黄泉川家の日常 (祖牙武)
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第一日 黄泉川家と遊園地
えーと、夜這い?


白髪に赤目、男にしてはどころか女だとしても華奢な体。とても学園都市第一位の怪物には見えない彼───一方通行は困惑していた。なぜなら、目が覚めて開口一番に見えたのが自分に馬乗りする少女だったからだ。

 

 

「…………何してンだ?オマエ」

 

 

「えーと、夜這い?」

 

 

現在の時刻は午前6時、夜這いと言うには無理がないだろうか。しかもおもいっきりマジックペンを持っているのが見えている。しかし高校生くらいの少女はそんな事実はないかのように小首をかしげ、おどけたような笑みを浮かべる。普通の男であればマジックペンの事など頭から吹き飛び一発KOされそうな容姿であるが、一方通行は動じなかった。そもそも興味がないのもあるが、この少女の本性を知っているからだ。よって彼の脳が弾き出した最適解は、

 

 

「色香もねェガキがンな事言ってンじゃねェ………俺は寝る…」

 

 

 

二度寝、であった。

 

 

「そうやって誤魔化してるつもり?実は興奮しちゃってるんじゃ………え?マジで寝たの?おい!」

 

 

マジのマジである。某有名な青い猫型ロボットの漫画の主人公並みである。尤も彼とは違い、一方通行は特殊な事情から睡眠時間を減らす必要があったため、眠りに入る速さが尋常でないだけなのだが。

 

 

 

 

それはさておき、彼には一つ誤算があった。

 

 

「うっわマジで寝たよコイツ。彼女とか家に泊めても先に寝てるタイプだわ。第一位サマはコミュ障レベルも第一位って事かな?」

 

いつもならこの辺りで彼女が飽きるはずが、今回は引かなかったのだ。

 

 

「まーいいや。奥の手を使うだけだし。最終信号!おもいっきりやっちまえ!」

 

 

つまりそこから導かれる答えは。

 

 

 

 

 

「はーい!打ち止め、行っきまーす!ってミサカはミサカはおもいっきりボディプレスしてみたりー!!」

 

 

「ゲボァ!?」

 

 

重撃。

今の一撃を一言で表すならこれしかないだろう。冗談抜きで走馬灯すら見えるほどの衝撃だった。

 

 

「起きて起きて起きてー!ってミサカはミサカはあなたの上で転がってみる!」

 

 

「起きるからさっさとどけェ!」

 

少女ほどの体重で体の上を転がり回られてはたまったもんではない。この状況を引き起こしたもう一人の少女は、よほどツボにはまったのか床にうずくまってヒーヒー言っている。

 

 

「あァくそ、最悪だ………」

 

 

今なお転がり続ける少女にチョップをかまし、既に笑いをこらえきれずにゲラゲラ笑っているもう一人の少女に拳骨を食らわせ、一方通行は一人呟いた。もう何度言ったか分からない言葉を。

 

 

最悪な朝だ、と。



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それはミスるわ

「あらおはよう一方通行。珍しく早起きだなんて、健康思想にでも目覚めたのかしら」

 

 

ニートが何か言っている。一方通行の感想はその一つであった。目の前でオトナの女性オーラをかもし出している(と本人は思っている)女性の名は芳川桔梗。本来ならとても優秀な研究員であるはずなのだが、何を間違えたか現在は寝て食ってゲームするニートと化している。

 

 

「というか、朝から両手に花だなんてどこの貴族よあなた?」

 

 

「コイツらに花なンて形容詞が似合うかよ」

 

 

芳川が形容した通り、一方通行は左右に少女を侍らせていた。右から腕を絡ませている少女の名は番外個体。かつて一方通行を殺すために作られた軍事用のクローンだ。左から腰に抱きついているさらに小さな少女は打ち止め。こちらは軍事用クローンを統括する目的で作られたクローンである。二人にはいくつもの共通点があるが、ここで特筆すべきはどちらも過去に一方通行に命を救われたということだろう。

 

 

「今の言葉は聞き捨てならないねぇ、ミサカだってオンナノコなんだよ?」

 

 

「そうだそうだー!ってミサカはミサカは憤慨してみる!」

 

 

とはいえ、今の一方通行の言葉を寛容するほど惚気ている訳ではない。案の定、彼女達は騒ぎ出してしまった。

 

 

 

「花と形容されるよォな女は寝てる奴に落書きしたりボディプレスかましたりしねェよ」

 

 

「あれはあなたが起きないのが悪いんだよ!ってミサカはミサカは抗議してみる!」

 

 

「ミサカは未遂だし除外かな?」

 

 

「同罪だボケ」

 

 

まるでコントの様な会話からは、過去の闇は感じられない。彼らにまとわりつき続けていた禍根は既に無くなっていた。

 

 

 

「何ジロジロ見てンだ」

 

 

「いえ………変わったわね、一方通行」

 

 

芳川は見逃さない。彼が彼女達を既に受け入れている事を。この甘ったるい平和を大切に感じていることを。

 

 

「ふン……」

 

 

「ちょっとーミサカを放って勝手にオトナの世界に浸らないでくれるー?」

 

 

「放ってねェよ。オマエらの事考えてる」

 

 

「あらイケメン」

 

 

「そーゆー話じゃないんだけどな、ってミサカはミサカは煮え切らない気持ちを抑えてみる」

 

 

しかしこの平和は、朝から展開するにしては少々騒がし過ぎるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば黄泉川は?」

 

 

各々顔を洗う等を済ませた頃に番外個体が訪ねる。

 

 

「言ってなかったかしら?今日は早いって」

 

 

「じゃあ朝ご飯は芳川が作るの?ってミサカはミサカは訪ねてみたり」

 

 

ギクリと、であった。

その言葉を聞いた途端、芳川の肩が目に見えて跳ねる。

 

 

「ど、どうしたの?」

 

 

「……実は、愛穂から朝は頼むって、言われてたんだけど…」

 

 

歯切れ悪く話す芳川を中心に、不穏な空気が漂い始める。これは、まさか。

 

 

「………やっちまったのか?」

 

 

「やっちまったのよね………」

 

 

由々しき事態である。芳川、番外個体、一方通行の三人は最悪朝抜きでも問題は無いが、打ち止めにとっては非常にまずい。

 

 

「ごめんなさい、材料を無駄にしてしまったわ……」

 

 

「一体何をしたンだ?」

 

 

「愛穂から教えてもらった方法で炊飯器調理を」

 

 

「それはミスるわ」

 

黄泉川の炊飯器調理は教えてもらってできる物ではない。無意識的に魔術を使っていると言われた方が納得できるレベルの調理法を真似するなど無理がある。あの女、二つ名は炊飯の錬金術士なのではないだろうか。

 

 

「しょうがねェ、買ってきてやる」

 

 

一方通行が自分からそういった役をやるのは珍しい。まあ今回は朝抜きで駄々をこねる打ち止めをなだめるのとどちらがマシかを天秤にかけた結果に過ぎないが。

しかし今回の不幸はそんなものではなかった。

 

 

「じゃあどうするの?ミサカは料理できないよ?」

 

 

「聞いてたのか?買ってくるって──」

 

 

「流石に失敗した後でやる勇気は無いわ」

 

 

「だから買ってくるって──」

 

嫌な予感がする。ここは多少強引にでもさっさと買いに行った方がいいのではないか。そう思った時にはおそかった。

 

 

 

「じゃあ一方通行に作って貰えば良いってミサカはミサカは名案を出してみたり!」

 

 

「「それだ!」」

 

 

「それだじゃねェェェェェ!!!」

 

どうやら今日の最悪な朝は一味違うようだった。

 



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嘘つけ!絶対これはプロだろ!

策略にはまり台所へと放り込まれた一方通行であるが。

当然、彼は自分で料理などしたこともない。コンビニ飯か人に作って貰ったものが主食の彼にとって料理を任せられる事ほど困る事はない。とはいえ既に腹は括った。分からないのなら調べれば良いのである。幸い、朝食であれば手間のかかる料理を催促されることもない。どうにかなるだろう。

 

「まァ……焼くぐらいの行程しかねェ目玉焼きとベーコンを乗せたパンで良いだろ」

 

 

方針を固め、てきぱきと準備を進める一方通行。その手際は初めて料理をするにしては良い。今回作るものが簡単な事もあるが、元々彼が高いスペックを持つ故だろう。

 

(さて、まずはベーコンからか)

 

ネットで仕入れた知識通り、肉の油を利用するためベーコンから焼き始める。そこで彼の頭にある記憶が浮かんだ。

 

 

(そォいやいつだかの昼番組で料理は科学とか言ってたな)

 

 

彼の能力、一方通行は科学的な利用価値の観点からしても貴重なものである事は周知の事実だろう。そのベクトル操作を料理に活かす程度、簡単な事である。

 

 

(家ならバッテリーを気にする必要もねェ……せっかくだ、久々に能力を使ってみるとしよォか)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、出来たぞ」

 

 

「あら、思ってたよりも早いわね」

 

 

「さーて、どんなシロモノか、な………?」

 

 

「えっ…………え?」

 

 

打ち止めと番外個体どころか、芳川までもが絶句してしまった。一方通行の料理があまりに酷かったから、ではなく、あまりに美味しそうだったからだ。ベーコンは一切の焦げなく、打ち止めの好みに合わせしっかりとカリカリに、完熟の目玉焼きは絶妙な火加減により白身が固くなり過ぎないようになっており、綺麗にクレイジーソルトが振りかけられている。

 

 

「あなた料理したことあるでしょ」

 

「いやねェが」

 

「嘘つけ!絶対これはプロだろ!」

 

 

プロ仕様なのは能力を使ったからであって、経験が無いのは嘘ではない。まあそんな事は些末な違いだが。

 

 

「どっちでも良いから早く食べたいってミサカはミサカは急かしてみたり」

 

 

「そォだ、さっさと食え」

 

 

「今度からは一方通行に料理を任せるのはどうかしら」

 

 

「ふざけンな」

 

 

そして食べ始めてすぐ、女性陣はまたも絶句することとなるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、今日の夜もあなたが作った方が良いんじゃない?特別なんだし」

 

 

プロ級の朝食を食べ終え、各々の雑談を楽しんでいた時、番外個体がこっそりと耳打ちをしてきた。

 

 

「あァ?なンでだよ」

 

 

「だってわざわざ花とかプレゼントも買うんだし、晩御飯くらい代わりに作ってあげても良いでしょ?」

 

もっともらしいことを言っているが要は自分が旨い飯を食いたいだけである。そしてそんな魂胆は当然一方通行も見抜いている。だから番外個体は魔法の言葉を使った。

 

 

「黄泉川に感謝してるんじゃないの?」

 

 

「チッ………」

 

 

ずるい言葉だ。しかも番外個体の本音も入っていない訳ではないのが特に。仕方がない、今日一日くらいは自分のプライドを捨てるか。そんな覚悟を決めた一方通行である。

 

 

「おい芳川、俺とコイツらは昼過ぎたら出かけンぞ」

 

 

「あら、本当に珍しいわね。今日はどうしたの?」

 

 

「ちゃんと理由があるんだよーってミサ」

 

 

「はいオチビちゃんは黙っててね」

 

 

いきなり口を抑えられた打ち止めは抗議の目線を向けながらもおとなしくする。肝心の芳川は一体なんのことか見当もついていないようだ。少し日付を確認すれば分かることであるのだが………やはり彼女は大切なものを失なったのかもしれない。

 



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ふう……やはりバハムートは強敵ね

正午を少し過ぎた頃、一方通行達を見送った芳川桔梗はゲームをしていた。一方通行達は昼食を外食で済ませるとのことなので、芳川もまだ食べていない。

 

 

「ふう……やはりバハムートは強敵ね」

 

彼女が戦うべきなのは伝説上の幻獣ではなくニートである現実なのだが、この女はそれを分かっているのか。ともあれ時間は正午を過ぎている。空腹も感じてきた頃合いだ。

 

(そろそろ切り上げてコンビニでも行こうかしら)

 

さて、ここでソーシャルゲームの話をしよう。基本無料であるこの手のゲームには課金という要素がある。課金による恩恵は種類によってまちまちだが、どれもゲームをする際に有利なものであり、プレイヤーにあの手この手で課金させようとしてくる。そして芳川も課金の魔力に囚われた者の一人であった。彼女の財布には昼食はおろか、菓子類程度を買う分すら金銭は残っていなかったのだ。

 

「な、なんてこと……………」

 

 

空腹とショックに耐えかね、芳川はその場に崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

所は変わってデパート内、花屋の前に一方通行達は居た。自業自得で倒れた芳川など露知らず、昼食もきっちり済ませている。

 

 

「カーネーションだったか?母の日に送ンのは」

 

 

そう、一方通行達の目的は母の日の贈り物だ。特殊な境遇である自分達の面倒を見てくれているのだから、贈り物をするのは当然とは打ち止めの弁。もちろん一方通行はパスしたが打ち止めの懇願と番外個体の魔法の言葉で押し切られた。つくづく彼女らには甘い奴である。

 

 

「そういえば、どうしてカーネーションなんだろうね?」

 

花を手に取りながら番外個体が言う。一般的な知識が普通の人間と比べ少ない彼女だが、母の日にカーネーションの由来は普通の人間でも知っているものはなかなかいないだろう。

 

 

「普通に花言葉じゃねェのか?確か定番の赤色だと『母への愛』、『母の愛』っつゥ意味だったはずだが」

 

 

「それと、母の日の元になった出来事で白のカーネーションが配られたかららしいってミサカはミサカは下位個体から仕入れた情報を自慢げに語ってみたり!」

 

 

「ふーん。聞いといて何だけどそんなに興味あるわけでも無いかな」

 

 

「まァ意味なンざいちいち考えねェからな。結局贈り物ってな気持ちの問題だろ」

 

 

「ぷっ、そーゆーのほんと似合わないねぇ」

 

 

「ま、まさかあなたがそんな事を言うなんてってミサカはミサカは驚愕してみる」

 

 

ずいぶんと迷惑な話だ。彼女らは一方通行のことをどう思っているのだろうか。

 

 

「極悪非道の第一位サマに決まってんじゃん」

 

 

「心読んでンじゃねェよ読心能力者か………つゥかさっさと買ってこいよ」

 

 

無理やり話をそらすため半ば強引に促す。一方通行も二対一では分が悪いようだ。

 

 

 

 

 

 

 

「お客様、今こちらのレジを空けますので」

 

 

「あ、お願いしまーす 」

 

 

三人分の花を持ちレジへと向かい、外面用の口調で会計を済ませる番外個体。一方通行の方に目をやると、勝手におもちゃ売り場へ行こうとした打ち止めを押さえているところの様だ。

 

 

「彼氏さんですか?」

 

ふとそんな声をかけられた。ドキリ、と。番外個体の鼓動がわずかに早まった。

 

 

「え、いやーそんなんじゃないです。その………兄弟?みたいな…」

 

 

「そうなんですか、すいません」

 

 

「い、いえ」

 

 

まるで何かを誤魔化すかのように、素早く会計を済ませる。一方通行と打ち止めの元に戻る足取りも若干速くなっていた。

 

 

(………ミサカはそういうのじゃない、ハズ…)

 

 

戻った頃には既に治まっていたが、番外個体の顔は真っ赤に染まっていた。



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人は学ぶものなのだ。

「これなんて良いんじゃない?」

 

 

「ちょっと黄泉川のイメージには合わないかもってミサカはミサカは評価してみる」

 

 

花屋を後にして十数分後。一方通行と彼女らは別行動をとっている。一方通行は晩御飯の準備があるため、早くプレゼントを買って帰る必要があったからだ。ちなみに、彼女らは今ゲコ太がプリントされたTシャツを見ている。……………彼女らが子供服と大人服を勘違いしているとかではなく、本当に大人服としてゲコ太Tシャツが売られているのである。彼女らのセンスも大概だが、商品の方も年齢層を間違えてはないか。

 

 

「んー、やっぱこれはナシだね。流石に黄泉川には似合わないか」

 

 

「じゃあ次の売り場へごー!ってミサカはミサカは」

 

 

「お店だよ、もっと静かに」

 

 

どうやら世界はゲコ太Tシャツのオトナの女(爆乳)の誕生を望まなかったらしい(おそらくどっかの痴女聖人がいつか着るのだろうが)。その場を後にする彼女らだったが、その時後ろからよく知る声が聞こえてきた。

 

 

 

「なっ………これは新商品!?サイズは合わないけど、一考の余地はあるわね……」

 

 

御坂美琴。彼女は学園都市に7人しかいないレベル5の第三位であり、クローンである番外個体、打ち止めのオリジナルでもある。どうやら彼女は、先ほど番外個体達が見ていた服に目をつけたらしい。

 

 

「やっほう、おねーたま☆」

 

 

「げっ、番外個体………」

 

 

番外個体と御坂美琴は、ここ最近何度か遭遇していた。

そしてそのたびに御坂美琴は番外個体に遊ばれている。主にあのツンツン頭のことで。

 

 

「お姉様は何を買いにきたの?ってミサカはミサカは尋ねてみたり」

 

 

 

「そんなの聞くまでもないでしょー?どーせあのヒーローさんへのプレゼント(笑)に決まってんじゃん」

 

 

「違うわっ!何勝手なこと言ってんのよ!」

 

 

「本当にぃー?付き合ってもないのにペアリング買うおねーたまのことだからあり得ると思うんだけどにゃー?」

 

 

「アンタねぇ………!」

 

 

怒りと恥ずかしさに震える御坂。毎回毎回この調子では会ったときに「げっ」と言いたくもなるものである。

 

 

 

「あんまりお姉様をからかっちゃダメだよってミサカはミサカは注意してみる」

 

 

「上位個体命令じゃしょうがないね、からかってゴメンね?おねーたま☆」

 

 

正直反省の色など一切見えないのだが言いたい気持ちをぐっと堪える。ここで何か言えばまた繰り返すに決まっている。人は学ぶものなのだ。

 

 

「そういえばアイツ………一方通行の姿が見えないけど」

 

 

話を逸らしつつ、疑問を言う。さっきから気になっていたのだ。彼女らが外に出ているときには必ずと言って良いほど一方通行が一緒にいるはずなのだが。

 

 

「それがね、あの人が今日晩御飯作ってくれるんだよってミサカはミサカは喜びを抑えきれず伝えてみたり!」

 

 

「………え?嘘?」

 

 

「マジマジ、あの白モヤシ、ムカつくぐらい上手いから。ホント便利な能力だよねぇ」

 

 

一方通行が料理。言ったのが彼女らでなければにわかには信じがたいことである。………いや、それでもやはり信じられない。どうにか頭に浮かべて見るものの、狂気的な笑みを浮かべたサイコシェフのような絵面しか出てこない。

 

 

(一方通行なりに、この子達への接し方を変えようとしてるのかしらね)

 

 

御坂美琴は、あの実験のことを赦す気はない。しかしあくまで罪を赦さないのであり、一方通行本人への恨みは薄れてきていると言っても良い。だからと言って馴れ馴れしくはしないが。

 

 

「……ねぇ番外個体」

 

 

「ん、どしたの?」

 

 

「私の手の届かないとこは頼むって、一方通行に伝えておいて」

 

 

「りょーかい、まぁあの人のことだし『言われるまでもねェ』とか言うんだろうけど」

 

 

 

どうやら安心して任せられるくらいには信頼されているらしい。彼女の発言がそのことを物語っている。

 

 

「それじゃ、私はそろそろ行くわね。時間が近いみた………」

 

 

「え?時間?」

 

 

「そういえば何を買いにきたか聞いてなかったってミサカはミサカは改めて尋ねてみる」

 

 

失態。番外個体の顔に凶悪な笑みが浮かび始める。このままでは非常にまずいことになるのは明白だった。

 

 

「時間ってどーゆーことかなー?おねーたまー?」

 

 

「………ご、ごめん!ちょっと急いでるからもう行くわね!」

 

 

逃げ出すようにその場を後にする。彼女らは面食らったようだが、わざわざ追いかけてはこない。

 

 

(流石に、言える訳ない……!)

 

 

走りながら思う。自分が今日ここに来た訳を思い出す。

 

 

(あの馬鹿がこの時間にいることが多いから来ただなんて!)

 

 

結局、番外個体の読みは当たっていた訳である。赤面した顔を隠しながら、御坂美琴はその場を後にした。

 

 



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タウンワーク

「………予定より遅くなっちゃったじゃん」

 

 

今日は朝から警備員の仕事があった。本来なら午後6時ごろには帰れたはずが、現在8時をまわっている。迷子を助けたり、迷い猫を探したり、チンピラをちょっとシメたりと関係ないことをしていたからなのだが。しかし黄泉川愛穂とはそういう人間なのだから仕方がない。

 

 

「ただいまじゃーん」

 

「お帰りなさーい!!ってミサカはミサカは元気よく出迎えてみる!」

 

少女が勢いよく飛びついてくる。黄泉川はこの瞬間がとても好きだ。この純真無垢な少女は、親愛を包み隠さずぶつけてきてくれる。

 

 

「あのねあのね、リビングに入ったら黄泉川絶対びっくりするよってミサカはミサカは抑えられない興奮を前面に押し出してみたり!」

 

「おうおう、今日はいつになくテンション高いじゃん」

 

 

急かす少女にリビングへと引っ張られる。この少女は喜怒哀楽が激しい方だが、ここまでなのはなかなか珍しい。リビングには一体何が……

 

 

 

 

 

「おゥ、帰ったか。そろそろできるから席についとけ」

 

目を疑った。あの一方通行が晩御飯を作っているのだ。

 

 

「ちょっと疲れが溜まり過ぎてるみたいじゃん…」

 

 

「ちゃンと現実見ろコラ」

 

 

「じゃあ何か変なものでも食べたじゃん?」

 

 

「殴ンぞ」

 

 

「しょーがないって、一度見たってのにいまだにミサカも信じられないし」

 

 

彼女の口振りから察するに朝か昼にも作っていたらしい。彼は基本そういったことをする性分ではない。一体何があったのだろうか。

 

 

「この子達、今日が母の日だからって色々してくれてるのよ」

 

 

「母の日……」

 

 

思いもしなかった。いや、今日が母の日であることは知っていた。今日助けた迷子がまさに母の日のプレゼントを買いにいって迷った子だったのだ。だから、思いもしなかったのは一方通行達が自分を母のように思ってくれていることだった。

 

 

 

「プレゼントもあるんだよってミサカはミサカは包装されたプレゼントを取り出してみたり」

 

 

「最終信号はお小遣い少ないからミサカと二人で買ったプレゼントだけどね」

 

 

「……………桔梗、私はもう死んで」

 

 

「安心しなさい愛穂、ちゃんと現実よ」

 

 

本当に夢ではないのだろうか。可愛らしく包装されたプレゼントが手渡される。中身は、猫を模したキャラクターがアクセントのようにプリントされたTシャツ。大人が着ても違和感のないデザインとなっている。彼女達なりに黄泉川に似合うものを考えてくれたのだろう。それだけで、黄泉川の胸に熱いものが込み上げる。

 

 

「可愛いのを選んだよってミサカはミサカは胸を張ってみる!」

 

 

「部屋着にでも使ってくれると嬉しいね」

 

 

「………ほらよ、コイツは俺からだ」

 

 

「これは……アロマ?」

 

 

「最近疲れが溜まってるとか言ってただろ。効くらしいぞ」

 

 

一方通行からも貰ってしまった。しかも、どうやらこちらを気遣ってくれているらしい。このまま気を緩めたら思わず泣いてしまいそうだ。いや、もしかしたら既に涙が浮かんでいるかもしれない。

 

 

「本当にありがとう」

 

 

「………気にすンなよ、実際オマエには感謝してる」

 

 

「うっわキモい。ちょっと今ミサカ凄くぞわってきたわー。もしかして普段は言わない感謝を言うのがカッコイーとか思ってんの?」

 

 

しんみりした雰囲気のまま食事に入ることはさせない。そう言わんばかりに番外個体がふざける。確かにこれからするのは楽しい晩御飯だ。一家団欒は楽しまなくては。

 

 

「こらこら、せっかく一方通行が慣れないことをしたんだからいじるのは野暮じゃん」

 

 

「……さっさと食え。飯冷めちまうだろォが」

 

「それじゃあ手を合わせてーってミサカはミサカは合図を出してみる」

 

 

「「「「いただきまーす!」」」」

 

 

「………いただきます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ところで、私にはプレゼント無いのかしら?)

 

元天才美女科学者(現在ニート)の芳川はそんなことを考えていた。なんだか良い話のようになっているが、一方通行達の親役は黄泉川愛穂一人ではない。当然芳川もである。知り合った時期で言えば芳川の方が早くさえある。カーネーションは一緒に渡されたが、プレゼントに関しては誰も一切言及しない。普通に忘れられている。

 

 

 

「ねぇ一方通行」

 

 

「あァ?」

 

 

「私へのプレゼントはないのかしら」

 

 

直球である。この女、恥というものがないのだろうか。それとも既に恥を感じる領域を越えてしまったのか。どちらにせよ人として良いこととは言えない。

 

 

 

「そォいや渡してなかったなァ。ほらよ、受け取れ」

 

 

「ありが………これは?」

 

 

「タウンワーク」

 

 

「え?」

 

 

「タウンワーク」

 

 

「働けってことかしら?」

 

 

「そォだ」

 

 

結局、ニートの野望はヒーロー様によって打ち砕かれたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「桔梗、あんまり気にしちゃダメじゃん。ちゃんとあの後プリペイドカード貰ったじゃんよ」

 

 

 

「流石にあれは傷つくわよ……」

 

 

時刻は深夜、一方通行達は既に床についている。彼女らは今日のことを肴に酒を酌み交わしていた。

 

 

「まさか、あの子らが母の日で祝ってくれるとは思ってなかったじゃんよ」

 

 

「家族の様には感じていたのでしょう?不思議なことではないわ」

 

 

「その通りではあるけど、やっぱり私の独りよがりじゃなかったってのが嬉しいじゃん」

 

 

誰一人血は繋がっていなくとも、家族。そういった関係を構築し、確定させた彼ら。それはこれから先、もっと強固なものへと成っていく。

 

 

 

「そういえば、一方通行が作った朝食はどんなのだったじゃん?」

 

 

「なかなか凄かったわ、それが────」

 

 

 

黄泉川家と母の日 終わり



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第二日 黄泉川家と遊園地
…………行きたいです


学園都市の第七学区に位置するとあるマンション。その一室で、朝から彼らは睨みあっていた。

 

 

 

 

「この間ゴールデンウィークがあったじゃん」

 

 

「あったわね」

 

 

「けど私らはどこにも出かけてないじゃん」

 

 

「出かけてないねぇ」

 

 

「そして今日は休日じゃん」

 

 

「そォだな」

 

 

「どこか遊びに行きたくない?」

 

 

「「「行きたくない」」」

 

 

即答、しかも満場一致。思わず頭を抱えてしまいそうになる。確かに彼らはインドア派だが(番外個体は夜遊びはする)、休みに全員で出かけることぐらいしたいものではないか。

 

 

「たまの休日ぐらい遊びたいじゃん」

 

 

「たまの休日ぐらい休みたいのだけど」

 

 

「オマエは365日毎日が休みのヒキニートだろォが」

 

そういう一方通行も学校に通っていないので似たようなものである。というか、この家にいる人間で都合を合わせなければならないのは黄泉川だけなのだ。だから問題なのは、彼らの面倒くさがりなのである。どうすれば心変わりさせられるかを思案していた時だった。

 

 

 

「おはよー………ってミサカはミサカは眠い目を擦りながら言ってみたり…」

 

 

ちょうど少女が起きてきたのである。突破口を見つけたとばかりに黄泉川は打ち止めへと詰め寄る。

 

 

「打ち止め、今日みんなで遊園地に行くって言ったら?」

 

 

「絶対行きたい!ってミサカはミサカは一瞬で眠気を吹き飛ばしてみたり!!!」

 

 

思惑通り打ち止めはこちら側についてくれた。そして彼女が行くと言ったのならば、一人は必然的についてくることになる。

 

 

「一方通行も来るんだよね!ってミサカはミサカは期待を込めた眼差しを向けてみる!」

 

「………俺がいる必要はないだろ」

 

「あなたも一緒じゃなきゃやだー!!ってミサカはミサカは猛抗議してみる!」

 

「あァ分かったよ行きゃイインだろ!」

 

「よーしよくやったじゃん打ち止め!」

 

 

これで一人。しかし、残る二人を動かす材料を黄泉川は持っていない。だが今の彼女は本気だ。どうにか番外個体と芳川の攻略法を模索していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(…めンどくせェことになっちまったなァ)

 

 

起きたらいきなり出かけようと言われたかと思えば、いつの間にか参加が決定してしまっていた事実に困惑する。多少はこの生温い日常に慣れてきたとはいえ、遊園地など行く気が全くおきないのだが。しかし打ち止めに懇願されてしまっては、一方通行は断れない。というか、それを見越しての黄泉川の行動だったのだろう。

 

 

(だが芳川と番外個体が行かねェのは癪だな……コイツらもどォにか道連れに…)

 

と、彼女らを参加させるための材料を探している時だった。

 

 

「行くのはゲコ太ランドが良いなってミサカはミサカは提案してみたり!」

 

 

「……!」

 

 

(番外個体のヤツ、今変に反応しなかったか……?)

 

 

 

打ち止めがゲコ太ランドと口にした瞬間、番外個体の肩がピクリと動いたのを一方通行は見逃さなかった。そういえば彼女は、オリジナルの趣味をしっかり受け継いでいたのではなかったか。こいつは使えるとばかりに一方通行は番外個体へ耳打ちする。

 

 

(なァ番外個体、オマエ実は気になってンだろ?)

 

 

(っ、いや全然?そんなことないけど?ミサカがゲコ太なんてお子ちゃまなもの好きなわけ……ないじゃん)

 

 

(じゃあオマエは行かねェってことでいいな?)

 

 

(あ、あったり前でしょ?興味なんてないし?)

 

 

一方通行には少女趣味がしっかりバレているというのに、今さら何を隠しているのだろうか。ともあれこのままでは話が進まないので、彼女にはオチてもらうことにする。

 

 

(そォか。じゃあ金かかるヤツが減る分打ち止めにグッズを多く買ってやンなきゃなァ。誰かさンの分で)

 

 

わざとらしく、言葉の一つ一つを強調しながら言う。これで彼女が我慢できるハズがなかった。

 

 

(………ミ、ミサカの分まで最終信号に使われるのは納得いかないし、行ってあげてもいいかな~?)

 

 

(行きたいのか行きたくねェのかハッキリ言え)

 

 

(…………行きたいです)

 

 

これで二人。番外個体もゲコ太の魔力の前に屈することとなった。残るは一人…………だったのだが。

 

 

 

 

 

 

 

「あら、そちらも決定したのかしら?なら早く準備しなさい」

 

 

何故か芳川がしれっと参加側にまわっている。しかも準備を黄泉川より早く済ませている。これは、一体?

 

 

「……おい黄泉川、オマエ何かしたか?」

 

「いや……私もどうやって桔梗を連れていくか考えてたところじゃんよ」

 

 

 

謎の心変わりの答えは、彼女のやっていたソシャゲがゲコ太ランドとのコラボをしていたからなのだが、そんなことは彼らの知る由もない。ともあれ、黄泉川家は晴れて、全員で遊園地へと出かけることになったのであった。

 

 

 



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ああっ!私の生命線!








ゲコ太ランド、と銘打ってはいるものの、某夢の国のように遊園地全体がそのキャラクターシリーズのものではない。どちらかと言えば、夢の国のライバルのように幾つかの作品のエリアに分かれているうちの一つである。よって一方通行らが現在いるのはまた別のエリアであった。楽しみは後に回した方が良いとは芳川の言だが、ソシャゲのキャンペーン対象エリアを先に回りたかっただけなことを一方通行達は知らない。ともあれその提案に打ち止めが乗ったため、ゲコ太ランドは後にまわされたのであった。

 

 

「さーて、早速遊園地を満喫するじゃん!」

 

「それじゃあ私はそこの休憩所で待ってるわね」

 

「…………協調性が大事とか宣ってミサカに釘刺したのはどこの誰だったかな?」

 

番外個体の鋭い声に芳川の肩がびくんっ!と跳ねるが、彼女はそのまま休憩所へ向かうのをやめない。目的の遂行(ソシャゲのコラボ)のみを考える人間はここまで強いのか。そして芳川は表情を整え、こう言い放った。

 

 

「私は大人だから良いのよ」

 

「良いわけないじゃんスマホ没収ー」

 

 

ああっ!私の生命線!などというダメな大人の声を聞きながら心底うんざりする一方通行。最初からこれでは先行きが不安過ぎる。そもそも一方通行は現在進行形で突き進もうとする打ち止めの首ねっこを掴んでいる。いきなり迷子とかメチャクチャ困る。

 

「なんで意地悪するのーっ!ってミサカはミサカは憤慨してみる!!」

 

「オマエを一人で行かせて迷子とか洒落になンねェンだよ」

 

「ミサカは迷子になんかならない!ってミサカはミサカは胸を張って主張してみたり」

 

「前科が二つほどあるンだがそれについてはどォお思いで?」

 

「頭ぐりぐりするのやめてーっ!!ってミサカはミサカはみぎゃー!!?」

 

 

ちなみにこの状況に一番辟易してるのは意外なことに番外個体であった。基本的に悪意を向ける、向けられることに慣れている彼女でも、連れが悪目立ちすれば羞恥心を抱くことはある。そして現在の彼らは周囲から完全に好奇の目を向けられている状態だ。正直このお出かけを楽しみにしていた番外個体は、珍しくため息をついていた。

 

(これだったらくろにゃんと二人の方が良かったかなぁ………)

 

 

悪意満点から、少し人間味の増した番外個体であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、まずはどれにすンだ?」

 

 

パンフレットに付属した地図を見ながら一方通行が言う。先ほどの件は、最終的に黄泉川の鉄拳によって芳川のスマホが粉々に砕けたため終結した。どんな諍いも永遠には続かないのだ。芳川は完全に意気消沈し一言も発しないが、誰もそれを気にしない。

 

 

「取り敢えずゲコ太ランドにないものを優先したいから………これなんてどうじゃん?」

 

一方通行の持つ地図を覗き込み黄泉川が指差したものは、学園都市でもトップクラスに怖いといわれるお化け屋敷であった。

 

「え?最初からこれにするの?フツー後にまわすと思うんだけど」

 

「何でも良いから早く楽しみたいってミサカはミサカは急かしてみる」

 

 

「行くから跳び跳ねるなうぜェ。………オマエ泣き叫ンで逃げたりするなよ?」

 

「のーぷろぶれむ!ってミサカはミサカは最近見た映画のセリフを真似てみたり!」

 

「すっげェ不安なンだが」

 

だが打ち止めの中で既に行くことが決定してしまった以上、取り消す労力の方が面倒くさい。方針は決定したも同然だった。

 

 

「それじゃあまずはお化け屋敷に行くじゃんよ!」



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