東方妖狐録 (鈴ノ風)
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迷って忘れて森の中

この作品は東方projectの二次創作です。
原作ブレイク、キャラ崩壊、独自設定、オリキャラ幻想入り、駄文乱文、そもそもプロットが不完全、その他諸々が含まれております。
それでも構わん! という人以外は直ちに『戻る』ボタンを押して、他の小説を検索することをお勧めします。


 苦しい、痛い。

 身を引き裂くこの地獄が、どうしようもなく恐ろしい。

 助けて、と叫んでも意味はない。

 その声が、誰かに届くことなど無いのだから。

 ああ、それでも。

 願わずにはいられない。想わずにはいられない。

 渇望せずには、いられない。

 どうか。

 この世界が、一刻も早く終わりますように、と――――

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「……」

 夢を、見ていた。

 それはとてもとても昔の事で、そして同時に、はるか未来の事でもある。そんな、不思議な夢。

「過去と、未来か。どっちでもあるなんて、なんて矛盾だ」

 

 誰かが願い、想い、渇望した、何か。

 どうしようもない、混沌とした、始原の願望。

 おそらくは永遠に叶わない、それ。

 だから、それを願い想い渇望した誰かは、永遠に、それが叶う日を夢見ているのだろう。

 そんな日は決して来ないと、来てはならぬと、知っていながら――――――

 

「はっ。バカらしい」

 永遠に叶わないなら、そんな望みに意味などないだろうに。

 そう呟いて、とりあえず、体を起こした。

 まだ目が醒めきっていないのだろう。記憶があやふやで、ここがどこなのかも、よく分からない。

「……」

 本当に、ここはどこであったか。

 そこは森の中であった。周りには、樹齢数百年はあろう木々が生い茂っている。富士の樹海とかを思わせる原生林だ。だがまったく未開の土地ではないらしい。所々切り倒された跡がある。近くに村でもあるのだろう。

「それじゃ、とっととここから出ますか」

 人の干渉を受けているとはいえ、この森に動物が全くいない、ということはあるまい。兎などの小動物ならばともかく、猪や、熊などが出たらたまらない。こちらには猟銃どころか、ナイフ一つ無いのだ。

「まあ、私みたいなただの小娘じゃ、猟銃があっても獣の餌になるしかないんだろうけどさ」

 冗談めかしていったが、それは困る。

 私は生きたいんだ。死にたくは無い。自殺願望など、持ち合わせてはいない。

「それに、こんな所で死んだら、墓すら立たないだろうし。行方不明の扱いで、そして新聞にも載らないんだろうな」

 まあ、新聞にデカデカと自分の名前が掲載される、というのも困るのだが。

「さて。どうしたものかな、どうしたものかな。ちょっと困った現実にぶち当たっちゃったな」

 誰でもいい、一つ教えてくれ。

 

 私、一体誰だっけ?

 

「名前は覚えているんだよ、うん」

 名前は夜々(やよる)。苗字は無い。

 そこは確かに覚えている。何故かは知らないが、そこだけは。

 だがそれ以外が思い出せない。

 自分はどこで生まれ、どこで育ち、どんな学校に通い、どんな友達を作り、誰に育てられたのか。

 それら全て、一切合切が記憶に無い。

「森で起きたら記憶喪失でした…………最悪すぎだよそれ」

 帰る場所すら分からないと来た。なんかもう、交通事故に遭っちゃったレベルの不幸だな。

 知識だけは残っていたりするのだが……不自然なくらいにそれ以外を忘れているな。

 とりあえず、ザ・ワールドという単語に反応しても、思い出の場所には反応しない、って感じか。

 いや、私自身が何言ってんのか分からないところからするに、どうやら軽く混乱しているらしい。

「はぁ、仕方が無いか」

 とりあえず、森から出よう。人里の交番にでも駆け込めば、後は警察の情報網で何とかなるはずだから。

 そう結論付け、さあどうやって出ようかと考えを巡らせていると――――

 

「そこのお前、何者だ」

 

 と、声をかけられた。

 声色は高く、おそらくは女性のそれ。声と同時に、金属の板を首筋に当てられた。

 後ろからぬるりと現れたそれは、光を反射して禍々しく光っており、前方へとのびる板の先は、鋭く尖っていた。

 しかも、首筋から、冷たさ以外の鋭い痛みが発せられている。

「えっと……」

 どう見てもデカい刀です。どうもありがとうございました。

 見た目だけなら、よく出来たおもちゃで済んだんだが、首から感じる生暖かい液体の感触からみるに、本物らしい。

「どちら、様でしょうか……?」

「質問しているのはこちらだ、答えよ侵入者」

 シンニュウシャ? 一体どこに侵入したというんです?

 それともあれですか? ここどっかの大富豪の私有地だったりするんですか?

「答えぬというのか。ならば、その首――」

「ああちょっと待ってくださいよ! ワタクシ侵入者とかそんな怪しい奴じゃ断じてありませんって! ただちょっと記憶喪失なのと迷子なだけで!」

 や、やばい。今、一瞬だけ本当の殺気とやらを垣間見てしまった!

「……迷子?」

 どうやら、背後の誰かさんは思い止まってくれたらしい。首と胴体がサヨウナラ、は回避できたようだ。

 というか、迷子のほうに反応するんだね。私としては記憶喪失のほうが問題なんだけど。

「ええそうなんです! 記憶失っちゃって気付いたら森の中って言うオチだったんですよこれが! だから出て行けというなら今すぐにでも出て行きますさ! 出来れば帰り道を教えて欲しいんですがね!」

 正直、例え治外法権でも刀なんて古めかしい武器を使っているあたりに疑問は感じた。だが今はそんなことどうでもいい。

 とにかく命が最優先。このままだと殺される。

「……それで? その話しは真か?」

「真か、ですって? いえいえお姉さん、ちょっと考えてもみなさいな。首筋に刃当てられているのに、嘘吐けるような詐欺師に見えますか? この小娘が」

「人は見かけによらない、って母親に聞いたことは?」

「記憶にありませんが知ってはいますね、はいスイマセンでしたでも本当ですから!」

 どうにも、恐怖のせいで早口になってしまう。不快に思ってはいない様子だが、向こうの機嫌は損ねたくない。けど怖い。このジレンマどうにかならないかな?

「……記憶喪失、で迷子の妖怪か。これは、天魔様の判断を煽らねばならぬか……」

 背後で何か呟いているが、流石に地獄耳は持っていないので、よく聞こえない。溶解? 何でこのタイミングでそんなものが?

 ……いや、待て待て。今彼女は『天魔』と言った。

 天魔、天魔か。確か、天狗の位だかに、そんなものがあったような気がする。

 天狗、といえば、知らぬ者はほぼいない、それほど有名な妖怪だろう。

 天狗は翼を生やし、赤い顔をしていて鼻は長い。ある者は山々を疾走し、またある者は鳥のように空を翔ける。またある話しによれば、天狗の元は彗星という説がある。

 もっとも有名といえば京都の『鞍馬天狗』であろうか。鞍馬の山に住み、その昔源義経に剣を教え育てたと伝えられる妖怪。

 長々とモノローグと綴ったが、要するに天狗というのは妖怪と聞かれればまず間違いなく殆どの人が答えるほど有名な妖怪で、故にこの誰かさんが知っていてもおかしくは無い。無いが…………本当、何故ここで?

 いや、まてよ。この流れ、先ほどの『溶解』とは、もしかして『妖怪』の事なのか?

 この森の所有者高のお偉いさんや管理職のことを『天魔』と呼び、侵入者は『妖怪』と呼んでいるのか? もしかして暗号とか?

 天狗は確かに妖怪だ。だが、元々天狗は山の神として山伏たちに崇められていたりする。『妖怪』と同じく恐ろしいもの、邪悪なものという意味を含んではいるが、それでも妖怪よりは、まだ荘厳な雰囲気をもっている。

 そう言えば今気付いたが、この森少々傾斜がある。もしかしたら山なのかもしれない。そうすると、『天魔』をお偉いさんに当てるのは、あながち間違いではないのだろう。理由は先ほど述べたとおり。

 怪しい奴に不必要に情報を漏らさない為に、そういうのを当てているのかな? だとすると、提案者はよほどの妖怪マニアとみた。いや、私も人のこと言えないけど。記憶喪失の癖に、何故かそこそこの知識があるし。

「……おい、お前。これからあるお方に会ってもらう。問題あるか?」

 ありまくり。あるお方って誰よ。

 とは流石に口が裂けてもいえない。

 一応刀は引いてくれたけど、何時でも抜くことは可能だろうし。

「ええ文句なんてありませんとも。どうぞご自由に」

 ヘタレ全開だが、仕方あるまい。結構命がけなのだ。

「良かろう。ではついて来い。し……あー、名前は?」

 侵入者、と言おうとして止めたようだ。どうやら、根は悪くない人らしい。

「……他人に名前を聞くときは、自分から名乗るのがマナーでは?」

「ああ、それもそうだな。私は犬走椛(いぬばしりもみじ)。ただの白狼(はくろう)天狗さ」

「私は夜々。ただの記憶喪失者です」

 で。白狼天狗って、どういうこと?

 そう思いながら、私は背後を振り返り――――

 

 

 白い髪に紅白の不思議な服装、両の手に盾と剣。

 そして犬耳と、これまた犬の尻尾を付けた、コスプレ少女と目が合った。

 

 

 えっと、変わった制服ですね?

 




所見の人は初めまして。『にじファン』から読んでいただいている方はお久しぶりです。鈴ノ風と申します。

この作品はもともと『にじファン』で投稿していたものなので、ストックが尽きるまではある程度早く投稿できると思います。すぐには無理です。修正入れる必要があるので。
ストックが尽きた後は……ご想像にお任せします。


このサイトでは初めての投稿となりますので、いたらぬ点があるかもしれません。感想などと合わせて、ご指摘いただければ幸いです。


それでは。


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002 天魔と邂逅

この作品は東方projectの二次創作です。
原作ブレイク、キャラ崩壊、独自設定、オリキャラ幻想入り、駄文乱文、そもそもプロットが不完全、その他諸々が含まれております。
それでも構わん! という人以外は直ちに『戻る』ボタンを押して、他の小説を検索することをお勧めします。



 はいどうも皆様、お元気でしょうか?

 私? いやー、微妙に元気じゃないというか、その…………

「? どうかしたか?」

「いえ、こうもあっさりと常識を破壊されるとは思いもよらなかったので。ちょっとそっとしてください、自分の中で整理つけるので」

「そうか」

 犬走さんはそれだけ言うと、また視線を前に戻した。自分でも訳の分からんことを言っている自覚はあるんだが、その辺を気にしないのは、やっぱり根が良い人だからだろうな。

 さて、それではそろそろ説明するとしましょう。

 先ほど言った微妙に元気じゃない原因にして、常識を破壊した元凶。

 

 聞いたって信じないだろうが聞いて驚け、私は今、空を飛んでいるっ!

 

「い、今起こったことをありのままに話すぜ。コス……少女に手を掴まれたと思ったら空に浮かんでいた。な……何を言ってるのか、わからねーと思うが。俺も何が起きたのかわからなかった……頭がどうにかなりそうだった……催眠術だとかマジックだとか、そんなチャチなもんじゃあ、断じてねえ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……」

「……頭大丈夫ですか?」

 ついにツッコミが来た。

「電波にやられるほどチャチぃ脳みそではないですよ!」

「既に手遅れでしたか……」

 やめて! そんな哀れな人を見る目で見ないで! ちょっと調子に乗っただけだから!

 …………いやまて落ち着け、混乱しているのは確かだ。じゃなきゃポルナレフに憑依されるハズがないっ!

 そういや第五部であの人亀に表していたような…………あれ? もしかして本当にとり憑かれてたりする?

 オイ待てマジで落ち着け。このままじゃディオ様までやってくるだろうがっ!

 そうだ偶数を数えよう。普通は素数だろうけど偶数が良い。何故って好きだから、割り切れるあたりなんか特に。

 えっと、2,4,6,8,10,12,14――

「着きましたよ」

「のわぁっ!」

 ちょ、犬走さん? 今心頭滅却してるんだけど、横槍は酷くない?

「落ち着きたければ深呼吸すればいいのに」

「…………べ、別に忘れてたわけじゃないんだからねっ! た、たまには別の方法もありかなって思っただけなんだからねっ!」

「……別も何も、記憶喪失だったはずでは?」

「い、いいんですよこの程度のネタぐらい」

 かなり無理のあるツンデレだったが。むしろ気色悪だったが。

「いや、一瞬心臓がドクンってああいやなんでもありませんっ。可愛いとか思ってませんからっ!」

「…………」

 なん、だと。

 こ、これが本物のツンデレってやつか…………ほ、惚れたぜ。

「よ、余計なことはいいでしょ! それより天魔様のところへ」

「いやいや待ってくださいよ犬走りさん。まずは先ほどの言動に関する詳しい解説をですね」

「な、何のことですか?」

「さあ何のことでしょう? ところで顔真っ赤ですね。熱でも出ましたか?」

 とか言いつつ、彼女の額に手を伸ばす。

「ちょ、ま」

「おやおや熱いですね。こりゃ40℃くらいでしょうか? 体調管理はしっかりしないとだめですよ」

「べ、別に風邪などひいて、ひゃいん!」

「どうしました? いきなり飛び上がったりして」

「ど、どこ触って、ふぁっ!」

「どこって、しっぽに決まってるじゃないですか。もふもふ」

 彼女の真っ白な尻尾に伸ばした右手。そこから伝わってくるのは暖かく柔らかい毛皮の感触。ふさふさの毛と、その奥にある肉のさわり心地は私に春の夜の毛布を思い浮かばせた。

 記憶喪失の設定はどこ行った。いや、気持ちいいから構わないんだけどさ。

「ほらほら、ここがいいんでしょ?」

 しっぽの付け根近くを少し強めに握る。

「ひゃっ!」

「あっはっは、きもちー」

 なんか、やってることがエロゲの鬼畜キャラみたいになってきたな。でもやめられない。さわり心地うんぬん以前に、犬走りさんの表情がとてもいいのだ。顔を赤らめ目を潤ませ、恥ずかしそうに周囲の視線から逃げようと瞳を左右に動かす。

「んー、耳とかどうなるのかな?」

「わ、私で遊ばないでください!」

 犬走りさんが私を退けようと、両手を振る。でも焦りと恥じらいが混じったせいか、その防御はやすやすと突破できた。

「では」

 尻尾同様に白い犬耳に口を近づける。

「や、やめて」

 空気を思いっきり吸い込み、口を狭めて吐き出そうとしたその時。

 

「あ、あのー」

 

 なんかもう言葉にするのもはばかられるくらい申し訳なさそうな声が、私の動きを止めた。

「…………」

 声をかけてきたのは、黒い翼をはやした少女だった。頭には天狗の特徴ともいえる(正式には山伏の特徴なのだが)兜巾がのっている。

 彼女は顔を赤くし、目は怯えの色を見せていた。

 手には紙と筆らしきものが握られている。一見すると記者がメモ帳とペンを構えているようにも見えるが、体が硬直しているせいかやり場を失っているだけとも取れる。

「えっと」

 少女の視線で熱が冷めた私は、視線を感じて周りを見る。

 屋敷の中から出てきたと思しき女性たちが、あるものは唖然とし、あるものは嬉しそうに、あるものは平然と、こちらを見ていた。

「これは、あれか?」

 傍らに突っ伏した犬走りさんの『もうお嫁にいけない』という言葉で、確信する。

 やりすぎた。

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

「では、そこに座っていてください。すぐ天魔様が来ますので」

 案内をしてくれた少女は、そう言って部屋の真ん中あたりを指差した。

 椅子どころか、座布団ひとつ見当たらなかった。

「……わかりました」

 まあいいや。この部屋畳だし、フローリングに座るよりマシ。

 そう思うことにして、私は腰を降ろした。無論正座。座り方で向こうの機嫌は損ねたくないし。

 案内の子は私が座るのを確認すると、逃げるように立ち去って行った。いや実際逃げたのだろう。

「……」

 ため息をつく。そこには公開の色が自分でもわかるほどにじみ出ていた。

 いや、あれはやりすぎた。

 尻尾気持ちよかったし犬走りさんかわいかったけど、あれはダメだ。屋敷の者たちにはかなり警戒されてしまっただろう。

 そのことが今後に響かなければいいのだが……

「そればっかりは、考えても仕方ないか」

 過去は変えられない。それよりも今だ。そう思い、周囲を観察する。

 広い、本当に広い部屋だ。

 内装は完全な和式で、どこにも西洋の雰囲気はない。天井は高く、例えジャンプしても天井に手がつくことはないだろう。庭の側の襖が開けられていて、かなり豪華な庭園が見える。

 んで、何度も言うが広い。

 和風なこともあって、私の頭には時代劇の映像が流れていた。

「……」

 もうね、何が酷いって、記憶喪失の癖に時代劇を覚えてたりするのが酷いんだよ。私の頭、本当にどうなってるのかな? もしかしてあれ? 催眠術にでもかかった? まさか知り合いに時宮の人間がいるとか?

「……いや、流石にそれはないか」

 あったら困る。このまま戯言遣いが出て来ないかなって思ってる自分が一番困る。

「……人間失格でもアリだけど」

「何をブツブツ言っているんですか?」

 唐突に聞こえてきた声。それはもともとそこにいた少女のものだった。

 彼女は部屋の奥、上座に近い場所に座っている。ここの序列とかは知らないが、かなり上の地位にいるのは確かだろう。

「何って、世界と奇跡の可能性について、ちょっと」

「その前に自分の未来について考えたらどうです?」

「子供は女の子が良いな」

「そこじゃなくて!」

「好みの異性は財布が温かい人」

「基準そこですか!?」

「だってそのほうが将来安泰じゃん」

「もっと夢見てもいいじゃないですか!」

「えー。じゃあ許容範囲が広い人」

「ああそれはいい選択で、って違います! そんな遠くの話しじゃなくて!」

 じゃあなんだよ。

「あなた、記憶がどうであれ扱いは侵入者なんですよ?」

「うんうん」

 それは知ってる。

「だから、もしかしたらここで斬られるかも知れないんですよ?」

「なっ!」

 な、なんだってー!?

「そ、そんなバカな……」

「そう思うでしょ? だから」

「に、日本刀が見れるのか!」

「そういう話しでもなくてっ!」

「――――お静かに」

 リン、とした声が響く。

 声は、今まで話していた少女、そのすぐ向こうから聞こえてきた。

 まるで影のように、少女はそこにいた。別に隠れていたわけではないのだろうが、先ほどの声で、私は初めて彼女の存在を認識した。それほどまで、そこにいるのが自然だった。

「天魔様が、参られます」

 言葉には、それほど力は籠められていなかった。

 だが、別のものが、私たちの口をふさいだ。

 それは彼女から発せられたものではない。ふすまの外、廊下のほうから、身も凍るような威圧感が感じられる。

 言葉もなく、私は固まってしまった。

 こう着は一秒か、十秒か。ほどなくして、廊下の床が鳴り、足袋をはいた足が見えた。

「――――ふん」

 鼻で笑い、一歩。

 誰かが、部屋に入ってきた。

「……」

 格好はやはり山伏のそれ。年は四十ほど。腰には太刀刀を刷()いて差しているが、治外法権という単語さえ思い浮かばない。

 言葉を発する者は、誰もいない。上座近くの少女も、私たちを諌めた誰かも、皆等しく頭を垂らしていた。羽も高い鼻もなければ顔も赤くない、一見すると、どこにでもいそうな、ちょっと変わった格好の普通の人間。

 だが確信する。これが彼等の言う『天魔』なのだと。

 故に、言葉を失った。

 その絶対的な存在感に圧倒され、そして恐怖したから。

 これの機嫌を損ねてはならない。

 損ねれば、一瞬のうちに殺される。

 逃れることは出来ない。

 部下の有無ではない。例え向こうが部下を使うまいと、たった一人で私を殺せる。

 武器の有無でもない。例えこちらにマシンガンがあろうとも、抵抗すら出来ない。

「さて、貴様がこの山に侵入したものか?」

「私、は」

 声が震える。緊張と恐怖から、喉も唇も上手く動かない。

「答えよ」

「は、はい。確かに私は、結果的には侵入してしまいました。で、ですが故意のものではありません!」

「ほう」

「き、気付いたら山の中にいたんです。記憶を失っていて、何故そこにいたのかは分かりませんが……」

「つまり、迷い込んだだけだから、許して欲しい、と」

「はい」

 私は頭を下げた。ご機嫌を伺うとか、そんな考えは微塵もない。

 ただそうしなければ、それだけで殺されるという確信があったから。

「――――けるな」

「……え?」

「ふざけるなっ!」

 それはまるで爆音の如き怒号。今すぐ刀を抜いたとしても、私は疑問に思わないだろう。

「……」

 恐ろしい。記憶はないが、断言できる。

 私は、これほど恐ろしい存在に、出会ったことがない。

「貴様は、この神聖なる土地に侵入しておきながら、見逃してくれとほざくのか!」

 そしてこうも思った。これほどまでの怒りを湛えた者に、わたし程度が許しを乞えるはずがない、と。

 いかなる言葉を駆使したところで、所詮悪あがきに過ぎないのだと。

「貴様は、何様のつもりだ!」

「わ、私は、ただ」

「黙れ!」

 そう叫び、とうとう限界だったのだろう。

 天魔は、刀を抜いた。

「――――ッ!」

「ただの侵入者なら、見逃してやろうと思っていたのだが……」

 刃が、冷酷な輝きと共に、こちらに向けられる。

「……ここまで馬鹿にされたのでは、黙っているわけにもいかんな」

 マズイ、マズイマズイマズイ!

 逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ! このままでは殺される!

「――――ぁ」

 だが体が動かない。恐怖に怯えた心では、逃げるどころか立つことさえ出来ない。

 生存本能さえ塗りつぶす恐怖に、殺意に、私はただ、呆然とすることしか出来なかった。

「では、刀の錆になれ」

 いつのまにか接近していた天魔が、手に持った刀をギロチンのように振り降ろし――――――――

 

「騒がしいねぇ。風情が台無しだ」

 

 そんな呟きと共に差し出された小さな掌によって、軌道を逸らされた。

 ザン、と言う切断音。

 畳を深く切り裂いた刃は、そのまま行けば、わたしの胴体を真っ二つに出来たと、物語っている。

「な、なぜ」

「たまにはとそよ風に揺れる木々を見ながら酒を飲んでおったんだが。どこぞの誰かに雰囲気を壊されてな。それで来た」

「そ、そういうことではありません!」

 何だ、どういうことだ?

 天魔というのは、ここで一番偉いのではないのか?

「どうして邪魔をしたか、か? 私の許可なく、この屋敷で人を殺めようとしたくせに、自覚が無いと言うのか、天魔」

「で、ですが」

「ここは私の家、お前さんは天狗。さて、では私は誰だ?」

「――――申し訳ございません」

 そう言って、天魔は刀を収める。

 その後、彼が正座し頭を床につけたということは、この乱入した誰かが、それほどの権力を持っている証だろう。

 だが、何故。

「――――鬼神母神(きしんもじん)様」

「分かればよい」

 そう言って、胸を張った誰かは。

 

 小学校低学年ほどの、幼女であった。

 

「まさかのリアル小萌先生!?」

「誰だそれは?」

 通じなかった。

 




遅くなってしまって申し訳ありませんでした。鈴ノ風です。

えー、にじファンに投稿してたものを知っている方はわかるかと思われますが、主人公が暴走しました。
椛との絡み、あそこまでひどくはなかったんですが……どうしてこうなった。

とりあえず、夜中のテンションの一発書きなので、かなりひどいことになっていると思います。その辺は感想で指摘してくれると、とてもうれしいです。


今回は、この辺で失礼いたします。


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