ナナカマド博士の助手のヒカリです。 (竜宮 黍)
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いい日、旅立ち。

『さいしょから はじめる』


「はーつっかれたー」

 

一人暮らしのワンルームの部屋に着き、私はその辺に肩から下げていたバッグを適当に置いて、服を脱ぎ出した。

 

さっさとシャワーを浴びよう。今日は蒸し蒸しとした暑さで、空調の聞いた室内から出て家に着くまでの間で、結構な汗をかいてしまった。

湯船に浸かるのは今日はいいや。めんどくさい。

 

10分程度でさっさとシャワーを済ませ、タオルで髪を拭きながら、今日帰りに買った物を鞄から取り出す。

 

『ポケットモンスター ダイヤモンド』

 

パッケージも無しに直で袋に入れられたそれは、ゲームショップで中古で買った物だ。なんと500円ぽっきり。

 

パッケージも説明書も無く、カセット表面のデザインも刷りきれているため、この値段なのだろう。まあ、こちらとしては、ちゃんとゲームとして機能すればなんでもいい。

 

このゲームが発売されたのは、私が小学4年生か5年生の時だ。

当時は熱中していたが、一人暮らしをするようになってから、めっきりやってなかった。

 

何せ、カセットそのものを実家に置いてきてしまっている。

もうやることも無いと思っていたが、最近、唐突に思い出してやりたくなってしまったのだ。

しかし実家に取りに行くのはめんどくさいので、中古で適当に買ってきたという訳だ。

 

ま、私は別にやり込むタイプじゃない。対戦もそのための厳選もしないし、その時々の気分でパーティを組んで、殿堂入りまでやるだけだ。気分転換には丁度良い。

 

カセットを3DSにセットし、起動する。

このゲームをやっていた当初はもっぱらDSライトでやっていたが、数年前にAボタンが反応しなくなり、丁度3DSの新作ゲームが欲しかったから、新しく買ったのだ。

絶対捕獲の時にアホみたいにAボタン連打しまくったせいだと思う。アレに意味が無いと知った時のやるせなさよ……

 

ちょっとブルーになりながら待っていると、ゲームのタイトル画面が映った。

中古のゲームだから、以前のデータを消さなくてはならない。

消さないと新しくレポートが書けないのだ。

 

自分のデータならいざ知らず、他人のデータに興味も感慨も無い。躊躇い無く私はselect+B+↑を押した。

 

『すべての セーブデータエリアを

しょうきょしますか?』

 

→『はい』

 

『しょうきょした データは

もとに もどりませんが

それでも よろしいですか?』

 

→『はい』

 

次の瞬間、私の意識はブラックアウトした。

 

 

 

 

目が覚めるとそこは、ポケモンの世界でした。

 

「なにを言ってるのかわからねぇと思うが、おれも何がおこったのかさっぱりだ」

 

「ん? ヒカリ、どうかしたかい?」

 

「ううん。何でもないよ、お父さん」

 

現在、3歳。意識を取り戻す以前の乳児期の記憶は朧気にしか無い。

それはいいんだけど、色々問題がある。

 

まずは現状整理から。

ここはマサゴタウン。自然豊かで海にも山にも近い田舎町。しかし、ポケモンセンターがあるおかげでポケモントレーナーが立ち寄ることが多く、またナナカマド博士の研究所があるため、その関係者の出入りも多く、人の往来が激しい。

 

そして私はそこに住む4人家族の1人、ヒカリだ。

この綺麗な黒髪と幼いながらに整った顔立ちからして、間違いなくあのヒカリだろう。

マサゴタウン出身ということは、主人公ではなくナナカマド博士の助手のポジションだ。

 

なんだこれ。

 

因みに、4人家族の構成は祖父、父、母、ヒカリだ。

ゲームには明確に母親は出てこなかったが、ちゃんといるらしい。

ヒカリが成長した姿といった感じだ。

妹もいたはずだが、多分まだ生まれていないだけだろう。

 

いや、なんだこれ。

 

ゲームの中にでも入ったと? いや、意味分かんないけど、夢にしては現実味がありすぎる。

 

「はー……」

 

考えるだけ無駄!

 

まあ、思えばやろうとしていたことは大差無いんだよな。この世界で、適当に気分転換のつもりでポケモンと戯れることにしよう。

 

 

 

「グラフィックが超綺麗」

 

いや、そういうことじゃないな。

 

心の中でセルフツッコミを入れながら、マサゴタウンを見て回る。

 

ヒカリの両親は揃ってナナカマド博士の助手をしており、二人が働いてる内は、祖父が私の面倒を見てくれている。

 

そして、今までは基本的に家の中で過ごしていたのだが、今日、試しに「外に出たい」と言ってみたら、案外簡単に了承してもらえた。

 

普段大人しく過ごしていたおかげかもしれない。やったね。

 

とは言え、当然祖父も着いて来てるし、祖父の目が届かない所に行っては駄目だ。

一度振り返って手を振ってみる。そっと手を振り返してくれた。

 

マサゴタウンは、ゲームでは研究所とポケセンとフレンドリィショップと家が2件という信じられないレベルの過疎地だったが、現実ではそんなことあり得ない。

 

他にも住民はいるし、子供の足では一日で見て回れない程度の広さはある。

祖父の座ってるベンチから見える範囲だと、研究所にもポケセンにも行けない。

まあ、人の往来が激しい所には行かせるつもりが無いのかもしれないけど。

 

すぅーーっと息を吸い込む。葉と、土と、潮の香りが混じり合う中に、不思議な匂いを感じる。

空が広い。前の世界と特別変わってる様に見えないのに、前の世界よりもずっと広く、ずっと遠く感じた。

遠くに見える鳥の様な影は、ポケモンだろうか。ポケモンだったらいいな。

 

ポケモンは、遠くからなら見たことがある。

時折警戒心の薄い野生ポケモンが、町に下りてきたのを家の窓から見たことがあるし、写真や、テレビの画面越しになら見たことがある。でもそれだけだ。

 

早く、生のポケモンに出会って、触れて、そしてあわよくば、スケッチしたい。

 

イラストレーターであった私の、創作意欲がウズウズしていた。

 

 

 

 

「ヒカリは絵を描くのが上手いなぁ」

 

「そう?」

 

父にそう言われ、クロッキーの手を止め、振り返る。

 

私は今、テレビに映るポケモンを見ながら、出来るだけ素早くクロッキーする練習をしていた。

 

この体は、まだ全然絵を描くことに慣れてない。だから、いっぱい描いて体に絵を描くことを馴染ませることから始めているのだ。

 

クロッキーとは、30秒ドローイングの様な、細部を描き込まずに素早く全体像を描写することを言う。

スケッチは時間をかけて細部まで描写することに使われる言葉だ。

 

意味自体はスケッチもクロッキーも同じで、クロッキーはフランス語なのだが、少なくとも日本ではその様に使い分けられる。

画材屋でクロッキー帳とスケッチブックを見比べれば、その用途の違いが分かりやすい。クロッキーはお手軽なのだ。

 

と言っても、今の体で出来るクロッキーなんて高が知れてる。始めて10分は経っているが、今は3枚目を描いていた所だ。

 

「これはピカチュウだろう?」

 

「うん」

 

「こっちはピッピだ」

 

「そうだよ」

 

先に描いていた2枚を指し、描かれたポケモンを当てられる。良かった。何か分からないレベルだったら普通に落ち込んでいた。

正直、自分ではあまり納得していない出来だったのだが、時間をかけてもしょうがないと思って次に取りかかったのだ。クロッキーだし。

 

「今描いてるのは……マリルか」

 

「よくわかったね。まだシルエットしかかいてないのに」

 

アニメのアイキャッチの『だーれだ?』クイズみたいなものだ。まあ、マリルは尻尾が分かりやすいけど。

 

「これでも博士の助手をしているからね。ポケモンにはそこそこ詳しいよ」

 

ふふん、とドヤ顔を決めるが、いまいち締まらない胸の張り方だ。そこそこて。

 

「それにしても、本当に上手いね。テレビの中のポケモンを描いてるんだろう? みんな結構動き回ってるのに、よく描けるね」

 

そう、今見てるテレビはお子様用の教育番組、『ポケモンといっしょ』だ。

この番組は、司会のお姉さんがポケモンと一緒に歌ったり、踊ったりしつつ、ポケモンのミニ知識や、ポケモンとの付き合い方を折に触れて視聴者に伝えていく番組だ。

 

まあまあ面白いんだよね、これが。普通にゲームでは知れなかったポケモンの知識が入ってくるし、ポケモンとの付き合い方も、やはりゲームとは違うのだから知っておかないとまずいだろう。

 

「うーん、動いてるポケモンをかくの、たのしいよ?」

 

まだ齢4歳であるため、どうしても舌足らずになってしまう。あざとさを出してる訳では無い。

 

それはともかく、クロッキーは楽しい。

基本的に私は、人工物よりも自然物、直線的な物よりも曲線的な物を描く方が楽しい。

そして、静より動を好む。動きのある絵を描くことを至上としていると言っていい。

 

故に、人物クロッキーや動物クロッキーをひたすら繰り返すのは全く苦にならない。

 

まあ、仕事として描いていたので、人工物も描くには描くけれど。

 

「…………」

 

私の言葉を聞いて、何やら思案している様子の父。

 

今の内に描けてない所を描いておこう。もう画面にマリルが映っていないので、記憶を頼りに描いていく。本当はちゃんと見ながらの方がいいが、途中で放置するのも気持ち悪いし。

 

「……ヒカリ、良かったら、パパの仕事に着いてこないか?」

 

「はい?」

 

 

 

「こんな感じ?」

 

「おお! いいぞ! ヒカリ! 今度はあのムックルを描いてくれないか?」

 

「あいあい」

 

少し距離を置いた所でボーっと突っ立ってるビッパを描いた後は、上空を飛ぶムックルを描く様に指示される。

 

……いや、描くのはいいんだけど、なんで4歳の娘をフィールドワークに連れ出してるの?

 

色々疑問を感じつつも、指示された通りに描き、描いた端から父に提出していく。うん、良い練習になる。

 

あまりポケモンに近付けないのが残念だが、私というお守りがいる以上、下手に野生ポケモンには近付けないだろう。

 

 

「ありがとう、ヒカリ。助かったよ」

 

「うーん……それはいいんだけど、写真でいいんじゃないの?」

 

一通り終わった所で、ずっと疑問に思っていたことをぶつけてみる。

写真でいいと言うか、研究資料に使うなら、写真の方がより正確性に優れているのではないだろうか。

 

「いやぁ……分かるかな? 写真だと現像……カメラで撮って、紙に写すまでに時間がかかるんだ。それに、動き回るポケモンを撮るのは難しい」

 

ああ、確かに。

この世界の科学技術は、ダイパが発売された当初の現実とそう大差無い。テレビもゲームも携帯電話もあるし、カメラもある。

 

ポケモンに関する部分は多分にファンタジーを含んでいるが、それ以外は普通。

カメラの性能もあと10年もすれば、飛躍的に進歩するけど、今は手ブレ補正すら心許ない。

 

その点、私なら目で追えさえすれば、描けないことは無い。

まだ体が慣れてないため、絵が不安定だが、慣れてくれば手元を見ずに描ける様になってくる。

 

早さと、複雑な動きに対する取り回しの点で、写真より私のクロッキーに軍配が上がったということか。

 

「もちろん、ちゃんと写真も撮ったけどね。出来るだけ」

 

「そっか」

 

何事にも状況や目的で必要な手段は変わってくる。飛行機があれば自動車や電車は必要無いなんてことは無い様に、写真とクロッキーもその様な関係なのだろう。

 

 

 

あれから5年。

私の画力はメキメキと伸び、クロッキーに関しては以前の私よりも早く、正確に描ける様になった自負すらある。

やはり数こそ力。

紙と鉛筆さえあればどこでも何でも描ける手軽さは、やはりクロッキーの真骨頂と言っていい。

 

まあ、画材が高いから、諦めて紙と鉛筆でずっと描いてただけなんですけどね。

そのぐらいなら親も買ってくれるし、遠慮せずにガリガリ描きまくったというものだ。

 

とかなんとかやってる内に、結局まともにポケモンと触れあえたことはまだ一回も無い。

 

ずっと遠くから観察してるだけ。そして描くだけ。

ずっと、ずっとだ。何度か親やナナカマド博士にお願いしたけど、毎回「ヒカリにはまだ早い」と却下されてしまう。

 

なんでだ!!!

 

端から見ても私、良い子にしてるでしょ! 研究の手伝いして、親が忙しい時は家のことも手伝って、妹の面倒みて、良い子にしてるじゃん! いいじゃんちょっとぐらい! 先っちょだけだから!(?)

 

……まあ、まだ信用が足りてないなら仕方無い。大人達がそう言う程、ポケモンと触れあうのは危険が伴うことなのだろう。

 

「お久しぶりです。ナナカマド博士」

 

それはさておき、今日は、4年ぶりにナナカマド博士がマサゴタウン、ひいては、このシンオウ地方に帰って来た日だ。

私は早朝から博士の研究所に足を運んでいた。

 

今までどこに行ってたのか詳しくは知らないが、この人のことだから、大真面目にポケモンの研究をしていたことは間違いないだろう。

 

4年前、私は1年間だけ、ナナカマド博士と交流を深めていた。

 

最初はもう、厳ついわ口数は少ないわプレッシャーは凄いわで、完全に子どもに相対する大人のそれじゃなかった。

 

私(中身大人)じゃなかったら泣くのでは? と本気で思った。

 

しかしまあ、近場のフィールドワークに着いていくのを許してくれるし、ポケモンの進化に関する権威とまで言われる博士だけあって、質問すればなんでも答えてくれた。

私の質問に答えるナナカマド博士は結構生き生きしていたと思う。

どこの世界でも、オタクや研究者は自分の得意分野のことになると饒舌になる生き物なのだ。

 

ポケモン博士って謂わば、ポケモンに対してオタク拗らせた人の最終進化形態みたいな所あるよな。

 

「ヒカリか。大きくなったな」

 

「えへへ。まだまだ大きくなりますよ」

 

現在140cm。同年代の女子としては一般的な身長とはいえ、私の印象では全然小さい。私が同じくらいの歳の頃は、あと10cmばかりは身長が高かった気がする。

 

挨拶もそこそこに、ナナカマド博士はカバンを持って出かける準備をしていた。

 

「もう出かけるんですか?」

 

「少し、シンジ湖の様子が気になってな。今回マサゴタウンに戻って来たのも、半分はそれが理由だ」

 

「そうなんですか。私も行っていいですか?」

 

「ああ」

 

ナナカマド博士が帰って来たということは、本編が始まるということだ。

 

「カバン、持ちますよ」

 

「そうか。助かる」

 

ナナカマド博士から、茶色のビジネスバッグを受け取り、両手でしっかり持つ。

ずっしりと重い。この中に、3匹のポケモンがモンスターボールに収まっているのだ。

 

鼻で大きく息を吸う。

 

どうしたって、胸の高鳴りは抑えられなかった。

 

 

 

「す、すみません……博士……」

 

私は今、ナナカマド博士の前でしょんぼりと項垂れていた。

 

先程、シンジ湖を暫く観察した後、わざとカバンを湖の畔に置いてきて、そして主人公とライバルが野生ポケモンを追い払うために、カバンの中のポケモンを勝手に使い、それをたった今ナナカマド博士に報告した所だ。

 

必要なことだったとはいえ、心が痛い。

元々は、この3匹はナナカマド博士の研究に必要なポケモンだったと考えるのが定石だろう。

それがみすみす第三者の手に渡ってしまったのだ。

決してどこでも手に入るポケモンという訳でも無いだろう。口惜しいに違いない。

 

ナナカマド博士の目をまともに見れずにいたら、背後から足音が2つ聞こえてきた。

 

「「あ……」」

 

振り返ると、主人公とライバルが罰の悪そうな顔でこちらを伺っていた。

ライバルの方がやや主人公の後ろに隠れぎみな辺り、見た目と違ってライバルの方が案外小心者なのだろう。

 

3人揃って顔を合わせて固まっていると、ナナカマド博士が2人の方に歩み寄っていった。

 

「…………………」

 

沈黙が重い。そして長い。ナナカマド博士、お願いだから早く何か喋って下さい。

 

「ヒカリから聞いたが、ポケモンを使ったそうだな? 見せたまえ」

 

大人しく、主人公、ライバルの順でモンスターボールからポケモンを出す。

 

「ふむぅ……ナエトルにヒコザルか……………………」

 

だから黙るの止めてーーー! 5年前から思ってたけど、それ悪い癖だから! 慣れたから気にしなかったけど、今この場だけでもいいからそれは止めて!!

 

「ふむぅ……そうか、そういうことか」

 

どういうことだ???

 

周りを置いてきぼりにして、一人で納得するのも悪い癖だと思います。

 

「ヒカリ! 研究所に戻るぞ!」

 

そう言うと、すぐに博士は草むらをかき分けてマサゴタウンへと帰って行った。

 

待って待って! 物理的に置いてきぼりにすんのも止めて! 貴方がいないと私草むら通れないんだから!

 

「は、はい! 分かりました。あー、君たち、後で研究所に来た方が良いかもね。大丈夫、博士怒ってないから。じゃーね!」

 

早口にそう言い残し、私も博士の後を追ってマサゴタウンへと帰って行った。

 

 

 

「ヒカリ、お前に渡したい物がある」

 

研究所に着いて開口一番、博士は部屋の奥から手の平サイズの機械を持ってきて、私の前に立った。

 

ハッとする。

そうか、このタイミングでヒカリはポケモンとポケモン図鑑を託されるのか。そうだよな。このタイミングしか無い。

 

カバンを開き、残されたモンスターボールが私の目の前に差し出される。

カチリ、と音がし、ゆっくりとボールの蓋が開いていく。蓋の隙間から光が漏れだし、堪らず目を瞑った。

 

「このポケモンが、お前の相棒だ」

 

目を開き、まだ視界が霞む中、何度か瞬きすると、目の前には

 

「…………っ」

 

「ペンギンポケモンのポッチャマだ。大切にしてやってくれ」

 

私の小学生時代の相棒、ポッチャマがそこにいた。

 

 

手を伸ばし、ポッチャマの頭をそっと触る。

しっとり、ひんやりとしていて、手の平の体温が奪われていく。

 

ふとあることに思い至り、直ぐ様手を離す。

これだけ体が冷たいということは、基礎体温が低いということ。基礎体温が低い動物に温かい手で触るのは、あまり良くないかもしれない。

魚を素手で触ると、魚に火傷を負わせてしまうという話を聞いたことがある。いやでも、ペンギンって鳥類だし、大丈夫なのか? ポケモンに鳥類とかあるのか知らないけど。いやそりゃ飛行タイプのことだな。そしてポッチャマは飛行タイプではない。ええい話が脱線し過ぎだ。

 

「チャマ?」

 

ポッチャマは、キョトン、と不思議そうに首を傾げていた。

別に問題は無い様だ。良かった。出会い頭に怪我を負わせるなんて冗談じゃない。

 

ついでに、大人しめの性格の様で安心した。新米トレーナーに気性の荒いポケモンは荷が重い。アニメのサトシは良くやるよ。

今も私の手を嘴でスリスリしている。懐かれてる、と言うより宥められてる気がする。ポケモンに気を遣われてしまった。

 

はぁ…と息を吐き、頬が緩む。気付かず、息を止めていたらしい。

 

「ヒカリ、10歳の誕生日、おめでとう」

 

「え……?」

 

「今日だろう? ヒカリの誕生日は」

 

「あっ」

 

忘れてた。

 

「……本当なら、3匹の中から選ばせてやろうと思っていたのだが、予定が狂ってしまった」

 

そっか。

そうだったのか。

 

「ううん、私、どちらにしても、この子を選んでいたと思う。ありがとう、ナナカマド博士」

 

机の上のポッチャマをヒョイと持ち上げ、腕の中に収める。うーん、ひゃっこい。

 

初めてのポケモンとの触れ合い。ドキドキする。緊張や不安も大きいけど、それ以上に嬉しい。

 

この日、今日という日のために、今まで私にまともにポケモンと触れ合わせなかったのかもしれない。

確かに、初めて触れ合うポケモンは特別だ。それが唯一無二の相棒というのは、悪くない。

 

ナナカマド博士が笑った。珍しい。槍でも降りそうだ。

 

へへ。

 

 

その後、旅の餞別にポケモン図鑑を渡され、色んなポケモンを記録する様に頼まれた。

ええ、もちろん、全制覇するつもりでやらせてもらいます!

元々コレクター気質を持ち合わせているので、こういうのはワクワクする。色んなポケモンを実際に見て描いてみたいし、楽しみだ。

 

これからの旅路に胸を踊らせながら、ポケモン図鑑を試しに色々弄っていたら、バーーッンとけたたましい音が響いた。

 

「ナナカマド博士!」

 

あ、ライバル君だ。

 

「勝手にポケモン使って、ごめんなさい!!」

 

腰が90度に。勢いが凄い。礼儀正しいのか礼儀がなってないのか判断に困る。

 

「でもオレ! こいつと離れたくないです! 一回一緒に闘っただけだけど、オレ、こいつのこと相棒だと思ってて……」

 

何か始まった。

 

多分これ、ナナカマド博士からポケモン図鑑を渡される所なんだろうな。ゲームではカットされてたっけ。

 

この男の子が来たということは、間もなく主人公も来るだろう。外で待っててあげよう。

 

「ヒカリ」

 

外に出ようとしたら、父に声をかけられた。そう言えば居たんだった。

 

「誕生日、おめでとう。それと、良かったな。ポケモンを貰えて」

 

「……うん」

 

父は、愛しさと、切なさと、心強さを携えた様な表情を……なんかこの言葉の並び聞き覚えがあるな。

 

「ほら、これがヒカリのトレーナーズカードだ」

 

「あ…ありがとう」

 

「それが身分証明書になる。ポケモンセンターやフレンドリィショップを利用するのにも必要だから、絶対に無くすなよ」

 

マジか。そんな重要な物なんだ。

 

トレーナーズカードにはIDナンバー、名前、スコア(恐らく公式の試合の戦績)、有効期限が書かれていた。

全身を写した写真が右半分をしめている。こんなの撮ったっけ。

 

「1年毎に更新だ。まあ、期限が近付いたら自然とジョーイさんや店員さんが教えてくれるから、あまり気にしなくていい」

 

「りょーかい」

 

トレーナーズカードはピンクのパスケースの様な物に入っていた。市販の物だろうか。

カードが見える様に透明な収納スペースにカードが入っており、裏側は開け閉めできる様になっていて、中に各種バッジが収納できる様になっていた。

 

「後、これも持っていきなさい」

 

「んえ?」

 

ポン、とモンスターボール20個とキズ薬5個を渡された。

お、おお……あ、ありがてぇ……

 

待遇の良さに戸惑っていると、別の所で作業していた母も近付いてきた。

 

「ヒカリ、家の玄関の棚に新しいランニングシューズがあるから、それを履いていきなさい」

 

ええ……何そのサプライズ……みんなサプライズ大好きかよ……

 

「……ありがとう。お父さん、お母さん」

 

「いいんだよ。ヒカリ、旅を楽しんでおいで」

 

「体にだけは気を付けて、いつでも帰って来なさいね」

 

一生家を出たくなくなるから、そういうの止めてほしい。

 

「うん。いってきます」

 

これ以上父と母の顔を見ていたら、駄目になりそうだ。

振り返ることなく、私はドアを開けて外に出た。

 

そして、主人公君と鉢合わせになった。

 

「「…………」」

 

1つのことに集中すると、すぐに他のことを忘れがちになってしまう。悪い癖だ。

 

「あっ! 待ってたよ! こっちこっち! ここ研究所ね! 中でナナカマド博士が待ってるから! じゃあ……」

 

ドンッ!

 

「わっ」

 

「きゃっ!?」

 

案内だけしてそそくさと退散しようとしたら、研究所のドアが開いて、黄色い物体が勢いよく飛び出てきた。

 

ぶつかったのは私ではなく、主人公君なのに、テンパってたのもあって悲鳴を上げてしまった。

 

「なんだってんだよー! って、コウキか! あのじいさん……怖いというか無茶苦茶だぜ。まあいいや……コウキ、オレ、行くよ! じゃあな!」

 

そう言ってライバル君は、ダッシュで町の外へ向かった。

勢いが凄い。

 

「……せっかちだね。君の友達」

 

「ジュンは昔からああだよ。ごめん、びっくりした?」

 

「ちょっとね。ほら、中に入りなよ。私は家に用事があるから。またね」

 

「あ、うん」

 

流石にさっきのやり取りの後に、戻るのは気まずい。1人で話を聞いてくれたまえ。

 

コウキ君と別れ、バッグとシューズを取りに家に向かう。

 

主人公がコウキ君で、ライバルがジュン君ね。ヒカリがデフォルトネームだから予想はしてたけど、これで確定だ。覚えた。

 

 

家に着き、2階の妹と共同の部屋で旅に必要な物を黄色のスポーツバッグに詰めていく。

さっき貰ったモンスターボールとキズ薬、着替え、タオルや歯ブラシといった衛生用品、紙と鉛筆、お小遣い約5000円の入った財布。トレーナーズカードはすぐに取り出せる様に、紐でカバンに繋げておく。

 

こんな物かな。

ポケセンのお陰で宿代とポケモンのも含めた飲食代が浮くとは言え、お小遣い5000円は心許ないな。

でも、お小遣い貰う機会少なかったからなぁ……正月のお年玉とか無いから、日頃からコツコツ貯めるしか無かったのだ。

 

「ヒカリ、これを持って行きなさい」

 

必要な物が他に無いか確認していると、祖父が部屋に入ってきて、何か1枚の紙を渡してきた。

 

「あっ、タウンマップ! ありがとう、おじいちゃん」

 

シンオウ地方全域が載ったタウンマップとコンパスだった。これは確かに必要。

ぶっちゃけゲームでは道なりに進めばストーリーが進むし、『そらをとぶ』の時以外は数える程度しか見ないけど、実際の旅では絶対に必要だ。

 

「お姉ちゃん」

 

1人の少女が近寄って来た。5歳下の妹のアカリだ。

 

「行っちゃうの……?」

 

アカリは私のマフラーをぎゅっと握り締めて、不安そうに瞳を揺らしていた。

 

「うん。見て、アカリ。これ、ナナカマド博士から預かったポケモン図鑑」

 

アカリの肩に手を置き、一緒にポケモン図鑑を覗き込む。

図鑑に登録されてるポケモンは、現在ポッチャマ唯一匹。

 

「お姉ちゃんはこれから、色んなポケモンと出会って、色んなことを知らないといけない。ううん、知りたい。ナナカマド博士のためでもあるし、私のためでもある」

 

アカリをぎゅっと抱き締める。

 

「大丈夫。私には相棒(ポッチャマ)がいる。ちゃんと帰ってくるから」

 

「……うん」

 

アカリの頭を一撫でし、立ち上がる。

 

1階に降り、玄関の棚から真新しいランニングシューズを取り出し、履く。

底が分厚く、これなら雪道も大丈夫かもしれない。シンオウ地方を旅するなら、そこら辺も懸念事項だ。

 

玄関の姿見で最後の確認。

白い帽子に黄色の髪留め、ピンクのマフラー、黒のノースリーブ、ピンクのスカート、黒のハイソックスに、ピンクのランニングシューズ、肩に黄色のスポーツバッグを引っ提げて、左手首にピンクのポケッチ、右手首にヘアゴムを着けている。

長い黒髪は腰まで届き、ハーフアップにしている。

この顔も見慣れたものだ。心なしか、以前の私に似てきている気がする。

 

「いってきます」

 

いつもの様に家を出る。けれど、いつもとは確かに違う。

 

すぅーーっと息を吸い込む。土と、葉と、潮の香りと、多分、ポケモンの匂い。

空は広く、どこまでも続いていく。

 

モンスターボールからポッチャマを出す。

 

「よろしくね。ポッチャマ」

 

「チャマ!」

 

ポケモントレーナーヒカリの、夢と、冒険が今、始まったのだ。

 




オリジナル要素

・トレーナーズカード(原作では特に重要な物ではなかったかと)
・ヒカリの誕生日(公式で誕生日が決まってないので、まあいいかなって思いました。日付は特に決めてません。何なら今日でいいです)
・ナナカマド博士が御三家を準備していた理由(これは私がもしかしたら、と思ったことをそのまま反映しました。誕生日じゃなくても、可愛い助手にプレゼントするつもりだったのかも)
・ヒカリの母(ゲームの中で存在は確認されてません。ナナカマド博士の研究所にいる、もう1人の研究員をヒカリの母ということにしました。グラフィックが似てませんが、そこは気にしないで下さい)
・ヒカリの妹の名前(勝手に決めました。妹の名前呼ばせないのはちょっと無理があったんで。因みに祖父はミツノブ、父はテルアキ、母はアカネです。まあ、出ないでしょうけど)


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先輩トレーナー(一日目)。

実際にゲームを進めながら書いてるんですが、チュートリアルの時にコウキ(ヒカリ)がモンスターボールを20個持っていたので、前話で父親から貰ったモンスターボールの数を20個に変更しました。太っ腹ぁ。

HPの表記について
ーーーー(HP満タン)
ーー(半分)
-(瀕死手前)


「や。ポケモン図鑑(ソレ)を持ってるってことは、私と同じことをナナカマド博士に頼まれた感じかな?」

 

念のため、先に202番道路の方を見に行って、まだコウキ君が先に進んでないことを確認してから、ナナカマド博士の研究所に行くと、丁度コウキ君が出てきた所だった。

 

いやー、とっくに先に進んでたらどうしようかと思った。まあ、主人公なんだし特にアドバイスとか無くても問題無く進めるだろうけど、一応原作の役割は担っておいた方が良いだろう。後の展開の為になるかもしれない。

 

「あ、うん。なんか、シンオウ地方のポケモンのことを知りたいから、全てのポケモンに会ってこいって……」

 

んん? なんかちょっと不安そうだね? うんうん分かるよ。いきなりそんなこと頼まれても、どうしたらいいのか分からないよね。旅の準備してる訳でもあるまいし。

え? ジュン? いや、彼はフットワークが軽すぎるから……

 

「うん。私も博士に頼まれて、図鑑のページを埋めるんだ。だから、君とは同じ目的の仲間ってことね。私、ヒカリ。ナナカマド博士の助手をやっているわ。よろしくね」

 

「俺はコウキ……です。よろしく」

 

手を差し出すと、コウキ君は握手に応じてくれた。

態度は及び腰だが、手はぎゅっと握ってくるあたり、思い切りの良い性格をしていそうだ。

 

「着いてきて、旅に必要なことを教えてあげる」

 

テッテテテテテテテテッテレレレレンッ♪

 

頭の中で『強引な人のテーマ』を流しながら、コウキ君の手を引く。

 

「この赤い屋根の建物がポケモンセンター。闘って傷付いたポケモンを元気にしてくれるし、宿でもあり、食事処でもあるわ。私達は諸々無料だから、遠慮無く利用しましょう。色んな町にあるから安心して」

 

ポケモンを癒すのは全トレーナー共通で無料だけど、宿と食事は15歳以上は有料になる。それでも格安のため、殆どのトレーナーが利用しているらしい(父調べ)。

 

「こっちの青い屋根の建物はフレンドリィショップ。色んな道具を買ったり売ったり出来るわ。ジムバッジの数で買える物が変わるから、私達はまだ買えない物が多いけど、買えないということは買わなくていいということだから、気にしなくていいわ」

 

「ジムバッジ?」

 

「シンオウ地方の各地に存在する、ポケモンジムのジムリーダーにポケモンバトルで勝つと貰えるバッジよ。旅の目的が定まらないなら、各地のポケモンジムを巡って、腕を磨きながら旅をするのもアリかもね。そうしてる内に図鑑も埋まると思うし」

 

まあ、私はジムにはあんまり興味無いんだけどね。

 

コウキ君は初めてのポケモンバトルで思う所があったのか、目を輝かせていた。うーん、男の子!

 

「あっ、そうだ。コウキ君、ナナカマド博士のお手伝いでポケモン図鑑を作ること、家の人に言っておいたら? 各地のジムを巡るなら、結構遠くまで行くことにもなるし、言っておいた方が良いと思うよ」

 

「分かった。そうするよ」

 

「じゃーねー」

 

コウキ君にバイバイし、私は202番道路へ進む。

この後はコウキ君が母親に報告した後、ここでコウキ君にポケモンの捕まえ方を教えるのが私の役目だ。

 

ただ待つのも味気無い。

そもそもやったこと無いことを教えるのは難しいので、予め練習しておこう。

原作のヒカリないしコウキもこの時練習してたのだろうか。私と同じ経緯ならそうだろう。微笑ましいな。

 

辺りを警戒しながら、草むらへと進む。

ああ、ドキドキする。新しい出会いへの期待というより、未知への恐怖の方が割合は大きい。私は臆病なのだ。

ここでは特別強いポケモンは出ないとは言え、そもそも野生動物が普通に群生する場所に身を置くのは恐ろしいことだと思う。

 

「ビィピー!」

 

聞き覚えのある鳴き声がし、振り向くと、ビッパが現れた。

 

ひ、秘伝要員だ!

 

「ポッチャマ!」

 

思わず情緒の欠片も無いことを考えてしまったが、それはさておき、戦闘そして捕獲だ。

 

「チャマ!」

 

モンスターボールからポッチャマが飛び出て、私の前に庇う様に降り立つ。

 

か、カッコいいーー! 抱いてーー!!

……あれ? そう言えば、この子って♂だろうか、♀だろうか。

 

まあ、後で確認しよう。

 

「ポッチャマ! 『はたく』!」

 

「チャマ!」

 

とりあえずは攻撃。序盤……と言うか、通常の戦闘では、ほとんど攻撃だけした方が効率が良いんではなかろうか。

そもそも、ポッチャマが最初に覚えてる補助技ってなんだっけ? 覚えてない。どうしよう。

 

そんなことを考えてる内に、ポッチャマの『はたく』がビッパにクリーンヒット。

 

「ビィッ!」

 

空のモンスターボールを取り出す。

ゲームと違ってHPの残量が見えないため、どれくらい弱ってるのか分からないが、ここに出てくるレベルのポケモンなら技を一発当てれば捕まえられるだろう。多分。

 

無理だったら再チャレンジだ。とにかく行くぞ!

 

「行け! モンスターボール!」

 

私の投げたモンスターボールは、弧を描き、ビッパの体にしっかり当たった。

 

ナイスコントロール! 子供の頃、お父さんとキャッチボールをしていて良かった!

 

モンスターボールの中から赤い光線が溢れ、ビッパに降り注ぐ。光線に包まれたビッパはモンスターボールに収まり、1…2…3度揺れた所で、揺れが収まった。

 

や……

 

「やった……!」

 

緊張が解け、思わず座り込みそうになるのをグッと堪え、ビッパを捕まえたモンスターボールを拾い、そそくさと草むらから出る。

 

視界の明けた所でポケモン図鑑を取り出し、ビッパの入ったモンスターボールをスキャンする。

 

『ビッパ まるねずみポケモン

いつも大木や石を齧って丈夫な前歯を削っている。水辺に巣を作り暮らす。』

 

ビッパの詳しい情報が図鑑に加わる。

このポケモン図鑑、カメラ機能があり、それでポケモンを撮ると、そのポケモンの大まかな情報が図鑑に登録される。

そして、モンスターボールに入った状態でスキャンすると、詳しい情報が登録されるのだ。

 

続いて、モンスターボールにトレーナーズカードを翳す。

こうすることで、モンスターボールにトレーナーIDが登録され、正式に中のポケモンが手持ちとして扱われる。

ポッチャマには先に登録を済ませてある。

 

これで、誰かが間違えてモンスターボールをビッパやポッチャマに投げたり、暴投でうっかりモンスターボールが当たっても、IDが既に登録されているため、捕まえることは出来ない。

 

まったく良く出来たシステムだと思う。シルフカンパニー様々だ。

 

「ん?」

 

モンスターボールをよく見てみると、ポケモンの情報が少しだけ載っていた。

名前(種族名)、性別、レベル、体力ゲージ、覚えてる技……なるほど、便利。

 

てか待って。じゃあ、ポッチャマの方もこれで諸々確認できるじゃん。なんで気付かなかった。

 

ポッチャマ ♂ Lv.5

ーーーー

はたく なきごえ

 

……なるほど。

これ、覚える技が増えたらどうするんだろう。4つまでは載るかもしれないけど、もしかして、4つまでしか表示できないから、4つまでしか覚えられないなんてことは無いよな?

 

頭を悩ませていると、見覚えのある赤い帽子が視界に入った。

 

「あ、コウキ君。ちゃんと家の人に報告してきた?」

 

「うん。見て、新しいランニングシューズ貰っちゃった」

 

自慢気に赤いランニングシューズを見せびらかしてくるコウキ君。

仕草が少し子供っぽい。いや、そもそも子供か。

 

「いいね。カッコいいよ」

 

コウキ君の顔が少し赤くなった。自慢気にしてたのにそこは照れるのか。

 

「さて、ところで、コウキ君ってポケモンの捕まえ方のコツ、もう知ってる? 良かったら、私がポケモンの捕まえ方教えてあげる」

 

「えーと……じゃあ、お願いします」

 

再び草むらに入り、手近な所でビッパを見つける。

 

チュートリアルの始まりだ。

 

 

「ざっとこんな感じかな」

 

さっきと同じ手順で捕まえ、ビッパの入ったモンスターボールを拾う。

 

「ある程度弱らせた方が良いけど、やり過ぎたらモンスターボールに入る気力すら残らなくなるから、加減が大事だよ。眠らせたりしたら、もっと捕まえやすくなるかな」

 

コウキ君は黙って頷きながら聞いてくれる。素直でよろしい。

 

「はい。じゃあこれ、モンスターボール」

 

ポン、とコウキ君にモンスターボールを5個手渡す。

 

「え、いいの?」

 

「いいのいいの。私、モンスターボール結構持ってるし、コウキ君にも色んなポケモンを捕まえてほしいからね」

 

ナナカマド博士だって、1人で図鑑を完成させられるとは思ってないだろう。だからこそ、こうやって3人に分配してる訳だろうし。

ま、私は完成させる気満々ですけどね。

 

コウキ君にポケモンを捕まえた後の手順と、ポケモン図鑑の機能の説明をしたら、私の役目はとりあえず終わりだ。

 

「じゃーねー! コウキ君。グッドラック!」

 

「うん。色々ありがとう。ヒカリ、またね」

 

コウキ君と別れ、一旦マサゴタウンに戻る。

 

町に入る前に、さっきチュートリアルの為に捕まえたビッパを草むらに逃がす。

 

2匹もいてもしょうがないからね。モンスターボールは再利用できるし、今後も旅パ以外のポケモンはほとんどこういう形式になりそうだ。

 

残るモンスターボールは14個。片手で数えられる様になったら、補給を検討しよう。

 

先に捕まえた方のビッパの状態を見てみる。

 

ビッパ ♂ Lv.3

ーー

たいあたり

 

それじゃあまあ、ポケセンに寄ってから、改めて先に進みますか。

 

 

202番道路の草むらを掻き分けて進む。

私の太もものあたりまで草が伸びていて、こそばゆい。

 

ゲームでは絶対に草むらを通らないと先に進めなかったが、実際にはちゃんと舗装された道があり、トレーナーでない人もコトブキシティに行くことが出来る。

 

私も何度か親や祖父に連れられて、コトブキシティまで来たことがある。

左手首に着けているポケッチは、その時に買ってもらった物だ。

 

なのでコトブキシティまでは、舗装された道を通れば、子供の足なら2時間もかければ辿り着くことが出来る。

 

いやー……意外と遠いんだよな。

ここ、ゲームでは全然短い道路だし、数分でコトブキシティに辿り着けるんだけど、現実は厳しいのだ。

 

まあ、ポケッチの表示する時間は現在8:56。できればお昼に間に合わせたい。

捕まえたいポケモンを捕まえたら、さっさとコトブキシティに向かうことにしよう。

 

 

そうやってコトブキシティの方に進みながら草むらを散策すること十数分。

 

「コゥー!」

 

よっしゃ出た! 全然ポケモン現れないから不安になったわ!

 

探してたポケモンはコリンク。

202番道路に出てくるポケモンで、ビッパとムックルは後の草むらでも出てくるけど、コリンクは確かこの草むらにしか出ないはず。是非とも捕まえたい。

て言うか、好きなポケモンだからパーティに加えたい。

 

「ポッチャマ!」

 

「チャマ!」

 

即座にポッチャマをモンスターボールから呼び出す。

先に出しておいた方が手間は省けるのだが、ポッチャマのサイズだと草むらに隠れてしまって、見失ってしまうのだ。

あと、まだそんなに信頼関係が確立されてないから、勝手にどこかに行ってしまう可能性もある。

 

ID登録のおかげで誰かに捕まえられることは無いが、運良く善良なポケモントレーナーか、ジュンサーさんに保護して貰えなければ、それが今生の別れになってしまうかもしれない。

それはあまりにも悲しい。

 

「ポッチャマ? どうかした?」

 

ふと、ポッチャマの様子がおかしいことに気が付く。

怯えているのか、どうにも腰が引けてる様子だ。

 

「チャマ……」

 

コリンクは電気タイプだ。ここに出てくるレベルなら、まだ電気タイプの技は覚えていないだろうが、潜在的に苦手なタイプに反応しているのかもしれない。

 

「コゥ!」

 

ポッチャマの様子を伺っていると、コリンクがポッチャマに向かって突撃してきた。

しまった! 先手を打たれた!

 

今まで、比較的動きの少ないビッパを相手にしていたから、油断していた。

 

「ポッチャマ! 右に跳べ!」

 

咄嗟に避ける様に指示を出し、ポッチャマも言われた通り右に跳んだが、コリンクもその動きに合わせて、前足を踏み込んで勢いよく方向転換した。

 

結果、コリンクの『たいあたり』がポッチャマにクリーンヒットした。

 

「ヂャマッ」

 

「ポッチャマ!」

 

思わずポッチャマの下に駆け寄ったが、ポッチャマはしっかりと2本の足で立ち上がった。

ホッとしたが、これ以上油断する訳にはいかない。

戦闘中はHPをゲージで見ることが出来ないから、ポッチャマの状態は私の目測で判断するしかない。しかし、まだ戦闘経験が少ない中でそんなもの分かる訳が無い。

 

倒される(やられる)前に倒す(やる)。短期決戦に賭けるしか道は無い。

 

「ポッチャマ! 『はたく』!」

 

「チャマ!」

 

ポッチャマの『はたく』がコリンクの左頬に当たったが、コリンクはまるで効いてないかの様にポッチャマを振り払った。

 

「ポッチャマ! 一旦距離を取って!」

 

コリンクの攻撃が飛んでくる前に、ポッチャマを後退させる。

 

コリンクはすぐに深追いはしてこず、準備運動のつもりか、前足を地面に擦り付けていた。

 

その間に、コリンクの様子を観察する。

前足の黄色い部分から、バチバチと音がしている。電気タイプの技を持ってなくても、あの足には触らせない方が良いだろう。

目は真っ直ぐとポッチャマを見据え、威圧する様にーー待て。

 

コリンクの目を見てピンと来た。

 

『いかく』か……! 戦闘時、最初のターンで相手の攻撃を下げるという、ポケモンの特性。

 

ポッチャマが怯えてる様に見えたのも、ポッチャマの攻撃が全然効いてないのも、この特性のせいだ。

 

分かった所でどうしろと言うのか。

 

「クルゥ!」

 

ああクソ! そりゃそう長くは待ってくれないよな!

 

「ポッチャマ! 私が合図したら斜め後ろに跳んで!」

 

「チャマ!」

 

とにかく、今できることをやるしかない。

まだだ。まだ……もう少し、ギリギリまで……

 

「今よ!」

 

「チャマ!」

 

さっきと違ってギリギリまで引き付けたおかげで、今度は攻撃を回避することができた。

ポッチャマの脇をコリンクが通り過ぎ、後ろ姿が無防備に晒される。

 

「ポッチャマ! 今度は、横っ腹に『はたく』!」

 

ポッチャマの『はたく』がコリンクの横っ腹に当たるが、駄目だ。やっぱり全然効いてない。

 

コリンクが尻尾でポッチャマを払いのけ、正面を向こうとするが、まだ背後は取っていたい。

 

「ポッチャマ! 尻尾を咥えて!」

 

ポッチャマは手の部分がまんまペンギンのそれなので、物を掴んだり、器用なことは出来ない。

仕方がないので、嘴で咥えてもらう。

 

「ギャンッ!」

 

ポッチャマがコリンクの尻尾を咥えると、コリンクは飛び上がり悲鳴を上げた。

 

! そこか!

 

「ポッチャマ! そのまま、尻尾に向けて『はたく』!」

 

「チャマ!」

 

ポッチャマの『はたく』が尻尾に当たると、コリンクは目に見えて弱った。

すかさず準備していたモンスターボールを投げる。

 

「行けぇ!」

 

モンスターボールはコリンクを吸い込み、1…2…3度揺れて止まった。

 

「…………っ!!」

 

思わずガッツポーズ。

強敵だった。ゲームではあんなに簡単に捕まえることの出来たコリンクは、確かに強敵だった。

 

 

『コリンク せんこうポケモン

筋肉の動きで電気を作る仕組みを前足に持つ。ピンチになると全身が光る。』

 

コリンク ♀ Lv.4

-

たいあたり

 

図鑑に登録し、コリンクの様子を見ると、かなり弱っていた。

うひゃあ、ギリギリだ。急所ヤバいな。

 

そう。私の狙いは、『急所』だったのだ。

ゲームでも、一定確立でポケモンの技が急所に当たる仕様になっている。

つまり、どんなポケモンにも、どこかしら弱点があるということだ。

火力が足りなくて、それを補う補助技が無いなら急所頼り、というのは、誰もが一度はやったことのある戦法ではなかろうか。

 

ゲームでは完全に運任せだったけれど、実際に急所を探しながらのバトルは中々に臨場感があった。

この戦法は今後にも役立てていきたい。

 

さて、欲しいポケモンは捕まえた。

急いでコトブキシティへ向かおう。ポケモンセンターでコリンクとポッチャマを元気にしてもらわなければ。

 

 

 

「お預りしたポケモンはみんな元気になりましたよ! またのご利用をお待ちしています」

 

「ありがとうございます」

 

ジョーイさんにポケモンを元気にしてもらい、一息吐く。

 

コトブキシティに着いたけれど、これからどうしようか。少し早いけど、お昼にするか……あ、でも、コウキ君にトレーナーズスクールを紹介した方が良いのか。

 

とりあえず、外に出よう。

ヒカリはゲームにおいてアドバイザーの位置にいて、各地で主人公(コウキ)に鉢合わせて、アドバイスしたりトラブルに巻きこまれたりする訳だけど、そうそう都合よく鉢合わせできるかどうかなんて、分かりはしない。

まあ、そこは偶然か必然に任せて、出来る時に出来るアドバイスを心掛けよう。

 

「あ」

 

ふと、見覚えのある後ろ姿を見かける。

 

「やあ、こんな所で何してるの?」

 

ジュン君だ。

私が声をかけると、ジュン君は訝しげな顔をし、暫し思案した後、徐に拳を手の平に打ち付けた。

 

「ん?……? あっ! お前、ナナカマド博士と一緒にいた奴か!」

 

こいつ。

 

「ああ、自己紹介する暇が無かったもんね……私はヒカリ。ナナカマド博士の助手をやっているわ」

 

「おう、オレのことはジュンでいいぜ。ヒカリ、お前もナナカマド博士に図鑑を渡された口か?」

 

「ええ。ここに」

 

カバンからポケモン図鑑を取り出す。

 

「ところでジュン、さっきから、図鑑を見て難しそうな顔をしてたけど、何か分からないことでもあったの?」

 

「いや……オレ、ポケモンのこと何にも知らないなあって思って……ポケモンのこと知りたかったんだけど、ポケモン図鑑を見てもさっぱりなんだ」

 

ほぅ。

察するに、ジュンが知りたいのは、主にポケモンバトルに必要な知識だろう。図鑑に載ってるのはそのポケモンの生態や分布、写真くらいだ。

 

「ポケモンのことを知りたいなら、トレーナーズスクールに行くことをお薦めするわ。ほら、そこの道を右に曲がった所にあるから。それと、トレーナーズスクール以外でも、色んな人から話を聞くと、意外と有用な知識を得ることもあるから、物怖じせず色んな人に話しかけると良いわよ」

 

現実では、子供が知らない大人に話しかけるのは、あまり薦められたことではないんだけどね。

 

「そうなのか! サンキューヒカリ! んじゃ、オレ早速トレーナーズスクールに行ってくるわ!」

 

言うや否や、トレーナーズスクールのある方に駆け出すジュン。本当にせっかちな奴だ。

 

さて、これからジュンがトレーナーズスクールに向かうということは、コウキ君も間もなくコトブキシティに来るということだ。

確かコウキ君はジュンに届け物があったはずだし、早めに教えてあげた方が良いだろう。あの男が一つ処にいつまでも留まるとは到底思えない。

 

 

コウキ君にトレーナーズスクールに行く様に薦めて、私はどこに行くとも無く足を進めていた。

 

マサゴタウンは田舎町と言った風情だけど、コトブキシティは『シティ』と言うだけあって、規模が違う。

 

コンクリートに舗装された地面、街灯、マンション、ビル、噴水、テレビ局。

広さもさることながら、正に都会の様相だ。

 

んー……でも、特にこの街の中に行きたい所がある訳でも無いし、観光は別にいいか。

トレーナーズスクールには後で行ってみたいけど、それよりもポケモンをもっと捕まえたい。

 

グゥーーー…

 

……まずは、ポケモンセンターで腹ごしらえだ。

 

 

「すみません。ランチと、ポケモンフーズを3匹分お願いします」

 

受け取り口で食事を受け取り、適当な席に持っていく。

 

机に私の分の食事を置いておいて、ポケモンフーズの袋を開ける。

専用の容器にそれぞれ入れると、ポッチャマとコリンクとビッパは思い思いに食べ始めた。

 

…………。

 

一欠片、ポケモンフーズを口に含んでみる。

……味が薄い。ちょっと固めのクッキーみたいだ。どちらかと言うとビスケットか。

甘いとも辛いともしょっぱいとも言えない味だ。ポケモンの好みに左右されない様に味付けしてるのかもしれない。

何となく味と食感に既視感を感じ、記憶を辿ってみると、思い出した。かんパンだ、これ。一昔前の固いやつ。

非常食じゃん。

 

3匹の頭を一撫でし、私も席に着いて食事を始める。

 

好みと言えば、ゲームではポケモンの性格や好みで能力補整が決まっていた。

能力補整とは、攻撃、防御、特殊攻撃、特殊防御、素早さの内、どれかの能力が上がりやすくて、どれかの能力が上がりにくいと言うものだ。

 

能力補整がかかっていない性格も存在する。素直、まじめ、がんばり屋などだ。

その場合は好みは存在せず、何でもよく食べる。

 

個体値や努力値を拘ったことは無いけど、性格は把握してみたい。能力補整がこの世界にあるのかも気になるし。

 

ほかほかのご飯を口に運ぶ。ああ、白米が美味しい……世界観が日本ベースで良かった。

 

性格を把握するには、日々の交流も大事だが、好みを知れば手っ取り早く済むかもしれない。

好みと性格がこの世界でも綿密に関わっているかどうかも、調べないと分からないけど。

 

一応ナナカマド博士の助手を自認してる訳だし、私なりにポケモンを研究するのもアリだな。

ちゃんとレポートに纏めておこう。どうせメモ取らないと忘れるし。

 

野菜と肉がゴロゴロ入ったポトフを啜る。生姜が効いていて、体の内側からポカポカしてくる。

地域柄、この地方にはこういう滋養の良い物を使った料理が多い。日本の北海道がモデルになっているため、基本的に寒いのだ。

 

その割には、私は寒そうな格好をしているが、それはまあ、寒さには結構慣れてるし、ヒカリと言えばこの服装だしなぁ……

 

 

腹ごしらえを済ませ、204番道路の方に出る。

ポケセンを出てから、モンスターボールに仕舞っていたポケモン達を呼び出す。

 

コトブキシティでは、ポケモンセンター以外での公共の場にポケモンを出すことは、原則禁止だ。

ポケモンをモンスターボールから出したいなら、自分の家の敷地内か、こうやって街の外に出る必要がある。

 

ルールと言うよりは、マナーに近い。

絶対に駄目ということは無いけど、ポケモンみんなが大人しいという訳では無いから、周りの迷惑にならない様に各々気を付けているのだ。

 

……なんか、赤ちゃんを連れてるお母さんが、変に周りに気を遣ってる現代日本を彷彿とさせるものがあるけど、もう少しフラットなイメージで受け止めたい。

まあ、コトブキシティにはジムも無く、ポケモンを所有してる人の割合も比較的少ないから、この街特有の風習かもしれない。

 

「チャマ!」

「コゥー!」

「……zzz」

 

いや、なに寝とんねん。

 

ポッチャマとコリンクは元気に飛び出て来たが、ビッパが思いっきり昼寝に明け暮れていた。

 

昼寝が好きなのか? そう言えば、ポケモンの個性でそういうのを見たことがあるな……

ポケモンには、性格や好みの他に『個性』が設定されている。

食べることが好きとか、逃げるのが早いとか……でも、個性がステータスにどういった影響があるのか知らないんだよな。

よし、気にしないことにしよう。

 

寝ているのを起こすのも悪い。ビッパには再びモンスターボールに入ってもらい、コリンクに向き直る。

 

「はじめまして、コリンク。私はヒカリ。貴女にはこれから、私の旅に着いてきて貰おうと思ってるんだけど、いいよね?」

 

念のため、コリンクの意志を確認しておく。

当たり前だが、モンスターボールで捕まえて、無理矢理連れていくなんてことはしたくない。

本当なら弱らせて捕まえるのも心苦しいけど、そこはポケモン図鑑のためと割り切っている。

 

「コゥ!」

 

尻尾をピンと立てて、コリンクは元気に返事をした。

言葉が通じてるとは思わないが、この分なら着いてきてくれるだろう。

 

「よっし! それじゃ、ポケモン図鑑完成のために、がんばるぞー!」

 

「チャマ!」

「コゥ!」

 

 

それから、204番道路でキャッチ&リリースを繰り返し、ムックル、スボミー、洞窟の入口で見つけたズバットを図鑑に登録した頃には、日が暮れかけていた。

 

途中で捕獲に失敗し、モンスターボールが壊されてしまったのには驚いた。

一度ボールの中に入った後に、無理矢理出てきて内側から壊れてしまったのだ。

ゲームで捕獲に失敗してもボールを回収出来ないのって、こういうことだったのか……モンスターボールは消費物なんだな。

残るモンスターボールは10個。片手で数えられる様になったら、補給を検討しよう。

 

あ、最後にコロボーシも捕まえとかないと。

 

日が暮れてしまったので、その日はそのままコトブキシティのポケモンセンターに宿泊した。

 




旅の一日目が終了。まだまだ序章って感じです。

現在の持ち物:キズ薬5個、モンスターボール10個
所持金:5000円
バッジの数:0個
捕まえたポケモンの数:7匹

オリジナル要素の補足は面倒になったので止めます。
気になる方は感想にてどうぞ。


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