はぐれ勇者の進む道 (ゴズ)
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―終わる日々、始まる日々―
ある日の朝目を覚ましたオレを、
「ちょ、ぎゃあああああ!!」
家の天井を貫いて降り注いだ光が包み込んだ。
――目を覚ますと、そこには大勢の人がいた。
老若男女。
大人、子供、老人。
起き上がるとどよめきが起き、気にせず回りを見渡せば、そこは立派な装飾をあしらわれている馬鹿みたいに広い場所。
今度は立ち上がり、正面を見据える。
群がっていた者は皆左右に分かれ見えたのは、赤い絨毯の先にあるでかい椅子に座っている2人の男と女。
男は王冠、女はティアラを着けている所を見ると、その2人は王と王女なんだろうが……今の日本にそんな奴等は存在しない。
皇帝ならいるが、まあどうでも良い。
とりあえず、現状把握が先だ。
一番近くにいた紺色のローブを纏った女に話しかける。
返事は、確かに日本語で聞こえた。
その女に状況を聞き分かったことは大きく分けて2つ。
ここは地球ではない。
オレは2度と還ることができない。
フザケンナ。
至極当然であろう感情が沸いてきた。
ギリギリで抑え込み、座っている2人に近付く。
違う世界の住人であるオレが珍しいのか、すれ違う奴等は例外なく好奇の目を向けてきた。
余計に腹が立ってくる。
2人の前に辿り着いた所で一言放つ。
「――クタバレ」
身を返し、静まり返った玉座の間を外に向け歩く。
馬鹿でかい扉を潜り暫く歩いた所で見つけた部屋の中から、適当な服を見繕い身に纏う。
部屋を出て出口があると思われる方向へ進むこと約10分。
巨人の股を潜って外に出れば、そこに広がっているのは日本と掛け離れた景色。
一歩街の外に出れば常に死の危険が付き纏う様なこの世界で、オレは一生を過ごすことになった。
何が勇者、何が魔王、何が世界の危機だ。
自分達の世界なら自分達の力で何とかしろ。
人の存在を勝手に抹消しやがって。
力なんかいるか。
名誉なんかいるか。
富なんかいるか。
オレが望むモノは――とっくに持っていたのに。
一瞬で全部無くなった……何の関係もない世界のお陰で。
こんな世界がどうなろうと知るか。
オレはオレが生きたい様に生きてやる。
滅ぶなら勝手に滅びやがれ糞野朗が……!
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―ある村での出来事―
この世界に喚び出され、既に1年が経過した。
寝床なんかはその日その日で適当に見つけ、魔物が多い場所では寝ずに過ごすことなんて何度もあった。
その度に痛感させられる。
ここは、オレの生まれ育った場所じゃないと。
これは、夢なんかじゃないと。
死に掛けたことだって……けど、家族や友達の顔が浮かんで、大人しく死んでやる気なんか吹っ飛んだ。
還ることができないなら、自力で還る方法を見つけてやる。
そう思った。
還った所で、オレの存在は抹消されている為、家族すらオレが誰なのかなんて分からないだろうが、それでも良い。
オレは、妹も、親父も、お袋も、友達も、みんな覚えてる。
この記憶だけは、誰にも消させやしない。
樹の上から降り、オレを狙っていた狼の様な奴等を捻じ伏せる。
10体いた中から1体だけ息の根を止めその場を離脱、十分に距離を取った所で火を興し丸焼きにする。
この世界には、魔法が存在する。
オレが喚び出されたのは召喚魔法によるモノで、対象を無差別に選ぶモノだったらしい。
そして運悪く、オレはそれに選ばれ、この世界に来てしまった。
どうにもオレは、この世界に来て可笑しくなったらしく、身体能力が異常に高くなった。
おまけに魔法もある程度は遣える。
しかもどういう訳か、本来詠唱と呼ばれる儀式の様な物を通して発動する筈の魔法を、オレはイメージするだけで遣うことができた。
ま、大抵は今みたく丸焼きにする時くらいしか遣わない。
戦闘なんて専ら肉弾戦だ。
遣い過ぎると、その内自分が人間じゃなくなってしまいそうで怖い。
「……」
そろそろ焼けた狼の肉を取り、心の中で合掌する。
オレが来なければ、この狼だっていつか森の魔物に殺されるまでは生きることが出来た。
食わなきゃ死ぬ。
いくら変な力が使える様になったからって、それは変わらない。
オレは狼の肉に齧り付いた。
1週間後辿り着いた村は、生気が無かった。
村人の殆どが、死んだ様な目をしている。
子供でさえも……とりあえず宿に向かい、女将さんに何かあったのか聞いてみた。
どうにもこの村は、数年前から裏の洞窟を根城にしている魔物から食物等を捧げる様に強要されているらしく、酷い時は生まれたばかりの赤ん坊まで差し出せと言われたみたいで、つい昨日も1人連れて行かれた様だ。
断れば問答無用で殺され、禄に戦う力を持たない村人達に残された選択は従うことだけ。
言葉を話す魔物と言うのは、それなりの数が確認されているが、その殆どが聖獣と呼ばれる神聖な生き物だったり、魔王の配下だったりする。
それなら、小さな村を追い込む様な、それこそ器の小さいことはしない筈だ。
夜になり、1度確かめてみようと洞窟へ向かった。
火の魔法を灯りにしながら進み、やがて聞こえてきたのはギャーギャーと騒ぐ声。
その中に、1つだけ日本語で聞こえる声があった。
灯りを消し近付いて、そっと様子を見てみれば、小鬼とでも言えば良いのか、そんな感じの魔物が十数匹騒いでおり、親玉であろうでかい鬼が女の子の細腕を摘み上げていた。
大鬼が背を向けているお陰で、女の子の顔が見えた瞬間、考えるより先に体が動いた。
驚きの声を上げる小鬼は無視し、大鬼の背中に拳を入れる。
衝撃によって手を離し、落下する女の子を抱きとめ方向転換。
全力で走る。
聞こえたのは、大鬼の怒りが篭った声だった。
洞窟を出た所で、脇の林に入る。
寝かせた女の子の体には、幾つもの傷があった。
脈は弱弱しいが、まだ助かる。
胸の上に重ねた両手を翳し、傷を癒す魔法をイメージする。
白い光が迸り収まると、女の子の傷は全て治っていた。
「……すずな」
肩で切り揃えられた黒い髪。
纏う雰囲気。
それが、妹のすずなを思い起こさせる。
他人の空似であることなんて、分かってる。
この1年で、似ている奴を見かけることはあった。
けど、この女の子は、まるで生き写しじゃないかと思う程に似ている。
自他共に認めるブラコンだったすずなは、オレが消えた後どうしてんだろう? 中学生になっても一緒に寝ようとか、お風呂入ろうとか言ってきたあいつは……マザコンかファザコンにでもなってんのかな?
「ちくしょうっ……!」
会いたい。
すずなに、親父に、お袋に、じいちゃん、ばあちゃん、雄二、玲奈、健吾、美加……みんなに会いたい。
溢れる涙は、頬を伝い女の子を濡らしてしまった。
宿に戻り、ひとまず泊まっている部屋のベッドに寝かせ、また洞窟へ向かう。
このままにしておけば、ここの村人達は間違いなく皆殺しにされる……オレの所為で。
だったら、その前に倒そう。
時間から考えて、オレを追ってきているのならそろそろ洞窟から出てくる筈だ。
そこででかい魔法を叩き込めば、すぐに終わる。
再度到着した洞窟の入り口には、思った通り鬼の集団がいた。
オレを視界に納めた大鬼の顔が怒りに歪んだその瞬間、落雷をイメージし手を翳す。
鬼達へ向けて一直線に落ちた紅い雷は、その全てを塵へと還した。
翌日。
村では盛大な宴が開催された。
理由は勿論、鬼達がいなくなったからだ。
女の子は宴に姿を見せず、探してみると喧騒から離れた小高い場所に1人座っていた。
断りも無しに隣を陣取ったオレに、怪訝な表情を向けてくる女の子。
その瞳までもがすずなに似ていて、思わず頭を撫でてしまった。
しまったと思った時にはもう遅い。
平手か何か飛んでくるかと身構えたが、しかしそんなことは無く、
「ありがとう、助けてくれて」
思わぬ言葉を掛けられた。
呆気に取られながら女の子を見れば、ついさっきとは正反対の穏やかな笑顔を浮かべている。
なんてこった……声まで。
覚えているのか聞くと、誰かに運ばれていることだけは、なんとなく覚えているみたいだった。
オレだと分かったのは、同じ温かさだかららしい。
首を傾げると、くすりと女の子は笑い、眼下で開催されている宴を見下ろす。
と、不意に顔をオレに向けてきた。
「わたしはスズナ。あなたは?」
名前も、顔も、声も……何もかも、同じと言っても過言じゃない程、すずなに似ている、スズナと言う名の女の子。
抱き締めたくなる衝動を抑え、オレはスズナに名を告げた。
「行こう、お兄さん」
「ああ」
1週間後、村を発つオレの隣には1人の女の子がいる。
名はスズナ。
後に、神速の剣と呼ばれる女剣士へと成長する女の子だ。
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―継がれゆく呪い―
野宿に使った洞窟から出ようとした瞬間、狙い澄ました様に降ってきた滝の雨。
その所為で、もう暫くこの洞窟に滞在することとなった。
まあ、年頃の男女とは言え、もう何度も野宿を経験しているし、泊まる時だって相部屋な訳だから、今更お互い照れることなんて無い。
と言うか、スズナは初日から全くそんな様子が無かったから、男であるオレを異性として意識していないんだろう。
だからって訳じゃないが、オレもそうだしな。
暇は暇だが、待っていれば晴れるだろうし。
「朝飯、捕ってくる」
「うん、いってらっしゃい」
10分程歩けば、魔物が棲息している場所がある。
そこで3体の魔物を殺し、スズナの元へ戻り丸焼きに。
食べる前の合掌も忘れない。
――あの村を発ち、今日で3ヵ月。
スズナの背中には、白銀の長刀が提げられている。
3週間程前に入った森で迷ってしまい、最奥にいた隠居の剣士から譲り受けた業物だ。
生まれて数百年が経つと言うのに一切の刃毀れも無く、輝きも衰えていない。
それだけ大切な刀であり、受け継いできた何人もの剣士がそれぞれの想いを込めながら手入れをしたのだろう。
それ程までに大切な刀をスズナに譲ってくれたのはあのばあちゃん曰く、可愛い子には旅をさせたいでしょ、とのことだった。
つまりはそういうことだ。
ばあちゃんと、これまでこの刀を受け継いできた剣士達にとって、今スズナと共に在る刀は、息子、或いは娘であり、孫の様な存在。
きっとそれは、スズナにとってもそうだ。
ばあちゃんは、刀をどうこうしてくれとは言わなかった。
けどスズナは毎日、戦闘が無い日でも、何処かで刀の手入れをする。
その時刀を見ているスズナの目には、まるで子を慈しむ様な慈愛に満ちた色が浮かんでいる。
刀の呪い。
そう言ってしまえば、確かに納得は出来るかも知れない。
これまでの剣士達みんながみんな、同じ様に大切にするなんて、普通は無いだろう。
これだけの業物だ。
悪用しようとした者だって、多分いた。
けど、きっとそうじゃないんだ。
最初に刀を手にした者。
人の手によって生み出された物なら鍛え上げた者、自然の産物だとしたらその地を包む想い。
どちらだったとしても、この刀には優しい想いが込められている。
だから、持つ者も優しくなるのかも知れない。
やはり、一種の呪いとも言えるであろうこの想いは、叶うことなら解けないままであって欲しい。
いつかスズナが誰かと巡り合い子を育めば、きっとスズナは子に刀を譲るだろう。
先代達がそうしてきた様に。
その子が剣士の道を行くのなら、この刀は大きな力になる。
その子が剣士の道を行かないのなら、見つかるその時までスズナの元に残る。
どちらであっても先代達の想いと、刀に込められた想いは受け継がれていく。
「お兄さん、今、とても優しい顔をしてる」
「ん……?」
顔を触ってみるが、特に何かが変わっているとは思わない。
そうしているとスズナが柔らかく笑った。
……お前の方が、ずっと優しいさ。
そう想いスズナを見ると、何故か顔が真っ赤になっていた。
もしやと思い口に出ていたのか問うと、少しの間を置いて頷きが返ってきた。
その反応を見てオレまで恥ずかしくなり、暫く焚き火と雨の音だけがオレたちの間に響いていた。
――5時間程経ち、漸く雨が上がった。
雨雲が無くなったのを確認し外に踏み出せば、辺りは陽の光を受けて輝いている。
雨上がりの湿った空気はあまい好きじゃないが、こういうのは好きだ。
人の手では作り出せない、自然であるが故に生まれるモノ。
思えばそういった景色は何度も見てきた。
地球でも、この世界でも……ま、還りたい気持ちは変わってないけどな。
「綺麗」
1つ頷き空を見上げれば、そこには出遅れた分を取り返そうとしているのか、これでもかと言わんばかりに輝いている太陽があった。
その光を受け、刀が輝く。
不思議なことだがその時、
「――――」
刀の声が聞こえた気がした。
楽しげな、はしゃいでいる様な、喜んでいる様な、そんな声。
やはり叶うことなら、呪いは解けずに在り続けて欲しい。
駆け出すスズナに続き、オレも一歩踏み出した。
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―2人の女剣士―
夜の森で、鋼と鋼がぶつかり合う。
ギリギリとその場で暫し両者動きを止めたが、やがて同時に後方へと跳び距離を取った。
しかしそれも束の間。
交錯した2人の女剣士は、一度中央で擦れ違い様の一撃を放った後、その姿を消した。
相手の女剣士を鍛えた男が目を見開く。
勿論本当に消えた訳じゃない。
そう見える程の速さで動いているだけだ。
相手の驚き冷めぬ間に、金属音が響く。
一度に聞こえる金属音は、最低でも5回以上。
一瞬の交錯にて、2人はそれだけの斬撃を放っている。
逸れた幾つかの斬撃は周囲の樹に傷を付け、時には斬り倒す。
今のアイツにこんなことはできないから、これは相手方の手によって起こる現象だ。
飛ぶ斬撃を素で撃つ等……一体、どれだけ厳しい鍛錬を積んだのか、想像に難くない。
望んだにせよ、望んでいなかったにせよ。
そうしなければいけない状況に、彼女は置かれていたんだろう。
煌く銀は、何故だろう……――酷く綺麗に見えた。
この世界に喚ばれて3年が経ち、オレもスズナもそれなりの戦闘経験を積んだ。
その過程で、オレは魔法を遣うことに対し躊躇うことが無くなり、途端かなりの魔法を扱うことが出来るようになった。
ま、何故そうなったかは別の機会に話そう。
スズナは現在刀の手入れ中だ。
やはり刃毀れ1つ見当たらない銀の長刀は、今日も変わらず輝いている。
変わったことは殆ど無く、魔王とやらが何かをすることも無い、至って平穏な日々が続いていたが、オレもスズナも何かが変わっていることを何となく感じていた。
何だろうか……空気の質、とでも言えば良いのか。
何処と無く、変な空気だ。
まあ、考えても分からないからな。
今はのんびりしておこう。
ベッドに寝転がりながら天井をぼぉ~……っと眺める。
室内には、刀を手入れする音しかなかった。
少し寝ようと思い目を閉じると、睡魔はすぐにやってきた。
呆気なく夢の中へと連れて行かれる。
目を覚ますと、隣にスズナが潜り込んで眠っていた。
相変わらず異性として見ていることは無い様だが、オレじゃなかったらとっくに色々問題が起こってるだろうな……まあ、どんな異性であっても、スズナが落ちることも、ましてや落とすことも出来んだろうが。
また暫くぼぉ~っと過ごしているとスズナが目を覚まし、風に当たろうと言うことで散歩することになった。
装備を整え出発する。
陽が傾きかけ夕焼けに染まる街は、文句の言い様が無い程に綺麗でずっと見ていたいとさえ思えた。
と、背後から野太い男の声。
振り向いた先に立っていたのは、厳つい顔をした男と、白銀の髪に碧い瞳、腰に2本の刀を差した少女だった。
「――ハッ!」
飛来する斬撃を冷静に捌くスズナは、強く大地を踏み締め跳躍する。
空中では回避行動を取れないと踏んだであろう白銀の少女は、格好の的へ立て続けに斬撃を放つが、
「――」
スズナは舞う様にして避けられない物だけを打ち砕いた。
驚く両者など知らぬとばかりに、白銀の一刀を少女に打ち込む。
刀本来の重さに落下の勢いも上乗せされた一撃を受け、少女が初めて苦しそうな声を上げた。
やっとと言った様子で弾き返した少女とは正反対に、スズナはまだまだ余裕だ。
相手方がどれだけの鍛錬を積んで来たのかは、やはり想像に難くない。
しかし、こちとら常に死と隣合せの戦闘を重ねてきたんだ。
鍛錬と命を賭けた実戦じゃ、密度が違う。
一切の油断無く長刀を構えるスズナに対し、少女は今の一撃が腕に来ているのか、荒い息を吐いている。
そんな少女に、後ろで立っている男は励ましの言葉を送るでも、黙って見守るでも無く、罵声を浴びせた。
ポンコツだの、役立たずだの、失敗作だの……何も言い返そうとしない少女の肩は、微弱な月明かりでも分かる程に震えていて、瞳から溢れた物が反射した。
刀を握り締めたスズナの肩を軽く叩き、少女の脇を抜けて男の前へ。
未だに罵声を吐き続ける男の顔面を掴み、地面に叩き付ける。
次に転移の書を取り出し、指先に魔力を込めて行き先を書き込む。
その頁を千切り伸びている男の顔に貼り付ければ次の瞬間には、男の姿は消えていた。
涙を流しながらオレを見る少女。
頭を軽くぽんと一叩き。
スズナの後ろに立つ。
やれやれと言った様に笑みを浮かべながら首を振るスズナは、確と刀を握り締め――駆け出した。
「スズナ……離れて、み、見られてるから」
「見せ付けてるの。ハルはわたしのだってことを、分からせておかないといけないんだから」
「う~……おにいさん~」
3日後、街の出口へ向かうオレ達3人は、大いに注目されていた。
正確には、横でくっつきながら歩いているスズナとハルが、だが……あの後、正に激闘と呼ぶに相応しい勝負を繰り広げた2人。
男から解放されたことにより、ハルは漸くハルとなった。
決着は惜しいことに着かなかったが、どちらも満足していたのは表情を見ればすぐに分かった……同時に意識を手放した2人を運ぶのは疲れたが。
まあ、その後なんやかんやあり、ハルは一緒に行動することとなった。
因みに、スズナは目を覚まして以降、常にハルとくっついている。
2人共まるで絵に描いた様な美人だからな……歩いているだけでも注目されると言うのに、くっついているとなっては殊更だろう。
言っておくが、家の妹も可愛いからな?
と、オレに助けを求めてくるハルだが、邪魔すると斬られそうな為に無視を決め込む。
折角スズナに春が来たんだ。
そんなことをしようとは思わない。
今までで一番活き活きした顔してるしな。
まあ、何だ。
「これから楽しくなるな」
「これから楽しくなるね」
「味方がいないよ~……」
同じことを同時に言ったオレとスズナ。
1人嘆くハル。
どうせ旅をするなら、1人より2人、2人より3人の方が楽しいに決まってる。
――どんな男だろうと、スズナが落ちることも、ましてや落とすことも出来ない。
何故なら彼女の恋愛対象は、
『お兄さんには言っておくけど、わたし、女の子が好きなの』
そもそも女の子なのだから。
「ふふ、ハル~」
「う~……見られてるよぉ……」
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―雪山、砂漠、進む未来(さき)―
雪吹き荒れる冬の山岳地帯。
過剰な程に寒さ対策をしてきて正解だったと思う今日この頃。
すっかりラブラブとなった百合ップルは元気に雪合戦だ。
ただし相手はオレ。
つまり1対2…………めっさ速い2人が相手だと、まともに投げても一向に当たらない。
対してこっちはバンバン食らってる。
いや、ホント良かったよ寒さ対策してきて。
すずなとこうして遊んだ時も、向こうは全力で投げてきてたからな……鼻に直撃した時はマジで折れたかと冷や冷やした。
ゴスッ、とか言ってたし。
ま、今となっては良い思い出だ。
「……そろそろ行くぞ~」
「は~い」
「は~い」
ご丁寧なことに、最後は2人同時にでかい雪玉をぶつけてきやがった。
――あれから半年。
相変わらずあての無い旅を続けるオレ達を、突然襲撃してくる奴等が現れ始めた。
つい昨日も、十数人程の黒装束が襲ってきた所だ。
練習台にしてやった。
属性魔法の威力を手っ取り早く上げるには、同じ属性を持つ地域で行使するのが一番良い、らしい。
ハルから聞いたことだが、確かにこの1週間で氷魔法の威力は段違いに上がった。
聞くまではそんなこと構わず遣ってたからな……いや、別に後悔してるって訳でもないけど。
まあ、とにかくだ。
その襲ってきた奴等は、オレを喚んだ王国の手先だった。
フードの内側に刺繍があって、それは王国の物だとスズナ達が知っていた。
精神感応系の魔法で記憶を覗くと、オレは使い物にならないと判断した王が暗殺する様に命じたみたいだ。 殺さなければならないのは、1度召喚した者がこの世界に存在している間、新たに誰かを召喚することは出来ないと言う制約が、召喚魔法にはあるかららしい。
とりあえず分かったのは、馬鹿でも王は務まると言うことだけだ。
その内どっかに定住する様になったら、そん時王を殴り飛ばしに行こうと決めた。
のはさておき。
現在もその暗殺者達と交戦中。
スズナとハルに指示を飛ばしながら、成長中の氷魔法で吹っ飛ばしていく。
漸くここでの戦闘に慣れてきた2人にとって、対人戦は今一番キツイ闘いだ。
唯でさえ悪い視界の中、曲りなりにも暗殺を任されている敵さん達は軽く動いている。
互いをフォローし合い、なんとか張り合っている状態。
それでも十分、この2人の成長速度は半端じゃないが。
ハルの死角から斬り掛かる黒装束に、アイスボールを叩き込む。
「ボサッとすんな!」
「は、はい!」
「スズナ! 嫁なんだろ! こんな訳分からん奴等に、ハルの体を傷付けさせて良いのか!」
「っ! 良くない!」
「なら守り通せ!」
「分かってる!」
雄叫びと共に長刀を振り抜き、目の前の4人を一斉に吹き飛ばすスズナ。
持ち前の素早さを活かし、殺られる前に殺るハル。
氷魔法と体術で吹っ飛ばしていくオレ。
雪山には――甲高い音と轟音、時々鈍い音が響いていた。
それから更に1週間掛け、やっと雪山を抜けた先に広がっていたのは
「…………あっつ」
何故か砂漠だった。
辛うじて向こう側に山が見える位で、後はひたすら砂地だ。
防寒具を脱いでいる途中、突然聞こえた轟音にそろって目を向けると、鯨みたいな馬鹿デカイ生物が宙を舞っていた。
心なし活き活きしているのは、気の所為じゃないんだろうな。
相当な距離はある筈なのに、また砂に潜った時の衝撃か何なのか、暴風が吹き付けてきた。
背を向け、2人の目に砂が入らない様にマントを広げる。
収まった後確認すると、ハルの目に少し砂が入っただけで済み、水で流すとすぐに取ることが出来た。
「……とりあえず、行くしかないか」
後ろで溜息が2つ聞こえたのは、まあ仕方無い。
こんな所、誰も自ら進んで行こうとは思わないしな……好きなら別だが。
結晶化させた氷魔法を周囲に3つ設置し、風魔法で冷気が回る様にすると、ほんの少しだけ涼しくなった気はした。
とりあえず、魔力を注いでいる間溶けることは無いから、さっきの鯨と戦うことにならない限りは保つと思う……戦うことになったら全力で逃げるのは勿論だが。
後ろの2人にマントを渡し、陽避けにする様に言って前を見る。
こういう時、空を飛べたらと本気で思う。
前に試しては見た物の、気流やら何やら様々な要因があるお陰で、そういう知識が無いオレは全く飛べなかったからな…………先は長いが、抜けたらちゃんと練習した方が良いか。
踏み出し、後ろの2人も付いて来る。
上からくる陽射しはマントで幾らか凌げるとは言え、下からの熱気は耐えるしか無い。
「……暑い……」
そう呟き、袖を捲くろうとするスズナを止める。
ガキの頃親父から聞いたが、こういう場所の住人が長袖の服を着ているのは、地肌が焼けない様にしているかららしい。
日本の夏でさえ、日焼けすれば少し引っ掻かれたりしただけでもかなりの痛みがある。
こんな場所でそうなってしまえば、万一戦闘が起こった時に受けた痛みは半端な物じゃない筈だ。
それなら、汗をかく方がまだマシと言えるだろう。
「辛いだろうが、我慢してくれ」
「……わかった」
素直に頷く2人の頭をマント越しに軽く叩き、また歩を進める。
休憩を挟みながら2時間程歩いた所で、ハルが膝を付いた。
瞬間、背後から鮫の様な魔物が3体飛び出してくる。
扇状にアイス・ランスを7本飛ばし撃退。
断末魔の悲鳴を上げ、屍となった鮫は、何かに引き摺られる様にして砂の中へ姿を消した。
「スズナも座ってろ」
滝の様な汗を流している2人。
やっぱ、現物の厳しさは尋常じゃない……こんな環境で生きている奴らなんて、尊敬するよ全く。
2人の頭上にもう1つ氷を設置。
上から風を送る。
1時間後、何とか大丈夫だと、立ち上がったハル。
無理をしているのは明らかだが、今のペースだと一体抜けるまでどれだけ時間が掛かるか分からない。
無理を承知で進むしか無いだろう。
辺りを警戒しながら進むこと約4時間。
見上げた空は、オレンジ色に染まりつつあった。
更に2時間進み、陽が沈んだ砂漠でオレ達を襲ったのは、途轍もない寒気。
氷と風を解き、防寒具を着込む。
「少し寝よう。今の所、危険な気配は感じないから、安心して良い」
言うと、2人は互いの体を抱き締めながら眠りに付いた。
すぐに熟睡したのは、やっと慣れた環境から突然別の環境に触れたからだろう。
2人をフレア・シールドで包み、立ったまま目を閉じる。
意識を集中し、砂の中に潜んでいる気配を数えれば、かなりの数がいた。
いつもの2人なら、これ位すぐに気付けたが、今回は仕方ないとしか言えないか。
とりあえず、スズナとハルは何があっても生きてここを抜けさせよう。
「根性……で、何とかするしか無いな」
やけに綺麗な輝きを放つ月を見ながら、静かに気合を入れ直した。
太陽が顔を出し始めた所で2人を起こし、簡単な朝飯を終えて歩き出す。
氷と風の簡易冷房も忘れない。
それからは、進んで寝て、また進んで寝ての繰り返しだった。
何度か魔物が襲って来たりはしたが、殆どが最初に襲ってきた奴と同じで、後は蠍みたいな奴が偶に出てきただけだ。
この日の夜までは。
「大人しく砂中遊泳でもしていて欲しかったな……」
2人が寝静まった後姿を現したのは、あの馬鹿デカイ鯨。
顔だけ砂から出した状態で、オレを見ている。
こんなの、どう戦えってんだか……2人を抱えて逃げるにしても、まず追いつかれるに決まってるってのに。
逃げる算段を立てていると、突如声が聞こえた。
低く威厳のある声が。
その声は、目の前にいる鯨から聞こえるモノだった。
暑さと寒さで耳がイカれたかと思ったが、どうもそうじゃないらしい。
にしても、驚きだ……言葉を話す魔物がいるなんて。
いや、そうでも無いか。
最も劣っている種族の人間が、ソレ以外で意思疎通が出来ないから言語を使っているだけな訳だし。
頭を落ち着かせ、取り合えず警戒を解く。
殺気の類は全く感じ取れないから、少なくともこの鯨にオレ達をどうこうしようって気は無いんだろう。
「小僧。そろそろ限界では無いのか?」
「なんだ、オレ達を尾行(つ)けてたのか?」
こんなデカイ気配、少し探ればすぐに分かった筈だが、何故か姿を現すまでオレは掴むことが出来なかった。
ま、気付いてたらいつ襲ってくるか分からない緊張でとっくに倒れてたとは思うが。
鯨は続ける。
「些か興味が沸いたのでな。してどうなのだ? この砂漠に足を踏み入れ、既に1ヶ月。3人無事である事実は大した物だが、お前はまともに休息を取っておらん。並みの人間でなくとも、とっくに倒れている筈なのだがな」
1ヶ月。
もうそんなに経ったのか。
まだそれだけしか経ってないのか。
矛盾した2つの感想を抱く。
「倒れる訳にはいかないね」
「それは小娘2人の為か? だが、お前に万一のことがあれば、その時はどうするのだ?」
「ここを抜けるまでは、万一にも何も無い様にするさ。その後は成るように成れだ」
「死ねば、未来は無くなるのだぞ?」
「未来……未来ね」
その言葉を、鼻で笑い飛ばす。
どうも鯨は、そんなオレの態度が気に障ったらしく、何が可笑しいのかと聞いてきた。
「オレの未来は――こっちに来た時点で失くなったよ」
あの光に包まれ、あの城で目を覚ましたその時点で。
下らないあいつらの自己満足で、オレの未来は真っ暗だ。
けど、だからこそ、今こうして好きに生きているのも確かなんだろう。
「別に未来なんかどうでも良い。現在(いま)をこうして生きていられるなら…………スズナとハルを守っていけるなら」
村の中で、一部の住人を除き忌み嫌われていたスズナ。
下らない男のモノとして生きることを、余儀なくされていたハル。
そんな2人は、今互いに大切な存在となって並んでいる。
守る、なんてのも、結局オレの自己満足でしか無い。
けど、今も互いを胸に抱いて眠っている妹の様な存在が……スズナとハルが、オレを兄と慕ってくれている間は、何があっても守り通す。
「……成る程。小僧、お前の覚悟、しかと見せて貰った。その覚悟を果たす為にも、今は休むが良い」
「……? っ!」
訳の分からないことを言う鯨に、どういうことが問い返す前に、強烈な睡魔が襲い、僅かな抵抗も許されず、意識は闇に落ちた。
――――お前の未来(さき)、楽しみにしている。
「ぃ……さん……! お兄さん!」
「おにいさん! 起きて!」
「ぅ……すず、な? はる……? …………っ!! 2人共、どこも怪我してないか!?」
急激に覚醒した意識と共に体を起こし2人の体を診るが、何処にも怪我の様な痕跡は無かった。
安堵の息を吐きながら体を倒し、そこで疑問が生じた。
どうして、オレはベッドで寝ている?
「お兄さん、1週間も寝てたんだよ? お医者さんは、極度の疲労だって」
1週間?
疲労?
駄目だ……まるで状況が分からない。
「1週間前、朝目を覚ましたら砂漠を抜けてたの。でもおにいさん、幾ら呼びかけても、まるで目を覚まさなくて」
「近くにあったこの村まで来て、お医者さんと女将さんに診て貰ったけど、あと2日、遅かったから、絶望、的だったって…………お願い、だか、ら……そんな、無茶、しないでよ……ぅっ」
「このまま、目を覚まさ、なかったら、どうしよ、うって……こわ、かった……! ほんとに、こわかった、んだよ?」
スズナも、ハルも、泣いていた。
鯨が言っていたのは、こういうことだったのかも知れないと、今更ながらに思う。
オレに万一のことがあったら、誰が2人を守るんだってことじゃない。
オレに万一のことがあった時、2人が涙を流すことは分かってるのかってことだったんだ。
何が2人を守っていけるならそれで良いだよ。
オレ自身が、2人を今泣かせてるじゃねぇか。
くそ……!
己に向けて小さく放った言葉は、泣き声のお陰で少女達には聞こえなかった。
もう一度体を起こし、ボロボロと涙を流すスズナとハルを抱き締める。
こんなこと、今日が初めてだからだろう。
2人共面食らったのは、顔を見なくても分かった。
「ごめんな? 怖い思い、させて……ホントに、ごめんな……?」
「お兄、さんも、泣くこと、あるんだね……」
「謝らな、いで……」
込み上げてきた熱いモノを拭うこともせず、オレは唯々、スズナとハルを抱き締めた。
背に回された2人の細い腕。
触れ合っている所から、広がっていく体温。
それが、どうしようも無く愛おしい。
「――ありがとう」
気付けば、零れ出た言葉は、ちゃんと届いてくれた様だ。
より一層強く、2人はオレを抱き締めてくれた。
「わたしも守るから。ハルだけじゃない。お兄さんも、何があっても守るから」
「この短い間でも沢山守ってくれたから。もう、こんな思いはしたくないから」
――――絶対に、守るから。
2人の言葉はまっすぐ、どこまでもまっすぐ……心に響いた。
3日後。
十分に休息を取ったオレ達は、女将に挨拶をして旅を再会した。
目的地なんて無い。
ただ当ても無く、気の向くままに進んでいくだけだ。
相変わらずラブラブなスズナとハル。
そんな2人の未来(さき)を楽しみにしているオレ。
さて、今日は何かが起こるんだろうか?
ま、起ころうが起こるまいが、楽しいことは確実だろう。
その証拠に、振り返れば笑顔の女の子が、2人並んでいるのだから。
「行くぞ? スズナ、ハル」
「は~い!」
「は~い!」
お前達の進む道に、幸多からんことを――。
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