【完結】IS 亡国機業殲滅ルートRTA 男子チャート (sugar 9)
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本編
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恐ろしいほど時間が取れないしメンタルが辛いしだけどなんか書いて投稿したかったので初投稿です。
一応biimシステムの動画を何かしら見てからのほうが楽しめると思います。
初めに言っておきますが作者は他人のチャートをチラチラ見ながらRTAもどきをやる程度のにわかです。


 はーい、よーいスタート。

 

 いっくんの踏み台を回避しつつ眼鏡美少女を骨の髄まで利用しつくすRTA、はーじまーるよー。

 

 IS適合、装着と同時に計測開始。

 

 名前は諸々の事情と入力速度を考慮して「焔 萌(ほむら もゆる)」、略してホモとします。理由は後々説明します。

 

 男子ルートを選択した場合、バナナの筋よりも存在価値のない前日譚とかいう短縮要素が一個もないイライラストーリーの後、IS適合検査からIS学園入学まではそこまでの大立ち回りはないので、その間に要所要所でしなければならないことの説明を挟みつつ、本RTAの説明をします。

 

 本RTAは数あるルートの中でも難易度の高い亡国機業殲滅ルートです。縛りと言えるような縛りはありませんが、当然ですが転生による経験値持越しはレギュレーション違反です。あれ採用し始めたらキリがありません。

 亡国機業殲滅ルートといえばハーレムルートや各キャラの攻略ルート以外でいえば結構有名なルートなので知っている人も多いでしょう。実は割と結構いろんなことの諸悪の根源をしている割には小物臭が抜けない亡国機業を文字通り殲滅するルートです。亡国機業幹部の生存率はその時に並行して進めているルートによって若干異なりますが、まぁお縄に就こうが爆散しようが本RTAには関係ないので誤差ですよ誤差。

 

 亡国機業を殲滅するだけならいっくんこと織斑一夏や箒ちゃんをはじめとしたヒロインズに任せておけばいいですし、ストーリーも他のものと比べるとなかなか良く、様々なイベントを発生させることができるため人気のルートです。しかし、このルートはRTAをやろうと思った瞬間に全ルートの中でも屈指の難易度とクソゲーと化します。じゅ〇べえクエストか何か?

 

 先述しましたが正攻法でやろうとすると必要なイベントがまぁ多い上にどれもクッソ長いです。まず大前提として亡国機業との接点をこちらから作らないと最終決戦が今回のRTAで予定している最終決戦の日時の1年近く先になります。こんなんじゃRTAにならないんだよ。さらにその接点の加減も難しく、やりすぎるとどこからともなく現れたMに撃ち殺されます。

 これらの事と並行して決戦を早めるからにはこちらの戦力はろくに成長できないためクソ雑魚ナメクジもいい所なのでハーレムルートなら別にいらない専用機もゲットしなければなりません。やること多すぎて脳みそぶっ壊れます。

 

 男子チャートだと有名なのはハーレムルートだと思われますが、恋の為に様々なものを犠牲にしてきた箒ちゃんを手籠めにするのに罪悪感を覚えたのでやりません。気が向いたらやるかもしれません。

 

 ちなみに、亡国機業殲滅ルートではこれまで様々な制約の関係から、女子としてスタートし、織斑一夏周辺の人物を仲間にしたうえで殲滅に臨むルートが最も早いと考えられましたが、むしろめったやたらと動いたら悲劇のヒロインポジに居座って一夏の標的にされて堕とされて大幅なロスが発生する恐れのある女子チャートよりも男子チャートのほうが早いという結論になりました。異論は認めます。

 

 さて、今回の主人公はぶっちゃけハーレムルートとそんなに変わりません。

 主人公のステ振りですが、見た目ガン振り一択です。ここだけはこれ以外にあり得ないと個人的に思っています。初期値込みで男の娘レベルのサイカワ童顔が出るまでリセットしましょう。世の中顔です。顔さえあれば大抵のことは上手くいきますしチャートも安定します。童顔なのは私の趣味半分チャート上の都合半分です。

 

 主人公の名前をキラキラネームにすら思われる痛々しい名前にしたのもこのためです。有志の統計によれば名前をある程度現実離れさせた方がISの適合率や外見の初期値が気持ち上振れるそうです。あくまで気持ち程度なので本命は別にありますが。

 

 余談ですが外見を男の娘にしてヒロインズの中で最も攻略難度の高い箒ちゃんと同等の好感度を一夏に対して稼ぐと周囲の照れ隠し(暴力)に嫌気がさした一夏に掘られます。いっくんが鈍感なのはホモだからだった……?

 

 おっと、ここで最初の短縮ポイントですね。

 適合者のこちらに会いに来たちーちゃんこと織斑千冬との会話の時にさりげなくハッタリをかましまくります。この残念美女は脳筋な上に腹芸クソ雑魚ナメクジなのでビビらなければ一目置いてもらえます。夢も何もかも諦めたような雰囲気を見せれば顔が良ければ庇護欲を誘ってIS学園に入ってからの好感度稼ぎを大幅に短縮できるので非常にうまあじです。顔が良ければ。顔が良ければ。

 

 ここから先の自由時間では政府の監視下に置かれ、隔離施設に幽閉される以外は何の障害もないのでひたすらに鍛えて能力値を上げましょう。IS学園に入学してからは大半の時間をIS訓練と亡国機業殲滅ルートの時間短縮に使いたいので身体訓練を本格的に行うのはIS学園入学前が最初で最後です。スタミナが切れたら後々の為に休憩を兼ねて特撮アニメを片っ端から見ながらIS学園の参考書を読みましょう。

 

 ちなみに、ここでの動き方によってはIS学園入学前から専用機を入手して強くてニューゲームな状態で始められますが、条件がクッソ厳しい上に能力を伸ばすのがIS学園に入ってからになるとかいう本末転倒な結末になるのでやりません。世の中にはIS学園入学時には国家代表クラスのステータスと専用機を持つとかいうインチキ野郎もいるみたいですが私はにわか勢なのでやりません。専用機とかそんなホイホイ手に入るわけないだろいい加減にしろ!!

 

 

 

 

 さて、ここからは専用機調達のための下ごしらえに入ります。

 

 

 といってもすぐ入手できるわけではなく、あくまで下ごしらえです。ハーレムルートなどを始めとした戦闘が刺身のたんぽぽ程度の要素でしかないルートならばラファール・リヴァイヴで引き撃ちしていれば余裕ですが、このルートではそういうわけにもいきません。最低でも金ぴかおばさんは独力で倒さなければならないのでこのRTAでは専用機必須です。

 

 そこでどうするかと言いますと、SNSを活用します。本来ならば他キャラの絡みを見られるIS学園入学後の為の要素と思われていたSNSですが、どうもこのSNSは垢バレしていて政府に監視されているそうです。

 その為、専用機入手前にこのSNSでめったやたらと特定企業について語ることで、専用機を作って欲しい企業に確定でオファーをさせることができるのです。

 

 その為に必要な数、なんと日に50ツイート! ストーカーか何か?

 

 何にせよ、トレーニングと細々とした事以外やることが無い入学前にリセットポイントの1つを潰せるのは大きいです。ジャンジャン呟きましょう。

 特撮を一通り見終わった後にスタミナが切れてトレーニングができなくなったら諸々の女性陥落用に家事スキルを片っ端から取得しましょう。アンチ一夏ルートだと千冬と仲良くしないと実験台エンドまっしぐらだからしょうがないね。最悪主夫になるぐらいの覚悟で行きます。

 家事スキルは基本的に本を読んで習得しますがこれを他人に見られると家事関連のイベントによる好感度の上がり具合が悪くなるのでベッドの中で読むなりトイレで読むなりしましょう。

 

 他にもこまごまとしたやることはありますが、とりあえず入学前にやることは以上です。次回からはIS学園に入ります。

 

 今回は此処までとなります。閲覧ありがとうございました。

 

 




次の回はしっかりとした小説なのでもしよろしければ付き合っていただければと思います。


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裏語 1

こういう感じで進みますよっていうチュートリアル的な。


 自殺志願者に会ったことはないが、目の前の存在こそがそれなのだろう。

 

 織斑千冬が焔萌という少年と会って初めて思ったことはそれだった。千冬の弟、織斑一夏がISに適合するのを待っていたかのように続け様に現れた男性のIS適合者。焔萌。生まれも育ちも極々普通の織斑一夏と同い年の少年。体格は一夏よりも一回り小さく、その顔立ちは女子だと言われても普通に信じてしまうほどに中性的で整っている。

 

 そんな彼は今、軽度の軟禁状態にあった。

 

 世界初のIS男性操縦者である織斑一夏に対して、世間の反応は様々だった。何しろ、いくら既存の軍事兵器の性能を遥かに凌駕しているとはいえ、数も汎用性も既存の軍事兵器とは比べ物にならない程低いはずのISを足掛かりに女尊男卑の風潮が広まってしまった世界だ。一部の軍事関連の有識者は歓迎の意を示しているものの、この10年間で大きく顔ぶれが変わった企業の上役からの圧力によりメディアはあの手この手を尽くして否定的な論調を呈していた。特にこの女尊男卑社会の立役者となっていた女性たちの反応は無様を通り越して滑稽とすら言えた。

 

 例外など何の参考にもならない。

 操縦技術も何もない男子がたまたまISに乗れただけで一体何だというのか。

 海外から何を言われるかわからないから個人情報を全て公開しろ。

 

 そんな世論の中で普通に生きてきた萌にとって、自分がISに適合したというのは恐怖以外の何物でもないだろう。今までメディアが男性操縦者へと向けていた矛先が、こちらにも向かってくるかもしれないという事だからだ。

 そうでなくても、連日の多方面からの検査によるストレスに加え、先程言い渡されたIS学園への入学。それによって彼は非常に難しい受験を経ていこうとしていた高校への道まで閉ざされてしまったのだ。

 

「す、すみません。せっかく織斑先生が無理言って休憩をとってくれたのに」

「お前は何も悪くないさ。相手がただの15歳だという事を忘れている馬鹿共には私からきつく言っておいてやる」

 

 資料にあった小学校や中学校での評価では明るく優しい絵にかいたような優等生という評判だった萌だが、千冬と会った時には既にこれになっていた。

 本来ならば快活な笑顔が似合うであろうその整った顔立ちには少なくとも千冬が覚えている限りでは笑顔が浮かんだことはなく憔悴しており、地毛なのか染めているのか判断しづらい暗い茶髪は何とはなしに写真で見た時よりも状態が悪くなっているように感じる。

 

 早い話が冒頭に言った自殺志願者のそれだ。

 

 というのも、本来なら一夏と異なり二人目の男性操縦者が現れたという事は入念な準備の後に世間に発表する予定だったのが何らかの要因で焔萌の個人情報と共にリークされてしまったのだ。恐らくはIS委員会内の女尊男卑の風潮を肯定する派閥によるものだろうが、そのせいで萌は家族とは連絡すら取れない状態になった。確たる証拠も残されていなかったため千冬が頭を抱えたのは記憶に新しい。

 

「……俺、これからどうなるんですかね」

「どうもさせん。が、高校に関してはすまない、諦めてくれ。IS学園ならば法的にも物理的にも隔離されているから容易いが、本土でお前を守り切ることは難しいだろう」

 

 千冬が言ったことは本当の事と嘘が半々だった。既に一部の学者は焔萌のDNAや体細胞のサンプルをひっきりなしにIS委員会に要求している。名目上では男性のIS搭乗の為の研究などと言っているが、一度許してしまえばこの手の要求はどんどんエスカレートしていくのは目に見えている。あくまで一般人でしかない萌が学園内で何らかの失態を犯した場合、それを口実に彼を企業所属の操縦者にするという名目で実験動物にしようとする者もあらわれるだろう。

 こういった災難が一夏に降りかからなかったのは、織斑千冬という強力な後ろ盾があったからだ。ISの世界大会、モンド・グロッソの初代優勝者であり、ISの開発者、篠ノ之束とも親しい仲である彼女のIS業界における発言力は非常に大きく、そんな彼女の逆鱗に触れるような愚か者はこの世界にはいなかった。

 

 しかし、焔萌はあくまでついこの間までは優れた容姿以外は特に特筆すべきところもない普通の人間だったのだ。ISに対する知識など一般人程度しか持たず、家庭も何の変哲もない普通のそれだった萌が頼れる盾は何もない。そのことを本人も、ISに適合してからこれまでの間に嫌というほどに理解させられたのだろう。

 

「悪いが時間だ。行くぞ焔」

「はい……」

 

 ゆったりと立ち上がる焔。その足取りは非常に重いものだった。

 

―・―・―・―

 

「今日もやっているのか……」

「はい……」

 

 千冬が焔の監視を担当している職員に尋ねると、職員はどこか悲し気な表情で萌の様子を映しているパソコンの画面へと視線を戻した。

 そこに映っていたのは、萌が保護の名目で隔離されている施設の中庭でランニングをしている萌の姿だった。お世辞にもそれほど広いとは言えない中庭を、先程から何十周もだ。しかも、明らかに恣意的にペースを乱高下させることにより、体への負担を増やしている。

 隔離施設とはいっても、萌が何かを強いられるという事はない。強いて言うならばメディカルチェックを定期的に受けることくらいだ。しかし、IS委員会側としては本人が望むものは可能な限り取り寄せ、できる限りの待遇を用意したにもかかわらず、萌がそれらに興味を向けることは殆ど無かった。

 そしてその代わりに、萌はひたすらに己を苛め抜いていた。トレーニングとしてはあの世界最強から見てもやりすぎだと分かるトレーニング。施設に隔離されてからというもの、萌はそんな訓練に文字通り一歩も動けなくなるまで没頭し続け、職員の手助けを借りながら自室に戻ってからはベッドに横たわりながら、IS学園の参考書に没頭する。すでに、新品の状態で渡したはずの参考書はIS学園の受験生が使い込んだものだと言われても納得できるほどにボロボロになっていた。

 

 当然、千冬とて最初は咎めた。過度なトレーニングは身体にとって害でしかない。最悪命の危険にすら関わる。

 しかし、止められなかった。止められるわけがなかった。

 

「すみません……なんていうか、死ぬほど備えないと、不安で死にそうなんですよ」

 

 言い方は悪いが、咎めた千冬に対してそう答えた萌の眼は人間のそれではなかった。まるでどこまで続いているのかわからない穴を覗き込んだかのような感覚を味わった千冬は、今の萌を止めようものなら自殺すらいとわないだろうという確信に近い何かを抱いた。

 

 幸いというべきか。彼のトレーニングは不気味なほどに上手く進んでいた。メディカルチェックを担当していた医者も不思議そうに首を傾げるばかりだった。曰く、「機械でもなければここまで正確に超再生を問題なく行えるギリギリのレベルまで身体を追い詰めることなんてできない」とのことだった。そのことに何の疑問も抱かなかったわけではない。しかし、それでも止められない程にその時の萌は危うかった。

 

 凄まじかったのはトレーニングだけではなかった。勉学の方も凄まじく、試しにIS学園で1年が受験するISの知識面に関するテストを受けさせてみたところ、全問正解だったのだ。IS学園は世界中からIS操縦者を志す女子たちが何しろ何千倍という世界トップの倍率を潜り抜けてやってくる学園だ。当然、そこで行われるテストも相当なレベルのものとなる。確かに、座学の面でも優秀な生徒ならば満点を取るのは決して難しくはない。

 しかし、何をどう間違えても数週間前まではISに関しては素人同然だった少年が参考書片手に勉強したところで満点をとれるような難易度ではないはずだった。

 

「……人間って死ぬ気になれば割と何でもできるんですね」

「本当の意味で死ぬ気になればな」

 

 千冬はその場を後にした。彼女には彼女にしかできないことがある。例え短い付き合いだったとしても、自分がどんな危険な状態にいるかを知り、それでも生きようと必死に努力している者を見捨てられるほど千冬は冷徹ではなかった。

 

 そして、そんな綺麗事を貫き通せるだけの強さを彼女は併せ持っていた。

 

―・―・―・―

 

 少女は、必死という言葉が似合う様子で訓練に打ち込む萌の映像を興味深そうに眺めていた。既に職員の殆どが仕事を終わらせここにはいないからか、いくらか照明も落とされている薄暗い室内においても、彼女の明るい水色の髪は、彼女の好奇心を示すかのように照り返していた。

 そしてそんな彼女のそばには不機嫌を隠そうともしていない千冬の姿もあった。

 

「へー、彼が……」

「お前が知らんわけがないだろう。つまらん茶番に付き合う気はないぞ」

「じょ、冗談ですって……」

 

 若干苛ついた素振りを見せる千冬に対して、水色の髪と整った容姿が印象に残る少女。更識楯無は苦笑いを浮かべながら千冬をなだめた。

 楯無はこのIS学園の生徒会長だ。この学園において生徒会長とはそれ即ち学園最強の意であり、それだけでも彼女の将来は確約されていると言っても過言ではなかった。

 しかし、彼女が持つ肩書はそれだけではなかった。現ロシア国家代表、そして世間で表立っては言えないことを行う暗部の為に作られた対暗部用暗部「更識家」の十七代目当主である彼女は、ある意味では千冬よりもこの問題を打開することができる人材であると言えた。

 

「で、私にどうしろっていうんですか? 一応私はロシアの国家代表なんですよ?」

「悪いが私が頼りにしているのは「更識」のお前だ。ロシアの国家代表更識楯無ではない」

「……なるほど」

 

 実のところを言うならば、楯無は目の前の女性が苦手だった。人間としては嫌いではない。むしろ千冬のような腹芸ができないタイプの女性は更識楯無個人としては好感を持てる人物だった。

 しかし、更識の人間としては織斑千冬は苦手だった。

 彼女、織斑千冬は強かった。何の脚色もなく、比喩でもなく、世界で最も強かった。そしてその強さと、世界で唯一ISの開発者の篠ノ之束と親密な関係にあるという細くも強力すぎる人脈は、道理を無理でこじ開けるだけの力を彼女に与えてしまった。

 確かに楯無にも似たようなことはできないわけではない。しかし彼女が幾重にも伏線を張り巡らせたうえでそれを成すのに対して、千冬はそれら総てを力尽くで成し遂げる。

 

 だから彼女は織斑千冬が苦手だった。こちらが何をしたとしても真っ正面から踏破していく彼女のやり方が苦手だった。

 

「言いたいことは分かりましたけど、事実どうするんですか? 私には彼を織斑一夏君みたいに守るなんて無理ですよ?」

「そこまでしなくていい。焔の周囲を企業が嗅ぎまわっていたら私に知らせてくれ」

「……まぁ、それくらいならやりますけど」

 

 これを千冬に対する貸しにするという選択肢が一瞬浮かんだがすぐに霧散した。目の前の女性に対して腹事の類を仕掛けて反感を持たれたらそれこそ終わりだからだ。

 

 用は済んだのかIS学園の職員室を後にした千冬を見送ってから、楯無は集めさせていた焔萌に関する資料に目を通し始めた。

 

「焔萌くん、か……」

 

 楯無のその呟きを聞いている者は誰一人としていなかった。

 

 



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(2/7)

予想以上の伸びにビビっているので初投稿です。


 意中()の女の子との運命の出会いを果たすRTA、はーじまーるよー。

 

 さて、IS学園入学前の最後のリセットポイント、入学試験です。別にここでどれだけの無様を晒そうが落ちませんが、ここで勝たないと専用機入手までの時間が大幅に伸びてリセット確定です。絶対に勝ちましょう。

 相手は山田先生(つい先ほどいっくん相手に無様を晒したばかりの為本気と書いてマジ)です。余計な事しかしない一夏を恨んでもしょうがないので集中しましょう。

 

 山田先生との戦闘では、打鉄かラファール・リヴァイヴを選択することができますが、当然打鉄一択です。ラファールを選ぶことによるメリットは、ないです。弾幕の鬼な山田先生相手に遠距離戦挑むメリットとかあるわけないじゃんアゼルバイジャン。

 

 戦闘開始と共に突貫、加速させたまま右、左、左、右、左、右、上、の順に100分の18秒周期でブーストをかけた後に上段切りが確定で入ります。初撃を入れれば諸々のフラグが立ちますが、そのまま連打で削り切ります。

 この戦闘、サラッと流せそうに思われますが、基本的に半分負けイベントなので勝つのは至難の業です。とにかく一度でも距離を離されたら終わりだと考えましょう。多少の被弾は気にせずにストーカーもかくやというしつこさで纏わりついて攻撃し続けます。お前のことが好きだったんだよ!

 ちなみに先ほども言いましたがここで負ける、もしくは辛勝の場合結構な遠回りをしなければならないためリセットです。死ぬ気でやりましょう。

 

 シールドエネルギーを8割以上残した状態で勝利すると、千冬とのイベントが入ります。こちらの身の上についていろいろ聞かれますが、ここで下手な受け答えをすると疑われてしまい、最悪詰んでしまうので不幸アピールを欠かさずにいきましょう。

 

 このイベントにより、行動の素早い幾つかの企業から声がかけられるフラグが立ちますが、目的の企業からは絶対に来ないので全無視でOKです。因みにここでデュノア社からのオファーを受けるとルートによってはフリーズします。そんなに男装女子が大事なのか……(困惑)。

 

 さて、入学前にやるべきことは一通り終えました。

 ここで完全な運によるリセットポイント。クラス選定です。希望としては上から、4組、3組、2組です。1組を引いたらリセットです。

 

 4組を引きました! やったぜ。3組、2組でもいけないことはないですが他の部分で大きく挽回しないと厳しいのでここまでの育成具合が悪かったら3組、2組を引いた場合でもリセットワンチャンな状況で大吉を引けたのは本当にありがたいです。一門にあるまじき豪運ですが許してくださいなんでもはしません。

 

 飛び入り入学の為席は当然窓際最後部、いわゆる主人公スペースです。

 

 そして隣の席には本チャートの最重要人物、更識簪がいます。

 

 ちゃっちゃと好感度を稼いで姉である更識楯無を召喚したいところですが初日は確定イベントが入るので焦らず行きましょう。とりあえず簪に対しては初日は軽い挨拶だけでいいです。

 

 さて、オリエンテーションとかいうハイパーイライラタイムを終えたらとっとと訓練所に向かいます。外見を良くしすぎた弊害でうざいレベルでモブの妨害が入りますがこの日の為に鍛えた身体能力をフルに使って振り切りつつ移動しましょう。私は某新作が待ち望まれるハイスピードロボットアクションゲームのブーストを参考にしたステップでしています。コツは二段階のステップで加速するイメージを大切にすることです。私のできる範囲では多分これが一番早いと思います。

 

 訓練所についたら訓練機の使用許諾を千冬の口添え込みで2週間借ります。専用機が来るまではこれで我慢しましょう。操作ガバをある程度帳消しにしてくれる打鉄一択です。ラファール? あんな火薬庫取る意味ないから。

 

 

 

 もちろん冗談です。ラファールは安定した火力と遠距離攻撃が強みなので普通にストーリーを進める分にはこちらの方がいいですし操縦も楽です。しかしこれはRTA。遠くからちまちま撃っている暇があったら近づいて叩き切る方が早いのでラファールが出る幕はないです。パイルバンカーが初期装備として搭載されていたらラファール一択でしたが、それをやると打鉄が固いだけの案山子になるので流石にありませんでした。

 

 此処からは時間の許す限りISを用いた近距離訓練を行います。訓練を近距離特化にした上でスタミナ枯渇寸前まで鍛え続ければクソ雑魚ナメクジの現状から、クラス代表トーナメントまでには一夏をボコれるレベルまでは鍛えられるのでじゃんじゃん全身という全身をいじめましょう。

 数日これを続けるとランダムにちーちゃんか山田先生から声をかけられますが気にしません。

 既にちーちゃんに対する好感度は十分稼いだので山田先生が来た時だけそれなりに丁寧に相手しましょう。山田先生はチャートに直接影響するわけではありませんが何かと便利な孫の手的な存在です。稼げるタイミングがあるなら稼ぎますが無理して稼ぐ必要はないです。

 

 

 さて、寮の部屋に関してですが、ここで入学前に千冬に対する好感度を稼いだことによる効果が出てきます。性別を男にした場合、本来ならば一人部屋は一夏にあてがわれ、こちらの部屋は完全ランダムで設定されるのですが、好感度が足りている場合一夏を箒ちゃんと同じ部屋に閉じ込め、一人部屋をこちらのものにすることができます。

 これによって得られる恩恵は大きく、門限をぶち破ってもバレなければ何も問題なくなります。

 世の中には千冬と同じ部屋に住みながらハーレムルートを進める変態オブ変態がいるそうですが私はやりません。まぁハーレムルートで断トツで難易度が高いのは千冬なので間違っていないと言えば間違っていませんがそれでも千冬にばれないように他のヒロインと密会とかできる気がしません。

 

 一人部屋を勝ち取った場合、初日は確定イベントで更識楯無(裸エプロン)が待ち構えています。ここでマウントをとられると大幅なロスとなってしまう為無反応→「誰?」のコンボでわからせましょう。何気にミスが許されない大事な部分ですので慎重にやります。この生徒会長、女狐を気取っていますが中身は妹との仲1つ修復できないヘタレなのでマウントをとれば意外と攻略しやすいキャラです。彼女もまたこのチャートにおける重要キャラの1人なので慎重かつ大胆に好感度を稼いでいきましょう。

 

 ここまでで皆さんもお分かりかと思いますが、このチャートでは更識楯無経由で亡国機業殲滅ルートにアクセスします。他にも上級生には亡国機業にアクセスできる人材がいますが、なんだかんだ言って生徒会長が一番使えるので活用していきましょう。

 

 適当に言い繕って楯無を追い返したらさっさと飯食って室内トレーニングを1時間やった後に寝ましょう。寮監の千冬がギリギリ早朝だと認識する朝4時まで寝ます。

 

 翌日からは朝4時に起きてトレーニングします。とはいえ、ここでやりすぎるとその日の授業に響き、諸々のトラブルを招いてしまいロスに繋がるので軽く流す程度にしましょう。

 

 

 さて、入学式翌日からは簪にガンガン話しかけていきます。

実は、ここがこのRTAの中で最も会話に気を使う場面です。なにせ簪はコミュ障なので適度な間合いを保って話しかけないと面白いように好感度が低下していきます。厳密には好感度自体は下がりませんが露骨に距離を置かれます。大ロスもいいところなので慎重に言葉を選びましょう。

 簪がまともにこちらを向くのが好感度が初めて上昇した合図なのでそれまでの辛抱です。

 

 あ、こちら向きましたね。もう大丈夫です。ここの会話は何回やっても若干緊張してしまいます。

 

 ここからは軽い雑談を続けます。簪はヒロインズの中だと珍しく趣味がはっきりしているキャラなのでいきなり趣味の話に突っ込めばいいと思われがちですが、もしあなたが見知らぬ異性(クソ高顔面偏差値)から自分の好きなオタク趣味の話題振られたらどう思いますか? これって結構……怖いですよ?

 ということであくまで話すのは日常的な話題にしましょう。1週間後の1組のクラス代表決定戦までに短い会話を交わせるくらいになっていれば大丈夫です。

 

 

 授業は事前に死ぬほど勉強したのでモーマンタイです。短縮要素のないイライラポイントですが根性で耐えます。特にいう事もないので倍速で行きましょう。稀に簪の消しゴムを拾うイベントが発生しますが、本当に稀なので気にしなくて大丈夫です。発生したら運がいいと思いましょう。

 

 放課後はこれから基本的にIS訓練にあてます。ここでもひたすらに機動力を鍛えましょう。訓練プログラムは上級を3回、最上級を5回最低でもこなします。それ以外の能力は(専用機さえ入手すれば飾りなのでいら)ないです。

 

 訓練は終了時間ぶっちぎって怒られるまでやります。怒られることでフラグが経つのでISを返却するべく高速で移動します。

 

 ここで活用するのが瞬間着脱。通称ハイパーキャストオフです。

 

 原理は簡単。1週間護身用の意味も兼ねて疑似的な待機状態にすることが可能となった打鉄を展開し、展開が終わるまでに解除。これを繰り返すことによりIS展開時の座標調整を利用して任意の方向へワープする疑似的な瞬間移動です。監視カメラの目がない所は基本この移動方法で行きます。適合率が上がるほどに展開速度も速くなるためタイミングがシビアになる技術ですが、本RTAでは、というかRTAでは必須となる技術なので練習しましょう。

 

 ちなみに好感度が低いちーちゃんの前でこれをやると一発で看破されて今後使用不可になります。そうなったらリセットとまではいかなくてもリセット一歩手前の大ロスなので注意しましょう。

 

 最速で返して整備室を通るルートで走るとうまい具合に簪と遭遇します。ここでの会話はよほどのヘマをやらかさない限り大丈夫です。勝手に好感度が上がります。ここで確率で簪がDVDを持っているので持っていたらそちらへ話題を振りましょう。

 とはいえ今日は初日なので持っている可能性は限りなく0です。一応持っていることもなくはないみたいですが少なくとも私は見たことがありません。

 ちなみによほどのヘマというのはこちらから専用機関連の話題を出すことです。これをやると一気に会話が減ります。この時期はちょうど倉持技研が簪の専用機「打鉄弐式」の開発を完全に放置して白式の研究開発をしているので簪は割と病み期に入ってます。しかしその分好感度が上がりやすくもあるのでミスを恐れずに積極的に話しかけましょう。

 

 ……

 

 …………

 

 いやなんで簪の方から専用機の話題持ちだすんですか(語録無視)。

 

 落ち着きましょう。確かにこれまでにない会話ですがこちらは一応簪の専用機事情については知らないという事になっています。あたりさわりのない回答をすればいいはずです。

 

 

 

 

 どうにか好感度の下落は防げたようです。心臓止まるかと思いました。こんなイベントもあるんですねぇ、チャートに書き込んでおきましょう。

 

 

 

 さて、この日の夜には昨日楯無の確定イベントが入っていたため来ることができなかった一夏が部屋にやってきます。ぶっちゃけこのルートでは一夏との好感度はそれほど気にしなくても大丈夫です。知り合い以上友達未満程度をキープすればこのお人好しは勝手に助けてくれます。

 あ、最終決戦で足引っ張られることがあるので勉強するようにとは言っておきましょう。言うだけでフラグが立つのですから安いものです。

 

 とりあえず差し当たってのイベントはこんなところでしょうか。最終決戦の為にも代表候補生とは基本的に全員と面識を持っておきたいので他のヒロインズともゆくゆくは絡みます。

 

 

 

 今回はここまでとなります。ご閲覧ありがとうございました。

 



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裏語 2

勘違い系は自分には無理だと絶望したので初投稿です。


「はぁ…………」

「気にするなと言っているだろう山田君、形式上のものでしかないのだからそこでどれだけやらかそうが給料には響かんさ」

「そういう問題じゃないですよ!」

 

 入学試験を終え、いち段落ついたIS学園。その日は急遽入学することとなった二人の男子の入学試験を形式上ではあるが行う日であり、一夏の実技試験を終えたところだった。男子生徒の実技試験を担当した真耶が控室の机に突っ伏していた。

 原因は先ほど行われた一夏との入学試験でのことだった。一夏が本格的にISを動かすのは初めての事であり、映像記録も残るとされていたそれは早い話がライブ中継ではないとはいえ全世界から注目されていた。

 そのことを意識しすぎた真耶は緊張からか試験開始に突貫すると同時に派手にずっこけ、その間にのそのそと近づいてきた一夏の攻撃を受けるがままに受けてそのまま負けてしまったのだ。

 

「何でもいいが、早く次の試合の準備をしてくれ。焔はもう準備できているぞ?」

「……ちなみに今から代わってくれたりとかは」

「無理だな」

「ですよねー」

 

 乾いた笑いを浮かべながら、真耶は控室を出て行った。

 

―・―・―・―

 

「…………」

 

 千冬は先ほどの萌の実技試験を眉を顰めながら見返していた。

 先ほどの実技試験の結果は萌の勝利で終わった。しかも、一夏の時のように真耶のミスによる勝利ではなく、真耶の虚を突いた形での勝利だ。

 

 試験が始まると同時に真耶に向けて躊躇なく突貫した萌は、真耶の銃撃をまるで予知でもしているかのように右へ左へとブーストをかけて躱し、いきなり初撃を当てたのだ。そしてそのまま、真耶が搭乗していたラファールが不得意とする超近距離戦に持ち込み、シールドエネルギーを削り切って見せた。

 

 その気迫は、カメラ越しに見ていた千冬にすらも伝わるほどすさまじいもので、直に対面した真耶曰く「まるで1分1秒に命を懸けているかのような気迫でした」とのことだった。

 勿論、一夏や萌はこれまでほとんどISに乗れていなかったのだからある程度の練習時間は与えられた。だが、何をどう間違えても、ISへの搭乗時間が1時間にも満たない者がしていい動きではなかった。

 

 思い起こされるのは先ほど実技試験を終えたばかりの萌に会いに行った時の事。あれだけの操縦技術をどうやって身に着けたのか。そもそもお前は何者なのか。そんなことを聞こうと思っていたのだが、

 

『織斑先生……俺、何か粗相がありましたか?』

 

 千冬が来ただけでそんなことを言う萌に言及できるほど千冬は冷酷にはなり切れなかった。自分の甘さに苛立ちを覚えるが、未だにどんなに言って聞かせても周囲を警戒し続けている萌の心労を考えれば言及は悪手だということで納得することにした。

 

 事実、この後映像が公開されたのち、世界各国のIS企業から是非我が社のISを焔萌の専用機にという声が多く舞い込んだが、萌はそれら全てを断っていた。日本としても今ここで萌が他国の企業の専属操縦者になるのはどの派閥にとっても不都合なことの為、悪い事ではなかった。

 

(天才……か……)

 

 ふと、千冬の頭にそんな言葉と共に昔馴染みにしてこの世界がこんなことになっている原因の女の影が浮かんだ。精神の在り方はまるで違うが、1から100を学び取るその才覚、目的に対する執着心は彼女を思い起こさせるには十分なものだった。

 

 彼のIS適合値はA。代表候補生でもなかなかいないトップクラスの適合値だ。

 

 まるで、ISに乗るためにこの世に生を受けたかのような。

 

(……私も焼きが回ったか)

 

 心の中でわずかながらの苦笑いを浮かべながら、千冬は職員室を後にした。

 

 

 

 

 

―・―・―・―

 

 勘弁してほしい。更識簪はそう思わずにはいられなかった。

 代表候補生として必死に努力して、それに見合うだけの能力を身に着けることも出来たからIS学園にやってきた。奇しくも姉と同じ道をたどることとなってしまったがIS操縦者としての道を志す以上それは仕方のない事だった。

 代表候補生として主席とまではいかなくともそれなりにいい成績で、IS学園への入学を決め、これまでの訓練などでの成績も評価されたからか倉持技研の次期汎用型IS『打鉄弐式』を専用機として与えられることも決まり、基本的にネガティブな彼女が少し前向きになるくらいには順風満帆だった。

 

 男でありながらISを操縦できる存在、織斑一夏が現れるまでは。

 

 そのビッグニュースに簪も多少驚きはしたが、それでもそれほど気にかけることはなかった。せいぜいただでさえ忙しそうな姉がさらに忙しくなったくらいで簪の周囲が変化することはなかった。

 

 しかし、一夏の専用機『白式』の開発の為に倉持技研の技術者たちがそちらへとつきっきりになってしまい、その結果打鉄弐式の開発が完全にストップしてしまったのだ。しかも、中断という形ではなく、男性用のISとしてより詳細なデータ収集や調整の為に事実上の中止という形でだ。

 彼女の幼馴染である布仏本音が珍しく怒りをあらわにしてくれたことで早々に怒りの感情が表に出てくるほどではなくなったが、納得できないことは事実。本音に背中を押されて倉持技研に直談判しに行ったこともあるが、倉持技研側の技術者達も、世界初の男性操縦者の搭乗IS開発という世紀の大事業を請け負ってしまった以上万が一にも失敗はできないため当分はできる限りの労働力を白式に割きたいと申し訳なさそうに首を振るばかりだった。彼らにだって生活がある以上、簪はそれ以上責めることはできなかった。

 何とか開発途中の打鉄弐式と搭載予定の装備はIS学園に送ってもらえることができたものの。いくら簪が代表候補生で整備課に向かうのを考えられるくらいにはIS関連の技術に長けているとはいっても所詮は少し前まで中学生だった少女。入学式前日に整備室の一角を借りる形で運ばれたまだピクリとも動かない打鉄弐式を見て途方にくれたのは記憶に新しい。

 

 そんな中で憂鬱な気持ちを抱えたままこれから1年お世話になる教室で打鉄弐式のデータと向かい合っていたところ、隣の席に男子が来たのだ。勿論、織斑一夏ではない。織斑一夏ならば今頃簪はありとあらゆるものをかなぐり捨てて逃げ出しているだろう。

 織斑一夏の出現によって全世界で行われた男性に対するIS適性検査で現れた2人目の男性操縦者、焔萌。その抜群に優れた容姿から世間ではかなり話題になっていたが、本人の身を守るためか個人情報の公開などはほとんどされていなかった男子。

 メディアではかなり否定的な論調がされていた焔萌だが、その優れた容姿は女子高生の間ではかなり話題となっていたため、今もなお現在進行形で周囲の女子生徒からの視線を一身に受けていた。そしてその視線の流れ弾を比較的目立つ髪色の簪も受けていた。

 

「…………」

 

 当の本人、焔萌は誰のものだろうか、かなりボロボロになるまで使い古されたISに関する参考書の間に挟まれた、まだ比較的新しいプリントに目を通していた。

 

「えっと、更識、簪さんでいいのかな?」

「…………何」

 

 そして、簪に声をかけた。変声期を終えた男性のものにしてはかなり高い中性的な声は良く通る声質であり、聞き間違えようがない程度には簪の耳に届いた。簪は頭を抱えたくなるのを必死でこらえながら、織斑一夏ならまだしも流石に失礼だろうと思ったのか蚊の鳴くような声で返事をした。それでもしっかりと聞こえたのか、萌は視線を気にするように少し小さい声で喋りだした。

 

「俺は焔萌。これからよろしくね」

「……ん」

 

 だが、簪にはそれに対応できるだけのコミュ力などあるはずがなかった。そしてそれ以上に周囲の女子からの視線がライフルやレーザーもかくやと言わんばかりにこちらを射抜いている状況では声を絞り出すのが精いっぱいだった。それでも萌は気にする様子も見せず、それ以上会話を広げるようなこともせずに本に戻った。

 

 思っていたよりは、話さなくてよさそうだ。

 

 その事実に、簪は久しぶりに安堵した。

 

 

 

―・―・―・―

 

 その日の訓練を終えた萌が若干足を引きずりながら不自然な挙動で寮の廊下を歩いていた。萌には特例として独り部屋が与えられているがその分部屋まではかなり歩くことになっている。ようやくたどり着いた部屋の鍵が何故か開いていることも気にせず中に入ると、

 

「おかえりなさい♪ ご飯にする? お風呂にする? それとも……わ・た・し?」

 

 そんなあまりにもベタな誘い文句をノリノリでいう抜群の容姿とプロポーションを持った美少女、更識楯無(裸エプロン装備)が待ち構えていた。しかし、萌は眉一つ動かすことなくしばらく固まった後、言葉を紡ぎだした。

 

「……誰ですか?」

「あら、そこまで反応ないと却ってお姉さん楽しくなってきちゃうんだけどどうする?」

 

 とてもではないが思春期の男子高校生の反応のそれではない反応に対し、楯無が笑みを浮かべながらいろいろと危うい挙動をするが、

 

「やめてもらっていいですか。部屋に痴女がいるって千冬さん呼びますよ」

「オーケー、ふざけすぎたことは謝るからその手に持ったヤバいブツ(携帯)をしまいましょう、ね?」

 

 懐から携帯端末を取り出した萌に対して冷や汗をかきながら必死になだめるのだった。

 

「……とりあえず服着てもらっていいですか? この2ヶ月で若干女性恐怖症の気が出てるんですよ俺」

「了解! あとホントにごめんね!」

 

 即座にシャワールームに入った楯無が5秒でIS学園の制服へと着替えを済まして出てきた。

 

「で、誰なんですか?」

「ん、それじゃ改めて。私の名前は更識楯無。この学園の生徒会長をしているわ。よろしくね、萌くん」

 

 先ほどまでの楯無の雰囲気からガラリと変わったそれは、まさしく生徒会長にふさわしい威厳と、親しみやすさに満ちていた。開いた扇には「歓迎」と書かれていた。

 

「……じゃあその生徒会長が何で俺の部屋で露出プレイしてるんですか?」

「その方が接しやすい雰囲気出せるかなーと」

「ひょっとして馬鹿なんですか?」

「初対面の先輩相手に随分辛辣ね?」

「今のところ先輩に払う敬意が見当たりません」

 

 一見すると緊張感のない会話を交わしながらも、楯無は萌の身体に注意深く目を向けていた。制服の上からではわかりづらいが、しっかりと鍛えられていると分かる体。あの尋常ではない訓練を継続したという事も驚きだが、それ以上に不可解な点があった。

 

 その体が、立っていることが不思議な程度には疲労困憊一歩手前まで疲れ切っているという事だ。

 

「まぁ、本当に今日はあいさつに来ただけなのよ。織斑先生からもしっかり見ておくように言われているしね」

「……どういう意味ですか?」

「そう深く考えないで、いいコネ出来たラッキーくらいに思っとけばいいのよ」

 

 先ほどまで萌はアリーナでISの操縦練習を行っていた。千冬の口添えで特例としてしばらくの間打鉄を貸し出していることは楯無も知っている。その訓練の疲労によるものと考えるにしてはその疲労は大きすぎた。

 

「それじゃあね、連絡先は机の上に置いておいたから困ったときはそこにかけて頂戴」

「はぁ……」

 

 萌の部屋を後にした楯無が向かったのは警備室だった。目当ては当然先ほどまでの萌の訓練映像だった。

 

「えぇ……」

 

 楯無は久しぶりに自分の目を疑った。確かに、実技試験で山田先生相手に勝ち星を取ったというのは聞いていたし映像も見た。その才能も尋常ではないという事は分かっていた。

 だが、その訓練は過酷というレベルを超えていた。

 際限なく現れる仮想敵によって四方八方から放たれるレーザーを一心不乱に躱し続ける。1発レーザーが機体にあたるごとに若干挙動を変え、改善していく。まるでAIが自分の行動を効率化していくように、萌の動きは見る見るうちに良くなっていった。

 

 それを3時間休みなしで行っていた。

 

 確かに、萌が努力家だというのはこの数カ月のデータでも分かる。人間死ぬ気になれば何でもできるというのを身をもって証明されたのは記憶に新しい。

 だが、これは流石にそれだけで説明していいものではない。楯無と同等、もしくはそれ以上の才覚と、精神異常者と言っても何ら過言ではないストイックさが無ければこんな芸当は不可能だ。

 一体、これがこのまま成長した場合、どんな怪物が生まれてしまうというのか。

 

(こーれは……ちょっとヤバい事に首突っ込んじゃったかも……)

 

 気が付けば、楯無の顔には困り笑いが浮かんでいた。

 

 




収まると思ったら裏語が1話で収まりきらなかったので次回投稿は裏語オンリーになります。そんなところでガバらなくていいから(良心)


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裏語 3

いや、どうしてこうなった(語録無視)
あ、前2話に若干修正を加えています。


「おはよう、簪さん」

「……ん」

 

 次の日も、萌は簪に話しかけてきた。ここに来るまでに若干過剰ともいえる女子の接触に出くわしたのだろう。制服の所々が乱れていた。しかし、簪から何かをしてやる理由もないため、簪は打鉄弐式のデータから目を離さずに短い返事を返すだけだった。

 萌もそれ以上は望んでいなかったのか、昨日も持ってきていた参考書に目を通し始めていた。恐らく今日から始まるIS関連の座学の予習でもしているのだろう。

 しかし、予習はお世辞にもうまく進んでいるとは言えないようだった。

 

「ねぇねぇ焔くん、今日一緒にお昼食べない?」

「ごめんね、予習で気になったところ先生に聞きに行きたいからお昼は売店で済ませようと思っているんだ」

 

 内容に違いはあれど、大まかに要約すればこんな感じの内容のやり取りを、先程から何度も何度も行っていたからだ。あれでは予習なんてしている暇もないし、純粋に気が散って予習どころではないだろう。

 

「簪さん、少しいい?」

「……何?」

「今日の授業の範囲って、参考書で言うとどの辺の範囲なの?」

「今日は、序章も出ないと思う」

「そっか、ありがとね」

 

 唐突に話しかけられたため簪の肩がピクリと揺れたが、そんなことはおくびにも出さずに淡々と答える簪に対し、萌はそんな簪の不愛想な対応も気にせず参考書に戻った。周りが全員異性の状況の中でよくもまぁそんなに自然体に振る舞えるものだ。そんなことを思った簪が気まぐれに萌の方へと視線を向けた。

 

「っ」

 

 そして、たまたま目に入った参考書を見て息を呑んだ。IS学園のIS関連の座学に関する参考書は、何を血迷ったのかISの座学に関するありとあらゆる情報を詰め込んであるため電話帳か何かかと見まがうほどに分厚い。そして、そもそも電子書籍などが当たり前に流通している昨今、そんな参考書をいちいち持ち歩く物好きなどいるはずもない。

 

 ましてや、そんな分厚い参考書を全て網羅したうえで空欄がほぼ埋まる勢いでメモや自分なりの覚え方を書き記し、そんなことを参考書の側面の汚れ具合から考えてほぼ全ページで行っている者などいるはずもない。

 

「……それ、あなたの?」

「ん? そうだけど……?」

 

 ここまで散々不愛想な態度を貫いてきながら急に話しかけた簪のことを不思議に思ったのだろう。不思議そうな表情を浮かべながら萌が簪の方を向いた。

 

「……ノートとかにまとめたほうがいいんじゃない?」

 

 違うだろう。なんだその意味の分からない指摘は。これでは只の嫌味で陰気な眼鏡ではないか。自分の口からその場の勢いで飛び出した言葉に簪は内心で頭を抱えるが、萌は特に気にした様子も見せずに苦笑いを浮かべながらしゃべりだした。

 

「うん、俺もそう思うんだけどさ。俺はISに関しては素人だから何処が大事とかよくわからないからノートに要点だけをまとめ切る自信もないし、だから参考書以外の教本とか読みながら自習用ノートでまとめたことで大事そうだなーって思ったことを参考書に書いて持ってきてるの」

 

 努力の方向性間違ってるだろ。

 流石に今は違うけどね、と苦笑いで言う萌に対してとっさにそんなことを言いかけた口を既のところでふさいだ簪は誉められていいだろう。

 そこで会話を切り上げればよかったのだろうが、何となくではあるがISに対してそこまでの執着心を見せている萌に少し興味が沸いた簪は萌の方に向き直って問いかけた。

 

「IS、好きなの?」

 

 すると先ほどまでのどこか言葉を選んで話しているかのような口調から一転して、比較的滑らかな、恐らく萌の素に近いのであろう口調で萌がしゃべり始めた。

 

「わからないかな」

「……?」

 

 今度は簪のほうが不思議そうな表情を浮かべるが、特に気にすることなく萌はしゃべり続ける。

 

「昔から特撮とかロボットとかは好きだったし、ISもその延長線上にあるものみたいな感じで考えていた時は好きだったけど、いざ自分が関わるとさ。それに、俺の場合できる限り優等生にならないと何されるかわからないから勉強してる部分もあるし」

「…………」

 

 しまった。簪はとっさにそう思った。萌に関してこの約2ヶ月間、メディアからは否定的な論調を呈され、特に女尊男卑の思想を強く持っている輩は中々激しい意見を提示しているというのは簪も知っていた。本来なら普通に高校に進学し、望み通りの生活を送っていたはずだった萌の人生をめちゃくちゃにしたのは間違いなくISだろう。IS学園にしろ、確かに世界トップレベルの倍率を誇り、ここに入学を許されただけで操縦者になるにしろならないにしろ将来の成功が約束されると言っても過言ではない学校ではあるが、周りが全員異性だとしたら簪には引きこもる自信があった。そんな状況になっている原因であるISが好きかなどという問いは問いにすらなっていない。

 それに加え、ネットでもよく言われていることがあった。

 

 2人目の男性操縦者、焔萌の将来は暗いと。

 

 簪は更識の人間ではあるものの、政治などに関する造詣はそこまで深くないが、それでも今のこの世界において男性操縦者というものにどれだけの価値があるかというのは流石に理解している。それを手中に収める為ならば、どれほど危険な手であっても使う価値があるという事も。

 1人目の男性操縦者、織斑一夏には織斑千冬という強すぎる後ろ盾がある。織斑千冬と言えば、ISの世界大会、モンドグロッソの初代優勝者であり、その圧倒的な戦績から現役から一歩退き教鞭を振るっている今なお世界最強は彼女であるという呼び声も高い。そんな彼女の肉親に手を出そうとするものなど余程の馬鹿としか言いようがないだろう。

 では、焔萌はどうか。

 何もないのだ。焔萌は容姿こそ優れているが、それ以外は平平凡凡の生まれ育ちであり、後ろ盾などあるはずもない。陰謀論が好きなネット界隈特有の意見ではあるが、事故に見せかけてどこかの研究所の実験動物として使われるなどという噂すらある。

 

 そして、そんな状況の渦中にいる萌にとってそれらの声がどれだけ心を抉っているのか、自分が失態を犯すこと、織斑一夏に対して劣る部分があり、価値なしと見なされることをどれだけ恐れているかは想像に難くない。

 

 

 そう、焔萌は恐れているのだ。1人目と比較されることを。だからあのような常軌を逸している努力を行っているのだ。

 

「……わからないところあったら、聞いて」

「……ありがとう」

 

 自己満足なのかもしれない。勝手な自己投影なのかもしれない。けれども、簪には萌を放っておくという選択肢を取ることができなかった。萌から投げかけられた言葉は、どこか安心しているかのような気がした。

 

―・―・―・―

 

「焔君、もうアリーナを閉める時間ですよ? 訓練熱心なのは感心しますが、時間は守りましょうね」

「あ……す、すみません山田先生」

 

 その日の放課後、アリーナが閉まる時間になっても訓練を続けていた萌の下へ歩み寄っていたのはその日のアリーナ見回りの担当だった真耶だった。何をどう間違えても初心者がやるような訓練ではないそれを休むことなくずっと行い続けていた。最初の内は真耶も止めようとしたが、千冬に好きなようにやらせておけと言われた以上、別に違反しているわけでもないのに止めるという訳にもいかなかった。

 

「……焔君、少しいいですか?」

「なんですか?」

 

 しかし、真耶と千冬に相違点があるとしたら、それでも真耶は声をかけずにはいられなかったという事だ。

 

「確かに、焔君は織斑君と比べると社会的な立場は弱いかもしれません。けど、それでもこの学園にいる間は焔君の身の安全は私達が保証します。その後の進路だって、できる限りサポートします」

 

 だから、もう少し自分を大事にしてください。

 

 真耶のそんな言葉に対し、萌はしばらくの間きょとんとしたような表情を浮かべた後に、どこか疲れたような笑みを浮かべた。

 

「……ありがとう、ございます」

 

 その表情が晴れることはなかった。

 

「けど、すみません。こうでもしてないと、落ち着かないんですよ。不安で」

「ですからそれは――」

「どんな理屈があってもです。それに、そうじゃなくても、俺がどんな状況に置かれているかは理解しているつもりです。これから負けたら死ぬかもしれない状況に身を置くかもしれないんです。死ぬほど準備するのに越したことはないんじゃないですか?」

 

 それだけ言うと、萌は「時間忘れてました。本当にすみません」とだけ言い残してアリーナを後にした。真耶もそれ以上言及することはできず、アリーナの確認をしてからアリーナを閉鎖し、帰路に就いた。

 

 

―・―・―・―

 

「あれ? 簪さん、何してたの?」

「……まぁ、色々」

 

 打鉄弐式の状態を確認し、途方に暮れては憂鬱な気持ちを抱えたまま自室へと戻る。そんな簪の放課後に変化が起こったのはオリエンテーションの翌日の事だった。

 整備室を出ると、萌がアリーナに繋がる通路の方から歩いてきた。疲労困憊という言葉が似合う様子の萌と偶然出くわしてしまった簪は居心地が悪そうに萌から視線をそらした。

 

「そっちこそ、何してたの?」

「千冬さんから特別に訓練機を一機貸してもらっててさ、それでずっと訓練してた」

 

 萌の発言に、簪は何か引っかかるものを覚えた。ほんの少しの間考えた後に原因が思い当たった簪は尋ねた。

 

「専用機は……?」

「え?」

「男性操縦者は、データ収集の名目で国から専用機が支給されるんじゃないの?」

 

 話題が話題だからか、若干苛立ちを孕んだ口調で簪が問いただすが、萌は少しの間考えた後に思い当たる節があったのか若干苦笑いを浮かべながらしゃべりだした。

 

「ああ、あれは一夏君だけだよ」

「え……?」

 

 絶句する簪に対して、萌は特に気にする様子もなくしゃべり続ける。

 

「ISは数に限りがあるんだから、能力のある人が持った方がいいのは当たり前でしょ。それに、男子操縦者の操縦データが目的ならどっちか1人でいいわけだし」

 

 違う、そんなわけがない。

 

 口にこそ出さなかったが、簪は即座にそう思った。2人目が現れた以上、織斑一夏だけが例外であるという事は考えにくい。ならば男性がISを操縦するためのメカニズムを解明するための操縦データはいくらあっても足りないだろう。それが一夏だけに専用機が配備される理由にはならない。

 

 前者にしてもそうだ。操縦技術の方は簪は知らないが、少なくとも知識面に関しては萌が一夏に劣っているという事はあり得ない。ISの参考書を電話帳と間違えて捨てる。代表候補生という言葉すら知らない。教室で勝手に聞こえてくるそんな噂話が事実だとすれば両者の知識量には天と地ほどの差があるだろう。

 

 そして、あれだけ努力している萌がそんなことをわからないはずがない。

 

 簪は、自分が言いようのない怒りを抱いていることを覚えた。

 

「どうして……?」

「ん?」

「何も、思わないの?」

 

 わかっている、萌ではなく一夏が優遇される理由は簡単だ。先に一夏が適合したから、そして姉に織斑千冬という存在がいるからだ。既に来週には白式が正式に一夏に配備されるという。そのスピードからして、男性操縦者用に専用機を配備するという話が決まった段階では萌はまだ適合検査すら受けていなかったのかもしれない。ISは世界に465機しか存在しないが、たった2人の男性操縦者にどちらかにしか専用機を渡さないなど不自然だ。

 まるで陰謀論を熱心に信じる活動家のように簪の中で想像上の悪意が膨らんでいくのを打ち切ったのは、焔の一言だった。

 

「何も思わないって言ったら嘘になるけどさ――」

 

 何かに期待するの、疲れたんだ。

 

 

 その一言にどれだけの思いが籠っていたのか。それを口にする萌の表情があまりにも暗く淀んでいたことに息を呑んだ。しかし、そんな雰囲気を霧散させるかのように、先程までの雰囲気を微塵も感じさせない苦笑いを浮かべながら再び萌はしゃべり始めた。

 

「……何か、ごめんね」

「いや、そんなこと……」

「何か、思い悩んでたんでしょ? ……こんな話、するんじゃなかったね」

 

 違う、何故私を気遣うんだ。こんな、何の長所もないのにみっともない意地で無様を晒している私を。

 そんな簪の思いが口から出ることはなかった。

 

「それじゃ、また明日ね。簪さん」

「あ……」

 

 それだけ言い残した萌は簪から背を向け、疲労からくるものだろうか、どこか不自然な歩き方で萌は去っていった。その背に声をかけるだけの勇気は、簪にはまだなかった。

 

 




お礼とか謝罪とか色々言いたいことが多すぎるので活動報告にまとめてあります。


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(3/7)

実はRTAパートは1話投稿前にもう全部書き終わってて裏語が書け次第投稿っていう感じになってます。これは待たせたお詫びのようなものなので裏語はもう少し待っていただけると幸いです。

追記
自分がにわか知識をひけらかしてしまったばかりに大幅に訂正をさせて頂きました。本当に申し訳ありませんでした。


 メインヒロインと組んだ専用機無い同盟を一瞬で裏切るRTA、はーじまーるよー。

 

 さて、1組のクラス代表選抜戦は本来ならばこちらとは何の関係もないどうでもいいイベントのはずですが、野次馬根性をかまして見に行きましょう。本当なら訓練にあてたいのですが簪との初めての共同作業のためです。

 そう、このクラス代表選抜戦を簪にも見てもらいます。声かけるだけなら一発で断られますが、若干悲しそうにすると付いてきてくれます。やっぱ……男の娘のクソ高顔面偏差値を……最高やな。この1週間の間にこちらのISに対する熱意()と特撮知識(入学前に詰め込んだ付け焼刃)でかなり好感度を稼げたのでわりとすんなり行けます。

 

 試合は予定通り一夏の負けで終わりますが試合とか正直どうでもいいです。重要なのは帰り道です。ここで好感度が一定以上に到達していれば簪の方から専用機関連の事情を打ち明けてくれます。これに当たり障りない答えを返すだけで好感度が爆上がりします。チョロい。このイベントは簪関連のイベントの中でもかなり好感度を稼げるイベントのくせして条件が分かりづらかったり明らかに連れてきちゃいけないイベントだと思われていたので判明するまでは簪の攻略難易度が2段階くらい高かったです。

 話しかけづらいからといってタイミングを図っていると一夏に持ってかれる上に亡国機業殲滅ルートの短縮に使うとか夢の又夢ですからね。

 

 

 この日はもう1つやらなければならないポイントがあります。その為に簪と別れた後はISトレーニングではなくランニングを始めましょう。ターミナル付近を往復すると平均して7往復し終えたあたりのタイミングで鈴音が駅から降りて校門前で途方に暮れ始めます。ここで話しかけて簡単に案内することで鈴音に認知されます、以上。

 

 

 

 はい、ぶっちゃけほぼ絡みがないヒロインに対してはこれくらいでいいです。申し訳ありませんがこれ、RTAなんですよね。

 

 

 さて、クラス代表選抜戦の際に簪に「アーワカルワカルクラベラレルッテツライヨネーワカルワカル」と言っておいてなんですが大きなミスが無ければ代表選抜戦が終わってから2週間以内には目的の企業から専用機のオファーが入ります。

 この「在澤重工(ありさわじゅうこう)」という企業は日本のIS企業の技術の集合体である打鉄の武装面を担当した企業であり、こと火力という面に関してはどこぞのブランド欲しさにやりかけの仕事ほっぽり出して他の仕事やりだす倉持技研とかいう無責任企業とか鼻で笑うレベルの技術を誇ります。ブランドイメージとか必要ねぇんだよ!

 このオファーを勝ち取るためにこれまで毎日毎日ストーカーもかくやというレベルでSNSで在澤重工の武装のすばらしさについて語ってきました。途中からパイルバンカーの杭に色気を感じたりしたあたりでちょっと危機感を覚えましたが努力が実ってよかったです。

 

 専用機を準備する兼ね合いで少しの間訓練できなくなりますが、既に機体は完成していてその試作機を使わせてもらうという体なのでそれほど時間は要りません。

 今回私が使うのは在澤重工が倉持技研の打鉄弐式のように第三世代型量産ISとして開発を進めていた打鉄の後継機「打鉄・雷火(らいか)」です。そう、ここで名前を焔萌とかいう全力で燃え上がってそうな名前にした成果が表れたのです。ブランドイメージって大事ですよね。

 

 このISは一言で言えば火力特化型の性能をしています。その圧倒的な火力は正にB・B・B(暴力・暴力・暴力)って感じです。外見は異様にごつい両腕とまともに構えたら前が見えなくなる2枚のごつい大型物理シールド(自称非固定武装(アンロックユニット))を除けば打鉄の特徴であった装甲もかなり省かれており、スタイリッシュになった打鉄という感じです。両腕に取り付けられたパイルバンカーに無理矢理ロケットをくっつけたみたいな頭の悪い鈍器が目を引くのですが、近接特化機体と見せかけてその恐ろしいほど大きい拡張領域には山ほどの火器が詰まっています。試しにあなたが何か兵器を言えば核ミサイル以外の大体の火器は入っています。

 

 

 流石に言いすぎましたがこれを量産しようとするとか戦争屋か何かですかね。

 

 とはいえ、当たれば沈むその火力を誇るこいつはRTAの為にあるかのようなISです。使わない手はありません。見ればわかるように機動性に若干の難がありますが、そこは此処まで培った訓練とちょっとした裏技で何とかなります。それに関してはイベントで戦闘が入った時にお教えしましょう。

 

 専用機の為に訓練を若干お休みしている間でも簪とのコミュニケーションは欠かしません。クラス代表選抜戦以降、簪は1人で何とかほったらかしにされた打鉄弐式を完成させようと躍起になっていますが、どうせ無理なので励ましましょう。在澤重工の諸々のデータを持ち帰る予定なのでそこでうまい事サポートできれば合宿よりも前に完成させることが可能な上に簪の好感度も爆上がりで非常にうまあじです。

 

 さて、ここまで簪との好感度を稼ぐと当然の権利のように毎晩楯無がやってきますが問題ありません。むしろ楯無との絶対に切れないコネを作るために簪と接触している節があるので順調と言えます。既に簪関連でマウントは取り放題なので妹の事を話題に出しつつ入学前に鍛えた料理の腕を振るえば攻略完了とまでは言いませんがあっさり堕ちます。それでいいのか学園最強。

 

 ちなみに1週間以上楯無が連続で来ると確率で千冬がセットで付いてきて何故か夜食を作らされます。もう千冬の好感度は十分なのですが下げるわけにもいかないので作りましょう。座学の時間がゴリゴリ削られますが楯無や千冬に質問でき、効率が上がるためそこまでロスにはなりません。コラテラルダメージです。

 

 ここで楯無の口から亡国機業の事を聞ければフラグが立ったのでようやく理想ルートの兆しが見えてきます。情報の秘匿どうなってんだよって話ですけど千冬みたいに守ってくれる存在がいない2人目の男性操縦者とか狙われる要素しかないので間違っているとも言い切れません。

 

 次はクラス代表トーナメントです。こちらのクラス代表は簪となっていますが打鉄弐式がまだ完成していないように調整しているため代理として参加することになります。一見ロスのように見えますがここでまだIS学園に来ていない専用機持ち以外の専用機持ち(予定含む)全員と知り合えるのでむしろ短縮です。え? じゃあ鈴音と会う必要なかっただろって? あの酢豚はトーナメント中基本的に愛しのいっくんしか見えてないのでたとえ助けに入っても認知されません。悲しいなぁ。

 

 ゴーレムのビームが見えたあたりで専用機を入手したことによっていつでも使えるようになった瞬間着脱を利用して入口まで駆け抜けます。シャッターが閉まるギリギリでアリーナを出たらその後も瞬間着脱を連発して選手用のアリーナ入り口まで駆け抜けます。時間に割と余裕はありますがここでミスると箒ちゃんと絡む機会が無くなって大幅なロスを強いられるので念には念を入れます。

 

 入口付近で待機してこれから戦犯ムーブをかまそうとしている箒ちゃんをなだめます。なんだかんだ素直でいい子なのでこちらが一夏の助けに入ればそこで大人しくしててくれます。

 

 

 ゴーレム戦ですが、これ以降お世話になる加速方法、「オワタ式加速」について……お話します(ねっとり)。

 

 みんな、「オワタ式加速」って……知ってるかな? オワタ式加速っていうのはね……たとえば……バズーカを撃つと……反動で吹っ飛んだり…………あるいは…………そういった反動を利用して……加速をすると……気持ちがいい……と言ったことを……オワタ式加速というんだ。

 

 真面目に解説します。

 ご存じの通り、この打鉄・雷火は火薬庫(自称)のラファールを鼻で笑うどころか話題にすら上げないレベルの火薬庫です。その中には当然、そんな馬鹿でかい弾頭で一体何を吹っ飛ばす気なんだと言いたくなる超大型グレネードキャノン、「赤城(AKAGI)」というふざけたものも存在します。この装備は全長が優にISを超えるふざけたサイズのグレネードキャノンであり、ISというよりはタンクとかに載せる大砲という方がしっくりくる装備です。確かに火力こそ絶大ですが、何が問題かと言えばその反動が半端ではなく、どれくらい半端ではないかというと基本的に反動を無効にできるはずのISが吹っ飛びます。PIC壊れちゃーう。そのため、本来ならばそれ相応の装備を整える必要があるのですが、今回のお目当てはその反動にあるのでフヨウラ!

 この反動は初速度がクソ雑魚という一点のみで機動性に難があると言わざるを得ない打鉄・雷火にとってこの上ない起爆剤となります。両腕に装備されたロケットエンジン搭載型パイルバンカー「綴雷電(つづりらいでん)」による加速は初速が良くないのでこれをすることにより結構な速度で動くことができるのです。

 ちなみに下手な場所で撃つとシールドエネルギーとか鼻で笑う大爆発がゼロ距離で起きて絶対防御貫通して死ぬので注意しましょう(11敗)。名前の由来もここからきています。

 

 さて、今回の戦闘で重要になってくるのがゴーレム撃破時のシールドエネルギー残量です。正直ゴーレム自体はそこまで脅威ではありません。流石のゴーレムのAIもグレネードキャノンの反動を利用して突っ込んでくる奴は想定していなかったのか初動では完全に動きが硬直するので倒そうと思えばそこで倒せます。

 しかし、ここではうまい具合に苦戦して、シールドエネルギーを3割以下にすることでフラグが立つのでうまい具合に攻撃を喰らいましょう。とはいえこのゴーレムは攻撃手段が拳とゴンブトレーザーしかないという極端な装備セットをしているので調整が割と大変です。レーザーを喰らうのは安定を取って1発までにしましょう(4敗)。

 

 さて、シールドエネルギーが3割を切ったらオワタ式加速と綴雷電のロケットによる加速で突っ込んで自慢の拳だか神殺しの逸話の集合体の聖遺物だか自分フィールド上のレベル2以下のモンスターの攻撃力の合計を加算した拳もかくやの勢いで胴体吹っ飛ばして終わりです。

 しかし、ここで加速の為に変な方向に向けて赤城をぶっ放すとそこら一帯を焦土にしてしまうのでしっかりと赤城を発射する方向がゴーレムがアリーナのシールドをぶち破った方向になるように位置関係を調節しましょう(1敗)。反動で大幅にぶれることも考慮したうえで角度も調節してぶっ放した砲弾が海の藻屑になるようにします。まさかIS学園のどっかに落として大惨事になるとかいう馬鹿やった奴は居ませんよね(1敗)。

 

 その後は再起動での事故がロスになるのでレーザー射出口を念入りに潰しましょう。何してんだこいつって目で見られますが好感度には影響しないので大丈夫です。

 

 

 戻ったら今現在最も好感度が高いキャラ。今回の場合は簪との確定イベントが入ります。IS学園での戦闘はピンチになると大抵イベントが入る上にそれらのイベントで稼げる好感度が中々おいしいのでこれからもじゃんじゃんピンチになりましょう。

 

 イベント後、千冬によるお説教が待っています。面倒な事この上ありませんが、1日潰すだけで専用機持ちとこれ以上話す必要が無くなるのは中々良いと思います。

 

 

 さて、クラス代表トーナメントが終わったら自分が男装をしていると思い込んでいる女、シャルロットがルームメイトとしてやってきます。ここからいよいよ亡国機業殲滅ルートへ向けて本格的に動いていくこととなります。

 

 

 今回はここまでとなります。ご閲覧、ありがとうございました。




企業名が聞き覚えしかない? 仕方ないじゃないですか2秒くらいで考えたんですから。

問題の部分に関しては大人しく何から何まで元ネタ準拠にさせて頂きました。何で最初からそうしなかったんですかねぇ……


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裏語 4

投稿頻度を上げるとはいったい何だったのか考えたら自我が崩壊したので初投稿です。オリキャラ出ますが今後多分出番はありません。


 真耶が萌と話をしてから数日後、真耶はとある居酒屋の個室にいた。真耶本人は下戸のためこういった場所との縁はあまりないが、相手方に誰にも聞かれる恐れのない場所で話がしたいと相談した結果この場所に案内されたのだ。

 そして、その相手は、国内のIS企業ではかなり名の知れている会社、在澤重工の現社長だった。

 

 在澤重工。 

 

 社長がかつて世界最強と比肩するほどのIS操縦者であったと同時に、こと武装面においては遠近問わず優れた装備を開発することに定評があり、国内でのIS企業の中では武装面の開発においては右に出るもののいない大企業。

 

 そんな大企業の社長、在澤 鷹見(ありさわ たかみ)。燃え上がるような赤い髪と、左頬から首にかけてを覆う痛々しい火傷の痕が目を引く彼女は、机に置かれた資料に目を通し、愉快そうに目を細めながらやけど痕をなぞった。

 

「ふふ、それで私に頼み込んできたという訳か」

「……はい」

 

 真耶と鷹見の関係は決して浅いものではなかった。互いに大量の火器を利用した遠距離メインでの戦い方を得意とするIS操縦者であり、互いに同じ時期に代表候補生だった身であったため、ライバルであると同時に親交も深かった。成績面から見た実力としては鷹見のほうが上だったかもしれないが、彼女達が現役だった時代はまだまだ十分なノウハウも築かれていなかった時代だ。ほんの少しの気づきで数日前まで格下だったはずの操縦者が自分の上を行っていたなどという話も珍しくはなかった。故に、両者の間に身分による態度の違いなどと言ったものはあまりなかった。

 

「そうか……ふふ」

「な、何ですか」

「いや、存外教師をしているものだと思ってな。あの小さいコンペだけで震え上がっていた真耶がな……」

「い、いつの話をしているんですか!!」

 

 頬を膨らませる真耶に対して、鷹見は少しも悪びれる様子を見せず軽く笑った。しかし、そんな笑みはすぐに消え、瞬時にその一室の雰囲気は張り詰めたものとなった。急に切り替わった雰囲気に、真耶の表情が若干こわばるが、鷹見はそんなことは気にせずに話し始める。

 

「で、自分がどれだけ洒落にならないことをしているかという自覚はあるのか?」

「もちろんです、けど、大学の教授とかだって有望な研究員にはそれ相応の職場を紹介することだってあるじゃないですか」

「マンガの読みすぎだ」

 

 鷹見が額に手を置いた。正直、ここにきて話を聞いた時にはとんだ厄介ごとを持ち込んでくれたと思ったものだ。ISは現在でこそスポーツとして扱われているがその本質は兵器だ。それも全世界に467機しか存在しないというおまけ付きの。専用機を持つという事がどれほど重大な意義を持つことなのか、ましてやそれを一教師が贔屓で生徒を売り込むという事がどれほどの事か真耶が理解できていないはずがなかった。

 

「……事実どうなんだ。私達が見たのはお前との実技試験の映像だけだ。情報が足りん。慈善事業で専用機を出せるなどとは思うなよ」

「もちろん持ってきましたよ」

 

 もちろん、真耶は鷹見がそういう人間であるという事は十分に理解していた。実技試験が公開されると同時に、それまで一夏に自社の専用機や装備を売り込んでいた者達の大部分が(織斑一夏の専用機が早々に白式に決まったというのもあるだろうが)萌に標的を変えたというのは業界内では割と有名だ。

 しかし、その中には在澤重工の者は居なかった。ひそかに監視されていた萌のSNSアカウントでは萌が日々何気なく呟いていた事柄の大半が在澤重工のものであるにも関わらずだ。もちろん、この状況で在澤重工が一番に名乗りを上げれば、焔萌個人やIS委員会との癒着を疑われてしまうというのはあるが、それにしても不自然なほどに在澤重工は男子操縦者の件に関しては静観を決め込んでいた。

 しかし、現在澤重工の社長である在澤鷹見という女を知っている者にとってそれは何ら不思議なものではなかった。戦乙女にこそならなかったが、彼女の実力は本物だ。かつては織斑千冬とも肩を並べるほどの実力者であった彼女は、1つや2つの映像で操縦者を判断できるとは考えていなかった。それ以前に、この在澤鷹見は性別を判断材料とする気はさらさらなかった。

 

 だからこそ真耶はカバンから携帯端末を取り出した。恐らくはその中に萌の訓練時の映像が入っているのだろう。各国のIS企業に出せばしばらくは食うに困らないだろうほどには欲しがられている情報が。

 

 そして現状、IS学園では暗黙の了解で完全にアウトとされている行為である。

 

 張り詰めた雰囲気が霧散し、鷹見が再び額に手を当てた。

 

「……お前マジか」

「……私の教え子の様子を飲み屋での何気ない一幕で友達に伝えるだけなのでセーフです」

「お前のクラスに居るのは千冬の方のだろ」

 

 詭弁もいい所である。というか詭弁にすらなっていない。

 鷹見は僅かながらに驚いていた。真耶はそれは確かに気弱を絵に描いたような女性であるし、押しに弱いのは鷹見も知っていた。しかし、それでも線引きはしっかりとしており、越えてはいけない一線を越えるなどということは余程のことが無い限りはしない女性だ。少なくとも、何なら首すら余裕で飛ぶような他人贔屓をするような女性ではなかった。

 

「……そこまでする価値があるのか? そいつは」

「少なくとも、私はあると思っています。男とか女とかそういうフィルターをかけるべきではないくらいには」

 

 そういって真耶はちょうど鷹見にしか見えないような角度で端末の画面を見せた。

 

 映っていたのは、萌の訓練時の様子だった。訓練の種目はISの操縦トレーニング。仮想敵から撃ち出されるレーザー光線を一定時間躱し続けるというものだ。IS学園の訓練メニューの作成に関しては鷹見も意見を求められたことがあったため覚えがあった。

 レーザーの密度から見るに難易度は最上級。代表候補生レベルの訓練を想定して作成したものだ。

 

「……なぁ、真耶。こいつ人間か?」

「織斑先生曰く、『人間死ぬ気になれば案外なんでもできる』らしいです」

「あんな人外の意見真に受けてどうする」

 

 萌はその訓練を3時間、エネルギーの補給の時間を除けばぶっ通しで続けていた。一度の休憩をはさむこともなく、ただ只管に訓練を受けていた。

 それだけではなく、その訓練の中で、萌は見る見るうちに成長していった。一撃貰うごとに動きを微調整し、最適化していく。まるで人工知能か何かを彷彿とさせるほどにその成長は効率的であった。

 

「ふむ……いいだろう。オファーを出そう。受けるかどうかはそいつ次第になるが、それでいいな?」

「っ! ……はい!」

 

 確かに、一教師としてみるならば特定の生徒に肩入れするなどあってはならない事である。特に彼女が勤める学校は世界で唯一のIS専門校IS学園だ。しかし、どうしようもなくお人好しな彼女には萌の置かれている現状が我慢ならなかったのだろう。

 

「まぁ、私も胸糞悪い話は嫌いだからな」

 

 まるで自分に言い訳をするかのように、鷹見はそう呟いた。

 

 

 

―・―・―・―

 

「簪さん、少し良い?」

「何?」

 

 オリエンテーションから1週間。1年生の間では1組の代表候補生の座を巡って、織斑一夏とイギリスの代表候補生、セシリア・オルコットが決闘を行うという話題でもちきりになっていた。

 簪と萌の仲はそれなりによくなっていた。人というのは複雑なようで単純なもので、ふとした会話で簪が零した好きな特撮が萌もファンだったのだ。そこから会話が弾んでいき、今では趣味以外の話も普通に話す程度の仲になっている。

 

「今週末の1組の代表選抜戦、一緒に見に行かない?」

「嫌。…………あっ」

 

 萌の提案に対してとっさに口から出た言葉は簪も意図しなかったもので、もはや反射の域で口から飛び出したものだった。とっさに口を手で塞いだが、後の祭りというものだった。

 

「そっか、ごめんね」

 

 そんな風ににべもなく断った簪に対して、萌は特に気にする様子も見せずに予習に戻った。しかし、簪はこの1週間、彼女の幼馴染である布仏本音に「わー明日はねるねるねるねの雨だー」と言わせるくらいには珍しく萌とコミュニケーションをとっていた。

 そしてそんな簪だからこそわかる。目の前の焔萌という男はとにかく自分の事を表に出さない男だという事を。どんな嫌なことがあったとしても、仕方ないだの相手方にも事情があったかもしれないだの、そんなふざけた言い訳で本当に済ませてしまう男だと。彼がおかれた環境が歪めてしまった自己犠牲精神は彼がどんなに傷ついていたとしてもそれを表に出すようなことはしない。

 

「……やっぱり行く」

「え? 別に行きたくないなら行かなくても」

「行く」

 

 故に、自分の矜持の為に勝手に自分を苦境に追い込んで、(いくらへらへら笑っていたとしてもちょっと頭がおかしくなるレベルでキレそうな噂が流れてきたとしても)元凶に対して自分勝手に僻みやらなんやらの感情を向けているだけの自分が我慢する番だ。簪はそう判断した。

 

 

―・―・―・―

 

 

(来なきゃよかった……)

 

 簪はアリーナの席に着いてから2秒でそう思った。ISの決闘自体は別に構わない。この学園に来て以降、ISが実際に動いている姿を見ることは全く珍しいものではなくなったが、代表候補生であり、専用機保持者でもあるセシリア・オルコットの操縦を生で見る機会はそうそうないからだ。

 

 ただ、

 

「ねぇねぇ焔君」

「萌君」

「焔ちゃん」

「ほむほむ~」

 

 うるっっさいのである。簪の隣にいる萌に言い寄る女子たちが。確かに、萌の容姿は非常に優れている。正直何のメイクもしていない現段階でもアイドルとしてステージに立っても違和感がないだろうというほどには。しかも萌はその自己犠牲精神にあふれた性格からか、それとも変なトラブルを招かないためか、彼女達1人1人に対して丁寧に受け答えしていたのだ。

 しかし、それにしたって彼女達の目当ては織斑一夏のはずだ。にも拘らず席が近かったというだけで萌に言い寄るのはどうなんだと簪は思わずにはいられなかった。

 

(萌がどんな状況にいるのかも知らないくせに……)

 

 例え内心でそう思っていたとしても、本来大人しく、こんな人ごみに来ることなどほとんどない簪にそんなことを表立っていう度胸などあるはずもなく、彼女の幼馴染である布仏本音を引っぺがすのが精いっぱいだった。

 

 

 そんなことを続けているうちに、セシリアがアリーナに入場した。その身には既に彼女の専用機「ブルーティアーズ」が装着されており、顔つきからは気合十分といった様子が見て取れた。

 そして、それに若干遅れる形で、一夏がアリーナに彼の専用機、「白式」を纏った状態で入場した。

 

「…………」

 

 白式を見るだけで、簪は自分の心がささくれ立つのを感じた。アレさえなければ、あいつさえいなければ、そんな思いを抱かずにはいられなかった。

 

「逃げずに来たことだけは誉めて差し上げますわ」

「そりゃどうも。萌に言われてな。男子女子関係なくお前の努力を無碍にするようなことはしちゃいけないってのは俺でもわかる」

「まぁ、貴方よりもそちらの殿方のほうが戦いがいがありそうですわね」

「……現時点では返す言葉もねぇよ。けど、油断してるようならぶっ倒してやるからな!」

「口では何とでも言えますわ」

 

 両者が数言言葉を交わしたのちに、アリーナに試合開始を告げるブザーが鳴った。

 

 開幕と同時に攻め込んだのはセシリアの方だった。ブルーティアーズのメイン装備であるスターライトMkⅢによる射撃が一夏を射抜くと同時に試合が始まったと言っても過言ではない早撃ちだった。

 セシリアの専用機、ブルーティアーズは遠距離特化型の機体だ。しかし、操縦者のイメージインターフェースを利用した第3世代兵装の内の1つ「BT兵器」の試験機という意味合いが強い彼女の機体は、近距離武装を最低限しか搭載していないため、近距離戦では圧倒的な不利となってしまう。

 故に、最初から距離を置きISの戦闘どころか操作すら不慣れな一夏のシールドエネルギーをじわじわと削っていった。

 

 それに対する一夏は、セシリアのスターライトMkⅢの射撃を躱しながら物理ブレードを展開させた後、何度か切り込もうとしてはいるものの、セシリアの射撃への対応で精いっぱいであり、それ以上は何もできない状況が続いていた。

 その操縦能力はかなりお粗末なものであり、少しではあるが萌の訓練を見ていた簪からしてみれば、萌と一夏がぶつかれば10:0で萌が勝つだろうとひいき目なしに思えるほどであった。

 

(この1週間、何やってたんだろう……)

 

 ふと、簪は萌がこの試合をどんな気持ちで見ているのか気になったのか萌の方を向いた。

 

「…………」

 

 萌は、決闘の様子を穴が開かんばかりに見つめていた。試合が始まる前までは萌に話しかけていた女子たちが声をかけるのを憚る程度には集中していた。

 

 一体何が萌をそうさせるのか、簪がアリーナへと視線を戻すと、戦局は大勢こそ変わっていないものの、徐々にではあるが変化を見せていった。

 

「随分と……足掻きますのね!」

「当たり前だ!」

 

(対応、していっている……?)

 

 戦局が変わり始めたのは、セシリアがとどめとしてBT兵器を使用し始めてからだ。ブルーティアーズの第3世代兵装であるBT兵器は従来のISには不可能だった遠距離かつ多角的な攻撃を可能とするため、武装が近接ブレードしか存在しない一夏は為す術もなく完封されるはずだった。

 

 しかし、セシリアの練度故か、それとも開発途上のBT兵器の欠陥か、BT兵器を制御している間、セシリア自身は動くことができなくなっているようだった。それに加え、BT兵器の操作の簡略化のためにBT兵器の操縦をパターン化させていることに一夏が気が付いたのか、瞬く間に2機のBT兵器が撃墜されてしまった。

 

 それは、何をどう間違えてもISの操縦時間が1時間にも満たないものの動きではなかった。

 

(才能、か……)

 

 動きが目に見えてよくなっていく一夏に対し、簪の周囲では流石は織斑先生の弟だ。などと言った声が上がっていた。事実、簪もそう思わずにはいられなかった。そして、そんな男といずれはぶつからなければならない時もあるからこそ、萌は不安も恐怖も押し殺して一夏の一挙一動を観察しているのだと。

 

「あ」

 

 ふと、そんな声が漏れた。BT兵器を全て撃墜した一夏がセシリアへと突貫した結果、残されていた2機のBT兵器に搭載されていたミサイルがものの見事に直撃したのだ。序盤にかなりシールドエネルギーを削られていたから、あれは耐えられないだろう。簪はそう判断したのだが、試合終了を告げるブザーが鳴る様子はなかった。

 

 簪が疑問に思った刹那、ミサイルの爆炎の中から装いを新たにした白式を纏った一夏がセシリアへ向けて突貫した。会場が驚きの声で埋まる中、簪も思考を巡らせていた。

 

二次移行(セカンドシフト)……いや、流石にあり得ない。じゃあ、一次移行(ファーストシフト)? 今まで初期設定で戦ってたの!?)

 

 本来、ISの専用機というものは搭乗者のデータを入力する『初期化(パーソナライズ)』とそれによって機能を整理する『最適化(フィッティング)』によって一次移行を果たし、初めてその操縦者の専用機となる。その際にもISの形状は変化するため、一夏の現状は説明できる。

 

 だが、説明できないのはこれまで訓練機同然の機体で織斑一夏が代表候補生と戦っていたという事だ。それはもはや、単純な才能という言葉一つで説明していい事ではない。

 それは、かの篠ノ之束や織斑千冬と同じ、天災としか表現しようがない域での才能が無ければ説明できない事だった。

 

 とどめを刺すための奥の手だった最後のBT兵器を使ってしまったセシリアの下へエネルギーで構成された刃でスターライトMkⅢによる射撃を切り裂きながら突貫する。

 決まった。誰もがそう思ったとき、

 

 試合終了を告げるブザーが鳴り響き、セシリアの勝利が宣言された。

 

「…………は?」

 

 後に、白式の単一仕様能力(ワンオフアビリティ―)による自滅だと知らされるが、この時そんな声を上げた簪を責められる者はいないだろう。

 

 

―・―・―・―

 

 

「すごかったね、簪さん」

「…………」

 

 1組の代表選抜戦の帰路を、簪は萌と共に歩いていた。特に理由があったわけではないのだが、特に別れる理由もなかったため、何となく。と言った感じだった。

 簪は萌の方をチラチラと覗き見るが、萌がそれに気づく様子はない。すれ違うたびに声をかけてくる女子たちへの対応で精いっぱいのようだ。普段は何処で身に着けたのか簪でも気になるレベルの身のこなしで移動しているが、今は簪と一緒のためそういう訳にもいかないようだ。

 

(何も、思わないのかな……)

 

 人を見る目に自信があるわけではない簪から見ても分かる。織斑一夏は天才だ。流石はあの世界最強の弟、という言葉では収まらない才能を持っている。

 そんな一夏と、これから萌は比べられ続けることとなるのだ。

 

「……どうかした?」

「え、何?」

「いや、何か思い悩んでいるみたいだったから」

「ううん、なんでもない」

 

 顔に出てしまっていたようだ。簪は首を横に振ると、視線を前へと向けた。萌も言われてしまった以上それ以上言及する気はないのか、しゃべることはなかった。

 簪は少し考えた後に、一つ息を吸って、唐突にしゃべり始めた。

 ここでこれを喋ることに意味はないのかもしれない。萌にとっても迷惑になるかもしれない。

 それでも、簪は、萌には知っておいて欲しかったのだ。

 

「私も、専用機持ってるんだ」

「え、そうなの?」

「ん、まだ完成してないの。開発元の倉持技研が白式の開発と調整にかかりきりになっちゃったから……」

「あー……そうなんだ」

 

 萌は何処か居心地が悪そうな苦笑いを浮かべた。しかし、そんな萌の様子を気にする様子もなく、簪は勢い任せにしゃべり続けた。嫌われてしまうかもしれない。それでも、萌には知ってほしかった。比較されることを恐れず、自分に出来ることを必死にやる萌に知ってほしかったのだ。

 

「だから、私は織斑一夏が苦手……ううん、嫌いなんだと思う」

「……じゃあ、いつも整備室にいたのも」

「私の専用機を、私1人で完成させるため」

「え……先輩とかに手伝ってもらわないの?」

「うん、それだと、姉さんに追いつけないから……」

 

 簪は、自分自身に驚いていた。これまでは梃子でも他人に対して話すことは無かったことが、萌を相手にしているとするすると抵抗なく話せていることに。萌は少し考えた後にふと気が付いたかのようにしゃべり始めた。

 

「お姉さんって、もしかして楯無先輩?」

「っ……姉さんのこと、知ってるの?」

 

 動揺した簪は少しではあるが怯えを孕んだ表情で萌の方を向いた。

 

「知ってるっていうか、押しかけられたっていうか……」

「ああ、そういう……」

 

 簪は落ち着きを取り戻し、納得した。簪の姉である楯無は更識の現当主だ。織斑一夏と違って立場が非常に弱い萌に声をかけていないわけがない。やりようによっては強力な交渉材料にもなりえるのだから。あの姉は若干やりすぎなコミュニケーションでも取ったのだろう。

 そして、続けざまに、ある疑問が浮かんだ。浮かんだだけでも怖気が走るような疑問だったが、それでも簪には問いかけずにはいられなかった。

 

「じゃあ……私に話しかけたのも、姉さんに言われたから?」

「え? 何でそうなるの?」

 

 萌は、きょとんとした表情を浮かべた。基本的に内向的な性格の為他人の機微を察するのは得意ではない簪であっても「あ、これは違うな」と確信できる程度には。

 

「俺が簪さんに話しかけたのに、理由なんてないよ」

「そっか……」

 

 萌は再び少し考えた後に、言葉を選ぶかのような口調で喋り始めた。

 

「まぁ、この先1年は隣同士なんだし、こうやって喋れるくらいには、仲良くなりたかったからさ」

「……何それ」

 

 そう言う萌の若干照れくさそうな笑顔がひどく眩しいもののように感じられた簪は、ただ一言、笑みを浮かべながらそう呟くのだった。

 

「あ、話遮ってごめん」

「ううん、いい。聞いて欲しかっただけだから」

 

 そのまま、2人は何という事もない雑談を続けて寮へと向かった。

 

 




次回も裏語です()
再走案件ですねこれは……


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裏語 5

ようやっと時間に余裕が生まれたので初投稿です。あんまり視点増えてもうっとうしいだけだと思うので所々後回しにしています。


「在澤重工から、俺に?」

「はい、在澤重工で開発中の試験機『打鉄・雷火』を専用機としてどうかと」

 

 1組の代表候補生選抜戦から2週間後、訓練終わりに真耶に呼び出された萌に持ち出されたのはそんな話だった。とはいえ、これは別に珍しい話ではなかった。実技試験の様子を撮影した映像が各IS企業に公開されてからというもの、焔萌に自社のISを専用機として使って欲しいという声は決して少なくなかったからだ。声がかかるまでの経緯にはだいぶ差があるのは確かだが。

 

「これは……」

 

 真耶から手渡された打鉄・雷火のスペックなどのデータを見た萌は、僅かながら驚きの声を上げた。それも無理からぬことだろうと真耶は思った。

 在澤重工は確かに武装面では国内でも随一のIS企業だ。しかし、肝心のIS開発の面ではどうかというと、在澤重工はここでも大艦巨砲主義を掲げてしまっているためか、在澤重工のISは使い勝手の悪いものが多かった。

 この打鉄・雷火もその例に漏れず、その両手に搭載されたロケットエンジン搭載型パイルバンカーなどというふざけた代物や、拡張領域に仕込まれた大量の銃火器も使い勝手の悪いものばかり。誰がどう見ても、在澤重工の現社長位しか十全に扱えるものはいないだろうと思わせるISだった。

 

 確かに、代表候補生ですら音を上げる過酷なトレーニングを必要最低限の休み以外は欠かさずに行っている萌の実力は目に見えて上達しており、真耶からひいき目なしで見ても代表候補生クラスには既に届いているとすらいえるレベルになっていた。すでに彼が男子であっても女子であっても、自社のISを使ってもらいたいと企業が思うのは不思議ではないレベルには。

 そんな萌であっても躊躇するのも無理はないと思える程度には、その打鉄・雷火は極端な機体だった。

 しかし、手渡された打鉄・雷火のスペックなどのデータを確認する萌の表情は明るく、本当に読んでいるのかと真耶が疑いたくなるほどの速読でそこそこ厚さがあるはずの資料を読み切った萌はしゃべり始めた。

 

「わかりました。受けましょう」

「え……いいんですか?」

 

 即答だった。少なくとも迷っているような様子は真耶には感じられなかった。真耶が意外と思うのも無理はない。打鉄・雷火は非常にピーキーな機体だ。両腕に装備されたロケットエンジン搭載型パイルバンカー『綴雷電』をはじめとして、搭載されている武装はいちいちふざけているとしか思えないようなものばかりで、汎用性で言うならばこれまで他の企業が提案してきた機体のほうが遥かに勝っていると言えたからだ。

 

「まぁ、確かにコンセプトはあれかもしれませんけど……資料がしっかりIS操縦者に向けたものだったんで、少しは『ISの動かせる男子』じゃなくて、IS操縦者としてみてくれているのかなーって思ったので」

 

 そういう萌の笑みは、久しぶりに明るいものだった。

 

 

―・―・―・―

 

 

「来たわよ♪」

「またですか……」

 

 萌が、自室から戻ってくると、誰もいないはずの部屋のベッドに楯無が座っていた。萌はうんざりしたかのような表情を浮かべつつも、特に何かを言うことはなく荷物を降ろし、キッチンへと向かった。

 

「それではこれより、第6回私と簪ちゃんがどうやったらそれなりにお話を出来るか会議を執り行います」

「……先輩が話しかければいいだけだと思うんですけど」

「それが出来たら私は今頃妹からも好かれる完全無欠の生徒会長になってるのよ」

 

 ニヒルな笑みを浮かべながらそんなことを言い出し始めた楯無の前に夕食が並べられた。因みに代金は事前に有り余るレベルで支払われているため萌が損をしているという事は特にない。強いて言うならば作る量が増えるくらいだ。

 

 ここ最近は在澤重工の社長の自家用機でIS学園と在澤重工を行ったり来たりしている萌は帰りが非常に遅くなる時も多く、そういった時は、あらかじめ出先で買っておいた食材で食事を作ることも増えた。否、正確には最初の内は適当にコンビニで済ませようと思っていたのだが、在澤重工から行き来する生活を始めた初日に部屋で待ち構えていた楯無に対して冷蔵庫にあったもので萌が簡単な料理を作った結果、味を占められたのだ。

 

「大体、後輩の時短飯たかりにくる生徒会長ってどうなんですか……」

「それで作れちゃう萌君も萌君だけどねー」

 

 食事を始めると、しばらくの間は無言の時間が続いたが、先程までのよく言えば活発で悪く言えば馴れ馴れしかった様子から一変し、どこかためらいがちに楯無がしゃべり始めた。

 

「それで、どう? 最近の簪ちゃんは」

「昨日も聞きましたよねそれ」

「今日何かあったかもしれないじゃない?」

 

 基本的にこの2人の間での話題は簪に関することがほとんどだった。というか生まれも育ちも何もかもが違いすぎる二人の間にある共通の話題というのがそれくらいしかなかった。

 

「別にいつも通りですよ。今日も先輩の後を必死に追いかけています」

「……ねぇ、やっぱり萌くん経由で手を貸してあげるっていうのは」

「ダメですよ」

 

 それは萌にしては珍しく、はっきりとした口調での否定だった。楯無としてもその口調は若干意外だったのか、ほんの少しだけ表情が本人の意思とは関係なしに動いた。

 

「バレるバレないの問題じゃなくて、これは簪さんが簪さんなりの着地点を見つけないといけません。そうしないと、簪さんは気にしないっていう選択肢を取ることも出来ませんよ?」

「それは……わかってるけど」

 

 萌の言葉に対して、楯無は言葉に詰まった。普段の彼女しか知らないIS学園の生徒からしてみれば考えられない光景だろう。そんな彼女を見ていられなくなったのか、ため息をついた萌がしゃべり始めた。

 

「納得のいくまでやらせてあげればいいじゃないですか。そしたら話しかけてくれるかもしれませんよ?」

「そんなに、上手くいくもんかしらねぇ……」

「きっと上手くいきますよ。姉妹なんですから」

 

 そういう萌の口調は妙に優しげだった。

 

 

―・―・―・―

 

 篠ノ之箒は走っていた。クラス代表トーナメントの第一試合、彼女が所属するクラスのクラス代表織斑一夏と2組のクラス代表の鳳鈴音の試合の最中に、突如乱入してきた所属不明機体。一夏と鈴は教員部隊の救援が入るまでそれらと戦わざるを得なくなっていた。

 箒とて、理解していなかったわけではなかった。ISは現在でこそ使用目的はスポーツなどに限られているなどと言われているがその本質は兵器だ。関わっていれば、命の危険に直面してしまうという事も理解していたつもりだった。

 

 しかし、いざその危機が目の前に現れた時、箒は居ても立っても居られなくなった。何もできないという事は分かっている。それでも、何かせずにはいられなかったのだ。

 

  

 

 今まさにアリーナへと出て、一夏に直接激励を送ろうとピットに駆け込んだ箒の事を待ち構えていたのは、2人目の男性操縦者、焔萌だった。箒は一瞬怯んだものの、すぐに萌を視界の外へと追いやり、アリーナへ出て行こうとした。

 

「どこへ行くつもり?」

「っ、どいてくれないか、焔。今はそれどころではないんだ」

 

 しかし、その行く手を阻んだのは萌だった。箒は萌の事を噂や偶に一緒にいるところを見かける一夏から伝え聞く程度の事しか知らないが、それらから想像できる雰囲気とはかみ合わない、ひどく冷たい雰囲気を萌は身に纏っていた。

 

「ISを持っていない今の箒さんに、できることは無いよ」

「っ、お前に、何が分かる!」

 

 自然と、箒の口調は激しくなっていく。今この瞬間も一夏は必死に戦っているのだから、当然だ。幼馴染が命がけで戦っているというのに、ただ見ているだけという選択肢を箒が取れるはずがなかった。

 

「何もわからないよ。でも、箒さんがやろうとしていることが危険だってことと、それくらい一夏の事を大切に思っているのかはわかる。だから俺はそれを許さない」

 

 その代わり、

 

 続けて言葉を紡ぎながら、打鉄・雷火を身に纏う間、箒は何も言えないでいた。わかっている。萌が言っていることは詭弁だが正しい。箒と萌は初対面であるにも関わらず異様に萌が優しい事は気がかりだが、それもまぁ萌がお人好しだからということで説明がつく。

 

 だが、何も関係のない萌が命を懸ける理由には決してなりえない。

 

「一言、俺が届ける。納得できないかもしれないけど、それで我慢してほしい」

 

 そして、箒は驚きよりも先に恐怖した。見も知らない他人の為に、たった一言の為に、死ぬかもしれない戦場に身を投げられる萌が浮かべた曇りのない笑顔を。

 

 

―・―・―・―

 

 

「かんちゃん! こっち!」

「う、うん……」

 

 クラス代表トーナメントの1回戦、所属不明機の介入により、アリーナの観客席はパニックの様相を呈していた。アリーナのシールドを突き破るレベルのレーザーをあいさつ代わりに乱入してきたISは、観客をパニックに陥れる。簪は一緒に見ていた本音と共に避難しようとするものの、入り口がロックされたのか一向に観客席から人が消える様子はない。

 

「え……?」

「ほむほむ?」

 

 そして、さらに異変は起きた。アリーナのIS専用出入り口から打鉄・雷火を身に纏った萌がゴーレムへ向けて突貫していたのだ。第二試合で出場予定だった萌は控室にいたため、アリーナが閉鎖されている今の状況でもピットに行けるのは理解できる。だが、それは何をどう間違えても彼がISを身に纏って命の危険すらある場所に身を投じる理由にはならない。

 

「はあ!!」

 

 普段の萌からは想像も出来ないような勇ましい声と共に、打鉄・雷火のメイン武装である見るだけでろくでもない威力であることが分かるロケットエンジン搭載型パイルバンカー『綴雷電』による一撃が放たれる。しかし、それが当たることはなく、逆にゴーレムの拳が萌を捉えた。

 

「ぐっ!」

「ちょっ、何やってんだ萌!!」

「そうよ! っていうか何で突っ込んできたのよ! アホなの!?」

 

 ここでようやくいきなり突っ込んできた萌に対して唖然としていた一夏と鈴が萌の下へと向かう。しかし、萌はそんなこと知ったことではないと言わんばかりに勢いよく起き上がった。

 

「まぁ、ちょっとした必要経費だってことで1つ!! あと、一夏!!」

「何だよ!」

「男なら、その程度の敵を倒せずして何とするだってさ!!」

 

 そして再び突貫した。綴雷電のロケットエンジンが火を噴き、打鉄・雷火に段階的な加速をもたらす。そして右の綴雷電を思いっきり振るう。先ほどの焼き増しのようにその拳は躱されるが、ゴーレムの拳もまた空を切った。

 そして、残った左の綴雷電が先ほど以上の噴射で以て加速し、半ば独楽のように回転しながらゴーレムの側頭部を殴り飛ばした。あくまでパイルバンカーである綴雷電の杭が射出され、ゴーレムの首が若干不自然なレベルで曲がる。

 

「一夏!! 鈴音さん!!」

「わかってる!」

「ああもうこうなったらやるだけやってやろうじゃないの!!」

 

 そこで生まれた隙に一夏の雪片弐型と鈴の双天牙月がゴーレムへ向けて振り下ろされるが、その斬撃はどちらもゴーレムによって受け止められてしまう。

 

「だったらぁ!」

 

 そこで再びロケットエンジンの噴射による加速を得た萌の右の綴雷電がゴーレムへと襲い掛かる。それは確かに一夏と鈴の対処に追われていたゴーレムへと突き刺さったが、同時に一夏と鈴を武器ごと放り投げたゴーレムの拳もまた萌の腹部へと突き刺さり、萌の身体がくの字に折れ曲がる。

 

「ぐっ……ああ!!」

 

 そこからは、とてもではないがIS同士の戦闘とは思えない殴り合いの様相を呈した。

 萌が綴雷電で殴れば確かにゴーレムにダメージは入るが、ゴーレムはそんなことはお構いなしに萌へと殴り掛かる。萌はそれを躱すか受け流すことで対処するが時にはクロスカウンターも辞さない勢いで殴りかかる。

 IS同士のものとは思えないほどに原始的なゴーレムと萌の殴り合いは一切止む気配がなく、絶えず立ち位置が変わるこの殴り合いはさながら暴力がそのまま形を成した竜巻のようなものであり、一夏も鈴も援護ができない状況にいた。

 

(何……だ、これ……)

 

 しかし、それとは関係なく、一夏は動けないでいた。目の前で行われている。効率的であるはずなのに限りなく泥臭い殴り合い。立場としては同じはずの萌が、既にそれほどまでの領域に到達しているという事実を、一夏はそのまま受け入れることができないでいた。幼馴染から勇気をもらったばかりだというのに、動けないでいた。

 

「がっ!!」

「萌!!」

 

 均衡は突如として崩れた。綴雷電による一撃を外したことによって生まれた隙を見逃さなかったゴーレムの拳が萌の腹部に突き刺さり、萌が大きく吹っ飛ぶこととなった。

 

「一夏!」

「わかってる!」

 

 それは同時に入る余地のない暴力の嵐が止んだという事と同義であり、鈴の専用機「甲龍」の第三世代兵装である衝撃砲が放たれた。大振りの拳を振り切った姿勢で止まっていたゴーレムは明らかに人間がしていいそれではない不気味な挙動でそれを避けるが、続けざまに先ほどまで動けなかったのが嘘のように弾かれたように飛び出した一夏は零落白夜を起動しゴーレムへと斬りかかった。

 しかし、それすらもゴーレムは躱し、逆に一夏を殴り飛ばしてみせた。

 

「ぐっ……クッソ!」

「無人機にしたって限度ってもんがあるでしょ!」

 

 一度攻めに失敗すれば、次は再びゴーレムの番だった。続けざまに放たれるレーザー砲への対処で一夏と鈴が精いっぱいとなり、攻めあぐねていると、

 

「2人とも! そこどいて!」

 

 萌の声が響き渡った。とっさに一夏と鈴がそちらを向くと、そこには肩にこれから何を吹っ飛ばすつもりなんだと言いたくなるような凶悪なサイズのグレネードキャノン「赤城」を肩に装備した萌の姿があった。

 

「ちょっ、あんた何する気!?」

「いいからどいて!」

 

 余りにも鬼気迫る萌の様子に一夏は思わず飛び退き、鈴も衝撃砲でゴーレムをけん制しながらゴーレムから離れた。グレネードキャノンは恐らく、というかどう考えてもアリーナを丸ごと吹っ飛ばしかねない見た目をしているが、萌もそれを知らないわけではないのか、中々撃とうとはしなかった。

 

 一夏と鈴が離れたことを確認すると同時に、萌は赤城の砲口をゴーレムが入ってきたアリーナのシールドの裂け目へと向け、

 

 

 

「発射ぁ!!」

 

 次の瞬間、比喩ではなく、アリーナが揺れた。赤城が放たれ、爆音とともに反動で萌は吹っ飛ぶ。その進行方向の先にいたのはゴーレムだった。遠距離攻撃を警戒していたゴーレムが突っ込んできた萌に対して対策パターンを構築する間もなく、

 

「おおおおおおおお!!」

 

 左右の綴雷電が一斉に火を噴き、さらに加速した萌の一撃がゴーレムに突き刺さった。金属と金属がぶつかり合ったとしてもそうそう聞かないであろう轟音と共に、アリーナ全体に土ぼこりが舞い、観客席からは何も見えない状態となってしまった。

 

 

「萌……?」

 

 

 土埃が晴れた時、そこにいたのは一心不乱にゴーレムの腕部を綴雷電で砕く萌の姿だった。既に、ゴーレムは最大出力の綴雷電の一撃を受けたからか胴体の部分で真っ二つに千切れており、誰が見てももう動けるような状態ではなかったにもかかわらずだ。

 

「お、おい、萌……?」

「…………」

 

 一夏が声をかけてもなお、萌は既に動かないゴーレムを殴り続けた。

 

 

 

 

 次の瞬間、ゴーレムの右腕がほんの少し持ち上がったことに気づいたのは、極々わずかな者のみだった。

 

 

 

―・―・―・―

 

 

「……何で、あんなことしたの?」

「…………」

 

 千冬の説教を受け、本でも出すつもりかと言いたくなるほどの量の反省文を書き終え、帰路についた萌を待っていたのは怒りを全身で表している簪だった。萌も覚悟していたのか、申し訳なさそうな表情は浮かべているものの、驚いてはいないようだった。

 

「その、箒さんが危ない事しようとしてたから代わりにと思って」

「それは萌が突っ込む理由にはならない」

「……ごめん」

 

 萌にしては珍しく、笑みが消えた状態で落ち込んだ萌は黙りこくってしまった。普段なら決して見ることができない萌の様子に少々面食らった簪は若干冷静になり、改めて落ち着いてから問いかけた。

 

「……本当に、篠ノ之さんの為にあんなことをしたの?」

「そう、だけど……?」

 

 不思議そうな表情を浮かべながら当たり前の事のように言う萌に対して、簪は絶句した。ISの無断展開は専用機持ちであっても、否、専用機持ちであるほど固く禁止されている。萌だってそれを理解できていないわけがない。自分の立場や評判に人一倍敏感な萌ならなおさらだ。

 それに加え、ゴーレムに対して奇襲を仕掛けるために行ったあの無茶苦茶な加速方法だ。奇跡的にうまくいったからいいものの、最悪の場合爆風に巻き込まれて死ぬという事もありえたのだ。

 にもかかわらず、萌はろくに知り合ってもいないだろう女子の為に自分の命も顧みずに動いたのだ。その心の中で歪んでいる自己犠牲精神の衝動に従うままに。

 

「……もっと、自分を大事にしてよ」

 

 それは、簪本人も意図していなかったような言葉だ。絞り出されるように告げられた声に対して、萌は珍しくうつむいた。

 

「……ごめん」

 

 萌はただそう繰り返すことしかできなかった。

 

 わかった、もうしない。

 

 口にすれば簡単なその一言を萌は言えないでいた。

 

 簪も薄々は理解していた。萌はここまで必死にISに関するあらゆる技術を自身に詰め込んできている。比較されることを恐れるがために常軌を逸した努力を弱音1つ漏らさずに続ける萌の知識量は相当なものである。

 そして、それだけの知識を有している萌なら、自分の行った行動が様々な面から見てどれほど危ういものなのか理解できないはずがない。

 

 それでも、萌は動かずにはいられなかったのだ。命の危険にさらされると分かっていても、彼の本能は見なかったふりをするという事を許してくれないのだ。

 

 

 誰かが見ているかもしれないから。正道を外れた行いは許されない。

 

 

 自分の身を、未来を守るために文字通り必死に努力しているにもかかわらず、比較されることを恐れるが故に、誰かが危機に陥ろうとしているのなら命を投げ捨てるような行為も辞さない。ISによって人生を狂わされた萌の中で生まれたのは、どうしようもなく矛盾し、倒錯した価値観だった。

 

(何も、できないのかな……)

 

 そして、そんな萌にどうすることも出来ない自身の無力を簪は呪った。

 

「……帰ろっか」

「……うん」

 

 萌の顔にいつも通りの笑みが戻った。戻ってしまった。その笑顔が仮面のようにしか見えない簪は一つ頷き、歩き出した。

 

 




ミストルテインの槍のエネルギー総量が小型気化爆弾4個分とかいう設定を見た作者は、考えることを、やめた。


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(4/7)

何かRTAパートを投稿するのが凄く久しぶりな気がするので初投稿です。


 

 男みたいな女と女みたいな男が交差する時、物語が始まるRTA、はーじまーるよー。

 

 クラス代表リーグマッチが終了してから数日以内に、念のためアリーナ外からゴーレムを狙っていたのに活躍の機会を見事に奪われて非常に不機嫌な(自己解釈)セシリアとのイベントがありますが、知り合うことが目的なので会話は適当でも構いません。極端に下がりさえしなければ問題ないです。

 

 

 クラス代表リーグマッチ終了後も、やることは基本的に変わりません。今回は誰でも発生しうる好感度上昇イベントを全て簪に費やしてくるため、若干簪と一緒にいる時間が増えますが、誤差レベルなので気にしなくて大丈夫です。それ以外の時間を全て訓練にあてましょう。簪との好感度が一定以上に到達すると、休日を潰してデートもどきを行うイベントが確率で発生します。まだシャルロットやラウラが来ていない場合のみ受けましょう。上げれるうちに好感度を上げます。

 

 当然ではありますが、イベント戦を挟んだ場合こちらのステータスは大きく上昇するので訓練メニューを調整しましょう。もう受ける訓練メニューは最上級だけでいいです。スタミナもここまでくるとかなり増えているので、へばるまでやるとなると簪の相手をする時間が無くなるので時間に気を配りましょう。

 

 

 

 さて、リーグマッチが終了して約2週間後、6月上旬には自分が男装をしていると思い込んでいるあざとさが服着て歩いてる女、シャルロットがルームメイトとしてやってきます。こちらが女子の場合は、箒ちゃんをどかして一夏の部屋に行くのですが、当然今回は自動的に一人部屋のこちらへ割り振られます。仕方ないね。一人部屋とはここでしばらくの間お別れです。

 

 シャルロットとの共同生活が始まったら、基本的には少しずつ好感度を上げていきましょう。一気に上げると調整をミスって落としてしまい、後々ロスとなります。

 ここで注意しなければならないのは、こちらの個人データをシャルロットに見られないようにすることです。が、正直な所シャルロットはそこまで気にしなくて大丈夫です。というのも、男装もガバガバなシャルロットは男子操縦者情報入手RTAのチャート構成もガバガバであるため。むしろこっちから開示する勢いで行かなければ情報を入手できないからです。

 

 その上、ここで楯無やらちーちゃんやらを部屋に入り浸らせたことによる効果が出てきます。シャルロットは本来なら好感度が足りていない初日から数日間はこちらの生活リズムなどを嗅ぎまわるような動きをするため、例え情報を入手されなかったとしても面倒なイベントを呼び寄せないためにこちらの行動が制限されます。

 しかし、生徒最強の楯無と人類最強のちーちゃんがちょくちょく見に来るのでシャルロットの動きの殆どを封じることができます。ここを疎かにすると選択肢次第ではデュノア社関連のイベントを引っ張ってきやがって大幅なロスとなります。デュノア社とかいう時代遅れはこのチャートにおいては服のタグを留めてるアレよりも存在価値がありません。

 

 なので正直やることはあまり変わりません。

 

 しかし、だからと言って何もしないという事があってはいけません。1組のシャルロットと4組のこちらとでは夜寝る時しかふれあう機会はありませんが、その分会話や食事などを積極的に行って好感度をある程度稼いでおきましょう。というのも、ろくに好感度を稼いでいない状態でシャルロットの男装をバラしてしまうとシャルロットは自棄になってなりふり構わない行動に出ます。エスカレートすると最悪詰んでしまうこともあり得るのでしっかりと好感度を稼ぎましょう。

 

 とりあえず、ラウラが訓練中に専用機持ちに喧嘩を吹っ掛けるまではトレーニングと好感度稼ぎに従事します。

 

 

 さて、もう一人の転校生、ラウラに関してです。一見するとドンパチまみれで一夏しか眼中にない彼女と接点を作っておくのは難しい事と思われますが割と簡単です。もめ事起こすときにそれなりに邪魔をして千冬に振られたところで話しかければ十分です。勝手に認知というか逆恨みされます。おお怖い怖い。

 

 

 まず最初はアリーナでラウラが専用機持ちに喧嘩を吹っ掛けるところで邪魔をすることで認知されましょう。アリーナでラウラが鈴音とセシリアに喧嘩を吹っ掛けるタイミングはまさかのランダムなのでこの辺の時期は第3アリーナには常に気を配っていましょう。

 

 いい感じに2人がボコられたところでISを装着して自慢の拳でラウラのワイヤーブレードを千切り飛ばします。損害賠償? 事故だよ! 事故!

 

 その後、ラウラと軽い戦闘になります。ラウラ戦で怖いのはAICオンリーなのでラウラがこちらの爆撃をドヤ顔で止めてる間に一撃加えて離脱するスタイルで行きましょう。

 余談ですが、ラウラの専用機、『シュヴァルツェア・レーゲン』とこちらの打鉄・雷火の相性は最悪です。こちらの打鉄・雷火のメイン火力は綴雷電と拡張領域にある大量の銃火器になるわけですが、当然こちらの練度ではAICに引っかかることなく綴雷電をぶち込んでやることは不可能です。かといって爆撃も意味はありません。打鉄・雷火は射撃適性の低さを圧倒的爆風で補っているため元々かなり強いラウラが相手ではすぐに対応されてしまう事でしょう。

 

 一定時間経過後に千冬が割って入ります。ここでシールドエネルギーを9割以上残していることでフラグが立ちます。

 千冬に注意されたら大人しく引き下がりましょう。因みにここで食い下がり決闘を続行するとラウラ関連のイベントを大幅に短縮できますが、現状のステータスだと先述したように難易度がルナティックになる上にラウラ関連のイベントは本ルートとは直接関係のないイベントなので短縮したとしてもうまあじがすくないのです。なので安定を取ります。

 

 

 ラウラが代表候補生と喧嘩をした日の放課後には確定でラウラが夕焼けに染まる海をバックに千冬を口説き落とす(比喩)イベントが入るのでしっかり抑えておきましょう。振られて逃げ出す乙女なラウラと偶然(故意)出くわして当たり障りのない会話をします。因みにセシリアや鈴音と比べてラウラにかける時間が長いのは、ラウラには最終決戦で弾除けその2として機能してもらう為です。因みにその1はシャルロットです。

 

 

 さて、ラウラとのイベントを終える頃にはいい感じにシャルロットの好感度が溜まっているので夕暮れ時を見計らい音を立てずに入室してシャワールームに突撃しましょう。

 

 シャルロット関連のイベントはかなり単純ですのでご存じの方も多いと思います。シャルロットは男装がバレると好感度が一定以上だった場合勝手に色々ゲロって諸々のフラグを立ててくれます。

 先ほども言いましたが、ここで好感度が足りないと逆に脅されるので注意しましょう。何もかも台無しになって自暴自棄になるシャルロットは見ていて麻婆めいた愉悦がありますが本RTAには関係ないのでやりません。

 

 正直ここもシャルロットを千冬に引き渡してあとは野となれ山となれの方が早いのですが、シャルロットは専用機持ちの中で唯一デメリットのないまともな防御装備を持っており、最終決戦では弾除けその1として存分に活躍してもらう予定なので安定のためにここは助けます。どうせ1日訓練できない程度なのでそこまで問題ではないです。

 ちなみにここで優しい言葉を投げすぎると好感度が過去類を見ない速度で上がっていき勝手に落ちるのであくまで利害の関係であるという部分を強調しましょう。あくまで完全に落とすのは簪1人なのでそれ以外のキャラの好感度を稼ぎすぎると思わぬイベントでチャートがこわれます。絶対に阻止しましょう。

 

 さて、シャルロットが身バレすると基本的に部屋で何しても許してくれるのでここからいよいよ本格的に亡国機業殲滅ルートに乗り出します。こちらからアプローチをかけましょう。まずはディープなウェブに存在する亡国機業の窓口の1つにちょっかいをかけます。あくまでちょっかいです。

 

 行き方ですが、ISorブラウザを用いてIS装備開発企業のみつるぎの公式HPへ向かいます。するとIDとパスワードを入力する部分があるだけの簡素な画面が表示されます。そこでIDとパスワードを入力します。IDはゲストIDが用意されているため後述する数字を入力すれば大丈夫です。これをすると、特定のイベント以外で外に出るとどこからともなく現れるMに撃ち殺されるというデメリットが発生しますが、どうせ外には出ないので問題ないです。

 

 パスワードはそのサイトに入った日をとあるサイトの乱数メーカーに通し、その数字の間に「GoLDen dAwN」を逆向きに挟み込んで入力します。今回精製された乱数は4328173594なのでパスワードは4N3w2A8d1n7e3D5L9o4Gですね。

 

 

 

 

 

 

〈ID、もしくはパスワードが違います〉

 

 

 

 

 ……

 

 

 …………

 

 

 …………………

 

 

 

 あ、乱数の数字1つ入力間違えてましたね。

 

 

 

 

 

〈ID、もしくはパスワードが違います〉

 

 

 ……

 

 

 …………

 

 

 ……………………

 

 

 

 あ、パスワードの入力の仕方間違えてました。3回間違えたら詰みでした。まぁ誤差ですよ。誤差。

 

 

 さて、ログインが完了したらさっさとログアウトします。こちらを認知してもらえば十分なので成功しようが失敗しようがどうでもいいです。え? 更識ですらしっぽ掴めない組織に口だけは達者なトーシローがちょっかい出せるわけがない? こっちがノーヒントでこれ突き止めるのに何周したと思ってんですか(半ギレ)。

 

 

 このように危なっかしい事をするため、この時期は楯無の好感度にも注意を払う必要があります。楯無は好感度がやや高い状態であっても簪との仲直りイベントを発生させると同時に落ちるとかいう生徒会長として恥ずかしくないのかよと言いたくなるチョロさを持っています。しかも今回はだいぶ長い期間自室に入り浸らせたためかなり好感度が上がっています。

 他のキャラと違い、落とすと山ほどイベントを持ってくる、という事はありませんがロスには変わりありませんので注意しましょう。先ほどのイベント以降はこちらの身の回りの危険度が跳ね上がるためより一層注意します。

 

 

 さて、もうそろそろ簪が一人でISを作れる範囲の限界に到達するのでIS開発を手伝ってあげましょう。ついでにここで容姿をフル活用して整備室の常連と化している生徒達に挨拶回りに向かいます。こちらの打鉄・雷火は対戦のたびに拡張領域の内容を細かく調整しなければならないのでついでにこちらの調整も手伝わせます。使えるものは何でも使っていきましょう。

 

 整備室に行けばほぼ確実に簪がいるので声をかけます。毎日毎日教室ではコミュニケーションを積極的にとっているためあとはイベント回収で上昇する好感度分で落ちるところまで来ています。会話にはそれほど気を使わなくても大丈夫です。

 簪の専用機は学年別タッグトーナメントまでに完成させることを目安に協力しましょう。タッグトーナメントを経験させるのとさせないのとでは最終決戦での簪の強さが全く変わってきます。特に山嵐はこちらの単一仕様能力、楯無のミストルテインの槍に次ぐ3本目の矢なので大事にしましょう。

 

 学年別タッグトーナメントでは簪とタッグを組んで初戦を突破します。シャルロットが仲間にしてほしそうにこちらを見てきますが一夏とでも組ませときましょう。好感度には響きません。

 ここでタッグの申請用紙を一番に提出することで本来ならば一回戦第一試合が一夏&シャルロットVSラウラ&箒になるところを確定でこちらと簪のペアVSモブにすることができます。

 

 この試合では相手2人のISは確定でラファールと打鉄になります。それ以外に何があるんだと思うかもしれませんが、初戦以外だとラファール×2とかいうファッキン遅延コンビと当たる可能性があるのです。見に来てる偉そうなおっさんからの評価壊れる。

 

 試合ではこちらはラファールの動きを封じるのに徹しましょう。2人を山嵐一撃で倒すことによりフラグを立てることができるのでこちらから攻撃を加える必要はありません。ノーダメで倒すと今後の行動に対する制限が若干緩くなりますが誤差なので気にしなくていいです。

 

 試合が終了しても適当な言い訳をつけてピットに残り、次の暗黒面に落ちたラウラ戦に備えましょう。ここからはリセットポイントの連続ですがこの先生きのこれることを願い集中します。

 

 今回はここまでとなります。ご閲覧ありがとうございました。

 

 



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裏語 6

「自分が物語書く意味どこ……ここ……?」となりましたが感想が励みになったので初投稿です。いつも本当にありがとうございます。



「すこし、よろしくて?」

「セシリアさん? 俺に何か用?」

 

 クラス代表トーナメントにおける所属不明ISの襲撃事件の数日後。セシリアは萌に話しかけていた。クラスメートの話では彼は放課後すぐにアリーナに向かうとのことだったため、萌を待つ形で出会う事となった。そんな形で出会ったため、萌もどこか驚いた様子だった。

 

「1つ、聞きたいことがありますの」

「? ……別にいいけど」

 

 萌は不思議そうな表情を浮かべながらもうなずいた。当然だろう。何せ今日このときに至るまで二人の間に接点らしきものは何一つなかったのだから、いきなりこんな形で言われれば困惑するのも無理はない。

 

「先の所属不明機との一戦。何故、あのような戦い方を?」

「……何故って言われてもなぁ」

「私はそちらのISに通じているという訳ではありませんけれど、一夏さんのように遠距離武装が無かったという訳ではありませんわよね?」

 

 セシリアが萌に問いただしたかったのは、萌が無人機との戦闘の際に取った戦法についてだった。

 

『なぁ、セシリア。やっぱりブルーティアーズみたいな機体だと近距離戦に持ち込まれればほぼ詰みなのか?』

『……まぁ、私のブルーティアーズの場合は極端ですけれど、詰みとまではいかなくとも、圧倒的に不利になるのは確かですわね』

 

 思い起こされるのは昨日の訓練での一夏との会話。

 

『うーん、やっぱ俺も一撃離脱じゃなくて、萌みたいな感じのスタイルのほうがいいのかなぁ』

『と、言いますと?』

『俺、さ。無人機と戦った時、ずっと動けなかったんだ。萌と無人機の殴り合いの間に入ったら、吹っ飛ばされるだけだって思って。けど、今思い返してみれば、何度か切り込むタイミングはあったはずなんだ』

 

 それは、一夏自身の無力への叱責だった。そして同時に、その声には萌への憧憬も含まれていた。セシリア自身、萌と無人機の戦闘を見ていたが、あれほどまでに迫力のある戦闘はモンド・グロッソであっても中々見られるものではないだろうと思ったほどだ。既存の兵器を大きく凌駕するIS同士が、遠距離武装どころか刀などの得物にすら頼ることなく繰り広げるインファイト。事実、あれにより無人機は主武装であるビーム兵器を封じられていたため、パニックが幾分か沈静化し、避難がスムーズに行われたというのは後に判明した話だ。

 なるほど、確かに誰かを守りたいという事を念頭に置いている一夏が憧憬を抱くのも無理はない。だが、

 

『……一夏さんには零落白夜があるのですから、やはり一撃離脱戦法が一番だと思いますわよ?』

『そっかぁ……』

 

 あの戦法はあまりにも危険すぎる。特に、あの無人機との戦法では、結果的にビーム兵器にそれ相応のチャージ時間が必要だったため封じることに成功したが、もしチャージ時間を不要とした場合、最悪萌の身体に風穴があいていたことも考えられる。

 

「……わからない、かな。必死だったし」

 

 しかし、返ってきた答えはある種予測できていたものだった。

 

「でしたら、一応忠告を。あのような戦法はもう取らない方が良いですわ」

「……うん」

 

 今一つ煮え切らない萌の返事に、セシリアはほんの少し眉を顰め、重ねて問いかけた。

 

「保証はできない、と?」

「うん……ほら、俺ってどうなるかわからない立場にいるわけだし。手段は選んでられないっていうか……」

 

 そういう萌の表情は表面上こそ苦笑いになっているが、不安が隠せずにいた。彼の身の上をセシリアは詳しく知っているわけではないが、それでも彼の立場が非常に弱いことはわかる。

 

(なるほど、それで……)

 

 セシリアは大まかにではあるが察することができた。

 彼は、焔萌は事態や状況が悪くなるかもしれないという要因を排除せずにはいられないのだ。そしてその過程にはどのような危機があっても、関係はない。一見すればどこまでも利己的に見えるにもかかわらず、結果としては利他的な行動しかとれない価値観。セシリアは彼の根底にある価値観を理解することができた。

 

「……まぁ、そういうことで納得しておきますわ。けど、貴方は1人ではありませんのよ? 焔さんの良い噂は、こちらのクラスにも届いておりますわ。少しは他人にも頼るという事を覚えてくださいな。きっと、皆さん協力してくれますわよ?」

「……そうだといいんだけどね」

 

 そういって、萌はセシリアから背を向け、急ぎ足でアリーナへと歩き始めた。

 

 

―・―・―・―

 

「よろしくね、シャルル」

「うん、こちらこそよろしく、萌」

 

 その日、3人目のIS男子操縦者、シャルル・デュノアという名義でIS学園に入った女子、シャルロット・デュノアは、1組でのHRを終えた後、自室でもう一人の男性操縦者。焔萌と出会っていた。

 男装をしているシャルロットが言えたことではないのかもしれないが、萌は非常に中性的な容姿をしていた。正直、女装をさせて入学させれば100人中100人が女子だと言えるほどには。

 

「とりあえず、今日一日何か困ったことは無かった? わからないことがあったら何でも聞いてね」

「ううん、大丈夫。基本的な事は一夏が教えてくれたから」

「そっか、よかった」

 

 萌がシャルロットを警戒している様子はない。そして、自室での生活にも特に不自然な所は存在しない。資料では、誰かと比較されることをひどく恐れるが故に常軌を逸した努力をしているとのことだったのだが……

 

(まぁ、そんなに気にすることじゃないか)

 

 いずれにせよ、シャルロットの目的は、現状非公開とされている男性操縦者の操縦データや身体データを盗み、本国へと送ることだ。下手に踏み入る必要はない。そう判断したシャルロットが自分の荷物を整理していると。

 

「私が来たぁ!!」

「……今日はもう晩御飯は済ませたんですけど」

 

 半ばドアを吹き飛ばす勢いで楯無が入ってきた。萌は若干うんざりしてはいるものの、特に動じた様子はなく楯無に歩み寄った。

 

(ろ、ロシアの国家代表!? 何で!?)

 

 内心で大いに動揺していたのは、シャルロットの方だった。シャルロットが事前に受けた説明は、あくまでIS学園に入学するまでの焔萌の情報のみだ。それ以外の情報は基本的に秘匿されているため、知りようがないのだが。そして、その中には何をどう間違えてもロシアの国家代表である更識楯無との交友などなかった。しかもこんな時間にノックもなしに入ってくるあたりかなり親密な関係であることがうかがえる。

 

「ほら、今日はもうご飯ありませんから帰ってください」

「ふっふっふ……そんなこと言っていいのかな?」

「……何がですか」

「20分後に仕事を終えて大変お疲れな織斑先生がビール片手にやってくるわ」

「……はぁ」

 

 そして続けざまに放たれる爆弾発言に、ここまで辛うじて表情には出していなかったシャルロットの頬がひきつった。

 この学園において最強の称号でもある生徒会長であると同時に学生であるにも関わらず国家代表を務める更識楯無。第一線を退いた今現在の段階であっても世界最強であるとの声も多い織斑千冬。

 

 この状況下でスパイ活動ができる奴がいるとすれば、そいつはもはや人間ではないだろう。

 

「あなたがシャルルくんね? 私は更識楯無、この学園の生徒会長よ。よろしくね?」

「よ、よろしくお願いします……」

 

 何で後輩の、それも異性の部屋に入り浸っているんだ。というか後輩にご飯をたかる先輩ってどうなんだ。そんな疑問の声を一切まとめて飲み込み、辛うじて浮かべることができた笑顔でシャルロットは握手に応じた。

 

「まぁ、わからないことがあったら何でも聞いて? こう見えても私はIS学園の生き字引って言われてたり言われてなかったりするから」

「どっちですか……」

 

 思わずほとんど素の反応を返してしまうが、システムキッチンで萌が料理をする音が聞こえ始めたため、視線がそちらへ向いた。楯無もそちらへ視線を向けたため、これ幸いとシャルロットは話題を切り替えた。

 

「その、更識先輩は結構こうやって萌の部屋に来てるんですか?」

「あーー……忙しくてご飯が食べられないときに、ちょっと、ね」

「ほぼ毎日ですよー」

「毎日は言いすぎでしょう!?」

 

 茶化す萌に対して食って掛かる楯無だったが、そんな様子を苦笑いしながら眺めるシャルロットは内心で頭を抱えていた。

 これが、毎日。

 それではさりげなくデータや個人情報を聞き出す機会などほぼ無に等しいではないか。

 

「来たぞ、焔……っと、今日からデュノアもいるんだったな」

 

 そうして適当に(シャルロットとしては薄氷の上を歩く思いで)雑談を交わしていると、千冬もノックせずに部屋に入ってきた。事前に知らされていたためシャルロットは驚きこそしなかったが、緊張感は数倍に増したと言える。

 

「は、はい……明日からよろしくお願いします」

「ん、せいぜい気張ることだな。今年の1年は色々と厄介事が多くてかなわん」

 

 萌の部屋にやってきた千冬は、シャルロットが想像していたよりは雰囲気が柔らかかった。職務外だからだろうか。緊張でだいぶ混乱している思考の中でシャルロットがそんなことを考えていると、千冬からシャルロットへ何かが放り投げられた。慌てて受け取ってみると、それは缶コーラだった。

 

「……えっと、これは?」

「口止め料よ。とりあえず飲みましょう」

 

 同じく缶コーラを受け取った……いや、よく見ればコーラチューハイを受け取った楯無が慣れた様子でプルタブを引き起こし、一口飲んだ。シャルロットもとりあえず言われるがままに一口飲んだ。

 

「よし、飲んだな。さて、と……」

 

 楯無とシャルロットが飲んだことを確認した千冬は萌の方のベッドに腰かけ、おもむろに袋から銀色に煌めく缶ビールを取り出し、プルトップを開けたかと思えばさも当然のように飲み始めた。

 それは、何をどう間違えてもシャルロットがイメージしていた千冬に当てはまるものではなかった。

 

「…………え?」

「あー、うん。まぁそうなるわよね」

「全く、お前らの世代がどれだけイレギュラーに塗れていると思っている。飲まなきゃやってられるか」

 

 今度こそ絶句したシャルロットに対して楯無は同情の意を示すが、千冬はそんなことは気にも留めずに早くも一缶を空け、握りつぶすと同時に二缶目を開けていた。

 

「はい、織斑先生。揚げ物作ってる間とりあえずどうぞ。シャルルも食べていいからね」

「う、うん……うん?」

 

 今一つ状況が飲み込めないシャルロットの前にらっきょうのホイル焼きが現れた。徐々に暑くなってきたのを意識してか、七味がふりかけてあるピリ辛仕様だった。

 

「ん、美味い」

「本当、おいしい」

 

 しかし、そんなシャルロットを気にも留めずに千冬と楯無はポリポリらっきょうをかじり始めた。

 

「え、ええっと、織斑先生。1ついいですか?」

「何だ?」

「何でいるんですか?」

「ほう、これから世話になる教師に対して随分な物言いだな?」

「いっいえ! 決してそういう訳では!!」

「ふむ、まぁこれから同室になるわけだから知っておいた方がいいか」

 

 千冬はビールを一口飲んだ後にゆっくりとしゃべり始めた。

 

「デュノア、お前は萌の事についてどの程度知っている?」

「……一夏に続いてISに適合した男子。としか」

 

 急に変わった雰囲気にシャルロットの頬を一筋の汗が流れた。心臓の鼓動がうるさく感じるのを無理やり抑え込み、1つずつ言葉を選びながらしゃべった。千冬はそれに1つ頷いた後にしゃべり始めた。

 

「そうだ。一夏には私という存在。お前の場合はデュノア社という存在。規模の大小はあれど、お前と一夏には何らかの後ろ盾が存在する。しかし、萌にはそういったものが何もない。生まれも育ちも現状から考えれば若干気味が悪いほどに普通だからな。ここで問題がある。現在進行形でIS学園にふっかけられ続けている男子操縦者の身柄引き渡しの要求に対して、最も引き渡され得るのは誰だと思う?」

「あ……」

「そう、萌だ。萌が何か失態を犯せば、それを口実に萌は企業所属の操縦者という名目で実験動物にされかねない。だからこそ、萌は一刻も早く信頼できる企業の専属になる必要があった」

「それで、在澤重工に……」

「そうだ。あそこなら私も社長とは古い仲だし、信用できるからな。かといって表立って贔屓するわけにもいかん。だからこうして夜な夜な酒片手に簡単な質問会を開いているんだ」

 

 酒を片手に語っているためか今一つ緊張感に欠けるが、それでもシャルロットは納得した。

 

「っていう名目で萌くんに毎晩おつまみたかりにきてるんですよね。萌くん優秀だから質問なんてあんまりないですし」

「ほぅ? お前がそんなに死にたがりだとは思わなかったぞ更識」

 

 茶々を入れた楯無のせいでいろいろと台無しになったが。

 

「やめてくださいよ人の部屋で。から揚げできましたよ」

「うむ、やはりビールには揚げ物だな」

「先輩、お米が欲しくなったら炊いて凍らせたやつ冷凍庫に置いてあるんでチンしてくださいね」

「あら、気が利いてるのは結構だけどこんな夜中に乙女に炭水化物勧めるとは中々やるわね」

「夜中にご飯たかりに来てる人に言われたくないです」

 

 そんな会話をしているうちに、から揚げが盛られた皿を持って萌がやってきた。

 

「あ、シャルルも食べる?」

「う、うん……」

 

 薄氷の上を歩くような生活を送っているはずなのに、こうして普通に笑ったり冗談を言ったりすることができる萌が、シャルロットは少し、怖くなった。

 

 

 

 

 

―・―・―・―

 

「くっ……」

「こっのぉ……!」

 

 第三アリーナで突如始まった代表候補生同士による決闘は、当初周囲にいた生徒たちの予想に反して一方的な展開となっていた。ラウラに対し、セシリアと鈴は2人がかりで戦っているにもかかわらず、劣勢となっているのはセシリアたちの方だった。

 理由は単純だった。ラウラのIS、シュヴァルツェア・レーゲンが1対多数を得意とするISであったこと。近~中距離を得意とする鈴の戦い方と1対多数において真価を発揮するセシリアのBT兵器が足を引っ張り合ってしまったこと。そしてセシリアと鈴の連携の練度が低かったこと。これらの要素が重なり、セシリアと鈴はワイヤーブレードによって拘束され、いいように嬲られていた。

 近くにいた生徒達の中に専用機持ちはおらず、明らかに危険な状況であるにも関わらず、止めようにも止められない状況が続く中、

 

「おおおおおおおお!!」

 

 勇ましい雄叫びと共に、打鉄・雷火を身に纏った萌が綴雷電のロケットエンジンを噴射させ、ラウラとセシリア、鈴の間に突っ込んできた。突然の事だったためかラウラもとっさに対応することができず、セシリアと鈴を手放した。その結果、ワイヤーブレードは綴雷電の一撃によりワイヤー部分を千切り飛ばされることとなった。

 

「何のつもりだ、貴様」

「何のつもりも何もないよ。そっちこそ、どういうつもり?」

 

 第三アリーナにて、ラウラと萌がにらみ合う。主武装の内の1つであるワイヤーブレードを破壊されたにもかかわらず、ラウラの顔に焦りはない。むしろ苛立ちのほうが大きかった。

 

「質問に質問を返すな。何のつもりだと聞いているんだ私は」

「明らかに模擬戦の域を超えていたから邪魔をした。って言えば納得する?」

「なるほど、一応は納得してやろう。それで、貴様が代わりに相手をすると?」

 

 周りの女子生徒達がセシリアと鈴を連れていく中、両者の視線は交差し続けた。互いに一歩も譲らないその雰囲気は火花が散るのを幻視しかねない程だった。

 

「嫌だよ、君と戦う理由がない」

「あまり私を苛つかせるな。ただでさえ外れを引いて苛立っているんだ。予行演習くらいは勤めてもらうぞ!」

 

 ラウラのIS、シュヴァルツェア・レーゲンの脚部に搭載されたアイゼンが展開し、非固定武装である大型レールカノンが火を噴いた。とっさに綴雷電のロケットエンジンを暴発も辞さないというレベルで噴射させ、躱し、その加速の勢いのまま萌はアリーナ内を飛び回り始めた。

 

「随分と古典的な加速方法だな。ISのそれとは思えん」

「そんな馬鹿でかいの担いでる人に言われたくないけど、ね!」

 

 萌は矢継ぎ早にしゃべりながら自身も赤城ほどではないものの巨大なグレネードキャノン、『秋保』を両肩に1門ずつ展開し、若干の時間差を置いて放った。

 

「フン、無駄なことを……」

 

 躱すことも出来たし、迎撃することも出来た。しかし、ラウラはそこで、あえてAICを発動し、ミサイルを止めようとした。力の差、装備の差を誇示するために。

 しかしそれが仇となった。

 ラウラのイメージ通りに弾頭が止まることは無く、まるで最初からAICが発動していることを知っていたかのように、ラウラのAICの範囲内に入る直前で弾頭が爆発したのだ。

 

「何っ!?」

 

 そしてラウラが驚いたのもつかの間、AICによって衝撃こそ来ないものの、爆風によってハイパーセンサーに揺らぎが走った。その中でラウラの真横から文字通り飛んできた萌の綴雷電の一撃がラウラの腹部に突き刺さった。

 

「かはっ……!」

 

 それと同時にロケットエンジンの爆発力を利用し杭が射出され、ラウラを大きく吹き飛ばした。綴雷電の一撃が直撃したことにより、ラウラのシールドエネルギーは大きく削られた。

 

「っ……貴っ様ぁ……!!」

 

 今の一撃でプライドが傷ついたラウラはその目に剣呑な光を宿し、続けざまにレールカノンを放った。しかし、それらのどれもが当たらず、ただアリーナのシールドにぶつかって爆発を起こすだけだった。

 

 

 ワイヤーブレードさえあれば。

 

 ふと、ラウラの脳内をよぎった思考はラウラをさらに怒らせるには十分すぎるものだった。

 

 何故たらればを考える?

 相手は半年前までISに関してはずぶの素人だったんだぞ?

 そんな奴相手の戦闘でたらればを考えているようで、本当にあの強さに追いつけるのか?

 

「ふざけるなぁ!!」

 

 怒りの叫びと共にラウラの両手にプラズマ手刀が展開される。瞬時加速を用いて絶大な速度を得たラウラは空を飛び回ってレールカノンを躱していた萌に肉薄する。

 

「貴様などに、私が敗けると思うな!!」

「被害妄想もいい所なんだけどっな!!」

 

 プラズマ手刀に対し、萌は若干無理な姿勢から綴雷電の一撃を合わせる形で放った。

 

「ぐっ!」

「っ……!」

 

 結果としては、両者が一度吹き飛ばされ、地上に戻る結果となった。しかし、萌のそれが想定内であるのに対し、自分が相手と互角であるという事を認めたがらないラウラの表情には今にもISをかなぐり捨てて殴り掛からんばかりの怒りが浮かんでいた。

 

「貴様ぁ……どこまで私をコケにする気だ!!」

 

 そして再びプラズマ手刀を展開し、萌へと斬りかかるが。

 

 

 

 

「全く、ガキの世話はこれだから疲れる……」

「きょ、教官……!?」

 

 そこで割って入ったのは千冬だった。ISを身に纏っていないにもかかわらず、IS用の物理ブレードを携え、ラウラのプラズマ手刀を受け止めていた。ラウラは信じられないものでも見るような目で千冬を見つめていた。

 

「何故止めるのですか教官!!」

「ただの模擬戦で殺し合いを始める馬鹿があるか。わかったらさっさとISをしまえ」

「っ……了解しました」

「焔も異存はないな?」

「はい」

 

 千冬に言われてはラウラも反対できないのか、沈痛な表情を浮かべながらISを解除し、アリーナを後にした。萌も千冬に言われるがままにISを解除し、萌がラウラと戦っている間にセシリアと鈴を避難させていた一夏とシャルロットの元へと歩み寄った。

 

「一夏、2人は大丈夫だった?」

「っ……ああ、大事はなさそうだ」

「そ、よかった」

 

 そう言うと萌は特に何かを言うわけでもなく、一夏に背を向けて歩き始めた。

 

「な、なぁ、萌」

「……何?」

 

 思わず、と言った様子で声をかけた一夏に対し、萌は酷くどうでもよさそうにゆっくりと振り返った。

 

「お前……何であんなに迷わず突っ込めるんだ?」

「……何で?」

「何でって……少しは自分もああなるかもしれないとか考えないのかよ」

 

 一夏自身、自分の言葉には少なからず棘が混じっていることは否定できなかった。それは、嫉妬なのかもしれない。しかし、嫉妬と呼ぶには可愛げがあった。なぜならそれは、守りたいという願いの元にあるのだから。

 

「……考えたことないなぁ」

「は……?」

 

 しかし、その返答は流石に予想外だった。萌の言ったことが事実なら、萌にとって自分とは損得勘定に一切入らないという事だからだ。

 

「問題が早く解決するなら。それに越したことはないと思うよ? それじゃ」

「あ、おい……」

 

 それだけ言うと、萌は足早にアリーナを去って行ってしまった。

 

 一夏は根本的に会話として成立していなかった先ほどの萌との会話を反芻した。一夏が萌に憧憬を抱いたことは事実だ。誰かを守れるだけの力を持ち、決して恐れも抱かずに、勇敢に戦える。それは正に、一夏が理想とするところにあった。

 

 しかし、本当に萌はそこにいるのだろうか? 彼にとって誰かを守るという事は当たり前の事であり、そこに自分が入ることは決してない。

 

 それは、果たして本当に自分の理想なのだろうか?

 

 一夏はただ、アリーナから出て行く萌の背を見ることしかできなかった。

 

 




これだけ書いてもRTAパート1パート分の半分しか終わらないとかちょっとガバガバ過ぎませんかね……


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裏語 7

様々な行事に振り回されたので初投稿です。皆様の感想や評価が本当に励みになっております。いつもありがとうございます。


 

 ラウラはひた走っていた。不安から逃げようとするかのようにひたすら走っていた。しかし、それでもなお体中にまとわりつく不安に頭がどうにかなりそうだった。

 

 ラウラが心酔し、自分もそうありたいと追いかけ続けた千冬の強さは、何者をも寄せ付けない比類なき強さだ。IS適合の際に失敗し、出来損ないの烙印を押されたラウラですらも照らす太陽のような並ぶもののない力。

 

『萌か……あいつは強いぞ。ある意味、私よりな』

 

 しかし、その完全無欠の強さに、織斑一夏が、焔萌が穴を空けようとする。

 ふざけるな。

 やめてくれ。

 私の拠り所を奪わないでくれ。

 

 先程千冬から告げられた言葉が頭の中でやかましいほどに繰り返し鳴り響き、自分でも許せないような惰弱な思いが渦を巻く。まともに思考のできる状態ではなくなったラウラは本人にも自分が何を考えているのかわからない状態のまま走り続け、

 

「おっと、気を付けて……ね……」

「すまな……い……」

 

 曲がり角で萌とぶつかった。体格差はかなりあったはずなのだが、あまりにもラウラが勢いよく走っていたためか、ラウラだけではなく萌も尻餅をつく形となった。2人はお互いを認識してしばらく停止した後、どちらからともなく立ち上がった。

 

「えっと、何かあったの? ラウラさん」

「……貴様には関係ないだろう」

「いやでも目元とか真っ赤だし……ハンカチ使う?」

「…………」

 

 ラウラは半ば奪い取るような形で萌のハンカチを取り、涙を拭いた。

 

「無様な姿を見せた。洗って返す」

「いや別に気にしなくても」

「貴様の意見など聞いていない。私が気にするんだ」

 

 それだけを言うと、ラウラは足早に萌の横を通り過ぎた。

 そして、萌から少し離れたところで、萌の方に向き直って問いかけた。

 

「……焔萌」

「何?」

 

 声をかけてから、少しだけためらった後に、ラウラは言葉を紡ぎだした。萌も振り向いて一体何だろうかと不思議そうな表情を浮かべながらラウラの方を向いた。

 

「お前の境遇は知っている。それ故にお前が強さを求めているという事も教官から聞いた」

「? ……うん」

 

 ラウラは先ほどの言葉を反芻した。あの世界最強が、何の比喩もなく世界最強の個である織斑千冬がある意味では自分よりも強いと言ってのける焔萌という存在を観察した。

 

「ならば、何故お前はあの中にいられるんだ? お前が強くなるために、あいつらは邪魔ではないのか?」

 

 ラウラは千冬との会話で何となく察していた。いくら千冬に認められていたとしても、目の前の存在はラウラと同種だ。あくなき力への執念。恵まれているとは言い難い境遇。確かにその状況におかれた期間に差こそあれど、根本にあるものは同じだ。

 

 即ち、無力な自分への焦燥。

 

 しかし、1つ決定的な違いがある。部隊内においても必要最低限のコミュニケーションで済ませているラウラに対し、萌はそんな焦燥の中でも、周囲に人を置いているということだ。ラウラから見れば、視界にも入れたくない軟弱者達を。

 彼も千冬と同じで、ここにいるべき人間ではないと、ラウラは思った。

 

 それはつまり、萌も千冬と同じく、凛々しさを、強さを損なう甘さを許容しているということに他ならないからだ。

 

 

「……しょうがないよ」

 

 

 そういって、萌は苦笑いを浮かべた。

 

 その笑みに、ラウラは恐怖した。強さを追い求めるものが浮かべるには道理が立たない優しい笑み。弟の事を想う時に浮かべる弱さを認めるかのような笑み。

 しかし、それを萌が浮かべられるはずがない。千冬が浮かべるのならば認めたくはないが千歩譲ってまだわかる。彼女の強さは完全無欠だ。だからこそ、あのような弱みを見せることができる。しかし、ラウラと同じく、現状から逃れようと必死に足掻く萌が浮かべていいはずがない。

 

「……何故だ」

「え?」

「何故お前は笑っていられる!? こんな、たるんだ環境は、お前にとっても気に障るはずだ! お前が命がけで鍛え、戦っている間、あいつらは」

「ラウラさん」

 

 ふと、萌がラウラの言葉を遮った。

 

「しょうがないんだよ。俺は弱い。どうしようもなく弱いから、周りを変える力なんてない。だから、あるもの全部を使って足掻くしかない。けど、それは辛くて苦しい事だから、押し付けるようなことじゃないと、俺は思うよ」

 

 理解できなかった。というより、答えになっていなかった。周りは自分と同じようなことをする気概が無いから、こちらが合わせなければならないだと? 何だそれは、それではまるで道理が立たない。何故弱い方に合わせる。何故強い方が我を抑えなければならない。

 そして何故、千冬も萌も、それを是としているのだ。

 そんな疑問が頭の中で渦巻く中、絞り出すような声でラウラは尋ねた。

 

「お前は……それで良いというのか」

「良いも何も、考えたこともなかったよ。じゃあね、ラウラさん」

 

 何事もなかったかのように笑みを浮かべ、萌は歩き去ってしまった。その背が、不安を感じさせない足取りが、ラウラには強い者のそれであるかのように思えてしまった。

 

 

―・―・―・―

 

 

 シャルロットは若干上機嫌でシャワーを浴びていた。毎晩楯無と千冬に自室に入り浸られていると知った時には目の前が真っ暗になった気分だったが、それ以外では順調に織斑一夏とも焔萌とも親密な関係を築くことができていたからだ。

 これならば、何とか最低限の任務はこなせそうだ。そんな安堵の感情と共に、いつかは彼らを裏切らなければいけないという事に一抹の悲しさをシャルロットが抱いた刹那、

 

「シャルル、俺のタオル洗面所にな……い……?」

「え…………?」

 

 時間が止まるとはこういった場面で使うものだろうと、後にシャルロットは思った。男同士という事になっているのだからシャワールームに何も躊躇せずに入るのは当たり前だ。そんな当たり前の事にも気づかないくらいにはシャルロットは気が抜けていたのかもしれない。

 そして、萌は見てしまった。明らかに女性の身体であるシャルロットの裸体を。

 

「っごめん……」

「あっ……うん」

 

 萌はとっさに目を背けた。シャルロットも突然の事であったため頭が真っ白になり、完全に素の反応を返した。

 シャルロットからしてみれば永遠にすら思えた数秒が過ぎた後、萌がシャルロットから目を背けながら、1つ深呼吸をした後にしゃべり始めた。

 

「……シャワー、終わったらでいいから、話聞いてもいい?」

「…………うん」

 

 ああ、終わった。

 

 バレた瞬間に訪れたこれまでの人生の中で間違いなく最大級のものであろうパニックが、萌が紡ぐ言葉が聞こえるたびに嘘のようにほつれて消えていき、何の感慨もなく、シャルロットはそう思った。

 

 

 

「と、まぁ話してみればこんな所かな」

「……そっか」

 

 シャルロットはシャワーから出た後、もう隠す意味もなくなったため女性らしい体のラインを隠そうともしていないジャージ姿で萌の前に立った。萌は居心地が悪そうにしながらも、シャルロットに話を促した。

 シャルロットの口からは社内でも重要機密とされている情報がスルスルとこぼれ出て行った。

 

 

 シャルロットが非公式ではあるが専属パイロットとして所属しているデュノア社は、IS開発においてはかつて最先端を走っていた企業だった。

 デュノア社が開発した、第二世代型最後発の量産機である『ラファール・リヴァイヴ』はその高い操縦性能と汎用性から操縦者を選ばないという大きな強みを持っており、現在のISの主流である第二世代型ISの中では最後発の機体であるにも関わらず世界第3位のシェアを獲得していた。

 

 しかし、デュノア社の最盛期はここまでであった。ラファール・リヴァイヴが第二世代型最後発であったことが災いし、デュノア社はデータも時間も圧倒的に不足した状態で第三世代型ISの開発に臨まなければならなくなったのだ。ISによって急激に歪められてしまった現在の世界では、ISの開発の進行度が軍事力の、ひいては世界に対する発言力に影響するのだ。即ち、各国において、現在開発の主流となっている第三世代型ISの開発は、何にも勝る急務と言えるのだ。

 当然、各社が第三世代機を開発していた間もラファール・リヴァイヴを開発していたデュノア社がその競争についていけるはずもなく、デュノア社は結果として第三世代機の開発で大きく遅れることとなってしまった。

 

 その結果、欧州連合の統合防衛企画、「イグニッションプラン」から除名されているフランスは一刻も早く第三世代型ISを形にしたいがためにデュノア社への支援の大部分を他の企業へと回してしまったのだ。そして、次期のトライアルにおいてもデュノア社の機体が選ばれなかった場合、ISの開発権限そのものを剥奪するという決定を下してしまった。

 

 そこでデュノア社が打ち出した苦肉の策が、デュノア社の現社長であるアルベール・デュノアと愛人の間に生まれた娘であるシャルロット・デュノアを男性操縦者であると偽り、広告塔として、そしてスパイとしてIS学園に送り出すというものだった。

 

 萌はシャルロットが話している間、黙って聞いていた。時折質問を挟むようなこともせず、ただ黙って聞いていた。しかし、その雰囲気は不思議と穏やかであり、少なくともシャルロットからは怒っているような雰囲気は感じられなかった。

 

「……うん、話してくれてありがとう」

「こっちこそ、全部話したら楽になったよ。聞いてくれてありがとう、萌」

 

 既にシャルロットは全てをあきらめていた。

 

 

 

「じゃあ、俺が黙っていればいい?」

 

 

 シャルロットは自分の耳を疑った。

 

「何……言ってるの?」

「え?」

 

 シャルロットが絞り出すようにそういったのに対し、萌はどうにも自分がどれだけ頭のおかしい事を言ったのか理解できていないのか、首を傾げた。

 理解できていないはずがない。この1週間、萌が勉強している姿や訓練している姿を間近で見てきたシャルロットにはわかる。萌の操縦技術やISに関する知識は、その常軌を逸した鍛錬によってすでに代表候補生に勝るとも劣らないレベルまで上り詰めている。

 そんな萌が、目の前にいる存在を看過できるはずがない。むしろ一刻も早く自分の視界から消したい存在のはずだ。

 

「おかしいよ、何で、そんなことが言えるの?」

「……嫌なんだもん」

 

 信じられないと、むしろ萌を気遣うような口調で必死にそう言うシャルロットに対し、萌は苦笑いを浮かべながらしゃべり始めた。

 

「この立場に立ってさ、思ったんだ。人生って、誰かの行動一つで180度変わるんだって。シャルロットの言ったことがどこまで本当なのか、俺にはわからない。っていうか状況的にはまるきりハニトラだしね」

 

 けど、俺は信じたい。

 萌は迷いのない瞳でそう言ってみせた。

 

「俺だけでもいいから、誰かがどうしようもない状況になるってわかっていて、蹴落とすような人間にはなりたくないんだ」

 

 狂っている。安堵よりもシャルロットの胸の内に訪れた感情は恐怖だった。この1週間、シャルロットが萌と接してきて、わかったことがある。行き過ぎた自己犠牲精神があること。にも拘らず、その行動原理は保身であること。そんな矛盾した価値観を抱えているにも関わらずいっそ不自然なまでに学園生活を問題なく送れていること。

 

「だから、俺は言わない。シャルロットには、ここにいて欲しいからさ」

 

 しかし、これはそんな次元の話ではなかった。自分にとってどうしようもなく害になり得る存在であっても助けるそれは、行き過ぎた自己犠牲精神などではない。それは、自殺衝動と何も変わらないものだった。

 そして、シャルロットの頭の中に一つの仮説が立った。確かに、萌は保身のために日夜必死に努力している。それは一見すれば利己的な目的だろう。

 しかし、もしそれが自分が被害を被った時に悲しむ人の為だとすればどうだろうか。そうすれば、全てに説明がいく。そして同時に、目の前の存在がどれだけ危うい存在かという事に拍車がかかる。

 

「俺には黙っていることしかできない。何もかもうまくいかなかったら、最悪、利用するような形を取るかもしれない。けど、シャルロットがどうするか、どうなるかは、シャルロットに考えて決めて欲しいんだ」

 

 そういってシャルロットに向ける萌の笑みは優しかった。

 

「そんなに深く考えなくても大丈夫だよ。IS学園特記事項の第二十一項で、IS学園に所属する生徒はどの団体にも所属せず、本人の同意なく介入することは禁止されているからね」

 

 わざわざおどけたような口調でそう言って見せる萌が、どれだけ自分を気遣ってくれているのか、そしてどれだけ自分を大切にしていないのか――様々な感情がまじりあったシャルロットの目からは自然と涙が零れ落ちていた。

 

「……よく、そんなの覚えてるね。特記事項なんてわざわざ覚えてる生徒いないよ」

「こう見えても勤勉なの」

 

 そうして、ひとまずその場は落ち着いたため、男子の制服に着替えたシャルロットは萌と一緒に(夜楯無と千冬を部屋に上がらせない口実作りの為に)食堂で夕食を食べ、そのまま就寝するまで、シャルロットと萌は他愛ない雑談を続けた。

 

 

(…………)

 

 夜、ベッドの中でシャルロットは考えていた。瞳を閉じれば、そこには自分にここにいて欲しいと言ってくる萌が手を差し伸べてくる姿が浮かんだ。

 

 ああ、駄目だ。

 

 シャルロットは、その手を取ることに若干ではあるがためらいを覚えた。

 

 シャルロットは、自分の中に2つの相反する想いが芽生えたのを感じた。このままいけば間違いなくどこかで破滅への道を選んでしまう萌を救える人間でありたいという想いと、居場所をくれた萌の傍にいつまでも寄り添っていたいという想い。

 

(……けど、だめだ。今は、まだ)

 

 シャルロットは目じりに少しだけ浮かんだ涙を拭う。どちらも選ぶことなんてできない。それはきっと、シャルロットの事を考えて、どの選択でもシャルロットが迷いなく取れるようにあえてシャルロットをある種助けておきながら突き放すようなことを言った萌の思いを踏みにじることになる。それだけは駄目だ。

 

 考えなければならない、明日から、今から、自分がデュノア社と手を切る方法を、手を切るとまではいかなくてもこの現状を脱する方法を。

 

 そして、もし、この現状を脱することができたなら。

 

(その時は、きっと……)

 

 そんな想いを胸に抱いて、シャルロットは眠りについた。

 




次回も裏語です。これは……タイトル詐欺じゃな?


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裏語 8

最近応援してる作者さんが結構な割合でこの作品をお気に入り登録してくれていてプレッシャーで胃が壊れたので初投稿です。


 

 亡国機業(ファントムタスク)

 

 戦時中に結成された小規模な組織に端を発するその組織は、裏の世界で暗躍する秘密結社である。その目的や行動理由は謎に包まれており、世界各国の悩みの種の1つとなっている。

 特筆すべきはその隠密性の高さであり、世界各国の様々な組織に影響力を持っているにもかかわらず、対暗部用暗部である更識家であっても尻尾すら掴めない程の隠密性の高さを誇っている。

 

 そんな亡国機業は、大きく分けて2つの組織によって構成されている。1つが運営方針を決める幹部会。そしてもう一つがそれらを実際に行動に移す実働部隊だ。

 

 そして、幹部会では現在、ここ数年類を見ない程に物々しい雰囲気が漂っていた。亡国機業は天災である篠ノ之束に察知されることを恐れ、会合をネット経由のものから直接顔を合わせる形で行われるようになり早10年。その範囲内で言えば、この騒々しさは類を見ないものだった。

 

 亡国機業とて資金源と呼べるものがあり、戦時中に設立して以来の長い歴史があるため、様々な業界や企業とのコネクションを持っている。そして、そのために深層ウェブに窓口と呼べるものも幾つか設けられている。

 

 しかし、つい先日、そんな亡国機業の窓口の1つに、招かれざる客が現れた。

 悪戯半分や腕試しでアクセスを仕掛けるハッカーなどにしては拙く、にも拘らず内部の者の手引きがなければたどり着くはずもないIDやパスワードを知っているような振る舞い。そして何をするわけでもなく去ってしまう不気味さ。

 

 そしてIS学園内に在籍している亡国機業の者に調べさせた結果浮かび上がってきた名前。

 

 焔萌。

 

 世界で二人目の男性操縦者であり、その実力や知識量は1人目の男性操縦者であり、あの織斑千冬の弟でもある織斑一夏を遥かにしのぎ、それらの力は既に代表候補生に迫る勢いであるとすら言われている。

 

 しかし、それらがこれまで何の接点も持たなかった亡国機業のサイトにいきなりアクセスしてくるなどという突飛な行動をとる理由にはならない。そもそも、どのような手段でこちらの存在を掴んだのかもわかっていない。

 

 ISによって世界情勢が丸々塗り替えられた時以来の騒動だった。

 亡国機業が調べた限りでの焔萌の経歴に、そんな不自然な所は見られなかった。彼が世界で2人目の男性操縦者であるというのも考えるならば、不自然なほどに不自然な所が何も見つからなかったというべきか。

 

 だからこそ、亡国機業の幹部の面々からしてみれば焔萌は不気味以外の何物でもなかった。

 

 彼の目的はなんだ?

 どこかの組織の者なのか?

 もしそうだとしたら、彼の背後にいる存在はどれほどのものなのか?

 

 疑問は尽きず、それらに対する解答は何一つとして出ることは無い。

 彼の意図を察することができるものはここにはいない。

 

(堕ちたものね、ここも……)

 

 そんな中、一向に進展を見せない会議を冷めた目で見るのは、この亡国機業の幹部にして、実働部隊「モノクローム・アバター」の隊長も務める女性、スコール・ミューゼルだった。

 スコールは内心眉を顰めながら、会議の進捗を見守っていた。亡国機業設立当時からの数少ない幹部であるスコールにとって、この亡国機業の現状は嘆くべきものであった。

 

(まるで、あの時みたい)

 

 思い起こされるのは、10年前、ISの兵器としての圧倒的な性能が証明された時の事だ。

 

 白騎士事件。

 

 10年前、何者かの手によって日本を射程圏内とする全ての軍事施設のコンピューターがハッキングされ、日本へ向けて2341発以上のミサイルが発射された。普通、極東の島国へ向けてそれだけのミサイルが放たれたなどという事になればそのまま第三次世界大戦にでも突入しそうなものだが、実際にはそうはならなかった。

 それらのミサイルの半数をたった一機で撃墜し、さらにはそれの鹵獲、もしくは撃破を試みた各国の大量の兵器を全てたった一機で無力化してしまった世界最初のIS、白騎士。それにより、現状の戦力図がまるであてにならなくなった結果、戦争は回避されたのだ。

 

 当時の亡国機業は、まさしく1人の天災にいいように操られる滑稽なピエロだった。

 

 そして、現在の亡国機業もまた、スコールからすれば同じように見えたのだ。 

 

 会議は進捗のないまま、解散となった。外に出てしばらく歩いていると、わざわざ待っていたのか、モノクローム・アバターの一員であり、スコールの恋人でもある女性、オータムが廊下の壁にもたれかかっていた。

 

 わざわざ待っていた彼女の可愛げに先ほどまで募っていた苛立ちも幾分かは晴れ、妖しげな魅力のある笑みを浮かべながら言葉を紡ぎだした。

 

「ねぇオータム、1つやってもらいたいことがあるのだけど、いいかしら? ああそれと、Mにも伝えておかないとね」

 

 この日、たった1人の少年の為に、亡国機業が動き出した。

 

―・―・―・―

 

 

「……はぁ」

 

 基本的ににぎやかなはずの整備室も、施錠時間が近づいてくれば人は自然と減ってくる。今現在では簪のほかには、締め切りに追われているのか特別に夜間の使用を許可され、そこら中にエナジードリンクの缶を転がしてIS装備の動作テストを行っている先輩が数名いるだけだった。

 そもそもこの整備室は、本来ならば2年次以降に選択できる整備科の生徒の為の場所である。そのため、むしろ浮いているのは簪の方と言えるのだが、授業と休む時間以外はほぼ全て整備室に入り浸っていた簪は今や完全に整備科の一員として扱われていた。

 

 簪の行動パターンはここ最近、学校で授業を受けるか、萌と談笑するか、こうして整備室や教室で打鉄弐式のデータや機体とにらめっこするかの3つに限定されていた。これまでは何か嫌なことがあるたびに気晴らしで見ていた特撮やアニメも、最近は見る頻度がかなり減った。

 

「簪さんっ」

「っ……萌?」

 

 背後から突然声をかけられた。よく通り、男子にも女子にも聞こえる中性的な声に、ほんの少しではあるが身体を蝕んでいた不安や緊張が解けていくのを感じた。そちらの方を向けば、タオルを首にかけ、髪が若干濡れている、如何にも訓練帰りですと言った風体の萌の姿があった。その体には軽度の疲労は見られるものの、4月頃のような一歩も動けない程の疲労困憊といった様子はなかった。

 

「もうすぐ閉まるよ。帰ろ」

「ん……片づけるから、待ってて」

 

 そういって機器をシャットダウンしていった簪は萌の元へと駆け寄った。

 

「専用機の開発、上手くいってる?」

「……あんまり」

 

 嫌なことを訪ねてくる萌に、簪はほんの少し顔をしかめたが、自業自得であるため特に何も言う事は無かった。

 萌と親しくなってからというもの、簪の専用機開発のスピードはかなり早まっていた。というのも、クラス代表トーナメントなどで萌の危うさを見た簪は周囲が引くほどの時間をIS開発に費やし、かなりの速度で開発を進めていたのだ。

 

 一刻も早く、萌1人に無理をさせないために。萌を支えるために。

 

 しかし、そんな意志とは逆に開発の方は滞っていた。

 推進ユニットなどを初めとした飛行機能のコントロールシステムの開発と、打鉄弐式の最大の武装である高性能ロックオンミサイル、『山嵐』のマルチロックオンシステムがどうしてもうまくいかなかったのだ。もともとこういったソフトウェア面は簪の得意とするところだったのだが、それでもやはり実際に開発するとなると勝手が違いすぎたのだ。

 

「うーん、やっぱり、先輩とかに頼った方が良いんじゃない?」

「……うん」

 

 苦笑いを浮かべながら言う萌に対し、簪は暗い表情で頷いた。

 簪も分かっていた。ISを1人で作成するという事がどれだけの夢物語であるかという事は。彼女の姉である楯無であったとしても、整備科のエースである布仏虚などの意見を取り入れ、既にある機体データを元に自分に扱いやすいようにアレンジを加えて完成させたに過ぎない。

 萌を守れる力を手に入れる為ならば、このこだわりはどう考えても不要のはずなのだ。

 

 しかし、さっさと捨てるべきのはずの思いを、簪は未だに捨てられずにいた。

 

 それも無理のない事ではあった。簪にとって、出来すぎた姉である楯無とはあらゆる面で自分を縛る鎖であり続けたのだ。楯無本人に言えば全力で首を横に振るかもしれないが、彼女の過保護は結果として簪に強烈なコンプレックスを植え付けていたのだ。

 何をしても楯無には追い付けないのだから、姉を超えられないのだから何もやらなければいい。守られるだけの無能な存在であればいい。

 いつしか勝手にそう思うようになってしまった簪の思考回路は簪自身を縛る鎖となっていたのだ。

 

「あの、さ……俺も素人なりに手伝うから、明日から先輩とかに相談してみない?」

「……何で?」

 

 簪は若干ではあるが驚いた表情で萌の方を見た。萌が誰かのしたいことの手助けをすることはあっても、萌の方から何かをしたいという事はめったになかったからだ。思わず問い返してしまった簪に対して、萌は少し躊躇した後にしゃべり始めた。

 

「その、今度の学年別タッグトーナメント、一緒に出たいからさ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、簪の中で悩みと呼べるものが一気に消えた。

 

「やろう、明日から」

 

 

 

―・―・―・―

 

 

「かんちゃーん、ほむほむー、先輩たち連れてきたよー」

「ん……ありがとう、本音」

 

 次の日、打鉄弐式の周りは珍しく賑やかだった。もともと整備科志望だったため早いうちから簪と同じく整備室に通っていた本音が、姉であり整備科の中でも随一の成績を誇る布仏虚を頼りに人材を集めたのだ。

 

「正直布仏先輩が来るなら全部あの人一人で良いとは思うけど、追加で京子とフィー呼んどいたから、約束通り取材3回ね、焔君」

「はいはいわかりましたから」

 

 そんなことを萌に言うのは黛薫子。2年生の整備科のエースであると同時に新聞部の副部長も務めているため、特ダネの宝庫である男子生徒である萌とはそれなりに関係があった。

 

「簪様、本日はよろしくお願いします」

「よ、よろしくお願いします……えと、お姉ちゃんは」

「ご安心を、今頃書類の山に埋もれています」

「……はい」

 

 そして、簪様の頼みとあらばと生徒会の仕事を珍しく生徒会長に押し付けてやってきた3年整備科の首席、布仏虚。それはそれでどうなのだろうと思わないこともなかった簪だが、「普段散々こちらにやらせているのだからこれくらい大丈夫だ」とでも言いたげな虚の笑みを見て口をつぐんだ。

 

「それにしても、こんなに集まってくれるなんてね」

「……うん、修理とかならここにいる面子で出来ないことは無いかも」

 

 そうして、学年別タッグトーナメントまでに打鉄弐式の完成を目標に、IS学園の中でも特に技術に秀でた者達による共同作業が始まった。

 

 打鉄弐式開発中の萌の仕事は、概ね雑用だった。確かに、萌のISに関する知識は既に相当なものとなっているが、整備に関しては未だにそこまでの域には達していなかったからだ。

 

「焔君、レーザーアーム取ってきてー」

「はい」

「データスキャナーもおねがーい!」

「はい」

「超音波検査装置もお願いしますぅ」

「はい」

 

 その雑用の内容と言えば、打鉄弐式の研究開発の為に必要な大量の機材や資材を運ぶことなどが主だった。現在、打鉄弐式の周りでは専用機開発というIS企業に入っても中々できることではない一大事業につられ、比較的暇な2年生の整備科ほぼ全員が、そして、虚をはじめとした課題や成績などに追われていない成績上位の3年生の整備科の生徒が打鉄弐式の研究開発に協力していた。

 それら全員の要望を聞き、整備室と機材室を往復する萌の運動量は常軌を逸したものになっていたが、全員が全員忙しかったためかそれにつっこむ人物は当分現れなかった。

 

「焔君、髪留め付け直してー」

「はい」

「焔ージュース飲ませろー」

「はい」

「ほむほむ~、お菓子ちょうだーい」

「はい」

 

 しかし、あまりにも萌が矢継ぎ早に命令をこなすものだからだんだん楽しくなってきた女子たちにより、萌に出される雑用は萌が拒まないのをいいことにどんどん妙な方向へと飛んでいき、

 

「あ、そういえばシャンプー切れてた。購買で買っといてくれる? ハーブの匂いのやつ」

「はい」

「この本図書館に返しといてー」

「はい」

「あ、今日の夕飯の日替わり定食調べといてくださいー」

「はい」

 

 この悪ノリは簪が割って入るまで続いた。拒むことを知らない萌の方に問題があるのだが、どうにも萌としてはこれが夜まで続いたらそれらをやる暇もないのだろうという判断の元言われるがままに実行したそうだ。

 

 

 

(…………)

 

 簪は人員が増えすぎたことにより、自分で直接ISの各部分を製作する必要がなくなったため、常時打鉄弐式を身に纏い、出来上がったものからすぐさまテストに持っていけるような体制を築き上げていた。

 

 忙しなく両手両足、そして頭を働かせながらも、簪は何とも言えない複雑な感情を抱いていた。

 専用機開発は、先輩たちに協力してもらい始めてからというものの、これまでのペースが信じられない程順調に進んでいた。これまでが一歩一歩歩いて専用機の開発を進めていたと例えるならば、今の自分の現状はさながらジェット機にでも乗って一足飛びなどという言葉すら生ぬるい進度で開発を進めているようなものだった。

 自分の専用機が見る見るうちに出来上がっていく高揚感と同時に、今までの自分の努力を否定されているかのような気分を味わっていた。

 

「複雑、といった表情ですね。簪様」

「……虚さん」

 

 そんな思いが顔に出ていたのか、ふと、作業の合間に簪は虚に声をかけられた。

 

「問題に真っ正面から挑もうとするのは簪様の美徳ではありますが、過ぎればそれも毒になりますよ?」

「……わかってますけど」

 

 簪は言葉を濁らせた。

 簪も分かっていた。楯無は何から何まで1人で専用機を作り上げたわけではない。虚などの手を借りて、既に完成された第三世代型ISであったグストーイ・ドゥエン・モスクワの機体データを元に組み上げたのだ。むしろソフトウェア面などに関しては、半分も完成されていない状態で、何のデータもなしに取り組んでいる簪のほうが難易度が高いとすら言えた。

 だからこそ簪はそんな無理難題に挑んでいるとも言えるのだが。

 

「まぁ、いらない心配でしたね。簪様もようやっと女の子らしい感性を手に入れられたようですし」

「……そういうのじゃないです」

 

 珍しく面白がるような笑みを浮かべる虚に対し、簪は若干顔を赤くしながら頬を膨らませる。

 簪が萌の事を気にかけるのはこういった年代の男女にありがちな恋慕のそれではないというのが簪が自分自身を客観的に見つめた結果だった。

 

「萌は……ほっとけないんです。自分がどんなに危うい立場にいるのか、わかっているはずなのに、自分の事なんて二の次三の次で。そんな事で、この学校で初めて出来た友達を無くしたくないから、早く萌を支えられるようになりたいんです」

「……そうですか」

 

 虚はそれ以上は何も言わないことにした。ついでに、それを世間一般では恋というのでは? と指摘することも、その男子の部屋に夜な夜な件の姉が入り浸っているという事を教えるのもやめておいた。

 

 

 

 

 

「よーし、形にはなったわね」

 

 日によって製作メンバーが変わったり、それによってトラブルが発生したりとそれなりの紆余曲折は経たものの、打鉄弐式の完成は学年別タッグトーナメント1週間前にこぎ着ける形となった。因みに今日は生徒会から割と本気のSOSが飛んできたため虚はここにはいなかった。

 

「あの……皆さん、本当にありがとうございました」

「何々、いいってことよ」

「学生の内に専用機を作るなんて中々できることじゃないしね」 

「かんちゃんの頼みとあらばえんやこらだよ~」

 

 未だに内気なその性格こそ直っておらず、技術面に関しても先輩に比べれば劣るものの、簪は確かにそのグループのリーダーとして、1週間ほどの間活動することができた。そのことは、簪の中で確かな自信となっていた。

 ちなみにタッグトーナメント申込書はあらかじめ申し込んであったため、いくら期限まで余裕があるとはいっても、簪は不安で夜も眠れない日々を送っていたため、安堵もひとしおだった。

 

「後は、打鉄弐式の操縦にこの1週間でどれだけ慣れられるかだね」

「うん……でもきっと大丈夫」

 

 自分1人なら、絶対に言わなかったであろうそんな台詞を言いながら、簪は整備室の照明を照り返して輝いている打鉄弐式を眺めるのだった。

 

 

―・―・―・―

 

 

「大丈夫? 簪さん」

「……大丈夫」

 

 そしてやってきた学年別タッグトーナメント当日。ピットでISを展開させた萌と簪は緊張を紛らわせるために雑談を交わしていた。

 

 正直、専用機同士でタッグを組んでいる以上、同じく専用機持ち同士のタッグでなければ機体性能の差のみで勝てるというのが正直な所ではあった。

 しかし、簪と打鉄弐式にとって初の実戦となるため、何が起きるかわからない。それに加え、この試合は各国の企業の要人や政府関係者も見に来ている。つまり、簪はともかく、難癖をつけられかねない萌にとっては絶対に負けられない、否、苦戦すらも許されない試合なのだ。

 

 そんな中でも、簪への気遣いばかりをする萌に簪はほんの少し頬を膨らませるのだった。

 

「よし、それじゃあ行こうか、簪さん」

「ん……」

 

 萌に言われるがままに、簪は萌と一緒にピットから出た。

 

「っ」

 

 次の瞬間、観客席から自分に突き刺さる大量の視線に若干のめまいを覚えた簪だったが、

 

(弱音なんて……吐いてる暇はない!)

 

 両腕の装甲をいったん解除し、両頬を強く叩いた。頬にじんわりと残る痛みが、簪の心から雑念を拭い去ってくれた。

 

 そして、アリーナに打鉄弐式と打鉄・雷火。そして対戦相手である打鉄とラファール・リヴァイヴが位置取り、第一試合の開始を告げるブザーが鳴り響いた。

 

「はぁっ!!」

「くっ!」

 

 開幕と同時に、萌が奇襲を仕掛けた。綴雷電のロケットエンジンを噴射させたその一撃は相手としても事前の下調べで十分にわかっていたことであったため、その攻撃は打鉄の近接ブレード「葵」によって流されてしまった。

 

「まだまだぁ!」

 

 しかし、当然そこで止まることは無く、流された際にそれたエネルギーを利用してそのまま独楽のように回転して打鉄に綴雷電の連撃を放った。連撃の為杭が射出されることは無かったが、打鉄に対してインファイトに持ち込んだ萌は打鉄のシールドエネルギーを確実に削り始めた。それにどうにかついていけている打鉄側の技量もなかなかのものであったが、IS同士による超近距離戦は立ち位置が目まぐるしく変わるため、簪もラファール側も援護に参加することができず、結果として1対1が2つ生まれる結果となった。

 

「萌!」

「了解!」

 

 しばらく続いたその構図を打ち破ったのは、普段の様子からは想像も出来ないような簪の凛とした掛け声だった。その声に応えた萌は打鉄を突き飛ばすような形で距離を取り、今度は打鉄とラファールを2人同時に相手取り、簪が後方から打鉄弐式に搭載された二門の連射型荷電粒子砲「春雷」で援護するようなフォーメーションを取った。

 

 明らかに何かを狙っているフォーメーションではあるものの、だからと言って萌の攻撃をかいくぐって再び先程の状況へもっていくだけの技量は、代表候補生でもない1年生には無かった。

 

 その間、簪は萌の援護を行いながらも、両手の装甲を解除し、空中に投影された球状キーボードを指5本につき2つ展開し、目にも止まらぬ速度である作業を行っていた。

 

(大気の状態、クリア、対象の機動性、クリア、タイムラグ、クリア)

 

 あらかじめ用意していたチェックリストを埋めていく、時と場合によって180度変わるそれらは実際にその場で入力しなければならない項目だけに絞ってもその数は膨大であった。

 彼女が今行っているのは、打鉄弐式最大の武装である高性能誘導ミサイル『山嵐』のマルチロックオンシステム、並びに自動追尾システムの発動に必要なデータの入力だった。

 先輩や萌の協力により、当初の簪が想定していた以上の性能となったマルチロックオンシステム。それは、簪自らの制御を不要としたうえでの複雑な自動追尾、それを48発の小型ミサイル全て同時に行う事を可能としていた。

 

 

 簪は考えていた。この大会で、如何にすれば萌に変なやっかみが飛ばないようにすることができるのか、そのために自分に何ができるのかを。

 

(全システム、チェック終了、ロックオン、完了!)

 

 彼女がたどり着いた結論は、ごく単純なものだった。

 

(萌の責任は……私が背負う!!)

 

 彼女の何よりも固い一念と共に、山嵐の発射命令が下された。打鉄弐式のウィングスラスター、そこに取り付けられた板がスライドし、内部で展開を終えた48発の小型ミサイルが轟音と共に射出された。

 48発のミサイルは、それぞれが非常に複雑な、それこそ国家代表レベルの操縦者でもなければ見切れないような軌道を描き、24発ずつ、ミサイルの爆風から逃れるために若干後退した萌を避けるかのようにして打鉄とラファールに命中した。在澤重工の技術を流用したことにより破壊力をより効率的に相手に伝えることを可能としたそれらのミサイルは防御力の高い打鉄であってもシールドエネルギーを削り切るほどの破壊力を発揮した。

 

 簪が萌と相談して出した結論。それは、試合の決め手をあえて非常に難易度の高いマルチロックオンシステムを利用した山嵐に絞るという事だった。そうすれば、萌は相手が誰であったとしても、攪乱を目的として、自身が得意とする超近距離戦で戦うことができる上に、もし仮に山嵐による決め手が失敗しても、萌の役割は攪乱である以上萌の非にはならない、というものだった。

 

 無論、萌も最初は反対したが、簪が珍しく譲らなかったためその案を採用することとなったのだ。

 

「や、やった……!」

「やったね、簪さん!」

「うん……!」

 

 試合終了を告げるブザーによってようやく集中状態から脱した簪は、自分の中に湧き出てくる初めての達成感に対応しきれなかったものの、顔は自然と笑顔を浮かべていた。そして、駆け寄ってきた萌とIS越しにハイタッチをするのだった。

 

 

 




長かった……
作品の評価に作者の力量が追い付かなくなってまいりました。


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(5/7)

ガバと暗雲が立ち込めてきたので初投稿です。


 これはRTAなのか、それともただ今を生きているだけなのか。暑くなってきた6月も半ば、加熱したガバはついに危険な領域へと突入する……! なRTA、はーじまーるよー。

 

 

 初戦を終えた後は暗黒面に落ちたラウラ戦+αです。見世物状態になっているからか教員部隊がすぐに来るからか他の専用機持ちは助けに来てくれません。あらかじめ適当な理由をつけてピットの方へ向かっておきましょう。というか試合終了後にピットに戻ってからは動かない方が吉だと思います。

 

 ここでラウラがVTシステムを発動するまでの間に、拡張領域の調整をしておきましょう。この後は事実上の連戦となる上に、どちらにおいても近距離戦はほぼ不可能なのでオワタ式加速用の赤城と、攪乱用に秋保を最速で展開することができるようにしておきます。

 

 ここまでのラウラのイベントを一通り回収し、ラウラと代表候補生との戦いに乱入した際の戦いでシールドエネルギーを90%以上残していた場合フラグが立っているので、ピットから少し外に出るだけで暗黒面に落ちたラウラが襲い掛かってきます。当然生身の状態で攻撃をもらえば即死なのでISを装着しましょう(2敗)。

 

 さて、ラウラ戦では近接武装を使う余裕はありません。「こマ?」と言いたくなるような再現度の低さを誇るVTシステムですが、その格闘性能はそれなり以上の脅威です。まともに戦うにはリスクが大きすぎます。

 しかし、どうやら近距離戦以外を想定していなかったのか距離を詰める際には必ず直線軌道になるとかいう弱点を抱えています。ヴァルキリーをトレースするとは一体……うごご。

 そのため、ラウラ戦では基本的に綴雷電のロケットエンジンで飛び回りながら秋保をバカスカ撃つという戦術がメインになります。あくまで相手の狙いがこちらであるためか、教員部隊やシャルロットや簪の火力もそれなりには頼りになるため、倒すだけならばそれ程難しい相手ではないです。

 

 何やら一夏がVTシステムに対してキレ散らかしていますが、知ったことではありません。シャルロットと簪の援護を受けつつ遠くからバズーカをバカスカ放ってればそれで終わります。ヴァルキリーをトレースするとは一体……。

 さて、ここでこの後発生するイベントの為にシールドエネルギーを調整しておきます。ちょっと死にかけるぐらいのダメージをもらっておきましょう。

 先程まで散々馬鹿にしてきましたが、このシールドエネルギー調整が非常に難しく、VTシステム状態のラウラは近距離戦ならば中々おかしい火力をしており、ちょっとでももらいすぎると死ぬので注意しましょう(36敗)。

 

 そうこう言っているうちにVTシステムのシールドエネルギーがかなり減ってきましたね。あと少しです。ここはどうあがいても緊張しますが、とりあえず上手くいったようで何よりです。

 

 最後だけは綴雷電でぬめぬめした半液体状の何かと化したシュヴァルツェア・レーゲンをぶち抜いて中からラウラを引っ張り出してあげましょう。こちらの関与しない本来のルートの場合、特段弱ってもいないVTシステム状態のラウラを一夏が腕部展開だけで倒します。主人公補正ってずるくないですか?

 

 

 ここで、思い付きでISコアを通じた会話イベをやってみました。ISコアを通じた会話イベントは適合率を大幅に上昇させてくれるからです。適合率の上昇イベントは中々ありませんが、その分効果は絶大です。まぁ少なくともマイナスにはならないはずですよ多分。何か忘れてる気がしますが思い出せないという事はそこまで重要な事ではないはずです。ほっときましょう。

 

 心象風景の中ではラウラに強さとは何かと聞かれます。ここで彼女が言う強さとは非常に複雑で面倒くさいです。この時の好感度や戦闘の様子などによって最適解が変わってしまいます。別にここで失敗したからどうこうという訳ではありませんが、貴重な弾除けを失ってしまうのは痛いので最適解を取ります。

 

 さて、本来のルートならばここで無事解決となるところですが、ここで亡国機業ルートに入っている場合所属不明IS、アラクネが急襲してきます。目的はこちらのようです。何かまずいことでもあったんですかね(すっとぼけ)。

 

 ラウラとの決戦終了後、着替えルームに向かう途中の廊下であえて1人になると、廊下でIS装備開発企業「みつるぎ」の巻紙礼子なる女性に話しかけられます。今回の学年別タッグトーナメントは企業とか政府の人も見に来てるのでIS学園にいること自体は問題ありませんが、何をどう間違えてもここにいる理由にはなりませんね。男子更衣室へ続く道で待ち構えているとかホモかノンケかこちらの身柄を狙う悪の秘密結社くらいしかいません。

 

 さて、事実上の連戦、アラクネ戦です。

 

 救援部隊は到着が亀より遅いのでひとまずはこちらで応戦しましょう。とはいえ、これは負けイベで一定時間耐えることができれば専用機持ちの面々と、山田先生を初めとした強い方の教員部隊が救援に入ってくれるので特に気にする必要はありません。

 

 しかし、いくらIS学園が無駄に金がかかっていて廊下一つとっても無駄に広いとはいえ、ISで戦うには狭い舞台です。その上、ここではこちらはメイン武装の1つである爆撃兵器全般を封じられる上にアラクネは蜘蛛みたいな装甲脚を自由自在に操る近距離戦が非常に強力です。よって非常に不利、というか無理ゲーなのでIS学園から外に飛び出して海に向かいましょう。近くに孤島があるのでそこを目安に飛び回ります。

 

 アラクネ戦ですが、こちらのステータスが未だにクソ雑魚ナメクジな上に、先述しましたがアラクネの最大の強みである出力に対して見た目が貧弱すぎる装甲脚は近接戦において鬼のような強さを発揮します。どう頑張っても現状の打鉄・雷火では勝てないので遠くからありったけの火器をバカスカ撃ちながら逃げ続けます。しかし、大抵の火器は距離を置いている限りアラクネの名状しがたい蜘蛛の糸のような何かに絡めとられるので無効化されます。こ無ゾ。

 

 ここでイベントの為に事前にラウラ戦で死にかけていたことが効いてきます。アラクネ戦終了時にシールドエネルギーが5%を切っていればフラグが立つのですが、アラクネでのシールドエネルギー調整ははっきり言って無理です(436敗)。

 というのも、一撃当たれば装甲脚とエネルギーネットでこちらの動きを封じ、連続で確定ダメージを与えるアラクネの攻撃は非常にいやらしく、お世辞にも防御力が高いと言えない打鉄・雷火ではあっという間にシールドエネルギーを削り取られてしまいます。当然亡国機業関連の戦闘では敗北=死orバッドエンド確定なので終わりです。

 

 という訳で、ここまで説明したようにちょっとでも抵抗しようとか一撃喰らわせようとか思ってはいけません。とにかくオワタ式加速を使って逃げ続けましょう。周りは海なので赤城を発射する方向にそこまで気を配る必要はありません。ヤバくなったらすぐ加速して逃げ回りましょう。

 

 

 そんな感じで一定時間耐えると専用機持ちと教員部隊が助けに来てくれます。

 

 

 

 

 ……一定時間

 

 

 

 

 …………一定時間

 

 

 

 

 ……………………一定時間

 

 

 

 すみませーん、ホムラですけどぉ、まぁだ時間かかりそうですかねぇ?

 

 

 ちょっとアラクネの攻撃が思ってたより激しかった結果逃げ回りすぎた結果目印にしていた孤島がちょっと見えづらくなるところまで逃げてしまったようでもう少し時間がかかりそうですね。シールドエネルギー1割切ってからだいぶたつんでもう死にかけなんですけどどうしましょうか。

 

 

 

 

 

 ふむ。

 

 

 

 

 

 

 嫌だいやだ無理無理無理無理ここまで来て死にたくない死にたくない嫌だ死にたくないあの私にはまだ故郷にお母様がいるしこれまでに無惨な死だったりガバ運だったりバッドエンドだったりで無惨に散っていった十数万のホモの命を背負って生きているんですだからお願いします許してくださいなんでもしますから脱ぐから靴舐めるからいや本当に何でもするんで許してくださいああああああああああ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 救援が来てくれました! ケッ、雑魚が。お前の攻撃なんて114514年でも耐えられるんだよ。ぺっ。

 

 

 

 さて、このイベントを終えると現在最も好感度が高いヒロインとの確定イベントが発生します。このイベントは1年前学期で全キャラに起こるイベントの中では最も好感度を稼げるイベントなのでハーレムルートの場合にはここで千冬を落とすのが主流となっています。

 結構なダメージをもらったので病室にいるこちらの元へ予定通り簪が来ます。簪は此処で完落ちとなり、工事完了です……

 

 

 

 な  ん  で  ラ  ウ  ラ  が  入  っ  て  き  て  る  ん  で  す  か  ね  ぇ  ?

 

 

 

 

 

 

 あ、そっかぁ……

 

 代表候補生とのドンパチへの介入、千冬にフラれたばかりの時に入る会話イベ、そして決め手となるVTシステムの際のISコアを通じた会話イベ、落とすだけなら前学期のイベントだけで落とせるラウラの主要イベ全部こなしちゃってますね。多分あれもうほとんど落ちてますね……

 

 

 

 ……

 

 

 

 …………

 

 

 

 ……………………

 

 

 

 ……………………………………………

 

 

 

 

 

 あああああああああああああもうやだあああああああああああああ!!!!

 

 いや何でラウラのIS会話イベ入れてなかったのかなんも疑問に思わなかったのかよあんなの普通に考えれば入れ得だろなんで入ってなかったのか考えろや走ってる最中でもそれくらいの事は考えられるだろこの能無しがああああああああ!!!!

 

 ふーざーけーるーなあああああああ!!!!

 

 好感度がああああ!! 好感度がたりなくなるうううううううう!!!!

 

 詰んじゃう!! 詰んじゃううううううう!!!!!!

 

 

 

 ふぅ、スッキリしました。

 

 私はチョロ貴族女や暴力酢豚女と比べて、ちと荒っぽい性格でしてね。激昂してトチ狂いそうになると、胃薬を飲んで気を静めることにしているんです(療養中だから飲めない)。

 

 

 

 今すぐこの場で自殺したい欲求に駆られましたがまだ終わるわけにはいきません。というか終われません。幸いにもここまで簪の好感度は非常にいい調子で稼げているのでまだ諦めません。合宿の前の買い物イベントの時に誘われればほぼ落ちているも同然なので多少のロス(致命的)はあれど最終決戦までに落とすことは可能なはずです。リカバリー策は既に完成しています。ロスは多少のステータスと更なるオリチャーの発動で補います。気にしてはいけません。

 

 

 さて、ヒロインを一人落とすと同義のイベントの後、別口で楯無が来ます。今日起こったことの説明と楯無の正体を明かすためです。正直全部知っているのでどうでもいいですが必須イベントなのでスキップするわけにもいきません。聞き流しましょう。

 

 

 な ん で 簪 が 入 っ て 来 て る ん で す か ね ぇ ?

 

 

 いや待ってください、流石にここで入ってくるのは知りません。他人が面会中の時に病室に入ってきちゃいけないって知らないんでしょうか?

 とりあえず当たり障りのない会話をしてその場を凌ぎましたが好感度がどうなっているかはわかりません。少なくとも下がっている様子は見られませんでしたが怖すぎます。この後割とすぐに判断するシーンがありますがこれは当分は不安で胃がマッハですね。寝れる気がしません。

 

 いろいろとガバガバですが、この後全部うまくいけば問題ないので続行します。というか、それ以外に選択肢ないんですけどね。

 

 今回はここまでとなります。ご閲覧、ありがとうございました。

 




メガトン好意。

感想欄のセンスが自分を遥かに上回るの面白い。


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裏語 9

感想欄が愉悦部員で溢れかえっていたので初投稿です。執筆の励みになっております。


 

 私は、戦うためだけに生まれ、育てられ、鍛えられた。

 

 戦場において必要となるあらゆるスキルを十全以上に学び、訓練では最高レベルを記録し続けた。

 

 そこには、生きるか、死ぬか、使えるか、使えないか、それ以外の要素は全く介在しなかった。

 

 他の生き方など、私は知らないし、興味もなかった。

 

 

 Damage Level……D.

 

 

 私は優秀であり続けた。

 

 だからこそ、その価値が失われたとき、私には何もなかった。

 

 ISの登場と、それに伴う適合率向上のために施された処置、『越界の瞳』の適合に失敗した私は、部隊トップの座から滑稽なまでに転げ落ちることとなった。

 

 私は無力だった。

 

 出来損ないの烙印を押された私に、生きる道などなかった。

 

 

 Mind Condition……despair.

 

 

 そんな私に、生きる道を与えてくれたのが教官だった。

 

 太陽のように鮮烈で、眩しく、圧倒的な力に私は惹かれた。

 

 教官の指導の賜物により私は再び部隊トップの座へと返り咲くこととなった。

 

 しかし、その時にはあれだけ心に突き刺さっていた嘲笑の視線も、侮蔑の声も、もはやどうでもよくなっていた。

 

 あるのはただ、教官への憧憬と、ああなりたいという渇望のみ。

 

 

 Certification……clear.

 

 

 だからこそ、私には許せなかった。

 

 完全無欠であるはずの教官が時折浮かべる弱さが、太陽に陰りをもたらすその闇が。

 

 いいや、違う、許せなかったのではない。そんなものは、体のいい言い訳に過ぎない。

 

 怖かったのだ。太陽を否定されることが、それを信じ、焦がれていた私もまた、嘘だと否定されることが。

 

 ああ、だから、頼む。

 

 

 

 Valkyrie Trace System……boot.(お前は、消えてくれ。)

 

 

 

―・―・―・―

 

 

 試合終了後に念のためにISの簡易的なメンテナンスを行っていた萌と簪がいるピット内に警報が鳴り響いた。今現在試合をしているのは、ラウラ、箒のペアと、一夏、シャルロットのペアだ。何か厄介事が起こったとしても不思議ではない。

 

 トーナメントでは次にどちらかと当たることになるため、両ペアの内どちらかと戦うこととなる萌と簪は、敵情視察もかねてピット内に設置されていたモニターで試合の様子を眺めていた。

 

 試合は序盤こそラウラ・箒ペアの有利で試合が進んでいたが、一夏、シャルロットペアが連携した攻めを見せ始めると状況は一転、ペアであるという事の強みを生かした差が如実に出始めた。最終的には、シュヴァルツェア・レーゲンのAICの弱点、発動中は対象者に常に意識を向けていなければならないという隙を突き、そのまま流れを持って行ったのだった。

 

 

 異変が起きたのは、今まさに試合が終わろうとしていたその時だった。

 

 突如として、ラウラが明らかに試合のそれではない苦しみ方をした後、シュヴァルツェア・レーゲンから紫電が放たれ、今まさにとどめを放とうとしていたシャルロットを吹き飛ばしたのだ。

 反撃の文字が簪の脳裏をよぎったが、それを即座に否定した。あんな芸当ができるのならばとっくにやっているだろう。ならば、これはラウラが意図した反撃ではない。

 

 そして次の瞬間、シュヴァルツェア・レーゲンが文字通り溶け始めた。原型を無くし、黒い粘体となったシュヴァルツェア・レーゲンだったものが、まるで意志を持つかのようにうねり、ラウラの身体を包み込み、何かを形作っていく。あまりにも突拍子、かつ非現実的すぎる光景に、観客も、一夏たちも、ただただ唖然とするばかりだった。

 

「これって……」

「ちょっと待ってて、様子見てくる」

 

 簪には、心当たりがあった。萌の様子からして萌も心当たりがあるのだろう。アリーナのシャッターが閉まると同時に遮断された映像に見切りをつけ、メンテナンスをしていた打鉄・雷火を待機形態へと戻し、ピットの出口へ向かって駆け出した。

 

 

 VTシステム。

 

 正式名称はValkyrie Trace System。文字通り、過去のモンドグロッソ優勝者の戦闘方法などをそのままデータ化し、それを操縦者に実行させるというある種の自動操縦システムである。

 一見すれば誰であっても最高クラスの性能を発揮することができるシステムのように思われるが、その実態は操縦者に半ば無理矢理世界最強クラスのIS操縦者の動きを再現させようとするシステムである。その為、操縦者の安全を一切考慮していない杜撰な設計であり、操縦者に莫大な負荷を、最悪の場合生命すら危ぶまれるほどのリスクを強いるシステムだ。

 その性質上、間違いなく非人道的な運用をされることが想定されたため、現在ではあらゆる企業、国家での研究開発が禁止されている。

 

 

 簪が制止する暇もなく、萌がピットの出口から様子を確認するためにIS用の出口からアリーナへと出た次の瞬間。

 

「――――!」

 

 声にならない声を上げたVTシステムを纏ったラウラが目にも止まらぬスピードで萌へと突貫した。お世辞にもモンドグロッソ優勝者のそれとは思えないような直線的で感情的な動き。しかし、その速さは間違いなく瞬時加速のそれをはるかに上回っていた。

 

「萌!!!!」

 

 簪の叫び声と、金属と金属がぶつかり合ったものとは思えないような轟音が鳴り響いたのはほぼ同時だった。

 

「ぐっ……ああああ!!」

 

 コンマ1秒もないようなギリギリの差で、どうにか打鉄・雷火の展開に成功した萌が綴雷電でラウラの剣を受け止めていた。あと一瞬でも展開が遅れていれば、萌は間違いなく物言わぬ肉塊となっていただろう。その事を本人も自覚していたのか、まるで恐怖に震える自分を鼓舞するかのような雄叫びを上げ、ロケットエンジンを噴射させてラウラを押し返した。

 

「おおおおおおおあ!!!!」

 

 そのままロケットエンジンを噴射させ続け、アリーナへと無理矢理押し戻した萌はその勢いのままラウラを壁へと叩きつけた。

 そしてそこから、萌は綴雷電のロケットエンジンによる加速を用いて、ラウラから距離を取り続けた。そこに勝利するという意図はなく、明らかに、教員部隊が到着するまでの時間を稼ぐための物だった。

 その意図は即ち、未だにISを身に纏えていない簪を守るためのものだったのだろう。

 

「っ……お願い、打鉄弐式!!」

 

 悔しさに一瞬身が硬直するが、すぐさまその思いを振り払い、簪は既に展開されている打鉄弐式に乗り込み、アリーナへと飛び出した。

 

「シャルル! 一夏を避難させた後、援護お願い!」

「わかった! 一夏、行くよ!」

「お、おい!」

 

 既に白式のシールドエネルギーをほとんど失ってしまっている一夏は、戦力として期待できないだろう。シャルロットもそこは同意なのか、何故かほんの僅かばかり抵抗した一夏を連れて既に逃げ終わっていた箒がいる方のピットへと避難した。

 

「箒、一夏とここにいて。僕は萌たちの援護に回るから!」

「わかった、無理はするなよ」

「当然!」

 

 箒に一夏を引き渡したシャルロットが即座に戦場へと戻っていった。そしてその間、自分もとアリーナへ戻ろうとする一夏を片手のみで押さえつけていた。流石は剣道全国大会優勝者というべきか、一夏はその拘束を振りほどけないでいた。

 

「何すんだよ箒!」

「お前こそ何をする気だ。今、私達に出来ることは何もない」

 

 あくまで落ち着いて諭そうとする箒に対し、未だに激情が落ち着く気配がない一夏は箒に食いつかんばかりの勢いでまくしたてた。

 

「何かできることはあるはずだ! こんなところでじっとしていられるか!」

「っ、何だというのだ一夏! あいつがお前の親の仇だとでも言う気か!」

 

 箒は若干ではあるが戸惑っていた。確かに一夏は感情的な人間だ。昔、いじめられていた箒を後先考えずにお世辞にもあまり褒められたものではない方法で庇ったように、間違っていることを放ってはおけない人間だという事も知っている。

 

 しかし、それにしてもこれは異常だった。今の一夏は、何かにとりつかれているようにすら思われた。

 

「あいつは……あいつは、千冬姉と同じ剣を使ってやがるんだ。命を奪う重さを持った剣を、あんなふうに杜撰に、命を奪う事を何とも思ってねぇみたいに……!」

「っ、落ち着け、一夏」

 

 いったんは落ち着きを取り戻したと思われる一夏だが、言葉を紡いでいくごとに再び激情が沸々と沸きあがっていくのが分かった箒は一夏の両肩に手を置いた。

 箒でもわかった。確かに、本家本元のそれと比べれば比べるべくもないのかもしれないが、VTシステムに囚われたラウラのあの太刀筋には確かに千冬のそれを想起させるものがあった。

 一夏にとって、ある意味全ての始まりである千冬の剣の模造品などで躊躇のない暴れ方をされるのは、姉の剣を侮辱されるに等しい行為なのだという事も、一夏にとってそれが耐えがたい事であることも分かる。

 

「お前の言い分は分かった。だが、私達が何もしなくとも状況は収拾される。それ以前に、既にISを纏えない私達に出来ることは、何もないんだ。だから――」

「だから、無理に危ない所へ飛び込む必要はない、か?」

「そうだ」

 

 しかし、それでも箒は引き下がらなかった。何となくだが、箒は察していた。今の一夏は危険だ。無人機が襲撃してきたあの日、箒を説得してあっさり自分の命を危険にさらした萌と同じ目をしていたのだ。自分の命など勘定に入れない。正しく捨て身の意志が宿った目を。

 だからこそ、箒は必死に止めようとしたが、一夏は一向に止まる様子を見せなかった。

 

「違うぜ、箒。全然違う。これは、俺がやらなきゃいけないんじゃない。俺がやりたいからやるんだ。他の誰かがどうだとか、知ったことじゃない。ここで退いたら、俺は俺じゃ――」

 

 しかし、次の瞬間、何かが切れる音と共に、頬を思いっきり叩く小気味のいい音がピットに鳴り響いた。箒の平手を思いっきり喰らった一夏は横向きに転ぶ形となった。

 

「ふざけるな」

 

 次に箒の口から漏れ出た声は、箒本人でも驚くほどに冷たい声色をしていた。

 

「貴様の言い分は私にもわかる。剣を侮辱されたのだ、怒りも分かる……だが、貴様の意地に他人を巻き込むな」

「……箒?」

 

 一夏も、箒がかつてないほどに怒っていることが分かるのか、少し困惑している様子で箒の方を見た。

 

「今の貴様は誰が見ようが足手まといだ。もはや一撃分の余力も残っていない白式で出たところで、一撃貰って命の危険に晒されるのが落ちだ。それにシャルル達を巻き込むなど、私が許さん」

「っ……けど……俺は」

「こうなった段階で自分の負けだと気づけ一夏!!」

 

 ピット内に箒の叫び声がこだました。しかし、そんな声とは逆に、箒が浮かべる表情は苦痛に満ちた悲し気なものだった。

 

「無人機襲撃の折、私も同じようなことをしようとした。自分の無力を自覚し、それでもなお動かずにはいられなかった。お前が突然命のやり取りに巻き込まれ、せめて声援だけでもと届けようとした。その先は一夏も知っているだろう」

「……萌が来たのって、そういう」

 

 思い起こされるのは、クラス代表トーナメントの折に起こった無人機襲撃事件の事だった。あの日、自身のわがままの為に萌を危険に晒してしまったこと。そしてそのことで抱いた後悔と恐怖を、箒は今でも覚えていた。

 

「いいか、一夏。ここはある種の戦場なのだ。己の我儘一つで、誰かが死ぬかもしれないんだ。貴様は、それを本当に理解しているのか? その意地を無理やり通そうとしたとき、誰かが死ぬかもしれないという事を、覚悟しているのか?」

「それ、は…………」

 

 余りにも辛そうな箒の表情と口調に、一夏は言葉に詰まってしまった。そして、それは同時に、自分自身の思考と向き合う時間が生まれたという事と同義であった。

 ISを、力を手にした時、セシリアとの決闘で勝利に手が届きかけた時、一夏の心には確かに高揚感と呼べるものが存在した。

 

 これで、俺も誰かを守ることができる。

 

 しかし、そんな時高まった心に水をかけたのは、この学園に入学したばかりの頃、自身と同じ境遇である男子、焔萌にかけられた言葉だった。

 あの時一夏は、現状に対して不満を漏らしていた。突然訳の分からない社会の事情に巻き込まれ、自分の人生をめちゃくちゃにされてしまったことに対して、愚痴を漏らしていた。同じ境遇の萌なら、共感してくれると思ったから。

 確かに、萌も苦笑いしながら共感してくれた。しかし、続けて彼はこう言った。

 

『けど、それでもやれることをやらないと。想像も出来ないような努力してまでここに来た人たちに失礼だし、それに――』

『それに?』

『俺、守ってみたいんだ。この力があれば、きっと誰かを守れる。俺みたいに、理不尽に巻き込まれる人も、きっと』

 

 そういう萌の目は、優しくも、力強い、まるで、一夏が目指す所に既に至っているかのような輝きがあった。

 その後、萌は並々ならぬ努力をしているという事は噂でも伝わってきた。それに負けじと、一夏も努力を続けてきたつもりだった。

 確かに、萌たちの相手と、一夏たちの相手では戦力に差があったことは事実だ。

 しかし、それでも、今のこの状況が結果だというのなら。

 

「あぁ、そっか」

 

 先ほどまでの激情はどこへやら、一夏は平坦な口調で言葉を紡ぎだした。

 

「俺、まだ何も守れないんだな」

 

 その言葉が口から出ると同時に、一夏の目から一筋の涙が零れ落ちた。

 

「……強くなろう、一夏。どんな時でも守れるくらい、どんな時でも意地を通せるくらい強く」

 

 完全に独り言のつもりだったその言葉に、箒は応えた。甘えてはいけない。その言葉に甘えてしまったら、また弱くなってしまう。理性がいくらそう叫んでも、まるで零れ落ちるかのように一夏は言葉を紡ぎだした。

 

「なれるのかな、俺に」

「なれるさ、きっとな」

 

 そういう箒の口調は、これまで一夏が聞いてきたどんな言葉よりも、優しかった。

 

 

―・―・―・―

 

 

「ぐっ……!」

「動きが……速すぎる……!」

 

 萌、簪、シャルロットの3人は苦戦を強いられていた。ラウラはこちらからの呼びかけに応じる様子はなく、ただ一目散に萌を排除しようと襲い掛かる。その隙を簪とシャルロットが突こうにも、本来なら防衛用の調整がされているのか、VTシステムは自身への攻撃への反応速度においては凄まじく、却って状況を悪くしかねなかった。

 

「俺の事は気にしなくていいよ、逃げ回るのだけは、得意だからさ!」

 

 唯一ダメージを与えられているのが萌の爆撃だった。しかし、元々射撃適性が高くない打鉄・雷火では決定打となるようなダメージを与えることが出来ずにいた。

 

「っのぉ!!」

 

 焦りからか、若干無理のあるタイミングで簪が春雷を放った。荷電粒子砲は吸い込まれるようにラウラの方へと向かっていったが、何の策も弄していないそれにあたるはずもなく、逆にそれが隙となり、ラウラの対象が萌から簪へと一時的に移った。

 

「っ……!」

「簪さん! ぐっ!」

 

 とっさの事だったため対応が遅れた簪とラウラの間に、萌が割って入り、何とか綴雷電で防御を試みた。しかし、防ぎきれたとは言いづらく、そのままラウラの連撃をもらう羽目となってしまった。シールドエネルギーが大幅に削られ、衝撃によって萌の顔が苦痛に歪んだ。

 

「萌!」

「気にしないで、来るよ!」

 

 自分のせいで、萌に被害が及んでしまった。その事実に一瞬頭が真っ白になり、動けなくなった簪を庇うような立ち位置で、萌が綴雷電のロケットエンジンを噴射させ、若干無理矢理ではあるもののラウラとの距離を取った。

 

「萌! 離れて!」

「わかった」

 

 それでもなお萌へ向けて突貫するラウラの隙を突き、シャルロットの射撃が初めて直撃した。ラウラの意識がシャルロットに向いた隙をつき、萌は簪を連れてさらにラウラと距離を置いた。

 

「萌、ごめん、私……」

「気にしないでって言ったでしょ。こんな事態だもん、何もミスしないなんて無理だよ」

 

 嘘だ。

 

 簪は内心でそう思った。現に、萌はここまで、簪を庇った際に受けた被弾以外ではダメージらしいダメージを負っていない。ラウラはただ只管に萌を狙っているにも関わらず。彼の操縦技術はこの状況下においても遺憾なく発揮されていた。シャルロットも同様に、適度にラウラの注意をそらすことで萌が間合いを取り直す隙を与えられていた。

 

(っ……だめだ、今はそんなこと考えてる場合じゃない!)

 

 首を横に振り、どんどん後ろ向きに流れていく自身の気持ちを振り払った簪は再びけん制射撃を始めた。既に教員部隊がこちらへ向かってきている。それまで萌が逃げ回れるだけの余裕を作るために簪は思考を巡らせ始めた。

 

「萌、デュノアさん、山嵐で削れるだけ削る。それまで時間を稼いで!」

「わかった!」

「了解!」

 

 現状、萌の火器や綴雷電、シャルロットのパイルバンカー「灰色の鱗殻」などを除けば現状最も火力が出て、なおかつラウラに命中しうる武装は簪の山嵐のみだ。だからこそ、勝ち筋は山嵐に絞りやすかった。

 

 簪がいったん戦線から離脱しても、ラウラは未だに萌以外は眼中にないようだった。その事を確認した簪は即座に球状キーボードを展開し、入力を開始した。

 

「ぐっ!!」

「萌! 大丈夫!?」

「まだ、大丈夫!」

 

 しかし、簪がいなくなったことによる影響はすぐさま現れ始めた。単純にラウラが萌から気をそらす時間が目減りしたことにより、ラウラがより積極的に萌を狙い始めたのだ。

 じわじわと、しかし確実に萌のシールドエネルギーが減少していく。そんな中、はやる気持ちを抑え、簪は必死に手を動かしていた。

 

(絶対に躱せない、躱させない!)

 

 そして、そこからさらに細工を施した。

 

「山嵐、発射!!」

 

 そして、計48発の高性能誘導ミサイルが一斉に放たれた。それらはまるで抽象画でも描いているかのような複雑な軌道を描き、しかしそのどれもが決して衝突することなく、ラウラへと向かっていった。

 

 当然、VTシステムは即座に防衛に移った。山嵐以上の速度で飛び回り、自身を追尾するミサイルのパターンを解析。飛行をやめ、反転すると同時に剣を構え、片っ端から切り捨て始めたのだ。その間も、ミサイルは絶えずラウラに襲い掛かるが、それらの殆どを時に切り捨て、時に躱し、時にいなすことでしのいでいた。

 

 しかし、真っ先にパターン化してしまったからこそ、VTシステムには感知することができなかった。

 飛んでくるミサイルの内4基ほどが、パターンに従っているように見せかけて実は従っていなかったという事に。

 

「――――!?」

 

 簪がひそかに手動で操縦していた4基のミサイルが命中した。想定外の事態により、VTシステムが完全に動きを停止したその刹那。

 

「萌!!」

「おおおおおおおお!!」

 

 簪の呼び声に対して勇ましい雄叫びで応じた萌は既に綴雷電によって爆発的な速度を得てラウラへ向けて突貫していた。萌が信じてくれていた。その事実だけで、役目を終えた簪の頬はほんの少し緩んだ。

 

 初めて無防備なラウラの懐に潜り込むことに成功した萌による、綴雷電による連撃がさく裂した。連続で射出される杭は並のISどころか耐久に重きを置いたISであっても耐えきれるようなものではなく、いつしか形状を保ちきれなくなったVTシステムはまるで溶けるかのように形を崩し、元のISの姿へと戻っていった。

 

「――――う」

「おっと」

 

 そして、まるで解放されるかのように、ラウラが萌の胸に倒れこんできた。

 

 

 

―・―・―・―

 

「はぁ……何とか、上手くいきましたね」

「……ああ」

 

 管制室で一通りの通信を終え、とりあえずはいち段落した真耶が突っ伏す中、千冬は煮え切らない返事を返すだけだった。

 VTシステムは全世界の企業、及び国家での開発が禁止されているシステムだ。そんなシステムをこんな場所で発動すれば、ドイツの立場は一気に悪いものとなるだろうし、それをわからない程愚かな国ではないはずだ。

 早い話が、ドイツがわざわざこんな場所であんなものを使う理由がない。

 

 であるならば、あのシステムは一体誰が発動させたのか?

 

 

 

 千冬が嫌な予感を抱いている間も事態は進んでいっていた。

 

 

「……あなたは?」

「おっと失礼、申し遅れましたね」

 

 その女性は、まるで作られたかのようによくできた笑みを浮かべながら告げた。

 

「IS開発企業「みつるぎ」の渉外担当を務めさせて頂いております。巻紙礼子と申します。以後、お見知りおきを」

「はぁ……それで、俺に何か?」

「はい」

 

 礼子は、それまで浮かべていた作られたような笑顔をほんの少し崩し、言葉を紡ぎだした。

 

「本日は、貴方の身柄をISごと頂こうかと思いまして」

 

 萌は眉一つ動かすことなく、ISを展開した。既にシールドエネルギーは10%を切っているにもかかわらず、その顔には恐怖の表情は無かった。

 

「……そうですか」

「ハッ、いいねぇ。物わかりの良いガキは嫌いじゃねぇぜ!!」

 

 そして、再び戦いは始まった。既に起動させることがやっとの打鉄・雷火を身に纏う萌は少しの迷いも見せずにそれに応じた。

 

 

 




長い(確信)


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裏語 10

 

 それは、VTシステムの起動と、それに伴うトラブルによって学年別タッグトーナメントの中止が決定されたときに、突如として再び管制室に警報が鳴り響いた。

 何事かと職員たちが確認してみれば、所属不明機と萌の打鉄・雷火が交戦状態に入っていたのだ。確かに、萌の操縦技術は1年生の中でも上位に位置するが、これは紛れもない実戦だ。先ほどの戦闘から補給をしていない打鉄・雷火では、勝ち目はほぼないに等しいだろう。

 

「どういうことだ!」

 

 管制室に千冬の怒号が鳴りひびいた。仕事中の彼女にしてはらしくなく、感情をあらわにした声だった。所属不明機の目的が何なのかはこの場にいる誰にもわからない。だが、少なくとも現在進行形で萌が命の危機に瀕していることは確かだからだ。

 

『更衣室に向かっていた萌くんに接触した女性。恐らくは、亡国機業の者です』

「っ、企業の中に紛れ込んでいたという訳か」

 

 楯無からの通信に、千冬は眉を顰めた。

 亡国機業の者と思われる所属不明機が世界各国のIS研究所や企業を襲撃していたという話は聞いていた。しかし、よりにもよって最も警備が厳重である上に、専用機を除けば数ばかりの量産機しかないと思われるIS学園に襲撃してくるとは思わないだろう。

 

 千冬の胸に、いつぶりかもわからないような不安がよぎる。現在、ラウラ戦でシールドエネルギーを大幅に消耗している打鉄・雷火では最悪の場合、命の危険にすらなり得るのだ。

 

「楯無は至急焔の援護に向かえ、専用機持ちと教員部隊もすぐに向かわせる。絶対に死なせるな」

『了解!』

 

 しかし、すぐさま思考を切り替えた千冬は、近くにあったマイクをひっつかみ、通信を専用機持ち達のISと繋げた。

 

「私だ。警報は聞いたな。萌が所属不明機による襲撃を受けている。専用機持ちは至急萌の援護に向かえ。打鉄・雷火のシールドエネルギーは既に10%もない、時間との勝負だ」

 

 自身のISが休眠状態に入っていることを久しぶりに歯ぎしりする程度には悔やんだ千冬だったが、数秒後には各職員への指示を飛ばしていた。それが、今彼女に出来る最善の手だからだ。

 

―・―・―・―

 

「くっ……!」

「おいおいどーしたぁ!! 逃げてるだけじゃどうにもならねぇぞ!!」

 

 萌は、赤城の発射による反動を利用した文字通り爆発的な加速で、アラクネを纏うオータムから逃げ回っていた。IS開発企業「みつるぎ」渉外担当、巻紙礼子改め、亡国機業実働部隊モノクロームアバター部隊員であるオータムの顔には喜悦一色の笑みが浮かんでおり、その様は正しく逃げ回る獲物を追いかける狩人のそれだった。

 

 更衣室へ向かう廊下で萌を待ち構えていたアラクネは、アメリカのISを奪取した亡国機業が独自の改造を施し、武装を搭載した独自のISだ。その最大の特徴はその名の通り蜘蛛を彷彿とさせる都合8本の装甲脚であり、それらを己の手足の如く操ることができるため、アラクネは近接戦においてはほぼ無敵に近かった。

 

「チッ、ちょこまかとぉ!!」

 

 だからこそ、萌はISを展開すると同時にIS学園を飛び出し、IS学園近海へと戦場を移した。閉鎖された空間において近距離戦で一気にケリをつけようとしていたオータムは不機嫌を隠そうともせずに舌打ちをしながらも萌を追いかけた。

 

「待ちやがれクソが!!」

 

 怒号と共に、オータムも萌の後を追い、距離が少し詰まったのを見計らいエネルギーネットを放った。すると、逃げることに精一杯のはずの萌は打鉄・雷火よりも大きいのではないかと見まがうほどの大きさのグレネードキャノン、『赤城』を展開した。

 逃げ回るつもりではなかったのか、オータムが疑問に感じつつも砲撃に対して身構えた刹那、轟音と共に、萌が赤城を発射した反動で吹き飛び、その勢いを利用してさらに加速した。

 

「はぁ!?」

 

 オータムは自分の目を疑った。しかし、現に事実として萌はすさまじい速度で加速し、オータムの放ったエネルギーネットから逃れている。

 一見すれば突飛ではあるが有効な戦術のように思われるが、真に驚愕するべきはそれをやってのける萌の技量と精神だ。もしもあれだけの馬鹿げたサイズの兵器を加速の為だけに利用し、至近距離で誤爆した場合、間違いなく萌の命はないだろう。それに、反動などという不安定なものを使うなど考えられないことだ。

 萌とて、亡国機業が調べた限りではいっそ不自然なほどに埃一つ出せなかった平凡な身の上だ。その価値観も平和ボケした島国のそれでしかないはずだ。にも拘らず、彼は自分の命など何とも思っていないかのようにそれを乱発した。

 

「なるほど、スコールが気にかけるわけだ」

 

 オータムは萌に対する評価を改めた。ただISが操縦できるだけの男子などとんでもない。精神面においても、技術面においても、既に萌はオータムから見ても代表候補生レベルを超えていると言えた。

 

「けどなぁ、それだけじゃ足りねぇんだよなぁ」

 

 オータムは萌の狙いを察した。即ち、萌自身には勝ちを取る気はないという事だ。先ほどのような派手な逃げ方をしておきながら、その陰から攻撃に転ずる様子はなく、ただ逃げ続けるだけだった。大方、救援部隊の到着を待っているのだろう。その判断自体はオータムも否定はしない。既に先ほどの対戦からエネルギーを補給していないことは確認済み。既に萌は一発でも直撃をもらえば絶対防御が発動し、詰み。あえて絶対防御を解除し、その分長時間ISを起動することができたとしても致命傷をもらって終わりだ。そんな状態ではどんな隙であっても攻撃に転ずることはしないだろう。

 

 しかし、それがうまくいくのは攻めている側にその意図を知られなければの話だ。

 

「そんじゃ全力で行かせてもらおうかぁ!?」

 

 アラクネの装甲脚から装甲脚砲台「ループワーフ」の砲口が覗き、それら全てが萌へ向けられた。確かにアラクネは近距離型のISだが、だからと言って遠距離戦が不得手という訳ではない。現在の試験機の意味合いが強い第三世代型ISとは異なり、どこまでも実戦を想定した改造を施されたアラクネにとって、明確な弱点と呼べるものはなかった。

 

 両腕に展開されたマシンガン「ノーリンコカービン」とループワーフからの銃弾が正しく嵐の如く放たれる。その様は正しく嵐と呼ぶにふさわしく、狙いこそ粗雑であるものの、まるで蜘蛛の巣のように逃げ場を無くしていく銃弾の嵐から、萌は必死で逃げ続けた。

 

「ぐぅっ!!」

 

 どうやら既にシールドバリアーは破壊され、絶対防御に回すはずのシールドエネルギーもISの起動に回しているのだろう。ろくに狙わずに放たれる銃弾は、直撃こそしないものの銃弾が掠ることが増え始め、その度に鮮血がほとばしり、萌の表情が苦痛に歪んだ。

 

「っ……ぅああ!!」

 

 先ほどまでとは異なり、顔に僅かながらの恐怖がにじみ始めた。銃撃を躱し、さらにそこから返す刀で秋保を展開して数発放ち、時間を稼ぐ。

 

「ッハハ!! さっきまでの勢いはどうしたぁ!!」

 

 しかし、先程までのように萌が攻撃を躱し続けるという展開にはならなくなってきた。痛みによって思考が単純になり始め、集中力も低下し始めた萌には既に攻撃を躱し続けられるような余力はなく、絶対防御を切っているにも関わらず、あと僅かでISが解除されるという所まで来ていた。

 

「これで、終わりだぁ!!」

 

 そして、ノーリンコカービンによって放たれた弾幕により回避する空間を潰され、唯一の逃げ場所にエネルギーネットが放たれた。先ほどまでの萌ならば回避する空間を潰される前にその空間から逃げ出すことができたが、既に重傷を負い、そもそも何故今もなおISを操縦できているのかが不思議なレベルの萌にはそんな芸当はできず、エネルギーネットが萌へと迫っていった。

 

「萌!!」

「萌くん!!」

「ちぃ!!」

 

 しかし、そこでようやっと萌とオータムの交戦場所にたどり着いた簪が割って入り、打鉄弐式の近接武装である超振動薙刀「夢現」でエネルギーネットを切り払い、楯無とシャルロットがオータムへ向けての攻撃を開始した。

 

「楯無……さん……?」

「萌くん、もう大丈夫よ。シャルルくん! 萌くんをお願い!」

「分かりました!」

 

 既に意識が半分絶たれているのか、朦朧とした様子で楯無の方を見る萌を簪とシャルロットが保護し、楯無はオータムと向き合っていた。

 

「チッ、時間切れか」

「あら、逃げられるとでも思ってるのかしら?」

 

 流石に専用機持ち3人を相手にするのは分が悪いと感じたのか、撤退しようとするオータムに対し、楯無が蒼流旋の切っ先を向けた。その顔にはいつも通りの不敵な笑みが浮かんでいたが、その眼差しは何処までも冷たかった。

 

「てめぇなんかに捕まるかよっとぉ!!」

 

 歪な笑みを浮かべるオータムの装甲脚に装備された砲台から、明らかにそれまでと異なる何かが放たれた。恐らくは、スタングレネードなどといった撤退用の兵器だろう。楯無がハイパーセンサーを一時的に切り、それに備えていると。

 

「バーカ、弱点丸見えなんだよなぁ!」

「っ、シャルルくん! 簪ちゃん!」

 

 続けざまに萌たちがいる方向へ向かってマシンガンを乱射した。狙いをほとんど定めていないそれは、だからこそ避けづらく、デュノアや簪などの武装をしっかりと把握していなかった楯無はそちらへと意識を向けてしまった。

 

「ハッ、あばよ」

「しまっ……!?」

 

 それは、オータムが逃げるには十分すぎる隙であり、楯無がオータムに視線を向きなおす頃には、オータムは既にマシンガンを乱射しながらでも十分に逃げ切れる距離を稼いでいた。

 

「っ……シャルルくん! 簪ちゃん! 急いで萌くんを運ぶわよ!」

 

 しかし、即座に思考を切り替えた楯無はシャルロットと簪に指示を飛ばし、萌を病院に運ぶべく移動を開始した。

 

 

 

―・―・―・―

 

 

――お前は、どうしてそんなに強いんだ。

 

 何も見えない暗闇の中、ラウラは萌にそう問いかけた。

 

 ラウラは自身がどういう状態にあるのかをよく理解していなかった。ただ何となくではあるが夢を見ているような気分だった。おぼろげな視界の中、拙くはあるが自分が理想とする力の一端を振るっているような感覚を覚えていた。

 

 それでもなお、そのおぼろげな視界の中で、ラウラは萌から決め手となり得る一撃をもらっていた。

 

 道理が立たなかった。

 

 理解ができなかった。

 

 認めたくはないが、萌の力は本物だ。少なくともラウラから見ても、ISを操縦し始めてから数カ月とはとても思えない実力を有している。その為にどれほどの鍛錬を積んだのかを考えれば、千冬の発言も、部分的には正しいと言える部分はある。

 

 しかし、それでもなお、ラウラには理解できなかった。何故、萌はそれほどに強いのかと。必死に己に問いかけても答えは出てこない。ラウラも、萌も、同じはずなのに、どうしてここまで心の在り方が変わってしまったのか。

 

『俺は……強くなんかないよ』

 

 帰ってきたのは、ある意味予想していた答えだ。ラウラが萌と話した回数など片手で足りる程度でしかないが、それでも焔萌という男は自分の力を誇示するような人間ではない。むしろその逆、いっそ嫌味なほどに謙虚な人間だ。

 

――嘘を言うな、お前は強い。少なくとも、私よりは。

『そんなことないよ。俺は弱い。俺が強く見えるんだとしたら、それは、ラウラさんに自分の弱さと向き合う勇気がないだけだよ』

――自分の、弱さ?

 

 突然自分に向けられた話に、ラウラはほんの少し動揺した。

 そして、そんなことは無い。と、ラウラは否定した。ラウラほど自分の弱さに苛立っている者はいないとすら思えるほどだった。

 

『それは、ただ自分の弱さを否定しようとしているだけだよ。向き合っているんじゃなくて、やみくもに認めずに、無理矢理前に進もうとしているだけだ』

 

 そんなラウラに対して、萌は静かに語りかけていく。

 

『自分の弱さと向き合って、認めて、受け入れるんだよ。そうして初めて、その弱さを乗り越えられる。俺は、そう思っている』

――それは、

 

 それは、とても恐ろしい事だ。ラウラは純粋にそう思った。だってそれは、自分の弱さを、一時とはいえあきらめなければいけないという事だからだ。ラウラが目指す遥かなる高みに至るために不要なものの為に、己の身を削らなければならないという事だからだ。

 

『うん、そうだね。きっと、とても怖い事だと思う。逃げたほうが、ずっと楽なんだと思う』

――なら、

『けど、それで俺は少し強くなれた。だから、ラウラもきっと強くなれるよ』

――私には、無理だ。私にそんな事はできない。

『大丈夫、きっとできるよ。もし、どうしようもなく怖いんだったら、俺がついてるからさ』

――……

 

 その時、ラウラの胸に宿った温かい感情を、ラウラはまだ知らない。

 

 

 

 

「う…………」

 

 ラウラが目を覚ました時、そこは病室だった。記憶が曖昧で、自分がなぜここにいるのかも、目を覚ましてから数秒は理解することができなかった。

 そして、何故ここにいるのかを思い出すと同時に起き上がろうとし、全身に走った激痛に顔を歪めた。VTシステムによって無理な動きをさせられていたラウラの身体は、ラウラが思っている以上に疲労した状態だったのだ。

 

「目が覚めたか」

「教官……」

 

 そんな中、病室に入ってきたのは千冬だった。ラウラが教官と呼んでも訂正することもなく、静かに言葉を紡ぎ始めた。

 

「一応お前も当事者だったから事情だけ説明しておく。VTシステムは知っているな」

「は、はい……」

 

 そして、ラウラは千冬から説明を受けた。ラウラの専用機「シュヴァルツェア・レーゲン」にVTシステムが搭載されていたこと。それがラウラの感情に呼応して起動したこと。そしてVTシステムは萌と簪の手によって止められたこと。その後、萌は亡国機業の襲撃に合い、重傷を負ったこと。

 

「とまぁ、大筋としてはこんなところだ。こんなことはあまり言いたくはないが、ドイツは亡国機業に救われた形となったな」

「……そうですか」

「何か一言言ってやろうかとも思ったんだが、その必要はなさそうだな」

「え?」

「お前のしたことは反省文100枚書いても足りないが、今のお前はいい顔をしているよ、ラウラ・ボーデヴィッヒ」

 

 それだけを言うと、まだ残している仕事があるのか、千冬は病室を去ってしまった。

 

「ぐっ、うう……!」

 

 その後、ラウラは全身に走る激痛に顔を歪めながらも立ち上がった。全身が悲鳴を上げ、今すぐにでもベッドに戻りたいという欲求が首をもたげるが、それらを無理やり押し殺し、壁に手を突きながら、足を引きずり萌が入院している病室まで歩いた。

 

「焔、萌」

「ラウラ……さん?」

 

 病室に入ってきたラウラを見た時、萌の顔には確かに驚きの表情が浮かんでいた。その表情も無理はないだろうとラウラは何も言わずに納得した。ラウラがVTシステムで操られていたとはいえ、先程まで殺し合いをしていた関係だ。それから間もないにも関わらず見舞いに来るなど以前のラウラでは考えられなかっただろう。

 

「今日は、本当にすまなかった」

「え?」

 

 そして、ラウラは何か言われる前にまず頭を下げた。もちろん、謝った程度で済むようなことではないことはラウラが一番よくわかっている。萌は今回の一件で文字通り死にかけたのだ。

 

「……ラウラさんは、大丈夫?」

「っ……ああ、大丈夫だ」

「そっか……よかった」

 

 しかし、それでもなお、萌がラウラを責めることは無かった。それどころか、こちらの心配をしてくる始末だった。その行き過ぎた自己犠牲精神は誉められたものではない。ラウラがそれを指摘しようとした時、萌は笑顔を浮かべた。

 

 その時、萌が見せた笑顔に、ラウラは心を揺り動かされた。ラウラはもともと、他人の感情の機微を察することには長けていない。潜入術の1つとして学んだことはあっても、ラウラにとってそれらはそれ以上の価値は持たないし、それ以上の事は出来なかった。

 しかし、そんなラウラでもわかった。今の萌の笑顔は、混乱や恐怖、焦燥などの感情を必死に覆い隠して浮かべた笑みなのだと。これまで何の実戦経験もなかった萌だ。下手をすればPTSDすら発症する可能性がある。そもそもこうして対話できていること自体が奇跡と言えるだろう。

 

「うん……本当に、よかった」

 

 それでも、萌は笑顔を浮かべてみせた。きっと、ラウラの為に。その笑みを浮かべられる萌を、ラウラは傍で守りたいと思った。今更自分がどんなに都合のいい事を想っているのかもわかっている。しかし、それでも、ラウラには萌の笑顔がとても尊いものに思われたのだ。

 胸に宿った初めての温かい感情に、ラウラは僅かながら戸惑いを覚えた。そして、その戸惑いを首をわずかに横に振ることで振り払い、萌に向き直った。

 

「ではな、私が言えた義理ではないが……ゆっくり休んで欲しい」

 

 その感情に答えを見出すことは無いままラウラは病室を後にした。

 

 

―・―・―・―

 

 事情聴取などを初めとした、トラブルに巻き込まれた際にはお約束と言える諸々の手続きを終える頃には、既に時刻は夕暮れ時となっていた。事情聴取を受けている最中も、簪の頭の片隅には常に萌のことがあった。

 

 今日のVTシステムの襲撃、そして所属不明機の襲撃で、萌は重傷を負った。幸いにも、後々に残るような傷こそなかったものの、本当の意味で死にかけた萌の精神的なショックは簪には想像できるものではなかった。

 

 そんな簪の精神状態に呼応するかのように、普段ならば美しいと感じるはずの夕暮れ時の日差しが、嫌に不吉に感じられた。

 はやる心を抑え、面会時間ギリギリとなってしまった病院に向かった簪は萌がいる病室に入った。

 

「萌、起きて……る……?」

「簪……ちゃん」

 

 しかし、そこでは予想外の人物が萌と面会していた。簪の姉、楯無だった。楯無も簪の声で簪の存在に気が付いたのか、簪の方を向いていっそ滑稽なほどに動きが止まった。

 

「え……?」

 

 あまりにも予想外の光景に、簪の思考が数秒停止した。そしてその後、様々な感情が沸きあがってきた。何故、ここに楯無がいるのか。楯無がいるのなら、自分は必要ないのではないか。そもそも、2人はどういう関係なのか。

 

「あ、え……と……ごめん、なさい」

 

 問いただしたいことはたくさんあるはずなのに、それらが口に出ることは無かった。様々な思考が絡まり、徐々に自分でも何を考えているのかわからなくなってきた簪は、ふらふらとした足取りで踵を返し、出口へ向かって歩いて行った。

 

「待って、簪さん。楯無さん、少し席を外してもらってもいいですか」

「え、ええ……わかったわ」

 

 しかし、それを呼び止めたのは萌だった。簪は言われるままに立ち止まった。そして、楯無は病室を出て行き、簪は萌のベッドの横にある、先程まで楯無が座っていた椅子に恐る恐る腰かけた。

 

「……ごめんね、事情聴取とか、全部任せちゃって」

「……そんな、こと」

 

 この期に及んでもこちらの心配しかしてこない萌に対する苛立ちからか、混乱が少しだけ晴れ、思考を巡らせる余裕が生まれた簪は改めて萌と向き直った。

 

「……萌」

「何?」

 

 そして、数秒ためらった後に、問いかけようとした。楯無とはどういう関係なのかと。

 

「……怪我は、大丈夫なの?」

「うん、直撃したわけじゃないし。臨海学校までには退院できるってさ」

「そっか……よかった」

 

 しかし、その問いが口から出ることは無かった。その代わりに飛び出した問いに対して帰ってきた答えに、簪はほっと胸をなでおろした。現時点でこれだけ会話ができているのだから大丈夫だとは思っていたが、それでも不安は大きかったのだ。

 

「それじゃあ、今日はもう面会時間ないから……また明日、来るね」

「うん、ありがとう、簪さん」

 

 簪にはそれだけの会話で精いっぱいだった。ぎこちない笑みを浮かべながら、簪は萌から背を向けて、病室を後にした。

 

 

「簪ちゃん」

「…………何?」

 

 そして、病室の前で、今度は楯無が簪を呼び止めた。簪は、肩をピクリと動かした後に立ち止まり、先ほど萌に呼びかけられた時の3倍は時間をかけて応じた。その事に何も思わなかったわけではないが、今はそれどころではない楯無は一つ小さく深呼吸をした後にしゃべり始めた。

 

「後で少し、いい?」

「…………ん」

 

 結局、その返事を1つ返すことに勇気の全てを使い切ってしまった簪はその後逃げるような早足で病院から出て行った。

 

―・―・―・―

 

「ごめんね、簪ちゃん。時間取っちゃって」

「ううん……大丈夫」

 

 いつからか、簪にとって、姉と向き合うという事は耐えがたい苦痛となっていた。いつだって比較され、何から何まで全てにおいて姉の方が勝り続けた。特に表立って何かがあるわけではなかった。更識家当主の座には異例の速度での成長を見せた更識刀奈が異例の速度でつき、簪に何かを求められることはほとんどなくなった。

 しかし、だからこそ簪は、自身と姉を無意識のうちに比較し続けてしまった。なぜ自分は姉のようにできないのか、姉ならばもっとうまくやっていたのに、姉ならば――。そんな思考が簪を支配し続けていた。

 

 そして、萌に出会い、簪は変わった。少しは、自信というものを持つことができた。その自信だけが、簪に楯無の前に立つだけの勇気を与えていた。

 

「その……お姉ちゃん」

「……何?」

「萌と……何話してたの?」

 

 しかし、簪にはそれが精いっぱいであり、まだ、楯無と萌がどういう関係なのかを直接聞く勇気は出なかった。楯無も緊張しているのか、いつもより若干ぎこちない口調で言葉を紡ぎだした。

 

「そう、ね……簪ちゃんも知っておいた方が良いかもしれないわね」

「え……?」

「亡国機業っていう言葉、聞いたことはある?」

「……ううん」

 

 簪はゆっくりと首を横に振った。楯無もその答えは予想出来ていたのか、1つ頷いた後に楯無は亡国機業に関する説明を簪に行った。簪は時折質問を交えつつも楯無の説明を黙って聞いていた。

 

 ひとしきり説明を終えた楯無はほんの少しためらった後に、言葉を紡ぎだした。

 

「それで……何で、この話を私に?」

「……萌くんが、今後も襲われる可能性があるから、かな」

「……え?」

 

 楯無は、どことなく辛そうな表情を浮かべながらも、言葉を紡ぎだした。

 

「今回の件が、男性操縦者、もしくはその専用機が目的なら、萌くんじゃなくて、一夏くんが狙われるはずなのよ」

「それって……」

 

 そう、確かに萌は打鉄・雷火のシールドエネルギーをほとんど使い果たし、疲労もかなり溜まっていた。しかし、それは一夏も同じことだ。そして、今日の試合の様子だけを見るならば、実力的に勝っているのは萌であり、どちらの方が御しやすい相手かというのを亡国機業の視点から考えるのならば、萌ではなく一夏になるはずなのだ。それは即ち、亡国機業側の目的が、萌個人にあるという事に他ならない。

 

「どう、して……」

「わからないわ。だからこそ、私達が守らなきゃいけないのよ」

 

 簪はその場に崩れ落ちた。萌は、ただ必死に現状に抗おうと頑張っているだけだ。例え常軌を逸していても、萌は、ただ必死に普通の人生を生きるために頑張っているのだ。

 気が付けば瞳から涙が零れ落ちていた。それを拭う事もせず、簪はただただ呆然としていた。そんな簪を励ますことすらできない自身のふがいなさに楯無は歯噛みし、それでも言葉を紡ぎだした。

 

「……帰りましょう、簪ちゃん。病院に迷惑をかけちゃうわ」

「……ん」

 

 涙を流しながらも、簪は立ち上がり、歩き始めた。精神的にも、何をしてもおかしくない危険な状態であることは誰が見ても明らかだったため、楯無は簪の隣を歩いた。簪も特にそれを気にすることなく、帰路に就いた。

 

 この日、2人は数年ぶりに帰路を共にした。その間、2人の間で会話が交わされることは、一度もなかった。




最後の方書いてたらやがて星が降りそうなメロディが聞こえてきました。


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(6/7)

いよいよ終わりが見えてきたので初投稿です。

今回大部分の方にとって不快に思われるであろう描写があります(これまでもじゃね? とか言わないでくださいお願いします何でもはしません)。嫌な方はすっ飛ばしても何も問題ないので飛ばしてください。


 私一人で苦行には行かない、貴様らも道連れだぁ! なRTA、はーじまーるよー。

 

 さて、入院中はシャルルくんがシャルロットちゃんになったことを報告しに来たりいっくんが1組勢と鈴音を連れてお見舞いに来たりと色々ありますが、基本的にこちらからできることは何もありません。精々が楯無経由で亡国機業について知ったため正々堂々と亡国機業について調べられることくらいです。オリチャーにも関わってくるのでしっかりと足がつくように調べておきましょう。現在こちらは鉄壁の警備体制のもとにいる為亡国機業から襲われることはありません。

 

 それ以外にも、簪と楯無関連のイベントを重点的にとっておきましょう。退院後のオリチャーの為にも、2人の好感度は非常に重要です。何故かラウラで消費してしまったイベントほどの好感度上昇は望めませんが、それでもやらないよりはよほどましです。どうせ入院中なんてやることないんでやれることは全部やりましょう。

 

 とはいえ、そんなイベント消化をただ淡々と流してもしょうがないので、

 

 

 

 み  な  さ  ま  の  た  め  に  ぃ

 

 

 

 

 

 このチャートにたどり着くまでの経緯について説明しようと思います。

 

 まず、調査が始まったばかりの段階の私は若く、落ち着きがありませんでした。初めに取った手法は、男子でとにかくIS学園に入学する前に事前知識を活用しまくって暴れるというRTAとすら呼べないお粗末なものでした。調査も全く進んでいなかったため、とにかく序盤に専用機やらなんやらをかき集め、もう目に入った女子を片っ端から落とせばどうにかなるだろうと踏んでの事でしたが、当然そんなガバガバ具合で上手くいくはずもなく入学してから一か月後には全てのホモが嫉妬とか生理的嫌悪感とかから惨殺されました。世の中は非情ですね。

 

 そこで私はそういったしがらみに塗れることのない女子を選択し、再び調査と試走を繰り返しました。女子チャートは一夏に深くかかわりさえしなければそういった痴情のもつれを一切気にしなくていいのは大きな利点だと思います。

 実際、手応え的には男子でやっていた時とは段違いでした。しかし、そこで問題が発生しました。何と、亡国機業に深くかかわろうとイベントをこなし始めると、自然と一夏との接点も増え、一夏から積極的にこちらに絡んでくるようになり、最終的にもって一月で落とされます。どうしてくれましょうかこのエロゲー主人公。

 それでもしばらくは女子チャートで回りました。実は亡国機業に通じている3年生のダリル・ケイシーに付きまとい、親密な関係になり、一度は亡国機業に入って内部から亡国機業をぶっ壊すというものです。こちらのルートは非常に安定性が高く、また、1年生のキャラと絡む必要がないため必要なイベントが非常に少なく済みます。

 しかし、このチャートだと当然ではありますが亡国機業殲滅の為に動き出すのが大幅に遅れてしまいます。ここをどうにかできればよかったのですが、結論から言わせていただくとできませんでした。このチャートではどう頑張っても殲滅までに1年かかるという結論になりました。

 

 さて、ここで私は攻め方を変えてダリル経由で亡国機業にアクセスするチャートから、楯無経由でアクセスするチャートに変更しました。これが中々好感触だったものの、今度は殲滅するための戦力がクソ雑魚ナメクジのまま成長せず、最終決戦が若干笑えないレベルで安定しませんでした。流石にそれを採用するわけにもいかず泣く泣く断念しました。

 

 そして最終的に性別を男子に戻し、現在の男の娘チャートへ向けた第一歩が踏み出されました。その頃には落ち着いて一歩一歩確実に進むことを覚えた私はチャートの為に必要な要素を一つ一つ、多い時は一つの要素につき数千人のホモ君の命を散らしながら試走を重ねていった結果、今に至ります。

 

 

 

 おっと、そんなことを書いているうちに入院生活が終わりましたね。暇だしこれから進めるガバチャーに対する不安でいっぱいの日々からは解放です。ジャンジャン動いていきましょう。

 

 さて、なんとなーく予想はしてましたが退院した翌日のホームルーム開始前、4組にラウラがやってきました。こないで(懇願)。その後のおっそろしく速い口づけと私の嫁にする宣言は別に私じゃなくても見逃さないと思います。このイベントの恐ろしい所は即座に最適解の弁明をしないと目撃したヒロイン全員の好感度を下げることです。怖すぎませんかこの黒兎。

 

 その後、来るかどうか怪しかったものの、無事簪から合宿前の買い物に誘われました。先ほどのイベントによって取られてしまうかもしれないと焦ったんでしょう。多分きっとメイビープロバブリーそうだと思います。

 

 と、ここで先ほどのガバを埋めるために再びチャートを書き換えます。いつまでたっても姉妹仲を修復しないヘタレ生徒会長の為に姉妹仲の修復に取り掛かります。

 本来のルートでなら楯無が簪を庇って死にかけるとかいうイベントを踏まない限り仲が修復されない2人ですが、当たり前ではありますがこの姉妹仲の修復イベントはかなりの好感度を稼ぐことができます。今回は亡国機業殲滅ルートに入っているので買い物中にもひと悶着あります。そこでうまい事やれば姉妹仲も修復され、こちらへの好感度も稼げて非常にうまあじなはずです。打鉄弐式制作の際に楯無の手を借りていると面倒なことになりますが、専用機関連では楯無には一切手を出させていないので大丈夫のはずです。はずはずうるさい? 仕方ないじゃないですかほぼアドリブで軌道修正してるんですから。

 

 まず、簪の誘いに乗ると確定で妹から遊びに誘われたことすらない悲しい女、楯無が湧いて出ます。本来ならばあとは適当に簪と遊んでいれば好感度は十分に溜まるので変なトラブルを起こしかねない楯無は突っぱねるのですが今回は事情を聴いたうえで一緒に来るように言っておきます。

 

 さて、買い物に行く日は当然ですが一夏たちと揃えましょう。一夏たちと同じ日に行かなくても相手方の目的はこちらなのでイベントは確定で発生しますがガバるとこちらが死ぬので安定をとります(74敗)。ただでさえ一夏たちと同じタイミングで行くと千冬や山田も一緒についてくるため結構なガバを帳消しにしてくれる上に、今回はなぜか楯無も一緒に来ることになったのでよほどのガバをやらかさなければ死にはしないと思います。まぁそのせいで不都合な部分も出てきますがそれは後々説明します。

 

 あと買い物に行く前はこれから数日戻れなくなるので食事を十分以上にとっておきましょう。後々説明しますがある程度のステータスの減少を防げます。当然ですがステータスはかなりギリギリでチャートを組んでいる上にこんなオリチャーの発動なんて考えていなかったので不必要なレベルで食べます。

 

 

 さて、IS学園のターミナルでもあり大規模なショッピングモールでもあるここは各ヒロインのルートの場合には必ずお世話になる場所ですが、今回は初めてきますね。因みに結構な確率で事件現場になる場所でもあります。評判壊れる。

 簪と楯無の会話をアドリブで繋ぎながら水着だのなんだのを適当に見繕っていきます。今回のチャートの場合は買い物のルートが重要になってきます。具体的なルートについてですが、とにかく旅行用の雑貨を買うタイミングを昼前にするようにしましょう。理由は後述します。

 

 

 さて、こちらがショッピングを始めてから一定以上の時間が経過するとテロリストもどきがショッピングモールを襲撃します。

 

 ここでは一旦拉致されます。近くに楯無や千冬がいると余裕で守護られてしまうので頃合いを見計らってトイレに行ってそこで拉致されましょう。先ほどのルート調整はこのための物でした。テロリストさんは入念なのでトイレもしっかり見回ってくれます。やさしい。

 

 さて、本来のチャートならばここのテロリストは即座に倒しても後々拉致されるタイミングがあり、そちらの方が効率が良いのですが、ここで拉致されないと現状この場にいる面子が最強すぎてイベントを起こす前に事件が解決されて最悪詰むor自棄になったテロリストに撃ち殺されてリセットもワンチャンあります。ロスは数日と若干のステータス。問題ありますが問題ありません。

 え? お前ISあるんだから人質になれるわけないだろ? 残念、先日の襲撃で派手にぶっ壊されたので臨海学校に行く直前まで在澤重工で直されています。むしろ主要キャラの中で今のところ断トツで戦闘力が低いです。

 

 

 人質として拉致された先はそれは素敵な独房でこちらを野獣先輩でも見るような目で見てくるIS委員会の重役(女尊男卑派)が勢ぞろいです。こちとら男の娘なのに何でこんな目で見られてるんですかね。

 さて、話を聞いてみると、このおばさんズはどうやらIS学園の襲撃事件で株を爆上げし、このまま日本の代表候補生になりかねないこちらの存在がよほど気に入らなかったようです。だからってテロリスト差し向けて拉致するとかちょっと上の人間ガバガバ過ぎませんかね……。やっぱりメスはクソ、ホモでイケメンのいっくんがナンバーワンってはっきりわかんだね。

 

 一見余裕の笑みを浮かべながらも内心必死なクソどうでもいいおばさんズの要求はとあるIS企業の専属パイロットになることです。飲むとでも思ってんですかねこのオバハン達は。

 当然ですがここで飲むとそのまま企業所属の操縦者になるという名目の元、実験台ルートまっしぐらです。千冬や楯無がこちらを特定するまでの数日間、恫喝され続けたりクソ不味い飯に毒盛られて吐いたり無理矢理掘られたりとおおよそ人にするそれではない扱いを受けますがステータスが若干減少するのと体調不良で数日寝込むだけなので問題ないです。

 

 さて、どうしてこんなリョナ系のエロ同人みたいな扱いを黙って受けているかというと、目の前のこのババア達がIS委員会内にいる亡国機業の人にそそのかされてこんなバカやってるからです。本来ならばこのタイミングで拉致されなくても完落ちした簪経由で楯無が事前に察知してくれるのですが、とうの楯無はこちらの好感度稼ぎのために簪にあててしまっているので使えません。ならもう拉致されるしかないじゃないという事です。

 このイベントを完遂することで更識が完全に亡国機業の存在を掴むためなりふり構ってられなくなり、かなり早期に襲撃し、こちらのISコアを奪おうとしてきます。もっと奪いやすい場所あると思うんですけど(凡推理)。

 

 さて、楯無、もしくは千冬が助けに来てくれるまでの数日間、こちらにできることは何もないですし、だからと言って男の娘のリョナ垂れ流すとかいう誰得趣味もないので。

 

 

 

 

 み  な  さ  ま  の  た  め  に  ぃ

 

 

 

 

 こ  ん  な  報  告  書  を  ご  用  意  し  ま  し  た ぁ

 

 

 

 

 ど  う  ぞ

 

 

 

 

―・―・―・―

 

―狼月side―

 

俺は炎 狼月(ほむら ろうげつ)。気が付いたらこの世界にいたんだ。他には何も知らない。ただ、この世界で起こることが俺にはなんとなくわかる。そして、俺は男であるにも関わらずIS適正値がSSSで国家代表ではないものの裏で世界の勢力関係を操るバランサーであるという事も。

 

束「ねぇねぇろうろう。君に新しいISをあげるよ!」

狼月「そうか、もらっておく」

 

篠ノ之束は俺の昔馴染みだ。今度表立っては言えない理由の為にIS学園に向かう俺に新たな専用機を作ったそうだ。今の機体でも十分戦えるのだが貰っておこう。

 

ピャーシュインシュインシュイーン!!(ISを身に纏う音)

 

新しい機体の名は「インフィニット・フリーダム・バルバドス・エバ」、第10世代型ISだ。この機体は背中に生えたファンネル「アンリミテッドファイアワークス」200機の遠隔操作と、腰に携えられたISほどもある大きさの日本刀「クサナギ」と「イザナギ」の弐本で戦う。どれも当たればシールドエネルギーを無効化して一撃で終わらせることができる。

 

狼月「じゃあな、束(ニコッと笑う)」

束「キャッ(ポッ)……すぐ帰ってきてね」

狼月「ああ」

 

IS学園では常に見られっぱなしだった笑顔で微笑みかけるだけでみんな顔を赤らめた。噂話が聞こえた。

そんなこんなあって訪れた決闘。セシリアは難なく倒したが、一夏にはあえて時間をかけることにした。

 

ガキンガキンガキン!!(剣がぶつかる音)

 

シュインシュイン!!(剣をイグニッションブーストでかわす音)

 

一夏「くそ!何で当たらないんだ!!」

狼月「わからないのか?」

一夏「何!?」

狼月「姉の影に隠れ、都合のいい力をもらいはしゃいでいるだけのお前に勝てるわけがない!」

 

ズキューン!

ドカーン!

 

一夏「ぐわー!!」

狼月「ふん、この程度か」

セシリア「あなたはあの愚かな殿方とは違うようですわね(ポッ)」

箒「ああ、そのようだ。私も、お前のことが好きだ(ポッ)」

1組女子「狼月くんかっこいい!!」

 

ふっ、やれやれだぜ。

 

 

―・―・―・―

 

 

 

 さて、ようやっと楯無が割と力ずくで助けに来てくれました。ちょっと遅かったんちゃう?

 

 え? 今のなんだって? 試行回数的には1~5回目あたりの様子を簡単に記したものです。因みにあの後IS学園中の女子に寝込みを襲われ致している最中に刃物でぶっ刺されて全身に穴を空けて死亡しました。死ぬかと思いました。悲しみの向こうにはただただ虚無が広がっていましたよ。

 

 さて、話を本筋に戻しましょう。思っていたよりも時間がかかったためステータスがかなり低下してしまいました。しかし、当初の予定通り好感度自体はかなり稼げたようです。まあロスもステータスの減少も想定内なのでここから色々されちゃったがため再び数日入院しても死ぬ気で鍛えれば決戦までには間に合うはずです。

 

 

 

 

 と、思っていたのですが、入院生活が終わってからもなぜか楯無やら千冬にやたらめったら拘束されます。どうやらアドリブで進めた結果好感度を上げすぎたようです。

 

 

 

 

 うー、うー。

 

 

 

 

 とりあえず気を取り直しましょう。

 

 拘束から離れたらとりあえずひたすらに臨海学校までの自由時間を全て訓練にあてましょう。

 しかし、今現在の体力では最終決戦がかなり厳しいため。これまで使ってこなかった禁忌、門限ぶち破りを使用します。千冬に見つかると好感度が下がってしまうリスキーな手ですがここまで来たらなりふり構ってはいられません。

 まず、ハイパーキャストオフなどを利用して千冬にばれないように外に出ます。そして、監視カメラの目が届かない森の方でひたすらに鍛えて体力を取り戻しましょう。睡眠時間は最低限の3時間で十分です。それ以外の時間でひたすらに鍛えて体力を取り戻します。

 

 さて、いよいよ臨海学校。このRTAも大詰めとなります。既に色々ボロボロですが我々には最後まで走る以外の選択肢は残されていません。どうか最後までお付き合いいただけると幸いです。

 

 

 今回はここまでとなります。ご閲覧、ありがとうございました。

 




どうすれば小説であの苦行を再現できるか考えた結果ああなりました。あの部分には特定の作品を貶すような意図は一切ございません。本当にすみませんでした。


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裏語 11

希望を与えられ、それを奪われる。その時人間は最も美しい顔をするので初投稿です。ここまで視点が散らばるのは今回だけだと思いたいです。


 

「オータム、少し良いかしら?」

「……何だ?」

 

 不機嫌さを隠そうともせずに現在の潜伏場所である施設に戻ってきたオータムを待っていたのは、いつもの不敵な笑みを潜めたスコールだった。スコールの恋人であるオータムは知っていた。この表情をしている時のスコールは決して遊びを混ぜないという事を。

 今にも何か物に当たりたくなるような衝動を抑え、オータムはスコールと向き合った。

 

「例の子、どうだった?」

「……ああ、焔萌か」

 

 スコールが指しているのは、先程までのオータムの標的であった焔萌の事だった。高いIS適性値とISを操縦し始めてから半年も経っていないとはとても考えられない操縦技術を持ち、現時点ではある意味1人目の男性操縦者である織斑一夏よりも注目されているとすら言われている男子。

 

「あなたから見て、あの子はどんな子だった?」

「んー……何があったかは知らねえが、アタシらが何もしなくても壊れる一歩手前だぜ、あいつ」

「というと?」

「自分の死は普通に怖がってやがる癖に、行動にそれが従ってない。死にたくないって思ってるはずなのに取る行動はどれも特攻一歩手前のもんばかりだ。これが壊れてないってんなら何だってんだ」

 

 お手上げだとでも言わんばかりに、オータムは肩をすくめた。

 

「ま、ありゃ駄目だな。仲間に出来たらそりゃ理想的だ。死ぬつもりのない特攻兵とか矛盾してるが厄介にも程がある。だが、こっちに引き込める頃には死体になってるだろうな」

「……そう」

 

 スコールは思考を巡らせた。オータムのいう事が事実ならば、今回の一件が亡国機業のものだと判明したところで、萌が亡国機業に見せたあの謎の行動に隠された意志が消えることは無いだろう。もしそれが敵意だった場合、例え四肢が砕けたとしてもこちらの喉元に食らいつこうとしてくるだろう。恐らくは、多数の仲間を引き連れて。

 負けるつもりは毛ほどもない。しかし、それで滅びてしまっては愚か者以外の何物でもないだろう。

 

「なら、搦手で壊れてもらいましょうか」

「ま、それが妥当だな」

 

 故に、彼女達はまだ出かけていただけの不安の種を潰す選択肢を取った。言ってみれば、それだけの事だった。

 

 

―・―・―・―

 

「おかえり、かんちゃん」

「ん…………」

 

 萌の病室で楯無と会った日、簪のルームメイトである本音はできるだけいつもと変わらない声でふらふらとした足取りで部屋に入ってきた簪を迎え入れた。簪は今にも消え入りそうな声で返事をした後、制服姿のままベッドに倒れこんだ。

 

「……ねぇ、本音」

「なぁに?」

「お姉ちゃんみたいになったら、萌の事を支えられるようになるのかな」

「んー……」

 

 それは、きっと返答なんて期待していない問いだったのだろう。いうなればぬいぐるみに問いかけるようなものだったのかもしれない。

 けれど、そんな簪を支えることこそが本音の役目なのだ。本音は落ち着いた口調で言葉を紡ぎだした。

 

「楯無様みたいなのって、どんなの?」

「……え?」

 

 問いかけが返ってくるとは思っていなかったのか簪はほんの少しの間呆然とした後に本音の方を向いた。本音の顔には、いつも通りの優しい笑みが浮かんでいた。

 

「別に、楯無様はヒーローじゃないよね?」

「え、と」

 

 簪は上手く答えることができなかった。確かに、簪と楯無が誰かから比較されたことは無い。そんなことになる前に、楯無が手を回していたからだ。

 比べていたのはいつも簪自身だ。何でもできる姉に対して、自分は何て駄目なのだろうと、そしてそんな状況から抜け出そうとしてもいつまでたっても姉に守られている自分が、まるで姉に無能なままでいろと言われているような気がして、嫌になって。

 

(あ、れ……?)

 

 自分は何のために、ここまで頑張って、今泣いているのか。それは、全て萌の為だ。楯無は関係ない。むしろ、その思いを、自分がここまで頑張ってきた理由であるはずの思いを煩わしく感じていたことすらあった。

 簪は自身の思考が、簪の思い描いていた更識楯無という呪縛からあっけなく解き放たれていくのを感じた。

 そんな簪を見て、本当にうれしそうな笑顔を浮かべながら本音はしゃべり続けた。

 

「かんちゃん、大丈夫そう?」

「……うん」

 

 簪は涙を拭った。現状を嘆いていてもしょうがない。萌が立ち直って、明日に向かっているというのに、泣いている暇なんてなかった。もう完全無欠の何かと比べる必要なんてない。そう思えば、やりたいことも、やらなければならないことも、自然と見つかった。

 

「また、お姉ちゃんと話せるようになれるかな」

「きっと大丈夫だよ。楯無様は完璧じゃないんだもん。お姉ちゃんだって偶に楯無様の愚痴言うときあるし」

「例えば?」

「最近だとよくほむほむに料理作ってもらってるって自慢されてるとかー」

 

 

 

「……………………え?」

「……………………あ」

 

 

 

―・―・―・―

 学年別タッグトーナメントにおけるラウラのISの暴走、そしてその後立て続けに起こった所属不明機の襲撃により、IS学園は慌ただしい日々を送っていた。IS学園におけるVTシステムの暴走は国家間の問題であり、所属不明機の襲撃は未だにはっきりとした首謀者がつかめていないためか公になることは無かった。

 しかし、それでもあの場所に企業や政府関係者がおり、あの一部始終を目撃したことは確かであるため、あれだけの修羅場を潜り抜けて見せた焔萌という存在は、もはや性別など関係なく注目を集める存在となっていた。

 

 そして、それに応じてIS学園の職員たちもまたそれに対する問い合わせで殺人的な忙しさを味わっており、1年の事務を少なからず請け負っている真耶もまた、職員室の自分の机に飲み終えた栄養ドリンクを転がしていた。

 

「あ、織斑先生、どうでしたか?」

「ああ、とりあえずは問題なさそうだ。全く、殺されかけたというのに大したメンタルだよあいつは」

 

 そんな中、千冬は仕事の合間を縫って、入院中の萌の見舞いに行っていた。亡国機業のものと思われる所属不明機の襲撃により、重傷を負った萌は現在、IS学園外部の病院に入院していた。流石の日本政府も貴重な男子操縦者を世界各国の企業や政府関係者の前で危険に晒してしまったという事もあってか、今現在の萌は文字通り蟻一匹通れないような警備の下で入院生活を送っていた。

 

 しかし、肝心の萌がどうかと言えば、少なくとも千冬から見た限りではいっそ不気味なほどに変わっていなかった。病院に搬送された時こそ出血が激しく、それこそ命すら危ぶまれた状態だったが、一度そこから回復したら、これまでと何も変わらない萌になっていた。いささか不自然ではあったが、精神科医の検査でも、PTSDなどの兆候は見られないとのことだったため、とりあえずは危機は脱したと言ってもいいのだろう。

 

 そんな萌が入院生活を送っている裏で、シャルル・デュノア改めシャルロット・デュノアがかなり強引ではあるもののVT戦とアラクネ戦での功績を盾にすることで、『デュノア社が独自に亡国機業の情報を掴んだため、男性操縦者二名に護衛という形で送り込んだ』という声明をデュノア社に発表させ、シャルロット・デュノアとして再入学したり、ドイツがVTシステムを同日に襲撃した亡国機業のせいにしたりと、色々と世界を揺るがしかねない発表が起こっていた。

 

「焔君、これからどうなるんでしょうか……実際、もう話は来ているそうですし」

 

 しかし、真耶の口調は暗かった。それも無理のない事だろうと千冬は考える。

 男性操縦者というのはそれだけで価値があることは言うまでもないだろう。もし萌や一夏だけが男性であるにも関わらずISを操縦できるメカニズムを解明することができれば、それは間違いなく現在の社会を根底から覆す大発見となるからだ。だからこそ、男子操縦者の周りでトラブルが絶えない今でもなお、一夏や萌のデータを求める声が止まないのだから。

 

 しかし、萌は男子云々以前に操縦者としても優秀になりすぎたのだ。今現在は全世界で開発が禁止されているものの、その有用性自体は認めざるを得ないVTシステムを撃破し、その後エネルギー補給のないまま所属不明機の攻撃を救援部隊が到着するまでの間ほぼ被弾することなく耐え忍ぶ。これができる代表候補生が、果たして何人いるだろうか。

 ただでさえ男子操縦者であるという希少性に加え、高いIS適性と代表候補生すらもしのぐほどの操縦技術。これほど手に入れたい人材は中々ないだろう。

 

「まぁ、本人が望んだとしても、そう簡単にはなれないだろう。女子が代表候補生になるのとはわけが違うからな」

 

 しかし、その点は、千冬はそこまで重く見てはいなかった。理由として挙げられるのは、例え萌が日本の代表候補生になろうとしても、日本側がそれを許しはしないだろうからだ。

 今現在の段階で、もし萌が日本の代表候補生になったとしたら、それは日本が男子操縦者の情報を独占しようとしていると取られかねない。ただでさえ篠ノ之束という爆弾を抱えている以上、これ以上厄介事を呼び込むのは日本政府としても本意ではないだろう。

 

「むしろ、気を払うべきは……」

「? ……織斑先生?」

「いや、何でもない」

 

 千冬が眉を顰める。確かに、そこ自体は問題ではないかもしれない。しかし、そもそも萌が活躍していることそのものが気に食わないという連中もいるだろう。もともと男尊女卑と言われながらも事実上は女尊男卑だった社会がISの台頭と共に一気に女尊男卑の風潮が広まってしまったという歪な社会だ。

 それこそ、萌のような存在が活躍してしまうだけで覆されかねない世界で、その世界にすがって生きてきた者もいるのだから。

 

 

 

―・―・―・―

 

「萌、お前を私の嫁にする」

 

 萌が退院し、IS学園に登校して来た日の朝。その事件は起こった。HR開始前に突如として4組にやってきたラウラが堂々とした足取りで萌の席までやってきたかと思えば、呆然としていた萌と突然口づけを交わし、そんな爆弾発言が放られた。

 

 クラス内が一瞬の静寂に包まれた後、各所から悲鳴が鳴り響いた。

 

「ええええ!!?」

「どういうこと!? いや本気でどういう事!?」

「ちょっと待って、この子息してない!!」

「衛生兵!! 衛生へーい!!」

 

 クラス内は正しく蜂の巣をつついたような大騒ぎとなった。ある者は泡を吹いて倒れ、ある者は右へ左へと意味もなく駆け回り、この状況を収拾できるのは織斑千冬ぐらいではないのだろうかとすら思われた。しかし、次第にクラス内の喧騒は収束していき、クラス内の大部分の視線が萌の隣の席であり、萌と特に仲がいい簪へと向けられた。

 

「…………へ?」

 

 当の簪は、現実を認識できていなかった。というより、思考が完全に止まっていた。

 

「えっと、ラウラさん。どういうことか説明してもらっていい?」

「む、日本では気に入った相手の事を「俺の嫁」と呼ぶのだろう?」

「うん、それ多分違う意味だから」

 

 呆然とする簪をよそに、萌は驚きこそしたもののほかの女子生徒よりは落ち着いた様子でラウラに対してそれが本来どういった意味でつかわれるのかを説明していた。

 いやどんなメンタルだよと思う女子生徒をよそに、萌がそれの説明を終えるとラウラは納得したように1つ頷いた。

 

「なるほど、つまり俺の嫁にするとは本来結婚どころか交際すらできない創作物内の登場人物に対して使うのが一般的な言葉なのだな」

「まぁ、大雑把に言えばそうなるね」

「ふむ、それでは萌。改めて言わせてもらおう」

 

 そういってラウラが思考を巡らせるために目を閉じた。周りの生徒がそれを聞き逃すまいと呼吸すらも潜める中、ラウラと萌が見つめ合ってから永遠とすら思える重苦しい数秒が流れた。

 その数秒の間に、萌に伝えるべき言葉を脳内で編み上げていたラウラの顔は加速度的に赤くなっていき、

 

「す、少し考えさせてくれ!!」

 

 かなりの大声でそういったのち、凄まじい速度で駆け出したかと思えば4組の教室を出て行ってしまった。

 あとに残されたのは、呆然とする萌と、4組の生徒達だけだった。

 

 それは、告白された側のセリフではないのだろうか。

 

 誰もがそう思った。

 

 

 

「…………へ?」

 

 なお、この間簪の思考は止まったままだった。

 

 

 

―・―・―・―

 

「萌くん、簪ちゃんに買い物に誘われたそうじゃない」

「……だから何ですか」

 

 その日の夜、例の如く夕飯をたかりにやってきた楯無と一緒に夕食を取っている最中に、そんなことが話題に上がった。明らかにげんなりとした様子の萌に対し、楯無はしゃべり続けた。

 

「とりあえず、日時と行く場所教えてもらえないかしら。真面目に今の萌くんって何されるか分かったもんじゃないから警備をつけときたいのよ」

 

 しかし、一転して真面目な表情になった楯無に対しても、萌は特に表情を変えることはなかった。一時は死にかけて、若干ではあるが精神が不安定にもなったというのに今となってはその欠片すらも見せない萌に対して楯無は何も思わないわけではなかったが、そんな楯無の思考など知る由もない萌はしゃべり始めた。

 

「分かりました。っていう事は先輩も来るんですか?」

「あーっと…………」

 

 質問を変えたとたんに楯無は言葉に詰まってしまった。確かに、今現在の萌に必要なのは精神的な休養だ。それがこれだというのならば楯無としてもやってほしくはある。

しかし、今の萌は非常に危険な状況にある。本当の事を言うならば、こんな時に買い物など行くべきではない。よしんば行くとしても、楯無のような即座に対応できる護衛が必要だろう。楯無がついていくのはある種当然のはずだ。

 

「……ひょっとして、まだ簪さんと仲直りしてないんですか?」

「…………まぁね」

 

 軽くジト目で楯無を見つめる萌だったが、楯無は気まずそうに顔を背けるばかりだった。萌はため息をついた後に楯無の肩を掴んでむりやり萌の方を向かせた。

 

「じゃあ、いい機会ですし、一緒に行きましょう」

「……え?」

 

 楯無は久しぶりに、完全に素の声を上げた。

 

 

―・―・―・―

 

「お、おはよう、簪ちゃん……」

「…………はい」

 

 その日、IS学園のターミナル前に待ち合わせ時間よりも1時間早くやってきた楯無がベンチに座ってどこかそわそわしながら待っていると、待ち合わせ時間よりも30分早くやってきた簪と鉢合わせてしまった。楯無は妹の前で少しでもいい恰好をしようと(事前に萌に簪が委縮するから気合を入れすぎないようにと言われたにもかかわらず)水色を基調としたそれなりに気合の入った私服で、簪は対照的に赤を基調とした、こちらもまたかなり気合の入った私服で来ていた。

 事前に楯無が来ることは知らされていた簪は、こうなることは分かっていたのか、それ以上端に座るのは不可能というレベルでベンチの端に座った。そしてあらかじめかぶっていたかなりサイズの大きめなキャスケットをさらに目深にかぶり、徐にポケットから取り出した携帯端末に視線を落としこんでしまった。

 

(……ここまで拒絶されると、いっそやりやすいかも)

 

 予想通り、いや、それ以上に警戒心むき出しの簪の様子はハリネズミを彷彿とさせるような可愛げのあるものであったためか、楯無の緊張は幾分か和らいだ。

 

「……お姉ちゃん」

「なにかしら?」

 

 簪が何の躊躇もなくお姉ちゃんと呼んでくれていることももちろんだが、自分がしっかり妹と会話できているというその事実に楯無が内心でガッツポーズをしていると、

 

「……毎晩萌の部屋に入り浸ってご飯作ってもらってるって本当?」

「んごふ」

 

 簪の口から突然飛び出した爆弾発言により、楯無の口から生徒会長とか姉とか以前に女として終わっている奇声が飛び出した。

 

「だ、誰が言ってたのかしら……?」

「虚さんに事あるごとにさりげなく自慢してるって、本音が言ってた」

「あー…………」

 

 他人にした行いとは自分に返ってくるとはよく言ったものだ。楯無は今現在その言葉を最初に言った者に2秒くらい敬意を払った後に持ち前の優秀な頭脳でどうすればこの場を上手い事切り抜けられるか思考を巡らせた。

 

「え、えっとね、違うのよ簪ちゃん。別にそんな深い事情があったわけじゃなくて、私が萌くんにISの事色々教える代わりにその授業料代わりに私が忙しい時に代わりに夕飯作ってもらってるってだけでね、それで私が最近ちょっと毎日忙しかったってだけで」

「……重要なのそこじゃないんだけど」

「…………」

 

 しかし、楯無は、こと簪の事となれば、良かれと思ってとった行動の悉くが地雷を踏み当て、裏目に出る女だった。

 

「え、えっと、その、ね、うん、違くて、あの、本当にそういう気があるんじゃなくて……えっと」

「……もういいよ」

 

 ああ、終わった。楯無が自分の身体の体温が急激に下がっていくのを感じていると、

 

 

 楯無の肩に、何か温かい感触があった。何事かと思い楯無がそちらへ視線を向けると、簪が楯無の肩に頭を置いていた。その顔に穏やかな笑みを浮かべながら、楯無を見つめる簪が言葉を紡ぎだす。

 

「お姉ちゃんと萌の病室で居合わせた日の夜、本音に言われて気付いたの。私、自分をお姉ちゃんじゃない誰かと比べてたんだと思う。何でもできて、欠点なんて1つもない、そんなヒーローみたいな誰かを」

「何、を」

「けど、萌と一緒にいて、早く萌を支えられるようにって頑張ってて、思ったの。きっと、それはお姉ちゃんを超えようとしてるんじゃなくて、お姉ちゃんの前で胸を張れる自分でありたかっただけなんだって」

「それは……」

「お姉ちゃんのせいじゃないよ。きっと、私が弱い私を認められなかったのが。始まりだと思うから」

 

 簪は、1つ深呼吸をした後に言葉を紡ぎだした。

 

「ごめんね、お姉ちゃん。こんな、妹で。お姉ちゃんは、いつだって私の事を大切に思っていてくれていたのに」

「……そんな、こと」

 

 気が付けば、楯無の瞳からは涙がこぼれていた。そして、堰を切ったかのように口から言葉が放たれていった。

 

「私、ずっと簪ちゃんの事、危険から遠ざけようって、そればっかりで。簪ちゃんが嫌がっているのに、それでもやめられなくて」

「うん、知ってる」

「簪ちゃんの前では、かっこいいお姉ちゃんでいようって頑張って、けど、それが簪ちゃんを苦しめているって知っても、がっかりされるのが怖くてやめられなくて」

「うん、知ってる」

 

 それは簡単な気づきの話だったのかもしれない。大切に思うからこそ、愛おしく思うからこそ、互いがそう思っているからこそ生まれてしまった心のすれ違いが、そうなった張本人の知らない場所で、静かに起こっていた。

 

「簪ちゃんと仲良くしてくれてる萌くんに、苦労かけてるってわかってて、甘えちゃうような、駄目なお姉ちゃんで、ごめんなさい……! 本当に、ごめんなさい……!」

 

「……待ってそれは聞いてない」

「えっ」

 

 とはいえ、2人が離れてきた間の時間というのは1日や2日で埋まるものではないのだろう。

 

 

 

 

 

「ごめん、ご飯食べてたら遅くなっちゃった……どうしたの簪さん、先輩も」

「……何でもないわ」

「……行こ、萌」

 

 そして、開始前に体力の8割を持っていかれた更識姉妹と共に、萌の休日は始まった。

 

 

―・―・―・―

 

 その日、ラウラは萌の入院中にルームメイトとなったシャルロットと共にIS学園のターミナルにあるショッピングモールに買い物に来ていた。任務の関係上もともと男用の私服しか持って来ていなかったシャルロットと、そもそも私服を持っていなかったラウラがせっかくだからと一緒に買い物に行くことになったのだ。

 因みにラウラは学生服で行くつもりだったが、毎晩の定例となったクラリッサとの会議『どうすれば臆することなく好意を伝えられるか会』にて私服どころかコスメもほとんど持っていないラウラに対してクラリッサが(少なくともラウラは初めて見る)マジギレを見せたため、既に購買で適当にシャルロットに見繕ってもらった服を着ていた。

 

 しかし、当初の目的は何処へやら、今現在の二人の顔つきは完全に標的を狙う暗殺者のそれになっていた。

 2人が柱に身を隠しながら観察しているのは、臨海学校の一日目で海遊びがあるものの、萌の胴体には先日の無人機襲撃の際に負った痛々しい傷跡が残っているため、それを隠すための上着を見繕う何故か萌と一緒の楯無と簪の姿だった。萌と一緒に、見繕っていた。萌と、一緒に、見繕っていた。

 

「…………」

「…………」

「……何やってんのよあんた達」

 

 そんなラウラとシャルロットに呆れた表情で声をかけたのは、一夏に買い物に付き合ってくれと頼まれたからとウキウキでやってきたら案の定箒とセシリアも一緒でそれに対してぐちぐち言っていたら横から現れた千冬に一夏をかっさらわれた鈴だった。

 

「む、鈴か。見ればわかるだろう。尾行だ」

「尾行? ……ああ、萌たちね」

 

 鈴が何事かと思い、ラウラたちの視線の先へと視線を向け、納得したような表情を浮かべた。

 

「……いや、気になるんだったら話しかければいいじゃない」

「できるわけがないだろう。現在の私の装備は万全ではない。装備に不備がある状態で戦場に向かうなど愚か者のすることだ」

「それに、相手方の戦力の調査も行き届いていない。むやみに手を出して手痛い反撃を喰らったら笑い話にもならないよ」

「あー……うん」

 

 本気で言っているのかふざけて言っているのか絶妙に判断しづらい2人の様子を見て、鈴は再び呆れた表情を浮かべた。若干面倒くさくなってきたのか適当な返事を返したが、即座に何かを思いついた彼女は2人に問いかけた。

 

「それで、その万全の装備を買い揃えることはできたの?」

「それは、まだだが……」

「だったら先にそっち買いに行きましょうよ。アタシがあんたに似合う水着やらなんやら選んであげるわ。その戦力分析は、帰ってからでも十分できるでしょう? っていうか勢いで箒とかセシリアと離れたはいいけどここまで来てボッチで買い物ってなんか負けた気がするから付き合いなさい!」

「後半部分が本音だよね?」

 

 そうしている間に、萌たちは別のコーナーへと行ってしまったのか、既にそこにはいなかったため、ラウラとシャルロットはそのまま鈴に引きずられるままに近くの水着売り場へと突入した。

 

 その日のショッピングモールは各国の代表候補生やあの元世界最強、さらには世界に2人しかいない男性操縦者などがいるという事もあってか普段よりも騒がしかったものの、いつも通りの様相を呈していた。

 

 

 

 一発の銃声が、モール内に響き渡るまでは。

 

 

 




あれだけ読者待たせておいて上げて落とすという部分の上げてだけで9000字書く作者がいるらしい。
感想は少しずつではありますが全部返すつもりです。


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裏語 12

ランキングに他の方のRTA小説があったので初投稿です。そちらのクオリティが高すぎてビビっているのは内緒です。


 

 銃声が鳴り響いた時、萌はトイレにいた。銃声が聞こえても萌は眉一つ動かすことは無かったが、手を洗っていた年端も行かない少年はそうではなく、その後に聞こえた悲鳴や怒号などに身体を震わせ、親を探そうと外へ飛び出そうとした。

 

「ダメです。今外に出てはいけません」

「え……誰?」

「こっちです」

 

 その少年の腕を萌は掴んだ。安心させるためなのか、普段よりも落ち着いた口調で喋りながら、萌は少年の腕を引っ張り、ドアから最も遠い個室トイレに逃げ込んだ。訳が分からないと言った表情の少年を特に気にする様子もなく、片膝を立てて少年の視線の高さに合わせた萌がしゃべり始めた。

 

「いいですか、これから私が外の連中を何とかします。静かになるまでは、絶対に声を出さないで、外に出ないでくださいね」

「う、うん……」

 

 穏やかなはずの萌の口調から謎の威圧感を感じ取った少年は、疑問こそあったがただただ頷くことしかできなかった。

 

「いい子です。物わかりの良いキャラクターは将来大成しますよ」

 

 そういって無表情のまま1つ頷いた萌は、1人でトイレの個室から出て、手洗いの所で立ち止まった。

 

「いたぞ! ターゲットだ!!」

「焔萌だな、一緒に来てもらうぞ」

 

 そして、ほどなくしてトイレにも実戦用のものであろう装備を着込んだ体格のいい男性達がやってきた。彼らは萌を見つけるや否や、すぐにその四肢を拘束し、その自由を封じた。

 

「い、いいのか……? こいつ何も抵抗しないぞ」

「馬鹿、ここにどんだけヤバい奴らがいると思ってんだ。とっとと退くぞ!」

 

 その間、萌は一切抵抗することは無かった。その事に彼らは一抹の不安を覚えたが、それも今このモール内にいる敵勢力を考えれば些細な問題でしかなかった。こんな場所に少しでも長くいれば、それは小国一つを軽く征服できる勢力を相手にするという事に他ならないのだから。

 

 

 

 

―・―・―・―

 

 その銃声は、突如として鳴り響いた。一瞬の静寂の後に、周囲の一般人が悲鳴を上げて右へ左へと逃げ惑う中、楯無は表情を歪め、舌打ちを1つした後にポケットからあらかじめ用意していたインカムを取り出した。

 

「萌くんは!?」

『申し訳ありません、トイレにいた子供を庇い、囮になって連れ去られたそうです』

「くっ……!」

 

 楯無は焦りで乱れそうになる思考を必死に鎮めた後、冷静に思考を巡らせた。今、この場所にはかなりの数のIS学園の生徒がいる。その中には当然、専用機持ちもいる上に、都合が良すぎることにIS展開の許可を出せる千冬もこの場にいる。早い話が今ここにいる面子だけでもその気になれば小国程度ならば落とすことは可能と言えるほどの戦力だ。

 しかも、今現在萌に対する襲撃は最も警戒されていると言っても過言ではない。これだけの戦力をかいくぐって萌を誘拐できるほどの力を持った存在がそんな事も考えられないとは考えにくいだろう。

 今から萌を連れ去った者達を追いかけて、つかまえるのは厳しいだろうと考えた楯無は即座に部下たちに今回の首謀者を突き止められるよう指示を飛ばした。

 

「お姉ちゃん……どうしたの?」

「っ……」

 

 普段ならばよほどのことが無い限りは飄々とした表情を浮かべている姉が、焦っている。その事に並々ならぬ危機感を感じているのか、楯無にそう問いかける簪の表情は不安で満ちていた。

 楯無は一瞬ためらった後に、ゆっくりと言葉を紡ぎだした。

 

「萌くんが……誘拐されたわ」

「え……?」

 

 簪の顔に驚きの表情が浮かんだあと、その場にへたり込んだ。

 

「っ……はぁ……はぁ、はぁ」

 

 その深い赤色の瞳がグラグラと揺れ、呼吸がどんどん浅くなっていく。精神的に非常に危険な状態だ。そう判断した楯無はとっさに簪を抱きしめた。

 楯無の腕の中で、簪はかすかに震えていた。そんな簪を安心させようと、楯無は簪の背中をさすった。

 

「大丈夫、大丈夫よ。私は、そのために来たんだから」

「……わ、私も」

 

 楯無の腕の中で、簪の震えは徐々に収まっていった。そして、涙を拭い、簪は先ほどまでとは異なる迷いのない目で楯無を見つめた。

 

「私にも何かできることはある?」

「っ……」

 

 楯無は言葉に詰まった。楯無は、これ以上こんな場所に簪をとどまらせたくなかった。全て自分に任せさせて、簪にはどこか安全な場所に行って欲しかった。

 

(っでも……)

 

 楯無はそこで踏みとどまった。それでは、これまでと何も変わっていない。萌が連れ去られ、例えあてがなかったとしても今すぐにでも萌を探しに行きたいという衝動を抑え込み、萌を助けるために自分に何が出来るかを考えた簪の努力を、覚悟を無為にするのと同じだ。 

 しかし、今回はいくら何でもレベルが違う。命のやり取りの経験がない簪が関わるには危険すぎる。だが、簪もそのことは覚悟しているはずだ。ならば手は一つでも多いに越したことは無い。しかし――

 

「話は聞かせてもらった」

 

 そんな楯無の思考の堂々巡りを破ったのは、近くにいたテロリストを無力化したうえでやってきたラウラだった。ラウラは簪と楯無の元まで歩み寄ると、へたり込んでいた簪を見下ろすような形で問いかけた。

 

 

「簪と言ったな、ハッキングの心得はあるか?」

「っ……うん」

「よし、ならば一緒に来い。思う存分こき使ってやる」

「ラウラちゃん?」

 

 そのまま簪を連れていこうとするラウラを楯無は慌てて呼び止めた。

 

「何ですか、会長」

「良いのかしら。他の子ならともかく、貴方はそんなに簡単に動いて良い身分じゃないでしょう?」

 

 とっさに出た簪を引き留める意図を持つ言葉に、自分で苛立つ楯無だったが、ラウラは少しも迷うことなく答えた。

 

「この学園に在籍している間は、原則として無所属ですよ。それに……」

「それに?」

「ドイツは、焔萌に返しても返しきれない恩があります。この程度の独断行動で罰が来るようなら、その時はそれまでです」

 

 そう言って不敵な笑みを浮かべ、ラウラは簪を連れて歩き去っていった。そのあまりにも大きい足音から、隠しきれない怒りと苛立ちがにじみ出ているように思われた。

 

 

 

 

―・―・―・―

 

 その女は苛立っていた。

 

 流石にその日の仕事に支障を及ぼすほどではなかったものの、それでも確実に苛立っていた。彼女の履いているヒールが鳴らす音がやたらと大きく、それが周囲を威圧していることに彼女は気付いていなかった。

 

 苛立っている原因は、今現在自分たちの手中にあるはずの少年だ。

 

 焔萌。世界で2人目の男性操縦者にして、その優れた操縦技術や容姿から今や全世界から注目を浴びていると言っても過言ではない少年。一部では男子にして初めての代表候補生になるのではないのかという噂すら上がっているほどだ。

 

 女尊男卑派の彼女からしてみれば笑い話や只の噂では済まなかった。織斑一夏はまだいい。織斑一夏だけならば、所詮は例外でしかないという事に過ぎなかった。事実、織斑一夏は専用機こそ持っているものの、実力そのものはそこまで傑出したものは持っていない。姉があの世界最強であるという事を除けば、男性操縦者以上の価値は無いと言っても過言ではなかった。

 

 しかし、2人目の男性操縦者であり、なおかつ代表候補生クラスの実力を有している焔萌の存在は、現状の過度に女尊男卑の風潮が浸透した世界に、既に一石を投げ込んでいた。その目覚ましい成長速度でそのまま突き進み、今まで抑圧されていた男性たちの鬱憤が解き放たれれば、10年前のような、否、それ以上に男性が優位に立つ社会になってしまう。

 

 そして、最近の成果が目覚ましくない彼女自身もIS委員会の重役の座から追われることだろう。よりにもよって、彼女がこれまで見下してきた男性に。

 想像しただけで身の毛がよだち、腸が煮えくり返る気分だった。何としてでも阻止しなければならない。もし阻止できなかったとしたら、それは死と同義と言っても過言ではないだろう。

 

 だからこそ、普段ならばとらないような強引な手段を取ったのだ。

 彼女達とて、今回の作戦が如何に非常識で無謀なものかは理解していた。当然だ。つい先日、所属不明機に襲撃されたばかりの焔萌の周辺には、厳重な警備が敷かれている。

 しかし、それでも彼がIS学園の外に出るというチャンスを見逃すわけにはいかなかった。重役とは言えども、最近ではIS委員会での発言力に陰りを見せている彼女には既に書類上のやり取りだけで無理矢理焔萌をIS学園から引きはがすだけの力は持っておらず。そんな彼女がそれほどの手段に出てしまうほどに、焔萌の成長速度というものは彼女に危機感を与えるには十分すぎるものだった。

 

(やはり、あんな奴のいう事なんて聞くんじゃなかった……!)

 

 彼女にこの計画を提案した部下の顔を思い浮かべ、歯噛みをした。ここまで異例の速度で成長している焔萌を疎ましく思っている者は彼女だけではなく、IS委員会内にも少なくない人数存在する。そんな中の1人の進言によって今回の作戦は立案された。

 

 彼女達の計画としては、テロリストに誘拐されたという事になっている萌を彼女の子飼いの企業に所属している企業専属のIS操縦者が救出。焔萌に恩を与え、焔萌をその企業の専属操縦者にするというものだった。その後は裏で口の堅い研究所にでも売り渡すつもりだったのだ。

 いくら祭り上げられているとはいえ、たかが男子だ。容姿こそ整っているが、数カ月前までは何処にでもいる普通の人間だったのだ。例え首を縦に振らなかったとしても、ほんの少し脅せば、あっさり折れるものだと考えていた。

 

 しかし、いくら萌を様々な方面から攻め立てても、萌がその提案に頷くことは無かった。最初の内は軽く恫喝する程度のものしか行わなかったが、あまりにも萌が同意しないため、徐々にその手段はエスカレートしていった。これらが公になれば彼女は今の立場を負われるどころか牢屋行きだろう。

 

(何とか……何とかしないと)

 

 彼女が落ち着きのない早足で萌が監禁されている部屋へと向かった。

 

「お疲れ様です」

「挨拶はいい、首尾は?」

「……ダメです。相変わらずのだんまりで」

「チッ」

 

 彼女が来たことに気が付いた看守が、バケツに入った水を乱暴に萌にかけた。

 

「う……」

 

 萌の意識が無理やり呼び戻され、目をうっすらと開けた。女子と見まがうほどに中性的で、整ったその容姿は暴行や薬品などの影響でやせ衰え、所々が腫れあがっていた。その姿は彼女の留飲を一時的に下げた。

 

 そんな彼女が見る中、看守が萌にしゃべりかけた。

 

「改めて言っておこう。ここは国外だ。お前が期待しているような救援は来ない。わかっているな?」

「…………」

 

 萌は、頷きもしなければ首を横に振ることもなかった。ここにきてからずっとそうだった。何もしゃべらないのが悪いからと暴力を振るい、挙句の果てには性的暴行をしてもなお嘘すらしゃべることは無かった。それに従い彼女の苛つきも重なっていき、いくら暴行の内容がエスカレートしてもなお、萌がその対応を変えることは無かった。

 

「なぁ、何をそんなに意固地になってるんだ? こっちの要求は単純だ。この契約書にサインして、この会社の専属パイロットになるだけだぞ? それでこの現状から解放されるんだ。安いもんだろ」

「…………」

 

 尋問官がいっそ不快感を感じさせるほどに穏やかな声で萌に問いかけても、萌は一向に何も言う事は無かった。

 

 その事に対してさらに苛立ちが募り、焦りと苛立ちが沸点に到達する。高い靴が汚れることも気にせずに彼女は萌を蹴飛ばした。

 

「ごっ……あ……」

「選べって言ってるのよ!! ここで惨たらしく衰弱死するか、私の傘下に入るか!!」

「ごっぶ……う……え」

 

 ヒステリックに叫び散らす彼女のことなど視界に入っていないとでも言わんばかりに萌は一向に反応を返さなかった。その事がさらに彼女の精神を苛立たせ、倒れこんだ萌の頭を、腹を、執拗なまでに何度も踏みつけた。

 萌はもはや痛みで声を出す気力もないのか、体内の空気をポンプのように吐き出し、囚われてからというものまともな食事をとらなかったためかもはや胃液以外特に見当たらない嘔吐物を吐き続けた。

 

「それくらいにして下さい。これ以上は命に関わります」

「うるさい!! 全部テロリストのせいにしておけばいいのよ!! こんな奴さえ、こんな奴さえいなければ!!!!」

 

 流石に看守も萌を殺してしまうのはまずいと思ったのか、彼女を止めるべく彼女の肩を掴もうとした次の瞬間。

 

「あら、奇遇ね。私もあなたさえいなければと思っていたところよ」

 

 看守の頭が何者かに掴まれ、思いっきり地面へ叩きつけられた。抵抗1つすることなく意識が途絶えた看守の顔から流れる血がその部屋の床に広がっていった。

 

「自己紹介は、いるかしら?」

 

 そこにいたのはロシアの国家代表にしてIS学園現生徒会長、そして対暗部用暗部「更識家」の十七代目当主、更識楯無だった。その顔にはいつも通りの不敵な笑みが浮かんでいたが、その目は全くと言っていいほど笑っておらず、暗く淀んでいるように見えた。

 

「一応聞いておきたいのだけれど……爪は親指から剥ぐタイプ?」

 

 そして次の瞬間、あまりにも遅すぎる警報が鳴り響いた。

 

 

 

―・―・―・―

 

 楯無は、簪、そしてラウラの部隊の協力で、ようやっとの思いで萌の居場所を突き止め、すぐさまそちらへと部隊を送った。場所は、山中に存在するとある企業の研究施設だった。しかし、楯無は万が一相手が亡国機業だった場合の事を警戒し、IS戦力として1年生の専用機持ちを連れてきたことを後悔していた。

 

 こちらに専用機がいた以上脅威はそこまでではなかったものの、警備には少数ではあるがIS部隊もいたため、通常の部隊のみではここまで容易に萌の元までたどり着けることは無かっただろう。

 しかし、拘束されていた萌の姿を見た楯無は、かなりのショックを受けた。更識家の当主である以上、それなりにそういったものへの耐性も持っていた楯無でそれなのだ。他の者達にとってはとてもではないが見られたものではないだろう。

 

 それほどに、萌は酷い状態だった。

 

 まず、部屋全体を包む悪臭。そこら中に飛び散っている元が何かをあまり想像したくない体液が乾いた跡や、ほぼ胃液だけの嘔吐物。おそらく蹴られたのであろう痛々しい打撲跡や、見るからにやせ衰えた体。見る影もないほどに汚され、破かれた私服。

 

「萌! ……え?」

 

 そして、遅れてやってきた簪が萌の惨状を見た。見てしまった。

 

「っ、萌くんをすぐに病院に運ぶわよ。酷く衰弱しているけど、命に別状はないわ」

「っ……う、うん……」

 

 そこで、楯無はとっさに簪に指示を飛ばした。簪に思考する暇を与えないためだ。あらかじめ持ってこさせておいた担架に萌を乗せ、更識家の部下に運ばせた楯無は、ただただ呆然とした様子で萌がいた部屋の惨状を眺めていた簪に声をかけた。

 

「簪ちゃん、中央管理室に行くわよ」

「……何、で」

「今回の件に関わった人物を全てあぶりだすためよ」

「……うん」

 

 そう言い、楯無は虚ろな表情を浮かべた簪の手を引いて、早急にその部屋から抜け出した。

 

 半ば駆け足でたどり着いた中央管理室では、既に楯無の部下とラウラがデータを片っ端から回収していた。若干不自然なレベルで奇襲に成功したからか、自動的にデータが消滅するようなこともなく、作業は順調に進んでいるようだった。

 

「どう?」

「見たところ、IS委員会内の女尊男卑派をまとめて抱え込んでの犯行ですね」

「え?」

 

 楯無は疑問の声を上げた。それにしては、警備や計画が杜撰すぎるようにも感じたからだ。ここに来るまでの警備システムも、確かに厳重ではあったものの、まるで何者かが完成された警備システムに意図的に穴を空けているかのような印象を与えられた。

 

「監視カメラの記録映像、発見しました。モニターに出します」

 

 警備システム面の確認をしていた者が恐らくは萌の部屋のものであろう監視カメラの記録映像が正面の大きなモニターに映し出された。

 

「っ…………」

「これ、は……」

 

 映し出された映像に、楯無とラウラは絶句した。モニターに映し出されたのは、既にその映像の時点でかなりの暴行を受けていたのか、所々があざになっている萌が、ぐったりとした様子で椅子に縛り付けられている姿だった。そして、それまで萌に暴行を加えていたであろう男たちが萌の服に手をかけ――

 そこで、映像を映し出していた楯無の部下がとっさに映像を切った。

 

 次の瞬間、簪が壁に頭を打ち付ける鈍い音が管理室内に響き渡った。

 

「簪、ちゃん……」

 

 簪は、声にならない声を上げながら、涙を流しながら、壁に頭をぶつけ続けた。自分の無力への怒り。あれだけ努力しているのに報われない萌への悲しみ。萌に試練ばかり与え続けるこの世への恨み。様々な負の感情が入り混じり、簪自身正気を失う一歩手前だった。

 

「落ち着け、簪。お前がそんなことをしてもどうにもならん」

 

 そんな簪を止めたのは、楯無ではなくラウラだった。簪の両肩を掴んで壁から引きはがし、ポケットから取り出したハンカチで、簪の額に滲んでいる血を拭った。

 

「ラウ、ラ……」

「見舞いに行くときにお前が怪我していたら、萌も気が気でならないだろう」

「ラウラは、何で、平気なの」

 

 簪が途切れ途切れにしゃべったその問いに対し、ラウラは簪の額を拭う手を止め、言葉を紡ぎだした。

 

「平気な訳が、ないだろう。ただ、今はそれよりもしなければならないことがあるだけだ。全部終わったら、思いっきり泣きじゃくるさ」

 

 そう言い、ラウラは再び簪の額にポケットから取り出した大きめのガーゼをテープで傷口に張り付けた。

 

「ラウラちゃん、簪ちゃんの事、頼めるかしら」

「会長……? いえ、私もまだ」

「少しは先輩の顔を立てなさい。それに、ここからは私の領分よ」

「ですが……」

「安心しなさい。ドイツの特殊部隊がどんな訓練を受けているのかは知らないけれど、死んだ方がまだマシな目に遭わせるのなら私の得意分野よ」

「っ……了解しました」

 

 そういう楯無の威圧感に何も言えなくなってしまったラウラは、簪を連れて、その場を後にした。

 

 

 

―・―・―・―

 

 その後、簪を連れて萌が搬送された病院へと向かったラウラを待っていたのは、萌が病院に搬送される際に一緒についていったシャルロットだった。時刻は既に夜中の11時を回っており、一夏たちも同伴したのだが、本来の面会時間はとっくに過ぎてしまっているため、萌と特に親しいシャルロットだけが後から来るであろうラウラと簪の為にも残る形となっていた。

 ラウラと簪が病室に入ると、そこにはベッドに横たわる萌と、それを心配そうに見つめているシャルロットの姿があった。

 

「シャルロット、萌は?」

「あ、ラウラ……うん、意識はまだ戻りそうにないけど、とりあえず、後遺症が残るような怪我はしてないってさ」

「そうか……」

「っ……はぁ」

 

 シャルロットの言葉を聞き、ラウラは久しぶりに安堵した。簪も、ほんの少しではあるが心に余裕が生まれた。

 

「ん…………あれ……俺……」

「萌!?」

 

 しかし、まるでラウラと簪が来るのを待っていたかのように、まだとても回復できる状態ではないはずの萌の意識が回復した。ラウラは大事を取ってすぐさまナースコールのボタンを押した。

 

「も、萌、私が分かるか?」

「? ……ラウラ、さん?」

「っ、ああ、よかった……!」

 

 涙目のラウラは今にも萌に抱き着かんばかりの勢いだったが、その勢いはまずいと判断したのか、とっさにラウラを羽交い絞めにしたシャルロットによって阻止された。

 

「も、ゆる……」

「簪さん……大丈夫?」

 

 そして、萌がこうして一見すれば何の変わりもなく会話できているということ自体が信じられず、途切れ途切れにしかしゃべることのできない簪を、萌は心配そうな表情で見つめていた。その事に気付いた簪は目頭に浮かんでいた涙を拭い、しゃべり始めた。

 

「私は、大丈夫。それよりも、萌が……」

「ああ、うん……」

 

 萌も自分が何をされたのかは覚えているのか、何とも言えない表情で頷いた。

 

「まぁ、何て言っていいのかわからないけど……信じてたから、みんなの事」

「っ……」

 

 そんな事を言いながら浮かべた萌の笑みは、既に簪が慣れ親しんだものとなっており、そのことに簪はほんの僅かではあるが恐怖を抱いた。

 

 そう言っている間に医者と看護師が3人ほどやってきた。全員が全員、信じられないとでも言いたげな顔で萌を見た後に簡単な検査を始めた。

 

「……焔さん、少し待っていただいてもよろしいですか」

「? ……はい」

「デュノアさん、少しよろしいですか。そちらの二人も」

 

 そういって、壮年の医師はシャルロットたちを病室の外へと連れだした。シャルロットたちは、まさか萌に何かあったのかと不安を隠せない表情で医師の言葉を待った。

 

「身体的には焔さんはもう大丈夫です。衰弱こそひどいですが、幸い骨折などには至っていないようですし、あと1週間もすれば退院できるでしょう」

「そうですか……」

 

 その言葉を聞いて、シャルロットは安堵のため息を漏らした。もしもISを操縦できなくなってしまうような後遺症が残っていた場合、今後の萌の将来にも大きくかかわってくるからだ。

 しかし、医師の表情は渋く、続けて言葉を紡ぎだした。

 

「ですが、精神面で言えば、はっきり言って異常です。私はそういったことに詳しいわけではありませんが、搬送されてきたときの焔さんの状態からしても相当な仕打ちを受けたはずです。にも拘らず、焔さんの精神には何の異常もないのです」

「……というと?」

「一般人があれだけの外傷を負うレベルの仕打ちを受けたのならば、それこそ機械でもなければ精神に何らかの異常をきたすはずです。異常がないこと自体が異常なんです。なので、今のうちに焔さんに近しい方にも伝えておいて欲しいのですが、絶対に焔さんから目を離さないでください。衝動的に早まった行動に出る可能性があります」

「そう、ですか……」

 

 受け答えをしていたシャルロットは、聞きたいことはたくさんあったはずなのに言葉に詰まってしまった。その間に、医師は検査の為に病室へ戻っていったが、シャルロット、簪、ラウラの三人はその場から動けないでいた。

 

「萌……」

 

 誰が呟いたのかもわからない呟きが廊下に消えていった。

 

 

 

 

 

―・―・―・―

 

「…………」

 

 楯無は、木の陰で悲し気な表情を浮かべていた。楯無の視線の先には、基礎的な体力トレーニングに励む萌の姿があった。退院した萌の身体は、拉致される前と比べるとかなり衰えてしまっていた。当然だ、あれだけの仕打ちを受けたのだから、日常生活に問題なく戻れるというだけでも万々歳だろう。

 

 しかし、萌はそれでは安堵しなかった。拉致監禁され、おおよそ人間にするそれではない仕打ちを受けたことによって失ってしまった体力や筋力を取り戻そうとするかのようにトレーニングに励み始めたのだ。

 

 無論、日中は楯無や千冬が間接的にではあるが止めた。いくら回復したとはいえ、あれだけの仕打ちを受けた萌が無理をするべきではないという事は自明の理だったからだ。

 

「っはぁ……っはぁ……」

 

 しかし、それでもなお萌は、深夜に人目を盗んで寮から抜け出し、ここでトレーニングをしていた。現在、萌は厳重な監視下に置かれているため、萌が寮を抜け出したという知らせを受けた楯無と千冬は即座に萌の後を追った。

 

 その先で、萌はそのトレーニングをしていたのだ。体力は万全の時と比べて衰えてしまっているためか、立ち止まった萌は苦し気に肩で息をしながら呼吸を整えていた。

 

 止めるべきだ。そうわかっているはずなのに、楯無は声をかけられないでいた。

 萌が鍛えているのは、紛れもなく萌自身の為だ。もう二度とあんな目に合わないように、もし同じ事態に遭遇したとしても自力で突破できるように。

 

 そんな彼のトレーニングを、あれだけ傍に居ながら萌を守ることができなかった自分に止める資格があるのだろうか。入院していた時、「足りない、足りない」と誰にも聞こえないような小声で、萌以外誰もいない病室で、体の震えを必死に抑えながら呟いていた彼を監視カメラ越しに見ていたのに、寄り添うことも出来ない自分にそんな資格があるのだろうか。

 そう考えると、楯無にはただ見ていることしかできなかったのだ。

 

「新鮮だな。無力感とはこういう事か」

「っ、織斑先生……」

 

 そして、萌が寮から抜け出したという知らせを受けて様子を見に来た千冬もそれは同じことだった。世界最強などともてはやされていながら、弟が誘拐されたときにも、教え子が拉致されたときも、結局は1人ではどうすることも出来なかった。結局のところ自身を支えているのは、最初期からIS開発に関わっていたという経験と、並外れた戦闘の才能のみ。それ以上のことはできない。その事実を、千冬は叩きつけられていた。

 

「やらせておけばいいさ。あいつにとって鍛錬は、私達がかける言葉よりもよほど励みになるだろうからな」

「そう、ですね……」

 

 そういう千冬の普段からは想像も出来ないような弱弱しい雰囲気に、楯無は何も思わなかったわけではないが、彼女の言葉を否定することも出来なかった。

 

 それは、きっとどうしようもないほどに事実なのだから。

 

 

―・―・―・―

 

 臨海学習を間近に控えたある日の夕暮れ時、IS学園の寮の周りを、ジャージ姿の一夏がひたすらに走っていた。恐らくはトレーニング目的のためのはずのそれは、明らかにオーバーペースであった。全身が休息を訴えているにもかかわらずがむしゃらに走るその姿は見る人によれば、何かから逃げているようにも見えただろう。

 

 そんな走り方をすれば、体力の限界がすぐに来るのはある種必然の事であり、一夏は肩で息をしながら近くの木にもたれかかった。

 

「ここにいたか」

「っはぁ……千冬姉…………」

 

 肩で息をしながら呼吸を整えていた一夏に歩み寄ってきたのは、千冬だった。今は勤務時間外だからか、呼び名を訂正することもなく、千冬はしゃべり始めた。

 

「そんなめちゃくちゃなトレーニングをしたところで、ほとんど足しにはならんぞ」

「……けど、萌はそんなめちゃくちゃなトレーニングを毎日やってきたんだろ」

「あれは例外だ。お前の努力を否定するつもりはないが、あいつは少々次元が違う。束の勉強法を他人がやったところで束のようになれると思うか?」

「……そのレベルか」

 

 一夏はため息をついた後に、木にもたれかかるのをやめた。

 

「……なぁ、千冬姉。俺が、ISに適合さえしなければ、萌も」

「…………」

 

 一夏の言っていることは、極論ではあるが事実だった。一夏がISに適合することさえなければ、全世界規模で男性を対象にIS適合検査が行われることは無かった。萌が適合することも、IS学園に来ることも、ましてやこんな目に遭う事もなかった。

 張本人であるはずの自分は、姉の影響で何も被害を被っていないのに。巻き込まれた側の萌ばかりに、普通に生きていたならば決して体験しないような仕打ちばかり受けている。

 力を手に入れたからこそ、何かを守りたかったはずなのに、むしろ自分が姉にどれだけ守られているのかを痛感する日々。それは、一夏にとっては耐えがたいものだった。

 

「それで、その思いの結果がそれか?」

「……わかってるよ」

 

 一夏の不貞腐れたかのような様子に、千冬は厳格な表情を崩さないまま言葉を紡ぎだした。できることならば、一夏を抱きしめてやりたかった。お前のせいではないと言ってやりたかった。

 しかし、それは一夏の覚悟や願いを無為にすることになる。千冬にそんなことができるはずはなかった。

 

「わかっているならば前を見ろ。そんな後ろ向きの姿勢では、一生焔にも追いつけんぞ」

 

 それだけを告げて、千冬はその場を後にした。

 

 

 

 

 千冬が職員室へ向かう最中に、胸ポケットに入れていた私用の携帯端末が振動した。彼女のプライベートの連絡先を知っている人物はそうそういない。にも拘らず、着信画面を見てみれば、そこには誰の名前も表示されていなかった。

 不審に思い、眉を顰めた千冬は携帯端末を耳にあてた。

 

「……私だ」

『やほやほー! やっとちーちゃん暇になったっぽいから電話をかけた篠ノ之束さんだよー!!』

 

 そして、さらに眉を顰め、即座に通話を切りたい衝動に駆られた。が、それを耐えて余りあるほどに電話の主、篠ノ之束には聞きたいことが多すぎた千冬は衝動を無理やり抑え込んで絞り出すように声を出した。

 

「…………何の用だ」

『いやね? 実はいっくんの次にISに適合したのいるじゃん? それについてちーちゃんに色々聞きたいなーって』

「……何?」

 

 千冬の苛立ちは気が付けば収まり、それを塗り潰すほどの疑問と焦りが千冬の頭の中を埋め尽くした。

 ISの開発者であり、今現在の世界がこうなっている元凶である篠ノ之束という女は、自分の興味がないものに対してはとことん無関心を貫く女だ。高校時代に千冬が半ば力尽くで矯正させるまでは本気で他人を認識していなかった節がある。

 そんな彼女が、萌に興味を抱くのはまだ理解できる。しかし、もしそれならば萌がISに適合したとき、今年の春などに接触するはずだ。だからこそ、萌は束の興味の対象から外れていると考えることができたのだ。

 

 それが今になって束が萌に興味を抱く理由。それはいったい何なのか、心当たりしかないが、もしそれだとしたら束はどういった経緯でそれを知り、そして何故興味を持ったのか。

 

『もー、ちーちゃんが知らないわけないじゃん。ほら、あの、ほむらー、ほむらー、何だっけ』

「……萌に何の用だ」

『そーそーもゆるもゆるー』

 

 とりあえず束に話を合わせ、さらに話を聞き出そうと判断した千冬は続けてはやる心を抑えながらしゃべり始めた。

 

「萌に、何の用だと聞いている」

『おー名前呼びだー。どうしたのさちーちゃん、ひょっとして結構気に入っちゃってたりするの?』

「答えろ」

『おぅ、これは中々本気と書いてマジって奴だねぇ』

 

 明らかに普段ならば考えられないレベルで苛立っている千冬など知ったことではないと言わんばかりにケラケラとひとしきり笑った後、束は一呼吸置いた後に謡うように言葉を紡いだ。

 

『んー、そうだなぁ……頑丈な実験ど』

「それ以上言ってみろ、お前がどこに居ようが叩き切ってやる」

『えー! 20万歩くらい譲歩したのにー!!』

「そうか、もういい。遺言も聞かん」

 

 千冬は内心で頭を抱えたくなった。萌の努力というのは、どこまで萌の不利益につながれば気が済むのか。あの束が萌に興味を抱いてしまったのだ。それも千冬が想像できる限り最悪の形で。

 

『まーまー、近い内に別の用事でそっち行くからその時にでも会うことにするよ。じゃねー』

「待て、束! そんなこと誰が――クソ!」

 

 千冬が呼び止めようとしたときには既に通話は切られている状態だった。もはや携帯端末を叩きつけんばかりの苛立ちを必死に抑え込み、千冬は廊下の壁にもたれかかった。徐にかけ直しても、束が電話に出る様子は無かった。もともと期待はしていなかったが、千冬はため息をついた。それは、世界最強などという異名が信じられなくなるほどには弱弱しいものだった。

 

 

 

 携帯端末から視線を上げ、廊下の窓から見える夕暮れ時の空は、気が付けば分厚い雲で覆われていた。 

 

 




いや12000字って……

次回は流石に間を空けるとまずいと思うのでRTAパート、裏語一括投稿の予定です。ここまで付き合っていただき本当にありがとうございます。皆様の感想や評価が本当に励みになっています。


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裏語 13

本当に長らくお待たせしましたので初投稿です。こんなことになるんなら一括投稿しますとか言わなきゃよかったです。


 IS学園は、流石は世界屈指の名門校という事もあってか、様々な事に対して異常なまでの資金を投じている。

 それは、校外実習であっても例外では無かった。海沿いの高級旅館へと向かう道筋、バスに揺られること1時間。IS学園の1年生一行は、サービスエリアでの休憩に入っていた。

 

「かんちゃーん、来た、よ……?」

「本音、しっ」

 

 トイレ休憩を利用してこっそり1組の車両から4組の車両へとやってきて、自身の仕える主である簪の様子を見に行った本音は、4組が乗っている車両に入った際の余りの静けさに、彼女にしては珍しく戸惑いの表情を浮かべた。

 本音が周りを見てみれば、声を1つも発することが無いにも関わらず、トランプなどを始めとした暇つぶしに従事しているという異様な光景が展開されていた。

 すると、簪が顔を出し、人差し指を立てた。

 

「どうしたの?」

「…………」

 

 何となく周囲の雰囲気に合わせて小声で聞きながら簪の席へと向かうと、

 

「すぅ……すぅ……」

「あー、そういう」

 

 そこでは、穏やかな表情で規則正しい寝息を立てている萌の姿があった。普段から常に優し気な表情を浮かべている萌ではあったが、その表情は、少なくとも本音は見たことのないほど安心しきっていた。

 

「最近、全然休めてなかったみたいだから」

「そっか……」

 

 萌の話は、本音も姉の虚から聞いていた。それは、そういった世界が存在するという事は知識としてであっても知ってはいた本音であっても、聞くだけで怖気が走るようなことばかりだった。その当事者である萌にかけられた精神的な負担というものは、とてもではないが本音が想像できるようなものではないだろう。

 

「じゃあ、せめてこの臨海学校だけでも、ほむほむには休んでもらわなきゃだね」

「うん……」

 

 萌の寝顔を見つめる簪はそう言いながらも、嫌な予感を感じずにはいられないでいた。

 

 

 

 

 

―・―・―・―

 

 臨海学校は、そこまで過密なスケジュールが組まれているという訳ではなかった。いくら彼女達が全世界から何千倍というとてもではないが高校に対するそれではない倍率を潜り抜けたエリートの中のエリートとは言っても、受験を終わらせたばかりと言ってもまだギリギリ通じる遊びたい盛りの高校1年生達である。

 

 

 よって、1日目はほぼ自由時間となっていた。とはいえ、ほとんどの生徒は海へ行くところであり、貸し切りの為彼女たち以外誰もいないビーチで、それぞれが思い思いに海を満喫していた。

 

 萌もまた、海で遊ぶというよりはくつろぐためか、海の家でレンタルしたパラソルとビーチチェアを両脇に抱えて歩いていた。その妙に堂々とした姿は否応なしに目立つものであるものの、彼に起こったことが起こったことの為、誰も彼に話しかけることは無かった。

 

「おお……」

「何ていうか……たくましいわね」

 

 世間の話題はIS委員会の一部の者が行っていた非道な行いでもちきりであった。その中心にいると言っても過言ではないにもかかわらず、萌からはそんな様子は微塵も感じられなかったため、感嘆というべきか若干引いているというべきか微妙な声が多かった。

 

 これまで男性操縦者に対して否定的な論調を一貫していた大手メディアも、後ろ盾となっていた者が総崩れしたとあってはいつまでもその論調にしがみついているわけにも行かず、それとなくこれまでの過度な女尊男卑の論調を否定し始めていた。

 それに伴い、世間の風潮も徐々にではあるが女尊男卑の風潮が取り除かれつつあった。

 今や、世の男性にとって、焔萌は英雄的な存在であり、その愛嬌のある容姿も相まってか一部ではカルト的な人気を博していた。

 

 それは、これまでの女尊男卑の社会で甘い蜜を啜って来た者達にとっては何よりも恨むべき対象であるという事なのだが、旗頭に近い存在を失い、メディアによる後押しも失った彼女達に出来ることなどたかが知れていた。精々萌を呪い、萌の不幸を願い、SNS上で暴言を吐き散らかすのが関の山といった所だろう。

 

 

 しかし、当の萌自身はそんなこと知ったことではないと言わんばかりの様子だった。その体に今も残っているだろう傷跡を隠すためか、若干サイズの大きい薄手のジャケットを羽織っているのだが、萌の女子といっても平気で通じるだろう容姿が相まってか何故かいけないものを見ているかのような印象を女子たちに与えた。

 

「萌! ここにいたんだ」

 

 そんな非常に話しかけづらい境遇にいる萌に対して最初に近づいていったのは、萌と一時期は同室であったシャルロットと、灰色のバスタオルでぐるぐる巻きになっている何かだった。シャルロットは既に萌と相席するつもりなのか、バスタオルでぐるぐる巻きになっている何かを引っ張りながら同時にパラソルとビーチチェアも運ぶという器用な真似をしていた。

 

「シャルロットさん? それと……」

「ほら、ラウラも」

「ま、待てシャルロット! まだ心の準備が」

 

 そういう何かの声もむなしく、それをぐるぐる巻きにしていたバスタオルを引っぺがしてしまい、それにまかれていたラウラが思わず身をすくめてしまう。そんなラウラをまるで小動物でも見せびらかすかのように前に押し出したシャルロットは萌に問いかけた。

 

「ほら、萌。ラウラの水着姿、どう?」

「うん、似合ってるよ。勿論シャルロットさんも」

 

 そんな二人は、そこらの雑誌の表紙を飾っていても何も違和感がないほどには整った容姿をしており、周囲の生徒達がさらに萌に話しかけづらくなる一因となっていたのだが、それはまた別の話だ。

 

「ね、言ったでしょ。萌の事だから、教科書みたいな返答が返ってくるって」

「うむ……安心するが、若干複雑だな」

「2人ともどうしたの?」

「何でもないよー」

 

 ほんの数秒だけ、萌から背を向けて言葉を交わしたシャルロットとラウラだったが、すぐにその視線を萌に戻した。萌はほんの少しの間不思議そうな表情を浮かべたが、気にしないことにしたのか再びビーチチェアに戻った。

 

「……シャルロットさん達は遊びに行かないの?」

「後で行くよ」

「私もそのつもりだ」

 

 それに従い、シャルロットとラウラも持ってきたパラソルを開き、ビーチチェアに腰かけた。

 

「……騒がしいな」

「だね」

 

 しかし、ゆっくりくつろぐにしては、年頃の女子しかいない今現在の海水浴場はかなり騒々しかった。当然だ、去年は殺人的な過酷さを誇る受験勉強で遊ぶ暇などなかった彼女達にはしゃぐなという方が無理な話だろう。

 

「……萌」

「ほむほむー」

「あれ、簪さん、本音さんも」

 

 そんな萌たちの元に次にやってきたのはこれまたパラソルとビーチチェアを抱えている簪と本音だった。簪は何故か不自然にビーチチェアで自分の身体を隠すように萌と向かい合っており、そんな簪を本音は妙な笑みを浮かべながら眺めていた。

 

「…………」

「簪さん、どうしたの?」

「何でも、ない」

 

 そのまま、電光石火の早業で萌やシャルロットよりも後ろの位置にパラソルを突き刺し、何故か萌からの視線を傘で阻んでしまった。

 

「ほらほらかんちゃーん、混ざらなくていいのー?」

「……無理」

 

 本音が回り込んで簪の顔を覗き込むような形で尋ねても、簪はビーチチェアの上で体育座りの姿勢から動こうとはしなかった。

 確かに、萌を挟むようにして陣取っているシャルロットとラウラは非常に優れた容姿を持っている。萌の誘拐騒動が一区切りついた後、改めて買い物に行った時にも軽く騒ぎになっていた2人だ。

 

「かんちゃんも負けてないってー」

「……客観的、事実」

「ほむほむの好みはかんちゃんだとおもうなー」

「……ないです」

「せっかく水着選んだじゃーん」

「……あれはその場のテンション」

 

 

 そんなこんなで押し問答を繰り広げていると。

 

「……だから、無理だって」

「簪さんもすごい可愛いと思うよ?」

「もゆっ!?」

 

 気が付いたら本音と萌が入れ替わっていた。萌の後ろではやり切ったとでも言わんばかりの本音がドヤ顔で仁王立ちしていたが、そんなことは些細な問題だった。

 

「あ、えと……」

「? ……どうしたの?」

「なっ、なな、なん、でも……」

 

 そのまま簪の顔は加速度的に赤くなっていき、

 

「きゅう」

「簪さん!?」

 

 そのままビーチチェアに倒れこみ、安らかに意識を手放した。

 

 

「……何だろうな、この敗北感は」

「うーん、しいて言うなら年季の差?」

 

 シャルロットが苦笑いを浮かべながら言った言葉は、空しく快晴の青空に吸い込まれていった。

 

 

 

―・―・―・―

 

 

 IS学園の1年生が利用している旅館の近海で発生したアメリカの第三世代型IS『シルヴァリオ・ゴスペル』の暴走事件。それにより、臨海学習は中止となっていた。2日目は専用機持ちは各国から送り届けられた専用装備のテスト。他の生徒は海上でのIS操縦の訓練を行っていたが、急遽中止となり、各自の部屋で待機という命令が下された。

 

「そんな理屈が罷り通るとでも思っているんですか!」

 

 そんな中、急遽管制室として貸切ることになった広間に千冬の怒号が鳴り響いた。千冬がにらみつける視線の先には虚空にディスプレイが表示されており、そこに映りこんでいる男は千冬の怒号に少しだけ怯んだようだった。

 彼は、つい最近起きた男性操縦者誘拐の件で顔ぶれが大きく変わることになったIS委員会の面子の中でも特に上の地位に居座ることとなった男だった。

 

『落ち着いてくれ、君の言いたいことはよくわかる。焔君には作戦エリアにいてもらうだけでいいんだ』

 

 千冬をなだめようとするかのような男の発言で、千冬の怒りは、さらに深まることになった。

 

「あなたは、それが安全だとでも思っているのですか。焔の精神状態は、非常に不安定です。そんな状態で戦場に立てば、何が起こるか、貴方でもわかるはずです!」

 

 そう、現在萌の精神状態は異常ないかもしれないが、それは日常生活を送っている場合での話だ。戦場でも同じなどという話はあるはずもない。そもそも、萌はこの臨海学習にこられていること自体が奇跡とすら言っても過言ではないのだ。

 

『……本当に申し訳ない。だが、こちらにも事情というものがある。今ここで他の専用機だけが参加して、焔萌が参加しないという事実は、非常に不都合なのだ。わかるな?』

「貴様らの事情で萌を戦場に送るなと言っているのが分からないのか!!」

 

 辛うじて保てていた敬語すら取れた千冬は、画面の向こうにいるはずの男に飛び掛からんばかりの迫力だった。彼女がここまで怒っているのを初めて見た男は言葉に詰まってしまっていた。

 

「んー、それは賢くないんじゃないかなー?」

「束!?」

『なっ、篠ノ之束だと!?』

 

 しかし、そこで突然大広間に入ってきたのは篠ノ之束だった。突然の乱入者に、束がここにいるという事を知っていた千冬も、知らなかった男も驚きの声を上げた。

 束は、箒の為の専用機、『紅椿』の為にここにいるはずだった。ISの開発者である篠ノ之束本人が作ったISであり、現行のISの中では唯一となる第四世代型IS。今でこそまだ大々的には発表されていない故にそこまで大きな騒ぎにはなっていないものの、発表されれば間違いなく世界を震撼させるであろう兵器。

 そんな兵器を、実の妹に誕生日プレゼントで渡す束は確かにどこか壊れているのかもしれないが、それでも彼女の興味は箒に向かっているはずだった。念のため、萌にも束と出会っていないか確認を取ったが、束は萌には接触していないようだった。

 

 

「やー、客観的に見てもあれの戦闘力を置いといたら男女云々以前にちーちゃん達も何か言われかねないよー?」

「私の立場などどうでも」

 

 感情に流されるままに言葉を紡ぎだそうとした千冬の口に、いつの間にか千冬の目の前に移動していた束の人差し指があてられた。

 

「ダメだよ、ちーちゃん。ちーちゃんの立場は、もうちーちゃん1人のものじゃないんでしょ?」

「………………は?」

 

 千冬は、この場にはあまり似つかわしくない声を上げた。今の言葉は、確かに千冬に対して放たれたものだ。しかし、今確かに、束は束に近しい者以外の事を気遣っていた。

 それは、千冬の知る束ならばとてもではないが考えられない事だった。

 

「それに、もはや束さんとかちーちゃんにはどうしようもないんじゃないかなー?」

「……織斑先生」

「っ……焔……」

 

 何を考えているのかよくわからない笑みを浮かべながら、束が指さした先には入口の所に立っている萌の姿があった。とっさに千冬は束を睨みつけたが、束は慌てて首を横に振るばかりだった。

 

「俺が、行けばいいんですよね」

「っ、だが……」

「織斑先生、俺なら大丈夫です。だから、行かせてください」

 

 そういう萌の目には、迷いと呼べるものは無かった。少なくとも、とてもではないが努力の果てにあんな仕打ちを受けた少年のそれとは思えないほどには。

 

「……作戦エリア付近での待機だ。それ以上の行動は許さんぞ」

「了解しました」

 

 萌は一瞬だけ束に視線を向けた後、静かに一礼をして管制室を後にした。

 

 



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(7/7)

 無限の成層圏にやがて星が降るRTA、はーじまーるよー。

 

 さて、いよいよ夏合宿です。移動時間ですが、寝ます。正直こ↑こ↓までの間でのステータス低下はかなり痛いので気持ち程度の回復ではありますが、するに越したことはありません。ここで簪との好感度を稼ぐことも可能ですが、正直誤差なので低下したステータスを回復することに努めましょう。

 

 なお、臨海学校中は基本的に訓練は行えません。イベントが目白押しとなるからです。なので自動的に最終戦までこのステータスでイクこととなります。全然足りません。悲しいなぁ。

 

 これから2日間ほどお世話になる宿屋に来たら、1日目は自由行動となります。途中までは簪と一緒にいましょう。途中で本音がやってくればこれ以上イベントに巻き込まれることはありません。

 ちなみに、ガバを1つやらかしてしまっているため、ほぼ落ちてはいるでしょうが告白イベントが発生するまでは行きません。何なら楯無に告白されるまであります。こればっかりはしょうがないね。

 

 1日目は夜になったらとにかく部屋から出ないようにしましょう。外はイベントの温床と化しており、1個でも引っかかればなし崩し的にイベントが連鎖的に発生し、休む時間が減ります。そんなことするくらいならさっさと寝ましょう。

 

 

 

 さて、2日目です。この日は各クラスに分かれて演習を行うのですが、その間にこちらは最終決戦に備えて最後の調整を行います。特にスラスター関連はほんのわずかな異常でも直しておきましょう。ラストアタックでガバるとか笑い話にもなりません(1敗)。

 

 拡張領域の内容も見直しておきます。とはいえ、そこまで変わったことはしません。最終戦ではほぼ全てが乱戦となり、オワタ式加速を使う必要はほぼないので赤城よりも他の兵装を出しやすいようにしておくくらいです。そして、それ以外の武装全てをエネルギー兵装にしておきましょう。理由は後々説明します。

 

 一定時間経過後に銀の福音関連の事件により専用機持ち全員が集められます。中には当然イベントに事欠かない1組ではなく4組所属のこちらと簪も呼ばれるので銀の福音強襲作戦の説明を受けます。メインプランとしては一夏の白式の単一仕様能力である零落白夜と箒ちゃんの第四世代型IS、紅椿によって強襲を仕掛ける作戦ですが、第二・第三の矢としてこちらと簪も同行することとなります。

 

 本来ならばここでは銀の福音単体が敵となりますが、亡国機業殲滅ルートに突入し、亡国機業関連のイベントをこなしている場合、亡国機業が強襲してきます。ここからがこのRTA最後の山場となります。ネジを締め直して、イクゾー!!(デッデッデデデッ、カーン)

 

 

 

 な ん で 私 を 出 さ な い 雰 囲 気 で 話 が 進 ん で る ん で す か ね ぇ ?

 

 

 何とか出撃することはできましたが、好感度を上げすぎたからなのでしょうか。作戦エリアのギリギリで待っといてねって言われました。あれですか、私は犬ですか。全身どこからどこまで犬っぽくないんですが大丈夫ですか。

 

 わかりません。いや、本気でわかりません。最終戦に備えて好感度はそのままにしておきたいのですが、ここからどう動けば好感度がどう上下するのかわかりません。何でよりにもよって本番にこんなことが起こるんでしょうか。

 

 

 え? 前みたいに泣きわめかないのかって? すみません、泣きわめこうにも今この状況が良い状況なのか悪い状況なのかわからないんですよ。というかこちらも伊達や酔狂で十数万回の試走を重ねているわけじゃないんです。ちょっとやそっとでは動じることなんかありませんよ。

 

 

 って、あれ? ひょっとしてこのままいくと今現在たしか楯無も来ているんで福音倒すだけ倒してオータムが適当な所で逃げて終わりませんかね。

 

 

 ふむ。

 

 

 

 

 

 ああああああああああああああああああああああああああ!!!!

 

 

 

 

 どぼぢでごんなごどずるのおおおおおおおおおおおおおお!!!!

 

 ちょっと待ってください確かに想定外なこと色々ありましたけどここまで大体予定通りに進んでたじゃないですかあれだけ試走したじゃないですか何で本走の時に限って想定外なことばかり起こるんですか私だってこれだけ必死に練り上げたチャートを全否定されたら泣きますよ泣きわめいてやりますよっていうかヤダヤダヤダ詰むのはヤダあとちょっとなんですよだから一回ぐらい私にも乱数の神様が微笑んでくれてもいいじゃないですかっていうかまどっち動けよお前もう蜘蛛女にも銀の福音にも期待できない以上お前に期待するしかないんだからこっち来いよマジで普段からあれだけイキってるから恥ずかしくなっちゃったのかよかわいいなオイどうでもよかった何でもいいからお願いします神様仏様束様ああああああああ!!!!

 

 

 

 

 まどっちが来てくれました!! 流石はちーちゃんの妹(人造)です。そんじょそこらの謎の組織(笑)とは格の違いを見せつけてくれましたね。

 

 さて、まどっちこと織斑マドカは、本来のルートならばこの時期にはサイレントゼフィルスは入手していないはずですが亡国機業殲滅ルートに入った場合の亡国機業は通常の三倍アグレッシブになっているため既に入手しています。ちょっとイギリスのセキュリティガバガバ過ぎんよ~。

 

 マドカ戦は本当に厄介です。BT兵器に対し、近距離戦しか能のないこちらの機体では遠距離戦は頭の悪い火器をバカスカ撃つしかできないため相性はアラクネ以上に最悪です。その上、マドカ自身の実力も半端ではなく、これだけの専用機持ち相手に味方はやられかけのシルヴァリオゴスペルとやられかけのアラクネという不利もいい所の状況でワンチャン1人勝ちしやがります。

 当然ここでやられたら追えないまま撤退され、臨海学校中のルート攻略は不可能となるので詰みです。ここ以外だとこれらの面子に加えてダリルやその他諸々の雑魚の相手もしなければいけなくなってしまう為無理ゲーです。

 

 しかし、今回はオリチャーの発動により数少ない利点が効力を発揮してきます。そう、何故か無駄に好感度高くなったと思われる専用機持ち達です。しかも今回は弾除け2名が特に高いです。何なら一人は堕ちています。これを利用しない手はありません。防御は全てシャルロットとラウラに任せてこちらは全力で殴りに行きましょう。銀の福音とアラクネは一夏達が何とかしてくれることを祈りましょう。最悪落とさなくてもいいので時間ぐらい稼いで欲しいものです。

 

 

 

 さて、盤面は非常にこちらに都合の良い状態で進んでます。好感度高い組とかマジで殺しかねないくらいの気迫を私にも感じさせてくれます。おお、怖い怖い。

 

 ここまでくれば断然こちらの珍しく積んでいるエネルギー兵装が俄然良い仕事をしてくれます。こっちは一切近づく必要がなくなるからです。確かにマドカのフレキシブルは大したものですがちーちゃんの妹の癖して遠距離特化型の試験機とか使っちゃう段階で残念すぎるんだよなぁ。

 

 とはいえ、マドカが強敵であることは事実です。後の事を考えるとシールドエネルギーが多いに越したことは無いため慎重に立ち回りましょう。

 

 

 やったぜ。

 

 まさかのここで全弾切る予定だった山嵐を使うことなくマドカのシールドエネルギーを3割まで削ることができました。弾除け二人が思いの外機能したこととこちらのISの適合率が高かったことが幸いしました。ガバなんてなかったんや!

 

 さて、マドカのシールドエネルギーが三割を切ると亡国機業側がシルヴァリオゴスペルを完全暴走状態にしたうえで撤退します。が、亡国機業(が)レ〇プ!野獣と化したシルヴァリオ・ゴスペルは一夏たちとヒロインズに任せてこちらは亡国機業を追いかけます。黒騎士は確かにふざけた機動力と攪乱性を兼ね備えていますが、既に行先を知っているこちらにとって視覚情報などフヨウラ!

 

 亡国機業の支部に乗り込んだら事実上の最終戦です。強い方から順にスコール(金ぴかおばさん)、まどっち、オータム(死にかけ蜘蛛女)です。最終決戦なだけのことはあり、こちら一人ではとても勝てません。再び一定時間耐えましょう。一定時間耐えるとこちらについてきた楯無と簪、そしてシャルロットとラウラが救援に入ります。

 

 さて、再び乱戦です。アラクネに楯無を、マドカにシャルロットとラウラを、スコールにはこちらと簪をぶつけます。正直ここで味方に楯無をつけられればいいのですが、これ以外の組み合わせだと安定しませんでした。ご安心ください。ここまで鍛えてきたのは全て、このスコール戦を制するためにあるのですから。

 

 

 さぁ、最終戦、スコール・ミューゼル(ファッキン金ぴかババア)です。ここまで一切表に出てこなかった彼女ですが、あえて言いましょう、人間の枠を出ていない者の中なら最強クラスです。彼女のIS、『ゴールデン・ドーン』は攻撃面防御面において全く隙が無く、それに加えてあの馬鹿でかい尻尾みたいな鞭でドーンと(激ウマギャグ)ぶっぱなす炎は防御という言葉を子宮に置いてきた紙装甲の打鉄・雷火ではIS装備していようがしていなかろうが一撃死です。

 

 さて、そんな化け物相手にどんな手を使うかと言いますと、本来ならば十分なステータスがあるはずなので真っ向勝負で勝てるのですが、ガバのリカバリーに費やした結果まるで足りません。

 

 

 そのため、第二次移行(セカンドシフト)を用います。

 

 

 そう、ここでようやっと暗黒面に落ちたラウラ戦でガバをしてまで適合率を上げた意味が出てきます。第二次移行は一度限りではありますがISの再構成に伴いシールドエネルギーを全回復することができるのです。エネルギー保存則壊れる。

 

 おや? 打鉄・雷火の様子が……

 

 

 

 

 おめでとう! 打鉄・雷火は打鉄・雷轟火になった!

 

 

 工事完了です……。第二次移行により、打鉄・雷火は打鉄・雷轟火となりました。轟いていくスタイルです。第二次移行に伴い、綴雷電は還雷電となり、ただでさえごつかった両腕がさらにごつくなりました。両腕のごつさに対してその他のデザインが貧弱すぎますが、ISなので何も問題ないです。

 

 セカンドシフトした打鉄・雷轟火はさらに火力が上がります。さらに全身の各所に搭載されたロケットブースターによりこれまで弱点だった初速をはじめとしたスピード面もばっちりカバーできるという優れものです。あくまでPICなどには頼らずに力技で速くなろうとするあたりに愛嬌を感じます。

 

 

 しかし、それだけでは現状のステータスではスコールを倒すことはできません。そこで第二次移行に伴い発生した単一仕様能力、『激闘深化(げきとうしんか)』を使います。これは私の脳とISを独自の電磁ネットワークで接続することによりIS側のリミッターとこちらの人間としてのリミッターを強制的に開放し、全ステータスを大幅に強化します。やりすぎると脳が損傷して死にますがどうせ最終決戦なので出し惜しみはなしです。

 え? わからない? じゃあ八門〇甲です。因みにその例えで言うならば現在第七まで開けてる感じの状態です。

 

 

 さて、ドヤ顔解説はこの辺にしてゴールデン・ドーン戦に戻りましょう。相手の攻撃は基本的に尻尾以外喰らっても大丈夫です。

 とにかくこちらは簪が山嵐を当てられる環境を整えてあげましょう。早い話がゴールデン・ドーンの両肩の鞭を使わせるのです。

 

 よし、まずは一発当てました。あともう一度全弾命中させれば工事完了ですが、流石はモノクロームアバター隊長というべきでしょうか。もう二度と当たってくれません。悲しいなぁ。

 

 という訳でここからはガチの肉弾戦です。ゴールデン・ドーンの尻尾攻撃は一発までならば喰らってもいいので余裕ですよ。

 

 近距離戦をしばらく行えば、スコールはかなりの確率で全方位へ向けた熱波による攻撃を放ってきます。その時の一瞬だけ、スコールの動きは完全に停止するのでそこを突きます。

 

 熱波攻撃が来ました。瞬間的に前面のブースターを噴射させて渾身のバックステップをした後、還雷電のロケットエンジンを噴射します。還雷電は早い話がでかくなった綴雷電です。なので、最速で最短で真っ直ぐに一直線に胸の思いを推進力に変えて突っ込んで全部のダメージを無視してスコールの胸をぶち抜きます。

 

 

 工事完了です。ゴールデン・ドーンの撃破に成功しました。スコールの胸部に風穴があき、中から機械の為のオイルなのか血なのかよくわからない液体がどばーっと出てきました。汚い(直球)。

 

 これで亡国機業は殲滅、タイマーストップ……とはいきません。あくまでスコールが率いるモノクロームアバターは亡国機業の実働部隊です。確かにメインブースターがイカれるレベルのダメージは与えましたがそれだけでは殲滅とは言えません。どうせこのままいけば残党あたりが中二臭いネーミングの組織作ってもうひと悶着起こすでしょう。劇場版とかでありそう(小並感)。

 

 

 その為に、亡国機業の脳に当たる組織、幹部会をまとめて潰します。

 

 

 まず、亡国機業支部にてイギリスが開発している衛星砲、エクスカリバーについてのデータを入手します。これでエクスカリバーイベントのフラグが立ちました。しかし、当然ですがあれだけの規模を誇っておきながら城1つ吹っ飛ばすのがやっとな生体融合型IS(笑)を直接使う訳ではありません。

 

 

 還雷電は非常に強力なロケットエンジンです。それを噴射させ続ければ大気圏を突破し、エクスカリバーに到着すること自体は訳ないです。おお、楽勝楽勝。

 

 さて、ここで簪の好感度が一定以上に達していた場合通信で止めるよう言ってきます。

 

 ですが、もはや彼女達は用済みです。無視して駆け抜けましょう。彼女達は既にISを使えない上、打鉄・雷轟火は全開のスピードならば赤椿すらも凌駕します。なので彼女達はもはやどうあがいてもこちらに追いつくことはできない口だけガールです。そしてここまでくればもはや好感度などフヨウラ!

 

 となるとあと警戒するべきはシルヴァリオ・ゴスペルと戦っている一夏達ですが、距離的にも戦闘内容的にもこちらに来るのは不可能でしょう。後はこちらが失敗しないことを祈るだけです。

 

 

 さて、エクスカリバーに接近したら、エクスカリバーと融合している少女、エクシア・ブランケットとISコアを通じて会話しましょう。とはいえ、今現在エクスカリバーは休眠状態に入っているためエクシアと会話することはできてもエクシアだけではエクスカリバーをどうこうすることはできません。なので、こちらからISコアを通じて亡国機業の幹部たちが現在集まっている地下施設に座標を指定し、一発だけブッパするようにお願いしましょう。生死? 知らんな。

 

 ここで無知蒙昧だとミスしがちなのですが、エクスカリバーをそのまま放ったとしても幹部達のいる地下施設まで届かない上に察知されて逃げ出されてしまいます。はーつっかえ! 辞めたら生体融合型IS? あ、やめたら死ぬんでしたね。どうでもいいです。

 

 話を戻しましょう。そのため、実体を伴った質量を持つ何かをエクスカリバーのエネルギーで以て放ち、それを落とすような形でやらなければ地下施設ごとぶち抜くことはできません。例えとしてはISが開発される前にアメリカあたりが極秘で開発していたと言われている兵器、神の杖などが一番わかりやすいでしょうか。

 

 

 え? そんなもんこの宇宙ゴミ以外に何もない宇宙空間のどこにあるんだって?

 

 

 

 

 

 この辺にぃ、ちょうどいいISと操縦者が、あるみたいっすよ。

 

 

 はい、という訳で今からエクスカリバーからブッパされたエネルギーを使って瞬時加速(イグニッションブースト)を行い、その勢いのまま落ちます。我が魂はZECTと共にあるんですよ。勿論こちらは死んでしまいますがその頃には既にタイマーストップしているので何も問題ありません。

 

 

 もちろん、普段だったらこんなことはできません。スラスターが焼き切れてついでにこちらも燃え尽きて終わりです。

 しかし、ここで激闘深化のフェーズを最終段階へ移行し、馬鹿でかい拡張領域に積まれた全てのエネルギー系兵装を展開、莫大なエネルギーを循環させることで各エネルギー武装のジェネレーターが焼き切れるまで5分ほどは自滅せずに済みます。先ほどの例えで言うならば第八死門が開かれました。これにより私はこいつと完全に一体となりました。もう誰も私を止めることはできません。まぁ、無理な一体化なので成功しようが失敗しようがこの後脳焼き切れて死ぬんですけどね、初見さん。

 

 おっと、どうやら座標を固定できたようですね。あとは発射するのみです。まさかここの瞬時加速をミスる人なんていませんよね(2敗)

 

 発射! そしてエクスカリバーのエネルギーをスラスターに吸引して再び射出します! ブースターからこちらの何倍もある炎が噴き出します。その姿は思わずユニバースと叫びたくなるようです。まぁ綺麗。

 

 あとは音速で落ちて亡国機業が吹き飛ぶだけなのでここでタイマーストップ。予定通り臨海学校の時点で亡国機業を殲滅することができました。

 

 

 

 さて、完走した感想ですが(激ウマギャグ)。

 

 やはり人の感情というのは度し難いものですね。そちら方面のガバは正直手に負えないものがありましたが、結果的にはチャート通りの場所で終わらせることができたので良しとしましょう。

 

 

 

 それではこれにて終了となります。長きにわたるご閲覧、本当にありがとうございました。

 

 

 

 

 ___

 



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裏語 14

「……萌、大丈夫?」

「うん、心配してくれてありがとね、簪さん」

 

 すでに装備の調整は終えているのか、ISを装着して指示を待っている萌に対し、装備の最終確認をしている簪が心配そうな表情で問いかけた。真剣な表情で打鉄・雷火の状態を確認していた萌は笑みを浮かべながらそういった。その笑みは、良くも悪くもいつも通りの笑みだ。

 

「今回は私も、他の皆もいる。だから」

「わかってるよ。俺だって死にたいわけじゃないからね」

 

 口ではそう言っているが、簪はあまりその言葉を信じることはできなかった。勿論萌も自分から危険へと向かっていくつもりがないことは分かっている。しかし、それでも萌は目の前で誰かが危険に陥っていたならば、そうはならないだろう。

 

『もう、そんなに入れ込んでたらできることも出来なくなっちゃうわよ?』

「お姉ちゃん……?」

 

 胸の中で渦巻く不安をどうにかしようと簪が四苦八苦していると、突然楯無からの通信が入ってきた。簪は唐突な事に対して困惑の表情を浮かべるが、楯無は構うことなくしゃべり始めた。

 

『萌くんが作戦に参加するんでしょう? 私も護衛の名目で手を貸すわ』

「……いいの?」

『簪ちゃん、良い事を教えてあげる。世の中のルールはね、頭良い人が都合のいいように捻じ曲げられるように作られてるのよ』

 

 あまり誇って言うべきではないような気がするそれを、ニヒルな笑みと共に言ってのける楯無が面白かったのか、簪はついほんの少しだけ笑った。それを見た楯無は、安心したかのように優し気な笑顔を浮かべた。

 

『安心なさい。簪ちゃんは、とても強いわ』

「っ……うん」

 

 楯無のその言葉に、簪はゆっくりと、しかし力強くうなずいた。

 

 

 

―・―・―・―

 

『箒ちゃーん、調子はどうかな?』

「……良好です」

『もー、もっと砕けた感じで話そうよ、姉妹だよ?』

「……全部終わった後でゆっくり話しましょう」

『わーいりょうかーい』

 

 箒は、銀の福音襲撃作戦の作戦開始時間までのわずかな時間ではあったが、宿泊施設周辺の海岸を飛び回りながら、紅椿の高すぎる性能に慣れようと努力していた。

 その間、ちょくちょく入ってくる姉からのやたら神経を逆なでする通信に眉を顰めながらも、箒は一つ一つの動作を確認するかのように紅椿に全神経を注いでいた。

 

『それで、本当に大丈夫ー? 流石の束さんでも、いや、束さんだからこそ他人の気持ちなんて理解できるわけないから箒ちゃんの感想って本当に重要なんだよねー』

「……本当に大丈夫ですから」

『そっか、ならいいんだ』

 

 束によって与えられた専用機、紅椿。現在、世界各国でどうにか試験機を稼働させる段階にたどり着いている第3世代機のさらに先を行く、現時点では世界唯一の第4世代型IS。拡張領域などと言ったこれまでのISに必須だった要素を排除し、展開されている装備のみで全ての状況に対応することを目的とした、真の意味での汎用機。

 

 紅椿のスペックはそのどれもがその項目に特化させた機体を凌駕するほどの性能であり、ISの操縦に長けているとは言い難い箒では動かすことだけで精いっぱいのはずだった。

 しかし、箒はその高すぎる性能のISを、まるで手足のように動かせていた。原因は考えるまでもない。紅椿は、その全てを篠ノ之束が、真の意味で篠ノ之箒の為に作ったISだからだ。その操作性は、極限にまで篠ノ之箒が操作しやすいように洗練されており、箒が直感的に指示を飛ばすだけで、紅椿は正しく思うがままに動かすことができた。

 

 

 そしてそれが、今回の作戦において経験値が少しも足りていないはずの箒が同じく他の操縦者と比べると経験値という面では大きく劣る一夏と共に作戦の主軸に選ばれた要因でもあった。

 

 

 暴走状態にあるシルヴァリオ・ゴスペルは現在も超音速で飛行を続けており、しかもその性能はアメリカとイスラエルが共同開発している虎の子と言う事もあってか、非常に高いスペックを誇っており、それに加えて広範囲殲滅に適した武装も搭載されているとのことだった。

 

 そこで、IS学園側が出した作戦は、シルヴァリオ・ゴスペルがやってくる海域で待ち構え、超音速下での戦闘に最も適している紅椿と、一撃必殺の威力を誇る零落白夜を持つ白式による奇襲攻撃だった。

 

 もちろん、箒と一夏が迷わなかったかといえば嘘になる。一夏にしろ、箒にしろ、いくら適任であるとはいえ経験が不足しすぎている。一度失敗すればそこまでな作戦に即座に応じるというのは酷な話だろう。

 

『箒、大丈夫か?』

「っ……一夏か、何の用だ」

 

 再び通信が入り、また束かと一瞬身構えた箒だが、相手を確認したとたんに安心すると同時に何故か恥ずかしくなった箒はややぶっきらぼうに答えた。

 一夏はそんな箒の心の機微に気づくはずもなく、しゃべり始めた。

 

『いや、千冬姉に様子見て来いって言われてさ』

 

 その言葉に、箒は当然であると納得すると同時に僅かながらではあるがショックも受けていた。自分は、あくまで紅椿があるからこの作戦に参加しているにすぎないのだと、自分の実力は一夏や他の者達にはまだまだ及んでいないのだという事実を突きつけられたのだから。

 

「……だったら、私の所に来なくては意味がないのではないか?」

『あ』

 

 完全に想定外とでも言わんばかりの一夏の口調に、ほんの少しではあるが笑みを漏らした箒は一夏に問いかけた。

 

「……緊張、しているな」

『ああ……みたいだな』

 

 今回の作戦において、全てが上手くいった場合、行動するのは箒と一夏のみとなり、その他の専用機持ちはシルヴァリオゴスペルの探知範囲からギリギリ外れたところでもし失敗した場合に備えて待機するということになっている。

 

 そして、その中にはまるで当然のように萌もいた。シャルロットとラウラが千冬に問いただしたところ、IS委員会からの指示により、戦闘に参加しなくても作戦エリアにはいなければならないそうだ。

 

 その時、箒も一夏も同じことを思った。きっと、自分が失敗したときにいの一番にやってくるのは萌なのだろうと。例え誰が止めたとしても、誰かが危機に陥っていれば、萌は迷うことなくやってくる。

 

『まぁ、俺たちに出来るのは失敗しない事だけだ。考えすぎずに行こうぜ』

「……そうだな」

 

 

 一夏も、箒も、これ以上萌を自分のせいで危険に巻き込むのは御免だった。

 

 

 

―・―・―・―

 

 

「どういうつもりだ、束」

「んー?」

 

 作戦開始までのほんのわずかの間、旅館から少し歩いた海岸沿いの崖に、彼女は佇んでいた。束はいつも通りの笑みを、何を考えているのかわからないにも関わらず天真爛漫という言葉がふさわしい不気味な笑みを浮かべながら振り向いた。

 

「何がー?」

「とぼけるな。萌に会ったのだろう」

「んー、会ったと言えば会ったしー、会ってないって言えば会ってないかなー」

 

 次の瞬間、束の眼前を千冬の拳が突き抜けた。束の深い紫色の髪が拳によって発生した風圧でほんの少し乱れるものの、束本人は特に動じるような様子を見せなかった。

 

「次は打ち抜く。いくら貴様であっても躱せん一撃でな」

「わーこわーい。顔はやめてねー」

 

 いつもよりも低い声で、それこそ怒りを必死にこらえている時にしか出さないような声で言う千冬に対して、束はあくまでいつも通りだった。当然だ、彼女にとってこの程度、危機でもなんでもないのだから。

 

 束はため息をついた後に再び笑みを浮かべ、謡うように言葉を紡ぎだした。

 

「まーでも会ったにしても会ってないにしても束さんからは何もしてないよ。そこは本当」

「……そうか」

 

 ほんの少し、普通の人ならば気づかないような口調の変化だが、今の束は珍しく真剣だ。それが分かっただけでも十分だと言わんばかりに千冬はその場を後にした。

 

 

 

―・―・―・―

 

「行かせるかよぉ!!」

「ちっ、箒!!」

「わかってる!!」

 

 一夏と箒による銀の福音への奇襲攻撃は、作戦エリア外から突貫してきたオータムによって阻止された。そして、シルヴァリオ・ゴスペルが高速移動をやめ、その無機質な印象を与えるバイザーでじっと一夏と箒を見据えた。

 

 しかし、一夏と箒は表情を歪めることはあっても決してそれ以上の事はしなかった。箒は一夏を乗せたまますぐさまUターンし、千冬との通信を繋いだ。

 

「織斑先生、亡国機業です! 首謀者は彼らで間違いありません!」

『わかった、すぐに専用機持ちを向かわせる。持ちこたえてくれ』

「了解しました。一夏、飛ばすぞ!」

「お、おう!!」

 

 通信を切断すると、箒は一夏を乗せたままさらに加速した。その速度は流石は現行唯一の第四世代型ISというべきか、白式というハンデがあるにもかかわらずオータムとの距離を見る見るうちに離していく。

 

「チッ!! 待てコラァ!!」

 

 シルヴァリオ・ゴスペルは逃がすまいとすぐさまオータムを追い抜き、箒たちを追いかける。オータムは苛立ちを隠そうともせずに舌打ちをし、追いながらも装甲脚から砲口を覗かせ、雑に狙いを付けながらシルヴァリオ・ゴスペル諸共乱射し始めた。

 箒と一夏の逃げ場を潰す意味合いの強いその銃撃が箒と一夏がいる場所一帯へと襲い掛かるが、

 

「まだまだぁ!!」

「はぁっ!?」

 

 そこから箒は、さらに加速してみせた。これはシルヴァリオ・ゴスペルも想定外だったのか、一瞬動きが静止し、何かを考えているかのようにバイザー越しに見える光が揺らめいた。

 

 ISだとしてもあまりに速すぎるその速度の中でも、箒の操縦精度はそれほど落ちることなく、オータムの銃弾が届くころには箒と一夏はその銃弾から遠く離れた場所を飛び回っていた。これではいくら銃撃を続けたところで何の意味もないだろう。

 

「くっ! どいつもこいつもちょこまかとぉ!!」

「一夏、絶対に私を離すなよ!」

「わかってる!」

 

 オータムが苛立ちながらも射撃の手を緩めることなく、視線で殺すのかと言わんばかりの勢いで箒と一夏を睨みつけながら、箒の速度に目を慣らし、自身も高速で移動をしながらその状況での射撃に順応していった。確かに、箒の紅椿は速い。現行のISの中では間違いなく最速と言っていいだろう。近接特化のアラクネとの相性は悪いのかもしれない。

 だが、それはこの状況が続けばの話である。

 

『La----』

「くっ!! こんな時に!」

「任せろ!」

 

 先程まで馬鹿正直に箒と一夏の後を追っていたシルヴァリオ・ゴスペルが、箒がオータムの射撃を躱すために複雑な軌道を描く飛行をしたために追いついてしまったのだ。

 シルヴァリオ・ゴスペルは歌声のような不気味な音を鳴らしながら箒と一夏へ向けて無数のエネルギー弾を放った。

 

 それらを切り払ってみせたのは、今なお箒の背に乗って飛行を続けている一夏だった。訓練により無駄を削り落としてきたその剣技は、箒と一夏に降りかかるエネルギー弾のみを切り払ってみせた。

 

 箒が若干ではあるが表情を歪める中、一夏は紅椿から飛びだし、ハイパーセンサーが無くてもはっきりと視認できる位置までやってきたシルヴァリオ・ゴスペルに向かっていった。

 

「行かせるかよ!!」

「私を忘れるなぁ!!」

 

 シルヴァリオ・ゴスペルへ向かう一夏を阻もうとしたオータムは、横から殴りこんできた紅椿によってその目論見を阻止されてしまい、結果的にアラクネ対紅椿と、シルヴァリオ・ゴスペル対白式という構図となり、戦況は膠着状態となった。

 

 

 

 

「一夏ぁ!!」

「一夏さん!!」

 

 その均衡を破ったのは、シルヴァリオ・ゴスペルの推定探知範囲外で待機していたセシリアや鈴をはじめとした救援部隊だった。いくら実戦をほとんど経験していない代表候補生といえども、その数はエリア外で待機している萌を含めて実に7機、彼女達の実力ならば、国一つ落とすことすら可能な戦力だ。

 

 とはいえ、戦況がすぐに変わることは無かった。既にシルヴァリオ・ゴスペルの探知範囲内に入っていたためか奇襲として放たれたセシリアの狙撃と鈴の衝撃砲は、どちらもあっさりと躱されてしまう。

 

「情報通り、すばしっこい奴ね!」

「情報通りならば何も問題ありませんわ!」

 

 しかし、それらはすべて想定通りの為か、セシリア達はここに来るまでに決めた分担で戦闘を開始した。

 

 いくらシルヴァリオ・ゴスペルが非常に高いスペックを誇り、オータムが並ではない経験を有しているとしても、その戦力差は決して埋められるようなものではなく、戦況は徐々に一夏達の方へと傾いていった。

 

 

「ちっ、まずいな……まだかよ」

 

 初めて、オータムの表情に焦りが浮かび始めた。オータム側には暴走状態の福音があるが、それでもオータム側の戦力の不足は否めない。このまま戦闘を続ければ、いずれオータムたちの全滅は避けられないだろう。

 

 このままいけば、まず問題なくオータムは倒すことができるだろう。緊張を緩めることこそないものの、そんなことを楯無が考えた刹那。突如真耶からの通信が楯無達に入った。

 

『皆さん! 焔君の方に、もう一機ISが!!』

「何ですって!?」

 

 楯無達の間に動揺が走った。

 

『戦闘しながらそちらへ向かいます! こちらへの救援部隊は不要です!!』

『馬鹿を言うな!! 楯無、簪、救援に向かえ!!』

「「了解!!」」

 

 しかし、それ以上の事は起こらなかった。すぐに表情から動揺が消え去った楯無と簪は、戦線から離脱し、一目散に萌がいる方角へと飛び去って行った。そして、残された者達もまた、それ以上何か言う事もなく、戦闘へと戻った。

 

「ふぅ、ならこっちもずらかるとするかねぇ!!」

「貴様、何を!?」

 

 オータムも安堵からかため息を1つついた後に、シルヴァリオ・ゴスペルへと接近すると、その背中に手のひらサイズの円形の機器を叩きつけるかのように接続した。その機器がシルヴァリオ・ゴスペルに接触すると同時に、機器から複数のコードが伸び、まるでシルヴァリオ・ゴスペルを侵食しようとするかのようにその四肢に絡みついた。

 

『――――』

「何、だ……これ!?」

 

 シルヴァリオ・ゴスペルがまるで苦しんでいるかのような挙動を取った後、シルヴァリオゴスペルのバイザーがそれまでの白い光とは異なる赤い光を放ち、一目散に一夏へ向けて襲い掛かった。新たに背中から展開されたエネルギーによって構成された翼を一夏へと叩きつけようとするが、一夏は雪片弐型をとっさに構えたことでどうにか防いでみせた。

 

「貴様、行かせるとでも――」

「ラウラ! 危ない!」

「ぐっ、この……!」

 

 その隙をついて撤退しようとするオータムをラウラは見逃さなかったが、オータムを追いかけようとした瞬間に、シルヴァリオ・ゴスペルの標的がラウラへと移り変わった。無数のエネルギー弾がラウラへと襲い掛かるが、ラウラはそれをAICで受け止め、カウンターでレールカノンを放つが、それはあっさりと躱されてしまった。

 

 再び標的が一夏へと移り、戦闘が激化していく中、一夏がシャルロットとラウラに通信を繋いだ。

 

「シャルロット、ラウラ! 萌を助けに行ってくれ!」

「一夏!?」

「何を言っているんだ貴様!」

 

 一夏からの提案に、シャルロットとラウラは驚愕した。当然それは、箒や鈴、セシリアも例外ではなく、半ば罵声と化した各員からの通信に若干顔をしかめた一夏は気を取り直してしゃべり始めた。

 

「この襲撃の目的は間違いなく萌だ。だったらもっと萌の方に戦力を割くべきだろ」

「けど……!」

「わかってる。俺の言う事なんて、萌と比べたら薄っぺらいってことはわかってる。けど、お前達に萌を守ってほしいんだ」

 

 一夏に続いて、箒がしゃべり始めた。

 

「私もその意見に賛成だ。今の福音は確かに出力こそ馬鹿げているが、暴走の影響で動きは輪をかけて単調になっている。時間を稼ぐのは容易だ。ならばむしろより早く解決するべきは萌の方だ。違うか?」

「それは……」

 

 シャルロットが言いよどむ中、畳みかけるかのように鈴とセシリアが衝撃砲とBT兵器でシルヴァリオ・ゴスペルを牽制しながらしゃべり始めた。

 

「いいから行きなさいって言ってんのよ! 惚れた男のピンチに指くわえて見てるような奴と友達になった覚えはないわよ!」

「恋愛と戦争では手段は選ばないもの、ですわ!」

 

 戦闘を続行しながらも、半ば唖然としているシャルロットに、ラウラが話しかけた。

 

「……行くぞ、シャルロット」

「ラウラ……けど」

「あいつらなら勝たんまでも死にはしないさ。萌に比べれば余程な」

「……そう、だね」

 

 結論を出したシャルロットとラウラは楯無と簪が向かった方向へと飛び去って行った。

 

 

 

―・―・―・―

 

 

「貴様が、焔萌か」

「……だったら何ですか」

 

 作戦エリア内ギリギリの場所で、両者は向かい合っていた。互いにその表情に覇気や激情といったようなものはうかがえず、悪い言い方をしてしまえばどちらもこの戦闘をどうでもいいと思っているようにすら思われた。

 

「どうにも、雇い主が貴様に随分とご執心のようでな。死んでもらえると助かるんだが、どうだ?」

「申し訳ありませんが、あなた方みたいな人の為に死にたくありません」

 

 言葉を少しだけ交わした後に、両者は同時に動き始めた。マドカのIS、サイレント・ゼフィルスのBT兵器によるレーザーが萌へと襲い掛かるが、それらをとっさに展開した赤城を放った反動で躱してみせた。

 

「なるほど、どうやらオータムの話もあながち言い訳の為の嘘という訳ではなさそうだ、なっ!!」

「っ……」

 

 その後のBT兵器による雨を彷彿とさせるようなレーザー射撃の連続も、綴雷電のロケットエンジンを噴射させたことで得た速度で回避してみせた萌を見たマドカは、ほんの少し笑みを浮かべながら、レーザー射撃の密度をさらに上げてみせた。

 

 こうなってしまうと萌はろくな反撃ができない。何とか火器を展開して反撃に転じようとしても、放った砲弾は端からBT兵器によって落とされてしまうため、八方塞がりという表現がどうしようもないほどに当てはまっていた。

 

「チッ、本当にしぶといな……そろそろ」

「萌から、離れて!!」

「まぁ、来るだろうなと思っていたところだ」

 

 しかし、萌が逃げに徹していたことが実を結んでか、スラスターを噴射させながらやってきた簪と楯無が援護射撃を開始した。マドカは一瞬煩わしげな表情を浮かべたものの、すぐさま元に戻り、BT兵器による射撃の対象を萌から簪へと移そうとした。

 

「萌、大丈夫!?」

「うん、俺は大丈夫。それよりも、」

「ああ、わかっている」

「まずはこの作戦を終わらせないと、だね!!」

 

 その間に萌の元へと近づいたラウラとシャルロットが、萌と短い会話を交わした後に、再び戦闘が始まった。

 5対1という圧倒的不利であるにも関わらず、マドカの表情から余裕が崩れることは無かった。むしろ、その表情には呆れのそれも多分に含まれ始めていた。

 

「どいつもこいつも、よくもまああんなものの為に必死になれるものだな」

「あいにくだが、貴様のようなテロリストが萌の事を理解する必要などない」

 

 多方向から5人がかりでの攻撃に対し、マドカはBT兵器で牽制しながら応戦していた。というのも、一見すればマドカには勝ち目などは無いように見える戦力差だが、萌たちもまた、こういった多対一の状況下で自分たちの側が多数側に回る状況下における戦闘の練度はほぼ無いと言ってもいい。

 だからこそ、マドカへとやってくる攻撃の量も、本来想定されるそれよりもはるかに少ない量であり、一対多数の戦闘が日常であるマドカからしてみれば、これほど容易い戦闘もないとすら言えた。

 

「そら、今度はこちらから行くぞ!」

「っ、皆回避に集中して!」

「遅い」

 

 そして、それまでの様子から一転してマドカが攻撃に転じた瞬間、萌たちの攻勢はあっけなく覆された。味方が多い以上回避する場所を広くとるためには必然的にマドカと必要以上に距離を取らなければならず、BT兵器を操縦している間も問題なく高速戦闘が可能なマドカからしてみれば、もはや萌たちは動く的でしかなかった。

 

「萌!!」

「シャルロットさん! 大丈夫!?」

「僕の事なら心配しないで!」

 

 計6基のBT兵器が最も重点的に攻撃していたのは、やはりというべきか萌だった。シャルロットが専用防御パッケージ『ガーデン・カーテン』によって搭載されたエネルギーシールドで萌を守らなければ、今頃直撃をもらっていただろう。打鉄・雷火に搭載された武装は火力が高い代わりに隙が大きいものが多く、その分狙われやすくなっていたのだ。

 

「面倒な……」

「僕がいる限り、萌には指一本触れさせないよ!」

 

 お返しといわんばかりに、高速切替で即座にマシンガンを二丁展開し、マドカへと向けて乱射するが、距離が離れているためそれらは容易く躱されてしまった。

 

「では貴様から……っ!?」

 

 攻勢に転じようとした次の瞬間、誰から見ても分かる変化が起こった。

 サイレントゼフィルスのスラスターの内1つが、何の前触れもなく爆発したのだ。

 

「何、が……!?」

「あら、意外ね。熟練のテロリストさんはアハ体験ってご存じないのかしら?」

 

 声がした方にマドカが視線を向けると、そこにいたのはISを纏っていないように見えるにもかかわらず浮遊している楯無と、それを守るような立ち位置で佇んでいる簪だった。

 清き激情(クリアパッション)。構成するパーツの殆どにナノマシンで構成された水を使用している楯無のIS、ミステリアス・レイディの能力のようなものであるそれは、水をナノマシンの発熱により蒸発させ、水蒸気爆発を起こす。

 

 更識はそれを、自身を守るものすべてを犠牲にして張り巡らせていた。その範囲がどれほどのものになるかなど、マドカが知るはずもなかった。

 

「さて、どこからでも吹っ飛ばすことができるけど、どうする?」

「くっ!」

 

 そこで初めて焦りの表情を浮かべたマドカは攻撃に回していたBT兵器を戻し、周囲を闇雲にレーザーで薙ぎ払いながらその場から退却し始めたが、

 

「残念、もう遅いわよ」

「ぐぅっ!!」

 

 続けざまに戻したビットの内の2つが爆破されてしまう。そして、楯無のクリアパッションを警戒するあまり他への警戒が疎かになった結果、ラウラたちによる射撃も命中するようになり始めた。

 

「チッ、一旦退くか」

 

 流石に劣勢が過ぎる。そう判断したマドカは、先ほど以上に闇雲にBT兵器を乱射しながら、凄まじい速度で退却し始めた。

 

「待って!!」

「ダメよ、簪ちゃん。今追ってもしょうがないわ」

「けど!」

 

 マドカの後を追おうとする簪をゆっくりとミステリアス・レイディを再構築している楯無が引き留めた。楯無はどこか疲れたかのようにため息を吐きながら言葉を紡ぎだした。

 

「本当、こんな賭けは二度としたくないわね」

「え……?」

「簪ちゃん、落ち着いて考えてみなさい。防御を捨てるとはいえあれだけの広い空間どこでも爆破し放題なんて能力あったらお姉ちゃん今頃モンドグロッソで優勝してるわ」

「あ……」

 

 簪が何でそんなことも気づかなかったのかとほんの少し唖然とした表情を浮かべる中、恐る恐ると言った感じでシャルロットが楯無に問いかけた。

 

「つまり、ハッタリですか?」

「シャルロットちゃん大正解よ」

「ええ……」

 

 一応とはいえ戦闘が終了し、全員警戒こそ解いていないものの緊張は幾分か解けた雰囲気が立ち込め始めた。勿論、全員がすぐにシルヴァリオ・ゴスペルの対処に向かうつもりだった。

 

 数秒後までは、の話だが。

 

 

―・―・―・―

 

「萌!?」

 

 その異変に真っ先に気が付いたのは、簪だった。それまでは援護に徹していたはずの萌が、何も言わずに亡国機業を追いかけ始めたのだ。完全な暴走状態に陥ったシルヴァリオ・ゴスペルなど視界に入っていないとでも言わんばかりのその勢いは、普段の萌を知っている者ほど異常と分かる光景だった。

 

『焔! 止まれ!』

「…………」

 

 千冬が通信で呼びかけても、萌は返事すら返さなかった。間違いなく、精神に何らかの異常が生じている。萌を戦場に出すという事になっていてからずっと懸念していた事柄が、ここにきて最悪の形で表に出てしまったと言えるだろう。

 

『くっ……楯無、簪、デュノア、ボーデヴィッヒは焔の後を追え! 残りの面子は引き続き福音の対処だ!』

「了解。簪ちゃん、行くわよ!」

「う、うん……!」

「シャルロット、行くぞ!」

「了解!」

 

 焦りこそしたが、作戦中であることに変わりはない。即座に思考を切り替えた千冬によって各員に指示が飛ばされた。実力的に萌を追う方に戦力が偏っているのは、相手の退却が罠であるという事を考えての事だろう。

 

 楯無、簪、シャルロット、ラウラは即座に萌の後を追おうとしたが、

 

「何?」

「何これ、雷火ってこんなに速かったの!?」

 

 彼女達が追おうとしたときには、既に萌はハイパーセンサーが探知できるギリギリの範囲まで行ってしまっていた。確かに、萌のIS、打鉄・雷火のメイン武装であるロケットエンジン搭載型パイルバンカー、綴雷電に搭載されたロケットは加速力こそ弱いものの、その最高速度を知る者はこの中にはいない。

 

 しかし、それを考慮に入れたとしても今の萌は速すぎたのだ。

 

『萌くんの位置情報はこちらで逐次知らせます。皆さんはそれに従って萌くんを追いかけてください!』

 

 そんなとき、真耶からの通信が入り、楯無たちのISに恐らく萌のものであろうビーコンの位置情報が送信された。4人はその情報に従い、それぞれがなるべく離れないように萌の後を追いかけた。

 



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裏語 15

『焔君! 返事をしてください、焔君!』

「…………」

 

 通信越しに聞こえる真耶の声にも返答を返すことなく、萌は、ロケットエンジンを噴射させ続け、亡国機業の支部に当たる施設へとたどり着いた。もはや周囲への影響など思考には存在しないのか、綴雷電で以て施設を破壊しながら、施設の中心部へと向かっていった。

 

 そこで待ち構えていたのは、オータムとマドカ、そして、彼女らの部隊の隊長であり、亡国機業の幹部である女性。スコール・ミューゼルだった。

 

「まさか、本当についてくるとはね。ただの命知らずか、それとも……」

「無駄話をしに来たつもりはありません。さっさと終わらせます」

 

 そう言い、萌は綴雷電のロケットエンジンを噴射させ、スコールへ向けて突貫した。

 

「無駄よ、貴方1人でどうこうできるような問題じゃないわ」

 

 しかし、その拳がスコールへ届くことは無く、スコールの専用機、ゴールデン・ドーンの持つ巨大な尻尾によって受け止められた。そして、その隙を見逃すオータムとマドカではなく、即座にアラクネとサイレント・ゼフィルスを展開し、それぞれが萌へと射撃を開始した。

 萌も元から当たるとは思っていなかったのか、即座に綴雷電のロケットエンジンを逆向きに噴射させることによってスコールから距離を取り、銃撃を回避した。

 そして、そのままロケットエンジンを噴射し続け、ISが戦闘を行うにはお世辞にも広いとは言えない大広間を突き抜け、そのまま上空へと飛び出した。

 

「お得意の鬼ごっこもどこまでもつかねぇ!!」

「黙れオータム」

 

 しかし、オータムと1対1で逃げ切ってみせた時とは状況が違いすぎた。ただでさえ消耗しているにもかかわらず、今回は3対1な上に、多角的な攻撃を得意とするサイレント・ゼフィルスもいる。とてもではないが、逃げ切れるようなものではないだろう。

 

「萌くん!!」

「萌!!」

 

 だが、それはこの状況が続けばの話だった。すぐに、楯無達が救援に入ったのだ。

 楯無がオータムに、シャルロットとラウラはマドカに、簪と萌はスコールに攻撃を仕掛け、それまで一方的だった戦況は、一気に混戦模様へと陥った。

 

 

―・―・―・―

 

 

「てめぇらはいつもいつも邪魔ばかり!!」

「あなた達が、萌に手を出すからよ!!」

 

 オータムの銃撃をナノマシンによって操作された水流で受け止め、苛立ち交じりに放たれたオータムの怒号に対して怒号で返しながら、楯無は蒼流旋による刺突を放つが、それはあっさりと装甲脚によって受け止められた。

 

「ハッ、更識の長だかロシアの国家代表だか知らねえが、こんなもんかよ!!」

「そんなわけが、無いでしょう!!」

 

 しかし、蒼流旋の先端に搭載された四門のガトリング砲から放たれた弾丸が、受け止めていた装甲脚に命中し、爆発した。致命的とまでは行かないまでも、煙が晴れたそこには黒焦げた装甲脚があり、少なくともそれ以上動けるようには見えなかった。

 

「チッ、クソがぁ!!」

「させないわよ!!」

 

 オータムがいったん距離を置こうとするものの、ここが勝負所と見た楯無はそれを許すことなく、蒼流旋による連撃がオータムへと襲い掛かる。

 

「なんて、なぁ!」

「しまっ……!?」

 

 しかし、そこで近接戦に出た楯無を見て獰猛な笑みを深めたオータムはそれを受け止めることなく、受け流し、その勢いのまま近接戦に持ち込んでみせた。本来は近接特化型の機体であるアラクネにとってそこは最も得意とする領分であり、同時に楯無が先ほどまで本格的な近距離戦を行わず、一撃離脱の戦法を取り続けてきた原因でもあるのだ。

 

「そらそら、どんどん行くぜぇ!!」

「くっ……!」

 

 すると一転して、不利となったのは楯無の方だった。近距離戦においてはやはり分があるのはオータムの方であり、装甲脚による多角的な攻撃は楯無に距離を置く暇も、反撃をする暇も与えないでいた。

 

「こ、のぉ!!」

「無駄無駄ァ!!」

 

 どうにかして距離を置こうと、既にかなり消耗してしまった装甲を再び水へと変換し、小規模な爆発をオータムの眼前で起こすものの、そうして逃げ出そうとする頃には既に逃げ道はエネルギーネットでふさがれており、再び近接戦が始まってしまう。

 

 既に、戦況は誰がどう見ても一方的だった。

 

「……しょうが、ないか」

「あぁ? なんか言ったか?」

「……ええ、そうね」

 

 

 一緒にあの世に行ってみない? って言ったのよ。

 

 

 その言葉と共に楯無が浮かべた、それまでの表情からは考えられないような不敵な笑みを見たオータムは、とっさに装甲脚で楯無の全身を貫くべくエネルギーネットで逃げ道をふさぎ、全ての装甲脚を楯無に向けて放った。これ以上こいつに好き勝手させてはいけないと、本能が叫んでいたのだ。

 

 次の瞬間、オータムの視界を爆発が包み込んだ。しかし、アラクネにはオータムが予想していたようなダメージは入っておらず、そのことに対して困惑したオータムの思考が一瞬、止まる。

 

 それによって生まれる隙は、楯無に最後の一手を打たせるには十分すぎるものだった。

 

「まぁ、お姉さんは不死身だから死ぬのは貴方だけになるかもしれないけど!」

「なっ!? てめぇ、何を!?」

 

 爆発による煙を引き裂くようにして現れたのは、水を槍のように纏っている蒼流旋をオータムに突き付ける、もはやほとんどISを纏っていないようにすら見える楯無だった。

 

 ミストルテインの槍。ミステリアス・レイディを構成するアクアナノマシンの大部分を攻撃に転ずることで放つことができるミステリアス・レイディ最大にして最強の武装。防御面をほとんど無視しているため、最強の武器であると同時に諸刃の剣でもあるそれは、既に先のマドカとの一戦においてかなりのナノマシンを消費してしまっている今の状態では、本来の威力の半分も出せるかどうか怪しい所だった。

 

 しかし、楯無の最低限の安全すらも考慮しなかったのならば、ただでさえこれだけの威力を一点に集中して放つミストルテインの槍をさらにより小さい一点に集中して放つのならば。

 

「さて、神様にお祈りする準備はいいかしら!?」

「調子に、乗るんじゃねぇ!!」

 

 オータムが最後の抵抗とでも言わんばかりに防御を完全に無視し、装甲脚を乱暴に振り回す。

 

 それらの内の一本が楯無の身体を貫くのと同時に、

 

「ミストルテインの槍、発動!!!!」

 

 耳をつんざくような轟音と共に大爆発が起こった。

 

 

―・―・―・―

 

 

 シャルロットによる制圧射撃の隙間を潜り抜けて、ラウラのレーザー手刀がマドカへと襲い掛かる。しかし、マドカは少しも動じることなく、それをレーザーライフル『スターブレイカー』で受け止め、そのまま弾き返した。お返しといわんばかりの銃撃をラウラとシャルロットに浴びせながら、バイザー越しに冷たい視線を向け、マドカは言葉を紡ぎだした。

 

「本当に理解に苦しむな。死にたがりの馬鹿なのか?」

「貴様に、何が分かる! シャルロット!」

「わかった!」

 

 激昂したラウラがマドカの射撃をAICで無理矢理受け止め、ラウラのワイヤーブレードとシャルロットの高速切替による絶えることのない射撃により、逃げ場のない多角的な攻撃がマドカへと襲い掛かるが、

 

「十全ではない今ならばやれると思ったのか? 嘗めるな」

 

 マドカの余裕が崩れることは無く、既に2基落とされているはずのBT兵器でそれらの攻撃をいなし、さらには反撃に転じてみせた。

 

「ぐっ、まだそんな動きが……!」

「まだだと? まさかお前、お前達程度に私が本気になっているとでも思ったのか?」

「何……!?」

 

 BT兵器による反撃にラウラたちが苦戦する中、まるで世間話でもするかのようにマドカの口から紡がれた言葉に、ラウラたちの表情が固まった。

 

「良いだろう、興が乗った。お前達には試し斬りに付き合ってもらおう」

「っ来るぞ、シャルロット!」

「分かってる!」

 

 ラウラとシャルロットが弾かれたかのように動き出し、身構えた刹那。

 

 

「行くぞ、黒騎士」

 

 

 サイレント・ゼフィルスが、黒い輝きを放った。 

 

 

 

 

―・―・―・―

 

「シュヴァルツェア・レーゲン、並びにラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ、反応途絶! サイレント・ゼフィルス、戦線から離脱します!」

「何だと……?」

 

 楯無の特攻、ラウラ、シャルロットの撃破により、作戦室には悲愴な雰囲気が漂っていた中、突如撤退したサイレント・ゼフィルスにより、作戦室には絶望と困惑が混在することとなった。

 

 千冬は即座に思考を切り替えた。全員、生体反応は消えていないものの戦場でISを使えなくなったというのは死に等しいだろう。幸いにも、亡国機業が逃げた先の支部らしき場所には人員は配置されていなかった。既に廃棄された場所なのか、それとも別の理由があるのか、いずれにせよその事実だけが彼女達の命綱と言えるだろう。

 

 

『織斑先生……聞こえますか』

「ラウラ、無事か!」

『はい、シャルロットも、無事です……』

 

 そんな中、ラウラからの通信が入った。聞くだけでも痛みをこらえていることが分かる口調だったが、それでも確かに無事だったのだ。真耶が涙目になりながら胸を撫で下ろしたのもつかの間、ラウラが言葉を紡ぎだした。

 

『織斑先生、サイレント・ゼフィルスの武装に、展開装甲が使用されていました。恐らくは、篠ノ之束博士によるものかと』

「何だと? ……わかった。間もなく教員部隊がそちらに到着する。それまで、安全な場所に身を隠していてくれ」

『了解、しました……申し訳、ありません』

「何のことだ。お前たちは何も失態など冒していない」

 

 ラウラの、どことなく嬉しそうな弱弱しい笑みを最後に通信は切れ、作戦室には再び緊迫した空気が張り詰め始めた。

 

(どういうことだ……束!)

 

 焦る心を必死に抑え込みながら、千冬は未だ続いている戦いへと意識を向けた。

 

 

―・―・―・―

 

 

「萌、そっち!」

「わかった!」

「あらあら、妬いちゃうわね」

 

 簪が萌に合図した後に放たれた山嵐がスコールへと襲い掛かるが、スコールは少しも慌てる様子を見せず、彼女のIS、『ゴールデン・ドーン』の両肩に搭載された炎を纏う鞭、プロミネンスが全てのミサイルを打ち払った。

 

「はぁ!!」

 

 しかし、余裕こそ見せているがそこで隙が生まれたのは確かであり、そこを見逃さなかった萌がロケットエンジンを噴射させながら突貫し、右の綴雷電による一撃を放った。

 

「流石に、食らってあげるわけにはいかないわね」

「ぐっ……!」

 

 しかし、その一撃はゴールデン・ドーンの特徴でもある大きな尻尾によってあっさりと受け止められてしまい、そのまま萌は放り投げられてしまう。ロケットエンジンを噴射させることで体勢を立て直した萌だったが、勢いまでは殺しきれず、そのまま壁に叩きつけられてしまった。

 

「萌!!」

「他人の心配している暇なんてあるのかしら?」

「え……きゃあ!!」

 

 放り投げられた萌の方へと視線が動いてしまった簪の隙を突く形で、スコールは簪との距離を詰め、火の粉を纏ったその巨大な尾を振るった。視線を戻した簪はとっさに薙刀を構えようとするもののとてもではないが間に合わず、簪もまた吹き飛ばされてしまう。

 

「ぐ……う……」

「あのミサイルは厄介だし、まずは貴方に居なくなってもらいましょうか」

 

 既にほとんどのシールドエネルギーを消耗し、強制解除寸前とはいえISを身に纏っているにもかかわらず、全身を蝕む鈍痛に簪が動けないでいると、スコールの周囲に火の粉が舞い始めた。

 スコールがそういう間に、ゴールデン・ドーンの尾に周囲を浮遊していた火の粉が集まっていき、球体を成した。超高熱の火球、『ソリッド・フレア』がゴールデン・ドーンの尾から離れようとした次の瞬間、

 

「させません」

「あら、意外と早かったわね」

 

 再び綴雷電のロケットエンジンを噴射させた萌がスコールへと殴り掛かった。かなりの速度で突っ込んできた萌に対しても、スコールは少しも慌てることなくソリッド・フレアを萌に叩きつけんばかりの勢いで尾を振るうが、

 

「おおあ!!」

「へぇ、本当に強いのね」

 

 もう片方の綴雷電で尾を殴り飛ばし、無理矢理尾の軌道をそらしてみせた。当然、かなり無理な体勢から殴ったため萌の関節に激痛が走るが、萌は眉一つ動かさずにそのままロケットエンジンの噴射による勢いだけの拳を放った。

 

「まぁ、無駄だけれど」

「くっ、ああ!!」

 

 しかし、その拳がスコールに届くよりも早く、軌道を反らされた尾から離れていたソリッド・フレアが萌へ襲い掛かった。萌はとっさに身体を反らし、振り切った状態の片方の綴雷電のロケットエンジンを無理やり噴射させ、スコールから離れた。しかし到底避けきれるようなものではなく、シールドを貫通するレベルの熱が萌に襲い掛かっていた。

 

「その腕じゃ、もう無理なんじゃないかしら」

「萌、逃げて!」

 

 代償は大きく、ほんの少し見える右腕の関節部分はあまりにも無理な動きの為に赤黒く腫れあがっており、だらりと垂れ下がっていた。簪の悲痛な叫びがこだまするものの、萌がそれに応じる様子は無かった。

 

「ここから、です」

「何?」

 

 平坦な声で、萌がそう言うと共に、打鉄・雷火を眩い光が包み込んだ。

 奥の手か、それとも特攻か。次にどんな手が来たとしても対応できるようにスコールが身構え、思考を巡らせていると。

 

 

 

 

 光を爆発により吹き飛ばし、打鉄・雷火ではないISを身に纏った萌が現れた。

 全体的なシルエットはそれほど大きく変わったわけではない。しかし、打鉄・雷火を象徴する装備であると言っても過言ではない綴雷電はさらに巨大化し、その凶悪さを増していた。その武装に目を奪われて気付かないがそれ以外にも随所に変化点が見られ、明らかに打鉄・雷火とは別物であるという事が分かった。

 

 その名は、打鉄・雷轟火。打鉄・雷火と焔萌の同調が高まった結果、打鉄・雷火が萌に更なる力を与えるべくその身を変化させた姿である。

 

「一体、何が……」

 

 簪も、スコールも唖然とする中、萌一人だけ、背面に搭載されたブースターを噴射させてスコールへと殴り掛かった。

 

「くっ、まさか、こんな時に第二次移行(セカンドシフト)!?」

 

 スコールがとっさに尾でその拳を受け止めようとするものの、萌はお構いなしにその拳を振りぬき、尾を弾き飛ばしてみせた。警戒を最大にまで強めたスコールは尾を地面に叩きつけることで周囲に火の粉をまき散らし、一旦萌と距離を置いた。

 

「もゆ、る……?」

「簪さん、もう動けないのはわかってる。だけど、もう一発だけ山嵐をお願いできる?」

「っ……うん、わかった!」

 

 その間に、簪と萌は短い会話を交わした。簪は、未だに何が起こっているのか完全に把握できたわけではないものの、その萌の声に、ここ最近ほとんど聞くことのなかった暗さを一切感じさせないその声に突き動かされ、痛みで未だに動くことを拒否する体に鞭を打って立ち上がった。

 

「おおおお!!」

「くっ、しつこい、わね……!」

 

 再び、背面のブースターと、さらに凶悪さを増した新たなる拳、『還雷電(かえりらいでん)』に搭載されたロケットエンジンを噴射させた萌がスコールへと殴り掛かった。

 全身に搭載されたブースターにより、打鉄・雷轟火以外では不可能と言っても過言ではないレベルの複雑な軌道による超高速機動を実現させた打鉄・雷轟火は、如何に実戦経験が豊富なスコールと言えども到底避けきれるようなものではなく、

 

「はぁ!!」

「っぐぅ!!」

 

 とっさに展開したプロミネンスを高速回転して形成したシールドを粉砕しながら放った拳を、スコールはまともに受ける羽目になってしまった。

 

「もう一度だけ、お願い、打鉄弐式!」

 

 そして、萌がスコールへと殴り掛かっている間に即座にデータ入力を終了させた簪が、山嵐を放った。先ほど山嵐が放たれた際にスコールを守ってみせたプロミネンスは既に萌によって破壊されており、それ以前にスコールは還雷電の対処で精一杯となっていた。

 

「やって……くれるわね……!」

 

 その結果、尾で数発は凌げたものの、山嵐の大部分が直撃する結果となってしまった。装甲の所々が破損しているものの、スコール自身はそれほど堪えた様子もなく、むしろ先ほどまでとは明らかに異なる怒気を孕ませた口調で再び萌の対処に回った。

 

「行きます!!」

「甘く見ないでもらえるかしら!?」

 

 そこから始まったのは、凄まじい速度で両者の立ち位置が入れ替わるインファイトだった。尾やソリッド・フレアによって手数を大幅に増やしているスコールに対し、萌は全身のブースターを適切なタイミングで個別に噴射させることにより速度を大幅に上げた連撃で対応していた。

 

「何……ですって……!?」

 

 だが、均衡状態はほどなくして崩れ始め、形勢は徐々に萌へと傾いていった。スコールが驚愕の表情を浮かべる最中も、萌は紫電を迸らせながら拳を振るい続けた。その速度は徐々にではあるがさらに加速していっていた。

 

 スコールが驚愕するのも無理のない話であった。いくら萌が第二次移行をしたとしても、才能あふれる操縦者だったとしても、圧倒的な経験量を誇るスコールに追いすがるにはそれでは足りないはずなのだ。それは、先程までの戦いを見ていたスコールだからこそ言えることであった。

 

 そこには理由があった。萌は第二次移行に伴い単一仕様能力(ワンオフアビリティ)も発現させていたのだ。

 

 『激闘深化(げきとうしんか)』。打鉄・雷轟火の単一仕様能力であるそれは、本来のISと操縦者の間に独自の電磁ネットワークを形成し、操縦者の脳とISを接続することにより、IS側の限界と操縦者側の限界を大きく超えたパフォーマンスを可能にする単一仕様能力である。

 

 萌は、この能力を常時発動させることにより、常人ならばまず不可能な操縦速度を実現させ、スコールを圧倒していたのだ。

 

 戦局が傾き始めてからは、完全に萌のペースとなっていた。今や攻勢に出ているのはスコールではなく萌であり、スコールは激しさを増し続ける萌の攻撃に危機感を抱いていた。

 

「こ……のぉ!!」

 

 このままインファイトを続けていては、いずれ確実に致命的な隙を晒してしまう。そう判断したスコールは全身を迸る火の粉を一点に集め、それを破裂させることによってもはや爆発と言っても過言ではない熱波を萌に叩きつけようとした。元から今の速度で動ける萌に当たるとは思っていない。距離を取られてしまうのがオチだろう。しかし、多少の隙を許容してでも今の萌と近距離戦を続けるのは危険だと判断したのだ。

 

「はぁっ!!」

「しまっ……!?」

 

 しかし、萌の速度はさらにその先を行った。まるでその熱波を予知していたかのような速度で熱波が届かない場所まで後退し、そのまま力をためるかのような動作を取った。

 

 それは正しく、熱波によって生まれるスコールの隙をちょうど突けるようなタイミングだった。

 

「はあああああああああああ!!!!」

 

 裂帛の気合と共に、紫電が迸る還雷電のロケットエンジンが、打鉄・雷轟火の背面のブースターが一斉に噴射する。音すらも置き去りにせんばかりの勢いで萌は完全な隙を晒しているスコールへと一直線に突貫し、

 

「こんな、所で……!!」

 

 スコールがそれを言い終わる暇もなく、両の還雷電が、スコールの腹部を文字通り貫き、両断した。如何にISの操縦者を守る機能が優れているとはいっても、それは決して絶対ではない。

 

 彼女の身が人のそれから大きく外れていることを示すかのように明らかに血液や体液のそれではない液体をまき散らし、スコールはその場に崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

「萌…………」

 

 簪は、既に使い物にならない打鉄弐式を解除し、痛む体を引きずり、肩で息をする萌へと歩み寄った。厳密に言えば、スコールは戸籍上ではいないことになっている。だから、この件も、決して公にされることは無い。萌に何か罰が降りかかることもないだろう。

 けれど、萌は確かに、初めて自分の手で他人を殺めたのだ。今の彼には支えてあげる誰かが必要だと思ったのだ。

 

「大丈夫、大丈夫だから……」

 

 萌の傍に寄り添おうとした、その刹那。

 

 

 

 萌が、弾かれたかのように再び動き出した。

 

 

 

―・―・―・―

 

『焔! 何をしている!!』

『駄目です! 通信回線が強制的に切られています、再接続できません!』

『くっ、簪、何があった!』

「…………………え?」

 

 簪が呆然と、萌が飛び去って行った方向を眺める中、耳には教師たちの慌ただしい声が届いていた。

 

 簪は、自分の胸にある感情が何なのか、理解できないでいた。悲しみではないし、怒りでもない。ただ、わからなかった。何故、萌は再び何かへ向けて動き出したのか。どこへ行こうとしているのか、何をしようとしているのか。何もかもが分からなかった。だからこそ、自分がそれをどう思っているのかすらも分からなかった。

 

「おー、やーっと終わったみたいだねー」

 

 そんな中、その場に現れたのは、束だった。その様子はいつもと変わらず無邪気で、しかし同時に近寄りがたい何かを秘めていた。

 

「……あなたの、せいなんですか?」

「んー? 誰だよ君は……なーんてウソウソー! 今の束さんはマックス機嫌がいいから君の質問にも答えてあげよう!」

 

 いつの間にか、千冬たちとの通信は途絶していた。そんなことに簪が気付く間もなく、束は言葉を紡ぎだした。

 

「もうちーちゃんには耳にタコができるくらい言ったけど、私のせいじゃないんだよねー。だって私はあれに何もしてないし」

「……じゃあ」

 

 簪がゆっくりと束の方を向いた。その表情は、何らかの恐怖を堪えているようにも見えた。

 

「……貴方は、何しに来たんですか?」

「そりゃもちろん亡国機業とかいうののデータを片っ端からもらうためだよー! いやー今時データを紙にしか残してないとかどう思う? いくら古いって言ったって限度ってもんがあるでしょーに……」

「……………」

 

 簪の胸を訳の分からない安堵が包み込む中、ぶつくさ言いながら、束はその場を後にした。

 

 

 

―・―・―・―

 

 

 

――あなた、だあれ?

 

――説明している時間はありません。それは全部ロスになりますから。

 

 

 イギリスが開発している生体融合型IS、エクスカリバー。それはもはやISというよりは1つの巨大な衛星砲と表現した方が良いそれに、萌は接触し、コアネットワークを通じてこのISの操縦者でありコアである存在、エクシア・カリバーンと通話を行っていた。

 

――私がこれから命令する座標に向けて、一発。貴方の最大威力の放射をお願いします。

――え? でも……

――いいから、早く、やりなさい。

 

「…………あ」

 

 次の瞬間、エクシアの脳内を何かが駆け抜け、その口から出るはずのない声が、漏れ出るように多量の空気と共に漏れ出た。

 

――……そっか、あなた_

 

 

 命令プロトコル、優先順位強制変更。

 

 

 

 モード・エクスカリバー、起動。

 

 

 

「…………」

 

 萌はエクスカリバーから離れ、エクスカリバーの砲口から300m下に位置する場所で佇んでいた。すでに目や耳や鼻からまるで蛇口でも捻ったかのように血が流れだしており、真っ赤に染まった眼球の中で辛うじて焦点を保っている瞳は霞んでいる。もはやハイパーセンサーを頼りにしてどうにか周囲を把握していると言った状況だろう。

 

 閉じていた目を萌が開くと同時に、打鉄・雷轟火に付随して大量のエネルギー兵装が展開され、それら全てがさながら巨大な翼の形を成すように無理矢理連結され、打鉄・雷轟火に接続される。

 

 

 

 そして、エクスカリバーから極大のエネルギーによって構成された触れたものすべてを溶かしつくす熱線が萌へ放たれた。

 

 

 城1つ程度ならば軽く蒸発させることが可能であろうその熱線は一直線に萌へと向かっていき、

 

「っぐ……ああああああああ!!!!」

 

 それらを全て、打鉄・雷轟火のスラスターが吸収し始めた。凄まじい熱量は、ISのシールドを貫通して余りあるものであり、萌はそれを体内から逃がそうとするかのように叫び声をあげた。

 スラスターは紫電をほとばしらせながらも、リミッターを完全に外し、吸収したエネルギーを一瞬ですら留めることなく、あらかじめエネルギー残量を空にして展開させたエネルギー兵装達に循環させ続けることでどうにか壊れることなく機能していた。

 

 スラスターだけではなく、凄まじい量のエネルギーを循環させているエネルギー兵装も、限界を示すかのように紫電がほとばしり、一部の兵装はヒビが走り始めていた。

 

「ぐっ……うう、ああああ!!!!」

 

 そして、その影響は萌本人にも及び始め、激闘深化によってリミッターを完全に外した弊害か、エネルギーが萌へと逆流し、萌の皮膚の一部が火傷を通り越して炭化し始めていた。

 

 

「ああっ!!!!」

 

 

 そして、全てのエネルギーが打鉄・雷轟火に吸収された。打鉄・雷轟火自身にも限界が来ているのか、所々にヒビが入り始め、その姿はもはや無惨という他なかったが、それでも今の打鉄・雷轟火はもはや一個の兵器としてみるならば規格外のエネルギーをその身に宿した怪物と化していた。

 

 

『っ萌、駄目!!!!』

 

 

 そこで、無理矢理回線を繋いだのか、簪の悲痛な叫びが萌の耳に届いた。

 

「…………_____」

『…………え?』

 

 

 最期に紡いだその一言は、簪だけに届き、

 

 

 極大のエネルギーが噴射した。

 

 

 それはまるで巨大な翼のように、スラスターから噴き出してもなおしばらくの間は視認できるほどの密度で以て噴射し続け、ISを以てしても、否、現行のどんな存在であっても不可能な加速で以て、落下した。

 

 それは、さながらかつてISが台頭する前に大国が極秘で開発していたという神の杖。ある程度の初速度をつけ、質量の塊を叩き落し、原子爆弾以上の破壊力を実現する今や机上の存在となった兵器。

 

 

 それを、本来ならば想定していない質量と、想定していない加速度を以て行えばどうなるか。

 

 

 過剰なエネルギーを自身の防備へと回し、辛うじて弾丸である自身の身を保護し、萌は落ちていった。

 

 初速度の段階で音速を超え、さらに加速を続ける。

 

 

 高まった熱量により、それは流星のように、しかし流星のように周囲を抉ることなく、一本の槍のように落ちていく。

 

 

 亡国機業の本部の防衛設備といえど、それは到底防ぎきれるようなものではなく、それ以前に察知したときにはすでに手遅れの所まで来ており。

 

 

 はるか遠くまで届く轟音と、大地震にすら匹敵する揺れだけを残し、亡国機業の本部は、地下に広がる施設ごと跡形もなく消滅した。

 

 

 

「っ、焔萌の生体反応、消失しました!」

「そ、そんな……焔君! 返事をしてください、焔君!」

 

 管制室に真耶の悲痛な叫びがこだまする。千冬も、信じられないと言った表情で、ただモニターを眺めることしかできなかった。

 

「っ、すぐに落下地点に教員部隊を送れ! 急げ!」

 

 そして、最悪の、既に確定しているといっても過言ではない現実から目を背けるかのように指示を飛ばした。

 

 

 

「も、ゆる…………」

 

 簪は、掴んでいたマイクを手放し、まるで魂が抜けたかのようにその場にへたり込んだ。

 

 ISを使えなくなり、彼の背中を、再び見送ることしかできなかった。何かできることは無いかと必死に考え、亡国機業支部にあった通信装置を用いて、必死に集中力を巡らせ、すでに遥か彼方へと行ってしまった萌に声を届けた。

 

 

 今、誰かが止めなければ、萌は間違いなく取り返しのつかないことをする。真耶から送られてくる萌の位置情報が、それを如実に告げていたからだ。

 

 

 しかし、声は結局、声でしかなかったのだ。

 

 

「簪、何が……」

「ラウラ、さん。シャルロットさん……」

 

 そんな彼女の元へと歩み寄ってきたのは、応急処置を終え、どうにか動けるまでには回復したシャルロットとラウラだった。両者ともにISを強制解除させられていたため、ラウラと千冬の通信を最後に通信を行っていなかったのだ。

 

 

「もゆ、るが……もゆるが……」

 

 誰よりも萌の事を思っていた彼女が、まるで機械のようにその言葉を繰り返しながら、ただ涙を流し続ける姿を見て、何が起こったのかを察したラウラとシャルロットはその場にへたり込んだ。

 

「馬鹿な……」

「そんな、ことって……」

 

 

 数秒後、ラウラの絶叫が虚空に響き渡った。愛する者の為に、軍人として、作戦を確実に遂行するために、それまで自身の感情を抑え込んでいた蓋は、あっさりと崩れ落ちた。

 

 シャルロットは、ただただ涙を流していた。だが、声を上げることは無かった。できなかったのだ。

 彼女が想いを告げることなく、萌は彼女の前から姿を消してしまった。その事に対するどうしようもない後悔と自身への怒りが、彼女に嗚咽を噛み殺させていた。

 

 

 

 

 

 

 

 結論から言ってしまえば、萌が放った特攻により亡国機業の指揮を執り行っていたとされる幹部会は殲滅された。

 

 残党による行動は今のところ確認できていないが、『更識』が総力を挙げて残党、ひいては亡国機業と協力関係にあった組織や団体を片っ端から見つけ出し、7月が終わるころには、亡国機業と呼べるものは書類の中にしか存在しなくなった。

 

 亡国機業の本拠地だった場所は、巨大なクレーターのようになっており、残骸のようなものは見つかっているものの、そこから遺体が見つかるようなことは無く、行方知れずとなっていた萌の捜索は、1週間で打ち切られることとなった。

 

 

 彼女達の日常から、災禍と呼べるものは取り除かれた。彼女達の穏やかな学園生活を阻む者はもう誰もいない。

 

 

 

 彼女達は、1人の友人を無くした代わりにその日常を歩むこととなったのだ。大切な物が欠けてしまった、その日常を。

 




はい、言いたいことは色々ありますし皆さんにもあると思いますがとりあえず私の言いたいことは活動報告にてまとめさせていただきました。


長きにわたるご閲覧、本当にありがとうございました。


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