死にたがりと少女 (陽炎 紅炎)
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寝て起きて二度寝する

自分は何故生きているんだろう。

することの無い休日に、ふとした瞬間に、何か失敗してしまった時、そう思ってしまう人もいるだろう。

俺もそうだ。

街のどこにあるか分からないような、携帯のマップアプリにも乗っていないような廃ビルの屋上で、死ぬ理由なんて特に思い浮かばないがそれ以上に生きる理由が思い浮かばない俺はなんの躊躇いもなく屋上から飛び降りた。

屋上からアスファルトの路上までたったの数秒の筈なのにその数秒がとても長く感じた。

これが走馬灯なんだろうとアスファルトにぶつかるコンマ数秒前に俺はゆっくりと目を閉じた。

 

 

 

 

捨てたはずの意識が戻ってきた。

もう二度と感じることは無いと思っていた心地よい風、ゆっくりと目を開けると洗濯物がすぐ乾きそうなほどの日差しが指して手で遮断する。

体を起こして辺りを見てみると木々が生い茂っていた。

丁度俺のいる周りにだけ木が生えていない、地面も硬いアスファルトではなく枯葉と土だった。

 

「ハハ…」

 

乾いた笑いが喉から漏れる。

いやいやまさか、冗談じゃない。

まさか死にきれなかったのか…?

 

「ふざけんな…」

 

生きる理由を見つけられず路頭に迷った挙句死を選んだというのに、また惨めに生きてしまったのか…

 

「ふざけてんじゃねぇぞ!まだ生きろってのか!まだ生き続けろってのか!テメェでテメェの人生も決めることすら出来ないこんな出来損ないに!他人に何かを与えることすら出来ねぇような人間に!まだ、生き続けろってのか!」

 

誰かに訴えるように喚き散らす。

生きているだけで万々歳、と普通の人なら思うだろう。

だが違う、俺は死を選んだんだ。

意味もなく生きるなら、ただ日常を消費するだけならいっそ死んでしまった方が楽になれると、そう思って死を選んだ。

だが生きている、生きてしまっている。

それを受け入れられなかった。

 

「がぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

喉が避けるんじゃないかと思うくらい声を上げた。

蹲って思い切り地面に手を叩きつけて、鈍い痛みが返ってくる事に嫌気が指して、また別の方法で暴れる。

それを繰り返すうちに少し落ち着いた。

というより暴れすぎて体力が底をついた。

叫びすぎたことと喉が渇いていることもあり張り付くような痛みがする。

 

「クソったれが…」

 

居ない誰かの悪態をつく。

もうこのままこうしていればいずれ餓死するだろうと思い意識を手放そうとした。

 

「あ…?」

 

小さな揺れを感じた。

それも一度だけでなく何度もだ。

何か生き物がいるのだろうか、それなら頼む。

救いようのないゴミのような命だが、お前の養分になれるならそれでもいい。

そんな祈りが通じたのか足音は大きくなり、やがて足音の正体が現れる。

それは黒い体毛で被われた巨大なクマのような生き物だった。

口からイノシシのような牙が二本左右から生えていて涎が歯と歯の間から垂れていた。

あぁ、今度こそ死ねる。

でももう一つだけ頼めるならどうかあまり痛くないようにしてくれ。

全身から力を抜き正に、まな板の上の鯉になる。

巨大なクマが俺に近づき大きな口を開けて俺の頭を噛み砕こうとする。

さようなら、俺を生かした誰かさん。

 

「危ない!」

 

だが、俺の淡い希望はその一言で消し飛んだ。

人の声が聞こえた瞬間、俺は吹き飛び地面から剥き出しになっていた岩に頭をぶつけ意識を失った。



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見知らぬ街

文字数が安定しません


意識が戻ると同時に頭から鈍痛がした。

また、死ねなかったようだ。

目を開けると見慣れない天井があった。

どこの携帯小説の世界だここは。

ぼんやりとした意識のまま体を起こして近くにあった窓から外を見てみるとまだ日は高く、さっきからあまり時間は経っていないようだ。

 

「目が覚めましたか?」

「ん?」

 

声がした方を見ると一人の少女が居た。

腰あたりまで伸びた黒髪に紫色の瞳をしていた。

少女は水を貼った洗面器をベッド近くの台に置いて俺の顔色を伺うように屈む。

 

 

「気分はどうですか?」

「お前が助けたのか…?」

 

開口一番がこのセリフとは我ながら呆れてしまいそうになる。

少女もまさか一番最初にそれを聞かれるとは思ってもいない顔をしている。

 

「はい、ボアベアに襲われそうになっていましたから。服も土まみれで手にも怪我があったのでてっきり運悪くボアベアに遭遇してしまったのかと思ったので」

 

ボアベア…多分あのクマのことだろう。

やはりこの少女が俺を助けた。

 

「あのクマはどうした…殺したのか?」

「はい、討伐対象でしたので。これ、使ってください」

 

やるべき事をやった。

水を絞ったタオルを俺に渡しながら少女はそう言った。

あのクマは死んだ。

俺は生きた。

あのクマはこの少女に殺された。

俺はこの少女に生かされた。

ただ、それだけ。

ただ、それだけの違いだ…。

 

「なんで俺なんか助けた…」

「…まるで死にたかった、と言ってるみたいですね」

「あぁそうさ、俺はあの時死ぬ気でいた。もう生きなくていいんだと死んでもいいと言われた気がした!それをお前に邪魔されたんだ、どいつもこいつも弱者を救った気になって『あぁ〜いい事した』なんて顔しやがって!なんなら、お前が俺をぶっ!」

「……」

「あ…」

 

感情任せに喚き散らしている途中で少女に顔を叩かれた。

頬の痛みに昂っていた感情が一瞬静かになる。

その時に見た少女の顔には怒りも哀れみも無く、ただ悲しさだけが表れていた。

 

「…悪い」

「…貴方の着ていた上着です」

「あぁ…」

 

出ていけ、と言われた気がした。

そりゃそうだ善意で助けた相手に暴言吐かれるとは思ってもみないだろう。

少女から上着を貰い玄関に案内される。

 

「…悪かった。お前は正しいことをした、それだけは間違ってない」

 

少女の返事を待たずに飛び出す。

うっとおしい位に穏やかな日差しを浴びながら見知らぬ街を駆けていく。

あの少女の悲しみに満ちた表情を脳裏から振り払う為に無我夢中で走る。

心臓の鼓動は早くなり、呼吸は自然と荒くなり、口と喉が渇いて痛みさえ出てきた。

気がつけばどこかの裏路地にいた。

壁にもたれ掛かるように座り込み呼吸を落ち着かせる。

 

「何やってんだ俺…」

 

自分勝手な持論を押し付け、あまつさえ命の恩人にすら仇でしか返さない。

クズもここまで極まれば寧ろ清々しいもんだ。

空を仰ぐと太陽は雲に隠れていた。

 

「ハハ、暗雲立ち込めるってか」

 

確かに見知らぬ場所で金も無く食料も無い。

傍から見れば暗雲が立ち込めるどころか最早詰んでる。

まぁ、その位がお誂えだろう。

どうせ三日後には死体と化してるだろうしな。

 

「このスラムのゴミが!」

「ぐっ!」

 

自分の将来設計に自暴自棄になっていると、大通りの方で声が聞こえた。

一応、確認するとボロ布を着た少年が大人の男に殴られていた。

 

「このゴミが!こんな仕事も出来ねぇなんてなぁ!誰のおかげでメシが食えてると思ってんだ?あぁ!?」

 

襟首を捕まれ何度も何度も殴られる少年。

このまま何もしなければあの少年は死ぬんだろう。

自分の夢を叶えられず、二度と家族と会うことなく、ただの理不尽で、道端に転がる動物の死骸見たく死ぬのだろう。

男は少年を離すとポケットからナイフを取り出した。

 

「へへ、スラムの住民には国の法律は関係ねぇ…ここでてめぇを殺しても俺はなんの罰則も受けねぇんだよォ!」

「ぐぅ…」

「なんだァ!その生意気な目は!」

「ぎぁ…く…くたばれ、クソ野郎…」

「ハハハハ!!くたばるのてめぇの方だこのゴミが!」

「ふざけるなクソ野郎」

「あ?」

 

そんなのはダメだ。

少年が死にたがりなら俺には止める理由は無い。

しかし少年は生きようとした。

なら死なせる訳にはいかない。

死ぬのは俺みたいなやつで十分だ。

 

「んだてめぇは!部外者はすっこんでろ!」

「ただの理不尽でガキが殺されるのを黙って見てろって?このガキが大罪人や死にたがりなら黙ってようと思ったんだがな、どうやらそうじゃない様だぜ?」

 

少年の容態を確認するとかなりひどい状態だった。

歯が何本か折れていて顔中痣だらけだ。

少年に上着を掛けて男と向き合う。

 

「ハッ!てめぇもスラムの住民か?てめぇらゴミ共が俺に逆らうとどうなるか教えてやるよォ!」

「てめぇのことも、この世界のことも知ったこっちゃねぇ。ただ、俺の前で生きようとしてる奴がてめぇみてぇなクソ野郎に踏みにじられるのが我慢ならないだけだ!」

「無能のゴミは大人しく俺の言うことを聞いてりゃいいのさ!それくらいでしかてめぇらゴミ共は役立たねぇんだからなぁ!」

 

男はナイフ片手に俺に近づく。

普通なら足が竦んだり逃げ出すようなところだが、俺は酷く冷静だった。

ナイフを左手で受け止める。

刃が俺の手を貫通し激痛が走る。

だが、そのまま左手で男の手を掴む。

 

「なっ!?」

「これはガキの分だ」

 

右手で男の顔面を思い切り殴る。

男は吹き飛びナイフは俺の手を貫通したままになった。

まだだ、この程度じゃ俺は死ねない。

男は鼻を押さえながら血走った目で俺を見る。

どうやら鼻が折れたらしい。

 

「てめぇ…!てめぇら二人共、ぶっ殺してやる!俺に歯向かってタダで済むと思ってんじゃねえぞぉ!」

「いいえ、そこまでですよ」

「ぎぁ!?」

 

一発の銃弾が男の膝を撃ち抜いた。

銃声がした方を見ると、少女が銃を男に向けて構えていた。

俺を助けてくれたあの少女だ。

 

「お前…」

「私が助けたのはそこの子供です。貴方を助けたわけじゃありません」

「そうか…」

 

少女がもう一発男に撃ち込むと男は沈黙した。

 

「殺したわけじゃありません。二発目は睡眠弾です」

「そうか」

 

少女は銃をしまうと流れるように少年の容態の確認に向かった。

俺はその場に座り込む。

ただ、ナイフが刺さった左手はずっと激痛が続いている。

暫くすると少女が俺の方に来た。

 

「……ガキの方はもういいのか?」

「はい、回復魔法で治しました」

「そうか、よかった」

「…貴方のそれは、治してもいいんですか?」

「あぁ、頼む」

 

左手を少女に向けるとなんの躊躇いもなくナイフを引き抜いた。

激痛すぎて鈍い声が出た。

本当は「ぎゃあああ!」とか出そうだったがなんとか堪えた。

少女が聞きなれない言葉を発すると左手の出血が止まった。

 

「暫く安静にしてれば特に問題なく治ります」

「そうか…」

「…今度は怒らないんですね」

「あの時は悪かった…あれは色々混乱してたんだよ、それでつい…」

「ふふ、随分としおらしいですね」

「まぁ、一周まわって落ち着いた感じだ」

「そういえば、行くところあるんですか?」

「ねぇよ、どうせどっかでくたばるんだ無くていいさ」

「それならくたばるまで家に来ませんか?どうしても死にたくなったら私が責任をもって埋葬してあげます」

「なんでだよ」

「貴方が気に入ったから、じゃダメですか?」

「ちっ、分かったよ。すぐ死ぬだろうがよろしくな」

「因みに私にはクロ・カトレアという名前があります」

「はぁ…佐藤健だ」

「よろしくお願いしますねタケルさん」

 

こうして、一人の死にたがりと一人の少女は出会うこととなった。

 



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寝覚め前

目が覚めた。

昨日のことは夢のような感覚があったが自分の部屋ではないこと、そして隣のベッドで寝ている少女がその現実を肯定していた。

部屋はまだ薄暗くカーテンの隙間から僅かな光が差し込んでいるだけだった。

 

「ぅん…」

 

少女、クロが寝返りを打つ。

床で寝ていた俺は軋む体に鞭を打ち背中をむけるように寝返りを打つ。

目を閉じると昨日のことが目に浮かぶ。

 

自殺しようとして失敗したこと。

 

恩人に激怒したこと。

 

死にかけの少年を助けようとしたこと。

 

恩人にまた助けられたこと。

 

結局、自分には誰かを助けるなんてことは出来ないんだと感じた。

俺を助けたのも少年を助けたのもクロだ。

クロの方へ向き直るとまだ寝ていた。

 

「すげぇ奴だな…」

 

パッと見俺より年下だろう、こんな子供が銃なんて持って魔法なんて力を使って誰かを助けている。

左手に巻かれた包帯を見て自分の無力さを実感する。

部屋に差し込む日差しが明るくなるのに対して俺の気分は暗くなる。

やはり、生きていても俺に出来ることなんて何も無い。

クロを起こさないようにゆっくり台所に向かう。

そして包丁を手に取り切っ先を腹に当てる。

チクリとした痛みと包丁の冷たさが伝わってくる。

 

「朝から何をしてるんですか」

「いっ!」

 

突如投げられた本の角が手に当たり包丁が落ちる。

起こさないように行動したつもりでいたがどうやら失敗したらしい。

クロは投げた本を拾い包丁を片付け俺と向き合う。

 

「本当に貴方は目を離すとすぐ死んでしまいそうですね」

「言ったろ、すぐにくたばるって」

「くたばりたくなったら私が責任をもって埋葬するとも言いました」

「埋葬ってことは死ぬ過程は関係ねぇじゃねぇか」

「じゃあ、責任をもって私が貴方に引導を渡します」

「後出しジャンケンかよ…」

 

乱暴に頭を掻きながら呆れる。

こりゃダメだ、あぁ言えばこう言う問答の繰り返しになる。

その流れを察した俺は両手を上げて降参のポーズを取る。

 

「ふふ、貴方は諦めるとしおらしくなりますね。さぁ、朝ごはんにしましょう」

 

俺は溜息をつきながら、クロは笑いながら朝食の準備をする。

働かざる者食うべからずということで俺も手伝わされた。

 

「いただきます」

「…いただきます」

 

朝食のメニューは至って普通だった。

スクランブルエッグにサラダとトースト。

一応、一人暮らしの経験もあり自炊もしていたのでスクランブルエッグを作ることくらいは出来た。

 

「結構美味しいですよ」

「そうかよ、誰が作っても一緒だろ」

「ならこれからは貴方に台所を任せましょうか」

「なんでだよ」

「誰が作っても一緒なら私が楽できるからです」

「ちっ、分かったよ。やるよ」

 

自然と食べるペースが早くなる。

こいつには何を言っても勝てる気がしなくなってきた。

俺はどうにも居心地の悪い朝食の時間を過ごすことになってしまった。

 

 

 

 

 

 

「今日は何か予定がありますか?」

「異世界に来て二日目のやつにそれを聞くか」

 

朝食の片付けも終わり特にやることの無い午前を送ると思っていたが違うらしい。

クロも「それもそうですね」と納得し俺の手を引く。

 

「待て、なんで俺を連れていく」

「なんでって貴方用の日用品を揃えるためですよ」

「んぐ…」

「さぁ、観念してください」

 

俺はそのまま引きづられるように、というより拉致された。

 

 

 

 

 

 

突然だが、女の買い物に付き合わされる男がすることと言えばなんだろうな。

…想像に固くないだろう。

そう、荷物持ちだ。

 

「にしても多いな…」

「半分は貴方のですよ」

「てことは半分お前の私物じゃねぇか、お前が持て」

「はっ!寝床も朝ごはんも日用品も一体誰がお金を出してると思ってるんですか?荷物持ち位が丁度いい雑用ですよ」

「ちっ!」

「おお、今までで一番大きい舌打ちですね」

「ちっ…」

「ふふっ」

 

くそ、良いように遊ばれる。

今日の晩飯のメニュー、こいつが嫌いなものだけで作ってやろうか。

 

「…そういえば、お前いくつだ?」

「15、6くらいらしいですよ」

「らしい?」

「私、自分の誕生日とか知らないんですよ。親の顔も見たことがありません」

「…悪かった」

「なんで謝るんですか?」

「いや…辛いこと聞いたかも知れねぇし」

 

それを聞くとクロは意外そうな顔をして俺の顔を覗き込む。

反射と照れくささで一歩下がる。

 

「なんだよ」

「いえ、意外と優しいなと思いまして」

「は、冗談だろ」

「いえいえ、本心ですよ。あの少年の時もそうでしたが、貴方は相手の立場になって物事を考えることが出来ます、それを優しいと言ったんですよ」

「さぁな、そんなもん両親にも言われたことねぇよ」

「じゃあ、今私が言いました」

「ったく…」

 

クロはふっと笑うとまた歩き始めた。

少し間合いを開けて俺も続く。

街の様子はビルは無く、ましてや広告塔も無く石畳の大通りに色んな店が出回っていた。

人の服装は俺とあまり変わらず洋服が多かった。

 

「貴方はいくつなんですか?」

「ん?」

「質問ですよ、私は答えたんですから次は貴方が答えてください」

「23だよ」

「結構年上なんですね、ここのことを異世界って言ってましたけど元いた所とは違うんですか?」

「あぁ、まず魔法なんてものは無いし。街並みもこんな感じとは程遠い。それに、お前くらいの年の奴ならまだ働いてない奴の方が多いだろうしな」

「その人達は何してるんですか?」

「お勉強でもしてるんじゃねぇか?夢に向かって努力する奴、大した自覚も無いまま育っちまった奴、色々だ」

「…貴方はどっちだったんですか?」

「俺は…俺は、夢を持つことも知らず親に言われるがままに育ったやつだよ」

 

そう、RPGの勇者みたく「あぁしろ」「こうしろ」と言われるがままこの歳まで育っちまった。

中学、高校、大学と具体的な将来の目標も持たずただ就職率の良い大学に進んで、勧められるがままに就職して。

そして、辞めた。

就職をきっかけに親元を離れ一人暮らしを始めたが目の前にある大量の仕事を片付けるのに精一杯で家に帰ってもメシが出てくる訳でもなくコンビニ弁当と冷たいお茶で腹を満たして、狭い風呂に入って、冷たい布団で寝て、仕事に行くの繰り返し。

そんな日常に嫌気がさして、会社を辞めて、親に失望され、死のうとした。

 

「なら、これから見つけてみてはどうですか?」

 

優しい顔をしたクロが俺の顔を両手で挟み目を合わせる。

綺麗な紫の瞳が真っ直ぐ俺を見つめる。

 

「今まで誰かの言うことを聞いてきたなら、これからは自分の言うことを聞いてみたらどうですか?夢や目標なんかは後回しにして今は心の向くままにしてみませんか?」

「わかんねぇよ…そんなこと」

「それなら、私は近くにいることにします」

「なんで…俺なんかに構うんだ」

「貴方は目を離すと、すぐ死んでしまいそうですから」

 

━━━あぁ、ホント。こいつは敵わない。

気づけば流れていた涙は暫く止みそうになかった。



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寝覚め

時間が空いてしまい、申し訳ない。
仕事の合間を縫って書いているのでどうしても投稿にブレが出てしまいます。
m(_ _)m


あの後ひとしきり泣いてクロの家に帰った。

クロは部屋に着くと荷物の半分を棚や引き出しに閉まった。

俺はどうしようか悩みとりあえず邪魔にならない部屋の隅に置いておいた。

 

「あぁ、ここより狭いですけどそこの部屋使ってください。使ってない部屋なので多少埃っぽいと思いますが」

「わかった」

 

ベッドから反対側のドアを開けると確かにクロの部屋よりは狭いが人ひとりが生活するには十分のスペースがあった。

 

「この部屋にあるものなら好きに使ってください。あ、でもベッドがないですね…」

「構わねぇよ床で寝る」

 

そうと決まればさっさと掃除をしよう。

埃を掃いて雑巾で水拭きをする。

大体一時間で部屋の掃除が終わり、俺の寝床が出来上がった。

換気用に開けていた窓を閉め、クロの方を見ると本を読みながらお茶を飲んでいた。

多分さっき買ったものだろう。

 

「…寝るか」

 

昼食はここに帰ってくる途中で食べたし、部屋の掃除も終わったしなにより外を出歩いて疲れた。

床に敷いた布団に寝転がるとすぐに眠気が襲ってきた。

その眠気に抗うことなく俺は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

「よぉ、起きな」

「あぁ…?なんの用…だ…?」

 

目を覚ますと異様な空間にいた。

そこら中真っ暗なのに自分の姿は見える。

そして床、というより地面はまるでガラスの上のような感覚だった。

またクロに呼ばれたのかと思ったが目の前にいるのは俺と似たような格好とした男だった。

 

「誰だお前、ここはどこだよ」

「まぁまぁ、落ち着けよ死に損ない」

「あ?」

「お?怒ったか?ハハ」

 

男は揶揄う様に笑い俺の頭を撫でる。

その態度が気に入らず手を弾くと余計に笑う。

 

「んだよてめぇは…」

「んー、そうだな…。とりあえず神って名乗っとくか。別に徳が高い訳でもご利益がある訳でもねぇがな」

「ふざけてんのか」

「ふざけてねぇよ、ほら」

「ぐっ!?」

 

男が俺を小突くと俺の体が吹き飛んだ。

何度も地面を転がり何かにぶつかって漸く止まった。

 

「くっそ…いきなり何しやがる…」

「いやー、お前が俺をあまりにも疑うもんだから力でも見せれば早いかなーって」

「この、クソ野郎」

 

髪を掴まれ蹲っている状態から無理やり仰向けにされる

 

「さて、なんで俺がお前にこんな仕打ちをしているか…わかるか?」

「わかるか!」

「はぁ…やれやれ、自覚が無いのかね。お前が、命を捨てようとしたからだよ」

 

その言葉と同時に全身が潰れるような重力が俺を襲った。

地面に磔にされそれでも男の顔を見返す。

 

「はは、いいねその表情。今は気まぐれかそれとも目的があるのかは知らないが、お前はとりあえず生きようとしているみたいだな。だが、それで過去がチャラになるとは限らないんだよ小僧」

 

男が近づく度に体にかかる重力が増す。

少しずつ意識が薄れてきた。

 

「俺の名はイール…本当はこのままお前を殺してやろうかと思ったがそれじゃあ罰にはならねぇと判断した。故に、お前には不死を与える」

「な…ん…だと」

「死にたがりのお前には丁度いい罰だ。じゃあな、精々模索しろよ小僧」

 

その言葉を最後に俺の意識は沈んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ!」

 

沈んでいた意識が戻った。

飛び起きて辺りを見ると寝ていた部屋に戻っていた。

それに安堵すると体から力が抜けて倒れ込む。

 

「どうかしましたか?」

 

俺の様子が変なことに気づいたクロが様子を見に来た。

不自然に汗だくな俺を見て顔を曇らせる。

 

「なにか嫌な夢でも見ましたか…」

「夢…」

 

さっきまでのことを思い出す。

自称神…イールとか言ったか、に吹っ飛ばされて物理的に潰されかけて…

 

「なぁ、銃で俺を撃ってくれないか」

「急にどうしたんですか?いつものですか?」

「頼む、確認したいことがあるんだ」

「…はぁ、仕方ないですね。外に行きましょう」

 

 

 

 

 

 

 

街から少し離れた森に来た。

少し見なれた景色だと思ったら俺がクマに食われかけた所だった。

その時と同じように木々がない所に立ちクロに向かい合う。

クロは銃ではなくナイフを持っていた。

 

「弾を無駄にしたくないのでナイフでやりますよ」

「あぁ、わかった」

 

俺は目を閉じ両手を広げて覚悟を決める。

万が一あの神が言っていることが嘘だったとしても、これで死ぬなら、あいつに殺されるなら後悔はない。

 

「行きますよ」

「来い」

 

刹那、脇腹に衝撃と想像を絶する激痛が走った。

咄嗟に脇腹に手を当て、血を吐きながら地面をのたうち回る。

だが、そんな痛みも数秒後には無くなっていた。

 

「ぐ、はぁ…」

「そんな…」

 

手を退けてみると服は血で染まっているが傷は完全にふさがっていた。

クロも驚いている様だ。

無理もない、完全に致命傷になりえた傷が何事もなかったかのように塞がったら誰だって驚く。

 

「…なんともないんですか?」

「あぁ、傷が開くこともなさそうだ」

 

どうやらあの神が言っていたことは現実に起きてしまったらしい。

 

「クソッたれが…!」

「寝ている間に一体何があったんですか?」

「…イールとかいう変な神に会って、罰だなんだと言われ不死を貰った」

「イール…」

「知ってるか?」

「いえ、残念ながら知りません。生憎、神話にはあまり詳しくないんですよ私」

「…なんでも知ってそうなのに、意外だな」

「なんでもは知りません、知ってることだけです」

「そうか」

 

──精々、模索しろよ小僧。

こういうことかよ…。

俺はまだ、生き続けなければいけないらしい。



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ギルド

お久しぶりです


不死を与えられ、いよいよ生きる理由が無くなった俺だが不死のせいで死ぬ事が出来ないというジレンマを抱えた。

 

「…あの、いつまでも不幸オーラを出さないでもらえません?こっちまで移りそうなので」

「あぁ…すまん」

 

クロの言うとおりいつまでも部屋の隅で三角座りをしていても仕方ない。

あの後、クロの協力のもと色々な死に方を試してみたが全部ダメだった。

脳や心臓にダメージを負っても再生し、毒を飲んでも血を吐くだけで暫くすれば健康体に戻ってしまい、首を吊っても苦しくなるだけで意識はずっと残る。

体を木っ端微塵に吹き飛ばしてみたが、こちらは意識は飛ぶが「私の精神が持ちそうにないので二度とこの方法は試さないでください」とクロに言われてしまった。

随分とショッキングな蘇り方をしたらしい。

 

「はぁ…」

「……」

「す、すまん」

 

また不幸オーラを出してしまっていたらしい。

クロにジト目で見られてしまった。

それでも今の体質のことを考えてしまうとどうにも思考がネガティブな方向に流れてしまう。

いや、死に方を考えている時点でかなりネガティブではあるが。

 

「いっそ諦めて生きてみたらどうですか?そうやってるよりマシだと思いますけど」

「…生きてなんになる。目的もないまま時間を食いつぶしても結局何も得るものも失うものもないじゃねぇか」

「……私は両親の顔を見たことがないって前に言いましたよね」

「あぁ」

「私が産まれてすぐに戦争があったんです。両親には魔法の素質があったので兵士として戦場に連れていかれて、産まれて間もない私は両親の知り合いに預けられたと聞きました」

「その知り合いの人ってのは今どうしてるんだ?」

「病死しました。元々身体が弱かったので、それも相まって…」

「…そうか」

 

クロは辛さや悲しさを顔に出さないように努めて話していたがどうしても寂しさだけは顔に出ていた。

こいつは、行く先々で人を亡くして孤独というものを散々味わってきた。

それを思うと胸が少し痛くなる。

 

「つまりですね、私の命は私一人のものじゃないんです。私は色々な人の十字架を背負って生きてます、私が勝手に無意味に投げ捨てる訳にはいきません」

「それがお前の生きる理由か…」

「はい」

「…そうか」

「個人的な意見ですけど、生きる目的や理由は与えられるものではなく見つけるものだと思います。ゆっくり時間を食いつぶして考えてみては?」

「生きる理由、ね」

 

生きる理由…か。

別にアニメやゲームみたいに勇者になるために呼ばれたわけでも、最強の力を手に入れたから無双してやろうとも思ってない。

チラっと横を見るとクロは本に目を通していた。

 

「なぁ…」

「…なんでしょう」

「生きる目的とかあるのか?」

「ありますよ、両親のお墓に参ることです」

「…まさか、両親の名前も分からないのか」

「はい、顔も名前も知りません。唯一の手がかりはカトレアという姓だけです」

「…わかった、それなら俺も手伝おう」

「え…」

 

驚いた顔で俺を見る。

当面、生きる理由や目的は俺自身にはない。

それなら、クロの手伝いでもしながらこの不死をどうにかする方法を探せばいい。

 

「まぁ、俺に出来ることは限られてるだろうけどな」

「それでも、嬉しいです」

「…そうか」

「ですが、それなら私と同じく冒険者になってもらいます!」

「冒険者?」

 

あれか、組織に属して魔物討伐や捜し物をするあれか。

この世界でも手に職つけろと言うのか。

 

「いや、あの、俺は組織とか団体行動が苦手なんだが…」

「別に上下関係とかあんまりないですよ。ギルドには属しますけど形式だけです」

「…そうなのか」

「ただ、問題行動が多いと査問会行きですけどね…」

「おい、なんでそこで目をそらす。ふざけんな、お前に限ってそんなことあるか?」

「いや、私はありませんけど…その、ギルドのメンバーには査問会の常連がいて…」

「査問会常連って独房に詰め込むべきだろそいつ!」

「とりあえず、行けばわかりますから!」

「少しもわかりたくねぇよ!」

 

 

 

 

 

 

翌日、気分は乗らないがそれでも年下の子供のヒモになる訳にもいかないと思いクロの案内の元ギルドを訪れた。

 

「ここがギルドか…もう少し肩がこる場所かと思った」

「ここは他に比べてあまり組織的ではありませんからね。冒険者のたまり場と思ってくれれば充分です」

「なるほどな。で、多分登録手続きとかいるんだろ?早く行こうぜ」

「そうですね、行きましょう」

 

中に入ると活気溢れた雰囲気が伝わってきた。

ガタイのいい男達が酒を飲み交わしていたり、山積みになった本に埋もれながら読書をしている女性もいる。

正直、思い描いていた場所とは程遠く少し肩の力が抜けた。

 

「置いていきますよ〜」

「ん、あぁ、悪い」

 

あちらこちらと見渡していると、クロに声をかけられ意識を戻される。

駆け足でついて行くとカウンタに案内された。

ウェーヴ掛かった金髪の女性が少し退屈そうに頬杖をついていた。

 

「あら、クロが誰かと一緒なんて珍しいわね。彼氏さんかしら?」

「ち、違います!今日はこの人の冒険者登録をお願いしに来たんです」

「どうも…」

 

そのままの体制でクロを茶化す女性。

だが、初対面の俺に対しまずいと思ったのか頬杖を辞めて座り直した。

 

「初めまして、私はマリー・コードル。このギルドの受付嬢をやってるわ。冒険者登録だったわよね?この紙に名前を書いてちょうだい、それが終わったらこの水晶に手を触れて」

「あぁ、わかった………ん?」

「どうしました?」

 

渡された紙を見た俺はその場で固まってしまった。

理由は単純、文字が読めなかったのだ。

完全に失念していた、クロも周りの人間にも言葉が通じるから日本語だと勝手に思い込んでいた。

だが、ここは異世界。

漢字や平仮名が使われているはずもない。

 

「あー…その…文字が読めん…」

「「え」」

「いや、冗談とかじゃなく…本当に」

「そういえば…そうでしたね。私が代わりに書いておくので水晶に触って下さい」

「…わかった」

 

まさか自分より年下の子供に文字のことで助けてもらう日が来るとは…。

敗北感に刈られながら紙の隣にある水晶に手を触れる。

すると水晶は青く染まった。

 

「…貴方、文字は読めないのに魔力は凄いのね」

「そうなのか?」

「えぇ、青は上から二番目のランクなのよ。因みに魔力のランク上からは赤、青、黄、黒、無っていう感じに分かれてるわ」

「なるほどな」

「マリーさん書き終わりました」

「はいはーい、じゃあ少し待っててちょうだい」

 

紙と水晶を持ってマリーはカウンタの奥へと消えていった。

とりあえず近くの席に座りマリーを待つことにした。

 

「…仕方ないですよ、世界も変われば文字も変わります」

「辞めろ、今は気遣いが辛い」

 

マリーが帰って来るまでの間、クロの憐れむ目が死にたくなるくらい辛かった。

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせ、貴方の冒険者カードよ。無くしたら再発行まで冒険者としての活動は出来なくなるから注意してね」

 

マリーから渡されたカードを受け取り見てみるがやはり文字は読めない。

 

「貴方の名前と冒険者としてのランクが書かれているのよ。貴方は登録したばかりだから一番下級のブロンズね」

「なるほど、ランクに応じて仕事が割り振られるわけか」

「そういうこと、より大きな報酬が欲しければランクを上げることね。いつか私にも奢ってちょうだいな」

「まぁ、これから世話になると思うし考えとくよ。因みにクロのランクはなんなんだ?」

「私は一番上級のダイヤモンドですね」

「マジか」

 

少し誇らしげに自分のランクを自慢してくるクロ。

無知な俺でも凄いことは分かった。

多分、高校生位の歳の子供がオリンピック選手になるくらい凄いことなんだと思う。

 

「さて、どうする?折角だしなんか仕事受けてみる?」

「そうですね…ウルフ討伐にしましょう」

「まぁ、クロもいるしこのくらいなら彼も一緒でも問題なさそうね」

「はぁ…まぁ、分かったよ」

 

勝手に話が進んだが、どうせ断っても無理な気がする。

流れに身を任せるのが吉と思い、初仕事を受けた。



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初仕事

戦闘シーンは難しいですね


初仕事に向かう列車の中で、天気のいい景色を眺める俺と黙々と本を読み進めるクロ。

互いに特に会話は無く、列車の揺れる音だけが静寂を覆った。

仕事の場所はギルドのある街から列車を使わなければ行けないらしい。

そのため俺の隣には大量の荷物が置かれている。

念には念をと、死なないために死ぬほど準備をするあたりクロの性格も何となくわかってきた。

慎重で、冷静で、人を揶揄うことが好きで、揶揄われるのは苦手で、そして困ってるやつを見過ごせない性格なのだろう。

正義感が強いと言ってしまえばそれまでなのだろうが…。

 

「…街に着くまでまだ時間があります。私の顔で暇つぶしするには長いですよ?」

「ん…あぁ、悪い」

「どうかしました?」

「なんでもねぇよ」

 

ふっと目を逸らしまた外を眺める。

昔から手持ち無沙汰になると人の顔色を伺っていた。

両親の目が怖かった、クラスメイトの目が怖かった、人の目が怖かった。

だから人を疑ってかかったし人の言葉の裏を読むようになってしまった。

人から傷つけられたくないなら人と距離を取ればいい。

壁を創って、壁越しに話せばいい。

必要最低限のコミュニケーションと共感があれば人は勝手に話し続けてくれる。

ガキの頃にそう学んだ。

──ふとクロの方に目を向けるとまた本に視線が戻っていた。

こいつは顔も名前も知らない両親を戦争で失い、育て親になってくれた人も病気で失った。

俺は人を避けた。

クロは大切な人を失った。

それでもクロは生きる目的をしっかりと持っていて何度も俺の自殺を止めてくる。

きっとこいつは誰かが痛がっているのを黙って見ていられないのだろう。

 

「あの、その、あんまりジロジロ見ないでください」

「あ、すまん…」

「もう、暇ならこれでも読んでてください」

「あ、あぁ」

 

そんなつもりはなかったが長い時間クロを見つめていたらしい。

クロはさっきより本を高めに持ち、顔を完全に隠してしまった

俺も渡された本をパラパラ捲ってみたが、案の定表紙のタイトルすら読めやしない。

 

「ふっ」

「…どうかしたんですか」

「いや、なんでもない」

 

渡された本は読めなかったが、クロのことはほんの少しだけ読めた気がした。

 

 

 

 

 

 

今日はやけに彼が私を見つめてくる。

私の顔になにかついているのかと思ったが彼は「なんでもない」の一点張り。

少しモヤモヤしながら私は本に視線を戻す。

でも、内容は殆ど入ってこなかった。

目で文字を追っていても頭は彼のことを考えていた。

私から見る彼は変わった人だ、すぐ死にたがるし、割と口は悪いし、初対面で「いっそ殺してくれればよかった」と言われた時は割と本気で叩いてしまったがその時の彼の目がとても痛々しかった。

心の中の何かを失ってしまった様な、そんな目が育て親になってくれた人を失った時の私と似ていた。

彼は人の痛みを理解できる人だ。

私の両親と育て親の話の時、ボロボロになったスラム街の少年を見た時、彼は自分の体が痛むような顔をした。

その顔を見た時、彼のことが少しだけわかった気がした。

 

「ふふっ」

 

本の後ろで彼に気づかれないように静かに笑った。

彼にはいつか「生きてて良かった」と言って貰わなければ…。

その時の彼の顔を想像してしまいもう一度静かに笑った。

 

 

 

 

 

 

駅に着くと大量の荷物を持たされホームの出口に案内される。

 

「にしても重いなこいつら…何が入ってんだ?」

「保存食に野宿用品、弾薬と武器の手入れ用品、それと着替えですね」

「そんなに日数のかかる仕事なのか?」

「念の為ですよ、何事もなければ明日には帰れます」

「そうか、で、どこ行くんだ?」

「まずは宿に行きましょう。必要最低限の荷物を持ってあそこに見える森に行きます」

「はいよ、てか少しくらい持てよ」

「やです」

「ちっ!」

 

少しイラつきながらクロの後ろついていく。

辺りを見渡せばギルドのあった街より建物が少なく草木が多い。

街というより町という感じだ。

人通りは街より少ないがそれでも市場の辺りまで来ると大勢の人がいた。

 

「気になりますか?」

「まぁな、別の町に来たのは初めてだからな」

「そうですね、宿はこの通りをもう少し行ったらあるので頑張ってください」

「だから少しくらい持てっての…」

 

ため息混じりに吐き捨てるがクロは何処吹く風、気にする様子もなく「早く行きましょう」なんて言ってくる。

 

「はぁ…」

 

俺はもう一度大きなため息をついた。

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、必要な分だけ持って森に行きましょう」

「あぁ…」

 

宿に着き荷物をおろして準備をする。

と言っても俺の道具はないからクロの準備になる訳だが。

部屋は何故か同室でベッドが二つあるだけの簡素なものだった。

別室も提案したが「安く済むので」で済まされてしまった。

 

「なぁ…やっぱり別室の方が良かったんじゃないか?」

「んー?別に気にしませんよ、いつもとあんまり変わらないじゃないですか」

「いや、まぁ、そうだが…もう少し警戒心ってものをな…」

「いざとなったらぶっ飛ばすので大丈夫です。それともタケルさんはそういう人だったんですか?」

「お前を襲ったら殺されそうだからやらねぇよ、死なねぇけど」

「なら良いじゃないですか。ほら、早く行きましょう」

「分かったよ」

 

小さな心配事が増えたが仕事にはなんの影響もなさそうなので気にしないことにした。

きっと大して気にすることでもないのだろう、多分。

 

 

 

 

 

 

 

宿を出て暫く歩いた所に今回の仕事場、森がある。

この森の中にいるウルフ(多分普通のオオカミだろう)を討伐するのが今回の仕事だ。

森の中は昼間なのに、夕方時のように薄暗かった。

足元は木の根で歩きづらく薄暗さも相まってコケそうになる。

 

「…歩きづらいな」

 

少し声を落としてボヤいた。

 

「ここの森は年中こんな感じです。冬になると雪も降るので討伐系の仕事は難易度が上がります」

「本当に素人向けの仕事なのかよ…」

「と言っても冬になると討伐系の仕事は減るのであんまり関係ないんですけどね」

「…そうなのか」

「…しっ、いました」

 

クロの声で足を止める。

しゃがんで木から体を出すとその先には討伐対象のウルフが居た。

思っていたより大きい。

立ち上がれば俺と同じくらいだろうか、俺の身長が175cmなのでクロなら押し倒されてしまいそうだ。

 

「…でかいな」

「そうですね、普通はもう少し小さいんですけど…群れの長ですかね」

「さぁな…で、どうする」

「ウルフは基本的に五匹位の群れで行動します。見えているの一匹ですが周囲も警戒してください。渡した銃は持ってますか?」

「あぁ」

「スライドを引いていつでも打てる状態にしてください。私が隙を作るのでその隙に頭を狙ってください」

「俺がトドメか…」

「外しても私がやるので大丈夫です」

「そりゃあ頼もしいな」

「では……行きます!」

 

その声と同時にクロが飛び出した。

ウルフに近づきながら高速で二発撃つ。

一発目は腹に当たったが二発目は避けられた。

ウルフもクロを敵と認識し獣特有の体さばきで距離を詰める。

銃弾を避け、一瞬でクロの首元を噛みちぎらんと大口を開けて飛びかかる。

それを屈んで回避し左手でナイフを抜き、切りつける。

一度距離取り、慣れた手つきでリロード。

間近で行われる命をやり取りが行われ、見ている俺の手は震えていた。

心臓は煩く高鳴り、目の前の数秒が数十秒、数分に感じる。

これではダメだ。

直感でそう感じた。

目を閉じ、ゆっくり深呼吸を繰り返し頭をクリアにする。

これではダメだ、もっと冷静になれ、手の震えを止めろ、情報を確実に認識しろ。

そう意識に刷り込んだ、もう一度目を開けると状況はさっきと変わっていなかった。

クロとウルフが対峙し、両者とも距離を置いている。

ウルフが大きく鳴き声を上げ、クロに飛びかかる。

その瞬間周りから四匹のウルフがクロを囲むように飛び出してきた。

 

「っ!!クロ!!」

 

つい大声を上げて木影から飛び出してしまった。

それとほぼ同時に聞こえる五発の銃声。

クロは唯一空いていた上空へ身を躍らせ、五匹のウルフを撃ち抜いていた。

どれも的確に急所を捉えて五匹のウルフは絶命していた。

 

「そんなに大声を出さなくても大丈夫です。気づいてましたから」

「っ…そうか」

「ふふっ、心配してくれたんですか?」

「そりゃ、あんな状況なら心配もするだろうが」

「あら、珍しく素直ですね」

「ちっ!」

 

クソ、心配して損した。

銃とナイフをしまい、こちらに歩いてくるクロ。

俺も銃にセーフティをかけてベルトに指す。

 

「さて、依頼も終わりましたし帰りましょう」

「あぁ…っ!!あぶねぇ!!」

 

クロの死角、背後から絶命したはずのウルフが飛びかかってきた。

咄嗟にクロを横に突き飛ばして腕を前に出す。

肉が裂け、骨が砕かれる音と共に激痛が走る。

 

「一一ぐっ、ぎっ!」

 

そのまま腕を千切ろうと首を振り回すウルフ。

頭を押え、空いている手で顎をこじ開けようとする。

顎は空いたが牙が腕を貫通しているため腕を抜くことは出来そうにない。

 

「ぁ…タ、タケルさん!?」

「くっ…問題ねぇ!早くしろ!」

「は、はい!」

 

ナイフでウルフの首を刺すがそれでも止まらない。

どんな生命力してんだこいつ!

 

「どうして!?」

「ちぃ!く、そ、がぁぁ!!」

 

力任せに蹴りあげるとウルフの体が弾け、今度こそ止まった。

 

「はぁ…はぁ…」

「大丈夫ですか!」

「あぁ、もう治ってる」

「…すいません、私のせいで」

「お前のせいじゃねぇよ。急所抉られてんのに襲いかかって来るなんて誰も予想しねぇよ」

「どうやって動いたんでしょう…」

「さぁな、調べてわかることなのか?」

「…血を取ってギルドに持ち帰ってみましょう。何かわかるかも知れません」

「わかった…」

「私がやるのでタケルさんは休んでてください」

「あぁ」

 

近くの木にもたれ掛かり一息つく。

少し冷静になった俺はさっきのことを思い返す。

ウルフのこともそうだがただの人間の蹴りで体が爆散するのもおかしい、魔法が使えもしない、ただ死なないだけの俺がそんなパワーを出せる訳が無い。

 

「…ったく、何がどうなってんだ」

 

初仕事を成し遂げた達成感より自身への疑問と違和感ばかりがただ残った。



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白髪の男

初仕事を終えギルドに帰ってきた俺達はウルフの特異個体の血を持ってマリーのもとを訪ねた。

 

「あら、お帰りなさい。流石に早かったわね」

「ただいま戻りましたマリーさん。いきなりで申し訳ないんですけど、この血を鑑定してくれませんか」

「いいけど…なんの血?新種でもいたの?」

「いえ、ウルフの血なんですけど…おかしな個体だったので」

「おかしい?」

「はい、脳髄を抉ったはずなのに体を木っ端微塵にしないと死ななかったんです」

「えー…木っ端微塵にしたの?」

「はい、タケルさんが」

「え、彼が!?」

 

マリーが驚いた顔で立ち上がり俺の方へ顔を向けた。

頭の先から爪先までじっくり見られ少し身じろぎしてしまう。

 

「たしかに魔力は高かったけど…そんなに魔法の才能があったの?」

「ま、まぁ、そんなところです」

「あ、あぁ。人間、どんな才能があるか分からないもんだよなぁ…」

 

なんとか誤魔化すために笑みを浮かべるが、二人とも引きつった笑みにやっているだろうから苦しい…。

俺の不死についてはバレたら色々問題が起こるかもという理由で黙っておくことにした。

これにはクロも同意してくれた。

 

「ふーん、まぁ、わかったわ。とりあえずあんた達の報酬を先に渡しておくわね。鑑定は時間かかるから待ってて頂戴」

「わかりました」

 

マリーは報酬の入った皮袋と入れ替えるように、血の入ったビンを持ってカウンターの奥へと入っていった。

俺とクロは大きく一息ついた。

 

「…とりあえず、お疲れ」

「はい、お疲れ様でした。報酬は二人で均等に割りましょう」

「あぁ」

「私はマリーさんの手伝いをしてきますけど、どうしますか?」

「その辺に座って鑑定が終わるのを待ってるよ」

「わかりました。では、後で」

「あぁ」

 

そこから俺達は別れて行動した。

俺は特に用事もないので空いている席に座りクロと作った文字早見表と借りた本で文字を覚えることにした。

とりあえず読めないことには始まらない。

俺に欠如しているもの、それは情報だ。

文字が読めなければその情報が書いてあるものが読めない。

つまり情報収集が出来ないのだ。

いつまでもクロに翻訳してもらっていては非効率的すぎる。

まさか異世界に来て言葉の勉強をするとは…。

 

「うーん…これが…こうで…」

「すまない、ここに座ってもいいかな?」

「ん?」

 

声のした方を向くとツンツンした白髪で赤い目をした男がいた。

顔色が青白く健康的とは言い難い。

プレートの上に料理が載っているところを見ると食事する場所を探していたらしい。

 

「あぁ、すまん…どうぞ」

「ありがとう。すまないね」

「気にすんな」

 

お互い初対面のはずだがあまり距離を感じない。

俺は本を読み進め、男は食事を始めた。

チラリとメニューを見ると、肉料理と野菜ばかりだった。

 

「…貧血なのか?」

「んぐっ…あぁ、昔からね、よく分かったね」

「母親がそうなんだよ。大変だな…」

「もう慣れたよ。君は…読書中かい?」

「ハズレ、勉強中だ。最近こっちに引っ越してきてな、文字が読めねぇんだ」

「…ということは外国の人かな?」

「あぁ、どこの国かまでは言わねぇぞ」

「構わないよ、そこまで詮索するつもりは無いさ」

「そうか」

 

適当な話題から始まった会話は次第に弾んでいく。

不思議だ、この男とは自然と話せる。

初対面の人間を警戒してしまい、ぎこちない会話が多い俺が悠々と会話ができる。

 

「僕も遠い国出身でね、文字には苦労したもんだよ」

「そうなのか」

「あぁ、もう十年以上前の話しさ」

 

男は食事を続けながら語り始めた。

 

「国を出て右も左も分からない時、とある村の住人たちに世話になってね、文字や魔法について教えて貰ったんだ…。そう言えば自己紹介がまだだったね、僕はアルカというものだ」

「タケルだ」

「タケルか、よろしくね」

「あぁ、こちらこそ」

 

遅めの自己紹介が終わった後、アルカは自分の事について語った。

最初は魔法が上手く使えなかったこと。

一人の女性が文字や魔法について教えてくれたこと。

村の皆はいい人達ばかりだったこと。

 

「でも、楽しい時間というのはあっという間でね。すぐに終わってしまう」

「っ……」

「僕が村に住み始めて二年がたった頃、戦争が起こったんだ。沢山の村や街が燃えた、住処を奪われた魔物が近隣の村々を襲うなんてこともあった。僕の住んでいた村も魔物に襲われて…全滅した」

「…辛いならもう言わなくていい」

「いや、大丈夫だ。村を助けに来てくれた二人の兵士が僕と彼女を逃がしてくれたんだ、でも、彼女は魔物から受けた傷が原因で病に伏せて…そのまま……」

 

アルカは大丈夫と言いながらも爪がくい込むほど手に力を込めて話していた。

こいつはクロと同じ様に大切な人を失った。

それも人が起こした戦争が原因でだ。

 

「悔しいんだな。いや、憎んでるのか?人や魔物じゃなく、その時の自分を」

「あぁ、あの時僕に彼女を救えるだけの力があれば…彼女は死ななかったかもしれないと思うと…どうしてもあの日、あの時、あの瞬間の自分が許せないっ!」

 

トン…と拳を机に叩きつける。

それほど無力な自分を許せないんだろう、あと少しで救えるはずだった奴を救えなかった自分が。

震える体を落ち着けるように大きな深呼吸をしてアルカは握り拳を解いた。

 

「ふぅ…すまない、初対面の君にする話じゃなかったね」

「構わねぇよ、もう慣れた」

「ハハ、君は聞き上手だなぁ…ついつい喋りすぎてしまう」

「また愚痴なら聞いてやるよ、ギルドに居るってことはお前も冒険者なんだろ?」

「お察しの通り冒険者だよ。まだゴールドだけどね」

「俺はブロンズさ」

「そうなのかい!?とても見えなかったよ…」

「ハハ、世辞はいいよ」

 

アルカも溜まっていたものを吐けたのか、さっきよりいい顔色になっていた。

食事が載っていたプレートを持ち席を立つ。

 

「さて、そろそろ行くよ。また会えるといいね」

「そうだな、またどこかで」

 

それだけ言うとアルカはギルドの人混みに紛れていった。

不思議なやつだったが、悪いやつじゃなさそうだ。

…さて、勉強の続きをするか。

 

「タケルさん」

「ん、どうしたクロ」

「…血のことについて鑑定が終わったのでギルド長室まで来てください」

「…あんまり良くない結果だったみたいだな」

「…はい」

「わかった。で、何処だ?そのギルド長室って」

「こっちです」

 

 

 

 

 

 

「お前が件のウルフを木っ端微塵にしたとかいう男か」

「あぁ、合ってるよ」

 

ギルド長室に案内された俺はクロの隣に座らされた。

白髪が混じり灰色の髪をしたガタイの良いおっさんが険しい顔で俺達の前に座っている。

眼帯で隠れた右目からも俺を射抜きそうな視線を感じる。

 

「…マスター、タケルさんはともかく、私とマリーさんの前で威厳を出そうとしてもダメですよ」

「がははは!すまんな若いの!俺はここのギルド長、ガドル・ジルヴァだ。ウルフを木っ端微塵にしたと聞いたからどんなやつかと思ってな、呼ばせてもらった」

「はあ…」

 

先程の雰囲気とは打って変わって陽気に話し始め戸惑ってしまった。

多分かなり間抜けな表情をしてると思う。

ガドル…マスターは血の入ったビンを顔の前に持ち上げ唸り始めた。

 

「…それで、鑑定が終わったんだろ?どうだったんだ?」

「それが…」

「このウルフの血に吸血鬼の魔力が混じっていたの」

「吸血鬼?あれか、銀の銃弾で心臓打ったり、十字架と聖水で祓ったりするあれか」

「その通り、吸血鬼はかなり希少の種族でな。十五年前の戦争でかなり数が減ったせいもあって、今じゃ殆ど御伽噺だ」

 

吸血鬼…アニメや漫画の世界のものだと思っていたが魔法があるこの世界なら、居ても違和感はないな。

あくまで個人的にだが。

 

「で、吸血鬼の魔力が混じっただけで急所を抉られても死なないなんてことになるのか?」

「正確には血に混じった魔力が鑑定の結果に出た訳だけど。血とはその者の特性がありありと出るものなの、つまりあのウルフは半分吸血鬼化してたって訳」

「ウルフと吸血鬼の混血種…ってことか。ということは吸血鬼は傷を負っても再生とかするのか?」

「はい、吸血鬼の再生能力はとても高くて心臓を破壊しない限り倒しきることは不可能とまで言われてます」

「と言っても、今の時代に吸血鬼と戦った事ある者なんて居らんがな」

「…自然発生、って訳じゃないよな」

「流石に考えられないわね」

「人為的、と見るしかないだろうな。考えづらいが」

 

今の話をまとめると、吸血鬼の血が混じった奴は吸血鬼化して心臓を破壊されない限り死なない。

この現象は自然発生したとは考えにくい。

吸血鬼本人、または別の誰かが吸血鬼の血を他の魔物に与えている。

…こんなところか。

ギルド長室は重苦しい雰囲気に包まれていた。

ガドルもマリーもクロも、皆顔が険しかった。

 

「とにかく、今この件を知るのはここにいるもの達だけ…いいな?」

「あぁ、わかったよマスター」

「わかりました」

「了解」

「では、現刻を持って解散とする」

 

初仕事の結果に釈然としないがクロと俺は帰ることにした。

そんなに長居した気はしなかったが外は夕方になり茜色の空が広がっていた。

 

「十五年前…」

「…どうかしたか?」

「いえ、なんでもないです」

 

薄暗いせいでクロの表情はあまり分からなかったが

その時のクロの態度が両親について語っていた時の雰囲気によく似ていた。



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天災

 日が沈み、賑やかだった昼間の空気を静かな夜が月と共に覆い始める時間。

 ローブに身を包んだ男がその闇に紛れるように街を眺めていた。

 フードを目深に被り顔が見えないが僅かに見える口元は歪んだ笑みを浮かべ、これから起こることに楽しみを感じていた。

 

「さぁ、実験開始だ」

 

 闇と静寂に包まれた森の中、誰にも聞こえないその言葉は男の姿と共に夜風に包まれ消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 時を同じくしてギルドでは宴会が始まっていた。

 酒と料理の匂いに包まれた屋内は日が沈み切ったにも関わらず昼間の活気に勝る勢いだった。

 大飯を食らい、大酒を呑み、大声で笑う。

 そんな活気に満ちた世界を閉ざす様に、山が鳴った。

 いや、そのように聞こえるほど大地が揺れた。

 椅子や机、人が倒れ酒と料理が地面に散らばる。

 

「な、なんだ!?」

 

 一人の男がギルドの外に出ると、山のような者がこちらに迫っていた。

 大地を削り、家屋を飲み込み前進していた。

──化け物だ、人の身では到底敵わない怪物だ。

 

「な……あぁ……」

 

 本能が危険信号を出すことを諦めた男が最後に見たのは天を覆う暗闇が自身を覆う瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 手を天井に突き出しグッと握り込む、そして開く。

 握る、開く、握る、開く。

 天井には何も変化が起こらないし手にも変化はない。

……当たり前か。

 

「何時までやってるんですか?」

 

 首だけ動かし顔を向けると寝巻きに着替えたクロが不思議そうにこっちを見ていた。

 俺は手をもう一度握りこむ。

 

「……結局ウルフの体を木っ端微塵にしたのはなんだったんだろうって思ってな」

「わかりません。それについてはまた調べてみましょう、早く寝ないと明日に響きますよ」

「あぁ」

 

 お互い寝床に着く。

 真っ暗な部屋で目を閉じて寝ようとするが中々寝付けない、頭の中で色々な考えが浮かぶ。

 これも、イールの仕業なのだろうか。

 あんなに性格の悪い神のことだ、俺に黙って別の力を押し付けていてもおかしくはない。

 

「クソ、寝れん」

 

 考えないようにすればするほど勝手に頭が冴えてくる、イライラも相まって目も冴えたままだ。

 

「……散歩でもするか」

 

 床に投げていた上着を拾いこっそり部屋を出る。

 クロの様子を確認するとすーすー寝息を立てて眠っていた。

 その事に安堵しながら玄関から靴を持ち出し自室の窓から外へ出る。

 

「っと……」

 

 二階から飛び降りたのは初めてだが脚を挫かなくて良かった。

まぁ、すぐ治るんだが。

 空を見上げると満点の星空が広がっていた。

 日本では目にすることが出来ないほど星がくっきりと見える。

 何時ぞやの暗雲の空とは大違いだ。

 その事に少し気分が良くなり大通りに出ようとした時爆音と共に地面が揺れた。

 

「なっ……地震か!?」

 

 立つことが難しい程の揺れが一定間隔で起こる。

 どうにか壁伝いに歩き家の中に入る。

 

「クロ、無事か!」

「タケルさん、大丈夫でしたか!?」

 

 寝間着のまま銃を構え、クロが慌てた様子で走ってくる、銃を持つ手は若干震えており不安が見え隠れしている。

 

「あぁ、どうにかな。お前は?」

「私も大丈夫です。でも、街が……」

 

 近くの窓から街を見ると夜に紛れて大きな何かが蠢いていた。

 月明かりに照らされて薄ら形が見えるが正体が分からない。

 それが動く度に揺れが起きて家全体が軋む。

 

「なんだあれ……知ってるか?」

「……ドラゴン、だと思います」

「ドラゴン!? 」

「吸血鬼と同じくらい希少種です。でも、なんで街に……」

「っ!?あそこってギルドの近くじゃねぇか!? 」

 

 俺がそう言うとクロの顔が真っ青になる。

 

「は、速く行きましょう!」

「わかった!」

 

 

 

 

 

 

 

 あれだけ賑やかだった街は次第に血と煙の臭いに包まれていった。

 ギルドに駆け付けるとガドルがドラゴンと対峙していた。

 息を荒くし、額から血と汗を流し、大剣を杖代わりに踏ん張っていた。

 

「ガドル、大丈夫か!」

「ハハハ……若造に心配されるなんざ、俺も焼きが回ったもんだぜ」

「今治します」

 

 クロが回復魔法を使いガドルを癒す。

 額から流れている血は止まり、脂汗が流れて苦しい表情だった顔に生気が戻ってきた。

 

「ふぅ……ありがとよクロ。だが、あいつは正真正銘の化け物だぜ。俺の剣が奴に傷をつけてもすぐに治っちまう。正直、手の打ちようがねぇ」

 

 瓦礫に座り「参ったな」と諦めを口にする。

 

「傷が治るってことはあのウルフと一緒なんだろ? なら、心臓を破壊すれば」

「試したさ、だが心臓付近は固すぎて歯が立たねぇ。心臓が破壊できない以上、俺達にできるのはこの街を捨てて逃げるくらいなのさ」

 

 周りにいる冒険者達を一瞥し、俯いた。

 冒険者達も大、小問わず怪我を負っていた。

 中には再起不能になっている奴もいた。

 

「……だからって、諦める理由にはならねぇ」

「なんだと?」

 

 俺達の世界の人間の歴史上にはドラゴンにような怪物はいなかった。

 でも、人間より強靭な肉体を持ち、鋭い牙や爪を持ち、人間より鋭い五感を持つ生物達ならいた。

 そして、俺たち人間はその生物達を殺し、喰らい生きてきた。

 

「教えてやるよ、いつの世も化け物を倒すのは人間だってな」

「お前、何をする気だ」

「なに、ただのドラゴン狩りだ」

 

 

 

 

 

 

 

「無茶だ、それじゃお前さんが死んじまう!ギルド長としてそんなことは許可できん!」

 

 ドラゴンを倒すため俺が考えた作戦を伝えるとガドルは猛反対した。

 それもそうだろう、普通に考えればこんなの作戦とは呼べる代物じゃない。

 ただの愚策だ。

 

「クロ、お前からも止めてくれ!」

「……私は、この作戦がベストだと思います」

「なっ!?仮に可能性があったとしてもどうやって近づくつもりだ。無策で近づいたら命がいくつあっても足りんぞ!」

「それなら私がやるわ」

 

 突如、何もないところからマリーが現れた。

 

「私の魔法なら彼を運べるんじゃない?」

「マリー、お前まで」

「このままじゃ被害が広がるだけ、仮に私達が逃げ切れたとしてもあの化け物は他の街もここと同じように壊すでしょう。ここで倒せるなら彼の作戦に乗ってみるのを悪くないんじゃないかしら」

「むぅ…」

「頼むガドル、俺一人じゃ無理だ。クロと俺だけでも駄目だ。お前たちの力が必要なんだ!」

「……わかった。お前さんに賭けよう。これを使いな、信号弾だ。撤退用に使おうと思ってたが、必要だろ?」

「あぁ」

 

 マリーの提案を受け渋々と首を縦に振り、信号弾を俺に渡し、大剣を担ぐ。

 だがその顔は、さっきまでの暗い顔ではなく闘志が表れていた。

 ……それはそうとして。

 

「マリー、さっき急に出てきたが、あれなんだ」

「あれは転移魔法よ。私を含めて使える人間は片手の指くらいしかいないの」

「……何者なんだよ、お前」

 

 突然の告白に驚きと呆れ交じりの返答をするとマリーはふっと笑った。

 

「あら、ミステリアスなほうが魅力的でしょ?」

 

 指を自分の唇に当て妖艶にほほ笑む。

 こんな状況でなければ誘惑されていたかもしれない。

 

「痛って!んだよクロ!」

「ふん、惚けてる場合ですか」

 

 なんで殴られたのかあまり釈然としないが今は放っておこう。

 ガドルとマリー、クロに作戦の詳細を伝え、所定の位置についてもらう。

 周りの熱気と緊張で全身が汗ばむ。

 何度も深呼吸をして心を落ち着かせるが心臓の鼓動はいまだに早いままだった。

 しばらくすると銃声が聞こえた。

 

「……作戦開始だ!」

 

 俺も信号弾で合図を返す。

 そこから銃声と轟音が響き、戦闘が始まった。

 まずはドラゴンを人が少ない場所まで誘導する。

 ガドルとマリー曰く、住民の避難を優先していやっていたらしく街の東側にはもう人がいないらしい。

 だからまず、そこへ誘導する。

 クロの銃による牽制と僅かなダメージを主にドラゴンを攻撃する。

 

「……」

 

 息を飲んで状況を見る。

 二発目の信号弾が上がる。

 誘導完了の合図だ。

 そこからは誘導するための攻撃から倒すための攻撃に切り替わる。

 クロの銃弾がドラゴンの鱗を貫き、ガドルの大剣が肉を切り裂き骨を断つ。

 だが、ダメージを負った先から傷が癒えていく。

 ドラゴンが炎を吐き、爪で大地を割る。

 街は燃えて建物は無くなる、クロやガドルの逃げ隠れする場所が無くなっていく。

 

「さあ、準備はいいかしら?」

「あぁ、やってくれ」

 

 マリーが俺の後ろに立ち背中に手を当てる。

 

「任せたわよ…」

「あぁ」

 

 次の瞬間視界が歪み、空へ投げ出されていた。

 高速で落下し、風の音ばかりが耳を叩く。

 拳に慢心の力を込めて目を閉じる。

 感覚が研ぎ澄まされ、時間の流れがゆっくりに感じる。

 ウルフの体を弾き飛ばしたように、あり得ないほど力を叩きこむように。

 イメージを体に浸みこませ目を見開く。

 ドラゴンも俺に気づき、炎で俺を迎撃する。

 だが、炎を吐く直前で黒い魔力がドラゴンの頭を弾き、俺のすぐ横を焼き払った。

 

「うおぉぉぉぉぉらあぁぁぁぁ!!!!」

 

 ありったけの力を込めた拳がドラゴンの胸元に突き刺さり、大穴を開ける。

 衝撃で暴風が起こり瓦礫と炎が舞い俺を吹き飛ばす。

 いくつかの建物を破壊しどれだけ転がったかわからないが誰かに抱き留められようやく止まった。

 

「大丈夫ですか?」

「う、く、クロか。治るのにちょっとかかりそうだ」

 

 クロに支えられながら立ち上がると俺が転がってできた道があった。

 その道をゆっくり歩き戻ると。

 先ほどまで街を破壊ししていた天災、ドラゴンが横たわっていた。

 

「討伐、完了です」

「はは…やってやったぞ」 

 

 疲労と達成感でぐちゃぐちゃになりながらも確かに成し遂げた実感がわいてきた。

 

「……わりぃ、少し寝る」

「はい、お疲れさまでした」

 

 クロの言葉を最後に、俺の意識は闇に落ちた。

 

 

 

 

 

 

「ハハハ、すごいや。実験は成功、予想外の収穫もあり。うん、上々だね」

 

 ローブを纏った男は"実験"の一部始終を見ながら歪んだ笑みを浮かべた。

 その顔は人の笑みとはかけ離れ人ならざる者の笑みになっていた。

 安楽椅子を揺らし笑みを続ける。

 だが、突如笑みを辞めた。

 

「あれがあれば、君を…メア…」

 



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