五等分のLOST COLORS (仮題) (シュヴァ剣欲しい)
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家庭教師の条件 前編

いやいけるわけないだろ…(冷静)


 僕、神島ライは学校において、浮き切った存在である――。

 そう理解したのは入学してから間もない頃だった。クラスでは当然のように一人で過ごすし、短い休み時間の間に話しかけられる事もない。学校食堂、いわゆる学食、と呼ばれる休憩場所でも一人で昼食を食べ、一人で食後のちょっとした休憩を嗜む。

 俗に言ういじめ、という行為なのでは? と勘繰った時期もあったがしかし、放課後に行われる掃除では皆、率先して自分の作業を手伝ってくれるし、ゴミ箱の中身を捨てに行こうものなら代わってくれる生徒までいた。

 嫌われているわけではないらしい。

 変な目で見られる事はあれど、敵意が含まれた視線は受け取った事がない。今も僕の視界の隅っこでこちらを見ながら隠れるように話し合う生徒たちにむず痒い思いは抱くけど、入学から一年経った今、過去を振り返ってみても何か特別な害を加えられた憶えはなかった。

 友達と呼べる人物はいない。

 気を利かせてくれる同級生たちはいるものの、しかしそれは友人としての行為ではなく、まるで()()()()()()かのような気の利かせ方であり、触れ合う機会はあれどもそこから一歩先に進んだ関係になる事はなかった。

 彼らの遠慮した行動は、恐らく僕の容姿に起因している。

 ウォーターサーバーの容器に反射した自分の姿を見つめる瞳はダークブルーで、朝に軽く梳かすだけの髪はくすんだ銀色。黒髪にブラウンの眼が多い日本人の中ではまさしく異端と言える容姿だろう。それ故、彼らが僕をどう扱っていいのか分からずに遠巻きになってしまうのも、仕方のないことなのかもしれない。

 そして僕自身もまた、そんな彼らに対してどう接していいか分からずにいる。遠巻きに気を使われてむず痒い思いをするだけならば、そこに害がないのであれば、それで良いのではないか? 下手に踏み込んでしまい、彼ら彼女らに悲しい思いをさせてしまうくらいならば、僕もまた、今の状況に甘んじていた方が双方にとって一番なのではないか?

 結局、僕は先の一年間を彼らに甘えて過ごし、新しく始まった二年目も同じように過ごそうとしている。

 思わずため息が出る。

 ウォーターサーバーから水を汲み、トレイに添えたところで顔を上げ、学食内に目をやった。

 学食では注文カウンターの目の前に飲食するスペースが広がっている。中央に大人数が座れる長方形のテーブルが、窓際、壁際には二人が向かうようにして座るテーブルスペースが設けられている。昼食時にはいつも賑わい混雑する学食だが、なぜか僕が行くと必ず窓際の席が空いており、座る事ができる。小耳に挟んだ話ではピーク時に座る事はなかなか難しいという事だったのだが。

 トレイをテーブルに置き、水を一飲み。箸を手に取って手を合わせる。

 

「ライ様の今日のご飯は紅鮭定食――」

「?」

 

 僕の名前を聞いた気がして辺りを見回してみる。

 いつも通りの賑わった食堂は生徒たちで埋め尽くされていて誰が話していたのかは見当がつかない。だけど、その中に一つの見慣れない姿を見つけた。

 少し癖の付いたロングヘア—に特徴的な星のヘアピンが二つ。黒を基調としたセーラー服は他校の制服で、どうやら転校生のようだった。手にトレイを持って辺りを見回しながら座れる場所を探している。

 しかし今は昼時、食堂の利用者数はピークに達している。結局、彼女は席を探し求めて食堂を半周し、僕の座る席までたどり着いた。

 

「……あの――」

「空いてますよ、どうぞ」

 

 返答に安堵の表情を見せた彼女はトレイを置いて僕の正面の席に座ると深いため息を一つ、吐いた。と、同時に慌てたような様子で言葉を並べ始める。

 

「ああ、今のため息は違うんです! その、午前中は校内をあちこち歩き回っていたので……」

「校舎案内? 今日が初日?」

「ええ、そうなんです。でもよく分かりましたね、私が転校生だなんて」

 

 そう言う彼女に僕は味噌汁のお椀を手に取り、箸で沈んだ味噌をかき混ぜながら

 

「制服でね」

「制服……あ」

 

 どうやら、自分の制服が他校の物であるという自覚がなかったようだ。慣れてしまっていれば気付けないのも無理はない話だ。

 やや顔を赤らめながらも照れ隠しかセーラ服の紐屑を払い落とす彼女に少し頬が緩む。

 

「~~~っ、いただきますっ」

「いただきます」

 

 汁を一口飲み、お椀を戻す。鮭を箸で切り崩した所で対面の彼女が口を開いた。

 

「あの……お聞きしたいんですが、もしかして勉強とかって得意な方ですか?」

 

 その問いに鮭を摘まんだ箸を一度止め、

 

「特に困った事はないかな」

 

 と、返しつつ最近のテストを思い返してみる。授業の初めに抜き打ちでするような簡単な小テストだったが、回答に困った事はなかった。

 彼女の質問の意図に興味が湧いた僕は逆に質問をしてみた。

 

「どうして?」

「いえ、先ほどの推察も的を得てましたし、なによりその、知性的だなー、なんて……」

「そうかな」

 

 口に運んだ紅鮭は少し歯で圧をかけてやれば雪のように解れる焼き方で、大変美味しい。そう思いつつ顔を上げると箸を片手に今にも倒れそうなほど顔を真っ赤に染めて湯気を上げる彼女の姿があった。

 

「大丈夫?」

「すいません、大丈夫、です。つい私らしからぬことを言ってしまいました」

 

 水を一口飲んだ彼女はどうやら落ち着きを取り戻したらしく、話を続けた。

 

「私は勉強が得意ではないので……羨ましいです」

「誰にでも不得意はあるさ」

 

 今度はご飯を一口。芯は当然残ってなく、噛めば甘みが滲み出る。うん、美味しい。

 

「それでですね、これもなにかの縁だと思うんです。良ければべ、勉強……教えていただけませんか?」

 

 箸を握りしめ言う彼女に僕は

 

「僕は大丈夫だけど……。うどん、伸びてるよ」

「えっ? ……あぁっ!?」

 

 器に注がれていた汁を吸い取り少ししっとりした揚げ物と麺を見、肩を落とす姿に、僕はまた少し、頬を緩めていた。

 

 

 

 

 001

 

 

 

 

 僕に勉強を教えてほしいと願った彼女の名前は中野五月(なかのいつき)。偶然にも同じクラスに転校してきた彼女と、どこで勉強を教えるかを相談するのは簡単だった。

 放課後に図書室で。授業と授業の合間に挟まれる十五分間の休憩中にそう告げ、放課後にいざ図書室へ向かおうとすれば、教室で転校生に興味津々といった同級生たちに囲まれていた彼女がダッシュで追いかけてきていた。

 思わずぎょっとした僕は立ち止まり、肩で息をしている彼女の整息を待った。どうやら運動もあまり得意ではないらしい。

 

「す、すいません。私、図書室の場所、忘れて」

「……ああ、それで。じゃあ一緒に行こうか」 

 

 廊下を二人で歩く。

 黙ったまま、というのも悪いだろうか? 僕はそう思い、口を開いた。

 

「中野さんは黒薔薇女子学園からどうしてここに?」

 

 素朴な疑問だった。

 黒薔薇女子学園。編入する高校を選ぶうえで知った、有名なお嬢様学校だ。寮付きの門限制で、随分と歴史がある学校だったと記憶している。

 

「五月で結構です。紛らわしいですから」

 

 返答は随分後ろから聞こえてきた。

 その距離感にふと足を止め、振り返る。丁度二人分くらいの距離を開けて後ろから付いてくる彼女がいた。

 

「ごめん中野さん、歩く速度早かったかな」

「ああ、いえっ! そういうわけではないんですが、その……」

 

 言いよどむ中野さんの横を女子生徒が少し目線をやりながら通り過ぎていく。

 ……ああ、なるほど。

 

「気を悪くさせてたらすまない。僕と関わりあう生徒は少ないから、変な目で見られてしまう」

「変な目というかあれは……」

 

 そこまで言いかけて言葉を止める。

 

「いえ、なんでもありません。さぁ、行きましょう」

「……?」

「それと」

 

 僕の数歩先を行き、中野さんは振り返る。

 

「五月、と呼んでくださいね」

 

 

 … … …

 

 

 この高校の図書室は綺麗に二分化されている。書物が並べられた棚が等間隔で設置されたスペースと、読書と筆記がができるスペース。六人程度が座れるであろう長方形のテーブルが置かれている場所、その一番奥に五月と僕はいた。

 初めて出会った時と同じように、向かい合って座っていた僕らがまず最初にしたことは五月の学力を図ることだった。

 彼女の得意科目は理科らしいので、高校一年生レベルの問題をいくつか見繕い、十問程度の問題を作成したのだが……。

 

「ど、どうでしょうか」

「こ、れは……?」

 

 面食らう、と表現するにはピッタリな点数だった。七、八割の正解率を想定していただけに、正解率五割以下という現実は硬直せざるを得ない。

 しかしこの結果は彼女の不誠実さの表れ、というわけではないと思う。勉強をサボってしまうような不真面目な人間性ならば、出会ったばかりの僕に勉強を教えてほしいとは頼まないだろう。出会ったばかりの相手だったとしても勉強を教えてほしい程、自力学習に限界を感じていると僕は推察した。

 彼女に気取られないよう、軽く息を吐く。

 得意科目でこれならば、他の科目は絶望的と言ってもいいだろう。ならば、僕が彼女にすべきことは――。

 

「まずは、復習から始めるとしよう」

「復習、ですか」

 

 すべきは下地を作ること。

 いきなり今までとこれからの知識を詰め込んでいっても、下地がなければいつか崩落する。しかし下地作りばかりに夢中になっていては時間が足りない。故に下地を作りつつもこれから必要になる知識を織り交ぜていき、緩やかな学力向上を目指す。

 これが恐らく真面目で勉強に対してやる気がある彼女に合った方法の筈だ。

 僕は席を立ち、書物スペースへと足を運ぶ。後ろから五月がついてきているのを確認しながら、目当ての本を探す。

 理科関係と言っても分野は様々だ。限られた時間を最大限に活かすべく、先ほどの五月の回答を参照して必要な部分を選定し、選んだ解説書手に取る。

 今日費やせる時間はおおよそ一時間。その間に理科だけでも下地を作り終えねばならない。

 詰め込む量は多すぎず、少なすぎず。要点を文章化し、色ペンや図などを混ぜ込んで視覚にも訴えることで記憶しやすく。

 テーブルに戻り、対面に五月が座り終える頃には計画(プラン)は出来上がっていた。

 

「ところで五月。君の勉強のゴールラインは決まってるのかい?」

「ゴールライン、ですか……」

 

 そう言って五月は顎に手を当て、うーん、と考えた。

 

「……中間試験で五十点、でしょうか」

 

 高すぎず、低すぎず頑張れば手が届きそうなライン設定は、彼女の真面目さの表れだ。

 

「わかった。なら、まずはそれを目指して頑張ってみよう」

「よろしくお願いしますっ!」

 

 五月はテーブルにおでこが着きそうな勢いで頭を下げる。

 ……真面目だ。

 

 

 

 

 002

 

 

 

 

 外はやや日が落ちて、家庭に光が灯り始める頃、僕は早歩きで病院の廊下を歩いていた。

 腕時計に目を落とせば、面会時間ギリギリ。ナースステーションの看護婦さんたちに軽く頭を下げつつ、”神島真実(かみしままなみ)”のネームプレートが差し込まれている個室の引き戸を開けた。

 

「……お兄さま?」

「間に合ったよ」

「ふふ、そんなに急がなくても明日お越しになればよかったでしょう?」

「そうはいかない。必ず顔を出すって、約束したろう?」

 

 ベッド傍の花瓶を手に取り、個室に備え付けられた洗面台へ。中の水を流した後に新しく水を注ぎ入れる。

 置きに戻れば、サイドテーブルの薄い本が目についた。

 

「”折り紙百集”」

「ええ。リラクゼーションルームに置かれていた本らしいです。お兄さまの折り紙には遠く及びませんが……」

「作ってみたのかい?」

 

 はい、と真実は自身の陰になる部分から折り紙を取り出す。

 蛙、兜、鶴……。色違いの動物たちがテーブルの上に並べられていく。

 

「よくできてるじゃないか」

「本当ですか?」

「ああ。丁寧に折られてる」

「ふふ……。ねぇお兄さま、桜を折って頂けますか? わたし、好きなんです」

 

 もちろん。

 そう言ってサイドテーブルの折り紙の束に手を出したところで、部屋のドアを叩く音が響く。

 

「失礼するよ」

「あ、院長先生……」

「やあ真実君。体調はどうかな」

「おかげさまで」

 

 白衣の下に着こんだストライプベストに白のシャツ、黒髪は短くまとめられていて、それらの組み合わせから性格が垣間見える。

 中野病院経営する、中野院長その人だった。

 そこで僕は一瞬の突っかかりを覚える。どこかで、聞いたような気がしたからだ。

 しかし、その思考は彼の一言で区切られた。

 

「こんばんは、神島ライ君」

「お世話になってます」

 

 軽く頭を下げる。

 いつも通り冷静な口調と、一切変化しないポーカーフェイス。だが、瞳だけはいつもと違う。

 診察の時間はとっくの昔に終わっているだろうし、なにより真実ではなく僕を見つめていた。

 

「少し話してくるよ」

「はい、わかりました」

 

 僕の一言で踵を返した中野院長に連れられるように病室を出る。

 扉を閉めたのを確認すると、

 

「やはり君は鋭い。歩きながら話そう」

「ええ」

 

 彼は歩き出す。看護婦さんたちは既に夜勤体制に移行しているようで、静まり返ったナースステーションを横切り、エレベーターホールへ移動する。

 

「君に、僕の娘の家庭教師を依頼したい」

「僕にですか? 失礼ですが、もっと適任の方がいるのでは?」

 

 僕は一介の高校生に過ぎない。

 精神的にも未熟だと思うし、金銭を受け取り教育を施す”仕事”はもっと適任の人間がするべきだ。

 

「データだけで見れば適任だと思われる人間は大勢いる。それこそ、家庭教師を専門にしている人もいるだろう」

「では、どうして僕に?」

「君を見てきたからだ」

 

 エレベータに乗り込み、戸が閉まった。

 

「去年の間、君は欠かさずに妹さんの面会に来ている。学業を怠らず、片手間にバイトをしながら」

「……どうして僕がバイトをしていると?」

「一度、バイト先のエプロンを着たまま来院しただろう」

 

 そういえば、そんなこともあった。

 時間が間に合わずに着替える手間を惜しんだのだったか。

 

「君のテストの結果も調べがついている。実に優秀だ」

「それはどうも」

 

 エレベーターが到着し、下りればそこは関係者以外立ち入り禁止の院長室フロアだった。こじんまりとした守衛室を通り過ぎ、両開きのドアを開けて院長室へと入る。

 中野院長に促されるまま高級そうな黒いソファへと座り込んだ。

 

「僕は目に見たもの、データに現れるものしか信じない。適任かもしれないが得体の知れない家庭教師と、未熟かもしれないが信頼できる君。僕は後者を取る」

 

 ……。

 

「報酬は相場の五倍出そう。是非考えてくれたまえ」

「……五倍?」

「そうだ」

 

 家庭教師の相場はバイトで言うならば一時間千円程度。日当で言えば一日五千円から六千円程度だろうか。その五倍なのだから、一日大体二万と五千円。バイトにしても、正規の仕事にしても破格の報酬だ。

 ……僕は疑問を彼に投げかける。

 

「娘さんは五人ですか?」

 

 僕の問いに中野院長は珍しく口角を上げ、軽く三回、拍手した。

 ……彼が笑うのは中々レアなのではないだろうか。少なくとも僕は初めて見た。

 

「素晴らしい。僕は”娘”とは言ったが”たち”とは言っていない。どうして五人だと思ったのか、聞かせてくれないか?」

 

 どうやら当たっていたらしい。

 

「貴方は”相場の五倍”と言った。つまり家庭教師の時給や日当の相場をご存じだ」

 

 徹底した合理主義者。それが中野院長の本質の一つだと、僕は思う。

 しかしその裏で、娘のために家庭教師を雇おうとする優しさもある。

 

「……貴方は子供のためとはいえ相場以上のお金を出すような人間じゃない」

 

 それで? と言いたげな彼の視線を受け止め、僕は続ける。

 

「なのに五倍の額を提示したのは、単純に教える必要がある人数が五人だから。もしくは……」

「もしくは?」

「僕の見立てとは違い、貴方が金銭感覚がおかしいただのお金持ちかのどちらかです」

 

 言い終えると、中野院長はふと笑い

 

「もし後者だったらどうするのかね」

「構いません。世の中変な人間もいるものだと、経験になります」

 

 ソファから立ち上がり、院長室の最奥に備えられたガラスのデスクの前へと移る。

 椅子に腰かけた中野院長と目が合った。

 

「返事を聞かせてくれないか?」

「受けます。やらせてください。それと一つお願いしたいことが」

 

 僕の返答に軽く頷いた中野院長は引き出しから一つのタブレット端末を取り出す。

 それを僕に向けて差し出すと

 

「君が必要な情報はこれに入っている。参考にしてくれたまえ」

「……どうして僕が情報を欲しがっていると?」

「僕もまた、君と同じようにさかしい人間だということだ」

 

 行動を起こすならば、一に情報。二に整理、三に計画、か……。

 中野院長がこの若さで病院経営を全うできている理由の一端を、知った気がする。

 タブレットを受け取り、カバンへとしまい込む。

 

「娘たちを頼んだよ」

「……ベストを、尽くします」

 

 

 … … …

 

 

「突っかかりの正体はこれか……」

 

 タブレット端末に入っていたデータは確かに僕が求めていたものだった。

 教える生徒のテストのデータだ。

 点数や、答案用紙の写し等詳細なデータが入っていたソレの、()()()の名前を見る。

 そこにはつい最近目にしたばかりの名前が書かれていた。

 

「中野、五月……」

 

 

 

 




登場人物
 ・ライ
  今作の主人公。容姿端麗、頭脳明晰、身体能力抜群の我こそはメアリー・スーなりと言わんばかりのスペックホルダー。作者の腕が試される。名字の神島はコードギアスの神根島から。ロストカラーズ以前の状態。記憶喪失は難しいからね、しょうがないね。
 ・真実
  ライの実妹。ゲームで明記されてないことを良いことに病弱設定をぶち込まれた。名前の由来はライ(嘘)の反対語。
 ・五月
  五等分の末妹。作者的に扱いやすい子。またの名を第一犠牲者。
 ・中野家父
  世紀の選択ミスをしたおとっつあん。ギャルゲーのスタートボタンを押してしまった人。


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家庭教師の条件 中編

ピッチャー続投です


 世の中は広い。

 僕はつくづく思う。

 中野院長があの若さで病院を経営していることだったり、僕が担当することになった中野家姉妹、彼女たちは真正の一卵性の五つ子であると知った時は流石に驚愕を隠せなかった。この世界には僕が知らないことがまだまだ沢山あるのだと再確認した。

 そして彼女たち五人姉妹全員が勉強を不得意としていることもまた、驚きだ。いや、末子にあたる五月が勉強が苦手なのだから、他の姉妹もできないのは当然と言えば当然なのだが。しかし全員が全員得意科目が赤点スレスレ、他の科目は壊滅的なのはある種の芸術性を感じる。

 中野院長が家庭教師を雇おうとするのも無理はない話だろう。

 

「くぁ……」

 

 翌日の昼休み、いつも通りの学食の席で、僕は思わず欠伸を漏らした。

 寝不足の理由は至って簡単で、如何に彼女たちを教えるかを考えていたせいだ。五人×五教科なのに加えて、恐らくは彼女たち自身にも問題があると僕は頭を悩ませていた。

 黒薔薇女子学園に在籍していた頃の中間テストや期末テストの結果を見ればそれは明らかだ。最初のテスト以降、目立った点数の変動が見られない。高校以前のテストデータは入っていなかった為に中学生時代との比較は出来ないが、恐らくは高校生最初の中間テストで()()()()()()()()()のだろう。挫折、と言っても良いかもしれない。

 人間、どうしても出会ってしまうのが挫折だ。こうなっては、自分ではどうしようもないという虚無感に襲われて逃げがちになってしまう。

 …とはいえ、これらはすべて僕の推測に過ぎない。

 手元にあるデータと、彼女たちが黒薔薇女子学園という名門から一般校へ転校せざるを得ない状況まで追いやられた事実から組み立てただけだ。

 名門は経歴として見れば確かに良いものだが、それ故()()()()()()を重視しがちだ。彼女たちがそれらを嫌ってわざと成績を落とし続けていたという線もありえなくないだろう。

 だが、一つだけ確かなことがある。

 それは彼女たちが姉妹間の絆を重んじているということ。

 中野家の五姉妹が最後に受けたテストは黒薔薇女子学園からの除籍を免れる為に受けた追試テストだ。流石に除籍は拙いと思ったのか多少勉強した形跡が見られ、五人の内四人が追試テストで合格している。だが、一人だけが落ちた。その結果落ちた彼女は除籍となり、今、この学校へと転入したわけだが。そこに他の四人もついてきている。

 例え学校が違ったとしても、家は同じなのだから一生の別れではない。だけども、他の四人は一人の為に名門校を捨て、ついてきた。これは姉妹の絆が深く、なによりも()()()()()()という望みがあったからだ。

 チラリ、と学食の一角を見つめる。

 

「でさー、王子様とかって言われてるんだって」

「そうなんですかー……へー……」

「どうしたの五月、上の空だけど」

 

 テーブルの一つを取り囲むようにして食事をしている女子生徒のグループ。三人は後ろ姿しか見えないが、それでも姉妹だと分かる。髪の色や座高の高さ、雰囲気までよく似ている。どうやら昼食も一緒にとるらしい。やはり、仲がいい。

 その内の一人であり、昨日知り合ったばかりの五月と、目が合った。

 これから教師と生徒として長く、本当に長く付き合っていくことになるだろうし、朝の挨拶は済ませていれど、今一度挨拶の一つでもしておいた方がいいだろう。

 軽く手を挙げてみる。

 

「っ」

 

 すると反応したのは五月ではなく、隣に座っていたリボンの子。

 揃えられた前髪に、特徴的な模様のリボンで髪の毛のサイドを彩っている。

 僕の挨拶に髪を整え、軽く笑って会釈をしてくれた。

 どうやら普通にいい子のようだ。初対面の筈の僕に対してもあんなにいい笑顔で会釈をしてくれている。初めての家庭教師で少し緊張していたけど、彼女たちとならなにも問題ないのかもしれない。

 

 

 

 

 003

 

 

 

 

「お断りよ」

 

 大人二人分ほどはある大きなガラスを背に腕を組み、僕を睨みつけながら中野家次女、中野二乃(なかのにの)はそう言い放った。人の眼を気にせずにいられる最上階だからこそ許される部屋のデザインは奇抜で、壁の代わりとしてガラスが多く採用されている。ガラスの向こうには一般的なベランダと青々とした空が広がり、端正な顔立ちをしている彼女が映える。もっとも、その視線はかなりキツいものだったが。

 世界は広し、現実は厳しい。

 問題ないだろうという僕の見通しは甘く、あっさり壁と対面することとなった。

 五姉妹が勢ぞろいしたリビングで、百面相ならぬ五面相が揃う中、僕はこうなった経緯に思いを馳せた。

 

 

 ―――

 

 

「ごめんなさい!」

 

 放課後。昨日通りの図書室の一席で、五月がとった行動は謝罪だった。

 僕が謝罪の理由を問う前に図書室に響いたのは図書委員の軽い咳払い。それを聞いた五月はハッとして、今度は図書委員に頭を下げた。

 相変わらずの真面目さだ。

 

「……それで、どうかした?」

 

 僕は少し声を落として尋ねる。

 

「……その、教えてもらっている身分で申し訳ないのですが……お父さ、じゃなくて私の父が家庭教師の方を雇ったみたいで」

 

 なるほど。それで少し気落ちしていたのか。

 それで———と言葉を並べようとした五月を手で制し、

 

「僕だ」

「え?」

 

 きょとん、という表現がしっくりくるような表情を浮かべた五月に僕は続ける。

 

「君の父上が雇った家庭教師は僕なんだよ。昨日、病院で話をしてね」

「えぇっ!?」

 

 五月は驚くと同時に自分の手で口を塞ぐ。冷や汗一つ流して図書室を振り返ると、カウンターに座る図書委員と目が合ったのかまた頭を静かに下げた。どうやらイエローカードのようだ。次の騒ぎでレッドカードといったところだろうか。つまりは強制退室だ。

 口元を参考書で隠しながら五月は小声で話し始める。

 

「それは私としても大変ありがたいのですが……大丈夫ですか? その、私たちは……」

「知ってるよ。何個かプランは考えてあるから、大丈夫だ。一緒に頑張ろう」

 

 僕の言葉に閃いた、とばかりに五月は手を叩く。

 

「ならこれから私たちの家に来ませんか? 顔合わせもいつかは必要でしょう? 今日は全員家にいると思いますから」

 

 確かに、と僕は一考する。役割上、いつかは顔を合わせて信頼を得ていく必要があるのだから、全員一遍に挨拶できる今回のチャンスを見逃す手はないだろう。

 五月の提案に頷くと、彼女は軽く笑って参考書を閉じて鞄に仕舞い始める。僕もそれに続くように筆記用具の類を片付け始めるが、一つの疑問に手を止める。

 

「やっぱり手土産とかいるかな」

「え?」

 

 首を傾げる五月を横目に、僕はいつか見た映画のワンシーンを思い出す。

 

「確か日本では家族に挨拶へ行く時に手土産を持っていくんだろ?」

「……」

「五月?」

 

 少し照れているのか頬を薄く赤く染めつつ視線を横に逸らした五月は小さい声で

 

「……それは結婚の挨拶だと思います」

「あー……ごめん」

「んんっ、ですのであまりお気になさらずに」

「いや、やっぱり何か買っていこうと思うよ」

 

 最初の印象は大事だ。

 それに初対面の人といきなり話すのだから、緊張があるかもしれないし、会話もつながりにくい可能性がある。軽く食べれるようなクッキーやケーキ、女性が喜びそうな品があれば気が安らいでスムーズに事が進んでくれる筈だ。

 と、なると……。

 

「ケーキとか好きかな?」

「好きです」

 

 即答だった。

 

 

 ―――

 

 

 そこからの流れは簡単だ。僕がアルバイトをしていた洋菓子店に寄り、真剣な表情で六つのケーキを選ぶ五月にお菓子好きという新しい側面を見出しつつもケーキを購入。街有数の高層マンションのメインホールの豪華さに面食らい、エレベーターが二基あることに驚愕し、彼女たちが最上階に住んでいることでとどめをさされた。改めて彼女たちが令嬢なのだと再認識させられる。

 

「ここです。さぁ、どうぞ」

「ありがとう」

 

 ”Nakano”と彫られたネームプレートの下に設置されたカードリーダーにカードキーを通した五月がドアを開けてくれる。やはりこのマンションはマンションというよりかはホテルと言われた方がしっくりくる内装をしている。少なくとも僕は玄関のロック解除をカード式にしている場所など、ホテルしか見たことがない。

 時代の進歩を感じられた一瞬だった。

 

「お邪魔します」

 

 鼻をくすぐるシナモンの甘い香りに、僕は思わず安堵した。

 香ばしいこの香りは焼き菓子特有のモノで、手土産にクッキー系を選んでいればバッティングしてしまっていただろう。

 

「五月ー? おかえ———」

 

 恐らくは調理していたであろう子がリビングの入り口から顔を出す。長い髪の毛に特徴的な柄のリボン。昼間に学食で会釈をしてくれたあの子だ。

 

「こんにち」

「待って!」

「え?」

 

 挨拶は遮られ、彼女は一瞬のうちに見えなくなる。あまりの速さに髪の毛がついていけず、空を舞う。

 

「二乃、ただいま帰りました」

「五月。ちょっとこっち来なさい」

「? では神島君もリビングに……」

「キミはちょっと待ってて。五月、あんたは早くこっち来なさい」

 

 壁際から女性特有の細い手だけが覗いて手招きしている姿は少しホラー要素があったが、言われた通りに玄関にて待機する。

 僕の様子を窺うようにこちらに目をやった五月に対して軽く頷くと、彼女は靴を脱いでリビングへと歩いて行った。

 五月がリビングに入ったと同時に、ドアが閉まり、小声にしては大きな声が聞こえてくる。

 

「あんたねぇ……! 確かにちょっといいかなーとは言ったけどその日に連れてくるってどういうことよ……!」

「な、なんですかいきなり……二乃、彼は私たちの———」

「ああもう最悪……っ! ジャージよ、ジャージ! どうすんのよこれ!」

「……三玖のじゃないですか、そのジャージ。三玖に返せば良いのでは?」

 

 どうやら自分の着ていたジャージが実は他の姉妹のモノだったらしい。

 なるほど、姉妹とはいえ自分の物ではないジャージを着てしまったことを深く後悔しているのか。絆だけではなく礼儀を重んじているとは、彼女たちは日本人の鑑のような存在だ。僕も見習わなければならない。

 

「とにかく私は着替えてくるから! これ、出来上がったら出しといて!」

「えぇっ!? 二乃、待っ、二乃!?」

 

 ドタドタと部屋を駆ける音の後、ゆっくりとドアが開く。

 なんとも言えない表情をした五月が僕に向けて

 

「あの……どうぞ」

「……お邪魔します」

 

 促されるままにリビングへと足を運ぶ。入ると同時に目に映りこむのは広々とした空間に、大きな窓ガラスだ。壁代わり、と言わんばかりの大きさのそれは陽の光をふんだんに室内へと取り込む役割を果たしており、見栄えも大変良い。壁際に設置されたL字の階段は二階へ続いており、少しリビングの奥へと進めば五つの扉が二階に見えた。あそこが各々に割り当てられた部屋だと推察するのは容易かった。

 それにしても、天井が高い。恐らくはこのフロア限定でツーフロア分使った部屋設計が為されているに違いない。ホテルのVIPルームのような位置付けの部屋なのだろう。これが分譲ならば、一体どれほどの値段なのか、想像もできない。

 部屋の内装に圧倒されつつも、僕は中央に視線を戻そうとして———目の前に揺れる二つのリボンを見つけた。ピンと立つそれはまるで耳のようで、ゆらりゆらりと揺れている。

 視線を落とすと、肩口で切りそろえられた髪に屈託のない笑顔がそこにあった。

 

「あ、やっと気づいた」

「ああごめん……君は?」

「よくぞ聞いてくれました! 私は四葉(よつば)、四つの葉っぱで四葉といいます! お近づきの印にこれをどうぞ」

 

 そう言って彼女、四葉はスカートのポケットからクローバーを取り出して差し出す。

 いや、よく見ると葉が四つある。いわゆる四葉のクローバーと言われているラッキーアイテムだ。

 

「私からの幸運のおすそ分けです」

「それは……はは、ありがとう」

 

 四葉から四つ葉のクローバーか。

 僕は思わず笑ってしまった。

 

「? よく分かりませんが喜んでもらえたなら嬉しいです!」

「うん、ありがとう。大事にするよ」

 

 シャツの胸ポケットに仕舞っていた生徒手帳に挟み込み、僕は気付いた。

 まだ自己紹介をしていないじゃないか。

 

「僕は神島、神島ライだ。よろしく、四葉……でいいのかな」

「はいっ! よろしくです!」

「四葉が男連れ込んでる」

 

 涼しげな声に見上げる。二階の手すりにもたれかかる様にして僕を見下ろす二つの瞳と目が合う。四葉よりは少し長い髪の毛は右目を少し隠す様に流されていて、僕を見つめる目は少し冷えたような印象を受けた。

 

「もー違うよー! 神島さんは五月のお客さん!」

「知ってる。からかっただけ」

 

 起伏の少ない声で四葉にそう言い終えると、

 

中野三玖(なかのみく)。三玖でいい」

「神島———」

「ライでしょ。聞いてた」

「……そうか。よろしく」

「ん」

 

 そう短く返事をすると、部屋へと戻ろうとする。

 僕は慌てて手に持ったケーキの箱を持ち上げた。

 

「ケーキ、買ってきてるんだ。よかったら食べないか?」

「おおー! ケーキ大好きです! 五月ー、おっさらーっ!」

 

 四葉の呼びかけにキッチンカウンターの向こう側から五月の焦燥感が混じったような声が返ってくる。

 

「待ってください。あと三分と四十二秒です……」

「五月、オーブンは自動で止まるよ……」

「えぇっ!? そ、そうなんですか?」

 

 「もー!」とキッチンへ向かう四葉を見送り、「だってクッキーなんて焼いたことないですし!」と反論する五月の声を聞きながらも僕はふと二階の三玖へ視線を戻す。

 

「こっち」

 

 来い、ということなのだろう。三玖は手招きしている。

 僕はケーキの箱をテーブルに置き、誘われるがままに階段を上った。

 

一花(いちか)は寝てるから起こさないと」

「……それって僕がやってもいいのか?」

 

 姉妹である三玖がやった方がいいと思うのだが。

 

「……男手がいる」

「……その間はいったい……」

 

 一花の部屋は階段を上ってすぐの部屋だった。三玖に促されるまま部屋のドアを二度、ノックしてみる。

 が、返答はなかった。どうやら本当に寝てしまっているらしい。学校が終わってから二時間程度しか経っていないのに眠ってしまうとは睡眠欲が強いのか、それとも別になにか疲れる、または強いストレスが掛かっているのか……。

 思考する僕を他所に三玖は遠慮なくドアを開ける。

 

「失礼しま、うわっ」

 

 と、思わず漏れた失言に口を塞ぐ。

 締め切られたカーテンから薄っすらと差す光でかろうじて視認できる部屋は、壁にはモデルが写されたポスターが、開け放たれたクローゼットには色とりどりの衣服が掛けられていて、とても思春期の女性らしい。しかし部屋の床が見えないほどに脱ぎ散らかされた衣服や下着、はたまたブランドが入った紙袋が所狭しと散乱し、まさに足の踏み場もない状態だった。

 

「相変わらず酷い。この間片付けたばっかりなのに」

 

 どうやらこの光景は姉妹間では見慣れた光景らしい。できれば慣れては欲しくないものだが。

 

「ん……三玖……? と、だれだろ?」

「私の彼氏」

「ええっ!? ほんと!?」

 

 男手ってそういうことか。だけど誤解を与えるようなことは言わないでくれ。

 僕は抗議の目線を三玖へと送る。

 

「こうすればすぐ起きる」

「手慣れてるな……って」

 

 飛び起きた一花を見、僕は瞬時に目を逸らす。

 いくら暗いとはいえ、視力は悪くない。一花の状態もすぐに把握した。布団に隠されてはいるが、ほぼほぼ裸に近い状態だった。

 

「え、あー……えっち」

「不可抗力だ。大体どうして裸なんだ……!?」

「だって私寝る時って裸だし。あ、ショーツは履いてるよ?」

「できれば上も着てくれ……」

 

 僕が言うと、一花は布団で体を隠しながら服の床を探り始める。

 

「あれー? シャツとスカートどこにやったかなー。三玖、適当な服ちょうだい」

「ん、ん、ん」

「結構いいチョイスじゃない? 彼氏君はどう思う?」

「……僕は先に降りてるよ」

 

 目のやり場に困る一花から逃げ出し、再びリビングへと戻ってくる。中央のテーブル周りでは四葉と五月が小皿とフォークと並べていて、僕はそこへ混ざることにした。

 

「あ、神島君。一花は起きましたか?」

「ああ。バッチリとね」

 

 僕も色んな意味で目が覚めた。

 

「一花の部屋は……どうでした?」

「……凄かったよ」

「あはは……、一花はずっとあんな感じです。片付けてもすぐに散らかっちゃって」

「これでもけっこー片付けようとはしてるんだけどね」

 

 四葉に続いて聞こえてきた声に振り向けば、まだ少し眠そうな顔をした一花が階段を降りてきている。短くまとめられた髪の毛に寝癖がついてないか確認しながらテーブルに着く。それで? と言わんばかりに目線を寄越した一花に

 

「神島ライだ。さっきはその、ごめん。あまりにも無礼だった」

「あは、気にしなくてもいーよ。私は一花(いちか)、中野一花。よろしくね、ライ君」

「そう言ってくれると助かる。よろしく」

 

 そう言い交わすと、五月が二階へと目をやる。

 

「二乃はまだ部屋にいるんですか?」

「どうせ化粧直し」

 

 いつの間にかテーブルに着いた三玖がそう言うと、四人の姉妹の内一花、三玖、五月が同時に僕を見る。

 

「あー」

「でしょ?」

「なるほど」

「なにがなんだか分かりませんが私もそう思います!」

「……僕に、なにか原因が?」

 

 僕が問うと、三玖が小さな声で

 

「分からないなら、それでいい」

「そうそう。そっちの方が面白いし」

 

 なぜだろう。彼女たちが言えば言うほど、僕の中での不安が大きくなる。知らず知らずのうちに謀られているいるかのような、そんな不安だ。

 含みのある言い方をされれば、当然気になる。僕が追求しようとしたところで、二階のドアが開く音が聞こえた。

 

「お待たせっ」

 

 階段を二段飛ばしで軽やかに降り、僕の前で一時停止。少し前かがみになりつつ、彼女は口を開いた。

 

「私は中野二乃(なかのにの)。二乃でいいわ」

「神島ライ。よろしく」

 

 言葉の終わりを待っていたかのように黙っていた一花が僕を見つめ、問うた。

 

「それでライ君はどうしてここに? ケーキ、持ってきてくれただけじゃないんでしょ?」

 

 一花の言葉にハッとする。怒涛の出来事に本来の目的を一時的とはいえ忘れてしまっていた。丁度五人、ここに揃っているのだから、今言ってしまった方がいいだろう。そう思い五月の方を見れば、彼女も軽く頷いてくれた。

 

「僕がここに来たのは、挨拶のためだ」

「挨拶?」

「そうだ。僕は君たちの父上から家庭教師の仕事を依頼されて、引き受けた。ここへ来たのは就任の挨拶をしたかったからなんだ」

 

 反応は好意的だった。四葉や五月は受け入れてくれているが、三玖や一花の反応は薄い。見定めている、と言っても良いかもしれない。

 それはそれで構わない。僕とて、初めから全員に受けれられるとは思っていない。少しづつ、信頼を得ていくしかないのだ。

 

「……そっか、()()()がパパの言ってた家庭教師なんだ」

「ああ」

「はぁーあ。結構、タイプだったんだけどなー。ま、しょうがないか」

 

 先ほどまでの二乃とは打って変わり、柔軟な雰囲気は消え、次第に尖ったものへと変わっていく。

 

「この際だから言っといてあげる。この家には余所者が入り込むスペースなんてないの。ここは、()()()()()の家なの。だから家庭教師なんて———」

 

 ……やはり、そうそう上手くはいかないらしい。

 

「お断りよ」

 

 

 

 

 

 

 




意外といけるらしい(当社比)


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家庭教師の条件 後編

王道を征く


 お断り、と目の前の彼女はそう言った。家庭教師など必要ないという自信の表れなのか、それとも単純に僕が受け入れがたいのか思案するところだが、今回の答えは出きっていた。

 彼女、中野二乃の成績は把握済みで、学校とは別に弱所を克服するための教師が必要なのは紛れもない事実に相違ない。ということは彼女にとって僕は受け入れがたい存在だということなのだろう。

 いきなり現れた初対面の人間が家庭教師で、しかも同級生なのだから不信感を抱くのは当然だし、拒否するのも不自然ではない。だからと言って僕はこのまま引き下がるわけにはいかない。彼女たちを尊重するのは勿論大事だ。しかし契約を交わして給料を受領するのだから仕事は果たさなくてはならない。

 僕にはお金を稼がなければならない理由がある。

 ここで躓くことは許されない。

 

「断る?」

「そうよ。家庭教師なんて必要ないわ」

「二乃、そんな言い方は……」

 

 仲裁に入ろうとした五月を二乃は鋭い目で睨みつける。

 

「必要ないわ」

 

 意志は固い。

 仕方がない。僕はシャツの胸ポケットから一冊の手帳を取り出し、開いた。

 

「……なによ、それ」

「中野二乃。国語十三点」

「は?」

「数学十」

「ちょおっ……!」

 

 顔を赤くして腕を伸ばす二乃を上半身を後ろへ逸らすことで回避し、手帳を閉じる。

 

「これでも家庭教師は必要ない?」

「なんで私のテストの点数知ってんのよ! この変態!」

「へ、変態……?」

 

 思わぬ罵倒に一瞬怯む。

 いや、確かに自分と教師しか知らないようなプライベート情報を知っていては変態と捉えられても仕方ない、のか?

 

「もしかして私たち全員の点数を把握してるんですか?」

「え、あぁ」

 

 四葉からの問いに僕は軽く頷く。

 

「変態」

「変態だね」

「一花も三玖も乗っからないでください!」

 

 ……流石の姉妹で連携がとれている。僕としては頭が痛い限りだが。

 場をリセットするために咳を一つ、僕は吐いた。

 

「君たちの事情は把握しているつもりだ。このまま行けば黒薔薇女子の二の舞になる可能性もあることぐらい、君たちもわかってるだろう?」

「でも私たちだってもう高校二年生だよ? 自分のことは自分でやらせてほしいな」

 

 僕に目もくれず、ケーキをフォークで切り分けながら一花はそう言った。

 自分のことは自分で。それができれば僕もそうしたい。しかし彼女たちの父親、中野さんはそう思っていない。昨年の内、彼は何度となく娘たちのテストの点数を知る機会があったはずだ。そして、その点数が平均から落ち込んでいて酷いものだという事実もまた、知っていたはずなのだ。

 だけども彼は家庭教師を付けなかった。いや、付けていたが今回同様彼女たちが拒否して機能していなかったのかもしれないが、どうあれ、最終的には娘たちの自力に任せた。そうして二年目に入り、転入。自力では無理だと判断して僕を雇い入れたのだ。

 自力では、無理なのだ。

 他ならぬ彼女たちの父がそう思っていては、仕方がない。

 僕の仕事は二つ。

 一つ目は彼女たちの勉強に対するやる気を向上させること。

 二つ目は学力の向上だ。

 だが二つ目は正直蛇足に近い。やる気が向上すれば自然と学力は付いてくるからだ。僕は導火線に火をつける役割といったところか。

 

「だから僕とゲームをしよう」

「ゲーム?」

「そうだ。僕が勝てば放課後の一時間、僕と一緒に勉強する。君たちが勝てば自由だ」

 

 僕の提案に面白そうに反応したのは一花だ。

 ケーキを食べる手を止め、僕を見上げる。

 

「へぇ……いいね、面白そう」

「ちょっと一花! 簡単に乗るんじゃないわよ。どうせテストかなにかで勝ちにくるに決まってるわ」

「そんなことはしない。なにで勝負するかは個人個人に任せるよ」

 

 それを聞き、二乃はしたり顔で聞き返す。

 

「なんでもいいわけ?」

「ああ。簡単なテストでもいいし、なぞなぞでもいい。ゲームやパズル、料理でも構わない。勝敗をつけれればね」

「……大した自信じゃない。いいわ、受けて立つ」

「二乃……」

 

 五月の心配そうな眼差しから逃げるように顔を逸らした二乃に続いて今度は三玖が声を上げた。

 

「負けたら一時間の勉強は永続?」

「いや、その都度勝負しよう」

「ふうん。私は構わない」

「三玖まで……もう」

 

 三玖の了承を取ったところで、僕は自身の袖を引っ張られる感覚に目を向けた。

 視線の先にはいつの間にか立っていた四葉がいて、元気に片手を挙げた。

 

「はいっ! 普通に授業を受けたい人はどうすればいいんでしょうか!」

「ありがとう。明日の放課後は暇?」

「今のところは暇です」

「じゃあ放課後に図書室に来てほしい」

 

 「わかりましたっ!」と敬礼する四葉から目をずらし、今度は一花を見据える。

 フォークを口に咥えて僕と目を合わせた一花は、

 

「私もいいよ。勝負しよ」

「なら、まず誰から始める?」

「私からでいいでしょ?」

 

 一花は確認するように場を見渡す。三玖が頷き、二乃も好きにしろとばかりに軽く手を振った。

 ケーキにフォークを刺し、一花は

 

「じゃあクイズです。私の今日の朝ご飯はなんでしょうか」

「それは……」

「一花、それはあんまりじゃありませんか?」

 

 言い淀む僕を庇うように五月が声を上げた。

 対して一花は飄々とした態度で

 

「なんでもいいって言ったのはライ君だよ。でしょ?」

「確かにそうだ。ルールは守ってる」

「……ですが朝ご飯なんてわかるわけがありません」

 

 今は夕方だ。今朝使った食器は家を出る前に洗ってしまっているだろうし、特定は難しいかもしれない。

 だがこれは僕から仕掛けたゲームだ。職務を全うするためにもここで負けるわけにはいかない。

 

「キッチンを見ても?」

「いーよ」

 

 場所を変え、キッチンへ。

 シンクの中を覗いてみても食器は見当たらない。二乃がクッキーを焼くために使ったボウルや泡だて器が見当たるばかりで、今朝の食器類は洗われてシンク横の水切りラックの上に寝かされていた。

 寝かされている食器は五つ。平らな皿やお椀が並ぶ中で、特徴的なお椀を一つ見つけた。茶碗よりも大きく、皿というよりかはボウルといった器。

 続いては箸の類を確認。フォークの中に混じったスプーンを見、背中側に設置された棚へと視線をずらす。

 並んだ入れ物にはラベルが張られていて、綺麗に整理されている。その中で、蓋が完全に締め切られていない”コーンフレーク”と書かれた容器を確認した。

 次は冷蔵庫だ。

 目の前に立ち、入り口の一花に確認する。

 

「見てもいいかな」

「どうぞ」

 

 了承を取り、両開きの冷蔵庫を開ける。

 見当たるのは飲み物から始まり卵やドレッシング。どれも生活に必要なものがある中で、僕は上段に乗っていたプリンを手に取った。蓋には”四”と書かれており、このプリンが四葉の物だと推測させてくれる。プリンを戻し、今度は包装されたシュークリームを手に取る。商品名の横に書かれた数字は”五”だった。

 やはり、姉妹と言えど趣味趣向は別だ。食べる物、飲む物も分かれていて、各々買ってきて簡単に数字を書いて区別している。恐らく数字が書かれていない物は共用で、全員が使うのだと推測できる。ドレッシングや卵がそうだ。ならば、このドアポケットに置かれた二本の牛乳はどうなのだろうか。

 僕は”一”と書かれた牛乳を手に取る。同時に、キッチンの入り口に立つ一花を横目に見た。

 一瞬交差した目線、すぐに一花は目を逸らした。

 どうやら当たりらしい。

 ……正解率はあって六割だが、元々無理のある問題だったのだから六割もあれば上々だろう。

 冷蔵庫を閉じ、一花と向き合う。

 

「君の朝ご飯は、シリアルだ」

「……正解。でもどうして?」

 

 一花の問いに、僕は順を追って説明する。

 

「まず、ラックにシリアルボウルとスプーンがあったから誰かが朝にシリアルを食べたのは間違いない。そこの棚にもシリアル用の入れ物があったからね。問題は誰が食べたかだ」

 

 リラックスした姿勢で聞く一花に僕は冷蔵庫を再び開けて二本並んだ牛乳を見せる。

 

「二本の牛乳内、一本は君のだ。”一”と書かれてるからね。ならその用途は? 共用と分ける理由は? それは君の朝ご飯が毎朝シリアルで自分の朝ご飯用の牛乳を確保しておく為だ」

 

 分けなければ五人もいるのだ、牛乳など数日で無くなってしまうだろう。無くなり、都度買いなおすというのも手間だ。ならば初めから自分用を用意しておき、管理した方が楽で、確実だ。

 

「それに、君の睡眠欲はかなり強いみたいだからね。多分朝も遅いんじゃないか?」

 

 朝が遅く、朝食に掛ける時間が短いなら、更にシリアルの線は濃くなる。

 

「それは秘密。うーん、勝てると思ったんだけどなあ」

「僕も当たって良かったよ」

「あ、でも二つハズレ」

 

 一花の言葉に僕はリビングに行きかけていた足を止める。

 

「フレークは毎日は食べてないよ。今日はたまたま。いつもは二乃が作ってくれるから」

「じゃああの一って書かれた牛乳は?」

「ふふ、よーく見てみて」

「……?」

 

 僕はそう言われ、冷蔵庫を開けて牛乳を手に取る。

 よく見てみると、微かに一と書かれた下に何かが書かれていた跡が見受けられた。書いた後に擦ったのか、はたまた温度の変化でできた水滴で消えてしまったのかわからないが、確かに跡がある。

 まさか……。

 

「それ、二乃のお菓子用牛乳。ちょっと文字消えちゃってるけど」

「……」

 

 なんてことだ。読み違いも甚だしい。僕は思わず目頭を押さえた。

 牛乳を掴んだ時の一花の反応、少し空いたフレーク容器の蓋だけで勝負に挑んだようなものじゃないか。

 奇跡的に合ってはいたものの、これは反省点だ。こんなずさんな観察、推理では到底技術とは言い難い。()()()()()()()()()()。僕はもっと、自身を磨き上げねばならない。

 

「でも安心したかな。君も失敗するんだね」

「……そりゃ、ね」

「学校の子からたくさん話聞いてたから。完璧超人だーって、みんな言ってたよ」

「そんなんじゃないよ、僕は」

 

 そう在りたいと思っているのは事実だ。

 ……そう在らねば、生きられない。()()()()()()()()()()()()()()()()

 僕は思わず髪を手で後ろに流す。日本人のような名前に、日本人離れした容姿。ちぐはぐな存在だとつくづく思う。

 

「どうかした?」

 

 一花の問いに僕は思考から逃げるように「なんでもないよ」と返す。

 切り替えろ。

 僕はまだ二乃と三玖に勝たなければならないのだから。気を沈ませている余裕はないはずだ。

 

 

 

 

 004

 

 

 

 

「それでは皆さま! 美味しかった方の名前を書いてくださーい!」

 

 次の対戦相手は二乃だった。お題は料理対決。夕食を摂るには少し早い時間だった為に、比較的消化が早いパスタで勝負をすることになった。

 互いに作る品物はカルボナーラ。

 司会を終えた四葉がテーブルに戻っていき、自身用の小さな紙に僕か二乃かの名前を書き始める。

 

「見てなさいよ。私が勝つんだから」

 

 強気の二乃に、僕は少したじろぐ。先ほどの一件があったせいだろう。

 いや、弱気になってどうするのだ神島ライ。僕は、こういう時の為に、誰かと勝負し勝つ為に技術を得、磨いてきたのではなかったのか。

 

「じゃあはいドン!」

 

 四葉の合図で四人が一斉に紙を見えるように上げる。四人が書いた名前は僕の名前で、満場一致で僕の勝利だ。

 ……内心に安堵する。

 勝てて良かった。

 

「嘘……」

「……二乃、君は作る時にクリームを入れただろ?」

「そうよ。だってカルボナーラだもの」

「間違ってはないんだけど、本来はクリームは使わないんだ。卵黄とベーコンをよく炒めた時に出る油、それと湯切りせずに入れるアルデンテスパゲッティの水分で作るんだよ」

 

 その方がよりクリーミーで美味しく、雑味が減る。

 僕がそう付け足すと、一瞬悔しそうな顔をした二乃だったが、

 

「次は勝」

 

 言いかけたところで、低い地鳴りのような音が邪魔をする。

 音の発生源を見ると五月が申し訳なさそうに片手を挙げていた。

 

「……すいません。お代わりはありますか?」

「私も少し食べたらお腹減った」

「私もー」

「はいっ! 私もです!」

 

 次々始まる自己申告はまるで雪崩だ。

 少し気圧されるも、二乃は慣れた口調で

 

「はいはい。じゃあもうご飯にしちゃいましょ」

 

 再び袖を捲り、キッチンへと向かった二乃を追い、僕もキッチンへ。

 

「僕も手伝うよ」

 

 シャツの袖を捲り、先ほど使ったフライパンや菜箸等が詰まったシンクへと向かい立つ。

 

「殊勝な心掛けね。でも邪魔だったら叩き出すわよ」

「足は引っ張らないさ」

 

 そう言いつつスポンジに洗剤を浸し、お湯でサッと流したフライパンや食器を洗っていく。

 手際よく、汚れを残すことがないように丁寧に。

 食器類を洗い終わるころには既に、二乃は必要な食材をキッチンに広げていた。その並べられた食材から必要な道具を察し、フライパンや鍋を引き出しから取り出して渡していく。

 場所はさっきの料理バトルで把握済みだ。

 

「やるじゃない。お米、研いでおいてね。六合よ」

「結構食べるな……」

「五月がね」

 

 「普通です!」とリビングから聞こえてきたような気もするが、気のせいだろう。

 ボウルにカップを添えて米を一掬い。盛り上がった部分をそぎ落としてボウルへ。一回、二回と繰り返して三回目を入れたところで

 

「肉炒めの味は和風と中華風、どっちがいいと思う?」

 

 二乃の問いに手を止めず

 

「中華風が良いんじゃないかな。ご飯が進むと思うよ。四」

 

 四杯目を入れる。

 すると二乃は小さく舌打ちをした。

 

「間違えないわね。つまんない」

「……そういう目的だったのか」

「ま、でも中華風にするわ。だったら汁ものはスープの方がいいか」

 

 六杯目を入れ終わり、僕は立ち上がって再びシンクへ。

 水を入れながら米を混ぜ、白く濁った水を流す。

 この白い濁りが見えなくなれば研ぎは完了だ。

 そこでふと横を見ると、既に肉炒めに入れるであろう野菜や豚肉の処理は済んでおり、あとは炒めるだけの状態だったことに驚愕する。

 僕もそれなりに経験を積んだつもりだったが、彼女も相当手際が良い。

 炊事担当は伊達ではないということか。

 

「……二乃」

「なによ」

「少しずつでいいんだ。僕のことを認めてくれないか」

 

 一瞬、調味料を探す手が止まる。

 

「その話はもう終わってるわ。私の立場は変わらない」

「家庭教師はいらない?」

「そうよ。でもゲームで負けたから、一時間は付き合ってあげる。それだけよ」

 

 二乃の答えに僕はひとまず満足する。

 お断り状態から一時間限定の家庭教師までこぎ着けたのだ。十分だろう。

 

「ありがとう。二乃が必要としてくれる男になれるように頑張るよ」

「はぁっ!?」

「……なにか変なこと言ったか?」

 

 少し仰け反った二乃に問う。

 口元を腕で隠しながら目を逸らす二乃は普通の状態ではない。少し頬も赤いように見える。

 

「……変よ。絶対変」

「そうか……以後気を付ける」

「―――っ、ほらっ! 研ぎ終わったらさっさと出てく! あとは私だけで十分よ!」

「あっ、おい押すなよ。危ないだろ」

 

 二乃にキッチンを追い出されると、横に気配を感じた。

 視線をやれば、そこには三玖が。……すっかり忘れていた。今回のゲームは三人勝負だった。

 

「勝負」

 

 

 

 

 005

 

 

 

 

 場所を移り、三玖に連れられるままに彼女の部屋へお邪魔する。屏風など和を意識した物が点在する中で、促されてテレビの前へ座る。繋がれたゲーム機からは二個のコントローラーが伸びていて、どうやらゲームで勝敗を決めるらしい。

 三玖が選んだゲームは戦略ゲームだった。

 昔の戦国時代を取り扱ったゲームで、プレイヤーは武将を選び、兵を与えて陣地の獲得を目指す。武将の能力は様々で、個人の力に優れたタイプや策や奇襲を得意とするタイプ等で別れていて、軽くゲームの名前でスマートフォンにて検索を掛けてみると、万人から評価されている有名なゲームのようだった。

 

「このゲームはやり込んでる。負けない」

 

 と豪語する三玖に僕も

 

「僕も()()()()()()は得意だ。いい勝負になるかも」

「私だって」

 

 コントローラーを握り、画面を見つめる。

 パラメータを吟味し、まずは大名を選び始めた。

 

 

 ―――

 

 

「ま、負けた……」

 

 テレビのゲーム画面では僕の選んだ”黒田官兵衛”率いる部隊が三玖の大名が存在する城を攻め落とした場面が映っている。続けて現れる”2P WIN”の文字は僕が勝利したことを教えてくれた。

 

「僕の勝ちだね」

「……悔しいけど、完敗。私の奇襲を読んでたのもそうだけど、最後は大名で攻めてくるなんて」

王様(キング)から動ないと、部下は付いてこないものだよ」

 

 と、そこまで言ったところで僕はゲームの最中に気になった三玖の発言を聞いてみる。

 

「そういえば、さっき豊臣秀吉をハゲネズミって言ってなかった? よく知ってるね」

「みんなは”猿”って勘違いしてる」

 

 三玖の言葉に僕は頭の中の記憶を探る。

 確か……。

 

「周りの人が猿って呼んでた記録はあっても信長が呼んでた記録はないんだっけ」

「そう! その代わり秀吉の正室おねが秀吉の浮気を信長に訴えたら、おねを諭す手紙の中に、「あなたみたいな綺麗な人がそんなこと気にしてたらダメだ。この手紙をあの禿げ鼠に見せてやれ」って内容の記録があって」

 

 急にエンジンが掛かった三玖に押されて僕は思わず手で制す。

 ハッとした三玖は座りなおすといつもの通りの平坦な声で

 

「ごめん、忘れて」

「どうして? 好きなんだろう?」

「だって、変だよ。クラスの子が好きなのはカッコいい俳優や可愛いアイドルなのに、私は髭のおじさん」

 

 照れ隠しなのか前髪を弄りながら言う三玖に

 

「僕はそうは思わないよ。むしろ武将に詳しいなら誇るべきだ」

「誇る?」

「沢山いる武将のことを頑張って調べたんだろう? ならその知識は努力の結晶だ。変なんてことは絶対ない」

 

 少なくとも僕はそう思う。

 

「三玖、僕と一緒に勉強しよう。それだけの熱意があったなら、他の勉強だってきっとできる」

「武将は私の方が詳しいのに、ライに教えてもらうの?」

「確かに僕が知らないことを君は知ってるかもしれない。でも、君が知らないことを僕は知ってるんだ」

 

 人は不完全で、一人では生きていけない。

 だから互いに埋めあい、支えあって生きていく。僕の家庭教師としての生き方もそうだ。

 

「人はその人が生きる為に必要な能力を得る力がある。だから僕を信じてみてくれないか?」

「もし……もしダメだったら?」

「そんなことにはならないと、僕は君たちを信じてる」

「……勝手だね」

「かもしれない」

 

 そう言って三玖は片手を僕に差し出し、小指だけを立てる。

 僕もそれに応じて小指を立て、彼女の指と絡めた。

 

「約束。私を―――私たちを全員卒業させてね」

「分かった。結ぼう、その契約」

「破ったら針千本突き刺すから」

 

 フグのようになった自分を想像して冷や汗が流れる。

 洒落にならないな。

 

「二乃、まだ呼びに来ない。お腹減ったのに」

「ならもう少し時間はありそうだ。武将のこと、他にはどんなことを知ってるんだ? 教えてくれないか?」

「……うん、いいよ」

 

 そう言って三玖は初めて、僕に笑顔を見せてくれた。

 

 

 

 

 エピローグ

 

 

 

 ぽちゃん、と天井にできた水滴がバスタブに張られたお湯に落ちてくる。

 

「神島ライ。……ブクブク」

 

 彗星のように現れた家庭教師の名前をつぶやけば、少し照れ臭くなってお湯にもぐってしまう。

 人と自分の好きなものを話し込んだのは初めての体験だった。

 自分の中に溜め込んでいたものがすっきりしたような、爽快感が体中に溢れている。

 

「……」

 

 ふと、気になった。

 ”「人はその人が生きる為に必要な能力を得る力がある」”と彼は言った。

 では、彼のあの頭脳と、炊事担当でありお菓子作りも難なくこなす二乃を下すだけの料理スキル、そして一花の朝ご飯を当てるだけの観察眼。クラスメイトの話では運動神経も良いみたいだし、本当に隙が無い彼のあの能力は。

 あの能力が、技術が、彼が”生きる為に必要な能力”だったのだとしたら。

 ……彼は一体、どんな環境で生まれ育ってきたのだろう。

 

「……」

 

 ぽちゃん、とまた一滴、水滴が張られた湯へと落ちた。




次のエピソードは”中野二乃の憂鬱”です。
二乃が宇宙人とか未来人とか超能力者と出会います。
まあ嘘なんですがね。

ちなみに作者的に一日千文字書けば日曜日に投稿できるやん!
なんですがなんやかんやで結局日曜に七千文字書いてます。
こいつはひでえや。


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この胸に高鳴りを 前編

ハーメルンの小説作成二度と使わないからな(半ギレ)


 九月も既に半月以上が過ぎ、日本の各地でお祭りごとが開催し始める頃になってきた。

 僕の家庭教師生活もようやく慣れがやってきたのか、スムーズに行えるようになり、彼女たちの小テストの点数も少しずつだか上昇傾向にある。

 彼女たちと僕の勉強を賭けたゲームも今のところ負けることはなく、順調に勝ちを積み上げている。とはいっても、勝負しているのは一花と二乃だけで、他の三人は協力的だ。

 

「なんで休日まであんたと勉強しなくちゃいけないのよ……」

 

 そう、対面に座る二乃の言う通り今日は休日だった。

 公立図書館の一角で、読み書きができるスペース。ガラスから差し込む太陽の光が気持ちい一席に、僕と二乃はいた。

 

「君が賭けに負けたから」

「わかってるわよ、そんなこと。なんで休日なのって話」

「二乃が言ったんじゃないか。暇なのは土曜だって」

 

 いくら賭けに負けたからといって勉強を強要させるわけにはいかない。

 僕は彼女たちに都合がつく日を聞き出し、可能な限りその要望に沿う形をとっている。

 

「大体、勉強っていっても今日までずっと英語ばっかりじゃない。他の科目はどうするわけ?」

「二乃の自主性に任せる」

「はあ? なによそれ」

 

 僕の言葉にペンを止め、顔を上げた二乃を目が合う。

 

「人に教わることも大事だけど、なにより自分から勉強することが大事だ。だから二乃やみんなの自主性に任せる」

「わからないところはどうするのよ」

「他の姉妹に訊くんだ」

「家庭教師だなんだって言っておいて結局人に投げるわけ? 最高ね」

 

 二乃の皮肉に僕は「そうだ」と頷く。

 

「僕もいつかはいなくなる。でも姉妹は、家族はずっと一緒だと思うから」

「……」

「君たちの凄いところは苦手なこと、得意なことが被っていないことだ。だから互いに足りないところを埋め合いながら頑張ってほしいんだよ」

 

 「家庭教師としては、失格かもしれないけどね」と付け加えると、二乃は黙ったまま再びペンを動かし始める。

 数秒後、空白が埋められた問題文を僕へと突き付けてきた。

 

「ほら、できたわよ」

「……うん、完璧だ。流石は二乃だね。呑み込みが早い」

「―――ふん。で? もう終わり?」

「いや、まだ少し時間があるし最後にこのペーパーをやってみてほしい」

 

 「よこしなさい」と僕が差し出した紙を受け取り、ペンを握りなおす二乃を確認し、僕は手元の本へと目を落とした。

 

「あんたも暇よね。休日に図書館なんて」

「まあバイトは休みだし、他にやることもないしね」

「友達と遊ぶとかあるでしょ」

 

 そう言われ、一瞬本のページを捲る手が止まる。

 ……思い返してみれば、高校生活の一年と半年。僕は友達と呼べる人間を作ったことはおろか、誰かと休日を過ごしたことすらないのだと痛感する。

 休日や放課後は新たな知識を得るための勉強やバイト、妹への面会で潰していて、そこには友達の姿形は一切なかった。

 

「もしかして友達いないの?」

 

 二乃の少し小馬鹿にしたような、笑いをこらえているかのような言い方に、

 

「生徒なら五人いる」

「それはそれでどうなのかしらね……」

「二乃、集中」

 

 手が止まっている二乃に対して言い、僕も読書へ戻る。

 少しすると、また二乃が口を開いた。

 

「……なんで友達いないの?」

 

 諫めるべきか、それとも無視するべきか。

 だけども今の彼女の言い方は馬鹿にするような言い方ではなかった。まるで僕を心配するかのような口調だ。

 僕は少し沈黙し、口を開く。

 

「作りたくないわけじゃないんだ。けど、みんなどこかよそよそしくて……」

 

 半年経っても敬語を使われれば、踏み込み辛いのも間違いではないだろう。

 

「ヘタレね」

「うぐっ……」

 

 二乃の直球の言葉に思わず呻く。

 

「周りがよそよそしくたって、あんたから行けばなにも問題ないじゃない」

「それは……そうだけども」

「自分が変わらなきゃ、なにも変わらないのよ。なにもね―――」

 

 その言い方に、少しの違和感を覚える。

 違和感を確かめる為に口を開こうとすれば、二乃が突き出した空白が埋められたペーパーで言おうと思っていた言葉は行き場を失う。

 

「はい、終わり。行くわよ」

「待ってくれ。採点が……って行く?」

「そうよ。ほら、立った立った」

 

 二乃に急かされ、思わず言われた通りに立ち上がってしまう。

 すると彼女は後ろに回り込み、早く歩けと言わんばかりに背中を押してくる。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ。本を返さないと」

 

 そう言うと、彼女は押す方向をカウンターの方へと変える。

 ……器用だ。

 

 

 

 

 01

 

 

 

 

 二乃に連れられて歩き続ければ、着いたのは道路の縁に屋台や露店が並ぶ区画だった。

 とは言っても道路は人で賑わっているわけではなく、並んだ露店等も骨組みが組まれているだけで、肝心の商品は並んでいない。

 当然だ。ここの花火大会にちなんだお祭りは明日開催なのだから、やっていないのも道理だろう。

 露店が置かれているせいで少し狭い横断歩道を二乃に先導されて歩く。

 

「……一体僕はどこに連れていかれるんだ?」

「うーん、マップだとここら辺なんだけど」

 

 手元のスマートフォンに目を落としながら二乃が言う。

 いくら横断歩道と言っても、今は屋台や露店で使うガスポンべや大型のゴミ箱等で足場が悪い。スマートフォンを見ながらの歩行は危険―――。

 

「あっ―――」

 

 案の定、路地裏から露店へと伸ばされた線に足を取られて二乃の体制が崩れる。

 予測していれば、行動も素早くできる。僕は一歩踏み込み、彼女の腰へと手を回して引っ張り、もう片方の手で二乃の膝を掬って持ち上げる。

 スレショルドキャリーの出来上がりだ。日本では確か横抱きと言うのだったか。

 

「気を付けた方がいい」

「あ、りがと……」

「このまま運ぼうか?」

「なんでよっ!?」

「冗談だ」

 

 二乃を下ろし、改めて問う。

 

「それで、僕たちの行くところは見つかったのか?」

「ええ。多分、あれよ」

 

 彼女が指さした建物は道路の曲がり角に建てられた四階建てのビルで、一回の入り口にはメニューが書かれていると思われる小さなボードや、”営業中”とプリントされたのぼりが多数見受けられた。

 

「喫茶店か」

「そ。さ、行きましょ」

「足元注意でね」

 

 僕がそう茶化すと、二乃は「うっさい」とそっぽを向いて歩き始めた。

 

 

 

 

 02

 

 

 

 

 僕らが入店した喫茶店は四階と屋上のツーフロアで店をやっていて、晴れの日は見晴らしのいい屋上でランチがとれることで有名なお店のようだった。

 店に入って選ぶ席は当然ながら屋上で河川敷を流れる川を見渡せる一席。休日の昼ということもあってか座れるかどうか不安もあったが、幸い客の波が引いた直前らしく、呆気なく座ることができた。

 ガラス張りの塀から景色を眺めながら、運ばれてきたバタートーストを一口かじる。

 

「美味し」

 

 僕が感想を言う前に二乃が代弁してくれた。

 焼きたてのパンに塗られたバターは香ばしく、ミルクティーがとてもよく合う。付け合わせのサラダは瑞々しく、添えられたオムレツは仄かな塩っ気があり、全体的な甘さを抑えてくれている。素晴らしいメニュー構成だと言わざるを得ない。

 

「いい眺めだ」

 

 景色も良い。

 今度僕も個人的に訪れてみようか。

 

「そうね。よく見えるわ」

 

 まるで値踏みするかのように河川敷の方面を見つめる二乃に、

 

「花火大会をここで見るつもりなのか?」

「察しが良いわね」

「確かにいい場所だけど当日は混むんじゃないか」

「だから貸切るのよ」

 

 簡単に言い切る彼女に思わず面食らう。

 そうだった。彼女たちはお金持ちに分類されるお嬢様だった。

 

「……どうして僕を誘ったんだ?」

「なによ、いきなり」

 

 オムレツを切り分けながら二乃は言う。

 

「花火大会の場所決めなら、五月や三玖や……他に適任がいるだろう?」

 

 二乃……彼女は僕に良い思いを抱いていない。

 それは最初対面した時に理解している。だからこそなぜ僕をランチに誘うのか、素朴な疑問だった。

 

「理由なんてないわよ」

「……え?」

 

 また、僕は硬直する。

 

「逆にあんたは理由がいるわけ? 私とご飯食べるのにいちいち理由が」

「いや、それは……」

 

 上手い言葉が見つからず言い淀む僕を横目に、切り分けた最後のオムレツを口に運ぶと二乃は短い動作で手を合わせて立ち上がる。

 

「冗談よ」

「……」

「さっきのお返し。べーっ」

 

 そう言って小さく舌を出し、出口に向かう二乃を追いかけるように僕も立ち上がる。

 

「待ってくれ。僕も半分出す」

「いいわよ別に。貸切りの代金と一緒に払っちゃうから」

「そうもいかないだろ」

 

 階段を降りつつ、譲れない部分を主張する。

 そうか。

 ……”友達”というのは、こんな感じがするものなのか。

 

 

 

 

 03

 

 

 

 

 この街で物を揃えると言えば、様々な店が集まった巨大なモールだと市民全員が答えるだろう。

 一階に食材や日用品を扱うスーパーから始まり、二階に衣類店、三階は玩具店等、”とりあえず”ここに来れば生活に必要な物が手に入る場所だった。

 「男手がいるんだから使わない手はないでしょ」というのは二乃談で、現に僕は今片手に食材や飲料が入り膨らんだポリ袋を持っていた。

 食材だけに留まらずどうやら軽く衣服の補充もしたいようで、僕らはモール二階の衣料品店エリアにてウィンドウショッピングに勤しんでいた。

 

「あ、これ可愛い」

「浴衣か」

 

 ガラスの向こう側に立つマネキンに着せられた日本特有の衣服、浴衣に足を止めた二乃に、僕も止まる。

 

「丁度いいし変えちゃおうかしら」

「今着てるやつはもう着れないのか?」

「そうじゃないけど、変えたい気分なの」

 

 「女の子ってそういうものよ」と続けられれば、男としてはなにも言い返せない。

 軽くポーズしたマネキンを見比べながら二乃はガラスの前をゆっくりと往復する。

 しばらくすると、なにかを言いたげに僕へと向き直る。

 

「どう思う?」

 

 似合うのを選べ、と言っているのだろうか。

 彼女とフィーリングが合うかはわからないが、意見を求められて断るほど性悪でもない。

 ここは一つ、無難に選んでみよう。

 

「……右から二番目」

 

 そう言って僕はウィンドウの黒地に白の花模様が織り込まれた浴衣を指さす。

 浴衣を一瞥し、腕を組んだ二乃は一言

 

「フツーね」

「二乃はどうなんだ?」

「私は……これ?」

 

 なぜ疑問形なのかはさておき、二乃が指さした浴衣は白地に黒の花模様……。

 

「ただの色違いじゃないか」

「はあ? 全然違うわよ。大体黒の浴衣ってなに? 喪服かなにか?」

「……似合うと思って選んだだけだ」

 

 僕がそう言うと、二乃はにやりと笑って

 

「ふうん。ちゃんと私のことを考えて選んだわけね。感心感心」

「他に誰を考えて選ぶんだ?」

「うーん……五月辺り?」

「どうしてそこで五月が……」

 

 僕の呟きを無視して二乃は店の中へと入っていく。

 ついていく間もなく、彼女は中から店員を連れて戻ってくるとマネキンを指さして

 

「あの黒い浴衣が欲しいんですけど」

 

 

 

 

 04

 

 

 

 

 わからない。

 彼女―――二乃の考えがわからない。

 陽は既に沈み始め、夕焼けが家々の向こう側に見え始めた頃。彼女たちが住むマンション、ペンタゴンへと荷物を運びながらそう思う。

 確かに三回ほど家庭教師として彼女と勉強をする時間を過ごしたが、果たしてそれで最初の”受け入れ難い”気持ちを払拭できるものなのだろうか。

 僕が上手くやれたのか、それとも彼女が理解を示してくれたのか、可能性を考え始めればキリがなく、気が付けばマンションのオートロックの前まで来てしまっていた。

 

「ここでいいわ。ありがと」

「……ああ」

「どうかした?」

「いや、二乃。君は―――」

 

 僕を信用してくれたのか? とは言えなかった。

 踏み込むべきか、それとも一線を引くべきなのか。午前の図書館で彼女に言われた、「ヘタレ」という発言が脳内で巡る。

 

「変なの。でもまあ、わかったでしょ?」

「なにが?」

「―――これが、友達と遊ぶってことよ」

 

 ―――。

 

「ランチしたり、ショッピングしたり。ゲームセンターとか行ってみたりして……」

 

 ああ、本当に。

 なんて僕は馬鹿なのか。

 信頼とか、理解とかではない。彼女はただ僕のことを心配してくれてただけなのだ。

 友達がいない、僕のことを。

 一人の人間として心配してくれていただけの彼女に、僕は家庭教師としての立場を忘れれず理解だの信頼だのと結び付けて悩んで……愚かにもほどがある。

 

「……ありがとう二乃。とても、楽しかった」

「そ。ならいいわ。頑張って友達作りなさいよ」

「ああ。貸しが一つできたな」

 

 そう言うと、二乃は煙たがるように手を振って

 

「そんなつもりでやったんじゃないわ」

「君はそうでも、僕は貸しがあると思ってる。なんでも言ってくれ、助けになると約束する」

 

 彼女は少し悩むような仕草をし、

 

「あんたが悪い奴じゃないってことはわかってるつもり。でもまだ私は自分で頑張りたいの」

「……そうか」

「だけどいつか―――迎えに来て」

 

 二乃はそれだけ言うと、背中を向けてオートロックのガラス、その向こうへと帰っていく。

 

「……?」

 

 残されたのは疑問と僕と、妙に冷たい夜風だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




(パカラッパカラッ

事の顛末
・コピーもペーストもした覚えがないのに文章がダブる。
・しかも二か所以上。
・投稿しようとするとブラウザが落ちる。
・キレる(今ここ)

昨日の変な文章を見てしまった兄貴たちには申し訳ナス…


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