【完結】Fate/stay night -錬鉄の絆- (炎の剣製)
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第001話 『プロローグ』

…私の最初の記憶の始まりは突如として燃え上がる大地、一面の焼け野原……

そう、私の慣れ親しんだ町が一瞬にして地獄の業火という名にふさわしい大火災に飲まれてしまった。

見渡す限り廃墟、廃墟、廃墟……人であったものも今では黒い固まりに成り果てている。

さながら映画のワンシーンのようで、もしかしたらこれはなにかの撮影かもしれないとまで思った。

だけど、それは私の周りから次々と聞こえてくる怨嗟や悲願の声で現実だと認識することしかできなかった。

私はその声に反応できても助けることが出来ない……なんて、無力。

だからその声が聞こえてきても私は素通りすることしかできなかった。

そして次第にその声達は聞こえてこなくなって、

 

『ああ、この人も死んじゃったんだ……』

 

と、いうことしか考えられなかった。

私もいつかあの人達と一緒になるんだ、と心の片隅で考えたけど、すぐに否定した。

私は生きなければいけない。

それは最初に私のことを助けてくれた、代わりに炎に飲まれてしまった兄さんと呼んでいた人との約束、

 

『お前だけでも生きて……幸せになって……!』

 

その言葉だけを胸に秘めて、兄さんのためにも、生き延びたのだから生きなければと重い足を動かした。

だけど、それもどうやら限界のようで私はとうとう仰向けになって空を見上げた。

そこで目にしたのは黒い太陽……それが、なにかはわからないけど、とても恐ろしいものだと思った。

でももう自分という自分は尽く壊され、ただ死を待つばかりだったので私は気にすることもなかった。

だけど、そこで足音が聞こえて、

 

「生きて、生きていてくれているんだね……ああッ!」

 

どうやら男性のようだったらしいけど、私はそこで今まで保っていた意識をとうとう手放した。

 

 

 

 

 

 

次に眼を覚ましたのは真っ白な天井がある一室。

体中には包帯が巻かれていて少し呆然としていたが意識が完全に目覚める前に、

 

「先生! 女の子が眼を覚ましました!」

 

看護婦らしい女性が涙を流しながら受話器を片手に私の元へと駆け寄ってきた。

 

「私……助かったんですか?」

「そうよ。でもよかったわ。二日は昏睡していたからもう目を覚まさないかと思ったのよ。それよりお嬢ちゃん、一つ聞いてもいいかな?」

「…なんですか?」

 

ふと、気づいたんだけど看護婦さんはさっきの笑顔とは一転して表情に影ができていた。

それで、なにか言おうとしているのだろう。言葉を濁しているようだが決心した顔になって、

 

「自分のお名前、わかるかな?」

「え?」

 

私は一瞬、何を言っているのかわからなかった。だって自分の名前なんて誰だって……

でも、

 

「あ、れ……? わからない…」

「そう、なの。それじゃ他にはなにかわからないことはないかな?」

 

看護婦さんが必死な目をして問いかけてくるので私は必死になって思い出そうとしたんだけれど、まったくなにも思い出せない。

いや、まったくというわけではない。一つだけ、助けてくれた兄の『■■』という名だけは覚えていた。

そのことを伝えると看護婦さんは沈黙してしまった。

なんでそんな悲しそうな顔をするんだろう?

そうこうしているうちに後からやってきた先生に看護婦さんは私の言ったことを伝えた後、涙を流しながら病室を出て行った。

それから先生に色々教えてもらった。

私はどうやら記憶喪失なのだという。

そしてあの大火災での数少ない生き残りだとも。

それを教えてもらったときの私は薄情なのかもしれないけど、特に絶望とか喪失感といった、そんな感情はいっさい浮かんでこなかった。

ただ、「そうなんですか…」と相槌を打つだけだった。

 

 

 

それから数日、私は個室のベッドの上でただ外を眺めていることしかしていなかった。

だって、何もする気が起きなかったから。

名前もわからなかったためか病院内を時たまに検査で出歩いても『お嬢ちゃん』としか呼ばれることはなかった。

ただ、腰まである赤髪が目立ったのか“赤毛のお嬢ちゃん”と次第に呼ばれるようになっていた。

 

 

 

ふとした日に扉がノックされいつもの先生なのだと思って「はーい」と招き入れるとその人は先生ではなかった。

ぼさぼさとした髪に乱れたしわくちゃな背広を着た男の人だった。

 

「やあ。君が……えっと」

「あ、大丈夫です。名前がないのは特に気にしていませんから。それよりおじさんは誰ですか?」

「お、おじさん…」

 

あ、なにか傷ついているみたい。おじさんは悪かったかな?

だけど男の人はすぐに立ち直ってこちらに顔を向けてきた。

思えばあの時に聞こえた声の人だった。

 

「率直に聞くけど、このまま孤児院に預けられるのと、初めて会った僕―――おじさんに引き取られるのと、君はどっちがいいかな?」

 

おじさんは自分を引き取ってもいい、と言う。

親戚なのかも思い出せないから一応聞いてみたが、紛れもなく赤の他人と返された。

第一印象からして少し頼りなさそうな感はしたけど、孤児院とおじさん、どちらも知らないことに変わりはない。

だから、それならと思っておじさんについていくと私は返事を返した。

 

「そうか、なら善は急げ。早く身支度を済ませちゃおう。新しい家に一日でも早く慣れなきゃいけないからね」

 

それから、おじさんは慌しく私の少ない荷物をまとめだした。

しかし、その手際は子供だった私から見ても決していいものではなかった。

私も手伝うと言ったが「大丈夫」の一言で片付けられて結局最後まで一人で荷物をまとめてしまった。

そして荷物を持って部屋から出る前におじさんは立ち止まって、

 

「おっと、大切な事を言い忘れていたね。うちに来る前に、一つだけ教えなくちゃいけないことがある」

「なに、おじさん?」

「僕はね、魔法使いなんだ」

 

おじさんは私に向かって真剣で、だけどどこか砕けた表情をしながらそんなことを言ってきた。

 

「わぁ、おじさんすごいね!」

 

私は冗談を言っているのかもと思ったけど本当だったらすごいな、と思って率直にそんな言葉をいった。

 

「そうだろう?と、そうだ。それより紹介がまだだったね。僕の名前は衛宮切嗣。

そして君の名前だけど、勝手だとは思うけど君のお兄さんから取らせて考えさせてもらったんだけど、いいかな?」

 

私はとくに否定はしなかった。

兄さんの名は私にとって唯一の思い出。

それを少しでも名乗れるのはある意味誇りでもある。

そして、それどころか真剣に私の名前を考えていてくれた切嗣さんに感謝したいくらいだった。

 

「それで名前なんだけど、お兄さんの名前を少し変えて女の子らしく『志郎(しろ)』ってしたんだけど、どうだい?」

「シロ、しろ、志郎(しろ)……うん! ありがとう切嗣さん!」

「よかった。気に入ってもらえて。正直不安だったんだよ」

「ううん。いいの。これで兄さんといつまでも一緒にいられるから」

 

私は多分、今は満面の笑みを浮かべているんだろう。

自分でも顔がほころんでいるのがわかる気がする。

だけど切嗣さんはどうしたんだろう?急に顔を赤くしている。

 

「志郎…それは、その笑顔はあまり他人に見せない方がいいよ?」

「どうして?」

「いや、わからないなら別にいいんだ。さ、それじゃ今日から君は『衛宮志郎(しろ)』で僕の娘だよ」

「うん、お父さん!」

「ぐはぁ……!」

 

だから、どうしたんだろう? 今度は頭を抑えている。

それから私とお父さんは大きな武家屋敷で暮らすことになった。

最初は大きくて広いお屋敷だと思ったけど、一ヶ月もすれば住めば都というように勝手知ったる我が家のようになにがどこにおいてあるのか把握した。

そしてお父さんになんで魔法使いなの?と聞いてみたらまるでしまったという表情になり、

 

「ほんとはね、僕は魔術師っていうんだ」

「そうなの。ね、それって私でも使えるの?」

「え……そ、そうだね。でも魔術師になるってことは常に死と隣り合わせの世界に入るという事だよ?」

 

 

と、いって最初は断られたが、私もお父さんのように人を助けられるような人になりたいといって何度も頼み込んだ。

そしてとうとうお父さんは「負けた」といって、私に魔術を教えてくれるようになった。

最初は魔術回路(マジックサーキット)の回路生成。これは魔術を習い始めた初日に難なくクリアして、自身の属性などを身に付けていった。

1年ほど魔術の訓練に時間を費やし、私の属性が解明される。

お父さんが言うには私の魔術は剣に特化したもので決して魔術師にはなれないそうだ。

だけど、頭の中にあるイメージと基礎的な知識から回路は全部開いていないことに気づいてお父さんに問いただしてみたところ、

 

 

「基礎的な知識とイメージだけでもう気づくとは。すごいね、志郎は」

「あー! やっぱし! 私には中途半端に教えるつもりだったんでしょ!? 私は騙されないんだからね!」

「…はー、志郎は頭がまわるんだね。しかたがない、でもほんとうにいいのかい?」

「うん。それにお父さんは内緒にしているみたいだけど……お父さんの部屋に隠されている銃火器、これも私を魔術師にしたくない一つの理由なんでしょ?」

「志郎!? どうしてそれを…!」

「私の使える四つの魔術には解析が含まれているのは知っているでしょ?

それでつい最近私の魔術回路の調子を調べてみたら本当は1本だけじゃなくて最高27本はあることがわかったの。

そしてさっきいったことはたまたまお父さんの部屋を解析したからわかったことなの」

「27本も!? それに、そうか…ばれちゃったのか」

「お父さん…なにを隠しているの? 私には真実を教えてくれないの?」

「しかし、すべてを知ると志郎は本当に後戻りできなくなるんだよ? それでもいいのかい?」

「ええ。覚悟は出来ているわ」

 

 

そして、お父さんは渋々ながらすべてを話してくれた。

あの大火災の真実。

聖杯戦争。

聖杯の中身。

英霊と呼ばれるサーヴァント。

令呪。

御三家のアインツベルン、遠坂、マキリ(間桐)。

娘のこと。

自身が聖杯の泥によって死の病にかかっていること。

私の体には私を助けるために彼のアーサー王の聖剣の鞘『全て遠き理想郷(アヴァロン)』が埋め込まれたこと。

そして、お父さんの目指していた『正義の味方』の本当の素顔。

 

………私は、様々な知識を頭で並べるように記憶した。

 

 

「……驚いただろう? 僕は正義の味方を目指しながらも、その実、魔術師殺しとまで言われるようになった人殺しなんだ。それに志郎のお兄さん達を殺してしまった原因も……」

 

お父さんは後悔するように顔を両手で覆い今にも泣き出しそうな顔をしていた。

まだ小さい私にはお父さんのすべては理解できないかもしれない。だからどんな言葉をかければいいかわからない。

だから、私は言葉の代わりに精一杯お父さんの顔を胸に抱きついた。

そしてお父さんはその場でまるで懺悔するかのように泣き続けた。

 

 

………

……

 

 

しばらくしてお父さんは泣き止み、

 

「…はは、恥ずかしいところを見せたね」

「ううん、いいの。でもそれなら余計私は魔術を習わなくちゃ!」

「…え? どうしてそういう結論に至るんだい?」

「だって、私が強くならなくちゃお父さんの本当の子供、年にするとお姉さんを助けることが出来ないでしょ?」

「え、で、でも…とっても危険なことなんだよ! もしかしたら死んじゃうかもしれないんだよ!?」

「平気よ。私には兄さんとの約束があるから。必ず生きて幸せになるって…それにさっきのことで私も正義の味方になるって」

「それは…」

「うん。わかってる…すべてを救うことができなかったからお父さんは聖杯にまで願おうとしたんでしょ?

でも、正義の味方は決して一つじゃないでしょ?

私はお父さんの『すべてを救う正義の味方』はきっと継げそうもないから、かわりに『大事な、大切な人達を護れる正義の味方』になるわ!」

「は、ははは……! 志郎は本当に僕を驚かすことをたくさん言ってくれるね。

そうか、『大事な、大切な人達を護れる正義の味方』……それなら実現できるかもしれないね。

僕も、それに早く気づいていれば…いや、もう過ぎたことをいってもしょうがないね。それじゃ志郎、僕も覚悟を決めたよ!」

「うん!…それとね、私はお父さんのことは恨んでいないからね。それどころか大好き!」

 

 

笑顔を浮かべて私は抱きついたらお父さんはなぜか倒れてしまった。理由はわからなかった。

それからお父さんは率先して私に魔術を教えてくれるようになり回路もすべて開いてもらって、

魔術鍛錬と同時に戦闘訓練で体を鍛えることも怠らずにやった。

戦略や銃火器類の使い方も教えてもらったのは、まぁ傭兵家業だと知ってからだ。

そして私の投影は本来ありえないものだということに気づいたお父さんは「志郎は投影魔術師なんだよ」と教えてもらい、学校が休みになれば一緒に世界も旅するようになった。主に刀剣巡りがほとんどだったけどとても充実した毎日だった。

 

 

 

 

 

……そして五年後のある月が綺麗な夜のこと、

お父さんは布団に横になり辛そうな顔をしていた。

 

「お父さん…」

「うん、もう駄目みたいだね…自分の体は一番自分がわかっているから。…ごめんね、志郎。君にはとても重いものを背負わせてしまって…」

「いいの。私はきっと後悔しないから。きっと姉さんも助けるからね」

「ありがとう、志郎…僕は志郎と過ごしたこの数年、後悔や懺悔もあったけど、同時にとても楽しかったよ。

だから僕のいくつか最後のお願いだけど、いいかな?」

「うん…」

 

お父さんはもうまともに動かない体を起こしたので私は咄嗟に支えてあげた。

 

「まず、無茶はしちゃ駄目だよ?」

「うん、わかっているわ」

「そして決して挫折しちゃいけないよ。僕のようになっては駄目だよ…」

「うん…」

「最後に…」

 

お父さんはそこで一度言葉を切って、

 

「笑っていてくれ、志郎…志郎は笑顔が一番似合うから」

 

そういってお父さんは私の頬を、目じりを拭ってくれた。そこで私は初めて泣いていることに気づいた。

私はすぐに涙を腕でゴシゴシとふいて笑顔をお父さんに向けた。

 

「うん、やっぱり志郎は笑顔が似合っているね…幸せになるんだよ、志郎…」

「うん…っ!」

「…ああ、安心した…」

 

ただそれきり、お父さんは最後に幸せそうな顔をしながらその生涯に幕を閉じた…。

 

 

 



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第002話 1日目・1月31日『魔女との出会い』

更新します。


お父さんが逝ってから五年。

私はそれから独自ではあるがお父さんが残してくれた様々な魔術書を読み漁りながらも平行して魔術鍛錬、戦闘訓練をしていた。

姉代わりの藤村大河にはたまになにをしているのか尋ねられたことはあるが、体を鍛えている、物の修理をしていると表向きの理由ではぐらかしていた。

ちなみに藤村大河とはお父さんの娘になったときからの付き合いで通称藤ねえ。

以前に大河さんといったらバックに虎のようなオーラが見えて怒られた為に試行錯誤の末に現在の呼び名に収まっている。

実際、藤ねえの祖父の雷画お爺様には、お父さんの死後、遺産相続やら葬儀の手続きなどで散々お世話になったこともありとても感謝している。

 

そして今日、私はなぜか土蔵で寝ていることに気づいて起きたら隣には私の妹分の後輩、間桐桜が座って私の顔を眺めていた。

間桐桜とは私の一つ年下の後輩で、一年位前に私が怪我をした時に食事を作りに来てくれるようになって今では当然のように家の手伝いをしてくれるようになった。

桜は御三家のうちの一つ、マキリの娘さんだけど本当は同じ御三家の遠坂家の養子らしい。

桜自身はそのことは話してくれていないけど私は色々裏から情報を入手しているから知っている真実だ。

当然、私が魔術師だと言うことを桜は知らない。

 

「おはようございます、先輩」

「ふぁ~……うん。おはよう桜。ところでなんでじっと私の寝顔を見ていたの?」

 

私は長い赤髪を掻き上げながら桜に尋ねてみた。

実のことを言うと私の身長は桜よりも小さくて童顔も相まってよく中学生に勘違いされてしまうからかなり悲しいことである。

だけど胸は桜ほどではないけどあるから悲観はあまりしていない。

 

「それは…その、先輩の寝顔はとても可愛くて、その…」

「…うん、もうわかったわ。それじゃさっさと食事を作らなきゃ。藤ねえが怒っちゃう…」

「あ、それは大丈夫です。もう下ごしらえは済ませておきましたから」

「桜、ありがと…それじゃちょっとシャワー浴びてくるわね。このままじゃまた怒られちゃうから」

 

私は今着ている作業着を見ながらそう言った。

 

「はい。わかりました」

 

私はお風呂までの道のりの途中にある居間まで一緒に歩いていった後、別れて朝のシャワーを浴びた。

そこで、ふとあることに気づいた。

私の左手の甲になにやら痣のようなモノが浮かんできている。

桜は気づいていなかったようなのでこれは令呪の兆しなのだろう。

お父さんがもしもの時の為に私の体にもし令呪の兆しが現れたら他人には――他の魔術師にも気づかれない――絶対見えないように隠蔽魔術をかけてくれていたので助かった。

それで結論は、もう聖杯戦争の始まりが近づいていると言うことだ。

召喚するとしたら今夜、ということなのだろう。

 

「お父さん…私、頑張るからね。だから見守っていて…」

 

シャワーを浴びながら私は決意を新たにした。

そしてお風呂から出た後、髪を乾かして梳かし腰辺りに黒いリボンを着け制服に着替えた。

居間に向かうとそこにはすでに藤ねえがいた。

 

「あ! 志郎、遅いよ~?」

「ごめんね、藤ねえ。それといつも勝手に朝夕と食事を摂りに来ているんだから文句は言わない」

「いいじゃないかー?」

「それじゃ、せめて食費は入れてね?」

 

私は出来るだけニッコリ笑顔で藤ねえに向かって視線を放った。

 

「う!? う~~~…桜ちゃん、志郎ちゃんが顔は可愛いのになにか怖いよ」

「自業自得ですよ、藤村先生」

「ガーン! 桜ちゃんにまで裏切られた!?」

 

ルールーと嘘泣きをしている藤ねえを冷めた目で見た私はすぐに思考を切り替えて朝食をとることにした。

その後、藤ねえは朝から会議があるといって早々に食事を平らげて学校へと走り去っていった。

事故らなければいいが…どうせ死なないと思うけど。

 

それから学園に到着して桜を弓道部の朝練に送り届けた後、私は一人教室に向かった。

途中で同じクラスでこの穂群原学園の生徒会長である柳洞一成君と遭遇した。

 

「む、衛宮か。いつものことながら朝は早いのだな」

「うん、どうにも日課が抜けなくて…それとおはよう、一成君」

「うむ、おはよう」

 

私は一成君と笑いながら教室へと向かっていった。

だけど途中でこの時間にしては意外な人物が歩いてきた。

御三家の一人、遠坂の当主で冬木のセカンドオーナーである『遠坂凛』。

我が校が誇る優等生。成績優秀、容姿端麗、運動神経抜群で欠点知らず。

性格は理知的で礼儀正しく、美人だと言うことを鼻にかけないほどの人物だ。

 

 

 

 

──Interlude

 

 

「おはよう。柳洞君、衛宮さん」

「ぬおっ!? おぬしは遠坂!」

「あ、おはようございます。遠坂さん」

 

…柳洞君はいつも通りの反応を示してくれるけど、やっぱり衛宮さんは礼儀正しいわね。

って、いうかやっぱりその笑顔は危険よ?

私が素で可愛いって言葉を発しちゃいそうなくらいなんだから。

その時、後ろで霊体化して着いてきている私のサーヴァント・アーチャーが話しかけてきた。

 

《…凛、今彼女の事をなんと言ったのだ…?》

《え…? なにって、衛宮さんって…》

《…………》

 

……? 一体どうしたっていうんだろうか? それだけ聞くとアーチャーは黙りこくってしまった。

いつもは皮肉の一つでも言ってきそうなのにさっきからなぜかキレがない。

記憶が曖昧だといっていたけどなにか思い出したのか? それなら良いのだけれど…。

まぁ、原因は私にもあるからなんとも言えないのだけれど。

そう、確かに一昨日は酷かった…。

サーヴァント中で最強のカードであるセイバーを引き当てようと意気込んでいたのはいいけど、もはや遠坂の呪いともいえるだろう“うっかり”で私の魔術効率がピークに達する時間を一時間も間違えてサーヴァント召喚をやってしまい、結果は当然失敗…おまけに天井をぶち破ってきた我がサーヴァントはその無茶な召喚のせいで重要な真名と宝具が思い出せないという始末…まったく、ここまで失敗のオンパレードだと逆に清々してしまう。

と、そんなことはもういっか。

本人もさして問題はないといっていることだし。

そう、それくらいで根を上げていたら私じゃないわ。

そう、常に前向きにいかなくちゃ!

それで私はそれから衛宮さんと柳洞君を見送った後、なにか考え込んでいるアーチャーにどうしたの? と問いただしてみたが「わからん」の一言で終了。

だけどなにか心当たりがあるのかアーチャーは衛宮さんのことを調べておいて損はないだろうと言ってきた。

理由は勘らしい…ま、それなら調べてみようということになり話は落ち着いた。

 

 

Interlude out──

 

 

 

……感づかれなくてよかった。一瞬動きが止まったから、もしかしたら私の痣にかけられている隠蔽魔術がバレたのかと思った。

でもあの調子だと遠坂さんはサーヴァントをもう召喚しているみたい。

たぶんこれで開いている席は一つ、二つくらいだろう?

 

「衛宮、どうした? なにか神妙な顔つきになっているが?」

「あ、え…? そんな顔していたかな? うん、大丈夫だよ一成君」

 

私は出来るだけ笑顔を浮かべて一成君に返事を返したけど、途端一成君は顔を赤くした。

 

「そ、そうか。それならばよいのだ」

「…? どうしたの? 顔が赤いよ」

「な、なんでもないぞ衛宮! ただ自身の修行が足らんだけだ」

「そ、そうなんだ…とりあえず頑張ってね」

「ああ………これくらいでうろたえてどうする柳洞一成! 色欲退散、喝!」

 

なにか一成君は小声でぶつぶつとなにか言っているけどこれ以上は触れたら駄目だろうと思ったのでもうその話題には触れないことにした。

でも、似たようなパターンが前にも何度かあったけどなんでだろう…?

 

 

志郎は知らない。

実はこの学園では志郎はマスコットキャラ的存在なのだということを。

一成が照れたのもその志郎の笑顔がまるで小動物のようで可愛らしいからだ。

 

 

それから志郎は通常通り授業を受けて一日を終わらせて帰り支度をして帰ろうとしたが外はいつの間にか雨が降っていて今日は傘も持ってきていないので、志郎は思った。

…運が悪いと。

結果、急ぎ足ながらも鞄を頭にかぶせて雨の中を駆けていった。

だけど、帰る道の途中で僅かだが森の中から魔力が感じられて志郎は警戒しながらも森の中へと入っていった。

そして志郎が森の中で見つけたのは紫のローブを羽織った血まみれの女性が倒れていた。

志郎は瞬時にこの女性がサーヴァントだと理解した。

そしてその手には歪な形をした短剣が握られていたので解析してみたところその効果に驚いた。

それは触れたものの魔術的効果を初期化してなかったことにしてしまう反則的な宝具。

名を『破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)』。

おそらく見た目からしてキャスターのサーヴァントだと思ったけど今はそんな悠長なことは後回しにした。

 

「大丈夫ですか!?」

「……う、あなたは…?」

「私は一応魔術師です」

「!? …そう、結局逃げられないのね…それじゃ可愛らしいお嬢ちゃん、どうせ私のことを殺そうとしているんでしょ? なら一思いにやって頂戴…」

 

キャスターらしき人物はそれっきり目を瞑って自分の死を待った。

だけど志郎は、

 

「馬鹿なこと言わないでください! 私は敵じゃないです。だから生きることを諦めないで!」

 

そして志郎は小さいナイフをポケットの中で投影して自分の指を少し切って、

 

「さあ飲んでください! 魔術師の血だから少しは回復すると思うから!」

「…なんで、私なんかを助けるのよ? あなたならわかっているんでしょ? 私がどういった存在なのか…」

「ええ。だから尚更です。なんて思われてもいいの、私は目の前で人が死なれるのは嫌だから。それに貴女が私の思っている通りの人なら協力してほしいの」

「…もしかしたら、お嬢ちゃんのことを裏切るかもしれないわよ?」

「それもそうですけど…根拠はないですけどあなたは裏切らないと思います」

「お人よしなのね…。でも、あなたと会う前に私は一人、殺しているのよ。しかもマスターだった人を…それでも信じるというの?」

「はい」

 

志郎は怖気もせずにそう答えた。すると女性は虚をつかれたような顔をした後、いきなり「フフフ…」と笑い出した。

 

「やっぱり、甘いと思いますか?」

「ええ。それはもう…でも悪くはないわね。お嬢ちゃんの性格、意外に好きよ」

 

そんなことを言われて今度は志郎が照れてしまった。

その光景を見て女性は、

 

「ふふっ、可愛いわねあなた。そうね…自己紹介がまだだったわね。私はキャスターのサーヴァントよ」

「やっぱり…それじゃ私も。私の名前は衛宮志郎っていうの。衛宮でも志郎でもどちらでもいいよ」

「それじゃ志郎様と…なかなかどうして、名前も顔もとても可愛らしい…」

 

キャスターは顔を赤らめながら志郎を見ていた。

 

「うっ! それはもういいの。それよりまだ私、兆しはあるんだけどまだ令呪は浮かんできていないから当分は私の血で勘弁してほしいな」

「わかりました。でも、志郎様の血はとても魔力の純度が高いですね。魔術を使わなければ一日は現界していられるほどは回復しました」

「え? そんなに…? あ、もしかして……」

 

なにか思い当たる節があるのか志郎は少し考え込んだ。

それを怪訝に思ったのかキャスターはどうしたのか聞いてみると、志郎は後で説明するといったので今はそれで納得した。

 

「とりあえず今は私の家に案内するね。そこならこんな場所よりは少しは魔力の回復は早いと思うから」

「はい」

 

それでキャスターを連れて家に着いた志郎はとりあえずキャスターの服を洗うことにした。

あのままではせっかくのローブも台無しだから。

そして今は変わりに切嗣の着ていた甚平を着てもらっている。

そしてとりあえず落ち着いたので二人は話し合いをすることになった。

 

「それにしても、この家は一見ただの大きな屋敷のように見えますが、家の結界はしっかりしているのですね。

それに並大抵の魔術師にはその存在さえ認識させないようにしてあります。

そして極めつけは私たちサーヴァント級の侵入者が悪意を持って入ってこようとすれば一回は確実にはじき返すくらいの強度を持っていますね」

「うん。それに入ってきたらすぐに私にそのイメージ映像が送られるように細工してあるの」

「志郎様…これはあなたの父上か誰かが張ったものなのですか…?」

「半分正解ってところ…もともとは侵入者が入ってきたら警報を鳴らす程度だったの。

これはもう死んじゃったお父さんが張ったものであとの半分は私が数年かけて改造したの」

「え?」

 

するとキャスターは驚いた表情になり、

 

「では、これほどのものを志郎様は一人で作り上げたというのですか!?」

「うん、そう…。でも私はそんな高等な魔術師じゃないわ。

お父さんが言うには私は属性が剣に特化しているらしくて、私が使える魔術は『投影』『強化』『解析』『変化』の四種類で後は基礎の魔術ばかりだよ。それに回路も27本しかないし…」

「つまり元からあった結界を数年かけて解析して変化し、おまけに強化で高めて自分の使いやすいように作り変えていったわけですね?」

「そういうことになるかな? やっぱりキャスターのクラスだけあってすぐに理解しちゃったね」

「ええ。この程度なら…ですが、他の三つの魔術はわかるのですが投影とは、また使いづらいものを使っているのですね」

「うん。それは普通の反応だと私も思うよ? でもね、私は少し特殊なの」

「特殊とは…?」

「うん。だからこれは他の魔術師には内緒にしてほしいの。ばれたら解剖されかねないとお父さんが言っていたから。きっとキャスターもそう思うわ」

「わかりました。それではお願いします」

「うん。同調開始(トレース・オン)

 

志郎は魔術回路を開いて神経を集中させた。

そして先ほどまでまったく感じなかったのに志郎からいきなり魔力が溢れてきたのでキャスターはびっくりしていた。

 

「…驚きました。志郎様はてっきり魔力が少ないものだと思っていましたが、並の魔術師以上は魔力を持っていたのですね」

「そうなの?」

「ええ。私が言うのですから信じてください。それでですが今までどうやって魔力を隠していたのですか?」

「えっと、それもたぶん言うと解剖されちゃうかな? 私の魔術回路ってね、擬似神経じゃなくて神経そのものといっても過言じゃないの」

「なっ!?」

 

キャスターは志郎のその告白に驚いた。

通常は魔術回路というものは擬似神経で通常の神経とは溶け合わないのが普通だからだ。

 

「だから魔術回路を開かない限りは絶対ってことはないけれど私が魔術師だって気づかれることはないの」

「はぁ―――……稀に特殊な魔術回路を持つ人がいると聞きますが本当に特殊なのですね」

「あはは…そうなんです。それじゃ先ほど言ったことをしますね。投影開始(トレース・オン)

 

発音は同じでも志郎は中身の意味が違う呪文を唱えた。

そして手に顕現するのは十字を描いたような剣。名を『黒鍵』。

アーサー王伝説で登場するトリスタンが作った弓で狙ったところには必ず当たると言われる『無駄殺しの弓(フェイルノート)』。

それを見てキャスターは言葉を失った。

それはそうだろう。志郎が作り出したものは、もとは一からの魔力から練り上げて形にしたものなのだから。

しかもそれがしっかりと物質化している。普通の投影ならありえない事実だ。

 

「……志郎様、一つお聞きしますがこれらはいつになったら消えるのですか…?」

 

キャスターはもう、それはもう人を数人は呪い殺せそうな殺気を出しながら志郎に問いただした。

さすがに志郎もそれには肝を冷やしたらしく少し顔を青くしている。

それに気づいたのかキャスターはあわてて殺気を消して先ほどの表情を取り戻した。

志郎は息を詰まらせていたらしく殺気が消えたら一気に息を吐き出していた。

 

「あああッ!? すみません志郎様! 私としたことがつい…!」

「はぁ、はぁ……だ、大丈夫。これくらいは覚悟していたから…」

「本当に申し訳ありません…!」

「いいわよ…キャスターは気にしなくていいよ?」

「はい…それでですがもう一度質問してよろしいですか?」

「ん? さっきのこと…? えっとね、私の投影は等価交換から外れているらしいから壊すか消すまでずっと残るよ。

それと解析の能力もあって『創造の理念を鑑定』、『基本となる骨子を想定』、『構成された材質を複製』、『制作に及ぶ技術を模倣』、『成長に至る経験に共感』、『蓄積された年月を再現』をしっかりと工程する事によって贋作だけどたぶん剣とそれに近い系統の武器・防具なら再現可能だと思う。

さすがに宝具級の武器を再現するとなると回路に負担がかかるから滅多なことでは投影しないんだけど…」

「はぁ、そうは申しますがその剣はともかく弓の方は宝具ではないのですか? 魔力がすごく感じるのですが…」

「うん。確かにこの『無駄殺しの弓(フェイルノート)』はアーサー王時代の弓矢として有名だから宝具だけど、私はアーサー王関係の武器は他のに比べて負担は軽いの」

「え? どうしてなのですか?」

 

キャスターは非常に気になったのか聞いてみた。

だが志郎はそれはまだ内緒だといった。

それは今夜もう一人のサーヴァントを呼び出した後に説明するということだ。

でもキャスターはどうにも気が乗らなかった。

 

「…私がいますのに、どうしてもう一体サーヴァントを呼び出すのですか?」

 

あきらかにキャスターは不満を露わにしていた。

やはりキャスターは最弱のクラスだと思われたかもしれないと思ったからだ。

だけど志郎はそれだけは譲れない理由があった。

だからキャスターをたしなめた後、

 

「…今夜呼び出すサーヴァントは私にも、そしてお父さんにとっても特別な存在なの」

「特別の、ですか?」

「うん。その時にはキャスターにも真実を話すわ。この聖杯戦争の真実も兼ねて…」

 

 

 

 




はい。まずはキャスター登場です。
セイバーも次回登場しますのでご期待下さい。

キャスターはマスターを裏切る次期が遅かったという理由をつけました。
それで葛木とも合わなかったために今回に繋がった感じです。

それではご感想をお待ちしております。


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第003話 2日目・2月01日『召喚』

更新します。


 

 

私とキャスターは一旦、話は終了して私の部屋の近くの部屋に案内した。

どうも部屋一つをキャスターのスキルの一つ『陣地形成』で改造した後、私の家の結界を更に強化するのだそうだ。

その際、キャスターが倒れていたときに持っていた短剣の事を聞いてみた。

結果はやはりあれがキャスターの宝具だったらしい。

ちなみに投影はしなかったが、なぜか頭に工程の順序が浮かんだことを話したらすごい目で見られた。

…やはり私の投影は異常なのだと再確認させられた。

その証拠に小声で解剖とかぶつぶつと呟いているのがとても怖かった。

そしてキャスターの真名は神代の裏切りの魔女・メディアだと知り、私は思わず泣き出してしまった。

その際にキャスターも情が移ったのか自分も涙を流しながら私のことを抱きしめてくれた。

 

そして食事時にキャスターに私が作った料理を一緒になって食べていたらキャスターはとても美味しそうに食べてくれた。

私としては喜んでもらえて嬉しい限りなんだけど「昔は?」と、聞いたら「聞かないで…」と返された。

どうやら触れてはいけない話題だったらしい。

それと食事をとっても魔力が回復することがわかりもう血はいらないといってくれた。

やっぱり嫌だったみたい。

それは当然なんだけど。

そして食事を済ませた後、キャスターに部屋の改造はどう?と聞いたら、後半日くらいはかかるといっていた。

話的にはここを拠点に町に索敵魔術を張り巡らすとの事。

後、外界に対して弱い私のために優先して対魔力の礼装を作るといっていた。

私は思わず笑顔で「ありがとう!」といったらキャスターは目をトロンとさせて、「キャーーーー! 志郎様可愛い!!」と抱きつかれた。

それ以降も色々あったがようやく私の魔力がピークに達する24時近くになったのでキャスターを連れて、表向きはただの土蔵。

そして裏向きは私の魔術師としての工房に向かった。

 

「志郎様の工房はあまり物が置かれていないのですね?」

「うん、これといって私の魔術は場所をとらないからほとんどは道場で投影した武器での実戦経験とお父さんが残してくれた魔術書の解読くらいなの」

「志郎様は剣を嗜んでいるのですか? 私はてっきり弓での遠距離戦が得意かと思ったのですが…」

「うん。お父さんが傭兵家業だったから様々な武器の使い方も教えてもらったの。だから私はこれといって体術・武器の形に決まりはないの」

「そうなのですか…」

「うん」

 

キャスターと話をしながらもサーヴァント召喚の準備をした。

そして時間が後1、2分くらいになり私の左の手の甲にじわじわと痛みが走り出したのと同時に土蔵に仕込まれている魔法陣が次々と光の線を発しながら描かれていた。

 

「ほう……自動的に魔法陣が浮かび上がる仕組みになっているのですね。ですが触媒はどうするのですか? 投影のひとつでもしておいたほうが…」

「大丈夫。今から触媒となるのは私の体自身だから」

「え!? それは一体…!」

「えっとね、詳しく言うと私の体に埋め込まれているといった方が正しいね」

「埋め込まれて…それは一体?」

 

キャスターがなおも私のことを心配してきたがもう時間と話を終わらせて私は召喚陣の前に立ち、

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 

キャスターに見守られながら失敗は許されない詠唱を始めて、私は事前に切っておいた指から一滴の血を垂らした。

 

「―――――同調開始(トレース・オン)

 

同時に魔術回路を開いて私の体を魔力が暴走するように全身に行き渡る。

もとの神経が魔術回路なだけにいつも以上に体が魔力に対して敏感になる感じがする。

そして詠唱をそのまま続ける。

 

「――――告げる。

汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

聖杯の寄る辺に従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

そして詠唱中にもかかわらず魔法陣からエーテルの嵐が巻き起こり土蔵内を満たす。

少し気押されながらもさらに続ける。

 

「誓いを此処に。

我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。

汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」

 

大気のマナも取り込みながらさらに私の体に魔力が流れ込み限界近くまで来ていたが最後まで詠唱を完了させた。

そしてついに私達の前の魔法陣から光が溢れ、それはもはや一つの強力な旋風となり召喚陣の中心から少しずつ人らしき人物が姿を現した。

その姿は私と同じくらいの身長ながらも青白いドレスの上に銀の甲冑、そして金色の髪がとても似合っていた高貴そうな一人の女性がその場に立っていた。

エーテルの嵐が止み女性の姿がはっきりとして私は思わず息を呑んだ。

そして思わず「綺麗……」と呟いていた。キャスターも同様なのか目を光らせていた。

 

……後に違う思想もあったと知ることになるが。

 

ゆっくりと女性は目を見開いた。その開かれた瞳はエメラルドグリーンの瞳で金色の髪とあまりにもマッチしていたので心の中でまたしても綺麗と呟いた。

 

「―――問おう。貴女が私のマスターか?」

 

凛とした声で女性は私に向かって問いただしてきて私は同意するように今まで見せないようにしていた令呪を見せた。

 

「はい。私が貴女のマスターです」

「令呪と貴女とのラインの繫がりを感知しました。これより我が剣は貴女と共にあり、貴女の命運は私と共にある……―――ここに、契約は完了しました。

私のクラスはセイバー。これから短い期間ですがよろしくお願いします、マスター」

「はい…」

 

言葉に応じた私は魔力枯渇で思わず倒れそうになるが、そこでキャスターに抱きかかえられた。

だから私は感謝しようと口を開こうとしたが、

 

「貴女はサーヴァント!? 私のマスターになにをするか!」

「「え…?」」

 

私とキャスターの声が重なる。

それと同じくセイバーはなにやら構えをして今にも飛び掛ってこようと足に魔力を溜めようとしている。

これはマズイ!?

脊髄反射で脳に情報が伝達されるよりも早く私の体はキャスターの前で仁王立ちをしていた。

 

「待って! キャスターは私達の敵じゃない!」

「マ、マスター…?」

「志郎様…?」

 

そこでしばし時が止まる。

前方には召喚されたばかりの見えない剣を構えたセイバー。

後方に何も出来ずに止まっているキャスター。

中心には仁王立ちの私。

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

しばらく沈黙が続くがセイバーはやがてその口を開いた。

 

「…キャスターのサーヴァント、聞きます。本当に貴女はマスターの敵ではないのですか…?」

「…ええ、それは私の真名を以って誓うわ。志郎様は私を助けてくださった大切な存在。だから敵にまわることは決してないわよ」

「…………」

 

二人の間でなにやら水面下での火花が散っているが私はまだ口を挟める状態ではなかった。

そしてまた沈黙が続いたがやがてセイバーは腕を下げて、

 

「すみませんでしたマスター。それにキャスターのサーヴァント。私の思い違いだったようです」

「いいわ。本来ならそれが普通の反応なんだから」

「キャスター、あなたの慈悲に感謝を…」

 

そこでやっと二人から放出されていた殺気が解かれた。

と、感じた途端に膝の力が抜けて私の視界はブラックアウトした。

セイバーとキャスターの叫びが聞こえるが今はもう、ダメ…。

 

 

 

 

──Interlude

 

 

志郎が気絶してしまい再び沈黙が訪れた。

だが今度は敵対といったものではなく気まずい空間になっていた。

だがもう屋敷の構造はすべて把握しているキャスターはセイバーに向かって、

 

「…とりあえず志郎様を横にさせます。セイバー…あなたも着いてきなさい」

「はい、わかりました…」

 

セイバーは召喚されたばかりでマスターの前でいきなりこのような失態をしてしまい、居た堪れない気持ちになっていた。

 

 

Interlude out──

 

 

 

翌日になりまだ朝焼けも指す時間帯に志郎はゆっくりと目を覚ました。

まだ重たい目蓋をゆっくりと開いて昨晩になにをしたか思いに馳せようとしたが、私の頭上では心配そうに私を見下ろしている二人の綺麗な女性が眼に入った瞬間、なにがあったのか思い出した。

 

「あ! セイバーにキャスター!?」

「あ! よかった…マスターが目覚めてくれて」

「そうね…」

 

二人の安堵の声が聞こえたが私はしばしなんで自分の部屋で寝ているのかと思ったが、

 

「すみません、マスター。昨晩は勘違いとはいえ貴女にも殺気を当ててしまいました…」

「あ……そっか。私はそのまま緊張が解けて…」

「そうです志郎様。とりあえずお水をお持ちしてありますのでお飲みください」

「あ、ありがとうキャスター…」

「いえ、対したことはしていませんわ。それで起きてもらった早々で悪いと思っているのですが…」

「うん。わかっているわ。令呪も現れたことだし再契約の相談でしょキャスター?」

「はい。まだ現界していられますが、今、敵のサーヴァントに攻められたら私は何も出来ずに座に帰ってしまうでしょう」

「わかってる。あ、でも…二人も一緒に契約しちゃうと能力が下がってしまうんじゃないの?」

「それはキャスターと私ですでに相談が済んでいます。まずは前衛である私がマスターの魔力を10のうち7割から8割は受け取り…」

「そしてキャスターである私は2割くらいの計算で魔力を受け取る手はずです」

「え? でも、それで大丈夫なの、キャスター…?」

 

私が心配そうに聞いてみたがキャスターは「大丈夫です」といって、

 

「セイバーがいてくれるのですから私は後方で身体強化などの援護を回らせていただきます。

それなら下がったセイバーの力も±で0にもでき、志郎様のお力添えによっては1にも2にもなります」

「確かに…それなら力強いね。それじゃさっそく済ませちゃおうか。キャスターを横取りされてもし悪用されたら嫌だから…」

「志郎様…私のことを思ってくださってありがとうございます」

「うん。それじゃ…、

―――告げる!

汝の身は我の下に、我が命運は汝の杖に!

聖杯のよる辺に従い、この意、この理に従うのなら―――我に従え! ならばこの命運、汝が杖に預けよう……!」

「キャスターの名に懸け誓いを受けます……! 貴女を我がマスターとして認めますわ、志郎様!」

 

そしてラインが繋がったことを確認すると同時に、セイバーの令呪がある左手とは反対側の右手にキャスターの令呪が宿り、そして私は本調子ではないためにまた体を布団に預けていた。

 

「……やっぱり、起きたばかりでの再契約は効いたみたい。今は僅かにだけど二人に魔力を送るのが精一杯…」

「大丈夫ですマスター。今ならまだ召喚時に渦巻いていた魔力が私の体を駆け巡っていますから十分迎撃が可能です」

「うん。頼りにしているね、セイバー。

それとね、そのマスターっていうのは止めてもらっていいかな?

今から私達は短い間だけど家族なんだから名前で呼び合いたいの。

あ、当然真名はばらしちゃいけないからクラス名で私は呼ばせてもらうね」

「…キャスターの言うとおりでしたね」

「え?」

「そうでしょセイバー? 志郎様は私達を道具としてじゃなくて一個の人として扱ってくれるのよ。昨日だけだけどそれは十分身に染みて私は嬉しかったわ」

 

二人は事前になにか話し合っていたようだけど私はまだ完全に頭が回っていなかったからあたふたしていた。

きっと今私の顔はとても赤いんだろうな?

それで恥ずかしいので顔を半分布団で隠していたら二人の様子が一変した。なんていうか、捕食者?のような目つき。

私の頭で変な警報が鳴り響いているが今は動けない。

セイバーはゆっくりと頬を赤く染めながら、

 

「それではシロと…確かにこの響きはあなたにとても似合っています」

「それでは志郎様…私、もう我慢ができそうにありません。

昨夜からずっと志郎様の寝顔を見ていましたが全然飽きませんでした」

「奇遇ですね、キャスター。私も昔飼っていた小ライオンのような愛らしさをシロから感じました」

「え? え? な、なにをするつもりなの? 二人とも?」

 

私の言葉の返答は返ってこなかった。

変わりに突如二人の熱い抱擁に見舞われた。

そこで私の思考回路はショートした。

なぜかって…?

こんな美人二人に抱きつかれたら女の私でもとても恥ずかしくなってしまうから。

 

「うふふ、志郎様は抱き心地もたまりませんね」

「同感です、キャスター。それにシロを抱きしめているととても懐かしい気分になるのです」

「あ、えっと…それは多分正解だよ、セイバー」

 

しばらく二人に抱きしめられていた私は四散している思考回路を掻き集めてなんとかセイバーに言葉を発した。

 

「え? それはどういうことですかシロ?」

「そういえば志郎様、セイバーを召喚するときに私自身を触媒にするといっていたけれど、今なら話してもらえるんですか?」

「…うん。今から少し大事な話をするから二人とも聞いてくれたら嬉しいな」

 

私の真剣な言葉に反応したのか二人は姿勢を正して話を聞く体勢になった。

 

「まず、どこから話したらいいかな?…そうだね、最初は確認から取らせて貰うね? ね、セイバー。貴女は十年前の第四次聖杯戦争の記憶は持っているのよね?」

「!? シロ、どうしてあなたがそのことを…!」

「うん。合っていたみたいだね、それじゃ貴女はやっぱりブリテンの英雄であるアーサー王で間違いはないよね?」

 

セイバーはそこで再度目を見開いた。

 

 

 




セイバー召喚しました。
パラメーター的にはマスター補正では凛よりは劣りますが士郎が召喚した時より断然上です。
次回本題に入ります。

それではご感想をお待ちしています。



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第004話 2日目・2月01日『聖杯戦争の真実』

更新します。


セイバーは志郎に自身の名と前回の記憶があると知られていることについて少し悩んでいた。

だが別に隠す必要もないと判断し、

 

「…ええ。シロのいうとおりです。私の真名はアルトリア・ペンドラゴン…アーサー王で間違いはありません」

「びっくりしたわ。そんなドレスを着ているからどこの騎士様かと思ったら騎士王だったのね」

「はい。ですが、なぜシロはそのことをご存知なのですか?」

 

セイバーはやっぱりそのことに食いついてきた。

だから私もお互い傷を開くみたいで嫌だけど話はつけないといけない。

そして私はセイバーにとっての爆弾とも等しい人物の名を出した。

 

「衛宮切嗣って、覚えているよね…?」

「どうして、キリツグのことを知っているのですか?―――!…まさか。衛宮と聞いて偶然だと思っていたのですが」

「はい。私は衛宮切嗣の娘です。養子ですが…」

「…そうですか。では、あなたはキリツグが最後の最後で私を裏切り、聖杯の破壊を令呪で命令したことも聞き及んでいるのですか?」

「はい。ですがお父さんは決してあなたを裏切ったわけではないんです。むしろ裏切られたのはお父さんのほうです」

「どういう意味ですか!」

 

セイバーは激昂し叫んだがキャスターがすぐに魔術を執行しようとした。

だけど今は邪魔をされたくないの。

 

「キャスター、ごめんね。今だけは抑えて…」

「ですが志郎様…」

「お願い…」

「…わかりました」

「ありがとう…それと、セイバーも、落ち着いて、ね?」

「っ!…わかりました。取り乱してしまいすみません」

「ありがとう。それでなぜお父さんが裏切られたかという理由ですが、お父さんは『全てを救う正義の味方』を目指していたのは聞いていますか?」

「ええ。アイリから聞いています」

 

アイリ? あ、その名は聞いたことがある。

 

「お父さんの本当の奥さんのこと?」

「はい。本名は『アイリスフィール・フォン・アインツベルン』。彼女はキリツグの妻と同時に第四次聖杯戦争時の小聖杯でした」

「うん。それもお父さんから聞いたわ。

そしてお父さんはそれを目指しても、どこかで10のうちの1は必ず何度も零れ落ちてしまい、自分ひとりの手では限界を感じてしまい聖杯にまで願おうとしたことも聞いています。

だけど終盤でお父さんは聖杯の中身を浴びた時に穢れてしまっていることに気づいたんです」

「穢れていた? それは、どうして…?」

「それは第三次聖杯戦争まで遡るんだけど、その戦いでアインツベルンはイレギュラーなクラス『復讐者(アヴェンジャー)』を召喚してしまったのが発端。

だけどその真名は『この世全ての悪(アンリ・マユ)』で、ただ祭り上げられただけの能力的にはただの人間とさして変わらなかったから早々に退場した。

だけど『この世全ての悪(アンリ・マユ)』は聖杯にそのまま残ってしまって中身を汚してしまった。

そしてそのことに気づいたお父さんは絶望して、だけど聖杯を完全に呼び出したら『この世全ての悪(アンリ・マユ)』の呪いが世界を覆ってしまうことに気づいたから聖杯を破壊した。

だけど、それでも聖杯から零れてしまった泥は防ぐことが出来ずに起こったのが10年前の500人以上の死者を出した新都の大火災…」

「なっ!?」

「…………」

 

セイバーは驚き顔を青くしていて、キャスターは神妙な顔をしていた。

 

「それでは聞きますが志郎様? もしその穢れた聖杯に願いを言ったらそれは叶わないのですか?」

 

キャスターもさすがにそこには意見を述べてきた。

当然だ。

セイバーもそうだけどキャスターも願いのために聖杯戦争に参加したんだから。

 

「いえ。叶うことは叶うとお父さんは言っていました。

でもきっと逆の事象が発生して『全てを救う』が裏返って、例えば『全ての死による救済』と言った感じのなにかしらの歪んだ願いに変わってしまうとも聞きました」

「そ、そんな…では私は…」

「そしてお父さんは聖杯の泥により死の病に蝕まれて私を引き取った5年後に他界したんです」

「キリツグは、死んだのですか…?」

「はい。お父さんから、もしまたセイバーに会うことがあったなら代わりに伝えてほしいという伝言があるの。『すまなかった…』と」

 

そのことを伝えて、とうとうセイバーは無言になって俯いてしまった。

だけどすぐに顔を上げて私を見て、

 

「で、では。シロ、あなたはキリツグが死ぬ5年前に引き取られたと言いましたね…もしや…!」

「たぶんセイバーの想像通りです。

私は10年前の大火災の数少ない生き残りの一人…お父さんが持っていたセイバーの鞘『全て遠き理想郷(アヴァロン)』を体に埋め込まれて生きながらえたんです。

だけど私は決してお父さんもセイバーの事も恨んでいません。

確かにその大火災で親、家族、友人…そして記憶、名前すらも失ってしまいましたけど、聖杯を破壊しなければそれ以上の被害が出たのは目に見えていますから。

だから、セイバー、キャスター…出来ることなら私の協力をしてほしいんです。私の願いはありませんが目的はあります」

「それは、もしかして聖杯の…?」

「はい。二度とこの地で聖杯戦争を起こさせないために大聖杯の完全破壊…10年前の悲劇はもう繰り返すわけにはいきませんから!」

「………はい。私は一向に構いません。此度の聖杯戦争は諦めることにいたします。

そして、それでシロや死んでいったもの達に償いが出来るとは思いませんがせめて元凶だけでも!」

 

セイバーは力強く答えてくれた。

 

「ありがとう、セイバー。それでキャスターはどうする? 私は強制はしないから貴女が決めていいよ」

「何を言うのですか志郎様。

私も元々聖杯に願うことなんてありません。

それに…願いなんてものはもう実現しているのですから…。

志郎様は私の過去のことを聞いたときに涙を流してくれましたね?

私が本当に心の底から欲しかったのは、呪いをかけられ裏切りの魔女メディアと呼ばれる以前の家族との平穏な日常……。

私は志郎様とのこの日常を護りたい。だから私は聖杯がこの日常を壊すものならいりませんわ!」

「嬉しい…ありがとう、キャスター」

 

私はキャスターの心からの言葉をもらって思わず涙を流してしまった。

…最近涙脆いのかもしれない。

それから少し時間を有したが泣き止んだ私は早速二人を交えてこれからについて話し合いをすることにした。

それで一つ分かったことは、

 

「…え? それじゃセイバーは霊体化できないの?」

「ええ。私はまだ正規の英霊ではありません。ですからシロから魔力をカットされても霊体化はまず不可能です」

「それは困りましたわね。私はまだこの家の強化をしなければいけませんから志郎様の後ろにはついていけそうにありませんし…」

「うん。でもいつも通りに学校にはいかなきゃ何日も休んでいちゃこの町のセカンドオーナーである遠坂さんには感づかれちゃうから…」

「シロ…その魔術師(メイガス)も聖杯戦争に参加するのですか?」

「うん。きっとしてくる。いや、もう私よりも早くサーヴァントを召喚して私達や他の未確認の魔術師の調査に乗り出していると思うわ」

 

お父さんが言っていたが遠坂家は聖杯を手に入れることが悲願らしいから必ず参加はしている。

 

「そうですか。では私はどうすればよいでしょうか?」

「…うん。もしあちらもサーヴァントが着いていたら、まず感知はされちゃうから当分は私が学校に行っている間は魔力をできるだけ消して私が感知できる範囲で隠れているのはどう?」

「確かにそれならば大丈夫ですが…もしシロの身が危険に晒された時は…」

「そこは大丈夫よ。

魔術は隠蔽するものだから一般人がいる学園まで攻めてくることはどうしようもない三流以外はまずない。

それに昼間から行動を起こす魔術師もそうはいないでしょ?……まぁ、アサシンのサーヴァントが襲ってきたら別として」

 

それでセイバーは渋々納得した。

そこでキャスターがなにかを閃いたのか「ポンッ!」と手を叩いた。

 

「でしたら今製作中の志郎様の対魔力用の礼装以外にセイバーが魔力を隠せるようにサーヴァントの気配と魔力殺しの礼装も考えてみますわ。

ちょうど志郎様という特殊な魔術回路の例もありますからそれを私なりに形にしてみます」

「それはいいね。魔術や魔力を出さない以上はセイバーも私と同じで一般人として溶け込めるから」

「なるほど。名案ですね、キャスター」

「うん、そうね。

でもまず目先は二人の衣装よね。

いつまでもその格好でいるわけにはいかないから。

セイバーは…うん、私と体長は同じくらいだからとりあえず私のを貸してあげるわ。

今日は学校を休むつもりだから午後になったら買い物に行きましょう」

「そうですね。セイバーは普段着でいけるでしょうから私は霊体化してついていきましょう」

 

話が決まったので私はまず最初に藤ねえに今日は学校を休むと連絡を入れた。

いきなり家の中に場違いな服装をした人がいたら困るものね。

それで電話はしてみたんだけど…、

 

『志郎、大丈夫!? あんた今まで風邪なんて一度も引いたことなかったじゃない!? これは一大事だわ!』

「大丈夫、大丈夫だから。それに今はお客さんも来ているからこちらも準備できていないから明日になったら紹介するね」

『…お客さん? どんな奴らよ…?』

「お父さんの知り合いらしいの。詳しい話はまた明日話すから今日学校は休むって伝えておいてほしいな」

『うーーー…どんな人か気になるけど、明日になったら紹介してよね!? それと今日はしっかりと休むのよ! 桜ちゃんにも伝えておくから』

「ありがと藤ねえ。それじゃまた」

 

私は受話器を置いて一息ついていた。

藤ねえの言葉の音量は受話器越しでも響いてくるから頭が少し痛かった。

 

「タイガという人物は相当シロのことを心配しているのですね」

「少し…いやかなり態度がでかいから相手をするのは苦労するけど…いい人だから二人もきっと気に入ると思うよ」

「楽しみですわね」

「はい」

「それじゃ今日はゆっくりできるから三人分の食事を作るね」

 

私は二人を居間に残して昨日の残りを加えながら料理を作ることにした。

キャスターは楽しそうな顔をしていたが、なぜかセイバーは食事という単語が出た瞬間、なんだろう? 一瞬苦い表情をした。

そこで気づいたことだけど昨日はキャスターもその話題になったら同じような顔になったことを思い出して、それじゃ少し気合いを出して作ろうと台所で少しだるい体に活を入れた。

 

 

そして食事が出来上がり三人で食べることにしたけど、そこで部屋が微笑ましい空間に変わった。

 

「(パクパクパク…)」

「………」

「………」

「(モグモグモグ…)」

「………」

「………」

「(ゴックン…)シロ、この料理はとても美味しいですね。

…どうしたのですか二人とも? 私の顔になにかついていますか? 食事もせず私の方を見ていますが…」

 

セイバーは一つ一つの料理を口に運ぶたびに何度も味を確かめるようにコクコクと頷きながら時折小さな笑みを浮かべてまた食事を繰り返す。

そのようなやり取りを私とキャスターはずっと見ていたため食事に意識がいっていなかった。

だってとってもセイバーが可愛いんだもの。

 

「…いや、うん。とてもセイバーが幸せそうに食事をとっているんで見ていて飽きないなと思って…」

「同感ですわ志郎様。セイバー、あなたももしかして昔のような料理が出てくるとでも思ったの?」

「はい。ですがとてもではないですが比べるのも烏滸がましいほどにシロの料理は美味しかったもので…」

「ありがとうセイバー。それじゃちょっと聞きたいんだけど、昔の料理はセイバーにとってどうだったの?」

「………………………雑でした」

 

そこで私とキャスターの顔が引き攣った。

セイバーはなにか思い出したのかとても暗い顔になったが食事を食べるペースは落ちていないので、昔と今じゃ計り知れなかったんだろうと私は思った。

朝食を済ませた後、いつまでもセイバーをドレスのままでいさせるのもどうかと思った私はキャスターと一緒に早速私が使っている服を着させることにした。

セイバーは清楚なイメージがあるからやっぱり白かな?

そんなことを考えながら私とキャスターは少しというか一時間くらいはセイバーを着せ替え人形にした。

そして結局試行錯誤の末に白のブラウスと紺色のスカートに落ち着いた。セイバー自身もこれがしっくりくるというのでこれで決まったので新都まで足を伸ばした。

 

それから新都に着いたはいいけどバスに乗っている時や歩いている時はよく周りの人から好奇な目で見られていたけどなんでだろう…?

それをセイバーに聞いてみたら、

 

「きっとシロのことが可愛らしいから見ているのではないですか?」

「そうかな? それをいうならセイバーだってとっても綺麗よ?」

「綺麗などと…これでも私は騎士ですから可愛いなどと……」

 

二人であれこれ見られている件について論争をしていたが霊体化しているキャスターに念話で、

 

《周りのものはお二人ともに注目しているのですよ?》

 

と、言われて私もセイバーも気恥ずかしくなってそこで論争は終了した。

とりあえず、キャスターの服を買い揃えるためにショッピングモールに入っていって色々とキャスターにどんな服が好みか聞いてみたが、ちょっと見るだけでいいと言っていた。

キャスターはあまり目立ちたくないというので黒や紫系といった地味目の服装を選択した。

でもキャスターのことだからそれだけでも十分綺麗だと思うけどな。

それから普段着用の服装を二人分何着か購入してお店を後にした。

だけど、キャスターが嬉々として見たがっていたゴシック系の服が置いてあるエリアは見ていただけだけど、なにか楽しかったのかな?

キャスターが着るわけでもないんだろうけど。

実際、一着も購入をしていなかったし。

深く考えるのはよそう…。

そして帰りにちょうど食材も切らしていたので購入して帰宅後、明日の打ち合わせも兼ねて話し合いをしていた。

 

「それでこれからどうしますか、志郎様?」

「うん。それなんだけど、まずはマスター登録をしに言峰教会にいこうと思っているの」

「コトミネ…その名には覚えがあります」

「セイバーはやっぱり知っているんだね。

そう、言峰教会にいる神父は前回の数少ないマスターの生き残りでお父さんが確かに心臓を打ち抜いて殺したといっていた言峰綺礼が居座っている場所なの」

「心臓を打ち抜かれて、ですか志郎様? それではたとえ生き残っていても…」

「キャスターの言いたいことはわかっているわ。だから用心はしておいて損はないと思う…」

「そうですね。もしかしたら裏でなにかしら画策をしているかもしれませんから、シロの言うとおりですね」

「うん。それで一応顔合わせはしておいた方が損はないと思うからキャスターはまだ製作中の神殿の作成を私とセイバーが行っている間によろしくできるかな?」

 

キャスターは一瞬心配そうな表情をしたが了解したようで頷いた。

だけどセイバーの方へと向いて、

 

「セイバー。志郎様に万が一がないようお願いいたしますよ?」

「言われるまでもありません。マスターは我が剣にかけてお守りいたします」

 

そして二人はニヤリと笑みを浮かべた。

私はもう信頼関係ができているんだなと嬉しく思っていた。

そして私は電話で事前に連絡を入れておくことにした。

 

『…こちらは言峰教会だがなにようかな?』

「突然ですが、あなたは言峰神父で間違いはありませんか?」

『然り、私は言峰教会を預かる言峰綺礼で間違いはない』

「そうですか。では、聖杯戦争のマスター登録を行いに一度顔を見せたいのですが今晩そちらにお伺いしてよろしいでしょうか?」

『ほう……では君で最後のマスターということになるのかな? 名を聞こう』

「衛宮志郎……衛宮と聞けばお分かりでしょうか?」

『!…………』

 

しばらく受話器の先からは沈黙が続いたが、

 

『…よかろう。衛宮の名を継ぐものよ。今宵は時間を空けておくのでいつでも来られるがいい』

「わかりました。それではこれで失礼します」

『ふふふ…来訪を楽しみにしていよう』

 

ガチャ…と最後に歓喜のような喋りをしながら受話器はもう切られていた。

そこにセイバーがやってきて、

 

「シロ、大丈夫でしたか?」

「うん。なんとか…でももうサーヴァントは全部揃っちゃっているみたい。言峰神父が言うには私が最後のマスターだと言っていたの」

「では聖杯戦争は開始されるということですね?」

「そういうこと…だから気を引き締めていこうね、セイバー」

「はい。私はシロの剣です。絶対にこのような歪んだ戦争は沈めてみせましょう。我が剣に誓って…」

 

セイバーは風王結界によってその姿を隠された聖剣エクスカリバーを掲げながら私に誓いを立ててくれた。

 

 

 

 




セイバーにはもっと葛藤が必要かなと思いましたが、無辜の民の犠牲の上に成り立つ聖杯の会得は望まないと思いましたので。

それではご感想をお待ちしています。


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第005話 2日目・2月01日『学園での死闘』

更新します。


 

家はキャスターに任せて私とセイバーはもう夜が遅くなる頃に家を出た。

その際に家の結界を解析してみたけど、やっぱり私の半端な知識と魔術で作り上げたものとは違い、着々と設備が整っていっている感じがしたのでやっぱり神代の魔女と言われたキャスターはすごいと思った。

セイバーも感心しているのか私と一緒に家の結界の様子を伺っていた。

 

「やはり陣地作成のスキルがあるだけはありますね。

もともとが強力だったシロの結界がさらに分単位で強化されていくのが魔術の知識に乏しい私でも分かります」

「うん。さて、それじゃ新都まで向かおうか、セイバー」

「わかりました、シロ。ですがすみません。霊体化ができない為にシロには負担をかけてしまいまして…」

「まだ気にしていたの、セイバー? 私はそんな些細なことは気にしていないから大丈夫よ」

「ありがとうございます。ですが、いざとなればすぐにでも武装を完了させますのでご安心を…」

「うん!」

 

それから私とセイバーは新都の教会まで続く道を目指していたが、交差点を差し掛かった頃にセイバーがなにかを感じたのか橋とは反対の方へと視線を向けていた。

 

「…………」

「?…どうしたの、セイバー?」

「サーヴァントの気配を察知しました…」

「っ!? 本当セイバー?」

「ええ。どうやらもう戦闘に移行されていると思われます。どうしますか、マスター?」

 

セイバーは私のことをマスターといった。

これは交戦する際の決まりや心構えの一つである。

私は少し考えた末、

 

「…行ってみよう。戦いはしないものの敵がどういったものか確かめておく必要があるから」

「了解しました。それでは私にしっかりと掴まっていてください。飛ばします!」

 

私がセイバーに掴まったと同時にセイバーは疾風となった。

 

 

 

──Interlude

 

 

志郎とセイバーがサーヴァントの気配がする方へと向かっている間に赤い外套をまとったサーヴァントとそのマスター、そして青い軽装の格好をしたサーヴァントが校舎の屋上で対峙をしていた。

 

「いい夜だな…」

 

青いサーヴァントは赤いサーヴァントのマスター―――“遠坂凛”へと話しかけた。

 

「ッ…!」

「そうはおもわねぇか? そこの兄ちゃん?」

「アーチャーが見えている!?」

 

凛は焦っていた。

霊体化させているはずのアーチャーの姿が相手には見えていることが、

 

「ということはサーヴァント!」

「そういうこと。で、それがわかるお前は、俺の敵でいいってことだな!?」

 

開戦の合図とも言うべきかのようにそのサーヴァントはその手に禍々しい赤い槍を出現させた。

 

「赤い槍…! ランサーのサーヴァント!」

「その通り!」

「アーチャー!」

 

凛は合図とともに屋上から即座に軽量と重量制限の魔術を使い校庭へと飛び降りてアーチャーを実体化させた。

ランサーは目の前までやってきて、

 

「へぇ…話が早いじゃねぇか?」

「…アーチャー、手加減はしなくていいわ。あなたの力を見せてちょうだい!」

「了解した、マスター」

 

アーチャーは凛の言葉と同時に両手に陰陽の模様が描かれている白黒の中華刀を具現させた。

 

「は、弓兵風情が剣士の真似事かよ!」

「ふっ!」

 

そしてアーチャーとランサーは疾風となって激突した。

ランサーはその獣のごとき敏捷さで何度もアーチャーへと突きを打ち付けてくるがアーチャーはそれをまるで受け流すように逸らして反撃に転じている。

そのぶつかり合いは数えて十合以上は続いている。

だがアーチャーの双剣には次第に罅が入っていきそれを狙ってかランサーは先ほどよりも重たい一撃を浴びせ、とうとう双剣は砕けた。

 

「もらっ―――なに!?」

 

ランサーは双剣を砕いたと同時に槍をすぐに反転させコンマにも達するであろうスピードで必殺の一撃を見舞ったが、聞こえてきた音は決して体を貫き、神経を絶ち、骨を砕いた音ではなく刃同士がぶつかり合う金属音!

そしてランサーは目を疑った。

先ほど砕いたはずの双剣がまたアーチャーの手に握られているのだから。

だが、ランサーは一瞬という字も出ないほどに体勢をすぐに立て直しまた重い一撃を何合も打ちつけた。

打ち合いは数分にも及び気づけばアーチャーの双剣の砕けた回数はゆうに20回以上は越えている。

それに痺れを切らしたのかランサーは一度距離を置き、隙なく槍を構えながら、

 

「…てめえ、どこの英霊だ? 二刀使いの弓兵なんざ聞いたことがないぜ? それにその双剣…ストックはいくらある?」

「さてね?

――だがランサー。君は判りやすいな。槍兵には最速の英雄が選ばれると言うが、君はその中でも選りすぐりだ。

これほどの槍手は座中にも三人といまい。加えて、獣の如き敏捷さと言えば恐らく一人」

「――ほう。よく言った、アーチャー」

 

ランサーは自身の真名がわかったのだろうアーチャーに対して敬意を払い宝具へと神経を集中させようとした瞬間、

 

「誰だ!」

 

 

Interlude out──

 

 

私と完全武装したセイバーは空を駆けながらサーヴァントの気配が感じる方へと向かった。

そしてなるべく魔力を抑えるようにとセイバーに伝えた後、二人してキャスターが出かける前に渡してくれた魔力殺しの礼装を発動させ遠目から校庭を見た。

そこには月に照らされる三人の影があった。そしてその中に顔見知りが一人いた。

 

《セイバー、一人だけどマスターがわかったわ》

《本当ですか?》

《ええ。あそこでサーヴァントの戦いをじっと見ている彼女が今朝に話したこの冬木の町の管理者“遠坂凛”さん…》

《彼女がそうなのですか。そしてどうやら場所の位置的に双剣の男性が彼女のサーヴァント…そして槍を持った方が敵といったところでしょう? シロ、なにかあの宝具についてわかりますか?》

《少し待って…まずあのランサーに間違いないサーヴァントが持っている赤い槍は……》

 

私はあの槍を見ながら八節を順に解析していき出た結果、

 

《嘘!?》

《どうしたのですか、シロ!》

《あ! う、うん…ちょっと驚いちゃったけどあの槍は歴史を見る限り該当するのはただ一つ。

一度放たれれば心臓を貫くと言われる魔槍・ゲイボルク。そこから導き出される人物といえば…》

《では、彼はアイルランドの光の御子…クー・フーリン!》

《たぶん、それで間違いないわ。さすがランサーに選ばれるだけはあるね》

《はい。彼ならば適当でしょう。ではもう一人の方もなにかわかりますか?》

《それももう解析中よ。…………え?》

 

私はそこで少し思考がフリーズしてしまった。

あれは…確かに宝具、名を『干将・莫耶』。

だけど中身は贋作。それに私と似た感じがする。まさか投影の武器!?

しかし贋作だからといってその完成度に思わず私は見とれてしまった。

そこで気が緩んでしまったのがいけなかったのか、

 

「誰だ!」

 

ランサーに視線で気づかれてしまった。

 

「いけない! セイバー!」

「はい!」

 

私達はすぐに校舎の中へと入り込み、まだ私の正体はばらさない為にもセイバーに正面に立ってもらった。

それからすぐにランサーは私達の前に現れ、

 

「ほう、ついさっきまで気づかなかったがここにもう一人マスターとそのサーヴァントがいたとはな。

しかもそのなりだとセイバーに間違いねぇな? しかし、まぁ…二人とも成長はそこそこってところか?」

「なっ!? ランサーのサーヴァント! それは私に対しての…ましてや敬愛なる我がマスターに対しての侮辱と受け取ってもいいのだな!?」

「セイバー…遠坂さん達がくる前に済ませちゃおうか♪」

「…名案ですね。さあ、ランサー構えなさい!」

「いいねぇいいねぇ、この空気! やっぱ戦いってのはこうでなきゃな! 初撃は譲ってやるぜ!」

「いいだろう。その余裕、倍にして返してあげましょう!」

 

セイバーは風王結界で隠された剣を下段で構えながら魔力放出をして勢いよくランサーに斬りかかった。

 

「はあぁぁぁーーー!!」

 

ガキンッ! と鈍い音がしてランサーの槍とセイバーの見えない剣が激突した。

と、同時に私は事前に用意しておいた無銘の弓で黒塗りの矢をセイバーがランサーに打ち込んでいない場所に向けて放った。

だがそれは中ることも叶わずなにか障壁のようなもので弾かれた。

 

「「!?」」

 

セイバーは咄嗟にランサーの槍を弾いて私の前まで後退して剣を構えた。

 

「予測はしていましたが、やはり貴殿には矢よけの加護が備わっているようですね」

「なんだ? お前らも俺の正体に気づいているってのか?…ったく、これだから有名すぎて困るぜ…ならば食らうか? 我が必殺の一撃を…」

「いえ、今回は本来様子見で来ましたのでそれは受けるわけにはいきません」

「ええ。だからランサー、今日は引いてくれないかな?

それにそろそろ第三者がやってくる…私はまだ彼女には正体を明かしたくないの。

それにあなたも性分的に邪魔が入らない戦いの方がいいでしょ?」

 

ランサーはそこで驚いた顔をしたがすぐにニヤッと笑みを浮かべて、

 

「お嬢ちゃん、なかなか俺の性格理解してるじゃねぇか。気に入ったぜ!

さっきの言葉は撤回だ。お前はいい女だ。だから今回は奴らの足止めをしてやるぜ。

先ほどの正確な弓捌きといいセイバーといい、今度会うときはお前らとは本気で戦えそうだからな!」

「ありがとう、ランサー。でもおだててもなにもあげないよ?」

 

私はニッコリと笑顔を浮かべてランサーの口説き紛いを袖に振った。

 

「くっ! はっはっは! これはいい! やっぱお前はいい女だぜ。じゃあ次会うときを楽しみにしておくぜ。さっさといきな」

「それでは…マスター、いきますよ」

「うん。お願い、セイバー」

 

そして私とセイバーは今出せる最大のスピードで校舎を後にした。

脱出中に、

 

「しかし、ランサーのサーヴァント…あのように飄々とした態度をとっていましたが隙は一切感じられませんでしたから強敵になるでしょうね」

「うん。でも私としてはもう一体のサーヴァントの方が気になったかな?」

「なぜですか、シロ?」

「うん…あのサーヴァント、多分だけど生前は私と同じ投影魔術師だと思うの」

「なっ! それは一体…?」

「彼が使っていた武器、干将・莫耶は中国で有名な宝具の一つなんだけど担い手の伝承は一つも聞いたことがないし、それにランサーが砕いたと同時にすぐに手元に出現させていたでしょ?

それも一回や二回じゃなくて二桁はゆうに越えていたから…そしてなにより宝具の数はそれこそまばらだけど英霊一人でも持つ数は二、三個が限界だと思ったから…」

「確かに…でしたら正面から挑んでくるランサーよりも厄介な敵になりうる可能性が大ということですね?」

「そう。私の予測が正しければ他にも宝具は持ってそうだから。遠坂さんはアーチャーって言っていたからもし戦うとしたら今のところ一番厄介ね」

「そうですね。ふぅ…前回のアーチャーといい、どうしてこのクラスはこうも曲者が揃うのでしょうね?」

「前回のアーチャー…?」

「ええ。いえ、今はもう関係ないことですからお忘れください。それより早く予定していた場所に向かいましょう」

「そうね」

 

 

 

 

──Interlude

 

 

ランサーは志郎とセイバーを見送った後、また凛達と対峙していた。

だが槍を肩で担ぎながら立っているその姿には覇気が感じられないため二人は困惑していた。

それを察したのかランサーは口を開いた。

 

「よお、また会ったな」

「…ランサー、あなた目撃者を消しにいったんじゃないの?」

「まぁな。最初はそのつもりだったんだが、そいつはマスターだったんでな。何合か打ち合った後、引き分けで見逃してやった」

「はぁ…?」

 

あっけらかんとランサーはそう答えたため、二人は目を少し丸くしながら呆れの表情をしていた。凛に至っては声にまで出していた。

だがアーチャーはすぐに持ち直して、

 

「君ともあろうものがみすみす敵を見逃すとはな。なにがあったのだ?」

「なに、なかなか歯ごたえのある奴らだったんでな。それにだ、気に入ったんで見逃したっていう理由じゃだめか?」

 

笑みを浮かべながらランサーは軽くそう答えたが目は本気だったのでアーチャーもそれ以上追求はしなかった。

だが凛はせめて情報だけでも聞き出そうとランサーに問いかけたが、

 

「教えるわけねぇだろうが? 敵の敵は味方とはかぎらねぇんだぜ? ま、しいていうならなかなか見所のあるやつらだったって事だな。

さて、もうそろそろいい頃合いだな。足止めは終了だ。俺はもういかせてもらうぜ?」

「ちょ、ちょっと!?」

 

凛は呼び止めたがランサーは制止も聞かずに霊体化してその場から姿を消した。

そして沈黙が訪れて、

 

「…アーチャー、これはどう思う?」

「さてね、さすがに私でもこのような展開になるとは予想だにしなかったが、奴の口ぶりから打ち合ったと言ったところで対抗できることから恐らく相手のクラスはセイバーだろうよ?」

「くっ…やっぱりそうなるか。…はぁ、学校にいるってことは学園関係者って線が高いじゃない!? この結界といい密集しすぎよ?」

「落ち着きたまえ凛。あせっても物事は解決しないぞ?」

「わかっているわよ。とりあえず家に帰るわよ。怪しまれたら困るし…」

「わかった(…しかし、私の記録が正しければこの時点ではまだセイバーは召喚されていないはず。そしてランサーによって■■■■は一度殺されるはずだ。いよいよ私としてのこの世界の相違は出てきたな。鍵はやはりあの赤毛の少女が握っているということなのか?)」

 

アーチャーは凛の後ろで霊体化しながら考えに耽っていた。

 

 

 

Interlude out──

 

 

 




志郎は敵に気に入られやすいキャラにしたいですね。
しかし戦闘描写が難しいですね、やはり。

では、感想をお待ちしております。


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第006話 2日目・2月01日『教会と狂戦士』

更新します。


学園から脱出した私とセイバーは現在新都へと続く冬木大橋を渡っている最中。

そこでセイバーは橋の下をちらちらと伺っていた。

なんでそちらに視線を向けているのか気になったので聞いてみた。

 

「どうしたの、セイバー? 橋の下を何回も見ていて…」

「いえ、前回の聖杯戦争の傷跡がありましたのでつい見入ってしまいました」

「あ、もしかしてあの川に散々と転がっているもの?」

「はい。あれは前回私の宝具によりああなってしまったものなのです」

「そっか。それなら気になるのも当然ね」

 

セイバーは「はい」と一回頷いた後、無駄な話はよしましょうと言ったので私も詮索はせずに目的地へと向かった。

そして着いた場所は郊外に近い場所に建てられている少し古ぼけた教会。

だけど、まだ明かりがついていることから私の来訪を待ちわびているのだろう。

 

「セイバーはここで待ってて。ここからは私一人でいくわ」

「! いけません。ここの神父はキリツグが前回のマスターの中で一番危険視していた人物。何が待ち伏せているか!」

「…大丈夫。なにかあったらすぐにラインで呼ぶから。だから安心して、セイバー」

 

セイバーは何度か一緒にいこうとしたが私の「きっと暗躍はしている。だから万が一にもセイバーの姿は見せたくないの」の一言でやっと折れてくれた。

だけどすぐにでも駆け込めるようにと武装は常にしておくとのこと。

何度か深呼吸をした後、私は教会の扉を開けて中へと入っていった。

入った第一感想は綺麗な礼拝堂だなと感じ、次に出てきた感想はこの教会には神聖な空気があるにはあるがあまり感じられないということ。

感覚的には嫌な結界の中に入り込んだような、そんな空間。

その礼拝堂の奥の祭壇の前に神父は背中を私の方に向けて後ろに手を組みながら立っていた。

私が入ってきたことに気づいたのか神父はゆっくりとこちらへ振り向いた。

第一印象は確かに神聖な雰囲気を醸し出しているが、反面その目の光は表現しがたいほどに濁っているように感じた。

私と神父、両者の視線が交差する。

神父は、値踏みするかのような、鑑定するかのような視線を私に向けていたがやがてその重そうな口を開き、

 

「君が、衛宮志郎かね…?」

「ええ。初めましてて、ですね。言峰神父」

「そうだな。衛宮の名を継ぐ娘よ。しかしてここが聖杯戦争の監督の場所だと知っているのだから衛宮切嗣から大抵のことは聞いているのだろう?」

「はい。だから私はマスター登録を済ませにここに訪れた次第です」

「ふむ。切嗣の娘にしてはできた子のようだな。

そして改めて歓迎しよう。君だけが唯一この教会に足を運んできたマスターなのだからな。だから何か聞きたいことがあれば答えよう」

 

言峰神父は深い笑みを表情に刻みながら私に問うてきた。

だけど私はこれといって聞くことはないのでないと答えておいた。

 

「そうか。ならば遠回しの話は止めよう。

衛宮の娘よ…いや、衛宮志郎よ。君はセイバーのマスターとしてこの第五次聖杯戦争に参加することに異論はないな?」

「はい。もとより参加しないならわざわざこんなところまで来ませんから」

「ふむ、確かにその通りだな。ならば君をセイバーのマスターと認めよう。

この瞬間に今回の聖杯戦争は受理された。――――これよりマスターが最後の一人になるまで、この街における魔術戦を許可しよう。――存分に殺し合いたまえ」

「…………」

 

私は無言で頷いて礼拝堂から出て行こうと踵を返すがタイミングを見計らっていたかのように言峰神父は、

 

「…衛宮の娘よ。君の願いは、ようやく叶う」

 

言峰神父はそう言ってきたが、あいにく私はお父さんの『すべてを救う正義の味方』という理想は引き継いでいない。

だから、

 

「残念ですが、言峰神父…衛宮の名は継ぎましたが父の理想までは継いでいませんので、きっとあなたが望む結果にはならないと思います」

「ほう…? では君は父の理想を蹴ってまでしてなにを得ようとしているのだね?」

「それは黙秘させてもらいます。言っても笑われるだけでしょうから。ただ、一つだけ言うなら父が果たせなかったことをやり遂げるだけです」

「衛宮切嗣が果たせなかったこと…? よければ聞いてもいいかね?」

「…言うとお思いですか?」

「いや。私ならまず言わないな。なるほど…君は確かに衛宮切嗣とは違う。

だが、奴以上に用心深く、そして犠牲に戸惑いはしないだろう。

なかなかどうして…これで此度の聖杯戦争は勝者がわからなくなってきたな」

「私は決して殺し合いがしたくて参加したわけではありませんから。

それに、できるなら犠牲者は最小限にとどめたいと思っているのでそこのところ勘違いしないでくださいね、言峰神父」

「そのようだ。だがもしサーヴァントを失い保護が必要なら教会に来るがいい。聖杯戦争が終わるまでなら匿ってやろう。もっとも、君がくることはないだろうがな」

 

私は笑顔を浮かべながらも隙は一切見せずに答えると言峰神父はそんなことを言ってきたので「ええ」と答えて教会を後にした。

終止、礼拝堂からまるで地獄の底から聞こえてくるような、そんな笑い声が聞こえてきていたが私は早々に、しかしゆっくりと外に出て扉を閉めた。

そこで外で待っていたセイバーは私に駆け寄ってきて、

 

「大丈夫でしたか、シロ? 顔色があまりよくないようですが…」

「うん、なんとか大丈夫。…でも、やっぱりあの神父は信用できないことは再確認できたわ。

とりあえずもう家まで帰ろうか。《キャスターにいつまでも心配はかけたくないから》」

「そうですね」

 

私とセイバーはキャスターの部分だけは念話で話した。

どこで話を聞かれているかもわかったものではないから。

だが、新都の橋を渡りきり交差点を曲がって家への坂を歩いているとき、私は突如寒気に似た感じを覚えて足を止めた。

セイバーもどうやら感じたらしく私の前に立ち、周りを警戒しだした。

どんどん悪感が強くなってきていることを鑑み、魔術回路を起こして弓を即座に投影。

セイバーも完全武装を終えて剣を構えていた。

そして私達の周囲に防音と認知阻害の結界魔術が張られたことがわかった次の瞬間には…私達の目の前に紫のコートを羽織った銀色の髪に赤いルビー色の瞳をした少女と、その後ろに鉛色をした二メートル以上はあるであろう巨人がまるで斧のような巨大な剣を片手に持って静かに佇んでいた。

 

「こんばんは、お姉ちゃん」

「………」

 

私はその圧倒的な存在に言葉を失っていた。

少女はその様子がわかったのか裾を摘まんで会釈をしてきた。

この場に不釣合いな挨拶。

後ろの巨人がいなければ様になっていたけど今じゃ畏怖の対象でしかない。

 

「サーヴァント…! マスター、私の後ろに! あれは危険です!」

「ふふ…やっぱりセイバーのサーヴァントは感知能力がすごいね。すぐにどちらが優位かわかっちゃうんだから。

それじゃまずは自己紹介をしましょう。私はイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルン」

「「アインツベルン…!」」

 

私とセイバーは思わず同時に叫んだ。

それならお父さんが言っていた私の姉に当たる名前と同じ。

まさか聖杯戦争に参加してくるなんて…いや、それはすでに想定内のことだったから諦めもついていたが、そのサーヴァントだけは予想外だ。

でも、今は…まだ戦闘が行われる前に話をしなくてはいけないことがある。

 

「イリヤスフィール……それじゃ貴女が私のお姉さんに当たる人物なんですか」

「私のことを知っているの? うん、そういうことになるのかな?」

「それじゃ姉さん…私の名前は衛宮志郎。…できれば話を、聞いてくれませんか? 私は…それにセイバーも姉さんとは戦いたくないんです」

「はい。あなたはアイリスフィールとキリツグとの間に生まれた愛娘…ですから私もできれば手を上げたくありません」

 

姉さんは一瞬ムッとした顔になったがすぐに表情を笑顔にして、

 

「ふーん? 何か訳がありそうだね。

でも今は聞いてあげない。私はアインツベルンを裏切ったエミヤの名を持つものを許していないんだから。だから…やっちゃえ! バーサーカー!」

「■■■■■■■―――――――!!」

 

静かに佇んでいたサーヴァント・バーサーカーは姉さんの命令と同時にまるで地鳴りのような響きの咆哮を上げて、私達に襲い掛かってきた。

セイバーは咄嗟に私を担いでバーサーカーが振り下ろした斧剣を避けた。

剣が叩き込まれた地面はまるで粘土のように地面をへこませていた。あんなのが一撃でも当たったらセイバーでも危ない!

 

「セイバー! ここじゃ戦うには不利だわ。もっと広い位置…そう、さっきの交差点まで移動して! あそこならセイバーは存分に戦えるわ!」

「わかりました。マスターはそれまでにキャスターに連絡を!」

「うん!」

 

セイバーに担がれながら私はラインを通してキャスターと連絡を取った。

そしてすぐにキャスターは反応を示してくれて、

 

《どうかしましたか志郎様!? なにか切羽詰っているようですが!》

《うん! 緊急事態なの! 理由は合流してから話すから私のとこまですぐに来れる!?》

《お任せください! すぐに向かいますわ》

 

キャスターは一旦私との念話を中断して、すぐに私とセイバーの隣まで転移をしてきた。

 

「キャスター! あなたは空間転移を使えたのですか!?」

「ええ。といっても限定的空間に限るけれど…。お二人が家の近くまで来ていてくれていたので助かりました。

それにしても、緊急事態と聞き及びましたが…確かにそのようですね」

 

その時、後ろから、

 

「シロったらずるいわよ!? 二体もサーヴァントを所有しているなんて!」

 

と、バーサーカーの肩に乗りながらイリヤが叫んでいた。

だけど今は愚痴に付き合っている余裕はない。

早く交差点まで向かわなきゃ!

しばらく私と姉さんとの真剣な鬼ごっこが続いたが、ようやく交差点が見えてきたのでセイバーは私をキャスターに預けて前に立った。

私はキャスターの前…位置合い的にセイバーが前線。私は中距離。キャスターが完全にバックで補佐担当。

なんとか理想的な体勢まで持ってこられたことを確認したところでバーサーカーを連れた姉さんが私達の前に現れた。

 

「…ふーん。前衛に後衛がしっかりとできているのね? でも、私のバーサーカーの前ではそれが無意味だってことを教えてあげる。もう逃がさないんだから! バーサーカー!」

「■■■■■■■―――――――!!」

 

再度、バーサーカーは咆哮し一番近くにいるセイバーに襲い掛かった。

上段からの振り下ろしにセイバーは咄嗟に剣を構え、受け止めた後、薙ぎ払って魔力放出をバネにしてバーサーカーに斬りかかった。

ついで私が矢に番えた黒鍵を。

キャスターが一呼吸(シングルアクション)で圧縮された魔力弾をいくつも放つ。

だけど、セイバーの剣も、私の矢も、キャスターの魔力弾もどれもがバーサーカーの体に弾かれた。

それはとても信じられないこと。

セイバーの剣は彼のエクスカリバー。

私とキャスターの攻撃が弾かれてもセイバーの剣だけは通じると思った。

だけど目の前のバーサーカーは次元が違った。通常の攻撃では傷がつかない。

 

「うんうん。とっても三人ともいいリズムだね。でも少しばかり力不足かな?」

「っ…!」

 

私はおもわず舌打ちをして今にも何度もバーサーカーの斬撃を受けて吹き飛ばされそうになっているセイバーを見た。

このままではセイバーは力負けをして重傷を負うことは目に見えている。

私が今できることは…作り出すこと。

バーサーカーに対抗できる武装を検索。該当数件確認。やるしかない!

 

「キャスター…少しだけバーサーカーの動きを鈍らせることはできるかな!? このままじゃセイバーがやられちゃうから!」

「は、はい。できることはできますが…なにをするつもりなのですか志郎様?」

「うん。ちょっと自信がないけど通じるかどうか試してみたいことがあるの」

 

私は力強く拳を握りキャスターはそれに答えてくれたのか一度頷いてバーサーカーに向けて手をかざして、

 

「────“圧迫 (アトラス)”────」

「なっ!?」

「■■■■■■―――ッ!!?」

 

キャスターが高速神言のスキルで一瞬にしてバーサーカーの周囲を重力という力が圧し掛かった。

セイバーもそれで余裕ができて私の前まで戻ってきた。

そして私がある言葉を唱えたと同時に聖剣の鞘を一時的に解き放って私が指定した場所を切り裂いてと念話で伝え、

 

投影開始(トレース・オン)!」

 

魔術回路に撃鉄を落とし、数にして10本以上の黒鍵や魔力を持った剣の設計図を起こし、

 

工程完了(ロールアウト)全投影(バレット)待機(クリア)…!」

 

私自身も弓に一本の強化を施しまくった無銘の魔剣を番えて、それを弦を引き締めて放ったと同時に、

 

停止解凍(フリーズアウト)全投影連続層写(ソードバレルフルオープン)!!」

 

設計図に起こしていた剣達を私の背後の空中に出現させそれを一気にバーサーカーに向けて放った。

だがそれだけではセイバーの剣をも防ぎきった強靭な肉体に弾かれるだろう。

だから放った剣達をバーサーカーの心臓一点に集中させて、

 

剣軍(ソードアーミー)一点集中(コンセントレート)!」

 

私の指示のもとに全ての剣が最初に放った魔剣に連なるように重なり、重力という足枷で動きが鈍くなっているバーサーカーの心臓部へと到達し魔力を注ぎ込み威力をさらに上げる。

まだ貫けない! でも、負けない! 私は渾身の意を持ってただ剣達に貫いてと強く念じた。

そしてついに一本の魔剣がその肉体にめり込んだ!

続く形で剣達はバーサーカーの心臓部に刺さっていく。たとえ強靭な肉体を持っていても内側までは柔らかいはず。

私は手ごたえを感じて痺れる魔術回路にさらに鞭打って、

 

「幻想、破壊!」

 

最後の指示とも言う命令で幻想を開放させて爆発を引き起こし、さすがのバーサーカーも内部からではたまったものではなく全身が焼け焦げて心臓部が露わになる。

そこに『幻想』という言葉を合図にすでに飛び出していたセイバーが風王結界を解き放って黄金に輝く剣を上段に構えて魔力放出を剣先に集束させ袈裟斬りをしてついにバーサーカーは膝をついた。

セイバーはすぐに私のところまで戻ってきて警戒を解かずにまた風王結界を纏わせて剣を構えている。

キャスターもすぐに魔術行使ができるように手を掲げていた。

だけど当の私はまだ完全に魔力が回復しきっていない状態であんな大技を使ったから魔力不足で少し眩暈を引き起こしているが必死に耐えて立っている。

 

「すごーい。セイバーの一撃はともかくサーヴァントでもないのにバーサーカーを()()殺しちゃうなんて…おかげで二回も死んじゃったわ」

「「「え…?」」」

 

姉さんは驚きながらも余裕の表情を崩さずそう言ってきた。

思わず私達の声が重なった。

見ればバーサーカーはすでに先ほど受けた傷が嘘のように全部塞がっていて完全に回復している。

 

「シロ、いいこと教えてあげるわ。

バーサーカーの真名は十二の試練を成し遂げたギリシャ最大の英雄ヘラクレス。

そしてバーサーカーの宝具は『十二の試練(ゴッドハンド)』。つまり十二回殺さなければ倒せない最凶の怪物なんだから」

「ヘラクレス!?」

 

私達の中でいち早く声を上げたのはキャスターだった。

それは当然のこと、キャスター-メディア-は一度だけだがヘラクレスとはアルゴー船の逸話で会ったことがあるのだから。

 

「あら、キャスターの貴女が一番早く反応するなんて…もしかしてヘラクレスと会ったことがあるの?」

「真名を知ろうとする戦略には乗りませんわ。しかし、それでは宝具の意味が正しければ…」

「さすが、わかっているじゃない。そう、バーサーカーはその宝具の恩恵で一度受けた攻撃は二度と通用しないの。だからその体自身が宝具のようなものね」

 

それがどういう意味かすぐに理解した私とセイバーも少し顔を青くしていた。

七つのクラスで総合パラメーターは多分サーヴァント中で一位に君臨するだろうバーサーカー、そして使役するのがもっとも難しいとされる文字通り怪物を姉さんは完全に制御下に置いているのだから。

それに多分まだ狂化もされていないから恐ろしいことこの上ない。

 

「でも、シロって面白い魔術を使うのね。まさか投影魔術師だったなんて私驚いちゃった」

 

私は内心で失敗したと思った。

サーヴァントを一撃で決められれば後はキャスターの魔術で記憶を消せば私の使う魔術は隠せると踏んでいたんだけど、もうさっきの手は通用しない。

はっきりいって手詰まりだ。

だけど姉さんはどこか楽しそうに笑いながら、

 

「さて…もうお遊びはやめようと思っていたところなんだけど、二回もバーサーカーを殺したご褒美として今日は引いてあげるわ。またね、シロ♪」

 

私達は唖然としていたが姉さんはバーサーカーの肩に乗ってその場を去ろうとしていたけど、

 

「…あ、そうだ。ねえ、シロ。もし今度会うことがあったら今度はさっきのお話を聞いてあげるね」

「え…?」

 

それだけ言い残すと今度こそ姉さんとバーサーカーは姿を消した。

バーサーカーのすごいプレッシャーからやっと開放されたのか私は気が抜けてその場で膝をついていた。

そこに二人があわてて駆け寄ってきてくれた。

私は心配させないために笑顔を浮かべて大丈夫と伝えると安堵の息が聞こえてきた。

 

「…シロ、少し聞きたいことがありますが今はこの場を離れましょう。

夜とはいえもうイリヤスフィールの結界が消えている。

そろそろ人が集まってくるでしょう」

「では私に掴まりなさい。セイバーも転移させるのは苦労しそうだけど転移しますわ」

「うん」

「あ、志郎様。私も色々と聞きたいことがありますからよろしくお願いしますね?」

「は、はい…」

 

ただただ頷いた。

やっぱりさっきのことでキャスターはもちろんセイバーも追及したいところだろうね。

ただでさえ異常なのに剣を矢のように飛ばすなんて普通考えないから。

だけど、それは置いておいたとしても本格的に聖杯戦争が始まったことを自覚した私は頑張らなきゃと意志を高めた。

 

 

 




異常な投影なら油断している初回なら一回くらいは殺せるかな…?という感じで今回は志郎に見せ場を持ってきました。
ですが宝具投影はしません。
士郎のように剣のようなではなく凛のように滑らかな魔術回路ですから。
志郎が限界を弁えています。

それでは感想をお待ちしております。


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第007話 2日目・2月01日『志郎と凛のそれぞれ(前編)』

更新します。


 

 

──Interlude

 

 

志郎達がイリヤスフィールとそのサーヴァント・バーサーカーと交戦する少し前のこと、遠坂凛は自宅でアーチャーが入れてくれた紅茶を飲みながらこれからのことについてアーチャーと話をしていた。

 

「さて。凛、これからどうするかね? 今のところ判明しているサーヴァントは私を除いてランサーともう一体のセイバーのクラスであろうサーヴァントのみだが…」

「そうね。正直ランサーはともかくセイバーのマスターだけは正体を知っておきたかったわ。まったくランサーもどういうつもりなのか…」

「さて、そこは本人を問いたださない以上はどうしようもないことだが。まずは今日の凛の学び舎の結界のことを思案した方が最良ではないか?」

「……そうね。ランサーのあの性格からしてまずあんなことはしないことは確か。

そしてセイバー・アサシン・バーサーカーのクラスもそれからは除外…もっともやりそうなサーヴァントはキャスターだけど…」

「キャスターのクラスに該当するようなものがあのような三流の結界を構築するとは考えづらいだろうな。

さぞ慢心しているのかはたまたマスターがとんでもない馬鹿ではない限りあのような疎かなものは張らないだろう。

よってキャスターの線もずいぶん下がってきた。残りの線を辿ればおのずと答えが出てくる」

 

アーチャーは腕を組みながら笑みを浮かべて「後は言わずともわかるだろう?」と皮肉を付け足しながら凛にそう言った。

 

「ライダーのサーヴァント…ね。はぁ…憶測でしかまだ事を語れないなんてなんかいらついてくるわね…?」

「まぁそういうな、凛。まだ聖杯戦争は始まったばかりなのだからな。焦らずことを待つのも悪くはないだろう」

「むっ…アーチャーって結構ドライなのね? それじゃまさか貴方はみすみす被害が出てもいいっていうの?」

「そうはいっていない。だが、目先のことだけに囚われて視野を狭めてしまっては本末転倒だぞ?」

「う…わ、わかってるわよ!」

「それなら結構」

 

皮肉の顔を崩さず笑っているアーチャーを見て凛の怒りが上がってきている、そんなときに間が悪いというかなんというか遠坂邸に一本の電話がかかってきた。

凛はその電話越しの相手がこんな夜更けにかけてくるのは誰かがわかっているために、とても出たくはなかったが嫌々出ることにした。

出てみたところ案の定相手は凛の兄弟子にして第二の師匠。

魔術師でありながら代行者でもあり、聖杯戦争の監督役に就任したエセ神父。言峰綺礼その人だった。

凛は眉間に寄っている線をさらに深くしながらも、

 

「こんな時間になに、綺礼? 今こっちは忙しいんだけど…」

『せっかくこの優しいお前の師匠が電話をしてやったというのにご挨拶だな』

「どこの、誰が、優しいのよ?」

『ふ、まぁいい。それより先ほど七人目から連絡があった。これにより、今回の聖杯戦争は受理されたわけだ』

「! そう。……一つだけ質問するけど、最後に召還されたのはどのサーヴァント?」

『その程度の情報なら教えてもいいだろう。最後に召還されたのはセイバーだ。一昨夜召還された』

「…そう、ありがとう。それじゃこれで正式に」

『そう、聖杯戦争は開始された。おそらく君が勝者になるだろうが、せいぜい油断はしないことだ』

「ご忠告感謝するわ」

『では、な』

 

綺礼は要点だけを凛に伝えるとすぐに受話器から声は聞こえなくなり変わりに「ツー、ツー…」という音が鳴っていた。

凛は相変わらず言いたいことだけ言う男だ。とだけ思ってすぐに思考を正常に戻した。

 

「アーチャー。監督役からの連絡だけどサーヴァント七騎がすべて揃ったそうよ」

「つまり、これで正式に聖杯戦争は始まったということだな」

「ええ。そうなるわね。やっぱり最後に召喚されたのはセイバーのサーヴァントのようだわ」

「…そうか」

 

アーチャーはセイバーの話題が出た途端、少し顔色が変わったのを凛は見逃さなかった。

なぜそんな苦悶そうな表情をしているのか理解ができなかった凛は怪訝な顔をしながら、

 

「どうしたの、アーチャー? もしかしてなにか思い出した?」

「いや、それはまだらしい。セイバーという単語が少し頭に引っかかっただけだ」

 

なぜただの称号である名にアーチャーは反応したのかはわからなかったが、これ以上はアーチャーが支障をきたすかもしれないと案じた凛はそれ以上追求しなかった。

だけどそこで何体か町に放っていた使い魔から急な信号が送られてきて凛はとっさに目を閉じ使い魔の視線となって映し出された光景を見た。

アーチャーにも見えるようにするのは忘れずに。

だが、映し出された光景に凛は思考がしばしついていってなかった。

そこには銀色の髪をしていて赤い目の色をした少女がまるで気づいているかのように使い魔に目をじっと向けていたからだ。

そしてあろうことかその少女は使い魔に向かって話しかけてきた。

 

『あ、やっと私の視線に気づいたのね』

「!? この子、私のことが気づいているの?」

『ふーん? 宝石でできた使い魔かぁ…だとすると主は宝石魔術専門のトオサカかな? それじゃ私から一方的になっちゃうけど紹介するね。私の名前はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン』

「アインツベルン!?」

『そしてこれが私のサーヴァント、バーサーカー』

 

突然視界が暗くなったことを不思議に思ったのか凛は使い魔に上に向くように指示を与えると思わず言葉を失った。

少女の後ろにはとても人間とは思えない異常な存在が佇んでいたのだから…。

 

「なに、こいつ…こんなのがバーサーカーだっていうの!? 規格外すぎだわ!」

「…………」

 

凛もアーチャーも使い魔越しにでも伝わってくるあまりの威圧感に息を呑んでいた。

少女はなにが面白いのかクスッと一笑すると、

 

『それじゃ紹介もすんだし、これからセイバーのマスターさんを殺しに行くところなの。だからこれ、邪魔になるから壊しちゃうね♪』

 

少女がそういった次の瞬間にはバーサーカーの剣が迫ってきているのを最後に通信は途絶えてしまった。

凛は意識を潰される前にすぐに使い魔との間の同調を解いて戻していたからなにも傷はなかったが冷や汗をすごく垂らしていた。

 

「大丈夫かね、凛?」

「…ええ。なんとか」

 

そういいながらもそこで喉が大いに渇いていることに気づいた凛はまだ残っていた紅茶を一気に飲み干した。

 

「宣戦布告もいいところね。あんなのを見て少し怯んじゃったけどただ馬鹿でかいだけじゃないの。アーチャー、あいつには勝てそう?」

「それはどうだろうな。策を練ればいくらでも倒しようがあるが一度は交えて見なければ今のところはどうとも言えん」

「それもそっか。悪い、また目先にとらわれそうになったわ」

「そうか。だが召喚されたときにも言ったであろう? 君という優秀なマスターに召喚されたのだから私は最強以外のなにものでもない。そして奴もいずれは越えねばいけない敵だ」

「そうね。どんな奴かは知らないけど勝ちにいくわよ、アーチャー?」

「もとより、承知している」

 

凛にはそのアーチャーの言葉が大いに励みになった。

だけどあのときの台詞をまた言われるなんて思いもしなかったから顔を赤くしていたのは本人だけの内緒だ。

 

「調子を取り戻してなにより。ときにマスター、大切なことを一つ聞き忘れていたのだが」

「なに?」

「なに、さして重要度としては低いものだが、凛、君は聖杯に何を望む? 君の願いは何だ? 主の願いを知らなければ私も身を預けられない」

「願い? そんなのは別にないわよ」

「……何?」

 

愕然とした顔をアーチャーはした。だが、

 

「では一体何のために戦うというのだ。聖杯戦争とは聖杯を手に入れるための戦い。だのにその聖杯に願う願いがないというのはどういう事だ!」

「だって自分で叶えられる願いなら自分で叶えるべきでしょう。

自分で叶えたい願いなら聖杯に頼らず自分で叶えないと意味がないことだし。

わたしが戦う理由はそこに戦いがあるからよ。聖杯なんてその結果。

貰えるから貰うけど、現時点での使い道は考えられない。ま、なにか欲しい物が出来たら使えばいいだけでしょ?」

 

怒号にもなる声をアーチャーは上げたが凛は聞かれることをあらかじめ想定していたのか怯まずにそのようなことをのたまった。

次は唖然としたアーチャーだが、すぐに凛の考えがわかったらしく、

 

「つまり、君の目的は」

「ええ、勝つのが目的よ。勝つために戦う。ただそれだけ」

 

その返答に渋い顔をしたがアーチャーは調子を取り戻すかのように不適な笑みを浮かべ、

 

「………まいった。確かに君は、私のマスターに相応しい」

 

凛はまた不意を突かれたらしくあわてて顔が赤くなるのを収めて、後ろに照れながら顔を向けて、

 

「え、ええ。そうよ。だからアーチャー、貴方は私を勝たせなさい。そうしたら、私は貴方を勝たせてあげる」

「ああ、了解した。マスター」

 

こうして遠坂凛の聖杯戦争は本格的に幕を開けた。

 

 

 

Interlude out──

 

 

 

私は衛宮邸に戻るなり居間でキャスターに先ほどのものはどういったものかをそれはもう追求されていた。

正直言ってとても怖かったです。はい…。

それでセイバーも込みで説明し、まだお父さんが生きている時にたまたま魔術訓練の時に投影した剣を中空に浮かべているところを見られてキャスターのように追及されて、頭で設計図を起こして待機させておけば自分の思ったとおりに出現させて矢みたいに放てるんだよと伝えたら「ありえない…」と呟かれた出来事を話した。

それにキャスターは大いに納得しているようだった。

セイバーもそのような魔術は見たことがないと驚嘆の顔を浮かべていた。

 

「でも、宝具なんてものはおいそれと投影はできないことは前に言ったし、さっきのが私のこの八年の試行錯誤の成果だから、あれが現段階では私の限界だってことは知っておいて」

「はい」

「わかりましたわ。ですがまだなにか応用出来そうではないですか? 例えばそう、セイバーの風王結界…本体の投影は無理だとしても剣を風で隠すといったようなことは」

「あ、それなら多分できるわ。

変化の魔術を使えば宝具を投影するよりは宝具の効果を剣に宿すこともできると思う。

今まで魔術回路が暴走するかもと思って怖くて試したことがなかったの」

「そうでしょうね。志郎様は引き際を心得ているようで安心しました」

 

キャスターはそれで気持ちが落ち着いた。

もし、これで無鉄砲だったら見る目もないからだ。

 

「う、うん…それとこの話でまったく意識していなかったんだけど改めてすごいね。家の結界が見違えるように進化しているね」

「確かに…これほどの結界はそうそう拝めないものですね。この短時間によくここまでできたものですねキャスター」

「それがですね。この家の下に微量ですが地脈が流れていましたので、そこに回路を繋げていただき魔力を補充しましたのですぐに作れることができましたわ」

 

キャスターは自慢げにしているが私は少しばかり冷や汗を流した。

それはなぜかって?

そんなことをしたら遠坂さんに気づかれないかな?

そのことをキャスターに伝えたけど、

 

「その件についてはご安心を。回路を繋げたといっても気づかれることはまずありませんわ。人の魔力を吸わない限りは後先もまず追えないでしょうから」

 

なにげに聞き捨てならない台詞がキャスターの口から出てきた。

それにやっぱりセイバーは反応した。

 

「まさか、町の無関係な人々から魔力を摂取していないですよね、キャスター? もしそんなことをしているのだとしたら私の剣が黙っていませんよ?」

「セイバー、それは思い過ごしよ。私は志郎様が迷惑だと思うことは一切するつもりはないわ」

「…そうですか。勘ぐってしまいすみませんでした」

「いいわよ。キャスターのクラスはその手に関してはそう思われてもしかたがないですものね。

それより志郎様、志郎様の通う学園によからぬ結界が張られているのは気づきましたか?」

 

結界っていうとやっぱりあれのことだよね?

セイバーの方を見ると気づいていたらしく頷いていた。

あの身の毛がよだって禍々しいほどの感覚はとても忘れろと言われても忘れられない。

 

「おそらくあの結界は私以外にもキャスターに該当するであろうサーヴァントが張ったものでしょう。

遠見で見させていただきましたがあれは魔術の類ではありませんでしたから」

「と、いいますと恐らく宝具の可能性が高いと? キャスター」

「ええ」

「それじゃ遠坂さんはそれを調べているときにランサーに襲われたと見て間違いないようね」

「多分そうでしょう。この町の管理者なのですから、あんな気づいてくださいとでも出張しそうなものは放っておけなかったのでしょう」

 

セイバーの言葉に私とキャスターも頷いた。

確かにそうだ。あれは確かにすごい結界だったけど隠蔽もなにもあったものではなかったから。

 

「おそらくあれを張らせたマスターは余程の大物かただの馬鹿なのでしょうね。私の弟子だったならまず処刑モノでしょう…」

「あはは…」

 

私は乾いた笑みしかできなかった。セイバーもなにか寒気がしたのか一瞬体を震わせていた。

っと、そうだ。セイバーに頼みたいことがあるんだった。

別に明日でもよかったんだけど、今のうちに言っておいた方が得かな、と。

 

「ねえセイバー。ちょっといいかな?」

「はい。なんでしょうか、シロ?」

「うん。明日からでいいんだけれど私に稽古をつけてくれないかな?」

「稽古、ですか…?」

「そう…魔術訓練と平行して指導を受けていたんだけど、お父さんが亡くなってからは自己流で今まで鍛えてきたの。

だけど実戦なんてやったことがないから要領が掴めないでいたの。だからセイバーに戦場での剣技を学びたいの」

「ですが…シロには私という剣があるではないですか?」

「そうだけど、私もセイバーやキャスターと一緒に戦いたいの」

「シロ…」

「志郎様…」

「駄目、かな…?」

 

セイバーは悩んでいたようだけど少しして「いいですよ」と頷いてくれた。

私はやった、と思った。

だけどセイバーからはマスターとの戦闘はともかくサーヴァントとの戦いは許しませんからね?と釘を刺された。

もちろんそのつもりだけどなにを心配したのかな?

セイバー曰く、アーチャーとランサーの戦いを見ていたシロは体がうずうずしていたとのことらしい。

…確かにあの二人の戦いを見て心が高揚していたところは確かにあったけど、さすがにあれに入っていくほど私に勇気はないし、ましてバーサーカーなんて怪物とは絶対に打ち合いなんて無理。

だけど心底心配してくれていたようなので感謝とともに忠告はしっかりと受け取っておくことにした。

 

 

 

 




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第008話 3日目・2月02日『志郎と凛のそれぞれ(後編)』

更新します。


翌日、朝一で志郎はセイバーに剣の稽古をしてもらっていた。

今日は土曜日だが学校はあるから朝一からやっていて30分くらいだろう。

今まで稽古相手といえば表向きは藤村大河でそれ以外は一人でもくもくと鍛錬と研鑽を積むくらいだったからだ。

竹刀を構えて志郎はセイバーに向けて切嗣に教わった暗殺武術や技法などを練り混ぜながらあらゆる角度から打ち込みに行った。

だが、

 

「甘い」

 

ペシッ! とセイバーに竹刀で頭を叩かれて志郎は痛そうに頭をさすっていた。

志郎はやはり小細工はあらゆる戦場を駆けてきたセイバーには効かないと深く痛感した。

 

「シロ、動きは中々のものでしたね。

身体強化の魔術は使わないところ最初はただ打ち合うだけかと思っていたのですが、まさか打ち込むと同時に平行して足技や自身の体格を利用して私の懐に潜り込んでくるとは思っていませんでした。

ですがその動きは正当なものではありませんね? 見た限りではちらほらと独特の動きも含まれていましたしね」

「いたた……うん、お父さんが死ぬ前までに知りうる知識と戦闘技術はあらかた叩き込まれたの。

銃器の技術や相手をどう自分の有利な状況に持っていくかとかのあらゆる戦略…後、かじった程度だけど交渉術も教わったかな?」

 

普通にそんな物騒なことを語る志郎にセイバーは少しばかり戦慄を覚えた。

そして性格の表裏がまったく分からなかったキリツグとは違い、純粋にそれを行えるだろう技術を持つ志郎がどれだけとんでもない存在なのかと思い、同時にこんな純粋な志郎に聖杯戦争の下準備とはいえそんなものまで文字通り“叩き込んだ”と言うキリツグに一種の怒りを覚えていた。

 

(確かに私のキリツグに対しての誤解は解けましたが…恨みますよ、キリツグ?)

 

 

 

その後、何度か打ち合って汗も掻いたので志郎はお風呂に入った後に朝食の準備を開始した。

そしてこれから来るであろう衛宮家の日常風景の象徴である間桐桜と藤村大河の二人にどうやって話を通すか話し合っていた。

服装に関しては、セイバーは白のブラウスに青いジャンパースカートを着ていて清楚なイメージを持っていた。

それとは対照的にキャスターはあまり目立ちたくないのか、やや地味目に正装に似た上下紫の服装を着ていた。それでもやっぱり綺麗なものは綺麗なんだけど。

これで問題はない。

次にどうして二人がこの家にやってきたのかというと、お父さんの知人で頼ってきたのはいいけれど当のお父さんはもうこの世にいないので路頭に迷っていたので私が当分この家にいていいですよ、という話に落ち着いたと説明する予定。

最後に名前だけどこれがやっぱり一番悩んだ。

クラス名をそのまま名乗るわけにもいかず、セイバーは『アーサー』とは別にアルトリアという真の名があるから誤魔化しは効くが…。

キャスターに関してはメディアと名乗ればそのまま真名に直結してしまうから。

私が悩んでいるとキャスターが話しかけてきた。

 

「志郎様、私のことも考えてくださるのは嬉しいのですが私の正体は明かさない方がいいと思います。

少しばかりお聞きしましたが志郎様のご学友である間桐桜という少女はもしかしたらマスターの一人かもしれないのでしょう?」

「う、うん…まだ断定はできていないけど桜は魔術の才能を持っているから確率は五分五分といった感じ…」

「でしたら、尚更私は姿を見せない方が得策だと思います。セイバーだけ姿を見せておけば私が志郎様のサーヴァントだという線はないと相手は思うかもしれませんから」

「なるほど。今現在シロのサーヴァントは私達二人だという事実はイリヤスフィール以外知らないはず…確かにそれは名案だ、キャスター」

「でも…」

 

私はどうにも納得が出来ないでいたがキャスターの意見ももっともなのでそれ以上は言葉を摘むんだ。

そこで私のことを気遣ってくれたのかキャスターは笑みを浮かべて、

 

「大丈夫ですよ、志郎様。私は今の現状だけで十分幸せなのですから…ですから顔を上げてください」

「うん…でも食事は作り置きしておくからちゃんと食べてね?」

「はい。ありがとうございます。それではセイバー、表での志郎様のことは任せましたよ。私は裏方に徹しますから」

「お任せを。シロは必ず守ります」

「それでは私は気づかれないように自室で礼装の作成や町の探索作業を行っています」

 

キャスターはそれを告げると自室に入っていった。

 

「…キャスター」

「シロ、心配要りませんよ。キャスターは心の底から笑顔を浮かべていましたから…」

「うん、セイバー……理由がもう一つできたね。キャスターが表に出られるようになるように聖杯戦争、勝ちにいこうね」

「はい。もとよりそのつもりです。ではそろそろ居間に向かいましょう。お話の二人が来られる頃でしょう」

 

それから私は桜と藤ねえにセイバーのことを紹介した。

当然クラス名ではなく『アルトリア』として。

理由を話した後に藤ねえがわなわなと震えていたのが怖かったけど小声で「女性同士なら大丈夫かな?」と言って少し渋ったが泊める事を了承してくれた。

桜も特に異論はないらしく普通にセイバーに話しかけていたことから大丈夫だろうと思った。

それで朝食も済ませた後、セイバーだけ(キャスターもだけど)家に残して学校に向かった。

セイバーは後から追ってくるということなのでどこかで待機しているのだろう。

魔力殺しの礼装も装備しているからアサシンのサーヴァント以外ならそうそう気づかれないと思う。

 

 

 

 

──Interlude

 

 

遠坂凛は朝一から少し頭を悩ませていた。

まず学校に張られていたお粗末ながらも殺傷性は抜群な結界。

アーチャーがいうにはこれは魔術ではないらしい。

これから導き出される答えは“宝具”。

そしてこんなものを張れるであろうサーヴァントは“キャスター”。

だがキャスターのサーヴァントを名乗るものがこのようなものを展開させるわけもない。

よってキャスターの線は低くなり他のサーヴァントに絞り込まれる。

そして“ランサー”との戦闘。

次いで正体不明のサーヴァントとそのマスターが学園関係者かもという疑念。

しかもそのサーヴァントはランサーとまともに打ち合えたことからしておそらく最優のサーヴァント“セイバー”。

そのマスターもランサーが気に入ったと言うのだからおそらく優秀な魔術師。

最後に自身の使い魔を潰したアインツベルンのマスターとサーヴァント“バーサーカー”。

たった一日で一気に出現したサーヴァント達。

自身のサーヴァント“アーチャー”を加えれば分かっているだけですでに五体。

しかもそのどのサーヴァントも強力な力を秘めていることは確かなこと。

アインツベルンのマスターである“イリヤスフィール・フォン・アインツベルン”と名乗る少女はセイバーとそのマスターを殺しにいくといった。

だが、アーチャーに調べさせたところ交差点がなにか台風にあったかのように破壊されていて魔力の跡も残っていたと言うが、死体は見られないことからしてどちらも生き残ったことは確か。

綺礼がすぐに手を回して交差点を修復したというが、どれだけ激しい戦闘があったかのかと思うと眩暈すらする。

いくつかまるで押し潰したような跡もあったというからおそらくバーサーカーのあの巨大な剣によってできたものだろう。

…まだ情報が少なすぎるわね。真名はまだランサーしかわかっていないし。

そこで一度私は思考を停止させてクリアにする。

そして待機していたのかちょうどいいタイミングでアーチャーがポットとカップを持ってやってきたのでありがたく紅茶をいただく事にした。

 

「それで、凛。これからどうするのだね?」

「んー…そうね。まだ情報が少なすぎるからまずは学校に張られている結界から調べていくしかないかな?

それと衛宮志郎とも接触を試みようと思う。もしかしたら当たりかもしれないから…」

「そうか…」

 

するとまたキレのない返事がアーチャーから返ってくる。

一体どうしたというのか? 衛宮志郎とセイバーという単語が出るたびに反応する彼はなにかを知っているのか?

失った記憶が蘇りつつあるならそれはそれでよし。

それから私は身支度を整えてアーチャーを霊体化させて家を出た。

聖杯戦争中とはいえ学校にいかなければ怪しまれるのは必然。

そのこともアーチャーは渋々承知したので無言で私の後ろに着いてきている。

 

 

 

そのとうのアーチャーはあまりに自身の体験した聖杯戦争と違いがあることに表面上は鉄仮面を被って隠しているが内面は動揺していた。

新都でのガス災害が起きていないことからしてキャスターは違うものなのかという疑問。

確かに行方不明者は何名かいるがその数は少数にとどまっている。

学校の結界とランサーの登場は予想していた通りの事象だったが、あそこでは途中で介入者が入りそいつはランサーに一度殺されるはず。

そしてこの時点でセイバーはまだ召喚されていなかったはずだというのにランサーは逃がしたという。

最後にやはり重要なのは衛宮志郎という少女だ。

おそらくこの世界では■■はあの志郎という少女を助けたのだろう。

そして彼女は衛宮の名を継いでいるのだから、私と同じく巻き込まれる形でこの戦争に参加するはずだ。

だが、まだ正体は分からない。

まだ私のマスターである遠坂凛が協力者ではないのだからバーサーカーをセイバーと二人だけでいなす事は困難な筈なのに生き残ったという。

彼女は私とは違いまっとうな魔術師の道を進んでいるのか?

ますます訳が分からなくなってくる。

とりあえず現時点でわかることは、

 

(もう私の記録は当てにはならないということだな。厄介極まりないな…)

 

アーチャーは思考することを止めて凛に気づかれないようにため息をついた。

 

 

 

Interlude out──

 

 

 

私は学校につくなりやはり張られている結界に思わず吐き気を催した。

でもそれは一瞬だけですぐにいつもどおりに登校した。

だが視線を感じて目だけでその視線の先を追ってみるとそこには遠坂さんが立っていた。

…おそらく令呪の確認をしたいのかな?

でも今、私の令呪はキャスターのおかげでパワーアップした隠蔽魔術でキャスター級の魔術師以外は見えないようになっているから多分大丈夫。

感知もされないというから大丈夫、大丈夫。

だから冷静にいこう。不自然な行動をとった時点で怪しまれるのは明確。

 

「遠坂さん、お早うございます。今日も早いんですね」

「おはよう衛宮さん。ええ、少しばかり昨日は早く寝てしまって今日は早起きしてしまったのよ」

「そうなんですか」

「ええ。っと、それより衛宮さん、あなたもどこか疲れているようですからこれをあげるわ」

 

遠坂さんは私の左の手にアメをくれた。

そこでやはり令呪の確認をしたかったのだろうと確信する。

 

「え? アメ…ですか?」

「そ。暇な時に舐めてちょうだい。少しは気分がよくなると思うから」

「ありがとうございます。でも、なんで私に…?」

「気にしないで。日ごろからお世話になっているからそのお礼と思ってください」

「そうですか。それじゃ素直に受け取っておきます」

「ええ。それじゃ…」

 

遠坂さんはそれだけいってその場を立ち去って校舎の中に入っていった。

するとすぐに後ろから誰かが抱き付いてきた。

何事かと思って抱きついてきた人物を見ると相手は弓道着を着た美綴綾子だった。

 

「綾子、いきなりなに…? 驚いちゃったよ」

「いや、なに。お前も遠坂からアメを貰っていたからなんだったんだろうと思ってね」

「お前もって…他に誰か貰ったの?」

「ああ。間桐の奴がもらっていたね。当然妹の方な」

「そうなんだ」

「それより志郎ってもしかして遠坂の本性に気づいている口…?」

「本性…?」

「あ、志郎はまだ知らないか。これは失言だったな。ま、気にしないでいいよ。でも気をつけたほうがいいよ。アイツが本性見せる時は容赦ないから」

「ふ~ん? わかったわ、綾子。それより朝練はいいの?」

「あ、そうだった。もうすぐ予鈴もなるからあたしは戻らせてもらうよ」

「うん、頑張ってね」

「あいよ!」

 

綾子はとてもいい笑顔をしながら弓道場に戻っていった。

でも、時たまふらついている感じがする。

やっぱりこの結界の影響を少なからず受けているのかな?だとしたら急がなきゃ…。

それともしかしたら今日遠坂さんは仕掛けてくるかもしれない。一応下準備もしておこう。

 

 

 

 

──Interlude

 

 

志郎がそんなことを考えている間、先に校舎の中に入っていった凛はアーチャーに意見を聞いていた。

 

《それで衛宮志郎はどういった具合だった? 私としては白だと思うんだけど…》

《まだわからないな。私も一応ながらも霊体化状態で殺気を当ててみたが反応は見せていなかった》

《そう…アーチャーの殺気にも反応しないならますます白かも》

《いや、逆の発想も考えた方がいい。一般人が殺気を当てられれば鈍いものでも少しはなにかしら反応する筈だが彼女は“まったく”反応しなかったのだぞ?》

《あ…! 確かに、それだと不自然ね》

《そうだろう? これは今日中に正体を明かした方がいい。サーヴァントは連れていなかったが故意に連れていなかったかもしれない…》

《それじゃ仕掛けるとしたら放課後、か…。まだこの結界は発動はしなさそうだし今のうちってね。それじゃ私は放課後までにどう仕掛けるか考えておくからアーチャーは学校の結界の基点を探しておいて》

《了解した》

 

 

Interlude out──

 

 

 

こうして志郎と凛の二人のマスターはそれぞれ思惑を巡らせていった。

 

 

 

 




…一つ失態をしました。
今更になってアーチャーとランサーが戦ったのは2月2日の夜だったということに気づきましたが、ま、一日の誤差くらいはいっかと開き直りました。

それでは感想をお待ちしております。



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第009話 3日目・2月02日『校内での争い』

更新します。


 

 

現在私は授業中のこともあり基点探しは生徒が減りだした放課後にやろうと思っている。

多分、遠坂さんも乗り出してくるだろうけどそこは臨機応変に対応すればなんとかなる…と、思う。

今日の朝には事前に魔力付与がついている小さい針と刀身がない柄だけの黒鍵をいくつも投影しておいたから、もし遠坂さんが魔術を撃ってきてもなんとか凌げると思う。

セイバーと念話で会話したところ校内にはいないけれど近くの林の中でこちらの様子を伺っているという。

 

ちなみになぜ私が埋葬機関の使う黒鍵を投影できるかというと色々と事情があったりする。

それはお父さんが死去して葬式が開かれた時に葬儀に出席していた“シエル”という人物に私が魔術師だと気づかれて少しだけど教わった事が起因する。

なんでも昔に仕事で死徒の殲滅をするために組んだ事があるというらしい。

それで話をしている間にシエルさんは当時まだ未熟だったために私の魔術特性をすぐに見破って細い目をされたけど、お父さんに借りがあるらしく隠してくれるといってくれたので安心した。

それとそのお礼として食事をご馳走しますといったら「カレーはないでしょうか?」と聞かれたので、ちょうど作り置きしていたものがあったので出したらものの見事に平らげてしまった。

それで当時とても驚いた。

そして「これは…!」とシエルさんも驚きの表情をして次いで「レシピを教えてくれませんか?」と言ってきたので教えたら、

 

「感謝します。久々においしいカレーを食べる事ができました」といって、その後「等価交換です」と無茶苦茶なことをいって埋葬機関でも秘奥とされているらしい黒鍵の使用方法などを伝授させてもらった。

今思うと本当にとんでもない人だったなと呆れてしまう。

それで今も少し交流があっていくつかの情報源の一つもシエルさんが噛んでいるからとても感謝している。

 

 

―――閑話休題。

 

 

…さて、人数も減ってきたので動き出すとしよう。

 

《セイバー、聞こえてる?》

《なんでしょうか?》

《うん、そろそろ動くからいつでも出れるように待機していて。多分遠坂さんは私を狙ってくると思うから》

《了解しました。ですが道中お気をつけて…私もその時にはすぐに駆けつけます》

《うん。任せるね》

 

教室で荷物をカバンに片付けながら念話を終了した後、私は校舎を徘徊しようと動こうとして教室を出たらいきなり視線を感じた。

とっさに振り向くと廊下の先十メートル圏内に遠坂さんが待ち受けていた。

…まいったな。いきなり真正面から挑んでくるとは思っていなかった。

オマケにすでに人払いの結界が作動しているらしく私たち以外の生徒は誰も校舎の中に残っていないみたい。

 

「衛宮さん、どうしたんですか? こんな遅くに一人で…最近物騒ですから早く帰ったほうがいいですよ?」

「そうですね。でもそれをいうなら遠坂さんも同じじゃないですか」

「ふふっ…確かにそうね。でもおかしいと思いませんか? この校舎にはもう私とあなたしか残っていないんですよ?」

「そうなんですか?(そろそろ仕掛けてくるのかな? もし間違いだったら記憶とか消す算段とか立てて…そうなら一回やり過ごしてみようかな?)」

「ええ。それはもう確認済み…だって、私がそうしたんですから!」

 

途端、遠坂さんの目つきが鋭くなった。

朝に綾子が言っていたけど、これが本性って奴なのかな? いつもの雰囲気ががらっと変わって敵意を剥き出しにしている。

いけない、後手に回った…!

 

「間違いだったら謝るわ。無論その記憶もないでしょうけど! Anfang(セット)……!」

 

魔術回路の起動と思われる詠唱が唱えられた途端、遠坂さんの左腕が緑色に輝きだした。

見て分かるほどに線が広がっている。

初めて見るけどあれが魔術刻印…。

そして一指し指を構えるとなにかが凝縮されていく。それが放たれたのは私が咄嗟に避けた後だった。

私がいた場所にすべてそれが打ち込まれていて少しコンクリートの地面を削っていた。

…もしかしてあれって“ガンド”? 確かガンドって呪いの魔弾で物理的殺傷性はほとんどないって魔導書には書いてあったけど。

あ、でも確か…、

 

「あら、アレを避けたの。意外に足が早いのね」

「私を殺す気ですか…?」

「ええ。普通の人間なら死にはしなくても重症は負うでしょうね。

でも、あなたはそれを避けた…すごい身のこなしだったけど魔術は使っていない。

だからまだ分からないけどこれで確信したわ」

「なにを、ですか…?」

「まだとぼける気? あなた、マスターなんでしょ?」

 

遠坂さんは一息ついて、再度指をかざして私の反論も待たずしてガンドを放ってきた。

避けようと思えば避けられるけど一方的だとジリ貧になっちゃう。

だからしかたなく私は腰のホルダーから針を取り出し指の隙間に挟むように掴んで飛んできたガンドめがけて鉄甲作用を用いて放った。

そして私達の間で衝突音が鳴り響いた。

 

「えっ…? 私のガンドが掻き消された? いえ、なにかを当ててきたの!?」

「もう隠しても無駄でしょうから相手になります。遠坂さん…」

「…なにをしたのか分からなかったけどようやく尻尾を出したわね?」

「ええ、私は確かに魔術師です。争い事はあまりしたくないですが、そちらから仕掛けてきたんですから恨まないでくださいね?」

 

そして私は口内で「同調開始(トレース・オン)」と唱えて魔術回路を起こしホルダーから刀身無しの柄だけの黒鍵を数本取り出して構えた。

遠坂さんは少し動揺したようだけど「上等!」といってまたもやガンドを放ってきた。

だから私も黒鍵を構えている反対の手で針を飛ばし応戦した。

そして今度はただの針ではなく投影したものなのでガンドに衝突した瞬間に幻想を開放して軽い爆発を起こさせて粉塵を舞い上がらせた。

当然、このような事態になると思っていなかったらしく「ちょっ! なによこれ!?」と慌てた声が聞こえてきたけど構ってあげない。

即座に足に魔力を集中させて後ろに回りこみ低い姿勢から急所を狙おうとしたけど、突然私の前に人影が出現したので咄嗟に後退した。

 

「大丈夫かね凛? ひどくやられているようだが…」

「ケホッ、ケホッ…うるさいわね。少し油断しただけよ!」

「それは結構。これからは慢心しないように気をつけたまえ」

「遠坂さん…その人は」

「ええ。私のサーヴァント・アーチャーよ。これで形勢逆転ね、衛宮さん」

 

ふふん! と余裕の笑みを浮かべているけど遠坂さんは私もマスターだということを忘れているのかな?

 

 

―――それは思い違いもいいところだ。魔術師(メイガス)―――……

 

 

凛とした声とともにセイバーが遠坂さん達の後ろに現れてアーチャーはすぐに干将・莫耶を取り出して受け止めようと交差させたけど、それごとセイバーは叩き壊してアーチャーを壁に吹き飛ばす。

それに便乗して私は遠坂さんの手をとって腕ひじきをして動きを取れないようにした。

 

「くっ!?」

「凛っ!」

「動かない方がいい、アーチャーのサーヴァント。今あなたのマスターは私達の手の内にある…」

「ぐっ!?」

 

 

 

──Interlude

 

 

…なんて、油断。

まさかすでに私達の後ろにサーヴァントが来ていたなんて。

気配が無かったことからアサシンのサーヴァントかとも一瞬思ったけど衛宮志郎のサーヴァントを見た途端、その考えはすぐに吹き飛んだ。

だって冷徹な目で私と壁に叩きつけられているアーチャーを見るサーヴァントは、アサシンと比べるのも奢がましい程に綺麗で、凛々しく、されど体中から溢れている魔力とその人を惹きつけるような魅力的な顔をしていて、その、悔しいぐらいに可愛らしかったんだから。

そして間違いなくもっとも私が引き当てたかった最優のサーヴァント“セイバー”。

 

「ふぅ…なんとか一段落ついたね。

とりあえず遠坂さん、殺しはしないからアーチャーを一回下がらせてもらって構わないかな?

手荒なことはしないから安心して。セイバーにも先に伝えてあるから大丈夫よ」

「シロ、それでは私が悪者のような言い方のように聞こえましたが…」

「あっ、ごめんね。そんなつもりは全然ないから…」

「ふふっ、わかっています。シロは素直でよろしいですね」

 

衛宮志郎はいつもどおりの嘘偽りない表情で言っているため、そしてなにより先ほどの魔術師の顔からすぐに普段のあどけない少女の顔になってセイバーと笑いあっている。

それで警戒していた私が馬鹿らしくなったため、そして毒気も抜かれたためにしょうがなくアーチャーを霊体化させた。

 

《いいのか凛? …まだ完全に信用したわけでもないだろうに》

《わかってるわよ。でも今は多分もう争いはしないと思うから、あんたは今のうちにセイバーにやられた傷を回復させときなさい。手加減までされたんだから今日中には完治するでしょ?》

《…わかった》

 

アーチャーと念話を終了させた後、二人に向かい合うと既に二人からは魔力は感じられなかった。

セイバーにいたっては武装解除までしてあろうことか普段着になっていた。

一瞬ありえないという思考が支配したけど冷静に頭をまとめていた。

でも、見事なまでに完敗したなー。

衛宮志郎の魔術がなんなのか分からずじまいでアーチャーはセイバーに傷を負わされてしまって、オマケに私も簡単に拘束されてしまった次第。

情けない、の一言に尽きるわ。

でも命があるだけでもめっけもんよ。

 

「それで、うまい具合に逆に飛び込んでしまった私にあなたはなにをしたいの? やっぱり殺す? それとも洗脳? はたまたサーヴァント略奪?」

「なにを突飛なことを言っているんですか? 私はただ協力を仰ぎたいだけです」

「は…?」

「ですから協力しませんか?」

「あなた、なにを言っているの? 協力ったって聖杯戦争のルールを知らないわけでもないでしょ? これは殺し合いなのよ!」

「そんなことは百も承知です。それも踏まえてまず私の話を聞いてくれませんか? 冬木の管理者である遠坂さんなら私の話は理解してくれると思ってますから」

「見返りはなに…?」

「もう、そんな疑いの眼差しで見ないでください!」

「そうです。それ以上反論するなら私の剣が黙っていませんよ?」

 

ニッコリとセイバーは微笑んでいるけど目は笑っていなかったので私は渋々従った。

 

 

 

──Interlude next

 

 

…しかし私とした事が背後からの奇襲にまったく気づけなかったとは情けない。

セイバーの気配ならすぐ分かると思っていた自分を戒めねば。

だが魔力もまったく感じさせずに、とはセイバーにしてありえないことだ。

ただでさえ魔力放出が武器のセイバーなのだから。

今でさえ武装を解いて凛のお古と言っていた白い服装に酷似した衣装を着ている彼女の姿が懐かしい。

いかん、思考が違う方へいっているな。

しかし魔力を感じさせないとは一体どういうカラクリを仕込んだのだろうか?

先ほどの衛宮志郎の攻撃方法もあくまで凛に手の内を明かさないといった風に魔力のこもった針と黒鍵…鉄甲作用。

そしてまるで殺人貴のような体術を使っているだけだった。

彼女は埋葬機関と縁でもあるのだろうか?

そして強化ならまだしも身体強化までも出来ていたことから当時の私以上なのは確かなことだ。

 

「それじゃまずは廊下を直しますか?」

「え…? えっと、そんなに壊した?」

「一点集中させて抉ったのによく言えますね?」

 

まったくその通りだ。

私から見てもあの地面は悲惨なものと化している。

それで凛はなにか呪文を唱えようとしていたが、衛宮志郎が壊れた地面に手を触れてなにかをしようとしていたので凛ともども見学することにした。

だが次の瞬間、驚いた。

衛宮志郎がトレース・オンと唱えただけでそこの物質が変化して地面の傷がまるで何事もなかったかのように塞がっていたのだ。

 

「変化の魔術か…オーソドックスなものを使うのね? でも出来がすごいわ。一般のものより完成度が高いし…」

「私は使える魔術が少ないですから徹底してきたんです」

「なるほど…」

「でも驚きました。遠坂さんってそっちが地なんですね。綾子が言ってたけど本当に別人みたい…」

「まあ、ね。それじゃとりあえずは応急処置も済んだし人払いも解いたから騒がれる前にここを出ましょう」

「そうですね。それじゃいこっか、セイバー?」

「わかりました」

 

私の驚きをよそに三人はその場を後にした。

まさに驚きの連続だな。

衛宮志郎は当時の私と比べるのもおかしいほどに魔術師をしている。

使える魔術もおそらく私とそう変わらないだろうがいかんせん完成度がすごい。

甘く見ていては先ほどの二の舞になる。用心せねば…。

 

 

Interlude out──

 

 



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第010話 3日目・2月02日『弓兵の決断』

更新します。


 

 

 

「とりあえず落ち着いた場での話し合いがしたいわね」

 

と、遠坂さんが言ったのでまだ協力関係はなっていないけど変に隠し事をするのはダメだと思ったのでセイバーと一回相談した。

内容は私のサーヴァントはセイバーだけではなくキャスターも含まれているというもの。

でもさすがに道中で話すとどこで誰かに聞かれているのかわかったものではないので簡潔に家に招待することにした。

 

「それじゃウチで話をしませんか?」

「むざむざ敵地に招待するのはなにか裏があるんじゃない?」

「変なことをしない限りはそんなことはしません。私は…」

「その最後の私は、って…なにか意味深ね?」

「まぁ…でも大丈夫ですよ」

「シロの言う通りです。変な気を起こしさえしなければ命の保障はできるでしょう」

「セイバーまで…あなたの家ってなにかあるの?」

「家に着いたら説明するね…」

 

それで納得はしていないようだけど遠坂さんは一緒に私の家に足を運んでくれた。

しばらく会話はしなかったがそれは当然だろう。

家に招くといえば魔術師的感覚では自身を優位に持っていくためのものだからだ。

だから私も遠坂さんの態度に触れることもなく特に気負いせずに足を働かせた。

遅い帰りともあって日も暮れていてまだ家に明かりが着いていない事から今日は誰も来ていないと確認。

おそらくキャスターはランプでも浮かばせて灯りをつけていると思う。

それで私が先に門を潜って家に入ったけど、遠坂さんは門の前で口を少し開いて唖然としている。

 

 

 

──Interlude

 

 

凛は門の前でわなわなと体を震わせていた。

自然と不思議に思った志郎は凛に話しかけた。

 

「? どうしたんですか、遠坂さん?」

「どうしたかって…なによ! この強力な結界!? おそらくウチのより格は上で私自身もアーチャーが指摘してくれなければ気づけないほどだったわよ!」

「と、とりあえず落ち着いて…近所の人が騒ぎ出すと困るから魔術的用語も…!」

「わ、悪かったわ…」

 

凛は正直に志郎に謝罪したが心の中では、

 

(出鱈目よ…確かにまだ町のすべてを管轄できていない私の不備もあるでしょうけど、今までこんな結界のついている家を見逃していたなんて…)

 

自問自答を少しして凛はようやく復帰した。

そしてすぐに衛宮志郎の真意を確かめるべく衛宮邸の門を潜った。

けどそこで問題が発生した。

いきなり骨組みされた人型の骸骨が数体現れて凛に襲い掛かろうとしたのだ。

凛とアーチャーはやはり罠かと思ったのだが。

志郎の「お客さんだから安心して!」という言葉によって骸骨の群れは動きを停止してすぐに土に帰っていった。

アーチャーは外面だけでも回復していたので凛の前に姿を現していたがどうにも手持ち無沙汰のように腕を構えるだけの形で終わった。

 

「…ごめんなさい遠坂さん。こんなつもりは無かったんだけど警戒しちゃったみたいで…」

「え……?…え、ええ。えっと、それじゃ誰が警戒したっていうの?」

「竜牙兵か…」

「アーチャー…? なにか知っているの?」

 

アーチャーの一言に凛は首を傾け、志郎とセイバーの顔は驚きの表情に変わった。

 

「アーチャー、あなたはこれがなにかを知っていたのですか?」

「少しな…。

以前に見た事があるというだけだ。

だが真名は分からんがどうやらここにはセイバー以外にもサーヴァントがいるようだ。

クラスは遠隔操作できることからおそらくキャスターか?」

 

 

―――よくわかったわね? クラス名だけでも当てるという事だけは評価してあげるわ、弓兵(アーチャー)―――

 

 

声が聞こえてきて志郎の隣にはまるで実体化するようにキャスターがその姿を現した。

 

「「!!」」

「志郎様、セイバー、お帰りなさいませ。しかしよく他の魔術師を招き入れる事ができましたわね? 一瞬敵かと思ってしまいました…」

「うん。今のところまともに話し合えるマスターは遠坂さん以外に思いつかなかったから…」

「確かに…バーサーカーのマスターはまだ話し合える感じではありませんし、他のサーヴァントとマスターも依然足取りが掴めませんから彼女なら適当でしょう」

「ええ。キャスターもよく物事を理解している」

 

志郎達三人はお互いに意見を述べていたが凛とアーチャーは考えていることは別としてもなにかを言いたげだった。

 

 

Interlude out──

 

 

 

「…とりあえず事情は中に入ってから説明しますから着いて来て下さい」

「ええ…。サーヴァントを二体も連れている件やモグリの魔術師のことも含めて詳しく説明してもらうわ」

 

遠坂さんはそれはもう怖い表情で言っている。

アーチャーも霊体化していないことからして警戒していることは確かね。

それなので早急に話し合わなければいけないわ。

そして居間に着いたところでセイバーとキャスターは私の後ろに座らせた。

あまり警戒させたくないという意もこめて。

それで遠坂さんも私に習ったのかアーチャーを後ろに待機させていた。

サーヴァント組は今回、等価交換の場ともあり必要以上は会話には参加しないことになった。

 

「さて、それじゃ色々聞かせてもらえるかしら? あなたに負けた私がいうのもなんでしょうけど、こっちにも冬木の管理者(セカンドオーナー)という意地があるから」

「ええ、構いません。それでまずはなにを聞きたいですか?」

 

実質、もうこの居間には等価交換が敷かれていた。

その辺も遠坂さんは理解しているのか要点を絞って質問してくると思う。

 

「まず、どうやって今までこの冬木の地に隠れ潜んでいたのか詳しく聞きたいわね?」

「…ああ、まずそれですか。そうですね…その前に私の事はもう調べているんですか?」

「ええ…詳しくは分からないけどあなたは元・ここの家の領主であった衛宮切嗣という人物の養子になって10年前から住み始めたくらいかしらね?」

「それだけですか…?」

「え…? ええ、あなたを疑い始めてから調べ始めたのは昨日からだからそれくらいしか調べられなかったのよ」

「そうですか。それでは私の出生と一緒にこの破綻している聖杯戦争の狂ったカラクリのことも話します。

この事はもう死んでしまったお父さんと私…それと、そうですね。おそらく前回聖杯戦争の生き残りである言峰綺礼ももしかしたら知っているかもしれない事です」

「綺礼が…? それより破綻しているってどういうことよ?」

「今からそれを説明します…」

 

 

 

 

 

──Interlude

 

 

彼女はやはりなにかを知っているのか?

凛もうまい具合に話しの流れを衛宮志郎に持っていかれている。

よもやこの場で錯乱攻撃をしてくるとも思えないが…。

それに衛宮志郎の目には話したくないけど話さなければいけないという覚悟の目をしている。

横槍を入れるのも無粋だろう。

ここはまだ当分は控えておこう。

私の質問は別に最後でも構わないことだからな。

それから衛宮志郎は前回からの聖杯戦争のことを要点だけ纏めながら喋りだした。

 

―――聖杯の中身は第三次聖杯戦争の折に召喚されたイレギュラーのクラス…『復讐者(アヴェンジャー)』によって汚されていた。

―――前回の聖杯戦争で衛宮切嗣は最後まで生き残り聖杯を目前にしたが、聖杯は破壊だけの願望機となっていることに気づいた為、セイバーに令呪で破壊させた。

―――だがそれでも聖杯から零れてしまった泥は防ぐことが出来ずに起こったのが10年前の500人以上の死者を出した新都の大火災。

 

ここまで来て凛は少し混乱しているのか、

 

「ちょ、ちょっと待って…! それじゃこの今起こっている聖杯戦争もその、中身が汚れているっていうの?」

「ええ、おそらく…」

「それが本当なら私達はただの道化じゃない!?」

「そうですね。でも汚れているとはいえ願いを叶えるという機能はしっかりと残されている、とお父さんは言っていました。ただ、願ってもそれは破壊という事象に修正されてしまうとも…」

「性質が悪い話ね…それじゃ汚れているとはいえうまく利用すれば、ううん…中身をどうにかすれば根源にも繋がっちゃうじゃない…最悪の形で」

「はい。だから私とセイバー、キャスターは聖杯を…いえ、本体である大聖杯をどうあっても破壊しなければと今は行動しています」

「二人はそのことに賛成の意は示しているの…?」

 

そこで今まで黙っていたセイバーとキャスターはその重い口を開いた。

 

「ええ。最初は私も信じられませんでした…ですが聖杯を破壊しても起きてしまったという大火災…これだけで私はそんなもので叶える願いはないと今は思っています」

「私もですわ。そもそも私には聖杯にまで願うほどの願いはありませんわ。だから志郎様のお話には全面的に協力いたします」

「そう…アーチャーの意見はまた後で聞くとして…それじゃ一つ聞くけど貴女が養子に取られたというのは10年前よね?」

「はい、そうです」

「それじゃ、その、もしかして貴女は新都の大火災での…」

「ええ。私は大火災での数少ない生き残り…お父さんに助けられて今も生きながらえています。代償は高くつきましたけど」

「当然よね…親兄弟、そして住む家も無くしてしまったんだから…」

 

…ここまでは私とほぼ一緒だということか。

だとすれば彼女は私と同じく…。

そこでセイバーが辛そうな顔になりながら、

 

「それだけならまだよかったのですが…」

「どういうこと、セイバー…?」

「シロは、聖杯の泥の影響によって呪われてしまい大火災以前の記憶、感情、そして自身の名すら失ってしまったのです」

「「なっ…!」」

 

そこで私も一緒に声を上げてしまっていた。

それはありえない…私ですら自身の名だけは残していたのだというのに…では彼女は言葉どおりすべてを失ってしまったというのか!?

私は堪える事ができずに衛宮志郎に凛を無理やりどかして詰めより話しかけた。

衛宮志郎はそれで少し怯えてしまっていた。

凛がなにか言っているがこの際無視だ。

 

「衛宮志郎…では、貴様のその名はなんなのだ?」

「えっ…?」

「アーチャー! いきなりどうしたっていうのよ!?」

「シロになにをしようとするのですか、アーチャー!?」

「無礼者ね…消し炭になりたいらしいようだわ…!」

「全員少し黙っていてはくれまいか!? これだけは聞きたいのだ!」

 

そう、ではこの名はどうやって生まれてきたのか、衛宮切嗣が思いつくわけも無い。

だがそこで衛宮志郎は少し暗い表情になって、

 

「私…本当はすべてを失ったわけではないんです」

「なに…?」

「唯一覚えていることがあったんです。それは私を庇って代わりに死んでしまった兄さんの名前…今の名はそれをお父さんが少しいじって私に授けてくれた名前なんです」

 

兄、だと…?

それは一体どういった偶然なのだろうか?

私の思考回路は少しショートしながらもその兄という奴の名を衛宮志郎に尋ねた。

 

「アーチャーが何でそんなに拘るのかわかりませんけど…兄さんの名前は『士郎』です」

「!?」

 

そこで私の思考回路は完全に真っ白になった。

なんだ、それは?

これは…夢なのか? それとも聖杯が私を導いたのか?

うまく思考がまとめられない…。

だが、最後にこれだけは聞かなければいけない。

これによって私の行動は大きく変わってくる。

 

「では…最後の質問だ。衛宮志郎、お前が目指しているものはなんだ…?」

「私の目指しているものですか…? 恥ずかしいですけど、最初はお父さんと同じ『全てを救う正義の味方』を目指していました。

でもその考えはすぐにやめました。

そもそも私にそれは目指せないんです。

お父さんは聖杯にまで願おうとして、その思いすらも裏切られてしまいました。

そして『全てを救う正義の味方』を継いでいたはずの人は私を助けた代わりに死んでしまった兄さんの方がきっと似合っていますから。

だから私はせめて『大事な、大切な人達を護れる正義の味方』になりたいと思っているんです」

 

…もう、それだけ聞ければ十分だ。

 

「…騒がしくしてしまってすまなかった。凛、私は霊体化して屋根の上で警備でもしていよう。キャスターの結界があるからあまり関係ないがな…」

「ちょ、アーチャー…!?」

「ああ、それと言い忘れたが私も聖杯に叶えてもらうほどの願いはないことは以前に伝えたな? だから凛が衛宮志郎に協力するというならば私も意見に賛同し協力しよう…」

 

私はそれを伝えて屋根の上まで足を運ばせ夜空に輝く月を見上げた。

…衛宮志郎は切嗣の願いをあえて否定せず、尚且つ借り物ではなく自己の確立した願いを持っている。

そして私の願いはこの世界では潰えたことを自覚し、そして代わりに絶対に護らなければいけない“大事な人”が出来た。

目的無き今、残されしは我が身に与えられた使命『サーヴァント』…この狂った聖杯戦争を終わらすこと。

ゆえに、いざという時にはこの身を犠牲にしてでもマスターである凛ともども“我が妹”を守ってみせよう。

そしてこの世界の“衛宮士郎”となるはずだったものよ…貴様に頭を下げることはしたくはないが、このような奇跡を体現させてくれたことを心より感謝する。

 

 

Interlude out──

 

 




アーチャーには真実を知ってもらいました。


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第011話 3日目・2月02日『共同戦線協定(前編)』

更新します。


 

 

 

…アーチャーは一体どうしたというのだろうか?

お父さんとなにか関係を持っていた人なのかな?

そこで遠坂さんが口を開いた。

 

「ねぇ、セイバー…?」

「なんでしょうか?」

「あなたにアーチャーの姿をした知り合いはいなかったかしら?」

「いえ、いなかったと思います。キリツグがどうかは分かりませんがあの人はあまり他人と交友関係を持てるような人物とは到底思えませんから…」

「そう…。それじゃ、ますます謎ね。アーチャー自身、私のせいでもあるんだけど一時的な記憶喪失らしいからさっきの切羽詰ったような顔は初めて見たわ」

「え? それじゃ遠坂さんはアーチャーが何処の英霊か分からないんですか?」

「ええ。少なくとも二刀使いの弓兵なんて聞いた事が無いから…。それよりいつまでもアーチャーの話をしていてもしかたがないから、今は現段階でのことを話し合いましょう」

「そうですね」

「次だけどモグリの件はもういいわ。私から考えがあるからその話はまた後でゆっくり話しましょう」

「わかりました」

「それで、今私が気になっているのはなんで衛宮さんはサーヴァントを二体も連れているかって事よ! いくらなんでも反則でしょ!?」

「それなんですけど…最初はさっきの話を伝えるためにセイバーを召喚しようとしたんですけど…キャスターは、その、助けたんです…」

「助けた…?」

「ええ。私は志郎様に消滅しかけていた寸前で助けていただいたのです」

「消滅しかけていたって…ランサーかバーサーカーにマスターをやられたの? でも、それならキャスターをみすみす見逃すわけもないし……はっ! …まさか、あなたマスター殺しをしたの!?」

「ご名答…よくわかったわね」

 

それが判明した途端に遠坂さんが「ダンッ!」とテーブルを叩いて、

 

「ちょっと衛宮さん! そのことを知っていながらどうして自分のサーヴァントにしたのよ!?」

 

それは分かっている。でも、

 

「経緯はどうあれ助けるのに理由は必要ですか?

確かにキャスターはマスターの人を殺したのは覆しようの無い事実でキャスターにも罪は確かにあります。

でも、そこまでキャスターを追い込んだ魔術師の人にも非はあったと思います。違いますか?」

「それは、そうだけど…」

「それに私はキャスターのこと、信じていますから…」

 

出来る限りの笑顔で自身の胸のうちを明かした。

だけどそこでなぜか遠坂さんは顔を赤くして横に逸らしてしまった。

気づけばセイバーとキャスターも顔を赤くして体を震わせている。

どうしたんだろう…?

 

「どうしたの?」

「え、衛宮さん…あなたのそれは狙っているの? それとも天然…?」

「は…?」

 

とりあえずなにか分からなかったけど居間の雰囲気は緩和したらしい。

遠坂さんはなにかしきりに我慢できずに私に抱きついている二人を見て顔を赤くしている。

気のせいかアーチャーの姿が一瞬見えたけど見間違いかな…?

 

「………とりあえず衛宮さんのいうことはわかったわ。それじゃ最後に確認したいんだけど今学校に張られている結界は…キャスターの仕業ではないわよね?」

「当たり前です」

「それじゃ確認ね。今現在確認されているサーヴァントはここにいるセイバー、アーチャー、キャスターの他に衛宮さんはどれくらい?

ちなみに私は真名がわかっているのはランサーこと“クー・フーリン”だけで後はバーサーカーとそのマスターだけよ」

「私も同じです。ただ分かっているといえばバーサーカーの真名とその宝具くらいです」

「知っているの!?」

「はい。でもその前にもうこれは等価交換じゃなくて協力関係としての話し合いにしませんか? お互い腹の探り合いはしたくないですし」

「そうね…確かにそうだわ。聖杯戦争の実態を知った今は私も衛宮さんに協力するわ」

「わかりました。それじゃバーサーカーの真名ですけど…ギリシャ神話最大の英雄“ヘラクレス”…」

「ヘラクレス!?」

「はい。そしてその宝具は過去十二に及ぶ試練を成し遂げた事から、自身の体に宿った力『十二の試練(ゴッドハンド)』です」

「それはどういった効果なの…?」

「文字通り十二回殺さなきゃ倒すことのできない…そして殺したエモノには耐性がついて二度と通じないようになってしまうといったもの。

私達は昨日どうにか二回殺す事ができましたけど、もうセイバーの剣は真名を開放しなければ通じないことはあきらかです」

「それは厄介ね…とんでもない怪物だわ。バーサーカーだから理性を失っているのが唯一の救いかしら?」

「いえ、ところがそう簡単にはいかなそうなんです。私達が戦った時はまだ狂化されていない状態だったから…」

「え? 狂化されていないのにあんな力を持っているって言うの!?」

「はい。それに姉さんはバーサーカーを完全に制御下においているみたいですから暴走はまずありえないでしょう」

「なんて、反則。………ん? 姉さん?」

 

あ、そういえばまだ姉さんのことを説明していなかった!

それで私は姉さん…イリヤスフィール・フォン・アインツベルンのことを教えた。

それを聞いた遠坂さんはなにか思ったのか神妙な顔つきになって、

 

「それじゃ、そのイリヤって子は見た目は子供だけど成長が止まっているだけで、本来は私達より一つか二つ上で義理とはいえあなたのお姉さんに当たるわけか。

そして聖杯戦争にはアインツベルンの悲願とは別にあなたを殺すということも含まれているわけね。

しかもそれが勘違いだって言うからやり切れないわね。切嗣さんも何度か侵入を試みようとしたんでしょ?」

「はい。私も一、二回付き合った事がありますがアインツベルンの敷地は思いの他厳重で侵入すらできませんでした」

「確かに…私も召喚されたときにはアインツベルンの城は強固な結界で守られていることを感じました。キリツグが内部に入り込めたのは運が良かったのでしょう」

「そう…。で、あなたは誤解を解いてイリヤスフィールを救いたいって訳ね?」

「はい。お父さんとも約束しましたから…!」

 

それで私は握りこぶしを作って気合を入れるポーズをする。

でも、そこではたと私は動きを止めた。

なんていうか、もう自分で言っていて恥ずかしくなってきたから…。

だけどそこでなぜか遠坂さんが爆発した。

そして抱きついてきて押し倒されてしまった。

…それでお茶がこぼれちゃったな、と頭の片隅で感じるくらい。

 

「あーもー! あんたってほんといい子ね! 普段から優しい子だとは思っていたけどここまでなんて! 魔術師としては少しばかり抜けているけどいいわね!」

「(あわわわわッ!?)」

 

遠坂さんは私の顔を胸に埋めながら色々騒いでいる。

とうの私は遠坂さんがこんな積極的な性格とは思っていなかった+こんな綺麗な人に抱きしめられているという状況で頭が回っていなかった。

そこにセイバーが大声を上げて、

 

「シロを離しなさい魔術師(メイガス)! いきなりそのような行動は馴れ馴れしいにも程があるでしょう!?」

「いいじゃない? 減るものでもないんだし…」

「減ります!」

「なにがよ?」

「私達が抱きしめる回数がです!」

「セイバーの言う通りね…!」

 

…えっと、なんだろう?

いつの間にかこの居間は一種の結界のようなものが構築されてきている。

それより遠坂さんはともかく二人はそんなに私を抱きしめて楽しいかな?

 

 

 

…異空間と化しつつある居間でどこまでも純朴な志郎だった。

それから少し時間が経過して、

 

 

 

「それじゃ共同戦線といきましょうか」

 

キッ!と真面目な顔になって遠坂さんがそう仰った。

先ほどまでの騒ぎがまるで嘘のよう…。

気づいたら先ほどまでの雰囲気もどこへやらとセイバーとキャスターも真剣な顔になっていた。

…どうやら遠坂さんとなにか共感できたものがあったらしい。

いいことだね。

それで返事は当然、「わかりました」と答えておいた。

 

「うん。それじゃまずはあらためて…私はこの冬木の町を管理している魔術師でセカンドオーナーの遠坂凛よ」

「それじゃ私も習って…名前は衛宮志郎。これからよろしくお願いします、遠坂さん」

「名前の方でいいわ。私も志郎って呼ばせてもらうから」

「えっと、それじゃ凛さん…」

「うん、よろしい。セイバー達もなんて呼んでもいいわよ」

「では、リンと…いい響きをしていますね」

「私はアーチャーのマスターで通させてもらうとするわ。お嬢ちゃんでもいいわよ?」

 

セイバーとキャスターもそれぞれ呼称が決まったようなので返事を返していた。

セイバーは純粋にいい名だと褒めて、キャスターはまるで誘うような妖艶な言葉遣いだった。

それで凛さんは顔を赤くしたりしていたけどすぐに調子を取り戻して、

 

「それじゃ手始めにまずお互いの使える魔術を把握しておきましょう。いざってときに何を出されるか分からないんじゃ洒落にならないから。

できればアーチャーも教えて欲しいものだけれどね…。

ま、それはいいとしてもうお分かりの通り、私の魔術はまず魔術刻印に刻まれたガンドを主にした様々な魔術…それに宝石を中心とした宝石魔術師。

そして属性は“五大元素(アベレージ・ワン)”よ」

「“五大元素(アベレージ・ワン)”ですか!?」

「そうよ。だから大抵の魔術は使えるわね」

「はぁ…凛さんってすごいですね。私はちょっと属性が特殊だから羨ましいです」

「志郎の属性ってなんなの?…っていうかあまり貴女は魔術を使わなかったからどんなのか分からなかったわね?」

「あはは…あまり知られると先がまずいことになるから他の魔術師には内緒にしておくんだよってお父さんに言われていたから…」

「なに…? もしかしてあなたって封印指定級の魔術師ってわけ?」

「まぁ、そうなりますかね…? キャスターも私の魔術は異常だって判断したくらいですから」

 

それで凛さんはキャスターのほうに顔を向けて、「そうなの?」と尋ねていた。

 

「ええ。私も最初に志郎様の魔術を見させてもらった時は驚愕しましたから…」

「…キャスターのサーヴァントをも唸らせる魔術か。それでどういったものなのよ?」

「口外しないって約束できますか? そうでないと最悪協定が破綻する恐れがありますから…」

「それほどなのね…わかったわ。遠坂の名に誓って約束は守るわ」

 

凛さんは自信の顔をして言い切ってくれた。やっぱりいい人だな…。

 

「ほっ…ありがとうございます。それじゃまず私の属性ですがこれも特殊で五大に属さない“剣”です」

「“剣”…? また珍しいもの持っているわね? それじゃ五大に属していないって事はろくな魔術は使えないってわけ?」

「…はい。一応お父さんが残してくれた魔導書で覚えたから知識だけは持ってはいるんですけど、いざ使ってみろとか言われると初級程度のものはなんとか使えますが、それ以上となるとそう簡単にはいかないのが現状です。

それでまともに使える魔術といったらやっぱり属性故なのか“強化”“変化”“解析”“投影”と戦闘方面ばかりなんです」

「ふーん…極まれに特殊な属性を持った魔術師が生まれるっていうけど、ほんとに使いづらいのね。

…しかも志郎の場合は間違いなく先天的じゃなくて後天的なわけか。それじゃ一代目の魔術師だから魔術回路もそう本数はないんじゃない?」

「それが…調べたところ最高27本はあるみたいなんです」

「へっ? そんなにあるの? 私も遠坂家は六代も続いているのに40本しかないのに…」

 

それで凛さんは少し顔を俯かせた。

 

「は、はい。なんでもお父さんがいうには私の回路の本数は一代にしては破格だと言ってました」

「…確かに破格の本数ね。聖杯の泥が身体に影響した結果かしら?」

「そうだと思います。それに私の魔術回路も少し特殊なんです。本来回路は擬似神経ですよね?」

「? ええ、そうね。それが一体どうしたっていうのよ?」

「これもきっと聖杯の影響だと思いますけど、私の魔術回路は通常神経と一体化していて本当の神経といっても過言じゃないんです」

「………」

 

そこで凛さんが無言になり険しい顔になった。

反応としては当然かな? これだけで十分封印指定ものだし。

そして凛さんは頭で言いたい事がまとまったらしく、

 

「…じれったい説明はいいわ。実際それだけでも十分だけど、あなたの本当の魔術を教えて?

それにバーサーカーを二回も倒したって言ったけど、セイバーの剣でやっと一回。宝具を使わずともそれだけで耐性はついてしまう。

それじゃもう一回はどう倒したって言う? キャスターはおそらく後方支援で精一杯…。

と、なればあなたの隠している特殊な魔術以外考えられないわ。まさか強化や黒鍵だけで倒したってわけじゃないんでしょう?」

 

凛さんは一気に言い切ったらしく満足げな顔をして、でも教えなさいと目で訴えてきていた。

 

「ですが凛さん、先ほど私はその魔術を言いましたよ?」

「えっ? でも碌にたいしたものじゃないでしょ? 強化に変化、解析…って、もしかして投影?」

「そう。投影魔術です」

「でも、投影たって程度がしれているでしょ? 作ってもせいぜい触媒に使われるのがいいとこよ…?」

「本来ならそう思うでしょう。ですがリン、まずはシロの投影を見てから判断してもよろしいかと…」

「そう…それじゃ見せてもらえないかしら?」

「はい。それじゃ――投影開始(トレース・オン)

 

 

 

──Interlude

 

 

「なっ!?」

 

私の前には一本の西洋剣が置かれた。

それは私の見間違いでなければ…!

そこで屋根の上にいたはずのアーチャーが私の隣に立っていて、

 

「…古代ローマの兵達の標準装備だった名を『グラディウス』だな」

 

やっぱり!

なにこれ!? これが投影魔術だって言うの!? なんて出鱈目!

一から魔力で練り上げただけで普通はすぐに霧散しちゃうほどだっていうのにこれはもうしっかりと形を持っている。

ちなみにこれは切嗣さんと旅の途中に博物館に寄って解析したという。

だから日本刀とかは結構種類があるというらしい。

 

「そう…これが私の投影。

一度解析で見たものは、

創造理念、基本骨子、構成材質、制作技術、成長経験、蓄積年月…それらすべてを再現して本物に近い贋作を作り出せる異端の投影です。

属性が“剣”ですからそれに近い武器も複製可能ですね。それでランサーの真名も分かったようなものです」

 

ッ!? ランサーのゲイボルクも解析できたというの!?

まさに封印指定ものだわ!

 

「…つまりあなたの使う解析魔術は投影魔術をする延長線上のものでどんなものでも複製可能ってわけ?」

「どんなモノでも、というわけではないです。あくまで武器、防具にカテゴリーされるものばかりです。他のものは投影できても存在強度が足りないため次第に消滅しますから…」

 

それだけでも十分凄すぎるわよ!

志郎がまどろっこしく言うのも納得いくわ。

これがもしセイバー、キャスターがいなくて、そして尚且つ聖杯戦争でもなかったら私はこの子をどんな手を使ってでも匿う算段を取り付けるわよ。

これは異常、だけで片付けるほど簡単なものじゃない…。

もし魔術協会に知られればこの子は一生幽閉が目に見えている。

そんなことを考えているとさらに志郎は驚くことをしてくれた。

なんと数本もの剣を空中に浮かばせていた。

なんでもバーサーカー戦では魔力の籠もった剣を出来る限り投影。

そして打ち出してそれらすべてを心臓に集中させて鉄壁の体を一度貫き、さらにとどめとばかりに心臓に密集した剣全ての幻想を解き放って大爆発を起こさせたという。

…なんて、こと。

それじゃ志郎はサーヴァントの一度限りの最後の手である宝具破壊を何度もできるってことじゃない!?

 

「だから絶対内緒にしてほしいんです。自分でいうのも悲しいですけどこんな異端な魔術回路に投影魔術…封印指定は確定ですから」

「ええ、そうね…。私だったからいいものの他の魔術師に知れでもしたら大変な騒ぎになるわ」

 

そう、もう志郎の投影は等価交換なんてへったくれもあったものじゃない代物…。

さすがにアーチャーも驚いているようだった。

だが驚きようがどうも私とは違うらしい。

 

「では衛宮志郎…お前はもしかして宝具すらも投影できるのではあるまいな?」

 

なんて…とんでもないことをアーチャーは言い出した。

 

 

 

Interlude out──

 

 





シロは宝具を投影は滅多にさせません。投影してもただの程度の低い剣か刀くらいですかね。
ですからチートなしです。前に投影したフェイルノートとかは私の知識不足のものでしたから、これも投影は本編ではもうしないと思います。
してもやっぱり本編同様に夢で見たカリバーンとアヴァロンくらいしかしないと思います。
干将・莫耶ももしかしたら使うかもしれませんが…。


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第012話 3日目・2月02日『共同戦線協定(後編)』

更新します。


 

 

 

――Interlude

 

 

「では衛宮志郎…お前はもしかして宝具すらも投影できるのではあるまいな?」

 

私は分かっていながらもあえてそれを聞いた。

当時の私と比べたら天と地ほどの差すらある完成度。

魔術回路はすべて開いている。

さらには使える魔術もすべて理解し行使できる、できないものも含めて知識も十分なほど。

魔力量も一瞬だけだったが凛に迫るものがあるほどだ。

驚くべきは放課後の凛との一戦…あそこでは手の内を見せないためにすべてのガンドを目で追い知覚、認識し最低限の力のみで打ち破り凛を圧倒させた戦闘能力。

そしてどこで誰に習ったかは知らないが黒鍵や鉄甲作用の使い方もマスターしているようだ。

 

「…ええ、まぁ。設計図は浮かべる事ができますから、やろうと思えば出来ると思います。でもそれはいざって時の切り札だから多用する気はないです。

無理をして力で勝っても後の宝具投影の後遺症が残るなら、そんな無茶はせずに物量作戦や事前に準備をして対策を整えておいた方が効率はいいです。

それに私はサーヴァント戦ならともかくそれ以外の魔術師戦では身体強化でお父さんに教わった色々な体術。

そして黒鍵やエモノを使った剣術、棒術。

最後に弓を使った遠距離攻撃…といったものが得意ですから」

「志郎…そう簡単にいうけど投影魔術を使わなくても貴女、十分オールラウンダーじゃない。武闘派魔術師としてやっていけるわね。

…と、いうかあなたはどうして黒鍵なんて聖堂教会の代行者が使う代物を得意としているわけ?」

 

いい質問をしたな凛。

私もそれは気になっていたところだ。

まさか言峰綺礼に教わったとは言うまい?

だが、彼女は私と凛の予想斜め上の回答をしてくれた。

 

「…えっと、実を言うとその代行者の埋葬機関の第七位の人に教わったんです」

「はぁ!? ま、埋葬機関の第七位って…! もしかして、そいつにも投影はばれているわけ!?」

「はい。でも安心してください。その人はお父さんの知り合いだったらしくて教会には内緒にしてくれていて今でもたまに連絡を取り合う仲なんです」

「シロは人脈にもツテがありますね。しかし、キリツグにそのような知り合いがいたとは…」

 

セイバーの言葉に私も同感だ。

どれだけ切嗣は変な言い方だが守備範囲が広かったのだろうか?

 

「そ、それじゃ式典とか鉄甲作用だっけ?…とかも使えたりするの?」

「使えますよ。第一凛さんのガンドを破ったのも鉄甲作用なんですよ? 気づいてました?」

「…なるほどね。だったらただの針が私の“フィンの一撃”とも言われるガンドを貫いたのも納得いくわ」

「やっぱり…避けた時に地面も抉っていたからもしかしたらと思って強化も施しておいて正解でしたね」

「先読みのセンスも中々ね」

「使える魔術が少ないから相手の出す手を読んで挑まないとやっていけませんから」

「ですがシロ。貴女はこの聖杯戦争が初の実戦だというのに妙に実戦慣れしていますね?」

「セイバーの言うとおりですわね。志郎様、実は以前にもなにかあったのではないですか?」

「まぁ、うん…」

 

そこで志郎は歯切れを悪くして難しそうな顔をしだした。

切嗣に真実を知らされたのだから私とは違い一緒に旅でもでたのか?

 

「場慣れといえば場慣れですね…何度かアインツベルンの領地にお父さんと一緒に忍び込もうとした事があるっていいましたが…」

「それで、どうしたの?」

「その道中はホムンクルスの試作品…というより番犬の役割をしていた人外の獣がそれはもうたくさんいて、それを倒すのが精一杯で何度も撤退せざるをえなかったんです」

「それは大変でしたね、シロ。あの地は篭城するにはかっこうの場所ですから」

「うん。それだけならまだよかったんだけど帰りの道でお父さんがよく道草をくう事があって…死徒の住処にも入っちゃった事があってたくさんの吸血鬼ご一行に襲われた事があったの」

「ぶっ!?」

 

そこで凛が盛大に吹いた。

セイバーやキャスターも目を丸くしている。

私も三人が反応しなければ凛と同じ末路を辿っていただろう。

 

「あんた達よく生きてたわね!? 仮にも死徒の住処でしょ!」

「…私も今思うとよく生きていたなと思います。事前に色々な武器を見ておいたからなんとか殲滅する事ができたけど、あの時ほどお父さんの放浪癖を恨んだ事はありません…他にも死徒二十七祖の第7位“腑海林アインナッシュ”の活動期の森に迷い込んだ事があって今でも少しトラウマになっています…」

 

志郎の顔には哀愁が漂っていてとてもではないがこれ以上は精神的にいけないだろうと感じたらしく凛が急いで志郎の思考を止めさせた。

セイバーはその切嗣の放浪癖にほとほと呆れ、そして怒りを示していた。

しかし、なにか聞き捨てならないことを聞いたような…?

そこで今度はキャスターから声が上がった。

 

「志郎様、一つご確認を…」

「ん? なに、キャスター?」

「先ほど志郎様は殲滅と言いましたが、この場合死徒の配下か本命かに限られますが…どちらなのですか?」

「あー、うん。それね。お父さんの手助けもあって結局大本も含めて全部退治しちゃった…最後は魔力のこもった銃弾をお父さんが叩き込んでそれでお終い」

「とんでもないわね…聖杯の泥に蝕まれていたのに死徒を倒しちゃうなんて…。

でも、それよりも切嗣さんが死ぬ前ってことはまだ志郎が小学生くらいの歳よね?

それを考えるとその歳で死徒とやりあえる志郎の方が十分規格外だと思うのは私だけ…?」

 

…確かに。大方全投影連続層写(ソードバレルフルオープン)を叩き込んだり、壊れた幻想(ブロークンファンタズム)でもして後は弓による高速射撃で切嗣の援護をしていたのだろう。

凛の疑問にほぼ肯定の意思を示す私、セイバー、キャスターに志郎はなにか裏切られたような表情をして少し泣きが入っていた。

………むぅ、今考えることではないが志郎は泣き顔もかわ―――……変な感情に流されるな!?

邪な感情をカットしている間に志郎は話題を変えていたらしく私の方に目を向けていた。

 

「もう私の話はここまで! それより凛さん、一ついい?」

「なに?」

「本当にアーチャーの正体は分かっていないの?」

「うっ…それを言われると弱いわね。言ったと思うけどアーチャーの記憶が戻っていないからまだ分からないわ…」

「そうですか。それじゃアーチャーに聞きたいんだけどいいかな?」

「なんだね…?」

「うん。アーチャー…校庭でランサーと戦っていた時に使っていた双剣。あれはなんですか?」

 

やはりきたか。と内心で思いながらも平然を装い受け応えすることにした。

 

「なにと聞かれても…あれが私の宝具だが…」

「ええ。確かに宝具かもしれません。でも少しおかしいんですよね」

「おかしいとは?」

「はい。あなたが使っていた双剣…あれは私の目で“視た”限りでは中国の名工、干将によって作られた宝剣…『干将・莫耶』ではないですか?」

「さて、どうかな?」

「あくまで本音は言いませんか。まぁいいですけど…。ではあれが干将・莫耶と仮定して話を進めていきます。

次ですが、確かにその二刀が作られていたという逸話はありますが、その担い手の話は一切聞いた事が無いんです。凛さんはどう思いますか?」

「そうよね…確かにその仮説が正しいならアーチャーは実在しない架空の英霊という線も出てくるわ。

もしかして記憶喪失は嘘で本当はもとから存在しないなんてことは言わないわよね?」

「当然だ。仮にそうだったとしても、それなら英霊の座まで登ることも出来まい?」

「それじゃ結局あなたは何者なのよ? 本当に二刀使いの弓兵なんて聞いた事が無いわよ?」

 

凛が執拗に迫ってくる。

セイバーとキャスターも興味深そうに聴く耳を立てている。

そろそろやばくなってきたな。またはぐらかす算段を計るか?

だが志郎は私の考えも見過ごしているかのように、

 

「では最後の質問です。アーチャー、あなたは本当は弓兵(アーチャー)じゃなくて魔術師(キャスター)、ではないですか?」

「ほう…どうしてそういう結論に至ったのだ? 理由を要求したいのだが…」

「いいですよ。ランサーと戦っていた時にアーチャーは何度も双剣を手に出現させていましたよね?

そしてランサーに砕かれた双剣はまるで崩れるように消えていった。

極めつけは私が解析したときにランサーの宝具は確かに本物だったのに対してアーチャーの双剣は…そうですね。

しいていうなら本物に近い贋作。そう、私と同じ創造の力、投影魔術に酷似しているんです。

実際、アーチャーの干将・莫耶には担い手の情報が一切なかったから」

 

………言い返す言葉が見つからないな。

志郎はあまりにも洞察力が優れている。

それで私もこれ以上見苦しいいい訳はしないことにした。

 

「ああ、そうだな。確かに私の生前は弓兵(アーチャー)ではなく魔術師(キャスター)…そして衛宮志郎、お前の言うとおり投影魔術師だ。

だがこの世界の人間ではない…凛の無茶な召喚でイレギュラーが生じて分かりやすく言えば平行世界の別世界の住人といったところだ。

だからこの世界で私の正体を知るものはおそらく誰もいないだろう。ゆえに真名は教える気はないな」

「ちょっとアーチャー! 記憶が戻ったっていうならどうして私に教えてくれなかったのよ!?」

「それについては謝罪しよう。そうだな、凛にならば後で教えてやってもいいだろう」

「…そう。それじゃ後で私の部屋に来なさい。ゆっくりと聞かせてもらうことにするわ」

「お手やらかに頼みたいものだな…」

 

そして話し合いはそこでお開きになった。

すると凛はやはりというべきかこの家に居座るつもりらしい。

少し言い争いが起きたがそこは志郎の一言でやんごとなく納まった。

しかしあの三人を丸く収めるとは志郎の話術の実力もすごいことなのだろう。

それで話も済んだので凛と私は遠坂邸から必要な荷物を取りにいくために一度家を出るのだった。

 

 

 

Interlude out──

 

 

 




今回はシロに正体を突き止められるの回でした。
ですが、シロはアーチャーが自分の兄だという想像まではできませんでした。
凛には次回に語りそうですね。


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第013話 3日目・2月02日『弓兵の正体と魔術の終着点』

更新します。


 

 

 

──Interlude

 

 

凛が一度遠坂邸に荷物を取りに行くと言い戻りながら私は無言で霊体化して着いていっていた。

凛もなにか言いたげだが踏ん切りがついていないようで無言で前を歩いていた。

そしてそんなギスギスした感じを漂わせながらも凛の自宅に到着するとすぐさま凛は家に鍵を施して誰も入ってこないことを確認して私に振り向いた。

 

「…ねぇ、アーチャー。さっきの志郎との会話だけど…本当のところはどういうことなの?」

「隠すつもりでなかったが計らずも衛宮志郎が私の正体にすぐに気づいたことはすごいことだ。彼女の言ったことと私の言ったことはほぼ間違いない」

「それじゃあんたは本当はアーチャーのクラスじゃなくてキャスターのクラスに該当する英霊なわけ…?」

「いや、確かに私の生前は魔術師に当たるものだったがせいぜい落ちこぼれもいいところだったのだよ。

使える魔術は衛宮志郎とほぼ同じようなもの…。

だが衛宮志郎は私と違いそれらすべてを確実に使いこなし初歩ではあるが他の魔術や優れた武術も使い封印指定級の投影魔術をうまく隠している」

「…ええ、そうね。志郎の投影した剣を見るまで信じられなかったけど、少なくとも私の戦いではそれを使う素振りは一度も見せてはいなかったわ」

「もし、あのまま交渉に持ち込まれなければ、おそらく私はセイバーにやられていただろう」

「そうね…味方だという安心が今はあるけど、逆にそのまま敵だったと想定したらまず勝ち目はなかったわね。

そして志郎の話を聞いてよりいっそうそれが真実味を帯びている…私も本気じゃなかったけど彼女は力のほんの一端を見せただけ。

それも魔術もほぼ使わないで体術と投擲技法だけという本来の戦い方ではない方法で…はっきりいっちゃうけど完全に私達の敗北ね」 

「凛…」

 

私は思わず慰めの言葉をかけようとしたが凛はそれにいち早く気づき手で制した。

 

「アーチャー、余計な同情はよしてよね? 私は落ち込んでなんかいないわ。今敵わないならいつか追い抜いてやればいいだけの話よ!」

「ふっ…そうか。それでこそ凛だな」

「ふんっ! 褒めてもなにもでないわよ? それよりそろそろ教えなさいよ?」

「なにをだ?」

「しらばっくれるのもいいけど私は志郎とは違って大体あなたの正体は検討ついているのよ?」

「なに…? どういうことだ?」

「あなたは言ったわよね? “平行世界の別世界の住人”と…」

「ああ。確かに言ったがそれがどうしたね?」

「そうね。普通に考えたらそれだけじゃ正体なんてわからないけど英霊は過去、現在、未来に関係なく喚ばれるものよ。

だから並行世界も例外じゃない。

そしてもう一言…“この世界で私の正体を知るものはおそらく誰もいない”とも言った。

どういった意味がこめられているのか知らないけど、平行世界という無限に広がる世界で誰一人知らないっていうことはまず断言できない。

さらにあなたは志郎と同じ投影魔術師だと言った。

仮に志郎がこの世界に存在していない世界だったら世界は矛盾を修正しようと代用品を必ず用意する…そう、大火災の生き残りが志郎じゃない誰かを…。

最後にあなたのあの慌てよう。志郎の名前や将来の夢を執拗に聞いていたわ。

そして志郎の兄の名前が出た途端、急に力を抜いたわ。

これから推測するにアーチャー…あなたの真名ってもしかして」

 

まさかそこまで読まれていたとはやはり凛だな、と言うべきだろうか?

…ああ、もう隠す必要もないだろう。この世界は特定の人物を除けば私とはほぼ無縁のものだ。

そこで私は一度目を瞑り息を吐いた後、目を凛に向けた。

 

「では凛、私からのつまらない質問だ。私の真名を見事当ててみろ」

「ええ、いいわよ。あなたの真名は“英霊エミヤ”、もしくは“衛宮士郎”とでもいえば満足かしら?」

「……………ふっ。まさか本当に当ててくるとは志郎同様に凛もなかなか鋭いな」

 

少し間を置いて私は凛に正体を明かした。

すると凛はなにか思案している。何事だ…?

 

「それじゃアーチャー。どうしてあなたは志郎じゃなくて私に召喚されるのよ?

志郎の立場をあなたに置き換えれば接点なんていくらでも見つかるだろうけどそんな触媒なんてもっていないわよ?」

「いや、それが一つだけあるのだよ。凛、君が一番大事にしている宝石を出してみろ」

「? いいけど。はい」

 

凛から渡された赤いルビーの宝石を見てやはりと思った。

凛はなにか分かっていなかったので私は懐から光は失ってはいるが同じ宝石を出して凛に二つとも手渡した。

 

「え!? どうしてあんたがこれ持ってんのよ!?」

「なに…凛、いや正確には“私の世界の遠坂”にはこれで救ってもらったのだ」

 

それから私は昔語りのように記録を引っ張り出して覚えている限りの聖杯戦争での話を聞かせた。

と、言っても世界の制約でサーヴァントの真名とそのマスターの情報は切り落とされているようで断片的なことしか語れなかったが…。

そして話し終わるとなぜか凛は拳をワナワナと震わせていた。

やばいっ!? と思ったがもう遅かった。そこには“あかいあくま”が降臨していた。

 

「ふっざけんじゃないわよっ!! それじゃなに!? あんたは志郎と違って本当に魔術師としては落ちこぼれだったわけ!?

いえ、それ以上に許せないのがそんなただ偶然死んだあんたを蘇生させた私よ! あー、絶対魔術師として甘いわその私ー!」

「平行世界の別の自身のことをけなしたい気持ちも分かるが…ただ空しいだけだぞ?」

「そんなことは言われなくても分かってるわよ! ただね―――……」

 

それから凛の愚痴が連発して、する度に自己嫌悪に陥って自爆をするといったことを何度も繰り返していた。

いや、私のときでもここまではっちゃけなかったが見ていて飽きないな。

 

 

………………………

………………

………

 

 

…しばらくして凛はやっと一方的な愚痴が終わったのか態度も落ち着いてきたようだ。

そこで急に態度が変わり別の意味で怒っている。

なんでも志郎には正体を明かしてもいいんじゃないかと。

 

「別にいいじゃない? あなたと志郎は世界が違うとはいえ家族なんでしょ?」

「凛…。私に今更兄を名乗れると思うか? 結論は無理だ…仮に名乗れたとしてもそれではこの世界の“士郎”の立場を侵してしまう。…横取りのようなものだ。

まして他の平行世界から次々と本体の座に流れてくる “様々な衛宮士郎”の記録どれ一つとっても彼女の記録は一切無い。つまり私は、いや私達は彼女のことをなにも知らない。

だから私は胸を張って兄と名乗ることはできない。ならばせいぜい感づかれないように一定の距離を保ちながら同じ投影魔術師として助言をしてやれるだけだ」

 

言い切ると凛はバツの悪そうな表情をして、

 

「ごめん、アーチャー…。私きっとかなり軽率なことを言ったわ」

「構わん。私達のことを思って言ってくれたのだから別に怒りはしない。

だが、これだけは約束してくれ…志郎には私の正体は決して明かさないでくれ。

いずれ消えうせるこの身…短い期間とはいえ必ずなにかしら志郎のことを傷つけてしまうだろうからな」

「ええ。約束するわ。でも志郎自身が気づいちゃったら面倒見ないからね?」

「そこは自己責任だ。私自身でなんとかしよう」

 

そして部屋の空気はやっと落ち着いたようで先ほどまでの雰囲気は一切無い。

だが代わりに実に好奇心に駆られている凛の姿がそこにあった。

 

「ころころと態度を変えるあたり、見ている限りは面白いな。だが、なにを企んでいる?」

「えぇ、まぁ…志郎とあんたは平行世界のもう一人の自分とかじゃなくてまったくの別人なわけだから本質は違っているわけよね?

でも、同じ投影魔術師。それで境遇も一緒だからアーチャーと志郎は起源は多分同じでしょ?」

「おそらくな…。それで結局なにが知りたい?」

「そう…確かに遠回りな言い方ね。それじゃ率直な意見だけど記憶も思い出したんだしアーチャー、通じては志郎の宝具はなにか知りたいわけよ。

まさか投影魔術で作り出すすべての武具があなたの象徴(シンボル)とかじゃないんでしょ?」

「半分正解で半分ハズレだ。五分五分といったところだな。

いや、そもそも志郎はどうかはまだ分からんが本来私の魔術すべてはある場所から零れ落ちた副産物に過ぎない…よってせいぜい20点といったところか」

「ある場所、ね…それに副産物。魔術すべてがそのある場所から零れ落ちたもの…そして半永久的に形を残す異常な投影、何度でも同じ武具を作り出せる………え? は!?」

 

どうやら凛は気づいたようだな。さすがだ。

だが思い至ったが信じたくないのか、それとも現実を直視したくないのか言葉を濁らせている。

いや、実に愉快だ。

まさかこれほどにあの凛の百面相を見る事ができるとは。本日は実に運がいいかもしれん。

自然と口元が攣り上がってくるのが自覚できる。

そして凛は一度深呼吸をして、

 

「まさかあんたの使う魔術って“固有結界”!?」

「ご名答。よくぞこの短時間で至ったものだ。そう…本来私が使える魔術はこれ一つだけ。

己の心象世界を外界に写しだす古来より精霊・悪魔の領域を指す人が持つに過ぎた“秩序”(チカラ)

五つの魔法に最も近いといわれる大禁忌と称された魔術における“究極の一”(奥義)

すべての剣を内装する世界…固有結界(リアリティ・マーブル)無限の剣製(アンリミテッド・ブレイド・ワークス)』…。

こと『剣』にのみ特化した魔術回路。これが私の魔術師としてのあり方だった」

 

凛はそれでしばし言葉を失っていた。

しばらくして、

 

「…あんた、よくそんなとんでもない事を事も無げに言うわね? 英霊じゃなくて尚且つ聖杯戦争じゃなかったら今頃は協会に封印指定をかけられているわよ…」

「だから尚更凛には志郎のことを見守ってほしい。“全てを救う正義の味方”という愚かな理想を目指していないとはいえ志郎も私と同じ『剣』にのみ特化した魔術回路…ゆえに魔術の終着点も一緒ということだ。目立った行動は自身を滅ぼす」

「わかったわ。でも私から一ついいかしら?」

 

私は「なんだ?」と答える前に凛に平手打ちをもらい、続けてガンドを数発浴びせられた。

いきなりなんだ! と反論しようとしたが凛の人をも殺せるのではないかという真剣な眼差しに押し黙った。

 

「…志郎の前で“正義の味方”を愚かな理想と言うのだけはよしなさい。

生前なにがあったか知らないけど志郎はあなたのことをとても尊敬しているわ。

だからその思いを踏みにじるというなら私は真っ先に令呪で“自害”を命令するからね! わかった!?」

「…ああ、そうだな。気をつけるとしよう」

「当然よ。ただでさえ令呪でその発言は禁止しようとまで思ったんだから!」

 

本気で凛は怒っているようだ。

まぁそれはしかたがない…。

だがこれだけは言わせてもらわなければいけない。

 

「…だがな、凛。私は本当にかつて必死に理想を目指していた自身を殺したいと心の底から思っている」

「なんでよ?」

「もう私の過去は夢で見たかね…?」

「えっ? あんたの過去の夢…?」

「その様子だとまだ見ていないようだな。ならば今はもう話すことはなにもない…ではいずれ見た時に再度この話をしてくれ」

 

そう、今はな…。

凛は納得のいかない表情をしていたがすぐに思考を切り替えたようで、

 

「ええ、わかったわ。その時になったらまた話してよね?」

「くくっ…了解だ、マスター」

「それとあんたは私を裏切ったりしないわよね?」

「何を当然のことを…私のこの聖杯戦争に参加した本当の目的は理想を目指している衛宮士郎を殺すことだ。

それが失われた今、後は自身に与えられたサーヴァントという使命を死ぬ最後まで果たすことだ」

「なんか参加した理由が釈然としないけれど…それを聞いて安心したわ。それじゃ後はこの馬鹿げた戦争をさっさと終わらせることを考えていきましょう」

「無論だ。凛と志郎は必ず私…そしてセイバーとキャスターが守り抜くことを約束しよう」

「そう、頼りにしてるわね、アーチャー」

「承知した」

 

それからもう話は終わったようなので凛は自室から着替えやその他もろもろ必要なものをボストンバックに詰めてやってきた。

だが顔が笑っている…。ちなみにあくまの笑顔のほうだ。

言わずともわかっている。ああ、わかっているとも。運べばいいのだろう?

やはりどこまでいっても遠坂凛は遠坂凛だ。

ゆえに内心で「地獄に落ちろ」と言って無言で荷物を凛の代わりにすべて持って衛宮の屋敷に向かった。

 

 

Interlude out──

 

 




今回は凛さんとアーチャーで埋めました。


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第014話 3日目・2月02日『これからについて』

更新します。


 

 

あれから凛さんは大量の荷物を担いだアーチャーを連れて家までやってきた。

アーチャーは平気そうな顔をしていたけどどうにも不服そうな表情をしていたので私が少し持ちますと言って持ってあげた。

そして凛さんと話をしながら離れの客間まで案内していると後ろからなにやら小さい声で、

 

「(凛とは大違いだ…魔術師として育ったというのにこれほど真っ直ぐに成長するとは…)」

 

アーチャーはなにやらぶつぶつ言っていたけど私には聞き取れなかった。

でもなぜか凛さんがガンドを飛ばしていたのでなにかいけないことでもいったのだと思って私は口を挟まずにいた。

客間に案内した後、凛さんは少し部屋を改造するとか言っていたけど…え? もしかしてここに居座る気なのかな? と思ったり思わなかったり…。

でも敵対するよりはいいよね? と脳内完結しておくことにした。

そして夜食の時になぜか凛さんは私の食事をいくつか口にした後、腕をグッと握り締めて小さい声で「よしっ!」とか言っていた。

…時間もあんまり無かったから少し手を抜いたけど調子に乗っていると痛い目を見させますよ?

なぜかアーチャーが肩を震わせていたけどきっと気のせいだ。

それから私達は食休みもいいくらいの時間になって、凛さんが話しかけてきた。

 

「さて、と。それじゃ志郎。明日は日曜日だしどうするかしら?」

 

そう。明日は日曜日。だとすると学園内の結界潰しもできないので暇になってしまう。

するとすれば藤ねえの相手かはたまた…。

夜になれば他のマスターの拠点を探るのに絶好の日かもしれない。

けど、まずイリヤ姉さんにバーサーカーは冬木市郊外の森の奥にあるアインツベルン城にいるだろうから一日かけないと到着しないような場所だ。

そして仮に向かったとして、迷う可能性がある。

以前に何度かお父さんと一緒にアインツベルン城に行ったことがあるがあそこは籠城するには打ってつけの場所だ。

多分だけどもうイリヤ姉さんによってアインツベルン城の周囲には監視による結界が張られているだろうから敷地に入った瞬間にすぐに感づかれるだろう。

さらにはバーサーカーに襲われて逃げる羽目になるだろうことは予想できるし、戦っても勝てる勝算は今のところかなり低いから悩みどころだ。

よって、アインツベルン城に行くのは今のところは却下、かな? 残念だけど…。

 

そして次にランサー。

彼のマスターは今のところ正体が分かっていないから探しようがない。

 

ライダーもまた同意の理由で探すのは困難を極める。

ただ、なんとなくだけど予想だけはできる。

現在冬木市で行方不明事件が何度か起きている。

おそらく一般人から魔力を摂取するために魔術師が襲わせているんだろうと思う。

そして学園の結界もおそらくライダーの仕業だろう。

あんな結界はキャスターのクラス以外だと適性があるのはライダーくらいだろうから。

 

そして最後にアサシンのサーヴァント。

アサシンのサーヴァントはイレギュラーでも起きない限り召喚される英霊は『ハサン・サッバーハ』。気配遮断のスキルを使うから一番見つけにくい敵だろう。どんな宝具を使うかも分からないから要警戒だ。

 

………よし、今のところのサーヴァント達の主な情報は整理できた。

それと明日の予定だけど、明日はとりあえずセイバーと剣の特訓でもしようかな?

アーチャーにも私の投影魔術の練度を見てもらいたいし。よし、決まりね。

ので、凛さんに話を振ろうと凛さんの顔を見たら神妙な顔つきで見られていた。なにゆえ…?

私が少し困惑していると、セイバーが間に入ってきて、

 

「シロ。あなたは考え始めると周りが見えなくなることがあるようですね。いえ、それは特に悪いわけではありません。思案するシロの表情もとても可愛らしい物でしたからむしろ役得です」

「はい。志郎様、考える表情もとてもキュートでしたよ」

「あ、ありがとう…?」

 

私は曖昧な返事しか返すことができなかった。

それでやっとのこと凛さんも意識を取り戻したのか少し頬を赤く染めながらも咳払いをして、

 

「(…大丈夫大丈夫。志郎の仕草がどれをとっても可愛いのは今更じゃない? だから落ち着け私の心音!)………さて、それで志郎の考えは何かまとまった?」

「はい。とりあえず明日は学園にもいけませんし結界の件は後回しにします。幸いあの結界はまだ発動はしないと思いますから」

「どうしてそう思うの? 理由を聞きたいわ」

「理由ですか。まぁ、大雑把に言いますと結界内に取り込む人が明日は一切いないから発動しても不発に終わるのが目に見えていますから」

「確かに…」

「だから明後日の月曜までこの件は待機です。次にマスター探しですけど、ランサー、アサシンの二体は現状探しようがありませんから出現したら迎え撃つスタンスでいいと思います」

「そうね。特にアサシンが厄介だけど………いけそう? アーチャー?」

「そうだな。アサシンのサーヴァントは気配遮断のスキルを持つ。相手取るには厄介な相手と言える。だがこのスキルの弱点は攻撃に移る際にはランクがガクッと下がるところだ。その瞬間を見極め対処すれば後は相手取る分にはステータス的には負けることはないだろう」

「ではアサシンの相手は私がしましょう」

 

そこでセイバーが声を上げた。

セイバーなら負けることはないと思うけど一応用心に越したことはない。

だから、

 

「セイバー。いけるんだね?」

「はい。私の直感のスキルを駆使して必ずやアサシンのサーヴァントを仕留めて見せましょう」

「それじゃ、任せたね」

「お任せください」

 

これでランサー、アサシンに対する下準備はできた。

後はだけど、

 

「ところで志郎? ライダーのマスターについては目星はついているのかしら?」

「はい。なんとなくですけど………この件に関しては凛さんとも話しておきたいと思っていたんです」

「私と…?」

「はい。おそらくライダーのマスターは御三家のうちの一つである間桐家から出ていると思うんです」

 

そう言い切った瞬間、凛さんの表情が強張ったのを確かに感じた。目も大きく開いていて動揺が隠せないようだ。

 

「え………ちょ、ちょっと待って志郎。でも慎二は魔術回路を持たないただの人なのよ? そんなあいつがライダーのマスターなわけ…」

 

凛さんの表情は非常に焦っているように感じます。

まだ他にも選択肢はあるのにわざと視界を狭めて見ないようにしているように…。

認めたくないのだろう。凛さんにとって離れ離れになってしまったが本当の姉妹である桜がこの聖杯戦争に参加しているかもしれないマスター候補だという可能性に。

 

「凛さんの気持ちはわかります。ですが言わせてもらいます。おそらく桜がライダーのマスターです。証拠と言ってはなんですが、よくうちに桜は来てくれるんですけど最近手に包帯を巻いているのを見たんです」

「そ、そうなの…」

 

それでしばらく凛さんは無言になった。けど魔術師として落ち着きを取り戻したのだろう。

 

「…ごめん、志郎。もう大丈夫よ。取り乱してごめんなさい。続けて」

「わかりました。そして多分今のマスター権は慎二君にあるんだと思います。桜が学園にあんな結界を張るとは到底思えませんので」

「そうね。そこは同意だわ。でもどうやって…?」

「おそらく令呪によるマスター権の譲渡あたりが妥当かと思います」

「なるほどね。でも、ねぇ志郎。一ついい?」

「はい?」

 

そこで凛さんは少し怒ったような表情をしていた。

多分桜関係が原因なんだろうな。そこは甘んじて受けるしかない。

 

「…それじゃ志郎は桜が間桐の手にあると知りながら家に招いていたの?」

「一応知ってはいたけど招いていたのは本当に偶然。

私が半年前に怪我をしたときに何度も面倒を見てもらってそのまま成り行きで今の状態になってしまっただけなの…」

「そう。変に勘ぐってごめんなさい。でも遠坂家と間桐家が不可侵条約を結んでいるのは知っているのよね?」

「はい。そこは色々調べましたから。この際だからいいますけどその不可侵条約…すでに意味のないものに成り下がっていると思います」

「え…それって」

「間桐家の当主である間桐臓硯はご存知ですよね?」

「ええ。当然知っているわ。でもそれがどうしたの?」

「凛さんは間桐臓硯が桜にやっている行いを知っていますか?」

 

そう、お父さんの調べで判明したおぞましい内容。

今のなにも知らない凛さんに話してもよいものかと思うけど知ってもらわないと話にならないから。

だけど、そこで意外な方から話を振られてきた。

 

「衛宮志郎…お前は彼女の身になにが起きているのか知っているのか…?」

「えっ…アーチャー? どうしたの? そんな怖い目をして…?」

 

私はその射貫くような視線に怯えてしまった。

それにすかさずセイバーとキャスターが反応を示して『ガタッ!』と立ち上がろうとするけどこんな些細なことでいちいち喧嘩腰になっていても仕方がないので、

 

「セイバー、キャスター。落ち着いて」

「アーチャーもよ。その射殺すような視線を抑えなさい」

 

私と凛さんの声で三人ともまた席に座る。アーチャーは目を瞑っているようだけど、自身を落ち着かせているようにも感じる。

 

「すまない…。だがこれは凛にとって大事な問題だ。だから知っていることがあるなら話してくれないか」

「わ、わかりました。それでは簡潔に今桜の身に何が起こっているのか話しますね」

 

それで私は間桐臓硯が桜に対して行っている非道の数々を話していく。

それを聞くにつれて凛さんは表情が険しくなっていって、最後まで聞き終えると、俯いてしまっていた。

ショックの連続だったのだろう。これは仕方がない。

 

「………私は、桜の苦しみに気づいてやれることができなかったのね…。姉として失格だわ」

「凛さん…」

「凛…」

 

私とアーチャーはどう言葉をかけていいかわからないでいた。

やっぱりこれは私達だけで解決した方がよかったのかもしれないと思ったけど、もう動いた歯車は戻らない。

知ってしまったからにはこの問題をどう解決するかが先決だ。

 

「………志郎は、どうして桜を助けてやれなかったの…? 知っていたならどうにでも…」

「それができればどれだけよかったか。解析の魔術で桜の心臓辺りを見た時にはもう私には無理だと分かってしまいました。蟲が桜の心臓に憑りついていたんです。下手に触れると桜がどうなるかわからない………。だから今まで悔しい思いをしながらもなにもできませんでした」

「…そう」

 

それで私と凛さんは無言になる。

そこにアーチャーが無言で立ち上がり、

 

「…衛宮志郎。少しセイバーとキャスターを借りてもいいだろうか…?」

「え? いいですけど、ここでは話せないことですか?」

「ああ。少し大事な話があるんだ。なに、悪いようにはせんよ。安心したまえ」

 

そう言ってアーチャーはセイバーとキャスターを連れてリビングから出て行った。

なにを話すのか気になるけど、今は落ち込んでいる凛さんを慰める事をした方がいいと思う。

 

「…志郎。桜を救いましょう。どういう結末になるかわからないけどあの子には生きていてほしいから」

「はい。わかりました」

 

それで私達はこれからについてもっと話し合うのであった。

 

 




凛さんには桜の真実を知ってもらいました。
次回、アーチャー視点を、かけたらいいな………。
それとバーサーカーの件はもう修正不可な状態まで来てしまいましたので目を瞑ってもらえるとありがたいです。

ここが変だと思ったところは突っ込んでもらって構いませんのでよろしくお願いします。


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第015話 3日目・2月02日『弓兵の告白と剣兵の誓い』

更新します。


 

――Interlude

 

 

 

アーチャーはセイバーとキャスターを連れてひそかに話し合う場所を検討していた。

志郎には絶対に耳に入れてはならない会話がなされることを予期しての事である。

そのためにカツ、カツ、と足音だけが聞こえていた。

そんな何も話さないアーチャーに対してセイバーが声をかけた。

 

「…アーチャー。あなたは何をしに私とキャスターを連れだしたのですか…?」

「なに、まだしr…いや、衛宮志郎には聞かれたくない内容なのでね。どこかいい場所はないかとな」

 

そう言ってアーチャーは再度黙った。

だがセイバーはともかくキャスターはアーチャーが話したい内容は大まかには予想できたのか笑みを浮かべながら、

 

「ふふ…アーチャー、あなたもなかなかに志郎様とは複雑なご関係なのね」

「ほう…? なぜ、そう思ったのだね?」

「いえ、なにね。先ほどまでのあなたの行動を見れば私には容易く理解できるわ」

 

キャスターは笑みを崩さずにそう言った。

 

「さすがは稀代の魔女だな。いや、裏切りの魔女“メディア”」

「あら? ふふふ…まだ宝具も使っていないのに私の真名を当てるなんて…一体どういったカラクリかしらね?」

 

真名を当てられたというのにキャスターはなお余裕を崩さない。

おそらく今、アーチャーとキャスターの間では火花が盛大に散らされていることだろう。

そんな妙な空気にセイバーだけが取り残されてしまい、

 

「のけ者はひどいですね二人とも。私にももう少しわかりやすく説明をお願いしたいものだ」

 

腰に手を当ててそう言い切るセイバーにアーチャーは苦笑気味に「話し合う場所に着いたら教えよう」と言い場所を探していて、ふとアーチャーは(やはり、あそこしかないか?)という考えを起こして、志郎の魔術の工房である土蔵の扉を開いた。

それにいち早く敏感に状況を察したセイバーがアーチャーの肩に手を置き、

 

「待ちなさいアーチャー。無断でシロの工房に入るとは何事ですか? 事と次第によっては………」

「いいんじゃないかしら。セイバー、あなたも興味があるんじゃないかしら? アーチャーの真名やら話したいことやらを」

 

キャスターのいきなりアーチャーに味方に付くようなセリフと、真名に関しての話をされて「むっ…」と言いながらも「致し方ありません…」と言ってアーチャーの肩に置く手を離した。

 

「すまんな。私にとってここの空間は落ち着くものなのでね」

「それはどういう意味ですか…?」

「後に分かる。それよりキャスター、できればこの場所だけに限定して結界を頼めるだろうか?」

「仕方ないわね。今回は貸しにしておきましょうか」

「すまない、恩に着る」

 

そしてキャスターは限定的な結界をこの土蔵に構築した。

本来ならこんなことをすれば志郎や凛に気づかれるようなものだが、そこはキャスターの方が場数も技量も上なので気づかれることなど絶対とはいかないがないだろう。

結界が構築されたのをしり目にアーチャーは壁に背を預けて腕を組み「さて…」という言葉を発し、

 

「では、少しばかり話し合おうか。なに、我らサーヴァントには睡眠と言う行為は無縁に等しいものだ。だからいくらでも話し合えることだろう」

「そうですね。………それでアーチャー。貴方は私達をこんな場所に連れて来て何を話すのですか?」

「セイバー、あなたもなかなかに鈍感のようね」

 

セイバーが話を促すように言ったが横やりのようにキャスターがそんな事を言ってきて、「いきなり何のことだ…?」という感想を持ったセイバーは悪くないだろう。

 

「アーチャーが話したいことなんて大体察することはできたわ。ついでにすでに私もアーチャーの真名は分かっちゃっているのよ」

「なっ…。それはまことですかキャスター…?」

「ええ。アーチャーの真名は―――…」

「待ってくれ、キャスター。そこは私から言わせてもらいないだろうか…? セイバーにも順を追って説明していきたい」

 

キャスターが言いかけたがそこでアーチャーが自ら告白すると言って、キャスターは「ふふ…わかったわ。この場では私はただのお邪魔虫さんですからね」と言って引き下がっていった。

キャスターが引いたのを合図にアーチャーは土蔵の中を見回しながら、

 

「まずは本題の前に私の事を話そう。しかし、この土蔵の中は懐かしいという感情を思い出すようだよ…」

「懐かしい、ですか…?」

「ああ、もうなにもかも過去に置き去りにしてきてしまったがこの場所だけは忘れたりしない。セイバー、君はそこの魔法陣で召喚されたのだろう…?」

 

そう言ってアーチャーはまだセイバーが召喚された魔力の嵐の余韻が残されている魔法陣を見やる。

 

「え、ええ…。確かにそうですが、なぜアーチャーがそのことを…」

「私もな。もうほとんどの記憶は摩耗してしまったがこの場所で起きた事だけは覚えている。

ランサーのサーヴァントに襲われて逃げ込んだこの土蔵の中で『こんなところで死ねない。こんな意味の分からないことで死んでたまるか』と思った次の瞬間に君が召喚されて私を助けてくれた…」

 

独り言のように語りだすアーチャー。

しかしセイバーは今混乱の渦の中にいた。

私にはそんな記憶はない。

これはアーチャーの世迷いごとなのだろうか、と。

 

「おそらく君は今『世迷いごとだ』とでも思っているのだろう…?」

「ッ…!」

 

見透かされている。

セイバーは口を慎むしかできないでいた。

と、同時に目の前の男に恐怖の感情を覚えていた。

自身のあずかり知らない記憶。

まるで自身を知っているかのように話す男。

これだけで不審に思うには十分の出来事だ。

 

「アーチャー…。遠回しな言い方をして私をいじめないでください…。

言いたいことがあるならはっきりと申して結構です。私は決してあなたを落胆させるようなことはさせません」

「そうか。ならば言おうか。私の正体、真名、その他の事を…」

 

そう言ってアーチャーは深くため息をついた後に、

 

「私の、いや俺の真名は『エミヤ』…」

「エミヤ、だと…!?」

「やはりね…」

 

アーチャーの告白にセイバーは驚愕して目を見開き、反対にキャスターは冷静に事実を受け止めていた。

 

「私もな。こことは違う平行世界で衛宮志郎と同じく衛宮切嗣に引き取られてのちに聖杯戦争に巻き込まれた出来損ないの魔術使い。

そして本当の名は『衛宮士郎』。志郎の証言が正しいのならば私は志郎の兄に当たるであろう存在だ」

 

 

 

 

──Interlude next

 

 

 

アーチャーの真名―――エミヤ、いや…衛宮士郎―――という名を聞いた瞬間、体に電流が走ったような衝撃を受けた。

それは、きっと恐ろしいことだ。

つまりはアーチャーの生きてきた世界でも私達が関わった第四次聖杯戦争での爪痕の結果が目の前の男…アーチャーなのだから。

 

「アーチャー…ではあなたも」

「ああ。凛にはもう話したがおおよそ衛宮志郎と同じ境遇の身の上だ」

「そ、それでは私は………」

 

それで私は口を再び閉じてしまう。

何を言えばいいのか…?

謝罪して許されるものなのだろうか…?

シロとアーチャー…この兄妹の仲を壊してしまったのは紛れもなく私達なのだ。

こんなことなら聖杯戦争になど参加しなければよかったのでは…?と、自身の願いをも否定しかねないことを考えてしまう。

これでは生前と一緒ではないか。

また悲劇を繰り返してしまっている。

己の存在を消して本当に正しい王の選定をやり直す…、そのためだけにめげずに、心折れずに頑張ってきた。

だが結果、さらに罪を上塗りしてしまっている。

無辜の民を犠牲にしてまで聖杯を求めたのではない。

だが、私はアーチャーの世界でも同じように聖杯戦争に呼び出された。

その事だけが私を苦しめる…。

ああ………私はいくつの平行世界で何人ものアーチャーという人物を作ってしまったのか…?

まるで迷宮のように考えがまとまらない…。

そんな時だった。

 

「セイバー…。私達のために苦しまないでくれ」

 

そう言うアーチャーの顔には悲哀の相がありありと浮かんでいた。

その表情だけでさらに追い詰められてしまう。

やめてくれ、そんな表情をしないでください。被害者の貴方がそんな顔をしてはいけない…ッ!

だがそんな事もお構いなくアーチャーは語った。

 

「セイバー。俺は君や切嗣を決して恨んではいない。むしろ頼もしかったんだ。

何もかも失ってただ息をしているだけの生きた死体だった私に新たな命と理想を吹き込んでくれた切嗣には感謝している。

そしてなにもわからず、しかしそんな俺に最後まで尽くしてくれたセイバーには…道を示してもらった。

だから俺は死ぬ最後まで正義の味方を頑張ることができた…」

 

そう語るアーチャー。

しかしそう語りながらもアーチャーの顔には先ほどとは違い苦悶の相が浮かんでいる。

まるで偽りのような、壊れそうなそんな表情…。

 

「しかし、私は………ッ!」

「いいんだセイバー。俺は決して憎んでいない。だが、それでも君がやりきれない思いに押しつぶされそうになっているのなら………君の事を許そう」

「えっ…?」

 

許す? 私を…?

こんな罪に汚れきってしまっている私を…?

許されていい物なのか?

こんな甘い誘惑に踊らされていい物なのか?

しかしアーチャーの顔には今度は嘘偽りは一切なかった。

本気で私の事を許そうとしている。

 

「よろしいのですか…? こんな私が許されても?」

「ああ。いいんだ」

 

それだけ言ってアーチャーは儚い笑みを浮かべた。

それで私とアーチャーの視線が重なり不思議な気持ちにさせられているところで、

 

「…―――おほん」

「「ッ!」」

 

キャスターのそんな咳払いで私とアーチャーは現実に呼び戻された。

 

「私の事は無視しても構わないわよ? だけど勝手にいちゃつくのだけは勘弁してくれないかしら。砂糖を吐きたくなるわ」

「いちゃっ!? き、キャスター! な、なにを!?」

「そ、そうだぞ。決していちゃつくなどと…ッ!」

 

それから数合言葉を交わしてなんとか気分も落ち着いてきた。

するとアーチャーが、

 

「しかし、不思議な縁だとは思わないかね?」

「縁、ですか?」

「ああ。セイバーは聖杯があれば必ず召喚されるようなものだが、私はただ巻き込まれただけだ。それなのにまずは第四次聖杯戦争で被災者となり、第五次聖杯戦争ではマスターとなり、さらには今こうして今度はサーヴァントとして聖杯戦争に関わっている」

「そうね。それだけでアーチャー、あなたは十分聖杯と縁があるのでしょうね。そして最後に志郎様とも運命的な再会を果たしている…。

アーチャー、志郎様にこのことは…」

「できれば黙っていてくれないか?」

「しかし、アーチャー…それはあまりにも」

 

そう、せっかく巡り会えたのに他人のように振る舞うなど。

そうも思ったがアーチャーはリンに説明したという会話を私達にも教えてくれた。

それを聞いた後は『確かに』と頷くことしかできなかった。

アーチャーの記録と記憶にシロの事は一切ないのだ。

だとしたらこんなに残酷なことはないだろう。

だから私とキャスターはアーチャーの気持ちを汲むことにした。

シロにはアーチャーとの間でいざこざを起こしてほしくない。

しかし、シロがもしアーチャーの正体に気づく事があるのなら喜んで応援しよう。

 

 

 

………そして最後に私は、この戦いを最後に聖杯探求の旅を終焉させようとも思った。

アーチャーの過去を聞いていきその世界での私がどんな想いを抱きながらあのカムランの丘に戻ったのかもあらかた想像できたのだ。

やり直しはしてはいけないのだ。

それでは過去私につき従ってついてきてくれた円卓の騎士達に対する冒涜になってしまうから…。

そんな、当たり前の事にやっと気づけたのだ。

一度起こしてしまった出来事には責任を持たなければいけない。

今更になってライダー…イスカンダルの言っていた事が自覚できるとは今まで私もそうとう切羽詰まっていたのでしょう。

だが、一度世界と約束してしまったからには覆すことは難しいかもしれない。

だが、遣り甲斐はある。

私もまた一歩新たに歩き出そう。

 

「さて、しんみりとした話をしてしまったが私の正体も話したことだ。本題に入るとしようか」

 

アーチャーが一つの話の終わりと新たな話の始まりの言葉を言った。

 

 

 

Interlude next out──

 

 

 




アーチャーは自分自身への憎しみだけはなんとか隠しました。
そしてセイバーはセイバールートに似た想いを感じています。

次はきっと桜の身の上の話をします!
そのためにはアーチャーの身の上話を先にしないとさすがに信じてもらえないでしょうから。


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第016話 3日目・2月02日『平行世界での桜の真実』

更新します。


 

 

 

 

――Interlude

 

 

 

「さて、本題に入るとしようか」

 

そのアーチャーのセリフによってセイバーは先ほどの気持ちと決意を今は置いておくことにして真剣な目つきになり無言で頷いた。

おそらくこれから話されることはシロ達との議題で上がった桜の事なのだろうことは容易く予想できる。

おそらくアーチャーは桜の事に関してもなにかしら知っているという事になるのだろう。

キャスターも志郎様のご友人の事だ、出来ることはしようと言う気持ちで話に集中した。

 

「本題とは、二人が思っている通り桜の事だ」

「サクラですか。先日に知り合いになりましたがシロの話を思い出す限り、マトウという家系の魔術師(メイガス)によってひどい仕打ちを受けているのでしょうね」

「そうね。私も直接会ってはいないけど、彼女からは薄幸そうな雰囲気が強く感じられたほどだからね。まったくいつの世になっても………」

 

そう言ってキャスターは歯ぎしりをする。

キャスターの過去を知っている者がいるのなら彼女の反応も疑いなく頷けることだろう。

彼女は女神アフロディテの呪いによってイアソンという男を盲目的に愛し父を、国を裏切り着いていったのにイアソンには裏切られて以降様々な不幸な目にあい裏切りの魔女とまで言われた過去があり、その過去の経験から自己嫌悪にも似た感情で薄幸の運命を背負わされている女性をとことん嫌う節がある。

同時にお気に入りになれば逆に好意の対象にもなる。これは辛い過去を持つ志郎がいい例だろう。

 

 

―――閑話休題

 

 

「ああ。桜は生前の私の前では志郎と同じように健気に振る舞ってくれた。しかし、私は最後まで彼女が抱えている苦しみを理解してあげることができなかった。

そしてこれは私の座に流れてくる様々な衛宮士郎の記録の事なのだが、衛宮士郎は数多くの平行世界で桜を………その手にかけて、殺している」

「なっ!?」

「………」

 

セイバーはそのアーチャーの告白に今日何度目かになる驚愕の表情を浮かべ、キャスターは神妙な顔つきになっていた。

『殺している』。

その単語だけ聞けばいかに衛宮士郎が犯した罪は重いことだろう。

しかし、それには訳があったのだ。

 

「言い訳をするつもりはない。それも私の罪なのだから…。

だが一つわかっているのは彼女も聖杯戦争の犠牲者だということだ」

 

そしてアーチャーの口から語られる桜の真実。

 

「………どういった訳で手に入れたのかは知らないが、間桐臓硯は第四次聖杯戦争の終結後に聖杯のカケラと言うものを手に入れたという」

「聖杯の、カケラ…? ッ! まさか!?」

 

セイバーはどういう事か分かったのか顔を青くする。

 

「あぁ。セイバーの考えていることで当たっているのだろう。

セイバーがエクスカリバーで破壊したはずの聖杯…。

しかし完全に破壊できずに破片が残ったのだと私は思う。

そして間桐臓硯はあろうことか桜の体内にその聖杯のカケラを移植してしまった…」

 

聖杯のカケラを移植。そこから推察できることは。

 

「アーチャー? つまり間桐桜と言う少女はあのイリヤスフィールという小聖杯を体内に宿している少女と同じく…」

「そうだ。キャスターのいう通り桜は小聖杯となっていたのだ」

「何という事だ…」

「ゲスね…その間桐臓硯とかいう魔術師は」

 

セイバーはその表情を悲痛そうに歪め、キャスターは間桐臓硯に対して不快を顕わにしていた。

それだけ間桐臓硯のやり方は非道に近いことなのだろう。

だがアーチャーはまだ話の続きがあるのだというように話を続ける。

 

「しかもだ。イリヤの小聖杯はまだ無色のままだったが、桜のは一度顕現したものをそのまま使っているためにこの世全ての悪(アンリ・マユ)を宿している大聖杯と繋がっているために黒い小聖杯だったのだ。

桜はこの世全ての悪(アンリ・マユ)に精神を汚染されてしまい、ある平行世界では聖杯戦争中に暴走をし冬木の町の人々を大量殺害していき結果は衛宮士郎に殺され、またある平行世界では第五次聖杯戦争から何年後かの世界線でまたも暴走して冬木の町を滅ぼしてしまい次は世界を滅ぼそうとしていた時に正義の味方として世界を回っていた衛宮士郎に殺され、一番酷かったのは世界の危機と言う状況にまで発展してしまい抑止力が発動し抑止の守護者(カウンター・ガーディアン)として呼び出された私に殺されている…」

 

そうアーチャーは語り終えて静かに目を瞑る。

おそらくその光景を思い出しているのだろうか…?

衛宮士郎は一つの世界に留まらず数多くの平行世界で桜と言う薄幸の少女をその理想ゆえに手にかけている。

それの集合体が今のアーチャーの姿なのだ。

まさに地獄も生ぬるいとはこのことか。

生きている時に自身を慕ってくれていた女性を殺し、死後に世界と契約して英霊になってからも何度も殺し続けている。

 

「サクラは抑止力が発動するほどの凶悪な力を秘めているのですね…アーチャー、あなたは何度も仕方なくですが彼女をその手で…」

「ああ。だから私にはいまさら彼女の手を直接取る資格はない。もしかしたら彼女を救えた世界もあるかもしれないが、そのような事例も稀な事だろう。

だが、今回は世界から意思を奪われただの殺戮兵器(キリングマシーン)と化す抑止の守護者(カウンター・ガーディアン)ではなく使い魔(サーヴァント)として呼び出された…。

だから手遅れになる前に桜を間桐臓硯の手から、いや聖杯戦争と言う呪いから救ってやりたいのだ」

 

そう言ってアーチャーは瞑っていた目を開いて真剣な目でそう言い切った。

その目にはやり遂げるという強い意志が感じられるほどだ。

そしてそのアーチャーの強い思いに共感したのだろうセイバーはアーチャーに負けず劣らずの強い意志を目に宿して、

 

「サクラを救いましょう! それがアーチャーだけではなく私にも課せられた役目だと今は感じています」

「そうね…薄幸そうな子は見ていて不愉快極まりないから私も手伝ってあげましょうか。もちろん志郎様のためですけどね」

 

キャスターにとっては志郎が第一優先であるためセイバーやアーチャーほど強い思いは抱けないが、だが志郎が関係していて尚且つ救おうとしているのなら手間を省いても救おうというスタンスである。

 

「すまない二人とも、恩に着る」

 

そう言ってアーチャーは頭を下げる。

 

「やめなさいアーチャー。あなたがそこまで頭を深く下げることはありません。これらはすべてこの聖杯戦争に関わっているものの罪です。ですから私にもその罪を背負わせてください。もとは第四次聖杯戦争での私の至らなさも原因の一つですし…」

「だが…」

「アーチャー? そこまで謙遜するのは私達にとっても不快だからやめなさい。見ていてあまりいいものではないから」

「…わかった」

 

それで少しばかり無言の間が続いた。

しかしそれは別段悪いものではなかった。

三人とも気持ちは一つと言うわけではないが今のところ腹の探り合いなどと言った陰気臭い物とはほぼ無縁の位置に座していたからである。

 

「それで? アーチャーはなにか彼女を救う良いプランは考えているのかしら?」

「あぁ。今回はキャスターが志郎に着いていたのはまさに僥倖と言えるかもしれない。神代の魔女である君ならまず桜を解放するのはそう難しいことではないのだろう…? そして君にはとんでもない“切り札”がある」

 

キャスターがそう尋ねるとアーチャーは“切り札”という単語を出した。

それはおそらくキャスターの宝具を指しているのだろう。キャスターは余裕の笑みを浮かべながらも、

 

「そう。さすが第五次聖杯戦争をマスターとして経験しただけの事はあるわね。私の真名や宝具を知っているのは必然と言ったとこかしら?」

「…いや、そんなことはない。実際ほとんどの記憶は摩耗してしまっていてほとんど使えたものではないし、世界からの制約でいまだにサーヴァント全員のことは思い出せない。

………だがある条件が満たされれば思い出せるのかもしれない。その条件はおそらくその特定の人物と関わりを持つことなのだろう。それで桜や凛、セイバーといった者達の記憶もある程度戻ったのだろう。

それがたとえご都合主義と言われようと構わない。有効に使わせてもらうさ」

 

アーチャーはそう言ってニヒルに笑う。

それに納得いったのかキャスターも満足そうに頷くのであった。

 

「それで私の宝具を必要ってことはまずは私の宝具、『破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)』で聖杯との繋がりを断ち切るって事でいいのかしら?」

 

 

キャスターの宝具、『破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)』。

それは裏切りの魔女メディアの伝説がそのまま宝具として昇華されて具現化した契約破りの短剣。

それを刺されたならば宝具でない限りは契約内容は破戒されて初期化されてしまう反則級の宝具である。

 

 

それを使うのならば桜の事はこれで一気に解決すると言ってもいい。

だがアーチャーは首を振った。

 

「それも必要な工程ではある。が、まずはキャスターのクラススキルである道具作成で作ってもらいたいものがある」

「なぁに? 言って見なさい」

「ああ。桜の体内に潜んでいる間桐臓硯の蟲を一気に抹消できる秘薬を作ってもらいたい」

「おお! その手がありましたねアーチャー!」

 

セイバーも納得がいったのか相槌を打った。

それにキャスターも了解の意も込めて頷き、

 

「なるほどね。聖杯との繋がりを断つ前に必ず邪魔をしてくるだろう間桐臓硯の蟲を一網打尽にするのね」

「そうだ。間桐臓硯はおそらくいつも桜の体内から我らの事を監視しているだろう。だからまずは蟲を殺すのが先だ」

「でも、それにはタイミングがいるわよ? まず正直にお嬢ちゃんが飲んでくれるという保証はないわ。気取られたらそこで体内の蟲が暴れ出すのは目に見えているわ」

「そうだな。だから今回はなにも知らない志郎にその薬を飲ます任を任せたいと思う」

「シロに、ですか…? アーチャー」

「うむ。桜が今一番信頼していて慕っているのは間違いなく志郎だろう。志郎がいうなら桜は間違いなく飲んでくれると思う。あと、志郎には秘薬の件だけは隠しておいた方がいい。………そうだな、ただの健康飲料とでも言って渡しておけばいいのではないか…?」

「そうね…」

 

それで少し考え込んだキャスターだったがすぐに結論がついたのか、

 

「その線で行きましょう。志郎様を利用するようで心苦しいけれど志郎様なら理解してくれるはずだわ」

「そうですね、シロなら大丈夫でしょう」

「そうだな。そして桜の体内の蟲が消えたのを合図にキャスターは破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)を刺してくれ」

「了解したわ」

 

それからも三人は細かい作戦などを立てていきこうして夜は更けていく………。

 

 

 

Interlude out──

 

 

 

私はなかなか三人が帰ってこなかったので心配していたが一時を過ぎた頃に三人は帰ってきた。

それで少しばかり驚いた。

セイバーの表情はどこか憑き物が落ちたようなスッキリとした顔になっていたから。

 

「セイバー…? アーチャーとなにを話してきたの?」

「シロ…」

 

そう聞くとセイバーの表情は一変して泣きそうになり次いで私にいきなり抱き着いてきた。

 

「ひゃっ!? ど、どうしたのセイバー…?」

「すみませんシロ…すみません…」

 

セイバーはただただ私に謝罪の言葉だけを言ってきた。

なにがあったのかわからないけど、とりあえず私は気休めでもいいから背中をさすってあげた。

それから今夜はセイバーとキャスターと一緒になって寝ようとも言ったけどキャスターは少し用があるとのことで私の誘いを辞退した。何の用なのかな…?

とりあえず今日はセイバーと一緒のお布団で寝ることにした。

寝る前の際に、

 

「シロ…必ず無事に聖杯戦争を生き抜きましょうね」

 

そう再び誓いを立ててくれたので「うん!」と答えて次第に眠くなってきてそのまま私は眠りにつくのであった…。

 

 

 




セイバーとキャスターに桜の真実を知ってもらいました。
そしてやっとのこと三日目が終了です。


感想をお待ちしております。


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第017話 4日目・2月03日『夢見と朝の出来事』

更新します。


 

――Interlude

 

 

 

………とある男は自身を救ってくれた養父の目指していた正義の味方という理想を引き継ぎずっと目指してきた。

初めての戦いでは自身の信念を貫いて最後まで相棒とともに駆け抜けて………進む道を明確にできた。

それから男は世界へと出て幾度もの戦場に駆けては人を救い続けたくさんの命を助けてきた。

だが、すべては救うことは出来ずにいつもどこかで誰かが零れ落ちてしまう。

だけども男は諦めなかった。

時には助けたものに後ろから刺され、騙され、その身を売られたこともある。

けども決して挫けず、めげずに男は己を貫き通した。

…だけどやはり人の身では限界を感じ始めてとうてい全てを救うというのは絵本の中の夢幻のような過ぎた行いだと悟った時に、しかし諦める事などとうてい許容できるわけもなくとうとう世界にその身を売り渡し男は人を捨て生きた英霊になった。

助けられる範囲が大幅に増えて救える命が増加した男は力に酔っていたのだろう、力を隠すことをすでに脳内で放棄していた。

その行動原理ははすでに人の範疇に収まっていなかった。

感謝されることもあったが同時に畏怖の目で見られることも多くなった。

だが男はただただ救うという行いを狂気のごとく続けていった。

だが、男の最後は案外呆気ないものだった…。

最後には仲間だと思っていた人々に騙し討ちをされ戦争を引き起こした張本人として仕立て上げられて反英雄として絞首台へと連れられて様々な怒号を浴びせられながら処刑された。

けど男は決して人生に後悔はしていなかった。

それでもわずかなりとも不幸な人たちは救えたのだから。

………しかし、そこから男の悪夢は始まった。

英霊となった身はいわば世界の奴隷…世界が破滅に向かえば過去、未来、平行世界と時間・次元という枠は一切関係なく強制的に座から守護者として召喚され破滅への原因となった者達を被害者、加害者関係なくその地のすべてのものを滅ぼし事が終われば座にまた戻される。その一方的な殺戮の繰り返し。

それはもはやすでに男の理想とはかけ離れていた。

だがそれが世界にとっては己を守るという一つの正義に違いなかった。

そして男はついに絶望した。

己が理想を貫くために世界と契約をして英霊にまでなったというのに結果はその想いすらも世界には否定されてしまったのだから。

次第に理想は擦り切れ、想いは磨耗し、守護者としての役割をまるで機械のようにこなすようになり、座内でどうやってこの地獄から抜け出せるのかを延々と考え続ける日々……。

そして男は事ここに至り最悪な事を思いついた。

過去の自身を自分自身で亡き者にできれば歴史は修正されてこの無間地獄の悪夢から解放されるのではないか?と…。

そんな時だった。

目の前に光が溢れてゲートが出現したのは。

男は内心で、『また召喚されるのか…今度はどんな惨状だ?』と愚痴を零し、しかしいつも通りにゲートをくぐる。

だがいつもとはなにかが決定的に違っていた。

そう、己の意思があるのだ。

つまり守護者ではなく使い魔として召喚されたのだとその時に確信する。

そう思った矢先に自身は空の上にいることに気づく。

男はもう言わなくなったであろうかつての口癖を思わず呟く。『なんでさ…?』と。

 

 

 

………………………

………………

………

 

 

 

そうして遠坂凛は昨晩に志郎に貸し与えられた客間の一室のベッドで最悪の目覚めを果たしたのであった。

 

「うわっ…朝から最悪ね」

 

そう思わず口に出さずにはいられなかった。

昨日の今日でこれだ。アーチャーは相当気を許したとみられる。

それからどうしたものかという思いに駆られてしかし今は昨日からのたくさんの情報としなければいけない事の山積みを消化しないといけないという思いになり、

 

「…とりあえず、この件は桜をなんとか助けてからじっくりと話し合いましょうかしらね。あいつがどうして正義の味方を目指す自身を憎むのかだいたい分かっちゃったわけだし…」

 

そう言って凛は気だるげに、寝巻きのまま居間へと足を運ぶのであった。

 

 

 

Interlude out──

 

 

 

ペシンッ!と竹刀で頭を叩かれる音が道場に響く。

昨晩はセイバーと一緒に寝て翌朝にはスッキリした目覚めをした、のはよかったんだけど目を覚ました瞬間に目の前にドアップでセイバーの可愛い寝顔があって思わず赤面してしまい頬の赤みがなかなか取れなかったのだ。

私が起きたのを合図にセイバーもすぐに目を覚まして「お早うございますシロ」と礼儀正しく朝の挨拶をしてきたので私も「お、おはよう…セイバー」と少しどもりながらも挨拶をしておいた。

 

「シロ…? どうされたのですか? 言葉が上ずっていますし顔も少し赤い…風邪でも引きましたか?」

 

セイバーのせいだよ!?とは口を割っても言う事ができない私は耐えた方だと思う。

それから朝の訓練でもしようかとセイバーを誘い内心を悟られないように誤魔化して道場へと向かった。

そして場面は冒頭へと繋がる。

 

「あたた…やっぱりセイバーの剣筋は何度見てもすごいね。見ていて惚れ惚れしちゃうくらいだよ」

「ありがとうございますシロ。ですがシロもなかなか才能があると思われますよ。先日も何合か打ち合いましたがその独特の技の混ぜ合わせはシロの年齢にそぐわないものがありかなりの練度だ。切嗣はそうとうシロに心血を注いだのでしょうね」

「うん。お父さんは最初から最後まで真面目にしごいてくれたの。でも実際は本当ならお父さんは私には魔術もだけど習わすつもりはなかったらしいの」

「と言いますと?」

「うん。自分で言うのもなんだけど当時の私は色々と聡かったのが原因だと思う。お父さんの逃げ道をありとあらゆる手段を使ってどんどん無くしていって魔術の事や聖杯戦争の事を全部白状させたのが原因かな…? 多分知らなかったらお父さんは半端にしか魔術を教えてくれなかったと思うし…」

「あの切嗣を………。なるほど。だからですか」

「え? どういう事? セイバー」

「いえ。ただシロは彼と違い聡明な子だったのでしょう」

 

なにか納得がいったような表情をするセイバーに私は疑問符を浮かべた。彼って、アーチャーの事なのかな…?

昨日アーチャーに連れられてしばらくして帰ってきてからセイバーの様子が少し変化しておかしいと思うんだよね。

昨日はいきなり抱き着かれて謝罪の言葉を言われたときはアーチャーがなにを話したのか聞いたけどセイバーは結局最後まで教えてくれなかったから。

 

「ねぇセイバー。やっぱり教えてくれないの? 昨日のことは」

「はい。これだけはアーチャーから口止めをされていますのでシロには教えることはできません」

 

セイバーは頑固なのだろうか。もうこうなると多分何を言っても効果はなさそうだ。

なのでもうこの件は頭から離すことにして、

 

「それじゃセイバー。私これから朝食を作るから先にお風呂に入ってきて」

「いえ、まだ時間にしては早いでしょう。ならば一緒に入りましょう」

「え¨? でも…」

「シロは気にしていないようですが女の子が汗臭いままではいけません。それに私とシロは女性同士なのですから特に気にすることはないでしょう。そうですよね?」

「そ、そうだよねー…」

 

なぜかそう凄まれたので私は降参して一緒にお風呂に入ることにしたのであった。

お風呂に入っている中、私はセイバーの傷一つない綺麗な肌を見て思わずまたしても赤面してしまい、そのたびにセイバーに「のぼせましたか…?」と言われてまた内心でセイバーのせいだよ!?と口には出さなかったけど思った。

そしてお風呂から出たあとはいつも通り腰まである髪を乾かした後に魔力を貯めておくために巻いているリボンでまとめて私服を着てお風呂場を出るとそこで思わずギョッとする光景を目にした。

 

「あああ~~~……おはようー…志郎にセイバー…」

「………」

「………」

 

そこには寝間着姿のままの凛さんが髪がぼさぼさで目つきが凄まじく悪く別人のようなまるで幽鬼のようにふらふらと歩いてきた。

 

「お、おはようございますリン………」

「お、おはようございます凛さん………あの、大丈夫ですか?」

「うん………モウマンタイよ」

 

なぜに広東語?と思ったけど大丈夫ならまぁいいかな?

そこにアーチャーが突如として凛さんの隣へと出現した。

 

「………凛。レディとしてその姿はいただけないな。少しお色直しでもするとしようか」

「あによぉ? そもそもあんたのせいでこんな事になってるんだから責任取りなさいよアーチャー………」

「はぁ………。その様子だと見たな?」

「まぁ、ね…」

 

見た? なにを凛さんは見たのだろうか…?

そんな疑問符が浮かんだがそのまま凛さんはアーチャーに連行されてしまい姿を消したのだった。

 

「あの様子ですからリンはそのうち復活してくることでしょう。それよりシロ、タイガが来る前に朝食を作ってしまいましょうか」

「そうだね、セイバー」

 

それで気持ちを切り替えて私は朝食づくりに精を出した。

セイバーは茶碗などを出すだけ手伝ってもらった。

お風呂に入る前にキャスターのところへと顔を出して朝食について聞こうと思ったけど、なにやら怪しい実験をしていたので声をかけづらかった、尚且つセイバーも「今はそっとしておきましょう。シロのために頑張っているのですから」と言われたのでそっとしておくことにした…。

 

それからしばらくして凛さんが私服姿で先ほどとは違いいつものという表現は変だけど礼儀正しい佇まいで居間へと入ってきた。

 

「志郎。さっきは無様な姿を見せたわね」

「いえ、大丈夫ですよ。ところでアーチャーは…?」

「これから藤村先生が来るんでしょ? だから今は私の後ろで霊体化してもらっているわ」

「そうですか」

 

そんな会話をしている時だった。

 

「おっはよーう! 志郎、アルトリアさん!」

 

ガラッ!バァン!と玄関が破壊されそうな勢いで藤ねえが家の中に入ってきた。

毎度思うけどうちの玄関大丈夫かな…?不安だからまた後で強化の魔術で補強しておこう。

そんな私の気持ちとは関係なく、

 

「今日の朝ご飯はなぁにかな~?…って、遠坂さん?」

「お早うございます藤村先生」

 

凛さんも優等生モードに入ったらしい。私とのため口がなりを潜めて丁寧語になった。

 

「ん? んー? どうして遠坂さんがここにいるの…?」

「はい。ちょうど家の改築の為に困っていたところ志郎さんがよかったらウチに泊まって下さいと言ってくれたので下宿させていただくことになりました。よろしくお願いします」

 

速攻ででっち上げの内容を言う辺りこのことは想定内らしい…。さすが凛さん。

なので私も話に合わせることにした。

 

「藤ねえ、そう言う事なんだけど、大丈夫かな…?」

 

私は藤ねえを見上げる形で尋ねると一瞬藤ねえは「うっ!?」と言葉を発した後に、

 

「志郎…あんたは本当に純朴だけど将来が心配だわ…」

 

という意味のわからない返答で返されてしまった。なんでよ…?

それに一緒に聞いていた凛さんとセイバーも頷いているし、なにか私が悪いみたいじゃない…?

 

「ま、いっか。そうなんだぁ~。それじゃしょうがないね。うん、許しましょう」

「ありがとうございます」

 

そう言って凛さんの下宿は許されたのであった。

それから藤ねえとセイバーが朝食のおかずの取り合いをしている最中で私と凛さんは別の台でゆっくりと食事を摂っていたのであった。

 

 

 




凛はアーチャーの過去を知りました。
そして穏やかな朝の一幕でした。

四日目は結構早く終わると思います。この話が前編だとすると次は後編ですかね。


それでは感想をお待ちしています。


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第018話 4日目・2月03日『休日の過ごし方』

更新します。


 

 

朝の食事風景は和やか(主に私と凛さん)でかつ豪快(主にセイバーと藤ねえ)に終わりを告げてセイバーは礼儀正しく「御馳走様でした。シロ、とても美味しかったですよ」と私に対しての称賛の言葉も忘れずに言ってきて思わず私が照れてしまっている一方で藤ねえはと言うと、

 

「なん……だとッ!?…アルトリアちゃんに食事に関して負けた…、…アルトリアちゃんに食事に関して負けた…、いつもは志郎の作った料理はほとんどわたしが独占しているのに………く、悔しいよー…」

 

と、両手を盛大に地面につけて悲壮感たっぷりの演出もこめて本気でぶつぶつと言いながら悔しがっている。その光景に対して私はあきらかに呆れた目で見ていることだろう。

…っていうかね? そんな事を思っているのならうちにきっちりと毎月の食費を入れてほしいものである。いつも私と桜で作っている料理を我が物顔で平らげていく姿には料理人冥利に尽きるけどその分を差し引いても私と桜の食べる量が圧倒的に少ないのが実情である。

いい加減雷画お爺様にちくっちゃおうかな…?

そこまで深刻と言うほどじゃないけど藤ねえのおかげ?でうちのエンゲル係数は上がっているからその分食事に使う金額が馬鹿にならない。

そんな、俗物的なことを考えていると藤ねえはなにを思ったのかむくっと立ち上がり腰に手を添えてもう片方の手でセイバーに向けていきなり人差し指をさす。

…どうでもいいけど人に指を向けてはいけません。仮にも教職員でしょう。

 

「アルトリアちゃん! 今度は竹刀で勝負をしましょう! 志郎の話によれば結構できるそうじゃない!?」

「いいでしょう。食後のお腹の慣らしにはちょうどいいですからね」

 

藤ねえの言い分でセイバーも立ち上がりやる気満々にそう答える。

これはもう止められないね。

 

「…いいの? 志郎。セイバー相手じゃさすがの藤村先生でも相手にならないでしょう?」

「そうですね。でもかのアーサー王に真実を知らないとはいえ試合を申し込む辺り藤ねえも結構大物かも…」

「そうよね。大事にならないといいけど…」

 

そう言って凛さんもひそかにため息をついた。

思う事はみんな同じと言う事である。

気のせいか今は霊体化しているアーチャーもため息をついている光景を幻視した。

それで私は食器洗いをしながらも午前中の予定は藤ねえの負け三昧の試合を見ることになるだろうなと思うのでした。

 

 

 

…―――それから一時間後に予想通り藤ねえは大の字で道場の真ん中に寝っ転がっていた。

事情は察してもらいたいものだけどとにかくセイバーのしごきがすごいのだ。

一般人レベルで当てはめれば藤ねえは全国大会に出てもいいくらいの剣道の腕を持っている。いや、達人と言っても過言ではないかもしれない。

実際、高校時代に剣道の全国大会に出て『冬木の虎』という異名をもらっているほどだ。もらった理由が残念だけどね…。

ここにはいないが私が昔はよく手伝いに行って小遣い稼ぎをしていて最近はたまに呼ばれれば手伝いに行く程度には親交がある新都にある居酒屋、店名をコペンハーゲンの店主で藤ねえの同期に当たる蛍塚(ほたるづか)音子(おとこ)さん………この本名で呼ばれるのを嫌い通称ネコさんの話によれば、

 

『高校当時の藤村はそりゃ大暴れしていたね。剣道大会でもだけど学校でも悪いことをした生徒には竹刀片手にちぎっては投げ、ちぎっては投げの大立ち回り…アタシも被害にあった事があるしね~…なはは。こりゃ敵わないわ』

 

と、仰っていたけど一度藤ねえが酔った勢いでコペンハーゲンにカチコミをかけに行ったときは本当にやばかった…。二人の喧嘩の余波でお店自体が壊れるんじゃないかと思ったからね。

最終的に私が間に入って二人とも喧嘩両成敗として手刀で沈めたけど、あのままだったら被害(私にとっての)は甚大だったかもしれない。

 

 

 

―――閑話休題

 

 

 

…まぁ、そんなわけでとにかく藤ねえのレベルは普通の人間にしては高いはずなのにそれを普通に沈めてしまうセイバーがすごいのか、それとも一時間も挑み続けていた藤ねえの根性がすごいのか分からないと言った状況である。

 

「どうしましたタイガ? 私から一本取るのでしょう。立ちなさい」

「…お、おうともよ…まだよ、まだわたしは戦える…」

 

まるで幽鬼のように、だが不屈の精神で立ち上がる藤ねえの根性はわかった。

だけど見ていて私的には「もうやめて! 藤ねえのライフはゼロよ。もう勝負はついているわ!」と、某決闘者のヒロインのセリフを言いたいくらいには見ていられないので。

だからもう終わらせることにした。

 

「二人ともそこまで。藤ねえはとりあえずもう寝てて…」

「あうち…ッ!?うーん………」

 

そう言って手刀で藤ねえの意識を根こそぎ奪う。

それにさすがのセイバーも動揺したのか、

 

「ど、どうしたのですかシロ? タイガが気絶してしまいましたよ…」

「これでいいの。藤ねえは高い壁にはどこまでも挑んでいく不屈のチャレンジャー精神を持っているけどさすがに今回は分が悪いし限度があるからね」

「そうよセイバー。あなたも藤村先生の限界を見極めて適度に休めてあげた方がよかったわ。一時間も負け続けてさすがの藤村先生もハートが疲労マッハだったみたいだし」

「あ、すみません。タイガはとても筋が良かったのでついつい熱が入ってしまいまして思わず加減を忘れていました…」

 

そう言ってシュンとなるセイバー。まぁセイバーは悪くはないんだけどね。どこまでも諦めない藤ねえが悪い。

 

 

 

その後にすぐに藤村組に連絡を入れて藤ねえを迎えに来させた。

組の人達に連れて帰られる際に気絶しているのにうわ言のように「今度は、必ず、勝つわ…」と言っていてすごい精神力だなと思ったのが印象的だった。

きっと明日になればケロッとして復活を果たして朝飯をたかりに来るに違いない。

この程度でへこたれるたまじゃないからね藤ねえは。

さて、藤ねえも帰ったことだしやっとというのも失礼だけどこれからについてみんなと話し合える。

 

「さて、それじゃやっと話し合う事が出来るわね」

「そうだな」

 

凛さんがそう切り出してアーチャーも霊体化を解いて実体化して話の輪に加わる。

 

「それで? 凛は今日の予定はどうするのだね?」

「そうね。今日は新都に行こうと思うわ」

「新都ですか?」

「うん、そう。深山町に関しては使い魔をいくつか放っているからマスターがいたのならなにかしら行動を起こせば反応してくれると思うわ。でも新都に関しては別。あっちはほとんど手つかずの状態だからもしかしたらあちらにマスターが潜んでいるのかもしれないし、いなくても最悪なにか情報が手に入るかもしれないわ」

「そうですね…うん、いいと思います凛さん」

「というわけで…」

 

そう言うと凛さんはニッコリ笑みを浮かべる。

しかしその笑顔にはなにかよからぬ思いを感じたのは決して気のせいではないだろう。

それにアーチャーも気づいたのか少し表情が優れない。

アーチャーが小言で「あれは、あくまの笑みだな…」と言っていたから状況はお察しかもしれない。

 

「………?」

 

唯一セイバーは気づいていないようだけど、おそらく凛さんの目的は…、

 

「買い物に行きましょう。ついでに志郎とセイバーの私服もコーディネートしたいから」

 

やっぱり…。

凛さんも例にもれなかったか。

そう思うと違う意味で深いため息をつく私。

なぜかって、昔からだけど周りの女性関係(おもに藤ねえを筆頭に)がやたら私を着せ替え人形にしたがるんだよね。

みんながいうには『志郎は顔も性格もいいのに服装で少し台無しにしている』とのこと。

悪いですか? この少し地味目の橙色で動きやすさを重視した服装は。

そう聞いてみても、

 

「そうね。それで志郎の可愛さを半減させているわ。もっとセイバーみたいに白と青が入り混じった明るい格好にならないかしら?」

「そう言われましても、昔からその手の話に関しては気にしていなかったんですよね。あまり可愛いと言われるのはなんか嫌でしたし」

「どうしてですかシロ? あなたはとても可愛らしい…。ですからそれ相応の恰好をしてもなにも悪いことはありませんよ?」

 

セイバーは素直にそう言ってくれる辺り心休まるけどね。

 

「その、ね? 可愛い格好をするとね…なぜかみんな顔を逸らしちゃうの…そしてそれ以降は当分の間はあまりこちらを見ないようになっちゃって…。それくらい私は不釣り合いな恰好をしているんだなと何度も思うようになって…」

「「「………」」」

 

そう言うとなぜか聞いていた三人とも目を見開いて沈黙する。

なにか変な事を言ったかな私…?

 

「志郎! ちょーっと待っててね!」

「そうですシロ。少しお待ちください」

「そうだな。少し待っていてくれまいか」

 

そう、三人とも一言を言い残すと居間から少し席を外して出て行った。

そんな光景に私は疑問符を浮かべて首を傾げざるをえなかった。

それから五分くらい経過した後三人とも帰ってきた後は異様に思うほどに言葉を揃えて、

 

「志郎…。今日は絶対にいい服を買いましょう」

「ああ、そうした方がいいだろうな」

「はい。リンとアーチャーもそこをよく理解しています」

 

なにか一致団結してしまっているではないか。

たった五分間の間に三人の間で一体なにがあったの…?

 

「あの…なにがあったの…?」

 

そう恐る恐る聞いてみるも真剣な凛さんの表情に思わず身を引いてしまい、だけどそれを追尾してきて両肩を掴まれてしまう。

 

「志郎。あなたは少し鈍感のようね。今日一日あなたを華麗に変化させてあげるわ」

 

その真剣な眼差しに顔が引き攣るのは許してほしい…。それくらい三人とも真剣な表情をしていたのだ。

私、今日はどうなっちゃうんだろうか…。

そんな事を思っている時だった。

 

「それと話は変わるけど、ねぇ志郎。ちょっといいかしら?」

「はい? なんでしょうか」

「そう、それよ」

「…?」

 

なんのことだろう?

 

「どうして藤村先生やセイバー、キャスターの前だとため口なのに私とアーチャーの時は敬語なのよ?」

「ええ…?」

 

その内容に思わず言葉に出してしまった。

いや、言っていることはわかるんだけどさすがに近しきものにも礼儀あれ、が私の信条だから。藤ねえや桜、セイバーたちに関してはこれが普通の状態に落ち着いたわけだしね。

だけど、

 

「そんなに、違って聞こえます?」

「ええ。今のもまさにそうね。私達のときだけでもセイバー以外は敬語だから。どうにも落ち着かなくて」

「う、うーん…自分では普通のつもりだったんですけど…そうですね。うん、頑張ってみます。じゃなくて頑張ってみるね」

「よろしい。でもほんとに慣れてないのね…」

「えっと…はい。思い返してみてもセイバー、キャスターは別格として藤ねえ、桜、一成君や綾子、後は仲がいい三枝さん達くらいです…だね。普段のような口調は」

「…シロ、無理に直す必要はないのではないですか? 少しずつ直していけばいいのですから」

「うん、セイバー。わかったわ……あ」

 

私はセイバーと話したときに敬語じゃないことに気づいて思わず口元を押さえた。

その反応がいけなかったのか凛さんとアーチャーは悩むそぶりをしながらも、

 

「前途多難のようだな…凛、当分はこちらも衛宮志郎に合わせるようにするとしよう」

「そうねアーチャー。まぁおいおい治してほしいところね。志郎とはもう友人関係になったわけだしね。でも学園では今まで通りにお願いね」

 

つまり使い分けてね、ってことか。少し難しいかもしれないけど頑張ってみようと思い、

 

「はい。…じゃなくてうん、わかったわ凛さん」

「うん。志郎は素直でよろしい」

 

そう言って凛さんは私の頭を撫でてきた。

別段悪い気はしないのでそのまま凛さんの行為は続くのであった。

 

 

 

 




前半は藤ねえに任せて後半は少し鈍感で勘違いな志郎を描いてみました。
あれ?この休日の話は二話で終わらそうと思ったのに意外とまだ続きそうです。
日常を丁寧に書き過ぎでしょうかね…?



それでは感想をお待ちしております。


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第019話 4日目・2月03日『新都での一日』

更新します。


 

 

深山町から新都へと目指すバスに揺られている中で私達はかなり注目されていた。

セイバーと一緒に行った時より注目度は高いかもしれない。

まぁ、おおよそ検討はつくんだけどね。

 

「衛宮さん、どうしたんですか? そんなに黙りこくってしまって…」

「………リン、とても、不自然です」

「セイバーもはっきりいうね」

 

そう、凛さんという外見せの人格で猫を被っている人のおかげでバスの中はそれは静かで尚且つ男子学生だろうか?私達の方を顔を赤くしながらも何度かチラチラと見てくる。

私はともかく可愛らしいセイバーに学園一の美少女である凛さんがいればすぐに注目度は上がるものだろうな。私が場違いではないかと思ってしまうことしばしば…。

 

…そういえば話は変わるけど家を出る前にアーチャーがキャスターに「後どれくらいで出来るか…?」という謎の会話をしていて思わず聞き耳を立ててみると、それに対してキャスターはというと「明日にはできるから安心してちょうだい」という会話がなされていたけど、キャスターはなにかをアーチャーに頼まれて作っているっていう事でいいのかな…?

なにか良からぬものではないといいけど…。でも、多分この先で役立つものだと思うし。

ただ、私に教えてくれないのが少し寂しかったり。

とにかく明日になれば分かるだろうからそれまで待ってみよう。

そう結論付けると沈んでいた思考を浮上させると、セイバーが少し不安げな表情で私の方を見ていた。

 

「…シロ? どうしたのですか。なにか深く考え込んでいたようですが…」

「ん? いや、大丈夫だよセイバー」

「そうですか。ですが休めるときに休んでおいてくださいね。いついかなる時に戦闘が起きてもいいように」

「うん、ありがとう」

 

和気あいあいとセイバーと会話をしているとなにやら凛さんがこちらをじっと眺めてきているけどどうしたんだろう…?

それで聞いてみることにした。

 

「凛さん? どうしたん………いや、どうしたの?」

「いえ、なんといいますか衛宮さんとセイバーが姉妹のように見えて…」

「そうかな?」

「シロと姉妹ですか。楽しそうです」

 

凛さんの言葉に曖昧な表情で返事を返してセイバーはと言うとどこか恍惚とした表情を浮かべている。

でも、

 

「兄妹、か………」

 

それで私は急に寂しい思いに駆られてしまった。

その様子に気づいたのだろうか、凛さんが「あっ…」と言葉を漏らした後、

 

「…ごめんなさい志郎。兄妹に関しての話題はあまりダメよね?」

「ううん、そんなことないよ凛さん。ただ、兄さんがいれば私はもっと楽しい会話でもできたのかな?って…」

「そう…」

 

凛さんも猫かぶりを解いてしまうほどに私の事を心配してくれたみたいでなんだか申し訳なかったな。

でもそんな、もう二度と叶わないことを夢想しながらもバスは新都へと到着した。

 

 

 

 

――Interlude

 

 

 

新都に到着する前の凛達との会話内容…。

そして志郎の『兄さんがいれば私はもっと楽しい会話でもできたのかな?って…』というどこか物悲しいセリフ。

その時の志郎の表情は一瞬ではあったが微妙に変化して一言では言い表せないほどのものが籠もっていた。

そして霊体化していてもその言葉は嫌と言うほど聞こえてきた。

………私に大火災以前の記憶が少しでも残っていれば………。

そう、思わずにはいられなかった。

ただただ悔しい思いだけが重ねられていく。

 

《………で、志郎のそんなセリフを聞いてアーチャーはなにか思ったの…?》

《ッ! 急に念話で話しかけてくるな凛。さすがに察しが良すぎるぞ》

《そりゃねぇ。さすがに志郎の前で兄弟関係の話題は今後は避けようって思っちゃったくらいだからね。で、お兄様としての心境はどうだったのよ?》

《茶化すな、あきらかに嫌な笑みを浮かべているぞ凛。………なに、少しでも記憶が残っていればなとな》

《そっかぁ………》

 

すると凛とは少しばかり念話のやり取りが途絶える。私の思っていることを聞いてなにを思ったのか…。

 

《ま、志郎とアーチャーが結構複雑な人間関係なのはわかっていたけど志郎のあんな表情を見るのはさすがに堪えるわよね》

《………ああ、そうだな。できることなら名乗り出たいのが正直なところだが、前も言ったが志郎との大切な記憶を失っている私には名乗り出る権利がないからな》

《そこまで括ることもないと思うけどね。貴方、結構な意地っ張りのようね》

《放っておけ。ただ志郎の悲しい表情を見たくないだけだ》

《そうね…。ま、いいわ。それはそうとアーチャー。志郎も気づいていたみたいだけど家を出る前にキャスターとなんの話をしていたのよ…?》

《それか。まぁ凛にも関係していることだがどこかで気取られるとまずいから時が来たら教えよう》

《ふーん? わかったわ。その時を楽しみにしておくわ》

 

それで凛は思念通話をやめて志郎達へと話しかけに行った。

志郎は楽し気に笑っている…。

この笑顔を守れるように頑張るとしよう。

 

 

 

Interlude out──

 

 

 

凛さんが新都に着いた途端になにやらあちこちを見回している。きっと魔術的なことをしているのだろう。

私は知識があっても実践できるほどの腕も魔術もないからこういう時は凛さんは実に頼りになるなぁ。

それから数分して、

 

「は~………前にもアーチャーを召喚した翌日に来たんだけど、新都の方にはあまり魔術の手は伸びていないようね」

「そうなのですか、リン?」

「ええ。ほら、朝の冬木のニュースでもやっていたけど数名かの行方不明事件くらいしか起こっていないじゃない? まぁ、十年前の連続猟奇殺人事件に比べればマシだけど、それでも事件は起こっているからこれが魔術師によるものならただの警察じゃお手上げだしね」

「十年前ですか…。確かに、あれは酷かったですね。当時のキャスターとそのマスターが次々と子供たちを殺害する光景は見るに堪えませんでした」

「あ、そっか。セイバーも関係者だから当然知っているのよね」

「はい」

「わたしも少しそいつ等に関しては苦い思い出があるから………もう、嫌だったわ」

 

それで当時を思い出しているのか凛さんにセイバーは二人とも苦い顔をしている。

第四次聖杯戦争の関係者だからセイバーはともかく凛さんはそのマスターに誘拐でもされたのかな…?

 

 

 

………志郎は知る由もないことだが、当時の凛は誘拐された友達を助けに自ら出て行って殺されかけた過去を持つ。

間桐雁夜というマスターのおかげで今も生きられているが、もし彼がいなかったらもう凛もこの世にいなかったことだろう………。

 

 

 

…まぁ、これ以上バス停の周辺で血生臭い話をしているのもあれだからと言う理由で気分を変えてヴェルデ―――所謂ショッピングモールでも行こうという話になったので移動することになった。

それから私達は喫茶店エリアに入ったりして休憩がてら新作のケーキなどを食べたりして一時は楽しんでいた。

聖杯戦争中と言う制約がなければセイバーはもっと楽しめていただろうと思うのはケーキを美味しそうに食べている光景を見れば明らかだった。

ケーキを食べ終わって次はどうしようかという話になった時だった。

 

「あ、シロ。少し楽しそうなお店を見つけました。行ってみませんか?」

「まぁセイバーがそういうなら」

「そうね」

 

せっかくのセイバーの我が儘だし付き合おうという事になって一店のファンシーショップへと入った。

 

「へぇ…。セイバーにお人形の趣味があったなんてね」

「いえ、ただお店の前を通ったら気になるものが目に入りまして…あ、ありました」

 

セイバーはそう言うとお目当ての商品が見つかったのかいつも冷静な態度とは違い、少しはしゃぎ気味にある人形へと近づいていく。

それは、

 

「ライオンの人形…?」

「はい。その愛らしい姿は私の心を掴みました。かつて私は小ライオンを飼っていたことがあるのです。その記憶が蘇りまして………あぁ、なんと愛らしい」

 

ギュッとライオンの人形を抱きかかえるセイバーの姿はまさに女の子だった。

でも、当時と言う事は表向きは誰かに面倒を見てもらったんじゃないかな?

王様が執務の手を割いてまで面倒を見ることはできなかったと思うし。

そのことを聞いてみると、

 

「はい。当時はそこまで手が回りませんでした。だから過ごしやすくなった現代はとても羨ましいものですね」

「そっか…。それじゃ珍しいセイバーの我が儘も見れたことだし、そのライオンの人形、買ってあげるね」

「!? いいのですか、シロ!」

 

それで『パァッ!』という表現ができるくらいにセイバーは笑顔になった。

 

「いいの、志郎? そこまでお金あるの…?」

 

凛さんに心配されたけど、そこは大丈夫。

私はあんまり使う事がないのかお金は結構持っている方だし。

それに前に話した代行者のシエルさんに秘密を共有する条件として黒鍵を時たま投影しては秘密裏のルートで送付していてお金を稼いでいるからあまり金欠と言うわけじゃないから。

そのことを伝えたら凛さんにすごい目で見られたのは、まぁあまり気にしないことにしよう。

なにやらぶつぶつと「これは、お金になるかも………」と聞こえてくるけど私は一切気にしません!

それでセイバーにライオンの人形を買ってあげた。

 

「ありがとうございます、シロ。大切にしますね」

「うん。喜んでもらってよかった」

 

それで遊んだしいくらか町も回って以上は特になかったとして帰り支度でもしようかという話になってきたけど、帰る前に行っておきたい場所があるので凛さん達を引き留めてその場所へと向かった。

 

「シロ? どこへ向かっているのですか…?」

「そうよ志郎。しかもこの先って…」

「うん。冬木中央公園だよ」

「やっぱり…」

 

それで凛さんは少し顔を顰めた。

その気持ちは私もわかる。

でも、行っておかなければいけないと思ったから。

 

「冬木中央公園…? そこになにかあるのですか?」

「うん。セイバーなら見当つくんじゃないかな? 十年前の大火災で使えなくなった土地だよ」

「なっ…!」

 

それでセイバーも顔を同じく顰めた。

霊体化していて見えないけどおそらくアーチャーも顔を歪めていると思う。

そして到着した。

 

「ここは………人々の怨念が渦巻いていますね」

「ああ、そうだな」

 

そこにアーチャーも実体化して姿を現してセイバーの言葉に相槌を打っていた。

 

「ここは、大火災の跡地であり聖杯降臨の地だ。だから一種の固有結界じみた空間になっているのだろうな」

「セイバーもアーチャーもわかるんだね」

 

私の言葉に二人とも無言で頷く。

 

「でも、志郎。こんなところに来てなにをするのよ?」

「うん。決意でもしておこうと思って」

「決意、ですか…?」

「うん」

 

それで私は公園前で目を瞑って手を合わせて祈りを捧げながら、

 

「ここで亡くなった皆さん…。兄さんに家族のみんな…私は絶対にこの聖杯戦争を最後の冬木での戦いにして見せます。皆さんの無念は晴らせないと思う。でも、見ていてください…」

 

そう言ってしばらくは無言で祈りを捧げていたのであった。

 

 

 

………………………

………………

………

 

 

「それじゃ、帰ろうか」

 

私は先ほどまでの雰囲気を一切変えてそう言う。

それで一緒に祈っていたのだろう三人とも頷いてくれた。

そしてバス停へと向かう帰り道を歩いている時だった。

ビルが立ち並ぶエリアの裏路地の一角から悲鳴が聞こえてきたのは…。

 

 

 

 




最後に悲鳴が聞こえてきました。
なにが起きたのか…。



それでは感想をお待ちしております。


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第020話 4日目・2月03日『幕間 間桐慎二の苦悩』

更新します。


 

 

 

 

――Interlude

 

 

 

少年は、昔とある青年に憧れていた。

青年は自身の父より才能があると言われていたらしく将来を有望視されていた。

だけど、青年は家元の魔術を嫌い家を出ていった。

少年はそんな青年に少しばかり失望していた。

なぜ力があるのに家を継がないで自由に家を出ていってしまったのかと。

だけど青年はしばらくして家に戻ってきた。

理由は話してもらえなかったがとても真剣な表情をしていたのだけはわかった。

それからしばらくして青年は白髪になって姿を現し表情も少し、いやかなり歪んでいた。

それは魔術による弊害だと言っていたのを覚えている。

少年はしばらく青年の事を追いかけるようになっていた。

青年の行く先では魔術師の工房でそこにはつい最近義理の妹になったとある少女の姿があった。

青年は何度も『いつか助けてあげる…』と言って少女を抱きしめてあげていた。

少年は幼いながらも思った。

青年は変わっていなかった。

少年の憧れていた姿のままで今度は少女の事を救おうとしていた。

そして行われた大魔術の儀式で青年は命を落とすことになった……。

青年の死の話を聞いて少年は思った。

 

『ああ、救えなかったんだな…』と。

 

少年は漠然とだが青年の事を期待していたのかもしれない。

だけどやはりお爺様には逆らえなかったのだ。

だからと少年が思ったのは、青年―――間桐雁夜―――が救いたかった少女―――桜―――の事を今度は僕が、この間桐慎二が救ってやろうと。

だけど慎二はどうやって桜を救うのか見当がつかなかった。

桜はすでにお爺様にあらゆる魔術の試行をされてボロボロだったのは言うまでもない。

慎二が話しかけても桜はただただ無機質に返答をしてくるだけ。

そして、さらに慎二にはとある劣等感があった。

そう、魔術師にとって必要不可欠な魔術回路を有していなかったのだ。

それだけで慎二の心には暗いものがあった。

それが表に現れてしまったのか慎二は内面では桜の事を大事に思いながらもいつもキツく当たってしまうのだ。

いつもキツく当たった後には自己嫌悪に陥り、そんな思いを読まれないためにまたキツく当たる行為を繰り返す。

そんな事を続けていきいつの間にかそれが普通になってしまい慎二はふと間桐雁夜の事を思い出した。

雁夜は言っていた。

 

『桜ちゃんはこんな暗いところで一生を終わらしちゃいけないんだ。こんな、あの化け物に飼いならされている生活なんて僕には絶対に耐えられない…。だからね慎二くん。君だけは桜ちゃんを見捨てないでおくれ。僕はそう長くない…。だから僕の想いを君に託す。幼い君にすべてを託そうとしている愚かな僕を笑ってくれてもいい。だけど、いつか君の手で桜ちゃんを救ってやってくれ』

 

その雁夜の最後に聞いた言葉を思い出して慎二は再度心を強く、強固にして桜を救う事を決意する。

だけど魔術の心得はあれど実際に魔術師になれない自身に何ができるのか?

それだけが問題点だった。

そんな時に中学校時代にある少女との出会いを果たす。

少女―――衛宮志郎は慎二の内面を見抜いたの如く、

 

「ねぇ慎二くん。少しいいかな…?」

「なんだよ衛宮。僕は君と付き合いがあるわけじゃないんだ。だから付きまとわないでくれる?」

 

最初はいつものように家の関係で集ってくる安い女の一人かと思った慎二は彼女のことを突っぱねた。

だけど志郎はそんな事を気にせずに、

 

「お節介だというのは分かっているの。でも、君って今誰かを救おうとしているでしょう?」

「うっ…な、なんのことだよ? 僕はそんな奴なんて…」

「うん。素直に話せないことは分かっているの。でも、いつも視線の先では優しそうな瞳で桜ちゃんのことを見ているでしょ」

「ばっ!? そんなわけないだろう! だいたいなんで桜なんだよ。確かにあいつは僕の妹だけどそこまでして…」

 

慎二は否定していたが、そこで志郎はある爆弾を投下した。

 

「桜ちゃんをあの家から救おうとは思わない? 御三家さん」

「お前…」

 

御三家…。そのことを知っているのは聖杯戦争の関係者か魔術師に限られてくるだろう。

そんな内面を察したのか志郎は笑みを浮かべながら、

 

「私なら手伝えるかもしれないんだ…」

「そ、そんな事を言って僕を誑かそうとしているんだろう! そんなことよりお前は魔術師だったんだな!?」

「うん、そう。でも桜ちゃんを救いたいのは私も一緒。だってあんないつも暗い表情をしている子を黙って見過ごせなんて私には無理だもん」

「どうだか…。どうせ僕に取り入ってなにかしようと企んでるんだろう?」

「ううん。そんなことはないわ。信用されないことは分かっているの。でも信じてほしい。私は決してあなたにとって不利益なことはしないと…。そして本心で桜ちゃんを救おうと思っていることも」

 

真剣な目で志郎は慎二にそう告白した。

そんな嘘偽りもない眼差しで見られたために慎二は顔を赤くしてそっぽを向きながらも、

 

「本当だな? 本当に桜を救う手助けをしてくれるんだな」

「うん。今はまだあの間桐臓硯に挑めるほど対策はないから絶対とは言えないけど……でも、良かった」

「なにがだ……?」

「うん。慎二くんの本音を聞けて良かったと思うの。もし外れていたらどうしようかと思っていたから…いつも桜ちゃんにキツく当たっていたから今回の魔術師だという告白は賭けに近いものがあったから」

「お前…そんな危険を冒してまでどうして僕たちに肩入れしてくるんだよ?」

「癖かな…私、見て見ぬ振りだけはできない性分なの」

「お前、変な奴だな…」

「うん、よく言われる」

 

そこで慎二は本心から笑顔を浮かべて魔術師の志郎を認め受け入れて桜を救うために結託したのであった。

それから二人は影ながらも桜を救う手立てを考案する仲になっていき、次第に友人関係にまでなっていった。

穂群原学園に入学後は二人して弓道部に入って切っても切れぬ仲になった。

そんな中、とある事情で志郎がケガをしてしまい弓道部をやめる事態になっていったがこれもいい機会だろうと慎二は桜に衛宮の看病に当たれと命令した。

桜はそれで志郎の看病をするために志郎の家を訪れるようになり志郎と藤村大河のおかげで少しずつだが笑顔を浮かべるようになっていき最近では慎二にも志郎から教わったという料理を作ってくれるようにまでなった。

だけどやはりどこか暗い表情を時折浮かべる桜に慎二は焦っていた。

まだ、救えないのか……とどこか落胆じみた感情が頭を過ぎる。

だけどそんな時に限って志郎は分かっているかのように慎二を慰めてくれた。

それだけが慎二にとって救いだったのだ。

志郎と出会う前までは自己嫌悪の繰り返しでどうにかなりそうだった想いを志郎は癒してくれたのだから。

次第に慎二は志郎に惹かれていくようになっていった。

志郎にも打算的目的はあっただろう。だけどそれをひっくるめて慎二達を助けようと奮闘している。

そんな志郎の想いに惹かれた自身もどうかしていると思いながらも悪い気はしなかった。

だが、そんな日々は終わりを迎える。

 

「慎二よ…」

「なんですかお爺様…?」

 

内面では少なからず嫌悪をしている間桐臓硯のことをいつものポーカーフェイスで感情を隠して対応する慎二。

だがそんな隠し事などこの長年生き続けている怪物の前では無造作に等しく、

 

「呵々…慎二よ。お主は隠しきっていると思うが儂の前ではその甘い考えは無意味だと知れ。雁夜と同じく桜の事を救おうと考えておるのじゃろう?」

「な、なんのことですか…? 僕には…」

「あえて偽るか。まぁよい…。そんな考えができないほどにいつか調教してやろう」

「ひっ!?」

 

間桐臓硯はその表情を歪める。

と、同時に蟲が慎二の周りに集まりだす。

 

「慎二よ。お主をここで葬るのはこと簡単な事よ。魔術回路も持たぬお主には対抗できる術などありはしないのだからな」

「っ!」

 

それで慎二は悔しそうに表情を歪める。

そんな慎二の表情に愉悦を感じたのだろう、間桐臓硯から不気味な笑い声が響いてくる。

 

「抵抗なぞ無意味。わかったであろう。さて、本題に入るとするかの」

 

そう言って臓硯は本題だと言って第五次聖杯戦争の話を切り出す。

 

「そんな…。だって、あれからまだ十年ですよ。まだ早すぎる…」

「うむ。だが前回が中途半端過ぎたのだ。だから周期が早まった。だからな慎二よ。桜を救いたければこの戦争に挑め」

「で、ですがお爺様が言ったように僕には魔術回路は…」

「ふん。その程度のハンデなぞ解決してやるわ」

 

そう言って臓硯は一つの魔導書を慎二に渡した。

 

「これは…」

「なに、桜が戦いには参加したくないと抜かしたのでな。桜の宿した令呪の一画をその魔導書に移植したのじゃ」

 

令呪システムを作った臓硯ならば容易いことなのだろう。

慎二はそう思った。

 

「さて、お膳立ては整ったぞ慎二。桜の代わりに聖杯戦争に挑み見事聖杯を会得すればお前の望み通り桜を解放しよう。ただし、お前が拒否をすれば……桜が戦いに挑まなければいけない。お主とてそれは本望ではあるまい?」

 

慎二の内面などとうに看破している。

そうありありと間桐臓硯は言ってのける。

慎二は悔しそうに、だが聖杯戦争に参加する意欲を固める。

そして召喚の儀式は桜を媒介にライダーのサーヴァントを召喚した。

 

「召喚に応じ参上いたしました…」

「ああ、よろしく」

「そうですか…ところで私のマスターは…」

「すまない…。本当ならお前のマスターはそこで横たわっている僕の妹がそうなんだ」

 

そう言って慎二は横目で気絶している桜を見る。

ライダーも見たのだろう。一瞬眼帯で覆われていて分からないけど表情が変わったのを視認した慎二。

だけど今はお爺様に従うしかないと思い、

 

「だけど、今は僕がお前のマスターだ」

 

そう言って慎二は魔導書―――偽臣の書―――をライダーに見せる。

 

「…そうですか。わかりました」

 

それで慎二はその後にライダーの真名を聞いて聖杯戦争に参加することになる。

間桐臓硯の監視の目がないであろう自室に入るとライダーに、

 

「ライダー、少しいいか………?」

「なんでしょうか、シンジ?」

「この聖杯戦争で僕はさっきの妹を、桜を救いたいと考えている」

「………」

「なにも反応ないか。まぁいい。僕は昔から桜を救うために方法を模索してきた。だけどお前も感じただろう? お爺様の気配を…」

「ええ。あれはすでに人間ではありませんでしたね」

「ああ。お爺様は僕の考えなどお見通しなんだろう…。この聖杯戦争に勝てば桜を解放すると言うがあれは嘘に決まってる。だから、反英雄であるお前にも少しでもいい心が残っているのなら、協力してほしい」

「………」

 

しばらく無言だったライダーだったが、

 

「…いいでしょう、シンジ。あなたの気持ちに嘘偽りはないようです」

 

それでライダーとも信頼関係を築けた慎二は、しかし魔力が足りない為だと言ってライダーに仕方なく死なない程度に一般人から魔力を摂取する行為をしていった。

いつかの予備のために学園にもとある結界を構築した。

そして今日も死なない程度に女性から魔力を摂取しようとしたその時だった。

 

「慎二くん……?」

「衛宮か……」

 

こんな時に一番会いたくなかった志郎達と出会ってしまったのだ。

 

 

 

Interlude out──

 

 

 




慎二の過去ねつ造しました。
別に悪者でもよかったんですけどアンチにしたくなかったのです。


それでは感想をお待ちしております。


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第021話 4日目・2月03日『真意と暗躍する者』

更新します。


 

 

 

 

女性の悲鳴が聞こえてきて私達はすぐに現場へと走った。

きっと新都にもマスターとサーヴァントがいるのだろうと予測して。

そして到着した時に目にしたのはある程度予想した光景が広がっていた。

そこには気絶した女性を抱えているおそらくライダーのサーヴァントと慎二くんの姿…。

慎二くんはきっと…。

 

「慎二くん…?」

 

私は思わず慎二くんの名を呟いていた。

それに気づいたのだろう、慎二くんはこちらへとゆっくりと振り向く。

でも、振り向いた瞬間に分かった。分かってしまった…。

その表情はいつもの余裕ぶったものだったが私にはわかった。

その余裕の中に隠されている知られたくなかったという感情…。

 

「衛宮か………」

 

その認識は間違っていなかったらしく慎二くんの私の名を言う瞬間に少しだが表情が歪んだ。

そこから読み取れるのは一つだけ、『罪悪感』。

きっと、慎二くんは仕方がなくこの行為を続けているんだ。

でも、凛さんはそれに気づけなかったらしく魔術師の表情になって、

 

「………間桐くん。あなた、一体なにをしているのかしら…?」

「凛、下がれ。サーヴァントがいるのだから私が相手になろう。あの小僧は魔術師ではないのだから人畜無害だ、よって無視しても大丈夫だろう」

 

すでに二人とも戦う表情になっていた。

だけど、今回だけは慎二くんの真意を知りたい…。だから、

 

「凛さん、アーチャー! 少し待って!」

「シロ…?」

 

二人に対して制止の言葉をかける。

セイバーも怪訝な表情をしながらも私の指示がないためにまだ武装していないから助かる…。

 

「ちょ、どうしたのよ志郎…?」

「どうした…? 奴はサーヴァントを従えている。よって敵なのだろう…?」

 

凛さんとアーチャーには迷いはない感じだ。

でもまだ待ってほしい…。

慎二くんはきっと…、それで私は慎二くんを真正面から見据える。

それに対して慎二くんはどこか怯えも入った表情をする。分かってる、分かっているから。

 

「慎二くん…安心して? 私はあなたの敵にはならないから…」

「衛宮。…こんな僕になにも聞かないんだな…?」

「うん。あなたはこんな事を進んでするような人じゃないことは私が一番知っているから…」

「だけど、僕はこうして一般人を巻き込んでいる…立派な犯罪だろう…?」

「そうだけど、慎二くんはその人は殺さないでしょう…? 私、知っているから…。今までここ最近行方不明になった人達は全員病院の玄関の前に放置されていて症状の程度も軽いから命には別状はないことも…」

「………」

 

それで慎二くんは顔を少し顰めて無言になる。

おそらく図星なのだろう。

 

「そ、そうなの? でも志郎。間桐くんをどうして庇うのよ? それにさっきの発言、あなたは間桐くんと手を組んでいたの………?」

「ううん。違うよ凛さん。手を組むもなにも、慎二くんは私と一緒に桜を救おうと誓った仲なの…」

 

そのことを伝えると凛さんと、そしてなぜかアーチャーも目を見開いていた。

 

「えっ!?」

 

かなり驚いていたようで凛さんは少しばかり慎二くんの表情をチラチラと何度か伺っていた。

慎二くんも少し恥ずかしいのか顔を逸らしている。

それからしばらくして凛さんが口を開く。

 

「間桐くん………本当なの?」

「………あぁ、そうだよ。まったく参っちゃうよ、お人好しの衛宮には。最悪遠坂とは敵対する覚悟だったのにこうも簡単に話し合いの場を作っちゃうんだからな。

ああ、衛宮の言う通りで合ってるよ。ライダーには少量の魔力しか吸わせてない。精々貧血程度だ。

でも僕もお爺様に逆らえなかったからね。仕方なくっていうのは言い訳だけど一般人を襲わせていたのは僕の独断だよ」

 

慎二くんは正直に白状してくれた。

よかった………やっぱり嫌々でやっていたんだね。

 

「だから………」

 

慎二くんがそこまで言った時だった。

 

『慎二よ………』

「ッ!?」

 

そこで地鳴りがするような声がこの場一帯を支配した。

それに呼応してセイバーも完全武装して構える。

 

「マスター! 新手です。指示を!」

 

見えない剣を携えながらセイバーは構える。

おそらく直感でこの気配はやばいものだと察したのだろう。

 

「待って…この気配はこの場には恐らくいない。でも、どこかで使い魔で見ていると思う。凛さんはどう…?」

「わたしも同感よ! アーチャー探れる…?」

「いや、どうやら巧妙に隠れているようだな。気配は感じるが場所までは特定できん」

 

私達が周囲を見回すがどこにいるのかまでは分からない。

だけど声だけは聞こえてくる。

 

「お、お爺様…」

『なにをしているのだ慎二よ。お前の望みを叶えたければそこの遠坂と衛宮のマスターを倒すのだ…。さもなくば、桜の身はどうなっても知らんぞ…?』

「く、くそッ!」

 

思わず慎二くんは悪態をついている。

だけどどうやらこの声の主だろう間桐臓硯は私にキャスターが着いているのをもしかしたら知らないのかもしれない。

それで悟られない程度に慎二くんから視線を外さないまま私はラインを通してキャスターへと思念通話を送る。

それでキャスターはすぐさま反応を返してくれた。

 

《どうされましたか志郎様…?》

《うん。状況は分かっていると思うけど今私達に声を発しているだろう敵の場所を掴めるかな…?》

《お任せください》

 

私がラインで会話をしている間に慎二くんとライダーが構えをする。

 

「………すまない衛宮、僕はこの聖杯戦争に勝たないといけない…ッ! だから…ライダー!!」

「…わかりました、シンジ」

 

そこで今まで大人しく静観していたライダーが自前の武器である釘が先っぽに着いている鎖付きの短剣を構えて物凄い速さで疾駆してくる。

 

「ッ! 結局こうなるのね! アーチャー!」

「了解した!」

 

そう言って凛さんが指示を出してアーチャーが即座に干将・莫耶を投影し構えてライダーと衝突する。

ライダーが釘剣を変幻自在に操りながら、

 

弓兵(アーチャー)が剣士の真似事ですか…。まぁ、いいでしょう。さて、ではあなたはどういった殺され方をされたいですか…?」

「そのセリフはランサーにも言われたよ。それと生憎だがまだこんなところでやすやすと死んでやれないのでな。君こそここで散れ、騎乗兵(ライダー)ッ!」

 

二人が目にも止まらぬ攻防を繰り広げている間にもう一度私は慎二くんに訴えかける。

 

「慎二くん………もう、引き返せないの…?」

「ごめん、衛宮…。情けない話だけど僕も桜が大事だけどそれ以上に今は自分の命も惜しい…こんなところで死ぬわけにはいかないんだ」

 

慎二くんの訴えは正しい。

確かに桜を助けるためにはまず自身も生き残らないといけない。

だけど、でも…ッ!

 

「志郎! 今はここを切り抜けることを考えましょう! 間桐くんだってただやられているだけなんて性じゃないでしょうし」

「そうですマスター! 彼にも彼の考えがあるのでしょう。ですから今はマスターの考えを押し付けるのは彼にとって毒にしかならない…!」

「ッ!」

 

ライダー以外にも間桐臓硯や或いは他のサーヴァントの出現による乱戦を警戒している凛さんとセイバーにそう窘められて仕方なく引き下がることにした。

だけど最後にやっておかないといけない事がある。

私は今一度慎二くんの顔を見据えて私達の間だけでしか分からないであろうあるサインを送る。

 

「ッ!」

 

それを見た途端慎二くんの顔色が変わった。

よかった! 気づいてくれた…!!

 

「ライダー! 今一時的にでもいい! 宝具を使え!」

 

ジャラララ!と言う鎖の音を響かせながらアーチャーとの距離を取ったライダーは一度無言で頷くと、

 

「今回は引きます…ですが次は優しく殺してあげませんよ…?」

 

そう言ってライダーはあろう事か突然自身の首に短剣を深々と突き刺すという信じられない行動を取った。

それに私達が動揺している間に首から零れ落ちた血がどんどんと幾何学模様…即ち魔法陣を描いていき、中心に巨大な目が出現し開いたと思った瞬間に、

 

「ッ! 凛、気絶している女性を下がらせろ! 衛宮志郎、セイバーも同時に下がれ! 私が受け止める!!」

 

アーチャーが私達の前に出て手をかざす。

そして唱える。

 

「―――I am the bone of my sword(体は 剣で 出来ている)―――……ッ!」

 

それと同時にライダーの魔法陣から強大な光が放たれる。

 

熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)――――ッ!」

 

それに対抗するかのようにアーチャーの手から桃色の七つの花弁が咲き誇る。

それは一瞬の事で全部を解析できなかったけど分かった。

 

 

 

熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)

 

それはトロイア戦争において大英雄の投擲を防いだという、七重、皮張りの盾の事だ。

おそらくこの盾の宝具の真名は彼の名から取られたものなのだろう。

 

そんなものまで投影できるアーチャーは一体何者なのだろうか…?

割と本気でアーチャーの事が気になり始めてきた。

それに、どこかアーチャーからは懐かしい雰囲気を感じるのは気のせい…?

 

私がそんな事を考えている間に七つの盾とライダーが放った光が衝突する。

一枚がすぐにパキンッ!という音を立てて割れて二枚目にもヒビが入ったが、

 

「オォオオオオーーーッ!!」

 

アーチャーの裂帛の叫びと共に盾の強度が上がった気がした。

そして光は盾を貫通せずに上へと向かって逸れていきそのまま空へと消えていった…。

ふと気付いて見れば慎二くんとライダーの姿はすでに掻き消えていた。

 

「慎二くん…」

 

少し、いやかなり今回の機会を逃したのは痛かったかもしれない…。

これで間桐臓硯にも目をつけられたのは言うまでもないことだから。

 

「志郎、考え事はいいけど今は撤退しましょう。まだ夜じゃないんだから人が集まってくるわ」

「あ、うん。そうだね」

「間桐くんの事は帰ってから考えましょう。志郎の話が本当ならどうにかすれば仲間に引き込めるからね」

「うん」

 

それで私達は気絶している女性は今回は教会関係者に任せることにして撤退することにした。

大体最後のライダーが放った攻撃で地面が激しく抉れてしまっているのだから普通に警察は関われないだろうし…。

 

 

 

 

――Interlude

 

 

 

………おかしい。

そう感じたのはこれで何度目か?

今回の間桐慎二とライダーとの戦闘で朧気だが彼らとの記憶も思い出せた。

それだけに余計不自然さが目についた。

間桐慎二という人物はあんな好青年だっただろうか…?

いや、多少の違いはあるのだろう平行世界というだけで違う可能性があるのだから納得はできる。

しかし今現在の私の中では間桐慎二の評価は底辺がいいところではある。

私の知る限り間桐慎二という男は気難しい性格で何かにつけて難癖をつけてくる。

天才肌であったがそれに甘んじて努力をせずにいつも女を侍らせている。

彼とは友人であったが今ではどうやって彼と友人関係になったのかは思い出せない。

聖杯戦争中に敵として出会い、そしてそう時を置かずに退場していたのだからその後の彼の活躍などは聞ける訳もなかった。

試しに凛に聞いてみるとしよう。

 

《………凛、少しいいかね?》

《なに、アーチャー? 今は志郎の事を慰めなきゃいけないから忙しいのだけれど》

《なに、多少の事だ。間桐慎二についてだが君の中ではどのような評価をしているのだ?》

《間桐くん…? そうねぇ? まぁ真面目かしらね。魔術師の家系でありながら魔術師になれなかった悲しい宿命の人なのに性格も多少は過激だけど歪みはなく弓道部では頼れる先輩だって噂話では聞いたわ》

《………》

 

なんだそれは…。

多少どころではないぞ。違い過ぎだ。

 

《そ、そうか…。ちなみに凛。君は彼に告白されたことはあるかね?》

《はぁ? そんな事一度もないわよ。間桐くんは恋愛より熱中していることがあったらしくてね、多分志郎が関係しているんだろうけど少なくともそう言った話は聞かないわよ。たまに女子生徒に告白されている光景があるけどやんわりと断っているっていう話だし。………なに? アーチャーの世界の間桐くんってそんなに性格違うの…?》

《ああ………。一言では言い表せない程に》

《そう……これももしかしたら志郎のお陰なのかもね…?》

《そう、なのだろうな。おそらくは…》

 

それで改めて志郎の影響は凄い事を悟るのであった。

 

 

 

Interlude out──

 

 

 




この作品で一番改変したのはおそらく慎二でしょうね。


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第022話 4日目・2月03日『対策。そして怯える夜』

更新します。


新都での慎二くんとそのサーヴァント・ライダーとの戦闘後に私達はなんとか家まで帰ってこれることができた。

あのままだと一般の人達に見られる可能性があったから人が少ない夕暮れ時の時間で助かった感じであった。

でも、慎二くんと桜が心配だ………。

恐らく慎二くんも今頃は帰路についていることだから間桐臓硯になにかをされているかもしれない。

桜もまたなにか魔術的な事をされているかもしれない…。

とてもではないが平静を保っていられるほどではないのが正直な所だ。

私が顔を俯かせて色々と考えている時だった。

 

「志郎…きっと間桐くんは大丈夫よ」

「でも、凛さん…」

 

私は普段の自分では出さないであろう弱気な声を出してしまう。

でも凛さんが私の正面に立って私の両肩を掴むと、

 

「大丈夫よ! 間桐くんも桜もきっと大丈夫…。聞く限り確かに間桐臓硯は悪質だけど少なくとも桜は臓硯に魔術師としての誇りが少しでも残っているなら次の次代の子を残すために殺すことはないと思うわ」

「だけど慎二くんは…」

「間桐くんはまだライダーがいるから利用価値はあるという感じでまだ命は取られないと思うわ。仮にも孫なのよ? そう簡単に殺さないわよ」

「そうだと、いいね…」

「そうね…」

 

お互いにそれでなんとか落ち着くことができた。

そうでもしないと私は間桐邸に今にでもセイバーを連れて乗り込んでいたかもしれないから。最悪エクスカリバーを放って………いや、さすがに桜達の家を無くす事はしたくないからしないけど。

 

「さて、志郎も落ち着いた事だし話し合いをしましょうか。アーチャー?」

「ああ」

 

それで今まで気を使ってくれていたのか霊体化していたアーチャーが姿を現す。

それと同時に席を外していたセイバーも私がラインで呼んであった事もあり居間に入ってきた。

 

「リン、すみません…。本当であれば私がシロの事を慰めてあげなければならなかったのに…」

「いいわよセイバー。適材適所よ」

「ですが仮にもリンの身内にも関係してくる話ですし、貴女も落ち着けないでしょう」

「ま、確かにね…でも、私は一度桜とは家族の縁を切ってしまった経験があるから表向きはなんとか落ち着いていられるわ」

「それは…」

 

それでセイバーは少しばかり顔を顰めている。

私もセイバーと同じ考えだ。

さすがにドライ過ぎないかと。

でも、魔術師として一から育てられたのだからそれくらいはしないとやっていけないんだと思う…。

私が知らないだけで魔術の世界は桜以上に不憫な思いをしているかもしれない人がたくさんいるかもしれないのだから…。

だからまだ間に合うかもしれない位置にいる桜は必ず救わないといけないんだ。

 

「話が脱線したわね。それで志郎? 間桐くんとの話を聞かせてもらっても構わないかしら?」

「はい」

 

それで私は慎二くんとの過去からの付き合いなどを話していった。

特にアーチャーは何故か聞く耳を立てていたのが印象的だった。

全て話し終えると凛さんは少しすっきりしたのか、

 

「………そっか。間桐くんは雁夜おじさんの意思を継いで今まで頑張ってきたのね…」

「うん。雁夜さんって人は桜を救うために聖杯戦争に参加して、そしてその過程で死んじゃったらしいの」

「そう…」

 

それでなにか思う所があるのか凛さんは目を瞑ってなにかを思案している。

思う事は桜か、あるいは雁夜という人物についてか。

 

「わかったわ。とにかくまずは聖杯戦争云々よりこの事を解決することを第一に考えていきましょう。そうじゃないととてもではないけどイリヤスフィールを救うとか、聖杯を破壊するとか以前の問題だから。まだ出てきていないサーヴァントもいるわけだし」

「そうだね、凛さん」

「で、アーチャーにセイバー。少しいいかしら?」

「はい。なんでしょうかリン…?」

「なんだね、凛…?」

「ライダーの宝具だけど二人はあの一瞬でなにかわかった…? 特に真正面から受け止めたアーチャーは」

「残念ですが、リン。私はあの一瞬ではさすがに分かりませんでした」

 

セイバーは残念そうに顔を俯かせる。

 

「私もだ、凛。さすがに宝具名が聞き取れなかったのでね」

「そう。でもライダーのクラスなのだからなにかの乗り物の可能性は大ね。それになんで首を釘で刺したのかが判明できれば…」

 

そういえばなんで首に刺したか…。

そんな伝承の神話はあったかな?

それで少し思案してみると該当する英霊がいたことに私は気付いた。

 

「ねぇ、凜さん。なんとなくだけどライダーの正体がわかったかも…」

「え!?」

「本当ですか、シロ?」

「本当かね?」

 

それで三人とも声を揃えて私の方に顔を向かせて来る。

 

「うん。合ってるかわからないけどギリシャ神話の英雄譚で読んだ事があるんだけど半神のペルセウスは邪神メドゥーサを退治した際に切り伏せたメドゥーサの首から零れた血からペガサスが生まれたっていう話があるよね?」

「そ、そうね………えっ? まさか本当に…?」

「だ、だからまだ確証はないですからね」

「いえ、シロ。恐らくそれで正解だと思いますよ」

「そうだな。衛宮志郎の言い分が合っているのだとすればライダーの正体は反英雄メドゥーサか」

 

そんなこんなでライダーの正体はメドゥーサだろうという話で纏まっていき、話は終わった。

それから藤ねえは夕食時に珍しく来なかったのは恐らく朝の出来事が原因だろうという事で落ち着いた。

藤ねえ、あれで自分の惨めな過去はすぐに忘れちゃう性質だからな。

………まぁ、今日だけは気持ちを落ち着かせるために来てもらわないでよかったと思う。

そしてもう一方では案の定だけど桜も家に来なかった。

今日のあれで来るわけもないけど来てほしかったのが本音である。

そういえば、

私はふと忘れていた事を思い出してキャスターの所へと向かう。

 

「キャスター、いる…?」

「はい。なんでしょうか、志郎様?」

 

部屋をノックするとすぐにローブ姿のキャスターが部屋から出てきた。

部屋の中には私には分からない様々な道具が置かれている。きっと色々な魔術の触媒なのだろう。興味は引かれたが今は我慢我慢………。

気持ちを切り替えて、

 

「うん。それなんだけど今日の一件で声の主の発信源は分かったかなって…」

「その件でしたか。はい、すぐに調べは付きました。ついでに一匹確保させてもらいました」

 

そう言ってキャスターはおもむろに懐を擦ると中から一匹の悪趣味な形の蟲が出てきた。

具体的に言うと昔に何回かお父さんとお風呂に入った時に目撃したような卑猥な物と芋虫を合わせたようなものだと表記しておく。

それで私はつい「う゛っ!」という声を出してしまったことは許してほしい………。

 

「すみません、志郎様。酷いものを見せてしまいましたね」

「い、いや大丈夫だよ。でも、これって大丈夫なの…?」

「はい。捕まえた時にすでに機能を停止させていただきましたのでご安心を」

「そう…」

 

でも、よく考えれば桜の体の中にはこいつが何匹も居座っていると思うと途端に怒りが沸いてくる。

どうにかして殺すことができればいいんだけどな。

 

「大丈夫ですよ志郎様。もう対策はできています。後は時が来れば…」

「え? なんのこと? キャスター…?」

「あっ! そうでしたね。はい、なんでもありませんわ。志郎様はお気になさらずにお願いします」

「う、うん? よく分からないけどわかった…」

 

おそらくキャスターはこの蟲についての解析が終わって対策も出来ているということなんだろうな。

ならばいよいよ間桐臓硯を倒す手段が整ってきたのかもしれないという嬉しい思いを感じ取れていた私であった。

 

………後に私には内緒ですごい薬を作っていたというのを知ることになるだろうとはまだ今はわからなかったんだけどね。

 

 

「それで声の主の居場所ですが、やはり志郎様の言う通り間桐邸のある場所でしたわ」

「そう…」

 

やっぱり工房に引きこもっているんだね。おそらく無断で侵入すればこの蟲達に食い殺されるのが目に見えていると考える。

 

「乗り込めそう…?」

 

私は敢えてキャスターに聞いた。

キャスターのクラスのサーヴァントである彼女にしてみれば現代の魔術は児戯に等しいだろうけど用心に越したことはないからね。

それでキャスターはすぐに笑みを浮かべて、

 

「はい。この程度の魔術式ならば私にとってすれば容易いですわ。命令があればすぐにその魔術師を排除できますわ」

 

妖艶の笑みを絶やさず浮かべながらそう宣言するキャスター。

でも、きっと他に考えていることがあると思う。

 

「でも、まだ攻め込まないんでしょ…?」

「はい。やはり志郎様は聡明ですね。先のことをしっかりと考えています。私がまだ警戒するのはこの聖杯戦争が始まってからまだ姿を現さない暗殺者(アサシン)のサーヴァントの存在ですわ」

「やっぱり…そうなのかな?」

「はい、恐らくは…。暗殺者無勢にやられるとは思っていませんがもし宝具が強力なのであればもしやも視野に入れておかねばなりません。もしかしたら今もこの屋敷に侵入しているかもしれませんからね」

「キャスターの結界内にそう簡単に侵入できるものなの…? アサシンの気配遮断のスキルは…?」

「まだ分かりませんが用心に越したことはありません。ですから志郎様もお気を付けください」

「うん、わかったわ」

 

それで私はキャスターとの会話を終えて部屋を出ていく。

異様に広いこの屋敷はふと夜にでもなれば電気をつけないとお化け屋敷のようなものに変化する。

ギシッ、ギシッ…と小さいながらも年月を感じさせる音を響かせながら自室へと歩いていく私。

ふと、首筋になにかが這った様な、そんな錯覚を覚えた。

それでつい首を何度も擦る。まさかね…?

先程のキャスターの話で緊張しているのかもしれない。

すでにこの家の中にはアサシンが侵入しているのかもしれないという恐怖感が少しばかりある。

もしそんな事があれば屋根の上で警戒しているアーチャーか私の異変に気付いて颯爽にセイバーが助けに来てくれるという安心感があるからいいけど、やっぱり一度怖いという感情を覚えると部屋までの道のりが遠く感じてしまう。

そんな思いを感じながらやっとの事で部屋へと到着して襖を開けるとそこにはセイバーがいた。

 

「おや?シロ…? どうされましたか。少しばかり表情が強張っていますよ」

「うん…セイバー、少しいいかな?」

「はい。なんなりと」

「今日は、一緒に寝てもらっていいかな…?」

「別に構いませんが、どうされたのですか…?」

「うん。ちょっと子供っぽい感想なんだけど自分の家がなぜか別次元に入り込んだような錯覚を覚えちゃって…」

「つまり怯えてしまったのですね」

「うん。柄じゃないよね…?」

「そんな事はありません。シロもまだ可憐な少女なのですからそんな気持ちになる事もさほど珍しいことではありませんからね」

「ありがとう、セイバー」

 

それで私はセイバーと一緒の布団で今夜は寝ることになった。

どうか悪い夢ではなくいい夢が見れますように…。

 

 

 




という訳で四日目終了となります。


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第023話 5日目・2月04日『桜の秘め事と志郎の想い』

更新します。


 

 

 

――Interlude

 

 

 

桜は昨日に慎二が志郎と戦闘を行った事を間桐臓硯から聞いていた。

桜の表情に浮かぶのは志郎に対する申し訳なさ。

そしてこんな汚れ仕事に付き合ってくれる優しい(愚かな)兄さんに対する嬉しさ(哀れみ)………。

こんな事をしてしまえばもう兄さんと先輩は普通の付き合いができないのは見なくても伺う事が出来る。

桜は知っていた。

慎二が志郎にどういう感情を向けているのかを………。

でも、それでも桜にも慎二には思い入れがあった。

なにかと酷い言葉や仕打ちを浴びせられてきたがその心の奥にある私を大事に思っているという優しい気持ち。

それは最後には呆気なくお爺様の蟲の中に消えていった哀れな雁夜おじさんとまさしく同じ姿だった。

だから惹かれたのかもしれない………。

おじさんは私を助け出そうと奮闘し最後には願い叶わず散っていった。

では、兄さんは今度はどこまで出来るのか………?

本当に私を救ってくれるのか………?

救う算段は出来ているのか………?

死ぬのは怖くないのか………?

………考えることはいくつもあるが、先輩にも迷惑をかけていないか………?が第一優先に上がってくる辺り、すっかり私は先輩の家で毒を抜かれていたのかもしれない………。

先輩の優しさが私の心を癒し、温めてくれた。

料理の一つも出来ない自身に笑う事もせずに親身になって料理を教えてくれた。

料理や他にも色々な事の成果が出るとまるで自分の事のように喜んでくれた。

その表情一つ一つがとても私には眩しくて………。

時々錯覚すら起こす。

私はこんな温かい所にいていいのかと………?

でも、そんな事を恐らく聞いたとしたら先輩は迷いもせずにこう言うだろう。

 

『桜は幸せになっていいんだよ? それを邪魔する権利は誰にもないんだから』

 

満面の笑みでそう答えるだろう。

その表情を想像しただけで………私はもう。

あぁ、可愛い先輩………。

出来る事なら私だけの先輩でいてほしい。でもそんな欲張りはしてはダメだ。それでは先輩の自由を奪ってしまう。先輩の夢を奪ってしまう。

だから我慢だ………。

私が我慢をすれば先輩はいつまでも私に笑顔を向けてくれる。

その笑顔を見るために今日も一日頑張ろう。

でも、今日を最後に聖杯戦争が終わるまであの家にはいくな、とお爺様に言われてしまった。

もしかしたら最悪の可能性では先輩と会えるのは今日が最後かもしれない。

だから最後くらいは先輩に精一杯甘えるんです。

今日だけは、優しい先輩の元で一緒にお夕飯を食べて、それからは………、それからは………、それからは………?

あぁ………そっか。また戻るんですね。先輩と出会う前の暮らしに。

悲しいなぁ………。

私はただただ心に穴が開いたかのような思いになり、ふとお腹が減っていないはずなのにくぅくぅ鳴っているのに違和感を覚えました。

これって………?

 

 

 

 

Interlude out──

 

 

 

 

翌朝、志郎は静かに目を覚ます。

そして昨晩は柄にもなく未だ姿を見せないアサシンに対する恐怖感を覚えてしまって気弱になっていた自身を恥じた。

更に目の前には昨日と同じく可愛いセイバーの寝顔があり頬を少し赤く染めながらも志郎は今日から本格的に頑張らねばと言う気持ちで寒いながらもセイバーを起こさずに布団から出て行った。

 

 

時に衛宮志郎は朝がとくに早い。本日はいつも以上に早い。

そして居間はまだ朝焼けもさしてきたばかりなのでものすごく静かである。

だが、台所から聞こえてくるなにかを叩く「トン、トン、トン…」という小気味よい音に屋根の上で警備をしていたアーチャーは心地いいものを感じていた。

 

「(ふむ………志郎が朝食を作り始めたか。なに、ならば少しは手伝いに行ってやるとしようか。兄の務めだからな)」

 

アーチャーは本心からそう思っている。兄と名乗れないのは寂しいことだがそれ以外ならやれることはしてやろうという本来の彼のニヒルな性格を知っているならば目を疑う事だろう。

そしてアーチャーは霊体化を解除すると同時にそこに少しして本来は睡眠を取る必要もないサーヴァントの身であるセイバーが起きてきた。

セイバーはいい匂いが居間から漂ってきて志郎が朝食を作っているのだろうと廊下から居間に入る前にアーチャーと遭遇し、

 

「アーチャー、お早うございます」

「ああ、お早うセイバー」

「居間にはもうシロがいるのですか?」

「君の鼻が間違いでなければな」

「ムッ、なにか含みがある言い方ですね?」

「ふっ………気のせいだよセイバー。さて、それでは桜や藤ねえが来る前に少しは手伝いをしようではないか」

「そうですね」

 

それで二人は居間へと入った。

だが入ってきた途端、なぜかはわからないが只ならぬ身の危険を感じて本能の赴くままにアーチャーは投影を瞬時にできるであろう態勢に入っていた。

そのただならぬ雰囲気に隣のセイバーは何事かと目を見開いていた。

 

「ど、どうされたのですか、アーチャー…?」

「………い、いや、なんでもない。なにかしら悪寒を感じてしまったのでね」

「私にはなにも感じられませんでしたが………?」

「そ、そうか。それならば私の気のせい―――ッ!?」

 

アーチャーは見てしまった。

居間のテーブルの上に置かれているたくさんの豪勢な料理の数々を。

アーチャーがそれで呆気に取られている間に台所からはセイバーが起きてきたことに気づいた志郎がいつもどおりの笑顔で「おはようセイバー、アーチャー」と迎えてくれた。

だが、本来なら笑顔には笑顔で「おはようございますシロ」と礼儀正しいセイバーなら返すところだが今回は勝手が違う。

志郎の顔はとても可愛らしい笑顔なのだけど目から…目から感情が読み取れない!?

さすがのセイバーもその異変に気づき少しばかり絶句する。

 

「どうかしたの、セイバー? 固まってるよ? それにアーチャーも武装なんてしちゃって…」

「い、いえ。なんでもありませんよシロ」

「そ、そうだぞ衛宮志郎。ただ、そうだな―――そう、気分というものだ」

「そうなんだ。それなら仕方がないよね。もう少しで朝食ができるから少し待っててくれるかな」

「はい。わかりました………」

「うむ………」

 

志郎はニコニコと笑いながら料理を続けている。

だけど作られているものは朝とは思えないほど豪勢であったのが一番の謎であった。

 

「その、シロ? 私は朝からこのような食事にありつけるのは大変喜ばしい事なのですが………一体どうしたのですか?」

「え? それはたまたま作りたくなったからなの。セイバーは気にしなくても大丈夫だよ」

「………そうですか」

「衛宮志郎………本音はなんなのだ? 気分でこんなに朝から作るような数ではあるまい?」

 

アーチャーは意を決して志郎に聞いた。

すると志郎は少し表情を崩して、

 

「やっぱり気づくよね。ただね、間桐臓硯の事を考えたら少しむかっ腹と自身の無力さに気が立っちゃって………気づいたらこんなに作っていたの」

「そうか………」

 

それ以上アーチャーとセイバーは志郎に口を出すのは避けようと思った。

ただ、

 

「だが、君は今は一人ではない。セイバーにキャスター、凛にそして私が着いている。五体満足で救えるかは分からんが安心しろ………」

「―――ッ!」

 

アーチャーの励ましの言葉に志郎は少し耐えられなくなったのか何度か目元を擦った。

そして、

 

「うん。ありがとうアーチャー………」

「いや、感謝をされる事ではない。ただ溜め込むな。君が倒れたら心配するものが大勢いるのだからな」

「うん!」

 

それで志郎の表情がいつも通りの物に戻っていることに二人は安心していた。

 

「………でも、なんかアーチャーってよく覚えていないんだけど、どこか兄さんに似てるね………」

「「ッ!?」」

 

志郎の何気ない一言にセイバーとアーチャーは驚愕の表情をする。

 

「………? どうしたの、二人とも?」

 

アーチャーの正体を知らない志郎は不思議がっているが二人にしてみれば気が気でないところだった。

だが不思議がっているだけで気づかなかった志郎に毒気を抜かれたのか、

 

「………そろそろ藤村大河や間桐桜が来る頃だろう? 私は退散しているとしようか」

「あっ! 待ちなさいアーチャー!」

 

セイバーの言葉を振り切りアーチャーは霊体化して消えてしまった。

その不思議な光景に志郎は一人分からずに可愛らしくコテンと首を傾げるだけであった。

セイバーは拳をギリギリと握りながらも内心で「(逃げましたね………)」とアーチャーのチキンぶりに愚痴を零していたり。

そんな時だった。

 

「あああ~~~……おはようー…」

「………」

「………」

 

そこに昨日と同じく幽鬼のような凛が姿を現して志郎とセイバーはどこか思考がフリーズしたおかげで先ほどの事は頭から抜けていたのであった。

 

「………? あによー……? 二人して固まっちゃって…ま、いっか。志郎ー、牛乳ちょうだい」

「いいよ。冷蔵庫に入っているから」

 

咄嗟に言葉を返せた志郎はよく出来ていただろう。

そんな志郎を気にせずに凛は台所にいき志郎の承諾も得て牛乳を腰に手を当てて飲んでいた。

そのあまりにもいつもとはかけ離れた凛の姿に志郎は昨日と同じく一瞬目を疑ったみたいだが以降は普通に接していた。

 

「シロも手慣れましたね………」

 

セイバーは志郎の成長に褒めるべきか嘆くべきかを考えているのであった。

そんなこんなで志郎は朝ご飯を作り終えると、一度制服に着替えに自室へと入っていった。

もう少しすれば藤村大河や間桐桜が来るかもしれないからと思い。

でも、昨日の今日で桜が家に来てくれるのかは不安ではあった。

もしなにか言い含められていたらどうしようと思っていた。

そんな時に志郎の部屋の扉がノックされる。

 

「はーい!」

「志郎様、キャスターです。少しよろしいでしょうか………?」

 

志郎が声を上げると外からキャスターの声が聞こえてきたので志郎は「入ってきていいよ」と入室を促す。

それで部屋の中に入ってくるキャスター。

 

「お早うございます、志郎様」

「お早う、キャスター。それでどうしたの? 着替えたら挨拶に行こうと思っていたからちょうどよかったけど………」

「はい。間桐桜の件なのですが今日の学園からの帰りに必ず家に来るように言ってもらえないでしょうか?」

「桜を………?」

「はい。志郎様にとっても大事な事ですので。覚えておいてくださいませんか?」

 

キャスターはその頭のフードを後ろに垂らして綺麗な素顔で、且つ真剣な表情で志郎にそう言った。

………おそらく今日がサーヴァント三人が計画していた事を実行に移す日なのだろう。

志郎に凛がその事を知らずとも志郎の事を思う三人の事なのだから桜の救済は必ず決行されるだろう。

ただ不安材料は昨日の市街戦………。

これがなければもっとうまくいっていたかもしれないとキャスターは思っていた。

 

「でも、多分今日の朝には桜は来ると思うのだけど………その時じゃダメなの?」

「はい。恐らく一般人の藤村さんもいらっしゃることでしょう。魔術の話ができないのは痛いですから」

「そうだね。うん、わかったわキャスター。桜にも帰りに夕飯を一緒に食べようって言っておく」

「お願いしますね」

 

それで志郎とキャスターの会話は終わり、キャスターはまた自室へと戻っていくのであった。

それからしばらくして桜と大河がやってくる事になるのだがまた一悶着が起こる事になるのであった。

 

 

 




桜のくぅくぅネタを使わせてもらいました。ちょっと手遅れ一歩手前な精神状態を書いたつもりですけどうまく書けてるか不安ですね。


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第024話 5日目・2月04日『料理と有限の日常』

更新します。


 

 

凛は牛乳を飲んだ後、すぐにまだ寝ぼけ眼で部屋に戻っていったために居間の異様な光景を目撃をしなかったのであろう。

改めて意識もしっかりして制服に着替えて居間へと戻ってきた。

そして凛は見てしまった。

居間のテーブルに置かれている各種料理の数々を………。

 

「………え? なに、これ………?」

「あ、凛さん。改めておはようございます」

「え、あ。お、おはよう………じゃなくって! ねぇ、志郎! この料理の数は何!? なにかおめでたい事でもあったの!?」

「えっと………気分です」

 

ニッコリ笑顔でそう答える志郎に思わず凛も聞く気分を削がれたのかそれ以上は追及しなかった。

だが内心で、

 

「(まずいわね………料理の腕は私の方が上だと思っていたけど、これは考えを改め直さないといけないわ!)」

 

と、ぶつぶつと考えに耽っていたのであった。

だがすぐに気分を切り替えたのか、

 

「まぁいいわ。あ、志郎。それと今日は学園では色々と調べ物をするから付き合ってね」

「うん。わかったわ、凛さん。セイバーも屋上に待機させておくね」

「わかりました。それでは屋上に着き次第にシロ達の気配がするまではキャスター謹製の気配殺しのローブを羽織っています。ですがシロ、なにか起こりましたら念話で知らせてください。すぐに駆けつけますからね。いざという時には令呪を使ってお呼びください」

「うん、わかったわ。期待してるね、セイバー」

 

そんな主従のやり取りを聞いた凛はそこでようやく今まで知りたかった事が分かって合点がいったのか、

 

「なるほど………今の今まで聞き忘れていたけど初めての志郎達との学園での戦闘とも呼べないだろうけど戦った時にアーチャーがセイバーの気配を感じ取れなかったのはその気配殺しのローブを羽織っていたためだったのね。あの時は思わずアサシンのサーヴァントかとも思ったわ」

「うん、そう。キャスターが私の魔術回路の仕組みを解析して作ってくれたものなの」

「あー、なるほどね。私が今まで志郎の事を魔術師だと気づかせなかったんだからそれは強力な対魔術師専用のローブができてもおかしくないものよね。

………にしても魔力放出が売りのセイバーの魔力と気配すら隠し通してしまうものを作ってしまうなんてさすがキャスターのサーヴァントって言ったところかしら?

キャスターのクラススキルの道具作成は伊達ではないって事ね。この武家屋敷の結界も含めて」

《お褒めに与り光栄ね》

 

そこにキャスターの念話での声が聞こえてきて凛は一瞬ビックリしていた。

だがそれだけでキャスターの声はそれ以降は聞こえてこなかった。

それで凛は安心したのか、

 

「び、びっくりしたわね………。なにかをやっているようだけど中々顔を見せないキャスターは実はいつも私達の会話を聞いているんじゃないわよね?」

「うーん………どうだろうね。でも近くにいるっていう安心感があっていいと思うよ」

 

なんの含みもない志郎の言葉に毒気も抜かれた凛はただ「そうね」と答えた。

その時に玄関の方からガラガラッ!と玄関の入り口を開く音がして、次いで、

 

「おはようございます、先輩」

「おっはよーう! 志郎にアルトリアさんに遠坂さん!」

「いらっしゃい!」

 

礼儀正しい桜の声と騒々しい藤村大河の声が聞こえてきて志郎がすぐに返事をして凛は気を引き締めたのか、

 

「それじゃ、私はいつも通りにするから」

「うん。学園モードだね。藤ねえは桜に凛さんの事説明しているかね?」

「今のセリフでしているでしょう?」

「そうだね」

 

しばらくして居間にいつもの朝の穏やかな日常風景を作り出す藤村大河と間桐桜の二人が入ってきて、

 

「先輩。それにアルトリアさん。おはようございます」

「うん。おはよう桜」

「おはようございます、サクラ」

 

志郎とセイバーが桜に朝の挨拶をして、最後に、

 

「間桐さん、藤村先生から聞いていると思いますけどおはようございますね」

 

その瞬間、一瞬だけであったが桜の目は細まったがすぐに表情を正して、

 

「………おはようございます。遠坂先輩。はい、聞いています」

 

二人は視線を一度合わせた後はすぐに桜は逸らしてしまって凜の方は実に残念そうな顔になっていた。

それを見た志郎は、

 

「(やっぱり今までの遠坂家と間桐家の確執が残っていて素直に向き合えないよね。凛さんが少し可哀想に思えるくらいに………でも、それももう少しで終わらせられる。素直に姉妹で向き合えるようにしないとね。だからもう少し我慢していてね桜)」

 

志郎は必ず桜の事を救う事を今一度誓った。

 

「ところで、わっ! 先輩今日はとても豪勢です、ね………?」

 

桜は居間の料理を見てやはり固まってしまった。

 

「どうしたの桜ちゃん? 居間をじっと見つめちゃって………ッ!?」

 

次いで大河も居間の料理を目にした途端に顔を青くした。

 

「………あー、そういえば私今日は朝から職員会議があるんだったわ。だから今日はみんなだけで食事を済ませ―――…」

「どうしたの藤ねえ? 今日は私の記憶が正しければそんな予定はないでしょ………?」

「ぐぬっ!?」

 

大河が即その場から逃げ出そうとしたが、後ろにはいつの間にか志郎が立っていてその細い腕から強化もしていないというのにどうやって出しているのか不明な力を出して大河を拘束した。

そして霊体化して事態を見守っていたアーチャーはそのありえない光景におもわず目を疑った。

 

「(な、なんでさ!?)」

 

思わず内心で口癖を言ってしまうほどには驚愕していた。

………そう、あの暴食虎である藤村大河が朝食を棒に振ってまで学園のことを優先して逃げ出そうとするなんて自身の時にはかつて一度もなかったのだから。

………理由はわかっている。だがそれは藤村大河ですら逃げ出すものだというのかとアーチャーにしても俄かには信じられなかったらしい。

そう、今現在テーブルの上にはところ狭しに料理が鎮座されている。だがそれだけならまだいいだろう。

しかし一見ただの豪勢な料理だが、料理を作るものには分かってしまうだろうほどにカロリー計算など一切されていない『大量の油料理』ばかりが並べられているのだ。

その光景に桜はおずおずと頬を引き攣らせながらもセイバーに聞いた。

 

「………あ、あのアルトリアさん」

「む? なんですかサクラ?」

「その、なにか先輩を怒らせるようなことをしましたか?」

「それは一体………?」

「先輩は怒っている時やなにか悩んでいる時には必ずと言っていい程にとても可愛らしい笑顔ながらもたくさんのこってりとした油系料理を作るんですよ。

しかもそれは冗談じゃないほどに体に残るんです………。

以前に藤村先生と大喧嘩をした時にそれが執行されて先生はトラウマにまでなってしまったんですよ?」

「そ、そうなのですか………」

 

セイバーはそれで顔を引き攣らせた。

そしてそれを聞いて思わず戦慄していたアーチャーは思った。

藤ねえすら敵わないとは志郎はもはや無敵超人ではないかと………?

 

………その後、とても嬉しそうに。だがそれでも礼儀作法は忘れずに食事を摂っているセイバーをよそに、藤ねえを筆頭に志郎以外の顔は暗いものとなっていた。

凛すらもこれを食べた時は違う意味で悔しがり今夜の当番制で料理を作る時は中華は本気で挑むことを決意したほどだ。

 

………

……

 

 

戦慄の朝食が終了して藤ねえと桜は嬉しそうな、それでいて泣きたいような表情をして朝食を済ませた後、朝錬に向かう準備をしていた。

なんでもやたら運動がしたいそうとの事で。

 

「そ、それじゃ先輩。私と藤村先生は先に朝練のために学園に向かいますね………」

「うん。でもそんなに急いで大丈夫………?」

「平気です。今は体を思う存分動かしたいですから!」

「そ、そう………頑張ってね」

「はい!」

 

さすがの志郎も悪い事をしたなと思うほどには桜の目尻には涙が溜まっていた。

 

「それとですね。先輩………」

「ん?」

 

そこで急に桜の雰囲気が変わってどこか寂しそうな雰囲気になり、志郎は思わず心配になり声をかけた。

 

「………桜? なにか心配事でもあるの?」

「いえ、ただ………少し」

「なんでも相談していいよ。なんたって私は桜の先輩なんだから!」

 

そう言って背は小さいながらもかなりある胸を叩いて志郎は桜の不安を払拭しようと試みた。

それで桜は「先輩………」と少し涙ぐみながらも、

 

「その、お爺様に明日から当分の間は物騒だから学園以外の外出行動を自粛せよと言われてしまいまして………」

「ッ!」

 

志郎はそれを聞いてすぐに理解してしまった。

やはり間桐臓硯は私達の事を警戒しているのだという事に。

それで思わず志郎は桜の顔ではなく胸の方へと視線を鋭くさせて睨んだ。

桜の心臓に巣食っているのだろう間桐臓硯に対しての反抗の眼差しを送ることが今志郎にできる全てなのだから。

 

「そう………それじゃ今日の帰りはもう?」

「いえ。今日の帰りまでは外出を許してもらえました。だから先輩………。今日は一緒にお夕飯を作りましょう。今日は一生懸命腕を振るっちゃいます!」

 

そう元気に、健気に振る舞う桜の姿を見て、志郎は一回目を瞑って心を落ち着かせた後に、

 

「うん、わかった。今日は一緒に料理を作ろうね桜」

「はい!」

 

桜は笑顔で答えてくれた。

そこに、

 

「桜ちゃーん? 早くしないと朝練遅れちゃうわよー?」

「あ、はーい! それでは先輩、今日の夜にまた」

「うん、いってらっしゃい」

 

大河の声で桜は急いで大河とともに学園へと向かっていった。

二人がいなくなった後に志郎は悔しさからか拳を思いっきり握りしめていた。

そしてその会話を聞いていた凛はその志郎の悔しそうな姿を見てられなかったのか志郎を自身の胸へと引っ張って頭を撫でてやりながら、

 

「………悔しいわよね。間桐臓硯は先手を打ってこれ以上私達と桜の接触を封じてきたんだから」

「………」

 

志郎は無言で凛の胸でぐずる。

 

「でも、まだ遅くないわ。なんとか救う方法はあるはずよ。だから志郎。諦めないで………。

私達姉妹のためにこんなに心をすり減らしてるんだから貴女は救われてなきゃいけないわ。別に一生会えないって訳でもないしね」

「………でも、このままじゃこの聖杯戦争中に桜は………」

「ええ。だから手遅れになる前に終わらせるのよ。間桐臓硯との因縁を」

「できるかな………?」

「できるかじゃないわ。やるのよ! 幸いこちらには最上級の仲間が三人もいるじゃない?」

「そう、だね………いけるよね!」

 

それで少しは元気が出た志郎に凛は安心の表情を浮かべた。

そしてさらにその二人を見ていたセイバーとアーチャーは、

 

「おそらく私達が現界している間にチャンスは今夜を逃したらもうないだろうな」

「そうですね。ですから必ず今夜に決めましょう」

「ああ。桜は間桐臓硯の呪縛から解放されてもいいのだ。奴のもとにいては桜は幸せを掴む事はできないのだから」

「いざという時にはキャスターの手で桜を無理やり、ですか………?」

「いや、そんな事をしたら凛と桜の和解はできないだろう。それも含めて私達の手ではなく志郎達の手で救わねばならない………」

「そうですね。今日一日は長く感じられることでしょうね。シロ達にとっては」

「そうだな」

 

セイバーとアーチャーは今日一日が平和であることを二人を見守りながらも祈った。

 

 

 

 




日常描写って毎回書くのって難しいですよね。どうしてもシリアスになってしまう………。
次回は学園での日常を描こうと思います。


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第025話 5日目・2月04日『学園での日常・Ⅰ』

更新します。


 

志郎が落ち着いた後、二人は学園へと向かっていった。

その道中、

 

「………所で、ねぇ志郎? いつもの料理は手を抜いていたでしょう………?」

 

そんな凛の疑問に志郎はと言うと普段の微笑を浮かべながらも、

 

「え? そんなつもりはないんだけど………すみません。ちょっとストレスが溜まるとつい本気以上のものが作れちゃうんです」

「あー……まあそうね。昨日から色々と凄い事が起きてるから志郎の気も尖っちゃうか」

「うん………特に慎二くんとのこれからをどうしようかというのも少し………」

「そっか。間桐くんという問題点もあったわね。うまくこちらに仲間にできれば御の字だけど、間桐臓硯が見張ってる中ではそう簡単にはいかないでしょうしね」

 

そう、いつどこで使い魔の蟲で監視しているか分からないから神出鬼没なのである。間桐臓硯という人外の怪物は。

 

「ま、桜の件も含めて早めにこの一件を終わらせたいわね」

「はい」

 

そんな会話をしていながらも二人はしばらくして歩いていると他の生徒達がちらほらと通学路に見え出したので凛は優等生という顔を被った。

それに志郎は多少は驚いていたがそれはいつも学園で見ている遠坂凛の姿だったので特に気にすることもなくすぐに順応した。

だが霊体化しているアーチャーは周りの視線が二人に注がれていることにいち早く気づいていたのでそのことを凛に伝えていた。

 

「ん………? そうなの」

「どうしたの、凛さん?」

「うん。アーチャーがいうには周りから珍しいものを見るような視線が私達に注がれているみたいなのよ」

「そうなんですか………?」

「ええ。ああ、志郎は気にしなくてもいいのよ。きっといつも一人で登校していたから志郎と一緒に歩いているのが物珍しいんでしょうね」

「あ、確かにそうだね」

 

だが実際はその要因に志郎も含まれているのは凛のみが知っていた。

志郎はテストの成績が自身や柳洞一成に続いて良いし、人当たりもよく自分よりも人付き合いがいいのもある。

そして学園のマスコットキャラとまで言われているからだ。

そんな子と自身で言うのもなんだけどミス・パーフェクトとか言われている自身が一緒にいれば自然と目立ちもするだろう。

凛はそう考えていた。

………ただ、当の凛すらも気づいていない事だろうがはたから見れば二人とも種別は違うがどちらも可愛く可憐な女子なのはどう見ても明らかな事で。

そんな美少女二人が一緒に歩いていればどうしても注目を集めてしまう事は明らかである。

二人は特に気にしていないので聞く耳を立ててはいないのだがアーチャーは聞いていた。

男子女子関係なく二人に注がれる視線と尊敬と渇望の言葉の数々を………。

 

「(………凛に関しては私の時でも同じような感じであったが、志郎のこの人気はさすがにすごいな)」

 

アーチャーは内心で我が妹は凄いとばかりに褒めているのであった。

そんなアーチャーのシスコン一歩手前な気持ちなど知る由もなく志郎と凛は会話を続ける。

 

「それでだけど。そろそろ学園に着くけど、なにか感じた?」

「うん。変わらずあの気分が悪くなる結界が張られているね………」

 

二人は表面上では普通の会話をしているように見せていたが小声で魔術関連の会話をしていた。

 

「志郎もやっぱりそう思うのね。わかったわ。それじゃお昼休みにまた落ち合いましょう。場所は屋上だからよろしくね」

「うん、わかったわ」

 

それで凛は志郎と別れて先に校舎へと入っていった。

それから志郎はふとある事を思って弓道場へと足を運んだ。

すると弓道場の入り口からまだ弓道着姿の三綴綾子が出て来て志郎に気づいたのか近寄ってきた。

 

「あ、志郎じゃん。おはよう」

「おはよう、綾子」

「うん。それよりさ、突然だけどさっきまで一緒にいた奴はもしかして遠坂か………? 一緒に登校してきたみたいだけどどうしたんだい?」

「あ、うん。その事なんだけどね、凛さんが家の改築で困っていたらしくて当分の間はウチに泊めてあげることにしたの」

「へえ………あの遠坂がね。しかも既に志郎は凛さんって呼んでるのね。ふーん………それじゃもしかして志郎もアイツの本性ももう知ってる口なのかい?」

「本性………? ああ、アレの事ね。うん、そこそこは………」

 

志郎は苦笑いを浮かべながらも初めて本性を出した時の凜の事を思い出していた。

 

「そっか。それじゃ驚いたろ? この学校の優等生が実は特大の猫を被っているって事が」

「うん。まぁ慣れればそんなに気にしないかな? 凛さんってどちらでも可愛いし」

「うっ………やっぱり志郎ってすごいな」

「え? なにが?」

「いや、遠坂の本性を知った上で普通に可愛いと言えるところがだよ。多分男子がこれの事を知ったら青天の霹靂みたいな感じだと思うよ」

「それ、どこか使い方間違っていない………?」

「まぁね。でもそれだけ遠坂の猫かぶりは凄いって事だよ」

 

綾子はそう言って笑う。

それから少し談笑が続き、ふと志郎は本題を思い出して綾子に聞く。

 

「ところで綾子。少しいい………?」

「なんだい?」

「うん。桜と慎二くんは部活ではどうだったかっていう話なんだけど」

「ああ、間桐兄妹の事か。妹の方なら今日の朝はいつもよりどこか元気が良くて矢を放ちまくっていたよ。なんでも運動がしたいとかなんかで………そこら辺は朝に桜がお前の家に来てるんだから理由は知っているんだろ?」

「あはは………まぁね」

 

それで朝の出来事を掻い摘んで話す。

 

「それはまた、お気の毒に………」

「うん。ちょっと反省してる」

「そうか。まぁ妹の方は特に変化はなかったけど代わりに兄の方が休みっていうか藤村先生の話によれば今日は学園自体休んでいるみたいなんだよな」

「慎二くんが………?」

「ああ、あの真面目な奴が珍しい事もあるもんだよ。妹の方に聞いても分からないの一点張りでね。こりゃまいった」

「そ、そうなんだ」

 

そう言って表情を曇らせる綾子に事情が事情だけに話せない志郎は曖昧に返事を返す事しかできないのであった。

 

「まぁ、そのうちまたひょっこり顔を出すさ。あいつは次期副主将なんだからね」

「なんだかんだで綾子はこき使いそうだもんね」

「あっはっは! 朝から言うね志郎。まぁ、そうだけどね。あ、そろそろ時間がやばいから着替えてくるよ。いやー、志郎と会話していると遠坂とは違うけど話が弾むんでやばいね」

「うん。それじゃまたね綾子」

「ああ」

 

それで弓道場の更衣室へと綾子は向かっていった。

綾子を見送った志郎は教室へと向かう最中にセイバーへと思念通話を送る。

 

《………セイバー、聞こえる?》

《はい。聞こえていますシロ。どうされましたか………?》

《うん。今日は慎二くんが学校を休んでいるみたいなの。それでもしかしたら間桐臓硯の命令でやむなくこの学園に張られている結界を発動しに来るかもしれないからやってきたら教えてくれないかな? 屋上にいるから校門は見れるでしょう?》

《はい、わかりました。シンジが入ってきましたらすぐに伝えますね》

《うん。それじゃまたお昼時に屋上で》

《はい》

 

それで志郎はセイバーとの会話を中断した。

 

 

 

 

──Interlude

 

 

 

志郎と別れた後に私は学園に張られている結界の起点をアーチャーに探ってもらうように指示をした。

前回はランサーに邪魔をされて作業が捗らなかったからね。

でも、この結界の件で驚いた事と言えばやっぱり間桐くんよね。

ライダーにこの結界を張らせたのは間桐くんでしょうけど張らせた理由が間桐臓硯に逆らえなかったから、であったのはまぁ仕方がない事だ。

そして志郎の話によって間桐くんの全体像が大体は見えてきたのは嬉しい誤算ね。

桜を助けようという兄らしい内容だったのは私としても心休まる事だった。

でも解決法が見いだせずに志郎同様に悩んでいて苦悩していたというのも悔しいけど気持ちはわかる。

私も志郎に桜の実情を教えてもらえなかったらここまで姉としての気持ちを思い出すことは無かったでしょうから。

そう、間桐臓硯は協定を守っているようであり実際は人喰いも厭わない怪物であるのはもうわかっている。

いつその牙を私達に向けてくるか分からないのが怖いわ。

まぁそんな相手を倒そうとしている私達もどっちもどっちな状況だけどね。

魔術師としては下策だけど姉妹としてはぜひとも桜は助けたい。

今更だという気持ちはあるけどそこだけは譲れない。

 

《………大丈夫かね凛。気分が優れないようだが》

 

そんな私の気持ちを察したのだろう。

正体が分かってから幾分皮肉な部分がなりを潜めた我がサーヴァントであるアーチャー………エミヤシロウは私に気遣いの言葉を言ってくる。

令呪で霊的に繋がっているから伝わってしまうのだろうね。

そこは仕方がないと割り切る。

 

《大丈夫よアーチャー。私はいつでも準備はできている。すぐに戦闘になっても動けるわよ。だから心配ご無用よ》

《ならいいのだがね。凛はここぞという時に遠坂の呪いが発動していつポカをしてしまわないかと不安で不安で………》

《あら? 素直ねアーチャー………?》

 

幾分カチンときたので少し低めにそう答えると、

 

《………いや、失言だった》

 

それでアーチャーのセリフは一旦途絶える。

でもそんななんでもないやり取りが私を気遣ってくれているのは分かる。

だから、

 

《さっきも言ったけど心配いらないわよ。桜は絶対救う。これは決定事項よ》

《それでこそ凛だな。では起点探しに行ってくるとしよう》

 

そう言ってアーチャーの気配が遠ざかっていくのを確認すると私は教室に入り席に座る。

そこに、

 

「あ、と、遠坂さん、おはようございます………」

「あら。三枝さん、おはようございます」

 

クラスメートの三枝由紀香さんが話しかけてきた。

この子はいい子なんだけど少しでも気を許すと素を出しちゃいそうで警戒しないといけないのよね。

 

「あの、それで今日の朝なんだけどシロちゃんと登校していたようですけどどうしたんですか………?」

「………あぁ、そういえば三枝さんは衛宮さんとは大の仲良しでしたね」

「はい! シロちゃんは薪ちゃんや鐘ちゃんと同じくらい大事なお友達なんです!」

「そうですか」

 

三枝さんは嬉しそうに表情を綻ばせる。

そう、二年の間では志郎と三枝さんが一緒になると必ずほんわかな空間が出来上がる。

そこに薪寺さんや氷室さん、それに綾子なんかが混ざっていくのだ。

中心になるのは必ず志郎だというので何度かそんな光景を目撃した事はあるけど、あれは一種の麻薬みたいなものだわ………。

私がもし入っていったら即で素を出してしまう自信がある。

だからあまり関わらないで遠巻きに見ていたのだけれど、

 

「あ、そうだ。今日はシロちゃん達と一緒にお昼はどうですか? この際ですから遠坂さんもシロちゃんと仲良くなりましょう?」

「あ、それは嬉しい相談ですが、その、今日はその衛宮さんと一緒にお昼を食べる予約を入れていまして………」

 

その瞬間、三枝さんはもちろん聞く耳を立てていた他の生徒からもザワリと言う感じのどよめきを感じた。

 

「………その、やっぱりシロちゃんとはもうお近づきになったんですか?」

 

少し残念そうな表情をする三枝さんに良心を抉られるような気分にさせられるけどここで負けたらペースをあちらに持ってかれてしまう。

 

「はい。だからまた誘ってもらえないですか。都合が合えばですけど」

 

つい心の贅肉が出てしまい隙を出してしまった。

その瞬間、三枝さんは笑顔を浮かべて、

 

「はい! その時は一緒にお昼ご飯をしましょうね」

 

そう言って三枝さんは薪寺さんと氷室さんの方へと歩いていった。

やっばー………フラグを立ててしまったわね。今後は気を付けないと………。

 

 

 

Interlude out──

 

 




三枝さんの登場です。
日常と銘打つんですから彼女らとの交友を描かないといけませんよね。
何気ない日常も大切な日常ですからね。


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第026話 5日目・2月04日『学園での日常・Ⅱ』

更新します。


「あ、そうだ」

 

志郎が自分の教室に向かう道中で、ふといつもの日課である生徒会室への顔出しを志郎は思い出した。

それなので志郎はいつものように条件反射で生徒会室のある方角へと足を向け歩を進める。

………だが、志郎は気づいていない。熱烈なファン達の影を。

志郎にとってはいつもの日課のようだがそれは当然他の生徒にも知られている事であり、いつも向かう時は少なからず志郎が微かな笑みを浮かべていることを。

そしてそんな表情が常に目撃されている事を。

そんな表情をされるなんて羨ましいなと。

だからなのか志郎は知らない事だが一成は裏では志郎ファンクラブの連中に『シロちゃん独占禁止法』なるものを言い渡されていて常日頃から困っているとかなんとか………。

一成本人はそんな気はさらさらないのだが、嫉妬に駆られた彼、彼女らには言葉は届かないようだ………。

さすが学園のマスコットキャラの二つ名は伊達ではない人気ぶりである。

それでも一成は志郎との付き合い方を変えない辺りは彼も男の子だったという訳である。

兄の零観にも一度は、

 

『この気持ちはなんなのか………?』

 

と打ち明けてはみたが零観は笑みを浮かべながらも、

 

『一成、お主もまだまだ若造だな、この未熟者め。俺が若かった時はな………』

 

と軽くあしらわれさらには自身の若かりし時に藤村大河との間に起きたハプニングを聞かされることになった。

危うく藤村組の連中にけじめを受ける羽目になりそうだったと恐れもせずに笑い飛ばしていたが。

だからか自身で考えなければいけない問題なのだと日々悶々とした想いを念仏を唱えながら沈めている純情な男である。

 

 

 

―――閑話休題

 

 

 

志郎は生徒会室へと足を踏み入れると待っていたかのように一成が学園の資料を見ていた。

そんないつも通りの姿に日常風景が戻ってきたような気持ちになって志郎はやはり笑みを浮かべる。

 

「………む? ああ、衛宮か。おはよう。今日はいつもより早いのだな」

「うん、おはよう一成くん」

 

軽く挨拶をした二人はそれから打ち合わせでもしていたかのように、

 

「一成くん、お茶淹れよっか? まだ朝礼まで時間があるから」

「いつもすまないな。では頼む」

「うん!」

 

それで慣れた手つきでお茶の葉が入った急須にお湯を適度に注いでいる志郎の後ろ姿を見てただただ和む一成であったが、すぐに気を引き締めて資料へと目を向ける。

そんな最中で、

 

「…ねぇ一成くん。なにか最近おかしな事とかないかな?」

「む………? おかしな事とは?」

「こう…なんていうかおかしな事件に巻き込まれているとか、かな………」

「いや、そんなことは特には無いぞ。突然どうしたのだ………?」

「ううん。なにもなければいいの。あ、お茶できたよ」

 

そう言って志郎は一成の前にお茶が入ったコップを出した。

一成はいつもながらありがたいと思いながらもお茶を飲む。

そして志郎自身も自然と一成の席の隣に座ってお茶を一服。

 

「はふー………あったまるね」

「うむ。衛宮の淹れてくれるお茶はいつもながら美味い」

 

二人はその静かな時間を楽しみながらも飲み終えて、

 

「馳走になった」

「お粗末様でした」

 

そんなやり取りをしながら二人して笑みを浮かべあう。

それからしばらくして朝礼五分前のチャイムが鳴り、

 

「では教室に向かうとするか」

「うん」

 

それで教室へと向かおうとしたところで一成が志郎にある事を聞く。

 

「ところで衛宮。つかぬ事を聞くが間桐が今日は来ていないらしいが友人である衛宮はなにか聞いていないか………?」

「ッ!」

 

そんな質問をされて志郎は現実へと気持ちが引き戻された。

そうだ、問題が片付くまではこんなにゆったりとしていてはいけないのだ。

それで気を引き締めながらも、

 

「…ごめんね、なにも聞いていないんだ」

「そうか。ならばよいのだ」

 

親友に嘘をつくのが心に響くがこればかりは仕方がないと志郎は思う。

魔術の世界の人間ではないものを巻き込んではいけないのだ。

 

「それじゃいこう」

「うむ」

 

それで二人は教室へと歩を進めていった。

 

 

 

 

 

それから志郎と凛は午前中の授業をいつも通りに受けて、そしてあっという間に時間は経過して現在お昼時。

志郎は凛に言われた通り屋上に向かうためにお弁当を持って教室を出ようとしていたところ教室が騒がしいことに気づく。

 

(どうしたんだろう………?)

 

志郎はそんな疑問にかられたが教室の外には凛が何度も自分の教室の前を通っていることに気づいてすぐに向かった。

 

「ごめんなさい凛さん。待たせちゃったかな………?」

「そんなことはないですよ衛宮さん。それじゃ行くとしましょうか」

「はい」

 

二人はなんでもないようにお弁当を持って教室を出て行ったが、同じ教室の生徒や凛の後を着けていた数名の生徒は驚いた顔をしていた。

 

―――曰く、あの遠坂さんとあんなに親しげに…さすが衛宮嬢でござるな。と見た番組によってその日の言葉遣いが変わる生徒。

―――曰く、な!?まさかもう衛宮は遠坂の魔の手に!?と嘆く寺の坊主。

―――曰く、なんで由紀っちの誘いは断るくせに!?と自称・冬木の黒豹。

―――曰く、自分から誘うとは。もしかしたらあの二人は……、とぶつぶつと呟く恋愛探偵。

 

その他にも志郎や凛のファンクラブの猛者達とかetc、etc……

 

アーチャーはその光景を霊体化で客観的に生徒達を見ていて正直驚いていた。

凛は当然として志郎がここまで人気を持っているものなのか、と。

 

 

 

教室でそんな会話をされていたことは露知らず志郎と凛は屋上に到着した。

そこにはすでにセイバーが目立たないところでシートを広げて待機していた。

 

「待たせたかな、セイバー?」

「いえ、そんな事はありません。お日様の下でしたのでいい日向ぼっこができました」

「それでセイバー、一昨日に調べた結界だけどどうにかなりそう?」

「いえ、ここまでとなりますとセイバーの私では到底理解できない代物です」

「そう…それじゃ志郎と、って…どうしたの、志郎………?」

 

凛が気づいた時には志郎は結界の魔方陣の基点に触れて目を瞑り調べていた。

 

「………、うん。この魔方陣を解析魔術で調べてみたんだけどどうにも解呪に関しては手に負えなさそう」

「どういったものかは当然わかったんでしょ?」

「ええ。発動したら凛さんの言った通りの効果が出ると思うわ。とりあえず凛さん、なにか効果を阻害できる魔術は使える? 私はそこまでのものは知識があってもまだ実戦で使えるものじゃないから」

「え、ええ。できるわよ。少し待って…」

 

凛は何節かの呪文を唱えたら魔方陣から重圧感が減り少し体が軽くなった感じがした。

 

「これでよし、気休めに過ぎないけどね。それと大体の基点の場所は学園中を調べてもらっているアーチャーが発見したみたいだから放課後になったら回りましょう」

「わかりました」

「手回しがいいですねリン」

「こうでもしないと被害が出てからじゃ遅いからね。解呪は出来ずとも発見だけはして対処はしておかないとね」

「ですよね……まあ、でも発動自体させない方法もあるんだけど………凛さん、最終手段だけど聞きたい?」

「…すごく嫌な予感がするけど聞いてあげてもいいわよ?」

「うん。あくまで方法の一つだけど誰もいないことを確認した後セイバーの宝具で「やっぱりいいわ!」…やっぱりダメだよね」

「当たり前じゃない! そりゃ確かに被害者が出るのは避けられるけど、代わりに莫大な被害が出るじゃない!?っていうかそんな考えを持ってたの!?」

「…凛さん、とりあえず落ち着いて。だから言ったでしょ? あくまで最終手段だって………」

「シロの言うとおりですよリン。私の時代でも何度かやむ負えないことがあれば城落としもやりましたから」

「…まあ少し落ち着けたけどセイバーがいうとなぜか真実味がいっそう高まって怖いわ。ま、それなら今日は学園が終了したら基点を一つずつ潰していきましょう」

「わかりました」

 

今日の方針が決まったことなので一同は食事を開始したのであった。

そこにアーチャーが遅れてきたのか実体化してセイバーに話しかけた。

 

「セイバー。君は午前中は屋上にいたのだから衛宮志郎の話で聞いたが見張っていたそうだな。誰か入ってきたかね? ………そう、例えば間桐慎二とかだな」

「いえ、今のところは誰も入っては来ませんでしたね。ライダーもうまく気配を隠しているのでしょう。今は感知できません」

「そうか………」

 

それでしばし無言になるアーチャー。

そして内心で間桐慎二の扱いに困っているアーチャーであった。

自身の知る間桐慎二とは性格も根性も違う。

よって次にどう行動を起こすのか把握できないのだ。

アーチャーが知る限りの間桐慎二ならばこの結界を起動して自己顕示欲を満たすだろうがこの世界の間桐慎二は正義感に満ちているからその可能性は限りなく低い。

その代りに間桐臓硯がまた介入してくるかもしれないという不安もある。

あの怪物もどこで機会を伺っているか分からないのが厄介だからだ。

よって今度間桐慎二と遭遇したらすぐさまに無力化をして事態悪化を防ぐ事を重点に置いた方がいいだろうというのが今のアーチャーの考えだ。

この結界がもし起動すれば少なからず志郎が傷つく。

それだけは防がなければならない。

 

………アーチャーは気づいていないがマスターの凛よりやはり妹である志郎の方が優先度が上なのが性格を表しているとも言える。

 

「わかった。では私も気を付けるとしよう。それと衛宮志郎」

「なんですか」

「あまり、気負いはするな………」

「えっ………」

 

それだけ伝えてアーチャーは霊体化した。

志郎はなぜアーチャーが自身を気遣ってくれるのか少し悩んでいた。

凛とセイバーだけは知っている為に顔を合わせて笑うのであった。

 

《まったく………不器用な性格ねアーチャー》

《うるさい………。分かっているから指摘してくれるな》

 

そんなアーチャーの様子に凛は微笑ましい感情を抱いていた。

 

 

 




アーチャーは少し気を許しています。


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第027話 5日目・2月04日『動き出す非日常』

更新します。


それからお昼も終わりまたセイバーだけ屋上に残して志郎と凛は午後の授業に受けに教室へと向かおうとする。

だが降りていく前にセイバーからとある事を言われる。

 

「リン、それにシロ。お気を付けください。なにか胸騒ぎがするのです」

「それって、セイバーの直感のスキル………?」

「はい。それがなにか分かりませんが今日一日は何かが起こるのかもしれません」

「セイバーがそう言うのだったらそうなのかもね。アーチャーはどう思う………?」

「ふむ……そうだな。セイバーの直感は侮れないからな。私も用心しておくとするか」

 

アーチャーはそう言って気を引き締めながらも凛の背後で霊体化して消えた。

 

「うん。わかった。なにかあったらすぐに知らせるから」

「はい。シロ」

 

それで二人は校舎へと戻っていく最中で、

 

「凛さん、桜に顔を出していかなくて大丈夫ですか………?」

「ええ、平気よ。まだ今日は志郎の家で会えるんだからね」

「そうだね」

 

それで笑みを浮かべて二人はお互いに教室へと入っていった。

その際、一成や他のクラスメート達に凛とどんなお話をしたのかを聞かれたが志郎は曖昧に返答をしておくのだった。

凛の方も大まかには志郎とそう大差はなかったことを書いておこう。ただ綾子がやけにニヤニヤしながら

 

『後で志郎との馴れ初めとか詳しく話してもらうよ遠坂』

 

と、半分脅迫交じりに言われて凛は冷や汗を流したとかなんとか………。

 

 

 

そんな普通の学生にとってはほんの一区切りの時間もあっという間に過ぎていき、時間は放課後。

帰宅部の生徒はこの寒い季節もありさっさと帰り残っているのは部活の生徒か明日の準備をしている教師くらいのものだろう。

そんな中で志郎と凛はすぐに合流して、

 

「さて、それじゃさっさと魔法陣の基点を調べて帰りましょうか。弓道部の桜の帰る頃合いに合わせるくらいの時間でね」

「そうだね。今日はキャスターにも桜を連れて一緒に帰ってきてほしいって言われているから」

「キャスターから…?」

「はい。なんでも桜に用があるらしくて」

「そう」

 

それで凛は少し考え込む。

そしてすぐに霊体化しているアーチャーへと思念通話で話しかける。

 

《ねぇ、アーチャー?》

《なんだね?》

《私と志郎になにか隠していることは無いかしら?》

《ほう………さすが凛。察しがいいな。もう気づいたか》

《やっぱり。なにかやらかすつもりでしょう?》

《まぁな。だが今は静かに見守っていてくれ。凛にも後で詳しく話すのでな》

《むぅ………なにか隠しているのか知らないけどそれは桜にとってはいい事なのよね?》

《それは保証しておこう。それと志郎にはまだ内緒で頼む。志郎が今回の件で鍵を握っているのでな》

《そう………。わかったわ》

 

それで凛はそれを承諾して思念通話を切る。

 

「志郎。なにか大切な事でしょうからさっさと終わらせましょうか」

「え? う、うん。………凛さん、すっきりした表情だけどなにかあったの?」

「えっ? そんな顔してる?」

「うん。でも悩んでるよりかはいい顔だと思うな。やっぱり凛さんは綺麗だし」

「うっ!」

 

志郎の自然な不意打ちに凛は顔を赤らませる。

凛はここ数日の志郎との付き合いで志郎はいい意味で思った事は隠さずに言う子だという事は理解していた。

今回も志郎にとっては自然に発したセリフなのだろう。

だが凛にとっては慣れないものだった。

普段は優等生の顔をしているのであまり深い付き合いがない凛である。

綾子でもここまでじゃないのだからこの反応も仕方がない。

しかし志郎にとってはこれが普通なのだ。

志郎は不思議な魅力を持っている。

だからどんな人からも好かれているのだしこの笑顔を守りたいという輩も出てくるのも不思議じゃない。

当の凜でさえそんな事を思ってしまうほど志郎に好意を持ってしまっている一人なのだ。

この子の悲しい顔は見たくないと自然と凛も思うようになり、言葉選びも慎重にやっている。

心の贅肉じゃないけどこの子には自然と逆らえないんだろうな………と凛は思っている。

そんな凜の心情など知る由もない志郎は凛の反応に首を傾げる。

そんな仕草でさえも愛らしい。

凛は志郎を抱きしめたい衝動をなんとか抑えながらも、

 

「お、おだてたってなにもでないんだからね」

 

腕を組んで明後日の方に顔を向けるしかできなかった。

 

「あはは。そんなつもりはないんだけど………」

 

志郎も頬を掻きながらも笑みを浮かべる。

そしてそんなやり取りを霊体化しているアーチャーは客観的に見ながら、

 

(ふむ………志郎はスキルに魅了の効果でも持っているのだろうか。あの凛がここまで照れる姿も珍しい)

 

と思っていた。

 

「それじゃセイバーと合流しようか」

「そ、そうね」

 

それで志郎はセイバーへと思念通話を送ろうと意識を集中させようとしたその時だった。

外から………正確に言えば弓道場のある方向から悲鳴が聞こえてきたのは。

 

「なにっ!?」

「この悲鳴って!」

 

二人は思わず窓から顔を出して弓道場へと目を向ける。

そして目撃する。

弓道場だけ限定に赤い結界が展開されているのを。

 

「まさか!? 弓道場に張ってあった結界が起動されている!?」

「そんな! 慎二くん…!」

「志郎、落ち着いて! とにかく急いで向かいましょう! アーチャー!!」

「わかった」

 

それでアーチャーが実体化して志郎と凛を両脇に抱えて窓から飛び立つ。

誰かが見ているかもしれないが今は度外視した。

目撃者は後日に協会関係者がなんとかするだろうから。

そして地面へと着地した時にセイバーもすぐにその場へとやってきた。

 

「遅れました! ご無事ですか!?」

「私達は! でも弓道場には多分藤ねえや綾子、それに桜達がいると思う!」

「それはまずい………。これでは」

「ああ。計画に支障が出るな」

 

セイバーの呟きにアーチャーが同意の言葉を返す。

 

「とにかく弓道場の中に急ぎましょう!」

 

それで四人は弓道場の入口へと入っていった。

入った瞬間、志郎と凛は多少の眩暈に襲われる。

 

「…これはまずいわね。私達でこれじゃ一般の生徒なんかはひとたまりもないわよ」

 

見回せば周囲は赤い世界へと変貌していた。

そして倒れている綾子、藤ねえ達。

 

「あの小僧がこんな事はしないと思っていたのだがな。やはり間桐臓硯に脅されでもしたか!?」

 

思わずの惨状にアーチャーは毒づく。

とにかくこの惨状をどうにかしないと思い、その前に志郎は藤ねえ達へと駆け寄る。

 

「これは………」

 

藤ねえ達の姿に思わず凛は顔を背けようとするが、

 

「………まだ大丈夫」

「志郎………?」

 

志郎だけは冷静になっていた。

 

「衰弱して気絶はしているだろうけどまだ死んでいない。これならまだ助かるよ」

「本当に…?」

「うん。私………死体だけは見慣れているからこれくらいならまだ大丈夫」

 

それで凛は思い至る。

十年前の悲劇を生き延びたのだから死体を少なからず目撃していてもおかしくはないのだと。

その志郎の異常なまでの冷静さに一種の悲しみを覚えながらも今は心の隅に置いておくことにしてまずはこの結界を破戒する事を念頭に行動を起こすべきだ。

 

「ライダー! いるのだろう? 出てきたらどうだね!?」

 

アーチャーの叫びに志郎達も周りを見渡す。

すると射場と的場までの矢が通る広間である矢道の場所にすぐにライダーが実体化する。

 

「………」

 

無表情でその場に現れたライダー。

しかし相変わらずその眼帯のせいで何を考えているのか伺う事はできない。

 

「素直に現れてくれて感謝でもしておこうか。それで………これはどういう事だ?」

「どういう、とは………?」

「なぜ一般人を巻き込んだと言っている!」

「そうです。無辜の民を巻き込んでおいてただでは起きませんよライダー」

 

アーチャーにセイバーも続いて言葉を発して武装化して剣をライダーへと向ける。

だがライダーはセイバーの威勢もものともせずに志郎へと顔を向ける。

そして、胸を右手で二回叩く動作をする。

 

「ッ!?」

 

それで志郎は瞬時にライダーの意図を悟った。

そしてすぐに倒れている生徒へともう一度目を向ける。

 

「(桜が、いない………ッ!?)」

 

志郎が気づいたことを確認したライダーは、

 

「もうここには用はありません」

 

そう言って赤い結界を解除した。

すると周囲は結界が解かれたからなのか静けさを取り戻した。

 

「………何? なんのつもりだ、ライダー?」

「言ったでしょう? もうここに用はないと。それと、ふふ………着いてきなさい、アーチャー」

 

そう言ってアーチャーを誘う言葉を発してライダーはその敏捷性で場から逃走を開始した。

 

「アーチャー追って!!」

 

凜の叫びが響く。

 

「だが!………わかった!」

 

少し考えたアーチャーはすぐにライダーを追ってその場を後にした。

そしてその場に残された志郎と凛は協会へと連絡を入れて騒動に巻き込まれる前にすぐさまその場を後にした。

藤ねえ達を残していくのは心が痛んだが今この場ではしないといけない事があるという事でセイバーと凛を連れて志郎はとある場所へと向かう事にするのだった。

 

「………ねぇ志郎。どこに向かおうっていうの?」

「そうですシロ。ライダーは追わなくてよろしかったのですか?」

「うん。アーチャーには悪いけど私と慎二くんとの間にある茶番劇には付き合ってもらう」

「………茶番劇? それって………それにこの向こうって」

「今はまだ」

 

それ以降は無言になる志郎。

しばらく歩いた三人が着いた場所は衛宮の武家屋敷の前だった。

そこには、

 

「………やぁ衛宮。それに遠坂」

 

そこには気絶している桜を背中に抱えている慎二の姿があった。

 

「………間桐くん。どういう事? なぜあの結界を起動したの? それになんで桜を抱えているの?」

 

当然、凛は慎二にそう問いかけた。

だが慎二はなにも答えずに志郎に目を合わせてライダーと同じく胸を右手で二回叩く動作をした。

 

「(やっぱりあの時の合図が通じていたんだ)」

 

それで意を決した志郎は慎二と同じように胸を叩いた。

 

「衛宮………ありがとう。信じるからな」

 

そう言った慎二は意を決して衛宮の武家屋敷の門を強引に突破した。

 

「ちょっ!?」

「凛さん、追うよ!」

「ちょ、ちょっと少しは私達にも分かりやすく説明しなさいよ!」

 

桜を抱えている慎二は屋敷の敷地内に入るとその場でへたり込んでいた。

 

「はぁ、はぁ………」

 

息切れを起こしていた慎二は三人が来たことを確認し、

 

「これで、いいんだよな?」

「うん」

 

慎二の言葉に返答する志郎。

果たして二人はなにをしようとしているのか………?

それだけが凛とセイバーの疑問だった。

 

「これで、桜を救えるんだな」

 

慎二のセリフがこの場一体を包み込んだ。

 

 

 




慎二の行動の真意は一体………?
次回にその真相を話していきます。
桜が救えるか?


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第028話 5日目・2月04日『救い』

更新します。


 

 

 

――Interlude

 

 

 

慎二は間桐臓硯からとある事を深夜に言い渡されていた。

 

「お爺様、こんな夜更けに何の用ですか………?」

「カッカッカッ。言わんでもわかっていることじゃろう? 慎二よ。お主は今日の夕暮れ時に衛宮と遠坂の小娘二人からみすみす逃げ帰ってきたことをな」

「ッ………」

 

それで慎二は苦い表情になる。

当然か。直接見られていてしかも脅迫までされて戦闘行動を取らざるをえなかったのだから。

 

「ククク………。儂は別に怒っているわけではないのだぞ? 逃げも一つの戦法じゃ。恥を忍んで耐え続ければ勝てぬ戦もどう転ぶかは分からんものじゃ」

「………」

 

慎二は間桐臓硯の語りにただ沈黙だけを貫いていた。

 

「じゃがの………慎二、お主の魂胆などとうに分かっているのじゃ。

桜を間桐の家から解放したい、そうじゃろう?」

「………わかっているのならなぜ今こうして見逃してくれるのですか?」

「なぁに………歳を取るとついつい面白い物には興味をそそられての。

慎二………お主の行動はまことに面白い。まるで十年前の雁夜を見ているようじゃよ。

本当に道化に過ぎるのじゃ。だが、それが面白うての」

「何が言いたいんですか………?」

「儂の寝首を取ろうとしているようじゃがその反骨心は嫌いではない。

お主は雁夜よりも理性的に行動している。あやつはなにかにつけて桜を解放しろと感情的にほざき散らしておった。いささか耳障りが過ぎた。

だがお前は野心があろうともうまくそれを手なずけておる。

そんなお前に対して『踏み絵』に似た命令を今からしようと思う」

「踏み絵………?」

「そう、踏み絵じゃ。お主は被害者を出さないように行動しておる事はわかっておる。そんなお主にこういった事を言うのはいささか老骨には堪えるが、仕方がない………」

 

そう言いつつ間桐臓硯はその皺がある表情の口元を弧に歪めて言う。

 

「慎二よ。翌の日にお主の学園をライダーの宝具で襲うのだ」

「なっ!?」

「それを遂げることでお主への疑惑の目を少しは和らげてやろう。カカカ、なんと優しいのじゃ儂は………可愛い孫には素直なままでいてもらいたいものじゃからの」

 

そう言って間桐臓硯はひとしきりその場で奇声にも似た笑いをする。

それを言われた慎二はそれどころではなく冷静ではいられなくなっていた。

 

「(くっ………お爺様の目を逸らせるためにわざと設置した魔法陣が裏目に出るなんて………)」

 

思わず拳を握りしめる慎二であった。

だがそこで天啓とも言える思い付きをする。

 

「(そうだ………。今日、衛宮は僕と衛宮の間でしか分からない秘密の合図を僕に対して行った………つまり、そう言う事なのか? 衛宮?)」

 

慎二は過去にどうやって桜を救うか志郎と何度も話し合いをしていた。

その中で絶対に桜を救えると判断した時だけ、あるいは間桐臓硯を完璧に殺しうる時だけにやるお互いの合図を決めていたのだ。

そしてその合図があった時に限り衛宮の武家屋敷の敷地内まで来てほしい、という取り決めをしていた。

今はできなくとも将来的に志郎は自身の屋敷の結界に間桐臓硯を殺しうる装置を組み込む計画を立てていたのだ。

その為には様々な協力や資金の調達などが必要となり目下計画どまりだった準備不足の計画だったのだ。

そして慎二はまさかその合図が今日されるとは思っていなくて、思わず間桐臓硯の目を他の関心に逸らさないといけないという理由と一旦落ち着いて整理したいという理由でライダーとともに撤退したのだ。

 

「(衛宮………信じていいのか? お前の計画に不備はないと思う。この聖杯戦争だ。思わぬ収穫を得ているかもしれない。だけどまだ確証に至るには浅い。だから今度はこちらからもう一度確認させてもらうよ)」

 

そう決意して慎二は握っていた拳に入っている力を和らげて一度深呼吸をして、

 

「………学園を襲えばいいのですね?」

「むっ………? なんと、もう決意ができたのか。もう少し反抗的に喚き散らすと思ったのだがな」

「確かに………でもお爺様には逆らえないのは分かっている。なら従うしかないじゃないですか」

「くっ………つまらん奴じゃのう」

 

それで先ほどまで不気味に笑っていた間桐臓硯は慎二の開き直りの良さに不満を感じているのであった。

 

「それではライダーとも作戦を話し合わないといけませんのでこれで失礼します」

 

そう言って慎二は工房を後にした。

そしてもう桜も寝静まったであろう深夜の自室で、慎二は一回扉を止めた後に一回癇癪を起したかのように地団太を踏んだ。

それを数回繰り返した後………、

 

「お爺様は本当に僕の部屋を蟲で監視はしていないようだね」

「………そのようですね」

「舐められたものだね」

 

するとその慎二の言葉を待っていたかのようにライダーが実体化する。

先程の地団太は間桐臓硯が慎二の部屋を監視しているか確認するための物だった。

確認していればそれでいい。それを前提にして今から手短に話し合わないといけない。

己の未熟さに呆れながらも今回はありがたかった。

 

「それじゃライダー。霊体化して聞いていただろうけど………」

「ええ。私は明日、桜達の学び舎を私の宝具である『他者封印・鮮血神殿(ブラッドフォート・アンドロメダ)』を使い襲えばよろしいのですね」

 

 

 

ライダーの宝具の一つである、『他者封印・鮮血神殿(ブラッドフォート・アンドロメダ)』。

それはひとたび使えば赤い結界が周囲を覆い内部の人間を取り込んでその血肉、そして魂をもまるごと溶解し魔力に変換して吸収し糧とする対軍宝具である。

取り込まれた人間は魔術師であるならば多少はレジストできるだろうがただの一般人にとってはたまったものではない代物である。

 

 

 

「そうだ。でも場所は後で僕から指定する。そして絶対に死者は出さないように威力だけは抑えるんだ」

「ふふふ………慎二は優しいのですね」

「桜には悲しい思いはしてもらいたくないからな。そしてその場に衛宮がもし現れたのならこの動作をしてくれ」

 

そう言って慎二はライダーに二人の秘密の合図を形だけ教えた。

 

「それから………」

 

それからも慎二とライダーの話し合いは行われていった。

そして作戦決行の日。

それは奇しくもアーチャー達が立てた計画の日と重なった。

慎二の合図とともに宝具を発動し、その隙をついて事前に呼んでおいた桜を志郎仕込みの方法で気絶させて衛宮の武家屋敷まで運んだのだ。

 

 

 

 

Interlude out──

 

 

 

慎二くんが私の家に入ったのを合図に私達も家の敷地内に入った。

そこでは慎二くんと気絶している桜の姿がある。

 

「衛宮。これでいいんだよな?」

「うん。もう桜は大丈夫だよ」

「ちょ………これってどういう事? 説明してくれるかしら。二人とも?」

「私にもできれば説明していただけると嬉しいのですが」

 

そうだ。私達だけが分かっているだけでは話が進まない。

それで私はセイバーと凛さんに説明しようとしたその時だった。

 

《カカカ………。よもや慎二よ。お主が儂を裏切るとはな》

 

桜の体内から間桐臓硯の声が聞こえてくる。

 

「お、おい! 衛宮、話が違うじゃないか!?」

「いや、大丈夫」

「け、けど!」

「私を信じて………」

 

慎二くんの目を真っすぐに見て慎二くんを説得する。

しばらくして、

 

「………、わかった。信じるぞ」

「ありがとう、慎二くん。それで………桜の中にいるのは間桐臓硯本人であっていますか?」

《ほう………分かっていて敢えて聞くか衛宮の小娘。まぁ、よかろう。いかにも。桜の体内を苗床にしている間桐臓硯で相違ない》

 

その発言に慎二くんと凛さんは言わずとも表情を険しくする。

その表情がお気に召したのか間桐臓硯は言葉を発する。

 

《慎二に遠坂の小娘………いい表情をするではないか。見ていて楽しいぞ》

「余裕ですね」

《当然じゃ。儂が策がなくわざわざ桜の体内にいると思うなよ?》

「そうでしょうね」

《分かっておるのなら話が早い。桜は人質じゃ。衛宮の小娘よ………桜を体内から殺されたくなければ儂のいう事を聞くんじゃな》

「聞かなかったら………?」

《その時は桜ともども地獄へと案内をしてしんぜよう。カカカ………》

 

そういって不気味に笑う間桐臓硯。

だが、もう貴方は後手に回っていると気づくべきでしたね。

 

「桜を殺すなら殺したらどうです? あなたの事です。簡単でしょう………?」

「衛宮!?」

「志郎!?」

「………」

 

私の心無い思わずの発言に慎二くんと凛さんは信じられないと言った感じで私を睨んでくる。

セイバーだけは神妙な面持ちで経過を見守っているようだ。やっぱりさすがだね。

心苦しいけど今は二人のこの視線にも耐えないと。

 

《よくぞ言った。衛宮の小娘よ。ならば貴様ら全員儂の蟲で蹂躙してやろうぞ!》

 

そう間桐臓硯は叫んだ。

だがしばらく時間は経つがなにも変化は起きない。

それを察したのであろういち早く声を上げたのは、

 

《なぜじゃ!? なぜ何も反応を起こさない! 衛宮の小娘よ! 一体何をした!?》

「なにをしたって………それは」

 

私の声に重なるように、

 

 

………―――もうあなたは使い魔はおろか自分の体さえ動かせないって事よ。

 

 

私の背後にキャスターの姿が現れる。

 

《貴様は………キャスターか!?》

「ご名答ね。でもこの敷地内に足を踏み入れた時にあなたの運命は終わっていたのよ」

 

見下すようにキャスターは冷たい視線を桜の胸に向ける。

 

「私達が何も策もなく行動すると思った………?」

「当然です。私はもう何度かあなたの魔力が通っていた蟲を数匹捕獲していた。

そして志郎様の指示でもしこの敷地内にこれと同系統の“蟲”が侵入する者ならば即座に支配権を剥奪する術式をこの屋敷全域に張り巡らせたのよ。

………気づいてないのかしら? あなたご自慢の蟲達が一匹もあなたの(ねぐら)に帰還していないことを………」

《………ッ! ッ!?》

「あらあら。驚愕で声も発せないのかしら? 憐れね………」

 

そう言いながらもキャスターはその手に透明の液体が入った瓶を出した。

 

「キャスター、それは………」

「あら、セイバー。あなた達が要求したものよ」

「では。しかしいつシロに………」

「今日の間に計画は立ってたのよ。後はタイミングが必要だったのだけれどまさかの棚から牡丹餅って諺がこの国にはあったわね」

「うん。慎二くんが私を信じてくれたから早い段階で実行できた」

「衛宮………」

 

慎二くんの感謝のこもった言葉に無言で頷きながらキャスターから瓶を受け取る。

 

《その液体はなんじゃ!?》

 

いち早く危険を察知したのだろう、間桐臓硯は冷静さを欠いたような感じで喚いた。

 

「桜の体中に入っている蟲を一掃する薬よ。分かりやすくていいですよね」

《や、やめてくれ………儂は、まだ儂はこんなところで死ぬわけにはいかない………。それに令呪システムを握っているのは儂なのじゃよ!? それをこんな形で………》

「もうこれ以上聖杯戦争は起こさせるつもりはありませんからおとなしく散ってください」

 

そう言って私は気絶したままの桜に液体を飲ませたのだった。

その瞬間、

 

《ぎゃあああああ、ああ、ああ、ぁ、あーーーッ!!!!》

 

間桐臓硯の断末魔の叫びが響き渡った。

次第に声は掠れていき桜の体内の蟲は一掃されたのだろう。

これで間桐臓硯は完全に消え去ったのだ。

ひとまず一つの脅威は取り除かれた事を喜ぶ私達。

でも、私達はまだ気づいていなかった。

間桐臓硯が残した一つの災いの種を………。

 

 




間桐臓硯はあっけなく始末しました。
ですがまだ予断は許さないですね。


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第029話 5日目・2月04日『脱落者』

更新します。


「んっ………」

 

桜は間桐臓硯が桜の体内から消滅してから数分して目を覚ました。

そして視界に広がる人たちの顔。

志郎に慎二に凛の嬉しそうな表情が映る。

その光景に桜は何事かと目を見開いた。

 

「えっ? 先輩………? それに兄さんに遠坂先輩……?」

「目が覚めたんだね、桜。よかった……」

 

志郎が心底嬉しそうにそう呟く。

 

「あれ? 一体、これは………ん?」

 

そこで桜は体の違和感に気づく。

体が異様に軽く感じられるし締め付けられていた圧迫感がない。

それにどこからか今まで無尽蔵に流れてきていた魔力の流れも消えていた。

 

「なんで………?」

「困惑するのも無理ないわ」

 

そこで凛が笑顔ながらも説明するように話し出す。

 

「今、桜はおそらく体内の魔力の流れの澱みが消えて正常化していて驚いているんでしょう?」

「は、はい。なぜか体が軽く感じるんです。こんな思いは………そうですね、間桐家に引き取られる前の、その………遠坂家にいた頃みたいです」

 

桜は言い淀みながらもそう言う。

凛と面と向かって素直に会話をするのが恥ずかしいという思いもありつい顔は伏せてしまっているが、

 

「桜! もうお前は間桐家の呪いに怯えて暮らさなくていいんだよ!」

「に、兄さん? それは一体どういう………」

「お爺様………いや、間桐臓硯はもうこの世からいなくなったんだ! だからもうお前は、お前は………うっ、くっ………」

 

そこで慎二はとうとう耐えきれなくなったのか片手で顔を覆い涙を流し始めた。

そうとう今まで桜のために苦労してきた事が報われたのが嬉しいのか肩の荷が下りた想いで緊張の糸が切れたのだろう。

 

『雁夜おじさん、僕はやったよ………』

 

と、しきりに呟いている。

そんな慎二の背中を宥めながら志郎が言う。

 

「だから、もう桜は自由だよ」

「で、でも………いきなりそんな。お爺様がもういないなんて………」

 

困惑する桜に志郎は桜の体を抱きしめながら、

 

「………大丈夫。桜はもう幸せになっていいんだよ? それを邪魔する人はもういないし邪魔をする権利は誰にもないんだから」

「あっ………」

 

そこで桜は一筋の涙を流す。

確かにもう胸にいるであろう間桐臓硯の存在を感じることは無い。

そしてとうとう桜の涙腺は決壊した。

 

「ああぁ、先輩! 先輩………私苦しかった! 今まで苦しかった!!」

 

志郎の胸に桜は顔をうずめて桜は痰を切ったかのように何度も今までの思いを吐き出すように泣いた。

その目からは今まで我慢してきた分の涙が大量に流れる。

しかし決して悲しいわけではなかった。

間桐臓硯という怪物の呪縛から解放された事に対しての嬉し涙なのだ。

それからしばらく泣き続けた桜は泣き終わった頃には可愛い顔が涙で腫れ上がっていた。

 

「………あぁ、もう。可愛い顔が台無しだよ、桜」

「すみません、先輩………でも嬉しくって」

「うん。わかってる。でも少し落ち着いたら話し合いましょう。そうでしょ、凛さん?」

「え? ええ、そうね。私としてももう一度桜の姉を名乗りたいのが本望だけどその役は志郎に取られちゃったしね」

 

そう言って少しむくれ顔になる凛であった。

桜の事を救いたかったのは凛の本心でもある。

でも志郎と慎二の手前は素直に喜べなかった。

志郎という繋がりがなかったら凛は桜の事を何一つ知らないでこれからも過ごしただろう。

そう思うとやはり今一度姉と名乗るのは今はまだ都合が良すぎるし関係の悪化も避けたいところだからだ。

少しずつ桜に歩み寄っていけばいい。

いつか桜の姉だと名乗れるその時まで。

そして今はしないといけない事がある。

それは、

 

「………志郎。改めて言わせてもらうわ。桜を救ってくれてありがとうね」

「ううん。凛さんは気にしないで。私も私で桜を救いたいという想いを慎二くんと共有して今まで頑張ってこれたんだから。ね? 慎二くん」

「ああ、そうだな。僕からも言わせてくれ。衛宮………本当にありがとう」

「先輩、私からも言わせてください。ありがとうございます」

 

三人から感謝の言葉を言われてさすがに志郎も顔が赤くなるのを抑えられなかったのか頬を掻きながらも恥ずかしそうに、

 

「………感謝の言葉は素直に受け取っておくね」

 

それで四人して笑みを浮かべるのであった。

それから少しの余韻を味わった後、凛が「さて………」と言って立ち上がり、

 

「それじゃ桜に間桐くん。こんな雰囲気で言うのもなんだけどライダーとの契約………破棄できるかしら?

間桐くんは間桐臓硯に命令されたとはいえたくさんの人を襲ったのは間違いない事実だしね」

「ああ、わかっているさ」

「はい………」

 

慎二と桜はそれで頷く。

そして慎二は間桐臓硯から預かっていたライダーを使役するための『偽臣の書』をバックから取り出して凛に渡そうとした、その時だった。

偽臣の書は突如として炎に包まれてそのまま焼き焦げてなくなってしまった。

 

『なっ!?』

 

その光景に一同は驚きの声を上げる。

偽臣の書が燃えてしまった。

つまり、それが意味することは、

 

「もしかして、ライダーはやられたの………?」

 

志郎がそう呟く。

 

「ッ! 桜! 令呪は!?」

 

慎二が慌てて桜にそう問う。

偽臣の書がなくなったという事は委託されていたのが戻ってきたために消えていた桜の令呪も手の甲に再び浮かび上がるはずだからだ。

だが桜は手の甲を見て、

 

「すみません、兄さん。ライダーとの繋がりが感じられません………」

 

桜は残念そうにそう呟く。

それで今の今まで事態を温かく見守っていたセイバーとキャスターが桜に近づいてくる。

 

「サクラ。ではもうライダーは誰かに………」

「あ、アルトリアさん。はい、多分もう」

「アーチャーはやり過ぎたのかしらね?」

 

キャスターがそう呟く。

それで凛はアーチャーに思念通話を試みようとしたが、そこにちょうどよくアーチャーが戻ってきたのか凛の背後に実体化する。

 

「………凛」

「アーチャー!? いつ戻ってきたの!?」

「今しがただ」

 

そう言うアーチャーの表情は幾分優れないものであった。

それを察したのか凛は冷静にアーチャーに問いかける。

 

「………なにがあったの? ライダーを追いかけて行った後に」

「ああ。ライダーはアサシンに殺された」

「アサシンに!?」

 

それでアーチャーは語る。

事の顛末を。

 

「私がライダーと先程まで森の中で交戦していた時の事だ………。ライダーは突如として動きが悪くなり、ふとどこかを向きながら小声で『………やりましたね、慎二』と言った」

「おそらく私達が間桐臓硯を倒した時の状況ね」

「多分な。それでライダーもどこかへ去ろうとしたのだろう。私ももう追うべきじゃないかと思って見逃がそうとした………その時だった」

 

 

『魔術師殿を裏切ったか………。ならば貴様だけでも葬るとしようか、ライダー?』

 

 

「そう言う言葉が辺りに響いたと思った矢先に突如として黒塗りのマントを羽織った骸骨の仮面をつけた奴が現れた。そして………」

 

 

『………妄想心音(ザバーニーヤ)ッ!』

 

 

「おそらく宝具の名なのだろう真名を言って赤く細長い腕が契約が切れたばかりで動きが鈍っていたライダーの胸に添えられた。そしてその直後にライダーは苦しみだして消滅した」

「ザバーニーヤ………それってやっぱりアサシンのサーヴァント?」

「そうだろうな。………そしてその口ぶりから間桐臓硯のサーヴァントだったのだろう。

その後に私は仕留めようとしたがすぐに気配遮断のスキルを使われてみすみす逃がしてしまったわけだ」

「そう………」

 

それで凛は思案する。

おそらく間桐臓硯のサーヴァントだったのだろう。

だから今は野良のサーヴァントだという事になる。

でも、そしたらいずれは魔力切れを起こして自然と居なくなる可能性もある。

しかし、腐ってもサーヴァント。

どこかしらで魔力の調達をするのは目に見えている。

そして標的になるのは間桐臓硯を裏切った桜と慎二の可能性は濃厚………。

 

「凛さん」

「志郎………?」

 

志郎に話しかけられてそこで思案をやめた凛は志郎の方へと向く。

 

「しばらく桜と慎二くんはうちで匿おう。多分狙われるとしたらこの二人だから」

「志郎もやっぱりそう考えるのね。わかったわ。キャスターの結界がある志郎の家なら匿うには最適だからね」

 

それで桜と慎二もしばらくの間………正確に言えば聖杯戦争が終わるまでは志郎の家で匿おうという話で決まった。

 

 

……………

…………

………

 

 

それから落ち着きを取り戻した一行は今日はもう遅いという事で食事も軽めに取って明日に備えることにしたのだった。

ちなみに学園から連絡があり弓道場の一件でガス漏れを疑われて数日間学校に警察が検査に入るという事で休みになった。

 

その晩の事であった。

凛は桜も救えたことだしアサシンの件もあるだろうが一応の落ち着きも見せたことでいつもなら家の屋根の上で監視をしているだろうアーチャーを部屋に呼び出して、

 

「さて、それじゃアーチャー。桜も救えたことだし私達だけの会話でもしましょうか」

「そうか。いつか来るとは思っていた」

「そう」

 

凛はアーチャーのその言葉に相槌を打ち、話し出す。

 

「昨日………あなたの、生前のエミヤシロウの過去を夢で見たわ」

「そうか」

「そうか、って………なにか他にあるんじゃない?」

「別に………。見られたのなら別に隠す必要はないさ。私は心の底から過去の自身を恨んでいるのはもう話したな? 私の真の目的も」

「自分殺し………。でも、そんな事をしてもただの八つ当たりよ?」

「そんなことは先刻承知済みだ。それでも私はそれに綴るしかもう希望が見いだせないのだよ」

「でも、この世界のあなたは………」

「ああ。志郎を守ってすでにこの世にいないことは知っている。だから私は志郎のことを………」

 

その時だった。

ガタッという物音が部屋の外から聞こえてきたのは、

 

「………誰だね?」

『私です』

 

外からはセイバーの声が聞こえてきた。

アーチャーはドア越しに、

 

「セイバーか。どうしたね?」

『いえ、たまたま通りかかっただけですよ。気に障ったのならすみません』

「いや、構わない。衛宮志郎にあったらよろしく頼む」

『わかりました。では………』

 

そう言うとセイバーの気配は遠ざかっていった。

それから凛とアーチャーはまた話を再開した。

だが、二人は気づかなかった。

セイバーはとっさに凛と話をしようとして来ていた志郎にキャスター仕込みの魔力と気配殺しのフードを被せていたのだ。

突然の二人の会話に頭が追い付かず体を震わす志郎をセイバーはなんとか部屋まで運び、

 

「シロ。落ち着いてください」

「で、でも………そんな。アーチャーは………そんなッ!」

 

志郎はただただ衝撃の事実に体を震わせることしかできなかった。

こうして夜は更けていくのであった。

 

 

 




最後に爆弾投下しました。


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第030話 6日目・2月05日『迷走する思い』

更新します。


………志郎は昨日から一睡も出来ていなかった。

セイバーに抱きしめられながら寝ようと思うが寝る事も出来ずに気が付けば窓から光が差してきていた。

昨日の夜に志郎は凛の元へと桜の一件が解決したために今度はイリヤ姉さんに対しての対策を練りにセイバーとともに向かっていたのだ。

だが、部屋に近づいてきたところでセイバーがいきなりキャスターのフードを被せてきて何事だと思った矢先に部屋の中の会話が聞こえてきてしまった。

 

『昨日………あなたの、生前のエミヤシロウの過去を夢で見たわ』

 

凛のその一言で志郎の頭は一瞬で真っ白になった。

エミヤ、シロウ………?

シロウって、まさか、そんな………アーチャーの正体ってまさか………。

それからも次々と明かされる話。

 

 

『別に………。見られたのなら別に隠す必要はないさ。私は心の底から過去の自身を恨んでいるのはもう話したな? 私の真の目的も』

『自分殺し………。でも、そんな事をしてもただの八つ当たりよ?』

『そんなことは先刻承知済みだ。それでも私はそれに綴るしかもう希望が見いだせないのだよ』

『でも、この世界のあなたは………』

『ああ。志郎を守ってすでにこの世にいないことは知っている。だから私は志郎のことを………』

 

アーチャー………いえ、シロウ。つまり士郎兄さんの聖杯への願いは自分自身の殺害?

どうして、兄さんがそんな事を思うほどにまで切羽詰まってしまったの………?

断片的にしか語られない話だが、それでも志郎にとっては衝撃は十分だった。

思わず眩暈がして志郎は壁に手を着いてしまった。

それでセイバーが小声で『まずいッ!』と言って私の存在を悟られないように自ら名乗り出たのだ。

それからはなんとかセイバーに話を任せられたが志郎はショックからか体を震わせていたためにセイバーと一緒に布団で寝ることになったのだ。

 

 

………そして、一見冷静そうに志郎を宥めていたセイバーでさえ顔には出さないがショックを受けていたのは言うまでもない。

あのアーチャーが語ってくれた夜の話にはまだ続きがあったのだ。

確かにアーチャーはセイバーや衛宮切嗣といった聖杯戦争関係者には恨みは一切抱いていないというのは本当だろう。

だが、目的が自分殺しなどと聞かされてしまっては心穏やかにはいられなかった。

どうして話してくれなかった………?という言葉はセイバーにはおそらく言えないだろう。

アーチャーの願いはセイバーの願いとあまりにも酷似していた。

過去の自身を無かったことにしようという願いはセイバーにも通ずる願いだからだ。

だからアーチャーを責める事はセイバーにとっては己にも帰ってくる棘のセリフなのだ。

だから無理だ。

私では彼は救えない。

聖杯に願ってしまえばとも思うが彼も聖杯の破壊には異議は唱えていない。

当然だ。

その聖杯によってエミヤシロウという男の人生は狂わされシロという家族も失い、どういう経緯を至ったか分からないが自分殺しを願うほどにまで心が摩耗してしまったのか。

おそらく正義の味方という言葉が関係してきているのだろう。

もっと彼の最後を聞くべきだったか。

今からでも遅くない。アーチャーに話を聞きに行くことも吝かではない。

しかし、シロも断片的にだが真実を知ってしまった。

だから私はもうアーチャーに話を聞く機会もあまりないだろう。

シロのサポートと心のケアに当たらなければこのままではシロが壊れてしまう。

セイバーはそう思い、今回は私ではアーチャーは救えないと感じ、ならシロとアーチャーの事の成り行きを見守る。

それが今の私にできる最大限の仕事だ。

そう、セイバーは割り切った。

 

 

「………ねぇ、セイバーは、アーチャーがシロウ兄さんだって、知っていたの………?」

「………はい、シロ。あの夜に聞かされていたのです。今まで隠していてすみませんでした」

 

目に光がない志郎にそう聞かれて申し訳ない気持ちになりながらもセイバーは謝罪した。

やはり、志郎の心に傷が入ってしまった。

それで志郎は「そっか………」と悲し気に呟く。

そんな志郎の姿にいてもたってもいられずにセイバーは再度抱きしめながら、

 

「大丈夫です、シロ。彼は、シロウはあなたの味方です。ですから心が落ち着いたら彼と話しましょうか」

 

セイバーのその申し出は志郎にとっては願ったりの事であったが、

 

「ううん………。私は、兄さんを困らせたくない。もう英霊となってしまった兄さんにはきっと私の想いも届かない。だから………」

「シロ………ですが」

「そんな悲しそうな顔をしないで、セイバー。大丈夫………もう少ししたらいつも通りの私に戻るから。でも、だからもう少しだけ私を抱きしめて………」

 

未だに震える志郎の体をセイバーは無言で抱きしめてあげた。

このか弱い少女にいつか救いがありますようにとセイバーは願わずにはいられなかった。

 

 

 

………………

……………

…………

 

 

 

それから志郎は心にメッキでもいい、偽りの仮面を被っていつも通りに振る舞うようにした。

志郎が居間に着くとそこからはいい匂いがしてきた。

キッチンへと足を運ぶとそこでは桜は当然として慎二が一緒になって料理を作っていた。

 

「え? 慎二くん………?」

「ああ、衛宮か。おはよう」

「おはようございます、先輩」

「お、おはよう………。それよりどうしたの慎二くん? 桜と一緒に料理なんて」

「いや、お爺様がもういなくなった以上は僕が間桐の家を切り盛りしないといけないからね。

あそこにはつらい思い出しかない………だからいずれは遠坂に財産以外は土地を譲るかもしれないけど、それでも今まで僕たちが住んできた家だからな。

だから僕も手始めに料理の一つも覚えないといけないと思ってな。こうして桜に教えてもらっているところなんだ」

「そっか。うん、いいと思うな」

「はい。兄さんは筋は私よりいいですからすぐに料理は習得できると思うんです」

「はっ、僕だっていざとなれば料理の一つや二つはわけないさ」

 

そう言いつつその慎二の指にはいくつか絆創膏が貼られているのを見て志郎はクスッと笑う。

 

「まるで私のところに初めて来たときの桜みたいだね」

「あっ! 先輩、それは言わないでください! 恥ずかしいですから………」

「ごめんごめん」

 

志郎が桜に謝っているとそこに遅れて凛がやってきた。

 

「ああーーー………志郎、おはようぅ………牛乳ある?」

 

そこにはいつも通りというべきかパジャマ姿のその人をも殺せそうな死んだ魚の目をした凜の姿があった。

まだ寝ぼけているのだろうか? そんな姿に桜と慎二は面を食らって茫然としていた。

 

「凛さん凛さんッ! もう寝ぼけてないで! 桜と慎二くんがいるんだよ!」

「………え? ッ!?」

 

そこで完全に目を覚ましたのかどんどんと顔が赤くなっていく凛。

 

「う………」

「う?」

「うわわわわっ!?」

 

凛は珍しい奇声を上げながら部屋へと走って行ってしまった。

そんな姿も珍しかったのだろう。

慎二は茫然としながら、

 

「遠坂って朝に弱かったんだな………」

「はい。びっくりしました………」

「あはは………。多分少ししたら元通りになっていると思うからあまり触れないようにね」

 

志郎の言葉にこくこくと頷く桜と慎二の二人であった。

そこに遅れてアーチャーが居間へと姿を現す。

 

「衛宮志郎。こちらに凛がこなかったかね?」

「ッ!」

「む? どうした、急に体を硬直させて………?」

「う、ううん! なんでもないよアーチャー! うん………なんでもない。凛さんなら部屋に戻っていったよ」

「ん、そうか。わかった」

 

そう言って部屋のある方へと歩いていくアーチャー。

そのアーチャーの後姿を見て思わず志郎は、

 

「あの! アーチャー!」

「む、どうしたかね?」

「その、ね………その………おは、よう………」

 

顔を赤らめながらも朝の挨拶をする少ししおらしい志郎の姿に少し違和感を覚えたアーチャーだったが、

 

「ああ、おはよう」

 

返事を返して今度こそアーチャーは凜の後を追っていった。

それを見送って少しため息をつく志郎。

そんな志郎の肩にいつから見ていたのかセイバーが手を置いて、

 

「よく我慢できましたね、シロ」

「うん………」

 

志郎はアーチャーの事を兄として意識してしまっていた。

だがなんとか堪えることができたのは志郎とアーチャーにとっては良かったのかわからない状況である。

セイバーにとっては見ていて切ないと感じてしまっている。

そして状況が分からずまたしても意外な姿を見せられた桜達は何が起こっているんだ………?という想いであった。

 

「あ、そうでした。サクラ、少しよろしいですか?」

「あ、はい。なんでしょうか、アルトリアさん?」

「先程キャスターから言伝をもらったのですが一時的にとはいえサクラは聖杯と繋がっていた。

ですからもうキャスターの宝具で繋がりは絶ちましたが一応異常はないか確認をしたいという事ですので後でキャスターの元へと行ってください。部屋は分かりますね?」

「はい、わかりました。それじゃ後で向かいますね」

 

それで話は終わった。

それから志郎は数日間は学校がお休みだという事で桜や慎二といった客人も増えたためにセイバーと一緒に食料の買い出しをしてくるといって食事後に家を出て行った。

………ちなみに凛はしばし顔が赤かった事をここに記しておく。

 

 

 

 

商店街で色々と買い出しを済ませた志郎とセイバーは帰り道を歩きながら、

 

「シロ。その、大丈夫ですか………?」

「うん? 荷物の事?」

「いえ、アーチャーの件に関して………」

「………うん。大丈夫。きっとこの聖杯戦争が終わったら兄さんは消えてしまうと思う。

だから心残りはしてほしくない………だからいいんだ」

「シロは、それで後悔はないのですか………?」

 

セイバーは真剣な表情になって志郎へと問いかける。

それに志郎は少し黙りこくる。

セイバーの表情は語っていた。後悔だけはしないでください、と。

 

「わかってるの………でも、今はこの聖杯戦争に集中しないと、だから………」

「そうですか」

 

それで会話が途切れる。

その場に重たい雰囲気が流れる感じであった。

だが、そんな時に志郎の目に前にとある人が現れる。

 

「………シロ? どうしたの? どこか苦しそうだよ?」

「イリヤ姉さん………?」

 

志郎達の前にイリヤの姿があった。

 

 

 




最後に久しぶりにイリヤさん登場です。
舞台は新たなステージに。


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第031話 6日目・2月05日『イリヤと向き合う事』

更新します。


 

イリヤと遭遇した志郎とセイバーは当然ながら警戒をした。

こんな真昼間から騒動を起こしたら一般の住民に迷惑どころの話ではないからだ。

しかしそんな二人の行動にイリヤは首を傾げながらも、

 

「…どうしたの? もしかしてこんな時間に戦いでも起こすかと思ってるのかな?」

「違うの、姉さん………?」

「当然よ。魔術師ならこんな堂々と戦いなんてしないわ。やっぱりやるなら夜でないと」

 

そう言ってどこか楽しそうにイリヤは笑う。

その表情に少し毒気を抜かれたのか志郎も気を休める。

 

「では、イリヤスフィール。あなたは何をしにこちらまで来たのですか………?」

 

セイバーがそう尋ねるとイリヤは少しむくれ顔になりながらも、

 

「わたしがなにをしようとセイバーには関係ないんじゃない?

わたしはただこの町を色々と回って楽しんでいるだけ。

そこにたまたまシロがいたから話しかけただけよ」

 

純粋無垢の表情でそう言い切るイリヤにさすがにセイバーも敵意はないと判断したのだろう、上げていた拳を下げた。

志郎とセイバーが二人ともやっと警戒を解いたのがわかったのだろう、イリヤはその人懐っこい眼差しに好奇心をのせて志郎に話しかける。

 

「それで? シロはさっきまでどうしてそんなにつらい表情をしていたの? お姉ちゃんは知りたいな」

「それは………」

 

志郎はそれで話していいものかと悩んでいた。

 

「あ、でも隠そうとしても無駄よ。シロの事を知る絶対的権利がわたしにあるんだから。なんだってわたしはシロのお姉ちゃんなんだもん!」

 

イリヤはそう言い切る。

存外に言うと魔術を使ってでも聞き出すぞという脅しでもある。

それで志郎も諦めたのだろう、話しやすい場所に移動してからねという事でマウント深山商店街の外れにある公園へとイリヤを誘う。

三人は公園に移動すると志郎とイリヤはベンチに腰掛ける。

セイバーはいつでも動けるように志郎の後ろに立っていた。

 

「………それで話してくれるのかな?」

「うん。その前に一つ約束してくれるかな姉さん」

「ん? なに………?」

「アーチャーと凛さんには話したって事は内緒にしてもらいたいの」

「リン…ってアーチャーのマスターの事よね?」

「あ、そっか。姉さん、まだ直接は凛さんには会ったことはなかったんだよね」

「うん。顔写真は見たことはあるから知ってるけど………でもなんでアーチャーにも?」

「………うん。まずはそこからだよね。ここ数日の事だけど私と凛さんは共闘しているんだ」

「あ、シロったらずるいんだ。セイバーにキャスターまでいるのにさらにはアーチャーまで仲間にしているなんて」

「姉さん、話が脱線しちゃってるよ」

「あ、ごめんね」

「それで姉さんは知っているかもしれないけど聖杯の中身は実は………」

「穢れているっていうんでしょう?」

 

そこまで言うとイリヤがまるで知っていたかのように話し出す。

 

「イリヤスフィール………あなたは聖杯が穢れているのを知っていたのですか!?」

 

そこで黙っていたセイバーが思わず聞捨てならないという感じでイリヤに話しかける。

その反応を見てイリヤは「ふーん………?」と鼻を鳴らし、

 

「セイバー。あなたはシロから聞かされて知ったのね?」

「はい。その通りです」

「わたしもね。第四次聖杯戦争が終結した後にお母様を通じてそれを知ったんだ………」

 

そこで今まで笑顔を浮かべていたイリヤの表情に影が落ちる。

 

「アイリスフィールから………? それは………」

「お母様は小聖杯だった。

だから同じ小聖杯で繋がっていたわたしにもお母様の情報が流れてきたんだ。

最初に知った時は驚いた。聖杯の中身が穢れていたことに関しては。

でも、アインツベルンはそれを知ってなお聖杯を求めたの。

………裏切ったキリツグに対しても復讐をしないと気が済まないという感じね」

「姉さん。お父さんは決して姉さんの事を裏切ったわけじゃないんだよ?」

「えっ? でも、キリツグはわたしを迎えに来てくれなかった………それどころかシロを引き取ってのうのうと平和を享受した。

私がこの十年、どんなにつらい思いをしたことか………ッ!」

 

それで癇癪を起したのだろうイリヤは立ち上がってシロを睨む。

その目には涙が滲んでいて志郎は少なからずショックを受けたがそれでも伝えないといけない。

 

「…聞いて、姉さん。お父さんはね、何度も迎えに行ったんだよ」

「………え? で、でもアハト爺はキリツグは迎えには来ていないって………」

「やっぱり、そう言う事だったんだね」

「どういう事………?シロ」

「うん。お父さんは私が魔術を習得して使えるようになった後に何度か一緒に姉さんを迎えに行った」

「嘘…」

「それは本当の事なの。でもアインツベルンの城には強固な結界が展開されていて私達は入る事すらできなかった。

まして聖杯の呪いに侵されてすでに死に体だったお父さんには強行突破できるほどの力も残されていなかった。

終いにはアインツベルンのホムンクルスの獣を嗾けられて私達は撤退を余儀なくするしかなかった………。

そして、第四次聖杯戦争から五年後にとうとうお父さんは動けなくなってしまって………」

 

そこでシロは言葉を切る。

 

「キリツグは、死んだの………?」

「うん。私に姉さんを救ってくれという願いを託して………」

「そんな………」

 

それでイリヤは絶句していた。

だけどしばらくして急に怒り顔になり、

 

「信じない! 嘘よそんなこと!」

「本当なの! 信じて姉さん!!」

「ならシロの記憶を見させてよ!! そうでもないと信じられない!!」

 

イリヤにそこまで言われる志郎。

だから志郎も覚悟を決めて、

 

「………いいよ」

「シロ!? いけません、もしこれがイリヤスフィールの罠だったら!」

「大丈夫。姉さんはそんな事をしない」

「ですが………ッ!」

「私を信じて………」

 

そこまで言われてセイバーも覚悟を決めたのだろうイリヤに視線を向けて、

 

「イリヤスフィール………シロにもしもの事がありましたらあなたのことを」

「わかっているわ。セイバー。大丈夫、ちょっとシロの記憶を見させてもらうだけだから」

 

そう言ってイリヤはシロの額に自身の額を合わせて魔術を展開してシロの過去に入り込んでいく。

そこでイリヤは見た。

志郎の過去を。

最初の記憶の大火災。

シロウという兄と家族を失ってしまった事。

衛宮切嗣に引き取られて一緒に暮らすことになった事。

魔術を習いながらも聖杯戦争の事をすべて聞かされた事。

何度もアインツベルンに侵入を試みようとして失敗し撤退を余儀なくされた事。

そして、衛宮切嗣がやせ細っていき死期を悟ったのだろう月が綺麗に見える夜に志郎に想いを託して看取られながら息を引き取った事。

志郎の言った事はすべて、すべて真実だった………。

それでイリヤはすべてを心に飲み込んでゆっくりと志郎から額を話す。

そこで意識を取り戻したのだろう志郎はいつの間にか抱き着かれているイリヤに目を向ける。

そこには涙を流しているイリヤの姿があった。

 

「………姉さん?」

「ごめんね、ごめんねシロ………。わたし達はあなたの家族の人達にとんでもないことをしてしまった………」

「………」

 

それで志郎もすべてを悟ったのだろう。

何も言わずにイリヤを抱きしめた。

そんな二人の姿にセイバーは神聖な物を見る目で見守っていたのだった。

それからしばらく抱き合っていた二人だったが、

 

「よし! もう大丈夫よ、シロ!」

「姉さん、もう平気なの………?」

「うん! キリツグの真意も知れて最後も知れた。だからもういいんだ………。

キリツグに恨み言は言いたい。お母様もいないし………でも、でもわたしにはまだシロっていう家族がいた!

アインツベルンを裏切るわけじゃないけど、わたしはシロのお姉ちゃんでいたい!」

「姉さん………!」

 

それでお互いに笑顔になる二人。

 

「それで話は戻るけどシロはなにを悩んでいたの?」

「え? 記憶は見たんじゃないの………?」

「つい最近のまでは見なかったけど、そのアーチャーが関係しているんでしょう?」

「うん。姉さんが私の記憶を見たなら分かると思うけど私にはシロウっていう兄さんがいたの」

「うんうん」

「それで、そのアーチャーがね………平行世界で私が大火災で死んだ世界線だと思うんだけど生き残った兄さんなの」

「は………? え、ええええ!?」

 

それでイリヤは今日一番の驚きの声を上げる。

 

「それって、いや、ありえない話じゃない。でも、そんな事ってありえるの………?」

「イリヤスフィール、混乱する気持ちは分かります。ですがアーチャーが私に語ってくれた事は嘘ではないと思います。

アーチャー自体、イリヤスフィールの事を自身の姉だと言っていました」

「アーチャーが………?」

 

それで黙りこくるイリヤ。

だがすぐに顔を上げて、

 

「そのアーチャーに会ってみたい………。会って真実か問いただしたい」

「姉さん、でも………兄さんにはまだ私がこの事を知ったっていう事を話していないんだ」

「そうなの? ううん、そんな事はどうだっていいのよ! つまりそのアーチャーもわたしの弟って事でしょ! 話はしなくても会ってみたいな!」

 

そこには好奇心の塊となったイリヤの姿があった。

それで仕方がなく志郎はイリヤを連れて家へと帰る事になった。

………だが帰る際に三人は気づいていなかった。

 

「………」

 

アサシンが三人の事をじっと見つめているのを………。

 

 

 




イリヤとなんとか和解できました。
さて、ここから終わりに向けて走りだしますよ。


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第032話 6日目・2月05日『妄想心音』

更新します。


 

 

――Interlude

 

 

 

 

志郎とイリヤが家へと向かっている時にキャスターはアーチャーと会話をしていた。

 

「ねえ、アーチャー。少しいいかしら?」

「なんだね?」

「あなた………気づいているんでしょう?」

 

キャスターのそのセリフにアーチャーは少なからず体を震わせながらも背中を向ける。

その握られた拳はギリギリと力が入れられていた。

 

「なんのことをだね………?」

「そう。あえて白を切るつもりなのね。それなら私から言わせてもらうわ。

………志郎様はもうあなたが兄だという事に気づいているわ」

「………」

 

それでアーチャーは無言になる。

 

「余計な口は挟みたくないわ。でも、私は志郎様の悲しむ姿を見たくないのよ。

それはアーチャー、あなたも同じはずよ?」

「そうだ………私、いや俺も志郎の悲しむ姿は見たくない。

………しかし、どうすればいいというのだ。

確かに家から出る前の朝の時に志郎の様子がおかしい事はいち早く気付いた。

俺はそれを今回は見ぬ振りをしたがそれが何度もうまくいくはずがないと思っている。

いつかはこういう時が来ると思っていた。

だが、いざという時に俺には女々しいと言われようが彼女と面と向かえない………」

「自分が志郎様の事をなにも覚えていないことを恥じているのかしら?」

「それもある。そしていつか来るであろう別れの時に俺は志郎にどんな言葉をかけて消えればいいのか分からないんだ」

「そう………やっぱり難しい物よね。でも、一つ言わせてもらうわ。後悔だけはしないようにね………。

私達英霊は何度も後悔しながらもそれでも召喚されれば人類を守ってきたり色々とやっているわ。

なら一人の妹ぐらい守れないでどうするの………?」

 

キャスターは自身の過去を思い出しながらも後悔だけはしないようにとアーチャーに忠告した。

それでアーチャーも無言ながらも頷く。

 

「少し、私も熱くなりすぎたわね………。

でも、アーチャー。あなたはこの聖杯戦争が終わったら消えるつもりでしょうけど私はもし生き残れたら残るつもりよ」

「………なに? それはどういう」

「志郎様達だけじゃきっと志郎様の姉であるイリヤスフィールという少女を救えてもその先には進めないと思うのよ。

あなたはイリヤという少女の過去を話さないでしょうけども伊達に魔術師のクラスで呼ばれたわけじゃないから私には分かるのよ。

アーチャー………あなたの過去では聖杯戦争が終わった後に彼女は少なくとも一年もしないで死んでしまったのでしょう?」

「よく、わかったな。………ああ、イリヤは小聖杯として体に何度も魔術による強化を繰り返されていたために成長もストップしていて短命だった。

だから聖杯戦争が終結した一年後には………俺は、イリヤが憔悴していく様を見てるだけしかできずに救えなかった」

 

それで当時を思い出したのだろう片手で顔を覆うアーチャー。

 

「そうでしょうね。でも、私なら彼女の事を時間はかかるだろうけど普通の人並みに生きれるくらいには延命できるわ」

「できるのか………?」

「当然でしょう? 私は死者を蘇生させたことだってあるんだからホムンクルスの延命くらい訳ないわ」

「頼めるか………?」

「志郎様のためよ。任せなさい」

「恩に着る。キャスター」

 

それで二人の密約は決められた。

その為にはキャスターは是が非でも生き残らなければならない。

アーチャーはもしキャスターが狙われたら守る事にするのであった。

 

 

 

Interlude out──

 

 

 

 

「ね、ね! シロ、早く早く!!」

「お、落ち着いて姉さん」

 

イリヤに手を引かれながらも志郎はその顔に笑顔を浮かべる。

志郎は今日の朝まで抱いていた思いを忘れてしまうほどにはこのイリヤとの時間を楽しんでいる。

長年夢見てきた姉妹でのやり取りは意外なほどに近くにあったことに喜びを覚えているのだ。

そしてそんな姉妹のやり取りを一歩下がって見ているセイバーは微笑ましく見ていた。

この笑顔こそ志郎が浮かべていて一番似合う光景なのだ。

 

「(シロに召喚されて、よかった。後悔もありましたが今この時を私はとても喜ばしく思います)」

 

セイバーはその想いを胸に抱き志郎の事を必ず守ろうと誓いを立てていた。

そして家の近くまで来たときに前方から凛が近寄ってくる光景が見えて、

 

「あ、志郎! 遅かったじゃない………って!?」

 

凛は志郎が手を繋いでいる相手がイリヤだと分かって思わず身構える。

 

「志郎! その子って!」

「あ、大丈夫だよ、凛さん。もう姉さんとは和解できたの。だからもう敵じゃない………」

 

志郎は嬉しそうにそう凛に告げる。

 

「そ、そうなの? そ、それじゃえっと………」

「そうね。こうして会うのは初めましてね、リン。もう一度挨拶をさせてもらうわね。

私はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。シロの姉よ」

 

そう言ってイリヤは志郎との挨拶と同じように裾を摘まんで会釈をしてきた。

 

「そう言い切られちゃうとこの短時間でなにがあったのか知りたいところだけど、まぁいいわ。

それじゃわたしも挨拶をさせてもらうわ。私は遠坂凛よ」

 

そう言って二人は挨拶をした際に握手をしたのだった。

それから全員で家へと入ろうとしようとした時に、

 

「シロ………なにか胸騒ぎがします」

「セイバー?」

 

セイバーのその一言でその場に緊張が走る。

同時にイリヤが叫ぶ。

 

「来て! バーサーカー!!」

 

その瞬間にはもともとイリヤの背後にいたのかそれとも令呪で呼び出されたのか分からないがイリヤの前にバーサーカーの姿が出現する。

 

「■■■■■■ーーーーーーーッ!!!!」

 

バーサーカーはイリヤに意思に呼応しているのだろう高らかに叫びを上げて斧のような大剣を構える。

 

「姉さん!?」

「シロ! 構えて! 私達姉妹の語らいを邪魔する無粋な奴がいるみたいよ!」

「イリヤスフィールも感じましたか!」

 

それでセイバーも一瞬にして武装をしてその手に風王結界(インビジブル・エア)の風の加護を纏わせたエクスカリバーを構える。

 

「リンも早くアーチャーを呼びなさい! ッ! いって! バーサーカー!!」

 

凛にサーヴァントを呼べと言いながらもイリヤは敵の場所がわかったのだろう、一番でかい木をバーサーカーに命じて切断させる。

瞬間、木の上にいたのだろう黒い影が飛び跳ねる。

少し離れた場所に着地したそいつは黒いマントに骸骨の仮面をつけたサーヴァントだった。

 

「………あなた、アサシンね」

「ククク………いかにも。しかしよくぞ気が付いた。称賛してやろう」

「それはどーも。それじゃ私達の語らいを邪魔してくれたお詫びに………殺してあげる! やっちゃって! バーサーカー!!」

「■■■■■■ーーーーーーーッ!!!!」

 

イリヤの命令によってバーサーカーの目が光りその手に持つ斧剣を振り上げて、思い切り振り下ろす。

瞬間、爆発が発生し地面を一直線に砕いていく衝撃波を発生させた。

それはものの見事にアサシンへと向かっていき、そして着弾して大きな爆発を見せる。

 

「ふんっ! やっぱりアサシンなんてこの程度ね。わたしのバーサーカーは最強なんだから!」

「やっぱりすごい………」

「そうね」

 

志郎と凛はその台風のような暴威にただただ驚きの声を上げる事しかできないでいた。

しかしそこで未だに直感のスキルで胸騒ぎが収まらないセイバーは、

 

「イリヤスフィール! 油断は禁物です! まだ奴は生きています!」

「えっ!?」

 

セイバーの叫びにイリヤは、そして全員アサシンのいた方向へと目を向ける。

そこには手をだらんと垂らして無傷のアサシンの姿があり、一歩また一歩とこちらへと歩を進めてきた。

 

「な、なにあいつ!?」

「くっ! 手加減はいたしません!」

 

そう言って今度はセイバーが剣を構えて風を貯めていく。そして、

 

「喰らいなさい! 風王鉄槌(ストライク・エア)!!」

 

圧迫した風が衝撃波となりアサシンへと迫っていく。

しかしそこで衝撃の光景を目のあたりにする。

セイバーの放った風王鉄槌(ストライク・エア)に向かってアサシンは走りこんできたのだ。

その自殺行為に全員は目をむいた。

だが次の瞬間、風王鉄槌(ストライク・エア)は確かに直撃したはずなのにアサシンの周囲だけを何事もなく通過していったのだ。

 

 

 

………セイバー達は知らない事だがアサシン………ハサン・サッバーハにはとあるスキルがある。

それは『風除けの加護』というもの。

風の魔術に耐性を持つ効果を持つ。

それで先ほどのバーサーカーが発生させた衝撃波も未然に防いだのだ。

 

 

 

そして走り込みながらもアサシンはその右手の腕が包まれている布を解放し赤い腕を露出させた。

それをバーサーカーへと向けたのだろうと全員は悟った。

その為にイリヤは、

 

「そんな小さい宝具なんかじゃわたしのバーサーカーは止められないんだから!」

「………ああ、そうだろうとも」

 

高速で伸びてきた腕はバーサーカーを通過して志郎達へと伸びてきた。

 

「ッ!! セイバー!!」

「はい!」

 

危険を察知したセイバーがその腕を切ろうと疾駆しようとして、

 

「遅い………!」

 

その赤い腕はイリヤの胸に添えられていた。

 

「ね、姉さん!!」

妄想心音(ザバーニーヤ)!!」

 

志郎が叫ぶがそれも虚しく真名解放の言霊と同時に『パキンッ!』というなにかが砕ける絶望の音を響かせたのだった。

 

 

 




ああ、ついにやってしまった………。
これで読者の皆様の反応が怖くてたまりません。
これも必要な工程ですのでお許しを。


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第033話 6日目・2月05日『八人目のサーヴァント』

更新します。


………目の前で姉さんが口から血を出してゆっくりと前のめりに倒れていく。

そして倒れてしまいそれからなにも反応を起こさなくなってしまった。

これはなんだ………?

この光景は何だ………?

どうして姉さんが、死ななきゃいけないの………?

嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ………ッ!!

 

「………ねぇ、姉さん? 起きて?」

「シロ………」

「嘘だよね? そんな、嘘だよね………?」

「シロ………しっかりしてくださいッ!」

「起きて! 姉さん起きてぇッ!!」

 

私が何度も姉さんを揺さぶるが姉さんはピクリとも動かない。

私はその光景が信じることができずに次第に意識が暗くなってくる。

これはきっと悪い夢………。そう、夢なんだ………。

そんな想いを最後に意識を手放した。

 

 

 

「シロッ!!」

 

志郎が気絶してしまったと同時にアサシンが喋る。

 

「聖杯………頂いたぞ。約束は果たしましたぞ魔術師殿」

「ッ!! アサシン、貴様!!」

 

セイバーが目に涙を浮かべながらも憎悪のこもった瞳をアサシンへと向ける。

アサシンはそれに目もくれずにその場から立ち去ろうとする。

 

「■■■■■■■■■ーーーーーーーーーッッッッ!!!!」

 

しかしそこで今まで沈黙を保っていたバーサーカーが吠える。

マスターがやられたからなのだろう、一際大きい叫びがその場に轟く。

そしてマスターがいなくなった事でもともとバーサーカーのクラスで現界している為に魔力消費が激しいバーサーカー。

ゆえに体の崩壊が始まり少しずつだが魔力へと還っていく中で、それでもアサシンへとバーサーカーは走っていく。

 

「■■■■ーーーーーーーーーッ!!!!」

「ぬっ!?」

 

アサシンは自慢の敏捷さでなんとかバーサーカーの攻撃を回避していく。

だがどんどんと差は縮まっていく。

バーサーカーの右手が消失した。

それでもまだ斧の剣は振るえる。

次は左足が消失した。

だが右足だけでも踏ん張り迫っていく。

そしてあと少しというところでアサシンは避けきれないと悟ったのだろう、無理でも抵抗はするという気持ちでダークを放とうとする。

両者がついに激突する、だろうと思われた戦いだったが次の瞬間、

 

 

 

―――ふん………。狂犬風情に聖杯を壊されてはたまらん。よって地に這え。

 

 

 

そんな第三者のセリフとともにバーサーカーとアサシンの二人に幾重にも鎖が巻き付いてきた。

その光景を見ていたセイバーは、

 

「鎖ッ!? どこから………いや、この声はどこかで聞き覚えが!」

「セイバー! 聞き覚えがあるって………」

 

イリヤの体をまだ間に合うかもしれないと調べていた凛がそう聞く。

次の瞬間にはバーサーカーとアサシンの前に黄金の鎧を纏った金色の逆立った髪に紅い瞳をした男がその場にいた。

 

「貴様は………アーチャーッ!?」

「久しいなセイバー。だが今は十年来の感動の言葉は後にしよう。今は………」

 

そう言ってアーチャーと呼ばれたサーヴァントはその目に狂気を宿らせて、

 

「暗殺者ごときが聖杯をその身に宿すか。………愚かな事だ、だが貴様は殺されては聖杯戦争が終わってしまうのでな」

 

そう言いつつアーチャーはその手になにやら液体が入っている瓶を取り出してアサシンの仮面を剥いで無理やりその液体を飲ませる。

 

「ぐっ!? なにを、飲ませた………?」

「なぁに………貴様の体だけを溶かす液体だ。中々高価な代物なのだぞ。存分に味わうがよい」

「ギャグァ………アガガガガッ!!!?」

 

次第にアサシンの体が解けていき数秒後にはその場には黄金の杯しか残されていなかった………。

 

「これでよい………次は貴様だ狂犬」

 

次はバーサーカーを見る。

バーサーカーは体のあちこちが消滅している中でなお鎖を解こうともがいていた。

 

「■■■ッ、■■■ーーーッ!!!!」

「………バーサーカーのクラスでなお主を思うその姿には称賛の言葉を贈りたいところだが、貴様ももう用済みだ。よって楽に死なせてやろう」

 

次の瞬間、バーサーカーの頭上の空間が歪みそこから様々な剣が出現してバーサーカーへと降り注いだ。

何度も体を貫かれるバーサーカー。

だがそれでもアーチャーへと震える手を伸ばしあと少しという所までの奇跡的な行動を起こす。

 

「………流石は神代の半神。だが、もう終われ」

 

そう言ってより一層空間が歪みもう目視では確認できない程に剣が降り注いでついにはバーサーカーは消滅した。

それを戦慄の表情で見ている事しかできないでいたセイバーと、そこに遅れてやってきたアーチャーとキャスターが姿を現す。

 

「これは………セイバー。これは一体どういう状況だ?」

「志郎様!」

「ほう………残りのサーヴァントも出現したと思えば“贋作者(フェイカー)”もいるとは。その存在、汚らわしいな。疾く首を刎ねよ」

 

アーチャーと呼ばれた男がアーチャー(エミヤ)に敵意を剥き出しにして背後の空間を歪める。

その光景を見てアーチャーは過去の記録を呼び起こされたのか、

 

「ほう………そうだったな。この世界には貴様もいたのだったな。英雄王ギルガメッシュ!」

「我の名を知っているとは………贋作者(フェイカー)にしてはなかなか出来るようだな」

 

瞬間、ギルガメッシュと呼ばれた黄金のサーヴァントは、「では挨拶代わりだ」と言って様々な剣を射出してくる。

だがアーチャーも負けじと同数の剣を投影してすべてをはじき返す。

それにほんの少しだが驚いたのだろうギルガメッシュはその口を弧に歪める。

 

「我の宝を真似るとは………痴れ者が。そうとう殺されたいらしいな」

「言っていろ。貴様は私が倒す」

「セイバーならまだしも贋作者(フェイカー)ごときがほざくか。よかろう、貴様は我自らが裁く。決定事項だ」

 

そう言い放つ。

そしてセイバーへと目を向ける。

 

「なんですか、アーチャー………?」

「セイバー。十年前の答えを待っているぞ。大聖杯の場で待っているとしよう。さらばだ」

 

ギルガメッシュは黄金の杯を手に持ちその場から姿を消したのだった。

それで一時的にだが脅威は去ったということでアーチャーはイリヤへと目を向ける。

 

「凛………イリヤは」

「ごめん、アーチャー………。もう手遅れかもしれない」

「キャスターはどうだ?」

「わからないわ………でも今からじゃ」

 

キャスターでも無理かと思った矢先にアーチャーは過去の自身に起きた出来事を思い出す。

 

「………凛。すまない、記憶で見たやり方を試してみてくれないか? 一時的に蘇生できればキャスターの魔術が間に合うかもしれない」

「で、でも上手くいくかは………」

「それでも、だ。頼む………志郎には絶望を味わってほしくない」

 

気絶している志郎を見ながらアーチャーはそう言う。

 

「………わかったわ。やってみる!」

 

そう言って凛は父から預かった宝石を依代に魔力を込めていく。

そう、それはかつて平行世界の遠坂凛が衛宮士郎を生き返らせるために行った即席の奇跡。

赤い閃光が迸って先ほどまで白かったイリヤの肌に赤みが戻ってきた。

 

「アーチャーのマスターのお嬢ちゃん! よくやったわ!! 後は私に任せなさい!」

 

そう言ってキャスターはイリヤの体を持って空間転移をした。

おそらく工房へと戻ったのだろう。後はキャスターの腕を信じるしかない。

 

「………さて、イリヤはこれでどうにかなるだろう。セイバー」

「はい」

「もし志郎が起きてすぐに気が動転したら落ち着かせてやってくれ。イリヤは大丈夫だと」

「わかりました。お任せください」

「凛もすまない………大切な宝石だったのだろう?」

「いや、もういいわよ。他の平行世界ではどうせあんたに使われる運命なんだから」

「ふっ、そうか」

 

それで三人は一時的にだが余裕ができたのだろう、笑みを浮かべる。

 

「さて、では教えてください、アーチャー。彼は………あのアーチャーは」

「分かっている。私の記憶では奴は十年前に聖杯の泥を被って受肉したと言った」

「やはり、そう言う事なのですね」

「その、ギルガメッシュであってるの? あの金ぴか」

「凛はやはりすごいな。奴の事を金ぴか呼ばわりするとは」

「それ以外にどう言えっていうのよ」

「まぁ、そうだな。………奴は大聖杯の前で待つと先ほど言った。だから最終決戦が迫っているという事なのだろうな」

「そうですね。彼の相手は私が…」

「いや、セイバーは志郎に着いていてくれ。奴との戦いは私が行う」

「しかし………」

 

セイバーが言い淀むが、

 

「奴と戦うのは私が一番だからな。任せてくれ」

「わかりました。アーチャー、あなたのご武運を」

 

それで会話は終了した。

後は志郎が目覚めてくれるのを待つばかりである。

 

 




決戦間近です。


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第034話 6日目・2月05日『夢、そしてイリヤの現状』

更新します。


 

 

 

夢を…夢を見ている………。

まだ魔術もろくに使えなくて姉さんを助けに行くことができずに歯がゆい思いをしていた頃の夢を。

 

『お父さん………私、姉さんを助けに一緒に行くことができるかな………?』

『志郎………』

 

それでお父さんは少し困った表情になりながら、

 

『そんなに焦らなくていいんだ。志郎………』

『でもっ! お父さんは、お父さんの体は今も………』

 

そう、お父さんの話を聞いて知ってしまった事。

聖杯に呪われてしまい今も顔には出さないが苦痛を味わっているのを。

しかしお父さんはそんな顔など表には………少なくとも私の前では一切出さずにただ笑っていた。

その表情が余計私の焦りを生んだ。

それで一時期無茶をして行き過ぎた魔術の行使をやってしまい熱を出して寝込んでしまった事があった。

お父さんはそんな私を怒りもせずにいつも通りに看病してくれた。

それで私は情けなくなって涙を流してしまった。

 

『ごめんなさい、お父さん………力になれなくてごめんなさい………』

 

ただただ謝る私の頭にお父さんは手を置いて、

 

『志郎はまず冷静に自身の腕を上げていくことを目指した方がいいと思う。

なに、僕はそう簡単にはくたばらないさ。

イリヤを助けに行く機会はいくらでもある。

だから………無茶をしてはいけないよ?』

『………うん。わかった』

 

それから私は無茶な魔術行使をすることは無くなった。

代わりに精神鍛錬や使えないけど魔導書を読む機会が増えた。

同時に魔術を使わない銃火器などの訓練や体術などもお父さんに教え込まれた。

いつか姉さんを助けにいく機会が巡ってくるかもしれない。

でも焦らずに、少しずつ、でも確実に力を着けていく。

私は必ず姉さんを救う事を志して………。

そんな事をやっていく内に実力がついてきたのだろう、身になっているという実感を感じて来た頃。

それが分かったのかお父さんは私に言った。

 

『志郎………僕は今度、イリヤを助けに行こうと思う』

『! それじゃ………!』

 

お父さんはすぐに行きたかったのだろう、それを我慢して私を鍛えてくれた。

そのお父さんが助けに行くと言ったという事は、すなわち私の事を認めてくれたという事だろう。

 

『それじゃ私も行くわ!』

『でも………もしなにかあったら』

『大丈夫よ! 私も強くなった実感が沸いてきているから』

『………わかった。でも“あれ”は僕がいいというまで決して使っちゃだめだよ? あれは僕と同じで志郎のとっておきで数も限られているから。約束できるかい?』

『うん!』

『よし! それなら一緒に一緒にいこうか。イリヤを助けに』

 

それで私とお父さんは姉さんを助けにドイツへと出国した。

そしてアインツベルンの敷地へと入っていき、いざとなれば結界も突破しようとしたけど、だけどお父さんはやっぱり無理をしていたのだろう、もう結界を突破するどころかその結界の繋ぎ目すら発見できないまでに力が衰えていたのだ。

私の解析の魔術をして解析しきれない強固な結界………それで途方に暮れる時間すらあちらは与えてくれなかった。

なにかの気配がしたと思えばそこには普通の獣ではありえない形をした異形がたくさん現れて私とお父さんはアインツベルンまであと少しという所で撤退を余儀なくされた。

なんとか異形の獣から逃げおおせたのだろう私は荒い息を吐くお父さんの背中を擦りながら、

 

『お父さん、大丈夫………?』

『ああ、平気さ。でも志郎の切り札を一回だけ使っちゃったね』

『………ごめんなさい。あの時あと少し遅かったらお父さんが殺されると思って禁忌を破っちゃった』

 

あれは本当の意味で切り札なのだ。

なのに私は一回使ってしまった。

お父さんとの約束を破ってしまった。

それで酷く落ち込んでいた私にお父さんは笑いながら、

 

『そう落ち込まないで志郎。大丈夫だよ。志郎の行動は決してマイナスにはなっていない。どころか僕を助けてくれたんだからプラスになっているさ』

『本当………?』

『そうだとも。でなければもう僕はここにはいないさ』

 

そう言ってお父さんは軽く笑って私の落ち込んだ気持ちを吹き飛ばしてくれた。

それからお父さんが『今回は帰ろうか………』と言って私の手を握って雪が降る中で一緒に来た時のように密航して家へと帰った。

そしてまた私は鍛えてお父さんの体がまだ持つであろう間に何回もアインツベルンへと挑んでいったが悉く返り討ちにあった。

それでお父さんは死に体の体に余計に負担をかけまくったせいでとうとうろくに動けなくなってしまい私に願いを託して逝った………。

お父さんが逝ってからというもの、私は一人ではお父さんのようにうまく密航もできないし伝手もないからただただ毎日準備だけは欠かさずに今は耐える事だけをしていった。

 

 

……………

…………

………

 

 

時は飛んで聖杯戦争が始まり私は今までの準備期間を一気に解放するために、そしてこの聖杯戦争という魔術儀式を終わらすために行動を開始した。

御三家の一つである凛さんとも協力者になったし、もう一つの御三家である間桐臓硯も桜を救う過程で倒すことができた。

後は姉さんとも和解できればどうにかなるかもしれない………。

そんな矢先に知ってしまったアーチャーの真実………。

兄さん………。

私はどうすれば兄さんと素直に話し合えるのかな………?

私が悩んでいる時に姉さんが話しかけてくれた。

それで話をしていく過程で和解もできてその時だけは兄さんという悩みも吹き飛んでいた。

ただ………。

これは本当に悪夢であってほしい………。

姉さんが………死んでしまうなんて嘘だ。

嘘に決まっている。

こんな現実など許容できない。

それじゃ今まで私がしてきた事はすべて無駄になってしまう。

これじゃ私の出発地点である『大事な、大切な人達を護れる正義の味方』という理想すら掲げられない。

だから誰でもいい、嘘だと言って………ッ!!

 

 

 

志郎は夢の中でさえ大きな叫びを上げるのであった。

 

 

 

 

 

 

………志郎が気絶してから夜中の事であった。

突如として志郎の『いやああああーーーーーッッ!!』という叫び声で居間で待機していた一同は一斉に志郎の部屋へと向かった。

扉を開くとそこには錯乱をしているのであろう涙を大量に流す志郎をセイバーが必死に抱き留めて落ち着かせているという悲しい光景があった。

そんな志郎の姿を見たのが初めてだったのだろう桜が、

 

「先輩………」

 

と言って涙を流した。

 

「シロ、どうか落ち着いてください!」

「姉さん! 姉さんが!!」

「大丈夫です! シロ、イリヤスフィールは生きています!」

「えっ………? 生き、てる………?」

 

やっとセイバーの言葉が受け入れてもらえたのだろう志郎の瞳に光が戻ってきた。

 

「はい。イリヤスフィールはなんとか一命を取り留めました。今はキャスターが治療を行っているところです」

「………会いたい。姉さんに会いたい」

 

志郎がそう言って静かに涙を流す。

 

「わかりました。シロ、キャスターの部屋へと参りましょう」

「うん………」

 

それでセイバーに支えられながらも志郎は少しずつ歩を進めだした。

それを見守る事しかできないでいたアーチャーは、

 

「すまない志郎………」

「アーチャーが謝ることは無いわ。イリヤスフィールの事をあんたの提案で救えたんだからよかったじゃない?」

「そうですよ、アーチャーさん。そうじゃなかったら今頃先輩はどうなっていたか想像もしたくありません」

「そうだな………。衛宮はいつも冷静沈着だったからな。姉が死ぬかもしれない瀬戸際までいったんだ。ああなるのも無理はない」

 

アーチャーの言葉に凛に桜、慎二は気に病むことは無いという感じに話をした。

だがなぜ凛はともかく桜と慎二が話に着いていけてるのかというと志郎が気絶した後に桜と慎二もいろいろ訳あってアーチャーの正体を知った口なのだ。

それはもう驚かれた事だろう。

 

それから志郎はセイバーに連れられながらもキャスターの工房へと入っていく。

 

「キャスター………いる?」

「志郎様? はい、大丈夫ですわ」

 

キャスターは志郎を部屋の中へと招き入れる。

するとすぐに目についたのがなにかの培養液のような液体が入っている入れ物の中に沈まされているイリヤの姿があった。

 

「姉さん………」

 

それで志郎は培養槽に触れて確かにイリヤが生きているという実感が沸いたのか再び涙を流していた。しかし今度のは嬉し涙ともいう。

そこにキャスターの説明が入る。

 

「志郎様。今のこの子の説明を致しますね」

「うん………」

「この子は今現在、小聖杯をアサシンによって抜き取られたために生命の灯が著しく低下しています。

だから当分の間はこの培養液の中で体を癒さない限りは目を覚まさないでしょう」

「そんな………」

「ですがご安心ください。少しの間だけです。一週間くらいの時間をかければこの子も息を吹き返すでしょう。その間、私はこの子の体の異常をすべて取り除くことにいたします」

「体の異常………?」

「はい。志郎様がご存知の通り、この子は小聖杯として生まれてからずっと調整や強化などをされていたのでしょう。成長も止まってしかも私が調べた限りでは一年も保たないかくらいの寿命しかありませんでした」

「それじゃ!?」

「落ち着いてください。まだ続きがあります。よって私はこの子が志郎様と同じくらいのごく普通な一生を過ごせるくらいには体組織と魂を弄らせていただきます。ですからご安心ください。治療が終わる頃には止まっていた成長もまた再開することでしょう」

「………」

 

それで志郎は無言でキャスターに抱き着いた後にしきりに「………ありがとう、キャスターありがとう………」と言っていた。

それでキャスターも満更ではなく頬を染めながらも志郎にある事を告げた。

 

「ですから恐らく明日が聖杯戦争の終焉だと思います。御覧の通りで私はこの子の治療で手を離せません。ですから………」

 

キャスターがそこまで言って志郎は理解したのだろう、やっといつも通りの強気の笑みを浮かべて、

 

「わかった。キャスターが安心して姉さんを癒している間に明日すべてを終わらせて来るね」

「よかった………。もういつも通りの志郎様ですわね」

「その件ですがシロ。話し合いがありますのでよろしいですか?」

「うん」

 

それで話し合われる。

志郎が気絶している間に起こった事を。

大聖杯の場で待つというギルガメッシュを倒しに行くことを。

そして明日の夜までは鋭気を養ってから大聖杯のある場所まで向かい挑むことが決定したのだった。

 

 

 




志郎の過去を少し書きました。
そしてイリヤの現状はこんな感じです。


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第035話 7日目・2月06日『志郎とアーチャー』

更新します。


 

………今夜、柳洞寺の地下にある地下大空洞に安置されている大聖杯がある場所へと私達は向かう。

でもその前に姉さんの現状を知れてどうにか助かる事が分かった私は安心していた。

そしてその過程でアーチャー…兄さんのおかげで姉さんの事を救えたという事をセイバーに教えてもらい、

 

「(兄さん………)」

 

思わず両手を胸にギュッと合わせていた。

それほどにアーチャー…兄さんには感謝している。

私にはできなかった事をすんなりとやり遂げてしまう。

思えば桜の件でももしかしたら間桐臓硯を殺しえる薬をキャスターに提案したのは兄さんなのではないだろうか。

………やっぱり兄さんは正義の味方なんだね。

だからそれだけに兄さんの望みが自身の抹殺というのを知ったからか悲しくなってしまう。

どうしてそんな悲しい願いを抱くほどまでに思いが摩耗してしまったのかと。

凛さんなら多分知っていると思う。

でも、今はまだ聞く勇気が持てない。

もし今聞いてしまったらきっとこれからやるであろう最後の戦いに集中できないかもしれないからだ。

でも、今日を逃したら兄さんはいなくなってしまう。

キャスターは自前でなんとか残れるらしいけど兄さんやセイバーはきっと戦いが終わったら………。

それで自室で今夜の準備をしながらも考えている時だった。

私の部屋のドアをノックする音が聞こえたのは。

セイバーかな………?

それで返事を返すと、

 

『アーチャーだ』

「っ!?」

 

私は思わず息を呑んだ。

まさか兄さんから私に直接会いに来てくれるなんて。

 

『衛宮志郎………少しばかり話があるのだが、中に入っても構わないかね?』

「あ、えっと………少し待ってください」

『わかった』

 

ドアの向こうから兄さんはそう言って黙った。

ど、どうしようか。

こんな時だっていうのに私の胸の鼓動は早鐘のように鳴っている。

とりあえず少し身嗜みだけでも整えて、

 

「………ど、どうぞ」

「では、失礼する」

 

そう言って兄さんは私の部屋へと入ってきた。

 

「突然どうしたんですか…?」

 

私が開口一番に兄さんへとそう尋ねる。

そう聞くと兄さんは「そうだな」と一回目を瞑った。

そしてすぐに真剣な表情になり、

 

「衛宮志郎…いや、志郎。私の、いや俺の話を聞いてくれるかい?」

 

そう、兄さんは切り出してきた。

 

 

 

――Interlude

 

 

 

とうとう切り出してしまった。

アーチャーは少し時間を遡って凛にこう話をされていた。

 

「アーチャー」

「なんだね、凛?」

「きっと、志郎と会えるのは今日で最後よ」

「ああ。わかっている…」

「セイバーに聞いたけどあの子は気付いたそうよ」

「それも、知っている」

「なら………少しでもあの子と一緒にいてやって。

心の贅肉かもしれないけど二人を見ていると今まで正直になれなかった私と桜にあんた達が被るのよ。

見ていて放っておけないっていうか…」

「………」

 

アーチャーは凜の言い分を最後まで聞いていた。

 

「だから後悔だけはしないでほしいのよ。

あの子もだけど今回を逃したら貴方もきっと後悔する。自身を許せなくなる。どうしてあの時行動しなかったのかってね…」

「だが…」

「わかってる。あんたがあの子の事を何も知らない事は。でも薄情だと言われてもいい。今回だけは兄としてあの子の事を助けてあげて。

今一番志郎が必要としているのはアーチャーが志郎の肩を押してあげる事よ。

過去に死に別れをして満足に言葉も交わせなかったでしょう…。でも今も志郎はあんたの事を尊敬している。だから…」

 

それでアーチャーはおもむろに凜の目尻を拭う。

凛は涙を流していたのだ。

「あれ、私………?」と言っているので自覚はなかったのだろう。

 

「やれやれ………君に泣かれてまで行動を起こさなかったら私は畜生に成り下がってしまうではないか。わかった。今夜、出る前に話をしよう」

「ありがとう、アーチャー」

「なに、マスターの頼みだ。気にするな」

 

そんなやり取りをしてアーチャーは志郎の元へとやってきたのだった。

アーチャーはこれから恐らく志郎に酷な話をするだろうという予感をしながらも、

 

「衛宮志郎…いや、志郎。私の、いや俺の話を聞いてくれるかい?」

 

そう切り出したら志郎は多少ではあるがその表情に動揺の色を映す。

それでも覚悟ができたのであろう無言で頷いた。

それにアーチャーは感謝しながらも、

 

「話をする前に俺はこの世界の君の兄に謝らなければいけない」

「えっ?」

「君はもう気づいているのだろう? 私の正体を………」

 

それで志郎は少し顔を伏せながらも「うん」と頷く。

志郎が俯いたまま、それでもアーチャーは話を続ける。

 

「俺はこうしてこの世界の士郎の立場を侵してしまっている。横取りのようなものだ」

「そんな………」

「そして思えば俺は酷い男だと思う。あの大火災で俺は切嗣に助けられたが家族の人達を君も含めて一切忘れてしまっていたのだからな」

「………」

「許してくれとは言わない。でも、同時に嬉しかった。数多ある平行世界で君という妹を助けられる世界も存在したという事に」

 

そう言って座っている志郎の顔と同じくらいアーチャーは腰を下げて、

 

「そして辛い思いをさせてしまってすまない。この出会いも聖杯が導いてくれた奇跡なのだろうが志郎にとっては気が動転するほどのショックな話だったと思う」

「そんな、こと………」

「私と凜の会話も聞いてしまったのだろう?」

「………ッ!」

 

それで志郎の体が数秒だが震えている。

 

「アーチャーは………兄さんはどうして自分自身を憎んでしまったの?」

 

志郎の言葉に内心で(やはりか…)と己の不甲斐なさに情けなくなった。

 

「そこまで聞かれていたか。そうだな………少し難しい話になるがいいか?」

「うん。聞かせて………聞かなきゃいけないんだと思うの」

「わかった」

 

それでアーチャーは語った。

正義の味方として最後まで駆け抜けてしまった生涯の話を。

そして守護者としての在り方を。

 

「俺はね、正義の味方なんかにならなければよかったと思っている。

切嗣の話を聞いた君なら分かると思うが俺の手も切嗣と同じくたくさんの血で汚れてしまっている」

 

そう言ってアーチャーは片手で顔を覆い、

 

「そして守護者となった今、俺の正義は完璧に否定されてしまった。

そこからは地獄だった………もう殺したくないと願いながらも世界から命令されてはたくさんの人達を殺してきた。

俺を慕ってくれた桜でさえ、俺はその手にかけた。

そんなろくでなしな俺にはもう八つ当たりだろうと構わないという思いで過去の自分である衛宮士郎をこの手で消しさるという願いを抱いてしまった。馬鹿だよな、本当に………」

「そんな事ないッ!!」

 

そこで志郎が顔を上げて涙を流しながらもアーチャーに抱き着いた。

 

「兄さんは何も悪く、ない………確かにお父さんと同じように悲しみをたくさんの人に味合わせたかもしれない」

「そうだな。俺は…」

「でも! それ以上に笑顔を、感謝されるような行いをしていったんでしょう!? だって兄さんは正義の味方なんだから!」

 

泣きながらも志郎にそう言われてアーチャーは自身の原点を思い出していた。

この身は誰かのためにあろうと。

嫌われてもいい、笑顔を浮かべてくれるのならばそれで十分だったと。

正義の味方とはそういうものだと。決して夢物語の話なんかではないと。

 

「兄さんはもう自分の事を許してもいいんだよ…?

もう後戻りはできないかもしれない。だけど! それでも兄さんの目指した正義は決して間違いなんかじゃなかったんでしょう!?」

 

そう言って志郎はまた泣き出してしまった。

そんな志郎の頭に手を置いて撫でる。

 

「………こんな俺のために涙を流してくれてありがとう。志郎。それだけでも幾分は救われたよ」

「そんな、こんな兄さんの言う本当の地獄を体験していない私なんかが言っても気休めにしかならないと思う。

でも、兄さんを救いたいという願いは本当なんだよ? 私の理想は『大事な、大切な人達を護れる正義の味方』………だから私は兄さんが守護者となっても幸せを探求できるように願いたい」

「そうか。俺も、そんな事に早くに気づいておけばこんな無間地獄には落とされなかっただろうな。

俺は志郎のように俺の事を大切に思ってくれた人達の手も払ってこんなところまで来てしまった。

だが、そんな俺でもまだやり直せるだろうか………?」

「それは、わからない………」

「おいおい。志郎が言い出したことだろう?」

「うん。でもきっといつか報われる時が来ると思うの」

「信じる、か………」

「うん」

 

それからアーチャーはしばらくの間、志郎と他愛ない話などをして時を過ごした。

そこには確かに兄妹としての光景があった事を信じて………。

 

 

 

Interlude out──

 

 

 

兄さんと思いっきり話すことができて私もすっきりできた。

兄さんもきっと思いを吐き出せてすっきりできたと思う。

それから桜と慎二くんが決戦へと向かう私達のために夜食を作ってくれていたために全員で頂くことにした。

その際に凛さんが、

 

「志郎、少しは悩みは晴れた?」

 

と聞いてきたので「うん」と答えておいた。

それで気力も十分となって私達は桜と慎二くん、キャスターと姉さんを家に残して家を出ていくのであった。

 

 

 




決戦前に二人の時間を確保できました。


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第036話 7日目・2月06日『門番の槍兵』

更新します。


以前に一回、お父さんと一緒に未来で起きるであろう聖杯戦争をまた引き起こさないためにとあるものを設置した。

それは聖杯の魔力が発動したら連鎖的に爆破する時限発火装置が大聖杯に設置してある。

まぁ、それも今回で意味ないものになりそうだけどね。

私は、いや私達は今夜………大聖杯そのものを破壊する。

そのために柳洞寺の麓辺りの隠し通路までやってきた。

でもそこで今の今まで最初の遭遇以来姿を見せなかったランサーの姿を入り口の前で発見する。

それで兄さんが前に出て、

 

「ランサーか。貴様、ここでなにをしている…?」

「よお、ここ数日会ってなかったが久しいな」

「傍観を決め込んでおいてよく言うな」

「ま、そうだな。そこは否定しねぇさ。うちのマスターが弱腰でな。まったく、ついていないぜ」

 

そう言ってやれやれと言ったジェスチャーをするランサー。

その姿から苦労人が板についたかのような雰囲気を醸し出している。

そこに凛さんが声を上げる。

 

「ねぇランサー、一ついいかしら?」

「ん…? なんだ嬢ちゃん…?」

「貴方のマスターってもしかして言峰綺礼とか言わない?」

「………」

 

凛さんにそう言われてランサーは気怠けに、そして嫌そうに顔を歪めながらも、

 

「言わんとか言いたいところだが生憎奴には思う所があるんでな。あぁそうだぜ」

「そう。やっぱり…」

「しっかしなぁ、嬢ちゃんよ。どこで知ったんだ? 俺は特にへまはした覚えはねぇぜ?」

「ちょっとこちらに情報通がいてね。それで知ったのよ」

「へぇ…?」

 

そう感心した声を出して真っ先にランサーは兄さんを見やる。

やっぱりこの中だと兄さんが一番疑わしいと思っているのだろうね。

その視線に兄さんも笑みを浮かべて応える。

 

「まぁ、いいか。そんな事はもう関係ないんだよな。俺はここで門番を務めさせてもらってるんでな」

「というと、ランサー。貴殿は…」

「ああ。俺を倒さない限りは先には進ませねぇ………と言いたいところなんだがな」

 

そう言うとランサーは頭を掻きながら言う。

 

「アーチャーとそのマスターは通してもいいとかいう命令を受けたんでな。見逃してやるよ、アーチャー」

「…いいのかね?」

「ああ、テメーとも決着はつけてぇところだが」

 

そう言うと今度は真っすぐ私を見てくるランサー。

その視線の意図を考えてすぐにあの時の約束を思い出す。

 

「そうだね。誰にも邪魔されない戦いをしようか。ランサー」

「おっ! やっぱし分かってるじゃねぇか、セイバーのマスターの嬢ちゃんよ!」

 

そう言ってランサーはとっても嬉しそうにその手に槍を出して構える。

 

「いいだろう。ランサー、今回は相手になってやろう!」

 

セイバーも剣を構えて臨戦態勢に入る。

 

「…凛さん。後から追うね?」

「わかったわ。志郎も気をつけなさいね?」

「うん」

 

そして兄さんに視線を向けて、

 

「負けないでね、兄さん」

「ああ。任せておけ志郎」

 

凛さんと兄さんはそれで入り口から入っていった。

 

 

「…さぁて。邪魔者もいねぇ。セイバー、ここで倒させてもらうぜ! そして次はアーチャーの野郎も倒す」

「ランサー。最初から勝つつもりでいるようですね。舐められたものです。いいでしょう。相手になります。マスター…指示を」

「うん!」

 

私はいつでも令呪を使えるようにスタンバイする。

同時に魔術回路に火を入れて弓と矢を投影する。

腰に下げてある“とっておき”は使う機会はないかもしれないけどもしかしたらの事態で使うかもしれない。

そしてそんな臨戦態勢の私達の姿を見てランサーの表情がまるで悪ガキのように笑みに彩られる。

 

「いいねいいね! この緊張感、たまらねぇ! そんじゃやるとしようか!!」

 

そう言ってランサーは一気にセイバーへと駆けてきた。

それをセイバーは迎撃する。

一瞬にして交差した剣と槍がガキンッ!という轟音を響かせる。

一合、二合、三合………と叩きつけるように二人は剣戟を打ち鳴らしていく。

あの校舎での一件ではやっぱりランサーは本気を出していなかったんだ。

 

「おらぁ!」

「ッ!」

 

ランサーの水平からの光速の突きによる刺突がセイバーの胸を狙い撃つ。

だがセイバーも負けていない。

すぐさま狙われた胸の前に剣を出して防ぐ。

それと同時にその突きの反動を利用して後方へとバックステップし、次いで魔力放出を全開にして上段からの振り下ろしをランサーに見舞う。

 

「はぁあーーーッ!!」

「ぐっ!」

 

振り下ろされた刃をランサーは槍を盾にしてなんとか防ぐがそのあまりの重さなのだろう、足が幾分地面に沈む。

ギリギリと音を鳴らしながらも二人は最大限警戒をしながらも互いに攻防を繰り広げている。

だけどそこでランサーが急に力を抜いたのだろう、思いっきり力を入れていたセイバーは前のめりに倒れそうになる。

そのチャンスを狙っていたかのようにランサーは下段からの膝蹴りをセイバーの腹に見舞う。

 

「ガハッ!」

「落ちやがれ!」

 

ランサーの言い分通りセイバーは空に落とされていた。

そしてランサーは槍を構えてセイバーを頭上で串刺しにしようとする。

だけどそう簡単にやられるほどセイバーは甘くない。

下段からの突き刺しによる刺突を空中で体をくねらせてなんとか回避する。

素早く着地すると横薙ぎに剣を振るうセイバー。

それをジャンプして避けるランサー。

それが合図だったのか二人は即座にお互い後方へと退避してセイバーは私の前まで戻ってくる。

 

「やるな、ランサー」

「てめぇもな、セイバー」

 

そう言って二人してニヤリと笑みを浮かべあう。

純粋な褒め言葉。

飾り気のないそのやり取りだけで両者とも満足そうにする。

 

「しっかしよお。貴様のその見えない剣………もう大体把握したぜ」

「そうか。しかしやる事には変わりはない。貴様を倒せばいいのだからな」

「そりゃご尤もだぜ。なら………今度はさらにギアを上げていくぜ?」

 

ランサーは腰を深く落として一気にセイバーへと接近して先程よりもさらに激しい連打を浴びせてきた。

それはさながら機関銃のごとく一秒一秒に数回は放っているだろうその閃光に、だがセイバーも負けじと打ち払いをしていく。

 

「おらおらおらおら!!」

 

槍の速度はさらに上がっていく。

その突きの応酬はさすがのセイバーでも耐えられないものになってきたのか苦悶の表情が見え隠れしてきた。

それを見越したのかランサーはその敏捷さで百の突きをしながらも一回高速で回転させて持ち方を変えて上段に構える。

それは先ほどのセイバーが試した戦法。

槍を腕がしびれてきているのだろう動きが鈍くなってきているセイバーに叩きつける。

 

「おらぁ!!」

「ぐっ! ああああ!!」

 

脳天を叩き割りえるだろう一撃をセイバーはなんとか剣を盾にして防ぐ。

 

「さっきとは形勢逆転だな!」

「言っていろランサー!」

 

するとセイバーはその体格を利用してランサーの股の下を潜り抜けて背後へと回り下段からの切り上げをしようとした。

 

「おせぇ!」

 

だがランサーの反応が神がかっていて槍を背後に回すだけで防いでしまった。

そのまま防いだ後に大振りに槍を振り回してセイバーは後方へと下がる。

 

「ははははは!! いいなぁセイバー! さすが最優のセイバーのクラスで呼ばれるだけあるぜ! 俺の攻撃を悉く防ぐ手腕は大したものだ!」

「それはこちらも同じです。あなたのような槍兵と戦うのは新鮮味があってとても良いものです」

 

二人はこんな時でもなければ、こんな戦いなどなければともに笑いあう仲になれるかもしれない。

だけどこれは戦いだ。

だからそんなもしもは今は考えないようにする。

私はただ二人の戦いに見とれていて圧倒されるばかりだった。

本格的な戦闘はバーサーカー戦を入れるとこれで二回目だ。

その戦いはもはや神話のお伽話のような神聖な戦いだった。

だけどランサーは槍を構えながら、「さて…」と呟き、

 

「そんじゃこの楽しい戦いに終止符を打つのもなんだが、貴様の心臓、貰い受けるぜ?」

 

途端、怖気が走るようなほどの魔力が槍へと集約されていく。

今か今かと解放せよと槍が唸りを上げているようで。

 

「ほう………ついに宝具を切るか、ランサー。ならば…!」

 

そう言ってセイバーは剣を上段に構えて同じく魔力を剣へと集めていく。

次第に風では覆い隠せなくなってきたのか黄金の剣がその姿を現す。

 

「ひゅー! やっぱり騎士王だったか。倒すのが惜しい相手だな」

「言っていろランサー。消え去るのは貴殿の方だ」

 

ランサーの槍はもう禍々しいほどの魔力が集約されていつでも放てるのだろう。

それはセイバーも同じでいつでも聖剣を解放できるように構えを解かない。

ランサーの槍は因果逆転の効果を持つゲイボルグ。

見極めが大事だ。

心の中で私は唱える。

 

(第一の令呪に告げる………)

 

それによって令呪の一画が輝きを増す。

でも二人はそんな事には気が付かずにお互いにボルテージが最大限に達したのだろう。

その言霊を解放する。

 

「受けなさい!約束された(エクス)―――………」

「穿てよ! 刺し穿つ(ゲイ)………」

勝利の剣(カリバー)ーーーーッ!!」

死棘の槍(ボルグ)!!」

 

お互いの真名解放が放たれた。

セイバーの聖剣の極光がランサーを覆い尽くす。

それでも分が悪かろうとランサーは極光の中を突っ切ろうと突き進む。

そして極光はランサーを飲み込んだ。

これで普通なら勝ったと思うだろう、だがランサーは直線上の斬撃ゆえにギリギリの境目を越えてセイバーへと疾駆した。

 

「もらったぁ!!」

 

歓喜の表情を浮かべながらランサーの槍はセイバーの胸に刺さ………らなった。

その事実に一瞬困惑するランサーを尻目にセイバーが背後からランサーの背中を貫いていた。

 

「ぐ、ふぅ………どうやって俺の槍を………?」

「私には最高のマスターがいましたから。それだけです」

 

それでランサーは私の手を見る。

私の令呪が一画欠けているのを確認したランサー。

 

「令呪によって心臓を貫く運命を捻じ曲げたか。くくく………本当にできたマスターだな」

「はい。マスターはとても優秀ですから」

「違いねぇ………ああ、ったく嬢ちゃんに呼ばれてたら俺も………いや、今言ったところで栓無き事か」

 

消えかけのランサーに私は近づいていき、

 

「一騎打ちを邪魔しちゃったから怒ってない?」

「ま、あのままだったら俺の勝ちだったがな。だが楽しかったぜ、お嬢ちゃん」

 

そう言って後は上半身だけの姿になったランサーは、

 

「楽しい戦だったぜ! じゃあな!!」

 

実に満足げな表情をして消え去った。

 

「………ランサー。私も柄にもなく楽しかったですよ。さらばです」

「………」

 

私はセイバーの独り言に何も言わず黙っていた。

 

「さて、それでは向かいましょうか」

「そうだね、セイバー。きっと今も兄さんと凛さんが戦っていると思うから」

 

少しの余韻を残しながらも私とセイバーは洞窟の中へと入っていくのであった。

 

 

 




ランサーとの戦いに勝利しました。
こんな戦闘でしたけど大丈夫ですかね。
久しぶりに戦闘描写を書きましたので不安です。

最後の打ち合いではプリヤで美遊兄の方がやったような避け方をしました。


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第037話 7日目・2月06日『傷の切開と報い』

更新します。


セイバーとランサーの勝負はセイバーに軍配が上がった。

多分言峰綺礼とは反りが合わなかったんだろうと私は思った。

マスターが一緒にいたならばきっと私が負けていたかもしれないから…。

ただ最後は満足そうに消えることができたみたいで私としては安心できる事であった。

それで洞窟の中を歩きながら私はセイバーに話しかけた。

 

「セイバー…ランサーの事だけど、あれでよかったんだよね?」

「はい。ランサーも心残りなく逝けたと思います。第四次聖杯戦争の時よりはランサーとしては報われたでしょうね」

「第四次聖杯戦争の時のランサー? なにがあったの…?」

「できれば話してあげたいのですが………志郎にとっては残酷な話です。こればかりは勘弁してください」

 

セイバーはそれで過去の事を思い出しているのだろう、表情が少し苦悶そうであったのはやっぱりお父さんがやらかしたことなのかな…?

お父さんは第四次聖杯戦争で判明した事は教えてくれたけど戦争中に起きた些細な顛末は詳しく教えてくれなかったから。

それならセイバーが話したがらないのなら無理に聞き出すのも酷だろうと私は聞かない事にした。

 

「セイバーが話せないなら無理に聞かないからね」

「感謝します。シロ」

 

それで洞窟の中を歩いていくと少し広そうな空間が見えてきた。

その空間に入った瞬間だった。

入り口の壁に突如として凛さんが叩きつけられてきていた。

 

「凛さんッ!?」

「リン!?」

「うっ…あ…」

 

凛さんは壁に叩きつけられたのか頭を打ったのか血を流していた。

 

「あ………志郎、早かった、じゃない…?」

「凛さん! しっかり!!」

 

私が凛さんを抱き起し介抱しようとした時だった。

凛さんが吹き飛ばされてきた先から、

 

「ほう…あのランサーを倒してきたのかね。衛宮志郎」

「ッ!」

 

声のした方を向くとそこには言峰綺礼が後ろに手を組みながらその顔に愉快そうな笑みを刻みながら立っていた。

 

「あなたは! どうして監督役なのに!?」

「…それを今ここで聞くのかね。衛宮切嗣から聞いているのなら知っているのだろう。私はこういう人間だと…」

 

そうだ。

言峰綺礼は第四次聖杯戦争のマスターの生き残りでお父さんと最後まで争った人間。

お父さんは銃弾を心臓に撃ちこんで殺したと言っていたがなぜか生きている人外の人。

 

「………そうですね。確かに今更なことでした。ランサーのマスターであるのならたとえ監督役であろうと参戦しないはずはないですよね」

「その通りだ。なに、頭はやはりキレるようで安心したよ。さすが衛宮切嗣の娘だ」

 

そう言うと言峰綺礼はその手に黒鍵を出して構えた。

だけどそこで今まで様子を伺っていたセイバーが剣を構えて私と凛さんの前に立つ。

 

「答えなさい、コトミネ…アーチャーはどうされたのですか?」

「アーチャーか。今頃はギルガメッシュと戦って散っているところではないかね?」

「にい…ッ! アーチャーがそんな簡単に負けるわけがないです!」

「ほう…? なぜそう言い切れるのだね? 衛宮志郎」

「それは…」

「マスター! 奴の口車に踊らされてはいけません。…コトミネ。何か企んでいるようですがそう簡単に事は起こさせませんよ。

貴方は切嗣が一番警戒していた男………よってここで果ててもらいます」

「そうか。それは残念だ」

 

残念そうにジェスチャーをしているが言峰綺礼の顔からは諦めの色が全く見えない。

なにをしようとしているの…?

 

「志郎………」

 

そこで凛さんが目を覚ましたのだろう、私に話しかけてくる。

 

「気をつけなさい……あいつは、綺礼は今、聖杯の力を宿しているわ…」

「えっ!?」

「なんですって!?」

 

凛さんの驚愕の言葉に私とセイバーは思わず驚く。

 

「その通りだ」

 

すると言峰綺礼の背後にいくつも黒い孔が出現してそこからコールタールのような黒い泥が流れ出してきていた。

それを見た瞬間にあれはイケナイモノだと察しられた。

 

「セイバー下がって! あれはきっとサーヴァントにとって天敵だと思う!」

「はい。私も直感であれはよくないものだと分かります」

 

言峰綺礼の周囲に泥は広がっていき、それはもう言峰綺礼はその顔にある皺を深くしながらも、

 

「…さて、これで話し合う場は整ったな」

「話し合い…?」

「そうだ。セイバーは私には手出しできない。凛という足枷も抱えたままでは衛宮志郎も機敏には動けまい?」

「くっ!」

 

確かに傷だらけの凜さんを残したままではうまく戦えない事は明らかだけど。

言峰綺礼は一体なにを話し合うというのか。

 

「それでは衛宮志郎。今から私がお前の傷を切開してやろう」

「切開……? どういう意味ですか?」

「なぁに………君は第四次聖杯戦争で起きた大火災の生き残りだ。切開するのには容易だろう?」

「シロ! 奴の言葉に耳を貸してはいけません! 風王鉄槌(ストライク・エア)!!」

 

近距離ではあの泥に飲まれるだろうと踏んだのだろう、セイバーは遠距離から風圧を叩きつける。

だが言峰綺礼に届く前に泥がまるで壁のように形を変えてセイバーの技を防御した。

 

「無駄だよセイバー。君の攻撃方法などとうに十年前に把握済みなのだからな」

「くっ…!」

「さて、これで分かったであろう。では話をするとしよう。

衛宮志郎。思えば君は衛宮切嗣に引き取られたのは幸せだったのだろうな…」

「それがなんですか…? 幸せでしたけど」

「そう。君は幸せな生活を送っていた。だが裏では君と同じ災害孤児たちはどんな事になっていたか知っているかね…?」

「えっ…? それって…保護団体に引き取られたんじゃ」

「ああ。確かに引き取られたとも。我が冬木教会でな」

「!?」

 

それで私は最悪なビジョンを幻視する。

まさか、そんな…!

 

「まさか貴方は彼らに何かをしたんですか!?」

「安心したまえ…。彼らは今も生きている。ただし人としての人権などとうに失っているがね」

「なにを…した!?」

「ククク………教えてやりたいところだが君が絶望の顔をするのを想像するだけで愉しみにしているのでね。

もしこの戦いで私とギルガメッシュを倒すことができたなら冬木教会の地下を調べてみるといいだろう。実に面白い見世物が見れるぞ」

 

それだけ伝えるとその手に泥を持った言峰綺礼は私に向けてそれを放ってきた。

 

「!?」

 

その泥は私達の前に落ちてその地だけを腐食させていた。

 

「ただ、生き残れたならの話だがね。

真実を知りたくば君はなんとしても私という悪を倒さないといけない。

君は衛宮切嗣の理想を継いでいないと言った。だがそれは本当の事かな?」

「なにを…」

「本心では親を継ぎたいとも思っているのではないかね?

現に君は私という悪を倒す正義の味方になろうとしている。それだけで君はやはり……」

「黙って! 私は、私は…!!」

 

確かに一時期お父さんの理想を継ぎたいと思った事はある。

だけどそれはお父さんという届かなかった人がいたから諦めた。

それに私には大切な人達を守りえる正義の味方という理想がある。

 

「気持ちに正直になりたまえ。どのみち君は正義の味方にならざるを得ないのだよ。

大方君の本当の理想は家族や大切な人達“だけ”を守りたいという矮小な物なのだろう?」

「矮小、だって…?」

 

そこで私の中でなにかが切れる音が聞こえたような気がした。

 

「あなたは、人の夢をサイズで測れるほど偉い人間なんですか…?」

「マスターのいう通りです。夢とは千差万別、どんな形であろうとそれは人の精神を支える支柱です。

それを否定できるほどあなたは出来た人間ではないぞ。コトミネ!」

「確かにな。私にはそんな権利はない。

だが衛宮志郎。君の理想はなんとなくわかったぞ。

よって君を殺した後には次は凛、間桐桜、間桐慎二、藤村大河………君の大切な人達を悉く殺していくとしよう」

「貴様! なんていう事を言うのですか!」

「…セイバー、もういいよ」

「ッ!? マスター?」

 

セイバーが私のおそらく冷めきっているのだろう声に反応して振り向く。

その表情は今までで一番見たくない表情だったのは言うまでもない。

だけどもう耐えられない。

私は私のささやかな理想を守るために今だけはお父さんの理想を体現する。

 

「言峰神父………私の理想を守るためにあなたにはここで消えてもらいます」

 

そう言って私は腰に下げてあったとあるものを引き抜いた。

それはお父さんの形見である銃『トンプソン・コンテンダー』。

 

「ほう…懐かしいものを出してくるな。素直になった気持ちはどうかね。実にいいものだと―――………」

「もう、それ以上喋るな………」

 

そう言ってとある薬を一飲みする。

その効果は、

 

「疑似固有時制御展開………三倍速!」

「なにっ!?」

「シロ!?」

 

言峰綺礼がその顔に初めて驚愕の色を現す。

だがもう遅い………。

一気に私は言峰綺礼の背後に姿を現してトンプソン・コンテンダーからある銃弾を撃ち放つ。

それは見事言峰綺礼の体に命中した。

 

「ふ、ふふふ………この程度なのかね。私にはかゆい程度だぞ?」

「そう思うんでしたら思っていてください。直に終わります」

「なにを…? おぶくあっ!!!???」

 

突然言峰綺礼の体から幾重にも刃が突き出してきたのである。

それはどんどんと増殖するように言峰綺礼の体を体内から破壊していく。

やがて顔の下以外はすべて剣が体から突き出してまるでハリネズミのようになって言峰綺礼はあっけなく目を大きく見開き絶命していた。

そして言峰綺礼が死んだのを合図に孔も消え去って泥もなくなった。

セイバーが凛さんを両手で抱えながら私のところへとやってきて、

 

「シロ…先ほどの動きは一体?」

「そうよ志郎。それにあの銃弾の効果は一体…?」

「私ね、血が繋がっていないからお父さんの魔術刻印は継げなかったの。

………だからお父さんは魔術刻印の魔術を一時的に疑似的に発動できるように使い捨てで小分けにして分けて薬にして私に託してくれた」

「そんな事が…」

「そして先ほどの銃弾は私の起源である『剣』を現した起源弾。撃ちこまれたが最後体内から一斉に剣が増殖して対象者の体を破壊する私の秘奥…」

 

それを言い切るとセイバーが少しばかり辛そうな表情になり、

 

「シロは…切嗣の理想を、継ぐのですか…?」

「………継がないよ。だって私の理想は『大切な人達を守れる正義の味方』だから…」

 

そう、その為なら私の大事な人達を殺めようとする者には消えてもらわないと。

このとある条件下での冷酷さだけは唯一お父さんから引き継いだものかもしれないと私は思った。

 

「綺礼は志郎の触れてはいけない部分に触れてしまったのね…。志郎、今までで一番魔術師の顔をしていたわよ」

「そうなのかな…? でも、もう大丈夫。暗い気持ちはもう抑えたから。さ、兄さんを助けにいこう!」

「…そうですね。立てますか、リン?」

「なんとかね…」

 

それで私達は最奥で戦っているだろう兄さんの元へと急ぐのだった。

 

 

 




今回は少し志郎の闇を描写しました。
魔術刻印の薬はオリジナル設定です。
出来るかな程度の認識ですが。


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第038話 7日目・2月06日『最後の敵』

更新します。


志郎とセイバーが言峰綺礼とランサーを倒す少し前の事、アーチャーは洞窟の最奥にある大聖杯の場所へとやってきた。

アーチャーが顔を上げれば分かるように小聖杯が大聖杯の直上に浮いて安置されている。

そして大聖杯の場には一人の黄金の鎧を纏った男。

第四次聖杯戦争で唯一現界し続けている男………英雄王、名をギルガメッシュ。

ギルガメッシュはアーチャーが来たことに気づいたのだろう、『ふんっ!』と鼻を鳴らしながら、

 

「…ようやく来たな。贋作者(フェイカー)

「ああ。貴様と決着をつけるために私はここまで来た。英雄王…!」

 

それでギルガメッシュはアーチャーを見下ろしながら問う。

 

「…それで? 贋作者(フェイカー)。ここまでやってきたのだ。聞いてやる。

貴様は原初の王たるこの我に太刀打ちできる術を持っているというのか…?」

「それは見てからのお楽しみだ」

「ふんっ。生意気な…我にそのような戯言を言う口などすぐに封じてやろう」

 

瞬間、ギルガメッシュの背後がグニャリと歪む。

黄金の幕からは次々とあらゆる原初の武器が姿を現す。

切っ先はすべてアーチャーに向けられていた。

そしてギルガメッシュはさながら最初から決まっているかのように勝利の笑みを浮かべる。

だが、アーチャーは「くっ…」と声を出し笑みを浮かべる。

 

「…なにがおかしい?」

「いや、なに…。最初から見せつけるように宝具の群れを呼び出し私の戦意を削ろうという魂胆が丸見えなのでね。いささか慢心が過ぎると思ってね」

「慢心せずして何が王よ! 貴様ごときに本気で挑むほど我は落ちぶれてはいないわ!」

「それが…貴様の敗因たる所以だよ。貴様はそうして過去にむざむざと蛇にしてやられたのではないかね?」

 

アーチャーのその煽りにギルガメッシュの顔に青筋が浮かび上がる。

 

「ほざいたな! 贋作者(フェイカー)!!」

 

そしてギルガメッシュの怒りを買い、いざアーチャーを串刺しにしようという意思を体現したかのように射出される武器達。

しかし、それでもアーチャーは焦らずに一言、いつも通りの様子で、

 

「―――投影開始(トレース・オン)

 

そう唱えた瞬間には射出されてきた宝具と同じ宝具が展開され打ち合いとなりすべて砕ける。

 

「我の怒りを買い、さらには我の宝まで真似るその所業…万死に値するぞ!」

「ほざいていろ、英雄王!」

 

次にはその手に干将・莫耶を投影してギルガメッシュへと駆けるアーチャー。

 

「ふんっ!」

 

ギルガメッシュが手を掲げ再度武器の群れを展開させる。

だが、

 

「遅い!」

 

ギルガメッシュの展開するスピードはアーチャーが投影するスピードより幾分遅い。

故に、展開しきる前に叩き落とされる。

 

「おのれぇ!!」

「シッ!」

 

アーチャーが双剣を大振りに叩きつける。

それにギルガメッシュは一本だけ出した剣を持ちそれを受け止める。

 

「ふっ!」

「ぬぅっ!?」

 

それから何合もアーチャーは双剣を交互にギルガメッシュへと叩きつけていく。

その度にギルガメッシュの表情から少しずつ余裕の色が消えていく。

 

「なぜだッ!? なぜ贋作者(フェイカー)如きに我が押される!?」

 

ガキンッ!となんとか受け止めながらもアーチャーは語る。

 

「…本当に分からないのだな」

「なに!?」

 

ギギギギッ!と鍔迫り合いをさせながらも「分からないのならばそのまま沈め!!」と言い放ち干将・莫耶で打ち払う。

だがそこで、

 

「天の鎖よ!」

 

空間が歪みそこから一本の鎖が飛び出してきてアーチャーの片手を縛り上げる。

それにギルガメッシュはその表情に余裕を取り戻してきて笑みを浮かべながらも、

 

「ハハハハハハハハハッ!! これで貴様の機動力を奪ってやったぞ!」

「この程度か…?」

 

しかしアーチャーはあくまで冷静なまま煽る発言をする。

 

「ああ、確かにこれではもう少し時間をかければ私は負けるであろう。だがな…この鎖には欠点があるのを英雄王、貴様は気づいているか?」

「我が朋に欠点だと…?」

「ああ、あくまでこの鎖は神性なものに効果がある鎖だ。しかし私にはそんな属性などない………よって」

 

頭上から剣が降ってきてアーチャーを繋ぐ鎖に殺到する。

 

「ただ頑丈なだけのものでしかないのだよ!」

 

ガチャンッ!と力なく砕かれた鎖が地に落ちる。

 

「お、おのれ! よくもわが朋を切り裂いたな!?」

 

それでさらにギルガメッシュの表情から余裕が消える。

それによってそれはもう大量に空間が歪み一斉にアーチャーへと剣が殺到する。

アーチャーはそれをバックステップをしながら、あるいは投影して弾きながらも後退する。

これによって距離が開けてようやく息切れを整えたギルガメッシュは自身の有利な距離を確保した。…そう思っていた。

 

「…英雄王、一つだけ言っておく。この距離感は貴様だけが得意とする場ではないぞ?―――投影、重装(トレース・フラクタル)…」

 

干将・莫耶を消してその手に黒塗りの洋弓を投影してさらに捻じれた剣を投影する。

 

I am the bone of my sword(我が骨子 は 捻じれ 狂う)…!」

 

捻じれた剣がさらに鋭くなり、そして放たれる真名解放。

 

偽・螺旋剣(カラド・ボルク)!!」

 

弓兵の専売特許である遠距離からの弓による狙撃。

放たれた螺旋剣は音速を突き抜けてギルガメッシュへと迫る。

 

「ぬああああーーーッ!!」

 

ギルガメッシュも即座に武器を射出しようとするが間に合わずギルガメッシュの顔………の横を掠って後方へと突き刺さって刺さったのだろう、盛大にギィンッ!という音を響かせる。

ギルガメッシュの頬からツゥーー…っと血が垂れる。

 

「貴様………ッ!」

「ふっ…」

 

ギルガメッシュはアーチャーの魂胆が分かったのだろうその表情を憎しみに歪めて言う。

 

「貴様! わざと外したのか!?」

「ああ。肝が冷えたであろう…?」

「おのれおのれおのれ! その舐めた所業、後悔するだろう! 我をむざむざと生き残らせた事を後悔させてやる!」

 

瞬間、今までで一番でかい空間が歪んでそこから巨大な剣が姿を現す。

 

「ククク…我を怒らせたことを後悔させてやろう。イガリマよ。あの愚か者を踏みつぶせ!!」

「神造兵装を出してきたか。………さすがに分が悪いか」

 

そう言うアーチャーだが、しかしなおその表情には焦りが見えないのはどういうことかとギルガメッシュは内心で舌打ちをする。

 

「なにかを仕掛けてくるとみるが構わぬ! その魂胆ごと叩き潰してくれる!」

 

そして射出されるイガリマという神造兵装。

その巨大さゆえに瞬く間にアーチャーは潰される事だろう。

だが、

 

「…当たらなければどうという事はない。とはいえ避けきれんのも不味い」

 

そして再度偽・螺旋剣を投影し、

 

偽・螺旋剣(カラド・ボルク)!!」

 

またしても真名解放をする。

 

「そのような小さきものではこれは防げんぞ!?」

「ああ、そうだろうな。だから………こうする」

 

 

―――壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)!!

 

 

イガリマと衝突した瞬間に偽・螺旋剣(カラド・ボルク)の幻想を解き放ちそれは爆発を引き起こす。

それによってイガリマはその進路を大きく外れてアーチャーの右側へと弾かれていきその大きさゆえに浮力を無くしたイガリマは巨大な轟音を響かせて地面に落ちる。

それを横目で見てアーチャーはギルガメッシュを目に据える。

ギルガメッシュはまさか防がれると思っていなかったのかその表情をさらに憎しみに彩る。

だがそれで逆に冷静になれたのか、

 

「―――貴様、何者だ…?」

「何者、とは…まさか貴様の口から問われるとは思わなかったな」

 

それでアーチャーはニヒルな笑みを浮かべながらも、

 

「特に貴様を驚かすことも言えないのでね。だが敢えて言わせてもらおう。貴様を倒すものだと…」

 

アーチャーはそう言い切った。

それでギルガメッシュは冷静になれたがゆえにその胸中に憎しみを抱きながらも、

 

「…そうか。ならばもう手加減は不要という事だな。―――こい、エア」

 

ギルガメッシュの手の近くが歪み、そこから筒状の剣を取り出した。

 

「これを抜かせたことを誉めてやろう。よって疾く散れ…」

 

エアと呼ばれた剣は回転を始めて空気が揺れて暴風が発生しだす。

さすがのアーチャーでもさすがにこれは防げない。

しかし、防げないということもないのだ。

それで投影するものをイメージしようとしたその時だった。

 

「アーチャー!」

 

そこに背後の入り口から凛の叫ぶ声が響いてくる。

それによってアーチャーの集中力が途切れる。

 

「凜ッ!?」

「その隙はもらったぞ! 贋作者(フェイカー)!!」

 

充填が完了したのだろうギルガメッシュはエアを構えて一気に解き放つ。

 

天地乖離す(エヌマ)………開闢の星(エリシュ)ッ!!!」

 

そこからは大気を揺るがす暴風が巻き起こりそれは見事にアーチャーへと直撃したのだろう大きな爆発を引き起こす。

それを見れてギルガメッシュは今度こそ歓喜の叫びをあげる。

 

「ハハハハハハハハハハハ…!! 見たか、我がエアの威力を!!」

 

ギルガメッシュはしきりに笑い声を上げていた。

しかししばらく経過し煙が晴れるとそこにはアーチャーの前に立つセイバーが“とある鞘”を掲げてアーチャーともども守っていた。

 

「なにぃ!?」

 

さすがのギルガメッシュもこの展開には脳が追い付かないのかまたしてもその表情を驚愕に歪める。

そう、セイバーが掲げている鞘の真名は『全て遠き理想郷(アヴァロン)』…志郎の体の中にあったはずのアーサー王の鞘であったのだ。

 

 

 




最初は煽りました。
これもまだアーチャーの計画のうちです。
とある事をしようとまだ切り札は使いません。
次回にアヴァロンの件に関して語ります。


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第039話 7日目・2月06日『無限の剣製。そして…』

更新します。


………少し時間を遡る。

志郎がアーチャーとしっかりと話を出来てお互いに和解ともいうべき仲になれた後の事であった。

 

「志郎。セイバーを呼んでもらっても構わないか…?」

「セイバーを? なにをするの、兄さん?」

「いや、なに。これから戦うであろう英雄王にもしかしたら私だけでは敵わないかもしれない。

しかしだからと言って不完全なセイバーだけでも倒せる相手でもないのだ」

「…不完全ってどういう事?」

「君ならすぐに分かると思うがセイバーにはもう一つ宝具がある。今は志郎の中にあるがな」

「あ…」

 

それで志郎もそれを察したのだろう。

セイバーを自身の部屋に呼び出した。

 

「シロ。呼びましたか? アーチャー…あなたがここにいるという事はシロとしっかりと絆を結べたのですね」

「ああ。君たちの後押しもあっての事だったがね。それに関して感謝の言葉を言っておく」

「いえ。この程度なら構いません。シロとアーチャーが仲直りできれば私も嬉しいです」

 

別に喧嘩をしていたわけでもないのだがね、とアーチャーが小声で言うが今は時間も惜しいということで早速志郎達は本題に入る。

 

「それでね、セイバー。大事な話があるの」

「はい。なんなりと」

「英雄王は並々ならぬ相手だ。それは十年前に戦ったセイバーなら分かる事だろう」

「…はい。悔しいですが彼の方が私より強いのはあきらかでしょうね」

「それでだが対策としてセイバーには完全に力を出し切れるようにある事をしようという考えになったのだ」

「ある事…?」

「うん。セイバーに鞘を返そうと思うの」

 

志郎がその事を告げた瞬間にセイバーは目を見開き、

 

「いけません、シロ。それでは貴女を守る術がなくなってしまいます。鞘の加護があるからこそシロには安心して後ろを任せられるというのに…」

「でも、この鞘はもともとセイバーが本来の所持者…。だからセイバーには受け取ってほしいの」

「しかし…」

 

それでもごねるセイバーの手に志郎は自身の手を合わせて、

 

「…大丈夫。確かにこの十年間私を守ってきた鞘だけど、もう一人立ちしなきゃいけないんだと思うの。それにセイバーには必ず必要となる…だから」

 

志郎の真剣な表情にセイバーも諦めたのだろう、「やれやれ」と言葉を零し、

 

「シロは意地っ張りですね。ですがわかりました。シロの事です。きっと私の事も考えてくれてるのでしょう」

「うん!」

 

それで三人は志郎が一番魔術が集中できる場所である土蔵へと足を運んだ。

その際、

 

「志郎…。イメージするんだ。そして感じるんだ。自身の中にある鞘の存在を。偽物ではなく本物の鞘を投影して形にするんだ」

「うん。わかったわ、兄さん。復元、開始(トレース・オン)…」

 

そして志郎は集中して己の中にある鞘をイメージする。

すると今までぼんやりとだが自身の中にある感じ取れていた百以上のパーツに分解されている鞘の存在をしっかりと感じ取れる。

志郎は今まで私の事を守ってくれていてありがとう…という思いを込めて、そのパーツを一つ一つ集めていく。

そして、

 

「…復元、完了(トレース・オフ)

 

そこには黄金に輝く鞘が志郎の手に握られていた。

集中し過ぎたのであろう志郎は少し息切れをしながらも、

 

「はい、セイバー。あなたの鞘だよ…」

「はい。しっかりと力を感じ取れます。これこそ私の宝具であり一度は紛失して失われてしまった鞘…『全て遠き理想郷(アヴァロン)』です」

 

セイバーは志郎から鞘を受け取り、次の瞬間にはセイバーの体内の中に入り込んでいった。

そして不死の力が戻ってくる感覚を久しく感じながらも、

 

「(マーリン…私は答えを出しました。この戦いが終わりましたら…)」

 

心の中でセイバーがそう言葉を発するとどこからか声が聞こえてきた。

 

《いいんだね。わかったよ…僕も君の運命を最後まで見届けるとしよう》

 

そう聞こえてきた声を聞き流しながらセイバーはそれでいつも通りの表情に戻り、

 

「シロ…そしてアーチャー、いえ、シロウ。あなた方二人に感謝を…これで私は万全に戦えます」

「ううん。私からも感謝するね。私に従ってくれてありがとう。セイバー」

「ああ。私も過去に君には助けられたからな。これで、安心できる」

 

それで平行世界での絆という繋がりを感じながらも三人は決戦に意欲を燃やした。

 

 

 

 

 

 

そして時間は現在へと戻ってくる。

セイバーは鞘を掲げながらも、

 

「大事ないですか…? アーチャー」

「…ああ。助かった、セイバー」

 

そこに志郎と凛も駆け寄ってくる。

 

「兄さん、大丈夫…?」

「ああ。大事ない。それよりも凜、できれば思念通話で伝えてほしかったぞ?」

「う、うるさいわね! うっかり大声を上げちゃって悪かったわよ!」

 

全員が揃い和気あいあいの雰囲気だがそれを許さない空気を読まない男がいる。

 

「ハハハハハハハハハ! 来たかセイバー! ここに来たという事は我に返事の用意でもできたのか?」

「英雄王。あなたに贈る言葉もありません。私はあなたには従いません。絶対に!」

「ククク…恥ずかしがらずとも我はすべて受け入れてやるぞ?」

 

ギルガメッシュのその言い様にセイバーは少し眩暈を感じながらも敢えて無視することにする。

なにやら一人語りをしているギルガメッシュを無視してセイバーはアーチャーに話しかける。

 

「…アーチャー。なにか作戦はありますか? 力押しでもどうにかなるでしょうがそう簡単な相手でもない」

「ああ。セイバー、頼みがある。少しばかり英雄王と戦ってもらって構わないかね? その間に私の宝具を展開する…あるものを結界内に取り込まないといけないからな。できるだけ集中したい」

「わかりました。それでは参ります!」

 

それだけで二人の会話は終了した。

そしてセイバーは剣を構えて英雄王へと駆けていく。

 

「くるか。セイバー! よいぞ。刃向かう事を許す!」

「許す許さないなどありません。これは戦いだ!」

 

そう言いながらもセイバーは英雄王が放つ剣群を弾いていきながらも戦いを繰り広げる。

それを見ながらも、

 

「…志郎、凜。今から宝具を展開する…嫌なものを見せるかもしれないが許してくれ」

「大丈夫…。兄さんのすべてを見せて!」

「そうよ! ばっちりとやっちゃいなさい!」

「ああ!」

 

それでアーチャーは目を瞑りながらも手を掲げて詠唱を開始する。

 

―――I am the bone of my sword.(体は剣で出来ている)

 

 

…そう、生涯体は剣で出来ていた。

 

 

―――Steel is my body,(血潮は鉄で) and fire is my blood(心は硝子)

 

 

…砕けそうになりながらも心を鉄にして踏ん張ってきた。

 

 

―――I have created over a thousand blades.(幾たびの戦場を越えて不敗)

 

 

…ゆえに負けることなどあり得なかった。

 

 

―――Unknown to Death(ただの一度も敗走はなく、) Nor known to Life.(ただの一度も理解されない。)

 

 

…確かに理解されなかっただろう。理解されようとも思わなかったしそれより助ける事だけを考えて走ってきた。

 

 

―――Have withstood pain to create many weapons.(彼の者は常に独り、剣の丘で勝利に酔う。)

 

 

…だからいつも独りだった。剣の丘だけが私の在り方だった。

 

 

―――Yet,those hands will never hold anything.(故に、生涯に意味はなく。)

 

 

…私の生涯は意味がなかったのかもしれない。だがそれでも掲げる理想だけは嘘ではなかった。

だからこの生涯は確かに誇れるものではなかったのだろう。それでも誰かにためにあろうという剣の意思があった。

 

 

―――So as I pray,(その体はきっと)unlimited blade works.(剣で出来ていた。)

 

 

その生涯を外界に現す。

そして見てくれ志郎。私が辿り着いてしまった境地を。

 

瞬間、地面に炎が走っていく。

それはあるものも取り込みながらも世界を破壊して外観を変えていき、そして再生する。

その世界は荒廃していた。

様々な剣が地面に刺さり、灰色の空には歯車がいくつも浮いておりゴウンゴウン…と回転する音を響かせていた。

全員がこの世界に取り込まれてギルガメッシュは声を上げる。

 

「…なんだこのみずぼらしい世界は」

「これが私の世界だよ、英雄王…。固有結界、無限の剣製(アンリミテッドブレイドワークス)。これが生涯を駆け抜けて私が辿り着いてしまった境地だ」

 

その世界を見て志郎は胸が痛かった。

兄さんはどうしてこんなになるまで心を摩耗させてしまったのかと…。

凛も夢の中でアーチャーの生涯を見たとはいえこうして改めて見せられると言葉を失うほどにショックを受けざるを得なかった。

と、同時に志郎にはこんな世界には辿り着かせないという意欲を燃やせた。

セイバーもこの世界を悲しんだが、だがアーチャーの顔を見てその考えをやめた。

アーチャーは笑っていたのだ。

こんな世界でも私は意地を張り通せるという思いを抱いていた。

志郎という妹と出会う事が出来てアーチャーはまた頑張っていこうという思いを抱いていた。

それはある意味革命的であった。

諦めきっていたアーチャーに志郎は希望を与えたのだから。

そんな心境など分からないギルガメッシュは「ふんっ…」とまたしても鼻を鳴らしながら、

 

「…こんなつまらん世界を見せて貴様はなにをしようとする?」

「気付かないかね…? ならば背後を見てみるといい」

「なに…?」

 

それでギルガメッシュは後ろを振り向くと驚愕する。

そこには固有結界の中に取り込まれたのだろう大聖杯が丸裸の姿で鎮座していたのだ。

 

「これが狙いか!」

「今更気づいても遅い!」

 

そしてアーチャーはすでに展開されている剣達を空に浮かび上がらせながらも、

 

「セイバー! 駆けるんだ! 露払いは私が務めよう!」

「はい!」

 

ギルガメッシュが剣群を放つがそれを悉く撃ち落とすアーチャーの剣。

その中をセイバーは安心しながらも風の加護を解き黄金の剣を展開させながらもギルガメッシュへと駆ける。

 

「おのれぇ!」

 

ギルガメッシュが乖離剣を使おうとするが、それよりも早く一振りの剣がギルガメッシュの腕を切り落とす。

 

「ッ!? 我の腕が!?」

「英雄王! 覚悟!!」

「ッ! セイバァァァァアアアッ!!」

 

ギルガメッシュの叫びも虚しく大振りに振り上げられたセイバーの剣がギルガメッシュを切り裂いた。

それで勝負は決した。

 

「…ぐふっ。セイバー…」

「………」

「最後まで我に刃向かうのだな…。だがよかろう。それも一興である…さらばだ…」

 

そうして英雄王は消えていった。

少しの余韻がその場に残る。

そして後は大聖杯を破壊するだけになった。

 

「兄さん…」

「志郎…」

 

志郎とアーチャーが大聖杯を破壊する前に少しばかり見つめあうのであった。

 

 

 

 




次回、最終回。


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第040話 『エピローグ』

更新します。


………私は今、冬木中央公園の近くに設置されている霊園へと足を運んでいた。

あの一週間たらずの間に終結した聖杯戦争から半年が経過していた。

時期もお盆であり霊園には足を運ぶ人達が多く見られる。

…ここには冬木教会の地下に幽閉されていた彼らも一緒に眠りについている。

あれを発見した時には思わずもう死んでいる言峰綺礼に対して憎しみを再度噴出してしまったのはまだまだ未熟だったのだろうね。

…まぁ、もう終わった事は仕方がない。

私は購入していたお花を霊園にある祭壇へと置いて手を合わせて冥福を祈っていた。

そんな時に背後から私の事を呼ぶ人達の声が聞こえてきた。

 

「シロ!」

「志郎様」

 

その声に私は振り向けばそこには白い夏服のワンピースを着て麦わら帽子を被っているイリヤ姉さんと少し地味目の服を着ているけど、それでも綺麗なキャスターが立っていた。

そう…姉さんはあれからキャスターのおかげもあり命が救われたのであった。

寿命も普通の人間と変わらないくらいに延命できて最近少しずつだけど背も伸びてきている。

 

「姉さん。それにキャスター…」

「シロ。ここにシロウが眠っているんだね?」

「うん、そう」

「しかし、今でも不思議に思いますわ。あのアーチャーがこの世界ではいないも同然の扱いだなんて…」

「それはしょうがないよ。そうじゃないと私が死んでいたかもしれないわけだし…」

「あーあ…私も一度だけでも話をしてみたかったなぁ~」

「あの時、姉さんはキャスターの治療で寝たきりだったからね」

「それはわかってるんだけどぉ…あ、そうだ! シロ、この後はキリツグのお墓があるリュウドウジまでいきましょう」

「そうだね」

 

そこでふと思い出す。

一週間たらずの間だったけど出会えた人々との最後の別れの時を…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…兄さんの固有結界がまだ展開されている中、後はセイバーの宝具で大聖杯を消し去ればこの聖杯戦争は二度と起こらない。

でも、大聖杯を消し去ったが最後、それは別れの瞬間でもある。

 

「シロ…。令呪を一つ使ってキャスターがこの世界に残れるように祈ってください。

そうすればキャスターは消えることは無いでしょう」

「うん」

 

それでセイバーとは別にまだ一画も使用していない令呪に祈る。

 

「キャスター! この世界に留まり続けて私といつまでも一緒にいて!」

 

私の願いを聞き入れたのだろう令呪は一画使用された。

これでもう多分だけどキャスターは残れるだろう。

 

「さて…これで後は大聖杯を消し去るだけですね。シロ、私は最後まであなたの剣であれた事を誇りに思います」

「私もだよ、セイバー…」

「第四次聖杯戦争ではキリツグとは様々な誤解がありましたが、今となってはすべてが許せるでしょう」

 

そう言ってセイバーは目を瞑って胸に手を添える。

 

「そして私はこの戦いを最後に一歩、踏み出します。これもシロのおかげなのですよ。感謝します」

「私こそ…。ありがとう、セイバー」

「はい。それでは後はアーチャーと…シロウとの別れを。後悔のなきように…」

「うん…」

 

見れば凛さんと兄さんもお別れができたのだろう、少し凛さんは涙目になっていた。

兄さんが私の方へと歩み寄ってきて、

 

「志郎…これでお別れだ。こんな時になんて言葉を残せばいいのかわからないが、会えてよかった」

「私もだよ、兄さん…ね? 兄さん…少し抱きしめてもらってもいいかな…?」

「いいだろう…」

 

そして兄さんは私を抱きしめてくれた。

私より数段体が大きい兄さんに抱きしめられてもうこれでお別れなんだと思って、私は涙を流してしまっていた。

そんな時だった。

兄さんは泣いている私に気づいたのだろう。

私の目尻を拭いながら、

 

「笑っていてくれ、志郎…志郎は笑顔が一番似合うのだから」

「あっ…」

 

そのセリフを聞いて私は再び涙を流してしまった。

そのセリフはお父さんの残してくれた言葉とまるで同じセリフだったのだ。

それで泣きながらも笑みを浮かべて、

 

「やっぱり兄さんはお父さんの子供なんだね…」

「それはそうだろう。私と志郎は同じ父を持つ兄妹なのだからな…」

「そうだね。そうだよね!」

 

それから少しの間、抱きしめてもらいながら名残惜しいかもしれないけど離れた。

 

「…さて、これでもうお別れだな」

「あっ! 待って兄さん!」

「どうしたんだ、志郎…?」

「うん…」

 

そう言いながらも私はこの十年間貯め続けていた私の魔力がこもった黒いリボンを解いて兄さんの腕に巻く。

 

「このリボンは…?」

「私の十年分の魔力が籠もっているリボンだよ。できれば一緒に持って行ってほしい…。

兄さんが挫けそうになったらこれを私だと思って…そして私の事を忘れないで…ッ!!」

「ああ…。ありがとう、志郎。ああ、必ずこの出会いの記憶を本体の元へと送り届けよう」

「うん。それじゃもうお別れだね…」

「ああ…」

 

そして私はセイバーへと目を向けて、

 

「セイバー…令呪に命じます、最後の責務を果たして!」

「はい、シロ!」

 

セイバーはエクスカリバーを構えて大聖杯へと向ける。

そして、

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー)ーーーーーッ!!」

 

黄金の極光は瞬く間に大聖杯を飲み込んで破壊した。

その瞬間、確かに今まであったセイバーとの繋がりが切れたのを自覚した。

セイバーは笑みを浮かべながらも、

 

「それではシロ。あなたのこれからに幸運がある事を祈っています…。さようなら。マイマスター…」

 

そしてセイバーは光となって消え去った。

 

「アーチャー!」

 

見れば凛さんの方でも声が聞こえてきて、

 

「…凜。志郎を頼む。キャスターとイリヤと一緒に志郎を正しき道へと連れて行ってくれ…」

「うん。私頑張るから! だからあんたも…!」

「ああ。答えは得た。大丈夫だよ遠坂。俺もこれから、頑張っていくから…」

 

凛さんとの最後の別れができたのだろう、少しずつ消えていく体に無茶をして私の方へと兄さんは振り向いてきて、

 

「そして志郎。君の事は必ず忘れない…。君という妹がいた事を誇りに思って私もこれから頑張っていくとしよう…」

「うん。またね…兄さん…」

「!…ああ、またな志郎」

 

いつかまた会えるだろう約束をして兄さんは笑みを浮かべながら消えていった。

そして固有結界も役目を終えたのだろう、兄さんが消えたのを合図にもとの洞窟の中に戻っていた。

 

「………」

 

私は最後まで笑顔でお別れをできたと思う。

でも、もういいよね?

我慢しなくてもいいよね?

それで限界だったのだろう、私は声を出して泣いてしまった…。

そんな私に凛さんが無言で抱きしめてくれた。

 

「今は泣きなさい、志郎。きっとそれがあなたの糧になるんだから…」

 

こんな時でも凛さんは優しかった。

だから凛さんの胸を借りて私は泣きはらしたのであった。

それから家に帰ったら桜や慎二くん、キャスターに迎え入れられてこうして聖杯戦争は永遠に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなことがあったなぁ…と思いにふけっていた。

…そして姉さん達と一緒にお父さんのお墓参りが済んだ後、

 

「さてと、それじゃシロ。これからどうする? セラとリン達がきっと家で料理を作っていると思うけど」

「あはは…きっとそうだね。あの二人だから桜と凛さんともめてる光景が過ぎるね」

 

そう、イリヤの護衛であったセラさんとリーゼリット…リズさんも姉さんと一緒にアインツベルンから勘当されてしまったから行き場がなくなってしまったので姉さんと一緒に衛宮の家で暮らすことになったのだ。

当時は酷かった。

姉さんがリハビリをしだした頃にアインツベルンからの使者が来て『小聖杯で無くなったあなたにはもう用はない』と言われてきたのだから。

それでセラさんとリズさんが怒ってその使者を殺しそうになったのは言うまでもない。

まぁ、そんなこんなで今ではセラさんがうちの家事清掃などを受け持っていたりして、逆にリズさんは元の性質からなのだろういつもだらけながらも俗世にどっぷりと浸かっている。

 

そして凛さんと桜はというと姉妹の仲も戻ったのか互いに最近は遠慮がなくなってきている。

私ともども魔術の師匠をキャスターはしてくれていて凛さんは神代の魔女から教えを乞う事が出来てとてもホクホク顔であったのは言うまでもない。

そして慎二くんは間桐家を今はどうするか悩んでいるがなんとか切り盛りをしていくと息巻いている。

 

「…とりあえず、真っ直ぐに帰ろうか。皆を待たせても悪いしね」

「そうだね」

「はい、志郎様」

 

それで姉さんとキャスターと三人で帰る事にした。

でもいざ家に帰ってみるとなにやら中が騒がしいことになっていた。

何事かと思っていると玄関から凛さんと桜が顔を出してきて、

 

「あ、おかえりなさい志郎、イリヤ、キャスター。

それよりちょっと大変なことになっているからすぐに中に来て」

「どうしたの、凛さんに桜…?」

「先輩も来てみればわかりますよ」

 

どこか嬉しそうな桜。

それで居間へと入っていくとそこにはもういないはずの人の後姿があった。

その人は私に気づいたのであろう。

 

「―――お久しぶりですね。シロ…」

 

私に久しぶりの笑顔を向けて来てくれた。

私は嬉しくなってその人にすぐに抱き着いたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

………思いは繋がっていく。

決して切れない絆がある。

出会いもあれば別れもある。その逆もまた然り。

だからいつか兄さんともまた会えるかもしれない。

だって、私と兄さんは“錬鉄の絆”で結ばれた兄妹なんだから…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………とある男は寂びれた荒野で一人腰を下ろしていた。

無言で誰とも話さない。話す相手もいない。

あるのは剣の丘と無限に地面に連なる剣達だけ。

だけど男は決して寂しくなどなかった。

絶望などしていなかった。

男は僅かに笑みを浮かべながらも腕に巻き付いているリボンを撫でたのだった。

 

 

 

 




こんな感じに〆させてもらいました。
私の作品をお気に入りにしてくださった皆様に感謝いたします。

最後になりますがこんな作品を見てくださり感謝します。

それではこれで『Fate/stay night -錬鉄の絆-』、完結です。

炎の剣製でした。


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