光速の素粒子 ~夢の続き~ (瀧音静)
しおりを挟む
1R
いや……その……。
タキオンへの愛が抑えきれずに、気が付いたら書いていまして……。
ちゃ、ちゃんと他のも書くから!
多分……きっと……その内……。
トレセン学園――それは、ウマ娘が日常を過ごし、仲間と切磋琢磨し、己を磨く場所。
……である筈なのだが、とあるウマ娘がこのトレセン学園にやってきた理由はズバリ。
「自らの肉体改造研究の成就」
らしい。
そんな彼女は当然のように周りとは馴染めなかったが、それを本人は気にしていない様子。
どころか、どうやら自称『天才』である彼女にとって、凡人達と馴染める方がおかしい、という結論に至ったらしく。
今日も今日とて研究室に引きこもっては、怪しい薬や胡散臭い器具をいじくり、時には僕に対して薬を飲ませたり、器具の実験台にしたりしていた。
そんな『変人』、あるいは『狂人』……いや、『変ウマ娘』や『狂ウマ娘』である彼女の名前は――。
『アグネスタキオン』。
初めて彼女の走りを、これからトレーナーとして指導するにあたり、把握するために見た瞬間、僕は鳥肌が立った。
全身の毛が逆立って、同時にワクワクした。
こんな、こんな凄い走りをする彼女を、僕が指導できるのだ、と。
「さて、モルモ……すまない。トレーナー、こちらの薬を試して見てくれないか?」
しかし、現実は夢とは、理想とは違うものだ。
確かに彼女は優秀で、自称『天才』に恥じない調教結果をたたき出す。
調教の意図を理解し、僕の求める結果になるようにトレーニングする。
何が不満か、と思われるかも知れないが、それをたった一発で成し遂げてしまうことだ。
一体どこの世界に練習を一度きりしかしないウマ娘がいるだろうか。
――目の前以外に。
もちろん最初の頃は、彼女に練習の大切さを説こうとしたが、彼女からの、タキオンからの返答は、
「はぁ、……練習で出来ない事も何も、現に百パーセントの確率で今やって見せたではないか。一発目で出来たことを本番で出来ない保証など無いし、私ならやる。私が一度目で、君の言うタイムを達成できなければ言われたとおりに練習しよう。しかし、現状全てのトレーニングで君の理想値を出したはずだ。文句はあるまい?」
グゥの音も出なかった。
それからあらゆるトレーニングを行ってみたものの、それらを涼しい顔で初見クリアをして見せて。
時間は有限だ、とすぐに研究室に籠もってしまう。
そして、現在のように怪しいドリンクなどを試してくれとせがんでくるのだ。
トレーニングを言われたとおり、一度は行ったのだから、彼女の要望を一つは聞き入れろ、と。
まぁ怪しい薬ではあるのだが、これが困った事に美味しいし、飲み続けて最近は寝覚めがいいほどだ。
ここにも、残念ながらグゥの音も出なかった。
「今度の薬はどこを改良したの?」
一応確認しながら飲み始めるが、正直何も変な成分などは入れている気配はない。
これまでの薬の主な成分は、身体をメンテナンスするような、そんな効果の組み合わせだ。
「よくぞ聞いてくれた。今回の薬はな――」
得意気に語り始めるタキオンを尻目に、ここで密かに彼女の勝負服のデザインのイメージを決定した。
研究者のような白のコート。ついでに試験管でも挿せるようなホルダーも付けてやろう。
そう企んだ僕は、心の中で、いたずらな笑みを浮かべるのだった……。
*
「時にトレーナー……えぇと――」
「また名前忘れたのか……何度目だよ」
「すまない、無駄なものは忘れる主義だ。何分覚えることが多くてね、ほんの僅かな記憶容量すらも惜しいのだよ」
「はぁ……。
「そうそう、そんな名前だった。それで?」
「それでって、何が?」
いつも通りの一度のトレーニングを終え、運動後のストレッチに付き合っていると、唐突に何かを聞かれた。
「登録だよ。終えてきたのだろう?」
「あぁ……まぁ」
ウマ娘登録。それは、レースに出走する準備の最終段階。
それまでに、ゲートや走りなど、様々な試験をパスし、人前で走ることを学園に認められたウマ娘のみがレースに出走できる。
登録は、どのレースに出るか、というもので、それを行えば後には引けない。
直前に体調を崩そうが、出走しなければペナルティを負う。
特に最初のレースや、グレードレースと呼ばれる格式高いレース前は、体調不良になるウマ娘も少なくない。
だからこそ、あまり言いたくはないのだが……。
「なんだ歯切れが悪いな……。もしや、この天才が怖じ気づいて体調を崩すと?」
「可能性は――」
「ゼロだ。断言しよう。ゼ・ロ。余計な心配は不要だ。全て私を信じるといい」
真っ直ぐに僕の瞳を見つめて。
そう言い切った彼女を信頼し、ため息一つ。
気乗りしない理由は彼女の体調面の他にまだあるが……。
「それで? 当然私は一番人気なのだろうな?」
彼女の最初のレース。
『新ウマ娘戦 芝 二千メートル 右回り』
そこに名前の載ったウマ娘の名前を目で追っていき……。
「…………馬鹿な。――――
自分よりも格上と見られているウマ娘が居る。
その事実こそを僕は最も憂慮したのだ。
『天才』が、打ち砕かれないか、井の中の蛙だったのではないか、と。
――が、
「ふむふむ。なるほどなるほど」
一瞬動じたように見えた彼女は、次の瞬間には自分より上のウマ娘の情報を確認していく。
「スケルトンキングにリコーディングか。……面白い」
標的でも定めたかのような、冷たい視線を一瞬だけ覗かせた後。
タキオンは、僕へ向かってこう言った。
「トレーナー、このレース、私が勝つぞ?」
と。
読んでくださり感謝です。
いつまで待ってもウマ娘のアプリが来ないんで、ムシャクシャして書いた。
後悔はしていない。
そんなに長く書く予定はなく、私の夢はアグネスタキオンが三歳の年末まで走れたとしたら、を書けた時点で覚める予定ですので、どうかお付き合いください……。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
『天才』の片鱗
ついでに実況もそのままだとマズいかなって事で微妙に変えてます。
『さぁ、パドックを終え、華々しい栄光への架け橋へと至るための初戦、新ウマ娘戦、まもなく出走です!』
本馬場へと続く地下道。
アグネスタキオンを見送るべく待っていた僕の目に、ようやくその姿が写された。
G1レースでは無いために、来ている服は体操服。
だが、そんな事は関係無いと、纏う空気が教えてくれる。
気合い十分、どころか、近付いたら噛まれそうなほどの気迫で若干怖い。
「トレーナー、ズバリ聞くが、スケルトンキングとリコーディング、どちらが強いと思う?」
向かう足を止めて、周りに居るウマ娘やトレーナーを全く気にせずに、そんな答えづらい事を聞いてくる。
そもそもまだ一度もレースをしていないウマ娘しか出走出来ないこのレースなのだから分かるはずが無い。
けど……。
「僕は、リコーディングの方が厄介だと思う」
「ほぅ。その心は?」
「何度かトレーニングを見てるんだけど、脚質が先行っぽいんだよね。だから、レースの流れを作られそうで厄介かなと」
流石に僕は周りを気にして小声。
タキオンにしか届かないように声量を絞って話す。
僕の話を聞いたタキオンは、腕を組んで何度か頷いて。
「ふむ。なるほど。よし、今回の作戦が決まったぞ」
と何やら一人で納得して本馬場入りしてしまった。
もはやどんな作戦なのかの確認すら出来ず、こうなった以上僕に出来るのは彼女の勝利を祈るのみ。
一先ず他のトレーナーと同じく地下道を出て、ゴール前最前線へと移動する。
すでに、出走するウマ娘がゲートインを終えて、次の瞬間に――レースが始まった。
*
『さぁスタート! おっとスケルトンキングあまりいいスタートではないようです! バラついたスタートとなってしまいました! 好スタートはリコーディング! そのまま先頭に立ちレースを引っ張るようです!』
(ふむ、一番人気の重圧に圧された者と、二番人気になったことで気が楽になった者の差かな? まぁ、先に行くなら好きにしたまえ)
『先頭はリコーディング! 二馬身から三馬身ほどのリード! その後ろからイチノオー、マニチャクラ三番手、メイショウラーメス、それからセカンドボスと続いています! そしてヴァニッシュタッチ、アグネスタキオンが続いて、後ろから三頭目イセノブラック、後ろから二頭目にスケルトンキング、殿にアドマイヤチョイスという展開です!』
(ペース的にタイムは平凡。ならば、前に残っている者ほどチャンスは有る……か)
自分以外に複数頭居るウマ娘と走る、という初めての体験をしながらも、アグネスタキオンは思考する余裕を見せていた。
自身の持つ体内時計を信じ切り、ラップを刻む自信と周囲、その動きを細かく把握しながら、一コーナーのカーブへ向かう。
『一コーナーから二コーナーへ向かうところで、先頭は逃げるリコーディング! その差は三馬身から四馬身くらいでしょうか。その後ろにイチノオー、マニチャクラ続いて四番手にメイショウラーメス、その後ろから五、六馬身から七馬身開いて、セカンドボスが続きます。後ろから五頭目にヴァニッシュタッチ、その後ろにアグネスタキオンです!』
(少し離れすぎたか? ……ここらで少しだけ差を詰めるか)
考えるが早いか『天才』は、少しだけペースを上げて前へと行く気持ちを見せると。
彼女より後ろにいたウマ娘達もまた、アグネスタキオンに引っ張られる形で上がって行く。
そうして三コーナーに差し掛かる頃には、中団に空いていた六、七馬身の空間は消え去り、先頭のリコーディングから二番手までの三馬身以外、まるで隙間の無い展開となっていった。
(ふふふ。上出来だ。……さて、『天才』の実力をそろそろ見せるとしよう)
『三コーナーから四コーナーへ! 先頭は以前変わらず逃げるリコーディングですが、ここで一気にアグネスタキオン! アグネスタキオンが二番手に上がってきた! その後ろからアドマイヤチョイス、メイショウラーメス、そして、ようやくスケルトンキングも上がってきました!』
四コーナーの出口が見えた残り六百メートル。
身体を傾け、コーナーを曲がりきったタキオンは、ゆっくりとギアを上げていく。
『さぁ残り四百の標識を通過して、先頭はリコーディングですが、外から来たアグネスタキオンと差がほとんどありません! さぁ直線を向いてスパートがかかりますが、ちょっとスケルトンキングは伸びそうにありません!』
(ペース作成ご苦労。一人旅の逃げ足は疲れただろう? ゆっくりするといい。――私の後ろで、な)
『さぁ残り二百メートル! 外から来たアグネスタキオン先頭! タキオンが先頭! 内でリコーディングが粘りますが全く並ぶ事無くタキオンが抜けた!』
たった一歩。
並んで競り合おうと目論んだリコーディングを絶望させた、驚異的な加速度の一歩。
それは、彼女がこれから歩むウマ娘人生の中で、最も大きな武器となり得たもので。
同時に、無意識に繰り出した、『天才』の本能から導かれた、結果だった。
『先頭は確実にアグネスタキオン! そのままの勢いでゴールイン!! 二着はリコーディング、アグネスタキオンとの差は四馬身ほどでありましょうか。そして三着にはメイショウラーメスであります!』
*
「ふぅ……」
自分が走ったわけでも無いのに、心臓の動悸が治まらない。
最後の直線では、呼吸することすら忘れていた。
安堵のため息を吐いた後に、込み上げてきたのは歓喜。
初戦勝利。この事実が、どれほど遠く、希少なものであるかを僕は知っている。
「何だその表情は。……もしや、私が勝てないとでも思っていたのかね?」
一人勝利を噛み締めていると、戻って来たタキオンにそう言われてしまった。
「勝てる勝てない以前に、無事に戻ってこないこともある。競馬に絶対は無い。そうだろ?」
答えになっていない返事。けれどもその内容は本心。
「ふむ。
どうやら煙に撒けたようで、変に感心しながら俺の隣へと歩んできた。
「ところでトレーナー? 私が持ってきてくれと頼んだ物は、持ってきてくれているのだろうな?」
「あぁ、緑のラベルのドリンクって、コレでよかったのか?」
彼女特製謎のドリンク。
様々な色のドリンクがある中で、彼女が指名したのは緑ラベル。
「これだこれ。すまないね」
それを僕からひったくるように受け取ると、喉を鳴らして飲み始める。
っと、そろそろ時間か。
「タキオン、ウィーナーズライブの時間だが……」
「ぷはっ。そうか、もう時間か。ではトレーナー、行ってくるよ」
カラになった容器を投げて寄越し、ライブ準備のために移動しようとしたタキオンは、ふと思い出した様に僕の方へと顔を向けた後、
「そう言えば、先ほど言っていた『競馬に絶対は無い』という言葉だがな。――――私が『絶対』になって見せよう」
と、自信満々の表情で言って、舞台裏へと消えていった。
……天才の考えることは、つくづく分からないものである。
PS・いつの間に練習したのか、初めてとは思えないライブの完璧な立ち回りをしたタキオンに、その事を聞くと、
「『天才』だからな」
と一言だけ返答を貰った。
と言うわけで二話目です。
あまり間隔を開けずに更新していきたい(他の二次創作から目を逸らしつつ)
目次 感想へのリンク しおりを挟む