…………そもそも。ここまで放浪してきたが、別に目的があったワケでもなく、むしろそれを探すための旅だったのかもしれない。いわゆる、自分探しというヤツだ。
小さい頃に父と各地を旅してきた経験があったゆえに、半ば癖になってしまったものだが(母は悪癖と言っていた)、体感二度目の人生ともなればアイデンティティとやらもブレるもので、とりあえず旅というのは性に合っていたのだろう。
新しい発見。そういった新鮮さを求めての旅でもある。そういう意味では意外とか想定外などということは歓迎すべきだと認識しているが…………
「ああ、ちょうどよいところに。勢いで飛び出したとはいえ、案内がなければ観光もできぬというもの。ガイドをして下さるかしら?」
なんてことはない平原で。
異質に映える銀の巨人に乗った女から。
「はいぃぃ?」
そんなことを言われるのは予想外もすぎるだろう。
─────────────────────
まるで上質な絹のような金糸。穢れを知らぬ無垢を例えるような白い肌。
……………まるで。月のような。そんな風に思えた。
「何をしていらっしゃるのですか。私は案内をしてほしいと言っているのですよ?」
「いや、いきなりそんなことを言われてもな」
目の前にいる(とはいっても距離はあるが)女が銀のモビルスーツ、もとい機械人形のコックピットから、急かすようなことを言っている。
(こりゃ、スモー………だよな? しかもこの女、なんかディアナ・ソレルに似てるしよ)
昔見たアニメ(前世のことだが)で見覚えがあるような顔とMSだった。そこで1つの推測が頭をよぎる。
(いや、考えすぎだ。当たってたら面倒事どころじゃ済まないだろう)
「あー、案内してほしいって話だが、他を当たってくれ。こう見えて忙しいんだ。忙しいんだよ、うん」
「なるほど、分かりました。とりあえずはマウンテンサイクルという場所に行ってみたいのですが」
「話聞いて!?」
つくづく。頭の痛いファーストコンタクトだった。
彼女は空から現れた。降ってきた、というよりは、降りてきた、といったかんじだったが。
空より現れた月の最高指導者似の女性、というか少女が機械人形に乗って、しかも飛び出したなどと発言している。
明らかに面倒ごとだ。しかも何故か、自分を指名している上に、見るからに押しが強い。自分のような主体性の無い人間からすれば、断れるハズもなく。
「……………分かった。不服だが、マウンテンサイクルまでは案内してやる。後は自分でどうにかするか新しい案内を雇ってくれ」
「マウンテンサイクルの次はノックスという所にあるパン屋に行きましょう。それから…………」
「頼むから少しは遠慮して!?」
前途多難。その言葉を思い出す。はたして自分はここまで運が無かっただろうか。疑問が浮かぶが、どうにも父も女性関係で苦労したと聞くし、遺伝だろう。とりあえず父を恨んでおく。
「ああ、そういえば、一つ忘れていました」
「…………何を?」
「名前です。名前」
言われて思い出す。たしかに忘れていた。お互いに名乗ってもいなかったか。仕方がない、どうせ短い付き合いになるだろうし、名乗ってもいいだろう。
「リオス。リオス・ハイムだ。アンタは?」
「ルーナ・ソレ………ルーナと申します」
それは、始まりの風
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遺跡の風
「貴様ぁ!あの方がどなたか知っていて連れているのか!?」
「知らないです、ハイ。知らないったら知りません」
ルーナとの出会いのあと。押しきられるままにマウンテンサイクルまで案内することになった。
スモーを隠しつつ、ではあるが。機械人形を所持しているのは珍しいといえば珍しいが、ムーンレィスの移住者や機械人形の普及によって珍しいで済む程度の認識だ。が、いかんせん機体が機体だ。隠さなければ騒動が起きるだろう。確実に。
そんなこんなで旅をしつつ、目的地であるマウンテンサイクルに着いた。そこで、顔見知りの人物と鉢合わせたというワケなのだが………
「いきなり目の前に現れて案内しろ、なんて言われて押し切られただけですって。他は全然、何も、聞いてませんし、知りません」
道中いろいろとボロを出してはいたが。
「だから勘弁して下さいよ、ポゥさん」
ポゥ・エイジ。ムーンレィスの考古学者で、主にマウンテンサイクルのような黒歴史の痕跡を辿っているらしい。かつての泣き虫と言われた面影はなく、むしろ貫禄を感じられるくらいだ。
「完全に分かっているだろうが!だいたい、ロランの息子だというなら、あの顔は判別つくはずだ!」
「ちょ、声が大きいですって。聞こえたらどうするんです」
そう言って、月の少女に目を向ける。当の本人はというと、
「ここが、マウンテンサイクル。……あそこのモビルスーツ、カプルと言うのでしょう? あの愛らしさは覚えがあります」
感慨に耽っていたようで、こちらの話は聞こえていなかったようだ。
「ええ、この遺跡で発掘された主なモビルスーツです。なんでも、水場が得意だと聞いていますが。……………おい、後で話すぞ」
何か小声で話していたが、聞こえていない。そういうことにしておく。
「カプルだけ、ではないのでしょう?」
「やはり、お聞きになりますか。まあ、分かっていらしたからこそ、こちらにおいでになったのでしょうが」
「分かりますか?」
「分かりますよ。ここに来る人たちは、みんなそうですから」
「では、本当なのですね。ここで発掘されたという、白きモビルスーツ、名を…」
「ターンA。もしくはホワイトドール、だな。ここでは後者の方が馴染みがある」
20年前のムーンレィスと地球人との戦争にて活躍した機械人形。かつて文明を滅ぼし、そしてまた、今度は人を守り眠りについた、白き巨人。
「やはり、そうですか」
「貴様、ルーナ様になんて口を……」
「でも、お詳しいのですね、リオス。旅をしている、とは聞きましたが、もしやあなたも黒歴史を?」
知っている。むしろ一番詳しいのではないだろうか。だが前世うんぬんを抜いたとしても、関わりのある人物達と縁が深い、という事情もある。
「いや、むしろ乗っていた人物を知っているというか」
「ローラ様とお知り合いなのですか!?」
「ブフォ!」
聞き覚えのある(むしろ聞きたくなかった)名に動揺してしまう。隣の考古学者は笑いを堪えている。屈辱だ。
「し、知っておいでで?」
「はい。聞いたところによると、とても綺麗でお強いお方なのだとか。ハリーが、見惚れるくらいだと言っていましたし、一度お会いになりたいと考えております」
「くっ、くくく………」
「~~~~~っ」
おのれ余計なことを、と脳裏に謎なファッションセンスを持つ男を思い浮かべる。
「い、今はどこにいるのか知らないんでな」
「そう、ですか……。残念ですが、それは今度の機会としましょう」
「だ、そうだが?」
「一度たりともあってたまるか!」
「?」
誰が好き好んで親の女装を見たがるものか。ポゥを睨みつつ、そう考えるが、益体もないことだ。これもすべて父が悪い、と彼を恨んでおく。
「そのホワイトドール、でしたか。かつてあった場所を見ておきたいのですが……」
「分かりました。……おい!そこの!案内してやれ!」
「はい!分かりました!……こちらです、案内します」
「ありがとうございます」
近くにいた……作業員と思われる人物にポゥが案内を命じた。自分で案内しないのかと疑問に思っていたが
「話すと言っただろう」
どうやら聞こえてなかったことにはできそうにないようだ。
「なんです?説教は嫌ですよ?」
「相変わらず生意気な…。そうではない」
「?」
「ルーナ様が地球にいる間の面倒、貴様がみろ」
「はぁ!? なんで」
「事情を知っている上で関係者との繋がりがあり自由に動けるのが貴様だからだ。業腹だが、気に入られているようだしな」
「そんなこと言ったって、どうするんです」
「貴様の腕は知っている。生身も、操縦もな。護衛としては充分だろう」
「アンタがやるっていう考えは無いんですか」
「私にも立場があるしな」
学者である以上、それは避けられないといったところか。部下も連れているようだし、扱っている分野が分野だ。下手な動きは出来ないのだろう。
「………分かりました。ただし、迎えが来るまで、ですよ?」
「それでいい。あの方を、どうかよろしく頼む。………見つかるといいな、お前の探しているものも」
「! アンタは……」
「では頼んだぞ!ローラにもよろしく言っておけ!」
「ポゥ・エイジ!」
「ハハハ!」
最後に自分をからかってから、彼女はこの場から背をむけた。遠ざかるシルエットに怒鳴りつけるが、聞き流したのだろう。
「探してみせるさ、自分の道くらいは…」
それは、追憶の風
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街角の風
イングレッサ領のとある街ノックス。そこはかつて、ムーンレィスと地球人との戦いが繰り広げられた場所。今では復興が進み、そういった気配は感じられないほどの盛り上がりをみせている。
知らない場所ではない。特に、隣で歩いているお姫様が言うところのパン屋などは、よく知っている。何しろかなり立ち寄っているし、店主であるキース・レジェにはさんざん世話になっている。
「お知り合いだったのですね」
「父の古くからの友人だったとかでな。あとパンが美味いから、なんなら実家より居着いているかもしれん」
「やはり噂通りでしたか。母がよく、その店の味について口にしていたものですから」
隣でそう語る少女の話に、少し意外さを感じ、しかしそうではないと思い、考えを打ち消した。
郷愁なのだろう。誰も語りはしなかったが、彼女の母についての事情は知っている。おそらく、過去を懐かしんで、娘に語って聴かせたのだと想像できる。………親衛隊の隊長が未だに追いかけてこないあたりは、そういった裏があったからではないだろうか。
少し考えて、少女に目を向ける。長い金色の髪を一つに纏め、麦わら帽子をかぶっている。彼女の容姿は目立つと思い、自分が着用するように勧めたものだ。服装も、ワンピースのような服を着ている。これは彼女が持ち込んだもので、はたから見ればお忍びで顔を隠しているお嬢様にも見える。………間違ってはいないが。
隠す気はないのか、と疑われそうだが、正体を知られなければそれでいい。むしろ露骨に事情があると匂わせれば、詮索してくる輩もそうそう出ないだろう。これも世渡りの術だ。
「格好を変えるのはよいのですが、必要があるのでしょうか。私自身も、一介の旅人に過ぎないはずですが」
自身が目立つ人物だという自覚はないようだ。それにまだ隠し通せているつもりでもあるらしい。少し頭が痛くなるが、当たり障りのない回答を模索し、口にする。
「ルーナは美人だからな、目立つんだよ。極力面倒ごとは避けておきたいし、少しだけでいいから我慢してくれると助かる」
「…………………」
「ん? 何かあったか?」
「い、いえ…その………なんでもありません」
日に当たっていたからだろうか。傍らの少女の顔が、少し火照っているように見えた。
────────────────────────
「いらっしゃい!……と、誰かと思えばリオスじゃないか。元気にしてるみたいだな。ソシエさんから愚痴が来てたぞ」
「うっ、それは…出来れば、聞かなかったことにしといてほしいんだけど」
呆れている母の表情を思い出し、少し気落ちする。帰ったらいつもの説教が待っているだろう。そういった時に父は役にたたない。隣で苦笑いをしているだけだ。理不尽な未来を想像し、やはり父を恨んでおく。
目の前の人物はキース・レジェという、パン屋を営んでいるムーンレィスだ。店の評判はかなり良く、一時期はイングレッサ・ミリシャの兵站を担っていたほどだ。いつも混雑していて、売り上げは心配する必要を感じない。
「それにしても、お前さんが女の子をつれているなんてな。帰ったらもうひと騒動起きるんじゃないか?」
さらに騒動が起きるだろう。それは想像に難くない。………とりあえずこの人は巻き込んでおこう。そう思い、事情を打ち明けることにした。
「なるほど、それは大事だな。とすると、ここに来たのはパンだけが目的じゃないんだろ?」
さすがに話が早い。そう、ここを訪れた理由は、案内を頼まれたからという以外にも、もう一つある。人と会いに来たのだ。厳密には、その中継を頼みに来たんだが。
「店…」
「うん?」
「今日は空いてるんだな。珍しいこともあるもんだ」
そう言いつつ周りを見渡してみる。なにやら真剣にパンを選んでいるお姫様の他には、ポツポツと客がいる程度だ。
「まだ昼前だから、これから増えるよ。それに…」
「それに?」
「実は2号店ができてな!うちの倅なんだ」
言われて納得する。彼の息子とは友人で、3つほど年上の、いい兄貴分だ。父親のことをとても尊敬していて、修行もかなり熱心に取り組んでいた。彼が店を持ったというのは、自分のことのように嬉しく思う。
「それは知らなかったな。後で訪ねてくるよ」
「ああ、驚かせてやる、って意気込んでたからな。そうしてもらえるとアイツも喜ぶ」
どうやら目的地が増えたらしい。とはいえ、そう離れてもいないようだし、なにより喜ばしい道先だ。父も、キースが店を持った時、同じように感じたにちがいない。
「リオス。私は決めましたが、あなたは選ばなくてもよいのですか?」
「あ、悪い、今決めるよ」
「こちらもすまなかったなお嬢さん。時間取っちゃって」
「いえ、お知り合いなのでしょう? なら、積もる話もあるというもの」
「ありがとう、お嬢さん。代わりと言ってはなんだけど、まけとくよ」
「まあ、それは……よろしいのですか?」
「もちろん。………彼をよろしく頼む」
「それならば、承りました」
「重ねて、ありがとう」
こちらがパンを選んでいる間に、何か話していたらしい。内容は分からないが、当たり障りのないものだろう。
「リオス! 店主さまが、まけてくれるそうですよ?」
それはまことか。彼女の交渉術に内心舌を巻く。世間知らずかと思っていたが、なかなかどうして、世渡りが上手いらしい。
「それなら、もっと取っておくべきだったか」
「おいおい、少しは遠慮しろよ?」
「フフ……楽しそうですね、リオス」
それからしばらく、パンの感想を交えつつ、思い出話に浸った。どうやらルーナにとっては、どれも興味をひく話であったようで、自分の過去の出来事をさんざんに話された。こちらとしては堪ったものではないが、彼女の楽しそうな表情を見ると、少しの恥くらいは耐えようと思ってしまう。
「それじゃあそろそろ行くよ」
「そう、ですね。お世話になりました。お話、とても面白かったです」
「あんなのでよければ、いつでもお話ししますよ」
「楽しみにしておきますね」
「勘弁してくれ…」
別れの挨拶もほどほどに、店から出る。思っていたよりも、実りのある時間だった。そう考えるとルーナとの旅も悪くないように思える。
さて、次はどこを案内しようか
「また来いよ、いつでも」
それは、日常の風
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道行きの風
「おい!そこのずんぐり頭巾!おとなしく投降して、その機械人形をよこせ!」
自分は、あまり運が良い方ではない。けっして不幸でもないのだが、なにかと騒動に巻き込まれることが多かったと記憶している。
「聞こえてんのか!そこの布かぶった機械人形だよ!おい!」
……昔、父と旅をしていた時だ。ルジャーナ領に向かった折、領内で発生していた大捕物に巻き込まれたことがある。
なんでも、ルジャーナ・ミリシャから数名の離反者が現れ、退職金代わりに機械人形ボルジャーノンを奪い逃走を謀ったそうだ。
「ハ、ビビって声も出ないってか?どうなんだよ、えぇ!?」
離反者たちを確保するため、ルジャーナ・ミリシャが動き、やがて戦闘が始まったのだが、事情を知らずに作戦区域に入ってしまったのが運の尽き、戦場で右往左往する羽目になり、気がつけばなんか赤く塗られたカプルに乗って首謀者と思われる人物と一騎討ちを演じていた。
……何がどうなってそうなったかは、あまり覚えていないが、今思い出しても頭が痛くなる。やはり父があのタイミングでルジャーナ領に行こうとしたからだろう。恐らくだが、騒動を知ったが故に目的地を変えたのだと思う。息子を連れていたが、居ても立ってもいられずに向かうことにしたのだろう。
あの時のことを父は申し訳なく思っているようで(さんざん母に絞られたのもあるだろうが)、今でも話すたびに頭を下げられることがある。別にそのことに関しては恨んではいないし、守ろうとしてくれていたのは伝わっているので、むしろ感謝しているくらいだ。
「どうした、おい!……もしかして死んでるのか?」
だが、それがケチのつき始めだったのかもしれない。その事件以降、行く先々で、やれ賊だとか、民族対立だとか、古代の儀式だとか、牛だとか………。様々な事件事故に遭遇してきた。あげく、今案内をしているこのお姫様だ。
………やはり呪われているのでは? これも全部父のせいだな、そうにちがいない。そう思いつつ、とりあえず父を恨む。
「お…おい、まさか……幽霊…とかいわないよな? どうなんだ!返事をしてくれ!なぁ、おい!」
「なにやら涙声になっていらっしゃるようですが、返事をなさらないのですか?」
「あ、悪い。考え事してた。」
────────────────────────
機械人形を所持する賊、というのは最近では珍しくなくなっている。いや、珍しいには珍しいが、いないこともないという認識をされている。
機械人形の普及などの背景もあるが、主にミリシャやディアナ・カウンター等の軍組織からの持ち逃げ、窃盗や盗掘など、が原因であったりする。
「………で、何でしたっけ?」
「な、なんだよ……生きてるじゃねぇか…」
「へへ、ビビらせやがって……幽霊なんかいるわけないだろ!」
「そうだそうだ!幽霊なんかいるもんか!」
「まあ、お化けがいらっしゃったのですか?」
何か馬鹿なことを言ってる連中の言葉を流しつつ、状況を確認する。
なんてことない荒野だ。こんな見渡しのいい場所で賊に絡まれるとは、我ながら運がないと言える。
それに三方向を機械人形に囲まれている。銃を持っていて、それぞれが射線上に味方を入れないように位置取っている。多少は訓練されているようで、恐らくはミリシャ崩れだろう。
機械人形の内訳を見るに、前方と右後方の2機はボルジャーノンのようだ。残りの1機はボルジャーノンに似ているようだが、胴体をはじめとして細部が異なっているし、何より指が太い。
(これは……グフ、だったか…?)
そんな機械人形が発掘されたとは聞いていないが、考えるに、偶然発見し、増長して軍を抜けて好き勝手している、といったところか。
「その機械人形をよこせ。おとなしく譲ってくれれば悪いようにはしないさ、へへ…」
「すまないが借り物なんでな。遠慮させてもらう!」
「なら、力づくで譲ってもらうとするか!」
「ルーナ。揺れるぞ、しっかり掴まってろ!」
「分かりました!」
スモーが被っていた布を脱ぎさり、前方のボルジャーノンの視界を覆うように投げかける。それと同時に、一気に前方へと駆け出す。
「なんだ!?小癪なぁ!」
布をとり払うボルジャーノンだが、すでにスモーの接近を許してしまっている。慌てて武器を向けるが、
「遅い!」
「な、銀色ぉ!?」
武器を切り落とし、ついでに両の脚も切断する。
「バラせば、動けないだろ!」
無力化したボルジャーノンを掴みあげ、もう1体のボルジャーノンに向けて投げつける。
「機械人形を投げ……うあぁぁ!?」
2機目の無力化を横目で確認し、最後の1機に向かって駆けはじめる。
「やるな……だが!」
グフらしき機械人形が銃で牽制しつつ、もう片方の腕を構えた。
「このグゥフは、ボルジャーノンとは違うんだよ!」
どうやらグゥフというらしい機械人形が腕から鞭らしきものを伸ばしてきた。直線で向かってくるのを見るに、絡め取って電流を流し込み、無力化するつもりだろう。
(リーチは向こうが有利。距離も少しある。が!)
「ヒートファンは、サーベルにもなる!」
襲いくる鞭を姿勢を下げて掻い潜りつつ、ヒートファンの先端にIフィールドを集中させ、ビーム刃を形成、そのまま加速し、延長した刀身を用いて両足を切断する。
「な、にぃぃ!?」
バランスを崩した所を狙い、今度は両腕を切断、グゥフを完全に無力化する。
「ふぅ~………。なんとかなったか」
「すごい、ものですね。腕が良いとポゥさまが仰られておりましたが、本当でしたか」
「疑ってたのか?」
「いえ、ただ想像以上でしたので驚いております。やはり、あなたを雇って正解だったようですね」
「褒められると少し照れるな…」
ルーナの称賛を受け取りつつ、賊をミリシャに引き渡す準備をする。ここはまだイングレッサ領だったはず。そう考え、引き渡し先になるであろう組織に所属している知り合いに連絡をかけ、事態を説明する。
「どうでした?」
「受け取りに来るから暫く待っているように、だってさ」
「では、少し休憩しましょうか。はしたないですが、少しお腹がへってしまったので」
「そうだな、そうしよう」
「……幽霊なんているもんかよ。ああ、いてたまるか」
それは、争いの風
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道先の風
「賊の引き渡し、感謝する。……相も変わらずやっているようだね、リオス」
旅の道中にて賊に遭遇した自分たちは、今その引き渡しを行っている。
それに際して出向いてくれた知人、名をマシュー・ゲルン(階級はたしか大尉だったはずだ)という。精悍な顔つきをした男で、かなり優秀な人物だと記憶している。
……イングレッサ・ミリシャの現場指揮官といった立場になるのだろうが、まさか本人が出向いてくるとは思ってもいなかったもので、少し驚いている。
「久しぶりです、マシューさん。…あぁ、こちらはルーナといって、俺の雇い主です」
「ルーナと申します。マシュー・ゲルン殿、話はリオスから伺っております。どうぞよしなに」
「マシュー・ゲルン大尉です、レディ・ルーナ。こちらこそ、どうかよろしくお願いします」
この人は前イングレッサ・ミリシャの司令官であるミハエル・ゲルンの息子にあたる人物で、そのためか、次期司令官として周りから期待されているらしい。本人もそれに応えられるよう努力していると聞いた。
20年前の争乱の後、ルジャーナ領主導の下でウィルゲムの修理を行った時の縁があって、ルジャーナ領にて教育を受けたらしい。なんでも、リリ様も関わっていたそうで、相当厳しくされたらしい。だが、そのお陰あってのこの傑物と考えれば、納得もいくものだ。
「まさか直接出向いてくるなんて、思っていませんでしたよ」
「久しぶりに顔を見たいと思ったからね。それに、新しく発掘された機械人形の件もある。自分で確認したかったのさ」
後者が本音なのだろう。この人物は、誰の影響か現場主義的なところがある。好奇心も多少なりとあるようだが。
「たしか、グゥフ、と言っていましたが…」
「月のデーターベースとやらに、そう記述があったと聞いたから、そう名付けられたんだ。けど調査をする前に盗まれてしまってね。こちらの失態だ、申し訳ない」
「いえ。それは致し方のない事、あなた方に責任は無いでしょう」
「感謝します、レディ。彼らは、我々が責任をもって裁くことを誓いましょう」
破損している(させた)機械人形を運搬用の車輌や機械人形を使って運んでいく光景が見える。賊は別途で檻の中に詰められているが、まあ自業自得だろうと無視する。
「リオス、少しいいかい?」
「………ルーナのことですか?」
さすがに気付いているのだろう。誤魔化す気はさらさら無いが、そういう鈍感な人ではないのはよく知っているので、とりあえず事情を説明する。
「やはりそうか。………君の巻き込まれ癖も相変わらずのようだね?」
「言わないで下さい。自覚したくないので」
「ハハ、そういうことにしておくよ。……ところで、月の方には連絡したのかい?」
「はい。繋がりのある人に連絡はしておきましたし、ポゥさんの方でも行ってると思います」
「なら、よかった。……月との関係の悪化は避けたいからね」
「それはみんな同じですよ。向こうだってそうでしょう?」
「そうだといいけどね。そこはもう、リリ様に任せるとするよ」
暫く話していると、どうやら作業が終わったらしい。ミリシャの方は出発の準備をしている。こちらもそろそろ、旅を再開する頃合いだろう。
「それじゃあ、そろそろ行きます。ありがとうございました」
「こちらも、ありがとう。少しは働いてみせないと、イングレッサ領も治安維持ができないからね。道中、気をつけて」
「リオス、準備できました。……ではマシュー殿、ごきげんよう」
「はい。お気をつけて、レディ。……あぁそうだ、リオス」
「何か?」
「いや、少し気になってね。次はどこを案内するんだい?」
「そうですね………。なら、そろそろ…」
「繭を、見てこようかと」
それは、行き先の風
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追憶の風
20年前。かつて眼前に広がる荒野にて、月と地球の行く末を決めるほどの、とてつもない戦いがあった。
あわや大陸を覆わんとする蝶の翅が暗い夜を照らし、その中心では二つの機械人形が舞い、互いを打ち倒さんと刃を交えていた。
片や争いを止めんがため。片や争いを拡げんがため。
人々はその戦いを見守った。やがて2つの影は翅を収め、繭に包まれながら共に深い眠りの底についたという。
機械人形の名はターンA。そして、ターンX。かつて黒歴史と呼ばれる時代にて相争った二機は、蘇ってなお戦う運命にあり、その果てに繭に還った。
現在、荒野に佇む巨大な塊は、そういった経緯のもと、我々にその存在を語りかけてくるのだ。
「これが、俺の知る繭の話だ」
そう言って、隣で繭に目を奪われているルーナに視線を傾ける。
彼女は何も語らない。こちらの話が聞こえていないのか、はたまた言葉が無いのか。こちらには目も向けず、ただただ目前の存在にその瞳を傾けていた。
そうしてしばらくすると、ようやく彼女が口を開き、徐に告げた。
「ありがとうございます、リオス。ここまで連れてきてくれて」
「突然どうしたんだ? まあ礼は受け取っておくけどさ」
急に礼を言われ少し戸惑っていると、彼女はこちらに視線を向けて、真剣な顔で語りかけた。
「私は知りたかったのです。ただ聞くだけではない、ありのままの、今の世界を」
「ありのまま?」
「はい。……20年前に起きた争い。そのあらましは、私も存じています。だからこそ、知りたいと、この目で見て、感じたいと思ったのです。月から降りた人々のこと。地球に住む人々のこと。そして、黒歴史に触れた人々が辿った道行きのことも」
「それで、どうだった?」
「様々な人がいました。世界を気の赴くまま旅をする者。共に歴史を紐解き、それを標そうとする者。人並みの幸せを得た者、武器を手にとり人を害そうとする者や、彼らから人々を守らんとする者。…………旅をする前の私では知りえなかった世界が、そこにはありました」
そう語ったルーナの顔は、懐かしむような、噛み締めるような、そんな表情をしていた。自らの胸にあてたその手は、大事なモノを包みこむように、優しく、しかし固く握られていた。
「それなら、甲斐があったな」
自らが口にしたそれは、間違いなく本心だ。始めはとんでもない面倒事に巻き込まれたと思っていたが、彼女と共に見る景色は、例えこれまでに何度も見てきたものであっても、真新しく写ったように思えた。それは、そう、端的に言って悪くなかったのだ。
それに、報酬はあった。金銭ではなく、隣に立つ少女の未知に触れた時に揺らぐ、その碧の両眼を通してみる世界は、この世界に生まれてきてから目にしてきたものの中で最も美しく価値のあるものだった。………少なくとも、自分にとっては。
「ええ。とても良い旅でした」
そう言って彼女は笑う。その可憐さに見惚れてしまうが、すぐに意識を正す。こうも反応していては色々と保たないのだ、色々と。
しばらく悶々としていると、また彼女が口を開いた。
「それから、謝りたいことがあります」
「それって……?」
彼女から告げられた言葉に疑問を抱く。何かあっただろうか………。ここ数週間を回想してみるが、思い至ることができなかった。いくつかトラブルもあったが基本は外的要因かもしくは彼女の世間知らず故のことだったので、今さら謝ることではないだろう。
「私はリオス、あなたに隠し事をしていました」
「隠し事…………?」
「はい。…………実は私、ムーンレィス……月のさる名家の娘で、この旅も家出同然で行ったものなのです」
「…………………………は?」
「今まで隠していて、本当に申し訳ありませんでした。ただ、1人の人間として、この星を見てみたかったのです。ですから………」
………………この女、もしかして、
「バレてないと本気で思っていたのか…………?」
「………………………え?」
見るからに動揺している。つまるところ、本気の本気で隠し通せていると思っていたらしい。逆にこちらが驚いてしまったぐらいだ。
「そんな………!? 一体いつから気付いていらっしゃったのですか!?」
「初めて会った時からだけど………」
「そのような時からですか!?」
それはそうだ。どこかで見たことのある顔つきと、オマケに銀色のモビルスーツ。少なくとも一般人ではないことを真っ先に証明されてしまったのだ。その時の気持ちを察してもらいたいぐらいだ。
「そりゃ、あんな機体なんか持ち出してきたら分かるだろ。それに………」
「それに?」
「まず育ちの良さが隠しきれてない。世間知らずなのもそうだし、挙げたらキリがないぞ」
言ってしまえば、世間とのズレが目立っていたのだ。人を使う側の人間、その振る舞いが抜けていないとでもいうか。上流階級の人であると見抜けない者はまずいなかっただろう。
「………では、ずっと気付いていて、旅を共にして下さっていたのですか?」
「そう、だな。そうなる」
「………なんだか、黙っていて損をしたように感じてきました………」
「アハハハ!」
「笑い事じゃありません! まったく、もう…」
どうやら少し落ち込んでいるらしい。よほど自信があったのだろう。こちらは開き直っているとばかり思っていたが、そうではなかったようだ。それならば、こちらからも告げなければならないことがある。そう考え、彼女に告げる。
「なら俺も、謝らないと」
「あなたも、隠し事を?」
「隠し事を知っている、という隠し事をな。……黙っていて悪かった」
「いえ。これでおあいこ、です」
「ああ。なら1つ教えて欲しいことがある」
「なんでしょう?」
今自分が聞こうとしている問い。とうに答えは知っているが、それでも、どうしても、彼女の口から聞きたかった言葉がある。だから、
「君の名前を教えてくれ」
「ルーナ・ソレル。ルーナとお呼び下さい」
それは、出会いの風
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ターンの夜明け
目覚めのターン
極力穏やかな雰囲気を目指して書いていたんだけども、やっぱりガンダムってついてる以上は……ね? 分かるでしょ?
「それで……どうするんだ?」
「ええと?」
「帰りだよ。どこへ送ればいいのか、って」
彼女との旅。その終着点として月の繭まで来た。後はこのお姫様を無事に送り帰すことが、自分の最後の役目だろう。だが、肝心の帰りについては何も算段を立てていなかったことを思い出し、そう質問した。
「そうですね……。サンベルトの辺りにホエールズが寄港している筈です。送っていただけるなら、そこでしょう」
「ホエールズ? ……あぁ、アルマイヤー級の」
聞き覚えのある名前だ。20年前に父たちがギンガナム艦隊追撃の折りに乗っていた船であったと記憶している。
「いつの間に降りて来てたんだ……」
「私が貴方と出会う少し前に降下しましたから、数週間前ということになりますね」
それならば、情報が回って来なかったことにも頷ける。彼女がそれを知っているということは、恐らく地球までその船に乗っていたと考えていいだろう。
「つまり君は、それで地球まで来た、と」
「はい。家出同然とは言いましたが、ちゃんと地球上の視察という名目はありましたから」
それで飛び出して現地の案内役と二人旅というのもどうなのか、と思ったが口にはしなかった。何せ自分も共犯の様なもので、家出同然(母親にはそう思われているらしい)で旅をしているのも同じなのだ。自ら墓穴を掘る必要は無い。
ここで考えるべきなのは、彼女が乗って来たという船についてだ。彼らからすれば、月の女王の娘を乗せていた筈が機械人形ごと居なくなっていた、という事態になる。それはつまり……
「騒ぎになってるだろうな、船の中は」
「それは……大変申し訳なく思っています。ブルーノとヤコップには悪いことをしました。船の人たちや、スモーのパイロットにも謝らなければなりませんね…」
(あれって借り物だったのか…)
再び聞き覚えのある名前が彼女の口から発せられた。そして、その名前を聞いて少し安堵する。あの2人ならば話が通じるだろう。心配事が1つ解消されたと言っていい。もし親衛隊長殿などがいれば、いらぬ胃痛を抱えるはめになっていたのは、想像に難くない。
「じゃあ、サンベルトのディアナ・カウンターの駐留地まで行けばいいのか?」
「ええ。お付き合いいただき、感謝致します」
「旅の終わりは家だ。そこまでは付き合えないけど、途中までは同行させてもらうよ」
「十分です。あなたのおかげで、良いものを見させてもらいましたから…」
良いものを見た、というならば、こちらも同じだ。その感謝の分も含めて、彼女を無事に送り届けなければならない。ここ20年、大きな争いは無かったが、賊相手の小競り合いならばいくらでも起きている。だからこそ、途中までとはいえ付き合わなければならないのだ。別に他意は無い。
「なら、行くか」
「はい。行きましょう」
旅は終わる。20年前の繋がりを辿る道行きは、地に月の光で覆われた戦士達の前にて幕を閉じる。
…………最後に、目に焼き付けておこう。
繭を見つめる。この景色を忘れないように。戒めと感謝を込めて。
そうして。月の繭を見つめていると、視界の端に何かが写った。
かなり距離があるためによくは分からないが、巨大な人型だ。しかも、複数でこちらに近づいてきている。
「機械人形、か……?」
「リオス?」
「ルーナは先にスモーまで行ってくれ。誰か来たみたいだ」
「賊でしょうか?」
「分からない。けど、念のためだ」
「承知しました。リオスも、気をつけて」
そう言ってルーナは少し離れた場所に隠してあるスモーの元へ走った。
機械人形と言っても、飛行できる機体を複数所持している組織などは、ディアナ・カウンターぐらいだろう。キースさんからフランさん経由で逐一近況報告もしていたし、迎えが来た、と考えることもできるが、何か嫌な予感が抜けない。
影が近づく。やがて、その姿を判別できるほどまで距離が狭まると、ようやく理解する。嫌な予感は間違いではなかった。影の正体は、あれは………
「バンデットに…マヒロー!?」
過去にギム・ギンガナムが率いた部隊の機械人形たちが、こちらに向かってくる。ルーナの所在がバレたのか、そもそもギンガナム艦隊の残党がいたのか、疑問が頭の中を覆いつくす。
「焦ってる場合か……!」
急いで周囲を見渡す。そして、ちょうどよく人間が1人は隠れられそうな岩影を見つけ、そこへ体を滑りこませる。
何が目的なのか、見極めなくてはならない。緊張からか、額から汗が流れ落ちてくる。一度深呼吸をして、冷静さを少しばかり取り戻してから、機械人形たちに目を向ける。
「バンデットが1、マヒローが6。スモー1機じゃどうにもできんぞ………」
状況を分析する。もし仮に戦うことになった場合、こちらが圧倒的に不利だ。スモーの性能が良いからと言って、多勢に無勢であるし、バンデットまでいるとなれば、パイロットが余程ヘタクソでもない限りは勝てないだろう。下手をすれば、逃げきれるかどうかも怪しい。
『よし。お前ら配置に着きな!』
「女の声……?」
バンデットから声が聞こえる。無線ではなく広域拡声機能を使っているのだろう。その声は、女性の声のように受け取れた。
マヒロー達が繭を囲うように動きを止めた。そして、バンデットは繭の上方に位置し、やがて謎の光のようなものを繭へ放ち始めた。
『コイツもナノマシンを使ってるっていうならさ、これを溶かすぐらいは出来るだろ!』
鈴の音が聞こえてくる。目の前の光景も相まって、不快感が募る。頭を振って思考を直す。
女の声は、溶かすと言ったのか。もしその言葉が本当だとするなら、彼女らの目的は月の繭、その中身ということになる。
「繭を、孵そうって…!?」
冗談ではない。20年前も、そのまた遥か昔にも、この2つのターンによって世界は甚大な被害を被った。ようやく彼らも眠りにつけたというのに、また目覚めさせようというのか。
光が強さを増す。眼前の巨大な塊が、崩れさっていく。平穏な世界が、音を立てながら消えていく。
やがて、繭が溶け、蝶が孵る。
「なんて、ことを………」
『アハハハハハ!やれば出来るじゃないか!さあ、お目覚めだよ、ギム!』
そして、ターンが目覚めた。
ターンの風が吹く
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