笹塚衛士、某3年E組だってよ。 (とくめ一)
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俺と少年

 俺は、死んだ。

 

 

『笹塚さん!』

 

 

 そう叫ぶ少女の顔が頭に浮かんで、『弥子ちゃんには悪ィことしちまったなぁ』なんてぼんやり考える。

 

 今俺は所謂(いわゆる)幽霊というやつで、何かよく分からないが透けてるし空も飛べる。

 だから死んでからの弥子ちゃんたちとシックスの戦いも、最後まで見ていた。

 

 俺の言いたいことはX(サイ)が言ってくれた。

 俺の家族の仇は弥子ちゃんたちが討ってくれた。

 

 だったら他に望むことはもうない。

 

 弥子ちゃんたちの無事を確かめて、あとは幽霊らしく成仏──────しようとした筈だった。

 

 

 気がつくと俺は、真っ白な世界にいた。

 

「……どこだ、ここ」

 

「あっ、お兄さん!」

 

 辺りを見渡そうとしたとき声をかけてきたのは、真っ白な少年らしき存在だった。

 不思議なことに真っ白な空間の中でも見える彼は、自分と同じ『幽霊』というやつなんだろう。

 

「お兄さんのこと、待ってたんだ!」

 

「……俺を待ってた……?」

 

 どういうことだ? 

 

「……俺、病気で死んじゃってさ。

 でも家族が悲しむのが嫌だから、天使さんにお願いしたんだ。

 『家族もそうだけど、俺の大好きなみんなが悲しまないようにしてください』って」

 

 なるほど、この少年は病気で死んだのか。だがそれが俺を待ってたことと何の関係があるんだ? 

 

「そしたらそしたら女神様が来て、えっと、何だったっけ……確か『あなたの魂はこれ以上、人として生きることは出来ないから一回上に昇らないといけない』って! 魂の強度? とかなんとか?」

 

 ……つまり『あなたは生き返れません。諦めろ』ってことか? 

 

「でも俺は、俺のことなんてどうでもいいから、ただ大事な人たちに笑っていて欲しいんだ。

 だからなんとか出来ないかって女神様に何度もお願いしたら女神様が『なんていい子なの……!?こっち来たら息子になる!?まだ天使になってないのに天使とか……歓迎するよぉ』とか言って泣き出して……。

 それで、『波長の合う人間で、なおかつ魂の強度がすごい人なら僕の代わりに体に入れるから何とかしてあげる』って」

 

 ……女神様って、そんな感じなのか……。

 っていうか俺魂の強度がすごいのか。そもそも魂の強度ってなんだ。

 

 若干遠い目になりかけながらも現実逃避のようにそんなことを考えていた俺に、少年は更に言葉を続けた。

 

「だからお兄さん、お願いだ! 

 俺の代わりに、『俺』になってくれないか!?」

 

 ……短い間しか話していないが、これだけでも顔の見えない少年はどこまでも心優しくて、誰かのために犠牲になれるような人間だと分かる。

 

 俺は、死んだ。

 

 でも、だからこそここでこの少年のために何かすることもいいんじゃないかと思えた。たとえそれが、偽善であったとしても。

 

「……いいよ。

 俺が、『君』になってあげるよ」

 

「……っ、ありがとう!」

 

 そう少年が礼を言うと同時、段々と視界がぼやけ始めた。

 まさかなんの説明も無しにこのまま……!?

 

 こちらの異常に気付いたのだろう。少年は慌てたように俺に再び話しかけてきた。 

 

「あっお兄さん! 

 一応教えとくけど、『俺』の名前は──!」

 

 その名前を確かに聞き取って、俺の完全に意識は途切れたのだった。



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名前

 そこから、何となくだが長い時間眠っていたような気がする。とはいってもあの白い世界に時間なんて概念があるのかすら分からないし、あくまでも『気がする』だけなのだが。

 

 ゆっくりと目蓋を開いた先に病院の天井らしきものが見える。ということは、俺は無事あの少年の身体の中に入ることが出来たのだろう。

 あまり力が入らない体を何とか起こし周りをきょろきょろと見てみるとベッドの隣に手紙が置いてあったのが見えたので、それに向かって手を伸ばした。

 ……それにしても体が重い。一体この体は何日寝たきりだったんだ? 

 

 ……まぁ考えても分からないだろうし、とにかくまずは手紙を読むか。

 

 必要な情報があることを祈りながら覗いた手紙には、こんなことが書いてあった。

 

『はじめまして、女神です! 

 ここからは簡単にこの少年の情報とか、注意事項とかを書いておくからよく読んでね。

 この子は今14歳。

 今は4月の中旬だから、中学3年生になる直前だね。誕生日は7月20日。血液型はAB型。今年度から椚ヶ丘中学3年。

 

 重要なのはこれくらいかな。

 誰かにあなたの中身が違うって言ってもいいけど、変なやつだと思われないように気を付けてね。

 それと、体に魂を馴染ませるのが思ったよりも時間がかかっちゃって、少し体が動かしにくいかも。ごめんね。

 

 だけど元々の子が筋トレ大好きだったから少しくらい鈍っても筋力的には普通の中学生より強いはずだし、そこは安心してほしいな。』

 

 なるほど、体を1から鍛え直さなくていいのは嬉しいな。

 ……今生も前ほど体を使うことになるとは思えないが。

 

『でも鍛えてるのにゴリゴリじゃなくて細マッチョってお得って言うか個人的にポイント高いと思うよ!! いいよね!』

 

 手紙に抑えられなかったらしい私情がしっかり書き込まれてるが大丈夫かこの女神。

 

『じゃあファイト! 

 ご家族にはとりあえず記憶喪失って言っといてね! 

 

 女神様より』

 

 ……最後にさらっと重要なこと書いたな……。

 それにしても誕生日とか血液型まで俺と同じなのか。覚えやすくてありがてェ限りだな。

 

 少し安心しながら持っていた手紙を置こうとした瞬間、その手紙は光って消えた。

 

 …………まぁ転生みたいなものが出来るくらいだし、こんなことも出来るか。一々驚いてたらキリがなさそうだな。

 

 とその時、突然ガタッという物音が聞こえて、反射的にそちらを向いた。

 そこには大きく目を見開いた看護師らしき女がいて、先程の音はどうやらその女の出した音らしかった。

 

 折角だし色々と訊いてみるか、と思った瞬間。

 

「せ、先生! 笹塚さんが!!」

 

 看護師はそう叫びながら去ってしまった。

 

 ……本当に、『俺』はどういう状況だったんだ? 

 

 

 その後すぐに医者が来て、俺は色々な検査を受けさせられた。

 家族にも連絡はしたらしいが、少しここまで来るのに時間がかかるらしい。

 

 

「はーい、これで検査は終わりですよー」

 

 それにしても、この子に関しては不思議なことばかりだ。

 特に、意識が途切れる前に名前を聞いた時は驚いたな。

 

「じゃあ衛士くんは病室に戻ってゆっくり休んでてね。

 まだ体力も戻ってないだろうし、一応固形物ではない食事を出すけどゆっくり食べてるのよ?」

 

 まさか、この少年が俺と全く同じ名前だとは。

 

 



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母親

「衛士!!」

 

 全ての検査が終わって看護師から休んでいろと言われた通りに部屋で休んでいると、俺の名前を呼びながら誰かが部屋に飛び込んできた。

 

 声からして恐らく母親だろう。

 ゆっくりと起き上がりながら、ふと先ほど自分の名前を呼んだ声を頭の中で反芻(はんすう)して、思う。

 俺は、この声を聞いたことがある。

 

「衛士……!」

 

 俺の名前を呼びながら駆け寄ってくるこの、顔は、声は、確かに──────────。

 俺の、母親だった。

 

「よかった……っ! 

 本当に……!!」

 

 俺の母親と同じ顔で、同じ声で、俺に抱きついてくるこの人は、間違いなく『俺』の母親だ。

 

 一体どうなってるんだ……? 

 

 いや、まずは自分の現状から把握していくべきか。

 

「……ごめん。

 ……言いにくいんだけど実は俺、記憶がないんだ」

 

 本当なら先に医者に伝えるべきだったんだろうが、完全に忘れてたな。

 正直あまりにも(こく)過ぎて伝えにくい内容ではあるが、こういうのははじめに伝えなければずるずると言えないまま過ぎてしまう。何より、言わずに済ましておいて良いことでもないだろう。

 

「……え? 

 嘘……よね?」

 

 覚悟を決めて話を切り出した筈なのに、お袋の顔に動揺が滲むのを見たら一気に罪悪感が膨らんだ。

 

「……ごめん」

 

 呟くようにそう言えば、お袋は目に涙をためて「……いいのよ、生きてるだけで嬉しいんだから……!」と言って俺のことを更に強く抱き締めた。

 

 柄にもなくもう会えないと思った母親に、泣きそうになった。

 

 

 ごめん、お袋。

 

 

 

 その後お袋が俺の記憶がないことを医者に伝えて、検査は更に追加された。

 

 

 検査が終わってまた病室に戻ると、そこにはお袋だけじゃなく親父と真守もいた。

 

 あぁ。

 ここは多分、俺のいた世界じゃねぇんだろうな。

 

 何となく理解して、それでも家族の顔を見て泣きそうになっちまった俺は、もしかしたら体の年齢と一緒に中身の年齢まで幼くなってしまったのかもしれない。

 

 

 ■

 

 

 あれから一週間が経った。

 俺が家族や医者に「家族のことなら少しは覚えてる」と説明したお陰か、家族とはあまりギクシャクしていない。

 一昨日退院して家に帰ったのだが、驚いたのは家の構造まで俺の実家と同じだったことだ。

 

 ここまできたら流石に理解した。ここは、所謂パラレルワールドというやつなんだろう。

 だから俺とは違う『俺』が存在するし、家族だって何事もなく幸せに生きている。そして当然、この家族は俺の家族とは違う存在だ。

 

 ……それが分かってるのに、たとえパラレルワールドでも家族と会えて幸せだと思ってしまっている俺は案外単純で、どうしようもなく愚かなのかもしれない。

 

「じゃあお袋、ちょっと外走ってくる」

 

「衛士! あなた一昨日退院したばかりなのよ!? 

 なのに運動だなんて……!」

 

「大袈裟だな。

 軽く走るだけだから大丈夫」

 

「……気を付けてね……」

 

「あぁ」

 

 俺は、走りながらここまでで分かっている『俺』の状況を整理することにした。

 

 

 まず、『俺』は原因不明の病で入院していて、容態が急変して昏睡状態に陥ってから合計で2ヶ月近く眠っていたこと。医者には「もう目覚めないかもしれない」とさえ説明されていたらしい。

 

 それから、約2ヶ月眠っていたこともあり学校については5月上旬から復帰すること。

 

 あと、ここは『過去』とかではなく完全に『パラレルワールド』であることだ。

 新聞で確認した年は、なんと俺の死んだ日から5年以上が経っていた。

 

 ……まぁこの3つが分かったところで、俺が『俺』を全うすることに変わりはないのだが。



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呼び出し

「ただいまー」

 

 ランニングから帰りそう声をかけると、リビングの方からお袋が顔を出した。

 

「おかえり衛士、もうご飯出来てるわよ」

「ありがとう」

 

 始めこそ戸惑ったものの、実のところ今はこの生活を自分でも驚くほどに気に入っている。

 母さんもいて。

 父さんもいて。

 

 そして──

 

「あ! おかえりアニキ!! 

 …………えっと、今日はアタシの誕生日なんだけど……」

 

「あぁ、ちゃんと覚えてるよ。プレゼントも準備してあるし」

 

「っ! 楽しみにしとく!」

 

 ──真守(いもうと)もいる、この生活を。

 

 心の中では、この3人は『俺』の家族であって俺の知っている家族(あの3人)ではないと理解している。あの日出来なかったことをこの3人にしたところで、俺の家族だったあの3人に何かしたことにならないということも、分かってる。

 でも、今はこの3人が俺の家族でもあるんだ。

 

 だからせめてあの日祝えなかった妹の誕生日を心の底から祝うくらいなら、バチは当たらないだろう。

 

 

 

 それくらいなら、きっと。

 

 

 

 ■

 

 その日、誕生日パーティーで真守は俺のプレゼントを、憎まれ口を叩きながらも喜んでくれた。

 

 まったく、可愛い妹だ。

 

 ──あぁ。あの日祝えなかった真守()の誕生日を祝わせてくれて、ありがとう。

 

 心の中で、そっと元の俺と女神様とやらにお礼を言った。

 ……まぁ、残念ながら返事はなかったが。

 

 ■

 

 その後夜10時にもなってまだ幼い真守が眠ると、母さんが俺に話しかけてきた。

 

「衛士。その、学校のことなんだけどね。

 ……言いにくいんだけど、お休みが長かったから3年生はE組からになるらしいの……」

 

 そのE組がどういったクラスなのかは分からないが、母さんの言い方からするとそのクラスに入ることはあまり喜ばれることではないのだろう。

 

「E組ってそんなに良くないクラスなんだな」

 

 そう言うと、母さんは少し悲しそうに頷いた。

 

「……えぇ。

 エンドのE組って言われてて、そのクラスだけは山奥の旧校舎での授業だし、周りのクラスからの差別もすごいらしいわ。

 ……その、イジメとかも……」

 

 なるほど、『落ちこぼれ』扱いってワケか。成績でクラスが決まるようになってるのか? 

 話を聞く限り度を超えてるようにも思えるが……まぁ、中学生にしてくることなんてたかが知れてるだろ。

 ……ネウロがシックスのやつらにしてたことに比べれば。あ、あと弥子ちゃんにしてたことに比べてもか。

 

「……母さん、俺は大丈夫だから」

「……そう……。無理だけはしないでね」

 

 ……それにしても中学校か。何年ぶりだ? 

 まったく、俺は今の中学生についていけんのかね。

 

「それで、理事長先生から1度学校に来てほしいって電話があったんだけど……行けそう?」

 

 理事長先生に直接?……そんなモンなのか、凄いな。理事長っていえば忙しそうなのにな。

 

「行けるよ。いつ行けばいい?」

「えっと、理事長先生は確か明日の夕方って言ってたわ」

 

 明日か、急だな。やることなんてどうせ筋トレと勉強くらいだし構わねェけど。

 

「じゃあ明日は道の確認も兼ねて一人で行ってくる」

「えぇ、気を付けてね」

 

 そうして、俺は理事長と面談することが決まったのだった。



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理事長

 電車に乗り少し歩いて、もう少ししたら俺が通う椚ヶ丘中学校に着いた。

 

 …………デカいな。

 

 流石は名門、椚ヶ丘中学校といったところだろうか。

 

 俺もこの中学校について昨日の夜色々と調べてみたが……、この世界の通信機器は俺の方よりも本当に文字通り()()()いて驚いた。

 

 俺たちの使っていた携帯電話は『ガラケー』と呼ばれていて、『スマホ』というものが主に使われている現代では若い子はあまり使っていないようだ。

 因みに俺は『俺』の使っていたスマホをそのまま使っている。

 

 もしもシックスがこの世にいなかったら、俺と家族の年齢を除いて俺のいた世界の未来は今俺が見ているものとほとんど同じだったのかもしれない。

 総理大臣も同じだったしな。

 ……もしかして俺の世界にも『スマホ』はあったが俺が知らなかっただけなのか?

 

 とまぁそんなことは置いといて、この椚ヶ丘中学校はかなりの場所だ。

 

 偏差値は66。

 エリート進学校と言われており、中でも多くの記事に書いてあったのはこれから会う学園理事長、浅野學峯についてのことだ。

 

 現在41歳、椚ヶ丘中学校を創立10年で全国指折りの優秀校にした天才的な敏腕経営者。

 調べて出てきた記事はそんな風に理事長を褒め称えるものばかりだった。

 

 ……でもまぁ経験上、そういう人間ほど会ってみると一癖も二癖もあるもんだ。

 

 面倒なことにならなければいいが、と一つため息をついて、俺は校門へと歩を進めた。

 

 ■

 

 案内してもらって着いた理事長室の扉は、何故だかいやに重たく見える。

 

 ……なんか笛吹やら上司やらに呼び出されたのを思い出すな。まぁ扉越しのプレッシャーはンな時とは比にならないが。

 

 たらりと垂れた冷や汗を拭ってから息を吸うと、俺は腹をくくって扉を叩いた。

 

「……笹塚です」

「入りなさい」

「失礼します」

 

 扉を開いた先にいた理事長は、ネットで見た通りに若々しかった。

 実際に見てみても、とても41歳には見えない。

 

「まぁ座りなさい」

「はあ」

 

 ……カリスマ性のありそうな人だ。

 

「さて、早速だが本題に入ろうか。

 君は長く眠っていたからという理由でE組からの復帰ということになる。

 しかし色々と都合が変わってね……。

 君は昏睡状態になる前は────あぁ、記憶が無いんだったね。君は昏睡状態になる前は3年ではA組に入る予定で、成績も悪くなかった。

 だから君さえ良ければ3年はD組からということにしよう。

 もちろん、成績次第ではすぐにA組に戻れるよ」

 

 ……この人は、俺は絶対にD組からって言うと思ってんだろうな……。

 

「……すみませんが遠慮しておきます。

 俺だけ特別扱いじゃ他の生徒に示しがつきませんし、何よりA組とかE組とか、あんまり興味がないもんで」

 

 まぁ一番の理由は、E組が何かキナ臭いと感じたことにあるのだが。

 もう刑事ではないというのに首を突っ込もうとしてしまうのは、職業病なのか、弥子ちゃんに毒されたのか、それとも……。

 

「……そうか。では君は春からE組だ。

 頑張りなさい」

 

 理事長の笑っていない目と乾いた『頑張りなさい』に、子供だったら泣き出しそうだなと、他人事のようにぼんやりと考えていた。



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自覚しないように

 どうやら、俺はこの人生でも厄介なことに巻き込まれる運命らしい。

 目の前で()()()()について説明するスーツのやつらを見て、俺は静かにため息をついた。

 

 ■

 

 話が終わったあと、E組に入るのならばと理事長に指示された場所へ向かう。説明みたいなもんでもあるのか? 

 

 その考えはあながち間違いではなかったものの、残念ながら合っていたとも言えない。

 

「あなた方3年E組の生徒には、このターゲットを暗殺していただくことになりました」

 

 ……はぁ……。

 

 若干人外に慣れつつある自分の常識を心配しながら、防衛省と名乗るやつらに渡された紙を流し読む。

 

 ……タコ型生命体で…………月を破壊? ……月って破壊できるモンだったのか。

 そう言えば最近妙に三日月しか見かけないと思った。

 

 写真を見る限りネウロと同類、という訳でもなさそうだ。

 最後まで見てたがあいつらは人間に擬態出来るみたいだったしな。

 あとネウロの方が元に戻った時の見た目が『魔界生物』って感じだった。

 

 ……あとは……マッハ20で空を飛べる……?

 ………………これ、暗殺なんて出来るのか? 

 

「因みに賞金は100億です」

 

 まぁ、妥当というかいっそ安いくらいだろうな。

 そんな生物を中学生が倒せるとは思えないし、何より話が本当なら地球の存亡がかかってるんだし。

 

 そんなことを考えていると、防衛省の女が、持っていたケースを開いて中身をこちらへと見せてきた。

 

「こちらの武器は人間には無害ですがヤツには有害な物質でできている特殊な武器です」

 

 ただのプラスチックのオモチャにしか見えねーが地球の存亡がかかった事態で国が冗談を言うとも思えないし、まぁ本当なんだろう。

 

 手にとってみると本物のナイフや銃より少し軽くて、使用者が中学生だということを想定しても扱いやすそうだった。

 

「とりあえず二つずつ支給しますが、追加で必要なら3年E組で教師として働いている烏間という男に伝えてください」

 

 ……防衛省の人間が教師までやってんのか、すごいな。

 

「あなたの学級への復帰は……」

「あぁ、とりあえず来週の月曜日からってことになってます」

 

「あ、ありがとうございます。

 ……因みに、他の3年E組の生徒は既に暗殺を始めています」

 

 だろうな。

 

 ………………。

 

「あの、何か……?」

 

「……いや、女で防衛省って珍しいなと思って」

 

「あぁ。

 確かに多くはありませんね」

 

 ……何か、気のせいか少しだけ等々力に似てるな。

 

 あいつらは元気にしてんのかね。

 ま、石垣も先輩として成長してたしあいつらなら…………なんて、思い出しても仕方ないか。

 

 

 きっともう会うこともない昔の知り合いのことなんて、思い出すだけ無駄なのだろう。

 それでも俺がついあいつらのことを思いだしちまうのは、きっと────────。

 

 浮かび上がってきた思考を自覚する前に止めて、俺は目の前の等々力似の女に向き直った。




笹塚さんは、ネウロの本当の顔は幽霊状態で見ました。


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担任と

 等々力似の女の説明も一通り終わって、俺は帰り道、学校の近くのコンビニへと足を運んだ。

 

「いらっしゃいませー」

 

 やる気のなさそうな店員を横目にコンビニの中を進む。

 コンビニの飲み物売り場を見ていると、俺がいつも飲んでいたコーヒーがこっちにもあったのでそれを買うことにした。

 

「お願いします」

「はーい」

 

 さっきから思ってたが本当にこの店員ユルいな。話し方とか。

 

 まぁ別に不快に思っているわけでもないしどうでもいいかと思考をやめてレジにコーヒーを置いた時、ふと目に映った物に「あぁあんなものまで同じものがあるのか」と考えてしまって、気が付くと口が動いていた。

 

 

「あと、17番3つ」

「はーい」

 

 

 よし、んじゃ帰るか。

 

 店員に手渡された袋を持って、ふと今の時間が知りたくなってスマホを覗く。

 16時43分……、思ったよりも時間がかかったな。

 

 早く家に帰ろうとコンビニを出たところで、突然全く知らない人間に声をかけられた。

 

「ちょちょちょちょちょちょっと!?!?」

 

 ……? 

 

「何か用でも?」

 

 今普通に返事しちまったけどコイツ何か……滅茶苦茶大柄なのはともかく、関節が曖昧過ぎておかしくねーか……? 

 

「にゅやっ!? 

 用も何もあなたまだ中学生なのに何ですかその袋に入った煙草は!!」

 

 

 …………あ。

 完全に癖で買ってたな……。っていうか店員もよくつっこまなかったな。

 後で親父にやるか。

 

「……父に頼まれて買いに来たんです。

 まさか買えるとは思いませんでしたけど」

 

「本当ですか? ……怪しいですねぇ」

 

 ……疑われてんな。

 テキトーに誤魔化すか。

 

「俺なんかより、突然絡んできた知らない大柄の男の方がよっぽど怪しいだろ。何か関節も曖昧だし」

 

「にゅやっ! そそそそそそそ、そんなことはありません! 

 どこからどう見ても普通の成人男性でしょう!」

 

 ……お、動揺してる。

 向こうも向こうで騒がれると困るのかもな。

 

「何なら店員さんに言って────」

「ま、待ってください、笹塚衛士君!」

 

「……は?」

 

「私はあなたの担任なんです! 

 よくここのコンビニに来るのですが今日は偶々、烏間先生に貰った資料に近々復帰すると書いてあった生徒がいるのを見かけて様子を見ていたら煙草を買っていたのが見えて声をかけたんです!! 

 なので決して怪しい者では……!!」

 

 よりにもよって担任に見られたのか。

 ……担任? 

 

「……じゃあ、アンタが月を破壊した超生物ってやつか?」

 

「ヌルフフフフフ、信じていただけたようで何よりです。話が早くて助かりますねぇ」

 

 ……超生物がコンビニの常連って……。

 つーか、地球を破壊する予定の超生物にしては随分抜けてんな。

 

「あぁ、そうだ、私のことはどうぞ殺せんせーと呼んでください。

 あなたのクラスメイトの茅野さんという女子生徒がつけてくれたんですよ」

 

 殺せんせーか、中々いいネーミングセンスだ。

 

「じゃあ復学後からはよろしくお願いします、殺せんせー」

「いえいえ、こちらこそ」

 

 それにしても……。

 

「そうだ、1つ訊いても?」

 

「はい、もちろんです」

 

「……月を破壊したのは、本当にアンタなのか?」

 

「!!」

 

 ……家族を殺した犯人がX(サイ)ではないことに気付いてから、少し自分が疑り深くなった気がする。

 

 だが、コイツと話してみても俺はコイツが月を壊した犯人だとは思えない。

 それに月や地球を破壊してコイツにメリットがあるとも思えない。

 

「……えぇ、もちろんです。

 なので、卒業までに頑張って殺して下さいね?」

 

 そういって超生物らしい笑みを浮かべた超生物……殺せんせーに、食えないやつだと頭を掻いた。

 

「……そうですか、分かりました。

 ではまた復学後に」

 

「はい」

 

 ……色々と疑わしいことはあるが……。

 

 とりあえず、煙草の話は忘れていてくれたようでよかった。

 

「にゅやっ!!!!! 

 そう言えば笹塚君に煙草のことをもっとちゃんと聞かなければならなかったんでした!!」




因みに殺せんせーは笹塚さんが理事長にD組に入らないかと言われていたことも笹塚さんがその話を蹴ったことも知りません。


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『俺』の日記

 買ってきた煙草は親父の仕事用ではない鞄の中に入れておいた。

 ……俺が煙草を買ってきたことがバレたら流石に何か言われそうだから、もちろん家族には黙って。

 

 それにしても、どうやら名前は違うものの地形や建物の配置は大体同じらしい。

 椚ヶ丘中学校なんてものは前のところにはなかったが……。

 まぁ、他にも所々違うところはあるし気にすることもねーか。

 

 そういうことで迷子になる心配もあんまりないし少し遠くまで行ってみてもいいが……、今日は自分の部屋を探索するか。

 

 他人、しかも中学3年生のプライベートを覗き見するようで罪悪感はあるが、この世界で生きていく限りいつかはしなければならないことだし、家宅捜索だと思ってやるか。

 

 そんな風に考えて始めた自室内の物の把握だったが、色々と調べてみると思わぬ物が出てきた。

 

「日記か……」

 

 多少気は引けるものの、読んだ方が間違いなく『俺』への理解は深まるだろう。

 心の中で『俺』に謝りながら、俺は日記を開いた。

 

『○月○日

 俺が原因不明の病気だと診断されて、早くも2週間が経った。

 まだ完璧に気持ちの整理がついたわけじゃないが、俺はこれからのことを忘れないように、日記をつけることにした。

 

 今の経過から見ると、段々弱ってはきているもののまだ命に関わるような状態ではないから学校へは行けるらしい。

 未知の病気だからもしかしたら突然治るかもしれないとも言われた。

 2週間経って、気持ちの整理もついていないが、まだ死ぬかもしれないなんて実感もそこまで湧いていない』

 

 …………日記っつーよりも、闘病記録って感じだな……。

 

『○月×日

 今日は浅野と浅野の家で遊んだ。

 帰った後でお袋に何をしたのかと訊かれて、国名縛りのしりとりで1時間激戦を繰り広げた後で世の中に存在する物質の化学式を順番に言って先に言えなくなった方が負けというゲームをしたと説明したら、何故か微妙な顔をされた』

 

 それは遊びとは言わないんじゃねェのか……?

 『俺』は結構な変わり者だったみてェだな。

 

 それにしても浅野って……まぁ、別に珍しい名字でもないし、理事長とは赤の他人って可能性の方が高いか。

 

『浅野に病気のことは、言えなかった』

 

 ……。

 

『でも浅野には、浅野にだけは、いつか必ずちゃんと話す。

 俺の親友には、きちんと話しておきたい』

 

 ……親友だったのか。

 

 そこから読んでみた結果、出てきた名前は『浅野』『赤羽』『渚』『千葉』それから、『榊原』だった。

 

 中でも親友と明記してあっただけあって、『浅野』の登場回数はダントツだ。

 

 『渚』というのは名字じゃないように見えるが、だとしたらどうしてこいつだけが下の名前なんだ? 

 まぁ、それは今考えても仕方ないか。

 

 日記を読む限りだと、『浅野』と『榊原』は同じA組のクラスメイトで、『赤羽』と『渚』と『千葉』は別クラスだったみたいだな。

 

 あとは、体育祭の時に出てきた『岡野』と『片岡』くらいだが……、こいつらは運動能力についてすごいと書いてあっただけだから恐らく直接的な関わりはないだろう。

 

 ……俺はこいつらに会ったとき、どんな顔をすればいいんだろうか。

 

 どんな風に対応しても相手を悲しませる未来しか見えなくて、どうしたもんかと少し困りながら続きのページを開く。

 

『×月○日

 (ようや)く、浅野に俺の病気のことを言えた。

 毎日少しずつ、でも間違いなく体が弱っていっていることも、このままいけば俺は死ぬってことも、全部。

 

 浅野は一瞬だけ今まで見たことの無いような悲しそうな顔をして、それから俺の胸ぐらを掴んできた。

 ……それから……すごく、なんというか、怒られた。

 浅野に怒られたのは初めてで……なんだ、その、びっくりした』

 

 急に文面が拙くなったな。

 

『その後、俺は初めて浅野の泣き顔を見た』

 

 ! 

 

『……浅野は小学生の頃から1番気の合う俺の親友で、家族みたいなもんだ』

 

 文面も大人びてるし、石垣なんかよりもよっぽど落ち着いてることは日記から明らかだが、それでもまだ中学生だ。

 ……いつ来るか分からない死がどれだけ恐ろしいかっただろうか。

 

 それに……身近な人間の死がどれだけ心を抉るか、俺は身をもって知ってる。

 

『……俺の大事な人たちが、俺が死んでも悲しまないような人間だったら良かったのにな』

 

 その1文に『俺』のどれだけの想いが込められているか、同じように誰かを悲しませた俺にはほんの少しだけ、分かる気がした。



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まずはご挨拶

 日記を読み終わった後、ちょうどお袋に呼ばれたので日記を元の場所に戻して俺はリビングへと急いだ。

 

「お袋、どうした?」

 

 夕(メシ)にはまだ早いしうちは昼過ぎに菓子が出るような家でもない。

 何かのお使いでも頼まれるのかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。

 

「衛士あと3日で復学でしょう? 

 だから担任や副担任の先生に挨拶をしに行かないといけないらしいのよ。

 記憶喪失のことについてもそうだけど、色々と話があるって『烏間』っていう名前の副担任の先生から電話があって……。

 明日行けそう?」

 

 明日か、明日なら多分行けるだろう。

 

「あぁ、分かった。

 明日の昼過ぎ、授業が終わった頃に行くよ」

 

「よかった! 

 じゃあそういう風に学校に連絡しておくわね」

「いや、それくらい俺が──」

 

 そう言おうとしたところで、お袋が言葉を俺のを遮った。

 

「いいの。担任の先生も副担任の先生も今年から椚ヶ丘中学校に赴任されたらしくてね? 

 初めて話すのが電話だなんて何か嫌じゃない!」

 

「──そう、だな。ありがとう」

 

 それがお袋なりの気遣いだと分かってしまったら断れるわけもなく、連絡はお袋に頼むことにした。

 

 ……ここまで張り切られちゃもう担任には会ったなんて言えねーな……。

 

 

 その後は部屋を調べる続きをしたが、あまり物欲のある方ではないらしく物が少なかったので夕飯の時間が来る前には調べることは終わってしまった。

 

 何をしようかと考えているうちにお袋から夕飯だと呼ばれたので、とりあえず夕飯によばれることにした。

 

 ……しかし、やることねェな……。

 生憎1度やったことがあるだけあって勉強面の復習は簡単で、もう既に終わってしまったのだ。

 

 『前』は暇なとき何してたんだったか。

 ……煙草吸ってボーッとしてたな、確か。

 

「アニキ、どこ見てんだ……?」

「ん、あぁ、ボーッとしてた」

「怖ぇよ……」

 

 どうやら虚空を見つめながら黙々と飯を食べる様は真守にとっては怖かったらしい。

 

「そんなにか?」

「衛士、怖かったわ」

 

 ……お袋もか。

 

「そういや、真守は学校どうだ?」

「楽しいよ! アニキと違って節足動物縛りのしりとりとかしないから友達も多いし!」

 

 俺そんなことしてたのか。

 

「俺は数より質を大事にしてんだよ」

「アタシは質も数も最高だから勝ったな!」

「何の勝負だ」

 

 負けず嫌いの妹に思わず口角が上がる。

 

「! ……なんか、アニキが笑ったの久しぶりに見た気がする」

 

「…………そうだな、俺も久しぶりに笑った気がする」

 

 前に笑った時は文字通り『最期』だったからな……。

 

「やっぱりアニキは笑ってた方がモテると思う! 

 いつも無表情だとカノジョ出来ないでしょ」

「余計なお世話だ」

 

 ……こんな馬鹿げたやりとりも、随分久しぶりだな。

 そんなことを考えながら、俺は真守の減らず口に対抗し続けた。

 

 



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副担任と

 料理を全て食べ終わり、俺は食事中に思いついた『やること』を実行するためにすぐ自室へと戻った。

 

 消しゴムやペットボトルのキャップを部屋のあちこちに配置して、この間防衛省から支給された銃を構える。

 消しゴムに狙いを定めて打った銃弾(BB弾)は、消しゴムをかすってギリギリのところで倒した。

 

 ……早めに気付いてよかった。

 当たり前のことだが、普通の銃とこの銃じゃ銃弾の重さも打ち出すスピードと、銃そのものの性能も全く違う。

 今は距離があまりなかったからギリギリ当たったが暗殺と言うならばもっと長距離……つまり、もっとズレてターゲットには当たらないだろう。

 普通の銃の精度は高いから慣れちまえばすぐだろうが、3日で仕上げるのは大変そうだな。

 

 結局俺は銃の練習と筋トレをして、5時から2時間も眠った。

 

 ■

 

「君が笹塚衛士くんか」

 

「はあ」

 

 目の前にいるのはスーツを着た強そうな男だった。

 何となく分かる。コイツは前世で見た人間を含めても相当強いレベルの実力者だ。

 

「俺は防衛省の烏間だ。

 体育の教師とE組の副担任をやっている」

 

「よろしくお願いします」

 

「……随分と素直だな。

 訊きたいことや言いたいことの1つや2つあると思っていたんだが……」

 

 ……確かに普通の中学生なら色々と訊くか……。

 

「他の子ど──同級生が頑張ってんのに俺だけ駄々こねるわけにはいかねーでしょう」

 

 危ねぇ、子どもって言っちまうとこだった……。

 と、それはともかく、弥子ちゃんみたいな高校生とか中学生でも地球の命運をかけて戦うっつうのに(中身は)31の大の大人が逃げ出すわけにはいかねェだろ。

 

 地球の命運がかかってんのはシックスのときと同じだしな。

 

「……そうか、それなら──」

「質問したかった担任についてはこの間コンビニで会ったので特に何も訊くこともないですし」

 

「……あの馬鹿……!!」

 

 俺の言葉に烏間さんが頭を抱えたところで、タイミング良く殺せんせーが入ってきた。

 

「にゅやっ! 笹塚くんではないですか!」

「……ドーモ」

 

「あぁ、こんにちは。ではありません! キミにはこの間のコンビニでのことを詳しく────!」

「おい、お前この間も俺が人目につかないようにしろとあれほど言ったのにコンビニに堂々と行ってきたらしいな。……少し、話すべきだとは思わないか?」

 

 ……この人、気苦労が多そうでなんか笛吹を思い出すな。俺もよくこうして怒られたっけ。

 

「あら、何よあんた。転校生?」

 

 そこに現れたのは、いやに色気のある女だった。

 外国人……? 

 進学校だから本場の人間を英語の教師として雇ってる────ってわけじゃねぇだろうな。

 普通の女がわざわざ国家機密の謎生物と働くわけがないし、何よりも『教師』なんて一番暗殺者の配置しやすい役目を国が逃すわけがない。

 

 そこまで考えて女の質問に答えようとしたが、先に烏間さんが説明をしてくれた。

 

「違う、彼が前に話した昏睡状態だった少年だ」

 

「あぁ、あんたがあの2ヶ月眠ってたっていう……ふ~ん」

 

「……俺の服装、何かおかしいですかね」

 

 何故かジロジロと見てくる女に、この学校の制服なのに何がそんなに珍しいのかと疑問を抱く。

 

「2ヶ月眠ってたって割には随分とイイカラダしてんのね」

「……は?」

 

 こいつ中学生相手に何言ってんだ。

 

「お前そういう趣味が……」

「イリーナ先生、流石にそれは犯罪かと……」

 

 どうやら他の2人も流石に引いたらしい。そりゃそうだ。

 

「違うわよ! って言うか月を破壊したバケモノに犯罪について言われたくないわ! 

 あんた達も気付いてるんじゃないの!? 

 2ヶ月眠ってたって割には筋肉つきすぎでしょこのガキンチョ!!」

 

 あぁ、なんだそこか。

 

「……確かにな」

「えぇ、私もそれは疑問に思っていました」

 

 長袖の制服なのによく分かったな。

 やっぱ全員凄腕か。

 

「元々筋トレが好きで筋肉はついてましたけど、起きてからも鍛えたからですかね」

 

「なるほど、それは感心ですねぇ!」

 

 そう言って殺せんせーが触手で俺の腕に触る。

 

「ふむ、成長期に筋肉をつけすぎるのも良くありませんが、実にちょうどいい筋肉の付け方です。

 中学生とは思えないほど実に良く『筋トレ』というものを理解している」

 

「つけすぎても体が重くなりますし、年齢に応じてつけていかねーと良くないですからね」

 

「素晴らしい! その調子でこれからも頑張って下さい!」

 

 そう言って殺せんせーの顔色が変わった。

 ……物理的にハッキリと。

 

「顔に丸……?」

 

「あぁ、あいつは感情によって顔色がああいう風に変わるみたいでな。悪いが慣れてくれ」

 

 ……本当に変わってんな。生物として。

 



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イリーナ・イェラビッチ

「ところでこちらの(かた)は……?」

 

 教科担任だってんなら名前も知りたいというのはもちろんだが、さっきから勝手に英語教師だと決めつけちまってたがもしかしたら違うかもしれないという考えもあっての質問だ。

 この女──あー……先生、日本語流暢(りゅうちょう)過ぎるし。

 

「あぁ、言い忘れていたな。

 こいつはイリーナ・イェラビッチ、プロの殺し屋だ。君たちの英語教師兼このタコを殺すために派遣されている」

 

 やっぱり殺し屋か。

 

「イリーナ先生は殺し屋として各地に行った経験があり、十ヵ国語を操る先生です。

 笹塚くんもどんどん彼女から『使える』外国語を学んで下さいね? ヌルフフフフフフ」

 

「はい。

 じゃあイリ……」

 

 あ。今の肉体年齢的には俺の方が年下だし、ファーストネームは流石に生意気か。

 

「イェラビッチ先生、よろしくお願いします」

「……うっ……!」

 

 すると何故かイェラビッチ先生が突然目元を押さえた。

 

「そうよ……! 

 本来ならこういうのが生徒の教師に対する態度なのよね……!!」

 

 ……一体E組でどんな対応されてんだこの人。

 

「それにしても随分発音良いのね。

 『もしかして英語話せたりするわけ?』」

 

 英語でされた質問……まぁ、英語で返せってことだろうな。

 

「『話せはするけんども、(おい)この(とー)り片言だからしてナマリすぎて聞きとれねーんだべ』」

 

「…………あんた……その歳で海外の片田舎に一人で何年か居続けたみたいな英語話すのね……」

 

 まぁその通りだからな。

 

「まぁいいわ! 私がちゃんと外国の金持ち相手でも恥ずかしくない英語を話せるように鍛え上げてあげる!!」

「どうやらイリーナ先生は教師扱いされたことが余程嬉しいようですねぇ」

 

 やっぱいつも教師扱いされてねェのかよ。

 

 

「…………今更だけど、あんた本当に中学生?」

 

 !? バレたか……? 

 いや、そう簡単にはバレない筈だ。普通死んだ人間が他の人間の身体に入ったなんて想像もしないだろうし。

 恐らく、俺の何かしらの反応が中学生らしくないと言いたかったんだろう。

 

「義務教育なのに中学生になれないやつはいないでしょう」

 

 そう言って誤魔化しながら、そういえばあのチンピラは小卒だったかと心の中で考える。まぁあれは常識外だし、考えないでおくか。

 

「そういうことじゃないわよ! 

 普通殺し屋って言ったら驚くか怖がるものでしょう? 

 他のガキ共でも初対面のときはもう少しビクビクしながら話しかけてきたわよ」

 

 あぁ良かった、そういうことか。

 

「そこの国家機密見た後なら何見ても驚きませんし、地球が爆破されるより怖ェことなんてそうそうないですよ」

「まぁそれはそうだけど……」

 

「あ、じゃあ俺は用事があるのでそろそろ帰りますね。復学後からよろしくお願いします」

 

 多少無理矢理な会話の切り方だった気もするがまぁいいだろ。

 

「あ、ああ。気を付けて帰るんだぞ」

「はい、では失礼します」

 

「にゅやっ! 烏間先生ズルいです!! 

 私が言おうと思っていたのに! 

 さては私の人気を奪うおつもりですね!」

 

 職員室から遠ざかる時にそんな声が聞こえたような気がした。というかしっかり聞こえた。

 

 さて、さっさと家に帰って高校からの勉強も少しずつ復習して筋トレして銃の練習もして……そんなことを考えていた、その時だった。

 

 

「笹塚……!?」



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 聞いたことなんてない筈の自分を呼ぶ声に、家族に対するような心の安らぎを感じたのは何故だろうか。

 

「……浅野……か?」

 

 自然と口から名前が出たのは……一体。

 

「おま、え、目が覚めたのか……! 

 ま、まぁ、お前があのまま簡単に死ぬなんてあり得ないと僕は思っていたがな。

 ……だが、治ったという連絡の1つも寄越さないのはどういうことだ」

 

 その言葉に、すぐには答えられなかった。

 

 焦ったからじゃない、()()()()()()()()()()だ。頭蓋骨が割れるような、脳髄が悲鳴を上げているような感覚。

 

『でも俺は、俺のことなんてどうでもいいから、ただ大事な人たちに笑っていて欲しいんだ』

 

 何故か前に聞いた『俺』の言葉が聞こえて、更に酷くなる“ズキリ”なんて表現では形容しきれない痛み。頭の中がかき回されるような感覚に重ねて頭を潰されるんじゃないかという程にギリギリと俺の頭を締め付けるような痛みに耐えきれず、俺はその場にしゃがみこんだ。

 急にうずくまった俺を心配したのだろう浅野が駆け寄ってくる。

 心配そうに、焦ったように浅野が何かを言っているのは見えるが、残念ながら痛みのせいで何を言っているのかが聞き取れない。

 

 

 

『俺は浅野学秀だ、仲良くしてくれ』

 

『へー。俺は笹塚衛士だ、よろしくな! 

 ……浅野くんさ、俺あんまり気にしないからそのイイ子な優等生スマイルしなくていいよ』

 

 “その瞬間、浅野学秀は俺のことを『クラスメイト(駒となる雑多)』を見る目ではなく『警戒すべきもの(敵意を向けるべき相手)』を見る目で見てきた。”

 

 

 いってェ……。

 

 

 頭の中で走馬灯のように見えた映像で何となく理解してきた。

 

 これは、『この身体』の記憶だ。

 

 女神サマが『俺』の願いを叶えようとしてっていう可能性もあるが、よくよく考えると脳みそもあるんだから記憶が見えてもおかしくはない。

 ……もしくは両方が作用してこうなってる、とかな。

 

 それにしても、なんとなく分かってはいたが『俺』の元々の性格は俺とは中々違うらしい。

 

 

『今回は俺の勝ちだな、浅野』

 

『……次は絶対に勝つから覚悟しておけよ……!』

 

 “明らかな敵意を向けられて俺が『面白い』と感じたのは、多分勝てたことが理由じゃない。

 俺は、『浅野学秀』という男に張り合えるのが面白いんだ。

 『こいつならどこまででもついてきてくれる』という確かな信頼。これが『ライバル』ってやつなんだろうなぁ。”

 

 “浅野も同じように感じていたのだろう、口には出さないものの、俺と浅野はいつの間にか互いを『親友』と認めていた。”

 

 

 救急車を呼ぼうとしているのだろうか。浅野が、スマホを手に取るのが見える。

 だが俺は浅野を止めようとその腕を掴んだ。

 何故かは分からないが、救急車を呼ばなくてもいいと何となく分かったからだ。

 

 

 “浅野に見つかるとなんだか親友を信じていないようで情けないから日記には書かないが、俺は心配だ。

 『浅野学秀』という男が、これから孤立してしまわないかが何よりも心配なんだ。

 いくら『友達』と呼べる人々がいても、完璧なあいつに大抵のやつらは1歩置いてしまうだろう。

 ……そうしたらきっと、あいつは『独り』になってしまう。

 あいつが他に追随されないトップであることで、あいつは孤独になってしまうだろう。”

 

 

 “その時誰があいつと張り合って、研鑽し合えるって言うんだ。”

 

 “あいつが道を踏み外したとき、誰が叱ってやれるって言うんだ。”

 

 “あいつが悲しんでいるとき、誰にそれを見せればいいって言うんだ。”

 

 

 そこで、痛みは消えた。

 ……『俺』の嘆きにも似た考えを知って、俺は少し躊躇してから口を開いた。

 

「悪い、浅野……。もう大丈夫だ」

「……本当だな?」

 

「あぁ、嘘はつかない。

 …………浅野、会って早々なんだが、実は俺は記憶がほとんどない。(かろ)うじてあるのは家族についての記憶と、お前との多少の思い出だけだ。

 もしかしたらこれから思い出すかもしれねェが……お前の知ってる『俺』と俺はほとんど別人だろう」

 

 ……あぁ、これは中々に(こた)える。

 

 なまじこいつと『俺』のことを知っているだけあってこいつの辛そうな顔にはどうしても弱いというか、罪悪感が異常に湧く。

 

 ……それでも、俺はこいつに『覚えている』などと嘘をつくわけにはいかなかった。

 

 あの記憶は俺のものじゃない、『俺』のものだ。

 思い出も、感情も、俺なんかが自分のものだと嘘でも言うべきじゃない。

 

 それに、俺と『俺』は違う。

 こいつには……間違いなくいつかバレるだろう。

 

 『大事な人たちに笑っていて欲しい』という『俺』の願いを叶えるためにも、俺は俺としてこの『浅野学秀』という男と関わると決めた。



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中間テスト

「……本当、なんだな」

 

 浅野は唇を噛みながら、顔を歪めてそう言った。

 思ったよりもあっさりと信じてもらえたことに驚きながら、俺は静かに頷いた。

 

「……すぐに信じたことに驚いたような顔だな。

 生憎、僕の知る『笹塚衛士』という男とは長い付き合いだ。

 表情の出し方、話し方……お前の発言を否定しようにも、僕の知るお前と今のお前に相違点が多すぎる」

 

 ……敵わないな。

 

「悪い」

 

「謝る必要がどこにある。

 記憶があろうが無かろうが関係ないとは言えない。言えないが、僕との多少の記憶はあるということは偽ることも出来た筈だ。だがお前は、今度は隠さなかった。

 覚えてないにしろ、僕との約束を守ったお前に何の責任がある」

 

「……あぁ、謝るのは間違いだった。

 ありがとな、浅野」

 

 これで精神年齢が十以上も下なのか……。

 石垣にも見習わせてェな。

 

「フン。……先に言っておくが、記憶が無かろうが暫く休学していた期間があろうが僕は手加減してやる気は微塵もない!

 ……待っててやる気はないから、さっさと僕のところまで追い付いてこい」

 

 ……まったく。こんな風に言われちゃ、期待に応えないわけにはいかないだろ。

 

「追い越しちまっても問題ねーよな?」

 

「ハッ、言うじゃないか。

 ……そう言えばお前、何組になったんだ? 休学期間も短くなかったんだ、A組のままでいられるとは思っていないが……」

 

 あ、言い忘れてた。

 

「復学後からはE組だ」

 

「……は?」

 

「理事長からD組からの復学でもいいとは言われたんだが、そこまでクラスに(こだわ)ってねェから断ってきた」

 

「…………そう言えば、僕の知ってる笹塚もそういう男だったな……」

 

 浅野は片手で頭を抱えて諦めたようにそう呟いた。

 

「ならさっさと実力で戻って来い」

「あー……その事なんだが、多分そっちには戻らないと思う」

「……どういうことだ」

 

 浅野が訳が分からないというような顔で見てくるが、まぁ当然だろう。

 

「職業病……ではないな。

 何つーか、気になることがあってな」

 

 特に担任について、とかな。

 

「クラスが違おうがお前に遅れを取るつもりはねーから安心しろ」

 

「そういう問題ではないが……。

 まぁしぶといお前のことだ、大丈夫か。一学期中間テストの結果、楽しみにしてるぞ」

 

「あぁ。

 ……あ、そう言えば連絡先を知りたいんだが……」

 

 使うは分からないが、知ってて損はないだろ。

 

「僕の連絡先ならお前のスマホに登録してあるだろう」

 

 ……そう言えば確認してなかったな。

 

「…………あ、本当だ」

 

「おかしな所を覚えてないんだな……。

 じゃあ僕はまだ生徒会の仕事があるから行くぞ」

 

「あぁそうか、じゃあまたな」

 

 さて、家に帰ってあいつに張り合う準備をしないとな。

 

 

 ■

 

 

 あれから数日、早くも中間テストの日がやって来た。

 

 

 

 のだが、俺はまだ自宅にいた。

 

『悪い、中間テストに参加出来なくなった』

 

 ……まさかこんなに早く浅野の連絡先を知ってて良かったと思うとはな。

 

『どういうことだ』

『説明しろ』

 

 なんか浅野を混乱させてばっかで申し訳なくなってきたな……。

 

『よく分からないんだが、理事長から中間テスト後に復学時期をずらすって連絡が来た』

 

『なんだそれは……』

 

『分からん』

 

 結局俺は浅野に張り合うどころか、テストを受けることすらかなわなかった。




待っててやる気はないから、さっさと僕のところまで追い付いてこい。

お前はそこにいろ、私は先に進む。


ちょっと対比したつもりです。



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やっと復学

 中間テストも終わり、俺は(ようや)く復学を許可された。一体何だったんだ……。

 

『じゃあ浅野、今日からよろしくな』

 

『よろしくと言われても校舎が違う限りあまり関わることはないがな』

 

 ……確かに。

 まぁ学校が同じ限りテスト以外でも何かしらで関わることはあるだろうしってことでいいか。

 

 浅野にそんなような内容の返信をして、制服を着る。

 ……烏間さんに挨拶しに行った時も思ったが、中身31歳が中学生の制服って中々……。この世界に俺の知り合いがいなくて良かった。特に弥子ちゃんとか笛吹に見られたらなんて言われるか分かったモンじゃねェな。笛吹に関しては見られたら最悪捕まる気すらする。

 まぁこれから大体1年間着るわけだし、考えても仕方ねーか。

 

 ■

 

「では笹塚くん、先に先生が出席をとってその後で君を呼びますから少し待っていて下さい。

 いくらBB弾とはいえ危ないですからねぇ。ヌルフフフフフ」

 

 ……出席とる時間が危ないってなんだ。

 

 残念ながらそれを訊く前に殺せんせーは教室に入っていってしまった。……まぁ焦らなくても明日には分かるだろ。多分。

 

『起立!!』

 

 あー、号令とか懐かしいな。ただ、俺の知ってる号令って銃を構えるような音がするようなモンじゃない気がするんだが……まぁ、殺せんせーが『危ない』って言ってたのがどういうことか今日中に分かりそうで良かった。

 

『気をつけ!!』

 

 ……よく考えてみればそりゃ危ないって言えばそういうことだよな。

 そう思いつつ、バレないようにこっそり教室の中を覗く。

 

『れーい!!!!』

 

 途端、数えきれないほどの銃声が鳴り響く。もちろん撃っているのはBB弾なので本物の拳銃に比べれば多少軽い音だが、それでも明らかに店で子供用に売っている銃とは比べ物にならない威力だ。

 

 だが何よりも……総攻撃(それ)を受けて全て避けながらのうのうと出席とるあの先生が1番ヤバイな。

 

『遅刻無し……と。

 そちらは流石ですが未だに命中弾ゼロとはやはりまだまだですねぇ。ヌルフフフ』

 

『今日もかよー……』

 

 ぶつぶつと文句を言う生徒達。

 まさかこれ毎日やってんのか……? 掃除大変そうだな。

 

『さて、突然ですが今日は新しくこのクラスの仲間になる人がいます』

 

『え!?』

『転校生!?』

『男!? 女!? 美人系!? 可愛い系!?』

 

 話してなかったのか。っていうか1番最後に質問したやつ男って選択肢消そうとしてないか……?

 

『いえ、転校生ではありません。

 長期間お休みしていて今日から復学することになったんです』

『そんなやつカルマ達以外にいたのかよ』

 

 むしろ俺以外にもいたのか。しかも複数人。

 

『え? 俺らと同じ暴力沙汰?』

『カルマ君言い方!』

 

 ……なるほど。そう言えば素行不良でもE組になるとか書いてあったな。

 

『えー、俺は暴力沙汰なんて起こしてないよ? 正当防衛正当防衛』

 

 ……は? 待て、今の声は……いや、そんなわけないか。声が似てるだけだろう。

 

『多分全治半年は正当防衛って言わないんじゃないかな……』

 

 ……。

 

『いえ。彼は病気で昏睡状態にあったのですが、つい先日無事病気が治り復学することになった生徒です』

『では入って来て下さい』

 

 教室へと足を踏み入れながら、俺はただひたすらに考えていた。

 

 このクラス大丈夫か。



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大丈夫じゃなかった

 俺が教室に入ると、何故か途端に生徒達がざわつき始めた。

 気にしないように殺せんせーの隣に立つとチョークを渡されたが、どうやら黒板に名前を書けという意味らしい。

 

 名前を書きながら生徒達の声を聞いてすぐに納得した。どうやら『俺』はこの学校では中々有名だったらしい。

 

「え、あれって笹塚だよな……」

「だよな。あのよく浅野と脊椎動物しりとりしてたって噂の……」

「え? 私細菌しりとりって聞いたけど」

「私は元素記号を順番に言っていって先に言えなくなった方が負けってゲームをやってるところなら見た」

「って言うか笹塚君の目ってあんなに死んでたっけ……」

「女じゃ……ない……?????」

 

 こうやって聞くとやっぱり『俺』は中々変わってるな。

 あと最後に喋ったやつはやっぱり男って選択肢から消そうとしてたのか。

 

 そんなことを考えながら名前を書き終わって振り向こうとしたその時、聞き覚えのある声がした。

 

「ねぇ。あんた、俺のこと知ってるよね」

 

さっきも聞いた聞き覚えのある(その)声の主を見て、俺は目を見開いた。

 

「…………なんで、お前がここに……!?」

 

 そこにいたのは俺が追い続けていた人間であり、俺が(かたき)だと思い続けていた人間____X(サイ)

 

「え、サイって笹塚と知り合いだったのか?」

「うーん……初対面だけど知り合いって感じかな」

「……お前も、俺のことを知ってるよな」

「よく知ってるよ。何なら人間離れした探偵助手の話でもする?」

 

 間違いない。こいつは俺のよく知っているサイだ。……もしかして、こいつも誰かの代わりをしてるってことか?いや、そんなガラじゃないな。

 

「おや、2人は随分タイプが違うように見えますがお知り合いだったんですねぇ。

 積もる話もあるでしょうが、先に笹塚くんの自己紹介をお願いします」

「はぁ」

 

 まぁあいつとは後で話そう。いや、話さないといけない。さっき聞こえた停学云々の話がサイのもので合ってるなら、こいつも随分丸くなってるみたいだしな。

 

 ……さて、自己紹介とは言っても何を話せばいいのかサッパリだな。まぁ名前と好きなものくらいで良いか。

 

「あー……笹塚衛士です。好きなものはたこわさとしょ……たこわさです。よろしく」

 

 危なかった。……タバコみたいに買っちまわないように気を付けねーとな。

 

「はい、ではお待ちかねの質問タイムです!」

 

 殺せんせーの合図の後、1番はじめに手を上げたのは青っぽい髪の少年だった。

 

「えと、あんなに頭が良かったのにどうしてE組に? 休学してたにしても、笹塚くん程頭がいいならC組からでもいいくらいだと思うんだけど……」

 

「あー、理事長にも『希望するならD組からでも良い』とか言われたんだが……俺だけそういう風にするのは不公平だし、そもそもクラスがどうだのに興味も無いから断った」

 

 それにしても、俺はこのクラスの人間に対して年下として話せばいいのか同い年として話せばいいのか……まぁ、同い年として話せばいいだろ。多分。

 

「「「「「はーー!?!?!?」」」」」

 

 ……そんなに驚くことか? 

 

「じゃあ実は殺し屋だったとかじゃないの!?」

「いや全く」

 

 確かにこのタイミングで来たら殺し屋かと思っても仕方ないか。

 

「先生は知ってたのか?」

 

 そう言えば話してなかったな。まぁ訊かれなければ話す必要もないことだし。

 

「し、知ってましたよ? ハイ。知ってました」

「あの顔は知らなかった顔だ!」

 

 表情……表情?豊かだな。

 

「そ、そんなことより他の質問はないんですか!? ないなら先生がしてしまいますよ!!」

「誤魔化した!!」

 

 生徒達ツッコミのキレがいいな。

 

「あっ、じゃあしつもーん!」

「ハイ! 中村さん!! 質問をどうぞ!!!」

 

 話そらしたくて必死だな。

 

「浅野とやってたのって脊椎動物しりとり? 細菌しりとり? 元素記号を順番に言っていくゲーム?」

 

 さっき言ってたやつか。

 

「……確か、脊椎動物しりとりと元素記号を順番に言っていくのはやってた……んだと思う」

「何か歯切れ悪いな~」

 

 あ、説明しておいた方がいいか。

 

「悪い、昏睡状態から覚めたときに記憶の大半を失ってな。あまり覚えてないんだ」

「……え?」

 

「ぬぁんですって~~~~~~~~!?!?!?!?!?!?!?!?!?」

 

「「「「「いや何で殺せんせーが1番驚いてんだよ!!!!!!!」」」」」

 

 これも話すべきだったか……。



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着席

 まさか先生が理事長から説明を受けていなかったとは思わず驚きながらも、色々と事情を説明して漸く納得したらしいクラスメイト達に息をつく。

 ……何人か複雑そうな顔をしているのは、恐らく『俺』の知り合いだろう。言い知れない罪悪感を抱えていると、一人の女子生徒が「あ!」と声をあげた。

 

「そう言えば笹塚君って、修学旅行の班どうするの?」

 

 修学旅行? 

 もうそんな時期だったのか……。

 

「おや倉橋さん、良い質問ですねぇ。

 実は先生、たった今修学旅行で笹塚君が誰と行動するか決めたんです」

 

 たった今って……まぁ、俺にとっては全員初対面みたいなモンだし誰と同じでもいいけどな。

 

「えー! 誰と誰と!?」

 

「ヌルフフフ、それはですねぇ……」

 

 ごくり、とクラスのほとんど全員が息を飲む。

 それほどのことじゃないだろ。

 

「先生とです!!!」

 

「「「「「え」」」」」

 

 ……あぁ、なるほど。

 

「殺せんせーはもしかして毎日違う班と回るんですか? 

 それなら確かに全員とも交流できて良いですね」

 

「にゅやっ!?!? 驚くだろうと思いながら言ったのに当の笹塚君に理由を当てられて、先生なんだか恥ずかしいです……」

「なんだぁ、先生となのかぁ……」

「えー、俺誘おうと思ってたのに残念」

 

 質問した女子が残念そうに言うと、続けて赤髪の少年がそう言った。

 

「おや、カルマ君が誘おうとするとは意外ですねぇ。もしかしてお知り合いですか?」

「1年生の時とか同じクラスだったし。

 ……まぁ、そっちは俺のこと覚えてないみたいだけどね」

 

 ……やっぱ罪悪感がすごいな。

 

『俺』の知り合いで1年生の時に同じクラス、なおかつさっき教室の外で聞いた会話によると素行不良か……。あ、そういやそんなようなことを日記に書かれてたやついたな。

 

「……もしかして、お前の名字って赤羽か?」

「!? 覚えてんの?」

 

「いや、覚えてはいないが……その、闘病中に書いたらしい日記があってな。

 そこに書いてあった『赤羽』ってやつがお前の特徴と一致してたからそうかと……」

 

 ぬか喜びさせちまったみたいで申し訳ないな。

 

「…………ふーん、まぁいいけど。

 じゃあよろしくね、笹塚君」

 

「……あぁ」

 

 初対面から作られてしまったらしい分厚めの心の壁に少し驚いたが、突然「忘れました」なんて言ったらそうなっても仕方ないかと心の中で小さくため息をついた。

 ま、別に仲良しごっこしに学校に来てるわけでもないしな。

 

「それじゃあ笹塚君はカルマ君とサイ君の間の席ということで」

 

 一番後ろ、右から四番目の席か。

 

「分かりました」

 

 ……………………問題児コンビに挟まれてるように見えるのは、俺の気のせいだといいんだが。




多忙につき、コメントの返信がほとんど出来なくなります。よろしくお願いします。


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やってしまった

 四限目の授業が終わり昼休みになると、同じクラスの青髪が話しかけてきた。

 

「笹塚君、久しぶり。復学してすぐなのに当てられてもすぐに答えられるの、やっぱりすごいね。──って、僕のこと覚えてないか」

 

 少し困ったように笑う姿を見ると、どうやらこの少年も『俺』と交流を持っていた人間の一人らしい。

 

 となると書いてあった名前の中で一番特徴が一致するのは……。

 

「あー……渚、くん……で合ってるか?」

「! うん!」

 

 一瞬目を見開いた青髪だったが、すぐに頷いた。

 合っていたようで何よりだ。

 

 因みに一旦は日記に記してあった通りに呼ぼうとしたものの、どうにも中学生を下の名前で呼び捨てというのには慣れなくて結局『くん』をつけて呼ぶことにしたのは許してほしい。

 

 事件があったときに関わった子どもや弥子ちゃんにも『ちゃん』や『くん』をつけていたし、こればっかりはもう癖だ。

 苗字なら呼び捨てでも違和感はないんだがな、と頭の中でため息をついた。

 

「僕のことも日記に書いてあったの?」

 

 少し驚いたように渚くんが俺にそう問いかける。

 驚くようなことか? 

 

「あぁ。結構頻繁に出てきてたぞ」

「……正直ちょっと意外だな。確かに話すことは多かったけど、笹塚君はすごい人だから、カルマくんはともかくまさか僕のことまで日記に書かれてるとは思わなかったよ」

 

 ……どうやら渚くんはあまり自己評価が高い方ではないらしい。

 

「すごいすごくないに関係なく、トモダチだから日記に書いたんだろ。そんなに自分を卑下するもんじゃない」

 

 そう言って渚くんの頭にぽんと手を乗せる。

 

「! ……うん、ありが──って笹塚君……!?」

「?」

 

 照れたように少し顔を赤くしてこちらを見る渚くんに一瞬疑問符を浮かべたものの、すぐに気が付いた。

 

 普通、同じクラスの、同い年の男の頭に、手を乗せるものではないと。

 

 渚くんの反応が遅れたのは、俺があまりに自然な流れでやったから違和感を覚えるのに時間がかかったんだろう。

 弥子ちゃんや真守にやっていた時の癖……と言うよりは、俺の中で彼がクラスメイトではなく年下の中学生であると認識していたせいだろう。完全にやってしまった。

 

「……………………………………あー、悪い」

 

 慌てて手をどけるがここは教室。

 周りの視線が痛いほど刺さる。勘弁してくれ。

 

 その場に居づらくなった俺は、とりあえず今日を外で弁当を食べることにした。

 

 

 ■

 

 

 笹塚衛士が出ていった後の教室で、ほとんどの生徒が声を揃えて呟いた。

 

「イ、イケメンだぁ……」

 

 結局昼休みの間教室が『磯貝と笹塚は同じタイプの人間』という話で持ちきりだったのは、まぁ自業自得というものだろう。



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