ユーザーはオタク スキルを実行します (ウェーヴ・カン)
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1話

物事には必ず、表と裏が存在する。

それらは、まるで正反対の性質を持つ。

表にないものは裏にあり、裏にないものは表に存在する。

それは、誰にも曲げることのできない、自然の法則である。

 

今、我々が生きている、この世界。

私たちは、あたかも、人間が住む世界がこの世界のみだと、思い込んでいるが、それは間違いだ。

この世界は、『表』である――所詮、『表』でしかない。

ここで、先ほどの法則に則るならば。

 

①表があれば、裏もある

    +

②この世界は『表』である

 

=『裏』の世界が存在する

 

それは、隣にあって、隣にはない世界。

・・・・・・俗にいう、平行世界(パラレルワールド)に似たようなものか。

しかし、どれだけ強固なものでも、必ず綻びは生まれる。

『表』と『裏』。決して交わることのない二つの間に、それらを結ぶきっかけが生まれる。

そして、決してあってはならない、伝説が生まれる。

 

これから始まる物語は、ただ一つのことに気を付ければ良い。

 

常識を捨てろ(ブレイク・ユア コモンセンス)

 

当たり前は、当たり前ではなくなり、当たり前でないものは、当たり前になる。

この、過酷で苦痛な世界で。

少年は何を見せ、何を語るのだろうか――――。

 

 

 

 

 

 

「――――ッ⁉」

目覚めると、見知らぬ部屋にいた。

質素な部屋だ。自身の寝ているベッドが一台、それに小さな机と椅子、更に、その椅子に座っている15,6歳程の少女。

現時点で得られる情報はこれだけだ。

「・・・これじゃ、状況確認すら、無理があるか・・・」

少し考えこむと、

「・・・よし、寝よう」

そのまま布団を被りなおして・・・・・・

「――って、私がいるじゃない! 無視しないでよ!」

「ナイスノリ、ありがとうございます! ・・・でも、ツッコミで、ベッドひっくり返すのはやりすぎ⁉ ちゃぶ台じゃないんだよ⁉」

 

「・・・というわけで覚醒した、俺ですけど。・・・ここどこ?」

ベッド返しで、完全に目の覚めた少年――倉斗仁(くらとじん)、16歳、おかゆとアニメをこの上なく愛する男――は、

ベッドに腰かけたまま、目の前の少女に尋ねる。

「どこ、かぁ・・・・・。口で言うのはちょっと難しいかな・・・」

「じゃあ、身体で語れば?」

「そうね、身体なら・・・って、何さりげなくすごいことぶっこんでんのよ!」

ゼロ距離ラリアット。助走がないのに、首がもげそうになる。

「痛っててててて・・・・・ジョークですよ、ジョーク。フランシアンジョーク」

「・・・君、日本人でしょ。それはさておき、さっきの質問の答えね」

少女は、長く伸びる自身の黒髪を、指先でくるくるといじりながら、

「ここがどこなのかは、外に出ればわかる。・・・重要なのは、ここがどういう世界なのかってこと」

「どういう世界、とは?」

倉斗は訝し気に尋ねる。

「・・・・・・それも、見たほうが早いね」

そういうなり、少女はさっと立ち上がり、部屋の入口――ドアの前まで移動する。

そして、右手の人差し指と中指で、何かをつまむような仕草をする。

彼女がその手を、くるりと――ちょうど、ティースプーンでカップの中を混ぜるように――動かす。その瞬間、

 

「ッ⁉ ・・・・・・は? 消えやがった⁉」

 

倉斗の言葉通り。

少女の姿が、一瞬にして、掻き消えた。

思わず立ち上がり、ついさっきまで彼女がいた所まで移動、手を動かすが、何の手ごたえもない。

部屋中を見渡すが、目に入るのは、変わらない殺風景な室内。

少女の姿はおろか、気配すら感じない。

その奇怪な現象を前に、よろよろとしながら倉斗はベッドに、ドスンと再び腰掛ける。

倉斗の頭が恐怖と困惑で埋め尽くされ、完全停止している、その時、

「どう? ビックリした?」

いたずらっぽい声を、唐突に後ろからかけられ、倉斗はベッドから跳ね上がり、部屋の隅まで後ずさる。

「あれ? ちょっと驚かせすぎたかな?」

ベッドの後ろ。お茶目に笑うのは、間違いなく先ほどの少女だ。

「ゆ、ゆゆ、ゆゆゆゆ幽霊ぃッ⁉」

歯をカチカチと鳴らしながら、倉斗は後ずさりをやめない。

「ちがうって。ほら、ちゃんと足あるし」

「あ、ホントだ。よかった~(ほッ)」

「うわ~。これで安心しちゃうんだ。こんな人、初めてだなぁ」

少女はくすりと笑うと、倉斗を立たせようと、手を差し伸べる。

差し出された手を、まだ怖がる倉斗だったが、少し彼女の手に触れて、人間らしい熱を感じると、安心したのか、今度はしっかりとその手を握る。

「ふあ~。超ビビった。今の、なんだったんだ?」

怖がっていた倉斗の姿を思い出したのか、少女はもう一度くすりと笑い、

「言ったでしょ。ここが何なのか教えるって」

倉斗をベッドに座らせ、自身も椅子に腰かけると、彼女は言った。

「ここは、君たちが住んでいる世界の、隣であり、隣にないところ。君たちの世界の裏の世界。

だから、この世界(ここ)は『(バック)』と呼ばれている。

表にないものは、裏にある。――私たちは、異能力者、超能力者なんだ」

 

・・・現実は、逃避しようとしてもできない。

倉斗の視界がブラックアウトする。

・・・・・・どうやら、何かヤバい設定の世界に連れてこられてしまったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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2話

 朝というのはつくづく鬱陶しい。特に、朝日が(まぶた)の裏を刺すように照らす時。強制的に目を開けさせられる。小鳥のピーチクパーチク言う、コーラスがバックについているのなら尚更だ。耳まで不愉快になる。

「クソ、うッせェな……」

 快眠の妨害に不快感を覚えながら、殻井兜兜(からいとうと)は目を覚ました。外部からの刺激で無理に起きたせいか、いつもより身体が重い。脳の動きも鈍いようだ。視界が、僅かに霞がかかったような感じだ。

 感じる違和感に顔をしかめ、ベッドから降りる。一度大きく体をぐっと伸ばし、全身をほぐす。さっきよりは、幾らか軽くなった気分がする。

 壁の時計はもう9時を指しているが、今日は日曜日。休日だ。普段なら7時半以降は朝食が下げられてしまうが、彼の住む学生寮は休日には配給がないので、多少寝坊しても問題ない。

 さて、今日はどうするか。

 眠気覚まし兼朝食代わりの缶コーヒーを片手に、椅子に座った殻井は思考する。高校は休みだし、友達、というか知り合いがほとんど皆無に等しいので、誰かとどこかへ遊びに行くようなこともない。行きつけのゲームセンターは、約9割のゲームをクリアしている。ただでさえ少ない所持金を、いたずらに消費する必要はないだろう。

 やることねぇな、とベッドに再び寝ころび二度寝しようとしたところで、机の上の携帯がヴーヴーとバイブ音を鳴らし始めた。薄い液晶画面が小刻みに震えている。

「……クソ、うッせェな……」

 数十秒待ったが、震えの止まる気配がないので、仕方なくベッドから起き上がる。携帯を手に取った殻井は、嫌そうに顔をしかめた。画面には『天賀谷千夏(あまがやちなつ)』の文字が表示されている。

「何だ、こんな時間に」

『えー? まだ8時過ぎだよ』

「早すぎるッつッてんだよ」

 わざとやってんのかコイツ、と眉をひそめる殻井。この女の前には、殻井の恐ろし気な三白眼も、震えあがるような恐怖を(あお)る声も、すべて無効化されてしまう。天然ッて野郎は厄介だなァ、と思わず呟く。

『天然が何って?』

「……何でもねェ。天然……天然魚介が旨いッて話だ。…んで、何の用だァ?」

『うん。えーっと、仕事が一件あって…』

 また仕事か、めんどくせェ。

 最近、仕事の依頼が多い。前までは一週間に一,二個だったのが、三週間程前から五,六個に増えている。世の中、知らないところで色々複雑な事情で溢れかえっているものだな、と思う。

「依頼主は?」

『私』

「おッと、急に電波が。悪ィがあと四十八時間後に掛け直してくれ」

『こら、逃げない。報酬は『Bread』の味噌ラーメン大盛、チャーシュー厚切り奢るから』

「……餃子と炒飯付きで手を打ってやらァ」

『……わかった。その代わり、ちゃんと仕事してね? 詳しいことはメールで送るから。じゃあね』 

 ツー、ツーという会話の後を引く音が流れ、通話が切断された。メール画面を開くと、天賀谷の言った通り新しいメールが届いていた。

 資料を見た限り、内容は一人の少年の護衛。しかも、護衛の目的地は『灰醍寮(かいだいりょう)』、ここだ。任務難度欄には、でかでかと印刷されたEの文字。実に楽な仕事である。いつも所持金が少ないので、『Bread』――駅前にある老舗(しにせ)のラーメン屋――の味噌ラーメンはまだ食べたことがない。これっぽっちのことで味噌ラーメン(大盛、チャーシュー厚切り、餃子と炒飯付き)を食べられるのだから、願ってもいないことだ。

 机の引き出しを開け、中にぎっしりと並べられた十数個のスマートフォンの中から藍色のものを一つ選び、ズボンの右ポケットにしまう。続いて、手にしていた連絡用の携帯電話も逆ポケットに入れようとしたとき、ふと資料の護衛対象の情報欄が目に入った。

 名前:倉斗仁(16) 出身:『(フロント)』 特徴………

「……『(フロント)』、だァ?」

 思わず眉をひそめる。

「…………」

 急に、難易度が3ランクほど上がった気がした。

 

 

 

 

 

「よし、お疲れ様。これで終わりだからあとはもう好きにしてていいよ。検査結果は後で寮の方に送っておくから。『灰醍寮』で合ってるよね?」

「? ……あ、はい。ありがとうございました」

 『寮』という言葉に首を捻りつつも、にこやかに笑う医者に礼を告げ、倉斗は診察室を後にした。窓から見えた空は、もうオレンジ色に染まっている。

(もう夕方か……検査だけで一日消費しちまったな……)

 自分の病室に向かいながら、倉斗は今日一日の出来事を整理する。

(まず、目覚めたら天賀谷さんがいて……そこで超能力見せられて気絶。それで、そっから二時間後にもう一回覚醒して、残りは病院で検査か。………あれ? イベントらしいイベント、何も起きてなくね?)

 再び首を捻りつつも倉斗は歩みを進め、割り当てられた病室のスライド式ドアをガラリと開ける。

「あ。お帰り、倉斗君。検査終わった?」

 依然として椅子に座り読書をしていた、黒髪を長く伸ばした少女・天賀谷千夏が帰って来た倉斗に気づき、声をかけた。本当に、『美少女』という言葉をそのまま再現したような人物だ。見る度にいちいち見惚(みと)れてしまう。

ドアを静かに閉めると、奥に進んでベッドの上に座る。

「はい。今終わったところです」

 返してから、ふと医者の言葉を思い出し、尋ねてみる。

「ところで、検査が終わった後に『寮』がどーのこーの言われたんですけど……何のことですか?」

 天賀谷は少し表情を曇らせ、

「あー……まぁ、すぐに分かるよ」

「? ……それはどういう――」

「邪魔するぜェ!」

 曖昧な答えに眉をひそめ、もう少し詳しく聞き出そうと口を開きかけた刹那。勢いよく病室のドアが開いた。

 

 

 

 ずかずかと一切の遠慮なしに入って来た人物は、黒の半袖Tシャツと膝までのジーンズで身を固めた、やや細身の男だった。左右に揺れ動く、程よく伸びた前髪の隙間から覗く鋭い眼は、猛獣を連想させる。

「あ、殻井君。早かったね。てっきりゲームセンターに寄って来て、遅くなるのかと……」

 警戒心剥き出しの倉斗とは対照的に、天賀谷は変わらない様子で声をかける。どうやら知り合いのようだ。安心して、警戒を解く。殻井と呼ばれたその人物は、座る天賀谷のベッドを挟んで反対側――窓際の方面――の壁にもたれかかるようにする。天賀谷と殻井が、ベッドの上に座る倉斗を挟みこむような形になる。殻井が返答する。雰囲気と同じように鋭利な声だった。

「9割方全クリのゲーセンなんざ、ただのガラクタ収容所だ。行く価値もねェ。……で、依頼の護衛対象って奴ァコイツか?」

 急に話題に引き出され、びくりと震える。

 護衛? 何のことだ。状況が全く掴めない。さっき言っていた『寮』と関係があるのか?

 表情から心情を読み取ったのか、こちらに気づいた天賀谷が答える。

「えーっと……説明させてもらうと、『表』から来た人間なんて何を引き起こすか分からないってことで、取り敢えず私たちの『寮』で預かることになったの。それで、病院からの道中、倉斗君のことを聞きつけた誰かが襲いに来るかもしれないから、護衛をつけようってわけ」

「過去にも何回か『表』からの来訪者はあったが、その度に襲撃されてる。記録があってれば、今まで『裏』に来たのは6人。やられて当日中に即死が4人だ」

 殻井の補足説明に、顔を青くする倉斗。つまり、ほぼ7割突破の確率で自分も殺られることになる。

「え………俺ってそんなに危険人物なワケ?」

「危険ッつーか不審人物なだけだ。危険じゃねェッて証明できれば、命は保証される」

 そこまで言い殻井はくくっと喉の奥で笑うと、続ける。

「まァ、今までは証明する前に殺されんのがほとんどだったんだがなァ」

「こら、殻井君。脅さないの」

 ガクガクと恐怖に震える倉斗を庇う様に、天賀谷がたしなめる。

 冗談だ、と殻井本人は言うが、今までに何人も殺されているのは事実らしい。天賀谷は、『脅すな』といっただけで『嘘をつくな』とは言っていない。

「まあ、大丈夫だよ。私はあんまりだけど、殻井君は強いから」

 安心させる様に言ってくれるが、相変わらず体の震えは治まらない。人間、一度恐怖を覚えると中々静まらないものだ。まだ、ガタガタ継続中である。

 

 

 

「オイ、そろそろ行くぞ。こんなところでビビってるよりも、さっさと発った方が(はえ)ェだろ」

 そのまま十数分。沈黙を守り続けていた中、殻井が唐突に口を開いた。

「そうだね。もうそろそろ行こっか。倉斗君、歩ける?」

 時間を置いたせいか、だいぶ落ち着いた。震えも止まっている。ゆっくりと立ち上がると、そのまま天賀谷を先頭、殻井を殿として倉斗を挟むようにして病室を出る。特に所持品はなかったので、手ぶらのままだ。

 病院内を巡るように歩き、外に設置された駐車場へ向かう。天賀谷は黒く塗られた中型の自動車に近づき、いつの間にか手にしていた鍵でロックを解除する。天賀谷が運転席に座り、殻井と倉斗は後部座席だ。車内に入るなり、殻井はジーンズのポケットから取り出した携帯端末をいじり始めた。急激に不安になる。

(護衛? ただのスマホ依存者じゃねえの?)

 倉斗のそんな懸念をよそに、天賀谷がエンジンをかけ車が発進する。

 ふと、倉斗の視線に気づいたのか、殻井が携帯電話から目を上げ、こちらを見る。目付きが悪いからか、睨んでいるようにしか見えないが。

「何バカなしてんだ、テメェはァ」

 倉斗の不安気な眼を見るなり、殻井は口角を吊り上げ不適に笑って言った。携帯電話をポケットに収め、ふんぞり返るように席に座り直すと変わらない調子で続ける。

「これでも俺ァ、Ⅱ群の一位だ。そこらのザコに負ける義務はねェぜ」

 

 

 

 




「よっ! 倉斗仁です!」
「こんにちは、天賀谷千夏です」
「は~。今日は全くひどい目にあってばっかですよ」
「え……? 病院で検査しただけじゃない?」
「………いやそれが……検査の項目がねぇ……ちょっとねぇ……(遠い眼)」
「あれ? おーい、倉斗君ー……? ……あ、気絶しちゃってる……今日三回目だ」

「ッ⁉ はっ! また気絶してた」
「今日はもう無理しない方がいいよ。ゆっくり休んで」
「現在進行形で連行中なのにどう休めと!?」
「えーっと、まぁ取り敢えず。次回は多分殻井君が頑張るので。お楽しみに!」
「無理に宣伝に繋げやがった! ………先輩の女子、恐るべし……」







 どうもこんにちは。ウェーヴ・カンです。『ユーザーはオタクスキルを実行します』、略してユザオタ。第二話です。お楽しみいただけたでしょうか。どことなく単調な表現や展開が低速気味、行間の少なすぎで読みにくい等々、何かと障害が多い小説ですが目をつむっていただけると嬉しいです。
 それではまた。三話のあとがきでお会いできることを祈っております。


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3話

「……じゃ、いつも通り…」

「任せてください。すぐに片付けます」

 来客が帰ったのを見届けると代守狩氏(しろかみかりうじ)はさっさとテーブルの上の茶と菓子を退場させる。残ったのは一枚の封筒のみ。ソファに腰かけ、彼は手近にあった折り畳みナイフで封を切った。

 応接用の部屋はただでさえ狭い家の間取を大幅に消費する。お陰で残る小さな二部屋に寝室と食事場を寄せなければならない。それ故、客がいない時はこうし応接間で作業をする。普段狭い部屋の代守からするとこの時間が断トツに落ち着くのだ。

 駅から徒歩二十分ほど離れた、小学校近くの古びたマンション。その一室に、代守狩氏は住んでいた。その部屋は、彼の住み家であり仕事の事務所でもある。

 看板やポスターこそないが、ある業界では彼は割と有名人だったりもする。

 ある業界、とは。それは、平和に明るい太陽の下で暮らす一般的な生活とは真逆にある世界。即ち裏社会。

 代守狩氏という人間はその世界の中でも、必須と言って良い存在の一人だ。

 彼は、人の儚く尊い命をその手で散らすことによって、生きる。即ち、人を殺して金を得る。

 彼は殺し屋だ。

 と言っても、自ら進んで殺し屋になったわけではない。彼の超能力が暗殺向けであったわけでもないし彼に殺しの才能があったわけでもない。ただ、何となく人生を過ごしていたらこの仕事に流れ着いた、というだけである。

 別に代守自身この仕事に不満を感じたことはない。むしろこんな仕事を四、五年も続けていると、ある種のスリルや興奮さえ感じるようになる。それはトーナメントに勝ち進むボクシング選手の持つものにひどく似たものだ。人を殺せば殺すほど代守の中には更に大物を求める欲求が生まれてくる。

 元はタダ人だった彼をこの厳しい裏業界でトップ近くまでのし上げた理由がこれだ。彼はその溢れ出る欲に忠実に従った。心の思うままにナイフを振るい、引き金を幾度となく引いた。時には起こる失敗を元に、思案し、改善し、さらに成長する。

 そうして彼は育ち、力を得、もはや裏社会に敵なしといった高みまで上り詰めた。実に、正真正銘のダークホースという名が相応しい人物だ。

 今や大物の標的は十人に十人の割合で彼に依頼が来る。その標的の中には、ある一国の大統領だったり、ある地方一帯を牛耳るギャングのボスであったり、ある時などは国内すべての貴族が対象だったりもする。

 誰もが無茶だと感じる注文ばかりだが、代守は全てをやってのける。もはや彼に殺せぬ有名人など存在しない、と言っても過言ではない。

 だが、それだけ数多く大物を葬ってきた人物である故に。今回の依頼には覚えず驚愕の色を見せてしまった。

「十六歳の……一介の高校生…?」

 瞬間、怒りが全身を駆け巡る。何たる侮辱だ、と。これまで多くの人間、それも実行困難と言われた者達ばかりを手掛けてきた彼のプライドが、爆発寸前までに一気に膨れ上がる。

 しかし資料を二枚三枚と読み進める内に、その怒りはいつしか平穏に、それどころか喜びにさえ変化した。

「…………ッッッッッ!」

 こみ上げる笑いを押し殺し、代守はいいでしょう、いいでしょう、と何度も頷く。

 読み終えた資料に火をつけ完全に灰へと化すと、彼はすぐに支度へかかる。着ていた私服からスーツへと切り替え、内ポケットに折り畳みのナイフを一本、小さな手のひらサイズの箱を数個それぞれ収納する。

 支度を整えると、俄然気が入ったように再び押し殺した声でクックと笑う。

「……『表』の方は、まだ()ったことがありませんからねぇ…」

 立ち上がり、靴を履いてドアに手をかける。ガチャリ、という音と共に彼は外へ踏み出した。

 その顔は。

 まさに死刑執行前の執行人のそれによく似た笑みだった。

 

 

 

 

「なあなあ。しりとりしねぇ?」

 ドライブ開始からすでに二時間半。未だに茜色に染まる空を眺めながら、倉斗から提案が発せられる。車が発進して以来保たれていた沈黙が瞬時に緩んだ。氷の上にアツアツのお湯を垂らしたような感覚だ。

 殻井は眠ってしまったか横になったままピクリとも動かないが、運転を続ける天賀谷は元気に答えた。

「あ、しりとりする? ごめんね倉斗君。何にもないから退屈だったよね。私、結構強いよ。兜兜君? 起きてるでしょ? 一緒にやらない?」

 言われて目が覚めたのか元からなのかは定かではないが、就寝の姿勢のまま殻井が応答する。

「あァ? しりとりィ? いつのガキの遊びだよそりゃ。やんねェーよ」

「あ、やるんだ。よかったー。じゃあ私からね? ここは定番の……りんご!」

「………一回だけだァ」

 お姉さんパワーを存分に発揮して殻井の言い分を捻じ曲げると、天賀谷は勝手に始めてしまった。病室で聞いた話だと倉斗十六、殻井もそれに同じ、天賀谷だけ十七だったはずだが、一つ歳が違うだけでここまで差が出るのか、と倉斗は感心すると共に僅かな恐怖さえ覚える。

 これからこちらの世界で暮らすにあたり、彼彼女らと共に過ごすなら尻に敷かれる気しかしない。

「あ。じゃあ次俺で。ご、ご……ゴジ〇!」

 思わず答え、次の瞬間はっと後悔する。〇ジラは倉斗のいた世界、つまり『表』の世界の超有名怪獣だ。裏世界にも同じ存在があるとは考えにくい。というか大抵のファンタジー系マンガだと異世界に怪獣映画などないだろう。

 慌てて訂正を掛けようとするがそれよりも早く殻井が口を開いた。

「ゴ〇ラだァ? やけにマイナーなモン出すじゃねェか。ンじゃ俺はラバーストレッジャだ」

「……は?」

 何の抵抗もなくゲームを続行する殻井に思わず5秒は絶句してしまった。

「……え、…ゴジ〇知ってんの?」

「何言ってンだ。テメェが言ったんだろォが」

「いや、……そうなんだけど……え、マジで?」

「何度もうっせェなァ。あのオレンジのバカ派手な道着着た有名キャラだろォが。背中に丸印でゴって描いたァ」

 殻井は鬱陶しそうに解説するが、倉斗からすると驚きでしかない。まさかこの世界にも〇ジラがいたとは……。それも少し違った趣旨らしいが。

「え? ゴジ〇って大怪獣じゃねぇの?」

「倉斗君のとこではそうなの?」

 思わず口から出た疑問に天賀谷が答える。

「私たちの世界では、マンガの主人公。子供のころから武芸を究めて、大きくなったら七つ集めると願いが叶うって言われているモン〇ターボールを探しに行くんだよ。ボールの色は真ん中で別れてて、上が赤でしたが白」

「……待った。なんか色々混ざってるから。情報量多すぎで頭パリピーになる」

「ちなみに題名はゴジ〇の奇妙な……」

「OKストップ。この話は終わりにしよう。そのうちスタ〇ドとか使いそうになってくるから。それから後々デュ〇ルスタンバイとか言い始めてマジでワケ分かんなくなるヤツだろこれ。つーか何で二人とも二次元作品に詳しいワケ。この世界オタクしかいねぇの?」

 とりあえず、ゴジ〇さんの大怪獣イメージがつぶれない内に必殺早回しツッコミで話を切り上げる。このまま聞いていると本当に脳内イメージが崩れ去る気しかしない。天賀谷がすごーい、展開全部当たってるよ、とかなんとか言っている気がするが気にしないでおこう。というか気にしたら負けだ。

 気を取り直してしりとりを…つーか何だよラバーストレッジャって、と倉斗が思案を進めようとした時。不意に横合いから声が掛かった。

「オイ。あそこのジジイ、くたばる気か?」

 いつの間にやら身体を起こした殻井がいやに真剣な声で言う。その視線は車の進行方向だ。

 殻井の目線を追うようにして倉斗もフロントガラス越しの外の景色を注視する。すると確かに。あと三、四十秒後にはこの車が通りすぎるであろう場所に何か人影が見える。高速移動する鉄の塊が行き来するこの高速道路上に、よく単身で立てるものだ。

 はっきりと見えたのは発見から数秒後。更に近づき、やっと人物像が見える。

 男だ。歳は若くも老いてもいない二十から三十、といったところか。そこそこの長身だ。黒いスーツで装備を整えている。伸びる黒い足は長くモデルを思わせた。(おとこ)前、というよりは男前、といった全体として爽やかな雰囲気を纏う人物だ。その顔は悪魔か何かのように気味悪く微笑んでいる。

「自殺志願なら()いてやってもいいけどよォ……」

「……いやダメだろ」

「何か違ェなァ。なんつーか……空気がヤバいッつーか……ピリッと来るんだァ」

 そうこうしている内に車は着々と前進する。残り百メートルといったところか。

「なーンかなァ……」

 九十メートル。

「どっかで見たツラしてンだよなァ……」

 八十メートル。

「雑誌か? いや、違ェな……そうだ何かの資料だったなァ……」

 七十メートル。

「兜兜君、リストじゃない?」

 六十メートル。

「そうか、リストだァ。確か……」

 五十メートル。

「クッソ、あとちょいまでキテんだがなァ……」

 四十メートル。

「どうでもいいけど早くしてくんね⁉ マジでぶつかるって!」

 三十メートル。

「……そうだァ…そうか! 代守ってヤロォだ!」

 二十メートル。

「だが何で……そうか…倉斗、テメェだ!」

 殻井は全て納得したような顔になると、ドアに足をかけ、そのまま足先に力を込める。瞬間、その華奢とも呼べる細い足が見た目からは想像できない強大な力で車のドアを吹っ飛ばす。

「天ァ! テメェも降りろ!」

 残り十メートル。

 そのまま流れるような動きで、彼は倉斗をひっつかみそのまま車外へ飛び出る。あわせて天賀谷も運転席から必死で飛び出る。三人はそのまま地面をしばらく転がった。全くついていけない状況だったが、転がる振動の痛さでそれどころではない。全身がアスファルトで擦れる感覚に、顔をしかめる。

 残り距離ゼロ。

 慣性に従い進み続けた大質量の鉄が男に衝突した――――

 ように見えた瞬間、大質量の炎が瞬時に車を覆い、瞬殺的なスピードで車を跡形もなく蒸発させた。

 




 皆さんこんにちは。
 ウェーヴ・カンです。
 今回は第三話、ということで投稿させていただきましたが、いかがだったでしょうか。
 今までかなり低速気味だったため、今回は大きく(話を)進めさせていただきました。
 登場人物が現時点で、一話に一人ほどのペースで出現しているため混乱する方も多いと思いますが、どうぞこれからもユザオタを末永くお願いいたします。
 ところで、一つお詫びしなければならないことがあります。
 前回のあとがきに、今話で殻井兜兜が活躍予定と書きましたが……まあ見ての(読んでの?)通りであります。ということで、第四話でかなり殻井が活躍する予定にさせていただきます。本当に申し訳ございません。
 さて、短いですがそろそろお時間です。
 また四話でお会いしましょう。


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4話

殻井兜兜
 年齢:十六歳
 所属:浅木高等学校、灰醍寮、遂行組織『ステイル』
 趣味:最近、寮最寄りの駅近くにあるラーメン屋『Bread』に休日行くのにハマっている
 能力:『忘却の民(ミラーズ・レーテ)
    『記憶』や『記録』を司る能力。場で起こった出来事を再現し見ることが出来る。
     記録された事柄を再現することも可能。
    (例えば殴られた衝撃を再現すると、同じ衝撃を敵に与える)
     ただし、能力を使用する際には記録、記憶が出来る何かしらを媒介とする必要が
     ある。
     (PC、携帯電話など)
     あと、燃費が悪い。連続しては使えない。


「……何だこれ。炎、か……?」

 強烈な熱を顔に感じながら、あまりの瞬間的な出来事に倉斗は腰を抜かしていた。

 不審者に突っ込んだ車が瞬時に消えたトリック。

 その答えは火炎、だ。

 どこからともなく沸き上がった炎が一瞬の内にして車の勢いを削ぎ、更に消滅させた。言ってみると単純に聞こえるが、その行為を実現するためにどれだけの熱が必要なのだろう。想像もつかないが、アスファルトに燻る小さな炎がその高熱さを物語っている。

(自己防衛……にしちゃやりすぎだな。となると、狙いは搭乗者か。それも……)

 そこで倉斗は数メートル先に立つ男をちらりと見る。

 そこにいる人物は純粋な一般人ではなく……

(明らかに俺を狙ってる。さっきから俺の方しか見てねえ)

 武道の心得など一ミリたりとも触れたことのない倉斗だが、そんな素人目線でもわかる程、男は殺気に満ち溢れたオーラを纏っていた。少しでも気を抜くとその殺気だけで心臓が止まりそうな位、冷たく、しかし獣の様に獰猛な眼だ。

 男が一歩、近づいて来る。

 蛇に睨まれたカエルの如く、圧倒的恐怖心に支配された倉斗は這いずることも、指一本動かすことさえままならない。

更に一歩。

 倉斗は微動だにすることなく男の接近を許す。

 そしてもう一歩。

 もう手を伸ばすとお互い届く程の近接した距離。

 徐に、男が懐からナイフを取り出した。この次の瞬間、自分は頸動脈一閃で死んでいるんだろうな、と倉斗は直感する。

 そして男がナイフを振り上げ――――

 

 ジュバリ、と。肉を裂き、骨を断つ音が響いた。ビシャリと、鮮やかな赤い花が咲く。それは次第に滝のようになり、流れ落ちていった。

 

「ッ⁉ ぁ、あああぁッ!」

 小さな苦痛の声を上げながら、アスファルトを赤く染めていく。

 ただし、その血はスーツの男の右手首から流れるものだった。

 無傷。全くの無傷である倉斗はポカンとした顔でその光景を眺めていたが、不意に背中に小さな衝撃を受けて、はっと我に返る。その背後には、男のナイフをぶん取った殻井が立っていた。

「オイ、いつまで座ってンだテメェは。さっさと立て」

 いともあっさりと。まるでこんな光景は当たり前だと言わんばかりの口調に少し困惑するが、どうにかよろよろと倉斗は立ち上がる。後方に下がろうとするが、どうにも足元がおぼつかない。いつの間にやら近寄って来た天賀谷の手を借り、どうにか男と距離を取る。

「どう、なってんだ。死ぬとこだったぞ⁉」

「言ったろ、病院でよォ――情報が不確定な奴は殺される。世界軸やら空間やら越えて来た来訪者なんざ尚更だ」

「招かれざる来訪者ってトコか……ちょっとカッコいいかもな」

「言ってる場合か……」

 少し言葉を交わすことで精神が多少安定し、尚且つ状況を呑み込むことが出来た。

 異世界から来た人物など、こちらの世界では脅威、異物でしかない。来訪者の情報を掴むなり始末しに来るなど、考えてみれば当たり前だ。どこからかは知らないが、この高速道路を使う情報を事前にキャッチし、待ち伏せしていたのだろう。

「だが、こんな雑魚を送り込んでくるとはなァ! 右手ぶった斬られてくたばったかァ⁉」

 実に一瞬。そのあっけなさに呆れ、殻井は斬り落とした男の右手をぐりぐりと足で踏みにじる。依然として男は(うずくま)り、呻き声を上げている。

 殻井はズボンの後ろポケットから手帳のようなものを取り出し、パラパラとページをめくり、あるページでピタリと止める。

「Ⅰ郡三十二位、代守狩氏。近接格闘、銃撃といった一般スキルはもちろん一流。それに加え、入念な準備と慎重性で数多の著名人を葬ってきた。能力は依然として謎。しかしその実績より危険度をⅠ群に認定する」

 読み上げ終わると、再び手帳をしまう。そして蹲る代守にツカツカと近寄ると、その腹に渾身の蹴りを見舞った。強烈な衝撃に、代守の体が軽く数十メートルは飛翔する。

「ンな雑魚だったか! ンじゃ『リスト』の情報はなんだよ! でっち上げか⁉」

 激昂する殻井の後方で倉斗は再び状況が分からず、フリーズする。新出単語があまりにも多すぎて脳の処理が追い付かない。

 倉斗の表情を読み取ったのか、後ろにいた天賀谷が解説を始めた。

「この世界では、世界の危険人物計五千人をランク分けして『レッドリスト』という一つのリストに纏めているの。Ⅰ郡が最も危険、Ⅴ群が最もマシ。能力に限らず、その人の身体能力、実際に行った行為などから総合的に判断される。あ、この世界って言うのは……こういう私たちみたいな人間の世界って話ね」

 言われて倉斗は即座に理解する。そういう世界、とは表には出せないこの『裏』での更に裏の社会という話だろう。

 今聞いた話をよく脳内にて咀嚼した上で……

「Ⅰ郡、だよな……? 呆気なさすぎね?」

 そう、あまりに呆気なさすぎる。最強ランクのⅠ郡であるにも関わらず、代守は一瞬にして殻井に再起不能にされた。これは明らかにおかしい現象だ。

 そうこう話しているうちにキレ終わった殻井がこちらに戻ってくる。

 明らかに落胆した顔つきだ。はぁーっ、と一度大きく息を吐く。

「クッソ……ひどく期待を裏切られたぜ‥‥‥」

「いや、あの……俺の命狙ってた人でしょ? 倒せて喜ぶもんじゃないのか……?」

 出会ってまだ一日も時を共にしていないが、中々に凶暴な性格だとは分かった。ここまで落ち込むのは珍しいのではないか? 小さな疑問が浮かぶが、まあそういうこともあるのだろう、と割り切る。

(さて、まあ敵はやっつけたみたいだし、あとは安全なとこまで案内してくれれば……)

 そう思い、車が消されたため新しい移動手段に関して議論をしている殻井と天賀谷に話しかけようとした時だ。

 ふと、頭の中に小さな疑問符が浮かぶ。それは環境の違和感からでたものだ。

 先ほどまでと、今の周囲の状況。何かが違う。

 一瞬、思考。そして瞬時に気づく。

「天賀谷さん、殻井……代守はどこに行った?」

 二人の顔がさっと青くなり、緊張感が走る。

 倉斗が感じていた、違和感。それは呻き声が聞こえなくなったことだ。

 右手を切断され、痛みと格闘していたはずの殺し屋はどこへ行ったのか。

 切り落とされた右手も見当たらない。

 殻井、天賀谷が周囲を警戒するが、物音ひとつしない。

 そもそもおかしかったのだ。高速道路であるにも関わらず、車が他に一台もないことが。これだけの騒ぎを起こしても何のリアクションもないことが。

 殻井が、先ほどまで代守がいたはずの場所に近づく。地面にしゃがみ込み、周囲を調べ始めた。

「右手どころか……血の跡が一滴分も残ってねェ。どういうカラクリだ、こりゃ?」

 無論、人間がこの短時間に血を一滴残さずどうこう出来るわけがない。つまり、敵が消えたのは……

「野郎の能力か……」

 ここは超能力を持つものが住む世界。敵が何らかの能力を使ったとしか考えられない。

 しかし、先ほど目の前で車が燃やされ――――いや、溶かされるのを見せられたばかりだ。てっきり炎を操る能力だと思っていたのだが……。

「とりあえず、次の行動を考える。敵には俺達の能力はバレちゃいないが、野郎は倉斗がいる情報をがっちり掴んじまった。更に護衛が俺達二人だってこともな」

「何かまずいのか、それ?」

「裏社会の情報網なめんなよ、倉斗。俺達が護衛している、と分かった時点で速攻俺らの情報が調べられ、逃亡先やルートを予測されるだろォよ」

「かと言って、ここでじっとしているわけにもいかないからね」

「だが、幸運なことに、恐らく野郎はまだ俺達が護衛だってことをバラしちゃいねェだろォな。そこまでの時間はない。だから……」

 殻井はそこで一度言葉を切り、スマートフォンを取り出しながら続ける。

「ここで奴を始末しなければ、俺らの負けだ」

「でも、敵の能力も分からないんじゃ始末しようが……」

 倉斗が重大な問題点を指定すると、天賀谷が横で笑って言う。

「大丈夫。兜兜君の能力は、そういうのに向いてる」

 その笑いは安心感やらそんなものではなく……殻井の信頼度を知っている笑いだった。

 

「『忘却の民(ミラーズ・レーテ)』」

 

 瞬間。地面に伏せた殻井のスマートフォンから神々しいばかりの光が発され、辺りを埋め尽くす。その光は殻井を中心に半径三十メートル程をあっという間に覆う。

「よく見とけよ、天、倉斗。俺の能力は『記憶』。あらゆる記憶や記録を操る。それは記録された能力の跡を見ることも可能だ。見てろ、奴の移動の軌跡が……」

 その光はやがて、人の形になった。これが代守のことを指しているのだろう。よく見ると、その光の人形も右手を失った状態だった。

 人型が動く。蹲り、じりじりと自身の切り落とされた右手に近づく。そして……

「ッ⁉ これは!」

 思わず倉斗は声を上げる。なんと右手、人型と共にまるで水洗の便所を流したように、渦状に段々と散り散りになり再び一つに集まっていく。やがて一筋の彗星となりどこかへ飛んで行ってしまった。

 それが終わると、光が殻井の携帯電話に収束し、全ての光が消えた。殻井が携帯電話をポケットに収める。

「今のトコまでしか、俺の能力では探れなかったが……でけェヒントをもらったな」

 立ち上がった殻井が僅かな笑みを含んで言う。

「とりあえず、野郎の能力が瞬間移動やら空間転移やらのチート能力じゃねェってことは掴んだ。恐らく、野郎の能力は炎、だろォな」

 車を消したことはもちろん、自身が一筋の炎となることで高速移動したのだ。炎を操るに限らず、自身をも炎に化す。これが代守の能力だろう。

 自身の能力を秘密裏に保つ、というのは戦闘において最も重要な戦略だ。敵に自分の能力を知られると、対策を講じられて圧倒的不利な立場に立たされるからだ。

 今能力を見抜いたという点において倉斗達は圧倒的有利だ。

 あとは敵の居場所を追跡し、仕留めるのみ、だ。

「あとは始末すッだけだな」

「? 代守の居場所、分かってんの?」

「もう探知した」

 軽く言い放つと、殻井はもう一度スマートフォンを取り出す。

「ンじゃ、ちょっと行ってくるか……」

 爆風。一瞬に起きた風の正体を、倉斗は上空を見てようやく理解した。

 はるか上空、単身で空を舞う殻井の姿があった。

 




 皆さんこんにちは、ウェーヴ・カンでございます
 更新、遅ッ!
 と思いました。自分で。
 マジで遅い。でも、出来たと思ったらこのクオリティー。
 ………悲しい……。
 これからは、頑張って一週間一回更新程度のペースにはしたいですね。最低ラインの目標で。
 実はこの話も五月十四日の予定だったんですが……二日過ぎてますね。(ん? 過ぎたのは一日か……? 計算分からん……笑笑)
 ユザオタ、まだまだ続きます。
 頭ではイメージできていますが、何せ語彙力がないもので大苦労です……。
 読みにくい要素も、表現が意味不な要素も多々ありますが、これからもよろしくお願いします
 それでは今回はこの辺で……さようなら
 


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5話

代守狩氏
 年齢:二十七歳
 所属:自営業(何でも屋を営業。基本的には手伝い程度の仕事だが、時にはその手を
    赤く染めることも……)
 趣味:写真を撮るのが好きで、時々町にカメラを持って出かける
 能力:『憑依像(ミミック・オーダー)
     ???


 暗殺者は焦っていた。

(私としたことが……完全に見くびっていた。あの護衛の二人、ただモノではない。戦闘慣れした熟練の戦士だ。特に、目つきの悪い男の方。あの女は大した障害にもならないだろう……が、あの男は違う。私の殺気にも押しつぶされず、俊敏な動きを見せた。次に奴と対峙した時は勝てるかどうか不安定すぎる。今は退き、応援を呼んだ方が良い……)

 一度離れた右手はどうにか能力でくっつけたが、未だに鋭い痛みをじんじんと感じる。一人では勝てないと悟った彼は、逃げの一手だった。とにかく逃げる。ターゲットは完全に把握した。情報を流せば、必ずや別の者が襲うだろう。

 瞬時に攻めから逃げに転換したその判断力は、彼の長年の経験による賜物だ。時には逃げを取ることは非常に重要だ。

 

 だが、彼の予測は甘かった。敵の視界から離れたなら大丈夫だと安心しきっていた。その目つきの悪い男の戦闘力は、彼の予想をはるかに上回る者だったのだ。

 どこからともなく、ヒューッと風を切るような鋭い音が聞こえたかと思うと、次の瞬間暗殺者の数メートル先で地面が轟音と共に爆ぜる。発された衝撃で、暗殺者は軽く数メートルを飛行した。空を舞った暗殺者は何とか受け身を取って着地する。

 地面に巨大なクレーターを作ったソイツは、しゃがみの姿勢からゆっくりと立ち上がると、こちらを睨みつける。

 その眼は殺意に溢れており、たとえ熟年の暗殺者でも震え上がるようなもので――――その存在は、まさしく悪魔のように見えた。

 

 

 

「よォ、おっさん。随分遠くまで逃げたじゃねェか」

 飛び散ったアスファルトの破片を足先でどかしながら、殻井は悠々と代守へ近づく。そしてお互いの拳が届かない、しかし一歩踏み入れば攻撃できる最良の間合いで彼は制止する。

「……随分お早い到着でしたね。感知系の能力で?」

 正面からでは勝てないことを知っている代守は、防御のみに神経を集中させる。

「ハッ! テメェに教えると思ってんのか? そういうテメェも随分と逃げ特化の能力じゃねェか」

「良ければ逃げ特化ということで、逃がしていただいてもよろしいのですが……」

「こンな状況で面白い冗談だな」

「……ダメですか」

 口を動かしながら代守の頭はフル回転する。正面切っては勝てない相手に勝つためには……奇襲だ。対峙して以降話を続けているのは装備を整えるための時間稼ぎ。

 そして、装備は整った。後はいいタイミングで仕掛けるのみ――――

「ところでよォ……」

「? 何でしょうか」

 適当に話を合わせ代守は敵の隙を探る。さすがに奇襲を掛けられては一たまりもないだろう。心の中で彼はにやりとほくそ笑む。だが次の瞬間、その余裕は木っ端みじんに砕け散る。

 

「そっちの準備は終わったか? さっさと始めよォぜ」

 

 一瞬にして代守の心がすっと冷え切る。

 恐怖。初めに感じたのはそれだった。長年暗殺を仕事としてきた自分の手の内がまだ十代そこらの子供に見破られるとは――――

 しかし、見破られたとは言っても熟練の殺し屋は年季が違う。常人なら気力が失せ、戦おうとすらしないであろう状況。この場において未だ闘志を失わず戦闘の選択を取ったのはさすがというべきか。

 代守はすぐさま隠していた武器――――大量の点火済みマッチ――――を殻井へ向かってばらまく。

「ンな玩具(おもちゃ)みてェなモンで俺を殺せッかよォ!」

 しかし当然、殻井も常人を超越する身。拳を振るい火炎を突破、その先にいる代守へ渾身の一撃を放つ。

 

 ――――が、その一撃は空を切った。清々しいまでに、繰り出した拳がスカリと空振る。

 

「⁉」

 一瞬の焦り。代守が突如消えたことで、目標を見失ったことで獰猛な獣はしばし硬直する。

 それはたった何十分の一秒のことだ。体感では迷ったかどうかさえ感じないほどの一瞬。しかしその一瞬が殻井の行動、反応を遅らせた。

 どこからともなく現れた一本のナイフが殻井の左胸に突き刺さる。

「なァッ⁉」

 そしてもう一度硬直。今度は先手を入れられたことへの驚きで。その隙に更にもう一本、右太腿にヒット。続いて三本目も繰り出されるが、本来の俊敏さを取り戻した殻井はどうにか回避。

 素早く後退し、一定の距離を取る。周囲を見渡すが、代守の姿は全く見当たらない。

(野郎……どこに行きやがった……)

 毒づきながらナイフを抜き取る。鋭い痛みが走るがこれしきのこと、慣れたものだ。

 五感を研ぎ澄まし気配を探るが、全く掴めない。本当に存在するのかと思うほどに、一切の気配を感じない。

(炎が出された時点で奴が能力を使うのはわかっていた……が、ナイフが飛んできたのは炎の中からじゃねェ。炎は俺の拳圧で吹き飛ばしたはずだ。となると……野郎の能力は単純な火炎操作じゃねェ、か)

 初対面時、そして殻井の能力で動きを探った時も炎らしきものに変化した。てっきり炎使いだと思っていたのだが……。

(炎を使うだけじゃねェ……いや、むしろ本来の能力の応用で炎を操っていた。そう考えるのが妥当だ)

 しばし思考を進めるが、不思議なことに攻撃が来ない。先ほどまではたて続けに攻撃が来たというのに……

(となると、今奴は攻撃しないんじゃねェ。()()()()んだ。能力の撃ち止めか、それとも今動けば位置が割れるか……)

 そこまで考えると、彼は自身の携帯電話を布の上からそっと撫でる。

(俺の『忘却の民(ミラーズ・レーテ)』は、あらゆる『記録』や『記憶』を探る能力。これを使えば奴を探し出すのは容易だ。……が、この能力は如何せんバカみてェなエネルギーを喰う。連発で使えば速攻で体力ゼロだ。連発するならインターバルはおよそ十五分……あと十分程度待てばいい話だが……)

 恐らく敵に倉斗の顔は覚えられているだろう。この待ち時間の間に代守に逃げられ、情報を流される。それは完全に殻井たち側の敗北を意味する。ここでじっと待っているわけにはいかない。

「クッソ、倉斗の野郎……後でシバいてやッから覚悟しとけよ」

 そう言うと、インターバルを過ぎていないにも関わらず殻井はスマートフォンを取り出し、地面に押し当てる。

「『忘却の民(ミラーズ・レーテ)』ッ!」

 殻井の全身からごっそりと力が抜けるのを感じる代わりに、溢れだした光が周囲を覆いつくす。

 その光は、アスファルトのあらゆる痕跡、記録を探る。表面上に見えるひび割れから、殻井と代守が戦闘中に動いた時にかかった圧力まで、全ての『体験』を殻井に伝える。常人では脳が破裂するような恐ろしい情報量を、殻井は人並み外れた処理能力で仕分けていく。

(表面にうっすら三センチのひび割れ、数日前に交通事故が起こった時のガラスの破片がまだ刺さっている、誰かの立ちション跡……。クソッ! どうでもいい情報しかねェ!)

 敵の能力の痕跡を見つけられず慌てた矢先、ついにその記録にたどり着く。

(能力使用後の記録! 見つけたぜ、代守ィ! ネタバレりゃ、袋の鼠だろォ!)

 心の内でほくそ笑むと、殻井は情報を読み取り始める。

 

 ………

 ………………

 

「なるほどなァ……」

 情報の処理を終えた殻井は納得顔で腰を上げる。

「ネタが上がったンなら対策は簡単だァ。ンじゃ早速……」

 そう言うと殻井は片足を振り上げ――――

「――――ハッ!」

 振り下ろした。

 ただ足を振り上げ、下ろす。傍目から見ると意味の分からない奇妙な行動。しかし次の瞬間にその意図が発覚する。

 殻井を中心に大きく蜘蛛の巣上の亀裂がピキりと地面に刻まれる。そして亀裂に沿って地面は崩壊、アスファルトの破片が落下していく。

 殻井自身も同様に落下しながら誰かに言う風でもなく呟く。

「正直ビビったぜ。出て来た情報が『アスファルトが代守を喰った』って情報だったからなァ。だが、今わかったぜ。代守、テメェの能力は――――」

 もう一段下の道路に瓦礫と共に着地し、ふと上を見上げる。

「物体に命を吹き込む、いや意識ッつったほうがいいか……」

 大量の瓦礫と共に落ちて来たのは殻井だけではない。遅れてもう一人、代守が殻井の視線の先で着地する。

「いや、私も驚きましたよ。まさか私の能力を見破られるなど、これまでに一度たりとてありませんでしたからね」

 驚いたと言いながらも彼には一切の焦りが見られない。殻井が眉をひそめると、代守は笑って答える。

「いえ、私の能力が晒されたと言いましても……貴方、もうそろそろ撃ち止めでしょう?」

「! ……はッ。どうだかね」

 表面上では力が有り余っているように振舞うが、殻井は内心焦っていた。

 この世界の人間には能力に対する耐性というものが存在する。

 耐性の弱い者ならば他の能力の影響を受けやすい。それは、『能力』という存在を身体が気軽に受け付けるということだ。つまり自身の能力に適合しやすく、能力を限界に限りなく近い威力を引き出すことが出来る。

 一方、耐性の強い者は他の能力の影響を受けにくい。代わりに自身の能力の本当の力を引き出すことが出来ない。故に、発動する時に耐性の弱い者よりも体力が消費されやすいのだ。

(俺ァ、耐性ガッチガチだからなァ……使えてあと二発、いや下手したら一発で撃ち止めだ。つまりあと一手。あと一手で野郎を仕留めねェと詰みってこッたァ。……ンでもう一個問題があるとすりゃァ……)

 そこで殻井は自身のポケットを布の上から手で抑える。そこから伝わってくる感触は、何かザラザラとした大量の粒のようなもの。

(さっきの能力使用でスマホがぶっ壊れッちまった。さすがに連発はきつかったか……。俺の『忘却の民(ミラーズ・レーテ)』は記録が出来るモノを媒介にする。スマホのストックはゼロだ。どっかに記録できるモンは――――)

 苦しい状況の中必死に打開策を考えるが、どうにも良い策が思いつかない。

 そして――――

「さて、そろそろ幕引きとしましょうか」

 戦場では敵がのんびりと待ってくれているわけがない。

 代守が動く。

 先ほどと同じようにナイフを投擲(とうてき)。殻井がナイフに気を取られている隙に間合いを瞬時に詰める。そしてまたもや取り出したナイフを喉元に突き刺さんとする。

 投げられたナイフを相手にしていた殻井は対応できず、どうにか身を捻るがよけきれずに刃物が頬に喰い込む。

 しかし殻井は痛がることもせず、逆にナイフを持つ代守の手を固定しそのまま代守の頭を一発、固く握った拳で殴る。その壮絶な衝撃で代守は後方に大きく吹っ飛ぶ。

 殻井は飛行する代守を追いかけるようにして追撃を試みるが、地面に触れた瞬間代守が忽然と消える。

(野郎ッ! また地面に……!)

 代守は地中を移動し殻井の死角からナイフや炎の投擲で攻撃するが、殻井も持ち前の敏感な感覚で代守の攻撃を避けて反撃を試みる。

 そうしてしばらく、一つの道路上で壮絶な攻防戦が幕を開ける。

 しかし傍目から見ても勝負は明らかだった。耐性が弱めの代守は能力をいくら使っても体力が減ることはない。しかし殻井は消費が激しい。故に能力をそう気軽に使えない。代守の超能力と己の身体能力を混ぜ合わせた戦い方に対し、殻井は己の身一つで戦っている状態だ。超能力などという不可思議な力に人間が身一つで勝てるわけがない。

 そして、ついにその時は来た。

 代守の放ったナイフが殻井の右脇腹に突き刺さる。

「がッ……!」

 よろけて体勢の崩れた殻井を見、隙ありとばかりに代守が攻めたてる。代守の拳とナイフの斬撃が殻井を襲い、一瞬のうちに殻井は瀕死に追い込まれる。

 倒れてもはや満身創痍の殻井に、代守はゆっくりと近づく。殻井は諦めたのか立ち上がろうとも抵抗しようともしない。

 ナイフを手の中でクルクルと回しながら代守は薄く笑って、

「貴方もなかなかの手練れでしたが、まだまだ未熟な少年でしたね。これが年季の違いというものですよ。とは言いましても、貴方はⅡ群トップ。立派に戦績を収めて来た人間です。せめて礼儀として楽に終わらせてあげますよ」

 そう言うと代守はナイフを振り上げ――――

「……た……と、か」

「? 今なんと?」

 代守はナイフを振り下ろす手を止め、訊き返す。

 殻井は相変わらず苦し気に小さな声で、しかしはっきりと言葉を紡ぐ。

「俺が……ただ、やられる……ためだけ……に、ここに倒れていると……思った、のかと……言ったんだ……」

「?? 貴方は何を(おっしゃ)っているのでしょうか。貴方はもう満身創痍。指一本動かすこともままならない。頼みの綱である能力も携帯電話がなく、使えない。そんな貴方に何が出来ると言うので――――」

「俺の……」

 代守の言葉を遮るように殻井が言う。

「俺の能力……『忘却の民(ミラーズ・レーテ)』は記録の読み取り、および再現だ。そしてそれを使うためには媒介……物事を記録するモノが必要だ」

「ですから貴方はそのような物品をもう何一つ持っていないのですよ。それで何が出来ると言う――――」

「この世に記録するモノは様々に存在する。レコーダー、ビデオカメラ、携帯電話。パソコン、紙でさえも俺は媒介として使用できる。だが、そんなものがなくとも俺たちは最も身近なところにそうしたモノを持っている。この世の人間誰もが持っている」

「そんなものどこに――――」

「そろそろだぜ、代守。死ぬのは俺じゃねェ。死ぬのはテメェだ」

 殻井の殺意剥き出しの眼に、代守はバカにしたように笑うと、ナイフを持ち直す。

「そこまで負け惜しみを言うような人間だとは思っていませんでしたよ。もう妄想は十分です。さて、もう終わりにしましょう」

 改めて、といった風に代守は一礼すると、代守は今度こそナイフを振り下ろす――――

 

 しかしその一撃(トドメ)が殻井に達することはなかった。

 

 代守はナイフを振り下ろそうとする姿勢のまま静止していた。その目は生きていることを疑うほど大きく見開かれている。

 一瞬の沈黙。すべての時が止まったような静寂が流れる。

 そして次の瞬間、代守の全身から炎が噴き出しその身を覆いつくす。人の肉が焼ける嫌な臭いが辺りを漂う。

「……残念だったなァ」

 ゴウゴウと燃え盛る炎を見つめながら、殻井は既に命が消え去った代守に呟く。

「脳。それは俺たちの最も身近な記録手段だ。脳には全ての体験した記録が詰まっている。俺が能力を使ったら媒介にしたモノはヤベェ負荷がかかる。機械の方が記録手段としてはハイスペックだから数回は()つが人間の脳なんざ一瞬で溶けちまうだろォよ。炎はテメェが車溶かした時のンを借りたぜ。ま、耐性の関係上発動が遅くなってたから中々の賭けだったがなァ」

 殻井は全身の痛みを抑え込み、無理矢理に立ち上がる。

「さァて、天と倉斗ンとこに戻んねェとなァ……」

 などとぼやき、殻井は再び地面に蜘蛛の巣を描き、仲間の元へ戻る。

 

 二人のとある男の壮絶な戦いが、大量のひび割れとともに、新たな『記録』としてその場に刻まれた。

 




代守狩氏
 能力:『憑依像(ミミック・オーダー)
    あらゆる物体(生物以外)に意識を吹き込む能力。
    意識を吹き込んだ物体に命令し、意のままにすることが出来る。
    
    (参考)
    作中地面に隠れていたのは地面に意識を与え、『自分を一時体内に(かくま)え』と命令した。
    右手をくっつけたのは、自身の皮膚に接合の命令を下した。



みなさんどうもこんにちは。
ウェーヴ・カンです。
前回のあとがきでは『一週間ペースを目標に……』などとぬかしておりましたが……もう四週目ぐらいですね……
申し訳ございません……。本当に書くのが遅くて遅くて……。発想がなくてなくて……。テレビゲームをしすぎてしすぎて……。
え? 絶対最後のが原因でしょって? さ、さぁ~? 何の話か作者にはさぱ~リ。(汗)

と、とにかく次の投稿は一週間後の予定です。(はいフラグ~なんて思ったそこの君! ……その通りだよ(泣))
可能な限り作者も全力を尽くしますので、相変わらず更新遅い上にグダグダ文章&ストーりーでございますがどうか今後ともお付き合い、よろしくお願いします
それでは今回はこの辺で……また次にお会いしましょう
さようなら!


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6話

 今回はいつもにも増して(?)内容がペラペラです。ご了承下さい。
 今回、推敲の時間があまりとれませんでした。
(じゃあなんでこんなに更新遅いんだよって? 聞こえないなあ~)
 そういうワケで、文章的に「ん?」となるところが多少あるかもしれません…‥。
 本当にすみません……。

 では、楽しんでいってください。


「……ん。ふぁ~……もう朝か」

 こちらの世界での目覚めは二度目だ。朝と夜とで光の量の差が激しいのがやや難点ではあるが、倉斗が元居た世界とはほぼ変わりない環境だ。不幸中の幸い、というヤツだろう。

 手早く身支度を整え、倉斗は部屋を出る。

 トテトテと階段を降り、うろ覚えの地図を頼りに目的地へ向かう。

「あ、倉斗君。おはよ~」

「あ、おはようございます」

 ドアを開けた先で出迎えてくれたのは天賀谷だ。

 無事、食堂にたどり着くことができ、倉斗はホッと息を吐く。

 長テーブルが三つに、椅子が数個という殺風景な部屋。

居るのは天賀谷だけだ。他の者はまだ眠っているらしい。

倉斗は手近な椅子に座ると、既に配膳されていた朝食に手を付ける。

「いただきます」

倉斗が食べ始めると、天賀谷も対面するように座り、朝食を食べ始めた。

どうやら倉斗が来るのを待っていたらしい。

「何か話でもあるんですか?」

 倉斗が話しかけると、天賀谷も箸を止めてこちらを見つめ返してくる。

 見つめ返してきた目を見て、きれいな眼だな、と思う。それは物理的な美しさでなく、純愛や正義に溢れているような、そんな眼だった。

「えーっと……話っていうかちょっとした雑談をしたいって感じなんだけど……」

 返事を返され、はっと意識を戻した倉斗は聞き返す。

「雑談? どういう……」

「倉斗君は何も思わないのかなー、って。普通戸惑うじゃない、こういう状況」

 あー、と倉斗はまるで昔を懐かしむように昨日の記憶をたどる。

 

 

 

 殻井が去ってから数分後。再び轟音と共に彼は帰って来た。

 全身を真っ赤に染め、手足をだらんとさせた満身創痍の状態で。

「か、殻井⁉ すげえ怪我だ……天賀谷さん、救急車――――」

「いや……」

 重症の殻井を見て騒ぎ出す倉斗に、天賀谷が素早く言葉を挟む。

「今救急車を呼ぶわけにはいかないよ。他にも敵がいないとは限らない……」

「じゃあ、どうするんですか⁉ まさかこのまま置いていくって言うんじゃないですよね⁉」

 慌てふためく倉斗に天賀谷は、今度は安心させる様に優しく声を掛ける。

「大丈夫。仲間を見捨てるほど私たちの(リーダー)は鬼じゃない」

 そう言うと、天賀谷は煙草を一本取り出し火を点ける。そこから漂う煙は天高く舞い上がり、青い空に吸い込まれるように消えていく。

 それから数分後、人っ子一人感じさせなかった高速道路に一台の車がやって来、三人の前で停止する。

 新手の敵かと身構える倉斗だったが、天賀谷がそれを制する。

「今の私の煙幕で迎えに来てくれた仲間だから、大丈夫」

 その言葉に安心し、倉斗はふぅと警戒を緩める。

 しかし、車から降りて来たのは、目が痛くなるような蛍光ピンクのハーフパンツに、‟CRAYZY PERSONAL“と赤色で派手に書かれたTシャツを着た男だった……。

 

「………………」

 

 束の間の沈黙。

 そして次の瞬間、溜まりに溜まった疑問符が一気に爆発した。

 

 個人の趣味をとやかく言うつもりはないが、倉斗視点で見ると……

「いやいやいやいや!! 明らかに変質者でしょ! 絶対敵だよ!! 天賀谷さん、早く逃げないと――――」

 あまりの変質ぶりに叫んだ倉斗以上に、男の方が慌てる。

「待って待って待って! 変質者でも敵でもないから!! ちゃんと助けに来ただけだよ!! 天賀谷クンからも言ってやってくれ!」

「そうだよ、倉斗君。確かにこの人は絶望的にファッションセンスがないし、通りかかった小学生を見てハァハァ言ってるヒトだけど、一応うちの(リーダー)だから」

「フォローになってないケド、天賀谷クン⁉ ……ていうか今さらっと僕の性癖、バカにしたでしょ⁉ 全世界の共通性癖のヒト達に謝って!」

「敵には変態しかいないんですか⁉」

「だから、前提が違ぁぁぁぁぁぁぁああああああう!!」

 

 そんなこんなで二十分後。

 ようやく誤解が解け、倉斗達は車に乗り込み高速道路を脱出したのであった。

 

 

 

 そしてその車が向かった先が今倉斗の居るこの場所、『灰醍寮』である。

 到着して直ぐに殻井は別室へ運び込まれ、倉斗は夜遅いのもあってとりあえず話は明日、ということになり、一晩を過ごしたのだった。

 思えば必死で気づかなかったが、倉斗がこちらの世界に来て体験したことと言えば……

「急に別世界に来て、刺客に殺されそうになって、どこの馬の骨とも知らないヒトにホイホイついて来て……あれ? 俺ってもしかして何気にヤバいことばっかしてる……?」

 それを聞き、天賀谷はフーッと息を漏らす。

「やっと気づいた? そんなことになってるのに何も思わないの?」

「んー。まぁ俺がこっちに来たのは運命っぽいしですし? こっちの世界に関しては知識ゼロの赤ん坊状態ですから。何か教えてくれるんなら、たとえもし敵だとしても天賀谷さん達についてった方が良いと思いますね」

「……前向きだね、倉斗君は」

 天賀谷は少し悲しそうに目を細め、遠くを眺めるように目線を動かす。

「私が倉斗君と同じ立場なら、きっとそういう風に思えない。決断がつかなくて、今でも病院のベッドの上で蹲っているんだと思う。決定する力……決断力って言うのかな。それを持っている人は……。ううん、違うね。きっと誰もが持ってるものなんだけど、人によって弱い強いがあるんだろうね。それが強い人は強い人生を、後悔のない日々を送れるんだろうな……」

「……天賀谷、……さん?」

 目の奥にあった明るい何かが消え、急に寂し気な様子になった天賀谷に倉斗はそっと声をかける。

「あ、ううん。大丈夫だよ、何でもない。話したかったのはそれだけ。じゃ、ゆっくりご飯食べてね」

「え……? あ、はい」

 我に返ったようになった天賀谷は早口でまくしたてると、さっさと食べかけの膳を持って食堂を出て行ってしまった。

 その目には先ほどまでの寂しいような、どこか後ろめたいようなモノはなく、既にいつもの明るい雰囲気に変わっていた。

 誰もいなくなった食堂。

 天賀谷の明るい声が耳に残っているはずなのに、どこか寂しい感情だけがその場に残っている気がした。

 

 

 二時間後。

 部屋でごろごろしていた倉斗は昨日の変態男に呼び出された。

「……何の用ですか」

「やだな~」

 机と椅子だけを置いた小さな部屋で、変態男が椅子にふんぞり返って手をひらひらとさせる。

「まだ警戒しているのかい? もう信用してくれてもいいと思うんだけどなあ~」

「……その口調が気に入らないんですよ。人をナメてる感がありますね」

「ふむ……そうかい……。まあ、善処はしよう」

 軽口を交わし合ったところで、変態男の雰囲気がさっと変わる。

「さて……本題に入ろうか、倉斗君」

 そう言うと、彼は机の引き出しから一つのファイルを取りだす。

「まずはこれを見てくれ……」

 ファイルを受け取り、倉斗は中にはさまれている資料の数々に目を通す。

(!! ……全部、日本語⁉ いや、そもそもこの世界で会話は今まで全部日本語だった……。必死で気づかなかったが、この世界は俺が元居た世界と同じ歴史を辿っているのか……? これも後で聞かなくちゃな……)

 そんなことを考えながら資料を読む。

 どうやら中身は人物のデータをいくつか纏めたものらしい。

 その人物達の出身地を見、彼の顔に動揺が走る。

「出身……異世界⁉ これって……!」

「……そうだ」

 男が頷く。

「これは君と同じ、異世界から来た人々のデータをまとめたものだ。つまり、君が来る前にも異世界人は来ている」

「俺が来る前にも……」

「しかしその能力は未だ謎、知られていない。なぜなら……」

「その前に死んだから……ってことですか」

「ま、そゆこと」

 倉斗が残りを引き継いで言うと、男は肩を軽く上下させる。

 どうやら、殻井の言っていた侵入者の排除は本当に行われていたらしい。

「でも、今回は違う。君を守り切ることが出来たからね。本当に、ウチの構成員達はよくやってくれたよ」

「その目的は……異世界者の能力の研究……?」

「頭がキレるね。その通りだよ」

「でも俺、能力なんてモノは……」

 実際、倉斗は元の世界ではただの一般的な高校生。毎日学校で授業を受け、友達とバカやって、部活に熱中するという、ごく普通の学生だ。特別な、不思議な能力などまるで持っていない。

 しかし、男はチッチッと指を横に振る。

「いいや、それは違う。いつかどこかのお偉いさんがこんなことを言った。人というのは、環境の変化によって真価を発揮することがある、とね。つまり君に備わっている機能が、こちらの世界ではものすごい価値のあるものかもしれないって事さ」

「ふーん。そんなことないと思いますけどね」

「ま、発現しなかったらそれはそれでいいデータになるさ。とりあえず君はしばらく僕らの組織――ステイル――の監視下に置かせてもらう。なに、不自由はさせないさ。君は何か変化があったら報告してくれればいい。それじゃ、たっぷりと異世界生活を楽しんでくれ」

 そう言うと男は携帯を一台倉斗に渡し、部屋を出るよう指示する。

(まあ不自由がないんだったら別にいいかな。何より異世界ってだけでワクワクするしな)

 対応に納得し、言われた通り部屋を出ようとすると男に呼び止められる。

「ああ、それともう一つ」

「?」

「変態男、じゃないよ。僕にだって名前はある。三三一(ふたみつはじめ)。ハジメと呼んでくれればいい」

 そういうと、ハジメは何故だか不敵に笑った。

 

 

 

 

 

 こうして、倉斗の異様な新生活が始まった。

 通常ならば環境に精神が追い付かないところだが、倉斗にはそれがなかった。

(別世界での生活? 超楽しそうじゃん!)

 命を狙われていると知りながらも、何とも呑気な主人公なのであった。

 




 お久しぶりです、ウェーヴ・カンです。
 更新遅すぎる! 見事にフラグ回収です。
 やったぁ! (良くない)

 6話です。
 ここにきて、急に内容がスッカスカに薄くなりました。
 作者の脳処理と想像力(イマジネーション)が足りていないせいです。
 面目ない……。
 
 こんな作者でもよければ、皆さまこれからもお付き合いよろしくお願いします。
 こんな駄作を書いていても、意地というものは持ち合わせております。
 どれだけUAが少なくても、一人でも読む人がいる限り自分は書くのをやめないッ!!
 (フッ……。決まったな。ドヤ)
 
 今後ともよろしくお願いします。
 今回は短いですがこの辺りで。
 また次回、お会いしましょう。

 さようなら!


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7話

 今回は諸事情により、プロフィール等々ナシです。
 ごめんなさい……。


「学校に行ってもらいます」

「……はい?」

 灰醍寮に来てから早一週間。八日目、突如呼び出された倉斗は学校宣言をされた。

 

 

 

 ユーザーはオタク スキルを実行します

 

 第七話 スクール生活

 

 

 

 午前五時。まだ大抵の人は寝ているであろう時間。起きているのはだいぶ歳の進んだご老人か、仕事が早朝からある人ぐらいだろう。

 眠気が一気に吹き飛んだ倉斗は突然の展開に困惑する。

「いや、え? 学校……?」

「ン? 何を驚いているのか知らないケド、学生が学校に行くのは当然のことだろう?」

 突然の宣言に驚きを隠せずあたふたする倉斗に、ハジメはさも当然という態度で接する。

「あんたが外に出るのは危険だって言うから、この一週間寮の中で過ごしてたんだぜ? なのに学校だなんて……逆に人が多すぎるだろ?」

「いやあ、そうなんだけどね……」

「なら――――」

「倉斗クン。僕らの目的を覚えているかい?」

 急に問いを投げかけられ、反論をしていた倉斗は一瞬沈黙。しかしすぐに記憶の底から回答を引っ張り出す。

「確か、俺を調べて『表』との繋がり方とかを調べるって……」

「That’s right! その通りだよ、よく覚えていたね」

 キザな言い回しにムッとしながら、倉斗は質問を重ねる。

「でも、それとどういう関係が?」

「君はこの一週間、この寮で何か変化があったかい?」

「ン? いや、特に」

「そう、そこだよ!!」

 倉斗の答えにハジメはびしりと倉斗を指差し、叫ぶ。

 椅子から立ち上がったハジメは倉斗の目の前にぐっと近づき続けた。

「僕らの目的……というかほぼ僕の、なんだが。『表』との関係性を調べる上で、唯一の研究対象である君に何も起きないというのは非常にマズイ。この調子ではいつになったら結果が出るのか分からない。時間は有限なんだよ」

「なるほど……より多くの能力者と接するような場所……それこそ学校のような場所だったら、刺激になって俺に能力が発現するかもしれない、と」

 倉斗が至近距離のハジメを押し返すと、彼は素直に席に戻る。

 どかりと座ったハジメは両肩を軽く上下させる。

「ま、そんなトコだよ」

「でもやっぱり危険なんじゃ……」

「いいや、その面も心配はない」

 倉斗の不安をきっぱりと制し、ハジメは堂々と言い放つ。

「君には天賀谷や殻井と同じ学校に行ってもらうからね。それに、いざとなれば僕も駆けつける。それに行き帰りには護衛もつける。安全面に関しては大丈夫だ。キミは楽しくアオハル! してくれればいい」

「その歳でそんなはしゃがないで下さいよ。つーか、アオハル! なんて現役高校生でも言わないっスよ」

「まあまあ、とりあえず一度行ってみてくれよ」

「……ここまで頼まれちゃ、断るのも失礼っスよね。いいですよ、こっちの世界の学校生活を堪能させてもらいます」

 倉斗が諦めて言うと、ハジメはにっこりと笑い頷く。

「うん、よかったよかった。実のところ、キミが行きたくないと言っていたら僕の能力で直接頭を探ろうと思っていたからね。やっぱり自然に能力を発現させるのが一番だね」

「え? あ、……はあ」

 ポンポンと湧き出て来た不吉なワード達に困惑する倉斗だったが、一つだけ実感した。

(……逆らわなくてよかった)

 もしかしたらヤバいことになっていたかもしれないと考えると、ゾッとする。

 何はともあれ、学校だ。

 今日中に準備を整え、明日明後日くらいには……、と考えていた倉斗にハジメが追加で言い放つ。

「あ、そうそう。言い忘れてたけど、学校、今日からだから」

「あ、はい。……え、今日から⁉」

 再び驚かされた倉斗だった。

 そして悟る。早朝から呼び出したのはそのためか……、と。

 

 

 

 

 

「と、言うことで。今日から転校してきた、田中園正(たなかえんせい)君です。皆さん、仲良くしてあげて下さいね♡」

 担任の先生の紹介で、倉斗はぺこりとお辞儀する。

 教室には転校生への興味で、ザワザワとした空気が流れている。

 まあ、分からなくはない。今は六月中旬。この中途半端な時期に転校してくる者などかなり珍しい。

 指定された窓際の席に着くと、さっそく右隣りの少年が話しかけて来た。

 彼はその天然なのか染めたのか分からない茶髪を光らせて、和やかに話しかける。

「俺は学級委員長の鹿場十(しかばつなし)。分からないことがあったら、何でも訊いてくれよな」

 第一印象、優しそう。

 爽やかな笑顔を見て、コイツ絶対モテるだろ、と思いながら倉斗は質問をする。

「俺さ、まだ能力の発現がまだなんだけど、そういうのって普通なのかな?」

「え、うーん……どうだろ? そういう人もいなくはないって聞いたことはあるけど……あ、だからこの学校に転校してきたのか、えーと……田中でいい、それともエンセイ?」

「へ? エンs……ああ、そゆことね」

 一瞬、誰だソイツと思う倉斗だが、すぐさま思い出す。そういえば素性を隠すために偽名を使っているのだった。

「あ、あー……エンセイの方が嬉しいかな」

「オッケ。じゃあ、エンセイ。ウチが一番超能力強化に力入れてるトコだから、ここなんだろ?」

「え、そうなの?」

「知らなかったのか? 小中学校で自分の能力をある程度操作できるようにして、更に能力を活かした仕事がしたい人がウチみたいな育成学校で能力を伸ばすってのが基本だけど……小中学校は義務教育だろ?」

 あ、こっちの世界でもそういうのは変わらないんだね、と思いつつ倉斗は返す。

「あ、いや。一応受けたんだけど結局発現しなかったから。中学の先生の勧めでこっちに」

「ああ、そういうことか。ま、たまにいるらしいよそういう生徒。しょうがないよな」

 すんなりと話を受け入れてくれるあたり、本当に優しい人なのだろう。

 それよりも、能力の不発現が異常ではないと知って安心する。もしかしたら異常者扱いされるかもしれないと思っていたのだ。前例があるというのは心強い。

 もう少しこちらの世界のことを知りたいと思い、二人で話続けていると周囲の人々も集まって来、かなり賑やかになってきた。

 数分皆で喋っているとチャイムが鳴り、教師が教室に来た。

「席に着けー。授業やるぞー」

 そんなこんなで『(バック)』初の授業が幕を開けた。

 

 

 

 授業はあっという間に進み早くも一日が終わってしまった。

 元の世界では退屈だったはずが、こちらの世界の授業は非常に面白かった。『(バック)』の情報を多く掴めたからだ。

 まずこの世界、倉斗の住んでいた世界と同じように複数の大陸と多くの島々で成り立っている。各国の名称も全く同じ。宇宙の概念も存在し、この星も地球と名付けられていた。

 つまるところ、『表』の世界と同じような世界構成、認識なのだ。

 これは非常に助かった。一から常識を覆す必要がなくなったのだ、少なくとも地理に関しては。

 言語もほぼ同じ、これにも助けられた。

 日本語というものも存在しており、こちらも特に問題ない。ただ、倉斗の話方は少し古臭いらしいが……まぁ不便はない。

 と、いう感じで今日だけでかなりの収穫があった。学校に来たのも、かなり良いことだったのではないだろうか。心の中で、ハジメに少しだけ感謝。

 さて帰ろう、と鞄を担ぎ上げた時、

「おーい、エンセイ。一緒に帰ろーぜっ!」

 明るく話しかけるその人物は、ツナシだった。振り向くと、変わらない笑顔で立っている彼がいた。

 一瞬、躊躇する。果たして一緒に帰ってもいいのだろうか。ハジメは倉斗自身の存在を出来るだけ小さくしておきたいと思っている。ここで一緒に帰れば田中園正の情報――つまり倉斗仁の情報を与えてしまうことになる。しかし、目の前にいる男はどうも悪い人間には見えない。どうすれば……。

 と、その時。倉斗の持つ携帯電話がヴーと振動する。

「あ、ワリ。ちょっと電話」

 画面を見ると、ハジメと表示されている。すぐさま緑色の応答ボタンを押し、端末を耳に押し当てる。

 倉斗が何かを言う前に、電話の向こう側からひと言。

「全然オッケーだぜッ!!」

 そういうなり、電話は一方的に切れた。どこから見ていたのか。倉斗は周囲を見渡すが、それらしき人影は見当たらない。

「エンセイ? どうした、大丈夫か?」

 ツナシに声を掛けられ、はっとする。見るとツナシが心配した顔でこちらを見つめていた。

「あ、あー。うん、だいじょぶだいじょぶ。早く帰ろうぜっ!」

 一瞬きょとんとしていた彼だったが、すぐに笑顔に戻る。

「おう! 帰りにアイスでも食って帰ろうぜ!」

 

 

 

「あ~、うめー。やっぱバニラが正義よな~」

「いいや、チョコしか勝たんな」

 帰り道、ショッピングモールに寄った二人は、アイス片手に店内を練り歩いていた。

「ゲーセンでも寄って、晩飯もそのまま食ってくか、エンセイ?」

「ん、あー……。いや、俺はもうそろそろ帰るわ」

「おいおい、もうちょっと遊ぼーぜー」

 と、いう風でやいやいと二人で言っている時、ふとツナシが足を止め、目を細める。

 その時彼の眼の中に、何か鋭いモノ――――この間の殻井と同じような鋭さ――――があることに気づき、倉斗は一瞬胸が下からすうっと救われるような戦慄を覚える。

 が、ツナシはすぐにもとに戻り、何事もなかったように歩き始める。

 そして倉斗と肩を組み、今まで以上に大きな声で話す。

「やっぱもうちょい残ろーぜー!! (……振り向くなよ、誰かに尾行されてるぜ)」

 耳元でぼそりと呟かれ、倉斗は再度びくりと身体を振るわす。が、すぐに平常運転で振舞う。

「んー、やっぱもうちょい残っていこっかなー!! (いつから? てかどこにいる?)」

「おう、それがいいな! よーし、ゲーセン行くか!! (気づいたのは今さっき。右斜め後ろの柱の陰だ)」

 疑問は多かった。

 なぜ一般人のツナシが尾行に気づいたのか。もしかするとツナシは倉斗の正体を知っていて近づいて来たのか。尾行者が倉斗狙いなら――まあ十中八九そうだろうが――どうして倉斗の存在がバレているのか。などなど。

 しかし、倉斗の直感が告げていた。ツナシは悪い奴ではない。ここは話を合わせ、乗っておいた方が良いと。

 故に彼はただの転校生:田中園正という猫を捨て去り、別世界からの使者:倉斗仁として、追われるものとして対応する。

「やっぱ格ゲーでもやるかな、最初は!! (捕まえられるか? 多分狙いは俺だろうから囮になるぜ)」

「いや、音ゲーも捨て難いだろ! (いや、俺も心当たりが結構ある。一度分かれて、様子を見よう)」

「あ、俺小銭ねーわ。ちょっと両替してくるな。(オーケー。まず俺が分かれる。これで追ってきたら、頼んだ)」

「おう、行ってらー。(わかった)」

 大声で宣言し、倉斗は両替機へ向かう。

 肩越しにちらりと覗くと、どうやら怪しげな影がそそくさとこちらに接近してきた。

(やっぱ俺か。ツナシがどうにかしてくれるだろーけど……)

 倉斗はあえて人通りの少ない所の両替機を利用する。狙い通り、尾行者は少しずつ近づいて来た。

 瞬間、尾行者を更に尾行していたツナシが後ろから襲い掛かる。

 助太刀しようと、倉斗も振り返り戦闘の構えを取るが、その必要はなかった。

 そこには、電光石火で尾行者を組み伏せたツナシがいたからだ。尾行者に馬乗りになり、腕を後ろにねじり上げている。

 尾行者は抵抗するが、それが無駄だと悟ると抵抗をやめた。

「さてさて……」

 倉斗とツナシはそろっていやな笑みを浮かべる。尾行者の顔を無理矢理上げさせ、

「色々聞かせてもらいましょーか」

 倉斗が詰め寄った時だった。ツナシが不意に叫ぶ。

「⁉ 違う、エンセイ!! コイツは――――ッッッ!!」

 遅かった。倉斗は自身の圧倒的有利にあぐらを掻いていたために、緊急の事態への備えが出来ていなかった。

 尾行者が、崩れ落ちる。それは比喩でもなく、文字通りに。ぼろぼろと土くずのようになって、その姿を消す。そしてその中から出て来たものは――――

「爆、弾――――ッ⁉」

 漫画、アニメお馴染みの、線が格子状にひかれた手榴弾が。そしてもちろん、ピンは抜いてある。

 

(あ、死んだな)

 

 目の前の非日常に思考が停止した彼は、動くことが出来ない。

 そのまま爆発で四肢が粉塵と化し――――

「掴まれ、エンセイ!!」

 差し伸べられた手。その手を倉斗は無意識に掴む。藁にもすがる思いで。どうせ自分は何もできないのだから。せめて誰かに頼ろうと――――。

 

 瞬間。景色ががらりと変わった。

 

 ゲームセンター独特の薄暗い空間から、日の光が差す明るい場所へ。ショッピングモールの外へ。

 一瞬だった。歩いたとか、高速で動いたとかそんなレベルじゃない。

 超能力の使える世界で、一瞬にして場所が変わる。これは紛れもなく……

「しゅ、……瞬間移動キターーーーーーッッッ!!!!」

「エンセイ、うるせえよ!! ちょっと静かにしろ、暴れるな!」

 倉斗は夢にまで見た瞬間移動の初体験に泣いて感動する。

 そして発動した本人、ツナシはそんな倉斗を必死になだめる。

「な、なんだよ今の⁉ 瞬間移動⁉ マジカッケー!! ツナシの能力⁉」

「瞬間移動、ね……。少し違うけど、結果としてはそうだな。俺の能力は瞬間移動。範囲は俺中心にざっと半径百メートル以内ってとこかな」

「何で最初に言わなかったんだよ。それ使ってたら学校からここまで歩く必要なかっただろ?」

「いや、お前なあ。そう簡単に能力バラすかよ。そんなの俺らの世界……いや、何もねえや。黙ってて悪かったな」

 途中少し言葉に詰まっていたのが気になり追及しようとしたが、それよりも早くツナシが口を開いた。

「それより、問題はさっきの土人形だ。あれはガチで殺しに来てたぞ」

 言われて、倉斗も状況を思い出す。周囲を見れば、人々があたふたとしている。会話に夢中で爆発音が聞こえなかったが、どうやら爆発自体は周囲に知られたらしい。遠くからサイレンの音も聞こえる。

「ツナシ、不審者は……」

「今んとこはいない、な。だけどまた仕掛けてくる。とりあえず逃げるぞ」

 ツナシが先立って走り、倉斗も後からついて行く。

「ごめん、ツナシ。俺と一緒にいたせいで……」

「いいって気にすんなよ。こんな状況で落ち着いてられる俺もおかしいだろ」

「いや、でも狙われてんのは多分俺だからさ。もう分かれて行動した方が……」

 倉斗が必死に謝っていると、ツナシがピタリと停止する。倉斗も慌てて止まる。

「……エンセイ」

 背中を向けたまま、彼はぽつりと言った。その背中が、少し悲し気に見えたのは気のせいだろうか。

「俺はお前の事情なんかに首突っ込むつもりはないし、お前がどんな立場でも驚かねえよ。それに、これは俺が勝手にやったことだ。爆弾を見つけた時、俺一人で逃げることもできた。でもそうしなかったのは、俺がお前を助けたいと思ったからだよ」

 ツナシはゆっくりと倉斗の方へ振り向き、拳を倉斗の左胸に軽く当てる。そしてニカリと笑い、

「それに、さ……。一緒にアイス食った仲じゃんか。そう易々と見捨てれねーだろ」

 するりと、言葉が倉斗の心に入り込む。

今までこちらの世界で接してきた人々は、倉斗に『訪問者』として接してきた。『訪問者』はレアだから、守る。それしかなかった。もちろん優しい人もいるが、それは『訪問者』だからかもしれない。

しかし目の前のこの男は。単なる友情、自らの意志と思考で倉斗を守ると言ってくれている。初めてだった。こちらの世界に来てから。元の世界と同じような友達など、つくれないと思っていた。故に倉斗はツナシの言葉が深く胸に刺さり――――

「ああ……ありがとな、ツナシ」

 少し目に涙をためて言う倉斗に、ツナシは不思議がることもせずにただ微笑んで――――

 ――――瞬間、その表情が一気に強張った。

「エンセイ、避けろッ!!」

 間一髪。倉斗が右に思いきりステップした瞬間、先ほどまで倉斗がいた位置に、大質量の塊が降って来た。

 何かをごちゃ混ぜにしたような砂色のその物体は四散し、それぞれが形作られていく。

「これは⁉ ツナシ、さっきの――――」

「ああ、間違いなく同じヤロウだな。エンセイ、こいつらは俺が片すから早く逃げてくれ」

 ずいと前に出、ツナシが拳を構える。倉斗は逃げようと足を動かすが、すぐに止まってしまう。

「⁉ どうしたエンセイ、何で逃げな――――」

「ツナシ、どうやらそれは厳しいみたいだぜ」

 驚くツナシの言葉を遮り、倉斗もテキトーな構えをとる。背中合わせになったツナシは肩越しに倉斗の視点先を覗き見、はあっと息を吐く。

「なるほど、そういう事ね……」

 そこにはツナシの前と全く同じ、土人形が配備されていた。

 詰まるところ、二人は大量の土人形の刺客に囲まれていた。

 




 お~~~~~久しぶりです!!
 ウェーヴ・カンでございます。

 毎度言っておりますが、本当に遅くて申し訳ありません。
 最終更新から軽く三,四ヶ月は経っているかと……。
 こちらの作品ではあまりコメント等なかったのですが、もう一つ並行で創作していますジョジョの二次創作作品では催促のコメントもいただいたりと……。
 本当に申し訳ありません……。

 諸事情あってしばらく創作活動が出来ていなかったのですが、どうにか再開できそうです。
 どちらの作品もこれからは出来るだけ一週間間隔で投稿しようと思いますので、これからもどうぞお付き合いをば……。

 そろそろ時間になりました。
 それではまたどこかでお会いしましょう。
 さようなら!


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8話

言い訳はあとがきへ。
非常に長いです。ゆったりとどうぞ。


 鹿場十(しかばつなし)という人間は、ごく普通の家庭に生まれた。

 父親はサラリーマン、母親は専業主婦。稼ぎは低くも高くもなく、まあそれなりに生活する。

 ありふれた生活ではあるが、幸せな家庭だった。

 ツナシ自身も、まだ能力こそ発現していないものの、友達と外で走りまわるのが好きな、元気な少年であった。

 そんなツナシを見て、父母は二人で幸せそうに笑い合ったものだ。

 誰もが、この幸せな生活はずっと続くものだと思っていた。

 

 ところが、彼が七歳になったある日。

 彼の人生を大きく左右する出来事が訪れた。

 それはツナシが学校で遊びすぎ、いつもより少しばかり帰宅が遅くなった日であった。

 彼は、いつもより遅くなると父と母が心配することを容易に想像できたため、帰路を必死に走っていた。

 そしていつもの帰り時間よりも二十分ほど遅れ、ようやく家の前にたどり着いた。

 しかし彼は、ふと眉をひそめる。家の前に見慣れない車が一台とまっていたのだ。

 不思議に思いながらも、インターホンを押す。ピンポーンという軽快な音が鳴る。

 

 しかしそれっきりだった。

 

 いつまでたっても返事がこない。彼は何度も何度もボタンを押した。しかし依然として、インターホンの向こうからは沈黙が続いている。

 不思議に思った彼は、ドアノブに手を掛けた。

 ガチャリ。ノブが回る音がし、扉が開いた。鍵がかかっていない。

 彼の母親はしっかり者だ。鍵の賭け忘れなど、とうてい考えられない。

 彼は恐る恐るながら、家に入る。そこで、リビングから漏れてくる光に気が付く。

 それを見た途端、彼の心の中にあった恐怖が一気に消え去った。

 なんだ、両親はいるではないか。きっと疲れて眠ってしまったりしているのだろう。彼は意気揚々とした足どりでリビングへ向かい――――

 

 そこにいたのは、無残に引きちぎられた父親の死体と、今にも死にそうなくらいに母の首を絞め、掲げている大男だった。

 

 状況が、理解できなかった。

 なんでお父さんはバラバラなの? なんで知らない人が家にいるの? なんでその人がお母さんの首を絞めているの?

 あまりのショックに、疑問が頭の中をぐるぐると駆け巡る。

 その時、瀕死の母親が一言。死にかけにも関わらず、力を振り絞って、

「に……、げ、て……!!」

 男が母親を投げた。壁に激しくぶつかり、彼女は床に落ちてそのままピクリとも動かなかった。

 男が近づいて来る。

 動けない。ツナシの心を縛っている恐怖の鎖が、身体を動かせようとしてくれない。

 男がツナシに手を伸ばす。

(死――――――……!!)

 瞬間、思い出されたのは母親の最期の姿。自身のことよりも、子供であるツナシを逃がそうとした。あの優しさを、親としての願いをこんなに呆気なく終わらせていいのか。

 否!!

 ツナシの全身に、力がみなぎる。

 なぜ両親が殺されたのかは、分からない。だが今動かなければ、その両親が自分に託してくれた、ほんの一瞬でも守ってくれた未来が崩れてしまう。それは、絶対に避けなければいけない。

 こんなところで、死ねない。まだ、まだ!! 呆気なく殺されることだけは――――!!

 

「嫌、いやだぁぁぁぁぁぁぁあああああああ――――――!!」

 

 死の間際、必死に生きようとした動物的な本能が、彼の能力を開花させた。

 彼は一瞬にして、家の外に移動していた。

 ほんの少し、逃げることが出来た。でも、まだだ。もっと遠く、遠くへ!!

 願うたびに、能力が発動される。

 能力の連発によって、自分の住む町から数十キロは離れた場所に来た。

 しかし、もうダメだ。能力の使い過ぎで体力が残っていない。

 さらに雨まで降りだした。根こそぎ体力を持っていかれる。もう一歩も動くことが出来ない。

「おれ、このまま……」

 その時。うつ伏せに倒れる彼に、すっと影が差した。

弱る首をどうにか持ち上げ、前を見る。

 そこには、にこにこと笑った若い男の顔があった。大きな傘が、二人を覆っている。

「君、一人かい? お父さんやお母さんは?」

 もう喋る力も残されていない。彼はどうにか首を横に振る。

「そうか……。君、憎いかい? 両親をそんな目にしたその誰かが……恐ろしく憎いかい?」

 そんなことはどうでもいい。憎いに決まっている。そしてこれからもそのために生きなければならない。助けてくれるなら早く助けてくれ。殺人でも盗みでも何でもやるから――――……。

 少年の懇願する眼を見て、男は首を縦に振った。

「いいだろう。君のその『生』への執着を買い、助けてやる。しかし、君はいつか限界が来るよ。そのまま憎しみだけを抱えて生きる一匹狼ではね。……真の仲間を見つけなさい。それは出会った時に分かる。インスピレーションというヤツだ。わかったかい、いつかきっと。君を救ってくれる人が――――――……」

 しかしその言葉を聞き終える前に、ツナシの意識はぷつんと切れてしまった。

 

 

 

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 第八話 鹿場十

 

 

 

 

 

「ツナシ、どうする⁉ 囲まれたぞ!!」

「!! ああ、ちょっと待てよ。何か策は……」

 回想の中から意識を戻したツナシは、現実と向き合う。

 どうして今になって、昔のことを思い出したのだろう。分からない。

 が、今は状況を打破するのが先だ。

 土人形は一、二、三、四……

「八体。多いな……」

「いや、エンセイ。十体だ」

「………」

 エンセイの数え間違いを正し、ツナシは再度脳をフル稼働させる。

(エンセイは能力がまだ発現していない。学校帰りだから、二人とも特別な武器やらなんやらはないな……。つまり、使えるのは俺の『能力』と己の拳。………ん? 割と詰んでるぞ?)

 打開策を見つけるはずが、逆に絶望を見せられる。その間にも、土人形はじりじりと近づいて来る。

(ああ、やべえな。俺はともかく、エンセイは逃がさないと……ん? あの土人形……)

 ふと、とあることに気づいたツナシ。そして彼の頭には唯一、この状況を打開する策を思いついた。

「エンセイ、武道ってやったことある?」

「はッ! ナメんなよツナシ。俺は帰宅部一筋だ」

「じゃ、喧嘩は?」

「俺の中学時代、俺の拳で倒れなかったヤツはいないな」

「よし、OK」

 ツナシはすぅっと大きく息を吸い込み、吐き出す。

「いいか、エンセイ。唯一の打開策を見つけた」

「おお! んで、それは?」

「ああ、だけどエンセイもかなり頑張るハメになるぜ?」

「どんとこいだ!」

「よし、それじゃ……

 

 

 全員ぶっ倒せ!!」

 

 

 瞬間、倉斗がバネに弾かれたように手近な土人形に襲い掛かる。

「痛ってぇ!! ツナシ、こいつら超硬いぜ⁉」

「いや、殴るんじゃなくて――――」

 モロに反作用で拳を痛めさせた倉斗の横をすり抜け、ツナシが土人形に軽く足を掛ける。

すると、人形は面白い程簡単に転んだ。

 土人形はコンクリート並みの強度だったが、驚くほど重さがなく、そのまま起き上がれなくなった。

「やっぱりな! 土人形の動きがあまりにもぎこちないから気になってたんだよ。多分、固めすぎてまともに動けねえんだ。エンセイ、殴らずに押し倒せ!! こいつら、硬さはバカだがバランスとスピードは雑魚だ!」

「はいよォッ!!」

 ツナシの言葉に応えるように、倉斗は足をかけて人形を転ばせる。

 人形は次々に倒れていき、どんどん行動不能になる。

 二人はこのままいけば逃げられると確信した。

 

 が、詰めが甘かった。

 

 数分後、二人はまだ土人形転ばしに必死だった。

「ツナシ、人形の数全然減ってなくないか⁉」

 倉斗の必死の呼びかけに、人形を倒しながらツナシは思考する。

(何故だ。もう数十体は行動不能にしている。なんで一向に数が減らない? 追跡の人数から、出せる人形は十体少しが限界のはず……)

 そこまで考え、ツナシは最も重要なことを忘れていたことに気がつく。

「しまった、エンセイ!!」

「どうした⁉」

「………倒れた土人形を見てみろ」

 言われた通り、倉斗は倒したばかりの土人形を見る。

 すると、人形は倒れた数秒後に解けてただの粉末となり、その後組み直されて元の直立状態の人形に変わった。

「人形が復活してるぞ、ツナシ!!」

「そうだ。土人形は数が増えていたワケじゃない。倒れた人形を作り直していたんだ。だから永遠に数が減らない。本体がいるってことを忘れてた」

「おいおい、マジかよ……っと危ねッ⁉」

 つまり、今まで人形を倒して体力を減らされ続けていただけだったのだ。体力が削られて、二人とも素早い動きができなくなってきている。人形の拳がギリギリで避けられるくらいに、だ。

(まずいな……このままじゃジリ貧だ。なにか本体を叩く手は……)

 瞬間、倉斗が叫ぶ。

「エンセイ!! お前の能力、ワープであってんのか? 何か制限とかある⁉」

 問われ、一瞬躊躇。この世界では自身の能力はプライバシーの一つ。能力を知られるということは、自身の弱点をさらけ出すということだ。そんな大事なことを教えてもいいものか――――……。

 しかし、次の瞬間には言おう、と思った。

恐らくエンセイはただの転校生ではない。ただの転校生は今のような緊急な状況で、平常心を保っていられるはずがないからだ。恐らく自分と同じ、裏の顔がある。故に、能力をさらけ出すのは、一般人に教えるよりも危険だ。

しかし、エンセイから溢れ出る空気は――――

(不思議と、信頼できちまうんだよなあ……)

「さっき、瞬間移動ぽかったけど実際には違う!! 俺の能力はあらゆる物体を目標地点まで押し出す能力。目標地点までの物理的影響は一切無視する。ただ、発動には具体的な目標――――さっきは俺がアイスこぼしちまったトコだったんだけど――――俺から発された何らかの目印が必要だ。効果距離は大体半径百メートル前後かな」

「その目印ってのは、ツナシが投げた鉛筆とかでもいいのか⁉」

「ああ、俺から発されたものなら究極、髪の毛でもいい!!」

 話を聞き終わった倉斗はしばらく沈黙し、思考する。そしてもう一度静かに尋ねる。

「二人同時に飛ばすのは、連発出来るのか?」

 超能力とは言え、個々の持つ力、その人自身の身体的な能力と同じだ。当然体力を消耗する。どのくらいまでツナシの体力が保つのか、聞きたかったのだろうか。

「えーっと……最大距離まで飛ぶなら、十数回は」

「よし。……()()()

 え、何が? と聞く間もなく、倉斗はエンセイの手をするりと握る。

「は? エンセイ、俺そういう趣味じゃ――――」

「違ぇよ!! こんな状況で何言ってんだ、お前は⁉ 飛ぶんだよ。本体の所まで」

 一瞬、何を言われているのか分からなかった。

 ツナシ自身、こちらの界隈に入ってから、そう易い人生は送ってきていないつもりだ。

 故に。そんな自分でも掴めなかった敵の位置を、いとも容易く掴んだ倉斗に。驚愕した。

 だが、倉斗の目はいたって真剣。信じる他なかった。

 倉斗が近くの土人形をまとめて押し倒し、一瞬能力を使う隙が出来た。

「どこに⁉」

「とりあえずあそこ!!」

 言われるがまま、足元に転がっていた石ころを投げてマーキング。そして『能力』で自身と倉斗の存在を目的地まで押し出す。

(『窮地の天力(エイリアン・キャット)』!!)

 指定した家の屋根に降り立った倉斗は、すぐさま土人形たちを見下ろす。

「エンセイ、ホントにここにいるのか?」

「いや、違う。実は俺も居場所分かってない」

 その言葉に、ツナシは虚を突かれる。

「はあ⁉ 見つけたから能力使えっていったんじゃねえのかよ⁉」

 倉斗は静かに首を左右に振り、それから土人形達を指さす。

「見ろ、ツナシ。気づかねえか?」

 言われるがままに見ると、ちょうど能力使用前に倉斗が押し倒した人形たちが復活していた。

「別に? さっきと同じように分解、構築されて……待てよ。なんで一体ずつなんだ?」

「そうだ、ツナシ」

 倉斗が静かに話す。

「一気に土人形を回復させていたら、俺達は一瞬でやられていた。だけど持ちこたえていたのは、敵が一体ずつしか構築できないからだ」

「そうか!! そして構築される優先順位は敵により近い人形から。能力が届きやすいからな。つまり、土人形が構築される順番を見ておけば、ある程度の敵のいる方向はわかる!!」

 そこまで考え、しかしすぐに壁にぶち当たる。

「でも、エンセイ。それで分かるのはある程度の方向だけ。正確な位置は掴めないじゃ……」

「そうだな。俺も最初気づいた時は焦ったよ。だがな……この世界はそんなに難しくない。なんたって……超能力者の世界だぜ?」

 実に奇妙な言い回し。その違和感に、ツナシは戦闘開始以来初めて倉斗の顔を見た。

 そして仰天する。

「エンセイ、お前……目が……」

 倉斗は純日本人。目の色は黒だ。カラーコンタクトを入れるような性格でもない。

 しかし今、ツナシが見たのは。南の島で海を覗いた時に見えるような、綺麗な緑色。

 まるでエメラルドのような輝きを宿した眼だった。

「ああ。さっき。本当についさっき発現した。俺の……『能力』……」

 そして倉斗は土人形達へ視点を集中させる。恐らくツナシには視えていないだろう。

 土人形達から出る、無数の弱々しく動く細い糸のような物体が。そしてそれらがある一点を中心に固まっていることを。

「ツナシ……俺が眼で、お前が足だ。さっさとケリつけて、うまいもんでも食いに行こうぜ」

「ああ。お前に何が見えているのかは知らないが……信じるぜ。道案内は頼んだ、エンs」

「――――違うな」

 急に言葉を切られ、ツナシは困惑する。倉斗はそんなツナシを見、くすりと笑って言った。

「ジン、だ。倉斗仁。これが俺の本名だぜ」

 ツナシは一瞬、虚を突かれた顔になるが、すぐに戻りにやりと笑うと、

「わかったよ、ジン。さっさと片付けるとするか」

 互いの信頼を一瞬にして確かめ合った二人は、もう一度にやりと笑い合う。

そして能力で再び空間を駆けて行った。

 

 

 

 

 

拾ってきた石を投げ、能力を使う。この連続だ。

倉斗の指示通り進んでいるうちに、周りの住宅がすっかり減り、いつの間にか近場の小さな山まで来ていた。

「ジン、本当にこっちの方向でいいのか? 随分山奥まで来たが……」

 さすがに疲れたのか、ツナシは肩で息をしながらジンに尋ねる。

「ん、ああ。ここでいい。十分だ」

 倉斗が言ったため、ツナシは能力の使用をやめる。そして近くの木にもたれかかり、息を整える。

 かなりの距離を移動してきたため、相当体力を消耗してしまった。

「んで、敵はどこにいる?」

 再度ツナシが質問をする。

 すると、倉斗は思いもよらないことを口走った。

「いや、実は敵とは真反対に逃げて来た」

「はぁ⁉」

 今まで散々能力を使わされたのに――――という言葉を、ツナシは必死でのみ込んだ。

 敵の位置を分かっているのは倉斗だ。彼の『能力』のおかげで敵の位置が判明している。

 何か考えがあるのだろう。今文句を言っても仕方ない。

「何か、考えがあるんだな?」

「ああ」

 倉斗は頷き、ポケットから携帯電話を取り出す。手元の携帯電話を操作しながら、

「俺さっき発現したばかりの『能力』、それは何かが視える『能力』だ」

「何かが……視える? 随分ざっくりしてんなぁ。その視えてる何かってのはなんなんだ?」

 問われ、倉斗は肩をすくめながらはぁーっと息を吐く。

「それが分かれば苦労ないって……。とにかく俺が視たのは……こんな感じのんだな」

 地面にしゃがみ、倉斗は地面に枝で絵を描く。

 人の形、その周囲を何らかの薄い膜のようなもので覆われた絵。更に頭頂部の膜からは細い糸のようなものが伸びている。

「なんだこりゃ? さっきの土人形、だよな? この膜みたいなんと糸は?」

「さあな、わからん。だがな、これが何かしら本体に関係があるのは間違いねえ。確信できる証拠はないが、俺の本能がそう言ってる。それは確かだ、と」

「ふぅん。ジンが言うなら信じるし、従うさ。んで、打開策はあるのか?」 

 倉斗は頷き、立ち上がる。そろそろ次の動きに移るらしい。

「ああ。それをするためにここへ来たんだよ、ツナシ。俺達の役目は――――今から五分間、敵から逃げきることだ」

「五分……。今逃げて来たのでもう二十分は経ってると思うが……あと五分だけでいいのか?」

 ツナシの質問に倉斗はにやりと笑い、

「ああ。あと五分だ。それでチェックメイトだぜ――――ツナシ伏せェッ!!」

 急な指示に、ツナシは神()かった反応スピードで、身体を沈ませる。その頭の上を倉斗の蹴りが通り過ぎる。

何かと何かがぶつかった音。そしてドゴン、という小さな破壊音も。

 ツナシは低姿勢のまま、倉斗の方に寄る。そして目線を上げ――――

「まじでか……。この量から五分? 無理があるだろ」

 その視線の先には、景色一杯を埋め尽くすような土人形が――さながらホラー映画のゾンビのようにワラワラと――波となって押し寄せて来た。

「ジン!!」

 ツナシは倉斗の手を握り流れるように石を投擲、能力を使って津波から逃れる。

 そんな危機的状況で、倉斗は喜々とした様子で笑って、

「さーて、あとは神のみぞ知るってとこか?」

 

 

 

 

 

「あー、メンドくせェなァー。人使いが荒いのは誰譲りだァ? 親の顔が見てェぜ」

 町の中心の、最も高いビル。全国に展開する食品取扱会社『志摩春(しまはる)』の本社、通称『シマシュンセンター』。全長七十五メートルを誇るそのビルの屋上に、人影が一つ。

 後にそれを見ていた警備員の島田義明(しまだよしあき)(35)は語る。

 

『本当に一瞬だったんですよ。……そう、鳥でした。ハトかカラスか、わかりませんがとにかくその時鳥が一羽飛んでいったんです。数枚の羽根を落とし、夜ながらも綺麗に光っていましたね。きっとハトでしょう。そして次に人影のあった所を見た時、驚きました。その人物が飛び降りたんですよ』

 

「あぁ、ハトか? いや、カラスだな。白いカラスだ、珍しい。……ちょうどいい。あの羽を借りッかァ」

 ポケットの携帯電話を握りしめ、殻井はビルから飛び降りる。

 下から吹き上げる風が彼の全身を圧迫する――――が、彼は気にもしていない。

 そしてもうすぐ地面、激突して身体がバラバラに砕け散る――――――

 

『その時なんですよ。まるで今までの勢いが嘘だったかのように、ふわりと。そうまるで――――あの日見た鳥の羽みたいに地面にふわりと降り立ったんです。それから駆け出して行ってしまって……そこからは分かりません。すぐに夜の暗さに消えてしまったもので……。どんな能力者だったんでしょう? あれが身体能力強化なら……国家レベルでレアな人ですよ』

 

 液晶の画面に示されているのはここから徒歩約三分の、ショッピングセンター。

 殻井は口の両端をぐいっと吊り上げ、不敵に笑った。

「やっぱスリルがなきゃァな。日常なんて送ってる暇ないぜ」

 恐らくこの町で最も一対一(サシ)で出会ってはいけない男が、解き放たれた。

 

 

 

 

 

「ッ――――ッッッ!!!!! ダメだ、ジン。どこにも飛べねえ。こいつら俺の弱点が分かってきている!!」

「こいつらっつーか、こいつらの本体だが……なッ!!」

 接近してきた土人形を蹴り飛ばし、倉斗は答える。

 目印というのはそもそも自身の視覚によって認識することが大前提だ。つまり折角目印の石を投げても――――

「チィッ⁉ まただジン!! また投げた石が取り込まれた!! 目印がなくなった!!」

 土人形の原料は当然ながら土である。そんな彼ら(?)が能力を解除されたなら。当然土砂がはじけ飛ぶ。そして解除される前にツナシの投げた石の方へ飛んでから解除されたなら。

「当然俺の目印はどれか分からなくなっちまうよな!!」

 そんなワケでつい先ほどからワープを抑えられ、近接戦で数に押しつぶされそうになっている二人である。

 そうしているうちに、いつしか警戒が疎かになっていた。ツナシは後ろに注意を払っていなかった。後ろから音を消した土人形が近づいていることなど。

 そして、それに倉斗が気付いた時はもう遅い。

「ツナシッ!! 後ろだ――――ッッッ!!」

 ツナシは当然反応できない。その硬さに、頭蓋骨を砕かれ――――グシャリ、と何かがつぶれた音。

 しかしそれはツナシの生命が潰れた音ではなく……

「人形が……全部土に戻って……?」

 土人形が土に戻った。その際地面に土がぶちまけられた音だった。

 先ほどまでの地獄絵図が嘘のようになくなり、辺りは土山で一杯になった。

「助かった……?」

 ツナシが静かに呟くと、倉斗がどさりと崩れ落ちるように地面に座り込む。

「終わったかぁ~、やっっっと……」

 ため息交じりに言う彼の声には、心から滲み出る安心感に満ちていた。

 

 

 

 ――――土人形が土に戻る、数分前――――

 

 

 

「見つけたぜ、土野郎。こっちはさっさと帰りてェんだからよォ、穏便に手早く済まそうじゃねェか」

 殻井が背後から声をかけると、中年らしい小太りの男性はビクンと肩を跳ね上げる。

「な、なんのお話でしょうか。私にはとてもわからない……人違いかと思わr」

 

「オィ、見苦しい言い訳は大概にしろよ」

 

 夜、他の客がほとんど帰ってしまったショッピングモールのフードコートに。その低く鋭い声は冷え切った空気を駆け巡った。男は口をつぐみ、がちがちと歯を鳴らす。

「あ、あんたは一体……」

「俺が誰なのかはどォでもいい話だ。テメェが能力を解除してくれれば済む話なんだ。さっさとしたらどォだ? 俺も無抵抗の人間を痛めつけるのは心が痛むからな」

 殻井は男の背後からゆっくりと男の正面に移動し、丸テーブルを挟んで対面の席にどかりと座る。男が開いていたノートパソコンを静かに閉じると、自分の側に引き寄せる。

「これは押収させてもらうぜ。色々と中身も見たいからなァ」

 男は抵抗こそしないものの、明らかな敵意を宿した眼を殻井に向ける。

「そうか、あんたターゲットの関係者だな。私の仕事を邪魔するというのなら容赦はしませんよ」

 そういうと男が後退しながら椅子から立ち上がり、右手を高々と掲げる。すると男の周りにズモモモモ……と大量の土がどこからか沸き上がり、集まってくる。そして集まった土は分散し、固まり、形作られ、大量の土の槍が殻井を囲んだ。

「さあ、そのパソコンを返すことだ。死にたくなければね」

 明らかな絶対絶命な状況だが、殻井は冷静だった。椅子から立ち上がろうとも、パソコンを手放そうともせずにゆっくりと口を開く。

「お前は……土を自在に操る能力か。どうやら土の性質自体は変えられないみてェだな。その槍、硬そうに見えるが単純に土を強く押し固めただけだ。硬い性質を持っているじゃねェ。しかしかなり繊細にコントロールできる。細かい操作がなけりゃァここまで固めることは出来ねェ。範囲はかなり長いな、4、5キロメートルってとこか。単純な自動操作は可能、複数操作も可能。いい能力を授かったってェのに会社勤めで裏仕事もやってるとはなァ。……堕ちた人間だ」

 殻井の冷静な考察に、男は明らかに動揺する。

「お、お前。なぜそこまで平然としていられる!? お前は私が一つ合図するだけで死ぬんだぞ!? なぜそこまで……!!」

「テメェ、素人だろ」

「……は?」

 殻井はすくっと立ち上がり、丸テーブルを横に蹴り飛ばす。ガシャン!! という音に対面の男がまたビクンと肩を震わせる。殻井は周囲の凶器をものともせず、男の至近距離まで近づく。

「テメェまだ裏の仕事やったことねェ、それか数回目だろッつってんだよ。慣れてねェな。まだ平和的に収めたいってェ気持ちが見える。だがな、この世界は甘くねェ。テメェは俺に気づいた時点で仕掛けておくべきだったんだよ」

「う、……うるさいうるさいうるさい!! 本当に殺すぞ!!」

「チャンスをやる。最後のチャンスだ。今すぐこの能力全てを解いて元の会社勤めに戻りな。最初にも言ったが、俺は無駄な殺しは嫌いだ。無理して裏の仕事をやっているヤツを見ているとムシャクシャしてしょうがねェ。今から3つ数える。それまでに決断しろ。行くぜ、3……」

 

「ま、まだ戻れる……しかし……」

 

「2ィー……」

 

「わ、私は……妻にも裏切られ、会社にも不遇な扱いを受け……」

 

「1……!!」

 

「わ、私はここで心を決めなければ変われないんだァァ――――ッッ!!」

 カウントダウン終了と共に男は叫び、土の槍を殻井に突き刺さんと操作する。当然殻井はその数の攻撃を避けきることはできず、全身に槍がグサグサと突き刺さった。赤い液体が飛び散り、土埃が周囲を包み込む。

「や、やった――――ッッ!?」

 

「ンなワケねェだろ」

 男が歓喜した直後、殻井が大量の槍をかき分けて姿を現す。そしてすっと無造作に右拳を繰り出す。一見戯れにも見えるその拳は弱々しく男の顎に直撃する。次の瞬間、その拳から到底放たれたとは思えない強烈なエネルギーによって、男は吹き飛ばされ壁に激突する。勢い余ったエネルギーはそのまま壁に大きくヒビを入れた。

「ガハッ……!?」

 男は一瞬の出来事にワケがわからないまま、背中の痛みを感じながら気絶する。すると殻井を包囲していた土の槍も一斉に崩れ去り、辺り一帯に大量の土の山ができた。

「ッたく……素直に降参しときゃイイのによォ……」

 殻井は静かに呟き、男を見る。死んではいないものの、そこそこ怪我をしてしまっただろう。無様に横たわる男を一度フンッと鼻で笑うと、殻井は静かにその場を去って行った。去り行く彼の身体は何事もなかったかのように、土槍で刺された怪我など嘘のように消えていた。

 

 

 

「悪いな、ツナシ。俺の都合に巻き込んじまって」

「ああ、もう驚きもしないさ。こういうことは慣れてる」

 仰向けで地面に寝そべる二人の少年はぽつぽつと言葉を交わし、それから目線を合わせて静かに笑い合った。

「さすがにこんな事態あったら気づくよな。俺がただの転入生じゃないって」

「当たり前だろ。転入生がトラブルメーカーとか漫画の中だけで十分だ」

 倉斗はくすくすと笑い、腕で反動をつけてガバっと上半身だけを起こす。そして夜空にいつの間にか輝いていた月を見上げながら静かに告げる。

「俺さ……別世界の人間なんだよね。いわゆる異世界人ってやつ」

「…………あぁー、そっか。なるほど、うん」

「反応薄いな、もうちょい『ええー!?マジィ~!?』とかねーの」

「いや、なんか一周回ってリアクション薄くなったんだわ。いや……マジか」

 ツナシは寝そべったままほけーっと間抜けな顔をする。しばらく二人は何も喋らず、その場には心地よい静寂が流れた。

 そしてその静寂を真っ先に破ったのは二人のどちらでもなく、第三者によるものだった。

「オイ、やっと見つけたぜ。さっさと帰るぞ」

 木々の隙間からこぼれた声に二人が振り向くと、そこには学生鞄を肩にかけた殻井が立っていた。殻井は倉斗に視線を向けた後、そのまま流れるようにツナシを見る。

「お前は……」

「ああ、殻井。こいつツナシって言って、俺のクラスメート。今回の騒動の時一緒にいて助けてくれたんだよ」

 倉斗が殻井の言葉を遮って言うと、彼は疑いの眼差しは変えないもののそれ以上言及することはなかった。『そうか』と一言放つとそれきりだった。

「ほら、さっさと帰るぞ。ハジメの野郎がさっさと連れて帰ってこいってうるせェんだよ。オイ、ツナシ。お前もだ」

 そろっと場を去ろうとしたツナシを目ざとく見つけ、殻井は声を掛ける。

「え、俺もですか?」

「ハジメがそう言ってんだ。さっさと来い」

「いやハジメってだrフぁぐッ!?」

 倉斗に口を押さえられたツナシは何をするんだと目で訴えかける。倉斗は小声で、

「今ごたごた言うのもめんどくさいし、一旦俺達と来いよ。ウチの寮の飯結構うまいんだぜ」

 ツナシが諦めたように頷くと、倉斗は彼を押さえていた手を放し、殻井に言う。

「よし、それじゃぁさっさと帰ろうか。素晴らしい飯と睡眠が待っている!!」

「え、えええ……」

「うるせェんだよ、テメェら!! とっとと歩け!!」

 ギャーギャーと騒ぎ立てながら、一行は戦場を後にした。

 




一年ぶりです、ウェーヴです。

………一年ぶりィッ!!??

さぼってました。すみません。
いや、書いてはいたんですよ? 今話だって書き溜めから引っ張ってきたヤツだし……
一応この続きも書いてるし…… あと三話分くらい……

少し他のことに熱中しすぎて、時間が少し開いてしまいました(なお、一年)が、これからも細々と書いていくつもりですので…… どうかよしなに……

もう一つの方もそのうち復活するはずです


今回はこの辺で…… ウェーヴ・カンでした



読んで頂いた全ての人に感謝!!


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