全身から黒い煙が立ち上り目や耳、鼻からは赤黒い液体が流れだす。

 

 

 

「おお・・・もはやR15を超えているような情景だな。説明は差し控えよう」

 

 

 

誰に? と疑問に思わなくもないが、俺は一人ぼやく。

 

もしかしてさすがに死んだかも・・・。

 

 

 

「グ・・・ガガ・・・」

 

 

 

「キャア!」

 

 

 

え、私呼んどいて勇者殺しちゃうの? という顔をしていたミーナが驚いて俺に抱き着く。

 

勇者がまるでゾンビ。

 

なんと、まだ動く勇者。ここまでくるとチートというより呪い(カース)なんじゃないかとさえ思うな。コイツ、自殺しても死ねないんじゃ?

 

 

 

「ふええ~、さすが勇者です、たちが悪いうえにキモチワルイ! ですがご安心を! こういった時のために魔族は長年対勇者研究を進めてきたのです!」

 

 

 

説明だけ受けたら、完全に俺が悪者役の側になってる気がするな。大丈夫なんだろうか、俺のスラ生(じんせい)

 

 

 

「私自身の対勇者に対する魔力不足は、このマジカルステッキとヤーベさんのパワーで補います! さあ、行きますよ!」

 

 

 

実は、ガーデンバール王国に来る前からミーナには勇者について聞いていた。勇者が魔王を殺す存在なら、魔族の一人であるサキュバスのミーナは勇者に対して何か知識を持っているのでは・・・と思ったのだが。まさかのそれがビンゴだった。

 

サキュバスのミーナは魔界ではとてもえらい侯爵ランクの家柄らしく、勇者についても知識があり、対勇者のための呪法も伝わっていたのだ。

 

 

 

そして、詳しく説明することもなくマジカルステッキを勇者白長洲の胸に当てる。

 

その先端には昔ローガが狩ってきたAランクの魔獣であるマンティコアの魔石を使用している。最初Sランクオーバーのギガンテスの魔石でステッキを作ろうとしたのだが、魔石が直径1メートルもあったので杖が持てないといわれてしまった。

 

 

 

「発動!<呪術魔法(カースマジック)>!」

 

 

 

先ほど俺が放った電撃とは違い、赤い光がスパークする。

 

 

 

「ヤーベ様! マジカルステッキにブーストを!」

 

 

 

ミーナの言葉に従い、ミーナがステッキを持つ左手に自分の左手を重ねる。

 

 

 

「むうっ!」

 

 

 

カッシーナの表情が険しくなる。カッシーナはミーナに厳しいなあ。

 

 

 

「おりゃ!」

 

 

 

俺は魔力ぐるぐるパワーの出力を上げてミーナの呪文の生成に力を貸す。

 

 

 

「グオオオオオッ!?」

 

 

 

勇者白長洲が痛みに顔を歪め叫び声をあげる。

 

 

 

「<無限縛鎖(チェイン・カーネーション)>!!」

 

 

 

ミーナが俺から流し込まれた魔力を使い魔法を完成させる。

 

再びバリバリと赤い稲妻がスパークすると勇者白長洲の胸に【呪いの六芒星(カースペンタグラム)】が刻まれた。

 

 

 

「勇者が無敵なのは常に女神からエネルギーを流し込まれているからです。その供給パイプを断つことはできませんが、<呪術魔法(カースマジック)>により、勇者が体を動かしたり思考したりする際に、こちらの意図を汲まずに反発するような行動を起こした場合は体内エネルギーが逆流し、とてつもない負荷がかかるようになるのです」

 

 

 

なんと、勇者のチートな無敵能力は女神からエネルギーを常に供給されていたからなのか。

 

なんてチート野郎なんだ。俺には何もくれなかったくせに。女神許すまじ! オノレカミメガ!

 

 

 

「つまり、こちらの言うことを聞かないとヒドイ目に合うと」

 

 

 

俺は自分のノーチートをとりあえず横に置いて勇者にかかった<呪術魔法(カースマジック)>について考える。

 

 

 

「多分、抗い続けると肉体自体が崩壊します」

 

 

 

わお、案外残酷。

 

だが、これは便利だ。勇者白長洲(しろながす)はクソみたいな人間だしな。

 

こっちの言うことは聞かないだろうし、<呪術魔法(カースマジック)>でいう事を聞かせて操った方が便利だな。今度どこかで<迷宮氾濫(スタンピード)>が起きたら白長洲を一人で向かわせよう。どうせ死なないだろうし。

 

 

 

「ふ・・・ふざんなよ! こんな程度でこの俺様を縛れると思うなよっ!」

 

 

 

見れば、<呪術魔法(カースマジック)>に抗うように勇者白長洲が脂汗を流しながらも歩み寄ろうとする。

 

 

 

「だから、後107個の呪印を刻みますよ? 合計108個の呪印がすべてつながるとき、圧倒的な封印力と強制力を発揮します。それが<呪術魔法(カースマジック)>、<無限縛鎖(チェィン・カーネーション)>です」」

 

 

 

ものすごく爽やかな笑顔で説明するミーナ。

 

 

 

「ひゃ・・・108個も・・・?」

 

 

 

ミーナの説明にポカーンと驚いた顔をして口を開いたのはイリーナだった。

 

 

 

「なるほど、108の経絡秘孔に【呪いの六芒星(カースペンタグラム)】を刻むのか。お前の命は後3秒ってか?」

 

 

 

俺がヘラヘラと笑いながら勇者白長洲に声をかけると、まるで信じられないといった表情で俺を見る。

 

 

 

「さあ次です。後107回も刻まないといけないので、サクサク行きましょー!」

 

 

 

「あいよー」

 

 

 

ミーナの掛け声にいかにも軽いノリで俺は返事をする。

 

 

 

「ギ・・・ギャアアアアアアッッッ!!!!!」

 

 

 

勇者の絶望に沈む慟哭が響き渡った。

 

 




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