人類を救うために神と戦う勇者たちがまぐわうその日まで (麻戸産チェーザレぬこ)
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姫神綾との出会い 1
桜が風に吹かれ、花びらが空に舞い踊る春。誰かの門出に乾杯の音頭をあげる3月。
そのような鮮麗とは、対照的なとある村の昼下がり。林を真っ二つに分かつ道の上での出来事である。
小学生の男子女子7人のグループと、筆記用具、ノート、『春休みのすごしかた』という題名のプリント等々を赤いランドセルにしまう少女がいた。
少女の漆を思わす綺麗な長髪は、泥と砂によって汚されていた。
赤いランドセルの名札には『4年生・
『ビッ痴』は赤の油性ペンで書かれている。
『郡ビッ痴景』――この最低なレッテルは、少女が3年生の時にはじめてつけられた。
一度、『郡ビッ痴景』と書かれたランドセルの名札を、その女の子はライターで燃やしたことがある。
だが、翌日の学校の階段で、少女が階段から転落し病院に運ばれ三週間入院する
はたして退院してから再度、『3年生・郡ビッ痴景』の名札をランドセルに貼られ、なんと今度は、それが少女の所有物全てに付けられた。
この仕打ちに少女は再び抵抗することが出来ず、びくびく怯えながら日々を送ることになってしまった。
理由は簡単。反抗したらどうなるかを
以後、少女の所有物が増えるたびにそのラベルが持ち物全部に貼られ、4年生に進級してからも絶えず行われてきた。
「なーんだビッ痴景ちゃんは学校に
そう言いながらも、グループの親玉である5年生の女子は嗤っていた。蹴って砂を黒髪の少女にかける。
腰巾着たちも同じアクションをとった。
とっさに両腕で少女は白い顔を覆い、唇を噛みながら我慢する。
それでも綺麗な髪はますます汚れ、ランドセルや教科書にノートも汚くなってゆく。
はやく終われ、はやく終われ――ただ耐えるしかない。泣いても助からないどころか更にこのいじめは卑劣になっていくだろう。いや、そうなる。
これも女の子は学習していた。
噛んでいた唇は限界をこえたらしく、血が出てきた。
「そうだ、オモチャ無いならプレゼントすりゃいいって!」
「……ああ、いいな! 優しいなぁ、ゆっくん」
腰巾着のひとりで、イジメられている少女のクラスメイトの男子が集団から離れていった。
それと同時に砂かけが止まったため、少女は何事かと思い顔をあげた。
「ここらの土んなかって、ちょっと掘り返せば出てくんだよな~数匹ぐらいさ」
「ゆっくんはオモチャここにポイ捨てでもしたの?」
「しねえよバカ。お! ほらほら出てきた! うっは去年よりいんじゃんきめえ~、でもアイツもキモいしいっか、はは」
「
「そうだよマナちゃん」
ボスのマナに呼ばれた幸義はにんまりとして、両手を水を掬う時の形に組んで振り返る。
「……っ! み、みず……」
泥がこびりついたままうにゅうにゅくねりにくねり、どの個体も十センチは下らないだろうでっぷりしたミミズたち。数は十匹ぐらいで、土がこびりついているためか鮮度がないような気色わるいピンク色だった。
「んでゆっくん、そいつら使ってなにすんの?」
「もちろん食わす。でいいよねマナちゃん」
「ダメ」
その一言に取り巻きたちは目を丸くした。
「ねえ、ビッ痴景ちゃんミミズ食べるの嫌だよね?」
「……です」
「聞こえない」
「たっ、食べたくないッです……」
「だよねぇだから止めにしよ可哀想」
ええ~と落胆する声が上がる。
少女の顔は少しぱぁっと明るくなった。矢張、お人形さんみたいなかわいい顔にはその表情がよくにあう。
よかった今日はこれで終わるんだ――緊張がほどけたことで安息のため息をつき、イジメられていない今のうちに全ての物をランドセルにしまいにかかる。
しかし、全てをしまい終えたと同時に少女の希望は打ち砕かれてしまう。
「ビッ痴景ちゃんは食欲より性欲でしょ? だからショーツの中にミミズをいれてあげなきゃ!」
「……は?」
「『は?』じゃないっしょ? 喜べってば。バイブみたいに気持ちよくなれるかもしんないじゃん? 新しい性癖に目覚めるんじゃない?」
気持ちよくなれる? 嘔吐するだけじゃない……!!
首を横にふる少女の顔は蒼白。ガチガチ歯を鳴らし呼吸は震え尋常じゃない量の冷や汗をかいていた。
「なんで……? わたしなにも、してないの……に」
「そりゃオマエがいんらん娘ってヤツだからだろっ」
背の小さい男子が唾と一緒に吐き散らす。
飛翔した唾液が少女の顔にかかれば、とうとうぽろぽろ涙がこぼれ、次第にぼろぼろ流れ落ちて鼻水もでる始末だ。
しゃくりをあげながら少女は懇願する。
「おね……がいっ、ゆるしてくだ……ひゃっ、いッ……ほんとやめッ……てよ……やだ、や……だ、やだやだやだやだやだやだやッ――!」
「るせえんだよ! びっちかげ! キモい顔しやがってこのブス!!」
この中で身長が一番高い少年が少女にむかって石をおもいっきり投げた。
「ったい……!?」
「ハハハハッーーザマァ~!!」
「よーし、じゃ押さえつけてー!」
石があたって痣ができた額を片手で押さえて泣いている少女を、いじめっ子たちは取り押さえにかかった。
「やぁっあああ!! はなしってってば! うそうそうそ……! ううっ!!」
「しずかにしろってよ!!」
「んん……!!!」
取り巻きの男子が、少女の胸がわしづかむ。
「うわっ、お前ちゃっかりえっちなことしてんじゃねえよ! うらやましい!」
「へっへへっ……、こいつのちっちぇえけどモミごこちだぞ~。お前も気持ちいよな?」
まさか、ただ痛いだけだし、何より気持ち悪い。
吐きたい、今すぐに。
乱暴にされながら、少女は次の恐怖にさらされる。
少女のジーパンがショーツと共に脱がされようとされていた。
体育座りのように、内股になりながらそれを必死に阻む。しかし、相手の方が少女よりも力強く、徐々に脱がされていく。
少女の、白魚のような肌をした、女の子特有の柔らかさがある下腹部が曝け出される。
少女は押さえつけられながらも、お尻を使って懸命に体を揺らす。
「ミミズくんとうちゃーーく、ってまだぬげてないのかよ~早くしろよ~!」
「だってコイツの腰振りながら抵抗すんのケッコー来るんだよ」
「……ッひっぐ、だ、だめぇぇッ……」
いつだってこうだ。私を、
しゃりん。
しゃりん、しゃりん、しゃりん。
カマイタチのように鋭い風が、乱暴されている少女、千景を中心に吹き荒れた。
「いっっだ!!!!」
いじめっ子たちの肌が、薄くだが切り刻まれた。そして千景から引き放されるように吹き飛ばされる。
「な、なんなのっ?」
千景はいじめグループを見まわす。いじめっ子たちの頬や、腕、脚から血が少しだけ流れていた。
自分にも異常がないかを調べるために、自分の細い体を触る。
触って確認してみると、あの異様な風による切り傷はなかった。
それでも、恐ろしいことだ。なぜあんな事が起きたのかは分からないが、あの風は冷たかった。おそらく、死神の鎌というのはあのように冷たいのだろう。
千景は泣きながらランドセルを拾い、何も考えず、家に向かってこの場から走って逃げる。
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姫神綾との出会い2
あれから何事もなく千景は家に着いた。
早速、千景は身を清めるために風呂場へ向かった。体を洗い終えた彼女は部屋着を纏って、自室の布団の上に身を投げる。
今、家にいるのは自分だけ。
父は出勤中であり、母は他の男の元で慰めてもらっているのだろう、と千景は考えた。
千景は五回だけ母の愛人に会ったことがある。彼はファッション雑誌に出てくるモデルのような男だった。初見だけれど性格もそれなりに良いようであった。母とその男と千景の三人で電車移動していた時に、赤ん坊をおぶったお爺さんに席を譲ったのだ。それ以外にもちょっとした善行を積んでいた。
しかし、その男と会う五回目のこと。男は三つ歳下の弟を連れていた。
男と弟からの視線に千景はぞくりと震えたのだった。
なぜなのか。なんとなくだが、分かりたくないと思った。
――ああ、駄目だ。下校中にあんなことをされたからか、思い出してしまった……。
こんな惨めな気分になったときは千景はゲームをするか小説を読む。
――弁天堂スイッチのゲームもあらかたクリアしたし、オンラインゲームのイベントの報酬も取り終えたし、積読でも崩そうか。
と、千景は美人文庫のラノベを手に取ってベッドに入る。
美人文庫はイタリア書院の出版するジュブナイルポルノの文庫本レーベルである。その文庫のなかでも、ファンタジー系の本を千景は読むことにした。
表紙は、童顔で貧乳の天使の娘がてへ顔ダブルピースで、パンチラするようにしゃがんだイラスト。表紙をめくると、カラーイラストで描かれたページで、水浴びしていたヒロインがこぶりでぷりっとした濡れたお尻を読者に突き出すように向けていた。さらにめくると、この手のラノベには珍しく、ヒロインのえっちな場面ではなく主人公のバトルシーンが描かれていた。額から血を流し、冷たく鋭利にうっすらと笑みを携える少年が、天使族の男たちの猛攻を踊るように躱していた。そして最後のカラーイラストページには、露天風呂にてヒロインの天使が主人公の人間の少年に「しゅき♡しゅき♡!!」とホールドしてキスをしていた。
西窓から入る光が赤くなった。
「んっ……! っふっ……フクッ♡♡ すゥッ~~」
千景は小刻みに息を吐き、すこししっとりした前髪がでこに貼りつき、紅潮した顔を枕に乗せて、本を
持たない片手を下腹部へと伸ばしていた。
「ッッ~~♡♡♡」
クライマックスを迎えると同時に千景は顔をうつむかせ、枕へ沈んだ。
そのまま、ゆっくりおおきく息を吸い、吐き出す。幾度か繰り返し、枕に沈ませた顔を横に向けると、千景はぽうととろけた表情を浮かべていた。
しかし数分後、再度枕に顔をうずめてため息を吐いた。
この作者の作品はいつも当たりだが、その都度作品を読み終えると千景は小さな羨ましさを感じてしまう。今回は特に、だった。この物語は救われているのに自分は救われていない。
クソみたいな現実から逃げるように、そして閉じこもりゲームに没頭したり、本を読んだりする。気持ちをリセットできる場所を求めるためだ。それでも、こんな世界に唾をして勝ち誇るように立ち去りたいとも思う。
「けんじゃたいむ……くるのはやすぎよ」
読み終えたラノベを千景は棚に戻し、身に着けていた衣類を着替えて自室を出て行った。
リビングに向かうと電話に留守電メッセージが入っていた。それはこの家の夫の嫁らしい女からで、今日も帰ってこれないらしい。
レンチンのスパゲッティを千景は冷凍庫から出すことにした。
ゴールデンウィークの天気の良い昼下がりに千景は公園に出かけた。学校の図画工作の課題でスケッチが課されたからである。
この連休中、ほとんどの子は旅行に行くが千景は学校がある平日と変わらない日々を送っていた。千景は母に旅行に誘われたが拒否した。外出もたまにはしてみたいものだが、嫌いな人間とは行きたくないし、母の相手の男とその弟がどうも気にかかる。それに、この期間中はいじめっ子どももこの村から離れているため、普段よりは平穏な日々を送れる。
そういえば、「タマは二つの山を制覇するのだ!!」と男子顔負けなアウトドア美少女が、朝テレビのリポーターの質問に対して宣言していたな、と思い出した。
なぜ彼女のことを思い出したのか、千景はこてんと可愛らしく首を傾げた。
入り口付近に小さな花畑があるのが、彼女の目指していた公園である。
花畑を通り過ぎると、公園の中央ベンチで男が一人、死んだように寝ていた。緑色のザックが彼が寝てるベンチの足に立てかけられていた。
無防備な人だと思いながら、千景はあらかじめ決めていたスケッチ対象のもとへ進んでいった。
くびくびと水筒の麦茶を飲みながら、筆を滑らしていた。
彼女がスケッチしているのは、この地域の治水工事を行った武士が撫でて俳句をよんだとされる松である。千景に向かうようにくねっと曲がった枝を描くのに一苦労していた。そんな時に限って、公園が子どもたちの声でうるさくなった。
ボールを蹴る音や、カンカンと棒のようなもの同士がぶつかり合うような音が後ろの方から聞こえてくる。
舌打ちしながらも千景はスケッチを進めた。
スケッチブックを閉じた時には静かになっていた。どうやら帰ったらしい。
水筒に入っている麦茶をこきゅこきゅ飲みながら公園の出口に向かうと、花畑が荒らされていた。花弁は飛び散り、茎ごと切れて地面に落ちていたり、土が公園の固い地面にこぼれていた。ボールのような跡、誰かが花畑に向かってダイブしたような跡もあった。
カンカンとなっていたのはもしかしたらチャンバラごっこで、その遊びの中で大げさなアクションでも起こしたのだろうと考えた。
千景は持っていたスケッチブックに視線を移す。
これなら箒がわりできそうだけれど、効率はいいのかしら。自身の案に疑いながらも千景は掃除することにした。
「またあの家か!! あの家のお前か!!!」
――っヒっ!!
恰幅の良い坊主頭の中年男が掃除をしようとした千景を怒鳴りつけた。この中年男は、千景が登校する道中でいつも郡家の事情についてねちねち言ってくる男だ。
中年男を見上げるように目を狼狽えさせながら、スケッチブックを抱きかかえ、キュっと千景は固まってしまった。大の男にいきなり怒られて、見下ろされて、自分のせいじゃないのにまた自分に災難がふりかかる。しかも良いことをしようとしたのだから、悔しさも倍に積み重なり泣きそうになる。
口をぱくぱくさせながらも千景は反論を試みた。
「荒れてたから片付けようとしただけ……です。それに、ボールの跡もあるし、わたしボール持ってない」
「お前がボール持ってないから、お前じゃない? どうせ千景が花畑あらして、公園に来てた小さい歳の他のガキが遊んでたボールを千景が奪って、そのボールも使ってこんなにしたんじゃないのか? お前がやっとことを隠すためにやったんじゃないのか! お前の家は荒んでいるからな。お前も荒れて、それの鬱憤晴らすためにしたんだろ。自分より弱そうなヤツにもあたってな!!」
「ち、ちがうわよ……。それに、あんな家のことわたしに関係ないでしょ!!」
「大人の説教に口こたえしてんじゃねええよ!!」
――べちゃあっと、中年男から飛び出した唾液が千景の顔に付着した。
ぞわあっと千景の全身に震えが走り、顔が真っ青になる。
必死でこらえていた涙もあふれてしまう。一刻もはやく穢れを拭きとらないとと、千景はシャツで顔を拭かんとした。
その千景の行為を見た、中年男はゴクリと喉を鳴らした。
「!! ちかげぇ……こっちにこい。その態度なんだぁ」
千景の髪を、中年男が掴もうとした瞬間だった。
「あなた子どもに手ぇ出してんじゃないよ」
中年男が千景に伸ばした手を引っ込めて声の主の方を向いた。
その男はベンチで寝ていた男だ。携帯を手に持って千景たちに近づいてきた。
男は20歳前半と若々しくある少々端正が整っているが、中年男以上に不機嫌な、鋭い眼光だった。
「おまえには関係ないだろ」
丸坊主男が青年に対しても声を荒げるが、青年は無視して千景をかばうように男との間に入り対峙した。
「通報するので。お話はそれからでいいですよね」
「な、なんで通報するんだ! 俺はただ折檻してただけだぞ」
それがいけないだっつううの、青年は男に聴こえないよう小言を発したが、千景の耳には聴こえた。
唾液を拭きとったが、まだ泣いている千景が見上げると青年と不快な男が言い争いをしていた。
鼻をすすりながら、千景はなんでと口に出す。
「きみ。はやくここから走りなさい」
青年は振り向かなかったが、先ほどとは違って優しい声音だった。
「通報なんてやめろって……」
「そのひとのこと……通報するの?」
千景は青年に問いかけると肯定した。
また、千景は黙りこくってしまう。
「……けいたいかして」
「なんで……?」
青年は千景に振り向くと同時に無意識に携帯をおろしてしまう。
青年の携帯が自分の手に届く位置に下がってきたタイミングで青年の携帯を千景は奪い、二人の男から逃げるよう走って、ついでに花畑の枠として機能していた、転がっている大きめな石を拾った。
とっさの、理由のわからぬ子どもの行動を目の当たりにした男二人はフリーズしてしまう。
「よけいなことしないでよ」
千景は泣きはらした充血した眼で青年をまっすぐとらえ、手にしていた彼の携帯をアスファルトに滑り落として、持ち出した石を携帯の上に落とした。
千景は瞬きをいれて青年から目を背け逃げ出した。
まぶしい――そう感じてしまった。
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