闇を照らす闇 (点=嘘)
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第1章 姫神秋沙奪還篇
哀れなヤツら


初投稿です。


 学園都市。

 東京の西部を開拓して作られた人口230万人にも及ぶこの都市は、実にその8割が学生である。

 然もありなん、学園都市は学生の街。さらに言えば——すべての学生が「能力開発」によって大なり小なり異能を身につけているという。

 

 この学園都市は行政、外交、商業など様々な分野に応じて二十三もの学区に分割されている。中でも第十八学区は能力開発関連のトップ高校が集う学区であり、第七学区の「学舎の園」と鎬を削っているとか。

 

 そんな第十八学区には汎用性の高い能力を主に開発している学舎の園とは対照的に珍しく、異様で、再現し難い能力を扱う「霧ヶ丘女学院」がある。

 

 もし「吸血鬼をその甘い香りで誘い、血を吸った者を問答無用で殺す」などと言う荒唐無稽もいい所な能力があったとしたら、そんな能力を持つ者が在籍するのに御誂え向きだろう。

 

「組織」の情報を頼りにこんな科学で塗り固められたような都市にやって来てしまった青年——城島(じょうしま) 條治(じょうじ)は、件の第十八学区のファミレスにて深いため息を吐いていた。

 

「たった一人の女の為に、なんでオレがこんな所に……クソッ!」

 

 彼の機嫌がすこぶる悪いのにも理由がある。彼は対吸血鬼特効とされる能力——「吸血殺し(ディープブラッド)」を狙う組織のメンバーなのだが、事前に得た情報と違い、霧ヶ丘女学院をいくら調べてもそれらしき人物が見当たらないのだ。

 

 そんな彼の正面に座っているのは、長い赤毛を頭の後ろで結び、サラシで胸を隠しただけの上半身にブレザーを引っ掛けただけというかなりブッ飛んだ服装をした少女。——結標(むすじめ) 淡希(あわき)が鼻を鳴らして受け応える。

 

ウチ(霧ヶ丘)に居ないんならお手上げね。……っていうか、その『吸血殺し』だっけ? ソレってそもそもどんな能力な訳? 聞いた事も無いんだけど」

 

「やかましいッ! 大体何で霧ヶ丘に通ってるテメーが名前すら知らねーんだ!?」

 

「質問を質問で返してんじゃないわよ。……ウチは生徒間で能力の情報が共有される程、開放的な校風じゃないの。本人と能力の名前ぐらいは公開されてるハズだけど、私みたいなのは同級生の顔を拝む事すら稀なんだから」

 

「クッソー……こっちは時間が押してるッつーのによ……」

 

 一応公共の場であるファミレスで喚き散らす城島だが、二人は周りの視線を気にする素振りも見せない。

 

「ともかく、私は『契約』を完遂したからね」

 

「は!? まだ奴の影も掴めてねーだろ!」

 

「関係無いわ。学園都市の外でうろうろしてたアンタを拾ってあげただけでも感謝して欲しい所なのに、身分証も用意させられるわ『吸血殺し』捜索も手伝わされるわ……とんだ拾い物をしたものよ」

 

「うっせーショタコン」

 

「なッ……!? わ、私は好きになる子がたまたま小さい子ばかりなだけで、ショタコンなんて、そんな……ッ!」

 

 痴女のような……というか、痴女そのものな格好をしている奴が言っても説得力は全く無い。

 そこで、周りの視線がもっと厳しくなっている事に気付いた結標が慌てて声を潜める。どうやら城島が醜態を晒して注目を集めるのは気にしなくても、自分の性癖が掘り下げられるのは勘弁して欲しいらしい。

 

「コ、コホン……ま、まぁ、念のために確認しておくけど……、『契約』の内容は履き違えてないわよね?」

 

「……ああ」

 

 途端に目を細めて言った結標に対して城島は肯首する。こんな学園都市に喧嘩を売るような計画は正直関わりたく無いが、『吸血殺し』確保の為なら仕方ない。

 

「だがよ……『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』を上層部に無許可で使うとか、正気かよ?」

 

「勿論。この計画には私の……いや、私達の存在意義がかかってるんだから」

 

 世界一の並列コンピュータを具体的に何に使うのかは知らされてないし興味も無いが、とんだ奴に拾われたものだと、世の無情を嘆くのであった。

 

「はぁ……なんでもいいからテメーの計画がオジャンになっちまえばいいのによ。星間ミサイルとかで衛星ごと吹っ飛ぶとかどうだ?」

 

「お生憎様、それくらいじゃ私達は諦めないわ。残骸だけになっても探し出して、直して使ってやる」

 

 その執念に、ギラギラした目つきも相まって正直ドン引きだが表には出さず、軽く肩をすくめる城島。

 

「それに、そういう不測の事態に備えてアンタみたいな奴を雇ってるんでしょ? 原石の強能力者(レベル3)波紋疾走(オーバードライブ)さん?」

 

「……その呼び方はヤメロ」

 

 正確には城島の「力」は原石や能力開発によるもの……さらに言うと「魔術」とも違う「技術(ワザ)」によるものであって、自分の本質とは違う呼び方が気に入らなかったのだ。能力の格付けも名前も、身分証を発行する過程で勝手に決まっただけだ。態々科学サイドの人間にこんなファンタジックな技術の存在を説明するのは望ましくないから説明してないが。

 

「アンタの能力の出力からすると強能力くらいが妥当なのよ。……とは言え、アンタの実力は信用してるわ。応用性において私を上回る能力は多くない」

 

 チラリと城島が身に着けている()()()()()()を見やって結標は言う。

 

「別に強度(レベル)云々が気に入らないんじゃあねーよ。そりゃそっちが勝手に決めた事だからな。だが、そう呼ばれるのは気に入らねー」

 

「あらそんなに不満? じゃあそうね……城島、條治……縮めてJOJO(ジョジョ)ってのはどう?」

「……アダ名で呼ばれる程親しくねーだろ、オレ達……」

 

 JOJOと呼ばれるのは初めてではなかったが、結標に使われるのは違和感が凄い。

 

「じゃあJOJO、計画に進展があったら連絡するから、それまで適当に過ごしてて頂戴」

 

「聞けよ」

 

 そう言うと結標はいつの間にか手に持っていた懐中電灯のようなモノをクルリと回すと、忽然と姿を消してしまった。周りの客は少しだけ驚いたようだが特に何か言うこともない。瞬間移動(テレポート)系の能力は学園都市でも希少な分野だが、取り立てて騒ぐ程の事でもないのだ。それより心中穏やかでなかったのは城島自身だ。

 

「野郎、ショタコン呼ばわりがそんなに気に入らなかったか? ったく………………ッ!? アイツッッ! 金払ってねーじゃねーかッ!?」

 

 身分証だって用意してくれたヤツらも、資金の融通まではしてくれなかった。いや、本来なら結標から今日をもってカードなりなんなり渡される手筈だったのだが……下手に煽った結果、着の身着のまま学園都市に乗り込んできた城島は持参したサイフ一つで放りだされる羽目に。ぶっちゃけ自業自得である。

 

 なお結標は自分の能力にとあるトラウマを抱えており、自分自身を瞬間移動させると体調を酷く悪化させてしまうのだが……大分トサカに来ていたのかそのことをすっかり失念しており、城島にこの嫌がらせをするために瞬間移動先で吐いた。何を? これ以上は彼女の尊厳を酷く傷つけるので、やめておこう……。哀れな女である。

 

「イ、イヤ、まだ慌てるような時間じゃあない。バイトなりなんなりして、金くらいどうとでもなるさ」

 

 生まれてこのかた修行漬けの生活を送っていた自分がバイトなんて出来るのか、といった疑問から必死に目を逸らしつつ重い足取りでレジに向かう。さっきまで騒いでいた城島がどうやら連れに逃げられ、幽鬼のような顔で会計しに来る様子を見て若干営業スマイルを引き攣らせる店員さんは哀れという他無い。

 

「に、2900円になります」

 

(た、高ぇ──ッ! 結標の奴、何頼んでやがった!?)

 

 因みに城島は500円のブラックコーヒーを頼んだっきり。哀れな男である。

 

(うッ!? 小銭が50円玉一個しか入ってねえ! 札は……何ぃーッ!? 一枚! たったの一枚だと!?)

 

 重ねて言うが修行漬けの城島は今まで金を稼いだこともなく、学園都市に来るに当たって掻き集めた極めて頼りない所持金はほぼ消えていた。故に都合よく5000円札が入っているなど、あり得ない。案の定、サイフの中身は合計1050円だ。

 しかし、神は城島を見捨ててはいなかった! 

 

(ハッ! た、確か第七学区の自販機をなんとなく弄ってたら……ズボンのポケットか? ……これだッ! ……はは! このご時世に2000円札を入れて、飲み込まれるなんて、馬鹿な奴もいたモンだぜッ!)

 

 大の男がレジの前で百面相している様を間近で見させられている店員さんは哀れという他無い。

 

(しかし今はその馬鹿に感謝しよう。……これで終わりだァ──ッ!)

「あっ、は、はい3000円お預かり致します。……あれ? この1000円札……学園都市の外のものじゃないですか?」

 

「へ?」

 

「あ、いや、学園都市の紙幣は独自の造幣局で発行されてまして……外のものは使えないんですよね……」

 

 

 

 

 このあとめちゃくちゃ皿洗いした。




き…切れた 僕の体の中でなにかが切れた…決定的な何かが……

小説を書くって、こんなに疲れるんですね〜。
皆さんに「何やこのクソss!」って言われないか不安です。


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新たなる伝説

短めです。文字数安定させるのもなかなか、難しいねんな…


 ファミレスの店員さんと店長さんに平身低頭しながら、なんとか1000円分の借金を返済した城島。こんな形で記念すべき初バイトを完了する羽目になったという事実に少なからず落ち込んでしまうのだった。

 

 まあ、彼らは割と気さくな人たちで、真面目に働いたら許してくれたのは幸いだった。皿洗いの途中少々ヒートアップして、「能力」を使ってシンクをシャボン塗れにしてしまった時は流石に怒られたが。

 

 それでも城島が皿を洗うとやたらと綺麗になるので、このまま去ってしまうのは惜しまれた。「ウチで働かないか?」と店長さんに聞かれた時は思わず頷いてしまいそうになったが、丁重にお断りした。

 結標に貰った身分証……というより、学生として学園都市に侵入しているので実際には学生証だが。それによると城島の学生寮は第七学区にあるらしいので、交通の便からして第十八学区まで通うのは手間だったのである。

 

 これまた幸いなことに、第七学区は第十八学区と隣接している。その程度ならバスやタクシーなどを使うまでもなく、走って学生寮まで行く事が出来た。霧ヶ丘に「吸血殺し」が居ない以上、第十八学区に留まる理由は無い。

 

 勿論、隣接しているとは言え学区を跨いで走って移動など中々出来る事では無いが、城島に限って言えば日々の鍛錬と自らの能力で走破するのは難しい事ではなかった。

 なお、車に比肩する速度で黙々と走り続ける城島は大変目立った。噂好きな学園都市の学生たちの間では「恐怖! 第七学区のターボジジイ!?」などと、ちょっとした都市伝説になったとか、ならなかったとか。

 

 

 


 

 

 

 ともかく、学生寮に着いた城島は今後の身の振り方を考え始めた。

 結標たちの計画は……進展があれば連絡すると言われた以上、今の所はスルーしていいだろう。

 

 最優先で取り組むべき「吸血殺し」捜索だが、霧ヶ丘が外れた以上はこれ以上の手がかりは望めない。あまり目立つのは避けたいが、地道に聞き込み調査をするか「裏」の情報屋でも雇うか、といった手段しか無い。

 さらに今の自分には金がないのだ。いや、学生証に強能力(レベル3)とある以上、学園都市基準で言えば中々のエリート。奨学金は結構貰える筈である。だが、それも月末までは支給されないので、やはり素寒貧であることは変わらない。

「裏」に関わるのにも金は必要だし、聞き込み調査をしようにもある程度のコミュニティーに身を投じなければならない。

 

 金も必要、そして人と関わる必要もある。そこから城島が導き出した結論とは————

 

 

 


 

 

「やっぱこれしかねーよな…… いらっしゃいませ! 一名様ですか?」

 

 慣れない営業スマイルを顔に貼り付け、普通なら絶対に使わない口調で応対する城島。もしこの姿を結標が見たら腹を抱えて爆笑するだろう。

 そう、彼はとあるファーストフード店のアルバイトを始めたのだ。それも経験のある皿洗いではなく、下手クソな笑顔を浮かべながらのレジスタッフである。

 というのも、一応これも彼が自分で希望した事だ。裏方から情報収集が出来る程コミュニケーション能力が高くない城島にはガッツリ人と関わっていく方向の仕事しか選択肢が無いのだ。

 

 しかし、幾ら城島が給事係を希望していたとは言え、下手クソな笑顔しか作れないズブの素人を使ってくれるのか? といった疑問は勿論あるだろう。

 

 それも、彼のある()()が解決してくれたのだが。

 

「ハッ、ハイ! 一名様……です。(ヤバイヤバイヤバイ! 噂になってたから来てみたけど……生で見てもカッコ良すぎる〜!!)」

 

 そう。この男、俗に言う「()()()()」という奴なのだ。

 普通とは言えない環境で育ってきた彼はそういった事には疎く、自分の一族がすべからく美形であることすらよくわかっていない。

 ともかく、この顔だけで面接は一発合格。見事希望のポジションにつけたと言う訳だ。

 以降、このファストフード店は大繁盛。城島が彫りの深い青白系イケメンであることも相まって、噂好きな学園都市の学生たちの間では「恐怖! ハンバーガーショップのイケメン吸血鬼!?」などと、ちょっとした都市伝説になったとか、ならなかったとか。

 バイトなんてやった事無いくせにやたらと才能をみせていく男である。

 

 

 


 

 

 とうるるるるるるるるるん、るるるん。

 

 バイト帰りに、城島の携帯が鳴った。非通知ではあるが、誰からかの電話かは容易に予想できる。

 

「どうした食い逃げ犯」

 

『……その件については少しだけ大人気無かったと思ってはいるわ。そんな事より』

 

 案の定、かけてきたのは結標だった。しかし、やけに焦燥した様な声色が気になったので、取り敢えず真面目に話を聞くことにする。

 

『おりひめ1号が、樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)ごと何者かに撃墜されたわ』

 

 

 …………。

 

 

「は?」

 

『事が事だけに情報が錯綜してるわ。何が起こっているのか、ハッキリするまで私達も動かないけど……ハァ……まさかこの間、アンタが言った通りの事が起こるなんてね』

 

「ちょ……ッ! 待て待て待て待て! その情報が本気(マジ)だとして、ンな面倒くせえ事態になってもこの『計画』は……」

 

『ええ。これくらいの事で諦める訳にはいかない。「計画」は「続行」よ』

 

 思わず頭を抱えた城島。瓢箪から駒とは、まさにこの事だ。

 

『……まあ、返って事は楽に進むかもね。何と言っても、宇宙にあるおりひめ1号までどうやって辿り着くか考えあぐねていたんだから』

 

「ソコから考えてなかったのかよ……案外見切り発車だったんだな、テメーら」

 

『伝手が無かった訳じゃないのよ。……最も、ソレも必要無くなったみたいだけど』

 

「……取り敢えず、今すぐ動くって訳じゃねーんだろ?」

 

『そうね。その時が来たら連絡するから、それまでは『吸血殺し』捜索なりなんなり、好きにやってていいわよ』

 

 そう言って切られた電話を暫く眺めた後、城島は物凄く深いため息を吐いた。具体的に言うと、軽く5分以上は吐き続けていた。

 

「明日は、非番か……」




城島の能力「波紋(はもん)」で出来る事リスト①
•シャボン玉をいっぱい作れる
•お皿の汚れがむっちゃ良く取れる
•車顔負けの走り
•5分くらいため息ができる


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Luck & PLuck

それではどうぞ。事態が一気に進みます。


 結標から面倒臭すぎる報告を受けた翌朝、バイトは休みだが城島は例のファストフード店へ向かっていた。未だに金欠気味ではあるものの、「吸血殺し」捜索の為にはあまりバイトで忙しくしていても動き難くなると考えた城島は、二足の草鞋を履くような真似は避けたかった。

 

 そういう訳で、今日はバイト仲間たちへ顔を見せに行くことにしたのだ。情報収集の為には出来るだけコミュ二ティーに深く関わっておく方が望ましい。もちろん、城島もこんな何の変哲も無いファストフード店に有益な情報が舞い込んで来るとは思ってないが……ぶっちゃけやる事が無いのだ。手詰まりともいう。

 

「……何から何までツイてねーぜ」

 

 そう、この男、最近ツイていた事と言ったら学園都市に侵入するのに結標達の手を借りられた事ぐらいしか無い。それ自体が大分幸運なことと言えるのだが、その後がいただけない。

 何せ、助けてくれたその結標達が学園都市に仇なすテロリストと来たものだ。その片棒を担がされるわ、無一文で放り出されるわ、計画が意味不明な状況に陥るわ……

 

 たが、これ程の不幸が続いた彼がこの直後。未だ嘗てない超ド級の幸運に恵まれる事になるとは、知るはずもないのだった……。

 

 

 


 

 

 

「やけぐい」

 

 

「……………………………………………………」

 

 件のファストフード店に入って目にしたヒト。

 一人目、ツンツン頭の、これと言った特徴も無い高校生。

 二人目、銀髪碧眼の美少女シスター。

 三人目、青い頭髪にピアスをつけた、大柄で糸目な高校生。

 

 一人目はともかく二人目、三人目は漫画のキャラか何かかと言うような容姿だったが、そんな奴らの事など一切頭の中に入って来なかった。

 だって、当然だろう。ソイツは、漸く見つけたソイツは——

 

 四人目、黒い髪と瞳に白い肌。何故か巫女服を着ているが、「あの日」見た顔は見間違えようもない。

吸血殺し(ディープブラッド)」、姫神秋沙その人だった。

 

「は?」

 

 ツンツン頭の少年が姫神の言葉に応対する。

 

「帰りの電車賃。四〇〇円」

 

「それで、帰りの電車賃が四〇〇円必要だと何故やけ食い?」

 

 ツンツン頭の少年を筆頭に、あの三人は何処か掴み所の無い言動を繰り返す姫神にどうしたのかと聞いているようだった。

 

 人生始まって以来という程の幸運に恵まれても、城島の心は凪ぐ様に静かだった。今まで数々の戦場を生き抜いてきた彼が、ここぞという時に取り乱すなど、有り得ない。

 幾ら彼女を保護したいとはいえ、彼女が今どんな状態か分かるまでは動けない。

 

 取り敢えず、彼女が座っている……と言うより、身体を預けている席が目に入る席に座る。その一連の動作は、彼の置かれている状況から鑑みれば異様とも言えるほど冷静だった。

 

 辺りをそれとなく見渡す。すると、殆ど気配を感じない、一様に同じ黒い服に身を包んだ20〜30代の男達が城島と同じように姫神を監視しているのが一瞬で把握できた。

 

(6……イヤ8人か。何の力も持っていないと仮定すれば片付けるのに苦労はしないか。……年齢からして能力者である線は薄い、原石はあれだけの数を揃えるのは不可能、スーツ姿で手ぶらの魔術師とは考えづらい。熟練した魔術師は衣服に自然な形で霊装を仕込めると聞くが、いや、学園都市でそれほどの魔術師を揃えるのはリスキーだろう)

 

 敵対した場合に備えて戦力分析をしていると、おもむろに立ち上がった黒服達が姫神の方へ向かって行く。並列して姫神達の会話を聞いていた限り、会話がひと段落ついたころを見計らって割って入っていったようだった。

 

 姫神に百円玉を握らせた黒服達は、そのまま彼女を連れて行ってしまった。ツンツン頭の少年達は唖然としているようだったが、そんな事は気にも止めずに黒服達を追って店を出た。

 

 抵抗らしい抵抗もせず、ぐでーんとしながら姫神は車に乗せられていった。とすると、彼らは姫神の味方なのだろうか。そんな事を推測しながら車を追跡する城島。もちろんダッシュで。ターボジジイの面目躍如と言わんばかりの走りである。

 

 そうこうしているうちに辿り着いたのは、何の変哲もない四角いビルだった。だが、 十字路を中心に据えられたビルは四棟もあり、漢字の「田」の字を作るように配置されている。

 

 学生の出入りが激しいことから考えて、塾か何かだろうか? よく見ると表には「三沢塾」と銘打たれている。

 駐車場に止まった車を注視すれば、程なくして姫神が降りてきたのを確認できた。彼女は建物の中に入っていったが、黒服達はそれ以上同行する訳ではないようで、そのまま車に乗って何処かへ行ってしまう。どうやら城島の追跡は察知されていなかったらしい。

 

 これからどうするのか? 当然、行ける所まで彼女を追う。それだけだ。何回もそれを繰り返し、行動パターンと彼女が置かれている状況を把握した上で接触するかどうか判断する。ストーカーそのものな行為だが、そんな事を気にする暇も、理由も無い。

 

 バイトや結標に呼び出された場合などのスケジュールを頭の中で組み立てつつ、いかに彼女に張り付いていられるかがキモだな、などと考えながら城島も「三沢塾」の自動ドアを開いた。すると——

 

 

 


 

 

 

(……居ない?)

 

 たった十数秒前に自動ドアを開け、入って行くのをこの目で確かに見ていたハズの姫神が()()()のだ。

 ボーっと突っ立っている城島に、ここの生徒だろうか、真面目そうな顔付きの少年少女達の視線が突き刺さる。

 

(はぁ……? ああ、くそ、何らかの異能による介入があったとみて間違いねーな。妥当な線としちゃ瞬間移動(テレポート)系か何かの能力。だが、こんな人混みの中で堂々と人一人連れて行くか? アイツも中々複雑な立場にいるみてーだし、生徒全員がその事情とやらを分かってて気にしてねーのかも。……ダメだ、情報が少なすぎる)

 

 依然として冷静な思考を絶やさない城島は流石と言えるが、判断材料が少なすぎては分かる事も分からない。しかし、彼は素早く思考を切り替えた。

 

(仮に能力関連で消えたなら……俺には判断しようがない。それなら魔術的な介入があったと仮定して調べるしかないか?)

 

 城島は一旦外に出ると、改めて「三沢塾」の外観を観察した。

 人目を忍んで吸血鬼を狩り続けたという彼の組織は、世界の裏側とも言える魔術サイドにさえその存在を秘匿して来た。故に専門家の魔術師さえ察知出来無い様な微かな違和感さえもその気になれば看破できる。

 

(ビンゴ。ベースは十字教、このせせッこましい隠蔽の仕方は錬金術師か。しかしこれは……奴らにしては巧妙すぎる。基本的に研究室に籠って出て来やがらねーインテリ共が積極的に術を仕掛けるのも違和感があるな。黒幕は2人以上、それも錬金術師の方は使()()()()やがるのか?)

 

 どうも違和感は拭えないが、術の内容は大体理解した。

 

(奴らに対して敵意を持ってる人間だけが世界の『裏側』に引きずり込まれる、か。こんな仕掛けを施すッてこたぁ、『吸血殺し』を抱え込んで後ろ暗い事でもたくらんでやがるな? なら……)

 

 本来なら。

 本来なら、科学の街に魔術師の根城がドカンと建っているこの状況はとんでもなく厄介だ。敵の正体も知らずに殴り込むなど愚の骨頂であり、深追いはするべきではない。

 しかし——

 

「追跡は打ち切りだ。これからこのクソ錬金術師どもをブッ潰してやる。……待ってろよ、姫神秋沙」

 

 確かな敵意を持って、城島は「敵」の根城へ踏み込んだ。




一人で行動してるからか、城島がほとんど何も喋ってないなあ。反省反省。

次回ようやく戦闘シーンが入ると思います。多分。
ああ〜緊張するぅ〜!

後、明日から学校なので更新頻度は落ちると思います。ウチの高校に夏休みなんて無かったんや…◯ね!(呪詛)


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生と死の狭間の美しさ

更新頻度遅れる遅れる詐欺。
一日周期どころか24時間周期を上回っている…ッ!?
い、いや、これは何かの間違いだ。今度こそちゃんと遅れるハズ。


何の話やねん


 ツンツン頭の少年——上条当麻(かみじょうとうま)は、真っ赤な髪にバーコード状の刺青、黒い神父服を着た大男——ステイル•マグヌスと対峙していた。辺りには人一人おらず、見る者が見れば人払いの結界が組まれている事は明らかだった。

 

「それともう一つ……『三沢塾』に侵入する前に、不確定な情報だが耳に入れて置いた方がいい話がある」

 

「何だよ、まだ何かあんのかよ……こっちは錬金術師だの、吸血鬼だのでいっぱいいっぱいなんですが!」

 

「減らず口を叩くな。そうだな、君にも分かり易く説明するとしたら……」

 

 ステイルが想起するのはつい先程の出来事。痴女のような格好をした少女——ステイルも人の事は言えない——の能力によって「窓の無いビル」に瞬間移動した彼が、学園都市統括理事長、アレイスターとの会話の終わりに聞かされた話だ。

 

「『吸血殺し』を狙っているのは件の錬金術師だけではない、という事だ」

 

「……どういうことだ?」

 

「そのままの意味さ。詳しい時期は不明だが、学園都市に侵入して来た奴が彼女を探し回っているらしいよ。人数は一人、らしいが」

 

 

 


 

 

 

 敵意を持って自動ドアを通った瞬間、肌に感じる空気がガラリと変わるのがわかった。先程注目を集めた彼に生徒達は見向きもしない。それでいてあの学食は不味くてかなわんだの、テストの範囲はどこまでだったかだの、たわいも無い、日常の会話をしていた。それはまるで凍りついた死の世界から現世(うつしよ)をながめているようだ、と城島は思った。

 そして、それはあながち間違いではないようだ。

 

 

 まるでバケツを頭から被った人型ロボットのようなものが、全く正体不明の力で捻り潰されていたからだ。

 

 

 現在進行形で血液を撒き散らし、喉が枯れるほど絶叫している男を見て、城島は何が起こっているのか観察する。

 

(ありゃローマ正教所属の騎士か? 一丁前の霊装を着けてるが、この分だと手早く終わらせるために全起動して、返り討ちに遭ったってトコか。……魔力を練れば感知される事くらい分かってたろうに、前情報か何かに踊らされて、油断したよーだな)

 

 自分だって錬金術師が立て籠っているとだけ聞けば相応に油断するかもしれないからな、と思いながら騎士の様子を眺めていると、術の効果が切れたのか、ガシャンという音を立てて()()が崩れ落ちた。

 

 疑似餌(トラップ)か何かの可能性も考慮しつつよく観察し、それが杞憂だと判断してからその男に近付くと——城島はおもむろに、その傷口に手を翳した。

 

「コォォォ——……」

 

 凍った空間に独特な呼吸音が響く。次の瞬間、柔らかな光が騎士の身体を包み込み、応急処置程度に傷が治っていく。…….最も、彼のそれは致命傷であり、その程度の回復で助かる見込みは無い。

 それでも騎士は薄っすらと目を開き、焦点の合わない瞳で城島を見た。

 

『話せるか?』

 

『て……敵は……』

 

 血液を失い過ぎた彼の瞳は城島の姿を捉えていないのだろう。それでも、彼は騎士の本懐を遂げるために言葉を紡ぐ。

 

 

 

『敵は……金色(こんじき)の、アルス=マグナだ……』

 

 

 

 その単語は、錬金術師としての金字塔を意味する。世界を思いのままに歪め、不可能を可能にする能力。精神の堅牢さを除けば魔神にすら匹敵する、ある種絶対的な力。

 

『そうか……お前、何か言い残すことは?』

 

『ああ……ある……き、聞いてくれ……』

 

 鉄の兜に覆われて素顔は見えなかったが、くしゃくしゃに歪み、涙に濡れ……それでいて、母親の腕の中で安心しきった赤子のような顔を幻視させた。

 

『 。 』

 

『……』

 

 言うべきことは言った。悔いは無い。……そう続けた彼の額にそっと手を置いた城島は、先程とは少しだけ性質の異なる波紋を流す。

 パチッ……という音と共に、騎士の身体から力が抜けていく。

 

 騎士の死体から止めどなく流れる血液に指をつけた城島は、その血を以って近くの地面に彼の遺言を記していく。最期の言葉を聞き届けはしたが、自分は恐らくそれを然るべき人物に伝えることはできない。

 

 一通り作業を終えたところで、「三沢塾」探索を再開し始めた。

 

 ……去ってしまった者達から受け継いだモノはさらに『先』へ進めなくてはならない。

 

 城島は凍りついた死の世界にて、情熱を秘めた瞳を輝かせた。

 

 

 


 

 

 

 探索開始から十数分が経過した。「裏」から干渉できない「表」の世界の物体である建物の中を歩くということは、脚への負担が単純計算で2倍になるということ。より力を使う階段などはそれがより顕著になる筈なのだが、城島はそれを物ともしない。

 

(アイツを初めて見たのは十年前の『あの日』……姫神が、すぐ近くにいる、のか……)

 

「裏」の世界で活動している者の生命力の探知を試みつつ、城島は遠い過去を想起していた。

 

 

 


 

 

 

 約十年前、とある京都の山村にて、城島が所属する組織が追っていた一匹の吸血鬼が逃げ込んだという情報が入った。

 驚異的な才能を持つ城島は当時5才か6才だったが、その時点で抜きんでた実力を持っていた。そこで、ここらで実戦の空気を知っておいても良いだろうという組織の判断により数人の大人たちと、城島と同い年の少年——その子供も城島と並び立つ才能の持ち主だった。彼は城島の相棒であり、並ならぬ信頼関係をもっていた——と共に、件の山村へ向かった。

 しかし、情報とは違い、人っ子一人すら居なかった。ここで言う「人っ子」とは、吸血鬼と村人の両方を指す。

 

「何か……奇妙だ。退却するか?」

 

「オッ、オイ! これ見ろ!」

 

 同行していた大人の波紋戦士の一人が見つけたのは、夥しい量の灰だった。一般人……イヤ、彼ら「組織」のメンバー以外の誰が見てもその正体は分からなかっただろうが、彼らにはそれが何の()()か、ハッキリ理解出来てしまった。

 

「この状況は……()()()ッ! 何か只ならぬ事が起こっている……退却するぞッ!」

 

 リーダーの男の指示に従い、彼らは京都の山村を離脱し始めた。

 しかし、城島の相棒である少年がある事に気付いた。

 

「……ッ! 先輩! JOJO(ジョジョ)が居ませんッ!」

 

 城島は灰の様子を見て、その層の厚さに僅かなバラつきがある事を見抜いた。それは風向きとは別の要因……まるで、次々と群がる「ヤツら」がある向かう先一点で全て殺されているような……? 

 だが、何が起こっているか全く分からないこの状況での独断先行。それは余りにも迂闊だった。当時の城島は自分の才能と機転を過信していた。

 

 

 それが、彼の人生を決定付ける選択だと知りもせずに。

 

 

 灰の吹雪の中心には、少女が居た。丁度自分と同い年くらいの少女。境遇が違えば自分と、相棒と、そして彼女と。三人で遊んだりして、同じ学校に通って、笑い合えたかもしれない。それくらい自分達と同じように見える彼女が、ぺたりと座り込んでいた。

 

 そんな彼女の周りには、ヤツらの死体である灰すら近づかず、風に散らされて消えて行った。一面の白い砂漠の中で、聖域の中に居る様にその姿を穢さずに佇む彼女の姿は鮮烈で、凄惨で、——美しかった。

 

 

 

「漸く、届いた」

 

 10年越しの再会に、城島はそれを表に出す事も冷静な思考を停止させることもしなかったが——歓喜に打ち震えた。




戦闘シーン始まる始まる詐欺。
ちゃうねん、きり良いトコが無かったんや!

城島の能力「波紋」で出来る事リスト②
•治療(大抵の出血は収まり、軽い骨折はその場で治せる)
•気配感知(マフラーなど所持時)
•安楽死


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交錯する黄金の輝き

もう5話目かぁ。

そろそろ評価とか、チラッ…とでも入ったら嬉しいなぁ〜…モチベ上がるかもなぁ〜…なんて、ハイ。スミマセン。


「誰? あなたは」

 

 十年振りに直接対面した彼女は城島の事を覚えていない様子だった。……当然といえば当然だろう。十年前に一度会ったきり。何よりオレはあの時()()()()()、ただの臆病者に過ぎないのだから。

 そのような事をつらつらと考えつつ、彼は姫神に向かって歩を進める。

 

「どうやって。いや。()()()()こっち側に居るの? 敵意を持たない限り『裏』には入れないはず」

 

 どうやら彼女は一般人に見える城島が何故ここに居るのかが解せないようだ。これで迎撃装置にでも引っかかっているようなら侵入者と断定出来るだろうが、ただの技術(ワザ)である波紋は魔力を使用しないので感知には引っかからないのだ。

 結局、姫神は目の前の青年が何かの間違いで迷い込んでしまったのだと判断した。そうこうしている内に城島はどんどん彼女に近づいていた。

 

「はあ。後で結界の見直しをするように言っておかないと。……ちょっとあなた? 私から外に出られるようアウレオルスに頼んであげるからついてきて……」

 

 彼我の距離はもう1メートルにも満たないが——()()()()()()()()()()()()。流石に姫神も不自然な行動をとる彼に眉をひそめたところで……

 

 

 

 喋っている姫神を、完全に無視して。

 そのまま通り過ぎて行った。

 

 

 

「え……?」

 

 まさかの無視。姫神はちょっと呆然としてしまった。一瞬、目線がこちらをハッキリ捉えていたように見えた彼は「裏」に入り込んでなどいなくて……ただの自分の一人相撲だったのかと思ってしまった程である。

 

 だがそれは間違いだ。彼はただ()()()()()()()()()()()() ()()()()()()だけなのだ。

 

(あの騎士の死に際の言葉——アルス=マグナが本当に居やがるとしたら、『暗殺』するしか無えと思っていたんだがな……)

 

 今の城島の五感が捉えている人物は目の前の一人だけ。

 自身の絶対的な力と勝利をまるで疑っていないと言わんばかりの歩調は、この戦場から酷く浮いている程だ。緑髪をオールバックで固めた白いスーツの男は不敵に笑ってこう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「断然、侵入者よ。このアウレオルス=イザードの瞬間錬金(リメン•マグナ)から逃げられるとは思わん事だな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 聞いてたのと違う。

 

「お、オイオイオイオイ……姫神秋沙……」

 

「な……なに?」

 

 この様子を見て、姫神もどういう状況か理解し始めたのだろう。黄金錬成(アルス=マグナ)を警戒していたらしい青年が、唐突に出てきたパチモンらしき存在に対して困惑しているのだ。

 

「この『三沢塾』を占拠したのも、お前を……軟禁してるのも、目の前のコイツか?」

 

「当然。科学サイドの総本山たる学園都市すら欺き、『吸血殺し』を手に入れる事によって錬金の秘奥を極める……それこそが私の計画だ。……どうした? 恐怖の余り声も出せんか?」

 

「……イヤ、テメーに聞いてねえし」

 

 何だと……? と不愉快そうに眉を(ひそ)めるアウレオルスをほっといて、城島は姫神に淡々と言い放った。

 

「……オレはコイツをぶっ潰す。お前は下がってろ」

「……わかった」

 

 何にせよ、姫神は大人しく言う通りにする事にした。()()()アウレオルスはともかく、こっちのアウレオルスは話がわからないのだ。下手に仲裁しようとしても無駄だろう。

 

「憮然、私を前にして悠長に会話をするとは余程死にたいらしい」

 

「生憎、そこらの錬金術師程度にビビらなきゃならねーほど余裕ってモンを捨ててないつもりなんでな」

 

 

 

 

 

 一触即発の空気の中、一瞬早く動いたのはアウレオルスだった。

 

「リメン———マグナ‼︎」

 

 秒間十発の連射速度を誇る、鎖のついた金色の鏃が城島に襲い掛かった。

 

 人間の動体視力には限界が存在する。必ず0,1秒以上の誤差が生じてしまうのだ。つまりその0,1秒の内に彼我の間合いを一往復する鏃を、まったくの対策無しに回避するのは不可能——その筈だった。

 

 しかし()()()()()()()()()()()()()()()()城島にとって、それは余裕があるとは言えないまでも確実に回避出来る速度! 

 

蛇首立帯(スネックマフラー)ッ!」

 

 波紋伝導率100%のマフラーは使用者の意思そのままに動き、蛇が鎌首をもたげるように直立する。硬化した布は上方、城島を垂直に持ち上げて鏃を回避させた上、その鎖に絡みつく。

 

「な、ん…………ッッッ‼︎⁇」

 

 驚愕したアウレオルスはマフラーを振り解こうとするがビクともしない。その事実による思考の空白を城島は見逃さなかった! 

 絡みつかれて動けない鎖に蹴りを入れると、コォォォォォ、という独特な呼吸の後に宣言した。

 

「金属を伝わる波紋ッ! 銀色の(メタルシルバー)———」

 

 足から通された波紋は白銀の光として鎖を伝い、アウレオルスへと襲い掛かった。

 

「———波紋疾走(オーバードライブ)ッ!」

 

 瞬間、アウレオルスの腕に強烈な衝撃が走る。まるでギラつく太陽に何十時間も素肌を晒したような痛みと、感電したかの様な痺れ。思わず瞬間錬金を手放してしまうのも当然と言えた。

 

 しかしまだ浅い。やはり人間に対しては直接波紋を流さなくては決着はつかないだろうと考えた城島は、武器を落としている間に一気に距離を詰めるべく駆け出すが……虚空から新たに鎖と鏃を生成したアウレオルスの一閃に一旦退かざるを得なかった。

 

「その鏃と鎖……やはり本体は別、か」

 

「……悄然。何、だ。それは? ……魔力を一切練らずにそのような動きが……ッッ! 貴様、学園都市の能力者か!?」

 

「オレのは技術(ワザ)だ。……人間には未知の部分がある」

「————!!」

 

 事もなげに言ってのける城島に対しアウレオルス=イザードが感じたものは——己の理解を超えた未知に対する研究者としての歓喜だった。

 魔術でも、超能力でも、姫神秋沙のような『原石』ですらない。これほどの研究材料が他に在ろうか! ……と。

 

「……は、愉快。はは、愉快! それは一体いかなる人体神秘だ! ……楽しみだぞ、貴様の体を開き、この謎を解き明かすのが楽しみだ‼︎」

 

 ひとしきりタガが外れたように笑ったアウレオルスは……「表」で楽しそうに友達と会話をしながら歩いて来る学生を視界の端に捉え、

 

 ヒュがッ!! と、瞬間錬金の鏃によって刺し貫いた。

 

「………………」

 

「ハハハ! この空間を支配するのは私だ! 当然、『表』の人間(ざいりょう)を『裏』に持ってくるなど容易いこと!」

 

 その鏃に貫かれた生徒は、一瞬にして摂氏千度を優に超える融けた純金に「変換」された。しかし……城島は現代の錬金術では決して到達し得ない現象を目の当たりにしても、その瞳に何の感情も映さない。

 

「チッ……この現象が、この私の錬金術が如何に素晴らしいか理解すら出来んか。……まぁ良い。必然、不可避の黄金に呑まれるが良い‼︎」

 

 アウレオルスが指揮棒のように瞬間錬金を振るうと、それに応じてかつてヒトだった純金が動きだす。

 

 ——それでも、今の城島はアウレオルスを見てさえいなかった。

 

 その視線の先に居るのは、ついさっきまで話していた友人が忽然と姿を消して呆然としている女の子。

 きっと彼女はその友人が全世界でも類を見ない程残酷な姿の死体と成り果て、わけのわからない狂った錬金術師に操られているなどとは思いもしてないだろう。

 

 城島の頭は極めて冷静だった。——しかしその心は、ついさっきまでヒトだった純金に吹き込まれた残酷な熱、死者の安息を冒涜する煌めきなど比較にならない程に熱く、輝き……爆発的に燃え広がっていくのがわかった。偽りの頂点から下賤な黄金をブチまける目の前の男とは決定的に異なる、真なる黄金の精神が脈動するのがわかった。

 

「…………吐き気を催す”邪悪”ってのはな」

 

「……何?」

 

「なにも知らねー無知な奴らを利用する事だ……! 自分の利益だけの為に利用する事だ……。……仮にもこの城の王が、なにも知らぬ自分の『生徒』を!! テメーだけの都合でッ!!」

「……く、クハハハハ! この私が、人間(モノ)の事を考える必要が何処にある!?」

「許さねえッ! アンタは今再び、アンタの下で安心して生きていた生徒たちの心を『裏切った』ッ!」

 

 二人の怒号が響き、一瞬だけ辺りが静寂に包まれ——堰を切ったように純金が襲い掛かって来る。城島は勢いよく()()()()()()()()()と——大量のシャボンが発生した。虹色に輝くソレに波紋を流し、向かって来た純金に投げつけ……驚くべき事に、千度にまで熱された純金を、受け止めた! 

 

「何……だと……?」

 

 更に……二人の間で留まるシャボンに城島が突撃した。シャボンだけでなく、純金が彼我の間に存在するためにアウレオルスは彼が何をしているかも分からない。そして——

 

 放出時の波紋の威力が最も高い、拳をシャボンに突っ込んだ。

 

「シャボンを伝わる波紋! 泡導波紋疾走(コンダクトシャボンオーバードライブ)ッッ‼︎」

 

 拳からの波紋はシャボンを伝い、強い衝撃を受けた純金が逆流。アウレオルスへと襲い掛かり——

 

「待っ」

 

 

 

 

 

 

 彼の懇願を聞こうとする者は、誰一人としていなかった。




戦闘回。上手く描写出来たか不安でござる…。

一応、アウレオルスは最後の波紋疾走を防ぐだけの実力はありましたが、彼が変換した純金によって視界を塞がれ、彼が変換した純金によって身を焼かれました。自業自得ですね。

城島の能力「波紋」で出来る事リストその③
*マフラー
東南アジアに生息するサティポロジアビートル3万匹分の腸で編んだもの。波紋エネルギーを完全に通し、硬化も操作も思いのまま。生命エネルギーである波紋を通した状態だと、周囲の生物の気配の感知も可能。故に不意打ちは意味を成さない。
近〜中距離で無類の強さを発揮する。
人体より伝導率が高いのでアースの役割を果たし、装着者には波紋攻撃が無効化される。吸血鬼の手に渡るとヤバい。

*手甲
特殊加工でシャボン液を染み込ませたもの。シャボンは波紋を良く通すので、相性が極めて良い。遠距離攻撃の手段が乏しい波紋戦士にとっては画期的な装備。衣服にもシャボン液を染み込ませ、ストックしている。

*波紋疾走
体外へ強力な波紋を通して攻撃する波紋戦士の必殺技。身体の末端である程放出の威力は高い。波紋は液体や金属を主に通るため、それらを利用した攻撃も有効。


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戦わずして勝つ

(戦わないとは言っていない)

どうも戦闘シーンは収まりがつきません、いつも文字数が多めになる。…全体的にもうちょい長くした方が良いのかなあ。


「——やったか?」

 

 シャボンによって押し返された純金に身を焼かれたアウレオルスを見やる。アレを食らった以上、少なくとも再起不能にはなった筈だが……

 

 苛立ちを隠さないまま吐き捨てた城島は、決着が付いたと見て恐る恐る近づいてきた姫神に向き直る。

 

 目の前の男の酷薄な態度、彼が見知った男をたった今殺害したという事実に少なからず怖気付いた様子を見せる姫神だが——彼女は意外にも、目に見えた動揺を見せたりはしなかった。

 

「……殺したの?」

 

「さぁな、これほどの火傷だ。動けやしないし、このままじゃ死ぬ。……どっちにしろ、こんなクズは死んだ方がマシだろ」

 

「そう。……死んだ方がマシかどうかは分からないけど」

 

「けど、何だ?」

 

 こういった経験のない人々は大抵錯乱したりするものだが、彼女にはそれが見られない。城島は怪訝に思ったが、直後姫神の放った一言がますます彼を困惑させた。

 

「——()()()()()()()()()()()なら。それは彼にとって幸運だったのかも」

 

「……?」

 

「いや。なんでもない。それよりあなたの目的は一体何? 彼を殺すという明確な敵対行動をとった以上。ただでここから出られるとは思えない」

 

 ……どうやら、これ以上話すつもりも無いらしい。やや強引に話題を変えてきたなと城島は思ったが、ここには長く留まり過ぎた。一刻も早く彼女を連れ出さなければならないと、若干の焦りを感じつつ口を開いたところで——

 

 

 

 

 グチャッ、と。

 

 

 

 

「あっ…………」

 

 まるでドロドロに溶けた肉を無理やり動かしたような音が響き、金色の鎖が伸びて姫神を捕らえた。

 

「ぐ、はは、ハハ‼︎貴様がベラベラ喋っている間に、我が瞬間錬金(リメン•マグナ)の鎖をグルッと回り込ませていたのに、気が付かなかったか!」

 

「ッ! 野郎、なんだってまだ動いてやがる!」

 

「当然、貴様も見ていただろう? 我が瞬間錬金は金を操作する! ……流石にアレほどの力で押し返されれば完全に躱すことはできなかったが……貴様の目的も()()だろう? こうして人質をとる余力ぐらいは残せた……!」

 

 城島は、基本的にどんな下衆だろうと”死後の尊厳”は尊ばれるべき、という考えの持ち主だ。生きていようが死んでいようが確実に息の根を止める為の策を瞬時に練ろうとするほどまでには、その意思は漆黒に染まってはいなかったのだ。

 

「グッ……!」

 

「そこを動くな! ……フフ、その奇妙な力を持った貴様を溶かしてしまうのは惜しい。喉を搔き切り、身体を開いて、我が技術の糧としてくれる……やはり私の勝利だ!! 死ね……!」

 

 瞬間錬金を構え、今にも城島を刺し殺そうとしたアウレオルスは——

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「喉を搔き切る、だってさ。君の技は呼吸を起点としてるって言うのに。……アレがアウレオルス=イザードを名乗るなんて、烏滸がましい」

 

 颯爽と現れた炎の魔術師ステイル=マグヌスは、しかし尚も警戒した目付きで城島を睨んでいた。

 

 

 


 

 

 

「……覗いていやがったか、悪趣味な野郎だ」

 

 マフラーの感知効果で誰かが潜んでいたのは知っていたが、さも今気付きました、という風を装って言う。

 敵か味方か分からない以上、手札を晒すのは避けた方が良い。……最も、戦闘の一部始終を見ていたステイルに対してはあまり効果が望めないが。

 

「イヤ、感謝して欲しいものだがね? あのままだと君は死んでいた。……ま、こっちも聞きたい事があったから助けたんだが。——『吸血殺し』を狙って態々学園都市に潜入して来た馬鹿ってのは、君のことかい?」

 

「吸血殺し」を狙っている。その言葉に小さく身じろぎする姫神。

 

「……テメーらが噂してるのがオレかどうかなんざ、オレが知るかよ。……そうだとしたら、此処でオレを殺すか?」

 

「いや、いや、いや。まだ質問は残っている。……君のあの、ピカピカ光ったり、シャボン玉を出したりする技の事を聞きたくてね……あんな技は見たことも聞いたこともない。特殊な呼吸法によってエネルギーを作るってトコまではわかったが、それ以外はサッパリさ」

 

 魔術師の戦闘は、”相手のタネを見破った方が勝つ“と言われる程に頭脳戦の要素を含む。戦闘経験が殆ど無い錬金術士と違い、とってあれだけじっくり観察できれば、その道のプロに呼吸法の秘密くらいは見破られて当然だった。

 自分を殺すのか、というこちらの質問には答えずに更なる質問で返すステイル。

 

「……アレは波紋の呼吸だ。呼吸によって血液の流れを操作し、太陽の光線と同波長の波紋を練る技術……太陽の光は言わば生命のエネルギーだからな。身体能力とかも上がる」

 

「へえ……にわかに信じ難い話だが、まぁ良いさ。それと……」

 

 トン、と。姫神の額を中指で突いたステイルは言った。

 

「『吸血殺し』はウチが回収するから。君もう帰って良いよ」

 

 簡単な催眠でもかかったのか、崩れ落ちる姫神を見て城島は返答する。

 

「へぇ、そうかい。それじゃテメーの組織がソイツをどう扱う予定なんだ?」

 

「多分悪いようにはしないと思うよ? 結界に入れておかないと色々面倒だから処刑(ロンドン)塔とかに一生入っててもらうと思けど。あー……でも今回みたいな件があったし、サッサと始末されるかもね。ま、これは僕の憶測さ。もっと優しい処分かも。……あの女狐は行動が読めないからね」

 

 あの女狐、の所で急に表情を苦々しくした所を見るに、余程ソイツが嫌いらしい。

 

「そいつは良かった。……これからテメーをブチのめすためのやる気が、ムンムン湧いてきやがったからよ!」

 

「フン、生身で戦う人間が僕に喧嘩を売るとは……焼き殺されたいのか?」

 

「『焼き殺されたいのか』? ……ハッ! そりゃこっちの台詞だ!」

 

 心底馬鹿にしたようにして嘲笑する城島。これには流石のステイルも呆れ果てた。先程の炎剣を見て、生身で戦う城島がそのような事を言えるとは思わなかったからだ。

 

「さっき馬鹿みてぇに質問ばっかしてやがったテメーによォ──、もう一つだけ教えてやるぜ。……吸血鬼という存在を誰もが知っていて、その実誰もヤツらを見たことがねぇ。これが何故だか分かるか?」

 

 ステイルは何故こんな質問をされるのか分からなかった。これが城島の自信に繋がる話とは到底思えなかったからだ。

 

「奴らの姿を見た者は死ぬからです、ってか? ……馬鹿馬鹿しい、自分達の妄想に取り憑かれてよ」

 

「何だと?」

 

「なに、単純な話さ。俺の技が何を模しているのか、忘れたか?」

 

 

 

「人がヤツらを見る前に、俺たちがヤツらを消してるからさ」

 

 

 

 明らかに動揺した様子のステイルに向かって走り出す。ぶっちゃけさっきの話は隙を作る為の布石だ。嘘ではないが、吸血鬼には魔術師達が恐れている程の力は無い。相手を騙す時は、ほんの少しの真実を混ぜると成功率はかなり高まるものだ。

 

「コォォォォ——」

「——ッ」

 

 しかしそこは相手も魔術戦闘のプロである。城島の意図に即座に気付き、炎剣で牽制する。

 

「……チッ」

 

「嘘では……無いようだな。確かにその波紋とか言う技術は見た事が無いし、魔術サイドにさえソレを秘匿し通すからには君の『組織』は存在する。それもかなりの規模だ……だが、だからと言って君の強さが変わる訳では無い。——やってくれたな」

 

 ある意味でハッタリとも言えるソレにまんまと騙されかけたステイルは怒りを露わにする。

 

「それに、気付いていないのか? さっきのアウレオルス=ダミーじゃないが……君がベラベラ喋っている間に仕掛けておいたのを!」

 

「——ッ!?」

 

 そう、ステイルは城島が会話に気をとられているスキに、ルーンのカードを設置していた。その効果は——

 

()()か!?」

 

「ご名答。見たところ波紋を練るには大量の空気が要るようだからな」

 

 そう、波紋の弱点は呼吸を封じられる事。体内に波紋エネルギーを蓄積させることが出来ない以上、今の城島は中距離以上の攻撃に長けるステイルの敵ではない。

 

「それと最後の『質問』だ。……君は『吐き気を催す邪悪とは、自分だけの都合で他者を利用することだ』と言ったな。……それは大義の為に少女を攫い、その力を利用する事と何の違いがあると言うんだ?」

 

「……………………」

 

 言う通りだと城島は思った。「組織」のやり方は姫神の意思を全く尊重しない。世間から見ると正しい行いでも、城島にとっての正義とは真っ向から相反していた。

 

「……そう、だな。全てテメーの言う事は正しい」

 

「やっぱりな……つまらんただの薄っぺらなハッタリ屋だったか」

 

 ステイルは城島がこの言葉でアウレオルス=ダミーを追い詰めた時に、正直言って胸がすく思いだった。自分が命を懸けて守り通すと誓った「彼女」……その記憶が奪い続けられる元凶となったあの女狐に聞かせてやりたかった。

 だからこそ、だ。城島自信がその言葉に反する事が何よりも許せなかった。

 

我が名が最強である理由をここに証明する(F o r t i s 9 3 1)——これから君を嬲り殺すが、何か言いたい事があれば言っておくことだね」

 

「ああ、それじゃ遠慮なく言わせてもらうが……」

 

 その怒りによってか、一層凶悪な輝きを放つ炎剣を突きつけるステイルに対し城島は——

 

 

 

 

 

「ベラベラ喋っておっ()ぬのはテメーの方だぜ! スカタンッ!」

 

 

 

 

 

 城島は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「コォォォォ———-」

 

「ッ!? まさか!」

 

 そう、態々城島がバカ正直に波紋の原理を教えたのも、ハッタリを仕掛けたのも、この空気入りシャボンを作る時間を稼いでいたからだ。

 たった一回分だろうと、呼吸さえできれば波紋は使用可能! 

 

「……しかし無駄だぞ! 言った筈だ。波紋の体術では僕の炎剣には決して勝てない、とな!」

 

 ブン、とステイルは炎剣をワザと大きく振りかぶった。それは明らかに素人のような動きだったが——これは城島にその隙をつくように攻撃を仕掛けさせたに過ぎない。

 

「来い! 無駄な足掻きをしに、トドメを刺されにな!」

 

 ルーンによって硝煙の魔術を発動させたステイルだが、実はそれらのカードの中に()()()()()()()()()()()()()()()()。これが効果を発揮する限り、城島に最初から勝ち目はなかったのだ。

()()()と——ステイルは確信した。そして次の瞬間、

 

「…………は?」

 

 城島は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 側から見ると城島が逃げ出した……そうとしか思えない光景だが、その行動は他でも無いステイルを大いに焦らせた! 

 

「な……何——ッッ!?」

 

「燃え盛る炎の波紋! 緋色の波紋疾走(スカーレットオーバードライブ)ッ!」

 

 波紋の伝導エネルギーを熱に変換。大振りに剣を振って隙だらけのステイルに、血のように紅い光を纏う拳が突き刺さる! 

 

「グッ……ぁぁ——な、ぜ……」

 

「このマフラーは気配を感知する……『蜃気楼』の幻覚なんかでよォ──、誤魔化せる代物じゃあねーぜ!」

 

 最初に強がって、ステイルの存在に気付いていたと言っていればこの勝負の結果は違っていた。ステイルが波紋の正体が呼吸だと気付いた事を隠していれば、城島は空気シャボンを準備していなかった。彼の切り札「魔女狩りの王(イノケンティウス)」が使える状況に無かったのも幸いした。

 

 2500年前の中国の兵法書「孫子」によると……『勝利というのは戦う前に全てすでに決定されている』。……城島の勝利は偶然ではなく、必然だったということだ。

 

「その火傷じゃ波紋で治したってもう助からん。……結局、『焼き殺され』たのは、テメーの方だったな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『それと最後の「質問」だ。……君は「吐き気を催す邪悪とは、自分だけの都合で他者を利用することだ」と言ったな。……それは大義の為に少女を攫い、その力を利用する事と何の違いがあると言うんだ?』

 

「…………ああ、テメーが正しいよ、本当に……」




やっぱジョルノのエグさは異常(確信)
緑髪の人かわいそう。

城島の能力「波紋」で出来る事リストその④
•シャボンを波紋で固めて酸素ボンベにする
•熱を生み出す


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見よ、このブザマなヒーローの姿を

今思えば…上条さんって仗助とかがセーフな以上、ジョジョ読み出来るやん!ホラ(じょう)(じょう)って。

そんな上条さんは二巻にて、とある本編にスタンドの概念がある事を仄めかしていましたが並行世界ゆえ無問題です。こっちの世界でジョジョの奇妙な冒険は連載してません。してないったらしてない。

展開の都合上、記憶喪失後のワープ地点はアニメ版準拠です。



辺りは夜になっていた。

 

「?」

 

上条は公園のブランコに座って呆けていた。すぐ近くには何の変哲もない四角いビルがあった。 十字路を中心に据えられたビルは四棟もあり、漢字の「田」の字を作るように配置されている。

アレについて何か重要な事を忘れているような気がするが…

 

「ま、思い出せないって事は思い出す必要もない程度の事だろ。」

 

そんな事よりも家に残してきた居候の少女——禁書目録(インデックス)の心配をした方が良いだろう。いや、あの暴食シスターの晩飯を抜いてしまった自分の心配をした方が良いかもしれない。こんなつまらない事で彼女の機嫌を損ねるのは御免だ。

 

そんな事を考えつつ、上条は右手でポリポリ頭を掻いた。そう、神様の奇跡だろうがソレが異能であるならば、問答無用で()()()()てしまう幻想殺し(イマジンブレイカー)の宿る右手によって。

 

「…ッ!」

 

バリン、という音と共に今日1日分の記憶が蘇る。そうだ、自分は「三沢塾」に監禁された少女、姫神秋沙を助けるために戦場に飛び込んだのだった。

 

件の塾に侵入してすぐ、騎士の死体を見つけた。外国語で上条には読めなかったが、血液によって遺言と思しき文字列が書かれてあった。

神妙な顔をして彼に祈りを捧げていたステイルに「コイツ本当に神父だったんだな…」と思いつつ、此処が紛れも無い戦場である事を初めて心の底から理解したものだ。

 

なおその直後、感知術式に見事に引っかかった上条を囮にしてまんまと逃げやがったステイルに先程の神父然とした姿は全く無かった。あいつ後で絶対殴る。

 

結局、迎撃術式「偽•聖歌隊(グレゴリオ•レプリカ)」の光球の波状攻撃によって追い詰められた上条。塾の生徒の命を湯水のように費やして放たれる魔術、その精神的ショックも相まって、もうダメかと思われたその瞬間——全ての光球が地に落ちた。術式が解除されたのだ。

 

背後を振り返ると、そこには上条の目的である少女——姫神秋沙と、彼女に寄り添うようにして立つ、緑髪をオールバックで固めて白いスーツを着た、アウレオルス=イザードと名乗る男が居た。

 

この塾を占拠し、姫神秋沙を軟禁しているのがアウレオルスだと聞いた上条は、彼女を助けるために走りだすが……

 

()()()()——()()()()()()()()()()。』

 

冷然として放たれたアウレオルスの言葉は、果たしてその通りに世界へ作用した。走っているのに辿り着けない、1ミリたりとも近づけない——未知の感覚に、流石の上条も心の底から震え上がった。

しかしそれでも、彼が人を助けることを諦める理由にはならなかった。さっきから一言も喋らず、ぼうっと何かを考えている様子の姫神に向かって叫ぶ。

 

『オイ!お前は助かりたくないのかよ!こんな、人の命を何とも思ってないようなヤツに力を利用されてるんだぞ!』

『…私は。自分の意思で此処に居る。アウレオルスは自分一人の力では助けられない人がいると言った。彼らの協力が必要だって。だから私は約束した。殺すためでなく助けるために。生まれて初めてこの力を使うんだって。』

 

上条は頭を殴られたかのような衝撃を受けた。目の前の彼女は、そもそも助けを求めてさえいなかったのだ。

 

『それに…私はもう。アウレオルス以外を頼る事は出来ない。もうそんな事は許されない。』

 

そう言った姫神は他の誰かの事を思い出して、自責の念に駆られているようだった。しかし同時に、強い覚悟をたたえた、自分の意思を貫こうとする者の目をしていた。

 

『……そんなの、ダメだ。』

『?』

『もし、アウレオルス=イザードがお前の言う通りの人間だとしたら。まだ化け物になりきれず、かろうじて人の道を歩く人間だとしたら。もう()()()()()()()()()()事なんてできない。たった一度でも失敗した人間はもう絶対に救われないなんて言わねーけど、これ以上アウレオルスをこのまま進ませちまったら、本当に取り返しのつかない事になっちまう。』

 

上条が想起するのは先程の生徒たち。無理矢理に操られて、血液を吹き出しながら襲ってきた彼らだった。あの光景を見た上で、アウレオルスを野放しにするのは許されないことだと思った。

 

『間然、一体いかなる思考にて私の思想に異を唱えるか。…そもそも、私は生徒たちを傷つけてなどいない。』

 

なん、だと?そう言った上条は後ろを振り返った。ついさっきまで上条を襲っていた少女。術式が解除されたからか途端に倒れ込み、魔術を使用させられた負荷によって全身をズタズタにされた彼女を見ようとするが——そこには、誰も居なかった。

目の前の男の錬金術——金色(こんじき)の「黄金錬成(アルス•マグナ)」によって、魔術を使用して死に瀕したという結果さえ消し飛ばされたという事に気づく間も無く——

 

『憮然。つまらんな、少年。ここで起きた事は——全て忘れろ。」

 

 

 

 

 

そして、今に至る。

 

取り敢えず、ステイルはどこにいるのだろうか。そう思って周囲に意識を向けると…肉が焼けるような匂いがした。

しかしそれは、決して食欲を唆らせる類のものではなく…むしろ、存在を意識するだけで胃がひっくり返りそうな、本能的な嫌悪感を感じさせる臭いだった。

 

「グ…あ、カハッ、」

「あ……?ッッ!!ステイル!?」

 

そこには、全身にかなりの火傷を負ったステイル=マグヌスが倒れていた。

 

「大丈夫か!?誰がこんな…」

「上条、当麻か…?グッ、静かに、しろ。いいか良く聞け…」

 

ポツリ、ポツリと上条に指示を出すステイル。どこどこのカードを取り出せとか、これこれの手順で並べろと言った指示を、取り敢えず左手だけを使ってたどたどしくこなしていく。

彼はブツブツと口の中で何事かを詠唱した後、フッと力を抜いた。どうやら成功したらしい。

 

「ふ、ぅ…一体どういう状況か分からないが、『火傷』だったのは幸運だった…」

「…お前、回復魔法とか使えたのか?変な所で神父らしいヤツだな。」

「火傷以外だとこうはいかないけどね。…それで、これは一体どういう状況だ?」

 

上条は大いに迷った。ここはついさっき自分を囮にして逃げやがったクソ神父に復讐する絶好の機会だが、立ち上がることも出来ない怪我人の頭をブン殴るのは流石に憚られる……結局、素直に頭にそっと触れてやった。

バリン、という音と共に、ステイルの記憶も蘇る。

 

「…ッッ!そうだ、あの野郎…!」

 

思い出すのは自分が何故日本にいるのかという疑問の答えと、あの忌々しい波紋戦士だった。

そして辺りを見回したステイルは——ある一点を見た時、顔を強張らせた。

「自分の背後」に何かあるのか?そう思った上条は後ろを見て…驚愕する。

 

二つで一組になっているブランコ。上条が座っていた方の隣に——一人の青年が座っていた。

しかし特徴的なマフラーと手甲、そして彫りの深い整った顔立ちは確かに目につくが、それだけでは別に驚くに値しない。

 

ステイルはともかく、上条さえも驚愕させた理由…それは、隣に座っていたのに今まで全く気づかなかったため、そして——強烈な空虚さを感じさせる無表情を浮かべているためだった。これほどまでに悍ましい無表情は見たことが無い………

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは何処だ?オレは、誰だ?一体何のために…生きているんだ?」




次回、色々謎が明かされます。たぶん


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月曜の朝の目覚まし時計

通算UA1000件突破ありがとうございます!
ただ、はまづら曰く「救いってのは重力みたいなもので、集まるところには集まるが、集まらないところにはとことん集まらない」らしいです。
思うに、評価値もそういう感じ。せめて色付きになってくれればもっとなぁ…と、思うのでした。
道は長い…精進せねば。


「ヤツは『敵』だ!最初に言っていた、『吸血殺し』を狙って学園都市に侵入して来た奴だ!」

 

一瞬の静寂を挟んだ後、ステイルが叫ぶ。彼曰く、この火傷を負わせたのも目の前の青年であるということだ。

 

「こいつは吸血鬼を消すためには、『吸血殺し』自身の意思など気にもしない、アウレオルスと同等のゲスだ…僕は見ての通り、今は動けない。君が奴を止めるんだよ!ボケッとしてるんじゃあないぞ!」

 

ついさっき姫神への残忍な処遇についての考えを淡々と語っていたステイルらしからぬ彼女の事を想った発言だが、バカ正直にそこまで言っても上条が動かなさそうなのでそこまでは言わない。

 

「…ッ!お前も姫神を攫おうってのかよ!」

「……………………………………………。」

 

そこで、上条ははたと気づいた。先程まではその空虚な瞳には一切の感情が浮かんでいなかったが、こちらをジッ…と見つめ始めた城島は、僅かな「好奇心」を持ち始めたようだ。

 

「テメーは…オレの事を知っているようだな。そして、どうやら以前のオレと敵対していたらしい。」

 

始め、上条には彼が一体何を言っているのか分からなかったが、そういえば思い当たるところはあった。考えてみれば三沢塾への「侵入者」だという点では自分たちと目の前の彼は同じ。とすると、彼も記憶を消されたという事なのだろう。

しかし妙だ。上条と同じようにして記憶を消されたにしては、城島は「消されすぎて」いるように見える。自分の名前すら分かっていないようだった。

 

「…ステイル?」

「………あぁ、ヤツが何を仕出かしたのかは知らないが、僕達よりずっと記憶を消されているらしい…僕をここまで追い詰めた報いをこの手で受けさせられないのは残念だが、再起不能だ。…『幻想殺し』を使えば別だがね。」

 

態々敵の記憶を復活させる理由も無いので、上条にとっては不要な争いが避けられたという点では喜ばしい限りである。

 

「じゃあ、俺たちはどうする?俺は姫神の所へ戻って…なんとか考え直すように言ってみるけど、お前は暫く動けないだろ?」

「あぁ、そうだね…出来る限り早く治して追い付くから、これからはまた別行動だ。」

「……言っとくけど、別行動とか言って囮にしやがった事は覚えとけよ!?後で改めてブン殴るぞこの不良神父!」

 

そんな捨て台詞を吐いて上条は再び歩き出す——

 

 

()()

 

 

 

——事は出来なかった。

 

「な…」

「テメーはオレを知っている。そしてテメーはオレの敵。オレは記憶を無くしていて、テメーは記憶を『消された』だの『戻せる』だの言ってたよな?ならよォーー…」

 

上条は静かに驚愕していた。普通、——ステイルのように致命傷を負うなどしていれば流石に別だが——記憶を消されて直ぐに周囲の状況を観察して、把握しようとする事なんて出来ない。それは他ならぬ先程の上条自身が証明していた。彼はのんきに居候の少女の事なんかを考えていたというのに…。

ましてや、目の前の彼は自分の名前すら忘れているのだ。それは、如何程の精神力を持ってすれば可能となるのだろうか。

 

「『テメーらをブチのめせば、何かわかるかも』ってコトだよな…!えぇ、オイ!?」

「不幸だ……。おいステイル!お前、アイツと戦ったんだろ負けたけど!アイツは何が出来る!?」

「ソレを記憶喪失中の敵の目の前で言えるかバカ!いいか、分かっていると思うが、絶対に右手で頭を殴るなよ。それと…僕は奴の手の内を知った以上、二度目の敗北は絶対に無い。勝てないまでも、右手を死守して僕が火傷を治すまで持ち堪えろ!!」

「成る程、テメーの右手に何かあるようだな?」

「あ」

「よ…余計な事言いやがってこのド低脳がアァァァァァァ!!!」

 

絶叫しながら、上条は城島に向かって飛びかかり———ひらりと躱され、鳩尾に重い膝蹴りをくらった。

 

「ぐ、がああああああああああ!?」

「テメー、思ったより弱えな…。イヤ、オレが強いのか?」

 

記憶を失っているとはいえ相手は戦闘の天才。多少喧嘩慣れしているだけの、ただの高校生が勝てる道理も無い。加えて……

 

「グ、くそっ!」

「ほー…蹴りを入れられて掴みかかって来るとは…だが!コォォォォ——」

「なっ!?」

 

ステイルが驚愕するのも無理は無い。城島の呼吸…それは紛れもなく波紋を練っていたからだ。()()()()()の波紋使いである城島は、それこそ自分の手足と同様に波紋を操ることができた。全ての記憶を失った程度ではその実力は小揺るぎもしない。

 

「な、なんだ?ステイル!コイツは、何をしたんだ!?」

「…見当もつかない。波紋とは、一体どこまで……」

 

上条は左手で髪の毛に、右手で袖に掴みかかったのだが——まるで磁石の同極同士が反発するように触れることが出来ない。

生命磁気への波紋疾走(オーバードライブ)。自身が強力な生体磁石となり、相手と反発することによって生物を相手にほぼ絶対の回避力を得ることが出来る。

 

「——もう一撃欲しいかッ!」

 

ズドン、と。一時的に波紋疾走を解除した城島の蹴りが、またしても上条に突き刺さった。

 

「ぅ、あ………。」

「思ったよりあっけなかったな。さて、コイツを始末したら次はテメーだ。」

「くっ…!」

 

ステイルは先程の技を見て、自分は未だに波紋の全てを理解していないのだと痛感した。もしかしたら…万全の状態で負けはしないとしても、「魔女狩りの王(イノケンティウス)」を使えない、手負いの自分では未だに厳しい相手かもしれない。

 

そこで、上条が再び立ち上がる。足も震え、碌に動けもしないが…それでもその闘志は折れない。

 

「何、勝った気になってんだ、テメェ…!」

「なんだ?まだやる気か。諦めろ、テメーじゃオレには勝てないぜ。」

「…逃げるのか?」

「…?」

「そうだよな。テメェは、俺から逃げてばかりだ…。一発だって俺に殴られるのが、怖いんだろ?」

 

なんて酷いハッタリだ。と、上条を含めたその場の誰もが思った。本気(マジ)の戦いで怖いもクソもないし、攻撃を避けるから臆病者だなんて、聞いてる方が恥ずかしくなってくるような言いぶんだ。

 

「ホラ来いよ、全力でかかって来い。…その上でぶっ飛ばしてやる!」

「…ま、そこまで言うなら…全力でトドメを刺してやる。」

 

城島はその心意気に感化された、などというセンチな感情を抱いたのではない。単純に憐れに思ったのだ。追い詰められて引くに引けなくなったガキに引導を渡し——スッパリ散らしてやろう。

城島は、最も波紋放出の威力が高いと言われる拳——それを上条の眼前に突き付けた。このまま焼き殺す……そう思った瞬間、上条は何を思ったのか右手で拳を掴んだ。

 

「何やってんだ?恐怖で頭がイカれているのか?」

「なんていうか、不幸っつーか……ついてねーよな

…オマエ、本当についてねーよ。」

 

そこで城島は気付いた。体内に蓄積させたエネルギーが全て散らされて———ッッッ!?

 

「——ッオラァ!!」

 

驚愕に染まった思考の隙間を縫うように、全力の右ストレートが城島の頭に突き刺さる。吹っ飛んでいった彼を見やった上条はその場に座り込み、ゼェゼェと荒い息を吐いていた。

 

「ま…マジにヤバかった…。」

「お、おい上条当麻!ヤツの頭に右手を…」

「あ」

「よ…余計な事しやがってこのクサレ脳ミソがアァァァァァ!!!」

 

この二人、お互いを嫌い合っているが案外相性が良いのだろうか。

ともかく、どうにか立てるまで回復したステイルと共に城島の様子を確認しようとすると———

 

「グッ」

 

「呻き声」が聞こえた。

ただし、これ程までに苦しみに、恨みに、後悔に…過剰なまでに満ち満ちた声をただの「呻き声」としても良いのなら、だが。

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッッッッッッッッ!?!?!?!?」

「な…何だ?どうしたんだアイツ?」

「…恐らく、あまりにも多くの記憶が戻ったせいで痛みに苦しんでいるんだろう。今がチャンスだ!ここで殺す…!!」

 

即座に炎剣を生み出したステイルは城島に飛びかかろうとするが…

 

「アアアア、あ、………………………。」

 

急に黙り込んだ城島の表情を見て、立ち止まる。いや、立ち止まらざるを得なかった。

 

その表情は見た事が、何回も見た事があった。それはまるで——

 

「…………………………………………。」

 

禁書目録(かのじょ)を助けられなかった、自分達の絶望の表情のようだった。




次回、色々謎が明かされます(2回目)。
ボスラッシュ後半戦、鬼門の上条さんとのバトルは入れざるを得なかった。いやマジ、予告詐欺すぎるだろ…(自責)

波紋「幻想殺しなんてチート能力に勝てるわけないナリ…そうだ!単純な技術なら異能判定されない筈ナリ!先生、波紋は幻想殺しに効きますか?」
幻殺「駄目です。」
あんなヘンなパワーが世界の基準な訳無いだろ!いい加減にしろ!

城島の能力「波紋」で出来る事リスト⑤
•生体磁石的なアレ。



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裏切り者の鎮魂歌(レクイエム)

今まで最長のステイル戦(4233文字)をブッち切りで超越する今回(5291文字)。チカレタ…

最近アニメ五部が終わったからか、五部ネタ挟みすぎな気がする。注意しなくては。


「なん、だ、その目は。」

 

ステイルが呻くようにして呟く。今の城島の表情は、敵に対してはとことん冷酷になれる筈の彼をしても動揺に値するモノだった。

 

「…何故だ?何故オレは思い出しちまったんだ。黄金錬成は完全に効いていた…」

 

目の前の彼の言葉によると、消された記憶が復活したのは彼の望むところでは無いようだが…?

疑問に思った上条は城島に問いかける。

 

「?…オイ、お前は自分からアウレオルスの術にかかったってのかよ?」

「ああ、まだいたのかテメーら…姫神ならまだ三沢塾にいるぜ。連れて行きたいんなら好きにしな。」

 

返ってきたのはかなり無気力な反応だった。今まで姫神を狙い、命がけで戦っていた男の言葉とは思えない。

 

「…それは、君の身に何が起こったのかを知ってからでも遅くはない。言え!何故『その目』をしているのかを!」

 

とりあえず城島に戦意が全く無い事を悟ったステイルは彼に問い詰める。自分たちを散々手こずらせたヤツをここまで追いつめた「何か」が三沢塾にあるならば知っておくに越した事は無いし…何より、まるで禁書目録(かのじょ)を助けられなかった歴代パートナー達のような表情がどうしても胸をざわつかせたからだ。

 

「…良いだろう、教えてやる…もうオレには『何も無い』。…どっちみち、何をやっても無駄なんだ。なら、オレがどうしてここまで来て、どういう末路を辿るのか…誰かに知ってもらうのも、悪くないかもな…。」

 

 

 

 

 

 

 

時間はオレがテメー(ステイル)を退けた直後にまで遡る。気絶している姫神に近寄ったオレは彼女の無事を確認しようとしたが、ソレは敵わなかった。

 

()()()()。』

 

何故なら、オレが声をかけるまでもなく、姫神が目を覚ましたからだ。

 

『ん…。』

『…とうとうお出ましってヤツか、黄金錬成。』

 

オレは取り乱しもせず、毅然とした様子で目の前の錬金術士を見つめた。姫神やテメー(ステイル)の言葉から先程の瞬間錬金が影武者であると薄々感づいていたから、殺された筈の男が全く同じ姿で出てきても大して意外だとは思わなかった。

 

『驚いたな。私の黄金錬成を一発で見破り、それに然程の動揺を見せないとは。』

 

言葉に反して全く感情の動かない声でアウレオルス=イザードは言った。

 

『いやな、入り口で死にかけてたローマ正教の騎士から聞いただけだ。…それよりよ、このまま姫神を引き渡してくれる…って訳にはいかねーよな。』

『当然。姫神の血は私にとっても重要なモノだ。むざむざ貴様に渡すつもりもないので回収に来た次第。』

『…なら聞かせてくれ。テメーは姫神の力で、何をするつもりだ?』

 

『姫神をどう扱うか』。…この質問はテメー(ステイル)にもしたな。オレとっては、ソレは姫神を奪取することよりも重要な問題だった…。オレは「組織」なんて()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からだ。その事について説明するにはさらに時間を遡らせる必要があるだろう…。

 

 

 

 

 

 

 

さらに時は十年前まで遡る。「組織」の任務で京都の山村に向かった時、オレは初めて姫神を見た。灰の吹雪の中に佇む彼女は鮮烈で、凄惨で、美しかった…だが、オレはそんなことを気にもしなかった。何故なら——彼女が、泣いていたからだ。

 

いや、ただ泣いていたのでは無い。既に流す涙も残っていなかったのか、目元に二筋の涙の跡を浮かべて呆けていた。その姿は余りにも痛々しくて…オレには、その光景に魅入られる余裕すらなかった。

 

『オイ、どうした!?なんだってこんな所に…いや、これはお前がやったのか!?』

『みんな。しんじゃった。』

『え?』

『みんな。みんなが私に噛み付いてくるの。そしたらしんじゃった。八百屋のおじさんも。友だちのゆずかちゃんも。…お母さんも。』

 

そこでオレは悟った…。コイツは、周りの人間を片っ端から殺しちまったんだと。望んでもないチカラが化け物を引き寄せて、殺しちまったんだ。

 

『ッ…!』

 

そこで、このチカラが「組織」に知られたらどうなるだろう…そう考えると怖気が走った。まず彼女は大々的に祭り上げられるだろう。そして一万年に渡る人と吸血鬼の戦いに終止符を打つため、徹底的にヤツらを殺し尽くすためにそのチカラを利用される…。

 

『オレは…』

『?』

『オレの名前は、城島(じょうしま)譲治(じょうじ)…みんなからはJOJO(ジョジョ)って呼ばれてる。お前の名前を聞かせてくれないか?』

『私…私は姫神(ひめがみ)秋沙(あいさ)。ゆずかちゃんからは。ヒメちゃんって呼ばれてたな…。』

 

その後、オレたちはたわいもない話をし続けた…というより、殆ど一方的に話しかけていた。オレの相棒がバカな失敗をしただとか、ウチのオヤジさんがボケ始めてて困るとか…彼女が楽しめるような、笑えるような話を。多分、オレは彼女の心が壊れてしまわないように、必死で話しかけていたんだと思う。

人を慰めた事なんて無いけど、彼女が少しでも希望を持って欲しいって…話し続けた。

 

だが、彼女はクスリとも笑っちゃあいなかった。当たり前だ。ついさっき親しい人達をごまんと殺したってのに、笑えるとしたらソイツは狂ってる。ガキだったオレはそんなことすら分からずに、無性に悲しくなったっけ……。

 

やがて、それ以上話してもいられなくなった。一緒に来ていた仲間たちの気配が近づいてくるのがわかったからだ。仲間とはいえ、姫神が見つかっちまったらおしまいだ。

 

オレは居ても立っても居られなくなって、訳も分からずに姫神に抱きついてこう言った。

 

 

『ヒメちゃん…今のオレは化け物を殺す側の人間だから、お前を助けてやれないんだ…でも、いつか絶対に迎えに行く!そんで、お前の心の闇を照らす光になってやる!』

 

 

その時のオレは、自分自身の無力を嘆く悔し涙さえ流していた。周囲から天才だともてはやされていたオレにとって、それは初めての経験だった…。彼女を置いていく自分がひどく卑怯に見えて、臆病者だと感じたものだ。

 

気配感知が出来るサティポロジアビートルのマフラーを携帯していた波紋戦士が居なかったのは幸いだった。コイツは貴重な上、吸血鬼()の手に渡ったら事だから「組織」の幹部連中しか持つ事を許されないからだ。

 

 

姫神をなんとか隠して仲間たちと合流したオレは、彼女を守る力を付けるために翌日から血の滲むような特訓を始めた。この手甲も、その特訓の過程でオレが作ったものだ。

 

やがて実力が認められて幹部の座を手にしたオレは、その権限によって「組織」のメンバーの誰にも悟られないように「吸血殺し」についての情報を集めたが…影も形も見当たらなかった。今思えば、その時既に学園都市に居たのならばオレ一人の伝手で見つかる筈は無かった。

 

だが、オレが十年前の迷宮入り事件の真相を知っている事、その鍵となるチカラの存在を独自に調べていた事がとうとう発覚すると、一気に話が広まっちまった。オレ以外の構成員がそんな情報を持っていた所で懐疑的に見られるだけだろうが、良くも悪くも『幹部としてかなりの影響力を持っていたオレが密かに何年間も追い続けていた打倒吸血鬼の殺戮兵器(リーサルウェポン)』ともなれば話は別だった。

 

「組織」が大々的に捜索を始めてしまうのと学園都市との繋がりがあった構成員からの報告が上がるのとでは、オレ一人が費やした時間に比べれば殆ど同時だったようにすら思えた。

 

 

 

 

『やったなJOJO!コレで俺たちとヤツらの因縁は終わるかもしれない…だが、「あの日」から既に何かを掴んでいたのなら何故「組織」に報告しなかったんだ…?せめて俺にくらいは教えてくれたって良かっただろ?相変わらず水臭いヤツだな〜お前は!』

 

笑いながら話しかけて来た相棒に、オレは静かに語りかける。

 

『オレは「組織」を抜けるぜ。…もしそう言ったら、ついて来てくれるか?』

『え?』

『オレはこうなる日をずっと恐れていた…姫神のチカラが明らかになる前に、密かに接触したいと考えて独りで探していたのに…』

『…おい、どういう事だ?冗談にしては…』

 

『オレは「納得」したいだけだ。姫神は心を殺してチカラを利用され続けないといけないのか!?「納得」は全てに優先するぜッ!でないとオレは「前」へ進めねぇ!どこへも!「未来」への道も!探す事は出来ねえッ!!』

 

『…言ってる事は、良く分かったし正しいさ、JOJO。だけど、ハッキリ言わせてもらう…残念だけど、お前についてくる奴はいないぞ…。情に流され血迷った事をするなんて…』

 

…結局、相棒はオレについては来なかった。だが、「組織」を裏切るということは殆ど死を意味する。オレは相棒を道連れにしなくて済んだ事に、その時は内心、少しホッとしたかもしれない。

 

姫神のためだけに世界の全てを裏切ったオレは、まさしく「悪」そのものだ…ガキの頃、姫神に「闇を照らす光になる」と言ったオレこそが、最もドス黒い闇に染まっていたんだ。

 

それでも。オレはオレの「誇り」を守り、貫き通そうとして、世界の暗部に身をやつしてでも、漸く姫神に再会できたってのに…

 

 

 

 

 

 

 

『…私は。自分の意思で此処に居る。アウレオルスは自分一人の力では助けられない人がいると言った。彼らの協力が必要だって。だから私は約束した。殺すためでなく助けるために。生まれて初めてこの力を使うんだって。』

 

姫神は既に救われていた。

オレなんかよりずっとスマートで、ずっと安全な方法で。天下の黄金錬成の庇護下にいるのなら、オレは最早全く必要無いのだ。

 

『悄然、なるほど「その目」は…そういう事か。』

 

アウレオルスは、——普段浮かべている氷のように冷たい鉄面皮にしては、だが——悲痛そうに顔を歪めた。まるで「果たして自分が同じ状況にあった場合、正気でいられるだろうか?」とでも考えているようだった。

 

『もしかして。あなたは私を…?』

『あぁ、笑っちまうよな。命がけで人を助けに来てみりゃ、蓋を開ければ只の自殺と変わらねーんだ…。』

『…どうして。』

『?』

『…どうして。私のためにそこまでできるの?私はあなたに会った事も無いのに…。』

 

姫神はオレの事を覚えていないだけに、どうしてオレがここまでするのか分からないようだった…。だが、彼女はこれから幸せになるんだ。過去の悲劇を清算できるほどに、一点の曇りもない「幸福」の中にいないとダメなんだ。

「過去」というものは…バラバラにしてやっても、岩の下からミミズのように這い出てくる。彼女の人生を邪魔しないためには、真実を聞いてはいけない。ソレが万が一重石になるようではオレが死ぬ意味すら無くなってしまうから…

 

『…さあな。ソイツを態々テメーに教えてやる義理はねーよ。』

『でも…』

『でももクソもねー。…それより、黄金錬成!ひとつだけ、頼みがある。』

『…何だ?』

『…握手してくれないか?』

『?…まぁ、良いだろう。』

 

波紋とは生命のエネルギー。熟達した波紋使いは、波紋を相手の生命力の奥底と共鳴させることによってソイツの「運命」を読み取る事が出来る。

 

オレたち人間は皆、運命の奴隷だ。一度ソレを見てしまえばその結果が絶対に覆ることは無い。

予言の波紋について「組織」の中でも最も年長の、今年で御歳165歳にもなる「老師」——オレは「オヤジさん」と呼んでいる——に聞くとこう言った。

 

『そうじゃな…儂は「結果」だけを求めてはいない。「結果」だけを求めていると、人は近道をしたがるものじゃ…近道をした時真実を見失うかもしれないし、やる気も次第に失せていく。

大切なのは「真実に向かおうとする意志」だと思っておる…。向かおうとする意志さえあれば、いつかはたどり着くだろう?向かっているわけじゃからな…違うかね?JOJO。』

 

これは波紋使いにとって、大体共通の認識と言える。避けられない運命の結果を求めるのではなく、例え無駄だろうと立ち向かうという意思そのものが重要なのだと。

 

だが、この時のオレは死ぬ前にどうしてもこの男の行く先を知りたくなったのだ。その運命の道程の中で、姫神が幸福であれば思い残すことは無い…。

 

アウレオルスの手を握ったオレは波紋を流し、そして見たものは…

 

 

 

 

 

()()

 

 

 

 

 

計画の失敗に逆上したアウレオルスが、姫神を殺すところだった。

 

『あ、あああ…』

『…唖然、妙な事を頼むかと思えば、何故そのような顔をしている…?』

 

最早笑ってしまうような現実に打ちのめされて、ただただ俯くことしかできなかった。既に運命は決まってしまい、覆すことは絶対に出来ない。

明滅する意識の、最後の力を振り絞って、どうにか声を捻り出す。

 

『…煮るなり焼くなり好きにしろ。どうせ、オレは死ぬだけだ…。』

『…そうか、それでは——』

 

友を裏切り、組織を裏切り——人類を裏切った末に、世界の全てに絶望したオレへ。唄うように、慈悲をもって紡がれた言葉はまるで…

 

『——全ての記憶を忘れろ。』

 

鎮魂歌(レクイエム)のように、静かに奏でられた。




今明かされる衝撃の真実。
(ぶっちゃけ露骨な伏線が意外性を削ってないか心配です。)

城島の能力「波紋」で出来る事リスト⑥
•未来予知
•長生き


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we are heroes to illuminate the darkness!


いやー更新頻度がバラついてきて面目無いです。これは言い訳ってワケじゃあなくないんですが、この三日間学習合宿で学校にカン詰めでしてね…。

まぁ今回が単純に難産だったってのもありますが。


「…とまぁ、そういう事だ。大体『組織』のメンバーとしての仕事なら、幾ら戦闘中の駆け引きとは言えあそこまで情報をひけらかす訳ねーしな…」

 

姫神を助けるために「組織」を裏切ってここにいること、その計画が無駄だったこと、——姫神が死ぬことが確定してしまったことなど。

その怨嗟に満ちた告白を聞いた上条は…ふつふつと、心の中で何かが沸き立つのを感じていた。

 

「……ざ、けんな…」

「…あ?」

「ふざけんじゃねえ、テメェは、たった一人の女の子を助けるために世界の全てを敵に回したんだろ!どうしてこんな所で諦めてやがんだ!たかが予言一つがどうしたってんだ!!」

 

城島の胸ぐらを掴んで怒鳴りつける上条に対して、彼は怒気を滲ませた声で答える。

 

「…オレの話を聞いていなかったのか?人は皆『運命の奴隷』だ!一度見た運命は変えられないんだよ!」

 

そう、波紋によって齎された予言は絶対に覆らないのだ。故に、「姫神がアウレオルスに殺される」などとという絶望的な宣告さえどうすることもできず、城島はそれを受け入れるしか無い。しかし…

 

「…その程度なのかよ。」

「何だと!?」

「絶対の『運命』とやらに見放さたくらいで、このままじゃ死ぬと分かってるヤツを見捨てんのか?自分の命も顧みないで助けたいって思った人をか!?…世界の全てを裏切ってでも助けるって決めた、テメェの覚悟はその程度なのかって聞いてんだ!!」

「…ッ!」

 

先程城島と戦った時の苦し紛れのハッタリとは訳が違う、真に迫ったその言葉には彼が本気で言っていると理解せざるを得ない「スゴ味」があった。

 

「…そのツンツン頭の意見に同意するのは本当に、本ッッ当に不本意だが…僕も君の態度は気にくわないな。」

 

そこで、今まで静観を決め込んでいたステイルが割って入ってきた。

 

「大体何だその『予言』ってのは。神の言葉を受けとって、それを人々に伝えるという意味での『預言』者ならばキリストを始め十字教にはごまんといるが、人の身で運命を完全に読み取るなんて正直眉唾としか思えないね。」

 

そうは言っているが、ステイルも城島の予言を完全に信じていない訳では無い。十字教徒としては確かに信じがたい話だが、世界的に見れば完全な予言の逸話はあることはあるのだ。

 

ただ城島の告白から、彼がどこまでも真っ直ぐに自分の意思を貫き通す人間であるという事、ひいては以前の戦闘において放った啖呵が嘘偽り無い本音であったという事を知り…自分でも本当に「らしく無い」と思いながらも城島を見込みがある存在として少しだけ気に入ってしまったステイルは、城島を激励するにあたって『かつての自分のように、助けられる筈の人間の前で尻込みしてるバカの目を覚ましてやりたい』という真意を悟られたくなかったというだけのことだ。

 

 

「つまり何が言いたいっていうとだね…君のチャチな予言もどきで占った運命程度なら、コイツの『ありとあらゆる異能を打ち消す右手』で捻じ曲げる事だって出来るかもしれないってことだ。」

「なっ…て、テメー今右手が何だっつった!?」

「ああ、言ってなかっけ?さっき君の波紋を散らしたのもこの右手、幻想殺し(イマジンブレイカー)によるものさ。…丁度こういう風に、ねッ!」

 

唐突に炎剣を生み出したステイルは何の躊躇も無く、ソレを上条に向けて叩き付けた。

度肝を抜かれた城島は一瞬だけ呆けてしまったが…上条がその右手を翳した瞬間、まるで最初から炎など存在しなかったかのように散らされてしまった様子を見て更に大きく目を見開いた。

 

「っ………ぶねぇ!!何しやがる!?」

「今のを防御できる君も大概だとは思うけどね…チッ」

「舌打ち!?今舌打ちしませんでしたか!?ワタクシ上条当麻、一日に二回も仲間に同じ方法で殺されそうになるような事した覚えは無いのですが!?!?」

「誰が仲間だ気色悪い死ねあとその口調気色悪い死ね」

「二回殺し損ねたからって同じ数だけ死ねって言ってんじゃねぇっ!」

 

上条たちが命懸けの漫才を繰り広げている間に、城島は先の右手について思考に耽る。

実は、姫神の能力について分かる事が無いかと特異な異能について「組織」の資料を片っ端から調べていた折に、「ありとあらゆる異能を打ち消す力」が何回か出てきたのだ。

それだけなら別に城島の興味を引くことはなかったが、一時期「組織」の一部のメンバーがこの正体不明の力を調査した時の記録によると…大きな歴史の転換点に度々登場しては次の宿主に継承される、全く正体不明の力だという事くらいしかわからなかったようだ。

 

結局吸血鬼とはあまり関係ない力だと判断したのかあまり重要視されず、それ以上の調査は行われなかったようだが、それにしたって一万年以上の歴史を誇る「組織」の力をもってしても真実に到達出来なかった力という事で随分と印象に残ったものだ。

 

その不可思議な情報の痕跡についてオヤジさんに聞いてみたところ——もうかなりボケているので、断片的なことしか語ってくれなかったが——どうやら彼も個人的な興味から一時期幻想殺しについて調査していたらしく、実物を見たこともあるそうだ。その依り代となった「矢」のようなモノの所有者とは知り合いでもあったとか。

 

「すると…ソレが本当に今代の幻想殺しなのか?」

「え…?」

「え?」

「ん?」

 

自分の何気ない確認に対して上条とステイルが意表を突かれたような声を出したので、疑問を感じる城島。

 

「お…俺の力について、何か知ってんのか?」

 

恐る恐る聞いてきた上条に対して、何を言っているのかというように城島は聞き返す。

 

「じゃあ…テメーは何も知らねえのか?」

「待て待て、コイツの能力はイギリス清教(ウチ)ででさえ、つい最近存在を認められた能力だぞ。学園都市に侵入して日も浅い君が、何故何かを知っているような口を聞く?」

 

どうやら本当に何も知らないようだ。まぁ、力が宿っているからといってもその正体を知っているとは限らないか。

 

「…ウチの『組織』の歴史は一万年以上続いてっからな…。集まる情報も膨大だから、似たような話は聞いたことがある。だが、それだけだ。結局、殆ど何も分からなかったようだぜ。」

「そうか、なら仕方ないか。……それよりさ、」

 

思わず何か分かるかもしれないという事で少なからず身構えていた上条は少し拍子抜けしたようだが、まぁ仕方ないと思考を切り替えつつ、逸れた話を元に戻す。

 

「これからどうすんだ?俺の右手に賭けてみるかそれとも…このままくたばっちまうのか?」

 

痛いところを突いてきやがったな、と城島は思った。正直、幾ら数々の伝説にまつわる右手だとしても絶対の運命を覆せるとはあまり思っていない。もうその心はボロボロに疲弊していて、死んでしまいたいとも思っている。

 

(くそっ…オレは、オレは…)

 

…だがもしかしたら、ほんの少しの可能性があるなら、それに賭けても良いかもしれない。…優先すべきは自分の心境ではなく、姫神の命なのだから。

 

「…相手はあの黄金錬成だぞ?テメーは本当に、姫神を助けるために命張れんのか。…死ぬ覚悟はできてんだろーな!?」

「…んなモン無えよ。」

「ああ!?」

「姫神はさ、きっと自分を助ける為に人が死んだって喜ばねーよ。俺は生きて帰って、アイツに『ありがとう』って言わせてやりてえよ…」

「!!」

「テメェ言ってたよな?姫神は、過去の悲劇を精算できるくらい、一点の曇りもない『幸福』の中にいないとダメなんだって!アイツを助けるために死んで、『私のせいだ』って『後悔』させたくねえんだよ!!…俺は生きて帰るぜ。誰も死なせねえッ!」

 

 

 

「もし絶対の運命とやらが、たった一人の女の子を救うことすら許さねえってんなら——そのふざけた幻想をぶち殺す!!」

 

 

 

「…ハッハハハ!…どうやらオレは、未だ自分本位に考えてたみてーだ!テメーのおかげで目が覚めたようだな。…そうか、『光』っつーのは…テメーみてえな人間を指す言葉だな…。」

「例え『闇』でも、人を照らしてやれない道理はねーだろ?」

 

その瞬間、空から途轍もない熱量を秘めた巨大な極光が「三沢塾」を一瞬で破壊した。

 

「『グレゴリオの聖歌隊』…ローマ正教も、とうとう重い腰を上げたって訳か。」

 

話に聞くローマ正教の最終兵器の威力を肌で感じて薄く冷や汗をかいたステイルだが、直後、その表情は更なる驚愕で塗りつぶされる。

 

「…巻き戻っていく……!?本当に、黄金錬成は完成していたのかッ…!」

 

三千人の魔力を費やす聖呪爆撃が、まるで時間を巻き戻したかのように空を登って消えていったのだ。それに伴い、木っ端微塵に消し飛んだ筈のビルが元に戻ってしまった。

 

その余りに馬鹿げた光景を見て、城島は上条に最後の確認を取る。

だが同時に、どんな答えが返ってくるかはスデに確信していた。もう「迷い」は無い。

 

「『姫神を助ける』『生きて帰る』…両方やらなくっちゃあならないってところがオレらのつらいところだな。『覚悟』はいいか?オレはできてる。…テメーはどうだ?『ヒーロー(闇を照らす光)』。」

「当たり前だ。『ヒーロー(闇を照らす闇)』!」




俺たちの戦いはこれからだ!!

説教回。話術サイド総本山たる上条さんの説教を上手く書けたか心配です。ハードル高杉晋作

これからお盆の一週間だけは休みなので、更新も巻きで行きたいと思います。…一週間だけかぁ。


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クラウチング•スタート

短め。
2800字くらい書いたところで全消ししちまいまして…書き直したら2600字くらいに縮んでました。安物のシャツか何か?


「三沢塾」に向かう道すがら、城島たちはお互いの情報を交換しあっていた。

 

「つまり、姫神が殺されるのは『ヤツが計画の失敗を知った時』だ。その計画っつーのは何だと思うよ?」

「…そうか、アイツがそこまで取り乱す事があるとすれば、禁書目録(あの子)関係しか有り得ない。」

「え…?インデックスが?」

「…は?禁書目録ぅ?」

 

唐突にかの有名な魔道書図書館の名前が出て来て困惑する城島。その名前は科学サイドの総本山である学園都市には最も似つかわしくないモノの筈だが…?

 

「ん?魔術サイド(こっち側)では周知の事実のハズだけど…あぁ、君は『組織』から離れていた以上最近の情勢には疎いのか。まぁ詳しいことは省くが、今の学園都市には彼女がいるんだよ。」

「…オレの居ねぇ間に何をどーしたらンな事になんだよ…。」

「で、インデックスがどうしたってんだよ?」

 

ステイルが言うには、彼女は10万3000冊の魔道書に脳の容量を圧迫されており、一年周期で記憶を消さないと生きていけない体だったらしい。しかしそれは禁書目録の行動を制限し、「セーフティロック」をかけるためのイギリス清教上層部による真っ赤な嘘だった。

彼女を助けるために歴代の「パートナー」達が尽力したが、全ては無駄だった。当たり前だ、それは胃を患っている患者に対して心臓の検査をしているようなモノなのだから。

 

そして今代のパートナーが上条、先代がステイル達、先々代がアウレオルスらしい。

アウレオルスはインデックスを助けるための計画を遂行しようとしているが、件の「セーフティロック」は上条の幻想殺し(イマジンブレイカー)によって破壊されているために彼女は既に救われている。故に救われている者を救おうとしているヤツの計画は絶対に失敗すると考えれば辻褄は合う…というのがステイルの見解のようだ。

 

「なるほど……どっかで聞いたような話だな。」

「皮肉な事だが、そうなるな。僕だって少なからず同情するさ。」

 

そこで、城島は上条の様子がおかしい事に気づく。

 

「どうした上条?ボーっとしやがって。」

「あ、ああ。何でもねえよ。」

 

何かを考え込んでいて注意散漫になっている様子の上条に、ステイルが呆れたようにして問う。

 

「君ね、まさか『後ろめたい』なんて思ってるんじゃあないだろうな?」

「うっ」

 

アウレオルスは城島と同じく、世界を敵に回してでもたった一人の少女を助けようとしている人間だ。同情もしたし、共感もしてしまった。

加えて上条は記憶喪失だ。インデックスを助けた上条当麻とは別人であり、どうやって、どんな気持ちで助けたのかなんてわからない。

知らない間に人を助けて、知らない間に信頼を勝ち取っていただけ。果たして、自分はあの少女の信頼を独占するだけの権利など持っているのだろうか、と。

 

「…それでも、アイツは野放しにしておけない。塾の生徒たちを防衛機構の歯車としか思ってないような奴を、やりきれない怒りに任せて姫神を殺すような奴を許せないから…俺は前に進むよ」

「…そうだ、それで良い」

 

その答えに満足した様子の城島。なんといっても作戦の要は上条の右手なのだ。彼がやる気をなくすようでは話にならない。

 

 

 

 

 

そうこうしているうちに目的地に到着した。そこで城島は一旦立ち止まり、道中練っておいた作戦を二人に伝え始める。

 

「さて…黄金錬成とやりあうんなら作戦の一つや二つ練っておくべきだろう。第一に、言葉一つで世界を歪めるようなヤツを倒すとしたら相応の『隙』を作らなきゃならねぇ。例えば…聞いた限りじゃ、ヤツに計画の失敗を教えてやればかなりの動揺を誘えるだろうな。」

 

城島のアイデアに、しかし上条は苦言を呈する。

 

「でも…そうすると予言の条件を満たして、姫神が殺されるんじゃねーのか?だったらそれを悟らせないようにしなきゃだろ。」

「君は城島の話を聞いていなかったのか?吸血殺しが殺されるのは運命とやらで決定しているんだろう?つまり僕達が勝とうが負けようが彼女は殺される。」

「あー…そうか。俺らの勝利条件は、俺の右手で運命を打ち消した事を確認してから勝つことで、だったらさっさと予言の条件を満たしちまった方が早いって訳か。」

「そういうことだ。」

 

いち早く城島の意図を察することができたステイルだが、しかしその内容には内心舌を巻いていた。

幾ら合理的とはいえ、これから命懸けで助けようという人間の命をこちらから脅かす作戦をたったこれだけの時間で練るとは…

少なくとも、相手が単なる仕事の護衛対象辺りなら自分も同じ発想に至るだろうが…これが禁書目録(かのじょ)だったらこうはいかないだろう。

 

「そうなると上条には、少なくとも運命が打ち消された事を確認するまでは姫神の近くにいてもらう必要かある。つまり始めからヤツを叩けるのはオレ(城島)テメー(ステイル)の二人だな。異能を無効化しつつ真っ向から戦える幻想殺しを使えないとなると攻め手に欠けるが…まぁ仕方ねーか。」

「しかし、肝心の急襲の方法はどうする?僕の魔術も君の波紋も、彼我の距離を一瞬で詰められる程のスピードは無いだろう。」

 

ここまでステイルが慎重になるのも無理はない。なにせ相手はその『一瞬』でこちらを全滅させることができるのだから。

 

「それなんだがな…ヤツがこのビルの、どこら辺に居やがるかわかるか?」

「遠目に見た限り、『グレゴリオの聖歌隊』が吹き飛ばしたのは北棟以外だ。流石に自分ごと木っ端微塵にしてから直すなんて酔狂な真似はしないだろうから、いるとしたら北棟の最上階…それも、人が入ってこないであろう校長室だ。」

「見取り図は?」

 

ステイルは近くの壁に、校長室の見取り図の焼印を入れてみせた。

だだっ広い室内には入り口は一つだけ。奥には全面窓ガラスが張ってあり、ダクトなども人が入れるような大きさの物はない。

 

「どっちにしろ、入り口は一つしかないんだから不意打ちは出来そうにないね。魔術でも使えば奇襲はできそうだが、魔力を感知される以上それも意味を成さないだろう。三人揃って正面突破するしかないよ。」

「ほー…これならイケそうだ。」

「…何を?」

 

一見した限りでは、持ちうる手札の中でどうこうすることは出来なさそうだが…?

疑問に思ったステイルは問うが、返ってきた答えには流石の彼も唖然とするしかなかった。

 

 

 

 

「黄金錬成を相手取る以上、最善の策は『暗殺』しかない。テメーらは『正面から囮に』なって、感知されないオレは『後ろから』…ハサミ討ちの形になるな。」




そろそろ一区切りつきそうなんで、近いうちに章分けみたいなのを試そうと思います。もし失敗したら一時的にいろいろ荒ぶるかもしれませんが、生暖かい目で見てやってください。


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二律背反

巻きで行きたいと思います(キリッ

いやほんと課題多すぎて…もう下手な事は言うまい…


「三沢塾」北棟の最上階——校長室への巨大な扉は、上条達を迎え入れるように開いていた。

 

部屋の中に入ってきた上条を見て、姫神はびっくりしたような顔をした。だが、アウレオルスは逆に何の感情も浮かんでいない。当然の事が当然起きた。そんな顔でしかない。

 

「ふむ。その目を見る限り、私の目的には気付いているようだが…ならば何故、私を止めようとする?貴様がルーンを刻む目的、それこそが禁書目録を守り助け救うためだけだろうに。」

 

アウレオルスはチラリと視線を落とした。

錬金術師の手前——立派な机の上に、銀髪の少女が静かに眠らされている。

思わず上条が走り出そうとしたが、横からステイルの長い手に阻まれた。

 

「簡単だよ。その方法であの子は救われない。失敗するとわかっている手術に身を預けられるほど、その子は安くないんだけどね?」

「否。貴様の理由(ソレ)は嫉妬だろう。自然、今までは共に夢を失い絶望した『同志』だったが、一人出し抜くとあっては満足できん。くだらんとは言わん。私の妄執も原理は同じだ。」

 

ステイルはほんのわずかに眉を引きつらせた。

アウレオルス=イザードが何の皮肉でもなく、自然に言っている事に対して。

 

「これまで禁書目録は膨大すぎる脳の情報量のため、一年ごとに全ての記憶を消さねばならなかった。これは必定であり、人の身に抗えん宿命だ。だが、逆に言えば人ならぬ身を使えば済むだけの話。結論が出た今となっては逆に不思議だ。何故、今の今まで吸血鬼を使おうと進言した者がいなかったのか、とな。」

「……、」

「吸血鬼とは無限の命を持つ者。無限の記憶を、人と同じ脳に蓄え続ける者。しかし、多すぎる情報量で頭が破裂した吸血鬼など聞いた事がない…あるのだよ、吸血鬼には。どれだけ多くの記憶を取り入れても、決して自我を見失わん『術』が。」

「ふん、吸血鬼となかよしこよしになって、その方法を教えてもらおうって腹かい。——念のために聞くけど。仮にその方法、同じく人の身には不可能と分かったら君はどうする?」

「当然。人の身に不可能ならば——禁書目録を人の身から外すまで。」

 

アウレオルスは一秒の間もなくそう答えた。

それは、つまり——

 

()()()()って訳か。チッ、カインの末裔なんぞの慰み者にされて、喜ぶ信徒がいるものか。これは歴代のパートナーに共通して言える事だけどね、誰かを救いたければ、まずは自分を殺して人の気持ちを知る事こそが重要なのさ。ま、これは僕も最近覚えた事だけどね。」

「……くだらん、それこそが偽善。あの子は最後に告げた、決して忘れたくないと。指先一本動かせぬ体で、溢れる涙にも気づかずに——笑いながら告げたのだ。」

 

アウレオルス=イザードはわずかに歯を食いしばった、ように見えた。

何を思い出し、何を振り返ったのか。上条には分かるはずもない。

 

「どうあっても、自分の考えは曲げない、か。それならちょっと残酷な切り札を使わせてもらおうか」

 

ステイルは、不意に上条の方を見た。

 

「ほら、言ってやれよ今代のパートナー。目の前の残骸が抱えている、致命的な欠陥ってヤツを。」

 

——ここだ。城島の予言はここから始まる…その引き金を引く時が、とうとうやってきた。

目の前の男を絶望の淵に叩き込む言葉を、やりきれない思いで上条は紡ぎ出す……

 

「お前、一体いつの話をしてんだよ?」

 

 

 

 

 

 

 

城島は上条達とは別行動でビルを登っていた。

 

「ハァ、ハァ………ふっ、コォォォ…」

 

正直言って、彼は大分疲弊している。アウレオルス=ダミー、ステイル、上条という強敵達と続けて戦ったのだから肉体的疲労は勿論、目まぐるしく移ろう状況も相まって精神的疲労もかなりのものだ。

少しでも回復するために波紋を練るが…自分がやろうとしている事への緊張が呼吸を乱す。

…それでも、譲れないモノが、あの日の「誓い」が。確かに息づいている事を心の底で感じ取れるからこそ、城島は止まることは無い。

 

「ふぅーーーッ……まさか人間を、それも黄金錬成(アルス•マグナ)に不意打ちなんて仕掛ける事になるとは、人生何があるかわかんねーな。…よし、ここだな?」

 

北棟の最上階、校長室と思しき地点まで漸くたどり着いた城島は取り敢えずマフラーで気配を探る。どうやら上条達は先に来ていたようだが…動きが見られないということは自分が動く時ではないだろう。暫く様子を見ていよう。

 

(『命』を『運』んで来ると書いて『運命』……こんな言葉を作ったヤツは、いっぺんブン殴ってやる…くそッ)

 

ここで城島は考える。果たして幻想殺し(イマジンブレイカー)は運命を打ち砕くことができるのだろうか?あるべき事象がその通りに収まろうとしているだけなのに、都合の悪い結果を切り捨てることなんてできるのか、と。

 

しかしこうも思うのだ。これは何の根拠も無く「ただそう思っただけ」という話なのだが…この科学の街で上条と出会えたのは本当に()()なのか?

人と人との間には()()のような力が働いていて、出会うべき人間は引き寄せられるようにして出会うモノなのだと…そんな奇妙な感覚を抱かずにはいられない。

 

(…………、)

 

これから運命を打ち砕こうというのにそんな考えを持つなど、全く馬鹿げている。馬鹿げているが…どうしてもその導かれるような感覚を、矛盾した希望を払えずにいるのだ。

 

(ま、どう考えようが今更何も変わんねぇか。——()()()()()()()…)

 

 

二人の囚人が鉄格子の窓から外を眺めたとさ。

一人は泥を見た。一人は星を見た。

…オレはどっちだ?

 

 

「もちろんオレは星を見るぜ…姫神を助けるまで…星の光を見ていたい!」

 

 

 

 

 

 

 

アウレオルスに全てを語った上条は、残酷にして鋭利な「現実」という名の刃に心を裂かれた目の前の錬金術師の表情(かお)を見て……もうコイツは戻れない、と思った。漠然と、だが確信を持ってそう思わせられた。

 

「ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!」

 

狂笑が響き——

 

「……、()()()?」

「—————あ、」

 

最悪の結末(バッドエンド)を突きつけられて——

 

「う、ぅぅうううううううううううう!!」

 

それでも、彼女に向けることだけはできなかった殺意が——

 

「……倒れ伏せ、侵入者供!」

 

——上条達に向かうのは、ある種当然と言えた。

上条とステイルは、何十本もの見えない重力の手に全身を押さえつけられ、銃を奪われた銀行強盗みたいに床に組み伏せられた。

 

「ご…ッ、が……!」

「は、はは、あはははは!()()()()()()()、じっくり私を楽しませろ!私は禁書目録に手をつけるつもりはないが、貴様で発散せねば自我を繋げる事も叶わんからな!」

 

錬金術師は懐から髪の毛のように細い(はり)を取り出す。震える手で(はり)を首筋に当てると、体内のスイッチを押し込むようにソレを突き刺した。

アウレオルスは皮膚に食いつく害虫を払うように、(はり)を横合いへ投げ捨てた。

まるでそれが攻撃開始の引き金の如く、アウレオルスは上条を睨み、

 

「待って」

 

そこへ、姫神秋沙が立ち塞った。

彼女の背中は、本気で心配してした。上条の事はもちろん、崩れつつあるアウレオルスの事も。決定的に終わってしまう前に、どうにか立て直さなければならないと無言で語っていた。

 

(——来たッッ!!)

 

しかし、こうなる事を完全に予想できていた上条はいつでも右手を使えるように準備していたし、実際既に体の自由を取り戻していた。

 

「邪魔だ、女———-」

 

音も無く立ち上がった上条は、全速力で姫神の背中に飛びかかる。頭に血が上ったアウレオルスはこの異常事態に気づいてもいないようだが、こちらも錬金術師の事など視界にも入れずにただ手を伸ばす——

 

 

 

 

 

()()

 

 

 

 

 

——何も、起きなかった。

金色(こんじき)黄金錬成(アルス•マグナ)によって確実な死を告げられた瞬間だとは誰も思えないほどに——何も起きなかった。

 

精々が、少しだけ術の効果が及んだのか、ぶるりと震えた姫神の体から力が抜けてしまったくらいだが…気絶しているだけ。誰が見ても生きていた。

 

「な……我が金色の錬成を、右手で打ち消しただと?」

 

ようやくただならぬことが起こっていることを理解したのか、アウレオルスの目が凍る。

 

「ありえん、確かに姫神秋沙の死は確定した。その右手、聖域の秘術でも内包するか!」

「やった、間に合った!…『運命』に勝ったッ!」

 

 

 

かくして運命の奴隷は解き放たれた。

 

さあ戦え。

たった一人の少女の命と笑顔を守るために、右の拳を握り締めて。




次回、章のラスボス戦。


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アウレオルスの『世界』

最初の頃は一日で1話仕上げられたのに、慣れてきた今になって日を跨ぐようになったorz


「なるほど。真説その手、私の黄金錬成(アルス•マグナ)も例の外に漏れず打ち消すらしい。」

 

戦いは上条が優勢に進んでいるように見えた。

攻撃手段が右の拳しかないために一発も入れることができていないが、アウレオルスの攻撃である「窒息」、「感電」、「絞殺」に「圧殺」…その全てを打ち消しながら彼我の距離を確実に詰めている上条の表情には、ある種の余裕さえあった。

 

しかし。たったそれだけの優位性をひっくり返せない程、黄金錬成は甘くない。

不利な状況に立っているハズの錬金術師が未だに余裕を崩していないという事に僅かな疑念を抱いた瞬間、

 

「ならばこそ、右手で触れられぬ攻撃なら打ち消すことは不可能なのだな?」

 

上条は、今度こそアウレオルス=イザードの言葉に背筋が凍りつくかと思った。

 

「銃をこの手に。弾丸は魔弾。用途は射出。数は一つで十二分。——人間の動体視力を超える速度にて、射出を開始せよ。」

 

火薬の破裂する音が響き、一瞬遅れて上条の頰を浅く切った何かが背後の壁にぶち当たる。

右手を構えて凍りつくことしかできなかった上条を満足そうに見やったアウレオルスは、またしても首に突き立てていた(はり)を投げ捨ててこう言った。

 

「先の手順を量産せよ。一〇の暗器銃にて連続射出の用意。」

 

唇に言葉を乗せた瞬間、アウレオルスの左右二本の手には、それぞれ五丁ずつ計一〇もの剣の仕込み銃が、まるで鋼の扇のように広げて握られていた。

アレが射出されたら最後、上条当麻は絶対に避ける事も防ぐ事もできない。

 

(逃、げ……ッ!)

 

故に、上条は射出される前に回避しようとした。無駄な足掻きと認識しながらも、とっさに横合いに転がろうとして、

ふと思った。

上条の背後——すぐ足元には意識が途切れている姫神が、ずっと後ろの壁際には倒れて身動きの取れないステイルがいる。

それら一切を無視して——現状、唯一目の前の錬金術師を倒し得ると思われる——自分の身を優先させることは、できなかった。

 

そこで、意図せずしてステイルと目が合った。

きっと急に足を止めた自分を非難しているだろう。アイツは多分そういう奴だ。自分の安全を度外視してでも今、みすみす上条が攻撃を受けることなど許さない——そんな目をしている、と思っていた。

 

「フン、()()()は既に…終わっているのさ。」

 

だが、それは全くの間違いだった。ブツブツと何事かを呟く彼の表情は…ヤツにようやく一杯食わしてやれる、という感じの『愉悦』に染まっていた。

 

灰は灰に(Ash To Ash)塵は塵に(Dust To Dust)——」

 

そこでステイルが口にしている詠唱に気づいたアウレオルスは一瞬動きを止めたが…すぐにその表情は嘲笑へと変わる。

 

「……くだらん。実にくだらんハッタリだな。貴様の術式は私も知っている。この部屋にルーンは刻んだのか?幾ら貴様が天才だと言えども………?」

 

そこでアウレオルスは「三沢塾」全体に張り巡らせた術式により、ステイルがどうやら()()()()()()()()()()()らしいという事に気づいた。

その魔力が一体どこに注ぎ込まれているのかと辿ってみると…今度こそ、アウレオルスは驚愕した。

 

「——吸血殺しの紅十字(Squeamish Bloody Rood)!」

 

刹那。目も眩むような輝きと共に、()()()()()()()()()()から爆炎が顕現した。

 

「う、おおおおおおッ!?」

 

咄嗟に姫神を守るようにして抱きとめた上条は、そのまま爆風に吹っ飛ばされる。事前にこういう事も起こるかもしれないと伝えられていたとはいえ、余りにも唐突な奇襲に虚をつかれてしまった。

 

「やれやれ、動けない僕達の盾にでもなろうとしたのかい?だとしたら余計なお世話ってヤツだな、偽善者(エセヒーロー)くん。」

 

ステイルの扱うルーン魔術は、身動きを取れなくした程度では無力化は出来ない。ルーンという媒体を通して、体内で生成した魔力を注げばいつでも強力な攻撃を放つことができるのだ。

 

しかし…だからこそ、何も無い敵の真後ろから炎を出して奇襲することなど普通はできないのだが…?

 

「………やったか?」

「いや。魔力感知の術式が生きている以上、初動は察知されただろうから厳しいだろうね。……だが、今のを発動できたってことは、()()()は間に合ったようだ。」

 

今のステイルが使える中での最大級の威力を誇る術式、「吸血殺しの紅十字」だが…次の瞬間、もくもくと立ち込める煙の奥から、どんな手品を使ったのか傷一つ負っていないアウレオルスが現れた。

 

「……ありえん。貴様の術式は、刻んだルーンを中継せねばロクな威力は出ないはずだ。」

 

訝しむようにして言ったアウレオルスに、ステイルはたったひとつの単純(シンプル)な答えを返した。

 

「フン、それなら話は簡単だよ。…貼ってもらったのさ、()()()にね。」

「…何だと?」

 

この部屋には入り口が一つしか無い。強いて言うなら窓ガラスがあるが、ここは十二階建てのビルの最上階である。

どちらにしても潜入するにあたって使われるであろう魔術の痕跡は無く、ならば学園都市の能力者かとも思ったが…魔術サイドの問題に科学サイドが干渉してくるとは思えない。

 

(魔術でも科学でも無い…?ならば…)

 

ソレが何なのかはわからないが………この世の何よりも信頼して()()()()()()()()。「黄金錬成」に「弱点」は()()…という事だ。

 

「…()()()()()()!」

「ッ!?」

 

明らかに動揺した様子のステイルと上条を無視して、周囲を探る。

右?左?後ろだろうか…もしくはッ!

 

「『上』かッ!」

 

広げた視界を上に向けると…そこには、()()()()()()()()城島がいた。

波紋の性質は大きく分けて二つ。『はじく』(プラス)の波紋と、『くっつく』(マイナス)の波紋だ。

波紋をよく通すシャボン液を手指に擦り込めば、(マイナス)の波紋によってビルを登り切ることも、天井に張り付くことも可能!

 

「遅ぇーーんだよッ!くらえ、ブッ壊すほど……」

「それ以上、私に……」

 

天井を蹴って加速した城島は、渾身の力を以って拳を叩きこもうとし、アウレオルスはそれを防がんと言葉を紡ぐ。

 

「シュートッ!!」

「近づくなッ!!」

 

…果たして、先に届いたのはアウレオルスの術式だった。すんでのところで拳が届かないギリギリの状態…城島の落下は停止している。

だが!だからといって城島がこの奇襲を失敗させた事にはならない!なぜなら…

 

「オオオオッ!!」

「何ッ!?」

 

瞬間、城島の腕が()()()

「ズームパンチ」。肩から腕までの関節を外し、拳のリーチを極限にまで伸ばす技…もちろんその痛みは凄まじく、本来なら実戦でまともに使えはしない技術だが——その痛みを波紋で和らげることで技の完成度を昇華させている。

 

ズガッ、と。波紋により殺傷力を高めた、致命的な一撃が錬金術師を確かに捉えた。

それを見たステイルは勝利を確信する。一度その威力を味わっただけに、アレを食らって無事でいられる筈が無い、と。

 

だが——その一瞬!アウレオルスの精神内に潜む爆発力が、とてつもない冒険を生んだ!

黄金錬成は自分が明確にイメージできる範囲の事象しか発現させることができない。故に今までやろうともしなかった事だが——「何者だろうと自分に近づけさせない」…ただそれだけを考え、そして実行すべく紡いだ言葉は、彼自身が驚嘆する程に自然と頭の中に浮かんでいて——

 

 

 

 

「止まれいッ!『時』よッ!」

 

 

 

 

——世界から色が消えた。

 

不自然なくらい腕を伸ばして宙に浮いた状態の城島も、床に這い蹲りながら微妙にニヤケた表情をしているステイルも…その身を蝕もうとしていた波紋も。その全てが、『止まった時の世界』で動くことができないのだ。

 

「——-はッ、はァッ…この私を、『暗殺』しようなど……、ッ!?貴様は!」

 

そこで彼は初めて下手人の顔を見て、それが数時間前に会った青年だと気づく。

一体なぜあの状態から再起し、自分と敵対するに至ったのかはわからないが…

 

しかし、悠長に事態の把握をしようとしているアウレオルスは思考を打ち切らざるを得なくなった。

 

「な…なんだ!?ステイル、城島!…テメェ、何をしやがった!」

「……ほう、この停止した時の世界の中に、やはり貴様も入門してきたか…」

 

黄金錬成を打ち消す謎の右手を持つ少年、上条当麻は依然として動きを止めていない。

 

「やはり私を害し得る人間は貴様だけのようだな……()()()()()()()!」

 

アウレオルスが城島に向かって言い放った瞬間…微動だにしていないものの、ギチギチと、物凄い圧力がかかっていることが察せられる不気味な音が鳴り響く。

 

「——そして時は動き出す。」

 

宣言した直後、有無を言わせず城島が吹っ飛んでいく。勝ったと思った直後にそんな光景を見せられたステイルの表情が凍りつくのにも構わず、アウレオルスは城島を注意深く観察する。

 

「ぐ、ぁッ…バ、カな……ふーっ、コォォ…」

「ふむ…成程、()()か。ならば…窒息せよ。」

「…!、…——」

 

一瞬だけ悶え苦しんだ様子を見せた城島は…そのままピクリとも動かなくなってしまった。

 

それを一瞥したアウレオルスは興味を失ったように視線を外すと、再び上条に向き直る。彼にとって世界の全てであった、インデックスを自分の手で助けるという目的を失った今…最も重要なことはソレを奪った上条を殺すことであり、それ以外はどうでも良いのだ。

 

「ッ…城島!」

「次は貴様だ…徹底的に叩きのめして、惨殺処刑してくれよう!」

 

復讐の鬼と化した彼の暴虐は止まる事を知らず…

未だ、夜明けは遠い。




死ぬほど追い詰められたおかげで覚醒しました。
伊達に元主人公(ヒーロー)やってません。

城島の能力「波紋」で出来る事リスト⑦
•くっついたりはじいたりする
•痛みを和らげる(関節外しは波紋関係無しの技術)




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死んだふり、慌てたふり、幼女のふり

休日に筆が進んで一万文字くらい書いてしまったので、次(第一章最終回)も早めに投稿できると思います。

今回も最長記録更新で、次は更に長いです。


「ク、ソ……ッ!」

 

文字通り「息の根を止められた」城島を助けるために上条は走り出す。

窒息しているだけならばまだ間に合う。それは現に、喉の奥に幻想殺しを突っ込むことで自分の窒息を打ち消すことが出来た、という実績に基づいた判断であり、事実城島はまだ生きている。

だがそれも時間の問題である。その上、彼の息を吹き返すのを阻止するために邪魔してくるであろうアウレオルスをどうにかしなければならなかった。

 

その目に闘志を宿す上条を見たアウレオルスは目の前の敵を排除するための言葉を紡ごうとするが——それより先に、上条はポケットの中にあった携帯電話を思いっきりアウレオルスへ投げつけた。

 

「……な?」

 

アウレオルスが一瞬、確かに戸惑った時には上条はすでに走り出している。

携帯電話なんかで錬金術師を必殺できるとは思わない。ようは相手の懐へ飛び込むまでの、ほんの小さな隙を作れば良いだけの事。予想通り、アウレオルスの注意は携帯電話へ向かう。

 

「……、投擲を中止。意味なき投石は地に落ちよ。」

 

そのわずかなタイムロス。その間に上条はすでに距離を半分にまで縮めている。あと一撃。アウレオルスの攻撃をどうにか防ぐことができれば攻撃に転ずることも可能———ッ!

 

「この手には再び暗器銃。用途は射出。合図と共に準備を完遂せよ。」

 

だが、逆に言えばあと一撃がどうしても間に合わない。

アウレオルスは両手にある一〇の仕込み銃を手放す。ガシャン、と。空の暗器銃が床に落ちると同時、その音を合図にするように再び錬金術師の手には仕込み銃が握られていた。

上条が緊張に顔の筋肉を引きつらせ、アウレオルスが決定的な一言を告げようとした瞬間、

 

 

魔女狩りの王(イノケンティウス)!」

 

 

ズアッ!、と。ステイルの叫び声が響くと同時…アウレオルスの周囲に大量のカードがバラ撒かれ、炎の巨人が現れた。

 

「「……ッッ!?」」

 

上条とアウレオルスの両名が驚愕したのも無理は無い。

重油のような身体を芯に、猛烈な爆炎を纏うその人型が表す意味は「必ず殺す」。全てを焼き尽くす三千度の炎を前にしては、さしものアウレオルスもそちらに注意を割かざるを得なかった。

 

「砕けよッ!」

 

黄金錬成が炸裂し、言葉通りに巨人が砕けるも…周囲に撒かれたルーンのカードを起点に容易く蘇ってしまう。

そう、「魔女狩りの王(イノケンティウス)」を維持するためには辺り一面にルーンを設置しなければならないのだが、周囲を見渡せば部屋中がカードで溢れていた。

 

一体誰が…?そう思った瞬間、上条はグイっと肩を掴まれて後ろに引き寄せられた。

息が止まるかと思うほどビックリしてしまった彼が慌てて背後を見やると…本当に息が止まっているはずの城島がいた。

 

波紋使いは戦闘中であっても呼吸を乱してはならないが故に、尋常ならざる肺活量を持っているのだ。一流の波紋戦士の基準が「百キロ走っても呼吸を乱さない」、「一秒間に十回の呼吸ができる」、「十分かけて一回息を吸い、さらに十分かけて一回吐く」などであることから、窒息攻撃など最初からまるで効いていなかった。

 

とはいえ、新しく波紋を練れなくなるのも事実。あーんと開けた口を指差しながら無言で解除を頼む城島に、上条は少々たじろぎながらもその口に右手を突っ込んだ。

 

ちなみに、先程上条は同じように窒息を解除するために自分の口にも右手を入れていた。つまりこれは途轍もなく大味(おおあじ)な間接キスということになるのだが…上条は持ち前の鈍感さから、城島は育った環境の特殊さによる若干ズレた感性からか全く気にしてはいない。

 

「んんッ、あ、あー。…ふぅ、多めにカード貰っといて正解だったな。」

「お、お前、大丈夫なのか?」

「肺活量には自信があるモンでな。それより…来るぞ。」

 

何が?と疑問に思うような人間はこの場に居ない。

健闘虚しく、あっという間に周囲のカードを処理された魔女狩りの王(イノケンティウス)が崩れ落ちていくと同時に、アウレオルスの苛立ちを多分に含んだ双眸がこちらを捉える。

 

「憤然、とことん私の邪魔ばかりしてくれる男だ。…そこまで死にたいのならば、望み通り嬲り殺してくれる!」

「暗殺は失敗、仕切り直しか。あまり良い状況とは言えねーが…やれやれ、行くぞ上条。最終ラウンドだ…!」

 

ターニングポイント(折り返し地点)はとうに過ぎ、

決着の時は近い。

 

 

 

 

 

上条とアウレオルスの戦いに城島が加わったことにより、戦況は一時的な膠着状態に陥っていた。

上条へ放たれる常人には防げない物理攻撃は城島が防ぎ、城島に襲いかかる致命的な一撃は上条が打ち消す。

それに加え、時折思い出したかのように城島が(ふところ)からカードを投げ放つ度に爆炎が吹き荒れるときた。流石のアウレオルスにとってもたまったものではない。シャボンによる包囲攻撃への対処も迫られた。

 

しかしそれでも——三対一という数の利を以ってさえ、金色(こんじき)の錬成を相手取るには不十分と言わざるを得なかった。

 

度重なる「必殺」の攻撃を捌き続けた上条の疲労がついにピークに達し——城島への攻撃がマトモに入ってしまう。

 

「焼死せよ!」

「グッ、ううう!?」

「城島!」

 

すんでのところで炎を打ち消しはしたが…右半身のほとんどを焼かれてしまう。おそらく拘縮(筋肉が弛緩しなくなること)を起こしたために暫く動かすことはできないだろう、と城島は思った。

 

その隙を突いたアウレオルスは、これを好機とみて畳み掛ける。

 

「時よ止まれッ!」

「———、ッ!」

 

先程の経験により可能となった時間停止。止めた時の中で動くのにはかなりの想像力を要し、精神の磨耗も早まるためにあまり使いたくは無かったが…一気に数の利を覆したこの状況、アウレオルスの有利は確実だ。

 

「暗器銃をこの手に、弾丸は魔弾で用途は射出!一斉発射せよッ!」

「ぐああッ!?」

 

ズバンバババン!と。無数の弾丸に打ちのめされて吹っ飛んだ上条。

ボロボロになった彼は、それでも尚立ち上がろうとするが…ついに限界が訪れ、脚の力が抜けていく。

 

「ぐ、くそぉ……っ」

「ハァ、はぁ…よくここまで耐えたと言いたいが、とうとう終わりの時が来たようだな…、グッ!?」

 

しかし、ここで無視できない程の頭痛がアウレオルスを襲う。慣れない感覚に戸惑った体が悲鳴を上げているのだ。

 

「チッ、『時間』切れか……まぁ良い。最も厄介なその右手を持つ貴様が動けないならば、他の二人など取るに足らん。——時は動き出す。」

 

瞬間、突然倒れ伏した上条を見た城島たちの顔が苦渋に染まる。

 

「この感覚、()()か…!シャボン•ランチャーッ!」

(くど)い!私には当たらん!」

 

大量のシャボンを放つも、その(ことごと)くが命中せずに錬金術師の脇をすり抜けて行く。

 

「貴様らはそこで見ているんだな…私が、この男に苦痛に塗れた死を与えるところを!」

 

そう言ったアウレオルスは、殺意を込めて上条に手を翳す。何をしようというのかは窺い知る事は出来ないが…その動作は、ただただ底知れない不吉さを感じさせた。

 

「クッ…やめろォーーーーッ!!」

 

ソレを見た城島は——今までの冷静な雰囲気をかなぐり捨て、とにかくシャボンを撒き散らした。……しかしながら、当然のようにアウレオルスに当たる事は無い。

 

「クソッ、クソ——ッ!」

「落ち着け!君が闇雲に攻撃したところで勝ち目は無いんだぞ!」

 

あまりにも動転しているように見えたためにステイルが諌めるが、城島が聞く耳を持たずにひたすらシャボンを放出するために部屋がみるみるシャボン塗れになっていく。

 

「オオォーッ!!」

「城島…?」

「フン、自分たちに勝ち目が無いと、私に殺されるしか無いのだと漸く気づいたのか?そうだとしても、そこまで錯乱するとは思わなかったぞ!…無様だな。」

 

敗北、もしくは死への恐怖からか捨て鉢になっている様子の今の城島が酷く滑稽に見えたため、アウレオルスは嘲笑を禁じ得なかった。

 

一方で、上条とステイルは彼の様子に違和感を覚える。

今まで冷静な思考を決して絶やさなかった城島が、この局面で感情に振り回されるような真似をするのだろうか…?

 

「———、あ。」

 

とうとう全てのシャボンを使い切ってしまった城島は、全てを諦めたかのように俯き、膝をつく。

やたらめったらに撒かれたシャボンは部屋を覆い、最早濡れていない場所は無いと言ってもよかった。

 

「もう終わりか?…正直、貴様の境遇に対しては少し思うところがあったのだが……失望した。」

 

城島を一瞥だけしたアウレオルスは、興味を失ったように上条へと向き直る。右手を考慮した上で確実に仕留めるための言葉を紡ごうとしたところで———

 

 

 

 

 

 

「本当にそう思うか?」

 

ビシャッ!!、と。左腕を真横に突き出し、波紋特有の電気のような光を迸らせた城島が言う。

焼けただれた右半身を庇いながらも、その覇気は微塵も付け入る隙を与えないほどに鋭い。

唐突に雰囲気をガラリと変えたその声色に少しだけ驚いたアウレオルスは——しかし余裕を崩さない。

 

「何を……貴様の攻撃は最早脅威では無い。」

「そこだぜ。その『効かない』ってトコが良いんじゃあねーか。…そうやって油断してくれたお陰で、やっとこさ準備できたってトコがな。」

「……錯乱したフリをして、シャボンを撒いたのが貴様の作戦か?だとしたらとんだ無駄骨を折ったな。幾らどこからでも攻撃できるようになったとはいえ、私がソレを防ぐ手を持っていないとでも?」

 

アウレオルスの推理は、ほとんど当たっていた。

脅威に感じなくなるほどまでシャボンの対処に慣れさせ、逐一散らされるまでもなくなったところで動揺を装ってシャボンを拡散させる。

波紋伝導率が高いシャボンで部屋を満たせば、どこからでも狙った対象に波紋を流せる——そういう風に仕向けたのは確かだ。

 

しかし。アウレオルスの推測には一つだけ、決定的に間違っている点があった。

 

「オイオイ、勘違いしてもらっちゃあ困る…誰がテメーに攻撃するっつったよ?…後ろをよく見るんだな。」

「何…、?」

 

言われるがままに後ろへ振り向き、そして見た——

 

 

 

 

 

「せん、せい?」

 

 

 

 

 

彼が何より大切に思っている銀の少女。その碧眼が…他の誰でもない、自分を捉えている姿を。

 

「……………………え?」

 

その瞬間、錬金術師は全てを忘れて彼女に見入っていた。

 

「ぜんぶ、おもいだしたんだよ…せんせい。」

「イン、デックス?君なのか?」

 

ゆらりと立ち上がり、おぼつかない足取りでこちらへ向かって来た彼女。くらり、バランスを崩して倒れそうになったその華奢な体を、アウレオルスは反射的に抱きとめた。

 

「何故、何故!?イヤ、そんなことはどうでも良い!良かった…私はッ!!」

「わかってる。わたしをたすけるために、いままでがんばってくれたんでしょ?」

「や、やった、戻ってきてくれたか!…ハハ、今度こそ!私は絶対に君を——ッ!」

 

慈しむようにして、背中に回した手をさすりながらインデックスは囁いた。

 

 

「でも、もういらないよ。」

「は?」

 

 

何を、言っているんだ?いらない?

 

「せんせいは、とうまをきずつけた。たくさんのつみのないひとたちのいのちをもてあそんだ。せんせいをとめようとしてくれたあいさを——ころそうとした。」

「それ、は」

「あなたはわたしのそばにいるしかくはないし、おかしたつみがきえることはえいえんにない。だれからもひつようとされない。だから、あなたはいらないの。」

「あ、あああ!?」

 

バッ、と。咄嗟にインデックスを突き飛ばしたアウレオルスは、無様に尻もちをつきながら後ずさる。

 

「き、君は!インデックスじゃないのか!?貴様は誰なんだ!?!?」

「ふふふっ。だレって、ソんなのきまってる…あなたがせかいデいちばんイチバンい、チ、ば、ン。だれよりもスきな、いんでックスでぇ…こノせかいのダれよりもオマエをにクんでる…インデックスだぁッ!」

「あ…あぁ…………………」

 

きゃははは、ハハハ、と。彼女とは決定に『違う』嗤笑(ししょう)を放つ目の前のダレカを見て、アウレオルスはゆっくりと精神のタガが外れていくのを感じた。

 

(…やってやる)

 

ブッち切りの絶望を味わったアウレオルスの精神状態は、彼自身すらもワケがわからない程の勢いで暴れ回っていた。

 

(やってやるぞ、クソッ!こんなのはインデックスではない!…そうとも、我が黄金錬成は完璧だ、できないことは何も無い!!()()()()()()()……っ!)

 

黄金錬成は、自分が「できる」と思ったことしか発現できない術式。故に今まで絶対にやろうとしなかったことだが…正気を失いかけている彼にとって、そんな事は頭から吹っ飛んでいた。

 

(彼女を元に、彼女を正気に、彼女を…私に、!)

 

記憶を掘り起こす。三年前の、それはそれは尊い思い出の数々。そうだ、私が望むのは———ッ!

 

「か…」

 

そこで、気づく。

首筋に刺し、精神状態を整えるために常備していたあの(はり)が、ない?

 

「ああ」

「うわー。きにいラないコトいったからって、すきなおんナのこをカイぞーしちゃウんだぁ?オマエってほんと———ヘンタイさんなンだね♪」

「あああ」

 

ほどけていく。

頭の中のたいせつなナニカが、

ばらばらになってほどけていく。

 

 

 

 

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ………」

 

 

 

 

 

錬金術師だった誰かさんは、

ゴッ、という衝撃を後頭部に感じ、

その感覚を最後に、

もう二度と——目を覚まさなかった。




城島の能力「波紋」で出来る事リスト⑧
•泡の結界
•肺活量が凄い(波紋で出来る事と言うより波紋戦士の必要条件)




正直今回のインデックス、自分で書いてて可愛くてしょうがなかった…まさか私はMなんだろうか…
い、いや。これは『ギャップ萌え』によるトキメキに違いない!私はちょっとギャップ萌えが好きなだけに過ぎないんだ!!



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明日は明日の風が吹く

前回が5500字ほど、今回が6600字ほどです。

あと初めて知ったんですけど、これってテレビで読むとルビが上手く振られないらしいんですよね。
テレビの設定が悪いのか、他のメディアでもこうなるヤツがあるのか、こっちが対処しなきゃならんのか…謎だ。



「はぁ、がふッ…はぁ、やっ、たぞ…」

 

城島は、目の前で倒れている錬金術師を見てようやく全てが終わったことを実感した。右半身を覆う大火傷を負い、血反吐を吐きながらも…彼は勝ったのだ。

 

最後のインデックスが見せた尋常ならざる言動…アレはもちろん城島の仕業だ。

波紋により、生物を意のままに操る技術。肉体反応を利用して体を動かしているだけであり、意識まで乗っ取る技ではないが。

 

部屋中にシャボンを撒いたのはこのためであり、緻密極まる波紋コントロールによってインデックスの体を操っていたのだ。

その上、アウレオルスの常備していた(はり)()()()()()()などという芸当をやってのけさせたその技量は、もはや神業と言うほかなかった。

 

ちなみに、あんなことをしてしまえば上条たちに殺されるかもしれないと思った城島はついでに彼らの意識も波紋を通して刈り取っていた。ヤケに静かだったのはそのためだ。

 

「うっ、ぷ。ぐぇぇ…」

 

…こんな勝ち方が間違っていることなど百も承知だ。『何も知らぬ者を、自分だけの都合で利用する』…言い訳のしようもないほどの悪行、下衆畜生以下だ。と、自分がやったことへの嫌悪感で、城島は吐いた。

 

「うっ、うっ…チクショォ…だから、何だってんだッ。オレには、苦しみに泣いている暇も、ねぇぜ…」

 

組織を裏切ったあの瞬間から、彼はすでに「闇」に身を染めることを決めたのだ。どんな手を使っても、必ず助けると誓ったのだ。

体の半分が動かないにもかかわらず、地面を舐めるようにして這い蹲りながら向かった先は…部屋の端、姫神秋沙が倒れている一角だ。

 

「オイ、起きろ…死んじゃいねぇだろ、起きてくれ…」

 

必死に体を揺さぶるが…意識を奪われた姫神は、未だ起きる気配がない。

…死んではいない。それは確かだ。

だが——それでも「死ね」という命令の作用がこうして「気絶」という形で現れている以上、彼女の体が今どういう状態か伺い知ることはできないのだ。

 

数日?数年?もしくは——一生目を覚まさなくたって、全く不思議では無い。

 

 

 

 

 

 

「なぁ、まだオレもお前も、何も言ってねぇ。話したいことがあるハズだろ…?」

 

「オレとお前、両方生きて帰れるんだ。だったらお前は、『ありがとう』の一つも言いてえだろうよ。オレは別に、お前がそう言おうが言うまいがどーでもいいけどな」

 

「だがよ、オレがお前に言いたい事は山ほどあるんだよ…十年前の『あの日』を覚えてねぇお前にとっちゃ別に、オレがそう言おうが言うまいがどーでもいいだろうがな。…起きてくれよ」

 

オレは『あの日』の焼き増しのように、一方的に語りかけていた。

言葉の一つや二つをかけたところで、都合良く起きてくれるなんてことは無いなんて、分かっていても…それでも、オレは無性に悲しくなった。

 

「………………………、」

 

まるで、童話の世界の(プリンセス)のように眠り続け、黙して語らない彼女に対して…まるで何かに追い立てられているかのような、どうしようもない焦燥感に駆られた。

 

「く、そ…」

 

鼓動が早まり、滅多に乱れない呼吸が乱れる。

塞ぎ込むようにして横たわる姫神を見ているうちに、堪らない気持ちになったオレは——いつかの記憶が影響したのか、訳もわからず彼女を抱きしめた。

 

「…………………………、」

「——————————。」

 

「……オレさ、正直言って、完璧にお前を助ける当てなんて無かったんだ。結界張る技術もねーし、『組織』の力借りる訳にもいかねーしさ。」

 

「かといって、魔術サイドとのコネなんてのも無かったから…マジに行き当たりバッタリで学園都市(こんなトコ)まで来たんだぜ?…全く手間かけさせやがって…何でオレがたった一人の女のために、ここまでしなきゃなんねーのか、何度も何度も自問自答して…それでもハッキリした答えなんて出なくて…」

 

「真っ暗闇に身を堕としたオレに、お前を幸せにすることなんて出来ないってずっと思ってた。それは『光の世界』にいるヤツの仕事…オレができるのは、そのクソ面倒くせぇ能力のせいでお前を取り巻いているであろう状況から、押し上げてやる事ぐらいだってな。」

 

「そう、思ってたんだけどな…そこにブッ倒れてやがるツンツン頭。アイツ何て言いやがったと思う?『例え「闇」でも、人を照らしてやれない道理はねーだろ?』だと。…ハッタリ抜かすなよって話だぜ、全く。」

 

「でも…そんなアイツの言葉で、オレはハッと目が覚めた気がしたよ。この命を、ただ押し上げるだけじゃなくて、お前の人生を幸福に照らし続ける手助けをするのに使いたい、ってな。」

 

「だが…暗部に生きる人間はそれらしい生き方をしなきゃ、自分も周りの人間も不幸にしちまうもんだ…」

 

「そんなオレができるのは…お前を含めた誰にも知られずに、お前に近づく『ヤツら』を片っ端から殺し尽くしてやることくらいだ。ソイツが善人だろーと悪人だろーと、お前が『ヤツら』を殺す度に感じる罪を、オレが引き受けてやる。ソレだけが、オレがお前にしてやれる唯一のことだ。」

 

「なぁ…吸血鬼を殺すっつーのは、お前が思ってるよりシンドいんだぜ?そんな役を買って出てやるってんだから…お前はせめて…起きてくれ、お願いだ…。」

 

語って、語って、語って、語る。

 

もしも、生きて帰ってこれたなら彼女に聞かせてやりたかった言葉を、思いの丈をぶちまける。

 

 

「なぁ、()()()()()…オレは今も昔も、結局化け物を殺す側の人間だよ。だが、こんなオレでも!お前を助けることはできただろ!?迎えに来てやることもできただろ!そんならオレは…お前の心の闇を照らす闇にでもなってやる!!」

 

「だから、起きてくれ…頼むよ…」

 

 

 

 

 

「ありがとう」

 

 

 

 

 

「………え?」

「でも一つだけ。J()O()J()O()。あなたは間違った事を言っている。」

「今、なんて…」

「自己犠牲ぶってるのか知らないけど。十年間も待たせた挙句にやっと出てきては身を引いて。ひっそり影から見守りますなんて言われて…」

「あ、あぁ…」

 

「そんな生活で私が満足できるなんて思わないで。…JOJO?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「知らない天井だ……」

 

城島が目を覚ましたのは清潔なベッドの上。真っ白な壁の病室をボーっと見回すことしかやることが無い。

 

「起きたかい?全く…あの少年と一緒に担ぎ込まれた患者の中で、彼より酷い怪我を負って入院したのは君が初めてだね?」

「………メメタァ」

「…何を言ってるかは分からないけど。何となくバカにされてる気がしてならないんだけどね?」

「いや、つい」

 

すぐそばに座っている男の顔を見て、思わず口をついて言葉がでてしまった。あの修行も懐かしい。

 

「ま、いいけどね?君は右半身の約8割に火傷という重症を負って二日間眠っていた訳だけど…恐るべきことに、もう殆ど治っているようだね?能力名は波紋疾走(オーバードライブ)とあるが…」

「あ〜…肉体再生(オートリバース)系のアレだと思ってもらって構わない、と、思う。多分。」

「………………ま、いいか。早く治るに越したことは無いしね?」

 

胡散臭そうな目を向けられてヒヤヒヤする城島。

 

「これだけ喋れるなら大丈夫だね?じゃ、そーいうことで。」

 

入れ違いに入ってきたのは——ステイルだ。

 

「さて、さて…タダで見舞いになんて来てやった訳じゃあないぞ?君には色々と——具体的にはどうやってアイツを倒したのかとか、その辺り聞かせてもら」

「耳元で『変態さんだね♪』って囁いたら勝手に死んだ」

「………答える気が無いということがよーく分かった。」

「マジなんだよなぁ」

 

ステイルは一人で、精神的ダメージによって自爆させたのか云々などと勝手に納得しようとしていたが、まぁどうでもいい。

 

「それより、アウレオルスは結局どうなった?オレはトドメ刺した訳じゃねーからな。」

「あぁ…ヤツは未だに意識不明さ。ここの医者からは、よほどのショックを受けたのだろうと言われていたが…」

「…フーン」

 

何となく…本当に一切根拠のなしの『何となく』だが…もう二度と、ヤツは目覚めることはないんだろうなと思った。

 

「で?テメー、オレにボッコボコにされる前に姫神の処遇について、随分な口を利いてやがったが…どうなった?」

 

一転、剣呑な殺気を漲らせてステイルに問えば…おぉ怖い怖い、とでも言う様に両手を上げて(おどけ)けてきた。

 

「安心したまえ、あの女狐…今回は『優しい方』のモードだったよ。詳しくは吸血殺し(ディープブラッド)本人から聞くといい。彼女も君に直接伝えたがってた。」

「ッハァ〜〜〜〜〜ッッッッ!!!」

「え…内心そんな緊張してた訳…?」

「当ッッたり前だろこんチクショオーーッ!!」

 

これで当面の面倒は解決できたのだから宜なるかな。ゴロゴロとベッドに寝転がった城島は、キャラが崩壊しかけているのも気にしないで騒いでいた。

 

「——あ、まだ居たの?聞きたいことはもう聞いたから、君もう帰って良いよ。」

「コイツ…意趣返しのつもりか…?」

 

ステイルは若干イラついたが、まぁコイツの心境を考えればそれも仕方ないところはあるか、と思い直した。

 

ちなみに城島に対して若干寛容な姿勢を保っているステイルだが…アウレオルスを倒す為にインデックスを操った件を知れば今すぐにでも炎剣片手にぶっ殺しにくるだろう。その場をなんとか凌いでも、上条のふた回り以上は下の扱いをされる。

 

「あ…そうそう、もう一つ聞きたいことがあったんだ。」

「なんだよ」

「君んとこの『組織』…随分と長い間隠れ通してたみたいだけど、君というイレギュラーのおかげでこうして僕達外部の人間に情報が漏れてしまった訳だ。」

「別にいいけど」

「つまりだね、一応上層部にこの話はしたが、この毒になるか薬になるかよく分からない情報を世間に開示すべきか否か考えあぐねていて…なんだって?」

「だから、別に広めるなら好きにしろよ。というかむしろしてくれ」

 

あまりにも軽すぎる答えに、ステイルは軽く目眩を覚えた。

 

「…その心は?」

「オレらは『組織』に狙われてんだぜ?向こうの混乱は幹部一人と吸血殺し捜索の追っ手なんてモンを送ってくる余裕を潰すし、それがこっちにとっちゃ好都合ってわけ。そのまま忘れてくれりゃ御の字だな。」

「………何というか、セリフが悪役そのものだな。」

 

 

「上等。闇に生きる覚悟はとっくに済んださ。」

 

 

 

 

 

ステイルが出て行ってしばらくすると、今度は上条と禁書目録がやってきた。正直彼女には物凄い引け目を感じているので、目を合わせるのがつらい。

 

「よっ、城島!」

「おーっす上条…と、禁書目録?」

「はじめまして、じょうじ!」

 

うおっ笑顔が眩しい…

 

「お互い良く生きて帰ってこれたな。…これ、差し入れ。」

「サンキュ。…なんだこれ?『オレンジ味噌』?…マッズ!なんだこれ!いや…なんだこれ!?」

「おー、『外』から来たって本当だったんだなあ。『なんだこれ』三回は新記録だ。」

 

謎過ぎる缶ジュースをいきなり食らわせてきた鬼畜野郎こと上条当麻を恨めしげに見つめた城島は、取り敢えず用件があるのかだけ聞くことにした。

 

「…で。何か用でもあんのか?」

「あー…俺はただの見舞いで特に用は無いんだけどさ、インデックスがちょっとな。」

「ふ、ふ〜ん…」

 

やばいかも知れない。一応、爆風やら何やらに煽られて気絶してる時に操ったから意識は無かったはずだが…途中から起きてたのだとしたら目も当てられない。

 

「あのね、ウチのとうまは魔術について何も知らないのに、目についた厄介事に首を突っ込んで怪我をするタイプの人なんだよ」

「あ、うん。それは何かわかる」

「オイ」

「それで…アルス=マグナと戦うなんていう、信じられないことをしてきて帰ってきたとうまに私はすごく心配させられた。大体、こっちの気持ちも少しは考えて欲しいかも」

「言われてるぞ」

「スイマセン…」

「ここからが本題なんだけどね。聞いた限りだとじょうじは成り行きとはいえ、とうまを助けてくれたんでしょ?とうまよりずっと酷いケガをしてまで…だから、私はお礼を言わなきゃなんだよ。——とうまを助けてくれて、ありがとう」

「…………………………………………。」

 

すっ…と。能面のような無表情になった城島は頭まで布団を被り、そのまま動かなくなってしまった。

 

「お、おーい城島?どうした?」

「……………………オケラになりたい。」

 

 

 

 

 

それから状況が動き始めたのは、20分くらいした後に姫神が病室を訪れてからだった。

 

「みなさんと同じ空気を吸っててすみません…」

「城島ぁ!いい加減出てきやがれ!」

「えっと、じょうじ?私が何か変な事言っちゃったなら謝るから出てきて、ね?」

「オレなんて、マフラーを耳の穴にでも詰まらせて死ねば良い…!」

「……………えっと。どういう状況?」

 

物凄く陰気なオーラを放っている城島を、布団から二人して外に出そうとしていた。

この構図を例えるならば…「北風と太陽」がしっくりくる。実際、インデックスの言葉には若干心を揺さぶられているようだ。

 

「あ、姫神!コイツどうにかしてくれよ…ずっとこんな調子で参ってたんだ。」

「……姫神?」

 

ぬっ、と目から上だけを出してその姿を確認する城島。

 

「あら。この間みたいに『ヒメちゃん』って呼んでくれないの?JOJO。」

「ぐぼばああああああああッッッッ!?」

 

城島はベッドから転がり落ちた。

 

「え、なになに?あなた達ってそんなあだ名で呼び合う仲だったの?ちょっと羨ましいかも!」

「こ、こらインデックス!人様の青春の一ページに土足で入り込むような真似するんじゃありません!」

 

言いつつ、上条も興味津々なオーラを隠しきれていない。口の端の微妙なニヤけがキモい、と城島は思った。

 

しかし彼ら、ここが病院だということを忘れているんじゃないだろうか?

しかもここの院長は音に聞こえし「冥土帰し(ヘブンキャンセラー)」。こんな所で騒げばタダでは済まない。

 

 

 

「ちょっと…良いかな?」

 

 

 

相変わらず柔和な微笑みをたたえたカエル顔が、まるで鬼のように見えるのは気のせいではないだろう。つまり、テ◯カブラみたいな顔だった。

 

「病室では、静かにね?」

「「「「ハイ。」」」」

 

 

 

 

 

蜘蛛の子を散らすようにスタコラ逃げて行った二人はさておいて、城島と姫神は再会を噛み締めていた。

 

「ま、改めて…十年振りだな、ヒメ。」

「十年振り、JOJO。…結局あだ名はその形に落ち着いたのね。」

「しょーがねーだろ…俺ら年いくつだよ。高一になるんだぜ?学校とか行ったことねーけど。」

 

少しだけ残念そうな様子の姫神を無視して、いくつかの質問を重ねていく。

 

「て、いうか…お前絶対オレの事忘れてたよな。」

「ぎくっ」

「……いつ思い出したし」

「うーん。JOJOが最後の方で『ヒメちゃん』って言ったあたり?」

「そうだよ、ソレ!お前…いつから起きてた!?」

「……結構最初から。具体的には。JOJOがこっちに向かって這ってきた辺りから。」

「……………………。」

「ま。まぁ。私としてもいつ目を覚ますべきかとか。そこら辺探り探りだったから…」

 

ぶっちゃけ、姫神が起きてたらあそこまでアツい台詞は吐かなかっただろう。つまり、城島はだいぶ恥ずかしかった。

 

再び布団に引きこもろうとし始めた城島を慌てて止めつつ、姫神が言う。

 

「そうだ。その時に。私に寄って来る悪い虫はオレが排除します。みたいなこと言ってたけど…」

「凄い語弊がある言い方だな」

「コレ。教会?の黒い神父さんから貰ったの。じゃーん」

「ん?………嘘だろ?」

 

十字架を模したネックレスを見せてきた姫神。

 

「『歩く教会』かよ…スケールダウンしてあるとは言えこんな代物をポンと出して来るとは…オレ、イギリス清教舐めてたかもな。」

「?…わかるの?」

「こーゆーのには詳しいんだよ。…ってことは、もう『悪い虫』の心配は…」

「しなくていいみたい。——つまり。私のために自分を犠牲にしようなんていう…誰かさんの作戦は失敗に終わったというわけ。」

 

はあぁぁ………、と。城島は、体の中で溜まりに溜まった膿を絞り出すような長い長い息を吐いた後…万感の思いを込めてこう言った。

 

「結局のところ…ネットにはじかれたテニスボールがどっち側に落ちるのか、それは誰にもわかんねー…ってことなのかね、コレは。」

 

 

 

 

かくして。幻の生き血(ファントムブラッド)を巡る争いは幕を下ろし——

各々の日常(せかい)が産声を上げる。




勝ったッ!第一章、完ッ!!
次回にキャラ紹介的なものを上げた後、第二章が始まります。


あと、挿絵書きました。

「承太郎さん!『時』を止めろッ!『挿絵表示』ボタンを押させるなッ!」
「いいや!限界だ、押すね!今だッ!」


【挿絵表示】
(ポチッ)


ジ、ジョジョっぽくねェ〜…ッ!
海原のパチモンか何かでしょうか。
見ての通り、私はド素人です。しかも手書きです。


城島の能力「波紋」で出来る事リスト⑨
•生物操作


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キャラ紹介 その①

ここではオリキャラや、原作と違うところがある原作キャラなどを纏めていきます。ぶっちゃけ見なくてもいいです。でも、見た方がチョビッとだけお得です。


城島(じょうしま) 譲治(じょうじ)

・今作主人公。口は悪いが心はアツい。吸血殺しを狙う「組織」の元メンバーで、姫神の意思を無視する組織の方針に賛同できず反逆する。

 

•基本的に正義感の塊のような人間だが、それ故に姫神を助けるためにその身を闇に染めることを決意。「言うほど闇っぽい事してなくね?」とは思うかもしれないが、ここまで来るのに綺麗事ばかりしていた訳ではなく、殺人も厭わない。第一、世の為人の為に活動する「組織」を裏切ってる時点で普通に悪である。でも根っこは甘い。

 

•容姿は彫りが深くて高身長。いわばイケメン。挿絵で地味〜に碧眼になっている通り純日本人ではなく、イギリス人の祖先を持つ。首筋の斜め後方に星型のアザがある。

身長は180cm超え。ジョジョとしてはあまり高くないが、とある世界では大分高い。あの上条さんは168cmであるというのに。ちなみに姫神は160cm。でも、14歳で2mの神父がいるので一概にそうとは言えない。

 

・一人称は「オレ」、二人称は「テメー」「お前」。

上条さんの「俺」「テメェ」と見分けるための苦肉の策でもある。

 

•お堅い性格に見えるし実際その通りだが、時たまコメディリリーフとしても活躍する。第一章最終回にて大分キャラが崩壊したが、これもその一環。

 

・色々おかしい環境で育ったため、一部普通とは違う感性を持つ。故に自分の姫神に対する感情が良く分かってないが、当然ゾッコンである。でなきゃ世界を敵に回してでも助けようとは思わない。上条さん?アレはちょっと別だから…

 

・頭はかなり良く、魔術に対する知識も豊富で語学にも堪能。ただし実際に魔術を使う技術は無く、このまま学園都市で暮らすなら能力開発を受けても別にいいかと考えている。

 

・能力は学園都市基準で言うと強能力(レベル3)波紋疾走(オーバードライブ)。強能力止まりな理由としては出力によるところが大きく、実際には多才能力(マルチスキル)と見紛うほどの応用性を誇る。天性の才能を持ち、彼より強い波紋戦士はこの世に存在しない。

ただし、フロイライン=クロイトゥーネの目の前でコォォォしようものなら、その称号は一瞬で剥奪されることになる。あいつ実は究極生命体(アルティメットシイング)なのでは…?

 

A—超スゴイ B—スゴイ C—人間並み D—ニガテ E—超ニガテ

 

破壊力—B

スピード—C

射程距離—B(シャボン)C(マフラー)E(素手)

持続力—A

精密動作性—A

成長性—B(ほぼ完成)

 

城島の能力「波紋」で出来る事リスト

•シャボン玉をいっぱい作れる

•お皿の汚れがむっちゃ良く取れる

•車顔負けの走り

•5分くらいため息ができる

•治療(大抵の出血は収まり、軽い骨折はその場で治せる)

•気配感知(マフラーなど所持時)

•安楽死

•シャボンを波紋で固めて酸素ボンベにする

•熱を生み出す

•生体磁石的なアレ

•未来予知

•長生き

•くっついたりはじいたりする

•痛みを和らげる(関節外しは波紋関係無しの技術)

•泡の結界

•肺活量が凄い(波紋で出来る事と言うより波紋戦士の必要条件)

•生物操作

 

*マフラー

東南アジアに生息するサティポロジアビートル3万匹分の腸で編んだもの。波紋エネルギーを完全に通し、硬化も操作も思いのまま。生命エネルギーである波紋を通した状態だと、周囲の生物の気配の感知も可能。故に不意打ちは意味を成さない。

近〜中距離で無類の強さを発揮する。

人体より伝導率が高いのでアースの役割を果たし、装着者には波紋攻撃が無効化される。吸血鬼の手に渡るとヤバい。

*手甲

特殊加工でシャボン液を染み込ませたもの。シャボンは波紋を良く通すので、相性が極めて良い。遠距離攻撃の手段が乏しい波紋戦士にとっては画期的な装備。衣服にもシャボン液を染み込ませ、ストックしている。

*波紋疾走

体外へ強力な波紋を通して攻撃する波紋戦士の必殺技。身体の末端である程放出の威力は高い。波紋は液体や金属を主に通るため、それらを利用した攻撃も有効。

 

etc…たぶん、もっとある。

 

・一万年以上も知られていなかった「組織」だが、当然その実力の秘密が波紋使いのみということはなく、普通に魔術師も抱えこんでいる上、かなりの数の原石が所属している。実は世界一多くの原石が所属する組織であり、原石を増やす技術があるとかないとか。彼らが独自に持つ、聖人(など)についての知識が関係するようだ。

叶う事なら「本物」の聖人の遺体を欲しているようだが、世間一般で言うところの聖人は「本物」の劣化でしかないため、今のところ原石を増やすくらいのことしかできないらしい。

ちなみに彼らの正式名称は「夜明けを護る者(ドーンガード)」。言われる前に言っておくが、ぶっちゃけTESネタ。

 

なお、これらの設定が本編で日の目をみることは恐らく無い。スタンド出すなら別に書くと思う。

 

 

 

 

 

*姫神 秋沙

・今作ヒロイン。軽い気持ちで手を出したことを後悔したほど口調が面倒くさい。読点(とうてん)(『、』のこと)縛りがキツ過ぎる。

 

・原作での上条に対する二人称は「君」だが、180cm超えの城島に対しては違和感があったので「あなた」になった。

 

・城島のことは好き。三沢塾でのアツい台詞にやられてしまった。城島が気絶した後は顔真っ赤にして悶えていた。かわいい(確信)

 

 

 

 

 

*上条 当麻

・とある世界の主人公・オブ・主人公。右腕をチョンパされずに済んだ。

 

・城島に対しては結構友情を感じており、姫神を助けたヒーローとしてリスペクトしている。また、城島からも同じことを思われている。

 

・原作ヒロインの一人を寝取られた訳だが、しかし…コイツの場合、全然カワイソーとは思わん。

 

 

 

 

 

*ステイル=マグヌス

・原作より若干優遇された魔術師。人肉プラネタリウまれずに済んだ。

 

・城島相手に敗北を喫するが…本来なら波紋戦士との相性はかなり良いので、万全の状態で再戦すればほぼ100%勝てる。っょぃ

 

・アウレオルス戦でも、原作ではハッタリかますだけに終わった『魔女狩りの王(イノケンティウス)』や『吸血殺しの紅十字』を発動させてサポートした。ただ、終始寝そべっていた訳だからカッコ良さはあまり原作と変わらないかもしれない。

 

・城島に対しては結構信頼を置いており、一度は自分を倒したその機転と強い信念に対してリスペクト…とまではいかないが、まあ気に入ってはいる。その信頼は、たった一つの事実が明るみに出ない限りは続くと思われる。

 

 

 

 

 

*インデックス

・上条に対する理不尽なオシオキが目立つが、基本は天使なのだ。その無垢なヒロイン属性には、流石の城島もへり下るしかない。

 

・アウレオルス戦では起きていたにもかかわらず碌なセリフも無く、いつの間にか気絶していた。さすがに不自然かな?と思ったものの、原作でもこんなもんだった。

 

・筆者からは、たまにで良いから城島に操られてほしいものだ、と思われている。…ん?なんだか部屋が焦げ臭いな。ま、いっか。

 

 

 

 

 

*アウレオルス=イザード

・インデックス大好きお兄さん。上条さんの中の人が出なかったので、精神的ショックによって意識不明になり再起不能(リタイア)

 

・微かに残る主人公属性によって時止めを体得するも、やはりヘタ練はヘタ練だった。

 

・しかし…何故あの局面で精神崩壊したのかは、実のところ筆者が一番良く分かってない。むしろご褒美では??

…なんか暑くなってきたな。あとでエアコンつけよっと。




『飢えなきゃ』勝てない。ただしクレクレ厨なんかよりずっとずっと もっと気高く『飢え』なくては!


でも…(最近全く無くてさすがに)寂しいよォォォォ…読者諸氏 いつものように 感想と評価と、あとお気に入り登録その他諸々ください………待ってます……(特に)評 価


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第2章 危うい均衡を保つ日常
巡り巡って


新章突入。しかし、新キャラが出るたびに口調とかを精査しなきゃだから苦労しますよ、ほんと。


「……………。」

 

城島はこの状況を前にして、思わず頭を抱えそうになっていた。

真っ赤な液体で満たされた円筒状の水槽の中には、一人の人間が逆さまになって浮いている。

 

その人物を形容する言葉は『人間』以外に無かった。

男にも女にも、子供にも老人にも聖人にも囚人にも見えるその『人間』——学園都市統括理事長、アレイスターと対峙するに至った経緯を、やや現実逃避気味に思い起こすのだった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

波紋法による驚異的な治癒力により傷を完治させて無事退院した城島は、姫神を助けてくれたこと、そして見舞いに来てくれたことの礼として、上条とインデックスを食事に誘おうとしていた。斜めにに構えている割には以外と義理堅いのが城島という男なのだ。

 

…しかし上記の理由も無い訳では無いが、実はこれは建前だ。

アウレオルスを倒すためにインデックスを操った件を果てしなく申し訳ないと思っている城島は、しかしそれを打ち明けようとは思わなかった。

今すぐにでも真実を話して、土下座したいのは山々だ。

しかし…彼女を慕うステイルとの関係が劣悪になり、姫神への処遇を悪化させるかもしれないという可能性が出てくる以上は無理な話である。この件は、自分の胸の中だけにしまっておけば、罪悪感によってズタボロになり続けるこの心以外は誰も損はしない。

 

という訳で。例え本当のことを打ち明けられないとしても出来る限り彼女に対して真摯に接することを決心した城島は、早速事前に聞いていた上条の居所を訪ねようと自分が借りている寮の扉を開けたのだが…

 

「……携帯くらいさっさと買い替えなさいよ、連絡つかなくて困るのはお互い様でしょう?JOJO。」

 

玄関前に立っていたのは、赤毛にサラシのブレザー肩掛け女…結標淡希だった。

不機嫌そうな彼女の顔を見て、すっ…とドアを閉める城島。

 

「ちょ……ッ!待ちなさいよ!」

「あーーーー、クソが!そういやいたなこんな奴!」

 

ドンドンと叩かれる扉を背にして押さえつける城島は、「三沢塾」での戦闘で携帯を壊してしまったことを思い出した。謎の衝撃波で吹っ飛ばされたり体を半分丸焼きにされたりしたのだから、それは仕方ない。

しかし…せっかく生きて帰れて、姫神と共に生きれることを許されたというのに、こんな後ろ暗い仕事がまだ残ってるなんて思い出させて欲しくなんて無かった。働いたら負けかなと思ってる。

 

「いい加減開けなさい!エメンタールチーズみたいに、体中穴だらけにして欲しいのかしら!?」

「働きたくねぇ!絶対に働きたくねーよ…ッ!!」

 

この男、結標自身が自分を瞬間移動させられないのをいいことに、本格的に籠城するつもりでいる。なんと諦めが悪い奴なのだろうか。

 

しかし城島が『契約』の件を言っているのだとわかると、一転して神妙な顔(と言っても城島には見えていないが)になった結標は…しばらく考えを頭の中で反芻したのち、こう切り出した。

 

「いや、今日の用事はその件じゃないわ。…私の『本業』は知っているわよね?」

「……例の、『窓の無いビル』の案内人、だったか?それがどうした。」

「今回はそっちの仕事で来たってわけ。つまりJOJO——アンタは、統括理事長直々に招集をくらったということね。」

「……………。」

 

思い当たる節がありすぎて困る、と城島は思った。

 

「オイオイ…それってマズいんじゃあねーのか?」

「マズいわ。アンタが学園都市に侵入してここにいるのがバレてるわけでしょうし、私達の『計画』に関わっていることまでバレてるとしたら尚更よ。…最悪、前倒しにしてでも今すぐ『計画』を進めなくてはならないかもしれない。」

「………いや、その心配はねぇな、たぶん。」

「?」

 

三沢塾の一件…アレは当然、学園都市側も認知していたはずである。了承も無くイギリス清教が魔術師(ステイル)を派遣する訳が無いし、当然、魔術サイドとしてもこの事件について仔細を説明しなくてはならない。その結果・経過も同様にだ。

 

とどのつまり、この問題に介入してきた城島のことは上に伝わっているのだろう。これは、「侵入者ではあるが、曲がりなりにも事件の解決に尽力した」彼に対しての処遇が決定したということでの招集と考えれば辻褄は合う。

 

「まぁ、色々あって例の…『吸血殺し(ディープブラッド)』の件はカタがついたんだよ。」

「あら、おめでとう。…で?それとこれとで何の関係があるわけ?」

「あー…そん時に、けっこうデカイ事件に関わっちまってよ、オレは成り行きで解決した側に回ったんだが、その件の呼び出しだろうさ。『計画』がバレてんなら、何らかの動きはあるだろ。態々統括理事長が懐に危険因子を呼び込むとは思えねえ。」

 

かなりザックリした説明だが、とりあえず納得はした様子の結標。彼女たちの「計画」が(つまび)らかになっている訳では無いのならばとりあえずはセーフ、というとこだろう。

 

「なるほどね、それを聞いて安心したわ。…って、デカイ事件って何よ。下手に目立つのはやめてくれる?」

「しょーがねーだろ……そんじゃ、気は進まねぇが…行くか。」

 

ブツブツ文句を垂れる彼女と共に、窓の無いビルへ向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、今に至る。

 

よもや学園都市統括理事長がこんな奇妙な出で立ちであるとは思いもしなかった城島だが、同時に、何処かただならぬ雰囲気を纏う目の前の「人間」を前にすると、不思議と納得してしまう。

 

嘲笑か、苦笑か、冷笑か?それすらよくわからない程の曖昧な笑みを貼り付けた統括理事長、アレイスターは語る。

 

「まずは今回の件の礼を言わなくてはならないな。『吸血殺し(ディープブラッド)』の保護並びに、侵入者である魔術師の始末までつけてもらったのだから。」

「…『侵入者』って点じゃ、オレも同類だぜ?何らかの処罰を受けることはあれ、感謝されるとは思わなかったな。」

 

開口一番、城島への礼を言ってきたアレイスターに対して、城島は予想外の発言に訝しむ。

 

「今の時点では、君は私の箱庭に対して何ら害を齎してはいない。その上で君を罰するなど、道理に反するとは思わないかね?」

「冗談だろ?この『箱庭』とやらの仕組みの悪辣さは嫌でも理解できる。いつ暗部に身を落とすかわからんよーな街で、ンな『常識的』な決定が下るのかよ。」

 

学園都市に侵入して日も浅い城島でも、結標のような少年少女がクーデター紛いの計画を立てている時点で、この街がどれほど異常なのかは何となく理解していた。

 

しかし自分の『箱庭』の後ろ暗い点をズバリ指摘した皮肉をくらった割には、アレイスターの声は微塵も揺らがず、悪びれてさえいないようだった。

 

「大切なものは過程ではなく結果だ。君の存在が我々の利益となる以上、こちらとしても相応の対応をせねばなるまい。」

「…そうかい、で、用はそれだけか?昼メシ前に呼び出されたんで、腹が減って仕方ねぇ。」

「いいや、まだだ。」

 

とりあえず罪に問われることが無いと知って安心した城島だが、まだ話が続くと聞いて気を引き締めなおす。

 

「これから君は学園都市の学生として暮らすつもりのようだが、そうすると当然能力開発を受けなくてはならない訳だ。しかし君の力は能力によるものではない。…つまり既存の時間割り(カリキュラム)には当てはまらず、確実に生活に支障をきたすことになるのだよ。存在しない能力の研究など、誰にもできないのだからな。」

「……それは、」

 

もともと城島は学校に通うつもりもなかったので、能力の登録は最小限の設定しかしておらず、データの改竄もハッキリ言って杜撰だった。無能力者(レベル0)としてならば身体検査(システムスキャン)を受けた上で一から時間割り(カリキュラム)をこなせばいい話だが、いっぱしの能力者として問題なくこの街で暮らせるとは言い難い。矛盾した情報が、必ずトラブルの火種になるはずだ。

 

思わぬド正論に唸ってしまう考え無しの城島だが、続けて放たれたアレイスターの言葉には目を丸くした。

 

「そこでだ。君がこの街で問題なく暮らすための筋書きをこちらで用意しておいた。」

「何?」

波紋疾走(オーバードライブ)が原石系の能力という事になっている点を利用し、『専門の研究機関で時間割り(カリキュラム)を受けなくてはならないため、学校側は能力開発に携わることができない』…という事にしておこう。件の架空の研究機関の詳細な情報は追って連絡する。」

「!!」

 

思いもよらぬほどの優遇っぷりに、絶対に裏があると感じた城島は慌てて探りを入れようとするが…

 

「随分と至れり尽くせりじゃねーか…?一体どういう…」

「話は以上だ。入学準備は済んでいないだろう?早く帰って教材の準備でもしたまえ。」

「…。」

 

何か言うまでもなく、追い出されるように話を打ち切られてしまった。

釈然としないものを胸のうちに抱えたまま、城島は踵を返すしかないのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「これでプラン一五九六から一六一〇までを短縮できた。加えて一七七〇から一九九九までもカットできるだろう。——ふふ、まさかアイツが生きていたとは。百年越しに素晴らしい贈り物を送ってくれたものだ。」

 

暗闇の中で一人笑うアレイスター=クロウリーは、水槽の強化ガラスに映し出された映像を上機嫌そうに眺めていた。

元より見るものによって様々な印象を与えるその顔は、ほんの少しずつの興奮、憐憫、そして懐古を浮かべていた。

 

『——うわ、テメーも一緒に入ってきてたのか、気づかなかったぜ…どうせ向こうからでも飛ばせるんなら、外で待ってりゃいいのによ。』

『ハァ…ハァ…し、信用の問題よ。唯一の「出口」が観測できないなんて、アンタほど図太くなきゃ不安で押しつぶされるわ。』

『そういうモンか。ほれ、精神安定波紋疾走(落ち着きドライブ)!』

『……ホント何でもできるわね…。って、その技名ダサすぎない?』

『なんかフワっと頭によぎった』

『…まぁいいわ。それより例の「計画」のことだけど…』

 

アレイスターの直通情報網を形成する中核となる、学園都市中に5000万機ほど散布されている70ナノメートルのシリコン塊…通称『滞空回線(アンダーライン)』と呼ばれるものから齎されている映像だ。

 

これがある限り、学園都市で起きる事象でアレイスターが知らない事は無いと言ってもよかった。当然、結標たちが学園都市に反旗を翻すことも、城島がソレの協力者だということもだ。

 

彼女たちが起こす事件——暫定「残骸(レムナント)」事件には上条当麻も関わる予定だ。となれば、いずれ上条と城島は再びぶつかる筈。そうと決まれば、幻想殺し(イマジンブレイカー)へより強い影響を与えるために二人をより深く関わらせよう、という魂胆だったのだ。学園都市の暗部入りがほぼ決定している城島を今引き摺り込む必要はどこにもない。

 

この計画は一見残酷に見えるかもしれないがしかし——一度暗部落ちした者が再び罪を犯せば後は無い。もしかしたら、この裁定は百年前の友の弟子に対する無意識な甘さでもあったのかもしれない。しかし、彼自身がそれを把握していない以上、事の真相は誰にもわからない。

 

「…………さて。」

 

そこでアレイスターは別の映像を映し出す。

 

『…来ましたか。これが貴方の身分証明書です。これさえあればとりあえず不自由はしないでしょう。』

『んぁ?ああー。』

『…本当に大丈夫なのですか?この大変な時期に貴方という一大戦力を送り込んだ意味はわかっていらっしゃるので?…これだけ「組織」のバックアップを受けているのならば、失敗は許されませんよ。』

『だいじょーぶだってぇ、おつかれさんンン〜〜ッ。』

 

学園都市の外周部で話し合っている二人。

真面目そうな口調の一人目は、以前から学園都市に侵入してきたスパイとして目をつけていたものの、いつまで経っても行動を起こさなかったために泳がせておいた者だ。今回の件でやっと、彼は吸血鬼に関する捜査だけをしていたために碌な行動をしていないように見えただけ、ということが判明した。

 

携帯用の水瓶から何らかの液体をグーッと(あお)る二人目はアレイスターも初めて見る顔だ。しかし先ほどからの言動を鑑みるに…彼は恐らく、城島が何度か口にしていた——

 

大能力(レベル4)黄金回転(ボールブレイカー)…能力名ヨシ。ZEPPELI(ツェペリ)……』

 

たばこをプーっと二本同時にフカした彼は、トドメとばかりにプスプス腕の血管に注射器を差し込みながら、偽の身分証を見て言う。

 

『コンヴォルヴ•ツェペリ…名前ヨォ〜シ!』




アレイスターの百年前の友人…一体何ヤジさんなんだ……?

ちなみに、原作七部未読の方だとかアニメ勢の方だとかは「回転〜!?んなモン知らんわ!」となるかもしれませんが、大丈夫です。

追って解説は入れますし、活動報告に入れといた「ド低脳でもわかる『回転』技術のいろは」を見れば完璧ですとも、ええ。
同じような配慮を一・二部未読の方、とある最新巻までは未読の方にはしないのかって?
できるか

城島の能力「波紋」で出来る事リスト⑩
・「承太郎落ち着くんじゃ!」「こんなことを見せられて頭に来ねえヤツはいねえッ!」「落ち着きドライブ!」「おーーっ!?…落ち着いたぜ。」


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リワード•ダイアリー

通算UA3000件突破ありがとうございます!
十七話で3000はまだまだだと思いますが、これからもよろしくお願いします。私も頑張ります。


テンプレとかの型にはまらない、面白いSSを目指します!!


姫神を探すという目的を達成して情報収集をする必要が無くなった城島は、バイトを続ける理由が半分無くなってしまった。

 

加えて「誰かさんのお陰で、日々の生活にすら困る極貧生活を送っている」といった類のことを私怨も交えてやや大げさに、それとなく含ませて延々言いまくってやると…顔を引きつらせた結標が、派手に浪費したりしなければ大丈夫だろうという程度の資金提供は約束してくれたので金に困ることもなくなった。よって、バイトは辞めた。

 

お返しとばかりに携帯電話を持っていないことに対して結標からグチグチ文句を言われた城島は、この空いた時間に買い直してしまおうと思ったのだが…どうにも高い買い物に億劫になってしまったらしい。

 

学園都市(こっち)に来てからの数十日間の貧困体験でお金のありがたみを(必要以上に)知ってしまった。言ってしまえば貧乏性である。

特に携帯のような高価なイメージのある品物を買うなら少しでも安いものが良いと思うようになり、色々調べてみたのだが…どうもこの『ハンディアンテナサービス』なる機能を持ったヤツがお得らしい。

ざっくり言えば、電池の消費が早く音質も良くないが、個人個人の携帯電話を中継アンテナとし、近くに本来のアンテナ基地が無くとも通話を利用できるようになるんだとか。デベロッパの大学がテスト運用として補助金を出すため、サービス料金がとても安いという。

 

さらにさらに、カップルのペア契約をすればその他の通話料金も随分安くなるときた。カップル!特に思うところは無いハズなのだが、やけにココロ踊るフレーズだ。

これしかない!と思った城島はさっそく、気軽に会える女性の一人——姫神に会いに行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…なんだこりゃ。」

 

姫神が居候しているという家に来たのだが…とにかく酷かった。酷いというか、ボロい。

「東京大空襲も乗り越えました」と言われても違和感が無い程に年季が入っており、気のせいか、ビーム兵器にでも吹っ飛ばされたかのように穴が空いているように見える天井は、申し訳程度にベニヤ板で補修してある。とてもでは無いが、この科学の街には似つかわしくないボロ屋であった。

 

聞いた話によると、ここの家主は上条の担任教師らしい。「家出少女を保護して面倒を見るのが趣味の優しい先生」だと聞いた時は、まさかうら若き少女と同棲するのが男性の筈は無いだろうと無意識に思いつつ感心したものだったが、むさいオッサンが住んでいるとしか思えない家を見た今となっては不信感しか感じない。

 

「だ、誰かいるのか…?」

 

場合によっては件の人物を叩きのめすことも辞さない心構えを持ちつつも、戦々恐々といった様子でインターホンを鳴らすと…

 

「はいはーい、どなたですかー?」

 

幼女が出てきた。

 

ピンクの髪の毛が目立つ若干135cm程の少女を見て、例の先生の娘さんか、あるいは姫神と同じように厄介になっている家出少女だろうか?と思いつつ城島は言う。

 

「あー。嬢ちゃん、月詠小萌…先生の家で合ってるか?」

「むむっ、『嬢ちゃん』とは聞き捨てなりません!私こそが、その小萌先生なのですよ!」

「………ん?いや、だから先生は居るのかって、」

「だーかーらー!私!それは私なのですー!」

「…あーっと?」

 

どうにも話が噛み合わない。子どもというものは、得てしてこういう感じなのだろうか?

ほとほと困り果てているところへ、騒ぎを聞きつけたのか姫神が顔を出した。

 

「何してるの?JOJO。」

「ヒ、ヒメ?マジでここに住んでんのか…。って、誰だよコイツ!」

「こ、コイツとは失礼な!」

 

これ以上話がややこしくなると困るのでとりあえず目の前の暫定少女をスルーする城島に、姫神は得心いったというような顔をして一言。

 

「……気持ちはわかるけど。その子どもみたいな子はれっきとした大人。ここの家主の小萌先生その人。」

「…嘘だろ?」

「こ、子どもみたいな子…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とりあえず家に上がらしてもらった城島だが、よもや中は更に酷いとは思っていなかった。

ビールの空き缶、タバコの吸い殻、畳には刀傷、壁には焦げ目、エトセトラ…特にビビったのは、魔法陣の跡があるというところだ。過去明らかに魔術師の戦場になっている。

もうここまで滅茶苦茶だといっそどうでもよくなってきた。よし、スルーしよう。

 

「しかし…どーやったらンな見た目になるんだ?五十代なのにど〜見ても二十代前半にしか見えないようなヤツは幾らでも見たことあるけどよ…人間には未知の部分があるな。」

「………………………。」

 

気にしていることを尚も言い募られた小萌先生は、若干涙目になっている。それを見咎めた姫神に冷ややかな視線を突きつけられた城島が慌てて謝り倒すという一幕があったが、それはさておき。

 

とりあえずお互いに自己紹介を済ませて、さっさと本題に入ることにした。

 

「そ、そうだ。今日はヒメに頼みごとがあってだな…ま、平たく言やぁ携帯の買い替えをしてーんだ。コレ見てくれよ。」

「どれどれ。………え?」

 

用意してきたチラシを見せる。ハンディアンテナサービスとカップルのペア契約によってどれだけお金が浮くかを自慢げに話した城島だが…なんか様子がおかしい。

 

姫神は顔をほんのり赤くして黙りこんでいるし、小萌先生はやたらとニヤニヤしている。なんなら今にもヒュー!っと口笛でも吹きそうな顔だった。

 

「なるほど、なるほど…さっきからあだ名で呼び合ってて、薄々感づいてはいましたが…姫神ちゃんが毎日のように話題に出してくる男の人とはズバリ!城島ちゃんの事なのですか!?」

「…………違います。」

「ん?オレじゃないんなら上条か、ステイルの奴か?」

 

何もわかっていない城島。育った環境が環境とはいえ、どうしようもない奴である。それでも何となく話の流れが変になっていると感じているだけ、ツンツン頭よりはマシではあるが。

 

ところが、その「変な流れ」がまだるっこしく思えてきた城島は何も分かってないクセに、あろうことか、その無駄なイケメンフェイスから無意識的誘い文句を繰り出す。繰り出してしまった。繰り出しやがった三段活用。

 

 

「いや、連絡つくよーになったらお前が無事か分かるだろ?それにオレだって好きな時に遊び(デート)に来たりしてえしよ。……だからさ、ヒメ。しようぜ?カップル契約。」

 

 

「……これは、なんともはや…」

「……JOJO。あなたってそういうキャラだったの…?」

 

何やら絶句している女性陣に対し、はてと小首を傾げる城島。その動作すら妙に様になっていた。

 

「で、どーすんだよ。受けてくれりゃあ助かるんだが…ま、ダメならダメで結標にでも頼めばいいか。」

「「!?」」

 

あろうことか、他の女(と思われる何某(なにがし)か)を引き合いに出した城島の発言に戦慄する二人。恐らく無自覚だと分かっているだけに恐ろしい。押してダメなら引いてみろを地で行く目の前の男に対し、思わず姫神は———

 

「……やる!やらせて頂きます…っ!」

「ん、そうか。そんじゃさっそく行くか。」

 

反射的に「イエス」と答えてしまったのだった。

元々変わってる口調が更におかしくなっているが、そんなことに気を回せる人はこの場にいなかった。

 

「ちょっ…!ちょ、ちょっと待ってください!」

 

しかし…そこで待ったをかけたのは、我らが小萌先生だ。

 

「この手の登録って、書類を作るにあたって証明写真なんかを撮る必要があったりするんですけどー…」

「…?今撮っといた方が良いってことか?」

「いえ、そうじゃなくてですね」

 

やっぱりこの二人、どこかズレてるのですよ…みたいなことを考えつつ、当然といえば当然といえる疑問を投げかけた。

 

「姫神ちゃんはその…巫女さんみたいな服しか持ってないんですけど、まさかその格好で登録するのですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第七学区は中高生が特に多く住む地区である。

必然的に、商業施設も彼らの年齢層に合わせて手軽なグレードのものが多くなる(『学園の園』周辺などは除く)訳だ。

 

城島たちが目星をつけた服屋『セブンスミスト』はそんな第七学区の店の例に漏れず、良くも悪くも「普通」という言葉が似合うところだった。

少なくとも、およそ一ヶ月前に爆弾テロか何かで半壊したらしいという点では非凡と言えるが…そこは流石学園都市の技術というべきか、もはやその時の様子は見る影もなく修復されていた。

 

ちなみにこの場に小萌先生はいない。

あの後ハッと何かに気づいた素ぶりを見せた途端、急に勢いづきだした彼女は、

 

『さあさあさあ!お小遣いなら先生が用意してあげますから、二人はどうぞショッピングにでも行ってくるのです!』

 

とかなんとか言って、服を何着か買えるだけのお金を握らせた後にどこかへ行ってしまった。

その時、姫神は物凄く何かを言いたそうにしていたが、城島としては「ポケットマネーで何とかしろ」などと言われなかったことを心底ありがたいと思うだけだった。上条だったら絶対何かしらの浪費イベント発生からの不幸だーっ!になると思ったからだ。

 

ともかく。自分の本命は携帯の購入であるため、ちゃっちゃと買い物など終わらせてしまおうとしたのだが…ここで問題が一つ。

 

「服の良し悪しなんてわかんねェ……ッ!」

「…右に同じ」

 

この二人、今まで服を買ったことなど一度もないのだ。

能力に振り回されていた姫神は、学園都市中の研究所を転々としていたのもあって、能動的にこういったことを楽しむ余裕も無かったのだ。

城島など言わずもがな。そんな暇があったら修行していたし、何より…周囲の人間のファッションセンスが意味不明すぎるのだ。

妙に露出が多いのは当たり前。サザエさんみたいな髪型だったり、謎のトゲトゲした飾り付きの服を着ていたり…とにかく異常だった。当然、参考にできるような人はほとんどいない。

そんなパリコレ級にぶっ飛んだファッションが私服みたいな事になっている「組織」の面々と比べたら彼は全然マシなのだが…それはただ無頓着であるというだけで、この状況を打破する材料にはならない。

 

小萌先生最大の誤算は、気取ったポーズをとっているマネキンの前でウンウン唸ることしかできないこの二人が、まともなデートができるだけの常識を持ち合わせているなどと思っていたことなのだった。




鈍感系主人公がなぜ多いのか今わかりました。書きやすいからです。たぶん

テンプレはしないとキッパリ言ったばかりなのに……スマンありゃウソだった
でも まあ理由付けはしてるし、根っから鈍いわけじゃないから良しとするって事でさ……こらえてくれ


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啓蒙

くっそ難産でした。一週間以上間を開けたのは初です。面目ねえ…

遅くなった代わりといっちゃなんですが、長めです。


私の名は『北澤(きたざわ) 佳子(よしこ)』 四十四歳独身。仕事は真面目でソツなくこなすが、いまひとつ情熱の無い女…『セブンスミスト』店員を勤めて二十余年。「軽妙洒脱(ウィティーインストラクター)」の異名を持ち、ファッション業界の一部で畏敬の念を持たれているんだか いないんだか…悪いやつでは無いのだが、コレといって特徴の無い…影の薄い女さ。

 

 

 

 

 

とかなんとか頭の中で思っている北澤の自己評価は概ね正しい。が、異名だとか畏敬だとかはただの妄想だった。「アラフォーだって夢を見たくなる時はあるものヨ」とは本人の弁である。

そんなほんのりイタい雰囲気を醸し出す彼女は実のところ、仕事の腕は確かだ。確かなのだが…いかんせん、ヤル気というものが無いのだった。

 

子どもの頃から服を着飾ることに対して目がなく、将来自分は一流のコーディネーターになるのだと信じて疑わなかった。

しかし、いざ業界のトップを垣間見るとどうだ?自分など及びもしない程の才能を持つ者、類稀なる環境でそのセンスを磨いてきた者など…知れば知るほど、自分が抱いた夢の力がちっぽけに見えていったのだ。

 

それからというもの、向上心をなくしてしまった北澤は流れに流れ、学園都市の壁の中へ行き着いた。彼女の将来には何の展望もなく、思い出に安らぎもない。過去にも未来にも行けず、現在に宙ぶらりんになっているだけだった。

 

その最たる所以はひとえに、彼女が人とは違う『何か』を持っていなかったからだろう。それは前述の「才能」だったり「環境」だったり…または「出会い」だったりするのかもしれない。

北澤の経験は豊富であり、その道程の中で多くの人に出会った。時には、彼女との「出会い」で人生を変えるような選択をした人も少なくなかっただろう。

 

その意味では、彼女は誰よりも遅れていたのだ。他の者たちは彼女と出会うことで人生が変わったのだが、北澤自身はその感覚を知らなかったのだ。

 

そう、この日までは——。

 

 

 

 

 

「そ、そこのイケメンと美少女!」

「「?」」

 

欧米人特有の碧眼、高身長、彫りの深い顔立ちなどを兼ね添えた城島は紛れも無いイケメンである。

鴉の濡羽を思わせる黒髪と漆を塗ったような瞳。それらを際立たせる雪のように白い肌を持つ姫神だって、初対面の上条に「メチャクチャ美人」と評される程の美少女なのだ。

 

呼びかけられた二人は振り返る。

ちなみに、姫神は上条に指摘されてどうやら自分が美少女らしいということを自覚してはいるが、城島は別にそうでもない。故に、彼に限って言えば「なんかデカイ声出してるヤツがいるなぁ」程度の気持ちで反応しただけだが。

 

「なんですか?」

「き、君たちは服を選びあぐねているのでしょう?だったら…私にコーディネートさせていただけないでしょうか!」

 

ああ、面倒くさそうなヤツが出てきたな——

 

 

 

 

 

 

 

——という城島の認識は、その後数分で崩れ去った。

 

「…素晴らしい。やはり私の目に狂いは無かったー!」

「おおう…」

 

試着室から出てきた姫神は、いつもに増して輝いて見えた。

ゆるふわな単色系リボンカットソーはおっとりとした彼女の雰囲気によく合っているし、その上で肩を大きく露出させるオフショルダーによって際立った背徳感が見る者の心を高鳴らせる。それでいて、ゆったりとしたロングスカートが全体のイメージを清楚に纏めているものだから、日常に溶け込む綺麗さがあった。

何より胸元の十字架のアクセサリー…能力を封じる『歩く教会』がよく映え、しかも浮いていない。

 

ありのまま北澤の身に今起こったことを記すと、「突然に湧いてきたイメージに従った結果、気がついたら服を仕立てていた」。

何を言っているのかわからないと思うが、北澤自身も何が起こったかわからなかった…精神系能力だとか学習装置(テスタメント)だとか、そんなチャチなものでは断じて無い。もっと「自分自身の力」であると『確信』できるような…そんな感覚を味わっていた。

 

しかし、これだけ巧みなコーディネートをしてもらった姫神はどこか引っかかるものがあるようで、北澤のことを訝しげに見ている。

 

「でも。幾ら何でも早すぎ。普通は一発でピッタリなものには当たらないと思う。」

「そういうモンじゃねーのか?」

 

そう。妙な事に、北澤がこれだけ姫神に似合った服装を選ぶのには殆ど時間がかからなかったのだ。それどころかサイズまで完全に一致している。

何か言ってる常識知らずのバカはさて置き——姫神は、小萌先生からの根回しか何かでもあったのだろうか?などと思っていたのだが…当の本人もこの事態がうまく飲み込めていないようだ。

 

(わ、分からない……一つだけ言えることは、この子たちを見た瞬間突然頭の中に浮かんだ数々の『発想(アイディア)』と『使命感』…アレに突き動かされた結果がコレだった…()()、)

 

つまり、彼女は元々これだけの実力を持っていたのだ。

しかしそれは「才能」によるものではない。未だ挫折を知らずに高みを目指していた時の「努力」と十数年に渡る「経験」…『過去』の積み重ねが、北澤の精神の奥底に眠る実力をたった今芽吹かせた。ただそれだけのことだった。

 

しかし…皮肉なことに、今までその実力を隠していたのもまた『過去』なのだ。

積み上げた努力は挫折の爪痕を深くしたし、十数年という月日はコーディネーターとしての気概を腐らせるには十分な時間だった。

そんな彼女が再起した理由こそが、この「出会い」に他ならない。

 

 

心の底から「この人のために働きたい」と思ったのは初めてだった。

心の底から「服を選びたい」と思ったのは初めてだった。

 

 

この「出会い」こそが、かつて夢見た「高み」へと彼女を押し上げる——魂の『引き金』!

 

(ただあの「感覚」は…登り行く朝日よりも明るい輝きで『道』を照らしていた。私が『向かうべき…正しい道』をもッ!)

 

 

これは『軽妙洒脱(ウィティーインストラクター)』北澤佳子のファンタジー…そのプロローグの一節である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

特に出てくる必要の無かったモブが随分と出しゃばったが、さておき。

 

「結局。何だったんだろう。あの店員さん」

「さあな」

 

紆余曲折あって城島と姫神は、本来の目的である携帯のサービス店まで来ていた。場所は立地等の兼ね合いからか、ゲームセンターやカラオケハウスなどの娯楽施設を内包する、いわゆる地下街というやつである。

ちなみにあの後「せっかくだからオレも服買おうかなぁ」と思った城島が北澤に選んでもらおうとしたのだが…物凄く渋い顔をした彼女に、

 

『貴方に似合う服ねぇ…コレは市販のもので間に合うとは思えない。金具やアクセサリーをオーダーメイドで発注するなら用意できるかもしれないけど…』

 

と言われた。

猛烈に嫌な予感がしたので丁重に断った。似合うことには似合うものになりはしそうだが…何となく、服というにはとんでもないものをお仕着せられそうな気がしたからだ。何故かは分からないが。

 

と、まあ。余計な思考は打ち切るとして、城島は件のサービス店に意識を向ける。

 

サイズとしてはコンビニの半分くらいしかなく、大きなガラスウィンドウ越しには横一線に並べられたカウンターと椅子、後はマガジンラックに収まった薄っぺらい機種カタログぐらいしかない。入口の前に置いてある宣伝用の縦長の()()()には大手メーカーの物と学園都市オリジナルの物が分けてあった。

学園都市は、外に比べると科学技術が二、三〇年進んでいるとされている。外と中、互いの機種も一長一短ではあるのだが、緊急時にはどちらのサービスが先に復帰するか分からなかったりするので、何を選ぶかで一週間以上悩みまくる学生もいるようだ。

 

「それで。確かその…『ハンディアンテナサービス』の契約をするとか。」

「ああ。ついでに『カップルのペア契約』もな。」

 

特に気負う様子も無く言った城島に対して、姫神は一部の単語に少々思うところがあったのか、若干しどろもどろになってしまった。

 

「…男女ペアなら誰でもいいなら。別に。私じゃなくてm」

「よし行くか。サービス受けるだけならともかくオレの場合モノごと買い替えないとだから時間も食うだろうし早くするに越したことは無いよなさぁ行こう。」

「あっ。あっ…あぁ〜…」

 

否応も無かった。

パッと手を繋いで体を引っ張って行く感覚に身を任せる。

少し強引だが、しかし…それでも歩調を合わせてくれる、どこか気遣いが垣間見れる「彼」の優しい歩みを遮ることなど、出来はしなかった。

 

 

 

 

 

カウンターの前に座っていた店員のお兄さんは、目も眩むような美形カップルの登場に対して心底ウンザリしたような空気を(夏休み真っ最中ということもあり、こう言った手合いはとにかく多かったりするのだ。)爆発的に噴出させながらも、どうにかガワだけは取り繕って対応マニュアル通りに動いた。

 

できるだけ安い機種が良い、このサービスは受けられるかなどのやり取りを行なった後に、店員さんはたくさんの書類をカウンターの上に並べつつこう言った。

 

「書類の作成にあたって写真が必要なんですがお持ちでしょうか」

 

あ、と声を漏らしたのは二人の内どちらか。いずれにせよ、どちらもなんやかんやで服を買いに行った大元の理由を失念していたことに変わりは無い。

 

「あー…結局どーいうヤツなんだ?証明写真とかで撮ったりして?」

「いえいえ そんなにお堅いものではなくてですね」

 

店員さんはあくまで無表情で、

 

「これはペア契約でして 登録にあたって『このお二人はペアである』事を証明して欲しいだけなんです なのでお二人がツーショットで写っているものであれば携帯電話のカメラでも大丈夫です 今ならペアの写真立て型の充電器(クレイドル)を用意するのでそちらにも使用させていただきます 四社共通のものですので形式番号は気にせずにご利用できますよ」

 

うっ!?と姫神は危うく呻き声を漏らしかけた。

一方で城島は「その携帯をオレは持ってねーんだが…」と、場違いなんだか的確なんだかよく分からないことを考えていた。

 

「……つ、つーしょっと?」

「ああそういうのはあまりやられませんか ならこの機会にぜひいかがでしょう 登録完了の二〇分前にお写真をお渡しいただければ結構ですので待ち時間などを利用して撮影していただけると助かります」

 

 

 

 

 

そんなこんなでいっぱいある書類にボールペンを走らせると、城島と姫神は一度サービス店の外へ出た。問題の写真撮影である。

結局撮影の手段は、無難に姫神が持っていた携帯で——背も高く、となると当然腕も長い城島が——行うことと相成った。

 

どこか上の空な感じの姫神だったが、城島は気づかない。画面を見ながら親指でボタンを操作してカメラのモードを切り替えると、腕を伸ばしてできるだけ遠くに携帯電話を押しやる。

 

「じゃあ撮るぞー……って」

「な。何?」

 

うろたえた声を出す姫神に、城島は困ったように顔をしかめた。

 

「足りねー…」

「??」

「背が!……映らねえっ」

「………………………。」

 

結局のところ、ソコなのだ。

実は両者の身長は20cm以上離れている。なんというか…(なに)と言うのは憚られるが、足りないのだ。つまり、高さが。

 

ちょっとぐらい屈めよ!!と誰もが思うだろうがこの二人、例によって写真に写ったことなど殆ど無いし、ましてやツーショットの経験など皆無である。

それでも平素の状態ならどうにでもなっただろうが…姫神は愚か、城島さえも実は無意識のうちにこの密着状態を()()()()()()のだ。少なくともコレが平素とは言い難いだろう。

 

(………………。)

(あーくそっ!何だってこう上手く行きやがらねえ!…ヤベ、なんか手汗まで……ああ!?コレ、ヒメのケータイじゃねーか!!)

 

だからといって。

 

(………………………()()()()()()()!!)

 

 

だからといって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()などという暴挙が、許されていいワケではないだろうが。

 

 

「ッ?…ッッ〜〜!?」

「うっ、うう…しょーがねーだろ!パッと撮って終わらせっから………あ、」

 

いよいよメッキが剥がれかけてきやがった城島だが、ここに来て思わぬ不意打ちを食らってしまう。

 

いつもと違ってめかし込んだ洋服を着ている「彼女」の顔は、いつもより数段近い。オマケに()()()瞳を潤ませ、分かりづらいが顔を赤らめてさえいるようだ。その様子が手に取るようにわかる。

しかしどうしてクソにぶKY野郎こと城島が、すぐ隣に居るとはいえ、視界にも入っていない姫神の様子がわかったのか?

答えは簡単。

 

単純に、ケータイの内カメラで写真を撮る以上はお互いの顔を見ないといけないってだけの話だった。予測可能回避不可能である。

 

 

(なん、だ?何故鼓動が速まって…イヤ、この『感情』は何なんだ…?)

 

 

「………いいから。早く撮って」

「…はっ!」

 

ついでに言うと、城島に姫神の顔が見えるということは逆も真なり。表情の乏しい自分よりも(恐らく)ひどい顔をしている城島の顔を見れば、彼女にも幾らか冷静さも戻ろうというものだった。

 

自身の感情を捉えあぐねていた城島も「とりあえず考えるのは後にしろ」という心の声に全力で従って、ほうぼうの体でシャッター代わりのボタンを押す。

 

まあ何というか。本当に色々あったものだが——

パシャン、という意外と軽い音と共に、今日の彼らの目的(デート)は果されたのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ソレ、どーすんだ?」

「ん」

 

何のことはない帰り道。城島が聞いた「ソレ」とは、携帯サービスの期間限定のオマケだか何だかで意図せずしてもらったストラップだ。

 

「確か『ラヴリーミトン』のトコの…ケロヨン、だったか?小学生向けのキャラだろーに…合わないって思ったら、別に捨てても構わねーぞ」

「ううん。確かにおかしな格好になるかもしれないけど。私はコレを捨てたりしない」

「ふーん」

 

別に姫神も小学生じゃないのだから、中学生でさえ恥を知って付けるのをためらうようなコドモ玩具を好き好んでつけるワケじゃない。ただ、こんな合成樹脂の塊にこそ、今の自分にとっては掛け替えのない「価値」を見出したからだ。

 

買ってもらったこの服は小萌先生にもらったお金と北澤の協力あってこそだったし、城島とは関係なしに手に入るものでしかない。

だが、コレは違う。

例え意図せぬオマケでもらっただけだとしても、城島からの…()()()()()()()()()()()からの、正真正銘最初のプレゼント。

 

既に今まで、余りにも大き過ぎるものを貰っておいて何を今更…そう思うかもしれないが。

彼女にとって「彼」との時間全てが…この地球にさえ匹敵するほどに、それはそれは大切なモノなのだ。

 

とはいえあまりに子どもっぽいために、二つもらった内の一つを城島に、無理にどうこうしてもらおうなどとは全く考えてはいなかったのだが…

 

「じゃっ!せっかくだしオレももらっとくよ。…ん、お揃いってヤツか。」

 

言ってから、少しだけ何か引っかかるような顔をしたものの、目立って拘泥することもなくストラップをカチャカチャ弄り始めた城島に対してちょっと驚いたような顔をしつつも。

ふっと笑って、こう返す。

 

「…ふふ。そういうトコロで鈍感なのは。こちらとしても歓迎するのだけど」

 

パチン、と。二人は件のストラップを携帯に付け…薄く、それでいて柔らかな笑みをたたえながら。夕暮れの茜色に染まった学園都市の帰路を、手を取り合いながら歩むのであった。




こっちゃあンな(ヌル)い話じゃなくて早くツェペリ君のことを書きてえんだよ!!!

いや、元ネタありきのツェペリ君と城島を除けば脇役とはいえオリキャラ書くのは初だったので、割とマジで北澤の話に一週間はかかりました。
唐突に出てきて混ぜッ返しやがったコイツまじで何なん…?しかも19話書き始めてからアドリブで出てきたし、ホンマ誰やねん北澤て…


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結標の右腕 …右手?

やっと評価バーに色が…!
しかも(少なくとも、今の所は)赤色!!まだまだ一マスですが、ようやく「チョッピリでも世間に認められ始めた」感がして、ヤバいくらい嬉しいです。


ありがとう読者諸氏
本当に…本当に…

「ありがとう」…
それしか言う言葉がみつからない…


姫神と別れて数分。夕焼けの中、帰り道を一人黙々と歩いていると…

 

とうるるるるるるるるるん、るるるん。

 

買ったばかりの携帯が鳴った。

何の気なしに、コレの番号が分かるヤツは一人しかいないから姫神だろうか?と思って、あだ名で自分を呼ぶ「彼女」の声を予想しつつ出たのだが…

 

「ハーイJOJO。ちょっと仕事を頼まれてくれるかしら?」

「…これだから暗部に片足突っ込んでるヤツは。どーやって買ったばっかの番号調べたんだよ…」

 

「彼女」と同じようにあだ名で呼ばれはしたが、当然テンションはダダ下がりだ。

デート(自覚無し)の余韻を吹っ飛ばす無粋な輩——結標に対して、気だるげに一言。

 

「で、今度は何だよ」

「話が早くて助かるわ。…今回の用件は二つ。一つ目は、まずは会って欲しい子がいるのよ。——私の『仲間』の一人でね。ま、それについては追々…二つ目はちょっと面倒な話だから、直接会ってから話しましょう。例の装備は必ず持ってきなさい。」

「言われなくても。武装もせずにテメーらのアジトに入り込んだりしねーっつーの。」

 

言いつつ、城島は眉をひそめる。「装備」というのは勿論例の手甲とマフラーのことだが、必ず持ってこいとは今まで言われなかったからだ。

 

「場所は?」

「第七学区にある雑居ビルの密集地域…俗称としては『蜂の巣』だとか呼ばれているわね。位置情報はメールで送るからよろしく。」

「メールアドレスまで…」

 

言い切る前にプツリと切られる。

コレは今までとは違う、相当に厄介な仕事になるかもしれない。何となくそう考えながら、暗くなり始めた黄昏時の街の中で歩を進めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『蜂の巣』。

一言で表すならば、結標が言った通り「第七学区の一角を占める雑居ビルの密集地域」で間違いないのだが…最たる特徴として、商用施設として貸し出されている割にはとにかく賃貸経営が杜撰である事が挙げられる。

 

言ってしまえばその審査はザルも良いところで、もはや誰が何の為に借りているのかも不透明な魔窟と化しているのだ。

家出した少年少女の当面の住処とかならまだ良いほうで、 危険な大型ペットの檻や盗聴器等の作成場所、宗教法人として認められていないような者達の根城にまでなっているらしい。

 

呼び出された場所として多少引っかかる点があるとすれば、その特性上、武装無能力集団(スキルアウト)——いわゆる不良という奴だ——の拠点になっているスペースなんかもあるようだが、暗部組織が利用するほどセキュリティが厳重というわけでも無いため、「後ろ暗くはあっても本格的にヤバい場所ではない」という話だったはず、というところだ。

 

(にも関わらずここを選んだってこたぁ、長期滞在用のアジトとしてじゃあねーな。精々二、三回使えれば良い程度の『止まり木』ってトコか?)

 

静々と考えを巡らせつつ、連絡にあった番号の部屋の門戸を叩くと…

 

「は……?」

「………。」

 

ショタが出てきた。

 

感情の起伏が乏しいように見える無表情とかなり整った容姿が目につくが、他にはこれといって特徴もない物静かな少年だ。見たところギリギリ小学校高学年くらいか?この子どもが例の「会って欲しい子」とやらだろうか。

 

(なんだこの既視感(デジャブ)…ハッ!まさか!?)

 

ボロ屋を訪ねると子供が出てきた…この滅多にないレアな状況に対して、あくまで城島は冷静に対応できた。

 

そう、玄関の扉を開けたらロリ(年上)が出てきたというレアすぎる体験を既に経ていた城島にとって、この後の展開を読むのはそう難しいことでは無かったからだ…!

 

 

 

「えー、ゴホン。おたくの娘さんに呼び出された城島ですけども、結標の親御さんで間違いありませんか?」

 

 

 

そう。察するに、この少年が結標の父親なのだろう。

恐らく彼は学園都市の非道な人体実験とかで、体を縮められたりしてしまったのだ。なぜ結標が樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)を狙っているのかと前から疑問だったが、この症状を治療する方法を調べる為だったのだと考えれば辻褄も合う。

父親がこんな姿になったという事実に、彼女が性癖を拗らせてしまった理由が垣間見える気がするが…そこは触れないどいてやるのが優しさだろう。

 

ともかく…今までは嫌々従っていたに過ぎないのだが、こんな事情を知ってしまったとあればそうもいかない。

何という悲劇だろうか!親としての尊厳を、人としての自由を踏みにじられながら生かされているというのだ。意外なことだが、結標には仲間が沢山いる。それが意味することは、彼女と似た境遇の者が多くいるということ…つまり、犠牲者の数はそれだけ多いということでもある。

悪魔の所業だ、こんな残虐なことをする恥知らずは生かしておけない。と、城島の胸の内には燃え滾るような義憤の心が湧き上がっていた。

 

「………。」

 

しかし、どうした事だろうか?困った事に、さっきからこの子ども、一言も喋ってないのだ。

自身の圧倒的推理力に感心していたのも束の間、膠着してしまった状況に対して早くも閉塞感を感じ始めてきた城島だが…何事かといった様子で部屋の奥から出てきた結標に気づいてホッとした。

 

「結標…こんな事情があったってんなら、先に言ってくれりゃあ良かっただろ。…しかしだ。そうと分かれば、オレも黙っちゃいられねえ。喜んで手を貸すぜ!」

「アンタ何言ってんの?」

 

 

 

 

 

 

 

城島のバカ丸出しな推理を聞いて、結標は腹を抱えて爆笑していた。

一応擁護しておくと、この学園都市の非常識性、及び非人道性の両方を体験しているのに加えて、小萌先生という年齢詐欺師に出くわしてしまったのだから、こんなぶっ飛んだ考えに至ってしまうのも無理はないとも言える。

むしろ「相手の裏をかく」ことが肝要な戦闘においては、「一本筋が通った情報からいかに突飛な発想を生み出すか」というスキルは重要なのだが…今回はそれが裏目に出てしまった。

 

「あっ、あの子が、ぷぷっ…あの子が私の何ですって!?ひーっ、お腹痛い!」

「うるせえぇぇぇぇ!!さっさと用を言えっつってんだろダボがあああああ!!」

 

さっき(かれこれ五分以上前)から必死に話を逸らそうとしているのだが、なおも結標は思いっきりバカにしてくる。

五分前までは「しゃーねぇ。一肌脱いでやるか…!」くらいのやる気はあったものだが、もはや何もやる気が起きない。そろそろ帰りたいと思い始めていた。

 

「わ、分かったわ。ええっと、何だっけ…ぷぷっ」

「お前ホントいい加減にしろよ…?」

「ああっ、そうそう。会って欲しい子がいるって言ってたわね、それがこの子——冴木(さえき) 健司(けんじ)のことよ。」

 

そう言って先程玄関に出てきた少年を指し示す結標。

一見なんて事のないただの子供だが…学園都市において、外見は信頼できるステータスではないという事を城島は十分すぎるほど学んでいた。特に高位能力者は下手な大人よりも恐ろしいものだ。

 

「で?ソイツとオレを会わせてどーしようってんだ?」

「それは実際に——そう、()()()()()()()説明した方が早いわね。ほら、ケンくん。名残惜しいけど…」

「………。」

 

そう言うなり、結標は少ししゃがんでからカクンと冴木少年の方に首を傾け…何かを待つようにその姿勢を維持した。

一体何をしているのか城島には皆目見当もつかなかったが、結標の「繋いでから」という言葉が耳に残っていた。

 

「え…な、何やってるの、ケンくん?」

「は?」

「………。」

 

それを見やった冴木は…何を思ったか、部屋の隅に積まれてあった布団を敷き始める。

どうやら冴木の行動は結標にとっても不可解だったらしく、結標も困惑している。

そうこうしているうちに布団が敷かれ終わると…本当にどうした事だろうか、おもむろに布団へ結標を仰向けに押し倒し、そのまま馬乗りになった!

 

「ふ……え…?ケン、くん?」

「………。」

 

真っ赤に顔を上気させている結標の様子は…なんか満更でもなさそうだ。それでいいのか。…いいんだろうなあ。

その間にも冴木は結標の頭を両腕で掴み、そのまま顔を近づけていき——コツン、と額同士をくっ付け、そのままワシャワシャと手を動かし始めた!

 

「わ、わひゃあああぁぁぁ!?!?」

「………。」

「…オレは何を見せられてんだ……?」

 

呆然としながらその様子を眺め、「ああ、『繋いでから』ってそういう…」なんてバカなことを考えている城島が、このままでは用件を聞く前に(主に結標が)警備員(アンチスキル)の手でお縄にかかる可能性が高いことに気づき、慌てて止めようとする前に…冴木による謎の「儀式」は終わってしまった。

 

ハアハアと荒く息を吐きながら片腕で目を覆っている結標の姿は——その『いつもの』服装も相まって——完全に「アウト」だが、そんな彼女の様子を気にも止めずに、冴木少年は近くの壁に背を預けて、腕を組みながら目を閉じてしまった。この少年、結標の扱いが若干雑に見えるのは気のせいだろうか。

 

 

冴木少年は黙して語らず、結標は『事後』状態。先程の喧騒から一転して静かになったこの場で、城島はただ立ち尽くすことしか出来ないのだった。




公判に続く〜。


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パス•パス

とりま投稿ぅーッ!
この調子でペースを元に戻していきたいですね。


「み、見苦しいところを見せてしまったわね…」

「全くそう思うぜ。いやマジで。」

 

十数分後、ようやく結標が会話できるまで回復した。

一体なんだったのかと城島が問えば、先程の件をまた思い出してしまったのか、顔を赤くしながらこう答えた。

 

「あー…ケンくんの能力は強能力(レベル3)の『精神感応(テレパス)』で、離れた場所から会話ができるのよ。射程距離は…少なくとも、学園都市全域はカバーできるわ。」

「ん?高位の精神感応(テレパス)は希少って話じゃあなかったか?それだけできりゃ大能力(レベル4)はくだらねーと思うが。」

「そう。それはこの能力にいくつか『欠陥』があるからよ…私の座標移動(ムーブポイント)と同様に、ね。」

 

結標は軽く息を吐くと、

 

「例えば『頭に触れて「通信(パス)」を繋げた人としか話せない』だったり、『通信(パス)は一回につき一人にしか繋がらない』だったり……『その通信(パス)を安全に切るために、あそこまで密着しないといけない』っていうのは、私もついさっき知った訳だけど。」

 

そこまで聞いて、城島は眉をひそめる。あの「儀式」がその通信(パス)とやらを切るための行為だというのは分かったが、「安全に」とは一体…?

 

その疑問を察したのか、心なしか、苦虫を噛み潰したような顔になった結標は、続けてこう言った。

 

「……そう、この精神感応(テレパス)の最大の欠陥…それは『一方的に通信(パス)を切れば、繋げていた相手はまず間違いなく死ぬ』という点よ。」

「……なるほど?」

「一応、盗聴されるリスクが無いって利点はあるし、さっきまでは私と通信(パス)を繋げて連絡要員として働いてもらっていたわ。でも…アンタが考えている通り、私達はこの子の能力を持て余していた。」

 

それは、確かに致命的な欠陥だった。

通信技術が発達した現代において、ただえさえ念話系の能力は需要が少ないというのに、極めて高い殺傷能力まで秘めているというのだ。携帯電話で簡単にできることを、死ぬ危険を冒してまでやる奴はいないだろう。

 

そこで結標は、そんな欠陥だらけの能力を持つ少年——冴木を今日、城島と引き合わせた理由をいよいよ()()()()()()()したのだが…

 

「オーケーオーケー、事情は大体分かった。」

「ッ…!」

 

それを城島は遮った。

先程のアホな推理とは違って、必ず当たっているだろうという確信があったし、名誉挽回のチャンスを逃したくなかったというのも、勿論ある。

だが、何より…立案者であろう結標自身の口からこんなことを告白させて、さらに負い目を持たせるのも寝覚めが悪い、というのが大きかった。

 

「学園都市にいる間は、オレはテメーらへの『負債』を精算するまで何処に逃げても、裏切り者として殺されるだろーな。…逆に言えば、ぶっちゃけ学園都市の外にさえ逃げちまえば、オレはこの『負債』を踏み倒しちまえるっつー訳だ。」

 

城島は淡々と言った。

 

「オレはこの前『吸血殺し(ディープブラッド)』の件はカタがついたと言った。オレが学園都市に留まる理由があると確信できねーテメーらにとっちゃ、『首輪』の一つでもつけてーだろうな。その『首輪』としては、この不完全な精神感応(テレパス)は都合がいいだろーよ。何せ、「繋いで剥がす」だけでオレは死ぬんだからな。」

「………。」

「…その通りよ。相変わらず頭がキレる奴ね…。」

 

加えて、「厳密に言えば結標の仲間ではない城島の動向を完全に把握するのは面倒なので、確実な連絡手段を構築しておきたかった」という理由も確かにあった。

 

ただ、本命として…もし城島が『契約』を踏み倒すようであれば、即座にその命を断てるようにしておくため、という理由が大きかった。

それは「口封じ」のためでもあるし、城島自身の命を預かるためでもある。これも一つの「人質」とも言えるだろう。それも、この世の誰を担保にするよりも効果のある人質だ。

 

「そう。私達は学園都市に縛られる意味がない、今のアンタを完全に信用することが出来ない。…だから恥を忍んで頼むわ。アンタの命を、私達に預けて頂戴。」

 

そう言って、結標は毅然とした様子で城島を見据えた。

いくら相手が契約を踏み倒す可能性が出てきたからと言っても、「お前が信じられないから生殺与奪権を掌握させろ」というのは余りにも虫の良い話だろう。それが分かっているからこそ、当の本人に対してこの話を持ちかけるのには、流石の彼女も()()()を感じていた。

しかし、決してそれを表に出す事は無いだろう。「計画」を指揮するリーダーとして、仲間達の期待を背負う存在としては、こんな所で弱味を見せてなどいられないからだ。

 

(……良い『覚悟』だ。)

 

ある意味では傲慢、或いは傍若無人とも取れる態度だったが…「闇」の世界の住人としての城島にとっては、その姿勢が好ましく映っていた。仲間と目的のために汚れ役を引き受けられる悪党は、()()()()だ。

 

「フン、貸し借りを蔑ろにするほど腐っちゃいねぇさ。裏の世界じゃ…いや、裏だからこそ、『信頼』っつーのが何より(たっと)ばれるってモンだろ?…テメーらに『信頼』させてやれなかったオレが悪いって事でもある。むしろ、それくらいで済むんなら安いモンだ。」

「…本当に良いのね?」

 

そこで、城島は冴木少年へ視線を移す。相変わらず壁に背を預け、目を閉じながら腕を組む姿勢のままだ。

 

「…これは、「中学生にもならないような少年に自分の命を預けろ」という話よ。それは単なる『信頼』の問題だけじゃない。…極端な話、この子の気まぐれで、アンタが「何もしてなくても死ぬ」かもしれない。こちらから持ちかけておいて何なのだけど、アンタにとって圧倒的に不利な話だというのは自覚しているわ。それでも…」

 

 

 

「ごちゃごちゃうるせぇ。さっさと済ませようぜ。」

 

 

 

城島が一秒すら待たずに即答すると、冴木少年は目を見開き、少し驚いたような顔になった。

ようやっとそのシケた鉄面皮を剥がしてやれたと、城島は少しだけ痛快に思いつつ言葉を繋げる。

 

「大体、その『気まぐれで殺されるかもしれない』相手に、ついさっきまで通信(パス)繋いでやがったのは何処のどいつだよ。テメーもそんな下らねえ事を考えて、計算して、裏付けしてからコイツを『信頼』した訳じゃ無えだろ?…だったらそれで十分だ。そうやって、テメーほどの人間が『信頼』した奴なら——オレも命を預けられるさ。」

「………!」

「そう、ね……確かにその通りよ。」

 

城島の答えを聞いて、結標はわずかに目を細める。それはまるで——何時かとも知れない過去を想起しているかのようだった。

きっと彼女の胸中には、彼女にしか分からない、何らかの『想い』が渦巻いているのだろう。

 

「……さっきも言った通り、通信(パス)はアンタの頭を触らせてあげるだけで繋がるわ。ケンくんが任意で解除した時は別だけど…一度繋げば、例え『能力』が使えない状態だろうと決して切れないから、そこは安心して良いわよ。」

「………。」

「おっと、そーだったな。それじゃ早速…」

 

城島は、そっと冴木の手を取った。鍛え上げられた自分の手より、ずっと小さく、繊細であるように思える。

その手が城島の頭に触れた瞬間——パチン、と。文字通り、何かが「繋がった」かのような音と共に、目の前の少年のものと思しき声が頭の中に響いた。

 

「よろしくな、ケンジ。」

『…ええ、よろしくお願いします。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…なぁ、おかしいよな。今の雰囲気であんな事、普通言わねーよな!?」

『仕事ですので。黙ってキリキリ働いてください。』

 

学園都市の某所。すっかり暗くなった街中で、城島は車を飛ばしていた。

城島は普通に未成年なのだが、「裏」の人間の例に漏れず、車の運転程度は習得していた。むしろ、あの「組織」に所属していた身として、アクセルとブレーキに足が届く年齢までには叩き込まれていたため、できない方がおかしかった。

ちなみに、冴木は『蜂の巣』に留まって、精神感応(テレパス)による指示を飛ばしている。彼の護衛並びに護送は、結標が請け負うらしい。

 

「えーっと!『二つ目の要件』…実質これが初仕事、か。」

『はい。今日は「運び屋」達が壁の外から来る手筈になっています。彼らの護衛任務ですね。』

 

そう。あのしんみりしたシーンが暗転した直後、結標が件の「要件」…その二つ目を指示してきたのだ。色々台無しであった。

 

バラバラになった樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)の破片…残骸(レムナント)の修復は、学園都市外部の組織に依頼することになったらしい。それにあたって「外」から十数人ほどの人員が派遣される運びとなったのだが、それ自体は別に重要ではないのだ。

 

結標曰く。学園都市の秘密主義性からすると、外部に情報が漏れることを徹底的に防ごうとするはずらしい。よって、意図的に情報漏洩を成そうとする者の「排除」を専門とする暗部組織が必ずある、との事だ。

 

外部に協力を仰ぐという事は、ほぼ間違いなくその暗部組織に察知される事を意味する。場所を転々としつつ外部との連絡を取っていただけに過ぎない今までは、まだ結標達の戦力で対処、逃走することは出来ていたらしいが……壁の外から十数人もの人間を迎え入れるとなれば、その過程で大規模な戦闘は避けられない。

 

「そこでオレの出番ってワケかよ…畜生、いけしゃあしゃあと人を死地に送り込みやがって。」

『現地にいる仲間達と合流したら早速任務開始です。念動力(テレキネシス)等の能力を使って「運び屋」らを迎え入れ、暗部組織の追っ手をいなしつつ、指定のポイントまで彼らを先導してください。……あと、リーダーにまともな感性を期待しても無駄だと思いますよ。あの人と繋がってると、まったく理解できない感情とかをガンガン送り付けてきますし。』

 

そう言う(念話だが)冴木の口調は、どことなくくたびれていた。

アイツの事だから、事あるごとにラブコールでも発信していたのかもしれない。

 

と、そこで合流地点が近づいてきたのだが…

 

『え?…すみません、予想以上に敵の動きは早かったようです。今入った連絡によると、既に交戦が始まっているとか。』

「何やってんだアイツらぁぁぁぁぁ!?」

 

高位能力者と思われる少年少女達と、兵装に身を包んだ男達が轟音を撒き散らしながらぶつかり合っていた。

周囲の惨状に目もくれちゃいない。学園都市という後ろ盾がある敵サイドはともかく、味方サイドの暴れっぷりは素人も良い所だ。余裕がないのはわかるが、事を荒立てくれるな。と、城島は切に願った。

 

ドッカンバッカンと響き渡る轟音から目を背けたくなる内心を必死で押し殺し、取り急ぎ結標から任された現場の指揮を執ろうとするのだった。




結標たちが強能力者(レベル3)相当の城島にここまで気を使うのにも、理由があります。
波紋が万能すぎるからでもありますが、一番大きいのは城島が「ガチの戦闘者」だからですねー。戦力の殆どを高位能力に頼っている彼らにとっては得難い存在です。


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進路相談

迎電部隊(スパークシグナル)戦は全カットでお送りいたしまーす。
…アイツらが迎電部隊だと気づいた人が何人いるだろうか。どマイナーすぎる…。


「ぐうぐう」

 

とある学生寮の一室にて、城島は思い切り惰眠を貪っていた。既に太陽が随分と高い所にあるが、御構い無しである。

 

何しろ、彼は明け方まで街中を駆けずりまわっていたのだ。

力だけはある戦闘のド素人どもをなんとか纏め、送られてきた人員を護衛しきり、追っ手をいなし…それはもう獅子奮迅の大活躍で、結標達からの評価もうなぎ登りだったのだが、彼にとっては全く嬉しくない。

やっとの思いで任務を遂行し、こうして帰ってきたのだ。この後どうするか?寝るしかないだろう。

 

しかし。もしも神様というものがいるとしたら…ソイツはよっぽど城島を寝かしたくないのだろう。

 

とうるるるるるるるるるん、るるるん。

 

「ぐう………んがっ」

 

携帯が鳴った。いや、鳴りやがった。

どうせ結標の野郎が第三、第四の指令を出してくるのだろう。もう本当に勘弁して欲しい、と城島は思った。せっかく通信(パス)を繋いだのだから、彼女達からの連絡なら冴木を経由して伝えられるはずなのだが…そんなことにも気付かないあたり、相当意識が混濁している様子である。

寝ぼけ(まなこ)で真新しい携帯をひっ掴み、覚束ない操作をしてから耳に当てた。

 

「なんだよ、誰?」

 

ボーっとしているからか、自然と誰何(すいか)の問いもぞんざいなものになったが…スピーカーから発せられる声を聞いた瞬間、城島の頭は完全に覚醒する。

 

『もしもし。JOJO?今晩は焼き肉だって小萌が言ってる。良かったら来る?』

「……、」

 

それは姫神の声だった。何でも、この間の姫神の買い物に付き合ってくれたお礼として、小萌先生がご馳走してくれるというのだ。

 

「行く」

 

今や金に困ってもない癖に貧乏性な城島にとって、あの姫神のお誘いということもあり、是非も無い話なのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

厳正なるジャンケンによる抽選から、焼肉係(肉を焼く係)は姫神と城島が、買い物係は小萌先生と城島が担当することになった。

 

なお、城島はジャンケンはせず、どちらも請け負うことを申し出た。

何と言っても、ご同伴に預からせていただく身で何もしないでいるというのは、些か決まりが悪い。加えて、相手は女性である。例え「誘ったのはこちらなのだから気を遣わなくても良い」というような事を言われたとしても、こちらの気が済まないというものだ。

加えて、ジャンケンがあくまで平等な選定方法なら幾分が気が楽だったなのだが…類い稀なる反射神経を持つ城島にとっては「相手の手を見てから勝てる手を出す」という、ウソみたいな芸当が可能になってしまうので、尚更のことだった。

 

「さあ城島ちゃん、さっさと買い物なんて済ましてしまうのですよ!」

「そっすね」

 

ただ、城島一人ならその辺りの買い物なんて車で行けば楽だったのだが、まさか(いくら幼女にしか見えないとはいえ)れっきとした教師の眼前で運転を披露するわけにはいかない。

なので、せめて荷物持ちとして存分に働かせてもらおうと意気込んでいたのだか…

 

「——ってオイ! ブレーキに足届くんかい!?」

「とっ、届かなくたって運転できるんですーっ!」

 

なんと、学園都市には135cmのセンセーでも運転できる車があるらしい。どこのニーズに合わせたものなのだろうか?常々思うのだが、学園都市の技術力は色々方向性を間違えてるような気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

身長の件で一悶着あったものだが、無事に食材を調達することができた。

見た目十二歳の小萌先生は台所で、スーパーの特売で買ってきた金殿玉楼(きんでんぎょくろう)焼肉セット一六〇〇〇円を眺めていた。いつも食べている百花繚乱(ひゃっかりょうらん)焼肉セット八〇〇〇円よりワンランク上位の、同居人が増えた時用の豪華絢爛(ごうかけんらん)焼肉セット一二〇〇〇円よりも更にもうワンランク上位なのだった。

 

当然、ケチな城島はあまりの豪遊っぷりに度肝をぬかれたものだが、先生いわく「子供たちに美味しいものを食べさせるのにお金なんて惜しくないのですよー」だそうだ。そのあまりの優しみに城島は軽く泣いた。

 

しかし、そんなオトナな小萌先生が味を比べるべく数種類の缶ビールを冷蔵庫から取り出すサマを見ても、やっぱり城島は「似合わねぇ…」と感じていた。幼女みたいな外見のくせにやたらと酒もタバコも好むというのが彼にとっては更に違和感なのだった。

 

(……正真正銘この人の見た目くらいの年齢で酒もタバコも似合ってた『アイツ』は…やっぱおかしかったんだな。それとも、オレも同い年だったからそう見えてただけか?)

 

ちょっぴりだけ郷愁の念に駆られた城島だったが、軽くかぶりを振って気を取り直す。過去は過去、今は今だ。

 

ちなみに姫神は、部屋の真ん中に置いてあるちゃぶ台の前で鉄板の用意を終え、食欲という名の煩悩を殺すべく結跏趺坐(けっかふざ)の行を執り行っていた。結跏趺坐、などと聞くと仰々しく聞こえるかもしれないが、ようはあぐらをかいて『ご飯まだー?』と空腹に耐えているだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

さて。いよいよ準備も整い、実食の時が来た。

姫神はお肉に多目のタレをつけてご飯と一緒に食べる派なのか、すでに自分の手元に炊飯ジャーを確保している。

城島も「味が濃い食べ物というのはお米を美味しくいただく為に存在するものだ」と思っているタイプの人間なので、その思想には大いに賛同するところだ。なので、さり気なく姫神の隣に座り、自分のお茶碗に米をよそうべく「ずずいっ」と体を彼女に寄せた。

すると姫神は、手元の炊飯器を自分と城島の間に無言でドスンと置いた。

 

「ん、この方が取りやすいな。サンキュー」

「……………。」

 

一見すると、ただ米をよそいやすいように炊飯器の位置を調整しただけの行為に見えないこともないが…彼女の頰にほんのりと赤みが差していたのを、小萌先生だけは見逃さなかった。

 

突然ニヨニヨとした顔つきなった先生に城島は少しだけ首を傾げつつも、この際だからと気になっていた質問をすることにした。

 

「そういや、ヒメは転校するってことになってんだろ?どこ行くか決めてんのか?」

 

世間で言うところの夏休みは終盤に入りつつある。どうせなら新学期までに色々決まってる方が良いだろうなと思っての質問だったが、これには小萌先生が答えてくれた。

 

「あぁ、姫神ちゃんならウチの高校に入ることになったのですよ。」

「へー、ってことは上条んトコですか。そんなら安心です。」

 

実際、アイツが通うような所だったら楽しく暮らせるだろうなと城島は思った。姫神自身も、知り合いがいた方がクラスにも馴染みやすいはずだ。

 

「でもJOJO。あなたも今は学校を決めてなかったはずだけど。どこに行くか決めた?」

「あ」

 

そういえばそうだった。せっかくアレイスターから周囲との擦り合わせをするための資料をもらったのに、ここ最近色々ありすぎてすっかり忘れていた。

 

どうしたものかとウンウン唸っていた城島だったが、周りの二人が何かを期待するような眼差しを浴びせかけてきているのにふと気づいて、何となく思ったことを口に出してみることにした。

 

「んんー…折角だし、ヒメと同じ所に行こーかな。どこでもいいんなら、知り合いが多い方がいいってのはオレも同じだし。」

 

そう言った瞬間、あからさまに安堵したような雰囲気を醸し出す二人に、城島はますますワケがわからなくなっていた。小萌先生に至っては、ちゃぶ台の下で小さくガッツポーズをしている。

 

「それじゃ、手続きだとかその他諸々はこの小萌先生に任せてください!これも何かの縁、困ったことがあれば相談にも乗りますよー!」

「い、良いんすか?すいませんね、色々迷惑かけちまって…じゃあオレ、能力開発について色々注意しなきゃならない所とか纏めた資料があるんですけど、今度見てもらえませんか?」

 

城島は、小萌先生が本当に良い先生なのだと改めて実感していた。こんなに素直で、親身になってくれる人はそういない。

 

「どうぞどうぞ!…そうですね、せっかくだから聞いてみたいのですけど、城島ちゃんの能力とはどういうものなのでしょうか?」

「えーっと、一応『原石』系の強能力者(レベル3)波紋疾走(オーバードライブ)ってことになってます。一応ですけど。」

 

それを聞いて、先生はぶったまげた。

 

「どっひゃ〜!ただえさえ強能力者(レベル3)というだけでエリートさんなのに、『原石』ですかぁ!?……なんだか、ウチみたいな普通の高校で預かるのが勿体なくなってくるのですよ…。」

 

あまりの驚きようだったが、それに城島は違和感を感じた。隣に座っている姫神だって原石だったはずなのだが…?そう思った城島は、こっそり聞いてみることにした。

 

(な、なあヒメ。お前も確か原石って事になってたよな?)

(しー。私はもう『歩く教会』を外すつもりはない。だから無能力者(レベル0)として生きていくことにしたの。)

(ふーん…そういうことか)

 

それを聞いて得心(とくしん)がいった。まあ、平穏を望むのならそれが最善手であることに違いあるまい。

 

そうして一通りの問答が終わり、いよいよ肉を焼こうという時に…ピンポーンというインターホンの音が聞こえた。

 

「誰だ?こんな時間に…オレが出ますよ。先に肉を育てといてください。」

 

城島はドアの前に立ち、覗き穴から外を見るために身を屈めた。この辺りの新聞勧誘は過激派じみているらしいので、最悪の場合はドアチェーンををかけた状態でわずかにドアを開け、マフラーをねじ込んで波紋疾走(オーバードライブ)をぶちかます所存である。別にそんなことしなくても真正面からハッ倒せるが。

 

だが、覗き穴から見た窓の外の景色には、誰もいなかった。

 

「?」

 

誰かのイタズラだろうか?と城島は念のためシャボンの用意をしつつ、ゆっくりとドアを開けた。外側へ開いていくドアは、けれど何かにぶつかったようにゴン、と音を立てて止まる。ブロックでも置いてあるのか、と城島は視線を下に落とす。

そこに純白のシスターが倒れていた。ドア板に頭がぶつかっている。彼女のすぐ近くで丸まった三毛猫が呑気に尻尾を振っている。

 

「ォ—————おなか、へった」

「き………禁書目録ゥーー!?」

 

慌てて見覚えのありすぎる行き倒れの住所不定無職を匿う苦労人がそこにいた。




本当はこの辺りで、二千円札を自販機に飲み込まれて「不幸だーっ!」とか言ってた上条さんと公園でバッタリ遭遇した城島が「第七学区…自販機…二千円札…あっ(察し」ってなるエピソードを挿入したかったんですけどね…時系列管理が甘かった…ッ!

今回の「焼き肉」が八月二一日、「ちぇいさー!」が八月二〇日だから…本当はデート回にでも差し込めば良かったものを、小萌先生との買い物の時に入れようと思っていたorz


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収縮と拡散

通算UA5000件突破ありがとうございます!
しっかし八話で1000件、十八話で3000件だからちゃんとジワジワ伸びてはいるんですけど、やっぱ欲が出ちゃうのよなぁ…

UAとか評価とかもそうですけど、何より感想がないのがツラい!ちょっとくらい送ってきてくれてもいいのよ|ω・`)チラッ
なんか図々しいこと言ってるのは分かってますが、何でもいいので書いてくださると励みになります。これからもよろしくお願いします!


「と、とうまがいつまで経っても帰ってこないから飢えて死ぬかと思ったんだよ」

 

ぐったりしながら白いシスターは言う。早くもちゃぶ台の前に座り、勝手に入手した菜ばしをグーで握っている。人の家の食卓に上がりこんで何の違和感も感じさせない、というのは一つの才能ではないだろうか、と姫神は思った。

ちなみに三毛猫は正座するインデックスのヒザの上に乗って、天井を見上げながら小さな口を開いている。どうやらインデックスがポロポロ落とすご飯を掠め取る戦術らしい。

 

急な来客があったが、それぐらいで量に不満が残る金殿玉楼(きんでんぎょくろう)焼肉セット一六〇〇〇円ではない。箸の持ち方も分からないインデックスを交え、なんだかんだで結局世話焼きスキル全開な小萌先生が鉄板の主導権を握る形で焼肉がスタートする。

 

 

 

 

 

 

 

「そのやたら長い上にヒモで繋がってる箸は『菜ばし』だ。例えばこの焼肉とか、あるいは鍋とか。同じ器の中身を各々の箸でつつくって何かアレだろ?菜ばしっつーのは、そーいう料理を取り分けるために使うんだよ。あと揚げ物とかの調理にも使うな。」

「なるほどなんだよ!世界にはトングやキッチンシーブみたいな専用の道具はあるけど、日本はハシだけでそれらの役割を果たしつつ、かつ使いやすいように細部を調整することによって利便性を高めているんだね。…日々の生活からの知恵が新しいモノを生み出しているような痕跡から国民性が感じ取れて興味深いかも!」

「ん?あー、そうだなそうそう。そーゆーこと。(ンな面倒くせえ事考えたことねーよ…)」

 

来日初心者外国人特有の好奇心にたじろいだり、

 

「ひ、姫神ちゃん!肉だけではなく、お野菜もちゃんと食べなさい!先生の取り分は考えてるのですかー!?」

「焼肉のお焦げに含まれる多核芳香族炭素。実は発ガン性物質。」

「ひいいっ!何の脈絡もなく人の食欲を削ぎに来ないでください!……というか、やけにスラスラ雑学が飛び出しましたけど、明らかに今日のために温めておいた話ですよね。言うタイミングを逃したんなら無理に捻り出さなくていいです!!」

「めっちゃ食うじゃねーか…」

 

意外と食い意地が張ってる姫神に慄いたりしつつも、焼肉パーティーはつつがなく進行していた。

ついでに言うと、城島は「肉を食べる時はなんだか同じ量の野菜も消費されなければ気が済まない」とかいう性分を持っていたりする。ちょっとしたイタズラ心もあってか、姫神の近くの肉に箸を通して『はじく』(プラス)の波紋を付加してやった。

小萌先生がタレをつけた後の肉を焼くせいで部屋の煙が凄い事になっているものだから、ちょっと不自然に鉄板をつついた程度では違和感を持たれない。

 

「コォォォ…っ!ゴホゴボッ!?」

「…何やってるの、じょうじ?」

「あ、ああ、なんでもねーよ。」

 

……うっかり波紋呼吸の段階で煙を吸い込んで盛大にむせたのは、いわゆるミスディレクションというヤツで、決して単なるミスなんかではない。ないのだ。

 

ヒョイヒョイと逃げていく焼肉を必死になって摘もうとしている姫神を見てほっこりしつつ、城島はとある感慨にふけっていた。

 

(…ああ、楽しいな。)

 

思えば「組織」を出奔してから、たったの今まで誰かと食卓を囲んだ事などあっただろうか。

あの時はあの時で楽しかった、と今になって思う。大きな任務をこなした日の夜には決まって宴が催されたものだ。仲間達と互いの武勇を語り合ったりもしたし、オヤジさんに昔話を聞かせてもらったりもしたし——そして何より、大切な相棒がいた。アイツには、宴が始まる度に飲み比べを吹っかけられたものだ。

 

そう。「自分の周りには歳に合わない喫煙者や酒客が多すぎる」と常々思っていた城島だが、彼自身も相当なザルだった。好んで飲むわけではないのだが、それでも一升瓶の焼酎をイッキしたって何ともないレベルである。当然飲み比べで負けた事は一度もない。

何てったって、波紋を使えば内臓機能をいくらでも強化できるのだから、アルコールには滅法強いのだ。…こんなインチキじみた体質の波紋使いたちとも分け隔てなく酒を飲んで、その度にダウンしていたアイツが懐かしい。

 

(ダメだな。ホームシックにでもなっちまったか?)

 

と、そこまで考えて——軽い自己嫌悪に陥ってしまう。「組織」の幹部である城島條治としての『心』は既に、置いて来てしまったハズなのに。

 

自分はただ、この日常を守り通せればそれで良いのだ。「結標達に協力している以上『計画』が失敗すれば即共倒れ」という状況ため油断はできないが…逆に言えば、アイツらの目的を果たしてやりさえすれば本当の自由が待っているということだ。

何としてでも残骸(レムナント)は奪取しなくてはならない。——そう、どんな手を使ってでも。

 

「…よし、気ぃ引き締めていくか。…ん?」

 

と、そこで城島は、ボーっとしている間に肉がずいぶん減っていることに気がついた。しかも野菜が全然減ってないことに思わず顔をしかめてしまう。

どうやら目を離した隙に、女性陣が壮絶な勢いで食い尽くしていたようだ。小萌先生は先程の遅れを取り戻すべく必死になってかっ込んでいるし、インデックスは何かもう色々すごいことになってるし、姫神も…

 

(…あん?)

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

…確かに波紋効果はまだ持続するはずなのだが。

 

「………。」

 

自分の実力をこの上なく理解している城島にとって、この現状は全く理解不能だ。試しにもう一度、姫神の近くの肉に(プラス)の波紋を付加してみると…

 

「…? えい。」

 

しばらく逃げ回っていた肉がどんどん抵抗を弱め、——程なくして捕まってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

肉十割、その他二割が消費される形で、楽しい夕飯は終わった。よって、これから後片付けをしなければならない。

 

食器洗いはもちろん焼肉係である姫神と城島の担当である。ちなみに他二人は着替えと外出の準備をしつつ、学園都市の能力開発談義に花を咲かせている。なんでもこのボロ屋、恐ろしいことに風呂すら無いらしいので、行くところも無さそうなインデックスも交えてこれから銭湯に行くための準備をしているというわけだ。せっかくなので城島も付いて行こうと思っていた。

 

しかし、今はそんなことなどどうでもいい。先程の不可解な現象…波紋効果の持続時間が恐ろしく短くなっていたところを注意深く観察した結果、とある可能性に行き着いた。

 

「JOJO。今日は楽しかった?…機会があれば。また来ても良い。最も。いつまでも小萌の世話になってる訳にもいかないのだけど」

 

城島の予想が正しければ、これは姫神にとって非常にまずい状況だ。端的に言えば…彼女は今、すぐにでも血反吐を吐いて瀕死になるかも知れないほどの危険を背負っているということだ。

 

「なあ、ヒメ。お前最近体調はどうだ。」

「急にどうしたの?…そういえばやけに調子が良い。重いものを持ったりしてもあまり疲れないし。それと。指を少し切った時も早く治ったりした。」

「そう、か。」

 

()()()()()()。まだ確証はないが、これはもしかすると…

 

最終確認をしなくてはならない。城島は食器棚から取り出したコップに水を注ぎ、その中に人差し指をつけ、引き抜いた。『くっつく』(マイナス)の波紋により、まるでゼリーのように形を保った水が引き抜いた指先に付いたままになっている。

コップの形を保つ水の塊を姫神に見せてやると、そのシュールな光景に目を見張られた。

 

「綺麗。そんなことも出来るの?」

「…ああ。オレの指が触れてなくても少しは続くからよ、お前の指に移してやろーか?」

「いいの?」

「いいさ。」

 

おずおずと手を出してきた姫神の細い指先に、つーっと水の塊を(つたわ)せると…そのままくっついた。

 

「うわあ。未知の感覚。」

「………。」

 

しばらくその様子を目を細めて見ていた城島だったが…もはや疑念は確信へと変わった。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

実はこの水の塊に付与された波紋、指を離せばすぐに散るようにしたはずなのだ。にも関わらずこうして形を保っていられるということは、その付与された波紋の制御を上書きしているということに他ならない。にわかに信じられない事だが、焼肉に付与された『はじく』(プラス)の波紋を『くっつく』(マイナス)の波紋で打ち消していたのだ。

その上、今やって見せたレベルで精密に水の形を制御できるような波紋操作は、相当に熟達した波紋使いでなくては絶対に不可能。それほど繊細な代物を指移しで維持できるとあっては、生まれながらの才能が今になって発揮されたというのも考えられない。

 

そこで、城島は姫神の能力『吸血殺し(ディープブラッド)』について霧ヶ丘で調査していた時の「血に直接関わる能力ゆえか、自身・他者問わず『血の流れ』に詳しくなり、応急処置などが上手くなるという副産物がある」という情報を思い出した。

能力によって医者顔負けなほど血の流れに精通している姫神。そんな彼女が「呼吸法によって血流を操作し、太陽の光と同波長の波紋を錬る技術」に触れたとしたら……その結果は、目の前にある。

 

波紋とはすなわち生命のエネルギー。生物にとって様々な恩恵を齎してくれるモノでもあるのだが、強すぎる波紋は身を滅ぼす毒になる。…まして、そんなものを一般人が錬るとあっては話が別だ。

下手に雑な波紋を錬るよりはマシだが、これほど精巧な波紋を何の訓練も受けていない姫神が使っていたらいずれ呼吸器が耐えられなくなる。血反吐を吐いて瀕死になるとは、そういう事だ。

 

「あっ」

「っ?」

 

この非常自体をどう乗り切るかについて、深く思考を巡らせていた城島だったが、姫神の声と「バシャッ」という音によって外界に意識を引きずり出された。

見ると、台所がびしょ濡れになっている。姫神の指先には、先程までくっついていた水の塊が無くなっている。どうやら水を落としてしまったらしい。

 

(…そうか、ならまだ大丈夫か。)

 

あれほど精密な波紋制御を見せていたのに、万が一にも操作を誤るなんて事は考えられない。その上で水を落としたという事実が意味することは一つ。

 

単純に、その出力がメチャクチャ低いのだ。

 

先程までは城島が付与した波紋の制御を上書きしていただけで、形を保つために姫神が加えた波紋の力は極めて弱い。だから城島が付与した波紋の効果が切れた瞬間から、その水の形を留められなかったということだろう。

考えてみれば当然の事だ。いくら精密な制御が出来ても、体ができていないのだから強い波紋が錬れるワケが無い。これは流石に早とちりが過ぎたか。

 

「…どうしよう」

「あー大丈夫大丈夫、オレが悪かった!拭き取るから下がっとけ。」

 

とりあえずは心配する必要がないと分かり、一気に気が抜けてしまった城島だったが…水浸しになった床の掃除をしつつ、まだ油断はできない、と考えを改める。

 

(この分じゃ喉を傷付けたりはしねえだろーな。…ただ、波紋の力は超能力と同じで、使い込めばそれだけ強くなる。特に戦闘の中ではそれが顕著だ。…守ってやる理由が、また一つ増えたな。)

 

今はまだ、この事を彼女に伝える時ではない。知らないのであれば不要な心配を植え付けるべきではないし、よっぽどの事が無ければ害にはならないだろうという事は分かっているからだ。そもそも、その『よっぽど』が起こらないようにするなどという事は、例え姫神が波紋を使えなかったとしても同じようにするだけの事でしかないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

誓いも新たにしたところで、それはそれとして一応の注意は促しておく事にした。

 

「なあ、ヒメ。最近色々と物騒だから気を付けろよ?…危ないと思ったらすぐ逃げること。いいな?」

「大丈夫。魔法のステッキがあるから。」

「………………………………………ん?」

「知らなかった?私。魔法使い。」

 

そう言って、懐からおもむろに電動ガスガン(別名西瓜割り(ヘッドクラッシュ)。一九九三年、あまりの破壊力の高さに国会で発禁決議済み)を取り出す姫神に、「ああ、意外と(したた)かなんだな…」と思ってしまった城島なのだった。




なお、この間上条さんは学園都市第一位の超能力者(レベル5)に殺されかけてる模様。

安易なヒロイン強化とかくっせぇな…などと思ったアナタ、待ってくださいお願いします!なんでもしますから!
姫神ちゃんが血流に詳しいとか、禁書は読んでたけど初耳だぞオイ!って方もいらっしゃるかもしれませんが、ご安心を。ちゃんと二巻に記述はあります。(筆者も読み返しててつい最近知りました…)
それに波紋を錬れるといっても、ハッキリ言ってその出力はクソ雑魚ナメクジ(低能力(レベル1)程度)ですので、もはや魔法のステッキ()を使ってる方が強いです。精密さで言えば城島より上までありますけどね。
ぶっちゃけ元は死に設定ですが、波紋の存在を知ればこうはなるだろうな、と思ってのことですし、活かしどころも考えてるので許してい許して…(姫神ちゃんの存在自体が死に設定じゃね?とか思ったやつは窓際行って、落ちろ!)


あと、次回から2.5章が始まります。「2章が予想以上に長くなりそう」だとか「3章が予想以上に短くなりそう」だとか、その他もろもろ理由はありますが、まぁ気にせんといてください。


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第2.5章 ジ•アナザー•バトルグラウンド
The question turned to torture


実は2.5章から戦闘回がメインになるんですね、これが。章分けした理由のひとつです。


——()()()()()()()

 

第七学区の通りを歩く爽やかな風体の学生、海原(うなばら) 光貴(みつき)は、およそただの学生らしからぬ事を考えていた。

 

それもそのはず、今の彼の名前や顔は借り物に過ぎない。その正体はアステカ系魔術結社『翼ある者の帰還』に属する魔術師であり、学園都市に潜むスパイなのだ。

 

ここ最近、魔術科学両方の人員を吸収し、急速に力をつけていっている(ように見える)上条当麻の人脈について調査をしていたのだが…どういうわけか、先程から何者かの視線を感じるのだ。

 

海原の魔術師としての技量はかなりのものであり、こと変装に至っては見破られることはまず無いはずだと、彼自身も自負している。諜報活動に関してもボロは出していないハズだが、一体…?

 

(…考えていても仕方ありませんね。一つ、「釣り出し」てみるとしますか。)

 

そこで、海原はゆっくりと進路を変更した。彼の足は段々と人気の無い場所…薄暗い路地裏へと向かっていく。

簡単な人払いの結界を組むと、後ろを振り返る。すると、尾行してきた何者かの声が聞こえてきた。

 

「はーん、『カタギごっこ』はもう終わりかぃ?くちゃくちゃ」

 

そこに居たのは…いかにも「軽薄」という言葉が似合いそうな雰囲気の男だった。やや長めの金髪で、真っ黒なスポーツサングラスをかけている。その顔立ちからするとどうやら欧米人らしい。わざとらしく音を立ててガムのようなものを噛んでいるようだった。

しかし、殊更海原の目を引いたのはその両側の腰につけたガンベルトだ。

 

暗部に身を置く者なら、拳銃程度は扱ってもおかしくはないのだが…あからさまに凶器を持っていることを示すソレを何の惜し気もなく付けているのは妙だった。

中でも海原が特に「異質」だと感じたのはガンベルト自体ではなく、その中身だ。

 

明らかに「拳銃」ではない。ちょうど手のひらに収まりそうな丸い物体…『鉄球』のようなモノがスッポリと仕舞われている。

 

「何者ですか?」

「おっと会話が成り立たないアホがひとり登場〜〜。質問文に対し質問文で返すとテスト0点なの知ってたか?マヌケ」

「何者か、と聞いているんですよ。」

 

おちょくるような目の前の男の言葉に対して、海原はまったく取り合わなかった。

つれない対応に軽く肩をすくめた男は、噛んでいたものを小道の脇にペッ、と吐き出す。

 

「まったく、ここは学生ばっかでウンザリするぜ。信じられっか?モク吸ってるだけで、物騒なエモノ担いだ大人が飛んで来やがった。噛みタバコはあんま好きじゃねーってのによォ〜ッ。……ま、どーでもいっか」

「………。」

「別に?俺はただの『人探し』だよん。ヤルことヤッたらとっとと出てってやるさ、こんな街。……でもさァ、おたくさん、怪しいよね?」

 

お前の方が怪しいだろ!!と海原は思ったが、同時に、完璧に学生として擬態していたはずの自分をどう見たら怪しく思えたのかが不可解だったので無言で先を促すと…驚くべき返答が返ってきた。

 

「いやぁ、あそこは『石仮面』の伝承がとくに色濃く残っとるワケだからなぁ。ウチの『組織』も警戒して、おたくの結社の動向も、戦力も、術式も丸裸にしてんだわ。その『護符』、たしかに巧いけどさ…俺らにとっちゃ意味ねーの。わかった?アステカの魔術師サン?」

「……ッ!!」

 

バッ!と懐から黒曜石でできたナイフを取り出した海原は、男に対しての警戒レベルを最大に引き上げた。

予想を遥かに上回る言葉だった。相手の言う事がどこまで本当かは知らないが、一目で術式が完全に見破られた事だけは確かだ。

 

「おおう、『槍』もかぃ、怖い怖い…おたく、けっこーやるなァ。」

「ならばこの状況が何を意味するか分かっているでしょう。自分が指先を数センチ動かすだけで、あなたは肉体をバラバラに『分解』される。」

「そりゃーまったく困った事さな。——絶対に不可能だという点に目をツブればよォ〜。」

「………。」

 

海原が握る黒曜石のナイフの名前は『トラウィスカルパンテクウトリの槍』。その真価は、刃で反射した金星の光を対象に当てることで発動する『分解術式』にある。

何が相手だろうとたったの一秒でバラバラにする不可視の光線を放つ相手に、そこまでの余裕を持てる彼は何者なのか…?

 

と、飄々とした態度をまったく崩さない男はゆっくりと手を上げ始めた。

何を意図しての仕草かは海原には分からなかったが、これを敵対行動とみなし、即座に始末することを決断させるには十分過ぎた。敵の行動を無意味に看過したところで得をする事は何も無いからだ。

男が何者なのか、自分に近づいた目的はあるのかなど、吐かせるべき情報は多々ある。本来ならここで始末するのは得策ではないのだが…自分が『槍』という初見殺しも甚だしい霊装を所持しているのと同じように、正体が知れない敵に時間を与え、欲をかいたこちらの身を滅ぼす可能性が無いと言い切れない以上はこうするしか無いのだ。

 

しかし。

しかし、自身のスポーツサングラスを気にかけている様子の男に対して、触れたもの全てをバラバラに『分解』する死の光線の照準を合わせようとしたところで…

 

男の姿が()()()

 

…ように見えた。少なくとも、海原にとっては。

一瞬だけ、目の前の男が雲霞の如く気配ごと消え去ってしまったような感覚を覚え、しかし目を凝らせば依然としてその場に立っているのだ。

 

一体何が起きたのか?何のことは無い。姿がブレる直前までと変わった外見といえば、その真っ黒なスポーツサングラスを少しだけ上に引き上げ、カチューシャのように頭髪に引っ掛けているという所だけだ。

だが。他ならぬ海原にとっては、その程度の違いなど目にも入らないほどの違和感を感じずにはいられなかった。現在対峙している男が、数秒前の彼と同一人物であると信じられなかった。

 

軽薄そうな雰囲気はなりを潜め、全くの無表情でこちらを見つめる人間のおぞましいほどに研ぎ澄まされた莫大な『殺気』の渦に飲み込まれ、気が付けば『槍』の照準を合わせる事すら忘れていたのだ。

 

「よし。…仕方ない、手早く済ませるか。」

「っ、…ッッ!?!?」

 

限界まで張り詰められた緊張の糸が切れた時、海原が取った行動は——『槍』の照準を合わせる事だった。

何が自分をそこで後押ししたのかは彼自身にも分からなかった。長年に渡って染み付いたアクションの癖によるものかもしれないし、任務に忠実であろうとした結果かもしれないし、——ここで背を向ければ殺されるのだ、ということを本能的に悟っていたからかもしれない。

 

ともかく。今まで経験したことが無いほどの危機感に駆られて動いた右手に持つ黒曜石のナイフは最高のスピードでもって金星の光を捉え、不可視の殺人光線へと変換しようとしたのだが…

 

 

音が響いた。

 

 

人間から発生したとは思えない音。

擬音として例えるならば「ドゴォオ!」だろうか。目にも留まらぬスピードで投擲され、一切スピードを落とさずにギャルギャルと『回転』し続けている『鉄球』が海原の右肩にぶち当たる音だった。

 

「がああああ、あっ、あ!?」

 

あまりにも異質な光景はまだ終わらない。一通り海原の肉体を蹂躙した『鉄球』は、グルグルと渦を巻いた螺旋(らせん)状の跡をその身体に刻み込んだ上、まるで意思をもった生物のように元来た道を辿って男の手に「パシィィン」と収まった。

 

「俺は優しくないぜ。すぐにその『オモチャ』を離せ。そしてここにいる理由を話すんだ。」

 

静かな声で降伏を促す男は、しかし一切の油断を持たず海原を見据えている。独りでに戻ってきたものを含めた二つの『鉄球』をその手に構え、いつでも海原の体を破壊できるようにしていた。

 

「う、ぐぐぐ…」

 

海原にとって不運だったのは、その右肩の跡が腕の動きにまで影響を与えることは無かった…ように感じられたことだ。明らかに異常な螺旋(らせん)状の跡であったが、さしたる違和感もなく腕は動くのだ。…客観的に見れば、動いてしまう方が逆に異質に見えるのだが。

当然、その腕でもって目の前の男に『槍』の一撃を当てようとしたのだが…

 

グルン、と。

関節の可動域、その限界をまったく無視した動きで、海原の右肩が独りでに曲がった。

本当に恐ろしいことは、そこまで冒涜的に体が歪んだというのに「痛み」が一切無いという所だ。伸ばした腕が視界から消える一瞬、海原は自分の腕が曲がったということにも気付かずに、霧のように消え去ってしまったものだと思ってしまったほどだ。

そんな彼が自分の腕の在処を悟ったのは、ザリ、ザリッ…と自分自身の腕が自分自身のナイフで自分自身の頬を切り刻み、夥しい痛みと血液を吹き出していることを知覚してからだったのだ。

 

「え、ぁ……?」

 

そんな海原をつまらなさそうに見つめた男はもう一発の『鉄球』を振りかぶり…標的の胸に正確無比な一撃を叩き込む。…するとまた奇妙な事に、海原の上半身が仰け反った。

勿論、ただ仰け反っただけではない。ほぼ百八十度、後頭部が(かかと)にくっつく程に曲がってしまったのだ。当然これでは再起不能…本来なら生きていられる筈もないのだが、これですら「痛み」も「苦しみ」も感じることが無い。否、感じることが出来ないと言った方が正しいか。

 

ふうーーッ、と。浅くも長い息を吐いた男はスポーツサングラスを引き下げ、掛け直すのだった。…この瞬間、海原の薄く開いた目には先程と同様に、男の姿がブレるように映っていた。




アンチ•ヘイト(迫真)
海原にはもうちょっとだけいぢめられてもらいますが、海原ファンの皆様、平にご容赦をば…

ちなみに誤解の無いように言っておきますと、章が変わったからといってこの章が「鉄球の男」サイドで進むわけではありません。普通に城島もメインで出ます。

謎の男の能力「回転」で出来る事リストその①
•投げた鉄球が自動で戻ってくる
•時限式の肉体操作
•筋肉に衝撃を悟られないので衝撃に痛みを伴わない


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淡白かつ運命的な関係

拙者、なんか一瞬だけ日間23位くらいになってて困惑する侍…
今の今まで全く振るわなかったのに。というか既にもう収まってるし。どういうことなの…?


今回は長め。7000字ちょいで過去最長かな?


「ぎゃはははは!!何だその体、オモシレーッ!人間にこんな事したの初めてだけどよォ〜〜、っぷぷ…マジに何でもアリだなぁ!!」

「………。」

 

数秒前の冷たい性格から一転して、男は最初の軽薄な性格に戻っていた。コロコロと雰囲気を変える彼は海原にとってこの上なく不気味に映ったものだが、まさかそれを表に出すわけには行かない。全く体を動かせないこの状況は言わば詰み(チェックメイト)であり、生殺与奪権はあちらが握っているのだから。

 

「ふぅ〜っ。なあ、オイ?なんとか言えよ。別に取って食おうっつーんじゃねえし、ただ『何しに来たか』ってだけ答えてくれりゃーイイんだ。…なあ、答えてくれ。子供のころ『刑事コロンボ』が好きだったせいか、こまかいことが気になると夜も眠れねぇ。」

「…本当に、答えれば…自分の…『命』、は…助けてくれますか?」

「ああ〜約束するよ!フッフ〜ン♪」

 

海原はしばらく考えた後…仕方無く答えることにした。この任務は魔術サイドと科学サイドの均衡を保つために必要な仕事でしかないし、十中八九結社に不利を齎すようなことではないと考えたからだ。

 

「…上条当麻。この名前に聞き覚えは?」

「ン?どっかで聞き覚えあるなぁ〜。何だったか?確か、いま、イマ…」

 

…どうやら幻想殺し(イマジンブレイカー)と言いたいようだと海原は思ったが、余計なことを言って怒らせても困るので黙っていることにする。

 

「イマいち、無礼だー…?」

 

…黙っていることにする。

 

「じゃ、なくて…イライラブレイカー…は違う…うぐぐ…」

 

…黙って…、

 

「ニンニンスレイヤーでもなくて、イ◯ジン喉うがい薬…」

「…幻想殺し(イマジンブレイカー)ですか?」

「……………!」

 

一向に話が進まないのでとうとう我慢できずに言ってしまったが、まあ問題ないだろう。と、さっさと聞きたがってることを教え、あわよくば解放してもらおう、とした、だけなのだが。

 

 

男はいきなり()()()

 

 

「知ってんだよオオォォッ!!国語の教師か!?オメーはよォォォォ!!」

「ぐっ、がああぁぁ!?」

 

容赦無く『鉄球』をドゴドゴと打ち付けられ、海原の身体はめちゃくちゃに変形していく。『鉄球』の力は体を曲げるだけに収まらず、あるところは「厚み」が奪われてペラペラにさえなってしまった。

 

結果、まるで大きめのティッシュボックスのような直方体に「折り畳ま」れ、ヒトとは思えない形にまでなったところで…狂気の暴虐はようやく収まった。

悍ましいという言葉すら生温いほどの暴挙に対して、しかし絶叫する事すらままならない。もはや顔面が体の内側を向いてしまっているので何も喋れず、目で見ることさえ出来なくなってしまったからだ。それでも、自らの体が余りにも致命的かつ冒涜的に歪んでしまったことはハッキリと理解できてしまった。

 

「ハァ、ハァーー…。まったくこの街ときたらァ!大自然の「美」ってやつが無ぇおかげで『回転』させづらくてしょーがねぇッ。「敬意」が足りねえんだよ「敬意」がッ!」

「————、——っ」

 

男はもはや、自分が何のせいで怒り狂っているのかもわかっていない様子だ。もう手遅れかもしれないが…まるで天災のような癇癪にこれ以上巻き込まれないように、縮められる余地が残っているかも定かではない体を出来るだけ縮める海原だったが、突然周りが静かになった。

 

何事かと思って必死に耳を澄ませると、ほんの小さな音が聞こえる。プスリ、プスリ。どうやらナニカを腕に突き立てているようだった。…その「ナニカ」が何なのかは、悦楽に満ちた男の声色から何となく察せられたが。

 

「………ふぃう〜〜。アブねーアブねー、切らしちまってたか。」

 

違法薬物(ドラッグ)。世界の暗部に身を置く海原でさえ唾棄(だき)する概念…そんなモノに縋っているのが、目の前の男だというのか。

 

「…と、質問の途中だったっけか。幻想殺し(イマジンブレイカー)が何だって?」

「………。」

「あー、ちょい『畳み』すぎたか?スマンスマン、口くらいは自由にすっからさァ〜っ…よ、はっ、と!」

 

男が四角くなった人体の表面を無造作に『回転』した『鉄球』で弄った瞬間…グニュリ、グニュリと。まるで消しゴムで絵を消す映像を逆再生したかのように、折り畳まれた肉体の内側からゆっくりと唇が浮き出てきた。

 

「………。」

「あ〜れ?オッカシイなぁ。今度こそ喋れると思うんだけどなぁ…。……ああ、ヤク打ってる人間が気に入らねー!って感じのアレ?へぇへへ、ンな気にすんなって!イマドキやってるやつはやってるモンよ!」

 

しかし、尚も海原は会話を拒否する心算らしい。身も心も廃れている人間と、そんなヤツにいいようにされている自分に対して閉口するしかないのだろうか。

 

う〜むと呟いてポリポリ頭を掻いた男は…

サッとサングラスを引き上げた。

 

(っ! まただ…また『気配』がブレるッ!)

「意外に思うかもしれないが、俺は医学にずいぶん精通していてな…麻薬の扱い方も隅から隅まで知り尽くしているんだ。」

「………。」

「何をどう打ち込めばどんな肉体反応が返ってくるか、どんな精神作用を起こすかはよく知っている。例えば、そうだな…行動を上手いこと設定して『近づいたモノを手当たり次第に襲いまくる』ようにもできるし、心臓のポンプを異常に強めて『動き回ってないと上がった血圧で爆死する』ような体にだって仕上げられるんだぜ。」

「…っ!?」

「言わば『人間爆弾』ってヤツだ。万が一生き延びたってクスリの禁断症状に一生苦しむだろうな。そんなモノになりたくなければ余計な拘りは捨てた方が良いぞ。」

 

まったく感情の起伏のない平坦な声で淡々と告げた男は、

もう一度サングラスをかけ直す。

 

「うっわ…俺さ、さっきスゲーこと言ってなかった?まじドン引きなんだけど…まあ?このままダンマリ決め込むっつーなら?さっき言ったアレをやってもいいんだけどなァ〜〜。うん、それはそれでオモシロそーだ!」

「………。」

 

情け無い話だが…この時、海原は心の底から「恐怖」していた。それこそ、目の前の恐怖から逃れられるのであれば主義信条など捨ててもいいとすら思ってしまったのだ。しかし、一体誰が彼を責められようか?その身体は原形を留めないほどに変形させられ、唯一残った「精神」さえもが穢されようとしているのだから…。

『魔術と科学、両方の人材を吸収して力を強めている上条勢力の偵察』…それが自分に課せられた任務であり、それ以上のことは何もないのだ、だからどうか見逃して欲しい…そのようなことを、必死になって無様にベラベラと話してしまった。

 

「なるなる、そーか『上条勢力』かぁ。しっかし、おたくらがンな事してるっつー報告は聞いてないな……あっ、学園都市(コッチ)来てから『組織』とのコンタクトが(まば)らになってたからか。情報にズレが出てくるのも当たり前っちゃ当たり前さな。…そうだな、おたくについてはもう十分。ついでによォ、『吸血殺し(ディープブラッド)』とか『波紋疾走(オーバードライブ)』について知ってる事あったら教えてくんね?」

「………。」

 

海原は混濁した思考の中でぼんやりと、意外な名前が出てきたなと思った。結社からの連絡によると、架空の生物であるとされてきた『吸血鬼』を秘密裏に狩り続けていた組織の存在が明らかになったとかいう話で、現在魔術サイドは騒然としているらしい。

ソースはイギリス清教の公式発表から。その存在が白日の下に晒された彼らは未だ不気味なほどの沈黙を保っているが…丁度時を同じくして「波紋疾走(オーバードライブ)」——おそらくは件の『裏切り者』本人——が「上条勢力」と接触したことは調べがついているので、ほぼ確定した情報と言えるだろう。

 

たった一人の裏切り者によって秘密が漏れたと言えば聞こえが悪いが、それでも彼らは一万年以上もの間隠匿しつつ何者にもその存在を悟られなかった集団…相当な注目と警戒を集めている。もっともその「存在意義」と「外部との接触が皆無だったという経歴」からして既存の勢力と衝突する可能性は無いに等しいのだが…強大な力を持っているというだけで警戒される理由としては十分なのだ。

 

目の前の男もそういった未知の技術を恐れる者達の一派なのか、だから件の二人を探しているのだろうか?漠然とそう思いつつ、まるで垂れ流すかのように知っていること全てをしゃべる海原。

 

「ふーん…するとアレだな。『翼ある者の帰還』の方針から言やぁ、おたくは『勢力』の皆殺しを指令されるんだろうなぁ。それって多分()()()も含まれてるだろ?……許せん。ソイツはメチャ許せんよなぁぁぁ……」

「………。」

 

自分へ送られてくるであろう結社の命令の内容が気に食わないのだと言われて、海原は心胆を寒からしめる思いだった。どうしようもないではないか、そんなもの。

ただ…例えここで海原を始末したところで、その任務を遂行するべく他の誰かが代わりに送られて来てしまうという「結果」が変わらないということくらいは理解しているらしいのは僥倖と言えた。

 

まぁ、殺される心配が無いというだけで、別にそれが一番良い結果に繋がる訳ではないのだが。

 

「よし!チョット面倒だが…俺はオタクにくっついて行くことに決めたぜ。んでもって、いざ『勢力』とおっ始めるって時になりゃ言ってくれ。『その他全員』はオタクらにくれてやるが、一人だけはターゲットから外してくれぃ。オタクは仕事がひとつ減る、俺はどーしても仕留めてぇ獲物をじっくり料理できる…win-winってヤツだ。へへ、オタクにチョッカイかけといて良かったぜぇ、獲物の取り合いなんて面倒くせぇことする羽目にならなくて済んだんだからな!」

「…………………………………………………。」

「…………ああ、その体?直せる直せる。さっきやった『回転』はちゃーんと覚えてっから、今度はソレの『逆回転』すりゃ良いだけだ。簡単だろ?」

 

そこではない。いや、それも勿論あるのだが、言いたいことはソコではない。

しかし、まさか「お前みたいな破綻者と行動なんてしたくない…」なんて言えるはずもない海原は、この結果を受け入れるしかないのだった。

 

そして。そんな海原の心境を察しようともしない男は、たった今思い出したかのようにして、こう言った。

 

「それじゃ、……何て呼べばいいんだ?俺の名前はコンヴォルヴ•ツェペリ。おたくの名を聞かせてくれりゃあ、こっちも呼びやすくって助かるんだがなぁ〜〜っ?」

 

 

 

 

 

 

「ぶぇっくしょい!!」

「わ、わ!?……うう、城島ちゃん、どうしたのですか?」

「うぐ…誰かが噂でもしてんのか?」

 

そうは言ってみたが、あながち間違ってもないかもな、と城島は思った。

ステイルにあることないこと情報をブチ撒けた結果、魔術界隈において「組織」についての話題はだいぶホットになっているはずなのだが…関心の大半は城島に集まっていると思われるからだ。存在が明らかになったとはいえ、沈黙を貫いているであろう「組織」の面々と接触するのは相当困難なはずであり、そうなると所在が明らかになっている城島に一層の注目が集まるのは当然といえた。

とは言え、流石に「何をしてきたか」は明かしても「何ができるか」、つまり波紋能力やその他の戦力についての仔細は説明していない。これは保身のためでもあるし、一部のキレた連中に「組織」が殲滅させられたりしないように——要らぬ心配である可能性は高いが——するためだ。…しっかし、かつての仲間たちを売ったなんて事をしてしまったのだから、つくづく悪いことをしたものだと思う。反省はしている。別に後悔はしてないが。

 

「まったく…あまり気を抜いてちゃダメですよ?オリエンテーションの最中なのですから。」

「はいはい、わかってますって。」

「『はい』は一回!」

「……………。」

 

そして城島が何をしているのかというと…まあ、いわゆる学校説明会というヤツだ。

小萌先生が勤める「とある」高校へ転入する形と相成ったのは良いものの、流石に何の準備もせずに行けるはずもない。加えて、城島の場合は色々と特殊なケースなので尚のこと、資料の受け渡しやら何やらで大変なのだ。

 

ちなみに場所は小萌先生が受け持っているというクラスの教室である。少し前までは出来の悪い生徒たちが補習を食らってて中々慌ただしかったらしいが、夏休み後半ともなると流石にそんな輩はいないようで静かなものだ。さっき聞いた小萌先生の愚痴によると、その「出来の悪い生徒」の中でも飛びっきりなのが上条らしい。何でもほんの数日前まで補習漬けだったとか。

 

と、そこでちょうど昼の休憩時間に差し掛かった。机から立ち上がった城島は大きく伸びをしながら、少し前から気になっていたことを聞いておくことにした。

 

「あ。上条といえば…小萌先生、この前アイツん()行った時留守だったんすけど、何か最近どこ行っても見ないんすよ。どっか心当たりとかないっすか?」

 

そう、携帯のアドレスとかも交換しておきたかったし、最近会ってないから久しぶりに近況報告でもしようかな、みたいなことを思って何回か訪ねてみたのだが…不思議と見当たらないのだ。何かあったんなら先生に聞けば分かるかと思って言ってみたのだが…

 

「ああ、上条ちゃんなら神奈川にいるのですよー」

「………は?」

 

神奈川って、あの神奈川?確かに学園都市は関東地方の真ん中にズドンと立っているし、神奈川県にも面しているが、わざわざそんな言い方をしたということは…

 

「アイツ、何だってサラッと『外』に出てんだ…?」

「そう、そうですよね。情けないことに先生にも詳しいことは分からないのですが、どうやら学園都市のお偉方が指示した事らしくて…また何かとんでもないことに巻き込まれたんじゃないかと思うと、先生は夜も眠れないのですよー…」

「何をどーしたらンなことになるんだよ…」

 

夏休みという限られた時間をどれだけブッ飛んだ事に使えるか挑戦でもしてるんじゃあないのか?と少々真剣に慄いていると…突然教室の戸が勢いよく開かれた。

 

面食らった城島がそちらを見てみると…そこにいたのは、緑色のジャージを着ていて髪は後ろで纏めているだけ、という大雑把な格好の女性だった。…ただし、そのハチ切れんばかりの胸部と整った顔立ちから、それでも色っぽく見えるほどの美女なのだった。何というか、ありとあらゆる意味で勿体無い。

 

「やっほ、月詠(つくよみ)センセ!またまた転入生が入ってくるって聞いたから様子を見に来たじゃん!…いいなぁ、一気に二人も入ってくるなんて賑やかで楽しそうじゃん。」

 

やたらと語尾が特徴的なその人物を見て、城島は「おや?」と思った。ハッキリとは分からないが、どこか見覚えがある気がする。

一体どこで見ただろうかと、ウンウン頭を悩ませていると…その様子に気がついた女性が話しかけてきた。

 

「おっと。『誰だ?』って聞きたそうな表情(かお)してんで自己紹介させてもらうじゃん。私はお節介焼きの黄泉川(よみかわ) 愛穂(あいほ)!ここの体育教師で、月詠センセが心配なんで顔を出してきたじゃん!」

「黄泉川、黄泉川…ああ、警備員(アンチスキル)の?」

「それそれ。なんだ、私のこと知ってたじゃん?」

 

そうだ、名前を聞いて思い出した。何かと思えば、さっきまでのオリエンテーション中に渡された資料をパラパラ眺めていた時に見た顔だったのだ。

警備員(アンチスキル)とは、いわば学園都市の治安を守る特殊部隊のようなものだ。ただし完全な志願制で、プロとしての訓練は受けるものの、有り体に言えばボランティア活動の延長線上にある組織だという。

あまり見ないステータスだったので何となく目に留まったものだが、それにしてもこんなに早く顔を合わせるとは思っていなかった。

 

と、そこで城島は何やらジト目になって黄泉川を見ている小萌先生に気がついた。

 

「『心配なんで』って…黄泉川先生?私はれっきとした先生、大人なのですよ!転入する生徒とのオリエンテーションで何を心配することがあるのですかー!?」

「いやー分かってはいるじゃんけど、相手はガタイの良い男子じゃん?どうしても心配になるというか…庇護欲が掻き立てられるというか、そんな感じがしたじゃんよ!」

「ひごっ…!?また子供扱いしてー!」

「はっはっは!そういうつもりは無いじゃんけど、女は心配されるような見た目の方が何かと得じゃん!私なんかは何故かそういう目で見られないから羨ましいじゃん?」

 

随分と快活な女性だ、と城島は思った。生徒からはさぞ好かれているのだろう。彼はこういう気立てのいい性格の人間が好きだ。

 

しかし、なんだか話が面白そうなことになってきたとは思うが、以前城島はこの話題で(見た目幼女の)涙目攻撃をくらって精神的に死にかけた経験があるので、これ以上ここにいるのは御免被りたかった。アレの巻き添えだけは食らいたくない…。

 

「じ、じゃあ昼メシ食いに行くからこれで!午後からもヨロシクお願いしまっす!!」

「ああっ、城島ちゃーん!?」

 

困っている見た目幼女を見捨ててメシに行くとか普通にクズがやることなのだが…いいのだ、別に。誰でも彼でも助けてられるほど、城島は余裕がある人間ではない。

 

悪戯っぽい笑みを浮かべてにじり寄る黄泉川のナデナデ攻撃を警戒して後ずさる小萌先生。その声に耳を塞ぎつつ、城島は脱兎の如く逃げだすのだった。




|ω・`)「感想書いてくれてもいいのよ…」

コンヴォルヴの能力「回転」で出来る事リスト②
•生き物の厚みを消してペラペラにする(ズッケェロ、元気出せよ!キミは無機物だってペラペラにできるだろう!?)


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それ、ドッキリするやつ。

台風19号が来てますがいかがお過ごしでしょうか。
ウチの周りは死ぬほど平和です。稀に見る快晴。


八月三十一日。

世間ではもっぱら夏休みの終わりだとかいう話で持ちきりで、それは神奈川の海岸で暴走する大天使『神の力(ガブリエル)』と世界の命運を掛けた死闘を繰り広げ、しかるのち学園都市に生還したツンツン頭の少年、上条当麻にとっても同じことだった。

 

思えばとんでもない夏休みを過ごしたものだ。上条は記憶喪失であり、七月二十七日以前の出来事は一切覚えていないという身の上だったりするのだが、この夏休みは普通のそれと比べてかなりドラマチックかつファンタジックかつアクロバティックであったと断言できる。

三沢塾の錬金術士に始まり、学園都市第一位の超能力者(レベル5)、トドメに今回の件ときた。いくら特殊な右手を持っているからって、ごく普通の高校生には荷が重過ぎるというものだ。

 

しかし待ってほしい。最も肝心かつ強大な『敵』は未だ健在である。

ソイツは世界中の人々に絶望を振り撒く邪悪な『敵』なのだが、この一ヵ月間様々な騒ぎに乗じて上条の無意識に滑り込み、存在を悟られもしなかった狡猾な『敵』でもある。そして平和を取り戻すためには、八月三十一日の終わりというタイムリミットまでに大量の『敵』を一匹残らず殺し尽くさなくてはならないのだ。

 

状況は極めて絶望的である。だが、やらなくてはならない——他でも無い上条自身が、やらなくてはならないのだ!

 

八月三十一日、午前〇時十五分。

夏休みの終わりまで、残り時間はおおよそ二十四時間。

 

「……、うふふ。不幸だー、とか言うと思っただろ?でも人間ね、本当の本当に不幸な時ってそんな事を言ってる余裕もないの。うふふ、うふふふふふふ」

「とうま、なんか口調が違うし誰に向かって説明してるか分からないんだよ」

 

——一ヵ月分の宿題を片付ける時が、ついに来た。

 

 

 

 

 

 

 

「……………で、何でテメーは呑気に女の子とクソ高ぇホットドッグを買い食いしてやがるんだ?」

「女と見ると見境がない。まさに女の敵。」

「ち、違う!これは事故、もしくは天災と呼ばれるナニカであって決して俺の本意という訳では……ッ!!」

 

ヒマそうだった姫神を誘って一緒に街中を散歩していた折、街中で偶然出会った上条から壮絶な宿題事情を愚痴られた城島は、言葉と裏腹に随分と余裕そうにしている天然ジゴロ野郎に早くも頭痛がしてきていた。

必死の弁明を聞く限り、最初は長期戦になると踏んでただコーヒーを買いに外へ出ただけらしいが、それからなんやかんやあって中学生に拉致されたらしい。『なんやかんやあって』とか言っちゃうあたりもう説明になってないが、上条にとってはあくまで自分は潔白だと言いたいらしい。

 

と、そこで見知らぬ茶髪の女の子から誰何(すいか)の問いが発せられた。どうやら知り合いである様子の三人に気を遣って今まで黙っていたようだが、話に置いてきぼりになるのが早くも嫌になってきたようだ。

 

「誰よ、アンタ達?」

「あー、名乗るほどのもんじゃねーさ。ただのコイツの知り合い。……そーだ上条、この際だからアドレス交換しとこうぜ?ここんとこ連絡つかなくて心配したからよ。」

「あ、ああ。別に良いけど。」

「サンキュー。」

 

偶然会ったついでに面倒な用事を済ませられてご満悦な様子の城島。

一方、軽くあしらわれた女の子はそんな態度にムッとしたが、「まあ私は無理矢理コイツを連れ回してるだけなんだし、知り合いっていうなら身を引くしかないか」と思い直す。

 

「あ、」

 

しかし、ある事に気がついてからはそうも言っていられなくなった。

紙ナプキンで綺麗に包まれたホットドッグが二つ、上条と自分の間にある、わずかなスペースに置いてあった。言うまでもなく上条と自分のホットドッグだが、どちらが上条が食べていたものか見分けがつかない。

 

「えっと……。アンタ、どっち食べてたか覚えてる?」

「ん…さあ?でも多分、右の方だと思うぞ。」

 

対して深く考えずに、上条は右のホットドッグへ手を伸ばす。と、茶髪の女の子が恐ろしい速度でその手首を掴んで止めた。

 

もう姫神は色々と察した。そして城島は使い慣れていない携帯の操作に四苦八苦していた。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい。確かめさせて。」

「は?」

 

これから始まるであろう展開が読めて早くも胸焼けしつつある姫神は、城島の脇をちょいちょい肘でつついて催促し始めた。

 

「JOJO。もうすぐ昼食の時間。それに二人も用事があるから一緒にいるのだろうし。そろそろお暇しなきゃ。」

「ン?あーー、そうだな。でもちょっと待ってくれ。ここをこーして…」

 

まだ終わっとらんのか。そしてまだ何も察していないのかコイツは。そんな感じで姫神はあらゆる意味で呆れていたが、幸いにも程なくして登録は完了した。どうやら機械音痴という訳では無いらしい。

 

「よし。…じゃあな上条。あんまり宿題で参るよーなら、連絡してくれりゃあ手伝ってやっても良いぜ。」

「ま、マジですか!?……こういうのってなるべく自分で済ませたいんだけど、どうにもならなくなったら容赦なく頼むぞ。今日の上条さんは手段を選ばねえからな!!」

「お、おう。」

 

途端にギラついた視線を寄越してくる上条を見て若干後悔し始めていたが、吐いた唾は飲み込めない。姫神にグイグイと手を引っ張られながら、嫌な予感を拭えないでいる城島なのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

姫神が言うように時刻はもう正午に差し掛かっている。とりあえず何か食べようということで話し合いをした結果、どうやら二人ともハンバーガーが食べたい気分らしかった。当然、最寄りのファーストフード店へと向かう運びとなったのだが…

 

「……混んでるな。」

「………。」

 

何が楽しいのかは知らないが、このクソ暑い中、どこもかしこも並ぶ人で溢れている。ファーストフードは手早く食べれるから「ファースト」だというのに、炎天下の中延々と待たされるとはどういうことだ。そも、”fast”なのに「ファースト」というのもおかしいではないか。”first”じゃないんだから「ファスト」で良いだろ、舐めてんのかチクショー!!…表には出さないものの、城島はそんな下らないことを考えるぐらいイラついていた。

とはいえ、その面倒を姫神に背負わせるわけにもいかないので自分が並ぼう…と、思ったのだが。

 

「はぁ…。それじゃ、適当なところで座って待っといてくれ。注文したら戻ってくるから。」

「いいの?私が行ってもいいけど。」

「バカ。それやった瞬間、オレにどんな肩書きが付くか文字に起こしてみろ。」

「『炎天下の中にも関わらず連れの女の子に並ばせておいて、自分は座って待つ男』…なるほど。でもJOJO。真夏の直射日光を考えると。店の中で並んでるより外で待ってる方が辛いと思う。」

「…………………………………確かに。」

 

そう言われればそうかもしれない。結局どちらがマシかは関係なく、城島は『炎天下の中にも関わらず女の子に並ばせておいて、自分は座って待つ男』という不名誉な称号を背負うという運命にあるのだった。…惨めである。文字に起こしてみろなんて言わなきゃ良かったものを。

 

そんな葛藤に苦しんでいる間に、姫神はさっさと列に並んでしまった。よほど人気のある店なのか、すぐに後続が並んであっという間にその姿が人の山の中に消えていってしまう。

あの人山を無理にかき分けて姫神の元まで行くのも周りの人に迷惑をかけそうだし、城島は諦めて、一人店の外でポツンと待つ事にする。

 

すると、後ろから聞き慣れた声が聞こえてきた。

 

「昼メシはも〜決めたかぃ?俺ぁパスタにしよっかなぁー。日本生まれ日本育ちっつったってさぁ、イタリアの食いもんがミョーにしっくりくるんだよなぁー。」

「テメーは何でも食うだろーがよ。どうせなら酒が合うもん、に、したら……、」

 

 

 

 

 

とても、とても聞き慣れた……忘れもしない、声だった。

 

「何ぃー?パスタに酒が合わねーっつーのかぁ?そりゃツマミとは言えねーけどよォ。お前は相変わらず、酒のなんたるかを分かってねぇぇなぁぁ。…ま、分かっていようが分かっていまいが……」

 

ゾクッ…と。ありえないほどの悪寒が背筋を(つた)う。

「気配がブレる」「切り替わる」。()()()といた時に数え切れないほど感じたその『感覚』が、感じられるはずのない場所から感じたからだと気づく間も無く。

 

背後から抱きつき、喉仏に『鉄球』を押し当ててきた()()()は、囁くようにこう言った。

 

「二度と機会は訪れないだろうが。…お前が俺と酒を飲む機会はな。」




うーんこの唐突なシリアス。バランス悪くないかなぁ…。


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追う者、追われる者

遅れあそばせ。
リアルで忙しくなってきまして、これから一週間くらい間が空くことはままあるかもしれませんが、よろしくお願いします。

そして以前からその兆候はありましたが、いよいよ捏造設定がマシマシになってきます。
まぁできるわけがないと明言されてはいない以上、できるわけがないとは限らないわけだし、もし実はできるわけがないって分かってたとしてもそこは二次創作ですし、あまりできるわけがないだろと突っ込むのは勘弁してください〜!


最も恐れていたことが起こってしまった。

 

まさかこんなに早く「組織」が手を打ってくるとは夢にも思わなかった。…いや、よりにもよって最高戦力の一角とも言える…「組織」にいた頃の相棒を、こんな時期に差し向けてくる余裕があったとなれば尚更信じられない。

 

コイツとだけは絶対に戦いたくはなかったのだ。それは「かつての仲間を手にかけたくない」だとか、そういう話ではない。そんな心配をしている余裕はない……つまり、単純に「勝てる見込みがほとんどない」からなのだ。

共に戦う二人は最強だった。出来ないことなんて何もなかった。『回転』の力を限界まで引き出す『波紋』のコンビネーションが抜群だったからだ。……だが、二つの力がぶつかれば?こちらにとって分が悪すぎる戦いになるだろう。

 

一体どうすればいい?視線だけを動かして周囲を見やるも、どうやら今にも街中で惨殺死体が出来上がりそうだ、などと認識してくれる人はいないらしい。

当然だ。今の二人を客観的に見れば、城島に彼と同じくらいの背丈の青年がじゃれあっているようにしか見えないだろう。『回転』の厄介な点の一つは波紋と同じく、武器が武器である必要が無いという所にもある。

 

「……オイオイ、いきなり『仕事モード』か?ちょっとぐらい再会を懐かしんでくれたって…」

「しゃべんのはこの俺だ……俺が仕切る。お前は黙ってろ、お前のメソメソしたセリフなんて聞きたかねーんだ。俺が質問して答えろって命令するまで口を塞いでろ。……耳クソをカッポじるのは許可してやるがよ。」

 

意味があるかも分からない時間稼ぎをなんとか試みるものの、取りつく島もないようだ。

 

とはいえ、てっきり「指先一本でも動かせば殺す」ぐらいは言われるだろうと思っていた城島は、こんなに迂闊な性格だったか?と疑問を抱く。何せ、突き付けられた鉄球には本当に『回転』がかけられておらず、身体の動きにも異常は感じられないのだ。

 

「しかしだ…妙な真似はするんじゃあねーぞ。この体勢なら、何がどうなっても俺の方が速い。」

「……、ッ」

 

とんでもない。これは言わば自信……「いちいち行動を制限するまでもなく、絶対に反撃の余地がないことを確信している」という自信の表れだ。

それは即ち、例え頭突きをかまされようが肘打ちを繰り出されようが…この密着状態で波紋を流されようが。ソレが自分に届くまでの僅かな間に余裕をもって城島を(ねじ)り殺すことが出来るということである。

 

城島は完全に沈黙し、次の言葉を待つしかない。そんな様子に満足したかのように肯首した相棒は、未だに「裏切り者」を生かしている理由をようやく説明し始めた。

 

「よし…ここまでやっておいて、お前がまだ息をしているのは何故か?お前自身も不思議に思ってるだろうから教えてやる。俺が受けた「命令」は二つ。『処分』と『回収』さ……わかるだろ?吸血殺し(ディープブラッド)が何処にいるか、それを吐かしてからでも遅くはないってことだ。——城島、俺がお前を殺すのはな。」

 

絶対的な自身と殺意に裏打ちされた「スゴ味」を帯びる声は、ソレに伴う『何か』を秘めていた。何をやってもヤツには敵わない…そんな意識を脳ミソの奥底まで刻みつけるような、決定的な何かが…

 

(……ああ、)

 

だが。

 

「『寂しい』モンだな…。」

「…何だと?」

 

その程度のことが何だというのだ?城島の『覚悟』は、そんなことで挫ける程度の物だったのか?

 

「城島、か。……もう『JOJO』とあだ名では呼んでくれねーなんて『寂しい』モンだと、そう思っただけだ。ま、コンヴォルヴ(Convolve) なんて呼びづれぇし、オレは依然遠慮なくルビア(Rubbia)と呼ばさしてもらうがよぉ〜〜…」

「…お前、状況分かってんのか?そんな無駄口を叩く事を許可した覚えは……、?」

 

 

 

メシャッ!!と。

薄皮一枚隔てた人間の骨同士が、壮絶な勢いでぶつかり合う音が辺り一面に響いた。

 

 

 

一体何事かと音の出所を見やり、騒然とする周囲の人々。どこからともなく甲高い悲鳴が上がるのにそう時間はかからなかった。

 

「が、ぶッ!?」

「ああ、あああああああ!!」

 

一人の男が倒れている。鼻と言わず口と言わず、顔面のあらゆる部位からダラダラと血を流している…それは痛々しい男だった。

一人の男が(もが)いている。真後ろを向くまでひん曲がった首を何とかして戻そうと暴れている…それは奇妙な男だった。

 

苦しみからか絶叫している首の捻れた男は、血を流して倒れている男から少しでも距離を取るように逃げていく。人々は、それをただ呆然と見送る事しかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、おい!アンタ大丈夫か!?誰か、救急車と警備員(アンチスキル)を——」

 

見知らぬ学生が自分の身を案じるその声を、血を流して倒れている「組織」の追っ手——ルビアは、まるで自分とは関係の無い事だと言わんばかりにボーっと聞き流していた。

 

そんなことより、今考えるべき事があるからだ。反撃の余地など無かったはずの城島が一体、なぜ()()()などというプレーンな攻撃で拘束を逃れられたのか?…それはルビアの能力、『回転』技術の特性にある。

 

『回転』の正体は、全ての自然物の基本比率である『黄金長方形』である。生物が最も美しいと感じる黄金比(約9対16)の長方形を自然の中から見出して「敬意」を払いつつ、その無限に続くスケールに合わせて物体を回転させることによって無限の可能性とエネルギーを引き出す…というものだ。通常のものとは異なる物理法則から未知の現象を引っ張り出すこの技は大抵の物を轢き潰すパワーに加えて、多彩な応用が利く。

 

しかし当然、一見万能にも見える『回転』にはいくつかの弱点がある。その最たるものが、周囲の環境による出力の増減だ。

前述の通り、鉄球を始めとする物体を回転させるためには自然の中に隠れている『黄金長方形』を感じとらなければならない。雪の結晶、はばたくチョウの羽、馬の走りのフォーム等々…大抵の自然物に含まれる造形であるため、本来ならあまり意識する必要もない条件だ。

 

ただし、周りを見るとどうだ?三百六十度どの方向を見てもコンクリートが必ず視界に入るという、ある意味最も自然とは掛け離れたとも言える風景が広がるのみである。

ここは科学の総本山、学園都市。街道に植えられている街路樹でさえ人の手が入っているこの都市において、『黄金長方形』を含む純粋な自然物は殆ど無いと言ってもいい。故に、ここで発揮できる『回転』のエネルギーは精々全力の二割か三割といったところだろう。

自然環境とは乖離しつつある人間の体には『回転』技術に応用できるほどの『黄金長方形』が無い。訓練によって手の形をソレに近づけたり黄金比(約9対16)の長方形が入った装飾品を作ることは出来ても、本物の軌跡…無限に続く黄金螺旋(らせん)の軌跡を人の手で生み出すことは決してできない。

 

しかし、何事にも例外はあるものだ。

人が作り出せる中で最も自然に近い…言わば生命エネルギーそのものである『波紋』を帯びた肉体にだけは、完全なる『黄金長方形』の軌跡を見出すことができる。

 

『波紋戦士』と『鉄球使い』の相性が完璧なのはそこなのだ。二人が共に行動すれば、あらゆる環境で最高のパワーを持つ回転エネルギーを繰り出すことができる。

『鉄球使い』にとって不利でしかない学園都市でのこの任務にルビアが派遣された理由も同様だ。戦いの相手が波紋戦士である以上、必然的にあらゆる場面で場所の不利を無視した全力を出せるのだから。

 

(ああ、成程な…)

 

だが、城島の発想はさらにその上を行った。

 

()()()()()()()()()()()()()。)

 

そう。逆に言えば、『黄金長方形』を感じられなければ『回転』の力を二、三割しか引き出すことができないのだ。

 

「何をしてこようがその前に殺せる」と言ったのは、あくまで完全な『回転』を行使できた場合の話だ。あの一瞬だけ体から波紋を抜いた城島は、その計算をアジャストされる前に拘束を逃れたという訳である。それにしても半分以下の出力では死にはしないとはいえ、それでも攻撃を食らうのは確実。その『覚悟』は如何程のものだっただろうか。

波紋を抜きにした純粋な身体能力で城島はルビアのそれを遥かに上回る。ルビアも並みの鍛え方はしていないし、オリンピックに出れば大抵の記録を塗り替える自身はある。が、…今回は相手が悪かった。

 

「だがそれでも『一矢』、…報いてやったぜ。」

「あっ…無理に起きるな!いま救急車が来るから、」

 

ゆらりと立ち上がるルビアを見咎めた先程の学生は慌てて、彼を抑えようとしたのだが…

パチン、とガンベルトに収まったもう一つの鉄球を取り出し、緩やかに『回転』したソレを側頭部にグリっと押し当てられるなり、バッタリ倒れて動かなくなってしまった。

 

「あ、え…??」

「ふん。」

 

とは言え…世界屈指の『回転』技術を持つルビアにかかれば幾ら不完全だろうと相当な威力が出てしまう。そして現在、その実力は城島が「組織」を出奔した頃とは()()()()()()()()()()()()()()()()()。——それこそ、二、三割程度の出力でアステカの魔術師を完封できるほどに。

 

城島は不完全な『回転』であれほどのダメージを受けるとは思いもしていなかっただろう。首が逆向きになってしまった以上呼吸もできず、波紋の力は最早封じたと言っても良い。

時間経過や力尽くで解除されることもままあるが、基本的に『回転』の影響は『逆回転』でのみ対処できるもの。十数分も息を止められるのに酸欠でくたばるまで危機を脱せられないほどノロマな奴だとは思わないが、それまで波紋を使えない波紋戦士など不完全な『回転』で十分仕留められるはずだ。

 

突然動かなくなった学生を見て再び騒然とする周囲の人間など気にもせずに、ルビアはこの戦いの勝利を確信した。

 

 

人類を裏切り、組織を裏切り、——自分を裏切ったかつての友を殺すため。刺客の追跡が再開する。




ちなみに、拷問によって海原の心はズタボロボンボンになりました。が、——直後に初恋を経験してなんとかメンタルを持ち直しました。やったね!

なお、そのまた直後にカノジョの殺害命令が下った模様。


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頑固なヤツには不適切な処置を

アイデアだけは、アイデアだけは岸辺露伴もかくやと言わんばかりに湧き出てくるんです。筆が進まんのです…


反撃の手段を講じるにしろ何とか首を戻すにしろ、人目のあるところはマズイ。

 

「あっぐ…ううう…」

 

曲がりくねった首から上をマフラーで覆い隠した城島は、大通りから脇道へ飛び込み、入り組んだ裏路地を走っていた。

 

(何だ、あれはッ…()()()()ぞ!『回転』は失敗、精々がチョイと皮膚をキズつける程度のパワーしかないはずだっつーのに!)

 

元々ツェペリ一族(というより、『故人であるルビアの父親』と『ルビア』に限った話だが)が振るう『回転』の力は頭一つ抜けたものがあると言われていた。しかし——一体どういうわけか、益々出力を増しているように感じられたのだ。これは一体何なのだろうか?

()()()()()()()()()()()()()()()

 

城島はルビアの父親と何度か戦場を共にしたことがあるのだが…彼が戦死する半年ほど前から、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、という噂が立っていたのだ。

その噂の合否を城島が確かめる前に彼は亡くなってしまったため、その他詳しいことは分からず終いだった。…しかし今、現にその息子であるルビアが不可解な力の強まりを見せている。二人の強さには何らかの繋がりがあるのではないだろうか…?

 

とは言え、分からない事をいくら考えた所で仕方がない。まずはこの首を戻すのが最優先である。

一応は腕力に物を言わせたゴリ押しで戻せる可能性はある。ただ、うっかり首の骨がバキッと砕けてしまう可能性もある。要はリスキーすぎるのだ。もっと冴えたやり方があれば良いのだが…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ごく普通のツンツン頭の高校生——上条当麻は、どういうわけか黒曜石のナイフを振るう魔術師の襲撃を受けていた。

 

(ちくしょう、何がどうなってんだ!?どうして魔術師なんかがこんなトコをうろついてんだ!一体何が狙いだってんだよ!?)

 

上条は心の中で毒づきながら、裏路地を走る。

襲撃者は一時間ばかり前に知り合った海原光貴を名乗る少年だ。まさに好青年といった風体で、友好的に話しかけてきた最初の内は上条もその人柄を好ましく思っていた。しかし「海原にそっくりな人間が雑踏に紛れていた」旨を話した後、豹変して襲いかかってきたのだ。こちらの海原が偽者で、すり替わっていたという事なのだろうか。

 

まずは敵の使う攻撃がどんなものかを知らなければならない。上条は走りながら携帯電話を掴んだ。幸いにして、敵の攻撃は連射性や正確性に乏しいものらしい。それでも絶えず飛び道具に背中を狙われている状況というのは凄まじいプレッシャーを与えてくる。携帯電話のボタンを操作する指が自然と震えるのがわかった。

コール音は一回、二回、三回、…九回鳴ってようやく出た。

 

『は、はい!もしもし、こちらカミジョーですはい!』

「遅い!」

 

上条が意味もなく怒鳴ると、電話の向こうの少女も怒り出したようだった。

 

『む。もしかしてとうま?遅いって、とうまも遅い!お昼ご飯はまだなの!?それともこもえの家に避難した方が良いの!?それだけはっきりしてもらわないと困るんだよ!』

「悪いインデックス、ご飯の話はまた後で!それより聞きたいことがあるんだけど!」

『また後でって、とうまはどうしてそう——』

「くそ、そっちは大丈夫か!街の中に魔術師がいるみたいなんだ。狙いはまだ分かんねぇけど、もしかすると狙いはお前かもしれねぇ!土御門のヤツは…寮に戻ってるかもな。おいインデックス、今から隣の部屋を訪ねてみろ!そいつはお前の味方だから!」

『とうま。……もしかして、そっちは追われてるの?』

 

事情を察したのか、インデックスの声が静かなものへと変わっていく。誰かが化けていた事、手にある黒曜石のナイフの事など、上条は知りうる限り『海原光貴』の特徴を伝えると、まさに打てば響くというように答えが返ってきた。

 

曰く、ナイフの名前は「トラウィスカルパンテクウトリの槍」で、刃で反射した金星の光を当てた対象をバラバラに分解すること。

曰く、変装術式は変装する相手の皮膚を十五センチほど剥がして護符にすることによって使うこと、など。

 

『槍』の光は幻想殺し(イマジンブレイカー)で無効化できるだろうという事は分かったが、そもそも目に見えない光線をどうやって右手で触れば良いというのか。こうしている今も魔術師は近づいてきており、これ以上話を聞いている暇もなさそうなので通話を切った。

 

「くそっ!」

 

路地の角を勢いよく曲がり、そこで舌打ちした。ビルの工事中で通行止めになっていたのだ。狭い路地をシャベルやセメント袋や建築機材が占拠していて、とてもまともに通れそうにない。作りかけの屋上部分にはクレーンでも設置されているのか、巨大なアームが頭上に覆い被さっている。

 

それでも上条は工事現場へと走りつつ、背後を振り返った。自分が曲がってきた角から、着実に『敵』の足音が近づいてくる。もう逃げられない。

 

(どうする?どうする!?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

曲がり角から『海原光貴』が飛び出してきた。上条を警戒し、彼はその手の中にある黒い石の刃物を振り上げる。

 

しかし、

 

(……、()()()?)

 

その姿はどこにもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『海原光貴』が角を曲がる直前、城島と思われる人間がいきなり壁の上から飛び降りてきて、そのまま上条の襟首を引っ掴み、人を担いでいるとは思えないような身軽さで再び壁を越えていってしまったからだ。この間約三秒である。

 

「はぁ、はぁ……城島か?助かった…」

「………。」

 

ちなみにここで「と思われる」という但し書きがついたのには理由がある。ついさっき会った時と同じ服装に加えて見覚えのあるマフラー…どう見ても城島だろうということは分かるのだが、なぜかその顔がグルグルに巻いたマフラーで隠されているのだ。

 

「あのー…城島さん?なんだって顔なんか隠してんの?」

「………。」

 

少しだけ悩むような素振りを見せた城島(?)は、やがて観念したかのようにゆっくりと顔の覆いを取り始めたのだが…

 

「なんなんだ一体……………ぎゃっぶるちッ!?」

「………。」

 

魔術師に追われているというのに、思わず悲鳴を上げてしまうところだった。というか実際に上げかけてブン殴られた。

なんてったって、そう、逆なのだ。首が。ぶっちゃけ叫び声を上げても仕方ない光景だった。

そしてそのビックリ人間はあろうことか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。まさかとは思うが、ソレを幻想殺し(イマジンブレイカー)で直せと?……こんなにも異能の力に右手で触りたくないと思うのは初めてだった。

 

「え…えー…マジで?それ直すの??」

 

どういう力が作用しているのか上条にはサッパリ見当も付かないのだが、なんとなく「腹に刺さったナイフを思い切り引っこ抜く」ようなものなのではないか?というイメージが右手の使用を躊躇わせていた。

だが、城島は知った事かと言わんばかりに上条の右手をガッシリ掴み、無理やり自分の首に押し当ててしまう。

 

「イヤああああ!?死ぬ!それ死んじゃうやつだってばああああ!!」

「か、ぐぐぇっ!!」

 

ベキごりごりゅグルンっ!という、およそ人体から出てはいけないような音が辺りに響き、自殺の片棒を担いでしまったのではないかと思って固く目を閉じていた上条が恐る恐る目を開く頃には城島の首はすっかり元に戻っていた。

 

「ぐ…っはあ、相変わらずデタラメな右手だな…」

「い、いや、イキナリ華麗に登場したかと思えばあんな首を強引に直しちまったお前にデタラメとか絶対言われたくないのですが……それより、痛みとかないのか??」

「いや、死ぬほど痛ぇ。多分痛みに慣れてない人間なら死ぬなこりゃ。」

「えっ」

「ンなこたぁどーでも良いんだよ。…それよりホラ、来るぞ!」

「ちょっ」

 

瞬間、二人が足場にしていた工事現場の壁が()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ぎゃーぎゃー騒いでっから気付かれたっつの!一旦退くぞ!」

「う…うわあああああ!?!?」

 

咄嗟に先程やったように上条の襟首を掴んだ城島は、そのまま不安定な足場を片手と両足のみ使い、()()()。崩れ行く壁から工事中で鉄骨丸出しの建物へ飛び移り、クレーンの先端から隣の建物まで跳躍し…喩えるならば、切り立つ崖を跳び回る有蹄類の如く。ヒトとは思えない三次元的な機動であっという間に距離を離していく。

 

「やめて!ぶつかるって!ひああッ、そこ駄目ぇーー!!」

「喋んな舌噛むぞ!……今チラッと見えたが、敵はアステカ系の魔術師だな。霊装は『トラウィスカルパンテクウトリの槍』ってトコか?まっ、流石に建造物を片っ端から倒壊させるほどの無茶はしでかさねーだろ。逃げるだけなら手間は掛からねーぜ!」

「何でお前はそんなに余裕なんだぁぁぁ!?」

 

学園都市の裏路地に哀れな少年の悲鳴が木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ、ああいう事するなら先に言ってくれ。いやホント、…うっぷ」

「悪いが休んでる暇は無いぜ。オレだって追われてんだ、まずは話を聞いてくれ。」

「鬼かキサマは!?」

 

学園都市特有の「どう見ても事件の温床にしかならないだろ」というぐらい無駄に入り組んだ裏路地の一角、その内のそこそこ開けたスペースに二人は降り立った。

半分一般人——あくまで大体『半分』だけ——の上条を巻き込むのは心苦しいはずなのだが、こっちはこっちで何故か追われているのだから気が楽というものだ。ここは一旦協力するのが得策という事で自分を納得させよう、と城島は思った。

 

さておき、少し間を置いて息を整えたところで情報交換を行う流れとなった。なぜ襲われているのかも分からず腑に落ちない様子の上条からの疑問に城島が答えるといった問答が暫く続く。

 

「…で?俺が何で追われてるのかは知らないけど、お前はどうなんだよ?」

 

『どう』とはつまり、敵の素性が判っているのかどうかという話だろう。

 

「なあ、オレは元いた『組織』を裏切ってここにいる…って事は前に話したろ?」

「……それって、」

「自業自得さ…とうとうツケが回ってきたんだ。野郎ども、遠慮なく飛びっきりの刺客を寄越してきやがった。」

「…大丈夫なのか?その、昔の仲間だろ?」

「…大丈夫さ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、この機会にブチのめせるんなら…そりゃ願ったりってモンだぜ。」

 

()()()()。本当はこんな状況でさえ、妙な力をつけているアイツのことが気掛かりで、心配してしまうような…無二の親友という奴だった。

だが、それをありのまま伝えてどうなる?このお人好しにそんな事言って何になる?…そんなのは()()()()()ではない。戦闘に対し不利となり得るあらゆる要素を排除できるからこそ、城島は真の戦闘者なのだ。

 

それに…「組織」の幹部である城島條治としての『心』はとっくに『置いてきた』。であるならば、この因果を絶つのは自分でなくてはならない。

 

尚も気遣わしげにこちらを見る上条の視線に気づかない振りをしつつ、あくまで淡々と場を切り抜ける算段を組み上げていく。

 

「ま、相手の手の内は知れてるってのが幸いだな。この機会は逃せねー…()()()()()()()()()()()()()。」




書きたかった所に差し掛かってきましたが、それだけによく考えて構成を練らねばなりません。ここからが正念場だ…!



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ココロのスキマ

おれはエタらん……期末テストを意に介しているヒマもない………(亜空の瘴気)


——時は五年前まで遡る。

 

ルビアことコンヴォルヴ•ツェペリがまだ十歳かそこらだった頃。「組織」が領有する訓練場にて、二つの影が交錯を繰り返していた。一方は大の大人だが、しかしもう一方は未だ幼さの残る少年であった。

 

「ちくしょー、ちょっとは手加減しろよバカ親父!」

「ははは!まだまだ詰めが甘ぇ、なッ!」

 

辺りに「バシン!」という音が響く。会話に気を取られる一瞬の隙を突いた足払いが、目にも留まらぬスピードで少年の足元を強かに打ち付ける音だった。

人間の限界を超えるまで鍛え上げられた一撃は少年の下半身を真横に吹っ飛ばし、必然的に上半身は下へ下がっていく。あまりの威力からその運動エネルギーは止まる所を知らず、宙を舞った身体が二周半ほどしたところで、頭から地面に激突しようとしていた。

 

それでも少年はまったく落ち着いた様子で…あろうことか、両手を地面につけただけで落下の衝撃を音も無く受け流してしまった。その上、ついた手を地面から離さずに——そのまま逆立ちを維持している。

 

「め、めちゃくちゃだ…」

「…いや驚いた。いまので…うーん…そいつを『受け身』と呼んでいいのかはわかんねーけど、まぁ受け身を取れるとは正直思わなかったぜ。少なくともおれが十の頃は絶対無理だった。やっぱ皆の言う通り、おまえは天才ってやつなんだろーな!」

「俺に言わせりゃ、親父が『天才』って言葉を使うと嫌味にしか聞こえないけどね…」

 

機嫌良さそうにひと笑いした——ルビアの父は、懐からおもむろにタバコを一本取り出し、特に気負った様子もなく咥えて火をつけた。

その光景に思うところがあったのか、ルビアはひょいと体を起こしつつ父に苦言を呈し始める。

 

「また吸ってるし。母さんが散々やめろって言ってただろ?」

「やかましいやぃ、あの女の方がずっと『病的』だっての!…それよりよぉ、おまえも一本吸ってみっか?スカッとするぜぇ。」

 

ルビアは呆れた。年端も行かない自分の息子に堂々と喫煙を勧めてくる親父が一体どこにいるというのだろうか。

 

「何度も言ってるけど、俺は酒も煙草もやるつもりは無いよ。大体、親父や母さんは医術を扱うツェペリ家の人間としての意識が——」

「あーわかったわかった、いつもの説教は勘弁してくれって!…まったく、おれは一体どこで『教育』をしくじったんだ?」

「反面教師、って意味でならこの上なく適切な『教育』だけどね。もちろん、良い意味での。」

 

取りつく島もないとでも言うようにやれやれと首を振ったルビアの父は、鍛錬を始める前から気になっていたことを口にしはじめた。若干話を逸らすような口調がルビアの眉を潜めたものの、それ以上言及するつもりもなさそうだ。

 

「にしてもよ、いきなり『組み手をしよう』とか言い出してきた時はおったまげたぜ。おまえ、修行に対しては消極的だからなぁ。普段は生真面目なところは母親に似たとしても、妙なところで怠け者なところは一体誰に似たのやら。」

「…別に、体を動かすのは嫌いじゃないから。たまにはこういうのも良いだろ。」

「うーむ、そういうもんか。…で、なんでおれを相手にしよーと思ったんだ?それこそ、いつも一緒にいる城島クンにでも頼めばいいじゃあねーか。」

 

至極当然なその問いに対し、ルビアは難しそうな顔をして答えた。

 

「あの修行バカは…強すぎるんだよ。普通の組み手だと相手にもならないんだ。多分親父より強いぜ、あいつ。」

 

息子と同い年、十歳かそこらの少年の方が強いと言われた父親は、怒るでもなく豪快に笑い飛ばすのみだった。

 

「ぷっ、ハハ!そりゃー確かに、()()()()()だ!おまえと違って、あの子はほんと頑張ってるからなァ。おれもあれにゃ敵わねーよ。ま…流石に鉄球を使わせてもらえるんなら、お得意の波紋を使ってきたって負けやしないがな!」

「それは相性の問題じゃん…まったく、なんだってあんなに努力家なんだろ。『鬼気迫る』っつーか、何つーか…」

 

とても真似できそうもない、そう思ったルビアは少しだけ思い悩んでいた。実は、城島が強すぎて相手にならないから云々というのは建前である。何というか、こんな悩みを持っているという事が気まずいというか。

というのも、彼は自分が城島の一番の親友だと思っていたのだが、時々相棒が何を考えているのかわからないのだ。このままではどこか()()()()()()()()()()()()()()()のではないか?その時に自分はついていけるのか?…そんな予感がして、とにかく彼のことを知りたかった。そうすれば、もっとあいつの側にいれる気がして…。自分からは滅多にやりたがらない修行をする気になったのも、あの修行バカと同じことをすれば城島の「何か」を理解できるかもしれないと思ったからだ。

 

そしてそんな息子の悩みを知ってか知らずか、父親は事も無げに呟いた。

 

「んー。『努力』ってのは目標があるから『する』もんだろ?もしかしたら、あの子はでっかいゴールを見据えてて、そいつに向かって走ってんのかもな。」

「目標…」

 

目標。その言葉には何か引っかかるものを感じた。いつも、誰よりも城島の近くにいるルビアだからこそ、城島が「何かの大きな目標を持って努力している」というのが何というか…()()()()()()

 

「人間ってのは『成長』してこそ生きる価値あり、だ。おまえもいつかはそうなるよな…。——()()()()()()。その重さは、かならず人を強くするんだ。わかったか?」

「…ああ!」

 

ルビアは父と言葉を交わすのが好きだった。この人はいつだって自分に必要な助言をくれる。——適当なようでいて、正鵠を射ている。そんな父との会話は、いまだ未熟だったルビアを強く勇気づけるものだった。

 

「ん〜〜っ!はぁ、久々に組み手なんてやったから疲れちまったぜ。そろそろ帰るか。あんまり遅れて帰るとウルセーからな、あの女は。」

「それに関しちゃ同意するよ…じゃ、お先に!」

 

こうしちゃいられないと、ルビアは自宅へ向かって走り出す。母は聡明な人間だが、だからといってサッパリした性格というわけではない。まあとりあえず、無駄に機嫌を損ねたとしても良いことは一つもないだろう。

 

それにしても、今日は思ったより収穫があった。我らが相棒のことを理解するための試みとして、修行そのものは大して役に立たなかったが、父との会話で見えてくるものは多そうだ。これからは組み手を名目として、もっと何かを教えてもらったりするのも良いかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

「おれには…」

 

目の前を走る我が子の背中を見ながら、ルビアの父は目を細めていた。

 

「おれには、『背負うもの』なんて無かった。」

 

まるで、先の発言に悔恨するように、言う。

 

「生まれた時から『組織』で働く事は決まっていて、それからの人生は全部周りに流されて生きてきた。そんな状況に嫌気が差したから修行も怠けたし、悪ぶって煙草なんか始めちまって。それでも、実力だけはあったもんで、仕事は舞い込んできたがよ…」

 

天を仰ぐ彼の瞳は、何物をも映しておらず——

 

「やっぱ、()()()()、ってのは大事だよなぁ。生きてく上で、こんな大事なこたぁ無えよ。クソ面白くもねぇ、こんな生き方には…」

 

 

「もう、疲れちまった。」

 

 

「おーいバカ親父!なにボケっとしてんだよ!母さんにどやされるぞー!」

 

はっ、とする。いま、何を考えてた?

首を振って、嫌な思考を拭い取る。そうだ、自分は仮にもツェペリ家の当主じゃないか。家族がいる。背負うものなら、ある。

 

「わりーわりー、なんでもねーよ!…あーあ、何かオモシレー事は無いかなァ。何かスカッとするよーな事は…」

「…? 親父ほどスカッとした人は中々いないと思うけど?」

「うっせ!そりゃどーゆー意味だコラ!」

 

 

 

 

 

 

 

そして半年後。

 

とある一人の父親が、戦死した。

 

 

 

 

 

 

 

「アレぇ?海原くんじゃ〜ん、どーしたんだぃ、こんなトコロで。」

 

所変わって学園都市。第七学区、その裏路地にて、ルビアは期せずして海原光貴との合流を果たしていた。

ちなみに、海原がアステカ系の魔術師だということを知っているルビアはこの日本の人名が偽名だろうということは分かっていたが、呼び名が無いのが煩わしかったから名前を聞いただけなので、特に気にしていなかった。一方の海原も、最初はこの期に及んで偽名を名乗る勇気が出ずにうっかり本名を零してしまいそうになったが、そこは何とか堪えたという次第である。

 

「……またあなたですか、コンヴォルヴ•ツェペリ。約束通り『波紋疾走(オーバードライブ)』は標的から外しました。これ以上こちらには関わらないで下さい。」

「あらら、嫌われちゃったねぇ。…それがよー、惜しいとこまでいったんだが逃しちまって。確かこの辺りに逃げ込んだと思うんだけどさ。」

「……………。」

 

何で!どいつもこいつも!同じ方向に逃げるんですか!!…と、海原は心の中で幻想殺し(イマジンブレイカー)波紋疾走(オーバードライブ)の両名を激しく罵倒せずにはいられなかった。この男——コンヴォルヴとは一秒だって同じところになんかいたくないというのに。

 

「はぁ…それなら、波紋疾走(オーバードライブ)は自分が今追っている幻想殺し(イマジンブレイカー)と合流してしまいましたよ。先程行き止まりまで追い詰めたのですが、誰かさんが仕留め損ねた彼の手引きで逃げられました。」

「マジぃ?そりゃ悪いことしたなぁ。」

 

そう言いつつ全く悪いとは思っていない様子のルビアの言葉は無視した海原だが、一方で焦ってもいた。二人の標的が共に動いているとすれば、行き着く結論は——

 

「しかしまぁ、せっかく獲物を分けたってのに、合流しちまったら意味ねーな。…しゃーねぇ、奴らを見つけるまでは一緒に行動するしかねーか。」

 

こういう事になるわけだ。思わず頭を抱えてしまった海原の姿は悲哀に満ちていたが、そんなことを一々気にするルビアではない。

先行ってるぞ、と言ってさっさと前を歩く鉄球野郎を睨みつけた海原は、未練がましく元いた場所を振り向いて——

 

「あ」

 

そこにいたのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()ツンツン頭の少年、上条当麻その人だった。

 

海原は咄嗟に物陰に身を隠す。どうやら上条はこちらに気がついておらず、城島も近くにはいないようだ。その上、ルビアの方を見やると——彼もまたこちらの様子に気がついていない…というより、こちらを気にしてさえいない。見るからに協調性の無さそうなルビアの破綻した性格を、この時ばかりは感謝した。

そうと決まれば話は早い。海原は前門の上条、後門のルビアに悟られないようにコッソリと上条に向かって歩き始めた。城島がいないのであれば、こんなやつ(コンヴォルヴ)と同じ空間にいるなど願い下げだ。

 

思えばこの任務、あのコンヴォルヴと遭遇してからは良い事なしだった。体を滅茶苦茶にされるわ、皆殺しにしなければならない上条勢力の女の子に恋をしてしまうわ、またまたコンヴォルヴと合流してしまうわ…こんな調子だから、海原は何もかも嫌になりかけていた。

だが、ここに来てこの幸運(チャンス)だ!もはや任務の終わりも近い。一刻も早く上条当麻を始末し、初恋のことも、鉄球野郎のことも何もかも忘れよう。故郷に帰って、早くかわいい妹分や戦友に会いたい…

 

 

 

 

 

 

 

つまり、今の海原は冷静ではなかった。

普段ならこんなうまい状況に違和感を覚え、もっと慎重に動ける筈だった。…彼の境遇を思えば、もう仕方ないと言えるのかもしれないが。

 

ともかく、これが()だと気付いた時にはもう遅い。

狩人と獲物の立場が、逆転しようとしていた。




一ヵ月空けずに済んだ!いやーよかったよかった!!


………いや、その、ハイ。


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スティール(盗み出す)ボーイ

どうも。冬休みが一週間の点=嘘です。
明けましておめでとうございまーす。いえーい(死にかけ)


「おーん?お前ったら、JOJOォ。ま〜たここに来てたのかぁ?」

「……そりゃ来るだろ、あの人には世話になったんだからよ。」

「うへえ、義理が堅いのも大概にしろよなァ。すーぐフラッとどっかに行っちまうおめーをイチイチ探す俺の身にもなってくれぃ!」

「………。」

 

場所をわきまえずに呵々と笑う相棒を見て、城島はなんとも言えない気持ちになっていた。

——場所。そう、ここは死者を悼む場…()()である。物心がつく前に親を亡くし、様々な苦労を背負って生きてきた城島は、ルビアの両親に何かと良くしてもらっていた。そのため、彼らには恩がある。

 

一週間前、ルビアの父親が亡くなった。

 

「組織」内でも相当な実力者であった彼の死は重く受け止められ、葬儀はしめやかに執り行なわれた。一方で、幼少期より面倒を見てくれた、城島にとっては実の親にも匹敵する存在が戦死したという事実はその心に強くのしかかってもいた。

 

「まだ信じられねえよ。…なぁ、今となっちゃあ確かめる事もできねーがよ、——あの人が半年ほど前からメキメキ腕を上げてたらしいって噂、本当だったのか?幹部昇格もありえたって話だぜ。全く、これからだって時に…」

 

やるせない気持ちを込めて城島が呟く。…実際、彼の死を悲しむ者は多い。同胞が戦死する事など——言ってしまえば——ままあることだが、この感覚には慣れそうもないし、慣れたいと思う人もいないだろう。能天気なその性格を疎む者は結構多かったりするのだが、同時に、同じくらい多くの人に好かれてもいた。

中でもルビアの母のふさぎ込みようと言ったら…それこそ城島には見ていられない程だった。葬式にも出られず、ここ一週間はずっと家で引き篭もっているのだ。

 

と、過去の記憶を反芻しつつ、バラバラになりかけているツェペリ家の未来を案じていると——

 

「…え?」

 

嗅ぎ慣れた()()()が鼻をつく。

あまり好きではない、しかし今となっては懐かしい…草を燃やすような、煙のにおいだ。

何かと思えば——死んだハズのあの人が好んで吸っていたあの煙草。「肺に悪い」と文字通りにけむたがり、印象に残っていたからすぐに分かった。だが、そんなことはどうでも良い。

 

「ん、どした?」

 

重要なのは…それを吸っていたのが、自分と同じく煙草を嫌っていたルビアだったということだ。

 

「…テメー、」

「言ってみろよ、何か気に障るようなコトでもあったかぃ。ええ?」

 

心底不思議そうに小首を傾げる相棒に、何故だか城島は「ぞっ」とした。

思えば——今日のルビアは昨日までと様子が違った。父親が死んでからずっと何かを考えている様子で、ほとんど何も喋らなくなった昨日までとは…場所を弁えずに墓場で馬鹿笑いするような奴をむしろ叱責する側だった、真面目くさった性格だったそのまた前までとは、明らかに。

そして何より、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事実が、城島の心を大きく揺さぶった。

 

「…なあ、ルビア。親父が死んで母親がふさぎ込んでるって時に、今日のテメーはずいぶん余裕そうじゃねーか。」

「余裕そう〜?…そうだな、あんまり急に逝っちまったもんで実感薄いんだよなァ。そー見えても仕方ねーのかも…あっ、勘違いすんなよ!そりゃ別に俺が薄情ってワケじゃあねーからな!」

 

まるで()()を思い起こさせるような…からからとした、能天気な笑みを崩さない相棒に、城島は嫌な想像をせずにはいられなかった。これではまるで——

 

「『あの人』ならそう感じるって思ったからか?」

 

 

 

 

 

 

 

「よお…さっき振りだな。」

「…んん?てっきり幻想殺し(イマジンブレイカー)と合流するって思ってたんだがな…」

 

ルビアは困惑していた。なんといっても、まったく予想していなかった形での接敵だ。これでは二人組で行動する意味は無かったかもしれない。

 

一方で城島は、()()()()()()()()が問題無くこなされているらしいという事に内心安堵していた。

『実戦においてはほぼ勝ち目が無い』…それが城島の、自らの相棒に対する評価だ。最大威力で放たれる鉄球は波紋の力を以てしても防御不可能。こちらの手の内を知り尽くしているために、変幻自在の遠距離攻撃や暗殺は通用しない。相手の懐に潜り込む「超近接格闘」に持ち込む事が出来ればあるいは、といった所だが…それを許すような相手では無いという事は重々承知している。

しかし、現に城島はこうしてルビアの目の前に姿を晒している。これが意味することは…

 

「ま、どーでもいーか。…さてさて、()()()()()()()()()はつけてきたのかぁ?」

「…まあな。」

 

つまり、そういう事だ。

城島が「組織」の元幹部たる所以は単純な戦闘力の他、黄金錬成(アルス=マグナ)すら降す作戦構築能力にもある。戦いにおけるあらゆる要素を駆使し、時間をかければかける程に「勝ち筋」を見出していくその能力は、ルビアをして油断ならないものがあった。

 

密かに警戒を強めつつ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()かつての相棒を前にして、城島はおもむろに語り始めた。

 

「怠け者のテメェは聞いちゃいなかっただろうがな。『生き証人』のオヤジさんから、過去にたった一度だけ言い聞かせられた戦法がある…」

「なにィ〜〜?」

 

『JOJO…儂はおまえたち()()()()()()()の幾人かと出会い、そして共に戦ったものじゃ。これからおまえに教えるのは、彼らが用いた戦いにおける伝統的な発想法…』

 

()()()!」

『それは…』

 

 

『「逃げる!」』

 

 

 

 

 

 

 

 

時を同じくして、世界一ツイてないツンツン頭の高校生——上条当麻は、ひっきりなしに殺人光線を放ってくる魔術師から全力で逃げるこの状況にデジャブを感じていた。

 

「さっさと当たって下さい、よッ!」

「当たれと言われて当たる奴がいるか!悔しかったら…っぶねえ!」

 

頬をギリギリに掠めて目の前の建材を「分解」した金星の光に脂汗を滲ませつつ、時々何を考えているのか分からなくなる友人の()()に疑問を抱きはじめてしまうのも無理からぬ事だった。

「指示通りに動きさえすれば無事に二人の追っ手を『やっつけ』る事が出来る」とは城島の言だが…その実、()()()()()()()()()()()()()()()()というのが不安の種だ。なにせ上条は「指定したポイントまで魔術師を誘き寄せてくれ」としか言われておらず、それが一体どのような結果を齎すのかさえよくわかっていないのだ。時間が無かったとは言えそこまで端折らなくてもいいじゃないかと小首を傾げたのは記憶に新しい。思えばその時点でもう少し問い正しておけば良かったというものだが、それを言ってももう遅いだろう。

 

…と言っても、後方の魔術師だけなら——覚悟はいるが——なんとか出来そうな気はする。見たところ驚異になりそうな霊装は『槍』のみだし、照準を合わせながらとは言え足の速さで追いつかれる気配が無い以上、こちらの土俵である泥くさい『殴り合い』に特別強いとも思えない。

相手が一人だったのならば、上条はジリ貧の逃げよりは一か八かの攻めに出ただろう。そうしないのは逃げた先に勝機があると知っているから、そして——

 

『オレ一人じゃ、奴には勝てねぇ』

「〜〜っ、アイツ!宿題半分は押し付けてやるから覚悟しとけよおおおおおお!!!」

 

友人の危機を見過ごす事のできない、彼のヒーロー性(甘さ)に起因するからでもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「——くくっ。わざわざ姿を現してから逃げるたぁ、『何か企らんでます』と教えてるよーなもんだろーがよ。」

 

突然背を向けて走り出す城島をしばし呆然と見つめていたルビア•ツェペリは、(しか)(のち)に愉快そうな声色で独り()ちた。

彼に「急いで追いかけよう」という気はサラサラ無い。城島の口ぶりとその性格からして、戦いの手段として『逃げる』事を利用したとしても決して戦いそのものを放棄することは無いと分かっているからだ。まず間違いなく()()()()()()()()()()()()などの目的があり、とするとルビアが見失うようなスピードでは移動しないだろう。最終的に追いつける事が分かっているならば今急ぐ必要はどこにもない。それが『今の』ルビアが出した結論だった。

 

「ふあ〜あ。」

 

折角なら思いっきりのんびり追跡して、気を張って距離を取っているであろう城島を困らせてやろう。そう思って一つ大きな欠伸をし、ルビアは呑気に手持ちの薬やら煙草やらをゴソゴソと漁り始めた。

仕事中とはとても思えない態度であると彼自身分かってはいるが、「こういう作戦なんだから問題ねーよな!」と誰も聞いてない言い訳をつらつらと考えて自分を納得させている。本当にどうしようもない奴である。

 

と、そこで何となく後ろに振り向いたルビアはほんの少しだけ違和感を覚えた。何かが足りないような。はて、何だったか…

 

「……海原が…いねえッ!?」

 

なんとこの男、ざっくり見積もって十分以上経過した今になってようやく海原の失踪に気がついたのだ。これには結構呑気してたルビアも流石に動揺を隠せない。

 

「ま、いっか。」

 

否、隠す動揺が存在しないと言った方が正確か。

そもそも海原と同行する羽目になったのもそれぞれの標的——上条と城島が纏まって行動していると思っていたからで、城島の単独行動を確認した今となってはいちアステカの魔術師など心底どうでもいいのだ。気を取り直して休憩を再開する。…それにしたってこの割り切りの良さは異常と言えるかもしれないが、それを指摘する者がこの場に居ない以上は詮無き話だろう。

 

()()()()()()()()()()()()を済ませるまで一体何分が経過しただろうか。ともかく、やる事もなくなったので——という理由は流石に不真面目過ぎるかとほんの少しだけ自省しつつ——とうとう追跡を始める気になった。

 

「と、その前に——」

 

先程は予想だにしない形での接敵だったので仕方がないとは言え、()()()()状態で城島と対峙したのは少々迂闊だったかもしれない。

甘い判断で仕事を長引かせるのも面倒だと思ったルビアは、両眼を覆っていたスポーツサングラスを「グイっ」と押し上げ——

 

「——よし。」

 

()()()()()()()()。表現する方法は多岐に渡れど、この男を前にして感じる『感覚』は万人に共通するだろう。

所謂()()()()()になったルビアはまず周囲を見渡し、——何を思ったか、単なる不法投棄の温床に見えるゴミ山に向かって一直線に歩を進めた。

 

「こいつは…電子ロックか、無理。こっちはパンクしてやがるな?不要。アレは——」

 

こう言った路地裏には路地裏なりの法則がある。それはこの街の「外」も「中」も変わりはない。吸血鬼という存在が得てしてこう言った場所を好むものだから、「組織」の人間としてその辺りのマナーは弁えて然るべきである。

当然その例に漏れないルビアならば目当ての()()()()()が集まり易いようなポイントは何となく分かるし、鉄球の技術も加えれば比較的アナログな装置などどうにでもなる。

 

どうせ乗るなら馬が良かったという本音を胸に秘めながらも、無事盗みだす事に成功した目当てのモノ——取り回しの容易なネイキッドバイクに跨り、エンジンをふかしながら宣言する。

 

「『誘き寄せられる』…と…思うのか?要はお前が『ゴール』に着く前にカタをつければ済むハナシだからな…」

 

最終的に追いつける事が分かっているならば今急ぐ必要はどこにもない。と…確かにルビアはそう考えていたはずだ。

()()()()()()()()()()()()()()()()。言ってしまえばそれは——「考えが変わった」という事なのだろう。

 

爛々と輝き、それでいて吹雪く様に冷たく鋭い殺意のみがその瞳に燃えていた。




病んでる人の心とか裏路地の法則とかバイクの種類とか、一切知らずに書いてます。
心理療法ガチ勢及び不良ガチ勢及びバイクガチ勢その他諸々ガチ勢の皆さんホントすいませんやで…ま、所詮トーシロのssだし多少はね?(開き直り)


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Chase Chase you!

通算UA10000件突破ありがとうございます!

ん?「更新期間が空きまくってUAだけズルズル伸びてるだけだろ」?

………。

ま、待ってください。これには訳g


重い沈黙が支配する「組織」領有の墓地にて、城島は先程の発言をさっそく後悔し始めていた。

 

相棒のただならぬ態度に動揺し、つい咎めるような言葉が口をついて出てしまった。出てしまったはいいが…こうまで様子がおかしい相手に対してあの物言いは、何というかこう、ストレートすぎやしないかと。

高速で頭を回転させ、その幾人もの狂人と言葉を交わしてきた——というかこの「組織」自体がイカれた人間の集まりだというだけの話なのだが——経験を活かし、城島は「対頭おかしい奴用特別対応マニュアル」を即興で組み上げ、何とか場を持たせようとした。

 

ところが。一瞬だけ先んじて言葉を紡いだルビアの意外な返答に思わず瞠目し、城島は一旦開けた口が塞がらなくなってしまった。

 

「ん、まぁ…隠すよーなコトでもないからぶっちゃけ言うが、そーいうコトになるのかねぇ?」

「は?」

 

気まずそうに目線を逸らし、ポリポリと頬をかきながらそう言うルビア。

数多の経験からなる「対頭おかしい奴用特別対応マニュアル」を鑑みた結果、城島はてっきりこの事実…亡き父親の人格をなぞっている現状をルビアは『狼狽しつつも頑なに認めない』とか『無反応、城島の言葉も自身の異常も一切認識しない』等の反応をすると予測していた。

 

ところが実際には、どうという事もなく、至極アッサリとその事実を認めた訳だ。

その上本人は「当然のこと」だと思っている訳でもないようで。有り体に言えば——その事実を(わる)びれているのだ。ふつうに。

 

紛れもなく異常。だが、オカシイのは『いつもと違う言動』だけで、その精神性はまったく正常に見える。例のマニュアル…つまり今まで見てきたどの狂人にも当てはまらない反応にたじろぐ城島をよそに、ルビアは説明——どちらかと言うと「言い訳」に聞こえるような態度で——を始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

そして現在。学園都市の裏路地にて、腕を組みながら眠るようにして目を閉じていた城島は、一体何に反応してかピクリと頭を揺らし、焦燥した声色で呟いた。

 

「この()()…野郎、乗り物か何か盗りやがったか?」

 

いくら城島が自動車並みのスピードで移動出来るといっても、何らかの移動手段を手に入れ、法定速度をぶっちぎって向かって来るであろうルビアには流石に追いつかれる。

"サティポロジアビートルのマフラーによる生体感知効果の圏内ギリギリからルビアを誘導しよう"という作戦は失敗に終わった。が、——これは逆にチャンスでもある。

 

いつまで経っても動こうとすらしないルビアに最初こそ拍子抜けしたものだが、その嫌がらせのような遅延行為が城島の作戦をグズグズと崩壊させて行く事に気付くのにそう時間はかからなかった訳で。

実はそろそろ所定の位置まで例の魔術師を誘導してもらうための電話を——手筈通りに行けていれば——上条に寄越す時間だったのだ。

つまり、この速度に合わせてこちらも移動出来るのならば、今も必死に逃げ回っているツンツン頭に「やっぱアレ中止ね」などという最悪すぎる一報を代わりにくれてやる必要は無くなった。チャンスというのはつまり、そういう事である。

 

——最も、それは城島の全力疾走におよそ倍する速度で猛進する「何か」に追いつかれない事前提の話なのだが。

 

…とはいえ、まだ勝ち目が無くなった訳ではない。素の身体能力で完全に上を行く城島ならば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。それさえ片付けてしまえば、張った罠での勝利も見えてくる。そこまで考えて、その稀代の健脚を以て城島は走り出した。

 

「…取り敢えずは予定通りに動くか。奴の射程に入らねーようにしながら出来るだけ()()()()に近づく。どうにかしてアシを潰せりゃあこっちのモンだ。」

 

車か?バイクか?問題はどうやってこの機動力を削ぐかにあるのだが、諸々を思案しつつ目的地に向かって——側から見れば目を疑うような速さで——疾走する。そんな城島は道すがら、かつての相棒に対する評価を新たにした。

 

(敵に回して初めて気づいたが、——()()()()()()()ってのはやり辛ぇ…!)

 

今回の作戦構築に当たって城島が重要視したのは『コンヴォルヴ=ツェペリの思考パターン』なのだが…さながら()()()()()()()()()の如くテンションや性格が一変するルビアの思考を読むのは極めて難しく、今回のように行動方針を一瞬で百八十度「切り替え」られると、このように咄嗟の対応に追われてしまうのだ。

 

(大体何なんだよ、標的が逃げてるってのにボーッとしやがって!十分以上も立ち止まるとか、正気の沙汰じゃあ——って、)

 

今まではルビアを含めた仲間達を『指揮する立場』にあったがために、だからこそ日々の戦いにおいて気付くことの出来なかった変化。もう二度と訪れる事の無い日常への後悔を胸に抱き、そして——

 

「ん?」

 

——ある違和感に気付く。

ほんの僅かな、魚の小骨が喉につっかえるよりも小さな…しかし理解出来ない、正真正銘の『認識違い』に。

 

(『コンヴォルヴ=ツェペリの思考パターン』は二種類ある。だが——()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()…ような)

 

確かに別の人間が考えることを——かつての相棒とはいえ——100%理解しているなど、そんな烏滸がましい事を城島は言わないし、言えない。

しかし、それにしても何かがおかしいのだ。自ら抱いた奇妙な違和感に『焦燥』にも似た感覚を覚え、それについての思考を深く沈ませようとした、その時。

 

ごぉぉん ごぉぉん

 

「…?」

 

モノが崩れる音がした。距離はそう遠くない。

方角は…まさに自分が逃げている方向と真逆、つまりルビアがいるはずの位置だった。

 

ごぉぉぉぉぉん

 

怪訝に思った城島はマフラーによる探知を再開し、——驚愕する。

 

「な!?」

 

ゴ、ゴォぉぉぉ…

 

その反応が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

本来ならこの入り組んだ裏路地において極端なスピードは出せない筈なのだ。当然、城島もそれを計算して事に及んでいたのだが、まるで障害物などを無視したその動きには瞠目せずにはいられない。これが意味することは——

 

 

 

ゴォォォォォォォン!!!

 

 

 

後方の曲がり角…その壁をたった一つの「鉄球」がブチ抜き、物凄いスピードで()()()の手に飛び込んで行く。

 

(バカ、な…壁を破壊しながらあの速度で走り抜けた…?()()()()()()()()()()()()()()()!?こんなのは人間技じゃねぇ!()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

手のひら大に収まる物体が開けたにしては不自然なまでに大きく、それでいて専用の工具でも使ったとしか思えないほど整った長方形の形をとった(通り道)から、爆走する鉄の塊が飛び出した。

 

「流石に読めなかったかよ!?『今の』俺の実力はよおぉぉぉぉおお!!」

「ルビアああああぁぁぁぁぁあああ!!!」

 

 

もはや言葉は必要無かった。

 

 

互いが互いの命を奪うために、「それ」が介在する余地は無い。そう言わんばかりに()()()()()()()()()()()()ルビア。

 

(ぐ…集中しろ。今は余計な事を考えてる暇も無え!)

 

これに対し城島は波紋を練る——と同時に、手甲を擦る事でシャボンを形成した。もはや何千何万と繰り返した動作はこの状況にあっても淀み無く、相当な熟練を感じさせる動きであった。

 

「シャボン•カッター…ッ」

(——勝負は一瞬!すれ違いざまに決着は付く!!)

 

波紋によって水分を固め、刃物状にして飛ばす「波紋カッター」の更なる応用編。長時間対空するそれによって少しでも場を有利に整えるつもりか———というルビアの読みとは裏腹に、城島は更に()()()()な手段に出た。

 

グライディン(滑走)ッ!」

「!!」

 

地表を滑るように走るシャボンの刃は——吸い込まれるようにバイクの()()()へと向かって行く。

 

(…機動力を奪えば逃走を再開出来るオレの優先すべきは一刻も早いバイクの破壊。それこそが勝利への道!逃走への最短経路!)

(ここで俺を殺し切るのが不可能ならばそれ以外を狙うのは無駄だ……と考えた訳か。()()!)

 

負けると分かっている勝負は回避し、あくまで自分の土俵に引き入れようとする城島。ルビアはこれに対して、ひどく小さな、唸るように低い声を漏らした。

 

「そんなものか?」

 

恐らく誰かに聞かせる事を意識して放った声では無いのだろう。

ただ…本人ですら気付いていないであろう「落胆」や「失望」が滲むその声に一体どのような感慨が込められているのか。最も…既に袂を分かった城島が聞いたところで、理解することは出来無かったのかも知れない。

 

「そんな甘い考えで…この俺を()()()()()のかッ!!」

「…!?」

 

一瞬、城島には何が起きたのか分からなかった。

 

まず、ルビアが大きく振りかぶった鉄球をバイクの後輪に投げつけ——()()()()

…とはいえ、これまでの無茶苦茶なパワーを目の当たりにしてきた城島にとってそれは無論想定内の事だ。今更二百キロ強の鉄塊を数メートル持ち上げた所で、一体誰が動じると言うのか、と。

 

(やはりテメーは詰めが甘い!身動きできない空中で…残りのシャボンを捌き切れるかッ!!)

「————、」

「シャボン•カッター!…これで勝利ッ!」

 

当然のように温存していたシャボンを練り上げ、即刻弾幕として投擲した()()()()()()

聞こえたのは、まるで羽虫が空気を叩く事で飛行する際に発するような『ヴヴヴヴ』という音。——それを知覚した瞬間、今度こそ城島は自分の目を疑った。が、…それも無理は無いだろう。

 

 

ダムンッ!!

 

 

「…は?」

「二段ジャーンプ…ってところか。聞いたことあるかよ?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()…などという芸当を見せられては。

 

「まっ、ず!?」

()()()()()…お前の負けだな。」

 

咄嗟に波紋を帯びて硬化したマフラーによる防御を試みるも、それは悪手に他ならない。

もはや城島自身によって百パーセントの力を発揮できる「回転」の威力はこの程度の防御など容易く貫通し、繊維を真紅に染め上げるくらい訳はないだろう。…それでも他の手段を用いないのは、単に「他の手段」などというものが存在しないからだ。

 

万事休す——()()()()()()()()この場の誰もがそう思った、その時「それ」は現れた。

 

「ったく…アイツを追いかけて来てみれば、アンタがアイツを背負って飛び回ったおかげで見失ったし」

 

ギュオッッ!!という音と共に、ルビアのバイクが()()()()()()()()()()()()()()

 

「海原光貴は二人もいるし、あげく偶然見つけたアンタは…よく分かんない奴に襲われてるし」

 

唐突に聞こえたその声は、勝ち気ながらも幼さが残り、当然戦場の雰囲気には合わない。が、…最も城島の心胆を寒からしめたのは、訝しげな表情をしつつも、寸前に投擲されていた鉄球を()()()()()()()()()()()()()()という事実だった。

 

「これが唯の喧嘩って言うなら…まぁ()()()だし、よくある事でしょうよ。でも——」

 

前髪からバチバチと雷光を発し、我が身に降りかかる危険など微塵も意識していないとでも言うような堂々とした声で「それ」は言う。

 

「常盤台の超能力者(レベル5)——超電磁砲(レールガン)の目の前で!安い喧嘩は見逃せないわよ!!」

 

いっそ「圧倒的」という言葉すら生温い…脅威の電撃姫が戦場に降り立った。




やせいの れべる5 が あらわれた!
鉄球使いに勝ち目はありません。死んでしまいます…。


えー、近頃どーしてこう投稿ペースがだらしないのかと言いますとね。…ちょっとモチベが切れ気味で。

というのも、書いてるうちに「こりゃ思ったより相当長い話になりそうだぞ」という事実を発見しまして(無計画)。
一応旧約までで良い落とし所は考えてますが、新訳(一応アイデアだけはある。出来れば形にはしたい。)までやるとなると、もう気が狂う!まだ旧訳5巻なのに、かれこれ開始から半年だよ半年!
他にも書きたいネタをゴロゴロ抱えてる身としては…どーしても掛ける時間を他に割いてしまいがちでしてね。遅筆の癖に他の作品と並行•ローテーションで書こうかなどと、血迷った考えまで浮かぶ始末。

それでなのですが、モチベを維持するのに”数字だけで書く“のはやっぱキツいと。平たく言えば、もう評価とか気にしないので、感想ください(土下座)。皆さまの暖かいお便りさえあれば私、暫く頑張れます…。


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うまくいくはずないのにね

前回までのジョジョの奇妙な冒険!(CV:大川透)
点=嘘「評価とか二の次でいいから感想おくれ…」

評価が来る

一瞬だけランキング八十位入りする

感想?無えよそんなもん


「あー……俺さァ、親父が死ぬ前にどーしても『知りたい事』……ってヤツができて……いや待て! 調べりゃわかるよーな事じゃなくて、もっとこう……多少『哲学的』な問題をだ」

 

「お、おう」

 

 意図の見えない話を悩ましげにのたまう相棒に微妙な表情を向けながら、城島は曖昧に肯首を返す。

 何を言っているのかは分かるが、何を言いたいのかはサッパリ分からない。この要領の得ない口振りからして、実は本人もあまり分かっていないのかもしれないが。

 

「半年ぐれぇ前にな。で……俺はお前と違って頭が良いとは言えねーだろう? だから『親父に聞けば何かわかるかも』と思った。冴えたアイデアだったさ、俺にしちゃあな」

 

 それには城島も同意できた。彼は誰かに似てあまり学習意欲が高いとは言えず、悪く言えば学の無い人とすら言えたが——ルビアの言うように「哲学的」な問題には的確な答えを返せる、根っこの部分で聡明なタイプの人間だ。

 そしてその口振りからして一定の『成果』は見出せたらしいという事は理解できた。同時に、その問題とやらの『答え』は見つけられず終いだったという事も。

 

 事情をある程度飲み込めた様子の城島に軽く頷いてから、ルビアは言う。

 

「わーってるだろうがよ、親父は死んだ。……でもな、どうにも俺ァ自分で思ってたより諦めが悪かったみたいだ。だから——」

 

 ここに来てルビアは少しだけ言葉に窮した。というのも、今から言う事がどれだけ異常で、どれだけ飛躍しているか、というのを自分でも理解しているからだ。

 

「いや待て。(みな)まで言うな……事情は分かった」

 

「——ああ、なら助かる」

 

 それでも意を決し、なんとか頭の中で形にした言葉を発しようとしたルビアだが——それを城島が遮る。

 城島もここまで聞かされれば、持ち前の察しの良さでルビアが今どのような状態なのか何となく把握できたし、それなら無理に彼自身の口で言わせる必要も無いと判断したからだ。実際、ルビアはそれに幾分かの謝意を感じずにはいられなかった。

 

(だから『俺が親父に代わって(変わって)でも答えを見つけたい』……か)

 

 それでも城島は、それを聞いて多少なりとも()()できた。

 単なる死者の影、残響を追う事に精神を食い潰されるというような……真っ先に城島が推測した「あちら寄り」の考えでは無い。何よりルビアは気付いていないだろうが、事実を事実として割り切って考え、それらをあくまで都合よく利用しようとする強かさは、紛れもなく彼自身のものだ。

 

「まあその、何だ。ちっとばかし気味悪りぃかもしんねーけど……そこは我慢してくれねえか。頼む!」

 

 それに、他ならぬルビア自身から「そっとしておいてくれ」と言われたのならば、城島としてもやぶさかではない。

 

「…………」

 

 いまだに親友が「いきなりオッサンくさくなって嫌いな煙草を吸い始める」とかいう、悪夢みたいな状況に納得した訳では無いけれど。それに目を瞑っていられないほど、このバカな相棒に対して狭量なつもりは毛頭ない、というのが、城島の出した結論なのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「てっ……テメーはさっきの!」

 

 先程放たれた雷撃の轟音が尚も肌をビリつかせるのを感じながら、城島は驚愕の声を上げていた。なまじ状況を把握する能力が高いだけに、この展開は彼にとって情報過多とすら言えた。

 

「……へー? 助けてもらって『テメー』だなんてご挨拶じゃないの。言っておくけど、私がアイツを見逃したのはアンタのせいなのよ!」

 

 苛立たしげに頬をヒクつかせてこちらを睨む少女——御坂(みさか)美琴(みこと)に対して、ほぼ初対面の、それも年上相手に「アンタ」というのも大概じゃないか? と城島は思ったが、ここはぐっとこらえる。なんといっても、つい先程は助けてくれたとは言え、別にこちらの味方だと明言している訳ではないのだ。仮に彼女と敵対すれば、逆らう術などありはしない。

 

 学園都市に七人しかいない超能力者(レベル5)。実際の戦闘能力はともかく、壁の外から来た両者の能力強度は学園都市基準で言うところの精々強能力者(レベル3)大能力者(レベル4)程度でしかないのだ。この少女が本当に超能力者(レベル5)で、その上二人の戦いに割り込むという事はつまり、“少し賢いサル同士の喧嘩にアフリカゾウが突撃してくる“ようなもの。命拾いしたという点では紛れもない幸運ではあるが、綿密に場を整えてルビアを追い詰めようとしていた城島にとって彼女はこの上ない不確定要素だ。

 

「ぐ、はー……はーっ……今のは、何だ。何が起きた……?」

 

 一方で、明確に「攻撃」を食らったルビアも心中穏やかではない。

 彼を襲った何かしらの「能力」は彼自身には干渉せず、跨っていたバイクのみを高速で吹き飛ばした。恐らくは雷気系統——確か学園都市(ここ)では電撃使い(エレクトロマスター)と呼ばれている類の能力だろう。

 這いつくばっている自分のすぐ後ろで炎上する粉々に砕けた残骸を見て、転がり落ちるように、咄嗟に飛び降りたのは正解だったと思わずにはいられない。あの瞬間は本当に何も考える間もなく、死だけを覚悟しかけた程だ。

 

(…………)

 

 鉄球が通じない時点で既に勝ち目は無いと言っても過言ではない。その鉄球さえ今は一つしか残っていない。「敗走」の二文字が脳裏を過ぎるが——無言で首を横に振る。元よりその程度の覚悟で来てはいないと自負しているというのもあるが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という、『恐怖』にも似た奇妙な『確信』があった。

 

 ———グバンッッ!!!! 

 

「っ!」

「……ん?」

 

 突如鳴り響いた轟音に目を向ける二人。「ルビアが動いた」というだけで息を呑む城島に対して、超能力者(レベル5)の御坂は怪訝な視線を寄越したのみだ。

 この戦いにおいて自分が危機たらしめられるとは考えもしていない様子——事実その通りなのだが——の彼女に対していっそう戦意を滾らせたルビアは、もはやガラクタと化したバイクの残骸へと手元に残った一つの鉄球をブチ当てると同時に、二人へ——というよりは雷撃使いの少女へ——向かって駆け出した。

 

「へぇ、向かってくる気? それならまずはアンタから——!」

 

「待て! アイツはただの能力者じゃねぇ、まともにやり合うなんて……」

 

「あーもううっさいわね! やられそうになってた奴が言うセリフか! いいから黙って——」

 

 幾ら巨大な力を持っているとはいえ、単なる民間人が戦闘のプロを相手取るならもう少し警戒を……という城島の意見はハナから聞いてもらえないようだ。

 

 そうして敵がすったもんだしている間に「帰ってきた」鉄球をルビアがパシンと手に取った瞬間、先程から妙にガタガタと振動していたバイクの残骸から、ズドン! という重い音と共に()()()()()()()()()()()。それは——

 

「っ! ……あれは……タイヤ?」

 

 ルビアの目の前に向かって放物線を描きながら飛来してくるそれは、バイクの残骸から分解されたタイヤだった。磁力で動きを干渉される事を予測してか、スチール製のホイールは綺麗に取り外されている。

 前方への勢いそのままに自由落下するタイヤは軌道を(たが)わずルビアの足元の地面に——ぶつかる事なく、勢いよく御坂へ向かって蹴り飛ばされた。

 

 波紋使いには敵わないとはいえ、ルビアの身体能力も尋常のそれではない。強靭な脚力をもって射出された()()()のゴム塊に多少面食らったものの、しかし御坂は獰猛な笑みを浮かべる。

 

「電気が通らなきゃ何も出来ないって思ってるわけ? ——甘い!」

「……ッ!」

 

 ずぞざザザザざざッッ!! という不気味な音と共に、周囲の地面から湧き出た極黒が波のように蠢き、御坂の眼前に展開していく。

 

「並の電撃使い(エレクトロマスター)ならどうにかなったでしょうけどね。……浅知恵を働かせて破れるほど、超能力者(レベル5)の壁は低くない!」

 

 砂鉄の剣。その名の通り磁力で砂鉄を操る技で、第三位の能力における「威力」の象徴が超電磁砲(レールガン)だとすれば、これはある意味「応用性」の象徴の一つとも言えるだろう。

 高速で振動させることによってチェーンソーにも勝る切れ味を得た砂鉄塊が、飛来するゴムタイヤを瞬きほどの一瞬で切り飛ばす。が、——その程度の事はルビアもとっくに予測している。

 

 ——ばづンッッ! 

 

 と、砂鉄の波を突き破って鉄球が現れた。

 単に投擲しただけのものと侮ることなかれ。それだけならば先程と同じく押さえ込まれるだけだが、これは蹴り飛ばしたタイヤの影にピッタリ隠されて投げられた上、ノーモーション——筋肉の微細な動きにより、完全に予備動作を廃して「回転」をかけた鉄球を飛ばすくらいルビアにとって訳はない——で放たれたもの。

 いわばミスディレクションを織り交ぜた完璧な奇襲。真正面からの不意打ち。戦闘のプロたる城島ですらこれを初見で見抜くのは厳しく、それがいち民間人の御坂なら尚更である。——とはいえ、

 

 そも超能力者(レベル5)という存在を測り違えている者の策など、通ろう筈も無いのだが。

 

「何……だと……?」

 

 まるで大したことのないように。まさに先程の焼き増しの如く。その鉄球は、御坂の操る強烈な磁場によって押さえ込まれていた。

 何も変わっていない。どころか、全く同じ()()を繰り返したからか、その磁力操作はどこか手慣れてきてさえいるように見える。

 

「ふう……砂鉄の壁を抜いてきたのにはちこっと驚いたけど、見れば見るほど——よく分からない力が働いてるって事が分かるだけって感じの能力ね。……何? 私が()()を防いだって事がそんなに不思議?」

 

 先程の攻撃が人間の意識の外を確実に突いた、この上なく巧妙なものであるという事実に()()()()()()()()()()()()()()()()様子で超能力者(逸脱者)はそう言い放った。

 

 電撃使い(エレクトロマスター)の頂点たる御坂美琴にとって、AIM拡散力場として常に周囲に放出している微弱な電磁波からの反射波を感知することで周囲の空間をレーダーの如く把握する事など造作もないことだった。

 無論御坂も相手が学園都市の学生として、このような特性を理解した上での攻撃だろうとばかり思っていたのだが……

 

「どうやら……そういう訳でもなさそうね。いいわ、もう終わりにしてあげる」

 

 そう言って御坂はルビアに向かって指先を向ける。一旦気絶させてしまえば、後は警備員(アンチスキル)にでも引き渡して終わりである。これ以上何かしてくるなら相手をしてやろうとも思っていたが、それも無さそうだ。

 

「…………すげえ」

 

 一方城島は、自分をあれだけ苦戦させた相手をまるで赤子の手を捻るように制圧した超能力者の戦いを見て軽く圧倒されていた。

 禄に戦闘訓練を受けていないであろう民間人の戦闘レベルを明らかに超えている。能力者の頂点というものを初めて目の当たりにし、学園都市の技術力を改めて肌で感じると共に——この状況は少し不味いのでは? とも思う。

 

 何と言っても城島は()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。……後顧の憂いを断つ意味でも、最強の追っ手であるルビアを打倒する事で二度と追跡を再開されないようにする意味でも。

 言うまでもなく、今まではそれが出来る千載一遇のチャンスであった。この策は謎の魔術師に追われている上条と”偶然”遭遇したことによって初めて可能となるもの。

 知らぬ間にとは言え、友人に殺人の片棒を担がせるという行為は非難されても仕方がないが、——()()()()()()()? 姫神を守ると決めた「あの日」から、闇に身を賭す覚悟は出来ていた。その程度の些事を気にしていては……この世界と戦い抜いて行く事など、到底無理な話というものだ。

 

 だが……だが、だからこそこの状況は不味い。ルビアの身柄を警備員(アンチスキル)に引き渡している内に、上条の戦いは決着が付いてしまうだろう。更に「組織」のバックアップを受けている以上、身分の証明も容易いはず。それは数日と経たず彼が拘束を逃れ……再び城島を殺しに来る事を意味しているのだ。

 

 そうは言っても、自分があの電撃少女に突っかかって行ったところで瞬殺されるのは目に見えている。彼女の行動を止める事(あた)わず、指をくわえて見ているだけしか許されない。

 

「ハァ……参ったな。正直、能力者がここまでやるとは思わなかった。完敗だよ、俺の」

「分かりきった事を言ってんじゃないわよ。ぽっと出の輩に苦戦するようで、この街のトップなんてやってらんないに決まってるでしょ」

 

 余裕の笑みを浮かべる御坂に対し、ルビアは弱り果てた様子で疑問を口にする。

 

「最後に聞かせてくれ。あの鉄球をどうやって見破ったんだ?」

「見破った……? ああ、アレってそういえば視界の外にあったっけ。まあ、簡単に言えばレーダーってやつね。跳ね返ってきた電磁波を感知して周りの様子を探るくらい、私にとっちゃ朝飯前ってわけ」

「…………」

 

 サラリと放たれたその事実に、ルビアは納得と驚愕を同時に抱いたようだ。すなわち、電磁波の通る所でいくら不意を打つ策を弄そうが意味は無い、と。

 

 しかし城島は些かの——敢えて言うなら、()()()を感じた。

 ルビアはこれほど感情の変化を表に出すような奴だったか? 更に言えば——少なくとも「この状態」の場合——敵の喉元に食らいつく事のみを考え、それ以外の無駄な行動は全くと言っていいほど行わなかった、はずだ。

 

 

 ……幾ら盤面が詰みに入ったとはいえ、悠長に会話を続ける事など有り得るのだろうか? 

 

 

「……そうか、やはり『知らない』ということは『恐ろしい』こと。半端な情報で超能力者と戦うことが如何に愚かだったか……身をもって理解した」

 

「何を……?」

 

「——待て、様子がおかしい! 離れろ!!」

 

 ズボッ、と。

 

 音がした直接、いつの間にかルビアの手には、一つの鉄球が握られていた。

 

「なっ……」

 

 御坂美琴が合流する直前——一番最初に投げ、一番最初に押さえ込まれた鉄球が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 地中であれば電磁波は届かない。否、その気になればやってやれない事も無いのかもしれないが……鉄球を飛ばす能力相手に、どうして地中をマークしろというのか。必然、虚を突かれた御坂の反射神経が追いつくのを待つ隙も与えず——

 

「————オラァァァッッ!!!!!」

 

 轟!! と、周囲に烈風さえ逆巻(さかま)かせ——破壊の「回転」が解き放たれた。




バレンタインはソシャゲのイベントに時間を投げ打って投稿遅れさせた上ガチャ大爆死しただけの日々でしたが何か?


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月明かりの下/陽の光

多機能フォームの勉強をしてきたので、今回から若干文章が読みやすくなってると思います。


かりかり、じゃりじゃり——

 

 

 ルビア•ツェペリが自前の鉄球をヤスリで削る小さな音が、仄暗い室内に響いていた。

 

「回転」の力を行使する媒体として非常に有用である『鉄球』だが、その作り方は意外と簡単だ。手頃な体積をもった鉄の塊があれば割といつでも、どこででもおおまかな形を作れてしまう。

 回転の力さえあれば道具などなくても金属を削ることなど容易い事であるし、その後ヤスリか何かで磨いてしまえば完成である。

 

 もっとも、鉄球が無くたってある程度は戦える。極論、至近距離なら丸めたティッシュか何かを投げるだけで人を殺せるのが鉄球使いというものなのだ。

 しかし何百年もかけて編み出された「回転エネルギーを120%引き出す『形』」……それを受け継ぐツェペリ家の現当主として、伝統に則った戦い方をするための手間くらいは掛けて然るべきだろう。

 ……父は面倒くさがりな癖に、この作業を怠る事だけは決して無かった。だから自分が()()をしない選択肢などありはしない、というのもあるのだが。

 

 そういうわけで夜分遅く、家に帰ってきてからもこうして作業を続けているのだ。そして辺りに散らばった鉄粉を吹き散らしつつ、ふとルビアは今朝の出来事を振り返った。

 

 ——うーん……やっぱあれ以上は聞いてこなかったか。

 

 ルビアが自分の精神状態を打ち明けた時、城島は確実にこう思ったはずだ。『なぜ()()なる前に話してくれなかったのか? その「問題」についてオレも一緒に考えさせてくれないのか?』と。

 

 結局のところ、城島がそれを聞いてこなかったのは聞く方法が分からないからなのだろう。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ……だから城島は待つことを選んだ。ルビア自身がそれを話したくなるまで、話しても良いと思えるその時まで待つのだと。

 

「はぁ……」

 

 そして、その心遣いはルビアにとってこの上なく有り難いものだった。

 

 確かに城島はルビアにとって無二の相棒であり、理解者である。そんな彼が手伝ってくれるのならば、確かにこの「問題」は早々に片付いてしまうのかもしれない。だが……

 

 ——アイツが俺を理解してるからって「逆」もまたそうだとは……口が裂けても言えねーのよなァ。

 

 二つ。

 ルビアがこの件について、城島に話していないことが二つある。

 

 一つは、そもそもルビアが父親の影を追いかけるようになった切っ掛け——城島には「解決するべき多少『哲学的』な問題があるから」とだけ言ったのだが——についての話だ。そしてそれは「少しでも城島の見ている景色を知りたいという『願い』」に端を発する。

 

 まず確かな事実として、誰よりも城島の事を理解している人物は間違いなくルビアだ。

 だが、いや、だからこそと言うべきなのだろう。ふとした瞬間に見せるあの妙な『雰囲気』、どこか果てしない場所を見据えているようなあの『目』。

 自分の知る城島との「相違」が、どうしようもなくこの心を揺り動かす。

 何処からか生じるこの「疑念」が、ルビアの中にある何かを捉えて離さない。

 

 無視する事など、最早出来るはずがなかった。

 

「……よく考えたら、相棒が何考えてるか分かんねーっつって、それを考えるために親父が何考えてるか考える、ってコトだよな……自分の事とは言え、ちと回りクドすぎやしねーか……?」

 

 ……まあ、それも中々言い出し難い理由の内の一つである事には間違いない。要はこの迂遠さを相棒に「らしくない」だなんて笑われるのが、こっぱずかしくて嫌なのだ。

 

「…………」

 

 と、ここまでが城島に話していない事の『一つ目』だ。

 

 そして『二つ目』は——

 

 

 


 

 

 

「んっ……」

 

 なぜか頭がクラクラするのを感じながら、御坂美琴はぼんやりと目を覚ました。

 

「ここは……?」

 

 周囲を見渡し、「どうやら自分はどこか建物の中にいるようだ」と認識したはいいが、どうも記憶が曖昧だ。なぜこんな所にいるのかがよく分からない。

 

「おい、やっと目が覚めたか?」

 

「っ?」

 

 咄嗟に声がした方を向くと、一人の青年が視界に入った。あちらから声をかけてきたのにも関わらず依然としてこちらに背を向けているせいで顔は分からないが、かなり背が高いという事だけは分かった。

 こちらを見もせずに話しかけてきた事に多少思うところはあるが、文句を言ってやろうとぼんやりした焦点を目の前にいる青年に合わせたところで……その思考は驚愕に塗り潰された。

 

「ちょっ……アンタ、その腕!」

 

「ああ? 大したことじゃねーよ」

 

 御坂が見る限り、それは十分『大したこと』に見えた。なにしろ、何か布のようなもので固定されてはいるものの、その腕が明らかに異常な方向に折れ曲がっていたからだ。チラリと見えた布の隙間からは飛び出た骨が垣間見えるし、そもそも辺りが血塗れだ。

 

 ここに来て御坂はようやくこの人物が誰なのか、そして何故自分が気を失ってしまったのかを思い出した。

 鉄球を操る謎の能力者との戦いで、御坂は地面を掘ってきた鉄球に気付かずに不意を打たれてしまったのだ。最後に放たれた攻撃はとくに強力であり、防御が間に合うか否かというところで気を失ったのだった。

 

「まさかアンタ……私を庇って……?」

 

「言っとくがそりゃお互い様だ。テメーが磁場で鉄球の衝撃を和らげてなかったら、今頃二人仲良くコンクリートのシミになってただろうしな」

 

 そんでここまで逃げてきたってワケだ。と、いたって軽い様子で言ってのけた城島に対して、御坂は少々不気味なものを感じた。

 幾ら何でも冷静が過ぎる。あんな怪我、自分なら痛みにのたうち回らない自信は無いというのに、城島はそれこそ何でもないようにしている。怪我に対する自分の認識と目の前の光景が生み出す相違があまりにも大きい。

 そんな御坂の疑念を感じ取ったのか、城島はすぐに捕捉を入れた。

 

「気にするな。オレは能力でこれくらいの傷は治せる」

 

 それを聞いてよく見れば——骨が見える程の傷をまじまじと見るのは嫌だったが——なるほど、出血は収まっている。辺りが血塗れなのは傷が塞がる前のもので間違いなさそうだ。

 だが、肉体再生(オートリバース)系の能力では痛みまで消すことは出来なかった筈だ。これでは疑問の答えにはなっていない。

 

(なんなの、コイツ……まさか()()()()()()()()()……?)

 

 御坂は誤解しているが、城島は痛覚の遮断などやっていない。「やっていない」というだけで波紋を使えば出来なくもないのだが、この場合、単純に『痛みに慣れている』だけのことである。戦いにおいて危険信号である痛覚を遮断するなど、百害あって一利なし——少なくとも城島は「組織」でそう教えられてきた。

 

「悪いが時間が無い。今は質問に答えてくれ。そうだな……テメーは一体何でオレ達のたたか……喧嘩に割って入ったんだ?」

 

「……その前に、なんでさっきから窓の外を見てんのよ。話すなら話すでこっち向きなさい」

 

「見りゃ分かんだろ、奴が来ねーか見張ってんだよ。探知は腕のギプス代わりに使ってるマフラーが取れなきゃ使えねぇ。……質問に質問で返してんじゃあねー。さっさと答えろよ」

 

 僅かに苛々した様子で反応した城島に、慌てて御坂は抗弁した。

 

「理由なんてないわよ! ……でもあのままじゃアンタ、やられてたでしょ? だからとりあえず、喧嘩両成敗って感じで両方ともブチのめそうとしただけ。別に、いつもやってることよ」

 

「……呆れた。テメー、オレまでぶっ飛ばそうとしてたのかよ。しかも『いつもやってる』って……」

 

「何よ、何か文句あるっての?」

 

 機嫌悪そうにこちらを睨む御坂の視線は無視して、ともかく城島は話を進める事にした。……したのだが、

 

 

「しかし理由がない、と来たか。……じゃあ逆に聞くがよ、——()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 一瞬、御坂は城島が何を言っているのかよく分からなかった。

 

「……はあ?」

 

 しかしそれを理解した瞬間、御坂の中で城島らに対する言いようのない怒りが湧き上がった。

 まず側から見ても両者の戦力差は明らかで、このままでは城島が取り返しのつかない大怪我を負ってしまう事が目に見えている。その上で「干渉するな」と言う事は、即ち城島を見殺しにしろと言っているようなものだからだ。

 

「アンタ、私をバカにしてんの!? 確かにさっきは不意を打たれたけど……」

 

 激昂しながら城島に食って掛かる御坂。それに城島は彼女の方へスッと向き直り、その言葉を遮るようにして口を開いた。

 

 

「『それが駄目なんだ』とハッキリ言わなきゃ分からねーのか?」

 

 

「ぞくり」と。今までに聞いた中で最も剣呑な城島の声を聞いて、御坂は背筋がにわかに粟立つのを感じた。

 

「……ッ!?」

 

 これはこの街の事情にあまり明るくない城島の知るところでは無かったが、学園都市の超能力者(レベル5)はその希少性や研究価値から例外無く『裏』からのアプローチを受けており、ほぼ全員が大なり小なり仄暗い関わりを断ち切れずにいる。——そのため、御坂は今の彼が発する空気に覚えがあった。

 

「仮にだ。もしテメーが一切のリスクを犯さず奴に勝てるほど圧倒的な強さを持った——それこそ『天災』みてぇな存在だったら、オレは心置きなくテメーを頼った……いや、利用しただろうよ」

 

 学園都市の『暗部』が放つ、近寄りがたい雰囲気に酷似しているのだ。

 

()()()()()()()()()()()。解るか? テメーは『天災』じゃねえんだ。……確かにテメーは奴より、オレより強えだろうさ。だが『単なる民間人』を矢面に立たせて勝てると思うほどオレは戦いを甘く見てねーんだよ」

 

「……分かった、分かったわよ」

 

 あらゆる干渉を許さないという強い意志をたたえた目でこちらを見つめる城島を前にして、御坂はとうとう根負けした。

 

 学園都市の闇を知らない、純粋にして本来の御坂美琴であれば違う選択を選んだだろう。ただ()()を自身で体験した身として、「一般人に自分の問題へ深入りして欲しくない」という気持ちを痛いほど理解してしまったのだ。

 

 ——ここで()()()みたいに引き下がれないから、いつまで経っても勝てないんだろうなぁ。

 

 或いはその力によって日常(おもて)非日常(うら)を共に渡り歩いてきた彼女だからこそ、ここで舞台を降りる選択が出来たのかも知れない。

 

 

 


 

 

 

「もしもし。ああ、オレだ。……ってうるせえな。待たせて済まねえとは思ってるさ。騒ぐ元気があるなら足を動かしてくれ」

 

 シャボン玉をばら撒いて所在地を知らせる事によってルビアを誘き寄せつつ、城島は上条へ電話をかけていた。

 流石の上条もとんでもない時間を逃げ回り続けさせられ、相当ご立腹の様子だ。友人が自分のせいで死んでは寝覚めも悪いし、申し訳ないとも思っているのだが、それにしてもここまでがなり立てられるとは思わず、正直驚いた。

 ……とは言え、城島が驚いたのはその持久力に対してだったりする。波紋使いが言えた話ではないが、体力お化けかと思ってしまった。閑話休題。

 

「そうだ、『槍』の魔術師はあの場所まで……それで万事上手く行く。……分かった分かった、もう切るぞ!」

 

 走りながらも最後まで怨嗟の声を絶やさなかった上条に軽く呆れながら、半ば一方的に通話を切って思考も切り替えた。

 

「くそったれ……置き去りにする訳にもいかなかったが、にしても時間食っちまったなぁ……」

 

 思い返すのは超能力者(レベル5)の少女。あの後「それでもタダじゃ帰れない」みたいな目でこちらを見てきた彼女だったが、

 

『……テメー、最初に海原光貴がどうとかとか言ってたよな?』

 

『?』

 

 どうやら彼女も偽物と一悶着あった様子だったので、そいつに上条が襲われてるだの、助けに行ってやってくれだのと適当に吹き込んでやったのだ。するとどうだろう。

 

『…………それを先に言いなさいっての!!!』

 

 思った通り面白いようにスッ飛んで行ったもので、城島としては都合の良い事この上なかった。教えた場所? 当然デタラメだ。

 

「それを加味したとしても、問題はとにかく『時間』だな……」

 

 早くも完治した腕から解放されたマフラーで生命反応を感知する限り、ルビアは順調に誘導されている。

 城島もそろそろ打つ手が無くなってきたために先述の『シャボン玉を辿らせる』などという粗雑極まりない手段を取らざるを得なかったが、それは向こうも同じことなのだろう。()()()()()()()()()()()()()()()真っ直ぐ追わざるを得ないのである。

 

 そういう事情もあり、現在考慮に入れるべきは兎にも角にも『上条の体力が目的地に辿り着くまで持ってくれる否か』……その一点に尽きるのだ。

 

「頼んだぞ上条。そして——」

 

 決死の思いで『最後の戦場』へ歩を進めながら呟いた言葉。しかし城島はそれを途中で噤んだ。

 

 ——そして済まない。オレが今からやろうとしている事を……()()()()()()()()()()()




ついったー始めました。ユーザー情報欄にリンク貼ったので、投稿情報とか見たい方は活用してくだせぇ。

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超越

遅れて申し訳ない…………
感想くれ


 ——カチャ、ガチャリ

 

「……ン」

 

 鉄球を削る作業を進めながら思索に(ふけ)っていたルビアだが、家の玄関から響く音に動きを止めた。

 扉が空いたようだが、さて、こんな夜分遅くに尋ねて来るなど……ましてや家の鍵を持っている者など、誰がいただろうか? 

 

 そう疑問を抱いたのも束の間、明かりがついているこの部屋までスタスタ足音が近づいてきたのだが、戸を開きつつ口を開いた女性の声にルビアは目を丸くした。

 

「ああ、空き部屋で作業をしていたのか。ただいま」

 

「おけーり……何だ、家にいるかと思ってたぜ」

 

 白衣を見に纏った赤毛が目立つ妙齢の女性は、何を隠そうルビアの母である。

 鋭くギロリと輝く瞳は、見る者によっては威圧感を感じさせるかもしれない。しかし同時に、目の前の女性がどれほど愛情深く、そして愛故に苦しんだかをルビアは知っていた。

 

 夫を亡くしてここ一週間、塞ぎ込むようにして自室に篭っていた彼女。それ故にルビアは帰宅した時点で人がいるような気配を感じなかったことに疑問を持たなかったのだが、本当に外出していたとは思わなかった。

 

「もう出歩いて大丈夫なのか? ここ一週間は屍生人(ゾンビ)みてーな顔色だったからよ」

 

 軽い驚きと共に問いかけると、やや申し訳なさそうな声色の返答が返ってきた。

 

「それについては迷惑をかけたよ、本当に……今朝からやけに調子が良くてね。職場に戻ったんだが、チームの皆も良くしてくれた」

 

 “チーム”というのはつまり、「組織」における彼女が所属する医療班の一つだ。

 極めて強い感染力を持つ吸血鬼との戦いでの負傷を治療するには尋常な技術では間に合わない。波紋呼吸法のような極一部の対処手段を持つ者ならともかく、普通の人間はその歯牙にかけられた時点で死より(むご)い最期を待つのみだ。

 それらの脅威に抗うためには独自の医療体系を編み出す必要があった。そうして結成されたのがこの機関というわけだ。

 

 余談だが、ルビアの父は理論的に物を教えるということが殆ど出来なかった。つまり、回転技術とセットで把握するべき”人体構造“とそれに付随する“医療技術”は全て彼女から教わったという事になる。言ってしまえば、鉄球による戦闘術は父から、卓越した医術は母からそれぞれ受け継いだものだといえる。

 

 それはさておき。おもむろにクローゼットを開いた彼女は、奥に立て掛けてあったパイプ椅子を引っ張り出し、それをルビアの隣に立てて腰掛けた。

 

「しかし君は変わらないな……良くも悪くも。止めろと言っても聞かないのは分かっているが、その癖はどうにかならないのか? 控え目に言っても気持ち悪いぞ」

 

「悪ぃな、小指立てずに鉄球磨くなんて真似は俺にゃ出来んわ」

 

 “集中力が違うんだ”などとうそぶきながら淀みなく手を動かしていくルビアを見て、その母は懐かしむように目を細める。

 長い間独りになっていた事もあって心細くもあったのだろう。最愛の家族がいつもと変わらずそこにいる……その事実がこの凍りついた感傷を温め(ほぐ)してくれるようで心地良かった。

 

 それを察してか、気丈に振る舞う彼女を横目にルビアは”もう少し話に付き合ってやるか”と、それとなく佇まいを直すのだった。

 

 

 


 

 

 

「あー、頭痛え」

 

 憤懣遣る方無いといった気分でその場にドカッと座り込むルビア。その様子には”疲労”がありありと見て取れた。

 

「……ねみぃ」

 

 思えば一体何日間眠っていないだろう。

 

 薬のおかげで眠気が中々来ないのをいいことに無理をし過ぎてしまったのかもしれない。思ったよりもずっと早く、自分の体が内側からボロボロになっていくのをぼんやりとだが感じることができる。

 

 どうでもいいことだ。

 

「しっかし……まさか超能力者が乱入してくるたァな〜〜。一体誰が予想できるッつーんだよ?」

 

 そして誰に向けてでもなく、ルビアは宙空に向けて独りごちていた。

 

「とんだイレギュラーもあったもんだぜ。つまり、えー……二百三十万分の……偶然通りかかった能力者ん中から二百三十万分の七を引き当てちまったのか? ……つくづく運の良い野郎だ」

 

 顔の前に浮かんだ数字をなぞるように人差し指を動かしながら己の不運を嘆く表情。それは正しく”渋面”と表現される他ないだろう。

 何せ仕事を終えられるかどうかという絶好のタイミングで邪魔が入ったのだ。こんな不確定要素がそこかしこに存在するなど、この街の暗部も商売上がったりではないのだろうか? 

 

 仕事を終えればすぐにでもこの街を出ていくつもりのルビアにとってはこれもまた、どうでもいいことだ。

 

「……あーあ」

 

 思うに、この世界には、自分にとってどうでもいいことが多すぎる。

 シャープペンシル、金網の編み方。レゾンデートルに、新興宗教。等しく無価値。じつを言えば、吸血鬼がどうの、世界の均衡がどうのと騒ぎ立てている”組織”の意向もどうでもいい。いや、これは最近どうでもよく思うようになったと言った方が良いかもしれない。

 

 無論、好ましいことがらだって沢山ある。酒、煙草、うまいメシ。家に帰って漫画は読みたい、趣味のバスケは楽しいものだ。

 

 そして、友。

 

 結局のところ、ルビアの人生は単純な取捨選択で、このクソったれな世界のうち、数少ない大事なものをできるかぎり取りこぼしたくないという、そんなような思いで出来ているのだろうか? だからこうして座り込んで、立つのも億劫に感じているのか? つまり、己にとって立ち上がる事がそのままズバリ、こういった在り方と矛盾しているから。

 

 わからない。

 

「——己にとって立ち上がる事がそのままズバリ、こういった在り方と矛盾しているから。………………へへへっ」

 

 何とは無しに口に出す。返事は、ない。

 

「城島ァ。俺もお前も、何だかのっぴきならない事になっちまったなぁ。恨むぜ。あぁ、どれもこれも、ぜーんぶお前のせいなんだから……そう考えりゃ、ひでー奴だよ。笑えてくる。ぶっ殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺して——って」

 

 はっ、とする。俺は何を言ってるんだ? 

 ではなく、何故言ってるんだ? と。

 

 目の前に横たわるモノを見て思う。

 赤茶けた肉塊、無数の傷口、折れた躰。

 

「もう、聞こえちゃいねぇか」

 

 どう見ても、とっくに殺した後だった。

 

 

 


 

 

 

 最早”分解”された廃ビルの数は止まる事を知らないが、お陰で隠れる場所には事欠かない。

 

(ハッ、ハッ……はぁぁぁぁあああ!! いっ、い、(いて)ぇ! 疲れたとか苦しいとか何故何処何(なぜどこなに)がとかそういう次元じゃなくてもう(いって)ぇ! 何が悲しくて新学期を明日に控える健全男子高校生上条当麻がこんな命をかけたデス⭐︎フルマラソンに強制参加させられなきゃならねぇんだよぉぉぉぉぉぉ!!!!)

 

 心中で己の不幸を嘆く絶叫を放っている上条は、そんな瓦礫の陰にボロ雑巾よろしく這い(つくば)っていた。

 ……持ち前の機転で何とか魔術師を撒く事に成功した形にはなったが、依然として危機は去っていない。まずは現状を打開しなければ。

 

「はぁ、かみっ、はぁ、はぁ……上条当麻! 一体何十分逃げ回れば気が済むん……おぇっ……くっそ……」

 

 爽やかな風体を見る影も無くして辟易とした表情で嗚咽を漏らしている海原を見ていると錯覚してしまいそうだが、彼我の距離は僅か数メートル。見つかれば終わりだ。

 

(おっ……落ち付け落ち付け。言われた”場所”はすぐそこじゃねーか。見つかる訳には……)

 

 ズリ……ズリ……と。上条は今、城島からの指示だけを愚直に信じて地を這っている。標的を見失っている魔術師、その背後をとっているという千載一遇の好機を“奇襲に使おう”“逃げ出そう”などとは考えもせずに。

 それが、それだけが、自分に助けを()()()()()()友人へ唯一報いる方法だと確信しているから。

 

 だが。この時上条は、良くも悪くも”前だけを向いている”状態であった。

 

(あの場所に……行きさえ、すれば!)

 

 つまりは、目的地だけを見据えて周囲の警戒を怠ったのだ。

 

 —— ガラガラガラっ!! 

 

「うっ、わ!?」

 

 何という偶然、いや、この場合は()()()()と言うべきか。極限まで気を張り詰めている意識に割り込みをかけるように、まるで狙い澄ましたかのようなタイミングで瓦礫が崩れる。そして上条は完全に虚を突かれた形となり——その微かなうめき声を抑える事に失敗してしまった。

 

「ッ、そこか!」

 

 ゾン!! と。

 瞬間、放射された分解光線が鼻先を掠める。根源的な恐怖を煽るそれに対し、上条は慌てて直近の物陰へと身を隠した。

 倒壊した廃ビルの壁だった部分。上条と魔術師の射線を遮る唯一の障害物となるそれは、縦に1メートル、横に2メートルほどの大きさでしかない。たったそれだけの場所にまで——完全に追い詰められた。

 

「ハァ、ハァッ……やっと、ようやく! ようやく全てを終わらせる事ができる。——ここが終点だ。『海原光貴』の正体を知られたからには、ここで始末させてもらうッ!」

 

「…………」

 

「さあ来い! ……その右手、幻想殺し(イマジンブレイカー)で光に触れることが出来れば、一瞬だけあなたは死を免れるでしょう。自分が右手以外を『槍』で貫くか、あなたが『右手』で数回光を弾き飛ばして此方へと辿り着くか……どちらが早いか試してみるのも悪くない」

 

 激しく息を切らしながらも上条を煽る「海原光貴」は、その実後者の結果が有り得るとは欠片も思っていないだろう。目に見えない光線を右手一本で無効化しながらこの距離を詰めるなど、いくら人並み以上の運動神経を持つ上条といえど不可能だ。

 

「…………」

 

 そう、不可能。しかしながら、それは言い換えれば()()()()()()()()とも取れる。

 

「…………くそっ」

 

 そして忘れてはいないだろうか。

 この男、上条当麻ほど逆境に強い男はいないという事を。

 

「何だ、何なんだよ。テメェは一体何がしたいんだ? ……さっき言ったよな。ここが終点だ、って。そっちの目的が俺を殺す事なら、何で『海原光貴』に化けた? 『海原』は俺を襲う上で何の役にも立たないだろうが」

 

 字面だけで受け取れば”敗者の泣き言”とも取れる。だが、言葉の節々に宿るそれは紛れもない()()だ。

 己に対する理不尽などどうでもいい。ただ、自分に近づく為に何の罪もない海原光貴を傷つけ、魔術の世界とは関係ない御坂美琴を欺いたというその事実。逃走するにあたって腹の奥底に押し留めていたその()()が、ここに来て沸騰するようにグツグツと震え始めていた。

 その声色に感じるものがあったのか、片眉を釣り上げつつも”海原”は吐き捨てる。

 

「何がしたいか、ですって? この場において最初に出る質問がまさかそんなものだとは」

 

 心の底から嘲るように、言った。

 

「あなたは、本当に理解していないんですね。自分がどれだけ危険な事をしてしまったのかを。——良いでしょう。どうせ死ぬなら、その(おぞ)ましい罪を知ってからでも遅くない」

 

 

 

 魔術師の語りは、まるで糾弾のようだった。

 

 魔術世界と科学世界は本来相容れないはずのもの。なのに、上条の人脈はその両方に通じてしまっている、と。

 禁書目録(インデックス)、イギリス清教の精鋭、常盤台の超能力者(レベル5)——そして、吸血鬼に対する切り札たち。多種多様な人材を取り込んで膨れ上がるそれは、もはや『上条勢力』という一つの団体ができつつあると言っても良い。

 

 さらに言えば、この『力』は金や圧力などで操作•制御•交渉できるようなものではない。全て上条一人の感情による独断独裁独善。これほど不安定で巨大な力がまったく危険視されないなんて事は、それこそ有り得ないというものだ。

 

「ちょっと、待て。じゃあお前は……」

 

「ええ。自分の目的は『上条当麻』個人ではなく『上条勢力』全員です」

 

 だから、始末されるのは上条だけに(とど)まらない。上条に関わってきた人々およそ全てを殺し尽くすまでこの魔術師は止まらない。

 無機質な瞳が、上条を貫く。

 

「そしてあなたの『顔』を奪えば、あなたを中心とする『勢力』のメンバーに近づき始末するなんて事は限りなく容易くなる。ああ、さっきは”終点”だなんて言いましたが……いけませんね、気が緩んでいたのかもしれません。残りの仕事を度外視していたようです。正しく言い換えるとするならば」

 

 ——自分にとっての”終わりの始まり”ですね。

 

「……………………」

 

 もはや言葉も出なかった。これが魔術師の全て。守るべき世界のために、罪無き人々すらをも殺すと決めた男の壮絶な”正義”。

 

 ああ、なんて——

 

 

 

「——くだらねぇ」

 

 

 

 その一言に対して不快げに顔を歪める魔術師のことなど意にも介さず。たった今抱えていた怒りが急速に萎えていくのを感じつつ、上条はため息混じりに呟いた。

 

「ここから先、アイツらを手にかける以外の未来はないってか。……()()()()()。もしも俺がお前だとして、人を騙して傷つけて。そうして得た明日の平和を、俺は絶対に誇れねぇ」

 

 それは、魔術師の語る正義に対する徹底的な否定だった。

 普段の上条からは考えられない、「自分ならこうだ」「だからお前は間違っている」。相手の立場を全く慮らない、あまりにも傲慢なその主張。

 

「……事態は、既にそんな理想論を振りかざせるような所にはないんです。それ以外の選択肢なんて自分には無い!」

 

「ああそうだろうな」

 

 結局のところ、激昂する”海原”の言葉が全てを表しているのだ。

 誰もが理想を追い続ける強さを持っていれば苦労はしない。それができてしまう一握りの人間でなければ、自分の世界を自分で動かす事などありえない。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……ッ!!」

 

 だが、瓦礫の奥の少年はそれを一顧だにしない。何の躊躇もなく魔術師の正義をズタズタに——

 

「自分はあなたとは違うッ!! 他にどうしろっていうんですか、他に何ができるっていうんですか!? 映画のヒーローよろしく組織単位の人数相手に戦って死ねとでもいうんですか。……無理ですよ。自分は、あなたじゃないんですから。あなたのような、ヒーローには……

 

 

 

 

 ——え? 

 

 

 

 

 

 魔術師の、正義を……? 

 いいや、違う。

 

 上条が否定している”正義”とは、元を辿れば一体誰のものだ? 目の前にいる魔術師のものか? 

 

 そもそも”海原”の言い分は、本当の本当に彼自身の正義を投影したものだったか。

 

 そうだ、()()! 

 監視のために送り込まれた“海原”だって、本当は事に及びたくなどはなかった。この『勢力』がもっと穏便なもので、問題ナシと報告させてもらえればそれに越した事はなかった! 

 

「……まさか」

 

 まさか。まさか、まさか! 

 

「だからさ、ここでお前を止めてやるよ。お前の言う正義ってやつの間違いを、俺が片っ端から叩き直してやる。——ま、古文の宿題の借りもあるしな」

 

『”海原”の正義』ではなく、彼に行動を起こさせざるを得なくなるまでに追い込んだ『世界の正義』を否定しているのか。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……できっこない」

「できるさ」

 

 喘ぐように呟く一人の哀れな魔術師に対して、上条は一秒の迷いもなく即答した。

 

「お前の言い分は絶対に間違ってる。それを証明するために、俺はお前を完膚なきまでにぶっ飛ばしてやる」

 

 ああ、だめだ。

 かの魔術師は、心の中で()()なる事を密かに望んでしまっている。偽りの主義主張を掲げるこの自分を打ち負かし、封じ込めざるを得なかったほんとうの願いが救われる事を。

 

「…………なら…………なら、やってみる事です。負けた言い訳のしようもないぐらいに。この”正義”を打ち砕く事が——本当にできるのならば」

 

 そう言って、アステカの魔術師は『槍』を抜く。

 もはや一切の淀みを感じさせず構えられたそれは、自身と標的を隔てるたった一枚の壁に照準を合わせられる。

 

 

 今、彼は自身の抱える”正義”を打ち破る為に——身命を賭して戦う。

 

 

(周囲に遮蔽物が存在しないこの状況、直線上を外れる事の出来ない向こうは”逃げ”を選択する可能性はゼロ。すると彼は……やはりこちらに向かって来る。拳が届く範囲まで走って来るなら『槍』の発動回数も限られる。再照準の時間も合わせると——少なく見積もって三回。その三回で右手以外へ攻撃を当てる()()()()()()()()()()()()()()()

 

 勝利条件ではなく敗北条件が真っ先に脳裏をよぎる事に自嘲しながら思考を回す。戦闘の算段を詰めて行く。

 

(攻撃のチャンスが三回しかないのならば……最も重要な要素は『初動』。あの壁のどちらから向かって来る? 右側からか、左側からか。それとも——上から?)

 

 糸の様に張り詰められた緊張。互いが互いの喉を喰い破らんと、息を潜めて機を伺い、

 

 その時は訪れる。

 

 壁の向こう、そこに物の動きを確かに感じる事が出来た。衣擦れの音、飛び出す影。予備動作を排した急襲のつもりだったろうが、場馴れしているのは上条だけではない。方向は——右。

 

「そこッ……何!?」

 

 ただし、そこに現れたのは()()()()()()()()()()()()()()

 

(変わり身!? 味な真似をッ! しかし——)

 

 攻撃のチャンスを一発分失ったとはいえ、残りの隙はは二回分。それだけの時間があれば照準の再調整など容易い。

 とは言えそれは——

 

「は……?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 衣服を囮に、上半身に一切何も身に付けず。脇目も振らずに『左方向』へと走る、走る、走る。

 照準の範囲を”壁”とその周辺という、ごく狭い範囲でしか意識していなかった弊害。まったく計算とは掛け離れた行動に対し、一瞬ばかりの空白が意識に挟まれ——一発分、攻撃の機会を失う。

 

(な、何を? ……いや、不味い! ここで彼を行かせるのは()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それは半ば反射だった。本能的な何かが全身を駆け抜け、このまま上条を走らせてはいけないと警鐘を鳴らす。

 予想外の行動とはいえ「周辺に遮蔽物は無い。だから逃走は有り得ない」という判断は間違っていないのだ。射程の直線距離を離れる間に一体何発打ち込めるのか分かったものではない。『槍』の矛先を向け直し——

 

「行かせる訳にはいかない……捉えたッ! その背中をッッ!!」

 

「間っに、………………合ええええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええええええええええええええええええええッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!」

 

 光が、迫る。

 人間の知覚速度を遥かに超越した、文字通り光速の一撃。

 

 それに対し、上条は走った。

 走って、走って、——命を懸けて、()()までようやく辿り着く。

 

 そして、

 

 そして、

 

 どちらの効果も劇的だった。




Q.どういう話?
A.上条さんが糾弾したのは海原自身の思想ではなく、海原の行動として表れてる上の連中の思想。上条さんは海原の凶行を止めることで海原自身の願いを救った。
 実質、海原は敗ける為に戦ってた。より正確に言うなら、上の連中の代行者である自分の全力でもって上条さんに敗けることでその思想を打ち砕くために戦った。
 城島はミンチになった。

これだけの事を文章の中で説明するのはマジで骨が折れる……かまちーら本業の作家はやっぱバケモンなんやなって





感想くれ


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明暗マーブル-下リ坂

初の特殊タグ込み一万字超え。
それとまーた文体をちょこっと変更。「かぎかっこ」の配置が変わりました。

何を間違ったのかあれだけ言ったのに我慢できず並行して書き始めた短編やら、既存の話への修正作業やらに追われて投稿頻度はガタ落ちです。ごめんなさい。たすけて。


「——ッ、ふんぬぐぐぐ……」

 

 からりと良く晴れた昼下がり。

 鬱蒼と木々の生い茂ったとある広大な山林——その南側に広がる平地にて、ルビアの苦悶に満ちた呻き声が響き渡っていた。

 

「ぐぐ……っぶはぁ!!」

 

「よーし20セット終了。ったく、チンタラやってんじゃねーよ。こっちがヒマするだろうが」

 

 ……”逆立ち片腕捻り指立て伏せ”とかいう、字面だけ見ても何がどうなってるのかよく分からないレベルの曲芸を言われた通りに成し遂げた男への台詞ではないが、とにかく城島にとってそれは満足いく出来ではなかったらしい。と言っても、本人はこれを毎日倍以上の速さで済ませているというから恐れ入る。

 

「へぇへへ……お前みたいな修行バカにっ、手心ってのを期待した俺がバカだったぁ」

 

「”負けた方が罰ゲーム”っつーのを持ち掛けてきたのはそっちだろ。……ま、こっちに有利な条件だったのは否定できねーがよ」

 

「ほんっとになぁJOJOォ〜〜……この傷見ろやぃ! こりゃやりすぎだろー!」

 

「そりゃあ……いやスマン。熱くなりすぎたな」

 

 そう言って、ルビアは包帯でグルグル巻きになった自らの脇腹を指し示す。見事に傷は塞がっており血の一滴すら染み出ていないものの、その裏には——先程まで見事に()()していた穴の跡があるはずだ。

 

 というのも、二人が興じていた”何でもアリの大自然障害物競走”と銘打たれた真剣勝負。これは文字通り北側に広がる山林を舞台に決められたコースを走り抜けるというものなのだが……城島は本当に手段を選ばなかったのである。

 特に波紋で動物などを操ってけしかけてきたのには参った——軽く3mを超えるようなサイズのヒグマが短距離スプリントをカマしてきたあたりでようやっと逃げ出せたのだが、その後が更にいけない。

 

 なんとこの男、走っている途中に片手間で()()()()()()のだ。……編むという表現は正確ではないだろうが、そうも言いたくなるほど鮮やかな手並。妙に竹を割る音や気を削る音がしていたとは思っていたルビアだったが、木製の矢がドテッ腹を突き破った瞬間ようやくそれを悟り、流石に頭が真っ白になったという次第である。

 

(それにしても、こいつ……)

 

 だが、一見して終始ルビアを手玉に取っていたように見える城島は、実際の所これがそこまで大差の勝利であるとは思っていなかった。

 

……ルビアの鉄球の威力が、以前にも増して強くなっていたからだ。

 

 以前明らかになった——“心境の変化”からか、最近になってルビアは比較的鍛錬を積極的に行うようになった。当然、始めの内はそれが原因かと考えていたのだが、今回の件でそれがどうやら見当違いだったのだと確信せざるを得なかった。

 

 それというのも、彼の実力の『伸び率』というのだろうか、それがどうも感覚的に噛み合わないというか……まるで本人の体力や技術に比例せず()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ような……? 

 

 ……まぁ、結局のところは言うまでもなく城島の勝ち。ルビアはゴールにすら辿り着けずに気を失っていたのだが。

 

「まったく、こればっかりはこのバカの言う通りだよ、條治くん」

 

「……あー、すいません」

 

 そんな彼の手当をしたのが、そこに同伴していたルビアの母である。

 相変わらずの白衣姿は少々場所に合っていない感じもするが、本人はそうも捉えていないようだ。若干の隈をたたえた気怠げな目が城島へと向く。

 

「ちょ、バカって」

 

「勝負に熱中するのは結構だがね、まさか相棒を仕留めた直後にゴールへ走り出すとは思わなかったよ。……やろうと思えばキミだってこのくらいの傷は波紋で治せるんだから、少しは人情ってものを優先してもいいんじゃあないの?」

 

「……はい」

 

「え、今バカって言った? サラッと流そーとしてるけど……」

 

 何か言ってるバカはとりあえず無視して、彼女は尚もグチグチと嫌味を発する。とはいえ……それは(ひとえ)に、傷つけられたのが自分の家族であるからに他ならない。

 

 これは余談だが——しばしば救命において『効率』を何より重視するとして、時には患者からすら恐れられているという彼女の精神性は人の悲鳴を痛痒にも感じぬ”メスの鬼”などと揶揄されるほど。

 その一側面からすれば、確かに今回の城島の動きは手放しで称賛したいとすら思えたぐらいのものではあった。あったが、流石にこれはやりすぎだ。

 

「ルビア、貴方もだよ」

 

「んぁ?」

 

 人に叱られて珍しくしおらしい様子を見せる城島。それを後ろで他人事のように眺めていたルビアだが、その矛先がいきなり自分に向いたことで間の抜けた声が思わず漏れる。

 

「この負けっぷりは一体何なの。普段から散々『アイツと戦うなら負ける要素はねーな!』なんて吹聴しておきながらこのザマ? そうやって訓練を怠るから……」

 

「ちょ、ちょっと待てやぃ!」

 

 確かに相性的な有利を持つ鉄球使いが波紋使いに敗れるなど滅多な事ではない。そこへ言及するのは何もおかしくはないのだが、どうやらルビアにもそれなりの言い分がある様子で。

 

「俺も途中から気付いたンだけどよォ、コイツの動きは絶対おかしかったんだって! なんつーか、走る先々に何があんのか知ってたみてーな……お前、ぜってーこの地形は初見じゃねーだろ!」

 

「…………」

 

「あッ、目ぇ逸らしやがったな! こいつマジで……それじゃあ勝負にならねーだろうよ!」

 

 常日頃からとは言わないが、殆ど迷いというものを感じさせないあの動きからはある程度の『慣れ』を感じた。これを指摘された城島は無言で返すのだが、どうやら誤魔化せはしなかったらしい。

 加えて、この勝利は鉄球技術との相性の悪さを重々理解していた故の徹底した遠距離妨害と環境利用によって得られたもの。お互いがぶつかり合う事もない、言わば『条件付き』の勝負であった。

 

 まぁ、それを勘案せずに、単なる力押ししか思い付かなかったルビアにも非はあるといった所なのだが……

 

「うるさいぞ、此の後に及んで負け惜しみか! 今回はどっちもどっちだ。二人とも、そこに座りなさい!」

 

「……すいません。ちょっと森、見てきます。このバカが荒らしちまった所をマークしとかないと」

 

「大体キミらは……あっ、待たないか! 話はまだ終わって」

 

 不満げに文句を垂れるルビアはさて置いて、正しく口うるさい母親がするような小言が続けて放たれようとしていた。が……城島はいきなり話を遮ると、止める間もなく森へ向かって駆け出してしまった。

 去り際に放った台詞は嘘ではないのだろう。実際、組織領有の修練場であるこの土地の管理は疎かにしてはならないものだ。荒れたままにしてはおけないというのもまぁ分かる。それでもチラリと垣間見えた、あの何とも居心地の悪そうな表情から察するに——

 

「逃げたな」

 

「逃げたね」

 

 ……付き合いの長い二人からすれば、その結論に至るのは当然の帰結であった。

 

 

 


 

 

 

「…………つっ、ううっ?」

 

 ぼんやりと霞む意識を浮上させつつ、上条当麻はゆっくりと目を覚ました。

 

「……はっ! い、生きてるのか、俺……?」

 

 そして”目を覚ました”という行為が間に挟まった以上、彼は少なくとも気を失っていたという事に他ならない。といっても、その原因が軽い衝撃に少々脳が揺さぶられた程度のものであるからか、幸い意識の空白は瞬きほどの一瞬でしかなかったのだが。

 目が回って煩雑とした視界と思考の中で、上条は状況の整理を試みた。

 

「えっと、確か城島の言ってた”場所”にやっと着いた所で……あいつの”槍”を背中に……」

 

 ぶるっ、と。そこまで意識が記憶へと追いつき、思わず背筋が冷えてしまう。

 城島の策に全てを賭けたあの瞬間の上条は完全にノーガード。遠距離からの不可視の攻撃は幻想殺しの右腕とすこぶる相性が悪く、逃げる一方だったあの状況では順当に殺されている可能性の方が遥かに高かった。

 

 とはいえ、それでも上条は生きている。

 もっとも彼はあの世の風景など見たことがないので、ここが死後の世界だ、なんて天使か神様にでも直々に言われてしまえば何も言い返せないのだが。

 

 それはさておき。まぁ、何が起こったのかは目で見て確認しなければ仕方がないだろう。徐々にピントの合い始めた視界から、周りの光景を確認しようとしたところ……

 

「あー……?」

 

 

 

 まず目に入ったのは、とんでもない大きさの白い塊。

 積乱雲を思わせる巨塔のようなそれはグネグネと少しづつ形を変えながら天を()いており、どこまで続いているかもわからない。

 

 次に……何というのだろうか、まるで霧のような波のような、これまた真っ白い物体が辺りを(くま)無く覆い尽くしている。

 これによってか視界がすこぶる悪く、数メートル先もよく見えないほどであった。

 

 そして極め付けは——()()()()()()! 

 何も見えないという訳ではない。しかし例えるならば、夜が明けて間もない早暁を思わせる薄らとした暗さ。

 それでも直上を見上げると、そこには依然として光を放つ太陽がある。が、日光はまるで()()()を通したように弱まっている。

『夜と昼が混ざり合った』としか形容できない状況。一瞬、上条は神奈川の海岸で相対した大天使『神の力(ガブリエル)』の術式によって昼夜を入れ替えられた空を想起するが、この状況はそれよりも理解し難いようにすら見える。

 

 あまりに現実離れした、真夜中の雲海に迷い込んだような景色。それに上条は一瞬「ここがあの世か……え、俺死んだの?」などと思ってしまったが、そうではない。

 冷静になればごく簡単に分かることだが、上条もこの『匂い』には覚えがある。

 

「これは……()()? 城島のシャボンか?」

 

 あまりにもスケールの大きい現象から無意識的にその可能性を除外していたが、まじまじと観察した限りではそれ以外になさそうだ。量が量だということもあるだろうが、どうやら人体に悪影響を齎さない程度の微弱な波紋が流れているようで霧散する気配をとんと見せない。その証拠に、この泡と思われる塊を右手で触れた瞬間形を崩して消えてしまった。

 

「どうなってんだよ……こんなの一体、どこから湧いて出てきたんだ?」

 

 何が何やらさっぱりだ。見通しの悪さはとにかく酷く、あの海原光貴に扮する魔術師も見当たらない。

 

(とりあえず()()()()まで戻ってみるか)

 

 主に右手を使って泡をかき分けつつ、特に”地面”に沿って辺りを調べると——

 

「ここだ。……やっぱりこれかぁ」

 

 滂沱の如く、という表現が最も当て嵌まるのだろう。

 

 そこに()()()()()()()()()()6()0()c()m()()()()()』から、現在進行形でだくだくと泡が漏れ続けていた。

 

 この穴、元々はごく普通のどこにでもあるマンホールだったのだが、本来あるはずの蓋は影も形もなかった。それは同時に、内側からの強烈な圧力に耐えかねたそれがどこへやらと吹き飛んでしまった事の証左に他ならない。

 

 今更ながら補足すると、上条の言う『あの場所』とは勿論これの事である。城島に指示された内容は『”槍”の魔術師をどうにか誘き寄せた上で()()()()()()()()()()』というもの。

 波紋の性質に明るくない上条には知り得ないことだが、城島がここに仕掛けたのは()()()()()()()()()()()()()()()波紋。マンホールの直上へと踏み込んだ上条の生命力が足元の波紋エネルギーを隆起させ、巻き起こしたのは爆発的な『泡の台風』。その衝撃が上条を巻き込み、ああして彼を気絶させたというわけである。

 

 また、波紋による異常活性で大幅に体積が増したとはいえ、城島が如何にしてこれほど大量なシャボン……もとい石鹸や洗剤をかき集められたのかというのにも当然理由があった。

 

 なにせ彼には優秀なパトロン(うしろだて)がいる。つまり、結標(むすじめ)淡希(あわき)一派の存在だ。単なる学生同士の集まりと侮るなかれ、かの集団も学園都市の暗部へと踏み込んでいる事実を鑑みれば、街の各所に武器を隠す事など造作もない。その”武器”が単なる油を染み込ませたヒモだったり、何の特別性もない洗剤だったりするならば尚更だといえる。

 

 ……もっとも、用意してもらったシャボンの材料はこれで全て使い切ってしまった。つい先日頼み込んで大量に用意してもらったものを彼女らの目的と全く関係のない所で消費したとなれば、暫くの協力は見込めそうにない、と考えるのが妥当だろう。

 事に及ぶに当たって精神感応(テレパス)の冴木を通して一応確認は取ったのだが、非常に呆れたような感じでそんなような事を言われてしまった。必要経費だったとはいえ、今後のバックアップを制限されるのは痛手ではあるが仕方あるまい。

 

「ひえー、こんなダバダバ流しちまって……あの野郎、水質汚染とか考えなかったのかよ……」

 

 そんな事情など知る由もない上条。持ち前の庶民的な感覚を遺憾なく発揮してしょうもない不安に駆られていたのだが、しかし未だ疑問は残っている。

 

(……だけど気を失う直前、俺は確か……)

 

 おぼろげな記憶しか残ってはいないが、あの瞬間に感じた悪寒はハッキリと焼きついている。『海原光貴』は”槍”の照準を確かに合わせ切っていたはずだ。泡の爆発によって吹き飛んだ上条の体が多少は狙いをズラしただろうとはいえ、視界が奪われて標的を見失うまでの僅かな間に追撃を完遂することは可能であったように思える。

 

 にも関わらず、上条はこうして生きている。ならばそれなりの『秘密』がこのシャボンに隠されているはずだが……

 

「……考えても仕方ないか。まずはあの魔術師を探さねーと」

 

 このままぼんやり時が過ぎるのを待っていては——この視界の悪さだ、死角から攻撃を受けるような事になっては目も当てられない。

 

 何処(いずこ)かへと潜む敵の存在を再び意識に入れ直しつつ、上条は忘れかけていた緊張感を取り戻した。

 

 

 


 

 

 

 他方、城島を降したルビアは余りの出来事にあんぐりと口を開けていた。が、そうするのも無理はないだろう。

 

「おいおいおい……なんだよありゃあッ!?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()()()()()()()。その目では全体像を捉えきれないほどの泡塊、そんなスケールの大技になど、共に”組織”へ在籍していた頃には終ぞ目にした事は無かったからだ。

 

「って、こっちに来るんじゃ……うおおお!?」

 

 ドッバッッ! と。波濤の如く押し寄せるそれに対してハッと意識を引き戻し、ルビアは転がるように身を躱した。

 泡で構成されているだけあり、どうやらそれ自体にはさしたる破壊力も無いようだったが——瞬間、目に見える変化に瞠目する。

 

(ッ……辺りが、()()! 開演直前の映画館やプラネタリウムが照明を落とすみてーにゆっくりとッ!)

 

 一気に光量を絞られた視界。周囲に泡がぶちまけられると同時に起こった異常、さしものルビアにも焦燥の様相が表れる。

 

「ぐ……げほっ、ッ」

 

「……!」

 

 その時だった。血反吐を吐きながらも咳入る城島の呻き声を耳にしたルビアは、弾けるように向き直る。と同時に——ズバッ! と、流れるような動きで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。先程までとは打って変わった冷酷な雰囲気を纏い、弱々しくも立ち上がった城島へと詰問する。

 

「——まだ意識があったかよ。全く、波紋使いのしぶとさってのはいっそ気味が悪いな」

 

「ああ……できれば、もう暫く休ませてくれりゃあ、ありがてぇんだけどな……」

 

「軽口を叩く暇があったとは驚きだ。……あれは一体何だ? この期に及んでまだ俺を殺す策があるとでも?」

 

 これが()()ルビアが内心『焦っ』た時に現れる癖だと知っている城島は、矢継ぎ早に疑問を飛ばすかつての相棒を前にして、()()()()()()からくる高揚と安堵にニヤリと口を歪めずにはいられなかった。

 

「上条の奴……間に合わせてくれたか」

 

「上条、上条だと? あの幻想殺しに何をさせやがった?」

 

「これから死ぬテメーに聞かせてやるつもりはねーな」

 

 突如引き起こされた意図の読めない現象に加えて、この挑発的な台詞ときた。”決して平静は崩さない“ながらも、比較的沸点の低いルビアの精神へと徐々に苛つきが溜まって行く。

 

「……図に乗るなよ。お前がどれほどデカいシャボンを操れたとして、それがこの俺に通用する訳が」

 

「『通用』だぁ?」

 

 ルビアの言をそのまま聞き返す城島。

 

「テメー、まさか本気で()()()()()()()()()()()()()なんて思ってる訳じゃないだろうな?」

 

「何を……」

 

「さぁ、精々避けろよ? でなきゃ——」

 

 ボバッッ!! 

 破裂音が響き、暗く染まった空間に『白光』が広がる。

 

 

 

 

「——死んだ事にも気付けねェぞ」

 

 

 

 

 それは、単なる()()だった。

 

 相手の手札、つまり波紋の性質を熟知するルビアは、この闇が『周囲の光を根こそぎ奪い去る』波紋の一性質によるものだという事については既に当たりを付けていた。

 

 だから彼はほんの数センチ身を捻ることができたし、——()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 ゾン!! と。

 ルビアの顔の横へ、見えない何かが通過する。

 

 

 

「この光、は」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 さらりと、城島の口から単語が飛び出す。

 

 

 

「金星と災厄を司る、アステカ神話における破壊神の力だ。当たると死ぬから気ィ付けろよ?」

 

 

 

 ドゴォォァッ!! という轟音と共に、直近に位置していたコンクリートの壁を鉄球の一撃でブチ壊したルビアは、自らが開けた風穴へと脇目も振らずに飛び込んだ。

 この場合における”直線上からの退避”は最適解のはず。ズサァッと砂塵を巻き上げながら滑り込み、次々と『壁を抜き』ながら猛然と走り去る。

 

(野郎、野郎!! 光を呑み込み蓄える波紋のシャボンに……”槍”で加工した魔術光を取り込ませやがったッ!)

 

 同じ魔術を扱えど、ルビアが早々に降した海原光貴とは訳が違うほどの”脅威”がそこにある。圧倒的なまでに反応速度で下回り、尽くの行動を先んじて潰すことのできるような凡人らを相手にしているのではない。

 単純な身体能力と反射神経はルビアですら比較にならず。あらゆる戦況を見極める頭脳を併せ持った『組織』きっての超天才。そんな相手が変幻自在一撃確殺の”武器”を手にしてしまった——互いの持つ技術の”相性”になど、最早胡座をかいてはいられない。

 

(ここは一旦でも身を隠すしかないか……ッ、あれは光を長く留めるようには出来ていない!)

 

 ここは耐久戦に持ち込むほかない。先程までとは打って変わり、逆に自分が追われる側になった事へと辟易しながら——

 

 

 

「あ」

 

 

 

 ぷかぷか、と。

 

 それは淡い虹色に煌めきながら宙を泳ぐ、手のひら大の円盤だった。

 

折闇段階(フォールドグルーム)、転じて——零明波紋疾走(スピルレイオーバードライブ)

 

 写るものから、映るものへ。

 精巧に配置された()()()()()()()()()()()()()()()が、恐るべき分解光線を滑らかに標的へと運び行き——

 

 

 

「……あばよ、相棒」

 

 

 

 都合一秒後。

 ドッと夥しい量の鮮血を噴出させ、ぐちゃりと内側から弾けたルビアの肉体が地に伏した。




海原?なぜか魔術がスカるもんだから、わけわからんまま普通に上条さんにボコられました(出番終了)
いやぁ、ルビアはシャボンレンズで屈折させたビームで56そうとずっと前から思ってたんですね。その点では彼も重要な役目を果たしましたね(棒読み)

そして冴木くぅん……私が話を進めないせいでクッソ久々に出てきた気がしますが、皆さん覚えてますか? 今後もちょくちょく出るのでどうか忘れないであげて……


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