バグ多きこの世界で生き残れたら上等だと思う【旧名:昔だからこそ】 (翠晶 秋)
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死んだじいちゃんの謎

 

『僕の蔵の財産は孫のテテロテロテロに渡す』

 

……。

なんなのだろう、この遺言は。

昔から俺のじいちゃんは頭がおかしかった。

俺の名前……テテロテロテロをつけたのもじいちゃんだ。

 

「幼稚園の絵?『僕のおじいちゃん:なまえ、まおう ててろてろてろ』か。懐かしー」

 

そう。

磨皇テテロテロテロ。

それが俺の名前。

あだ名はテロでどうにかなってるけど、うん。

じいちゃんの頭バグってんだろ……!

 

で、現在。

俺ことテテロテロテロはじいちゃんの───否、俺の蔵に侵入していた。

財産以前にあのじいちゃんのことだ、爆弾を抱えててもおかしくねえ。

突き進んでいると、ひときわ大きな箱を発見。

……怪しい。

だって見た目がまんま宝箱だ。ゲームで出てくるような。

 

「ハイ開けまーす」

 

うん?『テロスター=サーガ』?

見たところゲームのソフトっぽいけど……。俺の名前の由来これだろ。

ソフトの周りには昔のゲーム機と、手入れ道具、攻略本。

え、このテロスター=サーガやるためにこの宝箱置いたの?

 

攻略本は……。あれ、虫食いが一つも無い。

箱に入ってたからかな。

何とはなしに開くと。

 

『やれ』

「……は?」

 

じいちゃんの字で、攻略本を開いた瞬間にやれと書いてあるのだ。

タイトルの下に。

 

「いや、うん、ええ?」

『やれ』

「んなこと言われてもねぇ」

『やれ』

「一言だけでめっちゃ威圧感出すなじいちゃん!」

 

わかったよ、わかりましたよ。

わかったから字から恐ろしい殺気的ななにか出すのやめてもらえませんかね。

 

ゲーム機とソフト、攻略本をそのまま取り出して抱えると、さっきからあった圧迫感はとうに消えた。

んっんー、幽霊ですかね。

 

とりあえず、これはウチにもって帰る。

んで、自室でやるしかないか……。

 

 

 

 

眠い。

 

時計は午前3時をさしている。

なんだよこのクソゲー、ヒロインのドットは荒いし、バグも多い、お前にアクションゲームなのにラグがありまくりじゃねえか。

あー、紅茶何杯めだったか。

カフェインが足りぬ。やだ。やだ。眠い。

寝たいよぉ。もうこのゲームやりたくねえよ。

はいもうごろん。お休み。このゲーム絶対やらn

 

『やれ』

 

ちくしょおおおお……。

なんなんだよじいちゃん!明日が休日だからってでしゃばりやがって!

じゃあなんで死んだんだよ!テメエがやれよアホンダラぁ!

 

「…………」

 

コントローラーを握る。

もう呪いじゃん、これ。

えっと、次のクエストは囚われのヒロインを助け出す。

攻略本は……『ここから先は君の目で確かめろ!ヒロインを助け出すのは君だ!』……使えねぇ。

 

えと、中ボスはクラウドドラゴン。序盤でに戦うボスだ。

強さのインフレ。

対処法は最初の村で買える消耗品のうちわ。……うちわ。

いっかいアイテムで帰ってまたヒロインの囚われてる塔に登る。

多分流れ的に次のボスはヴェノムドラゴンだから解毒草をたくさん買って対さkkkkkkkkk。

 

 

 

 

「ふぁああああ」

 

うーむ、まだ気だるい。

目覚ましは鳴ってない。休日だからな。

……あー、寝落ちしちゃったのか。

ゲーム、ゲーム。コントローラーは……。

むにゅん。

 

「あっ……」

 

……?

グリップはどこですか……。

 

「あふ、んっ、やめ……」

 

なんか女の子の声が聞こえる。

これアレか。ヒロインのセーリャちゃんの声か。

でもおかしい。彼女は今塔に囚われているはずで……。

 

「いい加減に起きないと……怒ります」

「へぶっ」

 

!?!?!?

右頬に衝撃。

思わず目を開くと、そこにいた。

しゃがみながら俺の頰をぺちぺち叩く少女が。

 

「やっと起きました。どなたかはわかりませんが、ここで寝ると死んじゃいますよ」

「……パンツ見えてる」

「!?」

 

寝ぼけ眼で起き上がると、そよ風が俺の頰を撫でた。

屋外?

視線を上に移すと……。

……。

……ん?

……はぁっ!?

 

「宙に浮かぶ島。地上のマップ、セーリャのセリフ。これって……!」

 

テロスター=サーガ!

 

「せ、セクハラですよ。殴りますよ」

「ッ!!」

「逃げた!?」

 

セーリャは今はどうでもいい。

俺がいるのは空島。

空島の中心には大きな樹があって、そこでアクションのチュートリアルがある。

 

ツルを登り、ダッシュで勢いをつけてジャンプ。

樹の周りをぐるぐる回って登っていき、やがて樹の上に登ることができた。

当たり判定のある葉っぱの上に立つ。

遠くに見える一際大きな空島。じゃあ向こうには……。

あった!

描写が雑すぎてドットっぽくなってるけど、ヒロインの囚われる塔!

 

これって、これって、まさか!

 

「テロスターの世界……?」

 

それが俺の、冒険の始まりだった。



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天空の姫セーリャ

「見つけた……すばしっこいですね……」

「……君は」

「初対面で胸を揉んで下着を見てその上で逃走ですか!卑劣!まさに卑劣!私の魔法で消し去ります!」

 

魔法で空中に足場を作ってこっちに来たセーリャがワンドをこちらに構える。

セーリャは中盤から馬鹿みたいな破壊力の魔法を使うが……テロ様は知っている。

 

「ふははっ!見掛け倒しの魔法など取るに足らぬ!」

「な、なんですって!?」

「俺は知っているぞ!お前は俺に魔法の使い方を教えない限りお得意の魔法が放てない!」

「何を抜けた事を……っ、あれ?あれ?」

 

なぜならそれは……仕 様 だ か ら だ !

 

アクションチュートリアルでこの天空に浮かび樹に登り、セーリャから魔法の使い方を教えてもらう───チュートリアルをクリアし、最後にセーリャと二人で……おっと、不要なネタバレは炎上のもとだ。

 

「とにかく、俺は魔法の知識はあっても魔法の使い方は知らないの。教えて教えて」

「は、はぁ。……まだ怒ってますからね。教えた瞬間にぶっ放します」

 

ちなみに主人公がセーリャの胸を揉んでパンツを拝むのも仕様だったりする。

 

「魔法とは、文字通り魔の法則です。ああしたい、こうしたいという強い思念が具現化し、現実の心理を捻じ曲げて火や水になるのです。これを魔術論と言い───」

「千何年か前に偉大なる魔法使いが長い研究の末に編み出した。違うか?」

「な、なんで知ってるんですか……」

 

何回かセーブする前に電源切れてデータ飛んだからな。

何回もループしたから覚えてる。

ちなみにこれが徹夜してもクリア出来なかった理由に一番近い。

 

「お前が言うセリフは全部わかるんだよ。これから魔力とはなんぞやってのをやろうとしてたろ」

「…………」

「その次はお前がだいだい受け継ぐ天空魔法と一般的な魔法の違いを説明するつもりだった。そのあとにお前はこう自己紹介する。『私の名前はセーリャウス・アインスタッフ。天空魔法を操るテロスターの家系の生き残り』と」

「な、名前まで……」

「早く魔法を教えてくれ。そんでもって俺に魔王……じゃなかった、覇王を倒させてくれ」

 

ゲームのテロスター=サーガはバグが酷かった。

画面が入り乱れたり、たまに主人公のグラフィックがバラバラになったりしたものだ。

もしもそれが、この世界でもあったとしたら……?

 

「いいか。俺は最速で覇王を討伐する。んでもってどうにかしてあの空の向こうに帰る。そのためには、お前の力が必要だ」

「っ……」

「俺についてきてくれ。大丈夫だ、不自由にはさせない」

「……じゃっ、じゃあ……これを」

 

ずずいと近寄った分後ずさりながら、セーリャは自らが付けているのと同じ指輪を取り出した。

そしてソレをこちらに向けて来る。

 

「こここ、これを身につけてください。ステータスが上がる代わりに、1つ呪いがかかる代物です。そこまでする覚悟があるのなら、私も……」

「縛りプレイってやつか。良いだろう」

「えっ」

 

セーリャから指輪を受け取り、左手の薬指にあてがう。

もちろんサイズが違うが、不可思議な力によって指輪俺の指にピッタリのサイズに調整された。

 

「どんな呪いか知らんが……一刻も早く覇王を討伐すると決めた以上、セーリャの力は必要だ。それくらい、やってやるさ」

「えっ、ちょっ、本気……」

 

何故か慌てるセーリャを横目に、俺は指輪を付け根まで通した。

 

 

 

 

 

『おめでとうございます!あなたとセーリャは婚約しました!』

 

 

 

 

 

「…………なにこれ」

「……それは……天空の一族が求婚の際に使う神具の指輪で……お互いのステータス分を自らのステータスに加算するという能力があって……」

「……呪いってのは?」

「………………………………私が妻となります」

 

………ゔぇっ。

ゔぇっ、なんでそんなもの持って……ゔぇっ。

 

思い返してみる。ゲームの事を。

セーリャが拐われる前に、主人公とセーリャの結婚イベントがあった。

そのときのセーリャのセリフは……。

 

『天空の一族が滅ぼされたときに、母上に貰ったんです。いつか必ず、これを渡す相手が現れる、と。この指輪の天辺にある宝石は天翔石と言って、すごく珍しいんだそうです。売れば高いし、誰かに渡せばステータスが跳ね上がるのですが、母上の形見なので装備品袋に入れたままでした。……おかしいですよね、装備品は装備品袋に入れたままじゃ意味がないって話をしたのは私なのに。……でも、もう決めました。私は、この指輪をあなたに渡したい。〇〇さん、どうか私と……婚約、してくれませんか』

 

あのときの指輪かあああああああ!!!!

 

「すっ、すまん!それに関しては完ッッッッ全に忘れてた!」

「ばばばばっ、ばばばっ、馬鹿なんですか!?そこは嘘でも幸せにするって言うべきですよ、乙女心がわかってないです!だいたい、もう外せないですからね!それ、ロマンチックではあるけれど効果を考えると呪いの品ですからね!?私なんて婚約したって呪い以外のなんでもな───あっ」

 

セーリャが動揺のあまり空中に作った足場から足を踏み外す。

それを見た瞬間体が勝手に動き出し、足元のツタを掴んで飛び降りる。

一瞬でセーリャの高度にたどり着くとその腰を引き寄せ、ツタを引っ張った。

 

「……」

「…………」

 

ツタにぶら下がりつつも互いに相手の目を見つめて10秒。

短い銀髪とエメラルドグリーンの瞳が美し……はっ。思わず魅了されかけていた。

 

「あの……そろそろ浮いてくれ」

「あふあっ、ごめんなさい」

 

足場を作って爪先から降りるセーリャ。

ちゃんと立ったのを見てからツタをよじ登る。

普段ではこんなことできないんだけどな、腕力的に。

 

樹の当たり判定の上で休んでいると、セーリャが一冊の本を持って上がってきた。

 

「これ、あなたと一緒に落ちてきて……」

「落ちてきて、って、やっぱり俺は落下してここに来たのか」

「凄いびっくりしました……」

 

受け取った本は……じいちゃんの攻略本だ。

『まgぢはjhlxvぃっdゔqlvqgくxq』……文字化けしている……ゲームのアイテムにないのだから当然か。

開くと大体の項目は文字化けしているが、この指輪のアイテムだけ文字化けではない日本語で書かれていた。

 

 

『天空の指輪 紅・蒼』:天空の一族が求婚の際に使う指輪。天翔石を使っており、結ばれた者同士は固い絆と永遠の愛に目覚める。紅の指輪を妻が、蒼の指輪を夫が持つ。

スキル1 装備した夫婦は互いにステータスが共有される。紅+蒼のステータス、蒼+紅のステータスとなるように。

スキル2 装備した夫婦は互いに親愛度が急上昇する。なお、お互いに心を許しあった状態で婚約した時のみ、このスキルは発動する。

 

 

「……なんて書かれているんですか?」

「えっとな。この指輪をつけると、互いに好感度が爆上げされるらしい」

「ああなるほど。それでこんなにもカッコよく見え……いえ、なんでもないです。つまりは、私のこの愛は仮初めということですね」

「互いに心を許しあった状態でのみ発動って書いてあるぞ。そこまで俺に嫌悪感抱いてないんじゃないか?」

「!?」

 

他にも文字化けしていないページはないかと攻略本をめくっていると、ふいに背中に柔らかい感触が押し付けられた。

この慎ましやかな胸……セーリャだ。

 

「おいどうした」

「か、勘違いしないでくださいね。これは指輪のスキルのせいなんですから」

「……そういうことにしておく」

 

背中越しに小刻みに跳ねる心臓の音が聴こえているんだがな。




おまけの攻略本コーナー

キャラクター一覧
【セーリャ】:天空の一族であるテロスターの最後の生き残り。天空の一族の姫であり、幼い頃から天空樹で修行してきた。面倒見も良く、可憐で清楚な美少女だが、欠点は天空樹で修行していたから少々世間知らずな所。物覚えは良いので、教えれば()()()()()()()すぐに覚えるだろう。

メインウェポン:いでいbcいwcd
サブウェポン:hゔぃfscおbk
アクセサリー1:天空の指輪 紅
アクセサリー2:無し



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天空族の教え方

 

「それでは、魔法の使い方と武器の出し方を説明します」

 

気を取り直して、セーリャが俺の手に視線を向ける。

見ると、両腕に控えめな装飾の腕輪が通されており、真ん中に宝石が埋め込まれていた。

 

「メインウェポンの出し方を説明します。○ボタンを押してくだ……なんですか○ボタンって」

「いや俺に言われても。多分右のことだ」

「え、えーと……。どう説明すれば良いのやら」

 

ゲーム内チュートリアルの台本だからな、それ。

本人は自分の口から出た言葉がわからなくて困惑しているのだろう。

 

「使えねえ……」

「なんですと!?」

「ゲームだとボタン押したらキャラクターは腕を振ってたな……」

 

ブンと腕を振るも、手に武器はやってこない。

 

「イメージが重要なんじゃないですか?物語では顕現する武器の名前を叫んで武器を出していました」

「うーん……。『出でよ』とかか?」

 

フォン。

……出んのかよ。

 

手のひらに現れたのは小さなナイフ。

確か初期装備の『小さなナイフ』だったはず。

 

「おお、出ましたね。サブウェポンも同じ要領で出るのでそこは割愛しますね」

「お、おう」

「それでは魔法を教えます」

 

メインウェポンである杖槍……後半で合成してやっと手に入るようになる【合成武器】を出して、セーリャは構える。

その瞬間、セーリャの武器の穂先から炎の塊が放たれ、空に緋色の花を咲かせた。

 

「……使えるじゃないですか」

「なんでだろうなー」

 

チュートリアルだからです。

ここでプレイヤーはセーリャが威力の高い魔法を使えることを認識し、ここからセーリャは魔法をいつでも放てるようになる。

 

「あの」

「ん?」

「覚えてますよね?初対面で私の……」

「……あー」

「『ファイアボール』ッ!!!!」

 

俺の顔面に10のダメージ。

じゃなくて。

 

「うん、熱いよ?ふつうに熱いよ?」

「チッ、面の皮が厚いんですかね……」

「ちょっとうまいけど熱いからね?」

 

なお、『テロスター=サーガ』にはもちろんHPがある。

攻撃を受けた際に、HPを消費して傷を治してくれるのだ。

HPが切れた状態で攻撃を受けると普通に怪我をする。

つまりは、HPは体力の表れではなく、残り再生回数の表れなのだ。

 

HPは鍛錬やらなにやらで増やすことができるが、もちろん今の俺は純粋無垢のなにもしていない状態。

RPGで言うところのレベル1だ。

その低いHPでも受け止められたということは、セーリャもそれなりの手加減をしてくれたのだろう。

 

……つまり。

 

「素直じゃないなあ」

「なっ、なんですか、急に。いいから魔法を練習しますよ」

「……三角ボタン」

「まずは△ボタンを……え゛っ」

 

ゲームでは魔法は【モンスター狩人】のアイテム選択のように、使う魔法を選択していた。

手順としては……△ボタンを長押ししながら十字キーの横で魔法選択。

これ伝わるの一部の人だろうな。

 

「使い方わかるんですか?」

「いやぜんぜんわからんけどどうせ『出ろ』とか念じる系のじゃねえかなって」

 

ビュウと強い風が構えた俺の左手から放たれた。

出ますよね、知ってた。

 

「え、ええ……」

 

うむ、チュートリアル役のセーリャさんも困惑気味である。

最初から使える四属性の魔法の一つ、炎の魔法を使おうとすると、脳内に浮かんだ風のイメージが燃え盛る火となった。

出ろと念じる。ライター程度の火が飛んだ。

……どんな仕組みなんだこれ。

 

「と、とにかく、魔法は使えるみたい……ですね」

「そうみたいだ。さて、あとは地上に降りるだけなんだが」

「……地上」

「そ。どうにかして降りれないもんかなって」

「一つだけ……降りる方法があります」

 

この浮島から降りる方法。

それが、最後のチュートリアル。

 

「この浮島のダンジョン……『天空の大樹』を攻略することです」

「よし行くか」

「驚かない!?」

 

 

 

 

大樹の根元付近に、小さな石の祠がある。

セーリャが槍をかざすと祠の紋様が光り、大樹に人が入れそうな穴があいた。

これがダンジョンの入り口。

 

ダンジョンには塔タイプ、地下迷宮タイプ、洞穴タイプがあり、今回のダンジョンは大樹の葉の中にある水晶に触れることでダンジョンクリアとなる。

ダンジョンは全部で4フロア。ダンジョンの構造上どうみても大樹に入りきらないのだが、もうご愛嬌だ。

 

右手を振って小さなナイフを出す。

セーリャも俺がナイフを出したのを見て槍を構え直し、二人でダンジョンに挑戦した。

 

なお、ゲームにはダンジョンに入る前にこのダンジョンの説明があったはずなのだが、今回は無かった。

ストーリー無視はやっぱりキツイかな。

 

「大樹のダンジョン……中身がこうなっているとは」

「そっか。お前は初めてなんだな」

「あなたもでしょう?……あ、そういえば名前を聞いていませんでした」

 

ちなみに名前を聞くイベントはチュートリアル前の主人公が起きた直後にある。

もうここまでぐちゃぐちゃならどうでもいいや。

 

「そういえばそうだった。俺は……テロ。テロって名前だ」

「テロさんですか。わかりました。テロ、テロ……」

 

なんか違う意味のテロに聞こえる。

 

「セーリャはなんでついてきたんだ?ダンジョンに」

「あなたは私がいないとダメでしょう。非常識で装備も弱くて……」

「言いすぎじゃね?」

「…………天空族の子孫を残す前に死んでもらっては困りますから」

 

照れ隠しである。

 

しばらく進んでいると、お馴染みの青いフォルムが見えた。

 

「テロさん、モンスターのバブルです。せっかくですから攻撃してみましょう」

「りょーかい」

 

しゃがんで足跡を消し、バブルが後ろを向いたところにナイフを突き刺す。

背後からの先制攻撃、この二つが合わさると初撃が必ずクリティカルになる。

バブルの頭上のHPバーがすべて消え、ナイフの先には青いゼリーが残った。

名前をバブルゼリーというこれは序盤の装備の強化素材となる。

バブルゼリーはどこかへ消え、代わりに後ろからセーリャが抱きついてきた。

 

「アイテムをゲットしましたね!アイテムはメニューから確認できま……メニュー?メニューって……?」

「あー、うーん。なんだろうな、シラナイナー」

 

『メニュー』とか適当に念じれば……ほらみろ出てきた。

目の前に現れた水晶パネルのようなソレはセーリャには見えていないらしい。

 

 

メニュー

アイテム◀︎ ずかん

そうび 地図

はなす ???

 

 

アイテムの欄をタッチするイメージ。セーリャがいるのに虚空を指差すとかできない。

 

 

アイテム

バブルゼリー×1

 

 

よーしよし、こんなもんか。

『閉じろ』……うむ、閉じた。もう何も言うまい。

 

あとの欄はセーリャがいないときや寝ているときに試すとして……。

 

「階段を見つけましたね!階段を上るか下ると次のフロアへ行けますよ!」

 

そう、1フロアと2フロアはチュートリアルフロア。

1フロアでモンスターとの戦いとメニューが開けるようになるのだ。

まあそれはいいんだが、セーリャのセリフがすごくチュートリアル。

『!』とか普段つけねえだろ。

 

階段を上ると当然だが2フロアについた。

バブルを一匹ぶん殴って進むと金の装飾の箱が見えてきた。

セーリャがまた口を開く。

 

「宝箱を見つけましたね!宝箱に近づいて○ボタンを……○?まる?まるぼたん?」

「もう気にするな」

 

宝箱を開けると中に入っていたのは薬草。

HPを微量回復させるただの薬草である。

これでアイテムは二種類。

くくく……順調だ。この薬草は使わないようにしよう。

 

しばらく彷徨っていると階段を発見、3フロアへ。

 

たしかここから本格的なダンジョンなんだよな。

バブルを殺めていると、レアドロップが出てきた。

バブルをモチーフにしたデザインのピアス……バブルイヤリングだ。

これは序盤ではアクセサリーとして高く売れる。いしし、儲けものだ。

 

あまり代わり映えしないな……。

まあ最初のダンジョンだからわかりやすくなってるし、モンスターの配置が階段に誘導するように配置されてるんだよな。

 

とまあ、4フロアに繋がる階段を見つけたわけだが。

 

「いました、ダンジョンボスのアルラウネです!」

 

4フロアはボスフロア、終盤で雑魚モンスターとして出てくるアルラウネさんが出てくるのであった。



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ダンジョンボスを倒したい

 

「アルラウネです!」

「知ってる。あいつが射程圏内に入ったらぶっ放していいから」

 

小さなナイフを取り出して、魔法のイメージを炎に変える。

炎は使う気は無いけど……ま、一応。

このゲームのNPCは勝手に行動する。なんたってアクションゲーム、いちいちコマンドを選択していたら自分の操作がおろそかになるから。

セーリャは基本的に槍杖で殴るか魔法を放つことで相手にダメージを与える。

魔法を放って、M P───まほうポイントが無くなったら近接がデフォルトだ。

細かく命令もできるらしく、調べた限りだと仲間に指示を出してプレイヤーも操作するとかいう廃人もいたらしい。

 

もち、俺はそんな廃人ではないのでセーリャには好きにしてもらう。

んで、戦闘はセーリャに任せて俺は近くの突出した岩場へ。

 

「なに逃げてるんですかぁ!?ゲンメツです!」

「逃げてねぇよ!アルラウネをこっちにおびき寄せてくれ!」

「おびき寄せる?なにがあるんですか、おびき寄せて!」

「俺が喜ぶ!」

「───っ!コレは指輪のせい、コレは指輪のせい……!ああもうわかりましたよ!あとでご褒美くださいね!」

 

セーリャにこちらにおびき寄せる指示を出し、岩にもたれる。

セーリャがジリジリと寄ってくる。

アルラウネがこちらに気づいた。

触手が俺を攻撃してくる。

 

迫り来る触手を俺は──────真正面から食らった。

 

「なっ!?」

「イッテェ!?」

 

吹き飛ばされる俺。

後ろには岩。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これを待っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一瞬目を瞑る。

空白。

そして振動。

 

「ちょっ……!?」

「キシャ……!?」

「ああああああっああああっああああ揺れるううううううう」

 

俺の体は岩にめり込み、当たり判定からガタガタと上下に揺れていた。

挟まり次元バグ。

アルラウネをを倒すに当たって見つけた、必勝法。

ナイフを構える。

 

───ナイフには、『投げ』という概念がある。

装備アイテムをぶん投げて攻撃する。もちろん、投げたナイフを回収するまで装備は素手になってしまうのだが……。

 

「ああっ、ああああああああああ」

 

ガクガクブルブルと位置揺れによって振動する俺の手には、何本ものナイフが握られていた。

この強さは、投げた先からナイフが手元に増えることにある。

上手い挟まり方をした場合は、相手の攻撃も届かないのだ。

 

「せええりゃああ、よけけけけっろろろろろ」

「え?え?え?……はい」

 

でたらめにナイフを投げる。

どうせ揺れている、狙っても当たらない。

下手な鉄砲百撃ちゃ当たる。

放たれた無数のナイフはアルラウネを地面に縫い付け、さらに触手の大半に突き刺さった。

 

「hayセーリャ!」

「はいっ」

 

セーリャが飛び跳ねる。

身動きが取れないアルラウネの喉元にセーリャが槍杖を刺し、炎の魔法で内側から爆散させた。

HPバーが一気に消え去る。

 

「「やった!」」

 

ダンジョンボス、アルラウネをいとも簡単に討伐した瞬間であった。

 

 

 

 

「それはそうと、ちょっとこれ引っ張ってくんない?」

「それ、どうなってるんですか……」

 

バグの存在は教えない。

 

「俺の力が物理法則を越えた結果だ」

「そ、そんな能力が……?」

「そうそう。これからもたまにあるかもしれないから、あってもノーコメントで頼むな」

「えぇ……?まぁ、はい……」

 

流石はお姫様、優しく寛容で吸収が早い。

セーリャの手が俺の腕に触れる。

……小さいんだな、手。

 

「これだけなのにちょっとドキドキしてる自分が情けないです……指輪って呪いの装備なんでしょうか」

「そのドキドキは自分に害があると思うか?」

「それ、は……無いですけど」

 

すぽんと岩から抜けた俺に、赤面しつつも安堵の視線を向けてくるセーリャ。

 

「なら呪いの装備じゃないな」

「むう……装備の効果による恋心なんて偽物です」

 

セーリャはしばらく頰を膨らませた後、頭をこちらへ向けてきた。

すわっ、頭突きかと思ったが、どうも違うらしい。

 

「ご褒美」

「あっ」

「ナデナデしてほしいです」

 

あぁー……ご褒美がナデナデって……いやはや。

差し出された頭に、躊躇いがちにもぽんと手を乗せる。

髪、サラサラだ……。

 

「えへ、んふふ……」

 

首回りを撫でられる猫のように目を細めるセーリャ。

……首回りを撫でられる猫。

顎を持ち上げ、首筋を軽く撫でる。

 

「んにゃっ!?な、何を……んっ……」

 

色っぽい声を上げるセーリャに調子に乗った俺は、さらにヒートアップして撫でる力を強める。

逃げ出そうとしたってそうはいかない。

腰に手を回して逃げ出せないようにガッチリガード、首筋から顎の下までを執拗に撫でる。

 

「ん……やめっ……ぅぁ……んふゅっ……!」

 

ぴくぴくと痙攣し始めた体に、トドメの一撃。

顔を近づけて耳元に。

 

「ふー」

「いっ…………にゃぁぁぁぁぁぁ〜〜〜ッ!!!!」

 

顔面に拳が飛んできました。

きりもみ回転。

どしゃあと無様に倒れる俺。

 

「バカなんですか。バカなんですかっ」

「ゴメンナサイ調子に乗りました」

「まったく……キュンときちゃったじゃないですか」

 

すぐに体勢を立て直して完璧な土下座を披露する俺に、そう言ってお腹を抑えるセーリャ。

ん?触ったのは首なのになんでお腹を抑えるんだ?

 

「はぁ……もういいです。次からはちゃんと確認を取ってからやってください」

「許可取ればやっていいのか?」

「………………まぁ……たまには……」

 

一気に赤面し、蚊の鳴くような声でぼそぼそと告げられた声は、もちろん俺の耳を通って脳に焼き付いた。

言質、得たり。

 

「よしじゃあやるぞ」

「きょっ、今日はもう……ダメ……耐えられないです……」

 

言ってて恥ずかしくなっているのか、ついにイチゴのように真っ赤になってしまった。

さりげなく『今日は』とか言ってるあたり、かなり気に入っているのだろう。

欲望に忠実な女だ。

 

「まあいいや明日またやろう」

「〜〜〜ッ!!」

「それよりもドロップアイテムだ、なにが出たかな……」

 

とりあえず、確定ドロップでリンゴ10個は出るんだが……期待すべきはレア泥。

運が良ければ通常ドロップで武器素材となる木材が手に入るのだが……さらに運が良ければ、レア泥で装備品がもらえる。

布っぽいのがあれば……あっ。

 

「あったああああああああああああッ!!!!」

「うわっちょ、なんですか、驚かさないでください!」

 

自然のポンチョ。

男が装備した場合、ボタン1つだけ止めてショートマントのようになる。

女が装備した場合、ボタンを全部止めてなんかこう……可愛い。

 

……まぁ、それはともかく。

 

「行くか。地上に」

「そうですね」

 

呼吸を整える。

アルラウネがいたところの後ろ。

そこに浮かぶクリスタルに触れれば地上に行ける。

これからが冒険の始まりなんだ。

 

「行きましょう」

「そうだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「せーのっ!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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エンデル平原

 

「テロさん、起きてください。テロさん」

 

気を失っていたようだ。

セーリャが俺を起こそうとしているらしい。

 

ゆっくりと目を開く。

 

「パンツ見えてる」

「!?」

 

体を起こし、頭を振って意識を起こす。

涼やかな風が俺を撫でた。

 

「も、もう!テロさん!セクハラですよ!殴りますよ!」

「へいへい。それよりも」

「……はぁ。そうですね、来たんですよね」

 

ふくれっ面でセーリャが言う。

エンデル平原。

主人公が初めて訪れるフィールドの名前だ。

 

「清々しい気分だったのに急に最悪になりました」

「見せる方が悪いんだろ。んなことよりもだ。まずは王都を目指すぞ」

「覇王を倒すんですよね。勇者候補として立候補するつもりですか?」

 

そう。

まずは王都に向かい、『俺勇者なる!』って立候補する。

すると、王都で一ヶ月分の食事が無料になったりとかギルドに無料で登録できたりなど、様々な特典があるのだ。

無論、試験官と戦ってようやく受けられる制度なので簡単ではないのだが、それまでにモンスターと戦ってスキルレベルを上げておけばいい。

 

この世界にレベルという概念はなく、代わりにスキルレベルという概念がある。

これは、モンスターを倒したり特殊なアイテムを使ったりすると少しずつたまり、スキルツリーにポイントを割り振るとそのスキルが貰えたり……なんてシステムだ。

 

「そうだな。立候補するだけでこの先の生活がだいぶ楽になるから、ここは可能性があるなら立候補するべきだろ。もっとも、覇王を倒しに行くんだから本気の志願だけど」

「ですね」

「なあ、お前はいいのか?覇王だぞ?強いんだぞ?付いてきていいのか?」

「覇王の討滅は天空族の悲願でもありますから」

 

そう言って微笑むセーリャ。

ま、ゲームの世界なんだから、どんな理由を言ってもセーリャは付いてくることになるのかな。

そんな事を考えると、少しセーリャが可哀想になった。

 

「セーリャ、リンゴ食うか?」

「当分の食料になるんですよね?だったら勿体ないですよ」

 

見透かされていた。

当面は食べられるアイテムをドロップするモンスターを探さないと。

ゲームはリスポーンがあったから空腹度死になんて結構してたけど、この世界でそれがあるかわからない。

エンデル平原で食べ物を落とすモンスターって言ったら……。

 

「猪みたいな形で……岩みたいにゴツゴツした牙のやつ……」

「ああいうのですか?」

「ブモ?」

「そうそう、ああいう……おるやんけ」

 

瞬時にナイフを取り出すと、セーリャも杖槍を構えた。

猪は敵対するモブじゃない。攻撃されたときか、プレイヤーが飯を食ってるときにだけ攻撃してくる。

 

「セーリャはこのまま寄っていって。俺は向こうから」

「はい」

「3、2、1でかかるぞ。3、2、1……」

 

二人で猪に獲物を突き刺す。

猪は俺たちを突き飛ばそうともがくが、手首を捻ってナイフをねじ込むと大人しくなった。

猪のHPバーが全て消え、俺たちの獲物は血の滴る肉を二枚ずつ貫いていた。

 

「あぶなっ」

「ナイフはリーチが短いですからね、落とさないよう気をつけてください」

 

ま、そんなことより。

 

「肉ゲット!」

「やりました!」

 

このまま狩りを続ける事になり、もう何体の猪を狩っただろうか。

夜の帳が降りる頃には、沢山の収穫を抱えて平原に生活スペースを作っていた。

 

「『ファイア』」

 

足元の枝が燃える。

薪森から薪を持ってきて日に当てて乾燥させ、、ナイフで太い木を掘り抜いて水筒を作った。……苦労した。

セーリャは果実やら何やらを集めてきてまさに疲労困憊といった様子。箱入り娘のお姫様には酷なことをさせてしまった。

二人の作業が終わった頃にはもう夜になっていて、それじゃもう野宿しよかということになった。

 

「セーリャ、木の枝を」

「はい、どうぞ」

 

肉を一枚、枝に突き刺す。

もちろん枝はナイフで木串のようにカットしてある。

枝に刺した肉に味見して酸味が強かった果実を絞りかける。

雑な料理工程だけど、味がないよりはマシだろ。

同じものをもう一本作って火にかける。

焼き加減は拘らずに無難なミディアム。

 

「できた。猪肉のワイルド焼き」

「美味しそうですね」

「こればっかりは予測だから分からん。猪肉が水分の少ないタイプだったらサバサバしちゃうしな。……ま、食べてみるか」

 

二人でワイルド焼きを手にする。

そんじゃ、お上がりよと。

 

「「頂きます!」」

 

ワイルド焼きを口に入れた瞬間、冷ましてなどいない熱さが口の中で弾ける。

ハフハフと口の中を転がしながら次第に噛み進めていくと、だんだんとプリッとした食感がわかるようになっていき、控えめな酸っぱさが唾液を増量させた。

要するに、メチャクチャ美味い。

脂身の少ない肉は肉そのものの味をこれでもかというほど主張し、焼いたままだとしつこく感じるであろう味の濃い肉汁を、果実の酸味が程よくまとめている。

 

「こっれ、うんま……」

「おいひいです……」

 

互いにワイルド焼きを頬張りながら胃を満たしていく。

喉越しもいい。味付けもいい。

ゲームの世界の料理だから少し不安だったが……どうやら大成功みたいだ。

 

「猪肉は臭みが強いと聞きましたが……そんなことはない見たいですね」

「多分ここだけじゃないか?餌が豊富だったとか、環境の問題とか?」

「その線もありますね……とにかく、これは美味しいです。あむ、んむんむ……」

 

ワイルド焼きにかぶりつき、口の周りを汚しながら食べるお姫様。

 

「……?どうひたんへふか?」

「いや、料理は人を変えるな、と」

「どういう意味ですかそれ……」

 

料理人の料理を食べたらまた反応が変わるのだろうか。

だって俺、料理なんてほとんどしたことないもん。母さんの手伝いくらいしかしてないし。

ガツガツとワイルド焼きを食べ進め、肉一枚が消えるのは遅くなかった。

 

「「ご馳走さまでした!」」

 

ぺろりと綺麗に。ワイルド焼き、完食。

 

「いやー美味かった……バグってんなあ、食材」

「ばぐって……どこの言葉ですか、それ?」

「あー……意味は『メチャクチャ』とか、『不具合』って意味だな。今回の使い方だと、『不具合が起きてるんじゃないかってほど美味い』って意味……かな」

「なるほど……」

「あっ、とは言えど、俺の出身地の言葉だから使っても理解されないと思うぞ?うん」

「そうですか……ではお腹も膨れましたし、眠りますか。明日も早いですし」

 

そういうとセーリャは横になり、五分も立たないうちにすやすやと寝息を立ててしまった。

ベッドとか無くて良いのかと思ったが、あの空島は葉っぱのベッドがあった。半サバイバル状態だ。

強かなお姫様だなー……。

 

「まぁいいや。今のうちに図鑑を調べましょっか」

 

焚き火の前に座り、メニューを開く。

 

 

 

メニュー

アイテム ずかん◀︎

そうび 地図

はなす ???

 

 

 

図鑑を選ぶと、左手に図鑑現る。

図鑑は後で調べるから置いといて……。

 

 

 

メニュー

アイテム◀︎ずかん

そうび 地図

はなす ???

 

 

 

アイテム。どれくらいあるかな……。

 

 

 

アイテム

バブルゼリー×2

薬草×3

リンゴ×10

 

 

 

よしよし、順調だな。あとは今集めてきた果実やらを放り込んで……。

 

とりあえずとしては……無限増殖、始めてみますか!!



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え?アイテムは増やすもんだろ?何言ってんの?

 

「すやあ……すやあ……」

 

ぱちぱちと弾ける焚き火の前で、メニューからアイテム欄を開く。

 

「確か、アイテムを使うんだよね」

 

手順はこう。

アイテムメニューを開く→増殖したいアイテムを『アイテム整理』で欄の一番下に持ってくる→適当なアイテムを使う→使う瞬間にメニューを閉じる。

原理は知らんけど一番下のアイテムが増えるんだと。

今回は肉を増やしたいから……。

 

「使うアイテムは……バブルゼリーかな」

 

バブルゼリーって一応食べられるんですよね。

もっぱら、味は悪いらしいし空腹も満たされないのでプレイヤーには不人気だけども。

 

「そんじゃま」

 

メニューを開き、肉を一番下の欄へ。

バブルゼリーを手元に、そして口の前に持っていく。

タイミングが重要だ。

 

食べる!と、同時にメニューを閉じる!!

 

「もぐもぐごくん。さてどうか」

 

この方法はメニューのアイテムが『減る』タイミングでメニューを消すことにより、数値をバグらせて増やすとかなんとか。

もう一度メニューを開くときにリセット状態だったアイテムが2倍の数に……だった気がする。

 

メニューを開く。

 

 

 

アイテム

バブルゼリー×1

薬草×3

リンゴ×10

肉×4

【調味料】×18

 

 

 

【調味料】ってのは果実のことかな。

そんなことより、肉がちゃんと増えている。

成功だ。

この調子で、どんどん増やそう。

 

「むにゅ……ふぁ……」

「っ……寝てる?寝てるよな?」

 

……一瞬起こしてしまったかとびっくりしたが、杞憂で良かった。

セーリャのサラサラの髪を弄ってみる。

 

……もしも覇王を倒したら、俺はどうなるのだろう。

ゲームクリア。

元の世界に帰れるのか、そのまま暮らせるのか。

ゲームでの結末は……わからない。クリアしたことがないから。

でも多分、この時代のゲームにクリア後の要素は無いと思う。

 

だからこそ、エンドを見るんだ。とりあえずは覇王を倒す。それを目標にしよう。

 

「あとは図鑑を調べないとな」

 

横に置いておいた図鑑を手に取る。

見た目はまんま攻略本だ。

タイトルはやっぱり文字化けしてて読めないけど。

パラパラと開いていく。

この前は指輪だけ読めたんだっけか。

 

「……ん?読めるところが増えてる?」

 

薬草とリンゴと……。

キャラクター図鑑はまだ未開放。

モンスター図鑑は……バブル、アルラウネ、イノシシ。

 

ははぁん。

 

つまりこれは、手にした事のあるアイテムや倒した事のあるモンスターだけ文字化けしなくなるんだな。

ってことは、装備図鑑は……。

やっぱり、ナイフと自然のポンチョだけ文字化けが治ってる。

厄介なシステムだなぁ……。

 

 

 

【小さなナイフ】:ショボいナイフ。1家庭に一本はあるだろう、やっすいナイフ。クラフトアイテム。

 

 

 

そういえばあったな、クラフト機能。

 

 

 

 

「んにゅ……」

「お、起きたか」

「おふぁようございます……」

 

セーリャがくあ、とあくびを漏らす。

 

「朝ごはんできてるぞ」

「はい。……そういえば、朝からお肉なんですよね……」

「そういうと思ったからな、これをくれてやろう」

 

そうして、今作っていたのを手渡す。

 

「……なんですかこれ?」

「ステーキサンドだ」

「……そうですかぁ。ステーキサン……ステーキサンド!?」

 

そう。セーリャが持っているのはまごう事なきパンである。

ステーキサンドを手にワナワナと震えるセーリャ。ドッキリ大成功だ。

 

「どどっ、どどど、どうしたんですかコレ!?」

「見張りをやっているとき気づいたんだ。アイツは肉食だけどイノシシがいるってことは、近くに主食となる麦があるような場所があるんじゃないかって」

 

調べたらビンゴ。

麦が自生してる場所があったのだ。

数は少ないけど関係ない。こっちには無限増殖があるしな。

 

で、小麦増やすじゃん?

ナイフ使ってクラフトするじゃん?

そしたらパンの出来上がりよ。

 

「わあ……」

「パンなんて作ったことないから粗造りだけど」

「いやでも、凄いですよ……あれ?なんたら菌が必要なんじゃありませんでしたっけ?」

 

それは知らん。

ナイフのクラフト機能でパンが出来るだけだし、イースト菌とか俺は知らん。

 

「まぁまぁそんなことより、だ。いただこうじゃないか」

「……そうですね。せっかくの朝食です」

 

さぁ、朝ごはんだ!




なお、食事は次回の模様。


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出発だ!

 

「「いただきま〜す!!」」

 

ステーキサンドにかぶりつく。

昨晩のステーキの肉汁の味覚への暴力はそのままに、パンが食感と空腹感を満たしてくれる。

トマトとはまた違うが、酸味の強い果実をスライスして挟んであるので、今回のステーキには味付けはしていない。

ガツンとビッグなボリュームのステーキサンドをむさぼり、近くの滝から採ってきた冷たい水で流し込む。容器はヤシの実くらい硬い果実をくり抜いて作った。

おいしー…………。

 

「はぐ、はぐ、うむ……ごくごく……」

 

実に旨そうに喰ってらっしゃる。

ワイルドなお姫様だこと。

 

腹ごしらえも済んだ事だし、森を出る間に少しづつ木の実を採りながら移動する。

メニューの【地図】はマッピング式なので、基本数メートル先しか道が分からない。

なので、俺の記憶を頼りに王都に行くことにした。

 

「あの、さっきから採ってる木の実はどこに行ったんですか?」

「俺の力が物理法則を越えた結果だ」

「そのブツリホウソクってのもわからないんですが」

「……空間に物を閉じ込めているのさ」

「なるほど〜……」

 

時代設定がよくわからん。

攻略本には剣と魔法の世界って書いてあったけど、どこまでが分かっているのだろう。

重力を操る龍とかはいたから多分その辺かな。

 

「……うん?でもそれって、鮮度とかはどうなるんですか?」

「入れた時のまんまだぞ。腐らない、錆びない、朽ち果てない」

「無敵じゃないですか!!そのまま行商人などやれば良いのでは?」

「うーん……家とか屋台は入らないっていうか……多分、武器とか木の実とか、手に持てるサイズの物しか入らないんだと思うな」

「そうですか……では、木箱などは?木箱や布で、簡易的な机を作れば良いのでは?」

 

それは……やったことが無かったな。

そもそもゲームにそんな機能無かったし。

木箱とかゲームで何に使うんだよって話だよな。

 

「なるほど……木箱が手に入ったらやってみるか」

「はい!……あの、自分で言っておいてアレですが、覇王を倒すのが目的ですからね?あの、商人に根付かないでくださいね?」

「商人になってそのままセーリャと裕福にぬくぬく過ごすのも良いかもなぁ」

「良くなッ……いや、やぶさかでは無いのですがそういう事は覇王を倒してからと言いますか……」

「子供は四人いてさ、男二人女二人なんだよ」

「どこまで話が進んでいるんですかッ!?」

 

あ、ところで。

 

「セーリャ、下着の替えは持ってるか?」

「え、なんですか急に!?子供ですか、子供なんですか!?」

「ちげーよ、衛生的に考えると持って無い場合はペースを上げなきゃならないだろ」

「あ、そういう……」

 

ゲームには衛生度なんて無かったけど、現実となれば話は別。

さすがに何日も変えないってのは危険だろう。

 

「持って……ないです。今まで空に一人だったので、今まで一日置きに洗って乾かしてました」

「服も?」

「はい、服も」

「つまりセーリャは一日置きに屋外でまっぱだった訳か」

「〜〜〜〜〜ッッッ!!スケベ!!」

 

いてぇ!!

HPがけずられる。

今日初ダメージ、セーリャによるビンタ。

南無三。

 

「まぁ、服は重ね着っぽいから良いとして、問題は下着だな。無いなら買わなきゃ行けないし、取り敢えずは早めに着かなきゃな」

「そうですね」

「そこでだ」

「?」

「最速の移動手段を取ろうと思う」

 

スキルポイントを使うのだ。

メニューの強さの欄から……。

 

 

 

メニュー

アイテム ずかん

そうび 地図

話す ???◀︎

 

 

 

ないんだけど!?

強さの欄が、ななな、無いんだけど!?

ナンデ!?ハテナナンデ!?

 

「───と思ったけど、今は使えないみたいだ」

「えぇ……」

 

なんでだろう。

なんか条件があったかな。

 

「セーリャ、スキルツリーって知ってるか?」

「スキルツリー……あっ、まだ説明をしませんでしたね。スキルツリーは、世界の記憶を体に習得する事ができる、体内に生えている木です。……といっても本当に木が生えているわけでは無いのですが。スキルはスキルポイントをツリーに捧げると会得できます。それと、個人個人でスキルツリーは構造が違います。テロさんと私では、習得できる世界の記憶(スキル)に差があったり、もしくは全く別の能力だったり」

 

ふむふむ。

そんな話聞いたな、たしかに。

まぁ、今スキルツリーの話を聞いたところで何かが変わるわけでもあるまいし……。

 

 

 

メニュー

アイテム ずかん

そうび 地図

話す 強さ◀︎

 

 

 

アイエェナンデ!?ツヨサナンデ!?

急に仕えるようになったじゃん!、セーリャのお話を聞いてからじゃないと使えなかったっけ!?

 

 

 

強さ

テロ◀︎

セーリャ

 

 

 

仲間扱いなんだな。

 

 

 

強さ:テロ 残りスキルポイント3

剣撃0

魔法0

召喚0

ラッキースケベ7

???0

 

 

 

おいなんだこのステータス。

なにが『ラッキースケベ』だよ神様まじ感謝。初期から振られてるのは意味がわかんないけど。

……ごほん。

スキルツリーは10が限界だ。

成長やクエスト、その他様々な事象によって新たに覚えられるスキルが追加される場合もある。

そして、普通はスキルポイントは使ったらとある施設に行くまで取り戻せないんだけど……。

 

「ちょっとセーリャ後ろ向いてて」

「え?はい、わかりました……?」

 

スキルツリーを連打。

ポイントをラッキースケベに送り、減らしを続け、MAXとMAX以下を連続で表示させる。

そして、MAXになった瞬間に実行を押す……と思いきや下げる!

これにより、スキルポイントを振っていない状態でスキルを加算することになるのだ!

これにより、残りスキルポイントは3のまま、ラッキースケベに3が加算されるのだ!

 

……勢いでラッキースケベをMAXにしてしまった……。

 

まぁいいや。とにかく、ポイントを振らなくても加算することが可能。

3、6、9と成功。

あとは、1を送って同じムーブへ。

 

 

 

強さ:テロ 残りスキルポイント3

剣撃0

魔法0

召喚MAX

ラッキースケベMAX

???0

 

 

 

俺が選択したスキルは召喚。

1で犬、2でイノシシ……と言ったように、スキルによって召喚できる大きさと数が変わる。

大きいと召喚できる数も変わるけど、スキルがMAXの状態で犬レベルを召喚するなら数の暴力ができるくらいには召喚できる。

 

「もういいぞ」

「はい」

「いまスキルを取った。それで王都まで急ぐぞ」

「あ、はい。スキル、何を取ったんですか?」

「見て驚くなよ?俺のスキルは召喚だ!!」

 

スキル、召喚!!

 

地面が明るく光り、その姿が顕現する。

最高の移動手段、それは───!!

 

「あら?呼ばれちゃった?」

「サキュ‥…バス……?」

「ごめん召喚間違いだわ」

「そうだったのね。いいわ、また会いましょう、ボウヤ♡」

 

ここにきてラッキースケベMAXの弊害が……ッ!!

気を取り直して。

召喚したい対象をちゃんと明確にイメージして……!!

 

「グオオオオオオオオアアアアアアアッッッ!!!!」

「これが、最高の移動手段だ!!」

 

緑の巨躯。大きな翼。

ドラゴン亜種、ワイバーン様が顕現した。

 

 



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ふらい、とぅざ、すかい

 

召喚スキルによる戦力や兵力の強化はとっても便利。

ドラゴン種と戦うときに、良くワイバーンに乗って戦ったものだ。

……召喚スキルには『なつき度』という概念がある。

これは何回か召喚していると溜まっていくステータスで、こいつが1とMAXとでは全然違う。

召喚した生物は初めからある程度の命令を聞いてくれるのだが、『なつき度』が上がるとなにも言わなくてもこっちのやりたいことを汲んでくれたりする。

 

結論:めっちゃ便利。

 

でもこの世界では初めて呼んだし、ゲーム時代であれだけ上げたなつき度はおじゃんかぁ……。

まぁくよくよしたってしょうがねぇ!最速の移動手段であることに変わりはないんだ。

 

「よし、乗るぞー……ってなにしてんだ」

「あの、さっきの、召喚ミスの……」

「あぁ、サキュバス?」

 

サキュバスは財政や暗殺に向いている。

……基本サキュバスには性別がない。なんでかって?

女の姿をしているときはサキュバス。男の姿をしているときはインキュバス。

女にも男にもなれるから、正確な性別というものはないのだ。

 

「あの、テロさんは、ああいうのが好みなんですか……?」

 

指をいじいじしながら上目遣いで聴いてくる。

……?あぁなるほど。

 

「この淫乱ロリめが」

「淫乱!?淫乱って言いましたか!?テロさんだけには言われたくないです!」

「なっ、俺のどこが淫乱なんだよ!」

「初手セクハラ!」

「あれは不可抗力だろうが!!」

「ぐおおおおお!グオオ!!」

「「…………ッ」」

 

あ、ごめんねワイバーン。待たせてたね、うん。

 

「移動しながら話すか」

「……はい」

 

ワイバーンに飛び乗り、手を差し出す。

セーリャはちょっと顔を赤くしながら俺の手を掴み、その小さな体でワイバーンに飛び乗った。

俺の前に座ってるからすっぽりと収まる感じだ。非常にコンパクト。

 

「なんか失礼なこと考えてませんか」

「なんも?」

「はぁ……。まぁいいです。で、なんで私が淫乱ロリなんですか。ロリはまぁよしとしましょう。自分でも容姿が幼いとは思ってますし」

 

かかとでワイバーンの脇腹をとんと軽く叩くと、ワイバーンはゆっくりと飛翔し始めた。

 

「え?サキュバスと同じ格好がしたいとかそんなもんだろ?」

「違いますっ!!なんであんな格好しなくちゃいけないんですか恥ずかしい!!」

「じゃあなんなんだよ。インキュバスになってもらって奉仕でもしてもらう魂胆か?」

「そんな浮気みたいなことしません。信じてください。……こほん。あの、ですね。その、サキュバスの、胸回りが……」

 

あぁー……。

たしかにセーリャと比べると山と平原の差だ。

 

「あの……おっきいほうが、好きですか?」

「そりゃあ男のロマンだしなぁ」

 

……………。

 

「そこは嘘でも『小さくても構わない』というところでは?」

「俺がそんな気の利いたこと言えるわけないだろう阿保めが」

「いばるとこじゃないです!もう……」

 

ワイバーンの上から辺りを見渡す。

ふむ、風が心地よい。

人の全力疾走よりも、馬よりも速く。

それでいて高くて、景色がいい。

 

「ふぅ……これだからワイバーンライダーはやめらんねぇ」

「ワイバーンライダー?」

「一部ではそう呼ばれてるやつもいたそうだ。……久しぶりにあれやるかなぁ……今のなつき度でできるかなぁ……」

 

ワイバーンに乗ったとき、その自由度の高さに誰もが一度はやったであろう操作。

右スティックを上に向かしつつ、左スティックを下に向かす。

そうつまりは。

 

「シャトルループッ!!」

「ひぎゃあああああ!?」

「ひゃっほぉぉぉぉう!!!!」

 

ぐるんと空中一回転。なつき度が少し上がりました。

 

「気持ちいいー!!」

「冗談じゃありません!冗談じゃありません!冗談じゃ……「それもう一回」みゃああああああ!?」

 

やっぱりワイバーンって最高だな!

速いし、高いし、かっこいいいし、強いし!

 

「ワイバーン!お前最高だ!」

「グォォォォォォォォ!!」

「はぁ、はぁ、はぁ……あの、次からは、事前に言ってくださ「じゃあやりまーす!!」ちょっ待っ心の準備があああああああああ!!」

 

王都を目指しながらのんびりと遊覧飛行をする。

風に上着がはためき、肺一杯に新鮮な空気が流れ込む。

 

「う、恨みますよ!?殴りますよ!?」

「わりぃ、わりぃ。……でも、気持ちいいだろ?」

「正直気が気でなりませんが……いつ落ちるのかと」

「空島に住んでて何をいうか」

「……たしかに」

 

納得した。勝利。

 

この地平線のずっと奥に、王様がいて、勇者候補がいて、それで覇王がいるんだ。

まだまだ物語はつづいている。

俺たちの冒険は、まだ始まったばかりだ!!

 

 

 

なんちゃって。

 

「それで、王都に行ったらまずは何を?」

「観光」

「そういうことではなく……宿屋とか、金策とか、色々あるでしょう」

「観光」

「え、観光……え?」 

「観光だ。まずは観光」

 

俺が何よりも観光を望む訳はもちろんある。

何が悲しくてたかだか観光のために重い荷物を持たねばならんのだ。

まぁ重いと言える荷物なんて無いけども。アイテムは収納できるし。

 

「……わかりました。観光ですね?何を見るんですか」

「それはついてからのお楽しみ。だがまぁ覚悟はしておけ」

「覚悟!?なんですか、なんなんですか!?」

 

ふふふのふ。

ついてからのお楽しみと言ったろうに、愚者が。



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知る人ぞ知る例のあれ

……で、気になる観光の場所だが。

 

「よしよし、だいぶ近くなってきたからそろそろ降りるとしよう」

「や、やっとですか……」

「やっとって言うがな、今日のうちにこれただけまだマシと思え」

「…………」

 

セーリャが微妙な顔でこちらを見つめる。

ワイバーンのおかげで移動時間を短縮できたことはちゃんと理解しているらしい。

 

ワイバーンを不時着させ、召喚スキルで元に戻す。

召喚スキルのモンスターはそれぞれにちゃんと住処があるから帰してやらなきゃな。

どのモンスターが呼ばれるかはランダムだが、好感度や平伏度が高ければ高いほど、同じモンスターが来やすい。

尚、自分で好感度が高いとか低いとか、呼べるモンスターを指定できるので楽チン。

 

「さ、これから検問があるのですが」

「はい」

「セーリャは俺と自分の分、通行許可証を持っているかな?」

 

人の集まる王都に無料で入れると思ったら大間違いだバカめ。

ま、それはそれとして門を通るには通常許可証が必要なのだ。

 

「いえ、持っていません……」

「そうだな。なら買うしかないよな」

 

もちろん買える。紛失したり、ふらりとやってくる旅人も多いからな。

……さてお気づきだろうか。

 

「ぼきら、お金持ってる?」

「ぼきら持ってないです」

 

金がねぇのだ、文字通り一銭も。

肉やら木の実やらキノコやら、アイテムはたくさんあるけどね。

世の中、物々交換じゃ上手くいかんのですよ。

 

ちなみにチュートリアルでセーリャのご両親の宝箱からお金が出てくるはずだったんだけど、チュートリアル無視してダンジョン潜っちゃったからね、仕方ないね。

引き換えそうにも遥か上空、ワイバーン君は浮島の力で近くまで飛べない。ダンジョン、試練扱いだから初心者のダンジョンにワイバーンとかいたら詰みだもんな。

 

「……と、いうわけで」

「嫌な予感がしてならないのですが」

「不法侵入します」

「本気で言ってるんですか?本気で言ってるんですか??」

「あぁ。常に兵士が上を巡回していて大砲完備、別々の石を積んだ三段甲状二枚重ね、大型モンスターの突進も受け止められる壁を通り越して不法侵入するぞ」

「本気で言ってるんですか???」

「ええい再三に渡って正気を疑うでない小娘が!」

 

今こそアレを使うべきだろうがい。

どっちにしろギルドに登録してカードみたいなのが貰えればそれが身分証明書になるし、王都に入ったら通行証は用済みだ。

 

「はい、まずは壁に張り付きましょう」

「か、壁に」

 

大の字になるように壁に張り付くセーリャ。

これは岩に埋まって安置からアルラウネを攻撃したときの応用だ。

 

「今から攻撃するから、お前は前に進むことだけを考えろ。下手な思考が入ると壁に埋まって死におるぞ」

「き、危険なんですか!?」

「これ以外に通り方法はない!以上!」

「ひっ!」

 

きゅっと体を硬らせるセーリャの背中に、肩たたき程度の連撃を繰り出す。

押しては引いて、押しては引いて。それを加速させる。

 

「オラオラオラオラオラ!!!!」

「きゃぁっ!?」

 

セーリャの姿が消えた。あとはあいつ次第だ。

もちろん壁の向こうからこっち側に声は届かない。クッソ高いしね。

 

それじゃあ俺も行きますか。

まずは攻撃を受けるのが条件のこのバグ。実は抜け道がある。

セーリャとは違い、壁に背を向ける。

そしてそのまま……勢いよく後ろにジャンプした。

 

「ヤヤヤヤヤヤヤッフヤッフヤッフゥヤッフ」

 

俗に言う、ケツワープってやつだ。

衝突ダメージでも無敵時間と起き上がり時間は稼げるらしい。

そのかわりダメージ調節ができないけど!HPが減るわ減るわ!

 

だが後ろに行くという意思だけは持ち続ける。

……と、ぐわりと世界が歪んだ。

真っ暗な空間の中、一歩くらい前に先ほどまで立っていた道が見え、下を覗くと洞窟や発光する鉱石が見えた。

そして、瞬きの瞬間。

 

「げふぅ!!」

 

ケツワープ、成功。

背中を地面に叩きつけたものの、ことなきを得た。

 

「だ、大丈夫なんですか!?」

「セーリャ」

「はい」

「パンツ見えてる」

 

殴打。

 

「殴りますよ?」

「事後なんだが」

「殴りました」

「殴りedだ……」

 

おうおう。最初の頃の恥じらいもなくなっちゃってまぁ。

天空族のお姫様がそんなんでいいのかね全く。

 

とにかく、王都に侵入ができたんだからヨシ!

門番の目を掻い潜るように路地裏に周り、ちょっと寄り道して遠回りしつつ大通りに出る。

 

「なんだかここに来たことがあるような手際の良さですね」

「よく周りを見てるだけですねぇ」

 

嘘は言ってないでおま。

……服装よし、腕輪よし、指輪よし、荷物よし。

典型的な旅人な感じだ。怪しまれることはないだろう。

兵士の全員が全員、通した人の顔を覚えてるわけでもなければ、このゲームの世界観では写真機は高価なものだ。

 

「普通に繁華街に来てしまいましたが……本当に観光なんですか?」

「ん?なにかあると思ってたんか?」

「いえ、夕方辺りまでに宿を取らないと予約がいっぱいになってしまうのではと……」

 

片手にバニラアイスみたいな氷菓を持ち、セーリャが首を傾げる。

……露天の店主からただでもらった奴だ。

まぁ待ちたまえ少女。ちゃんと行きたい所の目星はついてるし、宿屋だって……若干運任せだが、考えてるから。

 

「気になるのも仕方ないけど、空島で生きてきたんだから別に野宿でもよくねぇ?」

「……ぐ。それを出されると……」

 

ここに来る時も野宿したじゃん……あっ、なに目ェ逸らしてんだよこっち向けお嬢様。

客の呼び込みや談笑雑談などで忙しそうに回る繁華街を見渡し、脳内地図を写す。

徹夜、三人称視点で見ていたマップは一人称視点になるとかなり見づらく感じる。

 

というか正直脳内地図なんて飾りだ。全ッ然わかんない。

正直に言って周りの看板とかで判断してるもの。

しかし、ドットだらけでまったく美しく見えなかったのに綺麗になったなぁ。

これが異世界ってやつでっかぁ。

 

「とりあえず行きたいところは決まってるんだ。ちょっと行けるか不安ではあるけどな」

「はぁ……そうですか」

「気の抜ける返事だな」

「気も抜けます。あのブツリホウソクを無視する技が私にも使えるなんて」

「使うのか」

「使いません。ぐにょぐにょで、チカチカで、気分が悪くなっちゃいます」

 

初めてのバグ技が壁抜けは確かにトラウマかもな。

死ぬかもとも言われているし、この様子なら一人でバグ技を使うこともなさそうだ。

 

「お、あれだあれ、見えてきたぞ」

「あれは……教会ですか?」

「聖堂っつーか……まぁ教会だな。あそこに用がある」

「……?」

 

教会の門をくぐると、庭で遊んでいた子供たちが一斉にこちらをむく。

獲物を見つけた獣の目だ。セーリャの背中を押す。

 

「え、え?」

 

わっと囲まれた。

 

「おねーさんどこからきたの?」「だれー?」

「武器だー!」「旅人ぉ?」「あそんでー!」

「ちょ、ちょっと待ってください、いっぺんに……て、テロさん、助けを……」

「シスターに用があるからその間邪魔が入らないように頼む。それじゃ」

「裏切り者ー!」

 

満ち満ちている子供の膂力に完全に敗北しているセーリャは好奇心旺盛な少年少女になす術もなく連れ去られていく。

そりゃそうだ、対した特徴もない男より、綺麗で武器を持った旅人然とした女性の方が人気があるだろう。

よし。

扉を開けると祈りを捧げる礼拝堂の中のキャンドルを二十代前半のシスターが取り替えていた。

 

「ごめんください」

「……?あっ、はい、どちら様で?」

「これから冒険者……もとい、旅人になろうとしているんです。今表で子供達と遊んでいる女の子と一緒に」

「はいはい、なるほど……その子にはお礼をしなければなりませんね。……して、それで?」

「あの、差し出がましいようでしたら、一泊だけ倉庫か屋根裏を……」

 

あぁ、とシスターは微笑む。

 

「でしたら一泊と言わず、旅人として準備が整うまでこの教会をお使いください。食事も用意できますよ?」

「ありがとうございます!」

 

やった、宿の確保完了。

今日中に勇者に立候補していれば確かに一週間分宿が無料になる。

しかし、それでは得られないメリットがこの教会にはたんとあるのだ。

その一つがこのNPC、シスター。

 

「でしたら、今日の夕飯は買い足さねばなりません。夕食が豪華になりますね、ふふ」

 

この教会出身の彼女はめちゃくちゃに清楚なのだ。

どうして教会なんかやっているんだと問いたいくらいに清楚で顔もよく、そして料理がうまい。癒し枠なのだ。

 

「……あっ、一つ忘れてしまっていました。その、実は空いている部屋が一つしか無いのです。ですので、その……」

 

あぁ、そうだ、それも目的の一つだった。

確か今の時期は女の子が俺たちと同じくご厄介になってるんだった、

 

「大丈夫だと思います。口ぶりからして女の子でしょう?聴いてみます」

「助かります。それでは私は、ご飯の買い足しに行ってきますね」

 

シスターが出て行ったから12時……ちゃうわ、買い足しはイレギュラーだから時間の把握ができん。

とりあえずだれもいなくなった礼拝堂から出て、セーリャに手を振った。

ぜえぜえと子供の相手になっているセーリャは背中に女の子を背負ったままこちらへやってくる。

 

「あの、なんでしょう?」

「シスターに……さっき出て行った人ね。その人に聴いてみたら、準備が整うまでここに住まわせてくれるって」

「ほんとですか!」

「ねーちゃんここに住むの!?」

「ふぐぅ!!」

 

おっともう一人セーリャに組みついた。

可憐な少女には子供といえど人二人は辛かろうて。少年を引き剥がし、地面に下ろしてやる。

 

「よくわかんない男も一緒についてくるけどな」

「えー」

「えーじゃねぇだろ」

 

笑われた。

まぁ拒否されてないならよかったかな。

たしかこの子たちからのクエストみたいなのもあったはずだ。お金がない序盤はアイテムが貰えたりするクエストがあるのがありがたい。しょぼくれた薬草だって立派な回復アイテムだ。

 

「それじゃあ、俺たちと戦ってよ!」

「戦う?」

「チャンバラ!」

 

木の枝を渡してきた。

なるほど、この教会に入る試験ってことね?

わかったわかった、やってやらあよ。

 

「俺の名前はリック!一応、この教会で一番強いんだぞ!」

「俺の名前はテロ!いずれこの世界で一番強くなる予定の男!」

 

ガキ大将ってわけじゃない。周りの盛り上がりからするにこの教会に入る者に行われる洗礼───恒例行事なんだろう。

 

「なかなかに強いです!テロさん、頑張って!」

「お前は既に戦ったのか……連戦状態でここまで元気とは、子供はすごい!」

「制限時間はシスターが帰ってくるまで!怒られちゃうからな!それまでに相手により多くのダメージを与えた者が勝利となります!」

「実況は俺……ごほん、わたくしカイン!」

「解説はクーちゃんことクーリンゲルでお送りします!」

 

うっわぁ、どたどたと簡易決闘場が作られていく……改めて言うけど子供すごい。

もはや観客───セーリャも含む───のボルテージはマックス、その火蓋が───。

 

「それではリックvs新入、テロ!レディー?」

「「「「ふぁいっ!!」」」」

 

切って落とされた。



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やがて彼は英雄になることをまだ誰も知らない

ぶんっ。

空を裂いた一撃が俺の目の前を通る。

背中を逸らしてまでして避けたそれは手首を反転させるだけで次の攻撃準備を終え、再度こちらへ向かってきた。

 

「ぐっ」

 

かろうじて己の枝を滑り込ませ、顔面、致命傷だけは避ける。

木の枝なのにこの重さ。子供とてモンスターの跋扈する異世界の人間、甘く見てはいけない。

繰り出される連撃を避けつつ、攻守交代のチャンスを狙う。

 

力が足りない。スキルポイントの3を全て「剣撃スキル」に注ぎ込み、なんとかついていけるレベルに持っていく。

あぁ、スキルポイントが……先に上げておけばよかった剣撃スキル……。

 

新しくスキルツリーを入手するにはクエスト、そしてスキルツリーの【覚醒】には特定の場所へ行く必要があるから、現段階での戦力の強化は見込めない。

召喚は物量戦になるからダメ。魔法はやりすぎたら殺傷能力を持つ。少年相手にラッキースケベなんてどこに需要がある?

ならば、この戦いは剣術による単純な技量戦。

 

「おりゃ!」

「すきあり!」

「わっ!?」

 

足払いでバランスを崩させ、大きく踏み込んで剣を振るう。

バランスを崩しつつも振り下ろされる枝を自らの枝でガードした少年は、鍔迫り合いの内に体制を直して枝を振り上げた。

俺の腕が弾かれ、大きく隙ができてしまう。

 

「そこぉ!」

「ッ!」

 

ここは、崩されたバランスに身を任せて……!

 

「「「「なっ!?」」」」

「倒れた!?」

 

地面を背中につけ、俺がバランスを崩しつつも立っている前提の突きを交わす。

俺の上で、少年の枝が通過した。

少年の手首を掴んで自分の上を通過させる。

 

「うわっ、わわわっ!?」

 

そのまま起き上がり、あたふたしている少年に攻撃を繰り出す。

少年の剣は剛の剣。圧倒的な膂力で、相手の剣を打ち砕く。

ならば、こちらは柔の剣。相手の力を利用し、包み込むトリッキーかつストレートな剣。

 

「ッんぬ!!」

「わっとと」

 

飛び蹴りをしてきやがった。

本格的に技量戦になってきたな。

ちくしょう、俺弱すぎるだろ、こんな子供と拮抗してるなんて。

所詮、ゲーマーはゲーマーか……!スキルがMAXでも、本人に実戦経験がなければ赤ん坊と同じ!

 

けどさぁ……。

 

「テロさん……!」

 

あいつが通った試験を、俺が落ちるわけにはいかないよな!!

グッと大地を踏みしめ、次の攻撃に備える。

急に止まった俺を好機と思ったのか、少年が真正面から突っ込んできた。

 

「うおおおお!」

「…………!!」

 

タイミングを揃える。

ゲームではできた。いけるはずだ。

 

……。

 

…………。

 

今!

 

「疾ッッッ!!!!」

 

枝が、脇腹に食い込んだ。

 

少年の、脇腹に。

 

「ふぶうっ!!」

「あっやっちまった!!つい全力で!!」

「へ、へへっ……合、格……あふん」

「り、リックー!!!!」

 

リックが眠ってしまった。

カウンタースラッシュを再現するのに夢中になりすぎて相手が少年であることを脳内から除外してしまっていた!

 

「バカなんですか!?殴ります!!」

「現在進行形!!」

 

殴りing。

殴られた勢いで宙を舞いつつ、そんなことを考えた。

 

「子供相手になんであんな威力のものを!?」

「ご、ごめんて、ついうっかりしてて……」

「そのうっかりで命を落としてしまったらどうするんですか!!」

「ぐ……」

「起きたら謝ってくださいね」

「……はい……」

 

セーリャは鬼嫁なんだな……。

 

「あ゛!?」

「いえ、何もぉ!」

 

確かに、あの一撃が命を奪うことになるかもしれなかったことは確かだ。

反省しなければ。次は絶対、失敗しない。

 

 

 

 

コトコトの煮えるシチューの匂いに釣られてか、リックが目を覚ます。

リックには勝ったし、教会のみんなもリックに勝った実力者ってことで歓迎してもらえた。

でも、当のリックは気絶させられたわけだし、合格とは口にしたけど思うところもあるんじゃないか。

 

「んお?お前は……」

「改めて。新しくこの教会のお世話になるテロだ」

「テロ。……なぁテロ、今日の晩飯はなんだ?この匂いは……」

「シチューらしい」

「やった。シスターのシチューは絶品なんだぜ!」

「それは、楽しみだ」

 

しばしの間。

 

「……どうかしたか?」

「いや、今日の試合でさ」

「あ?……あぁ、俺がぶっ飛ばされたやつか?それを気にしてんのか?」

「まぁ、ね」

「ははははは!!」

 

急に笑われて目を丸くする。

リックは肩をぶんぶんと回して見せた。

 

「テロは俺よりでっかくて強いのに小さい男なんだな!これくらい大丈夫だぞ!!傷もできてないし、シスターにも怒られないな!」

「…………」

「なんだよう、真面目な顔して……。俺、なんか怒らせたか?」

「ううん。ただその、謝りたくて」

「大人ってのは、そうしないと気が済まないんだなー。……ん、わかった!存分に謝ってくれ!それで全部無しだ!」

 

どっちかって言うと、リックの方が大人な気がするなぁ……。

すげえわ、こいつ。将来有望だ。

 

「ごめん」

「よし!じゃあシチュー食いに行こうぜ!!」

「うん」

 

ベッドから飛び降り部屋を飛び出すリック。

それを追って俺も部屋を出ようとすると、影からセーリャが出てきた。

 

「‥…‥…」

「あっ……え、なに、聴いてたの?」

「座ってください」

「セーリャさん?」

「座ってください」

 

言われるがままに座ると、セーリャは俺の頭を包むように抱きつき、頭の天辺を撫でてきた。

 

「ちゃんと謝れて、えらい、えらい、ですよ」

「……あのさ、セーリャ?子供じゃないんだから恥ずかしいんだけども」

「プライドや誇りに過失せずに人に謝れるのはいいことです。大人は、荒れてしまっていますから」

 

やさしく言い聞かせるように、甘やかすセーリャ。

くそう。久しぶりに褒められた気がするからちょっと嬉しい。

 

「ママ……」

「ママじゃないです、妻です」

「いやこれは母だろう……お前いい母親になるよ」

「……っ。ごほん。それはそれとして、えらいですよ」

 

ちょっと顔を赤くしている。なぜ?

 

「……ま、そりゃどうも……」

「テロさんは陽気に見えて、どこかで何かを抱えているような気がします。隠さなくていいんですよ」

「……それは……」

「今聞きたいとは言ってません。テロさんの言いたくなったときに、言ってくださいね」

 

セーリャが離れる。

……クセになりそうだぞこれ?セーリャの母性すごいぞこれ!!

 

「さ、いきましょうか。シスターのシチュー、味見したんですがすごくおいしいですよ」

「そんなにか」

「そんなにです、ほら早く」

 

少し、人間として成長したように思う。そんな日。



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夜道

ダイニングルームに行くと、すでにちびっ子たちが待機してらっしゃるではないか。

 

「さ、シチューができましたよ。いただきましょう」

「あーい!」

「スプーンどこ???」

「いてぇ!口の裏噛んじった!」

 

シスターが許可を出した瞬間に子供たちがシチューにがっつく。

……ゲームのころは軽快な音楽とともに日にちが変わって、食事シーンなんて一度もなかったからこういう光景は新鮮だ。

空いている席二つのうち一つに座ると、隣にセーリャも座ってきた。

シスターが空いた皿にシチューをよそってくれる。

 

「あ、すみません」

「シスターさん。いただきますね」

「どうぞ。おかわりは自分で取ってくださいね」

 

なんて清楚なんだこの人……。

手元にあったスプーンでシチューをすくい、口に運ぶ。

ミルクの風味が口いっぱいに広がり、程よい温度が身体中に広がる。

具のこれは……鶏肉か?これも、ほろほろと口の中で解けるようだ。

つまり。

 

「「おいしい……!」」

「あら、そうですか?嬉しいです」

「本当においしいです」

「ですよねテロさん!じゃがいもも中までちゃんと熱してあって、ほくほくで……!」

「ただのクリームシチューじゃないよな!!」

「ふふ、照れてしまいます。……実は、安物ですが隠し味に白ワインを入れてあるんです」

「「それか〜!!」

 

気づけば、机を囲んでいる子供たちのように料理にがっついていた。

そういえば、俺とセーリャは昼ごはんを食べていなかった。

空きっ腹に濃厚な旨味が染み渡る。

パンとシチューを詰めた胃は極上の幸福感を発している、

 

5、6分後には全員、

 

「「「「ご馳走様でした!」」」」

 

鍋を空にしてしまった。

あ、いや別にシスターもちゃんと食べてたから。俺らが食っちゃってシスターの分忘れてたとかそんなかわいそうなオチないから。

 

「お風呂入ってますがお二人はどうされますか?」

「兄ちゃん一緒に入ろうよ!!」

「……って言ってるのでそうします」

「あら……すみません。面倒をおかけします」

 

この教会の人間、本当に人が良すぎる。

このゲームが流行ってた時代でも、シスターが恋しくて最初の街から旅立てなかった人や、ストーリーを進めずに協会を守ってた人もいたらしい。

画質が悪く、ボイスなんて入るわけがないゲーム時代でもここまでファンが多いのだから、その世界に入り込んだ今、シスターがこの世界で一番の聖人であることはもはや決定事項だ。

 

……実際、この教会に真っ先に来た理由は、効率を考えたというのもあるが、3、4割型シスターがどうなっているのか一眼見たかったというのもある。

 

「それでは、こちらが部屋の鍵となります。セーリャさんは……」

「あぁ、言うの忘れてた。セーリャ、俺たちの他にもここで部屋を借りてる人がいて、相部屋になりそうなんだけど……」

「なるほど、構いませんよ。じゃあ、夜はテロさんがベッドを使ってくださいね」

「……?や、俺の部屋は俺一人だけしか使えないけど……?」

「え……?相部屋ではないんですか?」

 

……?なにか情報の齟齬が発生している気がする。

相部屋?ベッドは俺?

……もしかして。

 

「セーリャさんは俺と同じ部屋で寝ると思ってらっしゃる……?」

「……え?」

「いや、その、女の子が部屋を借りてるから、女の子同士で部屋に……って……身の危険があるから……」

 

しばらく虚空を見つめていたセーリャだが、やがてようやく合点がいったのか、

 

「……!〜〜〜〜!!」

 

と顔を赤くし、

 

「ああああああああああッ!!!!」

殴りing(現在進行形)ッ!!!!」

 

俺に殴りかかってきた。

痛む頬を押さえながら話を流す。ちゃんと理解してくれたようで、セーリャはその女の子と相部屋となった。

ちなみに、まだ外出中らしく、女の子にはシスターがちゃんと事情を説明してくれるとのこと。

というわけで、俺はちびっ子たちと風呂に入る前にやることをなすために教会から出てきました。

 

やることとは何かって?

ははぁ。お忘れですな?

 

「いらっしゃいませ……」

「ちょっと買い取りをお願いしたいんですが」

「はぁ……わかった。何を売るつもりだい」

 

夜ということもあってか雑貨屋の店員がため息をつく。ほんなら夜営業しなさんな。

アイテムボックスから自然のポンチョとバブルゼリー1個を出す。

……もちろん、虚空から取り出したことを悟られないように。

 

アルラウネのドロップ品である木材は、クエストで必要なために取っておく。今売りに出しちゃうと、あとでまた売値の倍の値段で買わなければいけなくなるからだ。

 

「……モンスターのドロップアイテムってとこか」

「偶然倒して、はい」

「自然のポンチョは確かアルラウネのレアドロップだった気がするが……アンタ、ダンジョンでも潜ったのか?」

「ちょっとね」

「ふうん。さして強そうでもないが……運が良かったんだな」

 

呪われたバイオリニストみたいな感じで痩せてるのに、結構口が達者なんだよなこの人。

 

「その運に免じて……そうだな、これくらいだ」

「どうも」

 

その呪わリストさんがくれた袋には、うん……まぁ、まぁまぁまぁ。こんなもんかってお金が入ってる。

微妙に足りるかなぁ……って時間時間。時間優先で行こう。

 

「あいどうも!」

「ありゃした……」

 

夜の道をひた走り、次は……そう、ここだよここ。

……相変わらず入るのに勇気いるなぁ………。

 

「いらっしゃいま……え?男?」

「男ですが……」

「は、はぁ……」

 

ランジェリーショップ。

主に女物の下着を扱うこの店は、ゲームでも始めて入るときドキドキしたものだ。

まぁドットだから結構残念だった……が、ここはゲームの世界。もちろんグラフィックとかそういう次元ではなく、そこにあるのはたしかな現実(リアル)

 

「ど、どのようなご用件で……?」

 

セーリャの下着を買いに来たわけだが……やはりセーリャがいないと厳しかったか?

そもそもゲームでは下着とか買う必要がなかったっていうか、ここで買えるアイテムはプレイヤーの想像を掻き立てるだけの貧弱アイテムしかなかったというか、でもこの世界に来た以上必要なものだし……。

なんとかごまかせたらいいんだけど。

 

「実はその……孤児を拾いまして」

「まぁ」

 

間違ってない。

 

「その子、一丁らしか持ってないらしくて、風呂に入ったあとに不便だろうと……」

「そうなんですか」

 

嘘ではない。

 

「えーと、これくらいの大きさの女の子で、パジャマなども見繕ってくれると嬉しいんですが……」

「……わかりました。しかし、胸部の下着は微調整が必要な部分がありますので、後日またお越しいただけると幸いです」

「……すみません」

「えーとでは……これとこれと……あとパジャマ……?これと……はい。袋に入れておきますね」

「ありがとうございます」

「値段はこちらになります」

 

なっ!?

女物の衣服ってこんなに高いのか!?

アルラウネのレアドロップってとこが効いたのか、金額はギリギリ足りた。

紙袋に詰まった女物の衣服をひっさげて店をでる。

教会に向かう途中、乾燥の魔法のスクロール───使い捨ての魔法が使える巻物───を、それこそ財布に氷河期を訪れさせつつも購入し、今度こそちゃんと帰路に着く。

俺の服は……まぁ、洗ってすぐ乾燥させればいい。余裕が出たら買う予定だが……。

あぁ、なんと生々しい生活感あふれる世界。本来ならこの金で武器を買い、クエストで金を稼いでいたはずなのに。

……まぁ、セーリャはすでに杖槍(じょうそう)を……杖と槍を合わせたレア武器を持っているのだから、別に戦えないわけじゃないけど。

 

あと、勇者候補になると宣言しなければ……。

国が覇王を倒す勇者……候補をこぞって探しているために、雇われた試験官の傭兵と戦って、勝っても負けても、ある程度の強ささえ顕示できれば勇者候補として支援が受けられる。

宿は教会があるからいいとして、食べ物や装備の初期支援はありがたい。ぜひ支援を受けたい。

つまるところ、次の目標は勇者候補として志願すること。

それと、試験通過後、手早くギルドに登録してクエストを受けられるようになること。

 

はぁ、やることがいっぱいだ。

でも、そのやることのどれもが、やったら得になることばかりだからさぼれもしない。

コントローラーのときはダッシュすれば結構早くクリアできたんだけど……いざゲームの世界にってなったら意外と重労働だ。

……と、そんな考え事をしていたのが悪かったのだろうか。

 

どん、と、軽くぶつかってしまった。

 

「っ……」

「す、すみません、ぼーっとしてました」

「あ、え、えぇ、こちらも少し考え事……を……?」

 

赤い髪の毛をツインテールにし、右目に眼帯をしている女の子。

その視線が、やたらと俺の足元に注がれている。

気づけば、手に持っていた袋がない。

つまり、俺の足元には……。

 

「へ、変態……」

「違うッ!誤解が生じている!壮大な誤解が!!」

「こんな真夜中に女性用下着を買う男に誤解があるの!?」

「ですよね!!自分でも結構怪しいなって思ってた!!」

「きっ、今日のところは見逃してあげるわ。でも、次にあったら通報するわよ」

「……重々……存じております……」

「……わかったわ。ほら、わかったら早く行きなさい」

「すみませーん……」

 

中身をかき集め、袋を抱えて走り去る。

……しかし、赤髪に眼帯?明らかにモブキャラじゃないし、ストーリーに関係するようなキャラクターで、そんな特徴の子はいただろうか。

 

「ところで、どこに行くの?」

「えっ。あっちに」

「……そう。どうやら私の知っている方角のようだけれど……あなたがご近所さんなのかしら」

「……そういうことになるんじゃないですかね」

「間違っても私の下着は「盗まねえよッッッ!!!!」……本当かしら」

「信用が大暴落」

 

ああ、思い出した。この子は───

 

「とりあえず、住所だけは聞いておくわ。あっちの、どの辺りに住んでいるのかしら」

「教会の空き部屋に、連れとご厄介になってます」

「えっ?」

 

この子は。

 

「その教会は、私もご厄介になっている教会だと思うのだけれど……」

 

物語中盤で強制的に仲間になるが、うまくいけば序盤で仲間にできる、魔法使いの……アリスじゃないか。



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お世話になり申し候

「……厄介ね。変態が同じところに泊まっているだなんて」

「いや変態じゃないから!!この服だって仲間の物で……」

「はぁ。何でも良いけど、少し運命を恨むわね……」

 

え、そんなに?

そんなに俺のこと嫌いになった?めっちゃショック。

アリスは序盤中盤においてかなりのメインアタッカーになるから、制作系などでうろちょろしていても必要不可欠な存在だ。

教会で会うのがいつもの定番だったから、警戒もされていなかったんだけど……冗談かって思うほどに警戒されているぞこれは。

 

「その、とりあえず、信じてもらうために教会に行きたいと思うんだけども」

「警察にご厄介になろうとは?」

「教会の子供たちと仲良くなっちゃったから、一緒にお風呂入らないといけないんすよね」

「……はぁ。分かったわ。納得はしておいてあげる」

 

まったく……俺が女装癖のある一般男性だったらどうするつもりだ。

趣味は人それぞれだろうが。いやそんな事ないけども。

 

「……名前は?」

「ん?俺の?」

「あなた以外に聞く名前があるかしら?」

「……テロ。俺の名前はテロだ。お前は?」

 

知ってるけど。

 

「アリス。旅人の、アリスよ」

「良い名前だな」

「そう、かしら」

 

どうにか会話を繋げなければ。

アリスは初期の頃は生活に関する魔法程度しか使えないが、実際のところ、割り振れるスキルポイントの幅が多い。

たとえば俺は今スキルを4つ解放できる。剣、魔法、召喚、ラッキースケベ。中盤で訪れるはずの神殿でスキルを合成して【スキルツリー】を開放して、ようやく自由な幅ができるか否かと言うくらいだ。

だが、アリスは現段階でも、俺よりスキルが多い。俗に言う育成キャラ……という奴だが、全スキルに1でも振れば、その時点で万能な魔法使いになりうる。

 

なによりも。

 

 

強さ

テロ

セーリャ◀︎

 

 

強さ:セーリャ 残りスキルポイント8

槍術2

魔法3

絆0

???0

 

 

そう。セーリャのスキルにもある【絆】というスキル。

アリスも持っているスキルで、これは絆スキルを持っている同士が連携すると、強力な力を解放して大ダメージを与えることができるというスキルだ。

これが強い。初めて知ったときは、なんで知らなかったんだって思うくらい強い。

セーリャの回復は瀕死状態から全回復し、アリスの魔法攻撃はアルラウネ三匹を一撃で粉砕した。

もちろん、序盤で。

アリスの存在は、この世界を攻略するのに必要不可欠。

 

だから、こんなに警戒されているとこの先仲間にできるか不安だなぁ……。

とか思いつつ、必死に頭を回転させる。

 

「ええと、アリスさんは……」

「さん呼びは結構よ。敬語だっていらないわ」

「あ、そう……。あ、え、アリスは。アリスは、こんな夜中になにをしてたんだ?」

「…………」

「あぁ、なにか言いづらいなら別に言わなくても良いからな」

 

アリスはこう見えて、両親がいない。

覇王の軍勢に殺されてしまった大魔法使いと、それを支え続けた薬剤師。それがアリスの父親で、母親だ。

アリスの物語はそれほど明らかにされていない。

そこまで考える余裕が無かったのか、それとも、なにがしかの本や続編を出して、真相を明らかにするつもりだったのか。

どっちにせよ、アリスや他のキャラの情報は明らかになっていない。

じいちゃんが保管していた当時の記録も攻略のために調べてみたが、プレイヤー間でかなりの考察が行われていたようだ。

 

『アリスの最強と言われている装備にはそれぞれモチーフが別の神話だから、隠しクエストで神、それに仕える天空族との関わりがあるのではないか?』

『プレイヤーが「これが最強だ!」って言っただけのつぎはぎ装備だから、それは関係ないかと思われ』

『魔道士の家でアリスのお母さんの名前だけはギリギリわかったんだけどなぁ』

 

ふむ……やはりここでアリスを勧誘するとかいうはじめての試みはやめておいた方が良いだろうか。

本来は次の街で会う予定のやつだ。俺はワイバーン運送があったからかなり早めに着いたからアリスと出会えただけで、正規の方法で街を目指すと、ついた頃にはアリスはすでにここを発っている。

 

「魔物を倒していたわ」

「まもの」

「えぇ。皮肉なことにお金がないのよ。明日の身も知れないくらいに」

「そうか。同じ境遇だな。……俺のところは、主にこの買い物でほとんど失ったけど」

「……本当に、仲間の物なのね」

「だからそう言ってんだろ。夜道を女の子に歩かせるわけにも行かないし、本人も気付いてないからな。ちょっとしたサプライズってやつだ」

 

アリスは歩みを止めず、空を見上げる。

 

「どうした」

「いえ、この先どうしようかと」

「この先?」

「……初対面のあなたに言うには、少し怖いわね」

「そうか。ま、しばらくは同じところでご厄介になるんだ。俺の仲間は聞き上手だし、仲良くなったら相談でもすればいいんじゃないか」

 

アリスがこちらを見つめる。

その目には、どんな感情が含まれているのか、想像もつかない。

そもそも、テロスター=サーガの主人公は「はい」と「いいえ」以外に喋らない。

俺が意思を相手に伝えるなんてこと自体知らないシナリオだし、いくら早くここに来たって、アリスと会うのは1日2日後のはずだ。

この時点で、俺の知らないシナリオに変わっている。

 

喋れるのは吉だが、一体どうなっているのか……。

 

「…………」

「アリス?どうした?」

「……う」

「アリス?」

 

目の前で、少女がバランスを崩した。

赤髪が、はらりと舞う。

冷たい地面。お世辞にも、寝転がるのに快適とは思えない、冷えたレンガの地面に。

アリスが、倒れた。

 

「……アリス?」

「…………」

「ちょっと待て。……アリス!!」

 

ここまできたら全く持って予想外だ!!

アリスに一体なにが起きてる!?

とにかく、ここであたふたしてもなにも変わらない。

気を失ったアリスを、背負い、俺は走り出した。



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知らない過去

「セーリャッ!!」

「っ、きゅ、急になんですか……って、その背中の子は?」

「わかんねぇ!急に倒れたんだ、回復頼めるか!!」

「あっ、はっ、はい!では、そこに横にしてください!」

 

セーリャが槍杖を部屋に取りに行っている間に、アリスとその荷物を降ろす。

息が荒い。額に汗が滲んでいるし、時折ぴくりと苦しむように眉間に皺が寄る。

 

 

強さ

テロ◀︎

セーリャ

 

 

強さ:テロ 残りスキルポイント0

剣撃3

魔法0

召喚MAX

ラッキースケベMAX

???0

 

 

っくそ!

こんなときに限ってスキルポイントがねぇ!

あったとしても、焦ってる状態でバグ技ができるとは限らないし……!

 

 

メニュー

アイテム◀︎ずかん

そうび 地図

話す 強さ

 

 

アイテム

薬草×3◀︎

リンゴ×10

肉×4

【調味料】×18

 

 

薬草を取り出してアリスの額に貼り付ける。

本当は水とかに浸けて湿ってるやつの方が多分効果が高いんだけど……!

 

「お待たせしました!」

 

セーリャがアリスに向かって回復魔法を掛け始める。

ただ、玄関先でやっていたので教会の全員がなんだなんだと部屋から顔を出した。

 

「お、おかえりなさいテロさ……アリスちゃん!?」

「ちょっと、そこで会って……そしたら急に倒れたんです。なにか心当たりは?」

「……!少し、待っていてください!」

 

シスターもぱたぱたと部屋の方に向かっていき、やがて一つの小瓶を持ってくる。

蓋を開けると、こどもが嫌がりそうなツンとした香りが漂ってきた。

これって……スタミナドリンク……。

スキルのクールタイムを縮めるためのものだ。

 

「アリスちゃんは時々それを飲んでいました……瓶の形が同じというだけなので、本当にそれを飲んでいたのかはわかりませんが……」

「いや……これと同じ形の他のドリンクはここらへんじゃなかなか買えません。多分、これです」

 

もしもこれを常飲の薬のように使っていたのなら、きっとこれを飲んでいなかったのが原因だ。

スタミナドリンクをアリスの口元で傾けると、苦味で顔を顰めながらもアリスは飲み込んでくれた。

汗がひき、眉の動きがなくなる。

なんとか……一息ついたか。

しかし、なぜスタミナドリンクを?

スタミナドリンクはどれだけ飲んでも構わなかったはずだから、なにか理由があって飲み続けないと倒れる身体になってしまったのだろう。

 

「……うう」

「テロさん!目が、覚めました!」

「お疲れ、セーリャ。休んでて」

 

アリスが上体だけ起こして頭を押さえる。

やがて意識がはっきりしてきたのか、その赤い髪を垂らして口を開いた。

 

「……もしかして私、襲われたのかしら?」

「今は冗談言ってる場合じゃないぞ。ここは教会だ」

「……そう。ありがとう……」

「安静にしてくださいね。回復魔法はかけましたが、また倒れるとも分かりませんので」

「口の中が苦い。アレを飲んだのなら、きっと大丈夫ね」

「そんなことよりも、スタミナドリンクを飲まないと倒れるっていう不思議な現象について教えてくれ。そんな体質なのか?」

「それは少し、言いたくない……う、そんな怖い顔で見ないでくれるかしら……話すわよ……」

 

 

 

 

私は旅人として家を出て、やがてこの街にたどり着いたの。

その頃は魔法も今よりも使えなかったし、アレを飲まなくても大丈夫だったのだけれど……。

 

「……洞窟の大蜘蛛?」

「そうなんだ!最近のところ若い娘が大蜘蛛に連れ去られて、呪いをかけられて帰ってくるんだ!ウチの娘もついこの間、帰ってきたと思ったら家で倒れて……!頼む旅人さん、あんたに戦える力があるなら。あの大蜘蛛をどうにかしてくれ!このままじゃ、娘がおっちんじまう!」

 

増長していたのかしら、あの頃の私は。

一人で洞窟に乗り込んで、大蜘蛛の手下を駆逐しつつ進んでいたわ。

そうして、蜘蛛糸で体を縛られて転がされている女の子たちを見つけたのだけど。

 

「ウツクシイ……カワイイ……」

「ご登場、かしら?」

「キエエエエエエエエエッ!!!」

 

私は使える魔法全てを以って大蜘蛛と戦ったわ。

でも、あの大蜘蛛の外皮は硬い。全力で魔法を放ったのに、できたのは脚を一本吹き飛ばすことだけ。

結果、逃がすことができたのはたった三人だけ。彼女たちが呪いをかけられているかはわからないし、洞窟の中にはまだ呪いをかけられていない子もいたはず。

……それで、私は大蜘蛛に呪いをかけられて、見逃されて無様にも帰ってきたの。

 

それからは悲惨だったわ。

今までたくさん使えていた魔法が、一度放つだけで全身が悲鳴をあげるの。

呪いはとても協力で、常に私の中から何かが抜け出る感覚があったわ。今もそう。

けれど、魔法を連発するためにアレを飲んだ時、急にその感覚が無くなったの。

どうしてかはわからないけれど、飲み続ければ呪いの進行を遅めることができる。

だから、いつかあの大蜘蛛を倒して、呪いを解くの。

……これが、ことの全てよ。

 

 

 

 

「セーリャ」

「はい」

「行くぞ」

「はい」

「い、いくってどこに……」

「決まってんだろ」「決まってます」

「「呪いを解くため」」

 

完璧に揃った俺たちの声を聞いて、アリスが顔を上げる。

その顔には焦りが浮かんでいた。

 

「そんなの悪いわ!あなたたちは関係ないのに、どうして……!」

「アリス……さんで、いいんですよね」

「え、えぇ」

「自己紹介が遅れてすみません。私はセーリャって名前です。少し、良いですか?」

「な、何かし、ら……?」

 

セーリャはアリスを抱きしめた。

アリスの頭を撫でながら、優しい声で、聖母のような笑みで。

 

「よく頑張りましたね。えらいですよ」

「っ……」

「あなたは私が護ります。もう、一人で頑張らなくていいんですよ」

「私は……ただ、許せなくて……」

「とっても偉いです。あとは、私たちに任せてください」

「……うう……」

 

アリスの涙は、今にも溢れそうだった。

だが、それをこらえて言葉を紡ぐ。

 

「私も連れて行って」

「……」

「わたしだけ、なかまはずれはいやよ」

「……しょうがねぇ。行くのは明日だ。準備を整えて、大蜘蛛を退治しに行く」

「はい」「えぇ」

「アリス。本当に、よく頑張ったな」

「……っ……ぐ、ひぐ……っ」

 

嗚咽が漏れ始め、セーリャの肩に顔を埋めたアリス。

シスターがアリスの背中に触れ、優しく声を投げかけた。

 

「アリスちゃん」

「…………ぁぃ」

 

 

 

「今晩は、アリスちゃんの好きなシチューですよ」



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夜と朝

「……起きてますか?」

「セーリャか」

 

ノブが回され、俺が買ったパジャマを身に纏ったセーリャが部屋に入ってきた。

 

「似合ってるじゃん」

「ありがとうございます。ごめんなさい、服が無いことに全く気づきませんでした」

「良いって。お金はしばらくここら辺で稼げば良いし、装備も整えていこう……それで、用件は?」

 

セーリャは、少し迷ったように視線を泳がせた後、

 

「少し、お話しませんか?」

 

そう、笑みを浮かべたのだった。

 

 

 

 

「ここなら誰も聞きませんよね」

 

春から夏へと変わりかけてはいるものの、夜は涼しい。

心地よいひんやりした空気を吸って、思いっきり吐いてみた。

 

「……まず、ごめんなさい。明日は戦いを控えているのに、連れ出してしまって」

「いいよ。俺も少し眠れなかったところなんだ。興奮冷めやらぬってかんじ」

「そうですか。……それじゃあ。少し、()()()を言っちゃいますね」

「……ん」

 

セーリャが手元に視線を落とす。

 

「えっと……天空族の呪いに巻き込んでごめんなさい。あの時、意地悪な言い方をしなければ、この指輪を受け取ることも、指に通すことも無かったはず。私の、島から出たいという身勝手な理由で、騙してしまってすみませんでした。ほんの少ししかまだ一緒にいないですけど、なんとなく。なんとなく、あなたが悪い人では無いっていうのがわかってきた気がします。まだ、言えないことや、隠しておきたいことはたくさんありますが……私は、あなたについて行きます。あなたへしてしまった事の罪滅ぼしのために。そして、天空族の悲願を達成するために」

 

……セーリャの行動は、たしかに俺がゲームをプレイして何度も見てきたものとは違った。

そこにどんな意味があったのかはわからない。だけど、進行が早すぎるとは思ったんだ。

この世界は謎だらけだ。平然と過ごしているが、気がついたらゲームの世界でした、なんてことが普通あるか?

それに、覇王を倒したところで向こうに帰れる保証はないし。何より、シナリオが変わっている。

 

大蜘蛛のボスなんて、俺は知らない。

 

ワイバーンで移動したことでかなりの時短だったから、本来ならアリスが単独で撃破しているであろうボスと戦うハメになった……のだと思っていたんだけど。

序盤に、その移動方法は死ぬほどやっていたのだ。

そして、どのセーブデータでも、俺は序盤の街でこのイベントに遭遇していない。

どれだけ短縮しても、ことが終わった後なのだ。

シナリオが変わっている。少なくとも、俺というプレイヤーがゲームよりも自由に動くことができるから。

 

「俺も、独り言言うわ」

「はい」

「俺は……」

 

異世界人。言って良いのだろうか。

 

「最初に言った通り、覇王を倒すつもりでいる。それは、この指輪をはめる前から決めてた事だ。セーリャは薄々感づいてはいると思うけど……俺は、未来を知っている。セーリャの名前や魔法の歴史を知っていたように、どの魔物にどの攻撃が最適で、どうすれば勝てるのか、知ってる。……つもりでいたけど」

「…………」

「大蜘蛛は、知らなかった」

 

セーリャが目を見開き、こちらを見上げる。

その目には、驚きが宿っていた。

俺が知っているのは、バグやフリーズで何度もやり直したところだけ。

終盤に行くにつれて、その知識は初見に近しいものとなる。

 

俺が知っているのは、あくまで「ゲーム側が指定したシナリオ」のみ。

もはや異世界といってもいいこの世界では、あまり意味を成さないだろう。

 

「同じような魔物は知ってるけど、アリスがやっていたことや、呪いをかける大蜘蛛が付近にいることなんて知らなかった。だから、この先……何が起こるかわからない。俺の知らない未来になっても、どうしようもない……けど、とにかくやるしかない。俺は早く覇王を倒して……」

 

 

 

「───故郷に、帰りたい」

 

 

 

「お手伝いしますよ」

「っ、今のは独り言だから」

「なんでも良いです。たとえ、空から落ちてきた素性の知れない人でも……私が、惚れた人ですから」

「でもそれは指輪の影響で……」

「多分、この指ごと指輪を切り落としても私はテロさんが好きですよ。第一印象は最悪でしたけど!アルラウネと戦ってるところを見て惚れちゃいました」

 

セーリャが指のラインをなぞりながら答える。

ぐろい。

 

「……ま、複雑だよな」

「……はい」

「明日は頑張ろう。相棒」

「……相棒、ですか」

 

突き合わせた拳を寂しそうに見つめるセーリャ。

こうなったのは俺の責任。俺が、物語をちゃんとした方向に進めなきゃ。

だから、今はまだ結論が出ない。

 

 

せめて、もう少し。

 

 

 

 

「聖水よし。薬草よし。スキルのクールタイムよし。勇気と覚悟。……よし」

「ふぅ……目にもの見せましょう」

 

早朝。

みんな見送られるとか恥ずかしいので早朝に起きた俺たちは、玄関先で荷物の確認をしていた。

洞窟まで距離はさほどないらしいから食料は詰めてない。主に戦闘アイテムの類だ。

 

「あ、危なくなったら逃げてよね。私のせいで貴方達まで呪いにかかったら嫌なんだから」

「セーリャはともかく、俺は男だから呪いはかけられないと思う。どんな種類かは知らないけど、呪いはある一定の条件を満たしたものにしかかからない。条件の範囲が狭ければ狭いほど呪いは協力になる。逆に、広ければ広いほど……ってな」

 

中盤、呪いを扱うモンスターの占領された街があった。

その前のボスは魔法を使うやつで、最もその相手に効く戦術が、セーリャ含め回復魔法を持った者でパーティを埋め、互いに回復をかけながら魔法使いの魔力が尽きるまでゾンビ戦法するというものだったのだが……。

 

呪いのボスは、「回復魔法」を呪いに指定していた。

ボスを倒してそのまま進んだら、もれなく全員呪いにかかるってわけだ。

つまり……少なくとも、「若い女性限定」の呪いだと考えられる。

急激に生気を奪われるほどの呪いともなれば範囲も狭いはず。

 

ということを二人に伝えてみれば、

 

「なんでそんなに物知りなんですか……」

「あなたさえいれば呪いに掛からなくてもよかったかもって思ってしまったわ」

 

と反応をいただいた。

まぁこの辺りはかなりマイナーな情報だ。俺も攻略本でやっと知った感じだし。

……とにかく。

 

「俺が前衛。セーリャは回復の準備で、合図に合わせて回復をしてくれればいい」

「はい」

「あ、あの、私は何をすればいいのかしら?」

「魔法を使うと消耗が激しいんだろ?だったら、後ろで応援でもしててくれ」

 

赤髪の女の子が後ろでチアガールしてるだけで男は通常の三倍のパワーを得るのだ。

あ、ぽんぽんがねぇ。あのよくわかんねぇ材質のわさーってなるやつ。

 

「応援……がんばれがんばれっ……こうかしら?」

「まさか本当にやるとは」

「!?」

「はい、はい!もう、締まりませんね!!早くいきますよ!日没までには、この街を救いましょう!」

 

ぽかぽかと肩を叩くアリスと、急かして俺の手を引くセーリャ。

今からボスの潜む洞窟へ行くとは思えないメンバーだが……。

ま、このゲーム何回やってるんだって話ですよ。性格には、ここらの攻略を、だけど。

 

街の門を出て丘を越え、森の中へと進みゆく。

蜘蛛の巣が多くなってきたな……やっぱり蜘蛛がボスだからか?

うーむ。見れば見るほど心当たりがない。完全新規のマップ、シナリオと思っていいかな、これは。

 

「雰囲気がそれっぽくなって来ましたね」

「この先に洞窟があるはずよ。私が攻めた時は子分の蜘蛛は散らし尽くしたのだけれど、時期が開いているから、もしかしたら元に戻ってるかも……」

「相手にとって不足なし。このナイフで全て刺し貫いてやる」

「え,ナイフ?」

 

無論俺が腕輪から取り出したのはナイフ。まともな剣なんか買えるわけないだろ。

 

「まぁ大丈夫だ。俺には剣術スキル3がある」

「頼りないわね」

「蜘蛛の糸も掴む気持ちでいろ」

「蜘蛛の糸……?」

「あれ、俺今日プレミ多くない?」

 

出直そうかしら。しくしく。

……じゃなくて。

 

「まぁ、多分大丈夫だ。セーリャも攻撃できないことはないし、俺には……まぁ、必殺技みたいのがある」

「……そう?その内容は教えてくれないの?」

「必殺技だからな」

「そう。わかったわ。蜘蛛の糸、も、掴む気持ちでいるわね」

 

ヤメテ……ミスを掘り返すのはヤメテ……。

とはいえ、何とかなると思う。所詮は序盤の街のボスよ。

技量でなんとかしよう。カバーはできる。慢心じゃない。自信だ。

 

「……あ、見えてきましたよ?」

「案外早かったな」

「洞窟の構造自体は複雑じゃないわ。数が多いだけね」

「だから、殲滅力のある魔法が輝いたというわけか」

 

子分の蜘蛛なら防御力もそこまでないだろうし。

 

「じゃ、行きますか」

「はい」「えぇ」

 

この世界では二度目のダンジョンに、足を踏み入れる。

洞窟タイプのダンジョン。名付けて「怒れる大蜘蛛の穴」といったところか。

しばらくは通路のようだ。縦に三人、先陣はもちろん俺。

 

「キシュ。キシュシャ」

「でた雑魚」

 

剣術スキルで投擲。蜘蛛の察知範囲の外から蜘蛛の背中にシュウーッ。

背後攻撃&先制攻撃で確定クリティカル頂きました。

ドロップなし。まぁこんなもんだろ。

 

「すごい手際ね」

「ほんと謎な人です……何も教えてくれないんですよ?」

「ひどいわね。付き合いは長いのよね」

「そこまで」

「じゃあ当たり前だと思うのだけれど」

 

いやここにきてセーリャの俺に対する評価が酷いな!?

俺に関することは結構教えたつもりだし付き合いも三日間くらいだしごめん付き合いはそこまでだったわ1日1日が濃密すぎて忘れてた。

と、んなこと言ってる間に次の雑魚!!こんどはこっちに気付いてる。クリティカルは狙えない。

 

「剣術スキル……【ため斬り】ッ!」

 

別に叫ばなくても使えるけどね。

吸い込まれたナイフは蜘蛛の体を粉砕。あっという間に粒子にした。

 

「剣術スキルのため斬りは下手したら普通の剣より強いから。なんなら俺の戦法はヒットアンドヒットだからスキルのクールタイムもため斬りを貯める時間も確保できるしな」

「ちゃんとアウェイしてください」

 

剣術スキルって便利よな。

なにかと使えるし、武器スキルにしてはナイフはもちろん片刃剣、両刃剣、どっちにも使えて幅が広い。

あとは素手スキルもあればかなりコンボを組めるんだけど、それはスキルツリーを解放してから。

 

その後も数々の子蜘蛛を倒し、アリスの案内もあって迷うこともなく。

かなり端折(はしょ)る結果になったが、ボス部屋手前までやってこれたのだった。

 

「んじゃいくか」

「待って待って待って」

 

む。

なによアリス。

 

「こ、こんなムードのない戦いがあるかしら……」

「ま、しょうがねぇ。俺とセーリャに常識は通用しねえよ」

「わ、私もですか!?」

「お前常識知らずじゃん」

「じょ……ッ」

 

ショックを受けてるセーリャをよそに、アリスの肩をとんと叩く。

頭はダメだ、セクハラになるから。

 

「まー大丈夫だ。無理なら逃げて新しい戦法や武器を得てから挑む。勝ったら御の字。それくらい気軽に行こうぜ」

「で、でも、私のせいで……」

「アリスのせいじゃない。ぜんぶ蜘蛛の野郎が悪いんだ。俺たちは正義のヒーローだぜ」

「私は何もできてない……」

「道案内、敵の装甲の硬さの調査、洞窟のマッピング。行ったのは誰だ?」

「…………」

「十分役に立ってるよ。アリスは強いんだから」

「…………」

「ほら行くぞセーリャ。常識はまた後で学べばいいだろうに」

 

私は常識知らず……と呟きながら膝を抱えているセーリャの首根っこを掴み、俺は足を踏み出した。

 

「大丈夫だって。街もお前も、救ってやるよ」

「…………ありが、とう……」

 

そうして、俺は蜘蛛の目の前に躍り出た。

 

「て、テロ!」

「ん?」

「が、がんばれ、がんばれ……っ」

「……ぷっ、ははは!!隙があったらお前も攻撃すんだよ!!がんばれはお互いにだ!!」

「……えぇ!!」

「キシャアアアアアア!!!!」

 

思わぬギフトを受け取り、ボス戦へと突入することになった。



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若さを求めた大蜘蛛の慟哭

真っ直ぐに飛来するは大蜘蛛の1番の得意とする蜘蛛糸攻撃。

あれに捕まったが最後、ぐるぐる巻きにされるか捕食を受けるかどちらかだろう。

 

「避けろっ!」

「はいっ!」

「っ……!」

 

三人で別方向に散開することでターゲットを決めさせる。

一番近かったセーリャに視線が向くが、セーリャも黙って攻撃を受けるわけがない。

指輪の能力で加算された身体能力で大きく飛び退き、こちらに視線を送った。

いい判断だ。既に俺はチャージを完了している!!

 

「ハァッ!!」

「ギシャア!?」

 

バキッという背中が割れる音が洞窟内に響く。

クリティカル! 確率をここで引き当てたっ!

 

「ギシャア!!!!」

「っとと」

 

振り返りの勢いを乗せた触肢をとっさに避け、再びチャージを始める。

蜘蛛の脚は複数本あるため、すぐさま次の攻撃がくる。さてはターゲットを俺に移したな!?

っ、右から! これは払うしかない! ダメージは与えられたけど、実質チャージが一回無駄になったか!!

ちっくしょう、バグ技を使う暇がねぇ!?

 

「セーリャ、背中を刺せ!」

「やってみます!」

 

どんどん壁際に追いやられていく俺だが、俺はチームで戦っているんだ。

様子を伺っていたセーリャに指示を飛ばし、どうにか打開できないか考えてみる。

召喚スキルはマップ移動時に使えるスキル、つまり戦闘時には使えない!!

 

「せぇい!!」

「シャアアアアアアッ!!!!」

 

っし、蜘蛛が怯んだ!!

すぐさま蜘蛛から離れて体勢を整える。

周囲を見渡し状況を確認!

 

「っきゃあ!!」

「下がって回復に専念しろ、セーリャ!」

「でも、そしたら戦う人がテロさんだけに……!」

 

大蜘蛛のすぐ近くにいたセーリャが攻撃を受ける。咄嗟に盾として差し出された腕が切り裂かれた瞬間にセーリャの【HP】が消費され、傷が塞がっていく。

セーリャはまだ呪いにかかっていない女性。かかったらどうなるのかわからないが、魔法を使えなくなるのは痛い。ここは下がらせた方がいいだろう。

 

つっても確かに、メインアタッカーとしては装備が心もとない。今の俺じゃ斥候程度が限界。

せめて、剣を買うか人を雇うかすればよかった!

あ、俺ら金がねえんだった! ダメじゃん!

 

「私が出るわ!」

「純後衛職じゃねえか!無理すんな!」

「大丈夫!ねぇ、その槍を貸して!」

「え、あ、はい」

 

セーリャが素手で自分の回復を始める。

杖槍を受け取ったアリスが俺の隣に立つ。

 

「くっそ、どうしてこうなった!!」

「盾くらいにはなれるわ」

「カワイイ……ニクイ……! アアアアアア!!」

「ほら。あちらも、私が目当てみたいよ?照れるわね」

「紙装甲が何言ってんだか! だったら俺が隙を作る! 隙ができたら突っ込め! 魔法は使うな、何があるか分からん!」

「わかったわ……!!」

 

今の会話のうちにチャージを済ませる。

本当はバグで一度の攻撃を重ねて沢山の斬撃にするやつをやろうと思ってたんだけど……作戦変更。

全力で走って大蜘蛛に近づいて振りかぶる!

俺一人で前足4本の触肢攻撃を防ぎ切るのは不可能! だったら、やれることは一つ!

 

「【ため斬り】(投)(かっこなげる)!!」

「ガッ……!?」

「メニューッ!!」

 

戦闘中にメニューを開く!

がんばれ俺、頭と体を別に働かせろ!

メニューを操作しつつ、投擲されたナイフに怯んだ大蜘蛛の懐に潜り込む。

くるりと回転して背中を陣取ると、メインで使っていた二つの触肢を持ち上げた!!

 

 

 

メニュー

アイテム ずかん

そうび 地図

話す◀︎強さ

 

 

 

『今は 話しかけられない!』

 

それで、良いんだ!!

俺も全身がぶれ、会話メニューがそのまま残る。

 

『今は 話しかけられない!』

 

いつまでの脳内に機会音声が響くが、これで、イベント判定と同じになる!

 

「ギシャア!シャア!」

「あっばっれるなぁ!アリス!行け!」

「えっ、あっ!?」

「早く!」

 

俺の体に残りの触肢が突き刺さる。

だが、今の俺はバグで会話モード! アリスに、決定的な指示は出していない!

そんな俺に、当たり判定なんてあるわけねえだろ!!

 

「ッ、あああああああああああッ!」

「ぐががっ、ニクイィィィィィィ!!」

「せえいっ!!」

 

俺ごと胴体を貫いた一撃。

だが、まだこいつは息絶えてない。

圧倒的な火力が、仕留めるためには必要だ。

その圧倒的な火力がないから苦戦している?アホか、今まで何を考えていたんだ俺は。

 

「最後の一撃だ! 遠慮なく撃て!」

「はあああああああッッッ!!」

「ニクイィィィィィィ!!!!!」

 

 

轟音。

 

熱。

 

破壊。

 

今ここに、アリスがどうして終盤まで重宝されるキャラなのかを示す、最強の魔法が炸裂する───

 

 

 

 

青い空の下、少しばかり、外を駆ける女の子が増えた気がする。

それを追う姉もいれば、祖父の手を引いてゆっくりと歩く孫の姿も見える。

明らかな、平和であった。

 

「んっ、ん〜っ……」

 

赤髪を爽やかな風に揺らした女の子は肺いっぱいに空気を吸い込むと、軽く伸びをして見せた。

スキルのクールタイム……ガッツや生命力と呼ばれるそれらを吸い取っていた呪いは、今はどこにも見受けられない。

明らかな平和が、そこにあった。

 

全力の魔法を放ってアリスがぶっ倒れた翌日。

その晩の内に、呪いで生命力を吸い取られて眠り続けていた女の子たちの体調が一斉に良くなり、朝には元気に飛び起きるようになった。

 

「テロさん、あれ食べたいです、この前の氷のお菓子!」

「装備を整えるためだ、節約節約」

「そ、そんな! 私、頑張ったのに!」

 

会話モードバグで当たり判定が無かった俺だが、指示を出して『会話』を終了させてしまったため、あのあと爆発に巻き込まれてそのままごっそりとHPを持っていかれてショックで気絶した。

気がついたら、真夜中だというのに必死に俺に回復魔法をかけていたセーリャが目の前にいて、おかしくて笑ってしまった。

アリスと俺を運んでくれたのはセーリャだったようだ。最近、セーリャが指輪のステータス加算能力をフルに使っている。

とにかく、今回の1番の功労者はセーリャだ。

 

……だというのに、報酬はあまり美味しく無かった。

どうやらここの偉い連中は、この()()()()を大きな事件とは捉えていなかったらしい。

呪いの存在も立証できず、もちろんそこに事件解決量は発生しない。

結果、我々が手に入れたのは大蜘蛛の素材や糸を売った金だけとなる。

その金だって、アリスがぶっ放した魔法で吹っ飛んでいて使えるところはろくになかったし、運搬や探索者の雇い金としてかなりの量が差し引かれ……考えたくない。

 

思わぬところでこのゲームのブラックなところが浮いてきたような気がするが、

 

「……救ったのよね。ここを。護ったのよね、笑顔を」

「やりましたね、テロさん!」

 

まぁ、この二人の顔を見てるとそれもどうでも良くなってくる。

 

「あぁ、二人が頑張った結果だ。ちゃんと、この街は救われてるよ」

「……そうね」

「それとセーリャ」

「?」

「一個だけな」

「!」

 

露店に駆けていくセーリャを見ていると、対してそこらの少女と変わらないんじゃないかという気がしてくる。

幸せそうにオレンジ果汁のアイスを頬張る功労者は、ここ1番の笑顔を見せた。

 

 

 

 

「連れて行きたいところって?」

「まだまだ。こっちよ」

 

こんなところ、ゲーム時代では行けなかったぞ。物理的に。

森を抜け坂を上がり、茂みを分けて進んでいく。

 

「ここよ」

 

かき分けた先に、風が吹き抜ける。

柔らかい光で満ちた景色は、今までの苦労や涙がちっぽけに見えるような……そんな、美しい景色だった。

 

「こんなところ、あったんだな」

「知っている限りでは私しかここを知らないの。どう?ここから見下ろす街は、最高でしょう?」

「あぁ……綺麗だ」

 

願うなら、いつまでもここにいたい。

肺いっぱいに澄んだ空気を吸う。

感動した。

 

「……ねぇ」

「ん?」

「あなたとセーリャは、結婚しているの?」

「ぶっ!? いやぁ……多分、してる」

「多分?」

「婚約したのって、この指輪の能力なんだ。式もあげてないし、なし崩し的になってしまったし……。セーリャは自分のことを妻だって言い張ってるけど、アイテムに縛られた結婚なんて……なんか、違うだろ?」

「……そう」

 

アリスが、何かを考えるように街を眺める。

歌う子供、笑う旅人、眠る年寄り、二つ目のアイスを食べるセーリャ。あっ、あいつ値切ったお釣りで別の店からもう一本買ったな。

 

「折り入って、お願いがあるのだけど」

「……?」

「私を貴方達の仲間に入れてもらいたいの。二人を邪魔するつもりはないんだけど、私も魔法が沢山使えるようになったんだし、その……ええと……」

「ええと?」

「……ダメ、かしら?」

 

セーリャはきっと、いや確実に……笑うことだろう。

もしくは、ぽかんとした表情を浮かべるかもしれない。

「え?仲間じゃなかったんですか?」と。

そしてそれは、もちろん俺も同じ。これから先、アリスの火力は必要不可欠だし、何より……。

 

「よろしく、アリス」

「……っ!うんっ、よろしくっ!!」

 

すっごく、可愛いんだ。



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資金繰り

「5体目!!」

「次、後ろ!!」

「ッ!!」

 

アリスの指示で振り向きざまにナイフを投げれば、タイミングよく蜘蛛の腹に突き刺さる。

地に伏した蜘蛛からナイフを抜いてドロップアイテムを回収する。

 

「大蜘蛛の残党を5体撃破。……正確には6体だけど、とにかくクエスト達成ね。依頼人のところへむかいましょう」

「お疲れ様です」

 

アリスがパーティメンバーに加わったことから、俺たちは本格的に資金を集め始めた。

スキル解放のためにモンスターを倒す必要もあったし、俺もそろそろ上等な武器が欲しいからな。

蜘蛛の糸を巻いた棒を袋に詰めると、アリスが手をこちらに向ける。

 

「?」

「功労者を荷物持ちにさせるわけにはいかないわ」

「いや、いいよ。むしろ帰り道なんかあったら魔法ぶっ放してもらわなきゃだし」

「……不服ね」

「いいんだよ。な、セーリャ」

「はい。甘える時は甘えるのが女の子です!」

 

セーリャは下手に荷物を持とうとは言わない。

俺が意地でも荷物を背負うことを理解してるし、それよりも周囲の警戒をしたほうが俺のためになると知っているから。

 

「それにしても、この洞窟を取り替えしてなにかメリットがあるのでしょうか? 蜘蛛の根城になるくらいですから、それほど価値があるようには……その、見えないのですが」

「さぁ? 洞窟に住んでいた蜘蛛とかのモンスターが森にでるのがまずいんじゃないか? よくは知らんけど」

「なるほど。そうしたら、木こりもおちおち休めないわね。 勢力を拡大されたら、森全体が蜘蛛の支配下に置かれることになる……そういうことでしょ?」

「たぶんね」

 

セーリャがぽんと手を叩く。納得したみたいだ。

森のしめっぽい空気の中を、セーリャとアリスが並んで歩く。

二人の背中には、天空族に伝わる杖槍と、赤い装飾の上等そうな杖がある。

 

「……武器、かぁ」

「武器、ですか?」

「え、あぁ……うん。二人とも質が良さそうな武器を持ってるでしょ? けど俺はこの……クラフト性能がついてるナイフだけ。そろそろ、ちゃんとした武器が欲しいんだよ」

「たしかに。これから勇者に立候補するなら、試験官と渡り合えるくらいの武器は欲しいわね」

 

勇者に立候補するとき、やりかたは主に二つある。

ソロで立候補する方法と、パーティで立候補する方法だ。

試験官とは近接で戦うのがメインなために魔法を扱う後衛色が不利になる。だからパーティを組んで連携力もろとも審査してもらって……ま、詳しい話はまた今度。

とにかく俺たちはパーティで勇者に立候補する。リーダーは俺……俺だよね? あ、うん。ありがと。安心したわ。

俺なので、俺が先陣切って戦う必要がある。そのあとはパーティの連携力とかバランスとか審査してもらって……。ま、簡単に言えば、俺が勝てば良いって話。

 

そのために、武器が必要です。はい、以上。

 

「なにがいいかなぁ……剣がやっぱり無難かなぁ……でもスキル解放したら剣以外にもポイント振れるしなぁ……」

「最初は剣で良いと思うわ。見合う武器が後から手に入っても、売ることができるし」

「やっぱ剣かなぁ……中古でも需要あるもんなぁ……」

 

ゲーム時代はボスに合わせて武器を変えて戦ってたから、器用貧乏だしなぁ……。

こう、これ! って感じの武器はなかったんだよな。

でもまぁ、剣が良いか。リーチあるし、試験官は基本的に剣使いだし。

 

「剣にするか」

「じゃあ、依頼人さんから報酬をもらったら鍛冶屋さんですね。良い剣があると良いですね」

「じゃあ目利きは頼んでいい?」

「お任せください!」

 

そうして日が暮れる前になんとか王都へ戻った俺たちはしっかりたっぷりクエストの報酬を受け取り、

日が暮れた頃になんとか鍛冶屋の前にありついたのだった。

 

「なぁ。もう閉店ギリギリなんだがお前さんら?」

「だって! だって思いますか!? 依頼した人が奥さんに叱られてそれが夕方まで続くなんて! あんな雰囲気の中『クエスト達成しましたぁ』なんて突っ込めませんて!」

「お、おう……災難だった、なぁ……」

 

体力のないアリスが四肢を突いて突っ伏し、ゼェハァと荒い息を上げている。

セーリャが背中を撫でているところを呼び寄せ、本題の剣へと目を通した。アリスはもう少しかかりそうだ。

 

「で、どれが良いと思う」

「むむむ…………」

 

じっと並んだ剣を見つめるセーリャ。

俺も習って意味ありげに剣を睨みつけては見るが、うん、やっぱどれも同じに見えるわ。

よくある「おっさん……これらの剣、本気で打ってないな?」みたいな展開にはならなそうだ。しょぼん。

で、ちらりとセーリャを見ると……。

 

「ぐぐぐ……」

「うわシワすごっ」

 

眉間にこれでもかとシワを寄せ、俺の財布と値段を交互に見ていた。

 

「い、良いのはあった?」

「何本かは良さげなものがあったのですが……なんというか、値段が……」

「ほう。一体ウチの剣のなにが値段と不釣り合いなのか、言ってくれや」

 

にゅっと俺とセーリャの間に出てきたおっさんのスキンヘッドに内心めちゃくちゃびっくり。

それも意に介さず、セーリャが解説を始めた。

 

「テロさんの戦闘スタイルはヒットアンドアウェイなので、できれば軽めの剣が良いと思っていました。ですが、ここらにあるのはほとんどが重く、かなりその……多人数が揃って持つのに、つまり兵士が持つのに適していると思います」

「ほうほう」

「それで、ここにある軽めの剣は、なぜか値段が普通よりも高く設定されているような気がします」

 

そうなの? と思って見てみれば、確かに微妙に高い気がする。

なんだっけ……ショーテル? 刀身が曲がっていてアラビア〜ンな感じのする剣が一際高い。

次の言葉を待てば、セーリャが再び口を開く。

 

「テロさんに合う剣がここにない、話はそれだけで済む話ですけど……。すみません、どうして軽めの剣が置いてないんですか?」

「軽めの剣は打ちづらいからな。質を良くしようとするとどうしても重くなっちまうのよ」

「なるほど、質を考えてのことですか……私、目が利かないのですが、テロさん、ここの商品は全て質が良いことがわかりましたよ」

「お、おぉ……。おぉ……?」

 

結局なんなんだろう、今のやりとり。

お、俺の剣はどうなったんだ……?

 

「それで───」

「ほう、やりやがる───」

 

あ、もう理解できないとこまで行っちゃった。これは任せたほうがいいや。

あ、アリスさん大丈夫です? あぁ、大丈夫ならよかったです。回復かける? いらない? あぁ、うん。

 

微妙に青い顔をして立ち上がるアリスを介抱すると、もうだいぶ良くなったようで杖に体重をかけながら自力で立った。

心なしかツインテールもしょんぼりしているように見える。大きく作られた王都が悪いと思います。

 

「ありがとう。もう大丈夫よ」

「なら良いんだけど……なぁ、その杖ってどこで買ったんだ?」

「これ? これはお父さんの手作りよ」

「へぇ……」

 

ゲームではそんなこと明かされずに「アリスの杖」とだけ表記されてたな。

やけに魔法を使った時の攻撃力が高いと思ったら……大魔道士様のハンドメイドなら納得だ。

 

「先端に赤い宝石が付いているでしょう? これはお父さんの魔力を凝縮して……わからないわよね。ええと、とにかく、私と妹たちの分、世界に5本しかない特別な杖。大切な物よ」

「へぇ、世界に5本しか……ってちょっと待て! お前、妹いるのか!?」

「え、えぇ……それがどうかしたの?」

 

な、なんだその情報!! ゲームのときはそんなの影もなかったぞ!

っていうか、ほぼ終盤まで使われる最高ランクの杖が世界に5本!?

で、アリスレベルの魔法使いがあと四人も世界にいるのか!?

 

「…………自分の見聞の無さが恥ずかしいな」

「見聞っていうか、私の家系図を知っていたら普通に怖いのだけれど」

「あぁうん……そういうことじゃないんだ、ごめん」

 

いやぁ……もしアリス含めた姉妹五人が一箇所に集まって覇王討伐に向かったら……かなり捗るだろうなぁ……。

でも場所が知らない以上、集めるのは困難。

もう少しアリスと仲良くなったら、協力を仰げないか持ちかけてみよう。

 

「……で、セーリャは? どうだ、そっちは?」

「なかなか良い交渉をしました」

「おう。まさかこんな嬢さんがいるとはこっちも思わなんだ。良いのを持ってってやるよ」

「お願いします。ではテロさん、なにがあったかは帰り道に話しますので、今日のところは帰りましょうか」

「え? あ、うん……アリス、行くぞ」

「は、走らないわよね……?」

 

上機嫌で店を出るセーリャを追っていくと、セーリャが嬉しそうに語り出した。

曰く、特別な交渉をして、双方得な商売をしたんだとか。

 

「それで、あちら側に先に半分払い、素材を揃えてもらって───」

 

セーリャはとにかくおっさんを褒め、信頼していることを表に出しまくり、提案を呑んでもらえるよう好感触にしたらしい。

深夜ということもあり眠そうにしているアリス。

 

「通常の剣と同じ値段で、良いのがあればそれを、無ければ素材を───」

 

パーティの財布はセーリャが握っていたほうが良さそうだな、なんてことを思いながら歩く。

アリスがうつらうつらと船を漕ぎ始めた。

 

「で、最終的にはかなり安めの額で良い品質の物が手に入ることになりました!! ……急に財布出してどうしたんですか?」

「パーティの財布はお前が握れ」

「は、はい……」

 

アリスは寝た。



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吾輩は軽量金属大剣である。名前はまだない。

「ふっ……あぁ……」

「随分とでっけえあくびだな」

「しょうがないじゃない、眠かったんだもの」

「テロさん、お茶です」

 

おっ、どうも。

いやあ、なんか色々あり過ぎて2年くらい寝てた気がするな!

覇王を倒すためにも、天空族のセーリャ、大魔法使いの卵アリスと一緒に頑張らないとな! まずは勇者候補になるために試験官と渡り合える武器が必要だなー!!!!!!!

 

なんてことを考えていたら、教会のドアをノックする音が。

シスターさんが出て何かを話している。今日の牛乳の配達だろうか。

 

「なあセーリャ。そう言えば俺の武器ってどうなったんだ?」

「武器……ですか?」

「そういえば、鍛冶屋と何かを話していたわよね」

「そんときもアリスは寝こけてたんだよな」

「ねっ、寝こけてないわよ……」

 

目を泳がせるアリス。魔法使いってみんなたくさん寝てるイメージあるけどなんで?

 

「ふふ。それでしたら、素材を前もって全て購入した後に加工費を支払うという形に落ち着きました。採取スキルを持っている方を雇い素材を集める案もあったのですが、それですと本末転倒ですので……」

「さすがセーリャね。パーティの財布を担うだけあるわ」

「地頭が良いんだよなセーリャは」

 

簿記三級とか取ってそう。結婚して! もうしてるわ。

 

「あの方のモチベーション次第になりますので、届くのはあと少しかと思いますが……どうしてですか?」

「いや、特に何かあるわけじゃないんだけど。そろそろ勇者に立候補するのも悪く無いんじゃないかって思ってさ」

「……確かにそうですね。一度鍛冶屋まで行って確認を取ってみますか?」

「おー、頼んだ」

「では行って参ります」

 

え? もう行くの? まだ朝早いよ? あらまあ行っちゃった。

パンを咥えてとてとてと玄関へ向かっていくセーリャを見送り、朝ごはんの卵焼き? をひとかじり。

 

「アリスは今日は何する?」

「決めてないわね……。まぁ、近場で適当な依頼でも受けたら良いんじゃないかしら。蜂の巣駆除とか」

「あー、そういうの得意そうだよなアリス」

「炎の魔法には自信あるのよ」

 

そう、アリスは特に炎と爆発の魔法の才能を持っている。

攻略本のウラバナシ!みたいなページにも、アリスは炎や爆発の攻撃魔力ステータスだけ上限が文字通り桁違いになっているとか書かれていた。公式チートなんだよね、もう。

 

「俺はどうしようかなぁ……」

「て、テロさんテロさん」

「セーリャ? どうした?」

 

さっき出て行ったはずのセーリャが縦長の木箱を抱えて帰ってきた。鍛冶屋まで行ったにしては早すぎる。

 

「もう、届いてました……」

「え早っ」

「牛乳よりも先に教会の前に置いてあったようです……。腕は確かなようですね……」

 

勇んで出て行ったというのにそこにPON☆とおいてあったから肩透かしくらったのか。

まあええわ。

 

「じゃあ早速開封してみるか? 俺の剣……なんだよな?」

「はい。ぜひ開けてみてください」

 

セーリャとアリス、そして教会のシスターと子供たちが見守る中、ゆっくり箱を開けていく。

赤い布がかけられた何かだ。ピアノの鍵盤の上にかけられたやつみてえだな。高級感がある。

して、本命の剣の仕上がりは?

 

「……おお……」

「すっげー! 本物の剣だ!」「でっけー!」「おれが持つ!」

「ちょっ、ガキどもあぶねえぞ! あと俺の剣だ! ベタベタ触るんじゃねぇ!」

「「「「けちー!!!!」」」」

 

けちってなんだお前ら。

……布の下には大剣が鎮座していた。

柄が長く、鍔が縦にした円盤のような形をしている。真ん中にある小さな赤い石が丸くて綺麗だ。

そして、その鍔からすらりと伸びる白銀の───陳腐な言葉だが───刀身が、俺の顔を反射して映していた。

そしてその横に、革で作られた鞘がある。紐が伸びているから……そもそも剣が大剣と呼べるほど大きいので背負う物なのだろう。

俺には腕輪があるから関係ないけど。

 

生唾を呑んで柄に触れる。

持ち上げてみると見た目より重く無い。例えるなら、金属パイプの椅子を持ったくらいの……重いには重いけど持てなくは無いって重量。

 

「綺麗な剣じゃない」

「な。なんか使うのがもったいねぇわ」

「使うために作ってもらったものなので、使ってください……?」

「でもほんとにもったいなくて……なんか感動だな。俺の武器!って感じでさ」

「その気持ち、少しわかるわ。自分専用のものが手に入ったときはとても感動するわよね」

 

アリスが机に立てかけた、赤い装飾の杖を撫でる。

確かあの杖にもバックストーリがあって、父親が娘に残した5本の杖の一つ……だったはず。

アリスの最強装備では無いけれど、序盤、中盤の間は使いっぱなしでも大丈夫なほどハイレベルな武器だった。

 

それはそうとして、武器のオーダーメイドって初めてだ。

テロスター=サーガでは市販の武器しか使えなかったから、なんかワクワクしてくる。

 

「あぁ斬りたい、肉でも野菜でもいいから斬りたい……」

「あ、危ない人みたいになってますよ……」

「その気持ちもわからなくは無いのだし、討伐でも受けましょうか。……あ、でも冒険者登録がまだだったわよね?」

「斬りたい斬りたい斬りたい……」

「わかったわよ……私も協力してあげるから、落ち着きなさい」

 

腕輪に剣を登録、そして収納。

パンを腹に押し込んで俺は駆け足で部屋を出た。

 

「えっ、もう行くの?」

「先に言ってるぞ!」

「あっ、テロさん、待ってください……!」

 

後ろから声が聞こえるけどまあいいか!

どうせ後からついてくるし!

 

俺の冒険は、まだこれからだ!

 

 

 

 

───なんて言っていた時期が俺にもありました。

 

「やだー! 俺の特注品なんだぞー! アレで戦わせてくれよお!」

「仮にも勇者候補に立候補するって奴が駄々こねんな! モンスターの前で武器の選り好みができると思ってんのか!」

「びええええ!」

 

冒険者ギルドに併設された、石造りの施設。

覇王を討伐する勇者……()()を募集している、王都と冒険者ギルドが手を組んで建てたものだ。

 

「だいたいな、お前な。勇者候補に立候補するのはいいが、身分証も無い奴の武器を容認する俺たちじゃねえんだよ」

「けちー!」

「ケチじゃねえ子供かお前」

「いい加減諦めなさいよ……私たちも同じなのだから」

「あ、アリスさんは冒険者認定証あるんで良いっスよ。形上、身体測定とメイン攻撃の威力テストだけで済むっス」

「扱い違いすぎるだろ!?」

「身分を証明できねえやつを受け入れてるだけありがたいと思え!」

 

ちくしょお……俺の剣がぁ……。

まあ駄々こねたにはこねたけど、理由は理不尽でもなんでも無いし最初から納得はしてたんだよなあ?

俺と同じくセーリャも冒険者登録していないので身分証が無い。だからアリスとは比べ物にならん量の試験を受けなきゃならない。

 

「剣ならすぐに返してやるから。今日中に終わるから頑張ろうぜ、少年」

「はーい」

「アンタら、読み書きは?」

「できます」

 

セーリャが答える。

俺も日本に住んでたんだし、義務教育は出ている。

読み書きくらいは…………。

 

「じゃあ、これはなんて書いてある?」

 

………………。

 

「薬草、です」

「うん、正解だ」

 

わから、ない……!?

いや、だって俺この世界に来てからもたくさん文字は読んで……!

 

 

 

メニュー

アイテム ずかん◀︎

そうび 地図

話す 強さ

 

 

 

 

日本語だこれ……!!!!

そういえばセーリャも俺の図鑑を覗き込んで「なんて書いてあるんですか?」とか言ってたな! そうか! テロスター=サーガと日本って言語違うのか! 話してる言葉は日本語に聞こえるけど文字が違え!

と、そんな俺の沈黙に気付いたのか隣のセーリャが俺を見る。

 

「…………」

「テロさん……あの、もしかして……」

「読み書き……できません……ッ!」

「おいおいマジかお前……」

 

だってだってわかるわけないじゃん異国の言語とか!

 

「か、代わりに私が読みますので、読み書きは大丈夫です!」

「お嬢ちゃん、甘やかしはそいつのためにならねえぞ」

「お、教えます! 読み書きを!」

「……はぁ……命拾いしたなぁ坊ちゃん。冒険者ギルドの試験なら書きはともかく読みができてない時点でアウトだぞ」

「はい……精進します……」

「ま、読み書きは嬢ちゃんが受けるとして……坊ちゃんは初っ端からマイナス点だな。頑張って挽回しろよ。……そんじゃ、名前と扱える武器、特技等を書いてくれ」

 

セーリャに2枚の紙が手渡され、机が運ばれてくる。

アリスは既に外に出て魔法の威力を測定しているようだ。さっきからボンボン音が聞こえてくる。

 

「ええと……名前がテロ、それとセーリャ……。扱える武器は……剣で良いですか?」

「うん。悪いね」

「いえ、いずれはテロさんにもできるようになってもらいますし。特技は……」

「召喚の魔法で良いんじゃない?」

「わかりました」

 

さらさらと紙に事項を記入していくセーリャ。

その文面を見て、兵士が俺の顔をまじまじと見た。

 

「お前召喚魔法使えるの?」

「まあ、ちょっとだけ」

「基礎魔法以外の魔法が使えるのに剣士やってるのか。どうせなら召喚士とかやれば良いのに変な奴だな」

「後衛だけだとバランス偏るんで」

「大体その腕輪もなぁ……。アレだろ? 大魔法使い? だったかが発明したって言う、武器が出るまあまあの値段するやつ。そんなもん持ってるとかマジモンの坊ちゃんかよ」

 

えっ何それ知らない。

この腕輪そんなバックストーリーあったの?

 

「手に入らないわけじゃねえけど、思いつきで買おうって思える額じゃねえんだよな」

「はえー…………そうだったんだ」

 

装備品アイテムとしてカウントされてなかったから全然知らなかった……。

こういう、ゲームでは明かされなかった世界の謎の深掘りはすごく楽しい。「ゲームのシステム上そうなってる」ってアイテムや現象一つ一つにも理由がつけられてるの、感心しちゃうよね。異世界転生の謎についても教えて欲しいくらいなんだけどね。

 

「書けました」

「お、ありがとうな。……字も綺麗だし語彙もある。知識テストは飛ばしてもいいだろ。坊ちゃんは読み書きできないから論外で……獲物と特技は剣と召喚魔法。嬢ちゃんの方は基礎魔法と回復魔法、近接格闘術と……何か跡があるんだが消したか?」

「間違えてしまいまして」

「ふうん? まあいいか。じゃあ次は身体能力と接近戦、魔法の威力測定の試験だ。外に行こう」

 

ば、挽回しなきゃ……! アリスとセーリャだけが勇者候補になってしまう……!



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