Fate/GravePatron (和泉キョーカ)
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第一幕
たゆたえども沈まず-Ⅰ


◆セイバー
真名:???
性別:女性
筋力:A 耐久:B 敏捷:A 幸運:A+ 魔力:A 宝具A+
スキル:対魔力A、直感A、騎乗C、魔力放出A、カリスマB+など
宝具:『???』


 王よ、そのカラスたちをどうなさるおつもりにございますか。

 決まっている。これ以上塔にカラスが住み着くのは看過できぬ、一羽も残さずこの塔から消し去ってくれよう。

 「まぁ、待ちなよ。別にここのカラスを駆除するのはいいけど、そんなことをしたらこのブリテンがどうなるか、わかったものじゃないよ?」

 お前は――?

 「僕? 僕はただの旅の占い師さ。それよりもそこの君、この塔のカラスはかのアーサー王の化身だ。この塔からカラスを追い出せば、ブリテンは明日にもその歴史に幕を下ろしちゃうんじゃあないかなあ?」

 

 ぱちりと、まるで機械仕掛けのように閉じていた青年の瞼が開かれる。格安のホテルの一室は、壁の塗装も剥がれ落ち、カーペットも手入れされているようには見えない。青年は薄汚れたシーツを勢いよく自分の身から剥がし、窓を無造作に開くと、まだ朝日も昇らぬパリの街を見下ろした。

「……マスター、起きていたのか。」

 ワンルームタイプの客室のドアが開くと、そこには一人の小柄な少女が立っていた。金髪の三つ編みをシニヨンに纏め、エメラルドの瞳は無気力そうに細められている。ややオーバーサイズ気味な黒色の革ジャケットを身に着けるその少女は、青年を『マスター』と呼びながら諫言を口にした。

「まったく、マスターは警戒心がなさすぎるな。私だったからよかったものを、敵対勢力だったらどうするつもりだったんだ。」

 青年は無表情のまま、黎明に照らされるエッフェル塔を眺めながら呟くように答えた。

「お前は何のためにいるんだよ、セイバー。」

 『セイバー』と呼ばれた少女は肩をすくめながら、青年が乱雑に放置したシーツを綺麗に整え、青年の一歩後ろで立ち止まった。

「……昨晩は、お前の夢を見たよ。セイバー。」

「ほう。」

 何気なくこぼした青年の言葉に、セイバーは興味深そうに尋ねた。

「どういった内容だった?」

「何てことはないさ。『お前』っていう霊基が生まれるきっかけになったエピソードの夢だったよ。」

「そうか。……マスター、マスターが触媒もなしにこの私を召喚できた理由はどこにあると考えている?」

 背筋を正し、ポケットに手を突っ込んだ状態のまま、唐突にセイバーは問う。青年はまるでガスバーナーのような色に染まる空を見上げ、伸び伸びと翼を広げ舞う野鳥の影を眺めながら答える。

「おいおい、触媒がないわけじゃねぇよ。」

 そう言って自身の胸を親指で叩く青年。

「そうだなぁ……俺もお前も、ずっと孤独だったからじゃねぇかな。あとはそうだな……名前か?」

「マスター、日本人には馴染み薄いとは思うが、クロウとレイヴンでは種も大きさも異なるのだぞ。」

 セイバーのその言葉が耳に入っているのか入っていないのか、青年は静かに窓を閉め、身支度を開始するのだった。

 

 地球とは、我ら生命の苗床として漆黒の無に浮かぶ偉大なる惑星のことである。ではどのようにして生命は誕生したのか。その明確な答えは二十一世紀となった現在でも明確な答えは出ていない――科学的には。

 では魔術的には? その答えはとうに出ている。地球そのもの(・・・・・・)が巨大な魔術回路だったからである。とは言えそうなった経緯自体は未だに解明されていないものの、地球そのものが膨大な魔力の塊であり、何らかのアクションに応じ、霊脈などを通じて世界中に奇跡を突発させる受動的魔術回路であることだけは確認されている。生命の誕生も、原始惑星だった地球に小惑星が衝突するというアクションにより魔術回路が暴走、結果として奇跡――原初の生命の誕生が起きたとされている。

 そのことに気付いた『始まりの御三家』こと『遠坂』、『マキリ』、『アインツベルン』は、この受動的魔術回路に『願望』という起点を設けることで『願望達成』という終点が生成されるシステム――すなわち、『聖杯』を生み出したのであった。俗に『命の聖杯』と呼ばれるこの巨大な聖杯は、願望達成に必要な魔力の貯蓄期間も約百年と長期に及ぶが、その分叶えられない願望は存在しないとされている。

 この地球そのものを利用した聖杯に願う権利を得るには、始まりの御三家が設定した権利取得のためのバトルロイヤルに勝利する必要がある。その勝者だけが得ることのできる重要な魔術的アイテムが、『願望』という起点、そして『願望達成』という終点を結ぶ鍵となる。歴代の勝者は既に逝去しているためそのアイテムが何なのかは誰も知り得ないが、とにかくバトルロイヤルの参加者――『マスター』は生存と勝利を賭け、『サーヴァント』と呼ばれる過去の英雄や偉人の英霊を召喚し、共に一世一代の戦争に身を投じるのだ。

 

 その戦争の名は――『聖杯戦争』。

 

「フランスか……近代ブリテンにおいては敵国であったな。」

「今はもう和解してるだろ。お前の脳みそは十八世紀で止まっているのかセイバー。」

「おや、マスター。朝食の残りかすが頬に付着しているぞ。はっは、まったくお茶目さんだな私のマスターは。」

「これは驚いたなセイバー、お前食べかす払うときにわざわざ宝具を使うのか。流石世に名高き騎士王様は気前が良いもんだぜ腕を下ろせェ!!」

 朝十時半のパリは現地住民もさることながら、バックパックを背負った観光客も大勢おり、大いに賑わっていた。そんなパリ市内を歩きながら、セイバーの荒れ狂う突風を纏った握り拳で殴られそうになっている青年は、名を『クロウ・ウエムラ』と言う。今年で十八歳になる日本人である。

「それにしても……やっぱり平和なもんだな。」

 クロウの言葉に、セイバーの腕から突風が消え去る。下ろした腕をジーンズのポケットに突っ込みながらつまらなさそうにその意見に賛同した。

「あぁ。まったく退屈ったらありゃしないな。もう数か月前はもう少しマシだったのだが。」

「皆もう帰らぬ人だよ。言ったって無駄無駄、過去は帰ってこないよ。」

「マスター、私は貴方の剣ゆえに貴方の意思には極力従うが、私は一般的な私(・・・・・)よりもケンカや戦闘が好きなんだ。正直今までの生き残り方は個人的には嬉しくないぞ。」

 クロウは無表情のまま肩をすくめ、無言でセイバーの頭をぽんぽんと撫でた。

「……マスター。今私のことを『ちっちゃい子犬が必死に吠えているようだ』、とか思わなかったか。」

「思ってない。」

「私の目を見て言え。」

「君が美しすぎて直視すると目が潰れそうだから嫌だ。」

「ほう、そんなに目潰しがご所望か。まったく世話の焼けるマスターだな……こっちを向けェ!!」

「嫌だあああいでででで!! すみませんでしたってば!!」

 セイバーに顎を掴まれ、苦悶の声を上げるクロウ。セイバーが手を離すと、真っ赤になった顎をさすりながらセイバーを納得させるために事情を説明した。

「敵が九十七人もいるんじゃ捨て身でぶつかったって派手に命霧散させておしまいだよ。最後の七人になるまでこういうのは待っておくもんさ。大丈夫、ここからはセイバーに任せっぱなしになるはずだぜ。」

 命の聖杯戦争は、世界中が舞台となるため参戦マスターと参戦サーヴァントはそれぞれ四十九人の総数九十八名で開始される。そこから殺し合いに殺し合いを重ね、最後まで残った者の勝利となる。

 クロウはここまでほとんど戦闘らしい戦闘をしておらず、セイバーはそのことに辟易していたのだった。

「それは本当か?」

「本当だとも。」

「信じて良いのだな?」

「ばっちこい。」

 しばらく間が空き、唐突にセイバーは無気力そうな表情のままクロウの頬を思いきりつねった。

「いっでででぇ!? なんでぇ!!?」

「いや、嘘をついているのやも知れんと思ってな。」

「ひどくない!?」

 悲鳴を上げるクロウをよそに、ちょうど傍にあったチョコレート店で適当なミルクチョコレートを購入し、涙目のクロウを傍目に無気力そうな表情のままもっちゃもっちゃとそれを咀嚼するセイバー。よほどそのチョコレートが気に入ったのか、今度はクロウのカバンから抜き取り、先程よりも高価なチョコレートを購入しに店内へ赴いた。

 

 店内にはセイバーの他に数名の観光客と、地元の人間と思しき見なりの男女が二名、店の端に立っていた。セイバーがショーケースの中のチョコレートとにらめっこをしていると、その男女のうち、青年の方がセイバーに近寄ってきた。

「ようお嬢さん、チョコレート好きなのかい?」

 左手にスマートフォンを持ち、SNSの画面を度々チェックしながら、青年は尋ねる。鳶色の髪に、見るからに軽薄そうな印象を与える派手なパーカーを着て、爽やかな笑顔を浮かべる青年に、セイバーは不機嫌そうな顔で答えた。

「甘い物は全般好きだ。しかしお前に気安く話しかけられる義理はない。」

「おぉ、怖ぇ。」

 青年はびっくりしたような表情を見せると、SNSに目を落とした。そこに記載されているニュース記事を読む姿を、セイバーは一瞥して確認する。どうやら記事はフランス語で書かれているようだ。

「イタリアのランペドゥーサ島沖で巨大な爆発だってよ、世間は物騒だなァ。原因は不明、ボートのエンジン不良による火災と見られている……。ふーん。でもよぉお嬢さん、こういうのって、往々にして何かもっと別の奇妙な原因があるとか、ちょっと考えちゃうよなァ!」

 一緒にいた女性が店外へ出ると言って去っていくのを手を振って見送りながら、青年はいたずらっぽそうに笑う。

「オレたちゃ、いっつもいっつもつまんねぇ日常を送ってるもんなァ、ちょっとくらい夢も見てぇよなァ!」

「……。」

 終始無言のセイバーに、なおも青年は話しかける。

「例えば……。」

 次の瞬間、セイバーは右腕を振り上げていた。荒れ狂う嵐を纏うその腕には、マスケット銃の銃口が突き付けられていた。

「地球っていう大きすぎる代物を賭けて戦争をする……とかよォ!!」

「貴様、サーヴァントか!」

「ヒヒッ、その反応速度、そういうお嬢さんも人間じゃあねェな!!」

 店内の客や店員が悲鳴をあげながら店の外へ避難する中、セイバーと青年は尚も睨みあう。セイバーは左手を下ろし、いつでもそれ(・・)を取り出せるように身構える。青年は既にスマートフォンを持っていたはずの右手に細身の刺突剣(レイピア)を持っており、辺りの空気には緊張感が蔓延している。

「お嬢さん、今まで見たこともねぇな……まさか今の今までほとんど戦わずに生き残ったとかいうセイバー陣営のマスターんとこのサーヴァントか! お気の毒だなァ! フラストレーションも溜まりに溜まってるんじゃねぇかァ!?」

「ご名答だ軟派男、私は今最高に機嫌が悪い! そのご自慢の顔面を風船のように四散させてくれる!!」

 セイバーが左手を持ち上げ、青年が右手を振るった次の瞬間、店内は対戦車地雷を十数個一斉に爆破させたかのような爆炎に飲み込まれるのであった。



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たゆたえども沈まず-Ⅱ

◆セイバー
身長:154cm
体重:42kg
属性:秩序・善・地
好きな物:甘いお菓子、ぬいぐるみ
苦手な物:脂質の多い食事、装飾過多、蛸


 時間はやや遡り、チョコレート店から少し離れた地点の歩道。サーヴァントの力でつねられた頬を市販のミネラルウォーターのペットボトルで冷やしながら、クロウはベンチに座り、セイバーの帰りを待っていた。

 そこへ、近寄ってくる人影がひとつあった。地元に住む人間なのだろうか、学生服と思しき服装をしており、よく手入れされた金髪はパリの陽光を浴びて宝石のようにキラキラと輝いている。その少女はクロウの目の前に立つと、その顔を覗き込むように上体を前へ折り曲げた。

「ボンジュール、お兄さん! 誰か待っているの?」

 流暢な英語を話す少女は、自身のことを『ゾーエ』と名乗った。

「食いしん坊なパートナーを待っていてな……。」

 クロウは言葉少なく返答する。すっかりぬるくなったミネラルウォーターのキャップを捻ってその内容量の半分ほどを胃に流し込むと、ちらりとゾーエを見やる。先程と依然変わりなく、ひたすらにクロウの行動のひとつひとつを興味深そうに見つめている。

「……日本人がそんなに珍しいか。」

 掌の中でペットボトルのキャップを転がしながら聞いてみる。

「あ、日本人だったのね! 中国人かなーって思ってたよ!」

「ヨーロッパの人間にとっちゃどっちも同じようなもんか……。」

「君たちだって、イタリア人とフランス人の見分けはつかないでしょう?」

「イタリアとフランス自体を混同している奴も少なくないだろうな。」

 随分とフランクな少女だな、とその瞬間までクロウは考えていた。ミネラルウォーターを飲み干し、反らしていた上半身を元の場所まで戻す際、クロウの視線はふとゾーエの右手の甲に吸い寄せられた。ゾーエは右手にだけ手の甲部分が空いた革のグローブを装着しており、その空いた部分から、洋鐘のような意匠をした深紅色の呪術的な刻印が顔を覗かせていたのだ。

「――!」

 それは紛れもなく、マスターがサーヴァントを制御するための魔術装置――『令呪』であった。

 クロウが自身の令呪を見たことに気付いたゾーエは相変わらずにこにこと笑いながら口を開いた。

「そんなに驚かなくてもいいじゃない! 君はマスターなんでしょう? それじゃあ、君を攻撃する理由は私たちにはないよ!」

 その瞬間、セイバーが中にいたはずのチョコレート店からとてつもない規模の爆炎と爆風が巻き起こり、何かが超高速で吹き飛んでいき、反対側の歩道のスーパーマーケットの窓ガラスを突き破った。

「セイバー!?」

「ほらほら座ってて! 君が出る幕はあそこにはないよ!」

 立ち上がろうとするクロウのリンパ腺を親指で押し込み、ベンチに強制的に座らせるゾーエ。

 それに抵抗するように、クロウは体内の魔術回路をフル稼働させて、掌の中にあったペットボトルのキャップの材質を金属に変換し、思い切り地面に叩きつける。澄んだ音を響かせながら金属になったキャップは跳ね返り、ゾーエの眉間に直撃した。

「ぁいだっ!?」

 短く悲鳴を上げてその場にうずくまるゾーエ。その隙にクロウは一般市民の逃げ出した街の中を走り、破砕したスーパーマーケットの窓ガラスからセイバーの名を呼んだ。

「セイバー! セイバー、無事か!?」

 クロウの視線の先で、大破した商品棚から雪崩のように崩れ落ちた商品の山の中から人影がひとつもぞりと動いた。山の中から出てきたのは、案の定セイバーであった。切れた額の傷を魔法で癒しながら、おもむろに立ち上がり、ふらふらとクロウの元へ寄ってくる。

 その瞳の中には、怒りと屈辱の炎が燃え盛っていた。

「マスター……貴方はさっきこう言った。『ここからは私に任せっぱなしになる』、と。」

「……あぁ、言ったな。」

 半ば呆れたように首を振りながら、クロウはその言葉を肯定した。セイバーはその回答に凶悪な微笑を浮かべ、さらに続ける。

「現状が……『任せっぱなしになる状況』と見て良いな!!?」

「……任せる。生殺与奪の判断もお前に託すよ。」

「ふふ……ふはっはっはっは!! 感謝するぞマスター! 心置きなく本気を出させてもらう!!」

「宝具は許可するまでは使うなよ。」

 その言葉も聞いているのか聞いていないのか、狂気すら感じられる笑顔で目の前に立ちはだかる敵を睨むセイバー。

 突如として彼女を起点に濡れ羽色の魔力のエネルギーが爆発し、セイバーの外見が変化した。元々革のジャケットだったはずが、端々がボロボロに破れた漆黒のドレスとなり、その腕や胸には、赤黒い甲冑が煌めいている。そして手には、荒れ狂う嵐によって不可視となった武器を握っていた。

 その武器を両手で握りしめると、反対車線にいたサーヴァントもレイピアとマスケットを構える。彼の服装も、中世の騎士のようなものに変わっていた。

 

 謎のサーヴァントが放つ銃弾のことごとくをその得物で弾き飛ばしながら肉薄し、確実にその首を刎ねようと武器を振るうセイバー。その速度は流石は英霊、生身の人間では目視できないほどに高速であった。しかし、敵も同様に腕が立つらしく、セイバーの攻撃をレイピアで捌きつつ、隙があればマスケット銃をセイバーの眉間に突きつけようとする。セイバーは発砲寸前で猛る風を纏った籠手でマスケット銃の銃口を逸らし、事なきを得ている。

 そんな両者の戦いを見守っていたクロウは、死角から切り込んできたゾーエに全く気が付かなかった。

「――っ!」

 バタフライナイフで斬り付けられたクロウは、バックステップで距離を取り、ナイフをカチャカチャと変形させて遊ぶゾーエを睨んだ。

「やだな、そんな怖い顔しないでよお兄さん。私ちゃんと言ったよ? 『君が出る幕はない』って。それでも首を突っ込んだんだもの、邪魔はするに決まってるでしょう?」

「もし俺があのままベンチに座っていたとしても殺していたんじゃないのか。」

「ううん! 私、人殺しとかなるべくしたくないもの! サーヴァント同士で決着がつくならマスターも殺さなくていいし……だから座っていてほしかったのに。」

「残念ながら……じっとしてるのは性に合わねぇんだ。」

 そう言って、クロウは手元にあった道路標識をいとも簡単に引き抜いて見せた。そしてそれを指でコツコツと叩くと、魔術刻印のようなものが道路標識の表面を駆け巡り、やがて消失する。

 頭の上で景気よくぶんと回し、クロウはゾーエに向かって走り出した。サーヴァントレベルとまでは行かずとも、生身の人間にしては充分すぎる速度で唸りを上げて振るわれる道路標識を軽々とジャンプで躱したゾーエは、その道路標識が街灯を甲高い音と共に両断したのを見て、驚愕の表情を見せた。その断面は融解したかのように滑らかだった。

「こんなの受けたら私切り身になっちゃうねぇ! うわっ!?」

 なおも冗談を飛ばすゾーエに容赦なく襲い掛かるクロウ。そんなマスター同士、そしてサーヴァント同士の戦いを各々の手段を用いて、他のマスターたちも観戦していた。

 

 あるいはイタリア。

「ふぅむ……ここまで接近されたらさすがに捌けんなぁ……。」

 ビーチでくつろぐ老爺が、隣に横たわる妖艶な美女にスマートフォンの画面を見せる。

 

 あるいは日本。

「素晴らしい剣の腕だ……是非とも手合わせ願いたい!」

「ズーちゃん、キミたまに自分がただの人間ってこと忘れてるでしょ。」

 廃れてボロボロに崩れた寺の本堂の屋根の上で、胴着姿の青年とカジュアルな服を着た少女が、ろうそくの炎の向こうに揺れる幻影を眺めている。

 

 あるいはアメリカ。

「ほうほうほほうほほう、いやぁお強い! この方々は実在した方々なのですかね? 是非とも死体を拝借したいものですなぁ、ねぇマイハニー?」

「んぅ?」

 白衣を着た女性が、首のちぎれたぬいぐるみを抱く幼い少女に映像を見せ、しきりに同意を求めている。

 

 あるいはロシア。

「……ん、なに。……水晶ぉ? はぁ……あぁ~、そういえば使い魔よこしてたっけ……。あーはいはいやってますねー。んぁ~もういいよバーサーカー、もうちょい寝させて……。」

 白髪の少女が、細長い体をした怪物に水晶玉を手渡され、その映像を一瞥した後、ころりと寝てしまった。

 

 そして、フランスはパリに戻り、二つの陣営が戦っているのを見守る人物が二名いた。

「どうする、いつでも撃てるっちゃあ撃てるよ。撃とうか。」

「まだだ。お前もわかるだろ、こういうのは忍耐だ。」

「オーケーだ怠け者(オレ・ライスカ)、耐え忍ぶのには慣れてる。」

 双眼鏡を使って両陣営の戦いを凝視するスーツ姿の男と、モシン・ナガンのスコープに目を押し当てたまま石像のように動かない小柄な少女は、ただひたすら、決着が付くのを待っていた。

 

 一体どれ程の時が経っただろうか。突如としてクロウは足がもつれ、その場に倒れ伏してしまった。それと同時に、セイバーも満身創痍の状態でクロウの隣に転がり込んで来た。

「本気出すとか言ってなかったか、セイバー?」

「本気は出している。先程奴めがフランス語を読んでいるのを見た。……つまり。」

「なるほどね、あちらさんはホームグラウンドってわけだ。」

 サーヴァントは自身の出身地や自身が偉業を成し遂げた地に居ると、能力が向上する場合がある。敵のサーヴァントがフランスに縁深い人物であるならば、今のセイバーとクロウにはやや状況が不利ということになる。

「それにしてもマスター、一体どうしたのだ、あのような小娘一人に。」

「多分毒だな。あのナイフ、毒が仕込まれている可能性が高い……。」

 そう言ってゾーエの方を見ると、ゾーエはにかっと笑ってサムズアップをして見せた。隣のサーヴァントも息は荒いがセイバーほど傷が目立っているわけでもない。

「まったく、世話の焼けるマスターだな。」

 溜息交じりにそう呟き、セイバーがクロウの身体にそっと触れる。温かみのある色の光がクロウを包み込み、クロウはまた立ち上がれるようになった。

「――仕方ない、セイバー。」

 観念したように漏らし、セイバーの手を取って彼女を立ち上がらせるクロウ。次に言った一言は、終始笑顔だったゾーエの表情筋に緊張を与えた。

「宝具の使用を許可する。」

「その言葉、今か今かと待ち遠しみにしていたぞッ!!」

 その瞬間、セイバーが手にしていた武器の周囲に荒れ狂っていた突風が吹き止み、その姿が露わになった。それは、鈍い黒色を基調とした、長大な両刃の剣であった。そして、その剣から黄金と漆黒が入り混じった光が迸り、その剣身に光が収束していく。

 そして、セイバーはその両足を大きく開き、大上段に剣を構え、目を閉じると、その真名を解放すべく詠唱を始めた。

「――我が身は彼の地にて民を導く遍くの王の守護者……。民草の心、これにあり! 味わうが良い――!」

 その詠唱が始まるや否や、ゾーエは緊迫しきった声音でサーヴァントに命令を飛ばした。

「ライダー! 撤退するよ! 早く!!」

 『ライダー』と称された鳶色の髪のサーヴァントは、どこからともなく栗毛の騎馬を呼び出すと、素早く跨り、ゾーエを後ろに乗せてその場から退却を始めた。

 しかし、二人がその場を離れようとした瞬間、セイバーの宝具は振り下ろされようとしていた。

「『王威守護せし(エクスカリバー・)――、

 

 輝けるその剣こそは、過去・現在・未来を通じ、民の幸福を願う全ての王達が、今際の際にその瞳に宿す一陣の飛影――『加護』という名の祝福の結晶。 その意思を誇りと掲げ、その信義を貫けと糾し。今、王を守護る王の身を持つ黒鴉は高らかに、 手に執る奇跡の真名を謳う。

 其は――。

 

勝利の剣(レイヴン)!!!!』

 そして、ゾーエとライダー目掛け、神造兵器の膨大すぎる魔力が射出された。



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たゆたえども沈まず-Ⅲ

◆セイバー
真名:アルトリア・ペンドラゴン[レイヴン]
性別:女性
筋力:A 耐久:B 敏捷:A 魔力:A 幸運:A+ 宝具A+
スキル:対魔力A、直感A、騎乗C、魔力放出A、カリスマB+、騎士王の化身A、処刑見届け人A+
宝具:『王威守護せし勝利の剣(エクスカリバー・レイヴン)』
→ブリテン、ひいてはイギリス王の威光の顕現であり、有史以降このブリテンの地を統治してきた全ての『王』の栄光を魔力に置換し、熱エネルギーとして放出する対軍宝具。


 その日、『彼女』と『私』の精神は分離した。元々ひとつの人格だったはずが、『彼女』が世界と契約を交わした瞬間、『彼女』の精神から『私』は引き剥がされたのだ。醜いワタリガラスの姿となった『私』を見て、死を待つだけの身体となった彼女は悲しそうに俯き、『私』に一言だけ残した。

 

『貴方は、総てを看なさい。最早視ることもできなくなった私に代わって、この地(ブリテン)の行く末を看なさい。』

 

 『彼女』が戦い続ける限り、『私』の霊基は滅びない。『彼女』が経験したことは、『私』の経験になる。『彼女』の痛みは『私』の痛み。『彼女』の喜びは、『私』の喜び。

 『私』はワタリガラス。全ての騎士たちの幻想の終着点である『彼女』に代わって、この栄光と誇りの大地を治める者達に祝福を与える者。故に、『私』を傷つけようとする者は全て『彼女』の敵。『彼女』の敵は――。

 ――漏れなく()し去る。

 

 クロウは、脂汗をこれでもかとかきながら、豪快に地面が抉れ、建物は派手に崩壊したたパリの大通りを眺めていた。

「……これが、対軍宝具……。」

 それは、これまで聖杯戦争というものを自分の目で一切見たことがなかった若輩にはとてもではないが受け入れきることのできる光景ではなかった。しかも、もっと最悪の事実が彼に突きつけられる。元の革ジャンの姿に戻ったセイバーが、申し訳なさそうな顔でクロウにこう伝えた。

「すまない、マスター。逃がしてしまった。」

 しかし、そんなセイバーの声も届かないほど、クロウは自らが行った業を目の前にして茫然自失していた。遠くからパトカーのサイレンが聞こえ、セイバーはクロウを抱えてその場から退避しようとした――その時。

『させるかよ。』

 セイバーの耳に、確かにその声は響いた。予知能力にも近い直感スキルを持つセイバーが今一度枯渇した魔力で戦闘状態に変身し、握った剣を予感のままに振るう。その瞬間、剣の剣先からカチンという音が突き刺すように鳴り、地面に魔力で構築された弾丸が真っ二つになって落下してきた。

『へぇ、あんた、あたいの弾を斬るのかい。いいぜ、あんたとあたいの勝負だ。五百と四十二の命を奪ったこの弾丸は確実にあんたのマスターの頭蓋を打ち砕く――その結果を生み出す! 因果に逆らってみろ、セイバーのサーヴァント!』

 その声の直後、セイバーの瞳の中に数百の弾道が現れた。あらゆる方向、あらゆる角度から、しかし全てクロウの脳天へとその弾道は収束している。セイバーはその弾道に沿うようにクロウへと射出された弾丸を、目まぐるしく高速移動しながら弾き、斬り落としていく。その間、わずか一秒にも満たぬ刹那の時間、セイバーはその全ての弾丸をはじいて見せた。

 しかし、やはりその全てを無力化することは敵わず、一部の弾丸は剣に当たったことで軌道こそ変われど、立ち尽くすクロウの体躯を無慈悲に貫通していき、クロウの衣服を真っ赤に染め上げた。

『……あんたの勝ちだよセイバーのサーヴァント。さすがは最優のサーヴァントか。あんたとはいい勝負ができそうだ。その脳天をカチ割る日を楽しみにしてるよ。』

 セイバーが我に返ると、パトカーの姿が遠方に見えた。しかし、既に魔力も限界に近づいていたセイバーは緩慢としか動けず、クロウを担いで移動するのはやや難しかった。

『……はぁ、世話の焼ける好敵手だね。』

 瞬間、パトカーの方向に向かってマシンガンの発砲音のようなものが聞こえ、そちらを見ると警察官がパトカーから離れ、発砲音の源であるとあるビルの屋上へ向けて銃を突き付けていた。

「――助力、感謝する。」

 セイバーはその声の主へと呟くように謝辞を述べ、クロウを肩に担いでその場から全力で疾走し、退却した。

 

 聖杯戦争には監督役がいる。聖堂教会と呼ばれるさる世界最大の宗教の暗部として暗躍するその機関の、その中でも第八秘蹟会と言う聖遺物の回収などを主目的とする部門の聖職者たちは、聖杯戦争が勃発する際、その聖杯戦争においてルール違反をしでかしたマスターに対してペナルティを与えるなど、公平性をもたらすために派遣される。

「初めまして、今回この聖杯戦争の監視を任ぜられました、聖堂教会所属のシスターがひとり、プラム・コトミネと申します。以後、お見知りおきを。」

 その監督役のうちの一人の元、すなわちパリ郊外の小さな教会にセイバーは訪れていた。『自分に何かあれば教会に行くように』とクロウに言われていたからだ。

 監督役と名乗ったその亜麻色の髪の修道女は、にこやかな笑顔を浮かべ、満身創痍のクロウを担ぎ息を切らしたセイバーを迎え入れた。しかしその数秒後、笑顔のまま額に青筋を立て、ドスの効いた声でセイバーに質問した。

「……何真ッ昼間っからドッタンバッタン大暴れしてくれやがってるんですかこのクソアマ。」

「……は。」

 疲れ切ったセイバーはクロウを無造作に床に投げ捨てると、その場にどっかりと座り込み、説教する気満々のシスターの顔を見上げた。

「本来なら聖杯戦争って言うモンは夜間に行われるべき神秘に満ち溢れた戦争なのですよクソ野郎、それをおてんとさまもギンギンギラギラにっこにこ笑ってらっしゃる昼の一時から対軍宝具なぞブッ放しやがってからに、処理に追われるこっちの身にもなりやがれファッキンビッチ、と言っているのです。」

 天使のような笑顔のまま中指を突き立て、そう唾を吐き捨てるプラム。セイバーは正座に座りなおして深々と頭を下げ、プラムに謝罪して懇願した。

「その一件は目の前の闘争に我を失った私の責任でもある。本当にすまなかった。我がマスターにも説教をしてやってほしい故、どうか今はこのマスターの手当てを願えないだろうか。」

 しかし、その言葉が終わらないうちに、セイバーの横に力なく倒れ伏していたクロウの身体がびくんと震え、しゃがれた声をあげながら起き上がった。

「そのマスターをまるで荷物みてぇに投げ捨てやがって……。」

「マスター! 生きていたのか!」

「ひどいなお前。俺の体内にあるモンを信用してなさすぎだろ。」

「いや、何より信頼してはいるのだが、こうも回復が早いとは思っていなかった。さすがは時計塔まで行って『彼女』から借り受けただけはあるな。」

 なんとクロウの身体に無数に空いていた風穴は全て塞がり、流血も完全に止まっていたのだ。それを見たプラムは驚きの表情を浮かべながらもすぐに笑顔に戻り、またもゴロツキ天使のような声音でクロウに語り掛けた。

「クロウ・ウエムラ。少しよろしいですか?」

「はい? あぁ、アンタ聖堂教会の人か……。」

「はい。プラム・コトミネです。改めましてお見知り置きを。それで、あなたは驚異の回復能力をお持ちということで間違いはございませんか?」

「あー……まぁ、間違っちゃいね――!?」

 その瞬間、クロウの鳩尾に衝撃が撃ち込まれた。瞬間移動でもしたかのようにプラムがクロウの眼前まで飛び込み、地を音高く踏み込み、そこからクロウに向けて掌底を放ったのだ。

 もろにそれを食らったクロウは胃の中の空気を口から吐き出しながら、まるでピンセットで穴をあけた風船のようにはるか後方、聖堂入り口のドアの真上まで吹き飛び爆発のような音を立てて壁にめりこんだ。

「お説教の代わりに一撃だけで済ませて差し上げました。感謝してくださいねスケコマシ。」

 ぽかんとするセイバーに向けて、手の汚れを払いながらプラムはにこにこと伝言を託す。

「ブリテンの腐れカラス、あなたの魔力が正常値に戻るまではここで保護して差し上げます。ですがそれ以降も教会内に居座りやがったら一撃じゃ済みませんよ。」

 今まで細めていたその眼をほんの少し開き、セイバーを見下すプラム。その左目は、まるでガラスでできた義眼のようになっていた。その瞳を真正面から睨みながら、セイバーはおぼつかない足で立ち上がり、拳に彼女の宝具のひとつであり、本来は彼女の相棒である聖剣を隠匿するための嵐、『風王結界(インビジブル・エア)』を纏わせた。

「――いくら我々の落ち度が大きいと言えど、彼はあんなでも私のマスターであり、今度の顕界において私が剣の誓いを立てた者だ。このような仕打ち、少々度が過ぎるのではないか!?」

 その言葉に、プラムはにこにこと笑ったまま、なおもアメリカはニューヨーク訛りの英語でおっとりと反論する。

「おやおや、籠の鳥風情がガアガアとよく鳴くものです。ふふ、魔力も尽きかけているあなたが、私に立ち向かえるのですか? 自分はサーヴァントだから生身の人間相手に負けるはずがないと、本気で思っていやがるのですか? 今のあなたじゃあ、この私の乳房すら掴めませんよ?」

 そう言ってたわわに育った胸部を誇示するように反らせるプラム。その挑発を受けて頭に血を登らせたセイバーが、『風王結界(インビジブル・エア)』の応用技――嵐を外部へと爆発的に開放することで衝撃波として対象にダメージを与える『風王鉄槌(ストライク・エア)』を纏わせた拳でプラムに殴り掛かる。

 しかし、プラムはそれを天使の笑顔を浮かべ、棒立ちのまま、それも片手だけでいなし、セイバーの喉元に肘撃を叩きこんで見せた。

「カハッ――!?」

「言ったでしょう、魔力の尽きた飼い鳥ごときと私が戦ったところで、結果は見えていると。耳遠くなりました? 大丈夫です? 紅茶でもキメますか茶葉中(ティーフリーク)婆さん?」

 言いながら、体勢の崩れたセイバーの肩甲骨の中間部分に手刀を打ち、セイバーの鼻をレッドカーペットと盛大に激突させるプラム。

「ど、どこにそんな力が……っ!」

「ふふふ、我らがコトミネに伝わる八極はコツさえ掴んでしまえば力をかけずともサーヴァント程度軽くあしらえます。私の叔父様はかの冬木の聖杯戦争でも大活躍した神父ですよ? ブリテンの野ガラス一羽の駆除など聖書を暗唱するより楽な作業です。

 さぁ、今はおとなしくマスター共々さっさとくたばって寝込んでろってんです。その間の保護については我々聖堂教会にお任せあれ。」

 その言葉を耳にした直後、とうとうセイバーは魔力切れを起こし、その場でがくりと力尽きてしまった。それを見届けると、プラムはまず入り口直上の壁からクロウを引き剥がし、引き返す道すがらセイバーを軽々持ち上げ、聖堂奥の扉へと入っていった。

 

 そして時はやや飛んで、日本は長野の山奥。今にも崩れ落ちそうな廃れ寺の屋根の上で瞑想をする一人の青年がいた。そんな彼を取り囲むように、赤く煌めく紅玉(ルビー)や光り艶めく翠玉(エメラルド)が十数個、散乱している。

 やがて、その廃れ寺へと近付いてくる足音が聞こえ、青年は瞼をゆっくりと開くのであった――。



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怨嗟を灼きて修羅と化す-Ⅰ

◆ランサー
真名:???
性別:???
筋力:C 耐久:B+ 敏捷:A 魔力:D 幸運:E 宝具:EX
スキル:対魔力B、心眼(真)B+、献身の極みAなど
宝具:『???』


 寺は、苦手だ。寺を見るとあの一瞬を思い出す。自分が自分でなくなってしまうのがはっきりとわかったあの瞬間が。

「きさまらが――にくい――!」

 憎しみなんて何も残さない。憎しみは憎しみを呼び、結果としてその全ては破滅へと帰結していく。そんなこと、人類が有史以前から親から子へ、子から孫へと語り継いできた人間として最も重要で普遍的な潜在意識なのに。

「ころす――ころすきさまらすべて――すべてすべてすべてぇ!――ころすうぅ!!!」

 その破滅の結果を、この身は生み出してしまった。なればこそ、死者として喚び出される時くらいは、憎しみとは対極の散り方を――。

 

 砂利道をこちらへ歩み寄ってくるその足音に、閉じていた青年の瞼がゆっくりと開かれる。青年の視界に、鬱蒼とした竹林と、歪み育った竹でできた天然のトンネルが飛び込んでくる。足音の主は、そのトンネルの中を通ってこちらに近付いてきていた。

「おかえり、ラ――。」

「なっちゃん!」

 次の瞬間、両手に買い物袋を大量に提げた少女が、青年の目の前に着地した。どうやら、青年が座禅を組んでいる家屋の屋根の上まで一足で跳躍したらしい。そんな人外じみた芸当を顔色一つ変えずにこなしてみせたその少女は、青年の唇に人差し指を押し当て、たしなめる。

「そう呼んでって、いつも言ってるでしょ?」

「……そうだけど。お前サーヴァントなんだぞ? 自覚しているのか?」

「いいじゃん、サーヴァントにも心があるんだよ? 心ある者は心なき者の支配など受けない! 心ある者に支配された心ある者は自由と誇りを胸に召し仕える! そういうもんだって。」

 自論を展開しながら、少女は屋根にぽっかりと空いた穴から建物の中に飛び降りる。そこに荷物を置くと、着ていたオフショルダーのシャツを脱ぎ、袋の中の服に着替え始めた。

「ズーちゃん、今日のお昼ご飯どうする?」

 着替えた衣服をひび割れた鏡の前で確認しながら、少女は尋ねる。

「なんだ、買ってこなかったのか。」

「ん~ん、買ってきたよぉ。」

「じゃあその買ってきたものを食うさ。……何で『どうするか』なんて聞くんだ。」

「ズーちゃんが好きな物を買ってきたから、何言われても出せるし、何が食べたいのかなーって!」

「あぁ、そうかい……。」

 半ば呆れたように溜息をついた青年は、少女に牛丼を所望する。待ってましたとばかりに少女はビニール袋から牛丼弁当を取り出し、再び屋根の穴から青年の隣に跳躍して着地する。

 まだ仄かに温かいその牛丼弁当は既に封が開けられており、割り箸も割った状態で添えられていた。

「お前は本当にこういう気遣い、細やかだよな。」

「えっへへ、生前からよく言われてたよ!」

 朗らかな笑顔を浮かべ、少女は青年の周りに円を描くように散らばった宝石の配置を乱さないよう注意しながら、青年の隣に膝を抱えて腰を下ろす。

「――その魔術、随分と効率が悪いよね。鉱石魔術……だっけ。僕は魔術はてんでダメだけど、貴重な宝石を無駄遣いするんでしょう?」

「オレもそう思う。でも、こいつはオレがオレである証明みたいな魔術なのさ。このジャン・ズーハオが、確かにトオサカの血を引いている、その証明に。」

 

 ジャン・ズーハオというこの青年は、中国は上海で生まれ育った日本と中国のハーフだ。父は藍燕(ランイェン)拳法と呼ばれる魔術を応用した格闘術の一門の長であり、母は『始まりの御三家』がひとつ、遠坂一族の分家の末裔であった。

 彼が聖杯戦争に参加した理由はただひとつ、『遠坂家現当主に自分の存在を知ってもらいたかった』からである。母の一家は遠く昔に遠坂家に破門を言い渡されており、見様見真似でラーニングした鉱石魔術だけを頼りに連綿とその血を受け継いできた。

 恐らく、現当主であるあの少女(・・・・)はズーハオのことなど一切知らないだろう。それでも、我らは遠坂の鉱石魔術を用い、魔術師として何とか生き続けている。故に、少しでも我らのことを知ってほしかったのだ。下々のことなんか目にも入らない、彼女(・・)に。

 故に、ズーハオにとって聖杯というのはあくまで副次的な目標でしかない。この大いなる地球を舞台にした人類にはあまりにも壮大すぎる戦争は、きっと世界中の魔術師が注目するであろう。きっと彼女(・・)も風の噂くらいは耳にするはずだ。その時、自分の武勇伝が伝わってくれれば。その一心で、並み居る強者をこの人里離れた竹林の中にひっそりと佇む廃れ寺にて迎え撃ち、全戦全勝の快挙を成し遂げてきた。それは決してズーハオひとりの功績ではない。

 

 ズーハオはひとつひとつ丁寧な手つきで宝石を回収しながら、隣で空になった弁当箱を纏めてビニール袋に戻し、その口を縛る少女――槍使いのサーヴァント、『ランサー』の方を横目で見る。

「どうかした? ズーちゃん。」

 その視線に気付いたランサーは、手を止め、ズーハオの目を見つめる。ズーハオは視線を逸らし、回収した宝石を懐に仕舞い込みながら感謝の言葉を口にした。

「……いや、なっちゃんにはいつも世話になっているなと思ってな。」

「なっ……! どどど、どうかしたズーちゃん!? 熱!? 熱でも出た!?」

「ひどいなお前!」

「だってだって、ズーちゃんいっつも僕に対してはそっけないじゃん! それがいきなり神妙にお礼を言うなんて……ハッ! まさか敵陣営の攻撃!?」

 顔を真っ青にしながら慌てふためくランサーの頭に軽くチョップを入れ、ズーハオは屋根に空いた穴から寺の中に戻る。

「オレとお前はマスターとサーヴァントだ。サーヴァントはマスターの命令通りに動けばそれで問題ない。過度な馴れ合いなど不必要だと、いつも言ってるだろ。」

「む~……。でもズーちゃん、別に冷徹ってわけでもないじゃん。僕が何か話しかければその話題にしっかり乗ってくれるし。」

「それはお前というサーヴァントがどんな性質を持ち、どんな人生観を持ち、どんな思考をしているのかを把握するためだ。馴れ合いの目的はない。」

 そう冷たく吐き、ズーハオは離れにある個室の方へと去っていった。その場に残されたランサーは、しかしそんな言葉を投げかけられても、すぐに笑顔で歌うように呟いた。

「……嘘ばっかり。」

 優しい笑顔で離れにいるであろうマスターの芯の善性を見抜くその瞳の中には、かつてランサーが仕えたかの覇王の背中が映っていた。

「ズーちゃんは、肝心なところで優しいんだもんね。きっとキミは強いマスターでありたいんだ。魔術師としても人間としてもね。でもねズーちゃん、本当に強くて冷たい人間って言うのは、いつも冷たい訳じゃない。強くて冷たい人間ほど、普段は穏やかで優しいものなんだよ。『主様』みたいにね。

 根っこから冷たい人間は僕が何と言おうと僕のことを『ランサー』って呼ぶし、僕が冗談言っても乗っかったりも、チョップもしないよ。でも、そういう人間は弱いんだ。そういう人間ほどすぐ死んじゃう。でも大丈夫。ズーちゃんはそうじゃない――優しくて、大事な瞬間で冷酷な判断ができる人こそが天下をその手に握ることができるんだ!」

 そう言い終えると、ランサーは屋根の上から飛び降り、ズーハオのクレジットカードを片手に歪み育った竹のトンネルへと歩を進め始めた。

 

 トンネルを抜けると、そこは石畳が敷かれた坂道で、石畳は右の方へとずっと続いている。ランサーとズーハオが拠点にしている廃れ寺は、元々この石畳の終点にある仏寺の本堂だったのだが、かつてこの地の付近で起きた大地震によって本堂が倒壊寸前となってしまい、その傷跡を後世に残すために本堂は新設され、元本堂はそのままとなった――のだが、いつしかその存在も忘れ去られ、今も生き続ける霊脈に目を付けたズーハオによって占拠され、生い茂った竹を異常成長させて人の目では完全に察知できないようになってしまった。

 閑話休題、ランサーがその石畳を左に進むと、やがて白塗りの壁に青緑色の屋根を持った立派な教会が見えてきた。教会の付近に寺、というのも違和感を持ってしまうものだが、日本と言うのはそういう国だとランサーは割り切ることにしている。

「さぁて……今日はどこに行こうかな。日本有数の霊地って言っても、昼間はただの大きな港町だもんねぇ、楽しむしかないでしょ!」

 そう、この地は、十年弱の時を遡れば未熟な魔術師の青年と遠坂の現当主が勝利したことで有名な『第五次冬木聖杯戦争』の舞台となった地方都市――『冬木市』である。ランサーは日課として、この地を散策することにしているのだ。

 ひとまず海の方へ向かおうとランサーが方向を転換したその先に、それは居た。

「――……。」

 一瞬でランサーの目が細められ、その車道のど真ん中で仁王立ちする人影を睨み据える。ただの民間人ならば、ランサーは構わずその人影を無視して先へ進んでいただろう。しかし、そうしないれっきとした理由が、ランサーにはあった。

 その人影は――和装だったのだ。ただの和装ではない。その袴には返り血がべっとりと染みつき、頭に被った菅笠から覗く赤い瞳は鬼火のように煌々と燃えている。よく見れば、腰には日本刀も差していた。

「――どうだい、暑くないのかい? 今、気温三十度超してるよ!」

 ランサーは不敵に笑ってその人影に問いかけた。人影はゆらりと陽炎のように動くと、ランサーの方へと近付いてきた。即座に自分の得物を呼び出せるよう右手を広げ、人影を待ち構えるランサー。

「……キミ、どこの誰かな。ただのコスプレイヤーじゃなさそうだけどね!」

 ランサーの問いに人影が答えたのは、ランサーの腹部に日本刀が深々と刺さった直後であった。

「え――!?」

「わしか……? わしはなぁ……セイバー……『坂本龍馬』ぜよ。」

 喀血しながらその男の姿を直視するランサー。ボサボサの黒髪を後ろでひとつ結びにしたその菅笠の男、『セイバー』と名乗った人物はランサーから刀を抜き、その首を斬り落とそうと腕を振るった。

 間一髪、手中に呼び出した槍でその凶刃を防ぎ、大きく『セイバー』から距離を取るランサー。腹部から滴り落ちる血はあまりにも多量で、ランサーが立っていること自体が奇跡のようなものだった。

「なんじゃあ……おもしろぅない奴じゃな。わしの剣を受けてまだ立ちゆうとはな。」

 『セイバー』はつまらなさそうに刀でコツコツと肩を叩くと、刹那の元にランサーに肉薄していた。



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怨嗟を灼きて修羅と化す-Ⅱ

◆ランサー
身長:162cm
体重:56kg
属性:中立・善・人
好きな物:おしゃれ、スイーツ、カワイイもの
苦手な物:裏切り、汗まみれの筋肉


 咄嗟の判断で『セイバー』の刃を手にした十字槍で弾き、再度『セイバー』から距離を取るも、腹部の傷が原因でその場で膝をついてしまうランサー。その足元から炎の渦が巻き起こり、ランサーを包み込む。その炎が消え去ると、ランサーの現代風の服装が軽装の和服に変貌していた。それと同時に鳩尾に空いていた傷も消えており、凛とした眼差しで『セイバー』を睨み据え、彼の剣術を嘲笑った。

「セイバー……って言ったっけ。確かに腕は良いね。でも、君の剣の腕には『道』がない。剣に迷いがある。その剣術でセイバーになれたって言うのなら、セイバーで現界した場合の僕の方が腕は上だよ。」

「なんじゃとぉ……?」

 その言葉に、『セイバー』はぎりっと歯ぎしりをし、赤黒いエネルギーを全身から迸らせ、菅笠の向こうからでもはっきりとわかる怒りの面持ちで怒号を吐き捨て、ランサーへと飛び掛かった。

「今……わしの剣をわろたな? 誰にもォ!! わしの剣はァ!! 笑わせんッ!!!」

 激昂するままに刀を振るう『セイバー』の様子を見たランサーはひとりほくそ笑み、飄々とした静かな笑顔でその剣を手に持つ十字槍で全て捌ききって見せる。

「ほぉら、そうやって根拠のない自信を馬鹿にされたからってすぐ怒る。本当に腕の立つ剣士ならそんなことはないよ。現に今槍使いの僕を相手に剣の間合いで僕に一太刀も与えられてないでしょ? 君は『セイバー』じゃない――一度剣を捌かれてしまえば太刀打ちが難しくなる……言い当てて見せよう、君はアサシンだ!!」

「黙りやぁッ!!」

 しかし、その戦いにも終止符が打たれる。ランサーが後退を始め、それを追うように刀を振るい続ける『セイバー』を防ぎつつ、石畳が始まる地点までやってくると、十字槍を大きく振るい、それを躱すように『セイバー』も大きく距離を取った。

 その直後しびれを切らした様子の『セイバー』が、刀を鞘に納め、くるりと踵を返し、一言告げてその場を去ろうとする。

「やめじゃやめじゃ、これ以上やりあっても時間の無駄ぜよ。」

 歩き出す『セイバー』を見たランサーは一息吐くと、石畳を廃れ寺の方へと登って行こうとする。

 と、次の瞬間。

「敵に背を向けゆうたぁえぇ度胸じゃかぁ!!?」

 一足の元にランサーの背後に迫った『セイバー』は、神速の抜刀でランサーに斬りかかった。しかし、ランサーもまるでそれを予測していたかのように即座に振り向き、その斬撃を槍の柄で防ごうとする。しかし、その攻撃は。

「わしの『始末剣(しまつけん)』は無敵じゃあッ!!!」

 ぱきんと英霊の所持品となったことで硬度の増した槍の柄を叩き斬り、瞬時に体幹の位置をずらしたランサーの左肩口に深い傷を作った。

「ぐぅ――っ!」

 その直後、槍を持ち直したランサーは、力の入らなくなった左腕を槍に添え、『セイバー』の宝具に対しぞっとするほど冷たい瞳と語調で、宝具を放った。

「――嗤えよ。『人間無骨(にんげんむこつ)』。」

 その槍撃は『セイバー』の胸部を貫通し、路上におびただしい量の血の海を生み出す。

「かっ……は――!?」

 ランサーは『セイバー』が突き刺さったままの十字槍の穂を天高く掲げ、『セイバー』から流れ落ちる血の雨を頭から被った。しばらくじたばたともがき苦しんでいた『セイバー』もやがてガクリと力尽き、光の粒となって虚空へと消え去っていった。

 

 主の元に帰ったランサーを待ち受けていたのは、静かな怒りを雰囲気に漂わせたズーハオの姿だった。

「……白昼堂々と宝具を使いやがったな。」

「ず、ズーちゃん! あの場は宝具を使わざるを得なかったんだって! まだあの雑魚アサシンが相手だったからあの(・・)宝具で済んだことを喜んでよ!」

「喜べだと? 野良サーヴァントだからよかったものを、これであのサーヴァントの裏にマスターがいたらどうするつもりだったんだ!?」

「だ、だとしても僕のことを兄さん(・・・)と勘違いしたんじゃないかな!」

 ランサーの言葉にズーハオは大溜息をつくと、懐からエメラルドを取り出し、屋根の下にいるランサーに放ってよこした。ランサーは慣れた手つきでエメラルドを握り砕くと、その粉末を左肩に擦り付けた。すると、見る間に肩の傷が塞がっていき、やがて元通りに完治する。

「やっぱり優しいなぁ、ズーちゃんは……。」

「何か言ったか?」

「ううん、何も!」

 にこやかにはぐらかし、ランサーはひと跳びでズーハオの元に着地して見せる。ズーハオはこめかみに青筋を立てながら、低い声でランサーに言い渡す。

「……あれほど何度も霊体化しろと言っているのに、聞けないのか?」

「えー。だって霊体化したらおしゃれできないし……。」

「魔力消費が激しいんだよ! いざという時にバックアップできなかったらどうするつもりだ!」

「ズーちゃん、嘘は良くないよ。」

「なっ……。」

「ズーちゃん、自分でこの場所に来た時に僕に言った言葉、忘れちゃった? 『ここは古い霊脈が未だに生き続けているから、ここに居座っていれば魔力の枯渇については問題ないだろう』って、自分で言ってたじゃない!」

 図星を言われ、そっぽを向いてもぐもぐと唸るズーハオに、ランサーは優しい笑顔を浮かべ、その髪を撫でながら諭す。

「ズーちゃんは勝ちたいんだもんね。できるだけ強い姿を見せて勝って、リンちゃんに僕らの強い姿を見せたいんだよね。でも、冷酷で厳格な人間が皆強い訳じゃないよ。ズーちゃんも知ってるでしょう? 僕の前の主様とか、僕の兄さんとか。確かに主様も兄さんもすごく冷徹な人間だったけど、二人とも同じくらい優しい人間だった。自分の正義を貫いて、どこまでも部下を信じて戦った。……無理して僕に冷たくしなくても、ズーちゃんは充分立派に強い人間だよ!」

 ズーハオは吃驚したような表情を見せ、目と鼻の先でその可憐な眉目を惜しげもなく晒すランサーから目を背けると、耳まで真っ赤になった顔でわざとらしく咳ばらいをし、話題を変えた。

「……ひとまず! 今のところはこの冬木にたかり寄ってくる野良サーヴァントを何とかしなくっちゃあな。」

「だねぇ。」

 野良サーヴァントとは、マスターを失ったサーヴァントのことである。十年ほど前、この冬木の地で冬木の聖杯が破壊されたのは良い物の、その膨大すぎる魔力の残滓は未だに大気中に高濃度で混じっており、マスターを殺されてもなお命の聖杯に固執するサーヴァントたちがこの冬木に集ってくるのだ。

「まったく、どうしてこんなに野良サーヴァントが増えたんだか……。」

「そりゃ、サーヴァントよりもマスターを優先して殺してる陣営がいるんでしょ。」

 

「いっぷち!」

 フランスはパリ、世にも高名なエッフェル塔の頂上でくしゃみをする、手にライフルを持った白装束の幼女がいた。

「どうしたチビ、さすがの死神様も高高度の空は堪えるか。」

「おかしいな……あたいがくしゃみするなんてあり得ないんだけど……。」

 

 兎に角、とランサーはもう一度十字槍を手の中に呼び出し、それを景気よく頭上でぶるんと振って見せる。

「今のところの目標は野良サーヴァントの殲滅ってことで良い?」

「……なっちゃん。」

「どったの?」

 目を閉じ、ズーハオは手の中にあったルビーをぎゅっと握りしめる。

「……改めて、今までも、これからも、ありがとな。」

 その絞り出すような声を聴いたランサーは、感無量といった様子でズーハオに飛びついた。

「うぉっ!?」

「う~ん! これだからマスター(ズーちゃん)のサーヴァントで良かったと思うんだよおぉ~っ!!」

「離れろって! オレにそっち(・・・)の趣味はねぇ!」

 ズーハオに振り払われ、しょんぼり顔で立ち上がったランサーは、気を取り直し、いつも通りの笑顔で今後の指標を再確認した。

「それじゃあ、冬木を散策しまくって、野良にせよ野良じゃないにせよサーヴァントがいれば見敵必殺! それで構わないね?」

「あぁ。できる限りのサポートはする。お前は戦闘面ではあまり優秀なサーヴァントではないのだから、危なくなったら無理をせず退却するか、オレを呼ぶんだぞ。」

「うん! 頼りにしてるよズーちゃん!」

 ランサーは屋根から飛び降りると、また歪んだ竹のトンネルをくぐり、夕暮れの冬木の街へと繰り出した。勿論索敵もしたが、ランサーが乗り気で街へと降りて行った理由は、索敵という名目でデパートやショッピングモールの中を散歩できるからだった。

『……真面目に索敵しているのか?』

 そんなズーハオの言葉が頭の中に響いてくるほど、ランサーはウィンドウショッピングを謳歌していた。やがて日も暮れ、購入予定の品物の目星がつき、満足顔で夜の冬木を歩いているランサーの直感に違和感が奔った。

 それは、海浜公園で冬木大橋を眺めながら氷菓子を食べていた時のことだった。冬木大橋のアーチの頂部に、人影が立っていたのだ。魔力が感じられることからサーヴァントではあろうが、果たして何のクラスなのかはさっぱりわからなかった――はずだった。

 しかし。

「そん……な。」

 ランサーには一目でわかった。カップの中の氷菓子を一飲みで完食し、再度その人影に注目する。確かにその影はまさしくその人(・・・)であった。背には紅のマントのような外套、頭に被る帽子には日輪の意匠が施された飾り、何をするでもなくただ月を眺め思索にふけっているだけなのに漂う荘厳な風格。紛れもなく、ランサーが生前最も尊敬し、崇拝した彼女(・・)であった。

「あっ――!」

 言うよりも早く、ランサーは駆け出していた。車通りも少なくなった冬木大橋の路上で制止し、アーチの上にいる人間を見上げ、声高にその名を呼んだ。

「あっ……主様!」

 ランサー――即ち、

 

「信長様ッ!!!」

 彼女に最後の一瞬までも付き従った律儀な"男"、森蘭丸こと『森成利』が見間違えるはずなどなかろう。

「ん――? おぉ、蘭丸ではないか! なんじゃ、蘭丸も此度の聖杯戦争に参加していたのじゃな!」

 彼女こそ、天下布武を世に敷き、天下人目前にて忠臣に裏切られその命を自ら断った日の本最高の覇王、第六天魔王と名高き暴君、『織田信長』であった。



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怨嗟を灼きて修羅と化す-Ⅲ

◆ランサー
真名:森成利
性別:男性
筋力:C 耐久:B+ 敏捷:A 魔力:D 幸運:E 宝具:EX
スキル:対魔力B、心眼(真)B+、天下布武C+、魔王の寵愛A、献身の極みA
宝具:『人間無骨』
→まるで骨がないかのように敵を切り刻む森長可の愛槍。
『大権現の影武者(トクガワ・フェイクシステム)』
→徳川家康それそのものの存在を維持するためのクラス変異宝具。本来はスキルだが、成利に下賜されるにあたって宝具化した。
『刀狩り(ブレイド・テイカー)』
→ひとたび真名を解放すれば相対する者の宝具を強奪・使用できるようになる豊臣秀吉の宝具。
『第六天魔王波旬』
→下賜されたことで神秘殺しの特性が消失し、一般人にも絶大な威力を発揮するようになった織田信長の必殺宝具。
 など。


 河面に揺らぐ月の虚像を見つめながら、信長は傍に跪くランサーに語り掛けた。

「のう蘭丸よ。儂さぁ……ずっと此の地にいちゃだめ?」

「えぇ……。」

 神妙な顔をしながらぐだぐだと言い訳をまくしたてる信長。

「だって今回の儂のマスター、半端ないくらい弱虫じゃったのよ! 戦闘が怖くて腰抜かしてアサシン如きに銃殺されるくらい! でも別に儂戻りたくないし! この時代面白すぎて戻りたくないの! 是非もないよね!?」

「だからこんな辺境の地に来たのですか主様……。一応まだマスターを持って戦争に参加しているボクからすればそうやってふらふらなされてしまわれると正直迷惑なんですが……。」

「えー。あ、これ見よ蘭丸、このちっこい鉄の板どうやって使うのじゃ。」

「スマホなんてどこから取ってきたのですか主様!」

「儂のマスターの死体からくすねてきた。」

「死体漁りとか何考えてんですか主様!」

「是非もないよネ!」

「ありますよっ!!」

 そう言い合っていた時、突如としてランサーの意識の奥からズーハオの声がした。

『おい、さっきからまったく動いていないな。何をしているんだ。』

「あっ――ご、ごめんねズーちゃん!」

『夜はサーヴァントが活性化する。野良サーヴァントを一掃するのなら今が好機だぞ。』

 その言葉にびくりと反応し、不思議そうな顔でランサーを見つめる信長の方を一瞥する。

『……なっちゃん?』

 ランサーは確かに野良サーヴァントの掃討を目的に今のところは動き回っている。しかし、それを完璧に成就するためには、ランサーが誰よりも慕い尊敬するこの覇王すらも相手にするということ。

「だっ……、大丈夫! すぐに探すよ!」

 ランサーの主君は現状ズーハオただひとりであり、今目の前にいるこの少女だって、ランサーたちの敵であることに変わりはない。ランサーは深くため息を吐くと、信長に事の次第を伝え、その場から離れようと姿勢を変える。

「おぉ、戦闘に向かうのか? 儂もちょうど暇しておったところじゃ、共に行くぞ蘭丸!」

「え!?」

「なんじゃ、儂がいると何か不都合でもあるのか?」

 困惑と焦燥の入り混じった面持ちで言葉にならぬ声を漏らすランサーを見て、何を勘違いしたのか信長は胸を張って宣言した。

「安心せい、マスターを失ったとてこの第六天魔王織田信長、そこらの雑兵には劣りはせぬわ!」

「いえっ、そうではなく……ッ!」

 ランサーの悲痛な訴えの声も聞こえていないのか、火縄銃を手に勇み歩き出す信長。しかし、『貴方を殺します』など、慈悲深いランサーにはとてもではないが(・・・・・)言えなかった。自分自身の甘さと未熟さに歯ぎしりをしながら、ランサーは信長の半歩後ろをついて夜の冬木を行軍し始めた。

 

 たった二人の織田軍は、至る場所で勝ち星をあげていった。

 獅子頭のキャスター、瞳を隠したライダー、年若き幻想のセイバー、橋の上で通行妨害をしていた僧衣のランサー、男とも女ともわからぬセイバー、同じく男とも女ともわからぬライダー、深緑のフードのアーチャー、金仮面のキャスター、髑髏の面を被ったアサシンたち、クランの猛犬の名を持つランサー、理知的かつ紳士的なアサシン、機械の身体を持ったキャスター、早撃ちをしてくるアーチャー、双角のアサシン、八極拳を用いるアサシン、暴虐皇帝と呼ばれたセイバー、串刺し公爵と呼ばれたバーサーカー、伝説の海賊と呼ばれたライダー、幼くも威厳あるバーサーカー、魚のそれのような眼球を持ったキャスター――。

 マスターを殺され、膨大な魔力渦巻く冬木の地に辿り着き、弱体化しながらも脆くなった霊基で生きながらえていた数々の英霊を、信長はノリノリで撃破していった。ランサーも、在りし日の日々を思い出し、少なからず懐かしいような気持ちで信長の後に続いていた。

 あぁ、これが、これこそが、一騎当千の力を以て並み居る強敵を薙ぎ倒していくこの様こそが、自分がどこまでも敬愛し、信仰した我が主君、織田信長であると。

 

 しかし、その時は着々と近付きつつあった。否、ランサーには元より理解していたことなのだ。その現実は、ズーハオと信長の言葉によって重くランサーにのしかかる。

『使い魔からの反応がほとんどなくなった。脅威となるサーヴァントはお前の隣にいるそれ(・・)以外にいなくなったようだな。』

「はぁ~、こんなものかのぅ。なんじゃ、儂とて同じマスターを失った身だと言うに、サーヴァントというのはこうも脆弱な物なのか。ま、何にせよこれで残る野良サーヴァントはほぼいなくなったな!」

 手にした槍を、ぎゅっと握りしめ、俯くランサー。そんな彼に、信長は笑顔で振り向き言い放った。

「さぁ蘭丸! 儂を殺すのじゃ!」

 驚愕に満ちた表情で信長を見つめ返すランサーに、信長はきょとんとした顔で尋ねた。

「なんじゃ、儂の顔に何かついているか?」

「いえ、そ、その……。」

「儂とて野良サーヴァントであることに代わりはあるまい。そちのマスターを勝たせたいと思うのならば、今ここで儂を殺さねば後々面倒になるぞ?」

 もっともである。いつもそうだった。この御仁が言うことに間違いはほとんどなかった。暴君と呼ばれたであろう。冷徹だと、冷酷だと後ろ指をさされたであろう。生涯幾度となく謀反を起こされたであろう。

 しかし、そこには彼女なりの想いや理想があったのだ。未来を見据え、古きを一蹴するのではなく、古きを知り新しきを取り入れる。彼女が一蹴したのは古きにすがって蔓延る『悪』であった。

 それを勘違いした人間によって魔王だと貶められた彼女の悲しみを、嘆きを誰も知ろうとしてこなかった。その孤独を隣で見てきたこの身が、この手が、その彼女の血で汚れるなど、ランサーにはとても(・・・)耐えられなかった。

「だって……っ、ぼ、ボクにはそんなことぉ……っ!」

「『甘えるな!』」

 ランサーの意識の中と外で、まったく同じ文言が響く。

「今の儂は其方の敵じゃ!」

『敵は殺さなくちゃならない!』

「それが聖杯戦争なのだ!!」

『それがこの世界で生き残るってことなんだよ!!』

 そんなこと、わかりきっている。敵は殺す。それだけだ。至極単純で、突き詰めて考えてもそれ以上もそれ以下もありはしないつまらない事実だ。

「やれ、やるのじゃ成利!!」

 憤怒に声を張り上げ、信長は自らの手から血がしたたり落ちるのも構わずにランサーの槍の穂先を掴み、それを自らの心臓の直上へと差し向けさせた。

「ま、すたぁ……ッ!」

 絞り出すように、ランサーは涙混じりに嘆願する。

「令呪を……令呪を使って……! ボクにはできない、できない、よぉ……!」

「……見損なったぞ、蘭丸!」

 サーヴァントに強制的に命令を聞かせるための魔術装置を使うことを頼み込むランサー。

『令呪は使わない。お前はオレにこう言ったな。強い人間は優しくも状況に応じた適切な判断ができる人間だと。ランサー、強い人間の何たるかを説いたお前が、強い人間でなくてどうするつもりだ。』

「……!」

 ランサーはしばらく身を震わせてたが、獣の咆哮のような叫び声をあげると、その宝具の真名を明かした。

「咽べエエエェェッッ!! 『人間無骨』――っ!!!」

 掴んでいた信長の指を斬り落としながら穂先が展開し、いつもの十字槍の姿を見せるランサーの槍。そのまま、ランサーは一歩踏み込み、信長の心臓を刺し貫いて見せた。

「がふっ――!」

 一度喀血し、その場で槍に貫かれたまま力なくガクリと崩れる信長。

「――よく、やった。それでこそ……儂の蘭丸……じゃ。」

「信長様ぁっ……!」

 大粒の涙を流しながら、徐々に魔力の粒子と化していく信長の名を呼ぶランサー。

「泣くな……大の男ともあろう奴が……そう大泣きするものではないぞ……。」

「こんな……やっと会えたのに、こんなのって……っ。」

「聖杯戦争で会うというのは……変なことでもない限りはこんなもんじゃよ……。しかし、よりにもよって鬼武蔵の槍で散ることになるとはのぅ……。返り忠を何より嫌っていた奴めの槍で死ぬことになるなんぞ、思いもよらなかったわ……。」

 信長の身体は、既に首から下が魔力還元され、失われていた。最後に、と信長は二つの言をランサーに伝えた。

「儂の分まで、最後まで生き残ってくれ……。生き残って、其方のマスターを勝たせてやってくれ……。それと……。」

 にこりと笑い、信長は消滅していきながら未来を語る。

「次に会う時は――もっとふざけた世界で会おうぞ、な――

 

 手から零れ落ちた槍を拾おうともせずに、黎明の光明をぼんやりと眺めるランサーの元へ、ズーハオがやってくる。呆けるランサーに槍を手渡そうと槍を持ち上げようとするが、見た目以上に重かったようで、持ち上げることも叶わなかった。

「……マスター。」

 言いたいことは山ほどあるのだろう。伝えたい思いが、こみあげてくる感情が、海より深いのだろう。それを言葉にすることも、整理することもままならないほどに。

「マスター……。」

 天を仰げど叶うはずのない願いがあるのだろう。地下深くに潜り込んでも晴れることのない後悔があるのだろう。同じ言葉しか呟くことのできぬほどに。

 ズーハオはただ無言でランサーを抱き締め、その背を優しく叩いてやった。

「大丈夫だ。お前は立派な……立派で強い人間だ、なっちゃん。」

 その後、ランサーは海を越えることを提案した。信長に言われた最後の主命を果たすために。ずっと待っているだけでは何も起こりはしない。起こすのならば自分から起こした方が手っ取り早い。大丈夫、自分に任せろ。必ずキミを勝たせて見せる。そう、不敵に笑ってランサーは提言した。

 

 時を同じくして、イタリアの南部をバイクで駆け抜ける少年と少女がいた。

「セイバー、腹減った。」

「辺りを見回してパブが幻視(みえ)るようなら同じことをもう一度言え。見えないようなら運転手に向かってゴチャゴチャ言うものではない。」

 ハンドルを握るセイバーことアルトリア・ペンドラゴン[レイヴン]と、後部座席で彼女の腰に手を回す彼女のマスター、クロウ・ウエムラは、ナポリを目指して風を切って進んでいる。何故サーヴァントがバイクを、というのはこの際いつぞやか冬木で起きた聖杯戦争の記録を時計塔で見せてもらえとでも言うとして、クロウの空腹はそろそろ限界に達しようとしていた。

「無理……腹減った……。」

「マスター、いい加減にしないとその胃袋灼くぞ。」

 ナポリは、まだ遠い。



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聖ジェンナーロの膝元で-Ⅰ

◆???
真名:エイブラハム・???
性別:女性
筋力:A 耐久:D 敏捷:A 魔力:B+ 幸運:C+ 宝具:A++
スキル:陣地作成C、道具作成C、鬼種崇拝B+、真名看破EX、など
宝具:『???』


 ナポリはジャルディーニ・モルジリオ通り。蒼天の下に広がるヨットハーバーを眺めながら、クロウとセイバーはベンチに腰掛けてストロベリー・チョコレートフレーバーのアイスクリームを舐めていた。

「……マスター。」

「あん?」

 視線は水平線を眺めたまま、セイバーはクロウに深刻な事実を伝えた。

「財布の中身がもうない。」

「まじかぁ……。」

「マスターが悪いのだぞ。まったく、食欲の赴くままに食い倒れしおって。美食の国に来たからと言えど、もっと緊張感を持ったらどうなんだ。」

 小言を言うセイバーの言葉が聞こえているのか聞こえていないのか、クロウは言語にすら成っていない曖昧な鳴き声をあげながら、アイスクリームを擦り減らし、コーン部分をザクザクと噛み砕く。何の思考もしていないクロウのぼんやりした意識は、しかし次の瞬間に木が石畳を叩く音と共に一点へ集中した。

「マスター……!」

「待て、下手に動くな。」

 残ったアイスクリームをちゃっかりコーンもろとも飲み込み、拳を強く握りしめるセイバーを制止するクロウの視線の先には、小柄なアジア顔の子供が立っていた。その立ち姿には、常人とは決定的に違う雰囲気が漂っていた。

 ナポリの港町にはまったく似合わぬ山伏姿のその子供はクロウに気付くと、にこにこと笑顔を浮かべながら二人が座るベンチへと歩み寄ってきた。

「日の本の方に御座いますかな?」

 子供特有の性別を感じさせないその木製の高下駄を履いた山伏姿の人物はクロウの顔を見て、流暢な日本語でそう尋ねた。どう答えたものかと逡巡するクロウの意識の中に、セイバーの声がこだまする。

『マスター、魔力は感じられない。サーヴァントではないのかもしれない。』

 セイバーの目配せに小さく頷くと、クロウは幾分姿勢を崩し、その子供に微笑みながら対応した。

「あぁ。そういうあんたも日本人なのか?」

「拙僧めは日の本の人間でもあり、同時に然様でない至極曖昧な者に御座いまする故、其の問いに是と答えることはできませぬな。」

 随分と外見には似つかわしくない言葉遣いをするその子供に名を尋ねると、子供はただにこにこと笑うのみだったが、その眼がまるで突き刺すような眼光を以てクロウの眼球を捉えた瞬間、先程のセイバーのそれと同様に脳内に子供の声が響いた。

 

『拙僧めは名をホーガンと申しまする。其方のセイバー殿の見解を否定するようで大変心苦しく御座いまするが、此れでもウォッチャーの座を得て現界している歴とした英霊に御座いまする。』

 

 「共に此の街の散策でも」と誘われ、クロウはホーガンと名乗るそのウォッチャーと共にナポリの街を宛もなくセイバーを連れて歩いていた。

「ウォッチャーという拙僧の座は、大変に異端なる代物と聞き及んでおりまする。其の所為なのか何なのか、此の時代に降り立ってからというもの、しきりに十字架を首から下げた黒服の者共に夜襲を掛けられてしまい辟易しているので御座いますよ。」

 十字架を首に掛けた黒服の者、というのは聖堂教会の人間の事だろう。監督役に徹している聖堂教会が何故サーヴァントであるウォッチャーを追うのかはクロウには理解できなかったが、尚も語る口を止めないウォッチャーの話をおとなしく聞くことにした。

「クロウ殿はウォッチャーなる座が如何なるものかご存知に御座いますか?」

「俺、名前名乗ったか?」

「かっはっは! 此れもウォッチャーたる拙僧めの能力に御座いまする!」

 磊落に大笑するウォッチャーの質問にクロウは少し黙考していたが、思い当たる節がなく、セイバーの方を見やった。セイバーはひとつ頷くと、ウォッチャー本人に確認するようにクロウに説明をした。

「ウォッチャーはその名の通り観察者のクラスだ。魔力を消費せずに現界することが可能なためマスターを必要とせず、また聖杯を勝ち取ることが目的ではないため攻撃手段を持たぬ者がほとんど。そうだな?」

「相違御座いませぬ、セイバー殿。――しかしセイバー殿、基本的に一般的な英霊でも我々ウォッチャーの事は存じ上げぬ人物も多い中、貴方様は如何様に其れを知り得たので御座いましょう?」

 セイバーは視線を逸らしてしばし考えると、何かを諦めたようにひとつ溜息を吐き、その真相を暴露した。

「我が身の真実は既知であろう、ウォッチャー。そして、我が半身が今も現界している(・・・・・・・・・・・・・)事も。」

「ははぁ、時計塔にて『シロウ殿』の護衛を為さっておられるもう一人のセイバー殿がその知識を持っておられれば、貴方様も同様の知識を得るという次第なので御座いますな。かっはっは! いや何とも面白い性質をお持ちに御座いますな!」

 ヌオーヴォ城を右手に臨みながら一行は左側へ曲がり、突き進んで真正面、サン・カルロ劇場前の横断歩道を渡り、その屋内アーケード――ウンベルト一世のガッレリア内部へと足を運ぶ。

 そのガラス張りのドーム天井の下に円状に並べられた黄道十二正座のタイルの内、牡牛座の股間にかかとを合わせて回ろうとするセイバーに「それはミラノだ」とツッコミを入れながら、クロウは鼻歌を口ずさむウォッチャーに声をかけた。

「なぁウォッチャー。」

「如何に?」

「俺からも質問、いいか?」

「何なりと。」

 クロウは終始にこやかなウォッチャーにその疑問を投げかけた。

「……どうして、俺たちに接触してきた?」

 その言葉を聞き終えた途端、ウォッチャーの笑顔は別の意味に変わった。人を小馬鹿にしたような、まるでその結末を知っていながら蟻の巣穴に水を流し込む悪戯小僧のような。

「さぁ……何故に御座いましょう……? 少なくとも我が身は観察者(ウォッチャー)、貴方様の味方にして貴方様の敵に御座いまする。貴方様に有益な情報をお教えすることも御座いましょう。同様に貴方様の情報を他言するやも……わかりませぬ。」

「厄介な裁定者(ルーラー)のようなものか……。」

 セイバーの例えに、ウォッチャーは呵々と笑ってそれを否定する。

「かっはっは! 裁定なぞ、拙僧めには過ぎた業に御座いまする! 拙僧めは皆々様の観察程度が身の程に御座いますれば、時に観察対象に悪戯もしたくなるという物なので御座いますよ!」

 故に、とウォッチャーは先程の突き刺すような眼光でクロウを見据えながら言葉を続ける。

「そしてクロウ殿、少々御注意を。此のナポリに向かっているマスターとサーヴァントが一組、御座いまする。座は弓兵(アーチャー)……拙僧めからはそうとだけ。」

 そしてウォッチャーはクロウたちが金欠に困っている事を見抜くと、クロウの口座に支援金を入れていくことを伝え、その場からつむじ風と共に消失してしまった。

 その後、ホテルを取る前に口座を確認したクロウが見たものは、七桁を超える額の資金であった。

 

 聖杯戦争が主目的であるのに娯楽に興じるのもいささか緊張感に欠けているとはクロウ自身理解しているつもりだが、こんな機会でもなければはるばるナポリに来ることもないだろう。ならば、命ある今の内に思う存分楽しんでしまうというのもひとつの手のはずだ。そんなことを言い訳に、クロウとセイバーはナポリの砂浜に立っていた。

「うむ。まぁ緊張感を持てと言ったのは誰あろう私だ。」

 濡れたカラスのような真っ黒のチューブトップの水着に身を包んだセイバーが、普段のシニヨンヘアを解いてポニーテールにした輝く金髪を揺らしながら遠慮がちにじりじりとさざ波へ近付いていく。

「だが、サーヴァントとて時には休養は必要だ。うむ。人の身を外れた体力を持つ我らとて心は人のままなのだ。うむ。これはマスターとのコミュニケーションの一環である。円滑な主従関係を構築するには、やはり共に娯楽に興じて距離感を縮めることこそが肝要であると物の本で読んだ覚えがある。うむ。断じて私が海で遊びたいとか、そういうわけではない。うむ。」

 などとぶつぶつ呟きながら牛歩の如く海へとにじり寄っていく。冷ややかなクロウの視線の先で、とうとう白く泡立つ波際までやってきたセイバーは、まるで初めて海に脚を浸す子供のように恐る恐る足の爪先で波に触れた。次の瞬間、予想外に冷たかったのか、「ひゃっ!」と可憐な悲鳴をあげながら足を引っ込め、一歩後ずさるセイバー。

 クロウは見てられないとばかりに大股でセイバーの背後に立つと、セイバーの華奢な身体を抱き上げ、一気に腰まで沈む程の水深の場所まで突き進んでセイバーをその場で放り捨ててしまった。

「うひゃっ!?」

 盛大に水しぶきをあげて海に沈む――わけではなく、まるで水面が地面かのようにその場で浮遊もせずに水面に座り込むセイバー。

「あぁそうか。お前泳げないのか。」

「そ、その……。あっ、そ、そんな目をしないでくれマスター! 『彼女』が『彼女』のマスターに泳ぎを教えてもらった以上私も泳げるはずなのだ! ただ少しばかり不安要素が強いと言うか……っ!」

 湖の精霊の加護を受けているセイバーは、水面を文字通り駆け抜けることができたため、水中を泳いだ経験がない。

「いや、ここ俺の腰くらいの水深なんだけど。」

「それは即ち私の鳩尾ほどの水深ということだろう!」

「泳がなくても立てると思うんですけど。」

「そ、それはそうだが……!」

 結局ごねにごねて、セイバーは終始クロウに背負われた状態で海中を満喫していた。

 砂浜に戻ったセイバーは、ぐったりとした様子でビーチチェアにもたれかかるクロウを傍目に傍の露店で売られていたチョコレート・アイスを満足げに味わっていた。そんなセイバーの元に、深紅色のワンショルダービキニにパレオを纏った艶やかな肢体を持つ若い女性が近付いてきた。

「あら、お嬢さん見かけによらずやり手ね。彼氏さんをこんなにさせちゃうなんて。」

 女性はセイバーの視線の先でミルク味のアイスクリームを購入すると、セイバーが腰かけていたビーチチェアの先端に腰を下ろした。そのサングラスの奥に光る瞳は、まるでセイバーを精査しているようだった。

「お嬢さん、ここの人?」

「いや、私の出身はブ……イギリスだ。」

「あら、そうなのね! 私はドイツの生まれよ。イギリスにもたまに足を運ぶわ。良い所よね、ちょっと食事は口に合わないけれど。」

「ゲル……ドイツの人間が食べればどこの料理でも口に合わないのではないか?」

「お褒めにあずかり光栄ね。それにしてもお嬢さん、自衛手段は何か持っているの?」

「あぁ、私には――いや、何でもない。何にせ心配には及ばない。しかし何故だ?」

「知らないの? このナポリには六千人以上が所属するマフィアの犯罪がはびこっているのよ。何かあった時に何も持っていないんじゃあ命と純潔がいくつあっても足りないわ。」

 そう言って、女性は肩にかけたポシェットから一丁のオートマチック式拳銃を取り出し、トリガーガードに指をかけてくるりと回して見せ、妖艶に笑って見せた。

 しかし、セイバーはその動作を別の意味に捉えて認識していた。その理由はただひとつ。

 

 拳銃から魔力が検出されたからである。



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聖ジェンナーロの膝元で-Ⅱ

◆アーチャー
真名:???
性別:???
筋力:B 耐久:C+ 敏捷:C 魔力:E 幸運:C 宝具:EX
スキル:対魔力D、単独行動B+、追い風の航海者A、など
宝具:『???』


「お嬢さん、海はお好き?」

 赤髪の女性は悪戯っぽい笑みを浮かべながら、セイバーに問う。

「個人的な見解を述べるならば嫌いではない。公的な意見を述べるならば――少々不得手、であるな。」

「そう。私は好きよ、海。私、元々海軍のお偉いさんの孫でね。ちょっと手違いで変なことに巻き込まれちゃったんだけど、昔からお爺さんの演習に連れてってもらってたわ。」

 女性は懐かしそうにサングラスの奥の目を細めながら、水平線を眺める。セイバーはいつでも行動を起こせるように少しずつ両手の拳に魔力を溜めながら、慎重に会話を続けた。

「……その拳銃、何か特別な物なのか?」

「ん? いいえ、拳銃自体は何も特別な物じゃないわよ。どうして?」

 何食わぬ顔で逆に問いかける女性。セイバーは何とか自身の正体を明かさぬように振舞いながら彼女の正体を探ろうとするが、彼女も同様の事をしているためか、なかなか重要な情報が得られない。

「いや……海軍の家に生まれたのならば拳銃のひとつくらいオーダーメイドでプレゼントされそうなものだと偏見に満ちた想像をしたまでだ。気にしないでくれ。」

 その後も互いに腹の探り合いをしていたが、途中で全てが面倒になったセイバーが不機嫌な表情と声音でとうとう吐き捨てた。

「――で、貴様どこのサーヴァントだ。」

「あら、大胆ね。女は我慢強くなくっちゃ男を御せないわよ?」

 くすくすと含み笑いを漏らしながら、美しい両の脚を組み換える女性。

「貴方、パリの街で宝具を使った騎士王さんでしょう? お伽噺で聞くよりも随分とヤンチャな性格をしているのね?」

「私は所詮『彼女』の半身である野良カラスだ。『彼女』が崇高なるブリテンの栄光そのものを体現するならば、私はブリテンが現代に至るまでに辿ってきた暗黒の歴史そのもの。レイヴンは噛み癖が悪いんだ。いたいけな少女と侮ればその死肉、骨だけになるまで啄んでやるぞ。」

 そう言い捨て、『風王鉄槌(ストライク・エア)』を纏った右の拳で女性に殴り掛かるセイバー。それを猫のような身のこなしでするりと躱し、女性は眉根を寄せてセイバーを短く叱る。

「こら! この水着、安くないのよ?」

 その声も無視し、セイバーはアイスクリームを一口で飲み込むと女性の懐に飛び込み、次々に『風王鉄槌(ストライク・エア)』を用いたパンチを女性に繰り出す。しかし、その悉くを女性はアイスクリームを舐めながら避けて見せた。

「その身のこなし……やはり貴様ただの人間ではあるまい!」

「いやだわ、この程度を躱しただけで人外扱いなんて。ちょっとしたおまじないよ?」

 パンチだけではなく、同様の力を上乗せさせたキックも混ぜ合わせて女性に連撃を叩き込もうとするが、セイバーの攻撃の一切合切は女性に届くことは無かった。

「ひとりでキャットファイト? あらあら、英国淑女ともあろう騎士王様がお下品よ?」

 その一言で堪忍袋の緒が切れたセイバーが瞳孔の開き切った瞳で右手を開き、鴉羽の聖剣を握ろうとした――その瞬間。

 

 気付くと、セイバーは宙高くくるくると放り投げられていた。目まぐるしく回転する世界の中で、セイバーは内に秘めた魔力を解放して漆黒のドレスに赤黒い甲冑姿の戦闘形態に変身し、水面に両足で勢いよく着地して見せる。

 即座に顔を上げると、眼前に白髪に白髭の筋骨隆々な老爺が迫っていた。手にした日本刀の切っ先を天蓋に向け、ひたすらにセイバーへと突進してくる。そのまま刀を大上段に振り上げ、野太い怪鳥音をあげながらセイバーに斬撃を放つ。

「ちぇええええすとおおおッッ!!!!」

 そのあまりの速度に後退する余裕もなく手甲でそれを受け止め、豪快な水飛沫と共に後方へと吹き飛んでいくセイバー。直後、彼女が再度前方に視線を向けると、老爺がまたも大上段からの一撃を放とうとしていた。

「ちぇええええ――ッ!!」

 しかし、その攻撃がセイバーに届くことはなかった。老爺がセイバーに肉薄した瞬間、老爺を蹴飛ばす一人の人物がいたのだ。

「マスター!?」

 誰あろう、クロウであった。その右手の甲に刻まれた翼を広げた鴉のような意匠の令呪は、三画のうち一画が消費されていた。魔力切れを起こしたサーヴァントの魔力を最大の状態まで回復させる事すら可能な超大規模魔術を一筆書きの一画に閉じ込めた魔術装置の力を、己の肉体の強化のためだけに使ったのだ。しかし、その分クロウの身体能力や筋力は下級サーヴァントのそれと同等程度まで底上げされていた。

「セイバー! 俺を飛ばせ!」

 だがクロウとて人間、セイバーのように水面を歩く能力は持ち合わせていない。それを理解しているセイバーは迷うことなくクロウの脚をバレーボールのレシーブのように天高く打ち上げた。

 クロウが上空から周囲を確認すると、砂浜から遠く離れた沖合にいるのは水面に立つセイバーと同様に水面が地面かのようにしっかりとその場に立っている老爺、そして宙を舞うクロウだけで、先程の女性はセイバーたちを追ってくることはなかったようだ。

「セイバー!」

 クロウがまたも一声かけると、セイバーが何も答えぬまま弓の弦を引き絞るように右手を引き、クロウが自らの眼前に落下してきた瞬間に彼の足の裏を全力で殴り、前方に向かってクロウを弾丸の如く射出させた。

 老爺は飛び掛かってくるクロウの腕に手にした日本刀を突き立て、そのまま勢いを横へずらそうとした――が、叶わず、確かにクロウは老爺から見て右側へと吹き飛んで行ったが、それは老爺が手にしていた日本刀ごとであった。

 そのまま左掌に突き刺さった日本刀を力任せに抜き取り放り捨て、筋肉の動かなくなった左腕をぶらりと振るい、ナポリの青い海に紅色の染みを浮かべながら水底へと沈んでいくクロウ。

「……子供を殺すのは心苦しいんだがなぁ……。」

 そこでようやく老爺が怪鳥音以外で声を発したが、それは何と流暢なイギリス英語であった。同郷の言語を聞いたセイバーは凄まじい違和感に駆られる。

「……貴様、ブリテンの者か?」

「サッカーを観るのは好きだぜぇ。」

 皺だらけで真っ白い髪と髭に覆われた不敵な笑顔は、しかし確かにアジア系の顔立ちであった。そして先程の怪鳥音を伴う日本刀。どこの誰よりもブリテンという地を見守り続けてきたセイバーは、限られた情報を脳内で纏め、ようやくその人物に辿り着いた。

「トゥー……。」

 こと、ブリテンに縁ある人物が相手ならば、ブリテンの歴史の子細までを記憶しているセイバーはAランクにも相当する真名看破スキルを持っているに等しい。

「ゴー……。」

 その人物が若かりし頃、散々馬鹿にされる際に使われたその罵倒の言葉を口にすると、老爺の表情が一瞬で険しくなる。

「チャイナ!!」

「……言ってくれるじゃあねぇか嬢ちゃん。久々に聞いたぜぇ、その言葉。」

 次の瞬間、セイバーの視界が真っ白になるほどの水柱がいくつも立ち上がった。

 

 老爺が放っているのは、魔力によって構築された戦艦主砲級の砲撃。それを裂帛の気合と共に虚空から射出している。

「ウォースパイトにドレッドノート……様々な戦艦を目にしてきた訳ではあるが、そのいずれもこれほどまでの砲撃手段は有していなかったな……。お前たち(・・・・)は一体どれ程の力を追い求めれば気が済むのだ。自国を防衛するのみでは飽き足らぬか、蛮族めが。」

「それ、お前さんのマスターにも言えるのかい?」

「私のマスターは貴様らのような大艦巨砲主義ではない。民族を一枚岩に考えるのは愚の骨頂だぞ、提督殿。」

「全く以てその通りだぜ、イチャモンの付けようもねぇ。確かにわしらはちっとばかし馬鹿をしすぎた。」

 しゃがれた声で呵々大笑しながら、次々とセイバー目掛けて砲撃していく老爺。セイバーはそれを水面を滑るように跳躍しながら躱していく。

「貴様はライダーのサーヴァントか?」

 老爺はそのセイバーの問いににやりと笑みを浮かべ、小馬鹿にしたような声で答える。

「さぁなぁ? わしの真名がわかっとるんならライダーだと思うだろうなぁ。だが英吉利のセイバー、そうとは限らんよなぁ? キャスターやも、アーチャーやもわからんぞ?」

 セイバーは細く長く息を吐くと、一度足を止め、自身に向かってくる砲撃に全意識を集中させるように瞼を閉じた。そして、短く切るように吐く息を止め、瞼を見開く。瞬間、爆音と共に魔力砲撃は真っ二つに断ち切られ、海の中に沈んで爆発と共にセイバーの左右両側に水柱をあげた。

 余裕そうな老爺の表情が一変するのと同時に、セイバーが一気に老爺目掛けて距離を縮めた。その間も老爺は砲撃を繰り返していたが、その悉くはセイバーの聖剣によって斬り捨てられてしまう。

 老爺の目前まで迫ったセイバーが振るう聖剣の動きを注視していた老爺は直後、天高く放り投げられた剣に気を取られてしまった。

「しまっ――!」

 気付いた時には、セイバーは『風王鉄槌(ストライク・エア)』を纏った回し蹴りを老爺の腹部に打ち込んでいた。

「がはっ……!?」

 老爺は遥か彼方へ紙切れのように飛んでいくものと思われた。しかし、セイバーの予想とは裏腹に、老爺は何もない場所に背をしたたかに打ち付け、海面にばしゃりと倒れ伏してしまった。老爺の注意が逸れてしまったために、老爺が衝突したソレ(・・)の姿が露わになる。

 カモフラージュが解けるように霧の中から現れたそれは、巨大な主砲を前方に二門、後方に一門、各種対空砲や偵察機発艦用の小規模カタパルトまで完備し、天までそびえる艦橋を持ち、艦首には菊の紋を煌めかせる大日本帝国海軍最後の切り札、大和型戦艦一番艦の戦艦、大和そのものであった。

「やはりか……。」

 セイバーは自身の真名予想が当たっていたことを確信すると、再度老爺に切っ先を向けた。

「さぁ、かかってくるが良い、提督殿(アドミラル)。貴様の砲撃は既に見切ったがな!」

 老爺は悔し気な顔で立ち上がると、濃紺の海軍将校服へと姿を変化させ、右の白手袋を外すと、一帯に響き渡るほど音高く指を鳴らしてみせた。

「これは……!?」

 その号令によって現れた光景に、セイバーは愕然とすることになる。

 

 それとほぼ同時刻、ナポリ名物のピッツァを片手に持ちながら、セイバーと老爺の対決を超遠距離から眺める一組の男女がいた。

「……いつまで待つんだい、これ。」

「耐え忍ぶのには慣れているんじゃなかったか。」

「……オーケーだ、怠け者(オレ・ライスカ)め。あとで覚悟してろよ。」

 ビジネススーツ姿の痩身の男と、狙撃銃を構えた幼い少女であった。



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聖ジェンナーロの膝元で-Ⅲ

◆アサシン
真名:???
性別:女性
筋力:A 耐久:D 敏捷:A+ 魔力:D 幸運:EX 宝具:B++
スキル:気配遮断A+、単独行動D、トゥオネラからの呼び声A、など
宝具:『???』


 セイバーが見たものは、八方の逃走路を囲み塞ぐ六隻の戦艦だった。

「各艦、順次砲撃準備……完了次第目標へ砲撃を開始せよ!」

 手袋を嵌めながら声高く下された老爺の命令に、全ての戦艦の姿が霧の中に隠れていき、やがてセイバーの周囲は快晴のナポリの海に戻る。しかし、直感的にセイバーが思い切りその場で飛び上がると、セイバーが立っていた場所で爆発が起こり、その影響で立ち上がった水柱によってセイバーの視界が奪われてしまう。

「主砲規模の爆発……明らかに可動範囲外の射角ではないか!」

「天神直属のわしらの艦隊に不可能はあっちゃいけねぇ(・・・・・・・・)もんでな!」

「強迫観念じみた神州不滅の精神……そんな忠義は流石の『彼女』も欲しくはないだろうな……。待てよ。その各種戦艦……どう見ても第二次世界大戦時の代物だな。つまり貴様……英霊(・・)ではなく神霊(・・)の方か!」

「おうよ、英霊のわしだったら精々三隻程度しか扱えねぇからなぁ。」

 魔力の砲弾を斬っては捨て斬っては捨て、三次元的な立体起動で剣を振るいながら老爺の攻撃をいなしていくセイバー。その主人の姿は、未だ海の底である。しかしセイバーには確たる信があった。それは自身の霊基が消失していないことに基づく自信ではなく、ここまで共に生き残ってきた相棒としての信頼であった。

「少し休憩が長いのではないか――マスター!?」

 直後、セイバーの体内の魔力が大きく増幅される感覚が全身を走った。

 

 そんなセイバーと老爺の戦いとは別に、岸辺でも戦いが起ころうとしていた。ナポリは卵城近辺、紙煙草を吸うビジネススーツの男と、その足元でうつぶせのまま手にしたウッドストックのスナイパーライフルに取り付けられたスコープに目を押し付ける幼い少女の元に、ひとりのシスターが近付きつつあった。

「アサシンのマスター、ボドヴィッド・ランデスコーグですね?」

 その確認する言葉でシスターに気が付いた男が振り向き、シスターの脚から頭までを一度見渡すと、掠れ気味の声で返事をする。

「その通りだが……そういうお前は『教会』の人か。」

「はい、監督役のプラム・コトミネと申します。」

 ボドヴィッドという男は、その亜麻色の髪のシスター、プラムの姿をもう一度上から下までよく確認し、用件を尋ねた。

「はい、用というのは他でもありません。」

 次の瞬間、ボドヴィッドの目と鼻の先にプラムの掌があった。数泊置いて小さな突風がボドヴィッドの前髪を揺らす。やや吃驚したような表情を見せるも、すぐに無表情に戻るボドヴィッド。プラムが手を止めた理由は、プラムの眉間にあった。

「あんまりうちの怠け者(オレ・ライスカ)に意地悪してやらないでくれよ。こう見えて肝はあまり太くないんだ。」

「あんまりだな死神様。」

 ボドヴィッドに付き従うサーヴァント――アサシンが、手にしたサブマシンガンの銃口をプラムの顔面に向けていたのだ。腕を交差させる状態でしばらく二人は静止していたが、プラムの義眼がぐるりと一回転してアサシンを睨むと、アサシンは直感的に何かを察知し、背後にいたボドヴィッドを横へと蹴り飛ばした。

「んぐぅッ!!?」

 直後、アサシンが目視できないほどの速度で姿勢を低くしたプラムが放った鉄山靠(てつざんこう)によって体勢を崩され、続いて撃ち込まれた掌底によって十メートルほど吹き飛んで駐車されていた自家用車に突っ込み、その車体に大穴を空けた。

「……これだから魔術の『ま』の字も知りやがらないサーヴァントは厄介なんですよ。トゥオネラの派遣者さん、貴方はしばらくそこでじっとしていやがって下さい。」

 そう吐き捨て、アサシンに蹴られたことで尻餅をついた姿勢からおもむろに立ち上がろうとしているボドヴィッドに歩み寄ると、プラムはまた柔らかい声で忠告する。

「ボドヴィッド・ランデスコーグ。貴方は少々マスターばかりを狙いすぎています。そうやって残されたサーヴァントは一般的な聖杯戦争ならいざ知らず、こと命の聖杯戦争に限ってはそうそう消え去ることはないのです。地球そのものが聖杯となっているため、常時聖杯からの魔力供給が微弱ながらサーヴァントに流れるため、野良サーヴァントがうじゃうじゃとまるで下水道のドブネズミのように溢れやがるんですよ。下水道の清掃員の気持ちにもなりやがれってんです。」

 ボドヴィッドは力なく乾いた笑いを漏らすと、言い訳のようにスウェーデン訛りの英語でプラムに謝罪した。

「あー……、すまない。私は生まれてこの方聖杯戦争だとかそういう爺さんが傾倒してた魔術的な事に慣れて無くてな。局所的聖杯戦争の記録でしか勉強していなかったんだ。冬木とか……スノーフィールドとか。しかもスノーフィールドに至っちゃあのザマ(・・・・)だろう? これでも聖杯戦争の何たるかについて学ぶのには苦労し――!?」

 しかし、それを言い終わる前にしびれを切らしたプラムがボドヴィッドの首を右手で掴んでその足を地面から離れさせる。充血していく顔面を自身に向けるボドヴィッドに対し、プラムは困ったような笑顔で口を開く。

「えぇ、えぇそうでしょうとも。命の聖杯戦争は百年周期。知らなくとも無理はないでしょう。ですが貴方はしでかしたんですよ、ヘマをね。これはペナルティです。まったく、ルーラーすら顕現している聖杯戦争でどうして我々がこんな雑用しなくちゃならねぇんですかね。」

「ぐっ……うぅ……っ!」

「ま、首の骨ひとつくらいで我慢してやりますよ。もっともそれで生きていれば重畳なもんですがね。」

 華奢なプラムの掌の中でギリギリと異音を放つ首の持ち主は、徐々に薄れゆく意識で死を覚悟した。

 が。

「――ッ!?」

 直後、プラムの左肩部から血が噴き出し、ボドヴィッドの首はその怪力から解放された。激しく咳込みながらプラムと共にその謎の出血を起こした正体へと目を向けると、そこには肩で息をしながらこちらにウッドストックのスナイパーライフルの銃口を向ける幼き射撃手――アサシンが立っていた。その狙撃銃からは、あろうことかスコープが取り外されていた。

「……つまり、本気で私と殺りあろうって魂胆ですか。命知らずな死神様でいらっしゃいますね。」

「ほざけ! 我が一撃は必殺の吹雪、五百と四十二の怨念に蝕まれろ! 『白い死神(ワルコイネン・クオレマ)』アァッ!!!」

 アサシンが放った弾丸はプラムの眼前で消え去り、一瞬の後に五百四十二の弾道となって彼女を取り囲んだ。プラムの心臓目掛けて一斉に弾道の時間が再スタートするのとほぼ同時に、プラムは修道服の袖から深紅色をした剣の柄を両手に三本ずつ滑らせるように取り出し、指と指の間で挟むように掴んだ。

 次の瞬間剣の柄から長く鋭い刃が揺らめくように出現し、プラムの義眼が高速で三次元的に回転して全ての弾道を視界の中に捉える。

「なッ――!!?」

 アサシンの驚愕はもっともだろう。プラムは両の手に爪のように装備した六振りの剣――悪魔祓いの概念武装、『黒鍵(こっけん)』を自在に振り回し、全ての弾丸を斬り捨てて見せたのだ。物質的な耐久度の低い黒鍵の刀身は弾丸二発程度で砕け散ってしまうが、プラムはその瞬間には新たな刃を出現させ、完全にアサシンの宝具を封殺して見せた。

「……あら、終わりました? 五百発って意外と少ない物ですね。」

「お、お前、本当にただの人間か!? あたいの宝具は……因果逆転系の宝具なんだぞ!」

 小さな肩を震わせてそう糾問するアサシンに、プラムは黒鍵の柄を修道服の中にしまい込みながらニコリと笑って答える。

「えぇ、ただの人間ですよ。今は。」

「『今は』……?」

「はい。さて、ボドヴィッド・ランデスコー……あら、流石はドブネズミの親玉、逃げ足の速いことで。もういやがりませんわ。」

 プラムが振り返ると、そこにボドヴィッドの姿はなかった。せめてもの土産にとアサシンを仕留めにかかろうともう一度アサシンの方へ向き直ると、アサシンの姿すらなかった。しかし、プラムは少し義眼を回転させると、溜息をつきながら黒鍵を一振り、再び取り出した。

「……そんなバレバレの気配遮断スキルで……。逆に聞きたいですよ。本当に貴方はかの白い死神、シモ・ヘイヘなのですか?」

 刃を出現させて、背後へと勢いよく黒鍵を投擲するプラム。その黒鍵は何もない空間に突き刺さり、幼女の甲高い悲鳴がその場から聞こえたが、しかしそれだけで特に何も起こらなかった。

「……逃がしましたか。なるほど、別に気配遮断スキル自体が低かったのではなく、私の義眼が高性能すぎただけなのですね。失礼いたしました。では――。」

 プラムは淑やかに水平線へと目を向ける。常人の眼では穏やかなナポリの海が見えるだけだろう。しかし、プラムの義眼は遥か遠方、いくつもの水柱が爆音と共に噴き上がる戦場を見据えていた。

「あちらの決着でも見てから教会に戻ると致しましょうか。」

 

 老爺――アーチャーは疲弊していた。神霊であるアーチャーは一般的なサーヴァントよりも魔力量が格段に多量ではあるのだが、目前で漆黒の聖剣を振るう少女は疲労の色すら見せずに先程からアーチャーの砲撃を捌ききっている。

 その理由は水面を凍結させることで海上に自立している彼女のマスターである青年であろう。その右手の甲に刻まれた令呪は残り一画となっていた。自身の身体能力の強化に一画、そしてセイバーの魔力供給に一画使用したのであろう。

「随分と贅沢な使いっぷりだなぁマスターさんよぉ!」

 アーチャーがパチリと指を鳴らすと、セイバーとそのマスター、クロウの周囲に砲火が煌めいた。しかし、セイバーはクロウを庇おうともせずに全ての砲撃を斬り伏せ、アーチャー目掛けて突進してきた。

「何――ッ!?」

 基本、サーヴァントというものはマスター、すなわち魔力の供給源がいなくなれば現実世界に留まることができなくなる。つまり、マスターとの関係が劣悪でない限りサーヴァントはマスターを守ろうとするものなのだ。

 虚空からの機銃掃射をしながらセイバーから距離を取るアーチャーの目前で、クロウは巨大な爆発に呑み込まれてしまった。しかし、セイバーは尚も果敢にアーチャーへと向かってくる。

「セイバー、お前は……!」

 アーチャーが問い詰めようとした時、クロウがいた場所を曇らせていた硝煙が晴れ、アーチャーは愕然とすることになった。

 そこには、セイバーのマスター、クロウが仁王立ちをしていたのだ。その右手に輝く令呪は、元通り三画揃っていた。

「ありがとよ、爺さん。」

 クロウは不敵に笑って見せた。



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聖ジェンナーロの膝元で-Ⅳ

◆アサシン
真名:シモ・ヘイヘ
性別:女性
筋力:A 耐久:D 敏捷:A+ 魔力:D 幸運:EX 宝具:B++
スキル:対魔力D、気配遮断A+、単独行動D、戦闘続行C、射撃A++、心眼(偽)C、トゥオネラからの呼び声A、血に染まる雪原A+
宝具:『白い死神(ワルコイネン・クオレマ)』
→彼女の狙撃記録である五百四十二人の怨念を弾丸として形成し、全方位から射出する宝具。トゥオネラ(冥界)へと誘う魂魄を目にし、恐怖してしまったが最後、瞬く間に体内に『撃ち抜かれた結果』を生み出されてしまうため、対処には尋常でない精神力が必要。未だ隠されたもうひとつの側面が存在する。


 餓叢(うえむら)家は、代々続く短命の一族である。しかし、一人とて七十を超す前に逝去した人物はいない。ならば何故短命なのかというと、餓叢家の祖が悪鬼と交わしてしまった契約により、餓叢家は齢七つで一度落命する。しかしすぐに息を吹き返し、何事もなかったかの如く日々を生きるのだ。

 だが、長い時を生きれば生きるほど、次代の子には多大な『呪い』が憑き纏う。さらに次代には祖より当代までの呪いも加算され、代を重ねるにつれて次第に人の身に背負いきれぬ呪いになっていく。

 その呪いの種類は多岐にわたるが、クロウ――餓叢玖郎の父はいついかなる時も人命に関わるほどの不運に見舞われる呪いを有していた。玖郎が得てしまった呪いは、聖杯戦争に参加したことで発現することになる。それは、『自身に令呪が残っている限り自身はいかなる手段を以てしても死することは無く、そして令呪は一度致死的外傷を負うことで三画まで復活する』というものであった。マスターとして見ればメリットしかない呪いだが、一人の人間として見れば生き地獄である。

 玖郎が聖杯に掛ける願いとは、『一族の呪いを解除すること』であった。

 しかし。

「マスター。」

 召喚されて間もない頃、その真実を伝えられたセイバーは玖郎に問い掛けたことがあった。

「マスターとて、一族の例に漏れず、七歳で一度『死んで』いるのだろう。」

 その問いの答えは、今に至るまで玖郎の口からは聞き及んでいない。否、玖郎自身すら知り得ないのかもしれない。彼はただ、困ったように笑うだけだった。

「一度『死んだ』餓叢の人間から件の一族の呪いが消え去れば、その者は一体どうなるのだ――?」

 

 セイバーが振るう剣を水面を滑りながら躱すアーチャーの額には、脂汗が滲んでいた。無理もない。セイバーとクロウの本来の連携方法――すなわち、セイバーのマスター殺しすら厭わぬ連撃の中、何度も『死ぬ』クロウの再生する令呪による魔力ブーストが何重にもかかったセイバーの力は、たとえ神霊であるアーチャーであっても容易に捌けるものではない。太陽は既に水平線の奥へと消え入りそうである。

「落陽だぞ、提督殿(アドミラル)。お前たちの栄光も地に堕ちる時ではないか?」

「ヘッ……言ってくれらぁセイバーの嬢ちゃん。わしら大日本帝国海軍ある限り!! 天孫様――そしてわしのマスターに日の入りは見せねぇよ!! マスター、宝具開帳の許可をくれェ!!」

 そう言って距離を取り、目を閉じると、アーチャーは右耳に手を当てて主からの声を求める。数秒後、アーチャーは不敵に笑って被った軍帽を整え、セイバーを正面に見据えた。

「さァ――ここに我らの英雄譚を創めよう! 司令官ただひとりのみにて大軍は破ること叶わず! 我が立つは数多の死と慟哭によりて形作られし栄光と勇武の航路!! 回頭……開始。諸君、今こそ奮い立て! 『皇国の興廃この一戦にあり、各員一層奮励努力せよ』!!!」

 その詠唱と真名の開放が終わると同時に、それまでアーチャーの背後で靄のかかっていた大艦隊の姿が顕わとなり、さらにその後方に広がる不自然な靄の中から数百隻の艦船が轟々と駆動音を響かせながら次々に出現し始めた。

「あれは……!?」

「無茶苦茶だな、あのサーヴァント……!」

 日本人であり、由緒ある家に生まれたクロウには理解できる。眼前に空間的な矛盾を無理矢理潰して『全艦揃っている』と認識させているその超大艦隊は、即ち『大日本帝国海軍』そのもの。駆逐艦、軽巡洋艦、重巡洋艦、航空母艦、軽航空母艦、戦艦、潜水艦、砲艦、海防艦、輸送艦、水雷艇、掃海艇、駆潜艇、敷設艇、哨戒艇、特務艦、特務艇、雑役船。その一隻一隻が上級サーヴァントと同等の魔力を秘めているのだ。

「マスター!」

「あぁ、ありゃあ無理だ。」

 そうせせら笑うクロウを戦艦大和の舳先に仁王立ちして見下ろすアーチャーは唇を真一文字に結び、白手袋を嵌めた右手をまっすぐ天へと伸ばす。そして、クロウへ指先を向けるように腕を振り下ろした。次の瞬間、全ての艦艇の砲門が炎を噴き上げ、全ての艦載機が空母の甲板から飛び立ち、全ての魚雷が投下される。二人を完全に包囲する大火力の包囲網は、一瞬一瞬クロウとセイバーに迫っていった。

「仕方ねぇな……。セイバー、その手の中にある『勝利』でもう一度俺の国に『敗北』の二文字を刻み込んでやりな。」

「あぁ、王立海軍(ロイヤルネイビー)の前でイキがるな、と教えてやろう!」

 直後、セイバーの手の中の『風王結界(インビジブル・エア)』が霧散し、白銀の刃と漆黒の柄を持つ両手剣が現れる。それを頭上に掲げて詠唱を始めると、その刀身に黄金と漆黒の粒子が収束していき、巨大な魔力の剣と化する。

「――我が身は彼の地にて民を導く、遍くの王の守護者。民草の心、これにあり! 味わうが良い……! ――『王威守護せし勝利の剣(エクスカリバー・レイヴン)』!!!!」

 『勝利』の絶対的な力と『威光』の強大な意志が魔力を得て正面から衝突すれば、膨大な海水すらも覆し、天高く吹き飛ばしてしまう程のエネルギーが生じることは想像に難くないだろう。否、ともすれば、満ちる潮水すらも蒸発させ、海底の砂岩すらも露出させてしまうやもわからない。クロウの視界には、日英両国の誇りが質量を持ってぶつかり合った、その瞬間までしか意識を保ったまま観測することは叶わなかった。

 

 クロウが目を覚ますと、そこは城壁の上であった。眼前にはセイバーの顔があり、どうやら甲冑を外したドレス姿のままのセイバーが、気を失っているクロウを膝を枕にして休ませていたようだった。

「ここ……卵城か? えらく飛ばされたもんだな……。」

「先程あの生意気なウォッチャーがまた私の前に現れてな、『弓兵の英霊が迫っていると申した筈に御座いますよ?』と言ってきた。まったく、本当に生意気な小僧めだ。

 ――あそこが、我々がアーチャー陣営と接触したビーチだ。」

 そう言ってセイバーが指を向けた方角を見ても、砂浜が霞んで見えるだけで明確にビーチがあるとはクロウにはわからなかった。それだけ遠海に飛ばされ、そしてまた吹き飛ばされてきたのだろう。

「俺はあの後どうなったんだ?」

「知らん。私がマスターとの繋がりを頼りにマスターを見つけたのはこの外壁の直下の岩場だった。良く死ななかっ……。いや、その様子だと死んでいるようだな。」

 セイバーが目を落とした先にあったクロウの手の甲には、鴉の意匠を持つ令呪が綺麗に三画揃っていた。そこから数十秒間無言のまま形容しがたい表情を浮かべていたセイバーの頬を、クロウは二本の指でぺちぺちと叩いて我に返らせる。

「セイバー、お前にはわかったんだろ? あのサーヴァントの正体がよ。アイツは何なんだ?」

「――神霊、『東郷平八郎』。マスターも見た通り、大日本帝国海軍の守護神として旭日旗の栄光を広くアジアに知らしめた大艦隊の誇りそのものだ。」

「まぁ……なんとなくそんな気はしてたがよ。日本のサーヴァントじゃねぇかなってのは薄々わかってたし。」

 クロウはそこで言葉を止め、しばらくセイバーの膝の上に頭を乗せたまま、ナポリの夜空を見上げた。生憎と街の灯りで星は見えにくいが、それでも思考を纏めるには充分な穏やかさを持ったその濃紺の天蓋を見据えつつ、クロウは再びセイバーに語り掛ける。

「セイバー、あとサーヴァントは何体いるかな。」

「私に聞かれても困る。」

「はは……違いねぇ。」

 乾いた笑い声を喉の奥から無理矢理掘り出しながら、クロウは海の果てに視線を移す。

「……セイバー。」

 セイバーからはクロウの表情は夜闇で伺えなかったが、その言葉が何よりも彼の心根の優しさを物語っていた。

「俺は……あと何人の魔術師を絶望させればいいのかな。」

「マスターとて願望を成就したいとこの戦争に参加しているのだから、それは考えない方が良いのではないか?」

「一族の悲願。ひたむきな情熱。魔術師としての誇り。それを全部否定しなくちゃ、先に進めない。俺は――。」

 言い淀み、また口を開く。

「――俺は正直、そういうものを全くと言っていい程持ってない。最初の四十九組から始まって今に至るまで、俺はそれが……誰かを絶望させるのが嫌だから、ほとんど戦ってこなかった。

 でも、これからはそういうわけにも行かない。ここ数ヶ月、聖杯戦争はラストスパートに入ってる。皆が血眼になって敵を探してる……。最後まで生き残りたければ、そいつらをみんな絶望させていかなきゃいけないんだ。それが俺には、堪らなく――。」

 その瞬間、クロウの瞼に柔らかな温もりがじわり、と伝わる。セイバーが小柄な右手でクロウの眉間から鼻の下までを覆い、空いた左手でその鴉羽のような黒髪を緩慢に撫で始めたのだ。無言のままその行為を続けるセイバーの意図はクロウにはわかりかねたが、その温かさは確かにクロウの心を癒していた。いつしか、クロウは再びセイバーの膝の上で意識を手放していたのだった。

 

 大きく大西洋を横断して、ここはアメリカ、ニューヨーク最先端の街、マンハッタン。ネオン煌めく夜の摩天楼は、諸手を広げてズーハオとランサーを出迎えてくれていた。そう、目の前に討ち果たすべき強敵さえ立ち塞がっていなければ、二人は大都会を満喫していたことだろう。

「うふふふふふ!!! お二人は確かぁ……ランサーさんとそのマスターさんでしたねぇ!!?」

 セントラルパークの芝生の上で仁王立ちになって二人の前に立ち塞がっていたのは、明るい鳶色の艶やかな髪を長く束ねた、白衣の女性であった。その瞳に滲む狂気を肌で感じながら、ランサーはズーハオを庇うように槍を構える。

「おやおやおやおや物騒ですねぇ蛮勇ですねぇ!! まぁそうは言ってもこちらとしてもこの聖杯戦争、勝ち残りたいのもまた確か。さ、お行きなさい我が親愛なる生徒一号!!!」

 白衣の女性が声高に腕を振り上げると、女性の影から鮮やかな金色のロングウェーブヘアを持った幼い少女がとことこと前に出てくる。その腕には、首のちぎれた熊のぬいぐるみが抱かれていた。

 少女は脂汗を額に浮かばせるランサーの元まで歩み寄ると、にこりと笑って見せた。ランサーもそれにつられ、引きつった笑顔で手を振ってしまう。

「なっちゃん!」

 ズーハオの言葉で我に返ったランサーが見たのは、身体の各所がぼこりと泡立ち、膨張する少女の姿だった。そしてその直後、風船が割れるような音と共に少女が跡形もなく破裂し、血飛沫が飛び散った。コンマ数秒、その血が自身の身に付ける鎧に付着した瞬間焼け石に水をかけたような蒸気と共に鎧が融解したのを視認したランサーは、咄嗟に叫んでいた。

「『阿吽鶴の佩楯(うちつらぬくたけきつわものよろい)』!!」

 森家の誰からも愛されたランサーが展開した父の鎧とされるその甲冑は、光り輝く魔力に変換され、ズーハオとランサーを守護する壁となって少女の血液を防ぎ切って見せた。

 首のちぎれたぬいぐるみが浮かぶ血の海を見下ろしながら高笑いを続ける白衣の女性は、異様という他なかった。



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皆が皆酔い潰れる島 -Ⅰ

◆アーチャー
真名:東郷平八郎
性別:男性
筋力:B 耐久:C+ 敏捷:C 魔力:E 幸運:C 宝具:EX
スキル:対魔力D、単独行動B+、追い風の航海者A、天孫の勅令B、沈黙の提督A
宝具:『皇国の興廃この一戦にあり、各員一層奮励努力せよ』
→魔力消費と結界の展開範囲の関係から限定顕現しかできなかった『砲撃』という概念を広義化し、凝縮された狭い範囲内に『大日本帝国海軍』の全艦艇を出現させ、攻撃させる宝具。どうやら計画書のみに終わった艦艇も含まれているようだ。


 数分後、白衣の女性は尻餅をついて大仰に両腕を振り、降参の意を示していた。

「ままま待ちましょう! ね! 少々貴方がたの力を見くびっていました! 停戦しましょう! こうなっては私共には為す術がありません! 降参しますぅ!」

 困惑の表情でランサーがズーハオの方を瞥すると、ズーハオも眉根を寄せて難しい表情をしていた。そこで、ランサーは槍の穂先を女性の喉元にあてがいながら、独断で問い掛けた。

「お姉さん、名前は? サーヴァント? それともマスター?」

「わ、私はロベルタ! ロベルタ・ラディッシュですとも! キャスターのマスターです!」

 そう言って、ロベルタと名乗った白衣の女性は右手の黒い革手袋を外し、手の甲に刻まれたシーソーのような形状をした令呪をランサーとズーハオに見せた。この命の聖杯戦争にマスターとして参加する魔術師の令呪は、サーヴァント召喚時に形状が変化することでも有名だ。喚び出した英霊の特徴を意匠として色濃く映し出す令呪は、ある種他のマスターに見せてはいけないデメリットの宝庫でもある。目の前の白衣の女性――ロベルタは、その令呪を堂々とランサーたちに突き付けてきたのだ。

「……どうする? ズーちゃん。」

 ランサーが問いかけると、ズーハオは少し考えを巡らせた後にロベルタに言い放った。

「お前のサーヴァントを見せろ。」

「も、もちろんもちろん!」

 ロベルタが「キャスター!」と声高に呼ぶと、先程の金髪の幼女が地面からゾンビのように這って現れた。先程の自分自身の血溜まりから首のちぎれたぬいぐるみを拾い上げ、小走りでロベルタの横に寄って来る。

「私たちも今苦戦している相手がいるんですよぉ! いえ、貴方がたの実力を見くびっていたのは本当に確かです! 事実です! だからこそ貴方がたのご助力をお願いしたい! 貴方がたならあの暴れ馬を倒せるはずですよ!」

「暴れ馬ぁ?」

「最後に残ったライダーですよ! 呪術師(キャスター)程度の実力ではあれは倒せませんってぇ!」

 ランサーが再びズーハオの方を見ると、彼もまた大溜息をついて肩をすくめていた。

「……どうやら、本当にサーヴァントに恵まれなかっただけと見える。ランサー、最大限の警戒はしつつ、一時共闘とするぞ。」

「オッケー!」

 その返答を聞いたロベルタは、キラキラと瞳を輝かせて飛び上がり、ズーハオの手を取って激しく上下に振り回した。

「ありがとうございますぅ! いやぁ寛大な心の持ち主で本当に良かったですよぉ!!」

 ズーハオは怪訝な表情でその手を振り払い、ランサーを置いてその場から離れようとする。そのすれ違いざま、ランサーと精神の会話を試みる。

『下手な演技だな。』

『ホントにね。』

「ロベルタとやら、そのライダーの特徴や戦法を教えろ。ついてこい。」

「あっ! はいはい今すぐぅ!」

 大股で夜のセントラルパークを横断するズーハオの背を、ひょこひょことした足取りで追いかけるロベルタ。その場に置き去りにされた金髪の幼女――キャスターは、ぼんやりとした虚ろな眼でランサーを終始見上げていた。脳裏に先程のキャスターの戦法が浮かんだランサーは少し悪寒に襲われながらも膝を折り、キャスターと目線を合わせて話しかける。

「厄介なマスターを持っちゃったもんだねぇ、君もさ。」

 しかし、桜色の小振りでかわいらしい唇を震わせてキャスターから放たれた言葉は、おおよそ人類には早すぎる言語だった。

「……蜷帙°繧芽ヲ九l縺ー縺昴≧隕九∴繧九?縺九b縺励l縺ェ縺?↑縲」

「えっ!? え、えぇ? ごめん、もう一回言って?」

 ノイズまみれのその発言に耳を疑い、再度コミュニケーションを図る。

「縺ゥ縺?○縺雁燕縺ァ縺ッ逅?ァ縺吶i縺ァ縺阪s縲り◇縺崎ソ斐@縺ヲ繧ら┌鬧?□縲」

 やはり、キャスターが発するのは言語と言うにはあまりにもおぞましすぎる怪文だった。

「……莉墓婿縺ョ縺ェ縺?・エ繧√?らァ√?蟇帛、ァ縺輔↓諢溯ャ昴@縺溘∪縺医h蜃。諢壹a縲 ……ランサー、あなた、強い?」

「……えっ? あ、あぁうん、僕は強いよ! 大丈夫だって、キャスター如きじゃ達成できないような勝利も思いのままさ!」

「……螳溷鴨縺ョ菴弱>蠑ア閠?⊇縺ゥ閾ェ繧峨r蠑キ縺丞密莨昴@繧医≧縺ィ縺吶k繧ゅ?縺?縺ェ縲 ……たよりに、してる……。」

 小さなボリュームの声でそうとだけランサーに伝えると、足音もなく遠く離れたロベルタとズーハオを追いかけて走り出すキャスター。ランサーはその背中を見つめながら肩に担いだ槍の位置を楽な場所に転がし、首を捻る。

「……はぁ、きな臭いなぁ……。」

 キャスターが横を通り過ぎた際にちらと見えた光景を思い出しながら、ランサーは溜息を吐き、困り顔で笑った。

「……何でキャスターにも同じ令呪がある(・・・・・・・・・・・・・・・・)んだよ……。」

 

 その三日後、ランサーは夜のタイムズスクエアのド真ん中で仁王立ちを決め込んでいた。目の前をびゅんびゅんと飛び交うタクシーや自家用車、バス。そしてしきりに摩天楼を見上げる観光客と目的地が頭に叩き込まれているがゆえにひたすら前方だけを見つめて早足で進んでいくニューヨーカーたちの大波の中、ランサーはその時を待つ。

 やがて、上空に魔力源体を察知したランサーは大きく身体を捻り、その右手に長槍を出現させる。突然刃物を虚空から取り出したランサーに周囲の人間は悲鳴を上げながら慌てふためき、蜘蛛の子を散らすように方々へ逃げ駆けていき、ランサーを中心とする半径二十メートル圏内はランサーただ一人のみとなった。それでも遠巻きに携帯電話で動画を撮影してしまうのは現代人の病だろうか。

 ――刹那。ランサーの頭上でニューイヤーカウントダウンの花火に勝る光を放ちながら魔力の爆風が弾け、街を往くすべての人、モノに吹き荒んだ。コンクリートがひび割れて陥没するのも構わずに中空へ跳躍したランサーは、魔力爆発の原因の一端を担った自身の槍をキャッチし、そこにいた青年――最後の『ライダー』と衝突する。

「……ヒュウ! 随分とまたかわいこちゃんと戦うことになっちまったなァ! オレかわいい女の子と剣をぶつけんの嫌なんだけどなァ!!」

 右手に刺突剣(レイピア)、左手に鳥銃(マスケット)を装備し、鳶色の髪を持つ見るからに軽薄そうなその青年、すなわちライダーは、ランサーと一合ぶつかり合うや否やタイムズスクエアの車道に着地し、そうフランス訛りの英語で軽口を飛ばした。

「……マスター……。」

 その言葉に、ランサーは唇をわなわなと震わせる。その意識の奥から、遠隔地で戦闘の様子を見守るズーハオの返答が返ってきた。

『女と言われるのは慣れているだろう、そこまで怒ることも――。』

「かわいいだってぇ!!!」

 しかしズーハオの予想とは真逆に、ランサーは瞳をきらきらと輝かせて声を張り上げた。

『……は?』

「いやぁ! 照れちゃうなぁっ! かわいいだなんてそんな……まぁ確かに僕は主様も認める美少女……もとい美少年だけどっ! 改めて言われちゃうと恥ずかしいよぅ!!」

 顔を赤らめて身をくねらせるランサーの対応にズーハオはおろか、対面するライダーですら呆気に取られていた。

「あっ! でもでも、褒めても何も出ないし、だからと言ってオニーサンに手加減するつもりはないからねっ!」

『おい、その猫を被った態度をやめろ。鳥肌が立つ。』

 しかし、そのズーハオの命令にランサーからの返答はなく。

「ヘッ……上等だぜお嬢ちゃん! 我が名はライダー! 騎手の座の英霊である! 騎士道に則りいざ尋常に――勝負ッ!!」

「我がクラスはランサー! 一戦で二十と七の首級を狩りしこの鋭槍の錆となるが良い!!」

 しかしてここに、騎士道と武士道の正面衝突が巻き起こった。

 

 場所は変わり、タイムズスクエアからやや離れたブライアント公園。タイムズスクエアで奇妙なことが起こっていると耳にした地元民や観光客がこぞって公園から離れていったため、青々とした芝生を踏む者は誰もいなかった。そう、キャスターとロベルタ以外は。

「……さぁて、ここまでは計画通りでしょうか。ふっふっふ……いやぁ上手く事が運んでくれて嬉しい限りですねぇキャスター!?」

「縺ゅ∪繧翫?縺励c縺弱☆縺弱k縺ェ繧ュ繝」繧ケ繧ソ繝シ縲 縺薙%縺ァ螂エ繧峨↓縺薙■繧峨?諤晄ヱ縺碁愆隕九@縺ヲ縺ッ謚倩ァ偵?險育判縺梧ーエ豕。縺ォ蟶ー縺吶? ……わかってる?」

「わかってますよぉ! あちらさんが猪突猛進型だってのは既に分析済みですとも!! まんまと我々の計画に乗ってくれて万々歳、ですねぇ!!」

「……。」

 キャスターは呆れたように眉根を下げると、ノイズまみれの声で何かをロベルタに伝える。

「縺昴l繧医j繧ゅ?∽サ翫?縺輔▲縺輔→莠九r驕九?縺槭? 螳晏?繧剃スソ縺医?√く繝」繧ケ繧ソ繝シ縲 ……いくよ。」

「はいはい喜んでェ!! それじゃあ行きますよキャスター!」

 その掛け声に応じたキャスターがぽろぽろと紡ぎ始めた人類が使用するあらゆる言語と大きく乖離した詠唱に合わせ、キャスターの足下にどす黒い泥のような闇が沈殿していく。その闇が大地に浸透していき、やがて薄氷が割れていくように地に亀裂が生じ始めた。

「……それでは私もっ! ふふ……死とは神が我ら人類が助長しすぎないようにと与えたもうたリミッター! それを突破してこそっ! 医学の真の到達点……神聖存在へと至る道が開くというものォ!!! さァ!! 我が呼び声に応じて来たれ、超越者の軍団よォ!!!」

 白衣をはためかせ、ロベルタの狂気に彩られた呪いの言葉がニューヨークの夜空に吸い込まれていく。キャスターの闇が入れた地面のひび割れから腐敗した人間の手首が突出するのを確認すると、ロベルタはひときわ邪悪な笑顔を浮かべ、キャスターと共に彼女の宝具が持つ真名(・・・・・・・・・・)を謳った。

 

「パレードのお時間ですよォ!!!! 『全ての死に祝福あれ(ブラッド・シェイク)』ゥ!!!」

「縺オ繧薙$繧九> 繧?縺舌k縺?↑縺オ 縺上→縺?k縺 繧九k縺?∴ 縺?′ 縺オ縺ェ縺舌k 縺オ縺溘$繧……『繧ッ繝医ぇ繝ォ繝慕(びよんど・ざ・)・櫁ゥア菴鍋ウサ隕玖◇骭イ(りーぷ)』。」



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皆が皆酔い潰れる島 -Ⅱ

◆ライダー
真名:???
性別:男性
筋力:A+ 耐久:B+ 敏捷:A 幸運:D 魔力:C+ 宝具:B
スキル:騎乗C+、対魔力C、怪力B、カリスマDなど
宝具:『???』


 ライダーとは騎手の座。それはすなわち、ライダーの適性を持つ者は全員、何かしらの手綱を握る逸話を持っているということ。もちろん例外も数多く存在するクラスではあるが、少なくとも命の聖杯戦争でここまでゾーエと共に生き残ってきたライダーには、普遍的な人類を相手にするに限っては他の誰にも引けを取らない騎乗スキルを持っていると自負していた。

 それなのに。

「――お嬢ちゃん、あんまりにも(はや)くねェか!!?」

 屈強な騎馬に跨ってマンハッタンを南西へ向かって激走するライダーを追走するランサーは、あろうことかそのか細い両の脚で大地を抉るように蹴って一定の距離を保っていたのだ。

「馬についていくのには慣れてるからね!」

 そう言ってニヤッと笑うランサーは、直後その手に握った長槍を手中で回転させ、ライダーの乗る駿馬の後ろ右足をめがけて投擲する。まるで吸い込まれるように突き刺さったその剛刃は、ライダーの両膝を地に叩き付けるに充分な威力を以て騎馬の肉を抉る。

「――ヘヘッ、ちょっとばっかし手荒じゃねェのお嬢ちゃん!」

「敵前逃亡は騎士道に反するんじゃないのかなぁ?」

「言ってくれるぜ……っ!」

 そう吐き捨てたライダーが手にしたレイピアを唸らせ、ランサー目掛けて猛進した時だった。地鳴りを伴い、それ(・・)は二人の方へと迫りくる。

 

 それは()だった。奇跡の冒涜、穢れの権化。死と言う永遠の安らぎを魔術によって無理矢理に叩き起こされた怒りを原動力に命ある者を屠らんと雪崩れる怨嗟の激流。すなわちロベルタの宝具、『全ての死に祝福あれ(ブラッド・シェイク)』によって甦らされ、キャスターの宝具によって補強された、生ける死者(リビングデッド)の大群であった。

「あれ、は――。」

「最悪だな……!」

 幾千のリビングデッド達はブロードウェイを往来する大勢の一般人すらをも喰らい、より魔力の強い者を欲してランサーとライダーの方へ迫っていた。その様を目にしたランサーはギリッと牙を鳴らし、その可憐な眉目をしかめた。

「巫山戯ている……ッ! あんなの、あんなの僕は聞いていない!! あぁやはり、やはりあんな連中は――!!」

『利用しようと思うことすら間違っていたッ!!!』

 ランサーの咆哮とズーハオの慟哭が共鳴し、ランサーの魔力が増幅される。次の瞬間、ランサーは槍を放り捨てていた(・・・・・・・)。それは、天下に泰平をもたらした東照大権現たる大将軍――その名に民草が疑いの心を抱かぬようにと構築された、影武者を生み出す七つの宝具。ランサーに下賜されるにあたってグレードダウンされ、ひとつの宝具と化したその真名を叫び、ランサーは――、

「『大権現の影武者(トクガワ・フェイクシステム)』!!!」

 ――ランサーは、『セイバー』となった。槍が虚空に消え去ると同時にセイバーの腰に出現した一振りの刀、『大天狗正家』の鯉口を握り締め、正面から死の濁流と向き合う。食いしばった歯の隙間から細く息を漏らしながら柄を勢いよく掴み――セイバーはその場から消え去る。

 残心。カチンと鍔を鳴らし、セイバーは大河川の最後尾から遠く離れた地点に出現した。直後、噴水のような血飛沫を周囲に散布しながら、その()は一斉に倒れ伏し、動かぬ肉塊と化した。

「『剣術無双――剣禅一如』。」

「ヒュウ、お嬢ちゃんすげぇな! 一体本当のクラスは何なんだ!?」

「いやっはは、この宝具はただの借りものだよ!」

 ランサーに戻ると、ライダーからの称賛に困り顔で頭を掻く。しかし、二人の談笑は長く続かなかった。その直後、二人の間に転がっていた死体の山が再び蠢きだし、ランサーとライダーに襲い掛かったのだ。

「ゾーエ! 宝具を使っていいか!? えぇ、ダメ!? うっそだろお前!」

「嗤おう、『人間無骨』!」

 レイピアとマスケットだけで軍勢を捌くライダーと、兄の宝具で一気に吹き飛ばすランサー。だがそんな二人を挟み込むように、さらにリビングデッドの大群が雪崩れ込んでくる。

「――ズーちゃん!」

『だめだ。』

「何も言ってないんだけど!?」

 苦戦するライダーを傍目にランサーはズーハオに向かって呼びかける。

「……彼に、宝具貸していい!?」

『ハァ!!?』

 ランサーの口からこぼれた提案は、あまりにも突拍子がなかった。

「今の状態、キャスターと手を組むよりもライダーたちと手を組んだ方が百倍マシだよ! 少なくとも彼には道徳心がある!」

『――ッ! 確かにその通りではあるが、宝具を貸し与えるなど、正気で言っているのか!?』

「あぁ、正気だよズーちゃん! 僕を信じて!」

『……あぁわかった、何でもいい、打開策となり得るモノをやれ!』

「ありがとう――っ!」

 そして、ランサーは一丁の火縄銃をライダーに投げ渡した。

「これはっ!?」

「真名を『三千世界(さんだんうち)』! 鳥銃(マスケット)使えるなら扱い方はわかるでしょ! 使って!」

『お前よりにもよってどうしてそんなものを貸すんだ!!!??』

 ズーハオの絶叫も知らぬ顔、ランサーは自らの主君が持つ切り札をライダーに貸し与える。ライダーが困惑しながらもその真名を叫ぶと、即座に一丁だった火縄銃が無数に出現し、ライダーの周囲に群がっていたリビングデッド達を一掃して見せた。

「ヒュウ、こいつぁすげぇや!」

 B級映画の相棒役のような安っぽいセリフを吐き、ライダーはランサーに火縄銃を投げ返しながら問い質した。

「で、あいつら一体何なんだ? ハリウッドもびっくりな特殊メイクの軍勢じゃねぇか。」

「あれはキャスターの宝具。僕らは君を討つためにキャスターと手を組んでいたけど……あれはあまりにも外道すぎる。ねぇライダー、君たちさえ良ければ――。」

「同盟を組み直そう、ってか? いいぜ、こっちのマスターもそのつもりみてぇだ。」

 大量に敷き詰められた腐肉の絨毯の上に立ち、騒ぎを聞きつけて急行してきたニューヨーク市警のパトランプに照らされる中で互いの手を握り合う二人は、さながらにゾンビパニック映画の主人公とヒロインのようだった。

 

 場所は遠く変わってマンハッタン島の先端、ハドソンリバーとイーストリバーが混ざり合う場所に設立された深夜のバッテリーパーク。アッパーベイを遠く望むその海辺の遊歩道で、一人のティーンエイジャーの少女と青年が言い合いをしていた。

「だーかーらぁ! こうなるってのは予想してなかったってのに! そんな責めることないじゃん! そもそもいきなり蹴りかかってきたの君だよねぇ!?」

 少女の方ははよく手入れされた眩い金色のロングストレートヘアを揺らすライダーのマスター、ゾーエ・モクレール。

「同じマスターならば攻撃するのは道理だろう!! そもそもお前、ライダーとランサーが同盟締結を宣言した後も切りかかってきたじゃないかっ!!」

 青年の方はゾーエのバタフライナイフで斬られた肩の傷に宝石をあてがい、その生傷を魔術で癒すランサーのマスター、ジャン・ズーハオ。

 そこへ突如虚空からライダーとランサーが実体化して出現し、二人の間に割って入った。

「あーはいはい! 少し落ち着きなよズーちゃん!」

 とランサー。

「お嬢ォ! あんまカッカすんなって、せっかくの美人が台無しだぜ!」

 とライダー。

「「だってこいつが!!」」

 なおも食い下がるゾーエとズーハオを力ずくで引き離し、二人のサーヴァントは互いに互いのマスターをなだめにかかる。

 やがて憤懣やるかたなさげに肩を怒らせつつも、二人はやや乱雑に握手をして停戦を誓った。

「……それで、あれ何なのさ。私もひとまずあのバーサーカーを逃がしてからこっち、毎日毎日ちまちまちまちまとキャスター……なのか何なのか、とにかく変なのに追っかけ回されてるんだよ。」

 ゾーエはベンチに腰掛けると、大きなため息を吐き出す。

「はぁ? あのリビングデッド達は初見なのか?」

 海と遊歩道を分かつフェンスにもたれかかるズーハオの質問に、ゾーエはけろっとした表情で肯定した。

「そうだよ? ねぇライダー?」

「あぁ、今んとこ謎のサーヴァントの攻撃パターンにあんなもんはなかったぜェ。」

 ズーハオはランサーの顔をちらと見やる。その視線に気付いたランサーが肩をすくめると、ズーハオは自身が持ち得る情報をすべてゾーエに開示した。

「あれは確かにキャスターだ。マスターはロベルタ・ラディッシュとかいう女性魔術師。サーヴァントの方は幼い少女の姿をしていた。どうもあのリビングデッドの大群はキャスターの宝具らしい。」

「なるほどねぇ……バーサーカーとは違う意味で厄介になりそうだね。」

 暢気に両手を後頭部で組んで貧乏ゆすりをするゾーエの感想に、ライダーがひとつ補足をする。

「オレたちが交戦したバーサーカーは瞬間移動を得意とするサーヴァントだったぜ。まったく、あれだけの大鎧を身に纏っておいてあんな芸当……本当にあれ人間かよ。いやまぁ、いっぱしの人間じゃねぇかもなァ。なんせオレの二倍は身長あったし。」

「ライダー、ちょっとぺらぺら喋りすぎだよ。」

「っとと……ま、今のは虫の鳴き声ってことでな!」

 ゾーエにたしなめられ、ライダーは申し訳なさそうに手を振る。しかし直前のライダーの発言にランサーは思うところがあったようで、自らのマスターとライダー陣営の二人、双方に向けて自身の記憶を語る。

「バーサーカー――……そういえば、キャスターと一度話したんだけど、まったく何言ってるかわからなかったよ。まるでバーサーカーみたいだった。」

「どういうことだ、ランサー。」

 詳細を求められ、ランサーは口元に手を当てながら考え込むように話した。

「うん……僕、一応サーヴァントだからさ。世界各国の言語は理解できるんだけど……。あれはそんなんじゃなかった。人類が解することのできる言語じゃなかったんだ。」

「キャスターじゃなくて本当にバーサーカーなのかもよ?」

 ゾーエの意見もランサーにはヒントになり得なかったらしく、肩をすくめて首を横に振ってしまう。

 その日は大した進捗もなく、暫定的にキャスターであると仮定したそのサーヴァントの正体を探ることを最重要課題であると決定して両陣営は解散した。また明日もこの場所に集うことを約して。

 

「キャスター、作戦は大成功ですよォ!!!」

 エンパイアステートビル61階部分に取り付けられた鷲のガーゴイル像は数多の映画で登場人物が寄り添った、世界でも有数の知名度を誇るガーゴイル像だろう。そして今、ロベルタもそのガーゴイル像の頭部に立ち、強風吹き荒ぶ中、星の海にも負けず劣らず煌めく夜のマンハッタンを見下ろして高笑いしていた。

「アハハハハハッ!! いやぁ滑稽ですねェ!!! さて次の段階へ進みますよキャスター、我々に与えられた猶予は少々心許ないのですからァ!!!」

 その背後、安全な場所から白衣をはためかせるロベルタを見上げるキャスターは、溜息をつきながら人類にも充分に理解可能――もとい、流暢なアメリカ英語で忠告をした。その言葉遣いは、あまりにもそのかわいらしい外見からはかけ離れた物だった。

「……あまり調子に乗っていると足下を掬われるぞ。如何なる時も慎重に事を進めるのが医療ではないのか。」

「フフ……えぇ、えぇ確かにその通りですとも!! ですがこの高揚感!! 四人の若者……おっと、二名は死者でしたねェ!? その命がこの掌の上で……まるでネジ巻き人形のようにカタカタと動き回っている!!! これに悦楽を見出さないのは余りにも……余りにも無粋と言うものでありましょう、えぇッ!!?」

「……勝手にしろ。行くぞ。猶予はあまりないのだろう。勝利は目前なんだ。へまをするなよ――、」

 手の甲に刻まれたシーソーのような形状の令呪に目線を落としながら、キャスターは屋内へと戻っていく。ロベルタのことを、あり得るはずのない名で呼びながら。

 

「――キャスター(・・・・・)。」



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皆が皆酔い潰れる島 -Ⅲ

◆キャスター
真名:ロバート・E・コーニッシュ
性別:女性
筋力:D 耐久:D 敏捷:C 幸運:D 魔力:D+ 宝具:A+
スキル:陣地作成C+、道具作成A、精神汚染B、生命信仰A、無辜の怪物B
宝具:『全ての死に祝福あれ(ブラッド・シェイク)』
→その地の霊脈の一部と化した無数の人間の生命の断片、いわゆる魂を魔術によって受肉させ、生ける屍としてこの世に蘇らせる禁術。本来ならば生命を冒涜する技術ではあるが、キャスターはこれこそ生命のあるべき姿と信じて一切疑わない。


 地球上のどこか。ぐらぐらと泡沫を破裂させながら煮えたぎるマグマを湛えた巨大な火口の淵に、シスター・プラムは静かに立っていた。傍らには金のロングヘアに漆黒の仮面で目元を隠した月桂冠の少女が付き従っている。

「……残るサーヴァントも残り少なくなってきましたね。セイバーが二騎にアーチャーが二騎、ランサーが一騎、ライダーが二騎、キャスターが三騎、アサシンが二騎、バーサーカーが二騎、ルーラーが一騎、ウォッチャーが一騎……。なんだ、まだまだいるではありませんか。まったく、皆さん何をしていらっしゃるやら。」

 プラムは長い溜息をひとつつき、まるで人と接する際の荒々しさなど微塵も感じさせない淑やかな足取りでその場を離れる。

「セイバー、行きますよ。少々早く来すぎました。」

 次の瞬間、プラムの頭蓋は少女の左手でがっしりと掴まれていた。

「……余は、アヴェンジャーである。幾度も余に言わせるでないぞ。此度は見逃すが、次はないと思え。」

 月桂冠を被るその少女のぞっとするほど低く、冷たいその声にプラムはひらひらと手を振り、少女の手を払うと麓に向かって歩いて行く。直後、少女の左手首には地面から植物の如く突出してきた鉄製の長大な杭が痛々しく貫通していた。

 

「やあああぁぁっ!!!」

 ランサーの振るう槍が、腐って柔くなったリビングデッドの四肢を細切れに寸断する。紅に染まった装束に嫌悪感を抱きながら、続けて最後の一体となったリビングデッドを両断し、ランサーはその場に槍を突き立てて崩れ落ちてしまった。

 ニューヨークにやってきて既に二か月が経過しようとしていた。キャスター陣営が毎夜毎夜放ってくるリビングデッドの大河を処理するためにランサーとライダーはマンハッタンを南船北馬する日々を送っていた。

「も……もう無理……おかしいなぁ、僕サーヴァントのはずなんだけど……。」

 疲れを感じないはずのランサーであったが、現実は違っていた。ライダーに補助されて立ち上がると、霊体化してマスターたちが待つバッテリーパークへと急行する。

 さらに、ライダーも決して万全という状態ではなかった。倒れ込むようにズーハオとゾーエの元に出現したサーヴァントたちを慌てて介抱するゾーエ。

「どういうこと!? ランサーがどうかはわからないけど、少なくともうちのライダーはちょっとやそっとじゃこんな風にはならないのに!」

「霊脈の魔力だ。」

 ズーハオの言葉に、ゾーエは首を傾げる。

「どういうこと?」

「ニューヨークは世界でも有数の霊地。最も霊脈の集中する場所にエンパイアステートビルが建設されたことでも魔術師の間では有名だ。」

「……。」

「知らなかったのか?」

 困り顔で笑うゾーエを前に呆れた息を漏らすと、彼は説明を続けた。

「そしてあのリビングデッドの大群を生み出すキャスターの宝具。この二ヶ月間欠かすことなく毎夜連発できているのは、恐らくこの地の魔力をひたすらに食い潰しているからであろう。つまり……。」

「ライダーやランサーが満足に戦闘できるだけの魔力がもうないってこと……!?」

「それだけじゃねェ……。」

 ゾーエに助け起こされたライダーが、更なる問題点を挙げる。

「お嬢やランサーのマスターさん……二人が万が一襲われた時の自衛手段も限られた魔力でしかできなくなっちまってるんだ……!!」

「ウソ、そんな切羽詰まってるの!?」

 その時、月光のカーテンたなびくバッテリーパークに女性の高笑いが響き渡った。誰あろう、ロベルタのものであるとズーハオには即座に理解できた。

「今更お気付きになりましたかァ!!? いやはや、しかし我々にとってはその方が好都合でございましたよォ!!! ウフフフフフ!!!!」

 いつの間にか、ズーハオとゾーエの背後十メートル後方に、ロベルタが仁王立ちをしていた。傍にはキャスターもいる。ロベルタは大仰に身振り手振り、二人のマスターにその計画を語って見せた。

「えぇ、最初は正義感のお強そうなそちらのランサーさんにうちのキャスターの偉業をお見せし、憤慨していただくことにいたしました。最初に同盟を持ちかけたのはランサーさんの人となりを推し量るためでした。

 そして人間というのは裏切られた時に同じ者を排除目標とする人間と協力しようと考えるもの。なればこそ、ライダーさんと同盟を組むのは目に見えていました。そうすればあとは簡単です。我が崇高なる軍団にてこの地の魔力を暴食し、そして魔力が枯渇したお二方を討つ!! ……ねェ? 完璧な計画でございましょう?」

「しかしロベルタ、それはお前のキャスターとて条件は同じだろう。」

 ズーハオの指摘に、ロベルタは唇を三日月形に歪め、高らかな笑い声をマンハッタンの夜空にこだまさせた。

「アーーーッハハハハハッ!!! えぇ、えぇそうですともそうでしょうとも!!! 普通ならばそう考えることでしょう!! ……ですがご安心ください、我が忠実なる相棒の魔力源は地球なんていうちっぽけな器には留まっておりませんのでェ……!!」

 それと、とロベルタはニタニタと笑いながらズーハオに向かって真実を告げた。

「私の名はロベルタ・ラディッシュなどではございません……。」

 

「キャスター、『ロバート・コーニッシュ』。それが私の真名でございます……!」

 

 ズーハオの中では疑問がいくつも浮かんでいた。なぜサーヴァントがサーヴァントを使役しているのか。なぜマスターの気配が今までなかったのか。しかしそれよりも――。

 なぜ、自らの名をいきなり明かしてきたのか。

「ごめん……ズーちゃん……。」

 自身の背後で力なく肩を上下させるランサーが、報告のし忘れを謝罪する。

「あのちっちゃい方のキャスター……あの子にも、あの白衣のキャスターと同じ形状の令呪が存在していたんだ……!」

「お前ッ……! いや、今となってはもういい。そもそもお前がそういったことを報告し忘れること自体珍しいんだ。今回は大目に見よう。戦えるか?」

「頑張るッ……!!」

 弱々しく吐き出し、兄の愛槍をコーニッシュに向けるランサー。しかし、その刃を優しく籠手で下ろす人影がひとつ。

「お嬢ちゃん、下がってな。かわいこちゃんに血反吐吐かせるほどオレも落ちぶれちゃいねぇさ。」

「でも……ッ!」

「言いてェことはわかるさ。けどよォお嬢ちゃん。男には一世一代の大舞台ってモンがあるんだぜ。多少の無茶は男の勲章だろうがよ!!」

 そう言って、ライダーは己の武器を両手の中に出現させる。決意に満ちた表情で隣に立つゾーエの方を一瞥し、ライダーは不敵に笑って見せた。

「行こうぜェお嬢、愛と自由の国の人間(フランス人)の底意地、見せてやろうじゃねぇかァ!!!」

「Vive la France!!」

 叫ぶゾーエが令呪が刻まれた右手のグローブを脱ぎ捨てるのと同時に、ライダーがキャスターたち目掛けて突進する。しかしその斬撃も、その銃撃も、全て幼いキャスターが召喚する軟体動物の触手に阻まれて無力化されてしまった。

「……鬲泌鴨荳崎カウ縺ィ縺?≧縺ョ縺ッ貊醍ィス縺ェ繧ゅ?縺?縺ェ縲 縺薙l縺ァ繧ょョ溷鴨縺ョ荳牙?縺ョ荳?繧ょ?縺励※縺?↑縺??縺?縺後?」

「仕方がありませんよキャスター。この地に有り余っていた魔力の大部分は我々が消費してしまったのです。無様になるのも無理はないかと。」

 人類には到底理解不能な言語を口にする幼いキャスターと、それが理解できるかの如く会話を成立させるコーニッシュ。二人にライダーの刃は、弾丸は、一発とてかすりもしていなかった。

「Ne perdez pas, jockey!!」

 ゾーエが必死にフランス語で何かを叫ぶと同時に、ゾーエの手の甲から一画、令呪が消失する。次の瞬間、ライダーの斬撃は先程までとはまるで速度が豹変していた。しかし、地面から突き出た触手でそれを捌く幼いキャスターはなおも欠伸混じりでそれをいなしている。直後、ライダーの手からマスケットが弾き飛ばされた。

「……キャスター? 時間が無いのですよ? そろそろ何とかしてもらえませんかその遊び癖ェ。」

「縺セ縺√?√b縺?ー代@蠕?※縲 蠢?ュサ縺ェ縺薙>縺、縺ョ陦ィ諠?′髱「逋ス縺上※縺ェ縲」

「はぁ……大概にしてくださいねェ?」

 

 ライダーの活動限界は既に超えていた。魔力切れなどお構いもなく、ライダーは手に握る細剣を振るい続けていた。打開策などなかった。正面衝突以外に無学なライダーには方法が考えつけなかった。

 きっとゾーエにもそれはわかっていたのだろう。けれど、ゾーエもライダーも、こんなところで諦めるような人間ではなかった。ゾーエの目尻にはいつの間にか大粒の涙が浮かんでいる。何を悲しむのか。ライダーの無様な姿か。間近に迫る敗北か。その先にある、自身の死か。

「Non!」

 違う、と。ゾーエは叫んだ。悲鳴にも似た訴えは、ライダーの心に吊り下がった重く、鈍重な鐘を高らかに鳴らす。

「この涙は……怒りの涙だ! ライダーの涙だ! 平気で人の命を弄ぶような奴に、ライダーは負けない! そうでしょっ、ライダー!?」

「――……。」

 あぁ、負けない。たとえこの身が滅びても、この外道どもに一撃見舞わなけりゃ気が済まない。足を一歩前に進めることだってもう不可能だ。己を突き動かすだけの魔力は全部腕に回している。

 だが、現実は非常だ。緩慢に幼いキャスターが広げた掌からするするとまるで蔦植物のように舌のような物体が伸び始め、次の瞬間にはライダーの腹部を刺し貫いていた。

「グぶッ――!」

 だが、敗けなかった。ライダーは剣を振るい続けた。霊脈に魔力がほぼない今、自身の宝具だって大した意味をなさない。それがわかっているからこそ、ライダーは何も言わず、泣き言ひとつあげずに剣を振るい続けた。勝つためではない。殺すためでもない。後ろにいる大切な少女を護るためだけに。

 幼いキャスターの掌に開いたあぎとからにゅるにゅると伸び揺れる舌は、幾度も幾度もライダーの身体を穿った。致命傷にならない場所を狙って、何度も、何度も。

「あ、ぁ。負けねェ、よ。フランスの、伊達男はなァ……一度言った約束はッ、守るのさ……何が、あって、も。な――!」

「Luttez pour la loyauté, jockey!!!」

「D'accord, mon maître.」

 二人だけにしかわからない故郷の言葉。その命令が、令呪という『絆』を通してライダーに加護を与える。忠義の為に。ふるさとの為に。ゾーエの、ために。ありったけの魔力を感覚も既になくなった右腕に集中させて、ライダーは折れそうな剣を振るう。

 ズーハオが何度も加勢に入ろうとした。その度に、ゾーエはそれを止めた。これは自分たちの戦いだから、と。

「最後の……最期の手段だよ、ライダー。」

「ヘヘッ、最期だなんてガラじゃねェぜ、お嬢。」

「……ゴメン。これが、勝利への王手(チェック)。行くよ木偶の棒。」

 直後、ゾーエの右手から深紅の輝きは完全に失われた。そして、ライダーはありったけの声を腹の底からこそぎ取って絶叫する。

 それは彼の軌跡。彼と、三人の大いなる仲間たちの絆。そして――五人目の『三銃士』、ゾーエとの誓い。デュ・ヴァロン・ド・ブラシュー・ド・ピエールフォンを名乗る怪力の木偶の棒が最期の一瞬にあっても絶対に信じることをやめなかった言葉。

 

「『喝采せよ、役立たずの一剣(アンプールトゥス・トゥスプールアン)』!!!!」



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深雪、第三のローマ -Ⅰ

◆バーサーカー
真名:???
性別:???
筋力:A+ 耐久:A+ 敏捷:EX 幸運:E 魔力:B+ 宝具:C+
スキル:狂化B、対魔力B、無辜の怪物EXなど
宝具:『???』


 十二月のモスクワは、慣れない人間からしてみれば簡潔に言えば地獄である。少しでも肌を露出させようものなら、パチパチと音を立てて皮膚が凍結していく。鼻が垂れようものなら瞬く間に氷柱と化す。吐く息の白さすらも悪魔の手招きに幻視()えてしまうほどの厳寒、日本人にはとても耐えられるものではなかった。

 屋外にいれば、の話だが。

「本当に良いのか、アインツベルン?」

「良いのよ、この屋敷の所有権はわたくしにあるんだから。わたくしが誰を呼ぼうと、文句の言えることではないわ。」

「……さっきから後ろのお爺さんにめっちゃ睨まれるんだけど!」

「爺や! 出てってよ、もう!」

 暖房の温もりが部屋中に充満する豪奢な応接間で、クロウとセイバーは白髪の見目麗しい女性と優雅なティータイムを楽しんでいた。

 彼女こそは、始まりの御三家がひとつ、アインツベルンが放った今回の命の聖杯戦争に参戦するマスターのうちの最後の一人。唯一の生身の人間であり、バーサーカーのマスターでもある『レイラ・アダモーヴィチ・アインツベルン』。ロシアに住むアインツベルンの分家の子である。

 レイラは部屋の扉の前で凄まじい殺気を孕んだ視線で今にもクロウを射殺さんとする燕尾服の老爺を一声で外に追い出し、クロウに一言謝罪した。

「ごめんね、うち家系の関係上他のマスターに対する扱いが厳しくて。」

「あぁいや、その、何というか……。」

「マスター、このチョコレートうまいぞ!」

 困惑顔のクロウをよそに、セイバーはひたすら目の前のガラスの器に山と盛られた大量の小さなソリッドチョコレートを冬眠前のリスのように頬袋に貯め込んでいた。

 レイラはほおずきのように真っ赤な瞳を無気力そうに細めると、皴ひとつないドレスを身に纏っていることもお構いなしに座っていたソファにどさりと倒れ込む。

「わたくしね、別に聖杯戦争とかどうでも良いのよ。今まで生き残ってるのも、ひとえにこのお屋敷の魔術警備が頑丈ってだけ。そこらの魔術師ならこのお屋敷に忍び込もうとした時点で上半身と下半身がまっぷたつよ。」

「そ、そうなのか……。」

「ねぇセイバーのマスターさん。あなたはなんで聖杯戦争に参加してるの? どうしてわざわざ、人を殺して回ってるの?」

「いや、俺も別にそこまで人は殺してねぇし……。まぁ俺の場合、一族の悲願があるからさ。」

「出た。一族の悲願。うちも同じよ。聖杯を手に入れることしか頭にないんだもの。その結果が……。」

 レイラはまたも目を細める。しかしそれの意味するところは先程とは大きく違っていた。ふぅ、とレイラは哀愁漂う吐息を漏らし、ソファの上でばたばたと脚を交互に振るう。

「……イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。知ってる? セイバーのマスターさん。」

「えぇっと、ついこの前の冬木の聖杯戦争に参加したっていうアインツベルンの……。」

「そ。泥まみれの聖杯に穢されて死んでいったかわいそうな子。」

「かわいそう、か。」

 その時、頬にチョコレートを詰め込んだままのセイバーが、いつも通りの威厳のある表情で自論を口にした。

「私に言わせてもらえば、『かわいそう』ほど残酷な言葉はないと思っている。本人はその生き様に後悔はないかも知れないではないか。それだと言うに『かわいそう』と勝手にラベリングを施すというのは余りにも――。」

 しかしセイバーの言葉は見かねたクロウが頬のふくらみを平手で押し込むことで妨げられた。

「んぎゅ! ……そもそも、そのイリヤスフィールという少女は『彼女』にとっても決して因縁浅い相手ではない。そう易々と自己解釈による勝手な感情を押し付けないでやってくれないか。」

「ん……ごめんなさいね。」

 閑話休題、とばかりにクロウが大袈裟な咳ばらいをし、話頭を変じる。

「それでアインツベルン、俺たちをこんな極寒の地に呼び寄せたんだ。それ相応の用事があるんだろ?」

 その問いに、レイラは上体を持ち上げてドレスの裾を直し、陶器のように繊細な長い髪を手で払うと、まっすぐにクロウを見つめて言い放った。

「命の聖杯を停止させてほしいの。」

 

 紅茶を飲む手が止まる。そのティーカップとソーサーをテーブルの上に置き、クロウは何度か口を開けては閉じ、開けては閉じを繰り返す。やがて紡がれた声は、あからさまに震えていた。

「……つまり、命の聖杯に何らかの支障をきたせ、ってことだよな。」

「うん。」

 口を真一文字に結び、レイラは首肯する。

「それはつまり……聖杯戦争の勝者が出ないようにしろ、ってことで合ってるか?」

「うん。」

 二度目の首肯。クロウは唇を噛みしめ、尚もレイラに問いかけた。

「今まで……この聖杯戦争で、何人もの未来ある若い魔術師たちが内に秘めた野望と一緒に死んでいったのは、わかっているよな。」

「うん。」

 またも、レイラは首肯する。

「それでも聖杯の機能を停止させろと? そいつらの無念を全部無碍にしてでも?」

「……うん。」

 レイラはその全ての質問に首を縦に振って答えた。冷淡な表情を浮かべたまま石像のようにレイラを見つめて微動だにしないセイバーを横目に、クロウは眉根を寄せ、怒気混じりの声で説明を求めた。

「どうして……なんだ。それは勝者を出したくないがためなのか? 本家のアインツベルンに歯向かうためだけにそんなことを?」

「……違うわ。」

 きっぱりと、レイラは言い切った。覚悟と懇願の交錯した瞳で頭を抱えるクロウを見据え、その訳を話す。

「セイバーのマスターさん。君はさっき『何人もの若い魔術師が死んでいった』、そう言ったわよね。その通りなの。この世界における命の聖杯戦争は、他の世界――いや、そんな言い方をしなくても良いわね。命の聖杯戦争っていうのはそもそも規模が大きい。規模が大きければそれだけ死者も多く出る。それは魔術師だけに限った話じゃない。」

「無辜の民草であっても……か。」

「その通りよ、セイバーちゃん。命の聖杯は存在するだけで多くの命を湯水の如く垂れ流し、その魔力を吸収して顕現する。だから『命の聖杯』って呼ばれているのよ。そんなの……君は許せる? セイバーのマスターさん。」

 衝撃的な真実を告げられ、クロウは狼狽しながらも反駁した。

「聖杯ってのは脱落したサーヴァントの魔力で顕現するものじゃねぇのか!?」

 その問いには、レイラは首を横に振った。

「命の聖杯は地球そのもの(・・・・・・)よ。そんな微々たる魔力じゃ起動すらしないわ。元からあの聖杯は四十八騎のサーヴァントと四十人以上の魔術師に相当する量の魔力があれば起動する仕掛けになっているの。」

「つまり……その代替品が一般人であっても何も問題はない、ということか?」

 セイバーの問いに、再びの首肯。クロウはいよいよもって困惑しきった苦悶の表情で目を両手で覆い、そして今ひとまずの答えをレイラに述べた。

「わりぃ、やっぱ無理だ。少なくとも今の段階じゃあな。お前が虚偽の情報を言っていないとも限らねぇ。」

「……確かにね。基本的に聖杯戦争は騙し合いだもの。いいわ、また時間をかけてよく考えてみて。それまではここを拠点にしていても良いから。」

「本当か!? 助かる!」

 なぜかその言葉にはクロウではなくセイバーが瞳を輝かせてレイラの手を取り、上下に勢いよく振り回した。

「最近また金欠になり始めていてな、宿代にも困りかけていたのだ!」

「主にお前が高級チョコばっか食うからだろっ! ウォッチャーからもらった大金ほとんど消費しやがって!」

「……ウォッチャー?」

 途端に怪訝そうに眉を顰め、クロウの発言について何かを聞こうとしたレイラであったが、次の瞬間にはその意識はすべてセイバーの右手に集中していた。右腕のみ赤黒い籠手を出現させたセイバーの掌には、風王鉄槌(ストライク・エア)によって弾速を落とされた玉虫色に輝く弾丸が籠手に食い込んでいたのだ。

「嘘……この屋敷の警備はアインツベルンの魔術の粋を集めて作られているのよ!?」

「この攻撃……あのアサシンか!」

 そう叫ぶと、セイバーは戦闘形態へと変身し、応接間の窓ガラスを破って外に飛び出して行った。それに続き、クロウも応接間をでて玄関に向かおうとする。

「外はマイナス二十三度だよ!?」

 そんなレイラの言葉にも構わずに、クロウは吹雪荒れ狂うモスクワ郊外の森へと駆け出して行った。

 

 アサシン、シモ・ヘイヘにとって、ロシアというのは縁深い地だ。冬戦争で数多の戦場を駆け巡ったアサシンはモスクワの土を踏んだことは終ぞなかったが、この吹き荒れる猛吹雪には何度も命を救われた。

 そして、今も。

「いつも思うけども……サーヴァントの肉体ってのはいいもんだな、マークスマンいらずとは恐れ入るぜ。」

 アサシンは厚手の白いギリースーツを身に纏い、景色と完全に同化したうえで自分を探すセイバーに照準を合わせていた。その重厚で頑丈な銃身を持つ一般的なそれよりもやや小さめなモシン・ナガンには、スコープは取り付けられていなかった。

「こうして戦うのはフランス以来だな、セイバー。あたいは一度だってあんたのことを忘れちゃいなかったぜ。さぁ、またあたいを楽しませてみな!」

 ガチンと引き金を押し込み、魔弾が射出されたのを認識した瞬間にその場から離れて移動を開始する。後ろを振り向けば、先程までアサシンが立っていた梢がセイバーの放つ熱線によって見るも無残に融解しているのがはっきりと目視できた。

「ッヘヘ、恐ろしいもんだぜセイバー! けどこの吹雪だ、あたいの気配遮断スキルはA+からEX寸前まで上がっているのさ! あたいを見つけるなんて、雪原の中から塩粒を見つけるより至難の技だっての!」

 そうしてセイバーを射程距離圏内にギリギリ捉える地点まで移動して、再び匍匐姿勢でウッドストックを肩口に押し当てた時だった。ぞくり、とアサシンの背後で何かが動いた。

「――ッ!?」

 素早く立ち上がり、気配を消して別の場所に向かう――はずだった。

「がっ――。」

 喀血。アサシンの腹部と口蓋から噴き出した血液は、ボタボタと粘りながらキャンバスのような深雪に無造作な血溜まりを作り上げる。

 絶望と驚愕に彩られた顔で緩慢に激痛走る丹田部分を見れば、そこには影があった。否、影のような実態だ。五本の鉤爪を持ったそのこの世界に存在する何よりも漆黒(くろ)い腕は、アサシンの身体を易々と貫通し、深紅の血液に塗れていた。

「……バーサーカー、殺さないでね。聖杯の停止のためにもこれ以上の犠牲は出さないようにしないと。」

 氷のように冷たい女性の声。振り向いたアサシンの視界には、アサシンの腹部に腕を突き刺したままの、身長四メートルはあろうかという鎧に身を包んだ巨大な人型の怪物の肩部に優雅な体勢で腰を下ろす白髪赤眼の女性が映っていた。

「――ッ――ラ――グ。」

「だーめ、殺しちゃだめよ。とりあえず腕を抜いてあげなさい。」

 強烈な不快感を伴い、アサシンから腕が抜き取られる。アサシンは自分の身体を貫通して過ぎ去っていく吹雪という奇怪な光景に場違いなせせら笑いを漏らし、その場に倒れ伏してしまうのであった。



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深雪、第三のローマ -Ⅱ

◆???
真名:???
性別:女性
筋力:C 耐久:D+ 敏捷:A 幸運:C 魔力:A+ 宝具:A+
スキル:対魔力C+、騎乗B、炎の喝采Aなど
宝具:『???』


 アインツベルンの館に設けられた地下牢の一室の前でアンティーク調の椅子に腰かけ、レモンティーを優雅な所作で飲むレイラの目の前で、アサシンは目を覚ました。鉄格子を隔てただけの距離感ながら、アサシンはレイラを殺すことはできなかった。範囲内に存在する一切から魔力を吸い取る魔法陣の描かれた牢獄の中で倒れ伏し、もがくアサシンに気付いたレイラはにっこりと微笑み、頭を垂れる。

「おはよう、小さなサーヴァントさん。って、日本人の挨拶の仕方ってこれで良かったのかしら。後でセイバーのマスターさんに聞き直さないとなぁ……。」

「……あたいをこんなところに閉じ込めて、何をするつもりだい? 言っておくけど、うちの怠け者(オレ・ライスカ)をあんま舐めるんじゃないよ。あたいひとり程度で交渉材料には――。」

 嘲るアサシンの言葉を遮り、レイラはアサシンに問いかけた。

「サーヴァントさん、あなたは人殺しについてどう思う?」

「あぁ? ……あたいは兵士だ。兵士には使える『主人』がいる。上官、君主、国家。たとえ境遇が違えど、その『主人』の意のままに銃を握るのさ。それ以外に理由なんかない。」

 アサシンはそう言って空しげにレイラを鼻で笑う。そんなことをサーヴァントに問うて何とする。そんな内心が透けて見えるような嘲笑だった。レイラは長いまつ毛を閉じ、アイスティーを飲み干す。空になったカップとソーサーをその場にいたどす黒い空気のような『何か』に手渡すと、膝の上で両手を揃え、アサシンを真っ直ぐな瞳で見つめた。

「この現代は、兵士が銃ではなく花を持つべき時代よ。それでも……銃を握るの?」

「くどいぜ嬢ちゃん。聖杯戦争だなんて仰々しい名前してるけどよ、起きてるのはただの人殺しだぜ。人殺しのための環境が在る以上、あたいらサーヴァントは人を殺すために召喚され、『主人』の思うままに戦場を駆ける。それの何がおかしい? それのどこに違和がある?」

「……もし、人殺しをしなくてもいい、そうしなくていい手段がある。そう……言ったら?」

「それをあたいに言うなよ。あんたがそれを言うべき人間は別にいるぜ。」

 そして、とアサシンは笑う。

「言っただろ。うちの怠け者(マスター)をあんま舐めんじゃねぇよ――ってな!」

 

 クロウの右肩には銃創痕が生まれていた。アインツベルンの館の正面玄関から堂々と侵入し、各所に仕掛けられた魔術的な細工をハンドガンから放たれる謎の銃弾によって無力化させながら、その男はずんずんとクロウへ向かって大股で近寄ってくる。

 レンガのような深い色の赤毛をオールバックに固め、細長い一本の結髪を垂らしたスーツ姿のその男は、残弾のなくなったハンドガンのマガジンを淡々と、無表情で換装しながら一歩、また一歩とうずくまるクロウを見据えて迫ってくる。

「私は生まれてこの方魔術とかそういうもんに興味がなくてなぁ。爺さんに色々と仕込まれてきたがどれもイマイチ身につかなかった。それでも何の因果かこうして令呪を持っちまったんだ。そりゃあ必死で勉強したさ。死にたくないからな。」

 スウェーデン訛りの英語で話す男は、真っ白なシーツに血を垂らしたかのようにじわじわと銃創痕から無数に肉体へと広がっていく紫紺色の魔力に苦悶の呻き声をあげるクロウを見下ろしながら手の中のハンドガンをくるくると回す。

「その結果……猟師の私にとって一番馴染みやすかったのがこれさ。第四次聖杯戦争においてセイバーのマスターが扱った、銃弾を用いる魔術。なぁ――セイバーのマスターよ。お前の相棒はこの魔術を見て何を思うんだろうなぁ。ま、サーヴァントに記憶なんかないからな。見せたところで意味はないか。

 さて、お喋りの時間は終わりだな。あばよ、青二才(ヌーボリアレ)。」

 ガチン、と音を立ててハンドガンがブローバックし、空の薬莢が外界へ放出される。クロウの死体が脳天から血液を噴き出しながらレッドカーペットの上に崩れ落ちるのと同時に、薬莢が甲高い音を立てて大理石の床を叩く。

 ハンドガンを持つ手をだらりと降ろし、器用に左手で紙煙草を一本取り出して口に咥え、煙草の箱をスーツの裏側に戻してポケットからジッポライターを取り出す。その蓋を開けた瞬間、男の背後から声がした。

「ベレッタ92か。良いの持ってるじゃねぇか。あんた……セイバーが言ってたアサシンのマスターかい。名前、聞いてもいいか?」

 脳天の風穴も完全に塞がったクロウはフェスティバルのバルーンのようにぐらりと立ち上がると、不遜に笑って手首をぶらぶらと揺らす。

「……面倒な奴に鉢合わせしたもんだな……。あー、私の名はボドヴィッド・ランデスコーグ。お前さんは?」

「俺はクロウ・ウエムラ。セイバーのマスターで、不死の魔術師さ。」

「名前以外は知っているが……。」

「武士道において喧嘩の前の名乗りは基本だからなぁ!」

「非効率的な武術だな、ブシドーってやつぁ。」

 刹那、先んじて動いたのはボドヴィッドであった。身体を捻りながら右手に握ったハンドガンを素早くエントランスの天井四隅に向かって発砲する。すると着弾したすべての弾丸がその場で跳躍し、また別の場所に着弾しては跳ね返る。そうしていつの間にか、エントランス全体に巨大な弾道の結界が作り出されていた。

 あらゆる方向から飛び交う弾丸を全身に受けながら、クロウはボドヴィッドに向かって突進していく。そんなクロウを正面から仁王立ちで待ち構えるボドヴィッドはハンドガンを真っ直ぐクロウの脳天に向けてトリガーに掛けた指に力を入れる。

 その瞬間、

「令呪を以て我が肉体に命ずる!」

 クロウの叫びに驚愕したボドヴィッドは反応が遅れてしまった。常人のそれでない速度でボドヴィッドが発射した銃弾を躱し、その速度を殺さないまま渾身の右フックをボドヴィッドの右頬に叩き込むクロウ。

「ぐがぁっ――!?」

 しかし、ボドヴィッドも負けてはいなかった。猟師としての呑み込みの良さ、それを余すことなく使い切って覚えた真作には遠く及ばぬその魔術を紡ぎ、クロウの速度に追いつく。

「Time alter――triple accel Fake!!」

 クロウも二角目の令呪でさらに己の肉体を尋常でない速度での運用を可能とさせ、エントランスに飾られていた甲冑が手にしていた模造剣を抜き取り、自身が得意とする補強魔術をその抜身へと付与する。

 イノシシの如く猛進するクロウの足を払いながらハンドガンのマガジンを別の物に切り替えてスライドを引き、立ち上がるクロウへとボドヴィッドが銃口を向ける。発射される弾丸は残像を残してクロウへと牙を剥く。その残像のひとつひとつに質量が生まれ、己の責務を全うせんと次々にクロウに向かっていく。幻影によるマシンガンのような連射が無慈悲にクロウを襲う。

 しかし、その弾丸がクロウの肉体に触れるよりも疾く、クロウは剣を振るう。ボドヴィッドの一発から生まれた数百の弾丸を全て弾き終えるまでに、今のクロウは一秒と必要としなかった。サーヴァント同士の戦いのような速度で二人のマスターは熾烈な戦闘を繰り広げる。

 だが、その決闘が二人の間で終結することは終ぞ無かった。全速力で館へと戻ってきたセイバーによって、ボドヴィッドの肉体は両断された。しかし、そのコンマ数秒後にはボドヴィッドは額に脂汗を滲ませながら膝をついて数歩後ろに下がっていた。口唇の端から血を垂らしながら立ち上がり、肩で息をしつつセイバーを睨むボドヴィッド。それに相対するセイバーも同様にボドヴィッドを睨んでいたが、その瞳に込められた感情はまるで違っていた。

「キリ――ツグ。」

 仕えたこともない魔術師の名。セイバーは知っていた。一般的なサーヴァントとは事情が異なる少女の分身として人の世を見守り続けてきた王権の守護者は、それを知っていた。

 悲しいような、怒り狂っているかのような。複雑な感情を目の中で燃え上がらせながら、セイバーは手にした嵐を強く握りしめる。

「その魔術を持つ男は……アインツベルンの少女を愛していた。家族を愛していた。愛する者の為に愛する物を切り捨てた悲しき魔術師の成れの果てを知っていてその魔術を使うと言うのならば私は何も言わん、存分にソレ(・・)を使え。

 だがお前は知らない。あの男が本当に為したかった事を知らない。あの男がどんな思いでその魔術を使ってきたかを――。」

 もっと彼を理解することができたなら。もっと彼の手を取ることができたなら。もっと――彼を止めることが、できたなら。『彼女』は何度も悔いただろう。何度もその余地を与えなかった男の姿勢を呪っただろう。

 行ったことは到底理解できない。思想も共感はできない。それでもその思想に至るまでに数々の地獄を味わってきたことだけは理解できる。だが、そのことすらも、目の前の魔術師は――。

「お前は、知らない!!!」

「Time alter triple accel Fake!!」

 その詠唱を終えていなければ、ボドヴィッドは今度こそ真っ二つにされていただろう。ボドヴィッドが立っていた場所に生じた巨大な破壊の傷跡はそれを冷たく物語っていた。セイバーの斬撃を躱しながら、ボドヴィッドはエントランスの奥へと逃げ込んでいく。

「そっちは地下牢の方向だ、セイバー!」

 アインツベルンの館はセイバーの聖剣によって見るも無惨に壊されていく。逃げるボドヴィッドを怒りのままに剣を振るいながら追いかけるセイバーは完全に理性を失っていた。

「セイバー、落ち着け!」

 そんなクロウの声も届かず、とうとうセイバーは地下牢への入り口の前までボドヴィッドを追い詰めた。尻餅をつき喀血するボドヴィッドを前にして、セイバーは頭上高く剣を振りかぶる。その冷徹な視線でボドヴィッドを突き刺しながら、それを振り下ろさんと一歩前へ足を出す。

 その直後、烏羽の聖剣はどす黒い空気によって妨害された。

「セイバーちゃん、君らしくもないわよ。」

 地下牢から階段を上がってきたレイラの奥にいたそのどす黒い空気は、暴走する獅子をひょいと摘み上げて追走してきていたクロウ目掛けて放り投げた。それをキャッチして一発頬に平手打ちを放つと、クロウはレイラにボドヴィッドの生殺与奪を一任し、セイバー共々その場を後にした。

 

「……申し訳なかった。」

 元々レイラと会談していた応接間に戻ったセイバーは戦闘形態を解除し、いつもの革ジャン姿へと変身すると、ソファの上に蹲ってしまった。

「あまりにも騎士として恥ずべき行動を取ってしまった……感情のままに行動するなど、『彼女』らしくも『私』らしくもない……。」

「まぁ……仕方ねぇよ。誰だって触れちゃいけねぇ逆鱗ってのはあるもんさ。」

 そう優しく言ってセイバーの金色の髪をそっと撫でるクロウ。

 しかし、束の間の休息に安らぐ二人の元へと、もうひとつの凶刃が迫りつつあった。



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深雪、第三のローマ -Ⅲ

◆バーサーカー
真名:インターネットミームの怪物
性別:なし
筋力:A+ 耐久:A+ 敏捷:EX 幸運:E 魔力:B+ 宝具:C+
スキル:狂化B、対魔力B、無辜の怪物EX、コレクションA、無限の愛A+、増殖C+、変化B
宝具:『???』


「実に、愚かだと思いませんか。」

 尼僧は、にこやかに口を開いた。そこには敵意など微塵も感じられない。一歩、また一歩とレイラに歩み寄りながら、ボドヴィッドの血でどす黒く汚れた左腕を持ち上げ、そこに串刺しになったボドヴィッドの肉体を勢いよく放り捨てた。

「聖杯の機能停止? あぁ、何て愚かしい。それをして何の意味があると言うのです?」

「お前は……っ! どうしてお前がまだここにいるのよ!」

 打って変わって敵意をむき出しにするレイラに、金髪のシスターは淑やかに口元を手で隠し、ころころと笑う。

「おやおや、何を理由にしていたとて構わないではないですか。今の私は『プラム・コトミネ』。言峰一族の神職者ですよ? 貴方には関係のないことでしょう?」

「本家は一体何を考えているの……!? これが……これが理由!? 前回の命の聖杯戦争であれだけホムンクルスと魔術師を街数個分消費したのも、こんなバケモノを生み出すだけのためだったって言うの……!」

 レイラの手は恐怖と怒りで小刻みに震えていた。しかし、その手を背後に漂っていた漆黒の霧が覆い包む。その温もりにレイラはひとつ息を吐き、ぎゅっと手を握る。覚悟の定まった瞳でシスターを睨み据え、舌鋒を彼女へと向ける。

「命の聖杯の存在は、数多の命を食い潰す世界のガン細胞よ! そんなものがあれば、幸せになれる人間だって幸せにはなれない! 違う!?」

「偽善ですね。」

 シスターは冷徹に微笑む。その義眼は冷ややかに凍てつき、ギチギチと音を立てながら立体的に回転する。直立不動の姿勢を微動だにせず保ったまま、シスターはレイラに正論を突き付ける。

「貴方は世界の人間すべての願いが理解できるのですか? 世界の人間すべての『幸せ』が理解できるのですか? 他者を陥れることも幸せ。他者を踏みにじることも幸せ。他者を憎むことすら幸せ。漠然とした『幸せ』の理論は、貴方が決めて良いものではありませんよ?」

「――っ、でも! それでも……世界中の子供たちが最低限の水分と、最低限の食料と! 最低限の塩分鉄分ミネラルを補給できて、最低限の医療を享受できる世界には、あんなものはあっちゃいけないはずよ!」

「その理由は?」

 言葉に詰まるレイラ。しきりに背後で唸る霧をなだめ、尚も牙を剥く。ボドヴィッドが数時間前のアサシンのように腹部に大穴を空けながらもまだ肩で息をしているのを確認し、汗の滲む頬を伸縮させてシスターに論戦を挑む。

「確かに理由はないわ。でも、あの聖杯が起動するために必要な物が何か、あなたならわかっているでしょう!?」

「えぇ。膨大な魔力……それも参戦するすべてのサーヴァントの分を足してもなお足りない規模の。」

「それを補うために一体何十人の魔術師が死にゆくと思っているの!」

「さぁ?」

「人って言うのは、お互いがお互いにどこかで繋がり合って生きているのよ! あなたがやろうとしているのは、その繋がりを……運命を断ち切ろうとしていることに他ならないわ!」

「……だから?」

 シスターは揺るぐ素振りすら見せず、外界の吹雪よりも冷淡な眼差しでレイラを見つめる。今にも凍結しそうな廊下の真ん中に立ちながら、シスターは面白そうに声を弾ませながら自論を述べる。

「偽善ですよ、レイラ・アインツベルン。貴方はただの偽善者だ。自分の手が届かない人間の事すらも救おうと? ふふ、馬鹿馬鹿しい。自分の人生を生きることで精一杯の脆弱な生命体が、あろうことか『世界中の子供』などと!」

 両腕をいっぱいに広げ、シスターは目を細めて言い放つ。

「良いですか? 貴方の待つ『世界中の子供が笑える』世界というのは、何の刺激もないつまらない世界なのですよ? 平等と自由は正反対です、レイラ。

 人間とは他者の不幸を望まねば生きていけない醜い肉塊の総称です。誰かが幸せな生活を送っていれば、自分がより優位でより幸福な生活を送りたがる。そのためならば何でもします。家族も殺します。虚構ですら事実に変えてしまいます。醜く寄って集って、たったひとりの哀れな弱者を淘汰します。それが終わればまた新たな弱者に狙いを定めます。

 本当に幸せな世界を作りたいのですか? えぇ、その理想はとても偽善的で人間的で薄汚れていて――大変美しい。ならば願えば良いではないですか、レイラ。聖杯はそのためにあるのですよ? さぁ勝ち残って願えば良いのです。『すべての人類から自意識を抹消させろ』とね!」

 聞いていられなかった。レイラは途中から目尻に大粒の涙を浮かべ、それでも絶対に意志だけは負けまいと両脚を踏ん張り、手のひらに爪を突き立てながら拳を握り締め、シスターの視線から絶対に目を逸らそうとしなかった。

 そんなレイラを見て、唇を愉悦に歪ませながらなおもシスターは続けようとした。しかし。

「それでも!」

 レイラの叫びに呼応して、二人を取り巻いていた漆黒の霧が徐々に実体を得ていく。

「世界中の子供がわたくしの思う『幸せ』を享受してほしいというこの考えは、確かに利己的で自己満足に過ぎないのかもしれないわ。

 それでも……それでもわたくしのこの願いが、この想いがすべて偽善であったとしても! それをあなたに邪魔させる気は微塵もない……! この願いは、想いは! 絶対に――!」

 白銀の鎧を身に纏った夜闇よりも真っ黒い巨人は、レイラと共に吼え狂った。

「わたくしたちは――間違ってなんかいないっ!!!」

「■■■■■■■■■▪▪▪▪▪▪▪▪▪――――ァアウッッ!!!!!」

 

 令呪がすべて回復しているということは、自分は一度死んだのだろう。しかし、いつ? そんな疑問がクロウの脳内を駆け巡る。そしてクロウとセイバーは、いつの間にか館の外の森に再び来ていた。

「マスター、無事か!?」

 尻餅をつくクロウの前で、全身血塗れのセイバーが謎のサーヴァントと火花舞い散る激しい剣戟を繰り返していた。一般人の視力では到底追いつくことのできぬ速度で剣を振るう二騎のサーヴァントによる衝突は、両者ともに一切譲り劣らぬ実力を以て拮抗していた。

 金のロングヘアに月桂冠を戴き、漆黒の仮面で目元を隠した小柄なサーヴァントは、人間の血液によく似たあかいろで塗られた剣を握り、モスクワの深雪すらも蒸発させて地表を露出させてしまうほどの紅蓮の炎を巻き起こしながらセイバーを徐々に圧していた。

「ぐ……っう……。」

 直後、月桂冠のサーヴァントが手に持っていた紅蓮の剣の周囲で渦を巻いていた灼焔が勢いを増し、大きく振るわれた剣に追随してクロウとセイバーに一瞬の幻覚を見せる。眩いばかりの黄金で埋め尽くされた大舞台。その陽炎が消え失せた時、月桂冠のサーヴァントはセイバーから大きく距離を取っていた。

 そして。

「――――――帝政(ウディウス)』。」

 大火山の爆炎もかくやという焔の奔流と共にセイバーを斬り捨て、その場に倒れ伏すセイバーを足蹴にしながらクロウの鼻先へとその紅蓮の剣の切っ先を向けた。

「貴様は、何を望む。」

「はっ……?」

 呆然とするクロウに対し、月桂冠のサーヴァントは苛立ちを隠そうともせずに足下のセイバーの背を踏みにじり、再度クロウに問いかけた。

「貴様は聖杯に何を望むと言ったのだ!」

「お、俺は……ただ、ふつうの人間として死にたい。ただそうとだけ……。」

「ふん、贅沢な奴め。あそこまで巨大な聖杯をたったそれだけの為に使い潰すつもりか?」

「お前は何を願うって言うんだよ。」

 聞き返したクロウに、月桂冠のサーヴァントはその口の端をにぃっと目尻に届くかというほど吊り上げる。

「復讐だ。」

 セイバーを音高く踏みつけ、その膝で全体重を支えながらクロウの目と鼻の先まで顔を近付ける。

「あの憎きキリスト教徒どもを、余の生涯を終ぞ狂わせ続けた憎き異端の狂信者どもをこの世界から煤ひとつとて残さぬまで燃やし尽くすのだ! それ以外にあるまい?」

 狂気に満ち溢れた声で力強くそう告げると、ふと足下のセイバーに目を落とす月桂冠のサーヴァント。鼻でひとつ笑い声をあげると、その脇腹を蹴ってクロウの元へと転がす。

「憐れなものよ。あのような覇気の無いマスターを持ってしまえば、成就せんと切望する願いすらも届ける前に座に還ってしまう。同情するぞ、セイバーよ。」

「マ、スタァを……っ!」

 満身創痍の身体を剣を支えに立ち上げ、ふらつく姿勢で獅子の眼光を月桂冠のサーヴァントへと向けるセイバー。

「マス、タァをっ……侮辱、するな……!」

「セイバー……っ!」

 セイバーは自身の霊基が潰えるその瞬間までクロウの前に立ち塞がり続けるだろう。そのことがクロウにはたまらなく悲しかった。そんな彼の感情を読み取ったかのように、セイバーは軽く笑って見せる。

「安心しろ、マスター。マスター、だけは……絶対に、生きてレイラ嬢に引き渡してやる……!」

「おぉ、何と感動的な信頼関係であろうか! この悲劇、余の喝采にて終わらせねばつまらぬというものよ。セイバー、あの者の何が其方をそこまで駆り立てる。」

「わからない……だが、サーヴァントとマスターの誓い、騎士としての誓いよりも堅い何かを、マスターとの間には感じるのだ……その正体が何かは知り得ないが、私は私の直感を信じる!!」

 セイバーが突進し、月桂冠のサーヴァントがそれをあしらおうと剣を振り上げた時だった。

「――ッ!?」

 突如、月桂冠のサーヴァントの肩口に銃弾が貫通した。崩れた体勢を咄嗟に立て直そうとするも、セイバーは既に肉薄しており。

「『王威守護せし勝利の剣(エクスカリバー・レイヴン)』!!!」

 セイバーが放った宝具の光の中に、その半身を呑まれてしまう。

「ぐっ――うあああああぁぁぁぁっっ!!!!」

 この世のものとは思えぬ悲鳴を上げながらも、しかし月桂冠のサーヴァントは生存していた。自らを霊体化し、どこかへと去って行ってしまう。セイバーもそれを追いかけるほどの気力は残っていなかった。

 

 左の肩口を貫通した銃弾の発射源、すなわち虫の息のボドヴィッドへとシスター・プラムの意識は逸らされてしまった。直後、バーサーカーが放った渾身の右ストレートによって廊下の突き当りの壁に叩き付けられてしまう。

 シスター・プラムの来襲に際して執事にアサシンを解放するようにこっそりと指示したレイラの命令通り、執事はアサシンを地下牢から放出してやったようだ。レイラの隣に実体化したアサシンはボドヴィッドを安全な場所まで運ぶと伝えてから、レイラにセイバーとクロウの状態についても報告する。

 二人に対しても頼んだと任せ、再度シスター・プラムの方を見る。シスター・プラムは頭にかぶったウィンプルを荒々しく投げ捨て、赤黒い魔力を周囲に放出し始めた。

「アインツベルンには感謝していますが……レイラ。貴方に限ってはそうではありませんね……!」

 左腕から滴り落ちるボドヴィッドの血液を自身を取り巻く魔力へと置換し、まるで悪鬼のような瞳でレイラを突き刺す。見る見るうちに増幅していく魔力は、やがてプラムの影の中へと滲みこんでいき、一瞬その拍動が凪ぐ。

 レイラも額に脂汗を流し挑戦的な笑顔を向けながら、彼女が放たんとしているその宝具(・・)を正面から受けて立つ姿勢を取った。

「来なよ――ルーラー(・・・・)。わたくしたちを倒してみなさい!!」

「顕現せよ、粛清の鉄杭――! ――『極刑王(カズィクル・ベイ)』!!」

 赤黒い魔力と共に床を突き破って突出しつつ、レイラとバーサーカー目掛けて疾駆する無数の血染めの杭が、目前まで迫りその肉体を串刺しにせんと二人へ襲い掛かった。



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然して舞台は暗転する -Ⅰ

◆キャスター
真名:繝上Ρ繝シ繝峨?繝輔ぅ繝ェ繝??繧ケ繝サ繝ゥ繝エ繧ッ繝ゥ繝輔ヨ
性別:女性?
筋力:E 耐久:D 敏捷:B+ 幸運:D 魔力:EX+ 宝具:EX
スキル:陣地作成C、道具作成B+、鬆伜沺螟悶?逕溷多EX++、逾樊?ァA+など
宝具:『???』


 その切断面は焼け爛れ、血液すらも流れず広がらず焦げて止まっていた。

「わしらを憐れむかい、ガキんちょ。」

 ウォッチャーの目の前には、上半身と下半身を切り離されたひとつの女性の惨死体と、消えかけるサーヴァントがいた。アーチャー、東郷平八郎。全身を無数の鉄の杭で貫かれ、中空に掲げられた状態で目下に立つウォッチャーを見つめるその老提督を、ウォッチャーは感情の窺い知れぬ瞳で見上げた。

「アーチャー殿。貴方様は、何故戦場を所望なさったので御座いますか? エーレントラウト殿――貴方様のマスター殿に『やれ』と命じられたからに御座いますか?」

「あぁ? ……っはは、んなもん決まってらァ。わしらはなぁ、戦争ってもんが好きだったのさ。マスターにしたってわしにしたってそうだ。戦争の後で……ボロボロになった戦場が再生していくその様を見るのが好きだったのさ。人間の泥臭さ、生き汚さが思う存分見られるからな。そういうのを見るのが、堪らなく好きだった。」

 身体の大半が黄金の粒となって魔力に還っていく中、アーチャーはウォッチャーに向かってそれなら、と問い返す。

「お前さんは何のためにこの戦争の行く末を見ているんだ?」

「――面白いから、に御座います。」

 そう言ってにっこりと笑う。人間が己の野望を、欲望を、切望を叶えんがために他者を蹴落とし、殺し、排除する。その姿を見ているのが何ともいじらしく可愛らしい、愛おしいと感じるのだ。そう、ウォッチャーは語った。

「似た者同士だな。」

 アーチャーもにかっと笑う。

「――後悔はないぜ。戦場が再生していく様を見るのが好きなんだ。こんなに平和で……穏やかな日の本の海が見れただけで、わしはこの時代に召喚された意味があった。」

 水平線の彼方から昇り行く黎明の光に目を細めながら、アーチャーは広大な東京湾を眺める。

「ガキんちょ、後の奴らにも尋ねて回れや。」

「と、言いますると?」

「決まってんだろ? 戦う理由だよ。わしは人の意地汚さが大好きだからよぉ、他の奴らが何を思って勝ちたいと思っているのかが知りたくて仕方ねぇんだ。全部、全部が終わって――お前も座に戻ったら、一から百まできちんと聞くからな。」

「ははは、此れは困りまするなぁ。既に残っている英霊も極僅か。激戦の最中に聞き回れる物でも御座いませぬでしょう?」

「何とかしろよ、エクストラクラス! サーヴァントの名折れだぜぇ?」

 ほぼ頭部しか残っていない身体で、アーチャーはそういえば、と最後の質問をウォッチャーに投げかける。

「お前、真名何て言うんだ?」

「ホーガンに御座いますが。」

「真名だよ、真名。座に登録された方。」

「――……。」

 その名を聞いた瞬間、アーチャーの表情は驚愕一色に塗り潰される。しかしすぐに顔をくしゃっと笑顔に歪め、一言を残して日本の朝日と共にサーヴァントとしての今世の生涯を全うし終わったのだった。

「ホーガンって……そういうことかよ。はは、そいつぁウォッチャーに選ばれるわけだぜ……。……それじゃあな、小さな大将軍様。」

 

 その宝具は、ライダーと霊脈を直接繋ぎ合わせ、無限の魔力消費を可能とする物の筈だった。しかし今この状況にあっては、その宝具も大した意味は持たない。既に限界まで使用した魔力をライダーに補充したところで、良くて万全な状態まで回復する程度。それでもライダーは細剣(レイピア)をビュンと振るい、キャスターとコーニッシュ目掛けて突進した。

 その一歩はレンガで舗装された遊歩道を容易く粉砕し、その速度はコーニッシュの眉根をほんの少し歪ませる程のそれであった。しかしそれでも、キャスターの両手から放たれる舌のような物体が何度もライダーの肉体を穿って行くのを防ぐことはできなかった。防げてはいなかったが、宝具の影響によりその傷は舌が抜かれると同時に一瞬にして癒えていた。

「……縺ェ繧峨?迚吶r謚倥▲縺ヲ縺励∪縺医?濶ッ縺??」

 キャスターが何かをこぼすのと同時に、キャスターの掌にぱっくりと開いた口から青白い炎が舌を伝って放たれ、それが直撃するや否やライダーが手に持っていたレイピアが瞬時に蒸発してしまった。勿論ライダーの腕も融解したが、それでも腕だけならば宝具の力で再生する。

「剣がなくても――。」

 それでもライダーは前へ前へ、キャスター目掛けて猪突猛進する。

「銃がなくても――!」

 鋼のように固く握ったその拳を振りかぶり、キャスターへと飛び掛かる。

「オレには――マスター(ゾーエ)がいる――ッ!!」

 既に破却されたその契約を律義に守り続ける伊達男の拳は、しかして硬質化したキャスターの舌を砕き、虚空からのたうち回る触手を破り、キャスターの顔面へと迫る。――が。

「ぐっ……え?」

 それは届かない。冷ややかな視線を送るキャスターの眼前で、ライダーの動きは止まっていた。その肩口には、三角柱状のシリンジが突き刺さっていた。コーニッシュがその頂部に取り付けられたスイッチを親指で押し込むと同時に、シリンジ内に貯蓄されていた夜空のような色の液体がライダーの体内に流れ込んでいく。

「綺麗事では事態は変えられませんよォ……?」

 空になったシリンジを引き抜き、サイバーパンク風の戦闘形態へと変身していたコーニッシュは哄笑する。

 がくりと膝をつき、困惑の表情でキャスターとコーニッシュを見上げるライダーの身は、既に魔力へと還元されかかっていた。だが、宙へと舞い上がっていく金色の粒子を捕食するようにシリンジを刺された肩口から夜空色の魔力の奔流が放出され、ライダーの肉体を覆い包み始めた。直後、ライダーの全身を形容しがたい嫌悪感と激痛が奔った。

「がッ――あああああアアアァァぁぁぁーーーアっっ!!!??」

 その場に倒れて転げ回るライダーを見て呵々大笑するコーニッシュは、絶望の表情で硬直するゾーエに向かって意地悪気に忠告する。

「勝てると思いました? 『私のライダーなら次へと繋いでくれる』――そう思いましたかァ? ふふ、ふふふふ……アハーッハッハッハッハ!!!! 良いですねェ、良いですよォその甘っちょろい考え!! でもその楽観的思考は確実に貴方の命を喰らいますよォ?」

 びくびくと痙攣していたライダーは、夜空色の魔力を纏いながら非生命的に起き上がり、踵を返してゾーエとズーハオ、ランサーに向かって歩み寄り始めた。途中転げ落ちていた鳥銃(マスケット)を緩慢に拾い上げ、ゾーエの眉間に銃口を向ける。

「ライ……。」

 ずどん、と音を立てて、マスケットが火を噴く。しかしそれはゾーエの頭部ではなく、ゾーエを庇うように前へ出たランサーの槍によって弾かれる。

「どこまで英雄の矜持を踏みにじれば気が済むんだ、お前は!!」

 激昂するランサーに対し、コーニッシュはまるでタガが外れたかのようにその場で笑い転げ、地団駄を踏みながらランサーの問いに答える。

「英雄の矜持ィ? ハーーーッハハハハッ!!! 何を仰いますやらァ!! ありませんよそんなもの!! 私は一介の医者ですよォ? 医者に英雄の心境なぞ理解できる筈もなく!! 増して!! そんな非効率的かつ計画遂行の妨げになり得る物を看過するなど――ッ!!」

「そこ、マでに、シテ、おきナ――!」

 しかし、コーニッシュの発言は何者かに遮られる。誰あろう、ふらふらと自身の頭を押さえながらその場に立つライダーであった。

「――おや、まだ理性があったなんて。少々想定外でしたね。まぁ無駄な抵抗です。すぐに狂暴化しますよ。」

「あァ――オレも、ずッと抑えテル、こトは、デきナさそウ、だ――。」

 だからこそ、とライダーはランサーの元まで歩み寄り、その双肩をしかと掴んだ。その瞬間、ランサーの全身を暖かな感覚が奔り抜ける。

「『私のライダーなら次に繋いでくれる』――のさ。お嬢ちゃん、オレのマスターを……頼んだぜ。」

「ライダー……っ!」

 ゾーエの涙混じりの呼び声に、ライダーは快活に笑って手を振る。

「あぁ。お前の――マスターだけのライダーだ。誰にもオレの誇りは、誓いは渡さない。楽しかったぜ、マスター……。『喝采せよ、四剣の英雄譚(アンプールトゥス・トゥスプールアン)』――!!」

 他者と霊脈を接続させるその宝具は、ライダーのそれ同様に効果がない物と思われた。キャスターとコーニッシュがその場で膝をついた事実さえ無ければ。

「こいつ……我々の魔力すら吸収しているのか!!」

 動揺のあまり人語が飛び出したキャスターの推察通り、今のランサーは霊脈を通してキャスターとコーニッシュの魔力をも奪い取っていた。再び正気を失い襲い掛かってきたライダーに対し、ひとつ息を吐いて槍の刃を展開させ、その心臓を勢いよく突き刺して仕留める。

「怒り吼えろ、『人間無骨』。」

 今度こそ黄金の粒となって消えていくライダーを見送り、ランサーは十字槍を肩に担ぎ、キャスターとコーニッシュへと近付きながらズーハオへ向かって声をかける。

「ズーちゃん、なるべく強い結界で自分とゾーエちゃんを守ってあげてよ。少し熱くなるからさ。」

 聞いただけで鳥肌が立つほどぞっとする声を聞いたズーハオは自身とゾーエを囲むように懐から取り出した宝石を撒き、詠唱を開始した。それを見届けると、ランサーはコーニッシュに質問する。

「ねぇ、英雄って何をすれば英雄って呼ばれると思う?」

「っく――!」

 余裕のない表情で立ち上がろうとするコーニッシュ。一歩、また一歩と二人に歩み寄る度に、ランサーの足下からは赫灼と輝く火焔が広がり、周囲を炎上させ始める。燃え盛る遊歩道の上で立ち止まるランサーの身にも、いつの間にか火焔が噴き出していた。

「僕はね、英雄って言うのは、誰かの憧れになれるようなことをした人がなるものだと思うんだ。」

 ゾーエの方をちらと振り向き、すぐにコーニッシュへ視線を戻す。

「英雄が生きた証は、誰かの心の中で消えない灯火をともす。その灯火が、人生の行き先を導くんだ。」

 十字槍を勢いよく天へ掲げた途端、その十字の刃から火焔が迸り、周囲一帯を盛大に燃え上がらせた。さながらに地獄絵図と化したバッテリーパークは、ランサーの心象風景を再現せんと業火を波及させていく。

「ライダー、ありがとう。君のことはこの身朽ち果てるその一瞬まで忘れはしないよ。

 ――我が目前の仇敵を燃やし尽くせ、憎しみのままに燃え上がれ! この憎しみは三千世界をも喰らい呑み込む灼熱のされ髑髏(こうべ)へと変異せん! 『第六天魔王波旬・落日』!!」

 ランサーが死の間際に目にしたものは、炎の中で崩落する寺院だった。中に逃げ込んだ誰よりも愛する主人を守り切れずして死する己を、ランサーは憎んだ。主人の意志を理解しきれずして主人を葬らんと刃を向けたあの男を憎んだ。その怨嗟の叫びは炎の渦となり、主人の首を取らんと屋内に雪崩れ込もうとした兵士たちを追い返したと言う。

 今、その火の粉はたったひとりの友人のために舞い上がる。

「お前を――僕は絶対に許さない!!!」



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然して舞台は暗転する -Ⅱ

◆ウォッチャー
真名:???・ホーガン
性別:男性?
筋力:- 耐久:EX 敏捷:EX 幸運:- 魔力:EX 宝具:-
スキル:陣地蹂躙A+、対魔力EX、単独顕現EX、万象俯瞰C+、異相の住人Aなど
宝具:『???』


「ケホッ――。」

 ひとつ咳払い。確かにコーニッシュの肌は焼け爛れ、再起不能なまでに肉体のあちこちが焦げてはいたが、被害甚大であるという判断はしなかった。コーニッシュはポケットから三角柱状のシリンジを取り出し、自らの手首に打ち込む。すると瞬く間に全身の傷が回復していき、破裂した眼球も元通りになったことで周囲の状況が確認できた。

「あぁ――キャスター。また救われてしまいました。大変申し訳ないですね。」

「まったくだ。さぁ早く立て。そろそろ充填も完了する。」

 キャスターが展開した巨大な黄衣で構成された結界もあちこち焦げ落ちてはいたものの、コーニッシュとキャスターを防衛するという機能自体は全うしていたようだった。それでもここまでコーニッシュにダメージを与えたのは、ひとえにランサーの宝具が強力だったということか。

 

 ライダーの宝具も失効し、魔力の枯渇によってランサーはその場で膝をついてしまった。炎の海原と化したバッテリーパークに立っていればまず死からは逃れられないと判断し、結界の内部にゾーエを保護しながら海中に避難したズーハオも、結界ごと浮上してランサーの隣に立つ。

「いやぁ……ッハハ、さすがは日本が誇る大英雄の従者ですねぇ……。」

「ボクの真名を……!?」

 思わせぶりに笑うコーニッシュに真実を問うことはできない。なぜならランサーにも力ずくで問い詰めるだけの気力は残っていなかった上に、コーニッシュとキャスターはすぐさまに立ち上がり、その場を後にしようとしたからだ。

「どこへ行くんだ!」

「どこへ、ですか。実に哲学的な質問ですねぇ。」

 不気味な笑顔を浮かべながら、コーニッシュはまるで面白半分に蟻を踏みつぶそうとしている子供のような調子でランサーに対して自論を語った。

「人間は何処から来て、何処へ向かうか。それはとても難解でとても重要な問いだと思いますよォ? まぁ、医学的な回答をすれば人間は遺伝子から来て死へと向かう、ですが。ですが死という誰にでも定まったゴールがあるなんて、あまりにも面白みがないとは思いませんかねェ?

 ――我々はねェ、お嬢さん。『死』という概念からの脱却を目指しているのですよォ。『死』というのは神が我々に与えた試練であると私は受け取っています。その試練を乗り越えた先にこそ、医学の極致は在ると考えています……。

 ……だからこそ!! 霊地マンハッタンを起点としてこの地球(ほし)をやり直すのですよォ!!」

 その言葉に、その場にいた全員の表情に緊張が走る。ランサーが行動不能に陥っている今、ただの人間であるズーハオやゾーエにサーヴァントであるキャスターとコーニッシュに対抗する手段は限られている。ゆえに、三人はコーニッシュの独白をただ聞くことしかできなかった。

「魔力とは流動体のようなものです! 霊脈内の魔力が枯渇すれば、また新たに新しい場所から魔力を注入しようと作用するのが自然! ならば、ひたすらに霊地の魔力を食い潰した状態でキャスターの外宇宙由来の魔力で霊脈を満たせば、その魔力を操ることに長けたキャスターの意志ひとつで、このマンハッタンは巨大な魔力炉と化するのです!!」

「最後まで魔力を消費する前にお前たちを追い詰めてしまったことは少々早計だったが、代わりにあのライダーの宝具によってマンハッタンから地球由来の魔力はほぼ完全に消失した。助力、感謝するぞ。」

 不気味な笑顔を浮かべながら、幼い少女の声音でおぞましいことを口にするキャスター。

「魔力充填率99.76%。聖杯浸食を開始するぞ。」

「さぁ、歴史的瞬間を共にこの目で見届けようではありませんかァ!!? 死する者を悲しまなくて良い世界がやってくるのです!! 感動的ですねェ!!! 神秘的ですねェ!!! フフ、フフフフ!!! フフハハハハハハ!!!! アーーーッハハハハハッ!!!!!」

 

 プラムの『極刑王(カズィクル・ベイ)』を正面から食らったことによって全身を防護していた金属鎧が粉砕され、その長大な漆黒の体躯を露出させたバーサーカーの肩の上に腰かけながらプラムと対峙していたレイラは、突如襲い掛かってきた嫌悪感に表情を強張らせた。続いて対面で構えていたプラムも何かを感じ取ったかのようにぴたりと動きを止める。

「何、この感じ――!」

「まさか……キャスター組ですか!」

 敏感にその答えを察知したプラムは側頭部に手を添えながらどこかで霊基の回復を行っているらしい自らのサーヴァントに向かって指示を飛ばした。

「アヴェンジャー! 休憩は終わりです! 今すぐにマンハッタンに向かいますよ! えぇ、恐れていた事態が本当に起きてしまいました!」

 焦燥に駆られた声で告げ終わると、それまで戦っていたレイラとバーサーカーには目もくれずに廊下の壁に拳ひとつで大穴を空け、外へと飛び出して行ってしまった。

「あっ、待ちなさい!」

 レイラが叫んだ時には遅く、プラムの姿は吹雪の中に消えてしまっていた。仕方なくバーサーカーを再度気体形態に変化させ、アサシンが保護してくれたであろうクロウとセイバーの元へ向かうレイラ。

 応接間には簡易式の魔力壁が設けられ、謎のサーヴァントの来襲によって破壊されてしまった部屋の壁が塞がれていた。ソファには自身の令呪を見下ろしながら険しい表情で腰を下ろすクロウと、彼の肩を枕に安らかな面持ちで睡眠を取るセイバーがおり、それと向かい合う形でアサシンとそのマスターであるボドヴィッドがそれぞれ自分たちの得物を整備していた。

「……アインツベルンの嬢ちゃん、死ぬ覚悟はできてるかい。」

「え?」

 唐突にアサシンが口を開く。手元の作業を一切止めないまま、アサシンは現状の事態について説明を始めた。

「聖杯が変な魔力で汚染されているのさ。このままじゃあ、地球の運命は先には進まなくなっちまうだろうな。」

「つ、つまり……地球が破壊されそうってこと?」

「そんな大層な話じゃあねぇよ。地球って惑星に被害は出ないだろうさ。地球と連動した命の聖杯が誤作動起こしかけているんだ。何が起きても不思議じゃねぇが、まずあたいらの命は保証できねぇな。」

「止めることはできないの!?」

「そう慌てんじゃねぇよ嬢ちゃん。人ってのはいつか死ぬもんだぜ。早いか遅いかの違いさね。」

「嫌よ! 私はまだ何も成してないのよ!? まだ何も――何も残せていないのに!」

「……死なないんだろ、アサシン。」

 そうふいに口を開いたのは、クロウだった。アサシンは意地悪気な笑顔を浮かべると、初めてモシン・ナガンから手を離した。

「どうしてそう思うんだい、(あん)ちゃん。」

「それ、モシン・ナガンだろ。しかもそのカスタム、お前冬戦争の英雄サマじゃねぇか。そんな奴が『死ぬ』『死なない』じゃなく『命の保証がない』だなんて、随分とあやふやな言い方をするじゃねぇか。」

「なんだよ、そいつぁちょっと屁理屈じゃねぇの?」

 小柄なサーヴァントはそう言ってキシシと笑う。まるで今起きている事態を何とも思っていないような態度とは正反対に、クロウは緊迫した口調でアサシンを問い詰める。

「何を知っているんだ、アサシン。」

「……。」

 アサシンは小馬鹿にしたような表情のままボドヴィッドを一瞥し、彼が顎を振って促すのを確認すると、今から起ころうとしている事についてクロウとレイラに解説を始めた。

「あたいはなぁ、セイバーのマスター。本当はシモ・ヘイヘなんて御大層な英霊じゃあねぇんだ。あたいはロシア人の兵士たちの恐怖心と畏怖で生まれた『偽りのシモ・ヘイヘ』なのさ。だから顔に傷もねぇし、雪の中に紛れやすいようにこんなガキみたいな姿で現界してる。そして何より本人と違うのは……あたいが冥界(トゥオネラ)からの使者、文字通りの『死神』って点さ。

 冥界ってのはある種高次元的な存在さ。そんな処から派遣された死神としてのシモ・ヘイヘ(あたい)だからこそ、今から起きようとしてる高次元的事象も大雑把にだが把握することができる。

 ――惑星(せかい)のやり直しだよ、お二方。誰が何の目的でそんな事をしようとしているのかはあたいにも図りかねるが、少なくともこの地球は一度作り直され、あたいらはみんな魂そのものから作り直される。あたいらサーヴァントとあんたらマスターとの間に構築されていた縁はすべて破却され、そしてあんたらの記憶も全部その時点までの記憶に塗り替えられる。この世界の記憶は全部なくなっちまうのさ。」

「そんなの……死ぬよりもたちが悪いじゃない!」

「その通りさ、嬢ちゃん。」

 そこで初めて、アサシンの顔に陰りが見えた。

「何も打開策はないのか。」

 いつの間にか目を覚ましていたセイバーが、クロウの身から離れながらアサシンに問う。アサシンは薄く笑って首を振ってしまった。

「ないね。起こる事態を止めることはできない。一度作り直された世界になってから元通り、この世界に戻すことならあるいは――。」

 アサシンが言いかけた時だった。

 

「――『全ての死に祝福あれ(ブラッドシェイク)』――!!」

 

 その場にいた全員の背筋を味わったことのない悪寒が奔り、空間が徐々に色彩を失っていった。体重が消失し、肉体の感覚すらもなくなり、内臓も肉も骨も霧散し、世界と自分が一体化したような気さえし始める。だが、確かに自分はそこ(・・)にいる。違和感と矛盾だけが領域を支配する混沌が生まれ――そして、五感すらも段々と薄れようとしていた。

 唐突に巻き起こった現象に当惑するクロウが視界を横に向けると、レイラのサーヴァントであろう漆黒の巨人が下へ下へと落下していくのが見えた。レイラの姿はどこにも見えない。

「■■■■■■ァーーー――ッッ!!!!」

 それとほぼ同時に、セイバーも一瞬身体が浮遊し、バーサーカーが落ちていった場所とは正反対、上方へ向かって吸い込まれるようにクロウから引き離されていくのが見えた。

「マスター! マスター……ッ!」

 必死にクロウを呼ぶセイバー。しかし、ぐんぐんとまるでロケットのような速度で上昇していき、やがて完全に色彩の無い空間の中に見失ってしまった。クロウも手を伸ばしたかったが、そもそも手がない。名を呼びたかったが、口も喉もない。

 そして、視界を前方に戻したとき。

「すべては、(あん)ちゃん次第だぜ。」

 バーサーカーが落下していった方向へと吸い込まれかけていたアサシンが、手にした拳銃の銃口をクロウに向けていた。

「うまくやれよ、青二才(ヌーボリアレ)。」

 確かに拳銃はクロウ目掛けて発砲された。しかしマズルフラッシュは確認できず、代わりにスローモーションの半透明な弾丸が射出された。逃げることも叶わず、その弾丸はクロウの脳天――に相当するであろう場所に食い込む。クロウが意外に思ったのは、その場所から空間に色彩がないにもかかわらず真っ赤な血が噴き出したことであった。

 

 然して、世界という舞台は閉幕する。次の公演へと向かうために。



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幕間
男の子とおねえさん


鴉は決して馴れ合わない。
死の香りを運ぶ疎まれ者は、別れの哀しさを知っているから。
けれど、それでも。
例外がいたって、良いじゃないか。


 セイバーが目覚めた時、そこは森の中だった。目の前に広がる大空はどんよりと曇り、今にも降り出しそうな具合だ。痛む頭を左手で押さえながら上体を起こすと、目の前に少年が立っていた。

「……おねえさん、お外の人?」

 外見年齢は十より若い。烏羽のように真っ黒な髪を持ち、同じように真っ黒な瞳を持つその少年は、おっかなびっくりセイバーに寄ってくる。

「足を踏み外しちゃったの? だいじょうぶ? ケガ、ない?」

「……外傷はない、大丈夫だ。……少年、ここはどこなんだ?」

「ここ? ここは犬鳴村だよ。」

 セイバーはその名に聞き覚えがあった。日本において都市伝説になっている集落の名だ。不用心に立ち入れば生きては帰ってこれないと噂される恐怖の村。人間とみなされなかった悲しき人々が肩を寄せ合う非業の村。

「おねえさん、お外の人なら戻ったほうがいいよ。みんなに見つかったら殺されちゃうよ。」

 自分たちを差別し、放逐した外界の人間を激しく憎悪する者たちの生き地獄。確かにそんな場所に滞在していれば、身の安全は保証できないかもしれない。そして何よりも、自分のマスターの所在を早急に突き止めて帰らなければならない。しかし、その直後に交わされた会話が、セイバーの意志を大きく揺るがせた。

「おねえさん、名前は? 名前はなんていうの?」

「あー……そうだな、アルトリアとでも呼んでくれ。」

「アルトリアおねえさん、かっこいい名前だね。」

「少年の名前を聞いても構わないか?」

「うん、ボクはね――。」

 

「くろう。うえむら、くろう。クロウって呼んでよ。」

 

 一瞬の硬直。しかしすぐに我に返ると、セイバーは少年に今の西暦を尋ねた。少年の口から出た数字は、セイバーのマスター、クロウ・ウエムラが生まれてから八年目の年だった。そこでようやく、セイバーは意識を失う以前の記憶を取り戻した。アサシンが放った不可解な言葉。そしてその通りに暗転した世界。マスターとは離れ離れとなり、何かしらの力が働いたことにより今この場に居ることを思い出したのだった。

「アルトリアおねえさん?」

「あっ……あぁ、すまないな。クロウ――は、その、なんだ。ひとりで何をしていたのだ?」

 慣れない呼称に戸惑いながら、セイバーは若かりし頃のクロウであろうと思われる少年に問いかける。クロウと名乗る少年は困ったような笑顔を浮かべて曖昧な回答を教えた。

「……何かしてた、って言えば何かしてたけど、特に何もしてないよ。」

「遊ぶ相手は? いないのか?」

「いないよ。」

 クロウの困った顔は悲しげな顔へと変貌する。クロウ少年は土の上に座り込むセイバーの目の前に放置されていた切り株に腰を下ろすと、両の脚をぱたぱたと交互に振り、俯きながら事情を説明する。

「ぼくの一族は……呪われてるから。とおいとおい……ぼくのご先祖様が、犬鳴村の鬼と良くない約束をしちゃったんだって。」

「知って――いる。」

「え?」

「いや、何でもない。続けてくれ。」

 犬鳴村の鬼がどうこうという話は初耳であったが、セイバーにはその話に聞き覚えがあった。齢七つで一度落命する。その後息を吹き返し、後代に蓄積していく呪いを背負って生きていく餓叢家と悪鬼との契り。やはり、このクロウ少年はセイバーのマスターとなる運命を持つ青年、クロウの過去の姿であることはもはや疑いようもなかった。

「――かあさんは、ぼくを産んだ時に死んじゃった。とうさんも、毎日毎日手元の包丁が首筋に飛んでくるアンラッキーに耐えられなくなって橋から飛び降りて……。」

「そう……だったのか。」

「犬鳴村の中でも、ぼくの一族は昔から嫌われ者だったんだって。鬼の仲間だ、生き損ない、だって。」

 セイバーは知らなかった。あちこち擦り傷や切り傷、打撲や青痣だらけで痛々しい身体をまるで何てこともないように隠そうともせず、セイバーに対してにこやかに接するこの少年は、それだけの仕打ちを受けてなお、人を信じる心を忘れていなかった。

「クロウ――。」

「ん?」

 知らなかった。正式なサーヴァントでないがゆえにマスターの記憶に関する夢も視ないセイバーにとって、クロウが一切語らなかった過去は、知りようもなかったのだ。だから、推し量ることもできなかった。

「君は……君は、村の人々のことを、嫌ったりしないのか?」

「全然。」

 そう言って、クロウは首を横に振る。

「人っていうのはさ、アルトリアおねえさん。敵が欲しいんだよ。それは自分と考えが合わない人って意味だけじゃない。ライバルとか友達とか、たいぎめーぶんの付いた『みんな』の敵だって、そう。」

 齢八歳にしてそんなことを口にしてしまう少年を前にして、セイバーは肩を震わせ始めた。

「ぼくがいることで、村のみんなが外の世界の人たちに向けるキライって気持ちが村の中で解決するなら、ぼくはそれでいいんだ。」

「そんな……そんなことが、あっていいはずが……ッ!!」

「だって、これでもしもぼくが村の人たちに石を投げたら、それはケンカだよ、おねえさん。ぼく、ケンカは嫌いだよ。」

 喧嘩が大規模になった『戦争』に参加してしまうことになる人物の言うこととは思えなかった。クロウは参加した理由を『一族の悲願』『契約の解呪』と言っていたが、その真意は他にありそうな気がしてくる。

 

 その巨大な滝は、緑色に澄んだ水を雄大な湖に流し込んでいた。その滝と湖を隔てるように崖に掛けられた木板と麻縄だけの吊り橋のちょうど真ん中辺りで立ち止まると、クロウ少年はその場にしゃがみこんだ。

「ここね、とうさんが落っこちた場所なんだ。毎日山の向こうのお花畑までお花を摘みに行って、ここにお供えしてるんだよ。」

 橋の木板に白ユリをそっと置くと、背筋を伸ばして手を合わせるクロウ。ふとセイバーが橋の下を覗き込むと、湖へと細く伸びる川の岸辺に人為的に引き裂かれた痕跡が見受けられる無惨な姿の白ユリが打ち上げられているのが見えた。しかし、クロウがそれを気に留める様子は一切ない。

「――クロウ。」

「なぁに?」

「ひとつだけ。たったひとつだけ願いが叶うとしたら、クロウは何を願う? 何が欲しい?」

 聖杯に願うものは本当に悪鬼との契約の破却なのか。それを幼少期の彼に問うても意味はないと思うが、それでもセイバーは知りたかった。この人物は、もっと利己的な願いを持っていても良いはずだ。しかし、クロウの口から出た言葉はやはりと言うべきか自身のことなど念頭にすら無かった。それどころか。

「いらないよ、そんなの。」

「え……?」

「ぼくだったら、誰か大切な人に権利をゆずるなぁ。そうだ、おねえさんがその権利、使いなよ! おねえさんは何が欲しいの?」

「私――は……。」

 セイバーの願いは『彼女』の願い。『彼女』が王の選定、剣の試練を再度望むと言うのであるならば、それこそがセイバーの望み。しかしそれは、本当に『セイバー』の願いなのだろうか。確かにセイバーと『彼女』は一心同体であり、『彼女』が現界している限りセイバーも現界することが可能だ。しかしセイバーと『彼女』の間には明確な差異があり、明確な個人差が存在する。ならば、セイバーがセイバーだけの願いを持っていても何も問題はないのではないだろうか。

「アルトリアおねえさん。」

「ハッ!?」

 我に返ったセイバーの顔を、クロウはしゃがんだままじっと見上げていた。その瞳の中には、騎士らしくもない狼狽しきった表情の金髪碧眼の少女が映り込んでいた。

「……いや、私にはわからないのだ、クロウ。」

「何が?」

「私は……そうだな。今の(・・)クロウには理解できないだろうが、私には私が個人的な願望を持っていても構わないのか、それがわからないのだ。」

 吐露すればするほど、自分の至らなさが身に染みる。セイバーはクロウの右隣りに腰を下ろし、吊り橋から曇り空の湖を眺めながら、騎士王とは決定的に違うただのワタリガラス(できそこない)である我が身を呪った。

「……そっか。」

 ただ一言、クロウは優し気に応じ、セイバーが見つめる先に視線を送る。そうやって風と水の音だけが過ぎゆく空間の中に身を委ねて数十分、クロウがまた口を開いた。

「自分がしたいことをすればいいんだよ。」

「え――?」

 クロウの表情はまるで菩薩のように柔和であった。

「……おねえさん、あれ。」

 そう言ってクロウが指差した先には、曇天を飛翔する鴉が漆黒の流星のように水面に虚像を投影させながら彼方へと消えていこうとしていた。

「カラスはね、みんなの嫌われ者なんだ。真っ黒くて不吉で、毎日ゴミばかり漁って暮らしてる。でも、それでいいんだ。カラスはそうありたくてそうあってる。本当は、やろうと思えば他の鳥や鼠を襲ってついばむだけの力を持っているんだ。それでも……それでも、カラスは他のみんなを傷つけたくなくて、ゴミを漁るんだ。」

「――……。」

「疎まれるさ。嫌われるよ。石も投げられる。水もかけられる。でもカラスは賢いんだ。どれだけ痛めつけられても、カラスは絶対にやり返さない。他の鳥が食べる物がなくなるから、人間のゴミを食べて生きる。カラスは……優しい生き物なんだ。ぼくは、あんな風になりたいんだ。」

 濡れた鴉のように真っ黒な髪と瞳を持ったクロウは、目を細めながらそう自らのことを語った。

「こんなぼくでも、そうやって自分がなりたい自分になるために夢をみることができる。おねえさんも同じだよ。おねえさんもぼくと同じ人間なんだから、おねえさんにだって自分がなりたい自分になる力があるはずさ!」

「……カラスは。」

 ふいに、セイバーの口から言葉が漏れた。そのことに誰よりもセイバーが驚いていた。勝手に喉の奥からぽろぽろと零れていく言葉を聞いていくうち、セイバーは自身の『夢』を知る。

「カラスは、子供想いだ。子供のためなら自分から進んで石を投げられに行く。自分が石を投げられることで、自分の子供たちに矛先が向かないようにするのだよ。私は……そうありたい。大切な人を護るために率先して矢面に立つ騎士でありたい。明日へ翔び立つ若きカラスを見送る心の剣でありたい。

 ……君と――。」

「え?」

「いいや、なんでもない。」

 薄く笑うと、セイバーは立ち上がる。

 

「君はまだ、そこにいてくれているんだな。」

 いつの間にか、灰色の雲を抉り抜くように漆黒の虚無が天空に顔を覗かせていた。その虚無から伸びてくる帯のような物質に腕や体躯を拘束され、虚無へと連れ去られそうになるセイバー。

「アルトリアおねえさん……!?」

 驚愕の面持ちで必死にセイバーの腕を掴んで行かせまいと抵抗するクロウ。しかし、セイバーはその手を払ってしまう。

「構わないさ、クロウ。……私は未来で待っていよう! マスター、どうか私を忘れないでくれ。どんな時も、この身は貴方のためだけに力を振るおう。我が剣の重みは絆の重みだ!!」

 セイバーは空中へと高速で引き寄せられながら、自身の髪を留めていた黒色のリボンを右手でするりとほどくと、それをクロウに投げ渡した。

「ようやくわかったぞ、『私』の願いは――!」

 虚無へと吸収されながらセイバーが叫んだ声は、けれど誰にも届かなかった。やがて虚無は縮小していき、天空には何事もなかったかのように静かな曇り空だけが広がっていた。今にも降り出しそうな雲の間からはしかし、幾条かの日の光が漏れ差し込んでいた。



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第二幕
その日、少年は運命を違えた -壱


◆バーサーカー
真名:???
性別:男性
筋力:C+ 耐久:A 敏捷:B+ 幸運:A++ 魔力:E 宝具:D+
スキル:対魔力D、心眼(真)B、戦闘続行A+、狂化EXなど
宝具:『???』


 クロウが気が付くと、目の前には何の変哲もない豚の生姜焼き定食があった。左を見れば、大きな窓ガラスの向こうには高速道路、ジオラマのような街並みと遠景には富士山が見える。

 そして。

「クロウ? いかがされましたか?」

 聞きなれた声。それなのに、クロウには違和感しか感じることのできない語調。クロウが正面に視線を移すと、そこには金髪碧眼の小柄な少女が座して山盛りの白米を口に運んでいた。

「寝不足ですか? 戦闘に支障をきたす恐れもあるでしょうし、睡眠と休息は十分に取ってください。」

 そのリボンは、見慣れた黒色ではなく。

「セイ……バー……?」

「はい、何ですか、クロウ?」

 ユニオンジャックのような、蒼色だった。

 

「まだ寝惚けているのですか?」

 何かがおかしい。しきりに頭を抱えるクロウは、市内を調査する『セイバー』に半歩後ろを随伴されながら歩いていた。セイバーはそんなクロウを心配するようにその額に手を当て、高熱が出ていないことを確認し、また背筋を伸ばしてクロウの半歩後ろに戻る。

「この街にバーサーカーがいるとウォッチャーに助言をもらって早三日……。どうやらバーサーカー達は隠れることが得意なようですね。」

「ウォッチャー……そうだ、ウォッチャーだ!」

「クロウ?」

 何も理解できない頭脳でも、『ウォッチャーならば』という期待だけは確かな確信として揺るがなかった。ウォッチャーというクラスの性質上、今この瞬間にあっても自分たちを見ているはずだ。

 果たして。

「拙僧めを呼びましたかな?」

 何を考えているかわからない微笑を湛えた中性的なサーヴァントは、音もなくクロウの右隣に着地した。セイバーの表情に一瞬緊張が走るが、ウォッチャーであることを確認すると握り拳だけは緩めずにクロウの前に静かに進み出る。

「セイバー、少しウォッチャーとふたりだけで話したいんだ。外してくれるか。」

「……仕方ありませんね。」

 ウォッチャーとクロウがすぐそばにあった小さな公園に入っていくと、セイバーはその公園の入り口の前で静かに姿勢を正して待機した。それを確認しクロウはブランコに腰かけてウォッチャーに語り掛ける。

「ウォッチャー、朝から変にモヤモヤするんだ。何かこう……世界の中で俺だけが孤立しているみたいな感覚なんだ。これまでずっと相棒だったはずのセイバーにすら違和感を感じる。俺のセイバーはもっと……あれ?」

「ふふふ。然様に御座いましょうなぁ、如何せん貴方様は彼方(・・)から此方(・・)に移り落ちる際にアサシン殿によって殺されておりまする故。」

「はっ……?」

 次の瞬間、ウォッチャーの小さな両手がクロウのこめかみを捉えると同時に、クロウの脳内に様々な光景と音声が濁流の如く雪崩れ込んできた。

 烏羽のセイバー、アインツベルンの少女、黒霧のバーサーカー、赤毛の男、小柄なアサシン。暗転する世界、天地と肉体の喪失、薄れゆく記憶、掴めなかった手、銃口、死。『すべては、兄ちゃん次第だぜ』――。

「クロウ!」

 気が付いたとき、セイバーがクロウの目の前でウォッチャーに対して臨戦態勢を取っていた。

「いいんだセイバー、俺は大丈夫だ。もう少しだけ……。」

 そうクロウが伝えると、セイバーは心配と不服の入り混じった表情でまた公園の外へと歩み去っていく。それを見てから、クロウは再度ウォッチャーに尋ねる。

「つまり……つまり俺は、向こうの世界の記憶を持ったままこっちに来た……ってことか?」

「然様に御座いまする。アサシン殿が世界蘇生の瞬間に貴方様を殺害した故、貴方様は世界蘇生と同時に蘇生なさいました。其れ即ち、貴方様は此の世界に措ける『特異点』と化したので御座います。無論、ウォッチャーである拙僧めも特異点のひとつに御座いますがね。併し乍ら拙僧めはウォッチャー。聖杯戦争に直截干渉する事は許されておりませぬ故、アサシン殿は不死性を持ち得る貴方様を選びなさったので御座いましょうな。」

「セイバーは……あの(・・)セイバーは、シロウさんの所にいたはずじゃなかったのか?」

「えぇ、貴方様の世界では然様に御座います。ですが此方の世界においては、第五次聖杯戦争の直後、セイバー殿は契約満了によりカムランに帰還なさっておりまする。勿論、現在時計塔には勝者お二人しか在籍しておりませぬ。ですが――。」

 ウォッチャーはクロウの胸に手を当て、意地悪気に微笑む。

彼の御方(・・・・)が貴方様に聖剣の鞘を貸与なさったという事実は此方の世界に措いても子細変わり御座いませぬ。其れ即ち、貴方様の体内の鞘が触媒となり、彼のセイバー殿が召喚されたので御座いますよ。」

「……本当に、お前には隠し事は通用しないんだな。」

 その言葉に、ウォッチャーはにこりと笑ってみせた。そんなウォッチャーにクロウはさらに問いかける。

「それじゃあ……元の世界に戻る、ないし元の世界に戻すために必要なことは何か、わかるか?」

「無論。」

「ほ、本当か!? 教えてもらっても――。」

「お断り致しまする。」

 満面の笑みのまま、ウォッチャーはクロウの発言を遮り、きっぱりと断言する。当惑するクロウに対し、笑顔を崩さずに何度も彼に対し伝えてきた『ルール』を述べる。

「其の術をお教えすらば、拙僧めは『聖杯戦争の根幹に直截干渉してはならない』と云う観察者(ウォッチャー)の掟に背くことと相成りまする。故に、其れを見聞するは貴方様の御役目に御座いますれば。」

「そう……か。いや、わかった。記憶を思い出させてくれてありがとうな、ウォッチャー。」

「滅相も御座いませぬ。あぁ、最後に、ひとつだけ――。」

 その言葉を伝え終えると、ひとつ深々とお辞儀をし、ウォッチャーは突風と共にその場から消え去ってしまった。

 それは、クロウの姿勢を再び硬直させるだけの衝撃を持っていた。

「この世界に、アルトリア・ペンドラゴン[レイヴン]など云った霊基は存在しておりませぬ(・・・・・・・・・)ぞ。」

 

 その夜、拠点にしているホテルの車寄せ前でセイバーに事情を説明すると、にわかには信じられないと言ったような態度を見せつつも、素直にクロウの説明を受け入れた。

「……シロウに鞘を?」

「あぁ。本当は円卓の騎士の誰かでも来れば万々歳と思って貸してもらったんだけどな。」

「よく彼が貸し出しましたね。」

 セイバーの驚きはもっともだった。クロウ本人ですら本当に貸してもらえるとは思っていなかったのだから。たまたま見学に訪れた時計塔で同じ日本人の青年を見かけ、声をかけたところからクロウと『彼』の交友は始まった。

 聖杯戦争が始まるとなった時、クロウは冗談交じりで『彼』に相談を持ち掛けたのだ。『彼』の持つ聖剣の鞘を一度貸してはくれないかと。『彼』は少し考えてから、それを承諾した。

 

『今の俺にこれはいらないさ。もちろん、不要って意味じゃない。これは俺とセイバーの絆の証なんだからな。でも、この鞘が次の絆の苗木になってくれるって言うのなら……。俺は迷わずこれをアンタに貸すよ。あ、全部終わったらちゃんと返せよ!?』

 

「全部終わったら……か。」

 全部終わったその時、クロウの命が残っている保証はどこにもない。それだというのに『彼』は返しに来いと言った。簡単に人を信じるその甘さと優しさこそが、回り回って彼を勝者たらしめたのかもしれない。

「でも、これは元々セイバーのもんだろ? お前に返すべきなんじゃないのか?」

「いいえ、それには及びませんよ。」

 セイバーはそう言って微笑む。

「私が剣を持ち、彼が鞘を持っている。その事実こそが重要なのです。その繋がりがある限り、私たちの絆はより強固に、不変の物となる。だから、私はこのままで構いません。クロウが全ての終わりの後にシロウに返却するというのであれば、私は何も言いません。」

 確かな信頼。『彼』とセイバーの間に強く結ばれた絆の糸を感じるうち、クロウの心の中にひとりの少女の背中がぼやけて浮かんだ。チョコレートを何より愛し、騎士道精神に則ったうえで背後から殴りかかるような泥臭い戦法を好む血に飢えた黒鴉。

「セイバー……。」

「どうしました、クロウ?」

 その呼称に、セイバーは律義に反応する。この世界のクロウ(じぶん)が見繕ったのであろう青色のパーカーと白色のパンツを身に纏い、パーカーと同色のキャップを被ったセイバーに返事をしたのはしかし、クロウではなかった。

「よぉ! よぉよぉよぉ! そこの日本人! ってここ日本だから日本人たくさんいるか!! つかオレも日本人だったわ!! カッハハァ!!!」

 場違いな濃緑色の軍服を身に纏ったその戦士は、三日月形に吊り上げた口の端から生命が吐くべきでない深紅の息を絶え間なく漏らし、肩に担いだ日本刀で身体をトントンと叩きながらクロウとセイバーを見据えていた。その口から上は目深に被られた軍帽でよく見えない。

「……見るからに日本兵だな……。あれが件のバーサーカーか?」

「ということはかなり近代のサーヴァントでしょうか。クロウ、指示を。」

「コスプレって可能性は……まぁないよなぁ。話し合いができそうな感じもしねぇし。うん、出方次第だ。迎撃態勢で頼むぜ。」

「わかりました。クロウは安全確保のため、下がっていてください。」

 だがクロウがセイバーの忠告通り後ろへ下がろうとした時には既に、軍服のサーヴァントはセイバーの懐まで迫っていた。

 

 戦闘形態へ変身し、クロウを庇うように素早く彼の前へ出たセイバーの瞳に映ったのは、灼熱の炎だった。否、それは爆炎であった。網膜を焦がす勢いで伸びる炎の魔の手から間一髪逃れ黒煙を斬り払ってその先を見れば、地には先程まで軍服のサーヴァントが被っていたであろう軍帽が転げ落ちていた。

 その軍帽を力強く踏みにじり、軍服のサーヴァントは甲高い笑い声をあげながらセイバーを称賛する。

「カッハハハァ!!! お前疾ぇなぁ!! 歯ごたえありそうだなぁ!! お前は『得点』高そうだなぁ!!!」

 その頭蓋の鼻から上部は見るも無惨に焼け焦げてパーツの判別もできないほど黒一色に塗り潰されており、煤黒く焼け落ちた眼窩には、妖魔か悪鬼の如く赫灼爛々と燃え上がる深紅の炎がふたつ、浮かび上がっているだけであった。

「なぁお前! お前の名を教えろよ、女ぁ!!」

 セイバーはクロウの方を一瞥し、彼が頷くのを確認すると、軍服のサーヴァントに自らの真名を明かした。

「……我が名はセイバー、アルトリア・ペンドラゴン。聖剣の担い手だ。」

「そうかぁ!! オレはなぁ――!」

 軍服のサーヴァントが口にした名は、セイバーには到底聞き取ることはできなかった。まるで数千、数万の人間の姓名を同時に発言したかのように混沌としたその真名を言い終えると、またはっきりとした言語で自身のクラスを明言する。

「――バーサーカーさぁ。」

 そして、軍服のサーヴァント――バーサーカーは、ポケットから取り出した手榴弾の安全ピンを勢いよくその牙で引き抜いた。



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その日、少年は運命を違えた -弐

◆バーサーカー
真名:Funasaka
性別:男性
筋力:C+ 耐久:A 敏捷:B+ 幸運:A++ 魔力:E 宝具:D+
スキル:対魔力D、心眼(真)B、戦闘続行A+、狂化EX、玉砕精神A、無窮の武練B、平和の礎A+
宝具:『英霊の絶叫(じゅんこくけっぷう)』
→アンガウルの戦いにおいて戦死していった無数の同胞の無念と怨恨、願いで構成された自らの霊基を最大出力で暴走させ、無数の武器が墓標のように地に突き刺さった荒野のような固有結界を生み出す宝具。この内部ではFunasakaは大抵の要因では決して死せず、無限に供給される武器・弾薬で敵を追い詰める。


 遠景見やる荘厳な富士、日本の某所に存在する白昼の平穏な町で、とても穏やかとは言えない事態が起ころうとしていた。

 

 手榴弾が巻き起こす爆風は容赦なく防御力の薄そうな軍服を着るバーサーカーの皮膚を焦がすが、バーサーカーはそんなこともお構いなく文字通り耳まで裂けた不気味な笑顔を浮かべたまま手にした純黒の刃を持つ日本刀を構えてセイバーめがけて突撃してくる。

「カッハハハハハアアアァァーーーッッ!!!!」

 それとは打って変わって真剣な面持ちのまま手に握る嵐を以てバーサーカーと残像すら視認できる亜音速の剣戟を繰り広げるセイバー。数十合の斬り合いの後、バーサーカーが一切の予備動作無く放ったミドルキックがセイバーの肩口に直撃した。数メートル後退したセイバーへと手榴弾を四つ投擲し、それが爆発すると同時に彼は愉悦混じりの絶叫を上げる。

残影(リコール)開始(オン)――!」

「なッ……!?」

 セイバーにとって聞きなれたそれに近似したその短い詠唱によって、バーサーカーの両の手中に九九式小銃が一挺ずつ出現する。ボルトアクションの小銃をリロードすることもせず、一発撃っては捨て、また一挺召喚して一発撃って捨てる。その繰り返しを延々としかし高速で繰り返し、セイバーを足止めするバーサーカー。

「ガウウウゥゥアアアアァァァッッッ!!!!???」

 直後、悪鬼の咆哮を轟かせ、バーサーカーの身体を起点にその眼窩に燃え上がる炎と同じ深紅の魔力が爆発する。途端にアスファルトは亀甲のようにひび割れて落ち窪み、周囲の建物の窓ガラスは粉々に破砕され、中には外壁すら崩壊する箇所もあった。セイバーはその重圧を得物をひと振るい、毅然とそれに立ち向かって仁王立ちで構える。

「セイバー、あまり民間人を巻き込むなよ!」

「わかっています、クロウ。」

 命の聖杯の真相をレイラから聞いたクロウにはそれが真実か虚構かもわからなかったが、とにかく何の罪のない人間を殺すことだけはあってはならないとセイバーに命令する。しかし、その思考を見透かしたかのように目の前で脱力してゆらゆらと上体を揺らすバーサーカーは異形の笑みをクロウに見せた。

「カッハハァ……! いい心がけじゃねぇか、坊主ぅ……。でもそいつぁ『決闘』の考えだぜ。今起きてんのは『戦争』さァ。再三言われてんじゃねぇの? 無辜の人間が死なねぇ戦争なんざ!! 古今東西どこにだってありゃあしねぇんだよォ!!!! でもそれこそが正しい在り方なのさァ!! カーーーッハハハハ!!!」

「お前その服……大日本帝国陸軍だろ!? こんな奴が俺たちの時代を作ったってのか……?」

「おうともよ、オレたちが戦禍の黒煙からこの蒼空を護ったのさ!」

 そう人差し指を天蓋へと突き立てるバーサーカーの表情は曇りなく輝いていた。しかしその直後、三日月形に裂けた口を真一文字に結び、憎々し気な言葉を吐き捨てる。

「だが――そこに秩序やしきたりなんざありはしなかった!! 護るべき一国のために正気はとうにかなぐり捨て、誉れも誇りも泥水に溶かして飲み干した!! 愛すべき家族のため、崇敬する天皇大帝様の御為、お前たち未来の若者たちの平穏のために、オレたちはオレたちの正義を為した!! オレたちの正義にそぐう愚昧の輩は、虫ケラのごとく一片の容赦も許さず踏みにじった!!! たったひとつの、正否すら曖昧な正義のために多くの同胞が無惨に苦しんで死んでいった!! その結果の日々を生きるお前に、オレたちを否定する権利があるか!!?」

「これもひとつの……正義の形。」

 呟くセイバーを前に、バーサーカーの魔力は燃え上がる灼焔となって膨れ上がっていく。

 狂気と恐怖が支配する戦場にあってたったひとつだけ、自軍の兵士たちを奮い立たせた言葉があるとするならばそう、『正義』であった。正義のために戦い、正義のために死ぬ。醜く上塗りされた誇りはそれを勲とし、自らを正義の兵であると信じることで命を奪うその行為を正当化しようとした。そうせねば、次の瞬間には気が狂ってしまいそうだから。

「その正義は……本当に正義だ(ただしか)ったのか?」

 バーサーカーと相対する戦争の惨状すら目にしたこともない青年は、真っ直ぐな瞳でバーサーカーに問いかける。バーサーカーは自嘲気味にせせら笑った。

「知らねぇよ、そんなもん。」

 セイバーの至近距離から試製一型機関短銃を乱射しながら、バーサーカーは言葉を続ける。

「言ってんだろ。オレたちにとっちゃ正しいか正しくないかなんてさほど問題じゃなかったのさ。補給もねぇ。食料もねぇ。退路もねぇ。そんな状態でもオレたちはまだ『人間』でいたかった。だから口々に、まるで念仏みてぇに唱えていたのさ。」

 セイバーの嵐を日本刀で斬り払い、バーサーカーは叫ぶ。

「正義のために!!」

 九九式小銃を撃っては捨て、撃っては捨て、叫ぶ。

「正義のために!!!」

 一気に十数個の手榴弾のピンを抜き、それらを抱えたままセイバーめがけて突進し、叫ぶ。

「正義のためにッ!!!!」

 手榴弾の爆風と深紅の魔力が放つ圧に圧され、セイバーはクロウが下がっていた場所まで後退してしまう。しかしその硝煙をも振り払い、灰褐色の靄の中を狂猪が如く猛進してくるバーサーカーは、虚無すら感じる真黒の刃をセイバーの首元目掛けて振り抜いた。

「セイギノタメニイイイイィィィッッ!!!!!」

「――令呪を以て我が肉体に命ずる!!」

 間一髪、セイバーとバーサーカーの間にクロウが割って入り。体勢の崩れたセイバーの首筋に迫っていた日本刀を強化されたその右腕で食い止めた。しかし暴走気味の魔力を孕んだ一刀は、クロウの腕に骨に至りかけるほど深く抉り込む。

「クロウ!」

「ぐぅ……っ!」

 苦悶の唸り声をあげながら、バーサーカーの鳩尾を蹴り飛ばし、距離を取らせる。セイバーが至近距離にいることにより、クロウの体内の鞘が腕の傷を癒していくのを確認すると、手刀で傍目に映っていた道路標識を根元から切断し、その支柱を握った手の人差し指でトントンと叩く。魔術刻印のような模様を道路標識全体に奔らせると、クロウはそれを音高く振るい、バーサーカーと正面から対峙した。

「クロウ、あまり死にすぎるとそのうち正気を保てなくなりますよ。」

「心配ありがとうよ、セイバー。でもお前ひとりに任せきりにはできねぇんだ。」

 クロウの脳裏には、いつぞやかのパリ市内でのゾーエ、ライダー組との戦闘が浮かんでいた。あの時、クロウは『セイバー』に向かって「任せっぱなしにする」と言ってしまった。

「聖杯戦争ってのは、マスターがあれこれ指示してサーヴァントがその通りに動く。そういうもんだって思ってた。でも違ったんだ。マスターとサーヴァントは一緒に戦う戦友だ。それを『アイツ』は教えてくれた。未熟で泥臭い、セイバー(きしおう)の面影なんて微塵もない『アイツ』が俺に見せてくれたのは、信頼だった。自分のマスターなら大丈夫だ。自分のサーヴァントならできるはずだ。その絆こそが大切だったんだ。実際、俺が前に出ても『アイツ』は何も言わなかったしな。」

 最後のその一言に、セイバーは無意識のうちに手にした嵐を強く握りしめていた。そんなセイバーを見たクロウは優しく微笑み、その胸当てに自らの左拳を軽く打ち付けた。

「またか、って思ったろ。」

「え――?」

 そして、その背中を今度は力強く平手で叩く。

「安心しな。俺が憧れた魔術使いは、お前をそんな風にないがしろに扱ったりしなかっただろ。」

「……。」

「行くぜ、相棒(セイバー)。一緒に戦ってくれるよな?」

 クロウが突き出した拳に、セイバーも笑顔で応じる。

「――はい!」

 

 そうは言えど、七つのクラスの中でも純粋な攻撃力だけで言えばトップクラスであるバーサーカーに対して、生身ひとつのクロウが善戦などできるはずもなく。セイバーの思慮通り、クロウは何度も死ぬことになった。それでもクロウは下がらない。

「我が身に命ずる!」

 死ぬ度にリセットされるがゆえに何度でも令呪を用いて自らの体躯にサーヴァントとも渡り合えるだけの身体能力と反射神経を付与し、道路標識を大槍のように振り回して死の痛みをものともせず、セイバーと共にバーサーカーを着実に追い詰めていく。

「テメェも充分狂ってやがるなァ、小僧!! お前もなかなか『得点』高そうだぜェ!!」

「その『得点』ってのが何なのかは知らねぇが……退かねぇなら力づくで突破させてもらうぜ!」

「ヘッ……そんじゃァ、せいぜいオレたちの『戦場』から生きて帰って、自伝のひとつでも書いてみるんだなァ!!?」

 そう不敵に笑い、バーサーカーはクロウの心臓に九九式小銃を撃ちこみ、セイバーを蹴り飛ばす。直後、己の左胸を拳で叩くと、バーサーカーは声高に叫んだ。

「我らが生涯に意味など不要ず! 無数の屍は、故国の魂を成していた!! ――『英霊の絶叫(じゅんこくけっぷう)』ウウウウゥゥゥアアアァァーーーッッ!!!!」

 

 墓場が、広がっていた。否、墓標に見えたそれはひとつひとつが地面に突き立てられた小銃や機関銃、狙撃銃、軍刀や打刀、短刀で、果ては折れた戦車の滑腔砲や刺突爆雷までもが地に突き刺さっていた。ただただ広い、地平線の先まで広がるその荒野は、無数の武器で埋め尽くされていた。時折稲光が奔る黒雲に覆われたその荒野の中に、バーサーカーは呆然と立ち尽くしていた。

「……見ろよ。」

 やがてぽつりと、バーサーカーは死から蘇ったクロウに呟くように語り掛ける。

「これが成れの果てだ。全部……全部オレたちだ。」

 手を広げ、黒鉄色の墓標を示して見せながらせせら笑う。その眼窩に、その口端に揺らめく深紅の炎は、哀しみを表すかのように勢いを弱めていた。

「魂の残影。誇りの燃えカス。醜悪であったと後世に蔑まれた正義の、終着点。」

「あなたたちは――。」

 立ち上がろうとするクロウに肩を貸していたセイバーが、異形の正義に向かって口を開くが、その口はすぐに閉ざされてしまった。

「――いや。戦場に希望なんてない、か。」

「よくわかってんじゃねェの、女。オレたちは希望なんぞのために戦ってはいなかったさ。目の前にいる青目の連中をひとりでも多く地獄に堕とす。ただ、それだけ(せいぎ)のために……。」

 突如、バーサーカーの隣に突き刺さっていた小銃がひとりでに地から抜き取られ、宙に浮いた。その銃口がクロウへと向けられた瞬間、セイバーが即座に動いて銃弾を斬り捨てる。

「けどなァ、小僧。」

 その英霊の霊基(うつわ)となった男は、自著を以て後世へ伝えた。

「『純情一途な農村出身者の多い我がアンガウル守備隊の如きは、真に祖国に殉ずるその気持ちに嘘は無かった』。『彼らは、青春の花を開かせることなく穢れのない心と体を祖国に捧げ』。」

 お前たちは、こうなるなと。

「こう『願いながら逝ったのである』。」

 狂戦士のクラスを与えられてもなお理性を持って会話ができるほど高潔かつ強靭な精神を持ったその兵士は、千と二百の同胞の願いを胸に今再びの命に与えられた使命を完遂せんと、銃を握る。

「――『われわれのこの死を平和の礎として、日本よ家族よ、幸せであってくれ』ぇっ――!」

 二万と数千の絶望を前に散華した桜の花々の遺志は深紅の焔を闘志と共に燃え上がらせ、眼前の敵目掛けて疾駆する。

「カハハハハッ!! 行くぜ小僧、オレに、オレたちにクール・ジャパンの生き様を見せてくれよォ!!!」



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その日、少年は運命を違えた -参

◆セイバー
真名:アルトリア・ペンドラゴン
性別:女性
筋力:B 耐久:B 敏捷:B 魔力:A 幸運:A+ 宝具A++
スキル:対魔力A、直感A、騎乗B、魔力放出A、カリスマB
宝具:『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』
→人々の願いと希望の想念を元に地球が生み出した神造兵器。最強にして最後の幻想。放たれる一撃は究極の斬撃。世界を救う戦いにおいてその真価を発揮する。


 すべての運命がゼロから生まれ変わった世界の片隅で、ひとりの医学者が憎しみに吼えていた。

「私が望んだ世界は……こんなはずじゃあなかった!! 死そのものも、死への恐怖も、それに起因する人類の醜さも!! すべてが綺麗サッパリ消え失せて無くなる極楽浄土をこそ私は願っていたというのに!! 彼の特異性が死の概念の証明になってしまった!! 彼が呪われた血を持ったまま『こちら側の世界』に来てしまったがために、『こちら側の世界』でも私の悲願は終ぞ叶わなくなってしまった!!!」

 その傍らで首のもげたぬいぐるみを抱く金髪の童女は蔑むかのように鼻で笑い、医学者に励ましの言葉をかける。

「ならば再度世界をやり直せば良いだろう。何度でもやり直せば良い。貴様は一度の失敗や挫折で野望を折るほど執念の浅い人間ではないだろう?」

 その言葉に、医学者も不気味にニヤリと笑って見せた。

「えぇ――えぇ、勿論ですとも、キャスター。何度だって輪廻を巡らせましょう! 私はロバート・コーニッシュ。神の力を手に入れる者ですからねェ!! ふふ、ふふふふ、アーーーッハハハハッ!!!」

 高らかなコーニッシュの哄笑は、狂気も正気も一緒くたに飲み込まんと広がる夜空に吸い込まれていった。

 

 バーサーカーの宝具、『英霊の絶叫(じゅんこくけっぷう)』の結界内部で、クロウは再びセイバーと共にバーサーカーに立ち向かっていた。次々とひとりでに地面から抜かれ、クロウとセイバーめがけて絶え間なく銃弾の暴風を叩き付ける無数の銃器の攻撃にも怯まず、その一撃一撃を無駄のない動きで斬り捨てていくセイバーの背後で、クロウはバーサーカーに向けて発砲音に負けじと声を張り上げる。

「バーサーカー! お前はどうして今も戦い続けるんだ! 何を聖杯に望むんだ!? お前は戦争が嫌いじゃないのか!」

「嫌いだよ小僧!!」

 仁王立ちのまま微動だにもせず、バーサーカーは笑って答えた。

「けどオレは銃を持って戦場の土を踏んじまったのさ!! その時点で好きも嫌いもねぇ。あるのは護るべき正義と、倒すべき仇だけ!! 全部が終わって、自分の身に残る肩書も『大戦争の凱旋者』、『殉国の英雄たちの生き証人』、『地獄からの生還者』!!」

 いつのまにか足下に落ちていた軍帽を緩慢に拾い上げ、瞼も燃え尽きた頭蓋骨にしっかりと被せるバーサーカー。

「もう――刻まれちまってるんだよ。人の記憶には、百年消えねぇ傷痕がよォ!!! その痕跡が完全に潰えねぇ限りは、この霊基に蓄積された千二百の慙愧と切願は何度だって『戦争』のために魔力を廻し続ける!!」

「……今は、己が護らんとするものの主張こそが正義であると?」

 セイバーの質問には愚問であると吐き捨てる。

「オレたちゃそうやって死んだんだ。何も変わらねェよ。」

「……傷つく人を、見たくない。」

 目を閉じ、かつて共に聖杯を追い求めた少年の志を口にするセイバーの声に応じ、クロウも手元に刺さっていた銃剣を引き抜いた。

「できるものならば、苦しむ人々総てを救えないものか。」

「カハッ!! そいつァ無理だ。んな馬鹿げた大義は、魂を摩耗させるだけだぜ。」

「自分より他人のことが大事だなんてことは、偽善だとわかっている。それでも。」

 バーサーカーはそこでようやく、その言葉がセイバーの心の奥から漏れる物ではなく、セイバーの心を通してどこかから聞こえてくる誰かの声であると気付いた。

「それでも、そう生きられたのなら。どんなに良いかと憧れた。……貴方は負けた。『愚かだ』と引き返してしまった!」

 刹那。セイバーが前に飛び出すのと同時に、バーサーカーの傍らに刺さっていた滑腔砲の砲口が宙を舞い、セイバーの顔面にその口腔を向けた。

「貴方は自らを捻じ伏せてでも己の正義を信じることはせず、自らを縛る鎖に正義を見出して引き金を引いた! 戦いが終わり、引き返す道などとうに失くなった現状……。貴方は、貴方自身を『間違えてなどいなかった』と、胸を張って笑えるか?」

「カハハハッ!! おもしれぇ、そいつぁどこの誰のセリフだ?」

 直後、セイバーが突っ込んでくる方向へ向けて砲撃が放たれる。炸裂した硝煙を斬り払って滑るようにバーサーカーの懐へと飛び込んだセイバーが真一文字に振るった幻想の嵐が、確実にバーサーカーの頸を捉えた。

 しかし、稚児が蹴り飛ばした小石のように放物線を描いて離れた場所に頭部がごとりと零れ落ちても、バーサーカーの四肢は動き続けていた。その一瞬の不意を突き、セイバーの肩口に日本刀が突き刺さる。

「ぐぁっ!」

「おいおい女ァ、曲がりなりにもこいつァオレの宝具の中だぜ? そう簡単にオレが死ぬかよ。」

 遠く離れた場所に転がる首がニィッと笑い、そう口にする。

「なら、銃も握れねぇくらいにバラバラにしてやりゃいいんだな!?」

 いつの間にかバーサーカーの背後に回っていたクロウが、そう吐き捨てながら補強した銃剣を薙ぎ払ってバーサーカーの両脚を膝から斬り落とす。

 が、しかし。

「なッ――!?」

「言ってんだろォが小僧! オレぁそう簡単に死なねェよ!!」

 斬り捨てられた両脚が持ち主の身から遠く離れた場所に転がるのと同時に、膝から深紅の炎が噴き出し、獣の脚のような形を模って固着すると、そのまま体勢を低くしていたクロウの鼻頭を蹴り飛ばした。

「そう簡単に死ななかったからこそ! オレはオレたちの姿を後世に記し残すことができたんだ!! オレの宝具は、オレたちの正義と願いの具現!! 過去に囚われた怨霊たちの、未来へ繋ぐ『可能性』だッ!!!」

 バーサーカーのその言葉と共に、セイバーとクロウを襲う弾幕の激しさが増大する。攻撃される方向もバーサーカーが立っていた場所からではなく、辺り一面から囲い込まれるように斉射が始まった。

「ぐっ、うぁ――ッ!」

 未来予知にも近い直感スキルを持つサーヴァントであるセイバーならばともかく、生身の人間であるクロウにはその集中砲火は耐え難く、一発につき一度死を迎えるほどに蜂の巣にされ続けた。

「クロウ!」

 駆け寄ろうとするセイバーを制止し、クロウは自らの令呪を用いて肉体と命の耐久度を限界まで高め、その炎の暴風雨を耐え抜く。

「苦しむ人々総てを救いてェってのは、いずれその大馬鹿野郎の魂を喰らい尽くす無謀な願いだぜ。だが……そうだな。悪くねェ!! カッハハ、オレだってそう言って死にたかったぜェ!!!」

 先程帽子を拾い上げた時と同じように自らの頭部を持ち上げ、首の切断面に乱暴につなげると、接合部から炎が広がり、首と胴体は完全に元通りになる。その表情に悲壮感はなく、とても晴れ晴れとしていた。

「オレはなァ、小僧!! ――嬉しいんだよ。」

 そうバーサーカーは口にするが、その攻撃は留まることを知らなかった。バーサーカーは言葉を続ける。

「今まで何人も何人も日本人のマスター共と戦ってきたが……どいつもこいつも、自分の事しか考えてなかった。お前もそうなのか? 小僧。お前も『根源』とやらだとか、『一族の悲願』だとかのために戦ってんのか? 違うだろォ。お前の目はそんな目じゃねェ。」

 その問いかけに、クロウはバーサーカーのように唇を三日月形に歪め、おもむろに立ち上がった。それを見たセイバーも魔力を爆発的に放出することで銃弾や砲撃はおろか、銃や滑腔砲までも破壊して無力化する。

「――そりゃお前の見当違いさ、バーサーカー。俺だって一族の悲願のために戦ってた。そう……こっち(・・・)に来るまでは!!」

 そう叫んでクロウは羽織っていたパーカーの裏側に設けられたポケットの補強魔術を解除し、その中からある物を取り出して頭上高く掲げて見せた。それは、かつてクロウがまだ幼かった頃。見ず知らずの金髪碧眼の女性に譲り受けた物だった。聖剣の鞘と同時にそれが触媒となったからこそ、クロウは『彼女』に再び出会うことができた。

「俺は世界を元に戻さなきゃならねぇ……! 礼のひとつも言ってねぇってのに、永久にアイツとお別れなんて、そんなの納得できるわけねぇだろうが!! 俺が戦うのは、この世界を変えるためだ!!」

 赤黒いリボンを握り締め、クロウはそう高々と宣言してみせた。

「そうだぜ、そうだろうよォ!!! カッハハハァ!! オレの見立ては間違ってなかったなァ!!? 嗚呼、嗚呼!! それでいい、それがいい!! それでこそ、ここまであのクソマスターに従ってきた意味があったってモンだぜェ!!!!」

 身体中穴だらけ、血塗れで一歩踏み出すにも激痛が奔る肉体で、クロウは前へと駆け出す。手にした銃剣を再度補強し、バーサーカーが乱射してくる銃弾にも挫けず、その心臓めがけて猛進する。

「オレぁなァ!! 未来を生きようとするヤツが見たかった! オレたちが命懸けで作り上げた日の本の土を踏んで、必死で明日を生きて、必死で世界に立ち向かおうとするヤツと戦いたかった!! 今、オレの……オレたちの願いは成就された! ク……カハッ、カァッハハハハアァ!!?」

 クロウがバーサーカーの左胸に銃剣を突き刺すと、顔にぽたりと水滴が落ちてきた。見れば、バーサーカーの焔が宿る虚無で満たされた眼窩からは、人肌程度に温もりを持った涙がこぼれ落ちていた。

「嗚呼、もう――それでいい。この世界は、この国は――! オレたちの願うままに平和になってくれた……! それで……いい! オレたちの正義が、オレたちの意志で否定された!」

 バーサーカーが流す大粒の涙は、荒れ果てた丘の赤土に滲み込んでいき、その場所から深紅色の花弁を持ったカンナの花が次々に乱れ咲き始めた。

「行け小僧、オレたちの屍を踏み越えて、未来をその手で掴み取れ!!」

「――セイバアアァッ!!!」

「ええ、わかっています!」

 次の瞬間、セイバーの両手から嵐が消え去る。そこに煌めく聖剣が輝きを増し、突き伸びていく光の刃が荒野を覆い隠していた黒雲を貫くと、蒼穹が顔を覗かせた。晴れていく天蓋から漏れる陽光が荒れ野を照らすと、日の光を浴びた小銃や刀が次々と色とりどりの花々へと姿を変えていき、その土壌も若葉のように鮮やかに色づいていく。

 そして、結界全体が晴れ渡る花畑へと完全に姿を変えるのと同時に、セイバーはその真名を高らかに叫び、手に取る幻想をバーサーカーとクロウ目掛けて振り下ろした。

「『約束された(エクス)――勝利の剣(カリバー)』アアアアァァァーーーッ!!!」

 

 縮小して崩壊していく結界の中で、再びクロウは目を覚ます。目の前には一個の手榴弾が転がり落ちていた。だがその手榴弾にはピンが存在せず、不発のままに終わっている。それを手に取ると、クロウの頭の中にバーサーカーの声が響いた。

『そいつァオレたちからの選別さ、小僧。いざって時に使えや。真名も触った時にわかっただろ? あぁ、最後に――。』

 ふと気が付くと、周囲には野次馬の波ができており、どこからかサイレンの音も近付きつつあった。

「セイバー、行こう!」

「はい、クロウ。」

 遠くにそびえる富士山に向かって、クロウとセイバーは走り出す。

『ありがとな、小僧。』

 道中、しきりにクロウはバーサーカーの満足そうな優しい声を思い返しているのだった。



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刻告げる白亜の塔にて -壱

◆???
真名:???
性別:女性
筋力:C+ 耐久:D+ 敏捷:B 幸運:D 魔力:B 宝具:A+
スキル:対魔力D、心眼(真)C+、騎乗A+、陣地作成A+など
宝具:『???』


 イギリスはロンドン、テムズ川の畔に聳え立つ時計塔の下で、黒髪を束ねたアジア顔の少女がぼんやりとウェストミンスターブリッジを行き交う人々を眺めていた。

「遠坂。」

 そこへ、またひとりの青年が歩み寄ってくる。こちらもアジア顔で、つんつんと逆立った赤毛を風に揺らしながら笑顔で手を振るその青年は、少女の元までやってくると皮肉を口にした。

「どうしたんだ、柄にもなくぼんやりして。」

「あら、落ち着きのないヒステリックさんで悪かったわね?」

「何もそんなこと言ってないじゃないか……。」

 少女は青年が手に持っていた缶コーヒーをひったくると、それを勢いよく呷り、すべて飲み干してしまった。不満げな顔で唇を尖らせる青年に、少女は真面目な顔で心中を語る。

「玖郎くん。今日来るんでしょ? ――少し嫌な予感がするのよ。」

「なんでさ。玖郎は良い奴だと思うぞ?」

「彼の人格について言ってるんじゃないわよ。そうね……。彼と一緒に良くないモノが舞い込んできそうな、そんな予感よ。」

「そうかぁ?」

「あんたね……セイバーに久しぶりに会えるからって、浮かれてるんじゃないわよ? 一応あの子は今聖杯戦争に参加するれっきとしたマスターなんだから。そんな彼が『助力を乞いたい』だなんて、ただ事じゃないに決まってるでしょ。」

 そんなことを言い合う二人の頭上を巨大な鉄鋼の塊がゆっくりと飛来していくのを認識できたのは、今その場にいた人間の中にも一握りしかいなかっただろう。もちろん、当該二人も気付くことすらなかった。

 

 クロウとセイバーはその日、時計塔内にて現代魔術科に属する教室のひとつである『エルメロイ教室』にてひとりの魔術師とひとりの魔術使いに面会していた。

 はじまりの御三家が一家、遠坂の現当主、『遠坂凛』及びその弟子の『衛宮士郎』。日本は冬木の地で数年前に終結した第五次聖杯戦争において勝利を収めた二人の元マスターの前で、クロウはがちがちに緊張しきっていた。

「そんなに固まらなくていいわよ玖郎くん。久しぶりね。セイバーも久しぶり。」

「ええ、お久しぶりです、リン、シロウ。」

 いつになく柔和な表情を浮かべるセイバーは机の上に腰かける凛と握手を交わし、隣に座る士郎にはひとつお辞儀をして挨拶をする。

「セイバー、玖郎に迷惑かけてないだろうな。」

「さぁ、どうでしょうか。」

「まぁセイバーが人に迷惑をかけるなんてことはしないか……。」

「はい、ご存知の通りです。シロウこそ、リンの手を焼かせているのではありませんか?」

「ほんっと! 聞いてよセイバー、こいつったらね――!」

「遠坂! 今は玖郎の話を聞くんだろ!」

 士郎の諫言で背筋を直立させたまま不動を貫く目の前のクロウのことを思い出すと、凛はひとつ咳払いをして姿勢を直す。

「それで? 玖郎くん、今回は改まってどうしたの?」

「それが……ですね。」

 クロウはそこで言葉を濁らせる。今から彼が発する質問は、聞く人が聞けばクロウを狂人と断定してもおかしくないような内容だからだ。しかしクロウは短く息を吐き、隣で微笑みながら頷くセイバーの顔を見、二人を信じて問いかけた。

「――この世界が、本当は別の姿を持った時空が何者かの手によって歪まされてしまった末に変貌した『あってはならない世界』だと言ったら……信じますか?」

「信じないわよ。」

 しかし、即座に凛によってそれは一蹴されてしまう。

「信じられるわけないじゃない。そりゃあ、もちろん剪定事象だとか別の時空と世界だとか、そういうことが魔術的に観測されていることは事実だし認めるわ。でも実際に『今お前がいる世界は偽りで、本当は正しい世界がどこかにある』だなんて唐突に言われて、あなたは受け入れられる?」

「それは……。」

 俯くクロウに、凛はでも、と言葉を続ける。

「私も衛宮くんも認めた魔術使いに育ったあなたが、わざわざもう一度私たちのところまで助けを求めに来たんだもの。頭から拒む理由はないわ。続けて頂戴。」

「リンさん……!」

「感謝します、リン。」

 少し頬を赤らめ、さっさとしろと言わんばかりに手を振る凛に、クロウは改めて姿勢を正し、話を続けた。

「俺は確かに餓叢玖郎です。けど、お二人が知っている餓叢玖郎とは少し違う人間でもあります。」

「どういうことだ?」

 クロウは一度瞼を閉じ、話すべきことを整理して再度口を開く。

「この世界は、何者かの手によって生まれ変わってしまった歪んだ世界です。」

「随分と主観的に言い切ってくれるわね。あまり良い気分しないわ。」

「……ごめんなさい。でも、確かに俺は世界蘇生……そうウォッチャーが称した瞬間に立ち会い、そしてある一騎のサーヴァントによって未来を託されてここにいるんです。」

 漠然としたその説明に、凛は肘を机につき額を指でトントンと叩きながら視線を伏せる。それからまたクロウの目を見て腕組みをすると、冷たく吐き捨てる。

「いい? 玖郎くん。この世界にだって、始まりがあって今がある。誰が否定していい物でもないし、何が間違っているわけでもないの。その世界にあって仮に本当に『歪む前』を知っていて、そしてこの世界を『歪んでいる』と断じてそれを正そうと行動しているのなら、あなたはこの世界の誰にとっても『悪』であり『敵』なのよ。」

 凛の言葉に、クロウは唇を真一文字に結び、膝の上の拳をぎゅっと握り締める。

「……それでも。」

「そう。いいわ、合格よ。そういうことなら、私もあなたの言葉を信じることにしましょう。」

 真っ直ぐに自身を見つめるクロウに対しそう言って優しく微笑むと、凛は続けてクロウに問う。

「それで? 何か具体的な世界を直す方法は見つかっているの?」

「それが皆目見当もつかないので、リンさんとシロウさんに何かアドバイスを頂けたらなと思いまして。」

「張本人の玖郎がわかってないのに俺たちから言えることなんてそうあるわけがないだろ……。」

「……玖郎くん、今の命の聖杯戦争の情勢はわかってる?」

「いえ、現状聖杯戦争が始まってどれぐらい経つのか、そして何組のマスターとサーヴァントが生存しているのかも把握できていません。」

「そういうことなら私たちよりも適任の子がいるわ。少し待っていてちょうだい。」

 そう言い残して席を立つと、凛は士郎とセイバー、クロウをその場に残して階段教室から出て行ってしまった。

 

 それからしばらくの後、士郎と談笑するセイバーを横目に外界の夕焼けを眺めていたクロウの元に、凛が再び教室に入ってきた。その背後にはひとりの宝石のようにキラキラと輝く金髪を持った少女が随伴しており、さらにその少女の隣にも黒髪に黒いパーカーを着た少女と同じくらいの身長の青年が立っていた。

 クロウにはその少女に見覚えがあった。歪む前の世界のパリの街でクロウと『セイバー』に襲い掛かってきたライダーのマスター、すなわち。

「ゾーエ!?」

「うわっ! えっ、私を知ってるの?」

「あっ、その……すまん。」

 その様子を見た凛は「ふーん」と澄ましながら、ゾーエにクロウを紹介する。

「クロウって言うの? 私はゾーエ・モクレール、セイバーのマスターだよ! ほらセイバー、挨拶して?」

「……サーヴァント、セイバー。真名を『ダルタニャン』。よろしく頼む。」

 それを受けて、クロウとセイバーもその場で立ち上がって自己紹介をした。

「クロウ・ウエムラだ。こっちは相棒のセイバー。」

「セイバー、『アルトリア・ペンドラゴン』。以後お見知りおきを、勇猛の銃士。」

「よしてくれ……私に勇猛などという形容詞は相応しくない。」

 長い前髪の中で虚ろな火を宿す瞳を閉じ、ダルタニャンは首を振ってセイバーが呼んだ二つ名を否定する。

「サーヴァントを召喚したはいいものの、シャルルに戦う意欲がまったく無くってさ。聖杯戦争にはほとんど参加してないんだ。」

 ダルタニャンのことを『シャルル』と呼び、そう困ったように笑うゾーエはクロウの座っていた席まで歩み寄る。そしてクロウの正面の席に腰かけ、クロウを見上げながらクロウが知りたかったことについて語りだした。

「リンさんから話は聞いたよ。ワケあって聖杯戦争に関する記憶だけがないんだよね。今は命の聖杯戦争が始まってもう一年が経とうとしているところ。生き残っているサーヴァントも数は減ってきてると言われているよ。でも多分まだ四十騎以上は残ってるんじゃないかな……。」

「……ゾーエ、勢力関係についてを。」

 ダルタニャンの助言を受け、ゾーエは思い出したように手を打ち、それについても笑顔で解説をする。

「そうそう! 今一番強力なのはアインツベルンが率いるチームでね、何組ものマスターとサーヴァントが同盟関係を築いて他の陣営を潰そうとしてるんだけど、これに対抗するために『リグセンルール』って一族がチームを結成してね、アインツベルンとリグセンルールで大激突してるんだ!」

「……ゾーエ、『グランツ・レルヒェ』を。」

「あっはは……度々ごめんね、ありがとうシャルル!」

 ダルタニャンに感謝の言葉をかけると、ゾーエはその『グランツ・レルヒェ』についても話す。

 

 夜も更け、宿泊しているホテルに戻る道すがら。クロウは突如鋭い忠告の声を上げたセイバーに手で進路を遮られ、立ち止まった。

「クロウ! ……誰かいます。」

 確かに、クロウとセイバーから少し離れた路上にふたつの人影があった。その人影が街灯の下まで近付いてくると、その全貌が顕わになる。

 ひとりはドイツ風の軍服と軍帽を被った長身の女性。もうひとりはオレンジ色のショートカットヘアを持った小柄な少女だった。その姿を見たクロウの脳裏に、先程のゾーエの説明が浮かんだ。

『……正直、「グランツ・レルヒェ」についてわかっていることはほとんどないんだ。"Z"(ツェー)を名乗るドイツの軍人みたいなサーヴァントと、そのマスターのオレンジ色の髪のちっちゃな女の子が関わってるってこと以外ほとんど情報がなくってさ。目的も全容もわかってないの。噂によると、「世界を変えようとしている」とかなんとか……。まぁ、信憑性は薄いんだけどね。』

 警戒に硬直するクロウに対し、ドイツ軍服を着た女性が声をかける。

「問おう! 君がクロウ・ウエムラかな?」

「……確かにそうだが、何だ?」

「フフ……では君を試すこととしよう。我々とて矮弱なる者を最高戦力として迎えるのには些か抵抗を覚えるものでな。」

「何を……。」

 女性が軍靴をアスファルトに叩き付けて澄んだ音を響かせると、クロウとセイバーの頭上で重く低い駆動音が轟いた。鯨の鳴き声のようなそれの正体を見上げれば、遥か上空に巨大な鉄の船舶が浮かんでいるのが見えた。

「――行くぞ、『特異点(クロウ)』君! 死せる世界の生き様を証明して見せよ!!」

 直後、鉄の船舶の船底で蒼色の光が閃いた。



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刻告げる白亜の塔にて -弐

◆雲雀のアーチャー
真名:ハンス・???・???
性別:男性
筋力:C+ 耐久:C 敏捷:B+ 幸運:B 魔力:E 宝具:C
スキル:対魔力E、単独行動A、心眼(真)B+、騎乗A、戦闘続行Dなど
宝具:『???』


 蒼い光の正体は、魔力を用いたレーザー砲であった。アスファルトを赫奕と融かし焦がす光線を躱し続けるのにも限界があるのか、幾条かのレーザーがセイバーの四肢をかすめていく。

 それを離れて見ていたクロウは、令呪を使うべきと判断した。

「セイバー、分が悪い! 一時的に速さを上げるぞ!」

「はい!」

「令呪を以て命ずる! その剛脚で光を置き去りにせよ!」

 クロウの右手甲に刻まれた鴉の左の翼が輝きを失うと同時に、セイバーが光速を超えた加速を見せる。無論、音が出るよりも先に軍服の女性にセイバーの荒れ狂う暴風で包まれた刃が抉り込むはずだった。しかしその結果は生まれなかった。

「ごほっ――!?」

 セイバーは次の瞬間、クロウの足元まで吹き飛ばされ、地に叩き付けられていた。状況把握に時間がかかったクロウがようやく理解したのは、軍服の女性の隣に立っていた小柄なジャージにショートパンツ姿の少女が、ハイキックの残心をぴりぴりと感じさせる体勢で片足立ちのまま軍服の女性を庇うように立っているという視覚情報だけだった。

「光速で動くセイバーを蹴ったのか……!?」

「まっすぐ向かってくる物ほど蹴りやすいものはないぜ。それが光より疾いんなら、自分の限界以上の速度で脚を振り抜けばいいだけさ。」

 そう言ってその小柄な少女は挑発的な微笑を浮かべてジャージのポケットに無造作に両手を突っ込む。

「よくわかっているではないかマスター、その通り。光速で突っ込んでくるということは自らで制動しない限り何かに衝突した際の衝撃はとてつもなく大きい。安直だぞ『特異点(クロウ)』君?」

「俺のことを知っているのか、お前ら。」

「知っているとも。」

 軍服の女性は腕を組み、仁王立ちでにかっと笑う。

「クロウ・ウエムラ。セイバーのマスター。前回の冬木の聖杯戦争の勝者より手ほどきを受けた強化魔術の使い手。呪われし餓叢家の末裔。死せども死せども死ぬことを許されぬ哀れな狂戦士。そして――。」

 その直後に軍服の女性によって紡がれた言葉は、天涯孤独のはずだったクロウに驚愕と一縷の望みをもたらした。

「――歪み無き世界より来たれり世界への叛逆者。」

「なっ……お前、どうしてそれを!」

「理由が知りたくば我らを撃退せしめよ!」

 その号令と同時に、再び頭上の船舶の底から蒼色のレーザー砲が幾条も照射される。

 

 その一言が無ければ、クロウもセイバーも塵ひとつ残さずに燃え尽きていただろう。

「『熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)』!!」

 その真名が放たれるや否や、クロウとセイバーの頭上を覆うように五枚の花弁が笑うように開花する。レーザーは三枚目までの花弁を破砕するが、四枚目で食い止められてしまう。

 その宝具を使用したのは、誰あろう士郎であった。広げた掌の先から展開される城壁と同等の防御力を誇る結界から伝わる衝撃を必死の形相で抑え込んでいる。

「シロウさん!?」

「行け、玖郎! 今ならあいつらの懐はガラ空きだ!」

「――はい! ありがとうございます!」

「感謝します、シロウ!」

 クロウとセイバーは同時に走り出す。未だに令呪の効力が残っているセイバーはしかし先程とは違い、蛇行しながら突進する。クロウは令呪で身体能力をブーストし、道中に立っていた交通標識を手刀で斬り払って材質を強化させ、セイバーとは打って変わって真っ直ぐ猛進した。

「想定外だぞ、"Z"(ツェー)!?」

「そう慌てるなマスター。そら、来るぞ。」

 薙刀のように交通標識を振るうクロウと少女が激突するのと同時に、セイバーの剣も軍服の女性に襲い掛かる。しかしセイバーの斬撃は女性の寸前で魔力の障壁に阻まれてしまい、バチバチと火花を散らす。

「まだ及第点にも至らないな。師の助けがなくては距離を詰めることさえできんとは――。」

「助けが、何だって?」

 だが、油断する軍服の女性の首筋にはいつの間にか、交通標識の看板部分がぴたりと当てられていた。背後にクロウが立っている事に気が付いた女性が咄嗟に自らのマスターの方を見ると、そこには臀部を突き上げた状態で頭部をアスファルトにめり込ませている少女がいた。

「しまった……そうかクロウ君は令呪で単純な体術を大幅に強化することができるのだったな……。盲点だった。」

「さてはお前見かけによらずポンコツだな?」

「ポっ……!」

 クロウのその感想に愕然とする軍服の女性。そのせいなのか、士郎が防いでいたレーザーも途絶え、士郎はその場で魔力の枯渇によって膝をついてしまった。

「……はっ。ン、ゴッホン! ご、合格だクロウ・ウエムラ! 君にはなかなか見込めるだけの実力があるらしい!」

「クロウ、斬っても良いですか。」

「やめとけ。多分コイツ見た目ほど強くない。弱い奴を叩くのは騎士道に反するだろ。」

「それもまた然り、ですね。」

 クロウとセイバーのやり取りを聞いていた軍服の女性はわなわなと肩を震わせ、真っ赤に上気した顔を上げると、勢い任せに指をバチンと鳴らした。

 直後、頭上の船舶からクレーンアームが急速降下し、クロウとセイバー、ついでに小柄な少女の胴体をがっしりと掴んで船舶の内部へと連れ込んでしまった。

 軍服の女性はその場で踵を返し、船底から伸びてきたワイヤーに取り付けられたグリップを握ると、ふと思い出したように背後を振り向き、その場でしゃがみこむ士郎に向かって苛立ちまみれの言葉を投げかけ、船舶へと上昇していく。

「あ! シロウ・エミヤ! 貴様にはクロウ君に代わってお礼を言っておこう! 我々としても少々やりすぎた感はあったし……。と、とにかく! 愛弟子の行く末を温かく見守ることだな!」

 肩で息をする士郎は、夜闇の中から歩み寄ってきた凛に手を貸してもらって起き上がると、ぽつりとつぶやいた。

「アイツ、絶対悪い奴じゃないな……。」

「良いの? 衛宮くん。何か玖郎くんに言いたい事でもあったんじゃないの?」

 しばらく間を置いて、士郎はその凛の問いに答える。

「構わないさ。あいつはもう立派にマスターとして、セイバーの相棒としてやっていけてるよ。俺たちが必要以上にそこに口を挟むのも野暮ってもんだろ。」

「それもそうね。あとはあの若鴉が大空を自由に飛んでいくのを見守るだけ、か。」

 

 クロウが目を覚ますと、そこは高級マンションの一室のように広々とした個室だった。両手を使って身体を持ち上げると、ダイニングテーブルに着席したパーカー姿のセイバーが、山盛りのカルボナーラを口に運んでいた。

「気が付きましたか、クロウ。」

「お前らしくもないな、敵陣で出された食事に手を付けるなんて……。」

「先程あの小柄な魔術師が運んできてくれました。その際に毒見をするのを目視したので、危険性はないと判断したまでです。」

 その報告を受け、クロウもテーブルの上に置かれていたバスケットに詰め込まれた焼き立てのパンをひとつ掴んで無造作に頬張った。

「セイバー、この部屋から外に出たか?」

「いいえ、クロウが起きるまで待機していました。」

 クロウはそれを聞き、パンを齧りながら部屋に設けられた自動ドアの前に立ち、手元に設置されていたスイッチに触れる。空気が抜ける音と共に自動ドアがスライドして開くと、そこには巨大な空間が広がっていた。ドアはその空間の高所に取り付けられた足場にあり、吹き抜けを挟んで向かい側の壁にも同じように足場とドアがいくつか並んでいた。

 その光景を回らない頭でぼんやりと眺めていると、すぐ隣から声が聞こえた。

「おう、目ェ覚めたかい、兄ちゃん。」

 その声がした方を見ると、そこには地上で遭遇した女性と同じようにドイツ軍服を着こんだ鳶色の髪の青年が壁にもたれかかるようにして立っていた。

"Z"(ツェー)の姐御とジャックがお待ちだぜ。下まで来な。」

「お前は……?」

「俺? 俺の名は……そうさなぁ、『ハンス』。そう呼んでくれよ。アーチャーのサーヴァントだ。」

 そう言い残し、ハンスはすぐ傍にあった足場と同じ鉄骨製の階段を使って下の階へ降りて行った。クロウは首を傾げながら室内でいつの間にかカルボナーラを完食していたセイバーを呼び、共にハンスが去っていった方へと降りていく。

 ハンスの背中を追いかけて歩いていくと、やがて巨大空間の先端へとたどり着く。そこは前面が丸ごとガラスで覆われ、無数の計器や機材が配備された艦橋のような場所になっていた。

「む、ようやくお目覚めかねクロウ君。まったく暢気なものだ。」

「姐さんの催眠ガスが強力すぎるんだよ。」

 そこには軍服の女性と小柄なオレンジ髪の少女、そしてハンスともうひとりドイツ軍服を着るくすんだ金髪の青年が立っていた。

「ゴホン。ではクロウ君、及びセイバー君。歓迎しよう! ようこそ我らが航空要塞――『ノイエ・グラーフZ』へ!!」

 そう言って大きく腕を広げる女性の脇の下を通って、小柄な少女が前へ出てくる。そしてクロウに握手を求めながら謝罪の言葉と共に名を名乗った。

「無理矢理な方法で連れ込んじまってごめんな。おれは『ジャクリーン・リッジウェイ』。この"Z"(ツェー)のマスターさ。ジャックって呼んでくれよ。よろしく!」

「お、おう。俺はご存知の通りクロウ・ウエムラ……セイバーのマスターだ。」

 クロウもやや困惑しながらも握手を返す。

「あぁ、知ってるぜ。」

 にかっと笑う低身長の少女――ジャクリーンは、続いて自らのサーヴァントにも自己紹介をするよう命令する。

「フフフ……改めてお見知り置き願おう! 私は通称『"Z"(ツェー)』! ライダーのサーヴァントだ! 真名を言ってやっても構わんのだが、私自身この通り名を好んでいるのだ。すまないな。」

 続いてハンスの隣に立っていた金髪のドイツ軍服の青年も簡単に名前と自らのクラスを述べた。

「僕はサーヴァント、ライダー。『エーリッヒ』とでも呼んでおくれよ。」

「お前たちは……一体何者なんだ? 『グランツ・レルヒェ』って奴なのか?」

 クロウの質問に、"Z"は満足そうに満面の笑顔を浮かべてそれを肯定した。

「いかにも!! 我らこそ、『輝ける雲雀(グランツ・レルヒェ)』! 世界再編のために行動する英霊小隊だ!」

「世界……再編。」

「知っているぞ、クロウ君。君が元いた世界が、何者かの悪意によって歪められ、結果としてこの世界が生まれたことを。我らが『グランツ・レルヒェ』に所属するキャスターの予言でそれを聞いた際は少々驚いたが、あのキャスターの予言に外れはない。そのキャスターから特異点、重要人物と聞き及んだのが、君という訳だったのだ。」

 それを補足するように、ジャクリーンが口を挟む。

「おれたちは世界をあるべき姿に戻したいんだ。たとえそれでおれたちが死んでも。だからクロウ、お前にはおれたちに協力をしてほしい。どうかな。今ならまだロンドン上空だけど……。」

 クロウは濡れた鴉の翼のように真っ黒な髪をバリバリと掻き、何気なくセイバーの顔を見る。セイバーはクロウの視線に気付くと、目を閉じて少し俯いて見せた。「クロウに任せます」とばかりのその仕草を見たクロウはひとつ溜息を吐き、気だるげにジャクリーンを見下ろしながら答えた。

「……もう少し穏便に船に連れ込めよ。いいさ、俺も向こうの世界の未来を任されてここに立ってんだ。協力者がいるのはこの上ない僥倖だろうよ。」

「おう! さんきゅー、クロウ!」

 マスターの笑顔を見た"Z"は凛々しい表情で手元にあった蒼い魔力によって形成された球体に触れると、巨大空間全体に響くほど声高に言い放った。

 

「では征くぞ諸君! 『グランツ・レルヒェ』、本格始動だ!!」

 直後、鯨の雄叫びのような重低音が船内に響き渡った。



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刻告げる白亜の塔にて -参

◆セイバー
真名:ダルタニャン?
性別:男性
筋力:A 耐久:B+ 敏捷:A 幸運:B 魔力:B+ 宝具:A
スキル:対魔力B、騎乗C、直感C+、心眼(真)B+、無辜の怪物D+など
宝具:『???』


「あなたはいいの?」

 次の日の夕方、唐突に凛に問われたゾーエは、困ったような笑顔を浮かべる。

「私もあんまり人殺しは好きじゃないですし……シャルルにも戦闘意欲がないって言うのなら、戦争に参加する理由はないですよ。」

「ふうん。ま、あなたがそれでいいなら私も何も言わないけど。でもあなただって叶えたい夢があって聖杯戦争に参加したんじゃないの?」

 ゾーエは俯いて口ごもってしまう。隣で居眠りをするダルタニャンをちらりと瞥し、再び口を開く。

「……先輩はどうして、冬木の聖杯戦争に参加したんですか?」

「ん? う~ん、願望がなかったって言えば嘘になるけど。でも特に壮大な目的があって戦ってたわけでもなかったわね。」

「どういう……ことですか?」

 ゾーエの問いに、凛はニカッと笑って答えた。

「――そこに敵がいるから、よ!」

 

 強烈なデジャヴに襲われ、ゾーエは激痛に頭を抱えてしまう。

「ゾーエ!?」

 凛が机に突っ伏したゾーエに駆け寄ると、いつの間にか目を覚ましていたダルタニャンが凛に問いかけた。

「……センパイ、あんた昨日今日とたまに頭痛に襲われないか。」

「えっ? えぇ……ちょうど昨日あたりから。玖郎くんと会った時から度々ね。」

「恐らく……ゾーエにも同じ現象が起きている。シロウさんが私たちに話してくれたことが本当なら……あのクロウ青年と接した経験(・・)のある人間がクロウ青年と接触すると……謎の頭痛に襲われるようだ。」

「衛宮くんの奴……っ!」

 どうにも理解しがたい曖昧な解説を口にするダルタニャンに、しかし凛は当惑しながらも「なるほどね」とこぼす。

「ゾーエ、大丈夫?」

「はい、私は平気です――。」

 ダルタニャンに支えられて上体を起こすと、ゾーエはリュックサックの中からペットボトル入りのミネラルウォーターを取り出して大きく呷いだ。青ざめた顔で一息つき、再び口を開く。

「先輩のその言葉……聞き覚えがあるような気がしたんです。シロウさんに聞きました。この世界の生い立ちのこと……。それがもし本当だとしたなら、この聞き覚えにも納得がいく気がします。多分以前の世界でも私は戦う理由が見つけられなくて、先輩に今の言葉をもらったことで動き出したんじゃないかなって。」

「やけに具体的な予想ね。」

「私のことですもん。どうせ自分じゃ踏ん切りも付けられない臆病者ですから……。」

 そんな皮肉を言いつつ笑うゾーエだったが、その表情はすぐに決意に満ちたものへと変貌した。

「先輩、私行きます。クロウくんとはまた別のやり方で、私なりのやり方で、この世界の真実をこの目で確かめに行きます!」

「良いの? 外は敵だらけよ。あんたほどの未熟さじゃすぐに死ぬかもしれないわ。……いいえ、十中八九死ぬわよ。」

 凛の忠告に、ゾーエはまっすぐダルタニャンを見つめる。ダルタニャンは肩をすくめ、やれやれといった風におもむろに席を立ち、教室の出入り口の前で立ち止まった。その対応ににっこりと笑いながら、落ちゆく陽光を受けてオレンジ色に眩く輝くブロンドヘアをなびかせ、ゾーエはダルタニャンを追い越して教室から出ていこうとする。

「敵がいれば潰すのみ、です!」

 凛にただそうとだけ、言い残して。

 

 そうと決まった途端、ゾーエは勇み足で手早く諸々の手続きを済ませて時計塔を飛び出し、フランスはパリ郊外に居城を持つ実家へと忍び込んだ。

「……ゾーエ、なぜ隠密行動を取る必要があるんだ。」

「しぃっ! うちは代々ずぅーっと天体科(アニムスフィア)の貴族主義者だよ? 聖杯戦争に参加してもろくすっぽ勝利意欲もない出来の悪いエルメロイ教室の娘がのこのこ帰ってきたなんてなれば、何されるかわかったもんじゃない!」

 いつも通りの声量で話しかけるダルタニャンに対して唇に指を当て、小声で応じながらリュックサックの中に必要最低限の荷物を詰め込んでいくゾーエ。

「……お前は天体科には入らなかったんだな。」

「ヴォーダイムのところのキリシュタリアを見なよ! あんなの前にして『よぉし私も頑張ろう!』だなんて思えるほど私、能天気じゃないよ……。」

 時計塔は天体科に属する天才魔術師の青年の名を挙げ、ゾーエは首を振る。

「それに私の起源はZoe、生命の女神に由来する【拍動】だよ? 動物科(キメラ)の方が合ってるっていうかさ……っと!」

 一通り荷物をまとめ終わると、ゾーエはポケットからスマートフォンを取り出す。それを軽快に操作して耳に押し当てると、何者かと通話を始めた。

「――あ、もしもしアロー? 今どこにいるの? ヨーロッパいる? え、フランス!? パリ!? カタコンブ!? あっちょっと待ってすっっっごくラッキー! すぐ行くからそこで待ってて!」

 その言葉と共にすぐさま通話を切断し、ゾーエはリュックサックを勢いよく肩に掛けると、壁に取り付けられた本棚の中から数冊を取り出し、その奥に刻まれた魔法陣に手を当てる。するとガコンと大きな音が鳴り、ゾーエの背後に据えられていた衣装箪笥が上方へとせり上がり、ガラスで覆われたケースが現れる。そのケースに掛けられた電子式のロックを解除すると、内部で滞留していた白く冷たい靄が漏れ出し、床一面に広がり始める。ゾーエはその中に腕を突っ込み、一振りの大型ナイフを取り出した。

「じゃじゃ~ん! 常温に戻ることで活性化する、魔術回路の駆動を超加速させるモクレール特性神経毒が鞘に詰まったナイフです!」

「……ゾーエ、そんなことよりも先程の物音でこちらに近付いてくる足音が一人分。」

「げっ。」

 ナイフを金属製の鞘に納めると、ガチリとナイフがロックされ、鞘に装着されたカートリッジからエメラルド色の液体が鞘の中へと注入されていく。それを確認し、ゾーエはダルタニャンを引き連れて自室の窓から外へと飛び出した。

「ゾーエ!!!」

「やばい、兄貴だ!」

 背後から聞こえる怒号にも負けず、ゾーエは森の中を駆ける。しかし途中から魔術で強化された猟犬が数匹迫ってきていることに気付き、ダルタニャンに自分を担いで走るよう命じた。ダルタニャンはひとつ肩をすくめると、言われた通りにゾーエを肩に担ぎ、木々の間を縫うように蛇行しながら時速二百キロ近い速度で疾走する。

「シャルル、キミ本当にセイバー!?」

「……私は学は無かったが戦闘技術は皆の中でも突出していた部類なのでな。それに私はここフランスの英霊だ。知名度の補正もあるだろう。」

「そういうこと、私一切聞かされてないよ!」

「当たり前だ。……戦闘に介入しない以上、私はゾーエのボディガードに等しい。身の上話をする理由もないだろう。」

「そもそも君が――本当に私の知る『ダルタニャン』なのかも知らないよ!」

「……。」

 ゾーエのその一言に、ダルタニャンは何も返さなかった。彼が無言になることはそう珍しいことではないため、ゾーエはダルタニャンに担がれるまま、パリの第十四区へと急行するのであった。

 

 パリ十四区、ダンフェール=ロシュロー広場の地下にそれは広がっている。六百万の遺骨が壁一面に敷き詰められた、死霊と残留思念の巣窟。カタコンブ・ド・パリ――正式名称をロシュエール・ミュニシパル。市営納骨堂と称されたその薄暗く湿った空気が漂う通路を、ゾーエとダルタニャンは観光客の合間をすり抜けて奥へ奥へと進んでいく。

「三時間も待たされるとは思わなかった……。」

「……普段ここには来ないのか。」

「小学校の史学研修で来たことはあったけど、その時は学校側で予約してたから待ち時間ゼロだったしさー。」

 しきりに嵐がかるスマートフォンの画面を見つめながら、ゾーエはある壁の前に辿り着く。その頃には既に前後に観光客は一人もおらず、ルートの途中で椅子に腰かけて読書なりをしていたスタッフたちも遠く離れていた。

「ここっぽいかな……。」

 そう呟くゾーエの手に握られたスマートフォンの画面はノイズによって何も見えなくなっていた。

「……スマートフォンで何かわかるのか。」

「私の携帯、悪霊とか死霊の怨念が強く影響するように改造されてるからさ、一種の魔力探知機みたいな使い方もできるんだよね。」

「……魔力を消費している人物の近くには霊が多く寄り集う……それを利用したサーヴァント及び魔術師発見器というわけか。」

 ダルタニャンの予想にサムズアップで応え、ゾーエは壁に埋め込まれた無数の頭蓋骨のうちのひとつにそっと触れる。すると壁の人骨が見る見る間に内側へと溶け込んで行き、電気も松明も存在しない暗闇に包まれた通路が出現した。

「アローのやつ、趣味悪いんだから……。」

 二人がその通路へと足を踏み入れると、背後で再び人骨が壁と固着し、完全に通路内が暗黒で満たされてしまった。ゾーエのスマートフォンのフラッシュライトを頼りに通路を直進していくと、やがて右に折れる突き当りに差し掛かった。ゾーエの右前を歩いていたダルタニャンがぴたりと立ち止まる。

「シャルル?」

「……誰かいる。」

 確かに、右に続く通路の奥からコツンコツンとブーツの足音がこちらへと近付いてくるのが聞こえた。

「アローかな……。」

「早合点してはいけない、ゾーエ。下がって。」

 ダルタニャンの剣呑な雰囲気にのまれ、ゾーエは滲む汗を袖で拭いながら後ろへ数歩下がる。それを確認したダルタニャンが右折地点へと足を踏み出した瞬間。

 ガチャンと物々しい音が通路に鳴り響き、ダルタニャンが何者かに向けてマスケット銃を突きつけた。しかしそんなダルタニャンの首元にも猟銃の銃口がぴたりと押し当てられており、両者ともにその場で硬直する。

「……これはこれは。子供ながら勇敢な女性だ。」

「うふふ、狼さんこそ大きな図体を持ちながら素早い反応……流石ですね?」

 ゾーエが恐る恐るダルタニャンが銃を向ける相手を見てみれば、それはゾーエよりもはるかに身長の小さな少女だった。血のように真っ赤なケープを羽織り、フードを目深に被ったその少女は、身の丈近くある巨大な猟銃を片手で持ち上げ、ダルタニャンの首筋にそれを突き付けている。

「あら、狼さんがもうひとり?」

 狂気が渦巻く翡翠色の瞳でゾーエを睨んだ瞬間、もう片方の手でゾーエの眉間に猟銃を向ける。

「キミ、サーヴァント?」

 ゾーエの質問に、少女はにっこりと笑って首肯する。

「はい! メイジーはバーサーカーのサーヴァントですよ!」

「……バーサーカーの割には随分と意思疎通が完璧だな……。」

 しばらくそのままで三者が微動だにもせずにいると、再び右折先の通路の奥からどたどたと走る足音が聞こえ、赤いケープの少女とは別の少女の声が聞こえてきた。

「メイジー! メイジーッ! 僕様の指示もなしに独断で排除しに行くなと何度も言っただろう!」

「でもマスター、そんな調子じゃ生き残れませんよ? 目に映る狼さんは皆殺しにしないと!」

「いいから! そいつは僕様の盟友だ!」

「あら、ご友人でしたの! これはご無礼を……失礼いたしました、お兄さん、お姉さん。」

 赤いケープの少女は長大なはずの猟銃を上半身を覆うケープの中に完全にしまい込むと、ゾーエとダルタニャンに対してぺこりと頭を下げた。

 そこに到着し、肩で息をするのは、右目が隠れるほど伸ばした前髪をアシメバングにカットし、襟足でぴっしりと切り整えた藍色のセミショートヘアを揺らすゾーエと同じ年頃ほどの少女だった。その瞳はアメジストのような明るい紫色だ。

「あぁ……もう、久しぶりの再会が台無しじゃないかメイジー!」

「久しぶり、アロー!」

 唐突にゾーエにハグされ、少女は驚いた表情になりながらもすぐに凛々しい顔に戻り、答えた。

「――あぁ、僕様こと『アロイジウス・アナスタージウス・アーレルスマイアー』! 盟友の呼び声に応じここで待っていたぞ、ゾーエ!」



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ガールズ・ミーツ・ワールド -壱

◆アロイジウスのバーサーカー
真名:???
性別:女性
筋力:A+ 耐久:B+ 敏捷:B 幸運:A+ 魔力:A 宝具:C
スキル:狂化EX、心眼(偽)B+、戦闘続行A、獣殺しCなど
宝具:『???』


 アロイジウスは自身が改造して魔術工房として作り上げたカタコンブの一画にゾーエを案内すると、その入り口にバーサーカーを立たせ、見張っているよう命じた。

 そこは安いアパートの一室のような雰囲気になっており、そこかしこにテレキャスターやストラトキャスター、ドラムセットや巨大なスピーカーアンプなどが並んでいる。パリの納骨堂裏に設けられているとは思えない仕上がりだった。

「それで、だ。盟友。」

 アロイジウスは355ミリ缶のエナジードリンクを冷蔵庫から三本取り出し、二本をゾーエとダルタニャンの座るソファの前に置き、もう一本は自身でプルタブを開けてぐいっと喉に流し込む。

「名門の落ちこぼれ仲間である僕様に一体何の用だね。」

 その問いに、ゾーエはエナジードリンクの缶を見つめながら事情を説明した。

 

 ゾーエが語り終えるまで、アロイジウスは何を口出しするでもなくずっと片耳にイヤホンを挿して音漏れするほどの爆音でUKロックを聞きながらエナジードリンクを飲み続けていた。しかしゾーエの話が終わると同時に飲み干した缶を片手で握りつぶし、冷ややかに吐き捨てる。

「――くだらないな。」

「え……。」

 親友の思いがけない一言に、ゾーエはびくりと揺れる。潰した缶を足元のゴミ箱へ放り込み、アロイジウスは唐突にゾーエの目と鼻の先まで顔を近づけた。

「この聖杯戦争に参加している以上、僕様と盟友は敵だ。たとえそれが盟友でも、だ。しかもあろうことか『世界の真実を知りたい』? 盟友……前から能天気だ楽天家だとは思っていたが、ついに頭イカレたか。」

 悲しみと困惑で硬直するゾーエを見ると、アロイジウスは再び冷蔵庫に歩み寄り、エナジードリンクを取り出して一息に飲み込む。「げへ」と曖気を漏らすと、目を見開いたまま石像と化したゾーエにニヤリと笑いかけてウインクして見せた。

「――と! いうのが一般論であろうな。」

「ってことは!」

 安堵の表情へと氷解していくゾーエの左隣に盛大に腰を降ろし、その肩に右腕を回すアロイジウス。

「当たり前じゃないか! 盟友の頼みとあらば、たとえ盟友が我が子を殺せども諾するさ!」

「それは断るべきだけどね!?」

「世界の真実? 大いに結構! 僕様そういうの大好きさ! 魔術師のサガ、かな!」

 そう言って呵々大笑するアロイジウスは、ソファの端で存在感を薄めてエナジードリンクをちびちびと飲んでいる黒髪の青年に目を向ける。

「こいつは盟友のサーヴァントかな?」

「うん。自称ダルタニャン。」

「セイバー、ダルタニャン。よろしく頼む、アロイジウス・アナスタージウス・アーレルスマイアー。」

「おお! 我が名をすぐさまに暗唱できるとは嬉しいぞ勇猛の銃士!」

 その二つ名を耳にした途端ダルタニャンは眉間に皴を寄せたが、アロイジウスはそんなことお構いなしに自己紹介を始めた。

「改めてだが、僕様の名前はアロイジウス・アナスタージウス・アーレルスマイアー! ドイツラントの名門、アーレルスマイアー……の、落ちこぼれだ……。」

「アロー、気をしっかり!」

「名門の落ちこぼれ仲間……盟友とはそういう意味だったのか。」

 ダルタニャンの無自覚の刃はゾーエとアロイジウス、両者の心に深く突き刺さる。

「言った通り、僕様はアーレルスマイアーの恥さらし……。俗世の娯楽にばかりかまけて魔術に関する研究意欲など毛ほどしかないロクでなしさ。……だがそんじょそこらの凡才魔術師に比べれば根源の渦に至るための情熱は負けてはいない! ほんの少しばかり暢気なだけで……。」

「私だって別に魔術師になりたくないわけじゃないし……。でも魔術使いの現状に結構満足しちゃってるから何もしてないだけでさ?」

 求められてもいないのにひたすら言い訳を続ける二人に対し、ダルタニャンはぴしゃりと言い放つ。

「……落ちこぼれであるという事実には変わりないんだろう。」

「げぐ。」

「ぐえ。」

 蛙が潰れたような悲鳴をあげるゾーエとアロイジウス。

「……しかし聞いたことがないな。アーレルスマイアー……ドイツの魔術師一門か。」

「その通り! 元はアインツベルン一派だったんだけど、第三魔法の担い手の弟子のひとりがアインツベルンの工房を去って『第三魔法による人類進化』を掲げて作り上げた工房……それがアーレルスマイアーさ! 現在では純粋な第三魔法の再現だけを求めるアインツベルンとの関係は最悪でね。此度の命の聖杯戦争においてもアーレルスマイアーの人間は皆リグセンルール派閥に加担しているよ。」

「第三魔法による……人類進化。」

 アロイジウスはダルタニャンが飲み終えたエナジードリンクの缶を取り上げると右手で握り潰し、ゴミ箱にバスケ風のシュートで投げ入れる。

「簡単だよ。人間――厳密に言えば魂。それを英霊と同じレベルにまで到達させるだけさ。人間は魔力が存在する限り生きるようになり、消滅したいと思った時に消滅できる。生まれてから消えるまで等しく平等となり、飢餓や貧富の差、権力闘争や流血は悉く根絶される。」

 淡々と説明するアロイジウスの言葉には彼女の言う情熱などかけらも感じられなかったが、それでもそのアメジストの瞳に宿る静かな炎が、アロイジウスの持つ情熱を物語っていた。

「で! 今部屋の前で立っているのが僕様のサーヴァント。」

「サーヴァント、バーサーカー。メイジーと言います! よろしくお願いしますね、ゾーエさん、ダルタニャンさん!」

「私のことはシャルルでいい……。」

 部屋のドアを少し開けて顔を覗かせるメイジーに対し、ダルタニャンは鬱陶しそうに手を振るう。それを見たアロイジウスはゾーエの方を見るが、ゾーエが肩をすくめたのを見て鼻息をひとつついた。

「さ、それじゃあ僕様は何をすればいい? 世界が歪んだ原因……とやらか。それを見つけるアテは? あるのかな?」

「えー……っとぉ……。」

「はぁ、盟友のことだからそんなことだろうとは思ったよ。少しは計画性を持ちたまえとあれほど……。いや、今は説教している時ではないか。」

「グレートビッグベン☆ロンドンスター先生に少しでも相談しておけば良かった……。」

「少しは計画性を持ちたまえとなぁ。あとその絶妙に古臭くてダッサい異名はもしかしなくても現代魔術科(ノーリッジ)のロードかな。」

 無言で頷き肯定するゾーエに何の言葉を掛けるでもなく、アロイジウスは顎から頬を覆うように頬杖をつき、親友のために思考を巡らせた。

「あー……つまりなんだ。世界についてわかればいいんだろう? 世界……もとい平行世界、剪定事象。そういった事柄なら君の実家が属するアニムスフィアが最も適任だろうが、落ちこぼれ同盟としてそれはありえないからな……。」

 不遜な態度から一変、大真面目な顔で頭を抱えるアロイジウス。その顔は大真面目ではあったがどこか苦悩と諦めが入り混じっていた。

「――いや、しのごの言ってはいられんか。いつも孤独な僕様を助けてきたのは他ならぬゾーエだけだ。その恩義、今返すべきだろう。ならば僕様の主義や好き嫌いはこの際無視だ! ひとり心当たりがある!」

「ほんと!?」

 アロイジウスは決意を固めた表情でクローゼットに掛けられたファー付きの革のジャケットを羽織ると、ドアの向こうのメイジーに向かって呼びかけた。

「メイジー! 出立だ、経路の確保と斥候を頼むぞ!」

「はぁい!」

 メイジーの明るい返事と共に足音が去っていくのを確認すると、アロイジウスはゾーエに出発の準備をするよう促す。

「バーサーカーにそんな複雑なことできるの?」

 支度をしながらゾーエが尋ねると、アロイジウスは困ったような笑顔を浮かべてぽりぽりと髪を掻き、

「あぁ……僕様のサーヴァントはこと『生き延びること』に貪欲でね。生存戦略というか延命法というか、逃げ道の確保とか敵から隠れることとか、気が狂ってるのかと思うくらい慎重に綿密に行うのさ。――いや、気は狂ってるか。生き長らえることに気を狂わせているバーサーカー。それがメイジーだ。」

 と説明をした。

 ゾーエとダルタニャンは数秒顔を見合わせると、特に何か会話をするでもなくアロイジウスに続いて部屋から出た。二人が部屋を出た途端ゾーエの背後でドアが収縮するように小型化し、手のひらサイズのストラップへと変貌を遂げる。それをポケットに無造作に突っ込み、アロイジウスは先頭に立って歩き始めた。

 

 「空路はダメです、いざという時に逃げ道がありません。」というメイジーの提案により、ゾーエとアロイジウスは高速バスの座席で微睡んでいた。ダルタニャンとメイジーは霊体化しているため、二人分の料金で済んでいる。

「ねぇアロー。」

 ふと思い立ったようにゾーエが尋ねる。

「なんだね。」

「心当たり……って、どんな人なの?」

「変人だよ。元アトラス院所属……と言えば大方の予想は付くだろうさ。」

 西暦以前より存在する錬金術師たちの蓄積と計測の穴倉の名をアロイジウスが挙げると、ゾーエはすべてを理解したかのように顔をしかめる。

「だが情や友誼に篤い。その結果アトラス院の理念からは逸れ、アトラス院二千年の誇りを守るために日々追っ手に狙われ続けている。僕様と僕様の大兄上しか彼の居場所は知らないほどだ。」

「その人とアローたちはどういう――。」

 と、ゾーエがさらに問おうとした時だった。

「マスター、逃避行動を!」

 つんざくようなメイジーの忠告が入ると同時に、前方へ向けて凄まじい衝撃が加わる。パニックに陥る車内でアロイジウスが身を乗り出して運転席の方を見れば、運転席から大量の血液が流れ出ており、フロントガラスは粉々に砕け散っていた。

 さらにその遮るもののなくなった車体前方から、黒いトレンチコートにフルフェイスのガスマスクを被った謎の人物が車内へと侵入してくる。

「マスター、マスター、マスター! あれはサーヴァントです! ガスマスクの人物! サーヴァントです! 退避! 延命! 逃亡を開始してください! 今! すぐにっ!!」

 メイジーの悲鳴のような声を聞き、ダルタニャンも実体化してゾーエの左隣の窓ガラスを粉砕させ、そこからアロイジウスとゾーエを逃がす。ゾーエは窓ガラスから飛び降りる瞬間、ガスマスクのサーヴァントが指をパチンと鳴らすのが見えた。

 アロイジウスの助けを借りて高速道路に降り立ったゾーエの背後で、大型バスの中に藤色のガスが充満していく。その直後、身体が吹き飛びそうになるほどの勢いと共にバスが爆発、炎上してしまった。

「マスター! 前方、サーヴァント反応! 先程のガスマスクとは違います! 桁違いの魔力、強敵です! あのガスマスクだけなら逃避行も可能でしたでしょうがこうなっては戦力を削がねば逃げられません! 戦闘を開始します!」

 アロイジウスの指示もなくメイジーはそうまくしたて、ケープの中から大型のプラスキー斧と中型のハンドハチェットを一振りずつ取り出し、高速道路上に漏れ出したガスによって生み出された霧の向こうを見据える。

 その中から現れたのは、物々しい西洋甲冑に身を包んだ騎士然とした立ち居振る舞いの男だった。甲冑の男は斧を両手に握り締め、餓狼の如く牙を剥くメイジーに向かって尊大な態度で高らかにその名を告げるのであった。

「我が名はマーシャル! イングランドの騎士、ウィリアム・マーシャル! 初代ペンブルック伯にして、ランサーのサーヴァントである!!」



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ガールズ・ミーツ・ワールド -弐

◆ランサー
真名:ウィリアム・マーシャル
性別:男性
筋力:B 耐久:A 敏捷:A+ 幸運:A 魔力:D 宝具:C
スキル:対魔力D、騎乗A、戦闘続行B+、魔力放出D、カリスマC、黄金律B+、無窮の武練C、決闘王A、獅子心王の先駆けB
宝具:『???』


 ソニックブームが巻き起こるほどの速度でメイジーの手から投擲されたハンドハチェットを得物の騎乗槍で容易く弾き飛ばすと、『ウィリアム・マーシャル』と名乗った老練な雰囲気のサーヴァントは、おもむろに前へと歩みだす。

「待て、そこな女子よ。私はまだそなたの名を聞いてはいない。我が名はウィリアム・マーシャル。イングランドに名高き決闘王である。ゆえに私はそなたの名を聞きたい。決闘は互いに名を名乗ってからと――。」

「グウウウゥゥアァッッ!!!」

 マーシャルの言葉を遮るように吼え猛ると、メイジーは両手にプラスキーアックスを握り締めてマーシャル目掛けて突進した。

「やれやれ、元気のよい子供は好ましいが、礼儀はきちんと学ばねばならんぞ女子よ。」

「旦那ァ、あんま堅ッ苦しいのやめてくださいよぉ? アタシらただでさえあの野蛮人どもに『点数』負けてんスからぁ。サクッと終わらせちゃってくださいよぉ。」

 続いてガスの中から現れたガスマスクのサーヴァントにそう言われるも、マーシャルは意に介したような素振りすら見せず、突撃してくるメイジーに対して左腕に装備した大盾を構えた。

「チッ、偏屈ジジィめ。そんじゃアタシはぁ~……。」

 ガスマスクのサーヴァントは意地悪い笑い声を漏らすとまたガスの霧の中へと消えていく。直後、ゾーエとアロイジウスの背後からガスマスクのサーヴァントの女声が聞こえてきた。

「――こっちを!」

「盟友!」

 アロイジウスに名を呼ばれるが早いか、ゾーエはその場で身を屈めて前転、ガスマスクのサーヴァントから距離を取った。

「シャルル! 戦闘準備!」

「仕方がないな……。」

 噛み合わない歯車が回るような笑い声をあげるガスマスクのサーヴァントの前に、ダルタニャンが姿を現す。その服装はいつものパーカー姿から要所に甲冑を纏った戦闘形態へと変わっている。

「……その戦闘スタイル、お前はキャスターか?」

「キヒヒヒ! さぁてねぇ。キャスターかもしれないしバーサーカーかもしれない。アサシンかもしれないしアーチャーかもしれない!」

「四択問題は大抵三番目に答えがあるって知ってたか。」

 ダルタニャンのその言葉にびくりと身を揺らすも、ガスマスクのサーヴァントは再び高笑いをして逆にダルタニャンに問いかけた。

「それじゃあ、アンタは何なんだよぉ。甲冑姿ってんなら三騎士ってのも十分あり得るからねぇ!」

「真名、ダルタニャン。セイバーのサーヴァントだ。」

「なんだよぉ……簡単に真名打ち明けちゃって。お前も騎士道って奴を馬鹿みたいに貫いてんのぉ? やぁねぇ、これだから大昔の連中は。つーかダルタニャン? ははぁ! アンタもフランスのサーヴァントなのかぁ。さしずめマーシャルのジジィのお話は何度も聞いたんじゃないのぉ?」

「あぁ。何度も聞いた。イングランドの獅子心王、幻想と現実の狭間を生きたリチャード一世に仕えたテンプル騎士団の決闘王。そんな人物と戦える日が来るとは思ってもいなかった。」

「おいおい! アンタの前にいるのは今アタシだよぉ? あんま無視されると泣いちゃうよ? イィ~ンイィ~ン……ってなぁ。」

 直後、ガスマスクのサーヴァントの眉間にダルタニャンのマスケット銃から放たれた弾丸が捻じ込まれていた。その衝撃で上体を仰け反らすも、すぐさま腰をゴキゴキと鳴らしながらダルタニャンを見据えるガスマスクのサーヴァント。

「いいねぇ……やっぱ正々堂々なんて今のご時世には合わないよねぇ!」

 ガスマスクのサーヴァントがぱちりと指を鳴らすと、どこからともなく漂い始めた甘ったるい香りを持った藤色のガスが一同を覆い囲み始め、やがてゾーエ達の呼吸器官へとなだれ込み始めた。

「かは――ッ!!?」

 直後、鼻や口、目の端からボタボタと血を垂らしながら、ゾーエはアスファルトの上に倒れ伏してしまう。

「盟友、しっかりしろ!」

 両の眼窩に宿るアメジストの魔眼の影響で毒ガスの効果を受けないアロイジウスが、ゾーエを抱きかかえて道の端へと連れていく。

「僕様の目に触れろ! 僕様の魔眼ならそれを治せる!」

 言われるがままにゾーエがアロイジウスの左目をそっと手で覆うと、段々と呼吸も落ち着き、出血も止まり始める。

「甘い香りのするガスだというのに、毒性はとんでもなく強いな……。盟友はここで休んでいるんだ。あのガスマスクは僕様とシャルルに任せて。」

 その言葉にゾーエが頷くのを確認すると、アロイジウスはにこりと笑って立ち上がる。しかしその顔には既に笑顔はなく、親友を甚振った者に対する怒りと憎しみに溢れていた。

「アーレルスマイアーが求める学問、その過程で祖が会得した秘術をお見せしようじゃあないか!」

 次の瞬間、アロイジウスはサーヴァントと同等の速度でガスマスクのサーヴァントに肉薄していた。

 

 絶え間なく火花を散らしながらマーシャルと一対一の戦闘を続行しているメイジーだったが、その戦法はバーサーカーらしくプラスキーアックスを力任せに縦横無尽に振るうだけの至極単純な物だった。

「女子よ、再び尋ねよう。そなたの名は何という?」

「立ち塞がる狼さんに名乗る名は無いッ!!」

「なんと雄偉な言葉か。さすが年端も行かぬ女子と言えど英霊の座に刻まれるだけの英傑。このウィリアム・マーシャル、深く感銘を受けたぞ女子よ! ならばこれよりは最早尋ねまい! 私に勝って見せよ!!」

 しかし、メイジーが野獣の如き咆哮を轟かせながら大上段から振り下ろしたプラスキーアックスがマーシャルの騎乗槍に食い込むのを見ると、マーシャルは手の中で騎乗槍を捻り、プラスキーアックスを遥か彼方へと投げ飛ばしてしまう。

 咄嗟にバックステップで距離を取りつつケープの内側からハンドハチェットを二振り取り出し、マーシャル目掛けて投擲する。それを盾で防いだマーシャルが次に見たのは、ケープの中から二挺の猟銃を取り出すメイジーの姿だった。

「何ッ――!」

 その魔力の銃撃をもろに甲冑の防御が薄い部分に受け、喀血する決闘王。

「所詮子供と無意識に抜かっていたか……。ならば!」

 音高くアスファルトを踏み鳴らすと、マーシャルを起点として暴風が吹き荒れる。

「魔力放出スキル……。なるほど、狼さんはそういう時代の狼さんなのですね。ならばむしろ狩りやすい!」

 そう言うが早いか、メイジーの手元に再びケープからプラスキーアックスがぼとりと落ちて収まり、それを下段に構えながらメイジーはマーシャルの懐目掛けて猛進する。その刃を防がんとマーシャルが盾を構えた瞬間。

「――『突き穿つ模倣の槍(ゲイ・ボルク・リメイク)』!!」

「ッ!!?」

 マーシャルの盾に直撃したのはメイジーのプラスキーアックスではなく、深紅色の長槍による宝具級の一撃だった。それを弾いた反動で胴体に隙が生まれ、そこへ吸い寄せられるようにプラスキーアックスの刃が首元へ食い込む。

「がァっ!!」

 騎乗槍を地へ突き刺し、勢いよく飛び散る血飛沫を右手で抑え込むと、マーシャルはその朱槍を投げた人物の姿を捉えた。

「おぬし……。」

 それは誰あろう、アロイジウスであった。

「びっくりしたか? アーレルスマイアーの野望は人類の英霊化。それに至る過程で得た秘術こそ、魔術師にサーヴァントの力の断片を搭載させる『夢幻模倣(イミテーション)』なのさ。特に僕様はノリ(・・)がいい。他の兄姉たちと違って『夢幻模倣(イミテーション)』の精度も上物さ!」

 アロイジウスが解説を終えると、再びメイジーが吼え猛り、手にしたプラスキーアックスで今度こそマーシャルの命を刈り取らんとアスファルトを踏み抜いて飛び上がった。

 しかしマーシャルはまたしても魔力を突風の如く放出させ、上空にいたメイジーの姿勢を崩す。逃げ場がないまま落下するメイジーの腹部を、マーシャルは左手で素早く引き抜いた騎乗槍を以て深々と貫通させる。

「ひぐ……っ!」

 瞳孔が全開になった瞳でマーシャルを見呆け、喉の奥から大量の血液を噴き出すと、そのままだらりと脱力して動かなくなったメイジーを横へ放り捨て、マーシャルはおもむろに立ち上がる。

「素晴らしき強者であった……が、所詮は子供。戦場に出るには幼過ぎたな。それはそこな魔術師も同じだぞ、英霊の外套を纏う女子よ。」

「ちっ!」

 アロイジウスは手にした朱槍を投げ捨てると、ポケットの中からチェスの駒のようなものを取り出して握り砕く。すると路上に転がる朱槍が消え失せ、代わりにアロイジウスの右腕に大理石のような質感の巨大な篭手と、その先に握られたアロイジウスの身体より巨大な豪槌が出現した。

「そのような巨槌、そなたの矮躯で取り回せるのか?」

「さぁ、どうかなッ!!」

 青白い雷光を迸らせながら、アロイジウスはその豪槌を振り下ろす。手負いだというのにそれを軽やかなサイドステップで躱し、マーシャルは左手に握った騎乗槍をアロイジウスの横腹に抉り込んだ。

「ぐぅ――っ!」

 しかしアロイジウスも負けじと豪槌の角度を変え、横方向へ振り払うことで騎乗槍の先端を叩き折った。そのまま遠心力を利用して自分の身を軸に独楽のように回転し、何度もマーシャルに豪槌の打撃を加えるアロイジウス。回転を弱めてアンカーのように道路に豪槌を食い込ませ、その場で立ち止まるも、その息はすでに絶え絶えであった。

「やはりな。サーヴァントの力を扱うということは、サーヴァントの格が高ければ高いだけ消費する魔力の量も段違いになるだろう。そなたの振るうそのハンマー……推し測るに北欧神話の代物と見たが、いかがかな?」

「さて……ね。」

 マーシャルがちらりと相方の方を見れば、ガスマスクのサーヴァントもダルタニャンを追い詰めており、ダルタニャンは既に片膝をついていた。

「では決着と行くか、小さき雷神!」

 三度マーシャルの巨躯から突風が巻き起こり、先折れの騎乗槍を握り締めたマーシャルがアロイジウス目掛けて突進してくる。それを迎え撃つべくアロイジウスも豪槌から大量の雷を放出させ、ふらつく足で頭上高く掲げて構える。

「『百戦無敗の(ギョーム・ル・)――ッ!」

 だが、マーシャルとアロイジウスが激突することは叶わなかった。それよりも疾く、二人の間に割って入る人物がいた。

「ヘイヘイヘイヘイ! ストップストーォプ! ヘイ! ヒーロー着地! 膝が痛い!」

 天高くから右膝と右拳をアスファルトにめり込ませて着地し、軽薄な口調でおどけた言葉を放つその和装の男は、腰から一振りずつの日本刀をシャンと澄んだ音を鳴らして抜き、マーシャルの騎乗槍とアロイジウスのハンマーを食い止めて見せた。

「うおおおぉぉ!!? やっべこれどっちも宝具じゃん! やっべ! いやオレ死ぬ! 死ぬってこれ! やばい! 死ぬ死ぬ死ぬ!!」

 そう言いつつも空から自身の右側と左側にそれぞれ三振りずつの日本刀を落下させてマーシャルとアロイジウスを引き離し、腰に日本刀を戻すと、首と肩をボキボキと鳴らしながらアロイジウスに満面の笑顔を向けて見せた。

「ピンチみたいだったからヒーローが駆けつけてやったぜ、アローちゃん☆」

「お前っ……!」

「何者だ、おぬし!」

 マーシャルに名を聞かれ、右目に布製の眼帯を身に着けた和装の男は不敵な笑顔で総計六振りの日本刀を両手の指の間に挟んで握り、自らの名を名乗った。

「騎士に名を聞かれちゃ答えるしかねぇな! このオレこそ! 日本一(ひのもといち)の伊達男! 人呼んで青葉の独眼竜! ――伊達氏十七代当主! セイバー、『伊達政宗』その人だァーっ!!」



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ガールズ・ミーツ・ワールド -参

◆セイバー
真名:伊達政宗
性別:男性
筋力:A 耐久:B+ 敏捷:B 幸運:C 魔力:B+ 宝具:A
スキル:対魔力B+、騎乗B、カリスマB、心眼(真)B+、無窮の武練C+、驥足百般A、軍略B、青葉の喝采A、独眼竜A+、浮世の闇を照らしてぞ征くB+など
宝具:『???』


 セイバー、伊達政宗。その名はアロイジウスにとっても聞き覚えのあるものであった。何せそのサーヴァントは、自らの肉親が召喚した英雄であったからだ。

「ま、政宗公! 大兄上もいるのか!?」

「オフコォース! 『マスターがのこのこ出るのは愚策だ』つってこの場にはいねぇーけどな!」

「大兄上らしいな……少し安心したよ。それで政宗公、どうして僕様たちの場所が?」

「ンなもんマスターに聞いてくれっつーの。アローちゃんにGPSでも付けてんじゃネーノ?」

 ぎょっとした顔で全身をまさぐるアロイジウスを見て大笑いすると、政宗は傍目に立つマーシャルへと体を向ける。その瞳は勇壮に輝いていた。

「欧州の騎士サマよ、一度でいいからあんたらと手合わせしたいと思ってたぜ。」

「異国の戦士とは幾度となく刃を交えてきたが、東の果ての者とは初めてだ! 我が名はウィリアム・マーシャル! 諸王に仕えた初代ペンブルック伯にして五百戦無敗の決闘王である!」

「改めて拙者遠く東方より参上つかまつった、出羽、陸奥国守! 仙台藩初代藩主にして伊達氏十七代当主、『青葉の独眼竜』伊達政宗である!!」

 双方が名乗りを上げ終わると同時にマーシャルからは暴風が、政宗からは水流のような魔力が渦潮状に巻き上がり、それぞれが衝突し合って魔力による衝撃波が周囲に生じる。舗装された道路に亀裂を生じさせるほどのそれが凪ぐと、ややの静寂の後、両者が一斉に動き出した。

 

 それより数百メートル離れた場所で、またひとつの勝敗が着きつつあった。藤色のガスに覆い囲まれ、膝をつくダルタニャン。

「おいおい、世界に名高き『三銃士』の主人公ってこんなもんなのかぁ?」

「私は――。」

 トレンチコートの袖から凶悪な三本爪を突き出したガスマスクのサーヴァントはケラケラと笑いながらダルタニャンを様々な角度から斬りつけてはガスの中へと消えていく。ダルタニャンはゾーエの意識が戻っていることを確認すると、彼女にも聞こえる声で真実を口にした。

「――私はダルタニャン伯爵。『三銃士』に登場する勇猛の銃士・ダルタニャンではなく、『シャルル・ド・バツ=カステルモール』……ジャン・ダルタニャンの孫であり、三銃士のダルタニャンのモデルとなった男だ。ゆえに私にかの銃士ほどの勇猛さも無ければ戦闘能力もない。だから私は……戦闘をなるべく回避したかった。」

「シャルル、どうしてそれをもっと早く……っ! うぅっ。」

 消耗した体力で苦しげな声を漏らしながら糾弾するゾーエに申し訳なさそうな表情を浮かべながら、なおもダルタニャンは続ける。

「……誇らしかった。」

「え……?」

「……何の功績も遂げていない親の七光りだけで重役に就いていた私が、世界に名を轟かせる勇猛の銃士のモデルになったことが……とても誇らしかった。……だから失望させたくなかった。同じフランスの地に生まれたゾーエを、落胆させたくなかった……。」

「アハハハハッ!! こりゃあ滑稽だねぇ、本人にはこれっぽちも実力がないのに、モデルにされちまったから勘違いされちゃったんだ! 残念だねぇ、無念だねぇ! でもその選択を取ったのはお前だよぉ? マスターとの相互理解も無く聖杯戦争で生き残れると思ってたのぉ?」

「いいや。……この真実を告げた時が私の最期だと思っていた。だからもう――。」

 その言葉を聞いたガスマスクのサーヴァントはつまらなさそうな声で「ふぅん」と短く漏らすと、膝をついて項垂れるダルタニャンの首元目掛けて三本爪を振り下ろした。

 しかし、その刃がダルタニャンの首の肉を抉るよりも疾く、三本爪の持ち主が被っていたガスマスクの額に真っ赤なハンドハチェットがガツンと盛大な音を立てて食い込む。

「なッ――!?」

 さしものガスマスクのサーヴァントも驚愕に二歩下がり、斧が飛んで来た方向を睨む。同様に藤色のガスの向こう側を見据えたゾーエの目に飛び込んできたのは、超高速で疾駆する獣の影。血肉を求めて煌めく深紅の双眸がガスマスクのサーヴァント目掛けて襲い掛かる。

「ぎゃああああっっ!!?」

 次の瞬間、獣の影はダルタニャンの背中を踏み台に跳躍し、ガスマスクのサーヴァントの首筋に牙を立てた。獣性のままにガスマスクのサーヴァントの血肉を貪り喰らうその獣の正体は、被っていたフードが外れて艶やかな黒髪を顕わにしたメイジーであった。その腹部には内臓がすべて消え失せた大穴が空いており、なぜ生きているのか不思議なほどだった。

「い、痛い! 痛いぃっ! いやだ、いやだぁっ! 痛いっ!! 助けて、たすけてッ!!」

 耐え切れず倒れ込んだガスマスクのサーヴァントに覆い被さってのしかかり、正気など一切感じられない動作でその人肉を鋭牙でもって引き千切って貪食するメイジー。胴の風穴は、ガスマスクのサーヴァントを食せば食すほど見る見るうちに再生していった。どういった原理か、衣服も同様に再生していく。

 やがてガスマスクのサーヴァントの悲鳴も消えて身体の痙攣も止んだ頃、メイジーはおもむろに立ち上がり、口元に付着した血液を袖で拭い取ってゾーエの方を振り向く。恐怖の面持ちで硬直するゾーエに歩み寄ると、メイジーはフードを目深に被りながらゾーエに手を差し伸べて微笑んだ。

「立てますか? ゾーエさん。」

「あっ……う、うん。」

「お見苦しい所を見せちゃいましたね、ごめんなさい。」

 ゾーエの手を取って立ち上がらせると、ぺこりとお辞儀をしてガスの消え去った高速道路の上をてくてくと歩いてダルタニャンも同様に立ち上がらせるメイジー。

 その後動かぬ骸と化したガスマスクのサーヴァントをしばらく見下ろしたかと思うと、目にも留まらぬ速度でその胸部に右腕を突っ込み、拍動していない心臓を取り出した。それをしげしげと観察したかと思うと、食道を一直線に伸ばすように顔を上げ、心臓を丸呑みしてしまった。それと同時にガスマスクのサーヴァントは魔力の風となって空気中へ還元されていく。

「政宗様! そろそろ逃げましょう!」

 彼方で熾烈な剣戟を繰り広げる隻眼の男にそう告げ、メイジーは背後で立ち往生していた大型の乗用車から運転手を引きずり下ろし、一発殴って気絶させると、呆然と立ち尽くすゾーエと項垂れるダルタニャンを後部座席へ押し込んで発進させる。

 政宗もアロイジウスを後部座席のゾーエに放り渡すと、マーシャルに

「いったん決着はお預けだ、アバヨッ!」

 と言い残してメイジーと運転を代わり、全速力――否、自家用車に出せる速度以上の速さで全員を乗せた大型車を走らせ、その場を離脱した。

 

 出発序盤こそマーシャルが騎馬に乗って追いかけてきていたが、魔術で強化された自家用車に速度で敵うはずもなく、一行がイタリアの国境を越える頃には速度も時速六十キロ前後にまで落ちていた。

「政宗公、大兄上はどこにいるんだ?」

 アロイジウスの問いに、運転席の政宗は曖昧な返事をする。

「さぁな~。オレも知らね。ま、単独行動スキルもないオレがこうしてきちんと実体化できてんだから、どっかその辺ついてきてんじゃネーノ。」

「ストーカーみたいだね、アローのお兄さん……。」

「実際ストーカーだ。長兄だからなのか何なのか、大兄上は僕様が小さい頃から何かと僕様を依怙贔屓するのさ。それが高じて粘着行為になってしまっているんだ。あれ……そういえば、大兄上はどうして僕様の所に? 手段の是非を問わずとも、その理由が僕様には見当たらない。大兄上はリグセンルールの筆頭マスターとして……。」

 その疑問に行きつき難しい表情を浮かべるアロイジウスに、政宗は真剣な面持ちでハンドルを握りながらその答えを話した。その事実は、ゾーエはもちろん、聖杯戦争に最初から真面目に参加していたアロイジウスでさえも耳を疑うものだった。

「――リグセンルールは全滅した。」

「なッ――!?」

「どういうこと!?」

 高速道路の行先看板を確認しつつ、政宗は経緯をざっくりと説明する。

「リグセンルール一族が撫で斬りに遭ったのさ。同盟者の家長同士が顔を合わせる古めかしい定例会議を狙ってよ……。そいつぁもうマイケルでベイな監督もアンビリーバブルな大隕石さ。つーかアイツぁ惑星だったな。それも地球より数十倍ビッグな奴だ。オレの知識が間違ってなけりゃありゃあ金星だろうよ。ハハッ、金星を弾丸にしてブッ放すサーヴァントなんざロクでもねぇに決まってやがらァ。神霊か冠位の英霊か……そうでもなけりゃもうオレのクレバーなブレインでも思い付きやしねぇ。」

「そ、それで!? リグセンルールについていた他の家の人々は!」

「オイオイアローちゃん、わかりきってんだろ賢いお前さんならよ。」

 政宗はあえてそれを口にせず、アロイジウスがその最悪の結末に思いを至らしめるのを見計らってその隣に座っていたゾーエに声をかけた。

「ようモクレールのお嬢ちゃん。アローちゃんはちょっとオネムらしいからよ、枕になってやんな。」

「えっ――。」

「す、すまない盟友……その通りだ。……僕様は疲れた。魔眼を酷使したかもしれない。悪いが休ませてくれ……っ!」

 必死に作り笑いを浮かべながら、アロイジウスはゾーエの制服をぎゅっと握ってその体躯にしがみつく。その肩は激情に震えていた。アロイジウスの頭を優しく抱きながら、ゾーエは政宗に尋ねる。

「そういえば、今はどこへ向かっているの?」

「千と五百年続いた黄金の大帝国のかつての首都、月桂の羅馬(ローマ)さ! アローちゃんが訪ねようとしていた奇人はそこにいる。」

「元アトラス院の……。」

 政宗はちらとアロイジウスを一瞥し、寝息を立てている事を確認するとやや声を落としつつもテンションは維持したまま言葉を続ける。

「応ともよ! オレのマスターはアーレルスマイアーの次期当主。いや……現当主様が灰燼に帰しちまった今はもうマスターがアーレルスマイアーの現当主だ。そのアーレルスマイアーの当主とも非常に仲の良い……っツーカご学友だな。学生時代のご友人らしい。そいつのいる隠れ工房に向かっ……いや、ついた。」

「え?」

 

 いつの間にやら、一行を乗せた大型車は純白の大空間にぽつんと佇んでいた。政宗はアロイジウスとメイジーを車内に残し、ゾーエとダルタニャンについてくるよう言って大型車から降りた。言われるがまま二人が降車して政宗の後についていくと、屑ひとつ落ちていなかった純白の大空間に突如としてこれもまた真っ白色のドアが出現した。

「……んだよ、騒がしいな。今日は朝から晩まで。客人尽くしか? 僕。暇じゃないんだけどな。おかしいな。」

 唐突に三人の目前に現れたドアを開けて空間の中に入ってきたのは、これもまた純白の無造作に伸び切った長髪を揺らす青年だった。その背後には赤毛のショートヘアを持った清純な雰囲気の女性が顔を覗かせていた。

「セスタンテ、そこの超絶美人さんは? お前さんのガールフレンドか?」

「馬鹿を言え。こんな奴。恋人にする人間がいて。たまるかよ。」

 赤毛の女性はひょいとドアから顔を出して三人の顔をしげしげと眺めると、邪気の一切無い満面の笑顔で自己紹介をするのであった。

「伊達政宗様にシャルル・ダルタニャン様ですね! わたくしの名はジャン・ヴァルジャン! この命の聖杯戦争を裁定するため顕現致しました、裁定者(ルーラー)のサーヴァントにございます!」



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歪んだアインツベルン -壱

◆雲雀のキャスター
真名:???
性別:男性
筋力:E 耐久:E 敏捷:D 幸運:B 魔力:B+ 宝具:A
スキル:陣地作成D、道具作成E、自己暗示EX、直感EX、魔力反響A+など
宝具:『???』


『おい、おいおいおいおい!』

『ひゃあ~、こりゃすごいや。何あれ、惑星? 金星だよねあれ。』

「総員、衝撃に備えろ! ハンスとエーリヒは機体をノイエ・グラーフZの裏側に回せ!」

 北アメリカ東部、グランツ・レルヒェのメンバーたちを乗せた航空要塞ノイエ・グラーフZは命の聖杯戦争史上類を見ない大事件を間近で目撃していた。即ち、太陽系第三の惑星、地球の姉妹惑星こと金星のレプリカのようなものが大地に衝突、周囲数十キロ圏内が不毛の地と成り果てるほどの大爆発が巻き起こる光景だ。

「クロウ、手を!」

 艦橋でそれを左の目下に見下ろしていたクロウは、ハンスとエーリヒが搭乗していた戦闘用の航空機がノイエ・グラーフZの右側へと回るのと同時に起きた衝撃波による大振動から身を守るために姿勢を低くする。セイバーもクロウに手を差し伸べながら艦橋に設けられた階段の手すりを握りしめ、吹き飛ばされないよう足腰に力を籠める。

「艦内各所、被害軽微! ラグーンに修理は任せる!」

『カンチョさん、第四魔力エンジンが振動でダウンしちゃてるヨ!』

「叩けば直らないか!?」

『ムチャ言わないでヨ!』

"Z"(ツェー)! 対空攻撃を確認した! 回避行動を取れ!」

「いきなり言われても困る、マスター!」

 艦長の"Z"やそのマスターのジャクリーン、"Z"と無線越しに通信を取る『ラグーン』と呼ばれている整備担当のサーヴァントなど、クロウの目の前で慌ただしくグランツ・レルヒェの面々が事態の対処に右往左往し続ける。

 何故このような事態に巻き込まれているかというと、この北米東部の森だった場所に数分前まで存在していた屋敷で行われようとしていた会合に、"Z"とジャクリーンも出席するはずだったからだ。

 

 グランツ・レルヒェの臨時メンバーとなったクロウが改めて気付いたのは、グランツ・レルヒェには人間がジャクリーンしか参加していないことだった。航空移動要塞ノイエ・グラーフZは、艦長である"Z"の宝具によって造られているらしく、その設備は『事前に決めておく分にはいくらでも設けられるが後付けで設置することはできない』とのこと。

 そして、その設備群の最たる例のひとつが『疑似マスター契約装置』だった。既に死亡してしまったマスターから遺体ごと令呪を回収し、ノイエ・グラーフZの下層に存在する魔力炉に放り込むことで遺体は魔力源に、令呪はそのまま保存されてサーヴァントが存在を維持できるようになるという装置だ。

 欠点として適度に魔力源を補充しなければノイエ・グラーフZを駆動させつつサーヴァントたちを生存させることができなくなることと、さらに魔力炉が『マスター』となるためサーヴァントたちはノイエ・グラーフZから離れすぎると行動できなくなる点が挙げられる。

「……やぁ、あなたがクロウ・ウエムラ氏……この世界における歪みの根源、ですね?」

 そんな疑似マスター契約装置によってノイエ・グラーフZには少数だが個性豊かなサーヴァントたちが乗り込んでいた。そのうちのひとり、穏やかな雰囲気のスーツ姿の男性は、クロウを自室に呼び出すと開口一番にそう確認した。

「その認識で間違いはない……と、思う。」

「えぇ。存じ上げております。」

「お前は何者なんだ?」

「わたしですか。そうですね……仮に『雲雀のキャスター』、と。少なくともあなたは現状、客員のような状態ですから。無暗に真名を明かすのもどうかと思いますのでね。ご容赦ください。」

 そう言って雲雀のキャスターは安楽椅子に腰かけたまま頭を下げる。そして促されるがままクロウは雲雀のキャスターの対面に置かれた椅子に腰かけ、セイバーはその背後に立つ。

「この世界の正体について予言したっていうキャスターはお前か?」

「いかにも。」

 雲雀のキャスターはゆっくりと首肯し、言葉を続けた。

「わたしは個人的に輪廻転生を強く信仰していますが、()が観測しただけでもこの世界は四度以上輪廻を巡っています。」

「何ていうんだっけな、そういうの……。」

「インド哲学における大ユガのサイクル、でしょうね。」

 セイバーの助言に再び雲雀のキャスターは頷く。

「ですがこの度、わたしが眠っている間に()が興味深い予言……というよりは、観測結果でしょうか。それを提示してくれたのです。」

 キコキコと安楽椅子を軋ませ、素直に姿勢を正して耳を傾けるクロウにその事実を告げる。

「『今まで我々が観測してきた世界の輪廻は後付けの代物であり、我々がこうして存在している世界はあるひとりのサーヴァントによって捻じ曲げられ、歪みを刻まれた本来在ってはならない世界である』と。これは剪定事象や亜時空世界とも違う、世界の上から上書きされた世界。真実の世界を覆い隠すように塗り潰された塗料の層(レイヤー)……そう、()は教えてくれました。」

「……さっきから自分のことを他人みたいに言うんだな。」

「ははは! これは失敬。わたしはまぁ俗に言う二重人格のようなものでしてね。眠っている間はわたしと()が入れ替わってしまうのですよ。()根源記憶(アカシックレコード)と接続し、わたしに様々な事象や予言を教えてくれる。とはいえ、第三者に質問されない限りわたしは()に対して教えてほしいことをリクエストすることはできないんですがね。」

「それって要は魔法使いってことじゃ……。」

「そうとも言うでしょうね。実際わたし、生前はしょっちゅう魔術協会に追いかけられてましたし。」

 穏やかだが心底愉快そうにそう大笑いする雲雀のキャスターに対し、クロウとセイバーは顔を見合わせて困惑する。

「さて、それでは本題に移りましょうか、クロウ氏。わたしは()が時折わたしに見せてくれる予言やアドバイスについて深く理解することができない。だからわたしはあなたに頼みたいのです。すなわち――。」

 

 ノイエ・グラーフZの揺れも収まり、格納庫ブロックから戻ってきたハンスとエーリヒが確認できた限りの報告を"Z"へと行う。

「だーめだ姐御、あたり一面ぺんぺん草も生えちゃいねぇ。」

「生命反応はなし。かわいそうだけどここに命と呼べるものはもうないよ。」

 "Z"はしばらく悔しげに俯いていたが、やがて真剣な眼差しを艦橋の壁面に取り付けられた艦内放送用のマイクへと上げ、航空要塞のどこかで今も忙しなく整備をしているサーヴァントに向かって呼びかける。

「ラグーン! サーヴァント反応は検知できたか!?」

『オッケですヨ、カンチョさん! 霊基反応一個だけ見つけたヨ! トンデモなくおっきいネ! 神霊クラスだヨ!』

「そりゃあそうだろ、グレードダウンさせたとはいえ金星ぶつけるいっぱしの英霊なんざいてたまるかよ。当たり前のこと言ってんじゃねぇよ。」

 そうぼやくハンスの愚痴に、苛立ちを含ませた抗議がスピーカーから轟いた。

『ソレじゃお前がやれヨ! ブンブン空を飛ぶしか能のないエンジンバエがヨ!』

「はいはいハンス、ラグーン。喧嘩しないの。ラグーンはハンスの索敵能力がなきゃレーダーも使えないし、ハンスはラグーンが敵を見つけてくれなきゃ戦えないでしょ。グランツ・レルヒェのサーヴァントとして助け合おうよ。」

 なだめるエーリヒの態度に多少負い目を感じたのか、『ラグーン』と呼ばれたサーヴァントはややむくれ気味に報告を続ける。

『……サーヴァント反応は南南西の方角に高速で消失していったヨ。この船じゃ追いつくのはゼッタイ無理ネ。』

「そうか……致し方ない。とはいえここで奴ら(・・)が接触しようとしていたことは確かだ。リグセンルール及びその同盟家たちの目的は燃え尽きてはいないはず。すまないがクロウ君、マスター共々下へ降りて実地捜索を行ってはくれまいか? 護衛にはハンスとエーリヒに同行してもらう。」

「わかった、雲雀のキャスターが言ってた物を探せばいいんだよな?」

「うむ。」

 肯定する"Z"に手を振って応えながら、クロウはセイバーと共に艦橋を後にする。その後ろから駆け足でジャクリーンが、そしてまたその後ろからハンスとエーリヒが雑談しながら追従してくる。ジャクリーンがクロウに追いつくのを確認すると、クロウはジャクリーンに尋ねた。

「この船、一体何騎のサーヴァントが乗ってるんだ?」

「ん? 活動ができるほどにまで回復してるのは……"Z"を数えないで六人かな。それ以外にも今霊基を復元中の奴が何人かいるぜ。」

「ひとりでそれだけのサーヴァントを御するのなんて不可能じゃないのか?」

「何言ってんだよ、おれはあくまで"Z"のマスターさ! 他の奴らのマスターはおれじゃない。あいつらは好きでこの船に乗ってんだよ。おれたちの活動を面白がって乗ってくれてるのさ。だから御するとか支配するとかそんなんじゃない、おれたちは等しく仲間さ!」

 その言葉に、クロウはぼんやりと『彼女』のことを思い浮かべるが、すぐに振り切ってノイエ・グラーフZ下層、船底付近の乗降口の前に立つ。やがてハッチが開くと、まず先にハンスとエーリヒが、それに続くようにジャクリーンが「いやっほう!」と叫びながら空中へとダイブしていき、セイバーに腰を抱えられた状態でクロウもそれを追いかける。

 

 地上に降り立つと、ジャクリーンが四つん這いになって倒れ込んでいた。

「どうしたんだこいつ。」

「身体強化魔術しか取り柄がないからって僕らの手も借りずに着地したの。」

「バカだろ。千メートルだぞ。」

 遥か上空で待機するノイエ・グラーフZを指さしながら呆れた声を漏らすクロウに、ジャクリーンは生まれたての小鹿の如く膝を笑わせながら立ち上がって言い放つ。

「お前はいいよな! 戦闘能力とか機動力とかが自分の身で生み出せるサーヴァントが相棒でさ!」

『聞こえているぞマスター。』

「ひゃえっ!?」

 四方八方からじっとりと見下ろされるも、ジャクリーンは話題を逸らして地平線まで続く草木も生えぬ広大な更地を両腕で示して大声で喚起する。

「さっ、さぁ! 魔術師の工房って言えば地下だろ!? 多分この大平原のどっかに地価工房の入り口があるんじゃないかなっておれは思うんだけど!!」

「ええ、微弱ながら隠匿しきれていない魔力をあちらの方角から感じられます。」

 そう言って、セイバーが東の地平線を指で指し示す。しかしその方向には、その場の全員とは違う、二人の先客がいた。

「……なんだ、あいつら。」

 ハンスが目を細めて小さな人影程度のシルエットを確認しようとする。人影はじっと動かず、こちらを観察していた。

「こんな現場にいるんだから、そりゃあ一般人じゃないでしょ。」

「だろうなぁ。あー……。赤毛の女ってことしかわかんねぇわ。どっちも女。顔似てるし姉妹か双子か……。」

「顔のつくりはアジア系かな。」

「なんだエーリヒお前、俺より目良いじゃねぇか。」

「……そう暢気なこと言ってられないかもよ!」

 エーリヒが鋭く進言した次の瞬間、一同のすぐ左横で砂煙を上げながら爆発が起きた。

「カルバリン砲だ……クロウさん! 僕らは戦闘機がないとほとんど無力だ! ハンスとジャック、僕で目当ての物は探すから、あいつらの相手を頼めるかい!?」

 エーリヒの提案にセイバー共々頷き、クロウは米粒ほどのシルエット目掛けて走り出す。

「令呪を以て我が肉体に命ず!」

 右手の令呪を、輝かせながら。



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歪んだアインツベルン -弐

◆???
真名:???/???
性別:女性/女性
筋力:B 耐久:C 敏捷:B 幸運:C 魔力:B 宝具:EX
筋力:E 耐久:E 敏捷:C 幸運:E 魔力:A++ 宝具:A
スキル:騎乗A、対魔力A、嵐の航海者A、黄金律B、コンビネーションC+、災厄A+など
宝具:『???』


「なるほど、さっき俺たちの船に対空攻撃を仕掛けてたのはコイツらか……っ!」

 絶え間なく続く爆発に巻き込まれ、度々四肢が散り散りになる痛みに耐えながらクロウはその二体のサーヴァントの攻略法を探り当てんと図る。その間にもセイバーは敵に一撃でも浴びせんとヒットアンドアウェイを繰り返すが、そのことごとくを片方のロングヘアのサーヴァントによる魔力障壁で食い止められてしまう。

「姉貴、こいつら案外しぶといぜェ?」

「そうねぇ……少し方法を変えてみるのも良いかも。」

 クロウが睨み据えるサーヴァントたちは何やら会話を交わすと、その立ち位置を少しずらす。そしてもう片方の結髪のサーヴァントがずらりと並べたカルバリン砲の砲門を一斉に地面へ向けた。

 次の瞬間、凄まじい爆風と共にまるで地面がバランスを失ったジェンガのように崩れ落ち、下方になぜか広がっていた空洞へとセイバーとクロウが重力のままに落ちてゆく。

「ヨーホーッ! これなら逃げ場もなく心臓から脳髄から粉微塵だなァ!!?」

 同じくぽっかりとあぎとを開ける虚空の中へと吸い込まれていく二体のサーヴァントのうち、結髪のサーヴァントが自由を失ったクロウへと砲門を向け、自身の周囲を囲むように配置したその六門のカルバリン砲をガトリングのように回転させながら射出する。

「セイバー、防衛を!」

「了解したッ!」

 直後、風王鉄槌(ストライク・エア)を推進力にクロウの上へと躍り出たセイバーがその砲撃を次々に斬り払って無力化していく。

 そのまま事態は膠着し、一組のマスターとサーヴァント、それに相対する二体のサーヴァントはそこも見えぬ闇へと落ちて行くのだった。

 

 ジャクリーンと二人のパイロットによる魔術工房探索もまた、膠着状態にあった。

「どこだここ……。」

「ジャック、こういうのは直感だぜ?」

「馬鹿言ってんじゃないよ。事態の把握は何よりも大事でしょ。」

「……あぁ、そういやお前仲間を堕とさないことに関しては天才的だもんな。他はダメダメだけど。」

「はぁ? 一応僕これでも撃墜王の異名も持ってるんですけど? バーサーカー適性も兼ね備えるほど戦場バカじゃないからね!」

「んだと? やんのかてめぇ。」

「おーまーえーらーっ!! おれを助ける気がないなら今すぐここでこの谷間に落として座に強制帰還させるぞっ!?」

 互いに互いの胸倉を掴み、仁王が如き形相で睨み合うハンスとエーリヒの向う脛を蹴飛ばし、ジャクリーンは目の前の現実の対処法を考えるよう命じる。

 現在ジャクリーンたちは更地の地下に来ているが、そこは巨大な地下渓谷となっていた。その渓谷内に造られた城塞のような施設の中で、一行は途方に暮れていたのだった。

「まるで風に聞くアトラス院だな……。行きはよいよい帰りは怖いって前に雲雀のセイバーが歌ってた。」

「地図もないしそこらじゅうに魔術的な仕掛けがあるし……こんなことならもっと魔術の勉強しておくんだったぜ……!」

 がっくりとその場で膝をついて項垂れるジャクリーンをよそ目に、エーリヒは現在立ち往生している尖塔から尖塔への連絡橋のレンガの目を指でなぞって確認する。ハンスもハンスで暗黒に包まれた周囲の景色をアーチャー特有の視力で確認していく。

「割とデケェぞこの城。さっすがドリーム・フロンティアの大陸だな。こんな規模の砦が建てられる地下渓谷があるなんてよ。」

「う~ん、多分この渓谷は人工物じゃないかなぁ。あちこちに融かされた跡みたいな痕跡が見えるし。世に名高いリグセンルールの魔術工房だもの、それぐらいやっててもおかしくないでしょ。」

「……世に名高い、のか?」

「一部の界隈じゃ超一級の魔術家だよ。少なくとも雲雀のキャスターはそう言ってた。」

「あのオッサンが言うならそうなんだろうな。」

「彼と僕らの最盛期ってほぼ一緒だけどね。」

 そう言いながらエーリヒはレンガの目をなぞって行き、やがて終点へと辿り着く。その場に積もっていた土汚れを払うと、その場にある何かを読み取り、ハンスに指示を飛ばす。

「ハンス、西南西の岩壁に何か描かれてない?」

「あん? あー……暗くてよく見えねぇけどありゃ獣か? 四足歩行のずんぐりむっくりな……。」

「この流れ的に熊かな……。ってことは始点のマークから考えるに……。」

 ぶつくさと呟き続け、エーリヒは唐突に立ち上がって他の二人に告げた。

「リグセンルールの秘密は多分この下だ! 飛び降りるよ!」

「ふぇっ!?」

「はぁ!?」

 言うや否や、エーリヒは何も見えない闇の中へとダイブしていく。ハンスとジャクリーンは顔を見合わせると、腹を決めたのか共にその場から飛び降りていった。

「ひゃああああ!! 無理、無理無理無理無理こんなの! 死ぬ! 死んじまうぅ!!」

「ハンス! ジャックを抱えてあげて!」

「お、おう!」

 そしてエーリヒは落下しながら指笛を吹き鳴らし、鳴り響くその音に耳を立てて即座にハンスに伝令する。

「多分あと数十メートルで地面だ! 着地準備!」

 エーリヒの言った通り、ぼんやりとだが一行の眼下に地表らしきものが見え始める。すぐさまジャクリーンを抱える腕を両腕に変え、ハンスは膝を曲げて衝撃に備える。

 エーリヒは一足先に着地し、五接地転回法を用いて衝撃を緩和する。ハンスもつま先が地面に触れた瞬間にジャクリーンを上空へと放り投げ、五体を地面に触れさせるその着地術で無傷のまま体勢を戻すと、落ちてくるジャクリーンを片手で無造作にキャッチして前方へと手放した。

「う、わとと!」

 ジャクリーンがぐらぐらする視界を回復させて前を見ると、そこには高さ十数メートルほどの巨大な洞窟の入り口が広がっていた。先程の城塞とは違ってこちらには松明の明かりが灯されている。

「なんだここ……?」

「あの城砦に秘密があると見せかけて、ってことなんだろうね。」

「それはさすがに安直すぎねぇか?」

「いや、あの砦にはたくさん魔術的な罠が仕掛けられてた……ってことは運よく入れた奴らは『ここにはきっと大事なものがある』と思っちゃうんじゃないかな。」

「ジャックまでエーリヒみたいなこと言いだしやがった……!」

 唖然とするハンスを取り残し、ジャクリーンとエーリヒは臆面もなく洞窟の中へと突き進んでいく。ハンスも慌ててそれを追いかけ、松明の明かりに導かれるように奥へ奥へと入り込んでいった。

 

 その数分後、それまでジャクリーンが迷子になっていた地下城塞の尖塔のうちのひとつが、中央の建物のドーム屋根を突き破って射出された魔力の光線によって根元から崩れて吹き飛んだ。

「お前ら……一体どこのどいつのサーヴァントなんだ!?」

 城塞の中央広場で二体の赤毛の英霊と交戦しているセイバーの背中を見つめながら、クロウは爆風に巻き込まれて失った両脚の痛みを堪えて吼える。

「雇い主サマの情報を漏らしちまうほどあたいらも三流じゃねェぜ坊主!」

「とはいえ、あの更地に立っていたんだから、リグセンルールの敵対者ってことは自然と推察できるわよねぇ。」

「アインツベルン……!」

 そのクロウの一言に反応してしまったセイバーが、したり顔でカルバリン砲を至近距離で炸裂させた結髪のサーヴァントによってクロウが倒れていた場所の背後にあった壁に叩きつけられてしまう。

「セイバー、気持ちを切り替えろ、今は敵だ!」

「――はい!」

 すぐさまにセイバーは起き上がり、魔力放出スキルによってその気迫を増す。しかしクロウにもその苦悩は理解できた。いつぞやか『彼女』がアインツベルンとセイバーには浅からぬ因縁があると言っていた。ならばその一族の息がかかったサーヴァントと戦うのには若干の抵抗もあるだろう。

 だがセイバーとて伊達に常勝不敗の王と呼ばれてはいない。セイバーは凪ぐ湖面のような瞳で赤毛のサーヴァントたちを見据えると、音高く地を蹴って結髪のサーヴァントの一斉砲撃の中へと飛び込んでいき、自身に着弾する瞬間に上空へ跳躍、反応の遅れた結髪のサーヴァントの胸を袈裟斬りに薙ぎ払う。傷は浅いが、結髪のサーヴァントは数歩下がってしまった。

「おい姉貴! 魔力障壁間に合ってねェじゃあねェか!!」

「ごめんなさい、私も判断が滞っちゃって……!」

 だがその時、彼らの遥か下方で建物全体が立つこともままならないほどの大振動を起こすほどの爆音が鳴り響き、それを耳にしたロングヘアのサーヴァントが結髪のサーヴァントの肩を叩いてその場を離脱するよう促した。

「どうやらこの子たちの別動隊が私たちの欲しかったものを見つけてくれたみたいね! 行きましょ、フズール!」

「ケッ、手間取らせやがって……おいそこの甲冑女ァ! お前と会うことがまたあるかは知らねェが、そん時ァ絶対にお前を生け捕りにした後で爆薬積んだ小舟に乗せて遠くから砲撃してやるから、首ィ洗って待ってやがれよ!!」

 言い残すと、赤毛のサーヴァントたちは壁を破壊し、城塞の真下へと飛び降りていった。それを確認すると、セイバーは歩行が不可能となったまま俯せになるクロウに駆け寄る。

「大丈夫ですか、クロウ。」

「おかしい……俺の体内にはお前の鞘があるはず……! なんでこの程度すぐに回復しないんだ?」

「宝具を封殺するような何かがどこかで起動しているのかもしれません。とにかく、すぐに蘇生を。」

「いや、そうは言ってもな――ッ!?」

 途方に暮れるクロウの発言を遮り、セイバーは天井目掛けて手にした聖剣から魔力の光線を放つ。当然、その直下で倒れていたクロウの頭蓋骨に容赦なく瓦礫が直撃し、クロウの頭部は見るも無残にぐしゃりと潰れてしまう。しかしすぐに脊髄から頭蓋骨が、そしてそれを覆うように皮膚や筋肉が生成され、頭髪も眼球も戻ったところでクロウはあまりの理不尽に憤りの声をあげてしまった。

「お前なぁ!!?」

「申し訳ありません、クロウ。しかしこの剣でマスター殺しを行うわけにもいかないため、あえてこのような手段で。」

「お前から『アイツ』が生まれたのもなんだか納得できるわ……。」

 脚も元通りに生え揃い、焼け焦げたズボンも新品同様になったところで、改めてクロウはセイバーと示し合わせ、赤毛のサーヴァントが落下していった深淵へと身を投げ出すのだった。



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歪んだアインツベルン -参

◆雲雀のセイバー
真名:???
性別:女性
筋力:A++ 耐久:D 敏捷:A+ 幸運:E 魔力:EX 宝具:EX
スキル:対魔力A+、騎乗B、単独行動B+、気配遮断B+、陣地作成E、魔力放出A、直感A、心眼(偽)C+、神性Aなど
宝具:『???』


 洞窟の先には巨大な空洞が広がっており、その岩壁には無数の魔術的な刻印が前方中央の岩壁に描かれた紋章へと延びていた。

 そしてその空洞の中央では、ひとりの白衣の女性が高さ数メートルはある巨大な天球儀の前で木製の椅子に腰かけて優雅に読書を楽しんでいた。傍には首のもげたぬいぐるみを抱えた金髪の幼女が立っており、白衣の女性はジャクリーンたちに気付くと本を閉じて不遜に挨拶の言葉を投げかける。

「ようこそ! リグセンルールが本家、最高峰の平行世界観測所へ!」

「平行世界……観測所? お前は一体何者なんだ!」

 ジャクリーンの質問に、白衣の女性は椅子から腰を上げて深々と礼をし、自らの名を名乗った。

「私の名はロベルタ・ラディッシュ。しがない一介の魔術師で――。」

「てめぇが雲雀のキャスターが予言してた『世界を歪めた主犯格』だな?」

「――人の話は遮らずに最後まで聞けと、母親に教わりませんでしたか?」

 次の瞬間、『ロベルタ』と名乗ったその白衣の女性に質問を畳みかけたハンスの影がぐいっと持ち上がり、ハンスの腕を掴む。自らの影に拘束され、ハンスはバランスを失いその場で膝をついてしまった。

「さて、では本題と行きましょうか。そこの小さなあなた、この家主を失った観測所に一体何用で?」

「ちっ、小さくなんかないわっ! ……お前、ハンスにも聞かれただろ。この世界を歪めた真犯人。お前なんだろ。」

「――はて、何のことやら。」

 白々しく悪趣味な笑顔を浮かべ、ロベルタは本を白衣のポケットにしまい込む。

「そもそも何をもってこの世界を歪んでいると認識するかなど、個々人の裁量でしょう? あなたはなぜ世界が歪んでいると思っているのですか? 何を判断材料に?」

「……っ!」

 ジャクリーンには確かに答えることができなかった。百発百中の予言を行う雲雀のキャスターの言葉とは言えど、それはジャクリーンが世界の歪みを自覚する要因にはなり得ない。それは占いでその日のハンカチの色を決めるようなものだ。

「……ですがまぁ、答えてあげても良いでしょう。えぇ、我々が世界を蘇生させました。地球を廻る霊脈を血管に見立て、マントルを心臓とみなし、世界は生きていると定義づける。そして世界を意図的に殺し(・・)――蘇生(・・)させる。その末に生まれたのがこの世界だった。そう、私が思い描いていた世界とは大きく乖離した胸糞の悪い……いえ、それは詮無きことでしたね。さて!」

 音高く手を叩き、ロベルタは満面の笑顔でジャクリーンを見つめる。その直後に放たれた言葉は、ジャクリーンの隣に立つエーリヒを動かすには十分だった。

「ここまで聞かせておいてなんですが、あなたには死んでいただきましょう!」

「貉也部縺ョ譌ァ縺咲・槭h!」

 突如微動だにしていなかった幼女が手をジャクリーンへと向け、人間には到底理解の及ばない謎の言語を発したかと思うと、ジャクリーンの背後から蛇のような、棘の生えたナメクジのような異形の巨大生物が水音と共に出現し、その丸い口腔をでジャクリーンを呑み込まんと襲い掛かった。

「ジャック!」

 ハンスが叫んだ時には、巨大生物の口は地面に衝突していた。しかし当のジャクリーンは空洞の壁に背中を打ち付けて座り込んでいた。

「あ……。あっ……!」

「おや、献身的なサーヴァントですね?」

「エーリヒィ――ッ!!」

 巨大生物が再び体躯を持ち上げると、そこにエーリヒの姿はなく、ひび割れて陥没した床があるだけだった。そして今度こそは逃すまいとその巨体を這いずり、ジャクリーンを睨む。その異容を直視してしまったジャクリーンの瞳は小刻みに震え始め、四肢もびくびくと痙攣し始める。へたりこんだ場所には尿水が溜まってしまっていた。

「――……っ!!!」

 口端から泡を吹きながら、刻一刻と迫りくる死に抗うこともできないジャクリーン。

「ジャック! 目を覚ませジャック! 早く逃げろっ!!」

 依然影に支配されたままのハンスも叫ぶことしかできず、ただただジャクリーンの名を呼び続ける。

 そんなことは構いもせず、巨大生物の唇が大きく開き、ジャクリーンを覗き込んだ瞬間。

「――。」

 仄かに青い直線が巨大生物の頭部を縦断するように浮かび上がり、直後にそこから透明な液体が噴き出した。突然の出来事に音にもならない絶叫を響かせる巨大生物の白い三角形の足の傍には、白装束に身を包み、踵まで伸びた黒髪に金色の瞳を持った女性が、手に両刃の剣を持って立っていた。

「セイバー!」

 彼女を知るハンスは、喜びに彼女の座の名を口にする。

「――我らが同胞の窮地と聞きつけ、この『雲雀のセイバー』。助太刀に参った。いざ尋常に、神殺し。」

 

「雲雀の……セイバー。」

 黒髪の女性が口にしたその名を復唱するロベルタの眼前で、雲雀のセイバーは目にも留まらぬ速度で跳躍して巨大生物に斬りかかった。反撃する暇もなくひたすらに斬撃の嵐の中で人には可聴不可能な悲鳴を上げ続ける巨大生物。

「ふん、神といえど化身、分霊程度ではこんなものか。」

「……蠖シ螂エ繧 繧ー繝ゥ繝シ繧ュ縺ョ豁」菴薙r遏・縺」縺ヲ縺?k縺ョ縺??」

「当たり前であろう。神であればそれ相応の覇気を持っている。見分けるのは容易だ。」

「ッ!?」

 理解させないための言語をいとも容易く解読され、幼女は初めて表情を動揺のそれに変えた。

 目の前でのたうち回る巨大生物を『神』と呼んだ雲雀のセイバーが手にした剣の刃をおもむろに指でなぞると、刀身が純白に輝き始め、やがてその煌めきは空洞全体を明るく照らした。雲雀のセイバーが黎明の如き神々しい光明を放つ剣を下段に構えた刹那、彼女が剣を振るうよりも疾く巨大な斬撃の残像が巨大生物の体躯を横断し、巨大生物は霞のように淡い水蒸気のようなものとなって霧散した。

 そしてその数拍の後にズンと重い音が響き、空洞の壁に真一文字の斬痕が刻み込まれるのであった。

「……ふむ、少々想定外でしたね、キャスター?」

「縺ゅ?髱貞ケエ繧ゅ>縺ェ縺?? 縺薙%縺ォ髟キ螻?☆繧狗炊逕ア繧ゅ↑縺?□繧阪≧縲」

「ええ、では我々はこれにてお暇するとしましょう。皆様が派手に暴れてくれたおかげでこの装置の設計図も解読できましたしね?」

 指の関節で天球儀の骨組みを叩き、ロベルタは不敵に笑う。その手には、一冊の書籍が握られていた。先程までロベルタの白衣のポケットに仕舞われていた本だ。

「待て、そこなサーヴァント。」

「……。」

 ロベルタとその背後に立つ幼女を見据えながら、雲雀のセイバーは問いかける。

「そなたら、一体何を企んでいる。」

「それを敵に教えるほど慢心はしていませんよォ?」

「……そなたらの目的はこの者か?」

 雲雀のセイバーがそう言った途端、空洞の出入り口から轟音が聞こえ、それと同時にセイバー(アルトリア)の聖剣を強固な魔力障壁で防ぎながらその勢いに圧され、猛スピードで後方へと押し込まれた赤毛のサーヴァントたちが現れる。そしてそのすぐ後ろからクロウが空洞内に入ってきた。

「……繧ュ繝」繧ケ繧ソ繝シ?」

「えェ、えェえェえェ!! わかっておりますともォ!! いやさ僥倖! これはこの少女たちに礼を言わねばなりませんねェ!!!」

 クロウは気を失っているジャクリーンに気が付くと彼女を保護し、セイバーにその場を任せて安全な場所まで運ぼうとする。しかし、クロウの目の前に瞬間移動のようにロベルタが現れ、語り掛けた。

「初めましてクロウ・ウエムラ! 私の名はロベルタ・ラディッシュ! 一介の魔術師ですともォ!!」

「なッ――!?」

「ところでアナタ、『世界蘇生』という単語に聞き覚えは? えェえェ言わずともよろしい、貴方はそれを知っている! 何故ならば貴方はこの世界にあって四人しかいない『死せる世界』の住人! 貴方がバグとしてこちらの世界に渡ってきてしまったがためにこの世界には『死』の概念が生まれてしまった!! 我々の! 計画の! 最高最大の汚点!! ゆえにここで摘み取ろうと思います、よろしいですねェ!!?」

 一気にまくし立てたかと思うと、ロベルタは白衣のポケットから一本のシリンジを取り出し、それを素早くクロウの首筋に突き立て、そのブランジャーをぐっと押し込む。見る見るうちにシリンジ内の液体がクロウの体内へと注入されていき、クロウはその激痛に絶叫した。

「がッ――あ、あ、ああああアアアァァーーーッッ!!?」

「アハーーーッハッハッハ!! これぞ私の最高傑作のうちの一本! 一時的に対象にかけられた呪いや魔術効果を遺伝子レベルにまで干渉して打ち消す薬品!! これで今この瞬間に限ってはあなたはただの定命の人間!! さァ!! 神に選ばれなかった哀れな弱者として永遠の眠りを味わってくださいねェ!!!??」

 次の瞬間クロウの腹部に熱を帯びた激痛が奔る。その原因に目を落としてみれば、幼女の掌から伸びた舌のような謎の器官がクロウの臓腑を食い破って体躯を貫通していたのだ。

「――……っ!」

 押し出された空気が喉から漏れると同時に、血液がばしゃりと地面に広がる。

「クロウ!」

 結髪のサーヴァントのサーベルを弾き飛ばし、セイバーがクロウの元へと駆け寄る。それと同時にセイバーが振るった剣も幼女がロベルタを急速に自身の元に引き戻したがために虚空を掻いた。

 とめどなく溢れる血流を必死に押さえながらセイバーが周囲を見渡せば、雲雀のセイバーは好機とばかりに襲い掛かってくる結髪のサーヴァントを足止めしており、ハンスは未だ影に繋がれたまま項垂れている。

「これにて不安因子はなくなりましたねェキャスター!?」

「諷「蠢?剿縺悟?縺ヲ縺?k縺」

「おっとォ、これは失敬を。ふぅ、少々私も高揚してしまいました。こうもとんとん拍子に事が進んでくれるとはそれこそ想定していなかったものでして。」

 すると、上気した顔を手で扇ぎながら一息つくロベルタの元に、赤毛のロングヘアのサーヴァントが近付く。ロングヘアのサーヴァントはロベルタの名を呼び、ロベルタが彼女と目を合わせた瞬間、パチンと澄んだ音色を指から発した。ロングヘアのサーヴァントは宝具の真名を口にし、ロベルタに三つの質問を行う。

「ごめんなさいね、魔術師さん。これが私たちの今回のお仕事なの。――『赤き髭持つ災厄の交渉(バルバロッサ・アフェトヴァゴヌ)』。いい? あなたの目的は何?」

「こっ、れは……強制的に真実を語らせる宝具……!? キャスター!」

 しかし、幼女のキャスターによる攻撃はことごとく強力な魔力障壁によって阻害される。

「遘√?蜉帙r髦イ縺?□縺?縺ィ……!?」

「ぐ、あ……っ! 私の、目的は……世界蘇生の、再実証……っ!」

「はい、ありがとう。それじゃ、次ね。この天球儀をどうするつもり?」

「平行世界観測機構は改造すれば……思い通りの世界を観測することも可能に……なるっ……!」

「へぇ、そうなの。じゃあ最後ね。あなたのサーヴァントの真名は、何?」

「ぐっ、あ、あぎっ……!」

 しかしその質問だけは、ロベルタは答えることができなかった。

「知らないの? 自分のサーヴァントでしょ?」

「言えば……私がっ……!」

「構わん、私が言おう。」

 突如、幼女らしい高く無垢な声で幼女のキャスターが口を開き、その掌から再び舌を伸ばす。舌はロングヘアのサーヴァントの耳元までするすると伸びてゆくと、その場で身を震わせた。

「ひっ――!」

 直後、ロングヘアのサーヴァントの目の焦点が途端に別々の場所を向き、その場で倒れ伏してしまった。

「姉貴ッ!」

 雲雀のセイバーの相手をしていた結髪のサーヴァントが姉の元へ駆け寄ると、雲雀のセイバーはハンスの腕を縛る影を断ち切ってから鞘に剣を収め、クロウとジャクリーンを担いでその場を離れる。セイバーとハンスもひとまずは二人の救護が最優先と考えたのか、ロベルタや幼女、赤毛のサーヴァントたちには深追いせず、雲雀のセイバーのあとを追いかけた。

 

 ノイエ・グラーフZに戻った一行が艦橋から目にしたのは、先ほどまで更地だった場所が地下渓谷に吸い込まれるように陥没していく光景だった。

『……センチョサン、サーヴァント反応が四騎分(・・・)、離脱していったネ。』

 クロウとジャクリーンの対処に大慌てになっているサーヴァントたちの中に、ラグーンの報告の違和感に気付いた者は、誰一人いなかった。



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白と白の狭間で -壱

◆ルーラー
真名:ジャン・ヴァルジャン
性別:女性
筋力:A++ 耐久:A 敏捷:C++ 幸運:D+ 魔力:A 宝具:EX
スキル:対魔力B+、真名看破A、神明裁決A、怪力D、無辜の罪人C、信仰の祈りA、情報抹消E、仕切り直しAなど
宝具:『???』


「……仏蘭西のサーヴァント多くねぇ?」

 政宗の言葉に、ゾーエもダルタニャンもうんうんと頷く。この場にいるダルタニャンは勿論、先程まで交戦していたマーシャル。そして目の前で甲斐甲斐しく白髪の青年にコーヒーと一切れのチョコレートケーキを差し出し、部屋の片付けをする裁定者のクラスを名乗った女性もまた、フランスの地に紐づけられたサーヴァントだ。

「さぁ、皆さんもコーヒーをどうぞ! お砂糖やミルクはいかがですか?」

 ジャン・ヴァルジャン。フランス革命の時代を生き、神を信じ、正直な行いをこそ尊ぶべしと波乱万丈の生涯を駆け抜けた無辜の罪人。

 そんなフランス人ならば誰もが知る敬虔な聖人が今、自身の前にコーヒーとスティックシュガーを差し出している。その奇妙な光景にゾーエはしばらく固まってしまう。

「あっ、お砂糖はいりませんでしたか?」

 しかしすぐに我に返り、ルーラーにミルクを要求するゾーエ。ちらりと両側に座る二人を見ると、ダルタニャンは気まずそうに俯きながらブラックコーヒーをひたすらマドラーで掻き回しており、政宗は興味深げに部屋中を見まわしていた。

 

 さて、とルーラーは飲み干したコーヒーカップをソーサーの上に乗せ、三人に目を向ける。白髪の青年も気だるげかつ不服そうにではあるが、三人に視線を向けた。

「セスタンテに用向きということは、あなた方も知ってしまったのですね?」

「知ってしまった……?」

 ゾーエの反応にあれ、と首を傾げるルーラー。

「知らずにセスタンテの元に来たのですか? いや、そんなことはないはずです。そうでなきゃセスタンテの隠れ家がアトラス院に観測される危険性を無視してまでここへは来ないでしょう? 貴方たち。」

「ザッツライ、このお嬢ちゃんは『この世界の正体』を知りたがっている。」

「……あれ? そういえばどうしてそれをマサムネさんが知ってるの?」

「はっはっはっはっは!」

 呵々大笑で誤魔化す政宗。今までのアロイジウスの言葉から察するに、それもまたアロイジウスの兄には筒抜けなのだろう。この際、ゾーエは自分たちの動向や目的はすべてアロイジウスの兄と政宗には認知されていると考えることにした。

「その通りです。私はある人物が為そうとしていることを人づてに聞きました。この世界の真相……それについて聞きたいんです。」

「……いやだ。」

 白髪の青年は怪訝な目で短く吐き捨てる。少なからず予想はしていたことだが、ゾーエはやはり落胆してしまう。

「僕の作った技術はね。名も知らない女の子においそれと貸せるほど。陳腐じゃないんだよ。」

「あっ……。」

 その言葉を聞いて、ようやくゾーエは自身の名を明かしていなかったこと、そして対面に座る青年の名を聞いていなかったことに気が付いた。

「私はゾーエ・モクレールって言います。こちらは私の相棒のセイバー、ダルタニャン。」

 ダルタニャンはその紹介に少し驚いた表情を浮かべるが、すぐに無表情に戻り、白髪の青年とルーラーに向かって浅く頭を下げる。

「モクレール……。アニムスフィアのところの名門か。」

「まぁ、ほとんど勘当状態でここにいますけど……。」

「うん。僕は。セスタンテ。まぁ。人からは。そう呼ばれてる。もちろん。本名じゃ。ないけどね。」

 六分儀(セスタンテ)を名乗る白髪の青年は穏やかな笑顔を浮かべると、ゾーエに握手を求める。それに応じながら、もう一度同じ質問をセスタンテに投げかけた。

「それで、あなたはこの世界の真相をご存知なんですか?」

「うん。知ってる。僕が。リグセンルールの平行世界観測機構に。着想を得て。造り出した――『ジェム・ポロニエ』。は。完璧だ。」

「それで……結果は?」

 セスタンテはルーラーにコーヒーを注ぎ足すよう注文し、再びカップ一杯になったコーヒーにスティックシュガーを何本も投入すると、それをかき混ぜながらゾーエに不可解な言葉を投げかけた。

「君は。知っているはずだ(・・・・・・・・)。」

「え……?」

 コーヒーを飲み干し、セスタンテはゾーエについてくるよう促す。ゾーエは鷹揚に返事をすると、席を立ってセスタンテの後ろをついて部屋の奥へと進んでいく。ダルタニャンも政宗に視線で指図され、緩慢に彼女についていった。

 

 巨大な六分儀。ゾーエがその装置を見た瞬間の第一印象はそれだった。本棚や標本が浸かった液体の入った瓶、周囲に配置された多種多様な研究素材から伸びるコードが繋がれたその巨大な六分儀の下に立つと、セスタンテは机の上に広げられた布の上に手を重ねた。

「あまり長時間駆動させると。アトラス院の連中に。ここの虚界座標(インターコード)。割り出されるから。短時間だけしか。使わないけど。」

虚界(インター)……?」

「うん。別名。虚数と実数の狭間。『ある』けど。『ない』場所。僕の。観測した。虚界は。白と白の狭間。白であって。白じゃない世界。」

 そう言っている間にも巨大な六分儀――『ジェム・ポロニエ』の目盛り尺はガチガチと大きな音を立てながら実動していく。目盛りをひとつ移動するたびに部屋の中の本棚や瓶、鉱石や調度品から白色のオーブが漏れ出し、『ジェム・ポロニエ』の周囲を飛び回り始め、やがて『ジェム・ポロニエ』の動きが止まると、『ジェム・ポロニエ』の中へとオーブが収束していき、再び部屋の内部はろうそくの灯りで仄暗く照らされる。

「はい。覗いてみて。」

 セスタンテに促され、ゾーエは恐る恐る『ジェム・ポロニエ』の望遠鏡に右目を押し当てる。

「今回は。ゾーエ。君にフォーカスを。当ててるから。君の周囲の。事象しか。観測できてないけどね。」

 ――マンハッタンだった。月明かりに照らされたバッテリー・パーク。明るい鳶色の髪を長く束ねた白衣の女性がタガが外れたように高笑いする中で、ひとりの青年が白衣の女性の前に立つ金髪の幼女目掛けてレイピアとマスケットを携えて突撃している。

「これ、は――。」

 しかし幼女の掌から噴出された青白い炎によってレイピアは蒸発され、体躯は同様に掌から鞭のように振るわれる鋭利な紐状の物質によって無数に貫かれ、マスケットは弾き飛ばされ、それでも拳を握り締めて幼女に殴りかかる。

 しかし、その拳は幼女に届きはしない。白衣の女性がポケットから取り出したシリンジを青年の肩口に突き立てており、その内部の液体が見る見るうちに青年の体内へと注入されていった。

『ぐっ……!』

 一瞬、青年の苦悶の声が聞こえた気がした。その瞬間、ゾーエは脳裏に浮かんだ言葉を漏らしていた。

「ライ……ダー……ッ!」

 その時だった。

『え?』

 確かに、その青年がゾーエの方を。幼女と白衣の女性の背後からその様子を観測していたゾーエの方を視認したのだ。そして青年は、何かを確信したかのような驚愕の表情を浮かべ、直後に安堵のそれへと口角を崩したのだ。

『そうかい、マスター。それなら……良い。オレは、ここで待ってるぜ。』

 その言葉は、その青年の喉からではなく、瞳から伝わった。次の瞬間、全身を奔る激痛に耐え切れなくなった青年がその場に倒れ込み、この世のものとは思えぬ絶叫をあげる。その悲鳴は聞こえなかったが、ゾーエの頭部にもほぼ同じタイミングで女神でも生まれるかと言わんばかりの鈍痛が響き、レンズから目を離してその場に崩れ落ちてしまった。

「ゾーエ!」

 ゾーエがダルタニャンに抱え上げられると同時にセスタンテは布に刻まれた紋様に手を重ね、『ジェム・ポロニエ』の動作を停止させる。

「ルーラー。ゾーエが起きたら。教えてくれ。」

「わかりました。」

 ルーラーは気を失ったゾーエを抱えるダルタニャンをセスタンテの寝室に案内し、そこへ横にさせるよう伝えると、『ジェム・ポロニエ』の調整をするセスタンテの元へと戻って行った。

 

 アロイジウスは泣き腫らした目でぼんやりと虚界(インター)内部を眺めながら、スライドドアが開け放たれた大型車のシートに座り込んでいた。その後ろではメイジーがすやすやと眠り込んでいる。

「アロー。」

 そこへ、スポーツドリンクのラベルが貼られたペットボトルを手に持ったセスタンテが歩み寄ってくる。

「ランベルトから聞いた。ご両親のこと。ご愁傷様。」

 セスタンテからペットボトルを受け取ると、アロイジウスは諦観が色濃く伺える微笑を浮かべた。

「いや、いいんだ。聖杯戦争に参加する以上、父上も母上もこうなることは覚悟の上だっただろうしね。それよりも、僕様は大兄上……アーレルスマイアー家当主に聞きたいことがあるんだ。これからのアーレルスマイアーのこと。僕様は今はもう当主の妹だ。ろくすっぽ真面目に戦争に参加していなかったのも娘だったから。でも今はもうそういうわけにもいかない立場のはずだ。僕様は……どうすればいいんだろう。」

「それについてはオレから。」

 セスタンテの背後から現れたのは政宗だった。政宗はジーンズのポケットからスマートフォンを取り出すと、それをセスタンテへと投げ渡す。その画面には『マスター』と日本語で映っており、どうやら通話が繋がっているようだった。

「はい。セスタンテです。……あぁ。ランベルト。……は。何て言った。今。拠点? 僕の。虚界(インター)を? うん。うん。は? あぁ。うん。」

 セスタンテはそこで一度スマートフォンを耳から離し、アロイジウスに通話相手の言葉を伝える。

「ランベルトから。『お前はお前のやりたいことをやれ。これは当主命令だ。お前がやりたいことをやるためなら我々アーレルスマイアー兄妹はできうる限りの支援をお前にしよう。』だって。」

「大兄上……!」

 無意識の感涙が頬を伝うアロイジウスから目を逸らし、セスタンテは再び通話に戻る。

「それで。なんだっけ。僕の。虚界(インター)を。拠点に。使わせるんだっけ。嫌だよ。この。白と白の狭間(アルブム・オーディウム)は。不安定なんだ。少しでも。魔力を。感知させれば。アトラス院に。座標を。割り出される。」

 そこからしばらくセスタンテは黙って通話相手の話を聞き込んでいたが、やがて六秒にも及ぶ大溜息をつき、

「――わかったよッ!!」

 と吐き捨てると乱暴に通話を切ってしまった。それを政宗に放り渡し、あとは好きなようにしろと自衛手段を放棄する。

「いいのかセスタンテ、君はアトラス院に――。」

「いいよ。ここまで来たら。ダメで元々だ。ただし。僕が襲われたら。真っ先に。僕を守れよ。それが。家賃だ。」

「……ああ! 僕様とゾーエを信じろ!」

 セスタンテが屋内に戻ったのを確認すると、政宗はニッと笑って手中に一振りの日本刀を出現させる。それを虚界(インター)の地表に突き立てると、宝具を発動させるための詠唱を言祝ぎ始める。

「千代に八千代に栄えたもう青葉の栄華よ、水に生まれ火を掲げ、風と共に生き土と共に歩む青葉に、永遠の繁栄ぞあれ!! ――『地に栄え天に轟く仙台六十万石(サウザンドステイツ・オブ・アオバ)』!!!」

 政宗が突き立てた打刀――燭台切光忠の切っ先から地面を削ぎ、捲り上げるように大きく広がっていく仙台笹の家紋が通過した場所に、次々に建築物や人工水路、川や丘、山や草木、花々が生成されていき、やがてアロイジウスの視界には、吸い込まれそうな碧空の下に広がる広大な城下町が広がっていた。



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白と白の狭間で -弐

◆アーチャー
真名:???
性別:女性
筋力:B 耐久:B 敏捷:A 幸運:B+ 魔力EX 宝具:A++
スキル:対魔力A、単独行動A、女神の神核Bなど
宝具:『???』


 原寸大、粗の一つも見当たらない整然とした多機能都市を前に、アロイジウスはただただ驚嘆し、硬直するしかなかった。

「ま……政宗公、これは……!?」

「オレ、セイバーの座で召喚されてるけどヨ、本分は街作りとか内政とか、そっち方面なんだわ。今は二十一世紀、刀ァぶんぶん振るジェネレーションじゃあねぇだろ?」

「その発言はそれこそセイバーとしてどうなんだい……?」

「マ、オレ血みどろの時代に召喚されたとしても街は作るけどな!! オレがいる場所こそ青葉なり! なんてナ! アローちゃん、オレの青葉を隅々まで楽しんできな。一応これでも工房作成用の宝具なんだからよ。」

 アロイジウスとしても火急の要件はなかったため、政宗の言う通り宝具によって生み出された城下町を練り歩くことにした。

 

 突如としてセスタンテの部屋の外に広がっていた緑豊かな山々に囲まれた大都市の大通りに建っていた茶屋でずんだ餅を頬張りながら、ゾーエは凝視していると恐怖すら感じてしまうほど雄大な蒼空をぼんやりと眺めていた。

「なんだ、探したぞ盟友。」

 そこへ、ぱたぱたと団扇で首筋を扇ぎながらアロイジウスがやってくる。目元の赤みは消え、いつも通りの調子に戻っているようだった。

「すごいよな、政宗公のこの宝具。都市はおろかそこに住む人々すら召喚してしまうなんてさ。」

「うん……。」

 アロイジウスは茶屋の娘に茶を一杯注文し、それを両手に持ってゾーエの隣に腰を下ろす。しばらくそのまま空を見つめるゾーエを凝視していたが、やがて不意にゾーエの頬にキスをした。

「――ッ!?」

「お、気付いたか盟友?」

「アロー!? い、いつからそこに……っていうか何、いきなり何!?」

「あっはっは、ただの冗談さ! それで? 何を呆けていたのだよ。セスタンテに何か見せられたか? ……あぁ、この世界の真相だったか。僕様も聞いたよ。」

 顔を真っ赤にして仰け反るゾーエを見て大笑いしながら、アロイジウスは手に持った茶を呷る。

「……アローはさ、自分が偽りの自分だって事実を知ってしまったらどう思う?」

「ニセモノだったら何か問題があるのか?」

「ないけどさ。わかるよ。アローはきっと『ニセモノでも今生きている自分は自分でしかない』って感じのことを言ってくれるんだろうなって。」

「言おうと思ってたことを先に言われるのは恥ずかしいな……。」

「でも不安なことには変わりないよ。私は何者なの? 『あっち』の私が本物なら、今この世界に生きてる私は誰? 本当にゾーエ・モクレールなの?」

 半分に切り分けたずんだ餅の片方を口の中に放り込み、ゾーエは言葉を続ける。

「……仮にこの世界が元に戻って……私が消えて『私』が残った時、そこにアローの記憶はある? この世界で親友だったからと言って、アローは『向こう』でも友達なのかな。」

 アロイジウスはしばらく無言でいたが、ゾーエの膝の上に乗った皿の上のずんだ餅の半分をひょいと横取りし、咀嚼しながらその答えを告げた。

「それを今考えて何か意味があるのか?」

「でも!」

「おいおいよせよ盟友。元の世界で僕様と盟友が仮に友人関係じゃなかったら何だよ? その時はその時さ。僕様は何があろうと盟友を見つけてみせる。だってそうだろ? 記憶がなくたってわかるはずだ。だって現に盟友は『向こうの世界』を直感してる! なら『あちら』に戻っても僕様のことは深層意識で記憶しているはずじゃないか?」

 ニヒルな笑顔を見せながら、アロイジウスはずんだ餅を呑み込む。そして茶を飲み干し、茶屋の娘に空き容器を手渡すと、バネのように立ち上がってゾーエの肩を勢いよく叩き、急かす。

「さぁさぁ盟友! 暗い顔をするのは似合わないぞ! 僕様たちは魔術使い。れっきとした魔術師じゃないからこそ、魔術師に共通する『倫理観の欠如』が起きていない『普通の人間』じゃないか!」

 その言葉を聞いて、ようやくゾーエはアロイジウスの顔を見上げた。その驚きと安堵が入り混じった奇妙な表情を見たアロイジウスは、心の底から明るい声と笑顔でゾーエの手を取る。

「その感性は大事だ! 未知に対する不安。暗闇に対する恐怖。未来への虚無感。――あるからこそ、僕様たちは勇気を出せる。一歩を踏み出せる! さぁ行くぞ盟友、世界が君を待っている!」

 そしてゾーエの手を引っ張って立ち上がらせ、セスタンテの工房がある城の真下に向かって彼女の手を握ったまま駆け出した。

 その様子を物陰から眺める男が一人。誰あろう、伊達政宗であった。

「……う~ん、ブルースプリング。若いってサイコーだな!」

「その姿のお殿様もお若くございますよ?」

「お、ホント? マジ?」

「はい、青葉の伊達者に相応しい凛々しさでございます!」

 茶屋の娘におだてられ、頬を赤らめて照れる政宗。その背後から、藍色の髪をオールバックにした銀の角縁眼鏡の青年が近付く。

「あれ、マスター?」

「――我が国では最近同性婚が合法化された。」

「え、マスターまさか。」

「今後次第だ! あのゾーエという少女が私のアロイジウスの伴侶となるにふさわしい女性かこの先義兄として見極めさせてもらおう!!」

「マスター落ち着けって、多分アローちゃんそっちの趣味はない。」

「キスしてた!!」

「いやあれは親愛のそれだと思うぞ!」

 獣の如く奮い猛るアロイジウスの兄を抑え込みながら、政宗は仲良く手を繋いで青葉城目掛けて走り去っていく二人の少女の背中を見つめ、眩しそうに目を細めるのであった。

 

 ゾーエとアロイジウスがセスタンテの工房に戻ると、セスタンテは自身の寝室の奥を見つめてげんなりと肩を落としていた。二人がそちらを見れば、なんと工房と城が一体化しており、寝室の壁に生まれ出でた襖の先は広大な座敷になっていたのだ。奥には木製の階段もあり、どうやら天守まで登れるようになっているようだ。

「ゾーエ!」

「うん!」

 短く言葉を交わしただけで互いの思考を察知したらしく、二人は階段を一気に駆け上がっていく。やがて辿り着いた天守閣の窓から身を乗り出し、地平線の彼方まで続く固有結界の全貌をその視界の中に収めた。

「すごい……!」

 どちらが言ったのか、それとも両者が言ったのか。とにかく、たった一言の言葉しか紡げないほど、その景色は雄大で清美だった。整然と並んだ街並み、人々を守る龍神のように横たう人工水路、澄み切った空には鳥が翼を広げ、遠くには太平洋も見える。

「サイコーにクールだろ、オレの街はよ。」

 そこへやってきた政宗は、ぶつくさと不平不満を垂れ流し続けるセスタンテの背を平手で叩き、伝えるべきことを伝えるように言う。

「ああ……。そうだね。ゾーエ。アロー。ここでじっとしてても。君たちがしたいことは。何もできない。まぁそもそも。君たちが。世界の真相を知ったところで。何がしたいかなんて。聞いてないけど。」

「盟友、君はどうするんだ? 世界の真実を知って……それでどうするんだ?」

「……。」

 ゾーエの心の中で、再び先程と同じ不安と恐怖が渦巻き始める。もしも、元の世界に戻れなかったら。元の世界に戻ったとして、その時今の記憶はあるのか。そもそもアロイジウスのことを覚えているのか。アロイジウスのことも忘れ、この世界で助けてもらった様々な恩人たちのことも忘れてしまうことよりも、今この世界のままで良いのではないのだろうか。

「……この世界じゃダメな理由が、私にはない……。」

「ダメだ、盟友。」

「え?」

「ダメだ。それはダメだ。『理由がないから今のままでいい』は一番理由にしちゃいけない。君が『向こう』を直感できたのには絶対にワケがある。それを知るまでは引きずってでも僕様が盟友を急かし続けるからな!」

「……うん、わかった。じゃあアロー、何か作戦があるの?」

 そのゾーエの質問に返ってきたアロイジウスの返答は、その場にいる全員が面食らうものだった。

「――アインツベルンに会いに行こう!」

 開いた口も塞がらず、茫然とどや顔のアロイジウスを見つめていたゾーエは我に返るとその理由について糾問する。

「い……っ、いやいやいやいや!! 何を考えてるのアロー!? アインツベルンって……アローのお父さんとお母さんを……!」

「だから何だね!」

 真っ直ぐに澄んだアメジストの瞳でゾーエを見据えるアロイジウス。その視線に憎しみや怒りは微塵も含まれておらず、ただひたすら真摯に親友の征く道を切り拓こうと決意する意思に溢れていた。

「今一番聖杯に近いのはアインツベルンだ。ならば遠かれ近かれアインツベルンと接触しなければならないことに変わりはないだろう? 僕様たちは自陣営サーヴァントが三騎に中立サーヴァントが一騎。対してアインツベルンは少なく見積もっても二十騎近いサーヴァントがいるはずだ。」

 まくし立て、アロイジウスは一度呼吸を整える。

「戦力差とアーレルスマイアーの気質から奴らが察する我々の行動は二パターン。つまり『同盟加入要請』か『戦争辞退』かだ。――そして僕様が取る行動は『戦力削減』だ。」

「アインツベルン派所属のサーヴァントを少しずつ始末していくってこと?」

 アロイジウスは頷き、全員に詳しく自身の方針を話していく。そのすべてを聞き終えた時、あまりの無謀さに大笑いする政宗を傍目に、ゾーエはアロイジウスに尋ねた。

「どうしてそんなに、強くいられるの?」

「――強くなんかない。実際僕様は今も哀しい。哀しいし、悔しい。悔しいし、憎らしい。憎らしいし、絶望している。……でもそれは足を止める理由にはならない。盟友、僕様は君がくれた恩を――あの時、時計塔の中庭で君が僕様にくれた大きな恩を、返したいだけなんだ。

 盟友、君はこの世界を変えなきゃいけない。世界の齟齬を知る人物は、齟齬を正す義務がある。君は義務を果たすんだ、盟友。だから僕様はその後押しをするだけ。……君が強くあれないと言うのなら、僕様が強くあろう。ただ、それだけだ。」

 それじゃあ、と言ってアロイジウスは政宗の方を向く。政宗は今先程アロイジウスに頼まれた作戦を遂行するためにセスタンテに天守の窓ととある地点(・・・・・)を結ぶよう頼み、その場所へと飛び込んでいく。それを見届けると、アロイジウスはゾーエの肩を叩いて促す。

「さぁ、僕様たちも行こうじゃないか! ルーラー、アーレルスマイアー本家のアメリカ拠点を爆撃したサーヴァントは聖杯戦争の規約違反になるかな?」

「えぇ、そもそも命の聖杯戦争そのものが一般的な聖杯戦争の枠に囚われない特殊な物ですから。さらに世界の二度塗りなどという異常事態すら起きている。……爆撃の犯人が潜伏している場所でしょう? えぇ、上海です。」

 それを聞いたアロイジウスは、無言でセスタンテに目配せをする。セスタンテは大溜息を吐き、政宗が去って行った窓枠とは別の窓枠に何らかの器具を取り付け、簡易式の転移装置を生み出す。「戻るときは信号の発信を」と持たされたペンダントを首にかけ、アロイジウスはゾーエの手を強く握る。

「……盟友、覚悟を決めるんだ。」

「覚悟も何も……ううん、そうだよね。」

 不安や恐怖、戸惑いや悪寒が寄せては返すゾーエの脳裏に、あるひとりの少女の言葉がよぎる。

 『そこに敵がいるから』。

 ゾーエは勇壮な笑顔を浮かべ、アロイジウスの手を握り返す。

「――うん、行こう!」

 手を繋ぐ二人の少女と、その後を追って転移装置の中へとダイブしていく二騎のサーヴァント。運命の歯車がまたひとつ、大きく動いた瞬間だった。



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白と白の狭間で -参

◆アサシン
真名:ハサン・サッバーハ?
性別:女性
筋力:D+ 耐久:D 敏捷:A+ 幸運:A 魔力:D 宝具:C
スキル:気配遮断A+、道具作成A、単独行動B、騎乗D、専科百般E+など
宝具:『???』


 青年が目を開けた時、目の前にいたのは藍色のアシメバングの前髪を持った少女だった。

「藍色の髪に『輝ける瞳(ユヴェル・イリス)』の令呪。……アーレルスマイアーか。」

「いかにも。」

「復讐に来たか。」

「いいや。」

「ほう。」

 殊勝にも、目の前の少女は手をだらりと下ろし、魔術を行使しようという素振りすら見せず、ただただ青年の前で棒立ちしているのみだった。

「殺し合いに参加すると決めた以上、いつか死ぬことは織り込み済みだ。そんなことより僕様は君に訊きたいことがある。」

「良いだろう、言ってみろ。」

 藍色の髪の少女はニヤリと笑うと、青年の名を告げて問うた。

「――ジャン・ズーハオ。お前、最近頭が痛まないか?」

 

 アロイジウスとしても膝が笑ってしまいそうだった。目前で胡坐をかき、瞑想の姿勢を崩さないこのズーハオという青年には一切の隙がない。警戒させないようにとメイジーはできるだけ遠い場所で待機しているよう命令していたが、これではいつ自衛も間に合わずに殺されても文句は言えない。

「……頭痛など誰にでもある生理的現象だろう。それを言い当てたところで何かあるのか。」

「ははは、確かにその通りだとも。しかし君は知っている。君が味わっている頭痛は生理現象というにはあまりにも気色が悪いことを。」

「……。」

 ズーハオは怪訝そうな目でアロイジウスを見上げるが、再び興味をなくしたように目を閉じて瞑想にふける。攻撃されないことを良いことに、アロイジウスは更に話を続けた。

「ジャン・ズーハオ、お前は自分が偽りの存在だと言われたら、何を思う?」

「……何も思わん。自分を偽りか否かと決めるのは他者ではない。」

「世界が、偽りだと言ったら?」

 三千メートル級の山脈のうちのひとつ、その中でもひときわ亭々たる霊峰の山頂に腰を下ろし、霞む地平線と遥かな大空を一望するズーハオにとって、アロイジウスはいつでも突き落とせる位置にいる。それでもそうすることはせず、彼はゆっくりと瞼を開き、広がる壮大な大世界を見つめながらぽつりと呟く。

「……心当たりが無いわけではない。」

「ほお?」

「だが、それをお前に教える道理はない。アインツベルンに与する者として、リグセンルール一派のお前たちアーレルスマイアーを目の前にして抹殺しようとしないだけ有情と思え。」

 その言葉に、アロイジウスは「ふーん」とこぼして笑う。右足のスニーカーを脱ぎ、素足を曝け出すと、瞑想するズーハオの周囲に円形に配置された色とりどりの宝石のうちのひとつを足の親指で押さえ、すっと位置をずらしてしまう。

「……おい。」

 その形状に意味があったのか、ズーハオは露骨に機嫌を損ねたようにアロイジウスを睨みつける。そんなズーハオにケラケラと笑いかけながら、アロイジウスは彼の目線に合わせるようにしゃがみ、話を続けた。

「ねぇ、教えてくれよ。僕様、その感覚わからないんだ。でも僕様はその感覚の正体を知ってる。君も知りたいだろう?」

「……そうだな……。」

 ズーハオは溜息をつき、立ち上がろうとする様子を見せる。その動作に満足げに笑ったアロイジウスの表情はしかし次の瞬間、緊迫感に満ちたものへと変わる。

「――……ッ!?」

 視認できない速度で下腹部を抉り蹴られ、アロイジウスは山頂の崖から放り出される。ひゅうひゅうと悲鳴を上げる風を鼓膜で感じ、冷たい目でこちらを見下ろしてくるズーハオの顔をじっと見つめながらアロイジウスは紐なしのバンジージャンプを体験する。

「――っはは! 手荒なお兄さんだな!」

 だが、アロイジウスの驚愕に見開かれた瞳はすぐに笑顔で細められる。ポケットから槍兵を模したチェス駒を取り出すと、サーヴァントを喚び出さんばかりの詠唱を紡ぎ、最後に一言大きく言い放った。

「告げる……。汝の身を我に。汝の剣を我が手に。聖杯のよるべに従い、この意この理に従うならば応えよ。誓いを此処に。我は常世総ての善を擦る者、我は常世総ての悪を追討つ者。汝、三大の言霊を纏う七天。抑止の輪より来たれ――天秤の守り手よ!!

 ――夢幻模倣(イミテーション)!」

 黄金の突風がアロイジウスの周りを吹き荒れたかと思えば、アロイジウスの服装は天衣無縫を体現したかのような白無垢の衣装に変わり、髪型はセミショートヘアだったはずが踵まで届くほどの長いロングヘアへと変貌していた。

「僕様と戦おうって言うんだね? わかるともッ!」

 くるりと空中で一回転、地表に向けられていた脳天を天蓋へと反転させると、飛ぶ鳥を落とす勢いで飛翔し、ズーハオの立つ山頂に再び降り立つ。ズーハオは拳法の構えを取っており、彼を取り囲む宝石のひとつひとつから眩い光が放たれていた。

「トオサカの鉱石魔術……その応用、か。――でも、僕様には勝てないね!」

 ズーハオの回し蹴りを回避し、空中で静止したアロイジウスが掌をズーハオに向けると、虚空に金色の波紋が広がり、そこから数十本もの先端に鏃が取り付けられた鎖が射出され、ズーハオを貫かんと襲い掛かった。

 そのことごとくを軽々と躱して見せ、一瞬でアロイジウスの眼下にまで迫ると、手中にて眩い光を放つ宝石を握り締めた拳を振り被り、跳躍して思い切り彼女の左頬を殴り飛ばす。

「っぁぐ――っ! 女の子の顔は殴るなってお母さんに教わらなかったのかい!?」

「ハ! 自分を刺し殺そうとしてくる女の顔面には高質量の点心(おかし)を奢ってあげなさいとは教わったな!」

「それはなかなかアグレッシブなお母さんだねぇ! 反抗期とかなかったでしょ! ――あーいてて、夢幻模倣(イミテーション)してなかったら絶対首から上消し飛んでたなアレ……。」

 続け様に飛び掛かってくるズーハオをなんとか英霊の速度で避けていくアロイジウスの耳に、遠くから爆発音が飛び込んでくる。

「お、メイジーの奴も頑張ってくれてるみたいだな?」

「アーチャーめ、来ないと思ったらたった一騎に手こずっているのか……。」

「うちのメイジーを見くびらない方がいい! あいつの経戦能力はそんじょそこらのバーサーカーに比べて格段に高い!」

「……。」

 堂々と自身のサーヴァントの特徴を暴露するアロイジウスに呆れたような表情を見せるズーハオは、再び宝石を握り締めてアロイジウスの懐に入り込む。しかしそれを視覚で捕捉したアロイジウスはニヤッと笑って両掌を地面に叩きつける。直後、ズーハオの五体は地表から召喚された黄金の鎖に捕縛され、肘ひとつ動かせなくなってしまった。

 しかしその鎖をすべて力任せに引き千切り、再びアロイジウスに殴りかかる。

「嘘だろッ!? 紛い物とはいえ『天の鎖』だぞ!!?」

「お生憎とその時代の(・・・・・)神性など見飽きた!」

 しかしその拳がアロイジウスの顔面パーツを擂り潰す一拍直前、高らかな女性の声がどこからともなく聞こえてきた。

「ちょっとちょっと! そこら辺にしときなさいな!」

 聞こえるや否や、その声の主は突如二人の間に割って入り、両者を押し退けて距離を取らせた。そこへもうひとつ、声が近付いてくる。

「ハサンさん、ナイスです!」

 息を切らしながら走ってきたその青年は、見るからにズーハオと同じアジア人だった。見慣れない服装に身を包み、右手の甲には盾のような形の令呪が赤く輝いている。

「待ってくれ、今は戦ってるときじゃない!」

 青年はその場で膝に手を当て、身を屈めて息を整える。

「……誰だ貴様。」

「あー……っと、そうだね、俺の名前が先だ。」

 黒髪の青年は顔を上げ、夢幻模倣(イミテーション)を解除したアロイジウスとズーハオの顔を交互に見ながら名を名乗る。

「俺は藤丸立香(ふじまるりつか)! 未来から来た……って言ったら信じる?」

 

 藤丸立香、そう名乗る青年が乱入してきた時点で、ズーハオの姿はどこにもなくなっていた。アロイジウスは同じく撤退したズーハオのサーヴァントを深追いすることもなく戻ってきたメイジー共々藤丸の話を聞くことにした。

「……それで、リツカ? って言ったよね。君はどっちなのさ。」

「どっち……?」

「アインツベルンか、リグセンルールか! それとも第三勢力? 『グランツ・レルヒェ』って連中か?」

「え、えーっとね。」

 その時、藤丸の左腕に装着されていたリングから少女の声がした。

『先輩はそのいずれにも属しません。私たちは人理継続保障機関カルデアの人間です。』

「通信技術? 随分と贅沢なものを持ってるんだね、お前。それに……人理継続……なんだって?」

『人理継続保障機関カルデア。過去の特異点を修復し、人類史を修復するのが目的です。申し遅れました、私はマシュ・キリエライト。そちらにいるマスター・リツカのサーヴァントで、今は諸事情によりサポート役に徹しています。』

「いきなりいろんなことをまくし立てないでくれたまえ! あぁもう……なんだって? つまり君は、君たちは……この世界が特異点だってことを知っているのか?」

「君も知っているの!?」

 意外そうに声を大きくする藤丸に、アロイジウスもやや面食らったように一歩引きさがる。

「あ、あぁ……。そのことを直感している友人がいてね。今は真相について調査中で、今いたあの中華系のマスターがそれについて何か知っている可能性があったから交渉に来ていたんだが……君のせいで台無しだよ。」

「あっ……ごめん。」

「別にいいさ、それよりも君たちはこの世界について何を知っている? できれば、君たちがこの世界を『特異点』だと言う根拠を教えてくれ。僕様は基本的に性善説推しだ。君たちを端から疑うような真似はできればしたくない。あー……。僕様はアロイジウス・アナスタージウス・アーレルスマイアー。こっちは僕様の契約サーヴァントのメイジー。バーサーカーだ。」

 メイジーがぺこりと頭を下げるのを見てつられて頭を下げる藤丸の左腕から、またもマシュという少女の声がする。

『アーレルスマイアー……アインツベルンとは対立関係にある一流の家系であると記憶しています。』

「うんまぁ。僕様は落ちこぼれの末子だけどね。」

『この世界が特異点であると説明するのは少々長くなってしまうかと思われます。どこか安全な地帯はありますか?』

「……アオバかなぁ。」

「アオバ?」

「僕様の大兄上が召喚したサーヴァントの宝具。でもすまない、さすがにそこまで案内することはできない。だからここでいい、そこの岩にでも腰かけてくれ。メイジー、お茶の用意を。」

「はぁい!」

 メイジーがケープの内側からガラガラと様々な器具を取り出し、その場で紅茶を淹れ始める。驚いた様子の藤丸に対し、アロイジウスは意識を戻すように少し大きめの声で話を続けた。

「……それで! 僕様たちの世界が特異点だって事実を明確に自覚しているんだ。それ相応の理由があるんだよね?」

「あっ……うん! 俺はとある存在の顕現を確認してこの時代にレイシフトしてきた。今はこうしてはぐれサーヴァントのハサンさんと仮契約を結んで護衛してもらってるんだ。」

 ハサンと呼ばれた金髪碧眼の女性サーヴァントは微笑んでドレスの裾を摘まむ仕草の挨拶をして見せる。勿論、彼女はスカートではなくズボンを履いていた。

「ふぅん……とある存在。」

 訝しげにメイジーが手渡したマグカップの紅茶をすするアロイジウスに、藤丸は同様にメイジーからマグカップを受け取りながら疑う素振りすら見せずにそれを飲み、それについて言及する。

「……『魔神柱』。既にすべての個体の機能停止が確認されたはずのその人類悪の存在が、この特異点から検出されたんだ。」



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真実へ手を伸ばせ -壱

◆ライダー
真名:フローレンス・ナイチンゲール
性別:女性
筋力:B+ 耐久:A+ 敏捷:B+ 幸運:D+ 魔力:B+ 宝具:D
スキル:騎乗D、人体理解A、天使の叫びEX、鋼の看護Aなど
宝具:『我はすべて毒あるもの、害あるものを絶つ(ナイチンゲール・プレッジ)』
→次々と迫りくる『死』に敢然と立ち向かった彼女の精神性や逸話が複合して生まれた宝具。この効果が及ぶ範囲内には一切の毒や病、攻撃は無効化され、傷病も癒えていく。


 クロウがベッドの上で目覚めた時、傍らには赤い軍服の女性が立っていた。

「意識が戻りましたか。ですが貴方の容態はすぐに起き上がって良いものではありません。しばらく安静に。」

「っぐあ……。」

 軍服の女性の声も聞こえていないのか、クロウはおもむろに上体を起こす。その瞬間、万力の如き握力で頭蓋を鷲掴みにされ、枕に後頭部を叩きつけられてしまう。

「!?」

「安静に、と申し上げたはずです。次に指一本動かそうものなら生命活動を停止させますので、そのつもりで。」

「いでぇ……く、口は動かしていいのか?」

「……えぇ、それくらいなら。傷病者の退屈凌ぎ(カウンセリング)に付き合うのも看護師の務めですので。」

「えーっと、お前もグランツ・レルヒェのサーヴァントなのか?」

「はい。ライダー、フローレンス・ナイチンゲール。お好きなようにお呼びください。」

「フローレンス・ナイチンゲール……『クリミアの天使』様か!?」

「……あぁ、お好きなようにお呼びください、とは申しましたが。その呼称だけはやめてください。恥ずかしいので。」

 やや顔を赤らめるも、眉ひとつ動かさない無表情でナイチンゲールはまるで腕だけ別の生き物になったかのように高速でボウルの中のリンゴを大きめの木の棒で圧し潰しながら、クロウの問いにひとつひとつ答えていく。

「……ジャックは?」

「ミス・ジャクリーンは現在別室にて療養中です。つい三時間と二十四分五十九秒前に彼女も意識を回復しました。」

「そうか、良かった……。それで、今は? この船はどこを飛んでいるんだ?」

「現在アメリカ北部において離脱が確認されたサーヴァント反応のうち、より濃度の高い方を追跡中です。目標は現在太平洋上を高速で移動中。ミセス・"Z"によれば、この空母でも追跡するだけで精一杯、とのことです。」

 さらに続けて質問を投げかけようとクロウが口を開いた矢先、ナイチンゲールはその口腔にスプーンですくった擂り潰したリンゴを強引に突っ込んだ。

「んがっ! ……んぐ、痛ぇじゃねぇか! 歯ぁ折れるかと思ったぞ!?」

「痛覚は健やかな生命活動の証拠です。」

「どんな兵士でも見捨てなかった天使様って言うから聖女のような人を想像してたんだけどな……。」

「それは貴方の勝手な妄想です。戦場において重要なことは迅速な殺菌、消毒、しかる後に適切な応急処置。良いですか、ミスタ・クロウ。貴方は少し焦っている。焦りは禁物です。無用な焦りは正常な判断を鈍らせます。さぁ、大きく息を吸いなさい。五秒間かけて息を吸うのです。」

 言われた通りにクロウが五秒間息を吸い続けたのを確認すると、ナイチンゲールは言葉を続ける。

「さぁ、今度はゆっくり吐き出して。今度も五秒間かけて吐き出し切るのです。肺の内容物を全て出し切りなさい。」

 またナイチンゲールに言われた通り息を吐くと、クロウは少しばかり息を吸い、ふう、と漏らす。

「――うん、確かにちょっと思考がクリアになった。ありがとな、天使様。」

「……その呼称はやめてくださいと……。いえ、今回は甘んじて受け入れましょう。ミスタ・クロウ、自分が焦っていると自覚することは時に大変重要です。その自覚の有無が貴方の生死を分かつことだって大いにあり得ます。ですから、まずは焦燥感の自覚を。そして、私が今教えた深呼吸を行うのです。どれだけ余裕がなくとも、十秒しっかりと深呼吸をするのです。」

「あぁ、わかったよ。」

 その返事を聞いたナイチンゲールはそこでようやく頬を緩ませて見せた。慈愛と優しさに満ち溢れたそれはまるで、天使の微笑みのようであった。

 そうこうしていると、病室の自動ドアが開き、またひとりの見慣れない顔が室内に入ってくる。

「くろうクン、いるネ?」

「ミス・ラグーン、ここは病室です。無暗に侵入してきては困ります。」

「アハハ、ごめんネ! じゃあホラ、ここで立つネ! ここならいいネ?」

 そう言って、『ラグーン』と呼ばれた温かい海を思い起こさせるエメラルドグリーンのロングウェーブヘアを持った女性は病室の敷居の前に素足のつま先を揃え、クロウに手招きする。

「センチョサンが呼んでたネ! おいで、おいで!」

「ミス・ラグーン、彼は負傷者で……。」

「そこはワタシがやっておくネ! これでも災いと幸せを入れ替える精霊ネ! 任せちゃってオーケーヨ!」

 左手でオーケーマークを作り、ウインクをして見せるラグーン。ナイチンゲールは不服そうにしていたが、やがて大溜息を吐いてやや力任せにクロウを起き上がらせ、ラグーンに引き渡した。

 

 ニコニコ笑顔で滑るように宙に浮きながら移動するラグーンに、クロウはコミュニケーションを試みる。

「――こうして面と向かって話すのは初めてだよな?」

「ん? そうネ! ワタシはラグーン、アーチャーのサーヴァントヨ! って言ってもワタシ、攻撃手段は何もないネ! 単独行動スキルがEXランクだからアーチャーにされちゃったネ!」

「EXってお前……。それに完全に俺の傷も治したし、さっき何て言った? 精霊? 英霊じゃないのか?」

「アハハ! 好奇心旺盛ネ! うん、良いことネ! ワタシのたったひとつの特技は『災いを幸いに入れ替えること』。普段はこれを応用してエンジンルームで働いてるネ。それとワタシは元々英霊になんかなれない、幻霊と言うにも半端な存在ネ。一度死んでる(・・・・・・)ってだけでサーヴァントシステムに組み込まれちゃったカワイソな妖精ちゃんヨ!」

 めそめそと泣き真似をして、ラグーンはまるで海の中を泳ぐように空中を足を振って突き進んでいく。

「……昔はこうやって……。水の泡でキャッチボールをして、サンゴ礁でかくれんぼをする毎日を送ってたネ。あの(ひと)に逢ってしまって、何もかも変わっちゃって……。名前も、言葉も、歌も失って。潮の香りなんて、もう覚えちゃいないネ……。」

「お前、まさかお前の真名は……。」

「アハハ! 言ったでしょくろうクン! ワタシにはもう名前がないネ! だから真名もないヨ。守護霊の方がまだ使い道があるチンチクリンの妖精ネ。」

 そこから押し黙ってしまったラグーンの後に続き、艦橋へ歩を進めるクロウ。艦橋の巨大空間には、クロウに背を向けて進行方向を見つめる"Z"と難しい顔のハンス、同じく柄にもなく沈んだ表情のジャクリーンと、あの地下空洞で垣間見た古代日本を思わせる麻布衣装の女性が静かに立っていた。

「む――。」

 背後から近付く足音に振り向いた"Z"は、負傷を無理矢理治させたことをクロウに詫び、アメリカのアーレルスマイアー邸で起きた事態について尋ねた。

「大まかな出来事についてはハンスと雲雀のセイバーから聞いた。それで、だ。クロウ君、君は何を知っている? 雲雀のセイバーが言っていた『白衣の女』とは何者なんだ?」

「……すまん、俺も知らない。でもあいつらは俺を見た瞬間俺が特異点の原因だってことを明確に把握していた。」

「それについてはおれが知ってる。」

 ジャクリーンがもたれかかっていた壁から体を離し、"Z"とクロウの元へと近付きながら、白衣の女性――ロベルタと名乗る魔術師について語った。ロベルタと彼女が『キャスター』と呼んだ幼女がこの世界を特異点たらしめた、という自供を。

「……恐らく、今我々が追いかけているのもその魔術師たちだ。」

「え?」

 その発言に、今度はぽかんとした顔でラグーンが不思議なことを言い放つ。

「ワタシたちが追いかけてるの、二騎のサーヴァント反応ヨ?」

「なに? ではクロウ君のセイバー君が話していた『姉妹のようなサーヴァント』の方か?」

「ううん、それ違うネ。確かにろべるたってヤツらのはずヨ。」

「……そのロベルタまでもがサーヴァント、ということか?」

 その時、それまで一切口を開かずにじっと立っていた雲雀のセイバーが瞼を開け、静かにこう言った。

「――ならば、行先もおおよそ推し量れよう。その者らは言ったのであろう。『思い描いていた世界とは大きく乖離し』ているのだと。であらば成すであろうよ。今再び、『思い描いた世界』を。」

「確かに追跡だけをしているままではどんどん距離を離されてしまう。ラグーン、このまま進めば奴らはどこへ辿り着く?」

「えーっと、多分ニホンネ!」

「日本……?」

「ほぉ、クロウ君の故郷か。」

「俺の……。いや、待て。俺の存在が特異点を生み出したとわかっているなら、そしてこの世界に俺がいるとわかっているのなら……俺を殺すのが最優先じゃないか? でも、じゃあどうしてあの場から去った……?」

 思い悩むクロウに、雲雀のセイバーが再びの助言をかける。

「知っているのであろう。そなたを殺すことは生半可には叶わぬと。ならばその根底を対処する腹積もりではないか?」

「根底……。」

 

 そこから数十時間後、クロウはその地に立っていた。クロウの始まりの地。そしてクロウと『彼女』の始まりの地。

「トンネルを抜けるとそこは……か。」

 外界の人間を全て拒み、凡て殺し、総て贄とする、鬼の住む村。犬鳴村。村を出て十数年が経っていたクロウだったが、入り口に設けられたトラップの位置と種類はひとつ残らず記憶していた。それを都度セイバーに忠告し、二人は村の奥へと進んでいく。

 そこかしこで鉈や斧を持った村人に襲い掛かられたが、その悉くには関心すらも見せず、まるでそよ風でも過ぎ去ったかのように迎撃して無力化させるセイバーを一瞥してはまた進行方向へと視線を戻す。

「クロウ、貴方は――。」

 セイバーが問い掛けようとした時、不意にクロウが足を止めた。セイバーが彼の背中に隠れて見えないその先を顔を少しずらして覗けば、そこにあったのは数種類の素材で作られた簡素な吊り橋だった。

「ただいま、父さん。墓参り、もうずっとしてなかったわ。ごめん。」

 クロウはそう呟いて吊り橋を渡り始める。セイバーが吊り橋の下を覗き込めば、左手に見える滝から流れ出た水流が右手遠くに見える湖まで続いており、吊り橋直下付近の岸に魔力が込められた形跡が感じ取られる白ユリの花がまるで金属のように無機質に転がっているのが見えた。

 そのまま進み続け、やがて二人はそこへ辿り着く。廃屋、というには年月が過ぎすぎている民家だった。十年以上人が手を加えた跡がない。

「まさかこれが、クロウの生家だというのですか?」

「――ああ。」

 クロウは潰れて倒壊した民家には入ろうとせず、その裏手に回った。そこには洞窟が大口を広げて佇んでおり、暗黒が喉の奥まで続いている。

「きっとここに、あいつらは来る。俺を殺さなきゃ、あいつらは先へ進めないはずだから。」

 自然と心拍数が上がるのを感じる。知ってはいけないことを知ろうとしているような感覚、一歩間違えれば『アサシン』の頼みが二度と達成できなくなってしまうような、言語化することが難しい嫌な逸りだった。

「……クロウ。」

 その様子を見たセイバーが、騎士らしく優しく彼の背を叩く。

「深呼吸を。」

「……そう、だな。」

 瞼を閉じ、五秒かけてゆっくりを息を吸い、五秒かけて肺の中をからっぽにする。ナイチンゲールに教わった深呼吸を行い、クロウは再び目を開く。その瞳には、決意が燃えていた。

「――行こう!」



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真実へ手を伸ばせ -弐

◆キャスター
真名:繝上Ρ繝シ繝峨?繝輔ぅ繝ェ繝??繧ケ繝サ繝ゥ繝エ繧ッ繝ゥ繝輔ヨ
性別:女性
筋力:E 耐久:D 敏捷:B+ 幸運:D 魔力:EX+ 宝具:EX
スキル:陣地作成C、道具作成B+、領域外の生命EX++、神性A+、狂気A++、星の航海者D+、観察眼Eなど
宝具:『繧ッ繝医ぇ繝ォ繝慕・櫁ゥア菴鍋ウサ隕玖◇骭イ』
→繝ゥ繝エ繧ッ繝ゥ繝輔ヨ縺瑚ヲ玖◇縺阪@縺ヲ縺励∪縺」縺溷、門ョ?ョ吶?逾槭???蜉帙r譁ュ迚?噪縺ォ陦御スソ縺吶k螳晏?縲ゆスソ逕ィ縺吶k縺溘?縺ォ繝ゥ繝エ繧ッ繝ゥ繝輔ヨ閾ェ霄ォ縺ョ豁」豌励′螟ア繧上l縺ヲ縺?¥縺後?∝?繧医j蠖シ繝サ蠖シ螂ウ縺ォ豁」豌励↑縺ゥ縺ィ險?縺?b縺ョ縺ッ谿九▲縺ヲ縺ッ縺?↑縺??縺?繧阪≧縲


 ――人は死ぬ。いつか死ぬ。それは何も変わらない。たとえ永遠に生き続ける幻想の生命であっても、終焉は必ず訪れる。何度も見てきた。人が死ぬのを。死ぬ瞬間に人が諦める姿を。

 ――嗚呼。それは満たされていない。真に幸福ではない。己の死に際してすべてを放棄してしまうなんて、あまりにも勿体ない(・・・・)

 誰が決めた。始まりと終わりの無意味な出来レースを。生があれば死があるなどと、誰が制定した。神か。天に鎮座せしめる我らの大いなる父が決めたことなのか。

 ――おお。ならば私が神とも成ろう。神となって総て人類に幸福を与えよう。死などと言う退屈なタイムリミットに惑わされることなく己の幸福を享受できる世界を作り出そう。

 ――そのためなら世界の裏側をも視よう。そのためなら邪なる智慧をも識ろう。全ては幸福のため。人類普くに幸福を授けるため。「いつか死ぬ」というその焦燥感さえ失われれば、人々は手を取り合える筈だから。

 

 ――愚かな。死の概念が失われようと、人類は互いに蹴落とし合う。この星の知性など、たかが知れているのだから。ならば、星を。

 

「教えてくれ。お前は俺の何を知っている。」

「何を――ですか。」

 洞窟の最奥、ろうそくの灯りだけがぼんやりと照らす祭壇で、クロウは祠を背にロベルタに問い掛ける。

「……何も知りません。あなたが何者であろうと、私たちには一切興味がありません。ただひとつ明確に言えることは、私たちにとってあなたが邪魔だということ。」

「世界蘇生。『あちら側』でお前たちがしでかした儀式は、本当ならどういう結末に終わるはずだったんだ?」

「簡単ですよ。人々が死ななくなる。あなたのように『死ねども死ねども蘇る』身体などではなく、真の意味で『死』という概念が消失した世界が生まれるはずでした。どのような術を使ったかは知り得ませんが、あなたがあなたのまま『こちら側』へ来てしまったせいで、『死すれば蘇る』あなたの呪いが逆説的に『死』の証明となり、この世界もまた『あちら側』と似たような世界になってしまった。」

 ロベルタは終始冷静にそう語り、己が信じる『死の無い世界』がいかに幸福に満ち溢れているかという説明を滔々と口にした。

「人はいつか死にます。いつか死ぬとわかっているから、死ぬ前に自分だけでも良い思いをしようと罪を犯してしまうのです。ならば死という絶対的な運命を消し去れば良い。そうすれば、人は須らく善良な心を持つことになるでしょう。」

 理解はできた。クロウにはその言葉を理解することはできた。確かに永遠に『死』が訪れない世界――星も、人も、天地にさえも『死』がなくなれば、人々は笑い合えるのかもしれない。だが。

「でもそこに、本当に『幸福』はあるのか?」

「……何を。」

 ロベルタは失笑する。

「人々が平等に差異なく生涯を送ることができる世界。これのどこに幸福でない因子がありますか。」

「その世界に……未来はないだろう!」

「……少々遊びが過ぎました。質問されると答えてしまうのは学者の悪い癖ですね。問答など今更不要。残念ながら先日あなたに打ち込んだ傑作物もあの一本しかありませんでした……。ゆえにこの場であなたの呪いを祓って差し上げましょう。」

「喜べ少年。貴様の願いは一足先に成就する。」

 ぞっとするような声で幼女が言い放ち、その掌にぱっくりと開いた咢から鞭のように舌を伸ばしてクロウの背後に佇む祠を破壊しようと図る。しかしその槍のように鋭く尖った舌が自身の横を通過するより早く、クロウは舌の進路上に手を伸ばし、自ら貫かれることでそれを食い止めた。

「クロウ!」

 セイバーの張り詰めた声にも構わず、クロウは貫かれた左掌に食い込んだ舌を右手で引き抜く。

「……何をしている。貴様はもう二度と、死の苦しみに蝕まれずに済むのだぞ。」

「だろうな。でも今じゃねぇ。今この祠を壊したところで、中から封印された大怨鬼(おおおに)が現れて皆殺しにされるだけだ。それにこの世界で俺の呪いをどうこうしたって、向こうの世界の俺が不死であることには変わりないんじゃねぇのか?」

 それを聞いたロベルタは一瞬吃驚した表情になり、直後洞窟中に響く笑い声を喧ましく喉の奥から放った。

「フ……フフ……フフハハハハ! アーーーッハハハハッ!!! き、聞きましたかァキャスター! 彼、『こちら側』と『あちら側』が完全に二律背反、パラドックスの世界であると仮定しているらしい!! ハハ、アッハハハ!! 嗚呼おかしい! クロウ・ウエムラァ!! それは違いますよォ……。この世界は『あちら側』の表面に貼り付けられたテクスチャに過ぎないのです! テクスチャの上から浸透性の概念を抉り抜けばテクスチャを剥がせどそこにその概念は失われたままとなる! これが何を意味しているかは如何に愚昧なあなたでもわかりますよねェ!!!??」

 早口で捲し立てるロベルタの言葉のほとんどがクロウにはすぐに理解できるものではなかったが、それでも言わんとしていることだけは感じ取ることができた。

「『こちら側』で俺の不死性を消せば、『あちら側』でも俺はただの魔術使いになる……?」

「御名答! ではァ……キャスター!」

「『繧ッ繝医ぇ()繝ォ繝慕・櫁ゥア菴鍋ウ(とぅ)サ隕玖◇骭イ()』!」

 明らかに人語ではない宝具を叫んだ幼女の額から銀色の光芒が眩く閃き、その閃光にクロウとセイバーは眼球を焼かれるような痛みに襲われ、咄嗟に瞼を閉じてしまう。痛みが去り、再び瞳を開ければ、セイバーの手には嵐が吹き止み抜き身が顕わとなった聖剣が握られていた。

「宝具の無効化……!? ッ、クロウ!」

 セイバーが危惧した通り、クロウの体内にあったセイバーの鞘も効力を失い、クロウの左掌からはぼたぼたと大量の血液が流れ落ちていた。クロウはすぐさまに腰のウェストポーチからナイチンゲールに貰った止血剤を使い、包帯で傷口を塞ぐ。

「ほうほう、ほうほうほうほう……まぁそうではないかとは推察していましたが、やはり貴女はかの聖剣使い、イギリスに名高き騎士王様にあられましたか。」

 自らの真名を看破されるも、セイバーは怯まずに剣を構える。一拍の後、事態は急転した。

 

 即ち、地中からセイバーを囲い込むように突き出て来た無数の刃舌だった。それをただの剣と化したエクスカリバーを以て薙ぎ払い、幼女――キャスター目掛けて突進する。その隙を見計らってクロウへ近付こうとしたロベルタを当身だけで洞窟の岩壁に叩きつけ、身軽に洞窟の壁や天井を蹴って飛び交いながら掌の舌で攻撃してくるキャスターを迎撃するセイバー。

「っぐ……さすが最優のサーヴァントの中でもトップクラスの英霊、薬品が無ければ即死でしたァ、ッハハ!」

 自身の二の腕にシリンジを突き立てながら、ロベルタはよろよろとした足取りでクロウに歩み寄る。

「さてクロウ・ウエムラ。あなたは真に自らの呪いをご存知でしょうか?」

「遠い昔に俺の御先祖が大怨鬼と交わした契約の代償に子々孫々積もり積もっていく呪いを受けた――そう父さんには聞いたけどな。」

「えぇ、私もそう思っておりました。おっと! そう身構えなくてよろしい。先程の一撃で私の霊基はズタズタになりました。あなたを攻撃できるほど余裕はありません……。」

「お前、やっぱりサーヴァントなのか!」

 クロウの数メートル目前で膝をついたロベルタは今再び自らの真名を告げる。ロバート・E・コーニッシュ。死者蘇生を実践した医学者であると。

「そもそも……あなたの始祖と悪鬼が交わした契約とは何なのか? それを知る必要がありました。幸いにも我がキャスターは全知全能のサーヴァント。多大な魔力を犠牲に断片的ですが見ることができましたよ。」

「……それは。」

「聞きたいですかァ? 聞きたいでしょうねェ。キャスターが全能であるという事実よりも、今のあなたにとってはそちらの方が甘美かつ渇望に値する情報でしょうねェ!!

 ――フフ、即ち。この犬鳴村の住民に『魔術の素養を与えること』でした! あなたの御先祖様が受理した契約によってあなたは今魔術を操ることができているのです!! 犬鳴村の住人達はいつかその恩義を忘れ、あなたの一族を『呪われ者』と蔑むだけになってしまった! ハハァ!! 哀れですねェ!! 痛ましいですねェ!!!」

 衝撃を受けるクロウの表情を一瞥し、ロベルタ――コーニッシュはニヤリと微笑む。直後、彼女が投げたシリンジがクロウの頬をかすめ、クロウの背後の祠に突き刺さった。クロウが振り向いた時には既に遅く、シリンジ内部の液体が祠へと注入されていき、石造の祠はガラスのように粉々に粉砕されてしまった。

「――クロウッ!」

 次の瞬間、キャスターと交戦していたはずのセイバーが呆気に取られるクロウを抱きかかえ、高速で洞窟を脱出しようとする。クロウの視線の先では、明らかに祠の体積に吊り合わない量の泥のような液体の濁流がその場に在るすべてを飲み込まんと満ち溢れて襲い掛かって来るのが見えた。

「成程――悪鬼とは聖杯の泥(・・・・)であったか!!」

 恍惚とするコーニッシュと棒立ちするキャスターを差し置き、らしくもなく必死な表情で追いつかれまいとクロウを抱えて逃走するセイバー。

「嗚呼、嗚呼……! なるほど、成程成程成程! 即ち! 自身の呪いを薪に強力な魔力を手に入れると! 滑稽ですねぇ! そんなことをしてまで魔術が使いたかったのですねェ、ウエムラの祖は! ふむ? 詰りは犬鳴村の人々にもウエムラ家ほどでなくとも皆呪いがある、と……? 隔離された村! 常人を寄せ付けぬ結界! 嗚呼、すべて! すべてすべてすべて合点が行きますねェ!!!??」

「炎の者共では再封印してしまうか。ならば我が父の元へ送り捨ててくれる……! イア! イア! ウムル・アト=タウィル!!」

 遠くからコーニッシュの黄色い悲鳴と、キャスターの詠唱が聞こえてくる。耳にするだけで気が狂いそうになるその呪文に、クロウは条件反射で耳を塞ぐ。

「イグナ……イグナ……トゥフルトゥ・クンガ。我が手に銀の鍵在り。虚無より顕われ、その指先で触れ給う。我らが父なる神よ、我、今一度その神髄を宿す現身と成らん。薔薇の微睡りを超え、いざ窮極の門へと至らん――。『光殻湛えし虚樹(クリフォー・ライゾォム)』……!」

 耳を手で覆っても聞こえてくるその呪いの言葉は容赦なくクロウの正気を蝕んでいく。クロウが意識を手放す直前に見たものは、キャスターが放った煌めく十色の光が、泥の奔流を悉く嚥下していく光景だった。



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真実へ手を伸ばせ -参

◆雲雀のセイバー
真名:オウスノミコ
性別:女性
筋力:A++ 耐久:D 敏捷:A+ 幸運:E 魔力:EX 宝具:EX
スキル:対魔力A+、騎乗B、単独行動B+、気配遮断B+、陣地作成E、魔力放出A、直感A、心眼(偽)C+、神性A、神殺しE、倭健A++、白鳥の翼Aなど
宝具:『葦原の民草よ、我は紡ごう(あまのむらくものつるぎ)』
→神代を生き、以降『日本』という国家を白鳥となって見守り続けたオウスノミコの精神性が宝具となったもの。彼女の振るう草薙剣はこの一瞬だけ元の姿へと回帰し、倭の国の天地に宿る八百万惟神の力を以てあらゆる邪悪を討ち祓う神器となる。


 目が覚める。指を動かす。目を閉じて全身を廻る魔力を感じる。呪いの大元が飲乾されたというのに、その呪いを燃料に生み出されていたらしい自身の魔力は健在のようだ。契約自体は履行されているからだろうか。

 見ればクロウが横たわっていたのは廃れた民家のようであった。痛む頭を手で押さえながら起き上がると、そこには信じられない姿があった。

「……目覚めたか、小僧。」

 すなわち、キャスターであった。コーニッシュが連れていた金髪に碧眼の幼い娘。掌から無限に伸びる刃舌を出したり、額から十色の光を放ったりと、到底人間とは思えない身体構造をしてはいるものの、外見は何の変哲もない幼女だった。

「お前……どうして!」

「どうしてもこうしてもない。気を失ったお前を抱えてあのセイバーが転がり込んだ廃屋に忍び込んだまでのこと。」

「セイバー……そうだ、セイバーは!」

 周囲を見渡すと、セイバーは部屋の隅で寝息を立てていた。セイバーが眠るという光景はクロウも見たことが無く、怪訝な表情で再度キャスターの方を見る。

「魔力不足だろう。」

 クロウの心中を察したようにキャスターは答えた。

「あの泥を私が父の元へ送り去ったことで、泥の大半はこの世界から消失した。微量に残った泥が貴様との契約を律義に守り続けているが、先祖代々から蓄積された呪いは全て棄却された。よってその呪いを薪に貴様に宿っていた魔力も微弱な量となり、セイバーに供給できる魔力量も減少したのだよ。」

 幼い見た目とは裏腹に傲岸な口調でそう説明するキャスターの瞳からは嘘偽りを話しているような感覚はしなかった。

「お前はどうしてここに……あのコーニッシュって奴はどうした?」

キャスター(・・・・・)か。彼奴めなら次の目的地で行う儀式について計画を練っている。その間好きにしていろと言われたのでここにいるまでのこと。」

 意味が分からなかった。目の前にいるこの幼女は確かに敵であるはずなのに、当の本人は敵前にして囲炉裏に火を入れて暖を取っている。時々「人間は火ひとつにしても回りくどいな」などとぼやきながら小枝を寄せ集め、どこかで拾ってきたのであろう杉の葉を使って火の勢いを強める。

「お前は俺を殺さないのか?」

 クロウの問いかけにキャスターは数秒クロウをじっと見つめる。その瞳の奥に宿る小さな宇宙の虚無を直視してしまい、クロウの背筋に悪寒が走った。

「殺す理由がないからな。」

「は――?」

 先程の刃舌を少し伸ばせば、半端な魔術使いのクロウなど一瞬で物言わぬ骸にできる。それだと言うのに、キャスターは再び長めの枝で囲炉裏の中を弄り回しながらクロウには頓着する気すら見せずに黙りこくってしまった。

「……貴様を殺す理由があるのはキャスターだけだ。私は貴様が生きていようといまいと興味がない。」

「じゃあ、どうして俺たちに刃を向けるんだ。」

「どうして? 決まっているだろう。邪魔だからだ。」

 矛盾していた。生きていようといまいと、と宣った直後にキャスターは邪魔だから殺す、と言ったのだ。

「お前も……『死』を疎むのか。」

「興味がない。」

「なら、何故コーニッシュに与する!」

「――。」

 その言葉は、あまりにも小さく。あまりにも遠く。あまりにも遥かで、クロウの耳には終ぞ届かなかった。しかし彼女はあまりにも――人の身で実感してはいけないような、神々ですら耳を塞いでしまうような、そんな恐ろしいことを呟いた。そんな直感が確かにクロウの内には在った。

 

「最後にひとつだけ、構わないか?」

 廃屋から去ろうとするキャスターを引き留め、クロウは尋ねる。

お前は(・・・)――何者だ(・・・)。」

 初めて笑う姿を見た。無垢な幼さとあどけなさと、その奥にぼこぼこと沸き満ちる邪悪な意思を湛えた笑顔だった。

「――貴様には最期まで理解できぬさ。」

 そう言い残し、キャスターは景色を歪ませ、ひずみの向こう側へと去って行った。

 セイバーが目覚めたのはその数十分後だった。事の子細を聞いたセイバーはクロウの身を案ずる態度こそ見せたものの、異常がないことがわかると、クロウが大怨鬼と呼んでいた悪鬼について所感を告げた。

「クロウ。あれは聖杯の泥。聖杯が何らかの要因によって汚染された際に生まれ落ちる『この世すべての悪』です。」

「それって前にリンさんが言ってた……?」

「はい。かつて冬木の地に顕現した聖杯から生じた呪です。それと同様のモノであることに間違いはありません。なぜ、と問われればそれは私にも皆目見当も付きませんが……。」

 そんなセイバーの言葉を聞きながら犬鳴村の結界を出る道すがら、クロウはひとりの青年に呼び止められた。西暦も二千年を超えて十年が経過しているにも関わらず明治時代のような和装を身に纏うその青年は、明確にクロウの名を口にした。

「おい、玖郎! お前なんだろ!」

「――セイバー、早く出よう。」

「ですがクロウ……。」

 青年はクロウに駆け寄り、その腕を掴む。

「祠の禁を誰かが破ったってさっき長老様が……お前なんだろう、玖郎!」

触れるな(はなせ)ぁッ!!」

「クロウ……。」

 クロウは青年の手を振り払うと、肩を怒らせながら牙を剥く。

「散々俺を無視してきておいて、俺を殴っておいて、俺に石を投げておいて! 俺の行いに四の五の口挟んでんじゃねぇ!! 俺はもうこの村の人間じゃねぇんだ……お前らはこの閉ざされた鳥籠の中でせいぜい外の連中に在りもしない罪をなすりつけて、虚しさ極まる空ろな憎悪を滾らせていやがれッ!!」

「お前……父親が死んでからその歳になるまで無事に育てられた恩義を忘れたのか!?」

「恩義? 恩義だと? 恩義と言ったのか、お前ッ! 笑える冗談だ、最後にいい手向けを貰ったと思っておくさ! 二度とその口を俺の前で開くなよ、次に何か言ったらその首刎ね飛ばす!!」

 しかし、そんなことは構うこともなく再び青年はクロウに向かって手を伸ばし、喉から何かを発しようとする。

 刹那、クロウの手にはすぐ傍に伸びている公道に刺さっていた道路標識が握られていた。それを横薙ぎにブンと重い音を響かせて振るうと、いとも容易く青年の首は宙を舞った。

「クロウ……っ!?」

 セイバーが顔を真っ青にしてクロウに掴みかかり、制止しようとするも、クロウは強化した脚で道路標識の支柱を斜めにカットし、鋭く尖ったその先端を何度も何度も屍と化した青年の胴体に突き刺し続ける。その都度に生温い体液が飛び散り、クロウの全身を濡らしていく。

「クロウ、もうやめて!」

 ようやくクロウが手を止めた時には、既に青年の体躯はぐちゃぐちゃに掻き混ざって潰れており、原形を留めていなかった。最後に肉会に道路標識を突き立て、返り血で真っ赤に染まった顔面を俯かせながらその場にへたり込んでしまう。彼が履いている靴にはいくつもの無色の水滴が零れ落ちており、総身がしきりに震えていた。

「クロウ、帰りましょう。私たちを待ってくれている方々がいます。」

「――……。」

 泣き腫れた目でクロウが見上げれば、セイバーが慈愛に満ち溢れた瞳で手を差し伸ばしていた。その手を取り、クロウは立ち上がる。道路標識はその場に捨て、犬鳴村の結界から外界の土を踏みしめるために足を前へ。

「……ありがとうな、セイバー。」

「たとえこの世界限りの契りと言えど、私は貴方のサーヴァント。シロウにも託されましたから。」

 

 ノイエ・グラーフZへと帰還し、クロウは自身に関する情報やコーニッシュとキャスターが口にした事柄を包み隠さず艦橋にいた全員に語った。

「次なる儀式の場所……?」

 "Z"が反芻した言葉に反応したのは、珍しく艦橋に上がっていた雲雀のキャスターだった。

「彼女たちはテクスチャを剥がしたい、レイヤーを消去したいと言ったのでしょう? でしたら簡単でしょう。それだけのリソースを蓄えた場所へ向かうのですよ。」

「……いや、おまえが予言してくれればおれたちも動きやすいんだけど?」

 ジャクリーンの苦言を雲雀のキャスターは高らかに笑って流してしまう。

「私は戦術や戦略には疎い看護師ですが、やはりそうなると高濃度の魔力を擁する霊地が最適なのではないでしょうか。」

 ナイチンゲールの言葉に、ハンスもしきりに頷く。

「手っ取り早く敵軍を降参させるにゃ首都爆撃が一番だぜ。軍法だの戦争法だの知ったこっちゃねぇわな。歪む前の世界でもそれは同じだろうな。どっか名のある霊地で儀式を行ったんだろ。」

『――マンハッタン。』

 その時、幽かだがハッキリとした声が響く。声の主を見れば、そこには穏やかな表情で眠りこける雲雀のキャスターがいた。

「なんだよ、やりゃあできんじゃんか!」

 嬉しげなジャクリーンの声にも全く反応せず、雲雀のキャスターは眠ったまま言葉を続ける。

『彼の者等、西端の地の霊脈に喰らいつきて地の力を悉く喰尽す。』

「これが……雲雀のキャスターの予言……!」

 唾を飲むクロウとセイバーの目の前で、雲雀のキャスターは尚も続ける。

『無塵の地と化した彼の地にて冒涜に穢れた力を流し込みて儀は功を制す――。』

 そこまで告げると、雲雀のキャスターはぱちっと瞼を開いて目を覚ます。

「えーっと。」

 申し訳なさそうに後ろ頭を掻き。

「誰か記録してくれました? 案の定覚えてないので。それとごめんなさい、今ので教会の方々にバレました。」

『カンチョサン、ものっすごい速さでこの船を追いかけてくる反応ネ! これ……ただの人間ヨ!?』

 ラグーンの艦内放送が響くと同時に、"Z"はその場にいる全員に持ち場に就くよう指示を飛ばした。

 

 裏側。無も有も無く。天も地も無く。人も神も無き世界。『世界の裏側』――そう魔術師たちが呼ぶ場所とは一切共通点の無い、高次元のモノ(・・)でなければ自身の存在証明すら叶わぬまま概念の藻屑と消え去ってしまう場所。そんな場所で、三人の女性が向かい合っていた。

 一方は白衣の女性と金髪碧眼の幼女。もう一方は麻布を首から被っただけの裸同然の恰好をした剣士。

「ここに辿り着けるとは……貴様、神代のサーヴァントだな?」

 幼女はぞっとする口調をかわいらしい声で発する。剣士は目を閉じ、それを一笑に付した。

「――答える義理は無い。」

「ふん、それもそうだ。」

「そっちにいる女はどうした。クロウの話では随分と姦しいとのことであったが。」

 剣士は手にした十束剣の切っ先を白衣の女性へと向ける。幼女はフンと鼻を鳴らし、種明かしをする。

「簡単だ。言葉を発せばこの空間の一部になる。黙っていろと命じたまでよ。」

「そうか。……この場で満足に戦えるのは貴様ひとりであろう。さぁ剣を構えろ、現人神(・・・)。」

 現人神と呼ばれた幼女は大溜息をつくと、掌から無限に伸びる細く鋭い舌をずるりと垂れ落とす。

「これだから古今東西、戦士と言うのは嫌いだ。」

「奇遇であるな。私も貴様のようなヒトの未来を竟やそうとする者は心底から忌々しく思う。」

 一瞬の間。

 

「我が真名、『オウスノミコ』! 古より現代(いま)に至る一瞬までをも庇護せし神剣の使い手! 彼の日に終ぞ叶わなかった神殺し、今ここで果たしてくれよう!! 大和随一(ヤマトタケル)の剣、その身で篤と味わえェッ!!!」

「我が真名……『繝上Ρ繝シ繝峨?繝輔ぅ繝ェ繝??繧ケ繝サ繝ゥ繝エ繧ッ繝ゥ繝輔ヨ』。我が父なる神の御名の下、貴様を断罪してくれる!!」



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未来へ帰るために -壱

◆ランサー
真名:???
性別:女性
筋力:C+ 耐久:C 敏捷:A 幸運:D 魔力:A+ 宝具:C++
スキル:対魔力C+、心眼(偽)B、魔力放出D、カリスマEなど
宝具:『???』


 魔神柱。藤丸の口から出て来た言葉に、アロイジウスは首を捻る。

「説明は長くなるんだけど、そいつがいるとその特異点は完全に人類史……本来の世界の歴史とは隔離された異世界になってしまうんだ。そうなると人類史がめちゃくちゃになってしまう。本来あるべきものがなくなってしまったり、なかったものがあるようになってしまったり。そういうことが起きてしまうんだ。」

 簡単に口頭で説明すると、藤丸は再び紅茶を一口飲む。

「おいしいお茶だね。」

 あっけらかんとした表情で感想を述べる藤丸に、アロイジウスとメイジーは顔を見合わせた。

「信じられません。人から出された飲み物を何の躊躇も無く口に含むなんて。それも二回。メイジーなら絶対その場で捨てます。」

「だって、君たちに俺を殺す理由はないでしょ?」

「――甘い。」

 怪訝な目でアロイジウスは呟く。アロイジウスとて一般的な魔術師や魔術使いに比べれば能天気な部類に入るとは自負しているが、それでも見ず知らずの魔術師に出された茶を素直に飲むような真似はしないだろう。

 だが目の前に座るこの男は、仮にもサーヴァントがいる身にも関わらず傍に立つハサンに毒見をさせることもなく飲み込んでしまった。余程のお人好しか、頭のネジがいくらか吹き飛んだ狂人か、あるいはその両者か。

「で、その魔神柱ってやつがどこにいるのかはわかっているのかい?」

「それが全然……。」

 そう言って藤丸は項垂れる。

「反応は確認したんだけど、それらしい高濃度の魔力も今のところ検出できてないし……。」

『申し訳ありません、先輩。スキャンの半径をもう少し広げてみますが、相応に時間はかかってしまいます……。』

「いや、マシュのせいじゃないよ。気にしないで。」

「……情報を知ってそうな奴なら、さっきまでいたんだがね。」

「あっ……。」

 ごめん、と即座に頭を下げる藤丸。そこで会話は途切れてしまい、アロイジウスと藤丸は十数秒ほど黙りこくってしまう。そのやや重い空気を打ち破ったのは、ハサンの朗らかな声だった。

「あら、それじゃあ私がその子を探してこよっか?」

「できるんですか、ハサンさん?」

 藤丸の問いに、ハサンは景気よく肯定する。

「えぇ! これでもアサシンだもの、情報収集と敵情偵察はお手の物よ!」

 そう言い残すと、ハサンは袖の中からワイヤーのようなものを射出し、それを眼下の樹木に打ち込むと、ワイヤーを巻き取る勢いに乗ってその場から素早く姿を消してしまった。

「……街にでも、降りるかい。」

 

 ルーラーは確かにズーハオが上海にいることを口にしていたが、その時点で上海にいたというだけ。アロイジウスは上海から去ってしまったズーハオを追いかけて遠路はるばる丘西県まで来ていた。

 陸路にして上海から六百キロメートル。メイジーの宝具を用いれば三時間と掛からずに到着できるとはいえ、やや気の遠くなる旅路だった。

 そして今、再びアロイジウスは藤丸を連れて上海の地を踏んでいた。

「う~ん! やはり高層ビル群は見ていて気持ちが良いっ! あぁ……気持ちが晴れ晴れする……僕様はやっぱり都会派だ……!」

『アロイジウスさんのテンションがあからさまに急上昇しています……!』

 黄浦江を望む黄浦公園、その川縁のフェンスにもたれかかり、東方明珠電視塔を眺めながらうっとりするアロイジウスを見た藤丸は、先ほどまでの不機嫌そうな態度とは正反対のその表情に驚きを隠せない様子だった。

「……でもわかるなぁ。新宿とかルルハワとか都会には何度も行ったけど、どこもある意味異質だったからさ。こうやって何の変哲もない、普通の人たちが普通に生活している大都会とか見ると……何だか変な気持ちになるよ。」

『はい。ウルクやローマなど、市民の皆さんが幸福に暮らす文明も私たちは目にしてきましたが、こんな風に二十一世紀の平和な大都市を見るのは初めてだと思います。』

 そうして一行がのんびりと黄浦江の流れを眺めていると、やがて遠くからアロイジウスを呼ぶ声がした。

「おーい! アロー!」

「盟友!」

 ぱっと顔を上げ、満面の笑みで駆け寄ってきたゾーエとハグを交わすアロイジウス。

「そっちはどうだった? 収穫はあった?」

「だめだ、このフジマルとか言う妙なヤツのせいでジャン・ズーハオは逃がしてしまったよ。」

「あぁ、彼が……。」

 ゾーエは藤丸に気が付くと、彼に近付いて握手を求めた。

「初めまして、リツカ・フジマルさん。私はゾーエ・モクレール。この命の聖杯戦争に参加するマスターのひとりです。」

「うん、初めまして。ご存知の通り俺は藤丸立香。この特異点の調査に来た人類最後のマスターです。」

「人類最後の、ねぇ……。アロー、こんな人本当に信用していいの?」

「僕様の直感が告げてる! この男は嘘が吐けない!」

「それはそれでどうかと思うけど。」

 そんなやり取りをしていると、また一人その場に向かってくる人影があった。その場にいる数万の人間の誰に怪しまれることも無く、まるで海鳥がフェンスの上に降り立ったかのような自然な動作で手摺の上に着地したハサンは、ズーハオについて報告を行う。

「ズーハオも上海に来てるみたいね。居場所までは掴めなかったけど、一緒に行動してる別のマスターに合流しに来たみたい。」

「こちらが密偵を放っているのも察知済み……と、考えた方が無難だろうね。」

 アロイジウスの意見に、ゾーエも首肯する。

「あとは政宗公が首尾よくやってくれているのを期待するばかり……。――ッ!」

 次の瞬間、アロイジウスは咄嗟にゾーエと藤丸を押し退けて前へ出た。反射神経の赴くままに腕を伸ばすと、そこへ凄まじい速度で落下してきた何者かの踵落としがめり込む。バキッ、と鈍く音が響き、アロイジウスの腕の関節がひとつ増えてしまう。

「があああっ!」

「アロー!」

「アロイジウス!」

「気安く呼び捨てしてるんじゃないぞっ……フジマル!」

 汗をだらだらと額から流し、自らの『輝ける瞳(ユヴェル・イリス)』の魔眼で骨折を元通りに治癒するアロイジウス。

 

 ズーハオであることは予想できていた。ズーハオが冷静だが短気であることは山頂でのやりとりで何となく察していたため、ハサンを偵察に向かわせた時点でズーハオ自らこちらにやってくることはアロイジウスにも容易に想像できていた。唯一想定外なのは、ズーハオが正気を失っている事だった。

「フ、ウ、ウウウゥゥ――ッ……!!」

 猛獣のような吐息を吐き出し、焦点の合わない瞳でこちらを睨みつけるズーハオ。そんな彼を見て何かを察した様子のゾーエが、緊迫した声音でアロイジウスに頼み込む。

「アロー! 今すぐマサムネさんをアオバに引き戻して!!」

「盟友!?」

「早くっ!」

 その表情に、アロイジウスは言われるがまま通信機を取り出してその向こうにいる人物に政宗を青葉へ帰投させるよう伝えた。

「盟友、なんだって言うんだ、彼は一体……!?」

「あれは魔術回路の暴走。私のナイフで刺された被験者と同じ症状が出てる! 症状レベルは……まぁ、私って人に自分の研究をプレゼンしたことはないけど、最高レベルの『黒』(ノワール)! 低位のサーヴァント級の魔術が行使可能になるけど、その分身体への負担も大きい……放っておくと彼、死んじゃう!」

「フ、盟友は優秀だな! 僕様戦闘鍛錬はしていたが魔術の研究なんかびたもしてなかったぞ!」

「自慢すること!?」

 背後で一般人の避難誘導をしている藤丸とハサンにその場を任され、ゾーエとアロイジウスは涎をだらだらと垂らし、血走った眼で今にも飛び掛からんと前傾姿勢を取るズーハオと対峙する。

「……なるほど。つまり、人間の生身でサーヴァントを憑依させたような、それに酷似した状態になっているわけだな、盟友?」

「うん。サーヴァント憑依ほど負担は大きくないけど、長時間このままだと致死率はどんどん上昇していくよ。」

「……メイジー! これの相手はお前じゃ強すぎる! お前はズーハオがこうなった原因を探してこい!」

「シャルルも、メイジーの援護をお願い!」

 メイジーは元気よく、ダルタニャンは無言ながら真摯な表情でそれぞれのマスターの元を離れ、藤丸とハサンに頼んで両名と共にズーハオの仲間を捜索に向かった。

「……盟友、いいのか?」

「もちろん! シャルルのことは信じてるし――何より、『盟友』を独りにできないよ!」

 不意な一言に、アロイジウスは目を丸くして硬直する。しかしすぐに頬を緩め、満面の笑顔でズーハオの方に向き直った。

「獣性に堕ちた魔術師なれど、トオサカの血を引く者ならば今再び名を名乗らせてもらおう! 我が名はアロイジウス・アナスタージウス・アーレルスマイアー! アーレルスマイアー家当主、ランベルト・ランプレヒト・アーレルスマイアーの末妹である!!」

「えっ、何そういうノリ!? え、えーっと……わ、我が名はゾーエ・モクレール! モクレール家当主プロスペール・モクレールが末子である!」

 理性を失っている人間に対して大見得を切ったところで何の意味もない。事実、ズーハオはゾーエの名乗りが終わるか否かといった時点で既にアロイジウスに飛び掛かっていた。

「グアアアアァァァッッ!!!」

 喉を焼き切らんばかりに轟々と吼え猛るズーハオの蹴撃は、いとも容易くアロイジウスの臓腑を擂り潰し、数十メートル後方へ吹き飛ばしてしまった。

「アロー!」

「僕様に構うなァ! 盟友は自衛に専念しろ! クソッ、見事に肺が破れてる……! 輝け、僕様の『輝ける瞳(ユヴェル・イリス)』!!」

 アメジストの瞳によって全身の治療が完了し、すぐさまにゾーエの元に駆け寄る。ゾーエはなんとか生身ながらズーハオの攻撃から逃げきれており、目立った外傷もない様子だった。

「盟友、下がれ! ――盟友はあの状態を元に戻せるか!?」

「えっ!? う、うん。相手の魔力が一番滞留してる場所に私のナイフを刺せば魔術回路のオーバーヒートを冷却することはできると思う……!」

「わかった! 僕様が機を作り出す! 彼の魔力が溜まっている場所と言えば……拳か足だな!」

「そんなところにナイフ刺したらそれこそ死んじゃうよ!」

「何とかなる! いや、する!」

 ズーハオの武術を既の距離で躱していき、反撃のチャンスを伺うアロイジウス。しかし、サーヴァントと同等の戦闘力、継戦能力を得たズーハオの前にそんなチャンスは中々訪れず、アロイジウスは徐々に腹が煮えくり返ってきた。

 そしてとうとう、ズーハオの頭部に自らの頭蓋骨の損傷も顧みないような頭突きをかまし、ふらふらと数歩後退してしまった。

「アロー!?」

「ええい、まどろっこしい! そっちがサーヴァントになるなら僕様だってサーヴァントになってやる! 夢幻模倣(イミテーション)を超え、アーレルスマイアーが求めるその極致! 期間限定公開だ、しかとその目に焼き付けろよジャン・ズーハオッ!!」

 ポケットから三つのチェス駒のようなピースを抜き出し、自らの頭上へと高く投げ上げる。チェス駒が炸裂すると同時に三色の砂のような物質がアロイジウスを取り囲んでいった。

「――行くぞッ! 『試験式英霊真人類(プレ・イーデル・プリマス)』!!」



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未来へ帰るために -弐

◆ランサー
真名:アロイジウス・A・アーレルスマイアー
性別:女性
筋力:C+ 耐久:C 敏捷:A 幸運:D 魔力:A+ 宝具:C++
スキル:対魔力C+、心眼(偽)B、魔力放出D、カリスマE、輝ける瞳A、夢幻模倣A+、無為の武窮C、狂気Eなど
宝具:『試験式真人類模造宝具(フォア・イーデルファンタスマ)』
→どの逸話でも、どの生涯でも、どこの誰でもない。たったひとつの、『アロイジウス』というオリジナルから生み出される槍の一突き。彼女の癒しの魔眼が生み出す魔力をブーストに煌めく刃は、あらゆる呪縛や魔術を打ち破り、ただ眼前に在るモノを穿つ一撃と化す。


 どこかで見たような気もするし、初めて見るような気もする。曖昧であやふやで漠然とした、既視感と未知感が混在する鎧姿となったアロイジウスは、手にしたこれもまた誰かの所有物のような槍を両手に握り締め、キッとズーハオを睨みつける。

「アロー……!」

「すまない盟友、話しかけないでくれ! 気を乱すと一瞬で解除されるんだ……!!」

 見ればアロイジウスの額からは大量の汗が滝のように流れ出ていた。しきりに一定間隔で呼吸を続け、カッティングされたアメジストのように輝く瞳にはありありと魔術刻印が浮かび上がっている。一種の魔力炉の役割を果たしている魔眼の熱量がひどく加速しているのだ。

「さぁ……さぁ……! 来いよ、サーヴァントの成り損ない! 同じ成り損ない同士即興芸(セッション)でもして遊ぼうじゃあないか!」

 アロイジウスの不敵な微笑に煽られるがまま、目前にて息を荒げる猛獣はアロイジウス目掛けてその拳を引き絞り、懐の内側へと即座に滑り込む。

 その拳撃が自身に捻じ込まれるより疾く、アロイジウスの膝蹴りがズーハオの鳩尾に食い込む。やや宙へ浮いたその身体を回し蹴りで吹き飛ばし、アロイジウスは真っ青になった顔で高らかに叫ぶ。

「――ロックンロオォーール、だぜっチョンキー!!」

 

 メイジーとダルタニャンが先行していたハサンと藤丸の元に駆け付けてみれば、そこには上半身と下半身が無惨に切断された若いアジア人男性の死体が転がっていた。

「……感心だな。惨死体を見ても反吐ひとつ吐かないか。」

「残念ながら、見慣れちゃったからね。」

 ダルタニャンはそんな藤丸に何とも言えない視線を送るが、藤丸はぱちん、と自らの頬を両手で叩き、検死を行っていたハサンの隣にしゃがみこむ。

「ハサンさん、何かわかりますか?」

「えぇ、これでもハサンの名を戴く者だもの!」

「フジマル様、死体の検分でしたらメイジーも得手としています。任せていただけますか?」

「うん、お願い!」

 笑顔でそう言うと、藤丸は再度立ち上がり、ダルタニャンの傍まで下がった。幾分かはまだ顔面も蒼白であったが、それを押し殺す気概が藤丸からは感じ取れた。

「……誰も知らない大偉業、か。」

 ぽつりとこぼしたダルタニャンの言葉に、藤丸は呆けたような反応を示す。

「え?」

「いや……私とは真逆だ。……私は皆がよく知る偉業を……私だけが知らない。」

「そういえば、あなたのお名前を聞いていませんでしたね。真名は……流石に教えてもらえませんか。」

「……シャルル・ド・バツ・カステルモール。セイバーのサーヴァントだ。人からは……ダルタニャンと。呼ばれている。」

「シャルル・ド……?」

 困惑した様子の藤丸の腕輪から、再びマシュと名乗った少女の声が聞こえてくる。

『シャルル・ド・バツ・カステルモール。通称ダルタニャン伯爵。アレクサンドル・デュマの小説、「三銃士」の主人公ダルタニャンのモデルとされている人物ですね。』

「『三銃士』のお話は少しだけ知ってますよ!」

「そうか。……私は知らない。」

「えっ……?」

 ダルタニャンは細々と語り出す。自分は『三銃士』の『ダルタニャン』とは別人であること、しかし人々が自分のことを『ダルタニャン』として認識しているがために、『ダルタニャン』の力を備え持ってしまっているということ。自分自身は知りもしない物語の知りもしない登場人物と同一視されてしまい困惑していること――。

「……ゾーエはそれでも……偽物(・・)の私をサーヴァントとして使ってくれてはいるが……。彼女が何を思っているのかは私にもわからない。もしかすると……。」

 それを聞いた藤丸は優しい笑顔をダルタニャンに向ける。

「大丈夫ですよ。あなたのことを疎んじているのなら、ゾーエは伯爵にこっちを任せたりなんかしないはずです。」

「……そう、なのか。」

「はい!」

 自信満々に、藤丸は首肯してみせる。

「――伯爵は信じてほしいですか? ゾーエに、伯爵自身のこと。」

「私……は……。」

 逡巡している様子のダルタニャンの苦悩を感じ取ったのか、藤丸は彼の回答を待たずに口を開く。

「俺は信じてます。たとえこの特異点で初めて出会ったハサンさんであっても、アロイジウスやゾーエ、メイジーちゃんに……そして、伯爵であっても。」

「……それはあまりにも甘い、のではないか?」

「そうかもしれません。でも、俺は信じていたい。みんなが俺を信じて、背中を押してくれたように。最後まで諦めないで、俺に手を伸ばしてくれたように。甘くても、弱くても。俺は……そう在りたい(・・・・)。」

 そうこうしていると、純白のエプロンを返り血で真っ赤に染め上げたメイジーが、ぐしょぐしょに濡れたそのエプロンで無意味に血液塗れの手を拭きながら二人の元へと歩み寄ってくる。

「死因はショック死です。どうも骨盤から背骨を引き抜くように上半身と下半身を過剰な斥力で牽引され、真っ二つになってしまったようですね!」

「その引っ張る力っていうのは、魔術? それともサーヴァントの仕業?」

「後者だと思うわ。」

 それに答えたのはハサンだった。

「側腹部と尾骶骨付近に鬱血痕があったわ。大きな手で握られて引き千切られたんだと思う。」

「惨い……。」

 悲しそうに俯くメイジーの頭を撫で、藤丸は腕輪の向こうの少女に向かって問い掛けた。

「そっちで何かわからない?」

 すると腕輪から聞こえてきたのは先程までのマシュのそれではなく、自身に満ち溢れた若い女性の声だった。

『はいは~い、ちょっと待ってね。こっちで今確認を取ってるところだよ! その特異点は限りなく最近(・・)だ。魔術協会のリストと照合すれば個人の特定も可能なはずさ!』

「さっすがダ・ヴィンチちゃん!」

『うんうん、聞き飽きたがもっと褒めてくれて良いんだよ! 減るものじゃないのだからね!』

「ダ・ヴィンチ? ダ・ヴィンチってあのレオナルド・ダ・ヴィンチのこと!? ダ・ヴィンチって女性だったの?」

 ハサンの吃驚の発言を声の主、藤丸が『ダ・ヴィンチ』と呼称したその女性は肯定する。対して藤丸は何とも形容しがたい微妙な顔を浮かべていたが、ダ・ヴィンチが放った一言で再び表情を引き締める。

『……うん。解析完了、彼はロン・ハオレン。アインツベルンの派閥に属していた二百年程度の新参魔術家ハオレンの当主――と、こっちの記録ではなっているね。』

「イリヤちゃんの……?」

『ん~ん、彼女はまた違う世界のアインツベルンさ。はぁ、ややこしい。それとひとつ不可解な点があった。』

「不可解な点、ですか?」

 藤丸の疑問に答えたのは、死体検分を行っていたメイジーとハサンだった。二人はぴったりと息を合わせて同じ文言を口にする。

「「魔術回路がない。」」

『その通り。魔術回路の存在がないんだ。二百年続く魔術の家系だと言うのに、一本残らず失われている。抜き取られたのか、それとも……。』

「魔術回路を抜き取る、なんて可能なんですか?」

「可能ですよ。メイジーもやろうと思えばできます。」

 メイジーが満面の笑顔で拳を胸の前でぎゅっと握り締めると、二の腕まで手袋のように塗れた紅血がびちゃ、と周囲に飛び散る。その返り血をいくらか浴びながら、またも藤丸の顔は徐々に青ざめてしまう。

「私は勿論できないわよ、そんなこと。」

「……私もそのような芸当は不可能だ。」

「一部の優れたサーヴァント級の魔術を行使する人間しかできない、ってことか……。」

『何にせ、恐らく彼を殺害した人間と川辺で暴れている青年を操っている人間は同一人物だろう。ロン・ハオレンが催眠魔術に長けていたという記録はない。勿論、特異点のハオレン氏がそちらの方面に優れていたという可能性もあるわけだから、あくまで仮説、だけどね。』

「うん、ありがとうダ・ヴィンチちゃん!」

 ダ・ヴィンチの声は藤丸の感謝の言葉を受け取ると、「それじゃあ私は調整の方に戻るよ~」と言い残して遠ざかって行った。

「……そもそも、このハオレンという魔術師と川辺の青年は接点があるのか?」

「わからないけど、あるって考えた方が色々と辻褄が合わない? そもそもサーヴァント絡みの事件が同時多発的にこの上海で起きているのよ。妥当――っていうのも安直かもしれないけれど、私は少なくともこの人とあの子は仲間だったんじゃないかって考えているわよ。」

「……。」

「何にせよ、川辺で暴れ回るあの青年を拷問すればわかることです。」

 一行は頷き合い、その場から離れてアロイジウスやゾーエが戦闘を行っている黄浦公園へ向けて踵を返す。その直後、ハサンが口にした比喩に、ダルタニャンは血相を変えて叱責した。

「それにしてもあの子、すごい発狂っぷりだったわねぇ。まるで――()みたい。」

「――馬鹿者ッ!!」

 しかし、時既に遅く。

「お、お――か、み?」

「えっ、えっ? 何、私何かまずいことしちゃった!?」

「おおかみ。おおかみ。おおかみ。オオカミ。オオカミ。狼……? ソオカ、アイツガ、オオカミダッタノカ――……!!!」

 次の瞬間、一陣の風が吹き荒れる。かと思えばメイジーの姿は忽然と消えており、後には彼女のエプロンや四肢を染め上げていた血液が点々と残っているのみだった。

「……いや、いやいやいや! 『赤いケープ』に『狼って言ったらキレる』って! そのまんますぎるじゃない! ド直球すぎて逆に警戒してなかったわよ!」

「過ぎたことはもう良い! フジマル、私の腕に掴まれ! それと口は閉じていろ、舌を噛むぞ!」

 有無を言わせず藤丸を抱え上げ、サーヴァントが出せる最高速度でメイジーを追走するダルタニャン。ハサンも取り残されまいと袖の中のワイヤーフックを用いて屋根から屋根へと飛び移って行く。

 

 ――それは、避けようのない怒涛だった。アロイジウスが気付いた時には既に、アロイジウスの腹部には大口径の猟銃によってぽっかりと大きな風穴が空いていた。

「え――。」

 試験式英霊真人類(プレ・イーデル・プリマス)によって格段に強化された反射神経でその元凶を捉える。そこには、完全に理性を失ったメイジーが、ハチェットやプラスキーを振り回しながらズーハオを苦しめている姿があった。

 マスターであるアロイジウスには彼女が何故ああなっているかの見当はおおよそついていた。メイジーは自分以外の誰かが一言でも「狼」と口にすれば、一瞬でバーサーカー特有の狂化を見せる。そうなってしまえば最後、メイジーは周囲にあるすべての人間――たとえ相手がアロイジウスであっても、すべての人間を抹殺するまで止まらない殺戮人形と成り果てる。

 執拗にズーハオを狙うのは、ズーハオが何者かによって「狼」と形容されたからだろう。その際に進路上にいた邪魔者(アロイジウス)を打ち抜いただけに過ぎない。

「クソッ、ゾーエ、距離を取れ!」

「でもアロー、あなたお腹がドーナツになってる!」

「ハッ、冗談言えるならまだ余裕あるだろう! 僕様を信じろ、距離を取るんだ!」

 ゾーエが言われた通りにアロイジウスを壁にするように後退するのを確認すると、アロイジウスは眼窩に宿った『輝ける瞳(ユヴェル・イリス)』で風穴を塞ぎ、試験式英霊真人類(プレ・イーデル・プリマス)を解除する。

 その瞬間アロイジウスの全身から力が抜け、彼女はその場に盛大に倒れ込んでしまう。

「アロー!」

 ゾーエの悲痛な叫びを無視し、アロイジウスはゆっくり、ゆっくりと倒れたまま右手の令呪をメイジーへと向けていく。腕をびたとでも広げれば激痛が奔り、その度に顔を歪める。だがアロイジウスは諦めずにメイジーへと手を伸ばした。

 メイジーがもはや動かなくなったズーハオに留めのプラスキーをその頭蓋に叩きこもうとした瞬間、アロイジウスは血反吐交じりに彼女の真名を叫んだ。

「令呪を以て命ずる! 止まれ、『ブランシェット』!! お前の敵はそいつじゃあない!!」



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未来へ帰るために -参

◆アロイジウスのバーサーカー
真名:ブランシェット
性別:女性
筋力:A+ 耐久:B+ 敏捷:B 幸運:A+ 魔力:A 宝具:C
スキル:狂化EX、心眼(偽)B+、戦闘続行A、獣殺しC、単独行動C、無垢な心A、変化A、黒い森の乙女A+など
宝具:『哮えよ、我が内なる愚喰の魔狼(ルスト・ファストヴォルフ)』
→ブランシェットの内に宿る魔狼の血を解放することで、視界に映るすべての生命を『食糧』として認識する暴食の人狼へと変貌する宝具。『満月の夜であること』、『周囲に三百本以上の針葉樹林があること』、『極限の魔力不足状態であること』のいずれかの条件を満たすことで発動可能になる。


 白と白の狭間(アルブム・オーディウム)に戻ってきた政宗が天守閣でコーヒーを飲んでいたセスタンテと傍に立つルーラーに放った一言は、感情の起伏に乏しいセスタンテを動揺させるに充分な力を持っていた。

「――アインツベルンもやられた!」

 

「詳しく、詳しくお願いマサムネさん!」

 政宗からの連絡を携帯電話で受け取ったゾーエは、緊迫した声で問い詰める。電話の向こうの政宗は至極冷静に、だが焦燥感に満ちた様子で事態の詳細を語った。

『壊滅したって意味じゃない。失われた(・・・・)んだ。 アインツベルン本家に向かったは良いものの、オレが目にしたのは蛻の殻になった屋敷だった。あれは皆殺しだとか鏖殺だとか、そんな単純なものじゃない……もっと悍ましい何かがあの場所で起きたんだ――!』

 いつもの軽薄な調子もどこへやら、政宗は悔しそうな声音で報告を終える。

「っぐ……! なんだ、どうしたんだ盟友?」

 ゾーエの背後で、熱暴走寸前の魔眼を冷却しつつその力でズーハオの傷を癒す作業を施していたアロイジウスが、苦痛に耐えながらゾーエの方へ近寄ってくる。ゾーエの腕に縋らなければ立っているのもやっとといった様子のアロイジウスに、ゾーエは政宗の言葉をそのまま伝えた。

「失われた……? おい、アインツベルン本家に真正面から侵入できたのか?」

 ゾーエの携帯電話を奪い取り、政宗に問い掛けるアロイジウス。

『言っただろアローちゃん、アインツベルン本家は誰も居なかったんだ。誰も。誰もだ。使い魔もいなけりゃ魔術師も技師もいねぇ。まるで昨日の晩に皆が皆一瞬でその場所から消え去ったような……。食事も残ってた。紅茶も残ってた。暖炉の火も燃え続けていた。ただ、人間とホムンクルスだけがいなくなっていた。』

「魔術師が消えたことで警備魔術が意味を失くした……? でも、誰が!」

 ゾーエの疑問に答えたのは、政宗ではなく――政宗から携帯電話を受け取ったルーラーだった。

『ロバート・E・コーニッシュ。その名を覚えておいてください。』

「コー……ニッ……っ、がぁっ!?」

 瞬間。ゾーエの脳髄に激痛が駆け抜ける。取り零した携帯電話を空中でキャッチし、アロイジウスはゾーエの名を鋭く呼ぶ。しかし、ゾーエの頭痛は激しさを増していき、その場で膝をついてしまう。

「わた、し……その……そいつの、名前……知ってる……! コーニッシュ……コーニッシュ! そいつだ! そいつ……が……世界、を……!」

 息を荒げながら『コーニッシュ』の名を連呼するゾーエに呼応するように、数メートル後ろで意識を失っていたズーハオが目を開く。

「――ルーラー。ジャン・ヴァルジャン。お前、何を知っているんだ。裁定者のクラスにあって、どうしてそれを早く言わなかった!」

『……。』

 ズーハオの方へと歩み寄りながら、アロイジウスは通話の先にいるルーラーに詰問する。

『確定要素ではなかったのです。あくまでも容疑者(・・・)だった。ことこのジャン・ヴァルジャン。無辜の罪人など生み出したくもない。ですが今は違います。彼女は正義から外れた者と判断しました。よってここにルーラーとして裁定を下します。そして私もこれよりそちらへ赴きましょう。』

「ルーラーが僕様たちのところへ?」

『はい。貴方がたと合流し、私もコーニッシュ征伐へと向かいます。』

「でも、そいつらの居場所もわからなけりゃ企みもわからないじゃないか。」

「――人類の進化。」

 アロイジウスの吃驚した表情の先に、ズーハオは仏頂面で座っていた。

「コーニッシュだろう。会ったことがある。……その日はひどい頭痛がしてたもんでな、発言そのものはほぼ覚えていないが……。ただ、『人類から死を抹消する』って主旨の説明だった。何を思って俺にそんなことを言ったのかはわからないが……。」

 人類から『死』を忘却させる。その魂胆はあまりにも無謀であり、恐ろしい。そう、アロイジウスは思ってしまいたかった。だがそうは問屋が卸さない。

『ふーん? アーレルスマイアーの悲願に似ているねぇ。』

 今度は別の場所から声がした。ちょうど腕輪の向こうにいる人々へ報告を行っていた藤丸の、その腕輪から聞こえる声だった。

「――誰だ、お前。」

『おぉっと、マスターであるキミには自己紹介はまだだったねぇ。この私こそ! 人類最高の叡智、ダ・ヴィンチちゃんだとも!』

「胡散臭いな。」

『あはは、手厳しいものだね。ところで、人類を死無き生命へ昇華させたい、というのは、君たちアーレルスマイアーの最終目標でもあるのではないかい?』

「その通りさ。僕様たちアーレルスマイアーは人類を英霊にする……『真人類』へと導くことを願っている。でも……。」

 アロイジウスは忌々しげに背後で手摺に背を預け、頭蓋の熱を抑えようと何度も呼吸を繰り返す親友の方を一瞥する。

「僕様はそれ以前に一人の人間だ、一人の女だ! そもそも僕様は誰にも期待されていない。大兄上が少し贔屓しているだけで、僕様にアーレルスマイアーの未来は託されていない! なら、僕様は刃向かうさ。たとえ道を同じくする同志であっても! 僕様の盟友に苦しい思いをさせる馬鹿野郎はどこにいる、ジャン・ズーハオ!」

 藤丸の腕輪から「ヒュウ」と短い口笛が聞こえ、藤丸も笑顔でアロイジウスの決意に頷く。

「俺は知らない。」

 ズーハオはその言葉の後、やや躊躇ってから話を続けた。

「だが、知っている連中を俺は知っている。」

 その名を告げる。その一言が、アロイジウス、メイジー、ダルタニャン、そしてゾーエを運命の場所へと導こうとしていた。

「――『グランツ・レルヒェ』。」

 

 カチン、と。政宗は燭台切を鞘へ戻す。そこには何もなく、ただただどこまでも、無限の『純白』が広がっていた。

「どうして。僕も。行くのさ。」

「それは貴方のサーヴァントに原因があります。」

「……。」

 セスタンテはルーラーの言葉に項垂れ、自らの右手の甲を左手で隠すように握る。その指の隙間からは、ゴブレットのような形状を象った紅蓮の呪印が見え隠れしていた。

「ここを。出たら。僕。死ぬよ。」

「えぇ、死ぬでしょうね。」

「……。」

 ルーラーはただ淡々と、真実だけを述べる。

「そのためのランサー(・・・・)でしょう。」

「……。」

 セスタンテは、悲しそうな目で背後を見つめる。だが、勿論そこにはただ純白が在るのみ。何もなければ誰も居ない。だが、セスタンテはその虚無へ向けて問いを投げかける。

「なぁ。ランサー。僕が。死にそうに。なったら。ちゃんと。助けて。くれよ?」

 返事はない。否、そもそもその場所には肉眼では誰も居はしないのだから当然である。しかし、セスタンテは少しの後、安堵の表情を浮かべた。

「……『聖杯を発見する宝具』、ねぇ。本当なら意味のないモノなんだろうケド。こと命の聖杯戦争においては最高に優秀な宝具だナ?」

 軽薄な笑みを見せる政宗に言われ、セスタンテは外方を向く。

「彼女たちは聖杯の出現する場所へ向かうでしょう。ですが、それを追跡しているようでは間に合いません。なので先回りが必要です。恐らくゾーエとアロイジウスはジャン・ズーハオと共に『グランツ・レルヒェ』と合流するでしょう。彼の組織の戦艦へは私が。貴方がたは先に()の宝具で聖杯顕現の地へ向かってください。」

 その声には肌をぴりぴりと焦がす『正義』が感じられた。冷や汗を垂らすセスタンテと高揚したように満面の笑みを見せる政宗を置いて、ルーラー、ジャン・ヴァルジャンは虚界(インター)から去っていく。何もない場所を掴み、ドアを引き開ける要領で空間から抜け出る彼女は、最後に微笑みと一言の門出の言葉をセスタンテに贈った。

「ありがとう、セスタンテ。貴方がいなければ、私は不十分な魔力で消滅していました。そして……神の慈愛のあらんことを。すべてが終わったら、また会いましょうね。」

 そして、白と白の狭間の世界から、無辜の罪人は姿を消した。裁定者としての責務を果たすため。

 

「リグセンルールは皆殺しにされた。アインツベルンは消失した。命の聖杯戦争三大派閥と呼ばれた陣営のうち二つが無くなったんだ。おれたち『グランツ・レルヒェ』だけが、最後の牙城。おれたちだけが世界を救えるんだ。」

「……。」

 ジャクリーンの言葉に、クロウは押し黙る。

『すべては、(あん)ちゃん次第だぜ。』

 そんなクロウの記憶の中で、小さな狙撃手の言葉がリフレインしていた。彼女に託された命、記憶、絆を最大限利用して、クロウは今、最後の地へと向かおうとしていた。

 それは数時間前のこと。

「ゾーエ。ゾーエ・モクレール。また会ったね、クロウくん。」

「アロイジウス・アナスタージウス・アーレルスマイアーだ。覚えておいてくれたまえよ諸君!」

「セイバー、シャルル・ド・バツ・カステルモール。ダルタニャンと言った方が聞こえは良いか?」

「バーサーカー、メイジーです! はい! 一生懸命生き残りましょうねっ!」

 二組の魔術使いとサーヴァント、そして、

「……ジャン・ズーハオだ。契約サーヴァントはアーチャー。今はこの船外を警邏させている。」

「ルーラー、ジャン・ヴァルジャンです。これより皆様に指令を与えます。」

 二人の『ジャン』。

「藤丸立香と言います! この特異点を修復するため、未来から派遣されました!」

「野良サーヴァントのハサン・サッバーハよ。フジマルくんのサポートをしているわ!」

 未来からの使者と、総数四人の魔術を知る人間、五騎のサーヴァントが『グランツ・レルヒェ』の居城、『ノイエ・グラーフZ』へと乗り込んできたのだ。その理由は戦闘ではなく、『共闘要請』であった。

 ルーラーは全員の自己紹介が終わってから口を開いた。

「現在、私の協力者がサーヴァントの宝具を用いて聖杯の顕現地へと向かっています。ロバート・E・コーニッシュはその野望の達成のため、恐らくそこへ向かうでしょう。」

「なるほど、一回目でダメだったから、今度はより大量のリソースが必要になる。ならば聖杯を利用する事が最も好ましい。」

 雲雀のキャスターの言葉に頷き、ルーラーはその目的地について単刀直入に言い放った。

「今回の命の聖杯戦争において端末としての聖杯が顕現する場所は、当該サーヴァント曰く――。」

 

「グレートブリテン及び北アイルランド諸国首都、ロンドン。……時計塔(クロックタワー)です。」

 

「『西端の地の霊脈』……!」

 雲雀のキャスターの予言を思い返すジャクリーンに、雲雀のキャスターは得意げな表情で腕組みをし、鼻息をひとつ吹く。

「いや、お前言ったこと覚えてないだろ。」

「今回、我々は皆様と協力し、彼女の野望を阻止して頂きたいのです。」

 "Z"は押し黙っていたが、ルーラーの真摯な眼差しに微笑み、ジャクリーンの指示を仰いだ。

「で、でも艦長は"Z"だろ!?」

 焦るジャクリーンに、"Z"は大笑いし、彼女の前に軍帽を脱ぎ捨てて跪いて見せた。

「御決断を、我がマスター。貴方は我が宝具の乗組員であると同時に、この一騎のサーヴァント……ライダー、『フェルディナント・フォン・ツェッペリン』のマスターなのだから!」

 ジャクリーンは慌ててクロウの方を向くが、彼もまたニヤニヤと見守るのみ。セイバーも、雲雀のキャスター、ハンス、ナイチンゲール、ラグーンも、何も言わずにじっとジャクリーンを見つめていた。

「――……っ!!」

 そして。ジャクリーンが放った一言は、確かに舞台を幕引きへと誘う。だがその幕引きは、あくまでももうひとつの幕間への転結に過ぎないのやも知れない。

「――ライダー! 戦艦(ふね)を回せ、おれたちはこれよりロンドンへ向かう!!」



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決戦 -壱

◆ライダー
真名:フェルディナント・フォン・ツェッペリン
性別:女性
筋力:C+ 耐久:D+ 敏捷:B 幸運:D 魔力:B 宝具:A+
スキル:対魔力D、心眼(真)C+、騎乗A+、陣地作成A+、ツェッペリンA、軍師の指揮B、軍師の忠言Cなど
宝具:『人類よ、夢想を追い究めよ(トラウム・フリューゲル)』
→一度使ってしまえば現界中二度と使用できなくなるが、代わりに「人類の手によって過去・未来に関わらず実現可能である」事象ならばいくらでも叶えられる宝具。翼を夢見たツェッペリン伯爵ならではの宝具と言えるだろう。


「おい。おい!」

 雲雀のセイバーが目を覚ますと、目の前には見知らぬ和装の青年がしゃがみこんで雲雀のセイバーを見下ろしていた。

「……。」

「瀕死じゃんよお前さん! サーヴァントだろ? しかも見るからに日本人だ。アンタ真名は? オレはセイバー、伊達政宗。知ってるか?」

 一方的に捲し立て、政宗と名乗るセイバーのサーヴァントは倒れていた雲雀のセイバーの手を掴んで起こし上げた。

「伊達政宗……知っている。伊達の十七代当主、か。」

「お、ってことはオレとも近い時代の……って、ンなワケねーか。そんなナリだもんな。」

 麻布姿の雲雀のセイバーをじろじろと眺め、政宗は溜息を吐く。

「ったくよォ……な~にをどうしたら……。」

 政宗は雲雀のセイバーの患部をちらりと見降ろし。

右半身だけ(・・・・・)きれいサッパリ斬り落とされるようなことになるんだ――?」

 

「海賊稼業してるとよォ。」

 赤毛を荒っぽくアップで纏め、オリエンタルな水兵服を着込んだサーヴァントは、リグセンルールの地下城塞から再び、クロウとセイバーの前に立ちはだかった。

「御主人様がコロコロ変わる……なんざァ、しょッちゅうだったぜェ?」

「こらフズール、私たち一応私掠船の船長なんだから、あんまり勝手の良いこと言うもんじゃないわよ?」

「チッ……さァて、また会ったなァ甲冑女ァ! 覚えてるかァ? 海賊は執妄の化身だからよォ、あたいはきッちんと覚えてるぜェ。お前を生け捕りにして爆薬をたンまり積んだ小舟に乗せて遠くからカルバリン百門ブッ放すッつッたんだぜェ!」

 隣に立つ同じく赤毛をこちらは膝下まで長く豊かに伸ばしたやや身長の低いサーヴァントは付き合いきれないとでも言いたげに肩をすくめ、手にした分厚い装丁の書物を重々しく開く。

「でもよォ、甲冑女ァ。」

 好戦的に牙を剥き、心底愉快そうな笑顔を浮かべる結髪のサーヴァントを前に、セイバーは両の手にした暴風をいつでも振るえるよう構え、そのぞっとするような声を真正面から受け止めた。彼女の雷雨を孕む大波濤のような低く恐ろしい声に呼応するように、姉妹の背後に流れていたテムズ川が渦巻き始める。

「ちょいとあたいとゲームしねェか?」

「ゲーム……?」

「おゥよ、至極簡単なゲームだぜェ。アンタ、見たとこ王様か騎士様だろォ? それも三流のそれじゃねェ。その出で立ち、覇気、闘志……そいつァ一流の騎士様だ。ならよォ、あたいらみてェな卑しい海賊二人ぽッち相手にしてもつまんねェだろォ……?」

「!」

 何かを察した様子のセイバーは、背後のクロウに臨戦態勢を進言する。クロウも言われた通り令呪を用い、傍の道路標識をヒョイと引き抜いて見せた。

「話が早いこッて何よりだぜェ!! そんじゃ、地獄を楽しみなァ!! ――我らは嵐! 我らは厄災! 我ら怒涛の悪魔と成りて此地を草木も生えぬ大更地へ変貌せしめん! 全軍上陸……、暴力だァ! 略奪だァ!! ハハッ――最高だぜ兄弟! 楽園だな! ここはすべてが許される地獄浄土さァ!!」

 詠唱を言祝いでいく都度に、渦巻くテムズの川面から半透明の海賊たちがひとり、またひとりと上陸してくる。それはさながらに幽霊船の海賊軍団のようであった。

「我ら無敵の赤髭海賊団! 飲み干せ奪え、侮辱せよ! ――『赤き髭持つ災厄の大船団(バルバロッサ・アフェトダルガス)』!!! ――あたいの部下総勢十万の海兵ども、全員捌き切って見せなァ、甲冑女ッ!!」

 十万というのはどうやら見栄ではないらしく。テムズ河畔に次々と乗り込んでくる海賊たちは、ひとりひとりが一流と言わないまでも、三流とまでは行かない高位のサーヴァントに匹敵する大軍団であった。自分たちの横を過ぎ去り、我先にとセイバーへ襲い掛かる半透明の海賊たちを見守りながら、二人のサーヴァントは名乗りを上げる。

「私は叡智の災厄、ウルージ!」

「あたいは暴虐の災厄、ハイレッディン!」

「「我ら姉妹、赤き髭持つ災厄の大海賊!! 海賊『赤髭』、『厄災の悪魔(バルバロッサ)』の名を覚えて逝け!!」」

 ――さながらに、人間の濁流であった。波を掻き分け、斬り捨て、なおも減る様子を見せない赤髭海賊団。それもそのはず、斬れば斬るほどに増援が大渦の渦中から海賊から溢れ出でている。止めどない攻防を繰り返す中で、クロウは『赤髭』バルバロッサ姉妹に問い掛ける。

「――お前たち、あのコーニッシュって奴の敵じゃなかったのか!?」

「言っただろォ? あたいらにとって主人の違いは大して問題じゃねェ。暴れられるか、暴れられないか。そっちの方が何より重要なのさァ!」

「もう、フズール? それじゃ私たちがただの荒くれ者みたいじゃない! 私たちはあくまで商売人。クライアントが変わっただけだわ。」

「あたいらはひと儲けできる。アイツらは聖杯を探し出せる。ウィン・ウィンだ、ウィン・ウィン。あたいらだけじゃないぜェ? どっかの決闘王サマだの、北欧の航海王だの……ま、ある種戦争じゃねェのォ? お前ら『グランツ・レルヒェ』のサーヴァントたちと、あの科学者サマのサーヴァントたちの、全面戦争さァ!」

 ハイレッディンの無邪気な笑い声が響き渡ると同時に、ロンドンシティのあちこちから爆発や衝撃音が巻き起こり始める。それはまるで、開戦の号砲かの如く。

 

 場所は変わって時計塔。外壁には魔術的な障壁が施され、内部の人間が地上へ脱出できない牢獄のような状態にされてしまった白亜の塔の中から、一本の電話が入電する。

「もしもしっ!」

 咄嗟にゾーエが応えてみれば、それは時計塔の中にいた凛からであった。

『――そ、だいたい状況は理解したわ。あまり無茶はしないようにね。この障壁、どうにもサーヴァントが張ったみたいでね……。うちの御老公たちが束になっても全然解ける気配すら見せないの。外のことはあなたたちにしか任せられないわ。頼んだわよ!』

「はい、すぐに何とかして見せます!」

 事態を説明し終わり、凛からの激励に元気よく応答するゾーエ。そんな彼女に、凛はクスッと小さな笑い声を漏らした。

「先輩?」

『時計塔を飛び出すちょっと前まで、あんなに「シャルルが~」だとか、「戦いたくない~」だとかってウジウジしてたのにね。立派になったわね、ゾーエ。』

「――……っ!」

 優しい声音のその言葉に、思わずゾーエの目尻に水滴が浮かぶ。

「せん……ぱい……。憧れのトオサカ先輩に、そんなこと言われる日が来るなんて……。っ、あ、はは。あははははっ……! シャルル、私勇気を出して良かったよ……!」

「……ああ。お前はよくここまで頑張ってきた、ゾーエ。ゾーエが声を掛けなければ、アロイジウスも世界の真相について知ろうともしなかっただろう。……お前が、皆をここまで導いてきたんだ。」

 肩を震わせるゾーエの背を撫でながら、ダルタニャンは前を向くよう促す。涙を拭ったゾーエがそちらを向けば、ゾーエたちが立つウェストミンスターブリッジのゾーエたちとは反対側、東の端に、その男は立っていた。即ち、かつてゾーエとアロイジウスの前に立ちはだかったイングランドの決闘王、初代ペンブルック伯ことランサー、『ウィリアム・マーシャル』であった。

「……ほぉ、お主。佳い目をするようになったな。以前に相まみえた際は何とも卑屈な瞳をしていたと言うに。」

 マーシャルは騎乗槍をブンと音高く振るうと、ゾーエを庇うように前に出たダルタニャンに語り掛ける。

「戦意を放棄した敗軍の将かの如き面構えであったお主を、何がその境涯に至らせた?」

「……絆、だな。」

「ほぉ。」

 凛との通話を切断し、震える手を固く握りしめてダルタニャンの背中とマーシャルの巨躯を交互に見つめるゾーエの方を少し振り向き、ダルタニャンはその時初めて、ゾーエに向かって笑顔を見せた。それは『勇猛の銃士』らしい、鮮烈な威嚇の表情であった。

「ゾーエ、その手を。――嗚呼。令呪はまだ残っているな。」

 ゾーエの右手の甲に触れ、ダルタニャンは再びマーシャルの方へと向き直る。

「その令呪が在る限り、このシャルル・ダルタニャン。命尽きるその一瞬まで貴公の剣、貴公の盾となろう! さぁマスター! 命令を!!」

 再び視界がぼやけるのも構わず、ゾーエは笑顔で叫ぶ。たとえ偽りでも、たとえすり替えられた絆でも。ゾーエにとってその銃士は何者にも代えることのできない、世界でたったひとりの相棒だから。

「――セイバー! 私は君を信じてる!! だから信頼に応えて見せろ!! 君こそ私だけの、『ダルタニャン』だッ!!!」

「あぁ――貴女に勝利と、未来を!」

 レイピアを胸に。マスケットは対峙せし王者へ。高らかに、リールの総督は己の名を誇示する。それは敬意。それは畏敬。五百戦無敗の決闘王への賛辞でもあった。

「我が名はシャルル・ド・バツ=カステルモール! 通称シャルル・ダルタニャン……フランス銃士隊隊長代理、老いてはリール総督! 勇猛の銃士の名を冠する者である!! 名を申せ、決闘王!」

「おぉ、ならば名乗ろう、勇敢なる騎士よ! 我が名はウィリアム・マーシャル! 五百戦無敗のペンブルック伯、決闘王である! そして――そなたを討ち果たす者也!!」

 ダルタニャンのマスケットから弾丸が射出されると同時に、マーシャルの脚が地を蹴る。ここに一世一代の大勝負が幕を開ける。戦は信頼だけでは成り立たぬと現実を突きつけるが早いか、無敗の決闘王に唯一の黒星を与えるが早いか。

 そして、騎乗槍の切っ先と弾丸の先端がシャワーのように火花を散らしながら衝突した。

 

 キャスターが掌から伸びる舌先を引き抜くと、槍の騎士は心臓から噴水のように血液を噴き出しながらその場に倒れる。

「えぇ。えぇ、えぇえぇえぇ! まぁそうするでしょうねェ……予想通りすぎて些か面白みに欠ける気も致しますが。この世界のルーラーも警戒するほどのサーヴァントではなかった、ということでしょうかァ?」

「……。」

 臙脂色の外套を羽織ったルーラーの足元には、ひとりの青年の遺骸が無機質に転がっている。

「だってアナタ、聖杯の場所がわかる宝具があったら使いますよね? 使いません? 使いましたよねェ。現にその思考を読まれてアナタはひとりのマスターとそのサーヴァントを見殺しにした!! アーーッハハハハ!! いやぁ、これだから聖人君子というのは面白いものですよ、結局のところ自己利益をどこまでも純粋に追窮した人物が聖人君子と称されるわけですからァ? おや……と、あらばこの私も聖人君子の一種では? アハーーーッハハハ!! これは困っちゃいますねェ!!?」

「……。」

 狂気に満ちた哄笑を高らかに響かせるコーニッシュ。それに反論することも無く、ルーラーはただ黙って屈み込み、青年――セスタンテの無惨な死体を前に祈りを捧げる。

「ありがとう。そしてごめんなさい、セスタンテ。」

 立ち上がり、ルーラーは拳の関節から重低音を鳴らし始める。

「おや?」

 まるで、素手で喧嘩をするような。ボクサーのような構えを取るルーラーに、キャスターは憐みを含んだ微笑とともに神速の剣を掌から放つ。――が。

「……っ!?」

 その剣は、ルーラーの頭蓋を捉えない。ルーラーが少し首を傾げただけで、舌先は虚空を斬る。髪の毛一本すらをも掴めぬその事実を前に、キャスターの瞳に怒りが滲むのがルーラーには手に取るように理解できた。

「――来なさい、この世ならざる放浪者。精々、彼ら(・・)の時間稼ぎくらいはこのジャン・ヴァルジャン、しかと果たして見せましょう!!」



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決戦 -弐

◆セイバー
真名:シャルル・ダルタニャン
性別:男性
筋力:A 耐久:B+ 敏捷:A 幸運:B 魔力:B+ 宝具:A
スキル:対魔力B、騎乗C、直感C+、心眼(真)B+、無辜の怪物D+、勇猛C++、カリスマC、騎士の武略B+など
宝具:『喝采せよ、勇猛の一剣(アンプールトゥス・トゥスプールアン)』
→自らの内で燃え滾る魔力をすべてレイピアの剣先に集中させることで、神性すらをも打ち破る一撃を放つ宝具。視覚や触覚を含めたすべての感覚に使われる魔力をも込めるため、相手に命中させるには相応の覚悟とチャンスが必須となる。
『喝采せよ、四剣の英雄譚(アンプールトゥス・トゥスプールアン)』
→彼のレイピアそのもの。これを持った人間には四人の三銃士の叡智、篤信、怪力、勇猛の加護が与えられ、あらゆる精神的・物理的攻撃を跳ね除ける高位のアミュレットとなる。


「繧ュ繝」繧ケ繧ソ繝シ?√??縺吶$縺ォ蜷域オ√☆繧九?∬イエ讒倥?蜈医↓閨匁擶縺ョ鬘慕樟蝨ー轤ケ縺ク蜷代°縺茨シ」

 キャスターが余裕のない表情で人外の言葉を吐き捨てると、コーニッシュは笑顔を捨て、唇を真一文字に結んでその場を離れようとする。

「待て――っ!?」

 ルーラーが傍に置かれていた金属製のゴミ箱を放り投げ、コーニッシュ目掛けて蹴り撃とうとするも、それはキャスターが翻した黄衣により、無へと飲み込まれてしまう。

「ほら、時間稼ぎがしたいのであろう? 構わんぞ、もっと無為に時間を費やそうではないか、ルーラー!」

 幼女とは思えぬぞっとするほど冷たい声で笑い、蒼炎に包まれた四肢でルーラーの肉弾戦に対抗するキャスター。しかし、一対一の決闘であったはずのその戦闘も、その数分後には多対一となっていた。

 それは、半透明の海賊軍。即ち、バルバロッサ・ハイレッディンが宝具、『赤き髭持つ災厄の大船団(バルバロッサ・アフェトダルガス)』による大洪水であった。

 

 今日まで、様々な場所を走ってきた。冬木、フランス、ローマ帝国、オケアノス、ロンドン、北米、エルサレム、ウルク、新宿、アガルタ、下総、セイレム――。時に笑って、時に泣いて。時に怒り、時に驚き、本当に様々なことがあった。

 そもそも、セイレムを最後にレイシフトは凍結するとカルデアでは決められたはずだった。それが今こんな事態になっているのも、すべては藤丸の使命のため。

「ハサンさん、ルーラーは聖杯の顕現ポイント、教えてくれた!?」

「えぇ、でもどうやらルーラーさんはこっちの援護には来れないみたい。敵性サーヴァントと交戦中だったわ。私はあなたの護衛をしなきゃいけない。ルーラーさんの無事を祈るしか……。」

 またロンドンに来るとは思わなかったが、今回は以前の十九世紀ではなく二十一世紀だ。あの時とは違って霧も無ければ殺人人形もいない。だが。

「それよりも厄介だよね……。」

「厄介ね。前にここに来たときはこんなにごろごろサーヴァントが現界していたわけじゃないんでしょ?」

「はい、いたのは精々が魔本か殺人機械、霧夜の殺人鬼程度で……。」

「殺人機械!? なにそれなにそれ、もっと詳しく教えてっ! ……って、いつもなら言ってたけど……そうも言ってられないわよねぇ、残念ながら。」

 藤丸もハサンも、その場で足を止める。目の前には、やはり一騎のサーヴァント反応。だがその姿はどす黒い靄で覆われており、サーヴァントであるという情報以外の判別は難しい。

『――きさまは。』

「……。」

 しかし、靄に覆われたサーヴァントとハサンには互いに面識があるのか、そこからしばらく問答を繰り返していた。

『なぜ、そのなを、なのる。きさまは、そのざに、ついては、いないもの。』

「なぜ? ふふ、私もわからないわよ、そんなの。でも折角ハサン・サッバーハとして召喚されたんだもの、その通りに振舞っちゃいけない道理はないわ?」

『ろうぜきを。われら、やまのおきな。じゅうくのせきに、おまえはいない。なもなき、にしのおんな。はさんに、こがれ。はさんを、めざし――はさんと、よばれた、おんな。われらは、きさまを、みとめぬ。』

「認めるのは世界と、初代様じゃなくって? この首がまだ残ってるんですもの、告死の晩鐘はまだ私をハサンと認めてくれているわ!」

 そのやり取りに、藤丸は薄々と目の前にいる金髪碧眼の『ハサン』の正体に勘付き始めた。

「ハサンさん、もしかして貴方は……。」

「……そうよ、私は元々ハサン・サッバーハ――山の翁には数えられない人間。十九世紀のヨーロッパは某国で猛威を振るった『ただの暗殺者』。名も記録されず、素性も知られず、ただかつて山の翁(アサシン)と恐れられた暗殺者たちの頭目の名に準えて――『ハサン・サッバーハ』と噂されただけの女なの。」

 自嘲気味に薄く笑い、ハサンはそれでも目の前に立つ己の来歴を知る謎のサーヴァントに立ち向かわんとする。

「その声。その出で立ち。もう既にあなたはマスターを失い、本来のあなたとはかけ離れた存在になってしまったのね。それでも――私にはわかるわ。影剥のハサン。えぇ、私はあなたに立ち向かいましょう。私が生前終ぞ果たせなかった願いを見届けるために。我が真名はハサン・サッバーハ、人呼んで『機巧のハサン』! 人理を守る殺し屋、人類を守る殺し屋、少年を守る殺し屋!」

 機巧のハサンはゆっくりと息を吐き。

「――未来を守る暗殺者(ハサン・サッバーハ)です!!」

 その宣言が終わると同時に、機巧のハサンの両袖の中から鋭利なブレードが零れるように突出する。それだけではない。まるで蜘蛛の八脚のようなアームが背面腰部から一斉に展開され、大地を踏みしめる踵からは魔力を放出するリアクターが閃き、アンカークローがアスファルトを砕いて突き刺さる。

 最後にその顔面の下半分が鉄の仮面で覆われると、機巧のハサンは相まみえた真なるハサンを睨みつけた。

『いつわりが、しんなるを、うちやぶるか。』

「もはや問答は不要! 私は私の為すべきことを成します!!」

 ガツン、ガツンと、機巧のハサンが機甲の剛脚を前へ突き出すたびに道が砕けて爆発していく。一歩、二歩、三歩――十三歩目で、ハサンの刃は影剥のハサンの喉元へと突き出された。

 

 政宗はナイチンゲールによる緊急治療を受ける雲雀のセイバーから、コーニッシュと共に行動している幼児の姿をしたキャスターについての話を聞いていた。

「――あれを、キャスターと思うな。」

「ん、ん? どういうことだよ、そいつァ。つーか未だにオレらそのコーニッシュって奴と接触すらしてねーんだけど。」

「即ちあれは、神性の中でも最も性質が悪い。この惑星に紐づけられし神核ではないからだ。……フジマル……リツカ。」

 政宗の言葉も聞いていないのか、そのまま雲雀のセイバーは面識も皆無なはずの藤丸の名を口にする。

「あれなら、知っているだろう。奴の本来あるべき座は『降臨者(フォーリナー)』。真名の予測もおおよそ見当はついているが、それを語るべきは貴様らではないな。」

 やがて、雲雀のセイバーはおもむろに上体を起こす。右半身は肩から腕部を残してすべて回復しており、霊基の核すらもが完全崩壊から新品同然の状態にまで再生していた。制止するナイチンゲールを余所に、雲雀のセイバーは立ち上がり、路地の奥をじっと見つめた。

「……やれやれ。キャスターも詰めが甘い。彼女ほどではなくとも、このセイバーの神性も非常に高位であるとわかった上でとどめを刺さず放逐するとは……。」

 コーニッシュだった。鳶色の髪をガリガリと掻き毟りながら、濃いクマが刻まれた三白眼で雲雀のセイバーの方を瞥する。

「あのォ、そこどいては頂けませんかねエ?」

 へらへらと笑って、コーニッシュは雲雀のセイバーへ問い掛ける。しかし返事はない。警戒の面持ちで見つめるナイチンゲール、政宗とは違い、雲雀のセイバーの表情は無そのものだった。それを確認すると、コーニッシュは深く溜息をつく。

「――でしょうね、知ってました。……ですが私とて純粋な戦士のサーヴァント三名を相手に戦えるほど戦闘能力に特化していません。ですのでェ……!!」

 言うが早いか、コーニッシュはくるりと踵を返し、その場から素早く逃走して路地を曲がり、消えてしまった。

「あっ、オイ待ちやがれ!」

 政宗がすぐに立ち上がり、その後を追い駆け、路地の向こうへ走っていく。

「……。」

 だが雲雀のセイバーは微動だにせず、じわじわと黄金色の靄のように再生しつつある右手を握っては開き、左腰に佩いた十束剣を握力も戻り切っていないその手で抜き放ち、それを見て拳銃を抜くナイチンゲールと共にその場でその一瞬を待ち受けた。

 そして。

 

「――『全ての死に祝福あれ(ブラッド・シェイク)』ウウゥアァッッ!!!」

 コーニッシュによる宝具の真名解放と同時に、大量のリビングデッド軍団を二振りの打刀で食い止めながら後退してくる政宗が、雲雀のセイバーたちの元へ戻ってきた。

「ははははっ! やっぱ英霊ってのは最高だなァ! まさかゾンビ映画の主人公になれる日が来るたァ思わなかったゼ!」

 軽薄に笑って見せ、目の前の数十体を一気に斬り払う政宗。だがそこへ、半透明の海賊たちもまた数万体ほど合流してくる。

「……戦争、ですね。」

「元より合戦の覚悟でここへ降り立ったのだろう、看護師。」

「えぇ。今の私には、死傷者の根源を断ち切る力がありますから。これを行使せずに傍観しているのは、我慢なりません。」

「……佳い眼だ。人々を守護せしめん天の遣いかの如き瞳だな。」

「私が守るのは傷病者だけです。」

「……律儀と見るか、頑固と見るか……否、両者であろうな。何とも他人事とは思えんわ。」

 ナイチンゲールにはその時、雲雀のセイバーが少し笑ったような気がしたが、次にはっきりと表情を見た時には既に普段通りの毅然とした無表情に戻ってしまっていた。

 いつの間にか一人で六振りの刀を自在に振り、リビングデッドと立ち向かう政宗の隣へ支援に向かおうと雲雀のセイバーが足を踏み出した直後、彼女の横をひとつの人影が追い越し、政宗の背後に立った。藍色のショートカットヘアに角縁の眼鏡をかけたその青年は、眼鏡を指で持ち上げ、ポケットから剣士を模したチェス駒のようなモニュメントを取り出す。

「我が愛しのアローは、『夢幻模倣(イミテーション)』や『試験式英霊真人類(プレ・イーデル・プリマス)』の適性こそ高かったものの、結局そこ止まりだった。アーレルスマイアーの家長となるには、数多くの足りないものがあった。」

「よォ、マスター! ちょっと手ェ貸してくれねぇか!?」

 それは、政宗のマスターであるアーレルスマイアー現当主、ランベルト・ランプレヒト・アーレルスマイアーであった。ランベルトは眼鏡をおもむろに外し、前髪を掻き上げると、そのヘマタイトのように輝く魔眼をリビングデッドと海賊たちへ向け、大きく見開いた。

「さぁ煌めけ――我が『輝ける瞳(ユヴェル・イリス)』!!」

 次の瞬間、死の河の流れがびたりと緩む。

「……ヘマタイトは生命力の宝珠。如何に魔力を動力源とするリビングデッドであろうと、生命力に置換された魔力が減衰しては動くこともままなるまい。」

 そして手にした剣士のチェス駒を握り砕くと、ランベルトの右手に赤雷を纏う大剣が現れる。真紅と銀を基調とする鎧を右腕にだけ装着し、先程の言葉の続きを紡ぎ出す。

「アローは……優しい子だ。真面目な子だ。決して優秀とは言えない自分自身にできることを必死に探して、見事答えを見つけてみせた。だから兄として、妹の背中を押してやらねばな。」

 直後、政宗の瞳の色がガラリと変わる。目の中に宿った光は薄れて行き、六振りあった日本刀も燭台切ただ一振りのみとなる。それを鞘に素早く仕舞いこむと、瞼を閉じ、背後に立つランベルトの電雷の音に耳を澄ます。

「あの子が家長やそれに類する地位に立つことは将来にかけても絶対にあり得ないだろう。だがそれでいい。足りないものが多いから、ヒトはヒトであろうと――絆を結ぼうと考えるのだろう。私にその感覚は理解できないが、しかし。」

 右手の大剣を天井へ掲げると、鍔が展開し、雷によって形成された光刃が高く伸びていく。

「――きっと、尊いものなのだろうな。」

 雲雀のセイバーが腕を組み、頷くのと同時に、ランベルトと政宗の宝具が一斉に死と暴虐の豪流目掛けて放たれた。

 

「我は英雄にあらず。その後塵(うしろ)を押し上げる者……! 『我が麗しき才妹への刃援(クラレント・フェイクブラッド)』オォッ!!!」

「我が劔の一閃、城を断とう。一族郎党、諸共に絶とう。画竜点睛、独眼の神龍は幽世の廓をここへ顕み出さん!! ――『河北すべて帰せん独眼龍(おでもりのなでぎり)』……ッ!!」



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決戦 -参

◆アサシン
真名:ハサン・サッバーハ
性別:女性
筋力:D+ 耐久:D 敏捷:A+ 幸運:A 魔力:D 宝具:C
スキル:気配遮断A+、道具作成A、単独行動B、騎乗D、専科百般E+、無辜の怪物B+、自己改造C+++など
宝具:『骸想骨骼(ザバーニーヤ)』
→瞬間的に自己改造スキルをEXにまで引き上げ、自身に残された唯一の『身体中に様々な絡繰機械を装着していた』という逸話を誇大解釈することで、蒸気と歯車によって構成された巨人へと変貌を遂げる対砦宝具。アサシンって何だ。


「セイバー! 艦長から通信だ、コーニッシュは現在アロイジウスの兄さんと交戦中! キャスターの方はルーラーが抑えてくれているらしい!」

「わかりました、では我々はこのままこちらのオスマンの海賊を――いいえ、クロウ!」

 クロウが標識を振り回す手を止めてセイバーが指し示した方向を見ると、先程までいたはずのウルージとハイレッディン姉妹の姿がどこにもなくなっていた。だが、捜索に回る余裕はない。そうこうしている間も間断なく半透明の海賊たちと、どこからともなく溢れ出て来た生ける死者たちがクロウとセイバーに襲い掛かってくる。

「クソッ、あいつらどこ行った!」

「そりゃあ聖杯の出現ポイントだろうさ。コーニッシュの護衛に向かったってのもあり得るねぇ。」

 そう意地悪気に笑いながら二人を包囲する軍勢を蹴散らしつつ現れたのは、別の区域でコーニッシュ捜索を行っていたアロイジウスとそのサーヴァント、バーサーカー・メイジーことブランシェットだった。

「僕様もやることができた。残念ながら加勢することはできない。でも君たちにも成すべきことことがあるだろ? 行けよ、ここはメイジーにやらせよう。」

「はい! メイジーにお任せください!」

 朗らかな笑顔で物騒な凶器をケープの中からゴロゴロと取り出すと、空中へ飛びあがり、器用にくるくると舞いながら大軍を殺戮し始めるメイジー。

 茫然とするクロウの背を叩き、その場を離れるよう促すアロイジウス。クロウはメイジーに礼を言って、セイバー共々テムズ川沿いにコーニッシュを捜しに向かった。そんな彼らの背中を見つめながら、ブランシェット(・・・・・・・)は訥々と呟く。

「――はい。生き延びなさい、マスター。そして小さな王様と、哀れな鴉さん。生き残ることに貪欲に。生き抜く事に純粋に。だって、生き着いたヒトだけが、死んでいった人々の尊厳を、誇りを伝えることができるんです。生きて、生きて、生きて。死にたくなるほど生きて。生き永らえて。その先で皆さんが目にするだろう景色を護るのが、メイジーの。ブランシェットのお役目ですから。」

 沈みかける満月を見つめるブランシェットの首に、唐突にざくりとサーベルが突き刺さる。それを起点に、海賊たちが次々に手にした剣を小さなブランシェットの体躯に突き立てていく。

 しかし、それでも。既に致死量の出血を、見るも無残に臓腑が漏れ出でても。ブランシェットの瞳に映る満月は、きらきらとテムズの川面に天の川を作り出す。顎も、細める瞼も失われた顔面で、ブランシェットは明るく笑う。

「おぉ、おお! 月は出ている! 我が瞳に、人々の心に! 嗚呼、凶狼よ、我が内なる魔獣よ、咆吼えよ! 我が悲運に! 我が幸運に! 今喚び起こすは黒き森の惨劇! ウ、ウ、ウゥウ!」

 やがて、ブランシェットの頭部からはイヌ科の耳介が、臀部からは同じくイヌ科の尻尾が皮膚を突き破って現出し始める。牙は細く鋭利に、爪は禍々しく尖り。

「――ウウゥウウアアァ!! アアアアアァァァァッッ!!! 『哮えよ、我が内なる愚喰の魔狼(ルスト・ファストヴォルフ)』――!!!」

 即ち。かつて魔狼に捕食された際に赤ずきんが飲乾した、かの魔獣の血液の活性化。視界に在る生命を限界を超えて捕食し続ける人狼へと己を変貌させる宝具であった。

 

「騎士王とクロウはアーレルスマイアー当主たちがいる場所へ向かった! アロイジウスは時計塔の方向へ……あいつゾーエの援護をするつもりか!? 魔術師ひとりで!?」

 ロンドンシティ上空、ノイエ・グラーフZ。そのブリッジで、ジャクリーンは仲間たちの状況を細かくチェックしていた。

「ルーラーは敵キャスターと未だ交戦中……でもやばい、ルーラーの霊基もズタボロだ! フジマルは敵のアサシンと戦ってる……そうか、あいつのサーヴァントはあいつの近くにいないと活動できないから……!」

「フジマルくんのことはハサンに任せておけ。ルーラーは恐らく……間に合わないだろう。ここから砲撃をすれば周辺住宅にも被害が出かねない。アーレルスマイアー当主たちのバイタルも弱まってきている。……正直、劣勢と言わざるを得ないな。何より……。」

 "Z"ことツェッペリンは、ロンドンシティ中に溢れ返った魔力反応を見ながら溜息を吐く。

「この氾濫が何よりの問題点だな。」

「……こうなったらおれもっ!」

「やめておきなさい。」

 逸るジャクリーンを止める声がひとつ。雲雀のキャスターだった。ブリッジの入り口にいつの間にか立っていた雲雀のキャスターは、脂汗を滲ませるジャクリーンの肩に手を置き、静かに語る。

「君が彼らの加勢に向かいたい気持ちもわかりますが、君には君にしかできないことがあるんです。それは艦長のマスターとして、この場で皆に指令を飛ばし続けること。君が敵の位置を教えてくれるからこそ、彼らは万全な状態でこの決戦に対することができているのですよ。」

「おれにしかできないこと……。」

 ジャクリーンは唇を噛み、窓の外の戦場をじっと見つめながら、小さな声で不安を口にする。

「……ずっと、期待されてなかった。役立たずで、魔術回路も貧弱で……。だから見返してやろうと思ったんだ。誰にも負けない、おれだけの偉業を成し遂げてやるって。……結局、おれひとりの力じゃ何もできなかった。けど、でも……。」

 "Z"と雲雀のキャスターの呆れたような笑顔を交互に見て、ジャクリーンは決意に満ちた宣言を行う。

「……わかった。おれはこの場所で、この船の上で、仲間達(あいつら)を見守り続けてやる。あいつらが作ろうとしている未来を、この目で確かめてやる! それがおれだけの、おれにしかできない『偉業』だ!!」

 次の瞬間、船体が大きく振動する。"Z"がエンジンルームに駐在しているラグーンに事態を問うと、どうやら迷彩フィールドを張っているはずのノイエ・グラーフZへ地上から砲撃を行っているサーヴァントがいるらしい。

「あの姉妹だ――!」

 ジャクリーンが察するが早いか、ブリッジの天井付近に設けられたラウンジから、一人の青年が飛び降りてくる。

「ハンス!?」

「ジャック、露払いは俺がするさ! お前は真っ直ぐ前だけ見てな! ――世話になったな、姐さん。またどっかで会おうぜ!」

 そうとだけ言って盛大にウインクし、ハンスはブリッジを後にする。呆気に取られるジャクリーンを置いて、ハンスは格納庫へと去って行ってしまった。

 十数分後にジャクリーンが目にしたのは、地上にいるサーヴァントからの集中砲火を浴びながら特攻を仕掛ける爆撃機の姿だった。

「そんな! もっと他の方法があっただろっ!? 無駄に死ぬ必要なんか……!」

「いいや、あれが最適解だ。基本的にハンスは我が艦を主とする野良サーヴァント。雲雀のセイバー並の強力な神性や魔力を有していない時点で宝具も使用できない塵同然の英霊だったのだよ。」

「そんなっ……!」

「それに、見たまえマスター。」

 "Z"が指差す先を窓に張り付いて見下ろしてみれば、爆撃機がちょうど轟音を上げて爆発するところだった。それはテムズの水上であり、住宅街には一切の被害を出していなかった。それどころか、ロンドンシティ内にうじゃうじゃと溢れ返っていた半透明の海賊軍の姿が見る見る間に消えて行っていた。

「……無駄ではないのだよ。」

「ハンス……っ!」

 涙をこぼして俯くジャクリーンの隣で、"Z"も軍帽のつばをぐっと押し下げて顔を隠す。しかしすぐに顔を上げ、ジャクリーンが吃驚して後ずさるほどの大声で自らの左腕に巻かれた赤、黒、黄の色調の腕章を右の拳で強く叩き、叫んだ。

「ジーク・ハイル! おぉ、我らが祖国の英霊に栄光あれ! ――ジーク・ハイル!!」

 勝利万歳、と。

 

 頭上で透明化している艦艇から通信が入る。我ら劣勢である、と。敵サーヴァントも数体ほど討伐できているが、それでも劣勢に変わりなし、と。

「……ハサンさん、お世話になりました。後は任せてください!」

 黒靄のサーヴァントと相打ちになって消えて行った名も無き山の翁に礼を言って、少年はその先へ進む。

「伊達公、魔眼の少女の元へ行くのだ! まだそなたには猶予がある!」

「おうともよ――ッ!」

 麻布を纏っただけの剣士に言われ、足を動かす度に黄金色の粒が爪先から昇り始める肉体に鞭うち、伊達男もそこへ向かって走り出す。

「ぜっ、たいに、行かせる、もの、か……! お前に、最期の、祝福、を――! 『最後の闇、最後のあけぼの(ラ・ミゼラブル)』――!!」

 完全に消滅する最後の一瞬に、裁定者は宝具を使用する。何が起きたのかを自身のカラダに問い掛けるも、幼女の魔性の肉体は何も答えない。薄く嘲笑し、幼女は同胞の元へと飛び立つ。

 

 そして、ここでもまた一騎、退場しかけているサーヴァントがいた。

「……まだ、続けるのかね。」

「続けるとも!」

「シャルル……っ!」

 左腕とマスケットは既に消失。右側腹部にも大穴が空き、締め忘れた蛇口のように血液が溢れ落ちている。一歩動くのも一苦労といった状態ながら、それでもダルタニャンは前へ進む。ふらふらと、されど確実に、マーシャルの方へと。

「まだ、死んでいない! 私は、俺は死んでいない! ならばこの身はゾーエの、マスターの盾であり剣だ! 依然、変わりなく!」

「いいや、もうすぐお主は死ぬ。見えておらんのか。その身から漏れつつある黄金の砂が。」

 そう、ダルタニャンの身体からも、サーヴァントが英霊の座へと還る際に肉体を魔力へ還元する黄金の粒が無慈悲に止めどなく天へと立ち上っていたのだ。

「――まだだ!!」

「然様、か。」

 マーシャルは彼の勇猛に敬意を表すように一度手にした馬上槍を胸の前で掲げ、瞳を閉じると、すぐにレイピアを引き絞るダルタニャンの心臓へそれを深々と突き刺した。

「げほっ――!」

 喀血。しかしダルタニャンは止まらない。

「これで……貴様は、逃げられないな!!」

「なにっ!?」

 瞬間、ダルタニャンのレイピアが蒼く輝く。それは、本来ならばシャルル・ド・バツ=カステルモールをモデルとした『ある人物』が持つはずの宝具。だが、彼もまたダルタニャンであるがゆえに所持することを許された文字通りの幻想の一撃。

 霊核を貫いた槍を引き抜くことを傷口の筋肉で阻み、そこにできた一瞬の隙を突く。

「『喝采せよ、勇猛の一剣(アンプールトゥス・トゥスプールアン)』!!」

 それは、霊基を維持するために回していた魔力すらをも刃に乗せた決死の剣閃。視覚も、聴覚も、嗅覚も、味覚も、触覚も、霊感も、全身の筋力すらをも遮断し、その分の魔力を一突きに込めた『ダルタニャン』という名のレイピア。

 低級とはいえ、英霊一騎分の魔力は容易くマーシャルの左上半身を抉り砕いて見せた。だが、それは渾身の絶技であると同時に、霊基の保存を放棄した最期の勇気。既にダルタニャンの肉体は半分以上が魔力に還元されてしまっていた。

「シャルル……!」

 名を呼ぶことしかできなくなったゾーエに、ダルタニャンは最後の力を振り絞って振り向き。

「わら、え、マス……タ――、」

 言い終える前に、セイバー、ダルタニャンは完全に消滅してしまった。一振りのレイピアを遺して。



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決戦 -肆

 宝石は、誰かに磨かれなければただの石くれ。
 輝くことを知らなかった宝石は今、少女の手の中で燦然と輝く。
 ――あの子のために。
 アメジストの宝石言葉は、『心の平和』、『真実の愛』。


 だがそれでも、マーシャルは倒れなかった。腕部や肩部含め、頭部を除く左半身をその巨大なタワーシールド諸共吹き飛ばされても尚、老騎士は騎乗槍を手に、足腰に力が入らなくなってへたり込んだゾーエの元へと歩み寄る。

「実に、実に果敢な勇士であった。あのような兵をサーヴァントに選べた己が幸運に感謝するが良いぞ、少女よ。……だが、それはそれ、だ。子供を手に掛けるのは大変に心が痛むが、彼の元へ逝ってもらうぞ!」

 ゾーエには、その光景がスローモーションのように思えた。振り下ろされる槍の穂先が、ゾーエの顔面、首、胴体を貫かんと落ちてくる。悲嘆と絶望で微動だにできなくなった彼女は、ただただ迫りくる『死』を見つめることしかできなかった。

「――盟友ッ!!」

 不意に。槍は弾かれ、声の主に蹴り飛ばされたマーシャルが距離を取って、槍を道に突き刺し体勢を立て直す。先程までのダルタニャンと同様、ゾーエを守り、庇うようにその眼前に立っていたのは、

「間に合わなかったが……間に合ったみたいだな、盟友! 君が無事で何よりだ!」

 柄も刃も純白な細身の槍を携え、要所に鎧を装着しただけの装備で、試験式英霊真人類(プレ・イーデル・プリマス)を発動した状態のアロイジウスだった。

「ア、ロー……?」

「ああ! 君の盟友、アロイジウス・アナスタージウス・アーレルスマイアーだとも!」

 

「……まったく、道中変な海賊姉妹に目を付けられてしまってね。なんとかグランツ・レルヒェのサーヴァントのおかげで窮地は脱したが……おかげさまで随分といらない魔力を浪費してしまったよ。」

 そう言って笑い、振り返るアロイジウスの瞳がちらりとアシメバングの前髪から覗く。それを目にしたゾーエは、悲痛な叫び声をあげた。

「アロー、あなた……魔眼がっ……!」

 アロイジウスのアメジストの魔眼は、一目見てわかるほど顕著に亀裂が生じており、そのヒビから痛々しく真紅色の血が流れ落ちていた。試験式英霊真人類(プレ・イーデル・プリマス)を過度に運用しすぎたのか、これ以上無理をし続ければ失明はまず避けられないことはゾーエの目にも明らかだった。

「ん、あぁ。まぁ僕様のことは気にしないでくれたまえ。これくらいは何てことも無い。」

「そんなわけないでしょ!? は、はやくその英霊化を解きなよっ! 失明しちゃうよ!? いや、いや! 失明だけで済めばまだマシ! 死んだらどうするつもりなの!?」

「大丈夫さ盟友、僕様をそう甘く見ないでくれよ。」

「大丈夫なわけ――っ!」

 言い終わるよりも前に、アロイジウスはマーシャル目掛けて飛び掛かる。武人でも兵士でもない、ただの魔術使いの槍捌きはマーシャルのそれに比べれば格段に稚拙であり、左腕を失ったマーシャルを相手にアロイジウスはすぐさま劣勢に陥ってしまう。それでもアロイジウスは無謀にも決闘王に挑み続けた。

「名も無き英霊よ、そなたは何故無駄に命火を自ら吹き消さんとする? そこな少女を連れ、どこへなりとも逃げおおせるが最も優れた選択であろう!」

「いいや、どっちみちあんたは倒さなきゃいけないんだ。時間稼ぎと敵サーヴァント討伐を同時にできるんだ、一石二鳥だろう?」

「あまりにも……。」

 無謀だ。言わずともゾーエにもわかる。だからこそ、ゾーエは叫んだ。もうやめてくれ、自分を連れて逃げてほしい、と。だがアロイジウスは笑ってそれを拒否する。

「盟友、君が先に行くんだ。こいつは僕様が何とかする。君とコーニッシュは多分因縁浅からぬ関係だと僕様は睨んでる。なら盟友がヤツらと決着を付けるべきさ。クロウと一緒にな。だからこそこいつをそこへ行かせるわけにはいかない。大丈夫、大丈夫だ! 他のサーヴァントが船からの連絡で加勢に来てくれるさ。だから行け、行ってくれ盟友!」

 ようやく若干落ち着きを取り戻し、おもむろに立ち上がっても、ゾーエはその場から動けなかった。これ以上戦い続ければ、二度とアロイジウスと会えなくなってしまう――そんな予感が脳内をちらついて仕方がなかった。

 そんなゾーエに対し、アロイジウスはしびれを切らし、声を荒げる。

「早く行けって言ってるんだよ! 僕様を信じろ! 僕様は盟友を心から信じてる! 君なら世界だって救えるさ! 僕様を救ってみせた君ならな! だから君も僕様を信じるんだ! 信じて聖杯の元へ行け! ――早くッ!!」

 ゾーエはそう言われてもまだしばらくその場で逡巡していたが、目尻に溜まった涙を大雑把に腕で拭い、アロイジウスへ向かって声を張り上げた。

「アロイジウス! 全部……全部終わったら、一緒にカフェでコーヒーを飲もうね! 約束、約束だよ!」

「あぁ、ロンドンのまずいコーヒーを一緒に飲もうじゃないか。安くてまずくて、一口飲んだら笑っちゃうような、あのコーヒーだ。あぁ――あぁ、あぁ! 約束だとも、盟友!」

 その返答を聞いたゾーエは、昇りゆく朝日を背にアロイジウスに笑顔を見せ、時計塔へと走り去っていく。自らの運命へと駆けていく盟友の背中目掛けて、アロイジウスも負けじと大声で呼びかけた。

「――行け盟友! 振り返るな! 君が走ったその道は、誰か(ぼくさま)の希望だ! 走れ! 駆れ! 世界になんか負けるな! ただ前だけ見て走れ、――ゾーエ!!」

 瞼を閉じ、再びマーシャルの方に向き直る。マーシャルは槍を深々と地に刺し、アスファルトに膝をついてアロイジウスをじっと待っていた。

「……もう、良いのか。」

 マーシャルに問われ、アロイジウスは即答しようと口を開く。しかし、声を発しようとすればするほど、かわりに目の奥から水滴が溢れて止まらなくなる。だがしばらく俯いて顔を上げると、そこにはひとりの決意に満ち溢れた英霊が立っていた。

「あぁ、悔いはない! 行くぞ、決闘王ウィリアム・マーシャル! 百戦無敗のその技量、存分に見せてもらおうじゃあないか!!」

 

 アーレルスマイアーの秘奥義(ソフトウェア)に耐えきれるほど強靭な魔術回路(ハードウェア)を持ち合わせてはいないことくらい、アロイジウスには痛いほど理解っていた。実際、アロイジウスが試験式英霊真人類(プレ・イーデル・プリマス)を使用できるようになったのはつい数年前のこと。

『おおあにうえ!』

 冬木の聖杯戦争が勃発した2004年も終わりを迎え、2005年がやってくる年の瀬。まだ齢六つだったアロイジウスは、当主嫡男、次期アーレルスマイアー当主であると疑われなかったランベルトに尋ねた。

『なんだね、私のかわいいアロイジウス?』

『アーレルスマイアーは、サーヴァントになるための魔術を調べているんでしょう?』

『――あぁ。そうだよ。』

 ランベルトは苦笑しつつもそれを肯定した。幼いアロイジウスにその表情の理由はわからなかったが、その答えにアロイジウスは再度尋ねる。

『それじゃあ、ぼくにもその魔術はつかえる?』

『――……。』

 今度こそ、ランベルトは言葉を濁す。その眉根、眼差し、溜息。アロイジウスは瞬時に理解した。――自分は、何らかの理由によりその力を行使するに能わないのだ、と。

 その晩、ドイツ北部に存在するアーレルスマイアーの本家屋敷、父親――すなわちアーレルスマイアー当主の私室の前を通り過ぎた際、アロイジウスの耳にランベルトと父親の会話が飛び込んできた。

『――くだらん。』

 父親の声。

『ですが父上、アロイジウスには我々兄妹にはない魔術のセンスがあります! せめて、せめて基礎だけでも……あるいは彼女ならば、英霊真人類(イーデル・プリマス)にすらも……っ!』

『くどいぞ。お前は常日頃からあの出来損ないに肩入れしすぎている。再三言わせるな。アーレルスマイアーの歴史において、あれは本来在ってはならない(・・・・・・・・)恥部なのだ。』

『……っ!』

『魔術回路の本数が兄や姉はおろか、我々父や母……祖父や祖母、曾祖父や曾祖母にすらも及ばぬ出来損ないに、学ばせる魔術などひとつとてあるものか! 下がれ、最早話はない。』

 部屋を出たランベルトが見たのは、愕然とし、絶望し、恐怖や悲壮や嫌悪感や、その他様々な感情と思考が入り乱れてぐちゃぐちゃになっていることが目に見えて明らかな顔をしてへたり込む、アロイジウスの姿だった。

『アロー……っ!』

 期待されていない――冷遇されている、両親からもほとんど無視されているに等しい扱いを受けていることは薄々ながら勘付いていたが、ここまでハッキリと断ぜられたことはなかった。それが両親に残された僅かな愛情なのかはわからなかったが、ひとつだけわかったことがあった。

『ひどい! 父上がそんなことを?』

『おいおい、確かにアローは出来損ないだがよ、在っちゃならねぇだなんて、そんな言い方はねぇよなぁ?』

『だいじょうぶ、アロー、あなたのことは、私たちがたっくさん、みとめてる。』

『僕らもできるだけのことをしよう。才能の無い者だって学ぶ権利はあるさ。魔術師である前に僕らだって人間だ。』

 自分の兄姉たちは、明確に自分のことを愛してくれていた。皆揃いも揃って口の悪い者たちだったが、その愛情は本物だった。

 アーレルスマイアーの一族に代々伝わる『輝ける瞳(ユヴェル・イリス)』の扱いも教わった。夢幻模倣(イミテーション)も教わった。アロイジウスと兄姉たちだけの、秘密の魔術教室だった。何度も血反吐を吐いた。何度も重傷を負った。何度も泣いた、何度も音を上げた、何度も何度も何度も諦めたくなった。それでもアロイジウスは槍を棄てることはなかった。

 

「だってそれは!」

 血塗れの膝はもう震えて一歩進むだけでも激痛が奔る。

未来(いま)僕様(ぼく)を!」

 腕を曲げるだけ、肩を回すだけ、指を折るだけ、呼吸をするだけで、全身と魔術回路と魔眼に地獄の責め苦のような灼熱の痛覚が駆け巡る。

「手放すことだから!!」

「多くの愛情を受けてここまで辿り着いたのだな、少女……否、未熟な槍兵よ。その苦節、その道のり、わしは大いに絶賛しよう。故にそなたを討ち取るには宝具が最も相応しいと見た!」

 それは、決闘王を名乗るマーシャルの人生における戦場そのもの。五百の決闘を経て無敗、敗北という概念の否定を物理的に成し遂げた彼が視界に焼き付けたすべての技術、技量、技巧。相手の『一』手を『一』瞥した瞬間にその攻撃を往なし、かつ致命の『一』撃を与えるための因果を超越した最善の『一』突き。ただ『一』瞬にすべてが終わる、その宝具を。

「――『百戦無敗の窮極栄冠(ギヨーム・ル・マレシャル)』!!!」

 だが。

「お前の宝具の欠点を言ってやるッ!!」

 アロイジウスが振るった槍を捉えたその宝具は、確かに彼女の存在を跡形も無く消し去るだけの威力を以てその体躯を穿ったはずだった。だが。だが。そこにまだ在った(・・・)。アロイジウスが、弱く、脆く、出来損ないから生涯抜け出せなかったたったひとりの人間が。

「それは――!」

 その先を聞くことは叶わなかった。ただ、理解することだけは追いつけた。もはや従えるべき僕を失い、輝きを失った令呪。その一画が、完全に消失していたのだ。それは真似事。たった数回しかやり取りを交わさなかった青年の十八番を模倣(・・)しただけの悪足掻き。それでも。

「これは僕様の――僕のすべて!」

 魔眼が、眼球が熱暴走によってとうとう破裂する。綺麗なアメジストが、あかいろの液体と共に儚く砕け散っていく。

「『試験式真人類模造宝具(フォア・イーデルファンタスマ)』……いや、いいや! これは、これ、こそは! 僕たちアーレルスマイアーの極致! 僕らが目指す道の到達点! 誰もが無駄だと、無理だと言った僕の最果て!! 『英霊真人類規格宝具(ノウブル・ファンタズム)』、――くらえェ――ッ!!!」

 頭蓋を抉り、瞬く間にその霊基を蒸発させる。だがその代償は大きく。アロイジウスもまた、槍を握っていた右の半身を見るも無残に吹き飛ばされてしまう。全身を失わなかったのは、偏に彼女の存在が既に人間としてのそれを卒えていたから。

 

「――……いま、アローの声が……。」

 白衣の女性と幼女を前に臨戦態勢を取る青年たちの中にあって、たったひとり、少女だけはその声を確と耳にしていた。一筋の涙と共に少女は唇を噛み締め、再び前を向く。未来を繋がんと、眉を吊り上げて。

 

 こつん、と。仰向けに倒れ伏したアロイジウスの頭上で、足音がした。見上げれば、そこにいたのは既に大半の霊基が黄金の光に戻ってしまっていたセイバー、伊達政宗であった。

「――あ、ぁ。政宗公。そう、か。大兄上……も……。」

「……オレがいながら。すまない、アロイジウス。」

「いや、い……や。いい、んだ。これ、で……。はは、ははは……見て、くれよ、政宗、公。」

 笑いながらアロイジウスが示したのは、自らの消え失せた半身。そこからは確かに血も流れていたが、それ以上に、政宗と同様、その消失面からは、黄金の粒が黎明輝く紫紺の天穹へと揺れ昇っていた。

「僕様、とうとう……人間、やめちゃった、みたいだ……。これじゃあ……もう……。」

「……ああ。もう、たとえ世界が元に戻っても、ゾーエちゃんには会えねぇな。アローちゃんはランサークラスの英霊として座に記録されちまった。長くその姿のまま無理しすぎた結果だ。」

「……。」

 ぼんやりと、次第に明けていく雄大なロンドンの空を眺めながら。

「なぁ、公。」

 アロイジウスは薄れゆく意識の中で政宗公に独白のように問う。

「僕様は……ゾーエ・モクレール、というひとりの少女に、心から『恋』をした。……愚かな英雄、なの、さ。誰にも、語り継がれ、ない。あの子、だけの、英雄……。なぁ伊達政宗公、僕は……、あの子の、英雄……に――、」

 政宗は応える。既に何も失くなった(・・・・・・・)路上へ向けて。徐々に消えゆく自身の霊基を感じながら――。

「あぁ。お前は最高の英雄だったよ。アロイジウス・アナスタージウス・アーレルスマイアー。誰もお前を覚えていなくても、誰もお前を語り継がなくても、お前はあの子だけの英霊さ。」

 矮星、堕つ。アメジストのように輝くソラが、その先に起きるであろう大事変を優しく見守っていた。



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然して舞台は逆転する

 未来を。ただ、少年少女は未来を望む。


 ここまで、多くの景色を目にしてきた。人の笑顔、人の怒り、人の涙を見てきた。そこに向こう側やこちら側、などという線引きはなく、すべて等しく尊いものと感じた。だからこそ、クロウは()に尋ねたかった。

「こっちとあっちは何が違う? なぜ……なぜ俺のセイバー(レイヴン)が存在していない?」

「其れに答えますには先ず、貴方様の認識の誤差を修正せねばなりますまい。」

 嗜虐的な微笑を湛えながら、ウォッチャー、ホーガンは答える。

「此の地は確かに、特異点と称される物に御座いましょう。歴史の或る一点を愚弄されたが故に生み落とされた在ってはならない世界。されど、この地を特異点たらしめているのは他でもない、貴方様と此の拙僧めの存在に御座いますれば。」

「つまり俺たちがいなかった時、この世界は……。」

異聞帯(・・・)。」

「はっ……?」

 聞き慣れない言葉に、クロウは再度その言葉を聞き返す。

「ははは! いえ、いえ。或いは何れ何処かの何者かが、こういった世界の状態の事をそう表すでありましょうな、という意味に御座いまする。即ちこの世界は、『マビノギオン』に於けるアーサー王と大鴉の伝承が伝わらぬ儘現代を迎えた世界、に御座いますよ。」

「つまり鴉としてのアーサー王の人格が無い……?」

 ニコリと、今度は無邪気に笑って見せるウォッチャー。

「本来、此の世界における『人類』とは『死なずの者』。寿命が尽きれば再び若人となり、記憶は抹消され、新たな生命として人生を繰り返す物に御座いました。」

「……おぞましいな。」

「ええ、実に。ですがそれでは進歩性が無い。記憶は消せど、その人間の本質(たましい)迄は消せない物で。と有らば、何時かは剪定事象と断ぜられ、滅びの運命を迎える定めでありました。」

「でもそこへ、俺たち(ウイルス)がフォーマット化されないまま、ここへやってきた……。」

「瞬間、此の世界は異聞帯から特異点へ切り替わったのです。複雑怪奇では御座いますが、貴方様の呪が逆説的に世界の理に欠陥(バグ)を生じさせ。それを患部として拙僧めの存在が世界の特異点化を確定させた。」

「つまり、つまりだ。」

 クロウは今までのウォッチャーの話を纏める。

「元々向こうの世界とは違う運命を辿っていた世界に俺たちが来たことで、矛盾が生じた世界が突然変異よろしくぽんと生まれちまって……。」

「其の突然変異部分のみが特異点として元来の我々の世界に層状的に上書き保存されてしまった、という次第に御座います。」

「……意味わかんねぇ。」

「ははは! 然様に御座いまするか! 結構結構、然して此の特異点は別の可能性の世界が基礎規格(ストラクチャ)となっております故、『マビノギオン』に記録されていないアーサー王と大鴉の伝承が霊基を有する事とは相成らなかったので御座います。」

「……。」

 

 ウォッチャーのやり取りを思い出しながら、ポケットの中の黒いリボンを握り締める。それを再度ポケットの奥へ仕舞いこみ、唇を真一文字に結んで眼前を睨む。

「はあああぁぁ……。やはり、と言いますか。本当に貴方は私の邪魔しかしませんねェ。しかも何をどうしたか、私の傑作薬まで克服しているご様子。」

 虚ろな瞳で溜息をつき、コーニッシュは苛立たしげにクロウとセイバーに対する。

「ナイチンゲールが一生懸命解毒してくれたからな。」

「解毒とはァ……ッハハ、異なことを仰いますねェ? 貴方は自らの呪いに苦しんでいたのではないのですか?」

「あぁ、苦しいね。もう二度と死にたくなんかないさ。でも死ななきゃならねぇ。死んで死んで死んで死んで死んで死んで、そしてお前たちも(ころ)す。だから死ぬ。そのために死ぬ。俺にとって死は通過点でしかねぇのさ。」

「――その意見には、賛同しかねますねェ。死とは拘束。死とは束縛。死という概念が存在する限り、人類には一向に幸せは訪れません。それは貴方のその所感で証明されているでしょう? 誰しも死など欲していないのです。」

 でもよ、とクロウはコーニッシュの話を遮った。クロウが口を開いた時、その背後から数名の人間たちがサーヴァントも連れずに集ってくる。

「でもよ。」

 あるいは、かつて異世界にてコーニッシュと真正面から対峙した遠坂の血を引く武闘魔術家。

「俺たちの時代は俺たちの物だぜ?」

 あるいは、未来から人理を取り戻すべく時空を超えて訪れた異邦人。

「俺たちの未来も、そりゃあ俺たちの物だろうがよ。」

 あるいは、盟友と同胞の遺志を受け継いだ最新にして最後の三銃士。

「――過去の人間が、人間の未来(ありかた)に口出ししてんじゃねぇ!!」

「ッ……!」

 明らかに不機嫌な表情を見せ、コーニッシュはその姿を英霊本来のサイバーパンクなそれへと変貌させる。その隣で、キャスターも悍ましいまでに口端を細く鋭く引き伸ばし、不気味な笑い声をあげながら掌から長い長い舌をずるりと垂れ落として見せる。

「サーヴァントも連れず、我々と相対しようなどと……私たちも随分と舐められたものですねェ!!?」

「ああ。舐めているさ。」

 それに不遜にも答えたのは、ズーハオだった。そして、その言葉をゾーエが引き継ぐ。

「だって、私たちは現在(いま)を生きる人間よ! 過去からわざわざ出しゃばって、自分勝手に人間を憐れんで! 未来(じんるい)を弄繰り回そうとする奴らを恐れる理由なんか、どこにもないわ!!」

 瞬間、ゾーエに迫った舌刃を、クロウの指示も無くセイバーが斬り捨てる。

「ふ、ふふ! フフハハハハ!! 醜い! 醜い! 無様だ! お前たちとて英霊を用いているではないですかァ!!」

「ああ。私も確かに過去の人間。だが、貴様ほど出過ぎた欲望も持ち合わせてはいない。この剣はクロウの想い。クロウが人類の未来を掴みたいと願うのならば、その障害を斬り払う刃となろう!」

 凛とした声で、セイバーは宣う。直後、セイバーは地を蹴り、キャスターと剣を交える。コーニッシュも素早く白衣のポケットからマジックアイテムを取り出そうとする――が。

「一拍遅いッ!!」

 その瞬間には、ズーハオによって間合いを詰められていた。

「サーヴァントの視力でも追いつけない縮地だと!? たかだか人間ひとりにどうしてここまでのポテンシャルが……ッ!!?」

 シリンジを数本握るその両手を蹴り抜かれ、咄嗟のことにシリンジを手放してしまうコーニッシュ。

「ゾーエ!」

 そして、体勢を崩して隙を見せたコーニッシュの懐に次に飛び込んだのは、ゾーエだった。

「これでも――くらえッての!」

 その胸に深々と突き刺したのは、緑色の液体が満たされたカートリッジが装着された金属製の鞘に納められた、大型の片刃ナイフ。それがずぶりと音を立て、肉を絶つ感触がゾーエの手に伝わった時、コーニッシュは苦悶の悲鳴をあげた。

「こ――れはッ! 魔術回路、霊基の超加速!! あァッ、アぁあァアーーーッッ!! イタイ、イタイ、イタイイイィィ!!! 特効薬を! なぜだ! なぜだ! 治療をなぜだ治療せねばなぜ人間にこんなものがなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜェ!!!??」

 狂ったオルゴールのように言葉を繰り返し、アスファルトをのたうち回るコーニッシュを見下ろしながら、肩で息をしつつその答えを投げてよこした。

「それはね、私の十六年の集大成だからだよ。……いや、実際は十一年かそこらか。モクレールの出来損ないが家族にも友達にも内緒で独り妥協も一切せずに究め続けたたったひとつの呪い。だからあなた(サーヴァント)にも届くって、信じてた。」

「アッ……ぐ、あぁあ、あっぁあっ!」

 白目を剥き、必死にありったけの薬物を自身へ投与していくコーニッシュ。しかし、どれだけ自身を回復する作用を持つ薬品を過剰摂取しても、痛みは増すばかりのようだった。

「無駄だよ。少なくとも自分の修繕を促進するような効能を持つ薬を使っている間は。……って、聞こえてないか。」

 まるで悪役のような台詞を吐くゾーエの瞳には、何の感情も宿っていなかった。しかし、すぐさまに激情を内に燃やす眼差しでクロウとズーハオ、藤丸の方を振り向き、自身の作戦を伝える。

 

 セイバーがキャスターを弾き飛ばした瞬間、キャスターの視界に太陽の光のような金色のロングヘアが映り込む。

「ぐあっ……!?」

 コーニッシュと同様、その胸部には刃が突き立っていた。しかしそれはナイフではなく、一振りのレイピア。ダルタニャンが最期にゾーエに残した自らの武器だった。叡智と篤信と蛮勇と、そして最後の一剣、勇猛の加護を受けたレイピアは、キャスターを幾重にも守っていた魔術的な防護を貫き、『ただのレイピア』としてその肉体に突き刺さる。

「『喝采せよ、四剣の英雄譚(アンプールトゥス・トゥスプールアン)』!!」

 喀血しながら着地し、数歩よろめくキャスター。しかしコーニッシュとは違い、彼女を穿ったのは『ただのレイピア』。せいぜいが時間稼ぎにしかならないだろう。実際、次の瞬間には彼女の舌は的確にゾーエの首筋を捉えていた。

 だが、そこまでにも及ばない。

「なッ――!」

 舌は中途で断絶される。その要因は、クロウが投擲した手榴弾だった。それは、かつて名すらも剥奪され、『祖国よ家族よ、幸せであってくれ』と願って散っていった幾百もの雑兵たちの怨念の集合体が未来(クロウ)へ託した、感謝の言葉。

「これは……局地的な固有結界!?」

 即ち、キャスターの五体を封じ込める立方体状の結界であった。『英霊の絶叫(じゅんこくけっぷう)』をグレードダウンさせ、さらに狭域的に顕現させたそれはしかし、キャスターの身動きを止めるには十分な力を有していた。

「この……矮弱な地球の知性体如きがアァッ!!!」

 憤怒のままに叫び立てると、結界を突き破り、何かが道路を叩き潰して結界ごとキャスターを上空へと放り投げた。

『先輩! 確認、取れました! 魔神柱反応です!!』

 突如、藤丸の腕輪からマシュの声がする。マシュが魔神柱と呼んだその存在を示す座標を確認すれば、それは。

「是、是である! ああ、そうだ。この星を(・・・・)やり直すためならば!! 私は魔神にも身をやつそう! これなるは惑星整合局、魔神柱■■■■■■! 七十三柱目の新たなる魔神である!!」

 それは、肉塊であった。至る所に眼球が備わった冒涜的かつ醜悪なその何十本もの巨大な肉の手腕は、キャスターの体躯を食い破り、結界を飛び出し、外界へ進出し、時計塔やウェストミンスターブリッジに絡みつく。

「あいつが、魔神柱……!」

 藤丸にはしかし、既にどうすることもできなかった。ハサンは使命を全うし、自分自身は魔術の素養などありはしない。それはダルタニャンを失ったゾーエも同様であった。だからこそ、彼が前に出るのは必然と言えた。

「今が最後のチャンスだ。行くぞ、セイバー。」

「はい、始めましょう。クロウ。」

 クロウがセイバーの肩に手を置いた瞬間、彼の手の甲から令呪が一画、消失する。それと同時にセイバーの聖剣が嵐から解き放たれ、本来の姿をそこに顕した。それを額に添わせるように掲げ、政権の中を絶え間なく流動する膨大な魔力を丁寧に編み纏めていく作業に意識を集中させるセイバー。

「――これは。人類(みらい)を救う、戦いである。十三拘束、限定解除! 『約束された(エクス)――勝利の剣(カリバー)』アアァッ!!!」

 黄金の熱線は、臨界寸前の魔力を一直線に束ね上げ、真っ直ぐにキャスターを閉じ込める結界に直撃する。

「脆弱い! 貧弱い! この私を! 魔神を倒すには! あまりにも虚弱いぞ、騎士王!! フ、フハハハハハ!!」

「そうか、ならばオレも加勢するしかあるまい。」

 そう言って前へ出たのは、クロウと同じく未だサーヴァントを失っていないズーハオだった。ズーハオは右手の令呪を朝焼けの空に高く掲げ、自らのサーヴァント、アーチャーに命令を下す。

「アーチャー! 宝具を使用しろ! 地球如きと侮るキャスターに、金星の女神の底力、見せてやれ!!」

 突如、ズーハオの背後数百メートル上空に、ぽっかりと平面的な穴が生まれる。その向こうに覗いていたのは、紛れもなく宇宙であった。その穴からまるで隕石のように鈍重に、ゆっくりと、金星の超巨大なミニチュアが落下してくる。

 そして『それ』が一瞬で小さな光球へと変換され、その穴の直下にいる何者かが携えた巨大な弓に装填されると、尋常ではない光熱と共にそれが射出準備状態になる。

「大いなる天から!」

 令呪を掲げる腕を振り下ろし、ズーハオは人差し指を結界へと向ける。それはすなわち、遠坂家が得意とする一工程呪術、『ガンド』の構えであった。

「大いなる地へ向けて!」

 それは、テムズすらも蒸発させかねない一撃。高度の神性がいい感じに手加減して放った、癇癪の一射。『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』で一歩届かないその先へ、彼らを導く対霊峰宝具。

「打ち砕け! 『山脈震撼す明星の薪(アンガルタ・キガルシュ)』!! 」

 

 惑星の胎内で精錬された最強の幻想(ラスト・ファンタズム)を真正面から受けてなお活動を止めなかったキャスターだったが、最古の神性が放つ惑星の概念そのものを射出する全力全霊を受けては耐えきることも不可能だったようで、

「がっ、アアアァァ!!! な……ぜだ! なぜ拒む! なぜ生きることを拒む! なぜ死から逃れるその単純な生存本能に抗う! なぜだアアァーーーッッ!!!」

 およそ幼い女児があげて良い物ではない苦悶の絶叫を白んでいく空に響かせる。

「命とは終わるもの。生命とは苦しみを積みあげる巡礼だと。」

 キャスターの疑問に答えたのは、拳を握り締めて始終を見守っていた藤丸だった。

「そう言った(ひと)がいた。」

『……。』

「でもそれは、決して死と断絶の物語ではないと! 誰かが繋いでくれる意志がある限り、ヒトの死は『死』ではない! だから怖くても恐れないんだ、俺たちは!」

「ハ……ハハ、ハハハハハ!!! そうか、原典(オリジナル)か! 時間神殿を踏破し、ソロモン王を目覚めさせた未来の簒奪者(・・・・・・)……藤丸立香、貴様は……!」

 キャスターの言葉を最後まで聞くことは叶わない。膨張し、結界すらもついに破壊しながら無数の触手を聖杯が顕現しつつあった時計塔上空へと伸ばす肉の球体は、命の奔流と地脈殺しの弓に敗れ、悍ましい断末魔をあげながら爆散する。

 

 瞬間、世界は漆黒に包まれた。人間の個としての情報を魂レベルまで分解し、再構築するその宝具の逆演の中へ、抗う術も無く沈んで行く。



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幕間
青年と少女


 鴉は愛を知った。
 死の香りを運ぶ不吉の吉兆は同時に
 互いの哀しみを埋め合う
 愛おしさを知った。


 霊感が無くなる。味覚が無くなる。嗅覚が無くなる。聴覚が無くなる。触覚が無くなる。視覚が無くなる。

 

 ふたつの熱線を浴びたキャスターは、耐えきることもできず、何とも呆気なく熱量に呑み込まれ、蒸発して消えた。

 

 記憶が薄れて行く。仲間の名も忘れる。相棒の名も忘れる。家族の名も忘れる。故郷の名も忘れる。自身の名も忘れる。

 

 次の瞬間、クロウはあの真っ暗な世界に堕ちていた。掴むものは何もなく、闇に呑み込まれていくゾーエとズーハオ、何も無い空間に吸い込まれるようにその場から消え去って行った藤丸を目にしながら、ただひたすらに堕ちて行く。

 

 感情が薄れて行く。怒りが失われる。悲しみが失われる。情けが失われる。慈愛が失われる。嫉妬が失われる。恋情が失われる。喜びが失われる。

 

 もう なにも わからない

 じぶんが じぶんである こと さえも

 じぶん じぶんとは いったい だれ だれとは いったい なに なにとは いったい

 ああ さむい こわい いやだ きえて いく おれが きえて

 だれか だれか だれか だれか

 たすけて たすけて たすけて たすけて

 しに たく ない

 だれか しにたくない だれか たすけて だれか

 

 ――誰か!

 

「マスター! 手を! 手を伸ばすんだ!!」

 

 不意に、鴉の羽音がした。耳ではない。心に。いや、心ももう亡い。ならばきっと、魂に。失われた視覚が、目の前に揺らぐ黒色のリボンを捉える。

 

「今度こそ離さない! 離して、たまるものか! さぁ、手を!」

 

 手とは何か、もうわからなくなっていたが、必死にその声に縋る。

 

「あぁ、あぁ! 掴んだ! 掴んだぞ、マスター! ありがとう! もう二度と離さない! おかえりなさい、私のたった一人のマスター!」

 

 誰かも、もう思い出せない。でも、とても大切な、忘れちゃいけないはずの声だった。同じ声をどこかで聞いた気もするが、問題はそこじゃない。もっと本質的な意味で、忘れちゃいけない声だった。

 

「すべて『彼女』から聞いた! ……『私』と違って『彼女』はそちらでの召喚記録も覚えているから。無理をさせたな、マスター。ありがとう、心からの賛辞と感謝を。そして――ごめんなさい。」

 

 温かな感覚が最早跡形もない全身を覆い包む。それは直感的に理解した。それは抱擁だった。まるで母親が我が子にするような、無茶をして帰ってきた息子に与えるような、そんな。

 

「帰るぞ、マスター。……まだ自意識はあるのだな。良かった。ならばアサシンと同様の手法でマスターを『こちら側』へ呼び戻そう。」

 

 瞬間。意識が断絶する。最後に見たのは、鴉羽のような色の魔力の奔流。

 

 気が付くと、クロウはロシア、モスクワ郊外に建つアインツベルンの宮殿、その応接間のソファに腰掛けていた。目の前には、アサシン――シモ・ヘイヘという名の幼女がニヤニヤ顔で床に腰を下ろしつつ、クロウを見つめていた。

「よう、(あん)ちゃん。」

 すべてを知っているかのように、アサシンはモシン・ナガンを手に取り、立ち上がる。

「うまくやれたみてぇだな?」

「全部……。」

「夢じゃねぇよ。」

 クロウが言いかけた言葉を遮り、アサシンはその想像を否定する。気を失っている自身のマスターを平手で叩き起こしながら、言葉を続ける。

「全部現実さ。あたいは(あん)ちゃんにすべてを託して、(あん)ちゃんは期待通り全部全部飲み込んでこっち側の世界を守って見せた。大したタマだぜ、アンタ。」

 キシシ、と笑ってアサシンはついでと言わんばかりにクロウの向かいのソファで気を失うアインツベルンの娘、レイラの頬をぺちぺちと叩く。

「知ってるのか? 向こうでのこと。」

「うんにゃ、なぁんにも。でもあたいが無事に記憶を全部持ったまんま起き上がれたんだ、全部うまくいったって考えるしかねぇだろ。それよりほれ、お前さんにはもっと話すべき奴がいるんじゃねぇの?」

 その指摘を聞き、クロウは咄嗟に右横に腰掛けていた『彼女』の方を向く。

 

「――嗚呼。おかえり、マスター。」

 その声を聴いただけで、なぜかクロウの眼球の奥から熱い液状の何かがこみ上げ、次々に目尻から溢れて止まらなくなる。

「なんだなんだ、暫く会えなかったからって、そんな幼児のように涙するなど。みっともないぞ、マスター。」

「だって……だって……っ!」

「辛い思いをしたのだな。悲しい思いをしたのだな。だが安心しろ、私はここにいる。お前のたったひとりの相棒、たったひとりの味方だ。顔を上げろ、マスター。」

「――うん。うん、ただいま、ただいま……! ただいまっ……!!」

 クロウは泣きじゃくりながら、彼女の瞳を正面から見据え、精一杯の気力で彼女のクラスの名を呼ぶ。

「ただいま、セイバー!」



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終章
君だけの騎士 ①


◆キャスター
真名:繝上Ρ繝シ繝峨?繝輔ぅ繝ェ繝??繧ケ繝サ繝ゥ繝エ繧ッ繝ゥ繝輔ヨ
性別:女性
筋力:E 耐久:D 敏捷:B+ 幸運:D 魔力:EX+ 宝具:EX
スキル:陣地作成C、道具作成B+、領域外の生命EX++、神性A+、生前存在証明C++など
宝具:『???』


 ズーハオが気が付くと、そこは燃え盛るバッテリーパークだった。途方も無く長い夢を見ていた気もするが、最も優先すべき事項は目の前で膝をつくランサーに魔力を補給することであると断じ、懐から魔力を籠めた宝珠を数個取り出す。

「――……。」

「ズーちゃん?」

 違和感が奔る。ランサーの顔を、声を認識したのが、もう十年以上前のことのような。だが、背後で俯くゾーエを見るのはさほど懐かしいことではないような。

「ランサー……?」

「うん、どうしたの? ボクはズーちゃんだけのサーヴァント、ランサー・森成利だよ。」

 そう言って、女性のように見えてしまう顔立ちをした少年はニッコリと笑って見せる。しかしすぐに表情を引き締め、ズーハオを促す。

「行こうズーちゃん、はやくあの二人を追い駆けなきゃ!」

「二人……。」

「コーニッシュたちだよ!」

 その名を聞いた瞬間、ズーハオは第六感で漠然と悟る。

「いや……最も考慮すべきはコーニッシュではない、その隣にいたキャスターだ!」

「ズーちゃん……?」

「根拠はハッキリとは言えん、オレの直感頼りの意見だ。でも……でもどうしようもなく、そんな気がするんだ!」

「……わかった。最優先はあっちのキモい女の子。直感って大事だもんね、わかるよ! とにかく行こうズーちゃん!」

「……すまないな、なっちゃん。――あぁ、なんだか懐かしい響きだな。」

 そんなことをぼやくズーハオを、ランサーはにっこりと笑って立ち上がらせる。同様に背後で蹲っていたゾーエも介抱して起き上がらせ、共にコーニッシュ達が消えて行った場所へと向かう。即ち、エンパイアステートビルである。

 

 エンパイアステートのガーゴイル像付近というのは、数多のハリウッド映画でも舞台とされてきたが、とかく足場が狭い。そのような場所でサーヴァントが戦闘を行おうとすれば、マスターに被害が及びかねないのは自明であった。ならば空中で戦えば良い、というのは、ズーハオですら思いつかなかったが。

「おやおや、いっぱしのサムライ風情が空も飛べるものなんですねェ?」

「ボクは昔から覚えが良かったからね! 剣士を見らば剣の術、弓兵を見らば弓の術、妖を見らば体骨の組み替え方。何でも覚えたものさ。だから空だってやろうと思えば飛べるのさ!」

「飛んでいる……というよりは、跳ねているという方が的確なようですがねェ。」

 屋内で見守るズーハオとゾーエの方へキャスターが向かわないよう、空中で相手取るランサー。その戦闘を見守るうち、ズーハオはもやもやとした、しかし確信に近いような感覚を覚える。

 すなわち、ランサーの人間無骨による連撃を自らの双腕からしなる舌で防ぎ、文字通り火花を散らすキャスター。彼女の存在はいちサーヴァントに留まって良い物ではないと――。

「っぐ……!」

 直後、ズーハオが立つ場所のすぐ直下で、ガラスの破砕音と鋭い悲鳴が鳴り響く。見下ろしてみれば、左腕から大量の出血を負ったランサーが、右手に握った槍をビルの壁に突き刺し、ぶら下がっていた。左腕だけに限らず、ランサーの全身は既にズタズタだった。

 それもそのはず、ライダーの宝具を借り受けたとはいえ、大量の魔力を消費してバッテリーパークを焦土と帰したのだ。まともに戦闘できる魔力が残っていたことが驚きなほどである。

「ランサー!」

「ズーちゃん、下がってて! 狙われるよっ!! ゾーエちゃんもいるでしょ! こいつらの相手はボクがする……、とにかく下がって、下がってて!!」

 そう言われてすごすご下がるズーハオではない。そもそもランサーだってその状態からキャスターを撃退せしめるだけの力は発揮できないはずだ。ならば使うべき時に使うべき手段を行使せねばなるまい、と。

「――令呪を以て命ずる! ランサー、お前の限界はそんな程度か!?」

 瞬間、ランサーの傷が全快し、ズーハオの手の甲に刻まれた令呪が一画、その輝きを失う。

「っはは……ズーちゃん、その言い方はないんじゃない? ――っとぉ!」

 槍を外壁から引き抜き、脚部に満身の総力を込めて跳躍。再びキャスター目掛けて飛び掛かるランサー。

「令呪ひとつ使い潰してェ……。ハハハハッ! そうまでして我々を仕留めたいんですかァ!?」

「あぁ、仕留めたいね。お前たちはここで止めなければならない。直感がしきりにそう警鐘を鳴らすもんでな。」

 そう嘯き、ズーハオは物陰に隠れていたコーニッシュの頭上に躍り出る。

「ッ!?」

「ぜ、――あッ!」

 裂帛の気迫と共に剣の如き蹴撃を振り下ろす。英霊の腕力であればいかに低級なコーニッシュであっても、ただの魔術師に過ぎないズーハオの蹴りなどいとも容易く防ぐことが可能なはずだった。少なくとも、コーニッシュは彼の攻撃を一度見ている(・・・・・・・・・・・)

 だが。

「な……!?」

 その踵落としの衝撃は防ぐように掲げたコーニッシュの腕の骨髄にまでハウリングし、コーニッシュの左腕は痙攣して使い物にならなくなってしまう。

「これは……。」

「我が父より継いだ藍燕(ランイェン)武術は『対英霊格闘術』! 我が母の血族、トオサカの鉱石魔術と応用することで、貴様のような下級サーヴァント一騎程度ならば互角以上に渡り合えるさ!!」

「父母の名に懸けて……と。随分と英雄のような物言いをしますねェ、青二才が!」

「青二才と侮れば足を掬われるぞ、医学者!!」

 宣言通り、コーニッシュの両足を払ってそのバランスを崩して見せるズーハオ。そのまま払ったその脚でコーニッシュの丹田を蹴り抜き、エンパイアステートから突き落とす。

「アハハハハハッ!!! おやおやおややァ? ご自分から私を遠ざけるような真似をしてしまいましたねェ!!? 頭に血が上りすぎているのではありませんかァ? アーーーッハハハハッッ!!!」

 声高に嘲笑しながら風を切り、重力に身を任せて地上への片道ロケットを愉しむコーニッシュ。しかし、その表情は次の瞬間には凍り付く。

「お生憎様だ。オレは至極冷徹だぜ。そうあれとなっちゃんに言われたからな。」

 そう言って微笑んで見せるズーハオは、コーニッシュを追い駆けて、自らも中空に身を投げ出そうとしていた。

「"Es ist gros(軽量)"……"Es ist klein(重圧)"!」

 遠坂家に伝わる魔術の詠唱を唇に乗せながら。

「"vox Gott Es Atlas(戒律引用、重葬は地に還る)"――!!」

 身体軽量化、重力の調整、制御。ズーハオの双脚には魔術刻印が浮かび上がり、その大空の旅を補助せんと輝く。そして、星空に目と腹部を向けるような体勢で落ちて行くコーニッシュの眉間目掛けて、右手の人差し指を真っ直ぐに向ける。

 握った左手から零れ落ちた五色の宝珠が、煌めきながらその人差し指の周囲をくるくると旋回し始め、やがて散り散りに粉砕すると同時に人差し指の先端に強力な魔力が集中する。

「確実に――、」

 それは、本来病魔の呪いであるが、『フィンの一撃』とも称されるほどに物理破壊力に特化した遠坂家及び北欧に連なる魔術師が用いる呪術、ガンド。

「殺すッ!!!」

 剥き出しの殺意と共に放たれたその呪は、逃げ場のないコーニッシュの頭蓋を的確に突き叩く。そも、魔術師が英霊に勝ることなどありえない。勿論、その一撃にしてもコーニッシュからすれば大打撃になりこそすれ、致命傷には至らなかっただろう。

 それでも不意の一撃にコーニッシュの落下速度は急上昇し、エンパイアステートのエントランス前に豪快な音を立てて墜落した。

「――なっちゃん、着地任せた!」

 ズーハオの信頼から来るその依頼に、ランサーは悲鳴をあげるゾーエを抱えた状態でビルの壁面を疾駆することで彼に追いつき、そこから多少荒々しくキャッチすることで応えて見せた。

 

 土煙が舞うエンパイアステートビル、エントランス前道路。NYPDのサイレン音が近付いてくる中、ランサーとコーニッシュ、キャスターは再び対峙する。キャスターの表情は明確に憤懣に支配されていた。

「ハ……ハハハハッ……! いやはや、少々舐めすぎましたねェ……。」

 頭部から滝のように血を流しながら、コーニッシュはふらつく足、震える手で白衣からシリンジを取り出し、キャスターに突き立てようとする。

「さ、キャスター。今の私ではどうにもお役に立てませんからねェ。よろしくお願いしますよォ?」

 しかし。

「――いいや。」

 その腕を、細指で阻むキャスター。驚愕するコーニッシュの顔を睨むキャスターの表情は、この世のものとは思えぬほど狂気に彩られ、悍ましく妖艶であった。

「……お前は(・・・)この先も永劫役立たずだ(・・・・・・・・・・・)。」

 次の瞬間、無数の軟体生物の触手が虚空から出現し、コーニッシュの五体に絡み付く。

「なッ……! なぜ! なぜですかキャスター! 私は! 私はぁッ!!」

「貴様ほどの執念があればあるいは神にも挑めるかとも思ったが……やはり見込み違いだった。どこまで行こうと貴様もまた地球の知性体。稚拙な存在に過ぎなかったというわけだ。精々私の腹の足しにはなってくれたまえよ、ロバート・コーニッシュ?」

 触手が徐々に、徐々にコーニッシュの体躯を圧縮していく。

「ひギッ……! アッ、ぎいぃ!! イタイ、イタイ! 潰れ、わた、しのカラダ、が――!!」

 助けを乞おうと伸ばした手を見下ろし、ただニヤニヤとその様を愉悦に満ちた瞳で見守るキャスター。

「あ――。」

 ぐしゃ、ぐしゃと。まるで紙屑でも丸めるように、触手がコーニッシュを小さく、コンパクトに収縮させていく。内臓も一緒くたにひとつに捏ねられ、最後に頭蓋が果汁を絞るフルーツのように簡単にくしゃっと捻り潰される。最期の一瞬まで伸ばし続けた左腕は千切れてぽとりと地に落ち、触手はその内部に人間がいるとは到底信じられないほどにまで小さくなってしまった。

「……っ!」

 その一部始終を凝視してしまったゾーエは青ざめた顔で口元を抑え、我慢しきれなくなって咄嗟に体の向きを変えて吐瀉物を路上にぶちまける。

「まったく、こんな下等生物、本来ならば口にも入れたくないが……。」

 そう呟いた途端、キャスターの上半身と下半身が腰で裂け、咢の如くばっくりと大きく開く。そこには何故か銀河が広がっており、その内部へ圧縮されたコーニッシュを触手ごと放り込み、また再び全身を元通り、まるで人間体のように治して見せる。

「さて、手間を取らせてしまったな、地球人。」

「貴様は……一体……っ!」

 ズーハオの誰何の問いに、キャスターは高らかに笑って答える。

 

「フハハハハッ!! そうだな、今ならば名乗っても良かろう! 我は虚空の放浪者、英霊にして生者、生きながらに『向こう側』を漂う烙印を押された者! ラヴクラフト! 『ハワード・フィリップス・ラヴクラフト』!! キャスターのサーヴァントだ!!」

 

 しかし、それに反駁するはランサーの肩を借りて必死に立ち上がるゾーエ。

「嘘だ! 彼は『死後に自分が別の場所へ征くなど確実にあり得ない』と明言している!」

「言った気もする。というか実際、そのつもりだ。私は死するその一瞬までは己の運命を享受するが、死して後は安らかに眠るつもりだ。だが……私は未だ死していない(・・・・・・・・)。」

「生きたまま英霊になったと言うのか……!?」

 それには応とも否とも答えず、耳まで裂けそうなほどに歪めた口の端から牙を覗かせながら、じっと二人を見つめ続けるラヴクラフト。

 その直後、ゾーエの足元からコーニッシュを圧殺したあの触手が勢いよく飛び出し、彼女に襲い掛かった。

「――っ!」

 

 だが、それはゾーエに触れることはない。ゾーエの前に飛び出した一人の青年が振るった剣によって触手は斬り払われ、ゾーエは九死に一生を得る。

「貴様……っ!」

 その青年の正体に、ラヴクラフトは眉をひそめる。そう、本来ならばあり得ない事象。あってはならない事実。しかしそれは真実としてそこに立っていた。右手にレイピアを、左手にマスケットを握って。

「よう、お嬢。」

 懐かしい声がゾーエの耳朶に触れる。とてもとても、懐かしい声。もう何十年も前に聞いたような、それでいてつい数時間前に聞いたような。懐かしくも安堵する軽薄な声。

「ライ――。」

「ああ。」

 鳶色の髪に華美な鎧装束のその銃士は、ゾーエの方を振り向いて笑って見せる。

「シャルルみてーだがシャルルじゃねーシャルル(・・・・)に『頼んだ』って言われちまったもんでな。」

 即ち、ゾーエの、ゾーエだけの相棒(やくたたず)

「――サーヴァント、ライダー。真名『ポルトス』。かわいいお嬢さんの悲鳴を聞きつけて英霊の座より再び推参つかまつったぜ。」



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君だけの騎士 ②

◆ライダー
真名:ポルトス
性別:男性
筋力:A+ 耐久:B+ 敏捷:A 幸運:D 魔力:C+ 宝具:B
スキル:騎乗C+、対魔力C、怪力B、カリスマD、蛮勇A、黄金律B+、四剣の加護A++など
宝具:『喝采せよ、役立たずの一剣(アンプールトゥス・トゥスプールアン)』
→自身と霊脈を接続し、尽きぬ魔力供給源を確保することで膨大な魔力を用いた攻撃を絶え間なく浴びせることが可能となる宝具。霊脈の規模に影響を受けるため、強力かどうかは使用する場所による。
『喝采せよ、四剣の英雄譚(アンプールトゥス・トゥスプールアン)』
→三銃士が全員持つ共通宝具。ポルトスのそれは『喝采せよ、役立たずの一剣』の効果を他者に与えるというもので、これを使用すると霊脈からだけではなく、周辺に立つ英霊からも魔力を吸い取るようになる。


 それは、本来あり得ない召喚。誰も喚ばなかった。誰も求めなかった。それでも、()は来た。かつての主の心の悲鳴を聞きつけて。一度は失った霊基(そんざい)、一度は失った記憶(おもいで)を自力で手繰り寄せ、異界のゾーエに付き従った『勇猛の一剣』から想いを託され、しかと五番アベニューの通りに仁王立ち、ラヴクラフトを正面から睨み据える。

 真名をポルトス。『役立たず』『木偶の棒』と揶揄されども、その怪力無双を以て仲間たちを導いた『蛮勇の一剣』。

「ライダー、どうして……あなたは座に……っ!」

 ゾーエの問いに、ポルトスはニカッと笑って答える。

「おうとも! でもよぉ、お嬢。オレはお前に言ったはずだぜ。ここで待ってる、ってよ。さぁ、お嬢。まだ令呪はあるだろッ!?」

「――!」

 その言葉に何かを察すると、ゾーエは一画すらも失くなった薄れゆく令呪をライダーへ向ける。そして、夜の空を切り裂くような裂帛の宣いをライダーへと投げかける。

「――告げる! 汝の身は我の下に、我が命運は汝の腕手に! 聖杯の寄る辺に従い、この意、この理に従うのなら――我に従え、さすればこの命運、汝が蛮勇に委ねよう!!」

 ニヤリと笑い、ライダーもゾーエが伸ばした手を握り締め、それに応える。

「応! ライダーの名に懸けその誓い、確と受け取った! 貴殿を我が主と認めよう、ゾーエ・モクレール!」

 しかし、すでに令呪をすべて失ったゾーエにマスターとしての権限は皆無に等しく。無から新しく令呪が生み出されるのは相応の絶痛を伴った。

「――ッあああっ……!」

 しかし、ゾーエは涙を流さない。まるで、歴戦を生き抜いたかのような胆力が、彼女の心の奥底で燃え盛っていた。

「は、はははっ……!」

 その表情は、実に凄絶だった。眼前の強敵に対する恐怖と興奮、破天荒すぎる自らの運命に対する嘲り、懐かしい戦友に再会できた喜楽入り混じった不敵な微笑。そう、ライダーならば、と信じて疑わない絶大な信頼から来る自尊心が、そこにはあった。

 

「……今更、既に敗れた英霊ひとり特例召喚を果たしたところで、この私に勝てると……そう、本気で思っているのか?」

「思ってないよ!」

 そのゾーエの回答は、ラヴクラフトを面食らわせるに十分だった。

「だって、貴方には今はまだ勝てない! ライダーだって勝つためにここにいるわけじゃない。そうでしょ、ライダー?」

「よくわかってるじゃねぇかお嬢、オレはあくまで前座さ。その仕事が終わったら速やかにまた還る。それだけの霊基しか持っちゃいねぇ。」

「――うん、また会えたのはね、すごく嬉しいんだ。ライダー、本当に……。」

 ゾーエは暫く俯き、込み上げてくる感情を押し留める。そんなゾーエの髪をぽんぽんと叩くように撫で、ライダーは再びレイピアを抜いてラヴクラフトの方へ向き直る。

「何度でも言おうぜ、お嬢! Vive la France(王家の百合に栄光あれ)!!」

「――うん、何度だって! Vive la France(我らの絆よ永遠なれ)!!!」

 そうして、たった二人の三銃士は、格闘魔術師とその従者の隣に並ぶ。

「茶番は終わったか。 まったく、そのような脆弱な霊基(カラダ)で私に刃を向けるなど……。破滅願望でもあるのか? 銃士よ。」

 ラヴクラフトの嘲笑に、ライダーも笑顔で返す。

「そうだな! 確かに今のオレは令呪一画分のチカラしかないさ。」

 その言葉にゾーエが手の甲の令呪に目を落とせば、そこに刻まれている令呪は事実、一画しかありはしなかった。即興の契約、さらにルールを大きく無視した再召喚。数多の要因が、ゾーエの隣に立つ騎士の在り方を貧弱に堕としてしまっていた。悔しさと無力感に顔を歪ませるゾーエの肩に腕を回し、ライダーは笑った。

「気にすんな、お嬢。何度も言ってるだろ! オレは待ってたんだ。たとえ次の一瞬にお嬢の前からオレが消えたって、オレはそれでもいい。お前の王子様として、ここにもう一度立てた。お前の笑顔が見れた。」

 それでいい、と。銃士は前を向く。

「正真正銘、最後の一画だ! 命令することは決まってるよなッ!?」

「――うん!」

 再び、ゾーエの表情に覚悟が宿る。それを見たランサーも満面の笑顔で自らのマスターの瞳を見つめる。それに何を感じ取ったのか、ズーハオはランサーの背を叩き、ラヴクラフト目掛けて送り出す。

「時間稼ぎ、この森成利が承った! 存分にやれ、蛮勇の銃士!」

「え、お前男だったの!?」

 吃驚の言葉ひとつ飛び出し、ライダーは困り顔で笑って溜息を吐き、ゾーエの方を振り向く。ゾーエも頷き、手の甲をライダーに向け、命令を下す。

「――ライダー、宝具を使いなさい! 貴方の役目を果たして!」

「『喝采せよ、役立たずの一剣(アンプールトゥス・トゥスプールアン)』!!」

 既にマンハッタンに霊脈としての機能はありはしない。それでもその瞬間、令呪の魔力ブーストによって宝具の真名解放が可能となった彼の肉体は、マンハッタンの霊脈と接続される。

 それは、この大いなる大地と一体化するということ。真名解放だけでほぼ底を尽きかけている己の魔力を叱咤し、身体の節々の血管が千切れて血液が噴き出しても、ライダーはその『ひとつ』に集中する。

「お嬢ちゃん……あー、お嬢ちゃんじゃねぇんだっけか。まぁいいや、ランサーのお嬢ちゃん! そいつの獣性を(・・・・・・・)引き出せ(・・・・)!」

「え、えぇ!?」

「ほう?」

 その一言に、ラヴクラフトはニヤリと邪悪に微笑んで反応する。

「見たいか! フハハハッ、貴様の破滅願望もここに極まったか! 良かろう、何を企んでいるかは知らんが――我が『変貌』のケモノの本性、お見せしよう!」

 次の瞬間、彼女の高笑いと共にラヴクラフトの躯体が風船のように膨張、はじけて飛び散り、その爆心地から無数の肉塊と触手、炎と水泡、巨大な翼や獣の脚部が溢れ零れ、名状し難い超巨大物体となって凝固する。

『ビーストのクラスを名乗るには未だ霊基としての成熟度が足りんが、それでも貴様らを貪食するには充分な身を保有している!! さぁ、我が狂気の寝床にて永遠の恐怖に微睡め!!』

「チョロいぜ――ビーストの成り損ない!」

 既にライダーは満身創痍。身体の端が座に還りかけている状態だった。それでも、ゾーエはライダーを止めることはしない。自身の令呪を握り締め、真摯な瞳で目の前のライダーを見守り続ける。

「なに、ライダー! これ、キミの想定内!?」

「いいや、オレにそんな頭はねぇさ!」

 ついに、ライダーは膝をついてしまう。何をしているのか、ゾーエには何もわからなかったが、ライダーが無茶をしてまで自分の隣に立ってくれたその目的を果たそうとするその姿を咎めることだけは、絶対にしなかった。

「――目の前にはビースト……とはまるで言えねぇチャチさだが、ビーストがいる! オレは今地球と接続している! つまり聖杯と接続しているのさ!」

『……!』

 名状し難い巨塊は何かを察したように、目の前のランサーよりも真っ先にライダーを捕食せんと触手を伸ばしてくる。しかし。

「遅いッ!!」

 瞬間、ライダーを起点として魔力の爆発が起こる。それは単純な暴風だったが、既に消えかけていたライダーの霊基を消滅させるには十分すぎる威力を持っていた。

「ラ――っ!」

 ライダー、と呼ぼうとするゾーエの目の前でライダーの霊基が崩壊していく。腕を伸ばし、ライダーを止めようとする。その掌に拳を打ち付け、ライダーは豪快に笑って見せる。

「お嬢、ここからはあんたの英雄譚だぜ! ――世界を任せた、マスター!」

 まるで蝋燭の炎が風に吹かれて消えるように、ライダーの存在が消失する。だが、彼が成し遂げた偉業が彼に代わるようにゾーエの眼前に立ち塞がっていた。

 

  蒼穹のようなシアンカラーのふわふわとなびく髪にマグマのような赤眼を持ち、大地のような黄土色の服装に風のように透明な薄緑のマフラーを巻き、海のような群青色のサンダルを身に着けたその少年(・・)は、開口一番、悲痛な声で叫ぶ。

「――もうやめてっ!」

 驚き固まるランサーとズーハオ、ゾーエには目もくれず、少年は肉塊と化したラヴクラフトに訴えかける。

「もうやめて! ぼくを取り合って、何が楽しいの!? こんなにたくさん人が死んで、たくさん人が悲しんで、その涙が、悲鳴がきみには聞こえないの!? ……ああ、ああ! 聞こえていないんだろっ!? だからそんな姿になってまでぼくを生まれ変わらせようとするんだ! そもそもっ……!」

「ま、待って待って!」

 まくし立てる少年を遮り、我に返ったゾーエが少年に誰何を問う。

「君は一体……誰なの?」

「……あ、ごめん。ぼくは冠位(グランド)。」

 

「グランドライダー、『宇宙船地球号(スペースシップ・アース)』。ポルトスが抑止力……惑星(ほし)と繋がったままポルトス自身を触媒にして直接聖杯から召喚したおかげで喚ばれた、『人類悪を滅ぼすための原初の七クラス』の一騎だよ。」

 

 即ち、霊長の世から生まれ落ち、霊長の世を滅ぼさんとする獣の霊基、超特殊クラス・ビーストを討ち滅ぼすために抑止力から顕現する天の御遣い。冠位(グランド)と称される霊基を保有する最高峰の英霊。

「グランド……ライダー……。」

「うん。『テラ』とでも呼んでよ、ゾーエ。」

「私の名前を?」

「当たり前じゃないか! ぼくは地球そのもの。七十二億四千四百万人全員の名前や人生は知っているよ。勿論――。」

 宇宙船地球号――テラは慈愛に満ちた眼差しでランサーを見つめ、

過去の人々(きみたち)のこともね、蘭丸!」

 と微笑んで見せる。

「……だからこそぼくはきみを見過ごせない。ラヴクラフト……ううん、ラヴクラフトを名乗る反転者(オルタ)!」

「ラヴクラフト・オルタ!?」

『……。』

 黙りこくる肉塊に向かって、テラは語り掛ける。

「ぼくは知ってる。ハワードはきみみたいな願望は持ってない! 彼は確かに外宇宙の諸神を視てしまったせいで外側の放浪者になってしまったけれど、ぼくの事を心から愛していた! ぼくを生まれ変わらせようだなんてこれっぽちも思ってなかったんだ!」

『……うるさい!』

 直後、テラ目掛けて巨大な偶蹄目の脚部がテラを踏み潰そうと襲い掛かる。テラはそれを正面から見据え、涙を目尻に浮かべながらそれへと人差し指を向ける。一瞬の閃光の後、テラの指先から熱戦が放たれ、蹄は跡形もなく蒸発してしまった。

「ガンド……!?」

 ズーハオの言う通り、その射出法は病魔の呪、ガンドのものだった。

「これが一番この体で狙いを定めやすいんだ。でもぼくが撃つのは病気や魔力塊、宝石じゃないよ。」

 その時、目前の肉塊が鼓膜が張り裂けそうなほど盛大な身も凍る悍ましい雄叫びをあげる。

『貴様……貴様ぁッ!! これは……星の記憶か!! 流れ込んでくる、強制的に……再生される! やめろ! やめろぉ! 私の中で……歴史を繰り返すなァ!!!』

「そう、ぼくが撃つのはぼくの記憶。文明、事件、英雄、種族、あらゆる断片的な情報を相手の魔術回路に打ち込んで破滅させるガンドだ。……インド神話(・・・・・)を処方したのに未だにその姿を保っていられるだなんて、きみの力も本物みたいだね。」

 目元の涙を腕で拭うテラの前で、肉塊が収縮していく。そこに何も無くなった時、代わりに五番アベニューの路上には一糸纏わぬ全裸の幼女が倒れ込んでいた。

「ひゃ。」

 敵と言えど吃驚して口元を両手で押さえるランサー。

 ラヴクラフトはむくりと起き上がると、憎しみ一色の瞳でその場にいた全員を睨み、捨て台詞を吐いて虚空へと消えていく。

「貴様ら……貴様らだけは特別だ! じっくり味わって屠り喰らってやる! この星ごとなァ!!」

 一瞬の静寂の後、敵性存在のいなくなった道路には、やがて数台のパトカーが駆け付けてくる。テラは三人に喚起し、ゾーエの手を引いてその場から走り去る。ランサーとズーハオも二人を追って駆け出した。



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君だけの騎士 ③

◆ビースト[-]
真名:ハワード・フィリップス・ラヴクラフト[オルタ]
性別:女性
筋力:E 耐久:D 敏捷:B+ 幸運:D 魔力:EX+ 宝具:EX
スキル:陣地作成C、道具作成B+、領域外の生命EX++、神性A+、生前存在証明C++、獣の権能E、単独顕現D、ネガ・リテンションA
宝具:『???』


 自分にマスターがいないことは、召喚された時点でわかっていた。

 いや、マスターがいないという表現は少々語弊がある。マスターと呼ぶべき存在は確かに在った。しかしそれが知性を持つ生命体などではなく、人類が種の存続のために破滅回避を望む集合無意識抑止力『アラヤ』であると。それによってカウンター召喚された存在こそが自分であると、この時代に降り立った瞬間には判明していた。

「……さて。」

 私は自らに課せられた使命を果たさねばならない。前回は『神霊の召喚』――アーチャー、イシュタルの現界を以て抑止力が私を選出したが、今回は違う。

「グランドクラスが召喚されたと言えど、私にも責務はあるからな……。」

 イシュタルを召喚しても自意識から暴走することなく、人理を守護せんと力を振るったイシュタルのマスター、ジャン・ズーハオの行いにより、私は目的を『神霊の排斥』から『人類悪の幼生の排除』へと切り替えた。

 ならば、それを果たさねば。

「……。」

 さて、日ノ本随一(ヤマトタケル)の剣技、二度敗れることがあってはなるまい。豊葦原中国の民草の営み、その源礎となった我が神剣よ。――今再び、神殺しと参ろうではないか。

 今度こそ私は私の意志で、虚津神(そらつかみ)を敵に回そう。

 

「ビースト……っていうのは、ボクの知ってるあのビーストで合ってるんだよね、テラくん?」

「うん。人類から生じ、人類を滅ぼそうとする、人類が滅ぼすべき悪性霊基。ハワード……オルタは、七つある人類悪のどれにも属さないビースト[-]。七つの座のいずれかが失われれば即座に空席になったそこへ収まることができるビーストの幼体。」

 ふたたびエンパイアステートビルのガーゴイル像付近。地上には警察が集結してしまっているため、テラの提案によって比較的安全であると思われるここへと一行は戻ってきていた。

「それにしては何だかチョロかったような……。」

 ランサーの素直な感想に、テラは少し哀しそうな面持ちでその真相を語る。

「あの子はオルタになってから自尊心が増しちゃったからね。外の神々の力を保持する自分が矮小な地球如きのサーヴァントに後れを取るはずがない――っていう、驕りだよ。それがあの子に多くの油断を与えてる。」

 それに、とテラは続ける。

「もうひとつ、霊基の面でもあの子は弱体化している。」

「ビーストが弱体化するほどの何かを施されたと言うのか?」

 ズーハオの問いに頷くテラ。

「『最後の闇、最後のあけぼの(ラ・ミゼラブル)』。その宝具の効果は『悪意を以て行われる行動に弱体効果を与え、善意を以て行われる行動に強化効果を付与する』。とある善良な無辜の罪人が消滅の瞬間にあの子に刻み付けたたったひとつの『祝福』だよ。」

「……どれほど吠えようと、彼女も地球生まれ地球育ちのサーヴァント、ってことか。そんな単純な宝具が適用されちゃうんだもん。」

 考え込むランサーがふと自らのマスターの方を振り向くと、ズーハオはいつも通りの無表情のまま摩天楼の夜景を眺めていた。しかしランサーには何となく察することができる。

「――……。」

 ズーハオは今まで、『トオサカの血を引く者として、トオサカの現当主に認めてもらいたい』という一心でこの命の聖杯戦争に参加してきていた。それが多くの出会いと別れを経て、とうとう人類悪と対峙するまでに到達してしまった。あまりにもイレギュラー、想定外どころではない。

「ズーちゃん。」

 故に、根の素直なズーハオは困惑しているのでは、と。ランサーは危惧していた。たとえ面に出さずとも、真面目で優しい我がマスターは戸惑っているのでは、と。

「……!」

 だからこそ、その表情には驚きを隠せなかった。ランサーに名を呼ばれ、その目をまっすぐに見つめるズーハオの表情は――微笑んでいた。普段仏頂面しか見せない彼が、笑顔を浮かべていたのだ。

「――漠然としていた。御当主に認めてもらいたいと、建前のような理由付けでここまで我武者羅に走り続けていたが、結局のところオレは自分が戦う理由がわからなかった。」

「嗚呼……。」

 ようやくそこに辿り着けたんだね、とランサーはひとり胸を撫で下ろす。

「つまり、戦う理由など本当はいらなかった。聖杯戦争の生還者だとか、勝利者だとか、栄誉、称号、誉れある戦い……。何もいらなかった。コーニッシュやビーストと戦って何となくわかった。」

 それは、十年前に遠坂家の現当主が自らのサーヴァントに言い放った一言。そして、かつてゾーエが偶然にもサーヴァントを召喚してしまい、思い悩んでいたところを救ってくれたたった一言の単純な『理由』。

「――そこに戦うべき相手がいるから、だ。ランサー。」

「うん。人類が乗り越えるべき悪……大丈夫、ボクらなら倒せるよ、マスター!」

 そのやり取りを、テラは巣立ちする雛鳥を見守るような目で眩しそうに見つめていた。

 ゾーエはと言えば、悔しそうに俯くばかりだった。そんなゾーエの背中を、テラが優しく叩いて何かを促す。ゾーエはテラの顔を見下ろし、そこからしばらく瞳を閉じて迷っている様子だったが、唇を真一文字に結び、ズーハオを呼び止める。

「っ、ねぇ!」

 振り向くズーハオに対し、ゾーエは言葉が詰まってしまう。しかし右手の甲に触れ、一息吐いて尋ねる。

「私も……一緒について行っていい?」

 ズーハオは何も言わずに再び仏頂面に戻り、じっとゾーエを見つめている。

「私……もうサーヴァントもいないし、魔術師としての素養もないエルメロイ教室の生徒だけど……。アラフォーになっても魔術師としてはダメダメなウェイバー先生にも劣らないダメダメ魔術師だけど……。まぁでも私はあそこまで不愛想じゃないし、グレイさんにしたって……じゃなくて!」

 途中から教えを乞うている元ロード・エルメロイの愚痴になってしまっていたのを飲み込み、ゾーエは一生懸命にズーハオへ訴えかける。

「私は任されたの! 私だけの銃士に……私だけの王子様に! だから、だからどうか、私もビーストと戦いたい! ううん、正面切って戦わなくてもいい、君のサポートがしたい!」

「……フン。」

 その懇願を、ズーハオは冷たく一笑に付す。そしてランサーを引き連れ、屋内へと入っていった。ランサーがズーハオの前を歩き、テラがそれに追従していく。

 哀しそうな表情で棒立ちになっているゾーエに対し、ズーハオは静かに問うた。

「……行かないのか。」

「えっ……?」

「ズーちゃん、テラくん先に行っちゃったよー? 早く行こ!」

 まるで、当たり前のように。それが当然の帰結であるかのように。ズーハオは立ち尽くすゾーエを置いて非常階段の扉の向こうへと去っていく。ドアを開けていたランサーに飛び跳ねながら笑顔で手招きされ、ようやくゾーエは状況を理解する。

 思わず躓きそうになる勢いでゾーエはランサーの横を通り抜け、階段を駆け下りてズーハオの背に追いついた。

 

「現状、勝算はあるのか?」

「ない、って言った方が余計な期待をしないで済むと思うくらいには、低いかな。」

 非常階段をひたすらに下りながら、一行は会話を続ける。最前にテラ、それに続いてズーハオとゾーエ、最後尾にランサーが殿を務める形で、一列になって歩いていく。

「テラ、グランドクラスであるお前が居ても、なのか?」

「うん。基本的にあの子はまだ未熟なビーストだし、更に弱体化もしているけれど、あの子の魔力源は外宇宙だ。対してぼくはぼく、つまり地球の中で生成できるだけの魔力しか扱えない。」

内燃機関(ジェネレーター)としての機能が大幅に違うってこと……?」

 ゾーエの質問に、テラは首をひねりながらやや否定する。

「う~ん、少し違うかな。ぼくは炉であり永久機関だ。でもそれはひとつの星を運営するだけの性能しかない。でもハワード・オルタは違うんだ。あの子は反転したことで、より外宇宙の神々の権能と深く接続してしまった。結果として得たのが、父と呼ばれている神の神性。つまり――多元宇宙を生成、確立、運営、廃棄できるだけの魔力リソースだ。やろうと思えばあの子は……この宇宙すら滅ぼせる(・・・・・・・・・・)。」

 あまりにも突拍子のないその発言に、一同は黙り込んでしまう。その静寂を破ったのは、ランサーのおずおずとした問いだった。

「じゃ、じゃあ……ボクらはどうすれば勝てるのかな。」

「ふふ……それは君たちの輝かしい歴史が証明してるでしょ?」

 意地悪気に微笑み、テラは再び何も答えなくなってしまった。

「……仲間を集めろ、ってこと……?」

「その通りだよゾーエ! 個としての人間は凄くちっぽけで、正直野生動物の方が強いけどね。でも、手を取り合って協力すれば、どんな困難だって打破できる生命体だってことは、誰よりもぼくがよく知ってるさ!」

 その言葉に、今度はズーハオに訊ねるゾーエ。

「ズーハオ、君は誰か頼れる知り合いとかいる?」

「いない。」

 即答であった。

「魔術師に群体としての強さなど必要ない。それにオレは武術を修める者。個人としての強度を何より重要視する人間だ。知り合いや友人などといった手合いはひとりもいない。」

「……私はいるけどね。」

「それは貴様が弱いだけだ。だが、事ここに至っては、その弱さがオレたちを助けるかもしれない。強ければ良い、というものでもないのやも知れんな……。」

 ズーハオにばれないよう、ゾーエに向かってサムズアップするランサーにやや戸惑いながらも、ゾーエは携帯電話を取り出す。

「エルメロイ教室の友達なら、何人か心当たりがあるけど……。一番協力してくれそうなのはこの子かな……。ねぇズーハオ、ランサー。」

 ゾーエは携帯電話に記録された連絡先を何件か当たりながら、二人に対して問いかける。

「今からドイツに行く準備、できる?」

 

 数日後、ドイツはネルトリンゲンの外縁に佇む一軒の宝石商の元へと、一行は訪れていた。

「いらっしゃいませモクレールお嬢様、お話は伺っております。」

 店内に入った途端、整った身なりをしたバトラーに深々と頭を下げられ、店の奥へと通される。そこにあったのは、一基のエレベーターだった。

「……魔力式だ。」

 霊体化もせず、当世風の女性用ファッションに身を包んだランサーが言い当てた通り、そのエレベーターの動力は魔力であった。

 バトラーの先導でエレベーターに乗り込み、ずんずんと地下へと降りて行く。数分間の長い道程を経てエレベーターの扉が開くと、そこには巨大な空間が広がっていた。

 地下だというのに視線を上げればそこには煌めく太陽と蒼穹が広がり、踏みしめる床は完全な土と草であった。涼やかな風が頬を撫で、小川のせせらぎが耳に心地良い。そんな大自然の中に、ぽつんとその人物は立っていた。

「いらっしゃいゾーエ、エルマも待ち侘びていましてよ。」

「おはようございますアーレルスマイアーさん。いきなりお伺いしてすみません。」

「いいのよ、こうしてずっと地下に籠っているのも退屈だもの。」

 純白のドレスにつば広の帽子を深く被ったその淑女は、ズーハオとランサーの姿へ視線を移すと、二人について確認する。

「貴方たちがズーハオさんにランサーさんですね?」

「あぁ。オレはジャン・ズーハオ。ランサーのマスターだ。」

 名乗りを上げるズーハオに、女性はドレスの裾を摘まんで礼をし、自らの名を名乗った。

「わたくしは『フロレンツィア・フランツィスカ・アーレルスマイアー』。アーレルスマイアー家の現当主にございますわ。どうか、わたくしのことはフローラとお呼びくださいまし?」



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変動への反乱 ①

◆ルーラー
真名:エイブラハム・ストーカー
性別:女性
筋力:A 耐久:D 敏捷:A 魔力:B+ 幸運:C+ 宝具:A++
スキル:陣地作成C、道具作成C、鬼種崇拝B+、対魔力A+、真名看破EX、神明裁決E、狂化EX、戦闘続行C、混沌の執筆者A+
宝具:『極刑王(カズィクル・ベイ)』
→エイブラハム・ストーカー、すなわちブラム・ストーカーが崇拝し、心酔した悪魔の王、ヴラド・ツェペシュ三世が持つ宝具と同様の物。魔力によって生成された無数の鉄杭を空中以外のあらゆる場所から突出させる宝具。


 様々な場所を走ってきた。フランス、ローマ、オケアノス、ロンドン、北米、エルサレム、メソポタミア、新宿、アガルタ、下総、セイレム。

 様々な想いを受け継いできた。ロシア、北欧、秦、インド、アトランティスやオリュンポス。そうして、俺たちは何処でもない何処かへと飛んでいく。すべては俺たちの歴史と未来を簒奪するために。

「亜種並行世界へのレイシフト成功を確認しました、マスター!」

「……うん。早く見つけ出そう、マシュ!」

 ――今、二人の少年少女が並行世界から訪れる。人理を保障する機関のマスターとそのサーヴァントとして。人類史を守ってきた名も功績もなき英雄として。

 

 はぁ、というレイラの大溜息が部屋中に響き渡る。理解されないことはクロウにもわかりきっていた。徐々に不機嫌さを増していく傍らのセイバーをなだめながら、クロウは更に言葉を続ける。

「――俺たちが本当に倒すべき敵はそのキャスターなんだ。お前、そいつに会ったことがあるんだろ?」

「……えぇ、あるわよ。ニューヨークに行ってモクレールのお嬢さんに停戦協定を取り付けようとした時に、ちょっとだけね。でも、マスターに引っ付いてじっとしてるだけで、特に脅威性は感じられなかったけど……。」

「違う、そのマスターもサーヴァントなんだ。ロバート・E・コーニッシュ。」

「コーニッシュ? 死者復活を目指したあの医学者? ……やっぱり信じられないわ、わたくしには貴方の気が触れたとしか……。」

「いい加減にしろ、さもなくばその口に剣を突っ込んで頭蓋を吹き飛ばすぞ!」

 とうとう怒り心頭といった様子でソファから立ち上がり、右手に嵐を顕現させるセイバー。それをなんとか抑えつけるクロウに代わり、それまで沈黙を貫いていたボドヴィッドの隣でニヤニヤと笑っていたアサシンが代弁する。

「嬢ちゃん、そこの青二才(ヌーボリアレ)……じゃねぇな。クロウが言ってることは全部本当だぜ。死と吹雪の使い魔たるあたいが保証しようじゃあないか。」

「……。」

 しばらくレイラは黙り込んでいたが、背後で蠢動する黒い靄――バーサーカーがそっと彼女の頬に触れると、レイラはそれを宥めるように撫で、大丈夫よ、と囁く。

「――わかったわ。今は何も情報がないのだもの、眉唾な話でも乗ってみなくちゃね。それよりも先に解決すべき問題点があるけど……。」

 レイラは再び溜息を吐くとソファから腰を上げ、応接間のドアを慎重に開く。その先には、壁も床も諸共に崩壊した屋敷の姿があった。

「この部屋にだけ結界を張ったんだもの、結界の外はそうなるわよね……。」

「なんだなんだァ? こいつぁあのシスターさんの仕業なのか?」

 煙草を咥えながら、レイラの頭上から部屋の外を覗き込むボドヴィッド。レイラはその問いに首肯し、部屋のドアを閉める。

「少し、あの尼僧の話をしましょうか。」

 そう言ってレイラが語り出したのは、ある一騎のサーヴァントの来歴であった。

 

 もう百年以上前の話よ。アインツベルン本家はある一人の英霊を召喚したわ。真名はエイブラハム・ストーカー。キャスターのクラスをあてがわれたサーヴァントだった。

 貴方たちは興味もないだろうけど、前回の命の聖杯戦争の勝者はアインツベルンだったのよ。それもストーカーの陣営が勝ったの。ストーカーが願ったのは受肉。肉体の入手だったと聞いているわ。そして、そのマスターが望んだことは、ストーカーの霊基を『裁定者』にすること。

 結果的に()はキャスターからルーラーへと変貌し、聖杯戦争を管理する側になった。これにより、命の聖杯戦争がよりアインツベルンに有利に動くようにしたってこと。でもその願望は公に開示されることはなかった。それもそうよね、堂々と聖杯を使ってまで百年後のルール違反を犯してるんだもの。

 それでストーカーの身柄は聖堂教会に引き渡され、あの子は『プラム・コトミネ』として新たな人生を歩み出した。代々様々な代行者の養子となることでね。すべては、当世の命の聖杯戦争にアインツベルン陣営として干渉するため。

 

「聖杯戦争の監視役たる聖堂教会がそんな横暴、許したのか?」

「いいえ、だから目的は彼らにも明かされなかった。」

「私も亜種聖杯戦争の記録を読み込んだだけだからあんまわからんが、やっぱりアインツベルンってのはろくなことをしないな。」

 ボドヴィッドの所感に悔しそうに唇を噛み、黙り込んでしまうレイラ。

「――だからこそ、わたくしはこの戦争を終わらせたい。いいえ、わたくしが目指す道はたったひとつよ……!」

 次にレイラの口から放たれた宣言は、その場にいた全員を驚愕させるに足る衝撃的な内容だった。

「すなわち、命の聖杯の破壊!! これ以上命の聖杯戦争を繰り返さないための、根本からの措置よ!」

「いいねぇ、そういう無茶無謀なこと平気でやろうとする若者、あたいは好きだぜ嬢ちゃん!」

「――私はクソ嫌いですね。」

 声がした、と同時に、クロウの目の前で様々な出来事が同時に発生する。

 いつの間にか部屋のドアの前に立っていたシスター・プラムが、レイラ目掛けて突撃してくる。その音速にすら届きかねない掌底がレイラの頭蓋を圧し潰さんと迫った瞬間、レイラを取り囲んでいた靄が実体化し、巨大な細身の怪物となってその攻撃を防ぎ、鉤爪を以て反撃を試みる。それすらも難なく躱し、飛び上がって後方へ距離を取るプラム。彼女が着地したところで、ようやくクロウは事態を飲み込むことができた。

「シスター!?」

「はい、聖堂教会より派遣されました、代行者にして監督役、プラム・コトミネですよ。いいえ――もう偽る必要は無いのでしたか。はい。ルーラー、『エイブラハム・ストーカー』。受肉にあたって女性の体を得ました。いやぁ、一度なってみたかったんですよね、女性。」

「ルーラー、あなたマンハッタンに向かったんじゃないの!?」

「はい、向かいました。ですが時既に遅く。世界は反転してしまった。ですので反転が収まった時点で引き返してきたのです。」

「世界の反転を知覚できているのか……!」

 クロウの反応にニコリと微笑み、プラムは再度三組のマスターとサーヴァントを相手取らんと八極の構えをとる。セイバーも甲冑を身に纏い、バーサーカーもグルグルと唸りながらいつでも襲い掛かることのできる態勢になる。

 しかし、アサシンだけが匂いを嗅ぐような仕草をしながら首をあらゆる角度に捻っていた。

「……おい、なんか焦げ臭いぞ。」

 そう、アサシンが進言した瞬間。

「――『灼き滅ちる黄金劇場(ブルチャート・ドムス・アウレア)』アアァッッ!!!」

 少女の高らかな真名解放の声と共に、応接間の四隅から灼熱の業火が巻き上がる。その火の壁は部屋を勢いよく炭化させながら、徐々に徐々に一同が集う中心へと迫り来ていた。

「上出来です、アヴェンジャー!」

「……世辞などいらぬ。撤退するぞ、ルーラー。」

 そう言って天井を突き破り、プラムの隣に降り立ったのは、クロウたちに戦闘を仕掛けてきた月桂冠を被る少女であった。プラムも月桂冠のサーヴァントの言葉に頷き、

「それでは皆さん、この程度で死んでしまわないようにお願いしますね? 貴方がたは是非とも私の手で殺したいので。」

 と告げ、常人とは思えぬ跳躍力で月桂冠のサーヴァント共々天井の穴から外界へと飛び出していく。その直後、穴は迫る火の手に呑まれ、使用不可となってしまった。

「どうしよう……バーサーカー、みんなを庇うことはできる!?」

「■■■■▪▪▪……!!」

 レイラの提案に、バーサーカーはその場の全員を包むように腕を広げ、ドーム状に覆いかぶさる。

 だがその時、どこからともなく――否、明確に床下から、しかし一切のくぐもりない少女の声が、クロウたちを呼ぶ。

「おまえたち! 衝撃に備えておけ!」

 瞬間、一同が立っていた床が消失し、なぜか夜空のように星が瞬く謎の空間へと放り出される。そして重力に引かれるまま、自由落下が始まった。頭上では落ちてきた穴がふさがっており、これもまた満天の星空が広がっていた。

 

 先に着地したセイバーに抱き留められ、クロウはようやく瞼を開く。そこはどうやら、列車の客室のようだった。辺りを見回せば、バーサーカーの方から滑り降りるレイラと、アサシンに俵のように担がれたまま失神しているボドヴィッドがいるのも確認できた。全員外傷はなく、無事なようだった。

「――よし、大丈夫みたいだな!」

 その声に振り向けば、そこにはオレンジ色のショートカットを持つ、セイバーよりも身長の低い少女が立っていた。それは確かに一行を困惑させたが、それよりもクロウにはその少女に見覚えがあった。

「ジャック……!?」

 それは、反転した世界の記憶。空を渡る島のような超巨大航空要塞を保有するライダーのマスター。『グランツ・レルヒェ』唯一のマスター。すなわち、ジャクリーン・リッジウェイであった。だが、それはクロウだけが知る記憶。こちらの世界においてジャクリーンとクロウは面識がない――はずであった。

 だが。

「あぁそうだ、久しぶりだな、クロウ!」

 明確に。ジャクリーンはクロウに対し、『久しぶり』と言い放った。

「知り合いなの、クロウさん?」

 レイラの問いかけも耳に入らないほど、クロウは困惑していた。

「なぜ……俺を知っている……? 俺とお前は、こっちの世界では……!」

「そうだな、こっちの世界じゃ接点も面識も何もないただのマスター同士だった。まぁ少し落ち着けよクロウ。おれのことより、お前たちはこの列車のことを知っておくべきなんじゃないか?」

「そうね。わたくしはレイラ・アダモーヴィチ・アインツベルン。貴方は?」

「おれはジャクリーン・リッジウェイ。ジャックって呼んでくれよ。よろしくな、レイラ!」

 互いに自己紹介と握手を交わし、ジャクリーンは両腕を広げて高らかに告げた。

「ようこそ! おれの相棒、ライダー『カロン・スチーブンソン』が生み出した宝具蒸気機関列車、『アケローン号』へ! 運賃のオボロス硬貨は特別にツケにしといてやるぜ!」



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変動への反乱 ②

◆ライダー
真名:カロン?
性別:女性
筋力:D 耐久:D 敏捷:C 魔力:EX 幸運:C 宝具:EX
スキル:対魔力C、騎乗A+、陣地作成B、道具作成A、蒸気機関A、水先案内人C+、黄金律C、神性C+
宝具:『???』


 防音仕様だというコンパートメント席の一室で、クロウとセイバーに向かい合うようにソファに腰かけ、ジャクリーンは窓の外に広がる無尽の星空を眺めながら、語り始めた。

「なぁクロウ、お前はあんな地獄を何回も何回も味わってきたんだな。」

「どういうことだ?」

「おれはな、あっちの世界……特異点で、おまえたちが成し遂げた偉業を見守ってた。その時に、雲雀のキャスターに言われたんだ。」

 

『ジャック、あなたはクロウの味方になるべきです。』

 

「味方……?」

 首を傾げるクロウの顔に目を向けながら、ジャクリーンは足をぶらぶらと交互に振り、言葉を続ける。

「あぁ。おまえはきっと、この世界に戻った時に独りぼっちになる。それは交友関係って意味じゃないんだ。誰もおまえが踏み越えてきた想いを、誇りを知らない。信じることもできない。それは本当に……痛い、ことなんだ。」

「……。」

 

『彼が特異点へ記憶を保持したままやってこれた原因は、彼の蘇生能力にあると踏んでいます。ですので、これは賭けです。ジャック、あなたは……存在が無かったことにされる(・・・・・・・・・・)覚悟はありますか?』

 

「一歩間違えれば、おれはアロイジウス(・・・・・・)と同じ、『元から世界にいなかった人間』として存在が抹消されるところだった。」

「アロイジウスが……?」

「……まぁ、そこをあまり掘り下げても今は仕方ねぇよ。」

 ナイチンゲールがノイエ・グラーフZに保存されていた消滅しかけのとある薬剤師のサーヴァントの助力を得て作成した魔術式の仮死薬。それをあの暗転する世界と世界の狭間で死力を振り絞って服用したジャクリーンが目覚めた時、自分の中に二種類の記憶があることに気が付いた。

「つまり、世界が反転するまでのこっちの世界での記憶と、特異点での記憶の二種類。クロウ、おれはあんたと同類になったんだよ。」

「……そう、か。」

 感慨はない。安堵も悲嘆もない。目の前の少女に抱く未知の感情、感傷は、クロウの中に痼のように滞留して渦巻く。呆然とした表情のままぼんやりとジャクリーンを見つめるクロウに、彼女は席を立ってそっと近寄る。

「なあ、おまえはもっと胸を張れよ。おまえは凄い奴なんだ。」

 その頭を胸に抱き寄せ、赤子をあやすように何度もその濡れ羽のような髪を撫でるジャクリーン。

「だからおれも覚悟を決めた。おまえのことを心から信じることのできる味方でいるために、心臓も止めて、魂の火も吹き消して、あの真っ暗闇を耐え抜いた。」

「おい、まるで私がマスターのことを信じてやれない三流サーヴァントのような言種だな?」

 横槍を入れるセイバーに目を丸くするジャクリーン。

「おまえ、クロウのやった事、知ってるのか?」

「あぁ。私はアルトリア・ペンドラゴン[レイヴン]。本来座するべきクラスはアルターエゴ(もうひとつの自我)だ。アルトリア・ペンドラゴンの保持する記憶は私にも受け継がれる。」

「そうか、それは……うん。良かった。おれ以外にもクロウの心を守ってやれる奴がいるんだな。」

「あぁそうだ。私はクロウの心身を護る絶対の騎士だ。騎士の誓いは何があろうと破れない。」

「なんか俺がまるで誰かに守ってもらわないと立っていられない駄目な奴みたいだな……。」

 そのクロウの発言に、ジャクリーンとセイバーが揃って「何を今更なことを」という視線でクロウを凝視した。

「え、俺そんなにダメ人間なの?」

「自覚がないのかマスター、貴様は少し踏み外せば一瞬で瓦解する精神性しか持ち合わせていない、小人の勇者だぞ。」

「おまえはおまえが思っているほど強い人間じゃないぞ?」

 二人の少女に鋭い事実を突き付けられ、がっくりと項垂れるクロウ。ジャクリーンに頭を、セイバーに背中を撫でられながら、己のひ弱さをほんの少しだけ自覚するのであった。

 

「さて、このアケローン号はこれからおまえたちの拠点になる。アケローン号が進むのは虚界(インター)。おれが唯一観測できた夜と夜の狭間(ノクティス・イテル)。この星空は、おまえたちの行きたい場所、どこへでも通じている。勿論、相応の道程と時間は必要になるけどな。」

 アケローン号の座席車両のひとつにレイラ、ボドヴィッド、クロウとそのサーヴァントたちを呼びつけたジャクリーンは、アケローン号について説明を始める。

「拠点って言ってるぐらいだからな、生活のすべてはこの列車で一通り完結できるようになってるぜ。食事、睡眠、娯楽、戦闘訓練もできる。ひとまず今は目的地を設定せずに走行してるけど、向かう場所が決まったらカロンに言ってくれよ。」

 そう言ってジャクリーンは、自身の背後に控えていたひとりのサーヴァントを前へ出す。

 車掌風の衣装に帽子を目深に被ったその少女は、ジャクリーンとほぼ同じほどの身長しかなく、戦闘力など皆無かのように思えた。そのサーヴァントが帽子を外し、全員を見上げた瞬間、レイラもクロウも、無気力な態度を一貫していたボドヴィッドですらも息を呑む。

「ライダー……。『カロン』。それが私の真名だ。」

 オレンジ色のショートヘア。小柄な少女の肉体。それなりに整った目鼻立ち。その姿は、ジャクリーンと瓜二つ――否、ジャクリーンそのものであった。声すらもジャクリーンにやや似ている。ジャクリーンとの相違点は、その眼窩に宿る瞳がスカイブルーではなく超高温の業火を思わせる深蒼色であることだけだった。

「おれが本来召喚したサーヴァントは『鉄道の父』、ジョージ・スチーブンソンだったんだけどな。スチーブンソンだけじゃどうにも心許ねぇ。だから多重召喚で神霊であるカロンを喚び出して霊基をくっつけた。」

「そんな……それじゃあまりにも霊基が不安定になるはずよ!?」

「おうさ。だからおれの固有魔術である『星躯同期(スターゲイズ)』でおれの存在に霊基の安定性を依存させた。この姿はその副作用さ。いやー……こっちのおれってば天体科(アニムスフィア)だったんだな……。」

「サーヴァントの霊基を自分と同期したって言うの!? そんな、年端もいかない女の子がやっていい所業じゃ……!」

 その発言に、ジャクリーンはむっとして反駁する。

「おれ、今年で十九なんだが!」

「俺より年上!?」

 今年で十八歳を迎えるクロウに対してふんぞり返りながら、ジャクリーンは「話したいことはこれだけだ」と言って説明を終え、各自好きなようにしてほしいと全員を解散させる。

 だが、再びコンパートメント車両へ戻ろうとするクロウを引き留めると、

「会わせたい奴らがいるんだ。」

 とクロウの手を引き、三両あるコンパートメント車両を通り過ごし、その奥にある食堂車両へとクロウとセイバーを案内する。その複数あるテーブルのうちの一席に向かい合って腰かけ、焼き立てのパンを頬張っていたのは。

「先輩、あまり急いで食べると喉に詰まらせてしまいますよ!」

「んぐ、ごめんごめん。あんまりにもおいしくって。」

「フォウフォウ!」

 二人の少年少女と、一匹の犬とも兎とも猫ともつかぬ未知の小型四足動物だった。そのうち、少女が立ち尽くすクロウに気が付き、向かいに座る少年に喚起する。彼が振り向いた時、クロウは驚愕する。たとえどれだけその面立ちに歴戦の悔悟と決意が刻まれていようとも、それは紛うことない知人の顔であった。

「あ、クロウ! 久しぶり!」

 

 藤丸立香。最後に会ったのは『グランツ・レルヒェ』の居砦、ノイエ・グラーフZのブリッジであった。決戦に向かう数日間しか言葉を交わさなかったが、その時はこれほどまでに疲労と無理の色濃い表情はしていなかった。

「リツカ……お前なにが……?」

 思わず日本語で問いかけるクロウに、藤丸も日本語で返す。

「えーっと、俺たちにとって君と会うのは一年ぶりくらいなんだけど……。」

「あぁそうか、お前たちは別の世界から来たんだったか……。」

「うん。今回は超特殊霊基の観測を元に来たんだけど……どうにも以前に来た時とはみんなの様子がおかしい気がするんだ。ジャック曰く、『おれとクロウ以外の人間はおまえを覚えちゃいない』らしいんだけど……。」

 そこまでやり取りをしていた時、ジャクリーンが横から英語で割り込む。

「な、なぁ。何話してるかは知らねぇけどさ。英語で喋ってくれないか? おれ日本語わからないんだよ。」

「はい、先輩の母国語は理解していますが、会話を行うことは私にもまだ不可能ですので……どうか、英語を使用して頂けるとありがたいです。」

 ジャクリーンと同様、困惑していることを伝えるのは、特異点で出会った藤丸の腕に巻かれていた機器からしきりに藤丸をサポートしていた声を持つ少女だった。

「そうか、あんたがマシュか。」

「あっ、はい! 面と向かってお会いするのは初めてでしたね、クロウさん。私は『マシュ・キリエライト』、藤丸立香先輩と契約しているデミ・サーヴァントです! こちらはフォウさんです。」

「ンキュ、フォウ!」

 マシュは肩に乗る真白いふわふわの毛並みをもつ小型動物を紹介すると、セイバーの方へ目を向け、一瞬表情に緊張を走らせる。

「……オルタのようだ、と思わなかったか? 今。」

 その心中を的確に言い当て、セイバーは自らの真名を名乗る。

「『彼女』のオルタ体と何があったかは知らん。だが私はアルトリア・ペンドラゴン[レイヴン]。決してオルタなどではない。」

「レイヴン……。もしかして、アーサー王の化身とされるオオガラスが霊基を得た姿、なのですか?」

「……よく知っているな。」

「恐縮です。」

 一通りの自己紹介を終えると、クロウはジャクリーンの補足を受けながらも藤丸に特異点とこの世界の違いを説明する。剪定事象の一瞬が切り取られて特異点へと変貌した経緯も包み隠さず口にした。途中、ジャクリーンが「聞いてない」と唇を尖らせることはあったが、構わずクロウは洗いざらいすべてを語った。

「なるほど……それじゃあ、その特異点を生み出した原因だっていうあのキャスターを見つけ出せばいいんだね。」

「あぁ。だが見つけてどうするか、を先に考えるべきだと思うけどな。」

 クロウの提案に黙り込んでしまう一同。それもそのはず、誰もキャスターの脅威性を瞬間的にしか目にしていないのだ。魔神柱と呼称される高次元的な存在へと変異する力を持っている程度の認識しかない。

 頭を抱えて思索を巡らせるクロウの頬に、ぴたりと冷たい感触が伝わる。それへ目を向ければ、そこには瓶入りのコーラを二本携えたセイバーがにかっと笑い、その一本をクロウに差し出していた。その隣には、焼き立てのバゲットが山盛りに詰め込まれたバスケットを両手に持ったジャクリーンが笑顔を浮かべている。

「思い悩むのは後だ、マスター! 今はこうして再会できたことを喜び合うべきだろう?」

 クロウは呆れたような溜息を洩らし、コーラ瓶を受け取り、藤丸にもそれを分け与える。

「そんじゃ、リツカ。」

「うん、クロウ!」

 それぞれの異世界を駆ける名もなき英雄たちは、それぞれが手にした瓶を音高く衝突させ、その一瞬だけは確かに心から華々しく告げ合った。

「「乾杯!!!」」



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変動への反乱 ③

◆シールダー
真名:マシュ・キリエライト
性別:女性
筋力:C 耐久:A 敏捷:C 魔力:B 幸運:C 宝具:?
スキル:対魔力A、騎乗C、自陣防御C、憑依継承?、ブラックバレルB、アマルガムゴートDなど
宝具:『いまは脆き夢想の城(モールド・キャメロット)』
→盾の英霊は少女の内より去って行った。残された少女の手に握られる巨大な金属板はしかし、理想の城を夢想する。守りたいと願った誰かを護る、それだけのために。


 ごぼ、と水泡が潰える音がする。瞼を開けば、そこにはひとりの剣士が立っていた。

『なにか、よう?』

 剣士は口を開く。

「大切な誰かを守りたいからと、そんな姿に成り果てたのではないのか?」

『――……。』

「たとえそれが。」

 たとえ、それが――。

『たとえ、ぼくさまの、ことを、おぼえて、いなくて、も……。』

 

「キャスターの居場所がわからない現状、追うべきはシスター・プラムなんじゃないか?」

「そうね、彼女はキャスターが何かをしようと画策した時瞬時に察知してマンハッタンへ飛ぼうとしていた。ルーラーを問い詰めればキャスターの居場所もわかるかもしれないわ。」

「そんな簡単にはいかないだろうがな……。」

 アケローン号の座席車両の一席に向かい合って腰掛けながら、クロウとレイラは今後の方針について話し合っていた。クロウの傍らにはセイバーが座り、バーサーカーは黒靄となってレイラの周囲に滞空している。

「……そういえば、アサシンのマスターは?」

 少しだけ腰を座席から持ち上げ、周囲を見渡すクロウ。しかし、周辺にボドヴィッドの姿はなかった。すると、クロウの背後の席に着席して何をするわけでもなくじっとしていたアサシンが口を開く。

怠け者(オレ・ライスカ)ならコンパートメントで寝てるよ。あいつ、元々ドテッ腹に穴空けてたんだからな?」

 思い返してみれば、ボドヴィッドはプラムの怪力によって腹部を貫通されていた。

冥界(トゥオネラ)の遣いとして現界したあたいじゃなけりゃ、応急処置もできずに今頃死んでたぜ。」

「……彼には悪いことをしたわね……。本来、わたくしたちを殺しに来たのでしょうに。」

「あたいも怠け者(オレ・ライスカ)も死にたかないからね。今の事態はさほど問題じゃないさ。狩人にとって一番大事なのは計算だ。算段だ。目先の獲物がたとえ無防備に寝ていても、獲物を仕留めた後で自分が死んじまうような要因があるとしたら、それを先に潰しとくべきだろ? 怠け者(オレ・ライスカ)はそれがわかってるのさ。」

「そ。それは良かったわ。思ったよりも話が通じそう。」

 それで、と。レイラは話題を戻す。即ち、プラムの所在について。とは言えど、心当たりがあるわけでもない。二人は揃いも揃って思考に詰まってしまった。そこへ、制服を身に纏ったジャクリーンのような風貌のライダー、カロンがまるで切符を確認する車掌のように座席の傍を横切る。

「……お客さんら、外の星が見えるかね。」

 ふとカロンはクロウとレイラの座る席の横で立ち止まり、帽子のつばを目深に下ろしながら訊ねた。

「そりゃ、な。」

 クロウが答えると、再びカロンは口を開く。

「そいつらは全部この星に生きる命の光だ。……そんじゃお客さん、下の星は見えるかね。」

 クロウが窓から身を乗り出すと、確かに空中を走り続ける蒸気機関車の下方に広がる夜空にも、無数の星が瞬いていた。上空の星よりも数は少ないかもしれない。

「そいつらは死んでるくせに未だにこの星に居残ってる連中の光だ。私やお客さんらも含めてな。」

「……まさかあんた、サーヴァントの居所がわかるのか?」

「わからんよ。」

 あっさりと、カロンはクロウの希望的観測を否定してしまう。

「だがね、それらしい光は追えるさ。特に、この世に縋ろうとする死者どもなんてそういやしないのだからな。特に強い執念だの魔力を持った光は明るく輝く。そら、二時の方向だ。あの深紅の一番星が見えるかね。」

 言われた方角を覗き見れば、確かにそこには燦然と煌めく臙脂色の一番星が在った。他のどの星よりも眩いその星の輝きに目を細めながら、クロウはカロンに問い掛ける。

「あれが何だって言うんだ?」

「さぁな、わからんよ。」

 再びの拒絶。

「だが臭いとは思わんかね? 見ればわかるだろう、もう星も残り少ない。その中でどれよりも光を放っているのだ。君たちが追って然るべき星ではあるまいかね。」

「そうね。たとえあれがルーラーたちでなくとも、接触する価値はありそうだわ。クロウ、どうかしら?」

 レイラの提案に頷き、クロウは窓から首を引っ込める。

「良いと思うぜ。そんじゃカロン、あの星に向かって汽車を回してくれないか?」

All Right(オーライ).」

 帽子を被っていてもわかる口元を三日月状に吊り上げ、カロンは元来た通路を引き返していく。それと入れ違うように、ジャクリーンがクロウとレイラの元へやってくる。

「行先は決まったのか?」

「ええ。改めてありがとうございますわ、ジャックさん。」

「なんてこたねぇよ。もっと頼ってくれな!」

 満面の笑顔で自身の胸をドンと叩くと、ジャクリーンは通路側に座るセイバーのクロウを挟んで反対側、窓側に腰を下ろす。

「……両手に花、ね?」

 レイラの意地悪気な微笑に、らしくもなく頬を赤らめるクロウ。セイバーは騎士然と姿勢を正して目を閉じ、待機しているだけだったが、ジャクリーンはあからさまにクロウにぴったりと身を寄せる。

「おいジャック!」

「なんだよ、ただのスキンシップじゃねぇか?」

「……同じ痛みを知る人間同士、惹かれ合うものがあるのかもしれないわね。」

「馬鹿言え、俺はそういうことには……!」

 ふと、視線を感じてクロウは左を向く。そこには変わらずセイバーが泰然自若と微動だにせずに座っていたが、その瞼はうっすらと開けられており、じっとクロウを見つめていた。

「な、なんだよセイバー。」

「……何もない。」

 しかし、その口角は安堵とも嬉しさともつかぬ感情にほんの少し上がってしまっていた。同じような表情で黙りこくるレイラと、まるで子犬のように自分に抱き着くジャクリーンに困惑しながら、クロウは何もできないままその場で固まってしまうのだった。

 

 コンパートメント車両の一室。ガチャンと高い音を立て、アサシンがドアを開けて個室の中へと入る。そこには、既に傷も完治したボドヴィッドが何をするでもなく、煙草をふかしながら座っていた。

「どうだったよ。」

「さてね。」

 短くやり取りを交わすと、精神による会話に切り替える。

(――少なくとも奴らは事態を前進させる方向で団結している。今襲うのは愚策だぜ。)

(そんなことは百も承知だ。私が何のためにわざわざひとり逃げられる状態から奴らに同行したと思っている。)

(ハッ、あたいの怠け者(マスター)は計算高いこって、頭も上がらねぇや。)

 アサシンは首を振り振り、自らのマスターへ再び問う。

(なぁ怠け者(オレ・ライスカ)。あんたはさ、何を思ってまだ戦い続けてるんだ?)

(……簡単だ、死神様。私がまだ生きているからだよ。生きて、戦場に立っているからだ。)

 その答えに、アサシンは一瞬面食らったような表情を浮かべ、すぐに大声で呵々大笑する。

「あっはははは!! そいつぁいい、あたいが大好きな答えだ!」

「……。」

 すぐに笑いを収め、ニヒルな笑顔を見せるアサシン。

(人間、生きてるだけで常在戦場。そして戦場に立つ以上、人は誰しもが兵士だ。兵士ならばそこにある戦争を生き抜く義務があるよなァ!)

(その通りだ。死神様、あんたあのセイバーを仕留めたいんだろ? ならば今は機を待つ時だ。背後から撃つにしてもタイミングが悪い。)

 その時、コンパートメントのドアが再び開き、帽子で目元が見えないはずのカロンがまっすぐに二人を見つめて食事の時間を告げる。

「お客さんら、そろそろ現実世界は昼時だ。食堂車に食事を用意してあるから、食べるならさっさと食べな。」

 そうとだけ言い残し、カロンはドアを閉めて去っていく。

(……あたいの鼻も潜り抜けて……。)

(カロンと言ったか? ステュクスの渡しなのだろう。冥界の遣いであるお前の特性もよく知っているんじゃないか?)

(あぁ……そういうことね。おい怠け者(オレ・ライスカ)、あのカロンのマスターだけは夜襲でもかけねぇか? 後々面倒になりそうだ。)

(賛成だな。冥界の力を持つ死神様のアドバンテージが無くなっちゃ困る。)

 二人は頷き合い、ボドヴィッドは再びソファに寝転び、アサシンはコンパートメントから抜け出した。

 

 凄まじい振動と共に、蒸気機関車は現実世界に姿を現す。

「……なんじゃ、こりゃ。」

 地理にしてアラブ首長国連邦、ドバイ近辺。クロウとセイバーが見上げる先には、超巨大な現代建築が天高くそびえたっていた。まるでひとつの家に上書きするようにまたひとつの家を増築し、またその上からもうひとつ家を増築、ただただそれを繰り返しているかのような造形のその超巨大建造物からは確かに膨大な魔力が検知される、とマシュは頷く。

「サーヴァントの手によるものか、魔術師の手によるものか……。」

「つーか寒いな……。」

 サーヴァントであるセイバーは普段通りの革ジャン姿だったが、砂漠の夜は極寒である。クロウはロシアに赴いた際に身に着けていた防寒具を羽織り、建築物に近づく。その時、ふとクロウは気付く。

「あれ、ジャックはどうした?」

「ジャックなら礼装を忘れたって言って汽車に戻っていったよ。」

 藤丸の報告に、クロウはただふぅん、と気に留める様子もなく流すだけだった。

 

 足元に迫る血の海を前に感慨もなく、アサシンは霊体化してその場を去ろうとする。ジャクリーンの死はすぐにカロンにも伝播する。ジャクリーンの存在に霊基の維持を依存させているのならば猶更だ。

「よお、怠け者(オレ・ライスカ)。終わったぜ、ずらかろう。」

 外に居るボドヴィッドに事の次第を伝え、完全にその場から姿を消そうとする。

 しかし。

「よお、怠け者(スロース)。忘れ物だぜ。」

「――ッ!?」

 そこには、カロンが立っていた。吃驚で霊体化を解いてしまい、アサシンの姿が顕わになる。

「カロン……マスターの生存に現界を委ねているはずのお前がどうしてまだそんな五体満足で……!」

「ははは、おいおいアサシン……じゃねぇな、カロン風に言うなら『お客さん』、か? よくおれ(・・)を見ろよ。」

 そう言って、カロンは帽子を外す。そこには、眼窩に青白い炎を宿したジャクリーンにそっくりな少女がいた。しかし、その炎がゆらゆらと消えていき、最終的に完全に鎮火すると、そこにはスカイブルーの眼球があった。

「――まさか!」

「まぁこういうこともあるとは思ったさ。」

 制服を脱ぎ捨て、その場でいつも通りのハーフパンツとジャージに着替えるカロン――否、それは確かに『ジャクリーン』であった。

「お前、一体いつから……!」

「わからないってことは、スチーブンソンの中のカロンの力も弱くはないってことか。」

 その一言で、アサシンは全てを察する。即ち、最初から(・・・・)カロンがジャクリーンであり、ジャクリーンがカロンであったということ。今この瞬間にアサシンの足元に倒れている少女は、カロンであるということ。出し抜けなかったのはひとえに、神霊であるカロンと後付けの神性を持つ英霊であるアサシンとの能力の差であるということ。

「……マスター、失敗した。どうやら、あたいらには端からこいつらに反旗を翻す権利なんかなかったらしい――!」

「おれと意識を共有してたとはいえ、カロンの体でクロウに引っ付くのはやっぱワンクッション置いてるみたいで気分が悪かったからな。むしろ早い段階で『おれ』を殺そうと思ってくれて助かったぜ。」

 言った途端、アサシンの足元に転がっていたジャクリーン――『カロン』の死体がむくりと起き上がる。

「……トゥオネラの白き死神(クォレマ)、貴様が私に冥界の力で優位に立とうと思うのならば、まずは『シモ・ヘイヘであろうとする』意思を捨てるのだな。」

 カロンの足下から青白い焔が巻き上がったかと思うと、カロンの姿は車掌服に帽子を目深に被ったジャクリーンのような姿へと変貌する。

「さ、行くぜアサシン。マスターもまだそう遠くにゃ行ってないんだろ?」

 アサシンの背を叩き、ジャクリーンは先に列車を降りようと駆けだす。その背後から射殺しようと一瞬素早く腰の拳銃に手を回したアサシンの肩をポンと叩き、カロンもジャクリーンについて列車を降りていく。

「……は、はは。あれがマジモンの死神、か。」

 アサシンは気の抜けた声で呟き、拳銃から手を放して乗降口へ歩みを始めた。その脳裏には、肩を叩かれた際にカロンの帽子から垣間見えた、冥府の業火がそのまま宿ったような冷たく恐ろしい蒼炎が焼き付いていた。



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末法に汀の区別なし ①

◆???
真名:???
性別:男性
筋力:A 耐久:A 敏捷:B 幸運:B 魔力:E 宝具:B++
スキル:対魔力C、騎乗C+、陣地作成D+、軍略A、カリスマC+、軍師の忠言B、鉄血A+など
宝具:『???』


 フローラはゾーエとズーハオたちを手招きすると、丘を越え川を越え、一軒の東屋へと誘った。そこには青白い肌に青白い髪を持った少女と散切り頭の東洋人、そして威厳ある風貌の老軍人がティータイムを楽しんでいた。

 青白い髪の少女はゾーエに気が付くと、ぱっと笑顔を見せて勢いよく立ち上がる。

「ゾーエ……!」

「久しぶり、エルマ!」

 そのまま東屋に駆け込んだゾーエとハグを交わすも、貧血になったのか頭を抱えてまたその場に座り込んでしまう。ゾーエも申し訳なさそうに何度も謝罪の言葉を口にしながらその体を支えた。

 

「……あらため、まして。わたしは『エルメントラウト・エルメントルート・アーレルスマイアー』……アーレルスマイアー家の、次女、です……。どうぞ……エルマ、と……およびください。」

 ぽつりぽつりと、呟くような小声で、エルマはズーハオとランサー、テラに対して自己紹介をする。バトラーに出された香り高い紅茶を口にしながら、ズーハオはその髪色について訊ねた。

「オレの聞いた限りでは、アーレルスマイアーは代々紫紺色の髪を持つとされているらしいんだがな。その寒々しい髪は何かの病か?」

「……はい。……わたしは、うまれつき体も、回路(・・)もわるく……。」

出来損ない(・・・・・)とまでは行かないのですけれどね。ちょっと生まれついて霊病を患っているんですの。魔術回路の出来はわたくしと同じくらい上質ですのよ? だけれど、魔術を行使するたびに体調を崩しちゃうのよ。」

 しょんぼりと肩を落とすエルマを励ましながら、ゾーエは事の顛末をフローラとエルマに説明する。フローラもエルマも、怪訝な顔をするわけでもなく、真摯な姿勢でゾーエの言葉に耳を傾けていた。最後まで聞いた後も、二人はゾーエを疑うことはしなかった。

「……なるほど。それで協力者が欲しいのですね?」

「はい。アーレルスマイアーさんさえ許してくだされば、エルマを貸して頂きたいのですが……。」

「わたしの……いけん、は……きかないんだね。」

「あら、わたくしは構わないわよ? そんな神秘体験、あとでエルマの記憶から戦闘記録を抽出するのが楽しみですもの!」

「あねうえ……っ!」

 ですが、とフローラは不満げなエルマを無視し、ズーハオに向かって言い放つ。

「まずはあなたのチームで唯一マスターを持つサーヴァントであるそこのランサーのお嬢さんの実力を見せてもらいますわ。その上でわたくしとわたくしのサーヴァントの両者を納得させられる結果を見せて頂ければ、こちらとしても安心してエルマを任せられます。」

 フローラの背後で微動だにせず直立不動のまま控えていた厳格な目を持った老兵のサーヴァントがズーハオをギロリと睨む。それに臆することもなく、ズーハオはその場で立ち上がり、ひとつ武術式の礼をフローラとそのサーヴァントに行い、ランサーを引き連れて東屋を出る。

「エルマ、セイバーを出して差し上げなさい。」

「……わかった。」

 エルマは渋々と、傍でつまらなさそうに東屋の天井の木目の本数を数えていた散切り頭に僧衣、大太刀を携えた東洋風の男に外へ出るよう命令し、僧衣の男もふたつ返事でひょこひょことランサーの前に立つ。その姿を見たランサーは、目を丸くして叫ぶ。

「き、キミは……いえ、あなた様は!」

「なぁに、儂を知ってるの? やぁねぇ、儂も有名人になっちゃったもんだよ。なに、もしかしてお嬢ちゃん、儂より後の世の御仁?」

「は、はい! 生まれは永禄八年、ランサーとして現界しました、森成利と申します!」

「ほっほー、森成利。うんうん、儂でも知ってるよ、蘭丸でしょ蘭丸。美少年剣士。儂美少年と美少女に目が無いのよねー! どう、あとでちょいと一献、付き合ってくんない?」

 まるで僧衣を身に纏っているとは思えない俗物さで、男はランサーを酒の席に誘う。それを自らのマスター、エルマに鋭く叱責され、肩をすくめながら大太刀を握りしめる。

「儂ね、何でか説教のために持ってたこの太刀のせいでセイバーになっちゃったの。うん。君も勘付いてる通り、儂の真名は『一休宗純』。とんちの一休さんだよー。」

「おぉ……! 時代は違えども、同じ武士の世に生まれた者同士、一度お会いしてみたかったのです! しかし、あなたほどの高僧が何故サーヴァントなどに身をやつしておられるのです?」

「えー、儂の事高僧とか言っちゃう? 儂、酒は飲むし女は買うし博打は打つし、挙句の果てにゃ御仏の偶像を枕にしちゃう破戒僧よ?」

「しかしあなたの言葉には重みがあります! 風狂の中にも鋭く光る弁を世相へ宣う、それがボクの教えられた一休宗純の姿ですから!」

「やぁだ、照れちゃう。でもね、儂もやり残したことっちゅーの? 未練とかタラッタラタラバガニなのよ。それこそ聖杯とか割と真剣に欲しいの。儂の散華の台詞知ってる? 『死にたくねぇ』だよ?」

 瞬間、ランサーは感じ取る。目の前の坊主から放たれる殺気を。すっと息を短く吸い込んだ刹那、ランサーの動体視力が一閃を捉えた。

 

 単純な剣の腕ならば、恐らくランサーとして呼ばれた自分が振るう刀よりも劣るだろう。しかし、ランサーは未だに一休に対し一刃も届かせることは叶っていなかった。まるで、ランサーが振るう槍の挙動が、ランサーがその槍を振るう五手前から察知されているかのような。

「おいおい、虚仮脅しの木刀相手に骨断ちと謳われた名槍が泣くんじゃなぁい?」

 そう、一休が振り回していたその大太刀は、刀身が堅木によって作られていた。だが、ランサーの持つ人間無骨を以てしても、その木刃にヒビを入れることすらできない。

「ぐっ……!」

 飄々と笑い声をあげながら、一休は逃げ回るようにくるくると跳ねながらランサーの猛攻をすべて躱し、往なし、弾いて見せる。しかし、決して自分から攻めようとする素振りは見せない。文字通り、ランサーは試されていた。即ち、これは一休を力で負かすことが認められる条件ではない。

「そういう……ことかっ!」

「お。」

 これは詰まるところ、一休とランサーの騙し合い。化かし合いなのだ。先の先を見据える一休の体勢を一瞬でも崩せば、ランサーの勝ちと言えるだろう。

 ふぅ、と一息吐き、ランサーは姿勢を低く、すぐにでも早駆けできる状態へと腰を落とす。瞼を閉じ、精神を研ぎ澄まし、再度瞼を開くと同時に一休目掛けて疾風の如く襲い掛かる。

 一休は不遜に笑ったままその攻撃を完全に読み切り、威力と勢いを相殺するように動く。そして、ランサーの思惑掌中にありと言わんばかりに、先の先を読む一休に対し後の先を取ろうとするそのランサーの動きすらをも流してしまう。

「こッ……のぉ!」

 だが、それすらもランサーの予測通りであるかのように、ランサーは自身の攻撃を無効化させる動きを取った一休の体勢を利用して肉薄する。

「お?」

 それは流石に予想していなかったらしく、一休の判断が一拍遅れる。しかし、それにすらすぐさまに対応し、ランサーの次の攻撃を往なす。だが、終わらない。それすらも。その次も。どれほど一休がランサーの猛攻を防ごうとも、まるでランサーは全ての動きが想定内かのような反応速度で一休の体捌きを利用した槍撃を繰り出した。

 そして、ついに。

「――参った!」

 ランサーの人間無骨は、一休の首筋を捉えた。ランサーはひどく消耗した様子で、槍を取り落とし、その場にへたり込んでしまう。荒い息遣いを整えながら、ズーハオに投げ渡された魔力の込められた宝石を両手に握り締めるランサーに対し、一休は訊ねる。

「お前さん、先の先も使えるの?」

「いえ、いいえ……。あなたの技術には遠く及びません……。ボクがやっていたのは、単なる真似事……剣を見らば剣の術、弓を見らば弓の術を学んだボクが、あの場で必死に紡いだ即興の『先の先』……。即ち、先の先とも見紛う超速の反射神経なのです。」

「ほぉー! そいつは凄い! 凄いよそれ! ねぇマスターちゃん、お姉さん、この子凄いよ!」

「そうね、随分と高くつきそうな演舞が見れましたわ。見ているこちらもついつい興奮しちゃった。」

 にこにこと笑いながら紅茶を嗜むフローラと、鉄面皮を崩さないフローラのサーヴァント。両名に対し、ランサーは合格の是非を問う。

「えぇ! わたくしは文句なしの満点ですわ! セイバーは?」

「……マスターが認めるのならば、私にそれを否定する根拠は無い。」

「それじゃ意味がありませんわ! 貴方のご感想をお聞かせ願えませんこと?」

「……良い武人だ。成程日本のサムライというのは、いつ見ても一騎当千の覇気を持っている。」

 まるで日本人と面識があるかのような口ぶりでランサーを称賛し、これで良いかと己が主人に確認するフローラのサーヴァント。フローラも満足そうに頷き、最後にようやくエルマに問うた。

「エルマはどうする? ゾーエについていきますか?」

「それ……いちばん、最初にきくべきこと……だよね……。」

 エルマは溜息を吐きながら、おぼつかない足取りで立ち上がり、ゾーエの隣に立つ。その腕にしがみつきながら、エルマはにっこりと笑って肯定した。

「……うん。わたし、は……いいよ。ゾーエの、おねがい……だもの。」

「ありがと、エルマ!」

 その青白い髪を撫でながら感謝の言葉を口にするゾーエ。親しげに互いを抱き寄せあう二人は、心の底から幸せそうであった。それを少し離れた場所から見守るテラの表情は、形容し難い微妙なモノに歪んでいたが。

 

 時折ふらつく足をゾーエに支えられながら、手を振り振り、アーレルスマイアーの地下庭園を去っていくエルマを笑顔で見送るフローラに、彼女のサーヴァントは厳粛な語調で問い掛ける。

「……あの坊主、千里眼持ちだろう。」

「そうだったかしら。」

「マスター。」

 鋭い眼光がフローラを見下ろす。

「もう、オットー(・・・・)? あまり思い詰めるのも良くないのですよ? エルマが心配なのはわかりますけれど、時にはどんと信じて旅に出すのも良いことでしょう?」

「……『かわいい子には旅をさせよ』、か。」

「ええ! 大丈夫、どんな困難、どんな絶望が待ち受けていようと、あの大悟に至った僧が重い腰を上げたのです。きっと……大丈夫。」

「……。」

 フローラのサーヴァントは、その時初めて表情を曇らせた。まるで実の娘が初めて旅に出るのを見送る父親のような顔であった。



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末法に汀の区別なし ②

◆セイバー
真名:一休宗純
性別:男性
筋力:C+ 耐久:C+ 敏捷:A+ 幸運:A 魔力:A+ 宝具:A++
スキル:対魔力B、騎乗D、高速読経A、仕切り直しB、無漏路A、夜烏一喚A+、千里眼A、風狂A+、花は桜木A、とんちD、一休の諫言A、神性Cなど
宝具:『???』


 とは言えど、それ以上の為すべき手段はズーハオ達には見当たらず、一行は「ひとまず」と移動したパリ市内で頭を抱えていた。そんな中、ぶらりと市街の散歩に出かけていたゾーエは、とある通りの途中で足を止める。

「あ……。」

「ゾーエ……?」

 エルマがその視線の先にあるものを見れば、そこには大破した何らかの店舗が、規制テープの張り巡らされた状態で修理されていた。

「……騎士王のマスターさんと初めて遭った場所だ……。」

 あの事件から、まだ数ヶ月程度しか経っていない。だというのに、ゾーエにはまるで、自分の年齢がもう一回り巡れるほどの時間が経過しているように思えた。

「不思議だなぁ……。ライダーと一緒にバカみたいに騒いで暴れまわってたのが、もうずぅっと昔みたい……。教会のシスターさんに怒られて、必死に逃げ回ってたっけ。」

 楽しかったな、と。ゾーエがこぼす言葉を、エルマは感慨も無さげにじっと聞いていた。

 

 観光名所や歴史的な建造物が設置されている場所というのは、往々にして霊脈の集中している場所であることが多い。陰謀論めいた話ではあるが、一般人でも『観光名所』というだけで行きたくなってしまうのには、無意識に魔力に惹かれているという側面もあることは間違いがない。

「ズーちゃん、寒くない? 大丈夫?」

「問題ない。」

 セーヌの畔、イエナ橋の奥にそそり立つ、鍛鉄製の尖塔――即ち、エッフェル塔。その頂点付近の足場に胡坐をかき、ズーハオは精神統一を図っていた。周囲には色とりどりの宝石。

「……何か思いつく?」

「そうだな、最終目標はビーストの居場所だ。だがそれを知るには、まず会わねばならん人物がいる。」

「えっ、そんな人がいるの?」

「……アインツベルン。」

 始まりの御三家の一門にして、第三魔法の開眼を目指す人造生命の一族。ランサーは面食らったようにぱちぱちと何度も瞬きし、その根拠を訊ねる。

「何かがおかしいんだ。……オレの記憶に、不自然な欠落が確認できる。オレは無意識の深層に一時的に潜行(ダイブ)して精密思考をする事はお前も知っているだろう。」

「うん。冬木でもずっとやってたよね。」

「……オレの無意識の記憶領域に不自然な空白が存在している。これは『忘れた』『封印した』ものではない。明確に――。」

 ズーハオは只人の身にして、その真実に辿り着こうとしていた。

「……『消された』。『元から無かったことにされた』。」

「どういうこと? 作為的なの?」

「あまりにも不自然な起点とあまりにも不自然な終点の消失区画だ。つまり、コーニッシュが逃走して十数分(・・・)。何かがこの間にあったように思える。だがなっちゃん、お前はハッキリと思い出せるのだろう?」

「え……う、うん。コーニッシュがボクの宝具をラヴクラフト[オルタ]の技術で防いで、エンパイアステートビルの方へ飛んで行って……何かをした。でも、特に何も起こらなかった(・・・・・・・・・・・)。」

「それだ。なぜ、お前と同じ時間を過ごしたはずのオレの記憶に空白が生じている? 記憶が鮮明に保持されているお前と共に居た、オレが。」

 賢明なランサーであれば、その予測に至るのは時間の問題だっただろう。だからこそ、ランサーには疑問が残っていた。

「……何かが起こった(・・・・・・・)。サーヴァントであるボクですら知覚できない何か(・・)が。そしてその間の記憶は無意識の奥の奥深くで『思い出してはいけないこと』として抹消された……。で、でもどうしてそれでアインツベルンの名前が?」

 その問いに、ズーハオはかつてマンハッタンで最初にゾーエに出会った頃の事を想起するようランサーに促す。

「覚えているだろう、なっちゃん。マンハッタンに初めて出向いた際、ゾーエは『バーサーカーと遭遇した』と言っていた。だがバーサーカーはゾーエとライダーを倒すことなく、どこかへと去ってしまっている。」

「確かに、ライダーは『逃げられた』って言ってたような……。」

「何か目的があるとは思わないか? あの名門アインツベルンが、目先の勝利には目もくれず、何らかの野望を果たすために動いているとしたら……。」

 二人は頷き合い、同時にその場からぴょんと自由落下を楽しんだ。

 

 そこから一行は、ゾーエと接触したというアインツベルンの少女を捜索するため、パリ市街地に存在するバスターミナルに集合していた。

「アインツベルンなんだから、やっぱりドイツに戻るべきなのかな?」

「……でも、アインツベルンは、むかしからずっと偏屈、だよ……。そんな変わり者がいると、したら……。きっと、本家の人間じゃ、ないのかもしれない。」

 そこへ、バスのチケットを入手してきたズーハオが、アテがあると言って全員にチケットを手渡す。そこには、なぜかエジプト・アラブ共和国首都、カイロの名が記されていた。

「どういうこと?」

「オレの知り合いがそこにいる。オレと同時期に入門し、オレよりも先に免許皆伝を終えた藍燕武術の達人だ。仮にも相手はアインツベルン。最悪の場合を考慮し、戦闘要員を増やすべきだと思ってな。」

「なんだ、いるんじゃん、友達。」

「……友達ではない。」

 ズーハオは自身の荷物とエルマの荷物を両手に軽々と抱え、指定された停留所の方向へ去っていく。

「素直じゃないなぁ。」

「いや……。」

 微笑むゾーエに、エルマは前屈みにふらふらとズーハオの後ろをついていきながら所感を述べた。

「……武術を、きわめる人間にとって……同門の求道者は、敵のばあいも、あるって、きいた……。もしかすると、彼とその知り合いは……。」

 あまり芳しい関係性ではないのかもしれない。ズーハオの前を子供らしくとてとてと歩くテラを見つめながら、エルマは不安の色濃い溜息を吐く。慌てて駆け寄ったゾーエの腕にしがみつくと、一歩一歩着実に停留所へと向かう。

 

 砂漠の夜空を、つがいの鳥が東の方角へと飛び去って行く。白銀に輝く月を見つめる少年の元へ、羊角を模した杖をついた少女が歩み寄る。

「秩序王が盟友。今宵も然様に、無為に闇空を見据えるのだな。」

「ははは……無為にだなんてひどいですね、王よ。」

「それとも何か、かの救国の乙女(ラ・ピュセル)が如く、『神の声』でも聴いておるのか?」

「……。」

 少年は押し黙ってしまう。杖をつく少女は左足を引きずりながらすぐそばにあったオアシスに足を運び、その水辺に腰を下ろす。

「そら、貴殿もこれへ座るが良い。今宵は余の隣に座することも許そう。」

 言われるがまま、銀髪の少年は少女の右横にしゃがみ込む。少女は慣れた手つきで壊死した自らの左足を持ち上げ、オアシスの泉にそれをぽちゃんと落とし込む。

「……感覚はとうに無いが、気持ちが良いものだな。ほうら、ぱしゃぱしゃ。」

 自在に動く右足で水面を叩き、飛沫を跳ね上げる黒髪の少女の姿を眺めながら、少年は口を開く。

「生き延びてしまいましたね。」

「当然だ。主神の化身たる余と、太陽王が盟友が組んでおるのだ。敗北する根拠があるまい?」

「それも……そうなのでしょうか。僕は、ここまで生き延びるその根拠をこそ見失っているのですが……。」

 少女は神妙な表情で少年の顔を覗き込む。

「迷っておるのか?」

 少年は首を横に振る。

「微塵も。」

「では、何故惑う。」

「……。」

 再び押し黙る少年。それに対し、少女は慰めるように声をかけた。

「ナルナの子よ。貴殿は心根優しく、我ら二百と七十六の王が真に主神に選ばれし王と認めるかの男が愛した無二の友であると余は知っておる。なればこそ、貴殿は憂いておるのだろう。この世界の真理(・・)を。この世界の真実(・・)を。」

「そうですね。僕は、人類すべてが幸福であってほしい。そう願っています。だから……あまりにもこの世界は、悪意に満ちている。僕らでさえもが『駒』などと……。」

 語尾を濁らせ、またも月を見上げる。少女も水溜まりに浸した自らの踝を見つめながら、しばらく口を開くことはなかった。そうしてしばらくの時間が経ち、遠く遠く、空よりも遠い場所を見るような目で星を見守りながら、少年は少女に問う。

「もし――もしも、この世界の理不尽を悉く踏み潰して無謀にも明日を手にしようとする若者が僕らの前に現れたら、王はいかがいたしますか?」

「……千里眼か。」

 少女はすぐに問いに答えることはなく、オアシスの水面に映る月を揺らしながら考え込み、やがて回答する。

「余が治めるこの地に足を踏み入れる不敬者には普くの神罰を。それが王としての責務である。誰であろうと、我が地に侵入せんとする不届き者には余が直々に裁きの雷霆を下賜してやろう。」

「やはり、ですか。」

「フ。そう悲壮漂う面を見せるでないわ導きの者よ。しかし我が白雷、耐えうる者には相応の尊厳を認めよう。」

「なるほど。ふふ、であれば、彼らが王を打ち負かす様が見られるやもしれない、ということですかね。」

 少女はむっとした表情を見せ、唇を尖らせる。

「何を言うか。余とて王だ。貴殿の親友と違い治世も短く、虚弱にして病弱、杖が無ければ歩くことも儘ならん脆弱な霊基だが、余は余にして神、主神の現身なのだ。そう容易に敗北を喫するなど有り得ぬわ。」

「では、期待してもよろしいのですね?」

「当然だ。余は雷王であるぞ? 我が白雷に穿てぬ神性は何処にもおるまいて。」

 少年は満面の笑みを浮かべ、膝に手を当てながら立ち上がる。それを見た少女も器用に両手で左足を曲げ、右足に重心をかけて腰を上げる。

 瞬間、少女は盛大に咳込み、その場に倒れ伏してしまう。

「王!」

 少年が駆け寄ると、少女が倒れる砂塵の大地が深紅に染まっていた。

「王よ、聞こう聞こうとは思っていましたが、なぜその両脚を酷使してまで歩いて(・・・)きたのですか!」

 少女は少年の手を借りながら立ち上がり、不敵な笑みを見せながら答える。

「何を……ゴホッ。言うか。ヒトとは即ち、歩く命。グ、ゲホッ――。歩みを始めたからこそその思考は複雑化し、文明を築き、数多の過ちを繰り返しながら進化してきた種だ。ガハッ! ――余は、人の子として生まれ出でた事を誇りに思っておる。たとえ神の化身だとしても、余は常に人の子。なれば、歩もう(・・・)とするのは道理で――ゴホッ――あろう?」

 何度も喀血しながら少女は杖を拾い、口端からぼたぼたと血を零しながら前へ前へと進んでいく。その顔はひたすらに笑顔であった。

「そら、天使殺し。我らの同胞(マスター)が近く眠りに就く時刻であろうよ。余が許す。貴殿も休むが良い。」

「しかし王よ……。」

「余の事は気にするでない、王として国土を監視するは責務よ。さぁ帰るぞ、リーダー(・・・・)。」

 少年は苦虫を嚙み潰したような眼差しで杖任せにゆっくりと砂漠を歩いて帰途に就く少女の背を見つめていたが、やがて諦めたように溜息を吐き、少女を追い越して無言のまま少女を背負うと、ずんずんと砂漠を北へ北へと歩み去って行った。

 静かな月夜に、少女の慌てふためく甲高い悲鳴が響き渡った。



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末法に汀の区別なし ③

◆アーチャー
真名:???
性別:女性
筋力:E 耐久:E 敏捷:EX 幸運:E 魔力:EX 宝具:EX
スキル:対魔力A+、単独行動A、陣地作成A、カリスマB、皇帝特権B、太陽神の加護C+、神性B、ガルバニズムA、オーバーロードBなど
宝具:『???』


 エジプトは首都カイロ、観光客向けの雑貨店で見るからに粗末な造形の土産物を買うようしつこく勧誘されながら、ズーハオはここ最近に近辺地域で不審な事件が無かったかと聞き込みを行っていた。

「あー? 俺ぁ知らねぇなぁ。だからよ、この木彫りのお守りを……。」

 土産物屋の主人はそう言って眉根をひそめつつ勧誘を続けたが、ちょうどそこを通った地元民らしき通行者が二人の会話を聞いていたらしく、それについての情報を口にした。

「あら、もしかしてジャーナリストの人かしら。アレ(・・)を探してるの?」

 どうやらその女性は土産物屋の主人と知り合いだったらしく、店主は女性に対しエジプト訛りのアラビア語で短く怒声を飛ばしていたが、女性は気にも留めずに片言の英語で話題を続ける。

「南の方に住んでるいとこから聞いた話なんだけどね、最近ルクソールの方で変な建物が急に現れたんだって! ジャーナリストさんも噂は聞いてるんじゃない?」

 ズーハオの事をジャーナリストと定義して疑わない女性に感謝の意を伝え、ズーハオはその場を離れる。店主のげんなりした顔に少し清々としながら。

 

「ルクソール県……と、言えば。」

「言えば?」

「かつて……エジプト第十八王朝時代に、とある有名な、悲劇の王が……遷都をした、ばしょ。と、されている……よね。」

 ルクソール県郊外、広大な砂漠地帯の中を、ズーハオとゾーエ、エルマとそのサーヴァントたちはひたすらに歩き続けていた。元々病弱なエルマはエジプトの赫奕と照り付ける太陽に晒され、もはやクリーチャーのようにぐったりとしながらズーハオに担がれていたが、やがて一行の中で最も高い位置にあるその視界で、ある異変を捉えた。

「あ……。」

「何か見つけたの、エルマ?」

 エルマが指を向けたのは、ちょうどテーベのネクロポリスと呼ばれる史跡が存在する方向。そちらをよく注視してみれば、確かにそちらの方角から眩い黄金の光が放射されていた。

「なに、あれ……?」

 次の瞬間、雷鳴とも突風ともつかぬ爆音で、砂塵を吹き飛ばしながら少女の高らかな声が響いてくる。

 

『余の許し無く我が地へ足を踏み入れる不敬者ども!! この地を何処と心得る! これなるはウォ・セ! またの名をネウト・アメン! 余の治むる神域也! 疾く引き返すが良い! 余は寛大故、一度は許そう! しかしその足があと1キュビト以上こちらへと向こうものならば、余の名において貴様らに誅罰を下す!!』

 

「……だってさ。ズーハオ、どうする?」

 ゾーエに問われ、ズーハオは短く溜息を吐き、躊躇いもなく足をまた一歩、前へと進めた。その直後だった。

 

『よろしい! ならば執行しよう! 余の名を覚えて逝け! 余こそ太陽神アメン・ラーの化身、雷のファラオ、ディオスポリスの主、「トゥト・アンク・アムン」である!!』

 

 雷光一閃。咄嗟に跳躍したランサーが自らの槍を避雷針代わりにその雷撃を分散させていなければ、確実にズーハオ達は黒焦げの灰燼と帰していただろう。しかしその後も間髪入れずに無数の落雷が一行に襲い掛かる。雲ひとつない晴天の蒼穹から降り注ぐ無尽の真白き電雷を躱し、逸らしながらズーハオ達は眩く輝くその光の発生源へと走り出した。

 

 それは、巨大な神殿であった。ルクソール中心街に存在するカルナック神殿やイペト・レスィト神殿を複合したかのような造形をしており、建物全体がまるで太陽のように黄金に光り煌めいている。さらには、今まさに侵入しようとしている者たちを灼き殺さんと降り注ぐ純白の雷がしきりに周囲に帯電していた。

「生まれて初めて入る古代エジプトの神殿がこんなのだなんて、散々だよぉ!!」

 泣き言を叫ぶゾーエをスルーし、ズーハオは神殿内部へと足を踏み入れる。その瞬間、既に疲弊した状態のランサーが前へ飛び出し、その一撃を槍で弾き飛ばした。

「っ――!」

 しかし食い止めた時点でランサーは気付く。吸収しきれない衝撃を以てズーハオを蹴り殺さんと放たれたこの攻撃は、本命ですらないと。

「マスター、逃げ――!」

 言い切るよりも前に、ランサーの身体は大きく吹き飛び、吹き抜けになった神殿の内壁、高度数十メートルの場所に叩きつけられてしまう。落下してきたランサーをキャッチし、すぐさまにゾーエはポケットから一枚の護符を取り出してランサーの身にあてがった。

「一応マスターの命令だし、迎撃はしたけど……。どうかな、ここで退いてくれれば、僕も君たちに危害を加えずに済むんだけど。」

 そう言って巨大かつ長大な階段の中腹に着地したのは、中性的な印象を受ける外見と声音を持つ白髪の少年であった。

「……なるほど、ね。君たちが……。」

 少年はひとり頷くと、再び口を開き、すぐに前言を撤回した。

「わかった。僕がここを退こう。ほら、この先でファラオがお目見えだ。早く行くと良い。彼女、結構気が短いから。」

 階段の端へ移動し、壁にもたれかかって少年は先へ進むよう促す。

『おいこらぁ! 何をしているリーダー、そ奴らを立ち退かせぬかぁ!』

「王よ、彼らが僕の待っていた者たちです。」

『――……ふむ。』

 どこからともなく響いてくる先程の少女の声。それに対し遜りつつも意見し、少年は首でズーハオに向かって早く向かうよう示す。ゾーエとエルマは顔を見合わせるが、一休は特に気にする様子もなくズーハオを追い抜かして階段を昇り始めた。少年が立つ段を過ぎても、やはり少年は何をする様子もなくじっと一行を見守っている。

「……行くぞ、ゾーエ、エルマ。」

 それを見たズーハオもゾーエから気を失ったランサーを預かり、二人を促して前へ進む。材質は日干し煉瓦のようでありながらも微かに光り輝くその大階段を昇りきると、再び細く長く、そして天井の高い廊下が続いていた。

「……まるでピラミッドだな……。」

 そんな感想を呟きながら歩き詰め、やがて華美な装飾が施された黄金の扉の前へと辿り着く。

『貴様がリーダーの評価に値する人物か、余と余の臣下が診てやろう。許す、扉を開け、まずは余に頭を垂れよ。』

 少女の声と共に扉が重厚な音を震わせながら観音開きに開け放たれると、そこには黄金の巨大空間が広がっていた。

 

 天井は入り口の巨大階段の間や今まで歩いてきた長廊下の空間よりも高く、最奥には細長い階段の先に玉座が据えられ、その階段の下、両側に二人の少女が並んで立っていた。どちらも顔のつくりが大変よく似ており、一目で双子であると理解できる。

「へぇ、やっぱあんたっすか。」

「……。」

 両者ともに若葉色の髪を有していたが、挑発的な笑顔を浮かべる左側の少女は左目が、感情の無い表情を見せている右側の少女は右目が、それぞれ長く伸びた前髪で隠れていた。

 そして、その双子に挟まれた階段の先に設けられた玉座には、ひとりの少女が腰掛けていた。入り口からも遠く離れており、人影程度にしか見えなかったが、武術家であるズーハオには一瞬で判別できた。その少女は豪華な鎧や装飾品こそ身に着けておれど、筋肉がほぼついておらず、痩せこけていることを。

「余の神殿に許しも乞わず立ち入った罪、此度は一度忘れることとしよう。」

 玉座に座する少女の言葉は決して大きくなかったが、広間の構造の関係なのか、まるでスピーカーを通したかのように高らかに響き渡った。

「しかし余は言ったはずだ。まずは頭を垂れよ、と。」

「……悪いが、お前に用は無い。オレが話したいのはそこの双子だ。」

「ほう?」

 次の瞬間、強烈な電流がズーハオの全身を駆け巡り、堪らずズーハオはその場に膝をついてしまう。

「やればできるではないか。それで良い。なれば次は貴様の名を聞いてやろう。」

「ズーハオっすよ、雷王。ジャン・ズーハオ。」

「む、なんだカイリ。お主、この若人の輩か?」

「ははは! んなわけないじゃないっすかぁ! それに、こいつも馴れ合いのつもりでここに来たワケじゃないと思うっすよ?」

 痺れる五体に鞭打ち、苦悶の顔を見せながら立ち上がるズーハオをにやにやと眺めながら、左目を隠した少女は指の骨をバキバキと鳴らし始める。

「好戦的なのはリーダーのマスターとしても心強い限りではあるが、余の神殿を台無しにしてくれるなよ?」

「あったりまえっすよぉ! まっかせてくださいっす!」

 左目を隠した少女は玉座に座る少女へひらひらと手を振ると、右目を隠した少女と共にズーハオの方へと近付いてくる。ズーハオも全身の痛みに耐えながら、双子へと接近していった。

「ズーハオぉ、お前モテるようになったなぁ! 昔は女の『お』の字も無かったのになぁ!」

「……っ、偶然だ。本意ではない。カイリこそ、随分ととっつきやすくなったじゃないか。昔はジャパニーズマフィアの下っ端みたいな荒れ様だったのにな。」

 そのズーハオの一言に、左目を隠した少女は苛立ったように眉を吊り上げる。次にズーハオは、右目を隠す少女に向かっても挑発を飛ばした。

「おいセイル、お前まだ英語が喋れないのか? 脳みそまで筋肉なのは良いことだが、魔術師として少しは勉学にも精を出したらどうなんだ?」

 瞬間、右目を隠した少女の蹴りがズーハオの顎を抉らんと繰り出される。咄嗟にそれを躱し、ズーハオは距離を取って決闘を行う騎士のように名乗りを上げた。

(ジャン)梓豪(ズーハオ)! 藍燕武術道場の総本家張家当主として、貴様らに引導を渡しに来た! お前たちが鍛錬を怠っていないか、見せてもらうぞ!」

 それに呼応するように、双子も名を名乗る。

「上等っすよ、『三塚月(みつかづき)カイリ』、姉共々現当主殿をボッコボコにしてやるっす!! 師範格を相手に二人掛かりを卑怯とは言うまいっすねぇ!?」

「……『三塚月セイル』……オマエ、コロス……!」

 流暢な英語を話す妹のカイリと、片言の英語を扱う姉のセイル。二人は同時に飛び出し、ズーハオを捻じり殺さん勢いでその拳を振りかぶった。

 

「で。」

 玉座の隣に正座し、どこからともなく取り出した茶器を用いて雷の王を自称するファラオ、トゥト・アンク・アムンに緑茶を振るまいながら、一休は問答を始める。

「王様ちゃん、あの男の子千里眼持ちでしょ? じゃあ知ってる(・・・・)んじゃない?」

「……呼び方も話し方も不敬極まりないが、ニホンの茶の美味さに免じて許そう。して……そうだな。リーダーは確かに千里眼スキルを持っている。神の啓示を聞き、無辜の民を約束の地へ導いた聖者だ。相応しいと言えよう。」

「じゃあさ、どうしてこんなことをするの?」

 一休は、階段の下で激しい格闘戦を繰り広げるズーハオと三塚月姉妹を見下ろしながら問う。

「……試練だ。」

「ふぅん。必要なんだ。」

「言わずとも貴殿には理解できよう。」

「王様ちゃん、優しいのね?」

「フ。余は嬉しいぞ。余の寛大さを理解し得る人物がリーダー以外におろうとはな。」

 傍から聞いていれば、何を言い合っているのかさっぱりわからないようなやり取りも、両者にとっては立派なコミュニケーションとして成立している様子だった。

「それじゃあ、王様ちゃんがこれからすべきことも……わかってるんじゃない?」

「……貴殿にはどうも労りの心が足りていないようだなぁ?」

「うふふ、よく言われるー。ま、誰でも死にたくないもんなぁ。英霊だって同じよ同じ。二度目の人生はもっと有意義に生きたいよなぁ。でもねぇ王様ちゃん、人間誰だって使命ってモンがあるんだわさ。」

「余の肢体を見てもまだ言うか。」

 露出の多い鎧のあちらこちらから覗く痩せて骨の浮き上がった体躯を指し示しながら、雷のファラオは憎々しげに一休を睨む。既に一休の周囲の空気には純白の電気が漂っていたが、一休は気にする様子もなくにこにこと微笑んでいる。

「……。」

 はぁ、とひとつ溜息を吐き、ファラオは一休に答えを訊ねる。

「余は、具体的に何をすれば良い。」

「そうだねぇ……。」



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スマートタワー・ラビリンス ①

◆セイバー
真名:アルトリア・ペンドラゴン[レイヴン]
性別:女性
筋力:A 耐久:B 敏捷:A 魔力:A 幸運:A+ 宝具A+
スキル:対魔力A、直感A、騎乗C、魔力放出A、カリスマB+、変化B、騎士王の化身A、処刑見届け人A+、黒鴉A、竜国の守護者EX
宝具:『王威守護せし勝利の剣(エクスカリバー・レイヴン)』
→ブリテン、ひいてはイギリス王の威光の顕現であり、有史以降このブリテンの地を統治してきた全ての『王』の栄光を魔力に置換し、熱エネルギーとして放出する対軍宝具。
『???』
→未だ謎に包まれたセイバー[レイヴン]の第二宝具。ブリテンの守護者としての側面を体現する宝具のようだ。


 内部は至ってシンプルなホワイトカラーを基調としたモダンスタイルな内装で纏められている。ドバイの名に恥じない、昨今一部の巷で徐々に話題になりつつあるスマートライフ用の高性能な調度品が取り揃えられており、床も壁も汚れひとつない小綺麗な空間が広がっていた。

「凄い……まるでカルデアの内装みたいにピカピカだ……!」

 呆気にとられる藤丸を放置し、クロウとレイラは感じた違和感について話し合う。

「なぁ、ドアくぐった瞬間にリビングってのは、ドバイの流行りなのか?」

「それは流石に……。ねぇクロウさん、ところで気付いたかしら。」

「何だ?」

 レイラの問いを理解していない様子のクロウの肩を叩き、セイバーがリビングの奥を指で指し示す。クロウがそちらを注視してみれば、そこにはひとつのドアがあった。

「……ドアだな。」

「さっきこの建物の外周をぐるっと見て回ったけど、あのドアの先、多分壁よ。」

「はぁ?」

 話を聞いていたマシュが早速そのドアに近寄り、ドアノブを捻って引き開ける。そこには確かに、純白の壁面が立ち塞がっているだけで、ドアはドアとしての役割を果たしていなかった。

「……なんだ、それ。」

「マシュ、もしかしてこれって……。」

 藤丸の意図を察したのか、マシュはひとつ頷いてリビングの奥へと消えていく。

「どうしたんだ、リツカ?」

「うん。俺はこの状況に覚えがあるんだ。一度こういう空間を踏破したことがあってね。あの時はひたすら下へ下へ、奥へ奥へと進んで行ったけど……。今回は上へ上へ、みたいだね。」

 駆け足で戻ってきたマシュが、今度はまた別の方向へと去っていく。今度は先程よりも短い時間で藤丸の元へと帰ってくると、やはり、と報告を口にした。

「このリビングの奥に上方階層へ続く通路――階段や梯子の類を確認しました。恐らくですが、すべて別の階層へと接続されています。」

 そこへ、玄関をくぐってジャクリーンとアサシン、ボドヴィッドが建物内に入ってくる。

「随分遅かったな?」

 クロウの素朴な疑問に、ジャクリーンは自慢気な笑顔で「まぁな」と返す。アサシンを睨むボドヴィッドはあからさまに機嫌が悪く、アサシンは放心と諦観の入り混じった苦笑を浮かべていた。

「ライダーはどうしたの? ジャクリーンさん。」

「あいつは万が一に備えてアケローン号のメンテナンスさ。この建物からの緊急脱出手段にも使えるからな。いざって時に動いてくれなきゃ困るだろ?」

 ジャクリーンに感謝の言葉を述べると、それじゃあ、と藤丸は今後の方針について提案を挙げる。

「ひとまずはこの建物を調査しよう。人数もいるし、何組かに分かれよう。マシュ、マスターのみんなに通信機を。」

「はい!」

 元気な返事と共にマシュは手にしていた巨大な盾の内側から小型の通信機を複数取り出し、クロウ達マスター陣に手渡していく。しかし途中で足りなくなってしまったようで、レイラの分がなくなってしまった。

「じゃあ、おれの分を使うといい。」

「ジャクリーンさんはどうするの?」

「おれは手元にサーヴァントがいないただの魔術師だからな。クロウについていくさ。」

 ジャクリーンはマシュから受け取った通信機をレイラに渡すと、軽やかな足取りでクロウの腕に抱き着く。

「それが目的ね……。」

 ぽかんとする藤丸、赤面するマシュと呆れるレイラに見つめられる中、初心な反応を見せるクロウの腕にすりすりと頬擦りを続けるジャクリーン。ボドヴィッドはと言えば、付き合っていられないとばかりに早々にアサシンを引き連れてリビングを去ってしまっていた。

 

 レイラと共に複数の階層を調べていたが、どうにも鍵となりそうな事物は見当たらなかった。途中、何度かどこへも繋がっていないドアや階段、梯子、廊下も存在しており、さながらにこの建物の内部は迷宮かのような様相を呈している。

「あら?」

 レイラが何かを見つけたらしい。そちらへと向かってみれば、レイラはひとつの階段の下で立ち止まっていた。階段の下には鳥類の物と思しき青色の長い尾羽が落ちている。

「建物の中に鳥の羽……? 生贄用にでも飼育していたのかしら?」

 レイラは臆する様子もなくその階段を上がっていく。その後ろを慌ててついていけば、レイラの肩越しに信じられないような景色が目に飛び込んできた。

「そんな……建物の中、なのよね……!?」

 それはやや広めの庭園だった。天井も白ければ壁も白いが、確かに踏みしめる床は土であり、木々が自生し、野草や花々が茂り、小鳥の囀りが響いていた。それもスピーカーなどから聞こえてくるものではなく、正真正銘本物の野鳥が庭園の中を飛び交っている。

 窓からは遠くドバイの高層ビル群が見え、その中でも一際目立っていたのは、つい数年前に開業したばかりの世界一の高さを誇るビル、ブルジュ・ハリファだ。

「……なんだか、懐かしいわね。」

 背後で聞こえたレイラの声に振り向けば、レイラは花園の中に腰を下ろし、行き交う蝶を見つめていた。彼女を取り巻いていた黒靄も実体を取り戻し、漆黒の長躯を持つ巨人が出現する。バーサーカーはまるで幼子のようにふわふわと舞う蝶を追いかけ、庭園の中をうろうろと歩き回る。

「ふふ、バーサーカーも懐かしくなった? ……モスクワの春なんて、他の国からすれば冬みたいなものらしいけれど。わたくしたちにとっては、暖かくて気持ちが良くて……よく、一緒にお花畑で遊んだわよね、バーサーカー?」

「■■■■■■――!!」

 相変わらず、バーサーカーは意味を成さない咆哮しか叫ばない。しかしレイラにはその意味がわかっているようで、にこにこと笑っていた。

「もう二十年……三十年近く昔の話だものね。わたくしの肉体も成長を止めて久しいけれど、バーサーカーはずっと覚えていてくれるのね。……うれしい、わ。」

「■■■■■■■■■――?」

「ふふ、それを言ったらおしまいよ! ……そっか。もうあの出来事も三十年前、か。バーサーカーは覚えてる? わたくしが、アインツベルンの総意から逸脱した日のこと。」

 知らない。レイラの過去は終ぞ聞いたことが無かったがゆえに、その話題に聞き耳を立ててしまった。

「……本家が、命の聖杯を模造しようとした事件、覚えてる?」

 約六十年以上前、アインツベルンは命の聖杯を模造し、小聖杯としてイタリアのとある農村地方で聖杯戦争を執行しようと画策した事件があった。結局それは失敗に終わり、出来損ないの聖杯は廃棄された、とされていた。

「バーサーカーのそのカラダの元になった都市伝説のスキルのおかげで、わたくしはあの倉庫を見つけることができた。……命の聖杯に限りなく性質を似せるための手順。結局、本家は何も諦めていなかった。大量の(・・・)子供たちを冷凍(・・・・・・・)して魔力源にする(・・・・・・・・)だなんて。勿論、自家製のホムンクルスだって過剰投入されていたわよ? それでも……あの聖杯を起動させるにはあまりにも供給と消費が間に合っていなかった。だからこその純粋な魔力塊である子供を供給源にするのは理に適っていると言えるわ。」

 でも、とレイラは表情を曇らせる。バーサーカーは悲しげな表情のレイラの頭をぐしゃぐしゃと強く撫でると、足元に咲いていた赤色の花を引き抜き、土も払わずにレイラにそれを差し出した。

「あはは、慰めてくれるの? ……大丈夫よ、バーサーカー。あの一件があったからこそ、わたくしは聖杯という存在を毛嫌いするようになった。十年前の冬木の聖杯戦争だって、わたくしに手段さえあれば行って聖杯を破壊してやりたかったわよ。……まぁ、結局エルメロイの当主代理様とトオサカの鉄砲娘が破壊してくれたんだけどさ。」

 レイラの視線は窓の向こうに広がる大都会に向けられていたが、その目にはもっと別の景色が映っているように思えた。

 ふぅ、と一息吐くと、レイラは立ち上がり、真白のドレスの臀部から汚れを手で払う。バーサーカーが再び黒靄へと姿を変え、自身の周囲に纏わりつくのを確認すると、レイラは庭園の部屋を後にする。奥に設けられていた階段が上層へと続いていることを確かめ、次の階へと上がっていく。

 わたくし(・・・・)は、ただそれをずっと見守っていた。

 

もっと、ふえなきゃ。

もっと、つくらなきゃ。

もっと、あつめなきゃ。

もっと、そなえなきゃ。

いきる(にげる)ために、いきる(まもる)ために、いきる(すくう)ために。

 

 いつの間にか、ボドヴィッドは吹雪の舞う廊下を歩いていた。床は積雪へと変わり、目の前がハッキリと視認できないほどのホワイトアウトに襲われている。

「――だが。」

 けれど、ボドヴィッドは迷うことなく分岐点の多く存在しているその廊下を迷うことなく突き進む。どこからその確信が来るのかはわからないが、とにかくボドヴィッドには確たる目的地と、そこへの行き方がわかっている様子だった。

「なんだ怠け者(オレ・ライスカ)、まるで地元の森でも歩いているような歩き方じゃねぇか。」

「その通りだ死神様。何の悪巫山戯かは知らんが、この森は私の生まれ故郷の森そのものだ……!」

 右折。左折。直進。ボドヴィッドはひたすらに、アサシンを引き連れてどこかへと辿り着こうとしていた。

「何を焦る、怠け者(オレ・ライスカ)。」

「焦る……焦っているのか、私は?」

「あたいにはそう見えるがね。」

 ボドヴィッドは立ち止まり、不思議と冷たさを感じない吹雪の中で大きく息を吸う。

「――死神様、私の昔話に興味はあるか?」

「へぇ、自分語りとは珍しいな。吹雪が晴れるか?」

「抜かせ。」

 ボドヴィッドは再び足を踏み出す。しかし今度は駆け足ではなく、ゆっくりと、噛み締めるように歩き出す。アサシン共々、そんな彼の背中を追いながらボドヴィッドが語り出した物語に耳を傾けた。

「……私は元々、魔術に一切興味がなかった。」

 それは、一人の男の思い出話。魔術師を嫌い、魔術を嫌い、狩人として生涯を終えようと決意したはずの青年の末路。中年になり、何の因果か祖国の英雄を召喚し、生き残ることに貪欲に、命を守ることに強欲になった、ある一人の男の物語。

 ――()の、物語。



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スマートタワー・ラビリンス ②

◆???
真名:???
性別:???
筋力:E 耐久:A+ 敏捷:E 幸運:E 魔力:EX 宝具:EX
スキル:陣地作成EX、道具作成EX、大量生産A、無辜の怪物D、変化A+など
宝具:『???』


 ひとりぼっちのわたくしは、父様にも母様にも会ったことがない。人間とホムンクルスのハーフであるという事だけは知っている。でも、そんなものだと割り切っていた。純粋無垢な怪物が目の前に現れるまでは。

「わたくしの隣に、いてくれるの?」

 

 私は魔術が嫌いだった。魔術に傾倒する祖父が嫌いだった。父が嫌いだった。そしてそんな祖父や父に心酔する祖母や母が嫌いだった。だが、偶然に偶然が重なり――私は、マスターとなってしまった。

「ようボウズ。あんたがあたいのマスターか?」

 

 裕福な家庭に育った。何不自由なく育った。才能にも恵まれた。父母や兄姉からの愛も一般的な家庭以上に享受していた。それでも、おれは一度経験してしまった。後付けの理由。今までのおれが、これからのおれへと変貌した、叛逆の根拠。

「ジャック、露払いは俺がするさ! お前は真っ直ぐ前だけ見てな!」

 

 ボドヴィッドが突き進む森の景色は先程から何も変わり映えしない。だというのに、ボドヴィッドは分かりきっているかのように迷いなく進んで行く。

「魔術師の子供として生まれた事は小さな頃から自覚していた。だが、幼少の時分からそれを私は『気持ちの悪いこと』として認識していた。」

「へぇ、何が気持ち悪いんだい。生贄か? 呪術か? 儀式か?」

「全部だとも。」

 ボドヴィッドは自嘲気味に笑う。その認識が魔術師の子孫として間違っていることは自覚しているのだろう。

「フィンランド式の魔術なぞ、ほとんど曰く付きの呪術だからな。他の地域の魔術に比べれば、とにかく胡散臭かった。」

「おい、同郷にエーデルフェルトがあるだろう、お前。殴られるぞ。」

「ハッ、エーデルフェルトの家名が何程のものだ。」

 ボドヴィッドはそう言って一笑に付すが、しかし。

「……おい、怠け者(オレ・ライスカ)。お前が本当に魔術に興味がないことは痛いほどよくわかった。」

「あん?」

 アサシンはその事実を淡々とボドヴィッドに突き付ける。

「ランデスコーグは祖をエーデルフェルトと同じくする宝石魔術の名門だぞ。」

 ボドヴィッド・ランデスコーグの名は伊達ではない。その真実は、ボドヴィッドの足を硬直させるには充分すぎた。

「……は?」

「お前……少しは疑問に思わなかったのか? お前が弾丸に魔力や魔術を浸透させる術式との親和性が異様に高かったことに関して。あれは宝石に魔力を籠めるアクションと似通っているからだぞ。」

「……そういう、才能だと。」

「お前の血統が元からそうなんだよ。」

 アサシンは大溜息を吐く。ボドヴィッドもらしくもなくしどろもどろになりながら再び歩き始めるが、やはり動揺しているのか足取りはふらふらと覚束ない。

「それで? 魔術が嫌いなボーディー少年はどうしたんだよ。」

「……家出しようと思った。」

「あぁなるほど、それでああなったわけか。」

 何かに納得したように、アサシンはしきりに頷く。そうこうしていると、二人は一軒の小屋に辿り着いた。その近辺にはぽつぽつと血の痕跡が白銀の大地にシミを作り出しており、その血痕は小屋のドアの方へと続いていた。

『うるさい! うるさい! オレは……オレは普通の人間として生きたいんだ! 自由はないのか!? オレはっ……オレは自由が欲しかっただけなのに! こんな……ところで……!!』

 

 ボドヴィッドの目の前で、ボドヴィッドが倒れている。ボドヴィッドは気分の悪そうな表情でネクタイを引き締め、じっとその光景を見つめる。

『オレはまだ死ねない……こんな理不尽が日常茶飯事な魔術の世界になんかいられるか! オレは生きていたいんだ! 平和な世界で、欺瞞と偽善に満ちた平穏を享受したいんだ!』

 年の頃は恐らくティーンエイジャー。おびただしく流れ落ちる血液は、ボドヴィッド少年の最期が刻一刻と近付いていることを如実に語っていた。壁際に追い詰められたボドヴィッド少年の目の前には、ひとりの槍兵が血濡れの細槍を携えて立っている。

『不必要と断定すれば……我が子すらも手に懸けるような奴らに殺されるなんて! オレは……オレはまだ……!』

『残念だったな、小僧。俺もあんまりこういうことはしたくねぇんだ。我が子殺しの片棒担ぎなんてよ。ま、マスターの命令なんだ。不運だったと思っていい加減諦めてくれや。』

 その小屋自体が魔術工房であるなどとは、当時のボドヴィッド少年も考えていなかった。否、考える暇も余裕もなかった。だからこそ、視界の端で突如放たれた柔らかくも鮮烈な光に驚愕し、そしてそれはまた、槍兵も同じであった。

『チッ、つくづく俺は序盤で獲物を逃がす呪いにかかっているらしい――っ!』

「ほぉら始まった。私の人生を狂わせた張本人のご登場だ。」

「ひでぇ言い種。」

 フィンランド陸軍の旧式の軍服にウシャンカを被り、手にはバレルの短くなったモシン・ナガンとスオミの短機関銃を握ったその小さな英雄は、槍兵に威嚇射撃を行い、小屋の外へと追い出す。その際に槍兵が叩き割った窓からモシン・ナガンの銃口を突き出すと、躊躇する様子も見せずに宝具を放った。

『――「白い死神(ワルコイネン・クォレマ)」ッ!!』

『ほぉ、そっちがそのつもりってんなら……!』

 しかし、槍兵の朱槍が輝きを増すより速く、その五体に無数の風穴が発生する。だが、それもまた威嚇。五百四十二の死をもたらす弾丸は前座に過ぎず、白き死神の真髄は次の一撃にあった。

『……「為すべき事を、死力を以て為すのみぞ(ワルコイネン・クォレマ)」。』

 必中必殺。あらゆる魔術的、物理的障壁を貫通し、命中した対象に『死』を与える宝具。死を知る者にしか通用しないという欠点はあるが、今一瞬の事態を打開するには最適解ともいえる選択であろう。ボドヴィッドやアサシンの目の前で、槍兵の肉体は一条の漆黒の弾道に貫かれ、その場で蒸発するように瞬時に座へと帰還してしまった。

『……きみ、は……。』

 ボドヴィッドの目の前で、ボドヴィッドは問いかける。アサシンの目の前で、アサシンは答える。

『ようボウズ。あんたがあたいのマスターか?』

『マス……ター……?』

 ボドヴィッドはそれ以上その光景を見続けることを厭うように小屋から足早に外へと抜け出す。仕方がない、とでも言いたげな表情でそれについていくアサシンの背中を追うように小屋を出ると、吹雪は止み、快晴の青天井が高く高く続いていた。

「もう三十年は前の話になるか。」

「あぁ。長い付き合いだよ、あたいらは。」

 ボドヴィッドは胸ポケットから煙草を一本取り出し、慣れた手つきでそれに火をつける。呼出煙を天へ目掛けて吐き出しながら、遠い目で薄く広がる白雲を見つめ、ボドヴィッドは再び来た道を戻り始めた。

「良いのかい?」

「ここは行き止まりさ。過ぎたことを思い出しただけの道だ。ここに前へ行く道はねぇ。」

「口調、砕けてるぞ。」

「……。」

 『今は非日常だ』と自分に言い聞かせるために使うようになった喪服の如きスーツと堅苦しい語調。それもまた、ボドヴィッドをボドヴィッドたらしめている要素だった。

「……死神様。」

「あんだよ。」

「――いや、何でもない。忘れてくれ。」

「何だよ、気になるじゃねぇか!」

 意地悪そうに笑いながら、アサシンはボドヴィッドの脇腹を肘で小突く。それに対して憤慨しながらも、ボドヴィッドはどこか嬉しそうに笑顔を浮かべていた。二人の狩人は、互いに笑い合いながら、蒼穹の下続く雪道を並んで歩き去っていく。

 去っていく。どんどんと小さく、()を置いて、去っていく。

 

 振り向いた瞬間に、それ(・・)はさっと姿を隠してしまう。

「……クロウ、気付いてるか?」

「何にだ?」

「尾行されてるぜ。」

「!」

 ジャクリーンの警鐘に、クロウの表情も引き締まる。見れば、隣を歩くセイバーの手にもいつの間にか不可視の嵐が握られていた。

「……敵意は感じられない。どうする、マスター。」

「正体は気になるけど……何もしてこないのなら、放っておいても良いんじゃないか?」

 クロウの回答に両者ともに頷き、再び迷宮の中を手探りで前進し続ける。相変わらずジャクリーンはクロウにべったりであったが、不思議とクロウも最初ほどジャクリーンを拒絶するような感情は薄らいでいた。

「……なぁ、クロウ。」

「なんだよ。」

「おれが思うにさ。この建物は、入った人間の過去を見る固有結界みたいなモノなんじゃないかな。」

 黙って発言を見守るクロウとセイバーに対し、ジャクリーンはまるでその空間の間取りがわかっているかのように真横にあったドアを警戒もせずに開け放つ。

 そこには、オレンジ色の長い髪を持った、ひとりの幼い少女がいた。

「ほらな。」

 哀しそうな目で少女を見下ろすジャクリーン。少女にジャクリーンは見えていない様子で、一言も発さずにひたすら分厚い魔導書を読み耽っている。

「こいつは昔のおれ。……多分、七歳か八歳くらいのおれじゃないかな。」

『ジャック? お勉強は進んでいる?』

 ふいに、ジャクリーンの背後から平均的な身長よりもやや高いそれを持った背筋の正しい女性が部屋へと入ってくる。ジャクリーン少女は鷹揚な返事でそれに応えながら、ひたすらに魔導書を読み進める。

『ジャックがきちんとお勉強してくれて、私もあの人も嬉しいわ! もっともっと、たくさんお勉強して、もーっと素敵な魔術師になってね?』

『うん……。』

「……期待されてた。」

 ぽつりと、ジャクリーンはこぼす。

「才能があったからな。『向こう』のおれは才能もないただの魔術使いだったけど、『こっち』のリッジウェイは天文科のそれなりな権威。そんな家の才女として、次期当主として育てられたんだ。……不満はなかったぜ。『そういうもん』だったからな。」

 言い残して、ジャクリーンは部屋から出ていく。先へ進んで行くジャクリーンの背を追いながら、クロウは訊ねた。

「じゃあ、どうして今のお前はそんなにも……『らしくない』んだ?」

「魔術師っぽくないってことか? ……はは、全部お前のせいだよ。」

「俺の……?」

 ジャクリーンが見向きもせずに通り過ぎた、開け放たれたままのドアの先には、かつてクロウも目にしたノイエ・グラーフZのブリッジが広がっていた。

『本当に……見守るだけで、いいのかな。』

『どうした、マスター。』

『おれ、何かモヤモヤするんだ。クロウはさ、痛みに慣れすぎてる気がする。あいつ、本当はそんな、強い人間じゃない……ような、気がするんだ。ただ、何度も何度も痛い思いをして、それが普通だって勘違いしているような気がするんだ。おれ――。』

 過去のジャクリーン、ジャクリーンの記憶の中のジャクリーンは、クロウの事など認識していない。増してや記憶の中の存在が現在の人間を感知するなど、あり得ないはずなのだ。それでも何故か、クロウにはその『ジャクリーン』が自分の方を真っ直ぐに見つめている気がした。

『おれ、あいつのこと――ほっとけないよ。』

「――その先は、お前にも話した通りだぜ。」

 立ち止まっていたクロウに、ジャクリーンは柔和な微笑みを浮かべて先へ進むよう促す。クロウはドアを閉め、小走りでジャクリーンの隣に追いつくと、やや押し黙り、ジャクリーンの名を呼んだ。

「……ジャック。」

「ん?」

 唐突に起きた出来事に、ジャクリーンは一瞬ぽかんとした表情になってしまう。クロウがジャクリーンに抱き着いてきたのだ。何回も瞬きを繰り返して、クロウの背中をぎこちなく撫でる。

「く、クロウ?」

「わからない。俺にはわからない。愛されたことも、愛したこともない俺にはわからない。でも、……ジャックは、俺を愛してくれている、気がする。」

「……なんだよ、今更気付いたのか? 仕方のない奴だな。」

 気を利かせて二人に背を向けるセイバーに内心感謝しながら、しばらくジャクリーンはクロウを宥め続けた。

 それ(・・)も満足そうな顔をして、その場を去っていく。何となく、ジャクリーンにはそれ(・・)の正体もわかった気がした。



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スマートタワー・ラビリンス ③

◆ランサー
真名:???
性別:???
筋力:C++ 耐久:C+ 敏捷:A 幸運:D 魔力:A+ 宝具:C++
スキル:対魔力B、心眼(偽)B、魔力放出A、純盲槍装A+など
宝具:『???』


もっと、ふやさなきゃ。

もっと、ふえなきゃ。

もっと、つくらなきゃ。

もっと、つくらせなきゃ。

もっと、あつめなきゃ。

もっと、あつめさせなきゃ。

もっと、そなえなきゃ。

もっと、そなえさせなきゃ。

 

 もっと、もっと、もっと、もっと――もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと。

 いきる(にげる)ために。いきる(まもる)ために。いきる(すくう)ために。いきる(つたえる)ために。いきる(つなげる)ために!

 

「よう、お嬢さん。」

 最初にこの部屋に辿り着いたのは、アサシンの霊基をあてがわれた幼女の姿のシモ・ヘイヘと、そのマスターであるボドヴィッド・ランデスコーグでした。私は口を付けていたカップをソーサーの上に静かに戻すと、見るからに田舎生まれ田舎育ちな風体の二人へと視線を向け、次の言葉を待ちます。

「いい趣味してんな、あたい、こういう家は好きだぜ。随分と住みやすそう(・・・・・・)で。」

「あはははっ! 吐き出す冗談もまるで品がないのですね!」

 心底から面白みのない反吐の出そうなそのお世辞を一笑に付すと、シモ・ヘイヘは私の正体について聞いてもいないのに推論を語り出します。

「なぁ、この家よぉ、どこの廊下、どこの部屋にも銃が飾ってあったよな? ……あれ、ウィンチェスターだろ?」

 確信をわざわざ確認してくるなんて、本当に愚か。ならばそれに答える義理などありはしないでしょう。私は再びカップを手に取ります。

「……いい加減、何を企んでるのか話せよ、ウィリアム・ワート・ウィンチェスター。」

 ――……。

「特にさしたることは企んでいませんよ。私は生きていたかったから、生きるために必要なことをしていたまでの事。」

 そう、私は単純に、生きていたかったのです。呪いも霊基も関係なく、召喚され、第二の生を授かったからには、たとえ仕えるべき主を失ったとしても今度こそ健やかでささやかで幸せな生活が送りたいだけ。それを捕まえて悪企み呼ばわりとは、これだから田舎の芋兵士は。『芋・兵ヘ』とでも改名してしまいなさい。

「生きるためにどうしてあたいらの記憶なんか見る必要がある。」

 ――……。

「個人的に必要だから、と言って貴方は納得しますか?」

「納得しねぇことはないな。『個人的』って言葉は何にも勝る最強の刃だからな、ことこの時代に限っちゃ。」

「それに、自らの過去を見たことで心境の変化があった……だなんて、安っぽい映画のようなことも、無かったわけではないのでしょう?」

 人間というのはとてもわかりやすく、そして愚かな生き物。少し過去を振り返っただけで自らの現在を見つめなおしてしまう単純な生物。嗚呼、それが進歩の妨げになっているとも知らずに!

 えぇ、確かに過去のデータを参照して戦略を練ることは大変に重要なこと。ですが、在りし日の記憶は参照すべきデータではありません。むしろ大事な戦局において重大な判断ミスを引き起こしかねない不要な事物。そんなものを見て自己の在り方を省みてしまうというのだから、人類というのはなるほど稚拙な知性体です。

「そうだな、あたいと怠け者(オレ・ライスカ)がとんでもない腐れ縁だってことは再確認できたぜ。」

「ランデスコーグさん!」

 次にこの部屋に辿り着けたのは、アインツベルンのお嬢様とそのサーヴァント――何でしたっけ、このバーサーカー。インターネットミームの怪物、とか。幻霊ではありませんか。なるほどそれを立派に運用してみせるのだからアインツベルンの名折れではなさそうですね。

「貴女は……。」

「こいつぁわかってるだろうがサーヴァントだぜ、嬢ちゃん。恐らく真名はウィリアム・ワート・ウィンチェスターだ。」

 ――……。

「ウィリアム・ワート・ウィンチェスター……なるほど、この家自体が宝具ってことなのね?」

「推測だがな。」

 紅茶を一飲み、私は無言で雑物たちの情報交換を聞き流しながら、手元に置いておいた推理小説を手に取って開き、栞を挟んだページから読み進めはじめます。

「おい、ウィンチェスター嬢。」

 読書をしている人間に配慮もなく声をかけるとは。これだから兵士というのは勝手が良い。

「あんた、道中あたいらを視てた(・・・)だろ。」

 ――……。

「あ、二人も気付いたの?」

「気配的には怠け者(オレ・ライスカ)に近いんだがな。どうにも違う。」

「それなら、おれたちも感じたぜ。」

 最後にやって来たのはクロウとジャクリーン、クロウのサーヴァントである騎士王でした。この二人に関しては個人的に怒りたいことがあるのですが、まぁそれは今でなくとも良いでしょう。

「あれは明確におれ(・・)だった。おいサーヴァント、おまえは一体何がしたいんだ?」

 ――……何が、したいか。

「貴方がたは少々勘違いをしている。その証左が今こちらへ向かっているので、それを待っているのがよろしいかと。」

 真実は時に残酷です。特に、この真実は。

 ねぇ、皆様。皆様は、『自分が本当に自分である』と胸を張って証明できますか?

 

「か、えせ……っ! わた、しの……からだっ……!」

 シックな色調のドレスを身に纏った淑女の姿のサーヴァントが待っていた部屋へと入ってきたのは、ボドヴィッドであった。その姿は半透明であり、まるで霊的な存在のようであった。

「なッ……!?」

 そう、この瞬間、この部屋の中には二人のボドヴィッドがいることになる。アサシンの隣で無言を貫いていたボドヴィッドと、半透明になってしまっているボドヴィッド。半透明のボドヴィッドは苦しそうに前へ前へとふらつきながら前進し、やがて実体を持ったボドヴィッドの肩に掴みかかる。

「おま、えは、にせもの、だ! わた、しの……からだ、を! かえ……せ!」

「何を……! 私が偽物だという客観的な証拠があるとでもいうのか!」

 らしくもなく声を荒げる実体のボドヴィッド。他の面々も判断のしようがなく、硬直しているしかなかった。

 

 少し休もう、というジャクリーンの提案で、クロウとジャクリーンはもはや地上何階かもわからない階層の一室で休憩を取っていた。セイバーは部屋の前で待機している。

「……クロウ、おれが気付いたことを言ってもいいか?」

「なんだ?」

「……たぶん、おれたち偽物(・・)だ。」

 唐突な憶測に、クロウは面食らってしまう。

「どういうことだ?」

「クロウ、部屋のドアを開けてセイバーをしっかりよく見てみろ。」

 言われた通りクロウは小走りで部屋のドアを開け、ドアの前に立っているはずのセイバーを確認しに行く。しかしそこにセイバーはおらず、セイバーの影だけが壁にペンキをぶち撒けたかのようにべっとりと染みついていた。

「な――!?」

「クロウ、一度戻ってきてくれないか。」

 ジャクリーンに呼ばれ、クロウはドアを閉めてジャクリーンが腰掛けていたベッドの上に戻る。

「おれの固有魔術は『星躯同期(スターゲイズ)』だって言ったよな。あれの本来の用途は『星が出ている間、自分の分身を生み出してその存在を星の輝きと同期させる』っていう魔術なんだ。選ぶ星によって魔力量もピンキリだからあんま乱用はできないんだけど、おれには今唯一のアドバンテージがある。」

「つまり?」

「ライダーだ。あいつはおれが地球(・・)と同期させて顕現させてる。地球だって星だからな。あいつが現界している限り、おれの脳内では分身とおれの並列処理が行われてる。でも、おれとライダー以外にもう数体、おれが生み出してない分身がいるんだ。おれから生じているモノだってのはわかるんだけど……。」

「待て、地球と同期させてるって……それって、聖杯と同期させてるってのか!?」

「違う。地球って言う存在だ。表層的な意味だよ。知名度っていうのかな。……そこは今どうでもいいだろ。問題は、その『おれが生み出してないおれ』のうちの一体に『星躯同期(スターゲイズ)』の主導権が譲渡されてるってことなんだ。」

「だから……俺たちが偽物、ってことなのか……。」

「断定はできないさ。おれたちだってこうして実体を持ってるしな。『星躯同期(スターゲイズ)』で生み出した分身には実体がないから。」

 そう言って、クロウの体に全力で抱き着くジャクリーン。確かにその体には感触も温かみもあり、実体がないようには思えなかった。

「今はどうすることもできないし、ちゃんと休んでおこうぜ。」

 ジャクリーンはぱたりとベッドの上に大の字になって横たわり、クロウにも寝転がるよう手招きする。素直にそれに応じて横になると、クロウは何かを考え込むような表情を見せた。

「……悩んでも仕方ないさ。ちゃんと休めって。歩きっぱなしで疲れただろ。……ほら。」

 クロウの頭を抱きかかえ、ジャクリーンは優しく何度もその後頭部を撫でてやる。それでも難しい面持ちを崩さないクロウに対し、ジャクリーンはその理由を訊ねた。

「……なぁ、ジャック。頼みがあるんだ。」

「なんだよ改まって。おれでいいなら何でもするぜ。」

 直後、クロウが言い放った一言に、ジャクリーンは耳まで真っ赤に赤面し、

「何でも……とは言ったけどさぁ……。」

 と呟くのだった。

 

「すごい……カロンさんの言った通りだ!」

 驚く藤丸とマシュの前には、シックな色調のドレスを身に纏う淑女が座っていた。

「どうして……どうしてわかったのですか!」

 淑女は慌てふためいた様子で、藤丸に対し糾弾する。

「私もマスターの魔術が無ければわからなかった。単独行動をしろというマスターの意図がここに来てようやくわかったからな。さて、『サラ・ウィンチェスター』。ここが一体何を目的とする施設なのか教えてもらおうか。」

 真名を看破されたサラ・ウィンチェスターは観念したように溜息をひとつ吐き、この奇妙奇天烈な塔について語り出した。

「ここはウィンチェスター・ミステリー・ハウス。私ことサラ・ウィンチェスターがウィンチェスターの呪いによって造らざるを得なくなった呪いの屋敷です。この内部ではウィンチェスターの呪いによって自己の記憶が身体を持ち、彷徨うようになってしまいます。よって、当人からは自分の過去が見えているように感じるのです。」

「……そういう、ことだったのか。」

 道中、例に漏れず自らの過去を何度も見てきた藤丸は、合点のついた顔で拳を握り締める。

「そして記憶の人格たちは全員が全員自己の正当性を信じ込むため、自分が偽物であることなど考えもしない。しかしこの地下三階と最上階だけは別です。二つの部屋だけは記憶の人格が記憶ではなく自分自身として見えるため、存在が破綻し……ここ、ないし最上階で出会ってしまった人格同士は最終的にこの屋敷の階層の一部となってしまうのです。」

「マスター! 早急に皆さんに伝えないと……!」

「無駄です。この屋敷の内部自体、呪いによって構成されていますから。通信機や電子機器の類は機能不全に陥っているはずですよ。」

 サラ・ウィンチェスターの言う通り、藤丸が取り出した通信機は起動すらできなくなっていた。

「そんな……!」

「最上階の私――私の記憶から生まれたウィリアム・ワート・ウィンチェスターの前には今、『本物の』ボドヴィッドさんがいらっしゃいますが……このままでは、彼もこの屋敷の一部になってしまうでしょうね。」

「どうして……どうしてこんなことを!」

「どうしてと言われましても……私はただ、生きていたかったのです。生き(にげ)たかった。生き(たすけ)たかった。生き(つたえ)たかった。ただ、ただ、あの恐ろしい怪物から……生きていたかった。だというのに、皆様が勝手に私の屋敷に侵入してしまうから……。」

「……っ!」

 確かにその通りだった。藤丸たちは『奇妙だったから』と軽率に侵入してしまった。それがこの事態を引き起こしているというのならば、責任は自分たちにある。

「どうすれば……!」

「何ということはない。このために私が来たのだ。」

 カロンはそう言って、部屋のドアを開ける。

 そこには、裸体の上から麻布を一枚着込んだだけの姿をした長く艶やかな黒髪を持った剣士が立っていた。

「あなたは――?」

 剣士はサラ・ウィンチェスターの眼前まで歩み出ると、名を名乗った。

 

「セイバー、オウスノミコ。慙愧を断ち切るため、カロン殿に呼ばれ参上した。」



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己の思う侭に歩む ①

◆アーチャー
真名:トゥト・アンク・アムン
性別:女性
筋力:E 耐久:E 敏捷:EX 幸運:E 魔力:EX 宝具:EX
スキル:対魔力A+、単独行動A、陣地作成A、カリスマB、皇帝特権B、太陽神の加護C+、神性B、ガルバニズムA、オーバーロードB、雷のアンクA+、無辜の怪物C+、雷の権能C++
宝具:『???』


 凄まじい爆発音と共に、ズーハオの身体が玉座の間の壁面に叩きつけられる。

「がッ――!」

 二人掛かりだから、と言い訳をすることもできただろう。しかし、ズーハオには痛いほど理解できた。恐らく、どちらか一人が戦線を離脱したところで、ズーハオに勝ち目は無いと。

 ズーハオが父親に藍燕武術を習い始めるのと同じ年にその門戸を叩いた双子の姉妹、姉の三塚月セイルと妹の三塚月カイリは、初手の稽古からして才覚に溢れていた。

「嗚呼……嗚呼、そうだった。お前たちはっ……本当に、恵まれていた!」

 才能に恵まれていた。努力も惜しまなかった。より的確に、より確実に相対するサーヴァントの霊核を破壊する術を身に着け、ズーハオより何倍も早く免許皆伝を果たした。

「オレなんかよりもよっぽど強い……。」

 魔術についてもそうだった。ズーハオは不器用で、扱える魔術など宝石による身体強化やガンドといった基礎的な魔術だけだった。それに比べてセイルとカイリは魔術の学も篤く、三塚月家に伝わる熱伝導魔術を完璧にマスターしていた。

「それでも……。」

 ズーハオは何にしても三塚月姉妹に劣っている。藍燕武術の腕も、魔術の才も、人付き合いの上手さも。だが、自分たちは拳でしか語り合えない。生涯の好敵手を前に口先だけで物をわからせようなどと、甘えた思想はズーハオには無い。

 何度でも、満身創痍の肉体を奮い立たせ、彼は立ち上がるだろう。

「それでもッ!」

 

「マスターっ!」

 意識を取り戻したランサーがズーハオの元へと駆け寄る。ズーハオの全身はすっかりボロボロにされてしまい、魔術なしではあと数週間は再起不能なまでに破壊されていた。ランサーはズーハオの懐から治癒魔術が込められた宝石を取り出し、仰向けに倒れ伏す彼の掌の上にそれを乗せて指を曲げさせる。すると宝石に宿った治癒魔術が、見る見るうちにズーハオの外傷を治療していった。

「骨まで治るのはもう少しかかるかな……。」

 そこへ、三塚月カイリが近付いてくる。

「退くっすよ、サーヴァント。」

「えっ――?」

 カイリがズーハオの身体に手をかざすと、ズーハオの体内から鈍い骨音が鳴り響き、その激痛でズーハオが意識を取り戻した。

「ぐがっ……!?」

 ズーハオが咄嗟に腕や脚、背骨を動かすと、それらは意のままに自由に動いた。

「そら、起きろよズーハオ。」

 カイリに軽く蹴り飛ばされ、ズーハオはよろめきながらもランサーの手を借り、カイリの前に立ち上がる。カイリの顔を伺えば、何とも呆れたような、諦めるかのような表情を浮かべていた。

「お前は本当に……普段は仏頂面の朴念仁の癖に……。いや、だからこそ、なんすかね。ズーハオの頑固はよくわかってるつもりだったけど、何て言うか……磨きがかかったっすね、お前。」

「どういう意味だ。」

 カイリはセイルの立つ場所まで戻りながら、肩をすくめる。

「自分の決めたことのためなら、自分の身も厭わないその頑固さだよ。ほんと、昔っから変わらないどころか悪化してやがるんすから。」

「……ズーハオ、アタマ、ワルイ。」

 単語だけを並べて発言を試みるセイルを日本語で短く叱りつけ、カイリは自分の前に来るようズーハオとランサー、ゾーエとエルマ、そしてテラを手招く。

 五人が姉妹の元へと近寄ると、頭上から先程まで玉座に腰かけていた少女が浮遊しながら降下してきた。一同の直上で静止すると同時に、エルマの横に一休が着地するのを確認して、少女――雷のファラオ、トゥト・アンク・アムンは声高に宣言した。

「貴様の決意、しかとこの目で確かめさせてもらった! 良かろう、我が軍門に加わることを許す! だがゆめ忘れるな、ファラオはただひとり、この余である! 聊かでも不敬なる行いを見せれば、その満身を太陽の雷を以て灼き尽くしてやろう!」

「つまり、僕らは君たちの話を聞くよ、と王は言ってるんだよ。マスターもそれでいいよね?」

 そう意訳するのは、ズーハオ達に道を譲った怪力の少年であった。そのサーヴァントに問われ、カイリは後頭部を掻きながら渋々と肯定する。

「ま、ファラオの決定には逆らえないっすからね。ファラオがそう言うのならあたしらは何も言わないっす。」

 妹の発言にしきりに頷くセイルを見て、ズーハオはファラオに向かって事情を説明した。ラヴクラフト[オルタ]と遭遇したこと、テラのおかげでそれを一時は撃退できたこと、彼女の意図を探るため、彼女を捜していること。

「……獣なりし幼き巫女、か。やはり、こうなってしまうのだな。」

 ファラオは思わせぶりに頭を抱え、玉座を自分の元へ呼び寄せる。瞬間移動してきた浮遊する玉座に腰かけ、その肘掛をこつこつと指で叩きながら、ファラオは少年に説明を任せてしまった。

「君たちにはまだ自己紹介をしていなかったね。僕は『モーセ』。クラスはリーダー(・・・・)。マスターは三塚月カイリ。えーっと、それで……。そう、そのビーストについてだったね。僕らも一度遭遇したことがあるんだ。」

 驚愕するズーハオ一行に対し、モーセは言葉を続ける。

「残念ながら僕らの方が少しばかり強かったというか……元々ワセト、というかテーバイの統治者だった王の知名度補正による尽きない魔雷で撃退できたんだ。……王も理解なさっているとは思うけれど、あのビーストを倒さなくちゃ、この命の聖杯戦争は終結しない。いつか顕現しているサーヴァントが地球の魔力を枯渇させてしまう。」

「……余がこのような亡霊の身でなければ、ネウト・アメンは更なる繁栄を望めたであろう。今のネウト・アメンには余がいなくてはならぬとは言えど、同様に余の存在こそが毒となっている。せめて受肉さえできれば……。」

「だからこそ、僕らもあのビーストを探さなきゃいけない。このテーバイで複合神殿に引き籠ってても、事実得は無いんだ。」

「でも、それじゃあどうやってあいつを探すの?」

 ゾーエの質問には、ファラオが答えた。

「容易だ。聖杯の出現する場所を予測すれば良い。彼奴めが聖杯に何らかの細工をしようとしているのは自明。ならば先に聖杯を見つけ出せば良い!」

「それが……できれば、苦労は、しない……。」

 エルマのぼやきに苛立ちを見せながらも、反論のしようがなくしかめっ面で瞼を閉じてしまうファラオ。それ以降話し合いは何も進展せず、やがて全員が全員、俯く事態に陥ってしまった。

「……ねぇ、ぼくを忘れてないかな。」

 しかし、その一言がすべてを打開させる。そう、テラ――グランドライダー、宇宙船地球号(スペースシップ・アース)であった。

「聖杯の出現地点でしょ? 教えるよ。」

「おい、それは聖杯戦争のルール違反なんじゃないっすか?」

 カイリの発言に、テラはきょとんとした顔で答える。

「え、きみたち自分の命と聖杯、どっちが大事なの?」

 全員が顔を見合わせ、そしてゾーエ以外の全員が一斉に答える。

「「「「聖杯。」」」」

 テラは大きなため息を吐き、ズーハオとエルマ、セイル、カイリをその場に座らせ、長々と説教を始めるのであった。

 

 テラが示した場所へと移動する手段を整えるため、雷のファラオは再び階段の先に据え戻した玉座に腰を下ろし、魔力を編み始めた。しばらく時間がかかるとのことで、ゾーエとエルマは神殿の外へと足を延ばしていた。外界は既に日が落ちており、満天の星空が広がっていた。

「あれ、あんたらも来たんすか。」

 神殿の傍に広がっていた大き目のオアシスには、カイリが水辺に腰を下ろしている。二人はカイリの隣まで近付き、了承を得てからその場に座る。

「……ほんと、何があったんすかね、あいつ。」

「ズーハオのこと?」

「っすね。」

 ぼんやりとした目で水面に映る自身の虚像を見つめるカイリ。

「昔のあいつは……人の言う事聞かないし、自分が信じた道でしかモノを究めようとしないし。自分だけしか信じられない……みたいな。そんな人間だったんすよ。」

「今もだいたいそんな感じな気がするけど。」

「言ったじゃないっすか。悪化してるって。自分の信念は曲げねーわ、自分が信じたことのためにわざわざあたしらを丸め込もうと殴り込みに来るわ……。でもやっぱ、前とは違うように思えるっすねぇ。」

 ここにはいないズーハオを嘲るように笑いながら、カイリはゾーエとエルマを見つめる。きょとんとする彼女らに、カイリはひとつの質問を投げかけた。

「なんであんたら、あんな堅物について回ってるんすか?」

「なんで……。」

 ゾーエは逡巡する。あのニューヨークの夜、『ビーストを打ち倒す』――などと、ズーハオは笑って豪語してみせた。ゾーエはその瞬間、焦ったのだ。自分は敗北者。サーヴァントを失った、本来ならば殺されても仕方のないただの魔術使い。それでも、と。

「任された……私には、使命がある。背負わなきゃいけない願いが……想いが。」

「へぇ、そいつは誰に?」

「私の相棒、元々私のサーヴァントだった馬鹿な男だよ。」

「……サーヴァントに託された妄念を律義に守ってるんすか?」

 ゾーエはぎくりと背筋を伸ばす。確かにこれはライダー、ポルトスの執念だ。ゾーエが果たす義理など、本当は無い。けれど、ズーハオが自分を信じるように。

「私は私を信じるんだ。ライダーが信じてくれた私を信じる。だから、あの馬鹿の残した一言だって絶対にやり遂げてみせる!」

 あの一瞬、ライダーが見せた豪快な笑顔の中に、恐怖は微塵も無かった。不安も悲哀も、これっぽちも。だからこそ、ゾーエが怯えるわけにはいかない。『世界を任せた』――たった一国の陰謀にしか立ち向かったことのない男の、馬鹿で無謀なその願いを見届けなくてはならないのだ。

「全部終わった時に私は言わなきゃいけない……『ほら見なよ、私は笑ってるぞ』って。だからたとえ使える魔術がちっぽけでも、頼るべきサーヴァントがいなくても、私は――!」

 ズーハオ同様、決意に満ち溢れた瞳でゾーエは月を見上げる。エルマとカイリは、それをひたすらに優しく見守っているのだった。

 

「……む。」

 複合神殿、玉座の間。瞑想を続けていたトゥト・アンク・アムンは、ひとつの違和感に気が付く。

「どうしたの、ファラオちゃん。」

 不遜な口調で訊ねた一休に、ファラオは呟くように答えた。

「侵入者だ。」

「迎撃しよっか。」

「不要だ。見たところただの人間ひとり。軽く神雷を以て威嚇すらば疾く引き返すであろう。」

 ファラオが腕を空中へかざすと、そこに帯電する巨大なモニターが出現する。そこには、夜の砂漠用の防寒具を身に着けたひとりの旅人が複合神殿に近付く様子が映っていた。

 画面を見つめながらファラオが手にしたアンク型の長杖でコツコツと床を叩くと、画面内の旅人からややずれた地点に落雷が放たれた。

「……?」

 しかし、旅人は一瞬立ち止まりはしたものの、歩みを止めることはなかった。

「やれやれ……警告はしたぞ、愚者め。」

 直後に撃たれた雷撃は、まっすぐに旅人の頭部を狙ったものであった。雷は旅人に直撃し、そこには灰燼だけが残っていた――はずだった。

「なッ――!?」

 トゥト・アンク・アムンは驚愕し、思わず玉座から腰を浮かせてしまう。モニターに映された旅人は死してなどおらず、それどころか健脚を以て未だ大地に立っていた。

 頭上へ掲げた手からは、桜色の花弁のような形状の障壁が三枚、赤髪の旅人を覆い被さるようにして彼を守っていた。



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己の思う侭に歩む ②

◆???
真名:???
性別:男性
筋力:D 耐久:C 敏捷:C 幸運:E 魔力:B 宝具:?
スキル:対魔力E、心眼(真)C、魔術C-、鷹の目C-など
宝具:『???』


 地獄を見た。地獄を見た。地獄を見た。――いずれ辿る、地獄を見た。

 それでも。迷いもした。惑いもした。絶望もした。けれど、俺が足を止める理由にはならなかった。俺は俺の信じた道を歩みたい。たとえそれが地獄を見る道であったとしても、俺の思う道は、間違いなんかじゃないんだから。

 

 防寒具を脱ぎ捨てたその青年は、信念と情熱を秘めた瞳をしていた。

「……あんた、どこの誰っすか。見たところ、あたしらと同類みたいっすけど。」

 ファラオからの連絡を受け、カイリはその赤髪の青年と対峙していた。ゾーエとエルマも自らの意思でカイリの後を追い、その背後で臨戦態勢を取っている。

 しかし、赤髪の青年はへにゃりと笑うと、無害そうな語調でまずひとつ、謝罪を述べた。

「あー、勝手に近付いちまってごめんな。ちょっとここにいるって聞いた女の子を探してるんだけど……。」

「女の子? ……四人はいるっすよ。」

「あぁ。ゾーエ・モクレールって言う子なんだ。知らないか?」

 カイリは背後のゾーエがびくりと震えるのを熱で感じ取ったが、青年にはわからないよう小さくハンドシグナルで反応しないよう伝え、青年に対し反駁する。

「……そのゾーエって子がいたら、何なんすか。」

「グランドサーヴァント。召喚されたって言うそいつと話がしたいんだ。だからそいつのマスターだっていうゾーエを探してる。」

 どうやら、テラのマスターはゾーエだということになっているらしい。それよりもゾーエには、テラが召喚されたという事実が早くも魔術師の界隈に広まっていることの方が驚きだった。

「……話、っすか。話題にもよるっすね。」

「そっか……そうだよな。う~ん……。」

 しかし、青年が口を開くよりも先に、カイリも、そしてエルマも驚くような事態が起きた。

「わっ、私がゾーエです! ゾーエ・モクレール! 時計塔天体科(アニムスフィア)、モクレール家の三女です!」

 意を決したゾーエが、一歩前へと踏み出したからであった。

 

「俺の名前はシロウ。衛宮士郎。よろしくな。」

「え、日本人だったんすか……。」

「え、お前らも?」

 玉座の間に通された赤髪の青年、士郎が自己紹介をすると、同様に日本出身の魔術師であるセイルとカイリが怪訝そうな顔で反応する。

「こんな砂漠のド真ん中で日本人に会えるなんて、やっぱ旅をしてると驚きが絶えないな!」

「……三塚月セイルだよ。こっちは双子の妹のカイリ。三塚月家って、聞いたことあるっしょ?」

「いや、スマン、ない。俺、魔術師としての知識はほとんどないんだ。ゴメン。」

「えぇ……。まぁいいや、ウチは英語喋れないから。あとはカイリに任せた。パース。」

 日本語で士郎に対し自己紹介を行ったセイルに後を任され、カイリはこほんとひとつ咳払い、発言言語を英語へと切り替える。

「それじゃ、改めて。あたしは三塚月カイリ。セイルが召喚したあちらにおわすファラオのご厚意に甘えてこの複合神殿に住んでる三塚月家の次女っす。」

「……エルメントラウト・エルメントルート・アーレルスマイアー。エルマ、と……および、ください。」

「ジャン・ズーハオだ。遠く祖をトオサカに由来する一族の末裔でもある。」

「遠坂の……?」

 ズーハオの発言に一瞬反応する士郎だったが、すぐに切り替え、最後の一人――ゾーエへと目を向ける。

「先程も言った通り、ゾーエ・モクレールです。テラ……グランドライダーのマスター、というのは少々語弊がありますが、私もまた為すべきことを成すためにここにいます!」

 その熱のこもった言い訳にも聞こえる弁明に士郎はやや面食らいながら、微笑んで返す。

「大丈夫だ、ゾーエ。お前はお前の思った通りに歩けばいい。後悔するのは、全部やり切った後でいいはずだからさ。」

 士郎の言葉は、ゾーエの心を大いに奮い立たせる。

「はっ、はい!」

 それじゃあ、と士郎はゾーエの傍で微笑んでいたテラへと目を向け、目線を合わせるためにしゃがみ込む。テラへと語りかける士郎の目は先程までとは違い、真剣そのものだった。

「君がグランドライダーか。」

「うん。グランドライダー、宇宙船地球号(スペースシップ・アース)。地球そのものが霊基を持ったようなものだから、厳密にはマスターはいないよ。テラって呼んで、シロウくん。」

「わかった。それじゃあテラ、単刀直入に聞こう。俺には弟子がいるんだ。」

「クロウ・ウエムラくん。」

 少し面食らった様子を見せる士郎だったが、すぐに頷き、言葉を続けた。

「あいつが今どこにいるのか、それと……あいつの故郷にあったはずの『聖杯の泥』。あれ、どこに行った?」

 テラは悲しそうな顔であらぬ方へ俯く。その顔は、ゾーエとエルマが仲良さそうに抱き合っているのを見ている時と似たような表情であった。直後に発したテラの小さなトーンの言葉に、士郎は焦燥に駆られたような素振りを見せ、バネのように立ち上がってその場にいた全員に感謝の言葉と謝罪を告げ、足早に玉座の間から出ていこうとしてしまう。

「ま、待って!」

 それを引き留めたのは、誰あろうゾーエであった。

「聖杯の泥……って、どういうことなんですか。それと……クロウ、でしたっけ。騎士王のマスターさん。クロウ、クロウ……。聞き覚えがある……ずっとずっと昔に、彼に借りを作ったような……!」

 哀しそうな顔を一層しかめるテラにも構わず、ゾーエは士郎に向かって説明を要求した。

「教えてください! その聖杯の泥を、あなたはどうするつもりなんですか!? それにどうしてそれをテラに聞く必要があったのか! そうでなきゃ……この神殿からは帰しません!」

「それを決めるのはファラオなんすけどね……。」

 ぼやくカイリの予想に反して、玉座の間の出入り口には大量の電雷が壁のように大量に立ち塞がり、士郎の行く手を阻んだ。

「小娘の言う通りだ、抑止の者(・・・・)! 不敬にも我が神殿の床を踏み、無償で帰すと思うな!」

 トゥト・アンク・アムンの一声により、士郎は渋々と一同の元へ戻り、士郎が抱えている問題について説明を始めた。

 

 曰く、士郎は足首までサーヴァントに突っ込んでいる奇妙な存在であること。彼が動く理由は霊長の守護者としての抑止力によるものであり、一般的な霊長の守護者とは違い、士郎は今を生きている人間だからこそ『事態を未然に防ぐことのできる守護者』として世界を飛び回ることができると言う。

「なぁ、お前たちは獣のクラス……ビーストって知ってるか?」

 そう訊ねた士郎が次に見せた顔は驚愕と呆然の入り混じったものだった。少し後ろ頭を掻き、「知ってるのなら」と話を続ける。

「あのビーストを追いかけているうちに、俺はあることに気が付いたんだ。この世界は――。」

 そこで制止の声がかかる。声の主は雷のファラオであった。

「……それは、言ってはならん。」

「でも、いつかは直面しなきゃいけない問題だぞ。特に、ビーストを止めようと思っているのなら。」

「っ……!」

 ファラオは忸怩たる思いの滲む面持ちでゾーエたちの元まで降下してきた。が、何かを考え込むような姿を見せると、あろうことかその両脚を床へと着けたのだ。ふらりとよろめく自身の身体を杖で何とか支え、その場にいる全員へ向けてその真実を告げる。

「……これは、人の子として生まれた余の、人の子たる貴様らに向ける言葉である。傾聴せよ。」

 一瞬の静寂。

 

「この世界は、最初からあのビーストが生み出したモノだ。」

 

「え……。」

 突拍子も無かった。その理由を、今度は士郎が説明する。

「あいつの目的が何なのかは知らない。でも、本来『命の聖杯』なんてものは在ってはならないものなんだ。命の聖杯があのビースト由来だからこそ、人の純粋な願いを叶えれば叶えるほどに『泥』が蓄積されていく。人の命を吸って顕現して、その無数の無念、執念、亡念は泥になる。それを何百年も何千年も繰り返して、ビーストは何かを成そうとしているんだ。」

「……ほんと、くだらない与太話っすね。師匠の昔話の方が信憑性あったっすわ。」

 吐き捨てるカイリ、それに頷くセイルとエルマとは打って変わり、ズーハオとゾーエの表情は覚悟の決まったそれであった。

「……その泥を探しているのは、何故なんだ。」

 ズーハオに尋ねられ、士郎は少しほっとしたような様子で答える。

「その泥は、とある一族と契約をしたことで魔術の薪になった。日本の秘境に隠れ住んでいたその一族の名前こそが、俺の弟子を生んだ『餓叢家』なんだ。」

「その泥を使って……騎士王のマスターさんの一族は、何をしようと? ただ魔力が欲しかったから、泥と契約したって言うの?」

 ゾーエの問いには首を振る士郎。

「餓叢家は数百年前から知っていたんだ。この世界が在ってはならない世界だってこと。命の聖杯が在ってはならない聖杯だってこと。だからこそ、あいつらは聖杯の泥に目を付けた。玖郎の奴がそれを知っているとは思えないけど……。とにかく、魔術的な契約であの泥は餓叢家の所有物になったんだ。なのに、その泥が犬鳴村――玖郎の故郷から消えてた。」

「つ、つまり?」

「何らかの理由で、再びあの泥の所有権がビーストに移ったとも考えられる。本当にそうなってしまっていたら、今はかなりまずい状況なんだ。今まで餓叢家から泥を取り返さなかったビーストがいきなりそれを奪った……何か理由があるはずだ。」

 その時、黙って士郎の言葉に耳を傾けていたファラオが声高に命じた。

「エミヤとやら! 貴様も我らと共にビーストの元へ向かうぞ!」

「なんでさ!?」

「ビーストを追うは我らとて同じ。そして余は! 今この瞬間! この複合神殿を転移させるに充分な魔力を編み出すことに成功した! さぁ余を褒め称えるが良い!」

 セイルとカイリ、モーセ、一休、テラに拍手され、得意気に胸を張るファラオ。しばらくの後、ファラオは即座に階段の先の玉座へと瞬間移動し、玉座全体に響く警告を放った。

「エミヤ! 是非は問わぬ! どこへなりとも掴まらねば吹き飛ばされるぞ!!」

「だからなんでさッ!!」

 おとなしく素直に周辺に配置されていた柱や燭台にしっかりと掴まる一同を見た士郎は、溜息を吐きながら壁の隙間にどこからともなく取り出した鉄パイプを差し込み、魔術補強を施してそれを両手で握り締めるのだった。

 

 現代。人類は地球上のありとあらゆる場所を踏破し、地上に前人未踏の地無しとまで言われるようになった。しかし、そんな人類にも辿り着けない場所はある。地球上の七割を占める海洋は、未だ十パーセントしか解明されていないのだ。地図にない島のひとつやふたつも、存在している。

 その島は冷えた溶岩流による堅い大地を擁する火山島であり、島内中央になだらかにそびえる火山は、今も活発に活動しており、時折マグマが噴出していた。

「――おや。」

 その島へ複合神殿ごと転移し、外へと踏み出したズーハオたちを出迎えたのは、ひとりのシスターと一騎のサーヴァントであった。

「よくここがわかりましたね。」

 シスター・プラムはそう言って、邪悪な笑顔を浮かべるのであった。

 



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己の思う侭に歩む ③

◆ランサー
真名:???
性別:女性
筋力:C++ 耐久:C+ 敏捷:A 幸運:D 魔力:A+ 宝具:C++
スキル:対魔力B、心眼(偽)B、魔力放出A、純盲槍装A+、治癒の魔眼B、アメジストの祈りA、無為の武窮B+、狂気E
宝具:『英霊真人類規格宝具(ノウブル・ファンタズム)』
→誰からも期待されず、誰からも愛されなかった独りぼっちの英雄が手にする名もなき槍。人属性の英霊に対して超強力な一撃を放つ。また、天及び地属性の英霊に対しては隠し属性を一時的に人属性へと貶める能力を持つ。


 走れ、駆れ。ただもう一度、記憶の無くなったこの身を動かして、逢いたい女の子がいるから。英霊の座へと堕ちたこの身を叱咤して、伝えたい一言があるから。どうしてここにいるのか、誰が自分を召喚したのか、そんなことはこの際どうでもいい。

 ただ、彼女を守るために――!

 

 シスター・プラムは、初対面の人間も多くいることから優雅な所作で修道服の裾を摘まんで礼をしつつ、名を名乗った。

「改めまして。今回の命の聖杯戦争において監督役のひとりとして聖堂教会より派遣されました、プラム・コトミネと申します。皆々様におかれましてはこのような地球の辺境まで、よくぞ辿り着かれたこと……素直に称賛致しましょう。」

「言峰だと!?」

 その苗字に強い反応を見せたのは、誰あろう士郎であった。シスター・プラムは少しきょとんとした顔を見せたが、すぐににんまりと笑顔を見せた。

「……あぁ、叔父をご存知ですか? ふふ……ということは貴方が……。そうですかそうですか、数奇な巡り合わせもあったものです。これも神の思し召しでしょうか。」

 普段のシスター・プラムを知る人間であればその物腰の柔らかさに嫌悪感にも似た違和感を覚えるであろうが、今この場に居合わせる人々の中にそれを感じる者はいなかった。

「ところでさ。」

 話題を変えるように口を開いたのは、ゾーエの傍に立っていたテラだった。

「どうしてきみは、ここにいるの?」

 両者の視線が不可視の火花を散らし、すぐさまにシスター・プラムは取り繕うかのような笑顔を見せる。

「……監視役ですから。結末を見届けるのは道理ではありませんか?」

「それにしては貴様もサーヴァントと契約しているようだが。」

 ズーハオの指摘には何も返答せず、ひたすらに笑顔を継続させ続けるシスター・プラム。びりびりとした空気感が、周囲に溢れ始める。

 刹那、即座に動いたのは一休であった。

「――おや。」

 シスター・プラムは想定していなかった反撃にやや驚いたような表情を見せる。ランサーですら目視できなかった高速移動を用いてエルマへと肉薄したシスター・プラムが放った拳は、一休の木製の大太刀によって阻まれていた。

「困りましたね……。」

 即座に追いついたランサーの槍を躱しながら、シスター・プラムは距離を取る。

「一番厄介そうなサーヴァントのマスターから殺してしまおうと思ったのですが。」

 シスター・プラムの義眼がぎょろりと動き、エルマを見据える。

「それはお生憎様だったねぇ、儂、千里眼持ってるからさ。そういうのわかっちゃうんだよねぇ。」

「そうですかそうですか。」

 

 しかし。

「現実はそう簡単でもないですがね。」

 一休はその瞬間に気付く。何もかも手遅れだったことに。先の先や千里眼を以てしても目の前のこの女の前では何も意味を為さなかったことに。しかし時既に遅し。一休の肉体はそのほとんどが座に還りかけていた。

 背後にいたエルマがよろりと後ずさり、その場に倒れるのが見えた。その左胸には大穴が空いており、そこにあるべき人間の最重要器官が消失していた。

「くそっ……!」

「エルマアァっ!!」

 ゾーエが駆け寄るも、エルマは身体に微弱に残った魔力だけで息をしているような状態になってしまっていた。もう五分と保たないだろう。

 咄嗟に反応して飛び掛かってきた三塚月姉妹も脚技のみで遥か彼方まで蹴り飛ばし、ランサーの槍も左腕だけで捌き切る。その右手には、未だドクドクと脈打つ心臓が握られていた。

「お前ッ……!」

「あはは、いえいえ。どうにもいけませんね。心の臓がお留守でしたので、つい手癖で。」

 そのままランサーとズーハオの攻撃を弄ぶように往なしていたシスター・プラムの下半身の動きがある時ぴたりと石化したかのように止まる。

「……?」

 上半身を捻って見てみれば、そこにはゾーエに背を支えられながら上体を起こし、自らのクリスタルのような純白色に輝く瞳へ手を当てたエルマがこちらへと視線を向けていた。

「うた――え……! ……私、の! 『輝ける(ユヴェル)』――……『(イリス)』ッ!!」

 直後、シスター・プラムの五体が完全に硬直する。

「エルマ、もう魔力を使っちゃだめ!」

「ゾーエ……私……。」

「だめ、だめ! 喋らないで!」

 生命力を促進させる効能を持ったナイフの切っ先をエルマの指先に刺しながら、ゾーエは涙ながらにエルマへ訴えかける。しかし、エルマは一休へとその令呪を向け、息も絶え絶えに一言命じる。

「セイ……バー……。令呪を、以て……命じます。宝具……宝、具を、使いなさい……。今のうち……私の、『眼』が、あの人を……捉えている、間に!」

 一拍の逡巡の後、一休は木刀を投げ捨て、武術の構えを取った。閉じていた眼を見開くと同時に一休の周りに墨のような魔力で描かれた猛虎がどこからともなく飛び出してくる。猛虎と息を合わせるように、裂帛の踏み込みと共に身動きの取れなくなったシスター・プラムへと拳を振りかざす。

 だが、シスター・プラムは余裕と嘲弄の滲んだ笑顔を一休へと向け、

「すべての人間がドラマチックに死ねるなんて、現実は甘くないと言っているのが理解できませんか?」

「『灼き滅ちる黄金劇場(ブルチャート・ドムス・アウレア)』。」

 突如、それまで微動だにせずに一連の騒動を傍観していたシスター・プラムが引き連れていたサーヴァントがその紅蓮の剣を地に突き刺し、左手を一休へと広げ伸ばす。

 瞬間、その剣にも負けない深紅の灼焔が巻き起こり、一休の体勢を崩してしまう。

「……愚かな。」

 紅蓮の剣を振るう月桂冠のサーヴァントがこぼした時には既に、一休の首は胴体を離れ、くるくると宙を舞っていた。

 シスター・プラムはと言えば、その光景に見とれていたゾーエの元へといつの間にか接近しており、ゾーエの腹部を抉るようにその躯体をエルマから引き剥がし、彼方へと蹴り飛ばした。

「かはっ……!」

 その鈍痛に悶えながら、焦点の合わない視界でエルマの方を見れば、シスター・プラムがエルマの首を鷲摑みにしていた。その両足は地についておらず、エルマは残った魔力によって延命してしまったがゆえにその苦しみに鈍い悲鳴をあげながらじたばたと藻掻いていた。

「エル――。」

「アーレルスマイアーの魔術師の肉体ですから、それはそれは心臓以外にも用途は十分にあるでしょうねぇ。質の良い魔術回路が宿っているでしょうから、アヴェンジャーの糧にしても良さそうです。」

「ッ、野郎!」

 らしくもなく声を荒げ、猪突猛進にシスタープラムへ飛び掛かるランサーは月桂冠のサーヴァントに阻まれてしまう。だがそこへ、ようやく吹き飛ばされた先から合流したセイルがシスター・プラムに一矢報いんと掴みかかる。

「あ――?」

 だが、それすらも。ゾーエには何が起きたのかわからず、ただただその場に力なく倒れたセイルの胴体に空いた大穴を見つめることしかできなかった。

「セイルっ!」

「おい、どういうことだ! 余の霊基が――っち、理解したくもないことを理解してしまった!」

 今まで何をしていたのか、即座に複合神殿から飛び出してきたトゥト・アンク・アムンは、セイルの遺骸を発見すると唾を吐くと天空高くへと飛翔していき、雷鳴の如き音量の声で地上にいる者たちへと注意喚起を行った。

『消し炭になりたくない者は疾くその女から離れるが良い! これより我が神威を下賜してくれる!!』

「王よ、供をします!」

 これもまた今までどこへいたのかもわからないモーセがシスター・プラムの元へと追いつき、徐々に放電し青白く発光する岩床へと立ち塞がる。その肉体は既にボロボロに朽ちており、彼もまたダメージ過多による消滅が間近に迫っているようだった。

 見れば、テラや士郎もどこかへと消えている。

『余の名はトゥト・アンク・アムン……そうさな、通りの良い名で言えばツタンカーメン! アクエンアテンの子、太陽神にして雷神、アメン・ラーの化身! 人より出で、人により育ち、人として死した民の王! そして神王である! 我が名の元に! 汝らの罪を汝らの肉ごとこの手で焼き尽くしてやろう! 今、ここで!』

 地表の放電は勢いを増していたが、シスター・プラム、および月桂冠のサーヴァントはその場を離れようともしていなかった。

『これこそは地より撃たれ、神へと届く民の総意、人の雷! アメン・ラーよ、この神罰を見届けたまえ! 「生命よ万雷となれ、主神照覧せし人の罰(アンクラー・ネブケペルウラー)」!!』

「友よ、今ひと度貴方の宝具を借り受けます……! 『光輝の大複合神殿(ラムセウム・テンティリス)』ッ!!!」

 

 地より眩く煌めく純白の大雷撃が大地を焼き、その電雷を貫き穿つように天空から巨大な黄金のピラミッドが落下してくる。文言として口にしてしまえばあっさりとしたその神話の大戦の如き情景も、ゾーエの目には世界の終りのように思えた。

「エルマ……。」

 痙攣して動かなくなった両足を引きずりながら、腹ばいになってシスター・プラムが投げ捨てたエルマの遺体へと近付いていく。その手を取り、左胸に空いた穴をじっと見下ろす。

「何も……できなかった……。」

 零した涙が穴の中へと吸い込まれていくも、エルマが再び息をすることは無い。苦悶と絶望に見開かれた瞳が光を取り戻すことは無い。

「ごめん……ごめん……なさい……! 私は……また(・・)……!」

 思わず飛び出した言葉に、ゾーエは疑問を抱いた。

「また……?」

 その時、ゾーエの右手の甲に激痛が走る。それはライダーが再召喚された際と同じ痛みだった。

 そして目の前の閃光とピラミッドが消えると同時に、視界が光度に慣れ、ハッキリしてくる。――そこには、未だ傷ひとつなく立ち塞がるシスター・プラムと、月桂冠のサーヴァントがいた。

「そんな……!」

 代わりに二騎分の黄金の粒が座へと消えていく。シスター・プラムはそのままエルマの死骸へと目を向けると、ゾーエの方へずんずんと近付いてきた。

「ゾーエ!」

 必死に立ち上がり、駆け寄ろうとするランサーをまたも月桂冠のサーヴァントが阻む。

「……さて、どいてはもらえませんか?」

 思わず、ゾーエは満身の力を籠めて立ち上がり、エルマを庇うように立っていた。その恐怖と怯えに満ちた表情を愛おし気に見下しながら、シスター・プラムはゾーエの肋骨を砕き折る勢いで膝蹴りを捻じ込む。

「ひぐ……っ!」

 情けない悲鳴を上げて倒れるゾーエ。

「やめて……!」

 霞む視界の中、エルマの抜け殻を再び拾い上げようとするシスター・プラム。

「もう私は、失いたくない……!」

 ゾーエの目には、その動きがゆっくりと見えた。

「友達の命とか、そんなものよりも……っ!」

 悔しさで握り締めた指が、固化溶岩をガリガリと削って血みどろになっていく。

「友達の……!」

 

「友達の、誇りを! 尊厳を! ――未来を! もう二度と(・・・)失いたくないの!! やめて……やめてぇっ!!!」

 その時だった。唐突に巻き起こった旋風と共に降り立った第三者の握り拳が、シスター・プラムの横顔を強く激しく抉り抜く。吹き飛ばされたシスター・プラム、そしてゾーエが見たものは――。

「――断言しよう。僕様こそが、キミのサーヴァント。アロイジウス・アーレルスマイアー。召喚に応じ参上したぞ、ゾーエ!」

 ――少女だけの、たったひとりの英雄であった。



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運命は巡り、そして ①

◆キャスター
真名:サラ・ウィンチェスター
性別:女性
筋力:E 耐久:A+ 敏捷:E 幸運:E 魔力:EX 宝具:EX
スキル:陣地作成EX、道具作成EX、大量生産A、無辜の怪物D、変化A+、ウィンチェスターの呪いB+、増殖C++、狂化B
宝具:『???』


 雲雀のセイバーは静寂の中をぺたぺたと裸足でサラ・ウィンチェスターの元へ歩み寄りながら、彼女が何より恐れている事物に関しての情報を与える。

「貴様はビーストに取り込まれることを恐れているな。」

「え……えぇ。あれは……あの怪物は、取り込んだサーヴァントの宝具を自由に扱っています。もし私が取り込まれれば、彼女にウィンチェスターの呪いが伝播する。けれどそれは……!」

「それは彼奴めにとって利点しかない。そうだな?」

 サラ・ウィンチェスターは雲雀のセイバーの鉄面皮に怯みながらも、何度も頷く。

「あれにとって呪いは呪いとしての意味を為しません。彼女に残されるのは、『範囲内にいれば無限の魔力供給が可能となる』私の宝具の存在だけ……! しかも私の宝具は私の意思とは関係なく増殖します。際限はありません、宝具の使用者が死ぬまで!」

 ならば、と雲雀のセイバーは腰に佩いた剣に手をかける。びくりと怯えるサラ・ウィンチェスターは、必死にそれを拒絶した。

「い、いやですっ! 私は、私は生きていたい! 死ぬなんていやです! 死にたくない!」

「元より死者の身で何を言う。よく考えろ。ここでお前が死ぬ以外にお前が心穏やかに居られる選択肢などあるか?」

「死は救済だとか……そんなものは詭弁なんですよ! 生きてこその地位! 生きてこその名声! 生きてこその財産! たとえ難病を患おうと、たとえ霊呪を身に受けようと! 生きてなきゃ意味がないんですよ!!」

 雲雀のセイバー、そしてその背後で顛末を見守るカロンと藤丸、そしてマシュは、その意見を否定することができなかった。

「私も……そうだな。生きていたかった。生きて父に会いたかった。だがそれが運命だ。天津神が私に授けた天命であったのだ。だから慙愧や悔恨はあったが、否定や拒絶はしなかった。」

「神様の……。」

「そうだ。悪魔が居れば神も居よう。お前たち近代の人間は神の存在など忘れて久しいだろうが、神は確かに在ったのだ。優しくもあり、時に苛烈で、自己中心的な神々がな。」

 背後でしきりに二人の少年少女が頷いている気配を感じ取っていたが、雲雀のセイバーは頓着せずに剣をすらと抜く。

「……どうする。」

「最後にひとつ……生き(つたえ)たいことが。」

 サラ・ウィンチェスターはひとつ息を吐き、椅子から腰を上げて姿勢よく立ち上がると、遺言のようにそれを口にする。

「あの怪物は、地図にない島にて聖杯の顕現を待っています。」

「その根拠は。」

「あの怪物がこの屋敷に足を踏み入れた時点で、私はあの怪物の過去から導かれた思考をある程度読むことができましたから。」

「……なるほどな。」

 言い終え、サラ・ウィンチェスターは穏やかに笑うと、一言を遺してその身を雲雀のセイバーに委ねた。

「皆様が神様の思し召しのもと、健やかに生き永らえられますように……!」

 

「結局、自分が偽物なのかそうじゃないのかは確信できず終いだったな。」

 アケローン号のコンパートメントから窓の外の星空を眺めながら、クロウは呟く。

「自己の証明は人間の生涯の命題だ。早急に答えの出る物ではないだろうさ、マスター。」

 向かいに座ったセイバーはそう励まし、スティック状のチョコレートスナックをバリバリと摂取していく。

「……これから本当に最終決戦かもしれないってのに、気楽なもんだよな。」

「ほお? マスターはどうも私の実力を見くびっているようだなぁ?」

「そんなことはないけどよ。」

 クロウはおもむろにジャケットの裏ポケットに手を突っ込むと、黒色のリボンを取り出した。目の前のセイバーも同じリボンをしているが、クロウにはその理由を思い出せない。

「……随分と成長したものだよな。」

 まるで母親のような表情を見せるセイバーに驚きながら、クロウはリボンをポケットに戻す。

「どういう意味だよ、それ。」

「そのままの意味だ。」

 クロウはふと右隣を見下ろす。疲れてクロウの体にもたれかかって眠ってしまったジャクリーンの髪を撫でながら、クロウは様々なことを思い出す。

「最初にお前と会った時さ。俺……変な気分だったんだ。懐かしいっつーかさ。まるで古い旧友に会ったみたいな。……その感覚の理由は未だにわかってねぇけど、ちょっとだけ嬉しかった。」

 微笑むクロウを見ながら、セイバーも静かに頷く。

「そっからは……何だか必死だったなぁ……。向かってくる敵を迎撃するくらいはしてたけど、本格的に戦闘をしたのは……ゾーエとの接敵が最初だったか。」

「そうだな。本当に快活な娘だった。……だが何と言うか、場ノリのような快活さだったな。ライダーが居なくなれば、あの娘は素に戻るのではないか?」

「だとしても、あの時のゾーエは楽しそうだったな……心の底から聖杯戦争を楽しんでいるように思えた。」

「戦争を楽しむというのも、何だか不謹慎なように感じるが……確かに、そこを否定はできないな。」

 苦笑するセイバー。

「次に向かったのは……そうだ、イタリアに行ったんだっけな。」

「チョコレートのジェラートがうまかったな……。」

「そこじゃねぇだろ。」

「……神霊、東郷平八郎。強敵だったな……。止まることを許されず、敗けることを許されず。そんな男の、誇りある戦いぶりであった。……あるいは『彼女』も、心の余裕さえあればあんな風に……。いや、あまり考えすぎるのもよくないか。」

 首を振り振り、セイバーは生産性のない妄想を振り払う。それでも陰りを見せるセイバーの気持ちを切り替えさせるように、クロウはその後の振り返りをしつつ話題を切り替えた。

「その後はもうロシアに来てごたごたと色々巻き込まれて……そうだ、お前に聞きたいことがあったんだよ。」

「なんだ?」

「結局聞いてなかったなぁと思って。――お前、聖杯に何を願うつもりなんだ?」

 

 おねえさんは何が欲しいの――? あの時、無垢な瞳でセイバーに問いかけた少年の言葉がフラッシュバックする。「自分がしたいことをすればいいんだよ」。そう、玖郎少年はセイバーに助言をした。

「私は――。」

 そう、あの聖杯が見せた一時の現と幻の境にてセイバーが得た答えを、セイバーはまだクロウに伝えていなかった。

「私はな、マスター。」

 セイバーは髪を結んでいた黒いリボンをするりと解くと、それを掌に乗せてじっと見つめながら、ゆっくりと噛み締めるようにその返答を告げる。

「『私』は元々、『彼女』の影法師なんだ。生きて世界と契約した騎士王、アルトリア・ペンドラゴンのアルターエゴ。粗暴ながらも従順な大鴉としての一面。だからこそ、『私』の願いとは『彼女』の願いに他ならない――即ち、選定の剣にもう一度挑戦することだと、そう信じて疑わなかった。」

 リボンをぎゅっと握り締め、その視線をクロウへと移す。クロウの表情はほんの少しの吃驚と、多分な安堵に彩られている。まるで、今から言う言葉がわかっているかのような。

「『私』は明日へ翔び立つ若きカラスを見送る心の剣でありたい。だからお前と共に戦場に立てれば、それ以外には何も要らないんだ。ただ、お前の隣に居たい。」

「その後は?」

「……『彼女』と共に現代で暮らしたい、かな。お前と駆け回ったこの世界をお前と一緒にまた巡るのも悪くない。マスター、あのキャスターを倒して、その後で聖杯戦争を最後まで生き延びたら――。マスター?」

 未来を嬉々として語るセイバーを見つめるクロウの目尻には、じんわりと涙が浮かんでいた。セイバーにはその涙の理由がわからず、あたふたと狼狽してしまう。クロウは笑って問題ない、と涙を拭って見せ、話を続けた。

「壮大だな、その願いは。」

「願いは壮大なくらいでなければつまらんだろう?」

 セイバーは少し押し黙り、成長したクロウに対しあの時投げかけた問いを再び問う。

「マスター。マスターの願いは、なんだ?」

 クロウは今度こそ十割驚愕の表情を見せ、数分間逡巡してから呟くように答えた。

「……その口ぶり、『一族の悲願』なんて建前だってわかってるんだな。……俺は未来が欲しいだけだよ。俺の意志が誰かの心の中で生きてくれる、そんな未来が。誰も味方がいないってのは、寂しいからな。」

 ジャクリーンの方へ視線を向けていると、やがてジャクリーンが目を覚ます。

「んぅ……。」

 ジャクリーンは開眼一番にクロウの顔を見ると、幸せそうに微笑んで見せた。

「うへへ……おはよう、クロウ。」

「あぁ。おはようジャック。」

 そういえば、と思い、クロウはジャクリーンにも同じ質問をした。

「ジャックは聖杯に願う事ってなんだ?」

「おれが聖杯に願う事? ……等身大の幸せで充分だよ。おれなんかには出過ぎた願いだけどさ。でも……こんなことに巻き込まれたんだから、それくらい欲張っても罰当たらないだろ? ――普通に朝起きてさ。飯食って。大切な誰かと一緒に一日過ごして、飯食って、寝る。そんな毎日が続くだけでおれはいいや。」

 セイバーは、クロウとジャクリーンの『願い』に若干の違和感を感じた。何故、ふたりとも――。

「なぁ――。」

 セイバーが言いかけた時、コンパートメントにひとりの来客がやってくる。それは、古代日本風の装束を身に纏った長い黒髪を持った女性剣士であった。

「……む? おかしいな、命の数は四つだったはず……。まぁ、いいか。久しぶりだな、ジャクリーン。」

「セイバー!? どうしてここに!」

 一瞬びくりと反応するセイバーを見た雲雀のセイバーは自らの呼称を『オウス』とするようにジャクリーンに伝え、食堂車両に来るようにその場にいた三人に言い渡した。

 

 食堂車には藤丸とマシュ、そして雲雀のセイバーことオウスが待っており、クロウとセイバー、ジャクリーンの他には誰もいない様子だった。

「他の奴らはいいのか?」

「……まぁ、色々とな。」

 オウスは語尾を濁らせると、全員をテーブルへと着席させ、いくつかの真相を語り始めた。

「キャスターについてまずは事の真実を語っておくか。アレの本来のクラスはビーストである……というのは、お前たちが知っていたか。」

 藤丸とマシュは頷くが、クロウとジャクリーンは首を傾げる。

「俺たちが追ってる超特殊霊基のことだよ。」

「はい。人類から生じ、人類を滅ぼそうとする、人類が倒さねばならない七つの悪……『人類悪』。獣のクラス、ビースト。単体でも人類を抹消できるだけの力を持っています。」

 マシュの説明に、二人は顔を見合わせる。あまりにも突拍子がなく、また仮にそうであったとしても只人に相手できるような存在ではないように思えた。

「そんなものに……いや、挑むことに変わりはない。けど……お前ら、どうしてそんなに平然としてるんだ?」

 今度は藤丸とマシュが顔を見合わせる。その後、藤丸は悲しそうな顔で「初めてじゃないから」と語った。

「それで、そのビーストに関してまだ何か知っているのか?」

 セイバーがオウスに尋ねると、オウスはやや黙った後にその真実を口にする。

「――この世界の創造主は当該ビーストだ。」



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運命は巡り、そして ②

◆ウォッチャー
真名:九郎判官義経
性別:不明
筋力:- 耐久:EX 敏捷:EX 幸運:- 魔力:EX 宝具:-
スキル:陣地蹂躙A+、対魔力EX、単独顕現EX、万象俯瞰C+、異相の住人A、概念融合A+、有無正否真贋模糊EX
宝具:『???』


 九郎、と呼ばれた事も御座いました。牛若、と呼ばれた事も御座いました。元服して後は義経と。そして左衛門少尉の任を賜り、判官と呼ばれ――兄に、殺されました。はい、邪魔な者は斬り捨てるが世の道理で御座いましたが故、其処に疑念は抱いては居りませぬ。

 しかし――源九郎義経は本当に死んだのか? 後世の人々は拙僧めの余りの悲劇のヒロインっぷりに然様な無謀かつ荒唐無稽な希望を抱いたので御座います。其れでは兄に誠心誠意奉公した義経公が報われぬ、と。

 以て生まれ出でた霊基こそが拙僧めに御座います。即ち、鞍馬天狗の九郎、八艘跳びの義経、悲劇の判官――北方の王義経! 人文神オイナカムイ義経! 草原の覇者成吉思汗! 其の総てが拙僧、其の全てが拙者、其の凡てが私!

 ――結果として『傍観者』などという曖昧模糊極まり無い霊基に貶められては仕舞いましたが、是もまた愉快な物に御座いますれば。斯様に弱き者たちが死力を尽くして足掻く姿が篤と拝見できるのですから!!

 

「――趣味の悪い。」

「え?」

 オウスの独り言に反応するも、クロウはなんでもないとあしらわれてしまう。

「それで、あの建物の主がビーストの居場所を教えてくれたんだな?」

 話題を戻すジャクリーンに、オウスは無言で首肯する。

「でもそうか……確かにそんなモンじゃきゃ、『地球の知性体』だの『この星をやり直す』だのなんて言わないよな……。とんでもない奴を相手にしちまったな、クロウ?」

「……怖くないのか?」

 クロウの問いに、ジャクリーンはぱっと藤丸とマシュの方を見る。二人も同様に考えているようで、興味津々といった表情でジャクリーンを見つめている。

「え……だってフジマルとマシュもいるし、レイラもボドヴィッドの野郎だっているだろ? それに……クロウと、サーヴァントのみんながいるからな。勝てる見込みはないけど、負けるも気もしないじゃないか。」

「暢気に過ぎるな。」

 チョコレートドーナツを貪食するセイバーに一蹴され、がくりと肩を落とすジャクリーン。しかし、セイバーは尚も言葉を続ける。

「だがそれは真理だ。私がいる限り、マスターが敗北するなどあり得ん。」

「はい! この盾がある限り、マスターや皆さんには傷ひとつつけません!」

 つられて意気込むマシュやそれに対して何度も頷くセイバーを見ながらオウスは溜息を吐いて首を振る。

「お前たち……相手は惑星を滅ぼす大災厄だぞ?」

「でも、諦めないことは良いことだよ。」

 藤丸の言葉に、一同はうんうんと頷く。しかし、すぐに笑顔を止め、クロウはジャケットの内ポケットを外側から握り締め、オウスへと問いかける。

「この世界がビーストの作ったものって話、もっと詳しく聞かせてくれないか。」

 オウスは小さく首を縦に振って了承すると、説明を始める。

「前提として、奴は地球と言う惑星を愛している。」

 驚きの表情を見せるクロウ、ジャクリーンに対し、藤丸とマシュは「やっぱりか」といったような思考が顕著に顔に出ていた。

「地球を愛しているからこそ、地球に繁栄する人類の在り方を許せなかった。それは人類そのものが許せないということではない。今の人類の在り様を嘆いたのだ。」

「だから、全部全部やり直そうと……?」

 首肯するオウス。

「だがひとつ訂正すべき点があるな。『やり直そう』ではない。奴は『やり直した』のだ。何度も何度も、何度でも何度でも、私が認識できている限りでも試行回数は阿僧祇を優に超えている。」

「ひっ……!」

 ジャクリーンが短く悲鳴を上げる。自分たちが知らないだけで、世界は何度も繰り返されていた。そのたびに何度ジャクリーンが生まれただろう。何度ジャクリーンが死んだだろう。もしかすると、ジャクリーンが生まれなかった世界だってあったかもしれない。

「……だが、どれだけすべてゼロから再始動しても、溜まっていく『膿』というものがある。それは再生を続ければ続けるだけ規模が大きくなる矛盾だ。――それが、命の聖杯における『泥』の正体。クロウ、お前の一族が隠匿してきた魔術物質の正体だ。」

 その真実に、クロウはふと自らの令呪を見下ろす。片翼の無くなった二画の令呪を見たジャクリーンは、その訳を訊ねる。

「あれ? お前、死んだら令呪が三画補充されるんだろ? 何で二画しかないんだ?」

「そりゃ、一画使った後にまだ一回も死んでねぇからだよ。」

「……慣れるなよ。」

 令呪が刻まれた手を両手で包み込み、ジャクリーンは悲しそうな目でクロウの顔を見上げる。しかし、クロウはいたたまれなくなって視線を逸らしてしまう。するとジャクリーンは勢いよくクロウの胸に頭突きをかまし、その場の空気を少し和らげて見せた。

「……結局、何に使ったんだよ。令呪。」

「いつも通り自分に対してだよ。」

「お前が出るような戦闘、あれから一度も……。」

 そこで、ジャクリーンは何かを察したかのように血の気の引いた顔と震えた声でクロウに問い詰める。

「お前、お前まさか……! おいオウス! その泥ってのは今どうなってるんだ!?」

 オウスはしばらく黙っていたが、特に拒むこともなく答えた。

「泥の所有権は未だに餓叢家にあるが、現状それを保持しているのはビースト……といったような状況だ。だがどのような手段でそうなったにせよ、ビーストに渡っている時点で餓叢家の呪いは棄却されているはずだと私は予想している。」

「そもそも何故、マスターの一族から今更になって泥を奪ったのだ?」

「……不明だ。今までのループにおいても、ビーストが餓叢家から泥を奪うことは無かった。もしかすると、始終の繰り返しから逸脱して育つ泥がここまで肥大化するのをここまで待っていたのやも知れない……。」

「なるほどな。」

 クロウは腑に落ちたように溜息を吐き、席を立つ。

「マスター?」

「ちょっと手洗いに行ってくるわ。」

「クロ――!」

 手洗いとは正反対の方向へ去っていくクロウを引き留めようとするジャクリーンの腕を掴み、セイバーは首を横に振る。その直後、食堂車へとカロンがやってくる。

「お客さんら、そろそろ到着だ。覚悟は充分か。」

 

 そうして、役者は揃う。名も無き島に降り立ったマスターとサーヴァントたち。それを迎え撃つは、二騎のサーヴァントと一体の獣。

「ようやくここを見つけたか、随分と待ちくたびれたぞ、クロウ・ウエムラ。」

 ビーストはニヤリと笑い、両手を広げてその場に行き着いたクロウたちアケローン号の乗組員を迎え入れる。

「やっぱり俺を待っていたか。」

「当然だろう? 我が魔力は外宇宙由来。地球の魔力へと変換するためには膨大な量の『誰かの所持物』となった聖杯の泥が必要であったのだ。餓叢家は私を抑制するために泥と契約したのであろうが、それすらも私が想定したシナリオ通りよ!!」

「本来の泥は聖杯を汚染するもの。汚染されてしまえば聖杯を用いて何かを成さんとするお前の野望も水泡に帰すからな。」

 オウスに指摘されても、ビーストの表情は崩れない。それを知られたからとてクロウたちに打つ手がないことはわかりきっているとでも言いたげに。

「貴様らには何もできない! 何かを為せるか? この『変貌』の獣に! 進化を促進させる権能を持つ我が獣性に! 何もできまい、何も為せまい! それが人類だ、それがヒトだ! いざとなっても動くことなどできない! 打つ手もない! 脆弱で惰弱で貧弱で虚弱で矮弱な知性体だ!」

 確かに、その通りだった。クロウは拳を握り締め、唇を噛む。だが、その手に触れる別の手があった。その肩を叩く別の手があった。

「それでも!」

 と、叫ぶアインツベルンの子。

「それでも、と言い続けるんだ、クロウ!」

「はい! 私たちはまだ立ってビーストに立ち向かっています、クロウさん!」

 決意に満ちた瞳でクロウの隣に並ぶ二人の異邦者。

「アサシンがヘマしたせいでこんな所まで来てしまったが……もうこうなっては仕方がない。目の前の獲物を討ち取るまでは帰れないと思え、死神様。」

「ッたり前だ、怠け者(オレ・ライスカ)。二度も下手打つ兵士じゃあないさ、あたいは。」

 溜息を吐きながらも各々手にした銃に弾丸を装填する狩人たち。

「葦原の子よ。天津神と国津神がお前を見守っている。ここが正念場だ。」

 腰に佩く剣を抜き放つ古の大英雄。

「クロウ、行こうぜ。世界を救うんだ。」

「マスター。聖剣は今も、貴方と共に。行きましょう。」

 ぎゅっと手を握る愛する者と、肩を掴みながら柄にもなく『彼女』のようなせりふを吐く相棒。

「――そうだな。」

 黒鴉は前を向く。睨むは獣の先、ここからでは余りにも遠く、されど手を伸ばせばすぐそこに在る明日(みらい)

 ビーストはやがて空中へと飛び上がると、背後に無数の炎の矢を生み出し、その鏃を一斉にクロウたちへと向けた。

「絶望せよ! 貴様らは、ここで我が宿望を見届けて死にゆくのだ!! 惑星再生の瞬間をその目に焼き付けろ!! ハ、ハハハハ、ハハハハハハ!!!」

 そして、無数の炎の矢が、豪雨となって一行へと降り注いだ。

 

 ――凡百なる生命を観察しているのは気分が良う御座った。しかし、何とも後味の悪い話の様に思えまする。未来を掴みたい、想いを繋げたいと足掻く彼の若人達を見ていると、拙僧めの奥底から何やら得体の知れぬ激情が込み上げて来るので御座います。

 嗚呼、此れは如何なる感情か。拙僧めには、達観者と化してしまった拙僧めには判りませぬ。解せませぬ。何故、拙僧めは己を憎んでいるのか。我が内に宿る無数の『義経伝説』達が頻りに騒ぎ立てるので御座います。

 此度も見逃すか。此度も諦めるか。此度も見捨てるか! 其れが牛若丸か、其れが源義経か、其れがオイナカムイか、其れが成吉思汗か! 去りし日、古代バビロニアに於いて拙僧めを英雄と讃えた少年に応える自らの在り方か! その記憶は拙僧めには無い。ただ、拙僧めを構成する一つの要素が訴え掛けるのみ。だが――。

 我らは英霊。人類史に刻まれた、嘗て在りし人の影。我らの存在は、人類史の存続に依って報われる。そう――拙僧めが欲しかった明日を、千年の後の世に於いて尚も欲しがり無様に足掻く子が居た。それだけで――拙僧めを突き動かすに足る。仮初めの命を懸ける価値が、有る!

 為れば、私は――!!



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Fate/Grave Patron ①

◆アヴェンジャー?
真名:ネロ・クラウディウス
性別:女性
筋力:C 耐久:D+ 敏捷:A 幸運:C 魔力:A+ 宝具:A+
スキル:対魔力C+、騎乗B、頭痛持ちA、黄帝特権EX、三度、落陽を迎えてもA、炎の喝采A
宝具:『灼き滅ちる黄金劇場(ブルチャート・ドムス・アウレア)』
→104年の大火災によって焼失したドムス・アウレアを再現する固有結界。内包した人間を焼き尽くすまで何度でも大火災が再演される。
『???』
→陛下は眠っておられる。浪漫の焔は二度落ちた。三度、落ちてしまうのか。


「あなたは……誰……?」

 ゾーエの問いに、アロイジウスと名乗った英雄は手にした純白の槍をぎゅっと握り締める。

「――誰でもないさ。ただ、君を助けてあげたいと思って無理矢理自分から召喚されただけの出来損ない(・・・・・)だ。……さぁマスター。僕様は何をすれば良い?」

 その時、すべての攻撃を耐え抜いたプラムたちが何処かへと去って行こうとするのが見えた。咄嗟に、ゾーエは目の前の英霊へ命じる。

「追いかけよう――アロー(・・・)!」

 あるいは、一瞬の歪み。本来、彼女が知るはずのない愛称。それでも、名も無き英霊は確とその鼓膜で捉えたのだ。それだけで、彼女が奮い立つには充分であった。

 

 射出された炎の矢は、着弾するよりも早くすべて地上から発射された無数の剣によって相殺される。同時にそれと代わって空から無数に落下してくるのは同様の剣。一振り一振り作りも拵えも違う剣は、地面にガツンと大きな音を立てて突き刺さると、その割れ目から励起した魔術回路の如き紋様が広がっていき、それぞれがそれぞれの紋様と繋がっていき、ひとつの巨大な魔術回路が組み上がっていく。

「So as I pray――!」

 どこからともなく、詠唱が聞こえてくる。詠唱が編み終わると同時に空中には巨大な歯車が幾数個生成され、漆黒の大地は見る見る間に荒野へと成り代わっていく。それでも現実世界を完全に塗り替えるには至らず、墓標のように突き立てられた荒野の奥には火山、曇り空に歯車が浮いているだけの中途半端な結界と化してしまう。

「――UNLIMITED BLADE WORKS!!」

 詠唱を終え、自らの心象風景を現実へと上書きすると、赤毛の青年はクロウの前に着地した。

「シロウさん!?」

「やっぱりお前も来たか、玖郎。……セイバー・レイヴン。これまで玖郎を守ってくれてありがとな。」

「当然の責務だ、シロウ。私はマスターの剣であり鎧なのだからな。」

 士郎はそのセイバーの返答に頷くと、ひと跳びの跳躍でこちらへとやって来た尼僧をキッと睨みつける。赤黒い魔力で構築された幻像の翼を用いてビーストとクロウたちの間に阻むように優雅に着地すると、尼僧は歪んだ笑顔をクロウ達に見せた。

「――おや、おやおや。嬉しいですね、私の『今は死ぬな』というお願い、きちんと聞き届けてくれましたか。」

「生憎とな。」

 すると、シスター・プラムを追うようにその場にもう一組のマスターとサーヴァントの集団がやって来た。そのうちのひとり、ゾーエはクロウを見ると、驚きと見知った人間に出会えた安堵を表情に見せ、元気よく手を振って見せた。

「セイバーのマスターさん、久しぶり!」

「ゾーエ……悪いな、凄いことに巻き込んじまったみたいだ。」

「ううん、いいの! ここに立っているのは私の意志だもの!」

「マスター、あまり無理はするなよ。」

 明るく振舞っていたゾーエだったが、アロイジウスに淡白に指摘され、不意に顔に陰りを見せてしまう。

「……うん。」

 その短い応答の声だけで、クロウは何となく察してしまう。ゾーエがこれまで多くの出会いと別れを経験してきたことを。そもそも、ゾーエの事を『マスター』と呼んでいるサーヴァントは、ライダーではなく何の因果か『向こう側』で死したと聞いているアロイジウスだった。きっと、クロウには到底想像もできないほどの悲しいことがたくさんあったのだろう――。

 しかし、今にも涙をこぼしそうなゾーエの背中を叩く人物がいた。

「よっ! シケた顔するなよ嬢ちゃん!」

「あなたは……?」

「おれはジャクリーン・リッジウェイ! 名前、聞いたことないか?」

「リッジウェイの娘さん……! あなただったの!?」

「ああ! ジャックって呼んでくれよ。初めまして(・・・・・)、ゾーエ!」

 天体科の名家に生まれた二人の少女は、挨拶を交わして初めての握手をする。クロウとズーハオも、それぞれがそれぞれの目を見た瞬間に何かを感じ取ったのか、拳を突き合わせるのみではあったがこの世界において初めての出会いに互いを讃え合った。

 それを見届け終わると、シスター・プラムはビーストへ問いかける。

「さて、それではどうしましょうか、ビースト。」

「無論、須らくの駆逐だ。ここですべての因縁に決着をつける……!」

 シスター・プラムとビーストがまるで仲間であるかのようなそのやり取りに、クロウは声を荒げる。

「なっ……お前らグルだったのか!?」

「えぇ、正確にはグルに『なりました』。」

 直立したまま微動だにせず、口だけを動かしてシスター・プラムは肯定する。

「私はもとより『神』なる不確定な存在を信仰していませんでしたから。」

 そう、修道服を身に纏う悪魔は不遜に宣う。

「大変気になっていたのですよ。『神』とは何なのか。原初に世界へ降り立ち我が物顔で罪を定め愛を定めたくせに、人ひとり救うこともしなかったその『神』とやら……一度この目で見てみたかった。ですのでまぁ、利害の一致と言いますか? 私はビーストが『神』へと昇華する補助を行う。ビーストは私に『神』を見せてくれる。ウィン・ウィンだと思いますねぇ。」

 耳まで裂けるかと思うほどに口端を吊り上げ、シスター・プラムは蝙蝠のような笑い声をあげる。しばらく睨み合っていた双方が動き出したのは、ビースト目掛けてテラが飛び出した瞬間だった。

 

 まっすぐビーストへ向かって突進していくテラを追いかけ、ゾーエとアロイジウスも前へ出る。しかし当然の如く、その進路上にはシスター・プラムが立ちはだかった。腕に纏った赤黒い魔力を剣立つ荒れ地へと浸透させると、地表から無数の鉄杭がゾーエたちへと迫りゆく。

「やらせは――しないっ!」

 幻想の具足を展開し、一時的にその猛攻を防ぎ切ったのは、ズーハオを担いでシスター・プラムを牽制するように勢いよくその場に着地したランサーであった。ズーハオをその場に降ろすと、ランサーは頭の上で兄の大槍をぶんと景気よく振り回し、背後のゾーエたちへ声をかける。

「この尼と剣士はボクらが引き受けた! ビーストを倒してこいっ!」

 ゾーエとテラは躊躇いなく頷き、シスター・プラムの横を通り過ぎていく。それを阻むように腕をゾーエへ向けたシスター・プラムの手首を槍で突き刺すランサー。

「っ、ぐ、ぅ――!」

「行かせないさ、あの子たちの元へはな!」

「ふふ、主君ひとり守り切れなかった腹心が、ここまで来て何を言いますか。」

「ッ――!」

 いくら温和なランサーであっても、その言葉だけは看過できなかった。漏れ出した魔力が紅蓮の炎となってランサーの体躯を舐めるように焦がしていく。しかし、その背に触れたズーハオの言葉が、ランサーに理性を呼び戻した。

「なっちゃん。守れなかったのなら次は守ればいい。言われただろう、『儂の分まで最後まで生き残れ』と!」

「――うん。」

 すぅ、とランサーは深く息を吸い込み、浅く吐き出す。開いた眼で不機嫌そうなシスター・プラムを睨みつけ、再度肯定の宣言を言い放つ。

「うん! 守ろう、守るんだ! 世界を、みんなを、ズーちゃん(マスター)を! 行こうズーちゃん――ここがボクらの、本能寺だッ!!」

 シスター・プラムと衝突するように前へと出ると、過ぎ去っていくゾーエへ背を向け、庇うように立ちはだかる。そして槍を地へと音高く叩きつければ、そこには三界神仏を灰燼と帰さんまでに燃え盛る紅蓮の焔が壁のように立ち上がり、炎上する仏寺を形成していった。

「さぁ! 阻まねばならぬものを得た森蘭丸は往生際が半端なく悪いぞ! ()を倒せるものなら、やってみろッ!!」

 燃え上がる幻想の本能寺へと追い打ちをかけるように、月桂冠のサーヴァントの火炎がランサーたちに迫りくる。その炎をガンドを使って払うズーハオと、攻め入るシスター・プラムに刃を向けるランサー。

 しかしその直後、ビーストの動きに変化があった。ビーストの上半身と下半身がバックリ割れたかと思うと、その内部に広がっていた虚空から、無数の人型の怪物が溢れ出してきたのだ。まるで洪水のように我先にと外界へと飛び出し、地面へと墜落し、その場にいるすべてへ襲い掛かろうとするその姿は、さながらにビーストが取り込んだコーニッシュの宝具、『全ての死に祝福あれ(ブラッド・シェイク)』のようであった。

「あいつ……自分が食べたサーヴァントの宝具が使えるの!?」

 驚愕するランサーの視線でゾーエやクロウたちに襲い掛かろうとする死の洪水はしかし、コーニッシュの用いていたものとは違い、動く死体ではなく、イヌ科の頭部と蹄を持つ怪物であったのだ。その怪物たちは一斉にクロウたちに襲い掛かったが、その道中で軌道を変え、別の一点へと集中して雪崩れ込み始めた。その場にいたのは――。

「……ッ!」

 咄嗟にその場を離れたのは、ズーハオであった。ランサーには何も告げず、怪物の一斉行軍が押し寄せるその場所目掛けて身体強化を施した脚で急行する。

 

「この――馬鹿野郎!!」

 そこへ辿り着くや否や、ズーハオはカイリの頬を殴り飛ばす。

「死ぬ気か! セイルが死んだから自分も死のうと言うのか!?」

 カイリは激情を露わに逆にズーハオの顔面を殴り返すと、声を荒げて反駁した。

「あぁ、あぁそうだよ! 悪いのか!? あたしらはなぁ! いつも二人で一緒だったんだ……こんな、こんなことにお前が巻き込まなきゃ、セイルはまだ生きてたんだぞ!! お前がセイルを殺したんだ、お前が、お前が……ッ!」

「……だが。」

 殴られた傷をあえて治療することはせず、涙を流すカイリの肩を掴む。

「それをセイルは最も望まない。もし立場が逆だったら。もしお前が死んで、その後をセイルが追おうとしていたら――お前ならば止めようとしないか!?」

「止める……止めるよ、その手段があったなら! だって、だってそんなの、あたしは望んじゃいない! あたしが死んだからって、セイルには生きてほしかった! でも……!」

「ならば双子なんだ、考えることは同じだろう! セイルはお前に生きてほしがっている! 別れも言えなかったかもしれない。最期に抱擁も交わせなかったかもしれない。だがセイルはそれでも、覚悟を以てあの尼僧に立ち向かったんだ! あぁ認めよう、オレが殺したも同然だ!」

 普段仏頂面しか見せないズーハオが、この時ばかりは好敵手の無謀を糾弾していた。人間の体温ではないと断ぜられるほど冷たいカイリの肩を爪跡が残るほど握り締め、牙を剥いて吼えていた。

「その裁きはいずれ受けよう! だが今ではないだろう、三塚月カイリ!!」

「そう……っすね。ごめんなさい。あたしどうかしてた……。親友を目の前で喪ったゾーエですらあんなに気丈に振舞って、目の前の困難に自分から挑んでるってのに……あぁ、そうっすよ。」

 カイリは天を仰ぎ、ズーハオの手を払って異形の大群に面と向かって対峙した。

「あたし、ズーハオに今までずっと勝てなかったものがあったんすよ。」

 カイリの腕から冷気が漏れ出す。恐らく、三塚月の熱伝導魔術によるものだろう。怪物たちはまるでより温度の低いものを感知しているかのように、まっすぐカイリ目掛けて押し寄せてきた。

「心の強さ、っす。」

 まず真っ先に飛び掛かってきた怪物をアッパーカットで吹き飛ばす。間断なく攻めて来る怪物たちを、カイリは口を動かしながらも次々に屠っていった。

「そりゃあ? ズーハオよりも天才だったし、今でもズーハオより強いと思うぜ?」

「……。」

「でも……さ。心の強さだけはいつまで経ってもお前には勝てないんだ。修行もすぐ音を上げてたし、すぐ見栄張るし。その点……ズーハオは頑固だったし、愚直だったし、直情馬鹿って感じだったっすけど。」

 その時、カイリの視界に小さな光が映り込む。それは、内に溜めた魔力を解放する宝玉の輝きだった。その白い光はふわりと漂ってズーハオの肉体へと吸い込まれる。それと同時にカイリよりズーハオを優先するように怪物たちが動き始めた。

「そうだな。お前は昔から逃げ癖が強かった。だがお前はこうしてここに立てているじゃないか。……お前も立派になったよ、カイリ。」

 周囲に色彩々の宝石をいくつも飛び回らせながら、ズーハオは死の河を堰き止めていく。

「――よく笑うようになったっすね。」

「そうだな。オレもそう思う。」

 二人の藍燕武術使いは、アームレスリング式の握手を一瞬だけ交わすと、到底二人だけでは止められないような物量の怨嗟を前に猛攻を仕掛けるのであった。



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Fate/Grave Patron ②

◆グランド・ライダー
真名:宇宙船地球号(スペースシップ・アース)
性別:男性
筋力:C+ 耐久:B+ 敏捷:B+ 魔力:A++ 幸運:D 宝具:EX
スキル:対魔力A、騎乗EX、陣地作成A、単独行動EX、神性E-、惑星躯体A++、原初の意思A、生命愛EX、抑止力EX
宝具:『???』


 眷属たちが自らの意思に逆らい、ズーハオとカイリに襲い掛かるのを見たビーストは見るからに不機嫌そうな表情を見せ、再び上半身と下半身を咢の如く大きく開け放つ。

 そこから放出されたのは、虚影の兵士たちであった。見覚えがあるのか、藤丸が呟く。

「シャドウ・サーヴァント……!」

「なんだ、それ?」

「サーヴァントの霊基を模した影のような存在です!」

 ジャクリーンの問いに答えたのは、マシュであった。ビーストは数十騎以上のシャドウ・サーヴァントを腹部から吐き出すと、また上下半身を接合させ、ヒトの姿へと戻る。

「ただの魔力の塊だったり怨霊みたいなものだけど、実力は本物のサーヴァントと大差ないんだ! それが、こんなに……!」

 だが、立ち止まる一同の中でただ二人だけ、暗黒の大軍団の渦中へと飛び込む姿があった。

「ナリはサーヴァントなんだろ!?」

「心臓と霊核はあるはずだ、柄でもないが――食い止めるぞ、アサシン!!」

 面々の中で最も協力する素振りを見せなかったボドヴィッドとアサシンだった。アサシンはモシン・ナガンのハンドルに掌を、引き金に小指を添え、銃床を肩に抑えつける体勢で的確に脳天を穿つ早撃ちを披露しつつ、呆ける背後のクロウたちへ声を荒げる。

「早く行けってんだよッ!! ついでにお前らも殺すぞ!!」

 はっと我に返り、クロウたちは行く手を阻むシャドウ・サーヴァントたちを数体迎撃しながらビーストの元へと急行する。その間も、クロウたちに襲い掛かるシャドウ・サーヴァントが次々にアサシンの狙撃の餌食になっていった。

 

「……本当に、柄でもない。どうして私はこんな……。」

 手にしたオートマチック式の拳銃で周囲のシャドウ・サーヴァントにダメージを与えながら、ボドヴィッドは己の衝動に疑念を抱いていた。

「本当だな、ボドヴィッド。お前、生きていたかったんじゃないのか?」

「そうだな……。」

 背中を密着させ、ひたすらに眼前の敵を蹴散らしていくアサシンに嘲笑され、ボドヴィッドも皮肉じみた笑顔を浮かべる。

「自分から死にに行くような真似を。……きっと、全部あいつらのせいだ。」

「クロウか?」

「あぁ。あいつを殺すことに何も変わりはない。今すぐにあいつを背後から撃ち抜くことだってできる。だが――だが!」

 唇を噛み締め、ボドヴィッドは吼える。

「あいつしかいないんだ! こんな状況……。あいつを今すぐに殺しても、好転するはずがない……それどころか、私たちが生還できる確率も大幅に低下する! だから……だから癪だが、ここは任せられてやる!! 私が生き残るために、こんなクソたいな地獄を打破してみせろ、若鴉!!」

 その咆哮に呼応するように、アサシンも腹の底から声を出し、前を征くセイバーの背中へと彼女なりの激励を飛ばすのであった。

「セイバー! お前の脳天、あたいが予約してるの忘れんじゃないぞ!! それまで死ぬな! あたいに殺されるまで生きて戦え!!」

 ガチン、とコッキングハンドルを引き絞りながら笑うアサシンの魔弾は、目の前にいたコーニッシュのような姿のシャドウ・サーヴァントの頭蓋を吹き飛ばして見せた。

 

 やがて、クロウとセイバー、ジャクリーンとオウス、レイラとバーサーカー、そして藤丸とマシュは、ビーストのほぼ真下へと辿り着く。

「蛮勇を。」

 嘲笑うビーストの体躯からは、獣の脚部や臓腑で構築された触手がその皮膚を突き破って露出していた。

「しかし不可解だな。私のこの姿を直視しても正気を保てているとは。」

 首を傾げるビーストに対し、突如としてレイラを肩に乗せていたバーサーカーが吼え猛る。その姿を見たビーストは、合点がいったように何度も首を縦に振った。

「……なるほど。インターネットミームの怪物……。私の狂気ですらもインターネットミームとして脅威性を取り込んだか。それはマスターの命令か――いや。」

 何のことかわかっていない様子のレイラの表情を見たビーストは考えることを止め、魔力を一気に周囲へ撒き散らし始めた。暴風となって一行を襲うその魔力はやがてビーストの霊基を侵食し始め、ビーストの高笑いと共に冒涜的な材質の触手を形成していく。

「理性がなくともマスターを慕う想いは誰より強い……と! フ、フフ、ハハハハハ!!! 滑稽だ!! ただの名も無き化物にすら哀れに思われるとは、これだからヒトというのは憂うべき知性体なのだ!!」

 臓器と臓器がぐちゃり、ぐちゃりと融合していく。結合していく。どろどろに溶け合ってひとつのカタチを成していく。ビーストの姿は最早人間の原型を留めておらず、肩口から、股関節から、首から、腹部から、背部から、大量の触手を吐き出すだけの出力機へと成り果てていた。

 ――かくして、ここに人類悪、その真なる姿が顕現する。その名は『変貌』。見上げるほど高く高く、雲を貫くほど高く高くまで聳えるその威容は、『樹木』であった。触手によって構成された幹を天へと突きあげ、触手によって編まれた枝を天蓋へと食い込ませていく。その根は固化溶岩を砕き、抉り、深く深くへと惑星を蝕んでいく。

『ハ、ハハ!! モロい、モロいなァ、セカイとイうのは!! どうだ、ワタシのエダはイマにも、ベツセカイへとシンショクをハジめんとしているではないか!!』

「う、ああ、ああああ――っ!!!」

 クロウが苦しむ声に振り替えれば、そこには血反吐を吐いて倒れこむテラを抱き起こすゾーエの姿があった。

『ハハハハ!!! ネもホシのフカくへ、聖杯へとトウタツしたぞ!! ナガくマたせたな、ワがセカイ!! これより、このセカイのホウソクをホカのセカイへとテキヨウさせるダンカイへとイコウする!! ゼンジンルイが、シンにコウフクでいられるセカイを――ワがテで! ソウゾウするのだ!!』

 直後、マシュが携帯していた通信機から幼い少女の声が鳴り響いた。

『――シュ、マシュ! 藤丸くん! 聞こえているかい!?』

「ダ・ヴィンチちゃん!」

 藤丸が『ダ・ヴィンチ』と呼んだその幼い少女の声の主は、藤丸とマシュに事態の説明を要求する。言われた通り手短にマシュが報告を終えると、ダ・ヴィンチは切羽詰まった声音で自らのいる場所の状況について発言した。

『まずいぞ、こちら側でも不可解な魔術的干渉が計測された! その人類悪の成りかけがこちら側の世界に枝を伸ばした影響でパスが生まれて通信機が正常に作動したんだ! 一刻も早く、その人類悪の成長を止めるんだ!!』

「そんな事言ったって、どうやって――!」

 ジャクリーンの疑問に答えたのはオウスだった。

「……奴の幹には未だ粗が残っている。通常の樹木で言わば、『虚』だ。その虚から内部へ侵入し、成長を阻害するような手立てがあれば、よもや……。」

「……。」

 オウスの提案を聞く一同の中で、ひとりだけ思い悩むベクトルの違う表情を見せる少女が居た。レイラは自らの掌をじっと見つめ、苦悩している様子だった。そんなレイラの膝に、そっと指を乗せるバーサーカー。

「■■■■■▪▪▪▪――。」

「うん。……うん。わかってるよ、バーサーカー。きっとここが運命の分かれ道。ここでやらなきゃ、きっと全部ダメになるんだ。わかってる……わたくしだって、覚悟決めてきたもの。」

 レイラは表情を引き締め、その場にいた全員に問う。

「あのビーストを倒す手段はある!?」

「ぼ――く、が。」

 ゾーエに支えられながら、憔悴しきったテラが挙手する。

「ビーストを……止められるの、は、グランドクラス……だけだから。でも、レイラ……それで、いいの?」

 すべてを理解しているかのようなテラの質問に、レイラはぐっと拳を握り締めて肯定する。

「――ええ。わかっています。でもこれは、この星のため。」

 レイラは樹木と化した人類悪を見据え、バーサーカーに指示を飛ばす。

「行くわよ、バーサーカー! わたくしたちで道を拓きましょう!!」

 咆哮えるバーサーカーの肩にしがみつきながら、レイラは手元に純白の魔術礼装を呼び出す。

「これはわたくしが元々在ったとある礼装を改造し、数十年の歳月をかけて生み出した、聖杯を破壊するための礼装……その名を、『堕天の(ドレス)』と言います。一度身に纏えば、わたくしの肉体は聖杯を破壊するためのマジックアイテムへと成り下がるわ。」

 『堕天の衣』を躊躇なくその身に纏うと、レイラの瞳から光が消える。最後にこれもまた純白の王冠を戴き、クロウたちに言葉を残すと、レイラはバーサーカーと共にビーストの根本へと去って行った。

「……それでは皆さん、ごきげんよう。わたくしたちの想い、未来へ届けてくださいね。」

「レイ――!」

 ジャクリーンの呼び掛けも空しく、その時には既にレイラの姿は遠く離れてしまっていた。

 

 疾駆するバーサーカーとその肩に腰かける堕天の衣纏うレイラが根を駆けあがっていく道中、眼前にシャドウ・サーヴァントが数十体、根から生まれ落ちるように這い出して来る。バーサーカーと頷き合い、レイラはその場でバーサーカーの肩から飛び降りる。

「――っ!」

 既に自己の自由と制御が効かなくなっている身体に鞭打ち、レイラは遠く遠く離れた幹へと、肉の表皮を走っていく。

「■■■■■■■■■■――!」

 背後で、バーサーカーがシャドウ・サーヴァントたちの猛攻に悲鳴を上げているのが聞こえる。レイラは唇を噛み締め、手元の令呪を見下ろす。

「もう、心残りなんて――!」

 目尻から溢れる涙を令呪が刻まれた右手で拭い取り、レイラは令呪を天高く掲げ、腹の底から声を振り絞って叫んだ。

「やっちゃえ――やっちゃえ、バーサーカアアアァァーーーッッ!!!」

 三画満足に残っていた真紅の刻印はその瞬間にすべての輝きを失い、代わりに背後のバーサーカーの悲鳴が雄叫びへと成り代わる。

 しかし、それでシャドウ・サーヴァントの問題が解決したわけではない。走るレイラの周囲にも、シャドウ・サーヴァントや鋭利に尖った触手が湧出しつつあった。悔し気に歯を食いしばるレイラの頭上から、突如女声が降り注ぐ。

「葦原の子、歪んだアインツベルンの子、レイラ・アダモーヴィチ・アインツベルン! 虚への水先案内人、このオウスノミコが引き受けよう!!」

 オウスはレイラの眼前に着地すると、白く輝く剣で触手やシャドウ・サーヴァントを討ち祓い、前へと飛び出していく。その姿はやがて堕天の衣にも負けず劣らない純白の光を放ち、大いなる翼を持つ白鷺へと変わっていった。

「子ら、我が翼の元に未来を抱け! この目、三世を見守る抑止の霊魂!! 『大和翔舞せし白翼の霊鳥(ヤマトタケルノミコト)』――ッ!!!」

 光り輝く白鷺は、燃える翼を羽ばたかせ、レイラの征く道を阻む障害物を吹き飛ばしていく。そして、ビーストの幹へと特攻を仕掛け、その壁面に巨大な空洞を覗かせる大穴を生み出して見せた。

 ビーストも痛覚が残っているのか、苦悶の声をあげながらシャドウ・サーヴァントを吐き出す行動を止める。そのチャンスを決して逃さず、レイラは全力で前へ走り抜けた。魔術回路が熱を帯び、少しでも気を緩めれば失神しかねない激痛が全身を駆け巡っても、レイラは絶対に足を止めなかった。頭上の枝から照射される熱線に肩や片目を貫かれても、レイラは絶対に足を止めなかった。

 自らの足でようやくオウスが捨て身の宝具で崩壊させた虚へと辿り着くと、ふとレイラは眼下を見下ろした。生憎の曇り空だが、レイラの目にはその世界は愛おしく思え――。

「っ……!」

 だからこそ、その残った右眼に映った少年少女たちの姿に、涙が込み上げた。それでも。

 それでも、レイラは虚の内へとその身を投げ出す。どこまで行っても果てなど見えない漆黒の空間の奥底へと堕ちていく。

 あぁ。願うなら。

「最期も一緒に、居たかったなぁ――。」

 その脳裏に浮かぶのは、何度もレイラを気遣ってくれた、理性無き無辜の怪物の姿。やがて落下していく感覚も麻痺してきた時、レイラの耳朶に触れる耳障りな声があった。

「――!!」

 おもむろにレイラが瞼を開ければ、そこにはバーサーカーがいた。必死にレイラへと手を伸ばし続けるバーサーカーの姿に、レイラは涙を零しながらも笑って見せる。

「もう、本当に律義な子なんだから。いいよ、一緒に堕ちよう……!」

 その手を取ると、バーサーカーはレイラの身を抱き締め、か細い声で鳴くのであった。

「――レ、イ、ラ――ア、ァ!」

 

「……なんだ、ちゃんと呼べるじゃないの……。」



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Fate/Grave Patron ③

 たとえこの身が朽ちても、
 この想いを受け継いでくれる誰かが
 隣にいるはずだから。


 聖杯の破壊のためだけに改造を施していたとレイラが語った堕天の衣。その効力は確実にビーストの霊基を蝕んでいた。肉の樹皮がボロボロと剥がれ、零れ落ち、不快な音を立てて固化溶岩の床に落下して蒸発していく。

『グ、オ、オオ、オ――!!』

 しかしそれでも、ビーストの成長速度を鈍らせる程度にしかなり得なかった。だが、クロウ達は気付くだろう。レイラの決死の尽力によって、『ビーストは弱体化させられる』という事実に。

 ならば。

 

「――なら、出し惜しみは無しだ! セイバー、アレ(・・)を使え! ここが正念場だ!!」

 クロウに指示を出され、セイバーは前へと出る。その姿は魔力の鴉羽を散らせながら騎士の姿へと転移し、その手には隠匿の宝具を捨て去った抜き身の聖剣が握られていた。尚も湧き出るシャドウ・サーヴァントを斬り捨てながらそれ(・・)の範囲内にビーストが入る場所まで辿り着くと、セイバーは固化溶岩と荒涼の大地入り混じる上書きされた現実へとその聖剣を突き立て、ビーストに向かって怒声を浴びせた。

「貴様はヒトを見くびるが、思い知れ! 貴様もまたヒトの身から出でた出来損ないの獣性であることを!! 貴様が今立つ場所を見よ!! この地はこれより――我が領域だ!!!」

 直後、突き刺さった聖剣から、タール色の大地も剣立つ丘も上書きして、現実が塗り替わっていく。民家が現出する。川が現出する。駅舎が、橋梁が、宮殿が、庭園が、そして塔が現出する。

「――これなるは、千と五百の年月を経てもなお朽ちぬ単基の城! 命の灯りが織り成す、唯一不変、絶対の紋章! 其処へ在る以上、貴様とて我が王威に平伏せねばならぬ!」

 それは、グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国の首都、テムズの畔に広がる古くはロンディニウム、現代にて呼ばれるは霧煙り、龍動く灰色の都、ロンドンであった。

「『千年王国戴冠大憲章(マグナ・カルタ)』――ッ!!」

 それは、ジョージ王が基盤を築き、ジョン王が制定した英国憲法の源流。幻想のロンドンを生み出し、『ロンドンに立つ以上いかなる条件を持とうとも王威に頭を垂れねばならない』という、竜国の守護者としての大鴉、セイバー・レイヴンの第二宝具であった。

 

「――。」

 霧状の魔力によって構築されたロンドンの街並みを眺め、手を止めるサーヴァントが居た。

「余、は……。」

 その仮面に、ぴしりと亀裂が生じる。

 

『フ、ハハ! このテイドの宝具で、ワが変貌をトめられるとオモっているのか!? ヒョウシヌけだな、リュウコクのコクア!!』

「いいや……私の『千年王国戴冠大憲章(マグナ・カルタ)』の本質は貴様を弱めることではない!!」

 聖剣を地より抜き、セイバーはさらに前へと駆け出す。その背中へと、クロウは問いかけた。

「セイバー!」

 それは、共に在ってくれた相棒への叱咤激励であり、未だ迷いが完全に消えたわけではない彼女へ贈るエールであった。

「――その手に握っているのは、なんだ!!」

 セイバーは背面から半透明な漆黒の翼を出現させると、魔力を放出する聖剣の切っ先を地へと向け、天高くへと飛翔して見せる。ビーストが突き出してくる鋭い樹枝を斬り払いながら、セイバーの聖剣へと集う魔力が徐々に増幅していく。

「天を駆けろ黒翼! 祖国の誉よ光に! これなるは、地を照らす民草の願い星!!」

 黒くも眩く世界を照らす希望の奔流は刃となり、やがてセイバーの制御のもとに力強く爆発する。巨大な光の剣は雲を貫き、太陽の光を下界へと行き届かせる。それを一息に振り下ろし、守護者の聖剣は人類悪の枝を焼き焦がす。

「決着をつけるぞ!! 『王威守護せし(エクス)――勝利の剣(カリバー)』アアアァァーーー――ッッ!!!」

 レイヴンの名を冠しない、唯一無二の最後の幻想、エクスカリバー。しかし、ロンドン塔の守護者である彼女が事前に放った『千年王国戴冠大憲章(マグナ・カルタ)』の力によって、ビーストの霊基には『ロンドンに於ける悪なる者』、即ち『ロンドン塔の囚人』の烙印が刻まれていた。王威へ叛く者に対し、セイバー・レイヴンの剣は絶大なる牙を剥く。

『ガ、アアア、アア――ッッ!!?』

 

 だが、それほどの宝具を以てしても、ビーストの成長は止まらなかった。伊達に人類悪の空席を名乗っていないのか、宝具を撃ち終えたセイバーを肉の枝によって羽虫のように叩き落し、苦悶の悲鳴をあげながらも見る見る間に枝葉を天蓋の遍くへと広げていく。

『ハハ――ハ、ハ!! ブザマなモノだ!! ミよ、キサマらのハラカラを!!』

 ビーストに指摘され、クロウは背後を振り向く。

 シスター・プラムと月桂冠のサーヴァントを相手取っていたランサーも満身創痍となって膝をついていた。ズーハオとカイリも既に限界が訪れているのか、体幹を支える脚がふらついている。ボドヴィッドとアサシンにも魔力切れが近付いていた。

 それに追い打ちをかけるように、ビーストの幹枝からその場にいる全員を呑み込みかねない規模の超巨大熱線が放射される。

「皆さん、私の後ろに!! ――顕現せよ、『いまは脆き夢想の城(モールド・キャメロット)』!!」

 マシュに急かされ、藤丸とクロウらマスターたちはマシュの盾から出現したモザイクのかかった白亜の城壁に隠れるように熱線から逃れる。

 シスター・プラムとアヴェンジャー、ランサーは上空へと逃れつつ戦闘を継続し、ズーハオとカイリ、ボドヴィッドとアサシンは咄嗟に現実世界へ飛び出したアケローン号に回収され、虚界(インター)へと逃げ延びて難を逃れた。

 熱線が掻き消えた直後、動いたのはアロイジウスと士郎であった。士郎はいつの間にか手にした黒色の弓に剣を番え、引き絞る。アロイジウスも魔力を槍へと集積させながら、地を這って立ち上がろうとするゾーエへと声をかけた。

「ゾーエ、僕様はね、君の事……なぁんにも覚えてないんだ。でも、僕様にとって大切な人なんだってことだけは覚えてる。一休宗純が千里眼を持っていながらわざわざ自分のマスターが死ぬかもしれない場所へエルマ姉さんを連れてきた理由、君にはわかるかい?」

 ゾーエはきょとんとする。目の前のサーヴァントは何を言っているのか。なぜ、末子であるはずのエルマを姉と呼ぶのか。面識も無いはずなのに、なぜ自分の事を大切な人と言うのか。何もわからなかったが、それでもアロイジウスは言葉を続けた。

「一休宗純の本当の狙いは僕様にあったんだよ、ゾーエ。ゾーエの記憶がほとんどなくなった僕様が君の元へ辿り着くのは本当に厳しかった。でも、アーレルスマイアーの血が僕様を呼び寄せた! ……結局、エルマ姉さんを守ることはできなかったけれど……。でもこうして、ここに立って、君を守ることはできてる! それでいい――はずなんだ!」

 アロイジウスが握る名も無き純白の盲槍は輝きを増し、アロイジウスの決意に呼応するように強力な宝具となって暴発寸前の臨界状態へと移行する。

「君が僕様のことを忘れていても――僕様は絶対に、君を生きて帰す!! 届けェ!! 『英霊真人類規格宝具(ノウブル・ファンタズム)』ッ!!!」

「『偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)』!」

 二人の人間と元人間による宝具は、再び熱線を放たんと魔力を蓄えていたビーストへと直撃し、隙を生む。アロイジウスは槍を失ったが、その表情はとても誇らしげであった。

「ありがとう、アロイジウス! 君は立派な英霊だ!」

 二人が稼いだ時間を無駄にすまいと、テラはガンドの構えを取り、指先に魔力をチャージし始める。

 

 次の瞬間、クロウは凄まじい悪寒に襲われた。ビーストが自分の方を睨んでいるように感じる。それを裏付けるように、ビーストは苦しみながらもその脳の奥に直接響いてくるような悍ましい声音でクロウの名を呼んだ。

『トキがミちるのをマっていたというに、キサマらァ……!! ウエムラのイエの魔術師!! ワタシに……ワタシに「泥」をカエせエエエェェッッ!!!』

「玖郎を殺して所有権を奪うつもりか!」

 士郎の危惧通り、ビーストの触手がまっすぐクロウの命目掛けて超高速で伸びて来る。庇おうとするセイバーの行動も間に合わず、その肉棘は無情にもクロウの心臓を穿とうと肉薄した。

 が、一歩早く。

「令呪を以て命ずる!」

 クロウは右手の令呪をセイバーへと向けて放つ。片翼を失った鴉の刻印からはもう片方の翼も消え失せ。

「これが最後の命令だ、セイバー! ……生きろ! 生きてお前自身の願いを叶えろ! それまで座に還ることは、絶対に許さない!」

 こちらへと接近してくるセイバーへと呪いを刻み込む。

「何を……っ、マスター、お前まさか!」

 そして、ビーストの鋭く尖った臓腑が自身の胸部を刺し貫く一拍寸前、クロウは最後の令呪を使い切る。

「――終の令呪を以て、我が肉体へ断ずる! ……生命維持の呪いを遮断しろッ!!」

 

 ばしゃん。

『あ、アア、ああアあアアあああーーーッッ!!! キサマ!! キサマキサマキサマあああ!!!』

 ばしゃん、ばしゃん。

「ごほっ……。」

 クロウの喉の奥から、どす黒い泥状の液体が漏れ出し、地面に落ちて広がる。

「ああ――なんだ。俺、最初から……。」

 当然の摂理だろう。餓叢家の呪いがすべて棄却されたと当時キャスターを名乗っていたビーストに告げられた時点で、クロウはまず真っ先に自らに令呪を一画使用し、止めるよう指示がない限り働き続ける生命維持の呪術を自身に付与していた。

 齢七つで一度死した己の命は、これまで何度も費やされ、既にこの世に在ってはいけないはずのところを餓叢家の呪いによって存命し続けていたと自覚していたがために。

「セ、イ……。」

 ばしゃん。

 ついに、クロウの四肢が泥となって地へと零れ落ちる。それでも、膝でセイバーの元へと這いずるように歩み寄る。

「マスター……マスター、クロウ! クロウ! 何てことを……ジャクリーンを置いていくのか!? おい、クロウ! やめろ……やめろ!!」

「は、はは……もう、だめ……だ。うん……ジャックを……よろしくな。」

 ばしゃん。

 既に、クロウの肉体はそのほとんどが泥と化していた。必死にその身体を抱き留めるセイバーの腕の中で、一羽の哀れな若鴉、餓叢玖郎は笑って、

「ありがとう。相棒、アルトリア、……かあ、さん――

 

 ばしゃん。

 

「あ――……。」

 その背中に最後まで少しでも触れようと、駆け寄ろうとしたジャクリーンの絶望一色の表情に、セイバーは思わずジャクリーンを抱き締めていた。

「あ……あ……ああ……っ! ああああ……! あああああ――ッッ!!!」

 止めどなく涙を流し、愛する者の消滅を悲しむ少女の悲鳴が、名も無き島に広がった幻想のロンドンに虚しく響き渡っていった。



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Fate/Grave Patron ④

 正しさも、強さもいらない。
 欲しいのは、たったひとつの未来だけ。
 誰かが欲しがった、
 誰かが見られなかった、
 未来だけ。


『ナ――ゼ、だあああ!!!』

 樹木と化したビーストは、彼の愚行を糾弾する。

『ナゼ! ナゼ! ナゼ! ナゼナゼナゼナゼなのだ!! ナゼ、ジブンからセイをスてサる!! シをオソれないのか!? イきていたくないのか!? イきることをタメラいなくホウキするなど……そんなモノ、マっトウなニンゲンのアりカタではナい!!!』

 瞬間、ビーストの後方の空間に突如として虫食いのような穴がばっくりと開き、どす黒い泥が濁流となって溢れ出し始めた。泥はビーストの根本へと流れ込むと、その根がおりている地中へと浸み込んでいく。

「っ、ぐうぅ……!」

『アアアアア!! アアアアアア!!! アアアアアアアーーーッッ!!!』

 ビーストとテラが同時に苦しみ出すが、テラはそれでも指先に魔力を集中させる作業を止めることはしなかった。

「なるほど……泥は元々聖杯を汚染する膿。所有者が不在になれば、本来の役割へと戻っていく! それは聖杯と接続しているラヴクラフト[オルタ]へダメージを与える行動にもなる……! わかったよ、クロウ。きみの想いは、ぼくらが受け継ごう!!」

 テラの声に呼応し、それぞれのマスターとサーヴァントたちが奮起する。ここに、最後の戦いが始まろうとしていた。

 

 しかし、それを阻止せんと走り出す者がいた。即ち、シスター・プラムであった。対峙していたランサーは既に行動不能に陥るほどにまで血塗れになっており、シスター・プラムを止めることもできないと思われた。

「っ――んの、野郎ッ!!」

 だが、それでもランサーは槍を握ってシスター・プラムの後を追い、その刃を展開させると、骨無しが如く人体を裂く宝具の真名を叫ぶ。

「嗤え、『人間無骨』!!」

 その槍撃は、確実にシスター・プラムの心臓を穿ち貫いたはずだった。それでも、シスター・プラムが倒れることは無い。シスター・プラムが右手の拳をぎゅっと握り締めると、地表から突出した幾千本もの鉄杭がランサーの身体を串刺しにしてしまった。

「まったく、本当に往生際の悪い……。無駄に足掻いて、何かが守れた試し、貴方にあるんですか? 学習したらどうです。」

 自身の背中から胴体にかけて貫通した槍を力任せに抜き取り、シスター・プラムはその場に槍を放り捨てる。

「しかし困りましたね……。流石に心臓を潰されては行動にも支障が出るというもの。ここはひとつ、私自身に使うのは躊躇いがありますが、使う他ないようです。」

 シスター・プラムが用いていた赤黒い魔力が増幅し、シスター・プラムを覆い隠していく。魔力が晴れると、そこには一体の吸血種が立っていた。腕と耳は長く伸び、爪と牙は鋭く尖り、血走った瞳孔は紅血を求めて鈍く光る。

「これ即ち我が最大の宝具、『仮想戴冠・鮮血伝承(レジェンド・オブ・ドラキュリア)』! エイブラハム・ストーカーを象徴する宝具にあれば!」

 それは、かつて圧倒的不利な状況に於いて敵軍の士気を著しく低下させ、『串刺し侯爵』と恐れられた護国の将を『悪魔』であると定義し、英霊の座にその生涯が焼き付けられた後も彼を幾度となく苦しませて来た、単一の人物を吸血種に変貌させてしまう宝具であった。

 そうして、ブラム・ストーカーは己の在り方のままに指先へ魔力を集約させる作業に専念しているテラへと襲い掛かる。

「させないっ!」

 その道半ばでブラムを阻んだのは、藤丸とマシュであった。ブラムは嘲笑交じりの溜息を吐き出し、今この瞬間も背後でランサーに突き刺さり続けている鉄杭をマシュへ向けて放つ。その数、マシュの強化された動体視力でも二千から先を捉えることはできなかった。

「ぐっ、う、ううぅ……!!」

 少しでも気を抜けば、次から次へと突出してくる鉄杭の猛攻に圧されて背後でバックアップに回っている藤丸に攻撃が及んでしまう。マシュは盾を強く握りしめ、両脚に全力を籠めて鉄杭を防いだ。しかし、その視界の端に動体を捉える。

「っ、マスター!」

 叫んだ時には遅く、藤丸の背後に無数の蝙蝠が集合し、ブラムが出現する。藤丸の首を獲らんと、ブラムが腕を振り上げる。それが振り下ろされ、その皮膚へと刃爪が触れる――瞬間だった。

「あ――?」

 ぴたりと、ブラムの手が止まった。じっと自らの右腕を見つめるその視線の先で、凶腕が自然発火を始めた。

「う、うわああああッ!!? なんです、何が起こって……っ、ぎゃああああ!!!」

 発火は腕を遡り、肩口、そして胴体へと燃え広がっていく。吸血種と化したブラムにとって、その熱は何にも勝る弱点のひとつであった。即ち、太陽熱(・・・)である。

「嗚呼……。」

 その焔を操る剣士は、己が握る紅蓮の剣を地へと突き立てると、どこからともなく薔薇の花を取り出し、その香を穏やかに嗅ぐ仕草を見せた。

「永い夢を見ているようであった……。」

 瞼を開き、空いたもう片方の手で自らの顔面に張り付いていた仮面を力任せに剥ぎ取る。仮面は剣士の顔から離れたとたんに微塵に砕け散り、薔薇の花弁となって宙へと舞い上がった。

「あぁ……ひどく頭が痛む。余の愛する臣民を害さんとし、余の霊基を弄んだ罪は決して許されぬぞ、ブラム・ストーカーとやら!!」

「貴女……貴女ッ!! 誰がマスターか、わかっているのですか!? お前は、私の……!」

 剣士は剣を引き抜き、再び地へと切っ先を叩きつけてその言葉を遮る。

「否! ならば余は余の思う侭に貴様との主従の契りを断ち切ろう! 皇帝特権とはこのように使うのだ!!」

 剣士が剣を掲げると、ブラムの右手に刻まれていた令呪が忽然と姿を消す。燃え盛る肉体をよろめかせながら、尚もブラムは吼える。

「単独行動スキルを得たのですか……! だが、だから何だと言うのです! 今の貴女にできることなど……!」

「うむ。今の余にかのビーストを誅罰せしめるだけの力などない。マスターを失ったサーヴァントなのだからな。だが……。」

 剣士、ネロ・クラウディウスは右手に握り締めた薔薇の花を天へと掲げ、高らかにその音を奏で始めた。

「貴様の罪を断つ力はある!! 喝采は星の如く――我が才を見よ!!」

 ネロの足下に、巨大な円状の魔術紋章が浮かび上がる。その紋章は緩やかに回転を始め、そこから放出される黄金の魔力は幻想のロンドンの中に建造物の骨組みを組み上げていった。

「万雷の喝采を聞け!!」

 骨組みを縫うように装飾華美なる黄金劇場が編み上げられる。

「然して讃えよ!! 招き蕩う黄金劇場(アエストゥス・ドムス・アウレア)を!!!」

 それは、ローマ帝国第三皇帝、ネロ・クラウディウスが自ら設計した黄金劇場。彼女の欲望を達成させるための絶対皇帝圏。ネロが満足するまで、内部に足を踏み入れた者は何人たりとも脱出することは叶わない皇帝ネロのためだけの大舞台。

「今生に別れを告げよ! ――『童女謳う華の帝政(ラウス・セント・クラウディウス)』!!」

 投影されたその黄金劇場の内部でのみ扱える紅蓮の剣による最強の一閃は、すれ違いざまにブラムの首部を太陽のそれを思わせる灼熱の光と共に断ち切って見せた。

 残心を解き、ネロが体勢を整えると、残った胴体がどさりと倒れ、灰燼となって燃え尽きてしまう。それを見届けると、藤丸とマシュはネロの元へと駆け寄った。

「皇帝陛下! 無事ですか?」

「うむ! 余を誰と心得るか、フジマルよ。……むぅ、今の余にそなたの記憶は無いはずなのだがな。どうにも面識があるように思えてならぬ。」

「でも、どうして私たちに攻撃を?」

 マシュの問いに、ネロは悔しそうに唇を尖らせた。

「……面目も無い。どうやらセイバーである余の霊基の上から復讐者としての側面を強く刻み付けたらしい。余は余自身をアヴェンジャーのクラスであると信じて疑っていなかったのだ。」

 だが、とネロは言葉を続けた。

「最早その夢も醒めた。余は世界を愛している。それは余を害した者たちであっても、だ。だからこそフジマル、共に見届けるぞ。奴らの行く末を!」

 

 ビーストは、聖杯を汚染すると同時に自らの躯体を腐らせていく泥、そして聖杯を破壊するための魔術礼装である『堕天の衣』に蝕まれながら、その威容を前にしても怯むことなく立ち向かう魔術師たちへと怒号を発する。

『キサマら……ッ! ワタシがキえれば、このセカイはショウメツするのだぞ!! それでもヨいとイうのか!? ナゼソロいもソロってオノレのセイをテバナそうとするのだ!! リカイフノウ、リカイフノウ!!!』

「……決まっている。」

 ジャクリーンたちの元へ行かせまいと、アケローン号から再び夢幻のロンドンの地に降り立って異形の生命体に対して拳を振るうズーハオは静かに答える。

「未来を見ることができなかった者たちがいた。明日の大地を踏むことさえできない者たちがいた。」

 その先を、ズーハオに背中を預けるカイリが続ける。

「エゴかもしれないっす。傲慢かも。でもあたしらは、そんな人たちが見れなかった明日を、見なくちゃならないんだ!!」

「ボクらは……過去の亡霊。次に想いを託して消えた偽りの魂。だからこそボクらはまた繋げなきゃいけないんだ、未来を……世界を!」

 藤丸に抱き起されながら、ランサーは説いた。その言葉を、肩で息をしながら尚も湧き続けるシャドウ・サーヴァントを相手取るアサシンも笑って肯定する。

「その通りだな、あたいらが必死こいて守ってやった平和だぜ? 戦争経験者のあたい個人の気持ちを言わせてもらえばなァ! もう懲り懲りなんだよ、殺し殺されの時代なんてさぁ!!」

「私はまた狩人に戻りたいだけだ。たったそれだけ。……だからこんなところで死ぬわけにはいかない。たとえ世界が消えても、私さえ無事ならばそれで良いからな。」

 ボドヴィッドの言葉に続くのは、ゾーエとアロイジウスだった。

「私は任されたんだ! 世界を救えって言われたんだ! 色んな人に……後を、託されたんだ……! どんなに重い荷物でも、絶対に全部背負って乗り越えるって決めたんだ!」

「僕様はこの子の英雄だ。だからこの子を守る。この子が背負うと言うなら、僕様も背負う。この子が僕様を覚えていなくても……。それが僕様の覚悟だから。」

 段々と疲労の色濃い二人だけではシャドウ・サーヴァントを捌き切ることが難しくなってきたところへ、士郎が加勢に入りながら吼える。

「俺のたったひとりの弟子が守ろうとした世界だ! 師匠の俺が守ってやれないでどうする!」

 最後に、ジャクリーンとセイバーが口を開いた。

「おれは……おれは、アイツと一緒の明日が見たかった……! あぁ、寒い……寒いよ、寂しいよ、悲しいよ、辛いよ苦しいよ悔しいよ憎たらしいよ!! でも……! でも、アイツがくれた愛が、想いがおれにまだ残ってる。だからおれはお前を倒す!! 世界の事を考えるのはその後だ!!」

「我が剣の重さは絆の重さだ。マスターとの絆があったから、私は今ここに立っている。剣の誓いは破れない!! 我が聖剣に誓って、マスターの誇りをこの手で守って見せる!!」

 

『オロかな……オモい? ミライ? キズナ? そんなモノ、ワタシがキえればスベてこのセカイからマッショウするのだぞ!! ……ハ、ルーラーまでもがシしたか。ショセンはミジュクな地球のチセイタイ。やはりキサマらはシュクセイせねばならぬ!! オわりだ!! オノレのオロかなシソウ、リソウをモウシンしながら、ブザマにシんでゆけェ!!!』

 再び、ビーストの樹上から眩い光が炸裂する。それは、先程ジャクリーンたちを呑み込まんとした超巨大熱線であった。それは見る見る間にその場にいたすべてを焼き尽くさんと接近する。

 しかし、自らその熱線へと近付く者がいた。

「アルトリア! 貴女の宝具、ひとたび借り受けるぞ!!」

 黒翼をはためかせ、熱線へと接近するセイバーの右手には、鴉羽の聖剣が握られている。そして、その左手に握られた宝具に聖剣を収め、セイバーはそれを眼前に掲げて真名を謳う。

「我が手に依って輝け、『全て遠き理想郷(アヴァロン)』!!!」

 それは、世界を歪める光塵によってあらゆる物理干渉、並行世界からの干渉、多次元からの交信を遮断する、絶対の守護宝具。セイバーからの魔力供給さえあれば所有者の傷をたちどころに治癒する点から、長らくクロウの体内に数百のパーツとなって埋め込まれていたものを、クロウの消滅と同時にセイバーが取り戻していたものだった。

 聖剣の鞘によって跳ね返された熱線は、ビーストの樹体へと牙を剥く。それと同時に、ビーストの根元で閃く虹色の光があった。

「悲鳴が聞こえるか!? 愛しき人を喪った者たちの嘆きが! 願うことも赦されなかった弱き者たちの憎しみが!」

 グランド・ライダーは今にも倒れそうなほどにまでふらつく背中をゾーエに支えられながら、その指先をビーストへと向けていた。

「これが、お前を敗北へと導く(GravePatron)一撃だ!!」

 人類に紐付けられしすべての歴史、物語、神話を概念エネルギーとして魔力に置換し放つ、人類より出でし存在に対して絶対の特効を保有する対星宝具――名を、

「『愛せ我が真贋混沌の叙事詩(スペースシップ・アース)』ッッ!!!」

 ゾーエの体が吹き飛びかねないほどの勢いで射出されたその虹霓の光は、凄まじい轟音と閃光を放ちながらビーストへと直撃する。鼓膜を破るかというほどの衝撃音とビーストの悲鳴により、島内に存在していた火山からマグマが噴き出す。

 枝葉は朽ち、幹は焼け落ち、根は滅び、その樹木の姿は完全に焼失してしまう。その残滓、人間の幼い少女の姿へと戻り、落下していくビーストは、怨嗟の声をあげながらその身に魔力を収集し始めた。

「私は……私は貴方(ちきゅう)を愛していた! それだけなのに! 何故拒むのだ! 私から生まれ、私によって定められた運命が何故私を拒むんだ!」

 無数に召喚していたシャドウ・サーヴァントや異形の生命たちを腹部へと吸収していき、尚もビーストは抗おうとする。しかし、そんな墜落していくビーストの眼前に出現するサーヴァントの姿があった。

「……まったく、オウスの奴め。趣味が悪いと申されては、拙僧も立つ瀬が無いでは御座らぬか。」

 それは、山伏の姿をした傍観者、ウォッチャー、九郎判官義経であった。ウォッチャーは落下していくビーストに合わせて下へ下へと浮遊しながら降下していき、ビーストへと伝言する。

「――私は、ただ歩み、そして眺めるだけの霊基でした。だからこそ、私がいなくなったその後釜に収まる人物を呼び寄せることもできようというもの。」

 ウォッチャーはちらと藤丸の方を見て、満足そうに笑う。

「それでは、皆々様。長らくの奮闘、ご苦労様でした。どうか皆様に、幸多き未来のあらんことを。」

 言い終え、ウォッチャーの霊基は消滅していく。しかし、ウォッチャーが存在を諦めたその瞬間、ウォッチャーの在り方――『歩み、眺めるだけの存在』がウォッチャーの霊基を頼りにこの世界へと出現する。

 その姿に、ビーストは目を見開く。

 

「お前は……お前は!」

「もう諦めなさい、オルタ。この星を愛するというのならば、この星の歩むままを傍観していなさい。」

 ビーストは幼子のように首を横に振ってそれを拒絶する。

「う――うるさい! うるさいうるさいうるさい! 私は、私はこの星の神となるのだ! この星の遍くすべての命に祝福を与え、涙などあり得ぬ世界に――!」

「私たちは既に過去の存在だ。確かに現在(いま)を生きる人々は過去の知恵無くしては生きていけないが、同時に過去が現在に干渉するなど、あってはならないんだよ、オルタ。」

「私は――わたし、は。」

 ビーストには理解できた。目の前の人物が、自分を虚空の彼方へと連れ去ろうとしていることに。

「さぁ行こうオルタ。あの子たちの命を元あった場所へ返してあげなさい。おいたをしたら片付けをしなさいと、お婆ちゃんに教わったろう?」

「い――いやだ! いやだ、いやだ、いやだ! いやだいやだいやだいやだ!! わたしは、わたしはまだ――!」

「アイスクリームを食べようじゃないか、オルタ。きっとスッキリする。私から生まれたのなら、君も好きだろう? アイスクリーム。」

 そう言って、痩身に面長の旅人はにっこりと笑い、ビーストの手を握って再び虚無へと消え去ってしまった。

 

 あとにはただ、静寂と快晴の蒼穹だけが残っていた。



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閉幕
エピローグ


◆???
真名:???
性別:女性
筋力:E 耐久:A 敏捷:B+ 魔力:C 幸運:D 宝具C+
スキル:気配遮断D+、騎乗A、フェロモンB+、篭絡のカリスマA+など
宝具:『???』


 いつか、どこかの世界。

 日本のとある都市の郊外にある一軒家に、太陽のように輝く金髪を持った女性が訪ねてきた。

「あっ、いらっしゃい! 待ってたよ!」

「うわっ……ジャック、髪の色抜いたの?」

「そりゃあ……ほら、あいつもいるしさ。染めたまんまは教育にも悪いんじゃないかなって。」

「そっか、そうだよね。ねぇねぇ、早く見せてよ!」

「あぁ、上がりな!」

 

 一軒家のリビングで、金髪の女性は家主であるプラチナブロンドのセミショートを揺らす女性に出された紅茶を飲みながら、テレビに映る子供向けのアニメをじっと眺める黒髪の少年の話をする。

「何て名前だっけ。」

「お前……人の息子の名前くらい覚えてろよ。ちょっと感覚が魔術師寄りになってんじゃないか? ……ジンクロウだよ。仁に久に郎。海外の奴らには発音しづらいだろうから『ジャンク』って呼ばせてる。」

「何歳になったの?」

「今年で五つだよ。やんちゃ盛りさ。」

「そうは見えないけど。」

「緊張してんだよ。」

 プラチナブロンドの女性は呵々と笑い、紅茶を一口飲む。

「ゾーエもさっさといい男見つけろよ?」

「あっ、何それ。そういうの、良くないと思うんだけど!」

「はは! 違いないや。」

 金髪の女性は、唇を尖らせ、少し頬を赤らめながら黒髪の少年に聞こえない程度の小声で訊ねる。

「……いつ作ったの?」

「おれたちの道のりは話したっけか。ウィンチェスターの真っ白いタワーだよ。……アイツが、『泥の所有権を放棄すれば俺の命と引き換えにビーストの野望を挫けるかもしれない』なんて言ってさ。」

「そんな……元々それを覚悟して……!? ジャック、それっ……止めなかったの!?」

「止めたよ。……でも、すっごく本気の目をしてたから。結局折れちゃってさ。それでどうしたいのかって聞いたら、『俺の子供を産んでほしい』だってさ。……確かに何でもするとは言ったけどさぁ……。」

 呆れたように笑い、プラチナブロンドの女性は溜息を吐く。金髪の女性は少し居心地悪そうにもぞもぞと姿勢を揺すると、紅茶の入ったマグカップを両手で握りながら話題を切り替えた。

「ねぇ、最近みんなはどうなの?」

「みんなっつーと?」

「ズーハオ達だよ。」

「あぁ……ズーハオは上海で家門を細々と続けてるってよ。カイリはアメリカでズーハオの分場を開設してるらしい。ボドヴィッドの野郎は知らん。故郷で狩人続けてんじゃねぇかな。」

「へぇ、カイリがズーハオの門下生を募ってるのは初耳だったな。」

「あいつはあいつなりに、色々吹っ切れたんだろ。そういうお前はどうなんだよ、ゾーエ。最近研究はちゃんと進んでんのか?」

 金髪の女性はぎくりと背筋を伸ばし、言い訳を始める。

「あ、あー……。何て言うかさ、やっぱり私たちって聖杯戦争の生き残りなわけだし? メンタル的にもきちんと療養した方が良いよねーって……。」

「おいおい、実家に怒られるのは自分じゃねぇの? 折角聖杯戦争から帰還した事実だけは認めてもらえて、動物科に転属させてもらえたんじゃないのかよ。」

「わ、わかってるよーっ!!」

「時計塔と言えばさ。」

 プラチナブロンドの女性は、黒髪の少年の方を見つめながら、彼の父親が師事していた男について金髪の女性に問うた。

「シロウさんは今、どうしてるんだ? ゾーエ、お前トオサカ家当主とは未だに交友があるんだろ?」

「あぁ、あの人なら……。」

 

 国を同じくして日本、その地方都市のすぐ近くに位置する山の麓に門を構える高等学校の校門前に、白髪の男が立ち尽くしていた。

「……随分と遅かったな。」

 その視線の先に、漆黒の革ジャンを羽織った金髪碧眼の少女が律義に歩道の左端を歩きながら現れた。

「電車が人身事故で止まってしまっていてな。」

「受肉してやはり感覚が変わったか?」

「元々私は受肉しているようなものだ。だがやはり、マスターが味わえなかった分、私が日常を享受せねばならんだろうという使命感がある。電車も乗るしバイクも駆る。腹が減ればスーパーへ行って食材を調達し、ホテルで調理して食す。『生きる』……というのは、案外と楽しいものだな。」

「おやおや、名高き騎士王様が随分と庶民臭くなったものだ。」

「それは私よりも『彼女』に言うべきなのではないか? 最近会えていないと聞いているぞ。」

 白髪の男は肩をすくめ、革ジャンの少女に本題に入るよう促す。

「これを届けに。まったく、六年もかかってしまった。あちこち飛び回りすぎだ、貴方は。」

 革ジャンの少女は渋々と、ジャケットの内ポケットから一枚の封筒を取り出す。

「これは……?」

 白髪の男は封筒から内容物を取り出す。それは、ここにはいない誰かから白髪の男へ宛てた、一通の手紙だった。

 

 ――士郎さんへ。

 数多くの事をあなたに学びました。自分の信念を最後まで信じること。自分の信じたいものを信じること。だからこそ、俺は迷いなく自らの命を放棄することができました。

 きっと、俺が居なくなったことを今でも悲しんでいる人がいるでしょう。ずっと独りぼっちだった俺にそんな人ができたのも、士郎さんのおかげです。ありがとうございました。

 色々と言いたいこともありますが、最後にひとつだけお説教を。

 あまり凛さんを待たせないでやってくださいよ、もうアラサーなんですから。守護者エミヤの名も大事でしょうけど、愛してくれる女性と寄り添うことも大事ですよ?

 俺の子は今何歳でしょう。士郎さんにお子さんができたら、きっと一緒に遊ばせてやってくださいね。

 

「あの島へ到着する前、列車の中で『手洗いに行ってくる』と言って席を離れた際に書いていたらしい。」

「……まったく、耳が痛い限りだな。最後のふたつについては善処するとしよう。それで、お前はこれからどうするんだ? ――ルーラー・レイヴン。」

 白髪の男は手紙を封筒にしまい込み、革ジャンの少女に訊ねる。

 あの日、少女は聖杯戦争の勝利者となった。役目を終え、それぞれのマスターと涙や笑顔の入り混じった別れを交わしたサーヴァントたちが次々に英霊の座へと帰還していく中、アルトリア・ペンドラゴン[レイヴン]だけは退去しなかった。

 彼女が聖杯に願ったのは、『この世界を見守り続けること』であった。

「六年前からもこれからも何も変わらない。私は聖杯の守護者だ。この世界で起きた聖杯戦争――その後処理は、これからもまだまだかかる。」

 グランド・クラスの尽力により世界は一度浄化され、一種の並行世界として確立した。打ち止めだった惑星の未来は保障され、人々は平穏な日常を享受できるようになった。

「そうか……。フッ、負けていられないな。」

 そう言って、白髪の男はニヒルな笑顔を浮かべて見せた。

「そうだな。お互い様だ。彼が守りたかったこの地球を、我々で守護していかねばならんさ。」

 革ジャンの少女は穏やかに笑い、夏の高く澄み切った青空を眩しそうに見上げる。二羽の鴉が、のびのびと泳ぐようにその視界を横切っていくのを、レイヴンはじっと見守っていた。

 

 物語は、ここで一度幕を閉じる。未来はこれからも続いていく。

 過去の意志を受け継ぎ、現在を藻掻き、未来へと繋げていく明日への指標。

 それこそが、死から受け継ぐ(Grave)未来への黒き翼(Patron)であるはずだから。



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