デット・ア・ファイズ (リベンジ)
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夢の守り人
夢の始まり・前編


その日、私は泣いた。
枯れ果てるまで泣いた。
地は唸り、空は怒り、海は荒れた。
 
俺は、彼女を美しいと思った。
彼女の涙はどんな宝石よりも煌めきを放っていて、彼女の涙に移るミクロな世界こそが本物の世界だとすら錯覚した。
 
だから。
だから心配しないで。
 
俺は、君を。


 

 

「奪わさした?奪われたのではないのですか?」

「そう、あれは釣り餌だよ。さしずえ神の生贄のね」

2018年12月26日、DME社の社長室で、ある2人の男女がそう会話を交わした。

「では追走部隊を引き上げさせますか?」

「ああ、日本までわざわざ行ってもらうことはない。現地の野良供でも殴ってレベル上げでもしてもらおう、おまけにASTという的までいるんだ、エレン、君一人で適当に監視しておいてくれ、育ったら摘め」

「了解しました」

エレンと呼ばれた女性が退出し、社長室には一人の男だけが取り残される。

彼が眺めていたデスクの上には、こんな企画書の文字が羅列してあった。

 

『riders gia orizin scenario』

 

この日、3つのベルトの内一つががDME社から盗まれ、日本に運ばれた。

これは使い方次第で、神にも悪神にもなれる鎧。

名を、『ファイズギア』と言った。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

約3カ月後。

 

海が好きだ。

砂が好きだ。

 

ここには命があって、人はない。

 

―――掴んでいた筈のモノが、手から零れ落ちていく。

お前の手では掴み切れないと、指の隙間から際限なく溢れ出す。

海も砂も、そういう所が好きだ。

 

何も残らないから、美しい。

 

「ふぅい・・・・」

風と波の音だけが響く早朝の海に、一人の男が砂浜に寝そべっていた。

彼が来てもう一時間はたっただろうか。

砂浜に投げ出されてるバイクも俺もそろそろ飽き飽きしてきただろう。との発想で彼、乙河志道はバイクを起こし朝焼けの空を見ながらバイクを自宅に走らせていった。

 

「あ!おにーちゃんまた無免許運転してたでしょ!!やめてって言ってるのに‼」

「そのバイクに何回か乗せてもらった子に言われても説得力がありませーん」

「うぬぬぬぬ・・・・」

家に帰宅し、妹の琴理と言い合いをしながら自分で作ったで朝ごはんを食べる朝。

これが、二人暮らしの彼の幸福である。

両親も親戚もいなくなった今、彼の家族は妹の琴理一人である。

「ほんと危ないよおにーちゃん。最近空間震が増えてるのに怪我でもしたら無免許バレて捕まっちゃうかもだよ」

「怪我自体の心配はしないのかよ・・・」

「だって・・・いや何でもない」

「・・・・あっそ」

志道は疑問にこそ思ったがスルーした。いちいち思春期の秘密に首をつっこむほど愚かではない。

 

「ほら、乗ってくか?」

「いいもん別に。お兄ちゃんこそバイクで学校は不味いよ?」

「近くに止めて歩くからいーんだよ。さっさと行け」

「はいはーい、今日の昼は駅前のファミレスで奢りねー!」

「わかったわかった」

琴理はそのまま走って行ってしまった。

「・・・デカくなったなあ、あいつも」

志道はそう呟いて、バイクを高校に向かって走らせた。

 

琴理を下ろした後、学校について教師用の駐車場にバイクを止めた。

本来この学校はバイク通学は禁止だがそもそも免許もない志道にそんな正論は通用しなかった。

が、この学校にもそんな正論をめげずに投げかける勇敢な教師が居た。

「こらー!乙河君!バイク通学は禁止だって何度も言ったでしょ!」

その勇敢な教師とは、彼の担任であるタマちゃん(通称)25歳である。そのポワポワ声にうんざりしながら志道はこう返す。

「朝から低血圧ですかオバサン、そんなんだから彼氏の一人もいなんじゃないですか」

「ゲフゥ!!!」

一撃で正義の教師はノックアウトされた。

 

昼。高校にて。

志道が机で早起きした分寝ているとそっと人影が彼に近づいた。

「おい不良君。飯の時間だぞ起きろっての」

「・・・・誰が不良だ。頭に教科書乗せるのやめろ」

「バイク通学と時たま授業フケる、25歳担任をおばさん呼ばわりは立派な不良でしょ。タマちゃん泣いてたよ」

「・・・否定は出来んな、殿町」

殿町と呼ばれた彼は、本名殿町大翔。春からの志道の高校での唯一の友達、らしき人だ。

入学式、途中でフケた志道を追っかけたことからよく話すようになった。

「ほら、お前にお客さんだぞ」

「あ゛?」

志道が殿町が指さした教室のドアの方を見ると、そこにいる一人の少女が志道のことを見つめていた。

短い髪の、綺麗な少女だった。

志道の人生においてこれほど綺麗な女性に会ったのは、確か、二度目か。

 

「――――を―――――よ、―――が―――――」

 

「…っ!」

頭にノイズのような音が走った。声のような気もするがもう志道には判別はつかない。

「確か鳶一折紙さん、だったかな。この前転校してきた。・・・ん、どうした?」

「・・・・いや、少しボケっとしただけだ。で、そいつが俺に何の用だよ」

「さあ?とりあえず行きなよ」

殿町にせかされ、志道は折紙の前に立った。だが折紙はじっと志道の顔を見つめているだけだ。

「おい、一体何なんだよ・・・・」

「覚えてる?」

「は?」

「・・・・覚えてないなら、いい。必ず思い出させるから」

そう言って、折紙は踵を返して自分の教室に戻っていってしまった。

「・・・何だアイツ、不審者か?」

志道は呆然と立ち尽くし、そう言うしかなかった。

そして、その瞬間。

 

空間震が、この街を襲った。

空が歪む。地にヒビが入る。海は荒れる。

学校の校舎も大きく揺れ、生徒達の悲鳴が響いた。

 

「なっ、嘘だろ!?」

膝をつきそうになるが持ちこたえ、後方を確認する。殿町は無事らしい。

「と、とにかくシェルターに避難しよう!」

「おう、そうだな・・・」

とりあえず志道は殿町と一緒にシェルターへと駆け出した。

 

シェルターは大混雑しており酷いありさまだった。

人と人がごった返し、我先に助かろうと圧縮された欲望が渦巻いている。

志道は真っ先に空間震なんかよりここから逃げ出したくなった。

人ごみは好きではないし、何より人間の悪意が渦巻く空間はもっと好きじゃない。

殿町とも離れ、少し集団から距離を取っているとそこである出来事を垣間見た。

 

先ほど話しかけてきた鳶一折紙が、シェルターとは逆方向に走り出していたのだ。

 

「は!?」

思わず声が出た。

正気の人間の取る行動ではない。いや彼女が正気の人間かどうか定かではないが。

志道はあっけにとられ、手に持っていたスマホを落としてしまった。

スマートブレイン製のスマホが音を立てて転がる。

この会社の製品は例え戦場に持ち込んでもほぼ壊れないという異常な耐久度で有名で落としたぐらいでは傷一つつかない。

志道がそんなスマホを拾い上げると、ナビアプリが起動していた。

 

琴理の居場所を知らせるGPSが、未だシェルター内部を示しておらずファミレスで鎮座していた。

 

「あの馬鹿、どこまで走っていったんだよ!」

志道は折紙を追いかけて破壊された市街地を走っていたが、あっという間に見失ってしまっていた。こちらはバイクを使ってるというのに。

無理もない。まるで煙のように角に消えて、そのままいなくなってしまったのだから。

「ああもう、どうなってるんだよ!」

志道は叫ぶが、叫んだところで何も変わらない。

頭を掻きむしりながら悩んでいると。

 

気配を、感じた。

何か、自分に似た気配を。

 

「な‥‥?」

思わず足を止め、ゆっくりとその気配を感じた方向を向く。

そして、振り向いた矢先。

閃光に街が包まれ、猛烈な風が吹き荒れた。バイクごと吹っ飛ばされ、地面を転がる。

「爆発⁉」

すぐ起き上がって爆発の方角を見ると、恐ろしい光景が広がっていた。

崩れた高層ビル。巨大なクレーター。水道管からは水が溢れ、電柱はドミノ状に倒れていた。

そして、クレーターの中央には。

災害が、立っていた。

 

時間が制止したような気がした。

 

美しい女の形をした災害は微動だにせず、ただこちらをじっと見つめていた。

志道は彼女から目を離すことが出来なかった。

 

「これが・・・精霊・・・」

志道は本能で理解していた。

あれは人ではない。人が持ちえない力しか感じない。麗しい外見すら恐怖を助長させるものでしかない。

 

精霊。

それは2003年、世界各国で同時に発生した空間震と共に現れる生命体らしきもの。目撃されたものは全て女性の形をしており、空間震が起こるたびに様々な形の精霊が目撃されていた。

そして、今空間震が起こっているこの地に精霊が降り立っているのは何も不自然ではない。

不自然なのは。

その、人知を超えた美しさだけだった。

 

その美しさにほんの一瞬だけ志道は。

ー不覚にも、見惚れてしまった。

だから。

彼女の剣が自分に振り下ろされていることに気がつくのが少し遅れた。

「うおっ、おおおおおおおおお⁉」

志道は全力で横に飛び、精霊の突撃を躱した。

 

「貴様も、私を殺しに来たのか」

「は⁉」

彼女の鋭い声に、志道は思わず怒鳴ってしまう。

 

「ざけんな、テメェなんてどうでもいいよ!俺は人を探してんだ!」

「嘘をつくな!」

こいつ、話が通じねえのか?と、志道が剣先からどうにか逃れようか逃れようとしたその時。

「精霊‼」

瓦礫の上から、朝聞いた声が響き声の方へ振り向いた。

そこにいたのは、探していた人物。

「鳶一・・・⁉」

間違いない。鳶一折紙だ。傷一つないその姿を見て志道は一瞬安堵した。

だが、一つ違和感がある。

それは、折紙の腰に巻かれたゴツい赤いベルトである。

中央部のバックルに穴が開いており、そこにはいかにも何かを嵌められそうな大きさだった。

「あなたは・・・・・ここで殺す‼」

折紙が朝の出来事から想像もつかない低い声で怒鳴りつけ、右手に持っていた携帯電話を勢い良く開けた。

(ガ、ガラケー⁉)

時は令和。まだガラケーを使用している人もいるだろうが、朝に折紙が電話に使っていたのはスマートフォンだった筈だ。

折紙は誰に電話を掛けるわけでもなく何か番号を打ち込むと携帯の蓋を閉じ、右手を高く上げた。

『standing by』

機械的な声で英語が読み上げられる。

 

「変身!」

掛け声と共に、折紙は携帯をベルトのバックルに差し込んだ。

 

『Error』

直後、機械的な音声が響いた。

同時にベルトから火花が散り、携帯がベルトから外れた。

「きゃああ!」

悲鳴と共に折紙は瓦礫の上から落下していった。

「なんだ・・・?」

精霊は不思議そうな顔でそう呟いた。

「今だ!集中砲火しろ‼」

謎の空中に居た部隊がその合図で銃弾を精霊に向かって乱射し、その隙に志道は折紙の元へ駆けだす。

倒れていた折紙を見つけると、焦って大声で呼びかけた。

だが、折紙の心は失意の中で志道の声は届かない。

「どうして・・・なんで・・・」

「おい、無事なのか!怪我はねえのか‼なんとか言え馬鹿!!!」

志道が折紙の肩を掴んだ時、折紙の眠れぬ獅子が覚醒した‼

「ペロ」

「ん⁉」

「ペロペロペロペロペロペロペロ」

「ギャアアアアアアアアアアアアアアア‼」

ペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロ‼

折紙は腹をすかせた子供がキャンディーを貪るように志道の左手を舐めつくした。

そこにエロスはない!ヤバイ女がいるだけだ!!

「ふう・・・・・・この味・・・志道⁉何故あなたがここに!」

「シェルターに行かずにてめえが外に出てったから追っかけてきたんだよ・・・!今凄く後悔してるけどな!つーか名前で呼ぶな!」

志道が怒鳴るが折紙は驚きで上の空だ。

とにかくここから離れようと志道が折紙の手を取ったその時、

後ろの瓦礫が、崩れた。

 

「バ、バカヤロッ・・・鳶一・・・!」

志道に怪我はなかった。折紙が志道を突き飛ばし自分だけが瓦礫に直撃したからだ。

折紙は瓦礫の下に埋もれ頭から出血していた。このままでは命が危ない。

だが志道にはこの瓦礫をどかすことに迷いがあった。だって人前で―――――

「・・・・・!」

覚悟を決めたその時、志道の視界に吹き飛ばされたベルトがあった。

もしかしたら。その可能性にかけて。

志道はベルトの元に走り拾い上げると、すかさず腰に装着し携帯も拾い上げて開く。

「・・・志道‼」

薄れゆく意識の中で、折紙は驚愕する。

「・・・なあ、鳶一。こいつはどの番号を何回押せばいいんだ?」

「やめ、て。それを使ったらあなた、はこの先ずっ、と」

「いらん心配はすんな。なんでお前が使えなかったかは知らんが、このまま俺だけ逃げても多分死ぬだろ。だったらかけるさ」

その穏やかな顔と声に、折紙は―――――――――思い出していた。

まぶしい、あの顔を。

「・・・・555」

「っ、もっとデカイ声‼」

「5を3回押してから、Enterを押す!そしたら閉じて、ベルトに装着する‼」

「おう!」

志道は神に願いながら一連の動作を行う。そして折紙のように携帯を持った右手を天高くつき上げた。

『standing by』

その機械音声に続き、志道は叫んだ。

 

「変身!」

勢いよく、携帯をベルトのバックルにに差し込んだ。

 

『complete』

先程とは違う音声が鳴り、バックルの両端から志道の全身に赤いラインが走っていく。

やがて一瞬彼の全身が眩しく輝くと、彼の姿は『変身』していた。

赤、黒、灰色の体、血管のような赤きライン、黄色く大きい顔。

それが、ファイズドライバー・ギア5によって起動するシステムアーマー『555』であった。

志道は自身の身体を確認し、思わず声を上げた。

「・・・・ッやった!」

「う、嘘・・・・」

志道はすぐに折紙の上の瓦礫をどかして助け出したが、折紙は何故自分が変身できず、志道が変身できたのか、と言う事実で頭がいっぱいだった。

「隠れてろ。後は俺がどうにかする」

そういって折紙を隅に追いやり、志道は、いや555は思考する。

自慢げに言うことではないが戦って勝つ自信は全くない。勝機があるとすれば・・・それは不意打ち、しかも一発で倒す以外に存在しない。

「やるか・・・」

さりげなく拾って読んでいた説明書を放り投げ、555は説明書に記してあったある技を使うことにした。

トランクの中からライトを模したポインターを取り出し、ベルトに嵌めた携帯電話、ファイズフォンからミッションメモリーを抜いて、ポインターに装着する。そして右足の脹脛のホルスターに装着してファイズフォンの蓋を開きエンターのボタンを押した。

「Exceed Charge」

その音声と同時にフォトンブラッドが右足に集まっていき、準備が整う。

555は精霊の元に物音を立てず近づくと、射程圏内に入った瞬間全力で走り出す。

「うらぁ‼」

右足を高く振り上げて回し蹴りをしながら精霊にポインターを向け、彼女目がけて赤きフォトンストリームが光り輝き突き刺さる。

「⁉」

「おりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

突然の発光に思わず目がくらんだ精霊に向かって、555は一気に空中に飛び上がり、必殺のキック『クリムゾンスマッシュ』を放った‼

 




乙河志道、と名前が違うのは仕様です。
乾巧は彼の性格と似てますが別人です。
彼の設定は原作と根本的に違うので名前も変えました。
そもそもこの小説でデアラの原型をとどめてるキャラ、半分くらいしか出る予定はございません。


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夢の始まり・前編②

(な。なんでだ)

555は自分の不可解な行動に理解が出来ないでいた。

クリムゾンスマッシュを放った、その時。

ーーー精霊の、あまりに悲しそうな顔が見えてしまった。

瞬間、左足を右足に引っ掛け強引に着地地点をズラして瓦礫の山へと突っ込んだ。

そのまま大量の砂煙と瓦礫で上空の部隊からは精霊が視認出来なくなる。

「…逃げろ!!」

本能のまま、訳の分からないセリフが口から出てくる。

その直後、瓦礫の山が志道自身に降り注ぎ、激突する。

「ガハッ…!」

脳天、背中、足に大きな瓦礫を喰らい、変身も解除された志道はそのまま瓦礫の下で意識を失った。

なんとも自業自得である。

 

「…天国にしちゃ殺風景だな」

起き上がっての第一声がそれだった。

保健室のような白いベット。巻かれた包帯。そして。

「…起きたかね?シン」

目の下のクマが異様で、デカい谷間丸出しの服着て、側に座ってた知らない女がいた。

「…あんたがここに運んだんすか」

「私、というよりここのトップが空間震跡地のど真ん中で君を発見してね」

「…アンタら精霊となんか関係してる人達なんですか」

あんな跡地にすぐ来るのは、そういう人達だろう。もしくは先程見かけたパワードスーツの精霊討伐部隊らしい人達のトップとやらだろうか。

「ああ、君にはこれから話そうと思ってた。調子が良いなら付いてきてくれ」

女は立ち上がり、部屋のドアを開けた。

「…質問が3つある。答えてくれるなら付いていく」

「わかった」

女は再び志道の方を向いた。

「まず一つ。近くに女子生徒が倒れていなかったか?俺の高校の同級生だ」

「…少なくとも、我々が来た時にはもう姿を消していたね」

志道はほんの少しだけ安堵した。とんだ変態だったが死なれたら目覚めは悪い。

「次に。俺が腰に巻いていたベルト一式はどうした?」

「…何の為の物かは不明だがちゃんと回収してあるよ。ベットの下だ」

その返事を聞いて、志道はベットの下を見た。…確かにトランクがある。ベットから降りてトランクを取り、蓋をあける。ベルト、携帯、懐中電灯、カメラ。確かに抜けはない。

「ベルト以外はスマートブレイン製の家電だね。シン、君はセールスマンなのかい?」

「生憎サラリーマンは世界一向いてない人種だと自負してる。これは女子生徒からの借り物だ。ありがとう。…そして、最後の質問」

志道はためて、こう口にした。

「…シンって何だ」

「乙河志道だからシンだが」

「…1文字だけだろ。それと呼び捨ては嫌いだ」

「では、シンくんと呼ぼう。ああそう、私の名前は村雨令奈だ」

「…好きにしてくれ」

志道はしぶしぶトランクを持って立ち上がった。

 

「遅かったわね志道、頭打ってノロマの亀になったのかしら?」

「…中二病にしちゃはスケールがデカいな」

巨大空中戦艦、フラクシナスの司令室に通され、普段と全然違う口調の義妹を前に志道はそう返すしかなかった。司令室はまるでアニメでしか見ないようなコンピューターやパネルまみれであり数人の胡散臭い人達が集合していた。それだけで志道は息苦しかった。

気をまぎわらそうと志道はスカイツリーの床みたいな透けた地面を見る。真下には、ファミレスがあった。…こんなオチかよと志道はさらに息がつまる気分になった。

「で、お兄ちゃんとしてはこんな怪しいお友達紹介されても困るんだが?」

「はあ。これだから愚兄は。しょうがないわね家族だし許してあげるわ、ようこそ『精霊保護管理人類守護組織・ラタトスク』へ」

 

「志道ですら、この天空市を中心に世界各国に空間震が多発しその現場にはいつも精霊が現れていることぐらい知ってるわよね?私達はその精霊を『保護』、『管理』し人類を守る事を目的とした組織なの」

琴理がくどくどと説明を始め、志道ははいはいと適当に聞いていた。

人間の女の形をしており、空間震と共に現れる「精霊」。公的にはその存在は秘匿されているものの、このインターネット社会では情報規制など役に立たず暗黙の了解として国民は精霊を認知していた。汚れた世界を作り変える為に神から遣わされた巫女なんて言って担ぎ上げるカルト教団もあるらしい。

確認された精霊の種類は未公開だが、少なくとも違う個体がいる事も国民では常識だった。

「まあ組織が完成したのはまだ半年前だけど、ついに志道を我が組織に迎え入れる事で完成するプロジェクトがあるのよ」

「…俺を?」

志道は嫌な予感がした。この妹が兄に頼み事をする時は碌なもんじゃない。夏休みの宿題3分の2を最終日にやらされた時はさすがに殺意が芽生えた。

「ええ、『志道×精霊恋愛計画』は今この瞬間からスタートするのよ!!!!」

「はあ?」

思わず言ってしまった。

 

「つまり、志道。貴方にはラタトスクの解析により精霊の霊力を封印出来る特異体質である事が判明したの。そして精霊は精神を安定、陽の感情を表に出しておくと力が暴走する事はない。なので安定している霊力を封印すれば精霊は無害になる。そして…現在確認されている精霊は全員人間の女性型。精神を陽の方向に安定させるなら恋愛が一番!なので志道、貴方にはこれから精霊を会っては落とし会ってはメロメロにさせるプレイボーイ数股ゲス男になってもらうわ!」

「お前…身も蓋もないな」

志道は死んだ目で琴理の解説を聞いていた。

「そもそも恋愛に拘る必要があるのか?その理屈だと数が増えるほど精神が不安定になる可能性が高いと思うんだが」

「その辺は頑張りなさい、そもそもキス、もとい性行為などの粘膜接触しないと封印出来ないのよ、恋愛以外に方法はないの」

「…………」

志道は何だこの男に人権を与えないミッションは、と心底うんざりした。

「というわけで志道、明日から女子攻略の特訓を始めるわよ!!精霊を救うために命かけなさい!!デートして、デレさせるのよ!!!」

 

「やだね」

志道はそれだけの返事を返す。

「…は?」

琴理は思わず腰を抜かしかけた。

「な、なんでよ!あの精霊の子が殺されてもいいって言うの!私達は保護出来ない場合は容赦なくあの子…『プリンセス』を殺すわよ!」

琴理はモニターに映った精霊を指差す。

それは先程の空間震の一部を切り取った画像であり、555こそ映っていなかったもののコードネームno.10『プリンセス』と呼ばれる少女の形をした精霊が写っていた。

それを一目見ると、志道は吐き捨てるように反論する。

「自業自得だろ。空間震で何人死んでると思ってんだ。だいたい口説くとか馬鹿らしい。見た目は可憐でも中身は殺戮しか求めてねえぜ」

「なんでそんな事分かるのよ」

「会ったからだ。話はそれだけか?今日の飯はボルシチな」

志道はファイズギアのトランクを持って、そのまま司令室を後にしようとした。

「…何よ。おにーちゃんの馬鹿っ!!私は助けたくせにあの子は助けないの!!!」

「……」

返す言葉もなく、司令室から志道は出て行った。

 

志道には答える資格はない。

彼は妹を守ってなどいない。

ただ。

彼の目の前から消えなかった、たった一つの存在が妹だっただけだ。

 

フラクシナスから降ろしてもらった彼はその足でスーパーに行き、夕飯の材料を適当に買い自宅への帰路についていた。辺りには誰もいない。

琴理と顔を合わせるのすら気まずい上、嫌なことを思い出して志道の内心はぐちゃぐちゃだ。

(明日トランクを返して忘れよう、それでいい、いいんだ)

トランクを持つ左手が震えた。それで終わる、終わるのだ。

志道は13年前と同じぐらい同様を隠せなかった。

5歳の自分の目の前から、全てが消えたあの日がフラッシュバックする。

だから、気がつくのが遅れた。

 

『隊長、なんとびっくり、こんな道端でトランク持った奴見つけやしたぜ、奪っちゃってもいいですかい?』

『ええ、トランクは回収して下さい。泳がせるべきとボスは言いましたがそれは我々が目をつけたオルフェノクにやらせるべきです、トランクを確保したら再度連絡を』

『オーケー』

 

志道の背に、3本の爪が伸びた。

「…っ!?」

踏み込んだ足音でようやく気配に気がついた志道は、とっさに横に転がって爪から逃れた。

「おっと、よく転がるで、空気パンパンのタイヤかいな?」

右腕が灰色の怪物のようになっている男はヘラヘラと笑みを崩さない。

「…なんだ、化け物」

「ん?キミィこれ見て取り乱さないん?さすが一応ベルト持っとるだけあって肝っ玉はあるんやね」

「…これが狙いか」

志道は買い物袋を置き、トランクを両手で抱え込んだ。

「そうそう、大人しく渡してくれるんやったら命だけで勘弁したるで?運が良ければ生き返れるんやわ!…断ったら、身体中ぜーんぶぶっ壊して無残なオブジェにしたるわ」

そう言って男は、全身を灰色の怪物に変化させた。

彼のもう一つの姿、パンサーオルフェノク。

……自らを人類の進化種と呼ぶ、異形の存在である者達。

彼らは自身をこう呼ぶ。

『オルフェノク』と。

 

パンサーオルフェノクが右腕の鋭い爪で全力で志道の心臓を切り裂こうと懐に飛び込んでくる。

志道はなんとかその攻撃を必死で地面を転がり回りながらギリギリで避けていた。

「オラオラ、やんちゃな子やな!」

パンサーオルフェノクは更におかしそうに爪を振り回す。

「…ッオラッ!欲しけりゃやるよ!」

痺れを切らした志道は、トランクの中身を開け、なんとベルトをパンサーオルフェノクへと投げ渡した。

「なぬう!?」

さすがに予想外だったため咄嗟に爪を引っ込めるために人間の姿に彼は戻り、ベルトをキャッチした。

その時。

スキが出来たと志道は全力で飛び蹴りを彼の股にかました。

「ガハッ!?」

ふらついて体制を崩した彼の手からベルトを奪い取り、腰に巻きつける。

そして手に持っていた携帯、ファイズフォンを開き『555』と入力、エンターを押し高くフォンを掲げた。

「変身!」

そのままベルトにファイズフォンを装填し、志道は変身した。

 

変身が完了した555は、目の下辺りを親指でこすりつけた。

これは喧嘩した時の志道の癖だ。彼は中学時代に散々荒れていて、喧嘩は絶えなかったのだ。

「…テメエ!」

パンサーオルフェノクに再び変身した男は、大きく飛び上がり爪を回転させて落ちてくる。

「ハアッ!」

555は怯むことなく落ちてきたパンサーオルフェノクの顔面を狙って右ストレートを放った。

結果、555の左手に爪が掠ったが右ストレートはパンサーオルフェノクの顔面にしっかり命中した。

地面に転がるパンサーオルフェノクに555は左手を少し抑えながら猛追を開始する。

右足で思い切り蹴り飛ばし、ガードレールに激突。

更にもう一度顔面を蹴り、そのまま胸ぐらを掴んで何度も殴る。

「…ガハッア!」

パンサーオルフェノクは根性で振りほどき、555に頭突きをかました。

「!」

頭の怪我に響き、ふらつく555を更に爪で切りつけた。

「ぐあああ!」

今度ば555が逆側のガードレールまで吹っ飛ばされた。

「がっ……!」

何とか立ち上がろうとするも頭がぐらつく。

それを好機とパンサーオルフェノクはまっしぐらに555へと向かっていった。

555はまずい、と一瞬ベルトに恨みを向けた。

その時、左のカメラが目に入った。

(…説明書に書いてあったな!)

すぐさまカメラ、ファイズショットを取り出し、フォンからミッションメモリーを外してカメラに装填、素早くエンターを押した。

『Exceed Charge』

グランインパクト。

クリムゾンスマッシュと共に、555の必殺技だ。

555は目一杯体を低くして、パンサーオルフェノクの懐に飛び込んだ。

「ダラァ!!!」

爪よりもギリギリ、ファイズショットがパンサーオルフェノクの腹を貫くのが早かった。



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夢の始まり・前編③

グランインパクトの衝撃で、パンサーオルフェノクは数メートル吹っ飛んで再びガードレールに叩きつけられた。

「ガ、ア…」

今度は立ち上がる事も出来ず、ただうずくまるのみ。

555は腕のファイズショットを見つめ、その威力に唖然としている。

その555を鋭い眼光で睨むものの、もう足が動かないパンサーオルフェノクは懸命に手を伸ばす。

だが。

「…!?ナ、ア゛…」

手から灰がこぼれていく。いや、手が灰になっていくのだ。

足も、胸も、腹も、顔も、泥人形が雨で解けるように体のシルエットが崩れていく。

「…な!」

555もそれに気づき、思わず後ずさりした。

「ア゛、アア゛…!」

歯も舌も崩れたパンサーオルフェノクだったモノは、遺言すら残せず。

全身全てを灰に変え、崩れ落ちた。

 

555はフォンをベルトから抜き取り、クリアキーを押して変身を解除した。

真っ青な顔をした志道は、おぼつかない足取りで灰の元へと歩く。

(俺、俺、殺し、た………)

いくら、化け物でも。

殺してしまった。

命を、奪った。

正当防衛なのかもしれない。

生き物を食べて生きる生物が今更何を、と言うかもしれない。

でも、これは。

そう考えてはいけない。そんな気がする。

灰を軽くすくい上げて、じっと見つめる。

軽い。

魂が消え失せた身体のかけらは、こんなにも軽いのか。

重さを奪ったのは俺だ。

こいつの人生という重さも、命という換えの効かない重さも、俺が全て奪った。

「……軽いな」

その呟きと共に灰は風にさらわれて掌から消え失せた。

後には、志道だけが残された。

 

帰宅して、夕飯を急ピッチで仕上げた後いてもたってもいられずに事故現場近くから回収されていたバイクを出して海へと向かった。

海に着いた途端に、志道は服も着たまま海に飛び込んだ。

「ぷはっ、げほっ」

塩水が殴れた全身に染みて痛い。今日の無茶苦茶な出来事が荒波を通じてでも嫌でも染み込んでいく。

海から志道は、月を見つめた。

狼男が喜びそうな満月だった。

 

翌日。

昨晩深夜、帰ってきた志道はそのまま寝ずに朝ごはんを作り、部屋を片付けて早朝に家を出ようとしていた。

志道はとにかく琴理と顔を合わせたくなかった。

(少しキツい言い方だったかもしれない。でもこっちは殺されかけたんだ。…何も守ることが出来なくて、むしろ側にいる事すらかなわなくて)

靴紐を強引に結んで志道はドアに手をかけた。

(こんな無様な俺に、化け物を守るなんて事が出来る筈がないんだ)

「お兄ちゃん」

「!…琴理」

パジャマ姿のまま、白いリボンでツインテールにした琴理が玄関に立っていた。

志道は驚きつつも、会話を返す。

「…呼び方、元に戻ってるぞ」

「切り替えてるの。白いリボンの時は普通の女子中学生の私。黒いリボンの時はトップ司令官としての私。…どっちのリボンもお兄ちゃんが私にくれたものだよ」

「…そうだったかな」

志道は頭をむしりながらすっとぼけた。

忘れるはずはない。

黒いリボンも、白いリボンも。

まだ2歳だった彼女に、似合うと駄々をこねて買ったのだから。

「…お兄ちゃんにこれ以上迷惑はかけたくないのは本当だよ、もう高校3年生で、保護者の叔父さんは2年も前からずっと連絡が取れない。

そんな状況で、精霊とデートしろなんて無茶苦茶もいい加減にしてくれだよね」

「………分かってるならなんで頼んだ」

志道は答えは分かっていた。でも聞かずにはいられなかった。

「お兄ちゃんなら助けてくれるって思ったから。出来るか出来ないとかじゃなくて、やってくれるって」

琴理は微笑みながらそう言った。

「…考えとくよ。いってきます」

「うん、いってらっしゃい」

琴理は、笑顔のまま手を振って志道を見送った。

 

来弾高校3年1組の教室近くの廊下にて。

「返す」

人通りのない突き当たりにて、志道は登校してきた鳶一折紙を呼び出しトランクを突き返した。

「…ありがとう」

折紙はそれだけ言って受け取る。

ぬか喜びだったと一瞬落ち込んだが志道は勿論気がつかない。

志道は受け取ったことを確認して、そのまま席に戻ろうとしたが。

「待って」

制服の裾を掴んできた折紙によって阻止された。

「なんで変身出来たのか、聞いてない」

「…知らねーよ。偶然だろ」

志道はそれしか言いようがない。このベルトのシステムなど説明書に書いてある事以外は何も知らないのだ。

「…分かった。これ以上、精霊なんかに関わらない方が良い」

「…お前に言われたくないね」

「私はASTの一員だから」

「…待て」

今度は志道が折紙を呼び止めていた。

 

対精霊部隊(アンチ・スピリット・チーム)。

通称:AST。その名の通り、『精霊』を武力によって殲滅することを目的とした特殊部隊の総称。日本国の陸上自衛隊所属の部隊だが、各国にも同様の部隊が存在している。

だが悲しきことに、ASTが精霊討伐に成功した例は発足からの12年間一度もない。一部では最低の税金泥棒とか、兵士運用のカモフラージュなのでないかと散々な言われようだ。

「高校生でも入れるもんなのかよ、んな組織」

「適性テストに合格すれば、誰でも」

「そうじゃなくて学校が認めてるのかって事だよ」

「バレなければ犯罪じゃない」

「…テメェいい性格してんな」

…合点はいく。なので黙ってシェルターから飛び出したのだ。

そもそもこいつは人の手を舐め回す変態だ。軽犯罪行為に躊躇がなくても不思議ではない。

「…なんでそんなもんに入ろうと思った」

志道の疑問は、そこだけだ。

折紙は、一瞬驚いた顔をした後、両手で抱きしめたトランクを見つめてぽつり、ぽつりと語り始めた。

「私の両親は、精霊に殺された」

 

「両親が燃えて、爛れて、体が崩れていくのを見た、瞬きする間にボロボロに肉片が転がって、灰になった」

 

「だから、私は殺すの」

「復讐を遂げても両親は戻らない事ぐらい知ってる」

「でも、このぐちゃぐちゃになった気分を奴らにぶつけてやらないと」

 

「私は、もう生きていられない」

 

足が震えている。

目が血走っている。

手はトランクを握りつぶしそうなぐらい強い力がこもっている。

「そうか」

それだけしか言えない。

部外者が何を言っても余計な事だ。

 

「…でも私には、これは使えなかった」

トランクを見つめ、悔しさを噛み締めた表情で折紙は零す。

志道はその顔を見て、頭をむしりながら今思いついたもう一つの疑問を口にした。

「そもそもこんなベルト、どこで手に入れたんだよ、ASTの物ってわけじゃないだろ」

なんせご丁寧にトランクにはスマートブレインのロゴが入っている。それにこんなに強力なスーツがあるならあんな成果を出せないパワードスーツを使わなくても良いのでは。と志道は思っていた。

実際飛行機能、マシンガンがあるとはいえ前回の精霊との戦闘では碌なダメージを与えられていなかった。

 

「…貰った」

「貰った?」

「…1ヶ月前、傷だらけの男から」

折紙はまた、話し始める。

謎だらけのあの雨の日という過去を。

 

その日の雨は、豪雨だった。

折紙がASTでの訓練を終え、自宅へと帰る途中。

家への近道の路地裏で、腹から『灰』を流す男が倒れていた。

とにかく駆け寄り、ゆっくり抱き起こし声をかける。

『…君は』

『しっかり、今救急車を』

『いや、いい。どうせ無駄だ。それより君……ただの女子高生という訳ではなさそうだな』

『…どういう意味』

『死線を見た事がある瞳をしている。それに全身から染み付いた銃火器と硝煙の匂いは洗っても分かるさ』

『………』

折紙が思わず黙り込むと、男は隣に置いてあったトランクを手に取った。

『これを、受け取ってくれ。君が使ってもいいし信頼出来る誰かに託してもいい。これは、人類の反逆の狼煙だ』

男はそう言いながらトランクを折紙の胸に押し付けた。

折紙は思わず手に取り、トランクを見つめる。

『開ければ分かる』

男のいう通り、折紙はゆっくりとトランクを開けた。

ベルト、携帯、懐中電灯、カメラ。

『….セールスマン?』

『ハハッ、そりゃ見ただけならそうだな!…だが、それがあれば、精霊だって倒せるかもな』

『…精霊を!詳しく』

折紙は身を乗り出して、男に迫る。

『…ここまでた』

だが、男は。

折紙の首筋を刈り取るように拳を打った。

…折紙はすぐ目覚めたが。

そこにはもう男の姿はなく、投げ捨てられた傘と雨にさらされたトランクだけが残されていた。




この小説では
志道→高校3年生
琴理→中学3年生
です。
後家族構成も大幅に変えてます。
彼らはたった2人の家族です。


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夢の始まり・前編④

「で、そのまま持ち帰っていざ本番で使ってみようとしたら駄目だったと」

「………」

「…しょげるな」

折紙は語り終えた後、しばらくだんまりを決め込んでいたがやがて意を決したようにトランクをこちらにつき返してきた。

「…は?」

「…使えない物を持ってても宝の持ち腐れ。でも、貴方にも使わないでほしい。もう二度とあんな事になってはいけない」

折紙はそのまま振り返りもせず教室に戻っていった。

「‥‥‥理不尽が過ぎるだろ」

志道もトランクを持ったまま教室に戻った。

 

教室でつまらない授業を受け、欠伸をする。

こうして学校にいるだけで昨日の怒涛の出来事など夢のように志道は感じるのだが…

足元に置いてあるトランクが嫌でも夢ではないと証明してくる。

「おい、どーした元気ないぞ」

近くの席の殿町が小声で話しかけてくる。

「…いつもこんなもんだろ」

「いや、まるで女に無様にフラれた男の顔だぜ?」

殿町は笑いながらそう言って黒板に視線を戻す。

「…マジかよ」

志道は顔をつねりあげた。

こんな事ではいけない。とにかくこのトランクを処分しなければ。

が、現実は志道を容赦なく置き去りにしていくのである。

 

空間震のサイレンが響き渡った。

「またですかあ〜!?2日連続ってそんなのありですか!」

担任のタマちゃんが嘆きながら生徒を避難誘導させる。

その時、志道は折紙のことを思った。

(あいつはまた、行くんだろうな)

ASTなのだから、精霊を倒すために。

自らの復讐の為に。

(そう、だから俺はもう関わる意味はない)

志道がそう決めて立ち上がった時。

 

窓から手が伸びて、志道の腕を掴んで窓の外へ引き寄せた。

「は?」

そう言った時にはもう、志道は空へと全身が投げ出されていた。

思わず掴まれた腕の先を見上げ、志道は更に驚愕した。

『プリンセス』が志道の腕を掴んでいたからた。

「なっ、はっ?」

志道はあまりの驚きにまともな言語が出てこない。

「少し来い」

その冷徹な声と共に、志道は学校から姿を消した。

その直後に学校周辺に空間震がモロに直撃して、消えた志道のことは皆頭から消え去った。

 

街の外れにある高台に隣接する林に志道は移動させられていた。

腕がちぎれそうな風圧に耐え、そのまま投げ捨てられるように林に降りさせられた志道は草の中に倒れた。

「ゲ、ゲホッ……な、なんだよ…」

「なんだ、とはこちらのセリフだ」

着地した『プリンセス』が志道に向かって剣を突きつけながら問い詰める。

「貴様、なぜあの時『逃げろ』と言った」

「…あー」

あんなん聞いていたのかよ、と志道は思う。確かに言った。自分でも理由がさっぱりわからないまま。

「…お前に私は剣を向けた。お前も私を殺しに来たから殺すしかないと思った。だがお前は私に攻撃するどころか『逃げろ』と言った。…そんな事言われたのは初めてだった。だから、理由を聞きに来たのだ。早く教えろ」

淡々と無表情のまま『プリンセス』は志道に疑問をぶつけてくる。

(…こいつ、あの時キックかまそうとしたのが俺だとは気づいてないのか。声は覚えてたくせに)

志道は精霊のガバガバな記憶力に感謝しつつ、剣先にも怯まずに答え出した。

「…そのままの意味だよ。逃げればいいんだよ、あんなのからはな。死にたくないだろ」

「逃げるよりも殺した方が良いだろう。私は追われるのが嫌いだ」

「うわ物騒…」

志道がうわあな顔をして、一歩『プリンセス』から離れた。

「それにだ。私のことなどどうでも良いと言った。それは本当なのか」

『プリンセス』が眉をひそめながら更に質問を重ねてくる。志道は淡々と答え続ける。

「…そうだよ。俺はお前なんかどうでも良いよ。だから殺さない」

「嘘をつくな!!!」

突然の激昂に、志道は思わず肩を震わせた。

「何が狙いなのかはっきり言え!言わなければ斬る!」

激昂しながら剣を振りかぶる『プリンセス』に志道は…哀れみの目を向けた。

「…お前、怖がってんのか」

「…なっ」

その微かな動揺と共に剣が消える。

志道はそのまま語りを続けた。

「怖いんだな。自分を殺そうとしてくる奴らが。やらなきゃやられちゃうしな」

「なっ、なっ」

自分の心のモヤモヤを言葉にされたようで露骨に動揺する『プリンセス』に志道は更にこう言う。

「安心しろ。俺はお前に興味はない。だから殺さない。傷つけない。だから怖がるな、俺の方が怖くなる」

「…………」

『プリンセス』は下を向いて黙り込んでしまった。

志道はそんな彼女を見つめながら、あの時の言葉の意味を悟った。

(そうか、間違えてたわ)

 

(こいつも、心は人間と一緒だ。ただ、最悪の力を持ってるだけで)

だからあの時、自分は彼女に『逃げろ』と言ったのだ。

 

「…お前は、本当に私を傷つけないのか?」

「ああ、今のところはな」

「お前は、私を否定しない?」

「しねえよ」

「じゃあ、なんで」

 

「なんであいつらメカメカ団は、私を殺そうとするのだ?」

泣きそうな顔で『プリンセス』はそう志道に問いかけた。

 

(…いや、メカメカ団って)

思わず笑いそうになった所を懸命に堪えた。今笑うのは洒落にならない。

「そうだな。お前が…壊すからだな」

「壊、す?」

「ああ、お前がこっちに来るたびにそいつらの大事なもんが壊れる。それが嫌だからお前を殺そうとするんだろ」

「大事な、もの…」

今ひとつピンときてない表情を見て、志道はこう言った。

 

「その大事な物を、教えてやるよ」

 

「デート、ってやつでな」

志道は、『プリンセス』に手を差し出した。




この小説だとASTはあのエッチなパワードスーツでは大半はゼクトルーパーに似た特殊隊服に身を包んでいるため身バレとかはしません。
飛行ユニットは一部の優秀な隊員のみが使えます。
そしてこれにて前編は終了です。後編で『プリンセス』の話は…多分終わるかな?


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夢の始まり・後編

投稿遅れて申し訳ありません。後編は④まで続きます。


 

「でぇと、とは?」

「楽しい事だよ、多分な。ついてこい」

いい加減な答えを返して志道は歩き出す。

「あ、待て!」

『プリンセス』も困惑のまま後を追った。

 

そのまま多少森の中を歩いた所で、志道の足が不意に止まる。

振り向き『プリンセス』の目を見つめながらこう言った。

「おい」

「なんだ」

「お前の事、なんて呼べばいいんだ」

『プリンセス』なんて名前はこちらが勝手につけた識別名だ。

それで呼ぶのも忍びない。

「名、か。そんなものはない」

精霊は淡々とそう告げる。

「そうか、ならやっぱり『プリンセス』…あー、駄目だこっちがこっ恥ずかしい。考えるか」

志道はそこら辺の岩に座り、珍しく他人の為に頭を働かせる。

が、これっぽっちもアイデアなど出ない。

「…ペットも飼った事ない人間にはハードル高えな」

こいつに相応しい名前が残念ながら志道のボギャブラリーにはない。

何か検索してみるか?とスマホを取り出した。

「む、なんだそれは?」

「あ?あー、お金を払えば使える魔法の板だ」

「お、かね?」

「そこからかよ。要は便利な物を上げるから別の物をよこせって事だよ。んでお互いにとって必要の重要さは同じぐらい。等価交換、とでも言う、な……」

幼稚園の先生のような解説をしながら、志道はハッと何かに閃いた。

「…ちょっともじってこれでいいか」

「何がだ?」

『プリンセス』が疑問を顔に出して聞いてくる。

「お前の名前だ。「トオカ」。漢字は…後で考える、俺はそう呼ぶ」

志道がそう言うと、『プリンセス』は「トオカ…トオ、カ………」と名前を反復していた。

「それじゃあトウカ。デートだ」

女のエスコートなんざ一生する事はねえと思ったがな、と志道は心の中でぼやきながら街の方へと歩いていく。

「ま、待つのだ!おま、お前の名前は!?」

『プリンセス』、いや『トオカ』が慌てた様子でそう聞いた。

「志道。それでいいだろ」

今度は振り向きもせず志道は答えた。

「…シドーか」

思わず言葉が漏れる。

トオカは訳の分からぬまま、胸に宿る気持ちに従って志道の後を歩いた。

 

「シドー」

「なんだ」

「デート、とはこんなにも舌が踊る物だったのだな…!」

「せやなあはいはい」

志道は冷や汗と共に適当な返事をかました。理由としては、とりあえずなんかデートっつたら喫茶店だろと言う童貞の貧困知識で入った店のメニューをトオカは今、この時点で全制覇しようとしていたからだ。

このビューティーな面構えで胃袋はカー○ィかよ…と志道は人は見た目で判断出来ないと改めて思った。人じゃないが。

だが、志道は止める気にもならなかった。なぜなら。

「ん〜〜〜〜!」

…目の前の馬鹿みたいに飯を頬張る精霊を、もう少し眺めていたかったからである。

(でもそろそろだな)

店員の笑顔がドン引きで崩れかけてるし盗撮者も現れそうだ。

「おい、そろそろ行くぞ」

「む、何故だ?私はずっとここでいいぞ?」

「…それ以上食べると困る人がいるんだよ、またメカメカ団が来ちゃうぞ」

「そ、それは困る!早く行こう!」

「まあ待て、お金ってシステムを見せてやる」

志道はレジに向かい、クッソ長い伝票を出した。

「ご、合計23万6478円になります…」

店員さんは震える声で言った。

「領収書、ラタトスクでお願いします」

志道は堂々とした声で言った。

 

2人は町中の飲食店をしらみつぶしに回り、全メニューを食い尽くす旅に出ることにした。

ハンバーガー、カレースタンド、ファミレス、ラーメン屋、etc……。トオカの胃袋はどんどん食い物を飲み込んでいった。

「なあトオカ、一つ言いたいことがある」

「なんふぁしょれ、もぐっ、くちゅ、んっ、は?」

「食べ方が汚いぞ、もっとこう…感謝の念を一足一刀に込めろ」

「分かった、次のミセではそうする!さて次は何処だ?」

「わはは、5件目なのにまだ足りねえか、あの船破産確定だなこりゃ!」

 

だがまあ、所詮精霊も生き物。12件目で腹が膨れたというので旅はお開きとなった。

「シドー!食事とはこんなに素晴らしい物なのだな!特にきなこパァンという奴はいい、私は毎回あれを食べたい!」

「パン、な。精霊ってのは食事しなくても生きていけるとかヤバイな」

志道はおざなりに答えながら琴理にどう言い訳しようか考えていた。60万近くの出費なのだが払えるのだろうか。

「しかし不思議だな」

「何がだ?」

「何故食事を作ってる人間はあんなにおいしそうなのに自分で食べずに私や他の奴に渡すのだ?」

トオカの素朴な質問に志道は止まって、解説を渋々始めた。

「そりゃまあ、‥‥‥仕事だからだろ」

「シゴト?」

「そう仕事。毎日決まった時間に働いてお金っていう引換券を貰うんだ。それがないと食事も出来ない」

「何!?私はシゴトしてないのに食事をしてしまったぞ!」

「今回はデートだから特別だ。次からは自分で払え」

「う、うむ」

トオカはコクコクと首を上下に動かす。

(しかしこいつ、金や仕事の概念は知らないのに日本語は出来るしこっちの会話の意味も理解出来てる。…歪だ)

志道は精霊という存在がますますわからなくなってきた。

まあ、世界の災厄が自分ごときに分かってたまるか、と思い直し再び歩き始める。

「ところでシドー、もう一つ聞きたい事があるのだが」

「手短にな。なんだ」

「……何故あやつらは食事を作るシゴトを選んだのだ?」

志道の足が再び止まった。

「私にもわかる。周りの人間たちを見ればシゴトという奴はいくつも種類がある事は」

「……お前頭いいな。まあ、そりゃ夢だったからとか、じゃ……」

「シドー」

 

「夢、とは何だ?」

済んだ瞳で、トオカは問うた。

 

「夢、か……」

その言葉の綴りはもはや、志道とは縁が無いものである。

夢は失えば、皮肉なことに呪いのように縛られるのだから。

 

トオカは聞いたのは失敗だったと肌で感じ取っていた。

志道の手が震えている。口が凍り付いたように動いていない。

……拒絶されたのではないだろうか。あのメカメカ団のように。

シドーも、私を。

「……夢は」

「キャアアアアアアアア!!」

志道が絞り出したその言葉は、女性の悲鳴でかき消された。

 

「…なんだ!何が起きたのだ!?」

「ここで待ってろ」

「だ、だが」

「いいから!」

志道は怒鳴ってそのまま一目散に声の方向へ走り出した。

 

きっかけは些細な悲劇だった。

スリとサラリーマンの男性二人もみ合いの末、スリの方に自分の右手に持っていたナイフが心臓に刺さってしまっただけの不幸な事故。

それで終わりの筈だったのに。

 

オルフェノクとは、砂の器に死した命を黄泉帰りさせたモノ。

心臓の鼓動を止められたのは、刺してしまった方だった。

 

それからはもう止まらない。内なる殺戮の声に、人を殺したショックに溺れている男が抗える筈もなく。

辺り一面、砂場と化していく。

志道が100mも離れていなかった現場に走って駆け付けたその瞬間。

悲鳴の主は、志道の目の前で砂へと帰った。

 

砂に汚れた拳が震える。

目に熱き憤怒が灯る。

砂場の中央で泣き崩れる男に向かって叫んでいた。

「何被害者ぶってんだ‥‥…お前がやったんだろ!」

その叫びに、男は顔を上げ。

同時に、灰色の怪物へ変身した。

 

志道はカバンから555ギアを取り出し、ベルトを腰に装填する。

「う、うるさああああい!!!」

男は八つ当たりの叫びと共に光弾を周囲にまき散らす。

「うわああああああ!!!」

「キャアーーーー!!」

これで周囲の人間は皆、悲鳴と共に灰になった。

志道はこちらにも向かってくる光弾を見つめながら、ファイズフォンの変身コードを入力した。

『Standing by』

「変身!!!」

『complete』

 

赤いフォトンブラッドが全身を包み、眩い光が発される。

そのまま右腕で光弾を殴りつけ、かき消した。

光が収まる。

金属と電光の甲冑に身を包み。

志道は、三度555に変身した。



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夢の始まり・後編②

555は殴る。

怒りと衝動に任せて。

オクラオルフェノクを。

「あああああああああああ!!!」

右、左、右、左。

腹、顎、脇。

反撃の隙を与えずにラッシュを続ける。

「グオッ!」

しかしがら空きの右足を引っ掛けられ、555は体勢を崩す。

「オオッ!」

そのまま至近距離で光弾を受け、555は地面を転がった。

更に攻撃を至近距離で仕掛ける為、オクラオルフェノクは走り込んでくる。

だが黙ってはやられない。555は起き上がる時に、ミッションメモリーを抜きファイズショットに装填する。

「「ダァッ!!」」

右拳を同じく右拳のファイズショットで受け止める。

その時、ガラ空きのボディを膝蹴りして体が宙に浮いたところを素早くヘッドロックした。

ギリギリと、音が鳴りオクラオルフェノクが苦しみの悲鳴をあげる。

だがオクラオルフェノクは触手を本能的に伸ばし、555の顔面をひっぱたいた。

腕の絡みが緩んだ所を抜け、光弾を2.3発放つ。

「があっ!」

着弾の激痛で足元がふらつく中、555はミッションメモリーをショットからポインターになんとか移す。

そして煙の中、オクラオルフェノクに向かってポインターを向けてファイズフォンのエンターキーを押す。

『exceed charge』

その音声と共に、赤い三角錐の光でオクラオルフェノクの体が拘束される。

555は右足にポインターを装着し、一歩、二歩と助走の構えを取った。

「だあらああああああ!!!」

555は助走から大きく飛び上がり、空中で一回転からの『クリムゾンスマッシュ』を放つ!

555の体は赤い光の中に溶け、ドリルのように赤い光が突き刺さりオクラオルフェノクの全身の細胞を毒素で分解していく。

555の体が再びフォトンブラッドから元の体に再構築され、地面に着地する。

その瞬間、赤いΦマークの紋章と共に砂が地面に舞い散った。

 

「………」

555は無言で、砂を見つめる。

大丈夫だ、俺は化け物を退治したんだ。これは、良い事なんだ。

自分に言い聞かせるように心の中で反復し、深く深呼吸をする。

そう、今の555は混乱状態からリラックス状態に移る最中であり。

 

近づいてくる大量の銃撃に気がつかなかったのも無理はない。

「…ッ!?」

それは数十本のミサイル。ホーミング式のそれらは555の全身を狙い撃ちだった。

「うわあああ!!!!」

555は空高く吹き飛ばされ、目が回るほど宙を舞う。

そのまま商店街を抜けた先にある河原めがけて落ちていく。

空中での戸惑い、傷の痛みで受け身すら取れず。

川のど真ん中に、555は着水した。

その衝撃で変身は解け、志道は意識を刈り取られた。

 

ジェットスライガー。

スマートブレイン社がDMF社と共同開発した次世代型バイクの没案。

自立型AI搭載、運転は自転車より簡単と社内会議でも絶賛された。

だが会社内の大幅改革により商品化の企画はお流れになったのだが。

555はジェットスライガー試作機搭載のミサイルにより吹き飛ばされた。これは確固たる事実だ。

搭載者のエレン・ミラ・メイザースは目撃者が周囲に居ない事を確認しながらもこれ以上目立つ前に退散を決め、ジェットスライガーで迷彩ステルスモードを起動し空からその場を後にした。

あれで死んでないにしても手傷は追わせたはず。奪うなら、次だ。

 

「シドー!シドー!どこだ!」

トオカは必死に志道を探していた。

待ってろ、と言われていたが我慢できなかったのだ、あんな憔悴した顔の志道を見たら。

無我夢中で商店街を走り回り、志道の道乗りから散々遠回りしてようやく先程戦いがあった場所に辿り着く。

「な、何故ここにこんなに砂が…」

トオカは疑問に思ったがそれどころではないと再び走り出そうとする。が。

「!?これはシドーの!」

トオカは志道のカバンを掴み、志道に何かあった事を感じ取る。

トオカは更に走るスピードを上げ、突風を起こしながら去っていった。

砂は、もうほんの少ししか舞わないほどに消えていた。

亡骸の砂は、数十分で無に還る。

彼らはこの世にチリも残せないのだ。

 

志道はゆっくりと目を開けると、自分が川の中に居ない事に気がついた。

パッと飛び起き、腰にファイズギアが無い事に気がつき動揺する。

しかし横を見ると。ご丁寧にファイズギア一式が置いてあった。

(誰かが川から引っ張りあげてくれたのか?)

それしか思いつかないが、周囲に人影などない。

疑問に思いつつも、ファイズギア一式を拾い上げその場を後にしようとする。

その時に、聞き覚えのある声がした。

「シドー!シドー!」

トオカが追ってきたらしい、と志道は顔も上げずに確信した。

一方橋の上を走っていたトオカも豆粒のような志道を見つけると猛スピードで志道の元へと駆けて行った。

「…次のデート先は服屋だな」

まだびしょ濡れの服の事を思いながら志道は濡れた髪をかきあげた。

 

その後も、2人はなんだかんだとデートを楽しんだ。

ショッピングモールの服屋でびしょ濡れの志道の新しい服を見て回ったり(トオカはオーラで服を作れるので不思議がっていた)

ゲームセンターに行ってパンチングマシンを壊したり。

ただ何となく街を歩いて、トオカが知らない物を解説したりもした。

 

着信主は『イモウト』。

「へいもしもし」

「ふざけないで!お兄ちゃん今どこ?学校をラタトスクの衛星で確認してもいないし!GPSも何故か家だし!家にいないし!」

「あー、スマホ最近持ち歩いてねえからな」

はっきり言って今、ファイズフォンで事足りるのである。このガラケー、IPがスマホ以上に発達しているしどんなアプリケーションにも完全対応している。誰が使用代を払ってるのか知らんがありがたく使わせてもらっている。

「とにかく!今どこにいんのよ!船で迎えに行くから!」

「結構だ。まあ、後でお土産持ってそっちに行くかもしんねえから」

「お土産って何よ」

「精霊」

「は?ちょっ」

電話を素早く切った。更に電源も落とす。

今琴理に介入されたら厄介になる。ここからが『琴理の作戦よりも良い結果』を持たらす鍵になる。

「どうした?」

「んにゃ、何でも。それよりそろそろ最後の場所だ」.

 

街の大堤防と呼ばれる広場。高台の上にあり町全体を見渡せる地域の観光スポットとして人気の場所が志道が最後に選んだデート場所だった。

「楽しかったか?」

「ああ、デートというのはこんなにも心がキュッと熱くなるものだったんだな!」

「どういう感想だよ、夕日か?」

「そうか、これは…夕日というのか」

「…でも、この街を今まで私は…壊してたんだな」

声のトーンが変わる。先ほどまで楽しいことだけを考えていた顔つきが、憂を帯びたものに変わった。

彼女は自覚したのだ。自分がどういう罪を背負ったのか。

 

「そうだ。お前が壊した」

志道は事実を告げる。励ましのウソに意味はないから。だから、続けた。

 

「沢山の建物は壊れたし、死んだ人だっていたかもな。お前があの人達の仲間の幸せを、夢を奪ったかもしれない」

これはどうしようもなく事実だ、理解しなければならない、目を背けてはいけない真実。

 

「…やはり、私はいない方がいいな」

トオカは笑いながら、それでも悲しみがあふれ出す顔をしてそんな言葉を吐き出した。

その顔を見るたびに締め付けられるような感情が脳裏を走る。

それでも、志道は顔色を変えず自分の考えを告げる。

「そうかも知んねえな」

 

「でも、それは逃げだ」

志道は、強く十香にそう言った。

「逃げる事は悪い事じゃない。けど、ずるい事だ。自分がやったツケは死んだ所で宙ぶらりんになるだけなんだよ。…俺は、死のうとした時そう教えられた」

志道はトオカの肩を掴み、静かな声で語り続ける。

「お前はこの世界を良いものって思えたんだろ?なら壊した分、次は守ってやれよ。お前の他にも精霊は沢山いるんだ。そいつらが街を壊すんならお前1人居なくなったって何も変わらない。だからお前がそいつら止めるんだよ、それが…お前の罪を償える方法だって俺は思う」

「私の、罪…」

トオカは再び街を見つめた。

 

「お前の罪を…数えきれない罪を…背負って生きろ、トオカ」

志道は肩から手を離すと、今度はトオカの両手を掴んだ。

「重くてへこたれた時は、手ぐらい貸してやる」

握り込んだ手に力がこもった。

「まあ、最後にどうするか決めるのはお前だ、俺の言うことが正しいかどうかなんてわからない」

これが志道が精霊と接触してから決めていた作戦。

恋愛で封印なんて冗談じゃないし、自分に依存されてもそんなのは困るだけだ。他人の依存から始まる関係など歪にしかならないし、志道にはこれっぽっちも他人の人生を背負える余裕などない。

彼女が、自分からこの世界を守る方向に導く事。それが今日の志道の行動方針であった。

志があれば、人は変わろうとする事が出来る。

それは人間でも精霊でもきっと変わらない。という希望的主観に満ちた身勝手な想像だ。

黙り込んでいた、トオカが口を開くまで長いような短いような時が流れた。

そして、ゆっくりと語り始める。

「私は…もう壊したくない」

涙が地面に溢れる。

「この街を、守りたい…!何があっても、絶対に!」

最後に涙目で、志道の瞳を真っ直ぐに捉えトオカは叫んだ。

「………夢、みたいだな」

「へ?」

「今のお前のセリフだよ」

昔の誰かさんの安っぽい理想の夢を思い出した、とは言えない。

本人の夢が無駄かどうかを決めるのは本人しかいないのだから。

「そうか、これが『夢』なのだな…!皆にはこれがあるからこんなにも素晴らしい街が出来るのだ…!」

トオカが再び夕焼けに染まる街を眺めながら感嘆のセリフで騒いでいる。

その様子を見て、志道にもほんの少し笑顔がーーー。

 

その直後に。

「どけ!」

志道はトオカを全力で突き飛ばした。

 

その時。

志道は、高速で飛んできた凶弾に脳髄をぶちまけられた。

 

 




またまた遅くなりました。
デアラはなんとかアニメ化範囲以降も履修して(アンコールしか買えてない)いきたいですね。


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夢の始まり・後編③

トオカ編が終わればほぼほぼオリジナル展開になるかな…


志道は夢を見た。

先程語った夢ではなく、眠りについた時に見る方の夢だ。

 

炎の中で、倒れている所からいつもその夢は始まる。

もう顔も思い出せない両親の悲鳴、毒を吸うのと変わらない煙、肌を焦がす灼熱の世界、全てが志道の生存を拒む。

ーーーこれは、走馬灯か。

「…………」

終わり際の夢まで、このザマか。

志道は何かを悲観する事もなく淡々と炎の苦しみに耐えていた。

生にしがみつくのも、引き際だと今の彼は思い込んでいる。

悲鳴一つ上げず、燃え盛る道の壁際にもたれかかり空を見上げる。

真っ赤な空は、下品なキャンパスのようだった。

 

私のせいだ。

私が狙われていたから。

私が生きているから。

私が。

視界が急速に滲んでいく、ああ、またこの世界から消えるのだろうか?

いや、違う。

瞳から水が流れている。とめどなく流れ続け指で拭っても止まらない。

志道の事を一つ、思い浮かべるたびに更に瞳から水が溢れ出す。

なのに。

胸の中でくすむ物は、焔のようだとトオカは思った。

燃えたぎるこのココロの何かを、教えてくれる人は。

今そこで、2度と起き上がらなくなった事だけはトオカにもわかる。

それだけで。

「誰だ」

 

「私から、シドーを奪ったのは誰だッッッ!!!」

トオカは世界を酷く憎んだ。

世界は私を受け入れない。

世界はシドーも受け入れない。

なら、もういい。

シドーが教えてくれた私の「ユメ」とやらはもうないから。

 

「神威霊装・十番ッ!!!」

地が鳴き、空が震え、海が荒れだす。

神々の力が、溢れ出す。

精霊《災害》は動き出した。

 

誤算。

予想外。

計画外。

想定外。

 

「嘘」

現実だ。

「嘘………」

折紙は、銃を地面に落とすと地面に倒れ込んだ。

志道が、精霊を庇った???

それだけではなく、自分の、銃弾が彼の頭に。

「う、ぁ、いや、いやあ…あ…」

声もまともに発音出来ない、海底に沈んだように体が重くなる。

無理もない。

自分にとって最後の光を、折紙は自分で壊してしまった。

そして、発狂の引き金のように。

悪魔《精霊》の鳴きそうな声が意識を落とす折紙の鼓膜に確かに響いた。

 

「鏖殺公/《サンダルフォン》______【最後の剣/《ハルヴァンヘレヴ》】」

トオカが冷たい声でそう告げると共に、腹の辺りが光り輝き紫野大剣が出現しようとする。

それを右手で引き抜くと、トオカは銃弾の飛んできた方向に向かって剣を振り抜いた。

刹那。

山が砕けた。

凄まじき轟音と共に街に隣接する高山が一撃にして土も、森も何もかもが崩れ去る。上半分を失った山は後は土砂崩れで連鎖的に壊れていくのみだ。

これで、シドーを奪ったモノは消した。

ああ、でも。

まだ腹が燃えている。

じゃあ次は、何を壊そうか。

 

「アア、アアアアア、アアアアアアアアーーーーッ!!!」

トオカは雄叫びと共に空中へ飛び立つ。

空の方が、より壊せるから。

 

轟音が轟いた。

志道はその音の響いた方をふと見上げる。

勿論何も変わらない煉獄の街が広がっていた。

けど。

けれども。

泣き方も知らない女の子の、雄叫びに聞こえたのは気のせいだろうか。

「…………トオカ!」

思い出した。

何も知らない女の子を。

世界を知らない、人を知らない、夢を知らない。

でも、地獄だけは知っていた女の子。

…同じ、なんで口が裂けても言うつもりはない。

だが。

彼女がこの雄叫びを上げているなら。

そんな事をすべきじゃないと、言わないとならない。

(どうしてだ)

志道は立ち上がった自分に問う。

(俺には関係無いはずだろ)

志道は走り出した自分に問う。

(俺如きに何が出来る)

志道は。

 

(わからない)

 

(だから、見つけに行く)

 

生にしがみつく為に炎の街を走り抜けた。

 

トオカは鏖殺公を構え、街に振りかざそうとしている。

彼女が上空で力を溜めているだけで、空間震は最高潮に暴発している。

ASTの部隊も、市民の避難誘導が最優先でまともに出動出来やしない。

例えした所で、彼女に灰すら残さず消されてしまうが。

「ハアアアアア………」

巨大な光柱に包まれた鏖殺公が今、振り抜かれようとした時。

 

「俺には夢なんてない、けど…」

「せめて、お前の夢ぐらいは守ってやる」

立ち上がった志道が、息を吸う。

ぶち抜かれた頭には傷など残っていなかった。

そして、また鞄にしまってあったファイズギアを巻き、フォンに【555】と入力する。

「変身」

『complete』

 

「トオカーッ!!!!!」

彼史上最高の声量で、555は『プリンセス』の『名前』を呼んだ。

 



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夢の始まり・後編④

ぼちぼちと更新。




志道は炎の海の中でもがいていた。

前に進んでいるのか、来た道を逆戻りしてるのかすらも判断はつかない。

だけど、彼は止まることは出来なかった。

(シドー)

あの声を。

あの音を。

掴むまでは。

 

足が焼ける。

手の感覚は消える。

目はかすみ、心臓は溶けていく。

だが関係ない。

まだ魂が前へと前へと叫んでいる。

 

志道は灰すら残らずとも、やるべき真実に向かって進むのだから。

炎の中で火の柱が上がる。

 

志道の全てが、この場所から旅立った合図であった。

 

「が……あ………」

志道は頭を押さえながら目を開けた。

そうだ、自分はトオカをーーー。

「トオ、カ…」

よし、声は出せる。脳神経は無事な様だ。

上半身を起き上がらせようと歯を食いしばって腹に力を入れ、ゆっくりと体を起こす。

そして頭からゆっくりと左手だけを離し、掌を見つめた。

焚火でもしたのかと言わんばかりの灰が掌にこびりついていた。

それを握り拳の中に閉じ込めると、右手も頭から離して膝に右手をかけて立ち上がる。

そして、轟音が鳴り響く空を見上げた。

 

『プリンセス』が泣いている。

子供の駄々をこねたように溢れる涙と共に、怒りの鉄槌をこの街全てに落とそうとしている。

何も言わなければ、全ては手遅れになる。

あれだけ恥ずかしいことを言っておいて、逃げるのはプライドって奴が黙っちゃいない。

クサイ希望と未練がましい後悔をあの女に植え付けた責任は取らなければ。

志道は『プリンセス』を見て。

 

覚悟を決めた。

 

カバンから555ギアを取り出し、ベルトを巻く。

555フォンを開き、変身コードを入力。

「俺には夢なんてない、けど…」

5.5.5。

『standing by』

思い出すのは、先程の彼女。

夢見る少女を羨んだ自分。

だからこそ、諦めたのに生きているならば。

「せめて、お前の夢ぐらいは守ってやる」

 

まだ諦めてない『人間』を守ってみせる。

「変身」

 

赤き閃光は、少年を変身させる。

555は空を見上げて、思いっきり息を吸って叫んだ。

「トオカーッ!俺は無事だ!」

だが、『プリンセス』からの反応はない。

「届かない、か…?」

555は考える。なんとかして空まで辿り着く方法を。ジャンプだけではせいぜい一瞬が関の山。飛行ユニットは555には搭載されていない。

(何か、何か…!)

それでも視界のモニターに映る説明書を必死に読むこむ。

何か、何かまだ見落としてるものがないか。

だが、検討虚しく説明書は最後のページまでスキャンされる。

飛行ユニットは、この555ギアには絶対にない。

(……!!!)

そう。

555ギア(・・・・・)には。

 

ああ、疲れた。

まどろんだ瞳に映る世界は、先ほどまであんなにも輝いて見えたのに。

滲んだ景色から赤い血の味がする。

何もかも壊しても、私のこの怒りはどうにもならない。

それでも、この衝動を放たなければ私はもう壊れてしまう。

いや、もう壊れてる。きっと。

 

シドーのせいだ。

あいつが私を殺さないと言ったから。

私に『トオカ』という名前を与えたから。

私にきな粉パンや他の食べ物を教えたから。

私に……

 

『夢』を持たせたから。

 

だから、終わらせよう。全てを。

『プリンセス』が剣を振り下ろそうとした時。

 

「トオカーッ!!!!!」

彼史上最高の声量で、555は再び精霊の『名前』を呼んだ。

 

「…ッ、シドー!?」

トオカは思わず驚きで剣の光はみるみる縮み、顔が困惑でいっぱいになっている。

555は、オートバジン(・・・・・・)の背にしがみ付いて『プリンセス』の元まで飛んだのだ。

そのままトオカの手を掴み、その場から全速力で離れる。

AST、更にベルトの追っ手と困った事に命を狙われる敵に事欠かないのだから。

 

街の路地裏まで飛んできたオートバジンから2人は降り、オートバジンは一礼すると同時にガチャガチャと音を立ててバイクの姿に変形した。

555は変身を解き志道に戻ると、トオカと一緒に地べたに座りこんで大きく息を吐いた。

トオカといえばあまりの予想外な展開に頭が追いつかなかった。

「な、何なのだこれは?」

「…俺もよくわからん。コイツで呼んだら、どこからともなく、来た」

志道が右手に握りしめていたファイズフォンと、横で立ちんぼしているオートバジンを交互に見ながらそれだけ言う。

実際、本当に空を飛べる謎のロボまで呼べるとは、このベルトはつくづく意味不明なハイテクロノジーな代物かもしれない。

これを持っていた折紙のことを考えると、わすわす訳が分からない。

「シドーにもわからない事があるのだな」

「当たり前だろ…」

志道がけだるげにそう返すと、トオカの声がみるみる震え出す。

「ほんとに、ほんとにシドーなのだな?」

「…ああ」

「そのベルトは、私を助けてくれたあのメカメカ君の者だな?アイツはシドーだったのか?」

「メカメカ君…まあ合ってる」

志道は鼻で幼稚園児レベルのネーミングセンス笑いながら受け答える。

「な、何故頭を撃たれたのに生きているのだ?」

「そういう知識はあんのか。……んなもん俺にもわかんねーよ」

「え?」

「俺は生きてる。お前も生きてる。それでいいじゃねえか」

「…うむ!そうだな!」

 

「でもお前、俺が倒れたからって街に剣向けるのはないだろ」

「……………」

「反省してるか?」

「ハンセイ、とはなんだ?食べ物か?」

「お前の知識の基準が一番よく分からんな…」

志道は無言で、地面に座り込むトオカに手を差し伸べた。

トオカも何も言わずに笑顔でその手を取った。

「…ちょっと待ってろ」

「うむ」

志道はカバンからスマホの方を取り出してある場所に電話をかける。

『あ、おにーちゃん?どこにいるの?』

「精霊の『プリンセス』の目の前」

「へえなるハア!?!?!?」

琴理の信じられない声量の驚き声が電話から鳴った。

「待って待って待って!ラタトスクと連絡を繋ぐから!?と言うか訳!訳を説明して!おにーちゃんの悪い癖だよ説明をすっ飛ばすの!?」

「後にしてくれ。今精霊の力を封印するから報告だ」

「は!?待って待って今そんなレベルにまで好感度上がってるの!?検査するから待ってなさい!!!」

「面倒くせえ……」

結局、20分近く2人は近くのベンチに座り込んで待たされた。

 

「待たせたわね、検査完了したわ!…規定値は余裕で突破、OKよ!でも後でバッチリ話は聞かせてもらうからね!」

「分かった、じゃあな」

「あ、ま」

琴理の返答を待たずに電話を切った。ついでに電源も落とす。

「終わったのか?」

「……ああ、頼みがある」

「な、なんだ、なんでもするぞ」

「…ちょっと口に指入れていいか」

「…何故だ?」

「いいから俺を信じろ」

これが志道の妥協案だった。愛だの恋だのキスとかふざけるな。心を弄ぶ事は嫌いだ。

だから……体液さえ摂取すれば良いのだろう。と考えた。

「むむむ…よし!あ〜!」

トオカも覚悟を決めたようにあーんと大きく口を開ける。

「いや、そんな開けなくていい」

「そ、そうか」

今度はおちょぼ口で構える。極端、と志道は感じた。

志道も意を決したように右手の指先を口に近づけていく。

吸い込まれるように、誘い込まれるように。

指先はトオカの口にすっぽりと収まる。

生暖かく、ぬるりとした感触が戸惑いを起こす。

舌に触れると敏感に反応しトオカの体も震える。

下手なキスよりもよっぽどやましいと志道は思った。

そして、その指を。

口に含んだ。

唾くさい匂いと、ほんのり香るトオカの匂いが志道の中に浸食していく感覚が走る。

ある種のセックス・セクシャリティ。

どんな食事よりも、この唾液が至高だと本能が殴りかかってくる刺激があった。

志道の理性が危険を察し指をすぐに引き抜く。

糸が垂れる指先は、どんな宝石よりも輝いていた。

いや、実際。

その直後に右手全体が輝きだしたのだ。

トオカの身体と共鳴するかのように。

 

光が収まり、ゆっくりと志道は目を開けた。

その時、とても信じがたい物を見た。

トオカの身体から、何かの塊が志道の右手の指先に向かって引き寄せられているのだ。

やがてスルリと塊はトオカから抜け、志道の右手の中に収まる。

それと同時にトオカの制服も光となって消え、全裸になったが志道は気にも留めない。右手の謎のデバイスに目を奪われていたからだ。

「な、なんだこりゃ…」

封印、というからには何かしら互いの身体に影響が出る事を覚悟したのだが。

実際は彼女の身体からよく分からないデバイスが飛び出してきた。

その紫色と金色のデバイスには、上に変なマーク、下には『0010』の数字が刻まれている。

「…ん、ここ回せるのか?」

ベゼルの仕組みに気づき、志道はウォッチの金色のベゼルを回してみる。すると絵柄が変わった。

「プリンセス、ってカタカナで彫ってある…」

つまり、これは…プリンセスの力そのもの?

志道がウォッチを手にジロジロと見回してみると、天面にボタンがあるのを発見した。

「………」

押すのは、不味い。ていうか怖い。

「シドー!」

「うわっ!」

 

『プリンセス!』

 

トオカが突然抱きついてきて志道は尻餅をつく。

その際にプリンセスライドウォッチのレリースボタンを押してしまい音声が鳴り響いた。

その瞬間、ウォッチは志道の身体の中に吸い込まれ消えていった。

「…あーあ」

「何故私は裸なのだ!?どうなっているのだ!?教えてくれシドー!出ないと私は恥ずかしくてシドーから離れられん!」

「離れろ。熱い。邪魔」

「…む?下半身のあたりから何か飛び出てるような」

「やめろ」

この後、志道が琴理を電話で呼び出しラタトスクが駆けつけるまで志道とトオカはこのままだった。

そして騒ぎ中に、オートバジンはいつの間にかまた姿を消していた。

 

同時刻。

エレン・メイガースは電話で必死に謝罪していた。気持ちが先走り、尊敬すべき上司の命令に背いてしまった、しかも結果は失敗。命を奪われても文句は言えないと考えていた。

「はあ…君は何をお考えで?人がいなかったのが幸いと言え、ジェットスライガーを、街中で使用するなど」

「……申し訳ございません!つい、躍起になり…今すぐ本国に帰還します….」

「いや、継続しなさい」

エレンは気がつかない。

「彼はウォッチを手に入れてしまった。ならば話は別です」

電話先で、彼の目は明らかに変わっていた。

「フェアリークローバーを派遣します。貴方の指示通り動くように命じておきますので」

「!?彼らを使うんですか!?」

「ええ、ウォッチはライダーズギア以上に我々の計画に重要な物です。それに彼らには『彼女』を討伐する任務もあるし一石二鳥ですよ。彼女もどうせ555の彼を狙うでしょうから」

それだけ言い残し電話先の彼は受話器を置いた。

 

社長は微笑む。未だ自分の想定通りの世界を思いながら。

 

「ナイトメア。君がいくら足掻こうが我々には勝てませんよ?」

 

「世界は、我々の手に握られている」

 

 





≪追記≫【追記】オートバジン関連を加筆。
志道が元々乗っていたバイクとオートバジンは別な事を書き洩らしてたので修正しました。


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夢の始まり・エピローグ

投稿がとうとう三月にもつれ込んでしまった…もっと更新ペースあげられるよう励みます。


命の危機があろうと、日本国はド外道なので翌日も学校はある。

ヘイトスピーチで訴えられるものなら訴えてみやがれ。

愛車をブルブルとエンジンを蒸して、交差点で信号を待ちながら今後の事を考える。

結局、オートバジンとやらは正直得体が知れなくて乗りたくないので、バイクに戻した後適当に家の庭に止めてあるんだが……

「お兄ちゃん、これ、何」

「貰った」

「そんな白々しい嘘はやめてよ!盗んできたなら一緒に返しに行こ?ね?」

妹からの信頼がなさ過ぎて昨晩泣きそうになった。

あの後バイタルチェックだのトオカの身元調査など色々やったが、俺の身体には特に異常はないようだ。

まあ、時計がトオカから出てきて俺の身体に入った、などと言われても脳検査コースまっしぐらだ。

おまけにファイズギアの事も結局言えてない。

トオカにも思わず「ベルトの事は黙ってくれ」と頼んでしまった。

 

その事を打ち明けてしまったら、今度こそ何もかも終わりそうで。

 

で、まあサボる理由もないので来るわけだ。

バイクを止め、声も発さず教室に気怠そうに入る。

「折紙は…休みか」

昨日の騒動、こいつも感づいていたのかどうか確認したかったのだが………。

「シドー、おはようだ!」

「………まあ、明日でいいか、変態の家に見舞いとかごめんだ」

「シドー、この制服前と違って本当の服だぞ!気に入ってくれるか?」

「……………」

「シドー、どうしたのだ返事もなしに」

「待て、琴理か、あれだ、あの小さい二本に髪を束ねた女か」

「?!琴理の事をどうして知っているのだ!?」

「………管理を丸投げされた………」

これから学校生活、全部こいつを監視しないといけないのか…!?拷問刑なんじゃ?

俺が頭を抱えていると、見知った声が聞こえてきた。

「オイオイ、常に枯れた顔と雰囲気してた乙河クンが鳶一に続いて女の子と喋ってる、これはまた空間震」

「朝から胡散臭い挨拶はお断りだ」

「む、お前は?」

「殿町雅治。こいつの話し相手さ」

殿町はそれだけトオカに返すと、自分の席に座った。

「それより一回職員室に行った方が良いんじゃない?先生と一緒に自己紹介タイムがあるはずだから」

「む!そうだった、ありがとうマサジ!」

トオカはお礼を言うと

瞬間、突風が吹きクラスが騒然とする。

…本当にアイツ力を封印されてんのか?

そして、トオカが居なくなった途端、クラスメイト達はコソコソこちらを見て噂話を始めた。

「なんなんだ乙河の奴…不良の癖してよ…!」

「もう転校生に手をつけるなんて最悪…!」

「あんな可愛い子が毒牙に……かわいそう…」

 

「あーあ、また評判落ちた」

「これ以上落ちねえよ」

俺は窓を見ながら適当に返事を返した。

暫くすると、担任がやってきてぽわぽわした声で挨拶をする。

「みんなおはよ〜!さて、今日からこのクラスに転校生がなんと二人もやってきま〜す!」

あ?

「もう1人転校生ェ?…おい、なんか聞いてないか」

「さあね、俺を情報通扱いするのはやめてもらおうか」

大体学校のシステム的に普通1クラスに二人も入れないだろ。

死ぬ程厄介な匂いしかしない。

「さ、入って」

教室のドアが空き、二人の少女が入ってきた。

 

一人は、紫色の輝きを放つ朗らかな空気の女。馬鹿っぽいとも言う。

「やとがみ、とおかだ!よろしく頼む!」

明らかに書き慣れないチョークの震えっぷりを数分披露して「夜刀神十香」と黒板に書いてから元気よく名乗った。

ちなみに名字は琴理製だ。赤の他人と名字が合致したら不味いから誰もいない苗字にしようと言ったのはアイツだがお兄ちゃんお前のセンスが心配なんだが。

 

そして、次に隣で声を発したのは。

「こんにちは、時貞狂三ですわ」

凛とした時で、黒板に名前を記す。

 

「わたくし、精霊ですの」

 

怪しい所か、バッチリターゲットだった。




【Open Your Read For The Next Dead】
 
「野良猫ちゃんほど可愛いモノがこの世に存在すると思いで?」
「………飼い猫はどうなんだ」
 
『プリンセス』!
 
「ベルトもウォッチも、いつまでも何も知らないガキが持っていていいモノじゃありません」
 
「よし、強そうだ、あいつはやめておこう」
 
「あれがファイズですの?わたくしの方がまだマシですわね」
 
「お前なんかと…協力出来るか」
「そうですか、実に残念ですわーーーー。では、死ぬまで踊ってください」
 
『呼び逢う魂』
 
「フェアリークローバーに、5人は多いですわ」


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呼び合う魂

に、2か月も経過しちゃった……
デアラ完結までに終わるんかな……


完結してたわ(アニメ版完結まではロスタイムじゃ)


「わたくし、精霊でございますの」

 

その思春期的には衝撃的すぎる自己紹介の後。

天真爛漫、と判断された十香はクラスメイト達に囲まれ、とんでもない痛い人、と取られたの狂三の周りにはだれ一人して近づかなかった。

いや、彼女が放つ異様な雰囲気に本能が拒んだのかもしれない、と志道は窓の外を見ながらふと思った。

そして、また狂三の方をちらりと見ると。

…彼女がこちらの席に向かって歩いてきた。

「校舎を案内してください」

志道に狂三は爽やかに話しかけて来た。

…志道は無視。

「あら、嫌われましたわね」

「おい乙河、無視はいかんぞう無視は。人間が一番傷つくことは存在を認識されない事なんだぜ~~」

「そうか、ところで今の声は誰だ?」

「では、デートに行きませんか?」

「わーい世界で一番かなし~~」

駄目だ、退く気配無し。と志道は判断し席を立つ。授業もこんな奴がいれば集中できるものも出来ない、と彼は思っていた。まあ集中したことは彼は殆どないのだが。

が、その時。

ちらりと見えた彼女の手には飾られた拳銃が握られていた。

 

‥‥‥…これ以上拒めば問題を起こす、という事かよ。

「………はあ、いいぜ」

そう答え、教室から2人連れあって出た際にやかましい叫びが聞こえる。

「なっ!?!?」

「…なんだ」

志道は突然横からの十香の声に呆れてまた返事をした。

「様子を見てこいとトノマチとやらに言われてきたらなんだ!シドー、何故あやつと!」

「バリバリ元気だと報告してきてくれ」

「あの、先生も一緒に連れ戻しに来たんですけど~~~」

「シ、シドー!何故だ!何故こんな怪しい奴についていくのだ!」

「いいからお前はついてくんな。デートってのは2人じゃないと出来ないんだよ、授業受けてろ」

「あ、あの~二人も授業受けてほしいんですけど~」

志道は十香を適当に追い払い先生は無視して、狂三と共にその場を後にした。

 

人気のいない場所が良いと、二人は思った。

何故かと言うと、今から行う事はとても他人に聞かせられることではないし、見せられるものでもないからだ。

だから、志道の足は自然と屋上に向かっていた。

錆びついたドアを無理矢理開き、開け寂れた平地が広がっている。

「ここなら人はいないぜ、何故なら俺が来ると皆消えるからだ」

「まあ、それはそれは」

志道の発言は半分自虐だったのだが、狂三はさも驚いたように返事を返した。

「ところで、屋上に呼び出しとはなんだか告白などを連想してしまいますわね、閉鎖されているのにこうして堂々と侵入しているところまで含めて」

「まどろっこしいのは嫌いなんだよ、お前、何しに来た」

壁際に狂三を手を使って追い詰め、瞳の奥を睨みつけながら志道は問うた。

俗に言う『壁ドン』なのだが志道は真剣にやっているので指摘してはいけない。たまたまこんな姿勢になってるだけなのだから。

狂三はその問いに、口元をニタリと歪める。

志道はその対応に否応なく神経を逆なでさせられたように感じ質問を続けた。

「まさか俺に力を封印してもらいに来ました、って訳はねーだろ」

「あら、そうだと言いましたら?」

「顔に違いますって描いてあんだよ」

「そうですの?ならもっと、はっきりと。見てもらいましょう」

狂三はそう言うと、志道の頬を両手でそっと添えるように触れ顔を、鼻と鼻がくっつくほどに近づけた。

そして腰に両手を回し、美しい宝物を撫でるように指先で背中をなぞる。

瞳の色彩も、紅い唇も一寸先に迫るこの状況に志道は困惑する。

「…‥っ、離れろ」

志道は狂三を振り払いながら、地面に座り込んでため息を吐く。

空は変わらず青い事だけが、気持ちを落ち着かせてくれた。

そして狂三もまた、志道の隣に座り込んだ。

「お前、何だ」

「何だと言われましても精霊ですが?」

狂三はにこやかな笑顔を絶やさずそう言ってのける。

「…変な奴だ」

志道はそのまま床に寝転がった。

どうみても何かを狙ってるのは分かる、だが現時点では何もわからない。

精霊を救うプロジェクト、謎のベルト、それを狙うオルフェノク。この3つの出来事は、どうにも何かが繋がっているように思える。ただの感だが何故か志道はそう思った。

そうして考えに耽ろうとすると――――。

「にゃー、ふにゃ―」

気の抜けた声が屋上にこだました。

どっから入ってきたんだよ、ここ立ち入り禁止の屋上だぞ?と志道は思ったがそんなことはいい。誰か脳味噌お花畑がこっそり飼ってるとかそんなオチだろう。

それより猫にこの女、なんかしでかさないか……と横を向いたその時だった。

 

「にゃ~お」

「にゃー」

「ふにゃ~にゃ」

「にゃにゃんにゃ、にゃん」

「な~ご」

 

時貞狂三が、猫の目線に合わせてしゃがみこみ尻を突き出しながら満面の笑みの猫撫で声で猫と話していた。

 

「「ふな~ご」」

 

……………………。

精霊、猫とも喋れるのか………。

「にゃ~~~」

「あっ、待って猫ちゃ……あっ」

「あ?」

2人の目がガッツリ合った。

互いに、しばし無言で。狂三は凍り付いたような表情をして。志道はこう思った。

(ああ、これは…ただ猫が好きなだけな、アレか……。)

「……………猫、うん、いいよな。可愛い可愛い」

「当然でしょう。野良猫ちゃんほど可愛いモノがこの世に存在すると思いで?あの愛くるしい肉球、艶やかな毛並み、そして星のように輝く瞳……ああ、わたくしの語彙ごときでは語りきれませんわ………」

志道が生返事を返すと、狂三は立ち上がって歩き回りながら開き直ったかのように済ました顔で猫ちゃんの良さを説いた。

「………飼い猫はどうなんだ」

「人ごときに飼われてるという事実でマイナス1、この世の可愛いランキング2位ですわ」

「3位は?」

「わたくしですわよ?」

狂三はまたもやなんてことないような口ぶりでそう申した。

 

「ところで志道さんは猫ちゃんのどこがお好きでして?」

狂三は調子を取り戻して、志道に近づきながらそう聞いてきた。

「…しいて言うなら目」

「目ですか、理由をお聞きしても」

「……見てても、何か考えなくていいからな。人と違って」

志道のそれは本音だった。

人の目は見るたびに沢山の事を考えなければならない。しかし猫の目は見る時その純粋な美しさのことだけを考えられる。もっとも、志道にとってそれは猫に限った話ではなかったが。

すると、狂三はしゃがみこみながら志道の頬にまた両手を添えて、こう答えた。

 

「志道さんの目、わたくしは好きですわ。すがりつく事で正気を保ってるようなその浅ましい目が。人の目は『そういうもの』だから面白いのですよ」

それだけ言うと、狂三はそっと手を離した。

「…お前も似たような目をしてると思うがな」

志道はそう言うと上半身を起こして、こう続けた。

「だからお前に教えたくなったのかもしれない、この場所を」

「あら、それは口説き文句ですの?惚れましたか?」

「さあな」

狂三がまた腰に手を回し、わざとらしく頬を肩に乗せてきた。

志道は今度は振り払わなかった。




四糸乃編、どこ行った?

君のような感の良い読者は好きだよ♡


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呼び合う魂②

3年以上も放置してしまい誠に申し訳ございません……。
パラダイス・リゲインドが予想を超えた面白さだった為、完結までの構想は出来ている&Vシネに合わせて一部プロットを変更したこちらの更新を再開いたします。

何年かかるかわかりませんが、お付き合い頂けたら幸いです。


「ちょっと!アンタマジでやる気あるの!?十香を放置して素性もよく分からない痛い謎の精霊疑惑のある女と授業エスケープを!独断で!何の為にアタシが作った組織があると思ってるのよ!」

「……うるせー。耳キンキンすらぁ」

狂三と別れて帰宅直後に妹にいきなり怒鳴られた志道は拗ねながらそう返し、鞄を投げ捨てドサっとソファーに腰を下ろす。

「とにかく!次彼女と接触する時はしっかりこっちの指示を聞くこと!これは命令よ!!」

「おこちゃまじゃねえんだ。いちいちラジコンなんかやってられるかよ」

「アンタの一手一足に世界の命運がかかってるんだって言ってるでしょ!」

「‥‥寝る」

志道は拗ねて琴理の顔を見ることもないまま部屋へと戻った。

 

「何よ…私だって、好きでこんな………ん?」

琴理は曇った顔つきで零すように愚痴をつくと、ソファーの近くに投げ出したままの鞄が視界に入った。

その鞄は微妙にチャックが開いており、隙間から銀色のケースが見えてしまい琴理は目を見開いて動揺する。

「アタッシュケース?あいつ、なんでこんなの…まさか大金!?犯罪!?マイルドヤンキーとは思ってたけどそんな………」

何気にひどいことを口走りながら、恐る恐る琴理は鞄からアタッシュケースを取り出してしまう。

(どっかの銀行?いや、そんなのすぐに足がつく、おにい、志道のことだもの、同じようなチンピラ達から?)

だいぶ失礼な思考回路は止まらないまま、琴理はおそるおそるアタッシュケースを開けてしまった。

 

その中には。

勿論ファイズギア一式が詰め込まれていた。

 

「………何これ?ベルト?そんで今どきデジカメ?おもちゃ?…ははあ、十香へのプレゼントね?あいつも中々やるじゃない。女の子らしさはゼロだけど十香は妙にやんちゃな感じするからちょうどいいわね」

すごい勝手な解釈をした琴理は安心して、ケースの蓋を閉めてテーブルに置きニコりと笑いPCを広げた。リモート会議である。

 

そこから更に10数分後、十香がピンポンも押さずに突然五河家に押しかけてきた。

琴理はとりあえず彼女を家に上げ、志道を探しているというので彼の部屋の前まで案内した。

「シドー!私を置いてけぼりにするな!道が分からなくて帰宅まで大変だったんだぞ!」

数度部屋のドアをノックするが、中から返事はない。

「シドー?」

「…入るわよ」

志道の部屋に鍵などついていない。そのままドアノブに手をかけて中に入る。

…妹と言う目線を考慮しても寂しい部屋だった。大して使っていない勉強机と、部屋の隅にたたまれた布団一式、後はボロボロになった古い料理とバイクの本が床に投げ捨てられている。

琴理はその部屋で、二つ普段は「ある」ものを探して周りを2,3度見渡した。

「あ、メットと買い物袋がない。…買い物ね」

「カイモノ?ああ、でえとのときにやった奴か」

どうやら志道は部屋でじっとしていてもしょうがないのでリモート中にバイクで買い物に行ったらしい。

相変わらず一人で好き勝手動くのが好きな奴だ、と琴理はあきれ半分に苦笑いした。

 

リビングに戻ると、琴理が机の上におきっぱなしのアタッシュケースに気づき、十香に声をかけた。

「ああそうだ。これ、志道多分あんたにあげるオモチャじゃない?」

「シドーが!?」

十香は嬉しそうな顔をして、そのケースを受け取った。

「…?」

そして受け取った瞬間、どうやらこのケースが何なのか思い出したようで腑に落ちない顔をした。

 

「これはシドーのものだぞ、コトリ、間違えていないか?」

もう夕陽が沈みかける街の中、近所のスーパーとやらに買い物に行ったという志道に、十香はアタッシュケースを届けに行くことにした。家で待っていても良かったのだが、志道は琴理のこのベルトのことを何も言ってないので、外で聞いた方が良いのではないかと十香は野生の感で判断した。

それにその場で違う、と琴理に説明してもよけいややこしくなりそうな気がしたのだ。第一、十香だってこのベルトについて何も知らない。

そして、志道のことも。

彼については、自分を助けてくれた優しい人という事しかわからない。

精霊のころはそれでよかった。別に誰かに対して何かを思うことはなかった。

だけど今は、もっと知りたいと思う。好かれてみたいと、思っている。

彼のことを考えると心が躍る、胸の奥から喜びが溢れ出す。

そんな想いを噛み締めて弾む足取りで歩いていたら、前方にある人影を見かけた。

気づいた十香は足を止め、腰を落としいつでも全力で動ける構えに入った。

その人影は、小さな少女だった。

薄汚れた緑色のパーカーを着込み、小さな手にはウサギ型のパペットがはめてある。年齢は小学校低学年ほどにしか見えない。

瞳はフードと長い前髪で隠れて見えず、口は動かない。

「お前…私と同じか?」

十香は気配で察した。

空間震こそ起こっていないが雰囲気だけで理解できる。

この少女は『精霊』だと。

 

互いの合間に、わずかな緊張が走る。

 

「そーだよ、わたしは精霊。『ハーミット』って怖い人達は呼んでるね」

「!」

少女は返答した。ウサギのパペットから。

「何が…目的だ?私と同じで、迷ってるだけなのか?」

「ううん、ちょっと用があってねー。怖い人たちにも…シドウ、って人にもー」

「!」

十香は確信した。違う、奴には「危害」を加えてもいい、という覚悟がある事を。

十香はすぐさま右手に持っていたアタッシュケースを開き、ベルトを取り出して腰に巻いた。

「?なにそれ?」

『standing dy』

「変身!」

志道の真似をして、十香は555に変身しようとコードをフォンに入力してベルトに装填した。

しかし。

『error』

と、機械音声が鳴り響くと同時に彼女の腰からベルトが軽い電撃を放ち後方へと吹っ飛ばした。

「ぐわっ!」

十香は衝撃で地面を転がり、フォンごとベルトは謎の少女の足元に転がる。

 

「わあ、なんだかラッキー!これ、なんなの?」

そう言って彼女がベルトを拾い上げたその時。

 

彼女の背後から、ぬるりと灰色の姿を見せたオルフェノクが現れた。

 

「…あちゃー。私の追手?」

返答もすることなく、オルフェノクの拳が少女に降り注いだ。

「!」

瞬間、彼女は自らの『精霊』の力を軽く発動し地面を凍らせて、滑って避けた。

空を切った拳は、凍った地面へと突き刺さり氷は砕け、下のコンクリートもひびが入る。

十香はそれを見て、ひゅっ、と息をのんだ。

今の自分はおそらく戦えない。二人の『敵』を前に、死ぬのかもしれない。

精霊だった迄の理不尽、孤独とは異なる「死の危険」の恐怖に初めて直面した十香は、拳を氷から離して今度は真正面の自分を見据えたオルフェノクに怯えていた。

そして、オルフェノクが一歩十香の方に踏み込んだその時。

 

『battle mode』

耳馴染みのある機械音声が響き、銃撃がオルフェノクの背中を打ち抜いた。

「が!?」

思わずひるんだオルフェノクは銃撃の方向、真後ろを振り向いた瞬間に今度は勢いのあるパンチを食らって地面に倒れた。

それは。

バイクのタイヤを盾にした、謎のロボット。

かつて二人を助けた、名をオートバジンといったロボットだった。

 

「こ、これは…シドーの!」

オートバジンは移動し、彼女を守る騎士のように大地に2本の足をつけて立っている。

かつて彼女を救うときに見せた特殊戦闘形態は、飛行だけではなく銃撃も可能であった。

 

そして少女は銃撃の爆風に身を取られバランスを崩して倒れていた。その時に拾い上げたファイズギアも落としている。

「!」

十香はその隙を逃さず、駆け寄って再びファイズギアを拾った。

「シドー!」

そして、オートバジンの後ろからバイクで走って駆けつけてきた志道に投げ渡した。

志道は無言で投げてきたベルトを片手で受け取り、その場でバイクを停車しヘルメットを脱ぐ。

そしてファイズギアを腰に巻くと、十香がフォンを開いてキーを押し、すぐ志道に手渡した。

『standing dy』

待機音が鳴る中、志道は無言で頷いて555に変身する。

 

「変身!」

『complete』

 

赤い閃光と共に、少年は再び戦士になる。

 

 

 



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