童磨さんin童磨さん(一発ネタ) (こしあんあんこ)
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0週目

純度100ぱーせんとのピュアッピュアの純愛モノのお話に仕上げました。私のお気に入りのキャラなので初恋を実らせたかっただけのお話。


 童磨(どうま)にとっての初恋というモノは死んでから始まった。今までは何も感じなかったし、無関心で他人事でしかなかった。虚ろな感情に色を与えたのは最後に喰らった女性だった。あの世で待っていたという女性と話す。話を聞いて言い知れぬ感情が沸き上がったのはこの時だった。初めての感覚だった、今はない心臓が脈打つようなそんな感覚、これが恋なのか、そう思えば目の前で首だけになった自分を持ち上げる女性が可愛くて仕方なくなった。こんな感覚があるのなら子供の頃に極楽なんて存在しないと泣いた自分が急に恥ずかしくなった。もしかしたら天国や地獄もあるのかも、想像するだけでない筈の心臓がドクドクと脈打って止められない。そうだ、童磨(どうま)は感情をくれた女性に問いかけた。

 

――ねぇ、しのぶちゃん。ねぇ、俺と一緒に地獄へ行かない?

 

――とっととくたばれ、糞野郎

 

 とてもいい笑顔で、胡蝶しのぶは童磨(どうま)の誘いを断った。

 

――――――――――――――――――

 

 目が覚めればそこは見慣れた部屋だった。光を遮るように御簾がおろされ、足元には何枚も畳が敷かれている、更に奥には底が少しだけ上げられた祭壇のような場所。そこにはいつも自分が座る座席が置かれ、悩める信者の話を聞くわけだが……、間違いない、此処は自室だ。何故自室にいるのかと童磨(どうま)は内心驚くも違和感があったのはこの時だった。

 

「……んんッ?」

 

 なんと、首から下があるのだ。あの世で何処かで置き去った首から下の胴体が自分を動かしている事実に驚いた。自室に置いてある鏡を見てみると、髪はいつも通りで、瞳の虹の虹彩が揺らめいている。しかし、瞳の中の数字と文字だけが無かった。脳内をほじくって(いじ)くり回せば、思い出すのは無惨様(あの方)に鬼にして頂いて間もない頃の記憶しか思い出さない。それ以前の記憶は人間時の記憶ばかりでないようだ。流石に自分の身に起こっていることが分からない童磨(どうま)は戸惑いを覚えていた。信者がやってくれば相手をしていったがやはり年号は合っておらず、過去に(さかのぼ)っていることしか分からなかった。それとも上弦の月だった自身は都合の良い夢に過ぎなかったか、それにしてはやけに現実感がありすぎた。身体だけが若返って、魂だけが老け込んだような、異様な感覚だった。

 

 ああ、それにしても……。ほぅ、と熱いため息が零れてしまう。いつだって童磨(どうま)自身の身を焦がして離さないのは一人の女性だった。……鬼殺隊最強、柱の一角。蟲柱、胡蝶しのぶ。華奢な身体の全身をもって藤の毒に冒されて、死してなお自分に殺意と憎悪を向けてくれた存在だった。そして、初めて(感情)を吹き込んでくれた相手。考えるだけで心臓が張り裂けてしまいそうだった。これを恋と呼ばず何と言えようか。あそこまで自分自身を見てくれた相手は、友人の猗窩座(あかざ)殿以外では初めてだった。信者たちは童磨(どうま)を信奉して止まないが、それは助けを乞うているか自分以外見えていない可哀想な人間でしかなかったし、無惨様(あの方)や他の鬼はツレないばかりで自分を見てくれない。だからこそ殴って睨む猗窩座(あかざ)殿は貴重で、友人なのだ。だが、それ以上の存在が現れた。

 

――ああ、どうしよう。

 

 童磨(どうま)にとって他人を信じる胡蝶しのぶは眩しくて届かない太陽にも等しい存在になっていた。後百年よりも長い先、童磨(どうま)恋焦(こいこ)がれる相手に会えないのだ。……気が狂いそうだ、好きだった女も喉を通らない。食べることが出来ないまま、月日ばかりが過ぎていく。鬼が月日を気にするなんて、馬鹿げていると思うが、童磨(どうま)にとっては大事なことだった。まるで()らされているようだ。これが後いつまで続くと言うのか、明日待てば君は俺を睨んでくれるのか、その刃を喉元にさしてくれるのか、突き刺して毒を与えてくれるというのか。考える度に彼女の与えてくれる衝撃を思い浮かべる。このままではいけない、童磨(どうま)は強くなることを考えて男を喰らうことに決めた。猗窩座(あかざ)殿も偏食をしていたのだ、俺だっていいじゃないか。栄養価の高い女を喰らうことも考えたが愛する彼女を考えれば食べることを躊躇(ちゅうちょ)させた。そして、食べなかった。

 

――清い身体で、彼女と一つになりたい。その一心だった

 

 ああ、そうか。新婚が初夜で(みさお)を立てる意味の深さを童磨(どうま)は初めて知ったのだった。信者は幸運なことに沢山居て、食事に困ることはなかった。稀血の男女が居れば交配することを説いてきたし、殺してしまった命は自身の中で一つになって永遠を共に生きている。女性は食べることは出来ないのだ、それでも優しい俺は最期まで責任をもって看取ってきた。教祖としての務めも果たしていったし。男をこうして沢山食べてきた、食べて、食べて。食べてきた。食べれば食べるほどに童磨(どうま)は強くなった。毎日藤の抽出した毒を(あお)れば、倒れてしまって信者を心配させたが毒は少しずつだが確実に身体に馴染む。全ては彼女のためだった。彼女と一つになっても倒れないように、恥ずかしくない男になるために童磨(どうま)はいつか来る日に備えた。年月が積み重なる度に死体も重なり、毒の量も増えていく。彼女を迎えるために童磨(どうま)は努力を重ねた。

 

 そして、下弦になった。無惨様(あの方)は褒めて下さった。血肉も分けて頂き、ますます身体は強くなる。下弦をあっという間に上り詰め、気付けば上弦になっていた。懐かしい顔も見える、そして猗窩座(あかざ)殿にも会えた。嬉しくて堪らず、猗窩座(あかざ)殿に抱き着けば、頭蓋骨を吹き飛ばされた。そういえば初対面だったな、童磨(どうま)は思い出して謝罪すれば、猗窩座(あかざ)殿は妙なモノでも見るような表情で此方を見ていた。

 

――上弦は、容易くない。

 

 なおいっそう強くなることに勤しめば猗窩座(あかざ)殿は努力する奴は嫌いじゃないと嬉しい言葉を残してくれた。以前よりも仲良くなれた気がする。楽しくて胸が弾んだのは初めてのことだった。ますます、感情をくれた女性が好きになって励んだ。上弦の月を昇る途中、兄妹を拾った。間違いない、妓夫太郎(ぎゅうたろう)堕姫(だき)だった。女性を食べなくなったから遊郭に行く理由など無かった、それでも自分の未来の記憶が夢か本物か確かめる意味で(おもむ)いた訳だが、出会った二人に感激を隠せなかった。だったらあれは夢ではなかったのだ。ならば彼女は俺の幻や妄想ではない。だから俺のこの感情は本物で、何も感じない訳じゃなかったんだ。それが、無性に居心地がよくて堪らなかった。童磨(どうま)は自身の起こした行動をなぞるように兄妹を無惨様(あの方)に紹介して、順調に上弦の弐となった。猗窩座(あかざ)殿を追い越したが以前のように過剰ではなく、いずれ越してみせると上弦壱を見るような目で此方を見るのは初めての経験であった。虫か何かを見るような目で猗窩座(あかざ)殿は俺を見てきていたからこれは本当に驚いた。

 

――そして運命の夜になった

 

 この夜初めて愛しの彼女の姉に会えるのだ。胸の高鳴りを感じる。仲良くなろうと話す優しい娘だったから妹との関係も祝福してくれるに違いない。そして、彼女の姉と出会った。蝶の髪飾り、蝶を思わせる羽織を身に着けている。間違いなかった。浮かれてしまうのは当然のことだった。

 

「やあやあ、初めまして。俺の名前は童磨(どうま)。いい夜だねぇ」

 

 教祖としての帽子を下げて、挨拶をすれば愛しの彼女に似た面差しの少女は戸惑うように俺を見ていた。まるで彼女に見られているようで、思わず照れた。

 




その後死んだり殺されたり無限ループを繰り返す、童磨さんのお話です。胡蝶しのぶと一緒になるまで諦めない素敵な純愛が待っている?そういうテイストのお話。需要あるかなー。
多分鬼として長いからズレまくった恋愛感性を持っているに違いない。


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1週目

※注意※童磨さんの感性は人間とは違います。だが、それがいい。


 照れていても、仕方がない。話をしなければ。童磨(どうま)は目の前の少女を改めて見てみると、頬が緩んだ。

 

――ああ、やっぱり姉妹なんだな。本当にそっくりだ

 

 童磨(どうま)は自身の頬が熱くなってくるのを感じていた。きっと見ている側からも頬は赤いに違いない。思わず手に持っている帽子を胸に抱きしめてしまう。それは興奮と緊張から来るものだったし、愛しい人を彷彿とさせる姉に思わず見とれてしまった。……ああ、愛しの君の姉とあっては失礼があっちゃいけない、童磨(どうま)は自己紹介をしてから戸惑う少女に声を掛けた。

 

「ねぇ、……自己紹介はしたからさ、君の名前を教えておくれ」

 

 本当は知っているけれど、俺たちはまだ初対面だからな。まず、初めに仲良くなるには自己紹介からだ。

 

「……胡蝶カナエ」

 

「カナエちゃんね、よろしくね」

 

 にっこりと微笑めば目の前の少女の緊張も解けてきたようで、朗らかな表情が戻ってくる。ああ、良かった。これで会話が出来るね。童磨(どうま)は笑い、目の前の少女も微笑んだ。……カナエちゃんは、優しい子だった。前回は食べ損なってしまって、愛しい彼女の為にもこれからも食べられないけれど、間違いなく君は俺が喰うに相応(ふさわ)しい人だった。鬼とは仲良くなれるなんて、素敵なことを考えてくれる子だから俺と彼女の関係を認めてくれるに違いない。童磨(どうま)は思い切って相談してみることにした。いざ話そうとすると恥ずかしいもので思わず身をよじらせて、手をすり合わせてしまう。

 

「ちょっと恥ずかしい話なんだけど、カナエちゃん。聞いてくれるかい?」

 

 何ですか、カナエちゃんが優しく笑う。本当にいい子だな、童磨(どうま)はホッと心を穏やかにしながら本題に入った。

 

「……実は君の妹に惚れているんだ、可愛くて、可愛くてッ……、仕方ないんだ」

 

 童磨(どうま)はそれを切り出した。彼女がいかに好きか、どれ程魅力的か、関係を認めて欲しいこと。口にすれば不思議と思っていた言葉がつらつらと溢れ出した。ついでに自身の身の上話をし始める。今まで彼女と一つになるため努力してきたこと、彼女の為に(みさお)を立ててきて一切女を喰らっていないこと。百年と何十年の思い出を事細やかに説明する。未来の記憶があることも話した、やはり彼女の馴れ初めの話は大事だからな。それでも話した後は後悔した、……流石に此処まで話すつもりは無かったのだ。馬鹿な男の戯言(ざれごと)だと思われたくはなかったし、言っても信じて貰えた試しがなかったからだ。どうしてここまで話してしまったのだろうか、童磨(どうま)は考える。脳内の彼女が、にっこりと微笑んだ。

 

――とっととくたばれ、糞野郎

 

 ああ、そうか。……俺も人並みに振られるのが怖かったのか。だから打ち明けたかったのかな。ほんのりと胸の中が暖かくなった気がする。そんなことを気付かせてくれる彼女に感謝して、目の前で俯く少女に笑いかけた。

 

――だから、俺に頂戴

 

 手を差し伸べれば肘から先が無くなった。どうやら切られたらしい。目の前を見れば厳しい眼で此方を見据えている。腕は再生するから問題ないけれど、いきなりどうしたというのか、首を傾げて問いかける。

 

「どうしたんだい、いきなり。……さっきまで仲良くしてくれたじゃないか」

 

「黙れ!そんな話を聞かされて妹を差し出すと思うかッ!!」

 

 刀を振り落とされ、避ける。危ない危ない。猫が威嚇するような荒い息遣いが聞こえてくる。殺意を持っているようだ。敵意はないと見せるように手をブラブラさせてみせる。

 

「ほらほら、話し合えば分かるよ。話そうぜ」

 

 ブンっと刀を頭に横に薙ぎ払われる。頭部の一部が切り落とされて、血の匂いが充満する。黙れと言うことらしい。えぇ、童磨(どうま)はがっかりしたように声を更に上げる。

 

「……カナエちゃん、鬼と仲良くしたいって言ってたよね?それなのにそんな物騒なモノ持ち歩くってちょっとどうかと思うぜ」

 

 此処までされれば非難の声も上がってしまうものだ、仕方ない。童磨(どうま)はため息を零しながら、懐に仕舞っていた対の鉄扇を取り出した。職人にあつらえさせた金扇が開く。パキリ、という音と共に氷の蓮が咲き誇る。凍てつく空気が肺を冷やす。冷たい蓮の花から(つる)が急激に伸びて、みるみるうちにその(つる)は暴れる少女の腕に巻き付いて、容易く拘束してみせた。冷たい氷の感触に眉を(ひそ)める少女に笑いかける。

 

「落ち着いたかい?なら少し話そうぜ」

 

「くッ、このぉ!!」

 

 女はか弱いものだと思っていたが、思いのほか力が強いようだ。細い氷がビキリと割れて拘束が解ける、刀が横に一閃、走る。避けたが近づきすぎた、腹に喰らう。腹の臓器がまろび出て、口内に血の味が溢れ出した。……少し、動けなくさせた方がいいかな。口元に伝う血を舌なめずりでふき取りながら童磨(どうま)は笑う。

 

「ははっ、痛いじゃないか。……まだやる気みたいだね、カナエちゃん。いいよ、飽きるまで付き合ってあげる。ただし抵抗はさせてもらうぜ。俺だって死にたくはないからなぁ」

 

 そしたら話そうか、童磨(どうま)はからころ笑う。あっという間に腹の臓器が元に戻った。少女は甲高い咆哮を上げて走り出す。童磨(どうま)はそれを大きく手を広げて、笑いながら迎え入れた。

 

――それで、気は済んだかな?

 

 楽し気に笑う童磨(どうま)が見下したのは跪いて動かない少女だった。刀を杖にして立ち上がろうとするが力が入らないらしい。身体中氷が纏わりつき、身体を震わせていた。肺胞が壊死して、息をするのだって辛いだろうに。憐れんだ童磨(どうま)は少女と同じ位置にしゃがみこみ、同じ目線になって少女を眺めた。少女の睨む目に身体がざわつく。まるで妹のようだ、心が温かくなって思わず頬を緩ませた。

 

「……間もなく、夜が明けてしまうなぁ」

 

 もっとゆっくり話したかったんだぜ、童磨(どうま)は名残惜しむように彼女の姉の頬を撫で上げる。すると、目の前の少女は目を見開かせて、日輪刀を振り払った。ヒュッ、童磨(どうま)の首元に刃が走るかに思えたが、童磨(どうま)の鉄扇の方が早く、カナエの身体を切り裂いた。反射的なモノだった。致死量の血が童磨(どうま)の服を汚す。……甘い、匂いだった。血縁だけあって彼女によく似た血の匂いが鼻孔をくすぐらせた。

 

――ああ、やってしまった

 

 童磨(どうま)は失敗したとしょんぼりした表情で、崩れ落ちるように倒れるカナエを見つめる。……もう、夜明けだ。運命の夜は話せないまま終わった。結局仲良く出来なかったなぁ、童磨(どうま)は残念に思いながら暗闇に消え去っていった。

 

 ……やむをえず殺してしまった女性はこれで二人目だ。仲良くしたかった胡蝶カナエ。そして、童磨(どうま)の首を切り落とした男の母、琴葉だ。殺してしまった以上食べられない俺としては埋めてやるのは当然のことで、夜明けのせいでカナエちゃんには申し訳なかったなと思う。……ああ、それにしても。どちらも話を聞いてくれないのは何故なのだろうか、話し合えば分かると思うんだけどなぁ。童磨(どうま)は残念そうな面持ちで昨夜起きたことを振り返る。結局のところ、どうしたって何がいけなかったのか分からなかった。

 

――――――――――――――――――

 

 上下、左右。重量感覚のない空間、無限城。水辺のある空間で、童磨(どうま)は静かに待っていた。……食事はこの日、取らなかった。今日一つになりたいと思うのは彼女だけ。この扉が開いたとき、やっと俺の想いが打ち明けられるのだ。ドクドクと心臓が早鐘打って急き立てる。身体が思うように動かない。口元が震える。頭を両手に置いて掻きむしる。頭上から血が溢れ、目の前が赤い。扉が開いて、彼女と目が合った。どうしようもない欲望と執着が溢れ出す。

 

――ああ、ああ!長かった!!待っていた!!君をずっとずっと待っていた!

 

 愛しの彼女が、俺を睨む。心地の良い憎悪が、硝子玉のような目が俺だけを映す。歓喜、感涙、驚嘆、喜悦、快楽、愉悦。身体中に感情が襲い掛かって震え上がる。会えた、会えた。君に、やっとやっと会えたんだ。今までにない感情に振り回されて心地がいい。やはり与えてくれるのは君だけだ。

 

「さあ、胡蝶しのぶ。俺と一つになろうよ」

 

 ずっとずぅっと、待っていた。殺し合うのも悪くない、君と俺と二人だけの時間だ。大切にして、一つになろう。……俺にはやっぱり君しか、居なかった。

 




童磨さん、人間のお勉強をしてから出直してください。
伊之助の母親は原作通り感の鋭さで殺されます。しのぶに会う前に鬼殺隊に来られるのは困るからです。なお1週目は失敗に終わる模様。


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2週目

童磨さん、1週目は終わりです。


 君は前と同じように俺を睨んだ。覚えてる、次の動作も次の言葉も、君の速い攻撃も、息遣いも。全部全部、覚えてる。だから次の言葉も、分かってる。この羽織に見覚えはないか、と彼女は問いかけた。だから、俺は頷いた。前みたいにうろ覚えじゃない、君の大切な人だから誠意をもって答えることにした。何故そうなったか事細やかに話す。ちょっとした仲違いで、決して悪気はなかったと彼女に話す。話すにあたり彼女に俺の想いを告げることになった。カッコ悪い告白になってしまったけれど。それでも俺はしのぶちゃんに想いを告げた。

 

――埋めてあげられなくて、カナエちゃんには申し訳なかったよ。ごめんね

 

 そして次の瞬間、彼女の刃が童磨(どうま)を貫いた。血と感情が溢れ出す。……恐怖じゃない、それは歓喜と高揚だ。彼女の関心は、今この時だけは、紛れもなく俺のモノ。痛みと殺意の心地よさに、童磨(どうま)は自身の身を震わせた。

 

――――――――――――――――――

 

 彼女が与えてくれる憎悪は、痛みは、毒は、童磨(どうま)にとっては愛である。彼女が俺を見てくれていることだから、喜んで受け入れる。待ち焦がれた痛みと熱が、身を焦がす。毒に慣れてしまったせいで少し刺激は足りないが、童磨(どうま)にとっては藤の毒は自分と彼女を結んだ思い出の品だ。後から毒の効果が表れて身体が崩れたことも、首を刎ねられたことも、全てが他人事でどうでもよかったのに、あの世で君がずっと俺を死ぬのを待っていて、あんなことを言うから、一途に俺を殺そうとするから、健気に頑張るから。堪らなくそれが狂おしいほどに愛おしい。俺を求めてくれているんだね、……俺も君を求めてる、お揃いだね。嬉しいね、楽しいね。童磨(どうま)は笑って彼女に鉄扇を向ける。

 

「しのぶちゃん、可愛いね」

 

 やはり君のことを考えると心が動いてしまうよ、そう続く前に刃が童磨の額を貫いた。……毒は、回らない。必死に冷静になる君が可愛らしい、興奮を隠せない童磨(どうま)は頬を紅潮(こうちょう)させる。いつまでもこうしていたい。だけどあの子が来るからなぁ、眼がいいだけが取り柄のあの子。意地悪な子を思い出して頭を振って打ち消した。愛しい君を目の前に他の女の子を考えるなんて野暮じゃないか。ごめんね、しのぶちゃん。

 

――そろそろ一つになりたいなぁ

 

 鉄扇を扇いで氷の霧を散布する。冷たい空気が肺と全身を冷やす。俺もしのぶちゃんもお互いに冷たくて、それを共有し合って気持ちがいい。それなのに徐々に動きが鈍くなっている、人間の身体は不便だなぁ。氷の蓮が花開き、伸びる(つる)が動きを制限させる、近づいて彼女の身体を切り裂けば血が噴き出して、甘い香りが広がった。童磨(どうま)は眉下を下げて口元を(ほころ)ばせ、双眸(そうぼう)の虹色がとろりと溶けた。彼女の匂いが、此処にあることがまるで夢心地のようだった。深手を負ってもなお立ち上がり、俺にまた毒を打ち込んだ。頸部に刺さる感触と毒の痺れが、心地良い。未来のことなのに、天井に突き刺さることが懐かしい。ああ、やっぱり君は俺を殺すことを、諦めないんだね。重力に従って、彼女が落ちていく。落ちる前に、天井を蹴り上げて彼女よりも先に落ちた。一人で落ちるのは可哀想だ。動けない愛しい人を受け止めて、抱き締めた。懐かしい軽さと華奢な身体を堪能して、想いを更に告げた。

 

「しのぶちゃん!!君はやっぱり俺の思った通りの人だ!!だから俺は君を好きになったんだ!!一つになって永遠を共に生きよう!……君は分からないけど前にもこうしたね、懐かしいねぇ。言い残すことはあるかい?聞いてあげる」

 

「……地獄に落ちろ」

 

 ツレない言葉を耳打ちされる。でもあの世で新妻のように待ってくれているのを俺は知ってるんだぜ。童磨(どうま)はいじらしく思いながらも笑って返す。

 

「ははッ、俺と一緒に地獄に行こうぜ、しのぶちゃん」

 

 ごきり、彼女の骨を折った。冷たくなる前に彼女を吸収する途中、叫び声がする。ああ、あの時の意地悪な子だ。せっかくの二人きりを邪魔されて気分が悪い。刀を振られるも動揺が激しい太刀筋では避けるのは造作もない。挑発に乗らないのも分かり切っている。何も言わずしのぶちゃんを吸収すれば、怒りにこらえきれない様子で視線を俺に向けているのが分かる。手元に残った蝶の髪飾りを抱き締めて目を閉ざす。ドクンドクンと心臓の脈打つ音が聞こえて身体が温かい。これでやっと、やっと。

 

「……やっと、一つになれたね。しのぶちゃん」

 

 (みさお)を立てて、清い身体で、良かった。だって、君はこんなに優しく俺と一緒に居てくれている。他の女の子を食べていたら分からなかった。……俺は、今確かに満たされていた。その後は俺の知ることばかりのことが起きた。またあの子に同じ意地悪なことを言われたけれど、前ほど腹は立たなかった。だって、俺はこんなに満たされている、あの子の言う喜びも感動をしのぶちゃんがくれたものだからだ。剣術の基礎も出来てない猪も来たけど大したことは無い。そろそろ行こうと歩き始めた時だった。しのぶちゃんの毒が、身体を蝕んだ。顔がとけて、虹色の眼が崩れ落ちた。……ああ、そうか。まだ足りなかったんだね、考える間もなく、また首を刎ねられた。

 

――――――――――――――――――

 

 気付けば、暗い闇の中だ。しのぶちゃんが俺を出迎える。あ、やっと死にました。可愛い顔で言われてしまえば、照れてしまうのは男としては仕方ないことだった。

 

――ねぇ、しのぶちゃん。ねぇ、俺と一緒に地獄へ行かない?

 

――とっととくたばれ、糞野郎

 

 そして彼女は童磨(どうま)の誘いを断った。二回も振られちゃった、なんでだろう。童磨(どうま)はない首を少しだけ動かして傾けた。

 

――――――――――――――――――

 

 ……気付けば、見慣れた天井が見えた。見渡せば自室だ。またもいつかの日のように首から下が生えている。鏡を確認すれば虹色の眼の中に文字は刻まれていなかった。脳内をほじくって(いじ)くり回しても、無惨様(あの方)が俺を鬼にして下さった記憶以外、蘇らない。何処かで見た現状に陥っていた。

 

――あれ、元に戻っている?

 

 流石に二回目となると、童磨(どうま)は今自分の置かれている現状をしっかりと把握する必要があった。どこぞの鬼が俺に血鬼術をかけているのか、あるいは地獄が見せている罰なのか。どちらでもないのは童磨(どうま)自身が体感してきて分かることだ。あの今までの百年は嘘ではないし、首を刎ねられた感触を童磨(どうま)は否が応にも理解していた。結局判断材料が足りず、結論を放棄した。……あ、でもこれでまたしのぶちゃんに会えるんだ。今度こそ、彼女を受け入れると決めた。毒に負けない身体を作ろうと信者に言いつけて藤の花を抽出したモノを一滴、最初の頃のように盃に入れた。そして、飲み干した。……首を傾げた。

 

「んんッ……?」

 

 最初の頃のような具合の悪さが来ない。トクトクとさらに盃に毒を入れて(あお)れば今度は毒が多すぎた。身体の原型が保てず、崩れ落ちて溶けだした。

 

――そして、気付けば自室だった

 

 ……もう何も驚かないぜ。童磨(どうま)は先程と同じように鏡を見れば虹色の眼が揺らめくだけで相変わらず文字がない。懲りずに盃に毒を入れて(あお)る。今度は具合が悪くなるだけになったが。一体どうしたことか、最初の頃だというのに毒に僅かながらだが耐性が出来ているではないか。二度目の時はこんなことは無かった筈なのに。……まさか、童磨(どうま)は慣れ親しんだ感覚で鉄扇を振れば小さな氷の蓮が咲き出した。何も食べていないのに僅かでも血鬼術が使える事実に驚いた。色々試してみれば多少身体が強くなっていることが分かる。理由は分からないが前の経験を僅かに引き継いでいるのは確かなようだった。こんな面白い身体になったつもりはないが、それでも前回よりも楽になったので童磨(どうま)自身は得をした気分でいつも通り、男の信者を一人、晩御飯にしてその日は終わった。

 




強くてニューゲーム的な要素を組み込んで、また童磨さんは2週目に入るのだった……。

リクエスト受け付けてます、感想には書かず活動報告でどうぞ。
今回は限定はしません。別の連載でリクエストがあればと思います。ですがやはり更新もあるので不定期にリクエストを叶える形になります。また、応えられそうな話を書き上げたいので一概に全部応えられることも出来ないこともご了承ください。それでもいいと言う方はリクエストを!


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3週目

周回しすぎて片思いこじらせちゃった。


 身体は変化したが時が(さかのぼ)ったことには変わりはない。愛しい人に会えるのは後百年と数十年先だと思えば、童磨(どうま)がうなだれてしまうのは仕方ないことだった。思わずため息が零れてしまう。

 

「はぁ……」

 

 まるで俺たちは一年に一度しか会えない彦星と織姫のようだね。それが百年以上越しなんて、……天帝も酷いお人だ。いつか向こう岸に渡って君と会うために、俺は再び努力を始めた。悩める信者たちと一つになって、沢山の女の子たちを看取っていく。教祖として説法を説き、仕事を全うしつつ格上の下弦の月に入れ替わり血戦を申し込む。前回も申し込んだ鬼だから手の内なんて分かり切っていて、倒すのは容易であった。殺すのは可哀想ではあるけれど、彼女のことを想えば仕方のないことだった。そもそも鬼なのだしいつか殺されるのは覚悟の上だろうに、それなのに目の前の鬼は氷漬けになりながら命乞いをし始める。血戦当初はまるで馬鹿にした様子だったのに、今となってはこのザマとは。……みっともないことこの上ない。下弦だからと胡坐をかいて慢心しきっているからこうなるのだ。これでは無惨様(あの方)が下弦を解体してしまうのは当たり前ではないのか。そう考えながら氷漬けにしてバラバラにすれば、あっという間に虹色の眼に文字が刻まれた。……まだ、下弦の陸だ。これから忙しくなるなぁ、童磨(どうま)はケラケラ笑って夜明けの陰へと消え去った。

 

――やはり、上手くはいかないものだ

 

 どうしたってカナエちゃんを殺してしまう。最初は仲良くしてくれるのにどうしてなのだろうか、これで死に巡りまわって何度目だ。その度に彼女に振られては流石に傷ついてしまうものだ。童磨(どうま)は思う。その度に彼女が殺意をもって殺しにきてくれて嬉しくはある、二人だけの逢わせを大切にはしたいのだけれど、やはり一緒になるにも肉親の許しも必要だろう。童磨(どうま)は何度目か分からない下弦の入れ替わり血戦を申し込む。もはや殺すのは造作もない。あくびが出る程に退屈で首を切り裂けば聞き飽きた命乞いを懲りずに言ってくる。一字一句覚えているその言葉を先に口にすれば何故か恐れ(おのの)いた様子で此方を見てくる。怯えきった表情があまりに見苦しくて、氷漬けにして砕け散った鬼を見た後、興味をなくした。

 

「早くしのぶちゃんに会いたいなぁ」

 

 待ち焦がれる童磨(どうま)は夜空を見上げ一人呟いた。下弦は問題なく昇っていける。しかし、上弦となると別次元の強さになってくる。それは童磨(どうま)が何よりも骨身に染みて知っている事実だった。死んで(さかのぼ)って引き継がれ、多少なりとも強くはなっているが慢心してはならない。童磨(どうま)は下弦を昇る時の倍以上の男たちを喰らっていった。上弦へ上り詰めれば、最近出来上がった遊郭へと惜しげなく足を運んだ。というのも何故彼女たちが怒って話を聞いてくれないのかという理由を知りたかったからだ。女心と秋の空なんて言葉があるように気難しい女の子たちの思いを学ぶため、遊女たちを通して知っていきたいかなという意図で童磨(どうま)は遊郭を練り歩いた。しのぶちゃんをいつか(めか)してあつらえたいなと思って、遊女たちから化粧も教えてもらいながら、童磨(どうま)は遊郭の遊女たちとの交流をそれなりに楽しんだ。

 

――そして、妓夫太郎(ぎゅうたろう)堕姫(だき)との何度目か分からない出会いを繰り返した

 

 どういう因果か、遊郭に行かなくとも、出自はどうであれ似た境遇で童磨(どうま)と何故か出会うのだ。きっと俺と妓夫太郎(ぎゅうたろう)達は血に分けた兄弟のようなものなのだろう、だからこそ何回目かの繰り返しになったら彼らを出迎えることも俺の習慣となった。そうしている内に、また運命の日がやってくる。

 

――優しいカナエちゃんと優しい俺は本当に気が合った

 

 相性は良いようで不思議と話が弾むのだ。しのぶちゃん程ではないが心が動いて心地がいい。姉妹だからこそ成せる技なのだろうか、だからこそカナエちゃんは殺したくなかった。ああ、でも……、だけど、けれども。

 

――いつか、しのぶちゃんともこうして笑いあってみたいなぁ

 

 ビキリ、心にヒビが入る音がした気がする。……結局カナエちゃんは、今回も殺してしまった。しのぶちゃんの殺意が俺を突き刺して離さない。居心地がいいのに、気持ちがいいのに、どうしてだろうか、満たされなくなった。一つになって君を感じるのに、それなのに何故だろう、……泣きたくなってしまうんだ。ビキリ、ビキリ。何かがひび割れていく音がする。いつもの毒が身体を蝕んで、頭がグチャグチャになってくる。いつも、彼女は笑っていても冷たくて、俺にいつもなんて言ってたっけ……?何度目か分からない胴体との別れを告げた。

 

――――――――――――――――――

 

 暗い闇の中。いつものようにしのぶちゃんが俺を出迎える。あ、やっと死にました。可愛い顔で言われてしまう、まるで死ぬのを望まれているようだ。……嫌、だ。嫌だ嫌だ嫌だいやだ嫌だ嫌だいやだいやだイヤだ嫌だ嫌だ。必死に彼女に願った。懇願にも近い切望を。何度も願った言葉を口にする。

 

――ねぇ、しのぶちゃん。ねぇ、ねぇ!!お願いだからッ……!!俺と一緒に地獄へ行っておくれよッ!!

 

――とっととくたばれ、糞野郎

 

 彼女はいつものように、童磨(どうま)の誘いを断った。ガラガラと何かが音を立てて壊れてしまった。

 

――――――――――――――――――

 

 彼女はいつも俺を睨む。殺意と痛みを、毒をもって、俺を殺そう(愛そう)としてくれる。それは俺を見てくれていることなのに、満足出来なくなったのはいつからだろうか。何度も繰り返して、言われた言葉と殺意を、寂しく思う。猗窩座(あかざ)殿もしのぶちゃんも追い打ちのように責め立ててくるものだから、疲れてしまったのだろうか。遊女と交流して俺はおかしくなったとでもいうのか。

 

――無性に、彼女の顔が見たい

 

 君の殺意が欲しい、殺されたい、刺されたい、殴られたい。欲望がむくむくと沸き上がってもっともっとと欲しがってしまう。君とカナエちゃんみたいに仲良く話してみたい、一緒になりたい。……俺に、笑いかけて欲しい。どうしよう、……随分、我が儘になってしまったみたいだ。だけど、それでも。彼女に否定はされたくないなぁ……。

 

――女々しいというのは分かっていても、それだけは願ってしまうんだ

 

 カナエちゃんと出会う、運命の日。いつものように話すつもりだったのに、俺は何故か今日だけは彼女と向き合いたくはなかった。背後に回る。勿論殺すつもりはなく、気絶する程度の力で首に一撃喰らわせる。気を失ったカナエちゃんを受け止めて見ればやはり愛しい人の面影を見てしまう。まるで、そう……しのぶちゃんみたいだ。

 

「ああ、可愛いなぁ……」

 

 気付けばカナエちゃんを屋敷に連れ帰ってしまった。信者に言いつけて部屋を用意させて、豪華な刺繍をあつらえた着物を着せてしまう。長い髪は、切ってしまった。切ってしまえばまるで愛しの君のようで落ち着く。ほぅと熱い熱のこもったため息を零してしまう。……カナエちゃんの瞼が僅かに動いた。

 

――ああ、目が覚める

 

 彼女が目を覚ますと状況を飲み込めていない状態で辺りを見渡している。俺の姿を見つければますます混乱した様子で目を白黒させていた。面白くなって笑ってしまう。おはよう、俺は挨拶を済ませて日輪刀を見せつける。俺たちの首を刈り取る忌まわしい武器、持ってみれば意外と軽くて驚いた。目を見開いて取り返そうとする。おっと、俺は刀を更に上に持ち上げて、遠ざけた。じゃらり、カナエちゃんの足元の鎖が音を立てている。これ以上は進まないようだ、微笑んで俺はいつもの自己紹介を始めた。

 

「やあやあ、初めまして。俺の名前は童磨(どうま)

 

 今日からここが君の家だよ、俺が笑いかければカナエちゃんが睨んでくる。しのぶちゃんみたいで、うれしくなってさらに笑った。

 




カナエちゃんをしのぶちゃんに置き換えて慈しむようです。

アンケートにネタ突っ込んでますがそろそろ引き出しがないです。


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4週目

センチメンタル童磨さん。


 部屋に入れば、痛いほどの視線を感じる。睨むカナエちゃんの目を見れば、姉妹揃って似ている(まなじり)を上げる。人形のような硝子玉の双眸(そうぼう)が俺を映す。鏡のように映る俺の顔はだらしなく笑っていた。睨む目が愛しいあの子の面影を思い起こさせて嬉しくなってしまうのだ。……何が、おかしいのですか、冷たく無機質なカナエちゃんの声が聞こえる。

 

「いや、似てるなって思ってね。不愉快なら謝るよ、ごめんね」

 

 ご飯、持って来たぜ。盆の上には漆塗りの容器が入っており、その中には調理された暖かい食べ物が綺麗に並べられ、彩り豊かに演出する。盆をそのまま差し出せばカナエちゃんの手がバシリと払いのけられて、盆がひっくり返ってしまった。暖かくこしらえたものが散らばって畳を汚し、みそ汁が一面中に流れた。あぁ、勿体無いなぁ。童磨(どうま)は足元を見て残念そうに眉を下げた。

 

「……カナエちゃん、食べてくれないと死んじゃうぜ」

 

 命は大切にしなければ、言葉を続けて話せばキッと少女が睨んだ。その眼もいいものだ、童磨(どうま)は嬉々としてその視線を受け入れる。しのぶちゃんもこんな顔をするのかな、想像するだけで顔が緩んだ。

 

――ああ、それにしても。……食べなければ本当に死んでしまう

 

 カナエちゃんは俺の世話など受けないと言わんばかりに食事を拒否して何日たったことだろう。十日は確実に過ぎていた。死んでしまっては元も子もない。雛鳥のように無理やり口に入れさせてもいいのだが俺としてはこの唇はしのぶちゃんに与えたい訳で。さて、どうしたものかと考えていると捜しに来たらしい信者の一人が俺の元へやって来る。ああ、ちょうど良かった。童磨(どうま)は笑う。

 

「ねぇ、お願いがあるんだ」

 

 たった一言で信者の眼はとろりと溶けたように潤む。極上の快楽を得たように、俺が声を掛ければ信者たちは飛ぶように心が弾むようだった。神の声が聞こえるという俺の言葉は神の啓示に思うらしい。神の声なんて聞いたこともないけどね。それでも天国地獄があると思えるのはあの子のおかげだけれど、やはりこういった信者の妄信は馬鹿らしいと思う。だからこそ気の毒な彼らのためにもこうして俺は教祖としての務めを果たしていきたい。今回は俺の勝手なお願いだけど彼らは快く受け入れてくれるようだ。それに甘えることにした。

 

「この子のご飯を落としちゃってね、悪いんだけど取ってきてくれないかい?」

 

 勿論でございます、信者の男は去っていく。残されたカナエちゃんに俺は声を掛ける。

 

「ちょっと待っててね」

 

 ご飯、ちゃんと食べなきゃね。童磨(どうま)が笑いかければカナエの眼はますます鋭く童磨(どうま)を射貫く。ううん、童磨(どうま)が悩むように首を傾げた。

 

「……その様子じゃ、また食べてくれないみたいだね、どうしたら食べてもらえるかなぁ……」

 

 童磨(どうま)は悩む素振りで少し間が開く。閃いた、と言わんばかりに童磨(どうま)は目を見開かせる、両手を叩き人差し指を立てた。

 

「そうだ、俺も君と食べればいいんだ。一人だから寂しかったんだね。言ってくれれば良かったのに照れ臭かったのかな?」

 

 は、と目の前の少女が口を開けているが童磨(どうま)は気付かず納得したようにうんうんと頷いている。それがいいね、童磨(どうま)はにっこり微笑んだ。

 

「ちょうど食事を持ってくる信者も来ることだし、ちょうどいいかも――ッ」

 

「やめてッ!!」

 

 遮るようにカナエは声を荒げた。大きな声を上げたせいでふーッふーッと息が整わない様子で、童磨(どうま)を見つめる。(すが)るような眼、必死な顔。童磨(どうま)は新しい表情を見て喜んだ。しのぶちゃんもこんな顔をするのだろうか、想像すれば胸の心臓が大きく高鳴った。

 

――しかし、困ったな

 

 童磨(どうま)は眉下を下がらせる。あれも嫌、これも嫌となると俺としてもどうすればいいのか。首を傾げて問いかけた。

 

「……やめれば、食べてくれるのかな?」

 

 彼女の首は縦に振られた。ああ、よかった。童磨(どうま)が喜ぶと同時に食事を運ぶ信者が現れた。息を呑む、音がする。カチャリカチャリと音を立てて信者が膳を持って運んでいる。……彼女の前に置かれた。ありがとう、払い飛ばさず受け入れる様子に童磨(どうま)はホッと胸を撫で下ろし、信者にお礼を言えば信者は飛び上がらんばかりに喜んで部屋を出た。

 

「じゃあ、食べてね」

 

 よっこいしょ、と声を出しながら童磨(どうま)は少し離れた位置にどさりと腰を下ろして胡坐をかいた。膝に肘をつき、手に顎を置いてカナエを見ている。嬉しそうに食事をする様子を見ている様子に耐え切れなかった。カナエは、声を掛けた。

 

「……あの、そんなに見られると、気になります」

 

「ああ、気にしないで」

 

 ひらひらと手を(ひるがえ)童磨(どうま)は笑っている。どうやらやめる気は無いようだ。はあ、思わずため息が零れる、諦めてカナエは食事を続けた。

 

「ああ、可愛いなぁ……」

 

 童磨(どうま)は熱い息を零す。童磨(どうま)は目の前の少女を鑑賞する。仕草から食べる喉の動き、全てを見逃さないと言わんばかりに食い入るように覗き込む。

 

――愛しいあの子はこういう風に食べるのかな

 

 想像すれば胸が温かくなってくる。興奮を隠せない童磨(どうま)は感嘆の声を上げながら、顔を熱くさせた。

 

――――――――――――――――――

 

 カナエちゃんが食事を取ってくれるようになった。その度に信者に食事を運ばせて俺も居なければ取らないけれど、それだけでも充分な進歩だった。とりあえずは彼女が生きてくれれば今はいいのだ。いつかは前みたいに仲良く話しながら笑ってくれればいいなと思っているが、カナエちゃんは中々素直になってくれない。

 

――姫君のような生活をさせているのにどうしてだろうね

 

 着物だって高級品だし、与えている(かんざし)だって腕利きの職人に作らせた一級品だし、食材だって各地の名品珍味の高級品だ。他の女の子はこれで喜んでくれるというのに何が不満だと言うのだろうか、童磨(どうま)は困ったように笑う。睨む彼女も素敵だけどそろそろ別の表情が見てみたい、考えあぐねて思いつく。

 

――やっぱり部屋に閉じ込めているのがいけないのかな、だったら屋敷内だったら自由にしてみようか

 

 童磨(どうま)は名案だと微笑んで、教祖としての務めを果たした後行動に移した。出歩くとなると、鬼である童磨(どうま)は天敵である太陽を避けた。決行は夜となった。眩しいほどの満月の光に照らされて、彼女の部屋の前の(ふすま)へ立つ。……正直、緊張した。喜んでくれるかな、息を整えて部屋に入れば少女が無表情に俺を出迎える。

 

「こんばんは、カナエちゃん。良い夜だねぇ」

 

 返事はない。相変わらずツレないね、童磨(どうま)は笑って彼女の傍に寄る。そして(ひざまず)く。頬を撫でればびくりと肩を震わせた。ガチン、金属の壊れる音がする。えっ、という表情でカナエちゃんは目を瞬かせている。見たこともない表情だ。童磨(どうま)はやってよかったと微笑んだ。

 

「それじゃあ、カナエちゃん外に行こうか」

 

 横に抱き上げて、外へ連れ出した。多少暴れはしたが童磨(どうま)にとっては大した抵抗にはならない。障子を開いて外に出れば満天の星とぽっかりと浮かぶ満月が庭を照らした。庭師に整えさせた草木は夜風にせせらぎ、椿の花が彩り豊かに植えられる。奥に続く踏み石を一歩一歩踏みしめた。……彼女は見入るように周囲を見渡している。可愛いね、童磨(どうま)が笑う。抱き上げられた少女はハッとした表情でみるみる顔を赤らめた。今日はコロコロ表情が変わって面白い。満足そうに童磨(どうま)は口元を緩ませる。

 

「ははッ、綺麗だろ?信者たちにも好評なんだ」

 

 気に入ってくれて嬉しいぜ、鬼の尖った牙を覗かせて童磨(どうま)は笑った。……あなたは、腕の中に納まった少女が小さく声を出す。おや、珍しい。童磨(どうま)は目を丸くさせる。

 

「おお、なんだいなんだい。珍しいな、話でもしたいのかい?」

 

「……私に、何をさせたいの?」

 

 なんだ、そんなことか。童磨(どうま)は応えた。

 

「最初から言ってただろ、ただ生活をして笑って欲しいって。……忘れちゃったのかな?」

 

「……そうね、貴方はそう言った。だけど目的は見えないの」

 

 貴方は、私に誰を見ているの。彼女の問いに今度は童磨(どうま)が固まった。彼女の言葉が続く。

 

「似ているなって誰の事なの?どうして私なの?貴方は私を可愛いと言うけれど。誰を、求めているの?」

 

「そうか、見抜かれていたか。……参ったね」

 

 ははっと笑ったが先程の調子とまるで違う。寂し気に笑って、自嘲じみていた。

 

――鋭い所もそっくりだ、

 

 童磨(どうま)は笑う。カナエの頬を撫でている。鋭く人を切り裂く鬼の爪は傷つけることなく、優しく撫でられた。それに心地よさすら覚えてしまう。

 

「……君には、悪いって思っているよ、別の女の子と重ねているなんて失礼だよね」

 

 ごめんね、だけど君には此処に居て欲しい。願うように目を細めた。

 

――それだけが、俺の願いなんだ

 

 数字の刻まれた虹色の瞳を静かに閉ざして童磨(どうま)はいつものように微笑んだ。カナエの表情は困惑しきっていた。それも可愛いな、と愛しい彼女の姿を思い浮かべた童磨(どうま)は少女に可愛いと呟いた。




童磨さんのメンタルはいか程だろうか。


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5週目

拗らせすぎた童磨さん


 あの満月の日以降、カナエちゃんは少し変わった。俺が居なくても食事を取るようになった。……どういう心境の変化なのだろう、皆目見当もつかなかった。壊れた足枷(あしかせ)もあるというのに外にいっこうに出る気配はなかった。部屋に居て欲しいと言えば従うし会話をしようと言えば話もした。日常会話でしかないけれど、彼女は笑う時は笑い、怒る時は俺を怒った。……そして、口に出すことも増えた。どうしてそれをしたのか問いかけて答えれば、どうしてそれをしてはいけないのかをクドクドと説教をし始める。まるで子供を叱りつける母親のようだった、童磨(どうま)はそれが新鮮に感じていた。童磨(どうま)の知る母親は嫉妬に狂った醜い人間であったし、父親に至っては色狂いだ。両親は童磨(どうま)を特別な子だと持て(はや)し、神の子だと信じて教団の象徴として崇め奉っただけだったからカナエのやっていることが面白く思えた。

 

――何故だろう、なんでだろう?

 

 久々にトクトクと心臓の音が鳴っている。流石しのぶちゃんの姉妹だなぁ、俺の感情を動かすのが上手い。感心すら覚えて笑みがこぼれる。……よく、似ていた。従順ならと判断して足の鎖を外すことにした。錠を鍵にはめ込んで回せばガチャリと音を立てて外れる。

 

「うわぁ……、痛そうだね」

 

 痛々しい程に白い陶器のような肌には(かせ)の痕が残っている。可哀想に、撫でればカナエちゃんの身体がビクリと動く。痛みにこらえるように唇を噛み締めるカナエちゃんの頭を撫でる、撫で下ろすように童磨(どうま)の手は徐々に下がり、少し伸びた髪をさわさわと触れる。

 

「女の子の髪を切っちゃって、ごめんね。髪は女の命だろう?」

 

 懺悔(ざんげ)をするように童磨(どうま)は苦笑した。さて、童磨(どうま)は立ち上がって金扇を取り出した。冷たい空気が周囲を凍らせる。現れたのは小さな人型だった。……童磨(どうま)によく似た氷像は独りでに動き出しカナエの傍に歩み寄った。

 

(かせ)は外したけれど、君が逃げ出さない保証はないからね。監視は付けさせて貰うよ」

 

 この子、俺と同じくらいの強さの技が出せるんだ、にっこりと童磨(どうま)は笑ってカナエを覗き込めば、カナエは静かな表情で此方を見据えていた。驚く顔が見たかったのに、残念だなぁ。

 

「じゃあ、そろそろ信者たちの話を聞かなきゃいけないからまたね。部屋からは出ないでね」

 

 そう言い残して部屋を後にする。カナエちゃんは最後まで俺を見ていた。何処までも真っ直ぐで、いつまでも見ていたいと思った。

 

――それでも代わりでしかないけれど

 

 ドクリドクリと、嫌な心臓の音がした。頭痛がするような、とても嫌な気分になった。原因は分からない、それが堪らなく俺を不快にさせていた。不思議な気分だった、カナエと話せば童磨(どうま)はいつもとは違う自分になれた気がした。あの子とは違う居心地の良さに驚くが同時に訳の分からない衝動に襲われる。それは不快さだ、煩わしくて仕方がない。ああ、そうか。

 

――所詮(しょせん)代替品は代替品でしかないのか

 

 そんな心の(ささや)きに、耳を傾けた。……頭が、痛くなった。

 

――――――――――――――――――

 

 どうしたって年月は止められない、待ち焦がれた筈のある日の無限城に飛ばされた。しのぶちゃんが、来る。隣には傍に居たカナエちゃんが辺りを見渡している。見慣れた水辺と足場の少ない場所、此処でいつかの俺は女の子たちを貪っていた。ある時はあの子だけを待っていたこともあった。今はカナエちゃんが此処に居る。俺がいることだけは変わらない。……あの子は、それをどう思うんだろうね。考えるだけで、頭が痛いほどの頭痛に襲われる。目の前の扉が開く。あの子だった。

 

――二人を見比べればやっぱりそっくりだった。

 

 姉さん、あの子の声がする。カナエちゃんも、あの子を見るなり、あの子の名前を呼んでいる。久々の再会だもんね、他人事のように思えてくる。

 

――そして俺を置き去りにして、走り出した

 

 ズキズキと重くのしかかる頭痛を感じた。頭を押さえ込んで金扇を開く、鋭い二対の鉄扇はカナエちゃんを引き裂いた。甘い血の匂いがする。もう何年も刀も握らず籠りきりの彼女はただの人でしかなく、命の火は容易く消えていった。……あの子の声がする。泣き叫ぶ、悲痛な悲しみの声だった。居心地がいいのに、頭痛は更に増していく、あの子の憎悪が、殺意が突き刺さる。

 

――やって良いことと悪いことがあるでしょ!

 

 カナエちゃんの叱る声が、聞こえた。だけど、もうそれを聞くことはない。だって殺してしまえば……もう、会えない。ズクズクと胸と頭が痛くて痛くて仕方がない。うるさくて、煩わしくて堪らない。

 

――しのぶちゃんと一つになったら治るのかな?

 

 安らぎを求めて彼女と一つになればますます痛みが激しくなった。いつもの殺意も憎悪も向けられないことが、寂しくて、虚しい。……そしてきっと今回のしのぶちゃんは毒を持っていない。だって剣術のまるでなってない猪が来ても、待てど待てども毒が回ることはなかった。毒のない彼女と一つになれたのに、永遠に一緒なのに、満たされない。気付けば無惨様(あの方)の名を口にした。

 

――自壊することを、望んだ

 

 呪いが発動した。身体中から食い破るように腕が生える、鬼にしていただいた頃のように頭に手が置かれた。ああ、懐かしい。ぐちゃり、頭の潰れる音と痛みが同時に圧し掛かった。……死ねばあの子はいつものように待っていて、いつものように微笑んで、俺の言葉を否定した。胸が痛かった。

 

――――――――――――――――――

 

 (さかのぼ)って、信者と一つになって強くなる。上弦弐になって、カナエちゃんを(さら)っては繰り返す。あの子の面影を追いかけて……これで何度目だ。十過ぎた頃には数えることをやめた。カナエちゃんはその度にあの子と同じように睨んでくる。懇願すれば何故かやめて、一緒に居てくれるけれど。……あの頭痛が止むことはなかったし満たされることは無かった。

 

――だってカナエちゃんはしのぶちゃんじゃない。

 

 カナエちゃんが笑ってもしのぶちゃんが笑うことにはならないんだ。……分かっていた筈だ、童磨(どうま)は自嘲する。しのぶちゃんに似ているからという理由でカナエちゃんを連れ帰ってしまってからあれから何度それを繰り返したことだろう。死んで繰り返す度に、気付かされる。薄々と、そして確実に、自覚するには充分だった。代替品で自分を慰めて、面影を追う虚しさを、逃避していたことも、全部全部もうとっくの前に気付いていた。最初から分かっていた。

 

――それでも、やめようとはしなかった

 

 カナエちゃんの中にしのぶちゃんの影を追うことも、求めることも、やめなかったのは俺だったし表情を歪ませようと躍起(やっき)になった。何度もそれをカナエちゃんに指摘されて、見抜かれてしまうまでそれを続けていたのはなんでだろう、童磨(どうま)は困ったように眉下を下がらせる。代替品でしかなかった筈のカナエちゃんが離れることも我慢できなかった。彼女の隣も心地が良かった、離れてしまえば殺して、虚しくなって自決の道を選んでしまう。まるで無駄なことを繰り返す人間のようだ。効率的ではないのに、……らしくない。どうして、こんなに弱くなってしまったのか。どうしてこんなザマなのか。思い出すのはあの子の言葉だった。

 

――ねぇ、しのぶちゃん。ねぇ、ねぇ!!お願いだからッ……!!俺と一緒に地獄へ行っておくれよッ!!

 

――とっととくたばれ、糞野郎

 

 冷たく俺を否定するしのぶちゃん、俺から何度も離れていくカナエちゃん。……ああ、俺は、怖いんだ。離れられることも、否定されることも、全部全部怖いんだ。見てくれるのなら憎悪でも殺意でも構わなかったのに。欲深くなってからはそんなことにすら憶病になってしまっていた。……だからこんなにも弱くて、……(もろ)くなってしまうんだ。

 

今回は、監禁したカナエちゃんに日輪刀を差しだして、首を刎ねて貰った。飛んでいく視界に自分の首のない胴体を見る。カナエちゃんを見れば泣きそうな表情で俺を見ていた。

 

――――――――――――――――――

 

 もう、一人は嫌だった。一つになれば誰も俺と話してはくれない。俺を、見てくれない。……どうすれば良かったんだろう、あの子もカナエちゃんも俺から離れて行く。だったら、……俺はこうするしかないんだ。

 

「やあやあ、カナエちゃん。良い夜だねぇ」

 

 カナエちゃんの部屋に入るなり、いつものように挨拶をする。鬼殺隊(・・・)だったから俺を警戒していた。今は本能の方が強いのかもしれない。唸り声を上げて俺を睨む。

 

「カナエちゃん、今日もいいものを持って来たんだ」

 

 俺は優しいからな、童磨(どうま)は持ち運んだ袋の中から人の足を取り出した。断面から血が溢れ出す。それをカナエは見入るように見ていた。よだれをダラダラと垂らしている。

 

「……もう、我慢はしない方がいいんじゃないかな?」

 

 無惨様(あの方)に鬼にさせてもらったんだから一緒に食べようぜ、童磨(どうま)はそう言って、カナエに笑いかけた。一人じゃ寂しいだろう、俺も寂しいからな。しのぶちゃんも鬼にしていただくか、童磨(どうま)は名案だと思いながら手に持っていた足を喰らった。

 




仲間づくりから始めることにしました。
あ、これもうハッピーエンドですね!
これでこの短編は完結にさせていただきま(ry)


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リクエスト1

リクエストの1つです、exciteさんから一つ。カナエまでの周回のしのぶさん視点です。


死ネタ注意です


 敬愛してやまない姉が、一晩のうちに血まみれになって倒れていた。もう、何が起こったかは明らかだった。……間違いなく鬼だ。その証拠に姉は鬼の血鬼術によって凍てつくような冷たい身体になっていた。霜焼けで水膨れた皮膚と、凍傷まみれの黒ずんだ肌が露出する。

 

――口元から流れる血と地面を濡らす程の量から、姉が死ぬのだと悟った

 

 湧き上がった感情は怒りだった。胡蝶しのぶは姉を抱き上げて、怒りに打ち震える。悔しさと悲しみに入り混じり、こらえきれなかった感情が涙となって(あふ)れ出す。

 

――両親だけでは飽き足らず、鬼は私から姉すらも奪うのか

 

 ……この世で二人きり、ただ一人の肉親だった。自分たちと同じ思いを他にはさせないと誓った姉さん、いつも優しく微笑んでいる優しい大好きな姉さん。

 

――まあまあ そんなこと言わずに。姉さんはしのぶの笑った顔が好きだなあ

 

 懐かしい思い出ばかりが蘇っては消えていく。ボタリボタリと涙が姉の頬を濡らした。うう、姉の口から呻き声が聞こえる。姉さん、姉さん。しのぶは叫んだ。静かに目が開かれれば、カナエの瞳にしのぶが映る。弱弱しい手がしのぶの頬を優しく撫でた。

 

「……しのぶ、鬼殺隊を辞めなさい」

 

 信じられない言葉を耳にする、カナエの声は小さく呟きながら更に続いた。

 

「……あなたは、頑張っているけれど、本当に頑張っているけれど、多分しのぶは……」

 

 姉の言葉は続かない。私が何だと言うのか、間髪入れず姉はまた別の話を口にする。

 

――普通の女の子の幸せを手に入れてお婆さんになるまで生きて欲しいのよ

 

 優しい優しい、姉の願い。これがきっと彼女の遺言だ。想像して涙する。それが出来たらどれ程幸福なのだろうか、息を呑んで、大きく頭を振った。嫌だ、嫌だ。嫌だ嫌だ。姉の居ない、……そんな幸せいらない、必要ない。頬を撫でる姉の手を掴む。痛いほどに握り締めて、叫ぶ。

 

「嫌だ!!絶対辞めない。姉さんの(かたき)を必ずとる!!言って!!どんな鬼なの!どいつにやられたの……!!」

 

 こんなことをされて、普通になんて生きていけない。しのぶは涙ながら訴え、乞う。姉に言われたからではない、これは私の選んだことだ。……私は、その鬼を許さない。カナエは考え込むように瞳を閉じる、観念したようにポツリポツリと鬼の特徴を口にした。

 

――――――――――――――――――

 

 増設を繰り返してきたような部屋ばかりが続く空間だった。上下左右でたらめに反転したように剥き出しの部屋が入り組んで見上げれば階段が逆さまになっている。走り回ってどれほどだろうか、しのぶは一息ついて息を整える。ここは無限城、鬼舞辻無惨(きぶつじむざん)の本拠地だ。休んでばかりではいられない、再び走り出した。扉を開けば、そこには広い空間が広がっていた。水辺のような場所だった、水の張った空間で狭い橋のような足場で、男がそこに一人(たたず)んでいた。

 

 

――それは人ではなかった

 

 人がいるとすれば柱か鬼殺隊の剣士だけだ。無限城にいるのだから、それは人ではない。……鬼だった。……目の前の鬼は、笑っていた。人を切り裂く鋭い爪で額を掻きむしり、掻きむしった頭から止めどなく血を溢れさせていた。赤い血で滲む瞳の中には上弦弐の文字が刻まれている。

 

「ああ、待っていたよ。ずっとずぅっと待っていたよ」

 

 ドクリ、しのぶの心臓が高まった。目が見開く。……それは恐怖ではなかった。思い出せ、死んだ姉はどんな鬼に殺されたか、姉は特徴を話していた筈だ。姉の、カナエ姉さんの声が蘇る。

 

 

(頭から血をかぶったような鬼だった)

 

 目の前の鬼は、白橡色(しろつるばみいろ)の長髪だ、注目すべきはその頭部。血をかぶったような赤黒い模様が浮かんでいる。目の前の鬼は髪と同じ血のような模様が描かれた服を動かして話し出す。ニヤニヤと張り付けたような笑みを浮かべている。

 

「……まず、いつものように自己紹介から始めようかな。俺の名前は童磨(どうま)。いい夜だねぇ」

 

(にこにこと屈託なく笑う、穏やかに優しく喋る)

 

 ドクリドクリ、心臓がうるさいくらいに耳元に聞こえる。身体と唇が震えた。鬼は笑っている。懐から何かを取り出した。

 

「さあ、胡蝶しのぶ。俺と一つになろうよ」

 

(その鬼の使う武器は)

 

 懐から出たのは鉄扇だった、金であしらった、鬼の武器だった。

 

(鋭い対の扇)

 

 目の前の鬼も両手に金扇を持ち上げて、広げてみせた。ゾクリ、背筋が震えた。……それは恐怖である筈がなかった。見つ、けた。見つけた見つけた見つけた。激情を抑え込んで、鬼と向かい合う。姉が好きだと言ってくれた笑顔を、浮かべた。

 

「あら、あなたに名前を名乗ってはいないのですが?」

 

 鬼はしまったといった様子で笑った。もじもじと手を合わせて恥ずかしそうな様子で頬を赤らめている、気持ち悪い。ひくり、思わず口角が歪み微笑みが崩れた。

 

「ははッ、やってしまったな。恥ずかしい。俺が一方的に覚えているだけだ、許しておくれ」

 

「……、」

 

 思わず黙り込む。一方的に覚えられることに寒気を感じていた。これ以上、この鬼と話したくはない。童磨(どうま)と名乗る鬼に問いかけた。この羽織に見覚えはないかと。

 

「私の姉を殺したのは、お前だな?」

 

 

 ふり絞るように怒りをこらえて問いかければあっさりと答えが戻ってきた。

 

「……そうだぜ」

 

 すまなそうな様子で、鬼は答えた。まるで事情を説明するように話すものだから話に耳を傾けた。

 

「カナエちゃん、良い子だよね。俺も、最初仲良くしてたんだぜ?それなのに突然切りかかってきたんだ。……俺は鬼だからな、再生するから何の問題もないんだが急に怒りだしたんだ」

 

 姉は、急に怒り出して切りかかる人ではない、しのぶは更に話を聞いて具合が悪くなった。それは、自身に対する一方的な告白であった。大好きな私と一つになりたいから女性を喰わなかったこと、(みさお)を立ててきたこと。聞けば聞くほど、理解が出来なかった。そして同時に姉が自分を守るために死んだことに気付かずにはいられなかった。この鬼の一方的な執着で、姉が死んだ。そんな事実に呆然とした。まだ何か言っているが聞きたくはない。それでもこの鬼の説明は分かりやすく、嫌でも聞かざるを得なかった。

 

――埋めてあげられなくて、カナエちゃんには申し訳なかったよ。ごめんね

 

 締めくくるように、そう謝罪する鬼に、頭の血管が切れる音がする。ブチブチと音を立てて頭が赤く熱くなる。気付けば姉が好きだった笑顔は無くなった。剣を突き出して、鬼を貫くも嬉しそうに頬を赤らめられた。どうやら本当に私に好意があるようだ。会ったこともない相手に好かれることがここまで虫唾(むしず)が走ることだとは思わなかった。仇をとるため、しのぶは鬼に向かっていった。

 

――――――――――――――――――

 

 どれ程毒を調合しても、しのぶの毒は効かなかった。むしろ刺される相手を喜ばせているだけになっている気がしてならない。可愛いねと名前を呼ばれる度に、毒を刺しても一向に回る気配がなかった。姉を凍傷に追いやった血鬼術はしのぶの息を凍らせる。思うように呼吸が出来ない。動きが遅くなる。相手の鉄扇が扇がれて氷の蓮が出現する、(つる)が伸びて襲い掛かる。避けて動けば目の前に仇が迫りくる。すれ違いざまに、一閃鉄扇が薙ぎ払われる。しのぶの身体を引き裂いた。前のめりに倒れ込む。もう、立てないほどの重症だ。

 

「さあさあ、早く一つになろうぜ、しのぶちゃん」

 

 鬼の声がする、激痛が、冷たい空気が身体中を蝕んだ。……姉の声が聞こえる。

 

「関係ありません、立ちなさい蟲柱胡蝶しのぶ。倒すと決めたら倒しなさい。どんな犠牲を払っても勝つ」

 

 しのぶならちゃんとやれる、頑張って。泣くような激励に、しのぶは立ち上がる。そうだ、立ち上がろう。姉のため、皆のために、人のために。……残されたカナヲのために、力を振り絞って、踏み込んで、間合いに入った。小さな体躯を活かして、懐へ力いっぱい刀を突きあげる。天井へ突き刺さる。首に刺さるが、毒がやはり回らない。熱い視線を、感じる。

 

――ほんと頭にくる、ふざけるな馬鹿、なんで毒効かないのよコイツ

 

 馬鹿野郎、心の中で罵倒をすれば童磨(どうま)が天井を蹴り上げて先に落ちてくる。しのぶを受け止めて、抱き締めた。……熱い抱擁に気分が悪い。告白をするように童磨(どうま)は叫ぶ。

 

「しのぶちゃん!!君はやっぱり俺の思った通りの人だ!!だから俺は君を好きになったんだ!!一つになって永遠を共に生きよう!……君は分からないけど前にもこうしたね、懐かしいねぇ。言い残すことはあるかい?聞いてあげる」

 

 前も何も初対面だ、何の話をしているのかまるで分からない。沸々と怒りが湧いてくる。

 

「……地獄に落ちろ」

 

 最後に言えた、精一杯の抵抗だった。あっけらかんと鬼は笑う。

 

「ははッ、俺と一緒に地獄に行こうぜ、しのぶちゃん」

 

 ごきり、骨の折れる音がする。痛みと共に意識が遠のいた。……私は、ここまでのようです。後は任せます。後から来る、可愛い妹に、全てを託した。

 




ストーカーされている人間の心境ってこんな感じなんだろうなぁ……。

exciteさんのリクエストにお応えしました。へ〜つさんも何処かの周回のしのぶさん視点をリクエストされております。どちらの方もしのぶさん視点だったので今回はexciteさんのリクエストにお応えしました。ちゃんとできているか分かりませんがこれでリクエスト一つ完了させていただいたこととさせていただきます。
へ〜つさんはいつか話増えてから書かせていただきます。他の方のリクエストは私の力量が不足しているのでもう少しお待ちください。



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6周目

童磨さんがカナエちゃんに手料理振るまうってさ


 カナエちゃんを鬼にした。無惨様(あの方)は喜んでおられた、柱を鬼にするのも一興だと彼女に血を分けて頂いた。柱の鬼化など滅多にないだろうな、信者の一人を見繕(みつくろ)って持って来る。いつものカナエちゃんの部屋に持ち込んでみれば彼女は耐え切れないといった様子で部屋を荒らす。部屋の衣装箱は引きちぎれ、床から壁、天井に至る場所に鋭い爪で引き裂いた跡が残っていた。当の本人はフッーフッーと猫のような唸り声を上げて、部屋の隅でうずくまっていた。

 

「うんうん、お腹が空いたんだね、カナエちゃん。大丈夫だよ」

 

 ご飯、持って来たぜ。童磨(どうま)は見せつけるように腕を千切って見せつけた。カナエは唸り声を上げて童磨(どうま)の手に収まる食材を払い退けた。びしゃりと畳に落ちた。ああ、童磨(どうま)は残念そうな声を上げた後、嬉しそうな表情を見せる。懐かしいね、童磨(どうま)は笑う。

 

「ははッ、前にも似たようなことしたよね」

 

 分からないだろうけどね、言葉を続けて落とした腕を拾い上げた。埃を払って再びカナエちゃんに見せつける。

 

「カナエちゃん、ほらご覧。この腕の持ち主はまだ死にたてでね、死後硬直もしてない真新しいものなんだ。血だって新鮮だぜ」

 

 美味しそうだろ、童磨(どうま)が笑いかければビクリと肩を揺らし、物欲しそうな顔で腕を見つめていた。カナエちゃんの口からよだれが溢れ出し、重力に従って顎まで落ちていった。見てくれるけど手は出してくれないようだ。ううん、童磨(どうま)は顎に手を置いた。無惨様(あの方)に志願して監視をしてお世話をしているが食べて貰わないと、強くはならないし俺も無惨様(あの方)に怒られてしまう訳で。こうやってカナエちゃんの食事事情で悩むのも久しぶりだった。散々悩んで思い当たる節にあたり、納得した。

 

「おお、そうか。初めてだから不安なんだな。こんなに大きいのも食べにくいからな。よしよし、食べやすくしてやろう」

 

 俺は優しいからな、童磨(どうま)は手に持った腕を更に半分に引きちぎった。ゴキリゴキリと骨の折れる音や肉片の潰れる音が部屋中に響いた。さあ、出来たぞ。一口ずつ団子状に丸めた肉をカナエに見せつける。

 

「ほらほら、口を開けてごらん。食べさせてやろう」

 

 カナエの顎を掴む。力を加えれば容易くカナエの小さな口が開く。すかさず肉団子を入れさせればカナエは暴れた。驚かせちゃったかな。可哀想だと思いながら童磨(どうま)は口を押えて上を向かせた。食べて貰わなければ心配だという親切心からだった。

 

「さあ、ゆっくり噛んで食べてね。ほら、美味しいぜ」

 

 童磨(どうま)は肉団子を見せつけるように自分の手に乗せて、飲み込んだ。弾力ある感触を楽しんで、カナエを見ればとうとう喉が動いた。ごくり、よだれを飲み込む音がする。ああ、良かった。童磨(どうま)は優しく微笑んだ。

 

「そんなに物足りなそうな顔をしなくてもいいぜ、ほら、まだこんなにあるからな」

 

 沢山の肉団子を童磨(どうま)は見せつけた。

 

――――――――――――――――――

 

 もうあれから何年経ったことだろう。鬼にとっては瞬く間の間の期間であったのは事実だが童磨(どうま)にとってはカナエと過ごした濃い数年であった。童磨(どうま)の世話の甲斐もあってカナエは変異直後の激しい意識の混濁が僅かに解消された。それでも小食であるのが気になるところだ。心配した童磨(どうま)がカナエと付ききりで食事を共にすることが多くなったのはそれからすぐのことだった。教祖としての務めもあるのであまり時間は作ることは出来ないがそれでもカナエがいることで童磨(どうま)は安心していた。……もう一人ではないからだ、カナエは今変異後の意識の境目にいるけれどもっと食べて年月を重ねればそれもなくなる、そうすればまた仲良くなれる。……もしかしたら猗窩座(あかざ)殿と同じように友人になれるかも、想像するだけで童磨(どうま)の心臓が高まった。これは何だろう、胸に手を当てても手に暖かさは伝わらない。感情が動いて心地がいい。その隣にしのぶちゃんがいることも想像すればますます心臓が早鐘打って嬉しくなってしまって、今回の説法に支障をきたしてしまった。

 

 無惨様(あの方)の命令で青い彼岸花探しも仕事として存在する。俺は信者に命じてそれとなく探させているが名品珍品ばかりが送られてくるばかりでお目にかかれたことはなかった。探知探索は苦手だから、無惨様(あの方)のお役に立てないことは面目ないと思うが、教祖としての務めも俺の仕事の一つだ。信者の悩みを聞いて、打ち明けた悩みに真摯になって聞いてやる。その人が欲しい言葉を口にしてしまえば信者たちは喜んだ。……悩める彼らは本当に気の毒だ、道理も受け入れられない彼らだから俺も大切にしたいと思っている。そして、今回も新たな信者が来るようだ。いつものようにお目通りを願われて、部屋に通せば目を見開いて凝視した。なんと、目の前にしのぶちゃんがいるじゃないか。鬼殺隊はどうしたの、なんて聞けることもなく、悩みを聞くこととなった。何でも大切な姉が消えてしまって身寄りがないだとか、よくある信者の不幸話に相槌を打ちながらしのぶちゃんを見る。下から上の服を見る。町娘の服だった、……町娘にしては服がやけに新しい。信者たちの姿を何度も話して見ていた俺だから分かる。

 

――しのぶちゃんは嘘を吐いている

 

 蝶の髪飾りも付けておらず、肩まで伸びた髪が下されている。普段見ない姿だったから少し見入ってしまった。あの、しのぶちゃんは恥ずかしそうな顔を見せる。ああ、可愛い。演技だと分かっていても惚れた女の子の新しい表情を見るのはいいものだ。今回は無限城じゃない場所で出会えたんだ。……仲良くしようぜ。これからずっと、永遠に。

 

 これからよろしくね、童磨(どうま)の虹色の瞳が怪しく輝いた。

 

――――――――――――――――――

 

 ――――――――――――――――――

 

 日光は鬼にとって天敵であり、俺としては建物の構造は非常に大事なモノだ。増築にあたり教団の屋敷は匠たちに一切の日差しの当たらない構造に(こしら)えさせた。だから日中の日差し真っ盛りでも歩き回れるようにもなれた。おまけにどこの建物にも繋がっている。外には出られないけれど、室内を自由に歩き回って行き来するのは素晴らしいもので。お腹が空けば自由に探し回れると言う意味でも教団の屋敷は使い勝手が良かった。今回は説法を開くために一つ向こうまで歩かなければならないやはり少し広すぎたかな、困り顔で歩いていると目の前から想い人が歩いてきた。思わず声を掛けた。

 

「やあやあ、しのぶちゃん。此処の生活には慣れたかな?」

 

「……教祖様。教団の皆さんにはよくして貰っています」

 

 ……しのぶちゃんと一つ屋根の下で話をするなんてまるで夢のようだ。思わず顔がにやけそうになった

 

「うんうん、そうかそうか。良かったねぇ。困ったことがあったら言ってね」

 

 じゃあ、説法があるからまたね。ボロを出さないように早々去ろうと思えばしのぶちゃんに呼び止められた。

 

「教祖様、お庭の花が満開らしいです、良かったら来られませんか?」

 

 まるで逢瀬(おうせ)の誘いのようだ、胸がトクトクとうるさく響いて言葉が出ない。はっはと息ばかりが出てしまう。そしてようやく言葉を絞り出した。

 

「……ごめんね、説法でこれから忙しいからね、また今度誘ってね」

 

 後ろ髪引かれる思いで、その場を後にした。……この時初めて無惨様(あの方)の太陽の煩わしい思いに同調した。

 

――太陽を浴びてしまえば朽ちてしまうこの身が憎たらしくて仕方なかった

 

 

 

 

 




手料理だぞ、喜べ

しのぶさん潜入捜査中みたいな感じです

次回で多分鬼ルート終わるかな……?ワンクッション置きたかったのでこれで。

※追記
今度の更新個人的な理由で大幅に遅れます!


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7週目

ファンブックを買って、無惨様の童磨さんに対する感情を見て、私はにっこり微笑んだ。


 信者としてのしのぶちゃんは静かなものだった。人当たりのよい優しい微笑みを浮かばせて、物腰柔らかなその様は淑女(しゅくじょ)そのものだ。けれど、周りの信者たちを寄り付かせなかった。話しかけてもやんわりと断り、微笑んで離れて行く、決定的な壁を作っているのは明らかだった。教祖として俺も話しかけたけれどそこだけは変わることはなかった。信者との二人きりの時間を使おうとしても彼女はツレなくかわされるばかりだ。会話をしても感謝しておりますとの一点張りで一向に会話が続くことはなかった。

 

――やっぱり誘いを断ったのは惜しかったなぁ

 

 思い返す度に残念に思う。せっかくの彼女の逢瀬(おうせ)の誘いだったのに。忌々しげに天井で隔たれた太陽を睨んだ。睨んだところで太陽が弱点であることは変わる訳もなく、すぐにやめてしまったが無惨様(あの方)が太陽で動きを制限されて煩わしいと仰る意味が分かるような気がした。

 

――――――――――――――――――

 

 信者達が寝静まった夜更け頃、夕食を調達してカナエちゃんの下へと赴いた時だった。カナエちゃんの部屋の方が騒がしい。部屋の障子は何か暴れたように壊れていた。新しく入れ替えた筈なのに彼女の爪跡が至る所に点在し、家具や壁、畳が傷ついていた。部屋の中には誰もいない。カナエちゃん、カナエちゃん。声を上げてもいつもの呻き声は聞こえなかった。ドンッと重い何かが壊れる音がした。その音は遠ざかっていく。音の方に向かっていけばしのぶちゃんが見慣れた格好になってカナエちゃんに刃を向けていた。悔しそうに悲しそうに、息を荒げ倒れたカナエちゃんを見て、涙を零していた。

 

――ああ、なんて可愛いんだろう。

 

 笑って欲しいけど、泣いている君も素敵だ。君の色んな表情が見てみたい。それもきっとすぐに叶うことだ。俺たちはずっと一緒だし未来永劫だ。これからを想像するだけで、胸が高鳴って、思わず声を掛けてしまった。

 

「こんばんは、しのぶちゃん。町娘の恰好はやめちゃったのかい?」

 

 でもやっぱりそっちの方が似合うよ、見慣れた彼女の衣装を鑑賞する。彼女の冷たい視線を感じた。憎しみ、憎悪、殺意。向けられる感情が懐かしいけれど、……やはり、寂しいものだ。でも、鬼になってしまえば俺たちは分かり合える。童磨(どうま)がうんうんと頷けば、睨む目はますます鋭さが増した。目の前の彼女が吠えた。

 

「カナエ姉さんを、よくも……ッ!」

 

「しのぶちゃん、一緒に鬼になろうぜ」

 

 そうしたら仲良くなれるからな、童磨(どうま)が笑えばしのぶの刃が構えられた。攻撃に備えて童磨(どうま)は金扇を取り出した。

 

――――――――――――――――――

 

 殺すのは簡単だ。何度も見ている、知っている。彼女の攻撃パターン、速さ、呼吸、動き。何度も死に巡って繰り返し見ている童磨(どうま)にとってしのぶの次の攻撃動作がどう出るかを予測するのは容易かった。

 

――だけど、やりにくいなぁ

 

 童磨(どうま)は困ったように眉下を下げた。虹色の瞳の中の文字が揺れる。……そう、殺すのは簡単だ。今からでも一つになってもいいのだ。……毒を持っていたとしても多分、分解出来る域には達している筈だ。……だけど、それでは意味がない。話さない彼女に意味はない。俺は、仲良く話したいんだ。死んでしまえばそれまでだ。だから彼女を鬼にする。……鬼にしたいのだけれど。

 

――どうやって、動けなくさせようか

 

 できれば傷つけたくないなぁ、童磨(どうま)は現状に手をこまねいていた。殺すのは簡単でも手加減というモノを童磨(どうま)は知らなかった。以前のカナエを動けなくさせてみたが虫の息であったし、血鬼術も手加減をする以上使えない。捕らえようと動かす氷の(つた)も、彼女の速さには追い付かなかった。太陽が昇る前に片付けたいところだが、決定的なモノに欠けていた。不意打ちの機会も声を掛けたことで失ってしまったし。さて、どうしたものか。彼女に刺された傷を癒しながら童磨(どうま)はしのぶの攻撃を(かわ)す。まずは話し合いからだな、童磨(どうま)はしのぶに声を掛けた。

 

「しのぶちゃん、……痛いのは嫌だろう?ほら、鬼になろうぜ、長生きも出来るしカナエちゃんともお揃いだ!いい考えだろう!」

 

「うるさい!黙れッ!」

 

 目を貫かれた、さらに攻撃が激しくなる。……何故だろうか、いい考えだと思ったのに。彼女も中々に頑固だ。童磨(どうま)は攻撃を受け止めていると、カナエが此方にやってきた。毒を喰らっていたらしいが分解が出来たらしい。ある程度慣らした甲斐があったものだ。彼女は飢えに耐えかねているようだ、唸り声を上げている。攻撃が止まったのはそれからだった。しのぶを見れば目を見開いてカナエを見ている。カシャン、とうとう刀を落としてしまった。

 

「ごめんね、しのぶちゃん」

 

 ……好機だった、俺は金扇を振り下ろしてしのぶちゃんの手足を切り落とした。ゴロリと重力に従って彼女が落ちていく。甘い血の匂いに酔いそうだ、頭を振って彼女を見下ろせば、両方の手足を失って動けない状態で身じろいでいた。足元には離れた手足が転がって血だまりを作っている。カナエちゃんが後ろで何かを叫んでいた。……もう、外は夜明けに近かった。

 

「……痛いよね、ごめんね。あまりに暴れるモノだし話も聞いてくれなかったから……でも大丈夫!鬼になれば生えてくるからな!」

 

 俺は笑って自身の手を握り締める、握り締め過ぎた手から血が溢れ出す。無惨様(あの方)から頂いた血をこうして分けるのは妓夫太郎(ぎゅうたろう)達以来だろうか、最近ではカナエちゃんか。昔を懐かしんですぐにハッとする。おお、そうであった。血で塗れているしのぶちゃんが可哀想だ。早く鬼にしてあげないと、彼女の許へ歩けば、重力に従って手からボタボタと血が地面に落ちる。その度に動けない彼女が暴れ出した。身じろいで俺から離れようとしている。……ああ、痛いんだろうな。それもすぐだから、大丈夫だよ。

 

「仲良くしようぜ、しのぶちゃん」

 

 童磨(どうま)が笑いかけると同時に、襲い掛かったのは衝撃だった。慣れ親しんだ痛みと甘い鉄の匂いが、童磨(どうま)を襲う。ガクリ、片足が無くなり跪く形でそれをした相手に童磨(どうま)は微笑んだ。額に血管を浮きだたせたカナエちゃんが俺を睨んでいた。

 

「ははッ!じゃれ合いたいんだね、でももうちょっと待っててね」

 

姉妹仲良く後で遊ぼうぜ、童磨(どうま)は身体を癒し、立ち上がれば今度は壁に吹き飛ばされる。頭を打つ衝撃に、顔を(しか)めた。

 

「カナエちゃん、流石に俺でもこれはあんまりだと思うんだけど……」

 

 カナエちゃんに苦言を漏らせば、しのぶちゃんを背に俺に立ちはだかった。反抗期かな、予想外の行動に童磨(どうま)は笑う。……少し躾けた方がいいかな。

 

「じゃあカナエちゃん、少し遊ぼうか」

 

 対の金扇を構えて、童磨(どうま)は迫る。唸り声を上げるカナエは迎え撃つも勝敗はあっという間であった。鬼になって間もないカナエと周回を繰り返す童磨(どうま)。どちらが優勢であるかは明らかだった。互いに血を流しているが血の量は明らかにカナエの方が多かった。外は、既に日の出が差し掛かっていた。

 

「遊びは終わりでいいかな?」

 

 童磨(どうま)はケラケラ笑いながら首を傾げる。明るくなっていく朝日を厭い、童磨(どうま)は障子の当たらぬ位置へと移動する。幸運なことにしのぶが居る位置は、日の当たらぬ場所だった。カナエちゃんも日の当たらない場所に居る。傷もまだ、治っていない。邪魔は入らないものと判断して再びしのぶの下へと動き出した。

 

――ああ、これでやっと、やっと

 

 童磨(どうま)は恍惚とした想いで、歩みを進めた。……長かった、遠かった。だけど、それも今日で終わり、これから彼女と話して、俺が一から鬼として育てるんだ。……無惨様(あの方)の為じゃない、他でもない俺の為。俺は、信者達の言葉を知っている、彼女達だって短く生きるのは嫌だろう。これからは老いることなく、永遠に共に生きていけるんだ。互いに笑い合って、話し合って触れ合って、親睦を深めていく、そんな夢を見た。

 

 ドン、と衝撃を受けた。腰に優しく、それでも強く押し出すように身体が動く。腰を見れば傷の癒えたカナエちゃんが俺を押し出している。ガタリ、外に続く障子が壊れて、日に身体が晒される。熱い、痛い。そう感じる前に身体は蒸発するように四散した。

 

 ……目覚めれば、見慣れた天井が視界に映る。慣れたように身を起こし、金扇をもっていつものように氷を形成すれば腰ほどの人形が現れる。ちょろちょろと童磨(どうま)と似た人形が歩き回る。最早、上弦弐に達する域になる程の力が備わっていた。

 

――ああ、あと少しだったのに。

 

 夢は遠いな、ため息を零した童磨(どうま)は再び立ち上がって信者を一人喰らった。

 

――――――――――――――――――

 

 カナエちゃんを鬼にして、これで何度目だろうか、一切食事をしてくれない時もあったし、2年間眠り続けて食事を取らず睡眠で栄養を取っていた時もあった。何度も繰り返して必ず起きるのは反抗期だった。しのぶちゃんを守りたい意思がそうさせるのかもしれない。それからは傷つけないように彼女を凍らせることにしたが、途中で出てくる黒髪の鬼殺隊の男が不愉快だった。実力は柱であることは間違いないがしのぶちゃんが彼を見つめる目が、言葉がいけなかった。

 

――冨岡さん、後は任せます

 

 柱同士だから絆が深いのかもしれない、命を互いに預け合う仲間同士、確かにそうなのかもしれないが。……まるで互いに分かり合っている様子で夫婦のようじゃないか。燃えるような嫉妬の業火に身を焦がしながら、歯を食いしばった。途中でカナエちゃんも俺に攻撃し始めて、氷の(つる)を壊したしのぶちゃんも参加する。3人がかりで俺に攻撃してきてますます面白くなかった。……なんだかやる気が削げてしまった。首は切られてやり直しになってしまったが、いい機会だった。もっと別のやり方に変えてしまおう。そして閃いた。

 

――そうだ、最初からしのぶちゃんとカナエちゃんを引き取れば良かったんだ

 

 童磨(どうま)は良いことを思いついたと言わんばかりに両手を叩き微笑んだ。早速行動に移すことにした。手始めに信者たちを使うことにした。童磨(どうま)万世極楽教(ばんせいごくらくきょう)は教団の中でも規模は小さいもので信者は250人程度だ。あまり多すぎると叱られてしまうので人数は大したことはないが、信者は要人、豪商、公家の貴族たちと人脈を重視して選んでいる。その信者達の人脈を使って、いずれ生まれる彼女たちの両親を破滅に追いやった。居所を失った彼らが此方の手に堕ちるように仕向けた。捨て子のように迷い込んだ彼女の両親に耳元で優しく諭すように語り掛けた。つらいことや苦しいことはしなくていい、と。穏やかな気持ちで楽しく生きようと万世極楽教(ばんせいごくらくきょう)の教えを口にすれば、彼らは泣き崩れて、救われていた。ああ、可哀想に。童磨(どうま)は泣いて彼らを迎え入れた。

 

――そして幼い彼女たちと出会った

 

 教祖様、もじもじと恥ずかしそうに手の平を重ねている娘たち。ああ、可愛いな。最初からこうすれば良かったんだ。適齢期になったら永遠を生きようと誓いあって、彼女達を慈しんで育て始めた。

 




独りよがりじゃ嫌われるんです、童磨さん。
多分、死に方全網羅するんじゃないかな?

鬼ルートはもうちっとだけ続くんじゃよ


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リクエスト2 前編

加糖さんとexciteさんのリクエスト。今回は長くなりそうなので前半後半に分けます。

加糖さんからは「拉致されたカナエ視点」、exciteさんからは「拉致されて最終的に童磨さんに斬られた周回」です。


 私は幸せだった。優しい両親に恵まれて、可愛い妹も生まれた。妹が生まれた日は今でも覚えている。母に抱き上げられて、私よりも小さな体が私を見ていた。その小さな手が私の人差し指を頼りなく包んでいて、それでも力強く、生きていることを告げていた。

 

――私たちは幸せだった。いつまでも、家族一緒に過ごせると信じていた

 

 ある日の晩、そんな幸福を破壊する鬼が現れた。……目の前で大好きな両親が食い殺された。下品に笑う鬼を、血まみれの両親を、泣いている妹には見せたくはなかった。守るように妹を覆い隠して、鬼が私達を今にも襲い掛かろうとした瞬間、鬼は消え去った。私たちを守ってくれた人は、鬼殺隊を名乗り、身寄りのない私たちは鬼殺隊に入ることを決めた。

 

――私たちと同じ思いを他の人にはさせない

 

 妹と誓った願い。鬼を一体でも多く倒せばその分悲劇を減らすことが出来る、そう信じているけれど、私は鬼に非情にはなれなかった。鬼の首をとる度に、彼らの歪んだ執着や思想が見えてくるからだ、鬼は哀れで悲しい存在。話すことも考えることも出来るなら私たちはきっと分かり合える。

 

――仲良くすれば、殺し合いなんて、失うことなんて、なくなるのに

 

妹は鬼殺隊と同じ方を見ているけれど、私は、そう思ってしまうんだ。

 

――――――――――――――――――

 

 ちょっとした、油断だった。後ろから一撃、奇襲を貰う。しまった、そう思っても意識が遠のく感覚がする。しのぶ、唯一の最後の肉親の顔が浮かんで、プツリと糸が切れるように暗くなった。

 

 目を覚ませば、畳の部屋だった。視界に映る襖は金箔が何枚も重ねられ、置かれている家具の装飾は匠の繊細な技術が見て取れるようだった。一室だけでいかに贅沢を尽くしているのか分かる程だ。まるで夢を見ているようで周囲を見渡せば一人の男が立っていることを理解した。行灯(あんどん)橙色(だいだいいろ)の淡い光に照らされて、妖しく笑う男は声を出す。

 

「おはよう、カナエちゃん」

 

 何故名前を知っているのか、聞くよりも先に視界に映ったモノのせいでそんな言葉は吹き飛んだ。男は見せつけるように見覚えのある刀を見せつけた。鬼を狩る日輪刀。(つば)の形状、(さや)の使い古したでこぼこ。……腰に身に着けていた、私の刀だった。改めて腰を見れば、下げた刀どころか、身に着けていた隊服もなかった。返して、手を必死に刀へと伸ばす。おっと、男は更に刀を上げて遠ざけた。じゃらり、足元から音がしてピンと足が張る感覚がする。転びそうになるのを必死に(こら)えて足元を見れば、鉛色の(かせ)がそれ以上の進みを阻害していた。男は優しく笑みを浮かべる。

 

「やあやあ、初めまして。俺の名前は童磨(どうま)

 

 今日からここが君の家だよ、目の前の男は私に笑いかけてくる。白橡色(しろつるばみいろ)の髪には血のような赤黒い模様が浮かぶ。見たこともない虹色の眼の中には上弦弐の文字が刻まれている。上弦の月だった、それがますます警戒心を研ぎ澄ます。手元に日輪刀は無く、足は鎖に繋がれ思うように動けない。現状は不利だった。余裕そうに目の前の鬼はケラケラ笑う。それがますます気に食わなかったが戦う術はない。ただ、睨むだけとなったが可愛いと連呼されて鬼の意図が分からなかった。童磨(どうま)と名乗る鬼がまた言葉を続けた。

 

「実はカナエちゃんにやってもらいたいことがあってね」

 

 何故か名前を知っている鬼は、笑いながら握った手を目の前に見せつけた。まず一つ、人差し指が上がった。

 

「ここで生活をすること」

 

二つ目、童磨(どうま)は更に指を上げる。

 

「笑って欲しい、たったこれだけだよ」

 

 勿論ご飯も準備するし、欲しいものもあったら遠慮なく言って。準備するから、自由にはしてあげられないけど、それ以外なら叶えてあげる。童磨(どうま)はケラケラ笑っている。……話を聞いても求めている意図が分からなかった。やってもらいたいことがそれだけとは、何をさせたいのか。疑問が湧いていくうちに目の前に童磨(どうま)が立っている。(あご)を優しく上げさせて、彼は微笑んで更に言葉を続けた。

 

――ね、簡単でしょ?

 

 有無も言わさぬ鬼の言葉。逆らえば、命はないと言わんばかりだ。これからこの鬼と生活しなければならない事実に、戦慄した。

 

――――――――――――――――――

 

 囚われて、何日経っただろうか。童磨(どうま)が求めることは本当にそれだけのようで、着物も毎日違うもので、金箔を豪華にあしらい、刺繍も丁寧になされた女性が喜ぶものを着せられた。(かんざし)や遊び道具も渡される。……ただただ、豪華な生活を享受させられた。信者たちも鬼ではなく、純粋な人間ばかりが周囲に存在し、教祖である鬼を誰もが信じていた。鬼である童磨(どうま)の邪悪さが窺い知れた。

 

――そして、今日もあの鬼はやって来た。

 

 襖の開く音がする。盆を持って、ニヤニヤと笑って此方を見ている。……何が、おかしいのですか、思わず声が出た。おっと、しまった。そんな表情で童磨(どうま)は申し訳なさげに苦笑した。

 

「いや、似てるなって思ってね。不愉快なら謝るよ、ごめんね」

 

 ご飯、持って来たぜ。盆の中には童磨(どうま)の言うご飯が存在し、豪華な食材が並べられ、彩り豊かに演出されていた。美味しそう、飢えに襲われる。だけど、食べてなるものか。盆を払いのければ、そのまま盆はひっくり返って畳を汚した。しょんぼりした様子で童磨(どうま)は口を開く。

 

「……カナエちゃん、食べてくれないと死んじゃうぜ」

 

 命は大切にしなければ、そう続く言葉に思わず睨むがこの鬼には効かないようだ。嬉しそうに受け入れる心境がまるで分からない。先程話した似ている誰かを私越しで見ているのか。気付けば童磨(どうま)は信者の一人に何かを言い渡していた。信者は教祖の言葉に喜んでいる様子でそそくさと消え去っていった。その信者の純粋さを利用する童磨(どうま)が許せそうになかった。ますます睨めば童磨(どうま)はううん、と悩む素振りで目を閉ざした。少し、間が開く。唐突に目を開かせたと思えば、両手を叩き人差し指を立ててとんでもないことを言い出した。

 

「そうだ、俺も君と食べればいいんだ。一人だから寂しかったんだね。言ってくれれば良かったのに照れ臭かったのかな?」

 

 童磨(どうま)の言葉に、理解が追い付かない。君と食べると、鬼は話していなかっただろうか。先程、何を言っていたのか考えている内に、納得した様子でうんうんと頷いている。気付けば話は勝手に進んでいる。それがいいね、童磨(どうま)はにっこりと微笑んだ。いつものように、笑みを張り付けていた。

 

「ちょうど食事を持ってくる信者も来ることだし、ちょうどいいかも――ッ」

 

「やめてッ!!」

 

 何も知らない信者が私の膳を持って、置いた瞬間鬼に殺される。両親と、同じように。目の前で、何もできない無力なまま……。想像すれば反射的に声が出た。思いのほか大きな声が出てしまい、息が荒く、整わない。やめて、その言葉が出ないが見つめる目で童磨(どうま)は言いたいことが分かったようだ。

 

「……やめれば、食べてくれるのかな?」

 

 首を傾げて問われる言葉に黙って頷いた。ああ、よかった。鬼の喜ぶ声が聞こえると同時に襖が開く音がした。思わず、息を呑む。先程童磨(どうま)と話していた信者が食事の乗った膳を運んでいる。童磨(どうま)はそれを見ている。目の前に膳が置かれる。想像した映像が浮かぶも、一向に童磨(どうま)から殺意は感じられない。……どうやら約束は守るようだ。ありがとう、緊張から、か細く出てしまった。声を聞いた童磨(どうま)はホッとした様子で信者にお礼を言った。信者は喜んで部屋を出ていった。

 

「じゃあ、食べてね」

 

 よっこいしょ、と声を出して童磨(どうま)は少し離れた位置にどかりと腰を下ろして胡坐をかいた。膝に肘をつき、手に顎を置いている。嬉しそうに私の食事を見ている様子に耐え切れなかった。……声を掛けた。

 

「……あの、そんなに見られると、気になります」

 

「ああ、気にしないで」

 

 ひらひらと手を(ひるがえ)童磨(どうま)は笑っている。どうやらやめる気は無いようだ。はあ、思わずため息が零れる、諦めて食事を続けた。

 

「ああ、可愛いなぁ……」

 

 うっとりとした様子で童磨(どうま)の言葉が部屋中の空間に響き渡った。

 

――――――――――――――――――

 

 ……食事を取らざるを得なくなった。信者に膳を持たせて、ニヤニヤする鬼の卑怯さと屈辱を味わう歯がゆい日々が繰り返される。絶望して悔しそうにするのを眺めることがあの鬼にとっての趣味なのだろうか。そう思えば表情は硬く、感情も凍り付く思いだった。それでも鬼は私を食べようとはしなかった。あの鬼の望みを思い出していると、唐突に襖が開いた。

 

「こんばんは、カナエちゃん。良い夜だねぇ」

 

 にっこりといつもの笑みを浮かべた鬼が現れて、思わず身を引き締めた。返事はしなかった。相変わらずツレないね、童磨(どうま)は日常会話でもするように語り掛け、私の傍にやって来た。跪いて目の前に虹色の綺麗な目が私を捉えている。……明らかにいつもと違う。不意に、頬を撫でられた。……ああ、とうとう食べられるんだ。身構えて痛みに備えて目を閉ざすとガチンと金属の音がした。足元を見れば(かせ)の鎖が壊れている。目を白黒させていると童磨(どうま)は嬉しそうに微笑んでいた。

 

「それじゃあ、カナエちゃん外に行こうか」

 

 そう言って、横に抱き上げられた。邪悪な鬼の手に収まっていることに耐えられなかった。暴れるも上弦の鬼の力は私よりも遥かに強いようで、大した抵抗にはならなかった。月明かりに照らされている障子を童磨(どうま)が開けば外の外気の冷たさに触れた。見上げれば満天の星とぽっかりと浮かぶ満月が庭を照らしていた。庭師に整えさせた草木は夜風にせせらぎ、椿の花が彩り豊かに植えられている。奥に続く踏み石を童磨(どうま)は私を抱き上げて一歩一歩踏みしめた。……綺麗だった。思わず見入るように周囲を見渡した。可愛いね、童磨(どうま)が笑う。見られた事実にハッとして顔を熱くなった。満足そうに童磨(どうま)は口元を緩ませていた。

 

「ははッ、綺麗だろ?信者たちにも好評なんだ」

 

 気に入ってくれて嬉しいぜ、鬼の尖った牙を覗かせて童磨(どうま)は笑った。鬼の牙さえなければ好青年に見えてしまう。……あなたは、気付けば小さく声を出していた。童磨(どうま)は目を丸くさせていた。

 

「おお、なんだいなんだい。珍しいな、話でもしたいのかい?」

 

いいよ、何でも応えてあげる。童磨(どうま)は嬉しそうだ。

 

「……私に、何をさせたいの?」

 

 童磨(どうま)は応えた。私を見つめている。

 

「最初から言ってただろ、ただ生活をして笑って欲しいって。……忘れちゃったのかな?」

 

「……そうね、貴方はそう言った。だけど目的は見えないの」

 

――貴方は、私に誰を見ているの?

 

 彼女の問いに今度は童磨(どうま)が固まった。初めて余裕が崩れていた。そうだ、鬼の望みはいつだって執着だ。言葉が止められなくなった。

 

「似ているなって誰の事なの?どうして私なの?貴方は私を可愛いと言うけれど。誰を、求めているの?」

 

「そうか、見抜かれていたか。……参ったね」

 

 ははっと笑ったが先程の調子とまるで違う。寂し気に笑って、自嘲じみていた。

 

――鋭い所もそっくりだ、

 

 童磨(どうま)は笑う。そっくりって誰なの、そんな言葉は続かない。不意に頬を撫でられた。鋭く人を切り裂いて殺す鬼の爪は、傷つけることなく、優しく撫でている。それに心地よさすら覚えてしまう。

 

「……君には、悪いって思っているよ、別の女の子と重ねているなんて失礼だよね」

 

 ごめんね、だけど君には此処に居て欲しい。願うように目を細めた。とてもいつもの鬼には到底思えなかった。

 

――それだけが、俺の願いなんだ

 

 数字の刻まれた虹色の瞳を静かに閉ざして童磨(どうま)はいつものように微笑んだ。正直、困惑した。こんなに穏やかに鬼が望むのは初めて見たからだ。それも可愛いな、と誰かを思い浮かべている童磨(どうま)は少女に可愛いと弱弱しく呟いた。

 




同じ内容のリクエストなので二人同時に叶えさせて頂きます。

※exciteさんからは二つリクエストされてます。「童磨さんの首を斬った周回のカナエ視点」ですがちょっと繋げられそうにないのです。ぶつ切りになっても大丈夫!というのなら後半に書かせていただきます。



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リクエスト2 後編

これにて終了です!


――それだけが、俺の願いなんだ

 

 あの満月の夜以来、童磨(どうま)の言葉が耳から消えない。鬼に乞われるのは、願われる言葉は、常に執着の混じった、暗い感情だったからあそこまで真っ直ぐとした穏やかな望みは初めてだった。……だからかもしれない、私はあの鬼の言う言葉に従うようになった。食事を言われても摂るようになったし、部屋に居て欲しいと言われたらそれに従った。拒否していた会話も少しずつではあるけれどするようになった。会話をすれば誰かを私に重ねて童磨(どうま)は話し出す。話せば話す程に、童磨(どうま)がいかに賢いのかも言葉巧みな話術があることも理解できた。信者達も歪んではいるけれど利用する気持ちはないようで、救済する気持ちはあるようだ、ただ一つ。この鬼には欠けているモノがあった。

 

――えっ、だって病気の子だろ?死なせてやった方がいいだろう?そうすればもう苦しくもないし辛くもないし、怯えることもない。

 

 悪びれることもなく、童磨(どうま)は断言した。……まるで他人の痛みを理解していないようだった、否、実際そうなのだ。他人の感情に無頓着で、教祖をやっていながら神を信じてはいなかった。ただただ死んだら無になって心臓も脳も止まって土に還ることの道理を童磨(どうま)は口にする。……だからこそ無惨に付け込まれ、鬼にされたのだろう。そしてそれを話すことも出来ない環境が童磨(どうま)を歪ませていた。それを(いさ)める両親は居なかったのかと訊けば両親こそが彼を歪ませた発端であったに違いなかった。何処か他人事のように両親の死を語る童磨(どうま)が気の毒でならなかった。

 

 歪んでしまったけれど、話は分かってくれる鬼にせめて人の道を説いた。どうしてやってしまったのかを聞いた後、その答えを間違いだったと(さと)すことから始めた。ああ、なるほどと納得する様子はまるで良し悪しの分からない子供のようで、妹にもこうやって叱りつけたことを思い出した。流石に酷すぎれば怒鳴ったけれど、童磨(どうま)はそれを怒ることはなかった。よくも悪くも童磨(どうま)は素直だった。こうなってしまえば今までの私が感じていた思いはなんだったのだろうかと思う程だった。自由にしてもらえる時間も増えた。それは結果的にそうなったことだった。忙しいからごめんね、童磨(どうま)は謝って、部屋を後にする。今までは教祖としての仕事も押して私に会いにきてくれていた事実に驚いた。……奇妙な生活だった、敵である鬼と、ましてや上弦とこうして話し合って生活している事実は、柱としての私の判断を鈍らせているに違いなかった。

 

――私と童磨(どうま)は、不思議な縁で繋がっている気がした。

 

――――――――――――――――――

 

 ガチャリ、長らく私の足を縛り付けた(かせ)が外れた。従順ならばという童磨(どうま)の判断が私の足を解放させるに繋がった。(かせ)自体は鎖が壊れいつだって逃げ出すことが出来た。それでも逃げることを選ばなかったのは私の意思だ。童磨(どうま)の重ねる誰かが気になったのもあるが、童磨(どうま)自身がどんな鬼かということに、私の中で興味を持ってしまったのが大きかった。邪悪な鬼であると思っていたのに、相手も私を監禁していたのに。今となっては童磨(どうま)(かせ)を外し、逃げないことを選ぶ私が居る。……本当に、奇妙な関係と信頼関係が出来てしまった。

 

「うわぁ……、痛そうだね」

 

 久々に見た私の足首の肌は色が変わっていた。長く拘束した部分は紫色に線を描き、少しでも動かせばビリビリとした痺れを足が訴えた。可哀想に、拘束した当人が私の足に同情し、優しく撫でてくれば、痛みに身を(よじ)らせた。痛みを(こら)える為に唇を噛み締めていれば、次に童磨(どうま)は私の頭を撫で始める。握り潰せるであろう手は私を優しく撫で下し、私の短くなって再び伸び始めた髪の先端をさわさわと触りだす。

 

「女の子の髪を切っちゃって、ごめんね。髪は女の命だろう?」

 

 懺悔(ざんげ)をするように童磨(どうま)は苦笑した。切った本人からこうして謝罪が来ると、どう反応すればいいのか分からない。さて、困惑している私を尻目にして童磨(どうま)は立ち上がって金扇を取り出した。人の血を何人も吸っているであろう金扇からは氷が形成され、童磨(どうま)に似た、小さな腰回り程度の大きさの人型が現れた。それは独りでに動き出し、私の傍に歩み寄った。

 

(かせ)は外したけれど、君が逃げ出さない保証はないからね。監視は付けさせて貰うよ」

 

 この子、俺と同じくらいの強さの技が出せるんだ、にっこりと童磨(どうま)は笑う。虹色の文字の刻まれた目に覗き込まれた。急にされた行動だが驚くことはなかった。驚く顔が見たかったのに、残念だなぁ。そう零す童磨(どうま)は残念そうな顔をすぐに変えて笑いかけてきた。

 

「じゃあ、そろそろ信者たちの話を聞かなきゃいけないからまたね」

 

 部屋から出ないでね、そう言い残して童磨(どうま)は部屋を後にする。その後ろ姿を部屋から消えるまで見ていた。

 

――童磨(どうま)、貴方はきっと変わることはないのでしょうね

 

 いつまでも、幼い子供のまま。善悪の区別もつかないまま、善意でやることが全て人にとってはよくないことだと分からず、いつまで経っても変わることが無い。私が諭したことも別の意味にとらえてしまう。鬼としての歪み、人として壊れてしまった部分。寄り添っても変えることが出来なかった。……だったら私が出来ることは、一つだ。

 

――柱として、鬼狩りとして、……いつか、必ず貴方の首を狩りましょう

 

 この屋敷で貴方に同情した私も、責任を取って。腹を切って貴方と共に逝きましょう。

 

――――――――――――――――――

 

 べべん、何処かで琵琶の鳴る音がする。気付けば隣に居た童磨(どうま)と共に水辺のある空間に立っていた。童磨(どうま)は慣れた様子で何か物思いにふけっていた。……いつもの、笑みはない。誰かを待っている様子で、聞ける雰囲気ではなかった。向こうで、扉の開く音がする。開いた扉から顔を出したのは、懐かしい顔。妹だった。

 

「姉さん……ッ!!」

 

 ……妹の声がする。気付けば走り出していた。懐かしさと伝えたい言葉からしのぶの下へと走り出す。綺麗な着物が走りにくい、何年も引きこもった代償も大きい。だけど、この鬼は、私が切らなければいけない。しのぶ、まだ殺さないで。その言葉は続かなかった。童磨(どうま)から鋭い一閃を貰った。金扇は私を切り裂いて、耳元に肉の引き裂ける音がする。痛みから、口から血が溢れ出す。振り返れば傷付いた顔で頭を抱える童磨(どうま)が視界に映る。

 

――ああ、傷つけてしまった

 

 意識が遠のく中で妹の叫ぶ声がする。しのぶ、復讐なんて考えないで。これは私の自業自得だから。声は出せない、妹は童磨(どうま)に憎悪を向けて走り出した。意識はブツリと無くなった。きっと、もう目覚めることはない。

 

 あの世で童磨(どうま)を待っていれば、首だけのあの人は私に気付くことなく、妹だけに声を掛けていた。声を掛ければ良かった。……だけど、声を掛けることは出来なかった。妹を見る目が、いつも私越しで見ていた視線に似ていたからだ。……この時、初めて私越しで見ていたその誰かを、知った。

 

――――――――――――――――――

 

 

(これ以降童磨(どうま)さんの首を切った周回のカナエ視点です)

 

 

――――――――――――――――――

 

 童磨(どうま)という鬼は私を監禁した。監禁した鬼は私に何か特別なことを求めることはなかった。ただ生活することを求め、私と話しては何かに気付いた様子ですぐにいなくなった。まるで迷った子供のように、困った表情で笑う。こんな鬼は初めてだった。虹色の瞳には上弦弐と刻まれているのに、柱の私をどうこうするつもりは無いようだった。私の中に誰かを見ようとしているけれど、打ち消すように頭を振って私に笑いかけてくる。鬼であることを晒しているのに、私を拘束することもなかった。

 

――待って、行かないで

 

 少しでも動こうとすれば手首を掴んでくる。握り潰して骨を粉砕することも出来るのに、弱弱しくそれでも力強く掴む手を振り払えなくなったのはいつからだろうか。信者を食べている姿を見ているのに、呆然とした表情で食べる童磨(どうま)を責めることは出来なくなってしまった。きっと分かり合える筈なのに、話してくれるのは表面上で、決して近づかなくなった。そして、童磨(どうま)は耐え切れなくなった様子で、私の刀を差しだした。自由の身だと言われるのかと思えばこれで首を切って欲しいと願われた。……嫌だった、きっと分かり合えて仲間になってくれるかもしれない彼を、切り落とすことは出来なかった。何日も話し合った、何か悩みがあればと何度も聞いた。それでも童磨(どうま)の決意が揺らぐことはなかった。首を、切り落とすことにした。

 

――抵抗もない鬼の首を切ることは容易かった

 

 童磨(どうま)の首が飛んでいく、消えていく首と目が合えば、泣きそうな思いに陥った。ああ、どうして。後悔ばかりが募っていく。童磨(どうま)は服を残して消え去った。上弦弐を倒したことで鬼殺隊からは喜ぶ声が上がる。どうやって倒した、怪我は無くて良かったと喜ぶ仲間の顔が嫌になってしまった。

 

――少なくとも、私はやりたくなかった

 

 それから間もなく、柱を辞めることを決めた。あの鬼を思い出して、どうしても鬼に向き合うことが出来なくなってしまったのだ。お館様は私を呼び止めるけれど、私の決意を察して辞職を認めて下さった。大切な妹は眉を吊り上げてどうして辞めたのかと聞いてくるが答えるつもりはなかった。鬼に味方するのかと怒るのは目に見えていたからだ。辞職してからは妹との約束を守るため、少しでも手伝えることがあればと考えて医術の手伝いをし始める。ある季節が過ぎればあの鬼を思い出す。私を誰と重ねていたと言うのだろうか、誰に似ていたのだろうか、見当も付かなかった。

 

――姉さん、ただいま

 

 妹が帰ってくる、年々私とよく似てきた。もう既に立派な女性だ、出来れば結婚して幸せを掴んで欲しいけれど、途中で辞めてしまった私では呼び止めることが出来なくなってしまったことを寂しく思いながら、妹を出迎えた。

 




以上、同じ内容のリクエストなので二人同時に叶えさせて頂きました。

加糖さんとexciteさんのリクエストでした。ぶつ切りになってしまったことはお許しください、私自身の想像ではここまでが限界でした。これで満足していただければ幸いです。それでは次回から本編に入ると思います。

*追記*
8周目書きましたけどなんかしっくり来なかったのでちょっとだけ書き直します。読み返したら違和感が拭えなかったので少し書き直すことにしました、なので前のは消させていただきます!すいません勝手な都合です。私自身いい加減なものを書きたくない気持ちが強かったのと、見直してキャラらしさがないなと思ったのが強かったのです。
ちょっと投稿日に間に合わないと急ぎ足すぎました申し訳ないです。先に読んでいただいた方には申し訳ありませんが、少し考える時間をください。感想いただいた方も、お読みいただきありがとうございます、今しばらくお待ちください。この場を持って謝罪させていただきます。


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8週目

書き直し中、いいと思ったものを出しました。大体流れは変わっていません


 幼い彼女たちは素直だった、純粋な子供というのもあるのかもしれないがそれ以上に両親の教えが大きいのだろう。良い子に育っていた。両親には感謝をしなければ。カナエちゃんは変わらず優しい子であったし、しのぶちゃんに至っては真面目さに負けん気が強い気の強さがあっていつも見る彼女とは違う様子が見ることが出来た。へぇ、意外。と思いながらも確かに彼女と戦った時にはそういう感じが出ていたし、生来の性格は今の彼女なのかもしれない。お姉さんの真似をしたかったのかな、そう考えるとますますしのぶちゃんが可愛く思えて仕方なかった。

 

――俺を慕う彼女たちに囲まれて、幸福な日々だった

 

 俺から彼女たちは離れないし、俺を見てくれている。負の感情じゃない視線を感じるのは心地がいいことを知った。教祖としてまだまだ他人行儀だけど、俺たちはこれからなのだから、焦ることはない。俺の知る彼女達になったら、必ず鬼にするからね。永遠を生きような、と笑いかければ彼女たちは意味も分からず俺の言った言葉を繰り返している。可愛いね、そう言って俺は首を傾げている彼女たちの頭を撫でた。

 

 教祖として頭の弱い信者達を導きながら彼女たちの世話をする。幼い彼女たちを育てるというモノは初めてで胸を躍らせた。両親に任せていた部分もあったけれどやはり俺自身でも育ててみたい気持ちが出てしまい、少しばかり勉強を教えている。ここでまさか遊女たちと遊んだ経験がいきるとは思わなかった。化粧の仕方や着付け、生け花、琴といった淑女(しゅくじょ)としての(たしな)みを教え込むのは俺自身初めての経験であったし、彼女たちも幼いながらも一生懸命ついていこうと学ぶものだから俺も教えるのに根を詰めた。彼女たちが上達すれば俺も嬉しくて(たま)らなかった。頑張り屋だね、可愛いね。そう褒めれば彼女たちはますます励んで微笑ましい思いで彼女を見ていた。育てる楽しみというものはこういうものなのか、親の心境が分かるようだった。漠然(ばくぜん)とそう考えていると胸が久々にトクトクと音を立てて騒がしくなった。

 

――――――――――――――――――

 

 月日はあっという間に過ぎていく。猪の母親、琴葉が入信した頃だった。原形が分からなくなった顔の腫れを治療していると、カナエちゃんと愛しのしのぶちゃんがやって来た。赤ん坊が珍しいらしい。カナエちゃんはしのぶちゃんの赤ん坊の頃を思い出しながら優しく抱き上げて、しのぶちゃんも初めて見る赤ん坊にドギマギしながらその手を触っていた。琴葉も満足げにその光景を見ていたしこの光景がいつまでも続けばいいなと思っていた。

 

――そんな頃だった。琴葉に、俺の食事が見られてしまった

 

 感が鋭いからいつも彼女を遠ざけたり、寝静まった頃を狙って信者を食べていたけれど、やはり妓夫太郎(ぎゅうたろう)たちと同じように何かしらの因果で琴葉にはバレてしまうようだった。人殺し、化け物と何度も聞いた言葉を聞いていつもの説明を話しても聞き入れてはくれなかった。そして琴葉は赤ん坊を抱き上げて逃げ出した。それだけなら良かった、それなのに彼女はついでと言わんばかりにカナエちゃんとしのぶちゃんを連れ出した。流石に焦って追いかけたけれど、琴葉はなんと赤ん坊と彼女たちを崖から落としたんだ。目の前で、しのぶちゃんが重力に従って、落ちていく。小さな手が、目の前で吸い込まれるようにするりと崖下に消えていった。……なんてことをッ。怒りのあまり、彼女を殺してしまった。慌てて崖下を覗き込めば真っ暗な空間が広がっていて底が見えない。気付けば夜明けの光が差し掛かり、逃げざるを得なくなってしまった。ここまで太陽が憎らしいと思ったことは無かった。屋敷に戻り次第信者たちに命令して彼女たちを捜した。数年が経った。それでも結局見つけることは出来なかった。

 

――いいのです、教祖様。これが娘たちの運命だったのです

 

 きっと極楽にいますよ、彼女たちの両親の言葉を聞いた瞬間、引き裂いて殺してしまった。室内が甘い鉄の匂いで充満する。バラバラになった死体を見下ろした。首だけになった顔はにっこりと微笑んでおり死んだことにすら気付いていない。苛立ってその首を蹴り飛ばせば壁に当たり、潰れたトマトのように四散して張り付いた。息が荒くなる。

 

――運命、運命。……こんなものが、運命?ふざけるな、ふざけるなッ!!

 

 俺からあの光景を、幸福を奪っておいて運命なんていう現実性のないもので片付けようとすることが許せなかった。ここまで不愉快な感情は、初めてだった。太陽さえなければ崖なんてものを飛び降りて、助けていた。琴葉さえ、保護しなければ、説明なんてしなければ、問答無用に琴葉を殺していれば。もしもなんていう子供じみたことを想像する。それでも結果は変わらない。崖に落ちてしまった。ああ、でも。もしかしたら。

 

――もしかしたら、あの猪と同じように助かっているのかもしれない

 

 そう考えると急に頭がスッと冷えた。……そうだ、あの猪は生きていた。だったら彼女たちだって生きている可能性は高いのかもしれない。なら捜さなきゃ。青い彼岸花よりも優先しなければならないことが出来てしまった。……いい機会だ、太陽も克服してみようか。童磨(どうま)は天井で遮られた太陽を睨みつけた。

 

――――――――――――――――――

 

 信者に命じていた青い彼岸花の捜索の大半を彼女たちの捜索に回した。無惨様(あの方)には怒られるかもしれないが、探知捜索系が苦手な俺に当てになどしておられないだろうと踏んで信者たちに命令を下した。そうして教祖としての仕事をしながら、朗報を待ち続ける日々を過ごした。太陽の克服もしようと手を太陽に浴びさせることも日課になった。腕が焼け落ちる痛みを感じながら太陽は俺の腕を四散させていく。鬼としての体質だろうか、日輪刀に切り落とされたように太陽の忌まわしい光は治りが遅かった。日差しの痛みはうんざりするが藤の毒と同じように毎日続けた。もしあの日太陽が平気であったらと思えば、憎たらしい太陽も平気なモノに思えてくるから不思議だ。だけど藤の毒とは違い、太陽の光は一向に慣れてはくれない。……全く、忌まわしい。太陽さえなければ、あの子たちを見失うこともなかったし、いつかのしのぶちゃんの逢瀬(おうせ)の誘いだって受けられたのに。思い返す度に太陽で四散した腕を憎々しげに睨んだ。……結局、太陽は慣れることはなかった。

 

――信者を喰らって、更に高みへ目指しながら、彼女たちを待ちわびた

 

 べべん、琵琶の鳴る音がした。

 

――――――――――――――――――

 

 気付けば、鳴女ちゃんに連れ出されたようだった。見渡せば蓮が浮かぶ水辺の空間が広がっている。此処は、無限城だ。いつの間にか、いつもの日が来たようだ。扉が開く、音がする。誰だろう、もしかして……。ドクリドクリと心臓が重く鳴り響く。真っ先に視界に映ったのは、蝶の髪飾りだった。ドクドク心臓が早鐘を打ち始める。現れたのは二人だった。……見間違える筈がない。カナエちゃんと、しのぶちゃんだ。世界が、色づくような感覚がした。

 

「生きて、生きていたんだねッ……!良かった、良かった!!」

 

 涙が、溢れた。15年が経っていた、鬼の年月ではあっても、彼女たちの居ない年月は、信じて待ち続ける年月は長かった。まるで100年暗闇に閉じ込められて、長いトンネルを潜り抜けた思いだった。

 

「君たちを、捜していたよ。待っていた、ずぅっと、待っていたよ。さあ、約束を果たそうか」

 

 手を差し伸べれば、いつかのように肘から先が無くなった。剥き出しの刀を向けたのはカナエちゃんだった。

 

「何を勘違いしているか、分かりませんが、鬼と約束した記憶はありません」

 

 隣に居るしのぶちゃんも、細い刀身を出して構える。15年という年月は、記憶を薄れさせてしまったのだろうか。姉妹は俺を睨んでいた。覚えていないの、童磨(どうま)の問いに答える者は居なかった。

 




此処で区切りです。後半だけちょいちょい書き直して、続きを出します出来たら今日中に出したいところだけど、大変だったら、明日?かもしれないです。お騒がせしました!


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9週目

書きながら、どうしてそうなったと声を出しそうになった。


「ほらほら、カナエちゃん、しのぶちゃん。俺だぜ、童磨(どうま)だよ。忘れちゃったの?」

 

「私たちに鬼の知り合いはいませんよ」

 

 童磨(どうま)は自身の人差し指を自分に向けて主張するも、顔色を変えることもなく答えるカナエは刀を横へ縦へと薙ぎ払い、後ろからやって来るしのぶは細い刀を突いてくる。攻撃を避けることは造作もない、童磨(どうま)は横へ来る斬撃は(あご)を上げて避けて、次にくる縦の斬撃を金扇で受け流した。しのぶの突きは敢えて受けた。毒は回ってもすぐに分解しきる童磨(どうま)にしのぶは睨んでいた。

 

「こいつ、私の毒を……ッ!」

 

「俺は殺し合うつもりはないんだって、15年も経ってしまったから忘れてしまったのかな?ほら、覚えていないかい、一緒にお勉強しただろ?琴に生け花、化粧に着物の着付け、懐かしく思わないかい?」

 

 黙れ、と言わんばかりに二人から刀を振り落とされる。おっと、跳んでよければ忌まわしげにカナエとしのぶは睨んでいた。

 

「カナエちゃん、君はいつもニコニコ笑っていたじゃないか、そんな怖い顔やめなよ。……しのぶちゃんは、うん。変わらないね、負けん気が強いのはいつものことか」

 

「うるさい、私に鬼の知り合いはいない!」

 

 しのぶの速い突きが繰り出される、不意に、童磨(どうま)が消えた。何処へ、カナエたちは見渡せば、しのぶは自身の頭に触れられる感触を感じた。後ろから息遣いを感じる、後ろに立っていたのは童磨(どうま)だった。ふむふむ、と納得した様子で童磨(どうま)は笑った。童磨(どうま)はしのぶの頭部に古傷となった傷口を認めたのだ。

 

「ああ、なるほど。頭打ったんだね、記憶がなくなっちゃったのか!しかしなぁ、ううむ。それはそれで寂しいなぁ」

 

 俺だけ覚えているなんてさ、苦笑するように童磨(どうま)は眉下を下げて微笑んだ。しのぶは自身に触れる童磨(どうま)を突いた。目に刀傷が残るも、毒が回ることはない。うん、相変わらず頑張り屋で可愛いね。童磨(どうま)は呑気に笑っている。カナエとしのぶは顔をひきつらせるもすぐに顔を引き締めた。二人の息の合った斬撃を再び繰り出すも童磨(どうま)は容易く避けていく。本当に童磨(どうま)は攻撃をする気はないようで、姉妹の覚えていない思い出を話し始める、そうして時間ばかりが過ぎていった。

 

「ああ、仕方ない。悪いけど拘束させてもらうよ」

 

 童磨(どうま)はようやく自身の武器である金扇を扇いだ。童磨(どうま)と同じ形をした氷の人型が一体現れる。人型は独りでに動き出し、手とつながる氷の扇を扇げば氷の蓮を形成させた。俺もやるか、童磨(どうま)は笑いながら人型と同じ動きをすれば、同じ氷の蓮を作り出した。二つの蓮からは(つた)が伸び始めた。カナエもしのぶはそれに遅れをとることはない。避けた。すぐに壊そうと斬撃を繰り出すも氷は童磨(どうま)と同じ速さで避けた。ああ、残念。童磨(どうま)はしょんぼりした表情を見せた。

 

「じゃあ、もうちょっと増やすね」

 

 恐ろしい言葉を、童磨(どうま)は口にした。

 

――――――――――――――――――

 

 姉妹は拘束された、氷の冷たい(つた)が腕に足に身体に絡みつく。動こうにも動けない。刀は既に童磨(どうま)の手に収まってしまっている。約束を果たそう、童磨(どうま)は笑う。そんな時だった。師範、拘束した二人とは違う声がする。重い斬撃が童磨(どうま)の身体を切り裂いた。紫の瞳が真っ直ぐと童磨(どうま)を睨む。ああ、意地悪な子だ、刀を構えているのは栗花落(つゆり)カナヲだった。傷がみるみる再生する中、童磨(どうま)は困ったように笑った。

 

「あんまり邪魔して欲しくないんだけどなぁ」

 

 童磨(どうま)はカナヲに氷の煙幕を発生させる、霧がかった白い氷は、パキパキとカナヲの視界を奪っていく。氷の(つる)がカナヲを拘束しようと動き出す、その氷の(つる)は何者かに砕かれた。

 

――ああ、あの猪か。やけに早いね

 

 童磨(どうま)は慣れた様子で猪の頭皮を被った少年を見ようと斬撃を与えた相手を見ようとした。え、思わず童磨(どうま)が固まってしまったのは仕方のないことだった。なんと、あの猪を被っていないではないか。上半身も裸じゃない。琴葉と同じ顔を晒し俺を睨んでいた。

 

「姉ちゃんたちに何をすんだよッ!!」

 

「えぇッ……、君って猪に育てられてなかった?」

 

 俺を育ててくれたのは姉ちゃんたちだ、そう猪が断言していた。伊之助、カナエたちが変貌を遂げた少年の名前を呼んでいた。同じ崖に落ちたからか、同じ場所で仲良く三人で育ったのね。ああ、なるほど。他人事のように童磨(どうま)は納得した。それにしては予想外なことが多すぎて童磨(どうま)は頭を抱えた。

 

――もう訳が分からない

 

 その後二人は(つる)で拘束したカナエたちを解放して四人がかりで向かってきた。しのぶは天井まで童磨(どうま)を突き刺して、カナエは左腕を、カナヲは右腕を切り落とした。伊之助は首を両刀の刀で切り落とす、琴葉の顔と目を合わせながら童磨(どうま)の首が、綺麗に吹き飛んだ。

 

――――――――――――――――――

 

 可愛い姉妹を育てるのはこれで何度目だろうか。片割れを守れば琴葉はもう片方を連れ出されてしまうこともあった。片方だけ鬼では寂しいではないか、肉親なのだから妓夫太郎(ぎゅうたろう)たちと同じように二人一緒でなければ可哀想だ。それでも何故か連れ出されてしまう。何度も琴葉が姉妹を連れ出すものだから、いっそのこと琴葉をかなり前に建てた別の屋敷に引っ越しさせようとすれば姉妹が止めるのだ。特にしのぶちゃんは自分より幼い赤ん坊を弟のように思っているらしい。凄まじい猛抗議を受けるのだ、こうなっては惚れた弱みを握られている俺としては受け入れざるを得なくて、結局連れていかれる悪循環に陥っている。もう猪が彼女たちの弟になった光景を何度も見てしまった。酷い時は猪に姉妹の片割れが育てられる事態にもなった。……黙って首を差し出して切られることが増えた。バレる前に琴葉を始末すれば済む話だが、殺すことは躊躇(ちゅうちょ)した。非力な人間、ましてや力のない小娘一人なのに、いつか見た彼女たちの光景を思い出せばそれを実行することが出来なくなった。しのぶちゃんと、カナエちゃんのあんな幸せそうな顔が見たからかもしれない、琴葉を殺すことはいつも寸前でやめてしまうのだ。

 

――だったら、どうする?

 

 簡単な話だ。……俺が、我慢すればいいんだ。カナエちゃんたちが成長するまでの、ほんの少しの辛抱だ。断食を決意して、彼女たちと同じ食事を共にする。肉で代替しているが肉体の維持にはやはり人間の肉が必要だった。鬼で、ましてや上弦、飢えるのは早かった。どうしようもない空腹に襲われた。飢餓(きが)にも近い、抗い難い衝動を彼女たちに向けまいと自室で押さえつけることが増えた。引きこもることが多くなって、その度に飢餓を抑え込む。ある晩、感の鋭い琴葉が俺を心配して部屋に訪れた。大丈夫ですか、彼女の問いかけに応えられない。何かが(ささや)いた。

 

 肉が、来た

 

 本能のまま彼女を喰らった。女の子の肉は本当に久しぶりで美味しかった。食べたのはしのぶちゃんに恋をしてから一切食べていなかったからなおさらだ。勿体無いと舌なめずりをして、指先に付いた血も舐めた。ばさりと何か軽いものが落ちる音がする。血に濡れて、顎を汚す俺を、姉妹たちは見てしまった。顔色を青白くさせて、目を見開かせて、俺を見ていた。その視線を、言葉を俺は、忘れることが出来ない。彼女たちは逃げ出そうとしたが子供二人では捕らえるのは容易かった。

 

――離せ、化け物ッ!!やめて殺さないで!!

 

 何度も命乞いで聞いた言葉。ズキズキと胸に突き刺さるのは初めてだった。今まで慕ってくれたのに、寂しいじゃないか。嫌だ、嫌だ。聞きたくない、一緒に鬼になろう。少し早いけれど、彼女たちを揃って鬼にさせた。彼女たちは鬼になって、本能のまま自身の両親を喰らった。意識の混濁が目立つがそれもいずれ、元通りになる。人喰いを重ねた彼女たちは見事意識を取り戻した。仲のいい姉妹だから妓夫太郎(ぎゅうたろう)堕姫(だき)のように二人仲良くしていた。

 

――ああ、何だ。上手くいったじゃないか

 

 俺は胸を撫で下ろしていたが、鬼としての彼女たちを見ていくうちに考えは変わっていく。……鬼として生まれ変わった彼女たちは、人間の輝きを失わせていた。

 

――出来れば仲良くなって食べて一つになりたいと話すカナエちゃん

 

(やって良いことと悪いことがあるでしょ!)

 

――姉さんは甘すぎると叱りつけて真面目に食べろと怒るしのぶちゃん

 

(仲間の誰かが必ずやり遂げてくれる、私はそう確信している)

 

 無駄だというのにやり抜く愚かさが、人間の素晴らしさで、儚さだと思っていた。それなのに、彼女たちと話せば話すほど、人間の頃と比較してしまう。記憶を覚えていないのかと訊けば覚えていないと二人は仲良く口を(そろ)えて答えた。……俺のようにハッキリと覚えてはいなかった。気付けば彼女たちを凍らせてバラバラにさせていた。太陽の日差しに当たれば、二人は消えていく。俺も間もなく消えるだろう。痛かった、熱かった。それでもこれで良かったんだ。……目の前が真っ暗になった。

 




多分次回、童磨さんが断食します。

あ、アニメ綺麗でしたね(今更)

10週目から少し話を進展させます。


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リクエスト3

リクエストにお応えしました。

啝ノ浦頂目さんからのリクエスト

「どMストーカー童磨さんとサドデレカナエさんとツンドラしのぶさん時々ヘマトフィリアカナヲ」


本編の設定と混ぜた感じ、2週目辺りの童磨さんです。だけどちょっとこのリクエストは難しかったので全然リクエストに沿えませんでした。これでお許しを……!!


 私の両親はよく私を殴ってた、周りの兄弟も殴られて、泣けば蹴飛ばされるの、踏まれるの、引きずり回されて冷たい水に浸けられるの。翌朝には冷たくなって死んでいる兄弟が何人もいた。冬も放ってかれて、赤切れた手を擦り合わせて冬を越す。草を食べ、家の中を這いずる鼠を食べて生きてきた。ひもじくて、お腹が空いて、空いて、悲しくて虚しい、苦しい虚しい。

 

――そんな日々だった、だけどある日プツンと何かが音がしたら、何も辛くは無くなった

 

 何も反応しない私を気味悪がった両親は私を殴る。気持ち悪い、気持ち悪い。そんな言葉ばかり聞きながら両親の殴る腕を見続けた。口元から血が出て、投げられた茶碗で切れた腕を見る。何も感じなかったけれど、自分の血の匂いが好きだった。綺麗に流れた血に見入る、切れた腕を思わず舐めれば甘い甘い鉄の味がした。その時初めて、何故か何も感じない胸の内が温かくなるのを感じていた。それから傷付いた血を見れば舐めていたし兄弟の血も飲んでいた。ああ、美味しい美味しいと思っていたら、両親はますます気味悪がって、私を人買いに売り飛ばした。せいせいしたと笑う両親を見ても、……どうでもよかった。縄でくくられて、人買いに引っ張られていた。時折殴られたけれど血の味を感じれば連れられるままのどうでもいい生活も楽しく感じた。

 

――そんな生活も終わりを告げたのはある日の晩だった

 

 人買いの、首が目の前で飛んでいく。いつも通り金が稼げないと物言わぬ私に愚痴を零した仏頂面は死んだと気付かない様子で、顔が飛ぶ。首の断面からは大好きな血が溢れ出した。顔面にも生温かい血がかかるけど、思わず見入る、どさり、首から離れた胴体が崩れ落ちて勢いよく血が溢れ出す、縄を握る手が緩んだ、自由だけど、どうしても血が気になってしまう。こんな血の量は見たことがなかった。ああ、勿体無い。美味しそう、地べたに流れる血を舐めていると、気付けば男が立っていた。私と同じように血にまみれた男が金の扇子を広げて笑っている。

 

――ねぇ、どうして舐めているの?

 

 応えることに意味を感じられなかった、私は続けて血を舐めていると顏を無理やり上げさせられる。初めて、まじまじと男の顔を見た。虹色の眼がわたしをぎょろりと見ているけれど、私の興味はそこになかった。髪に混じった赤が、血をかぶったような模様の色に、私は魅入られた。思わず手を伸ばす。あはは、なんだか可愛いね、男は私を抱き上げて笑う。やっと届いた髪の毛を掴んで舐めた、だけど味がしない。何度舐めても味はない。面白いね、鬼はスッと少女を闇の中に連れ去った。

 

――連れ帰った少女は何も言わない、命令を聞く人形だった

 

 無表情で何が起きても動かない、お腹が空いても言わなければ食事を摂らなかった。可哀想に、きっと(ろく)な環境ではなかったのだろうと保護することにした。少女はただただ、受動的に何も求めず、何も言わずそこに座るだけだった。ただ一つを除いては。血を見ればその血を舐めて飲むのだ。時折嬉しそうに飲むその姿はまるで、そう鬼だ。人間なのに、鬼のようだった。

 

――――――――――――――――――

 

 童磨(どうま)は少女の目の前で信者の死体を見せつける。首の折れ曲がった死体に少女は興味を示すことはない。腕を引きちぎれば死んだばかりの死体からはとめどなく血が溢れ出す。急に熱い視線を感じる。物欲しげに見る少女に童磨(どうま)は微笑んだ。

 

――ほらあげる

 

 少女に腕以外の全てを与えた。腕の断面から零れる血を飲む少女に笑いかける。なるほど、鯉に餌を与えるのはこういう感じなのか。納得しながら口元を血で汚す少女に腕を食べる様子を見せつける。こうするんだよ、ブチブチと肉の繊維の切れる音を聞きながら、童磨(どうま)は食いちぎった肉を噛み始める。少女も真似をするように残った腕を噛み千切る。どうやら肉はお気に召さないようだ、ぺっと吐き出して千切れた傷口から溢れ出した血を吸い始めた。そうかそうかと納得しながら思いついたように童磨(どうま)はポンと手を叩いた。

 

――童磨(どうま)は少女に血の飲み方を教え込んだ

 

 頸動脈の位置から、首筋の美味しい部分、手首から足首まで隅々に流れる血の流れを話す。実際見ればいいかと考えて信者の何人かを殺して少女に見せながら説明をすれば少女は血のことに関してだけはみるみるうちに吸収していった。頭は悪くはないようだ、童磨(どうま)は口角を上げて少女の上達を褒めた。少女は唐突に童磨(どうま)に抱き着いた、どうしたの?首を傾げればくすぐったい感触を首元に感じた。見れば少女がガジガジと噛み付いている。強靭(きょうじん)な鬼の皮膚が人間の(あご)でどうにか出来る訳がない。結果、甘噛みとなって童磨(どうま)はくすぐったさに身を(よじ)らせる。実践かな、可愛いね。少女の行動が可愛くて童磨(どうま)は少女の頭を優しく撫でた。

 

――――――――――――――――――

 

 無表情な少女は少しずつ別の感情を取り戻す。拾ってくれた童磨(どうま)に対する敬意と服従心。そして血を飲むことの喜びと快楽だ。血を飲めばあの頃を忘れることが出来たし、自身が上であるという征服欲が満たされる。それを教えてくれた童磨(どうま)には頭が上がらない思いだった。あの日彼に出会わなかったら人買いが適当な人間に私を売り払って、もっと(ろく)なことにはならなかったに違いなかった。だからこそ今の幸せに少女は満足していた。

 

――敬愛すべき童磨(どうま)には想い人がいるらしい

 

 時折熱いため息を零し、たまにしか会えないと話してうなだれる様子は何故か、何も感じない筈の胸の中がざわついた。

 

――――――――――――――――――

 

 童磨(どうま)に連れられたある晩のことだった、いつになくウキウキした様子で歩く彼の後に従い歩けば一人の女性が少女の眼に止まった。誰かいます、少女の言葉に童磨(どうま)は喜んでそちらに向かった。……女性は二つ蝶の髪飾りを付けていた。刀を身に着けて蝶の羽織を羽織っている。まるで知人のように童磨(どうま)が話をし始めた。自己紹介から始めた童磨(どうま)を、戸惑った様子で相手も名前を名乗った。カナエと名乗った女性に童磨(どうま)は嬉しそうに話そうと笑いかける。話せば話す程にカナエは微笑んで童磨(どうま)も笑っている。仲睦まじそうな間柄にも思えた。……あの人が想い人、ざわりと胸の中が(うず)いた。しかし、それもすぐに無くなる事態に陥った。こそこそと内緒話をするように童磨(どうま)がカナエに耳打ちした瞬間、カナエの腰の刀が引き抜かれた。童磨(どうま)の甘い血の匂いがする。飲みたくても、飲ませてくれないモノの匂い。その匂いを作った人物は童磨(どうま)を睨みつけていた。

 

――相変わらず、認めてくれないねぇ

 

 金扇を取り出して、童磨(どうま)は笑った。……それからはあっという間だった。カナエは瞬く間に動かなくなった、童磨(どうま)は生かそうと慈悲を見せていたのに相手はそれを振り払ったからこうなった。息をしているがもう、ほとんど動けない。……そして、血の匂いを嗅いでひもじくなった。

 

――……お腹が空いた

 

 少女は仰向けに倒れるカナエの身を起こす。カナエは身じろいで逃げようとする。……絶対に逃さない。(あご)を掴んでカナエを見つめた。首元のボタンを外す。剥き出しになった首元の皮膚が晒される。鎖骨を優しく撫でて口元を首元に近づいた。息がかかったカナエは息を呑む。その息は大きく吸われて、歯が突き立てられた。甘い血の匂いと独特の味が広がった、噛んだ肉を噛みちぎって口内に残る肉を地面に吐き捨てる。ジンジンと痛むカナエをよそに、噛みちぎった首すじから重力に従って流れる血を赤い舌が這う。ゾクリと背筋を強ばらせたカナエの傷口までたどり着けばじゅるじゅると音を立てて吸い出した。ああ、飲みたくなったんだね。その横では童磨(どうま)が微笑んだ。

 

――――――――――――――――――

 

 何処かで、琵琶の鳴る音がする。気付けばあちこちでたらめに建物が入り組んだ空間に居た。上下左右でたらめで、自分がどこに立っているのか分からない。水辺の空間に居てもそれだけは分からなかった。傍に居た童磨(どうま)は慣れた様子で座り込み、誰かを待ちかねた様子で顔を手で覆い隠した。待ちきれない、といった様子で口角を上げて、くつくつと喉を鳴らす。……その虹色の眼は、いつか見た恋情の眼だった。目の前で扉の開く音がする。美しい人だった、身に着けた蝶の髪飾りと蝶の羽織が可憐な雰囲気を美しく飾り立てていた。カナエと名乗る、少女を思い出す。

 

――この人が、そうなの?

 

その横では恋焦がれて、待ち焦がれて、待ちかねたといった様子で童磨(どうま)は目の前に居る女性を歓迎した。

 

「待っていたよ、待ち焦がれたよ」

 

 君を、ずっとずぅっと、見ていたよ。童磨(どうま)の言葉に、少女の胸にズキリと痛みが走り出す。ドクドクと何かがうるさくざわついた。どうして、胸をキュッと握り締めた。お前が姉を殺したな、美しい女性が問いかける。童磨(どうま)はそれに応えるように悲しそうに語りかけた。カナエちゃんは、そう始まる童磨(どうま)の言葉に、姉妹だったのかと納得した。すると、しのぶちゃんと呼ばれた女性から突きが繰り出された。童磨(どうま)は武器を取り出すことはなく、大きく手を広げて歓迎した。頭に貫通するそれに少女は息を呑んだ。死なないと分かっていても、心臓に悪い。鬼にとっての毒を持っているらしいしのぶは刀を童磨(どうま)に突き刺した後、鞘に戻した。鞘に戻した後何か独特の音がする。童磨(どうま)の身体を毒が蝕むもすぐに再生させた。もっともっととしのぶの攻撃を更に受け入れる。受け入れる度に嬉しそうに童磨(どうま)は微笑んだ。応戦しよう、少女は持っている武器を振りかぶってしのぶに切りかかった。ねぇ、童磨(どうま)の冷たい声がする。童磨(どうま)をみれば冷たい表情でいつもの笑みはない。

 

――邪魔しないでよ

 

 身体を童磨(どうま)によって切り裂かれる。痛みと大好きな血の匂いでいっぱいになった。意識が遠のいていく、気付けば、童磨(どうま)の首が猪に切られていた。ドロリと溶けた童磨(どうま)の眼が合った。叫び声がする、自分の喉が引き裂ける感覚がする。首元に抜き身の刀を置いて、引いた。私の首からとめどなく血が溢れ出した、勢いよく噴き出す血と、抜けていく血で力が入らない。倒れこめば私の好きないつもの甘い匂いでいっぱいだった。

 




時々どころか、ほとんど出てるカナヲさんでした。

ちょっとサドデレカナエさんとツンドラしのぶさんは表現できなくて、散々悩んだ末がこれになりました。ヘマトフィリアカナヲ成分を強くさせてしまって申し訳ない。もうこれ以外思いつきませんでした……!!

これで、啝ノ浦頂目さんからのリクエストを完了させたものとして終わりとさせていただきます。

本編はもうちょっとお待ちを……!!


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10週目

今回難しかったんですが悩みながら書き上げた。首かりに始まり、毒死、日光浴死、そして吸収。祝!死に方網羅!


 目覚めれば、いつもの自室だった。顔を俯かせて考えた。……ああ、鬼にしても駄目なのか。呆然とした思いだった。……鬼にすることが出来たのに、俺の好きだった彼女たちではなかったのだ。ただ彼女たちの性格をしているだけの鬼でしかなかった。人間を貪る鬼、俺とお揃い。永遠を生きるのにはこれしかないと思っていた俺が馬鹿だったんだ。彼女たちが鬼になった時、勝手に失望して、比較した自分にもがっかりした。

 

――もう俺が変わるしかない

 

 出来るだけ、彼女たちに近づく。彼女たちに歩み寄ることから始めよう。……もう、しのぶちゃんには、あんなことを言われたくはなかった。カナエちゃんを鬼にした頃を思い出す。カナエちゃんは食事を食べなかったけど、眠って栄養を取っていた、食事を取らなかったのだからそうに違いなかった。……だったら、俺にも出来るのかもしれない。この部屋とこの服は、俺がまだ無惨様(あの方)に鬼にして頂いてから間もなかった頃だ。……意識の混濁としていたあの時の俺はこれからやって来る信者の一人を本能のまま喰らったんだ。いつも此処に戻ってくる度に食べている信者は間違いなく、そいつだった。考えている内に信者がやってくる。教祖様、部屋の外から声がする。ああ、入っていいよ。返答をすれば、膳を運ぶ男の信者が現れた。ドクンドクンと動悸が激しくなるのを感じる。これは感情が動いて心臓が動いた訳ではない、もっと原始的な欲求だ。

 

――食欲、そのものだ

 

 鬼になって間もない、ましてやその直後。意識はあるけれど、身体は鬼になって間もないそれだ。肉の味を知っている分、辛さは藤の毒の比ではなかった。ドクン、ドクン、心臓が、身体が熱い。気付けば膳が目の前に置かれていた。教祖様、首を傾げた信者が俺を見る。お顔色が悪く見られますが、そう聞いてくる信者に大丈夫だからと微笑んだ。ほぅ……と夢見心地のように目を潤ませる信者が煩わしい。ああ、美味しそうだ。うるさい、うるさい。気付けば声を出してしまった。信者は怯えた様子で部屋を出てしまった。

 

――気持ち、悪い

 

 胃がむかむかと飢えを訴え始めた。何日もそんな日が続いた。……何だ、これは。教祖としての仕事も全て休んで部屋にこもる。信者たちが心配して自室の戸を叩くが全て追い返す。来る度に香る匂いに頭がグラグラする。肉の味を思い出して舌なめずりをしてしまう。だが、駄目だ。駄目だ駄目だ、肉肉。肉。肉肉肉肉。……あの子の、声がする。琴葉を喰った俺を見て言った言葉が蘇る。

 

――化け物ッ!!きょーそさまを返せ!!

 

 ……あんな言葉、もう言われたくない。脳内では常に彼女が浮かんでは消えていく。目の前で崖下に消えていくしのぶちゃん、赤ん坊の手に触れるしのぶちゃん、逢瀬(おうせ)に誘うしのぶちゃん。カナエちゃんを殺して憎しみと殺意を向けるしのぶちゃん、ツレなく俺の誘いを断るしのぶちゃん。彼女の言葉が、蘇る。

 

――きょーそさま、今日はなんのべんきょーですか?

 

 ……しのぶちゃん。

 

――教祖様、お庭の花が満開らしいです、良かったら来られませんか?

 

 しのぶちゃん、しのぶちゃん!

 

――地獄に落ちろ

 

 そんなこと言わないで!!俺、絶対に変わるから……ッ!

 

――とっととくたばれ、糞野郎

 

 しのぶちゃん!思わず声を出してしまった。ああ、お目覚めになられたぞ。信者の声がする。周囲にも泣いている信者たちが俺を囲っていた。何があったと言うのか、話を聞けば俺は眠りについてしまったようだった。二年もの長い眠り。そして長いことの意思疎通の不可。涙ぐみながら説明をする信者たちをよそに、俺は自身に起こったことを思い返した。

 

――いつかのカナエちゃんと同じだ

 

 カナエちゃんと同じように、俺も眠る。昼間に眠り、夜に活動し始める俺に信者たちは合わせて生活を変えていく。その結果、信者たちの話を夜聞くことになった。信者を喰らうことなく、彼らの話を聞いていく。喰らうことが無くなれば、信者たちは増えていった。俺自身の活動時間も短くなって苦労しているが、どういう訳か眠ることで栄養を置き換えているようだった。身体の再生は変わらない様子を見る限り周回した名残りはあるけれど栄養の補給の仕方に変化があるようだ。血を見れば食欲を促されるがしのぶちゃんを想えば我慢できる。多少なりとも、俺は食欲を抑えることが出来るようになった。……これで、彼女たちに近づけたと言えるのだろうか、それともまだ足りないのだろうか。童磨(どうま)は何十年も長いこと考えた。彼女を待つのではなく、俺が(おもむ)けばいいのだから、入れ替わり血戦を申し込む意味もないように思えた。その結果、虹色の眼には何の数字も刻まれてはいない。無名の鬼として日々が、年月が過ぎていく。

 

――そんな日々を過ごしていた時だった

 

 自身の体質に変化が起こった。気付いたのは腕に太陽が当たった時。いつもは朽ちる腕が崩れなかったのだ。驚いて思わず窓を開けば、全身に太陽を浴びる。見上げれば、見ることももう叶わないと思っていた青空と白い雲が目の前に現れた。ジリジリと皮膚を焦がす太陽はいつまで経っても俺を焼き殺してはくれなかった。どうしたことだろうか、原因は分からないが、無惨様(あの方)躍起(やっき)になって捜し求めていた太陽を克服した鬼、禰豆子(ねずこ)と図らずも同じ体質になったようだった。愛しいあの子に、向き合えたような気がした。

 

――その晩。何処かで、琵琶の鳴る音がした

 

――――――――――――――――――

 

 突然、階段が剥き出した空間に現れた。左右を見渡せば反対になったものや、重力を無視したような構造で階段が作られている。自分が立っている場所も分からない、此処は無限城だ。見上げれば鳴女ちゃんが琵琶を持って座っている。琵琶を掻き鳴らす彼女を中心に空間を歪ませていた。琵琶が鳴れば再び視界が揺らぐ。目の前に立っていたのは女だった。黒い上質な着物を(まと)った、妖艶(ようえん)な女が一人、俺を見下ろした。横には琵琶の君が付き従うように座っている。完璧な擬態とまるで違う気配だが、威圧的な空気を間違いようがない。

 

――間違いない、無惨様(あの方)だった

 

 頭を垂れて平伏し、無惨様(あの方)の言葉を待った。ほぅ、女に似つかわしくない低い無惨様(あの方)の声がその場を支配した。

 

「なるほど、私に対する敬意を持っているのか」

 

 素晴らしい、無惨様(あの方)(なまめ)かしく笑う。声を聞かなければ女が寝屋に誘っているような妖美な様だった。何もしていない筈だ、上弦でもなければ下弦でもない俺が呼ばれる理由が分からなかった。

 

「何もしていない?とんでもない、お前は他の鬼よりも素晴らしい働きをしたのだ。……褒めてやる、よくやった童磨(どうま)!!」

 

 気付けば、目の前に無惨様(あの方)が立っている。気付けば首を切られて持ち上げられることはあったが、目の前に立たれるのは初めてのことだった。表を上げよ、無惨様(あの方)の言葉には逆らえない。顔を見上げれば無惨様(あの方)は上機嫌な笑みを浮かべて俺を無理やり立たせて、抱き締めた。女独特の柔らかな感触が身体に伝わってくる。

 

――だが、それもすぐに無くなった

 

 徐々に身体が無惨様(あの方)の身体に埋まっていくのを感じた。下を見ればもう下半身は無惨様(あの方)の身体に埋まっている。喰われる、そう感じ取って無惨様(あの方)の顔を見れば、かつてないほどに興奮しきった顔で俺を見ていた。身体は既に女をやめていつもの男の姿に戻っている。(たくま)しい腕が童磨(どうま)の上半身を強く抱きしめた。

 

――無惨様(あの方)は俺をかつてないほどに褒めた

 

 初めてのことだった。妓夫太郎(ぎゅうたろう)達が死んだ時に御詫(おわ)びにと目玉をほじくり出そうとすればいらないと冷たかった無惨様(あの方)が、初めて本当に楽し気に語る。素晴らしい働きだと褒め称える姿が、初めて憎らしく思った。

 

――違う、違うちがう違うチガう違う違う!!

 

 俺は、あの子の為にやってきた。彼女たちに近づきたくて、一緒に笑いあって欲しくて、それだけを願って、あの子の為に食事もやめたんだ。……それなのに、それなのに。邪魔を、するのか。ふざけるな、ふざけるな。思わず無惨様(あの方)を睨むも、無惨様(あの方)は勝ち誇った笑みで俺を見下ろした。

 

――もう、首しか残っていない

 

 沼の中に沈むように目の前は闇に包まれた。

 




太陽を克服したけど、このスキルは引き継げないのよ。すまんな童磨さん。あの方に女になっていただいて胸の中で吸収されたよ、良かったね!

太陽克服ってどうしたらなるんでしょうね。炭治郎の血筋?体質?それとも根性?って悩みに悩んだ末、今作では根性論を採用してみたけど、多分違うと思うから二次創作だから目を瞑って欲しいです(´・ω・`)


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11週目

別タイトル:童磨さん、琴葉から学ぶ
といってもこれで良かったのかななんて思いながら更新しています。


 無惨様(あの方)に吸収されて、目の前が真っ暗になった。気付けばいつもの自室。また此処から始めなければならない。道は遠くありながら、それでも俺は彼女を求めて止まない。また一からやり直した。断食をして眠る体質になる度に襲い掛かる眠気を煩わしく思いながら、太陽に当たれば朽ちる腕を見る。一度全身浴びたことがあったが無惨様(あの方)に吸収された時以外で太陽を克服したことはなかった。何故一度だけああなったか分からないが、無惨様(あの方)に呼び出されることも会うことも、もうごめんだった。あの子の為にしてきたことを容易く嘲笑って奪う無惨様(あの方)に対して怒りを感じたことは、童磨(どうま)自身が感じていることだ。きっと今も俺を見ていることだろうが遠くに居れば思考を読み取ることはない。叛意(はんい)を抱いてしまったことを悟られたくはなかった、無惨様(あの方)は向上心のない鬼に見向きはしないだろう、童磨(どうま)は出来るだけ目立たずただの鬼になることを選ぶ、選んでこれからのことを考えた。何年も何十年も考えた。

 

――どうすれば呪いが外せるかを、考え続けた

 

 見上げれば天井の見慣れた梁が見える。そこからは垂れ下がる布と、極楽と書かれた文字の書かれた札が張られ、神秘的な演出を見せる布が向こうを透かしその向こうの襖が見える。此処で、両親に言われるがまま信者たちを導いてきた。それは幼い頃からやってきたこと。殆ど作業にも近い、此処であくびが出る程退屈な不幸話を聞いてきた。死に恐れている様はまるで理解できないけれど、可哀想だから甘言を(ろう)して常に信者たちを救ってきた。

 

――皆を幸せにするのが俺の務め

 

 そう信じて可哀想な彼らを助けてあげたし、幸せにしてあげた。鬼になれば死を恐れる彼らと共に永遠を生きることが出来る。もう恐れることもつらいことも悲しいこともない。そう思っていたから無惨様(あの方)に鬼にして頂けたことはありがたかった、悩める彼らを永遠に救うことが出来ることを、それを実行できる力を手にしたことを誇らしく思っていた。だけどあの子は俺がそれをするのを嫌がったし化け物と言われれば鬼になったことはむしろ失敗だったと思えた。……それでも百年以上離れているから彼女に会うためには必要なことだったのだけれど、こうなってしまえば無惨様(あの方)の呪いは邪魔だった。監視と言えばいいのだろうか、これがある限りきっと俺は何処にも行けないしあの子にも近づけはしないのだろう。だから真剣に考える。身体を弄ればこれはなくなるのだろうか、太陽を克服した時のように精神でどうにかなるのだろうか。考えれば考える程、分からなくなった。

 

――――――――――――――――――

 

 呪いに悩んでいる中、気付けば琴葉がやってくる時期がやって来た。顔が原形を留めていない程に殴られた、哀れな娘。姑にも旦那にも虐められて、いつものように保護をして傷を癒せば赤子を抱き締めて綺麗に笑っていた。頭の鈍さは相変わらずで花を部屋に持ち込んで謁見の間で投げて散らかしたり、子守歌なのに歌詞を間違えたりもしていた。俺が朝眠ることを知れば夜にその間違えた子守歌を聞かせるのだ。

 

――正直、煩いのだけれどやめて欲しいとは思ってはいなかった

 

 心が綺麗な娘、前から死ぬまで手元に置きたいと思っている程には気に入っていた。もう人を食べないから琴葉から罵倒されることはなく、琴葉との生活も長くなった。伊之助と呼んで抱き上げられる赤子は、いつかの無限城で俺の首を切り離したことを懐かしく思う。琴葉から伊之助を抱き上げて欲しいと言われれば抱き上げる他なかった。抱き上げてみれば軽い小さな命が手の上に乗った。持ち方を琴葉に怒られながら正しい持ち方を教わる。よだれを垂らして眠る赤子はトクントクンと小さな鼓動を鳴らす。

 

――ああ、温かい

 

 いつもは栄養価として妊婦と共に食べていた命。その命の軽さと温かさに触れれば、何故か胸が温かくなるのを感じた。しのぶちゃんもこの小さな命の手を握っている時、こんな気持ちだったのかな。考え込んでいると不意に、髪の毛に何かの感触を感じた。見上げれば琴葉から手が伸びていて自分が頭を撫でられていることに気付く。首を傾げれば琴葉は、笑いかけている。

 

「教祖様はいつも笑っておられますが、困っているように見えて、勘違いだったらごめんなさい」

 

 勘の、鋭い娘だと思う。信者たちは総じて自分のことしか見えていない、俺を頼るのはそういうことだし導いて欲しいと縋るのだ。それは琴葉にも言えることだけど、その勘の鋭さで俺は人喰いを見抜かれた。信者達だって気付かないことをあっさりと見抜くのは彼女の素晴らしい所だ。凛とした真っ直ぐな瞳に見つめられればお手上げだと童磨(どうま)は手を上げた。

 

――確かに、俺は悩んでいる

 

 それは呪いだったりしのぶちゃんのことだったりするのだけれど、……俺は俺自身に悩んでいた。いつまで経っても俺は感情が分からないままなのだ。俺だけが、浮いている。俺は今まで皆を導いてきたのに、俺自身が導けないと言うのは教祖としてどうなんだろうね。そんな冗談を口にすれば琴葉はいいえと否定した。

 

「あなただって、悩んでいいんです。困ったっていいんです、泣いたっていいんです」

 

 そんなこと、言われたのは初めてだった。両親も信者たちも神の子と呼称して俺に導けと言ってくるだけだったのに。……ああ、そういえばカナエちゃんも似たようなことを言っていたなぁ。懐かしく思い出していると隣に居る琴葉が俺に笑いかける。ほら、この子を見てください、俺が抱き上げる赤子の頬に琴葉が触れる。それを寝苦しそうに身じろぎする赤子が面白かった。

 

「……今は眠っているけど、ちょっと頬に触れたらこんな風に顔を歪ませている。起きたら思いきり笑って泣くでしょう?それが、人間なのです。教祖様も人間なのだから、自分の感情の言葉に耳を傾けたらいいんですよ」

 

 琴葉が胸を張って笑う。なんだか偉そうで、笑っていると琴葉はすぐに恥ずかしそうに頬を紅潮させてコホン、とこれ見よがしに咳をした。

 

「……何だか、ちょっと説教臭くなりましたね。偉そうに……ごめんなさい」

 

「……いや、参考になったよ。……琴葉、ありがとうね」

 

 琴葉はいつものように、深い夜の中、間違えた歌詞の子守唄を歌い始めた。それから彼女と数年過ごした。伊之助も立ち上がって好き勝手動き回って手が掛かるし琴葉はいつも通りだ。一緒に困って何だか子供が二人増えたみたいだ、ボンヤリとそう思っていつもの子守唄を歌う彼女に耳を傾けた。

 

――チュンチュンと、朝を告げる鳥の鳴き声が聞こえる

 

 俺が眠る時間ではあるけれど起きることを決めていた。傍には琴葉が壁に寄りかかって疲れ果てて眠っている、何も俺に合わせなくとも良いのにね。少し大きくなった伊之助を大切そうに抱き上げている。そっとすることにして俺は部屋を後にする。……正直、眠たくて堪らない。それでも起きなければいけなかった。歩き慣れた、廊下を歩き、庭へ続く道へ出た。今立っている日陰のある場所から一歩でも出たら俺はきっと死ぬのだろう。……それが、目的だった。迷うことなく一歩足を踏み出せば焼けつくような熱さに身を焦がし、命を絶った。……気のせいだろうか。何かが、外れるような音がした。

 

――――――――――――――――――

 

 いつもの見慣れた、自室だった。此処から始まるのはいつものことだ。この自室で、しのぶちゃんの為に、努力し続けた。時に殺し、カナエちゃんを捉えたり、時に鬼にしてみたり、色々なことをしてきたなぁ、懐かしく思いながらハッとする。

 

――おお、そうであった

 

 このままでは信者が来てしまうし朝になってしまうじゃないか。いそいそと立ち上がって身支度を整える。祝いに貰った金扇も手に取って、お金も持った。……よし、準備は整った。楽しく笑って見せれば鏡の中の俺も笑っていた。

 

――しばらく、旅に出ようと思った。

 

 両親が残して引き継いだ教祖としての自分を一度捨ててみて、新しいことをしてみたい思いだった、これを決心したのは琴葉のおかげだ。俺はもっと、自分の感情の声に耳を傾けるべきだったんだ。まだ無惨様(あの方)の呪いが消えていないのだけど、鬼が移動するくらいなんてことは無い筈だ。うん、行こうか。童磨(どうま)は笑って冷たい夜の中に飛び込んだ。

 

――じゃあ、行ってきます

 

 教祖様、失礼します。いつもの信者が襖越しに声を掛けるも、返答は帰ってこない。様子を訝しんだ信者が襖を開けば、そこには誰もいない。大変だ、信者の叫び声が部屋中に響いた。

 




今回は家出童磨さんです。童磨さん珍道中のスタートだ!


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リクエスト4 前半

今回はリクエストにお応えします。前半後半に分けました。前半は少し短め仕様です。

今回は段ボールニシキさんからのリクエストです。

【鬼になったカナエさんを見てしまった回のしのぶさん視点】からお送りします。


 ……たった一人の、肉親だった。お揃いの色違いの蝶の髪留めを二つ付けた姉。にこにこと穏やかに微笑んで優しい、私の大切な、家族。同時に私よりも強い、目指すべき、鬼殺隊の頂点()

 

――そんな姉が、消えてしまった

 

 沢山話して、また後でねと言われた翌日、姉が消えた。日の出から逃げ去る夜の闇が彼女を捕らえてしまったようだった。鬼が連れ去ったのだろうと、皆が噂する。やれ、鬼に甘いのだからこうなるのだ、やれ、喰われたのだ、皆こぞって姉を好き勝手に言う。ふざけるな、……姉は柱だ。決してそこらの鬼に負けるなど、ありえなかった。ならば上弦が姉を連れ去ったのは間違いなかった。必死に手掛かりを探した。鎹鴉(かすがいがらす)から指示された場所に行けば周辺調査を怠らなかったし仲間の隊士達にも情報を求めた。足跡でもいい、髪の毛一本でもいい。尻尾を掴むためなら、どんなに噂で哀れまれようとも耐え抜いた。その間にも藤の毒の研究もし続けた。いつか姉を(さら)った鬼を少しでも苦しむことが出来るように、呪って願って、鬼と姉を探し続けた。何年か経てば毒の研究はやがて鬼を殺すことも可能になった。力のない私にとって、それは吉報でお館様からも実績を認めて頂き、私は柱になった。

 

――とうとう、姉に追いついた

 

 努力したことが認められた、誇らしくありながら複雑な思いだった。全ては姉を攫った鬼が少しでも苦しめばと願って作られたモノだったから、私情で柱になったような複雑な思いで柱の就任を受け入れた。柱になれば私を狙う鬼が増えるのだ、任務も増えて姉を捜す機会が増えたが、未だに手掛かりは見つけられない。そうしている内に未だに鬼舞辻無惨は鬼を増やしている。まるで終わりのない、いたちごっこのようだ。その中では姉を攫って、喰ったかもしれない鬼が今ものうのうと生きていることを考えれば、憎悪と怒りが自身の中に溜まって膨らんでいった。

 

――だけど、それでも私は姉を、見つけたかった

 

 死んでいてもいい、形見だけでもいい。姉が居たという事実を残したかった。

 

――――――――――――――――――

 

――ある日のことだった。

 

 頭上から飛んでくる鎹鴉(かすがいがらす)の伝令で事態は進展することとなった。鎹鴉(かすがいがらす)の足に添えられた手紙の内容には、姉らしき姿を見たと言う情報が載せられていた。万世極楽教から命からがら逃げ出した信者からもたらされたそれは、教祖が人を喰らっていることやその傍らに喋々の髪留めを付けた少女がいることを告げていた。何より、その教祖の眼には数字が刻まれている。……とうとう、突き止めた。……姉も、生きている。ドクドクとはやし立てる心臓を押さえつける。潜入の役割を言い渡されたしのぶは喜んで教団へと足を運んだ。

 

――――――――――――――――――

 

 高地の山の山頂近く、人里離れたその場所に、万世極楽教の本部がそこにあった。何段、何十、何百もの石段を登る途中、しのぶは道を外れて山の木陰へと身を潜め、息を殺した。落ちあうことになっていた隊士を待ちかねる。ガサガサと向こうからやってきたのは水柱だった。鋭く熱を感じさせない静かな水面のような瞳の男はしのぶを一目見て、すぐに目を伏せてその場に佇んでいる。上弦を相手に柱が二人いる事態を重く見るべきでしょうか、思考しながらもしのぶは穏やかに微笑んだ。姉が好きだと言ってくれた笑みを絶やさぬために。

 

「ねぇ、冨岡さん。あなたですか?」

 

「……ああ、」

 

 相変わらず愛想のない男だ、しのぶは内心そう思いながらも詳細を聞くためにしのぶは冨岡の話に耳を傾けた。その際、万世極楽教の情報も聞かされた。信者は250人程度であり、教団としては小規模なモノでありながら、団体で行動する中鬼が発覚されなかったのは鬼がずる賢いことに他ならない。そんな鬼が姉を攫ったと思えばどす黒い憎悪が腹の底に溜まっていった。

 

「……それで、私は潜入して鬼を狩ればいいのですね」

 

ああ、と冨岡は頷いた。教団内は人間が多い。刺激は少ない方がいいのだ。

 

「……だが、無理はするな。応援を呼びたい時はいつでも言え」

 

 冨岡は外で待機して、伝言係としての役割を果たすようだった。伝言伝達や潜入ならば宇随天元の方が長けているのではないのかと問えば、遊郭で連絡が途絶えてしまった嫁を捜す為に忙しく、他の柱たちも癖があって使えず消去法で冨岡としのぶにお鉢が回ったようだった。しのぶは、現状に感謝しながら屋敷のある方を睨みつけた。おい、冨岡の呼び止める声が聞こえる。何でしょう、首を傾げれば冨岡はもの言いたげに口を何度もパクパクさせている。何か言いたいようだ、しばらくしてから冨岡はようやく言葉を紡いだ。

 

「……あまり、思いつめるな」

 

 しのぶは目を白黒にさせて言われたことを理解すればフフッと噴き出して笑った。一応、仲間に気を使うことは出来るのかと思えば目の前の無愛想な男が面白くて仕方なかった。何が、おかしい。冨岡のムスッとした顔がますます笑いを誘ってしばらくしのぶはお腹を抱えて笑い出した。

 

――――――――――――――――――

 

 しのぶは隊服から町娘の着物に着替えて、自身の日輪刀を木の根元に隠した。蝶の髪飾りも刀と共に埋め込んだが、髪飾りを埋める途中、姉を思い出して、埋めることを躊躇した。しばらく髪飾りを見ていれば冨岡の声でハッと意識を取り戻し、埋め込む作業を再開させた。今まで上げていたしのぶの髪は垂れ下がり、肩まで下りた癖のある髪が艶を出して女性の色気が増していた。

 

「……では、この辺で二手に分かれましょう、私は予定通り入信を、冨岡さんは待機でお願いします」

 

「……承知した」

 

 二人は互いに違う方向に向かって、消え去った。

 




独自解釈を混ぜました。カナエさんもいるのでかなり童磨さんも警備が甘くなっているという解釈です。
時間軸的に言えば炭治郎が遊郭行ってるくらいの頃です。

本編はまだ書き込み中ですのでお待ちを!


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リクエスト4 後編

これにて、後編は終了です
今回は童磨さん死んだ後のしのぶさんも書いてます


 大きな屋敷が教団の本部らしい。大きな囲いに覆われて、その玄関口には分厚い門が構えられている。門番に声を掛けられて入信者だと告げればあっさりと道を通された。中に入れば似たような白い服をきた人たちとすれ違っていく。あなたは運がいい、道案内をする信者が世間話をするようにしのぶに声を掛けてきた。今日は教祖様がおられるのだと笑いかける信者にしのぶは複雑な思いだった。鬼であることを知らずに慕う姿はあまりに純粋で、疑わない彼らに何もできない自身がもどかしかった。

 

――着きました

 

 突き当たった場所の襖を開けば広い畳が広がる空間が広がった。中心には祭壇のように少し小高く作られた場所があり、そこの中心の座席には教祖なる鬼がそこに居た。禍々しい血を被ったような模様を混じらせた白橡色(しろつるばみいろ)の髪が特徴の青年だった。その眼は笑っていて、数字が見えない。

 

――こいつが、姉を攫った鬼……ッ!

 

 必死に怒りを抑え込みながら、しのぶは鬼殺隊としての任務を全うした。姉が消えてしまって身寄りがないと事実を混ぜた設定を語れば、それは辛かったねと教祖は哀れむように相槌を打っている。……お前が、それを言うか。しのぶは自身の衝動を抑え込みながら、鬼と向かい合った。何故か、視線を感じる、引きつった顔を隠すように曖昧に笑ってみせれば鬼は怪しく笑った。

 

――――――――――――――――――

 

 支給された白服を身に纏い、しのぶは姉が何処に隠されているかを知るため信者たちの話を聞いて回った。勿論、教祖が鬼である証拠集めも忘れない、逃げた元信者の言葉を信じない訳ではないが、切る為にも証拠は必要だ。何処を聞いても教祖様はお優しい、素晴らしい、神の子だと賛美して称賛する言葉ばかりで耳が痛くなる。そんな言葉ばかり飛び交う中、教祖が人外である確信も得られた。曰く、教祖様は傷を負ってもすぐに癒えてしまわれる。曰く、教祖様はいつまでも若々しく老いを知らない。神に愛される子なのだから当然なのだと胸を張る信者たち。……そこまで人ではないのが分かっているのなら、疑うべきなのに信者の彼らは救われることを望んでいた。辛いことばかりだったのだろう、現実を遮断して夢の中に入り込みたいのだろうと同情しながらもそれを利用して純粋な人を喰らう教祖が脳裏にチラついて苛立ちが増した。建物の構造を見て回れば謁見の間から説法を開く間まで日に当たらない廊下が続いている。どの空間も同じように日に当たらないように作られていて、何処にでも行けるような状況に背筋が寒くなった。おや、向こうから聞きたくもない声が聞こえる。しのぶが前を見れば教祖服に身を包んだ鬼がにっこり穏やかに微笑んでいた。

 

「やあやあ、しのぶちゃん。此処の生活には慣れたかな?」

 

「……教祖様。教団の皆さんにはよくして貰っています」

 

 何処までも、聞こえの良い甘言。カっと怒りで頭が熱くなるも平静を装うも変な間が開いた。……バレてはいないだろうか、相手の様子を窺えば頷きながら微笑む姿しか見えなかった。

 

「うんうん、そうかそうか。良かったねぇ。困ったことがあったら言ってね」

 

 それじゃあね、本当に急いでいるようだ。思わず呼び止めてしまう、振り返ってしのぶの言葉を待つ男に、しのぶは咄嗟に言葉を紡いだ。思い浮かぶのは最近話した信者との会話だった。

 

「教祖様、お庭の花が満開らしいです、良かったら来られませんか?」

 

 鬼にそんなことを誘っても意味などないのに、しのぶは自身の言葉に動揺するもすぐに冷静を取り戻した。別に動揺することでもない、信者もそうやって誘っていた筈だ。そう言い聞かせれば目の前の相手に変化が訪れた。はっはとまるで過呼吸を起こすように息をして、顔が心なしか赤い。……?一体何だと言うのか、相手の出方を窺っていると相手はようやく言葉を絞り出した。

 

「……ごめんね、説法でこれから忙しいからね、また今度誘ってね」

 

 本当に申し訳なさそうに、謝ってくる。そしてそのままもう振り返ることなく歩き出した。……後ろ姿は何処か寂しげで弱弱しく映った。鬼の癖に何故そんな様子なのか分からないのがどうにも心残りになってしのぶの調子を狂わせた。

 

――――――――――――――――――

 

 しのぶが信者としての生活をしてから大分経つ。馴染んでいけば信用されていったし信頼もされていった。何処へ行っても怪しまれることも無くなった頃、しのぶは行動に移した。手始めに埋めた隊服と刀を手に入れて、夜皆が寝静まった頃に屋敷内を走った。教祖は何処かに行ってしまったようで見つからない。襖を次から次へと開けば、女性の呻く声がした、まさかあの鬼に捕らえられているのか、しのぶは声のする方の襖を開けば、目を大きく見開かせた。その部屋の中は、高価な家具に取り囲まれていた。中心には長い髪の女性が俯いて座り込んでいる。視界に映る情報が脳内に刻まれる度に、ドクドクと耳元に響く心臓の音がうるさくて、息が荒くなって上手く空気が吸えない。

 

――あの、髪飾りは……、

 

 俯いた女性が、顔を上げれば見間違いようもなかった。間違いない、姉だった。……だが、様子がおかしい。よだれをダラダラ垂らして、見つめられている。

 

――その眼の瞳孔は縦長で、……まるでそれは、肉食の獣のようだった

 

 姉は爪を鋭くさせてしのぶに襲い掛かって来た。しのぶが咄嗟に避ければ畳に爪の跡が抉れて残る。動揺して動けなくなったのもあって頬に線が一筋走り、プツリと玉のような血が溢れ出して流れ出す。爪先に残った血を姉が舐めとれば堪らないといった様子で顔を紅潮させて指をしゃぶった。血に酔っているその姿は、鬼だった。物足りないと言わんばかりに、その鋭くなった爪がしのぶを襲う。

 

――姉は、鬼になってしまった

 

 その事実に、頭がガンガンする。鬼の猛攻を避ける度に畳は抉れ、家具が壊れていく。だが、しのぶは刀を抜けずにいた。……分かって、いた筈だ。鬼に攫われればどうなるかなんて、だけどこれなら、これだったら喰われてしまった方がマシだった。姉さん、呼びかけても答えはなく、獣のような唸り声が聞こえてくる。

 

――もう殺すしか、道はないの?

 

 キンと耳鳴りが鳴って音が聞こえない。不意に姉の姿が消えた。見失って見渡すも姿がない。気付けば、目の前に姉が拳を振りかざしている。不味い、咄嗟に身体を丸めて衝撃に備えれば腹に重たい一撃を貰った。後ろにあった襖や障子を壊しながらしのぶは吹き飛んだ。かはッ、衝撃で息が吸い込めない。目の前の姉は、笑っている。まるで殺しを愉しむ鬼だった。

 

――もう、あれは姉じゃないんだ

 

 そう言い聞かせてしのぶは立ち上がって呼吸を整えた。これ以上姉の手を血に染めさせてはならない、しのぶは刀で姉を貫いた。壁に突き刺さる姉の肉が刺さる音と感触を感じる。引き抜けば、姉は苦しげに顔を歪ませて血を吐き出した。……そして、力なく姉は倒れた。刀は手放さないまま呆然とした。

 

――私が、姉を殺した

 

 その事実が、胸の中を突き刺した。涙がボロボロと零れ出して、止まらない。攫った鬼を苦しんで殺す為に作った毒が、捜していた姉を殺してしまった。……その事実が受け止め切れそうになかった。

 

「カナエ姉さん、姉、さん……ッ!!」

 

 何度もしのぶは姉の名を呼んで、声が掠れていった。そんな時だった、……あの低い声がする。

 

「こんばんは、しのぶちゃん。町娘の恰好はやめちゃったのかい?」

 

 でもやっぱりそっちの方が似合うよ、鑑賞をするように虹色の眼は嬉しそうにしのぶに笑いかけてくる。キッと鬼を睨みつけた。憎しみ、憎悪、殺意がしのぶの脳内を沸騰させていく。相手はまるで納得したようにうんうんと頷いている。ふざけるな、しのぶは吠えた。

 

「カナエ姉さんを、よくも……ッ!」

 

「しのぶちゃん、一緒に鬼になろうぜ」

 

 そうしたら仲良くなれるからな、ふざけた提案をし始める鬼に、殺意しか湧いてこない、しのぶは刃を構えた。へらへらと笑う鬼はしのぶの攻撃に備えて金扇を取り出した。

 

――――――――――――――――――

 

 眼に刻まれた数字と文字の実力は本物で、柱であるしのぶは一突きも浴びせることは出来ずにいた。まるでこちらの動きが分かるような動きで先読みをするように紙一重で避けていく。優位なのはあちらである筈なのに、致命傷を与えないのは何故なのだろうか。困ったように眉下を下げて、血鬼術を使わない相手を腹立たしく思った。氷の(つた)を伸ばしてようやく血鬼術を使ったかと思えばどうやら攻撃をするつもりはないようだ。しのぶの速さに追い付けないと悟ればあっさりと血鬼術をやめてしまい、捕らえることを目的にしているように思えた。ううむ、悩んだ様子で目を閉ざす鬼にはやはり攻撃は与えられない。思いついたように鬼がしのぶに声を掛けてきた。

 

「しのぶちゃん、……痛いのは嫌だろう?ほら、鬼になろうぜ、長生きも出来るしカナエちゃんともお揃いだ!いい考えだろう!」

 

「うるさい!黙れッ!」

 

 目を貫いたが毒が効かないようで一向に苦しむ素振りがない。苛立ちで突きを激しくしたが金扇で受け止められた。そんな時、ペタペタと足音がした。まさか、音のする方を見れば姉が歩いてくるのが視界に映った。姉が、まだ生きていた。殺していなかったことにホッとしてしまった。そして悟る。もう、私は姉を殺せない。あの肉の感触を感じたくはなかった。憎い鬼、……なのに刀を構えられない。

 

――……私は、柱失格だ

 

 カシャン、しのぶは刀を手放した。戦意喪失だった、それを上弦が見逃すことはない。

 

「ごめんね、しのぶちゃん」

 

 手足に衝撃を受けたと思えば、体勢が整わない。重力に従ってしのぶは落ちていく。そのまま仰向けに倒れる。起き上がろうともがくも動けない、ドクドクと手足の付け根が熱い、痛みに気付いて手足を見ればそこには自身を動かす手足が綺麗に切り落とされていた。姉の叫び声がしたが切り落とされた事実を自覚すればますます痛みが増して、脂汗が身体中から滲み出した。夜明けは近づいているのに、不味い状況に置かれていた。鬼は怪しく口角を歪ませた。

 

「……痛いよね、ごめんね。あまりに暴れるモノだし話も聞いてくれなかったから……でも大丈夫!鬼になれば生えてくるからな!」

 

 その言葉を聞いて、ゾッとする。先程からこの鬼は私を鬼にすると言っていた、つまりそれは。上弦弐の鬼の手からは赤黒い血がボタボタと零れ出していた。それから逃げようと身じろいでも一向に移動することはない。鬼は楽しそうに笑っている。

 

「仲良くしようぜ、しのぶちゃん」

 

 もうダメだ、そう思って目を閉ざしても何も自身の身には起こることはない。鬼になる前はこんなにも静かなモノなのか、恐る恐る目を見開けば、姉が鬼の足を切り落としていた。片足を失ったところで鬼は気にする素振りもなく姉に笑いかけている。

 

「ははッ!じゃれ合いたいんだね、でももうちょっと待っててね」

 

 足を再生させて立ち上がった鬼を、姉は壁に吹き飛ばした。今まで笑っていた鬼も眉を顰めて苦言を漏らした。

 

「カナエちゃん、流石に俺でもこれはあんまりだと思うんだけど……」

 

 鬼が立ち上がって私の下へ来ようとする。ヌッと影がしのぶを覆い隠した。姉さんが、私を守ろうとしている。しのぶは姉の背中を見続けた。余裕そうに鬼は笑った。

 

「じゃあカナエちゃん、少し遊ぼうか」

 

 金扇を構えた鬼に姉は立ち向かった。互いに傷を作っているが、上弦の鬼は戯れのようにわざと攻撃を受けているのが分かる。時間が経つにつれて姉の傷が深くなっていった。姉さん、もうやめて。叫びたいが血を流し過ぎた。呼吸をして血の流れを止めているから声が出なかった。姉の手足がしのぶと同じように吹き飛んだ。血の、匂いがする。鬼はまた笑った。

 

「遊びは終わりでいいかな?」

 

 ケラケラ笑って首を傾げている。もう朝日は昇り始めたのに、日に鬼が当たることはない。姉はもう動けない。

 

――鬼が近づく足音がする

 

 足音のする方を見ても目が、霞んでよく見えない。もう、身体を動かす気力もなかった、足音が大きくなっていった。ドンと何かがぶつかる音がした。霞む目を必死に細めて焦点を合わせれば、身体をいつの間にか再生させた姉が、上弦の腰を押し出して外に続く障子に押し出しているのが見えた。

 

――カナエ姉さん!!

 

 思わず叫んで手を伸ばしたが、その腕と手は無かった。日の出の光と共に、しのぶの目の前で上弦と姉は消えてしまった。

 

――――――――――――――――――

 

 その後、異変を感じ取った冨岡にしのぶは助けられ、一命を取り留めた。呼吸をしながら止血したのが幸いだったようだ。目覚めれば蝶屋敷のベッドの上だった。蝶屋敷に居る者たちには泣かれてしまったし、カナヲは生きててよかったと抱き締められて、温もりを感じた。

 

 ……そしてようやく家に着いたのだと自覚した。当然ながら両手足のない柱は鬼殺隊としての役割を果たせることはなくお館様には労いの言葉を頂きながらの辞職に至った。甘露寺は大声を上げて泣くし傍に居た蛇柱はネチネチと嫌味を言いながら見舞いにやって来る。入れ替わるように柱がやって来るのを相手にしながらしのぶは今後の身の振り方を考えた。手も足もない、それならば口と頭があるじゃないか、そう考えてからは行動が早かった。アオイたちに毒薬や薬学の基礎を学ばせていったし、呼吸法を教えていくこともしのぶはやり続けた。柱稽古でもそれらを隊士たちに学ばせて悲鳴を上げられたが必要なことは全て教え続けた。喋々の飛び交う屋敷で車いすに押されながらしのぶが穏やかに笑う姿が見えるようになった。

 

――そうしてまた夜になった

 

 しのぶはカナヲに車いすを押されながら、自室のベッドに横たわった。師範、おやすみなさい。そう言い残してカナヲが居なくなった後はベッドの横にあったカナエの髪飾りを見つめていた。冨岡が拾って手渡されたそれ。見る度に姉を思い出す。楽しかった時辛かった時、一緒に笑って泣いてくれた優しい姉はもういない。……私を、最期まで守ってくれた。姉が居た事実である形見、それに顔をうずめてしのぶはすすり泣いた。

 




以上リクエストお応えさせていただきました。

段ボールニシキさんからのリクエスト【鬼になったカナエさんを見てしまった回のしのぶさん視点】でした。カナエさんとしのぶさんの絆を表現してみました。これで完了させたものと判断して本編を続けて書かせていただきます。
欠けなかったら続行して別のリクエストを書かせていただきますのでその時はお願いします。


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12週目

別タイトル:童磨さん社会経験をする


 生まれ育った屋敷を後にする。最近は信者の相手ばかりで外に出るのは久方ぶりのことだった。屋敷は山奥にあるものだから標高が地上より高いそこは空気が薄い。薄い空気を吸って吐き出せば体温と外気の差で白い吐息になって夜の闇に溶けていく。見上げれば満ちた月と無数の星が森を照らす。

 

――まるで俺の行く先を照らしているようだった

 

 一歩一歩踏み出せば何だか不思議な思いになっていた。教祖という身分を捨てた今、俺は自由だしただの野良の鬼だ。眠る場所も、くつろげる場所も自分で探さなければならない。今までは信者に言えばやってもらえたことを一人でやる、それはどういうことなのだろうか、大変なことなのだろうか、面倒なことなのだろうか、あるいは楽しいことなのだろうか。

 

――分からないことばかりだ

 

 それなのに胸がトクトクと叩くようにうるさい。考えているだけでこれからが楽しみだった。

 

――――――――――――――――――

 

 旅の道中は意外にも大変だった。寝てしまう体質もあるから確実に日の当たらぬ洞窟を探し回ったし、眠っている間は無防備だから鬼殺隊に見つかればと考えれば肝が冷える思いだった。だから確実に人気の居ない場所を選ばなければ童磨(どうま)は安心に眠ることはなかった。日が昇って暮れるまで、毎日が緊張の日々だった。

 

――それでも楽しいこともあった

 

 山頂から見下ろす街並みの風景は引きこもりがちだった童磨にとっては珍しいモノでいつまでも見ていたが結局山をおりることを決めてからのことだった。街に来れば普段なら素通りするモノも見ていったし人間の営みも見て回った、教祖として要人に会いにこうして街へ赴いたことはあったがこうしてまじまじと見ることはなかった。興味は尽きず夜が明ける直前まで見て回った。それからは自室から持ち出したお金を使って日の当たらない宿で昼間は眠り、日が暮れれば街の中を練り歩く日々を繰り返した。次第にお金は無くなって宿賃すら支払えなくなれば童磨はお金を稼ぐことを考え始めた。実際に働くことにして、働いてみれば鬼の力が調節できず物品を破壊したりもしたし、知らぬ間に人を怒らせてしまったこともあって仕事は何度もクビにされることも多かったが童磨は楽しく感じていた。頭がいい自信はあったがこうも思い通りにならなければいっそ清々しかった。自分に合う仕事を探すのも一興だと思いながら童磨は仕事を転々としながらあちこちの街を歩き回った。

 

――占い師の真似事もしてみたりもした

 

 やっていることは教祖のそれと変わりはなかったがやはり人心掌握をする術と手腕は手慣れたモノであっという間に客層は増えた。これでは教祖をしていた頃と変わりがないなと思いながらも手っ取り早く稼ぐのはやはりこれが童磨には合っていた。一定金額を稼ぐまでは占い師をして、稼いだら空き家を買った。安住の地を手に入れて満足していたがやはり人間と鬼では種族が違い過ぎた。十数年も経てば年の取らない童磨は化生の類だと噂された。あの教団では特別な神の子だからと持て(はや)されたことは通じないのだなと思っているとあっという間に鬼殺隊がやってきた。元上弦弐の童磨にとって一般の鬼殺隊を倒すのは造作もないが警戒されたら今後あの子に警戒されるかと童磨は考え直し仲良くするために言葉を選んだ。人間は今生では食べていないこと、昼間は眠っていることなど、いかに自分が安全な鬼かを説明した。

 

――そんなこと信じられるか、化け物め……ッ!!

 

 馴染みの金扇を地面に置いて手を上げて降参しながら声を掛けても信用を勝ち取るには至らず刀を振り落とされた。……ああ、残念。童磨は直ちに逃げに転じることを決めた、鬼殺隊の一太刀を浴びながら童磨は足元に置いた金扇を拾い上げた。正体を現したかと怒鳴り込む鬼殺隊に怒声を浴びせられる。違うよ、そう否定しながら童磨は金扇を扇ぎ、血鬼術で形成した氷の(つた)で相手を拘束して空き家を飛び出した。卑怯者、そんな罵声を聞きながら童磨は夜の闇の中に消えていった。

 

――――――――――――――――――

 

 家を失ったことは失敗だったなと反省しながら童磨は新天地でやり直すことを選び、殆ど同じやり方でお金を稼いで空き家を買った。何年か過ごせば別の街へ移動することを繰り返す。人によっては琴葉のように鋭い人間もいることもその中で学びながら童磨は人間社会に溶け込むことが上手くなった。何年何十年も繰り返せば力の調節も上手くなり、人当たりも要領のいい童磨はどの仕事も失敗しなくなった。そうすればもう支障もなくなって童磨は確実にお金を稼ぐようにもなった。そんな時だった。

 

――ある日のことだった

 

 おい、そう声を掛けられた。童磨が振り返れば睨むように此方を見据える少年がそこに立っていた。まるで学門を本分としている書生のような身なりだが童磨はすぐに人間の気配ではないことを悟った。まるで不本意だと言いたげに少年は童磨に一枚の手紙を差し出してすぐに消え去ってしまった。見回しても姿は失せてしまい、気配も既に消え失せて追えそうにはなかった。……どうやらこれが先程の鬼の血鬼術のようだった。手渡されたのならば読まねば失礼だろうと家に戻り次第手紙を読めばそれは童磨にとって吉報だった。なんと逃れ者の珠世からの手紙だった。曰く、貴方のことは知っていて眠る体質に興味があって血を調べたいとのことが手紙にはつらつらと文字で書き(つづ)られていた。何処で自身の眠る体質を知ったのか不明だがきっと見えない何処かで見張っていたのだろうと童磨は結論付けた。あんな血鬼術の鬼を側に控えていて隠れるのは造作もなかった筈だ、今までもそうやって無惨様(あの方)の目を()(くぐ)っていることは間違いなかった。憶測でしかないが童磨はそう結論付ける理由に至る確信があった。

 

――何にせよだ、……相手は此方に興味を示している

 

 呪いを独力で解いているのならば童磨はそれを知りたい一心だった。返事の手紙を書こうと決めて文字を書き起こせば何処かで猫が鳴く声がする。気付けば目の前に猫が居て、何かを待つように童磨の前に座っていた。……そういえばあの少年の鬼もそうやって唐突に現れたな、そのことを思い出せばこの猫もその彼女の遣いであることは明らかだった。童磨が書いた手紙を見せれば猫はうつ伏せになって背中に背負うかばんを見せつける。どうやら入れろとのことだった。それに従うように童磨は小さなかばんに書き上げた手紙を入れてしまった。頼むよと童磨が猫の首元を撫でた。にゃあ、とまた一つ鳴き声を上げて先程までいた猫は消えていった。

 

――童磨は珠世の手紙とともに部屋に残された

 

 珠世から貰った手紙をしばらく見つめていたが燃やすことに決めた。残していたら無惨様(あの方)にいつ気付かれるか分からないからだ。火にくべれば紙は縮む、徐々にそれは赤い火になって紙は燃え広がっていく。その光景を虹色の眼は見続けた。

 

――――――――――――――――――

 

 それからしばらく童磨は珠世との交渉を続けた。血を分けるのならばその血をかばんの中に入れて欲しいと手紙に書かれているが童磨は直接でなければ分け与えないとの一点張りを通した。何度もその応対を繰り返し、相手がようやく折れたのはそれからだった。会う日時を取り決めて、いつかの少年が童磨の家にやってきた。

 

「貴様、珠世様のお手を煩わせて、よくも……ッ!!」

 

「ははッ、その珠世様を待たせる君はどうなんだい?」

 

 貴様のせいだと射殺さんばかりの熱い視線を童磨は笑って受け流した。この手の相手は狂信的な信者の居た童磨にとって簡単な手合いだった。グッと言い返せない様子で少年は何か目を描いた紙を童磨に手渡した。手渡された紙を手に持てば張り付けろと言われて、童磨は頭に張り付けた。これで何か変わるんだいとにっこり笑いながら何度も繰り返し聞けば、うるさいと少年に怒鳴られしょんぼりと童磨は眉を下がらせて落ち込んだ。それから黙って少年について歩いて童磨はようやく何が変わったか実感した。なるほど、認識阻害にも近い血鬼術なのか。最初は姿を隠す血鬼術なのかと思っていたが周囲を見渡しても人間は額に紙を付けた童磨に少しも疑問を抱く様子が見受けられなかった。少年を少しでも見失えば後を追うことは難しい上に彼が案内人である理由も理解した。

 

――なるほどなるほど

 

 童磨は笑いながら少年についていきある屋敷に行き着いた。中に入れば屋敷の主である女性が出迎えた。物憂げな美しい女性だった。真っ直ぐと此方を見据える女の鬼に童磨は返すように笑いながら手を振って見せる。失礼だぞと文句を垂れる少年を聞き流しながら童磨はいつもの挨拶を始めた。

 

「やあやあ、初めまして。俺の名前は童磨。良い夜だねぇ」

 

 いつものように屈託のない笑みを、童磨は張り付ける。……相手は、しのぶちゃんと協力してあの毒を作った鬼だ。きっと、何かの手掛かりになる筈だ。そう信じて童磨はいつものように笑ってみせた。

 




今回は難産であった。
次回何か進展するかなぁ……


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リクエスト5

まだ忙しいのでリクエストだけでもと思い更新します。
今回はエトルリアさんのリクエスト【胡蝶姉妹の弟になった伊之助の話】です。


 那田蜘蛛山(なたぐもやま)での長い夜を終えて、炭治郎は蝶屋敷で療養していた。大分身体の調子が良くなった頃、花柱の胡蝶カナエは優しく微笑んでいた。皆さん、どうですか身体の方は、優しい匂いがするカナエににっこりと炭治郎は良くなっている話をする横では我妻(あがつま)善逸(ぜんいつ)が鼻の下を伸ばし、その横では育ての母であり姉である人に色目を使う善逸を怒る伊之助(いのすけ)の姿があった。伊之助の喉は鬼の戦闘で潰されてしわがれた声を上げて、同様に戦闘で身体の手足の縮んだ善逸はどちらも本調子ではないもののいつも通りのようだった。カナエの傍らでは蟲柱の胡蝶しのぶが睨むようにこちらを見据えているが姉のいる手前で何か言うつもりはないようだ。復帰は一日でも早い方がいい、名案だと手を叩く花柱は花のようににっこりと微笑んだ。

 

――では、そろそろ機能回復訓練に入りましょうか

 

 ……機能回復訓練?首を傾げる炭治郎と顔に汗を滲ませながら青ざめる善逸。勘弁してくれよと何処かへ逃げようと動こうとする伊之助。そんな弟を見越してか先に動いたしのぶによって伊之助は抑えられ逃亡は出来なかったようだった。それぞれ反応は違えど、何かが起きるのだろうと炭治郎は予感した。……それからは地獄だった。身体をほぐす時には激痛が走り、薬湯をかけられ鬼事をする日々であった。相手は皆性別の違う異性であることも相まって伊之助の気分は落ち込んでいったし炭治郎はまだまだ努力不足であることを痛感させられる日々が続いた。そんな日々を壊したのは良くも悪くも善逸であった。炭治郎たちの帰ってくる姿に恐れ(おのの)いていたのにも関わらず機能回復訓練に参加することになれば二人に怒鳴り散らしたのは彼だった。

 

――お前が謝れ!!お前らが詫びれ!!天国にいたのに地獄にいたような顔してんじゃねぇぇえええ!!!

 

 説明を受けて、伊之助を殴った上で善逸は鬼の形相で炭治郎たちにそんなことを言い出した。女の子に触れるんだぞ、クドクドと普段とはまるで違う様子で独自の持論をぶつけた。わけわかんねぇこと言ってんじゃねーよ、殴られた伊之助も黙ってはいない。綺麗な造形の顔は殴られたことで頬を腫れ上げて、善逸を睨んだ。

 

「自分よりも小さい奴に負けると心折れるんダヨッ!!」

 

 まだ癒えていない喉を枯らしながら声を張り上げれば馬鹿にしたような善逸の声が轟いた。

 

「やだ、可哀想!!伊之助女の子と仲良くしたことないんだろ!!此処で育った癖にぃッ!?あー可哀想!!」

 

 ブチリ、伊之助の綺麗な額に一筋の青筋が立つ。善逸の煽りに、負けてなるものかと怒りの形相を浮かべ、善逸もまたこんな天国で育った伊之助が腹立たしくて仕方がなかった。……結果、士気が上がった。非常に気合が入った。炭治郎を除いて。善逸は不敵に笑い、伊之助は嫌がっていた訓練を睨んだ。

 

――こんな邪な思いで訓練するのは良くないと思う

 

 炭治郎はそう思っていても、善逸は只者ではなかった。あの激痛の走る揉みほぐしを笑って受け入れて、薬湯ぶっかけ反射訓練でもアオイ相手に勝ち星をあげた。

 

――俺は女の子にお茶をぶっかけたりしないぜ

 

 歯の浮くような言葉を口にしてカッコつけるも、男たちの会話は全て筒抜けで少女たちの視線は厳しく、勝っても善逸はボコボコに殴られた。負けじと伊之助も訓練に参加すれば何処かに力を得たように容易く勝負に勝ってみせた。炭治郎は今日も薬湯にまみれて、自分だけ恥ずかしいなと顔を俯かせた。だが、善逸たちが順調だったのは此処までだった。カナヲには誰も勝てなかったのである。誰も彼女の湯飲みを抑えることも出来なかったし捕まえることは出来なかった。五日間彼女に挑戦しても負け続けるばかりだった。

 

――ふざけんじゃねぇ!!

 

 にっこりと静かに微笑むカナヲの心情など分からない、その中で何よりも彼女に噛み付くのは伊之助だった。薬湯に濡れながら、その濡れた手でカナヲの腕を掴んだ。女の子になんてことするんだ、善逸が怒鳴るもうるせぇと伊之助は気迫で善逸を黙らせた。(おもむろ)に取り出した銅貨をカナヲは取り出して、唐突にそれを投げ出した。頭上で空を描く銅貨を手の甲で受け止めた。銅貨に出たのは表だった。カナヲはにっこりと微笑んで伊之助の腕を振り払って何も話すことなくその場を後にした。おい、静かな怒りの匂いが伊之助から香った。

 

「……てめぇ、またそれ(・・)か……ッ!?ふざけんじゃねぇぞ!!」

 

 戻ってこい、そんな伊之助の声が何度も繰り返されるもカナヲは戻ってくることはない。いつまでも部屋に伊之助の声が響いた。

 

――――――――――――――――――

 

 嘴平(はしびら)伊之助は栗花落(つゆり)カナヲが好きではなかった。姉たちが連れてきた汚い余所者。伊之助の初対面の印象はそれであったし今でも変わることはない、いつまで経っても自分の意思を選ばない人形のような少女が堪らなく嫌いだった。姉の片割れであるしのぶが自分の頭で考えて行動できない子は危険だと言う言葉に同意したのは言うまでもなかった。

 

――そんなに重く考えなくていいじゃない、カナヲは可愛いもの。

 

 一番上の姉であるカナエのとんでもない理屈に姉弟たちは理屈になってないと怒った。優しく微笑むカナエとキョトンとするカナヲも相まって妙な空気が漂っていた。

 

――きっかけさえあれば人の心は花開くから大丈夫

 

 いつか好きな男の子ができたらカナヲだって変わるわよ、断言をするカナエの言葉が決定だった。姉たちは命令しなければ動かないカナヲに付ききりになっていったし鬼殺隊としても育て始めた。伊之助は居場所を奪われたような思いだった。あんな意思決定のない人形に姉が二人も奪われた、面白くはなかった。何より、彼女たちの継子になったのも気に食わない理由の一つだった。残念ながら伊之助には姉たちの使う呼吸は合うことはなく、継子としても認められなかった。対して……あいつはどうだ。あっさりとその地位を手にしてしまったではないか。妬ましくて仕方がなかった。それなのにあいつは銅貨なんてつまらないものに意思を委ねて、何もかもどうでもいいという態度だ。嫌いになる理由なんてそれで十分だった。

 

――だが、伊之助も炭治郎たちと出会って少し心情が変わった

 

 鬼さえ倒せばいいという考えをあっさりと打ち砕いたのは彼らのおかげだった。仲間というものも蝶屋敷を出てから初めて知ったことだった、それが嬉しくて心が温かくなる。よかったわね、伊之助。優しく微笑む姉たちが自分の頭を撫でて恥ずかしかったがそれが居心地のいいものだと気付いたのは炭治郎のおかげだった。きっかけさえあれば人の心は花開く、カナエの言葉はそういうことなのか。姉たちとは違う馬鹿な頭でも理解した。

 

――……きっとカナヲもそのきっかけがないのだ

 

 頭では分かっている。だがそれでも、いつものあの態度を見てしまえば伊之助は堪らなく苛立ってしまうのだ。負けてしまうことも相まって素直になれない自分がいかにしても解決できない事態だった。どうすればあいつと話せるのか、面として向かって話せない己にも腹が立った。次第に回復訓練に参加しなくなったのはそれからすぐのことだった。善逸はとうに諦めた様子でかっぱらってきた饅頭を食べている中、考えるのはカナヲのことだった。

 

――そうしている内に炭治郎は、また一段と階段を上った

 

 あのカナヲを打ち破った。そんな事実がいつまでも伊之助に残った。動揺する善逸を余所に伊之助は焦りすら感じていた。そんな伊之助たちに発破を掛けたのは姉たちだった。善逸には一番応援していると聞こえのいい言葉を告げて奮起させて、伊之助にはカナヲにも出来るのならあなたにも出来るわよと告げる言葉が突き刺さった。全集中・常中を会得するまで九日掛かったが、それでもようやくカナヲと同じ地点にようやく立てたような思いだった。流石私たちの弟ね、そんな言葉が嬉しかった。

 

――そんな夜のことだった

 

 伊之助が空気を全身に巡らせて一人集中している時だった。カナヲがすっと真横に現れたのだ。驚きのあまり空気が乱れてしまった。

 

「……なんだよ?」

 

「……その、あの」

 

 彼女が声を出すなど、珍しいこともあるものだ。……一体何だと言うのか、首を傾げて問いかければカナヲがもじもじと手を擦り合わせていた。こんなカナヲは見たことがなかった。言葉を発しようにも続かないらしく、いい加減まどろっこしい。それでも言葉を待てばようやく言葉を紡いだ。

 

――兄、さん……ッ!

 

 たったそれだけだった。目を白黒させる伊之助を余所に顔を赤らめて居なくなろうとするカナヲの手を思わず掴んだ、……掴んで、しまった。互いに気まずい沈黙が続く。言葉を発したのは伊之助だった。おい、と声を掛ければカナヲの肩が大きく揺れた。

 

「……こっち、見ろ」

 

「……、」

 

 カナヲはゆっくりと此方を向いた。……ようやく、顔を見ることができた。……すまし顔とは程遠い、見たこともない表情だった、恥ずかしいのか顔を赤らめて、それでもやったことを後悔しているのか目を背ける姿に伊之助はおかしくて笑った。なんだ、そんな顔も出来るのか。ひとしきり笑えば戸惑うカナヲを見据えて問いかけた。

 

「……さっきの、あれで決めたのか?」

 

「……あれ?」

 

 首を傾げるカナヲ、ここまで喋るのも珍しい。

 

「ほら、いつもお前が何か決める時に投げる奴だよ」

 

 伊之助が銅貨の形を作れば納得したようだった。その問いには首をブンブン振った。どうやら銅貨ではなく、自分で決めたようだった。伊之助はまた笑った。カナヲもようやく成長するのだな、……お互い遅い成長だ。そう思えばおかしくて堪らない。一晩中、伊之助は笑い続けた。

 




今回は伊之助とカナヲの関係の話です。伊之助とカナヲの会話と炭治郎と善逸との関わり合いも見てみたいとのことだったので番外テイストでいかせて頂きました。書いてて楽しかったです。ありがとうございました。

あ、今回童磨さんの出番はございません。


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13週目

来月更新すると言ったな、あれは……嘘だ。(少し隙を見て更新です!)

※独自解釈まみれです


「珠世様に馴れ馴れしくするな!!」

 

 童磨(どうま)が挨拶をすれば道案内の男が噛み付いた。兪史郎(ゆしろう)、咎めるような響きで珠世が言葉を発すれば、慌てたように口を噤む青年に童磨(どうま)はクスリと笑った。何がおかしい、兪史郎が睨めば童磨はにっこり微笑んだ。

 

「ごめんね、君を笑ったんじゃないよ?信者もこうやって俺を心酔してこうやって噛み付いていたなぁって思い出しちゃってね、俺が止めればそうやってさっきの君みたいに委縮していたなぁ」

 

 躾のなってない犬みたいで可愛かったよ、懐かしむように目を細める童磨に兪史郎の睨みはますます鋭くなった。

 

「珠世様、やはり俺は反対です」

 

 こんな鬼をこの屋敷に入れるなんて、睨む視線におやおやと目を大きくさせて童磨はケラケラ笑う。得体のしれない雰囲気に兪史郎の視線はますます鋭くなった。おお、怖い怖い。童磨は茶化すように身を震わせて珠世と目線を合わせた。静かに佇んでいる女性、その眼と虹色の眼が合えばその視線の強さに童磨は背筋を伸ばした。……少なくとも、俺よりも長く生きているように思える。周回していなければということを除外すればだけれど。少なくとも鬼になって間もない身体では敬う方がいいかな、脳内で打算した後童磨は笑った。

 

「貴女の御付きはお呼びでないと言っているようだし、どうしようかな?」

 

 帰ってもいいんだと、言外に告げる童磨にいいえ、と珠世が頭を振った。珠世が童磨の前に歩み寄る。兪史郎が目を見開いたのはそれからすぐのことだった。

 

「兪史郎の無礼を許してください」

 

 なんと、珠世が頭を下げたのだ。兪史郎の息を呑む音がする。

 

「ははッ、良いんだぜ」

 

 俺は優しいからな、童磨は慈悲のある優しい表情で珠世の謝罪を受け入れた。……貴様ッ、童磨のふざけた言動に兪史郎が噛み付いた。

 

「そんなに睨まないでおくれ。……ああ、それと、そんなに眉間に(しわ)をよせてしまうと(たる)んでしまうよ」

 

 そうなっては俺にはどうにも出来ないからな、心底心配した様子で童磨が眉下を下げる。鬼が弛むものか、ブチリと兪史郎の血管が切れる音がする。

 

「ふざけるな!!」

 

 童磨の服の衿を掴み、兪史郎は荒い息を隠さず、鋭い視線をぶつける。兪史郎、やめなさい。珠世の制止ももはや聞き受け入れることなどできなかった。敬愛すべき女性が頭を下げた事実だけで、兪史郎が敵意を持つ理由はそれで十分だった。何より、この鬼の言動が気に入らない。虹色の眼は喜色以外の色はなくますますそれが苛つかせた。いいのかい、首を傾げる童磨は懲りもせず口を開く。

 

「上司の言うことを聞かなくて、本当にいいのかい?」

 

 少なくとも君だけだよ、俺を除け者にしようとしているのは。童磨の言葉に、兪史郎がハッとする。そうだ、相手は珠世様が呼び出した鬼だ。個人感情で噛み付いて、珠世様に頭を下げさせたのは自分のせいだった。悔しげに唇を噛み締めて、襟から手を離せば分かればいいんだよという鬼の言葉にカッと顔が熱くなった。兪史郎がごめんなさい、珠世様の二度目の謝罪を聞けばその熱さも冷える思いだった。別に構わないぜ、童磨はニヤけた顔を見せる。

 

「それで、中には入って良いんだろ?」

 

 今日は寒いからな、早く入ろうぜ。襟首を正しながら、童磨はそんな言葉を残した。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 中に入れば案内された場所は和室。家の主である珠世が座れば残りの二人もそれに従い座った。珠世は背筋を伸ばして正座をしている。その真横では兪史郎は珠世の顔を見て座っていた。珠世の目の前では童磨は胡坐をかいて肩肘ついて言葉を待つ。僅かばかりの沈黙がこの場の空気に流れる。……それで、沈黙の末、言葉を切り出したのは童磨だった。

 

「俺が血を分ける代わりに、貴女は俺に何をしてくれるのかな?」

 

「貴様、珠世様に交換条件を出すとは、どういうつもりだ!」

 

「どうもこうも、そのままの意味だよ?俺と珠世ちゃんは手紙でやり取りしたけれど今日が初対面だからね、何か条件がないと協力できないさ、俺だって痛い思いをするわけだし」

 

 何事も対等でなくては、にっこりと笑う童磨に兪史郎は手を握り締める。何が痛い思いだ、鬼の癖に。唇を噛み締める兪史郎を横目に童磨は珠世の回答を待つ。

 

「……何を、して欲しいのですか?」

 

 その言葉を待っていたと言わんばかりに童磨は握り拳を珠世の前に出した。俺の望みはただ一つ、握り拳から人差し指を突き出して、自身の方に持っていく。

 

「貴女と同じ体質。つまり、あの方の呪いを外すことが条件だ」

 

 童磨は笑みを深くして答えた。

 

「ああ、勿論断ってもいいんだよ。俺も貴女たちのことを話すつもりはないよ」

 

 あの方に俺も睨まれたくはないからね、童磨はさらに言葉を続けた。

 

「俺と同じ眠る体質なんて何十、否、何百年先に現れるんだろうね。それまであの方が何かしない訳もないだろうし、……決めるなら今の内だよ」

 

 さあ、どうする?満面の笑みを浮かべて童磨は言葉を待った。選択肢などまるでないではないか、兪史郎が童磨を睨んでも睨まれた当人は涼しい顔で笑っていた。分かりました、珠世の言葉に兪史郎が珠世様と声を張り上げた。……だが、童磨は既に了承の言葉を聞いてしまっている。

 

「ああ、嬉しいぜ」

 

 話し合って良かったよ、そうのたまう童磨にその前に、と珠世の遮る言葉を聞いた。

 

「何だい?」

 

「貴方に聞きたいことがあります」

 

 真っ直ぐした目で見据えるそれは何かを判断しようとしていた。断ればこの話も無くなると理解した童磨は何だいと首を傾げた。

 

「……貴方は、何故鬼舞辻に叛意を抱いたのですか?」

 

何だ、そんなことかい?童磨はにっこり微笑んだ。

 

「……簡単なことだよ、俺のやりたいことが出来たってだけの話。あの方と少し意向が変わった、理由なんてそんなモノさ」

 

 思い浮かぶのは無惨様(あの方)の姿。褒められてそれから吸収されたあの時、童磨の中で決定的に何かが変わった。あの時に感じた感情を覚えている、あの子と同じように揺さぶられた胸の内。かつてないほど褒められた、それなのにちっとも心地よくはなかった。感じ取った感情は無惨様(あの方)を殺してやりたい、そんな思い。あの子から引き離すつもりならば無惨様(あの方)に反発して一泡吹かせてやるのも一興に思えた。珠世は童磨の中に何かを感じ取ったように目を細め、なるほどと頷いた。

 

――それにさ、あの方に監視されていることに飽きちゃった

 

童磨は笑いながら言葉を締めくくる。脳内ではいつか出会う彼女が優しく微笑んだ。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 童磨から血を採取した後、珠世は童磨の身体を弄った。鬼舞辻の呪いの細胞は血を介して鬼の細胞と混じっているからだという理由に童磨はなるほどと納得しながら彼女の処置に従った。医者の言うことならば医者に任せた方がいいだろう、最終的に童磨はそう結論付けて彼女に身体を委ねた。

 

――……だが、それは簡単なことではなかった

 

 元上弦の回復力は彼女の処置の速さをもってしても追い付かない。ふざけるなよという処置の手伝いをする兪史郎の言葉に童磨は申し訳なさそうに眉下を下げた。それならばと童磨が自身の身体中を傷つけ始めたのはそれからすぐのことだった。時に腕を引き裂き、足を引き千切る。再生が出来ない限界までこれをしようと思い立ったらしい。ついでと言わんばかりに持参した藤の毒も呷れば、再生が遅くなった。部屋は赤黒く染まり童磨の手足の残骸や臓物が山のように積もった。部屋の掃除は誰がすると思っているんだという兪史郎の怒りの絶叫が部屋中に響いた。おお、そうであったと童磨は相変わらずの調子でごめんねと笑うばかりだった。

 

――長い一夜を越えれば童磨の呪いはなくなったようだった

 

 しばらく眠ると言って童磨はあっさりと眠り、珠世と兪史郎は童磨が本当に眠ったと驚いた様子だった。地下室で一日過ごせばスッキリした様子で童磨は起き上がる。おはよう、珠世ちゃん。普段通りの彼に状態はどうだと珠世の傍にいる兪史郎が問いかければんーと童磨が首を傾げる。あっと思い出した様子で手を叩いた。

 

「少し眠り足りないって感じかな?」

 

「貴様ふざけているのか?」

 

 兪史郎も童磨との会話が慣れたようで睨むこともやめたようだった。童磨はにっこり微笑んだ。

 

「ふざけてないけど、不愉快だったらごめんね?お詫びに目玉をほじくってあげようか?」

 

「貴様の目玉など必要ない!誰がいるかッ!」

 

「ははッ、無惨様も同じこと言ってたよ!」

 

 懐かしいね、童磨の言葉に兪史郎が目を見開いた。お前、口をパクパクと動かす兪史郎の反応を楽しんだ後、童磨は悪戯を成功させた子供のように笑った。

 

「試しに無惨様の名前を出してみたけど特にないみたいだね。……おや、もしかして兪史郎くんは珠世ちゃんの施術を信用してなかったのかな?」

 

「そんなこと、ある訳ないだろう!!」

 

 そっか、なら良かった。童磨の楽しげな声と兪史郎の怒りの声が地下室に響き渡った。

 

 




勝手な解釈としては鬼舞辻の呪いですね、身体弄ったってどんな感じなのでしょうか、少し悩んで書いたりもしました。二次創作なので原作で明らかになれば書き直す所存です。あと鬼って再生限界あるのかなって感じの解釈です。


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14週目

童磨さん、旅の再開。今回はワンクッション回。


 呪いが外れれば珠世は直ちに屋敷を引き払う準備をし始めた。呪いが急に外れたことによって無惨様が確認しに来る可能性を危惧したらしい。彼女たちは急ぐように荷物を纏めこの屋敷を廃棄することを決めたようだった。お前も手伝えと兪史郎(ゆしろう)くんは俺をこき使いながら最低限の荷物を纏めれば、札を付けて消えてしまった。

 

「いつか、また」

 

 珠世ちゃんはそれを一言告げると札を張り付けて消えていく。気配は無くなった。あれ、俺は?そんな言葉も無視されて、ぽつねんと一人もぬけの殻と化した屋敷に佇んだ。誰も彼もツレないぜ、人差し指を指す童磨(どうま)はがっくりと肩を落としながら、屋敷を後にする。珠世たち同様に、童磨もまた痕跡を消す為に現在居住している屋敷を燃やしてその場を後にした。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 根無し草の旅に戻った。今まで買い取った屋敷はしばらく寄り付かないことに決める。珠世ちゃんとは時折手紙でやり取りをしながら各地を回った。町や村を転々とするも長期的に滞在することは出来なかった。理由としては二つある。一つは信者たちが捜し回っていると風の噂で聞いたこと。白橡色(しろつるばみいろ)の髪と虹色の眼を持つ尊い方なのだと捜す信者は相も変わらずといったところだ。しばらく旅に出たいから放っておいて欲しいのだけれど、勝手に出てしまったから心配しているのだろう。だが彼らは言っても聞かないものだから対応としてはどうしたものかと考えた。

 

――うん、会ってから考えようかな

 

 結局のところ問題を後回しにした。そんなことよりももう一つの理由の方が童磨自身気にかかっていた。……鬼殺隊のことだ、彼らが信者たちと同様童磨を捜しているようだった。行く先々で彼らが後を追って来ていた。それに気付いたのは見つけたぞと言って刀を抜く鬼殺隊を見かけたからだけど。それまで追われているなんて気付くこともなかった。そもそも探査系が苦手なのだから把握出来ないのかと納得しながらもやって来る鬼殺隊の襲撃を避け続けた。時に足元を凍らせ、時に分身である結晶の御子を置いていく、殺さないように調節しながら避け続けた。

 

――場所を転々としながら、隙を見て稼いだお金を屋敷に変えていった

 

 やはり昼間は無防備になることが多いから一人になれる屋敷は点在させていた方がいいのだ。そうしていく内に見つけられにくくなったのか鬼殺隊や信者たちの影を見かけることはなくなった。……どうやら、うまく撒けたらしい。少しゆとりが手に入れば人目を避けながら顔を布で覆い隠し、屋敷の外に出た。

 

 

――久々に人と話すことをしたいと思った

 

 情報は有益なモノだ、人の噂でも馬鹿には出来ない。知り得ない情報も知識となり得た。信者たちと話をしていた時にそれを一番に自覚する。こんばんは、良い夜だねぇ。いつものように挨拶をすれば唐突に声を掛けられて戸惑っていた。こんな顔を隠した余所者じゃ仕方ないかと思いながら、持ち前の話術で話に参加する。時に囃し立て、時に同調する。盛り上げれば満更でもなさそうな様子で口元が緩くなる。信者たちの悩みを聞いてきた俺にとって人心を掌握することは容易く、話し込めばあっという間に会話は盛り上がり最後には信頼を勝ち取った。あることないこと次から次へと漏れ出す話の内容を、取捨選択をしながら、目ぼしい情報だけを抜き取っていく。最近は追われてばかりだったから聞いたこともない情報も聞けたが、結局のところ進展はないようだ。そう判断すれば早々話を切り上げてその場を後にした。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

――真新しい情報もないまま、月日が流れた

 

 何十年か経てば信者たちの姿が見えなくなった。情報を探すうち彼らの事の顛末を聞くことになった。俺が居なくなった後、教祖様がおられないならばと彼らはあっさりと改宗してしまって、信心深く俺の帰還を待つために残った信者たちも教団を立ち行くことが出来なくなり、自然消滅したという話らしい。何とも呆気ない末路だな、俺は話を聞きながらそんなことを思っていた。両親の作ったモノがなくなってしまったけれど、俺の中では特に何も思うことはなかった。ああ、一つ家が無くなったな。その程度の認識でしかなかった。

 

――重荷が一つ減ってしまえば、後は鬼殺隊から隠れることだけに専念できた

 

 この頃になれば隠れる屋敷も増えて、目撃されることも減っていた。滞在期間も伸びれば得ることの出来る情報も増えていく。人が消えただの、鬼が出たという情報はしっかりと聞いておく必要があった。鬼に出くわしたら無惨様に俺の行方が知られてしまうからだ。そうすれば今までの努力も水の泡だし、またやり直しになれば呪いの解除を引き継げるという保証もなかった。引き継げなかったらまた珠世ちゃんにお願いすればいい訳だが、可能ならばそれは最後の手段にしておきたかった。何より、間もなくしのぶちゃんに会える時期がやってくる。変わった俺を見てもらいたいなんて、そんなこと口が裂けても恥ずかしくて言えなかった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 周囲は既に寝静まっていた。夜は色濃く黒く染まり、秋になった夜風は冷たく、身震いをさせながら帰路につく。そんな時だった、何か鈍い音が聞こえた。

 

――壁に何かがぶつかる、そんな音だった

 

 ……何だろう、音のする方へ歩けば誰かを罵倒する声がする。バキ、殴りつける音、怒鳴る声、赤子の泣く声が聞こえれば只事ではないのは明らかだった。歩みを速めれば、赤子を抱いた女が男に髪を引っ張られて殴られているのが目に入った。罵倒する言葉は聞くに堪えない言葉ばかりで、その間ずっと顔を殴りつけていた。最後に吐き捨てるように女を蹴り飛ばし、女を置いて男は消え去った。可哀想に、俺は女の身を起こせば女の顔は原形を留めない程に殴りつけられていた。けれど赤子だけは守っているようだった。赤子を見れば、若葉のような眼の色と虹色の眼がかち合った。

 

――おや、この子の眼は……

 

 何処かで見たことのある、赤子の眼の色と幼いながらも端正に整ったその顔。女は目からボロボロ涙を零しながら、言葉を発した。

 

「ごめんね、伊之助」

 

 私に身寄りがないばかりに、こんな苦労をさせて。途方に暮れたように、赤子を抱き締める。伊之助、と聞き覚えのある名前に心当たりがあった。

 

――ああ、そうか。……君は

 

 童磨は涙に濡れる頬に触れて、顔を見合わせればようやくその女性が誰なのか理解した。

 




童磨さん、家なし子になる。教団消滅させちゃったので(´・ω・`)


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リクエスト6

今回はリクエストにお応えしました

言寺速人さんからのリクエスト
【猪に姉妹の片割れが育てられるルートやカナエさんは逃がさず信者のままでしのぶだけが逃がされて敵対?するルート】


※ 伊之助が育手の下で呼吸法を何年か修行してから、しのぶと再会しているってことにしています。伊之助の呼吸法の取得方法が私の中で謎に包まれている……ッ!
あと、しのぶさんは柱じゃない普通の鬼殺隊員として扱っています。



 

――ごめんね、誰かが泣く声がする

 

 血の匂いを感じることから、その声の主は怪我をしているのは明らかだった。誰かに手を引かれながら、必死に走る小さな目線は目まぐるしい。息絶え絶えにもつれる足が限界を告げてくる。走れとその誰かに叱咤されながら、行き着いた先は崖だった、そこから先は真っ暗闇の底しか見えない。パラパラと足元の土が落ちれば誰かはどうしようと呆然とした声がする。誰かが抱き上げている赤子の声は何処までも轟いた。後ろから何かが迫りくる、気配がする。ごめんね、泣くような声と共にトン、と押し出された。浮遊感と同時に落ちる衝撃に襲われる。落ちていく視界の先、その誰かが顔を覗かせる。離れていく、離れていく。手を伸ばして、誰かの名前を呼んだ。覚えていない、その名前。もどかしくて叫びだしたい焦燥感に襲われる。

 

 

――先程まで居た崖の上、赤い血が飛び散った

 

 

 ビクリと少女は身体を揺らし、目を開く。冷えていく頭の中、覚醒すれば夢を見ていたことを自覚する。はぁ、荒い息と背筋に走る冷たい汗に身震いさせながら被っていた毛皮を身体から取り払う。起きて見渡せば弟である伊之助(いのすけ)が大きないびきをかいて歯ぎしりしながら幸せそうに眠っていた。弟の被る猪の被り物を撫でればようやくざわつく胸の中が落ち着いた。夢の内容はもう既に頭から消え去って覚えてなどいなかった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 少女の名前はしのぶ。ただのしのぶ。自分の名前以外知らなかったし覚えてはいなかった。覚えていないものに執着など出来ないしのぶは、一緒に記憶のない伊之助と共に母猪に育てられた。母である猪は人間の言葉など知り得なかった、二人は言葉を発することを忘れ野生に戻る。そのまま獣の一員として生きていく筈だった彼らに、転機が訪れたのは伊之助がたかはる青年の家に迷い込んだ時のことであった。山に暮らす彼の家に伊之助は迷い込み、その際彼の祖父に餌を貰った。伊之助は餌をくれるその家に寄りつくようになり、猪の被り物をしている伊之助はたかはる青年に獣と勘違いされ、口汚く罵られながら追い払われるも伊之助は諦めなかった。性懲りもなく現れて、何度も追い払うも、今度はしのぶも伊之助と共に現れた。

 

――増えやがった!!

 

 たかはる青年は頭を抱える事態に陥った。最終的にしのぶが来たことで人間だと理解したたかはる青年はそれ以降口を挟まなくなった。餌にありつきながら伊之助としのぶは彼の祖父から百人一首を読み聞かせられながら言葉を覚える。伊之助は伊之助自身の名前を理解した。同時に、たかはる青年の乱暴な言葉も姉弟揃って仲良く覚えて、二人は縄張りを手に入れたと満足して山に帰った。彼らは山に戻り、新たに手にした言葉を口にして、山に住む子分たちに自慢する。猪突猛進、猪突猛進!がははと笑う二人の姿は楽しそうに違いなかった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 ある日のことであった、二人の住む山の中に黒服を身につけた、刀を携えた少年が入ってきたのだ。刀、というものを初めて見た二人は興奮していた。真っ先に出たのは伊之助であった。猪の被り物をした筋肉質の少年が出てくれば少年は「ヒィッ……、鬼だッ!!」と悲鳴を上げて刀を抜いた。何だコラ、伊之助が凄みながらいつものように力比べを始めればあっさりと黒服の少年は負けた。襟首を掴まれ持ち上げられば少年は泣き叫んで哀れであった。伊之助は少年から刀を奪い、洗いざらい鬼殺隊の情報を手に入れれば伊之助は鬼と力比べをするために山を出ていった。

 

――俺は行くぜ!!

 

 伊之助はそう言い残せば、しのぶは一人山に残っていたが、結局後を追うように山を出た。たった一人の弟だ、好きなことをさせてあげたかったがやはり心配だった。

 

――ぶちゃん……、伊之助はかわいいかい?

 

 何処かで、誰かの声がした。雑音と共に(もや)がかかる感覚がする。ズキリ、頭が痛んで思わず手で押さえたが、血は出ていない。首を傾げながらしのぶは人里に下りていった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 人づてに聞いて回り、育手の下で何年か過ごした。伊之助もきっと何処かで育手の手で鍛えられているに違いない。そう信じてしのぶも呼吸法を身に着けた。育手は君の力では刀を振ることは出来ないだろうと何度も言われた。だけど諦めきれず、無い頭を必死に絞り出した。山育ちだと馬鹿にされてもめげずに文字の勉強もしていったし言葉も変えていく。馬鹿にされるのは伊之助同様我慢ならない性格がそれをさせた。性格も女性らしい振舞いに変えた。時折怒れば口の悪さは出てしまって周りはギョッとした様子で此方を見るがしのぶは努力を繰り返す。文字を覚えれば振れない刀以外の道を探した。得意らしい薬学が頭に入ることを理解すればそちらで出来る方法を考えた。藤の毒が鬼に有効であるならば毒草を掛け合わせて鬼を殺す毒を作り出す。

 

――最終選別ではそれが功を奏した

 

 試作として使われた毒は、鬼に有効だった。私の努力は無駄ではなかったのだ。七日間を過ぎれば鬼殺隊の一員になることが出来た。打たれる日輪刀は特注で毒を調合出来る構造にしてもらい、任務へ行く日々が続いた。

 

――伊之助と再会したのはそれから間もなくのことだった

 

 姉ちゃん、と声を掛けられる。相変わらず見慣れた被り物を身に着けた弟は前よりもずっと大きくなっていた。伊之助、しのぶが微笑めば友達らしい二人の少年が似てないとざわついた。金髪の少年は顔を赤らめてもじもじとさせているがしのぶが素に戻れば態度は急変することとなる。久々の弟の再会で、しのぶも久々に息を抜いたのだ。そこからはもう姉弟は自由であった。

 

――ああ、やはり伊之助の姉だ

 

 伊之助を良く知る少年たちは強くそう思いながら騒がしい一夜を過ごしたのだった。

 

――――――――――――――――――

 

 炭治郎の妹である禰豆子(ねずこ)が太陽を克服したことで事態は進展する。目の色を変えた鬼舞辻無惨が禰豆子を狙うことは明らかであった。

 

――間もなく大規模な総力戦がなされる

 

 危惧した通り鬼舞辻無惨は産屋敷邸を襲撃し、お館様は堂々たる最期を迎えた。柱の方々は怒り、鬼舞辻無惨に刃を総出で向けるも琵琶の音と共に敵地である無限城に放り出された。しのぶとて例外ではない。見渡せばでたらめな構造の部屋ばかりが無数に点在し、重力すらも関係がないように無数の階段が辺りに散らばり視界を目まぐるしく映した。此処は敵地の真ん中なのだ、水辺の浮かぶ廊下を渡るしのぶは身を引き締めた。腰に提げる刀を握り締め、少女は扉を開く。現れたのは二人の影だった。

 

 一人は上弦の鬼だった。弐と刻まれた文字の意味。それは強敵であることを意味しておりしのぶは息を呑む。柱ではない、私の刃が届くのだろうか。一抹の不安を抱えてしまうも頭を振って顔を引き締めた。だが、何故だろうか。屈託のない笑みを何処かで見たような気がしてならなかった。

 

「ああ、しのぶちゃん」

 

 良かった、今回は大丈夫そうだね。虹色の眼は嬉しそうに微笑みしのぶを出迎えた。何故名前を知っているのだろうか。喉に出かかる言葉はもう一人の顔を見たことで忘れてしまった。女性は此方を見据えている。長い髪に二つの蝶の髪飾りを付ける少女だった。しのぶも同じような色の違う髪飾りを付けている、まるでお揃いのようだ。凛として佇む少女の顔に目が離せない、ズキリといつかの頭痛に襲われる。こんな時に、頭を抱える。しのぶの脳内に雑音が響く。

 

――違うよ、しのぶちゃん。生け花はそうするものじゃないよ

 

 先程聞いた上弦弐の声がする。……違う、違う。必死に否定する。だが脳内ではあの鬼の笑みが蘇る。頬杖をつきながら胡坐をかく鬼の姿が、頭を優しく撫でられる感触が、ズキズキと痛みが走りながら映像が映って消えていく。こんなの、知らない。必死に否定をしながらそれでも楽しいと記憶するそれに、腹が立った。教祖様、慕う声は紛れもなく自分の幼い声で嘘だと信じたかった。だが、否定できない記憶ばかりが蘇って現実味が増してくる。重い瞼を開けば少女が見ていた。しのぶ、声を掛けられることに衝撃を受けながら、また酷い頭痛に襲われた。

 

――しのぶ、教祖様を困らせては駄目よ?

 

 カナエ、姉さん……?無意識に呟いた言葉。頭痛が、止まらない。思い出してよ、しのぶちゃん。うるさい、うるさいうるさい。震える手で刀を引き抜いて空を切るように何度も何もないところを切りつけた。そんな時だった。必死に誰かがしのぶを呼びかけた。……呼びかけて、くれた。不意に肩を掴まれた。グイッと力強く無理やり向かされる方に目を向けた。見慣れた猪の被り物が視界に映る。それに、何故かホッとした。

 

「おい、姉ちゃん!!しっかりしろ!!」

 

 ……そうだ、弟だ。私の弟。私に姉なんて、教祖様なんていない。……あんな記憶いらないんだ。否定せんがためにしのぶは咆哮を上げた。うおおおおおお、雄々しくも猛々しい声が部屋中に響き渡る。普段の彼女を知る人ならば驚くそれは、伊之助にとっては懐かしい姉の姿であった。睨む目は上弦弐を見据えた。

 

「テメェには地獄を見せてやる!!」

 

 しのぶが吠える。刃は弟と共に向けられた。……しのぶちゃんはそんなこと言わない、呆然とした上弦弐の声がポツリと聞こえたがしのぶと伊之助には聞こえない。二人は一斉に走り出した。

 




伊之助の口調で、猪突猛進猪突猛進。がははと笑いながらギザギザの刀を振り回す。彼女は……まごうことなくもののけ姫だった……ッ!!

なんて、もっと酷いのも想像したけど、なんだか書けそうになかったので、これでご勘弁を……ッ!!
ギャップ萌えを狙いました!書いてて楽しかったです。リクエストありがとうございました!


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15週目

童磨さんが手料理を振舞うってさ(二回目)


 先程の暴力、男、身寄りがない、そして伊之助。聞き覚えのある名前と状況に、童磨(どうま)は娘をまじまじと見る。痛々しく腫れ上がる打撲痕を残す目蓋を娘は僅かに動かし、僅かに開いた翡翠の虹彩は、此方を捉えて離さない。見覚えのある面影と眼差しに童磨はようやく誰なのか理解する。

 

――……間違いない、琴葉だ

 

 面差しの残る美しかった顔は目蓋同様、顔の部位が全て腫れ上がり原形が分からない。大丈夫、声を掛けて身体の状態を確認する。着物の袖から見える琴葉の腕は青く変形している。……折れているのは間違いなかった。それでも腕の中で抱き締める赤子を手放さないのが分からない。痛いだろうに、辛いだろうに。女ならば耐えられないだろうそれが身体中に痕となって刻まれ、あちこちに打撲痕が残っていた。琴葉は童磨に大丈夫だと言うばかりで此処から立ち去ろうとする。

 

――だが足もどうにかなったらしい

 

 がくがくと足を震わせて壁伝いを使って必死に立ち上がっては歩き出す、その度に転んでいた。それでは立つことは出来ないだろう。流石にそれは見逃せない。どう言い聞かせれば言うことを聞くのか。信者たちとの会話、琴葉との会話で何を好んでいたのか。童磨は経験の上でそれを口にする。琴葉を止めるために肩を優しく叩き、優しく微笑みかける。此処に敵は居ないのだと、伝えるように優しく言葉を紡いだ。

 

「その足じゃ立てないよ。君も子供を守ると思って自分を大事にしなよ」

 

 まずは怪我を見てあげる、おいで。童磨の言葉に琴葉の目からボロボロと大粒の涙を流した。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 琴葉を家に連れていく。連れていく道中彼女は名を名乗る。童磨も実質初対面に近い琴葉に自己紹介をすれば、初対面にも関わらず俺は彼女の信頼を勝ち取るに至ったようだ。ホッとした様子で琴葉は肩の力を抜いた。足取りがおぼつかない彼女に肩を貸しながら、歩みを進める。歩みは一歩一歩遅いながらも確実に目的地へと進む、辿り着けば唯一置いてある家具であるベッドの上に横たわらせる。童磨は直ちに医者を呼んだ。夜更けにも関わらず医者はあっという間にやってきて琴葉の具合を診た。

 

――重症、と言い渡される

 

 見た目以上に状態は酷いようだ。腕も折れていたし、肋骨も折れており、顔の骨は砕けていた。そして不安定な歩みをしている足の骨は折れていたモノが固定されないまま、骨が曲がりその状態でくっついていた。結果としては全治するまでは安静にと言い渡され、医者は痛み止めの薬を置いて居なくなった。そして、二人きりなった。

 

――なんとお礼を言えばいいのでしょうか

 

 琴葉は伏し目がちに顔を下げる。言葉も少しずつ小さくさせている。それが何ともいじらしい。痛みが響かないように童磨は琴葉の頬を撫でた。慈しむように、憐れむように、爪の伸びた童磨の手が琴葉の痛ましく腫れ上がった肌を滑らせる。

 

「治るまで此処に居てもいいよ」

 

 お金のことも心配しなくてもいいからね、そう笑いかければ身寄りもない彼女はそれに従った。気付けばもう朝だった。童磨はまどろむ思考に身を任せ、座りながら眠った。目覚めればもう既に夕暮れだった。童磨が目蓋を上げる、視界が開けば琴葉が目の前で心配そうな様子で此方を見ていた。良かった、とホッと胸を撫で下ろす。……どうやらベッドから降りたらしい。駄目じゃないか、童磨はすぐに琴葉を抱き上げてベッドの上に寝かせた。それがどうにもおかしかったのか琴葉は笑う。その声で起きたらしい赤子の泣き声が部屋中に響いた。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 それから琴葉たちとの生活が始まった。寝ること以外しなかった童磨の部屋にベッド以外の家具が増えていく。食材も増えれば貴方も食べましょうと琴葉が笑いかけるが重症の怪我人に任せるのは如何なものだろうか。俺がするよと童磨が引き受けるも料理など信者任せでやったことなどはなかった。知識として知っていても経験したことのない童磨は何度も料理を駄目にした。琴葉は笑って食べるが、童磨の舌でも濃すぎる味が美味しい筈もなかった。

 

――結果的には琴葉の指導の下料理をすることになったがこれがどうにも難しい

 

 背中に乗せる赤子をあやしながら味噌汁を作る。仕事もだが料理にも何事にも経験が必要なのだなぁ、コトコト煮込まれる味噌汁の具をボンヤリと眺める。前までなら味噌汁の具も碌に切れなかった訳だが、こうして煮込まれる具の様子を見れば上達が窺えるというモノだ。以前よりも上達したらしい味噌汁の味を確かめながら童磨は満足しながら笑った。

 

――その晩、琴葉からは絶賛の評価をもらった

 

 ……それがなんだと言うのだろうか、だが童磨にとって何故かそれが大切な宝物を貰ったような不思議な気持ちになったのだ。そうすればもっとやってみたいとか自発的なモノが芽生え始め、トクトクとしのぶちゃんに感じた感情に似たモノが胸を優しく叩いた。なんだろう、これは。胸を押さえても心臓の高鳴った音が聞こえるばかりだった。

 

――結局答えは見つからなかった

 

 琴葉はもう傷が癒えつつあるようで、翡翠の眼が穏やかに此方を見る。眠る体質を理解したのかいつかのように生活を逆転させている。いつもの間違えた子守歌を歌い、童磨の耳を楽しませた。童磨の料理が上達するにつれて、琴葉の傷の経過もよくなり歩けるようになってからのことだった

 

――琴葉が居なくなった、それも赤子と一緒に

 

 夜に出歩いてはいけないと言ったのに、童磨は街を走り回るが捜しても見当たらない。彼女がよく行く場所に行っても何処にも姿はなかった。まだ癒えて間もない身体では何処にも行けはしないだろう、童磨は考える。

 

――彼女なら一体何がしたい

 

 単純なことだ、彼女なら何をするのか、したいのか。彼女の普段の行動を考えた。歌、赤子の面倒、それからそれから、……ああそうだ。花だ。あの子はよく何処からか花を持ってきては教団内でまき散らしていた。今でも何でそうするのか分からないけれど、きっと花を取りに行ったのだ。だが花屋が閉まっている今、向かう先は。童磨は山に向かって走った。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 山に入れば童磨の鼻孔を突いたのは甘い匂いだった。嗅ぎ慣れた甘い匂い。鉄の食欲をそそる匂いだった。……誰かが、何処かで怪我している。まさか、童磨が匂いのする方へ草木を掻き分ければ琴葉が鬼に喰われていた。必死に逃げたようで崖の縁にしがみつき足から喰われている最中だった。そんな光景が虹色の眼に反射して映る。

 

――頭が自然と冷えた気がした

 

 匂いも美味しそうなことは童磨にも同じことなのに、食欲よりも何かが童磨を優先させていた。久方ぶりに取り出した金扇を振りかざす。鬼の頸は何処かに飛んでいきその下の胴体が凍り付く。再生は許さないと言わんばかりに、凍り付いた胴体が砕けた。

 

「琴葉、大丈夫?」

 

 呼びかけて見おろせば琴葉の膝下から先はなくなっていた。両足が無くなりもう立つことも歩くことも出来ない。せっかく戻った足も台無しになっていた、それでも生きているのならと童磨は止血にと琴葉の足を凍らせる。血はようやく止まり、抱きかかえて童磨はようやく気付く。

 

――伊之助が何処にもいないのだ

 

 見渡してもあの轟かせるような泣き声が聞こえない。腕にいつも宝物のように抱き上げる命が見当たらなかった。……まさか、琴葉を見れば青ざめた顔をさせて崖下の川に落としたのだと話し出す。崖下を見るも底の下は暗闇でどうなっているのかも分からない。飛び降りて捜したが激しい川の流れで見つけることが出来なかった。崖を登り琴葉の下へ戻れば夜明けが差し迫っていて捜すのはこれ以上無理だった。

 

――大丈夫だよ

 

 琴葉を抱き上げる童磨が優しく笑う。パン、と乾いた音が響いた。目を見開き衝撃を与えた娘を見る。どうして、と琴葉は静かに泣いていた。

 

「どうして伊之助が生きている保証もないのに、大丈夫なんて、言えるの……ッ!!」

 

 ただただ愕然とした。ああ、そうだ。伊之助も生きている保証など誰にも分からないのだ。……俺だって、それは知っていた筈なのに。思い出すのはいつかの愛しいあの子の姿。信者にさせて、連れ出された琴葉に突き落とされた時、俺は何を思っていたのか、あの時の俺と今の琴葉に差なんてないじゃないか。今なお琴葉は童磨の胸を叩き泣いている。どうしてだろう、眼が熱くて仕方がない。頬に伝うこれと焦がす胸はなんだろう。訳の分からない感情だった。

 

――ねぇ、琴葉

 

 童磨は泣いている彼女の肩を撫でる。彼女は暴れるがそれも徐々に力が無くなっていく、しゃくりあげる声が大きくなって揺れる肩をポンポンと叩く。童磨は優しく微笑んで口を開いた。

 

「きっと伊之助は大丈夫だよ。君の子だ、強くなって大きくなる。俺が保証するしその子を絶対に捜すから。だから琴葉、待っておくれよ」

 

 俺は優しいからな、どちらかも分からない涙が地面に落ちた。

 




タイトルを付けるなら童磨さん、琴葉から学ぶ(二回目)かなぁ?


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16週目

久々だけど短めだよ、ワンクッション挟めながら次回に続け。


 

 日が昇る前に家に帰る。童磨(どうま)はベッドに琴葉を下ろし、荷造りをし始めた。鬼に攻撃した以上、無惨様に知られる可能性は高い。この場を後にする他なかった。ようやく落ち着いた琴葉は伊之助のことが気がかりのようで家に留まろうとする。何度も説得すればようやく最後には折れてくれた。だが琴葉は諦めたように目を閉ざし、キュッと唇を噛んだ。

 

――こんな時、どう声を掛ければいいのだろう?

 

 童磨は琴葉の肩に置こうとした手を不意に止めた。普段なら肩を叩いて優しい言葉を掛ける筈なのに、頭には既にその言葉が出来上がっているのに。どうしてかそれ以上手が伸ばすことが出来なかった。……初めて、戸惑いというモノを覚えた。叩かれた頬の痛みが不意にジンジンと蘇る。どんな痛みよりも頬に喰らった平手打ちが何よりも突き刺さった。頬を撫でて俯けばトン、と優しく叩かれる。顔を動かせば琴葉がいつものように穏やかに笑っていた。先程まで悲しそうにしていた彼女が嘘のようだった。

 

――行きましょう

 

 貴方が負ぶらなければ、私も行けないわ。琴葉は笑う。足を失ったのに、息子が居なくなったのに。……毅然(きぜん)とした、態度だった。そうだね、琴葉。童磨は困ったように笑う。琴葉を背負い、纏めた僅かな荷物を手に取り家を出る。玄関口で振り返り、家に火をくべて燃やした。

 

――何もかもが燃えていく

 

 琴葉と伊之助が使っていたベッドも家具も俺が料理の為に使っていた調理器具も全てが赤く夜を照らす。家が無くなれば思い出も無くなる。伊之助、言葉を零す琴葉の頬には涙が伝い、背負う童磨の背中の服を濡らした。童磨もまた燃える家をいつまでも見ていた。証拠を残さない為にやってきたことだった、慣れていた筈の作業。家を燃やすのは初めてではない。珠世と別れる時も、鬼殺隊から痕跡を消す時にも、やってきたことだ。両親の残した宗教施設が無くなってもどうも思うことはなかった。……それなのに、何故か眼が離せない。あっ、と声が上げた。

 

――そうか、そうなのか

 

 ……腑に落ちた。知らなかった感情を知るのはこれで何度目だろうか。この家を無くすのが嫌だったのだと童磨はようやく気付く。教団が無くなっても思うことが無かった童磨にとってこれは予想外のことだった。……ガヤガヤと周りが騒がしい。どうやら火事に気付いたようだった。いつまでも残る訳にはいかない、童磨は足早に琴葉と共に深い闇の中に溶け込んで消えていった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 琴葉を背負って山を越えて谷を越えて、林を抜ける。碌に整備されていない道を歩いた。琴葉の足の怪我を労わりながらの旅は中々に骨が折れた。昼は眠ってしまう童磨にとってその間は琴葉を見守ることは出来ない。洞窟があれば安心できたが日陰のある山道はそれこそ獣に出くわすのかもしれない、不安ではあったが大丈夫と笑う琴葉を信じて眠る。そうしている内に街に行き着いた、童磨が此処で居住していた頃の隠れ家に入る。久々に入る家は埃被り、散らばる塵と至る所に張り巡らす蜘蛛の巣が童磨たちを出迎える。

 

――まず掃除からしましょうか

 

 椅子に座る琴葉は手を叩き微笑んだ。手始めに行ったことが掃除だったのは言うまでもなかった。はたきや箒で埃を払い、雑巾で床や壁、窓を拭く作業をした。琴葉もやると言って聞かないものだからやらせたがどうにも足のあった頃の感覚でやるようで、目が離せない。琴葉から掃除用具を取り上げたのはそれから間もなくのことだった。私もやれるのに、と唇を尖らせる琴葉に「出来なかったでしょ」と返す童磨も中々に掃除が拙い。信者ばかりに任せきりだったそれは遅く、終わった頃には青みがかった空が窓から差し込んだ。朝が近い。眠気に誘われる童磨を見ながら琴葉は子守歌を歌い出す。指切りげんまんと始まる歌い出し、相変わらずだなと思いながらも心地よさを感じている自分に驚く。子守歌を聞きながら童磨は重たくのしかかる眠気に身を委ねた。

 

――目覚めたのは夕暮れ時だった

 

 掃除が終われば琴葉に必要な家具を買い集め、調理器具や食材を買う。それからはいつかのように童磨が料理を振舞い、琴葉を休ませながら医者を呼んだ。血は止血され、包帯を巻いていても、怪我とは無縁の童磨は人間の医者を呼ぶほかなかった。珠世を呼ぶことも考えたが手紙でやり取りする限り此処とは別の遠い場所に居るらしい。早々に珠世を呼びつけることは諦めた。

 

――何と無力なことだろう

 

 童磨は苦笑しながらも結局医者が来るのを待つのみで出来ることはない。医者の診断に全てを任せ、適切な処置をしてもらえば童磨は外に出て家政婦を雇った。定期的な賃金を条件に雇い入れ、琴葉を任せることにしたのである。かつて居た信者であれば無償でやってくれたに違いなかったが、もう信者は居ない。童磨は独りでどうにかするしかなかった。大した苦労ではあったが伊之助を捜すと言った以上、此処から離れる必要がある。猪に育てられてしまうのは分かっている。どうにかして琴葉の下に返したかった。たったそれだけのことだった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 行ってくる、童磨は琴葉ににっこり笑いかければ、琴葉は行ってらっしゃいと童磨の肩を叩いた。優しく叩かれたそこが温かくなった。首を傾げて肩を撫でる童磨を笑って見送る琴葉が小さくなっていく。山の上に登ればもう街の明かりしか見えない。

 

――そこからはもう一人だった

 

 洞窟でも日陰の中でも、一緒に居てくれる人は居ない。夕方起きてもおはようと笑いかけて偶然見つけたと花をくれる女性は居ないのだ、胸にポッカリ穴が空いたように思えてならなかった。間もなく、朝が来る。眠る時に響く歌声が幻聴のように響く。それがどういう訳か懐かしい、童磨は穏やかな眠りに落ちていった。

 




心境的に言えば上京して間もなく一人暮らしを初めて実感する母親の偉大さでしょうか?


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17週目

お久しぶり、そしてようやくだよ……ッ!!


 

 琴葉が伊之助を落としたという川を下り突き当たった海まで下りていく。海というものは漁村生まれだったと語る玉壺(ぎょっこ)の話でしか知らなかったし山にある教団とは無縁で来たこともなかった。塩の香りも海のさざ波の音も教団から出てから感じたものだった。久しく感じていなかった潮風に当たりながら童磨(どうま)は山を登る。伊之助(いのすけ)は何処かに流れ着いている、そう考えていたからその海周辺の山を登って捜し歩いた。手当たり次第に獣の住処に踏み込むも出会うのは熊やら狼やらと猛獣ばかりだった。猪を見つけても人間の赤子を連れている様子はなく、移動したのかなと考えながら捜し回ることが増えた。

 

――それでも見つけることは出来なかった

 

 夜の深い闇の中で赤子を一人捜すことは難しい。探知系が苦手なこともあり、捜索は難航した。一度血鬼術で氷の氷像を作り、人海戦術で捜したことがあったが結果的に鬼殺隊に見つかって、それどころではなくなった。実力差は明らかで手加減しながら逃げおおせたがかなりの手間で、それ以降血鬼術で捜すことをやめた。赤子を連れた猪の噂も聞くことはない。猪の毛皮を被る子供がいないかも聞いて回ったが目ぼしい情報はなかった。

 

――結局、地道に捜す他なかった

 

 何処かの住処へと移動を繰り返したであろう猪を草の根分けて捜して何年か経った。時折琴葉のところに戻り旅の土産話をした。海を見たこと、潮の匂いが強くて驚いたこと、山を登ったこと、捜したら鬼殺隊に見つかったこと、とにかく沢山のことを話した。まあまあと笑う琴葉にお土産だと手渡した何の変哲もない貝殻も喜んでもらえた、童磨の知る女性は(かんざし)や高価なものを好んだのに。……これだけでいいなんていいのだろうか?そう問いかければ琴葉は頭を軽く叩いた。プリプリと頬を膨らませて童磨を叱った。

 

「気持ちがあれば良いんですッ!!」

 

 そう言って笑った。童磨は不思議そうに首を傾げた。そうですよ、これを拾って持ってこようって思ってくれたでしょ?琴葉は穏やかに笑って貝殻を撫でた。……綺麗でもない、貝殻なのに彼女が持てば価値あるモノに思えるのが不思議だった。

 

――だから、ありがとう童磨さん

 

 琴葉は童磨の頬を撫でてお礼を言った。童磨は湧き立つ胸のくすぐりを感じる。訳も分からず自身の胸に手を当てた。……胸が、こんなにもくすぐったくて温かい。帰る家なんてモノを得たからなのか、いつまでも居たくなる思いに戸惑った。実際、家はあったのだ。両親の残した教団施設、あちこちの土地を買い取った家。沢山あったのにこんな使用人のいる狭い家が何よりも心地が良いと感じていた。旅に出ている間に感じ取った胸の穴も埋まっていくような気がした。

 

――……それは教団に居ても、何処に居ても得られなかった感情だった

 

 人の感情なんて他人事(よそごと)の夢幻でしかなかったのに、分からないと思っていたのに。童磨は琴葉のいる家が温かいと感じていた。おかえりから始まって、話に相槌を打って笑ってくれるのも、眠る前にと時折間違える子守歌を聞いても、全く無駄なことだと思わなくなったのは琴葉が居てくれるからだろうか?トクトク高鳴る胸を押さえながら家で何日か過ごした。

 

――時折琴葉の足の調子も見ながら薬を与えた

 

 鬼に噛まれた場所だ。鬼なら彼女の出番だと手紙でやり取りしたら珠世の猫から薬を貰った。実際は診た方がいいのだが経過がいいらしく飲み薬だけ送られた。毎日欠かさず飲むように。そう書かれた薬もあって定期的に家に帰る理由だった。さて、そろそろ行こうかな。首を動かして骨を鳴らす。土産話もしたし、必要な分だけの薬も手渡した。……これ以上居る理由もない。童磨は武器である金の鉄扇、お金とちょっとしたモノだけ手に持って琴葉に出ると一言告げる。琴葉はあっと目を見開いて、他に必要なモノがあるんじゃないかと慌てるが頭を振って大丈夫と笑った。それ以外のモノを童磨は必要としなかった。

 

――じゃあ、そろそろ行くね

 

 家の玄関口でいつものように見送られる。ご武運を、車いすに乗る琴葉が童磨を見据える。真っ直ぐした目だった。……伊之助はきっとまだ何処かの山にいるのに、一度だって結果を得られない童磨を何度も同じ目で見据えるのだ。琴葉が怒ったのはあの晩だけだった。それ以降は凛とした態度を崩すことはない。確実に5年以上は過ぎているのに一度だって無惨様のように責められたこともなかった。きっと琴葉は俺に伊之助を任せてくれているんだ、それがどうにも重たく感じながらも、高揚する思いを胸に抱いて家を後にした。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 伊之助捜しの旅を再開させた。ちょっと前まで自分探しの旅だったのに、何の経緯かこうして琴葉の息子を捜すことになっていた。信者たちの悩みは何度も聞いても、助言か永遠を生きるという名目で喰らうばかりで、自分から動くということはしたことが無かった。

 

――きっとこれが初めて自分から他人の為にしていることなんだろう

 

 日本中の山を歩き回り猪一匹と子供を捜すなど、手間だと感じているし一人で効率が悪いことだと分かっているのに、どうしてか嫌ではなかった。もうこの頃には琴葉の足の経過も良くなっていて定期的な薬もなくなって探索に集中出来るようになっていた。それでも鬼殺隊や鬼の視線を掻い潜って捜さなければならず、時間も限られてしまうのだけど。それでもやらなければならなかった。……さて今日も頑張ろうかな、起きて洞窟を出て伊之助を捜そうと考えていた。

 

――そんな時だった

 

 ガサガサと揺れる草むらから現れたのは鬼殺隊の隊士だった。どうやら童磨を捜しに来た訳ではないらしい。童磨を見るなり怯え切った少年はどうにもまだ階級が低く鬼にも慣れていないようだ。……よく見れば日輪刀も持っていない。

 

――やあ、どうかしたのかい?

 

 優しく問いかける童磨にヒィっと小さく悲鳴を上げる彼を必死に宥めて事情を聞いた。話を聞く限りやはり彼は鬼殺隊だし、持っていた刀も奪われたというモノだから災難だったとしか言いようがなかった。

 

――可哀想に、それで誰に盗られたんだい?

 

 相槌ついでの会話だったが、安心したらしい隊士から聞き捨てならない言葉を聞いた。猪、のような筋肉づいた少年に盗られたと言う言葉だった。……確実にそれは、伊之助だった。童磨のよく知る姿が脳内に蘇る。その子は何処に行ったのかな?更に詳しく問いかければやはり向かった先は藤の牢獄である藤襲山(ふじかさねやま)。いくら何でもあそこは鬼殺隊に縁が深すぎて近づくことは出来なかった。それでも確実な情報だったから童磨は藤襲山周辺の村々で情報を集めた。

 

――しかし、既に走り去った後だった

 

 猪らしい、猪突猛進ぶりに苦笑しながらも童磨は浅草に向かう。更に情報を絞り更に南南東まで目指せばそれ以降の情報を見つけることが出来なかった。この中心で消息を絶っている理由を考えていると(つづみ)を叩く音がする屋敷に行き着いた。屋敷の中からは甘い、血の匂いと忘れもしない稀血の匂いが香っていた。……まさか、戸を開き締めた瞬間、鼓の音が響けば部屋が急に変わった。この感覚は何処かで覚えがあった。

 

――これは、鳴女ちゃんと似たような血鬼術だなぁ

 

 気配もなく場所も変わり戸を開いて似たような場所で出口を開いても別の空間が広がり、また鼓が鳴れば別の場所。結局鬼が殺すまで此処にいるしか出来ないようだ。伊之助もまた此処に閉じ込められていると推測しながら童磨は胡坐をかいて暇をつぶした。移動しても結局鼓の音に合わせて場所が変わるのだ。その場で動かず伊之助と出くわした方がいいと判断した結果だった。……気付けば朝になったようだった、童磨は睡魔に襲われて少しばかり浅い眠りについた。

 

「んー……、なんだか、騒がしいねぇ?」

 

 鼓の鳴り響く屋敷の中で、誰かの声を拾い上げる。浅い眠りから目覚めたらしい虹色の眼が瞬いた。声を聞くなり子供が複数と言ったところだろうか。……ううむ、迷い込んじゃったかな?眉を寄せて考えていると。ポン、と何度も聞いた鼓の鳴る音が聞こえた。また何処かへと場所が変わったらしい。それと同時に目の前の襖が開く。目の前に立つのは伊之助ではなかった。赫灼の髪と目を持つ少年が刀を携えて少女を連れていた。花札の耳飾りに目がいくもすぐに切り替えて、童磨は笑う。はじめましてと穏やかに声を掛けて見せれば少年はますます刀を手放さず此方を睨んでいた。

 




解釈としては十数年探索に時間かけてようやくと言ったところです。それとあの時代の破傷風ってどうしていたんだろうと思って珠世様の最先端技術で何年もかけてお薬貰う描写を書いてみる。探知系は苦手な童磨さんだから何年も掛かっているのと、時間間隔にズレがある。おK?


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リクエスト7

A.Takigawa様 リクエスト【童磨さんが女の子だったら】

少しR指定に入りそうな描写が入るので、問題になりそうなら書き直すか消します。A.Takigawa様には申し訳ないですが……、ご了承ください。


――生まれながら少女は特異な容姿を持っていた

 

 虹色の眼と白橡色(しろつるばみいろ)の髪、この子は特別な子だと両親は喜んだものだった。神秘的な色合いを持った少女は神の子なのだと、どちらの両親も少女を()(はや)し、この子のためにと宗教団体を作ったのはそれから間もなくのことだった。

 

――どうしてこんなことになったんだろう?

 

 この時初めて少女は戸惑った。両親に話を合わせていただけだったのに、虹色の眼は揺れる。……この子は神の声が聞こえているに違いない、両親はいつだって頭を撫でてそんなことを口にした。一度だって聞いたこともない神の言葉。それでも悲しませたくはないし可哀想だから話を合わせていけばこんなことになってしまった。

 

――瞬く間に信者は集まった

 

 祀り上げられた少女は台座に座ることとなる。助けて欲しい、救って欲しい。少女よりも遥かに大きな大人が跪いてすすり泣く。祈られ、願われ、乞われる日々、余りに可哀想で放ってあげられない少女は悩める彼らの話を聞いてあげることしか出来なかった。

 

――助言をしてあげてもそれは全て神の言葉になった

 

 ありがとう、ありがとうと言われながら信者が増えればお布施が増えていって。屋敷は徐々に大きくなっていった。

 

――両親はそれから変わってしまった

 

 善意だったそれは、徐々に変質を遂げていく。お布施金から献上品まで強要する有様は欲に塗れていた。まるで別の人間を見ているようだったが、少女はそれでも両親が可哀想で見捨てることもできなかった。救えと言われた信者の話を聞き続けた。何も持たず貧しい者を追い返して罵倒と暴言を吐き出す両親、それでも救われたいと乞う娘が支払えた代償は己自身だった。父親が寝屋を共にしてからは堕落の一途を辿る。

 

――処女を喰らった父親は色狂いに成り果てた

 

 一度だけと決めたそれの回数が増えていく、その度に嫉妬に狂った母親はけたたましく泣き叫んで屋敷は騒がしくなった。

 

――そんな時、少女は父親に連れられた

 

 儀式をしなければいけないよ、そう言って父親は眠る少女を起こした。星々の照らす深い夜に、何処かへと手を引かれていく。幼い手が大きな男の手に包まれて、行こうかと笑う父親の目は少女の虹色を見てはいないようだった。……気のせいだと、思いたかった。普段歩く廊下が遠いものに感じる。行き着いた先の襖を開けば真っ赤な布団が敷かれた部屋が視界に広がった。行灯(あんどん)に照らされた橙色(だいだいいろ)の色と合わさって普段とはまるで違う、別の雰囲気を醸し出す。

 

――嫌な、予感がした

 

 父上、これは何?言い切る前にその口は父親に奪われた。寒気を感じて逃れる少女の手を掴み、強い力で部屋に連れ込んだ。

 

――その晩、幼い少女は花を散らした

 

 月の物がまだ来てすらもいないのに赤の混じった尿が止まらない。……これは儀式なのだと父親は言っていた。だったら合わせてあげなくちゃ、少女は必死に父親に合わせた。その度に母親に睨まれることを心苦しく思いながら、少女は父親に応えてあげた。儀式と称した行為が繰り返されていけば、嫉妬に狂い果てた母親が儀式の間に入って来た。

 

――死になさい

 

 何度もそんな言葉を繰り返して、父親ごと少女を突き刺した。ドスドスと刺さる包丁は父親の熱を奪い、少女に突き刺さる。重くなった父親が圧し掛かり、痛みと相まって思うように動けない。満足した様子で母親は持ってきた毒を呷って死んでいく。血を吐き出す母親と虹色の眼がかち合った。吐き出す血を押さえた手が少女の頬を撫でる。ヌルリと濡れた生温かさに包まれて母親に囁かれた。

 

――お前さえ、居なければ……ッ!!

 

 今際(いまわ)(きわ)に言われた言葉はそれだけで、それが母の最期の遺言だった。家族仲良く横たわるのは初めてだった。ケホケホと咳込む血が鉄臭くて温かい。

 

――ああ、生温かいなぁ、

 

 部屋汚れちゃった、換気しなきゃ、そればかりを考えながら意識を失った。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 目覚めれば布団の上だった。思うように動けないがそれでも少女は自身の鼓動を確かに感じ取っていた。心配した様子で此方を窺う信者たちが喜んでいた。

 

――ああ、教祖様!!ご無事だったのですね!!

 

 歓喜の声を聞きながら少女は自身が生き延びたことを理解した。両親は手遅れだったようで丁重に葬られた後だった。……ああ、死んじゃったんだね、可哀想に。少女はポツリと呟きながら顎に雫を伝わせたがすぐに涙を引っ込ませた。

 

――傷が癒えれば少女は教団を引き継ぐこととなった

 

 それでも傷が癒えても後遺症は治ることはない、骨盤も何もかもがボロボロだと医者に言い渡されてまともに歩くことはかなわなくなった。まるで置物のように台座に座らされて、信者の悩みを聞くことが多くなった。移動をするにしても車椅子で信者に押して貰うことが日常となった。

 

――その後、無惨様(あの方)が少女の頭を貫いた

 

 つまらん、と鼻を鳴らす男が少女の頭部を貫いた。……ああ、死ぬのかな。少女は他人事のようにされるがまま受け入れる。その姿を見た男は面白いものを見つけた様子で笑った。いいだろう、喜べと男は少女に何かを注入し始めた。

 

――さて、耐えられるか?

 

 男の血が少女に分け与えられれば、少女は地面にのたうち回る。動けぬ下半身以外は逃げるようだった。恥も外聞もなく、暴れ回る様は無様でしかない。少しずつ順応して見せればみるみるうちに少女は縮んでいった。一回りも二回りも小さくなった姿はいつか父親に連れ出された時の姿だった。どうでもいい、眉を顰めながら男は少女に名が付けられる。

 

――人間を喰らって、私の役に立て。童磨(どうま)

 

 べべん、どこからともなく琵琶の音が聞こえればあっという間に男は消えた。はッ、はッと少女、否、童磨は荒い息を整えた。ビクビクと身体を震わせてよだれを垂らす無様な姿を晒す童磨だけが残った。

 

――酷く、喉が渇いた

 

 ……お腹が空いた。喉に手を当てて、虚空を見上げた。

 

――教祖様、夕食のお時間です。……?……教祖、様?

 

 間の悪い信者が入ってくれば童磨は様子を窺う信者を押し倒す。はじめは信者の唇を噛み千切り、圧し掛かって本能のまま童磨は信者の肉を貪り喰らった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

――無惨様(あの方)の言われるまま、鬼になった童磨は人間を喰らい続けた

 

 鬼の身体になれば悩める信者たちと永遠を生きられるのだと思えば無惨様(あの方)には感謝以外の言葉が思いつかなかった。何故か幼い身体に戻ってしまったが鬼殺隊に不意を突けるのだから何も悪いことはない。いいこと尽くめだと童磨は自身に言い聞かせる。……なぜそうなったのかという思考を遮断した。

 

――上弦の月に数えられれば童磨はますます人間を喰らった

 

 可哀想だと憐れむ鬼殺隊の少女も構うこともなかった。何もかもどうでもよくて何も感じることはなかった。……それなのに、その少女の妹を名乗る胡蝶しのぶだけは違った。

 

――童磨を殺すつもりで毒を以って貫いた

 

 見た目だけで騙されるモノか、姉の仇だと怨嗟の言葉を投げかける言葉に童磨は初めて他人に興味を示した。初めて、義務ではなく感情が動く。この人と一つになりたいと思って胡蝶しのぶを吸収した。吸収してしまった後は対応できない程の藤の毒が全身に回り後から来た鬼殺隊に首を刎ねられた。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 あの世で待っていたと語る少女と出会う。しのぶちゃん、嬉しそうに微笑む童磨の心境などしのぶには分からない。首だけで動く童磨は顔を赤らめて虹色の眼を潤ませた。まるで恋する乙女のような面持ちで告白でもするように少女はしのぶを誘った。

 

――ねぇ、しのぶちゃん。ねぇ、私と一緒に地獄に行かない?

 

 とっととくたばれと、とてもいい笑顔でしのぶは童磨の誘いを断った。

 

 

――――――――――――――――――

 

 気付けば童磨は初めて鬼になった夜に戻っていた。何故かは知らないがもう一度があるのならばとしのぶとまた一つになろうと努力した。結局童磨は死んでしまうこともあったがまたあの日の夜に戻るのだ。繰り返されていく夜を幸いと思いながら童磨は何度も試行錯誤を繰り返すがある日自身の虚しさに気付いてしまった。

 

――死を望まれることが此処まで苦しいことだと思わなかった

 

 一つになれば永遠を生きられると思っていたのに、一緒に居ることだと思っていたのに。あの世で会っても彼女の言葉はいつだって死を望んでいることが辛かった。胸が裂けるようだった。縋るように何度もしのぶに誘っても返される言葉はいつでも同じ回答だった。

 

――目覚めればまた鬼になったあの日に戻った

 

 またしのぶに会えばいいのに。彼女の姉である胡蝶カナエに出会うその夜に、何故かカナエを連れ去ってしまった。見れば見るほどしのぶにそっくりで童磨は喜んだ。

 

――そうだ、しのぶちゃんの代わりにしよう

 

 思いついてカナエの髪を切り落として刀を奪って足枷を取り付けた。目覚めれば驚いた表情を見せるカナエに微笑みかける。おはようと声を掛けて童磨は車椅子を動かしながら今日から君の家だと説明すればあっという間にカナエは表情を硬くさせた。しのぶちゃんがいつか見せた表情のようで、胸が痛んだ。

 

――そんな表情は見たくないのに

 

 眉下を下がらせながら童磨はカナエの頬を撫でて顔を上げさせる。笑って欲しいんだ、どうしたら笑ってくれるの?首を傾げる童磨の顔は迷い子のようで、カナエが困惑させるには充分だった。

 

――それからカナエも少しずつだが童磨に歩み寄り始めた

 

 どうしてこの施設が出来たのか、どうして車椅子なのか、最初はそんなことばかり聞かれたが童磨は正直にそのまま答えた。両親のことも交えて初めて会話が弾んだ気がした。

 

――車椅子でも鬼だから一応は立てるし歩けるんだよ?それでも手放せないんだ、何でだろうね

 

 冗談めかして笑う幼い少女がそこに居た。堪らなくなったカナエが立ち上がって童磨を抱き締めた。辛いことを話させてごめんなさい、ボタボタと落ちるカナエの涙が童磨の髪を濡らした。

 

――ねぇ、どうしたの?

 

 首を傾げながら童磨はカナエを見上げる。辛いことも分からないのか、カナエは眉を顰めながらも何でもないと笑ってみせた。あ、やっと笑ってくれたね、童磨はカナエの暖かい体温を感じながら嬉しそうに笑った。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 何度もカナエと繰り返して童磨は何度も自壊して死んでいる、その度に彼女は童磨を睨むもゆっくり話せば何故か歩み寄ってくれるがそれでも頭痛と胸の痛みが止むことはない。……誤魔化しても、分かってはいるんだ。これは逃避でしかなかったし自身の慰めでしかないことも最初から分かっていた。

 

――それでもやめられないのはなんでだろう?

 

 自嘲じみた笑みを浮かべて童磨は虚しくなっていく。幼い身体を俯かせて考えることはいつだってしのぶやカナエのことだった。

 

――どうしてしのぶちゃんを望むのだろうか?

 

 ……理由は分かっている。自分をあそこまで思ってくれるからだ、殺意や激情が堪らなく愛おしかったのに、それだけでは我慢できなくなってカナエちゃんを攫って代替にしたのだ。それなのにカナエちゃんも離れて行くのは嫌だった。傍に居てくれることが堪らなく嬉しくて愛おしかった。

 

――しのぶちゃんもカナエちゃんも傍に居て欲しかった

 

 それは何故なのか、ガンガンと痛む頭を押さえて考える。思い出したのは両親だった。何故両親が浮かんでしまったか分からないが、それでもそれを考えれば胸が痛くて抑えても抑えきれない痛みに揺れてしまう。

 

――どうすればいいんだろう?

 

 待って行かないで。連れ去って間もないカナエちゃんを呼び止めてしまう、弱弱しく掴む童磨の手をカナエは苦しそうに此方を見ていた。

 

――……ああ、困らせちゃった

 

 ごめんね、と笑って誤魔化せばカナエは困ったように手を伸ばす。虚空を浮かんでは迷った様子でその手をすぐに胸に置いた。困らせたくなんてなかったのに。何度も繰り返し自問自答を繰り返す。徐々に食欲も失せていって食事も喉が通らなくなった。話をしても、満たされない。そんな様子をカナエに見られていることも嫌だった。

 

――もう耐え切れなくなった

 

 カナエちゃん、頸を切って欲しい。縋るように童磨はカナエに刀を突き返す。願ったのにカナエはすぐに頷いてはくれなかった。

 

――きっと分かり合えるよ、考え直そうよ

 

 彼女はいつだって優しかった。何日も話し合ったが童磨の決意は揺らがない。結局カナエが折れた。

 

――……何かやり残したことはない?

 

 カナエは最期にと童磨にやりたいことを投げかける。過去のことを聞いてしまったカナエは童磨に問いかける。せめてこの可哀想な少女に思い出を、そればかりがカナエの願いだった。しばらく間を置いて童磨は答えた。

 

――だったら、一緒に寝て欲しい。

 

 母上と一度も、一緒に寝たことが無いから。そう答える童磨にカナエはもちろんよと笑いかけた。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 その日の夜、布団が敷かれれば、童磨は落ち着かない様子でカナエの手を掴む。どうしたの?首を傾げれば何でもないとすぐに手を放す鬼は何処から見てもただの女の子だった。その後ポツリと父上のことを思い出してと呟く少女が何処までも哀れだった。

 

――大丈夫よ

 

 優しく笑いかけて童磨を抱き上げながら布団に一緒に寝転んだ。寝転べば身を固くさせる少女の肩を優しく何度も叩いた。大丈夫、大丈夫、子守歌のように何度も優しく叩けば童磨の力は抜けていく。話をしましょう、カナエが優しく笑えば、童磨は話をした。

 

――とにかく他愛もないことだった

 

 悩んだ信者を救った話、屋敷の庭は綺麗だから見て欲しい、今日は晴れだったよ、そんなことばかり話せば童磨の表情は徐々に穏やかになっていくのが嬉しかった。

 

――……ねぇ、怒らないで聞いてくれる?

 

 首を傾げる童磨にカナエは怒らないわよと返す。……本当?おこらない?ほんとうに、ほんとうにおこらない?何故か怯えた様子で言おうとしない童磨の肩を叩いた。大丈夫、怒らないよ、大丈夫だから。カナエは微笑みかけた。意を決した様子で童磨は話し出す。

 

――ポツリポツリと零す言葉にカナエは耳を疑った

 

 何度も繰り返していることから始まったその言葉は、何処までも信じがたかった。妹のしのぶちゃんを何度も殺してしまったこと、カナエちゃんもその間に殺してしまっていること。全部全部童磨の内に溜まったことを打ち明ければカナエは困惑するばかりだった。妹のことは話したが名前までは言っていない。それでも知っている童磨に困惑したのだ。

 

――……きっと悪い夢を見ていたのよ

 

 カナエが必死に考えて出した言葉がそれだけだった。

 

――ははッ、やっぱりね

 

 童磨は笑う。諦めたような、そんな顔だった。……私は、言葉を間違えてしまったのだろうか?カナエは悩んだ。

 

――気が狂った鬼の戯言だって思っているよね?怒っているよね?当然だよね?

 

 畳みかけるような童磨の言葉に、反論が出来ない。童磨は布団から飛び出した。動けるの、カナエは起き上がるも童磨の足の速さに追い付かない。部屋の片隅に置いてあった日輪刀を抜いて童磨は首に刀身を置いた。

 

――待って、やめて!!

 

 カナエの制止の言葉も虚しく、童磨は自身の頸を切り落とす。目の前の光景が、信じられない。切ると決めていたのに、切り落とされる少女の頸を見れば途端に自身のしてきたことが恐ろしいモノに思えた。何で、どうして、カナエの呟く言葉は何処までも自己嫌悪に陥らせた。

 

――いいんだよ

 

 消えかかる童磨の言葉が響く。元からそうしようって決めてたしね。穏やかに笑う童磨の顔から目を離せない。虹色の眼が消えていく。

 

――ありがとう、さようなら

 

 服以外、童磨は消えていきカナエはその服を掴んで、泣いた。

 




別タイトル【童磨ちゃんin童磨ちゃん】

この後カナエさんは鬼殺隊をやめるでしょうねぇ……


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18週目

お久しぶりです。とりあえずワンクッション回。短めだけどね。


 赫灼の髪、それと同じ揃いの色を携えた眼が此方を見据えている。花札のような耳飾りを付ける少年がおおよそ誰なのか分かっていた。

 

――無惨様が熱心だったからなぁ

 

 そういえば珠世ちゃんも話していたっけ?今その場にはいない女鬼を思い浮かべながら

童磨(どうま)は横たわっていた自身の上半身を僅かに起こす。

 

「やあやあ、はじめまして。俺の名前は童磨。外はまだ明るいのかな?」

 

 まだ眠いからさ、本格的に起き上がった足を組み胡坐をかいて微笑んだ。ゴクリ、唾を呑み込む音が響く。おや、首を傾げる童磨をよそに少年は刀の柄を掴み今にも刀身を見せつけんばかりに身構えていた。

 

「別に取って喰いやしないよ、刀から手を離しておくれ」

 

「まさか、本当に……?」

 

 ケラケラ笑う童磨に目の前の少年は困惑した様子を隠さずに柄を掴む手を緩ませた。嘘の匂いがしない、そう呟く少年は僅かに鼻先を動かして何かを判断しているようだった。なるほど、この子は鼻がいいんだね。童磨はいつものように相手の観察をしながら、目を細めた。

 

「さて、挨拶は済んだことだし、そろそろ君たちの名前を聞こうかな?」

 

 怖がらなくてもいいんだよ、にっこりと屈託なく笑う童磨に、少年とその陰に隠れる少女が互いに目を見合わせた。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 少年は炭治郎(たんじろう)と名乗り、少女もそれに倣うようにてる子と自らの名を名乗った。

 

「うんうん。炭治郎くんにてる子ちゃんだね」

 

 童磨は名前を確認するように何度も頷けば、炭治郎も警戒心を僅かに解いたようだった。あの、恐る恐るといった様子で炭治郎が口を開く。なんだい、首を傾げて聞こうとする童磨の様子を見れば炭治郎は何かを決めたように気を引き締める。

 

「あの、あなたは鬼ですよね?」

 

「うん、そうだよ?」

 

「あなたから人を食べた匂いがしないのは何故ですか?」

 

「……それは、俺が人を食べないからだよ」

 

 何周か前には食べていたけどね、言外に告げぬ言葉を思い浮かべる。そういえばいつ以来だろうか、今となっては食べていないことを思い出せば炭治郎は僅かに眉を顰めた瞬間を童磨は見逃さなかった。

 

――何かを判断しているのは分かっていたけれど。……なるほど、分かりやすい子だ

 

 ……どうやら嘘や含みのある感情も見抜くようだ、本当のことを言っても信じてはもらえないだろうし、……さてどうしたものか。童磨が僅かに考えを巡らせると少しばかり間が開く。炭治郎も困惑した様子でまた言葉を失ったようだった。童磨は気を反らすように言葉を更に重ねて畳みかけた。

 

「まあ、昼には眠っているけどね」

 

 こうもうるさいと流石に目を覚ましちゃった。童磨がそう続ければ炭治郎は目を見開かせた。まさか、禰豆子(ねずこ)と同じ……、ポツリと呟く言葉を童磨は聞き取った。禰豆子、禰豆子。確か太陽を克服して無惨様が追い求めた鬼だったろうか。思い出していると炭治郎は身を乗り出して何か聞きたそうにしているが童磨は手を前に突き出してその動きに制止を掛ける。

 

「はい、待った。今はそんなことしている場合じゃないと思うけど?」

 

 何せ此処は今鬼の根城だからね、てる子ちゃんも出してあげなきゃ。童磨の言葉がそう続けば炭治郎はそうだったと言った様子であっさりと身を引いた。さて、童磨は立ち上がって金扇を取り出した。

 

「そこで提案なんだけど、俺と一緒に協力しないかい?何だったら、怪しい動きをしたら頸を切ってもいい。俺もいい加減、此処から出たいし、せっかくだしね」

 

 待っていたんだけど、あの子も来なさそうだし。そう続けて、童磨は伊之助の姿を思い浮かべていると炭治郎は分かったと頷いた。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 長居しても鼓が鳴り響いてまた別の場所に移動する。移動することを決めた炭治郎が襖を開けば後悔した様子で肩を落としていた。襖を開けば僅かに漂ってくる死臭が童磨の鼻孔をつく。もう既に食べられているのは明らかだった。

 

「ど……どうしたの?」

 

「大丈夫だよ、鬼はいないから」

 

「そうだね、【鬼】()いないね」

 

 てる子は状況を把握しきれず炭治郎に問いかけた。心配を掛けさせまいと声を掛ける炭治郎に童磨が含みを込めて同意をすればキッと睨まれた。全く、どうしてかなぁ……、眉を下がらせて肩をすくめると炭治郎はてる子の手を引いた。

 

「さあ、向こうへ行こう」

 

 開いた襖から一歩一歩踏み出して、死体の居ない方向に歩き出す。

 

「振り返らず、真っ直ぐ前を向いて」

 

 童磨もてる子が振り返っても見えないように炭治郎の後ろに続いて歩いた。しばらくすればまた襖のある部屋に行き着いた。歩いている間にスンスンと鼻を動かす炭治郎の様子から、何かが居るのは明らかだった。匂いから察するに、童磨はおおよその見当を付けると、炭治郎は襖に手を置いた。襖を開く。目の前には鼓を持った少年がそこに居た。顔を青ざめさせて鼓を叩こうとする動きを見せる。てる子と少年の肉質の感じから察するに血縁のようだった。

 

「清兄ちゃん!」

 

 てる子の呼びかけに応えるように少年が鼓を叩く手を止めた。お兄ちゃん、お兄ちゃんと泣きながら走り出すてる子を少年は受け止めた。清、と呼ばれた少年は炭治郎たちの姿を認めれば首を傾げた。その人たちは、そう問いかけた。

 

「俺は炭治郎、悪い鬼を倒しに来た」

 

 童磨も炭治郎の横に並び名を名乗る。さぁ、傷を見せて。炭治郎は独りでよく頑張ったなと褒めれば清なる少年は緊張の糸が切れたように泣き出した。炭治郎の師匠(せんせい)の特製らしい傷薬を取り出して、清の負った傷口に塗り込んで応急処置をすれば兄妹は落ち着いた。良かったねぇ、童磨はにっこり微笑んでみせれば場の空気は穏やかになる。見計らって炭治郎は改めて清の話を聞くことにした。

 




解釈としてはお昼起きている理由としては禰豆子も暗い場所で動いていたからで、昼間でも暗い場所なら動くのではないのかという認識で進めます。傷が深かったから禰豆子は起きたと言われればそれまでですがここではこういう認識で了承下さい。


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19週目

区切り悪くなりそうなのでこれで区切りなのです。短め。


 

 

 炭治郎が問いかければ柿色の羽織を身に付けた少年、清は顔を青ざめさせながらポツリポツリと語り出す。

 

「化け物に攫われて……く……く……喰われそうになった」

 

 清は恐怖からか言葉をどもらせる。そしたらどこからか別の化け物がきて、更に話を続ける清に炭治郎たちは耳を傾ける。

 

「こ、殺し合いをし始めた……、誰が俺を……くっ……喰うかっ……て」

 

 その時のことを思い出したのか、清は身を震わせて顔を俯かせる。咄嗟の判断で鼓の生えた鬼が他の鬼から受けた攻撃で落としたらしい鼓を拾い上げて叩いたようだった。

 

「叩いたら部屋が変わって……何とか、今まで」

 

 鳴女と似たような移動する血鬼術だったらしい。清は運よく逃げられて現在に至っていた。様子から察するに何度か鬼に出くわす度に鼓を叩いたようだった。……なるほど、部屋が結構な頻度で変わっていたのはそのせいか、童磨(どうま)が納得するように目を細めると炭治郎は清だけが狙われた理由を知ろうと心当たりのある単語を発した。

 

「¨稀血(まれち)¨……、あの鬼はそんなことを言っていたが……」

 

「!!」

 

 炭治郎の発した単語に清は反応して顔をバッと勢いよく上げた。

 

「そうだ、そう……俺のことマレチって呼ぶんだ!!」

 

「そうだろうねぇ」

 

 ……だって君の匂い、とっても美味しそうだもの。そう続けて穏やかに微笑む童磨に清とてる子は顔を青ざめて後退る。稀血であることに頷けば炭治郎は童磨を見た。

 

「心当たりがあるのかッ!?」

 

「あのね、稀血っていうのは「カァーア!!稀血トハ珍シキ血ノ持チ主デアル!!」」

 

「うわっ……」「キャア!!」

 

「グワハハハ!!ガキ共!!ツツキ回スゾ!!」

 

 童磨が稀血について話そうとすれば何処からかやって来た鴉が口を開く。けたたましく鳴き、人語を介する鴉に清とてる子は驚き小さな悲鳴を上げた。つつき回すぞと鴉は声を上げる。よせ、と止めようとする炭治郎の様子から察するに彼の鎹鴉(かすがいがらす)であるのは明らかだった。

 

「珍しき血ってどういうことだ?」

 

「生キ物ノ血ニハ種類系統ガアルノダ馬鹿メ」

 

 ふふんと得意げに鼻をならし更に鴉は言葉を発した。

 

「稀血ノ中デモサラニ数少ナイモノ、珍シキ血デアレバアル程鬼ニハ!!ソノ稀血一人デ五十人!!百人!!人ヲ喰ッタノト同ジクライノ栄養ガアル!!」

 

 翼を広げ鴉は歩く。童磨の真横に並ぶように行き着けば鴉は最後に言葉を締めくくった。

 

「稀血ハ鬼ノ御馳走ダ!!大好物ダ!!」

 

「……まあ、全部言われちゃったけど、そういうことだぜ」

 

 苦笑しながらも否定しない童磨とご馳走だと語る鴉。得体の知れない恐怖に襲われて清とてる子は震えた。クン、と炭治郎の鼻が同時に動いた。童磨も目を細めて怪しく口角を歪ませる。微かな足音が確実に近づいていた。炭治郎は言い聞かせるように清たちを見据えた。

 

「俺はこの部屋を出る」

 

「えっ?」

 

 その言葉に動揺した様子で聞き返す。落ち着いて、大丈夫だ。炭治郎は清の柿色の羽織に手を置いた。鬼を倒しに行くから、そう続ける炭治郎に清は不安げに眉を下げたが結局は小さく頷いた。……おや、童磨はその様子を見て首を傾げる。……不安なら救いを求めてもいいのに、納得する姿が不思議でならなかったが、清もまた何かしら決意をしたのだと理解した。

 

「いいか、てる子。兄ちゃんは本当に疲れているから、てる子が助けてやるんだぞ」

 

 その真横ではてる子の頭を撫でながら炭治郎は言い聞かせていた。てる子も息を呑んで頷いた。炭治郎は傷だらけの人差し指を口元に置き、二人にやって欲しいことを告げる。鼓を叩いて移動してほしいことや、何かの物音がすれば鼓を叩いて逃げることを話す。必ず迎えに行くから、安心させるような優しい言葉が響いた。

 

「……もう少しだけ、頑張るんだ。……できるな?」

 

 コクンと頷く兄妹の目には強さがあった。……へぇ、童磨は笑う。ふと脳内に蘇る琴葉やカナエの強い面差しを思い出した。しのぶちゃんもこんな目をしていたと、思い出して恋しくなった。えらい!強いな、同時に炭治郎が褒めた。

 

「うん、だったら、俺も何かしてあげなくちゃね」

 

 俺だけ何もしていないのもねぇ?童磨はにっこり笑って金扇を取り出したかと思えば、重ねた二対の金扇を広げれば童磨の姿を形作る氷像を作り出した。兄妹の周りをちょこまか動く氷に兄妹は身構えたが害がないと気付けば、ホッとした様子で胸を撫で下ろした。

 

「……それは?」

 

「……お守りだよ?」

 

 炭治郎の問いに童磨が答えればそうか、と炭治郎は微笑んで立ち上がった。行ってくる、そう言うと同時に襖が独りでに開きだす。覗き込む鬼と目が合った。

 

「叩け!」

 

 童磨と炭治郎が走りだす。同時に鼓がポンと音が鳴れば清たちは消えて、部屋は変わった。

 




お守りを置いて、童磨も参戦するのだった(誰も戦うとは言っていない)。


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20週目

悲報:童磨さん使い物にならない
考えても使いどころ難しかったんだよ。仕方ないね。


 部屋が切り替わる。畳が広がる広い空間だった。真上には吊るされた明かりが灯り、童磨達を照らした。

 

「虫けらが……、忌々しい」

 

 また、稀血を採り逃した。身体中から鼓の生えた鬼が唸る。虫けらと言いながら右肩に生える鼓を二回叩けば炭治郎と童磨が回転する部屋と共に動き始めた。炭治郎は回転にしたがって着地し、同じく童磨(どうま)も足場を決めながら回転する部屋の動きに従った。部屋は反転し、先程真上にあった筈の明かりが足元から先程と同じように形を留めていた。まるで生えているようだ。炭治郎たちとは違い重力に従うことはないようだ。鼓の鬼も一歩歩き出し炭治郎たちの居る部屋に入って来た。真上に逆さまに立っている。

 

「部屋そのものに血鬼術が掛かっているようにも見えるねぇ」

 

 面白いね、楽しそうにケラケラ笑う童磨の声が響く。それをよそに鼓の鬼は次の攻撃に転じた。真ん中の腹に生える鼓を鳴らした。ハッとした様子で炭治郎が身をかがめると空を切るように何かが走る。避けたそれは壁に当たり三つの引き裂けた爪痕が残った。へぇ、童磨は楽しげに目を細める。そうしている間にまた鼓の鬼が右肩の鼓を叩き、続けて左肩の鼓を叩いた。それに合わせて部屋は回転し、右に左にと順番に部屋が動く。右脚と左脚に生える鼓も叩けば前に後ろに回転した。鼓の鬼が徐々にその速さを上げれば炭治郎はその速さに着いてこれなくなった。逆に童磨は対応してみせて、トントンと慣れた様子でのんびりと足場を決めていた。

 

「へぇ!身体に生える部位の鼓によって回転する場所もちがうんだね!!おもしろいね!!おっと、」

 

 見えない鋭い空気の斬撃が童磨の胴体に走る。咄嗟に避けたが童磨の右半身が引き裂けて血が溢れ出した。バッと振り返る炭治郎の視界に映ったのは童磨の右半身から溢れ出す血と腹からまろび出る臓物だった。首元からもダラダラと血が溢れ、右足はブラブラと取れかかっていた。

 

「ははッ、避けそびれちゃったねぇ」

 

 失敗、失敗と呑気に笑いながら童磨はあっさりとその傷を治してみせた。逆再生するようにまろび出た臓物が腹に戻り、口元を汚す血を童磨は舐めとってみせれば元通りに戻った。残った童磨の血の匂いと共に炭治郎は自身が輪切りになる想像をして僅かに顔を青ざめる。童磨の血だらけの光景をみればなおさら想像は事細やかに脳内に浮かんでしまっていた。珠代さんに手当をしてもらっているが怪我は治っていないのだ。万全じゃない状態で間合いに入って足がもつれてしまったら……と、怪我のせいで、余計に悪い想像ばかりしてしまう。……鱗滝さん、炭治郎は自身の師に縋る。

 

――水は、どんな形にもなれる

 

 (ます)に入れば四角く、瓶に入れば丸く、時には岩すら砕いてどこまでも流れてゆく。……師の言葉だった。そうだ……、そうだ!炭治郎はハッと目を見開く。水の呼吸は拾種類(じゅっしゅるい)の型がある、どんな敵とも戦えるんだ。

 

――怪我をしているならそれを補う動きをしろ……!!

 

 自身に言い聞かせる。……今の俺は骨だけでなく、心も折れていた。

 

――折れている炭治郎じゃだめだよ〜

 

 脳内で泣きべそをかく善逸の姿が浮かんだ。ブチリ、額に筋が立った。

 

「はい!!ちょっと静かにして下さいッ!!」

 

「わっ、急にどうしたんだい?」

 

 大丈夫、童磨の心配する言葉を意に介さず炭治郎は目の前の鼓の鬼を睨んだ。

 

――真っ直ぐ前を向け!!己を鼓舞しろ!!

 

 炭治郎は刀を構える。息を吸い込み、一際大きい声を出した。

 

「頑張れ炭治郎頑張れ!!俺は今までよくやってきた!!俺はできる奴だ!!そして今日も!!これからも!!折れていても!!俺が挫けることは絶対に無い!!」

 

 精一杯の鼓舞をして、炭治郎はまっすぐ鬼を見た。面白いモノでも見たような面持ちで童磨は炭治郎を流し見て金扇を取り出した。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 部屋は回転し、壁や畳、天井の至る所に爪跡が刻まれた。鼓の鬼はポンポンと鼓を叩き炭治郎は何とか近づこうとしてはいるが、鼓の回転に翻弄されて状況は一向に変わることはなかった。童磨も考えあぐねて自身の血鬼術を出せずにいた。炭治郎が吸い込めば頸を切ってくれる隊士がいなくなる、そう考えた末だった。炭治郎の様子から察するに胸にある何処かの骨が折れているのは間違いない。更に畳みかけるように自身の血鬼術を吸い込めばそれこそ戦えなくなってしまうに違いなかった。ポン、鼓の音が響く。……部屋が回転する。

 

「わっ!!」

 

 今度は後ろに部屋が動き真っ逆さまに落ち掛かる炭治郎が童磨の視界に映った。咄嗟に吊り下がる明かりの紐を掴む炭治郎のことなどお構いなしに鼓の鬼は腹の鼓を叩き、炭治郎の目の前に鋭い攻撃を繰り出した。迫りくる攻撃が天井に爪跡を立てて迫りくる。炭治郎が咄嗟に手を離せばその爪の斬撃はそこでとどまった。落ちていく、落ちていく。浮遊感と同時に落ちる重量感に襲われる。ぶち当たった先の襖が壊れ落ちて行けば炭治郎は暗い奈落を彷彿とさせる部屋に落ちていった。童磨が手を伸ばし、炭治郎の腕を掴めば落下はそこで止まった。

 

「大丈夫かい?」

 

「はい!」

 

 危ない、今のはギリギリだった。炭治郎は胸を撫で下ろした。

 

「糞……ッ!!忌々しい!!早く稀血を喰わねばならんというのに……ッ!!」

 

 鼓の鬼は腹立たしげに声を荒げた。童磨に引き上げられて炭治郎が安定した足場に立つと、また鼓が叩かれて回転し始めた。襲い掛かる爪を避けながら炭治郎は咄嗟に声を上げた。

 

「君!!名前は……ッ!?」

 

「……ッ、……響凱(きょうがい)

 

 名を聞かれたのだと気付き、戸惑った様子で鼓の鬼は名を名乗った。響凱の名を繰り返し、よしと呟いた炭治郎が言葉を更に続ける。

 

「稀血は渡さない!!俺は折れない、諦めない!!」

 

「……くッ、」

 

 炭治郎の言葉に響凱は呻く。諦めない、そう続ける炭治郎の言葉を聞いて、脳内に蘇ったのは響凱自身の記憶だった。諦めなよ、馬鹿にしたような声が響き渡るようだった。一瞬の走る頭痛を振り払うように炭治郎に言葉を返す。

 

「……小生は、稀血を食べて……」

 

 眼球から角膜が現れる。刻まれた文字は下弦であったがそれを消すように十文字の古傷が眼球に刻まれていた。癒える鬼の身体を傷つけられるのは、無惨ただ一人。剥奪されたのは明らかだった。響凱は吠える。

 

「十二鬼月に、戻るのだ!!」

 

 腹の鼓を二度叩き、何処かの襖を破壊すれば紙が飛び散った。構わず響凱は身体中の鼓を叩き続ける。同時に紙の乾いた音が回転し響く。響凱の頭から呪いのようにあの言葉が響き渡っていた。

 




童磨さんと響凱殿は初対面設定です。童磨自身は下弦の響凱殿は一方的に名前だけ知っているけど、血鬼術が此処まで育っていた(部屋回転やらワープ能力)ことは知らないという解釈です。


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21週目

童磨さん、成長する。

※読む上での注意
少し鬼滅の刃の公式ファンブック【鬼殺隊見聞録】のネタバレ(響凱殿が何が好きかという)ネタバレがありますので、未読の方は申し訳ありません。



――諦めなよ

 

 また何処かで馬鹿にする知人の声が響いた。あの時も、乾いた紙の落ちる音がした。目の前には自身の書いた原稿が落ちている。つまらないよ、あの時知人はそう言って目の前でまとめた原稿を投げ捨てていた。

 

――つまらないよ、君の書き物は。全てにおいて(ごみ)のようだ

 

 せせら笑うような知人の声だけが部屋に響く。……顔を上げられない、知人がどんな顔でそれを言っているかなど分かりたくはなかった。酷評を更に畳みかけてくる。

 

――美しさも儚さも凄みもない

 

 もう書くのはよしたらどうだい、紙と万年筆の無駄遣いだよ。それが君の為なのだと言わんばかりの言葉。まるで善意のように推奨される言葉は、どこまでも文筆家としての才がないのだと馬鹿にしたものだった。

 

――昼間に外に出て来ない、そんな風だから君はつまらないのさ

 

 膝上に置いた自身の手が震える、今にも殴りかかろうとする手を抑えようと膝上の布地を握り締めた。

 

――趣味の鼓でも叩いていたらいいんだ、この部屋に閉じ籠もって

 

 それもまぁ……、人に教えられる腕前ではないが。気の毒そうにわざとらしい声色を上げながら知人の言葉はそう締めくくられる。言いたいことを言い終えたらしい、知人は部屋から出ようとしていた。ぐしゃり、目の前で原稿の紙が踏みつぶされた。紙に皺が寄る。こうなっては元に戻せない。

 

――【里見八犬伝】が、……好きだった

 

 だからいつか、自分も同じように伝奇小説が書くことが出来ればと、夢見ていた。拙くてもいい、己だけの文を作ってきたつもりだ。だが、現状はどうだ。知人に心にも無い言葉を投げかけられ、原稿は無惨に変形するほどにまで踏みつけられた。ビキリ、目の前が赤く染まる。ビキビキと血管が浮き立っていく。腹に埋まるように一体化した鼓が飛び出して、鼓を叩けば知人の身体は爪に引き裂かれるように四散した。

 

――肉を喰らう

 

 こんな、土足で家に踏み込む奴でも、肉は等しく美味く、不愉快であった。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 鼓を叩くたびに部屋が回転する。回転と共にカサカサと動く無数の紙。そして土足で踏み込んだ虫ども。ますます不快さが増していく。諦めない、とあの少年は言っていた。諦めろ、とあの男は言っていた。どちらも不快、不快不快。カサカサと紙が鳴り響く。カサリカサリ、紙が目の前で落ちていく。

 

――全てにおいて(ごみ)のようだ

 

 あの男の声が、脳内から止まない。つまらないんだよ、……黙れ。もう書くのはよしたらどうだい、……黙れ黙れ。カサリカサリ、目の前で落ちていく紙、紙、紙。そして、諦めないとほざいた少年の赫灼の眼が此方を見ていた。血管がブチリと切れて頭の中が熱くなった。歯ぎしりをしながら口を開いた。

 

「消えろ……ッ!!虫けら共ッ!!」

 

 号哭にも近い咆哮を上げて響凱(きょうがい)は構える。

 

尚速(しょうそく)鼓打ち】

 

 もしかして、まだ速く鼓を打てるのか?炭治郎が目を見開いて響凱を見れば、響凱の手は素早く身体の鼓を叩き始める。ポポン、ポン、ポン、ポン。軽快に叩かれる鼓をよそに部屋の回転は増した。

 

「うわ―――っ!!楽しい!!回転が速くなるのって面白いね!!」

 

 癖になりそう、目が回る炭治郎をよそに童磨(どうま)は速くなった回転を楽しんでいた。本気になったらしい響凱の技は凄かった。腹の鼓から出される爪の攻撃は三本から五本になっている。本数が増えたことで炭治郎の顔に掠り血が噴き出した。そのまま重力に従って落ちれば炭治郎の足元には原稿が散らばっていた。誰かの手書き文字だと気付けば炭治郎は咄嗟に足を動かした。原稿を踏みつけないように避ける。散らばる原稿たちの隙間を掻い潜って炭治郎はようやく落ち着ける場所に行き着いた。

 

――あんなにも鳴り響いていた筈の鼓の音が、気付けば止んでいた

 

 ようやく息を整えた炭治郎が、初めて折れた場所が痛まなかったことに気付く。

 

――……さっきのだ

 

 紙を避けたおかげだった。怪我の痛まない身体の動かし方と呼吸の仕方が分かったのである。呼吸は浅く、速く。その呼吸で骨折している脚周りの筋肉を強化する。

 

――そして、爪の攻撃の前には(かび)の匂いがする

 

 クン、と鼻が動く。爪の攻撃の匂いを感じ取った炭治郎は上から迫りくる爪を避けた。息を思いっきり吸い込んで、身体の筋肉を強化する。

 

【全集中・水の呼吸 ()ノ型 水流飛沫・乱】

 

 縦横無尽に走り回る足の動き、着地面積によって繰り出される技は回転する部屋に対応してみせた。爪の攻撃も全て躱されていけば響凱に対抗できる術は、なかった。へぇ、童磨は楽しそうに口角を吊り上げて鬼独特の鋭く尖った犬歯を見せつけた。ピン、響凱の首元に隙の糸が見えた。

 

「響凱!!君の血鬼術は凄かった!!」

 

 響凱の動きが止まった。ザン、と頸を切る音が響いたと思えば響凱の頭が飛んでいった。鼓の生える身体がズシンと重たく落ちていく。同時に着地した炭治郎は深く息を吸い込めば怪我が思いきり響き、思わずしゃがみ込む。俺は長男だ、身体を丸めて痛みに堪え、耐えた。

 

「小僧、答えろ」

 

 身体が崩壊する響凱が言葉を発した。何かを聞きたい様子を見せる鬼に炭治郎は耳を傾ける。

 

「小生の……血鬼術は……凄いか」

 

「……凄かった」

 

 素直に炭治郎は答えた。けど、そう続く炭治郎は響凱を見据えている。

 

「人を殺したことは許さない」

 

 凛とした顔で答える炭治郎にそうか、と返す響凱は腑に落ちた様子で言葉を発することをやめた。響凱殿、童磨は口を開いた。一歩一歩前へ進み、響凱の頭部へ歩み寄った。

 

「俺、あなたの下弦の頃を知っていたんだよ、爪だけの攻撃だったのに部屋も操れるようになっていたんだね、知らなかったぜ。……強く、なったんだね」

 

 ……でも、疲れただろう?そう締めくくる童磨の顔は炭治郎には見えなかったが彼らなりの別れの言葉なのかもしれないと黙り込んだ。長い沈黙が流れる。……そうだ。炭治郎は思い出したように懐をまさぐり目的のモノを取り出した。

 

――それは短い刃物だった

 

 炭治郎は響凱の頸のない胴体にそれを投げればみるみる内に柄の中に赤い血が溜まっていく。

 

「おや、それはまさか……、」

 

 童磨の言葉と同時ににゃあ、と猫の声が響き渡った。急に現れた猫に驚くも首元についている見覚えのある札を見て誰の猫なのか理解した。

 

「あっ、君か。珠世さんの所へ届けてくれるんだな?ありがとう気を付けて」

 

 猫の背中に背負われている鞄に先程血を集めた刃物を入れた。猫が動き出そうとした時だった。

 

「あっ、待って。ついでにこれも珠世ちゃんに届けてくれない?多少俺の血が付いているかもしれないけどさ」

 

 童磨の懐から手紙が取り出せば、慣れた様子で猫の鞄の中に入れていく。にゃあ、また一鳴きすれば猫はあっという間に姿を消した。待ってください、炭治郎は童磨を呼び止める。どうしたどうしたと振り返る童磨の目には炭治郎が困惑した表情が浮かんでいた。

 

「まさか、珠世さんの知り合いなんですか?」

 

「そうだぜ、……あれ?言ってなかったっけ?」

 

「聞いてませんし、貴方には沢山聞きたいことがあります……!!」

 

 ギャアギャアと騒ぐ炭治郎たちの真横では響凱の頭部が横たわっている。消えかかる視界の先では炭治郎が立ち上がっていた。……小生の、書いた物は。脳内で踏みつけられる原稿と足が思い浮かんでいる。

 

――(ごみ)などではない

 

 少なくともあの小僧にとっては、踏みつけにする物ではなかったのだ。そして、あの逃れ者の鬼も。

 

――爪だけの攻撃だったのに部屋も操れるようになっていたんだね、知らなかったぜ。……強く、なったんだね

 

 実力はどう考えてもあちらが上だったのは明らかだった。それなのに。目から涙が止まらなくなった。

 

――小生の、血鬼術も……、鼓も……、……認められた……

 

 死ぬのに、不思議と胸が温かい。こんなに穏やかに逝けることに幸福感を覚えながら、響凱は静かに消えていった。成仏してください、少年の悼む言葉が、聞こえた気がした。

 




舐めプしているようにしか見えないけど、一応成長しているんだよ?一応はね!!


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22週目

かなり遅くなった。そしてワンクッション回なので、かなり短いです。


 

 童磨(どうま)の目の前で、炭治郎(たんじろう)は目を閉ざし両手を合わせる。その仕草は童磨の知る祈りであり、人を悼む姿であった。炭治郎がそれをする仕草に童磨は首を傾げる。……視線に気付いたらしい、思いのほか強い視線に戸惑う炭治郎も童磨と同じように首を傾げていた。

 

「……あの、どうかしたんですか?」

 

「君は、祈るんだね。相手は鬼だというのに。……変わった子だな、って思っただけだよ」

 

 憎い相手だろうに、童磨はそれを続けることはなく呑み込んで思考を打ち消した。炭治郎の在り方は、異様でしかなかった。響凱(きょうがい)に掛けた言葉も、祈る姿も、何もかもが童磨の知る鬼殺隊とまるで違っていた。童磨の言葉にハッと息を吸い込んで炭治郎は次の言葉を溜め込んで発した。

 

「……確かに、鬼が人を殺したことは許せないけど、それでも元々は俺たちと同じ人間だったんです」

 

 鬼は虚しい、悲しい生き物です。そう断言し、炭治郎は困ったように笑った。鬼殺隊としての考えとしては異質であることも自覚しているだろうに。……優しい子だね、童磨は笑む。

 

「……だったら、俺も君にとってそうなのかい?」

 

「……はい」

 

「あはははッ!素直に答えるなんて、面白い子だね!!」

 

 救いを求められたことはあれども、生まれてこのかた哀れまれたことなどなかった。童磨にとって炭治郎の言葉は予想外で、愚直なほどに素直な答えだった。腹を抱えて笑えば炭治郎は困惑した様子でたじろぐ。あの、その言葉にああと童磨は笑いで零れた涙を拭って炭治郎と向き合った。童磨の目の前には意を決した様子で炭治郎が立つ。赫灼の目は此方を見据えていた。

 

「それで、聞きたいことがあるって言っていたね。何だい?」

 

 聞いてあげる、童磨の言葉に炭治郎は問いかけた。

 

「珠世さんとはお知り合いですか?」

 

「珠世ちゃんのこと?……うん、仲がいいよ?文通もするし薬だって貰う仲だしねぇ」

 

 それだけかな?童磨の言葉にまだです、と炭治郎は前のめりになって童磨の顔に近づいた。やけに近いね、僅かに困った様子を見せる童磨など気付かぬままに炭治郎は更に問いかけた。

 

「あなたの体質についてお聞きしたいのですが」

 

 是非とも、と炭治郎は事情を話し出す。妹が鬼になったこと、鬼から人に戻す為の手立てを見つけるために鬼殺隊に入ったこと、妹と同じ体質ならば何か知っているのではないか?そう話す炭治郎に、なるほどと相槌を打ちながら童磨は息を呑んで回答を待つ炭治郎のために答えを口にした。

 

「そうだね、結論を言えば分からないんだ」

 

 へ、と間の抜けた炭治郎の声が響く。童磨はごめんね、と笑うが炭治郎は納得など出来る筈もない。そこをなんとか、と炭治郎は食い下がった。ううん、困ったなぁ。童磨は首を傾げている。

 

「俺もあの時必死だったからねぇ……、気付けば二年寝ていてこの体質になったからさ」

 

「……そんな」

 

 炭治郎の肩が落ちる。せっかく妹と同じ体質の鬼を見つけたというのに、ふりだしに戻るのか、と思う矢先、童磨はああ、でもと何かを思い出したように手を叩いた。

 

「俺は眠っている間、必死に人間を喰わないことを意識したよ?」

 

 思い浮かぶ姿は愛しい女性の姿。しのぶの為にと変わろうとしたことが童磨の記憶の中に蘇る。本当に飢餓感から逃れるために必死だったからなぁ、そう思いながらも童磨は炭治郎に笑いかけた。

 

「君の妹さんが未だに喋らない状態なのかは分からないけど、……大丈夫だよ?きっと中で戦っているんだ。君と同じだね」

 

 だから、頑張って。そう続ける童磨に、炭治郎は目を見開いたがすぐに笑みを浮かべた。はい、大きな声で返事をする炭治郎にいい返事だね、と童磨は笑みを返した。

 

「ごめんね、少し怪我しちゃったからさ。今少し眠い……」

 

 童磨は僅かに欠伸をする口に手を覆う。

 

「炭治郎くん、てる子ちゃんたちのこと、迎えに行っておくれ。……鼓が無くなって不安そうにしているからさ」

 

 どうして分かるんですか?炭治郎が首を傾げているが童磨はもう答えるつもりはないようだ。その場にゴロリと横になって目を閉ざす。

 

「鬼は居ないようだけど、……はやく安心させてやった方がいいと思うぜ」

 

 御子を通して情報が通じる童磨はてる子たちの様子を把握しているが、眠ってしまってはどうにもならない。それが君の仕事だろう、そう続ける童磨に炭治郎はまだ聞きたそうに口を動かすがすぐに部屋から出ていった。そうすればようやく一人きりになった童磨はまどろむ意識に身を任せた。 

 

 

 




原作で無惨様見届けてから書きたいと思って、間が開きました。すいません。


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