エルフとヘルガスト兵 (Casea)
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ぷろろーぐ!

○この作品を読む前に

・主人公はPSのゲーム「KILLZONE」シリーズのヘルガスト兵です。ただほとんどKILLZONE成分はありませんので、この作品知らなくても問題ありません。単にヘルガストの武装が格好良くて好きなのでそうなっただけです。(作者は2と3のみプレイ済)
・結構適当に書いてます。細かいことは気にせず力を抜いて読んでください。
・あんまりシリアスな作品ではありません。
・「俺はエルフ娘よりケモミミ娘」等の方はエルフ娘も好きになってあげてください。
・書きたいだけ書いたら多分終わる。
・ただエルフ娘といちゃいちゃする話が書きたいだけです。



――西暦2358年 惑星ヘルガーン ヴィサリ宮殿・中庭

 

 四方八方から銃撃音や爆発音が響き渡り、時には弾丸が自分の体の傍をかすめ、地面や壁を穿つ。正直生きた心地がしない。仲間は次々と体中に穴を増やされ、その穴から赤い体液を漏らしながら痙攣し、しばらくすると微塵も動かなくなる。だがそんな事を気にかけている余裕は一切ない。否、そんな無駄な事をするくらいなら1発でも多く、ヴィサリ老に仇なすISAの屑共に鉛玉をぶち込んでやる方が何十倍も良いというものだ。

 現状ははっきり言って劣勢だ。徐々にではあるが押されてきている。おそらく私ももうすぐ死ぬ事だろう、だが一歩たりとも引くわけにはいかない。あの薄汚い屑共を今ここで、1人でも多く殺す。そう、1人でも多く――。

 

 不意に体に衝撃を受け、気付いたら自分は倒れていた。何が起こったというのか、体が思うように動かない。胸の辺りに熱を感じ、手で軽く触れてみると心臓の辺りに穴があいているのがわかった。どうやら私は敵の弾に当たって倒れたらしい。開いた穴から少しずつ血液が流れだしているのを感じる。体はだんだんと冷たくなり、意識は朦朧とし始めてきた。

 ここで私は終わりか。この戦いの後も陛下にお仕えしたかったがそれはどうやら叶わないらしい。悔いは残るがラデック大佐もいる、心配する必要もないだろう。

 願わくば勇敢なヘルガスト兵達がISA共を皆殺しにし、今後も陛下のために忠を尽くさん事を。

 

「ヴィサリ……万……歳」

 

 そこで私の意識は途絶えた。

 

 

 

 暗闇だ。

 

 何もない、只々暗い、真っ暗な空間を漂っている、そんな感じだ。ここはどこだろう、私はどうなったのだろう、これからどうなるのだろう。疑問に思うも何もわからない。場所どころか時間の間隔すらわからない。気が付いてからどれだけ時間が経ったのだろう。1分か1時間か、それとも人では計り知れないような途方もない時間か。いくら考えたところで答えは出ない。時間を確認しようにも装備がないのか、それとも体そのものがないのか確認する事が出来ない。

 

 どうすれば良いのかと悩んでいるとまるで浮上していくような間隔に襲われた。体に紐でも付いているのかというくらい急激な速度で上に引き寄せられていく。それ以前にそもそも浮上いるのかどうかすら疑わしい。方向感覚もおかしくなっているのでもはや浮上しているのか沈んでいるのかもわからない。おそらく死んだ身なので正直なところどちらでも良い事ではあるが。引き寄せられている方を見てみると遠くに光が見え始めた。ライトか、太陽光か。どちらでも構わないが少し眩しい、どうにかならないものか。そんな私の気持ちなんぞお構いなしに光の許へと近付いて行き、気付くと今度は真っ白い空間に立っていた。

 

「気分はどうかな?」

 

 不意に後ろから声をかけられ慌てて銃口を相手に向け――ようとしたが銃を持っていない。だがどうやら自分の体はあるようで手足が見える。感覚からして死ぬ間際の装備を身に着けているらしい。武器以外は、だが。

 声の主に目をやると杖を突いた老人が1人いた。

 

「すまんが武器は呼び寄せてなくてな。些か不安かもしれんが勘弁してくれんか」

 

「……何者だ」

 

 相手に気付かれぬように自然な形で体の重心を下げ、いつでも走り出せるように準備しておく。場合によっては老人であろうと容赦する必要はない。

 

「これ待たんか。お主が疑問に思っとる内容は全て話してやるから物騒な事を考えるでない」

 

 どうやら見透かされているらしい。会って早々非常に不愉快な気分だ。

 

「そうだな、まずは一番気になっているであろう、お主は『どうなったか』だが……。お主は弾丸を心臓に受けて死んだよ。惑星ヘルガーンでな」

 

 やはり私はあの時あの場で死んだか。

 

「だとするならここはあの世か。天国か? それとも地獄か?」

 

 自分が行ってきた所業を思えばどう考えても地獄行きは確定していると思ったが。想像していたよりも何もない所のようだ。

 

「どちらでもない。言うなればここは世界の狭間といったところかな? 魂だけとなったお主をここに呼び寄せた、ついでに肉体もな」

 

「なるほど、差し詰め貴様は神とでも言うべき存在か?」

 

「何と言うべきか……おそらくそれが一番近いだろうが……まぁ少なくとも私以外にもこのような存在はいる。それは覚えておいてくれ」

 

 八百万の神という言葉を聞いたことがあるがそういった類だろうか。

 

「まぁ良い、それで? その神だか何だかわからん爺が死人の私に何の用だ。自宅の掃除人にでも雇うつもりか?」

 

「お主に頼み事があってな。お主が居た世界とは別の世界に行ってもらいたい」

 

 別の世界などと戯言を抜かすとは。どうやらこの爺は相当に頭がイカレているらしい。

 

「人を頭のおかしい爺扱いするのはやめんか! 本当にあるのだ異世界は!」

 

「まぁそういうことにしておこう。だが何故そんな所へ? 何故私なのだ」

 

 ヘルガーンで死んだ人間なんぞいくらでもいるはずだ。ISAにしろヘルガストにしろ、それこそ何千何万と死んでいるはずなのに何故その中で私を選んだのか。

 

「やってもらいたい事があるからとしか今は言えん。すまんな。お主を選んだ理由は興味があったからだな」

 

 ただ興味があるからと選ばれた訳だ。やはりこの爺は気に食わない。

 

「そこいらのヘルガスト兵とどこも変わらないと思うのだが」

 

「ヘルガストの者は大抵自分より下の者を見下しておるが、お主には一切そういった感情がない。それだけでも随分と違うではないか」

 

「陛下以外の者を同列に扱っているだけだ。勿論目上の者は除くが」

 

 その陛下に今後お仕えする事が出来ないのが残念でならない。

 

「まぁお主を選んだ理由も色々あるんよ。それで……引き受けてはくれぬか」

 

「それを行ったとして私に何のメリットがあるというのか。陛下にお仕えする事こそ我が使命。あの御方のいらっしゃらない世界など何の意味もない」

 

「向こうの世界でいくつかやって欲しい事があるのだが、もしそれを全てやり遂げる事が出来た時、お主の願いを叶えよう。もし望むのであれば、任意の時間に任意の場所で生き返らせる事も可能だ」

 

 生き返る事が出来るという言葉は私には余りにも甘美な響きを孕んでいた。もし実現すれば私は――。

 

「もう一度陛下にお仕え出来る……?」

 

 老人はただ一度ゆっくりと頷いた。

 

「……いいだろう。その依頼を受けよう」

 

 何かしらの罠の可能性も考えたが、たとえ罠であっても生き返る可能性が微塵でもあるのならば乗ってみる価値はある。どうせもう死んでいるのだ、気にする必要もない。

 

「では向こうの世界に送ろう。武器等もまとめて一緒に送るから安心せい」

 

 どうやら今直ぐ送るつもりらしい。せっかちな爺だ。しかし私も1秒でも早く生き返りたいので受け入れる事にする。

 少しすると眠りに落ちるような感覚に襲われ意識を失った。こうして私は異世界とやらに送られる事となった。

 多少の不安はあるがどうとでもなるだろう。私は勇敢なるヘルガストの兵士なのだから。

 




こんな感じで始まるお話。
よろしければお付き合いください。

○ヘルガスト
かっこいいガスマスクつけた集団。ゲームだと敵。

○ヘルガーン
ヘルガスト達の星。環境最悪。

○スカラー・ヴィサリ
ヘルガーンの指導者であり、支配者。ヴィサリ万歳!

○ISA
惑星間戦略同盟。ゲームだと主人公側。

○メール・ラデック
ヘルガストの大佐。ヴィサリらぶ。

○神(?)
ちょっとお茶目などじっこ。でもじじい。


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いせかい!

「っ……」

 

 目を開けると目映い光が差し込み一瞬目を背けた。光に慣れ再び空を見上げると青空が広がっており、立ち上がって周りを見渡すと緑の木々が生い茂っていた。素直に美しいと感じる。成程、確かにここはヘルガーンではないようだ。あそこではこのような光景は天と地が逆になっても見る事は出来ないだろう。マスクを外し空気を吸うととても澄んでいるように感じる。汚れていない証拠だろうが、これが空気が美味いというやつだろうか。何もかもが故郷の惑星とは異なった世界、これが違う世界か。

 

(ふはははは、目が覚めたようだな)

 

 頭に直接語りかけてくるような声に一瞬警戒したが、心当たりがあったので警戒を解いた。

 

(順応早いのう……驚かし甲斐がなくてつまらん……)

 

 何を言っているのだろうかこの爺は。

 

(頭に直接話しかけとるからお主にしか聞こえぬよ。ちなみにお主は声に出さずとも頭に浮かべるだけで意思疎通は可能だ)

 

 それは好都合だ。1人で喋っていては他人から頭のおかしい奴と思われかねない。いや、そもそもこの星に生き物はいるのか。

 

(もちろんいるぞ、人間もそれ以外も色々な)

 

 どこか引っ掛かるような言葉ではあるがとりあえず装備を確認しよう。大体死ぬ前と大差ない装備を身に着けている。戦闘服、アーマー、ヘルメットにマスク。それから武装――ナイフとピストルしか見当たらないのだが。しかもピストルに至っては装填された分と予備弾倉の分合わせて24発しかない。

 

(ふぁっ!? そ、そんな筈は……確か他にも武装を持たせ――あっ)

 

 何だ今の「あっ」というのは。

 

(すまん……こっちに置いてある)

 

 この糞爺。思い付く限りの言葉で罵り続けたいが、外敵と遭遇する前に送り付けてくればそれで構わない。

 

(えーっとだな……そちらの世界に送る前なら色々と融通してやれたのだが……送った後だと色々と制約があってな……依頼達成の報酬である「一度だけ願いを叶える事」くらいしかもう出来ん。まぁ要は……武器を送ったらもう元の世界で生き返れん)

 

 成程な。今ある装備だけで生き残れと。ピストルとナイフ1本で。それが人に頼み事をした人間のとる行動か。

 

「ふざけるな!」

 

 勘弁してほしい。ピストルですら24発しかない。武装している相手でも2、3人程度ならナイフだけでも制圧可能だがそれ以上となると苦しくなってくる。この爺は私に依頼したが、成功させるつもりがあるのか。

 

(ま、待て! こんな事もあろうかと準備をしてある! 腰のポケットにな!)

 

 腰の左側のポケットに何か入っていた。これはPDAだろうか。

 

(特殊な小型端末でな! それを使えば弾薬を手に入れる事も出来るし、確かそれから装備を手に入れる事も出来る筈だ!)

 

 そんな便利な物があるのなら最初からそう言えば良いものを。誰かに見つかるリスクも考えず無駄に叫んでしまった。確認してみると確かに装備や弾薬を手に入れる事は出来るようだ。使い慣れているStA-52 アサルトライフルもあるようで安心した。だがこの[銀貨×20]とは何だ。

 

(あー……装備や弾薬を手に入れるにはその世界の貨幣が必要でな……)

 

 この爺が目の前に居ないのが大変悔やまれる。居たら今すぐ眉間に鉛玉ぶち込んでやれるのに。悩んでいても仕方がないので人の居る場所へ向かって街で金を稼ぐ方法を探す事にする。

 

 爺に街の方角を聞きそちらへと向かう。話によれば夜になる前には着けるだろうという話だ。現在向かっている街は比較的大きい街で今いる国の王族が統治しているという。そこを拠点としてまずはこの世界の情報や必要物資の購入資金を稼ぐのが良いだろう。知りたい情報は膨大にある。爺に聞くという選択肢もあるが、可能な限り自分で情報を得たい。単にあの爺に頼るというのが気に食わないのと、そもそも当てにならんからでもあるが。

 

 しばらく歩き続けると前方の草むらの中に何か潜んでいるのか揺れ動く音が聞こえた。こちらの世界の生物か。やがて姿を現したのは見た事もない生命体だった。言葉に表すならば液体の塊だろうか。

 

(ようやく魔物と遭遇したようだな)

 

 魔物とは、まるで児童向け小説だ。さしずめあれはスライムだとでも言うつもりだろうか。

 

(まぁ大方そんなところだよ。気を付けろよ、あいつは――)

 

 ピストルをレッグホルスターから引き抜き、スライムに1発お見舞いしてやるとはじけてばらばらに飛び散り動かなくなった。想像していたよりも脆い生物だった。今は1発でも銃弾を節約しなければならないし、そもそもナイフでも十分そうだ。

 

(えぇぇ……せめて最後までわしの話聞こうよ……)

 

 あいつの呼び名はスライムで確定でも問題ないと判断し死体に目をやると、煙を上げながら消えてしまった。そこに何かが2つ落ちていた。近付き拾い上げると金属のようだが、これは銅だろうか。

 

(それは銅貨だな。魔物は硬貨に魔力を与えたものを核に生きているからな。魔物が死ねば硬貨が体から弾き出されるというわけだ)

 

 魔物の次は魔力ときた。ファンタジーな世界だことで。どうやら化け物を殺しても金を稼げるらしい、覚えておく事にする。そしてあのスライムは銅貨2枚が核と。

 

 

 街への道すがら爺に硬貨について話を聞かされた。まず何故魔物が硬貨を落とすのか。これは単純に人間側が魔物から手に入る金属のメダルを貨幣として使用しだしただけらしい。ではこのメダルはどこから生まれたか。メダルを生み出しているのは魔族なる存在らしく、その魔族が作り出したメダルに魔力を与え魔物の核としている。それを人間が狩り、手に入れたメダルを貨幣として利用、稼いだ金でより良い武装等を手に入れさらに稼ぐために魔物狩りへ。そこで魔物に殺された場合、持ち物は魔物が主人である魔族の許へと運ぶ。人間界側の物品は全体的に品質が良く、魔族の住む魔界でも人気で高値(メダル)で取引される。そしてその手に入れたメダルで新たな魔物を、といった具合にこの硬貨は回っているらしい。

 

 話を聞き終える頃には街が見え、日は暮れ始めていた。なんとか街の入口の城門が閉まる前に辿り着く事が出来たので、少しほっとした。だがまだ一息つくわけにはいかない。あの後スライムと何匹か遭遇し合計で銅貨10枚ほどにはなったが宿には泊まれるのだろうか。とりあえず城門前に居る兵士にでも安い宿の場所でも聞くとする。

 

「この街で一番安い宿の場所を教えてくれ」

 

 2人居た兵士の片割れに話しかけると、もう1人の兵士と顔を見合わせた。この街の兵士のくせに宿屋の場所1つ知らないのか、そう思っていたら信じがたい言葉を発した。

 

「ドjyfえ……?」

 

 一瞬何が起こったか理解出来なかったがすぐさま状況が理解出来た。

 

(あー……お主の言わんとする事はわかる……)

 

 まさかとは思うが一応聞いておく。これは一体どういう事だ。

 

(お主の頭にこの世界の言語の知識を植え付けてやるの忘れとった……)

 

 どうやら私は見知らぬ世界で言葉もわからない状態で生き抜かねばならぬという事らしい。乾いた笑いが出た後に込み上げてくる感情のままに空に向かって叫んだ。

 

「ふざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 私は無事元の世界で生き返る事が出来るのであろうか。

 無理かも分からん。

 




爺といちゃいちゃして終わってしまった。


○PDA
小型自販機。武器? 弾薬? 欲しけりゃ金出せ。

○スライム
基本無害。だが衣服が好物なのでよく人にまとわりつく。
女の子にくっつけば皆喜べるのに何故か男の方を率先して襲う。ロマンがない。


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えるふ!

 すっかり暗くなった街中を肩を落として歩き続ける。腹も空いてきたが果たして銅貨10枚程度で宿一晩と食事代は賄えるのだろうか。まさか言葉が伝わらないとは思わなかった。別の世界である以上言語が違うのは当然ではあるのだが、まさか言葉が通じないのに送り込まれるとは考えてもみなかった。だが爺の話を聞く限りでは後からでも知識を頭に植え付けるのは出来るという事のようであった。だとするとそれをし忘れた爺の完全な失態というわけだ。それで爺だけが困るなら問題ないのだが、私が苦労するのだから笑えない。これではこの世界の事を調べる事が出来ない。今後を考えると頭痛がする。

 

(あー……わし色々教えるよ……?)

 

 ボケ老人は黙っていろというのだ。私は他人から話を聞くより資料等から情報を読み取る方が好ましい。再び陛下にお仕え出来る可能性だけにすがって歩み続けられるほど私は人間出来ていない。だからこそこの世界の文献やらの読み物などを読み漁れるのを仄かに期待していたというのにも拘らずこの惨状。溜息しか出てこない。

 

「おっと……!」

 

 考え事をしながら歩くものだから人とぶつかってしまった。ぶつかった相手は武装した若い男を2人引き連れたハゲ頭の太った中年の男だった。若いのは護衛だろうか。

 

「こtgえ、gwqお!!」

 

 ハゲは突如烈火の如く怒り出した。カルシウム不足のようだ。重い体重を支えねばならんというのに大変な事だ。ハゲはさらに怒りの声をこちらに向けて吐いた後、護衛と思しき男たちを連れ足早に行ってしまった。何だったのだろうか。言葉が分からない以上気にするだけ無駄なのでさっさと宿を探そうと一歩踏み出すと何かを踏みつけた。何かと思い目線を下げると何か袋のような物だった。さっきぶつかったハゲの持ち物だろうか。拾い上げた袋の中身を1つ取ると金色に輝くメダルが出てきた。 

 

(おぉ、金貨だな。とするとこれは銭袋か。おまけに魔道具の類だな)

 

 財布か。それで魔道具というのは何だ。

 

(簡単に言えば魔法がかけられた道具、もしくは魔力を持った素材で作られた道具だな。かかっている魔法や魔力で効果が変わるものでな、その袋は魔力の影響で容量が大きくなっているわけだ)

 

 ということは見た目以上に中に入っているというわけか、その割には軽いが。

 

(それは魔物の胃袋で出来ている筈だ。確か多くのものを胃に収めて長期間冬眠出来るように大きさ以上の容量があり、その重量で動けなくならないように中に入った物の重さを限りなくゼロに出来るんだったかな)

 

 成程、軽いわけだ。

 

(おそらく相当な額が入っておるだろうよ。ど、どうだ、その金があればかなりの武装が手に入れれよう)

 

 こいつは仮にも神であろうに、平然とネコババをさせようとしてきた。まさかとは思うがそれで自身のミスをなかった事にしよう、等と企んでいるのではないだろうか。

 

(サ、サァー? ナンノコトヤラサッパリィ?)

 

 残念ながら爺の思惑通りにはならない。私は他人の物をどうこうするような趣味はない。今なら返せるだろうと考え、男の去って行った方へと走って向かう。確かこの辺りの角で曲がっていたはず――居た。さらに追いかけるとどんどん裏路地に入っていっているのがわかる。そこには貧相な身形の物が多く居るところからおそらく貧民街か何かだろうと思われる。金の量からしておそらく金持ちだろうに、こんな貧民街のような裏路地になんの用があるというのか。男が建物の中に入ったのを確認した。一見するとそこは普通の建物だった。武装した厳つい大男が腕を組んで入口横の壁にもたれ掛っていなければ、だが。扉に向かうと男に止められじっと恰好を見られたが、すぐに横にずれ顎をしゃくった。入っても問題ないと判断したのだろう。

 

 中へ入るとまた扉があり、それを抜けると地下へと続く螺旋階段があった。等間隔に松明が設置された階段を下りて行くにつれ、声が聞こえてきた。それも大勢の、激しい調子の声だ。階段を下りきり扉を開けるとそれなりに広い空間に出た。階段のような段差が扇状に広がりそこに人々が座り部屋の最奥のステージのような場所を見ていた。そしてステージの上には――首輪を付けられた裸の少女が立っていた。ステージを見る男達、中には女と思われる者も居たが、奴らは皆仮面を付けたりフードを被って顔を隠していた。そしてニヤニヤと下種な笑みを浮かべて何かを声高に叫んでいた。

 

(奴隷の競り……だな)

 

 一気に怒りと吐き気が湧き上がってきた。今すぐにこの場の全員を撃ち殺してやりたい気分だ。

 

(落ち着け……お前もいきなり追われる身になる事を望んじゃおるまいに)

 

 爺の言う事にも一理ある。腹立たしいがピストルだけでは無理か。アサルトライフルかライトマシンガンがないのが悔やまれる。いや幸いというべきか。あったら躊躇いなく撃っていた。少女は下種共から視線を浴びせられ、恐怖に震え涙を流していた。見たところおそらく12~15歳といったところか。そんな少女を競り落とそうとどいつもこいつも必死に声を上げているわけか。醜い豚共めが。

 

(必死に競り落とそうとするには理由がある。何故か分かるか?)

 

 少女は腰くらいまでの長さの綺麗な金色の髪で、透き通るような白い肌に胸は背丈や顔に似合わず大きかった。だが一番目を引いたのは長く尖った特徴的な耳だった。

 

(あの子はエルフという種族でな、美しい容姿の種族として知られておる。特徴はあの長い耳で人間に比べてとても長寿だ)

 

 確かに美しい少女ではあるがそこまでして欲しいものなのか。

 

(エルフ自体が滅多にお目にかかれない種族だからな。そして何よりも欲しがられる理由がある。エルフの女性は……あー……怒るなよ?)

 

 内容にも因るとは思うが勿体ぶらずにさっさと言えというのだ。

 

(……女性としての機能が高いんだ。おまけに人里離れて生きているから滅多に手に入る代物でもない。必然と高額で取引される)

 

 よく理解出来た。非常に胸糞悪い。こんな気分になったのは何年振りだろうか。おそらく私の人生の中でも上位に食い込むくらい最低な気分だ。要するに、さっきぶつかった男はあの子を何としても手に入れたいからあれほど急いでいたと。

 

「でrt!!」

 

 噂をすれば、ではないが先程のハゲを見つけた。どうやらあのハゲが競り落としたようだ。

 

(マスクで見えんがなんかとても悪い顔しとらんか……?)

 

 気のせいだろう。それと悪人面は元からだ。

 銭袋から金貨を1枚だけ取り出しポケットに仕舞い込んだ。

 

 

 ハゲは嬉々として主催者と思しき男と少女と共に裏に向かい、他の者は心底残念そうにこの場を離れて行った。その場に残ったのは私だけ。あの男が引っ込んでから5分といったところか。予想が正しければそろそろだ。

 部屋の奥から言い争う声が聞こえ始め、しばらくするとハゲと護衛2人が屈強な男達に肩を掴まれ階段を上っていき、奥の部屋から主催者が出てくると溜息をついた。やはり持ち金はあの銭袋だけだったようだ。主催者はこちらを見つけると「さっさと帰れ」と言わんばかりに手を振るが、無視して近付き袋の中身を見せてやると目の色を変え奥の部屋へと来るように手招きした。部屋に入ると隅の方で鎖につながれた先ほどの少女が居た。さすがに服は着せられているようだ。テーブルの上に銭袋をそのまま投げてやると主催者はこちらを窺いつつ中から金を出し始めた。大量の金銀銅貨を引っ張り出し、銭袋をこちらに手渡した。中に銀貨や銅貨が多少残っている程度だがまぁどうせ他人の金だ、気にする必要はない。男は少女の首輪に付けられた鎖を外してからこちらへと押しやるとにんまりと笑い、少女用にかフード付きのマントを寄越してきた。餞別のつもりか。ならこちらも良いものをくれてやろうと見えない位置にある物を貼り付け建物を出て少女と共にそこから離れた。

 

 これくらい離れれば何も問題ないだろうと手に持ったPDAで遠隔爆弾を起動すると軽い地響きが起き、少女は驚きビクついた。これで銀貨3枚か、悪くない。金は地獄への駄賃にくれてやる事にし、先ほどまで居た方角が騒がしくなってきたのでその場を離れる。

 

(結構やる事どぎついね……お前さん)

 

 奴隷の売買をする輩などいくらでも存在するだろうが、1人居ないだけでも何人かは被害に遭わずに済む筈だ。しかし成り行きで買い取ってしまったがこの少女はどうしたものか。怯えた様子でこちらを窺う少女を見て、今日何度目になるかも分からない溜息をついた。

 




ようやくエルフの少女が出てきた。やったー。


○魔道具
便利です。

○奴隷の競り
おのれ奴隷商! ゆ゛る゛ざん゛!!


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こみゅにけーしょん!

 まだ名前すら知らぬエルフの少女を連れて夜の街を歩き宿を探す。少女は後ろから黙って付いて来ているが、簡単に逃げ出せそうなのにそれをしないのはおそらく諦めているからだろう。それが1度逃走を試みて徒労に終わったからか、それとも逃げても逃げなくても結局酷い目に合うのならと楽な方をとっただけか。

 

(それより……気を付けろよ。エルフの女を連れている以上今後命を狙われる可能性が出てきたからな)

 

 それくらいは理解している。だからこそ金貨を1枚確保しておいたのだ。少なくともこれでアサルトライフルは買える。しかしさすがに疲れたし腹も空いたのでまずは宿を探す事にする。だが文字が分からないのに宿を探す事など出来るわけ――あった。看板にベッドやナイフとフォークのマークが示してあった。なんと分かり易い、これでなんとか寝所は確保出来そうだ。

 

 宿と思しき家屋へと入ると多くの人々が食事をとっており、奥のカウンターには店主と思しき中年夫婦が料理を作っている様子から入口正面は食事処となっているらしい。とりあえず何か腹に入れたいと考え店主らの許に向かうと1人また1人とこちらを見ては釘付けになっている。街ですれ違う人々や兵士を見ていて分かったが、この世界は我々の居た世界から見たら随分技術レベルが低いらしく、武器は剣等の近接武器で遠距離はせいぜい弓や弩、防具も資料でしか見たことがない位昔の金属の鎧や革製品等であった。それ故に私が着ているようなガスマスクやアーマーは珍しいらしく視線を浴びた。

 

(そりゃあなぁ……マスクの目の部分は赤く光っておるしな……魔族やらに間違われないだけでも奇跡なくらいだぞ……)

 

 意外と危ない橋を渡っていたようだ。くわばら、くわばら。

 店主達の所まで来るとようやく気が付いたのか店主夫人がこちらを見てかなり驚いていた。そこまで驚かれると少し傷付く。夫人が恐々とこちらに何か尋ねてきたが当然理解出来ない。

 

「とりあえず食事がしたいのだが……」 

 

 伝わらないのを承知でこちらの言葉で話しかける。当然相手は何を言っているのかわからず困惑している。だがこれで良い、これで言葉が通じないのが相手に伝わっただろう。自分と少女を指差した後に何かを口に運ぶ動作をし食事がしたい旨を伝えると、相手も理解したらしく硬かった表情が少し緩み旦那と思われる男に何か言うと男は食事を作り始めた。夫人はカウンターのイスを手で示し着席を促してくれたので遠慮なく座るが少女は棒立ちしていた。こちらを不安そうに見ているところを見ると、言葉が通じないという事を彼女も理解したのだろうか。とりあえずイスを軽く叩き座るように仕向けた。落ち着かない様子で椅子に座る少女を見た夫人は少し複雑そうな表情をした。当然か、フードで見え難いとはいえ金属の首輪を付け表情は暗く、おまけに着ているものはほとんどぼろ布のような状態の年端もいかない少女を言葉の通じない怪しい風貌の男が連れていれば誰でもそうなる。今後その辺もどうにかするとして、まずは食事代にいくら必要か聞かねばならない。

 夫人を手招きし銭袋から銀貨と銅貨をいくつか取り出してから見せて自分と少女を指差すと、意図が通じたのか手から銅貨を10枚程取っていった。銅貨5枚で1人分の飯が賄えるらしい。問題は貨幣の価値だ。おそらく金銀銅の順番で価値が高いのだろうが。

 

 食事が来たので考えは後回しにし食事にありつく事にした。出てきたのはパン、スープ、サラダ、一口大に切られた何かの肉のステーキ。見た感じでは特に問題なく食べられそうだが果たして。とりあえずマスクとヘルメットを外して匂いを堪能する。肉の焼けた匂いが食欲をそそる。心配のしすぎだったか。

 気付くと店主夫婦がこちらの顔をじっと見つめており、少女も驚いているようだった。何だその本当に人間だったと言わんばかりの表情は。若干複雑な気分になりつつも目を瞑り、手を顔の前で組み感謝の祈りを捧げる。目を開け食べ始めると少女はまだ手を付けていなかった。嫌いな物でもあったのか、それとも不安で食事が喉を通らないのか。食べるよう促すとようやく少しずつ食べ始めた。まさか食事の許可がなかったから食べ始めなかったのかのだろうか。

 

(おそらく許可なく食事をしないよう調教されておるのだろう)

 

 再び苛立ちが募り始めてきた。止めよう、折角の食事が不味くなる。どうせ奴らはもうあの世だし考える必要もあるまい。

 

 こちらの方が量が多いとはいえ、大人の男と少女では食べる速度が違うので当然こちらが先に食べ終わる。暇潰しに少女を見ると、碌な物を食べさせてもらえていなかったのか目に涙を溜めながら一生懸命食べている。一体どれだけ酷い目にあったのか考えるとやるせない気持ちになる。何の因果か私は彼女を引き取ってしまった、ならば面倒を見てやらねばなるまい。彼女がエルフだと知られればおそらく目の色を変えて襲いかかってくる連中も大勢いるだろうが、そういう輩には精精後悔しながら死んでもらうとしよう。

 少女が食べ終えたのを確認したら食前と同じように祈りを捧げる。それから夫人に宿に泊まりたい旨をどう伝えようか考えていると、旦那の方が何か話しかけてきたがすぐに忘れていたというような顔をしてカウンター奥の黒い板を軽く叩いた。

そこへ夫人がどこからか取り出した杖を振ると2つのベッドの絵が板に描き出された。驚いて目を丸くしていると夫婦は共に笑っていた。

 

(これが魔法だ。と言ってもかなり簡単な部類に入るがな)

 

 なるほどこれが魔法か、便利なものだ。旦那は2つのベッドが描かれた絵を指で叩き銅貨10枚の束を2つ見せ、夫人は杖を振り太陽から月、そしてまた太陽と並んだ絵を見せた。ベッド2つの部屋代は1日銅貨20枚ということだろうか。袋から銅貨を20枚取り出し手渡すと、部屋に案内してくれた。部屋にはベッドが2つにテーブルと2つのイスという簡素な造りではあったが、普段から綺麗にしてあるのか清潔感があった。ごゆっくりとでも言わんばかりに手を振り夫人は出て行った。

 マスクやアーマー等身に着けている物を外しテーブルの上に置いてイスに座り一息つく。案の定少女は立ちっぱなしだったので、少女を見ながら対面にあるベッドを手で示した。少女はマントを脱いで椅子に掛け、ゆっくりとベッドの上に移動し弱々しく喋りかけてきたがやはり何度聞いても理解できる単語はない。

 

「すまないが、私には君の言葉はわからない」

 

 その言葉を聞くと向こうにしても分かる単語はなかったのだろう、暗い顔をして項垂れてしまった。そういえばまだ名前を聞いていなかったと思い出し、少女のベッドまで移動し腰掛ける。隣に座った時の怯え方が尋常ではなかった。確かに悪人面ではあるが、襲われると思っているからだと思いたい。

 

「ジャック」

 

 少女の目を見ながら自分を指差し名前を告げ、少女を手で指す。

 

「……ジャッ……ク……?」

 

 少女は振るえる指で恐る恐る私を差しながら私の名前を呼んだ。頷いてやると自分を指差し名前を口にした。

 

「フェル……」

 

 フェルと名乗ったと思われる少女に以後よろしくと頭を優しく撫でてやる。髪はさらさらというかふわふわというか、とにかく柔らかく肌触りの良い触り心地だった。

 眠気も襲ってきたので早々に自分のベッドに戻りランプを消し横になる。さすがに色々な事があって疲れた。

 

「おやすみ、フェル」

 

 とても長い1日であった。明日も長くなりそうな予感しかしないが。

 少しするとフェルの寝息が聞こえてきた。余程消耗していたのだろう。

 

(お主もゆっくり寝ると良い。相当疲れておるだろう)

 

 貴様のせいだという事を理解しろ、糞爺。




ようやく名前の出た2人。
ファとかフィとかフェとかが名前につくものはかわいい(気がする)。
・バイファム
・カタストロフィ
・フェルナンデス
ほ、ほらかわいい(白目

主人公が昔のこととか色々知ってるのはデータ化された古い文献等を読み漁るのが好きだからという設定。


○装備
剣と魔法と弓物。防具は金属製、もしくは革製。
魔法付与とか出来るからビキニアーマーとかもあるはず。はず!
でも主人公から見たら頭を疑われるレベル。


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おかいもの!

 生物の鳴き声で目が覚めたので起き上がって窓を覗く。あの飛んでいるやつの鳴き声か。確か鳥という種だっただろうと思う。こういった出来事で目が覚めるというのも悪くない。もう1つのベッドを見ると見目麗しい少女が安らかに寝息を立てていた。夜のうちに逃げ出すかとも考えたが特にそのような事はなかった。

 時間を確認するとまだ6時にもなっていないので軽く走ってくることにした。1日でも鍛錬を怠ればそれが原因で死を招きかねない、非戦闘員1人を守りながらという状況下では特に。

 食事の準備をしている店主夫婦と挨拶を交わし外に出る。走るのに邪魔なのでアーマーの類は一切身に着けていない。軽く体をほぐした後にゆっくりと走り始めた。

 

 宿に戻ると夫人が濡れたタオルを寄越してくれたので体の汗を拭う。拭い終えると宿の中を案内してくれた。その際に1回銅貨3枚で風呂が借りられることを教えてくれた。1ヵ所しかないので貸切状態になるそうだが爺が言うには風呂まわりにも魔法がかけられており、常に適温で清潔な状態に保たれた状態になっているそうだ。汗もかいたし入ろうかと考えたが、どうせ今日も歩き回るだろうし夜に入る事にした。そういえば遥か昔は風呂に共に入り交友を深めた、という話を聞いた事がある。フェルと共に入れば少しは彼女の怯えも抜けるだろうか。

 

(いや、それはやめた方が……)

 

 爺の言っている事がいまいち理解出来なかった。この世界ではそういう文化や風習はないからかだろうか。

 

(そういう問題では……いや、もはや何も言うまいて……)

 

 よく分からん爺だ。

 

 部屋に戻るとフェルはまだ夢の中にいるようだった。そういえば今の所持金はどのくらいあるのだろうかと、フェルを起こす前に確認の為ベッドの上で銭袋を逆さまにして振ってみた。出てきたのは金貨1枚、銀貨4枚、銅貨1枚。それぞれの価値をいまいち理解していないので多いのか少ないのか分からない。とりあえず最低限必要だと考えている物を入手することにした。まずアサルトライフルだが銀貨20枚とあるが入手出来るのだろうか、今銀貨は4枚しかないが。心配しつつアサルトライフルを選択すると金貨が1枚消え、アサルトライフルがベッド上の空間に現れて落ちてきた。金貨でも手に入る事は分かった、しかし差額は消えてしまったのだろうか。と思ったら銭袋の中に納まっていた。どうやら余剰分は勝手に袋の中に送られるらしい。便利なことだ。袋の中に入っていたのは銀貨80枚、ということは金貨1枚は銀貨100枚分の価値があると考えて間違いない。銀貨から銅貨もおそらく同数だろう。

 入手したのはStA-52アサルトライフル、ヘルガストで広く使われている武器である。動作も良好のようだがアイアンサイトのままでおまけに弾は一切入っていなかったので、追加でリフレックスサイト、予備のマガジン4つ、弾丸200発、3点スリング、それからマチェットを1本、合計で銀貨9枚と銅貨70枚、残り銀貨74枚と銅貨31枚。

 サイトを取り付けマガジンに弾を装填していく。しかしスタールアームズ製やヴィサリコープ製は理解出来るのだが、何故ISAの所持していた武装まで買えるのだろうか。他にも武装のリストを確認していて気付いたが、何故かドロップシップやトループキャリアー、ATACにISAの外骨格であるエクソスケルトン、果てはモウラーや戦艦まであった。といってもどれも金貨数千~数十万枚という恐ろしい金額ではあったが。一応メディロイドくらいなら入手出来そうな金額だった、と言っても金貨15枚だが。設定さえ弄ればフェルの護衛用にはなるかもしれないので考慮に入れておく。

 

(そうだ、言ってなかったがお前の面倒を見るのは今日までだからよろしくな)

 

 今までの中で一番良い情報をこの爺はもたらしてくれた気がする。

 

(もうちょっと名残惜しそうにしてくれても良いのに……)

 

 自らが仕出かした数々のミスを考えれば普通だと思うが。だが爺からの依頼とやらは聞いていない、どうするつもりか。

 

(どうせ生き返る時間は好きに決められるのだからこの世界を色々見て回ってからでも良いだろう。それに依頼はここでは遂行出来ん。その場所に近付いたらまた話そう。あぁ、それとこちらからは話しかけんがそちらが強く望めばこちらには声が届くからな)

 

 私としてはすぐにでも生き返りたいところだが如何せんフェルの面倒を見てやらねばならんし、この世界で色々見てみたいというのも事実だ。まぁ何十年と放置されなければ問題はない。

 

 弾の装填が終わりスリングもしっかりと付けたところで腹もいい具合に空いてきたので朝食をとる事にした。ついでに10日分程の宿代も払っておく事にした。部屋を出て店主夫婦の許に向かい身振り手振りでなんとか部屋を10日借りる旨を伝え、食事代と部屋代の銀貨2枚と銅貨10枚を渡したが食事代は返された。部屋を借りた場合朝食はサービスらしい事を昨日と同様に板と魔法で教えられた。朝食は部屋に持って行ってもよさそうだったので2人分の食事を盆に載せ部屋まで運ぶ。

 部屋に戻ると扉の音でようやく目が覚めたのかフェルがもぞもぞと動き出した。ぼーっと周りを見渡しこちらを向くと目を細め、状況が理解出来たのか少し表情が硬くなった。

 

「おはよう、フェル」

 

 こちらの挨拶なんぞ通じないが、毎日繰り返せば意味くらいは理解するかもしれない。盆をテーブルの隅に置いてからフェルに綺麗なタオルを投げて渡し顔を洗ってくるよう身振りで伝え、テーブルの上に置いてあった邪魔な物をベッドへと移して借りてきた台拭きで軽く拭いておく。フェルが戻ってきたら祈りを捧げ食事にする。昨日は気付かなかったが彼女も祈りを捧げていたようだ、ただ私と違って何かを呟いていた。気付かなかったのは何も祈りの言葉を言っていなかったからか。許可がなかったら食べ始めなかったのを考えるとその辺りも禁止されていたのだろう。そしてやはり今回も許可を与えないと食べ始めなかった。どうにかしてやりたいがどう伝えたものか。

 

 朝食も食べ終わったので少しベッドでPDAを弄る。PDAを確認していて分かったのは、銃本体は同じ物は手に入れられない、修理は出来るが金がかかる、入手した武器はPDA操作でしまえる。その武器が何処へと行くかは不明だが少額取られるらしい。確認の為にアサルトライフルしまったら取り出すのに銅貨5枚消費してしまった、解せぬ。そんな姿をフェルが自分のベッドの上で不思議そうにちらちらと見ていたが、その際に目を細めているようだった。そう言えば起き掛けにも目を細めて見ていた。まさか彼女は目が悪いのだろうか。そういえば街で眼鏡をかけた者を見かけたことを思い出した。もし彼女の目が悪いというならこれも買い物で買ってやりたいものだが。しかしその前に首輪を何とかしてやりたい。あの首輪は目立つし何より気に食わない、だからさっさと外してやりたい。思えば奴隷商から鍵を受け取り忘れた私の失態ではあるが。

 

「フェル」

 

 名前を呼ぶと少しびくりとしてこちらを向いたフェルを手招きしてやると少し怯えながら近付いてきた。彼女の首についていた首輪の隙間に指を入れ力任せに左右に引いたら千切れた。やった自分で少し驚き、フェルはもっと驚いていた。少し古くなっていたとはいえさすがに金属製の首輪を素手で壊せるなんて考えてはいなかった。どのくらいの強度か確認するだけのつもりだったが、忌々しい首輪も壊せたし結果オーライというやつだ。

 フェルにマントを投げて渡し自分もアーマーやマスクを身に着けていく。マチェットを左腰に付けアサルトライフルを右肩からかける。この世界では銃器は目立ちそうなので自分用のマントも買っておきたい。

 

 準備も完了したし、目的も決まった。今日は買い物に行こう。




ミリタリーの知識がないのにこのような作品を書き始めて少し後悔している。でも気にしない。
ヘルガストの関連の情報がほとんどなくてどうしようと途方に暮れている。でも気にしない。

○ドロップシップ 
ヘルガストの降下艇。金貨2万枚。

○トループキャリアー
ヘルガストの獣型兵器。背に3人乗せて移動可能。金貨8000枚。

○ATAC(エイタック)
ヘルガストの戦術航空兵器。おそらく無人。
KILLZONE2では多くのセブ(2主人公)を抹殺したと思われる子。
機敏な動きで左右に動き、空からマシンガンとミサイルを降らせてくれる。金貨5万枚。

○エクソスケルトン
ISAの搭乗型の二足歩行兵器。マシンガンとロケットランチャーを装備。金貨5万枚。

○モウラー
ヘルガストの巨大兵器。オートキャノンやミサイル、アークキャノンなんかをつけた四足歩行兵器。金貨10万枚。

○戦艦
ヘルガストの宇宙戦艦。詳しい仕様がわからぬ。
これかモウラー手に入れたら世界征服出来るんじゃね? 高すぎて買えないけど。金貨20万枚。

○メディロイド
浮遊しながら追従する支援型飛行ユニット。自動で敵を認識し、範囲内に入るとマシンガンを浴びせてくれる可愛い奴。金貨15枚。


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おかいもの!そのに!

○ちょっと修正
食事代 銅貨 3枚⇒ 5枚
部屋代 銅貨10枚⇒20枚
風呂代 銅貨 1枚⇒ 3枚

見直して少しお値段変えておきました。

○前回のお買い物の書き損じのお値段
サイト  :銅貨50枚
マガジン :銅貨20枚×4
スリング :銅貨40枚
弾丸200発 :銀貨 2枚
マチェット:銀貨 6枚
 合計銀貨9枚銅貨70枚なり
どうでもいいことかもしれませんが念のため。
最初のお値段で考えたら8.50になり慌てて今のお値段にした。どうしてこうなった。



 出掛ける前にPDAとマスクに搭載されたHMD(ヘッドマウントディスプレイ)をリンクさせる。これでマスク越しに見た光景がPDAに記録され地形がデータ化され地図として表示出来る。昨日の分も反映させてあるので街歩きに役立てていきたい。返却する盆を持ち、フードを目深く被ったフェルを伴って街の地図でもないかと夫婦の許へと向かう。食器を返した後夫婦に呼びかけ、フェルの服、銭袋の順番に手で示し最後に外を示した指を軽く左右へ動かした。夫婦が顔を見合わせ話し合い、しばらくすると夫人の方が店の奥へと行ってしまった。上手く伝わらなかったかと思っていたら上着を羽織って戻ってきて入口まで行きこちらを手招きした。どうやら態々案内をしてくれるらしい。本当に良いのだろうかと旦那を見ると頷いて手を振ってくれた、問題ないようだ。夫人は夫人で自分の胸を叩き任せろと言わんばかりの表情。素直に任せる事にする。

 

(気を付けろよ。女の買い物は長いからな……)

 

 どういう事だろうか。

 

 フェルと共に夫人の後を付いて行き、その間あちらこちらを見渡す。周りからは御上り丸出しの田舎者のように映るだろうが、こうして街の光景を目視し記録して地図を作り上げているため仕方ない。飛行型の無人機でもあれば上空を飛ばして地形を把握するところだが如何せんそんな物は手元にないのでこのような手間をかける必要がある。そのおかげもあって少しずつ地図が出来上がってきているのをUI(ユーザインタフェース)で確認した。ちなみにPDAを腰の辺りに着けているので後方の光景もUI上に映し出されると同時に記録されている。これにより詳細に地形を記録出来ている。

 夫人は顔が広いのか色々な店に入ってこちらを紹介してくれているようだった。言葉が通じない事も伝えているのか皆話しかけてくるのではなく身振りで会話を試みようとしてくれていた。多種の食材が売っている市場や骨董品等の店には行く機会はないだろうが、鍛冶屋や装備を売っている店には場合によっては用があるかもしれない。

 色々な所を見て回りようやく服屋に辿り着いた。入ったらやはりまず最初にこちらを紹介してくれた。それから夫人はフェルに何か話しかけているが本人はおどおどし通しである。そしてサイズを測る為にマントを脱がせた際にその特徴的な長い耳を目にすると唖然とした表情になり、私を敵意と困惑の入り混じった瞳で見つめた。この世界的には珍しいエルフの、しかも年端もいかない少女を連れていたら当然か。夫人はフェルの両肩を掴み何かを話しかけた。フェルは最初は少し驚いていたが少しずつ言葉を発し始め、最終的には泣き出してしまった彼女を夫人は自身も目に涙を溜め優しく抱きしめた。

 

(自分の境遇を話している内に泣き出したようだ。あぁ、お主の事は特に悪く言ってないようだから安心せい。彼女自身もまだお主が善人か悪人か判断しかねているようだしな)

 

 状況説明には感謝しておく。言葉が分からないのは爺のせいなので僅かな感謝ではあるが。

 

 

 しばらくして泣き止んだフェルに夫人がまた何か話し、フェルがそれに答えると夫人はこちらを見て言葉で何かを訴えかけ頭を下げた。言葉は通じないが何となく言いたい事は伝わる。この子に酷い事をしないで欲しい、そういう事だろう。それに対し私もマスクを外してからしっかりと言葉で返しておく。

 

「何があっても彼女に辛い思いはさせない、そう誓おう」

 

 夫人は険しい表情でこちらの目をじっと見据えていたが、ただ一度だけ頷き顔の硬い表情を解いた。伝わったようで良かったと、心底ほっとした。夫人は服屋の女主人に何か話しかけた後、フェルの服を選び始めた。その後は夫人によるフェルのファッションショーが小1時間程続けられた。女の買い物は長いというのはこういう事か。結局フェルの服と下着それぞれ上下3着ずつと靴2足、フェルと私の新しいマント、その他ベルトや髪留め等の小物複数で合計銀貨23枚が飛んで行った。私の武装代とどっこいどっこいの金額。乾いた笑いが出てしまった。

 

 昼時になったのでそこいらの屋台で昼食をとった。粉物の皮で肉と野菜を挟んだモノで、料理屋の夫人が勧めるだけあって中々に美味かった。おまけに1人分で銅貨2枚と安価だったので、案内のお礼に夫人の分も払っておいた。

 食事後に訪れた建物は他とは打って変わって殺伐とした雰囲気を漂わせており、厳つい男達や武装した連中が何人も居た。壁にはたくさんの羊皮紙が貼り付けられていたり、魔法で書かれたと思われる文字が一面に広がっていた。一体どういう建物なのだろうか。

 

(簡単に言えば冒険者ギルドだ。壁に貼られているのは市民の依頼や国からの依頼で達成すれば報酬が支払われる。例えばどこどこの魔物を倒してこいだとか、これを探して持って来てくれだとかだな。ここで金を稼ぐと良い)

 

 なるほどな。だが文字の読めない私は依頼内容が理解出来ないから受けられないのだが。

 

(貼り出されている依頼とは別に、常に魔物の討伐には報酬が払われるから心配いらん。ただその場合は魔物から特定の部位を取ってくる必要がある。どの街のギルドでも大体魔物の絵が描かれた台帳があるはずだから字が読めなくても問題はないはずだ)

 

 探してみるとカウンターに本が置いてあった。夫人がギルドの人物と話しをしている間に台帳を確認すると、魔物の絵と特定の部位の絵が描いてあった。この部位を切り取って持って来れば魔物を狩って出る金とは別に報酬が貰えるというわけだ。私が金を稼ぐには非常に良さそうだ。しかしこれだけの冒険者やらが居ては魔物はすぐ居なくなりそうなものだが。

 

(それがそうでもないのだよ。この世界に満ちている魔力を媒体に生まれてくる魔物もいるからな。その魔力も無尽蔵にあるからどんどん湧いて出てくる。だから土地に定着して常に狩り続ける冒険者というものも居るわけだ)

 

 そうすると冒険者に支払う褒賞金は足りるのだろうか。無尽蔵に出てくるのであれば尚更だ。

 

(その為に魔物の部位を持ってこさせるのだ。その部位を加工して売る……要は素材として買い取っているわけだ。多く湧く魔物の部位は消耗品として売ったりな)

 

 消耗品ならいくらあっても誰かが消費する、というわけか。まさかとは思うが食っている何かわからない肉も――。

 

(おーっとそういえばやる事があったんだった。ちょいと席を外させてもらおうかな~)

 

 止めよう、どうせこの世界で生きる以上避けては通れない道だ。

 

 ギルドの男と顔合わせを終えたら次に向かう。その後は雑貨屋でこの世界の地図と生物の革で出来た水筒を2つとショルダーバッグを自分とフェル用1つずつ買い、最後に魔道具屋へとやってきた。ここでは魔法に関係する物品を扱っているらしく、何に使うかわからない品物や杖やら宝石が並んでいた。そんな中夫人が30㎝程の杖と腕輪を持ってきた。これをフェルに買ってやれという事らしいが。

 

(どちらも魔法を使う為の媒体だ。杖があれば問題ないが、腕輪は杖が使えない状況の時用だな。ただ杖に比べて出力が弱いから注意が必要だが)

 

 事情はわかったがそもそもフェルが魔法を使えるという事自体初めて知った。やはり言葉が通じないというのは情報を得難くなり不便で仕方がない。買う事を承諾し、店を見回っていると眼鏡を見かけた。2人を呼び眼鏡が必要か確認するとやはり目が悪いのか控えめに頷いた。爺によるとこれも魔道具らしく、視力に合わせて調節されるようになっているらしい。便利なものであるが故に高いが買ってやらねばなるまい。結局今日だけで合計銀貨94枚銅貨37枚消費した。

 眼鏡をかけ少し嬉しそうに見えるフェルを尻目に明日からは魔物狩りだな、と重量は変わらないが軽くなったように感じる銭袋を見て溜息をつきつつ宿へと帰路を辿った。




フェルの服装や眼鏡については各自妄想で補っておいてください。
だってファンタジー系の服装って言葉で説明し辛いですし……ただ動きやすい服装ってイメージ。

ちなみに今回のお買い物の各値段は出しません。
PDA武装のみ出していく予定です。決して面倒なわけではないです、はい。

残金 銀貨7枚 銅貨64枚

※2014/02/14 計算ミス等一部修正しときました。
 2015/10/05 HUD → HMD 多分これが正しい?


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おふろ!

 宿に戻り夫人に頭を下げるとフェルも頭を下げ何か話していた。おそらくお礼か何かだろうと思われる。部屋に戻って買った荷物を下ろして一息付く。フェルに持たせるには多いだろうと荷物全てを持ち歩いた為非常に疲れた。しかしこの世界を歩き回るとなると必要な物は多く、今後も買い出しに出なければならない。また出費がかさむことを考えると頭痛がする。如何なる状況にも対応出来るよう少しでも武器を手に入れておきたいが、如何せん武器の価格が高く資金もそこまでないので明日から魔物狩りに出ねばならない。どれだけの金が手に入るかは不明だが何もせずに減らし続けるわけにもいかない。そうと決まれば明日に備える必要がある。

 

 買ってきた荷物を整理している最中に風呂があったことを思い出したので店主夫婦の許に向かい、風呂の方向を指差して銅貨3枚を見せる。それを見ると夫人は頷いた後に料金を受け取り風呂方面へと歩き出したのでついて行く。風呂場の扉には掛札がかかっており、使用中は文字が彫られている方を表にしておくらしい。何が書いてあるか読めないが「入浴中」とでも書かれているのだろうか。扉を開けて中に入って色々な説明を身振り手振りで簡単に説明され、大体理解できたところで一度部屋へと戻った。

 部屋の扉を開けるとフェルがベッドの上に買ってきたものを広げ嬉しそうにしていた。こういう姿を見ると散財するのも悪くないと思えてしまうから恐ろしい。私が部屋に入るとようやく気付いたらしくまた表情がぎこちなくなってしまった。やはりここは少しでも距離を近付ける為に共に風呂に入るのが良さそうである。アーマーやマスク等を外してからフェルを連立って風呂場へ向かうことにした。

 

 風呂場入口の掛札をひっくり返して中に入り脱衣所に置いてあるカゴに服を脱いで入れる。

 

(……何の説明もなしに脱ぎ始めたから今までにないくらい怯えておるぞ……)

 

 説明しようにも言葉が通じないし、身振りでどう伝えようかと考えるのも面倒なのでそのうち理解するだろうと説明は省く。フェルが怯えながらも服を脱ぎ始めたので脱衣所に用意されていた小さめのタオルを持って浴室へと向かう。浴室は広すぎず狭すぎずといった大きさで、浴槽も2人で入っても十分くつろげそうな広さがあり想像していたよりも良好だった。少しの間室内を見回し感心したところで早速湯船に浸かろうと考えたが、魔法で清潔を保たれるとはいえさすがに行き成り浴槽に入るのは良くないと思い先に頭と体を洗うことにした。浴室の隅にあった木製の椅子を運んでいると、伏目がちのフェルがタオルで前を隠しながら恐る恐る入ってきた。手招きして椅子に座らせてやると振るえていたため行き成りすぎたと反省した。

 

(「寒いのか?」とか考えていないようで安心した……)

 

 さすがにそこまで鈍いつもりはないが私自身に恐怖心を抱くのはまだ仕方がない。こういう機会を今後も設けて少しずつ慣れていけば良い。時間はある、急ぐ必要はない。

 桶を使って湯を汲み取りフェルの頭にかけてやる。

 

「ひぁっ!?」

 

 急にお湯を掛けられて驚いたのか今まで聞いた中で一番甲高く大きな声を出していた。そのような声を出されると此方が驚きそうになる。彼女の様子からお湯が熱かったわけではないと思われるので気にせずに頭を洗ってやることにする。

 女の、しかも子供となると力加減が分からないのでどうしたものかと考えていると爺が色々と口を出してきたのでそれに従って行うことにした。湯を髪に良く馴染ませてから洗髪用の石鹸を何度か手にこすり付けてからまず頭皮を洗うような感じでやってやれとのことだった。爪は立てずに指の腹で力加減は極力優しく弱過ぎず丁寧に。聞くのは簡単だが実践すると中々に難しい。

 マッサージするように頭を洗ってやっていると少しではあるがフェルの体の力が抜けたように思えた。髪自体には立った泡だけで良いとのことなので、梳くような感じで軽く洗った後に少しずつ湯をかけてすすぐ。しっかりすすげと言われたので念入りに湯を掛けておいた。髪を洗うだけでこれ程手間がかかるとは思わなかった。女というのは何故こんな面倒な思いをしてまで長髪を維持しようとするのか理解に苦しむ。

 

 流石に体まで洗ってやるのはどうかと思いそちらは自分で洗わせ自分も頭と体を洗っていく。時折こちらをちらちら見ているようだったが特に困っているわけではなさそうなので放っておいた。自身が頭と体を洗い終えた時にはまだフェルは体を洗っていた。綺麗好きなのかかなり丁寧に洗っているようなので先に湯船に浸かることにする。風呂に入るのを少し楽しみにしていたので気持ちが昂ってはいるものの、大の男が風呂を前にしてハイテンションでいるのは気色が悪いのでおくびにも出さない。

 足からゆっくりと湯船に浸かっていき大きく息を吐き出す。とても心地良い熱さでここ数日間で溜まっていた疲れが癒されていくような気がする。今後も1日の終わりにゆっくり湯に浸かるのも悪くはないが如何せん金がかかる。毎日入れるか否かは稼ぎ次第か。

 

(毎日風呂に入る人間もそうは居らんよ。普段は行水ですませて偶に大衆浴場に行くくらいだし、そちらも社交場としての意味合いが強い。そもそもこういう貸切風呂があるということ自体が珍しいしな)

 

 フェルが居る以上大衆浴場に行くことも出来んし今後旅をしていてもこのような風呂に浸かれる機会は少ないということか。少し残念ではある。

 世界の風呂事情にあれこれ悩んでいると体を洗い終えたフェルがこちらの様子を窺いながらゆっくりと湯船に浸かった。遠すぎず近すぎずという微妙な距離を保っているところから彼女の心情が窺い知れる。私が元の世界に帰るまでにこの距離が縮まることはあるのだろうか。だが元の世界に帰えることを考えるとあまり親密になるのも如何なものか。どこの世界でも悩みは尽きないが今はこの至福の時間を楽しむことにした。

 フェルはエルフという種族だと聞いたがこのように湯に浸かる習慣はあるのか今更少し心配になってきたので彼女を見ると、心なしか特徴的な長い耳が少し上下しているように見えた。感情の昂っているのは何となく解るがどういった感情かまでは読み取れない。そんな彼女をじっと見ていると視線に気付いたのか目が合ったがすぐに逸らされて俯いてしまった。そこで今更ながら彼女の眼の色がヘルガーンスパイダーのような綺麗な碧眼なことに気付いた。

 

(もっとマシな例えが出来んのか!)

 

 あれは獰猛ではあるが眼の色は綺麗だと思うのだが。

 

(解ったからもっとまともな感性を持て。頼むから)

 

 私が悪いのか。

 

 その後、時折フェルがこちらに視線を向けては逸らすを繰り返していたが、その時顔が赤かったので湯中りしていたのかもしれない。そうとは知らずに私の長風呂に付き合わせてしまったことを考えると悪いことをした。

 

 風呂を出てからはフェルの頭を念入りに拭いてやってから部屋へと戻った。途中店主夫婦がフェルを連れて出てきた私を見て驚いていたが、何かおかしなところでもあったのだろうか。婦人がフェルに詰め寄って何か聞いていたようだが、彼女が何かを答え旦那がそれに対し何かを言うと夫婦揃って今度は暖かい視線を向けてきた。結局それはよく解らぬままであった。

 

(知らない方が良いこともある……うん……)

 

 一体何だと言うのか。

 

(さて、それではしばらくお別れだ。用があったらこちらから話しかけるからな、達者でやれよ)

 

 頼み事だけ言って2度と話しかけないでくれる方がよっぽど好ましい。そんな考えを巡らせるも爺からの減らず口はなかった。居なくなって清々した。

 

(どこまでも失礼なやつだな……そもそもお主は――)

 

 さっさと消えろ爺。




髪の洗い方云々は適当に調べて書いただけなのでおかしいかもしれません。ゴメンネー。

物凄く間が開いてしまい申し訳ありません。忙しくなったりゲームの誘惑に負けたりまた忙しくなったり環境が変わったりPCがぶっ壊れたりしてました。
何度も書き直したり話を書いてはここでこの話はおかしいと違うの書いてみたりも一応してたよ!
そんなわけで書き方がおかしかったり色々するかもしれません。その場合はご指摘お願い致します。

次は早めに出せるよう努力致しますが、どうなるかわかりません。もしお付き合い頂けるならごゆっくりお待ちください。

○ヘルガスト兵の頭
ゲーム中でヘルガスト兵のヘルメットを飛ばすとスキンヘッドが目に付きます。
どれだけ飛ばしても目に付きます。
そこで理由を色々考えてみました。
①軍紀でスキンヘッドに
②ヘルガスト兵は「ヘルガーン星第3世代」と呼ばれ遺伝子調整で体を強化しているので、そこで髪を生えなくした or 生えなくなった
③偶々ヘルメット飛ばしたのがハゲだっただけちゃう?(鼻ホジホジ)

この作品では③が採用されジャック氏には髪があります。あるんです。

○ヘルガーンスパイダー
英語wikiにそのような表記があったためそのまま使用。
正式名称は不明。
でかくて人を襲うけど目が青い普通の蜘蛛さんです。


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それはなあに?

 窓の外から差し込む暖かい日の光と鳥のさえずりで目を覚ました。体を起こしベッドの上で頭が覚醒するまでの少しの間窓から外を眺める。朝は苦手で起きてすぐには頭が働かない。ベッドの上で呆けていると悪魔のような黒い鎧と兜、仮面を身に付けた人物がタオルを持って現れた。数日前に私を買ったジャックと名乗る男性だ。昨日と同様タオルを渡されたので顔を洗いに行く。

 

 正直なところ彼の事がよく解らない。見た目は悪魔のように恐ろしく、喋る言葉は何1つとして理解出来ない。魔族なのか、それともただの異国の人間か。仮面の下は厳めしい面構えの普通の人間と変わらない顔ではあった。その人間であるという事自体が何よりも私に恐怖を抱かせるのではあるが。

 子供の頃から人間の恐ろしさを教えられて育ってきた。少し前に私を捕らえたのも人間、おぞましい視線を向けてくるのも人間。そしてこの町は人間で溢れかえっている。私がエルフだと知られたらどのような目で見られどのような目に遭うのか、想像に難くない。しかし彼は他の人間とはどこか違う。不快な視線を向けてこない。酷い事をしようともしない。それどころか態々色々な物を買い与えてくれたりと優しく接してくれる。心優しい人なのかもしれないが姉さんの言葉を思い出すとそう結論付けることが出来なくなってしまう。

 

『人間は同族同士ですら騙し合い、殺し合うのにどうして信用することが出来るというのか』

 

 今こうして優しくしてくれているのも何か裏があってのことなのかもしれない。話を聞けば少しは分かるかもしれないのに言葉が理解出来ない。見た目通りの悪魔の如き人間か心優しい人間なのかが私には分からない。どちらにしろ選択肢など最初から存在しない。私は彼の奴隷なのだから。

 

 

 朝食を終えて部屋に戻ると彼は装備を整え始めた。鉈を腰に吊るし体の何箇所かに拳程の大きさの樽状の物を付けている。樽は透けており中には棒状の物がたくさん入っていた。

 彼に対し恐怖心があるのは確かではあるが、好奇心も抱いているのは否めない。見たこともない物ばかり所持しているからだ。何で出来ているか見当もつかない軽鎧や兜、目の部分が赤く光る仮面、体に張り巡らされ仮面にも付いているているロープ状の物体。そして昨日いつの間にか持っていた黒い金属製の長い筒。あれは鈍器等の武器なのか、宗教的な意味合いを持つ特殊な品なのかは判らないが大事そうに常に持ち歩いている。その他にも不思議な物ばかりで気になってしょうがないが、あまり興味を持ちすぎて彼の琴線に触れても不味い。それが分かっているに好奇心に勝てない。私自身この臆病なくせに好奇心だけは強い性格はどうにかならないかと思う。今の現状を作り出したのもこの性格が災いしたせいだ。分かってはいるもののそうすぐには変えられない。「失敗から学べないのは愚者の証拠だ」なんて言われたけど、きっと私は愚か者なのだろう。

 

 昨日と同様にフードを目深に被り彼の後ろをついて行く。何処に行くか、等は聞いても分からないが彼の身に付けている物や身に纏う雰囲気で何となくは理解出来る。とある建物に到着し、その推測が当たっている事が分かった。

 

「おぉ、誰かと思えば昨日の異国の旦那か」

 

 冒険者達の拠点――冒険者ギルド。カウンターに居たのは昨日顔を合わせたここの代表補佐をしているグレイスという男だ。

 

「早速今日から狩りか――って、おいおい! まさか狩りにそこの嬢ちゃんも連れて行くつもりじゃねぇだろうな? あんたの強さは知らねぇがあんま魔物を舐めてると豪い目に遭うぞ」

 

「あ、あの……私一応魔法は使えますので……ある程度の魔物であれば……」

 

「おっとそりゃ失礼……だがあんたらこの辺は初めてだろ? 最近この辺じゃあまり見かけねぇ魔物の目撃情報が増えてきてんだよ。極めつけはサイクロプスまで見た、なんて話も聞くんでな。気を付けるに越したことはねぇぞ?」

 

 サイクロプス。人間を遥かに上回る巨体と膂力を持つ単眼の魔物。精鋭が10人以上居ても倒せるか疑わしいという話を聞いたことがある。もしそんな魔物と遭遇することになれば――考えただけでも恐ろしい。しかしこの情報は言葉の分からない彼の耳には届かない。そもそも彼の国にサイクロプスが居なければ危険性すら伝わらない。そんなことを知ってか知らずか、彼は台帳を確認するとさっさと出口の方へと向かい始めてしまったので急いで後を追いかけた。

 

 結局彼にサイクロプスのことを伝えることも出来ずに街の外にある森に来てしまった。森は魔物の気配や剥き出しの魔力で溢れており魔物の多さが窺い知れる。あの街で冒険者として生計を立てる者が多いのも頷ける。そんな森の中を私を引き連れて歩くこの男は魔物の魔力を感じていないかの如くどんどん突き進んで行く。あまりにも無警戒過ぎる。そこまで自分の実力に自信があるのか、それともただの命知らずか。もしかして私は途轍もない愚か者に買われたのではないかと少しずつ不安が募ってゆく。

 色々な不安を抱えながら歩いていると突然何かにぶつかった。何かと思えば彼の背中でどうやら立ち止まったことに気付かずにぶつかったらしい。咄嗟に謝ったが当然通じない、というよりも他に注意を向けていて気にしていないようだった。注意の矛先は彼の視線の先に居る魔物へと向けられていた。それはよりにもよって猪型の魔物。野生の猪に魔力が宿った事で筋力や凶暴性が増している非常に危険な魔物であり、私の故郷でも危険視され極力数人がかりで狩るように言われていた。筋力が増しているので刃等が通り辛く、凶暴性が増していて痛みに鈍く息絶えるまで獲物に襲い掛かる。そんな魔物が今まさにこちら目掛けて突進せんと唸り声を上げているというのに目の前の男は腰に下げた鉈どころかナイフすら抜こうとしない。彼が行った行動はただ1つ、手に持っていた金属の筒を魔物に向けただけ。一体何をしようというのか。鈍器だとしても明らかに構えがおかしい。刺突武器として使うには先端が尖っているようには見えない。

 魔物はこちらに向けて大きく吼えたのを皮切りに突進を始めた。にも関わらず何の行動にも移らない彼を見て、私は思わず目を瞑った。しかし私に襲い掛かったのは衝撃ではなく耳を劈くような大きな音だった。

 

「きゃぁぁぁ!?」

 

 驚きのあまり耳を塞ぎ悲鳴を上げながらその場にへたり込んでしまった。何が起こっているのか確認するのも恐ろしく、只々怯える事しか出来ない。しばらくその場で頭を抱えて蹲っていたが何も聞こえなくなったので恐る恐る目を開けると、まるで何事もなかったかのように手を差し伸べる彼の姿があった。

 

 私はただ呆然と立ち尽くし魔物の死骸を眺めていた。顔面に何か所も穴が開きそこから赤い鮮血を流し続ける魔物。地面には擦ったような跡があり、突進の最中に何かしらの攻撃を受けてこちらに滑るように転がり込んで来た事が見て取れた。遠距離から攻撃したであろう事は分かったが一体何で攻撃をしたのか。矢が刺さっていない事から考えるに魔法を使用したのだろうか。あの時聞こえたのはまるで火の高位魔法による爆発のような音、それも連続で聞こえたが死体には焼け跡などまるでないし、体の欠損も見られなかった。何がどうなればこんな死体が出来上がるのか全く理解出来ず、薄ら寒いものを感じた。

 魔物の解体作業に入った彼の方に目を向ける。

 

「コイツノカネニナルブイハタシカ……」

 

 エルフの私に対して優しくしてくれる変わった人。この人は言葉が通じず、どこか得体の知れない恐ろしい人物で。

 

「フェル、テツダッテクレ」

 

 そして間違いなく悪魔か魔族か、然もなくば――魔人だ。




誰か私に時間とお金をください……ウゴゴ。

結局5月も終わりそうな時期になってしまいました。申し訳ありません。
もう1つ作品を書かせて頂いているので、次にもう1話上げたらまた少し間が空くと思われます。ご了承ください。

○フェル
好奇心旺盛。
姉がいる模様。

○サイクロプス
サイズ的にはドラゴンズドグマの奴くらい。分かる人にしか分からない例え。

○猪型の魔物
地域によって呼び名が変わる。
ワイルドボア、暴猪等。

○悪魔、魔族、魔物、魔人
・悪魔
 空想の産物と言われているが、目撃情報もある。天使と悪魔。
・魔族
 数多存在する人型種族の1つ。他種族を見下し敵対する者が多い。
 人と見分けのつかない者もいれば、一目で分かるのもいる。
・魔物
 魔力の宿ったメダルを核にして生まれる、もしくは既存の生物に埋め込む事で生まれる。
・魔人
 魔族に忠誠を誓い、メダルを埋め込まれた人間。普通の人間より遥かに強い。
 また人間離れした強さを持つ人間や得体の知れない人間にも使われたりする。


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わからないことだらけ

 猪の魔物との戦いから1週間が経った。あの日彼はあれから更に23匹の魔物を片付けた。1日にそれだけの数をこなす冒険者は今まで居なかったらしく、グレイス氏も大層驚いていた。魔物から奪い取って来た大量の部位が入った袋をカウンターに乗せた時のグレイス氏の引き攣った顔が印象に残っている。何故か私が申し訳ない気持ちでいっぱいになった。斯く言う私もその日は青ざめた顔をしていたと思う。お金を得るには魔物を殺してから特定の部位を切り取る必要があり、そして当然生き物なので切ると血が出る。そして彼は私に手伝いを求める。彼が魔物を仕留めれば仕留める程私の手伝う量が増える。それ故にあの日は疲れと血の匂い等で随分と気が滅入っていたと思う。そして翌日からも同じく狩りに出て魔物を殺し売れる部位を切り取るの繰り返しで、良し悪しは別として数日もすれば血に対して耐性が出来てしまった。彼は彼で中々にお金が稼げている事にご満悦のようで、稼いだ金を数えて満足気に頷いていた。マスクで表情が見えないし外していてもあまり表情が出ていないので分かり難くはあるが、この1週間程で何となく理解出来てきた。グレイス氏も稼いでいる彼に目を付けたらしく、「そのうちデカい依頼を回すよ」などと言っていたので近々何か依頼が来るかもしれない。

 

 初めて狩りに出たあの日以来ずっと彼が何をしたのかを考え続けていた。まずあの黒い金属で出来た長くて大きな筒。故郷の祭事に使われるケルトに似ているのでそう呼ぶ事にしたが、ケルトを攻撃に使用したという事は間違いない。爆発音と同時にケルトの向く先に穴が開き、彼の足下には金属製の小さな筒が複数転がっている。原理等は全く分からないがこの2つが何かしら関係あると思われる。そしてそれらが町の人々の間で噂になっているようだった。

 

『森の方から「パパパ」って音が聞こえてきてよ、気になって見に行ったらこれが落ちてたんだよ! こんな綺麗な形の筒は初めて見たぞ!?』

 

 最近あの小さな筒が市場に出回って装飾品等に用いられたりしているらしい。確かに、あれほど綺麗な形の筒というのはそうそう見られるものではない。どのような製造の仕方をすればあんな小さくて綺麗な円柱がたくさん出来上がるのか非常に興味深い。あまりに綺麗だったので私も1つ拾って持っている。驚いたのは最初かなり熱かったことだ。火傷しそうな程熱かったので、やはりあれが爆発の媒体となっているのだろうと思われる。そんな筒が奇怪な音が聞こえたらその場所に落ちている、しかも良い値で売れるとなれば人々が喜ぶのも無理はない。しかしそれと同時に不吉だと怯える人々も居る。

 

『はぁ? そんな音じゃねぇ、俺が聞いたのはもっとでかい「ガガガ」って音だったぞ。恐る恐る見に行けば辺りは血だらけ、おまけに地面や木に穴が開いていやがった。ありゃ何か良くねぇ事の前触れに違ぇねぇ。俺は近寄るのもごめんだね。態々寝ているドラゴンの尾を踏みに行くような馬鹿な真似はしたくもねぇってんだ』

 

 音が聞こえた場所付近が血塗れなら誰でも警戒する。最近は出現する魔物の変化等、特におかしな事が続いているので恐ろしい事が起きる前触れだと怯える人も多いという。その気持ちは分からないでもない。人は自分が理解出来ないモノに対峙した際に多種多様な感情を抱く。その多くは負の感情、恐怖心もその内の1つだそうだ。今回の事も人々の理解の範疇を超えている出来事であるが故に恐怖を感じる人間が多いのだろうと思う。

 その謎の現象を起こしている人物は今現在、私の後ろで鼻歌交じりに頭を洗ってくれていたりする。しかもこの1週間ずっとである。初めてお風呂場に入った時はいよいよかと怯えていたが、特に如何わしい事をされるわけでもなくただ頭を洗ってくれただけだった。その後は初日と同じく体は自分で洗って共に湯船に浸かる。その間も特に不快な視線を向けてくるでもなく、彼はただ湯に浸かって疲れを癒しているご様子。そんな彼に対して寧ろ私が視線を向けていたりする。私だって年頃の娘なので裸の男性が近くに居れば少しは気になって色々な所に視線を向けてしまう事もある。何かされるのかと怖がるわりに好奇心は働いているのか彼の筋肉質な身体に目が行ってしまった。その体付きからして戦士だろうと思えるのだが彼の攻撃は魔法のようにも思えた。どちらも使える、所謂魔法戦士と呼ばれる部類の戦闘形態だろうか。そんな彼の身体を横目でこそこそと見ていたらつい出来心で下の方に視線が行ってしまったが眼鏡を掛けていないせいで見えない。安心したような少し残念なような、複雑な気持ちでお風呂から上がった。

 

 

「あら、やっぱり今日も大丈夫だったみたいだねぇ」

 

 宿屋の女将さんであるミルスおばさんがお風呂上がりの私達を見てそう言った。おばさんには共にお風呂に入った初日に随分と心配された。確かにエルフの女と人間の男が共にお呂に入ればそのような事にもなる。心配されるような事は何1つなかったが。

 

「……やっぱり男色家か?」

 

 おばさんの旦那さんであるドールさんの言葉の理由はとても単純だ。大の男が少女の奴隷を買って手を出さない理由はなんだろうか、そうだきっと男好きに違いない、という理由らしい。そう言われて納得しかけている私ではある。しかしそうなると尚更私を買った理由が分からなくなる。ただのお人好しで高額な金額を支払うような酔狂な人間には見えない、少なくとも外見は。やはり何かしら裏があって私を買ったと考えた方が良いのだろうか。

 今のところ優しく接してくれているが信じられる人間かどうかはまだ分からない。言葉が通じない分余計に。言葉の壁というのはとても高く分厚い。しかし言葉が分からないからこそ、その行動から優しさが伝わってくるような気もする。

 

 翌日も朝食を終えると何時ものように装備を整え、おばさんに革で出来た水袋を渡し水を入れてもらう。その時に一緒に昼食にとサンドイッチも2人分くれる。おばさんも私がエルフと知って尚優しく接してくれる。優しい人なんだと信じたいが人間には既に何度か裏切られている為そう易々と信じる事が出来ない。おばさんも彼も優しい人だと良いのに、そういう考えは希望的観測に過ぎない事は分かってはいる。それでもやはり信じたい。たとえそれで何度裏切られる事になったとしても、私に優しくしてくれた人達なのだから。

 

 

「よぉ、今日も魔物狩りかい? 忙しそうだねぇ」

 

 近頃街を歩けばよく街の人々に声を掛けられるようになってきた。私達2人はとても目立つ、私は耳が見えないよう常にフードを被っているし彼については言わずもがな。それ故に街の人に顔を覚えられるのも早い。おまけに顔が広いおばさんが色々と紹介してくれた事もあってか、街の住民で私達を知らない人間はほとんど居ない。それはそれでちょっと嬉しい反面、人間に恐怖心がある私には少しきつい。私がエルフだと知らないが故の気さくな笑顔、事実を知った時あの笑顔は残っているだろうか。それを考えると少し切ない。

 

 冒険者ギルドに赴くとカウンターに多くの人々が集まっていた。皆この街ではかなり屈強な戦士として顔の知れている人達ばかりだった。

 

「おっ、ようやくお出ましか。待ってたぜ旦那」

 

 グレイス氏が私達を手招きするとその場に居た人々の視線が集まった。彼の許へと向かうとカウンターの上に何やら書かれている羊皮紙が置いてあった。そこに描かれていたのは単眼の魔物の絵。

 

「国からの討伐依頼書だ。相手はサイクロプスで面子はあんたら含めて20人の共同討伐になる。成功すりゃ金貨50枚山分けだ。やらねぇか?」

 




「おかいもの!そのに!」までを加筆修正を加えておきました。内容が良くなったか悪くなったかはさて置き、暇があれば一度見てみてちょんまげ。

ぎりぎり6月中に出せてほっとしております。
次はしばらく間が空きますが許して下さいまし。ゆっくりお待ちくださいな。

○ケルト
エルフ族の祭事に使われる燭台。その期間以外は倉庫の肥やし。

○寝ているドラゴンの尾を踏む
いくら危険なドラゴンといえど寝ているならばそこまで害はない。なのに態々尾を踏んで起こすのは危険極まりない行動である。回避可能な危険にわざと突っ込んで行く人物などに使われる。
例 :あいつは寝ているドラゴンの尾を踏むような輩だ。
  →あいつはドMだ。

○魔物と硬貨
魔物の核は硬貨である。その核を取り出すと魔物の亡骸は消滅してしまう。原因は魔力を供給している硬貨が無くなる事でその供給がストップし、体が保てなくなってしまうからである。では何故切り取った部位は消えないのか。硬貨がある状態で部位を切除するとそこに魔力が封じ込められるからである。しかし完全に封じ込める事が出来ていないので、魔道具に加工した場合定期的に魔力を供給しないとただの道具と化してしまう。
硬貨を取り出すと死ぬという事から、生きたままの魔物から素手で硬貨を抉り出して殺すというスプラッターな戦士もいるとかいないとか。どこの戦場カメラマンかと。


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単眼の巨人

 緑の生い茂る森の中を様々な装備や道具を所持した20人もの人々が歩いている。彼らは国からの依頼であるサイクロプスの討伐に向かっているのだが、とてもその様な雰囲気とは思えない。ある者は気怠そうに欠伸をし、またある者は知り合いとの会話を弾ませており周囲を警戒しながら歩いているのは数名程度しかいない。これでこの街の強者達というのだからお里が知れるというものである。強者の余裕というものも存在はするが、少なくとも彼らにそれに見合う実力があるかは疑わしい。

 その討伐へと向かう隊列の後方では苛立ちを隠そうともせず歩く大柄な男が1人。異世界から幸か不幸か連れてこられたヘルガスト兵、ジャックと名乗る男である。ヴィサリ宮殿の警備部隊に所属する程度には優秀な男ではあるが、今は何やらかなり機嫌が悪い様である。そんな虫の居所の悪い男よりも更に大きな体躯の男が彼に難癖をつけていた。次の瞬間には腕を後方に捻り上げられ地に伏していたが。その光景を少し後ろからフードを目深く被った少女が心配そうに見つめ、その横に居た2人の男が少女に小声で話しかけていた。

 

「フェルちゃん、フェルちゃん。今日ジャックの旦那かなりご機嫌斜め?」

 

「何かあったのか?」

 

「いえ、私にもさっぱりです……」

 

 フェルに話しかけたのはジェイドとゼルノアという名の、この街「ドグレイズ」で活動している傭兵コンビである。少し前からジャックとフェル、といってもほとんどフェルとだが交流している。彼らはフェルが顔を見せない様に常にフードをしている姿を見ても特に気にしていない為、彼女があまり怖がらずに接する事が出来る数少ない人間である。

 

「今朝はいつも通りだったんですけど……」

 

 今朝宿屋を出る時はいつもの通り感情の読み取れないマスク姿に落ち着いた雰囲気を醸し出していたジャックだったが、ギルドで依頼を受けてからは今の様な近寄り難い状態になっている。普段は感情をあまり表には出さない男、という印象を抱いていたフェルは怒りを露わにする今のジャックに対し怖いと思う反面少し安心していた。怒りの感情とはいえ、少なくとも他の物事に対し何の感情も抱かない氷の様な心を持つ男ではなかったのだ。彼女はそう考えていた。しかし彼女の考えとは裏腹にジャックは黒く冷たい感情を腹に納めていた。

 

(忌々しい……何故この様な連中と組まねばならんのだ……)

 

 ジャックは難癖をつけてきた男を地に叩き伏せると何事も無かったかのように歩き出し、再び苛立ちながら前へと進む。何事かと様子を窺う連中は彼のマスクの赤い目に睨まれ慌てて目を背けた。

 今現在マスク越しでも分かる位彼を苛立たせているのはこの人数と士気の低さに因るものである。ただでさえ言葉が通じず、自らの持つ武器の性質も知らない輩が味方としているなぞ彼にとっては邪魔者以外の何物でもない。しかも大量に居るだけでも腹立たしい事この上ないのに、挙句彼らの無警戒さ。敵地へと赴いているのというのにこの有様、ジャックからしてみれば常軌を逸していた。そんなジャック自身は怒りつつも周囲の警戒を怠らない程度には感情を抑えているつもりだった。「常に冷静に」を信条としていたジャックではあったがこの世界に来てからというもの湧き上がる感情を抑えられていなかった。それだけ未曾有の事態が多いのだろうがそれでも抑えが効いていない。

 

(まぁ良い……囮程度になら役立つだろう)

 

 共に依頼を受けた味方をただの捨て駒としてしか見ず、邪魔ならば纏めて撃ち殺せば良いと考えているあたり冷酷さはしっかりと持っている様子。多少の優しさは持ち合わせていても根幹はヘルガストという事である。

 

 

「おーこわ、いつものテンションで接すると痛い目見そうだなありゃ。まぁでも旦那と一緒ならサイクロプスも楽して倒せそうだな。そんで1人頭金貨2枚半は美味しいねぇ」

 

「旨い仕事なのは分かるが油断してると足下掬われるぞ、ジェイド?」

 

「へいへいっと」

 

 普段からおちゃらけた態度を崩さないジェイドと真面目で堅実なゼルノア。攻めと守り。お互いの足りない部分を上手く補い合っている2人は稼ぎも良く経験も十分な上に1度ジャックの戦い方も見ている為、ジャックからの評価もこの討伐隊の中では最上位に区分されている。

 爆発音と共に遠距離に風穴を開けるという未知の攻撃を行うジャックに興味を持つ2人だが、彼からしてもこの2人の魔法を織り交ぜた攻めと守りは興味深く、警戒はしつつもそこまで邪険には扱わず交流していた。特にフェルについてあまり詮索していないせいか彼女自身もあまり怯えていない様なので今回も当てにはしていた。多少の魔法こそ使えるものの、やはり戦う事が怖い様で魔物を見ると足が竦む事も多い。それ故にジャックは彼らが居ればフェルに気を回しながらも戦えるだろうと考えていた。

 

 

 サイクロプスの目撃情報が多い地点へと近付くと、漸く警戒を始めた討伐隊の面子。背負っていた盾を手に持つ者、戦闘に使う魔道具の確認を行う者、武器の刃を確認する者。ここだけ見れば一端の冒険者という感じである。

 警戒しながら森の中を進むと魔物のモノと思われる耳を劈く様な大きな叫び声と、それに怯え一斉に飛び立つ鳥達。サイクロプスとの戦闘を間近に皆気を引き締め更に歩みを進める。心臓の鼓動は少しずつ強くなり喉は渇く。

 

「はっ、サイクロプス如きに何震えてやがる臆病者共め! どけ!」 

 

 身体が震える者を差し置いて先程ジャックに喧嘩を吹っ掛けた馬鹿者が前へ歩み出て進んで行き、開けた場所に出た。その正面には大きな魔物が佇みこちらを睨みつけていた。

 

「たかがサイクロプス如きに20人なんざ、城の連中は何考えて――」

 

 

 精鋭10人で勝率5割と言われるサイクロプスであるが実際そこまで強い魔物ではない。確かに他の魔物を圧倒する程の怪力を持ち合わせているが動きは愚鈍で攻撃も大振り、知能もそこまで高くない上に身体が大きいが故に攻撃も当たり易く、弱点の目を潰してやれば敵は何も出来ずに討伐も楽に終わる、その程度の魔物。それを知る冒険者は楽な仕事と今回の様な余裕を見せていたのだった。そう、簡単に大金が手に入る楽な仕事と、討伐対象を見るまではそう考えていた。だが――。

 

 そこに居たのは確かに単眼の巨人ではあった。

 

「――は?」

 

 本来、サイクロプスは薄黒い緑色の肌を持つ魔物だったが今目の前に居るのはどす黒い赤色、まるで渇いた血の様な色だった。頭には目を保護する目的の鉄の兜、身体には鎧の様な物を纏い、両の手足には鎖を巻き付けていた。

 

「ふ、ふふふ、ふざ……ふざけんなぁ!! な……何で――何でクリムゾンオーガが居んだよ!?」

 

 そう叫ぶと同時に紅い巨人も威圧する様に大きな叫び声をあげた。その声は大気を震わせ、聞く者の足を竦ませた。

 

「っ!? やべぇ、伏せろ!!」

 

 ジェイドが叫ぶが先かジャックはフェルを抱え地面に伏し、次に何が起こるか理解出来た者、声にすぐさま反応出来た者は咄嗟に地面に伏せた。次の瞬間には頭の上、先程まで自分達の体があった辺りを大きな鎖が通り過ぎ、その通り道にあった全てを薙ぎ倒していった。その暴威が通り過ぎ去った後は惨憺たるものだった。声に反応出来た者は幸いにも命を拾うに至ったが、反応出来なかった者、怯えて動けなかった者はその鎖により上半身を消し飛ばされ、下半身はその勢いで遠くまで転がっていった。先陣を切って行ったあの男も含め6人の姿が消えていた。

 

「くそっ……生きてるか!? 生きてんならさっさと動け、ぼさっとしてっとあぁなっちまうぞ!!」

 

 そんな惨状に怯えて動けなくなる者や、血や内臓が降りかかってきた事により気が狂いそうになる者も居たが、ジェイドの一声で我に返りすぐに行動を開始した。しかし誰も彼も、魔物の討伐など端から目的になかった。あるのはただ1つ。

 

「こんなとこで死んでたまるかっつーの!」

 

 なんとしてもここから生きて帰る。ただそれだけだった。

 




ものすごく遅くなった上に内容があれで申し訳ないです。誰か時間と健康をください。
活動報告にも書きましたがしばらくこちらをメインに更新する予定です。
でも今回みたいに間が空いたら意味ないネ。ごめんネ。

それにしても今回は「者」が多いなぁ。


○冒険者と傭兵
冒険者は魔物を討伐し金を稼ぐ事を主としているのに対し傭兵は戦う事そのものを仕事としている為、人種だろうが魔物だろうが依頼されれば何でも相手にする人々。討伐護衛暗殺なんでもござれ。しかし人も平然と殺す者や盗賊紛いの事をする者も多く、冒険者より良いイメージを持たれていない。



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うるせぇ!くたばれ!

『え……? 何……で……? どうして……!?』



 激痛が走り全身が悲鳴を上げる。自身の体で動く場所と言えば首から上と片腕程度しかなく、外から少し、また少しと強められていく圧力に為す術も無い。そしてまた骨の数が増えたと同時に新たな苦痛が身体に生じた。今度のは折れた骨が内臓に刺さったらしく血が込み上げてくるのを感じる。どうやらこの醜い化け物は眼球に鉛玉を貰ったのが相当お冠らしく、私を一思いに殺さず嬲り殺すと決めたらしい。両の手で私を握り締め少しずつ苦痛を与えてきている。一方で潰したつもりの眼だったがどうやら再生能力があるらしく、先程まで煙を上げていた瞼の下からは既にたった1つの眼で私を見据えている。

 

「がぁっ……く……くははは……既に治っているなら……そこまで怒る必要も……っ……なかろうに……」

 

 死が目前に迫っているにも拘らず自然と笑いが込み上げてくる。化け物風情が憂さ晴らしに人間様を嬲り殺しか。これには私も嘲笑を禁じ得ない。絶望的な状況の筈なのに笑ってしまうのは諦観からか、それとも自分の馬鹿さ加減からか。

 

 侮っているつもりはなかった。いや正直に言ってしまえば楽な仕事だと考えていた。そうでなければこんな場所に彼女を連れて来る筈が無い。言葉は通じずともある程度は何を相手にするかは分かっていただろうに。辛うじて動く首で周りを見てみろ。辺り一面死体、死体、死体の山。生きているのは数人程度しか居るまい。その死体の奥で両腕で自身の体を抱き泣きながら震える少女を見るがいい。これがお前の慢心が生んだ結果だ。

 

 放たれた弾丸は敵の皮膚を貫通しなかった。それどころか体の内側に到達すらせず筋肉に阻まれていた。

 

――どんなモノが相手でも通用するとでも思っていたのか? 戦車の装甲すら貫通するまいに。

 

 武器さえあれば1人でも達成可能だと驕っていた。

 

――たかが歩兵1人で何が出来る? 思い上がりも甚だしい。冒険譚の英雄のつもりか。

 

 どうやらこの世界に来てから相当腑抜けていたらしい。未知のモノを相手に慢心するとは。教官に知られれば間違いなく処刑されそうだ。そんな事を考えるとまた笑いが込み上げてくる。絶望的な状況は変わらないが幾らか思考はマシになった。今やるべき事は1つだ。泣き顔でこちらを心配そうに見つめる彼女だけでも生かして返さねばならん。

 

「ジェェェェイド!! ゼルノアァァァァ!!」

 

 力を振り絞り、大声でまだ生きているであろう顔見知りの名を叫ぶ。それに答える様に巨人には見えない位置で痛みに耐えながら力なく手を上げる。幸いな事に2人ともまだ動ける様だ。意外とタフな奴ららしい。

 身体と共に掴まれる事を逃れた右腕でフェルを指差し、逃げる様伝える為腕を大きく振る。それを見た2人は頷き足を引きずりながら彼女の許へと向かった。意図が通じた事に安堵する。幸いにもこの1つ目は怒りで私の事しか見えていないらしい。

 

「さて……これからどうしたものかね……」

 

 この後は握り潰されるか、引き千切られるか、将又食われるか。元居た世界ではどれも経験出来そうもない死に様を思い浮かべ溜息をつく。それはそうと内臓や喉が痛む。大声で叫びすぎたか。つい先程左腕が軋み始めた事を考えるとそろそろ終わりも近いらしい。だがこのまま終わってやるつもりも毛頭無い。

 PDAとガスマスクのHMDを同期してある為此方からでもPDAと同じ事が出来る。と言っても此方を使う場合視線入力を行う必要がある。これはどうも苦手であまり使っていないがこの際仕方がない。強まる圧力に耐えつつ操作していき、右腕に1つグレネードを呼び出す。此奴1つばかしで死ぬとも思えんが。

 

「私から貴様に最後の贈り物だ……」

 

 マスクの半面を外し口元だけを露出させた後、グレネードのピンを咥えいざ引き抜こうとする寸前――巨人の兜に氷の塊が直撃した。楽しみを邪魔された巨人の振り向いた先には居て良い筈の無い少女。震える手で杖を持ち、息を荒立てて弱弱しい目で巨人を睨めつけている。何故お前がここに居る。第一、そんなことをすれば――。

 

 此方の予想した通り彼女に目を付けた後、この化け物は私を見て大きく口を開けた。恐らくさっさと私を食い殺して別の獲物の許に行きたいのだろうが、そんな事は問題では無い。此奴口を開ける前に口元を歪めていた。

 

――嗤いやがった。

 

 直後何の躊躇いも無くピンを咥え直し力いっぱい引き抜く。

 

「貴様如き醜い化け物風情がっ……! この私を……嗤うなぁぁぁぁ!!」

 

 残された力を使って投げられたグレネードは弧を描き巨人の口へと消えていき、そして弾けた。口から血と黒煙を吹き出しながら叫び、暴れ回り、フェルの近くに私を力いっぱい投げ付けた後力なく倒れた。投げ付けられる寸前に握り締められたせいで左腕は完全に折れ曲がり内臓はぐすぐす、加えて地面に叩き付けられた衝撃で右足も折れてしまったが、最早痛覚が麻痺して何も感じない。慌てて駆け寄って来たフェルはそんな惨状の私を見て絶句し、泣きながら両手をかざし何かを呟くと淡く手の平が光っていた。何かの魔法だろうがさっぱり分からない。そんな事をしていないでさっさと逃げて欲しいものだが。

 

「kf……? おwqぎ……? jodwhu……!?」

 

 しかし当の本人は何故か自分の手や私の傷口を見て錯乱しているようだった。落ち着かせる為に頭を軽く撫でてやると申し訳なさそうに頻りと何かを呟いている。

 ジェイドとゼルノアも私の許へと駆け付けると、フェルは2人の腕にしがみ付き必死に何かを訴えていた。だが今はさっさとこの場を離れた方が良さそうだと考え、太腿に着けておいたレッグポーチを漁り薬液の入った無針注射器を取り出し首へと打ち込む。戦場で負傷した際に使用するものだが、ここまで重症を負って使用した事は無い為どの程度まで回復するか見当もつかない。せめて歩ける様になれば御の字ではあるが。奴が死んだかどうか分からず、挙句此方は満身創痍。直ぐにでも此処から離れて――。

 

 どうもそう旨くはいかないらしい。巨体が立ち上がり血走った目で此方を睨みつけ一歩、また一歩と喚きながら近付き始めた。歩みの遅さを見るにまだ再生しきっていないのだろう。再びマスクのUIで武装の項目を検索していき武装を手に入れ、それを杖代わりに立ち上がる。

 

「死ぬ間際まで痛めつけられ……、装備はどれも使い物にならない状態にされ……、挙句更に出費を重ねる羽目になった……。全く……今日はついていな……いや、全ては己の慢心故……か」

 

 ふら付きながらも立ち上がった私を心配して支えてくれたフェルの頭を軽く撫で筒を掲げる。意識が朦朧とし若干目が霞むものの、ギャーギャー鬱陶しく喚き散らすので寝ようにも寝られない。

 

「喧しい……。とっととくたばれ……」

 

 残る力でトリガーを引くと筒の先から金属の塊の様なものが飛出し、煙をあげて巨人の頭部へと飛んで行き――当たると同時に爆発、頭を吹き飛ばした。頭を吹き飛ばされた事により命令系統を破壊された体は崩れ落ち、そのまま動かなくなった。もう生き返ってくれるな。さすがに私も今日は疲れた。緊張の糸が切れ自身も膝から崩れ落ち、慌ててフェルに抱きかかえられる。何か言っているのは聞こえるが段々と意識が薄れてきた。

 

「すまんな……フェル……」

 

 危険な目に会わせた事を彼女に謝罪すると同時に私の意識は途絶えた。

 

 

 

「慢心は人間の最大の敵だ」とは誰の言葉だったか。少なくとも今後心に刻んでおかなければならない言葉である事は間違いない。

 




皆様、明けましておめで――もうすぐ2月……だと……?

年末年始で話を書き上げて投稿する予定でしたが問題が発生して投稿が大幅に遅れてしまいました……大変申し訳ございません。
今後も忙しいだろうと思われるのでまた大きく間が開くかもしれません。
ハハッ転職でもしようかしら。

ちなみに今回使用したのはVC9ロケットランチャーです。

○M194 フラグメンテーショングレネード
一般的な破片手榴弾。銅貨50枚。

○VC9 ロケットランチャー
ヴィサリコープ製のロケットランチャー。誘導性能は無い。銀貨50枚。
発射体のみは銀貨40枚。

○クリムゾンオーガ
サイクロプスと同じ様な大きさではあるが、多くの人間を襲い、食らった事によりその血中に含まれていた魔力を蓄えた事で知能・身体能力の向上、皮膚の硬化等により比べ物にならない程強くなっており、下手に挑むと命を落とす事になる。
一般人からすれば単眼の巨人=サイクロプスというイメージしかないため、討伐依頼等が出されると度々悲劇が起こる。

○視線入力
視線でモニターの操作を行う。映画版アイアンマンのスーツにもこの機能が付いていましたね。


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あわただしくもおだやかなひび

『258……259……』

『…………』

『にひゃくろく……』

『…………』

『……分かった、私の負けだ。大人しく寝ているからそんな目で見るのは止めてくれ……』



 サイクロプス、ではなくクリムゾンオーガの討伐を終えて街に戻って来たのは数時間前の事だ。私とジャックさん、ジェイドさん達の他に帰って来られた人は居なかった。辛うじて息がある人も居たが治癒魔法でどうにか出来る状態ではなく、結局そのまま亡くなった。私に出来たのは魔法で痛みを和らげてあげる程度だった。

 今はジャックさんの怪我を治す手段をミルスおばさんに相談している。というのもジャックさんに治癒魔法が効かなかったからだ。私自身が治癒魔法を使えなくなってしまったという事も考えてはみたが、ジェイドさん達の傷は治す事が出来たのでその可能性は既に消えている。おばさんは自分に任せて私にも休む事を勧めてくれたものの、ジャックさんが心配な為共に手段を模索している。おばさんにも治癒魔法が効かない原因に心当たりが無いか聞いてはみたが、その様な人間なんて聞いた事が無いそうだ。魔法薬の類はどうかと試しはしたがこちらも効果は無い様子だった。他の方法を見つけねば彼の命が危うい。言葉が通じずとも彼は私に優しくしてくれた。そんな人に死んで欲しくはない。こんな事になるなら故郷でもう少し治療に関する知識を身に着けておくべきだった。

 

「うーん……そうだ! 確か――ちょっと待ってな!」

 

 そういうとおばさんは急いで部屋を後にし数分もすると1冊の本を持って戻ってきて、頁をめくり始めた。

 

「えーっと……確か何処かに……あったこれだよ、これ!」

 

 開いて見せてくれた頁には植物の絵が書かれていた。

 

「これは古い薬学の本でね? その昔、まだ禄に魔法が発達していない時代に人の怪我や病気を治療する為のものなのよ」

 

「じゃあこれがあれば……!」

 

「魔法みたいに劇的に回復しないから随分と時間がかかるけどねぇ。薬屋の爺さんなら何か知ってるかもしれないし行ってみようか」

 

 

 おばさんと共に街の一角にある薬屋へと向かい事情を説明したところ、宿屋まで来てもらえる事になりジャックさんの容体を見てもらった。薬屋のお爺さんによれば彼にも効くであろう薬を煎ずる事が出来ると説明され漸く安堵の胸を撫で下ろした。

 

「それにしても魔法薬以外の薬とは懐かしいのぉ。最後に作ったのはどれ程前になるか……。それはそうと……これ程の傷を治すとなると相当金と時間が掛かるぞ? 魔法薬と違って大分特殊な材料を使う事になるのでな。なんとかなりそうかな?」

 

 お爺さんによると完治には数か月、加えてその間毎日服用・塗布する必要があるとの事だった。果たして現状の手持ちで足りるのか不安に駆られる。

 

「金の心配なら無用だぞ、ジイさん」

 

 声のする方を見ると心底疲れた様子のジェイドさんとゼルノアさん。確かギルドへと今回の討伐の報告に向かっていた筈だ。

 

「たんまりむしり取って来た」

 

 本来であれば成功報酬は金貨50枚となっていたが、相手が明らかな格上の魔物であった為報酬の上乗せを交渉したそうだ。それにより報酬は金貨100枚となり、生き残ったのは私達4人だけだったので1人金貨25枚。加えてクリムゾンオーガの死体から凡そ金貨30枚程が入手出来たそうだ。殆どジャックさん1人で討伐した様なものである故に金貨は全て彼に渡すとの事で、私達の手元には金貨80枚という大金が舞い込んだ。それだけあればジャックさんが完治させるには十分だそうな。

 

「いやーそれにしても……一気にお金持ちだねぇ、あんた達」

 

「いやいやおばちゃん、今回ばっかは死を覚悟したし当然だろ……。けど装備全部新調し直しだよちくしょうめ」

 

 

 それから毎日が慌ただしくなった。朝から夕方までは少しでもお金に余裕を持たせる為に宿屋でお手伝い。それにより宿泊費や食事代等ここでかかる一切のお金を免除してくれた。仕事の合間にジャックさんの看病を行い、夜にはおばさんが魔法の勉強を見てくれたおかげで少しずつ知識を深める事が出来た。宿屋での仕事は主に洗濯や配達等であったが、食事処が忙しい時はそちらにも駆り出される事になった。勿論私の正体がばれない様に頭巾で上手く耳を隠してだ。ちなみにだが、クリムゾンオーガ討伐の際にジェイドさん達にはエルフである事が知られてしまっているが2人共大して気にせず変わらず接してくれた。こうして考えてみると私の周りには私がエルフである事を気にする人間はあまり居ない様である。こんな人達ばかりだったらどんなに良いか。

 

 こんなこともあった。ある日、部屋に入るとジャックさんが横になるベッドの上で金属の魔物が浮いていた。咄嗟に杖を出そうとしたところ彼に手で制された。困惑して見ていると魔物は目から光の幕の様な物で彼の全身を照らすと机の上に降り、以後動かなくなった。オーガに止めを刺した時の大きな筒、そして空飛ぶ金属の魔物、不思議な人である。彼の持ち物といえば部屋に置いてある銭袋からしばしばお金が減っていた。盗まれる様な事は無いので彼が使っていると思われるが動けないのに何に使うのだろうか。時たま首に筒の様な物を当てているところを見かけたりもするし彼の行動に疑問点は多い。色々と聞いてみたい事はあるがどうしても言葉の壁に突き当たる。手が空いた時に彼の国の言葉を調べてみてはいるものの未だ進展はない。分厚い壁だ。

 

 

 

「大分治ってきたみたいだのぉ。あの調子ならもうすぐ動けそうだ。と言っても数か月寝っぱなしだったから急には動けないだろうけどのぉ」

 

 討伐の日より数か月。ジャックさんの怪我も快方に向かっており後10日もすれば完治するだろうとの事を薬を受け取りに来た際にお爺さんに教えてもらった。喜ばしい事ではあるのだが、最近は目を離すとまだ治りきっていない身体を動かそうとするので気が抜けない。しかしお爺さんとしては少し疑問があるらしい。傷の治りが予想以上に早いと言っていた。本来ならばまだ体を動かす事も出来ない筈なのに、今では落ちた筋力を取り戻そうと動く事が出来る。治りが早いのは彼の体質だろうか。

 

「そうじゃ……君に聞きたい事があったんじゃよ。……君は……エルフだね?」

 

 お爺さんとお茶を飲みながら話をしているとそれまでとは打って変わって真剣な面持ちで話を切り出してきた。その内容は私がエルフであるという事を指摘するものであった。何時、何故正体が知られたのか。それ以前に今この問いに対して私は何と答えるべきか。

 

「あぁ心配せんでも良い……エルフだからと言ってどうこうしようとする気はないよ。実は頼みがあってな……」

 

 話を聞いてみると、その昔お爺さんにはエルフの奥さんが居たそうだ。人間とエルフのハーフの娘も生まれ人里離れた場所でとても幸せに暮らしていたという。しかしその幸福も長くは続かず、近隣の村の人間に妻がエルフだと知られたお爺さんは妻子を連れて逃げ最後は2人を故郷に帰し以後自分は1人でここで生きているそうだ。そして頼みというのが2人に宛てた手紙を届けて欲しいという事だった。故郷の場所は知っていても人間は入る事を許されない上に、もう旅が出来る程の体力も無い。

 

「老い先短い私の前に君が現れたのはきっと神の思し召しじゃ。老いぼれの最後の頼みと思って聞いてはもらえまいか? 勿論お礼もする」

 

 私はジャックさんと行動を共にする他無い為必ずしもそこへ向かえるかはっきりと答える事は出来ないけれども、私個人としてはお爺さんの頼みを聞き入れたい旨を伝えた。それを聞くと深く皺が刻まれた両の手で私の手を優しく握り涙ながらに何度も感謝の言葉を述べていた。

 

 

「すっかり遅くなっちゃった……早く帰らないと」

 

 お爺さんとの話に夢中で帰る頃には辺りは暗くなっていた。手紙とお礼は後日手渡すとの事で、ジャックさんの薬だけ受け取って急いで宿へと戻る。奥さん達の故郷の場所はまだ聞いてはいないけれど、ジャックさんが元気になったら誠心誠意伝えてみようと思う。その為にもきっとまた体を動かしているだろう彼の許へ早く帰ろう。

 

「うぉ!?」

 

「きゃっ!?」

 

 考え事をしながら走っていた為角から出てきた人に気付かずぶつかって尻餅をついてしまった。

 

「いたた……ごめんなさい……」

 

「気を付けろ……ったく……! ……お前……その耳……!?」

 

 同じく倒れこんだ男性が私を指差してそう言った。その一言で我に返り頭を触ってみると――今までしていた筈のフードが脱げて耳が露わになっており背筋が凍りついた。徐々に震えだす体に必死に逃げろと命令し、フードを被り直し急いでその場から逃げ帰った。ぶつかった男性は酔っていたのかその場から上手く立ち上がれず追って来る事はなかった。宿に着くとおばさんの掛け声にも気づかず部屋へと戻るなりジャックさんにしがみ付いた。部屋に戻っても体の震えは止まらず、今後の事を考えると気が気でなかった。彼は最初は驚いていたが私の様子を見て力強く抱きしめて優しく背中を摩ってくれた。そのおかげで少しずつ心も落ち着き次第に体の力が抜けていった。

 

 彼はその晩、私が眠るまでずっと抱きしめていてくれた。  




何時もより長くなりもうした。詰め込み過ぎた感が凄い。
そして一週間ちょっとで次話がでけた。その分内容があれだったらごめんなさい。
多分次もそんなに時間は空けずに投稿出来るとは思いますが、それ以降はどうなるか分かりません。ごめんなさい。


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このくずが!

(目を離した隙に兜も鎧も変わっている……何時の間に……?)



 まだ陽も登り切っていない朝方の街を疲れ切った体に活を入れ走り続ける。そろそろ5週目を終えようかというところで随分と明るくなり、街の露天商もぽつぽつと現れ始めた為宿へと足を向ける。戻りながら昨日の出来事について思考を巡らす。フェルが戻ってくるなり私にしがみ付いた。それも相当怯えてだ。彼女があそこまで怯える事があるとすれば正体がばれたか、又はその可能性があるかだ。良くも悪くも彼女の顔立ちは整っている為目深くフードを被らねば非常に目立つ。私が動けない間頻繁に外に出ていた様なので世間に顔が知れ渡っているだろう事は十分に考えられる。何か別の危険な目に遭った事も考えられるが、どちらにせよ今後の事を思えば早々に街を出るに越した事は無い。その為に昨夜治療用のアンプル剤を用いて傷を治し、衰えた筋力を取り戻すべく体を動かしている。急激に動く事は良い事ではないだろうがそうも言っていられない状況である為止むを得ない。そもこのアンプル剤自体、体への負荷が大き過ぎる為緊急時以外は使うべきではないのだ。それ故に栄養剤等を摂取する以外は自然治癒に努めていた。フェル達が連れて来たセラという老人の煎じ薬等の効果もあってか予想よりも大分早く快方に向かっていた為副作用の少ないアンプル剤で済んだのは幸いではあった。これについては彼女らに感謝している。

 

 部屋ではまだフェルが私のベッドで静かに寝息を立てていた。可哀想に、昨夜余程精神的に負荷が掛かったのだろう。普段なら既に起きている時間帯にも拘わらず未だに眠っている。フェルの頭を撫でてやり、改めて早い内にこの街を離れようと考える。その為にも単眼との戦闘で武器やアーマー等の装備が使い物にならない状態の為すぐにも新たな物を用意する必要がある。街を出る為に必要な物も揃える必要があるが何から手を付けるか。

 

 

 結局フェルが起きる前に再び宿を出て必要な物を買い漁り、戻ってくる頃には辺りは随分薄暗くなり始めていた。部屋に戻るとベッドに小山が出来ており、毛布の中から恐る恐るフェルが顔を覘かせ私だと知ると即座に抱き着いてきた。1人にされたのが怖かったのか震えていた。フェルの為と思い外へ連れ出さず部屋に残して1人で行動したが彼女には逆効果だったらしい。

 

(何より、彼女が今一番信頼出来るのはお前だ。起きたらまだ動けない筈の男が何処にも居ない。厄介事である自分は見捨てられたのではないか? そういう事も考えように。お前はそういった思考が出来ん様のか? 所詮はその程度の男だったか)

 

 突如聞こえた老人の声。何時もの調子とは打って変わり随分と強い口調での刺々しい言葉の数々だ。

 

(貴様はここの女将に誓った筈だな、『彼女に辛い思いはさせない』と。貴様は口だけの男だったという訳か? ()の人を見る目も随分と劣化した様だな)

 

 老人の罵声は徐々に強まり言葉遣いも荒くなっていく。これがこの男の素か。

 彼女に対してはすまないとは思っている。危険な目に遭わせた事も、約束を違えた事も。私への批判も重く受け止めよう。全て私の慢心が生んだ事だ。この世界を見縊っていた、己が持つ技術を過信した。それで1人の少女すら禄に守れんとは情けない話だ。そして恐らく今後も彼女を危険に晒す事になるだろう。その様な私が彼女にしてやれる事は――。

 

「私の邪魔となるモノは全て排除する。彼女に仇をなす者は皆殺しにする。私に出来るのはその程度で――それこそが私の最も得意とする事だ」

 

(……まぁ良いだろう。その言葉、忘れるなよ)

 

 新たに誓う言葉を聞くと以後黙ったままとなった。しかし解さない事が1つ出来た。神にも等しき存在のあの男が1人の少女に何故あそこまで入れ込む必要があるのか。何かあるのは間違いないがそれを知る術は無い故に今は考えない事にする。そんな私を心配そうに見上げる少女の頭を撫でてやり、謝罪の言葉をかけ共に食事へと向かった。

 食後の風呂も共に入り、いざ就寝する際には私の布団に潜り込んで来た。初めて会った頃の、私に許可を求める様な事が少なくなったのは喜ばしい事ではあるが、震える手で私の手を握る様は素直に喜ぶ事が出来ない。私はこの手をどうすべきなのだろうか。私にとって、そして彼女にとって何が最善なのか。それを自分に問いかけながら眠りについた。

 

 

 翌朝、宿の夫人も交え数日中にもこの街を去る事を地図を用いて伝えた。此方が伝えんとする事が一から十まで伝わったかどうかは分からないが、ここから北東の方角にベルーダという街がある事を教えられた。その際にフェルがそこから更に東にある森を指差しておずおずと私を見た。もしかしたらそこが彼女の生まれ故郷である可能性があるので、当面はそこを目指して旅をするが良いだろう。

 午前中は装備の更新に努めた。壊れた武器は修理を行ったが、防具については破損が酷いので新調する事にした。特にアーマーは破損が酷く使い物にならない為、機能拡張も兼ねマスク等も含めて戦術兵と呼ばれる索敵能力の高い兵科の装備へと変更した。そんな様子を不思議そうにフェルが眺めていた。私の隣で。引っ付き過ぎだとは思うが恐怖心故だと考えると仕方がない。仕方がないがどうにもやりにくい。当初の目標通り私に対する怯えが抜けたのは良いが打ち解け過ぎるのも考え物である。

 午後からはフェルに必要な物は無いかと色々と捜し歩いた。彼女はその間ずっと私の服の袖を握り離れない様に歩いていた。道行く人間全てが自分の正体を知っているのではないか、そう考えると気が気ではないのだろう。やはりすぐにもここを発つべきか。ここを離れれば彼女がエルフだという事を知る人間は私のみとなる。それだけで彼女の心の負担も少しは減るだろう。

 

 

「fhiれd5r! べtywaq!!」

 

 城門が閉ざされる頃、宿へと向かうその最中後ろから突如響いた怒鳴り声に、我々も含め周囲の人間がその声の方向に目を向けた。そこに居たのは男数人を引き連れた小太りの中年。何処かで見た事があったかと思い良く見れば、この街に来た初日に私にぶつかった何時ぞやのハゲである。男の視線の先に私が居る事を考えるにこの男の怒りの矛先は私なのだろう。全く厄介な時に厄介な奴が現れたものだ。

 

「qぉfg7m9w!」

 

 私に叫んだ後、今度はフェルを指差し何かを叫ぶと周囲の視線が彼女へと集中し、それと同時にフェルは私の腕にしがみ付き震え始めた。これだけでハゲが何を口走ったのか分かる。あの屑は競りの場に居た、という事は彼女の正体も知っている。

 

「やってくれたな……。屑の分際で私に盾突く気か……」

 

 今この場で縊り殺してやりたいところだが状況が最悪だ。このままでは人が集まってこの場を離れられなくなる。集まってきた民衆諸共鏖殺しても良いが彼女にそれを見せるのは酷だ。別の選択肢として取り出した手榴弾のピンを引き抜き空へと放り投げる。当然人々の視線はそちらへと向き――そして空中で破裂した。そして場は一気に混乱し、それに乗じてフェルを抱えその場を離れる。放り投げたスタングレネードは屋外では殆ど意味を為さないが、そんな物の存在すら知らぬ者共にはそれすら十分だった様だ。最早この街に居るのは危険と判断し、荷物を取りに急いで宿へと向かう。そして向かう最中、そっと武器の安全装置を外した。

 




何かきな臭い展開。誰だこんな展開にした奴は。

今回からアーマー変更。
上級突撃兵(KZ2) → 戦術兵(KZ3)
KZ3のマルチプレイヤーにて使用可能な兵科の戦術兵の恰好になってます。
分からない方は検索して頂ければどんなのか分かるかと思います。そんなのです。

○アンプル剤
ゲーム内では時間が経つと傷が回復しますが、それについて考えてみました。
①アンプル剤による急速回復。トライガンでウルフウッドが使っている薬みたいな感じ。分かり辛い例えだ。
②ナノマシンor人体改造による傷の急速修復。武装錬金の戦部かX-MENのウルヴァリン辺り?
③未来の人はみんなそうなんだよきっと。

言うまでも無く①で進めてます。

○薬屋の爺さん
実はセラって名前でした。

○お値段
戦術兵セット 金貨10枚
修理費 武器の半値
スタングレネード 銅貨50枚


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別れ


夜空を見上げながら、男は酒瓶を掲げた。

「彼らの旅の無事と……大馬鹿野郎に」



 フェルを抱えたまま宿へと辿り着いたジャックの姿に驚いた宿屋のデグ夫婦が何事かと訪ねると、フェルは先程の出来事を全て話し、部屋へと急ぎ荷物を纏め始めた。ジャックよりも早く荷造りが終わったフェルは僅かに出来た時間で部屋をゆっくりと見渡した。奴隷として捕まりこの街に連れて来られ、ジャックに買われ、そしてこの部屋で過ごした数か月間。長い月日を生きるエルフから見れば人生のほんの僅かなものでしかないが、ここで過ごした時間は彼女には大変濃いものだった。

 荷造りを終えて夫婦の許へ戻るとジェイド達が騒ぎを聞き心配して駆け付け街の外までの護衛を申し出た。夫婦から数日分の食糧と飲料、まだ教え切れていなかった部分と魔法に関する事が書かれた羊皮紙を手渡された。それらを仕舞い終えた彼女を女将は優しく抱き締めた。

 

「何時でも戻っておいで。いっぱい美味しいもの作ったげるからさ」

 

「……はい。ありがとうございました……こんな私に優しくしてくれて」

 

 ずっと恐ろしい存在だと思っていた人間。実際酷い目にも恐ろしい目にも遭った。それでも何時か――この街にもう一度戻って来たいと、フェルはそう思った。そして女将が目を潤ませているのを見て自身も泣いてしまった。自分で思っているよりもずっと泣き虫なのかもしれないと感じた。

 

「よし……! 行っといで!」

 

「はいっ……! 行ってきます!」

 

 最後にフェルを一際強く抱き締めてそう言った。ジャックは店主と握手をした後にお金を渡したがこれからの旅に必要だろうと店主は断った。その優しさ故に少し心配になったフェルではあったが、この2人なら大丈夫だろうと感じて宿を後にした。

 

 

 街の外へ出る為北門へと向かう途中フェルに連れられた一行はセラの薬屋にやって来た。宿屋同様状況を説明し街を出る事を話すと奥へと引っ込み手紙と革袋を持って現れた。革袋には魔法薬や少し前までジャックに使用していた煎じ薬等が入っていた。魔法を用いた治療が出来ない彼の為に用意したものだそうだ。

 

「この程度しか渡せずにすまんのう。それで、これが手紙じゃ。妻の故郷は確かセルメイアという所だと言うておった」

 

 その名前を聞いた瞬間にフェルが目を見張った。偶然にもセラの妻の故郷はフェルの故郷と同じ場所であり、それはセラにとってもフェルにとっても喜ばしい事だった。妻がケリーネ、娘がケーラという名で、その人達もフェルの顔見知りであるという事が分かりセラは神に感謝した。

 

「やはり君との出会いは偶然ではなかった様じゃな……。さぁ、名残惜しいがもう行った方が良い。手紙の事、宜しく頼みましたよ」

 

 そう言ってフェルの手を優しく握り、神に旅の祈りを捧げてくれた。

 

 

 広い街故門までは距離があり、走って向かう中フェルは自身の体力の無さを実感していた。荷物は全てジャックに持ってもらっているが、彼の体力がどうなっているのか彼女には不思議で仕方がなかった。筋肉質な肉体だというのは知ってはいるものの、鎧やマスクを身に纏い武器を持ち荷物まで持っていて、挙句先日まで怪我で真面に動けなかったのに平然と自分達より先行して走っている。戦士として相当な実力の持ち主なのだろうと考えた。

 

 ジャックが突如足を止め辺りを見渡し始めた。警戒心の強いこの男の行動が意味するところはつまり――。

 

「逃げられると思っていたのか? そのエルフは儂の物だ、貴様なんぞに渡すものか!」

 

 奴隷競売場であと少しでフェルの買主となるところだった小太りの貴族。そして彼女等を囲う様に現れる傭兵達、ざっと数十人は居る。

 

「たった数人でこの人数に勝てる訳なかろう? 大人しくそのエルフの小娘を渡せば命だけは助けてやらん事もないぞ?」

 

 そう言ってあの時の様な生理的嫌悪感を抱かせる嫌らしい笑みでにやついている。辺りを見渡し盾を構え様としたゼルノアを手で制し、門の方へと顎でしゃくるジャック。ここは自分1人で良いと言わんばかりの態度に傭兵共は大笑いし小馬鹿にした。

 

「……行くぞ2人共。旦那が大丈夫っつってんだ……」

 

 そう言って門の方面に居た傭兵を薙ぎ倒したジェイドに従い後ろ髪を引かれる思いでフェルはその場を離れた。すぐに合流するものと信じて。

 

 

 北門に辿り着いたが夜の為当然の如く門は固く閉ざされ、門番をしている兵士は先程の傭兵達に襲われたのか気絶していた。そんな兵士達を見て、きっとジャックなら大丈夫だと思いつつも不安で仕方がない様子のフェル。

 

「後は旦那待ちか……敵は追って来ているか、ジェイド?」

 

 ゼルノアは気絶した兵士の頬を軽く叩きながら状況を相棒に確認するも、普段ならすぐに返ってくる軽口が無かった。

 

「おい、どうしたジェイ……何の真似だ?」

 

 徒ならぬゼルノアの声にフェルが振り向こうとした途端、突然体を掴まれ首にナイフを当てられた。

 

「なぁゼルノア……何もここで良い人で終わって骨折り損にする必要はねぇんじゃねぇのか……? このままあのデブにこの子を連れてきゃ相応の金が手に入るかもしれねぇ……。他の街に連れてって上手くやりゃそれ以上の金が手に入るかもしれねぇ」

 

 語りだした言葉にフェルは耳を疑った。彼女にはジェイドが何を言っているのか理解出来なかった。したくなかった。

 

「お前……正気か?」

 

「本気かって聞いて欲しいんだけどな……。道中色々面倒だろうけどよ、お前となら万事上手くいく。だからよ……すまねぇなフェルちゃん……」

 

『ほーフェルちゃんエルフだったのか。まぁ俺らは気にしねぇからよ。これからも気軽にやろうぜ』

 

 フェルはエルフだとばれた時の事を思い出した。あの時はそう言ってくれたのに。信じていたのに。

 

「俺達の人生の足掛りに――」

 

「断る」

 

 その一言は絶望に沈んでいた彼女の頭を覚醒させるには十分な力強さを持っていた。同時にナイフを強く握る音が聞こえた。

 

「お前俺と組んで何年になるか覚えているか? 13年だ。人生の半分以上、それだけ一緒にやってきて俺が最も嫌っている事をまさか忘れたわけじゃあるまいな?」

 

 ゼルノアは昔を思い出す。自分とジェイドと、そしてもう1人。思い出すだけで腹立たしい糞野郎。

 

「“裏切り”だ。お前はそれを俺の前でやろうとしてるんだ。その意味を理解しているか?」

 

「てめぇこそ分かってんのかよ……! 俺らが低層から抜け出すチャンスなんだぞ……!!」

 

 今までずっと苦汁を舐めてきた。泥水を啜ってきた。やっと自分達に運が向いてきた。そしてジェイドにとって彼女こそがこの泥沼を抜け出す為の糸口だった。しかしその考えを苦楽を共にしてきた相棒は拒絶した。

 

「……分かった。もうお前と話す事など何も無い」

 

 そう言って構えた盾の向こうに見える瞳は既に仲間に向けるものではなくなっていた。

 

「俺とやろうってか……? 守り一辺倒のてめぇに俺が倒せると思ってんのか……!?」

 

「それはお前も同じだろう? お前の攻撃じゃ俺の守りは抜けられんぞ」

 

 片や攻撃特化、片や防御特化の戦闘スタイルをとる両名。実力が拮抗しているだけに雌雄を決するには実力以外の要因こそが決め手となる事は2人共理解していた。

 

「俺だけじゃ無理だろうな……。けど時間がかかれば……分かるよな? さすがの旦那もあの人数相手に勝てるとも思えねぇ。ならこの先どうなるか分かるだろうよ」

 

「そうだな。恐らく――あぁなるんだろうな」

 

 そう言ってゼルノアの視線は彼等の後方に向けられた。きっとジャックだと思い喜びに沸くフェル。上手く巻いてきたのだろうか、そう思ったこの時の自身に彼女は言ってやりたいと後に思った。

 

――彼はそんな生易しい人間ではないと。

 

「……嘘だろおい……」

 

 悠然と歩み寄るジャックは左手に提げていた何かをジェイド達の足下へと放り投げた。2人は最初は何か理解出来ていなかったが、すぐ傍まで転がって来て漸く気が付いた。先程まで喚き散らしていたあの貴族の男の頭部、それも恐怖で目を見開いた壮絶な表情をしていた。フェルは悲鳴を上げそうになるのを必死に抑えそれから目を背けた。自分達の勝利を確信していた傭兵達があの男を置いて逃げる事は考え辛い。それが意味する事はつまり全員殺害してきたか、恐怖を感じ逃げ出す様な状況になったという事だ。

 

「ま……待ってくれ旦那……これは――づあ゙あ゙ぁぁぁぁ!!」

 

 ジャックは右腕に持っていた突撃銃でジェイドの右膝だけを撃ち抜き、ジェイドは膝を抱えて倒れた。拘束が解けて自由となったフェルではあるが、恐怖から動けなくなっている。ジャックはそれに構う事も無く無言で近付き、己の得物を倒れ伏す男の頭へと向けた。

 

「嫌だ……俺はこんな所で……死にたく――」 

 

 そして頭に風穴を開け、命を奪い去った。その光景を見てフェルは膝から崩れ落ち、今まで必死で押し留めていた感情は抑え切れず爆発した。

 

「――んで……何で……何でそんなに簡単に人の命を奪えるんですか……? 何で……一緒に楽しくご飯を食べていた相手を殺せるんですか……!? 何で……! 何で……こんな事をしたんですか……ジェイドさん……」

 

 物言わぬ肉塊となったジェイドを見て止めどなく溢れてくる涙を抑える事が出来ず、感情のままに疑問を口にし声を荒げて泣いた。ジャックはその感情を胸を貸し受け止める事も、肩を抱き慰める事もせずにただ自身の持つ軍用ナイフを彼女の手を取りしっかりと握らせ、門を吹き飛ばす為の準備を淡々と行い始めた。彼女にはその行動の真意が分からなかった。もとよりジャックの行動は理解し辛い事が多かったが、恐らくこれ程ではなかった筈だ。手渡された、彼女の小さな手では到底扱い切れない様な大きなナイフを見て呆然としていると爆音が辺りに響いた。驚き顔を上げれば門は吹き飛び城壁にも亀裂が走っていた。煙の中から現れたジャックはフェルを一瞥し、何も言わずに門の外へと歩き始めた。彼女の名を呼ぶ事も、追従する様手招きをする事もせずに。

 

「最後まで連れが面倒掛けた。すまなかった」

 

 その様子を唖然として見送る彼女に手を差し伸べて立たせるとゼルノアは語りかけた。

 

「旦那の事、あまり嫌ってやるなよ。人殺しは決して肯定される行為ではないが、時には必要な事もある。お前を守る為にやった事だ。最も、あの男の殺しに対する考えは分からんがね」

 

 果たしてジャックは彼女を守る為だけに殺人を行ったのか。彼らにそれを知る由は無い。

 

「ここも直に人が集まってくる。もう行った方が良い」

 

「これから貴方は……?」

 

「問題が起きた後には状況を丸く収める為の生贄が必要なもんだ。……達者でな」

 

 フェルはその言葉に頷くと、渡されたナイフをしっかりと握りジャックを追って門の外へと駆けて行った。




約一月間がありました。申し訳ない。次はもっと開くかもしれません。

普段は大体3000字前後ですが今回はまさかの4000字越え。
分けようかと思いましたが思い切ってまとめました。

プロローグ入れて14話にて異世界入り~第一の街ドグレイズ終了。
このまま続けたとして何話で終わるのだろうか。


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なんかもういろいろどうしろと!

(このままでもいけるか……? いやしかし……)

(濁りが気になるのかな……?)



 ドグレイズを発ってから4日目の朝を迎えた。夜盗の類や魔物等を警戒して木にもたれかかり浅く眠ってはいるが、幸運にも今のところそれらの様な輩は現れていない。そんな警戒を余所に私の左腿に頭を乗せ穏やかな寝息を立てるフェル。この様に無警戒に寝られると将来が心配になる。特に襲われる危険性が高い野宿の際には命取りになりかねない。言葉が通じれば色々と知識を叩き込みたいところではあるが。相変わらず言葉が通じないのがもどかしい。言語である以上何かしら規則性が有る筈と幾度か翻訳を試みたが名前等の名称以外は全く聞き取る事が出来ず、通信妨害されている様に頭に入ってこない。まるで言語の取得を邪魔されているかの様であった為今ではほぼ諦めている。

 

 フェルを起し干し肉で腹を満たしながら彼女の様子を窺う。相変わらず朝は弱いのか眼鏡が若干ずれている事にも気付かず惚けた顔で肉を咀嚼している。熟睡したからか昨日までの様な疲れの色は見られない。街を出た初日は夜中だった事と彼女が心身共に疲弊していた為真面に移動する事が出来なかった。親しい人物の裏切りと死亡を短時間で目の当たりにすれば仕方のない事ではあるが。

 翌日からの2日間は私の後ろを黙々と追随していたが長距離は歩き慣れていない様で1日の移動距離は共に15キロメートルを下回った。慣れてくれば20キロメートル程は歩けるだろうが今はこの程度で良しとする。あまり夜に眠る事が出来ていないのも一因ではあるのだろう。今でこそ私を枕に熟睡しているが、初日の夜は以前の様な警戒感を表し与えたナイフを胸に抱き少し離れて寝ていた。一緒に居るのが人殺しでは仕方がない事ではある。この世界で人命に如何程の価値があるかは分からないが、少なくとも殺人は好まれていない様だ。

 初日に不安で眠れなかった為か翌日は私の傍で睡眠をとり、昨夜は魔物の遠吠えの様なものが聞こえた事もあり私に引っ付いて寝てしまい今朝の様な状態となったのである。私の傍にいる事で安心しているからこそ熟睡出来ている様で、その点については信頼されているのだろうと素直に喜ばしい事ではある。しかし同時に危惧すべき点でもある。状況を考えれば仕方の無い事ではあるが、この娘は余りにも私に依存し過ぎている気がする。頼れるのが私だけであるというのは分かるが先を見据えて考えるならば現状維持すべきではない。目的を達成すれば早々に元の世界に戻る身故に長くは彼女の傍に居てやれない。一番はこれ以上依存心を強めない内に彼女を故郷へと帰してやる事だが果たしてどうなるか。

 

 彼女と共に旅をするというのはそう悪い事ばかりではなく、その最たるは魔法の存在である。戦闘面では別段期待はしていないし安全面を考え戦わせる事はしないが、その他の面においてはここ数日役に立ってくれている。昨日、街を出る前に給水してもらった飲水が尽きた際の事だ。近くに川が流れてはいるが衛生面を考えると不安が残った。街で飲んだ水については問題無かったがそれは何かしら処理済の可能性もあった。心配し過ぎるに越した事はないので濾過と煮沸を行うべきかと掬った水を見て考えていると、フェルは察したのか手をかざし一言呟いた。一瞬手の平が光ったかと思うとまるで安全である事を私に示すかの様に一口飲んで見せ微笑んだ。実際濁りも無く、飲んでみても何もなかった事を考えると魔法で濾過等を行ったのだろうと思われる。ドグレイズでも目の当たりにしたが魔法というものは戦う為のものだけでないのだろう。生活用魔法とでも言うのだろうか、魔法というものは想像以上に多種多様らしい。昔の人間は「充分に発達した科学技術は、魔法と見分けが付かない」と言ったそうだが、この世界に来てその逆もまたあり得ると思った。魔法というものは科学技術と遜色ない力を有し、場合によっては上回る事もあるのかもしれない。技術発展の遅れた劣った世界と少々見下していたが魔法というものが存在し、発達していった故に科学技術が発達する必要が無かった世界。そう考えると自分の考えは少し浅はかだったと痛感すると同時に、非常に興味深い世界であると感じられた。こういう事を「目から鱗が落ちる」と言うのだろうか。

 もしかしたらここ数日睡眠中に襲われていないのは魔除けや人払い等の魔法を彼女が使用していたのかもしれない。そう考えると彼女は非常に役立っている。だからと言って彼女を便利な道具扱いする気もないし、このまま私の考え無しの旅に延々と付き合せる気も無い。居てくれればその分楽にはなるだろうが、結果依存し合う様になってしまっては目も当てられない。難しいものである。

 

 

 昼になる頃、漸くベルーダの町並みを眼下に見る事が出来た。丁度良いので街を見下ろしながら昼食をとる事にした。

 街よりも高い位置から大まかに見た感じ、どうやらドグレイズよりも更に大きな街のようだ。フェルもその大きさに驚き感嘆の息を漏らしていた。人目を気にして街道より少し離れて歩いていたが荷馬車等の往来が多かった。恐らく近辺の村や町の交易拠点となっているのだろう。人が多ければそれだけ多くのものも見られるだろうが、同時にフェルへの危険と心労も増える。街の規模的に冒険者の数も多いであろう事を考えると稼ぎが減る可能性がある。長居には向かないだろう。

 

(ところがどっこい、あの街に冒険者はそう多くは無い。お前さんが稼ぎ難いというのは当たっておるがな)

 

 前回の事で更に理解し難い存在となった爺がこの街のうんちくを垂れ流し始めた。必ずしも街の規模と冒険者の数は比例するわけではなく、この街の冒険者の数はドグレイズ程多くないらしい。しかしそれは常駐している者達という意味で、ベルーダを拠点としている殆どがこの街と近辺の村や町を往来する荷馬車の護衛等で稼いでいるそうだ。それでは周囲の魔物はどうしているのかと言うと、外壁に大規模な魔除けが施されており滅多に魔物は寄り付かないとの事。稀に近くに出現してもこの街が有する正規軍によって始末されるらしい。魔物を狩ろうと思うと少し離れた森等に出向く必要があり、そう言った意味で私は稼ぎ難いそうだ。

 

(ベルーダはこの国の王都故に正規軍もいるからな。周辺の魔物や盗賊連中の相手は全て軍の仕事だ。しかしだからと言って冒険者の需要が無いわけではないという事だ)

 

 なるほど街については理解出来た。しかしただその説明の為だけにこいつが出てくるわけがない。何かしらある筈だが、あまり良い予感はしない。

 

(なに、この街でやって欲しい事、1つ目の依頼があるのでな。それにあたって街の説明をしているだけだ。それはこの街の領主に関する事だ)

 

 王都であるここの領主、つまりこの国の王に関しての依頼。この世界に来て半年近く経って漸く依頼の話となった。しかしこいつ今平然と1つ目と言い放った。確かに依頼は1つとは言っていなかったが。してやられた。

 

(この国の王は近年稀に見る高潔な人物と言われていてな、この男に代替わりしてから更に国は大きくなった。怠慢で金食い虫なだけだった正規軍も再編成され今や諸国と比べても引けを取らない屈強な軍だ。近辺の村で何かあれば直ぐに人を派遣し国民からの信頼も厚い。人々から最も愛されている人間と言っても過言ではない、そんな男だ)

 

 正に聖人君子というわけだ。しかしそんな男に関する何をしろと言うのか。

 

(殺せ)

 

 

「……は?」

 

(聞こえなかったか? たった今説明した御立派な国王様を手段は問わん、始末しろ。それが1つ目の依頼だ)

 




悩みの無い人生を送りたいものでござるな。

という事で1つ目の依頼でござる。おう、王様ぶっころころしてこいよ。
しかしおかしい、1話の注意書きでシリアスはないだのイチャつく話にするだの言っているのに何でこんな事になってしまったのか。

……今更ですな。


ちょっと修正(2015/05/19)

首都 → 王都



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うだうだ!

「賢者レス……まずは貴様のところからだ……」



 ヴォール国王都ベルーダ。人口、面積共に不明。しかしドグレイズの倍はあろうその広大な街並みを見れば人口もそれなりである事は想像出来る。街のあちらこちらに露店が並び活気に溢れ、右を見ても左を見ても人、人、人。フェルが私に縋る様にくっつくのも無理はないが歩きにくくて敵わない。極力目立たない様にマスク等の装備は身に着けずに歩いているのに、これでは別の意味で目立ちそうである。

 街への入口は南にある門一箇所のみでそこから最北に位置する場所に王宮が存在し、そこに私が殺すべき相手であるこの国の王が居ると思われる。街に来てから1週間程が経過しており、その間街を歩き回り自分なりに情報を集めて回ったがいくつかの問題が浮上した。1つ、「殺害方法」。王は相当この街と民の為に仕事をしているらしく、この街に居る間は王宮内でほぼ1日中机に向かっているらしい。偶に街を見て回っているそうだが、変装しお忍びで回っていると爺から聞いた。稀に国外にも出るそうだが何時かも分からないものを待つ気はない。であれば殺そうと思ったら王宮内で殺す必要があるか。しかし魔法という未知数のものが存在するこの世界で果たして王に接近して殺害など可能であろうか。遠距離からの狙撃という手もあるが、如何せん私に狙撃の才はない。挙句相手は部屋に籠り切り、そこに窓が無ければ狙えもしない。仮に狙撃が可能だとしても問題がある、それが2つ目の問題である「街からの脱出」である。

 フェルの事がある為可能な限り早い内に街から出たいが、王が殺されたとなれば犯人を逃がすまいと街を封鎖する可能性が出てくる。たった1つの入口が無くなると街からの脱出が困難を極める。そして仮に狙撃をするにしても私では狙撃銃でも400メートル程の距離が限界。王宮を狙える位置から狙撃してそこから反対側の城門まで辿り着くまでに封鎖されれば終わりだ。城壁を爆破して街から出るという手もあるが、街の人間だけでなくフェルに対しても秘密裏に事を為したい。そしてそのフェルこそが3つ目の問題とも言える。彼女には知られずに完遂したいが常に共に居る故にそれも難しくなってくる。かと言ってあまり長い時間彼女を1人にはしておけない。前の街以上に人間の多いここでは、下手をすれば依存が更に強まってしまう可能性もある。

 私が知り得ていないだけでまだ問題はあるのかもしれないが、今のままでも十分八方塞がりの状態である。うだうだと悩んでいても仕方の無い事ではあるが、へまをしてこれ以上面倒事が増えるのは御免だ。

 

 夕食を終え宿の部屋に戻ってから、フェルは椅子に腰かけデグ夫人に貰った羊皮紙を見て何やら呟いている。時たま手が光っているところを見ると魔法の練習か何かだろうか。一方の私といえば対面で机に肘を付き頭を悩ませていた。私1人なら色々やり様があるが連れが1人居るだけでこれ程面倒だとは正直思わなかった。だからと言って彼女を見捨てるつもりもないが、この問題を解決しなければ私の帰還も叶わない。

 

(悩んどる悩んどる。お前さんがそこまで唸っているのを見ると逆に面白いな)

 

 いっその事願いなど叶えなくて良いから存在そのものが消滅して欲しい程に鬱陶しい。

 

(そこまで邪険にしなくても……。まぁ良い……そんなお前さんに朗報をくれてやろうと言うのだ。1週間後に「生誕祭」が催される)

 

 少し苛立ちながらも話を聞くと近い内に王の生誕祭が催されるらしい。開催期間は5日間でその間王も護衛を引き連れ街を出歩くという、勿論自身の姿でだ。そして祭りの終始には民の前で国の成り立ち等の話をするのが恒例なのだという。狙う機会は多いだろうが、いくつもの条件を満たした上での達成となると十二分に計画を練る必要がある。期限は1週間。それまでに最適解を導き出さねばならない。決意を新たに計画を練り直し始めた私を余所に、魔法で作り出した氷片が背中に入ったらしいフェルが変な悲鳴を上げていた。

 

 

 祭りの情報を得てから既に5日が経過したが未だに良い案が浮かばずにいた。祭りの最中であれば露出も増え狙うには打って付けではあるが、秘密裏に事を為す事は不可能だ。かといってこの機会を逃せば次は何時になるかも分からない。部屋の椅子に腰かけ溜息をつき眉間を揉む。気付くと外は赤く色付いており、もう1日が終わってしまったらしい。結局今日も何も浮かぶ事は無く過ぎ去り焦りが募っていく。再び大きく溜息をついたところで部屋に何かしらの違和感を感じた。少しの間考えてから漸くフェルが居ない事に気が付いた。一体何時から居なかったのか、今何処に居るのか、一瞬取り乱しかけたが彼女の持ち物に発信器を付けていた事を思い出しPDAで確認を行うと此方に近付いて来ていた。数分後、戻ってきたフェルを見てやっと落ち着きを取り戻すと同時に彼女が何か包みを抱えているのが目に入った。それを私に目の前に差し出し包みを広げると中からパンが出てきた。それを受け取ると出来立てなのかまだ温かく、ほんのり甘い香りが鼻孔をくすぐった。心配そうに私を見つめる彼女を見るに私を心配して態々買いに行ったらしい。1人で出歩く不用心さに少々憤りを覚えると同時に、心配をかけた事に対して申し訳なく感じた。しかし危険を冒してまで私を元気付けようとしてくれたのは素直に嬉しかった。フェルの頭を撫でてやりパンを半分千切り彼女に渡し共に頬張った。

 

 しかし、よく1人で出歩けたものだと寝息を立てるフェルを見て感じた。ドグレイズ以上に人が多いこの街はそれこそ彼女にとっては恐怖しかないであろうに。人が多すぎるという環境は逆に恐怖心を薄れさせたのだろうか。確かに、刺激の頻度が多ければ感覚は段々と鈍くなり、逆に滅多に無い事であれば感情の起伏も大きくなるだろうが。今回の暗殺の件でも言える事だ、生きていて見る機会があるかも分からない白昼堂々の暗殺。それも自国の王が殺されたとなれば住人は恐慌状態に陥るのは間違いない。それでは益々脱出が困難に――。

 

「違う……そうか、逆だ」

 

 頭に掛かった霧が消えていくように色々と案が浮かび始めた。また一段と腑抜けたのか、こんな簡単な事も思い浮かばずに今まで何をやっていたというのだ。だがそれに気付けたのはフェルのお陰とも言える。

 案が決まれば直ぐに実行に移す。正直時間が足りるか分からないが可能な限り準備を進めねばならない。工作を行うならばフェルが寝ている今しかないと、必要な物をかき集め宿から飛び出した。

 

 

 生誕祭当日、何とか下準備を終えて今日を迎えれた事に安堵しながら窓から外を眺めた。まだ朝も早いというのに既に多くの者達が通りで慌ただしく動いていた。商売人達が店の準備をしているのであろう。今のままでも随分と人が多く感じるがもう一時もすれば城門も開き余所から来た者達や住民で埋め尽くされる事だろう。

 少しするとフェルも目を覚ました様で眠そうに目を擦っていた。共に食事をしている間、どことなくそわついている様子が窺えた。最初は大量の人間が集まって来る事による不安かとも考えたが、多分これは祭りが楽しみなだけだと思われる。エルフは長い年月を生きる為身体の成長も個個人で異なり容姿で年齢は判断出来ないと聞いたが、こういったところを見るに彼女は見た目通りの子供なのだろうか。斯く言う私も多少気持ちの高揚はあるが。「その時」が近い事もあるが、ヘルガーンにこの様な祭事は無かった故にこの祭り自体も非常に興味深い。決行は最終日の為祭り自体は最後まで見て回る事が出来る。祭りを堪能させて貰った礼として命を奪う事となるが――運が無かったと諦めて貰う他あるまい。私自身恨みなんぞ何一つ無いが、果たさねば私の願いが叶わぬ。

 

 私はヘルガーンに戻る為であれば何だってやろう、誰だって殺そう。何人でも、如何なる偉人でも、善人でもだ。

 




に、二か月空いてしまった……御免なさい……。
次はもっと早く投稿出来る様努力します。



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おまつりとふるさとと――

「賢者レスには一度会った事がある。奴は聖人だ、人間にとってはな」
――セイドリック・オズゲート



 お祭りはとても華々しいものだった。国王の宣言に人々は沸き、皆とても楽しそうにお祭りを堪能し歩き回っていた。あまりにも人間が多いせいで感覚が麻痺しているのか、それともジャックさんと共に居れば安全だと体が覚えてしまったのか然程恐怖を感じない。これは成長と言って良いのかいまいち分からないが怯えながら歩くよりは精神的には楽で良い。折角人間達の祭りという非常に珍しいものを見て回れるのだし、嫌な事は忘れて楽しんでみたい。

 このお祭りはこの国の王の誕生を祝うものだそうでとても盛大なものだった。其処ら中に食べ物の屋台店や色々な露店が並んでいた。私の居た森でのお祭りは小ぢんまりとし粛々と行われるのでこの様な賑やかな、もっと言うなら騒がしいお祭りは初めてである。おまけに至る所から食べ物の匂いが漂って来るので先程からお腹が物凄く主張している。街中では他にも曲芸師や吟遊詩人が自身の十八番を披露していた。とても忙しいというのが人間のお祭りに対して私が抱いた感想だった。

 

 空が頬を染めると誕生祭初日の終わりを告げる大聖堂の鐘が街全体に響き渡った。と言っても一部の人々にとってはこれからが本番なのだろう。宿へと戻る途中いくつもの酒場を見たけれどそれはもう凄い状態だった。お酒に酔って泣いて笑って喧嘩して、正にお祭り騒ぎだ。初日からこんな状態で大丈夫なのだろうか。斯く言う私も初日なのにはしゃぎ過ぎた気がする。と言うよりも食べ過ぎた気がする。ジャックさんと共に見て回り、彼が食べ物を買い半分要るかと言わんばかりに私に差し出す。それが良い匂いを放っていれば受け取って食べてしまうのも仕方がないというものである。私とて一応乙女である故食べ過ぎ等には注意したいところではあるが、食欲には勝てなかった。自身に「成長期だから大丈夫」と言い聞かせてその日は寝床に潜り込んだ。

 

 翌日からも街中を見て回った。何せこれだけ大きな街である為1日で回り切れるものではない。初日は北側、2日目は東、3日目は西といった具合に日毎に場所を変えお祭りを楽しんだ。色々な催しの中で彼の興味を惹いたのは武闘等の競技大会だった。その中でも非常に興味深そうに見ていたのは拳のみで戦う拳闘試合だったが私には刺激が強すぎた。何分武器と違い実際に自身でも体験しある程度痛みが分かっている握り拳同士での殴り合い、それを血みどろになりながら行っているのだ。いくら勝敗が決した後に治癒が行われるとはいえ、よくもあれだけ耐えられるものだなとそこは感心したが見ていて痛々しい事この上ない。そんな私とは違い拳闘士達の一挙手一投足をまるで分析するかの如くじっと見つめる彼の姿はやはり戦士なのだと実感させられるものだった。優勝を果たした青年の試合は特に食い入る様に見ていた。後に耳にした話ではその青年はこの国の第2王子だという。とてもしなやかな身のこなしで相手の拳を避ける姿は私でも綺麗だと感じた。

 しかし、そんな戦士としての姿とは裏腹に彼の違った一面も今回のお祭りで見る事があった。誕生祭4日目の夕暮れ時、ある吟遊詩人の前で彼が足を止めた。身形には無頓着なのだろうと感じる風貌をした初老の男性詩人で、声も決して良いと言えるものではなかったが人を惹き付ける何かがあった。その時に男性が歌っていたのは、故郷から離れても家族を想いながら懸命に生きる青年の物語だった。貧しい家族の為に自身を奴隷商に売り、遠く離れた土地で奴隷として従事し何時の日かまた家族と会える日を信じて働く青年。たとえそれが決して叶う事のない願いであってもそれを支えに生きる、そんなお話。言葉が理解出来ない異国の人間である彼にも何か感じ入るものがあったのだろうか。歌に耳を傾け真直ぐな瞳で男性を見据えていた。しかしその瞳はどこか遠くを見ている様にも思えた。彼にも故郷に残してきた家族があるのだろうか。大切な人が居たのだろうか。そんな事を考えながら暫く男性の歌に聞き入っていた。

 

 宿に戻りベッドの上でしばらくあの歌の事を考えた。私自身、あの歌で生まれ故郷であるセルメイアの森の事を想った。以前ドグレイズでジャックさんが地図を広げた際に、彼ならばもしかしたらと森の場所を指差した。そして現在、故郷に近い街に居る。まだ分からないけれどもしかしたら森に帰る事が出来るかもしれない。もし帰る事が出来たらメリスとメリーネに是非ともこれまでの話をしてあげたい。私と違い外の世界に興味を持っていたし外の話をしてあげたらきっと喜ぶだろう。そんな事を考えるがそんなに簡単に事が運ぶ筈が無いと冷めた自分も存在する。自分の考えが甘いのは十分理解しているけれどやはり期待してしまう。森の皆は元気だろうか。

 

「会いたいなぁ……」

 

 家族を思い出してしんみりとしてしまいその日は少し枕を濡らしてしまった。

 

 

 最終日の午前中はそれまで通りお祭りを見て回り、出店でお昼を済ませると早々に宿に戻ってきてしまった。何をするのかと思えばジャックさんは荷造りをし始めた。お祭りの途中か終わり次第この街を出るのだろう。ドグレイズに比べたら随分と短い滞在期間ではあるけれど、旅をしているのであれば長すぎたくらいだろうか。

 荷造り自体は然程時間はかからず終わり、私は宿の窓から通りの人々を眺め、彼は地図や未だに何かが分からない金属板の様な物を触っている。光っていたりするところを見ると魔道具の類なのだろうけれど一度も見た事も聞いた事も無い代物である。非常に気になる。思い切って聞いてみようか、言葉は通じないが。

 そんなこんなで気付けばお祭りの終わりも近付き初日同様に街の中央広場に人々が集まり始めた。そろそろ国王が祭りの終わりを宣言するのだろう。開始の宣言は近くで見たので良かったが、この宿からは離れていて流石に声が聞こえない。どんな話をするのか興味があったので少し残念ではあるが窓から姿は見えるしそれで我慢するしかなさそうである。残念そうに外を覗いているとジャックさんが近付き、私の眼鏡を外して机に置くと何かを私に被せた。何かと考えてみると口の部分だけを外した彼の兜らしかった。顔全体の物がマスクだと思っていたので少し驚いたが、何よりも驚いたのがこの兜、何にも見えない。彼は普段どうしているのかと思っていたら急に視界が晴れ風景と一緒に見た事も無い文字や線が視界に映っていた。少し混乱していると彼が広場の方を指差したので見ていると急に国王が近く見えた。以前お婆様に一度だけ見せて頂いた遠くを見る筒、望遠鏡と言っただろうか、あれに似ている。しかし驚いたのは視界だけでなく、今現在喋っている国王の声までが聞こえてきた事だ。今まで体験した事の無い未知の経験に生きてきた中で一番興奮している気がする。

 国王の話が佳境を迎えた頃、ジャックさんが部屋から出て行ったと思われる音がした。お手洗いか何かかと思うも私の興味は兜と話に向いていたので然程気にしていなかった。建国の話も終わり最後の宣言に移ろうとした直後、急に視覚と聴覚が遮断されたかの様に何かを見る事も聞く事も出来なくなった。驚き声を上げた途端今度は地揺れが起き、立っている事が出来ず傍のベッドに倒れこんでしまった。急いで兜を外すと外から悲鳴が相次いで聞こえ、逃げ惑う人々の姿があった。驚き戸惑っていると急いで戻ってきた様子のジャックさんが荷物を全て掻き集め、私の手をしっかりと握り宿から飛び出た。

 

 何かが起こった事は間違いないがそれを把握出来ず困惑し、人々が悲鳴を上げ恐怖に顔を歪める様は私の不安を煽るには十分すぎるものではあったが、私の手を握る彼の手袋越しの大きな手の感触は何よりも頼もしく感じた。




もう8月終わりやないか!ほんとごめんなさい……。


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さらば!

「騎士王」アレイク・ヴェルドルス
「賢者」レス
「鉄壁」グライグド・リ・ドルトリア
「不死者」ファウンリー・クラウリー
「獄炎龍」フィロフス
「裏切者」セイドリック・オズゲート

 過去の文献を漁ると必ず出てくるこの6人を良く覚えておけと、奴はそう言った。



 依頼を聞き悩みに悩んで待った凡そ半月、漸くこの時が訪れた。国王の宣言が始まった事をフェルに被せたヘルメットと同期されたPDAで確認し、彼女に気取られぬ様そっと部屋から出て行き予め借りておいた部屋へと向かう。部屋には既に用意しておいたVC32狙撃銃が机に置かれている。

 

(いよいよだな。チャンスは一度きりだ、外すなよ)

 

 椅子に座り得物の最終確認を行っているとしゃがれかけた老人の声、何時もと違いどこか気持ちが高ぶっている様な印象を受けた。この暗殺には何かしら個人的な宿怨でもあるのだろうか。しかしながら、こうして武器の調整を行っている時が一番落ち着く。この精神状態のまま狙撃を行えれば失敗する可能性も低いだろう。

 爺の言う通り、チャンスは一度しかない為弾丸を1発だけ銃に込め窓際へとテーブルを動かし上に座り込む。窓やベッドの高さが半端な為これが一番良いかと判断しての事だが果たして。窓からは近過ぎず遠過ぎず、窓から銃身が出ない様に、かつ狙える位置。立てた両膝の上に肘を置いて構え、スコープを覗き込み目標を捉える。距離は凡そ100から200メートル程度、長距離狙撃が出来ないのであれば当てられる距離でという結論に至っての事だ。王の後ろにはこの国の物と思しき国旗、お蔭で風の状態も把握し易い。障害となるものは一切ない。マスクを着けてから引金に指を掛け絶好のタイミングを待つ。

 

「殺す前に聞かせろ。何故この様な依頼をした」

 

 スコープを覗きながら今回の件について問い質す。奴が言うにはあの男は聖人、神同然の男が殺せと言うにはあまりにもおかしい。疑問を残したままにするのはあまり好きではない。

 

(……奴は亜人排斥派の人間至上主義者だ。人間にとっては正に聖人と言える人物だが、それ以外の種族には情というものが存在しない。情けを掛ける理由も生かしておく価値も無い)

 

 聞くところによると亜人というのは人間以外の種族、例えばフェルの様なエルフ等を表す人間側の言葉らしい。成程殺されるには十分理由がある事は理解出来た、だがしかしどこか腑に落ちない。もっと別の何かがある様な気がしてならないが所詮勘でしかない為今は頭の片隅に入れておく事にする。不得手な狙撃に集中しなければならない事もあるが。

 

(此方も1つ聞いておきたい。いくら殺されても仕方が無い様な輩とは言え、何の遺恨も無く、民からは必要とされている一国の王を殺害する事に躊躇はないか?)

 

「無い」

 

 間髪を容れずに否定の言葉を告げる。たかが小国の王1人この世から消すだけ、そこに躊躇する理由など微塵も存在しない。むしろ所謂亜人であるフェルの現状や今後の事を考えれば始末しておいた方が彼女らの為になるというものである。そう考えると逆に生かしておく理由がない。その回答に満足したのか爺はそれ以上言葉を口にする事は無かった。

 話も佳境に入ったのか王の言葉に熱が帯び始め、そして一際大きく言葉を発すると同時に民衆の歓声が沸いた。

 

「視覚、聴覚遮断」

 

 声で指示を出しPDA経由でヘルメットから視覚と聴覚を奪うと息を止め引金を絞る。射撃の反動を体全体で感じるとほぼ同時に、今度は遠い場所で起こった爆発の音と振動を感じた。引金を絞ると仕掛けておいたC4爆弾のスイッチが0.8秒遅れで起動する様にセットしてある為だ。反動や揺れで少し遅れて再び目標を捉え直すが場が混乱しており結果が分からない為爺に結果を求めた。

 

(良くやった)

 

 唯一言、だがそれで十分だ。直ぐにマスクを外して銃をしまい部屋へと戻る。中で混乱しているフェルを落ち着かせ、ヘルメットを受け取り荷物を集め宿から飛び出す。フェルの手を引いて走っていたが、人の多さとかかる時間を考え彼女を肩に担ぎ城門へと向かった。走る最中駄目押しにともう1つ仕掛けておいたC4を起動させると人々の悲鳴や絶叫は更に増した。これだけパニックになれば兵士共もそうそう場を収める事も城門を閉鎖する事も出来まい。フードの下でほくそ笑みながら城門へと急いだ。

 

 誰にも、フェルにすら私が国王を殺害した事を知られる事無くこの街を無事に出る。最初は良い案が浮かばず何日も悩み続けたが、気付けば何という事は無かった。別に殺害をどれだけの人間に知られようが構わなかった、ただ私の犯行だと知られなければ良いだけの話だ。寧ろなるだけ大勢の民の前で殺害しパニックを起した方が良いくらいだった。この祭りは非常に盛大に行われる。当然街の外から来訪する人間も多い。街の人間なら家にでも逃げ込めば良いが来訪者はそうもいかない。となれば逃げる先も限られてくる。後は街に居ると危険だと感じさせる様な何かが有れば、たとえ遠くとも街の外へと出る為に1つしかない城門へと逃げる者も出てくる。それに紛れて街から出ればそれで終いだ。その為にC4爆弾を何箇所かに仕掛けて回った。殺害は狙撃のみで十分だが、パニックを起こすにはどうしても刺激が弱い。

 一番の懸念はフェルだった。彼女はある程度銃に関して知識を得ている。発砲音、銃創、弾痕、etc。彼女も馬鹿ではない、何かしらの情報を与えてしまえばそこから感付かれる可能性がある。ならば見せなければ良い、聞かせなければ良い。あのヘルメットならば視覚と聴覚のどちらも遮断は出来る。その間に事を済ませれば後は混乱する彼女を連れて行くだけで済む。そして全てが上手くいった。嬉しい事に民衆の歓声のお陰で銃声もある程度掻き消されている。仮に疑念を抱いたところで私の犯行と断定出来る証拠など何一つあるまい。

 

 

 街から無事に脱出し、遠く離れた位置から煙の上がる街を見る。爆破したのは北西、北東側の城壁。良い具合に兵士がそちらに割かれたお蔭で脱出は容易だった。しかし今回の事を鑑みると私には狙撃は合わないと改めて実感した。やはり私は敵に突撃し鉛玉を浴びせる方が肌に合っている。敵の目前へと迫り互いに死を感じ、殺し合う。時に喉を掻っ切り、首を圧し折りその手で殺しを実感する、やはり殺しとはそういうものでなくてはならない。そんな一般人からすれば物騒極まりない思考を展開する私にフェルがそっと腕に抱き着き不安そうに此方を見上げた。私に付き添って大分経つが、流石に大規模な爆発に耐えられる心はまだ持ち合わせていない様だ。

 私達の周囲には同じく街を出て逃げてきた人々。呆然と立ち竦む者や抱き合いお互いの無事を喜び合う老齢の夫婦。私の所業による結果だが是と言って何も感じるものは無い。あるとするならばあの場に居合わせた自分を呪うが良い、そんな程度だ。それに亜人嫌いの王の許で暮らす奴等だ、そういった輩だろう。どうなろうと私の関知するところではない。

 フェルの頭を撫でた後荷物を抱え東へと歩き始める。目的地はここより凡そ400キロメートルに位置する場所に存在すると思われるフェルの故郷。縮尺が不確かな地図から導き出された距離である為正しいかどうかも不明ではあるが、向かう必要がある以上行くしかあるまい。

 

 街からそれなりに離れ周囲に誰も居ない事を確認し本来の装備を身に着ける。戦闘服に腕を通し、アーマーや他の装備を身に着けていく。その様を眺めるフェルは少し嬉しそうに見えた。彼女としてもこの格好の方が好ましいのだろうか。最後にヘルメットとマスクを装備し起動させ視界を確保する。

 

「よし……フェル、行くぞ」

 

 荷物を背負い再び歩き始める。時に厄介事に見舞われる事であろうが、その全てを薙ぎ倒しながら歩き続けよう。長い長い距離を2人で、共に。

 




~Fin~




嘘ですごめんなさい。
知識に乏しい故唯でさえ短い狙撃描写で変な所があるかもしれません。変な所はどんどん指摘して私に知識を与えてくださいお願いします。

加えて色々調べてみるとヘルメットとかの場合だとHUDというよりもHMD(ヘッドマウントディスプレイ)というのでしょうか。とりあえず何話かのHUDをHMDへと変更。
詳しい方お知恵をお貸しくださいお願いします何でもしますから。

○VC32 スナイパーライフル
ヴィサリコープ社製狙撃銃。スコープ倍率は×2、×8。金貨1枚。

この倍率で見るとどんな感じなのだろうとライフルのスコープだけ買ってみました。
倍率は3-9ですけどね。
中々面白いけど外で使うと不審者扱いされかねない。ウゴゴ。

長くなりましたが最後に。
まだ分かりませんが年内の更新がこれで最後になるかもしれません。
頑張って書く予定ですがどうなりますやら。


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ばか!

「……お、おおお俺の……俺の! 妻となってください!!」

(何だこの馬鹿は……)



 フェルの故郷へと向かう道すがら、ある村の宿屋の一室。上半身裸の私の胡座の上に一糸纏わぬ姿の彼女を乗せ、後ろから腹に手を回す形で抱き締めている。といっても別に性的な行いをしているわけではない。傍から見ればどう思われるかは言わずもがなであるが。

 ベルーダを出てから3週は経っただろうか。順調に旅を続け、目的地まで凡そ50キロメートルを切った辺りで豪雨に襲われた。普段であれば空の様子を見て判断しそれなりに備えているが、今回はその時間も無く盛大に降られてしまった。濡れ鼠になりながら2人で雨宿りできる所を探して走っている最中ふと思ったのだが、雨除けを行ったり、服に防水効果の膜を張る等魔法でどうにか出来ないものなのだろうか。魔法は私が考えている程何でも便利に出来るわけではないのかもしれない。

 少しの間雨除けに良い場所を求め走っていて何とかこの村に辿り着いた。村自体はそれ程規模の大きなものではなかったが旅人の休憩地となっているのか宿は何件か存在しており、何処も満室の様で最後の一軒で漸く1人部屋を借りる事が出来た。

 そして現在、部屋の小さな暖炉で服を乾かしつつ、ほんのりと湿り冷えた肌を寄せ合い互いに温め合う形をとっている。フェルは若干恥ずかしいのか顔を真っ赤にしているが、目的地を目前にして風邪を引かれてこの村に数日留まる、何て事は御免なので大人しく抱かれていてもらう。しかし長旅で疲れたのか一刻程もすれば私の手に自身の手を重ねたまま寝息を立て始めてしまった。

 

 

「それで? 以前言っていた6人を覚えておく必要性は何だ」

 

 身体も温まっただろうと1つしかないベッドにフェルを移し爺に以前に聞いた者達について尋ねる事にした。「騎士王」、「賢者」、「鉄壁」、「不死者」、「獄炎龍」、「裏切者」だっただろうか。

 

(そうだな……簡単にだがそれらの者について話しておこう)

 

 まずはこの6人は数百年以上前の人間と魔族との間で起こった戦争に参加していた者達の名前らしい。

 「騎士王」アレイク・ヴェルドルス。人間側で参加した大国の1つの王子であり、自ら前線に出て戦う騎士である事から付いた通称だそうな。戦士としての実力も高く多くの魔族を葬ったとされる。

 「賢者」レス。様々な属性の魔法を使用し、治癒魔法を生み出したとされる男。その功績故に魔族から最も嫌われている人物。

 「鉄壁」グライグド・リ・ドルトリア。アレイクとは別の国の貴族の大男で、超硬石と呼ばれる非常に重く硬い金属で作られた全身鎧で身を覆いながらも常人以上の動きをしていたとされる豪傑。

 「不死者」ファウンリー・クラウリー。不老不死とされる男でどの様な傷を負っても瞬く間に再生を始めるという体質を持った「人間」。数百年経った現在も存命だという。

 「獄炎龍」フィロフス。龍族の若き族長で、その通称通り獄炎と呼ばれる火を吐く雌火龍。普段はエネルギーの消費を抑える為人の姿で生活していたらしい。

 

(5人はこんなところだ。人間側では彼らを中心とした連合国軍で魔族と戦っていた)

 

「残り1人は? どちらかというとそいつの方が興味深いが」

 

 暖炉に新たな薪を足しながら先を促すと爺は唸り始めた。何と伝えるべきかと悩んでいるらしいが、そこまで複雑な人物なのだろうか。

 

(いや……何と言うべきか……セイドリック・オズゲートを一言で表すのであれば……そうだなぁ……馬鹿だ)

 

「……は?」

 

 セイドリック・オズゲートは元々アレイクとグライグド相手に素手で互角に渡り合った末に、実力を認められ連合国軍に拾われた男らしい。実力も然ることながら竹を割った様な性格を気に入られアレイクの右腕として戦争に出ていたという。

 

「話を聞いている限りではとても裏切者と呼ばれる様な男とは思えんが」

 

(そこまでは……な。連合国と魔族は幾度となく戦闘を繰り返していた。そんな中、敵の拠点の1つに中々攻め落とす事の出来ない敵城があった。そこを攻め落とす為に少数精鋭の部隊を編成し、本隊で敵の注意を引いている間にその部隊で敵の裏から一気に攻め体制を崩すという作戦がとられた。アレイク、グライグド、セイドリックを含めた精鋭100人で迂回して敵城を目指していたが、敵の将軍はそれに気付き5人の部下を連れ自ら現れた。そしてたった6人に精鋭部隊は壊滅間近の打撃を受けた。セイドリックはその時敵の将軍に惚れ込み連合国を抜け魔族側に付いた。当時はセイドリックも死亡していたものとされたから裏切者扱いはしばらく後だがな)

 

「裏切者の由来は分かったが何故馬鹿と形容する必要があった?」

 

 裏切りを馬鹿な行いというのであればその通りであるが。

 

(いや私が馬鹿だと言ったのはな……寝返った理由だ)

 

 敵側の将軍に惚れ込み寝返ったと言っていたが、惚れ込んだというのはその強さか、カリスマ性か。

 

(いや……美貌だ)

 

「……あぁ……成程理解出来た」

 

 その将軍は女の魔族でその強さも然ることながらとても美しい容姿をしていたらしく、今まで戦い一筋だったセイドリックにとっては正に一目惚れだったわけだ。女の色香に惑わされて仲間を裏切る、馬鹿以外の何物でもない。

 

(そしてセイドリックは人類初の「魔人」となって魔族側に下り実力で魔族側の将軍にまで上り詰め、最終的に大魔王の下に位置する4人の魔王の1人にまでなる。それらも全て1人の女に惚れた事が始まりだ。ちなみにセイドリックはその恋を実らせその女将軍を娶っていたりする)

 

 正直最後の情報は不要だと思わなくもないが大体は理解出来た。しかしそれら6人を覚えておく必要性がいまいち理解出来ん。

 

(そうだな……お前が殺したヴォール国国王センナ・ド・ガル・ヴォール2世。奴がレスの末裔、そう言えばある程度は理解出来るか?)

 

「……その6人の末裔、若しくは存命している本人を殺して回るのがお前の言う依頼か?」

 

(正確に言えば少し違うがその様なものだ)

 

 ある程度は理解出来たがまだ不明な点があった。まず殺す理由が分からない。恨みと言えばそれなりに理解出来るが、この爺は神と同義のモノではないのか。一体何を恨む必要があるのか。仮に恨みによるものだとしよう。ヴォール国の国王のみを殺させた理由が分からない。記憶が確かであればあの王には息子が2人、それに加え親族も存在した筈だ。レスの末裔の死を望んでいるのに何故一族郎党全て殺させなかったのか。それらを纏めてぶつけてみたものの――。

 

(……今日はこのくらいにしておこう。そら、お前ももう寝た寝た。セルメイアまでもうすぐなのだろう)

 

 今はまだ語る気は無いらしく適当にあしらわれてしまった。しかし爺の言う通り目的地までもう間も無くだ。3日もあれば辿り着ける位置まで来ている。気になる事は依然として多いが今はフェルを無事送り届ける事だけを考えた方が良い。来週にはもう1人旅となっているのだからそこでゆっくりと考えるとしよう。

 彼女の寝るベッドの横に腰を下ろし自身もさっさと睡眠を取る事にする。明日は朝食を終え次第直ぐに出立しよう、そう考えて眠りについたのだが――。

 

「……油断した……」

 

 フェルが風邪を引かない様にと配慮していたら自身が風邪を引くとは思ってもみなかった。長旅で疲れていたのはフェルだけじゃなかった様だ。自分では疲れていないと思っていても疲労は体に蓄積している様で、上手く体が動かせない程の熱が出てしまいフェルにベッドに寝かしつけられた。少しの間この村に留まる事になりそうで溜息が出る。

 

「こちらに来てから溜息癖が出来てしまったな……」

 

 豪雨の続く窓の外を眺めながらあまり人の事を馬鹿呼ばわりは出来ないなと更に溜息を吐いた。




年内に次話が出来申した。でもどちらかというと説明回といった感じ。風呂敷を広げただけですね、はい。

○魔法の属性
火や氷、土や風等色々あるが、使用できる属性は人それぞれである。
使える属性が多いほど優秀とされている。

○龍族
龍族には2種類存在する。人の姿をとれる者とそうでない者。基本的に人になれる者の方が位が高い。
ちなみに雄に比べ雌の方が強い。雄は巣を作って雌を迎えそうな設定ですね。

○大魔王と魔王
魔族の国の東西南北の地はそれぞれ異なる4人の魔王が治めており、その中心に大魔王の治める魔族の国の首都が存在する。
ちなみに魔族の領地だからといって荒れ放題というわけでもなく、他国と変わらない緑豊かな土地である。魔族だって緑に囲まれていた方が気分が良い。


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つかれた!&つかれた……

「んっ……ふぁぁ……」

 寝ぼけ眼をこすり大きな欠伸を1つ。やけに肌寒いと思い下を見ると全裸だった。暫く何故自分が全裸なのかをぼんやりと考え昨日の出来事を思い出し、顔から火が出る程恥ずかしさで一杯になった。とりあえず眼鏡をと辺りを探っていたら何かに手が当たった。目を細めて凝視してみたところ――。

「…………」

「――っっ!?」

 ジャックさんでした。


 風邪を引いて寝込んでから5日も経過すると漸くベッドから解放され歩き回れる様になった。であれば長居は無用と、宿代の清算を済ませ青空の下で大きく伸びをする。この5日間はある意味壮絶だったと言える。高熱による眩暈、吐き気、頭痛、腹痛、関節痛。ここまで重い症状を患ったのは初めてじゃないかとすら感じる。だがしかしそれはそこまで問題ではない。寒気に襲われ柄にも無く唸っているとフェルがそれを察したのかベッドに入り込み密着してきたのだ。症状が移っては不味いと追い出そうとも思ったが、如何せんそれすらも辛い。ベッドが1つしかない部屋なのも不味かった。熱のせいで上手く頭が回らなかった為か彼女の寝る場所がここしかないし仕方あるまいという思考に至ってしまい、結局風邪が治るまで共に寝る事になった。何はともあれ2人共健康な状態でこうして日光の下旅路へと戻る事が出来たのは幸いであった。

 しかしながら5日も寝たきりだと流石に体が鈍っているのが自身でも分かる。かと言って元に戻そうと病み上がりで無理をしてはまたぶり返してしまう。天気も良いので慣らしも兼ねてのんびり行くとしよう。

 

(そんな貴殿に良い知らせと悪い知らせが御座います。では悪い知らせから)

 

 知らせの良し悪しの順番は普通良い方からではないのか。そもそも選択肢も与えられて然るべきではなかろうか。いやそれよりその喋り方は何だ。色々と疑問が浮かぶがそれはこの際置いておくとして、正直な話どちらも悪い知らせにしか思えないのだが。

 

(この村に来た時宿屋がほぼ満室だったのは覚えておるか? あれな、とある目的の為にこの先に集う者達だったわけだが、その目的地は――セルメイアの森)

 

 セルメイアの森――フェルの故郷か。

 

「……まさか」

 

(半年以上前に何処かの馬鹿があの森でエルフの少女を捕獲した。それを耳にしたまた別の馬鹿が各地で呼びかけをした。「あの森にはエルフが居るらしい、ならばあそこでエルフ狩りをして一儲けしてみないか」とな)

 

 すぐさまフェルを肩に担ぎ全力で走り始める。私の突然の暴挙に素っ頓狂な声を上げおたおたしていたフェルではあったが、少しすればされるがままという様な状態で大人しく担がれてくれていた。彼女も漸く私の考えが分かる様になってきたらしい、良い事だ。

 

(いやそれ諦めてるだけだからね? 理解し難い存在から変わらないからね? それは置いといて悪い知らせをもう1つ。既にエルフの少女が捕獲された、しかも2人。加えて彼女らはフェルの友人。今のところは心身共に無事だが果たして何時まで無事やらな。普通奴隷目的の捕獲だと手を出す事は少ない、利益が減るしな。しかしエルフとなるとどうかは分からん。急がんとフェルが悲しむ結果になるぞ)

 

 そんな事は百も承知なのだから一々焦らせるなというに。しかしここからまだ数十キロもあるが間に合うか。

 

(そこで良い知らせ。お前の足と体力ならその状態でも飛ばせば十分今日中には着けるぞ、ほれ気張って走れ走れ)

 

 最後の最後で彼女の顔を曇らせたくはない。であれば多少無理をしようとも全力で問題の排除に当たらねばなるまい。たとえ再び体調を崩し倒れる運命にあったとしても。最良の結果を得る為に一心不乱に走り続けた。

 

 

「はぁっ……はぁっ……」

 

 日もどっぷりくれた頃、脚は疲労に震え息も絶え絶えの状態になりながらも何とか森の中に灯る火の明かりを見つけるまで漕ぎ着けた。フェルを下ろして肩で息をしながら明りの方へと身を屈めて少しずつ近付いて行く。軽いとはいえ、流石に人1人を担いだまま数十キロの距離を一度だけの休憩で走破するのはしんどい等という話ではない。だがこれからが本来の目的の時間故にまだ倒れる訳にはいかない。

 灯火へと近付くにつれ、その範囲の広さに気付き心底辟易した。かなり広範囲に亘り焚き火を行っている者達が居り、エルフ狩りをしようと集まった馬鹿共の多さに呆れ返った。集まったと言っても精々数十人程度だと思い込んでいたがそれを遥かに上回る人数、下手すれば三桁は居るのではなかろうか。今の私にこれだけの人数を相手にするだけの体力は残っているとは思い難い。隙を見て救出しさっさとずらかるのが正解か。

 

(そんな貴方に依頼の時間です。今回の依頼は――此処に居る全員の抹殺)

 

 今後今ほど勘弁してくれと泣き言を言いたくなる事はほぼ無いのではなかろうか。この状態であれだけの人数を相手に躍り回れと言うつもりかこの爺、最早笑えてくる。

 

(けど上手くいけばここに居る全員の金品纏めてぼろ儲けよ? お前にとっては此処に居る全員屑だろうから盗っても何の問題も無いだろうし。今後暫く金には困らんよ?)

 

「あぁもう良い、こうなりゃ自棄だ……。やってやるさ……全員地獄の底に叩き落としてくれる……!」

 

(やる気を出してくれたのは結構な事だがフェルの友人2人を忘れんようにな。勿論心身共に無傷で助け出さんと駄目よ?)

 

 自棄になりながらも冷静に行動時期を窺う。やるならばもう少し経過してからだ。それまでには失った体力も少しは戻る事であろう。

 

 

――――

 

 病み上がりの彼が私を抱えこれまでの間走って来た理由が漸く分かった。私の故郷の森の入り口に多くの人間達が屯していた。彼と共にゆっくりと近付き会話を聞いた限りだと、ここにエルフ狩りに来ている事、森に入れない事等が分かった。エルフ狩りという言葉には驚いたが、森の仕組みのお陰でまだ侵入出来ていないという事には胸を撫で下ろした。しかし最悪なのはエルフの双子なんて珍品を見付けた、という会話を耳にした事だ。私が知り得る限りこの森にはエルフの双子は1組しか存在しない。私の友人でもある、メリスとメリーネだ。彼女達は私と違い外の世界に興味津々だった事を考えると、私と似たような手口であっさり森の外に出てしまったのだろう。しかし今はそんな事を悠長に考えている場合ではない。何故彼がこれを察知したかは分からないものの、そのおかげで彼女達の現状を知る事が出来た。話の内容的にまだここに囚われている事は間違いないので何とかして助け出さなければならない。しかし私に出来る事など高が知れている為に結局は彼に頼りきりという事になってしまう。もっと何か出来れば良いのに、自身の力不足が歯痒い。

 

 それから暫くの間、彼は動かずじっと辺りを見回していた。恐らく機を見ているのだろうが、2人の事が心配で仕方が無い。それ故に時間がたっても眠気が来ないのは有り難いが。

 更に少し経過すると殆どの者が寝付いたのか随分と静かになった。起きているのは見張りに立っている数人程度になったところでジャックさんが動いた。私に端の方にある大きめの天幕を指差し背中を軽く叩いた事からそこへ向かえという事だろう。彼は彼で何時ものケルトの先端に丸い筒を取り付けると指差した方向とは別の方向へ行ってしまった。これだけ多くの人間が居る場所で1人になるのは非常に心細いが、あの2人を助け出す為には私とて頑張らなければならない。両手で頬を音が出ない程度に叩いて気合を入れ件の天幕へと向かう。

 そしてあっさりと辿り着いた。見回りが離れた隙に天幕内へと潜り込むと中には大きめの檻が在り、その中に私くらいの少女が2人身を寄せ合い顔を伏していた。

 

「メリス、メリーネ……!」

 

 外に洩れない様に声を潜めて話しかけると2人は顔を上げ、私の顔を見た途端非常に驚いた。

 

「フェル!?」

 

「しーっ! しーっ!」

 

 2人同時に大きな声で私の名を叫ぶものだから、急いで声を潜める様に彼女らを宥める。2人はお互いの口を手で塞ぎ合い、暫く経っても誰も来なかったのでそっとその手をどけ合った。

 

「フェル、今まで何処に居たの……!?」

 

「ずっと心配してたんだよ……!?」

 

「それは後で……! 兎に角今はここから逃げないと……!」

 

 檻越しに詰め寄る2人を制止して逃げる算段をする。ジャックさんが来るまでここで待つ、何てことはするべきではないだろう。であれば鍵を探して2人を助けた後安全な所に隠れておくのが良いだろう。

 

「ここの鍵って何処にあるか2人共知らない……?」

 

「探し物はこれか、お嬢ちゃん?」

 

 2人が無事だった事に安堵して完全に油断していた。後ろを見ると指で鍵を回しながらにやつく1人の男。

 

「ここでキャンプ張ってりゃ救出に何人か寄越すと思って張ってたが……まさかお嬢ちゃんみたいなガキ1人で助けに来るとはなぁ……エルフの大人達は冷たいねぇ……。それとも大人達にばれたら怒られるかもしれねぇから1人で助けに来たかぁ?」

 

 にやつきながら一歩、また一歩とこちらに近付いて来る男の様子に2人は絶望しきっていた。私自身もジャックさん無しのこの状況に絶望しかけていた。しかしここで諦めている訳にはいかない。以前彼から貰った大振りのナイフを抜き両手で相手の男に向け構えた。

 

「おいおいそんな物騒なモン持ち出して俺を殺そうってかお嬢ちゃんよぉ……大人しく捕まっといた方が身の為だぜ? こんな所に1人でのこのこ来るからこんな結果に――」

 

 天幕内に聞いた事も無い様な嫌な音が響いた。少ししてからそれが首の骨が折れる音だと気が付いた。男の首は明後日の方向を向いており、男の顔を掴んでいた手が離れるとその場に崩れ落ちた。そして男の後ろから現れた人物の外見を見て2人は怯え始めた。気持ちは分かるがあんまり怯えないであげて欲しい、多分心根は優しい人である筈だから。しかしまた暫く夜が怖くなるのは間違いなさそうである。あの嫌な音は夢に出そうで恐ろしい。

 

「フェル」

 

 ジャックさんは男の体を漁り鍵を見付けると私に向かって放り投げ、また外に向かってしまった。

 鍵を使い檻を開けると2人同時に抱き着かれた。余程怖かったのだろう、私も同じだったから分かる。

 

「助けてくれてありがとうフェル……でもそれより聞きたいんだけど……」

 

「さっきのアレ、フェルの知り合い……?」

 

 アレ扱いは酷いのではないだろうか。しかし何と言うべきだろうかと迷い考え、一番近いだろうものを2人に伝えた。

 

「えーっと……私のご主人様……?」

 

 再び2人同時に素っ頓狂な声を上げそうになり、すぐにお互いの口を塞いだ。

 




今回少し長くなりました。
そんでもってまた随分空きました。年明けから一気に忙しくなり漸く落ち着きました。

本来は看病話でも入れようと思っていたのですが、今の投稿スピードを考えるとグダグダになるかと考えて思い切って話を進めました。
という事で看病の様子を簡単に。

フ「ジャックさん体調悪いのかな……?」
フ「そうだ、こういう時はまず熱があるかの確認……」
フ「確かこういう時は……確かおでこを……」
フ「は、恥ずかしいけど……いきます!」
フ「てい!」ゴスッ
ジ「」
フ「ご、ごめんなさいぃぃ!」

体調が悪化したのはフェルのせいではない。断じて。


○メリス&メリーネ
双子のエルフ姉妹でフェルとほぼ同じ歳で幼馴染。2人とも髪は短めだがメリスの方が若干長い。
メリスが姉でメリーネが妹。


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ただいま

「メリーネは何歳くらいだと思う?」

「んー……200代後半くらいじゃない?」

「そうかなぁ……300代前半位だと私は思うんだけど……」

「2人共さ……私達基準の年齢には彼は当てはまらないと思うよ……」


 私の問題発言に対する2人からの追及を一時中断するきっかけになったのは天幕の外から聞こえる怒号、絶叫、そして悲鳴だった。メリス、メリーネと共に天幕から恐る恐る顔を出し外の様子を確認してみると、正に死体の山が築かれている真っ最中であった。ドグレイズに居た頃の魔物狩り時と同様にあの黒い金属の棒の向く先々に穴が開き、そこから血が噴き出る。革、金属関係なく鎧ごと体に風穴を開けていく。以前と違う点はその矛先が人間へと向けられている点、そしてあの特徴的な爆発音がしていない事だ。記憶が確かであればアレはもっと大きな音を立てていた筈なのだが、今はかなり小さな音をしている。

 ここに居る人間達には彼がさぞ恐ろしい存在に思えるだろう。悪魔の様な鎧を身に纏い、手にした未知の武器により近付く事も叶わず命を奪われる。挙句の果てに仲間の惨状に怯え天幕の中で息を潜めていても、どの様な手段を用いているのか天幕の外から感知され、天幕の赤い染みと成り果てる。

 気付けば辺りはしんと静まり返り動く者は極僅かとなった。その僅かな者達も負傷が原因で身動きを取る事が出来ず、そして彼の大鉈に因って容赦無く命を奪われていった。ドグレイズで1度見て分かってはいたが、やはり彼の命に対する価値観は私達とは大きく異なっている。彼は命を奪う事に何の躊躇いも無い。1度敵対すれば立ち向かう者も逃げる者も、命乞いする者ですら容赦なく殺める。草木も魔物も人間も、全て同様に刈り取っていく。ある意味では命に対して平等と言えるのかもしれないが、やはり私には、私達には永久に理解出来ない考え方だと思う。

 

 

 何時の間にか夜も明け木々の隙間から光が差し込み始めた森を4人で歩く。前を歩く私とその両隣に双子、その後ろから辺りを興味深そうに見渡しながらジャックさんが付いて来る形となっている。

 

「ねぇ、フェル……本当にあの人も連れて行くの……?」

 

 メリスは私の腕にしがみつきながらとても心配そうに訪ねてきた。彼女の心配せんとする事は良く分かる。あれだけの惨劇を見た事も確かにあるだろうが、その後の事もあるのだと思う。戦闘後、彼は人間達の死体を漁り貨幣や道具等使えそうな物を物色していた。旅をし生活する上でお金は重要という事は彼と行動する様になってから良く分かった事だが、やはり死体に平然と触れている姿は少し()()ものがある。ただ不快というよりは、死体という非日常的なモノに何時もと変わらぬ様子で接する姿を見た上で、どれだけの死と係わって来たのだろうという疑問からくる恐れだ。人間の恐ろしさを体感したばかりの双子からしてみればただの恐怖の対象でしかないだろうが。

 

「そんなに悪い人じゃないんだけどね……」

 

「『そんなに』って事はつまり悪人ではあるって事なんじゃ……?」

 

「でも酷い事はされた事ないよ? 何時も優しく接してくれるし」

 

「信じらんないわ……」

 

 見た目は重要なんだなと思ったところで先の事を思い出し、行動も大事だなと思い直した。

 

 森を暫く歩いていると、突然ジャックさんが私達を制止し前に歩み出て臨戦態勢をとり周囲を警戒しだした。この森は魔法や色々な術によりずっと昔から守られている。エルフやそれと同行している者以外はその仕組みにより森そのものに入れない様になっている。そんな場所で彼が警戒する様な相手が出て来るとしたらそれは森に住む動物か、さもなくば。

 

「止まれ!」

 

 木々の蔭から何人ものエルフが剣や杖を構えて現れ、木の上にも弓を構えた者達が居り総勢十数人程。セルメイアの護りを担っている守り人達だ。そしてその守り人達を纏めている長は――。

 

「そこの者、身に着けている武器を全て捨て手を上げてその場に跪け! 妙な真似をすれば即座に手足を射抜く!」

 

「姉さん、待って!」

 

 直ぐに彼の前に飛び出て守り人の長である実の姉、ファリクシアスに顔を見せた。

 

「……? ……っ!? レイフェルティア……!?」

 

 最初は怪訝そうな表情を見せていたが、私に気付いた途端今まで見た事が無い程驚きの表情になり剣を下ろした。が、表情を険しくし直ぐに構え直した。

 

「っ……貴様……私の妹に成り済まし森へ忍び込もうなどと……無事にこの森を出られると思うな……!」

 

「えぇぇ!? 姉さん、成り済ましてる訳じゃなくて本物です!」

 

「フェルは半年以上も前に姿を消した! 恐らく何かしら森の外へ出たのだろうが……のんびり屋でとろくてちょっと抜けてるが可憐で可愛らしく愛らしいあの子が無事でいられるとも思えん! であれば変化か、幻術の類に違いない……!」

 

 褒められてるのか貶されているのか良く分からないが、どうやら私は原因不明の行方不明としてほぼ死亡したものとして扱われているらしい。そこの話は後にするとして兎に角今は私が本人である事を姉に信じてもらわなくてはならない。そして間違いなく私だと分かってもらえる方法があるにはあるのだが、如何せん物凄く恥ずかしい。しかしやらねば信じてもらえないので腹を括るしかない。

 

「……ファリク姉さん」

 

 姉に向かってゆっくりと歩いて近付き名前を呼び――。

 

「偽物風情が私の事を姉などと――」

 

「んっ……」

 

「っ!?」

 

 両手を前に差出す、所謂抱っこやハグを求める様な体勢をとる。もっと小さかった頃に私はよく姉に抱っこをせがんでいた。姉も姉でそんな私を溺愛していた。そんな私が突如居なくなり姉はどんな気持ちだったのだろうか。それ故に一刻も早く姉に私が無事に帰って来た事を信じてもらい少しでも心労を減らしてもらいたい。もらいたいのだが、恥ずかしくて今直ぐ消えてなくなりたい。今の私は他人からすればただ甘える様な仕草で何しているんだという状態であるが。

 

「ま……まさか……本当にフェル……なの……?」

 

 しかし姉は信じる。余計に恥ずかしい。誰か私を消してください。

 

「フェル……フェル!!」

 

 剣を他の守り人に放り渡し全力で此方に駆けて来る。危ないからせめて地面に置くか鞘に収めてください。そして私に抱き着くなり顔にキスの嵐、恥ずかしい。しかしそれほどまでに心配させていた事を悔やむと同時に、ここまで連れて来てくれたジャックさんと彼に巡り会わせてくれた神に感謝した。

 

「良かった……本当に良かった……もう2度と会えないと思っていた……」

 

 声の震える姉を抱き締め返す。

 

「ごめんなさい……。姉さん、ただいま」

 

「おかえり……フェル。メリスとメリーネも無事で本当に良かった。フェルの前例もあったから皆気が気ではなかった」

 

 2人も駆け寄り抱き締められていた。3人共無事に帰ってこられて本当に良かった。そしてそこで姉はこの場で最も強い存在感を放っているであろう私の恩人を見据え彼について私に尋ねた。私は簡単にだが彼に助けられここまで連れて来てもらった事を伝え、姉はそれを聞き終えると彼に向かい合い語りかけた。

 

「妹を連れて来てくれた事は深く感謝する。しかし貴方を里へと迎え入れる訳にはいかない。申し訳ないがここでお引き取り願おう」

 

「姉さん、どうして!?」

 

「フェル、申し訳ないとは思うが……信用出来ない人物を私の独断で連れては行けない。本当にすまないとは思うが――」

 

 姉はこの里の次の長となる事が決まっており、それなりに責任を負う立場にある為おいそれと許可を出せないのだろう。何より姉はまだその立場ではないので自分1人では判断し難いのは分かる。それは分かるのだがせめて一晩でももてなしてあげられないのだろうか。私の我儘かもしれないが、彼にはそれだけでは返せない程の恩がある。それを姉に伝えている最中、突然ジャックさんが前のめりに倒れた。

 

「ジャックさん!?」

 

 急いで彼の許に駆けより抱き抱え、また病状が再発したのか確認する為あやふやな記憶を頼りにマスクを外そうとする。

 

「確かここら辺を外して……」

 

 そして何とかマスクを外し彼の様子を窺うと――静かに寝息を立てていた。そうだった。良く考えれば病み上がりの身で日中走り続けた後に戦闘、挙句の果てに不眠のままここまで来たのだ。私をここまで連れて来る為に骨を折ってくれていたのだから、無事に辿り着ければ気も抜ける事だろう。

 

「姉さん……」

 

「はぁ……分かった、お婆様には私から話そう……。だが長居には反対だし監視もつけさせて貰う。聞いた通りだ。妹の恩人だ、丁重に運んでやれ。監視は交代で行え」

 

 守り人達に指示を出す姉に感謝を述べ彼を見やる。彼はこれからどうするのだろう。これから私はどう生きていくのだろう。色々思うところはあるものの今はゆっくり休んで貰いたいと思う。

 

「おやすみなさい……ジャックさん」

 

 そう言って安らかに寝息を立てる彼を抱き締めた。




月一のペースを何とかしたいと思いつつ中々時間が取れない……。
すいませんゲームもやってしまっていますごめんなさいディビジョン面白いですごめんなさいダクソ3出るどうしよう。

ちなみにジャックの現在の兵装を分かりやすく「戦術兵」と表記しましたが、KZ3の公式ガイドを見ると「LMG Trooper」で表記されています。買って確かめたから間違いない。
この作品では今後もマルチの兵種名で表記します。その方が分かりやすいですしね。

○レイフェルティア
フェルは愛称でこちらが本当の名前。

○ファリクシアス
フェルの実姉であり、若年でありながらセルメイアの護り手である守り人を纏めているリーダー。次期里長。



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なにがあったの!?


(滅多に見れないジャックさんの安らかな寝顔……!)

「フェル……フェル!」

「姉さん、少し静かにお願いします」

「え? あ、うん、ごめん……」

あんな冷たい目の妹は初めてだったと後にファリクシアスは語った。


 

 最悪だ。

 

「うっ……ぐぅ……っつぅ……」

 

 まさか全身に感じる激痛に呻きながらの目覚めとなるとは思っていなかった。

 

「ごほっ……あ゙ぁ……糞っ……」

 

 激痛に耐え何とか体を起こし辺りを見渡す。少し大きめであまり物の置いていない部屋、あるのは今まで寝ていたベッドとその横に机と椅子程度。机の上には水と思しき液体の入った水差しとコップ。自身を見ると上半身裸で至る所に包帯が巻かれていた。

 

「……?」

 

 包帯――それ程の傷を負ったつもりはなかったが随分と手当されている箇所が多い。疲労もあってかフェルの知り合いと思われるエルフの少女達を助ける前後からの記憶が若干曖昧になっており、救出の際や森へと向かう途中、向かった先で怪我をしたのかもしれない。記憶の限りでは武器を持った大量のエルフ達に取り囲まれところまでは覚えている。しかしそこから先の記憶が無い事を考えるとその辺りで疲労のピークを迎えたのだろう。加えて漸く辿り着けたフェルの故郷だ、気が抜けて気絶したのかもしれない。

 

「気が抜け……か……。異常……ごほっ……状況……下とは言……兵……してど……なのかと言う話……はっ」

 

 喉の渇きからか声が出し辛いが今現在の自身の軟弱さ加減を声に出し自嘲する。守らねばならない存在を抱えた状態で敵か味方かも分からん連中に囲まれながらおねんねするとは。病み上がりだなどは言い訳でしかない。果たしてこんな状態でヘルガーンに戻ったところで兵士として役立つのか甚だ疑問だ。帰るにしてももう一度自身を鍛え直し感覚を研ぎ澄まさねばならない。どちらにせよこれからは1人だ、いくらでも鍛錬し直す事は出来よう。

 まずは詳しい状況の確認だと意気込んだところでPDAや装備が無い事に気付いた。辺りには置いておらず机の上にも無い。安全だと思うが未知の場所で武器無しはやはり少し心許無い。加えてPDAが無いと詳しい状況も分からない上に、ドローンも使えず体の状態を把握するのも儘ならぬ。体――そう、体の状態だ。明らかに負傷した覚えのない場所まで痛む。気を失った際に強く打ち付けたのだろうか。それならば体中包帯だらけというのも頷ける。

 

 あれこれ考えるのは良いがまずは喉の渇きを潤したいと考え水差しを取ろうと手を伸ばすと、起きた時に感じた以上の激痛が全身を襲った。その拍子に水差しに手が当たり落ちて大きな音と共に割れてしまった。激痛に呻きつつ水差しの数を増やしてしまったなどと考えていると、音に気付いたのか何人かが慌てて走って来る足音が聞こえた。扉を開けて顔を出したのは1人の女エルフと、おそらく人間と思しき少女だった。エルフ達の森と爺から聞いていたので少し意外に思っていると、エルフの女は直ぐに走って出て行った。

 この場に残った少女は私の体を気遣いながら何か心配そうに話しかけてきた。当然何を言っているかは分からんが。彼女は私を気遣いつつ割れた水差しに手を向け呟くと、破片が空中で集まり形を成した。更にそれに手をかざすと一瞬で水差しが透明な水で満たされた。その光景に目を奪われているとコップへとその水を移した後に私の手を軽く握った。今の私の握力ではコップを持つのは不可能と判断したのかそっと口元に差出し少しずつ口に含ませてくれた。幾度か咽つつも喉を潤し水はもう良いと手で制した。

 

 しばらく人間の少女に体を気遣われていると、随分と慌てた様子の人物が近付いて来るのが分かった。そして現れたのはエルフの民族衣装と思われる少し薄い布地の服を纏ったフェルだった。走って来たのか肩で息をしており薄らと汗をかいている。私の顔を見ると目に涙を溜め勢い良く私に抱き着いた。その勢いと強く抱き締められた事によりまた痛みが走り呻き声を上げてしまった。フェルは慌てて離れると涙目で何か口走りながら慌てふためいていた。言葉さえ通じれば落ち着けと言ってやりたい。

 慌てるフェルを呆れた様子で見つめながら新たに入って来たのは、この森に来た時に見たエルフの戦士達のリーダー格と思しき女だ。何処となくフェルに似ている事を考えると彼女の親類だろうか。そしてその後から何人か入って来たが、その内の数人はどいつもエルフではなかった。どこか気まずそうな様子の人間の男女3人、というには女の方には違和感を覚えた。良く見ると頭に人間にもエルフにも無いものが生えていた。獣の耳の様なモノが生えており偶に動いていた。以前爺が言っていた獣人というやつだろう。この森にこれだけのエルフ以外の種族が居た事に随分と驚いたが、更に驚いた事にその3人はフェル似の女に何かを促されると途端に声を荒げ私に向かって頭を下げた。謝罪されているのは間違いないが、見覚えが無い者達から頭を下げられても正直何が何やらである。若干感じる頭痛と共に無視してフェルに身振りで私の装備の場所を尋ねると、少し申し訳なさそうに悩んだ末に部屋から出て行った。

 

 

「なっ……!?」

 

 戻ってきた彼女が持って来た物体を見て愕然とした。戦闘服もアーマーもズタボロになっており、ヘルメットに関しては起動すらせずその機能を完全に失っていた。アサルトライフルに至ってはくの字に折れ曲がっており完全に使い物にならない。何がどうなればこの様な状態になるというのか。そも私はここまで装備が破損する程の戦闘なぞした覚えがない。

 

「覚えが――……覚え……?」 

 

 何か違和感を感じ先程の3人を見る。獣人の小柄な女、筋骨隆々の大柄な男、そして右頬に刀傷のある優男。どいつも皆若い、フェルより少し年上程度にしか見えない連中だ。だが見ていると何故か酷く頭が痛む。こいつらに関して何か重大な事を忘れているのであろうか。

 

「がぁ……っ!」

 

 思い出そうとすると頭が割れる様な激痛が走る。心配そうに身を寄せるフェルに水を貰い違和感の正体を探すべくPDAを確認した。幸いにも破損しておらず通常通り起動したが、日時を確認すると我が目を疑った。この森に入った日から5日も経過していたのだ。PDAの映像記録を見れば何があったか分かるはず、そう考えHMDの機能が途絶える少し前の映像を確認するとそこに映っていたのは――目の前の餓鬼共との戦闘だった。その途端一際大きな頭痛に襲われ断片的にではあるが何があったか思い出した。

 

『……貴様等ぁ……もう糞爺の考えなんざどうでも良い……!』

 

『殺す……! 貴様等だけは……今ここで……!!』

 

『お前……は……たしが……かな……ら……』

 

「っ!!」

 

 目の前の餓鬼共が敵だと思い出した瞬間にマチェットを鞘から引き抜き、一番近くに居た刀傷の小僧に斬りかかる。確実に仕留める為に首を狙ったが上手く避けられ間を取られた。奴は両手を前に出し必死に何か叫んでいた。恐らく宥める為の言葉だろうがそれがまた腹立たしい。すぐに私達の間にその場の数人が割って入りフェルも必死に私を落ち着かせようとしていた。

 

「ぐっ……」

 

 急に動いたせいか全身に激痛が走り一瞬意識が飛びかけた。倒れそうになったところをフェルと彼女似のエルフに支えられベッドへと座らせられた。マチェットはその際にフェルに掠め取られ今は鞘に収まり彼女に隠されてしまった。

 場の様子を見るに餓鬼共に敵意を向けているのは私だけらしく、当の本人等は警戒こそしつつも私に対して敵意は向けていない様だった。どうやら熱くなっているのは私1人らしい。

 

「フェル……」

 

 フェルに水差しを寄越してもらい頭から水を被る。周囲の連中は驚いている様子だったがこれで多少は頭が冷えた。冷えたのは良いがここがベッドの上だという事を思い出したがもう遅い。おまけに少しフェルに水が掛かったしまった事もあり、涙目の彼女にさも恨めしそうに睨まれてしまった。言葉は通じないが一応謝罪しておく。

 

(やっと頭が冷えたか、大馬鹿者め)

 

「喧しい……さっさと出てきて状況説明すれば多少は穏便にすんだものを……」

 

(あー、そこわしのせいにする? しちゃう? 言ってもどうせ聞かないくせに)

 

「いいからさっさと状況を話せ糞爺……!」

 

(はいはい分かった分かった。じゃあ共に思い出すとするか。この森に来た日からな)

 

 そうして少しずつ、空白の5日間何があったかを思い出す事にした。




およそ4ヵ月……うん、もう何も言わないで……。
話に詰まって全然作れなかったのに、それまで書いていたのと全く違う場面で進めて行ったらおよそ2日で完成した。悩んだら新しく書き直すのも大事ですね……。



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回想一 ~フェルとの別れ~

「ひどいよ……どうして……?」



 ジャック達が森へ到着してからおよそ15時間程、とある家屋の大きな一室。そこには老若男女様々なエルフ達が集い、言い争いをしている姉妹を固唾を呑んで見守っていた。姉であるファリクシアスはフェルを連れて来てくれたジャックに対する感謝と御礼の品等は送るが、可及的速やかにこの森を出て行って欲しいという事を淡々と述べていた。一方妹のフェルはというと、それではあまりにも誠意がないと、せめて彼が望む間はここに身を置いてもらうべきだと真っ向から反対した。それに対する姉の一言がフェルを憤慨させた。

 

『お前を救ったのはエルフからの信頼を得て我々を狩る事が目的の可能性があるとしても?』

 

 そこからはフェルがジャックより受けた恩を一生懸命その場に居る者達に伝えた。自分に対し一切酷い事をせず優しく接してくれていた道中の出来事、自身を顧みず命懸けで守ってくれた事、ジャックが居なければそもそも自分達もこうして顔を合わせて言い争う事すら叶わなかったであろう事を懸命に訴え続けた。しかしファリクシアスは飽く迄も冷静にフェルに問いを投げかけた。

 

「成程フェルの話は分かった。あの男は随分とお前に優しくしてくれたのだろう、それは感謝してもしきれない」

 

「だったら……!」

 

「では聞こう。話を聞く限りお前には随分な価値が付けられていた様だが……大金を払ってまで手に入れたお前に一切の見返りを求めていないのは何故だ?」

 

「そ……れは……」

 

「体目的でない、余所でさらに高額で売るでもなく故郷に送り届けた。何の為に? あの男に何の得がある? 殺人を躊躇しない冷血漢がお前にだけ憐みを抱いて救い出したのか? それとも金持ちの道楽か? しかし話を聞けば死体から金目の物を漁っていたと言うしそれはあり得ない。なら答えは限られてくる。フェルの信用を得てこの森に忍び込み、エルフを大量に捕縛し売る為という考え方もある筈だ。そうすれば初期投資が小銭に思える程の大金が手に入るだろうしな」

 

 フェルは何も言い返せなかった。大金を支払ってまで自分を手に入れた理由を考えた事はあった。最初は体が目的だと信じて疑わなかったが結局そういった事は一切されなかったので、時間が経てば経つほど良く分からなくなっていった。ファリクシアスが言っていた様にこの森に入る事が目的かと考えた事もあったが、徐々に理由すら考えなくなっていった。しかしそうでなければどんな理由があって大金を支払ってまでエルフの女を手に入れたのに故郷へと連れて来たのか。ジャックが自分を買った事には何かしら理由があっての事だとは思いはしても、そこに害意はなかった筈だ。そうであって欲しいとフェルは願った。ジャックと触れ合う度に感じた優しさは言葉が通じずとも、いや言葉が通じないからこそ感じ取れたあの優しさは本物であって欲しいと。

 

(じゃないと……私もう一生涯誰も信用出来ないよ……)

 

「……フェルのあの男に対する信頼は嫌と言う程理解出来る。庇いたい気持ちも分かる。しかしだからと言って彼をあまり長く置いておく訳にはいかないんだ。少なくとも彼はエルフではなく出自も、言葉すら分からない。そんな男を長居させる事は皆を不安にさせる。無事に戻ってきたとは言え短期間に民が2度も人間に捕まっている。次は自分ではないかと怯えている。私は守り人の長で、行く行くはお婆様の跡を継ぎこの森も治めねばならない。姉としては気持ちを汲んでやりたいが……立場上妹1人の我儘より民の安全を優先せねばならない。その代わりに明日の朝までの滞在は認めその間は最大限丁重にもて成す、そこまでしか譲歩出来ない。お願いだフェル……理解してくれ」

 

 

 エルフ達でジャックの事に関して話し合いが行われる中――ジャックはその建屋の外で壁に背を預けて座り込み、数時間前目覚めた際にフェルから返されたナイフの刃を時折確認しつつ森を眺めていた。少し離れた位置で2人の守り人がジャックの監視を行っているが、言葉の通じぬ人間の男がナイフを弄んでいる姿はさぞ心臓に悪い事だろう。フェルの恩人でなければ取り押さえられていてもはおかしくない行動だがジャックはお構い無しである。

 

(素晴らしい眺めではないか? もう少しでこの光景が地獄と化していたかもしれないと考えると、苦労した甲斐があっただろう)

 

「まぁ……な」

 

 陽は既に落ち、森には月明かりが差し込み幻想的な光景が眼下に広がっていた。森の中は巨大な木々が連なり、通常の木造建築物の他、巨大な樹の中を生活拠点としている所もあった。現在居る場所も一際大きな樹の中に作られており、そこのテラスから見下ろす森の景色は絶景の一言に尽きる。そんな森が人間達の手により潰えたかもしれない。木々は焼け、地面や家々が血で染まり、恐怖と悲鳴で塗り潰される、そんな光景に。

 

「全くもって理解に苦しむな、欲に忠実な人間と言うのは」

 

(お前はそうではないのか?)

 

「そんなものは兵士には要らぬ感情だ。我らに必要なのは陛下に対する忠誠心のみ。自身の欲程不要なものはない」

 

 老人にもジャックに対して色々思うところはあるが敢えて飲み込み今後の事を話し、次はここから北に位置するドルトリアという街に行くようジャックに指示した。ジャックもナイフを鞘に収め地図を取り出そう――としたところへ突如扉が開き、そこから涙目になりしょぼくれた様子のフェルが現れた。フェルはジャックを見つけると覚束無い足取りで近寄り彼の胡坐の上に座った。あまりにも当たり前の様にそこへと収まった為ジャックも驚き一声かけようとしたが、フェルが啜り泣いている事に気付きそれをやめた。

 

「……ってるよ……一緒に居れない事くらい……分かってるよ……」

 

 いくら望もうとも共に居る事は叶わない、共に行く事も叶わない。彼女の居場所はここで、男の居場所はここにはない。生きる時間も生き方も何もかも違う。そんな事はフェルにだって百も承知の事だった。しかし別れればおそらくもう二度と会う事は無い。だからこそ、後少し、数日で良いから共に居たかった。だがそんな細やかな願いすら儚く散った。妹よりも長く生きている分、共に居る時間が長ければ長い程別れは辛くなる。それを知っている姉の、妹を思う故の苦渋の選択。だがもし自分の考えの方が当たっているのであれば尚更男と妹を離さねばならない。それ故『滞在は明日の朝まで』とした。

 

「……やだよ……もっと一緒に居たいよ……」

 

 フェルはそのまま振り返るとジャックに抱き着き今までで一番の大泣きをした。まるで駄々を捏ねる幼子の様に、ジャックとの別れを拒絶し続けた。ジャックはそっと抱き締め背中を優しく撫ぜ続けた。フェルが泣き疲れ寝息を立てるまでの間ずっと、ずっと。

 

 

「……潮時だな」

 

(もう少しくらい傍に居てやったらどうだ……?)

 

「いや、長過ぎたくらいだ。これ以上は……傷が深まるだけだ」

 

 『互いにか?』と、そう尋ねかけて老人は不要な問いだと判断し口を噤んだ。

 

「……行くとしよう」

 

 抱き着いたまま寝息を立てるフェルを起さぬ様抱き上げ、ジャックは中へと入った。まだ議論が続けていた場が途端に静まり返り視線が音の主へと集中したが、当人は気にもせずファリクシアスの許へと近付き何処へ寝かすのかと指で辺りを指し示して尋ね、彼女もその意図に気付き部屋へと案内した。

 部屋に着きベッドへとフェルを寝かせるとそのままベッドへと腰かけたジャックをファリクシアスは複雑な表情で見ていた。寝かせたフェルから眼鏡を外してやり机へと置き、寝息を立てるフェルを見つめる姿。どこか懐かしく感じるその視線を。

 フェルの頬を一撫でするとジャックは立ち上がり、ナイフを机へと置いた後地図を取り出し次の目的地であるドルトリアの場所をファリクシアスへと尋ねた。問われた彼女は急な事に一瞬戸惑ったが地図上での凡その位置と方角をたどたどしく伝えるとジャックは自身の装備を身に着け始めた。

 

「……まさか、今から出て行くつもりか……!? せめて夜が明けるまでは――いや、それ以前に、フェルに別れも告げずに行くつもりか!?」

 

 その問いにこれといった反応も示さず淡々と装備を身に着けヘルメットとマスク以外着け終えるとジャックはそのまま外へと歩みを向けた。一方のファリクシアスは暫し唖然とした後我に返りジャックの後を追った。

 

 

 森の端、もうすぐ森の出口に到着するであろう辺りまでファリクシアスはジャックを連れて来ていた。その間ずっとジャックの思惑を考え続けた。結局分からぬままであったが。

 ジャックは最後にもう一度振り返り森で一番の大樹、フェルの居る場所を見つめた後ヘルメットとマスクを着け再び歩み始めた。ファリクシアスは去り行くその後ろ姿を見つめながら深い溜息を1つ吐き、そしてしゃがみ込み両の手で顔を覆い、あの人ならどういった決断を下しただろうと悩んだ。今この場に居ない尊敬する人物に助けを求めた。

 

「フェルに何と言うべきかなぁ……。あぁ……クロノスさんが居てくれたら……」

 

 守り人の長という立場も忘れ泣きそうになりながらジャックと自分自身を恨んだ。




最終更新日:2016/07/18

ギ、ギリギリ一年以内……正直一年前とか見て唖然とした。時間が経つの早すぎじゃないです?
おまけに今回結構詰め込んだ感じになってしまった。待って下さっていた方大変申し訳ないです。

少しの間回想が続くので続けて更新していきたい、ということで次話更新は一月内を目標にしたいと思います。夜勤とかあるけど頑張ります。



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回想二 ~なんだきさまら!~


目に涙を溜めながらあの男の名を叫び探し回る妹の姿を、私は直視出来なかった。



 ファリクシアスと呼ばれていたフェルの親族と思われる女に見送られてどれ程経っただろうか。しかし時間を確認すればまだ半時と経っていない。現在頭を悩ましているもののせいであろうか、時間の感覚がどうにもおかしい。月明かりに照らされた森を1人黙々と歩み続けていると不可思議な感覚に襲われたが、今までの人生において一切感じた覚えの無い感覚、それが何なのか全く分からず1人考え込んでいた。経過時間の割に移動距離が少ないのはそのせいか。

 

(何だ、フェルと別れて寂しいのか? いやぁ、極悪非道にして冷酷無比なヘルガストの兵士であるジャック・ヴォルス少尉でもその様な感情を抱くのですなぁ)

 

 声だけで糞爺がにやついているのが分かり苛々する。しかし何よりも怒りを感じるのはもっと別のところにある。

 

「こちらに居る限りその名で呼ぶな……! 考えただけでも腹立たしい!」

 

 ヴォルス。私のファミリーネームであるが私はこの名が忌々しい事この上ない。正確に言うならばヴォルス家の現当主である父が、であるが。こちらの世界に来て喜ばしかったのはあの男との関わりを持つ必要がなかった事、そしてその名を思い出す事もなかった事であるが故に思い出させられた事は非常に腹立たしい。

 大分腹に据えかねている事を察したのか爺はその話題に触れなくなったが、そうなってくるとそれ以外の部分が気になり始めた。また異な事を言い出したものだ、フェルと別れて寂しいなどその様な事私にはあり得ない。喪失感を微塵も感じていないかと言われると分からないが。だがあの娘にとっては故郷で暮らす方が幸せでいられる筈だ。エルフにとって自分達の領域から出る事がどれ程の事なのか十分理解出来た。もし仮に万が一寂しかろうが私の一存で連れて行くわけにはいかない。生と死が渦巻くあの劣悪な故郷へ帰る為にも今歩みは止める訳にはいかないのだ。

 

(まぁどうあれこちらの依頼を完遂してくれさえすれば好きにするがいいさ。さて、話しは変わるが身軽になったところで再度お前の実力を見ておきたい)

 

「実力……? 今までの戦闘結果では役不足と?」

 

(そうではない。今までは守るものありきでの戦いだった、だが現状ではどうか? それが知りたい。そして1つ、条件を設ける)

 

「……何が望みだ」

 

(奴らを殺す事無く無力化しろ)

 

 奴らとは誰の事か、尋ねるより先にセンサー上に6つの反応が急速に接近してくるの確認しアサルトライフルの安全装置を外し戦闘に備えた。接近者が何者かを少し考え、先の馬鹿共と同様だろうと当たりをつけた。しかし敵を生かして無力化するなどとは面倒な事だ。だが殺さず無力化しろと言われただけで外傷を与えるな、などとは言われていないので加減は無用と判断。

 1分も経たぬ内に目視圏内に入り、あちらも私に気付いた様で少し離れた位置で足を止めた。その連中を見てつい顔をしかめてしまった。最も目を引いたのは顔まで覆う全身鎧の人物、鎧の装飾からして位が高く集団の頭かと考えたが、問題はこの男以外の者だ。右頬に刀傷を持つ男、筋骨隆々で大斧を背負う大男、杖と思しき棒を持つ細身の男、頭に獣の様な耳を持ち弓を携えた女、黒衣のローブを纏う女、誰も彼も顔立ちが幼くフェルより少し上くらいにしか見えない連中。この様な餓鬼共までエルフ狩りとは。いっその事殺してやった方が後の為にも良いのではないかと考えたが爺に戒められた。

 

「貴様らぁ! 何が目的だ!!」

 

 仕方なく牽制代わりに声を張り上げ怒号を飛ばし銃口を向けた。当然ながら6人組は私の言葉を解する事が出来ず、困惑する者、私を見定めるように冷静に見つめる者、武器に手を掛ける者、様々であったが誰1人として退こうとする者はいない様だった。その様を見て舌打ちをしていると刀傷の小僧が何やら叫んでいた。叫ぶと言うよりは落ち着かせる為の言葉を大声で話しているといった具合か。私の事をエルフ狩りで来た者だと考え目的前の戦闘を避けたいのだろうがそうはいかん。駄目押しに銃弾を弾倉の半分程奴らの足元に向け撃ち込んでやると各々は銃撃に驚きその場より慌てて飛び退いたが、直ぐに冷静さを取り戻し仲間内で2、3言葉を交わすと各自が別の行動をとり始めた。こちらも想定内なので迎撃に移る。

 誰よりも早く動き始めたのは騎士の男で真っ直ぐにこちらへと突撃を始めた。狙いを定めて躊躇わず引金を引いたが私の想定していなかった事態が起こった。ある程度動きを封じる為に急所を外して胴から足にかけ撃ちこんだが、男はその身に銃弾を受けながらも物ともせずこちらへ肉薄せんと更に間合いを詰めに掛かったのだ。

 

「なっ……!? あぁ、くそっ!!」

 

 先の金稼ぎ傭兵共の様な安物の鎧ではないとはいえ弾丸が貫通しなかった事は流石に想定していなかった為一瞬狼狽えたが、気を取り直し手早くアサルトライフルの弾倉を交換した。恐らく魔法か想像以上の硬度を誇るか何かだろうと無理矢理納得させたが、少なくとも着弾の衝撃位はあった筈にもかかわらず構わず突き進み迫り来る騎士。その糞度胸にはある程度敬意を表する、容赦はせぬが。

 迫り来る奴が背後の剣の柄に手を掛けたのを確認したところで腰を落とし、接触手前で一歩踏み込み左逆手で鞘からマチェットを引き抜いて騎士目掛け振り抜いた。が、目の前に騎士の姿は無く斬撃は空を切る。目の前から消えたのだ。センサーの反応は左右どちらにも無い。センサー上、敵は真直ぐ私を突っ切って私の後ろへと移って行った。馬鹿な、ありえない、不可能だ、そんな思いが過ぎった。あのなりで、私を軽く飛び越えた。私も兵士として大柄な部類ではないがそれでも190センチはあるであろう私を、斬りかかった際は腰を落としていたとはいえあの男は平然と飛び越え今まさに私の後ろをとってみせた。考察は後に回し前方へと飛び後ろへと銃口を向けるもそこに奴の姿は無く、既に私が来た道へと突き進んでいた。柄に手を掛けたのは単なるはったり、最初から私の事など眼中になかったらしい。

 

「させん!」

 

 離れ行くその背中へと弾丸を撃ちこもうと左手の獲物を地に突き刺し両の手で正確に狙いを定める。

 

「シッ!」

 

 突如視界の端に人影が映ると同時に気合の一声と眼前に迫る剣。寸でのところで斬撃を避けその勢いのまま体を回転させ蹴りを放つ。蹴りは相手の脇腹へと当たり吹き飛んだ。だが次の瞬間には視界に筋肉の塊の様なモノが拳を振り上げているのが目に入る。

 

「どうりゃぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 耳をつんざく様な叫びと共に迫り来る拳に対し、上半身を後ろに反らして拳を避けその腕を掴み力の限り放り投げる。投げ飛ばした大男の体の後ろ、少し離れた位置にある大樹の枝の上に人影。その人影から放たれた物を見て急いで後ろへと飛び退き、そのついでにマチェットを引き抜いておく。先程自分が居た辺りには矢が数本突き刺さっており、判断は正しかった様だと一息吐く。だが休む暇は与えられない様で今度はこぶし大の火球が複数私の許へと飛来、飛び退いて何とか避ける。

 

「ちっ……誘い込まれたか……?」

 

 気付けば私を囲う様な敵の配置のど真ん中に佇んでいた。周りを見渡すと先程蹴り飛ばしたのは刀傷の小僧、得物の直剣は鞘に入れたままで斬りかかってきた様だ。脚は速いらしく気付けば後ろに回り込まれていた。投げ飛ばしたのは筋肉男で拳には鉄鋲の打たれた装甲グローブ。ナックルダスターやセスタスと呼ばれる類の物だろうか。樹の上から矢を放ったのは獣耳の女、そして火球は杖持ちの男。もう1人居た筈の黒衣の女が見当たらないのは身を潜めているからか、こいつらに気を取られている隙に騎士の後を追われたか、おそらく後者だろう。2人に抜かれはしたがエルフ達にも戦闘員は居た筈なのでそちらは一旦放置しておく。今はこいつらに集中しないと不味い。先程の追撃の連続を鑑みるに今までの屑共とは訳が違う。1人1人は問題無く対処出来るが全員の相手は非常に厄介だ。おまけに一合目は何とか捌き切ったがあの連携をそう何度もいなす事が出来るかと言われれば答えは否。であれば短期決戦で1人ずつ確実に戦闘不能にしていくしかない。敵の陣形は前衛2の後衛2。前衛はある程度であればいなせる、弓持ちは常に視界に入れ前衛を射線上に置いておけばそう易々と射れまい。であればまず狙うは威力、射程、特性等まるっきり不明な魔法を使う魔術師の男か。そう目星をつけ戦闘を再開した。

 

 私はこの時1つ思い違いをしていた。この世界は化け物だけでなく人間連中に対しても常に最悪を想定すべきだと、誰が何と言おうと敵は端から全力で殺しに行くべきだと認識した。それに気付いた時には既にベッドの上だったが。




目標達成ならず。むむむっ。

手甲とか脚甲とか大好きです。セスタスに出てくるエムデンのとかイイヨネ。


前話のタイトル、よくよく考えると13話目と被るのでちょっと変更しておきました。



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回想三 ~胸騒ぎ~


化物というものは何の前触れもなく現れ、根こそぎ奪っていく。それは誰にとっても同じ事だ。
人間であろうが、神であろうが、英雄であろうが、魔王であろうが。
だからこそ常に備える必要があるのだ。

そうは思わないか、ジャック?


 

 ジャックが戦闘を開始して少し後、フェルは自室のベッドの上で抱えた膝に顔を埋め声を押し殺して泣いていた。彼女が目を覚ましたのはジャックがセルメイアを出て一刻程後であった。姉のファリクシアスに彼の所在を尋ねると返答に窮し顔を背けた。その様を見てフェルは何となく察しはしたが、それでも彼の名を叫びながら辺りを走り回り探し続けた。目に涙を溜め、時に転んで土に塗れながら。最後は姉に止められその口から聞きたくなかった事実を聞かされて漸く彼の居ない事実を受け止めた。

 

「ひどいよ……どうして……?」

 

 何故ジャックは何も告げず、自分との別れの時間すら作らず行ってしまったのか。何故姉は彼を止めてくれなかったのか。どうして、どうして、どうして。フェルはそれを嘆き続けた。勿論ジャックやファリクシアスにも都合や立場がある。だがそれらの事について考えられる程今のフェルに余裕は無く、またそれに納得出来る程大人でもない。

 

(大っ嫌い……私に酷い事をした人間達も……姉さんも……ジャックさんも……皆……)

 

 たとえそれがただの八つ当たりであったとしても、今の彼女にはそうする事でしか辛い気持ちを吐き出す事が出来なかった。ファリクシアスもそれが分かっているからこそ辛い思いをしていた。

 

 

「はぁ……」

 

 相当辛かったらしい。ファリクシアスはフェルの部屋の外、閉じ切った扉の前で長嘆息を漏らした。それはもう幸せが裸足のまま大急ぎで逃げ出すのではという程の。

 

(折角フェルに会えたと思ったらこれか……向こう10年は口を聞いてもらえない事も覚悟しなければならないかもしれない……)

 

 姉としてフェルを慰めるべきか否か、この様な事態は今までに起きた事が無いくらい姉妹仲は良かった故にどうすれば良いかが分からない。その為か彼女の部屋の前で狼狽し頭を抱える事しか出来なかった。

 

(それもこれもあの男さえ居なければ……! ……居なければ……フェルには会えなかった……な……)

 

 ジャックが居なければ今頃妹は何処かで人間の慰み者になっていたかもしれない、そう考えると責めるに責められなかった。あの男が森を去る時に自分が引き留めていれば妹をあそこまで傷つける事はなかったのではないか。今は辛くても何時の日か笑いながら語れる思い出にする事が出来たのではないか。そも自分が妹にもっと気を配っていれば森を出て人間に捕まる事もなかったのでは。そんな事を考え始めどんどんネガティブになっていった。守り人の長を任されているとはいえまだ100歳を超えた程度のファリクシアスもまだまだ精神的に打たれ弱い様である。

 

「ファリクシアス様……! 急ぎお伝えしたい事が……!!」

 

 ファリクシアスは突然声を荒げ飛び込んで来た守り人の1人に驚きつつも平静を装い詳細を確認すると森の北側から聞きなれない異音がするとの事だった。守り人の男は不可思議な音に不用意に近付くのは危険と考え、まずは報告すべきと大急ぎで戻ってきたとの事だった。息も絶え絶えという様子で別の守り人に肩を貸してもらっている。

 

「森の北側……? それはどんな――」

 

「あ、あのっ! その音ってもしかして、パーンというかターンというか……何かが破裂した様な音というか何というか……」

 

「えっ? え、えぇ……確かにそんな感じの音でしたね……」

 

 突如フェルが目を赤く腫らした状態で部屋から飛び出て来るなり2人の会話に入り込み異音について尋ね、返答を聞くなり青ざめた。部屋から出て来てくれた事よりも、様子のおかしな彼女に疑問を抱いたファリクシアスは異音の正体について尋ねた。

 

「ジャックさんが……あの人が持っていた黒くて長い金属の道具を覚えてますか……? 多分あれによる攻撃の音だと思います……」

 

「攻撃音……? だとするならばあの男は誰と、何と戦っている?」

 

 場に剣呑な雰囲気が漂い始めるとフェルは直ぐにでもその音の元に向かいたいと姉に懇願したが当然の如く姉に引き留められた。そこで戦闘が起こっているというのであれば当然である。ファリクシアスは自分を含めた複数人で確認に向かうので部屋で待機している様にフェルに指示し、可能であればジャックも連れ戻すと伝え何とか妹を宥める事に成功した。が、その説得も更なる来訪者により無意味なものとなってしまった。

 

「ファリクシアス!!」

 

 手早く出発の準備を整えている際に現れたのは全身を鎧で固めた騎士、先程ジャックの銃撃を真っ向から受け切った人物であった。鎧の各所に弾痕と思しきへこみが若干見受けられる。

 

「クロノスさん!? どうしてここに!?」

 

「この森でエルフ狩りをしようとしている連中が居ると聞いて急いで戻って来たが……どうやらまだ戦闘は開始していない様だな……良かった」

 

「そうでしたか……。ですが、件の狩猟団一派は既に全滅しています」

 

 ファリクシアスはクロノスと呼ばれた騎士に対し掻い摘んで状況を説明した。

 

「1人で全滅させたのか……!? 凄まじいな……。しかし皆殺しとは……アーシスの奴が耳に入れたら喧しいぞ。それで、その御仁はどちらに?」

 

「その男なら先程森を出て――」

 

 この森から出て行った、ほんの少し前。それを伝える途中で2人は何かに気付き目を見合わせた。

 

「クロノスさん、貴方達は森のどちらからいらっしゃいましたか……?」

 

「北、だ。私からも1つ聞きたい、その男は全身を暗い色の鎧で固めた大柄の人物か? それも爆発音と共に高速で何かを射出する未知の武器を持った」

 

 その問答を聞いた瞬間のフェルの頭の回転具合といったら、それまで生きてきた中では一番の速さであっただろう。入り口側からでは間違いなく止められると考え逆側の窓へと全力で走った。背後から止まる様求められる声も振り切り窓へと向かいながら詠唱を開始する。

 

「我が求むは新たなる道……氷よ――」

 

 窓の外は地上から十数メートルはあろう位置、にも拘らずフェルは躊躇い無くその窓から飛び出した。

 

「血路を開け!」

 

 詠唱終えると同時に氷がさも橋の様に作り出されてフェルを難なく受け止めた。彼女が走り出すと氷の道もぐんぐんと作り出されて進路を北へと向けた。魔法で作られた氷の橋は強度が高いのか支えが無くとも崩れる事なく伸び続け、時折傍の木から簡易的な支柱が出来る程度でその重量を支えきっていた。

 現場へ向かう最中、フェルは奇妙な光景を目にした。眩い閃光、そして鳴り響く音。

 

「……雷?」

 

 フェルの脳裏にクリムゾンオーガ戦での光景が過り、不安に押しつぶされそうになるのに耐え体力の続く限りジャックの許へと走り続けた。

 

 

 ジャックが居ると思われる場所へと全力で駆けて行く妹の姿を見てファリクシアスは複雑な心境であった。以前までの彼女は運動などは碌にしていなかった為体力も無く、魔法も教え始めたばかりであった。だが今の彼女はどうであろうか。走れど走れど足を止める事はなく、教えた覚えのない魔法を駆使し苦難へと自らの意思で向かって行った。僅か1年にも満たない期間離れていただけの筈なのに、こうも成長するものなのかという感慨深さ。そして自分の知らないところでどんどん成長していってしまう寂しさ。

 

「知らず知らずの内にああやって成長していくんだろうなぁ……あぁダメだ……泣きそう……」

 

「感慨に耽っている場合か馬鹿者が!! すぐに後を追うぞ!」

 

 クロノスと呼ばれた騎士はファリクシアスの後頭部を叩き大急ぎでフェルの後を追った。そして耳にした雷鳴に反応し歯を噛み締めた。

 

「あんの大馬鹿者め……!!」

 




元気と時間があるうちに更新。
間違えて投稿用に弄る前に投稿してしまった為一度削除してます。焦った焦った。

〇我が求むは新たなる道。氷よ、血路を開け
氷の道を作る。魔力で編まれた氷は強度が高く支柱がなくともある程度は耐えるが、時折支えを作らなければさすがに崩れる。氷道を作り出した本人は通常の道同様に進むも滑るも自由自在。
本来は逃走の際に用いられる。
フェルがドグレイズのミルスより教わった氷魔法の内の一つ。


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回想四 ~やばい!~

 フェル、覚えておきなよ? ただでさえあんたはエルフってだけで狙われる立場にある。それに加えてそんなモノまで使えると知られてしまったら、二度と安息の日は来ないかもしれない。だから、絶対に他人の前でそれを使わない事。もし使うのであれば、必ず相手に知られない様に使う事。もし知られてしまったら……覚悟を決めなきゃいけないよ。



 マチェットを一度鞘に納めながら現状を整理する。正面右に筋肉、左に魔術師、後方には刀傷。弓持ちは私の真左にある太い木の枝の上、仲間に射線を被せない様に上手く動き、他の3人も弓持ちの位置を常に把握し射線に入らない様にしている。真っ先に潰しておきたいのは未知の存在である魔術師である事に変わりは無いが、この場で一番厄介なのは間違いなく弓持ちであると自分では考える。

 私自身弾雨の中で戦ってきてはいるが弓矢というものに相対した事はこの森に来るまでは一度として無かった。昔の資料映像程度であれば興味本位で見た事はあるが直にとなると。弓矢を持ち歩く者達の姿を幾度となく見てはいるものの射る姿までは見た事が無かったのだ。どの様な武器かの知識はあるが戦法や武器としての限界が分からない状態。矢を番え、そして射る。それは理解していても、一射目から二射目までに掛かる時間、射程距離、威力、まるで知り得ておらず中途半端で曖昧な知識を持ってしまっている。それは非常に不味い。先の一合でも瞬時に数本の矢が放たれていたが、それがどの程度の腕の持ち主に当たるのかも分からない。剛の者として警戒が過ぎれば他が疎かになり、取るに足らない存在と侮れば虚を突かれる。だが少なくともあの女のこの場での役割だけは何となくだが理解は出来た。狙われていたのは恐らく脚、行動の阻害による支援と思われる。であればすべき事は1つ。

 

 戦闘再開の口火を切ったのは私の銃撃に因るものとなった。戦闘を有利に進める為には不確定要素となる魔術師を潰す事。そして弓持ちがそれを妨害してくるのはまず間違いない、ならば先にそれを潰すまでの事。弓持ちの立つ木の枝に向かって引き金を引くと、放たれた複数の弾丸は正しく枝のみを撃ち抜き弓持ちは小さな悲鳴と共に地へと落ち始めた。それを見届ける事なく魔術師へと全力で突き進む。地に落ちる女に気を取られてか他の3人の行動開始はワンテンポ遅れた様子だった。弓持ちを止めていられる時間はそう長くはないだろうがそれで良い、その僅かな時間遠距離からの妨害に警戒をせずにいられれば。

 弓持ちが行動可能になる前に魔術師を仕留めるべく一気に距離を詰める。右前方からは拳を固めた筋肉男がこちらを目掛け吶喊、真正面に据えた魔術師はその手に光が集まり始めた。筋肉男の攻撃をいなして上手く盾にしてやればお得意の魔法も使えまい。そうすれば後は潰すだけ、その筈だった。

 

「!」

 

 突然筋肉男がこちらへの吶喊を中止し横へと飛びのいた。理由を考えるより先に首筋がざわつき己の第六感が脳より先に体へと命令を下した。今すぐ止まれと。次の瞬間には目と鼻の先に矢が数本突き刺さり勘の正しさを示した。弓女の行動再開が想定していた以上に速すぎる。虚を突いたにも拘わらず空中で体勢を立て直し行動に移ったとでもいうのだろうか。

 ほんの一瞬の余所見であったが不味かった。気付いた時には肉塊が視界を覆っており最早避けるは不可能。いなしきれるかも怪しい。ならばと敢えて防御を捨て、相手の攻撃に合わせて強引に殴り掛かる。

 

「ぶへっ!?」

 

「ぐっ!」

 

 ほぼ同時に互いの拳が相手の顔面を捉えた。相手は兜の類はしていなかった為かもろに拳を受け数歩後退り、対して此方はマスクの装甲が破損して歪み口の中で鉄の味がしたが何とか踏み止まった。追撃にと落とされていた相手の太腿を踏み台にして右膝を顎に叩き込む。センサー上では後ろから猛スピードで迫り来る反応、間違いなく刀傷。筋肉男は放置し予めピンを引き抜いておいたスタングレネードを後方上部に放り投げる。ドグレイズでも用いた手だが、初見の相手であればやはり効果は絶大らしい。炸裂と同時に刀傷の動きが止まったのを尻目に魔術師を仕留めに掛かる。フェルや此奴の挙動を見ていた限りでは魔法を使用した際は手の平や杖の先等に光が集まっていた。それが発動の合図であるとすれば魔術師はまだ魔法を使い始めた様子はない。後は距離を詰めて叩き潰せば終い、そう思いながら拳を固めた。だがその拳が魔術師に届く事はなかった。

 

「――なっ……!?」

 

 私の拳より先に奴の杖の石突きが私の腹部にめり込んでいた。殴り掛かる勢いそのままにカウンターを食らう形となった為かアーマー越しにも拘わらず凄まじい衝撃が全身を襲った。ほんの僅かな時間ではあったが呼吸が止まると同時に思考が霧散し動きが鈍った。魔術師はその隙を逃すまいと杖による追撃を仕掛けてきた。杖術、棒術、槍術、将又その全てか分からないが動きの先が読めず捌き切れない上、マチェットを引き抜く余裕も無い。更には何時の間にか魔法を使用していた様で杖は燃え盛り、仮に防いだとて熱による苦痛が全身を襲う。ジェイドの用いていた様な武器に魔法を付与する類のものらしいが、奴と違う点は通常の魔法も攻撃の流れに加えてくる事。加えてこの男、攻撃のいなし方が非常に上手い。此方からの攻撃を受けるのではなく勢いそのままに受け流し、体術と杖術、魔法を織り交ぜて確実にダメージを蓄積させていく攻撃の型。万全の状態の私であればまだしも現状の私で抑え込める相手ではない。完全に見誤った。

 

「ぜぇぇぇぇりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 必死の防戦の最中辺りに轟く怒声。魔術師の相手に必死で筋肉男が迫っていた事に気付けなかった。

 

「しまっ――」

 

 凄まじい衝撃と共に体が宙を舞い、その数秒後にして漸く体が地面に叩き付けられその勢いのままに地を転がった。どれだけの力があれば私の体躯を殴り飛ばせるというのか。奴の顔を見るに先程の連撃が大分頭にきているらしく、怒りに身を任せた渾身の一撃なのだろう。無意識に身を守るのに使ったらしいアサルトライフルの銃身が無残にも圧し折れてしまっている。それでも尚殴られた部位の痛みに顔が歪む。脇腹付近であったが肋骨にひびでも入ったか。こちとら銃身とアーマー越しだと言うに。

 

「馬鹿力め……」

 

 脇腹を抑えよろめきそうになりながら立ち上がりぼやく。動く事は可能だが先程までの動きと同等の動きは不可能に近い。薬液を使用する事も考えたが、効果の薄い物ですら劇薬であるあれはそう何度も使える物ではない。まだ動けるのであれば痛みなぞ捨て置け、苦痛なぞ無視しろと自身に言い聞かせる。深く息を吐き出し、まだ戦えるぞと言わんばかりに連中を見やる。

 一方の敵方といえば私が立ち上がった事が驚きの様で、解きかけていた戦闘態勢を再び取り直した。気絶したふりをして後ろから奇襲をかけた方が賢明だったかもしれないが、それはヘルガストとしての私のプライドが許さん。四の五の言っている場合ではないのは分かっているが、そこを譲るわけにはいかない。だがその選択の行く末など誰が見ても明らかだった。

 

 消耗の激しい私がまだ体力十分の4人組を抑え込める道理は無い。だがそれでも相手の攻撃を最小限の損害に抑える事に全力を注ぎ隙を窺う。相手の猛攻撃を必死で耐え続ける。弓の援護は下手に味方に当たるのを恐れてか仕掛けてくる様子はない。魔術師も近接ではなく魔法主体に移っている為相手取るのは前衛の2人。筋肉男と刀傷の苛立ちと焦りを感じる。さぞもどかしい事だろう、手負いの相手を仕留めきれないというのは。仕掛けるなら今と、わざとよろけた様に膝を崩す。

 

「スカーラ!!」

 

 筋肉男が叫ぶと同時に大きく振りかぶった上からの打撃が迫る。これを避けて先ずは邪魔な筋肉男を潰す。そう、潰すだけの筈なのに。何故私は腹に打撃を受けているのか。奴の拳が地面に叩き付けられ、次の瞬間には腹部に激痛が走り軽く打ち上げられた。何とか倒れる事なく着地したがその隙を敵が逃す筈もなく、太腿に矢が突き刺さり膝をつく。痛みに耐えつつ前方を見やるとそこには石の柱の様なものが地面から迫り出しており、衝撃の原因がそれである事が分かった。

 

「魔法……?」

 

 何て質の悪い冗談であろうか。魔術師と思っていた男は近接戦をも楽にこなし、常に私に殴り掛かって来ていた男が魔法を使用する。しかもそれを初手から使わず温存し、完全に虚を突いてみせた。しかしここで折れるわけにはいかない。

 

「まだだ……まだ……」

 

「アーシス!」

 

 脚に突き刺さった矢を引き抜きつつ立ち上がる姿を見て筋肉男が叫ぶと同時にその場を急いで離れた。真正面に居たのは刀傷、そして手に光が集まり――。

 

 不味いと思った時には全身に焼ける様な痛みが走り意識が途絶えた。




もう少し早く投稿したかった……申し訳ないです。

最近色々やばいと生活態度を改めてはいるものの中々ダメですね。特に朝飯食ってなかったのとか脂肪が増えてきた事とか。早起きとか筋トレとかを習慣付け様と頑張ってます。1人暮らしはズボラな人間がやるとダメね。
尻叩いてくれる人でも出来ないかと某神社で良縁祈願してきました。自分でも努力せねば。

次話を7月中に投稿出来れば素敵な出会いがある、次話を7月中に投稿出来れば素敵な出会いがある!
よし、これで色々大丈夫。え、ダメ?そんなー(´・ω・`)

追記:タイトル修正 回想4 → 回想四
気付けよ自分……orz
その他気になる点微修正。


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回想五 ~死闘~

今回の事で分からなくなった。奴の根幹はヘルガスト寄りか否か。
どちらが本当の姿なのか。慎重に見極めねばならない。

まぁどちらにせよ――私も覚悟を決めねばなるまい。


 魔力によって作り出された雷が直撃したジャックは意識を刈り取られ、電源を切ったかの如くその場に崩れ落ちた。その雷撃を起こした右頬に刀傷を持つ少年、アーシスはそんなジャックに対しこれ以上立ち上がってくれるなと神に祈った。ジャックが倒れた後も暫くの間戦闘態勢のまま警戒を続けたが、動く気配はなかった事から一息吐いた。筋肉男ことヴァースがジャックの脈を確認し、彼から生きている事を聞いてやっとアーシスは脱力出来た。

 アーシス自身それなりに場数は踏んで来たつもりでいたが、ここまで苦戦を強いられた相手は1人として居なかった。それも相手はたった1人、対して自分達は4人掛かり。人間相手には基本的に使用を制限する様言われている「裁定」を使用してやっとだった。もし自分1人で対峙していたらどうなっていた事か、考えたくもないと頭を振った。

 

「ヴァース! あんた殺す気!? 明らかにヤバいの何発か入れてたでしょ!」

 

「阿保か!? 手抜いてたらこっちが死ぬわ!」

 

 口喧嘩を始めたヴァースと獣人の少女スカーラを他所にアーシスは倒れ伏す人物が何者か考えた。少し前にこの森を訪れた際にあの様な装備をした人物は居なかった。聞き覚えの無い言葉を喋っていた事からセルメイア外の人物、仮面で聞き取り辛かったが声色からして恐らく男性。攻撃を加えてきた事からこの森を襲撃予定の傭兵だろうか。しかし此方を殺す意思が無い様にも見受けられた。

 

(まさか……エルフの人々を守っていた……? いや、まさかな……)

 

 自分は不味い事をしたのではと少し不安になってきたが、過ぎた事は戻らないと自分を納得させ取り合えず拘束して連れて行く事にした。エルフの人々に聞けばあの男性について分かるかもしれない。もし自分達の勘違いであれば誠心誠意謝ろうと決め鞄を漁りロープを探した。が、見当たらずジャックから執拗に狙われていた魔術師に声をかけた。

 

「ランシス、ロープ持ってないか?」

 

「あぁ、ロープなら確かヴァースが持って――ヴァース!!」

 

 ランシスが叫ぶより早く、先程まで倒れていた筈の男が後ろから襲い掛かりヴァースに組み付いた。裸絞、所謂チョーク・スリーパーの形で目一杯首を絞め付けられたヴァースは必死に振り解こうともがくが、遺伝子調整を受けて生まれ過酷な環境下にも耐えてきた強靭な肉体、そして何よりも先程までとは打って変わり殺意を抑え様ともしない男の前には無意味であった。傍に居たスカーラは咄嗟に腰のナイフを引き抜きジャックの腕を斬り付けるも、怯む様子を微塵も見せないどころか逆に蹴りを食らい吹き飛ばされた。

 

(ズタボロの筈なのになんつー馬鹿力だこいつ……!? こっちは筋力強化かかってんだぞ……!?)

 

 予め魔法による筋力強化を行っているにも拘らず完全に抑え込まれてしまっているヴァースは呼吸をする事が出来ず段々と意識が遠のき始めた。

 

(バケモンかよこいつ……? やべ……意識が……)

 

「ヴァース、ごめん!」

 

 意識を失う一歩手前でランシスの放った魔法がヴァース諸共ジャックを炎に包んだ。流石のジャックも僅かに力が緩み、ヴァースはその隙を逃さず彼を力の限り地に叩き付け更にそのまま蹴り飛ばした。しかしまだ自身を包む炎は残っており大騒ぎしていたところで、漸く仲間の魔法により消火された。

 

「殺す気かよっ!?」

 

「だから先に謝ったじゃないか、ごめんって!」

 

「謝りゃ良いってもんじゃねーからな!?」

 

 そう喧嘩する2人を放置してアーシスは蹴り飛ばされた少女の安否を確認していた。

 

「大丈夫か、スカーラ?」

 

「『風壁』張ってたのに割と痛い……。満身創痍の人間が放てる蹴りじゃないわよ絶対……ゴーレムみたいな痛覚の無い人造使い魔なんじゃないのあれ……?」

 

 これだけ文句が言えれば大丈夫だろうとアーシスはまだ倒れ伏す男を見た。仄かに火が燻っているが焼け死ぬ程では無いと思われる。咳き込んではいるが横たわったまま動かない。先程のヴァースの追撃ももろに食らっていた様だしもう起き上がってこない筈、そう思っていたのだが。

 

「――嘘だろ……?」

 

 男は苦痛と疲労で真面に力が入らず震える脚でまだ立ち上がってきた。

 

(何で……どうしてそんな状態で立ち上がれる……!?)

 

 

 一方のジャックは最早頭の中にあるのは明確な殺意だけとなり、与えられた「殺すな」という指示の事などとうに頭から消え失せていた。

 

「……貴様等ぁ……もう糞爺の考えなんざどうでも良い……!」

 

「殺す……! 貴様等だけは……今ここで……!!」

 

 絞り出す様に怨嗟を呟きつつ、雷を食らった事で故障したヘルメットをマスクと共に脱ぎ捨てると仄かに灰掛かった肌が露出した。あれだけ殴られていれば流石に内臓も相当痛めている様子で多量の血を吐き捨てる。吐き出した血で汚れた口元を袖で拭うと一歩、また一歩と歩みを進めながらレッグポーチから無針注射器を取り出す。震える手をもう片手で支えつつ必死に首元へと動かそうとするが最早肩は上がらず、終には膝を突き無針注射器も落としてしまった。それでも尚歯を食いしばり射殺さんばかりの眼力で威嚇し続けるジャックを前にして、蛇に見込まれた蛙の様に4人は動けなくなってしまった。

 

「もうやめとけよおっさん……マジで死んじまうぞ……!?」

 

 あまりの気迫を前に、あれだけ怒っていたヴァースも戦意を失い始めていた。何故そこまで苦痛に耐え食い下がる必要があるのか、何故そんな状態になってまでまだ立ち上がるのか。そんな疑問も湧いたもののこの男に何を言っても無駄だと感じ、アーシスはもう一度詠唱を始めた。今度こそ意識を刈り取る為に。

 

(戦士としてはその闘志は尊敬に値すると思う……。けれど、今はもう頑張らないでくれ……!)

 

 そう願って詠唱を終える直前、ジャックの前に巨大な氷壁が出現した。

 

「氷魔法……!?」

 

 戦いの中で火の魔法の様な爆発は起こしていたものの、氷の魔法などは一度も用いてこなかった。それ故に敵側の増援と考えたランシスが火球を放ち氷壁を一気に溶かすと、そこには1人の少女が立っていた。ジャックの前に俯いたまま佇むのはどう見てもエルフの少女だった故に、ジャック含めその場の全員が困惑した。

 

「エルフの……女の子……?」

 

「……さない……」

 

「……え?」

 

「……さない……許さない……許さない! よくも――ジャックさんを!!」

 

 その目はほんの半年前までの何事にも怯えていた少女のものではなく、大切なモノを踏み躙った敵に向け怒りと憎しみを湛えた1人の戦士の目と成り果てていた。

 

「抜刀せよ……!」

 

 フェルが右腕を正面に掲げそう呟くと、その背後に冷気が集まり氷で作り出された無数の刃が姿を現し切先を自らの敵へと向けた。

 

「ちょっ、まっ――」

 

「その身を彼の血で紅く染めるのだ!」

 

 言葉を紡ぎ終えた途端に無数の刃が射出され4人に襲い掛かる。アーシスはかなりの速度を持って飛来する刃を見切り鞘から引き抜いた剣で切り落とす。だが氷で出来た剣は次々と襲い掛かり切りが無い。否、魔法である以上魔力が尽きればそこで終わりではあるが、如何せん魔力の底が分からない。このままではじり貧だとアーシスは現状況を打開する方法を必死で思考した。相手がエルフでしかも女の子である以上傷付けるわけにはいかない。かと言って頭に血が昇っている様子から説得出来る気がしない。そも彼女と何かしら近しい関係にあるであろうあの男性を傷付けた以上此方の言葉に耳を貸す事は無いだろう。それ以前にあの男性もそうだが彼女は何者なのだろうか。この森に暮らすエルフはそれ程多くは無い為それなりに覚えている筈だが、彼女の顔を見た覚えがあっただろうか。

 

(この森の出身じゃないのか……? あの顔に覚えはない……。けど……すっげぇ可愛い……。って違うそうじゃない、今はそんな事考えている場合じゃない!)

 

 アーシスは攻撃を避けつつ残りの3人に指示すると、フェルへと向け一気に加速した。そこは流石の俊足と言うべきかフェルが気付き迎撃に移ろうとする前には既にかなり距離を詰められており、詠唱を開始した頃にはもう遅かった。足を掛けられて転倒したところへマウントポジションを取られ、加えて腕も抑えられ完全に身動きが取れない状態となった。

 

「っ……離して……! 私は……貴方達を絶対に許さない……!」

 

「それで良いから頼むから落ち着いて、話を聞いてくれ……!」

 

「っ……よ――」

 

「……え?」

 

 射殺さんばかりに睨みつけてくるフェルが小声で呟いた言葉に気を取られていると、強烈な蹴りが彼の頭部捉えそのまま地を転がった。当たり所が悪かったのか上手く立ち上がれずにいると今度はジャックがアーシスに馬乗りになり、何時の間にか手にしていた大鉈がアーシスの視界に映った。

 

(あ、やべっ……死ん――)

 

 死ぬ寸前には走馬燈を見るというのは本当なんだな、等と目前に迫る刃先を前に死を覚悟し目を瞑った。しかし何時まで待てども痛みも衝撃も無く、ゆっくりと目を開けると目の前で刃は止まり、何者かがジャックの腕を必死に抑えていた。

 

「落ち着け……ジャック……!」

 

 見慣れた騎士とエルフの女性、クロノスとファリクシアスが2人掛かりで必死に大鉈を持つジャックを押さえている状況だった。

 

「もう良い……もう大丈夫だから……! 頼むから落ち着いてくれ……!!」

 

 ファリクシアスが通じぬ言葉で必死にジャックを宥めると、ジャックの腕から力が抜けた為ゆっくりと立ち上がらせた。クロノスはアーシスに手を貸し起き上がらせると安否を確認し軽く治癒魔法を掛けてやった。

 

「大丈夫か?」

 

「……助かりました……いや、本当に……死んだと思った……」

 

 泣きそうになりながら感謝するアーシスとは裏腹に、ジャックはファリクシアスの気遣いを手で制し覚束ない足取りでフェルの許へと向かい彼女を優しく抱き締め呟いた。

 

「フェル……お前……は……たしが……かな……ら……」

 

 もはや言葉にもならぬ言葉を紡ぎながらジャックはその場に崩れ落ち、今度こそ気を失った。




回想に入る前が2年前、回想に入ったのが1年前。
自分の作品ながら頭おかしい。投稿滞って申し訳ないです。

〇抜刀せよ、その身を彼の血で紅く染めるのだ
正確には「氷刃」と呼ばれる魔法。氷の刃を作り出して射出する魔法。某AUOのGOB擬き。
今回はこれ単体で使用したが本来はここから更に派生させて攻撃に用いる。


※一部おかしな部分があった為修正(2018/8/31)



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ジャックという名の男


「――って事があったわけよ」

(いや、不明瞭な点が多すぎる。もう少し詳しく話せ、適当が過ぎる)

「そういわれてもなー」

 老人は男と会話しながら以前の白い空間とは違う、どこかの薄暗い部屋の様な場所で机に向かい手元の羊皮紙をランプの灯りを頼りに眺めていた。机の上には複数の羊皮紙が広げられ、その内の1つには男の真名が記され血判がされていた。


「――よし、そっと下ろせ。ゆっくりとな」

 

 ジャック達がエルフの集落へと戻ってきたのは日が昇り始めた頃、当のジャックは意識を失ったまま担ぎ込まれた。ベッドに横たえられた後服を剥がれた彼の体は所々赤黒く変色しており戦闘が苛烈なものであった事が窺えた。戦いに不慣れな若いエルフがその痛々しい姿を見て顔をしかめる程には重症な様で、直ぐに体中を包帯だらけにされてしまった。

 その場に居た事情を知らないエルフ達からすれば何故傷の治療を行わず連れ帰り、挙句そのまま寝かせておくのかが分からなかった。であれば当然尋ねる、『何故治癒魔法を使わないのか』と。それに対して『しなかったと思うか?』と溜息交じり返した守り人の1人が事の経緯を相手に話し始めた。

 

 

 森での戦闘が終了しジャックが意識を失うと、フェルは若干取り乱しつつも直ぐに彼の所持品の中から以前ドグレイズのセラから貰った薬を探した。その様子を見たファリクシアスとクロノスが彼女を落ち着かせ、治癒魔法を用いる様指示した。客観的に見ればフェルが彼の傷を見て錯乱状態に陥っている様に映る為これは当然の反応と言える。実際血を見慣れていないといざという時に取り乱し冷静に行動出来ないというはよくある話ではあるが、何事にも人に想定出来ない物事は存在するわけで。故に――。

 

「彼は治癒魔法や魔法薬が効かないんです……!」

 

 そんな事を言われても最初は誰も彼も半信半疑にもなるというもの。互いに顔を見合わせ『そんな馬鹿な』となる。実の姉である者であってもその言葉を直ぐには信じられなかった。しかしそんな中唯一人の人物だけは行動が早かった。その場に居る者の中でも最年長の人物、クロノスだけが直ぐに自身で治癒魔法を試し、結果を知るや否や周りへと指示を飛ばし始めた。一部の守り人へは即刻集落へ戻り包帯や薬草の類をかき集めておく様に命令。残った者へは集落に戻る準備を進めろと声を張り上げた。

 

「フェル、何かしら彼の治療に用いる事が出来る物があるのだろう、直ぐに準備してくれ。

ケイ! ケイルリース!! 直ぐに来い、何処だ!」

 

 フェルへは宥める様な落ち着いた声で薬の有無を確認し、ケイルリースという人物を探す為再び声を張り上げた。そこへ息を切らしながら漸く辿り着いたのは黒衣を纏う人間の少女であった。

クロノスは分かり易く手短に今来たばかりのケイへと現状を伝えると、思考が追い付かず茫然と立ち尽くしていたアーシス達を一括した。

 

「何時までそこでボーっと突っ立っているつもりだ貴様ら! 彼を運ぶ準備は出来ているのか!? 貴様らへの説教は後でくれてやる、今はやるべき事をやれ!!」

 

 こうして皆が慌ただしく動き回る中、その場で出来る最大限の治療をジャックへと施して集落へと戻って来たのであった。

 

 

 ジャックを寝かせたベッドの横でファリクシアスがクロノスへと頭を下げた。

 

「クロノスさん、ありがとうございます……。貴方の迅速な対応のお陰で妹の恩人が大事に至らずに済みました」

 

「まだ予断を許さんがな……。ケイ、何か分かりそうか?」

 

「少し時間を頂けますか? 何か他に方法がないか探してみます」

 

 そう言いながら黒衣の少女は本を捲りつつ唸り続けていた。そんなケイルリースを放置しクロノスはフェルへ向き直った。

 

「さて――改めて自己紹介するとしようか。君にマウントとった馬鹿がアーシス、筋肉達磨で変態の馬鹿がヴァース、ドジ魔術師の馬鹿がランシス、胸の貧しいケモ耳の馬鹿がスカーラ、

君の恩人を診ているのがケイルリース、ケイと呼んでやれ」

 

「ま、貧しい……」

 

「いくら何でも酷くないっすか姐さん……」

 

「そうですよ! 馬鹿はヴァースだけですよ!?」

 

「おめぇにだけは言われたくねぇよ!」

 

「喧しい、指示すら守れん馬鹿共などそれで十分だ。それから私はクロノス、この馬鹿共のリーダー兼目付け役みたいなものをしている」

 

 クロノスの鎧が光となって消えると、現れたのは短い髪を後ろで束ねた美しい女性であった。人生を戦いに費やしてきた事を現すかの様に衣服で隠れていない部位の肌には無数の傷がその証として刻まれてるのが見られた。

 

「……レイフェルティアです。この森の守り人の長、ファリクシアスの妹です。……失礼を承知で正直に申し上げます、私は其方の方があまり好きになれそうにありません」

 

 そう言ってフェルがアーシスの方を見やると、見られた本人はかなりばつが悪い様子であった。可憐な少女にその様に言われる言葉というものは予想以上に突き刺さるものだと結構へこんだ。

 

「アーシスか。まぁ君の大切な人に対してあれだけやったのだ、気持ちは分かる。しかしそれはお互い様で私も危うく連れを殺されかけた。喧嘩両成敗、とは違うがここは矛を収めてはもらえまいか。勿論、彼次第ではあるが」

 

「それは……はい、分かります……。ジャックさんはきっと私達を守ろうとしてくれた。それは貴方達も同じだと思います。言葉が通じなかったからこその行き違い、彼も事情が分かれば怒りを収めてくれると思います。ただ……ちょっと……」

 

「……? この馬鹿が他に何か失礼でも? いや、女性を組み伏せて馬乗りになった時点でぶん殴られて然るべきだが」

 

 フェルは簡単にだが自分が人間の男に受けた仕打ちを話した。

 

「――ですので、人間の男性が苦手な上に……あの様に組み伏せられてしまうとどうしても……」

 

 その一言でファリクシアスの目が据わった。

 

「アーシス、殴っても良いかいや殴らせろ今すぐだ」

 

「致し方なかったんだよ!?」

 

 

 ジャックの事はとりあえずケイルリースに任せクロノス達は広間へと戻り、机の上に置かれた彼の装備を眺めていた。銃器についてはフェルが以前に手を触れた事をジャックに強く諫められた事を伝え見るだけに止めてはいた。ナイフ1つとっても見た事の無い型であった為か、誰もあの男の出自について分からないままであった。ちなみに説教はクロノスがジャックの装備に関心を示していたためか後回しとなった様子。

 

「貴方でも見た事がありませんでしたか」

 

「あぁ、世界各国の騎士団や装備事情にはそれなりに詳しいつもりだったが……こんな装備は見た事が無い。最新式の装備――というにはあまりにも……歪だ」

 

「いびつ?」

 

 クロノスは頷くとジャックの大鉈を手に取り、その刃先にゆっくりと指を這わせると彼女の指からは血が滲み始めた。それに構う事なく今度は柄の握りを確かめ軽く素振りし物の状態を確かめた。

 

「昔と違って今は何処も魔物の部位、要は魔力を有した物を使用して武器に魔法を掛け易くしているのが殆どだ。そうして切れ味や攻撃性を高めて戦闘で優位を保つ。他にも軽くて扱い易い物を作り強度は魔法で補う、なんてのもな。勿論逆に私のメギンギースの様に重い剣を魔法で軽くして用いるというのもあるがね。だが彼の装備はどれも魔力が流れ難い、昔ながらの魔力を含まない材料のみで作られている様な感じだ。にも拘わらずこの大鉈は強度、切れ味共に非常に高い」

 

 現在の戦闘事情は魔法の存在に勝敗を委ねているいっても過言ではなく、故に装備にも魔力を通し易くする為に魔力を含んだ材料を使うのが主流となっている。魔力の含まれない材料を基に作られた装備はその殆どが実用性のない装飾用、部屋のインテリアの様なものと成り果てている。

 

「最新式と仮定して、それにも拘わらず魔力との併用には向かない装備。とすると考えられるのは――」

 

「分かりました!」

 

 息を切らして広間へ飛び込んだケイルリースを見て、クロノスは結論は後回しだと再びジャックの許へと戻った。

 

 

 ジャックに治癒魔法が効かないのは何が原因なのか、それを問おうとするフェルを制してケイルリースはベッドの横に座り込みジャックの手を握るとそっと目を閉じた。彼女の手がぼんやりと光を帯びると、ゆっくりとだがジャックの傷が癒え始めるのが見て取れた。だがその速度は通常の治癒魔法とは比べるまでもなく遅く、加えて段々とケイルリースの顔色は悪くなり、脂汗が滲み始めた。少しして漸く手を離すと、まるで長距離を走り切った走者の様に息を切らしていた。

 

「ケイ、大丈夫か?」

 

「はい……お水を頂けますか……?」

 

 ケイルリースは受け取った水を飲み干し息を整えると、ゆっくりと自身の考えを話し始めた。

 

「多分なんですけど……この人、体内に魔力が存在していないんだと思います」

 

「魔力が――無い?」




クリスマス 今年も1人で 苦しみます

殆どかゆうま状態ですがぎりぎり更新出来ました。今年もあまり投稿出来なくて申し訳ありませんでした。来年はもう少し投稿していけたらと思います。

多分今回で年内最後の投稿と思われますので一週早いですが。
皆様、良いお年をお迎え下さい。


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おてがみ

 父は私に対して関心を寄せなかった。あの男の頭にあったのは自分の地位の事ばかりで、子供などその為の道具に過ぎなかった。
 長兄も、そして次兄も私なぞ取るに取らない存在と見下していた。それなりの地位の家に生まれたのにも拘らず兵士になろうとすれば当然であるが。
 崇拝する陛下には当然、私の事など数多く居る兵士の内の1人としか認識されていないだろう。

 私の人生に置いて、私自身に目を向けてくれたのは大尉殿唯1人だった。


 大切な約束を守る為、暖かな陽射しに照らされた森の中を進む。右手で彼の大きな手を握り、左手には大事な大事な手紙を入れた小さな手提げ籠を持って。向かうは森の外れ、目的はそこに住む母娘2人。ドグレイズで会ったセラお爺さんの妻子2人に会う為だ。母のケリーネさんと娘のケーラさん、寄り添いあって暮らすエルフには珍しく里から少し離れた場所で2人きりで暮らしている。といっても人間との間に出来た子が居るから里の人々から疎まれ離れて暮らしている、などという訳では決してない。むしろ里に何かあった際に直ぐに知らせる事が出来る様にもっと近くで暮らして欲しいとお願いしているくらいだそうな。特に私の件があって以降はこの森も安全とは断言出来ない上に彼女達に何か起こっても距離があっては直ぐには察知出来ないから、という事らしいが2人はどうしてもとお願いしてそこで暮らしている。ケーラさんは双子を除けば私と一番歳の近い女性で、言われなければハーフエルフと気付く事はおそらくない。そもそもハーフエルフ自体普通のエルフとどう違うのかが私には分からないけれども。

 エルフと人間との間に生まれた人。それをぼんやり考えるとどうしても意識してしまうのは隣の彼の事。いや、別にそういった関係ではないし彼自身私の事をどう考えているのか分からないし私みたいのは嫌いかもしれないしいや別に私は好きか嫌いかで言えば断然好きですがでも何よりそれが異性の方に対するものか分からないわけでして。

 

「うー……」

 

 顔が熱い。それはもう、それはもう本当に。大丈夫だろうか、彼の手を握る私の手は汗ばんでいないだろうか。彼の顔をそっと見上げると頬には先の戦闘で出来た真新しい傷跡、そして辺りをゆっくりと見渡す鋭い眼光。その鋭い瞳が私を捉えると柔らかい優しい目付きへと変わる。その瞬間が私はとても好きだ。何時からだろう、そんな目で見守ってくれていたのは。気付いたのはつい最近だけれども少なくとも最初からそうではなかったと思う。

 言葉は通じずともこうやって少しずつでも色々な事を知る事が出来る。先日の彼の魔力に関する件もその1つだろう。クロノスさんの話を聞いて始めた知った事だが魔力を体の内に宿していないと治癒魔法は効かないらしい。詳しい話はイマイチ理解出来なかったけれどもどうも治癒魔法そのものには傷を癒す効果が無く、人体の持つ治癒力に働きかけるものだとか何とか。魔法薬についても同様と言っていた。それを踏まえてケイさんは彼に魔力がないと分かったとも。そうすると疑問に思うのは治癒魔法の仕組み。魔法というものは基本的に原理を理解して初めて発動し、知識を深める事でその力を増す筈のものである。おまけに他人の魔力に干渉する等という行為はそう易々と出来るものではない。通常の身体強化魔法等もあくまでも体の表面上に干渉するだけのものである故にまた別種である。加えてそれらの知識は秘密にされていて極一部の人々しか知らず、彼らの中でもこの事を知っていたのもクロノスさんとケイさんの2人だけであった。つまりほぼ大半の人が治癒魔法の仕組みを知らずに使用出来ているという事になってくる。何がどうなればそんな事態になるのか、私が理解しきれず頭を抱えるのも決して間違いではない。

 そんなこんなで私は「ジャックという男性は魔力を持たず、治癒魔法が効かない」という事だけを大事に覚えておくと決めた。しかしもう1つ疑問がある。それならば何故彼を治癒する事が出来たのか。どうやってケイさんは彼の傷を癒せたのか、あの場では言葉を濁されてしまい詳しく聞く事が出来なかった。どちらかと言えばあまり教えたくないといった様子であったが少しでも彼の役に立つ情報であれば是が非でも知りたい。戻ったらもう一度訪ねてみよう。

 

 暫く歩くと前方に見慣れた家が見えてきた。家の周りには巻割り台に使用している丸太に鉈、花壇や小さな畑等、1年と経っていない筈なのに酷く懐かしく感じる。2人で扉の前まで行き軽くノックすると、少し間をおいて返事と共に扉が開き中から1人の女性が顔を出した。娘のケーラさんだ。私の顔を見ると途端に破顔して抱き締められた。

 

「あぁ……フェル、無事で良かった! 帰って来た事は聞いてたけど……元気そうで何よりだわ」

 

 そう言いながらこれでもかと言わんばかりに頭を撫で回される。そういえば昔から彼女はこうだった。1人っ子だからか私を妹の様に可愛がってくれた。私もそんな彼女の事が大好きで良くここに遊びに来たものである。しかし1つだけ勘弁して欲しい事が1つ、彼女は嬉しい事があると兎に角抱き締めてくる癖がある。その度私はくしゃくしゃにされててしまうわけで。

 

「母さん、こっち来て!」 

 

 そう家の奥へ向かって声を掛ける間も私は揉みくちゃにされていた。喜んで貰えるのはこの上なく嬉しい事だけれども予想通り苦しい。ジャックさんも微笑ましそうに見てないで助けて。

 彼女の呼び掛けに応じてケーラさんによく似た顔付の女性、母親であるケリーネさんが顔を出した。

 

「どうしたの? そんなに声を張り上げて――あら!」

 

 私を見るなり破顔していく様は娘さんそっくりで流石母娘と言うべきか。ここまで目に見えて喜ばれるのを見ると帰って来て本当に良かったと思える。

 

「おかえりなさい、元気そうで何よりね。ほら、ケーラも何時までも抱き締めてないで、折角帰って来たのにフェルが倒れちゃうわ。それから……そちらが噂の彼ね?」

 

 彼を見たケリーネさんの顔が少し、ほんの少しだけ強張った気がした。理由は何となく察しが付く。きっと旦那さんの事を思い出したのだろう。そう思ってお茶の誘いを遮って先ずは手紙を渡す事とした。きっとお茶の席で話の流れで出すのが良いのかもしれないがその表情を見たら今直ぐ渡さなければと、そう思ってしまった。でもきっと喜んでくれる筈だ。

 

「これ……ケリーネさん宛のお手紙です」

 

「手紙? 私に? まぁ……誰からなの?」

 

「私……人間に捕まった後ドグレイズという人間の街に居たんです。そこでセラというご老人に会いました」

 

「セ……ラ……?」

 

 その名前を聞いた途端、ケリーネさんは驚きの表情を見せ手紙を持つ手は心なしか震えている様に見えた。けれどもその様子を見てやはりこの3人は家族だったのだと確信した。

 

「はい! 奥さんの名前はケリーネ、娘さんの名前はケーラと言っていました。お二人の事ですよね!」

 

「父さんからの手紙……!? フェル、父さんに会ったの!? 元気だった!? 病気してなかった!?」

 

 ケーラさんは驚いた後矢継ぎ早に質問を繰り出してきた。数十年もの間会っていなかったのだから当然だと思うけれどもやはりその食い付き様は凄かった。そして何よりもまず安否の心配をするあたりが彼女らしい。しかし私の予想とは裏腹にケリーネさんの反応が良くないどころか寧ろ段々と表情が曇ってしまった。流石にこれは予想していなかった。その上更に予期せぬ事にその手紙を返されてしまった。

 

「ごめんなさい、フェル……この手紙は受け取れないわ……。態々持って来てくれたのに……本当にごめんなさい」

 

 そう言い残し家の奥へと戻って行ってしまった。

 

「えっ!? ちょっと、母さん!」

 

 母親を追いかけてケーラさんも家へと引っ込んでしまい、その場に私とジャックさんだけが手紙と共に取り残されてしまった。私の手中に取り残された手紙は少し皴が出来てしまい、それがもの悲しさを誘った。

 

「どうして……?」

 

 私は今起きた出来事を理解出来ず唯々混乱する他なかった。




0(:3 )~ _('、3」 ∠)_


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ふうふ

 大尉殿は元は少佐の位だったと聞いた事がある。降格された理由は軍規違反だと笑って話していた。軍規違反に対しては非常に厳しいヘルガストにおいて降格だけで済んだのは彼が優秀だった故か。

 だが違反内容を聞いて呆れてしまったのを今でも覚えている。

「訓練中に所持していた葉巻がばれてな。全く、息抜きぐらい許せというにな」


「ごめんねフェル……折角届けてくれたのに」

 

「いえ……気にしないで下さい」

 

 手紙を返されてしまってから少し後、里から母娘の家へ来る途中にある池で何故あの様な反応だったのかを考えている。足を浸けた水は冷たいが暖かな陽射しのお陰で心地良い。昔から考え事や悩み事がある時は良くここに来ていた。

 ケーラさんから話を聞いている限りでは喧嘩別れした訳ではない、かといって今現在新たに思いを寄せる相手が居る訳でもない様子。であれば時間が経つにつれ愛情が何時しか憎しみに変わってしまったのだろうか。

 

「それも無いと思うなぁ。父さんから貰ったペンダントを見ては物憂げな顔してる時があったから」

 

 今でも思慕しているけれども便りは見たくないとはどういう事なんだろか。話を聞けば聞く程理解出来ず頭を抱える。何よりも私はこの手紙をどうすれば良いのか。持ち帰る訳にはいかず、かと言って置いて来る事も出来ない。ケーラさんに渡しておけば良いのかもしれないが、今度は彼女の悩みの種となってしまう気がしてならない。あれでもないこれでもないと悩んでいると珍しい人物が現れた。

 

「フェル、ジャック、ここに居たのか。ケーラも久しぶりだな。ちょっとジャックを――どうした、2人して? まるで誰かを弔った後の様な顔だぞ」

 

 ラフな服装に身を包んだクロノスさんから掛けられた言葉は中々に辛辣なものであった。いや、そこまで私達が絶望的な顔をしていたのか。折角なので彼女にも現状を相談して知恵を貸してもらう事にした。

 

 

「なるほど、それで2人して頭を抱えていた訳か」

 

 目を瞑り腕を組んで思考する姿はとても様になっている。鎧を脱いでも立ち居振る舞いはとても綺麗で、位の高い騎士というのもそれを見ただけで納得出来てしまうくらいだ。

 

「私の想像の範囲でしかないがケリーネは……怖いんじゃないか?」

 

「怖い?」

 

「そう、手紙の内容がな」

 

 数十年もの間音信不通だった今でも思い続ける愛する夫。もしかしたら別れ際に「良い人を見つけて幸せになって欲しい」と互いに願い合ったかもしれない。だがそう容易く忘れられるものはない。エルフからすればたかが数十年、だが人間からすれば下手すれば半生だ。その間夫にどの様な心変わりがあったか分からない。手紙には恨み節が綴られているかもしれない。新たに娶った後妻の事が認められているかもしれない。

 

「であれば――恐れるのも無理はなかろう」

 

 人の気持ちは一生ではない。時間が経って生活環境も大きく変われば尚更の事。相手に幸せになって欲しいという気持ちの反面、今でも自分を思い続けていて欲しいとだって思っているだろう。であれば、たとえ愛する者からの手紙であったとしても読む事を躊躇してしまうのではないか、そう彼女は言った。

 

「まぁケリーネの気持ちも分からなくもないがな……。エルフと人間とでは生きる年数が違い過ぎる。先にも言ったが人間にとっては数十年は半生だ。その間1人を思い続け孤独を貫くのは辛いものだ」

 

 その言葉が私の胸に突き刺さった。ジャックさんを、私が彼を想う気持ちが恋い慕うものなのか、将又尊敬に因るものか分からない。私が生まれた頃には父は病で亡くなっていたのでもしかしたら父親に対するものかもしれない。しかしこの気持ちが何であれ、どんなに望もうとも彼の方が先に天寿を全うするのは明らかだ。彼の生き方から考えるとそれより早く命を落とすかもしれない。であるならばやはり、これ以上想いを強める前に彼を忘れた方が互いの為なのだろうか。そんな私の気持ちを知ってか知らずか、彼女は「だが」と付け加えた。

 

「他人がどう思ったところで結局は当人同士にしかその気持ちは分からないさ。まぁ……あの娘が選んだ男だ、何も心配要らないだろうよ。それに――ケリーネもな」

 

 そう言って指差すとその先には息を切らせて一生懸命走り寄って来るケリーネさんの姿があった。私の前で止まると膝に手をつき肩で息をする。ここまで全力で走って来たのだろう。

 

「フェル……その……手紙……受け取っても良いかしら……」

 

 息を整え顔を上げると言い難そうに、けど勇気を振り絞る様にそう言った。言ってくれた。私の答えは言わずもがな、笑顔で彼女に手紙を渡した。

 

 

「良かった、本当に」

 

 母娘は2人で手紙を読み、時に目に涙を浮かべながらもとても嬉しそうにしていた。手紙の内容は恐れていた様な物ではなかった様だ。そんな2人を見て私は勿論、クロノスさんもとても嬉しそうにしていた。彼女は笑うと今迄見せていた張り詰めた様な表情は一変して柔らかな、とても女性らしいものだった。

 

「愛する気持ちは種族の違いや寿命の差なんぞで抑え込めるものじゃない。愛しているからこそ1分1秒でも永く共に居たいと思うものだし、最期まで想い合えるのだと私は思うよ。私の夫も人間だったがそれは海より深く愛し合ったものだぞ? いやいや、懐かしいものだ!」

 

 そう豪快に笑う姿を見てつられて笑ってしまった。彼女の言う通り、どんな想いであれそれを他人が決めた枠組みに当てはめて考えるべきではない。寿命や生き方が違おうが、たとえ誰が何を言おうとも私は自分自身の気持ちを曲げる必要などないのだ。別れが近かろうが遠かろうが最後の瞬間まで、否、二度と会う事が無かろうとこの気持ちや思い出を大切に――。

 

「……ん? あれ?」

 

 彼女の言葉を自分なりに反芻していたら違和感を覚えた。彼女は今何と言っただろうか。

 

『私の夫も人間だったが』

 

「あれ、あの、もしかしてクロノスさんって……人間じゃないんですか?」

 

 そんな事を聞くときょとんとした表情で私を見た後思い出したかの様に手を叩いた。

 

「あぁ成程な、気付いていないのか。――私はエルフだぞ?」

 

「……えるふ?」

 

 彼女を指差して尋ねる。

 

「エルフ」

 

 彼女は自分自身を指差して答える。

 

「え、えぇぇぇぇ!?」

 

「そこまで驚く必要があるのか? そもエルフが居なければこの森になど入れまいに。私の連れにエルフなぞ居なかっただろう」

 

「いや、そうなんですけども、でも、だって、その……耳が……」

 

 自分でも驚くくらい動揺している。動揺しすぎて手紙を読んでいた母娘2人が此方を見るくらいに。しかしそれは無理もないのではないだろうか。髪で隠れているとはいえ、彼女には私達の様な長く尖った耳がそこにある様には見えない。それを伝えると彼女は少し笑って髪をかき分け見せてくれたのだがやはりそこには普通の長さの耳しかない。しかしよく見ると端が古傷になっており、元はもう少し長かったのであろうと窺い知れた。

 

「随分と昔に両の耳を半ばで切り落としてな。以来一見でエルフとは見抜かれなくなったよ。まぁ何分名前が知れ渡っているせいか、私が誰か分かると簡単にばれてしまうがな。それでもお前の様に勘違いする者もいるから意外と便利だぞ」

 

「もしかして、その為にご自身で……?」

 

 確か彼女は人間の国で騎士をしているとの話だったのでその為だろうか。

 

「いや、夫と夫婦になる時だ。『耳落とし』という風習は聞いた事があるか?」

 

 何やら不穏な響きの風習であるが当然ながら聞いた事がないので首を振った。

 

「まぁ知らなくて当然だ。私の頃ですらもう誰もやっていなかった様な随分と古臭い風習だからな」

 

 彼女曰く、うんと昔に異種族と婚姻関係を結ぶ時にするエルフの風習だったそうで。婚姻の儀の際にエルフは両の耳をその半ばで切り落とし、片方を故郷に納めもう片方を夫婦となる相手に捧げたのだそうな。私達の象徴とも言えるその長い耳を落とす事でエルフである事を捨ててより相手の種族へと近付く、そういった風習だったらしい。自ら耳を切り落とすなんて想像するだけで耳が痛くなってくる。

 

「クロノスさんが旦那さんと夫婦になられたのはどれ位前なのですか?」

 

「もう200年以上も前になるよ。当然夫は既に亡くなっている」

 

 心が痛くなる。当然、そう当然の事なのだろうが、先程の決意をまたしても揺るがされる思いだ。人間の寿命を鑑みても旦那さんが亡くなられてから100年以上は経っているだろう。その間ずっと1人で寂しくないのだろうか。彼女は優しく微笑んでその疑問に答えてくれた。

 

「寂しくはないさ。夫は色々なものを私に与え、残してくれたからな。守るべき国や愛すべき民、騎士団の仲間達、その子孫。そして……彼との子供達。随分と多くのものを貰った」

 

 思い出を慈しむかの様に目を瞑りながらそう呟く。

 

「それに……今はあいつ等も居るしな。毎日てんやわんやで寂しくなる暇もないさ」

 

 そう言って照れ臭そうに笑った後、耳に触れながら私を見て笑う。

 

「まぁこれは今となってはもはや苔が生えた様なもので誰もやってやしないよ。心配せずともお前もやる必要はないぞ、フェル?」

 

 そう言ってジャックさんを見てにやついた。顔が熱くなるのを感じ慌てて話を変える。

 

「そ、そういえばジャックさんに用事があったんじゃないですか?」

 

「あぁそうだった、ついつい昔話に耽ってしまったな」

 

 先程までの女性らしい笑顔はどこへやら、騎士の顔付へと戻り彼に目的を告げた。

 

「ちょっとばかし顔を貸してくれ。出来ればお前の武装を見てみたい」




多分後2,3話で森から出るはず。
年内に出られればいいのですがまた仕事が忙しくなってきたのでどうなる事か。


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