起きたらマ(略)外伝? (Reppu)
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SSS1:エイミーちゃん頑張る

外伝?その一


激しい振動に耐えかねて、エイミーは思わず壁に手をついた。基地でも比較的奥まった場所だというのに聞こえてくる遠雷のような砲声や、緊急を告げる警報音が、嫌でも現実を叩き付けてくる。

始まったのだ、連邦軍の大攻勢が。

 

「情報が漏れていた?でも何処から…」

 

鉱山基地の視察は定期的に行なっていたが、順番はいつもランダムだったし、期間も敢えて不規則にしていた。今日の事だって知っているのは片手で足りる程度の人間の筈だ。

スパイ、その嫌な言葉に意識が持って行かれた瞬間、再度基地が揺れエイミーは床へ叩き付けられた。

 

「っぐぅ!いけない…早く、しなきゃ」

 

先ほど別れた大佐達は無事格納庫に着いただろうか?連邦の追っ手を食い止めるべく、指揮所で防衛機能を動作させる為に一人別れていたエイミーはふらつく足を叱咤しながら、基地の奥へ、奥へと歩いて行く。幾度か基地が揺れた衝撃で転びながらも、何とか指揮所にたどり着く。

 

「さあ、やるわよ」

 

防衛用の迎撃装置を全て立ち上げる。基地外部のものは殆ど機能停止に追い込まれていたが、建物内のものはまだまだ残っている。監視カメラに映った大佐達が大過なく格納庫に走り込んだのを見て、エイミーは安堵の溜息を吐きつつ、次々と隔壁を下ろしていく。ついでにセントリーガンや炭酸ガスを駆使して侵入してきていた敵の歩兵を無力化していった。

 

「…侵攻が、早い」

 

エイミーの奮戦も虚しく、次々と区画が制圧されていく。正に圧倒的物量による蹂躙。だがそこで、待ちに待った連絡が届けられた。

 

「少尉、少尉!無事か!?こちらは格納庫にたどり着いた!今、迎えをそちらに送る、すぐに少尉も脱出するんだ!」

 

珍しく焦りを滲ませる大佐を見て、こんな時だというのにエイミーは思わず笑ってしまった。まったく、私の心配などしている場合ではないだろうに。

 

「申し訳ありません、大佐。その命令には従えそうにありません」

 

死を覚悟した者特有の透明な笑みを浮かべエイミーは初めて大佐の命令を拒否した。そこから導き出される答えを正確に理解した大佐が、なおも言いつのる。

 

「誰が勝手に逝って良いと許可した。許さんぞ、断じて許さんぞ少尉」

 

「申し訳ありません、大佐。最後までお供したかったのですが」

 

「命令だ、私の命令だぞ!少尉!!」

 

尚も言いつのる大佐に向けて、ゆっくりと左手を見せる。その手のひらはべっとりと赤く染まっていた。

 

「放せ!私の部下だ!私の部下なんだ!命令に背くなど許さん!少尉!!」

 

共に退避していた参謀が強引に大佐を通信機から離そうとする。もう時間が無い、だからエイミーは精一杯の笑顔と、自分に出来る最高の敬礼を大佐に向けて行なった。大佐の中に居る自分が、最高の自分であり続ける為に。

 

「大佐、武運長久を。貴方と共に戦えて私は幸福でありました」

 

「少いっ!」

 

発せられる言葉はしかし、最後まで伝わること無く通信が途絶した。何も映さなくなったモニターへ暫し姿勢を保っていたエイミーだったが、ゆっくりと2回の呼吸が終わると、力を抜いて手近な椅子へ座り込んだ。

 

「…言えなかったなぁ」

 

詰め襟のホックを外し、下げていたネックレスを取り出す。それは、基地の近くで行なわれた祭りに立ち寄った際、大佐がエイミーに買ってくれたものだった。安っぽい作りで、填められた宝石もガラスのイミテーション、けれどエイミーにとっては他の何よりも大切な宝物だ。

 

「ここで大佐が生き延びれば、ジオンは勝てる…だから、無駄死にじゃ、無いですよね?」

 

時折響く爆発音と振動に対する恐怖を懸命に堪えながら、エイミーはコンソールを操作する。オデッサの外縁に位置する鉱山基地は、連邦に襲撃された場合を考慮して、基地の至る所に自爆用の爆薬が仕掛けられている。エイミーは意図的に指揮所へのルートを厚く守るように防衛設備を操作し、あたかもまだ大佐が基地に残っているかのように欺瞞する。何が何でも連邦は大佐を殺したいのだろう。基地に侵入した部隊はどれも面白いようにこちらの欺瞞に引っかかり、指揮所を目指している。終着点には小娘一人しか居ないと言うのに。

 

「ごめんなさいね?私は寂しがりなの…だからちょっと付き合ってね、連邦の兵隊さん?」

 

すぐそこまで迫ってきた足音に、不釣り合いな柔らかな笑みを浮かべ、エイミーは基地の自爆ボタンに手を掛けた。

 

「さようなら、大佐。貴方のことが好きでした」

 

 

激しい閃光と共に基地のいたる場所が爆発し、侵入して居た部隊のみならず施設周辺に近づいていたMSまでも巻き込んで連鎖していく破壊は、最終的に基地を包囲していた連邦軍の主力まで巻き込んで大爆発を起こした。

そこで画面は暗転し、モノローグが流れる。

 

__この日より三日後、欧州を奪還すべく進撃をしていた連邦軍は、部下の弔いに燃えるマ・クベ大佐率いるオデッサ戦闘団により甚大な被害を受け、そのなけなしの戦力を失うこととなる。それは、終戦の僅か2ヶ月前のことだった__

 

 

 

 

「いや、なんだこれ?」

 

久し振りに懐かしい面子で集まって酒でも飲もうと言う話になって、それならと場所を提供したらエイミーちゃんがなんか私たちの映画見つけました!とかいってディスクを持ってきたもんで、折角だから話の種に見てみようぜ!ってなったんだけど。

 

「あ、終わりました?じゃあ大佐もこっちで飲みなさいな」

 

開始早々に出番が無いと確信したシーマさんとデメジエールさんの二人は俺のホームバーを物色し酒盛りを始めていた。いや、俺もう大佐じゃないんすけど。

 

「あうあうあー…」

 

ちなみに持ってきたエイミーちゃんは効果が抜群だったようでソファで真っ赤になって丸まっている。俺も映画内でいきなりマですってサイド3でも超有名なイケメン俳優が名乗った時は思わず目をそらしてしまったから、その気持ちは良く解る。

 

「ここまで現実と乖離していても売れるものなのですなぁ」

 

パッケージを眺めながらウラガンがため息を吐く。ウラガンも登場人物に居なかったのだが最後まで眺めていた。付き合いの良い男である。

 

「まあ、なかなかの余興だったじゃないか。ほら、エイミー君もいつまでも丸まってないでこちらに来なさい」

 

結局この日、エイミーちゃんは俺と目を合わせることは無かった。そんなに恥ずかしがらんでも良いと思うけどなぁ。




本文中のあるセリフを書きたいだけだった、今は反省している。
でも多分又やる。


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SSS2:ある少女の手記

こっちもぼちぼち書いていこうとか欲張り中


私には小さい頃の記憶が殆ど無い。一番古い記憶は大きくて真っ赤な流れ星がゆっくりと空を流れていくところ。名前も帰る場所も、何も解らなくて困っていた私を最初に助けてくれた。ううん、拾ったのは連邦軍の兵隊さんだった。最初に私に声を掛けてきた兵隊さんは多分何も知らなかったんだと思う。ずっと私のことを心配してくれていたし、施設に着くまで何度もお菓子やジュースをくれたし、着いて別れる間際、何時までも手を振っていた。だからあの兵隊さんは、私が連れて行かれた施設が何だったのか知らなかったのだろう。

施設での暮らしは、今思えばとても辛いものだった。けれどそれまでの生活だとか、家族とかの解らない私にはあの頃比べる対象が無かったから、その暮らしに不満を覚えて居なかったように思う。むしろお菓子やジュースが何時でも飲んだり食べたり出来たから、毎日の痛い検査や、ロボットを動かして敵をやっつける訓練よりもそちらの方が覚えている。

そう言ったら同じ施設に居た友達に君はあの頃から抜けていたんだね、なんて酷いことを言われた。

 

 

人生というものの転機が何処にあるかと尋ねられれば、私たちは必ずあの日、宇宙世紀0079年7月12日と答えるだろう。

その日は何時もよりずっと騒がしくて、普段はそんなことが無いのに、施設に居る子全員(私はあの施設に何人居たか知らないから多分だけど)が食堂に集められていて、何時もニコニコお菓子やジュースを持ってきてくれていたお姉さんが、知らないおじさんと怖い顔で話していた。周りに怖くて泣いてしまう子が居たから良くは聞き取れなかったけど、移動がどうとか、処分がなんだ、みたいな話をしていた。

今にして思えばアレは連れて行けない私たちをあの場で処分…殺すことを相談していたんだろう。あの後、お姉さんにもそのおじさんにも会えていないから、真実は解らないけれど。

数え切れないくらい何度も何度も部屋が揺れて、皆足がすくんで座り込んで小さい子がわんわん泣いて、いつの間にかお姉さん達は居なくなって、私と同じ服の子でも比較的大きな子が助けを呼ぼうとドアに手を掛けたけど、ドアは開かなくて、遂には照明が消えて皆が部屋の隅に固まって怯えていたところに、ドアを破って誰かが入ってきた。

最初はその人達が持っていたライトに照らされて、まぶしくて解らなかったけど、目が慣れてくるとその人達は鉄砲を持った怖い顔のお兄さん達だった。着ている服がいつもロボットに乗って戦う訓練の時にやっつけていた服だったから、その人達が今施設を壊そうとしている悪い人達だと私は思ったし、鉄砲を持っていたから、多分ここで皆殺されちゃうんだと思って私は良く解らないまま泣いた。そんな私たちを見てお兄さん達はとても苦しそうな顔になって、何故か銃を下ろして手を上げて見せてきた。俺たちは君達に痛いことはしない、怖いこともしない、君達にこれを預けるから、嘘だと思ったら刺して良い。そう言って先頭に居たお兄さんは隣に居たお兄さんに鉄砲を渡すと、腰からナイフを鞘ごと外して私たちの方へ滑らせて渡してきた。私たちが傷つかないよう、怖がらないよう真剣に考えたんだろう、あまりにも優しく滑らせたから、私たちの所へ届くずっと前でナイフは止まってしまって、ちょっと間の抜けた沈黙の後、一番前に立っていた子が肩を震わせて笑い始めたのを切掛に、私たちは緊張の糸が切れたように皆で笑い出した。そうしている内に再び照明が点いて部屋が明るくなると、向かい合っていたお兄さん達も笑っているのが見えて、皆一気に気が緩んでしまった。それを感じ取ったのか、そのお兄さんが私たちへ名乗った。そこで私たちの多くは初めて今まで訓練で戦っていた相手がジオン軍という人達だと知ったのだ。

尤も、知ったその日にジオン軍の捕虜になった私たちは、結局誰一人、一度もジオン軍と戦うこと無く終戦を迎えたのだが。

 

 

転機が7月12日なら、変化、それも激流に飲み込まれるようなと言う変化はそれから2日後の7月14日からの日々を指すと思う。

捕虜として施設(後で知ったがオーガスタ基地という連邦軍の基地だったそうだ)からロサンゼルスにある病院へ移された私たちは、一人一人念入りに調べられた。血を採られたり全身をスキャンする機械に掛けられたり、小さい子がちょっと泣いてしまって、ついてきていたあのジオン軍のお兄さんが痛いことをしないと約束したのにごめんなんて謝ってまわって、それがおかしくてまた皆で笑った。だって、あの施設で注射を打たれるなんて毎日のようにあったことだったから。そう言って笑うと、お兄さん達がとても悲しそうな、怒った顔をしたのを今でも覚えている。あの時なぜお兄さん達がごめんなって言ったのか今なら解る。あれは多分、実験動物にされていた私たちを哀れんで、そんな事をした人達が許せなくて、そしてそれを日常と受け入れていた私たちの姿がとても悲しかったんだと思う。

お兄さん達とはそこでお別れして、私たちは宇宙へ行くはずだった。

ジオンでも私たちみたいな子が居る施設があって、最初はそこへ行くと説明された。おっきなまあるいロケットで宇宙に上がるのを皆でぼーっと待っていたら、とっても格好いいお兄さんがやって来て、急に止めてしまった。お兄さんはすごく怒っていて、周りのおじさんやお兄さん、おばさん、お姉さんが皆で必死に説得していたのを覚えている。沢山沢山お兄さん達は話していて、待っている間に私は寝ちゃったんだけど、起きた時には何故か皆で飛行機で移動する事になっていた。やっぱり丸くて紫のおっきな飛行機に乗って私たちはあの日、私たちの故郷と呼べる場所、オデッサへ向けて飛び立ったのだ。

 

 

オデッサはオーガスタとも、ロサンゼルスとも全く違って、如何にも軍隊の基地と言う場所だった。ロボットも沢山あったし、訓練で何度も何度も戦ったおっきな戦車や緑のロボット、すっごい速さで飛ぶ飛行機や空に向かって砲口を向けている大砲が幾つもあって、訓練をちょっと思い出しながら、こんなところで戦ったら1分もしないで負けちゃうな、なんて仲良くなったあの子と喋ったりした。けれどすぐに私たちはちょっと離れた所に移動して、そこはオデッサ基地の中だと言われたけれど、とてもそうは見えない場所へ連れて行かれた。

森の中に建てられた建物は真新しい白色で、周りに生け垣はあったけど壁やフェンスは立っていなくて、ちょっと歩けば海が見える、そんな場所。私はあの場所で、この世界はとても沢山の色や形で出来ていると言うことを実感したように思う。

オデッサでの私たちの最初はどこかぎこちないものだった。色々な初めてで頭が一杯だったこともあるけれど、それ以上に日々私たちがしていた訓練も検査もオデッサでは無かったからだ。

施設には前のオーガスタの時のように大人の人が何人か居たけれど、その人達は私たちの体調がどうかとか、困っていることは無いかと聞いてくるだけで、ロボットで訓練することも、注射を打つことも、変な映像を見せたりもしなかった。ただ、健康のためだと言ってオーガスタでは食べ放題だったお菓子とジュースが無くなったのは、皆ちょっと不満だった。

 

 

それが大事になったのはオデッサについて丁度一週間が経った日だった。

その日もやることが無くて、どうしようかとぶらぶらしていたら、何人かの子が袋を持って庭に集まっていた。嬉しそうにしている小さい子を見て興味を引かれた私が近づくと、年上の女の子が袋から見慣れたものを取り出した。それはオーガスタでよく食べていたクッキーだった。私も含めて知らない子も多かったけれど、オーガスタではニコニコしていたお姉さんに頼めば袋をくれて、その袋にお菓子を持って帰り部屋で食べられたのだそうだ。そんな手があったとは、私が落ち込んでいると女の子は笑いながらクッキーを分けてくれた。何度もお礼を言いながら、折角だからお茶を貰おうと食堂へ行こうとしたら、向こうから丸いおじさんと、目つきの悪い背の高いおじさんが歩いてきた。丸い方はこの施設の所長さんで、皆からは園長先生と呼ばれていて、目つきが悪い方はこの基地の司令官さんで、皆からは司令さんと呼ばれていた。園長先生は優しいし何時も笑っているけれど、笑わない司令さんは皆に怖がられていた。かく言う私も怖くって、その時はお辞儀をして早く通り抜けようとして、見事に転んでしまった。トカゲみたいなんて言われている司令さんが凄い慌てた顔で助け起こしてくれて、怪我は無いか凄く心配するものだから、失礼な事に私は思わず笑ってしまい、そして笑ってしまったお詫びに一緒にお茶を飲みませんかと尋ねた。今思えば忙しい二人にとんでもない無理を言った訳だが、二人は笑ってお茶の席に招かれてくれた。そしてそこで騒ぎは起こる。

お茶請けとして出されたクッキーを園長先生が口に含んだ瞬間、いつも笑っている園長先生が突然怖い顔になって、この菓子は何処で貰ったのかと尋ねた。びっくりして言い出せない皆に代わって私が、オーガスタで食べていたもので皆が私物として持ち込んだものだと答えた。園長先生は怖い顔のまま、施設の全員を食堂に集めるように言うと、司令さんに一言二言耳打ちした後、食堂へ向かってしまった。悪い事をしてしまったかと怯える私達に、司令さんは悲しい顔をしながら、君達は何も悪くない、でもこれはちょっと食べないでおこうと言って全員からお菓子を取り上げた。

結論から言えば、お菓子には薬が混ぜてあって、それはとても悪い薬だったそうだ。少量でも段々体を壊していって、最後には何も解らなくなってしまう怖い薬。訓練の前に飲まされていた真っ白になる薬と同じものだそうだ。どんな目的で薬が混ぜてあったのかは解らない、けれどこの事で私たちにとってオーガスタの良い思い出は何一つ無くなったのだった。

余談だが、翌日施設の前に沢山のダンボールが届けられ、その中に一杯のお菓子が詰め込まれていた。運んできてくれたお姉さん達がとても羨ましそうに見ている中、私たちは思い思いのお菓子を存分に楽しんだのだった。

 

 

 

 

「まだ起きていたのかい?」

 

後ろから掛けられた声に振り向くと、湯気の立つマグカップを二つ持った愛しい人が立っていた。

 

「うん」

 

マグカップを受け取ると、彼は横にあった椅子に座る。手元に開いていたノートに目が行った彼が申し訳なさそうに口を開いた。

 

「日記かい?邪魔しちゃったかな」

 

「ううん、日記じゃ無くて…なんて言うのかな。あの頃の思い出を書いていたの」

 

「あの頃…ああ、オデッサかい?」

 

二人で過ごした時間は決して短くないけれど、尤も濃密で、言わずとも通じる時間は間違い無くあの基地での時間だろう。無言で頷く私に、同じように懐かしむ顔になった彼は、けれどすぐ苦笑した。

 

「なんだか、君とのことしか思い出せないな。あいつらはしょっちゅう顔を合わせるせいで思い出にならないのかな?」

 

「素敵じゃない。思い出になんてしなくても良い仲間なんて、最高の宝物だと思うわ」

 

そう言って私はノートを閉じる。騒がしくも幸せだった過去を振り返る時間は、今日の所はここで終わりだ。今から穏やかで愛おしい今を満喫するのだから。




雰囲気重視なので、今後本編の設定と齟齬がでることが予想されます。
あくまでフレーバーということでおなしゃす。


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SSS3:ヒロインエンド1 女中佐の乙女な日

平素より起きたらマ(略)を応援頂きまして有り難うございます。
お陰様で本編は無事完結致しました。
と、思ったらあんな投げっぱなし許さんぞ!という声を多数頂く運びとなりまして、こんなところで醜態をさらすことと相成りました。
ですがちょっと待って欲しい。こちとら恋愛経験なんざ皆無のおっさんですよ?
ヒロインとのアフター書けとか、無理無茶無謀を仰って下さる。
ええ、書きました、書きましたが。

期待通りでなくとも作者は一切責任取らんから文句は聞かんぞ!
では、ご覧下さい。


『振り切れない!』

 

通信越しに悲鳴を響かせながら、若い連邦士官を乗せたジムが火球へと変わる。次の瞬間、状況終了を告げる文字が画面を覆い、アナベル・ガトーは息を吐いた。

 

「連邦の奴らは弱いなぁ、マイク?」

 

「中佐が強すぎるとは言え、1対5でこれじゃあな。そら戦争にも負けるってもんさ」

 

地球圏合同演習、終戦の翌年より連邦軍と行うようになったこの演習に、ジオン側の代表としてガトーが参加するのはこれで3度目だ。専用機こそ持ち込んでいないものの、軍事技術面で制約を受けていないジオン側のMSと、終戦時の協定のために一年戦争時の機体をアップデートしながら使い続けている連邦とでは機体性能に大きな開きがある。おまけにMS自体の保有も軍縮により少なくなっているから、1小隊5機編成とは言えその内3機はボールと呼ばれる戦闘用ポッドだ。このため合同演習の最終日に行われる模擬戦は、ジオン側が圧倒するのが常であり、それを見続けている戦後世代の若い士官の中には先ほどのような発言を平然とする者まで居る始末だ。同じ部屋の中に連邦の士官が居ると言うのに。

 

「相変わらず良い腕ですな、ガトー中佐。新兵達の良い刺激になります」

 

「お気遣い感謝します、バニング少佐。そして部下が申し訳ない、後で正式に謝罪させますので」

 

「構いませんよ、戦闘後の高揚で口が軽くなるのは良くあることだ。彼も本意ではないのでしょう?」

 

「…誠に申し訳ない」

 

二人の会話は、両国の関係を露骨に示していた。戦後、復興に重点を置いた連邦は軍事力の面でジオンに大きく水をあけられているのみならず、経済的にも多くの支援を受けていた。結果、表面上は対等の同盟相手であっても、内部ではこのように連邦側へ忍従を強いる事態が多々見られた。

 

「ほら、見ろよキース!流石ソロモンのヴァルキュリアだ!」

 

「撃墜された相手を褒めるとか、お前って本当にさぁ…」

 

そんななんとも言えない空気を弛緩させたのは、シミュレーターが終了するなり、コンソールへとかじりついていた連邦の若い士官の喜色に満ちた声だった。

 

「あのゲルググ、戦後の新モデルだけど動きが悪いと思ってたんだ」

 

「ほう、よく見ているな」

 

「うぇっ!?あ、ちゅ、中佐殿!?申し訳ありません!」

 

興味を引かれてつい口を開いたアナベルに対し、キースと呼ばれた青年が冷や汗を滲ませながら敬礼とともに謝罪してくる。苦笑しながら返礼しつつ、アナベルは更に口を開いた。

 

「いや、謝られるような事はないよ少尉。それよりそちらの君、動きが悪いというのは?」

 

「え?あ、はい。今回そちらが持ち込んだゲルググは昨年まで使われていたFⅡ型に比べ、およそ30%程推力が向上していると試算していたのですが、殆どの演習においてFⅡ型と同程度の数値しか出ていませんでした。ですから変だと思っていたのですが」

 

物怖じせずそう告げる黒髪の少尉に、横に並んだキース少尉は顔を青くしていたが、当のアナベルは満足そうに頷いていた。

 

「大変素晴らしい。正確にはあのFZ型はFⅡの35%増しの推力を与えられている。どうやって試算を?」

 

「はい、事前に頂いた資料にあった3Dモデルのスラスターサイズと配置からです。ですが、称賛されるべきは中佐だと小官は考えます。中佐の機動はFⅡ型に比べ40%近い数値の上昇が見られます。つまりパイロット側の技量で機体性能を1.5倍近くまで引き上げていらっしゃるのですから!」

 

「それは買いかぶりだ少尉。機体の持つ本来の性能を十全に発揮させることはパイロットにとって当然の義務だ。むしろ5%分過剰な数字が出ていると言うことは、私が機体へ無理をさせているという事に他ならない。まだまだ精進が足りないよ。…尤も、一番恥ずべきはその機体性能差にあぐらをかいて、性能を満足に引き出せてもいないのに一人前面をしている連中だがね」

 

そう言って冷ややかな視線を送れば、ジオンの士官達が気まずそうに視線を逸らした。その事に小さく溜息を吐きながら、アナベルは気を取り直し、連邦の少尉に笑顔を向ける。

 

「君たちの技量も大したものだ、轡を並べる戦友として心強い。君、名前は?」

 

「は、はいっ!コウ・ウラキ少尉であります!」

 

ウラキ、と口の中で転がした後、頷きアナベルは口を開く。

 

「覚えておこう、ウラキ少尉。次にまた戦うとき、君が更に手強くなっている事を期待するよ」

 

そう言いアナベルはウラキ少尉の肩を叩いた。

 

 

 

 

「今年はご機嫌ですね」

 

共和国への帰りのシャトルの中、隣に座ったカリウス・オットー少尉がそう柔らかい笑顔で告げてきた。彼もまたアナベルに付き従い毎年合同演習に参加している。その為、年々態度の悪い者が増え続ける状況に比例して、帰りに機嫌を悪くするアナベルの様子を見続けていたのだ。それ故の発言だった。

 

「若い阿呆共に釘を刺せたし、連邦にも優秀な次代が育っている。しかも素直に我々を同盟相手として見ているのだ、実に喜ばしいじゃないか。彼の爪の垢をキロ単位で輸入して、我が軍の新兵達に飲ませたいくらいだ」

 

戦勝国の傲り、敗戦国の厭忌、同盟者と呼ぶようになった今でも、両国の関係は決して順風ではない。現状を不満として非難声明を出す団体は後を絶たないし、中にはテロまがいの事まで実行する連中までいる始末だ。そうした中で戦争を経験し、今なお軍に身を置くアナベルだからこそ、友軍の傲慢は目に余ったのだ。

 

「それに技量だって大したものだ。未だに個人の技量を尊ぶきらいのあるこちらに比べ、向こうはミノフスキー粒子下での集団戦闘を良く研究している。後1~2年はこちらが有利だが、5年後は解らないな」

 

力が拮抗したとき、軍人の気持ちはどうなっているのだろう。アナベルは考える。もし今のまま5年が過ぎれば、その先に待つのは再びの戦火だろう。そんなことはあってはならないとアナベルは強く思う。

 

「帰ったら、ドズル大臣に直接ご報告しよう。軍の傲慢が戦争の引き金を引くなど、恥以外の何物でもないからな。それから新人への訓練の見直しだな、MSの性能を引き出せん連中が増えすぎだ。まったく嘆かわしい、あの方の下で鍛え直したい位だ」

 

思わず漏れ出た言葉に、黙って聞いていたカリウス少尉が笑みを浮かべる。

 

「成程、そちらも原因のようですね」

 

「な、なんの事だカリウス!?」

 

「あの時の中佐は見ていられませんでしたからな、覚えているでしょう?置いて行かれたと一月は塞ぎ込んでいて…」

 

「すまん、悪かった、それはもう言わないでくれカリウス!」

 

ほじくり返された忘れたい記憶にもだえるアナベルを乗せ、シャトルは共和国を目指す。そして、祖国への距離が近づく度に、アナベルの気持ちは逸り、胸の鼓動は高ぶった。そしてムンゾへの入港間際、その艦影を窓越しに捉えた瞬間、最高潮へと達する。

 

「ああ、お帰りなさい。大佐」

 

ジュピトリス級輸送艦。地球連邦の公社であった木星公社から戦後賠償の一環としてジオン共和国へ艦籍を移したこの艦は、ホープと言う名を与えられ、アナベルの慕う大佐と共に木星へと旅立った艦だ。それが3年前であり、その長い航海を終え、今アナベルの前にその巨体を晒している。食い入るように船体を見ていると、アナベルは何か温かいものに包まれたような感覚を覚える。それがなんであるかをハマーン達との交流で知っていた彼女は、益々笑みを深める。そしてシャトルがベイに到着するやいなや、待ちきれないとばかりに隣の桟橋へと飛び出す。そこには、待ち焦がれた相手が、相変わらずの笑顔でシャトルから降りてきていた。弾む鼓動を懸命に抑え、頬が紅潮するのを自覚しながらも、アナベルは姿勢を正して彼と向きあう。

 

「3年と22日ぶりですね、大佐」

 

言いたいことは色々あった。彼の居ない三年間は決して短い時間ではなかったからだ。伝えるべき事、伝えたい事、話さねばならない事、話したい事。本当は軍人として格好良く話して成長を見せつけてやるつもりだった。だが格好を付けるには、3年という時間は、アナベルにとって些か長い時間であったらしい。何とか口に出来たのはそこまでで、衝動を抑えきれずにアナベルは自らの欲求を実行へ移すことにした。

 

即ち。

 

愛しい男の胸に思い切り飛び込んだのだ。




取敢えず一人目は後半追い上げを見せた、まさしく魔改造を受けたアナベル・ガトーです。
脳内ボイスが大塚明夫さんの人は存分にホモォな世界を楽しむと良いと思います。


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SSS4:オデッサの比較的平穏な一日

世間様はクリスマスだそうです。(フライング)
作者は仕事です。


それは戦争が終わって暫く経ったある日の出来事。

 

「うん、水質改善は順調のようだな。試作3号まではどうなるかと気を揉んだが」

 

報告書を読みながらそう口にすれば、横でそれを聞いていたシーマ中佐がのんびりと相づちを打った。

 

「ああ、特に1号は危なかったですなぁ。本気で基地が壊滅するかと思いました」

 

その言葉にお茶のおかわりを淹れてくれていたウラガンが深く頷く。恐らくあの悍ましい事件を思い出していたのだろう、そのしかめ面は随分と血色が悪かった。

 

「あの時は基地の自爆を本気で検討したからな。まさか昆布があれほど…」

 

「止しましょうよ大佐、もう終わった話です。それにしても4号は順調と言うことは、本国がまた五月蠅くなりますかねぇ?」

 

続けようとした俺の言葉を同じく顔色を悪くしたシーマ中佐が早口で遮ってくる。どうも1号の件は皆のトラウマになっているようだ。徒に刺激する必要も無いと考えた俺は、中佐の思惑通りに話題を変えた。

 

「そうだね。今のところ消費はそれ程増えていないが、今後増加することは間違いないだろう。どちらにせよ今のうちに対策は取るべきだろうね」

 

「まったく、戦争は終わったと言うのにウチの基地は大車輪ですなぁ?」

 

「全くだ、少しはボーナスくらい出してくれても罰は当たらんと思う…うん?」

 

そんな冗談を口にした瞬間、端末が新たなメールの着信を告げてきた。ミノフスキー粒子の影響が薄くなったため、通信関連の状況は大幅に改善されている。おかげで日に何度も上司から連絡が来るので痛し痒しと言うのが俺の本音だが。今度はどんな無茶ぶりかと届いた内容に目を通せば、そこには予想外の言葉が並んでいた。

 

「…なん、だと!?」

 

思わず俺が声を上げた事が興味を引いたのだろう、二人が何事かと画面を覗きこみ、俺よりも困惑した表情を浮かべた。

 

「一体何だってんです、大佐?」

 

「これがどうかしたのですか?」

 

そこには今後輸送する水資源の安全性確認について如何にもな文章で長ったらしく書き綴られているが、その内容を正しく理解した俺はまさしく戦慄する。馬鹿な、軍は俺に死ねと言うのか!?恐怖に血の気は失せ、空調の利いた部屋にもかかわらず寒気すら覚える。だが、何度読み返してもそこに解釈の余地は無く、この無慈悲な指令を俺が実行しなければならないことは、確定的に明らかであった。

 

「これはあくまで、司令部からの命令であり、私心がない事を私はここに宣言する」

 

「「はあ」」

 

俺の気も知らず気の抜けた声を出す二人。その表情が侮蔑へと変わることを確信しながら俺は続く言葉を吐いた。

 

「水産資源用コロニーへ送るための海水の水質調査が今回の任務になる。…海洋生物並びにその管理作業者が長期的に業務に従事しても問題ないかを調査する」

 

「うん?今までとどう違うんです?」

 

首を傾げるシーマ中佐に、俺は勇気を振り絞って軍の恐ろしい要求を伝えた。

 

「端的に言えば、実際に生身の人間が長時間触れて問題ないかを調査する。つまり対象者が直接海に入り、海水に触れ続けるという試験だ」

 

意味を理解したシーマ中佐の眉がよるのを見て、俺は慌てて言葉を続ける。

 

「無論被験者は志願制にする、当然危険手当も出そう。それでも集まらなければ仕方が無い、私が…」

 

「成程」

 

言い切る前にそう口にする中佐の視線に俺は続きを喉元で詰まらせた。いかん、養豚場の豚を見る目になっておられる。

 

「ちゅ、中佐?」

 

「趣旨は理解しました。では志願者を募りましょう」

 

そう言って表情を変えぬまま部屋を出て行ってしまう中佐。俺はそれを為す術もなく見送ったのだった。

 

 

 

 

即日張り出された志願者募集の通知は、大佐の予想を裏切る結果を齎すこととなる。

 

「チャンス、ですわね!」

 

「いやあ、まさかこんなに早くお披露目が来るとは。日頃の習慣も忘れず行っておくものだねぇ?」

 

ある者は好機に奮起し。

 

「想定外!新作を取り寄せてる時間なんて無いし、PXには無いし!あああ、どうすれば!?」

 

「ふっふっふ、お困りのようだね、お嬢様?」

 

「あ、貴女は!?」

 

またある者は日々の成果が身を助け。

 

「あの、中佐?」

 

「あ?なんだい!?」

 

「い、いえ!何でもありません!」

 

そしてある者はやさぐれつつ、運命の日を迎えることとなる。

 

 

 

 

その日は朝から良い天気だった。夏の太陽は気が早く、5時過ぎには顔を出し地面を照らし始めている。欠伸をかみ殺しながら、俺は妙にそわそわしているエイミー少尉を伴って滑走路へと赴いていた。

 

「あれか」

 

軍の用いている物の中では、比較的小ぶりのシャトルが滑走路へと進入してきた。今回の水質調査では何故か本国連中が妙に張り切っており、特別な機材と人員を追加で送るとか言いだしたのだ。ならそっちで全部やれよと思ったのだが、普段の水質管理や計測をやっているのはこちらの基地の人間だから放り出すわけにもいかんし、彼らをぽっと出の本国連中に顎で使われるのは業腹だ。なのでここは俺が矢面に立たねばならぬと出てきたのだが。

 

「ふむ、貴様自ら出迎えとは気が利いているな?」

 

「お出迎え感謝致します!大佐!」

 

「キ、キシリア外務大臣!?それにアナベル少佐?これは一体?」

 

水質調査とまったく関係無いとしか思えない人物の登場に戸惑っていると、すました顔でキシリア大臣が告げてきた。

 

「内部監査のようなものだ。オデッサの水資源については軍と資源管理省の預かりだろう?不正が無いか別機関の人間である私が検査に立ち会う」

 

そうドヤ顔で告げてくるキシリア大臣。どうしたものかと並んで立っているアナベル少佐へ視線を移せば、彼女も良い笑顔で口を開いた。

 

「自分は今回使用します装備の護衛です。重要な物資でありますから、万一があっては軍の威信に関わりますので」

 

「ふむ、そう言うことならば少佐。こうして無事オデッサに装備は届いたのだ、貴様も暇な身ではあるまい。ここからはこれがやるだろうから貴官は本来の任務に戻ってはどうかな?」

 

流し目で少佐を見ながらそう提案するキシリア大臣。確かに重要な装備だとはいえ、軍屈指の精鋭であるアナベル少佐を拘束するのは気が引ける。それに俺も軍属だから、ここは責任を持って任務を引き継ぐべきか。そう考え口を開く前に、アナベル少佐の口から否定の言葉が紡がれた。

 

「お心遣い痛み入ります、大臣閣下。しかしこの任務は私が軍から正式に指示されたものであります。たとえ大臣閣下のお言葉であっても、途中放棄するわけにはまいりません」

 

なんだろう。二人ともとっても良い笑顔だし、8月の太陽は朝とは言え元気に己の存在を主張しているのだけど、なんか背筋が寒い。

 

「と、とにかくこちらへ、皆も待っておりますから」

 

「「…皆?」」

 

あれ、そういや言ってなかったっけ。

 

「はい、志願者を募りましたところ、かなりの人数が集まりまして。どうされました?」

 

俺の言葉に何故か天を仰ぐ二人。俺は首を傾げながら試験場となる海岸へ移動したのだった。

 

 

「おお、大佐!どうも有り難うございます!」

 

海岸に着いた俺達を出迎えたのは、笑顔でそう感謝を告げる丸い園長先生ことフラナガン・ロム博士だった。

 

「いや、気になさらず。こういうのも必要でしょう」

 

何かと言えば、今回の試験にフラナガン研究所の子供達を参加させる事を許可したのだ。終戦に伴い、運営費を大幅に削減されたフラナガン機関は大幅に規模を縮小。サイド6にあった本局を手放して、希望者全員でこのオデッサ支局――今ではここが唯一の拠点だから本局と言うべきだろうか?――に移っている。スペースノイドにとって海水浴というのは非常に金のかかる遊びで、当然ながら公費で許されるほど共和国の懐は暖かくない。オデッサ近海は水質が改善したおかげで遊泳出来るだけの環境なのだが、如何せん軍の実験区域扱いのため、基本的に娯楽での侵入は禁止されている。つまり、子供達は目の前に泳げる海があるのに、我慢させられていたわけだ。これはもう拷問と言っても差し支え有るまい。

 

「それと礼なら私ではなくハマーンに言ってあげて下さい。そちらに伝えようと提案してくれたのは彼女だ」

 

「ええ、それは勿論です。ですがこれだけは受け取って頂きましょう」

 

そう言いながら博士は得意満面な笑みで馬鹿でかいクーラーボックスを俺達の目の前に置くと、その蓋を開いた。

 

「なんと、流石博士です。解っていらっしゃる」

 

「古来ヤーパンでは夏の海でこれを食べるのが習慣だったのでしょう?ヤーパン贔屓の大佐なら喜んでくれると信じていましたよ。ウチの畑で採れた上物です」

 

素晴らしい艶の西瓜を見ながら博士と固い握手を交わす。しかしこうなると海の家と微妙なカレー、あと具の無い焼きそばが欲しくなるな。ここ数日酒保担当が捕まらなくて用意出来なかったんだよなあ。

 

「試験を私物化とは良い度胸ではないか、大佐?」

 

やっべえ忘れてた。

 

「誤解です大臣。これは試験に必要な措置なのです」

 

「ほう、言ってみろ」

 

「子供の体は成人に比べ敏感です。短時間で長期の影響を計るのであれば正に適任なのです」

 

「そのウォーターメロンは?」

 

「これも試験には必要です。炎天下かつ海水に接触する本試験では熱中症や脱水のリスクは避けられません。この果実はその構成の90%を水分が占めており、そこにカリウムなどのミネラルが含まれます。端的に申し上げればこれは天然のスポーツドリンクなのです」

 

「ならばスポーツドリンクでよかろう?」

 

「ドリンクもただではありません。その点これは博士がご趣味で育てられておりますから、公的資金は投入されておりませんし、それを無料で供出頂くわけですから無駄にする必要も無いでしょう」

 

という建前でどうにかなりませんかね?そんな気持ちでキシリア大臣を見ると、眉間にしわを寄せた後、頭を抱えながら吐き捨てるように口を開いた。

 

「…お前というヤツは、本っ当にっ!」

 

「気を強くお持ち下さい、大臣閣下。まだ本番にもなっていません」

 

海岸までは気迫のこもった笑顔の応酬をしていたアナベル少佐が、気遣わしげにキシリア大臣を支える。なんだ、仲いいじゃないか。

 

「…それにこれは、私達にとっても天佑と呼べるのでは?」

 

アナベル少佐が続いてそう口にすると、何故か驚いた表情の後、不敵な笑みを浮かべるキシリア大臣。

 

「そうか、そうだな。想定通りで無くともこの状況は奇貨ではある。良い判断だ少佐」

 

そう言って笑顔で頷きあう二人。うむ、良く解らんが機嫌は直ったようなのでヨシ。

 

「では大佐、私と大臣も試験の準備をしてまいります」

 

「今回の責任者は貴様なのだから、勝手に居なくなるなよ?いいな?居なくなるなよ?」

 

いや、別に何処にも行かないけど。しっかり念を押した二人は何故か一緒にエイミー少尉も連れて何処かへ行ってしまう。…まさか、準備って。

 

「た、大佐!志願者の集合が済んでおりますわ!」

 

強烈なプレッシャーを感じた俺は逃げ出す事を一瞬考えたが、そう声をかけられることでその機会は永遠に失われた。

 

「あ、ああ、ごくろっ!?」

 

振り返った先にはこの世の物とは思えない光景が広がっていた。一見大人しく見えるワンピース、しかしそれは仮の姿だ。ふんだんに使われたシースルーの生地が覆われている面積をあざ笑うかのようにその先の肌色を主張し、包み込まれている彼女の魅力をこれでもかと喧伝する。情熱的なビビッドレッドの色は冒険心にあふれているようで、その実ボリュームのある彼女の金髪によく似合っていた。そして白日の下に晒される二つの果実、それはまごうこと無く豊満であった。

 

「た、大佐?あの、へ、変でしょうか?」

 

パーフェクトだ。思わずサムズアップをしたくなるのを懸命に堪える。普段高飛車な子がちょっと冒険した水着を着ちゃって羞恥に赤くなるとか。何そのギャップ、殺しに来てるのか?

 

「いや、よく似合っている。声をかけてくれて有り難うジュリア少尉。さ、それでは試験をっ!?」

 

そう、俺は想像力を働かせるべきだったのだ。志願者リストに彼女達の名前が載っていた時点で。何故なら彼女達はセレブである。ならば、海水浴などと言われて着てくるのは、当然のように、異性を狩る戦闘服だ。

 

「このような機会を頂き有り難うございます、大佐」

 

「泳ぐのなんて久しぶりですよ!あ、良かったら競争しませんか?大佐!」

 

「水質の試験ですから、水に触れていれば良いのですよね?波打ち際のサンドアートで諸行無常を楽しみませんか?」

 

腰回りこそパレオで隠れているが、それを台無しにするほど布面積の少ないビキニに身を包んだアリス少尉がそう笑えば、元気な声で感想を述べてくるフェイス少尉。一瞬競泳水着に見える紺とライトイエローの水着は、しかし大胆なカットで彼女の健康的な美脚を惜しげも無く外気へ晒している。独特の感性の持ち主らしい提案をするミノル少尉は殺意の塊と言っても過言ではないスリングショットで登場である。面積こそ広めであるが、そこは元のデザインがデザイン。動く度にもう危険が危ない状態だ。

 

「しまった、出遅れました」

 

「レースに参加表明とは、ミリィもたくましくなったわね?」

 

「あら?でしたらセルマ少尉は観戦ですか?」

 

「まさか、そんなわけ無いでしょう?」

 

不穏な事を口走りながら寄ってくるのは、銀髪ロングとショートのセルマ少尉とミリセント少尉の二人だ。デザインこそ標準的なビキニなのだが、何せ元が凶悪な二人である。少し動くだけで揺れ動くそれが、いつこぼれ落ちても不思議では無い。何でよりによってチューブトップをチョイスしたのかと小一時間問い詰めたい。

 

「お、おかしいですって!これ絶対おかしいですってエディタ中尉っ!」

 

「ええー?そんなことないって。私の旦那が言ってたもの、乙女の魅力を引き出す水着でこれ以上の物はないって」

 

基地に帰って2日目に現地の男と結婚するって報告を受けたときはどんな顔したら良いか解んなかったよ。エディタ中尉。しかも相手は食料納入してたあのナイスガイとか。ご祝儀で山羊強請られるとは夢にも思わんかったが。そんな彼女は野郎の視線を意識してかハイウェストだ。だが残念、人妻というフィルターがそのガードの堅さを貞淑さへと昇華させ、蠱惑的な魅力を周囲へと振りまいている。その陰に必死で隠れていたハマーンだったが、中尉の腕力についには屈し、俺の前へと誘われる。

 

「…ひぅっ」

 

余程恥ずかしかったのだろう。顔を真っ赤にして震える彼女は、まるで小動物のようで庇護欲をかき立てる。だが、今はそんな場合ではない。

 

 

――そこには、白いスクール水着を着た、ハマーンが居た――

 

 

ナンデ?ナンデスクール水着?白?あ、ご丁寧に胸元に名札付けてある。綺麗な字でハマーンの名前。流石に拙いひらがな表記は難しかったか。違うそうじゃない、いや何が違う?え?あれ?

 

「き、着替えて」

 

「良く似合っている!こう言って良いか解らないが、可愛いよ、ハマーン」

 

泣きそうになりながら走り出そうとするハマーンへ咄嗟に声をかけた。あれ?良く考えなくてもこれかなり危険な発言じゃね?確実に冷や汗と解るそれが額を伝うが、最早動き出した事態は止められない。

 

「ほ、本当ですか?」

 

もじもじと体をよじりながら、潤んだ瞳で上目遣いに尋ねてくるハマーン。

やめてくださいしんでしまいます。

 

「あー!ハマーンちゃんズルイ!大佐っ!私は!?私はどうですか!」

 

「実は結構自信があったのですけど、似合っていませんか?大佐?」

 

「わ、わたくしは、その。ご不快にさせてしまいましたか?」

 

こんな事言ったらもげろとか爆発しろとか言われそうだけど、敢えて言いたい。天国に居る筈なのに地獄絵図。だってこの後は間違いなく、

 

「楽しそうだな?大佐?これは邪魔をしては悪いかな?」

 

「はっはっは、さすが大佐は人気者ですね。ですが職務怠慢はよろしくありません」

 

ほら、オチがつく。

 

「ああ、キシリア大臣。とても良くお似合いですよ。アナベル少佐も、こんな機会に見るのは実に勿体ない程だ」

 

引きつる頬を懸命になだめつつ俺は口を動かす。偉い人が言っていた、女の子はとにかく褒めろと。事実二人はとても綺麗だった。キシリア様は紫のクロスデザインのビキニ。いっそ病的にすら見えるほど白い肌とのコントラストに視線を奪われる。一方のアナベル少佐はその性格を反映したようなアメリカンスリーブのビキニ。胸元が大きくカットされているせいでもうえらいことになっている。こっちもこっちで目が離せない。だが、二人の反応はとってもドライだった。

 

「ふん、どうせ誰にでも言っているんだろう?」

 

「本心からの言葉でしたら喜んでお受けしたのですが」

 

偉い人の嘘つき。

 

「一体いつまで遊んでるんです?日が暮れますよ?」

 

進退窮まった俺を救ったのは、そんな呆れた声だった。

 

「ほら、あんたらも試験に参加したなら形くらいは整えな!それとも、言葉じゃ解んないかい?」

 

「「サー!ノーサー!」」

 

「そこはせめてマムにしてくんないかねぇ。解ったんならさっさと動きな」

 

苦笑しながらそう手を叩いてシーマ中佐が少尉達を散らす。その様子に不機嫌だった二人も毒気を抜かれた様に表情を緩めた。

 

「久しいな、中佐。壮健なようで何よりだ」

 

「お久しぶりです。しかし中佐。その恰好は?」

 

言葉をかけつつも、二人はどこか戸惑っている。無理もないだろう。何しろシーマ中佐はパイロットスーツを着込んでいるのだから。二人の視線を理解して、シーマ中佐が笑いながら答えた。

 

「試験にしろ遊ぶにしろ。緊急時の救命員は必要でしょう?」

 

見れば幾人かの海兵隊員が同じようにパイロットスーツで浜辺近くに立っている。うわぁ、後でボーナスでも支給しなきゃ。そんなことを思いながら俺達は試験という名の海水浴を始めるのだった。

 

 

 

 

「代わろう」

 

太陽が中天を少しばかり過ぎた所で、大佐がシーマにそう声を掛けて来た。浜辺の中程、日よけのパラソルの下で海を眺めていたシーマはその声に視線を上げる。

 

「気になさらず楽しんできて下さい」

 

「そうもいかん、部下に仕事をさせて責任者が遊んでいるなんてそうす…首相に伝わってみろ、木星辺りに飛ばされかねん。これでも私は今を気に入っていてね、助けると思って代わってはくれないかね?」

 

食い下がる大佐をどう説得するべきかシーマは思い悩んだが、結局の所真実を伝えるのが最善であるとの結論を出し、口を開いた。

 

「…ないんです」

 

「うん?なんだって?」

 

聞き返してくる大佐に、頬が熱くなるのを自覚しながらシーマはもう一度先ほどの言葉を口にした。

 

「ですから!私は泳げないんです!だから海にも入りませんから気にしないで下さい」

 

シーマのカミングアウトに対し呆けた顔になった大佐だったが、少しして肩をふるわせながら笑い始めた。

 

「笑うことはないでしょう!?」

 

「い、いやすまん。まさか、海兵隊の君が泳げないとは思っても見なかったからね、そうか、それは悪かった。だが、泳ぐだけが海の魅力ではないさ。それを知るくらいはしても良いんじゃないかね?」

 

実を言えば、シーマは後で少しだけ楽しむつもりではあった。故にパイロットスーツの下にはそのための準備もしてきている。しかしその姿を大佐に見せるのは思っていた以上に勇気が必要だった。故に大佐を引き下がらせるべく、シーマは無理を口にする。

 

「そうは言いましても、やはり泳げない身としては海は怖いものです。それとも大佐がエスコートしてくださるんで?」

 

だが、シーマの想定はあっさりと覆される。

 

「ああ、良いとも。それで君が楽しめるなら安いものだ」

 

言いつつ大佐はシーマの手を引き立ち上がらせてしまう。

 

「た、大佐!?」

 

「すまんが少しばかり浮かれていてね。運がなかったと思って諦めてくれよ」

 

嬉しそうに笑う大佐に、シーマは大きく溜息を吐くと、一言だけ念を押し首元のファスナーへ手をかけた。

 

「笑わないで下さいよ?」

 

ゆっくりと胸元が開き、肌が外気に触れる。目の前の男にこれから肌を晒すのだと自覚し、シーマの鼓動は五月蠅いほど速くなった。はしたないとは思われないだろうか?酒保担当に頼んで手に入れた水着は、黒のシンプルなビキニ。扇情的なカットが施されたそれを身につけた姿を晒した瞬間、目の前の男が思わずと言うように口を開いた。

 

「ああ、綺麗だな」

 

聞こえた大佐の呟きを振り払うように、シーマは大佐の手を掴み海へと走りだす。太陽は未だ高く空にあり、日暮れにはまだまだ時間が掛かりそうだった。

 

 

 

 

「良かったのか?行かなくて」

 

士官組のたまり場と化している執務室の応接セット、汗を掻いたグラスを傾けながらガデム少佐がそう口にする。

 

「いやいや、爺様。なんの冗談だよ」

 

ヴェルナー大尉と向き合ってボードゲームに興じていたデメジエール中佐が眉を寄せながら聞き返した。

 

「お前さんも志願してただろう?楽しみじゃなかったのか?」

 

「そら楽しみだったよ、海で泳ぐなんて生まれて初めてなんだからな。でもな爺様、俺はまだ命が惜しい」

 

その返事に、ガデムが気の抜けた声を発する。

 

「あー、成程なぁ」

 

「進んで虎の尻尾どころか、生肉巻き付けて猛獣の巣へ飛び込むようなもんだからな、賢明な判断だと俺は思いますぜ、チェックだ」

 

アイスコーヒーを一息に飲み干しながらヴェルナー大尉がそう告げる。

 

「え、お、ちょ、ちょっとまった!」

 

「待ったなしですぜ」

 

オデッサ基地異常なし、特に報告すべきことなし。素晴らしきかな平穏なる日々

――8月某日、ある士官の日記より抜粋。




本話制作の経緯

クリスマスだし更新期待されてるかも。(傲慢)

みんなどうせ冬モチーフの話とか書くんだろ、ド直球にクリスマス話とか!

うん、水着回だな!

発想がおかしいって?
最近忙しいから是非もないよね!


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SSS5:航海日誌0082「遭遇」

あけおめ


戦後初めて送り出された木星船団は、以前にも増して緊張の度合いを高めていた。敗戦後、地上資源の分割によってエネルギー源としてヘリウム3へ依存度が高まると同時に、疲弊した地球連邦政府にとって木星公社との関係は極めて重要な政治的案件となったからである。

ここで少し地球と木星との関係を整理しておこう。宇宙世紀が始まり、本格的な宇宙移民の開始から数年、元々地球のエネルギー資源は枯渇気味であり、より多くの資源収集を目的として西暦から細々と行われていた木星エネルギー船団が宇宙世紀0010年に再編され、木星開発事業団が発足する。ヘリウム3の安定供給を目的とした同組織は連邦政府にとって国家のエネルギー供給を担う重要な組織でありながら、それでいて同時に生存圏拡大を掲げ、木星圏の開発を提唱する事業団は頭痛の種でもあった。そこで政府はある決定を下す。それが事業団の公社化である。

表向きは増大する事業費を削減するためというのが題目であったが、その内容は木星圏開発を担う木星公社の発足と言う名の木星圏の開拓を提唱する急進派の切り離しと、資源輸送を担う木星船団を地球連邦政府の直轄とすることで木星圏のライフラインの掌握を目論んでいたのは明白だった。当時唯一の生活必需物資の供給源であった輸送船団の接収に事業団側は強い反発を示したものの、船団で使われている艦艇は全て連邦軍から供与されたものであり、また人員の多くも同様であった事、更に地球圏限定ではあったものの船団の護衛を連邦軍が完全に受け持っていたことから押し切られてしまう。

こうして事業団の名は残ったものの、その内容は大幅に削減されごく僅かとなった支援金によって運営される公社の維持管理組織であり、最大にして唯一の資金源であったヘリウム3ですら人類社会の安定と発展を題目として買い叩かれる木星圏在住者と彼らを踏み台として発展する地球圏在住者という図式が組み立てられる。

この関係に大きな変化を投げかけたのは先の大戦によるジオン共和国の独立である。公国時代より独自の船団によるヘリウム3確保に動いていたジオンであったが、当然ながらその道程は簡単なものではなかった。火星、アステロイドベルトへの航行を行っていた彼らであっても、木星はなお遠い場所だったのである。しかし独立した以上連邦政府に国家の生命線たるエネルギー源を掌握されるわけにはいかず、独自の船団を持つ必要があった。そして頭を悩ませている首脳陣を前に、何処かの大佐がまた要らない事を口にした。

 

「ノウハウがないのですから、ノウハウがある連中に学ぶしかありますまい。彼らとしても船団の規模が大きくなればそれだけ対応能力に余裕が生まれますから、悪い話ではないはずです。何しろ向こうとしても船を出さないわけにはいかない。一銭も使わずそれでいて我が国に恩を売れる機会です。あの腹黒モグラなら渡りに船と飛びつくでしょう」

 

その結果、連邦・ジオン両国の合同木星船団が計画され、0082年に船団は木星へ向けて出発することとなる。件の大佐が総責任者に任命され、絶叫したとかしなかったとかは別の話である。

 

「ふむ」

 

業務を終え自室に戻っていた青年は、端末を睨み付けて眉を寄せた。船団が地球を発って凡そ1ヶ月あまり。当初こそほんの2年前まで敵同士であった双方に緊張もあったが、それだけの時間を同道すれば連帯感も湧けば弛緩もする。始まったばかりとはいえ、航海が順調である事もそれに拍車を掛けていた。だからこそ、青年は面白くなかった。

 

「困難と苦難の木星航海、拍子抜けだな」

 

彼は自他共に認める天才であった。若くして地球連邦直轄の組織である木星船団の指揮を任される程であり、指揮以外でも才覚を示してきた人物であった。だが、それ故に彼は退屈していた。

 

「後3年。いや、1年でいい、早く生まれていればな」

 

ジオン独立戦争。文字通り全人類が踊った大舞台、だがその舞台の中央で彼が踊る前に戦争は終わり、彼の己の存在を誇示するという欲求をかなえる機会は失われる。ならば過酷と定評のある木星船団へ志願してみれば、その内は退屈な艦隊勤務が延々と続くだけだ。退屈が思考を鈍らせ、埒もない事を口走らせる。手慰みにMSの図面などを引いて紛らわせているが、これが日の目を見ることはない。何しろ彼の所属する地球連邦軍は敗戦の条約で新型MSの開発を厳しく制限されており、試作どころか、既存機体の改修に関してすら開示義務があるほどだ。流石にプライベートで図面を描くことを禁止まではされていないが、軍のデーターベースにはアクセスできないから多くの部分がブランクデータになるか、代用で民生品を当て込んでいるため、とても軍用には耐えられない数値となっている。虚しくなった彼は設計データを保存し、ふて寝をするべく端末の電源を落とそうとしたタイミングで部屋の外の気配に気付いた。

 

「失礼、こちらはパプテマス・シロッコ少佐の部屋で宜しいかな?」

 

ノックとともに聞こえた声に当惑しながら、パプテマスはドアを開ける。その先にはファイルサイズの端末を小脇に抱えた、船団の総責任者である、マ・クベ大佐が立っていた。

 

「どうされました?マ・クベ大佐」

 

それまでのふてくされた態度などおくびにも出さず、柔やかにパプテマスは口を開いた。ジオン勝利の原動力となった大佐に興味があった事に加え、その彼から色々と気に掛けられているという事実が彼の自尊心をくすぐったからだ。だが、次の言葉を聞いて彼は表情を強張らせる事になる。

 

「いや、航海が始まってそろそろ1月ですからな。少佐が退屈しているだろうと思って土産をお持ちしたのですよ」

 

備えられた手狭な椅子に腰掛けると、大佐は世間話の気楽さでそう口にした。

 

「退屈など…」

 

窮しながらも何とか口にするパプテマスに対し、大佐は笑う。

 

「そうですか?貴官のような天才にはこの航海は随分と緩く感じるかと思ったのですが」

 

「順調で良い事ではありませんか」

 

「誰かにとって良い事が、他の人間にとっても良い事とは限らないでしょう。貴方は自身の才覚に見合った活躍の場を求めていると見受けたが、私の思い違いでしたかな?」

 

あけすけな物言いにパプテマスは思わず沈黙を選ぶ。そしてその沈黙こそが大佐の言葉を肯定することを雄弁に示していた。

 

「まあ、折角持って来たのです。おっさんの道楽に付き合ってはくれませんか?」

 

言いながら大佐は机に置いた端末の電源を入れる。直ぐに立ち上がった画面を慣れた様子で操作した先に映し出された情報を見て、パプテマスは驚愕と同時に慌てて険しい表情を作り大佐を睨み付けた。

 

「一体どう言うおつもりか?」

 

大佐の端末。そこにはジオン軍が現在次期主力MSに採用しようとしている構造材に始まり、MSの設計に必要な様々なデータが並んでいたのだ。

 

「条約を作った人間が言うのも何ですが、あの内容は穴だらけですな。連邦軍内の情報に対する開示制限は掛けられていますが、ジオン軍の人間には掛けられていません。まあ、軍事機密を他国にばらすバカの事まで想定はしなかったわけですが。ついでに言えば企業と軍のプロジェクトとしての開発制限はしていますが、貴方のような一個人でMSを開発できるような人間への対処も不明確です。いやはや、やはり付け焼き刃の人間に条約など任せるべきではありませんな」

 

平然とのたまう大佐の真意がわからず、パプテマスはつい声を荒げてしまった。

 

「機密漏洩だと理解してなお何故見せる!?」

 

しかし返ってきた言葉はあまりにも単純で、それでいてパプテマスの理解を超えていた。

 

「君が退屈していたからだよ」

 

言いながら大佐は、片付けられず脇にどけられていたパプテマスの端末を指で叩いて見せる。

 

「描いているんだろう?MSの設計図を。どうせなら玩具ではなく本物を描いた方が気が紛れると思ってね。ささやかながらプレゼントをと考えたわけさ」

 

「何が目的だ?」

 

警戒心を解かぬままなお問うパプテマスに対して大佐は笑顔を崩さぬまま口を開く。

 

「もう言ったぞ?君の退屈を紛らわせるためだとね。君はこの情報を基にMSを設計してもいいし、しなくてもいい。出来れば完成した図面を軍に提出するのは避けて欲しいが、それだって君の自由だ」

 

「そんな事をして、貴方になんの利があるのか」

 

あまりにも都合の良い状況に、パプテマスは混乱しつつも自分の呑み込める言葉を欲して問い続ける。だが、返ってくる答えは何処までも彼の思考をかき乱すものだった。

 

「利益ね、それは簡単だ。君という天才が、どんなMSを作り出すのか興味があるのさ。だから図面が描けたら是非見せて欲しい。幸い後3年はばれても捕まらないし、それ位あれば1機分くらいは描けるだろう?」




正月ネタが思い浮かばなかったんだ。

なお、木星関連は完全に独自設定です。
国家の根幹たるエネルギー資源の採掘~輸送を内部監査も出来ないNGOに任せるとか、そんな頭おかしい設定は知らん!


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SSS6:裁かれし者

箸休め回


豪華に飾り付けられた室内に、明るい音楽が流れる。視線の先に映る人々はそれに負けぬ煌びやかな衣に身を包み、婦人の指や首元には大粒の宝石が輝いていた。皆笑顔で談笑し、その手にはアルコールの入ったグラスや、手の込んだ料理が載った皿を持っている。その光景を笑顔で見ながら、俺は隣に立つ青年へ声をかけた。

 

「顔が引きつっていますよ。ガルマ様」

 

ガルマ様は一瞬こちらを睨んだ後、努めて柔やかに表情を作り直しながら、俺だけに聞こえる声で文句を言ってきた。

 

「叫び出さない自制心を褒めてくれるかと思ったのだけどね。なかなか先生は手厳しい」

 

だから先生はやめてくれって。

 

「気持ちはわからんでもありませんが、これも政治です。染まれとは言いませんがせめて慣れて下さい」

 

「…イセリナを連れてくるんだったよ」

 

初対面の印象こそ悪かったイセリナ嬢だが、流石名家エッシェンバッハの一人娘だ。こうした無駄なパーティーでの有能さはジオンの人間の比ではない。その上本人自身がガルマ様の役に立ちたいという気持ちから積極的にこうした場に参加するものだから、最近のガルマ様はすっかりイセリナ嬢に頼り切っている。無論適材適所があるのだから何でも出来るようになれとは言わないものの、一人でも無難に過ごせる位の腹芸は身につけて貰わんと困る。これから先こんな機会は何度も来るだろうから。

 

「まあ、被災地視察に来た人間をパーティーでもてなすと言う発想には私も驚きましたがね」

 

そう言って俺は肩を竦めて見せた。先の大戦において最も被害を受けた地域として、オーストラリアはジオン側の所有領になった。損失という観点で見れば、大戦初頭で攻撃された各サイドの方がグロイ事になっているのだが、あちらは人間の方も被害が甚大だったので、あまり問題になっていない。戦中にコロニーをサイド3へ移送して修繕したノウハウもあったから、直近の課題になる居住コロニーの確保が比較的スムーズに解決したことも大きい。まあ、後はサイド6や月面に疎開した元住民の多くがジオン国民になるのを拒否して連邦へ帰属したことが最大の要因だが。ともかく、復興という観点で見た場合、最も労力を必要とするのがオーストラリアであったことは間違いなく、スペースノイドの帰属希望者の多さから予想よりも各サイドの再建を急がねばならなくなった連邦には、皮肉にもオーストラリアを復興するだけの余力が残っていなかった。仮の話になってしまうが、終戦協定でコロニーの建設費用が戦後賠償の補填にならんかったらオーストラリアは連邦領だったかもしれん。今でも各地に潜伏してテロ行為に走っている脱走兵や彼らに物資を流して捕まる連邦兵が後を絶たないくらいだし、何より議会でもかなり揉めたらしいし。

 

「成程、それで君たちは復興の資金をどこから調達するんだね?」

 

ごねまくるオーストラリア出身の議員に対してそう言い切ったゴップ議員は凄いと思う。おかげで議会の帰りに襲撃されたらしいが。

話を戻すと、そんなわけで戦勝国であるジオンが面倒を見る事になったんだが、地球領の復興に関しても資源管理省の管轄であった事から、こうしてガルマ様が現地視察やら、地域代表との調整会議やらと頑張っているのだが、中には色々とぶっ飛んだ思考の持ち主もいるのだ。今回の視察も見事にそれに当たった形で、アデレート市長はガルマ様を歓待するという名目で盛大なパーティーを開いたのだ。露骨なごますりと湯水のように浪費される各種物資を見ながら、それでも市長を面罵しなかったガルマ様は成長されたと思う。顔は引きつりっぱなしだったが。そんな俺を見て、半眼になったガルマ様が口を開いた。

 

「驚いた割には準備が良いじゃないか。実はこんな状況も想定していたんじゃないのか?」

 

そう言ったガルマ様の視線の先には、俺の直ぐ横に並んで微笑んでいるフランシス・ル・ベリエ少尉がいた。鮮やかなエメラルドグリーンのパーティードレスで着飾った彼女は、美貌もさることながらその所作も堂に入ったもので、中々に注目を集めている。おかげで陰気な万年大佐は完全に空気になれているという寸法だ。

 

「いえ、完全に偶然ですよ。尤も彼女の方はある程度予想出来ていたようですが」

 

護衛として連れてきた彼女が、出発の際結構な荷物を引っ張ってきていたのだ。以前の人生における彼女も旅行の際アホみたいに荷物を持ってきていたので、女性の旅行って大変なんだなぁくらいの感覚で居たら、その中身は大量のドレスだったというオチだ。

 

「こちらの風俗に関しては、まだ私の方が上手と言うことですね」

 

楽しそうに笑う彼女に手を上げて降参の意を示したのは記憶に新しい。

 

「フ、フランっ!?」

 

そんな風に身内でじゃれ合っているところに、若い男性の声が響く。そちらに視線を向ければ、癖のある茶髪の如何にも優男といった青年が驚愕の表情を浮かべて立っていた。

 

「マーカス?」

 

応えるように声を発したのはフランシス少尉だった。

 

「知り合いかね?」

 

「ええ、少し」

 

俺の問いに対し、そう笑顔で返してくるフランシス少尉。本当に少しか?さっきの表情はどう見てもUMAとか見ちゃった感じのものだったぞ?

 

「あ、その、申し訳ありません。その…」

 

今更俺の横にガルマ様がいることに気がついたのだろう。しどろもどろになりながらもフランシス少尉から離れようとしない彼に色々察した俺は、彼女に問うてみた。

 

「知り合い君はどうも君に用事があるようだ。どうするね?」

 

「お気遣い頂き有り難うございます、大佐。宜しければ少しお時間を頂いても?」

 

俺が頷くと、二人は揃ってバルコニーへと歩いて行く。それを見送っていると、横からガルマ様が渋い声で聞いてくる。

 

「良かったのか大佐?あまり良い縁には見えなかったぞ?」

 

だろうね。でもまあ、何とかなるんじゃないかなぁ。

 

「問題無いでしょう。彼女は強いですから」

 

 

 

 

オーストラリアでも南部のアデレードは比較的気温が低い。それが冬の時期である9月であれば、尚更だ。昼間の炊き出しに並ぶ難民の列を思い出し、先ほどまで居た部屋との落差にフランシスは顔が強張らない範囲で密かに奥歯を噛みしめた。

 

「その、久しぶりだね。フラン」

 

そんな自分の心証など全く理解しないまま、連れだって出てきた男、マーカス・ワイトが探るような声音で口を開いた。

 

「ええ、2年ぶりくらいかしら?北米以来ね。元気にしていた?マーカス」

 

自身の発した言葉に目の前の男が露骨に動揺したのを見て、フランシスはなんとも言えない気持ちになる。一体彼は何がしたいのだろう?

 

「その、あの件は悪かったと思っているんだ。その、僕も必死で」

 

「そうだったの」

 

どうやら彼は自分に謝りたいらしい。今更過ぎる行為に返事が事務的になってしまうのを感じながら、フランシスは口を動かす。さて、どうこの場を収めて大佐の元へ可及的速やかに戻ろうか。意識がそちらへ傾き始めた瞬間。目の前の男がとても愉快な事を口にした。

 

「なあ、フラン。良ければやり直さないか?君も落ち着いたようだし、ほら、故郷で暮らすのも悪くないだろう?」

 

言われたことの意味が理解できず、フランシスは一瞬固まり、言葉の意味を咀嚼するごとに徐々にその表情を歪め、最後にはあまりのおかしさにはしたないとは思いつつも腹を抱えて笑ってしまった。戸惑いの表情を浮かべる相手に、フランシスは語りかけた。

 

「ごめんなさい、マーカス。私貴方のことを誤解していたみたいだわ」

 

「フラン?」

 

肯定とも聞こえるフランシスの返事にマーカスが喜色を浮かべた。だが続く言葉でそれは否定される。

 

「私は貴方がとても臆病だと思っていたの。だから戦地に婚約者を捨てて逃げる事をしても、それは貴方が怖がりだから仕方の無い事だったんだって。でも、違ったのね」

 

大きく息を吐き呼吸を整えると、フランシスは笑顔のまましっかりと男の目を見て言ってやる。

 

「あんな事をした相手と同じ家に住もうとするなんて、私にはとても恐ろしくて出来ないわ。貴方ってとっても勇敢だったのね?」

 

言いながらフランシスはゆっくりとマーカスへと近づく。

 

「それに知っている?連邦市民のフランシス・ル・ベリエは死んでいるの。政府に照会したら遺産は全て婚約者が相続していたわ、本来彼女が相続するはずだった死んだ家族の分もね?尤も、一番価値のあった畑と牧場はコロニーの破片で吹き飛ばされてしまったみたいだから、手に入ったのは多少の預金口座の中身くらいだったでしょうけど」

 

自適な戦後とは行かず残念だったわね?そう耳元で彼女がささやけば、男は目に見えて顔色を青くし、露骨なまでに体を震わせている。

 

「ねえマーカス、解るかしら。私は貴方が臆病だから許せるの。だから、今の言葉は聞かなかったことにしてあげる。だから貴方とはこれでおしまい、良いわよね?」

 

言い終えると返事を待たずにフランシスは立ち尽くす男の横を通り過ぎ部屋へと戻る。暖かい空気と流れる音楽に触れ、フランシスは何時もの笑みという仮面を被り直す。だがそれは少しだけ遅かったようだった。

 

「すまなかったね」

 

差し出されたグラスを持っていたのは、今回の護衛対象である大佐だった。柑橘の香りが漂うグラスを受け取りながら、フランシスは視線を大佐へと向けた。

 

「何に対する謝罪でしょう。それによって返答は変えないといけません」

 

フランシスの言葉に決まりの悪そうな表情となった大佐は口を開いた。

 

「一つはこの下らない集まりの付き添いを頼んだこと、もう一つはその結果として、あちらの作戦に参加できなくしてしまったこと、最後は彼に再び会わせてしまったことだな。一日三回も謝るべき事が重なれば、頭の一つも下げたくなるさ」

 

「成程、良いことを聞きました」

 

「良いこと?」

 

「大佐に貸しを作る方法ですわ。オデッサの皆に教えたら、私は間違いなく英雄ですね」

 

目を見開く大佐に向かい、仮面では無い本当の笑顔を向けながらフランシスは続ける。

 

「それにこちらへ来ることを選んだのは私です、大佐が気になさる事ではありません。まあ、彼に会ってしまったイレギュラー分は後日改めて請求しようと思いますが」

 

「だが、あちらも君には因縁深い相手ではないかね?ある意味彼よりも」

 

そう続ける大佐に、フランシスは自身の思いを素直に告げる。

 

「だから、ですよ」

 

「だから?」

 

「彼を撃つ時、私は間違いなく怨恨に根ざして引き金を引くでしょう。ですがそれをしたら、私はまた同じ場所に戻ってしまう、あの戦いを引き起こした張本人の一人に戻ってしまう。それはとても愚かしい事だと思うのですよ」

 

そしてそれを教えてくれたのが貴方だ。そう口にしかけて、フランシスは言葉を呑み込む。必殺の弾丸は、必ず当たるときに撃たねばならないからだ。

 

「少尉」

 

「恨みを捨てきれない小娘の精一杯の抵抗です。ですが、そうですね。どうしても気が済まないと仰るのであれば、一曲エスコート頂けませんか?」

 

そう微笑みかけると、大佐は恭しくお辞儀をし、そして口を開いた。

 

「大変光栄でございます、フランシス嬢。一曲などとは申しません、何曲でも踊らせて頂きます」

 

伸ばされた手を取りホールの中央へと進む。失ったものに未練がないと言えば嘘になる、だがフランシスは、それよりも今が愛おしかった。

 

 

 

 

「少尉は今頃、ディナーですかね?」

 

出撃直前と言うこともあり、待機室に集まったメンバーは全員その言葉に微妙な顔になった。戦闘で腹部を負傷した際、内容物があると体内が汚染されてしまうため出撃の数時間前から食事は摂れず、口に出来るのはミネラルウォーターくらいだからだ。

 

「クローディア、お前もう少し考えて話題を提供しろ。妹が済みません隊長」

 

そう隣で苦言を呈したクロード少尉が向かいに座る男へ頭を下げた。

 

「構わんさ。我々もこんな仕事はさっさと片付けて美味いものでも食べに行こう」

 

そう笑う隊長の横に座っていたウェルチ中尉が、話題を変えるべく口を開く。

 

「それにしても、ウチの司令は凄いですね」

 

今、彼らは高度2万メートルをミデアで移動していた。カーゴの中に納められている作戦に使うMSも連邦製のものだ。

 

「ですよね、幾ら連邦領内で作戦をするのに偽装するって言ったって、装備を丸々揃えられるって、一体どんな魔法を使っているんですかね?」

 

しきりに首を傾げるクローディア少尉に隊長が可笑しそうに口にする。

 

「なんだ、少尉知らなかったのか?大佐は怪物と呼ばれる以前はオデッサの魔術師と呼ばれていたんだぞ?」

 

「えっ!?本当に使えるんですか!?」

 

「んな訳ないだろう。それだけ大佐の手腕が卓越していたってことだろ。まあ、今回に関して言えば、向こうの利害が一致した連中と組んだって所じゃないか?」

 

本気で驚くクローディア少尉に突っ込みながら、そうクロード少尉が分析する。そしてその内容はかなり核心を突いていた。

 

「連中にとってもあの博士は汚点だ、始末したいと考える連中がいても不思議ではない。まあ、そうした難しい部分は我々軍人の領分ではない、我々は与えられた任務を完璧にこなす、それだけでいい」

 

ましてそのお膳立てが完璧にされているならば尚のことだ。そう隊長が口にした所で、ミデアの搭乗員が待機室の扉を叩いた。

 

「降下30分前です、シュターゼン少佐。機体搭乗願います」

 

「了解した」

 

そう言って隊長が視線を送れば、小隊のメンバーは皆戦士の顔になり静かに頷いた。手早く装備を確認し終え、カーゴへと移動する。そこには群青に塗られた連邦製のMSが4機、静かにパイロット達を待っていた。その内の一機、自身が乗る機体を見上げ、部隊を預かるニムバス・シュターゼン少佐は出撃前の大佐との会話を思い出す。

 

「今回君たちは私の護衛としてオーストラリアに居ることになっている。つまり公式には今回の作戦は存在しない。だから万一の保険にフランシス少尉にはこちらに残って貰うことになる、厄介な仕事で済まないね。装備だって本当なら使い慣れているものを使わせてやりたいが、何しろ場所が悪い。あそこには戦中も通してこちらのMSは送られていないから、目撃情報が出るだけでも問題になってしまうんだ、代わりと言ってはなんだが、できる限りの機体は用意したよ」

 

そう言って見せられたのが目の前の機体だ。特徴的なV字のアンテナを持つその機体は、連邦軍が最初期に製造したMSだ。尤も中身は戦中に亡命してきた連邦軍技術者によって、機体本来の性能が発揮できるよう徹底した改造が施されているそうだ。事実、習熟も含めた実機の稼働テストで行ったゲルググとの模擬戦でこの機体は圧倒的な性能を示していた。ただ一つニムバスが気になったのは、大佐のその後の呟きだった。

 

「まあこの機体はこの機体で、彼に引導を渡すのに相応しいと言えるかな」

 

どこか懐かしいものを見る目で機体を見上げる大佐に、その発言の意味を問うのは躊躇われたのだ。大佐は何を知り、そしてこの機体に何を見ていたのか。そう考えたところでニムバスは頭を振り考えを飛ばした。

 

(いや、止そう。必要な事であれば大佐は私に伝えるだろう。そうしなかったと言うことは、知る必要がなかったと言うことだ。だが、そうだな)

 

この作戦が終わった後、その真意を尋ねてみるのも良いかもしれない。そう思いつつニムバスはコックピットへと収まり、ジェネレーターへ火を入れる。即座にシステムが立ち上がり、コンディションが万全である事を伝えてくる。

 

『降下5分前!』

 

カーゴの入り口が開き機体が僅かに揺れる。意識して深く呼吸を繰り返し、ニムバスは小隊の回線へ告げた。

 

「全機状況知らせ」

 

「ブラウ2、準備ヨシ」

 

「ブラウ3、同じく」

 

「ブラウ4!いけます!」

 

「よろしい、もう一度確認だ。我々はこれよりミデアより降下、当該の島に潜伏したクルスト・モーゼス博士並びに彼の研究物である設備と装備を破壊する。今回の任務は正式なものではない、よって全てを破壊する。質問はないな?では任務開始だ」

 

降下許可を告げる青のランプが灯ると同時、機体が滑るようにカーゴから送り出され、空中へと放り出される。この日一つの因縁が潰え、そして新たな因縁が生まれることを、まだ誰も知らない。




SSSは時系列とか整合性とか一切考えていません。
あと、もう一人の作者とも言える友人に推敲して貰っていませんので、本編より残念です。
すみません、精進します。


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SSS7:航海日誌0082「原因」

時間は少しだけ巻き戻る。

 

『そこっ!』

 

短く、そして鋭い叫びとともに放たれた光条が機体の中心を正確に捉える。交戦から僅か30秒、俺の乗ったゲルググは爆発し、アワレ大佐は死んでしまった。ナムアミダブツ!

 

『これで8戦4勝4敗ですね、大佐。決着を付けましょう!』

 

ノリノリでそんなことを言ってくる対戦相手、冗談じゃねえとはこのことである。

 

「いやいや、どう考えても君の勝ちだろう」

 

勝敗の数こそ同点だが、その内容は大きく異なる。最初の三回は俺が勝ったが、どれも10分以上戦った上にこちらの機体もボロボロにされている。対して向こうが取った後半の三連勝は俺が一方的に嬲られる内容だ。最後なんて一回もガンカメラに捉えてねえし。

 

『ふむ。まあ、ゲードライの性能ならば致し方ないでしょう。今回のセッティングはどうだったかな、ショウ曹長?』

 

シミュレーションをモニタリングをしていたテム・レイ大尉がそう対戦相手に声を掛ける。冷静を装っているが俺には解る。今小躍りしたいくらい喜んでいるだろう?

 

『はい、とう…テム大尉。関節の反応速度は良好ですが、最大加速の際にメインスラスターが少し咳き込みます。それとフレキシブルバインダーの動きが追いついていないのかAMBAC主体の旋回時に機体が想定値より若干流れています』

 

『フレキシブルバインダーはまだ試験段階の装備だからな、経験値が貯まるまでは仕方がない。しかし大佐、困りますな。そう簡単に撃墜されては十分な学習を積ませることが出来ません』

 

こいつら無茶苦茶言いますね。

 

「とりあえず一回休憩させてくれ、流石に堪える」

 

そう言ってシミュレーターから降りると、手すりにもたれかかっていたシーマ中佐がタオルとスポーツドリンクの入ったボトルを渡してくれた。

 

「お疲れ様です、大佐。しかし末恐ろしいですな」

 

彼女の視線の先には、隣のシミュレーターから降りてテム大尉と意見交換をしているショウ・ブルームーン曹長の姿があった。

 

「まあ、ある意味当然の結果だよ。恐らく彼はMSに搭乗してるという前提ならば今現在の人類最強だろうからね」

 

「最強とは大きく出ましたね、でも大佐は一回勝っているじゃないですか」

 

そりゃね。

 

「十分な補給も整備も受けていないMS相手に、圧倒的性能差の機体で辛勝というのがその勝ちの内容だがね。事実性能が互角ならこの有様、少しでも上回れば最早万に一つも勝ち目は無いよ」

 

「聞き捨てなりませんな、大佐。ゲーツヴァイはともかくドライをゲルググごときと同じと思って貰っては困ります」

 

そのごときというのはジオン軍の主力MSなんですよ、大尉。横で引きつった笑みを浮かべてる中佐に気付いてくれませんかね?

 

「第一今のドライは量産用設定です。次の一戦では本当のドライをお見せしますよ」

 

何、究極のMSを味わわされちゃうの?

 

「おいおい大尉、アンタコイツを量産するとか本気かい?」

 

多分に呆れを含んだ声音でシーマ中佐がそう口にする。無理もあるまい、このゲードライはジオン木星船団に乗り込んだテム・レイ大尉が極秘に設計したMSである。ぶっちゃけると長期の航海に1週間ほどで飽きた俺が晩酌にテム大尉を巻き込んだら、翌朝机の上のタブレットに殴り描きされた設計メモがあったのだ。どうも酔った勢いでテム大尉にあれこれ吹き込んでしまったらしい。んで、言ってしまったものはしょうがないと、折角だから本当に作れるか設計してみようぜ!という悪乗りの結果がご覧の有様である。RX-78ガンダムをベースにインナフレーム構造をぶち込み、フレキシブルバインダー――百式なんかに付いているアレだ――で運動性を向上、アデルトルート嬢が送ってくれたルナチタニウムデルタを主構造材とすることで従来機を圧倒する機体強度、耐熱性を確保している。流石にエマルジョン塗装は再現できなかったのでビームコーティング済みのシールドとバイタルパートに耐ビーム増加装甲を設けることで生存性を担保している。ああ、ついでにギャンのデータを拝借してコックピットの耐G性能を上げるとともに冥王星エンジンを転用。機体重量がギャンより大幅に減っているから、加速性能は1.2倍、最高速も1.5倍である。テム大尉曰くフレキシブルバインダーの制御が慣熟すれば単独で飛行可能とのことだ。バカじゃねえの。

 

「ツヴァイでは色々と我慢しましたからな。ちょっと本気を見せておこうかと」

 

ツヴァイと言うのはオデッサの特殊作戦軍向けに少数用意したガンダムタイプのMSだ。鹵獲していたRX-79Gをベースに、各部のパーツを正規品に差し替えた上で学習型コンピューターを搭載。武装の幾つかをジオン軍のものと統一したが、まあ端的に言えばどっかの青い運命さんをシステム無しにしたような機体である。というかリミッター解除なんぞせんでも同等の性能が出るように設計された機体と言うべきか。ただ、内容としては既存のパーツで組み上げるため、どちらかと言えばRX-78のマイナーチェンジの域を出なかったので、そのあたりがテム大尉は大いに不満だったらしい。

 

「まあ、正直量産は難しいだろうね」

 

何せ思いっきりガンダム顔だしなぁ、サブカメラこそデュアルアイは性能低いと言ってモノアイの上からバイザーをかぶせる方式で対応しているが、その他の構造がまんまである。ついでに言えば正式に開発許可なんて取ってないから型式番号すら存在しないし。

 

「でも、良い機体です。技術的意義も大きいですし、何とかなりませんか、大佐?」

 

なかなか痛いところを突いてくるね、ショウ曹長。あれか、折角父親が開発したものを何とかこの世に送り出したいのか。案外親孝行なところが有るじゃないか。

…なんて、思っていた時期もありました。

 

 

 

 

『これで何戦何勝目でしたっけ?20くらいまでは数えていたんですけど』

 

休憩を挟んで実施された後半戦は、無残の一言に尽きた。無自覚に煽る友人に対して、トッシュ・オールドリバー少尉は心の中で止めるよう絶叫した。残念ながら効果は無かったが。

 

「流石優勝者は違うなぁ」

 

「ああ。技術もだが、大佐相手にあれだけの口をきけるのも凄いな」

 

周囲で同じように対戦を見ていた元海兵隊の面々からそのような声が上がる。表情は穏やかだし、声音も至ってのんびりしたものだが、目は全く笑っていないし、何より濃密な殺気が放たれていて、それを誰一人隠そうともしない。まあ、本来窘めるべき部隊長である中佐からして一際強い殺気を放っているのだから、無理からぬ事だろう。ちなみに今の撃墜で大佐は28連敗目だ。

 

「忌々しいけど、本物だね」

 

そう呟いたのは、険しい顔をしたシーマ・ガラハウ中佐だった。中佐自身はあの機体に乗った友人と戦っていない。しかし大佐の技量は十分すぎるほど知っているし、彼の乗っているゲルググの性能についても熟知している。そんな組み合わせが手も足も出ず撃墜されている様は、戦慄すら覚えるほどだろう。

 

「あ、姐さん」

 

「勤務中は中佐と呼べと言ってんだろう!」

 

思わず声を掛けてしまったトッシュの頭上に鋭い拳が降ろされる。情け深い人物ではあるが、中佐はこういうケジメには厳格だ。こちらを見もせず、詰まらなそうに鼻を鳴らしながら腕を組み、シーマ中佐はトッシュへ問うてきた。

 

「トッシュ、あれ、アンタならどう戦う?」

 

「一対一じゃ無理ですね。技量も機体性能も違いすぎる。かといって囲んで叩こうにも生半可な戦力じゃ各個撃破されるのがオチでしょう」

 

腕を組み、難しい顔になりながらトッシュはそう答えた。船団の中でもトッシュはテム大尉に次いでショウ曹長に近しい間柄だ。むしろ模擬戦などのことを考えれば兵としての近さは勝るとも言える。単純な戦闘能力のみで測るのであれば彼自身の評価通りショウ曹長に軍配が上がる。だがシーマ中佐はショウ曹長よりもトッシュ少尉の方を評価していた。

 

「だろうね、ありゃウチの連中が総掛かりでも相打ちにもっていければ上出来だろう」

 

「なんで、正面から戦うのは止めときましょう。見かけたら逃げます。んで、逃げてる途中で隊を幾つかに分けて母艦を落とすのが正解ですかね?」

 

(やっぱりコイツは部隊長としての才覚があるね。やれやれ、空いてるIDが中尉でもあればもうちょっと本格的に扱けたんだが)

 

終戦直後に発生した武装蜂起の主要メンバーであった二人は、その立場上公式には死亡している。そして既に死亡していたIDの中から背格好の似た人物とすり替わったのだ。尤も、ジオンで若年層の戦死者は非常に少なかったのでそれでも多大な苦労が発生したのだが。

 

「んー?でもさぁ、それだと分かれた後追いかけられたらどうすんの?」

 

興味を引かれたのか、横からクララ・ロッジ軍曹がくちばしを挟んできた。戦後除隊した人員を補填するために増員されたメンバーの一人だが、多くの人間がジブラルタルの英雄であるシーマに憧れて志願したのに対し、海兵隊のシーマに憧れて志願したという変わり種である。歳が近いことに加え、シーマに目を掛けられているトッシュをライバル視しており、何かと突っかかっている。

 

「そこが問題。解決策は来ないように神に祈る位しか思いつかんのよね」

 

「大佐や中佐の腕でも勝てない相手なんて、祈っても無駄じゃない?」

 

弱気な発言に輪を掛けた発言はフランシィ・ミューズ曹長だ。彼女も反乱軍に参加していたという経緯から、所謂訳ありとしてオデッサへ送られてきた人員である。

 

そんな三人のやりとりを見ながら、シーマ中佐は面白く無さそうにぼやいた。

 

「こりゃ、うちも新型をお強請りしないとかねえ?」

 

 

 

 

「このMSでは、勝てないっ!」

 

56連敗というかつて無い記録を突きつけられた俺は、柔やかにゲードライの性能談義をする親子を置いて自室に戻ってきた。正直パイロットの腕が違いすぎるので、ちょっとくらい機体性能が変わったところで大差は無いだろうが。

 

「データ収集にならんとまで言われて、引き下がるわけには行くまい」

 

ギャンが使えれば多少はマシになるのだが。残念ながらあの機体はデータを含めて封印されている。何でもルナツーへの攻撃時のデータを解析した結果、ある程度の技量があるパイロットが扱えばジオン本国への単騎強襲が実現してしまうという計算結果が出たそうな。おかげで同機は極めて危険な存在として交戦記録を抹消した後、機体そのものも無かったこととして扱われることとなった。当然であるが乗っていた人間の功績ごとである。ガッデム!

 

「では新型を用意する?」

 

それも難しい。何しろ今船団に居る人間でMSを開発できるような人材はテム大尉くらいなものだからだ。ゲードライに対抗する機体を生みの親に強請るとかちょっと俺には無理だ。

 

「しかしそうなると…いや?居たな、もう一人」

 

そこまで考えていて、ふと俺の中の悪魔が囁いてきた。MSを開発できる人間ならまだ居るじゃないかと。

 

「まあ、予定が多少繰り上がるだけか」

 

どっちにしろ今回の航海で粉掛けるつもりだったしな。なら折角だから、俺の為の新型も作って貰おう。最終的にこちらへ引き込んでしまえば問題あるまい。

そう結論づけると、俺は必要になりそうなデータを端末に入れて小脇に抱える。ふふふ、見ていろよレイ親子め、宇宙世紀の天才が貴様達だけでないことを証明してやる!

今後の航海の打ち合わせとか何とか適当なことを言って、俺はまんまと目的の人物の部屋までたどり着く。最大の障害は相手が連邦側の船団長であったことだが、それだって最高責任者の肩書きがあれば、艦同士の行き来だって難しくない。まあ、直接会いたいという所でシーマ中佐にめちゃくちゃ怪しまれたが。

そんな万難を排して俺はドアをノックをし、中に居るであろう人物へ向けて声を掛けた。

 

「失礼、こちらはパプテマス・シロッコ少佐の部屋で宜しいかな?」




また暫く休眠期間に入ります。


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SSS8:とある兵士の回想

ガンダムⅢとか見ちゃったから投稿


「今考えても、不思議な場所でしたね」

 

ロッキングチェアに体を預けながら、彼はそう笑った。あの独立戦争から10年が経ち、人々の生活にも落ち着きが取り戻されている。そうなると過去を振り返ってみようと思うのは決して突飛な行動ではないだろう。

 

「不思議な場所、ですか」

 

私の返事に笑みを深めた彼は、マグカップを包むように手に持つと、楽しそうに語り出した。

 

「私は当時、突撃機動軍の309大隊に所属していました。所謂第一次降下作戦からの古参組と言う奴です」

 

古参の大隊、その言葉に私は自然と背筋が伸びた。南極での停戦交渉失敗を皮切りに、なし崩しに始まった重力戦線。欧州方面は文字通りその最先鋒であり、その中の古参ともなれば、文字通りあの戦争の最大の功労者だろう。

 

「とは言っても私の隊は大隊長が優秀でしてね、開戦からずっと怪我人は出るが戦死者無し、どころかMSの損害も数えるほどだったものですから、皆さんが思っているような酸鼻を極める、なんて事は経験しなかったんですがね」

 

ただその損耗の少なさのせいで、いつまでも機種転換が実施されなかったのが不満だった。彼はそう苦笑した。成程、確かにその程度を不満に思えるというのは幸運なことだろう。

 

「あの頃の欧州は戦力が不足していました。だから装備の転換には二つの方法が取られました。一つは現地にそのまま新MSを送り、現地で慣熟を行うというものです。これは初期型のグフやJ型なんかでよく使われた方法ですね。性能は上がっていますがコックピット周りはそのままですし、機体特性も大差ありませんでしたから。それでも慣しは必要なので、そうした機体があてがわれるのは腕の良い連中でね。当時は悔しく思いましたよ」

 

彼の隊に機種転換の命令が下ったのは6月末。トライデント作戦が終了し、部隊の再編がなされた時だったそうだ。

 

「作戦で損耗した208大隊を吸収する形でした。208はご存じですか?」

 

私が首を横に振ると、彼は目尻を下げながら話してくれた。

 

「208はルウム以前から編成されていた大隊でしてね、それだけに損耗も激しく、人の出入りも激しかった。地球に降りてからも先鋒を務めることが多かったので、作戦の頃には3割ほどが新人だったと聞いています」

 

そう言うと彼は、少し哀しげな表情になった。

 

「新人が多かったので、最初にドムへの転換が行われた大隊でした。それがいけなかった」

 

聞けば、転換後の彼らは見違えると言って良いほど高い練度になっていたという。そして最新鋭の装備、欧州方面軍司令部が積極的に運用するに申し分ない部隊だった、少なくとも額面上は。

 

「幾ら訓練をしても、実際の戦争を知っているかいないかは大きな差です。結果からすれば、作戦終了時、208大隊はその数を半分まで減らしていました」

 

戦死者がたったの3名で済んだのは、間違いなく彼らが精鋭であった証拠だと彼は語った。

 

「話が逸れました。まあ、そんなわけで208は一度解散となったわけです」

 

その言葉に私は疑問を覚えた。損耗したとは言え、基幹要員を多く残す状態であれば、新兵を補充して部隊を維持するのではないかと考えたからだ。そう尋ねれば、彼はマグカップに視線を落とし、その理由を語ってくれた。

 

「普通ならそうなったでしょう。ですが、あの時期は無理でした。急速に広がった戦線を高機動化したMSで強引にカバーしていた、と言うのがあの頃の欧州戦線の現実です。たった十数機のMSですら手放したくない。いや、手放せなかったのです」

 

事実309大隊に吸収された小隊も、常に予備戦力として前線に張り付いたままだったという。彼らが顔を合わせたのはそれから2ヶ月も後、欧州戦線から連邦軍を追い出した後だった。

 

「余裕が出来て、改めて部隊の再配置が行われたんです。309はそのままオデッサ預かりになりました。あの頃はもう随分と毒されていたように思います」

 

この頃のオデッサは既に鉱山基地という枠組みから大きく逸脱し、欧州の一大拠点に変貌していた。とは言え軍人にしてみれば後方の拠点である。戦果を上げる事も出来なくなるし、何より守備隊という立ち位置は2線級の部隊と烙印を押されたに等しい扱いだ。だが、不満を漏らす者は一人も居なかったそうだ。

 

「とにかく待遇が良かったんです。PXの嗜好品が品薄だった事はありませんでしたし、食事も美味い。町に出る時も臨時の軍票が渡されましてね?支払いで困ったことはなかった。思えばあれが大佐なりの統治方法だったんでしょう」

 

オデッサ周辺は、欧州方面でも特に治安の良い地域だったそうだ。聞けば頷ける話で、他の地区に比べ驚くほど軍が住民に配慮していたからだ。町での軍人の振る舞いは厳しく監督されていて、問題を起こせばしっかりと罰せられる上に、謝罪と補償が基地司令の名前で正式に行われる。渡された軍票も基地に行けばちゃんと物と交換可能で、その価格も一般の相場通りで、勿論交換を渋られることなど無い。住民にしてみれば、この当時オデッサの発行している軍票は貨幣より信用できる通貨だったのだ。

 

「基地の部隊も混沌としていましてね、知っていますか?今でこそ英雄と呼ばれている海兵隊が、あの頃はジオンの面汚しと呼ばれていたんですよ」

 

それは丁度今年開示された機密資料にも書かれていた内容と合致する話だった。ブリティッシュ作戦において実施されたコロニー落とし、その弾頭をなるだけ無傷で手に入れるために実施された悍ましい任務。当時それらは全て海兵隊の独断で行われた事になっていたという。だが真実は大きく異なっていた。当初目標とされたコロニーは政治的あるいは軍事的な中核となるコロニーで、海兵隊には暴徒鎮圧用の催涙ガスを投入後、陸戦隊が要人の身柄を確保するという説明がなされていたのだ。加えて今日であれば解るとおり、その他のバンチは核攻撃に晒され壊滅しているのだ。当時の軍が恣意的に海兵隊へと悪意を集めようとしていた事が良く解る。ただ、多くのスペースノイドにとって、想像しうる最悪の死に方である毒ガスは解りやすい悪であり、己の行いよりも更なる邪悪を行った者が居るという暗い自己肯定に用いられたことは想像に難くない。

 

「そんな連中が自分達と同じ待遇どころか、明らかに基地司令に厚遇されているんです。面白くないと思った者も多かった。ですがその度に大佐が声を上げました」

 

彼らの行いを否定するなら、何故未だ軍服を着ているのか?

痛烈な皮肉だと私は思った。確かに彼らの行いは道徳に反した行いだった、しかしそれを命じたのは軍であり、その責任を負うべきは実行者では無く軍そのものなのだ。ならばこれは右手が左手をなじっているようなものだ、正に滑稽である。

 

「自然とそうした声は小さくなっていきましたね、特にパイロットは顕著でした。だってそうでしょう?罵っている相手が自分より腕が良いんです。ただの嫉妬からくる誹謗にしか聞こえません。まあ、それよりも共通の敵が居たのが大きかったのですが」

 

その言葉に私は首をかしげる。共通の敵とは何であるのか、普通に考えれば連邦軍だろうが、それでは文脈が繋がらない。答えにたどり着けない私は降参の意味も込めて尋ねれば、彼は愉快そうにその答えを口にした。

 

「大佐ですよ。当時オデッサ、どころか欧州方面軍の何処にも大佐を撃墜出来るパイロットが居なかったのです。共通の目標があれば、大体人間は協力出来る。そして一度戦友になってしまえば、相手を蔑める奴はそう居ません」

 

その言葉に、私は長年の疑問が氷解するのを感じた。オデッサを少しでも調べれば、大抵の人間が首をかしげる。

 

“何故、この基地は基地として機能出来たのだろう?”

 

大量の鉱山労働者はアースノイドだし、開発部はジオンの各メーカーからの出向者、基幹要員はエリートかと思えば、実働部隊は海兵隊など可愛いもので、義勇兵から元特殊部隊、どころか懲罰部隊まで抱え込んでいる。そんな連中が一所に集まって問題が起きないどころか、組織だって行動できているなど、どんな魔法を使ったのかと聞きたいだろう。私は今日、その魔法の一端を幸運にも知ったのだ。

 

「あの頃のオデッサは、キャリフォルニアに次ぐ規模でした。しかしその重要性は間違いなく重力戦線で最も高かった。だからこそ、狙われました」

 

その一言で、いよいよだと私は背筋が伸びた。そんな私を見て、彼は微笑むと、懐から一つの記章を取り出した。それは軍事関係に身を置く者なら誰もが一度は目にしたことがある物で、ただの記章でありながら、勲章並みの価値がつけられる物だった。

 

「その様子だと、これについてはご存じのようですね。ですが、これには2種類があるのを知っていますか?」

 

初めて聞く情報に思わず私は目を見開いた。オデッサ作戦従軍記章、ジャブロー攻略戦に次ぐとされるあの大規模戦闘に参加した兵士に渡された物だ。連邦軍の総大将たるレビル将軍の戦死したあの戦いは、独立戦争の趨勢を決めた一戦として今の歴史に刻まれている。

 

「初耳です」

 

素直にそう口にすれば、彼は悪戯に成功した子供のような笑顔で記章の裏を見せる。

 

「ここにOの文字と続いて数字が書かれているでしょう?実はこれはあの時オデッサ基地に所属していた人間に渡された物にだけ刻印されているのです」

 

そう言うと彼は取り出した箱へもう一度記章を仕舞う。その手つきは大切な宝物を扱うのと同じように私には見えた。そんな私を見て彼は笑う。

 

「他の者から見れば、これは恩給もつかない記章です。オークションなんかに掛けられているのがあるのも知っています。けれど断言しても良い。売りに出されたものにこの刻印は絶対に無いでしょう」

 

「何故そう言い切れるのです?」

 

思わず聞き返した私に向かって、彼は笑顔を崩さぬままに答えた。

 

「これを渡されたとき、メモが入っていました。素っ気ないタイプされたものでしたが、でもこう書かれていたんです」

 

―この記章を持つ忠勇なる戦友諸君へ、君たちの献身を私は忘れない。困ったことがあればこれを持って私を訪ねて欲しい。力になれるかは解らないが、話くらいは聞けるはずだ―

 

「これは、言ってしまえば大佐と私達の絆のようなものなんです。これがあれば、何時でも大佐に会いに行ける。そして困っている我々をあの方は絶対に見捨てない。軍を辞した後、大体の人間は不安になるものですが、我々はそう言った悩みとは無縁でした。何せ大佐が居てくれましたから。だからどんなことでも何とかなると思えたんです」

 

彼の言葉に私は首を傾げた。彼のこれまでの言葉からすれば、基地司令は所謂憎まれ役のような存在であったと考えたからだ。するとそれに気付いた彼は、バツが悪そうに頭を掻いた。

 

「すみません、説明不足でしたね。悲惨な目にこそ遭いませんでしたが、それでも地球という場所はコロニー育ちには過酷な場所でした。思い通りにならない天候、不潔な環境。戦い以外で神経をすり減らす要因があまりにも多かった。無論それはオデッサでも完璧に解決したわけではありません。けれどそれを我慢できる程度には手を尽くしてくれていたんです。それだけじゃありません。大佐は兵士のために命をかけてくれる人だったんです」

 

そう言って彼は机のカップを手に取り口を湿らせると、ゆっくりと目を閉じ、噛みしめるように語り出した。

 

「顔合わせが済んで暫くした頃です。隊の若い連中が大佐の事を馬鹿にしたんです。シミュレーターで負け続けだった上に、大佐は気さくな方であまり偉そうに振る舞わない人でしたから、つい口が緩んだのでしょう」

 

「シミュレーターだけのくせに偉そうに」

 

その言葉に笑いながら近づいてきた兵士が、手にしていたグラスの中身を思い切りぶちまけ、そこから派手な乱闘になったのだという。後で解ったことだが、その兵士はトライデント作戦においてイタリア半島へ侵攻したガウのクルーだったそうだ。

 

「あまり知られていませんが、あの作戦でガウは何機も撃墜されたんです。それが大事にならなかったのはクルーの大半が無事救助されたからなのですが、何を隠そう救助として最初に駆けつけたMA、それに大佐が乗り込んでいたのです」

 

初めて聞かされる事実に驚いていると、彼は更に興奮気味に続ける。

 

「ガウが墜とされた原因も満足にわかっていないのにです。司令官としては失格なのかもしれない行動です。事実随分と指導部から警告されたようで、その後の出撃の分も含めて功績として認められていなかったようです。でも、そんなのは大佐にとって大した事では無かったんですね。自分の進退と部下の命。どちらかと問われれば、躊躇無く我々の命を取ってくれる、大佐はそんな人だったんです」

 

記章の入った箱を大切そうに手で包みながらそう懐かしそうに語る彼を見て、私は改めてオデッサの基地司令を務めていた人物に強い興味を覚えた。もしかすれば、あの戦争を紐解く上で、かの人物は極めて大きな鍵となるのではないか。

 

「宜しければ、大佐について詳しくお聞きしても?」

 

そう聞くと、彼は困ったように返事をした。

 

「構いませんが、一つ問題が」

 

「なんでしょう?」

 

聞き返すと困った表情を今度は笑顔に変え、彼は口を開いた。

 

「公平な判断だとか、客観的な視点というのは期待しないで下さい。何せ、私も骨抜きにされた一人ですので」



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SSS9:航海日誌0082「業深き者共(どうしようもないバカたち)

『ふははははっ!益々マシンにパワーが漲っているのが解るぞ!』

 

『いかん、曹長被弾が増えているぞ!』

 

『だ、大丈夫っ!なんとかします!』

 

目の前で繰り広げられる模擬戦の様子に、パプテマス・シロッコは頭を抱えたくなるのを必死で抑えた。

 

(一体何の冗談だ!?)

 

大佐が部屋を訪ねてきたあの日より今日で丁度2週間。元より基礎となるアイデアと構造設計は済んでいたため、パプテマスのMS製作は順調に進み1週間ほど前には形となっていた。元々自己顕示欲の強い性質が災いし、出来てしまえば誰かに見せずに終えるという結論を下せなくなった彼は、唯一見せても問題無い相手、即ちマ・クベ大佐へその完成図を披露した。

 

「MSの多能性をより追求し、効率的な飛行能力を付与しました」

 

機能毎に最適な形状を選択する。即ちMSに変形という新たな機能を付加した機体に、パプテマスは密かに自信を持っていた。そして飛行能力は目の前の大佐が主導した多くのMSで成し遂げられなかった機能であり、これを達成することで自己の優位性を証明したつもりだった。だが、その目論見は最初の一言で否定される。

 

「良い出来ではあるが、少々欲張ったね」

 

否定されたことよりも、一目で機体の問題点を看破されたことにパプテマスは苦い気持ちになる。彼のMSは確かに飛行能力を獲得していたものの、変形機構を追加した事による剛性の低下を大型化とMS形態における可動部の省略という方法で解決したために、近接戦闘能力が大幅に低下。マニピュレーターこそ連邦の標準規格を用いているが、飛行形態時に武装を携行する機構を持たないため、携行出来るのは内蔵出来たビームサーベルのみであり、武装の殆どは元から固定武装として装備することで強引に火力の低下を補っている。先進的ではある一方、総合的には長距離移動可能かつ飛行可能と言う点以外は平凡な性能に収まっている。言い換えれば標準的な性能を維持しつつ大気圏の内外で単独長距離侵攻を可能とするという驚異的なMSなのだが、それを指摘する人物は残念ながら居なかった。何しろ設計者は自他共に認める天才であり、たきつけた方も天才だと信じ切っているからである。

 

「残念です。大佐のお眼鏡には適いませんでしたか」

 

口では取り繕ってみせたものの、パプテマスの内心は荒れていた。この機体ならば大佐の度肝を抜くくらいは容易いと思っていたのを見透かされたように感じたからだ。だがそこで大佐はとんでもない事を口にする。

 

「コンセプトは悪くないんだ。だが君のやりたいことを表現するには技術が追いついていないのだよ。ままならんね」

 

その言葉にパプテマスは警戒心を引き上げた。この大佐がただ単にパプテマスを慰める為だけにこのような危険な橋を渡るとは考えられない。ならば今のフォローは何を意味するか。

 

(落としてから持ち上げる。典型的な機嫌取りだが、何を考えている?)

 

困惑するパプテマスを余所に大佐は機体のモデルが映されたモニターを食い入る様に見つめながら、自身の端末を操作している。しばし沈黙が部屋を支配することとなったが、耐えきれなくなったパプテマスが口を開いた。

 

「大佐?」

 

「ん?ああ、すまん。パプテマス少佐、少し考えていてね」

 

その言葉に思い出したように視線をパプテマスへと大佐は戻した。その何処か余裕を感じさせる態度に苛立ちを覚えた彼はつい口を滑らせる。

 

「お気に召さなかったのでは?」

 

思いのほか棘のある口調で問うと、一瞬驚いた顔を作った後、大佐は笑いながら口を開いた。

 

「君に好きに作れと言ったのは私だったはずだが。ならば私が気に入る気に入らないは大した問題では無い。重要なのはこれの出来に君が満足しているか、そして十分に楽しめたかだろう?」

 

その返事にパプテマスは思わず言葉を詰まらせた。何故なら機体の出来に、彼は全く満足していなかったからだ。故に目新しい機構を設けることでそれを誤魔化した。ただ単に目の前の人物を驚かせるという目的を達するために。そしてその過程を楽しめたかと言えば、否としか答えることが出来ない自分にパプテマスは気付いていた。

 

「私は…」

 

そう俯く彼に、大佐はまるで夕食のメニューについて語るような気安さで語りかけてきた。

 

「実はね、パプテマス少佐。ウチの艦で今、ちょっとしたMSを作っている。流石に実機は無理だから、あくまでこれと同じデータ上でのことだがね」

 

「それはっ!」

 

「まあ聞きたまえよ。そいつは手前味噌だが中々良い機体でね、今のところゲルググ相手に負け知らずなんだ。今、単純な性能比較をさせて貰ったが、この機体でもやはり少々荷が重い」

 

自身の機体が劣っていると明言され、パプテマスは頭に血が上るのを自覚する。だが彼が口を開くより先に、大佐が言葉を発した。

 

「理由は至ってシンプルだな、これは既存のMSに拘りすぎている。だから強引に持たされたMSの部分が持ち味を殺して、この機体を凡庸なものにしてしまっている」

 

「持ち味?」

 

思わず問い返したパプテマスに、大佐は笑いながら答える。

 

「君はもう答えを出しているじゃないか。求める能力に見合うならば、その姿は人の形を模す必要は無い。だろう?」

 

その言葉に唖然としつつも、大佐の意図を正確に読み取ったパプテマスは、寝食すら惜しんで機体を再設計することとなる。それは、彼が今まで生きてきた中で、間違いなく最も本気に生きた一週間だった。そして出来上がった機体を見せた途端、満面の笑みを浮かべた大佐が平然と言い放った。

 

「素晴らしい。では試してみるとしよう」

 

そして時間は冒頭へと移る。

 

『ああっ!?』

 

対戦相手、ゲードライと呼ばれる機体の居る空間をまるごと吹き飛ばすように放たれた拡散ビームの光が画面を覆う。ゲードライは良くも悪くも、MSの基本に忠実な機体と言えた。それもそのはずで、制作者は連邦製MSの生みの親と言えるあのテム・レイ博士だったのだ。戦争中に亡命したというのは有名な話ではあったが、いくら戦後とはいえこうも堂々と連邦士官である自分の前に姿を現わし、あろうことか肩を並べてシミュレーションを見守っている。どうやらテム博士にとって2年ほど前の出来事は全て終わったことのようだ。

 

「おのれ大佐!姑息な真似を!」

 

激昂し思い切り罵声を浴びせる博士を横目に、パプテマスはモニターを見続ける。ゲードライは実によく出来た機体だ。一目でわかるほど手練れのパイロットが操っているにもかかわらずその操作によくついて行っているし、何より運動性はこちらの機体より圧倒的に上であるのは明白だ。もし仮に、パプテマスが最初に提示していた機体だったならば軍配はあちらへ上がっただろう。

 

『残念だったなテム大尉!戦いに卑怯などは存在しない!恨むなら先に手の内を明かした己の迂闊を呪うがいい!』

 

速度を落とさぬままゲードライへと急接近した大佐の機体が左のクローを振るう。既に発振されていた2基の内蔵ビームサーベルがゲードライを襲い、強引に突き出されたシールドを両断する。切り裂くと同時に接触したクローによってゲードライは姿勢を大きく崩すが、大佐は追撃せず更に加速し距離をとった。

 

『こんなっ!嬲るみたいな戦い方!』

 

批難じみたゲードライのパイロットの声に、パプテマスは気付かれぬよう小さく息を吐いた。改良により小型化したことでより高い加速性と高速性を獲得していたものの、旋回性能については妥協せざるをえなかった。これはコックピットの耐G機能の許容量を完全に超えてしまうためだ。だから完成した機体がMSと単独で交戦するならば、今の大佐のように徹底して一撃離脱をとり続けるのが最も安全かつ確実な戦い方だ。これでゲードライのパイロットがもう少し下手ならば白兵戦も試みるだろうが、あれだけの技量を持つ相手ではあまりにもリスクが高すぎる。ビームを低威力と知りつつも、敢えて拡散モードで使用し続けているのも収束させたビームでは捉えられないという判断だろう。

 

(だがそろそろ仕掛ける頃だな)

 

機体の設計者であるパプテマスはそう考えた。先ほどの突撃と離脱で搭載してあったビーム攪乱幕は全て使い切っている。いくら速力に優れていても、あの驚異的と言える精度の射撃を避け続けるのは難しい。その一方で最大の障害だったシールドを破壊することに成功しているから、こちらも一撃さえ入れる事が出来れば勝てる。そしてパプテマスの思考通り、反転を終えた大佐はゲードライを仕留めるべく行動を開始した。

 

『えっ!?』

 

その差異に最初に気付いたのはやはり戦っているゲードライのパイロットだった。先ほどと同じ突撃、そう見えて僅かに違う。その戸惑いがパプテマスには手に取るように理解できた。

 

「ほんの少し、だが認識のズレを生むには十分だ」

 

先ほどまでの大佐は敢えて推力を落とし、速度を欺瞞していた。それはほんの10%程度のものだが、ギリギリでの攻防を続ける両者にとっては十分に大きな変化だ。それに加え突然攻撃手段を変えたのも、あの底意地の悪い大佐らしい手だとパプテマスは思った。

 

「ビームの速度に目を慣れさせた後でのロケット攻撃。狙っていたな」

 

当然ながらロケット弾の弾速はビームのそれに比べ遥かに劣る。ビームすらも当てにくい状況で、相手側は当たる可能性が無いので使用を諦めたと認識していたことだろう。だがそれは間違いだ。

 

『散弾!?』

 

装備されていたロケットポッドから吐き出されたロケットが、ゲードライの手前で次々と炸裂し、その弾頭に納められたベアリング弾を吐き出す。先ほどまでのビームと比較しても遥かに密度を上げた弾幕が、文字通り雨のごとくゲードライへと降り注ぐ。しかし細身に見えた機体は至る所に弾丸を浴びながらも致命的な損傷を受けることなく耐えきってみせる。

 

「散弾ではなぁっ!」

 

機体の耐久性を示せたのが余程嬉しいのか、テム博士が得意げな声を上げた。事実塗装の剥離は見られるが、その動きに問題は見られない。だが自身の設計した装備が通用しないと声高に叫ばれてもパプテマスの気持ちは揺らがない、何故ならば。

 

「確かに、機体は無事ですな」

 

散弾弾頭のロケット弾は今回の機体に合わせたものではなく、ジオンが対サイコミュ兵器の一環として設計したものだ。実弾はまだ存在しないことから、このシミュレーションでは威力、弾速共に最低値で設定されているからMSの装甲を抜けないのは不思議なことではなかったし、そもそもあれで相手を仕留めるつもりが無い事は明白だ。

 

「何!?」

 

そしてパプテマスの想像通りの結果が画面内で発生する。さらに距離を詰めるこちらの機体に対し、向けられたゲードライのビームライフルが射撃と同時に暴発したのだ。

 

「武器まで装甲をかぶせてはいなかったようですな?」

 

最後の抵抗とばかりに頭部のバルカンが火線を生むが、被弾するのも構わず一直線に大佐は機体を進め今度は両方のクローを使ってゲードライを捕らえる。そして捕まえてしまえば後は簡単だった。

 

『勝ったぞ!』

 

大佐が叫ぶと同時、クローで強引にビーム砲の射線軸上へ持ち上げられたゲードライを収束したビームが貫く。左右に分かたれたゲードライは投げ捨てられた直後に爆発し、シミュレーションは終了した。

 

 

 

 

シミュレーターから降りると、そこには複雑な表情を浮かべたパプテマス・シロッコ少佐が立っていた。なんだよ、勝ったんだしもうちょっと嬉しそうにしてもいいじゃないか。

 

「良い機体だ、おかげで勝てたよ少佐」

 

「及第点くらいには達していたようですね。肩の荷が下りました」

 

俺の言葉にそう謙遜してみせるパプテマス少佐。本当は彼の提出してきた機体そのままで戦ってやりたかったんだが、残念ながら俺の腕では難しかった。

PMX-000、メッサーラ。この人類史上初の可変型MSは、正史のグリプス戦役に投入されたMSだ。しかしこの世界では十分な技術の蓄積が行われる前に俺が設計させてしまったものだから、全高は35mまで大型化した上に、推力は据え置き、可変機構は構造材の強度不足とインナーフレームの未発達で数秒を要するという状態だった。多分あのまま戦っていたら変形している間に撃墜されるから、巡航形態かMS形態のどちらかで戦うこととなっていただろう。パプテマス少佐本人が乗っていれば、その状態でもゲードライ+ショウ曹長相手に善戦出来ただろうが、これは俺のリベンジマッチなのである。だから申し訳ないが色々と注文を付けさせてもらった。

真っ先に提案したのが、可変機構の廃止だ。構造的に装甲や部品の細分化を招き、どちらかの形態でデッドウエイト化する可動機構は現段階ではデメリットしか生まない。何せコイツを仕込むために機体が大型化しているのだ。大型化した機体を十分に動かすために大推力の推進器を搭載、推進器の推力に部品剛性を確保するために大型化という完全に悪循環を起こしていたので諦めて貰うこととした。結果的に機体は人型と巡航形態の中間的なデザインになる。某超時空要塞の主役メカの1形態、ガウォークを想像して貰えば大体近い。

独特な形状のため従来機に比べ白兵戦能力に難があったから、なら無理をする必要はあるまいとマニピュレーターをオミット。主腕はハードポイントとビームガン、サーベル切り替え式の小型ビーム兵器内蔵のものへ変更し、脚部をランディングギア兼用のクローアームとすることで近距離での戦闘に対応することにした。機体の性質上巴戦には全くと言って良いほど向いていないので、やるとしても辻斬りのように突っ込んでいってクローで殴りつけるのが精々だが。その分を射撃で補う為に、スラスターユニットに直結されているメガ粒子砲を拡散、収束のモードセレクトが出来るものに変更。この辺りは幸いにしてアプサラスでノウハウが積めていたから、思っていたよりもすんなりと出来てしまった。流石パプテマス、天才の所業である。尤も、彼曰く当初搭載を予定していた砲に比べ重量は30%増し、なのに威力は20%減となったため、同火器への視線は産廃を見る目であったが、ごちゃごちゃと大量の砲を取り付けるよりはマシと押し切った。結果的に機体はなんとか20mに収まり、空気抵抗の問題から大気中での飛行時間は大幅に短くなってはしまったが、一応可能。宇宙空間であれば当初の想定通り長距離侵攻を可能とした。ついでに言えば小型化の恩恵で加速性能は初期案に比べ50%近く向上している。アクシズでテストしていた新型の耐Gシートが無かったら、またギャンみたいになっていたかもしれん。

 

「うん、機体の出来には満足している。けれど少佐、残念だが肩の荷を下ろすのは少々早いな」

 

そう言って俺はパプテマス少佐の視線を誘導するべく、件の人物達を指さした。そこにはまさしく仇敵を見る顔でシミュレーションデータを再生しながら議論を重ねるテム博士とショウ曹長の姿があった。いやあ、実に似たもの同士である。

 

「た、大佐。私はっ」

 

「恨むなら、己の才能を恨んでくれたまえよ。…楽しかったろう?」

 

そう聞けば、少佐は一瞬呆けたような顔になった後、疲れたような笑みを浮かべた。

 

「ええ、とても。では次こそは大佐が小細工無しで勝てる機体を用意致しましょう」

 

そう口にするパプテマス少佐と、俺は握手を交わした。これで3年は退屈せずに過ごせるだろうと確信しながら。

 

 

 

 

―因みに、全く関係の無い話であるが。この件は何一つ包み隠さずシーマ・ガラハウ中佐から本国へ伝えられる事となり、俺は本航海の報酬であった九十九髪茄子を手に入れる機会を失うことになるのだった。



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SSS10:バーで静かに乾杯を

アリス・スプリングスは年間を通して温暖な気候の街だ。大陸中心部に位置していることもあり、空気が乾燥しているためまとわりつくような不快感は少ないが、それでも暑いものは暑い。特に11月ともなれば真夏の陽気でコロニー育ちである駐留兵士の大半は休日であっても外へは出たがらない。本音で言えばヴィッシュ・ドナヒュー少佐も基地で大人しくしていたかったのだが、基地司令直々の命令では否応ない。独立戦争以来の愛機であるグフⅡを駆り、街の南部に位置する空港の警備に当たっていた。

 

『隊長、今日来る帰還者は元連邦兵って本当ですか?』

 

近くで待機している僚機のジョゼフ・マゼロ少尉が不安げにそう問うてきた。彼は戦争の最後期に配属された新兵だった。戦中は交戦経験が無かった彼にとって実戦とはゲリラ相手の経験を意味している。故にその内容がかえって元々気弱な彼の精神を苛んでいた。

 

「心配するな、少尉。彼らは正式に除隊して故郷に帰ってくることを望んだ人々だ」

 

ヴィッシュは言い聞かせるよう、意識的に落ち着いた声でそう告げた。コロニーが直接落下したオーストラリアは極めて住民感情の複雑な地だ。地球で最も民間人に被害の出た地域であり、それに伴い家族を失った在郷軍人も多く、戦後も武装解除に応じずそのままゲリラへ転身する部隊が相次いだ。一方で生き残った住民はと言えば、制圧したジオンの援助無しには生活が立ちゆかず、加えて戦後同地域がジオン共和国領となったことで心情的にはともかく表立って反意を示す者は少数だ。その事実が彼らを余計に追い詰めるのだろう。脱走兵の中にはジオンと結託した裏切り者などと口にして、街を襲撃する者まで居る始末だ。

 

「そんなの、表向きはどうとでも言えてしまうじゃないですかっ。潜り込まれて連中の支援をされるくらいならこのまま…」

 

「そこまでだ少尉!受け入れを決めたのは政府だし、我々は民主主義国家の軍人だ。彼らを拒絶する権限は与えられていない。それが不満だと言うならば今直ぐにMSから降りろ!」

 

「っ!申し訳、ありません」

 

強く発せられたヴィッシュの叱責に少尉は息を呑むと、憤りを隠しきれない声音で謝罪を口にした。その様子にヴィッシュは小さく溜息を吐いた。彼の懸念がPTSDから来る妄言だと切り捨てるには現実味がありすぎたからだ。

 

(戦争は終わった。だが俺達の戦いはいつ終わるのか)

 

取敢えずこの任務が終わったら、少尉にはカウンセリングを受けさせる事をヴィッシュが心に決めていると、輸送機と共に着陸してきた戦闘機から通信が入った。

 

『こちらは連邦空軍所属、336飛行隊マスター・P・レイヤー大尉であります。民間人護衛任務の引き継ぎを願います』

 

「こちらは地球方面軍オーストラリア駐留軍第42警備隊、ヴィッシュ・ドナヒュー少佐だ。本国国民の護衛感謝する。データの引き渡しを、通信回線は221だ」

 

『了解しました』

 

事務的に対応しつつも、ヴィッシュは静かに緊張していた。目の前の存在が唯の戦闘機で無い事は明らかだったからだ。FF-X8、Gファイター。戦中戦うことは無かったが、オデッサ経由で上げられていた情報の中にあった機体だった。

 

(確か、あの形態はGアーマーだったか?と言うことは、積んでいるな)

 

この機体をヴィッシュが覚えて居たのはその特殊な機体特性、即ち内部にMSを格納し移動する強襲機としての機能を有していたためだ。そして目の前に駐機された2機は間違いなくMSを搭載している。その上、搭載しているMSには、オーストラリア方面軍全体に注意喚起のなされたマークがペイントされていた。

 

『すみません、少佐。生憎足の長い連中は我々以外出払っていまして』

 

こちらの緊張を感じ取ったのか、Gファイターのパイロットはそう告げてきた。

 

「いや、内陸のここまで飛んでくるなら護衛も相応の機体が必要だろう。それに、土地勘のある人間が選抜されるのも不思議じゃない」

 

ホワイト・ディンゴ。ジオンのオーストラリア方面軍に悪名を轟かせた連邦軍のMS部隊である。ミノフスキー粒子下にありながら高度な連携を維持しつつ戦う彼らによって、当初個人の技量に依存した戦闘を行っていたジオン軍のMS部隊は相当数の被害を出していた。彼らの存在によって、地球降下初頭からヴィッシュの提言していたMS同士の連携した部隊運用が注目され、それが彼の昇進に繋がっていた。その為か、直接会うのは初めてだというのに、ヴィッシュは彼らに不思議な縁を感じていた。

 

『そこまでご存じなら隠す必要はありませんね、オセアニア方面はまだ随分ときな臭い状況でして』

 

その言葉にヴィッシュは顔を顰めてしまった。同地域は終戦後多くの脱走兵が流入した地域だ。厄介であるのは人数だけでなく、ある程度の生産設備を脱走時に基地から運び出していたことだろう。当初こそ生産設備があっても、原材料が確保出来なければ早晩干上がるであろうと楽観していた両国であったが、相応に大きな後援者がいるらしく、終戦から一年近くたった現在でも活発に活動している。

 

「君たちは連邦軍だろう?彼らからすれば同胞じゃないのか?」

 

『民間人すら襲う連中ですよ?我々なんてそちらに寝返った裏切り者呼ばわりですよ、おかげでまだまだコイツが手放せません…おっと、データ送信完了しました。少佐、ご確認願います』

 

「ああ、確認した。他に何か申し送りはあるかな?」

 

『いえ、ああ、その、とても私的なことなのですが』

 

「なんだろう?」

 

『彼らは、連邦の籍を捨ててでも故郷に戻ることを、貴方方と歩むと決めた者達です。どうか、偏見無く受け入れて頂けるようお願いします。その、難しい事を言っているとは思うのですが』

 

その言葉にヴィッシュは目の前の男へ好感を覚えると同時、戦後に彼と引き合わせてくれた事を神に静かに感謝した。このような善良な人間であっても、戦場で出会っていたならば、殺し合うことを余儀なくされるのだから。

 

「ああ。経緯はどうであれ、今の彼らは我が国の国民だ。その選択が間違いだったなどと言わせぬよう尽くす事を約束しよう」

 

その言葉に合わせるように、移動用のバスが動き出す。その車列を挟むように、ヴィッシュと僚機のグフⅡが動き出した。ヴィッシュがカメラをGファイターへ向けると、そこにはいつまでもこちらを見送るパイロットの姿があった。

 

 

 

 

市内を流れる川のおかげで幾分和らいでいるとはいえ、夜になっても相応の熱気を持つ空気が街を覆っている。無事護衛の任務を終えたヴィッシュは日の落ちた道を一人歩いていた。なんとなくではあるが、今日は飲みたい気分だったからだ。だが、そんな日に限って厄介事というのは降りかかってくるらしい。

 

「連邦兵が何の用だよ!」

 

「ここにゃお前らが飲む酒なんて一滴も無いぜ、他あたりなっ!」

 

野戦服そのままという余りにも無警戒な恰好に、一瞬ヴィッシュは呆けた後苦笑しつつ彼らに近づいた。

 

「すまない、待たせた」

 

気安く先頭にいた連邦士官の肩に手を掛ける。その様子に驚いたのは入り口で彼らの入店を遮っていた男達だった。

 

「ヴィ、ヴィッシュ少佐!?」

 

アリス・スプリングスにおいてヴィッシュはちょっとした有名人だ。そしてその中には腕っ節についても含まれる。

 

「ああ、彼らとは知り合いでね、一緒に酒でもと思っていたのだが…。この店では飲めないのか?困ったな」

 

「す、すみません。ちょっと飲み過ぎたみたいでさあっ。俺らは行きますからどうぞごゆっくりしてってくだせえ!」

 

そう言いながら慌てて逃げていく男達を呆然と見送る連邦兵達の肩を叩き入店を促す。全員がカウンターに着いたところで、お気に入りのウィスキーを手にヴィッシュが口を開く。

 

「改めて自己紹介をさせて貰おう、ヴィッシュ・ドナヒュー。ジオンでMS乗りをやっている」

 

「マスター・P・レイヤー、連邦でMSパイロットをしています。助かりました、ドナヒュー少佐」

 

律儀な物言いにヴィッシュは相好を崩す。

 

「プライベートだ、ヴィッシュでいいよ、レイヤー?」

 

その言葉に相手も緊張の解けた表情になる。

 

「では自分もマスターと」

 

そう言ってグラスを掲げてみせる相手に、ヴィッシュは笑いながら同じように自分のグラスを掲げた。

 

「ああ、宜しくな、マスター。では、この出会いに」

 

「ええ、この出会いに」

 

グラスが合わさり、清んだ音が僅かに鳴った。それを聞いていたのはジオンの少佐でも連邦の大尉でもなく、その日友人となった2人の男だった。




オーストラリア関連の話書いたのに、アンクルドナヒュー出てこないじゃん!
というわけで我慢できずに書いた。


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SSS11:残された人々

「いやあ45は強いなぁ。こりゃ次期主力は決定じゃないの?」

 

撃墜判定を受けた自機の回収を待ちながら、ロバウト・フリーマン少尉はそう切り出した。ロバウトを含めて小隊のメンバーは皆ベテランと呼べるだけの技量を持っていた。その全員が一方的に撃墜されたのだから、そうした反応となるのは無理からぬことだった。

 

「ロバウト、貴様はGガンナーの良さが解らんのかっ!」

 

その言葉に同じく撃墜されて自機から降りていた、小隊長であるミノル・トクシマ少尉がそう吠えた。彼は戦中からこのGガンナーで編成された部隊に所属していたこともあり、殊更思い入れが強いのだ。

 

「いやいや、タイチョ。ここは大人しく諦めようや」

 

確かにGガンナーは良い機体だ。特に戦後に調達された“正規量産モデル”は、戦中に乗っていた機体と同じとはとても思えない性能を示している。それもそのはずで、戦中に数を確保するため、多くの面で妥協した量産型ガンダム、通称ジムをベースに中距離支援機としての性質を盛り込んだジム砲戦仕様がこのGガンナーと呼ばれる機体なのだが、戦後に生産されたものは、これらの妥協点を見直しベースとなった試作機により近い性能に引き上げられているのだ。それについてはロバウト少尉も認める所ではあったが、それを踏まえても今回相手にした機体、陸軍の次期主力を選定するための統合評価試験においてGガンナーの対抗馬として選出されたRTX-45、ガンタンクⅡは間違いなくGガンナーを凌駕していた。

 

「大体なんだオプション装備の75%が禁じ手ってのは!?手足を縛って戦えと言っているようなものじゃないか!」

 

まだ納得できないのか、そう吠えるミノル少尉に唯一撃破判定であったために機体を移動させていたヤン・ジュンギュ曹長が頭を掻きながら口を開いた。

 

「つまりそう言うことでしょう?まあMSの保有はかなり制限が掛かってますからね。宇宙軍の連中が優先されるのはどうにもならんでしょう。まさかMS無しで戦えとは言えませんしね」

 

そもそもオプションに関しての条件はあちらも同じで、むしろこの条件が無ければもっと一方的な戦いになっていたとヤン曹長は考えていた。それもそのはずで、ガンタンクⅡはミノフスキー粒子下でMSと戦うことを前提に設計された戦車なのである。特にヤン曹長の言葉通り、戦後MSそのものの保有数に制限の掛かっている連邦では、そのリソースを最前線である宇宙軍に優先で振り分ける必要があり、結果として他の軍は既存の兵器体系に属する機体を発展、改良させたものを運用する事となる。結果、陸軍ではむしろMSパイロットの方が冷や飯食い扱いになっているのだ。

 

「ヤン、貴様…。その物言いさては愛する我が陸軍から予算を奪い取っていく宇宙軍のスパイだな!?」

 

涙目になりながらそんなことを叫び始める。どうすべきか二人が頭を悩ませていると、件のガンタンクⅡが砂塵を巻き上げながらこちらへ近づいてきた。

 

「MS乗りの連中は元気ね。ミロス、データの転送は終わった?」

 

こちらのやりとりがかなり前から確認出来ていたのだろう、多少呆れを含んだ声音が外部スピーカーから響いた。

 

「バッチリですよ中尉、それにしても皮肉なもんですなぁ」

 

喜びを隠しきれない声音が同じく随伴していた僚機のスピーカーから届く。その声にミノル少尉は顔を赤くし、ロバウト少尉は苦々しい表情を浮かべる。そしてヤン曹長は溜息を吐いた。決して彼らは事情通というわけではないが、今日の対戦相手の素性くらいは知っていたからだ。

元々は陸軍の技術廠でガンタンクの技術研究を行っていた彼らは、戦中情報漏洩の罪で投獄されている。だがこれはジオン側へスパイを送り込む為に取られた欺瞞工作であり、言ってしまえば彼らはそのとばっちりを受けた訳である。しかも肝心のスパイが見破られており、偽情報を流すための体の良いスピーカーにされていたというのだから報われない。

 

「仕方が無いでしょう。勝つためにはなりふりなんて構っていられなかったのよ」

 

試験前のブリーフィングで顔を合わせた女小隊長は、寂しげな表情でそう口にした。研究していた試作機についてもオデッサ攻略のために実戦投入されたが、ジオン側の部隊と交戦し全機喪失してしまったとのことだ。因みにその時の運用レポートを戦後読まされた彼女達は頭を抱えたらしい。元々宇宙での経験からか、MSに傾倒していたヨハン・イブラヒム・レビル大将は、他の兵科について余り深く考えず既存通りの運用をしたらしい。その上で彼女達の送り出した機体が突撃砲に分類されていたのが不幸の始まりであった。確かにその機体、RTX-440、強襲型ガンタンクと名付けられたそれは、構造的にも突撃砲とされるべき機体に見える。これは同機が元々大戦初期にジオンが投入してきた大型戦車、あちらではヒルドルブと呼称される車両を撃破するべく設計したものだったことから、対MS戦闘能力よりも、重装甲、高火力が優先されたためである。しかし実機の完成直後に戦線は大きな変化を見せる、ホバー型MSが出現したのである。基本的にあらゆる兵器は自身より小回りの利く相手と戦うことは苦手である、当然ながら強襲型ガンタンクもこの例に漏れないわけで、彼女達はこの問題に対処するべく機体の再設計を検討していた。

だがここで件のスパイ投入計画がブッキングすることとなり、再設計を行う間も無く彼女達は投獄。これにより同機はMSの機動力の大幅な向上という戦場の変化に未対応のまま、当初の予定通りの役割を全うすべく軍の先鋒として送り出されてしまう。それでも突破力の高い同機は、当初文字通り破竹の勢いで進軍したらしい。だがここで二つの不幸が発生する。当時機体を任されていたパイロットは常識的かつ良識的な連邦の士官であった。故に自分達が歩調を合わせることで61式戦車で構成された部隊に被害が出ていることを懸念してしまい、抵抗が比較的少なかったことも手伝って、彼らは61式の部隊よりも前進する事を選択する。その少ない抵抗が欺瞞である事を知らずに。その結果は先に述べたとおりである。

本来ならば同機はこの結果を持って、時代遅れの兵器が戦果を上げることも無く歴史の闇に消える筈だった。だが、敗戦がその運命を変えることとなる。

 

「皮肉よね、敗戦による開発制限の適用外になった事で再起の機会が与えられるなんて」

 

MS並びにそれに準ずる兵器の開発制限として提示された“AMBAC採用機に対する開発制限並びに開示義務”、これによりMSは戦後その発展を大幅に制限されることとなる。一方で既存の艦艇や航空機、車両に関しては殆どが目こぼしされる内容となっていた。そこで連邦陸軍は、既存戦車の発展機としてRTX-44、ガンタンクを再設計する事を決定。440で得られた戦訓を含め、ガンタンクⅡを完成させることになったのだ。

 

「ほら、タイチョ。いつまでも拗ねてないで言うことがあるでしょうよ?」

 

恨めしそうな目でガンタンクⅡを睨み続けるミノル少尉の脇をロバウトが突き促すと、諦めたようにミノル少尉が口を開いた。

 

「悔しいが来週の合同訓練はあんたらに譲るとするよ。頼んだぜ」

 

 

 

 

「やあ、中佐。今回も大活躍だったね。お疲れ様」

 

「はっ、どうも」

 

教本に載せたいほど完璧でありながら、1ミリも敬意を感じさせないという極めて高度な敬礼をやってみせるデメジエール・ソンネン中佐を見ながら、ガルマ・ザビは密かに溜息を吐いた。終戦後軍から身を引いたガルマであるが、地球における諸業務は彼が最高責任者であるため、こうして連邦軍との合同訓練などの際には引っ張り出される事が多々あった。相手にしてみてもこれらの訓練にガルマが参観することは、ジオンが連邦に対し心を砕いているというアピールとなるため歓迎されている。そして参観するとなるとただ見ているだけという訳にもいかず、こうして終了後の不満解消に付き合う必要も出てくるのだ。

 

「そう邪険にしないで欲しい。軍部にも面子があるだろう?その辺りは中佐の方が良く解っていると思うのだが」

 

「はっ、理解しております」

 

だからこの場に居るではないか。言外にそう告げられて、ガルマは憚ること無く改めて溜息を吐き、中佐の対戦相手となった敵機の解析データへ目を落とした。RTX-45、ガンタンクⅡ。203ミリ滑腔砲2門、メガ粒子砲1門、4連装マルチランチャー2基に90ミリ連装機関砲2基を装備した、連邦陸軍の次期主力機だ。同機を見て軍上層部の多くが条約下での悪あがきと嗤ったが、最高責任者であるドズル・ザビ大将だけは違った。彼はMSは万能選手であるとは考えていたが、一方で特定条件下に最適化された兵器には劣ることを戦中のMA運用で痛いほど学んでいたし、ヒルドルブの実績についても自身で実際に確かめるなど所謂現場主義的な人間であったため、合同訓練へ強引にデメジエール中佐を引っ張り出したのだ。だが、中佐にしてみればはっきり言って不愉快な事であることは間違いなかった。戦後、オデッサ基地司令の強い要望もあり一定数は残されたものの、MSの保有を優先した軍部の意向により、MTの数は大幅に削減されることとなる。これはゲルググと言う極めて汎用性の高い主力機を戦中より配備できていたことと、ヒルドルブの担う任務が支援砲撃に移行したことで、ギャロップ陸戦艇や新規建造されるケープタウン級重巡洋艦の配備で対応可能であるという認識に後押しされる形だった。結果、ビーム対策などの小規模改造は受けたものの、ジオンではMTの新規開発更新は見送られており、中佐の乗る機体も戦中からほぼ変わらないままであった。そのように冷遇しておいて、使いたい時だけは好き勝手に呼び出すなどと言う態度を取っていれば、中佐の拗ねた態度も納得できるというものだ。

 

(武人の蛮用などという言葉があるが、人相手にまで適用しないでくださいよ、ドズル兄さん!)

 

思惑通りの勝利を掴み子供のようにはしゃぐ兄を想像しながらガルマはこめかみを押さえる。相手は確かに最大の仮想敵ではあるが、同時に唯一無二の同盟相手なのだ。ただでさえ宇宙軍で圧倒しているのだから、陸軍でくらい花を持たせなければ不満はたまる一方となってしまう。

だがこんな形で呼び出された中佐に空気を読めなどと言えるほど、ガルマは兵の気持ちがわからない男では無かったし、彼が言った言葉に素直に頷くような男なら、本国への栄転を蹴ってまでオデッサに居座り続けるような行動は取らないだろう。故にガルマはこの後の連邦軍へのフォローと同時に、目の前の中佐の機嫌を取るべく胃を痛めることとなる。

 

「どうだろう、何か欲しいものなどはあるかね?」

 

とは言え、彼もまだ20代の青年である。中佐の嗜好までは把握していなかったために、不用意にそんな言葉を投げかけてしまう。その様子に、一瞬考える振りをし、顎へ手を当てるデメジエール中佐であったが、直ぐに意地の悪い笑顔を作り口を開いた。

 

「欲しいものですか、でしたらガンタンクⅡですね。アレをください」

 

「なんと言うか、君たちは本当にそういう所がそっくりだね」

 

中佐の姿に、今は星の海を行く何処かの大佐を幻視しながらガルマは溜息を吐く。取敢えず、次の家族会議ではドズルに文句の一つも言ってやろうと心に誓いながら。



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SSS12:航海日誌0082「対話」

「いやあ、最初はどうなることかと思ったが、案外すんなり行くものだね」

 

窓の外に見える大きな赤い天体を眺めながら、俺はそう口にした。故郷であるサイド3を離れて一年と少し、思えば遠くまで来たものである。

 

「アステロイドベルトを越えてしまえば後は木星まで無人地帯ですからね。外的要因で何かあることはまず無いでしょう。その上でこの航海をすんなりと表現できるのは大佐だけでしょうが」

 

はっはっは、最初の機体でご褒美の九十九髪茄子を取り上げられたからな。ならばもう何も怖くないとテム大尉とパプテマス少佐と共に好き放題やらせて頂いた。途中快癒したというギニアス少将から連絡を頂いて返事に近況報告したら、次の連絡でものっそい恨み言(なんで置いて行ったのかという文句で1ページ埋まってた、無茶言いよる)と共にMSに搭載出来るサイズのミノフスキークラフトの設計案が添付されていて、危うく飲んでいた飲料を吹き出す所だった。まあ、載せられると言っても機体容積の大半を食い潰しちゃうから、MSというよりはミノフスキークラフトに手足が生えているナニカになってしまうんだが。テム大尉の方は嬉々として織り込んだ設計してたけど、パプテマス少佐の方は反応悪かったな。

まあ、彼のMSに対する理想型は操縦者の思った通りに完璧に動く機体だから、機能を付加する装置にはあまり関心が無いのかもしれないな。そんなわけで現在も順調に開発競争を行っているのだが、ここの所は4対6くらいで俺が負け越している。パプテマス少佐も案外負けず嫌いで、このままでは終われないと今回の航海が終わったら連邦軍を退役しジオンに来るそうだ。うむ、計画通り。

 

「連邦の船団長を口説き落とすとか、一体何を考えているんですか…」

 

腕を組みながらシーマ・ガラハウ中佐が俺を睨む。うん、あれは睨むと言うよりは馬鹿を見る目だな。

 

「若者がつまらなそうにしているんだ、先達として手助けの一つもしてやりたくなるものだろう?」

 

そう笑いながら中佐に近づき、俺は耳打ちをする。

 

「これは全く根拠の無い勘でしかないのだけれどね、彼からは嫌なモノを感じるんだ。放っておくと特大の爆弾になる、そんな気がするんだよ」

 

「それで手元に置いておくと?」

 

その言葉に俺は頷いてみせる。

 

「彼を止められる程私は優秀ではないがね。テム大尉とショウ曹長の2人なら良い刺激になる。大人しいように見えてあれで自己顕示欲の強い人物のようだから、自身の力量が誇示されている内は大した事をせんだろうさ」

 

凡人なら精々馬鹿な罪を犯す位で済むが、何せパプテマス・シロッコは天才である。暇を拗らせれば、最悪グリプス戦役に繋がる可能性だってある。何せどこぞの赤いのまではいかないが、こいつも人を引きつけて焚き付けるアジテーターの才能を持っているからだ。問題は組織運営に全く興味が無いことだろう。宇宙世紀のカリスマ連中はどうにも無責任なヤツばかりで困る。

 

「自己アピールの為に戦争ですか、正に常人には理解できない発想ですね」

 

「うん、と言うわけで凡人代表としては戦争なぞ御免蒙るからね、上手く首輪を付けてしまおうというわけさ」

 

そんな話をしていたら、一隻の小型艇が本艦へ向かって近づいてきた。どうやら木星公社の迎えのようだ。警戒されてんのかなと思ったら、笑いながら艦長が教えてくれた。

 

「あまり実感は無いでしょうが、我々は現在かなり高速で航行しています。ジュピトリス級は大型で小回りが利かないですし、減速にも相応に時間が掛かるんです」

 

既にセンサーでは捉えている公社側の宇宙港であるが、これからドッキングするまで最低2日は掛かるという。随分掛かるなあと思ったら理由は簡単、推進剤を節約するためだそうな。

 

「公社側もかなりギリギリで運営していますから、推進剤の補給は最低限で済ませるのが暗黙の了解なのですよ」

 

成程、勉強になります。

 

「では、すまないがこちらは頼むよ。私は商談に出かけるとしよう」

 

「良い戦果を期待させて頂きますよ船団長」

 

プレッシャー掛けないで下さいますかね?

 

 

 

 

迎えのシャトルに乗せられて連れて行かれた公社のコロニーは、実に機能的な構造だった。

 

「これは、圧巻ですな」

 

「木星は地球のように余裕がありませんからな、重力などという贅沢はできんのです。地球のコロニーは違うのですな、羨ましい限りです」

 

エスコートのおっさんがそう答えてくれる。うん、解りやすい塩対応。今までの地球人の行動を鑑みれば仕方ないにしても、流石に商談相手にそれはあかんくないですか?という空気が出ない所に木星公社側の地球に対する心象が殆ど敵対に傾いている事を俺は理解し、嫌な汗が吹き出るのを感じた。なんせ俺の知っている歴史だと、後50年位したら木星帝国とやらを名乗って地球に喧嘩ふっかけてくるからな。マさんの記憶にあるジオン独立までの推移が俺の知る歴史とほぼ一致している点からも、帝国樹立の可能性は高いと考えて間違いあるまい。

 

「実に機能的だ。貴方達から我々は多くを学ぶべきですな」

 

俺が笑顔でそう告げると、案内役の男性は鼻を鳴らして睨んできた。慣れているのか同行しているパプテマス少佐は平然としているが、シーマ中佐の方は笑顔が引きつっている。俺?この程度で腹を立てていたらサラリーマンは務まりません。そんな俺を見て口元を歪めると、その男性は突き放すように言って来た。

 

「見え透いた世辞は好みではありませんな」

 

OK、大丈夫、このくらいまだ許容範囲だ。だが、こちらが切れる前に並んで歩いていた年かさの同僚っぽい人が鋭く叫んだ。

 

「君、いい加減にしないか!不満ならばいい。エスコートは私だけでさせて頂くから下がりたまえ!」

 

「しゅ、主任、私はっ」

 

「聞こえなかったのかね?私は下がれと言ったぞ?申し訳ありません。ですがどうか彼の発言が公社の総意で無い事をご承知下さい」

 

そう言って深く頭を下げる主任さん。文句を言っていた男性はと言えば、主任さんの後ろで慌てて同じように頭を下げている。うん、いい手だね。民間の間で不満が出ている事をアピールしつつ、あくまで自分達は従順な羊を演じてみせる。公社は地球圏の側に立っていると錯覚させたいと言ったところかな?安い芝居に見えるが、こうした小さい積み重ねが、50年牙を隠し通すだけの猶予を彼らに与えたのだろう。まあ、今回は相手が悪かったと諦めてくれ。

 

「無論です、公社が健全な運営を行っているのは我々も良く存じていますよ。従業員の自由意志が尊重されるのも必要な条件です」

 

「有り難うございます。君、早く行きたまえ」

 

「は、はい。失礼致します」

 

笑って謝罪を受け入れると、2人は安堵した様子で主任さんは案内を続け、男性は一度頭を下げた後何処かへ行ってしまう。うーん、30点。この辺りは話しておいてやる方が今後上手くいくかなぁ?愛想を存分にまき散らしながら続く主任さんのガイドを聞き流すこと数分。一般区画より少しだけ物の少なくなった所謂事務エリアにて、俺は目的の人物と邂逅することになった。

 

 

 

 

「初めまして、合同木星船団の船団長を務めさせて頂いております、ジオン共和国外務省所属、マ・クベと申します」

 

「ご丁寧にどうも。木星公社代表を務めております、クラックス・ドゥガチと申します」

 

笑顔の仮面を貼り付けながら、クラックスは地球圏からやってきた男と握手を交わした。年齢差を考慮したとしても肉付きがよく力強いその手のひらに、クラックスは暗い感情がわき上がるのを懸命に抑えた。

 

(今はまだ、その時では無い)

 

クラックス率いる木星公社、その力は極めて弱い。そもそもライフラインを握られているため、連邦の意図を外れて公社の規模を拡大する事は極めて困難であるし、蜂起しようにも武器になりそうな物は極端に制限されている。現状を打開すべくコロニーのアーコロジー化を進めているが順調とは言い難いし、人的資源を拡張できないことには日々の生存に精一杯でとてもではないが軍備という贅沢品にリソースを割く余裕は無い。故にクラックスはジオンという存在も連邦と同じく憎んでいた。棄民だなんだと嘯きながら、木星では到底不可能な人類同士の軍事力による殺し合いなどという贅沢を平然とやってのける連中など、彼の中では木星を踏みつけ己が春を謳歌する連邦と少しも変わらないからだ。本来ならば握手どころか視界に入れることさえ不快であるが、それをクラックスは懸命に堪える。

 

(後10、いや8年あれば主要コロニーのアーコロジー化の目処が立つ、それまでは従順な良き隣人を装わねばならん)

 

3年前に起きた戦争で、クラックスの地球圏の人類、地球人に対する気持ちは憎悪と侮蔑に塗りつぶされた。以降彼は木星人として地球人の支配から脱却する事を決意し、その為に行動してきた。全て順調だったのだ、今日までは。

 

「酷い目だ。仕方ないにしても随分と恨まれたものですな」

 

手を握ったままそう笑いかけてくる男を見て、クラックスは己の失策を悟る。ジオン共和国、その前身となったジオン公国ではニュータイプと呼ばれる存在を大真面目に研究しており、ある程度の成果を上げていた。戦前にやってきた船団の中には確かに勘が鋭い男も居たが、事前に集めた情報では目の前の男は優秀だがそう言った特別な能力者ではないとされていた。だからこそクラックスは一般的な使者と同様の扱いをしたのだ。

 

「ふむ、その反応。間違いないようですな。いやいや、中々どうして私の勘も捨てたものではない」

 

その言葉で、クラックスは自身の進退が窮まった事を自覚する。一瞬この男を物理的に排除しようかとも考えるが、それは先回りして潰された。

 

「物騒な事は考えない方が良いですよ、一応保険もかけてあります。たかだか小物1人を消すのに、今までの成果全てが失われては採算が合いますまい?」

 

笑顔で続けられる言葉に、クラックスは口の中が乾いていくような錯覚に陥る。どう答えるべきか迷っている間にも、目の前の男はたたみ掛けてくる。

 

「気持ちは解らないではないのですがね。力を注ぐなら、相手を自分の場所まで引きずり降ろすというのは如何にも志が低い。どうせなら相手より発展してみせ、称賛を浴びるのが大人の復讐だとは思いませんか?」

 

「簡単に言ってくれる。その発展を今まで抑えつけていたのはお前達地球人だろう?」

 

態度を取り繕うのを止めクラックスが睨み付けるが、男は悪びれた風も無く肩を竦めてみせる。

 

「否定はしません。だがどれ程嫌いな相手でも、今の貴方達にとって我々が必要な相手である事も事実です。そしてこちらの譲歩を蹴れるほど、貴方達の地盤は盤石では無い」

 

「譲歩だと?アメをくれてやるから尻尾を振れとでも言いたいのかね?」

 

クラックスが鼻で笑って見せても、男の態度は変わらない。妖しげな笑みを浮かべたまま話を続ける。

 

「部下や手下は間に合っていますよ、私が欲しいのは対等に付き合える商売相手だ。その為には貴方方にも肥え太って貰わねば困る。ああ、そう言う意味では譲歩ではなく、木星人への投資と考えて貰っても良い」

 

そう男が口にすると、それまで沈黙を続けていた同道者の女性が手にした端末を操作し、そこに映し出された画像をこちらへ向けてくる。

 

「これは?」

 

「我が国の企業が開発しました木星圏開発用モビルワーカー、ヅダ・ワーカーです。取敢えず今回は10機、これを無償で供与させていただきます」

 

平然と語られた内容にクラックスは混乱する。モビルワーカーなどと嘯いているが、それはどう見ても先の大戦で常識を覆した新兵器のMSであることは明白だ。こちらの叛意を理解してなお軍事転用できる、どころか軍事力そのものと呼べる機材を手渡してくるその意図が判らなかったからだ。だがそんな彼の混乱など完全に無視して男は饒舌に語り出す。

 

「モビルワーカーは見ての通り従来の作業ポッドと異なり人型を採用しています。これにより作業ポッドに比べ推進剤の消費を抑え、更に我が国独自の技術である流体パルスシステムはモーター駆動に比べトルク保持が容易ですから、大質量の運搬、保持、組み立てにも―」

 

「お、お待ち頂きたい!?」

 

慌ててクラックスが口を挟むが、何を勘違いしたのか男は更に説明を続ける。

 

「なんでしょう?ああ、メンテナンス性がご不安ですか?ご安心下さい日々の点検項目は作業ポッドと変わりありません。また、初回サービスとして交換部品についても20機分を用意させて貰っております」

 

「そうでは無い!これはMSだろう!?我々の心情を理解していて、何故こんな物を渡すことができる!?」

 

そう怒鳴るクラックスを見て男は目を丸くしたが、その後堪えきれないように口に手を当て肩をふるわせた。ひとしきり笑った後の彼の口から出た言葉は、クラックスにとって致命とも言えるものだった。

 

「いや、失敬。そんなことは考えてもみなかったもので。ですが問題無いでしょう?」

 

「なんですと?」

 

「貴方達は開拓者だ、広大なフロンティアに挑む者達だ。そんな誇りある貴方方が開拓より優先するものなぞ有るはずが無い。それに」

 

驚きの表情を浮かべるクラックスを正面から見据えながら男は続ける。

 

「貴方は先ほど我々を地球人と言った。つまり自らは木星人、愚かな我々とは違う者なのだと位置づけた。ならば我々と同じ真似など、恥ずかしくて出来ないでしょう?」

 

「…信じる、とでも言うのか?我々を?」

 

呻くように出た言葉に、男は再度肩を竦めて見せる。

 

「信じたい、と言うのが正直なところです。ですから互いを信じるために、まずは話をしませんか?」

 

そう言って力の抜けた笑みを浮かべる男を見て、自身の肩から力が抜けるのをクラックスは感じた。同時に腹の底から笑いがこみ上げて来て、その事に彼自身が驚いた。文字通り心底笑えるなど、一体何時以来の感情だろうか。静かに見つめ続ける目の前の男に、クラックスは毒の抜けた声で告げる。

 

「降参だ、クベ外務官。君の望む通り話をしよう」

 

その言葉に部屋の空気が弛緩し、漸く全員が応接セットへと移動し力を抜く。だがそれは一瞬のことであったとクラックスは思い知る。何しろマ外務官が最初からとんでもない話題を振ってきたからである。

 

「さて、何から話しましょう?」

 

そう切り出すクラックスに、マ外務官は笑顔を向ける。だがそれは罠に掛かった獲物を見る猟師のものだった。

 

「実は最初の話題は決めていたのです。クラックス代表、貴方の女性の好みはどのような方ですかな?」

 

地球圏と木星との新たな関係を紡ぐ対話は、まだ始まったばかりである。




おかしいんです。本話はクラックス・ドゥガチに主人公が、
「幼妻はいいぞ、最高だ!」
という内容を熱く語るバカ話になる筈だったんです。
どうしてこうなった?


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SSS13:狂気の残滓

「姉様!私達にもMSを下さい!」

 

タブレットを脇に抱えながら、部屋に入るなりそんなことを言う少女を目の前に、ハマーン・カーン大尉は溜息を吐いた。幾度となく繰り返された行為に、既に数えるのは止めてしまっている。

 

「セラーナ、何度も言っているでしょう?MSは玩具じゃありません。子供が我儘で強請って良いものではないわ」

 

言いながらハマーンは再び手元の端末に目を落とした。そこには現在アクシズで試作され、ハマーン自らがテストパイロットを務めているMSのデータが映し出されている。ハマーンがそこに今日のテストでの感想を出来る限り詳しく書き込んでいると、机に近づいてきたセラーナ・カーンが自身のタブレットを突き出してきた。

 

「見て下さい!私もプル達も軍のMS搭乗要項の最低身長を上回っています。それに年齢だって、姉様が最初にMSに乗った時より年上です!」

 

その言葉に、妹の持つタブレットへ視線を移し、ハマーンは顔をしかめてしまった。そこに記されている値は確かに当時の彼女の数字を全て上回っていたからだ。

 

(博士は成長促進系の薬物はもう使ってないって言ってたわよね?何、なんなの?これが持つ者の力なの?)

 

セラーナについては許容出来る。当時の自身より2歳年を重ねている今の彼女の数字が自身を上回っていることは不思議では無い。自分だってその頃は第二次性徴を迎えて急速に成長したからだ。だが、その下に並ぶ数字は看過できるものではなかった。

 

(プル達って確かまだ10歳よね?え?何この数字?これがニュータイプだとでも言うの!?)

 

咄嗟に同年代に比べ慎ましい自身の胸元へ視線を移しかけ、ハマーンは鋼の精神力でそれを阻止した。その上で大きく一度呼吸をし、目の前の少女に告げる。

 

「あの時と今では状況が全く違います。第一私の件だって、戦時でも特例だったのよ?今のジオンに志願年齢未満の子供を採用する枠なんてありません。そして軍人でないのならMSに乗せるわけにはいきません」

 

ハマーンの口からその言葉が出た途端、セラーナから不快な色が発せられた。それは勝利を確信した者が発する光だった。

 

「姉様も意外と甘いですね。自身が行った手段が、他の人間に真似られないとでも思ったのですか?」

 

そう言いながらセラーナは端末を操作し、勝利の鍵となるページをハマーンへと掲げてみせる。

 

「本日付でフラナガン特技研究所付、特務少尉を拝命しました。プル達は曹長ですけれど」

 

勝ち誇るセラーナから、端末をひったくるように奪ったハマーンはその内容を数度読み返す。そしてどのようにしても解釈の余地が無い文面に思わす叫んでしまった。

 

「何やってるんですか博士っ!?」

 

そこに添えられたサインが間違いなく本物である事を確認しハマーンは頭を抱える。元々セラーナやプル達には初孫に接する祖父のごとく甘いフラナガン・ロム博士であったが、ここ最近は輪を掛けて悪化している。ぬいぐるみ感覚で軍籍を与えるなど、ハマーンは博士の正気を疑った。だが責任者のサインが刻まれた公式文書は間違いなく有効であり、その効果はハマーン自身身を以て知っている。

 

「セラーナ、貴女もっ」

 

「話は聞かせて貰いましたよ!」

 

言いつのろうとするハマーンを遮ったのは、唐突に開いた扉の向こうで仁王立ちする女性だった。

 

「…聞いていたんですか?エリーさん」

 

「聞いていましたよ?」

 

因みにハマーンの執務室としてあてがわれている個室は士官用の私室も兼用であるため完全防音だったりする。言いたいことが一気に増えるが、それを呑み込んでハマーンは言うべき事を優先して口を開いた。

 

「セラーナ、MSは兵器なのよ。その意味が貴女は理解できて居るの?」

 

その問いにセラーナは柔らかい笑みを浮かべながら答えた。

 

「ええ、姉様。とても危ないものだわ。けれど、私達は無関係でいられない。そうでしょう?」

 

「そんなこと…」

 

無いと言い切れたならどれ程楽だろう。再び顔をしかめながらハマーンは言葉を詰まらせる。マレーネやハマーンと同じく、その妹のセラーナもまたサイコミュに適応した人間であった。それでも、ジオン共和国のアステロイド開発拠点であるアクシズを統括するカーン家の娘という立場を利用すれば、姉のマレーネのように軍とは距離のある生活が出来ただろう。だが彼女は良くも悪くも正義感の強い人物であり、狂気の一端を垣間見た瞬間から、自らの進む道を決めてしまった。

 

「姉様の仰りたい事も解ります。私だけならそんな道も残されていたでしょう。でも彼女達は?仮に父様に頼んで我が家の人間にしたとしても、利用しようとする人間は必ず現れる。違いますか?」

 

プルシリーズ。彼女達は戦前、ニュータイプという存在を人為的に量産しようという計画の中で生み出された少女達である。生後すぐに能力者として見いだされたエルピー・プルという少女の遺伝子を、軍民問わず優秀な女性の卵細胞に埋め込むことで生み出された彼女達は、思惑通りに能力を開花させる。だがそれは戦場へ送るには遅すぎて、平和な時代を過ごすには危険過ぎる力だった。更に所謂オデッサチルドレンと呼ばれる連邦軍から保護したニュータイプ被験者を戦中プロパガンダに使用していたことも手伝って、彼女達の存在は非常にデリケートなものになってしまう。そんな彼女達の未来を危ぶんだハマーンが提案したことで、オデッサチルドレンとプル達はアステロイドベルトに存在するアクシズに身を寄せているのだが。

 

「そうね、そのような人々は必ず現れるでしょう」

 

戦争終結から7年が経過した現在。復興が一息吐き余裕の出来た人々の中には、再びほの暗い感情が溜まり始めている。ハマーンの運命を変えてくれた人の言葉を借りるのであれば、欲深い人間は何時までも争うことを止められないのだろう。そしてその時、個として脆弱でありながら、駒としては優秀な存在がどう扱われるかなど想像に難くない。

 

「だから今のうちに私達の持ち駒だと宣言し、彼女達を囲い込む。そうすれば彼女達は戦場に出なくても済む。そう考えているのでしょう、セラーナ?」

 

それは一見良い手にも思える。カーン家は名家であるし、共和国となった今でも各方面に絶大な影響力を持つザビ家との仲も良好だ。その上ハマーン個人が例の大佐と懇意にしているから、広く助力を得ることも出来るだろう。だが、とそれでもハマーンは考える。

 

「ねえセラーナ、私達の周りには善良な人達があふれているわ。けれど、どんな時でも善良で居続けられる人は少ない、とても少ないの。もし私達が、あの人達が窮したときに彼女達が戦う術を身につけていたなら、貴女は胸を張って言える?それでも彼女達を戦わせないと」

 

「いやいや、良いこと言ってる所大変申し訳無いんですけどね、大尉?」

 

答えられず沈黙してしまったセラーナに代わって口を開いたのは、成り行きを見守っていたエリー・タカハシ少佐だった。

 

「ほらこれ、命令書。ご丁寧に総督のサイン入りです、流石に軍人として命令に逆らっては不味いでしょう」

 

そう言いながらセラーナの持っていた端末を指さすエリー少佐。そこには間違いなくアクシズの総督である2人の父、マハラジャ・カーンのサインがあった。沈黙が部屋を支配し、わずかに空調の音だけが響く。それを最初に破ったのはハマーンだった。

 

「もう、少佐っ!折角もう少しで丸め込めそうだったのに!」

 

「なっ!?騙したんですか姉様!?」

 

たとえ命令書が本物であっても、本人達が辞退すれば話は変わる。それを見越してのハマーンが行った誘導は失敗に終わる。激昂するセラーナに向かって、ハマーンは悪びれもせず言い返した。

 

「あら、人聞きの悪い言い方は止めて頂戴セラーナ。私は私に都合の良い事実を述べただけです、それをどう判断するかは貴女の問題でしょう?」

 

「それは詭弁です!卑怯ですよ姉様!」

 

尚も食いかかってくるセラーナに、笑顔でハマーンは応じた。

 

「セラーナ、良いことを教えてあげるわ」

 

「何ですか?」

 

「狡い、卑怯は敗者の戯言よ」

 

再び静寂が部屋を支配するが、残念ながら先ほどのようなシリアスさは微塵も存在しない。あまりな姉の言葉に一瞬思考停止に追い込まれたセラーナであったが、直ぐに再起動し再び叫ぶ。

 

「…って、話を逸らさないで下さい!」

 

「ちっ、流石に騙せなかったか」

 

「あっはっは、アレの真似をするにはハマーン大尉はまだ未熟ですねぇ。まあ、安心して下さいよ、彼女達の機体は私達が責任もって準備しますから」

 

その言葉に深く溜息を吐いた後、半眼で睨みながらハマーンは口を開く。

 

「成程、繋がりました。本国の大佐から送られてきた新型機の図面、とっても強そうでしたものね?」

 

「そうなんですよあの野郎っ!こっちが色々気を遣っている間に好き放題しやがって!この辺りで最も優秀な技術者が誰であったのか思い出させてやろうという次第ですよ!」

 

まくし立てるエリー少佐を見て唖然とするセラーナに、腕を組みながらハマーンは話しかける。

 

「見なさいセラーナ。これが汚い大人というものです。貴女に味方してくれるからと言って、それが全て貴女の志に共感したと考えるのはとても危険なことなのよ」

 

「おやおやぁ?そんなに余裕をかましていて良いんですかね大尉?カーウィン中尉、先日技術開発本部に正式配属になりましたよ。増えるでしょうねぇ、大佐との個人レッスン!」

 

ジオニック社の秘蔵ッ子としてその界隈で有名なメイ・カーウィン中尉は、戦時中前線部隊に居たという特異なケースの人物であり、その経歴から今尚非公開となっている大佐の功績を肌で感じてきた人間の一人である。その為大佐に憧憬とも取れる感情を抱いている節が多々あり、同時に技術畑の人間と非常に相性が良い大佐という組み合わせはハマーンにとって極めて危険度の高い構成と言えた。特に某元海兵隊中佐よりタレコミ――木星公社代表に幼妻の魅力を懸命に訴えていた――があって以来、適合しそうな人物への警戒は彼女の重要なライフワークの一つになっている。ちなみにカーウィン中尉はハマーンより2歳年上であり、十分警戒範囲内だ。エリー少佐の言葉に一瞬表情を消した後、非常に良い笑みを浮かべて口を開く。笑顔になった瞬間セラーナが悲鳴を上げた気もしたが、既にそのようなことはハマーンにとって些事であった。

 

「承知しました少佐。パイロットの方は私がどうにかします。機体の方、よろしくお願いしますね?」

 

「任されました、なあに心配いりません。この2年で十分データは取れましたからね、最高の機体を約束しますよ!」

 

先ほどまでの問答は何であったのか。正義もなにもあったものではない理由で自身の願いが叶う瞬間を目の当たりにしたセラーナは弱々しく呟いた。

 

「大人って、狡い」

 

「そうよセラーナ。大人は狡いの、勉強になったわね?」

 

一月後、史上初めてサイコミュ搭載型の量産MSがアクシズより発表され大騒ぎとなる。テストパイロットを務めた人物のパーソナルカラーを反映し、純白に染められたその機体達は選抜されたパイロット達が一様に女性であった事から、“ヴァイスフローレン”と呼ばれ長らくアステロイドベルトの守護者として名を馳せる事となるのだが、それはまた別の話である。




プル達ですが、年齢から考えるに一年戦争前から育てていないと合わない事になります、また完全なクローンであれば、髪型なども同一となる筈なのでこのような設定としました。

以下、作者の自慰設定。

AMSN-01 シュネーヴァイスⅠ

アクシズにて設計されたニュータイプ専用MSの第一号機、テストパイロットは同拠点の総督であるマハラジャ・カーンの娘のハマーン・カーンが担当している。大戦中に建造されたニュータイプ用MAをMSにダウンサイジングすることで運用コストの低減を狙った機体で、ビット以外は平均的なMSと武装を供用している。本機は正式な型番が与えられたものの、A~Cの3タイプが存在し、かつ全てが要求水準を満たせなかったため、全4機の製造で終了している。各タイプは以下の通り。
A型:複座、無線式サイコミュ搭載機
B型:単座、有線式サイコミュ搭載機
C型:単座、無線式サイコミュ搭載機
無線式サイコミュ兵器搭載型では、ダウンサイジングの弊害で同時起動数が2基になっている。また有線式では装備自体の小型化が思うように進まず、機体そのものの運動性が著しく損なわれることとなった。結果、最も軍の要求に近かったC型がハマーン・カーン専用機として追加製造されたものの、データ収集機としての側面が強く、約1年ほどで後継機種に乗り換えている。


AMSN-02 シュネーヴァイスⅡ

01のテストデータを元に再度開発された機体。技術進歩に伴いサイコミュ関連の装備が大幅に小型化し軍の要求水準をクリア、史上初であるサイコミュ搭載の量産型MSとなる。本機の設計は主に元ツィマッド社設計主任であったエリー・タカハシ技術少佐が担当しており、戦後ゲルググの後の次期主力機としてツィマッド社が提案するもジオニックのYMS-19に敗北したYMS-21をベースにしている。
同機の最大の特徴は操縦にバイオセンサーと呼ばれるサイコミュ装置を利用している点である。これによりニュータイプ専用機のジレンマであったサイコミュ兵器の運用と機体動作の両立が容易となったことで、パイロットへの要求水準が大幅に低下、量産化に成功している。また、機体操作負荷の低減はサイコミュ兵器の同時運用数の増加に繋がり、01と比較した場合、要求水準の最低ラインのパイロットでも倍近いビットの運用が可能である。
ビットそのものも改良されており、小型でありながらビームライフル並の火力を実現している。1号機を受領したハマーン大尉のパーソナルカラーが以後の正式カラーに採用されたため、機体色はパールホワイトに一部ピンクバイオレットが使用されている。


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SSS14:0082航海日誌「帰路」

「良かったんでしょうか?」

 

少しずつ遠ざかっていく赤い星をモニター越しに眺めながら、ショウ・ブルームーン曹長は目の前でコーヒーを飲むテム・レイ大尉に話しかけた。ジュピトリス級輸送船であるホープの食堂は長期航海に伴う船員の体調管理のため重力区画に設けられている。科学の進歩により、幾つかのサプリメントと少量の運動で身体能力の低下は抑えられるが、船員が皆自身の体に気を使える訳では無い。この問題を解決するため強制的に体を動かすためにこのような配置を取っているのだが当初は十分に機能していなかったという、何故ならサプリメントを配合した食事が不味く船員が寄りつかなかったからだ。幸いにしてジオン共和国はこの手の食事に力を入れており直ぐに改善されたため、彼らはその近寄りがたい食堂を経験する事は無かったが。

 

「何がだ?」

 

視線を手元の端末から逸らさずにテム大尉が口を開く。

 

「MSです。地球連邦から独立した組織とは言っても、元々出資していたのは連邦でしょう?そんなところに兵器を供与したら不味いんじゃないですか?」

 

「ショウ曹長、我々が供与したのはMSではない。MWだ」

 

そう答えるテム大尉にショウは口を尖らせて反論した。

 

「一緒でしょう?第一FCSの封印すらしてないじゃないですか」

 

「あれはオプションコントロールシステム。手持ち作業機器のOSだ」

 

「名前が違うだけじゃないですか」

 

そう言い返せば、口の端を歪めてテム大尉はマグカップを机に置き、視線をショウに合わせた。

 

「そういう建前が必要なのさ、大人の世界ではな。お前の不満を当ててやろうか?木星の住人は地球圏の我々に好意的ではない、むしろ敵対的な姿勢が透けて見える。まあ、今までの扱いからすれば無理のないことだがな。そんな連中に武器を渡して反抗されたら厄介だ。そんなところだろう?」

 

その言葉にショウは頷いて見せる。表面上こそ友好的な人物も多く居たが、停泊したコロニー全体から放たれている空気は非常に暗く攻撃的で、半舷上陸の際もショウは自室に籠っていた程だ。多少勘の良い人間であればショウのような能力を持っていなくても十分察することが出来るだろう。そんな彼の様子を見てテム大尉は笑いながら再びマグカップを持ち上げた。

 

「私も政治屋ではないが、世渡りというヤツはそれなりに知っている。その上で言えるとすれば、今ここで彼らを援助するのはリスクも大きいがリターンも大きい。地球人である我々が彼らを信じていると言うアピールと同時に、対等な相手だと認めている宣伝になるからな。その分地球連邦政府は苦しくなるだろうが、そこは今までのツケを払って貰うしか無いだろうさ」

 

軍事転用可能な装備を供与することは、国家間の信頼関係をアピールする上でよく取られる手法だ。この時渡される装備が優秀であればあるほど、その国家を重視しているというパフォーマンスにも繋がる。特にこれまで地球連邦政府が露骨に制約を掛けて来ていた事を考慮すれば、より劇的な影響を期待出来るだろう。

 

「それに、あの男はアレで実に強かだぞ」

 

「強か、ですか?」

 

ショウが聞き返すと、テム大尉は口元にマグカップを運びながら続きを口にした。

 

「供与した機体は全てジオン製、それも動作は流体パルス駆動方式だ。連邦は売り込みたくても方式が違うからな、木星の台所事情からすれば先に売り込んでノウハウを積んだ方式を採用し続ける可能性が高い。まあ、元々低出力のジェネレーターでもトルクの出しやすいこの方式の方が開拓向きであるのだがな、それに」

 

続く言葉を待つショウに対して、意地の悪い大人の顔になったテム大尉は続ける。

 

「この駆動方式は内部容量を食うからな。軍事転用されても、フィールドモーター方式の今後の機体に性能面で追いつくのは厳しい。構造こそインナーフレームを用いているが、それが余計に容積を奪っている。アレを軍用機に再利用しても絶対にこちらの機体を超えられない。食えない男だよ」

 

そう言ってテム大尉はコーヒーを飲み干すと、本格的に端末を操作し始める。木星に到着するまでに都合3機のMSを設計したテム大尉だったが、パプテマス・シロッコ少佐との模擬戦で成績が振るっていなかったからだ。勝率自体は勝ち越しているものの大尉に言わせれば勝利の要因はパイロットの技量差で、むしろ機体で比較すれば大佐がショウに勝てている時点で敗北と同義だと語っていた。研究に熱中する大尉を見ても心理的にささくれない事を理解して、ショウは少しだけ過去の自分を思い出し自嘲する。結局の所、父に自身の理想の父としての振る舞いを求めていた自分もまた子供だったという事だ。そんなことを思いながら何気なしに大尉の端末をのぞき込んだショウは途端に顔を引きつらせた。

 

「た、大尉?コレは何です?」

 

試作三号機、ゲーフュンフからパプテマス少佐達に影響を受けた大尉は、当初拘っていたMSの基本となる人型から乖離を見せ始めていた。サイコミュを用いて同時に6本の腕を操作しろと指示されたときは頭を抱えたが、端末の画面に映されている機体も同じくらい奇天烈な思想で設計されているようだ。

 

「うむ、フュンフの時に操作量が多くサイコミュを補助としただろう?結果機体は大型化し、パイロットへの負担も増えた。そこで今回のアプローチは機能を拡張しつつ、従来のMSに近い操作量、サイズを目指してみたんだ」

 

確かにショウの見る限り、前回のように四肢が幾つも増えていない。しかし。

 

「大尉、足がありません。そして腕が4本あるように見えるのですが?」

 

ショウの言葉に我が意を得たりとばかりに大尉は満面の笑みで答える。

 

「その通り!人類は直立歩行の代償として後ろ足を歩行に最適化させた。だが近種である猿はどうだ?樹上という擬似的な三次元空間へ効率的に順応するために後ろ足にも物体の保持、操作能力を残している。つまり我々と同じ四肢で生活しつつ、より多くの機能を保持していると言うことだ!」

 

「えぇ…」

 

興奮する大尉にショウは少し引いているのだが、そんなことはお構いなしに大尉の高説は止まらない。

 

「AMBACの面からもウエイトバランスが均等化することは三次元機動において有利に運ぶ、どうせ地上では使わんのだから自重に耐える必要も無い。これならば背面装備と同等の機能を保持しつつ操作量の増大を最小限に抑えられるし、モーションデータの流用も利くからサイコミュを搭載する必要も無い。やはり兵器は誰が使っても想定した性能を発揮しなくてはな!」

 

ならいっそ、この不細工なMSのパイロットから自分を外して欲しい。とは、口が裂けても言えないショウは密かに溜息を吐く。宇宙へと進出した人類のたどり着いた結論がサルへの回帰だと聞いたら、人類進化を学ぶ学者達はどう思うだろうなどと余計なことを考えながら。

 

 

 

 

「ちゃうねん」

 

「何も言っておりませんが?」

 

誤解を解くべく口にした言葉は、しかし彼女には届かなかった。事の発端は帰路のスケジュールに対する本国からの返信に添付されていたビデオメールだった。心の弱い人ならそれだけで殺せそうな表情を浮かべた国防大臣ことスカーフェイスゴリラが淡々と俺の結婚観について苦言を呈しているという物だったのだが、ぶっちゃけ要約するとミネバはやらんぞ!という事だった。いや、貰おうなんて微塵も思ってないですけど。つかそこは妹は嫁にやらんじゃねえの?と首を傾げていたら、気を利かせた元海兵隊の方が教えてくれました。

 

「大佐ってペドフィリアだったんですね!」

 

実は私もなんですとか衝撃的なカミングアウトは流しつつ、俺は激怒で答えたさ。どこから出てきたんだよその設定!?広めたヤツと法廷で争うことも辞さんぞ!?ってね。そしたら、

 

「へ?中佐が本国にそう伝えてましたよ?結婚するなら幼妻が良いって木星公社代表を仲間に取り込もうと説得してたって」

 

ガッデムッ!

そして冒頭に至ると言った次第である。

 

「その、中佐。色々と誤解があるようだが…」

 

そう切り出す俺を見ようともせず、端末に目を落とし続けるシーマ・ガラハウ中佐。なんだろう、戦争中に説教された時より今の方が危機的状況だと俺の勘が告げている。どう言うべきか考えていると、妙に優しい顔になった中佐が口を開いた。

 

「別に大佐がペドフィリアでも私は構いませんよ。指揮官としての実力は信頼しておりますから。まあ、今後子供達との接触については色々と処置しますが」

 

「処置?」

 

「半径3m以内に近づいたら切り落とします」

 

何処をだよ、いや、何処でも怖ええよ!嫌だよ!?

 

「だから誤解だ。私はペドフィリアでは無いよ中佐」

 

「容疑者がどれだけ無実を供述しても、物的証拠の前には無力ですよ、大佐?」

 

アルカイックスマイルを浮かべながら微塵も容赦の無い言葉を投げつけて来る中佐。うん、これは時間の掛かる案件だな。問題は時間が掛かっても解決出来るかは解らん所だが。

 

「最早犯罪者扱いか。了解した、幸いまだ一年以上あるんだ、ゆっくり誤解は解かせて貰うとも」

 

「期待しておきます。ああ、先ほどの処置の件は既に連絡済みですから注意して下さいね?」

 

俺はこの航海を無事乗り切ることが出来るのだろうか。遠ざかりつつある木星を眺めながら、前途の多難さに。早くも俺の心は挫けそうだった。



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SSS15:ドズルの欲望~ジオン共和国軍再建記~

眉間にしわを寄せ黙りこくる兄を見ながらドズル・ザビ国防大臣は落ち着かない気持ちで、兄ギレン・ザビ首相の表情の原因である手元の端末へと視線を落とした。そこに大きく映し出されているのは87年度中期防衛計画の文字である。

 

「ドズル、今の軍事予算が我が国の国家予算の何%を占めているか言ってみろ」

 

ギレン首相の言葉にドズルは若干目を泳がせながら、なんとか口を動かした。

 

「あー、確か、1割、…だったか?」

 

ドズルの回答に不満だったのか、ギレン首相は溜息を吐きながら口を開く。

 

「20%だ。お前の持って来た中期計画を読んだが、更に増額を求めているな?今年度の我が国の予算から考えれば、この数字は実に25%相当になる。国家予算の四分の一を軍事費につぎ込めとお前は言うのか?」

 

確かに国家予算の25%という数字は非常に大きい割合だ、それが平時であれば尚更である。旧世紀の大国でも15%程であった事からも、軍が要求している額が大きいことは明らかだ。だがドズルとしても言い分はある。木星航路の安定化を目的としたアステロイドベルトの開拓が順調に進んだことにより、ジオンの勢力圏が大幅に拡大したためだ。

 

「そうは言うが兄貴、申請額は戦前の半額だぞ。そりゃあ予算の割合でそうなるのは解るが…」

 

苦々しい思いでそう返せば、ギレン首相は平然と答えた。

 

「戦時と平時だ比較にならん。第一あの時は開戦を前提とした予算配分だったのだ、アレを当たり前と思って貰っては困る」

 

「承知しているさ。だから戦後の軍縮にも協力しただろう?だが防衛圏の拡大に対応するためにはどうしても手が要るし、何よりその金額は軍人への各種年金を含んだ数字だろう?実際軍の手元に来るのは更に減るんだぞ?」

 

その様子に苛立ちを感じながらもドズルはそれを抑えてなお言いつのる。だがそれに対する返事は冷淡なものだった。

 

「だから人員の拡大については前回の議会で承認しただろう?」

 

「人が居ても装備が無ければ意味がないだろう!」

 

「おかしなことを言うな。軍縮の際にモスボールした装備には余裕があるはずだぞ?」

 

その言葉にドズルは頭を抱えたくなった。確かにモスボールされた装備は多くあるが、そのほとんどはMSやMAであり、今回更新を申請している艦艇については殆どが解体されてしまっている。元々建造費が高い艦艇はギリギリまで使い倒される事が多く、現役の艦艇についても近代化改修を繰り返しているが、それでも限界はある。

 

「MSについてはある程度誤魔化せるだろうが、艦の方はもう限界だ。特にムサイがまずい」

 

ルウム戦役における損害を補填するために増産された艦艇はムサイが大半であったが、ムサイは元々連邦軍との艦隊決戦を前提に設計された艦であり、MSの運用能力と正面火力を重視している。特に短期決戦を想定していたこともあって航続力や居住性に難点を抱えており、現在増加している任務である火星、アステロイドベルトへの派遣には全く適していないのだ。現状これらの任務には航続距離に優れるグワジン級を当てているが、元々艦隊旗艦として設計された同艦は維持運用費がその他の艦艇とは比較にならず、また戦力として重要な位置を占めるこの艦を警備艦として辺境へ派遣する事には国防の面から本国で疑問の声が上がっている。軍としてもコストパフォーマンスの悪い同艦をアステロイドベルトへ送る事には否定的であり、その点からも任務に適した新型艦の必要性が高まっていた。

 

「ドズル、後3年保たせられんか?」

 

その言葉にドズルは頭を掻いた。3年後と言えば丁度戦勝10周年だ。そうした節目の年であれば軍の功績を民間にアピールすることで議会内でも予算が通しやすいという目算だろう。ドズル自身も2年前の5周年で巡洋艦の更新を打診するつもりだったのだが。

 

「厳しいな。後3年となると今度は残っている艦艇の方が厳しくなってくる」

 

特にドロスとドロワが深刻だった。十分なノウハウを蓄積する前に設計された両艦は技術力に対し要求された能力が過大であり、採算をある程度無視出来た戦中ならばまだしも平時ではその動かす度に噴出する膨大なメンテナンスで維持費を圧迫する難物と化していた。加えて搭載機の更新に艦側の設備が追いついていないことも問題だった。元々ジオン系のMSは流体パルスシステム方式を使用した機体だったのだが、戦後機体の方式が連邦系であったフィールドモーター方式に代わったことで最大の利点であった艦内の製造設備が陳腐化してしまったのだ。現段階でも騙し騙し運用しているが、双方とも去年は運用しているよりドックにいる方が長いという有様だった。このため両艦に本格的な近代化改修を施すか、あるいは代替する新造艦が必要となるだろう。

 

「だとすれば艦の方の更新分を何処かで削るしかあるまい」

 

「ならばMSの開発費だな。何処かのバカがやらかしてくれたおかげで連邦には大分水を開けることが出来ているから、暫くは予算を縮小してもかまわんだろう」

 

ドズルがそう答えれば、ギレン首相は苦虫を噛み潰した顔になりながら口を開く。

 

「ジオニックの連中がまたへそを曲げそうだな」

 

開発費の縮小はそのまま共同研究を行っている各社への資金提供に影響する。艦艇の受注である程度の収益が見込めるMIP社とツィマッド社はそれほどでもないだろうが、新規のMS購入数も落ち込んでいるジオニック社には痛い減収だろう。だが、それだけでは無いとドズルは鼻を鳴らした。

 

「あれだろう?次期主力に技術本部が開発した機体が選ばれた事に腹を立てているんだろう?だったらもっと良い機体を造れば良い」

 

その言葉にギレン首相は喉を鳴らして笑う。

 

「そんなことを言えば開発費を削っておいてその言い草はなんだと暴れ出しかねん」

 

「あのバカ共には出来たぞ?」

 

腕を組みそう答えるドズルを見て、ギレン首相は憚らず笑い声を上げるのだった。

 

 

 

 

「なんだこれ」

 

「どうされたのですか?」

 

朝晩の気温差が厳しくなってきた11月終わり。幾つかの鉱山を閉鎖し、その従業員へ宇宙移民の案内をしていたら、なんか知らんがドズル国防大臣からメールが来た。努力の甲斐あって俺のペドフィリア疑惑が晴れて以降、事あるごとにミネバ様自慢のメールを送りつけてくるようになったのでいつも通り既読スルーをしようとしたら、なんかお堅いタイトルがついてやがる。訝しげに尋ねてくるウラガンに画面を見せると、ウラガンは渋面を作った。ですよねー。

 

「国防大臣はまだ戦時中の気分が抜けんらしい」

 

「困ったものですね」

 

戦時中に比べたら、オデッサはその規模を格段に縮小している。何せここにあった製造ラインは古いから殆ど閉鎖してしまったし、陸戦用の兵器開発というニーズが低下したため集まっていた技術者も殆どは解散して別の場所に移っている。鉱物資源もアステロイドベルトと火星の鉱山が軌道に乗り始めたので順次閉鎖し、労働者の方々には先に述べたように宇宙移民の斡旋をしている最中だ。なので残っているのは欧州方面の緊急展開部隊と俺のような万年大佐の事務員くらいなのだが。

 

「新規MS調達における予算削減の技術的見地から見た意見具申の作成?」

 

端的に換言すれば、要は新しいMSを安く造れということらしい。そう言うのは俺じゃ無くて技術開発本部の方々に言って下さいませんかね?

 

「ああ、そう言えば次の主力機はパプテマス技術少佐の作でしたか」

 

紅茶を淹れるのを再開しながら得心したといった声音でウラガンが返事をした。パプテマス少佐なぁ。こっちに来てから楽しくMS作ってるのは良いんだけど、毎回データ送ってきて俺をテストパイロットにするし、そんで何故か共同開発者に名前挙げるんだよなぁ。おかげで最近は技術将校(笑)とかからかわれる始末である。MSの事なんか微塵もわかんねえよ。

 

「まあ、あれは金のかかる機体ではあるからな。幾らか削る余地はあるか」

 

具体的には装甲材とか、でもなぁ。

 

「どうされたのです?」

 

悩んでいると良い香りの紅茶が差し出される。出来た副官がいる俺は実に幸運だ。

 

「いや、機体を安くする方法はあるが、パプテマス少佐は渋るだろうと思ってな」

 

「しかし安くしろと大臣は仰られているのですから、仕方がないのでは?」

 

「そこはこう発想の転換などで、…ああ、そうか」

 

今の時期にこんな書類が送られてくるって事は、どうせ来期の予算申請で眉なしに突っぱねられたな?しょうがねぇなぁ。

 

「財源が有限である以上、何処かに割を食わせるのは致し方ない。だが、真っ先に未来への投資に手を付けるのは気に入らんな」

 

そう言って俺は端末を弄ぶ。さて、何処から削ってやろう?

 

 

 

後に87年の大鉈と呼ばれるジオン共和国軍の組織改革により、ジオン軍はその後数年に渡り軍事力において連邦の後塵を喫する事となる。しかし95年に発生した一連の事件によって改革を断行したドズル国防大臣は共和国の威信を守り抜いた名将として長く語り継がれることとなる。



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SSS16:0085観艦式

「成し遂げましたな」

 

「違うな少将。我々は今漸くスタートラインに着いたのだ」

 

整然と並ぶ大艦隊を前にして溜息のように漏らした少将へ向かって、グリーン・ワイアット大将はそう戒めた。敗戦、そして屈辱的な講和を受け入れた連邦軍は5年の月日を経て、漸く当時の偉容を取り戻しつつある。

 

「10時方向仰角25°!ナガトを確認!続いてムツ、フソウ、ヤマシロです!」

 

オペレーターの言葉を受けそちらへ向き直ると、グリーンは右手を挙げ手本のような敬礼をした。観艦式に合わせてライトグレーに船体を化粧直ししたナガト級が、敬礼に答えるように粛々と進み指定された位置へ着く。その様子をグリーンはまぶしそうに目を細めながら見届けた。

 

(これらの艦がルウムの時にあれば。いや、そんなたらればは無意味だな)

 

戦後の連邦軍、特に宇宙軍の再建計画は紛糾した。何しろ軍縮に加えて敗戦の条約においてMSの開発を実質的に止められたからである。問題は開発や更新の制限が、AMBAC機に限定されたことだ。元々新兵器であったMSに対する認識は宇宙軍の中でも温度差があり、必要性について大きく意見が分かれていたのである。特に既存兵器の製造メーカーと懇意にしている人物はその傾向が強く、更にMS推進派の多くが故ヨハン・イブラヒム・レビル大将を中心とした派閥に属していたことも拍車をかけた。そしてそのレースに勝ち残ったのが、グリーン・ワイアット大将を中心とした主力艦中心派、所謂艦隊派と呼ばれる派閥で彼らの主張は実に単純であった。

 

「MSは確かに強力な兵器だ。先の大戦における緒戦の敗北をそこに求めたくなるのも無理は無い。しかし、それは果たして正しい認識だろうか?」

 

確かに既存の兵器群は先の大戦においてMS程目覚ましい戦果は挙げなかった。だがそれは、多くの兵器がミノフスキー粒子散布下という新しい戦場に対応していなかったことが無視出来ない要因であったという事も否めない。特に大戦後期のビーム攪乱幕とコンバットボックスを併用した戦術は艦艇の生存率を飛躍的に高めており、毎年行われているジオン共和国との対抗演習においても成果を上げていたのだ。加えて戦中の情勢も彼らに味方した。

 

「MSで戦果を挙げながら、地上に降りたジオンはどうだったか?MSに向かぬと見たならば既存兵器をミノフスキー粒子環境下に対応させて投入してきたではないか。先駆者である彼らすらMSの万能性を盲信していないのに、何故貴方達はMSが無ければ戦えぬと結論付けるのか?」

 

無論グリーンとてバカでは無い。直掩機を欠き防空能力の低下した艦隊がそれらの攻撃に脆弱であることなど十分承知している。だがその直掩機がMSでなければならないとは全く考えていなかった。

 

「MSは小回りこそ利くが、航空機と比べ加速性は遥かに劣る。その他の利点は四肢による白兵戦能力だが、これが対艦戦闘で発揮される事はまず希だ」

 

無論ごく一部のエースと呼ばれる人種の中には好んで艦へ肉薄するものも居る。だが大半の兵士にとって、無数に吐き出される火線を掻い潜り文字通り手の届く距離まで近づくことは容易な事ではない。結果たとえMSであっても対艦戦闘は大威力の火器による射撃が一般的な手法であり、ビーム攪乱幕の散布が恒常化している現在ではMSの携行する火器で艦艇を撃破することは非常に難しくなっていた。

 

「火力が不足する分は知恵と工夫、端的に言えば艦艇の弱点を狙う必要がある。だがそれは行動が制限されると言うことだ」

 

射点が限定されてしまえばMSの最大の利点である運動性の高さは大きく制限される。他方攻撃を防ぐ側からすれば、その位置に着く相手を警戒すれば良いのだから迎撃の難易度は下がる。結果、現在の連邦宇宙軍の陣容は実に解りやすい大艦巨砲主義へと回帰していた。

 

「流石新型ですな」

 

位置に着いたナガト達を見ながら、少将が感嘆と共にそう口にする。今年になって就役したナガト級は大戦以降の戦訓を結集して生み出された艦艇だ。予算の都合上マゼラン型に分類こそされているが内容は全くの別物であり、その戦闘能力はマゼラン3隻に相当する。単純な砲火力も勿論だが、何より注力されたのがその防空能力だ。いっそ偏執的とまで称されるほど搭載された対空火器は、単艦であっても極めて濃密な弾幕を形成可能である。現在旧式化したマゼランは順次このナガト級に更新されており連邦宇宙軍の戦力は着実に向上している。

 

「新型も良いですがこのバーミンガムとて負けてはいません。本日は本艦の能力を存分にご覧下さい」

 

少将の言葉に自尊心を刺激されたのか、艦長の大佐がそう口を挟んできた。その言葉に虚を突かれた表情になった後、少将は慌てて鼻息荒く艦長の言葉に応える。

 

「勿論だとも。このバーミンガムは連邦の象徴だ。先の戦いでは後れを取ったが―」

 

「少将」

 

軍人として口にしてはならない言葉を少将が発する前にグリーンはそう遮った。

 

「紅茶が冷めてしまうよ」

 

「…申し訳ありません。ああ、しかしジオンの艦はまだムサイですか」

 

話題を逸らすように参列艦の方へと視線を送った少将がそう嘲るように口にした。その様子にグリーンは表情を変えずに、しかし胸中で嘆息する。

 

(この辺りが植民地人上がりの限界だな。やれやれ、全く紳士的ではない)

 

ホストの面子を潰さぬよう招待した側より敢えて小型の艦艇で参加する。観艦式について多少でも知識を持っていれば当然の事すらも理解できない部下に落胆すると同時に、そうして良き同盟相手を演じるジオンへグリーンは一層の警戒心を募らせる。

 

「気をつけたまえ、彼らは以前の彼らではない」

 

独立戦争の時のジオンは飢狼の様なものだった。攻撃性はあれど体力も余裕も無く、危険ではあるが恐れる相手ではなかったのだ。そんな相手が針の穴のような狭い勝利の可能性を奇跡的にたぐり寄せ続けたという、連邦からすれば思わず酒でも呷ってふて寝したくなるような結果が、あの戦争の勝敗である。だが今の彼らは違う、あれは最早十分な餌を食んだ熊と思うべきだ。

 

「余計な刺激は控えるように。無用な怒りを買って襲いかかられてはたまらん」

 

戦略家としてならばグリーンは自身を以前同じ席についていた老人よりも優秀であると自認している。その一方で戦術家としては最後まで勝てなかったという自覚もある。今ひとつ理解の出来ていない顔の少将を見て、小さく溜息を吐くと従卒の大尉に紅茶のおかわりを命じつつ、内心で呟いた。

 

(あの老体ですら勝てなかったというのに、さらに手強くなった奴らと戦うなど冗談ではない)

 

渡された紅茶の香りを嗅ぎながら、自身が前任者と同じ末路をたどらぬよう願わずにはいられなかった。

 

 

 

 

「壮観ですなぁ。全く連邦軍は金があるようで羨ましい限りです」

 

「ヴィリィ少佐、それは思っていても口に出すな」

 

ムサイ級ペール・ギュントの艦橋から観艦式の様子を眺めていた艦長の軽口に半眼でアナベル・ガトー中佐は応えた。ムサイ級の中では艦齢の若いペール・ギュントであるが、最近はあちこちにガタが来ている。軍縮によりギリギリまで数を絞られた艦艇は、任務のローテーションにも余裕がなく、大きな不具合でもなければドック入りなどできないからだ。特にペール・ギュントは乗組員の質が高く、普段から丁寧な整備が行われていたためにそうした所謂航行や戦闘に支障の出るトラブルが発生しておらず、必然的に入渠も後回しにされがちであった。笑い声がそこかしこから聞こえる艦橋にアナベルは肩を竦めつつ言葉を続ける。

 

「我が軍の台所が寂しいのは今に始まったことではあるまい。それにこの任務が終わればペール・ギュントもオーバーホールだろう」

 

「ほう、それはまた?」

 

興味深そうな視線を向けてくる少佐に、少し声を潜めてアナベルは答える。

 

「MIPから新造艦の売り込みが来ているのは知っているだろう?どうもドズル閣下は乗り気のようでな、購入のための計画が進んでいる」

 

「それはそれは、漸くこの老骨もゆっくり出来ますか」

 

その言葉に苦笑いを浮かべつつアナベルは思う。ペール・ギュントは就役してから約6年が経過しているが、言い換えればまだ6年しか運用されていないとも言える。開戦前の軍の状況を思えば随分と贅沢になったと彼女は思った。あの頃は旧式艦どころか民間船まで徴発して使ったのだから。

 

「それもこれも、先ずこの任務を成し遂げてからだ。さて諸君、連邦軍に我々の実力をしっかりと披露しよう。彼らの面子を潰さない程度にね?」

 

アナベルの言葉に今度こそ艦橋に笑い声が渦巻く。

 

――そして、観艦式が始まった。




星の屑?一体何のことかなあ?


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SSS17:M・U・C

宇宙世紀0079、人類が増えすぎた人口を宇宙へと移民するようになって半世紀以上が過ぎ去ろうとしていたとき、民主主義は死んだ。ジオン公国の独立宣言に端を発した大規模なクーデター軍により、軍部を始めあらゆる中枢機関が掌握されたからだ。

 

連邦はクーデター軍の手に完全に落ちたかに見えた。だがしかし、連邦には最後の希望が残されていた。

 

――地球連邦軍総司令だ。

 

第47代地球連邦軍総司令、ヨハン・イブラヒム・レビル大将。彼は秘密裏に開発されていた“地球連邦軍総司令専用MS”に乗り込み、ただ1人敢然と戦い続けた。

地球連邦軍の民主主義を、再び取り戻すために。

 

「私の特別な“スーツ”を出してくれ、マチルダ」

 

「これから派手なパーティーが始まるのですね?こんなパーティーは私初めてです!」

 

「OK!レッツパァリィィ!!」

 

隔壁を吹き飛ばし純白のMSが躍り出る。

 

「ウェルカム!ようこそジャブローへ!」

 

言うやレビルはクーデター軍に向けて躊躇無くトリガーを引いた。地球連邦軍総司令専用MS。開発コードガンダムの両手に握られたビームライフルはその凶暴な力を解き放ち、包囲していた61式戦車を瞬時にスクラップへと変えた。その様子をモニターで見ていたはずのマチルダは大した感想もなかったのか、次の仕事に掛かるべくレビルに向かって普段と変わらない口調で話しかけてきた。

 

「あら、皆さん既にお揃いのようです。総司令、ここは秘密格納庫のミデアで脱出しましょう。格納庫の扉を解錠しますので、暫くの間だけお客様のお相手をしてあげて下さい」

 

「任せて貰おう」

 

圧倒的物量に包囲されているにもかかわらず、レビルはそう平然と言い放ちガンダムを駆けさせる。その動きには一切の躊躇がなく、手にしたビームライフルから吐き出される光条は次々とクーデター軍の機体へと突き刺さる。マチルダが秘密格納庫の扉を開くまでの数分間、その蹂躙劇は続くこととなる。

 

「お待たせしました、総司令」

 

マチルダの言葉と同時にジャブロー本部中央広場に建てられていたイサーク・イブラヒム・レビルの像が大きく持ち上がり、その下に秘密格納庫へと続く通路が現れた。

 

「…必ず、戻るっ!」

 

決意の言葉と共に一度だけ偉大なる父の像を見上げた後、レビルは振り返ることなく格納庫へと向かう。だがその格納庫へもクーデター軍は迫っていた。

 

「ミデアの発進準備は間も無く完了、…おや、また随分と大勢でお客様がいらっしゃいました。総司令、丁重におもてなし下さい」

 

マチルダの言葉に無言で頷くと、レビルはクーデター軍の兵士――クーデターに参加はしたが、彼らは間違いなく連邦軍の兵士だ――へ銃口を向ける。それがたとえ携行ミサイルを装備しただけの歩兵であっても、レビルの攻撃の手が休むことはない。

 

「総司令!ミデア発進可能です!後部カーゴへお乗り下さい、搭乗チケットは不要ですわ!」

 

マチルダがそう告げたときには、秘密格納庫に侵入していたクーデター兵は粗方掃討されていた。安全を確認したレビルは悠然と機体をミデアへ乗せると、待っていたかのように前方の岩盤が次々と崩落、ミデアは南米の空へと羽ばたいていくのだった。

 

「マチルダ、今日の私の予定は?」

 

「南洋同盟の大僧正と太平洋の野生動物の保護に関する会合と食事会ですが―」

 

そう告げてくるマチルダにレビルは言い放つ。

 

「そうか、悪いがそれはキャンセルになる…。今から地球連邦を救いに行くので欠席すると伝えてくれ」

 

 

それは、彼の長い戦いの始まりだった。

 

 

「総司令、スカイダイビングの気分は如何ですか?」

 

「悪くない」

 

HAROにてサンフランシスコへと降り立つレビル、街の至る所にはクーデター軍の破壊の爪痕が残されている。燦然と輝いていた街並みは、文字通り火が消えまるで死んだように静まりかえっていた。

 

「素晴らしく紳士的な着地ですわ、総司令」

 

建物を破壊することなく着地したことを称賛するマチルダに、レビルはニヒルに返す。

 

「紳士なのは17時までだ」

 

着地に気付いたクーデター軍の兵士がレビルのガンダムを取り囲もうとした瞬間、背中のコンテナが開き、アームに懸架されていた100ミリマシンガンが素早く両手へと送られる。同時にガンダムは猛然とサンフランシスコの市街を駆け出した。

 

「今から地球連邦を――」

 

走りながら目の前に現れた装甲部隊に対しマシンガンを向けながらレビルは決然と言い放つ。

 

「取り戻す!」

 

放たれる弾丸、爆発する戦車や対空車両。繰り返すがクーデターに参加したが彼らは地球連邦軍の兵士である。だがそんなことはお構いなしに、レビルはサンフランシスコの街を砲火と爆炎に染め上げる。

 

「背中のコンテナには様々な武器が搭載されています、是非色々お試し下さい」

 

闘争本能を助長するようにマチルダが煽れば、レビルはコンテナから次々と武器を取り出しクーデター軍へとぶっ放す。市街の3分の1近くが炎に彩られたころ、マチルダが驚きと共に報告をしてきた。

 

「総司令!これは、まさか連邦軍の誇るビッグトレーと戦う事になるなんて!」

 

「面白い。ビッグトレーと連邦軍総司令、どちらが上かはっきりさせるとしよう」

 

「ビッグトレーのような装甲目標にはバズーカやキャノンがオススメですわ!」

 

アドレナリンが異常分泌でもしたのか総司令とは思えない発言をするレビル、だがマチルダはそれを止めるどころかノリノリでアドバイスを始める。だがこの場にそれに突っ込む人間はいない。双眸をランランと輝かせたガンダムがコンテナから180ミリキャノンを取り出し、迷いのない動きで艦橋を照準。僅か3秒の早業で弾倉を撃ちきった後には、元ビッグトレーであった巨大な火柱がサンフランシスコの街を照らしていた。

 

「一仕事終わりましたね、総司令」

 

そう告げるマチルダにレビルは頭を振って応えた。

 

「いや、まだ始まったばかりだ」

 

紅蓮に染まるサンフランシスコを見渡し、レビルは言い放った。

 

「戦いは続く、私の中に“地球連邦”が生き続けている限りな」

 

 

そう、彼らの戦いは続く。

 

 

「マチルダ、地球連邦の状況は?」

 

「全中枢機関は副司令の手に落ちました。こちらをご覧下さい」

 

そう言ってマチルダは端末をレビルへと差し出す。

 

『親愛なる連邦市民の皆さん、今晩は。地球連邦の正義と自由のサポーター、政府政策推進部からのお知らせです、まず皆さんにお伝えしたいのは、今回の出来事は“反乱”ではなく“革命”であるという事です。人類が宇宙へと移民を開始し半世紀以上が過ぎた現在、多くの問題が発生し――』

 

「見るに堪えないプロパガンダ放送だな」

 

不機嫌そうに眺めていたレビルの顔が、モニターに映し出された人物によりより一層険しいものとなる。

 

『――これらの問題を解決するべく、地球連邦軍副司令であるエルラン中将と地球連邦軍は立ち上がったのです!』

 

「エルランッ!」

 

拳を握り絞めるレビルに対し、マチルダが愁いを帯びた視線と共に口を開いた。

 

「今回のパーティーは、少々長くなりそうですね」

 

 

その後も彼らの奪還は続いた。

 

 

熱砂吹き荒れるサハラ砂漠。

 

「クーデター軍はこの砂漠を隠れ蓑に航空基地を建設、周辺地域へ牽制を行っているようです、基地は統一戦争時代の施設跡を流用しているため地下壕などの存在も予想されます」

 

「了解した。さあ、ショータイムを始めるぞ!」

 

 

密林と海水が彩る南海の孤島。

 

「南洋同盟領海の僅か3キロ先の孤島に、あろうことか連中メガ粒子砲のフラックタワーを建造しています。総司令に好意的な彼らを恫喝するつもりでしょう。周辺の発電施設を制圧することで砲台を無力化できます!」

 

「成程な、だがマチルダ。別にアレを壊してしまっても構わないだろう?」

 

 

弾圧によりゴーストタウンと化したダブリン。

 

「総司令、どうやらダブリンにはエルランに従わなかった兵士達が拘束されているようです。ですが、市街全域に爆弾が設置されているのを確認しました。これは明らかな罠です」

 

「部下の救出に向かう」

 

断固たる口調でそう宣言すると、マチルダが止める間も無くレビルは言い放った。

 

「何故なら私は!地球連邦軍総司令だからだ!」

 

 

そして戦場は、ジブラルタルを経て宇宙へと移る。

 

「ンフゥハァハハハハァーッ!君は最高だよレビル!」

 

「エルラン!」

 

「君は恩人だね、私の素晴らしい人生プランを全てキャンセルしてくれた…。だからさぁ!素敵なプレゼントをくれてやるよ!」

 

グレーに塗装されたエルランの操るガンダムが指さした先にはガラスケースに囚われたマチルダの姿があった。

 

「エルラン!何処まで卑怯な真似を!!」

 

「おおっと!迂闊に避けるとビームが可愛い可愛いお前の部下に当たってしまうぞぉ!?」

 

防戦一方となるレビルをエルランがはやし立てる。

 

「どうしたレビルッ?練乳をイッキ飲みしたみたいにスィートだぞ!?俺を殺す気はあるのか?ああ!?」

 

「総司令!私に構わず戦ってください!」

 

悲鳴のような懇願を告げるマチルダ、だがレビルは毅然と言い返す。

 

「それは出来ない。何故なら私は!地球連邦軍総司令だからだ!!」

 

レビルの気迫に、一瞬動きを止めてしまったエルランの隙を突いてマチルダを救出するレビル、手札を失ったエルランはスペースポートへと逃走する。そこは幾重にもトラップの仕掛けられた彼のとっておきの場所だった。たまらず膝を突くガンダム、レビルはエルランを罵った。

 

「この卑怯者が!」

 

「卑怯?レェビィル!“アイツが卑怯だからボクチン勝てません”かぁ?ヒーローごっこはもうお終いって訳だ!どうしたレビル?さあ撃ってこいよ!ブルッてんのか?」

 

その一言がレビルの総司令魂に火を点けた。今までの損傷など感じさせないような見違える動きでエルランのガンダムを追い詰めるレビルのガンダム。だが、僅かな差で最後の一太刀が躱されてしまう。

 

「ンフゥハァハハハハァーッ!それでこそレビルだ!ならばとっておきの次へ連れて行ってやろう!」

 

言うやエルランは機体を乗り捨て、待機していた宇宙戦艦へと乗り込む。即座に発進を始める戦艦を見て、レビルは躊躇うことなくガンダムを宇宙戦艦に飛び乗らせた。

 

「無茶です!総司令!」

 

「無茶なものか!私は連邦軍総司令だぞ!マチルダ!すまんがちょっと宇宙まで行ってくる!」

 

たどり着いたのは宇宙世紀開闢の場となった軌道上のコロニー、ラプラスの残骸だった。

 

 

「こんな所まで追いかけてくるなんて、余程俺の事が愛しいようだなレビル?実は俺もお前が愛しくてたまらないんだ…、殺したいほどになぁ!」

 

2人を運んできた宇宙戦艦がゆっくりと崩れ、その中から巨大な人影が現れる。それは40メートルはあろうかという、巨大な黒いガンダムだった。

 

「馬鹿な!それは私専用の試作機っ!?何故貴様が動かせる!?」

 

巨大なガンダムは極秘裏に開発された超兵器である。その圧倒的な力を恐れた地球連邦政府の手によって封印されていた。レビルの総司令魂に感応して稼動するため地球連邦軍総司令でなければ動かせない筈なのだ。

 

「ンッフゥ!シャーマンパワーは貴様だけのものではないのさレェビィル!さあ、楽しくダンスといこう!」

 

「成程、つまりここがクライマックスか」

 

コンテナからビームライフルを取り出しながらそう口にするレビルに、エルランが笑いながら応じた。

 

「それは違うぞレビル?ここはお前の人生のフィナーレさ!」

 

その言葉を皮切りに猛然と襲いかかってくる黒いガンダム。その力は圧倒的であり、見る者が居れば誰もが勝負はあったと考えただろう。そう、地球連邦軍総司令、ヨハン・イブラヒム・レビル大将その人以外は。振るわれる拳を避け、放たれるビームの雨を躱し、ガンダムの振るうビームサーベルが黒い巨人を切り刻む。そしてその時は遂に訪れた。

 

「ぬおおおおおおっ!?」

 

損傷に耐えきれず遂に膝をつく黒いガンダム。そして振るわれた最後の一撃によって機体は大爆発を起こした。その爆発はすさまじく、辛うじて足場として残っていたラプラスの残骸を粉々に砕いてしまう。

 

「そんな!総司令!?」

 

漸く通信の繋がったマチルダはその状況を見て絶望の悲鳴を上げる。だが、当の本人であるレビルは至って冷静だった。

 

「心配するな、マチルダ。私を誰だと思っている?」

 

「司令!」

 

「そう!私は!地球連邦軍総司令だ!これまで不可能を可能にして生きてきた。そして!」

 

ガンダムが手にしていたビームサーベルを近場を通ったラプラスの残骸へと突き立てる。

 

「これからもそうする!」

 

素早くたぐり寄せた残骸をさながらサーフボードのように乗りこなすガンダム、その技の冴えは、人類最高峰にも勝るとも劣らないものだった。

 

「総司令!」

 

あまりにもファンタスティックな光景に、マチルダが歓声を上げる。その声に応えたのは、落ち着いたレビルの言葉だった。

 

「さて、家に帰るとしよう。ああ、マチルダ、南洋同盟の大使館に連絡を入れておいてくれ。遅くなりましたが、野生動物保護に関する会合と食事会を行います、とな」

 

そしてガンダムは、幾つもの流星と共にジャブローへと帰還した。

 

 

 

 

「なんだコレ」

 

MS開発競争の原因となったとして航海中の禁酒を言い渡された俺は、いつものようにテム大尉達と遊ぼうと考えたのだが、大尉も少佐も設計に掛かりっきりで相手にしてくれなかった。しょうがなく艦内を彷徨っていたら、なにやらヘッドギアを付けてわいわいやっているトッシュ少尉とショウ曹長を見つけた。へえ、VRゲー?しかもロボゲーとな?オイオイおっちゃんも交ぜてくれよ。なんて言ってトッシュ少尉のを借りてレッツプレイ。流石にいきなり対戦は無理だって事で、チュートリアルのストーリーモードをやったんだけど。

 

「あ、終わりました?おー、流石大佐。初回でノーマルエンドとはやりますね」

 

「途中の兵士救出数が足りてなかったみたいですね、あと20人助ければグッドエンドでしたよ」

 

なんか良いこと言ってる風の演説とともに流れるエンドロールを半眼で見ながら、俺は発生した疑問を素直にぶつけることにした。

 

「なんぞ、コレ?」

 

「アングラの有志が作ってるゲームっすね、確かサークルはギガソフトだっけ?」

 

「最初は家庭用ハードのRXBOX用に開発してたらしいんですけど、ほら、露骨に実在の人物使ってるでしょ?流石に許可が下りなかったみたいですね」

 

でしょーね。因みにエルランは爆笑しながらOK出したらしい。条件は本人役としてゲームに参加させる事だったって。あ奴ジオンに移り住んでからフリーダムに拍車が掛かってやがるな。

 

「さて、大佐も無事連邦軍総司令魂がインストールされたみたいですし」

 

何その不穏なプラグイン。

 

「次はグッドエンド、そしてトゥルーエンドを目指しましょう。大丈夫です、大佐ならやれますよ!」

 

結局その日は徹夜でゲームを攻略することとなり、翌日仲良く三人でシーマ中佐に説教されたのだった。まあ、問題無い。

 

――何故なら私は、オデッサ基地司令なのだから!




本投稿の経緯

友「最近マクベの外伝さぁ、なんなの?」

作「何なのと言われましても、普通に外伝ですが」

友「内容は硬すぎる、これじゃ外伝じゃなくマクベの第二部だ」

作「じゃあ、どうせえと?」

友「決まっているだろう?足りないのは総司令魂だ!」

と言うわけで偉大なる某大統領をリスペクト(人コレをパクリと言う)して、執筆するに至りました。
キャラが違う?これは劇中劇(ゲーム)だから…。


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SSS18:白の乙女達

「どぉしてお姉ちゃんの言うことが聞けないのっ!」

 

「数ヶ月程度で姉も何もあるもんか!言うことを聞かせたいなら実力を示せ!」

 

相応に姦しい食堂であってもその怒声は一際大きく響いたが、それを気にとめる者はいない。2年ほど前までは年かさの人間が仲裁したり咎めたりしたものだが、今では完全に放置している。人は学習するからだ。

 

「ベル!デルに言ってよ!お姉ちゃんの言うことを聞きなさいって!」

 

「イヤイヤ、今回のはエル姉が悪いからね?」

 

振られたベルと呼ばれた少女は咥えていたスプーンをグラスへと戻しながらそう突っ込む。そして続く言葉が無いと理解すると、再びグラスからアイスを掬いパフェを消費する作業を再開する。

 

「け、喧嘩は駄目です。姉様達」

 

涙目になりながら仲裁するべくそう口を開いたのはオティリエだった。

 

「大丈夫だオティリエ、これは喧嘩じゃない。喧嘩は同レベルの者同士でなければ発生しないからな」

 

「どー言う意味よっ!」

 

妹を宥めるフリをしながらそう挑発するデルを見て、エルは机を猛然と叩きながら抗議を繰り返す。それを止めるべく動いたのはパフェの処理が終わったベルティーナだった。

 

「どうどう、興奮しないのエル姉。デル姉も煽らないの。喧嘩するような悪い子にはフリーダがお菓子作ってあげないって言ってるよ?」

 

「「っ!?」」

 

ベルティーナの言葉に愕然とした表情でフリーダを見る2人、しかし当の本人であるフリーダはマイペースにグリーンティーを飲んでいた。

 

「あら?私そんなこと―」

 

視線に気付き何かを口にしようとした瞬間、横に座っていたミーナがやんわりと口を押さえた。彼女は空気の読める娘である。

 

「あはは、口にクリームが付いてるよ、フリーダ姉さん」

 

フリーダの発言が封じられた事で事態は収束へと向かう。無論咎められた2人は嘘に気づいているが、姉として諍いを止めさせるために妹に嘘を吐かせたという罪悪感から素直に矛を収めた。だが、双方の主張は平行線のままだ。

 

「とにかく、演習でビットの使用は控えるべきだ」

 

腕を組みデルマがそう持論を口にした。それに対し反論を真っ先に口にしたのはやはりエルピーだった。

 

「だから何でよ!」

 

部隊練度の維持を名目に、アステロイドベルトに点在している駐留軍の元へ本国から教導隊が派遣されてくる。一ヶ月にわたって実施されるこの訓練であるが、駐留している部隊の数から言えば一人あたりの訓練時間は三日あれば良い方だ。故にデルマは主張する。

 

「楽に勝っても意味が無いだろう?相手はビットも使えないノーマルなんだぞ?演習なんだからあっけなく終わっては意味が無いじゃないか」

 

「ビットはシュネーヴァイスの標準装備なのに!」

 

なおもむくれてそう言い返すエルピーに向かって、デルマは溜息を吐きながら口を開いた。

 

「そのビットがなくなったらどうする?動作不良を起こしたら?」

 

「ビットが全部動かなくなるなんてあり得ないよ!」

 

そう返すエルピーへ向かい、デルマはきっぱりと切って捨てた。

 

「その万に一つも起きない状況に備えるためにMSにはパイロットが乗っているんだろう」

 

そうさも正論のように語ってみせるが、その根底にあるのは相手に対する侮りと、自身の能力に対する絶対的な自信であった。

 

「ままま、デル姉もその辺で。ほら、幸い私達は3日貰ってるんだし、それぞれの方法でやったら良いんじゃない?」

 

エルピーが再び声を上げる前にそうベルティーナが口を挟む。彼女もデルマの言う事は理解できるものの、わざわざ余計な苦労を背負い込む必要は無いと考えていた。

 

「だが、折角の訓練時間を…」

 

なおも渋るデルマに対し、口を開いたのは今の今までアイスと格闘していたハンナだった。

 

「いいじゃんデルマ。アンタが言うとおり貴重な機会なんだしここは教導隊の腕を試させて貰おうよ」

 

その言葉にデルマは顔を顰めて苦言を呈する。

 

「ハンナ、私達が教えを請うているんだぞ?」

 

「えー、でもさあ。弱い相手に教えて貰うことは無いと思う訳よ」

 

不遜な言葉をハンナが言い放つ。事実ビットを使用できる状況の訓練において、彼女達はアクシズにおいてほぼ負け無しである。流石に一対一の状況では先達にして彼女達の部隊長であるハマーン・カーン大尉には勝てないが、それでも小隊で当たれば3回中1回くらいは勝つことが出来る。そしてハマーン大尉は文字通りアクシズの最強戦力であるから、彼女達の増長も無理からぬ事だった。その言葉を聞き、デルマは居並ぶ姉妹達の顔を一人ずつ確認した。エルピーは自身の意見が通りそうだと考え得意げな表情だ。ベルティーナは言うべき事は言ったとばかりにしたり顔。アルーシャは端末から顔も上げないが、アレは話すら聞いていなかっただろう。唯一懐いているグリゼルダだけがデルマと同じ苦い表情だが、それ以外は概ねベルティーナの意見に賛成らしい。

 

「解った。それじゃあハマーン隊長にそう進言してくる。それでいいな?」

 

今度こそ不満の声は上がらなかった。

 

 

 

 

「お久しぶりです、ジュリアさん」

 

「ごきげんよう。出発式の時以来ですから7年ぶりかしら?お元気そうで何よりですわハマーン大尉。ふふ、階級、抜かれちゃいましたわね?」

 

久しぶりに会ったジュリア・レイバーグ中尉にそう返され、ハマーンは思わず恐縮してしまった。

 

「止して下さい。サイコミュ機のテストの功績とか言われましたけど、どう考えても父のコネですよ。実力も経験も全然足りていません」

 

そう恐縮するハマーンに対し、ジュリア中尉は笑顔を崩さぬまま言葉を返した。

 

「コネでも何でも階級は階級ですもの。見合う人間になるよう頑張るしかありませんわね。それで?どういった用向きなのかしら?」

 

ジュリア中尉の言葉に、ハマーンは本題をどう切り出すべきか一瞬悩んだ。そもそも今回の演習に中尉達を名指しで呼んだのはハマーンなのだが。その辺りも伝わっているはずと、ハマーンは正直に話すことにした。

 

「実は、私が預かっている部隊があるのですが」

 

「ええ、聞いています。スペシャルだけで編成された選抜部隊、確かヴァイスフローレン隊でしたかしら?本国ではちょっとした騒ぎになりましたもの」

 

呼び名は変わっても彼女達の能力は変わらない。その力は大戦末期の反乱を想起させ、一部の人間に過剰な反応を示させた。それを黙らせたのがあの反乱を治めた大佐の発言だというのだから、なんとも皮肉の効いた話であるが。

 

「ええ、その彼女達なんですが。少々拙い事になっていまして」

 

「聞きましょう」

 

ハマーンの言葉に、少しだけ真剣味を増した声でジュリア中尉が応じる。その様子に懐かしいあの場所をつい思い出し表情が緩んでしまうのを堪えながらハマーンは口を開く。

 

「自分の不出来を晒して恥ずかしいのですが、今彼女達は増長していまして」

 

「増長?でも確か、彼女達は12とかでしょう?子供ですもの、多少は仕方がないのではなくて?」

 

少し頬を染めながらそう口にするジュリア中尉。確かにハマーンも中尉も経験のある事であるから、多少のことであれば大目に見る事が出来ただろう。

 

「ええ、私も経験者ですから、ある程度であれば注意で済ませられると考えていたんです」

 

「…その言い方ですと、もうその範疇を超えていると取れますけれど?」

 

ジュリア中尉の言葉にハマーンは静かに頷く。

 

「手前味噌ですが、彼女達はかなり良い練度に仕上がっています」

 

「というと?」

 

「アクシズで彼女達に勝てるのは私とセラーナくらいでしょう。多対一なら何度か墜とされたこともあります」

 

「成程、それで私達ですか」

 

今プル達にとって自身より上の存在はハマーンとセラーナしか居ない。そして一般のパイロットは彼女達に勝てない。それは自分達が優れた存在であると言う解りやすい指標になり、他者を無自覚に見下すには十分な理由になった。だがハマーンは知っている。たかがサイコミュ兵器が使える程度(・・・・・・・・・・・・・・・・)で自身を特別などと考えるのは、余りにも視野が狭い意見であると言うことを。

 

「はい、お手数ですがお願いできませんでしょうか?」

 

そうハマーンが聞けば、ジュリア中尉はとても良い笑顔で応えた。

 

「ようは相手をぶちのめせと言う事でしょう?それなら穴を掘るのと同じくらい得意ですから問題ありませんわ。あ、けれど…」

 

そこで何かに気付いたようにジュリア中尉は眉を寄せた。

 

「折れてしまわないかしら?今回来ているのは全員あの時のメンバーですわよ?」

 

その言葉に今度はハマーンが良い笑顔で応じる。

 

「構いません。最近は戦争を知らないパイロットも増えています。この辺りで本当の兵士の実力を見せてあげるのも彼らの良い経験になるでしょう。最近は“オデッサ上がり”の意味も解らない人も増えていますし」

 

その一言でジュリア中尉の目に少しだけ剣呑の色が宿る。

 

「そうですか、では存分に教えてあげましょう」

 

そう言って中尉は艶然と嗤って見せた。

 

後に89年の悪夢と語り継がれる事となったこの年の訓練は、それを受けた戦後世代に“オデッサ上がり”という言葉の意味を存分に刻み込む事となるのだった。




姉妹についての設定。

エルピー・プル(エル)
姉妹のオリジナルと言うべき少女。原作とは異なりフラナガン博士から自身の遺伝子を利用したクローン体である姉妹の事を聞かされている。ただし正確に理解できているとは言いがたく、ちょっと多い姉妹くらいに考えている(これは周囲が彼女達を普通の姉妹として扱っていることにも起因する)。やたらとお姉ちゃんぶりたがるが、博士の教育方針により甘やかされて育てられたため年齢相応に幼い面が目立つ。基本的には善良であるが良くも悪くも好奇心旺盛な子供であるため、アクシズ内における騒動の約20%は彼女が原因である。
ニュータイプとしての能力はオリジナルだけあり姉妹中最も高いのだが、サイコミュとの親和性は平均的(どちらかと言えば彼女は受動的な能力者である)であるため、ビットの同時操作数ではアルに劣る。しかし感知能力が抜きん出て高い彼女は、直感的に最適解を選ぶ能力に長けており、総合能力で言えば姉妹最強である。

プルツー:デルマ・プル(デル)
キツイ性格だが面倒見が良く、姉妹の事を誰よりも大切に考えている。エルピー(エル)に反抗的なのも、彼女が無理をしてお姉さんぶろうとしていることを知っているから。姉妹の中では最もMSの操縦に長けていてビット無しにはエルですら勝てない程である。第二小隊隊長。

3:ベルティーナ(ベル)
強かな性格で要領が良い。エルとデルの喧嘩を止められるのは彼女だけである。メカそのものに興味があり、休日は良くエリー少佐とつるんでいるところを見かける。エルの手綱を握れる人物として第一小隊の副官を務めているが、実質指揮を執っているのは彼女である。
戦闘能力は平均的であるが、工学知識を生かして自身の機体を限界までチューニングしているため、総合能力は上位になる。

4:アルーシャ(アル)
静かで大人しく、大抵の場合端末で読書をしているため勘違いされているが、実態は単にものぐさな性格。読んでいるのも旧世紀のギャグコミックスで、端末の容量の大半を占有している。そんな性格が関係するのかサイコミュとの親和性はエル以上であり、ビットの同時操作量は1位である。一方MSの操縦に関しては最下位で軍のパイロットとして見てもギリギリ可、という位置。また、作戦立案などの方向も壊滅的であるため、第二小隊の小隊員として活動、デルの僚機を務めている。

5:フリーダ
お菓子作りが趣味のおっとりした少女、姉妹の胃袋を完全に掌握しているため誰一人彼女に逆らうことは出来ないが、彼女自身がリーダーシップを取る性格では無いためそれが発揮されることは無い。操縦センス、サイコミュの親和性共に突出したものは無いがフォローに長けている事から第三小隊の小隊長を務めている。第三小隊は最も安定感のある隊として評価が高いが、その多くは彼女の気配りによって成り立っている。

6:グリゼルダ(グリゼ)
努力家。恵まれた才能を何一つ持たなかった彼女は、努力の積み重ねのみで姉妹の中でも上位の成績を勝ち取った。思考もストイックなため、才能がありながら努力しないハンナとは相性が悪い(姉妹としての愛情はあるが考えが理解できない)。一方で自他共に厳しいデルには良く懐いており、行動を共にする事が多い。戦術関係の知識に関して言えば図書館並みと称されるほどであり、それを生かして第四小隊の副官を務めている。

7:ハンナ
ノリと勢いで生きている少女、エルと非常に相性が良い。エルの思いつきに悪のりして被害を拡大させることに定評がある。MSの操縦も直感に頼りがちであり、姉妹の中ではほぼ真ん中の実力と評価されている。実は反応速度とセンスそのものは姉妹でも最高であるため、真面目に訓練に取り組めばデルを越える能力を十分持っている。一方でデルが姉妹の最高戦力である事を己の拠り所としていることを無自覚に察しており、それを奪わないために無意識下で訓練を忌避している。第一小隊の部隊員で、戦場ではエルの僚機を務める。

8:イーザ
脳筋、大抵のことは努力(運動量)と根性(運動量)で解決出来ると本気で信じている。普段の行いのためか、反射神経に優れ、機体操縦にもそれが現れている。一方で理論的な部分は壊滅的なため、機体動作が直感に頼りがちなのでデルには劣る。サイコミュとの親和性は高いのだが、前述の通り論理的な部分の理解力が乏しいため総合的には平凡な位置に落ち着いている。運動好きで若干鈍い所があるためアルーシャの天敵。また食欲に忠実なためフリーダには絶対服従の姿勢を見せる。そのため第三小隊副官を務めているのだが、基本的には突っ込む彼女をフリーダとジェニがフォローするのが基本的な第三小隊のフォーメーションである。

9:ジェニ
天才肌で興味があるものには徹底的に打ち込む反面、興味のないことは全く出来ない。戦闘技術にも露骨に現れており、射撃に関しては姉妹でトップだが、それ以外は壊滅的であるため成績ではいつもミーナと最下位を競っている。サイコミュとの相性も独特で、同時操作数は最も低い1基だが、ビットの操作情報量ではダントツで一位となる。非常に癖の強い人物であるがフリーダと仲が良く、彼女の性質も相まって第三小隊の一員として活躍している。

10:ケイテ
人なつっこい性格で誰とでも仲良くなれる。若干メンタルが幼い部分もあるが、前向きな性格で努力家な所から、姉妹でも取っつきにくいデルマやグリゼルダとも相性が良く、彼女達からも可愛がられている。MSの操縦技能、サイコミュとの親和性共に平凡な域を出ないが一種の天才である2人から訓練を受け続けた結果、凡才の局地とでも表現すべき能力を獲得している。ミーナ曰く、「万能」はケイテを差すとのこと。第二小隊隊員。

11:ミーナ
優等生、堅実な性格で何でも無難にこなすことが出来る。一方で安定を好む性格から自身の能力を低く見積もる癖があり、小さく纏まりがちである。その為姉妹の中では成績が最も低い。本人曰く、「万能」ではなく「器用貧乏」とのこと。ただし戦力的に見ればどんな状況下でも安定したパフォーマンスを提供してくれる上、誰とでも無難に合わせられるというクセの無さから第四小隊の中核を担っている。

12:オティリエ
元々は引っ込み思案な性格で、MS部隊に志願したのも姉妹が皆志願したからという消極的な理由だった。だが選抜にてナディアとソフィーが落選するのを見て、自分が守られる側ではなく守ることが出来る側であるという考えを持ち、訓練に取り組むようになる。直向きで懸命なその姿は姉妹全員から愛されており、第四小隊の小隊長に姉妹から推薦されるほどであった。能力は姉妹の中で中の上と言うところだが能力の伸びが良く、デルに匹敵する存在になるとグリゼから評されている。

13:ナディア
選抜に落ちた姉妹の一人、元々姉妹の中ではサイコミュとの親和性も低く、身体的にも平凡であったため厳しいとは目されていた。落選により一時期塞ぎ込んでいたが、それを見たアデルトルート・フラナガン技術大尉に激励され、戦う以外で姉妹を守ることを誓う。元々アデルトルートに近い資質の持ち主であったらしく、短期間でMSの整備技能を習得、ヴァイスフローレン隊の整備員として活躍している。ちなみに先日アデルトルートと共に新しいMS用構造材を研究中、良く解らないが発光する構造材が出来たらしい。

14:ソフィー
選抜に落ちた姉妹の一人、姉妹の中では唯一ニュータイプとしての能力が発現しておらず、パイロットとしての選抜にも落ちた事から一時期自暴自棄になっていたが、ナディアと共にアデルトルート大尉に激励されたことにより奮起する。しかし同じく落選したナディアが才能を開花させたのを見て、自身が本当に“能なし”であると考えてしまう。落ち込む彼女に気を紛らわさせようとアデルトルートは自室の掃除を頼むが、それが思いがけない彼女の才能開花に繋がる。彼女は事務処理に非凡な才能を有しており、少し見ただけで提出書類の不備を指摘して見せたのである。以後、彼女はアクシズの運営に深く関わっていくこととなる。
因みにその話を聞きつけた某大佐が是非秘書に来てくれないかと声を掛けたが、直接の上司であるハマーン・カーン大尉を通して固辞している。



因みに名前どうしようと友人に相談した所、

友「一人目がLPなんでしょ?じゃあ、都市とか天然とかプロパンとかで良いんじゃね?」

なんてほざかれたので速攻で却下しました。俺、頑張ったよ(努力の方向が迷走中)。


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SSS19:悪意の向かう先

「どう言うことだ!?」

 

絶叫がオフィスに響く。ムンゾの中でも一等地に建てられたそのビルはジオン共和国がサイド3を名乗っていた時代から続く大企業、ジオニック社の所有物だった。その中でも一際広い部屋を与えられたその男はしつらえられたマホガニーの机で、政府より送られてきた通達を震えながら読んでいた。

 

「MS-19の調達打ち切り!?しかも開発費の削減だと!?一体どう言うことだっ!」

 

MS-19、リゲルと名付けられたその機体は昨年ツィマッド社の提出してきたYMS-21を下して正式採用を勝ち取った機体だ。現在軍の運用している機体の大半はゲルググFⅡ型だが、この殆どは戦中に建造された機体の改造機だった。ゲルググ自体が拡張性に優れていた機体であったことの思わぬ誤算である。更に高性能なFZ型をなんとか売り込んだものの、極少数が廃棄機の代替として購入されたのみであった。

だがそれには軍側の思惑が大きく絡んでいた。大戦中オデッサにて開発された新機軸のMS。インナーフレームと呼ばれる従来のモノコック方式と異なる構造を持つその機体は、メンテナンス性、拡張性共に良好で、現場から圧倒的な支持を得ていたのだ。軍縮で機体の保有数そのものを抑えたい軍にしてみれば、一機当たりの稼働率は運用に当たり非常に大きなウェイトを占めており、その点において、従来のモノコックと流体パルスシステムを採用したゲルググは苦戦を強いられていた。

リゲルはこの問題を解決するべく、大戦末期に試作されていたYMS-14、アクト・ザクをベースにインナーフレーム構造を発展させたムーバブルフレーム構造を採用、駆動方式もアクト・ザク同様フィールドモーター方式を用いている。設計時間を短縮するため、機体形状はゲルググを踏襲しているが全体的に細身であり、大戦末期に設計されたものの建造されることの無かったYMS-17、ガルバルディを意識したデザインとなっている。リゲルはジオニック社の集大成とでも言うべき機体であり、同時に先進技術も盛り込んだ意欲的な機体に仕上がっていた。実際コンペにて競ったツィマッド社のYMS-21、ドラッヘと比較してもその性能は優越しており、危なげなく採用を勝ち取ったのだ。

それが僅か1年で、それも予定の調達数の半分という数で打ち切られる事になるなど、一体誰が予測できただろうか。男は素早く端末をタップし、目当ての人物に回線を繋げる。幸いにして余裕があったのか数コールで相手が出た。

 

「おう、なんだ?」

 

「お忙しいところ失礼致します、ドズル大臣。ジオニックのハワードでございます」

 

「そんなのは聞けば解る。何の用かと聞いてるんだ」

 

横柄な物言いに一瞬で数十の罵倒が脳内を駆け巡るが、それをおくびにも出さずハワードは質問を投げかけた。

 

「本日ご連絡頂きましたMSの件なのですが」

 

「ああ、届いたか。送ったとおりだ、MS-19の調達は来月の納入分で打ち切らせて貰う。それで開発費はペイ出来る筈だな?」

 

確かにドズル大臣の言うとおり来月の納入分で開発費の回収は終わる。だがジオニックは慈善団体では無い。

 

「お待ちください!政府は我が社を潰すおつもりですか!?」

 

ハワードは殊更大げさにそう悲鳴をあげて見せた。確かに新型機の調達打ち切りは痛いが、ジオニック社全体の利益から言えば社が傾く程の損失では無い。だが、得られるはずだった利益を得られなかった事は事実であり、それを寛容に許す者は商人では無い。少なくともハワードはそう考えていた。

 

「大げさだろう。新型の件はともかく其の分復帰させるゲルググを考えれば、貴様の所が傾く程の話にはなるまい」

 

その言葉にハワードは内心舌打ちをした。軍人としては有能なドズル大臣であるが、商売人としての才覚は乏しい所謂お得意様であったわけだが、今回はいつもと違い隙が少ない。普段であれば一方的に打ち切りだけを告げてきて、そこを逆手にあちらの想定より多く売りつけたり、あるいは別の装備や保守点検などで損害を補填どころか多く利益を確保出来るのだが。

 

(ギレン首相辺りの入れ知恵か?まったく、余計な知恵を付けさせてくれる)

 

購入数の増加は望めないと踏んだハワードは別の切り口から攻めることにした。

 

「しかし加えて開発費も削減となりますと、ゲルググの改良にも支障が出ます。それに少数とは言えMS-19も納めさせて頂く都合上、部品確保の為に製造ラインを残さねばなりません。これらの維持費を考えますと、何処かでもう少し御寛容頂きたいのですが」

 

その言葉を聞いたドズル大臣は深々と溜息を吐くと、静かにしゃべり出した。

 

「ハワード部長、我が政府と貴社は建国以前からの付き合いだ。知らぬ仲でも無いし、相応に便宜も図ってやりたいとは思う。だがそれにも限界はある。明らかに性能に劣る高額な機体を、付き合いが長いと言うだけの理由で選ぶことは健全とは言えん」

 

その言葉に疑問を持ったハワードはドズル大臣に問う。

 

「お待ちください、MS-19が一体何に劣るというのですか?」

 

確かに過去、ザクの採用を巡ってコンペを行った際、最高性能でツィマッド社のヅダに劣りながらもザクが選ばれたという実績はある。だがそれはそもそもヅダが分解事故を起こしたことによる軍のヅダへの不信に起因するものだ。そして今回争ったYMS-21にしてもツィマッド社らしい機体と言うべきか、性能面ではリゲルを上回るものの先進技術を積極的に用いた機体は極めて高コストな機体となっていた。価格で言えばリゲルの2倍近いと言うのだから幾ら高性能を謳っても軍が及び腰になるのは無理からぬ事だ。そしてYMS-21はコストと性能をトレードオフした機体であるから、リゲル以下の値段に価格を抑えようとすれば当然その性能は凡庸なものになる。断言出来るがリゲルを超える性能は発揮できない。

 

「技術本部が開発した機体でな、型番はYMS-22になる。軍としては今後この機体を調達していく予定だ」

 

「納得いきません!コンペに出されてもいない機体ではないですか!」

 

「ほう?ではどうしたら納得する?」

 

その言葉を待っていたようにドズル大臣は楽しそうに問うてきた。

 

「YMS-22と我が社のMS-19でのコンペティションを要求します。尤も、その場合現在納入しております19ではなく弊社で独自改善しましたモデルを出させて頂きますが」

 

相手は後出しである上に一年分の技術差があるのだ。ドズル大臣も堂々と言い切ったのだから少なくとも軍に納めている機体では不利と見て間違いない。

 

「承知した、その機体は何時用意出来る?こちらは既に実機があるのだから、そう悠長には待てんぞ?」

 

ハワードはその言葉に素早く計算する。リゲルについても機体そのものはあるのだが、調整は必要だし、何より勝たねば調達打ち切りである事を考えれば多少の無茶も必要である。

 

「では1ヶ月後で如何でしょうか?」

 

楽しそうなドズル大臣の了承の言葉で通信は打ち切られた。

 

 

 

 

「あのー、それで何で俺なんですかね?」

 

心底嫌そうにそう問うてくるトッシュ少尉に明るい笑い声で応えたのは一緒に飯を食っていたクララ・ロッジ軍曹だった。

 

「そりゃ、この基地でアンタより弱いパイロットは居ないからだろうさ!」

 

なんでそんなに嬉しそう何ですかねこの娘っこは。無論理由は違うので俺は頭を振ってその意見を否定する。

 

「トッシュ少尉は設計段階からレーヴェに関わっているし、万一の時の選択も堅実でテストパイロット向きだ。本当ならシーマ大佐辺りに頼みたいんだが、流石に彼女が出ては向こうからクレームがつきかねん」

 

少なくとも俺が相手だったら絶対言う。量産機のコンペに腕が良いパイロットを使うのは良いが、流石にトップエースを引っ張り出すのは御法度だろう。

 

「それなら自分だって出来ます!」

 

シーマ大佐の代わりという辺りが琴線に触れたのか、鼻息荒くそう立候補するクララ軍曹。まあ、彼女でも技量的には問題無いんだけど、良くも悪くも海兵隊に染まりすぎているからなぁ。

 

「残念だが大佐とも話し合った結果だ、今回は少尉に譲りたまえ」

 

「…俺としてはクララにやって貰っても別にですね?」

 

なおも渋るトッシュ少尉を止めたのは俺の後ろから発せられた声だった。

 

「私の決定に不満があるとはお前達いい度胸だねぇ?」

 

「た、大佐っ!?」

 

「は、はい!いいえ大佐殿!不満など何もありません!」

 

嘘みたいだろ?彼女、俺より後任なんだぜ?ぶっちゃけもう慣れっこだが。

 

「クララ、あんたはウチのやり方に染まりきってるからね、万一にも壊せない競技会向きじゃないよ。そういう細かいのはトッシュにやらせときな。トッシュ、競技会とは言えオデッサと海兵隊の看板を背負っていくんだ、解っているね?」

 

コンペをお遊び呼ばわりは酷い気がするが口には出さない。事実命のやりとりが存在しない性能評価なんて、彼女にしてみればレクリエーションみたいなものだろう。そう言えば昔新型のテスト頼んだときも楽しそうに乗ってたっけ。

 

「まあそんなに硬くなる必要は無いよ。なんせ相手はリゲルだ、パイロットはそれなりの者を用意するだろうがね」

 

俺の言葉に文字通り拍子抜けした顔になるトッシュ少尉。

 

「あのMSっすか。なら、まあ」

 

表情に合わせて気の抜けた声で応じるが、それを咎める者は残念ながら居なかった。無理もあるまい。

 

「悪い機体じゃ無いんですがねぇ」

 

そう言って持っていた端末を操作したのはシーマ大佐だった。改めて映し出されたデータを全員で見る。うん、良い機体だよな、カタログスペックは。

 

「性能は間違いなく良いんだがね、正直ジオニックの出している強気の値段設定もわからんではない。対抗馬もYMS-21だったしね」

 

時々思うのだが、なんでツィマッドはコンペになると尖りまくった機体を提出してくるのか。ドラッヘにしても、要求は満たしたから後は好きにやらせて貰う!とばかりに先進技術モリモリで、価格見た瞬間思わず馬鹿かよって呟いちゃったもん。あれ見たら多少値段高くても許されるなんて思ってしまっても不思議じゃない。正直レーヴェだってゲルググとかと比べればそれなりにお高いし。

 

「でもそれは、ちゃんと性能を引き出せるパイロットが乗っていればですよね?」

 

「反応は良いというよりピーキー、そのくせスラスター系は大出力だから優しくしてやらなきゃドカンと加速しちまう。ああ、センサーとFCSは良かったな」

 

正規採用が決定した時点でリゲルのシミュレーション用データは回ってきていたから、海兵隊の皆は全員経験済みな訳だが。ちなみにこのリゲル、見た目はスリムになったゲルググと言うか、ぶっちゃけガルバルティβに酷似した機体だった。性能もそんな感じで全体的に反応速度と運動性を向上、併せて格闘能力を重視した仕様に仕上がっている。あれだな、ギャンに乗った素人にエースの乗ったゲルググが殴り負けたのが腹に据えかねたんだな。ただ、その所為で機体容積がゲルググより減った分、拡張に余裕の無い機体になっている。ムーバブルフレームの特性上、装甲やスラスターの追加などが容易なため採用時も問題視されなかったようだが、この方式は正直宜しくない。増設が容易であることと、操作性を両立出来る事はイコールでは無いからだ。

 

「精鋭向けの高級量産機としてゲルググとハイローミックス、とかなら解らない話じゃ無いんですが。全機置き換えを前提とした機体でしょう?どう考えても最近の連中じゃ持て余しますよ。訓練時間を戦時と同等かそれ以上取れるならある程度緩和出来るでしょうが」

 

軍縮に伴う予算の削減は兵士の質に宜しくない影響を与えている。終戦直後はともかく、5年も経てば相応の人数が軍を退役しその分新人が入ってくる。ここで問題なのが新人の練度だ、予算が少ないから訓練時間が少なくなったり、そもそも実機に触れられる時間が減る。ベテランはまだ技量があるから誤魔化しが利くが、新兵の方はそうはいかない。先日久しぶりにあったアナベル中佐も嘆いていたが、戦争経験組からすれば、こんな技量で戦場に立たせようとか正気か?と聞きたくなるレベルの奴まで存在する。そしてそれを矯正したくとも、予算を理由に訓練の許可が下りないときたもんだ。

 

「そのゲルググにしてもFZだと厳しいと自分は感じました。あれゲルググにしては気難しくありませんか?」

 

腕を組みながら中々鋭いことを言うトッシュ少尉。うん、シーマ大佐が可愛がるのも無理ないな。

 

「ゲルググは拡張を前提とした機体だからかなり裕度のある設計がなされているけど、何事にも限界はあるのよね、FZ型はゲルググの設計限界を目一杯使ってるから、どうしてもFⅡや皆が使ってたM型に比べると気難しくなっちゃうの」

 

そう困った声音で説明してくれたのは、いつの間にか近くに来ていたメイ・カーウィン技術少尉だった。戦後ダグラス大佐の大隊が解散した際に彼女はジオニック社へ出向していたのだが、その時にゲルググのアップデートに関わっていたらしい。

 

「じゃあ、今後はゲルググも扱いづらくなるんですか?」

 

「そうだね。改善するには根本的な変更、つまり構造材や駆動系の更新になっちゃうから、そうなるとさっき皆が言っていた“程々の値段の程々の機体”に収まらないんだよ」

 

設計思想も古いしね。そう眉を寄せて質問するクララ軍曹に苦笑しながら答えるメイ少尉。因みに彼女技術本部所属なのだが、ジオニック社出向中にリゲルを盛大にディスり本部に送り返された後、正式採用を決定した技術本部を痛烈に批判してオデッサに厄介払いされたという中々ロックな娘さんである。あれか、ジオンのちっこい技術者は攻撃性を抑えられん病気にでもかかっているのか。今は遠く離れた地で元気にやっている(と、断言出来る)某女史を思い出しつつ、生温かい目でメイ少尉を見ていたら視線に気付いた彼女がすっごい嬉しそうにこちらを称賛してきた。

 

「その点レーヴェはとっても良くできていると思います!性能自体は19と殆ど変わらないのに操作性は段違いにこちらが上ですから!流石大佐が考案された機体です!」

 

考案なんて大それた事してねえよ。地球に帰ってきた喜びの深酒をパプテマス少佐と楽しんでいたら、翌朝ジ・Oの設計図が出来ていた。流石にお値段がグロイ事になっていたから、色々と装備を簡略化した上にサイズを標準機クラスまでダウンサイジング、ついでにスラスターやジェネレーターの出力も下げて手堅く纏めたら、なんか良い感じの機体になったので取敢えず報告してみた。ドズル大臣からは爆笑され、ギレン首相からは馬鹿を見る目で説教された。あんまドズルを焚き付けるなって言われたんで、弟さんの手綱は首相のケジメ案件だから知らんな!って返したらあの野郎目の前で九十九髪茄子を弄びながら言いたいことはそれだけか、とか宣いやがる。ええ、速攻で土下座しました。

つまり何が言いたいかといえば、俺は単にリクエストしただけで、原型から機体の完成まで全部パプテマス少佐がやってくれましたと言うことである。パナいわー、宇宙世紀の天才マジパナいわー。因みにどうよこれ、ステキだろう?ってテム大尉にジ・Oの設計図見せたら、大いに激怒した挙句早速ゲーノインの制作に取りかかった模様である、横でショウ曹長が疲れた目をしていた気がするが、強く生きて欲しいと思う。

 

「余所から来た技術を研究しながら使っているジオニックと基礎理論を完全に把握して使いこなしているパプテマス少佐とでは残念ながら地力が違いすぎる。今回の件に関して言えば、運が無かったと諦めて貰うほかないな」

 

ドヤ顔で言い放ちながら、俺はコンペティションの件に対するドズル大臣からの連絡に承知した旨の返信をする。まあぶっちゃけこうなるように誘導したんだが。

 

「軍の財布も厳しいからね、出来ればレーヴェは長く使いたい。だからよろしく頼むよトッシュ少尉」

 

 

 

 

後日行われたコンペティションにおいてMS-22“レーヴェ”はMS-19“リゲル”に勝利する。この際ジオニック社は戦中のエースパイロット、ロバート・ギリアム少佐を招聘するも敗北、レーヴェは見事制式採用を勝ち取ることとなる。余談だがこの時の結果をして、テストパイロットを務めたロバート少佐曰く。

 

「同じ機体なら俺が勝ってた」

 

「やっぱゲルググはダメだ」

 

「ザクなら勝ってた」

 

などと言い放ち、後にジオニック社のMS開発に多大な影響を及ぼすのであるが、それはまた別の話である。




登場人物紹介

ロバート・ギリアム少佐

MSVなどで出てくるロバート・ギリアムと同一人物、ただし性格がかなり異なる。北米系の移民3世で口が非常に軽い。同期からは“MSを動かすのと同じくらい口が動く”“奴が黙るときは死んだときだけ、演習だと死んでも喋る”“アイツと話すのは1年に3分あれば十分”などと散々な言われようであるが、実力は確かであり史実と同じくザクR2型を受領している。その後一月程で専用機のゲルググが支給されるが一度の搭乗後、

「なんか合わない」

と言って勝手に塗装を一般機に戻し、自身はザクに乗り続けた(この時結構な問題になり、あわや降格と言うところまで行っている)。終戦後もR2を愛機にし続けたが、部品在庫や整備の問題から、国防大臣直々に機種転換を命じられたため、一線を退きMSパイロットの教官に転向している。このことから軍では彼を“最後のザク乗り”と称する者が多い。


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SSS20:教導団の娘さん達-1-

『当たらないよ!?』

 

『アルーシャ下がれ!お前じゃ無理だ!』

 

妹達が発する悲鳴のような叫びを聞きながら、デルマはしかし指示を飛ばす余裕も無く機体を操作する。第三小隊が一方的に敗北した時点で油断は完全に消えていた、だがそれ以上に目の前の敵は圧倒的な力の差を誇示している。

 

(第三小隊の時は手加減していたとでも言うのか!?)

 

突き出されるビームサーベルを強引に躱しつつ、左手に持ったサーベルでお返しとばかりに切りつけるがビームの刀身は虚しく空を切る、それどころか逆に跳ね上げられた相手の足でマニピュレーターをサーベルの柄ごと破壊されてしまった。追撃に身構えるが、相手はそのままデルマの機体から距離を取る。その意図に気付いた時には全てが遅すぎた。

 

「アルーシャ!避けろっ!!」

 

ビットを飛ばし出来る限りの支援を行うが、既に別の機体に取り付かれ、そちらの対応に全てのリソースを割いていたアルーシャの機体は、側面から不意を打って放たれたマシンガンの直撃を食らいデルマの前で爆発した。

 

「こっのぉ!」

 

ビット6基、デルマの扱える上限一杯の戦力で攻撃を行うも、その結果は先ほどまでと何も変わらなかった。

 

(なんで、なんで当たらない!?)

 

デルマは胸中で叫ぶ。ビットによる攻撃の厄介さはデルマ自身が身に染みて理解している。小型で高速の機体は捉えることがそもそも困難である上、それぞれがMSと同等の火力を有している。それが一人の人間によって統制されて動くのだから、相手にしてみれば連携の完璧な小隊規模の戦力と戦わされているに等しいのだ。だというのに目の前の相手は、それをあざ笑うかのように躱している。それどころか時折マシンガンの銃口をビットに合わせて見せるのだ。その動きはまるでお前の使うビットなどいつでも撃ち落とせると宣言しているようであった。

 

「いや、事実出来るんだ。だが敢えてしていないんだろう!?」

 

安い挑発と理解できても、デルマは感情が激しく動くのを御しきれなかった。

 

「ビットォ!!」

 

デルマの意思を反映したビットが絶叫と共に最大稼動で敵機へと襲いかかる。後先を考えない連続攻撃は次第に敵機を追い詰め、遂にはサーベルを手にしていた右腕を吹き飛ばすことに成功した。

 

「どうだっ!」

 

喜悦に表情を歪ませるが、その暗い喜びが持続したのはほんの一瞬のことだった。

 

『嬉しかったですか?』

 

「!?」

 

今回の模擬戦はシミュレーションとは言え敵機との交戦という想定である。つまり、相手の通信が聞こえるという事は。

 

『まだまだ子供ですね、精進しなさい』

 

ショットガンに接射された激しい振動の直後、デルマの機体は撃墜判定を受け模擬戦は終了した。

 

「クソ!あんなのっ!」

 

シミュレーターから降ろされ、エルの率いている第一小隊と交代させられたデルマは忌々しげに壁を殴った。姉としての威厳を保つために普段は抑えているが、元々彼女は激情家である。格下と思っていた相手に手玉に取られて暢気に笑える性格ではない。忌々しげにシミュレーターを睨んでいると教導隊の方もメンバーを交代するようで、先ほどまでデルマ達と戦っていた相手がシミュレーターから降りてこちらへ近づいてきた。訝しげにデルマが眺めていると、隊長と思しき金髪の女性が眉間にしわを寄せながら溜息を吐いた。

 

「装備は一流、腕は二流、兵士としては三流でも過大評価と言ったところですか」

 

「なんだと?」

 

言い返そうとするデルマを無視して、目の前の中尉は困ったように仲間へと視線を向けると、聞こえよがしに口を開く。

 

「大佐の元を離れてハマーン大尉も随分鈍ったのかしら?この程度を良い仕上がりだなんて、正直期待外れにも程があります」

 

尊敬する上官を露骨に侮辱され、デルマだけでなく周りに居た姉妹達も剣呑とした空気を纏う。それを手で制しながらデルマは口を開いた。

 

「上官であればどんな発言でも許されるという事は無いと小官は考えます」

 

「そのような言葉は一人前の軍人として振る舞ってから口になさい。上官へ敬礼も出来ないお嬢ちゃん?」

 

「っ!?し、失礼しました」

 

そう指摘され、デルマは慌てて敬礼をして見せた。それ程までに先の模擬戦は彼女の感情を揺さぶっていた。だが、それを斟酌してくれるほど教導団のメンバーは寛容では無かった。

 

「敬愛する上官を貶められて腹が立ちましたか?奇遇ですね、私達もです」

 

意味が判らないデルマが困惑していると、中尉は言葉を続けた。

 

「貴女達の行動、言動、その評価が何処に帰結するか考えてみなさい。ええ、実に不愉快です。私達のかけがえの無い戦友が、貴女達の無様によって貶められているのですから」

 

「…あんな高性能機を引っ張り出してきてそんな言い草」

 

呟くようにそうアルーシャが漏らす。本来なら叱責すべき事なのだが、デルマ自身もその思いがわずかにあったために反応が一瞬遅れた。彼女達が搭乗しているAMSN-02“シュネーヴァイスⅡ”は教導団の使用しているMS-22“レーヴェ”に採用試験で敗北したYMS-21“ドラッヘ”をベースに開発されている。配備開始から4年が経つものの最新鋭であるレーヴェは未だアクシズには配備されておらず、教導団との交流訓練は今回が初めてだったデルマ達は、ビット攻撃が当たらない原因を新型機との機体性能差であると結論付けた。何故ならハマーン大尉のシュネーヴァイスⅡですら彼女達の飽和攻撃の前には被弾するからだ。

 

「あら、なら機体を交換しますか?でもそれだとご自慢のサイコミュ兵器が使えなくなってしまうかしら?ああ、なら私達がゲルググに―」

 

「そこまでで勘弁してください中尉。そんなことしなくてもコレで十分でしょう?」

 

中尉の言葉を遮ったのはデルマたちのよく知る人物、シュネーヴァイスⅡの生みの親であるエリー・タカハシ少佐だった。彼女の登場に、中尉達は居住まいを正し綺麗な敬礼をしながら口を開いた。

 

「お久しぶりですわ、少佐殿」

 

「はい、お久しぶりです。9年ぶりですか?壮健そうでなによりです」

 

「少佐もお変わりないようですわね」

 

「私としてはもう少し育ちたかったんですがね、ってそんなことは良いんです」

 

そう言いながらエリー少佐は手にしていた端末をデルマへ投げて寄越した。意図がわからず受け取るデルマへつまらなそうな表情でエリー少佐は口を開いた。

 

「シミュレーションに使った機体の数値です。はっきり言いますが機体のステータスは元のドラッヘの時点でMS-22に優越していますよ」

 

事実カタログスペックはリゲル、ドラッヘ、レーヴェではドラッヘが最も優秀だった。問題はそのスペックを完全に発揮するためにリユース・P・デバイスの存在が必要不可欠であったことだろう。オリジナルとは異なり、四肢の切断といった外科的手術は不要だったが、一般パイロットが用いる為にはより伝達精度を向上させるためにナノマシン及び機体との通信モジュールを埋め込む必要があった事から、コンペティションでは惨敗という結果を頂戴している。シュネーヴァイスではこの点をスペシャル専用機とすることで問題を解決しているため、フルスペックを発揮できるのだ。ついでに言えば一部構造材などをアクシズで開発された最新鋭の物に更新しているから、ドラッヘと比較してシュネーヴァイスは性能で勝ることはあっても劣ることは万一にもあり得ない。

 

「見て解るとおりです。機体側の落ち度はありません、今回の結果は純粋にパイロットの差ですね」

 

「そんな!だったらなんでビットが一発も当たらないんです!?」

 

「そっちこそ何を言っているの?」

 

冷え切った声音でそう口を開いたのは金髪中尉の後ろで黙って聞いていた、教導団のパイロットだった。こちらは東洋系なのか黒髪でやや童顔だ。しかしその目は金髪中尉よりも険を含んでいた。

 

「囲まれて撃たれるくらい数的不利なら当然起きる状況、あの程度の包囲射撃なら新兵でも出来る」

 

「何が仰りたいのですか?」

 

挑みかかるような目でデルマが問えば、黒髪の中尉は更に冷たさを増した瞳で睨み付けながら口を開いた。

 

「はっきり言わないと解らない?当たらなかったのは私達が優秀だからじゃない、貴女達の射撃が下手くそだっただけ。言っておくけれど教導団でも私達は特別優秀な訳じゃない、そんな私達でもあんな欠伸の出るような射撃なら避けられる」

 

その言葉が心底本心から出た言葉である事が理解できてしまうデルマ達は愕然とした。アクシズにおいて最強部隊を自負する彼女達にとってそれはあまりにも受け入れがたい事実だったからだ。何一つ言い返すことが出来ずに下を向くデルマを見て、黒髪の中尉は溜息を吐くと見物していたMSパイロット達を睥睨する。

 

「今まで毎年教導団が指導をしていただろうに、この練度は由々しき問題。今年は少し厳しくした方がいい」

 

「ミノル中尉の言うとおりですわね。最低限、今の彼女達の射撃を避けられる程度には鍛え直しましょう」

 

その宣言にパイロット達は声にならない悲鳴を上げるのだが、決定が覆ることは無かった。

 

 

 

 

「なんとか、威厳は保てましたわね」

 

一日目の教導を終え、ハマーン大尉の執務室に報告と今後の相談という体で集まった教導団のメンバーは大きく息を吐いた。

 

「お疲れ様でした。でも本当に中尉達は凄いですね。あの攻撃を躱しきるなんて私には無理です」

 

ハマーンの言葉にジュリア中尉は苦笑するとやんわりと否定した。

 

「教導団上位のメンバーならば解りませんが、私達も彼女達の小隊相手に1人では避けきれませんよ」

 

その言葉に思い出したように疑問の声を上げたのはフェイス・スモーレット中尉だった。

 

「あれ?でも大佐の作った対サイコミュ用の訓練データって一般に開放されてたよね?私達も定期的にやってるし。アクシズのパイロットだってアレをやっていれば、ここまで酷いことになってないと思うんだけど?」

 

「フェイス、一応言っておくけれど、アレを好き好んでやっているのは多分オデッサ上がりの人だけよ」

 

その疑問に答えたのは同じ小隊のメンバーであったセルマ中尉だった。ハマーンも困った笑みを浮かべながら同意する。

 

「でしょうね、私も何度か試しましたがアレはもっと無理です。多分殆どのパイロットはコバヤシマルプランか何かだと思って居るんじゃないでしょうか?中には数人試した人も居るみたいですが、はっきり言って秒も持ちませんね。というかあんな射撃私にも到底真似できません」

 

「…あのデータ、定期的にアナベル中佐が更新しているからね。最近はロックアラートすら鳴らないよ」

 

深い溜息と共にミノル・アヤセ中尉がそう口にすれば、ジュリア中尉が笑いながら付け足した。

 

「アレに比べればまだまだ彼女達は荒削りですね。尤も12歳であるという事を加味すればやはり恐怖を覚えずにはいられませんが」

 

そう言い切ったかと思えば、不意に真剣な顔になると居住まいを正して言葉を続ける。

 

「ですから大尉、一つお願いがあるのですけれど」

 

「なんでしょうか?」

 

自然とハマーンは声を強張らせた。懐かしいあの場所を思い起こさせるやりとり。大抵の場合その後は、あの人の口からとんでもない提案が飛び出すのだ。そして彼女の直感が正しかったことは、直ぐにジュリア中尉の言葉で証明される。

 

「貴女達の特別な力を、特別ではなくする手伝いをして頂けませんか?」




SSSとか書いといてこの体たらくですよ。すみません精進します。


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SSS21:技術者の矜恃

GWだからちょっと投稿。


「なあ大佐。ゲーノインの2号機が見当たらないんだが?」

 

作業着に付いた砂埃を払いつつ、執務室に入ってくるなりテム・レイ大尉がそう聞いてきた。睨んでいた将棋盤から目を離して、勝手知ったるとばかりにコーヒーサーバーを操作してマイカップになみなみと注ぎ込んでいるテム大尉へと俺は視線を向けた。ここ、俺の執務室と言うより、最近は野郎士官のたまり場になってるよな。まあ、それは置いておいてだ。

 

「あの機体ならアクシズへ持っていくと伝えたと思っていましたが?」

 

「ん?ああ、そうだったかな?いや、1号機のついでに整備しようと思ったら無かったのでね」

 

うん、作業している技術者に口頭で連絡をしてはいけない。ぶっちゃけ今回はテム大尉がごねると思ったからそうしたんだけどな。

 

「アレをアクシズに持っていくという事は本格的に学ばせる気にということか?おいおい、なんでちゃんと私に言わない?」

 

そらあーた。

 

「言えば大尉もアクシズに行ってしまうでしょう」

 

あそこは色々と本国では出来ない技術開発をしているからな。この技術バカだと行ったが最後二度と戻ってこない気がする。

 

「やれやれ、私はどうも信用されとらんな」

 

「鏡を見てからそういう言葉は口にするべきですな」

 

完全に好奇心に負けた顔してんぞ大尉。そんな皮肉のキャッチボールをしているうちに将棋盤で駒が打たれる音がする、ついでに対戦相手が落ち着いた声音で持論を口にした。

 

「しかし、オールレンジ攻撃ですか。私には拘る意味が見いだせませんが」

 

「それが言えるのは、パプテマス少佐のような一部の人間だけだよ。圧倒的多数の兵士は機体越しにビットから発せられる殺気など感じられん。加えて熟練したスペシャルは火器のロックオン機能を用いずに戦えるとなれば最早防ぎようがない」

 

「その為にあのような訓練を作ったのではないのですか?」

 

対サイコミュ用の訓練プログラムのことかな?

 

「MSにとって最も不安定な部品であるパイロットの技量に依存するような方法が対抗手段だという時点で問題だよ。第一訓練の突破率が2割を切っている時点で、訓練と言うより選別に近い」

 

そもそも訓練に取り組んでいるのが軍の中でも精鋭と呼ばれるような連中ばかりなのだ。そいつらをして突破率2割以下とか、どう考えても凶悪兵器認定待ったなしである。

 

「ですがサイコミュ兵器はパイロットへの負担が大きい。適応者自体が希少である事も加味すれば、それこそ大佐の言う欠陥兵器では?」

 

「現状だとね。だが少佐、釈迦に説法をするようで心苦しいが、兵器の進歩とは即ち誰もが簡単に使えるように進んでいくものだ」

 

俺の言葉に少し険しい顔になるパプテマス少佐。多分俺と同じ考えに行き着いているのだろう。

 

「確かに人為的にサイコミュへの適応能力を向上させる手段がありましたね。加えてハマーン大尉のような高適応者の運用データが蓄積されれば、制御の大半を自動化できる。そうなればパイロットへ求められる能力は目標の選定とビットへの対象指示だけですから、成程これなら模造品でも―」

 

「少佐」

 

「失礼」

 

少佐の言う模造品とは、ここの所ゲリラやテロリスト達に運用されている、所謂強化人間の事だ。本を正せばどうも潜伏したムラサメ研の連中のようで、逃亡資金を得るためなのか所構わず粗悪な技術をばらまいている。更に厄介なのはこれらの組織に連邦が繋がりを持っていることだろう。無論表には出てくるものではないが、略奪やゴミ漁りではまかなえるとは思えない艦艇やMSを維持している連中がいるのだからそう言うことだろう。

 

「つまり今後はより使い勝手の良いサイコミュ兵器が登場し普及すると。ああ、その戦力格差を埋めるために2号機を育てようという訳か」

 

得心のいった声を上げるテム大尉にひとまず頷いて見せる。

 

「インコムと改良型学習コンピューターを合わせたゲーノイン2号機が十分な学習を終えれば、軍の想定する平均的なパイロットでもスペシャルの真似事が出来ますからな。オールレンジ攻撃が誰にでも出来るという意味は今後極めて大きな意味を持つ事になる」

 

連邦もオールレンジ攻撃が可能な兵器に興味を持っているのは間違いない。基本的に連邦軍は堅実な戦法を好む。つまり個人の力量に依存、それもスペシャルのような定量的に戦力として計算できないようなものを運用する事を嫌っている。その思想からすれば、インコムという誰にでも使える疑似サイコミュは彼らを大いに惹きつけてくれることだろう。そうなればスペシャルへの関心も低下し、彼らの身の安全も担保されるだろう。研究の為に実績のある人間を誘拐なんてされたら堪ったもんじゃないからな。

無論インコムは制約も多い。ノーマルでも使えるように有線式だし、制御は母機となるMS内のコンピューターがやっているからスペシャルの使うビットのような柔軟さは望めない。しかし多少性能が劣る程度ならば、後は圧倒的な物量で覆すというのが彼らの基本ドクトリンだ。本当に物量チート国家とか相手にすると最悪だな!

 

「だとすると大丈夫でしょうか?」

 

眉間にしわを寄せながらパプテマス少佐がそう口にする。

 

「どう言う意味かな?」

 

「ミノフスキー粒子下における同時多数制御の技術においては連邦軍に一日の長があると私は考えます。この技術が流出して模倣された場合厄介なのでは?」

 

確かにね、ソーラシステムからも解るとおり制御技術や電子機器関係はジオンよりも連邦軍の方が進んでいる。千どころか万に届く数の目標をいくら艦艇とはいえ、単艦で制御しきる技術なんてジオンは持ち合わせていない。そもそも今回のインコムにしたってガンダムからの鹵獲技術である学習型コンピューターが無ければ実現しなかったのだ。

 

「そのリスクに関しては受け入れるしかないだろう。どのみち運用すれば秘匿し続けるなんて不可能だからね。だが、そうネガティブにだけ捉えることもないさ」

 

そう俺が言うと、黙ってマグカップを傾けていたテム大尉が嫌そうな顔になる。

 

「また悪い顔をしているな。今度はどんな嫌がらせを思いついたんだ?」

 

嫌がらせとは失礼な。

 

「大した事ではありません。戦後幾らかの変化があったとはいえ、我が国と連邦を比べればまだまだあちらに軍配が上がるというだけの実に単純な話です」

 

単純に考えれば、人口が十倍なら馬鹿も天才も十倍居て不思議ではない。そして数人引き抜いたところで、まだまだあの国には天才的な技術者も研究者もごまんと居るのだ。そんな彼らが俺の知る宇宙世紀から完全に逸脱している現在、どう脚光を浴びて唐突に俺の知りもしない技術革新や新兵器を生み出しても不思議じゃない。で、あるならばだ。2人を見ながら俺は大きく溜息を吐いた。

 

「天才が唐突に歴史をひっくり返すような発明をするのを私は良く知っています。ならばある程度知った技術に誘導することでこちらの対処しやすい戦力でいて貰った方が幾分マシというものでしょう?」

 

ついでに終戦協定の技術制限が結構ミリタリーバランスを危うくしているからな。あちらのガス抜きとこちらの兵士の綱紀粛正の為にも、連邦軍には対処できる範囲で拡大して頂こうと言うわけだ。是非ともインコム技術発展へ向かって血眼になって邁進してもらいたい。そう締めくくったら2人ともとても嫌そうな顔をしていた、解せぬ。

 

 

 

 

「どんどん覚えている!?なんて厄介なの!」

 

自機を連続して掠めるビームをギリギリで躱しながらハマーン・カーン大尉は思わず唸った。教導団、正確に言えばジュリア・レイバーグ中尉達が、マ大佐に頼まれて持ち込んできたMSはスペシャルのオールレンジ攻撃を模倣する事を目的とした機体だった。“ヴェア・ヴォルフ”と呼ばれている機体は、直線的なフォルムをしており、明らかにジオン系のMSとは異なる技術体系に属する機体だとハマーンは感じた。

 

『もう一度!』

 

対戦相手であるセルマ中尉の叫びと同時に再び襲ってくるビームの雨を躱そうとするが、完全に躱しきることが適わず左足をわずかに掠めてしまう。判定は小破、大腿部のスラスターが損傷判定により機能を50%まで低下させる。生まれた隙を打ち消すために、ハマーンは舌打ちをしながら再充填が完全に終わっていないビットを送り出し、敵機を牽制する。

 

「楽をしていたツケですね!」

 

ハマーンとしても訓練を怠っていた訳ではない。だが指揮官として求められる業務は確実にあの頃に比べて訓練の時間を奪っていたし、何よりパイロットとして見れば彼女はオデッサ上がりの中では最後発とも言える。なんとかエディタ・ヴェルネル中尉―戦後僅か1年で退役し現地の男性と結婚、今では定期的にチーズと家族写真を送ってくれる戦友だ―の動きを模倣しつつ戦ってはいるが、戦後MSに割いた時間の差は厳然たる結果として表れていた。

 

『このっ!』

 

インコムと呼ばれる有線式のビットモドキの内、3基がこちらのビットを迎撃するためにセルマ中尉の意図と外れた動きを行う。こちらのビットの内2機が迎撃されてしまうが想定内、その2機は充填が間に合わず射撃不能だったから、最初から囮に使ったのだ。

 

「機械風情が人間をなめないで!」

 

意図的に複雑な軌道を描かせた2機に釣られたインコムは自らが張り巡らせた有線の干渉によりその動きを制限される。そしてその僅かな綻びを縫うように潜り込んだ1機がセルマ中尉の駆るヴェア・ヴォルフへ肉薄した。

 

『まだ!』

 

だがその1機も振るわれたビームサーベルによって切り裂かれる。その瞬間ハマーンは勝利を確信し叫ぶ。

 

「信じていましたよ、中尉なら切り払ってくれるって!」

 

『っ!?』

 

サーベルを振るったために、ヴェア・ヴォルフは大きく機体正面を開いた姿勢になっている。そしてビットと共に前進していたハマーンとの距離は、ハマーンにとって絶対に外さないと確信出来る距離だった。

 

「いっけぇっ!」

 

構えたビームライフルのレティクルがしっかりとヴェア・ヴォルフを捉える。射撃の瞬間、なけなしの抵抗で残っていたインコムからビームが放たれるが既に遅い。ビームが主流となった現在のMSのバイタルパートを撃ち抜くには、出力の低いビットやインコムではどうしても時間が掛かるからだ。盾にした左腕と右脚、ビットキャリアーが次々に被弾し大破判定を貰うが、既にハマーンがトリガーを引いた後だった。

 

 

「いやあ、三連敗ですよ。困ったねぇ」

 

自分達が敗北しているにもかかわらず、フェイス・スモーレット中尉は嬉しそうにそう口にした。

 

「セリフと声音が一致していませんわよ。まあ、気持ちはわかりますが」

 

オデッサ時代、ハマーンは自分達と真逆の意味で特別な存在だった。特に専用機に乗ったハマーンと一対一で戦うというのは、当時の彼女達にしてみれば明日の太陽がどちらから昇るかと聞かれるのと同じくらい結果の決まった勝負だったのだ。そんな相手に敗北したとは言え大破判定をもぎ取った事は、彼女達にとっても大きな意味を持つ負けだった。

 

「凄いね。ホントに戦えば戦うだけ強くなっていく」

 

モニターを凝視しながらミノル・アヤセ中尉が熱を帯びた声音でそう呟いた。事実、一戦目では掠りもしなかったビームが二戦目では損傷を、そして今の一戦では撃墜手前まで追い込んだのだ。無論事前に学習コンピューターによる機体側の成長について伝えられてはいたものの、ここまで劇的だとは誰もが想像出来なかったのだ。

 

「大佐の仰ることが実感できましたわ。コレは確かに、世界を変えうる力です」

 

手応えを強く感じた彼女達から教導期間終了後、同機の配備を強く希望されたことで某大佐がまた上層部からお叱りを受けるのは暫く後の事である。




ゲーノインさんのイメージはガンダムMk-Ⅴです。


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SSS22:聖なる夜に

0080は名作(盛大にネタバレをしていくスタイル)


「やれやれ、折角の休みだってのに」

 

端末を操作しながら青年は溜息を吐いた。戦争終結から凡そ一年、終戦直後の反乱などの混乱から漸く一息吐いたグラナダに所属していた彼は最近になって長期休暇を取得できたのだが、休みに入る3日程前に部隊長に呼び出されると唐突にチケットを渡されたのだ。

 

「貴様は腕は悪くないが視野が狭い。少し学んでこい」

 

有無を言わせぬ口調でそう告げられれば青年に拒否する権利が発生する訳もなく、翌日には両親に帰郷の予定がずれることを告げ、休日初日に最低限の荷物を詰め込んだバッグを背負い、サイド6へ向かうシャトルの乗客になっていた。

 

(サイド6ね)

 

大戦中、中立を宣言していた彼らであるが、終結後は再び連邦政府傘下に収まっていた。元々サイド6は後発のコロニー群であったため、移民の受け入れに重点を置いた構成になっている。結果、人口は他のサイドより多い一方で主産業は農業と観光というものであった。満足な自衛戦力も無しに中立を宣言出来たのはこの部分が大きい。当初戦争の長期化を想定していなかったジオンはルウムでの戦いに集中するためにも、出来る限り戦力を分散させたくなかったし、それは初戦で手痛い損害を受けた連邦も同じだった。攻めるにせよ守るにせよ、規模は大きく難しい一方で確保した後の旨味の少ない拠点と双方から目されたのである。想定外であったのは戦争の長期化により、彼らの発言権が当初両者が想定していた以上に付いたことだろう。

軍の連絡艇よりも足の遅い民間シャトルでたっぷり2日を使いリボーコロニーに降り立った彼は大きく伸びをした後、再び端末を取り出した。

 

「観光ですか?」

 

「ええ、まあ」

 

入管を担当する審査官に曖昧な笑顔で応えながら彼は頭を掻いた。リボーは一般的な居住用コロニーで大した娯楽スポットや観光地が有るわけではないからだ。パスポートを確認した審査官は一瞬眉をひそめたが、不審な点は見受けられなかったため元の笑みを浮かべながら定型の言葉を口にし、彼を迎え入れる。

 

「はい、結構です。リボーへようこそ」

 

スペースポートを抜け、予め取っておいたホテルで荷物を放り投げると、彼は大きく溜息を吐いた。

 

「どうしたもんかね?」

 

ポートに着いた際にもう一度見返した端末の内容を思い出す。

 

「見てこいって、雑すぎる」

 

普段から簡潔に物を話す隊長らしい言葉ではあったが、指示としては落第も良いところだろう。一瞬連絡を取る事も考えたが、分の悪い賭けになりそうだと彼は考えた。隊長であるマレット・サンギーヌ少佐は自身で考えない人間を嫌うタイプであるし、その僚機を務めているリリア・フローベール中尉も隊長の意に沿わない人間に冷たい傾向がある。唯一彼とロッテを組んでいるギュスター・パイパー中尉は助けてくれそうであるが、基本的に隊の通信に対応するタイプの人間ではない。何をどうしても叱責を免れる方法が無さそうだと判断した彼は諦めて開き直ることにした。

 

「見てこいって言うなら、見てくるか」

 

指定が無いのであれば、何を見るのかを決めて良いのは自分である。そう考えた彼は脱いでいたジャケットを着込むと日の落ちかけた街へと繰り出す。12月のリボーコロニーは既にクリスマスに向けて飾り立てられていて、メインストリートは家族連れの姿もあって賑やかだ。彼の出身である共和国のコロニーとは異なり、比較的新しい居住用コロニーであるリボーコロニーは、共和国の一般的な密閉型に比べ随分町並みも広く設計されていて開放感がある。道行く人々の表情も明るく、彼の目には平和な日常が流れているように見て取れた。

 

(天下太平だっけ?いい事じゃないか)

 

専門校を卒業した後、直ぐに軍に志願した彼に複雑な政治は解らない。だが少なくとも戦前の祖国に蔓延していた閉塞感や不安から来る苛立ちのような荒んだ空気は感じられない。ならばそれが、たとえ仮想敵国の都市であっても歓迎すべき事であることくらいは理解出来た。だからだろう、彼は自身の気が緩んでいることに気がつかなかった。

 

「っと、すみません」

 

突然の衝撃に誰かへぶつかった事を理解した彼は思わず謝罪した。周囲を見回していた自分の不注意と考えたからだ。だがそれは完全に状況を読み違えていた。

 

「おー痛ぇ、コイツは骨がいっちまってるかもしれねぇや」

 

「あー、こりゃひでえ。兄ちゃんどうしてくれるんだよ?」

 

「は?あ、いや俺は…」

 

如何にもチンピラといった風体の男2人の三文芝居にどう返すべきか考える暇も無く、彼は男達に路地裏へと連れ込まれる。状況は宜しくないとは言え彼はまだ余裕があった。男達の動きは明らかに訓練されたものではなかったからだ。故に彼はこの状況をどう荒立たせずに乗り切るかと思考する。元々柔和な顔立ちの彼はなめられやすく、旅行先でたまたま運悪く絡まれたのだと考えていたからだ。だがそれは路地裏に響いた男の言葉で否定される。

 

「戦争に勝ったからって、誰も彼もが頭を下げるなんて思うんじゃねえぞジオン野郎!」

 

胸ぐらを掴まれながら掛けられた罵声に、漸く彼は自身が明確にターゲットにされたのだと自覚する。

 

「戦中あれだけ尽くさせておいて、終わればハイサヨウナラってか?都合良く使い捨てやがってよ!」

 

男達の言葉の意味が理解出来ず彼は眉をひそめた。それが気に入らなかったのだろう、胸ぐらを掴んだ男の顔がみるみる赤くなり怒鳴りつけてくる。

 

「てめえらジオンが手を引いたおかげでサイド6はまた連邦に逆戻りだ!どう落とし前をつけるんだよ!?」

 

とんでもない逆恨みの言葉に思わず彼は呆れてしまった。男達の中でサイド6は先の独立戦争においてジオンに献身したらしいが、共和国の住人にそう告げて首肯する者はまず居ないと断言出来るからだ。そもそも開戦時に味方に付いていないどころか、戦力が拮抗している内はむしろ連邦よりの態度を取っていたし、ジオンが優勢になった後でも表面上中立の姿勢は崩さなかった。彼らからすればその中立の中で最大限便宜を図った事が献身だとしたいのだろうが、残念ながらそれは彼らの理屈である。

 

(いやいや、なんでコウモリを態々内に引き込むよ?)

 

これはサイド6首脳部の失策である。ジオンにしてみれば彼らは最も苦しい時期に手を差し伸べず、連邦にしてみれば最も重要な時期に相手に寝返った連中なのだ。しかもその寝返り方もどうとでも言い訳の出来る中途半端なものと来ている。当然ジオンはサイド6を信用出来る相手とは認識しないし、連邦は彼らを裏切り者として苛烈に統治するだろう。コレが仮に自らも武力を持ち両者へ不介入の中立を保ったのなら話は変わるのだが、平和ボケし、自らが戦わぬと宣言すれば己の身を守る手段すら放棄しても問題無いと考えていた連中の末路としては想定内の事だった。

 

「手前らが戦争なんてしたせいでこっちは重税を掛けられてんだよ!何がスペースノイドの独立だ!俺達を切り捨てやがって!」

 

戦後サイド6はジオンへの編入を希望したが、その願いは聞き届けられなかった。これは戦後の移民について円滑に進めるため連邦側に宇宙における十分な活動拠点が必要であるという双方の認識からだった。ルナツーの返却は決定していたものの、不幸な事故によってその内部機能の多くは失われていたし、サイド7は未完成のコロニーが僅かに1基のみである。加えて上記の通り傍観者を決め込んだサイド6に対して双方が冷淡な対応をしても国民から不満が出なかった事も大きい。結局の所、中途半端な対応によって彼らは両者から裏切り者と認識されてしまったのだ。だがそれを今指摘しても状況は悪化するだけだろう。この場をどう無難に収めるか彼は思案する。制圧する事は容易いが、彼らのような考えが行政にも浸透しているならば厄介なことになる。かといって唯々諾々と従うにはあまりにも業腹だ。

 

(よし、適度に痛めつけよう)

 

幸いにして跡の残らない痛めつけ方もリリア中尉の教育によって習得していた彼は、そう決めると胸ぐらを掴んでいた男の腕を捻り上げるべく手を伸ばす。しかしその行動は甲高い声によって阻まれることになった。

 

「お巡りさん!こっち!こっちだよ!」

 

「なっ!?クソが!」

 

「ちっ!覚えてろよジオン野郎!」

 

そんなお決まりの捨て台詞と共に、男達は彼を突き飛ばすと声とは反対の方向へと走り出す。状況的には覚えられた方が拙いのでは無いだろうかなどと、場違いな事を内心思いながら彼は突き飛ばされた先のダンボールから体を引き起こして、声のした方へと歩き出した。

 

「ちょっと、アル!」

 

通りに出て最初に目に入ったのはくせ毛の少年、得意そうな顔からして先ほどの声の主はこの子だろう。それを咎める口調で足早に近づいてきたのは赤みがかったストレートの髪を持つ女性だった。

 

「ありがとう、助かったよ」

 

「困ってる人を助けるのは当然だろ?ギオミテセザルハユーナキナリってね」

 

「難しい言葉を知っているんだな」

 

そう笑いかける彼と少年の間に割って入ったのは少年を追って来た女性だった。

 

「…貴方、少し良いかしら?ここだと目立つから、あっちの公園に移動したいのだけど」

 

好意的とは思えない声音ではあったが、恩人の保護者であろう人物の提案を無下に出来るほど、彼はドライでは無かった。

 

「ああ、お礼もさせて欲しいしね」

 

返事をすると女性は直ぐに歩き出した。置いて行かれないようついて行くと、彼の隣に陣取った少年が興味深そうに聞いてくる。

 

「ねえ、おじさんジオンの人だろ?軍人?もしかしてMSのパイロット!?」

 

憧憬の籠もった声に彼は苦笑しながら答えた。

 

「おいおい、これでもまだ20だぜ?せめてお兄さんと呼んでくれよ。しかしよく俺がパイロットだって解ったな?」

 

そう彼が返している間に目当ての公園にたどり着き、少し奥まったベンチで止まった女性は盛大に溜息を吐いた。

 

「あのねぇ!そんな恰好をしていれば誰だってそう思うわよ!ここは地球ほどではないけれど貴方の国を憎んでいる人も居るのよ?状況判断が甘すぎるんじゃ無いかしら軍人さん!」

 

そう言われ戸惑う彼に、悪戯小僧そのままの顔で少年が告げる。

 

「兄ちゃんのそれ、ジオン軍のフライトジャケットだろ?」

 

「あっ!」

 

グラナダに配属されて以降休日に外出する際も着込んでいたため、彼はその事を完全に失念していた。自ら喧伝していたことに気付かなかったという事実に羞恥を覚えた彼は慌ててジャケットを脱ぐが、同時に冷気に体を震わせ盛大にくしゃみをしてしまう。

 

「本当にパイロット?」

 

半眼になりながら女性は手に提げていた袋からプレゼント用の包装がされたセーターを取り出すと、それを躊躇無く破り彼へと押しつけた。

 

「え?あ、いや、悪いよ!?」

 

戸惑う彼に不機嫌さを隠さずに彼女は告げる。

 

「乗りかかった船だもの、最後まで面倒見るわ。それに」

 

「それに?」

 

聞き返す彼に、彼女は告げる。

 

「リボーは私の故郷だもの、嫌な思い出だけ作って欲しくないわ」

 

そう口にした彼女は、とても優しい笑みを浮かべていた。




思いつきで書いているから季節感がまったくありませんね。


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SSS23:姉より優れた妹など存在しねぇ!

「あ、良いですよ。セラーナ少尉に頼みますから」

 

事の発端は何気ないそんな一言からだった。

 

「それはどう言う意味ですか、エリー少佐?」

 

聞き返したハマーン・カーン大尉の言葉にエリー・タカハシ技術少佐は首を傾げながら答える。

 

「どう言う意味って、そのままの意味ですよ?」

 

聞き間違いで無かったことが確認出来た上で、ハマーンは改めて提出された書類を見直す。

“新素材を用いたサイコミュ機の試作並びに評価試験”

アクシズのパイロット達に良い刺激(トラウマ)を与えた教導団による訓練から早1ヶ月、以前は増長していた彼女の部下達も訓練に真摯に取り組み、その目は良くも悪くも一人前の兵士のものになっている。それ自体は喜ばしい事であるのだが、彼女達の残した爪痕は想定以上に深かった。特に演習後半に並行して行われた実験機のテストは、アクシズの技術陣をこれでもかと刺激することになったのだ。

 

「私達にサイコミュ兵器を開発させておいて自分で対抗兵器作るとか!あの野郎喧嘩売ってんですか!?」

 

激怒と言うに相応しい暴れぶりを披露した後、自身のラボに暫く籠もっていたエリー少佐が久しぶりにハマーンの前に現れて渡してきたのが上記の提案書だった。因みにサイコミュ兵器の研究に関しては止められていないだけで本国から開発指示は出ていないし、そもそも技術開発本部に籍のない大佐に命令権も無い。強いて挙げるなら本国に居づらくなっていたオデッサに関係の深い技術者を大佐が纏めてアクシズに送り込んで来ただけである。結果からすれば手持ち無沙汰にならない程度に開発許可を出していたら、方向性がサイコミュ兵器方面に偏ってしまったというのが真実である。

 

「準サイコミュ兵器、成程強力な装備である事は認めましょう。ですが!こっちは独立戦争以前から研究しているんです!どっちの方が優れているかはっきりしてやろうじゃないですか!」

 

教導団が持ち込んだ準サイコミュ兵器搭載型試作MS、“ヴェアヴォルフ”に訓練の総仕上げとしてシュネーヴァイスⅡを駆るヴァイスフローレン隊の面々が半泣きになりながら追い立てられている光景は記憶に新しい。パイロットの技量差もあるが、MSの性能についても互角以上に感じたのも確かだった。故に技術陣がヴェアヴォルフを上回る機体を設計したいと考えるのは良く理解出来たし、負けた1人としてリベンジしたいという気持ちが無いとは言えない。一方であの機体の意味を理解している人間としては、より高性能なサイコミュ機の開発に素直に頷けない部分もあった。だが、それよりもハマーンが気になったのは冒頭の台詞である。

ハマーンは自他共に認めるアクシズの最高戦力だ。これまでも試作機のパイロットは殆ど彼女が務めていた。故に今回の開発についても当然自分がパイロットに指名されることを想定して、その方面で出来る限り開発を延期させることでバランスを取ろうと予定を組み立てていたのだが。

 

「では、今回の機体のテストパイロットにセラーナを起用すると?言っては何ですが、あの子はまだ未熟だと思いますよ?」

 

「え?でもハマーン大尉もあの機体に勝ってませんよね?」

 

頬が引きつるのを懸命に自制しながらハマーンは言葉を続けた。

 

「最終的に負け越している事は認めます。ですがその条件ならばセラーナ達も同じでしょう?」

 

当初こそヴェアヴォルフに勝利していたハマーンだったが、対戦を重ねてビットの優位性が失われるとそこからは敗北の連続だった。だがそれでも対戦成績で最も良い結果を残しているのはハマーンであったし、教導団が帰還した後の訓練でもハマーンはセラーナ少尉達に負けていない。故に自身以外が指名されるという状況に少しだけ動揺していた。だがそんな彼女の心の内などお構いなしにエリー少佐は言葉を続ける。

 

「非常に、ええ、非っ常に忌々しいことですが、あの機体は優秀です。アレに勝つ機体となると、流石に私達でも相応のリソースが求められます。然るに、今の大尉をお見受けしますと、どうにもそれだけの時間を機体開発に割けるとは思えないのですよ」

 

そこまで言われてしまっては、自身を選定させることで開発期間の延長を図ることは難しいとハマーンは判断し、溜息と共に真実を告げる。

 

「エリー少佐。実はあの機体は…」

 

「サイコミュ兵器の運用者であるスペシャルの特殊性を緩和する事で今いるスペシャルの方々の希少価値を低減、可能であればサイコミュ兵器そのものを陳腐化させてやろうという所でしょう?まったく、何奴も此奴もアレに幻想を抱きすぎです」

 

「どう言う意味ですか?」

 

思い人を貶めるような発言に、ハマーンは自然と声を強張らせた。だが、返ってきたのは呆れを多分に交ぜた言葉だった。

 

「そのままの意味ですよ。考えても見て下さい、先ほどの言葉が真実であったとして、何故態々アクシズで教育する必要があるんです?」

 

「それは、私達がサイコミュ兵器に最も精通しているからでは?」

 

そう返せばエリー少佐は露骨に肩を竦めて見せた。

 

「大尉、ちょっと考えて下さい。インコムが本気でサイコミュ兵器の陳腐化を狙った装備なら、間違いなく連邦に流出します。その時あちらに渡るのがこちらの最高戦力と同等である必要が何処にありますか?」

 

「それは、その、ビットに十分対抗出来るというのを証明したかったのでは?」

 

「対抗出来ると期待させることと、本当にその能力を付与するのは全く意味が違うでしょう?そしてある程度の性能で良ければ本国でも十分に教育できます。それをしなかったのならばつまりアレはこう言っているのですよ」

 

MSによりオールレンジ攻撃が標準化する戦場へのいち早い適応と戦訓の蓄積、そして同環境に対応した新型機を開発しろ。エリー少佐が耳元でそう囁き笑う。

 

「アレは優しく見えますが同時に相当の腹黒ですよ。それは大尉もよく知っているでしょう?」

 

その言葉にオデッサでの日々を思い出しハマーンは思わず口を噤む。なんとか反論の糸口を見つけたかったが、残念ながらハマーンの頭脳はエリー少佐の言葉に深く同意してしまい役目を放棄してしまっている。

 

「まあつまり、私達のやるべき事はこれまで通りで、それをアレも望んでいると言うわけですね。幸い面白い素材もある事ですし、此処はひとつあの野郎を一泡吹かせてやりましょう」

 

「え、ええそう――」

 

勢いに押されるように肯定の言葉を口にしかけ、ハマーンは慌てて頭を振る。機体を開発する理屈は通っているように感じるが、何かとても大事なことをはぐらかされていると感じたのだ。そして渡された資料を見て即座にそれを思い出す。

 

「成程、だとしたらこの機体のテストは私が受け持ちましょう」

 

少佐の言葉通りであれば、この開発計画はアクシズにとって最優先で実行すべき事柄となる。ならば、他の業務が多少遅れても最高のスタッフを投入する必要があるだろう。そして今現在最も優れたパイロットはハマーンである事は誰もが認めるところだ。

決して大佐に憧れている妹と大佐の接点を作りたくないとか、送られるであろう報告書に自身の名前を記載して頑張っているところをアピールしたいだとか、直接意見交換という名目で大佐と会話する機会を捻出しようなどという打算的要素は断じてない。純粋に開発にとって最善の差配をすれば結果がそうなると言うだけの事である。

 

「いえ、大丈夫ですよ。もうセラーナ少尉にも同意を頂いてますし」

 

相変わらず空気が読めない人ですね。内心で毒づきながら、それをおくびにも出さず笑顔でハマーンは告げる。

 

「エリー少佐の仰る通りならばこれはアクシズが最も優先すべき案件です。ならば私のスケジュールも調整が利きますから、態々セラーナを選ぶ理由も無いでしょう」

 

その内容にエリー少佐は渋い顔と共に口を開いた。その内容はハマーンに衝撃を与える。

 

「んー、でもですねぇ、成績と機体の動作パラメーターを見る限りですと、むしろセラーナ少尉の方が適任なんですよね」

 

「へ?」

 

「ほらこれ、最後の試験結果なんですけど、機体の運動パラメーター全般で大尉よりセラーナ少尉の方が高い数値を出してます。それにサイコミュとの親和性もここの所大尉は横ばいですが、少尉はまだ成長が見られます。現時点では確かに総合能力で大尉に軍配が上がりますが、今後を考えますとセラーナ少尉に経験を積んで貰いたいですし、何より専任できるテストパイロットは魅力的ですか――ひぃ!?」

 

ハマーンの放つ圧に漸く気付いたようだが、それはあまりにも遅かった。

 

では模擬戦の結果で決めましょう(宜しい、ならば戦争だ)

 

笑顔と穏やかな声音で全く隠し切れていない感情が空間を支配し、エリー少佐はハマーンの背後に巨大な悪魔のような影を幻視する。元々明晰な頭脳を持つ彼女である、ハマーンの地雷を踏み抜いた事を素早く理解し、保身の為に全ての能力を注ぎ込む。端的に言えば必死で彼女の言葉を追認した。

 

「そ、そうですね!単純に決めつけるのは良くありません!ここは多角的に物事を判断するためにも大尉の言うとおりにしましょう!そうしましょう!」

 

この時の彼女の判断が、後にアクシズにおける通称炎の七日間、あるいはカーン姉妹の最高にして最も下らない姉妹喧嘩と呼ばれる闘争の原因となるのだが、動き出した歯車を止めることが出来る者は誰も居なかった。因みにその後、当事者の一人であったセラーナ・カーンはエリー・タカハシ少佐の要請に安易に応えるのを止める事を固く誓ったという。




姉妹喧嘩編に続かない


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SSS24:他人の恋路は邪魔するべからず

ユーリ・ケラーネ中将がそれを思い立ったのは本当に気まぐれだった。定例会議でいつものごとく財務省の役人の長ったらしい嫌味を聞き流しているとその名が上がったのが原因と言えるかもしれない。

 

「現在地球方面軍で運用されております戦力は些か過大と言わざるを得ません。独立という大目標を達成した我が国が進むべき道は対立では無く共存です。その点からすれば現状は徒に相手を刺激している悪手と言える。また予算的に見ても少なくない負担を国民に強いているのも事実です」

 

「回りくどいな、要するに予算を減らせと言いたいんだろう?」

 

鼻で笑いそう切って捨てる。終戦と共にユーリに転がり込んできた中将の階級、そして地球方面軍司令の座は想像していたものとは幾分異なっていた。

 

(まあ、本国で悠々自適は悪くないんだがな)

 

大戦中ならばいざ知らず、平時であれば総指揮官を地球に置いておく意味は薄い。何しろ彼のするべき業務は前線部隊の指揮よりも、専ら他の方面軍や関係各所との調整であるからだ。正直に言えば今の状況はユーリにとって想定外だった。戦後の軍縮は確実であったから、ある程度功績を挙げて立場を盤石にする、加えてザビ家の覚えを良くすれば退役後も安心程度の軽い気持ちで切った手札は、思った以上のチップを手元に引き寄せてしまった。

 

(言っちまえば俺はアイツの身代わりって訳だ。その分良い思いもさせて貰っているから恨むのはお門違いなんだろうがな)

 

安易に使ったザビ家の狂犬は思っていた以上に飼い主に愛されていたようだ。暗殺などの危険から守る為、戦中彼がたてた多くの功績は周囲の人間に分散させられている。正直手遅れだとユーリは思ったが、それでも無策で放置できないのが人の性だろう。結果終戦後の軍の統廃合と軍縮、更にトップを独占していたザビ家が退いたその後釜にユーリが収まったのも大部分はコレが原因だ。

 

「ならば言わせて頂きましょう。既に両国の同盟が締結されて3年、今現在も拠点攻略用の大型MAを維持し続けるのは予算的にも、両国の関係的にもデメリットでしかありません」

 

「成程、つまり貴様らは我々にアプサラスを手放せと言いたい訳だな?」

 

そう言いながら視線だけを横へ移すと、そこに座っているドズル大将の代理人であるラコック少将は黙って瞳を閉じたままだった。それを確認し、ユーリは大きく溜息を吐いた後、人懐っこい笑みを浮かべて口を開く。

 

「承知した。だが申し訳無いが言われて即時廃棄とも簡単にはいかん。年内で順次廃棄と言う形でどうか?」

 

ユーリの言葉に露骨に安堵した表情を浮かべながら、財務省の代表は返事をする。

 

「そうですな、あの機体ならば解体にも相応の時間が必要でしょうし、ただ破壊してしまうには少しばかり価値が高すぎる。仰る内容が適当でしょう」

 

「では詳細については改めて提出させて頂くが、そちらで作業に当たる企業などの指定はあるかな?」

 

ユーリがそう問うと、役人は不思議そうな顔で答える。

 

「いえ?我々はそうした事は門外漢ですので特にありませんが」

 

その返事にユーリは苦笑いを浮かべた。どうやら彼は非常に真面目な役人らしい。そのまま会議はつつがなく終了したため、会議が終わった後につい呼び止めてしまった。

 

「お節介を承知で言わせて頂くが、貴方の態度は少々高圧的だ。俺の様な性格の悪い人間からすれば同じ穴の狢に見える、俺以外にはもう少し手加減した喋りをするといい」

 

そう言いたいことだけ言った後は、唖然とした表情の役人の肩を叩いてユーリはさっさと会議室から出てしまう。黙って後ろを付いて来ている秘書官のシンシア大尉にこれもまた唐突にユーリは尋ねる。

 

「なあ、確か今日の午後は時間があったな?」

 

何しろ彼の立場はお飾りに近いのだ、実務の大半は別の人間が処理している。先ほどの会議の内容についても、既にドズル大将からおそらくあの大佐に既に連絡済みで調整が終わっているのだろう、ラコック少将から事前にアプサラスが議題に上がった場合はそう答えるよう伝えられていたし、こちらの発言に補足や口を挟まなかったのが良い証拠だ。そのような訳でユーリは立場に比べ時間に余裕があった。

 

「はい、午後は特に予定は入っておりません」

 

「なら、久しぶりにアイツの顔でも見に行こう」

 

 

 

 

中央庁舎のやや奥まった場所にある技術開発本部、その一室を与えられているギニアス・サハリン少将は落ち着かない様子で送られてきた報告書を確認していた。表情も普段のような余裕は見られず、全体的に濃い疲労が見て取れる。その様子はあの大戦中ですら見せたことの無い姿であった。

 

「ギニアス様、ユーリ・ケラーネ中将がお越しですが」

 

そんなギニアスの思考を中断させたのは、副官として転属してきたノリス・パッカード大佐だった。元々サハリン家に仕えていた彼はギニアスの専従と目されており、更に言えば快癒したとは言え、未だに身体能力に不安の残るギニアスに事情をよく知る副官が必要であろうという上層部の配慮によって現在の立場に収まっている。

 

「ユーリ中将?急だな、何かあったのか?とにかくお通ししてくれ」

 

ノリス大佐が頷きドアを開けると、そこには男臭い笑みを浮かべたユーリ・ケラーネ中将が気安い態度で立っていた。笑いながら部屋に入ってきたユーリ中将だったが、ギニアスの顔を見て途端に眉を顰める。

 

「久しぶりだなギニアス。どうした、具合が悪いのか?なら日を改めるが」

 

その言葉に思わずギニアスは目を見開く。なんとも言えない沈黙が場を支配しかけるが、咳払いでそれを払うとギニアスは否定を口にする。

 

「いや、少し寝不足なだけですよ。それより本日はどのような御用向きで?」

 

「何だよ他人行儀だな。俺とお前の仲だろう?」

 

その言葉にギニアスは解りやすく溜息を吐いた。ユーリ・ケラーネという男は、基本的に気遣いの出来る男であるのだが、自身の身内と思った相手には横柄に振る舞う事が多々ある。これが彼なりの信頼の証なのだと理解出来るようになったのは、病気が治り家の再興の目処が立ち心身共に余裕が出来てからだ。正直に言えば以前のギニアスは彼のことを執拗に絡んでくる面倒な相手程度にしか認識していなかった。

 

「ユーリ、君のために言っておくがはっきり言って君の親愛表現は分かり難い上にナイーブな連中にしてみればむしろ不愉快な部類に入る。正直に言って私も相当我慢してきたぞ?」

 

そうギニアスが告げると、ユーリ中将は驚きの表情を作った後酷く落ち込んで見せた。

 

「うわ、マジかよ…。てかギニアス、そう思ってるなら何でもっと早く言ってくれないんだ!?」

 

「君が人の話を聞くような人間に見えていなかったからさ、第一あの頃は私も余裕が無かったからね。自分以外を気遣うなんて考えもしなかったよ」

 

「あー、それも、そうだな。すまん失言だった」

 

素直に謝って見せるユーリ中将に向けてギニアスは力の抜けた笑顔で応じる。

 

「今後気をつければ良いさ。それで、本当にどうしたんだ?」

 

そう聞くとユーリ中将は決まり悪そうに頭を掻きながら口を開く。

 

「今日、会議があってな。アプサラスの退役と解体が決まった。それでな」

 

「そうか」

 

「そうかって、アレはお前の夢だったんだろう?」

 

そう問い返してくるユーリ中将にギニアスは笑って答える。

 

「完成した時点で夢は叶えたさ。それに今の私にあのような殻は要らないからな」

 

アプサラスの完成までにノリス大佐が、妹が、そして何より多くのスタッフが、献身してくれたことをその後の闘病生活でギニアスは強く感じていた。恐らく一人で成し遂げようなどとしていれば、今頃アプサラスは満足に完成もしないまま、自身も病に敗北していたことだろう。翻って今の自分はどうか。完成と同時に大した引き継ぎも無く本国に戻ったにもかかわらずアプサラスは赫々たる戦果を上げ、ギニアスは技術将校として確固たる地位を手にした。だがそれは彼を信じ、共にアプサラスを生み出すことに協力してくれた者達が意志を継いでくれたからだ。そう、今のギニアスには一人で他者から身を守る強固な殻も、排除する為の武器も必要ないのだ。

 

「成程ね、確かに今のお前は以前より男前だ。それで、そんな順風満帆であらせられるギニアス少将殿は何を悩んでおられるのだね?」

 

「べ、別に悩んでなど」

 

そうギニアスが言い返すも、ユーリ中将は笑いながら言葉を続ける。

 

「嘘吐くなよ。じゃあなんであんな切羽詰まった顔してたんだって話になるだろうが。それとも俺には言えんような事か?」

 

不意に真剣な表情になるユーリ中将に気圧されつつ、そう言えば本当に困ったときには必ず彼が手を貸してくれたことをギニアスは今更思い出す。そして何より今悩んでいる内容について助言を求めるのに彼は中々に適任であるとギニアスは考え、正直に話すことに決めた。

 

「その、な。実はアイナの事なんだが」

 

「おお?アイナか。確か軍を退役して政府が後援しているNGOだかに参加しているって話だったか?」

 

「今は旧サイド2の復興支援に参加しているんだが、その」

 

歯切れの悪いギニアスの言葉にユーリ中将が顔を顰めつつ口を開く。

 

「一体どうした?まさか連邦とトラブルでも起こしたのか!?」

 

NGOと言っても後援している国家がジオンのみであり、参加者がそこの名家、しかも元軍人となれば要らぬ誤解も発生する可能性がある。そう身構えたユーリ中将の思考は即座にギニアスによって否定された。

 

「い、いや違うんだ!その、どうやら現地で知り合った男とアイナが良い関係になりそう、だと…」

 

ギニアスの言葉にユーリ中将が思いきり脱力し、半眼になってぼやいた。

 

「アイナだって年頃だ、恋愛という意味じゃ遅いくらいだろう。別に大事じゃあるまい?」

 

「そんなことは解っている!だが心配なものは心配だ!第一何処の馬の骨とも判らん輩などアイナに相応しくない!そうだろう!?」

 

ヒートアップするギニアスに気圧されるように少し後ずさったユーリ中将は宥めるように声を掛ける。

 

「そうは言うが、じゃあお前としてはどんな男なら良いんだ?」

 

その問いにギニアスは顎へ手をやると真剣な表情で語り始める。

 

「まず社会的地位だ、別に名家とは言わないがアイナが嫁ぐならば少なくとも胸を張れる程度にはあって貰わねば困る」

 

「ふむ」

 

「当然経済力も必要だ、将来を考えるならばアイナが働かずとも十分に食べていけるくらいは最低ラインだろう」

 

「妥当だな」

 

「それから力も要る」

 

「ん?」

 

「万一の時にやはりアイナを守れる男で無くてはな。ノリスに勝てるくらいならば安心できるな」

 

「おい」

 

「そしてやはり家族での円滑なコミュニケーションを考慮すれば博学である方が良い。理想は私と科学技術について語れる程度には…」

 

「まてまてまて、そんな完璧超人一体何処に――」

 

居るのか、そうユーリ中将は口にしかけ、その脳裏を何処かの大佐が通り過ぎる。

 

(成程、実例がいるんじゃハードルも上がるわな)

 

だがアレを落とすのは難しいだろう、レースに参加は出来るだろうが、最悪サハリン家が再び没落しても不思議では無い。故にユーリ中将はギニアスが無自覚に指定している相手を口に出さずに別の言葉で諫めることにした。

 

「アイナはお前を今まで支えてくれた良い女だ。そんなアイツが選ぶ男なんだ、そうそうハズレなんて連れてこんさ。少しは妹を信用してやれ」

 

「しかし」

 

なおも愚図るギニアスに、ユーリ中将は再び頭を掻きながらとどめの言葉を口にした。

 

「それに昔から言うだろう?人の恋路を邪魔すると馬に蹴られるってな。野暮なんかせずどっしり構えておけ、兄貴としてな」

 

 

その後、アイナが連れてきた青年とギニアスが大げんかをすることになり、何故かユーリ中将まで巻き込んで決闘騒ぎにまで発展するのだが、それを今予測出来る者はこの場に一人も居なかった。




ギニアス「アイナが欲しくばこの私を倒してみせるが良い!」

アイナ「そんなお兄様!?アプサラスを持ち出すなんて卑怯だわ!」

ノリス「戦いとは非情なのですアイナ様、では青年、覚悟は良いな」

シ○ー「大丈夫だアイナ、俺は勝つ、そしてお兄さんに勝って君との交際を認めて貰う!」

ギニアス「誰がお兄さんだぁ!」


いえ、書きませんけどね。


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SSS25:ジオン共和国技術少将、大いに語る

遅くなりましたが今月分です。


「聞かれたのはそう、確か85年の中頃だったよ。次期主力機の選定が終わったと思ったらいきなり機体を持ち込んできてね?あの時は流石に文句を言ってやったとも」

 

そう言って技術本部長の肩書きを持つ老紳士はカップに口をつけた。倣って私も口にすると、柑橘系の香りが鼻腔を通り抜けた。

 

「話が逸れてしまった。私の記憶違いで無ければ、少なくとも私に彼が君の言う事柄について尋ねたのはその時が最初だよ。もっとも彼はオデッサの頃からアッガイなどの開発も行っていたからね、かなり前からその点については考えていたんだと思う」

 

余程愉快だったのだろう、思い返すようにカップを見つめながら老紳士は笑みを浮かべた。

 

「外交官の真似事などしていたくらいだから多少は大人しくなるかと思えば、帰って来て早々にだからね、狂犬は健在だと呆れたものさ。おっと、いかんな。どうも奴のことになると話が逸れてしまう」

 

曖昧な笑顔で応じる私に対し、老紳士は謝罪を口にしながら続けた。

 

「さて、そうそう。小型MSの開発経緯だったね?この件について最初に提起したのは奴で間違いない。と言うよりあの時点でMSは戦場に出て僅か5年しか経過していなかったんだ。殆どの人間にとってMSは生まれたての存在だったからね、皆これからどのようにこの新しい兵器を成熟させていくかを考えていた。次に求められる姿なんてまだまだ想像の埒外だったのさ」

 

その言葉に私は頷いて肯定の意を示す。そもそもあの独立戦争まで巨大な二足歩行の兵器が戦場で活躍できるということ自体が夢物語の世界だったのだ。それどころかあの大戦を越えてなお、MSという兵科は運用が確立しなかったとも言える。その殆どは既存兵科の代替を担ったにすぎず、MS固有の戦術や戦略的運用は結実したとは言い難い。故にその進化の方向についても明確に定めることが出来ないと言うのが開発者達の本音であろう、求められる性能が判らなければそれは妥当な判断であると私には思えた。

 

「だからこそアレはアレなりの理屈を持って提案したのだろう、事実MSが小型化すれば艦艇のペイロードに余裕が出来る事は確かだからね」

 

「では、少将は今後MSは小型化していくとお考えなのですね。ですから開発に参加を?」

 

私がそう聞くと、老紳士は苦笑いを浮かべながら頭を振った。

 

「今後のMSの発展において意義のある分野であるとは考えているが、MSという兵器の先が必ずしも小型化であるとは認識していない」

 

「それは何故?」

 

「それこそ先ほど言ったMSの求められる姿、即ち我が国におけるMSの運用思想が小型化とは合致しないからだよ」

 

老紳士の言葉に私は思わず目を見開いた。今の発言を言葉通り受け取るならば、この老紳士はMSの運用に対し、明確な展望があるという事だ。

 

「お言葉ですが、先ほど求められる姿は判らなかったと仰っておいででしたよね?」

 

「ああ、実に間抜けな話だよ。まあ、ただこの席に座るものとしては汗顔の至りだが」

 

そう言うと老紳士は語り始める。曰く、そもそもMSは“ミノフスキー粒子散布下における有視界戦闘に対応した兵器”という極めてアバウトな開発要求からスタートした。これに対し当時の開発チームが出した結論が二足歩行兵器であったわけだが、この時の成功がその後の開発に大きな影響を与えるなどこの時は誰も考えもしなかったのだという。

 

「実に情けない話さ」

 

大雑把な要求に応えるためにMSは、それを満足させる為に何でも出来る兵器として生み出された。なので運用側は何でも出来るから何にでもMSを使うようになる。そしてその結果、MSは既存の兵科に新たに加えられる兵科ではなく、全ての兵科を代替する新しい兵器モデルへと至ったのだ。

 

「そしてそれは我が国の国情にも非常に適った存在だった。大戦前程では無くなったが、それでも連邦との各種、取り分け人的資源量の差は頑然として存在する。ただでさえ劣っているリソースを更に専門化する事で細分化するだけの余裕は我が国には無いのだよ」

 

故に大戦時でも一貫して軍はマルチロールな兵器を求めていた。前大戦で活躍したMTやガウ攻撃空母などが良い例だろう。

 

「つまり我が国の求めるMSとはあらゆる任務に対応出来る高い汎用性と少しでも多くのパイロットが乗れる、言ってしまえば技量に劣る兵士でも戦力に出来る操作性が求められる。それから加えるならば全ての兵科を代替するわけだから生産性も重要だ。その上で機体の小型化のメリットとデメリットを比べればどうしてもデメリットの方が上回ってしまうのさ」

 

「それ程ですか」

 

実感が湧かずそう口にすれば、老紳士は苦笑しながらカップの中身を飲み干すとおどけるような口調で続ける。

 

「簡単に小型化と言うが、実にこの言葉は開発者泣かせなものだよ。誰だって好き好んで無駄にでかいものを作ろうなんて考えない。それはMSを構成する部品だってそうだ、本体が小さくなれば当然中に詰められる物だって小さくしなければ収まらない。これで性能を下げて良ければやりようもあるだろうが、大抵の場合お客様が納得してくれることはないね」

 

それもそうだと私は思った。同じ性能の商品で小さくなったならば納得もするだろうが、小さくなった分機能が減ったと言われたら、買い換える人間は少ないだろう。

 

「部品が小型化できず、性能が落とせないなら後はどうするか、何処かの容積を削るしか無くなる。たとえばプロペラントタンクの容量とかね。あるいは今後の改良を見越して設けてある余裕であるとかだ。前者は当然活動時間を削ることになるし、後者は機体そのものの寿命を縮める行為だ」

 

どちらも歓迎できない内容である事は素人の私でも理解出来た。

 

「そしてはっきり言ってこれが最大の問題なのだが、小型化した場合高確率で、いや、今なら間違いなく調達コストが既存機体よりも高額になる」

 

その言葉に私は疑問を感じた。再設計の手間はあれど、既存の部品を利用するならば値段はそう変わらない、むしろ小型化した分部品点数は減るだろうから抑えられるはずだ。何より小型化すれば本体に使用する材料の量が減るのだから単体のコストは抑えられるように思えるのだが。

 

「不思議そうな顔だね、ああ、もしかして製造業には明るくないのかな?」

 

「申し訳ありません」

 

私が謝ると老紳士は笑いながら頭を振った。

 

「謝ることでは無いさ、誰にでも得手不得手や知っていること知らないことはある」

 

そう言うと老紳士は高コスト化の説明をしてくれた。

 

「MSと言うのはあれであまり利益率の良い商品では無くてね、ザクで言えば確か値段の4~5%くらいだったか、大半は材料費や加工費、それと僅かに動作テストや輸送コストといったところだ、そして意外に知られていないが、実のところ材料費は全体からすれば30%程にしかならない。まあ、それでも値段の凡そ3分の1を占めるのだから無視出来ない数字ではあるがね」

 

老紳士の言葉によればこうした機械の費用において割合が大きいのは加工費なのだと言う。

 

「機体の小型化となれば既存の製造ラインはほぼ使えない、そうなればメーカーはラインを入れ替えねばならないから、その分を商品に上乗せする必要がある」

 

そしてその上で設計余裕の無い機体はアップデートやマイナーチェンジで対応出来る期間が短くなってしまうため、短期間で機体そのものが更新される可能性が高い。そうなれば再びラインを入れ直さねばならないし、何より追加発注の機会も減るので企業にしてみれば短時間で利益回収をする必要が出てくる。それは即ち機体の値段へと反映されるというわけだ。

 

「そして軍としてもこの問題は他人事じゃない。多くの拠点やMS搭載艦艇は現行機を基準に設計されている、整備用の工具や機材もね。これらを更新するのに一体どれだけの予算が掛かるのか、終戦直後より財布の紐が緩んだとは言え、まだまだ軍に金を回せる余裕は少ない」

 

「では、MSの小型化は」

 

「現段階ではむしろ害悪でしかないね。まあ、だからこそアレは今言ったのかもしれないが」

 

その言葉で私は思い出す。これだけその存在を否定しながら、目の前の老紳士は小型MSの開発を行っているのだ。

 

「つまり、将来的には判らないという事でしょうか?」

 

私の問いに老紳士はニヤリと笑った。

 

「それがいつとは明言できかねるがね。先ほども言ったとおり、こういう物はあくまで使用者のニーズによって答えが変わる。それだけのことだよ」

 

 

 

 

「…行ったか」

 

お辞儀をして門をくぐり雑踏へ消えていく背中を窓から見送りながら、ネヴィル少将はそう小さく呟いた。

 

「やれやれ、どうにも記者という連中を相手にするのは疲れる」

 

好奇心を隠しきれない表情で質問を続けた男の顔を思い返しながら溜息を吐く。そして淹れ直した紅茶を飲みながら先ほどの会話を思い出し、僅かに喉を鳴らして笑った。

 

「しかしアレの名前は絶大だな、関わったと言うだけで無価値な情報が特別な何かに見えるのだから」

 

訪ねてきた記者にネヴィルは話をした、嘘こそ含まれていないが、会話の内容はネヴィルの持つ情報の全てでは無いし正確なものでもない。小型MSにしても明言しなかったが、まず間違いなく今後ジオンで需要が生まれる可能性は低いと言えた。ネヴィルは執務机に戻ると端末を立ち上げパスワードを打ち込む、そこには小型MS開発計画の文字が躍っているが、これは対外的なダミーだ。技術本部内で秘匿しておきたい技術開発をここで行うことで、大抵の連中の目をそらすことが出来ている。おかげで現在注力している二つの技術はジオン国内のメーカーですら把握していないだろう。上がってきている開発経過の報告を読みながらネヴィルは満足げに頷いた。

 

「ビームシールドとMS搭載用ミノフスキークラフトの開発は順調。ふふ、奴の驚く顔が目に浮かぶな」

 

翌年、ミノフスキークラフトによる大気圏内の単独飛行並びにビームシールドを標準搭載としたMS-22の新モデルが発表され、業界を震撼させることになる。そしてお披露目において驚愕する某大佐を見て、技術本部長は始終ご満悦だったという。



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SSS26:かいへいたいにっき

○月×日

夕食の時趣味の話になり、特に趣味や習慣が無い事を部隊の先輩に話したら真剣な顔で何か一つくらい作っておけと言われた。何かを始めると言うのもそれなりに労力と時間を消費するから、手っ取り早いという事で日記をつけることにする。

 

 

○月△日

書き始めて二日目だがもう書くことがない。いつも通り訓練をして飯を食って寝る。それだけの一日だった。同室の先輩にそう言ったら日記なんて書きたいように書けと言われた。成程その通りだ、毎日などと気張らず書くことがあった時だけ書くことにしようと思う。

 

 

○月□日

基地司令と数人の兵士が夕食の時、ひたすら器に放り込まれるソバヌードルを食い続けるという行動を取っていたが、アレはなんだったのだろうか?基地司令は旧世紀の文化にも精通しているらしいので、もしかしたら何かの宗教的儀式だったのかもしれない。途中通りがかったイネス少佐がぶん殴って司令を連れて行ってしまったが、あれは良かったのだろうか。

まあ、俺には関係無い事だが。

 

 

○月×日

今日は部隊内で選抜テストが行われた。基本的に海兵隊はMS-22をチューニングした機体を使っているが、どうも特殊な機体を少数配備するらしい。新人の俺もテストを受けたが、あのプログラムを考えた奴は絶対頭がおかしい。ロックアラートも鳴らないビームが四方八方から飛んでくるのを避け切れとか出来るわけないだろ!

と思ったら先輩方の大半は出来ていた、落ちたのは俺とクララ曹長、それから数人の若い連中だった。独立戦争経験組の技量はマジでヤバイ。結局テストだけでは絞りきれず模擬戦上位者で枠を埋めていたが、その上位メンバーの小隊を一人でなぎ倒すガラハウ大佐殿はおかしいを通り越してチートだと思う。絶対逆らわないようにしよう。

 

 

○月*日

独立戦争経験組はヤバイと改めて実感させられた。他兵科との模擬戦と言う事で基地に居るMT部隊と戦った。正直戦後ろくに更新もされていない兵科だし、部隊も年々縮小されているオワコンだと馬鹿にしていたら模擬戦開始5秒で撃破された。ログを見てみたら開始と同時に発砲された初弾が命中、即死だった。だからなんでロックアラート無しに弾が当たるんだよ!?

模擬戦終了後、MT部隊の大佐殿が大人げなかったとガラハウ大佐殿に謝罪していた。屈辱だ、次は絶対勝つ!

 

 

○月$日

先日選抜試験を行った特殊作戦機が早速配備された、と言うかここのラボで全部製造したらしい。格納庫を試作機で占領するだけの連中じゃなかったんだな。慣熟訓練のついでだとか言われ、選抜試験に落ちたメンバーで特殊作戦機と模擬戦をすることに。うん、あの訓練の意味を理解した。まあ、ロックアラート鳴るだけこちらの方が遥かにマシだが。模擬戦を見ていた基地司令と開発者の技術大尉が何やら話し込んでいた。もう少し増やすって配備数のことだろうか?出来れば俺にも廻ってくるくらい造ってくれないかな。

 

 

□月△日

模擬戦をやるようになって1週間、遂にリチャージまで逃げ切ってやったぞ!その後サーベルでぶった切られたのはまあご愛嬌ということで。気分良く夕食を食っていたら、基地司令が何か緑色のボールみたいな物を抱えながら現れた。しかもそれに飯を食いながら頻繁に話し掛けていた。そう言えば司令の勤務状況はかなりブラックだと聞いた事がある、心を病んでいないと良いのだが。

 

 

□月×日

司令の持っていた緑色のボールはハロと言うペットロボットだそうだ。基地司令から支給された先輩が教えてくれた。特殊作戦機のパイロットは漏れ無く渡され司令直々に仲良くするように命令されたそうだ。いい大人が揃ってペットロボットに語りかける食堂はシュールを通り越してちょっとしたホラーだ。この時ばかりは選抜に落ちて良かったと思った。

 

 

□月○日

何がいけなかったんだろう?先輩を笑ったこと?ハロに話し掛けているガラハウ大佐殿から目をそらしたこと?それとも…、いや止めよう。逃避しても現実は変わらない。あれから数日して海兵隊のパイロット全員にハロが支給された。司令はサンプルを増やすとかなんとか言っていたが良く覚えていない。重要なのはあのシュールな空間に自分も加わると言う逃れられない現実と向き合う頑強な精神だ。だけど即日はキツイから明日有休が取れないか申請してみよう、そうしよう。

 

 

□月□日

このハロってペットロボット滅茶苦茶賢いぞ!?何でも話してくれと言って来たから適当にMSの戦術について振ったら、俺の特性に合わせた戦闘プランを提示して来やがった!

聞くとどうやらこいつ、基地のデータベースとリンクしているらしい、どころかこのハロと言うのは単なる端末で、本体は基地の地下にあるサーバーなんだとか。一体何のためにこんな大がかりな物作ってんだ?理解できん。

 

 

□月$日

ハロが配られてから今日で一週間、日常に明確な差が出てきた。ハロと積極的に関わっている奴といない奴で模擬戦の勝率に差が出てきているのだ。特にコックピットまで持ち込んでいる連中は判りやすく強い。俺も試したけれどアレは狡い、ちょっとしたナビどころか機体制御の補助までしてくれる。それだけではなく目標の脅威度を判定してプランを提示してきたり、ダミーバルーンを自動で排除してくれたりと、まるで二人で機体を操縦しているような状態だ。そりゃ露骨に勝率が上がるわけだ。即禁止になるかと思ったのに、なんと基地司令の判断は運用継続だった。ただし訓練の半分はハロ無しの状態で熟すようにだそうだ。滅茶苦茶を言ってくれるよ。

 

 

□月〆日

馬鹿な奴らだ、強いのはハロであって俺達じゃない。そんなことも判らずに増長するから手痛いしっぺ返しを喰らうんだ。問題はその馬鹿が俺の小隊にもいたという事だが。

仲間内だけでは技量の向上が判りにくいと基地司令がアグレッサー、教導団のパイロットを招いてくれた。結果からすると俺達の大金星、確かに教導団のパイロット相手に同じ機体で勝ち越したんだからそう言ってもおかしくはないだろう。だがそれは俺達の機体にハロが積まれていなければの話だ。馬鹿が不用意に放った教導団を貶める言葉は、ガラハウ大佐の逆鱗に触れた。それはもう引っぺがす勢いで触れてしまった。今日が日記を書く最後の日になるかもしれない。

 

 

△月○日

いきてるってすばらしい。

 

 

△月×日

今日、とんでもない連絡を受けた。海兵隊で運用していた特殊作戦機が正式に量産されるとのことだ。しかも俺達の部隊は全員特殊作戦機、MS-24“ヴェア・ヴォルフ”に機種転換されると言う。そしてそれに伴い俺達海兵隊は第1特機大隊に名称が改められ、所属も総司令部直属の部隊となるそうだ。まあ、基本的な待遇はこれまでと変わらず、今後の活動もこの基地を拠点するとのことだから、変わるのは給料と部隊章くらいだが。

そう伝えてくれたガラハウ大佐が少し寂しそうにしていたが何かあったのだろうか?

 

 

△月$日

ヴェア・ヴォルフはとても優秀な機体だ。間違いなく今まで俺が乗ったMSの中で最高と言える。だが、残念ながら最強の機体と聞かれたら名前を挙げることが俺には出来なくなった。何故なら今日、もっと強いMSと戦う事になったからだ。上には上が居る事を思い知らされたが、あんな物を作ってあの連中は一体何と戦う気なんだ?

 

 

△月#日

ここ数日第1特機のパイロットは張り詰めた空気を放っている。それというのも先日基地司令が“解禁”したMS“デア・ケーニッヒ”がシミュレーターで猛威を振るっているからだ。触れ込みはMS-22のカスタム機だとされているが絶対嘘だ、性能が違いすぎる。その上パイロットもヤバイ。基地司令が手練れだとは知っていたがもう一人、最近技術本部から出向してきた若い少佐殿がとんでもない技量で暴れているのだ。しかもその少佐殿が機体の開発者だという。おまけに顔も良いとか、天から一体何物与えられてるんだ?

 

 

△月※日

宇宙で問題が起こった。俺達も出撃する。初めての実戦になるかもしれない。怖い。

 

 

×月×日

趣味や習慣を持てと言った先輩の言葉を俺は漸く理解した。ここ数週間のことは詳しく書くことは出来ないが、俺はこの日記のおかげで命拾いをしたのだ。心残りがあれば人間は簡単に諦めない。だから皆、基地に作りかけのプラモデルや世話をする植物、あるいは作戦後に行くための映画やライブのチケットを準備している。

俺にとってこの日記がそれになった。これからも必ず続けていこう。

 

 

×月〆日

折角生きて帰って来たと言うのに今日死刑宣告が来た。先の作戦で機体を失ったパイロットは特別訓練だそうだ。先輩達が気の毒そうな顔をしていたので絶対に碌な事にはならないだろう。

俺は生き延びることが出来るだろうか。




特に意味の無い文字列が読者を襲う!
許して下さい、たまには毛色の違う事に挑戦してみたかったんです。
何でもしませんから。


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SSS27:緑の悪魔

今月分です。


「久しぶりだね、博士。壮健のようで何よりだ」

 

『それはこちらの台詞ですよレイ博士。しかし意外でした』

 

そう告げる画面の中の元同僚にテム・レイ大尉は首を傾げた。確かに彼は社交的と言える部類の人間ではなかったが、同時に職場でのコミュニケーションに不足を感じるほど人付き合いが下手なわけでもない。事実ガンダムを造り上げる際にはプロジェクトリーダーとしての職務を全うしたという自負があった。その様子を見て、相手は自身の意図が伝わっていないことを理解したのだろう、冷笑を浮かべると皮肉気に己の内を吐露した。

 

『他の方に比べたらまだマシな感性をお持ちのようでしたから。裏切った我々に臆面も無く連絡を入れてこれた事に少しだけ驚いたのですよ』

 

「これは耳が痛いな」

 

その言葉にテムは自身の想定が現実より楽観的であった事を痛感した。自分達は技術者よりも開発者と呼ぶべき人種であり、往々にしてこの手の人物は自己中心的な側面が強い。であるから、過去に拘泥して現在の利益を失うような真似はしないと踏んでいたのだ。早々に自身の計画が破綻したことを察知したテムは、即座にプランBへ移行する。

 

「言い訳はしないよ。私も人の子で、親だったと言うだけさ」

 

そう告げると相手の視線から少しだけ冷たさが取れて憐憫が滲む。公的には彼の息子は死亡したことになっているのだ。多少の罪悪感を覚えながらも、まずは目的を達することが肝要であるとテムは言葉を続ける。

 

「本題に移らせてもらうよ。実はこちらでMSの開発に携わっているのだが、それが難航していてね。是非君に力を貸して欲しいと思ったのさ」

 

『仰っている意味が判っているのですか!?』

 

声を荒げる相手にテムは温くなったコーヒーを飲みながら返事をする。

 

「別に不思議な事じゃないだろう?他企業から優秀な技術者をヘッドハンティングするくらい普通にある事だ」

 

『ですが私は連邦で貴方はジオンです』

 

「戦争中ならば私の様に裏切り者と呼ばれたかもしれんがね。今は平時だし両国は今や同盟国だ、行き来にだって何の制限も無い。その中の企業同士で人材のやりとりがあったって大きな問題にはならないさ。第一今の君に連邦は価値を見いだしていない、そうだろう?」

 

その言葉に相手は唇を噛みしめる。それを見てテムは自身の予想が正鵠を射ていたことを確信した。アガサ・ルーツ博士、テムの知人の中でも間違いなく天才と呼べる人物だ。彼女がいなければ学習型コンピューターは戦中に完成せず、もしかすればあの大戦は後半年は早く終結していたかもしれない。そして戦中より彼女が目指していた到達点こそが無人MS用のOSであった。

 

『もう終わった話です』

 

冷静を装いながら告げる彼女にテムは口角を釣り上げた。

 

「嘘だな。そう割り切れているなら私からの連絡に応じたりしない。そもそも未練があるからこそ、君はアナハイムなどに身を寄せているんだろう?」

 

戦後の条約によりMSの開発を制限された連邦軍は、関連する技術者の多くを手放すこととなる。特に制御関係の技術者の流出は顕著で、軍へ装備を納めていた企業への再就職も難しい状況だった。これは殆どの企業がMS市場へ参入する前に戦争が終わったこと、さらにはAMBAC技術についても制限が設けられたことで自社製品への応用も難しかったことに起因する。そしてそうした研究者に目をつけたのがアナハイムだった。戦後唯一中立と認められた月のフォン・ブラウン市に拠点を置くこの企業は、戦後も小規模ではあるがMS産業に食い込んでおり、ジオンと連邦の両国に製品を納入している。今のところは自社開発機を送り出していないが、今後を見据えて囲い込みを図っているようだった。しかしこの先アナハイムがMSを本格的に売り込むようになったとしても、彼女が脚光を浴びることは無いだろうとテムは考える。なぜならば連邦軍の望むMSという要求に対して、彼女の目指している自律型AIによるMSの自動化は合致していないからだ。

これについて不思議に思う者も多いだろう。先の大戦において大規模な人的資源の喪失を被った連邦政府は9年経過した現在も人手不足を解消出来ていないからだ。平時の軍などという無駄飯喰らいに回すくらいならば経済活動に人を回したいのが本音であるし、軍としても予算の都合からすれば居るだけで物資も資金も消費する人員という要素は真っ先に削りたい対象だからだ。

 

(だがそれに応えるためには彼女のシステムは優秀すぎた)

 

テムは眉間に皺を寄せながら考える。AIによる完全自律制御、それは行動に対する責任の所在を酷く曖昧にしてしまうと。例えば作戦行動においてAIが民間人を誤射したとして、その責任は誰が負うべきなのかという問題が発生する。これが人間のパイロットであれば、その選択の責任はパイロットへ帰結する。しかし命令に対し勝手に判断し勝手に行動できるAIが行ったならばどうなるか。当然当事者であるAIは機械であるから責任能力は無い。ならば命令者かと言えばこれも難しい、何故ならばAIが勝手に判断したことだからだ。このような問題は戦前から提言されており、ガンダムが最初から無人機で設計されなかったことはここに起因する。

更に加えるならば兵力の占有と言う意味でも歓迎できない事だ。連邦軍という組織は巨大であるだけに、内部に多くの派閥を抱えている。無論大半は善良な組織人であるが、中には残念ながらその権力を私的に運用する輩も存在する。こうした人間が組織の上位者であった場合、傘下の戦力を私兵集団のように動かす事が懸念される。その時に最上位命令者をプロトコルを書き換えるだけという容易な方法で忠誠心を獲得出来るAIという方式は極めて危険と言えるだろう。

その上現在の同盟国であり、仮想敵国でもあるジオンへの心証が悪いことも大きなマイナスだ。戦中に投入されたEXAM機と呼ばれる無人機がどのような過程で生み出されたかは両国の首脳部に伝わっているし、それに起因した混乱をジオンは未だに根に持っている。故にいくら違うシステムであると弁明しても疑念を払拭することは難しいだろう。

そしてこれらのことに気付かないほど彼女は世間からズレていない。

 

『…少し、時間を下さい』

 

その言葉にテムは小さく頷く。彼女には連邦軍に所属する夫が居るし、2人の間にはテムの息子と同年代の子供も居たはずだ。年齢的に自立している可能性もあるが、何も告げずに動くことは出来ないだろうとテムは考えた。

 

「しっかりと話し合って決めると良い。まあ、私としては良い返事を待たせて貰うけれどね」

 

彼女の答えが聞けたのは、それから三日後の事だった。

 

 

 

 

「大佐、これをやろう」

 

優雅に午後の紅茶を楽しんでいたら、テム博士に緑色のボールを渡された件。まあ、ガノタとしてこれがなんなのかは知ってるんだけどさ。

 

「ハロ?」

 

「おや、知っているのかね?」

 

やべ、口に出た。

 

「ええ、確か知人の子供が持っていたかと。このペットロボットが何か?」

 

後期に建造されたコロニーはそうでもないが、サイド3くらいまでの密閉型コロニーはあまり環境維持能力が高くない。端的に言って生き物のペットを飼うなんていうのは非常に贅沢な行為だったのだ。なのでペットロボットというジャンルは意外に需要があったりする。

 

「ハジメテ!ヨロシク!」

 

目を点滅させながら挨拶をしてくるハロに曖昧な笑顔で応えながら博士に説明を求めるべく視線を送る。こちらの視線に気付いた博士は菓子入れからクッキーをつまみながら説明を始めた。

 

「先日話していただろう?ヴェアヴォルフのインコムの件だよ。増やすとなると現状のコンピューターでは少々性能が不足すると話したと思うが」

 

言いましたね。で、それがこの作画失敗したキャベツみたいなヤツとどう関わってくるんです?

 

「不足するならば他で補うしかないだろう?コイツは一見ペットロボットだが、中身は私が改造していてね、まあ簡単に言えば外付けの追加用制御ユニットだ」

 

そう言ってウラガンから受け取った紅茶を飲み始めるテム大尉。そう言えば数日前に私的な助手を雇っていたな。

 

「成程、しかし何故態々こんな形に?」

 

ただ演算能力を強化するだけなら別にこんな事をする必要は無い。普通に機体へ増設するなり、コンピューター本体を高性能なものに更新すれば良いだけの筈だ。案の定後ろ暗いことがあるのか、大尉は一瞬目を泳がせた後躊躇いがちに口を開く。

 

「その、だな。短期間で開発するために以前研究していたプログラムをベースにしたんだが、これが少々特殊でな?」

 

だろうね、口にしてから1週間ちょっとで持ってこられるくらいだもんね。で?

 

「元々はMSを自律制御する事を目的とした物だから能力は申し分ないんだが」

 

さらっととんでもねえことを言いやがりましたよ。

 

「つまりこれは無人MS用AIをベースにしていると?」

 

「ついでに言えば現状搭載されている学習型コンピューターより上位の権限が与えられているから、基本的に機体制御の権限もこちらが主になる」

 

バッカじゃねえの!?

 

「イヤイヤ大尉、何を考えているんです。そんな危険なモノを搭載出来るわけ無いでしょう?」

 

そう俺が突っ込むが、開き直ったテム大尉は堂々と言い返してきた。

 

「普通にはな。だからこのようにしている。問題があれば即時物理的に排除可能な構造と言うわけだ。ついでに言えばベースは自律型AIのそれだが、与える権限はかなり制限している。具体的に言えばコイツに出来るのはパイロットのサポートが限界だ。少なくとも単独でここに居るパイロット達に優越できるほどの制御能力は無いよ。そしてこの形状を選択した最大の理由は、コイツを成長させるためさ」

 

「成長ですか?」

 

「どちらかと言えば最適化、と表現した方が正確だがね。このように常に利用するパイロットと共存させることでパイロットの思考や行動則を経験値として蓄積し、機体制御に反映させてやろうというわけさ」

 

当然の事であるがパイロットには個人差がある。それは趣味嗜好や単純に身体能力の差であったりだ。勿論現在採用されているOSにもそうした最適化機能は付与されているが、このように常に携帯できる形と比べれば、データの蓄積量は雲泥の差だ。ここにOS側とのコミュニケーション能力まで追加されているとなれば最早比べるのも馬鹿らしい。

 

「良いでしょう。では予算申請をしますから資料の準備をして下さい」

 

聞いた限りでだが、これは今後の軍にとって重要な装備になるだろう。何せ予算削減のおかげで年々パイロットの質も落ちている。コイツはそうした部分の補助にも使えるだろうから、そっち方面の研究としても良いかもしれない。既にMS開発の方では予算申請が通りづらくなっているからな。

 

「ああ、それと他に入り用なものがあれば教えて頂きたい」

 

そう不用意に口にしたのがいけなかった。

 

「そうか?ではまず私的に雇っているミズルーツに相応の役職を用意してくれ。今後の研究に彼女の協力は欠かせないからね。ついでに彼女のご家族についても便宜を図ってもらいたい、不安を残した状態で良い研究など出来ないだろう?なに、職場環境改善の一種だよ」

 

ちょ。

 

「それから基地の管理サーバーがあるだろう?あれと同程度で良いからサーバーを一つ用意してくれ、どうせなら複数のコレからデータを統合・共有化したい。ああ、当然複数体必要だからその資材調達も頼むよ、リストはこれだ」

 

ま。

 

「頼んだよ、大佐殿。では私は資料作成にとりかかるとしよう」

 

呆然とする俺を置いて、話は終わりとテム大尉はさっさと部屋から出て行ってしまう。残された俺は持っていたカップを置くと、器用に転がりもせず机に乗っているハロへと視線を向けた。

 

「ヨロシク!タイショー!」

 

つぶらな瞳を点滅させながら元気に挨拶を繰り返すハロ。残念、大将じゃなくて大佐です。この後ドズル国防大臣に報告をしたところ技術者の引き抜きなどがギレン首相に露見、目出度く厳重注意と昇進取り消しを言い渡される事となったのであるが、遺憾ながらそれはまた別の話なのであった。



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SSS28:火種

「想定の範囲内などと大言は吐けんな」

 

端末に表示された報告書を読みながらジャミトフ・ハイマン少将は眉間に皺を寄せた。終戦後再開された宇宙移民は連邦政府に少なくない混乱を齎していた。直後の移民はまだ良かった。大半が連邦領の難民であったり、ジオン領となった地域の住人の中でジオンへの帰属を拒否した者達が選ばれたからだ。選出された側も現状より待遇が改善されるし、連邦としても養わねばならない扶養者が少なくとも税金を納めてくれる国民へ戻ることは歓迎する事だった。だが戦争が遠ざかり人々に余裕が戻るほど移民の速度は鈍化、それに伴い連邦内のコロニー居住者の経済が冷え込むと国内の所得格差として新たな問題が浮き出てきた。無論連邦としても無策に宇宙移民を再開したわけではない。だがそれはあくまで連邦が想定したとおりに移民が順調に進む事が前提であり、現在のような経済力を背景とした移民拒絶を黙認することは計算に入れられていない。否、多少そうしたことは起こりうるという認識ではあったが、これ程多くは見積もられていなかったのだ。無論これだけならば問題の解決は容易だ。何しろ相手は無力な国民なのだから、国家権力が法という名の下に強制的に移民を執行すれば良いだけである。事実ここ1~2年の移民についてはそうした者も多く含まれている。だが、そうした強引な手法は同時に資金と時間に余裕のある宇宙移民者を生み出す温床となってしまった。そしてそう言った人間は得てして容易に犯罪へと加担するのだ。

 

「戦後の大規模な軍縮も痛手だな」

 

ページを変えながらジャミトフは溜息を吐く。宇宙に仮想敵国であるジオンがある以上、それに対抗することを最優先に再建された連邦軍は以前に比べ治安維持能力と言う面において明らかに劣っていた。更に拍車を掛けたのが軍縮による軍事物資の廃棄だった。終戦により極度に肥大化したその体躯を切り取ることが求められた連邦は、装備だけでなく多くの人員も放出する事となる。無論幾ばくかの手当は出したが、それだけで食えるほどでは当然無く、除隊後の職についても十分にケア出来たとは言い難い。何しろ先の大戦で故郷がまるごと無くなった人間だって数多く存在していたからだ。そしてそのような者達が高潔で居られる事は少ない。彼らに横流しされた装備によって戦後多くの犯罪組織が重武装化したことは連邦軍にとって頭痛の種として残り続ける。そこに先ほどの暇を持て余した金持ちが加われば、立派な武装勢力の完成だ。

 

「状況を歓迎している連中もいるようですが」

 

忌々しそうに鼻を鳴らしたのはジャマイカン・ダニンガン少佐だった。その言葉にジャミトフは黙って頷く。元々一枚岩とは言い難い地球連邦軍であったが、今日の状況は最悪と言っても過言では無い。

 

「バスク・オム大佐からまた装備の陳情が来ています」

 

「1週間程前に戦闘機隊を補充したばかりだろう?」

 

ジャマイカン少佐の言葉にジャミトフが問い返す。バスク・オム大佐は所謂保守派と呼ばれる派閥に属する軍人だ。移民政策そのものにはあまり関心を持っていないが大戦中の出来事が原因でジオンを憎んでいるため、感情的に移民推進派をジオンの走狗と嫌悪しているなど些か問題も目立つ人物であるが、実務能力は高くコロニーの治安維持については確かな実績を出している。それだけに補充している装備についても現在軍で使用している最新の物だ。

 

「エゥーゴの連中が新しいMSを配備し始めたようです。それも旧式のレストア品などではないようで」

 

そんな言葉と共に何枚かの写真をジャマイカン少佐が差し出してくる。そこには確かに見たことが無い機体が映り込んでいた。

 

「馬鹿者共が。ルナリアンに良いように使われおって」

 

エゥーゴ、反地球連邦組織を名乗る武装勢力は、信じがたいことに地球連邦軍の軍人が中心となって構成された組織だ。題目としては地球連邦政府の宇宙移民への不当な扱いに対する抗議と自治権拡大などと言っているが、言葉で訴えるより先に武装している時点で話し合いのつもりは無いと宣言しているようなものである。因みに武装についてはコロニー駐留軍による不当な威圧行為に対抗するためだそうである。

 

「やはり出所は月でありましょうか?」

 

ジャマイカン少佐の言葉にジャミトフは無言で頷いて見せる。戦後の領土分割において、月のフォン・ブラウン市は中立地帯とされた。これは連邦とジオン両国の思惑が絡み合った結果である。国内におけるMSの開発に大幅な制限を設けられた連邦はアナハイムという開発拠点を外に置くことでMS開発の継続という目論見を持っていた。対してジオンは月面という目と鼻の先に連邦の拠点を置きたくないという国防上の都合から中立化を望んだ。だがここで幾つかの誤算が発生する。連邦軍内のMS推進派が失脚したのだ。元々彼らは地盤の弱い者が多く、更に最大の旗頭であったヨハン・イブラヒム・レビル大将を戦中に失っていた。加えてMS開発の中心人物であったテム・レイ大尉がジオンへ亡命するなどしたために責任問題へと発展、ほとんどの将官クラスの人間が閑職か予備役送りとなる。その中で派閥の長となったのがジョン・コーウェン中将だった。既に軍の中核が艦隊派に押さえられている中で彼は発言力を強めるべく、以前から深い繋がりのあったアナハイムにより接近する。戦中の設備投資に失敗していたアナハイムにとっても歓迎すべき内容であったため、両者は急速に距離を詰めていく。しかし順調であったのはそこまでだった。主流から逸れていたジョン・コーウェン中将に連邦内でMSの保有数を増加させるだけの発言力は無く、アナハイム側の要求するような需要を確保出来なかったのである。次第に協力者という関係は崩れ始め、企業とその走狗という構図へと変っていく。その中で彼らが選んだのはおよそ最悪と言って良い選択であった。

 

争いが無いならば、争いを生み出せば良い。

 

終戦交渉により強制的に宇宙へと移民させられた地球連邦市民の生活と権利を憂いている自称良識派の軍人達を彼らは抱き込むと、それまで烏合の衆であった大小存在した武装組織を糾合。地球を食い物にし続ける特権階級へ弾劾と不当な武力行使からのコロニー市民守護を掲げ、コロニー駐留軍や補給部隊への襲撃を始める。当然連邦軍側も治安維持を名目に部隊を投入するだけでなく協力者の摘発なども行うのだが、それが余計にコロニー市民を刺激し悪循環を起こしていた。

 

「アナハイムめ、裏でそのようなことをしながら平然とMS更新について打診してきおった。こちらの目を余程節穴だと考えているらしい」

 

実際にエゥーゴの運用しているMSの多くは過去にジオン軍が運用していた機体であったり、今回の新型についても外観はそちらに近い。だが旧式機に関しては先の大戦において宇宙で廃棄されたMSの大半がジオン軍のものであるし、少数であるが連邦の機体も交じっている。そして新技術を用いた次世代のMSでは外観などどうとでもなる事をジャミトフは知っていた。

 

「ジオンはなんと?」

 

「むしろ笑われたわ。我が国の機体ならば旧式でももう少しマシでしょうとな」

 

終戦交渉後、頻繁にやりとりのある青年の苦笑を思い出しジャミトフは顔を顰めた。自国の窮状について、良識派を名乗る自国軍人よりも仮想敵国の人間の方が理解があるなど皮肉が利きすぎているではないか。

 

「厄介ですな。中立地帯の都市である以上、大手を振って立ち入り調査というわけにはいきません。かといってこのまま放置はあまりにも危険です」

 

ジャマイカン少佐がそう懸念を口にした。急速な拡大によりエゥーゴの統制は危うくなっているようで、軍だけでなく民間の輸送船にも襲撃が行われているからだ。先日など遂にジオン籍の船舶まで襲われ、政府に対しジオン共和国から正式に抗議文書が届けられた。

 

「判っている。だから議会を通してジオン側へ装備制限の緩和について打診している。それに腹案もあるしな」

 

そう言って愉快そうにジャミトフは頬を歪める。

 

「何でも思い通りに事が進むなどと思うなよ、テロリスト共め」

 

 

 

 

「お疲れ様です、兄上」

 

画面越しに朗らかに告げてくる末弟の笑顔を見ながら、ギレン・ザビは深く溜息を吐いた。ジオン共和国の首相に就任して早7年。総帥であった頃に比べ幾分負担は減ったとは言え、まだまだ多忙である彼はつい不満を漏らした。

 

「ガルマ、段々とアレに似てきたな」

 

「そうですか?あまり自覚はないのですが」

 

何処か嬉しそうに返事をするガルマを恨めしげに睨みながらギレンは言葉を続ける。

 

「ああ、特に自分から連絡を寄越す時は決まって厄介ごとを持ってくる所などそっくりだ。何があった?」

 

ギレンの言葉にガルマは気まずげに頭をかきながら口を開く。

 

「連邦のジャミトフ・ハイマンから内々に連絡が。どうやら連邦内は内部分裂一歩手前のようで」

 

「金のある国は流石だな。それで?」

 

「例の武装勢力にアナハイムが付いたようです。装備面で不安があるので装備の開発制限について緩和して欲しいと」

 

「ふむ」

 

ギレンは顎に手を当てて暫し考えた。何処かのアホが煽ってくれたおかげで国内の技術開発は大戦当時と比べ飛躍的に進んでいる。また宇宙における戦力もほぼ同数と言うところまで来ているが、これはアステロイドベルトや火星に展開している戦力も含めた話なので一概に互角とは言い難い。そして何より地球上の戦力は圧倒的に連邦軍の方が上であるから、窮状を訴えられたからと言って安易に了承出来るものでも無い。第一連邦国内で戦力を磨り潰し合ってくれるならばジオンは懐を痛める事無く相手の戦力を漸減出来る。

 

「お前はどう考える。ガルマ?」

 

連絡をしてきた時点で見当はついているものの、ギレンはそう改めて問うた。

 

「認めるべきでしょう。少なくとも連絡をしてきた主流派はこちらと話す意思も条約を守ろうという気持ちもあります。一方でエゥーゴとやらは自国の相手にすら武器を向けています。喩えいずれ敵になるとしても、相手は頭が良い方がいい」

 

「加えてここでこちらが譲歩してみせれば多少の恩は売れるか。良いだろう。向こうから具体的な要求はあるのか?」

 

そうギレンが聞くとガルマは愉快そうに答えた。

 

「中々面白い事を言ってきましたよ。新型MSに対応出来る機体開発のためにAMBAC技術に関する規制を緩和してほしいそうです」

 

「だろうな。それで愉快な部分は何だ?」

 

その問いにガルマは益々笑みを深めて続きを口にする。

 

「ついては我が国のMSを国内メーカーにライセンス生産させて欲しいと。機体の選定についてはお任せしたいとのことでした」

 

その言葉に現状をある程度把握できていたギレンも思わず笑ってしまう。そもそもエゥーゴを動かしているのはアナハイムだ。彼らが欲しているのは連邦政府の軍事力に影響を持つことで、その為にMSを売り込むために今のような騒動を起こしている。つまり連邦軍はその事を理解していて、売られた喧嘩として買う姿勢を見せたと言う事だ。

 

「くっくっく。欲を掻きすぎたな、商人共め。良いだろう、商売敵が困る上に我が国の懐が潤うと言うなら是非もない」

 

「では」

 

「ああ、了解したと伝えろ。それから機体の選定についてはアレにやらせろ。馬鹿のように何機も開発しているからな、一機くらいは丁度良いのがあるだろう」

 

一ヶ月後、ジオニック社製のとあるMSがハービック社にてライセンス生産されることが発表され、アナハイムを驚愕させることになる。ライセンス生産されたジムⅡと呼ばれる機体は先の大戦において生み出されたとある機体によく似ており、パイロットからの評判も良く長く連邦軍の主力MSとして運用されることとなる。それを聞いたオデッサの某大尉が複雑な顔をしたらしいが、それは全く関係の無い事である。




作者の脳内設定

RGM-80(MS-23) ジムⅡ(ゲムツヴァイ)
戦後連邦製MSを研究したジオニック社が技術検証機として開発した物を輸出向けに調整した機体。とライセンス先のハービック社には説明しているが実際にはテム・レイ大尉が木星船団での航海中に設計したゲードライをハービック社でも量産可能なように簡略化した機体である。ムーバブルフレームを採用しているが、コスト削減のためゲードライではルナチタニウム製であったものをチタン合金に変更しているため全体的にマッシブなシルエットとなっている。加えて輸出が前提であるためフレキシブルバインダーは不採用となっていて運動性も低い。当初はこのレベルでもハービック社では難易度が高く、初期納入の30機に関してはノックダウンにて製造された。それでもエゥーゴの運用している新型よりも高性能であったことから連邦軍内における評価は高く、長く一線で運用され続ける事となる。

外伝は本気で思いつきで書いているので話に整合性が無くても諦めて下さい。
後、正直ヒロインエンドとか全然思いつきません!


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SSS29:ヒロインエンド2 魔法使いの嫁

ふたりめー


「油断しましたね、おじ様?以前も言ったでしょう、私はこう見えても悪い子だと」

 

艶然と笑うハマーンを見上げながら俺は、全身にじっとりと嫌な汗が噴き出すのを自覚した。豪勢なベッドに仰向けに寝ている俺に彼女はあられもない姿で馬乗りになり、嬉しそうに細い棒を振っている。それが女性にとっての重大事を確認するための試験薬である事は知っていたが、まさか自分に向けて使われる日が来るなど想像すらしなかった。

いや、うん。そりゃハマーンにはちょっとくらい好かれてるかな?くらいは思ってたよ?でもさ、年齢差もあるしぶっちゃけどっかの金髪大佐みたいにマさんイケメンでもないじゃん?だから知り合いの仲の良いおっちゃんポジだと思ってた、昨日押し倒されるまでは。

 

「女がここまでしたんです。いい加減判らないなんて惚けさせませんよ?」

 

笑顔でいながら何処か思い詰めたような声音でそう告げてくるハマーンに、俺は正直困りながらも告げる。

 

「流石にそこまで鈍くはないよ」

 

「信じられません、一体何年待たされたと思っているんです?」

 

「私が君に相応しいなんて思い上がれるほど自信家では無くてね」

 

そう正直に話すとハマーンは半眼になりながら俺を責めてきた。

 

「酷い人です。おかげで何人の人が泣いたことか。まあ、そのおかげで私にもチャンスが廻ってきたのですけど」

 

そう言いながらしなだれかかってくるハマーン。なんて言うかこういう仕草は昔のままだから勘違いしてしまったけれど、彼女はもう立派な女性で、真剣に俺と向き合ってくれたんだと思う。そう考えると俺はなんて不誠実な男だろう。

 

(結局の所、逃げていたんだろうな)

 

年齢がなんだ、身分がどうだ。そんなことを建前にして、本当は単純に彼女の真剣さに向き合うのを恐れただけだ。それでいて明確な拒絶すらしてみせないのだから始末が悪い。やっぱり俺は彼女に相応しい人間なんかじゃ断じてないのだろう。

 

「後悔しないかね?この通り私はもうおっさんだし、女心も判らぬ朴念仁だ。ついでに言えば収集癖持ちで移り気、伴侶としては割と最低の部類だ」

 

「その上執着心が強くて子供っぽい。よく知っていますよ、ずっと見ていましたから」

 

そう言って彼女は可笑しそうに笑いながら俺の顔を見上げる。良い女だな、本当に俺には勿体ない良い女だ。

 

「酷い男だな」

 

思わずそう口にして苦笑すると、ハマーンはすまし顔で返してきた。

 

「その位は大目に見ます。いい女でしょう?」

 

恋愛は惚れた方が負けなんて言うけれど、ありゃ嘘だな。どう見ても俺の完敗だ。

 

「承知した。どうかお手柔らかに頼むよ」

 

そう俺が口にすると、ハマーンは半眼になったあと頬を膨らませ抗議の言葉を口にした。

 

「もう、往生際が悪いですよ!それとも、それも私が言わなければいけませんか?」

 

やっぱり言わないとダメですよね。

 

「おじ様?」

 

俺の躊躇を察してハマーンが顔を近づけてくる。頬が熱くなるのを隠そうと横を向こうとしたが、それも手で押さえられ防がれる。頬に触れる滑らかな感触に、心拍数が上昇するのを自覚する。思春期のガキか、俺は。

 

「ほら、言っちゃえ」

 

目を細めて笑うハマーンにそう告げられ、俺は覚悟を決めて口を開いた。

 

「愛しているよ、ハマーン」

 

「はい、私もです」

 

この後何があったかは、無粋なのでコメントは控えさせて貰うとしよう。

 

 

 

 

マレーネがお茶を楽しんでいると、ノックが響き侍女が来訪者を告げた。入室の許可を出すと、そこには女の顔になった妹が立っていた。

 

「その様子だと上手くいったみたいね、ハマーン?」

 

「はい、姉様。色々とご協力頂いて有り難うございます」

 

そう言って頭を下げる妹にマレーネは笑いながら告げる。

 

「妹の恋路ですもの、協力するのは当たり前でしょう?お父様の慌てる姿が目に浮かぶわ」

 

ドズルとの結婚について不満は無い。だがそれはそれとして、娘を政争の為に売り渡す父親に多少の意趣返しくらいは許されるとマレーネは考えていた。

 

「孫の誕生記念に出席しないような人には良い薬です」

 

困った顔になるハマーンにマレーネは平然と言ってのける。事の発端はマレーネがドズルの子を出産した事に端を発する。ドズルも喜んだが、それ以上に初めての男孫に義父のデギン・ソド・ザビ大統領の感情メーターが振り切れた。知人を集めて誕生記念パーティーを開くと言いだし、マレーネが気がついた時には招待状が配られていたのだ。当初は頭を抱えたが、招待客のリストを見てマレーネは面白い事を思いつく。そしてその作戦は無事成功したようだった。

 

「流石のクベ大佐も、孕ませた相手から逃げられる程鬼畜ではありませんね」

 

「ね、姉様っ!」

 

そうマレーネが笑うと、ハマーンは顔を赤くして叫んだ。確かに今のは淑女として少々言葉が悪かったと反省しつつ、しかし話は続ける。

 

「でも効果的だったでしょう?判りやすい視覚情報に訴えるというのは」

 

「それは、そうでしたけど」

 

己の提示した策が成功したことに満足しつつ、マレーネは紅茶を口に含んだ。それに倣うようにハマーンもカップへと口をつける。

 

「ジオンでも指折りの軍人と言っても、何でも知っているとは行かないでしょうからね」

 

そう言いながらマレーネはハマーンに持たせた試験薬を、大佐が見た時の反応を想像し思わず笑ってしまう。妹から特殊な力など使わずとも感じ取れる感情からすれば、余程慌てたことだろう。それが偽物などと夢にも思わなかったに違いない。

 

「でも大丈夫でしょうか?」

 

紅茶で落ち着いたのか、途端に不安げな表情になるハマーンにマレーネは不敵な笑みを崩さぬまま答えた。

 

「あの手の試験薬は完璧では無いから問題ないと言ったでしょう?それを見せて気がつかない程度の知識しかない殿方相手ならば尚のこと。露見することなんてまずないわ」

 

ハマーンが大佐へ見せたのは、マレーネが入院していた伝手で手に入れた他人のモノだった。元々この手の試験薬は即座に判別出来るような便利な物ではない。だがそんなことを知っている殿方の方が少数派であると考えたマレーネが最後の一押しとして用意したものだ。

 

「大体喩え出来ていなくても試験薬を見て動揺するような行為には及んだのでしょう?なら後は反撃の時間を与えずに本陣まで抜くのみです」

 

そもそもあの大佐はあれだけ女性に囲まれていながら、そうした噂を全く聞かないような人物だ。女性の水着姿に動揺していたなどのハマーンからの証言が無ければ、そっちの趣味の人間かもしれないとマレーネは疑っていたことだろう。

 

「そう、ですね。今更後には引けません」

 

真剣な表情になる妹を見て、マレーネは満足そうに頷く。恋と戦争ではあらゆる戦術が許されると言う。しかしそれは勝ってこそ許容される言葉だ。その点について人が好い妹に若干の不安があったが、どうやら杞憂で済みそうだとマレーネは思った。

 

「宜しい、早速明日にでも書類を作成なさい。それから父様にも連絡を、なるべく周囲を巻き込んで逃げ道を潰すのです」

 

淑女の会議はその後2時間近くに及ぶこととなる。そして翌日関係各所へ大々的にマ・クベとハマーン・カーンの結婚が報告される。その迅速な行動は全ての強敵を出し抜くことに成功するも、同時に政府要人男性数名を胃痛で倒れさせるという事態に発展するのだがハマーンの笑顔の前には取るに足らない出来事なのであった。




ストック切れたので次は時間が掛かります。

追記
各ヒロインエンドはパラレルワールド扱いです。他の外伝も思いつきで書いているので時間や設定に齟齬が出る可能性が極めて高いです。ご了承下さい。


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SSS30:ムーン・アタック

「全員揃ったな。急な話だが仕事が入った」

 

ブリーフィングルームに集合した部下達の顔を眺めつつ、シーマ・ガラハウ大佐は溜息を吐きそうになるのを懸命に堪えた。

 

(いけないね、随分と鈍っちまってる)

 

先の大戦から既に10年近い年月が流れている。部下の顔ぶれも3割ほどが文字通り戦争を経験していないひよっこだ。それは組織が人間によって構成されている以上避けようのない問題であるが、それでも特別機動大隊の名を与えられた精鋭中の精鋭と呼ぶには些か頼りない顔つきが見て取れる。以前であれば叱責の一つもしているところだが、今以上に萎縮されて死なれてはたまらないと考えた彼女は、平静を装いつつ話を進める。

 

「少しばかりデリケートな仕事だ。記録はメモ一つ残すな、全部頭に叩き込みな。貴様らエゥーゴは知っているな?」

 

幾分緊張の増した空気に構わずシーマは続ける。

 

「先日発表された我が国と連邦の条約緩和を受けて、連中が少しばかり慌てているらしい。簡単に言っちまえば尻に火が付いて暴発寸前なんだとさ。そこで近々連邦軍が連中の拠点に対し制圧作戦を実施する。あたしらの仕事はこれのちょっとしたお手伝いになる」

 

「連邦の後方支援でありますか?」

 

挙手した新人の少尉に発言を促すと訝しげな顔でそう尋ねてきた。新人の察しの悪さに本格的に危機感を覚えながら、シーマはその言葉を否定した。

 

「自国の反乱鎮圧をこっちに頼むほど連邦軍は弱くないし馬鹿でもない。あたしらの仕事はこっちさ」

 

シーマの言葉と共にブリーフィングルームのモニターに映し出されたのは月の地図であった。幾人かが面白そうに笑うが、気にせずシーマは説明を続ける。

 

「アナハイムのリバモア工場は月面最大のMS工場だ。連邦軍機のメンテナンスもここで請け負っているが、ここ最近は主にエゥーゴへ提供するMSを製造している。我々はここを叩く」

 

言い切ると少しだけ部屋の中がざわついた。幾ら連邦からの打診があったとは言え、中立地帯での軍事行動である。大手を振って行動しては今後にどのような影響があるか判らない。最悪連邦から梯子を外されることもあるだろう。何しろ連中は内乱の真っ最中だ、打診してきた連中が権力を維持し続けられるなどという保証は無いのだ。

 

「当然であるが、これは極秘作戦扱いだ。居ないとは思うが死んでも二階級特進は無いから留意するように。それからレーヴェもヴェア・ヴォルフも使えない」

 

「では、何を?それに極秘と言いますが襲撃した事実は消せんでしょう?」

 

そう言うとトッシュ・オールドリバー大尉が眉を寄せながら聞いてきた。その質問にシーマは意地の悪い笑みを浮かべる。

 

「襲撃と前後するが、エゥーゴがアナハイムへ襲撃予告をする。つまりそう言うことさなぁ?」

 

「いやいや、エゥーゴがアナハイムを襲うって…。パトロンを殴る馬鹿は居ないでしょう?」

 

エゥーゴと偽って襲撃を行う。そのシーマの言葉にトッシュ大尉が頬を引きつらせながら反論してくるが、シーマはそれを鼻で嗤った。

 

「そいつは何処の情報だい?アナハイムの連中に聞いても全員否定するだろうねぇ?テロ屋と繋がってるなんてのはどう考えてもスキャンダルだ」

 

公然の秘密とは、誰もが知っていてもあくまで秘密ではあるのだ。表向き繋がりが無い企業と組織が対立したとして誰かに利用されようとも、確たる証拠がなければ双方は沈黙を守るしかない。卑怯だなどとシーマは思わない。彼らはそうして今まで利益を得てきたのだから、それによるリスクも等しく負うべきだ。それが偶々今回だったというだけである。

 

「機体については宇宙でR-1とゲルググを受領する、4個小隊分だ。カーウッド、編成は任せる」

 

MS部隊の副隊長を務めているカーウッド・リプトン少佐が静かに頷いた。それを見つつ説明をシーマは続ける。

 

「あれでエゥーゴの連中は兵隊崩れが多い。と言うより提供された情報によれば主力の殆どは連邦軍人だそうだ。故に襲撃時に素人臭い芝居は要らん。いつも通りやれ」

 

「機体が撃破された場合は?」

 

「放棄して構わん、むしろ機密処分などした方が怪しまれるから普通に乗り捨てろ。遺憾ながら我が軍も犯罪とは無縁ではないからなぁ。廃棄されたはずの機体が横流しされている事もあるだろう。それがエゥーゴの手に渡っていたとしてもこちらでは追い切れん事だ、残念ながらな。それとパイロットは出来る限り回収するが難しい場合独力でグラナダを目指せ」

 

「敵戦力はどの程度でしょうか?」

 

「若干の警備が存在するがそれ以外は公的には存在しない。ただしここがMSの工場である事を留意しろ。試験用として武装が搬入されていることも確認しているから、最悪武装したMSと交戦する可能性がある」

 

「施設内の人員に関しては?」

 

「優先すべきは設備の破壊であるから無視して構わん。ただ、捕虜は取らないし人員に被害を出さないよう配慮する必要も無い。障害になるなら排除してよしだ」

 

シーマのその言葉に幾人かが息を呑んだ。敵対的な関係とはいえ民間人の殺傷を示唆されたのだ、当然の反応と言えるだろう。だからシーマは敢えてその事を口にした。

 

「参加したくない、出来ないと言うヤツは後であたしの所に来い。退役の手続きをしてやる。ただしここまで聞いてしまった以上、悪いが退役後も監視が付くことになる。その位は受け入れろ」

 

不満げな空気を発する彼らにシーマは思わず笑みがこぼれてしまう。選ばせて貰えるなどと言う自由がある事がどれ程幸運である事かなど彼らは想像も出来ないのだろう。

 

(戦中の速成と言うわけでもないだろうに)

 

軍人とは人殺しを生業とする職業だ。では何故殺人に問われないかと言えば、それは戦争という行為の責任が国家に帰属するものだからである。つまり軍人は国家の命令に従っているという前提があるからこそ責任を回避出来るわけだが、どうにも最近の連中はそれが今一理解できていないらしい。シーマにしてみれば容易に人間を殺せる兵器を振り回せる存在が個人の正義などと言うものを基準に行動するなど恐怖以外の何物でもないのだが。故に次善の策として、せめてそう言った人間が武器を持たないように彼女は仕向ける。もっとも、彼女自身が選ぶことなど許されなかったという境遇に対する意趣返しが含まれていることも否定できないことだったが。

 

「それから付け加えるが、連中を野放しにすれば連邦が荒れる。連邦が荒れれば我が国との関係がどのようになるかは想像がつかん。お前達が守るべきもの、守りたいものがなんなのか、その優先順位は念頭において行動しろ。では続ける」

 

その後施設の具体的な説明を終えて、作戦予定時刻を告げ解散を宣言する。隊員が思い思いにブリーフィングルームから出て行くのを眺めながら、シーマはカーウッド少佐を呼び止めた。

 

「カーウッド、編成だが2小隊はトッシュとクララの隊を使え。そろそろ新入りにも実戦を覚えさせる」

 

「宜しいのですか?」

 

当然ながら新入りと呼ばれている連中は技量が劣る。それだけ組まされるパイロットへの負担は増えるし、作戦のリスクも増大する。シーマとしても本音で言えばやりたくはなかった。

 

「今までは大佐が気を遣ってくれていたが今後は期待出来ん。何しろウチらは総司令部直轄になっちまったからなぁ。あいつらも不運なこった」

 

本来特務部隊などは他の実働部隊から選抜された人員で構成されることが一般的だ。だが、第一特務機動大隊はシーマ海兵隊をそのまま格上げするというイレギュラーな手法が採られたために、内部に経験不足の新人を抱え込むという事態が発生してしまっていた。

 

「どちらにせよこれから入ってくる連中だって童貞ばっかになるだろうからね。だからこそ今のうちに今居る連中くらいは捨てさせときたい。アンタだってジジイになるまでMSの中は御免だろう?」

 

耐G機能や制御系が発展しているとは言え、MSに求められる性能が天井知らずである事からパイロットへ掛かる負担はさほど改善されていない。シーマ本人も後10年は乗れないだろうと自らを評価している。そして軍の人員は今後戦争を知る世代が減ることはあっても増えることはない。故に貴重な機会は有効に活用しなければならないと彼女は考えていた。

 

「特務になったと言う事は今後こういう仕事も増えるという事だろう。連中も使えるようになって貰わねば困る」

 

「やれやれ、あの頃に戻ったようですな?」

 

独立戦争初期において、シーマ達を含め海兵隊と呼称された部隊は例外なく過酷な戦場へと送り出されていた。先鋒を務めて敵艦隊へ突入する程度なら可愛いもので、公式には未だ公開されていないような汚れ仕事も数多く請け負っていた。カーウッド少佐はシーマの部下でも文字通りの最古参であり、部隊設立当初から同じ戦場を駆けた戦友である。極秘という言葉に思わずそう言葉が漏れたのだろう。

 

「そうでもない。少なくとも今回の任務はあたし宛にしっかりと命令書が届いているからね。あの頃みたいに勝手にやったなんて後ろ指はさされんさね」

 

かつての上官を久しぶりに思い出し、シーマは喉を鳴らして笑った。戦中大胆にも命令書を偽造し――少なくとも公式にはそう言うことになっている――シーマ達にコロニーへの毒ガス注入の罪をなすりつけようとした男は、いっそ清々しいほどあっさりと切り捨てられていた。

 

「大佐程じゃ無いが、今回の上司はそれなりに気が利くよ。ごらん」

 

そう言ってシーマは自身の端末を立ち上げる。そこには今回の作戦実施に関する命令書が映し出されていた。少なくとも受け取った命令書の内容を部下に教えることもなく、ただ口頭で指示をしてきたあれとは雲泥の差だ。

 

「ご丁寧に直筆のサイン入りだ。おまけに紙に書いてまで送ってくる念の入れようだからねぇ。あたしらの使い方を理解しているよ」

 

忠義に篤く、勇猛な部隊。今のシーマ達を多くの人間がそう評する。本人達もそれを否定することは無いだろう。問題はその忠義の先がジオン共和国へと向いていないという事だが。

 

「大方どっかのお節介の入れ知恵だろうね。まあ誠意ある扱いを受けている内は勤勉な軍人であろうじゃないか。報酬に見合った働きをするくらいには義理もある」

 

そう言ってシーマは溜息を吐く。作戦自体に不安はない、しかしその後は隊が少々荒れるだろう。昔のようには行かなくなった部下達をどう扱うか悩みつつ、シーマはブリーフィングルームを後にした。




ムーン・アタック前編、尚後編は書くか未定。


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SSS31:業務報告書No794

「うーん…。ちょっと、手詰まりですかね?」

 

そう言いながらエリー・タカハシは溜息と共に椅子のマグネットを切り、体を宙へと送り出した。彼女の居る部屋は、アクシズ内で彼女用にあてがわれた研究室である。他の研究者と共同で使っている部屋もあるのだが、新型機の設計をするのには専らこちらの部屋を利用していた。空調によって起こされる気流に身を委ね、部屋の中を泳ぎながら彼女は部屋の中心に据えられているホログラフィックに映し出された機体を眺めた。

 

(悔しいですが良い仕事です。あの野郎覚えてやがれ!)

 

教導団の手によって持ち込まれたヴェア・ヴォルフという機体がアクシズの技術陣に与えた衝撃は極めて大きいと言わざるを得なかった。スペシャル専用機であるサイコミュ搭載型MSはパイロットの特殊性と言う大きなハードルを抱えている。しかしその部分を除けばノーマルの操るMSに圧倒的優位を確保出来ると彼らは考えていたのだ。その幻想はあまりにも簡単に打ち砕かれてしまったが。件の機体のスペックが映し出されたモニターへ視線を向けたあと、エリーは独りごちる。

 

「ノーマルでも扱えるサイコミュ、さしずめ準サイコミュと言った所ですか。対策は単純ではあるのですがね」

 

そう溜息を吐きながら彼女は再びホログラフィックへと視線を戻した。

 

「相手が手数を増やすなら、それを超える数を用意すれば良い。実に単純な理屈です。が、コレが意外にも難しい」

 

現在アクシズに所属しているスペシャルと呼ばれる者達の中で、ビットの同時運用数が最も多いのはカーン姉妹である。彼女達は実に8基ものビットを同時に操ることが出来るのだが、あくまでこれは理屈上の話であり、実戦でMSを操縦しながらとなれば6基が限界であった。史実において遥かに多数のビットを彼女らが操っていたことを知る人間からすれば疑問に思うかもしれないが、これには幾つかの要因がある。第一にニュータイプと呼ばれた彼女達を取り巻く社会情勢の違いだ。史実と異なりスペースノイドの、人類の希望というニュータイプと同一視されておらず、それどころか大戦末期の反乱劇からスペースノイドの統治者側からも警戒感をもたれた為、ジオン国内でも積極的にニュータイプそのものを研究するという行為が難しくなった。加えて第一人者であったフラナガン博士の彼らへの配慮を優先した研究方針は、所謂能力の強化という方面の技術を著しく停滞させることとなっていた。加えてジオンが独立戦争に勝利したことも大きい。敗北による思想の先鋭化に加え象徴としてだけでなく、より差の開いた人的資源差を埋めるべく多くの敵を単独で対処する戦力として期待された史実に比べ、そうした必要性が薄れたためにサイコミュ兵器の技術の進歩も鈍化しているのだ。

 

「しかもあのMS-22より高性能とか。何ですかアレ、狡いですよ絶対19と21のデータ確認した上で設計してるでしょそんなんこっちが勝てるわけないでしょう常識的に考えて!」

 

一方でMSそのものの技術は強大な仮想敵国の存続という現実的な問題に加え、大戦の勝敗を決めた兵器であるという認識が広まった為に、所謂MS神話とでも言うべき思想が軍内に蔓延する。戦後の軍縮により複数の兵器系統の維持が大きな負担となっていた軍部も例外ではなく、この幻想と不都合な現実からの逃避が見事な融合を果たした結果、高性能汎用MSの開発が進められる。その為MSの基本性能は戦後も順調に伸び続けており、サイコミュ兵器の搭載の有無が決定的なアドバンテージとして機能しにくくなってもいた。そこに来て更にインコムなどと言う擬似的なサイコミュ兵器まで搭載されてはスペシャルの牙城は崩壊寸前に追い詰められたも同義である。

 

「ほんと、どうしましょうかね?」

 

ホログラフィックの周りを漂いながらエリーは溜息を吐いた。ビットの同時操作数の増加、それ自体は不可能ではない。だがそのために支払われる代償は大きかった。

 

「全高42m、少数生産でも予算を通せませんね!」

 

シュネーヴァイスをベースに試算させた結果は散々であった。まずサイココミュニケーターが独立戦争時のMAに搭載されているものと殆ど変らないサイズに大型化。加えてビットを格納するバインダーも搭載数に合わせて巨大化するため、機体のサイズは雪だるま式に大きくなっていく。

 

「いっそのことビットを使い捨てに?」

 

同時運用するビットが増えれば当然再充填に必要なプロペラントが増大するし、充電に必要なジェネレーターも大型化してしまう。それを考慮し再計算を行うが、僅かに重量が減るだけという結果になり、エリーの顔を歪ませるだけに留まった。

 

「ダメ!全然ッダメ!あーもう、結局の所コミュニケーターの問題が解決しない以上どうにもなりません!」

 

一瞬MAとして申請するかという考えが彼女の脳裏をよぎるがそれも直ぐに却下される。現在の軍は正しくMS偏重と言っても良い予算配分であるため、MAではまず間違いなく稟議にたどり着くこともなく落とされるからだ。手にしていたタッチペンを放り投げ一頻り暴れた後、ぐったりと漂いながら彼女はあんな機体を突きつけてきたマ・クベ大佐への呪詛を垂れ流す。乙女の姿としてはとても見せられたものではないが、個室でありめったに来客がないという事実が彼女を油断させたのだ。そしてそういう時に限って来訪者が現れるのもまた避けられない現実なのだ。

 

「エリーセンセー、私のヴァイスちゃんなんだけど…。うわ、何この邪気?」

 

部屋に入るなり手を振るってそう顔を顰めたのはベルティーナ・プル曹長だった。プル姉妹の一人で機械いじりを趣味としている彼女はそれなりの頻度でエリーの元を訪れる。だがそれも非番の時が主でこうして業務時間内に、それも個人ラボの方へ出向くことは希だった。

 

「ほっといて下さい。どうせ私はマッドエンジニアですよ、主流から外れてアステロイドベルトに島流しにされた痛い子ですよーだ」

 

「それラボの皆の前では言わない方が良いよ?絶対全員のハートを抉るから」

 

アクシズに派遣されている技術者の多くは独立戦争時にオデッサに所属していた、言わばやり過ぎた連中ばかりである。技術本部としてはアステロイドベルトに数年もおいておけばほとぼりも冷め本人達も大人しくなるだろうと考えたのだが、むしろ主流から外れたと判断した彼らは自重を完全に放り出し、生き生きと自分のやりたい事を文字通りやりたいように始めた。アクシズの最高責任者であるマハラジャ・カーンが彼らの奔放な業務報告に心労で倒れかけたのは、ここ数年一度や二度の事ではない。

 

「ふん!新型を見て無邪気に喜んでる根性無し共なんて知ったこっちゃありません!」

 

エリーも含めアクシズの技術陣の間で新型機の評価は非常に高かった。問題はエリーにはライバルであったが、他の者にとっては弄り甲斐のある玩具であるという事だ。結果エリーは孤独な戦いを強いられる事となっている。勝手に噛み付いて自爆しているとも言うが。

 

「まあ凄い機体だよねぇ。んで、その対策結果がこれと。うわぁ」

 

ホログラフィックを見たベル曹長が引きつった笑みを浮かべる。その視線は明らかにエリーの正気を疑ったもので、特殊な才覚などなくとも十分にエリーに伝わった。

 

「みなまで言わなくて結構。私もコレがダメだって判っているんです」

 

「強そうではあるよ、うん」

 

ベル曹長の最大限のフォローにエリーは再び溜息で答える。全高だけでなく増大した自重を支えるためにフレーム自体が太った試作機は、重厚なフォルムであるために見てくれは一人前だ。しかし内容はお粗末なもので、運動性能はMS-06のそれも初期型と良い勝負だし、搭載火器もビット以外何もないという体たらくだ。コストを限界まで抑えるためにMSの標準規格品を多用した結果なのだが、それでも艦艇並みの価格なのだから目も当てられない。因みに全て専用で検討したモデルも存在するのだが、試算段階でグワジンの価格を超えた辺りでエリーはそっとそのデータを閉じていた。

 

「今のままならはっきり言ってただのデカい的です」

 

エリーが口惜しげにそう断ずると、ベル曹長は端末を操作し機体の詳細をモニターへ映す。

 

「コミュニケーター二基も乗っければそりゃ高いよセンセー」

 

「そうは言ってもこの機体の肝はビットの多数同時運用です。あの新型、インコムを4基運用していましたがあの野郎のことです。どうせ倍くらいを狙っているに違いありません。ならばこちらは最低でもその倍、欲を言えば3倍は用意したいのです」

 

「それで今のコレは?」

 

「…ハマーン大尉かセラーナ少尉なら12基は。その、頑張れば」

 

思わず視線を逸らしながらエリーが発した答えにベル曹長が口を尖らせ応じた。

 

「ダメダメじゃん。てゆーか、元の数字がおかしいんじゃない?新型ってそんなに簡単にインコムの数増やせるの?」

 

「出来るんですよ。あっちはインコムをコンピューターで制御していますから。これがどうもかなり性能の良い量子コンピューターらしくて、演算能力にまだまだかなりの余裕があるんです。元々は連邦系の技術なんですけど」

 

返ってきた問いかけにエリーは表情を険しくしながら答えた。話している内にマ大佐がこのところ連邦出身の技術者達と懇意にしていることを思いだし思わず腹が立ってしまったのだ。そんなエリーの感情を敢えて気にしない様子でベル曹長が考えを口にする。

 

「ふーん。ならビットもそのコンピューターで制御したら?」

 

その言葉にエリーは益々顔を顰める。

 

「出来たら苦労しません。アレは有線だから成り立つんですよ。ビットは制御だけでなく命令の送受信もコミュニケーターに依存していますから。仮に制御演算を量子コンピューターに置き換えても、同時に複数のビットへ指示を伝達するのにコミュニケーターが欠かせません」

 

エリーがそう説明すると、何故かベル曹長が首を傾げた。

 

「んん?つまりビットと本体の通信がクリア出来ればそもそもコミュニケーターは要らないって事?」

 

「他のコンピューターでも代替は出来ますね。まあその場合ビットの制御は完全に任せる事になりますから、今みたいに自在に操作するというのは事実上不可能になります。尤もその肝心の通信機能がコミュニケーター以外存在しないのですから机上の空論ですけどね。…ベル?なんですその何か知っていると言う表情は?」

 

露骨に視線を逸らすベル曹長の正面へ回り込み、エリーはしっかりと肩を押さえてその顔をのぞき込む。

 

「えっと、これ言って良いのかな?」

 

「吐け。今すぐ、大人しく」

 

口ごもるベル曹長に、エリーはそう丁寧に伝える。相手の顔が恐怖に引きつっているが、今の彼女にとって些末な事象である。

 

「い、言う!言うから!ナディアから聞いたんだけど、アデルトルートさんが製作した新型の構造材になんかそんな機能があるっぽいって!」

 

「でかしたぁ!」

 

叫ぶと同時にエリーはベル曹長を放り投げ、その反動で部屋の入り口へと飛んでいく。後ろから派手な衝突音と雑言が飛んでくるが最早彼女の耳には届いていなかった。

 

 

一月後、エリー・タカハシ技術少佐主導で組み上げられた1機のMSが演習で猛威を振るうこととなる。エマルジョンコーティングによって輝く装甲と、サイコフレームと命名された最大稼動時に青く輝く骨格を持ったその機体は、その圧倒的な戦闘能力と幻想的な姿で見るものを圧倒した。それは後に“アクシズの宝石”と呼ばれるMSが産声を上げた瞬間であった。




誰も得をしない作者の自慰設定。

AMSN-01X シュネーヴァイスF 

試作されたシュネーヴァイスⅠの内、内部容積が最も大きかったB型をベースに建造された機体。誤解される事が多いが、B型を改造したのではなく設計を流用して新造された機体である。そのため比較的初期のムーバブルフレームを採用しているが使用したサイコミュ対応構造材“サイコフレーム”のおかげで軽量化に成功している。また、学習コンピューターをコントロールシステムの補助として搭載したことでビットの同時操作数を飛躍的に向上させている。一方ビットの操作自体はコンピューターに依存する形となったため、従来のものに比べ動きが単純化している。これは想定する脅威目標の準サイコミュ兵器搭載機に対し物量で圧倒することを前提とした為であり、スペシャル同士でのビットによる砲戦ほどの操作が必要ないと考えられたためである。
機体そのものもビットキャリアーとしての性能に特化しており、同時期の機体に比べ運動性、格闘性能は劣る。ビットはそれぞれ機体に装備された4枚のバインダーに各10基が搭載されており、E-CAPの再充電並びにプロペラントの再充填が可能となっている。機体そのものは固定武装が一切無いが、その分装甲へリソースを割いているため極めて堅牢、また新技術であるエマルジョンコーティングを試験的に導入しているため、機体色がパールホワイトに輝いている。フレームの発光現象と相まって幻想的な美しさを示す本機はアクシズの宝石と呼ばれ、更にヴァイスフローレン隊の隊長機を務めた事から、アクシズの象徴的なMSとして長く扱われる事となる。


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SSS32:ムーン・アタックⅡ

今月分です。


『作戦開始!行け行け行けっ!!』

 

民間の輸送船に偽装していたその艦は腹に抱え込んでいたMS12機を全て吐き出すと、ついでとばかりに増設されていたロケット砲を撃ちながら離脱していく。落着したロケット弾が次々と爆発、微細な砂を巻き込んで即席の煙幕を作り上げる中、出撃したMSは迎撃を受けることもなく悠々と月面へ降り立った。

 

『1、2、3小隊は施設の制圧、4小隊は退路の確保。予定時間通りだ。前進!』

 

ライトグレーとダークグリーンに塗装されたザク――正確に表現するならばMS-06R1だ――がその言葉に合わせて行動を開始する。ロートルになって久しい機体だがその動きは淀みなく、乗り手が優秀である事を感じさせる。その統率の取れた動きに反して、それぞれの装備は正に雑多という言葉が相応しかった。旧式とは言えジオン製のビームライフルを装備している機体などは良い方で、使われなくなって久しい実弾のマシンガンや軍では退役済みのバズーカのみならず、連邦製のアサルトライフルやシールドを装備した機体すら存在する。もし彼らが戦場で敵と相対したならば不幸な結末もありえただろうが、この日彼らと対峙したのは民間の製造施設だった。

 

『も、MS!?』

 

アナハイムエレクトロニクス、リバモア工場。この工場は地球連邦宇宙軍と深い繋がりがある。戦後ルナツーは返還されたものの内部の損傷が激しく、復旧には年単位の時間を要した。この間宇宙軍の運用するMSの保守点検のみならず機体の製造まで担当していたのがこのリバモア工場だった。ルナツーが拠点としての機能を回復した後も、リスク分散を名目に保守点検に関する契約は続けられており、その関係で中立地帯にあって例外的に強力な武装、端的に言えばMSを含む警備部隊が駐留していた。彼らの多くは連邦の退役軍人であり、決して素人ではない。だが今回は相手が悪かった。

 

『やめっ――!?』

 

初撃の動揺から警備隊のMSが立ち直るより早く懐に飛び込んだザクが、手にしたコールドクナイをコックピットへと突き立てる。その横では同じように攻撃を受け、警備隊のMSがヒートサーベルで上下に分割されている。瞬く間に搬出ゲートの最大戦力を無力化した二機のザクは直ぐに合図を送る。即座に位置に着いていたゲルググがバックパックのビーム砲を放ち搬出ゲートへ直撃させた。

 

『行け!』

 

大きく開いた破孔に次々とMSが突入していく。異常を知らせる警報が鳴り響く頃には、退路を守るように残った3機を除き、全てが工場内に消えていた。

 

 

 

 

フランクリン・ビダンにとってこの十年は辛く厳しい時間だった。技術者として頭角を現わそうとした矢先に起きた戦争。その中で登場したMSに、彼は次世代の兵器という可能性を感じその開発へ身を投じた。しかし人生とはままならないものである。敗戦により突きつけられた開発制限により連邦軍内で研究を続けることは難しくなった。加えて軍内における立場も悪化することになる。無理もない。戦争当時MSは戦況を打開する切り札として巨額の研究予算が付けられ、これによって割を食った技術者の数は両手の指の数などではとても足りなかった。MSに対抗しうる新型の提案をしても多くは却下され、たとえ承認されてもそれは連邦製MSが揃うまでの繋ぎという扱いだった。それだけお膳立てされておいて結局勝てなかったのだから、関係した者達が冷ややかな目で見られることも妥協すべき事柄だったのだろう。だが、彼には出来なかった。

彼の妻は同じ連邦の技術者で互いに尊敬できる間柄だった。そして尊敬が恋慕に変るのは自然な成り行きで、そしてそれが愛と呼べる具体的な形になるまで大した時間は必要としなかった。彼女に尊敬され続けたいという見栄が、一見冒険的な決断を彼に下させる一因になったことは否定できない。しかし敗戦により運命は狂い始める。

材料工学を専門としていた彼の妻は戦後も引く手数多であり、着実にキャリアを重ねていく。対して彼はと言えば、完全に出世コースから外れていた。だが、彼にとって何より恐ろしかったのが、自身の研究者としての道が閉ざされかけたことだった。連邦に所属している限り彼に出来る事は、戦中に亡命した男の残したMSを手直しが出来れば良い方で、殆どは大戦中の資料整理といった研究でも何でもない事柄ばかりだった。そして妻の関心がそんな自分から仕事へと移っていくことを感じた彼は強い焦燥感に苛まれる。家庭環境がこじれ始めたのもこの頃だ。当時プライマリスクールの低学年であった息子を出汁に彼女へ家庭へ入ることを求めたり、帰りが遅い妻と比較する息子に苛立ち、仕事終わりにバーへ通うのが習慣になった。そんな状況が暫く続いたが、バーへの通いをジュニアスクールに上がった息子に不倫となじられたことに腹を立て手を上げた事が決定打となり離婚。当然親権は妻が獲得し、フランクリンには一人では持て余す広さの家だけが残された。

そんな時に声を掛けて来たのがジョン・コーウェン中将だった。中将は連邦内に残っている数少ないMS推進派であり、フランクリンにしてみれば所属する派閥の長である。そんな男からの提案は彼にしてみれば思いがけないチャンスに思えた。

 

「今、連邦軍内でMSの開発を続ける事は極めて困難と言わざるを得ない。君のような優秀な技術者を腐らせているようにな」

 

「迂遠な物言いは自分には不要です。閣下は私に何をお望みですか?」

 

そう返せばコーウェン中将は笑いながら答えを口にした。

 

「技術者らしい物言いだ。君にはアナハイムエレクトロニクスへ行って貰う。あそこは中立地帯だからな、そこにある民間企業が独自に研究する内容にジオンは口出しできん」

 

アナハイムと連邦軍は戦前までそれ程親密ではなかったが、戦後その関係を急速に深めていた。何しろ宇宙におけるMS運用の生命線とも言える拠点であり、連邦にしてみれば終戦の条約が適用されない研究機関だからだ。ジオンにおけるMS至上主義のような極端さはないものの、連邦軍全体としてもMSは脅威であるという事は広く認識されている。特に数年おきにジオンと合同演習を行っている宇宙軍では年々開いていく機体の性能差に危機感を覚える人間も少なからず居り、そうした者達が軍を退役しアナハイムへ再就職していることはMSに関連する部署に携わっていれば良く耳にする話だった。

 

「民間企業との共同開発についても規制されていたと記憶しておりますが?」

 

「無論条約は守るとも。君は退役して一研究者としてアナハイムに再就職するのだ。そこで君が何を研究しようと軍は関知しない。まあこうして縁も出来たのだから、私が個人的に君の近況を聞くくらいはあるだろうがね?」

 

そう言って頬を歪ませる中将へ向けてフランクリンは敬礼をもって自身の意思を示した。フランクリンは軍に大した忠誠心など抱いていなかったし、部署が異なるとは言え同じ施設内に別れた妻が居るというのは居心地の良いものでもなかったのだ。しかしその後も彼の人生は順風満帆とは言えなかった。まず軍と企業では技術に対する価値観があまりにも違った。その技術がどれだけ有益かより、どれだけ利益が上げられるかに重点が置かれる考え方は先端技術であるムーバブルフレームを主に研究していたフランクリンにとって逆風となった。加えて当初こそ対等であったMS推進派とアナハイムの関係がアナハイム側に傾くにつれて連邦出身の技術者は肩身の狭い思いをすることになっていく。中にはジオンへ引き抜かれる者まで出るほどだ。そんな中で彼がアナハイムに残り続けたのは、それなりのプライドがあった事と、何よりも自身の研究が漸く実を結ぼうとしていたからだった。

 

「これならばジオンの機体にも後れは取らん」

 

彼の生み出した機体は見た目こそジムを踏襲していたが、その中身は全くの別物である。ムーバブルフレームとアナハイムのお家芸であるフィールドモーターを組み合わせたこの機体は従来のジムに比べ20%近い軽量化を果たした上で実効トルクを10%以上向上させている。更にジオンのMSを研究して搭載された新型のコックピットは従来のものより遥かに高い耐G性能を獲得しており、大幅に運動性が向上した機体の性能を十分に発揮できる仕様だ。OSこそ既存のものを流用しているが、それは元々十分なデータの蓄積された学習コンピューターの能力で必要十分だったからだ。

連邦の次代を担う機体となる。フランクリンの確信はしかし、最悪の形で裏切られることとなる。

 

「コーウェンめ!あれだけお膳立てされても失敗するか!?」

 

この2~3年、連邦宇宙軍の活動は活発化していた。それというのもスペースノイドの権利保障を標榜した武装勢力がエゥーゴという中心を得て一つに統合され、無視し得ない勢力となっているからだ。彼らは表向き大戦中に放棄されたものやシンパの軍人から横流しされている装備で武装していることになっているが、実際の台所事情は異なる。コロニーへの強制移住を求められた富裕層から資金提供をされているところまでは正しいが、その資金で兵器を彼らに供給しているのはアナハイムである。無論堂々とそんなことをするわけにはいかない。そのため大半は現在も掃海の済んでいない暗礁宙域にアナハイムが建設した極秘の製造拠点から提供されている。しかし装甲や戦闘機の推進器程度ならばまだしも、MSの内部部品や、製造そのものとなるとそうもいかない。特に連邦系MSはジオンの機体に比べ基礎工業力の敷居が高く、暗礁宙域に造られた簡易的な拠点での製造が難しかった。故にこのリバモア工場で極秘裏に製造されていたのだ。

そしてそのエゥーゴを脅威とし連邦へMSを売り込む。それがアナハイムエレクトロニクスの狙いだった。これについては疑問を持つ者も多いだろう。何故ならアナハイムグループとして見れば軍需産業は大した利益を上げていないからだ。むしろ、最も利益を上げているエネルギー部門などは安定した社会基盤とその発展こそが利益の根幹であるから、それを侵す戦争など忌避している。では何故かと言えば話は単純で、軍事力を背景とした政治、軍に対する発言権の拡大を狙ったからである。

だがその目論見はまたしてもジオンに阻まれる。アナハイムの戦略の根幹は敵味方双方に戦力を供給していることが前提である。だというのに連邦軍はアナハイムのMSを購入せず、あろうことかジオニックのMSをライセンス生産する契約を結んでしまった。ジョン・コーウェン中将は当然慌てたが、反論の材料を持たない彼は大人しく引き下がるしかなかった。

これによりフランクリンの開発した機体は、本来のジムを意識したデザインであった装甲を取り外され、エゥーゴ向けのジオン製MSに近い意匠の装甲に取り替えられ初期生産ロットの全てが提供されることになった。ムーバブルフレームの採用により短時間で装甲の交換が可能だからこその上層部の判断であったが、フランクリンには極めて不本意な性能の発揮であった。

 

そして、極めつけの不運が彼を襲う。

 

その日珍しく起きたトラブルでフランクリンはリバモア工場に泊まっていた。エゥーゴへ提供する機体にエラーが発生して動かないというのだ。

 

「そんな馬鹿な話があるか」

 

事実最初に試作した3機は書類上廃棄した事になった上で引き渡され、戦場で問題無く動いているのだ。一体何をやらかしたのかと向かってみれば、答えはあまりにも単純だった。

 

「OSが連邦軍仕様のままじゃないかっ!こんな事で一々呼びださんでくれよ!?」

 

印象を完全に変えるために、新型の装甲は大分バランスや配置を弄っていた。結果機体バランスが大きく変った為にOS側もパラメーターを弄る必要があったのだが、どうやら伝達ミスがあったらしい。更についていない事にOS関連のエンジニアがつかまらず、受け渡し期日の問題からフランクリンが急遽対応することとなる。作業自体はOSの修正だけなので難しくはないが、全機のチェックと変更となるとそれなりに時間が掛かる。結局その日は作業が深夜まで掛かり、フランクリンは休憩室で仮眠を取っていた。

 

「な、なんだ?」

 

建物が揺れるという月ではあり得ない事態に続き、けたたましい警報に見舞われフランクリンは目を覚ます。そして再び襲い来る振動に動揺していると、作業員の一人が慌てた様子で休憩室に転がり込んでくる。

 

「一体どうした!?」

 

「も、MSだ!ザクが工場内で暴れてる!」

 

「ザクだと!?おい、梱包してあったMSは!?」

 

震える作業員の肩を掴んで叫ぶと、男は目を泳がせながら答える。

 

「判らない、入り込んできたザクが銃を乱射してたんだ!逃げるだけで精一杯で…」

 

「拙いぞ」

 

この時点でアナハイムを襲撃してくる相手など、フランクリンには連邦軍以外思いつかなかった。近々サイド7に潜伏しているエゥーゴへ向けて大規模な掃討作戦が行われるという噂は彼の耳にも届いていたし、エゥーゴへアナハイムがMSを流していることは、半ば公然の秘密となっていたからだ。恐らく連邦軍はまずエゥーゴにとって戦力の生命線であるこのリバモア工場を叩こうと考えたのだろう。そして今は最悪のタイミングだった。

 

(あの機体を確保されたら言い訳できん。最悪アナハイムが潰されるぞ)

 

今工場にはこれ以上ないエゥーゴとの繋がりを証明できる機体が転がっているのだ。だが、まだ逆転の目はあるとフランクリンは考えていた。

 

「おい、入ってきたMSはザクだったんだな?」

 

「そうだよ!ザクだ!それがどうしたって!」

 

鉄火場に浮き足立った男の胸ぐらを掴んでフランクリンは告げる。

 

「まだチャンスはあるってことだ。いいか、ザクを使っているって事は、まだ連中はこの工場とエゥーゴの繋がりを証明する証拠を押さえられていないってことだ。向こうにとってもあの機体があることは想定外だったんだよ」

 

「だとして、どうするって言うんだよ?MS相手に生身で戦えって言うのか!?」

 

そう叫ぶ男にフランクリンは引きつった笑顔で答える。

 

「半分、正解だ。ここで連中を始末すれば襲撃自体が無かったことになる。だから戦う」

 

「どうやって!?好き放題ぶっ放してる連中の前に行って、今からMSを起動するから待って下さいとでも頼むのか?」

 

「面白いプランだがもっと堅実な方法がある。7番倉庫へ行くぞ」

 

「7番?あんな荷物置き場に何があるって言うんだ!?」

 

言いながらも後をついてくる男にフランクリンは口を開いた。

 

「言ったろう、半分正解だと。あそこには武器がある」




こ、後編に続く。


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SSS33:ムーン・アタックⅢ

時計の針は少しだけ巻き戻る。

 

「これは一体どう言うことだっ!」

 

財務部の部屋に入るなりジョン・コーウェン中将は怒鳴りつけた。彼が手にした端末には通達として次期主力MSの選定結果並びに配備に関する計画が纏められた資料が映し出されている。自身のデスクで業務を処理していたジャミトフ・ハイマン少将が仏頂面で応じた。

 

「何の事ですかな。コーウェン中将」

 

「惚けるな!何だこのRGM-80というMSは!こんなもの私は知らんぞ!?」

 

憤怒の形相でそう唾を飛ばすジョン中将にジャミトフ少将の後ろに控えていたジャマイカン少佐が眉を顰めるが、少将は気にした様子もなく問答を続ける。

 

「ああ、ハービック社が提案してきた新型ですな。それが何か?」

 

「RGM-80は現在開発中の」

 

「アナハイムが勝手に作っているMSの事ですかな?そのように呼称しているとは聞き及んでいますが、ハービックの型番は軍が正式に認めたものです。名前が同じだなどと難癖を付けられても困ります」

 

「ヌケヌケと言ってくれる!何がハービック社の新型だ!これはジオンの機体だろう!?」

 

突き出された資料には、明確にジオニック社製MSのライセンス生産品である事が明記されていた。

 

「ハービックは国内の企業ではありますが、国営でも何でもありませんからな。経営判断に軍が介入出来るものではない。そこは政治の領分です」

 

勿論軍事産業の技術は国防と直結する分非常にデリケートな内容だ。安易な提携は技術流出やスパイ活動の温床になるからだ。だが今回に限れば、技術に関しては完全にジオン側が持ち出す形であるし、ハービックから出て行くものはライセンス料だけである。生産ライン立ち上げにこそ技術者が派遣されるが、その行動範囲もしっかりと定められている。むしろハービック側が気を遣いすぎではないかと感じるほどだった。少なくとも中立地帯で条約の抜け道を使って兵器を開発しようと考える連中よりは余程問題を起こさないよう配慮していると言える。

 

「言ってくれる。だがその機体を使って戦う兵達はどうなる?必ず渡される機体はモンキーモデルになるのだ。それで戦えと貴様らは兵に向かって言えるのか!?」

 

「テロリスト共と戦うのであれば十分でしょう?中将は一体誰と戦うおつもりなのです?第一」

 

そう溜息を吐きながらジャミトフ少将は端末を操作する。そこにはアナハイムから提出されているカタログデータとハービックの機体の実働データが比較されていた。

 

「比較しましたがアナハイムの機体に比べハービックが提示している機体は10%近く価格が安くスペックは上です。主力機として更新する以上この差はとても無視出来る数字ではありません。技術に関してもライセンス生産ですから国内企業にノウハウを積ませることが出来る。中立地帯などといういつどうなるか判らない企業より有事の際は遥かに信頼できる相手だ。これ以上のメリットがアナハイムの機体の何処にあるのか聞かせて頂きたいですな?」

 

「だとしてもだ、我が国のMSの性能が敵に筒抜けではないか!」

 

苦し紛れにそうジョン中将は口にしてしまう。それは連邦軍人の多くが潜在的に持っている考えではあったが、公言して良い言葉ではなかった。

 

「中将、ジオン共和国は我が国の同盟国です。今の発言は聞かなかったことにしておきます」

 

そう言ってジャミトフ少将は視線をデスクのモニターへ戻す。その段になってジョン中将は周囲から冷たい視線を向けられていることに漸く気がついた。

 

「…っ、失礼する!」

 

肩を怒らせたままそう吐き捨て部屋を出て行くジョン中将を見送りながら、コーヒーのカップを机に置いたジャマイカン少佐が鼻を鳴らした。

 

「まるで猪ですな」

 

その言葉にジャミトフ少将は溜息と共に答える。

 

「裏表のない好漢ではあるのだろうな。だが派閥の長をやるには少しばかり考えが足りん。搦手の一つも使えんでは、部下は苦労するだろうな」

 

だから、この致命な事態にまで発展したのだ。ジャミトフ少将は机に置かれたカップを手に取ることでその言葉をコーヒーと共に飲み込んだ。それを見ていたジャマイカン少佐は片眉を上げた後、口を開いた。

 

「三日後は部屋の鍵を掛けておきましょう。暴れられてはたまりません」

 

近々実施されるエゥーゴに対する掃討作戦が僅か三日後である事を知っているのは立案者達と作戦に参加するごく一部の将兵だけであった。

 

 

 

 

そして舞台は月へと戻る。

 

『クリア!』

 

『クリア!』

 

次々と上がってくる部下達の制圧報告にトッシュ・オールドリバー大尉は静かに息を吐き出した。突入したMS3個小隊の内、第3と第4小隊の兵士が実戦を知らない新人だ。それぞれの隊長である自分とクララ・ロッジ少尉も新人とまでは言わないが実戦経験は浅い。幸いにして部隊の先任達は文字通り歴戦の兵であるため訓練相手に事欠くことはなかったし、得がたい教訓も数多く教授してもらった。それでも実戦と訓練には超えられない壁がある。だからこそここまで順調に作戦が推移し、部下達が訓練通りに動けていることにトッシュは密かに安堵した。

 

『まだ作戦中だぞ』

 

トッシュの操るザクの肩に乗せられたゲルググの手から頼りになる先任の声が伝わる。パイロットスーツに取り付けられたマイクの音声を拾い、MSの手のひらにある通信用素子を振動させることで音を伝えるというハイなのかローなのか判別しにくいこの通信方法は、ミノフスキー粒子下で確実に行える連絡手段であると同時に防諜対策としても優れている。周囲に振動を伝える物がない宇宙では特に顕著だ。

 

「すみません、少佐」

 

素直にトッシュが謝ると、通信を送ってきたカーウッド・リプトン少佐は普段通りの落ち着いた声音で答えた。

 

『解っていれば問題無い。まあ、今回はピクニックみたいなものだからな。気が緩む気持ちも良く解る』

 

「は、いえ。俺の未熟です」

 

一瞬肯定しかけたトッシュの声にくぐもった笑い声が返ってきた。トッシュとしてもカーウッド少佐の言葉は良く解るものだった。新米の隊長に新兵の隊員、そんな連中に引率を付けて戦場とはこんな所だとレクチャーする。今回の編成はそう言うことだ、階級が上のカーウッド少佐が居るのにトッシュが突入部隊の指揮を執っているのもそのせいだ。面倒を見ている先任達にすれば正にピクニックのようなものだろう。

 

『一丁前の台詞が言えるようになったな。さて、隊長。この後はどうする?』

 

カーウッド少佐の言葉にトッシュは暫し考える。作戦は順調そのもので、むしろ想定よりも早く目標であった生産施設の破壊を達成している。部隊の隊長であるシーマ大佐の言葉を借りるなら、既に給料分の仕事はした状態だ。プロならばここでさっさと切り上げて余裕を持って離脱すべきだろう。だが、今の彼らは食い詰めのテロリストだ。

 

「搬出口に置かれていたあれ、多分エゥーゴへ渡す筈だったMSですよね?」

 

突入して早々に彼らの餌食になったコンテナの中身はトッシュの推察通り、今日運び出されるはずだった新型機であった。

 

『ああ、多分な』

 

「エゥーゴはこんな旧式を戦力として当てにしなきゃならん台所事情です。だとしたらこんなチャンスに壊すだけで引き上げますかね?」

 

エゥーゴの構成員は多くが元連邦軍人だ。だが一方で終戦に納得できず軍から離反した者や、戦後の社会復帰に失敗し犯罪組織の用心棒のような立場に収まった連中なども多く糾合している。そうした人間が美味そうな餌を目の前にぶら下げられた状態で大人しく作戦通りだけの行動で済ませられるとはトッシュには思えなかった。

 

『道理だな、だとしたらどうする?』

 

「荷物がこんな所まで置かれているって事は、倉庫にゃまだまだお宝がある。なんて考えるんじゃないかと。下手したら旧式を乗り捨てて機体を奪うくらいするかもしれません」

 

『先を考えてない連中らしい行動だな。ウィルバーとルイスの機体なら捨てても構わないだろう』

 

カーウッド少佐の僚機を務めているウィルバー・コンリー少尉とルイス・ブラー少尉の搭乗しているザクは宇宙軍がMSの密輸を摘発した際に接収した機体だ。この連中は軍の下請けでMSの解体を請け負っていた業者と繋がって、廃棄品をレストアし犯罪組織に横流ししていたらしい。つまり軍にしてみれば既に存在しないものであり、経歴的にもこの場に残しても言い訳の利く非常に都合の良い機体である。

 

「決まりですね。なら倉庫の方を――」

 

そうトッシュが言いかけたところで、トッシュとカーウッド少佐の機体が素早く武器を構え銃口を同じ場所へ向けた。7と数字の入れられたシャッターがゆっくりと動き始めたからだ。他の機体も一拍遅れたもののそれに気づきそれぞれの武器を構えると、誰もが躊躇無くトリガーを引いた。彼らの思考はシンプルだ、それが脅威であるかどうかを目視するより手持ちの火器で判別するのだ。結果手に入るサンプルが想定より多く欠けている事が頻発し解析を行う技術屋から苦情が来るが、現在に至っても教育方針に変更はない。部隊長曰く、火力を集中した程度で排除できる脅威ならば、どのみち大した相手ではないからだそうだ。無論トッシュも同意見だ。次々と撃ち込まれる砲弾が開きかけのシャッターを瞬く間に穴だらけにし、数秒で耐えきれなくなったシャッターは硝煙とともに崩れ落ちた。

 

『ヘッ!蜂の…だ…!』

 

思わず漏れた言葉だろう、部下の一人が通信越しにそう叫ぶ。トッシュはその内容を窘めるより先に思わず叫んでいた。

 

「避けろ!」

 

叫んだ部下が操るザクの上半身が吹き飛んだのはその直後だった。




後半に続くと言ったな?
アレは嘘だ。

ごめんなさい話が纏まりませんでした!


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SSS34:ムーン・アタックⅣ

今月分です。


煙る硝煙の先、襲撃者達のMSを見てフランクリン・ビダンはまなじりを吊上げた。襲撃者が誰なのか、彼には一目で理解出来たからだ。

 

「宇宙人共がっ!何処までも邪魔をして!!」

 

目の前で稼動している機体はどれも大戦中にジオン軍が運用していた機体だ。ゲルググはともかく、ザクの方は大戦初期から後期まで運用していたため、相応の数が撃墜の後放棄されていたので、エゥーゴに限らず多くの武装勢力が回収後補修して戦力として組み込んでいる。公にはされていないが、エゥーゴのMSの保守整備も請け負っているこのリバモア工場でも比較的見慣れた機体だ。だがそれだけに、技術者であるフランクリンの目は誤魔化せなかった。

 

(あれほど完璧な整備が出来る連中など一つしか無い!)

 

外観や運用が同じであるため一括りにされているが、戦中のジオン軍機と戦後のMSでは明確な違いがある。それが駆動方式の違いだ。件のザクやゲルググは流体パルスと呼ばれる当時のジオン軍機のみが採用している独特の方式だ。当然ながらアナハイムには製造や整備のノウハウがあるはずもなく、実機をテストベッドに手探りでマニュアルを作り上げていた。故にその仕上がりは完璧とは言い難く、映像資料の機体と動作を比較すればその差は歴然だ。そして目の前の機体は明らかに資料の、否、それ以上の動きをしている。ならばあの機体の出所は一つしかあり得ない。

 

「全システム正常作動。ビダンさん、指示を」

 

「あ、ああ。すまない。ガトリングで牽制しつつリフレクターの展開を、次はビームが来るはずだ」

 

落ち着いた声音が届き、激発しかけたフランクリンは冷静さを取り戻す。そして声を掛けてくれた人物へ向けて彼は礼を口にした。

 

「ありがとうクロキ。君が居てくれて助かった」

 

フランクリンの言葉にクロキと呼ばれた青年はシニカルに笑って見せる。

 

「コイツは私の担当ですからね。それから礼は終わった後にして下さい」

 

クロキの言葉にフランクリンも笑顔を返した後、目の前のモニターを睨み付けた。

 

「ああ、そうだな。取敢えずこの無礼者共を片づけるとしよう」

 

彼らの言葉に応えるように、それはゆっくりと動き出した。

 

 

 

 

『なんっ、だ!?ありゃあ!?』

 

『MA?でかいぞ!』

 

「馬鹿野郎動け!」

 

浮き足立つ友軍機を思わずトッシュ・オールドリバー大尉は怒鳴りつけた。目の前に現れた想定外の敵、たったそれだけの事で動きを止めてしまう素人丸出しの新人達に、トッシュの焦りは助長される。何しろ既に一人、味方が死んでいるのだ。今は敵の偉容に意識が向いているが、それが見かけ倒しでなく実際に自らの命を刈り取れるだけの脅威であると認識した瞬間、彼らが恐慌状態に陥らないと思えるほどトッシュは楽観論者ではなかった。

 

『撃て!撃ちまくれ!!』

 

『効いていないぞ!?』

 

友軍の通信を聞きながら、トッシュは思わず舌打ちをした。襲撃実行まで時間はあまりなかったが、それでも事前の情報は出来得る限り収集していた。その中には連邦軍からのリーク情報も含まれていたことから、彼らの装備は設備破壊と対MS戦を想定した構成になっていたのだ。

 

(こんな化け物がいるなんて聞いてないぞ!?)

 

放たれ続ける90ミリはおろか、120ミリすら歯牙にもかけずに前進してくる敵をトッシュは睨み付けた。まず目を引くのがサイズだ。ダブデとまでは言わないがそれでもギャロップを優に超えるその巨体は、速度こそ無いものの見た目通り分厚い装甲に覆われているらしい。一見すると古いアイロンのようなそれは、凹凸の少ない見た目に反して様々な武器を内蔵しているようで、火線も途切れることがない。一発目が当たった新人が運が悪かったのだとしたら、残りの新人が生きているのも単純に運が良かっただけだと思える投射量だ。手強い相手、そう考えつつもトッシュはこのMAを撃破可能だと考えていた。自分も含めて新人組は実弾装備だが、カーウッド少佐の小隊はビーム兵器を携行していたからだ。特にルイス少尉の機体にはビームキャノンが装備されているため、戦艦並みの装甲であっても損傷を与えられる。それが無意識のうちに生まれた慢心であることに彼が気付いたのは、ほんの数秒後の事だった。

 

『コイツで!』

 

『えっ!?』

 

その攻撃を彼女が避けることが出来たのは、偶然などではなく日頃の訓練と彼女自身の才覚によるものだ。ルイス少尉の機体から放たれたビームが敵MAに当たると思われた時。MAが変形し機体の前面が左右に開き、次の瞬間直撃するはずだったビームがあり得ない方向へとねじ曲げられ、その先にいたクララ・ロッジ少尉の機体を襲ったのだ。

 

『あぅっ!?』

 

強引に捻られた機体はギリギリの所で直撃を避ける事に成功するが、彼女の実力を以てしてもそこが限界だった。襲いかかるビームはマシンガンを構えていた右腕を肩口から吹き飛ばし、ついでとばかりにバックパックの推進剤を誘爆させる。幸いにしてパイロットは無事なようだが、彼女の機体が戦闘不能である事は誰の目にも明らかだ。

 

「ビームを、ねじ曲げ、やがった…」

 

思わず漏れてしまった言葉に、トッシュは急速に事態が悪化している事を否応なしに認識させられる。ビームが通用しない以上、こちらの火力で頼れるのはバズーカのみだ。しかしMSとの交戦を想定して施設破壊に優先して使用したために、どれも1~2発しか残されていない。先ほどまでの防弾性能から推察するに、残りの弾で容易に撃破できるとはトッシュには思えなかった。

 

『コイツは拙いな、隊長』

 

「欲張ると碌な事が無いっすね。それにそろそろ時間もやばい」

 

破壊した機材の後ろに隠れながらトッシュはそう返した。リバモア工場はフォン・ブラウン市からそれなりに距離のある位置に建てられているとはいえ、これだけ派手に暴れて気付かないという事はまずあり得ない。当初の想定通りならば、都市守備隊との交戦も視野に入れなければならない時間だ。早急な撤退が最善、しかしそれにはあのMAがあまりにも邪魔だ。決断を下せないトッシュの耳に、通信越しの溜息が聞こえたのはその時だった。

 

『ウィルバー、ルイス、手伝え。ヤツを足止めして時間を稼ぐ。隊長はその間に負傷者を連れて撤退を』

 

「少佐!?」

 

『急いでくれよ隊長。早ければ早いだけ俺達の仕事が楽になる。ああ、それと』

 

通信越しに聞こえるカーウッド少佐の言葉の続きをトッシュは黙って待つ。

 

『次からは自分で命令できるようにしろ』

 

「了解、しましたっ!」

 

苦笑交じりに告げられた言葉になんとかそう返すと、トッシュは無線のチャンネルを開き叫んだ。

 

「1・2小隊各機、後退する!3小隊は後退の時間を稼げ!5、いや3分でいい!」

 

『『了解!』』

 

返事と共に残っていたスモークと一部の機体が装備していたダミーバルーンが膨らみ一時的に敵を攪乱、その間に素早く擱座していたクララ少尉の機体を回収しつつ、4機のザクが次々と破孔から飛び出していった。

 

『行ったか?』

 

『ババを引くのも久しぶりですな』

 

「すまんな、お前達」

 

軽口を叩く部下2人に、カーウッド少佐はそう謝罪した。

 

『先輩風を吹かせてるんです。こうでもしなきゃ恰好つかんでしょう』

 

『違いない。それで隊長、どうやります?』

 

笑いながらそう返す2人に、カーウッド少佐は指示を出す。

 

「シュツルムファウストの手持ちはあるか?」

 

『こっちは二つ』

 

『自分はありません』

 

「よし、ウィルバー、一つルイスに回せ。一気に決める」

 

『いけますか?』

 

シュツルムファウストを手渡しながらそう問うてくるウィルバー少尉にカーウッド少佐は自分の推察を披露する。

 

「ヤツはビームをねじ曲げるのに前面の装甲を展開した。恐らくあの鏡面部分がキモなんだろう。そして展開している分正面への火力投射が弱まっている。つまり正面から突っ込んであのミラーを吹き飛ばせばビームが効くはずだ」

 

『成程、それじゃ作戦は?』

 

面白そうに問い返すルイス少尉にカーウッド少佐はしっかりとした声で答えた。

 

「ヤツにジェットストリームアタックをかけるぞ」




前後編で終わる予定だったのに…。


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SSSEX1:世界の傑作戦闘車両別冊 地球連邦軍主力戦車開発史

ムーン・アタック執筆理由となった、友人から送られてきた怪文書です。
供養(さらしあげ)のためにここに掲載したいと思います。


かつての一年戦争において、地球連邦軍の主力戦車であった61式戦車はジオンのモビルスーツ・ザクに全く歯が立たず、あっさりと主力兵器としての座をMSに譲り渡した。これは世間一般に広まっている通史とも言えるが、その実情はいかなるものであったのか、そして連邦の戦車開発者たちはどのように新時代の戦場に対応を試みたのか。そして、連邦における戦車開発の将来はどうなるのか。筆者は、地球連邦軍における戦車開発の重鎮、コーチン技術大将への取材を行った。

 

 

 1.61式戦車の栄光と挫折

 1年戦争において当時主力だった61式戦車は一部の例外的事例を除いてMSに対して圧倒的に劣勢であり、戦前主流だった人形兵器無用派の嘲笑を実力を持って吹き飛ばした。巨大な人形兵器など地上ではただの的、戦車の敵では無いとは何だったのか。一体何が間違っていたのだろうか。

 

 「いや、全く間違っていないのです。端的に言えば、アメリカ人に戦車なんて作らせたのが全ての敗因ですな。」

 

 なるほど、もう少し具体的にお願いします。

 

 「そう、旧世紀の終わり頃からですが、アメリカでは一つの思想が蔓延していたのです。戦争の霧など払拭できる、高度な観測手段と戦場のネットワーク化で戦場の全てを明らかにし、まるでボードゲームでもやるかのように自由に部隊を動かして戦場を支配できると。当時アメリカが超大国として世界に君臨し、圧倒的な軍事力で戦争の行方を欲しいままにしていたのもあって、それは正しく思えました。61式戦車はそういった思想を具現化した戦車です。地球連邦と正面切った戦争ができる有力な敵は存在せず、仮想敵は精々が小規模な反地球連邦ゲリラ。戦場は常に衛星や航空機に監視され、敵の情報は戦術ネットワークで共有され、戦車兵の仕事はオペレーターの指示に従って車両を移動させて居場所のわかっている目標を撃つだけ。これなら乗員が2名でもやっていけそうだし、つまりは平時の軍の財布にも優しい、まさに理想の戦車ですな。」

 

 なるほど、つまり旧世紀のネットワーク戦前提に最適化されすぎてしまった故に、ミノフスキー粒子下の戦闘に61式戦車は対応できなかったのだと。

 

 「まあ他にも問題は色々とありますが、大体そういうことです。要するに平時の兵器だったということですな。当時競作に敗れたオブイェクト7012が採用されておればこれほどの醜態を晒すことはなかったでしょう。戦車のことは我々か、或いはせめてニェーメツにでも任せておけばよいのですよ。」

 

 旧ロシア地域出身のコーチン大将らしい物言いだ。しかし、連邦軍内では1年戦争以前からミノフスキー粒子下での戦闘へ対応する動きがゆっくりではあるが始まっている。次世代MBT開発計画もその一環だ。戦車開発者として、内幕を話していただけないでしょうか。

 

 「アメリカ人は実際に痛い目に遭うまで敵を舐めてかかる悪癖がありますな。まあ、其の分痛い目に遭ってからの立ち上がり方は大したものですが・・・。実際にはそういう声は殆ど顧みられなかったものです。部内では、これを機会に次期主力戦車の座をもぎ取って復権ってことで、我々とニェーメ・・・ドイツの開発部隊が少々張り切りましてね。」

 

 試製79式戦車ですね?ジオンのMSに十分対抗出来る性能が有りながら、量産に移されなかったという。

 

 「一般に流布されている話とは違いましてね、そもそも量産できる段階まで開発が進んでいませんでした。我々のオブイェクト7012も、彼らのVK80.01も。ロボット狂いのアメリカ人共が作ったRTX-44は開発ペースが早かったので試作機こそ出来ていましたが、案の定欠陥だらけで採用どころではありませんでしたよ。」

 

 え、そうしますと、サンクトペテルブルク防衛戦で試製79式戦車の試作車を装備した部隊が攻め寄せたザクをことごとく撃退したという話は・・・。

 

 「あれは熟練の歩兵と戦車兵が地形と陣地を駆使した巧みな連携の成果であって、使われたのは61式の初期型です。競争試作が終わる前に戦争で中止になりましたからな、試製79式なるものは存在しないのです。まあ何というか、士気も練度も高いロシア方面軍の兵だからこその芸当であって、ヤンキー共ではとてもサンクトペテルブルクを守り切れなかったでしょう。」

 

 

 

 2.試製79式戦車(仮)

 当時開発が進んでいたとされるオブイェクト7012とVK.80.01、開発の進捗状況はどの程度のものだったのでしょうか。

 

 「競争試作でしたからな、どちらも詳細設計を終えて試作車の製造に取りかかるところでした。あちらの方はどうだったか忘れましたが、オブイェクト7012の方は部品が全て納入され、まさに組み立てが開始されるところでした。そこにコロニー落としと地球降下作戦で混乱の最中に開発は中止、部品は開発部隊がサンクトペテルブルクから疎開する途中で失われたと聞いております。」

 

 なんてもったいない。ところで、これらの新戦車達が開発中止された理由は何でしょう。ジャブローへの疎開後も開発を継続すれば、ジオンのMSに対して有力な対抗手段が手に入ったと思うのですが。

 

 「そこは色々としがらみとか、状況判断が有るところですな。レビル将軍を筆頭とする当時のMS推進派は、61式だけでなく在来兵器そのものにある程度見切りをつけていました。だから、新戦車の開発や生産に回す資源をMSに注ぎ込むべきだと考えていました。他の派閥の連中も、緒戦で受けた大損害を回復して頭数を揃えるのが優先でしてね。ほぼモスボール状態だった戦車製造ラインを復活させるだけでも大仕事なのに、新しい製造ラインに切り替えるなんて論外だと言う判断でした。」

 

 ジオンが次々に新型MSを投入してきたことを考えますと、そんなに難しい話ではないと思えますが。

 

 「結果論から言えば、新戦車を採用して、製造ラインを切り替えるのは十分やれたでしょう。でも、当時は生産効率が優先されたということです。61式の主砲そのものはザクに対し有効ですからな。」

 

 そうなのですか?61式戦車の150ミリ砲はザクに対して有効でなく、新しい155ミリ砲へと換装されたとされていますが。

 

 「まず最初に申し上げますと、61式戦車の主砲が後期型で換装されたというのは全くの誤解に基づくものです。61式の主砲は、初めから155ミリです。旧NATO規格のね。常識的に考えて、複合装甲では無く大して厚くもないザクの装甲が15センチ級の砲から撃ち出されるAPFSDSで抜けないと思いますか?150ミリでも155ミリでも変わりやしない。変える必要など全くないのですよ。まあ、ドイツ人共は長距離狙撃を狙ってVK.80.01で180ミリ砲なんぞを採用しましたし、アメリカ人はRTX-44で何を考えたか240ミリ砲まで持ち出しましたけどね。」

 

 確かにそうですね。しかし、VK.80.01は180ミリ砲ですか。もしかして、ヤシマ重工製ですか?

 

 「さよう、MSの武装として採用された180ミリ砲は、元はVK.80.01のために開発されたものを流用したものです。ドイツ人らしいといえばらしいですが、そのために80トン級の車両になりました。オブイェクト7012は61式の弾薬を流用できるよう、改良型の155ミリ砲を採用していましたがね。これは試作砲が砲兵博物館に展示されていますよ。61式の主砲が換装されたというのは、これまで書類上で15センチ呼びしていたのを、途中でミリ表記に変えたというか、表記揺れが原因じゃないかね。」

 

 しかし、新戦車の開発は全くの無駄になってしまったのでしょうか。何かに活かされたりなどしていないのでしょうか。例えばガンタンクの開発に活かされたとか。

 

 「新戦車の開発成果も全てが無駄になったわけじゃない。君の想像通り、実はRX-75の試作機は向こうに合流したアメリカ人共のRTX-44がベースになっているのだ。それに時期にもよるが、再生産された61式には新戦車の開発要素を反映した改良が色々と加えられている。61式から変えられるわけじゃないから、根本的な改良はできなかったがね。だが、それが無ければオデッサ作戦はもっと悲惨な結果になっていただろう。何せ、結局のところ主力は61式だったのだから。」

 

 具体的にはどのような点が改良されたのでしょう。

 

 「例えば、駆動系だ。知っての通り、ミノフスキー粒子は電子回路に干渉するから、電動の61式は最悪の場合起動すらしなくなる。だから、駆動系と制御系の耐ミノフスキー粒子化対応は必須だった。他にも、FCSは新しく開発されたものに置き換えられていたな。」

  

 最後にオブイェクト7012がどのような車両だったのか教えて頂けますか?

 

 「VK.80.01やRTX-44とは違って全く面白みは無いが堅実な戦車だよ。先ほども申し上げたとおり、主砲は61式と同じ155ミリ連装砲。改良されて威力や発射速度は上がっていたがね。それを無人砲塔に積んで、浮いた重量で防御を強化した。旧世紀のT-14の現代版と言ったところだな。もちろん、ミノフスキー粒子散布下での戦闘を前提に、近距離通信や電子装置はしっかり強化しておるし、乗員も昔のように3名に戻してセンサー類も一新されていた。RTX-44の様な目新しいだけの玩具と違って、どんな戦場でも必ず期待に応えてくれる車両に仕上がったのだがね、もう半年開発が早ければ戦争の流れが変わっていたかもしれない。実に悔しい。」

 

 

 

 3.アヴァランチ大捷

 オデッサ作戦といえば、敗北したとはいえスーパーアヴァランチ部隊の活躍が目を引きますね。もしや、あれにも関わっていらっしゃるので?

 

 「無論だとも。もっとも、TYPE79は実際はガンタンク系列の機体だから我々が直接開発したわけではない、・・・いや最早我々の子供と言ってもいいかもしれないな。当初RXシリーズの開発チームがRX-75ガンタンクを開発した際に、我々はRTX-44を開発部隊ごと提供しただけだった。彼らもRX-75は腰掛け程度のつもりだったのだろうが、どう転ぶかはわからないものだね。あれが結局のところ今の主力機につながるのだから。TYPE79の開発に当たっては、足回りだけではなく全面的に協力したが、概ね満足できる結果だと自負している。」

 

 ガンタンクですか、確かに元が元だけに戦車型の足回りをしていますからね。

 

 「あまりおおっぴらにはされていない話だが、RX-75は本来はあくまでコアブロックシステムを含めたMSの上半身部分の試験機に過ぎなかったのだ。だから戦闘に投入したり、あまつさえ量産するような性格のものではなかったのだが、それでは上層部が納得しないからね。説明の為に武装して支援機としてでっち上げたが、何の因果か戦闘に投入され、あまつさえ量産型が配備されることになってしまった。」

 

 話している最中にだんだんコーチン大将の顔が赤くなってきた様に見える。それに、口の滑りがだんだんよくなってきているような・・・。もしや、大将の手元のグラスに入っているのは水ではないのでは?筆者は疑問に思いつつも話を続けた。

 

 それでも、機械化混成連隊に配備された量産型ガンタンクは部隊からの評判も良く、活躍していますね。

 

 「うちの自走砲開発部隊の連中が、砲の駐退復座機構から射撃統制装置まで徹底的にいじり倒したからね。量産のための簡易化ではなくて、完全に一から作り直したに等しい代物だよ、あれは。RX-75の段階では砲塔にあたる上半身を旋回させることすら出来なかったのだから。全く、RTX-44開発部隊のアメリカ人どもは何をやっていたんだ!それに、あの程度の運用ならば通常の自走砲でいいと思っただろう?実際そうなのだ。しかし、あれはあくまで量産されたガンタンクでなければならなかったのだ。そうであることが求められていた、政治的にね。TYPE79開発の頃にはそういう枷も大分外れていたからね、全体的なシルエットこそRX-75を踏襲しているが、中身はほぼ新型戦車みたいなものだったと思っていいだろう。」

 

 なるほど、戦車開発部隊の技術力がアヴァランチシリーズの開発にも活かされているのですね。そして、その結果が実戦でのあの戦果につながったと。やはり歴史に裏打ちされた技術力の重みというものを感じます。アヴァランチが活躍する一方、強襲型ガンタンクは期待外れに終わりましたね。

 

 「RTX-440か、あれはね・・・。ジオンがヒルドルブなんて大型戦車擬きを繰り出してきて仰天したMS派が大騒ぎして対抗兵器を繰り出した結果があれだよ。少し落ち着いて我々に任せてくれれば、あんな不細工な代物よりも遙かにマシな物を送り出せたのだが・・・。それに、我々には有力な空軍もあるだろうに。まあ、あの頃はまだ猫も杓子もモビルスーツといった雰囲気があったからね。それに運用も悪かった。対ヒルドルブ用の戦車駆逐車擬きを、まるで普通の重戦車のように扱って損耗させてしまった。当初の目的通りか、或いは陣地攻略にでも専従させておけばもっと有効に使えたのではないかな。我々の名誉のために念のため言っておくが、我々はあれには全く関わっていないぞ。あれは、RX計画に合流した愚かなアメリカ人技術者が勝手に作り上げたものだ。」

 

 実質的な61式戦車の後継はガンタンクⅡに決まりましたね。ガンタンクやアヴァランチの後継機ということで、今では見慣れた形ではありますが、戦車らしからぬ形でもあります。一方、Iフィールドを始めとした新機軸や一年戦争の戦訓を反映した装備が目立ちます。これもやはり?

 

 「戦争中はTYPE79の開発に協力したが、今は彼らはどちらかと言えばライバルだよ。我々は我々で、一年戦争の戦訓を反映させた新世代戦車の開発を進めている。RTX-45は原型たるRTX-44やTYPE79をベースにしているから開発が早かったが、我々は戦争中は61式の改良やTYPE79を始めとするMS以外の兵器開発への協力で忙しく、新戦車の構想を練ることは出来なかった。それに、条約でMSの保有と開発が制限された以上、すぐに手に入れられるものが必要だった。となると、ある意味必然の流れだよ。とは言え、我々の次世代戦車に向けた戦訓分析がRTX-45の開発に活かされているのは確かだ。しかし、RTX-45のIフィールドに関する情報は公開されていないはずだが?」

 

 いや、さる情報提供者から話を聞きまして。ビーム兵器が一般化した戦場では大きなアドバンテージになるだろうと。Iフィールドと言えばジオンMAの専売特許でしたが、ついに連邦軍も追いついたのだなと感慨深く感じます。

 

 

 4.SMBT-X

 「ふむ、ミノフスキー粒子散布下の戦場で当初敗北を重ねたから誤解されがちなのだが、連邦のミノフスキー粒子応用技術そのものは実際は高い水準にある。考えてもみたまえ、フィールドモーター、戦闘機に搭載可能な小型核融合炉、メガ粒子砲、エネルギーCAP技術、ミノフスキークラフト搭載艦、みな連邦がジオンに先んじて確立した技術だ。Iフィールドも、フィールドモーターや小型核融合炉には必須の技術だ。ビーム防御に使うことを思いついたのはジオンが先だがね・・・。」

 

 アッザムやアプサラスの様なジオンの大型MAの能力は驚きでした。

 

 「組織としての、連邦の技術的優位を私は信じる。だが、それを一人で覆すような天才が時に存在することも事実だ。ギニアス・サハリン技術少将だな。あれは鬼才と言うしかない。それに、マネジメント面でジオンを支えたマ大佐の存在も抜きにしては語れないな。」

 

 確かにそうですね。アプサラスの対抗兵器も聞かれません。

 

 「まあ、あれは凄い代物だが、実際には運用も限られるからね。しかし、連邦に対抗兵器の開発計画が無かったわけでは無い。」

 

 初耳ですね、聞かせてもらっても大丈夫なものでしょうか?と質問を続けたが、コーチン大将の手には既にグラスでは無くボトルが握られている。最早隠す気も無いのだろうか・・・、私としては何でも答えてもらえそうでありがたいことだが。

 

 「これが記事になって出版される頃には多分機密指定解除されるはずだからいいだろう。これもRTX-45が限定的とはいえIフィールドを搭載するからだがね。実は、アプサラス対抗兵器の計画はあった。地球連邦軍参謀本部付実験航空隊ジャブロー防衛移動飛行要塞T-1なる長ったらしい名前の兵器だが、現場ではもっぱら略称のSMBT-Xと呼ばれていたかな。ミノフスキークラフトで飛行して、飛んでくるアプサラスの前に立ち塞がってIフィールドを展開してあの大型メガ粒子砲を弾き返そうって代物だよ。アッザムやアプサラスにショックを受けて、とりあえずこちらも対抗できる兵器を作らねばってコーウェン少将(当時)が音頭をとってね。ペガサス級を作った艦政本部の連中も、対ビーム装甲を担当した我々も、とにかく連邦中の技術者が結集されたプロジェクトだったな。1号機はミノフスキークラフトで飛行するMAの技術実証機みたいなもので、データを取った後は解体して2号機に流用だったかな。本格的に実戦投入を目指して作った2号機は、最終的にメガ粒子砲をただ弾くんじゃどこかに被害が出るからIフィールドを上手く制御してビームを相手の方向に上手に反射できないかってことになって、ジャブローに転がっていた核開発用のスーパーコンピューターを積んでなんて肥大化してね、一から作れば同じ値段でペガサス級が建造出来そうな高価な機動兵器が出来上がったよ。結局、ジャブロー防衛戦に間に合わなかったのと、そんな凝ったことをする必要は無いということで試作機だけでお蔵入りになったが、当時の我々はいかにアプサラスに衝撃を受けたかということだな。」

 

 そんな物があったとは・・・、驚きですね。

 

 「終戦のゴタゴタでどうしたかよく覚えていないが、ジャブローのどこかにまだ眠っているはずだ。現物が博物館に展示されるのは相当後になると思うがね。そして、君が一番聞きたいであろう次期主力戦車の開発にはその時関わった技術者が集められた、と言えばヒントになるかな?」

 

 え!?

 

 「ジオンのドム、あれの機動に戦車ではついていけない。無論、射撃戦だけならばFCSの対応の問題でしかないからね、適切なFCSを持ってくれば複葉機並みの速度しか出ないあれに当てるなど容易なことだ。だが、戦術的な主導権をあの速度で取られっぱなしになる事態が問題視されていてね。それに、ドダイとMSの組み合わせによる戦略的な高速展開能力も侮れない。攻防能力は当然ヒルドルブも上回らなきゃならん。それに、オデッサ作戦の時に、ファンファンⅡが予想外に活躍しただろう?それで戦闘ヘリとの統合も視野に入ってきて、それらを連邦の持てる技術を注ぎ込んで最大公約数的にまとめ上げたのがこれだ。」

 

 席を立ったコーチン技術少将が、鞄から何枚かの写真を取り出して机の上に広げた。シルエットは、確かに伝統的な戦車そのものだ。かなり大きく、ヒルドルブよりも大きく見える。ビッグトレーにはさすがに及ばないが、ミニトレー位のサイズはあるだろうか。最大の違和感は、履帯が無く、飛んでいることだ。

 

 「正式発表はもう少し先になるが、統合開発名称はRTXではなくSMBT-X3、部内名称オブイェクト1279だ。アッザムやアプサラスのような一品物の大型MAを別にして、地球上でこれに対抗できる機動兵器は存在しない。もちろん、こいつは量産される。RTX-45とはハイローミックスで平行配備になるがね。地球舐めるな宇宙人!」

 

 顔を紅潮させて叫ぶコーチン技師の言うとおり、なるほど確かに頼もしそうな兵器だ。しかし、最早陸上戦艦に片足を突っ込みかけており、飛行可能なことも相まって旧来の戦車とは別物ではないかとも感じる。時代の流れとはいえ、このまま伝統的な戦闘装甲車両達が消滅してしまうとしたら残念なことだ。

 

 「何、戦争はMSや宇宙戦艦だけでやるものじゃない。結局の所、最後は歩兵が突入して占領し、敵に銃口を突きつけなければならんのだ。であれば、従来の車両もこれからも必要とされ続けるさ。」

 

 本日は貴重なお話の数々をお話し頂きありがとうございました。

 

 

 

 

 

開発名称:オブイェクト1279

 主砲:356ミリ電磁投射砲1門ー主砲塔に100ミリ機関砲同時装備。

 副砲:180ミリ砲ーそれぞれ副砲塔に装備。同軸60ミリ機関砲装備。

 車体VLSに近距離SAM、対MSミサイル装備、Iフィールド発生器内蔵、近接防御装置装備

 乗員:7名(車長、操縦手、砲手、副砲手2、索敵・火器管制手2)

 副砲を実弾砲・メガ粒子砲両用砲身とする案もあったが、主砲電磁投射砲にミノフスキークラフト、Iフィールドまで運用する本車は既にかなり大出力の核融合炉を搭載しており、これ以上の肥大化を避けるために搭載は見送られた。

 




次回作も鋭意執筆中とのことですので先生(おばかさん)の活躍にご期待下さい。


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SSS35:ムーン・アタックⅤ

「拙いぞ、ビダンさん。緊急事態というヤツだ」

 

休むこと無く射撃を続けながらメインのパイロットシートに収まっていたクロキがそう告げてきた。普段は感情が無いようにすら感じる彼から発せられた、焦りを多分に含んだ声音がフランクリン・ビダンの胸騒ぎを助長する。

 

「なんだ、どうした?」

 

「リフレクターが動作しない。原因は判るか?」

 

「すぐ調べる」

 

コンソールを操作し、原因を探ろうとしたフランクリンに答えは思いのほかあっさりと提示された。フランクリン達が乗り込んでいるMAは戦後の混乱で倉庫に眠っていた物をコーウェン中将が研究用と称して接収、極秘裏にアナハイムへと横流しした機体だ。アナハイムへのご機嫌取りという面もある一方で、その最大の目的はIフィールド制御技術の譲渡であり、最先端であるフィールド制御によるビーム偏向技術は同社の技術水準を大幅に向上させることとなった。フランクリンもこれらの技術をMSに転用するべく頻繁に機体を弄っていたためにこの機体の存在を覚えていたのだが、極めて重要な部分が未改造である事にまでは考えが及んでいなかった。

 

「クロキ、悪い報せだ。恐らくリフレクターは復旧しない」

 

「どう言う事だ?壊れたのか?」

 

「同じようなものだ。フィールド制御用のコンピュータが熱暴走でフリーズしている。サブを立ち上げてみるが、期待はせんでくれ」

 

この機体は元々ジャブロー防衛用に建造されたものだ。当然大気中での運用を前提としていたため、冷却機構もそれに準じたものが採用されていた。一応何度も動作検証はしていたのだが。

 

(試験と実戦はやはり違うか)

 

歯がみしつつもフランクリンは素早くシステムを切り替える。

 

「偏向制御演算を最小に設定する。逸らすのが精一杯だが数発は持つはずだ!いけるか、クロキ?」

 

「後はガトリングとミサイルか。なんとかしてみよう」

 

 

 

 

「スモークが切れる前に距離を詰める!」

 

『『了解!』』

 

そう言って物陰から飛び出すと、カーウッド達は素早く隊列を組んだ。ジェットストリームアタック。一年戦争初期にジオンのエース、黒い三連星が編み出した対艦戦法である。その内容は酷く単純で、最前列の囮が敵の攻撃を引き付け、2番機がこれら接近を妨害する対抗手段を破壊、そして最後の1機が致命の攻撃を叩き込むというものである。そしてこの攻撃の良い所は、重装甲の相手であっても2番機と3番機の火力で強引に突破も出来るという点だ。どこぞの元基地司令の言う通りMS相手には有効とは言い難いが、MAのような大型機、特に目の前のような防御と火力に特化した鈍重な相手には効果的である。

 

「そら!こっちだ!!」

 

スモークから飛び出したカーウッドの機体へ向けて敵の砲口が集中する。複数の火砲が全て自らを狙ったのを見て、彼は自身の判断が正しかったと口角を吊り上げる。砲の動きが定まりきる前に、彼はバーニアを噴かして大きく横へ飛ぶ。それに合わせて敵の砲口も彼を追った。

 

「今だ!」

 

『死ね!!』

 

直後スモークからウィルバー少尉のゲルググが飛び出す。彼は手にしていたシュツルムファウストを構える。しかしそれが発射されることは無かった。

 

『しまっ!?』

 

敵MAが機体をひねり、前面を展開した事で射撃不能になっていたミサイルポッドを強引にゲルググへと向ける。碌に狙いを付けない攻撃は、しかしその投射量で補われた。失態を毒づく時間も与えられず、ミサイルの弾幕に晒されたウィルバー少尉のゲルググが爆発を起こす。誰の目にもその死は明らかだったが、その程度で止まる程彼等は腑抜けていなかった。

 

『入った!』

 

ウィルバー少尉の機体によって被弾を免れたルイス少尉が飛出し、開いた前面装甲の間に機体を潜り込ませる事に成功する。

 

『食らえぇぇ!!』

 

叩き付けられる様に発射されたシュツルムファウストは設計通りの威力を発揮する。大きく損壊した装甲へルイス少尉がビームを撃ち込む。激しい爆発が起こり、彼は敵の撃破を確信する。それがいけなかった。

 

「避けろ!?」

 

カーウッドの声も虚しく、足掻くように前進した敵MAがルイス機にぶつかり押し倒す。そしてそのまま彼の機体へのしかかった。

 

『――っ!?』

 

見た目通りの重量を持っていたのだろう、破砕と悲鳴の入り交じったノイズが通信を支配し、目の前ではルイスの機体が爆発する。だがそれが止めとなったのだろう、今度こそMAは擱座し動きを止める。

 

「っ!!」

 

カーウッドの判断は早かった。ウィルバー少尉が落としたシュツルムファウストを拾い上げ、MAへ向かって飛ぶ。迎撃も受けずに正面に入り込んだ彼は躊躇無くルイス少尉が開けた破孔にシュツルムファウストを撃ち込んだ。その攻撃はMAの内部構造を蹂躙し、そして動力炉へと達した。

 

「随分マシな死に方だ」

 

そう笑いながらカーウッドは閃光に包まれた。

 

 

 

 

『止まれ!ここから先はグラナダ領である。警告に従わない場合は撃墜する!』

 

リバモア工場を襲撃したMSを追撃していたアナハイムの警備部隊はそんな警告によって足止めを受けた。目の前にはビームライフルを構えたMS-22、ジオンの主力MS“レーヴェ”が陣取っていた。

 

「我々はアナハイムエレクトロニクスのセキュリティ部隊だ。リバモア工場襲撃犯を追跡している!」

 

『ああ、先程越境した所属不明MSの事か。残念だが君達が捕まえるのは不可能だな』

 

「どういう――」

 

部隊長が言い終わるより先に彼等の前方、グラナダ方面にて爆発が複数起こる。

 

『見ての通りだ、武装した所属不明機がこちらの制止を無視して侵入したのでな。撃墜した』

 

「それは!?」

 

堂々と行われた証拠隠滅に思わず抗議の声を彼は上げようとするが、それは相手の高圧的な言葉に遮られる。

 

『それは、何かな?我々はグラナダ条約に基づいた防衛活動を行ったに過ぎん。それに対して何か言いたいことがあるのなら上を通せ』

 

グラナダ条約とは戦後の月面都市についての扱いや陣営の帰属、そして防衛権等についてを包括的に取り決めたものである。その中にはジオンのMSが主張するように、領内に侵入した武装勢力に対する自衛権が明記されている。

 

(やられたっ!)

 

グラナダ領で撃墜された以上、機体の回収はグラナダ側が行う事になる。機体調査の優先権を幾ら主張出来たとしても、機体をすげ替えられては意味は無い。そしてグラナダ守備隊が撃墜した以上、ジオンはこの襲撃への関与を否定するだろう。どんなにグレーであっても明確な証拠が出てこない以上、ジオンを責めてもそれは誹謗中傷にしかならない。

 

「…っ、帰還する!」

 

部隊長は奥歯を噛みしめながらそう部下に命じるのだった。

 

 

 

 

「はい、ええ、私がそうですが…え?」

 

珍しく休日を一緒に過ごしていた母の端末が着信を告げ、それをカミーユは嫌そうに見上げた。彼の母は軍の研究者であり、その仕事柄休日であっても急に呼び出されることがままあったからだ。だから今回もそうだろうと彼は考えたが、その推測は外れることとなる。

 

「はい、はい…ええ、解りました」

 

震えた声音でそう返事をする母に彼は違和感を覚える。

 

「母さん?」

 

通話を終えた母に彼はそう声を掛ける。すると彼女は動揺を抑えられない表情で彼に向かってこう告げた。

 

「か、カミーユ、落ち着いて聞いてね。昨夜、お父さんが亡くなったって」

 

その言葉に彼は驚き、思わず手に持っていたコップを落とす。割れたガラスの音が嫌に強く彼の耳に響いた。それが新しい因縁の始まる音だと知るものはまだ誰もいなかった。

 




これでひとまず外伝も完結とします。お付き合い頂き有り難うございました。
また何か思いついたら書きます。


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