【三次】 みほエリを見たかった俺はこの先生きのこれるのだろうか? (米ビーバー)
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第0章 ダージリン(仮)
聖グロリアーナ女学院。完全寮制門限アリ、規則厳守のお嬢様学院である。
英国の文化を基調としたパターンの学園艦に通うのは、押しも押されぬ淑女たち。
当初黒森峰の受験を失敗して落胆とともにやってきた俺が最も苦心したのは「タイツを破ることなく安全に脱着する」という基礎の基礎だったりするのだが―――その辺りはどうでもよいだろう。
グロリアーナに来て数日、あの因縁の出会いから紅茶の園の筆頭、アールグレイパイセンに引っ立てられて烏帽子子になり、ブリュンヒルデなる名前を与えられた俺は、後にダージリンの冠名を戴きグロリアーナを引っ張る大黒柱になるであろう少女と鎬を削る日々を(強制的に)送ることになった。
―――まぁそれも今は昔 なのだが。
パイセンは高等部に進級して行き、ダージリン(仮)とともにチャーチルで中等部戦車道の戦場を駆け巡る日々。みほエリの進展を確かめることが未だできないままというのが歯がゆい限りではあるが、このまま戦車道を続けて居ればコンタクトの機会は必ずやって来る。つまりは現状を続けて居ればそれでいいわけだ。
―――フッ、勝ったな(確信)
チャーチルMkⅣの6ポンド砲弾を片手で拾い上げてそのままワンハンドで装填し、漫画とかアニメで食いしん坊キャラが良くやる「両手でおにぎり持って交互にむっしゃむっしゃやる」ポーズで左右の手を使って高速装填する俺の姿に、今年から参加した一年坊が軽く引いている。もう慣れた(素)
俺にしてみれば6ポンド砲弾なんぞ1個約3㎏、一番重いAPCBC(仮帽付被帽付徹甲弾)ですら4kg未満の砲弾である。元々ティーガーのアハトアハトの砲弾(約10kg)を装填することを基準として鍛錬してきた俺にとってはチャーチルの6ポンド砲弾は軽すぎると言わざるを得ない。日々10kgのダンベルカールやってる人間に2kgのダンベルで訓練してねって言われても訓練するために新しく負荷でも掛けなきゃ訓練にならんだろう。上腕二頭筋と上腕三頭筋が悲しんでいるだろう?ダンベル(換算で)何個増やす?(NOT漫画アニメタイトル)
そのうち指の股に砲弾挟んで6砲流装填術―――!!とかに至らないか少し心配にならんでもないが……レッツパーリ!する独眼竜でもないし、しないしない。振りじゃないし、しないしない。
【閑話休題】
練習後、シャワールームで他の女子たちと一緒にシャワー浴びてキャッキャウフフなどあってはならないため、自室に戻りシャワーを浴びる。個人の部屋に個別でシャワールームを用意してくれている水回りの良さにひそかに感謝する俺である。
シャワー後にスポドリで水分を補給したらプロテインバーと各種サプリメント錠剤、及びカロリーブロックで必要な栄養素だけを補給し、紅茶の園(中等部)へ。
「―――ごきげんよう、天翔エミ」
「よっすフッド」
紅茶の園には、先にシャワーなどの支度を終えて完璧に服装を整えたダージリン(仮)が居た。これもいつも変わらない光景である。
ひとつ場違いな点があるとするならば―――
「紅茶はどうした?」
「下級生が茶葉を切らしてしまったらしくて、折角の午後が台無しですの」
―――ダージリン(仮)が持っているカップは空っぽで、紅茶が注がれていないという点だろうか。
「―――本当に最悪と言わざるを得ませんわね―――何というか、不覚でしたわ」
「あんまり下級生をイジメるんじゃないよ?紅茶なんて飲めなくても死にはしないんだからさぁ」
「その言葉、不敬罪に相当しますからお気をつけなさいね?紅茶の園の存在意義に値しますのよ?」
マジか。どういう存在なんだ紅茶の園。
「まぁ私は自前のブレンドがあるから問題ないが」
「―――この場で珈琲を飲もうとする時点で暴挙以外の何物でもありませんわよ?」
ダージリンの言葉を我意に介さずで受け流し、魔法瓶に保存してる自作ブレンドを水筒に注ぎ、ぐいっと一気する。
「―――ふぅ……」
「―――せめて誰にもバレることなく隠し通しなさいな?香りにも敏感な子が多くてよ?紅茶の園は」
「わかってるって。チクらないだけで有り難いさ」
魔法瓶の口をしっかりと締めて専用の巾着に押し込み証拠隠滅。あとは珈琲の臭いを消すために備え付けの芳香剤でシュシュっとやって、備品のガムで口臭ケアを―――
「―――なぁフッド。エチケット用のガムがないみたいなんだが」
「―――あらそうなの?下級生の怠慢かしらね?」
紅茶の園で振る舞われる紅茶は香りが強いものもある。そのままでは口臭問題になり得る ということで紅茶の園のテーブルにはいつもエチケット用のブレスケア用品が置いてあるのだが……今日に限って空っぽだった。
紅茶の備品忘れと言い、下級生何やってんだこれぇ……卒業したパイセンがもしこの場に居たら激怒してるぞコレぇ……
目の前のダージリン(仮)は我関せずでなんか口をモゴモゴと動かして―――
「―――何食べてるんだそれ?」
「アールグレイティーを固めたキャンディですわ。紅茶が無くてもティータイムは行いたい、そうした気分の時にピッタリですわね」
そう言ってコロコロと口の中で転がしてる様子を見せるダージリン。いやそれは別にいいんだ大した問題じゃない。問題は
「それ私にもくれるか?上書きすれば珈琲の匂いとか誤魔化せると思うんだが」
「―――よろしいんですの?」
不思議そうな顔で俺にそう尋ねて来るダージリン。ははぁん、俺が珈琲党から紅茶党に全面敗北したとみなしますけど?的な?そんなブリカス式交渉術ってアレだな。俺は詳しいんだ。
いいぜ、お前がそう思ってるのならそういうことになるんだろう。お前の中ではな!(使命感)
「構わない。ほらはやく、いつ下級生が戻って来るかわかんないから!」
「はぁ……――――――まぁ、それでよろしいのでしたら」
そう言ってダージリンが席を立ち、俺のところまで歩いてきて、座り込む様に視線を合わせ―――
―――――ちゅぷ
―――ちゅ、くちゅ、「んっ」……ちゅ―――――
「―――はぁ」
ダージリンが一仕事終えたとばかりに顔を離して息を吐く。その口の中に、もう飴玉は残っていない。
「―――物足りませんわね。一寸寮内に備蓄がないか探して来ますわ。ごきげんよう」
微動だにしない俺を尻目に、ダージリンが優雅な足取りで紅茶の園の扉を抜けて去っていく。一人残された俺は何をどうこうするでもない、放心状態で―――
―――コロコロと口の中でじんわりと苦みと香りを染み出して行くアールグレイティー風味の飴玉が溶けていくのを、ただ黙って立ち尽くしているだけで……
「―――あっ、そうだ。そろそろ現実にもどらないと」
――――ゴッ!!
――月――日
ぼくはいまびょういんにいます。じこにあうまえのきおくがおぼろげで、よくおぼえていません。
こうちゃのそので、てーぶるにあたまをたたきつけたすがたで、ちまみれではっけんされたらしく、かきゅうせいのこたちがそっとうしてたそうです。
こわい(素)
「それ私にもくれるか?上書きすれば珈琲の匂いとか誤魔化せると思うんだが」
「(これ一個限りなのですけど)よろしいんですの?」
「構わない。ほらはやく、いつ下級生が戻って来るかわかんないから!」
「はぁ……――――――まぁ、それでよろしいのでしたら」
ダジ『合意の上です(強弁』
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第1章 グロリアーナの戦車乙女たち
「あっ。お姉様、ごきげんよう。申し訳ありませんでした、今お紅茶をお持ちしますので―――」
「ごきげんよう。気にしなくても良いわ。
―――そうだ。ねぇ貴女、紅茶の園に向かうのなら、コレ、途中で処分しておいて頂けるかしら?」
プラチナブロンドの髪を揺らし、どこか艶のある微笑みでにっこりと微笑むと、彼女はポケットに入っていたモノを取り出す。
シルクのシンプルなハンカチに包まれていたそれを、女王から下賜されたかのように恭しく受け取って、下級生の少女は首を傾げた。
「あの……お姉様?なんでこんなにたくさんのエチケットガムが?」
「―――こんな言葉を知っていて?“Speech is silver, silence is golden(雄弁は銀、沈黙は金)”」
薄く微笑んで去っていくその背姿を見送って、どういう意味なのか首をひねる下級生だった―――。
聖グロリアーナのモットーは「優雅に、華麗に、大胆に」
―――何故だろう?金髪縦ロールの悪役令嬢染みた河北の覇者様が垣間見えるのは。
冗談はさておき、グロリアーナの戦車たちは基本的に「鈍重」と言って良い。
聖グロの中枢、紅茶の園にはかつて現役だったOGたちが割と日参レベルでやって来るのだが―――こいつらが聖グロの弱点と言っても過言ではない。
チャーチル歩兵戦車推しのOG会「チャーチル会」
クルセイダー巡行戦車推しのOG会「クルセイダー会」
マチルダ歩兵戦車推しのOG会「マチルダ会」 の3つが最も有力なOG会で、
こいつらが「スポンサーについてやるから自分のとこの推しの戦車しか使うんじゃないぞ?」という縛りを与えて来る。
我らがダージリンやダージリンの上位存在アールグレイパイセンですら、この連中の相手は難しいらしく、こいつらの排除ができたとしても今度はスポンサーとして戦車道の資金源になってくれる後ろ盾が存在しなくなるのだそうな。
かくて聖グロはマチルダ・チャーチル・クルセイダーが主力の貧弱な火力、鈍重な足回りの車輛群になり、戦術もそれを活かした戦術しか取れなくなるというわけである。ぶっちゃけ、コメットやクロムウェル、ブラックプリンスがメインになれば聖グロは黒森峰相手でも引けを取らない練度がある。と、胸を張って言える。
浸透強襲戦術の基本、隊列を組んでの単縦陣。二重線複縦陣、斜行陣にヘリンボーン。頑丈で鈍足、貧弱な火力をカバーするために強靭な練度とたゆまぬ努力に裏付けられた一糸乱れぬ隊列行軍。経験した身としては操縦手や各車の車長、通信手の手腕に舌を巻かざるを得ない。
そしてそれを総括して俯瞰した盤面から動かして見せるのが―――所謂『天才』と称される所以なのだろう。
「全車、一斉射の後反転。―――美味しい紅茶が入ったころでしょう、帰還してティータイムにしましょうか」
『了解!!』
チャーチルの車長座席で通信機を使ってそんな指示を出したダージリン(真)は、操縦手の肩をソフトに蹴って指示を与える。
「お疲れ様。では、皆さんお茶にしましょう」
―――“あの一件”から早くも1か月、コイツは正式に「ダージリン」を下賜され、名実ともにダージリンとなっていた。
―――ええ、記憶消去失敗しましたよ?なにか?(恨み節)
実のところこの身体に転生し、TS人生を送り始めてからというもの、性欲とかそういうものとは完全に無縁の人生を歩んできた。崇高な使命を果たすべく巡礼を続ける聖職者の如くみほエリの成就のために努力を重ねてきた日々を顧みても、性欲とかそう言うのは別にないかなって……(みほエリ妄想はみほエリウムの摂取という必須作業なのでノーカン)
俺自身のことはさておき、実を言うと俺は自分の脳裏によぎるあの光景のフラッシュバックを恐れるあまり、ダージリンと会話ができないまま1か月が経過していたりする。ダージリンも俺との距離感を測り間違えたのは自覚してるのか、どうすればいいのかわからないまま、ただただ無為に時間だけが過ぎていく状態が続いている。今後も聖グロで戦車道を続けていくうえで、この空気のままはよろしくない。よろしくないのだが……
「―――それなりに長い付き合いの相手と距離感を間違えた。けれど現状それをどうするべきかわからず困惑中―――という心的状況の確率、73%ね」
「―――――!?」
背後からかけられた声に身を竦ませて振り返る。後ろに流した金髪と、髪を留める黒のリボン。おでこが特徴的なデータ主義の英国淑女。その名は
「―――ご、ごきげんようアッサム、さん」
「アッサムでいいと言いましたのに……ダージリンの友人なら後輩と言えど無下にいたしませんわよ?ヒルデ」
ヒルデ、というのは俺の烏帽子名「ぶりゅんひるで」を短縮したものらしい。もっとも、この名前で呼ばれるの好きじゃないってのは周知の事実なのでそう呼んで来るのはアッサムかパイセンくらいしかいないけども。
「ダージリンには気安く話しかけているのに私には気安さ80%減というのは、あまりいい気分ではないんですけど?」
「はぁ、すいません」
正直、ガルおじ的にもアッサムの印象が原作で薄すぎてどう対応していいやらわからんのだが……まだオレンジペコの方が出番多いしローズヒップくらいキャラが前面に押し出されてたらなぁと内心で愚痴ってみるテスト。
俺の気のない返事にどう思ったか定かではないが、「はぁ」と一息溜息を吐くと
「紅茶の園でダージリンが今一人で執務を行っている確率90%。空気を読まない闖入者がいる確率10%―――面倒なことになる前に、一度会話をしなさいな」
「アッハイ」
アッサムに促されて紅茶の園に向かうことになった。のはいいのだが―――実際問題、会って何を話せばいいのやらわからん。
現実として既にこの上なく面倒な状況になっている。解決の糸口も見えんし何よりダージリンが何であんなことやったのかの理由がわからん。一時の気の迷いとか、天才の考えが合理的過ぎて俺に理解できないという可能性もあるので一概にどうともいえないが―――まぁ腹割って話そう。今後に差し支えるとみほエリにも影響が出るし。
****** E for D
―――なぜあんなことをしてしまったのだろう?ここ最近、ずっと考えている。
あの日、ちょっとした悪戯心でエチケット用品をすべて隠して、困惑する彼女の様子を眺めているつもりだった。けれど紅茶の園に来てみれば、備品の茶葉が入って居らず、準備もできていない。下級生が蒼い顔をして慌てて学外まで買い付けに飛び出していく様子を尻目に、平常心を保とうと思っていても、嫌が応にもイライラは募っている。
そんな中にいつもの調子で入ってきて、いつもの調子で気のない返事を返し、いつもの調子で珈琲をがぶ飲みしている気楽そうな少女に、少しだけイライラをぶつけたかったのかもしれない。或いは、紅茶を未だ飲めていない喉の渇きを潤すために口に入れたキャンディが思ったよりも苦みが深く、“できなおし”を求めていたのかもしれない。
―――或いは、あれこそが私の求めていたものなのかも……
いやいやいやいやそれはない。彼女に求めているのは私が成長するための踏み台としての役割であり、いわば彼女は超えるべき壁の一人なのだ。現にこれまで彼女をそういう目で見てきたことなど一度たりとてなかった。
とはいえ、行動に移してしまったのは確かで、私はやってしまった後で状況に気付いて足早に外に出てしまっていた。内心での動揺を隠したまま部屋を出られたことについては自分を褒めたいと思う。
―――その後紅茶の園に入室した下級生が血を流して倒れている彼女の惨状を見て悲鳴を上げ……
―――病院から戻ってきた彼女は、私を露骨に避け始めた。
我ながら愚かにも程がある。こんな事態を予測できないはずがなかったというのに……。もはや彼女との関係は修復不可能になっているかもしれない。けれど、それを問い質すだけの勇気が私にはない。なにがしかの理由をつけて私と接触しないように立ち回っている彼女が“そう言う理由なのだ”と思えてしまえる今が精神的にどれほども楽で―――自己嫌悪が渦を巻く。
結局のところ私は、彼女に嫌われる理由を作っておきながら、彼女に拒絶されたくないのだ。傲慢にも程がある―――。
「―――はぁ……」
何度目になるのかわからない溜息を吐く。執務に関しては全く仕事にならない。負担が増えていると文句を言うアッサムは自分の仕事を片付けると自分の担当の苦情整理に向かうと言ってさっさと出て行った。
「――――――はぁ」
溜息は尽きない。答えは出ない。迷いは晴れない。重く、重く、沈んでいく。
ここ最近深く眠れていない―――――――
「久しぶりー……って、寝てるのか?おいフッド、起きてるか?」
―――揺蕩う様に微睡む思考の中、幽かに聞こえる声に。
「―――ごめんなさい」
縋るように手を伸ばし、掴んだそれを強く抱きしめて、何度も何度も繰り返し繰り返し謝り続けた。
「―――ごめんなさい、ごめんなさい、許してください、嫌わないで下さい。お願いします、お願いします―――」
―――数分後に掴んだ“それ”が何かに気付いたときに自分が何を口走っていたかを思い出し、穴があったら入りたいとはこんな気分なのかと理解することになる。
死にたい。
****** D for E
アッサムに言われるままに執務室に入ったらデスクに突っ伏して寝てたダージリンがいたので声をかけたところ、いきなり抱きしめられて何度も何度も繰り返し謝罪された件。
―――なんで?(困惑)
なんでこいつこんなに真に迫った心からの謝罪を繰り返してんの?なんで泣いてんの?何で俺に嫌われるのが悪いことなの?こいつ俺のライバル(自称)だったんじゃないの?なんなの?マジなんなの??(困惑)
という感じの困惑がひとしきり続き―――ダージリンが正気に戻り……
―――今しも切腹を始めてもおかしくないくらいハイライトが消えてる死んだ目のダージリンが床の上に直で正座してる件。
―――だからなんで?(二度目)
状況を改めて整理する。こいつのこの神妙な態度から考えて、さっきまでの謝罪は寝ぼけて間違えたとかではなく、俺に向けて宛てられたモノであると考えて良いだろう。となると何に対しての謝罪か というとこないだのアレなのだろう。
で、嫌わないでください。というワードにつながる。
俺の灰色っぽい脳細胞はフル回転していた。与えられたワードとヒントから正解を導き出してしまわないとこのままだとコイツが目の前でセップク☆チャレンジ!(きらきら道中)しかねないからである。頼んだぜ(脳内の)フィリップ!
で、出た結論なのだが―――
―――「ダージリンは効率的とかそういうぶっ飛んだ考えでやったわけではなく、最初からそれを目的として俺に口移しで飴玉を渡してきた。目的は俺とキスをすることである」かーらーのー
「何故俺をターゲットにしたのかは定かではないがコイツが同性相手にキスを迫るそっち系の趣味があることは間違いない」という結論に達した。
―――これは由々しき事態だと言わざるを得ない。
ダージリンはみぽりんの成長に欠かせないファクター足りうる存在だ。聖グロでの敗北があったからこそ決勝戦でティーガーの背面まで一気に回ってぶち抜くという離れ業をやってのけたのだし、こいつが居なかったら劇場版でみぽりんが8輛+まぽりんエリカ赤星さんの合計11輛で戦わなきゃならなくなるだろう。故にこいつを排除するという選択肢はない。みほエリのためにこいつは絶対に必要な存在だからだ。となると放置すべきか?となるとそういうわけにもいかない。
―――だってこいつ大洗にみぽりんがきたらエリカより物理的に距離が近いし(危機感)
仮にこいつが気に入った相手に紅茶を渡すというのが=好意の表れ だとするならば、俺にしたみたいにみぽりんに迫る可能性を否定できない。否定してはいけない。可能性が残る限りその危険性は憂慮してしかるべきであり、そしてそれはひいてはみほエリを根底からぶっ壊す獅子身中の虫足りえる存在と言えるのだ。
だったらこいつは排除すべきエネミーなのだが、先も言った通りこいつを排除するとみぽりんの成長や今後の展開に支障をきたす。ジレンマ半端ないぞこれぇ……
―――今気づいたけど、マチルダ会とかチャーチル会をどうにかしようとしてるときのダージリンとかパイセンってこんな気分だったのか。同じ立場になってはじめてわかる厄介さよ……
とりあえず、みぽりんに手を出すことだけは止めなければならない。それは俺の未来に向けて絶対に必要な確約である。その確約だけは取らなければ
「―――許すから、一つだけ約束してくれ」
俺の言葉に顔を上げてこっちを見るダージリン。ごめん、縋るような目ぇやめて、ダージリンで加害者だとはいえ原作キャラにそんな切ない表情させたとか俺ピロシキ不可避なの(危機感)
「―――その、この間のアレだけど……私は許すから、他の奴(みほエリ)に同じことするなよ!?いいな?!約束しろ!!」
「―――は?」
「いいから約束!!返事は!?」
「え、えぇと……はい。わかりました」
―――よしセーーーーーーフ!!!みぽりんに毒牙が向く可能性はなくなった!みほエリの芽は守られた!!
「絶対だぞ!約束したからな!!他の誰か(みほエリ)に同じことしたら許さんからな!!」
俺の剣幕に呆然とした極めてレアな表情のダージリンを放り出して紅茶の園を後にする。正直今はただこの空間から一秒でも早く逃げ出してしまいたかった。
―――無論。俺はこの時自分がどういう言い回しをしたかなど気にも留めていなかったし、それを聞いたダージリンが俺の言葉をどういう意図で受け止めるかなど、全く考えていなかった。
「―――その、この間のアレだけど……私は許すから、他の奴に同じことするなよ!?いいな?!約束しろ!!」
「絶対だぞ!約束したからな!!他の誰かに同じことしたら許さんからな!!」
ダジ「なにこの可愛い(独占欲マシマシな)いきもの」
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第2章前夜譚 オレンジペコ(仮)
だれかたすけてください(セカチュー感)
聖グロでのあの“飴玉口移し事件”から1か月、さらに紅茶の園での“ダージリン謝罪事件”からさらに半月が経過し―――
―――そろそろ俺も限界が来ようとしていた。
――月――日
朝、いつも通りパルクールでの朝練を終えて家に戻ると
「―――今日は私の勝ちですわね」
―――別ルートで帰宅してきたダージリンがクールダウンしながら寮前で出待ちしていた。そのまま寮のシャワー付きユニットバスに連れ込まれようとするのをなんとか必死で逃げ出し「痴女かお前!!」的な説得にもなってない言葉で説得すると
―――競泳水着を持参してきた(なんで?)
当然ダッシュで逃げた。逃げ切れたがダージリンが不機嫌になった()
日々攻勢が強くなっている。次はシャワー浴びてる最中に凸される可能性が高い。そうなった場合―――片目じゃ足りないだろう(ピロシキ的な意味で)
――月――日
昼間、紅茶の園で作業を終える。とはいっても難しい書類などは俺の管轄外で、アッサムやダージリンが仕事をしているのを尻目に候補生である下級生が紅茶をサーブするタイミングなんかを図ったり、俺でも決済できる書類に裁可を下してダージリンにもっていくだけの仕事なのだが―――俺紅茶の園に居る意味あるの?(疑問)
前にパイセンがいるときにそれを聞いたところ「私が仕事で動けない間楽しく遊んでいるとか絶許。絶対面白いことをやらかすんだからその時に一緒に居ないとか悔しいじゃない?」という訳の分からない回答を貰った。
でもパイセンもういないし、いいよな?とおもってダージリンに「私紅茶の園に居なくてもよくない?」と聞いてみたところ
―――執務中、ダージリンの膝の上でマスコットになるか俺でもできる仕事をするかの二択を提示され―――
―――俺は自分の胃に優しい方を選び。なんかダージリンは若干不機嫌になった。
追記:アッサムが仕事を終えると下級生連れて退室するようになり、二人だけになると隙を見て抱き上げようとしてくる。たすけて
抵抗したらどうかって?俺が全力で抵抗したらダージリンの関節が悲鳴を上げるよりひでぇことになるか臓器の一部に謎の圧迫痕が残る可能性があるんだよ!!(身体能力の差で考えて)かといって弱弱しい抵抗を見せたら誘い受けかと思われる。マジ詰んでるなこの状況!!
――月――日
紅茶の園での休憩中。下級生の一人が複数のティーカップに色々な紅茶を淹れていたのを発見。何をしているのかを聞いたところ「茶葉の当たりはずれを確かめている」のだそうな。同じ茶葉でゴールデンルールを守って淹れた紅茶でも、茶葉がしっかりと仕上がっていなかった場合、紅茶の園の品格を損なう可能性があるとか。実に面倒な話だなーとは思ったが口にしなかった俺は空気が読めるようになってきたと思う。
「大変じゃない?」と聞くと「元々紅茶は好きですので」とはにかみながら答えてくれた。好きこそものの上手なれというやつかと納得する。
でも「ブリュンヒルデ様は―――」と烏帽子名で呼んで来るのをYA☆ME☆RO!! YES!天翔エミ!NO!ぶりゅんひるで!!
なるべく勢いで「ブリュンヒルデはやめよう!」という言葉をオブラートに包みながら促しつつ「エミでいい」というと「エミ様」とか呼んできたので何とか繰り返し繰り返し練習させ、「エミ先輩」と呼ばせることに成功。俺、頑張った!!
―――満足して執務室の方に入るとなんかすごく不機嫌なダージリンが居て、公衆(下級生ズ)の面前で抱き上げられ、あすなろ抱き状態のまま執務するダージリンの息遣いを耳に入れながらジッと耐えるお仕事を強行される。
―――職務から解放されてダッシュでその場を逃げ出し、トイレまで吐血を我慢した俺は褒められて良いと思う(胃痛)
******
「このままだと色々ダメだと思うんです」
「まぁ確かに……おそらくはそろそろ距離感を掴む頃だと思うけれど」
血反吐を吐いた翌日、若干貧血気味の状態でアッサムに相談することにした。蒼い顔でやってきた俺にひどく心配した様子だったアッサムも、相談を聴くにつれて真面目な顔に戻る。
アッサム曰く、今のダージリンは「距離感を測っている」状態らしい。
もともとダージリンはアールグレイパイセン曰く「対応の天才」と呼ばれるタイプの才能を持っているらしい。その才能は「様々な状況に対し、経験を含めた過去のデータから最適な対応を瞬時に導き出し、適合させる。という仕様に特化している。とのこと。
だがダージリンは一時的な衝動からか俺との距離感を測り間違え、情緒不安定に陥るほど精神的に揺らぐ結果となった。その失敗を踏まえたうえで「データが足りない」と判断したのだろう という予想をアッサムは立てていたらしい。詰まるところ、一緒に風呂に入ろうと言ってきたり、夜遅くまで話をしたと思ったら同じベッドに入ろうとしてきたり、仕事中に抱っこしたまま仕事しようとしたりっていうあのイチャコラムーブはすべて「正しい距離感を測るためにまず至近距離からスタートした結果」ということか。人騒がせな格言マシーンめが……(安堵)
「私がダージリンに言うとなると、紅茶の園の序列を乱すことになるから……ごめんなさいね」
「あ、いえ大丈夫です。自分の問題なんで」
申し訳なさそうなアッサムにそう答えると「じゃ、頑張ってね」とにこやかに返された。最初から自分が首を突っ込む歩数は決めていたんだろう。汚いな、流石ブリカス汚い。
とはいえ俺としても、アッサムや他の連中をこの一件にこれ以上関わらせるつもりは無かったりする。実際俺とダージリン間の問題ではあるし、これに他のメンバーが関わると拗れに拗れまくってろくでもない未来が確定するような、そんな予感がするのだ―――なんかこう、未来視的な。
「―――もしも、貴女が『これだけは絶対嫌』って言うものがあるのなら、それを正面から言えば彼女の中でそれはタブーになると思いますわ。私としては、テディベア扱いは流石に不憫だと思いますもの」
「あ、はい。考慮します。本気で嫌だったら拒否しますんで」
―――ぶっちゃけ、ダージリンとはある程度のスキンシップを許しつつ、適度なお付き合いのまま自然消滅を狙いたい。あと半年ほどでダージリンが卒業し、高等部に昇級していく。そうすれば接点は薄くなるし、俺が卒業して一年坊として入学する頃にはダージリンの茹だった脳が醒めて、元通りの状態に戻っているに違いない。元々衝動的にやってしまった結果の麻疹みたいなモノだし、醒めるのも早いだろう(希望的観測)
だがその場合、後からみぽりんに興味を持ち、再び症状が再発する可能性もまた捨てきれない。
―――ならばそのためにどうすべきか?答えは決まっている―――!!
「―――ダージリン!そろそろ下級生の候補生に紅茶の園の冠名を推挙したほうがいいんじゃないかと思うんだが」
「確かに……そろそろ引き継ぎを考えないといけませんわね―――貴女はここを総括したり牽引したりする作業に向いているとは言い難いですし」
―――そう。オレンジペコ(仮)の発掘である。ダーペコ、あるいはペコダーを成しえてしまえば俺はむしろお邪魔蟲!!ダージリンにも固定のお相手ができればみほエリに横やりを入れることはない、きっと!(希望)
まだ見ぬオレンジペコ(仮)、君は良き友人(になれそう)だったが、ダージリンが悪いのだよ!!
「―――もしも、貴女が『これだけは絶対嫌』って言うものがあるのなら、それを正面から言えば彼女の中でそれはタブーになると思いますわ」
「あ、はい。考慮します。本気で嫌だったら拒否しますんで」
サム(つまり合意の上ということでは……?)
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第2章 お転婆舎弟わんこと青い鳥
立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花。
今日もまた、優雅で華麗で淑やかなる一日が―――
「―――あひゃぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!?待って待って待ってくださいましでございますですわぁぁぁ!!!」
―――始まりそうにない。
「―――どうしてこうなった……」
聖グロリアーナ女学園、紅茶の園主催“次期中等部紅茶の園メンバー採用オーディション”と銘打たれた垂れ幕の下、数十名の生徒がやや落ち着きなさげに整列していた。
ここに集められたのは“中等部戦車道履修生の中でも、特に成績優秀者”の中から選抜されたエリートたちである。―――正確には、来るもの拒まずで誰でもエントリーOKって告知したのだが……紅茶の園のネームバリューというのはアレだ、A●Bとかジャ〇ーズとかそういう系のアイドルオーディションに近しいモノらしく、エントリーする人はそれなりに自分を誇示できる人間でなければならない。という不文律でもあるのか、こう言った仕様になってしまった。
「―――頭が痛い話ね」
「ええ、全く」
小規模の面接をオーディションの試験枠の一つに考えていた当初の判断もあり、ダージリンとアッサムが隣り合って座っているのだが、二人とも非常に神妙な顔つきをしておられる(達観)。俺としてもこんな状態のオーディションでオレンジペコ(仮)が見つかるとは思えない。
―――だってあの子どっちかというと自己主張地味めな百合漫画・アニメのメイン主人公みたいな子やん(確信)どちらかというとこの手のエリート風吹かせてる連中にイジメられてるイメージが強いんだよなぁ……ペコ(仮)さん。
「In the middle of difficulty lies opportunity.―――困難の中に機会がある。と、願いたいものね……」
「アインシュタインだな」
ダージリンのうんざりした呟きにペコった*1俺に“よくできました”とわずかに微笑んで見せるダージリン。なおこのダージリンが格言を言って俺がペコるやり取りは最近頻繁に行われている。ペコれなかった場合罰ゲームと称して人をぬいぐるみのように抱き上げて見世物にして回るので俺にとって死活問題だったりする。精神(胃痛・吐血)的な意味で。精神的な意味で(大事なことなので二回言いました)
アッサムが言ってた「距離感」とは何だったのか?という疑問が出ないでもないが、最近ようやくわかってきた。こいつが『俺を苦しめるためにわざと抱っこ人形みたいな扱いをしている』ということに。とうの昔に距離感など掴み切っており、これらの行為は俺への嫌がらせ半分、からかい半分で行われているということだ。
くそうなんて奴だブリカスめが!おぼえてろいつか口の中に珈琲豆詰め込んでやる!!
******
「―――皆さま、静粛に」
ザワザワヒソヒソと静かに騒いでいた連中がアッサムの一声で黙りこくる。心なしか、姿勢が正され列をなしているようにも見える―――軍隊かな?
静かになった講堂内を、しずしずと壇上に登るのはダージリン。皆を壇上から見下ろして、静かに口を開く。
「―――ではこれより、中等部の次期紅茶の園メンバーの採用試験を―――」
『おっ!お待ちくださいませぇぇぇぇぇぇでございますですわぁぁぁぁっっっ!!!』
講堂のスライド式の重厚な鉄扉を「でぇい!!」と気合一番、ふすまか何かのように“すぱーん!”と引き開け、ぜぇぜぇと肩で息をする女生徒が一人、講堂に入室してきた。薄紅色の髪はボサボサ、玉のように浮かんだ汗を袖を使って江戸っ子チックに拭いつつ、ややへろへろとした足取りで講堂に入ってきた少女は―――
「―――セーフでございますですの?」
「私個人の見立てだと、ぎりぎりかな?詳しくは壇上のフッド……っと、ダージリンに聞いてくれ」
俺の方へ向き直りそんな風な言葉を口にし、俺はと言えばそんな少女に返事を返しつつ、貼り付けた様な笑顔をひきつらせて努めて冷静に対処しようとするダージリンの方へ促した。
「―――ええ、その娘の言う通り、ギリギリ間に合いましたわ。ですが、聖グロリアーナの生徒たるもの、時間には余裕をもって、優雅に行動なさい」
「え?あ、はい!わっかりましたわー!!」
元気いっぱいに返事をして何故か直立不動から敬礼のポーズをとる少女にダージリンがそっぽを向く。小刻みにプルプル震えているところをみると、危険域かもしれない。
「―――はい、ダージリンに代わって説明しますわ。これより皆様には基礎体力・学力・政務・ティータイム・戦車道の5種目をこなしていただきます。どれも一定のボーダーラインが存在し、それを基点に足切りを行います。成績優秀者のうちこちらが選抜した1名、または2名を紅茶の園のメンバーとして新たに迎え入れることになります。よろしいですね?」
アッサムがダージリンのフォローに回り、説明役を買って出るとダージリンはそそくさと壇上を退き、舞台袖で蹲って身体を震わせていた。
―――ダージリンは割と笑い上戸の気質がある(ドラマCD話)
―――そして確認するまでもないわ。アレローズヒップだろ常識的に考えて(確信) オレンジペコを探して募集かけたらローズヒップがやってきた。何故こんなことになってしまったんだ!?(困惑)
******
―――顛末をざっくりと端折って言うならば―――該当者はナシでFAでした(徒労感)
ローズヒップ(仮)?基礎体力と学力は問題なしだったんだ……うん。わかるだろ?紅茶の園での政務―――所謂「生徒会のおしごと」に関しては無理ゲー過ぎたのと、ティータイムに紅茶の淹れ方がまるで分らなかったため、そこで足切りに遭ったのだ。そしてやはりというかなんというか、オレンジペコ(仮)は今回の募集に居なかった(落胆)本末転倒ってこういう事なのだろうなぁ……orz
で、何故合格者が一人も出なかったのかというと―――足きりが確定していたローズヒップ(仮)とその他の連中を振り分けての紅白戦で、問題が起きた。と、いうか……問題という風に見ることすらできないモノが起きたというか……
―――ローズヒップ(仮)が紅白戦だというのに孤立したのである。
エリート気質いっぱいのモブさんズは講堂に遅れてやってきたローズヒップの様子と態度に大層ご立腹だったわけで……あとローズヒップ(仮)は優秀だが、所謂BC自由学園で言う所の外部生なわけで……中等部の普通科から唐突に「戦車に乗りたい」と言って戦車道科に編入を選択して乗り込んできたノリと勢いで生きてる野生児なのだ。そりゃぁ合うはずがない。水と油だし、ローズヒップ(仮)も願い下げだと息巻くし、拗れる拗れる。
最終的にアッサムとダージリンが仲裁に乗り出し、「どうせ彼女は足切りに遭うのだし、彼女VS他全部にして戦車の動きを見ては?」という結論に至った。結局エリート側からメンバーの供出も叶わなかったので戦力差も鑑みて、思い出作りもかねてでダージリンが自分のチャーチルのメンバーから操縦手と砲手を付ける形で始まった。……わけであるが―――ここでダージリンですら予想していなかった事態が起きる。
ローズヒップ(仮)、単騎無双で残りの連中をほぼすべて蹴散らす()
試合開始とともに爆音を上げて走り出したローズヒップのクルセイダーは、その試合中決して止まらず駆け回り続け、時にブッシュを突っ切り、時に丘を利用してショートジャンプし、時にドリフトして見せ、敵の攪乱からの一撃離脱を繰り返し、気が付けば周囲で動いているのは相手のフラッグとローズヒップ(仮)のクルセイダーだけだった―――結構外してたので残弾が尽きたクルセイダーが戦闘継続不可能となったが、どっちが勝者なのかは火を見るより明らかだった。
―――ローズヒップ(仮)、未経験者だよな……?
飛び交う悲鳴と轟音。音を立てて割れるダージリンのティーカップ。手から落としてしまったことに気付いていなかったダージリン。操縦手のレベル差ともいえるが、止まらずに走り回るように指示を出し、右に左に反転前進を足踏みで刻んで送るローズヒップ(仮)の指示が的確すぎる。そういえばコイツ劇場版では単騎で大学選抜のチャーフィーと互角の戦いしてたっけ?
桃ちゃんに撃破されたって事実で上書きされてたが、割とガチ強者なのでは……??
「―――惜しいわ」
「ええ、政務が-200%だったとしても、中等部でこの素質ならば戦車道でお釣りが来ます」
ダージリンとアッサムはあっさりと方向転換し、掌スクリュードリルでローズヒップ(仮)を採用としたのだが……
「―――納得ができませんのでございますですわ」
なんと当人がこれを拒否。理由は「自分がお紅茶を淹れるのに失敗したのは分かっているのでございます。試験に失敗している以上、合否判定で合格を出されるのは納得がいきませんでございます」ということらしい。
こうなるとアッサムダージリンも無理強いは出来ず、採用の件はお流れに。同時にローズヒップ(仮)が気に食わないからという理由で他の全部でタコ殴りにしようとして返り討ちに遭った他のメンバーもまた、一括で不適格として不採用人事になったのだ。
なお、紅茶の園に入室していなくても戦車道はできるということで、ローズヒップ(仮)が紅茶の園のメンバーに正式に認められるのはこれから2年後となる。
―――あれ?コレ根本的な目的(後継者問題)果たしてなくね?
******
「―――それで、どうなったんですか?」
紅茶の園の給湯室で、蒸らしの終わった紅茶をサーブしながら訪ねて来るこの間の下級生に「サンキュー」と返して受け取り、一口。
「―――うん。これはいいな、好きな香りだし、私の好みの味かもしれない」
「よかったぁ……お口にあったようで何よりです」
嬉しそうに両手を胸の前で合わせてニコニコと微笑む後輩を見てると自分が珈琲党だと言い出せないのだからしょうがないやん?飲むしかないやん?
これは紅茶への敗北ではない。この娘の持つ雰囲気に負けただけなのだ(強弁)
「―――あー……一応。紅茶の園は私と同級生で、紅茶の園に顔を出してなかった子がいたんで、その子が引き継いで隊長やることになった」
アッサムが連れてきたその子を見た時に俺も「あっ」となったわけだが―――コイツ二年生だっけ?とあの時今更なタイミングで気づいたんだ……(迂闊)
「当面の新隊長は“ニルギリ”。頭もよさそうだったし、中々いい隊長やってくれそうだよ」
いや本当、何で忘れてたかなあの人のこと(迫真)でもまぁ原作小説版ぐらいでしか登場しないし実質半分モブみたいなものだしなぁ……。なんてことを考えながらカップを傾けて紅茶を飲み干す。空になったカップを後輩に返してお礼をひとつ。
「ごっそさん。わざわざあんがとさん」
「いいえ、先輩のお役に立てたなら、幸いです」
そう言ってニッコリ微笑む後輩に手を振って、給湯室を後にする―――前に給湯室のドアの手前にダージリンが悠然と微笑んでいた。
「―――天翔エミ?いいご身分ですけど、そろそろ期末試験の時間でしてよ?お勉強はいかほどなのかしら?」
「あ、赤点は余裕で免れるし……」
日々の訓練にかまけてるとぶっちゃけ勉強なんぞやってられないのである。実際のとこ、今のままだと高校あたりで詰みそうではあるが、みほエリの芽吹きを確認できたら最悪高等部中退して中卒扱いで黒森峰学園艦の艦上街でバイトしながらみほエリを眺めていることすら考慮に入れている俺にとって、聖グロでの勉強に身が入らないのは仕方がないと言っていい(強弁&自己弁護)
ダージリンは俺の態度に「はぁ」と溜息を吐き
「いいこと?栄光あるグロリアーナにおいて、留年など許されません。私の隊で装填手に就いている以上、無様な成績は私の威信に響くと言っても過言ではなくてよ?私は自分のために貴女の学力を育てなければならないの」
「そりゃまたご苦労なことでー……」
今の気分を一言で言うならそう―――「知ったこっちゃねぇよ」である。
「こんな言葉を知っていて?【その年齢の知恵を持たない者は、その年齢のすべての困苦を持つ】」
―――やばい、わからん()
俺の沈黙にニッコリと微笑むと「じゃあそういう事で」と俺を抱き上げて連行しようと手を伸ばすダージリン。
「―――フランスの哲学者、ヴォルテール……正式にはフランソワ=マリー・アルエの言葉ですね」
後ろからかかった声と、伸びてきた腕にからめとられるようにぐっと後ろに引っ張られ、ぽすっと何かに当たって収まりよく収まった。背後に視線を向けると後輩がニコニコとした顔でダージリンを見上げている。ダージリンの伸ばされた手は対象を見失い(遊戯王感)所在無げに彷徨っていたが、やがてソーサーを支えていた片手に合流してカップを持ち上げる仕事に戻る。
「―――中々のお手前で」
「ありがとうございます。ダージリン様に褒めていただけるなんて、光栄です」
ニッコリ微笑み合う二人と後輩に抱っこされてる俺という構図で、俺を挟んで微笑み合いながら―――ダージリンが攻める。
「―――Envy is ignorance; imitation is suicide.*2」
「アメリカの思想家、ラルフ・ワルド・エマーソンの言葉ですね」
「―――Our riches, being in our brains.*3」
「オーストリアの作曲家、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの言葉ですね」
「―――Words are loaded pistols.*4」
「フランスの哲学者、ジャン=ポール・サルトルの言葉ですね」
撃てば響くとはこのことか。ダージリンの放つ格言を全弾撃ち返していく後輩。この漫才のボケとツッコミみたいなタイミングどっかで見たことあるぞオイ―――って言うか
―――オレンジペコ(仮)……お前だったのか(ごんぎつね感)
そりゃあオーディション来ないわ。最初から候補生で紅茶の園にいるんだもの。放っておいてもネームドになるなら一般公募に乗ってこねーわ……
唐突に真実にたどり着いてしまい、力が抜ける俺を支える後輩。ぎゅっと強く抱きしめるようにして支えてくれるのはいいんだけど、距離近い。近くない?(ジッサイ近い)だがとりあえずオレンジペコ(仮)とダージリンが出会ったし、あとは勝手にパートナーになるだろう。この漫才師並みのツーカーなやり取り見てればわかる(確信)
「―――天翔エミ、貴女ならこの子にどんな冠名を付けるのかしら?」
「え?ああ……オレンジペコで」
ダージリンに水を向けられて即座に返す。と、ダージリンがなんかこう、味わい深い表情に変わった。
「―――無知だ無知だと思っていたら……本当にこの子は……いいこと天翔エミ?
“紅茶の園の
「あぁ、オレンジペコさんは高等部にまだいるのか」
―――というかこの言い方ということは俺がパイセンに引っ張り上げられて紅茶の園でダージリンがまだダージリン(仮)だったころに一緒に紅茶の園で活動してたってことなのだろう。そりゃ呆れもするだろう。だが待ってほしい、あのパイセンのキャラの濃さで他の先輩たちが記憶に残るだろうか?いや残るはずがない(反語表現)
ダージリンはひとしきりお説教じみたことを言ってからその場を離れ、残された俺は漸く自由を取り戻せた。
「先輩。私が高等部に昇級したら、オレンジペコ様も卒業します。その時は、私にオレンジペコの冠名をくださいますか?」
「え?それまで冠名つかないけど、それでいいの?」
「先輩が私に相応しいと言ってくださった名前ですから」
と返された、何この子。天使か()
クォレハァ、ダーペコかペコダーを責任もって成し遂げてあげなければなぁ……(使命感)
「オッケーだ。約束しよう」
―――なお、ネタバレするならこの時の約束は果たされない(無慈悲)
ダー「―――嫉妬は無知のしるしであり、人真似は自殺行為である。」
(意訳:スキンシップに天翔エミの真似をして割って入るとか、無粋だと思いませんの?)
ペコ「アメリカの思想家、ラルフ・ワルド・エマーソンの言葉ですね」(無視)
ダー「―――私達の財産、それは私達の頭の中にある。」
(意訳:おつむに脳がきちんと入っているのかしら?考える脳はありまして?)
ペコ「オーストリアの作曲家、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの言葉ですね」(無視)
ダー「言葉とは、弾丸が装填されたピストルである。」
(意訳:私の言葉の意味、きちんと理解しているのかしら?直接言った方が早いのかしら?)
ペコ「フランスの哲学者、ジャン=ポール・サルトルの言葉ですね」(無視)
カス『これはベストパートナーですね(確信)』
********
百合成分が足りんので次話で補給(予定)
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第3章前夜譚 諜報屋アッサム
―――どこにもコーヒーショップが無い件(呆然)
地味にショックすぎるんだが……いったいどういう事なのか……?
聖グロ……聖グロリアーナはイギリスの特色を強く刻んだ学園艦というのは知っている(原作知識的な意味で)し、ダージリンが常に紅茶を飲んでいるのは知っているんだが……全くないとか考えたことなかったぞこれぇ……(絶望)
そもそもイギリスって紅茶の国ってイメージあるけど普通に珈琲も飲んでるはずなんだよなぁ……どういうことなの……?(困惑)
錠剤とかその辺も含めて手に入らないかと思って半日街を散策してみたが、大通りにドラッグストアがあったのは良いとして、紅茶の葉を専門で置いてる店や、紅茶専門の喫茶店の多いこと多いこと……
悩みに悩んだ結果、大通りを探すことを止めて裏路地に入り、薄暗い路地を選んだ俺は―――
―――そこに、辿り着いたのだ。
店内に居並ぶ宝石の如き珈琲豆の数々。砂漠でようやくたどり着いたオアシスの如く、この出会いはまさに運命であったと、後に俺は(ダミー日記に)記すのだった。
“コーヒーハウス”と呼ばれるこの聖グロ唯一のコーヒーショップ兼喫茶店が学園艦内でどのような立ち位置にあるのか、それを知ったのはここである女生徒と出会ったことがきっかけだったりする。とはいっても、その当時そいつは髪型を学園と外とで使い分けていたので、全く気が付かなかったのだが。
~時は進んで現在~
カランカランと軽快な音を立てる扉に、最初からそこに居たかのようにスッと脇から現れた少女がカーテシーで一礼する。優雅な所作で出迎えるのはオーソドックスなヴィクトリアン・アフター基調の礼装に身を包んだメイドさん。
「―――いらっしゃいませ。まずはお席にどうぞ」
「―――待ち合わせをしているのだけど―――“子猫はどちら”?」
アッサムがそう答えるとメイドさんは「こちらです」と奥へ促し、アッサムはそのまま道路に面した窓際ではなく、壁際の席へ歩く。コーヒーハウスのお客はまばらで本日もまたいつも通り店員としては退屈な一日になるだろう。
「―――待たせたかしら?」
「いいや?それほど遅れてもないでしょ」
アッサムが席に着いて待ち合わせの相手を正面に捉える。湯気を立てる珈琲のカップを片手に小柄な生徒が微笑みを返す。
天翔エミとアッサム。珍しい組み合わせのツーショットがここに存在した。
*******
コーヒーハウス と呼ばれる珈琲専門店が郊外には存在する。
紅茶とスコーンとフィッシュ&チップスの町と言っても相違ないくらいそれらの店が乱立して競合する聖グロリアーナ学園艦の中で唯一珈琲を取り扱う、大通りから大きく離れ外れた場所に在るお店。表通り―――と呼ぶには寂れている小路に面した側には珈琲喫茶としてのスペースが、裏手路地の方は小規模店舗で豆を販売している複合店舗である。喫茶店の店員は店主と思しきイイ感じの老年紳士を除けばわずか2名。客は固定客のみの隠れた名店風を装うこのお店が―――実はそのまま偽装店舗であることを知る者は一部の人間のみである。
―――コーヒーハウス。それは聖グロリアーナが誇る諜報組織【GI6】の隠れ蓑であり、紅茶の園において聖グロリアーナ学園艦でコーヒーを愛飲していると公にする者は、すべてこの組織に属する諜報員、或いは協力者であるという公的な隠語でもあった―――ただ一人を除いて。
*******
「―――実働率230%……完全なキャパオーバー、だそうよ」
「はぁ……」
“コーヒーハウス”の表側、カフェテラス部分で向かい合って座る二人の少女。片方は微妙な顔のアッサム、もう片方もこれまた微妙な顔の天翔エミである。
「元々あの娘は外部で紅茶の園まで持ち込まれない程度の学内の諸問題を受け持っていたから、この上紅茶の園の案件まで持ち込まれたら手が回らないんですって」
「すんません。それニルギリを隊長に据えたのが間違いだったんじゃないですかね?」
湯気を立てる黒い珈琲にミルクポットからミルクを注ぐ。黒に渦を巻く白が混ざりモノトーンの渦巻きはやがて灰色に変わると見せて乳白色になるだろう。
「元はと言えば……どこかの次期三年生がもっと紅茶の園のお仕事に精力的であってくれたら私たちもニルギリを引っ張り出さずに済んだのですけどねぇ?」
「すいませんねー性に合ってないんでー」
嫌味をたっぷりと乗せたアッサムの言葉に、耳に両手を当てて「アーアーキキタクナーイ」のポーズでテーブルに突っ伏してだらけた態度を見せるエミ。アッサムはそんなエミの様子に苦笑を見せる。
ダージリンとアッサムが天翔エミの提案で行った候補生オーディション。次期隊長とその補佐を行う候補を選出するその会に於いて、しかし隊長・及び補佐職候補が選出されなかった。そのため、ダージリンから直々に【隊長職を押し付けられた】形になったニルギリはこれまで紅茶の園の外で黙々と庶務に明け暮れていた分の仕事に加え、天翔エミがこれまでダージリンとアッサムに投げっぱなしにしていた分の仕事を来年度以降受け持つことが確定になってしまっている。
一人紅茶の園のテーブルに座り、紅茶を淹れるためのお湯を白湯として胃薬を飲んでいるニルギリの姿は、アッサムをして見るに堪えなかったと、彼女は後に語る。
「私はそういったこまごましたこと考えるより、上から命令されて「やれ」→「はい」の流れのほうが性に合ってるんですよー」
テーブルに突っ伏したままのエミのそっけない言葉に、だがアッサムも納得はしていた。
天翔エミに人を率いる魅力がないわけではない。だが人を“使う”才能は無い。それをアッサムは理解していた。きっとそれはダージリンも同じことだろう。だからこそ天翔エミを後継に指名しなかったのだろうから。
「―――で、結局どうしたらいいと思う?ニルギリは『隊長をやってられないので別の人を選別していただきたいのです』って土下座で泣きついてきたんだけど」
「そう言われても……」
考えるように額に手を当てて俯くエミを見ながらアッサムはマーブル模様のままの珈琲の中に角砂糖を落とす。珈琲の色に染まった角砂糖はいずれ溶けて甘みに変わって消えるだろう。
「―――解決策が無い場合、貴女にニルギリの仕事を手伝ってもらうしかないんだけど……」
「さっきも言いましたけど、向いてないんですよ私」
「大丈夫よ。むしろ貴方にとって適任以外の何物でもないわ。適材適所率で言うと150%、十二分にお釣りがくる適任だから」
確信したようなアッサムの言葉に怪訝そうに顔を上げるエミ。そんなエミの様子を気に留めるでもなく、アッサムはテーブルの上に書類の入った封筒を置く。
「今回のミッションは、“諜報活動”だから。走り回ったりできる人材が欲しかったの」
****** O for E
面倒すぎて断りたかった。だって俺にメリットが何一つないんだもの。
ダージリンが卒業してから聖グロのレギュラーとしてトップを張るってのは並大抵の努力でどうにかなるものでもない。むしろそんな小手先の努力でどうにかなるものだったら紅茶の園なんてもの必要ないんだろうし、中等部だからそれほどでもないけどOG会の突き上げが厳しいこの学園艦で地位を盤石にしたところで中間管理職以外の何物でもないのはニルギリの状態がなにより雄弁に説明してくれている。
「申し訳ないんですけど今回は―――」
「次の大会で早くに黒森峰と当たるから、西住まほや有力な選手のデータを集めておきたいのだけど―――」
「―――やります」
「―――え?あ、うん。ありがとう、ご協力に感謝しますわ?(戸惑い」
それまで気のない返事だった俺が唐突に掌ドリルプレッシャーパンチな方針転換を見せたことにアッサムはやや戸惑いつつも状況を受け入れ、作戦説明を始めた。
*******
そしていまぼくは黒森峰学園艦にいます
アッサム考案の偵察ミッション。シチュエーションは『学園艦に編入のための見学に来て、保護者と逸れてしまった今年中等部の女の子』。それがアッサムの縁者ということでわざわざ金髪のウィッグを被らされて瞳にカラコンまでぶち込まれて淑女の立ち居振る舞いを促成栽培で叩き込まれている。
カツラを被るならと無駄に長い髪をバッサリやろうとした結果、アッサムに小一時間ガチ説教されたりもしたが、ここでは割愛する。
―――さて、(みほエリ)チェックの時間だぁぁぁ!!!
公的(?)な諜報活動という名目で黒森峰に乗り込んで生みほエリを鑑賞できるチケットとかそりゃ乗らなきゃなるまい、むしろ乗らない選択肢などあってはならない。乗るしかないですもんね、このビッグウェーブに。
そんなこんなで黒森峰戦車道の演習場へと足を運んだのだ。現状、中等部で何がどこまで【フェイズエリカ】しているのか?その辺りをきちんと調査しておかなければならないだろう。自分に自信がないみぽりんの態度にブチギレ金剛してるエリカの姿がありありと浮かぶ以上、下手をしないでもみぽりんが孤立してる可能性がある。一応、まぽりんにみぽりんのフォロー枠として抜擢されてる以上、凄まじくビジネスライクなお付き合いくらいはしてるんだろうが……。
いずれにせよ、生みぽりんと生エリカというエサをぶら下げられて、黙っていられるはずがないんだよなぁ……これはそう、天佑神助!最近(ダージリン関連で)SAN値をガリガリすり減らしている俺へのご褒美であると判断する!!(希望)
後半へぇ続く(キートン風)
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第3章 諜報員『野良猫』
俺が(諜報に)やってきた学園は、それはそれはとんでもない場所でした。(クロ高感)
「わぁぁぁぁぁぁ!!!!」
思わず悲鳴が口から飛び出ていた。至近距離で着弾した砲弾が周囲の地面を抉り取る。炸薬を抜いた模擬砲弾とはいえ戦車から吐き出された砲弾なんぞ食らった日には一般女性より極端にちまっこいこの身体なんぞ一撃でバラバラのミートくんだろう。
「―――大人しく投降なさい!今なら戦車道ルール適用内で“相応の代価”だけで済ませてあげるわ!!」
戦車の上から顔を覗かせ拡声器で声を張り上げているのは―――我らがエリカ!
そしてその後ろで親の仇を見る様な表情でこちらをきっちりとロックオンしているまぽりん。そんでもって
「―――あのっ!やっぱり私が説得を―――」
「聞く相手じゃないから!どう考えても捕まったらラーゲリのプラウダよりやべぇやつだから!!」
逃げ回る俺にお姫様抱っこの形で抱えられ、今なお俺のSAN値と胃壁をガリガリと削り続けている西住みほことみぽりん。
「あぁ畜生!!アッサム!アッサーーーーム!!!応答しろよアッサァァァァム!!!」
耳に装着したインカムに向けて怒鳴りつけるが全く反応がない。状況はさらに混迷していきそうな様相を見せているし、みぽりんをお姫様抱っことか極一等のピロシキ案件なこの状況が刻一刻と俺の罪状を積み上げて行っている。
―――なぜこのようなことになってしまったんだ!!(マン感)
俺は天を仰いでそう叫びたかったが、そんな無駄なことをしていたら確実にスナイプされるか追いつかれるので無言を貫き速度を上げるのだった―――。
―――【悲報】黒森峰の闇は深かった【戦車道】partXX
演習場へと向かう雑木林の中を枝から枝に、幹を蹴って時にぶら下がり、アッサムに用意してもらったフック付きロープを活用してダーマ式ターザンジャンプを駆使して飛び跳ねる。
フック付きロープを使った三次元移動を含めた隠密機動で森の中を突っ切っている最中だった―――ふいに、声が聞こえたのは。
『―――貴女に副隊長がふさわしいとは思えない』
雑木林の奥まった人目が付きにくい木々の密集した場所。そこで一人の女生徒が数人の女生徒(モブ)に囲まれていた。
―――っていうかみぽりんやん()
目標をセンターに捉えたまま頭上の樹の枝を飛び移って近づき、会話を聞き取ってみる。やや聞き取りにくいが、要約すると以下のような感じらしい
・何故貴女が副隊長に選ばれたのかわからない(まぽりんに聞けよ)
・隊長の妹という立場で副隊長に就いて恥ずかしくないのか(だからまぽりんに言えよ)
・貴女の補佐についている逸見さんに悪いと思う気持ちがあるのなら辞退しろ(だからまぽりんにry()でもその辺もう少し詳しく)
本人からの辞退を強い口調で押し込もうとする圧力を感じる。が、そんなもん通るはずがない。
―――まずまぽりんに話を通す前にエリカに話が行くだろ?
→ エリカがまぽりんイエスマン状態なのに「まぽりんが決めた人事を理由もなしに辞退する」などという話聞く耳持つはずが無いだろ?
→ 理由を詰問するだろ?
→ みぽりんが「同級生or上級生に圧力掛けられました」なんて口が裂けても言うはずないだろ?
→ 全部みぽりんの「私がやらない方がいいと思うから」的な意見ってことで独断で通そうとするだろ?
→ 【フェイズエリカ】しちゃうだろ?
→ エリカのみぽりんへの好感度が下がりまくるだろ?
→ それを俺が許せるはずがないだろ?
―――『許さない』そんなことになってみろ、みほエリの目が消し飛んでしまう可能性とか『許せるはずがない』、『許せるものか』、モブごときのせいでそんなことが起こるようなら容赦なく『呪ってくれよう』―――
わなわなと震える拳が枝を握りしめ、ミシリと音を立ててそこそこ太かった枝が“ひしゃげて潰れて砕けた”パラパラと落ちる木くずに、モブ女生徒が異変に気付いたのか、俺の方を見上げる。
暴力はいけないことだ、それは分かってる。なので怒りの形相を堪えつつ可能な限り笑顔を作り、木から半分だらりとぶら下がる形のまま、とりあえず若干フレンドリィに挨拶する気持ちでややぎこちない笑顔を取り繕う。
それでも凄味が必要だし、せめても低音を絞り出してみる。
「―――てめーらの顔、覚えたゾ♪月の無い夜は気を付けろYO」
―――絹を裂く悲鳴がハーモニーを奏でながらドップラー効果を起こして消えて行った。
―――なんで?(困惑)
後に残されたのは呆然とこちらを見上げるみぽりんと、どうしたものかと困惑する俺。とりあえずどうしようもないので木の上から飛び降りて着地する。ビクリと身を震わせるみぽりんに、とりあえず身だしなみを整え、パンパンと服の埃を払って聖グロで慣らしたカーテシーで一礼。きょとんと毒気を抜かれた表情を見せるみぽりんに、手を差し出す。
「―――こんにちは。通りすがりの迷子です」
「……は、え???」
「お姉ちゃんと逸れちゃったので、探してくれたら嬉しいです」
もう色々手遅れっぽいが、とりあえずカバーストーリーを垂れ流してみる。
困惑しながらも俺の手を取ってくれるみぽりんマジ天使。これは大天使ミホエルだわ(確信)
****** E for M
―――もう嫌。
そんな思いでいっぱいだった。身に合わない身代に置かれ、一年が経過して―――それでも、私を分不相応だとする意見ばかりで……私自身も、それをわかっていて―――
―――私じゃ、お姉ちゃんにはなれなくて―――
もう何もかも放り出してしまって、逸見さんに投げ出してしまおうかと思った。限界だったし、これ以上続けて、みんなに嫌な思いをさせながら戦車道を続けて居て欲しくなかった。
―――私がいる限りそれがなくならないなら、私は居なくなった方が―――
【―――ユルサナイ】
―――声が、聞こえた。
【―――ユルサナイ……ユルサナァイィィィ……!!】
次いで、ミシリという空気を震わせる音と、ミシミシと何かがへし折れる音。パラパラと木の破片が降ってきた。
【ノロッテクレユゥゥゥ――――】
ボソボソと、風に流されて飛んで来るような声が恐怖をあおる。周囲で私を取り囲んでいた人たちも、ザワザワとあたりを見廻して、降ってきた破片を気にして空を見上げて―――
【―――キサマラノカオ、オボエタゾォォォ……ツキノナイヨルニキヲツケロォォ……!!!】
―――憎しみのこもった目でこちらを見つめる“西洋人形のような小さな人影”、乱れた金髪をだらりと垂れ下がらせて、片手にへし折った木を握り締め、ポタポタと白い肌から血を零れさせている。赤い血の色がひどくリアルで、その強い憎しみを宿した瞳が―――
―――ニィ、と、笑みの形に撓んだ。
『―――ヒッ―――ひぃ……ゃぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッッ!!!!?』
弾かれたように駆け出し、蜘蛛の子を散らす様子の彼女たちと真逆に、私はその場を動かなかった。動けなかったというより、動く必要を感じなかった。
―――この人は敵じゃない。
こちらを見下ろしている瞳に、敵意を感じなかった。普段針の筵のような気分で居続ける私は、他人の悪意に敏感になっていたというのもあるかもしれない。
西洋人形さんは、ふらりと木の上から身を躍らせると空中で態勢を入れ替え、両手両足の4点着地で地面に飛び降りて、手の血を拭いつつ手櫛で髪を適当に整え、パンパンと服のホコリを払ってから、優雅に一礼して見せた。
「―――こんにちは、お嬢さん。通りすがりの迷子です」
「……は、え―――???」
「お姉ちゃんと逸れてしまったので探してます。一緒に探してくれると嬉しいです」
あたかもさっきまでのホラー映画さながらの光景を無視した様な態度で理路整然と語る目の前の女の子に、どうしていいのかわからないまま
「ええと……じゃあ、案内するね?私は西住みほって言います」
「―――天之庄(てんのしょう)エミリーです」
私は、小学生くらいの身長の女の子の手を取って歩き出す。小さな手、子供のころ、お姉ちゃんと一緒に田舎道を走り回った時の記憶が思い出されて―――
「―――ありがとう」
「……どういたしまして」
私は、久しぶりに素直に笑えた気がした。
****** M for E
―――【悲報】やはりみぽりんの闇は深かった【黒森峰】partXX
あどけない少女を演じて某眼鏡ボウズのようにみぽりんの近況を聞き出しつつ、適度に相槌と励ましを交えつつ色々聞いてみたのだが……
―――凡そ、黒森峰の現在の作戦とか布陣とかにおける各車輛とそのメンバーの特性、特筆すべき能力、長所短所などが詳らかに説明された件(畏怖)
みぽりんをナメてたわけではない。大洗に転校して1か月もしない間に同じクラスの生徒全ての誕生日と名前、顔を一致させ、好きなものと嫌いなものを網羅している少女を警戒しない方がどうかしていると言える―――のだが……
―――みぽりんすごすぎない?(称賛)
レギュラーメンバー全員の顔と名前だけでなく車輛に乗った際の癖や動きのパターン、攻撃後の初動や回避運動時にどちらに転身することが多いかなど、事細かに見てファイリングするだけでなく“そのすべてを、脳の中に収めて必要な時に必要な分だけ引っ張り出せる”という異常性。西住の一族は皆化物なのかと言わざるを得ない(確信)
しかしどうするか……アッサムから受けたお仕事であるデータ収集は既に9割くらい完了している。みぽりんから垂れ流された情報は首から下げたアクセサリーに仕込まれたICレコーダーに録音されている。通信機でリアルタイム通信によりアッサムにも送っているがアッサムの反応が薄いため、聞いているかどうかの確信は持てない。
「―――わたしは結局、副隊長なんて向いてないんだと思う」
悩んで居る間も愚痴交じりのお悩み相談が続いていたのか、みぽりんがそこで言葉を区切る。次いで、ぶんぶんと首を振り
「ごめんね。こんなこと言っても困るでしょ?」
「―――吐き出しちゃえばいいと思うよ?」
後退しようとするみぽりんに、俺はそう言って返した。少しだけ驚いた顔のみぽりんを見上げるようにして、目と目を合わせる。
「みほさんは溜め込み過ぎなんだよ。適度にだれかに思ったことぜんぶぶつけなきゃダメ。みほさんをフォローしてくれる人に頼ってもいいんだよ、きっとその人は、みほさんが本音をまっすぐぶつけてくれないから怒ってるんだと思う」
―――そう、みぽりん。君は一人ではない、エリカがいるのだ。まぽりんから正式にフォローを任されている彼女こそ、みぽりんの唯一の味方であり、信頼していい人材なのだ。さぁ!!(内心)
「―――でも、私が副隊長を続けて居ることを、みんなが嫌がっているのなら―――」
「―――それはちがうよ?」
すとん、と。そんな擬音が似合うくらい自然に言葉が出た。思わず出てしまったくらいの自然さに、みぽりんが唖然としている。
「―――大切なのは自分がどうしたいのか。それを置いて誰かの言うままに動くことを自分の意思だと勘違いしてはいけない」
誰が為に、誰が為にと動くだけで自分の意思を失ってしまうなど愚の骨頂。その結果他人のために己をないがしろにするなどあってはならない。
―――え?俺?俺はいいんだよ。二度目の人生みほエリに捧げると最初から決めてたんだから()
「―――私に、務まるのかな……?」
「まほさんは、できると思ったからみほさんを任命したんだと思う。そのためのお手伝いをエリカさんに頼んだんだろうしね」
みぽりんが足を止めて俺を見た。今までと違った、少し強い意志の宿った目で。俺はそんなみぽりんの意思を受けて、真っ直ぐに目を見返して、告げる。
「みほさんが副隊長なのは、隊長のまほさんの補佐をだれよりも上手くできると思われているから、そのための決断を手助けするためにエリカさんがいる。ぶつかり合って、話し合って、『私はこうだ』って言わなきゃ何も始まらない」
「でも……私、エリカさんがどう思っているか、知らない……」
みぽりんの言葉の最後はよく聞き取れなかった。こっちを見ていた視線はうろうろと右往左往している。揺れている心情を示しているかのようだ。
―――これはアレだな。荒療治しかないな。うん。そしてそれを為せるのは……俺しかいない(使命感)
「―――じゃあ、直接聞いてみよう」
「えっ?」
みぽりんに向けて精一杯微笑んでそう言ってから、俺は困惑するみぽりんの手を取ったまま元来た道を逆方向へ―――
―――黒森峰戦車道演習場へと歩き出した。
******
―――以上。
いやぁ、黒森峰舐めてました。諜報員という立場を舐めてました。今から土下座で謝りますから許されませんかね!?無理だろうけど!!
まず俺氏、エリカのとこに行くだろ?
→ 『みほのことが要らないようなので貰っていきますねwwww』って煽るだろ?
→ エリカが怒り心頭で詰め寄って来ると考えていたらそこにまぽりんがおったじゃろ?(予想GUY
→ 静かにオーラが溢れるまぽりんマジ怖ぇだろ?(恐怖
→ 正体を明かしてあらかじめアッサムから預かってた名刺代わりのメッセージカードを手首のスナップだけでテントの柱に刺さるように投げるだろ?
→ なんか
→ 黒森峰戦車道の一団が追っかけてくるだろ?(冒頭部分)
→ 速度無制限のアウトバーンを横切ったりしてどうにかこうにか逃げ切ろうとした矢先に、学園艦の端っこにおいつめられたのが俺だろ?(絶望)
『―――さぁ、観念してウチの副隊長を返して投降なさい!!』
拡声器がハウリングを起こしてキィーーーンと鳴り響いて顔をしかめるエリカ。学園艦の端っこ、手すりに背中を預けるようにして、みぽりんは隣に降ろしている。
「―――アッサム。聞こえてるなら答えなくていい。これから“跳ぶ”から、回収宜しく」
勝利を確信してこっちを見ているエリカと、油断なくこちらを睨んでいるまぽりんから視線を切ることなく、耳のインカムにそれだけ告げて、みぽりんの背中をトンと押してエリカたちの方へ送り出す。
「―――こんな格言を知っているか?
―――【勝利を確信したとき、そいつは既に敗北している】―――!!」
そうして、驚愕する一同の目の前から―――“俺は消えた”。
何のことはない。そのままバックステッポゥ!で学園艦の外に飛び出しただけだ。スクリューの波に呑まれてしまわないようにできる限り遠くへと跳ぶために全力で手すりを蹴ったため、手すりが軽くひしゃげて形状が変わってしまったが、まぁきっと誤差だろう。
手すりから身を乗り出すようにしてこちらを見る黒森峰一同を尻目に、アイルビーバック!な感じで親指をグッと天に向けて突き出して落下していく。
―――突然だが学園艦ってのは学園“艦”というだけあって、でっけぇフネである。その船という構造上、避けては通れないモノが必ずついている。
意図せず海面に落下した人を速やかに救助するために船の側面に配置された落下式の救助ボートと、そこに救助隊が飛び降りるための―――
「パラシュートだッッッ!!!」
こうして俺の潜入ミッションは終わりを告げたのだった―――。
――月――日
ぼくはいま、びょういんにいます。
あの後、黒森峰学園艦の救命ボートからパクったパラシュートで無事海面に着水した俺でしたが、アッサムがタグボートで俺を捜索して引き揚げたのだが―――
夏の大会を過ぎて、現在の季節は11月に入ろうという季節である。水温は……推して知るべし。
結果的にまぁ、発見されたときに俺は割と蟲の息だったらしい。
体温が下がりすぎて意識が朦朧としていた俺をアッサムが応急処置したらしいけど、とくになにもおぼえてません。
思い出そうとするとなんかこう、震えが止まらないんです。
風邪を通り越して肺炎を併発しているらしく、絶対安静だとか言われました。
―――冬季親睦会、今年こそは参加してみぽりんとエリカとご挨拶とかしたかった。アドレス交換とかしたかった……何故俺は(諜報の時に)あんな無駄な時間を……(ミッチー感)
*******
「―――ですから、何度も申し上げているでしょう?我が校の生徒に“天之庄エミリー”などという生徒は存在しません。並びにGI6に【野良猫】などというコードネームの構成員も居りません。ええ、調べていただいてもよろしくてよ」
通話を終えて、フゥと息を吐くダージリンに、紅茶がサーブされる。
「―――随分としつこい相手でしたね。お疲れさまでした」
「ええ、面倒な相手だわ……まぁ、大会で戦うときにこちらのメンバーも調べて来るでしょうけど―――」
紅茶を一口。にこやかに微笑む。ダージリンの言葉に、エミの代わりに庶務を引き受けている後輩の少女は不安げな顔を見せる。
「エミ様にたどり着くのではないでしょうか……?」
「あの子の今の体調で冬季親睦大会に参加できるはずがないでしょう?居ないものを探したところで見つかるはずがないわ。―――ああ、実に滑稽な話ね」
目を細めてクスクスと嗤うダージリンを後ろから眺める少女は、“うわぁ”というドン引きの表情を見せていた。
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第4章前夜譚 パイセン()
そこは権謀術数が渦巻く現代の闇鍋。常世の黒を煮詰めて作り上げた災厄のスープを、黙って飲み干してにこやかに微笑む者だけが無事に生き残り―――
「―――もーやだー死ぬー……」
―――こうして、貧乏くじを引く羽目になるのだ。
「死ぬー。このままじゃブリティッシュに染まり切って死んじゃうー。わたしつまんなーい!おうちかえるー!もしくはダージリンつれてきてーダージリンー」
テーブルの下で足をバタバタさせる女性。聖グロリアーナ現隊長で最高責任者である生徒会長の立ち位置に座る彼女こそ―――SN【アールグレイ】その人である
「―――アールグレイ様?あまりご無理を申されましても」
困った顔の女生徒が一人、紅茶を用意して途方に暮れていた。
一応テーブルの上に紅茶をサーブするも……
「―――(ぷいっ」
顔を背けてぶーぶーと子供のように駄々をこねる様子に、ほとほと困り果てていた。
「―――あら?お邪魔でしたかしら?」
紅茶の園の扉を開けて、優雅に一礼する訪問者が現れたのはその時だった。
「あーもぉだーじりぃぃぃん!!聞いてよもう!酷いのよぉ!主にマチルダ会がぁ!!」
「ああはいはい。私も他人事ではありませんから、今のうちに慣れておくためにも聞きますわよ。その前に……先輩、紅茶を戴けるかしら?」
ぱたぱたと駆けて行って、まるで子供のように泣きついてくる大人の姿に全く動じることなく受け止めると、ダージリンは微笑んで女子生徒に指示を飛ばす。上級生が下級生に命令されたというのに、状況から逃れることの方が大事だったのか、安堵した様子でその場を後にする生徒が完全に姿を消したことを確認し、
「―――それで、マチルダ会はなんと?」
「―――聞いて驚きなさい?“私たちの作戦で準優勝を得たとはいえ、皆の努力が足りないために黒森峰に惨敗を喫してしまいました。より一層の奮起を期待します”だってさ」
ダージリンの胸に顔を埋めて泣きじゃくっていたはずのアールグレイが、顔を上げてダージリンにだけ聞こえる声で話しかける。駄々っ子のように地団太を踏んでいた彼女の姿はもうそこにはない。
懐からアンテナのついた何かの機械を取り出し、密着するアールグレイの体勢を入れ替えながら周囲360度をぐるりと振り回したダージリンは、機械を懐に仕舞い込む。
「―――盗聴器の類は無いようです」
「オッケー、じゃああとは人払いだけで事足りそうね」
互いにあと一歩踏み込めば唇をついばみ合うほどの距離で、互いの耳元にのみ届く声量で会話し合う。傍目にはアールグレイがダージリンに寄りかかり、キスを強請るような構図を作りながら―――ダージリンの首筋に顔を寄せ、舌を唇を這わせてわざと大きな音を立てるように吸い上げる。
―――チュッ ちゅっ……「ダージリン……ね?」
「ぃ、いけませんわ……アールグレイ様……そんな……」
―――っちゅっ、ちゅっ……
幽かに奥の給湯室まで届くかどうかという声とやり取り。服の内側に手を入れるアールグレイを嗜めるようにダージリンが拒む様子を見せながら、“給湯室の影で覗いている先ほどの女生徒”と目を合わせる。
「―――いいでしょぉ?……それとも、私が欲しいと言ってるのに、断るの?」
「―――駄目ですわ……だって、見られてますもの」
ちらりと今度ははっきり視線を合わせてみせる。それにつられるようにアールグレイの視線が彼女の方へ向き
「しっ!失礼しましたぁ!!ご、ごゆっくりぃ!!」
女生徒は慌てた様子でガチャガチャとティーセットをテーブルの上に置き、急いで外へと出て行った。
アールグレイは満足そうにその様子を見たうえで、内側から閂を懸けて、椅子に座る。やや乱れた衣服を整え居住まいを正すダージリンを悠然とした様子で待つ姿は女帝を思わせるに足る風格だった。
「―――じゃ、ダージリン。聞かせて頂戴?中等部への連中の浸食具合と、それに伴う高等部の影響の変化について、貴女の意見を」
「畏まりました。僭越ながらご説明いたします」
恭しく一礼して書類を服の内側から取り出すダージリン。
―――ここは聖グロリアーナ女学院。常に相手を出し抜くことを考えていないといけない権謀術数の世界である―――。
「―――お話が終わったら、続きもする?」
「……しません」
―――権謀術数の世界である()
*******
聖グロリアーナの学園艦に乗り込み、中等部で一年を過ごしたその日。
私は、『運命に出会った』と、後に述懐する。
―――だってそうでしょう?他にどんな言い回しをしろというの?
―――屋上でアンニュイな気分で空を見上げて居たら【親方!空から女の子が!】してきたのよ!?これって運命じゃない!?
その日私の前に流星の如く降り立ったそれは―――
「―――そこどいてぇぇ!?いやむしろ動くなぁぁぁ!!」
大声を張り上げながら、身を捻って直撃を回避し、代わりにそのままの勢いでロンダートのようにゴロゴロと側転とバク転を繰り返して、屋上から路地の下に―――消えず、そのまま隣の建物まで跳ねたと思ったら、壁を蹴って隣の建物の上まで跳んで跳ねて、再び戻ってきた。
―――すっごーい!?なにあれ!?なにあれ?!(語彙消失)
語彙も消失しよう。それくらいありえないものを見た。三流映画のワイヤーアクションよろしく、重力に真正面から喧嘩を売っていくスタイルでアニメのような常識外れのアクションを見せてくれた目の前の少女は、一回死を覚悟したような、そんなハイライトが軽く消えたような顔をしていた。
「貴女……すごい身体能力ね!どんな鍛え方したらあんなありえない軌道で戻ってこれるの!?」
思わず声をかけ、小柄なその身体を抱き上げていた。全身汗だらけだったので私の服も汗まみれになりそうだったが、そんなの気にしていられなかった。
―――この娘のことが気になる!不思議!ありえない!知りたい!もっと知りたい!!
好奇心に後押しされるように抱き上げたその少女の腕を、脚を、腹直筋を、大腿筋を、上腕筋を、僧帽筋を確かめるようにペタペタと触って、軽く揉んで、肉の付き方を確かめていく。
「―――っだぁぁぁぁぁぁ!?」
大臀筋の辺りを触り始めたあたりで不意に弾かれたように暴れ出した少女が、私の手を離れ地面に降り立つ。そしてそのままカサカサとすばしっこいネズミのように駆け回り、屋上の端っこから飛び降りた。
焦って追いかけ、下をのぞき見た私の目に、壁を蹴って減速しながら落下する少女の姿。逃げられた?この私が?
この私の手から、逃げた?あんな小さな子が?
「―――顔は覚えたわよ!!!」
遠ざかる小さな姿に向けて、大声で怒鳴り上げる。聞いたか聞かずか、小さな影はそのまま視界からいなくなり、辺りには静寂が戻ったのだった。
かといって、少女を探す伝手が別にあるわけではない。GI6に「これこれこういう感じの少女がいるんだけど、探してくれない?」などと頼もうものなら幼女趣味のレッテルを張られるか病院を紹介されるだろう。マチルダ会やチャーチル会に弱みを見せるわけにもいかないし、悩ましいものだ。
―――ところが数日後、私は運命と再会した。
中等部の新入生と上級生の合同訓練の日。衆目に紛れるようにして紛れきれない少女のような小柄な体躯。周囲を気にしない孤高な猫のような姿。
――― ミ ぃ ツ ケ タ ♪
こっそりとその背後に忍び寄り、肩を掴んで逃げられないように軽く持ち上げる。
いかに筋力に優れて居ようと、鎖骨を押さえて両脚が地面に完全には付かない状況であるならば、抵抗などできない。肉体科学の方面からそれは明らかだ。
「こんにちは、
「―――こ、こんちわっす」
カタカタと小刻みに震えている生まれたての小鹿のような少女の様子に内心で首をかしげる。何か拙いことでもやったかしらわたし?
まぁいいかと思考を切って捨てて、少女を引きずって我が栄光の車輛、“マチルダⅡ”に引っ張っていく。小学生と見まがう小柄な少女を連れてきたメンバーの皆は「また隊長が面白いの連れてきたよ」みたいな表情を見せていた。げせぬ()
「ところで、ニンジャはどのポジションの志望なの?」
「あ、はい。装填手です」
周りから失笑が巻き起こった。当然だ。この小柄な少女が、マチルダの6ポンド砲(砲弾重量2kg前後)とはいえ、装填を十全にできるはずがない。なんていうのは火を見るよりも明らかだから。
「そっか。じゃあ装填手ね」
笑顔で応じた私に周囲が止めるのを押し切って、強引に装填手の席に座らせ、他のメンバーを配置させる。
当然でしょう?
だって私は直接見ている。この小柄な少女の身体能力がいかほどなのかを。
―――この後は特筆すべきことはない。彼女は十全を越えて十二全に装填手としての責務を果たし、むしろ高速装填に慌てた砲手にミスが目立つ結果になった。
バツとして砲手の子の大胸筋をちょっとマッサージしたくらいは大目に見るべきだと思う。―――前回よりやや成長していたので情報を上方修正しておく。
「リトルニンジャ。貴女の烏帽子名は【ブリュンヒルデ】よ」
「ブリュ……何ですかそれ?」
【烏帽子名】を知らなかったことに驚きなのだけれど、聞いた話によると彼女は黒森峰を受験して失敗したのでこっちに流れてきた編入組らしい。ならば陸の初等部を経験してないので知らなくても無理もない。
ということで私直々に説明をしてあげることにした。
―――え?拒否権?あるわけないでしょう?私を誰だと思っているの?
がっくりと肩を落とすブリュンヒルデに思わず笑みが零れた。作り笑いではなく本気で微笑むことができたのは久しぶりな気がする。この娘といると退屈はしなさそうだし、色々な意味でこの学園で騒動を起こして私を楽しませてくれそうな気が、何となく予感できた。
――月――日
痴女に会った(恐怖)
******
パルクールで街並みの建物や路地など、主要な交通ルートを確認しつつ、自己鍛錬に割と使えそうな障害物の多い場所を見繕っていたところ、屋上に佇む人影に全く気付かず、あわや接触事故という状況に陥る俺。
必死で身を捻り、体操選手さながらの動きで衝撃を殺し、自己を回避したはいいが、今度は屋上から転落しそうになったので、隣の建物のベランダまで飛び移り、そのまま壁を蹴って上に移動、再び壁を蹴って屋上に戻る。
人間とは限界の壁にぶち当たった時、死ぬ気でやれるかどうかで壁を突破できるかが決まるとはよく言ったものだなぁ。
本気で死ぬかと思った俺のうすっぺらい記憶が走馬灯のように巡る中、思ったのはシンプルだった。
―――まだみほエリの「み」すら始まってねぇんだよ!死ねるわけねぇだろ!!
生の実感に大いなるみほエリ神(偶像崇拝)に感謝しているとなんか抱き上げられた件(なんで?)
そのままなんか腕だの足だのペタペタ触って来るわ肩揉んでくるわ服の中に手ぇ入れて来るわ、こっちの抗議の声なんざ聞いてくれないわ……何なのこの人(恐怖)
手が尻に伸びたあたりで俺は悟った。
―――こいつは俺の身体を狙っている変態だ(確信)
何なのこの人、百合なの?リリィなの?ペドなの?やばくない?ヤババない?(やばい)
必死で暴れて無理やりひっかいてゴキブリの如く逃げる!!もう恐怖で腰が立たなかったので両手両足で四つ足状態で屋上の端っこまで逃げて、そのままダーイブ!!あーばよーとっつぁーん!!と壁を蹴って減速する俺の背中に「顔は覚えたわよーーー!」とヤ●ザのような捨て台詞が聞こえてきた。怖い(怖い)
――月――日
痴 女 襲 来 !!?(EVA感)
聖グロ新入生歓迎イベント。上級生との合同練習で、メンバーを探してチームを組むため周囲をきょろきょろしていたら、背後から両肩を掴まれた件。
「 み ぃ つ け た ♪ 」
アイエエエエエ!?痴女!?痴女ナンデ?!(困惑Lv4)
痴女に引っ張られるようにして戦車に引きずり込まれる。図らずもメンバーを探す手間が省けたが、痴女に身体を狙われながらの試合とか勘弁してほしい(迫真)
「リトルニンジャは何ができるの?」と聞かれたので「装填手です」と応えたら周囲から失笑された。が、その後ガッコンガッコン装填してたら絶句していた。
俺にポジションを聞いてきた痴女の人だけがクッソ爆笑していたが……
試合は圧勝。戦車を降りて「正式にメンバーね。これ決定事項だから」と告げられる。拒否権はないんですか?そうですか(諦観)
―――試合後、なんか「ブリュンヒルデ」とか名付けられた。なんでも優秀な連中は皆「紅茶の銘」を名乗る「ソウルネーム」と、それ以外に優秀者に付けられる四股名のようなものがあるらしい。
―――後になって知ったが、この「烏帽子名」というのは名付けた相手の庇護下に入ることを意味しており、実質「烏帽子親」にツバをつけられたようなものだったらしい。最初に言って欲しかったぞこのブリカスどもめ(恨み節)
余談だが、ブリュンヒルデはシグルドに槍ぶっ刺す方の北欧神話の方ではなく、ゲルマン方面の方(ジークフリート)に登場するアマゾネスの女王のことを指しているらしい。英国なのに()
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第4章 アールグレイの姉妹(ノーブルシスターズ)
「うー……バイト、バイト」
今アルバイトを探して(学園内を)全力疾走している俺は聖グロリアーナに通うごく一般的な女子生徒。強いて違う所を挙げるとすればガルパン世界にTS転生した元ガルおじってとこかナ―――名前は天翔エミ。
そんなわけで帰り道に在る
ふと見ると、ベンチに女性が座っていた。
「(マチルダ会で戦車道)やらないか?」
学園艦は内部のプラントにより食料やその他様々な物品を生産している。これは学園艦内で多くの人が暮らしている以上必要なことである。そして人が生活する以上、そこに貨幣経済が生まれないなどということは決してない。
つまるところ仕事によって糧を得る必要があるので、
いくつかあるバイトの中から自分にできそうなモノを見繕っていく。できれば長期雇用が発生しそうなモノがいい。それでいて、自分の売りであるパワーとスタミナ、それとすばしっこさを生かした職種を選ぶべきだ。荷運びであったり砲撃練習のための装填手の雇用であったり、部屋の移動のための引っ越し手伝いだの映画スタントマンなんかがモアベターであろう。
間違っても、時給が良いからと言って「新製品の下着モデル」だったり「自主製作映画のヒロインオーディション」だのそんな感じの項目を選んではいけない。ストレスで血を吐く羽目になる(戒め)
「もし?そちら、天翔エミさんではございませんこと?」
「―――はい?」
唐突に名前を呼ばれて振り返ると学外の服装の女性が一人、こっちに優雅に会釈してきた件。誰ですか?(素) 自己紹介と同時に渡された名刺を見ると『マチルダ会代表 ****』とある。
まぁ、話自体は何という事はない。ただ単に「
実際問題として、別にマチルダ会に所属して戦車が強制的にマチルダになろうと俺のやることは装填以外変わらないのだからどうなろうと構わないのだが―――
「―――お待たせいたしましたわ」
「うわわわわっっ!?」
不意にそんな声が聞こえると同時に俺の身体がふわりと持ち上げられ、俺は浮遊感から思わず悲鳴じみた声を上げていた。もふっと重量感のあるものに押し付けられている感覚とともに見上げると、ニコニコ顔のパイセンが居た。どうやら小さい子の脇の下に手を入れて抱き上げる感じに持ち上げられているらしい。
「貴女―――この間紅茶の園にお呼ばれしていた……」
「その節はどうも♪近いうちに冠名を授かる予定ですわ」
ニコニコとした笑顔で誰だお前と言いたくなるお貴族様トークでマチルダ会のOGを圧倒していくパイセン。しばらくOHANASHIをしていたが完全に呑まれ切ったマチルダ会の何某さんはそそくさと立ち去ってしまった。私としては別にマチルダに固定されようと問題ないんだがなぁ、装填しかできんし揺れまくる車輛よりは鈍足でも安定してるマチルダの方が―――
「だーめーでーすーぅ」
さっきまでのカリスマ溢れる姿はどこへやら、俺と対面するように抱き直してこちらの内心を読んだかのようにジト目で唇を尖らせて俺に駄目出ししてくるパイセン。なんでやねんと思ったりもしたが、そこまで読んだかのように大きく胸を張り、言った。
「貴女がマチルダに乗ったら、チャーチルの私が楽しめないじゃないの」
「……先輩。無知蒙昧な私にゃー言っていることが全く理解できません」
結局よくわからないままマチルダ会の話はお流れになり、その日は普通に手ごろな荷運びのバイトを請け負って帰ったのだった。
―――後日なんか俺の机の上に「高給保証!」とか書かれた見出しと一緒に「給与・実働時間、応相談。資格:天翔エミであること」とか書かれたバイト用紙が貼ってあったので丁寧に折りたたんで机の中に仕舞い込んで、後で焼却炉に放り込んでおいた。
何故かその日、パイセンの機嫌が悪かったらしく他の下級生が戦々恐々としていたらしい。
****** Emi to Earlgray
「貴女に冠名“アールグレイ”を受ける栄誉を与えます」
「―――謹んで、拝領致します」
恭しく一礼して冠名授与を終えた。これで私は今日から【アールグレイ】の名前で呼ばれることになる。冠名《ソウルネーム》、別名に【紅茶銘】と呼ばれるこれはグロリアーナだけのルールである。
聖グロリアーナの生徒会など、学園運営に携わる者たちが所属するハイソサイエティの住まう場所。それが紅茶の園である。―――という建前で、卒業したはずのOGの一部は紅茶の園に居座って学園艦から外に出ようとしない者が居たり、気が付いたらそういう引きこもった様なOGが学園艦の方の運営にかかわっていたりする。大いに謎が秘められた場所である。
アールグレイと名を改めてもやることは変わらない。ただ、自分の使える手札が純粋に増えたのは有難いことだった。チャーチル会の一員として所属しつつ、引っ張った費用を使ってチマチマとレストアしていた私の夢の結晶を、今私が特に気に入っている二人だけに見せることにした。
―――巡航戦車クロムウェルMarkⅧ
聖グロリアーナにやってきて、倉庫の奥で煤ぼけたガラクタに過ぎなかったコレを、少しずつ少しずつレストアしていった。今や完全に復旧が完遂し、ミーティアエンジンも完璧にレストアが完了していつでも動かせる状態になっている。
「私の夢はね。倉庫の隅っこで埃をかぶっていたこの子と一緒に、配備数で争ってる御三家の方々を抜き去って、私だけの戦術で優勝することなの」
誰からもそっぽを向かれていたこの子はもうガラクタじゃあない。きちんと磨きを掛けられた私だけの戦車になった。
あなたの真価は私が皆に教え込んであげる。価値なしと見限った連中を見返させてあげる。大きな流れに逆らったものをつまはじきにする有象無象に、弾かれた者たちで咆哮を上げよう。研鑽はそのための牙なのだから。
******
中等部を卒業し、高等部に昇級する。中等部のころに出会った西住まほ。それにプラウダのカチューシャと名乗った少女。粒よりの強者で嫌になるわ。
けれど同時に燃えて来る。世間では常勝黒森峰の話題で持ち切り、4強なんて持て囃されてはいるけれど、実質黒森峰をてっぺんに、下に集う羽虫の群れから一足抜きんでただけの存在に過ぎない。
―――だからこそ燃えて来る。
大向こうの予想を覆して勝利したとき、皆はどんな顔で私たちを称賛するだろう?それを想うと心が躍る。敵が強ければ強い程、燃え上がる、燃え盛る。
足を止めず、思考を止めず、進み続ければ縮まらない距離なんてない。
―――私は、そう信じていた。
速度×時間=距離 という方程式は絶対だという法則から目をそらしていた。
******
――月――日
最初の一年目はベスト4。でも私には何一つ焦りなどなかった。
何故なら今年の大会は小手調べに過ぎない。来年も、あの娘を加えての小手調べの継続だ。
2年の歳月を相手の戦力分析に使って、3年目、最後の夏で優勝する。そのための布石。そのための敗北。悔しさがないわけではない、涙だって流れる。
それでも、あの子たちが進級してきて全員が揃う3年目こそが、私にとって最大のチャンスなのだ。“負けてもしょうがない顔で笑顔を見せている連中”が居なくなるその時こそが、私にとって最高の賭け時なのだ。
甘んじて敗北を受け入れよう。この辛酸をも糧に変えよう。
古人に曰く『臥薪嘗胆』この苦しみも、この悔しさも、涙も、全てのみ込んで明日の糧に変えてみせる。
******
――月――日
2年生になり、私が名を冠した『ダージリン』が昇級してきた。まずは一人。アッサムも含めれば二人、手駒が揃った。
高等部の戦車道は中等部のものとはレベルが違うが、この子たちならば乗り越えてくれる。きっと
あとは中等部のあの娘が昇級すればすべての準備が整うのだ。
――月――日
三度目の桜の季節。あの娘が進級してやってきた。
これで私の持てるすべての手札が揃った。あとは可能な限り磨き上げるだけ。
私の3年間―――いえ、6年間の集大成。必ず実を結ばせて見せる―――!!
******
「―――クソッ!糞っ!!糞ッッ!!」
縦横無尽に走り回るクロムウェル。快速で駆け回る車輛から、行進間射撃で吐き出される砲弾は、しかし相手の重装甲に手も足も出ない。
至近距離まで近づけるならば、有効打を与えるだろう。けれどそんなことをしたら包囲陣で囲まれ逃げ場を無くし、動きを止めたところを倒されるのは自明の理。
無意味だとわかっているのに、砲撃を止められない。
―――当たり前だ。
3年だ。3年待ったんだ。3年間、無為に過ごしたことなど一日足りとない。修練を積み、OG会の影響を遠ざけ、チームメンバーを護り、後輩を鍛え、自分を鍛え、やっとここまで―――準決勝までやってきたんだ。
あと一歩なんだ。あと一歩で決勝。決勝で、上がって来るだろう黒森峰に勝利すれば、私のこれまでは報われる。この子だって、ガラクタではない何者かになれる。これまでの全てを皆に報いてあげられる。
―――だから
「―――負けてられないんだよぉ!!お前たちなどにィィィィッッッ!!!」
吠える。己の闘志よ余すところなく弾丸に宿れとばかりに咆哮する。
―――嗚呼、けれど
『聖グロリアーナフラッグ車、走行不能。プラウダ高校の勝利―――!!』
敵陣を寸断し、フラッグを探す私の下に届いたのは、そんな絶望的な宣告だった―――。
******
「―――ごめんね、勝たせてあげられなくて」
ところどころに傷跡を残す車体を撫でる。公式の大会はこれで終わり。私と
そう考えると、不意にさみしさがこみあげて来るもので―――
「―――申し訳ありませんでした!アールグレイ様!!」
ガレージに入って来るなり平謝りするのは、フラッグ車を任せたダージリンだった。自分が守りを抜かれてフラッグを死守できなかったことを責任として感じているようだ。
「大丈夫よダージリン。貴女が護り切れなかったのなら、たとえ誰であっても無理だっただろうから」
「ですが―――ッッ」
責任感と罪悪感からだろうか、涙を流すダージリンを抱きしめて、あやすように背中をぽんぽんと叩く。
―――涙は見せられない。こんな後輩がいる前では、絶対に。
「―――いつかこの悔しさを糧に、勝って見せなさい」
「―――はい……ッッ!!」
ひとしきり涙を流した後は、いつもの彼女に戻っていた。きっともう大丈夫。私の知る彼女ならば、今回の敗北も糧にして、【対応】して見せる。
ダージリンと別れて、自分のテントに戻る。着替えるために、パンツァージャケットを脱いだ。
―――あぁ、駄目だ。
戦闘服《ドレス》を脱いで、頭が理解してしまった。『もう終わったんだ』と。
終わった。
終わってしまった。
私の3年間は―――これでもう終わってしまったのだ。
「――――――っ……くっ…………ぅ………ッッ……!!」
流すまいと決めていた涙が、止められなかった。気が付けば、その場に膝を着いていた。
駄目だ。“これ”は駄目だ。
折れてしまう。何かが音を立てて、折れてしまう。
―――ふわりと、優しい手が私の頭を撫でていた。
顔を上げると、滲む視界の向こうに小さい影があった。小学生程しかない小さなその娘は、近くにあった砲弾用の空の木箱を踏み台にして私の頭に手を届かせていた。
「―――お疲れ様でした、先輩。
大丈夫。先輩の
「――――――ッッ!!」
感極まって、目の前の少女を抱きしめていた。抱きしめて、声を殺して泣いていた。
ああもぅ、生意気な娘だ。何処までも小生意気で無遠慮でどうしようもなくド天然な娘だ、本当に。
「―――忘れなさい。さもないと全身余すところなくチューするわ。時間をかけて丹念に、他の誰も見れなくなるくらい」
「墓の下まで持っていきます、マム!」
ひとしきりぬいぐるみのように扱って、泣き顔と醜態を晒した気恥ずかしさと、アールグレイとしての威厳の保持のためと―――あと若干の乙女心から口にした言葉を秒で斬って捨てた彼女をやや不機嫌な目で見てしまったとしても、きっと私は無罪。控訴は棄却する。
ここで約束を求めるくらいなら、本気になってあげても良かったけれど、後輩のお気に入りだからこれ以上踏みこんでやらない。元々私は御簾の向こうで夜這いを待つタイプの高嶺の花なのだ。何をおいてもあなたが欲しい、くらいでないと本気になってあげない。
「
有言実行できるようなら、私からもご褒美をあげる」
******
―――時は流れ、戦車道高校生大会準決勝。
轟音を立てて突き刺さり、地面ごと複数の敵車輛を薙ぎ払う
『黒森峰フラッグ車、行動不能!!よって、聖グロリアーナの勝利!!!』
黒森峰のティーガーⅠを打ち砕き、減速に失敗してなだらかな斜面を滑り落ちていくクロムウェルMarkⅧ。
「―――約束、ちゃんと護ってくれたのね」
電光掲示板に映る「WINNER」の文字と、観客とグロリアーナの生徒たちの称賛と歓喜の声を受けて輝いて見える私のクロムウェル。
私では果たせなかった夢は、彼女たちがかなえてくれた。
「―――とびっきりの“ご褒美”を、用意しないとね」
―――私が最初に見出したのだし、後から彼女に引き合わせたのも私なんだし、
問題はない。あれでもこれってアレよね?最近流行ってる『びーえすえす』ってやつよね?アリなのかしら?ナシなのかしら?
「―――まぁどっちでもいいか」
ざっくりと悩んでいた思考をぶった切って、脳内を切り替える。簡単な話だ。
とてもとても、シンプルな話だ。
「―――愛してあげる。だから黙って愛されなさい。答えは求めてないわ、ハイかイエスかダーかウィで答えなさいな。その代わり、わたしの全てで応えてあげる」
当面は彼女を、どうやってすり抜けようか、どう出し抜いてあの娘のところまでたどり着くか。それを考えないといけないかな?
私は【疾風】アールグレイ。古人曰く『兵は神速を尊ぶ』が如く、まごまごしているのなら颯爽と攫って行きましょう。
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第5章前夜譚 西住みほ(黒森峰)
本日何度目かになるかわからない溜息を吐き、少女は空を見上げた。
「―――みほ?何してるの?練習が始まるでしょ、ほら、しっかりしなさいよ!隊長!!」
「―――っ!は、はいっ!!今行きますっ!!」
廊下の向こうで声を上げる逸見エリカに大きな声で返事をして、背を向けて駆け足で集合場所へ向かうエリカの背を大急ぎで追いかけるみほ。しかしそれでもきもそぞろなみほの足取りは千鳥足もかくやの有様で―――
「―――――はぶっ!?」
結構痛そうな“がつんっ”という音ともに、教室の外をタテに走っている排水管にしたたかに頭をぶつけて座り込んでしまう。
頭をさすりながらヨロヨロと立ち上がるみほの前には、さっき走って行ったはずのエリカが佇んでいて―――
「―――全く、鈍くさいわね」
―――仕方ないなと言った表情でそう言って、みほの手を取って引っ張り起こし、そのまま手をつないで引っ張るようにして駆けだしていく。
「ご、ごめんなさいエリカさん」
「――――――」
小声で謝りながら引きずられないように速度を上げるみほにエリカは答えない。
何も言わないエリカの様子に『怒っている』と感じたみほはより小さくなって何も言えなくなってしまう。
代わりにエリカに追従して駆けながら、みほは俯いて小さく呟いた。
「―――エミリーちゃん……もう会えないのかな……」
――月――日
ダージリン、卒業。去り際の卒業生に花束を渡す役目は筆頭の役目ってことで、俺が代表でダージリンに花束を渡す役目を担うことになった。
「先に行って待っています。……ちゃんと卒業できますの?」
とクソ失礼な直球を投げ込まれたりもしたが学年主席取ってるやつから言われるとド正論過ぎて反論もできねぇ……。
実際のとこ俺の成績は決して良いものではない。ギリッギリのギリで赤点取らないようにスレスレの低空飛行で普段生きてる中、ダージリンが「紅茶の園のメンバーである以上、生徒の模範であるべきです」とか言って俺に色々レクチャーしてはそれを必死で一夜漬けモードにして乗り切ってきたという前例がある以上、こいつの心配はもっともだろう。
だが心配をしないでもらいたい。留年なんぞするわけにはいかないのだ。
だってそんなことをしたらみぽりんを救うための大会に参加できないからな!!
それこそ己の命をかけて挑むべきミッションである。確実にこれをものにして、明日へ繋げなくてはいけない。黒森峰の試験に失敗したことは過去の過ちである。その結果聖グロに入学することになり、みほエリの構築を他所からテコ入れせねばならなくなった。距離感も遠くなった。この失敗、二度はない!
――月――日
新隊長『ニルギリ』のもと、俺のポストは『ご意見番』となった。
なんか紅茶の園の外に置いてある『めやすばこ』に投票されていく陳情を解決したり、高度な柔軟性を以て臨機応変に隊長からのヘルプ要請に応えるだけのケツで椅子を磨くポストなのだとか。
―――の割に動く頻度高い……高くない?俺騙されてる?騙されてない?
―――おのれ
――月――日
春になって今年もやってきました【戦車道大会中学生の部】!!
今年はダージリンがいないためニルギリを隊長に俺、ルクリリ(予定)、オレンジペコ(予定)+1名がメインメンバーである。
+1名?それは当然―――ローズヒップ(予定)だ。
さて、このメンバーでどこまで戦えるものかな……。
――月――日
くっそしんどい(素)
何なの……この戦術なんなの……?ニルギリの補佐で一緒に運用してはじめて気づく『浸透強襲戦術』の産廃っぷりよ……。
―――本来攻め手の侵攻を防ぐために戦車で壁を作る。その線引きは重要なファクターである。フラッグ戦ではなく殲滅戦である中等部の試合ではそういうの考えないで丸ごと一丸になって吶喊!!ってのがわりと見る光景である以上、例えば、四方全てに均等に分散させて構えたところでどっか1方向に全車輛とかされたら4倍の兵力差でなで斬りにされる。そのため『敵の攻め手の方向と戦力をきっちりと読み切る戦術眼』を必要とする。それが防衛側の必須スキルである。
以上の前提を以て構築された『浸透強襲戦術』という約束された奇跡の戦術は、『攻め手よりも堅牢な壁を作り、壁を押し上げて圧殺する』というモノだ。
マチルダとかチャーチルといった「ただただ硬いだけが取り柄」な戦車ってのがこれを行うのに適任だというのは分かる。非常によくわかる。のだが―――
―――実際運用してわかる『相手の攻めてくる方向を読む』センスと『相手の戦力を正確に把握する』ということの難しさよ。
籠城時における『攻者三倍の法則』に主眼を置くと「なんだ、防御側の方が有利じゃん」となりがちだが、アレの前提は「装備、士気、練度が同じ軍隊がぶつかった場合」である。要するに「ただ硬いだけの英国戦車」と「硬くて早くてつよい独逸戦車」のぶつかり合いの場合、相手の攻撃力とこっちの防御力を拮抗させるための計算が必要になる。
達人が打ち下ろしてくる日本刀を防ぐのにお鍋のフタでどうにかできるのは宮本武蔵ぐらいであって、技量(=練度)と士気の計算を入れないままの防衛陣なんざ紙クズもいいとこなのだ。
―――詰まるところ、ダージリンはこの「敵戦力の把握」「敵練度の把握」「敵の攻撃時の編成予測」「それにおける敵総攻撃力の計算」を事前の情報だけである程度済ませて置いて「どこをどのように進軍してくるか」を予め見通して、チェスか将棋でもやるかのように陣形を構築、壁を作って受け止め、迎撃で相手を削り、隙を見て一網打尽。ということを繰り返して勝利してきたわけである。化け物かな?(雑感)
原作練習試合でノーマークだったみぽりんにほぼほぼ1対5の状況からタイまで並ばれた失態はあれど、ほとんどの勝負に危なげなく勝利している。
こと情報戦と、それを生かした戦術指揮という観点から見ればトップクラスの才能を持っていると言えた。聖グロじゃなきゃもっと生かせたかもしれないけど!しれないけど!!
――月――日
ローズヒップ(予定)が全く言うことを聞いてくれません(諦)
試合が始まると同時に防衛陣を構築しようとする連中から外れていきなり「ヒャッハー!」し始めるの。試合中一度も止まることなく駆け続け敵攻撃隊をガッタガタにすることもあれば、勢い余って即撃破されることもあるバーサーカー枠である。
何なの本当に……何なの……?
「レギュラーから外すべきでは?」という意見もあるが、実際きちんと戦果上げてる上、アールグレイパイセンが「面白いじゃない【あれ】、もっと見たいわね」とかホットラインで連絡してきたとかでニルギリの顔が面白くも笑えねぇことになっている。胃薬の量が限界を超える前にどうにかしてあげたいんだが、どうにもならん。
だ(-じりんた)すけて
――月――日
ダージリンに助言を求めるホットラインを送ってみた。
「貸し1」と等価交換でダージリンが直々にやってきて手ほどきをするらしいので高速でポチった(即決)
******
『それでは、試合―――始め!!』
「ヒャッハァ!!突撃ですわー!!」
試合開始の宣言とともに飛び出そうとしたクルセイダーに―――
「―――――
「はいですの!!」
通信機越しに強い調子の声が響き―――それに従順に従いクルセイダーがその場で旋回運動を行い始める。同じ場所をグルグル回っているその様子は、自分の尻尾を追いかけて遊んでいる犬の様なイメージを周囲に抱かせた。
「―――偵察車輛より報告0900より敵車輛の一団」
ニルギリからの報告に、装填手席に座っている天翔エミは複雑そうな顔で通信機を手に取る。
「―――
「わっかりましたわー!!」
ゴウッ!と地面を蹴立てるような音を立てて全速力で駆け出すクルセイダー。凹凸をものともせず、むしろ飛んだり跳ねたりというデタラメっぷりを発揮している。
「―――Gwyllgi*1、逆だ、逆。0900の地点から来てる敵を叩くの!」
「わっかりましたわー!!」
グィン!!と明らかに慣性を無視したようなドリフト染みた方向転換でターンをキメたクルセイダーが駆け出していく。
その様子を見送ってやれやれと息を吐いたエミは、ニルギリに通信機を返し
「―――じゃあ、防御陣地構築始めちゃって」
ニルギリに向けてそう言って、どっかりと椅子に座り直して疲れたように肩をすくめた。
******
――月――日
ローズヒップ(予定)は「行け」「待て」「伏せ」「お座り」を覚えた!(てーれれってってってー)
モノの数時間で何一つ聞く耳持たねぇ突撃魚雷にスイッチとリード取り付けるとか英国人やべぇな(神奈川県民) 流石ダージリン、口八丁に定評がある!
―追記―
「命令を聞いた犬」に【よーしよしよし】が必要だということを説明された。
ローズヒップミサイルをぶっ放した試合の後、頭を撫でろとばかりに期待の目で後ろをついて回るわんこ舎弟の姿がある。放置するとこう、捨てられた子犬さながらの落ち込みっぷりを見せるため順調に俺の胃にジレンマからのスリップダメージを刻んでいく。
やはりダージリンは俺を遠回しに仕留めに来ていると確信した(名推理)
*****
そして、中等部決勝戦にて―――運命は交差する
*****
「―――エミリー、ちゃん?」
「いいえ。天翔エミです」
「天乃庄エミリーちゃん……さん、だよね?―――ですよね?」
「いいえ、天翔エミです」
このやり取りも何度目だろうか。と張り付けた笑顔で対応しつつエミは内心で嘆息する。いや、みほの執着がこんなにもひどいとはエミ自身予測していなかったというのが正しいのだが……
「はじめましての天翔エミです。コンゴトモヨロシク」
「―――その強引な誘導……やっぱりエミリーさんだよ」
背にびっしりと冷や汗を浮かべつつ、それでも張り付けた笑顔で応対せねばならないエミは本気で胃が軋む思いをしていた。
西住みほに半端なく固執されているという現状と、スパイが「はいそうです」と認められるわけがない現実と、勢いと罪悪感とその他諸々で認めてしまった場合アッサムが高等部でどんな顔をして出迎えるだろうかという微妙な恐怖と、あとドヤ顔か爆笑で煽って来るであろうダージリンへの若干のムカつきとかそんな感じの感情がグルグルと内面でルービックキューブばりにないまぜになって回転していた。
『私語は慎んでね?試合だから』
「「アッハイ」」
結局このやり取りは審判に止められるまで続き、整列して礼を交わした後もう一度エミのもとへやって来ようとするみほを引きずるようにして自陣へ戻っていくエリカと、エリカに引きずられるみほの距離感に
―――【仰げば尊死】手前の内心を必死に抑え込むエミの姿があった。
******* to Emi
――月――日
我が世の春が来たぁぁぁぁぁぁ!!!!!!
中等部決勝戦。長い長い遠回りを経てみぽりん及びエリカと正式に挨拶を交わし、試合後にメアドと番号交換できた!
これを!次の作戦の布石とする!!(まぽりん感)
******* Emi to Miho
「仮にアレが前に潜入してきた【野良猫】だかなんだかってのだとして、自分から「はいそうです」なんて言うわけないでしょ?馬鹿じゃないの?」
「うぅ……でもぉ……」
頭ごなしに「馬鹿じゃないの?」と言われて何とか反論しようとするみほではあったが、圧倒的に正論過ぎて反論が見当たらない。そんなみほの様子にエリカは長い長い溜息をついた。
「大体アンタ……確認して、何をしたかったの?」
エリカにそう問われて、みほはパッと表情を笑顔に戻して、こう言った。
「ありがとうって伝えたかったの!エミリーちゃんには色々助けてもらったし!色々気付かせてくれたし!
―――あと、エリカさんともちゃんとわかり合えたし」
「―――最後のは別に、あんなのが居なくてもどうにかなったわ、多分だけど」
みほの言葉にぼそりとそう返して、エリカは背を向ける。表情をみほに見られたくないからなのだが、みほのまだまだネガティブな思考はそれを距離感と捉えてしまう。
けれどみほに不安は無くなっていた。相談できる相手が、頼ることができる相手が学外にできた。学内の人間ならば相談できないようなことも彼女にならば相談ができる。「いつでも頼ってくれていい」と言質も取っている。
「あ、そうだ。学園艦に帰ったよってメール入れよう。エミリーさんじゃなくてエミさんかぁ……エミさんはボコ好きかなぁ?朝ごはんは和食かなぁ、グロリアーナだからやっぱりパン食なのかなぁ?戦車はドイツ?それとも英国?趣味とか、あと好きなものと嫌いなものとか、お誕生日とか―――」
百面相しながら携帯とにらめっこしつつああでもないこうでもないと悩みに悩みながら歩くみほは―――
――――――ゴンッ
「きゃふっ!?」
前方不注意で張り出した学園艦通路内のダクトに盛大に頭をぶつけて涙目で蹲る羽目になった。(歩きスマホダメ、絶対)
―――後に天翔エミにより【怪文書の
第4章の話の間に5章前夜譚が挟まる感じになっているため、時間軸は少しずれています。
さて、まほルートも完成させねーと()
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第5章 導かれてしまった者たち(前編)
送信者:西住みほ
件名:学園艦に帰りました
本文:
改めてあの時はありがとうございました。……って言うのも、ヘンかな?
私はエミさんのおかげでまだ戦車道を続けて行けています。
まだまだ色々考えることも多いけれど、お姉ちゃんやエリカさんも気にかけてくれてるってわかったから、何とかなりそうです。
私のことも色々教えるから、エミさんのことも色々知りたいな。
(中略)
そういえば聖グロリアーナはイギリス文化だって聞いているんだけど、朝はやっぱりパンなのかな?黒森峰もパンが主食だけど、小麦じゃなくてライ麦の方のパンでね……(以下延々とお互いの学園艦の違いを考える内容の雑談なので省略)
そういえば次の演習しあ【データ送信量の限界です】
(30分後)
送信者:西住みほ
件名:Re:学園艦に帰りました
本文:
途中で途切れちゃった。ごめんなさい。
そういえば次の演習試合ですけど、黒森峰はマジノ女学院と試合をするために名古屋港に寄港します。グロリアーナの寄港予定が合うようなら、補給の間に色々見て回れたらいいなって思うんだけど。
グロリアーナの航行予定だと補給のための寄港が前日になってるから無理かもしれないけど。一緒に歩けたら素敵だなって……あ、でも予定があるかもしれないし、グロリアーナの生徒会のお仕事とかもあるだろうし、そっちが優先だよね。
*******
エミ「なんだこれは……たまげたなぁ……」
>> Emi
メールの届く「ピロン♪」って音が軽くトラウマになりそうなんだが……。
初手の長文ほどではないが、日に3度のメール攻勢に、きちんと返信を返して行かないと何かあったのかと心配されるメールがおずおずと送られて来て、着実に俺の胃袋に累積ダメージを刻んでいく。
しかしここは我慢なのだ俺よ。エリカとみぽりんの間で相互で話が通っているならこんなレベルのメールになっているはずがない。つまるところ今俺がみぽりんの命綱を握っている状態!これをうまく捌きながらみぽりんの地雷を解除し、安全な状態でエリカまでパスすること―――これは最も過酷で、
*******
ぬぁぁぁぁん疲れますよぉぉんもぉ~~~(疲弊)
何故俺はこうまで疲労しているのか……?それは―――そう
―――夏季期末テストである。
ダージリンからは「成績不振で留年など許しません」と先んじて釘を刺されていたし、俺としてもこの状況で留年なんぞしでかしてXデーに間に合わず改変チャンスをフイにするなどあってはならないことなのだ。
……それはそれとして学力に関してはお察しの俺のおつむでは限界オタクが極まったような状況に陥ることしばしば……頼みの綱としてオレンジペコ(仮)とお仕事(諜報)の依頼にやってくるアッサムの協力は不可欠である。
最近はストレスを発散するためも兼ねたトレーニングに(勝手に)付き合ってくれる舎弟ヒップが癒しであり胃痛枠だったりする。
――月――日
恥を忍んで全力でダージリンに下座ってみた。
結果としては交渉は成功した。したにはしたのだが―――なんで?()
******* E to D
「前期期末試験を乗り切れるように協力してください」
礼を持って深々と頭を下げる目の前の少女に戸惑いを隠せなかった。
私のよく知る彼女は反骨精神に満ち溢れていて、とくに私に“借り”を作ることが何よりも嫌いな女だったから。
「どういう風の吹き回しですの?」
思わずそう聞き返してしまった私は攻められる謂れはないと思う。
目の前の少女、天翔エミは露骨に視線を彷徨わせながらいろいろと思案している様子を見せてから、やがてゆっくりと顔を上げ真っ直ぐにこちらを見た。
「このままだと進級と卒業が危うい」
「貴女どうやってグロリアーナに入学できたんですか?」
すっぱりと真っ直ぐなヘルプコールに一瞬ぽかんと呆けそうになっていた。
彼女の成績不振は知っていたし、多少危なげない成績になるようにこれまでテスト前に勉強会を開いたりしていた。
が、たった一年。実質は半年ほどでそこまで成績が落ち込んでいるとは思いもしなかったのだ。地頭とかそういうものが原因ではなくて健忘症でも起こしているのかと思ってしまうほどである。
―――少なくとも、テコ入れをしなければ卒業すら危ぶまれる。
現状の成績を見るために簡易テストを用意してみたが、その結果を見るにそう思わずに居られなかった。同時に、ここまで衰えた頭脳を再び鍛え直すためには通って通わせての臨時家庭講師では不可能だという結論に至る。
とはいえ、本人にその意思がなければどのみち意味がない。
「――――何をしても留年を阻止したいですか?」
「当たり前だろ」
何言ってるんだ頭大丈夫か?というニュアンスを含んでいそうな声にややイラッとしながらも、言葉を選ぶ。
「どんなことをしても?」
「痛くなければおぼえませぬ」
覚悟は決まっている。その肝の座った返答にこちらも十全にて応えるべきと思うには十分すぎた。
「―――では、今日からそちらに泊まり込んで個人指導しますので」
「……なんで???」
******* D to E
――月――日
激動のテスト週間が終わり、俺に平穏が訪れた。
俺の部屋に泊まり込みで試験勉強をすることになり、俺の胃壁はほぼ限界を迎えた。
テストを終えると同時に精神的なダメージから吐血して倒れた俺は陸上の病院で数日入院して無事(?)夏休みに突入したのだった。
――月――日
ぼくはいま、びょういんにいます。
へいおんって、すばらしいなあ。
******* E to D
テストが終わり、天翔エミが倒れたという話を聞いて「ああ、やっぱり」と高等部紅茶の園の執務室でため息を吐いた。
無理もない。あんなオーバーペースで、睡眠時間を削る勢いで勉強をしていればそうもなろうというものだ。
私が泊まり込みで勉強を教えることになって、戸惑いながらもようやく己の立たされている場所が本当の本当に崖っぷちであることを自覚したらしい。状況を理解させるために初等部の教科書からスタートしたことが拍車をかけていた可能性は否定できない。
鬼気迫ると言った様子の彼女の姿に「留年などありえない」とはわかっていても尋ねずに居られなかった。これまでみてきた彼女の在り方生き方は【必要なもの以外には頓着をしない】というものだっただけに、この状況は疑問を抱かせるに十分すぎたから。
戦車道を続けること以外に執着を感じさせない彼女ならば、それこそ途中で「別に留年しても構わないのでは?」的な堕落の誘いをこっそりと運んでくる後輩のあの娘の言葉に乗ってしまってもおかしくないと思っていただけに……意外だと思っていたのだ。
「なぜそこまで頑張ることができますの?」
私の問いに
「当たり前だろ。こちとら留年なんて足踏みしてる暇なんか無ぇんだよ」
吐き捨てるようにそう答えて再び用意された予想問題集に向き直る彼女の背中に強い決意を見た。それは彼女の行動理由が「意地」であることを差し置いてもより強いものだと感じられる。
そしてそれは、留年をしている時間がない=来年までにどうにかしなければならない
一人では埒が明かないと考えて私は執務室で同じように夏季休校における申請書類と向き合っている先輩へと視線を向けた。
「アールグレイ様。来年度の―――」
そこまで口にしたところで私の頭の中で急速にパズルのピースが埋められていく。欠けた部分を想像で埋めて、頭の中で【結論】が組みあがる。
―――私の上級生にあたるアールグレイ様は現在高校二年生。来年度の大会が最後だということ。
―――天翔エミはアールグレイ様にその素質を見出され、引き揚げられて紅茶の園に庇護されてきたこと。
―――アールグレイ様が「黒森峰を倒し、大会で優勝すること」を目標とする気概にあふれた存在であること。
―――「足踏みしている時間はない」=「一年遠回りしていては間に合わない」という彼女の言葉。
「……ふふっ」
「―――なぁにー?私の仕事半分手伝ってくれるとか?」
艦を離れて夏休みを過ごすことが決定しているため溜まりに溜まるであろう書類の一部を先んじて片付けていたため死に体のアールグレイ様に、結論を導き出した私は小さく噴き出してしまったことをごまかすように
「いいえ、アールグレイ様は後輩に良く慕われておりますわね」
それだけ答えて書類と向き直った。
―――それはそれとしてなんだか出汁にされたようで気に入らないので天翔エミには何かしらの“お返し”を期待しましょうか。
********
――月――日
平穏が終わり、冬の期末試験も同様の精神ダメージで乗り切ることができた。やはり二度目だったため覚悟ができていたことが勝因と言えよう。
「無事進級できた時の見返りは期待しないで置いて差し上げますわ」
なんていうダージリンからの脅迫もあったが、無事進級できそうで何よりと言える。こんな状況で留年してみぽりんを救えないとか笑えなさ過ぎて『おいは恥ずかしか!生きてはおられんごつ!!』と即人生からピロシキする勢いだったし、みほエリの転換ポイントのフラグはおれの手でどうにかせねばならないものなのだから。
――月――日
中等部の卒業式。
俺は無事卒業することができた。思えば三年目はほぼ勉強してた記憶しかない。
というかダージリンが部屋に入り浸っていた状況が胃袋にスリップダメージ過ぎて勉強に没頭することでそれを緩和するほかなかったのが原因なんだが……。
******
卒業式を終えて、涙を流して別れを惜しむ百合ップル臭溢れる集団を抜け出して、中等部紅茶の園で荷造りを終えて校門に向かうと、そこにオレンジペコ(予定)とローズヒップ(予定)が待ち構えていた。
「「先輩!!第二ボタンをください(ませ)!!」」
―――なんで?(困惑)
いやいや待て待て待ちなさい(たやマ感)
第二ボタンってその文化女子校でもあるの?どういう需要なの!?
何で俺なの?エミペコなの?エミローなの?ローエミペコなの?何処の需要なの?馬鹿なの?死ぬよ?(俺が)
どうするの俺!?これ断る理由を考える余裕が今無いし、かといって渡すとしてどっちに渡す?って話になるだろ!?どっちに渡しても渡さなかったほうに角が立つだろ!?俺その時のダメージに耐えられる気がまるでしないんだけどぉ!?
畜生!なんて日だ!!こんなトラップが最後の最後に仕掛けられてるとか予想できるわけねぇだろ!!
いっそ逃げるか!?そんな選択肢も俺の中に生まれてきた。
―――が、ダメ……ッッ!!高等部への進級は決まっている……ッッ!!一時逃げられたとしても、所詮泥中……ッッ!!圧倒的、泥中……ッッ!!絡め取られている……ッッ!!四肢を余すところなく……ッッ!!
どうしようもない状況を前に微動だにできない俺は、この時ごく自然に背後を取られていたことに遅まきながら気づいて―――そのときにはもうすべては終わっていた。
「―――はい。これで万事解決ですわね」
背後から囁くような声が耳朶を打つ。同時に身をよじらせ反転した俺の前にはダージリンがニコニコと普段通りの微笑みを浮かべている。その手には卒業生に贈るための花束を持っていて、そして逆の手には―――今しがた俺の制服からむしり取った制服のボタンがひとつ鎮座していた。
「先のお勉強の対価は“これ”で勘弁して差し上げますわ。では、ごきげんよう」
そう言って俺にぽーんと花束を投げつけておいてさっさと去って行ったダージリンに、誰も何も言えないままただ立ち尽くすだけであった……。
よもやダージリンに心からの感謝をする日が来ようとは思わなかった。
――月――日
高等部の門をくぐる。
さぁ、ある意味でここからが始まりだ。
世界が望んだ
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
【 聖グロリアーナの三姉妹!?の長女にインタビュー! 】
聖グロリアーナの隊長、アールグレイ嬢(SN)に、戦車道連盟のレポーターがインタビューを試みました。先方は快くインタビューに応じていただき、本年度の戦車道大会高校生の部について語ってくれました。
「本年度は我らが聖グロリアーナが最も充実するであろう年になります。おそらく過去最強の聖グロリアーナ戦車道隊となるでしょう」
意気揚々と答えるアールグレイ嬢の言葉には、昨年より右腕として彼女を支えてきたダージリン嬢(SN)への信頼と、本年度高等部一年生として入学する『聖グロリアーナの三姉妹』の末妹、『マッハ』の異名で知られる天翔エミ嬢の参加が自信の裏付けであると思われる。(以下略)
< 月刊戦車道 より抜粋 >
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―――何それ聞いて無いんだけど?
『だって高等部以外に流してないからね』 by アールグレイ
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~蛇足編~
閑話:聖グロ対象こそこそうわさばなし
割とダージリンを始め紅茶の園のメンバーは否定しているが、グロリアーナの生徒たちの中に同性愛、所謂百合・レズという嗜好の人間が一定数存在する。という噂は少なからずある。というか、他の学園艦ですらまことしやかにささやかれているレベルだったりする。転生前の世界ですら、遠洋航海に出る船乗りなんかは海洋上で性欲処理する方法がなくて、羊を載せたりしてたらしい(イギリス話)し、遠洋を長期航海する学園艦。密室で他に発散するものもない、そんな状況で何も起こらぬはずもなく……とか容易に想像できるんだろう。ちなみに全く関係ないが外国の船乗りが良かれと思って外洋航海に向かう日本人に性欲処理用の羊を提供したら食肉用だと思って捌いて食ったというエピソードがある。
口汚い連中どもはウチのことを聖グロならぬ性グロとか影で嘯いているほど全寮制という閉鎖的環境で同性愛が繁栄すると思われている思想というのは一般的だ。
―――もっとも、そういった連中がブリカスの手から逃れることができて人生を謳歌してる。なんてこともまた在りはしないのだが……
「――――――~♪」
上機嫌で俺を膝の上に載せて周囲の見世物にしつつニコニコとすげぇイイ笑顔を見せるブリカス(ダージリン)を見ていると、どうしよう否定できないと思ってしまう。
―――俺としてもこの世界に百合の芽がなかった場合みほエリを為すためにまず思想を布教する必要があるし、そうなると面倒すぎて困るんでむしろ百合の気配は願ったり叶ったりではあるのだ。ただし俺を巻き込まなければ(胃痛)
―――嗚呼……血ぃ吐きそう(ストレス)
#1
――月――日
本日よりいつもの日記とは別に手記を残すことにする。これはそう、適宜調査報告のための覚書のようなものだ。
まず私の懺悔を行おう―――天翔エミにキスをしてしまった。
私自身、そういう趣味があるわけではない。ないのだが、気が付いたらそうなっていた。私がどういう考えでそうしたのか、今思い起こしてみても全く分からない。
その後天翔エミは入院してしまった。頭から血を流していることから、テーブルに強く頭を打ち付けたことが原因だということだ。記憶を消したいほどショックだったという事だろうか……?
―――私にとっても初めての経験だったのだけれど……
――月――日
天翔エミが帰ってきた。けれど私から露骨に距離を取っている。
どう考えてもあの一件を引きずっている。私自身も、どのように接していいかまるで分からない。距離を間違えたらまた近すぎる接触になる。そうなったら―――
―――彼女は私を、拒絶するだろうか―――?
―――私はそれに、耐えられるのだろうか……?
――月――日
最悪だ。
最悪すぎる。
弱気の果てに知らず目の前の手に縋りついて懺悔をしていた。
その縋りついた手が当人だった。死にたい。貝になりたい。どこか遠くの国で10年ほど離れてすべてが風化するまで隠れてしまいたい。
―――けれど私は許された。
嬉しい反面。その後の彼女の言葉がとても気になる。
「私は許すけれど、他の連中に同じことをしないと約束しろ」だっただろうか…?
この言動とこれまでの距離を開けた態度や彼女自身の性格から推測される事象で、もっとも可能性が高いもの、それは……
―――天翔エミが、私を性的に狙っている。という可能性―――!!
由々しき事態だ。私にそんな性的指向はない。ないが―――彼女がそう思ってくれていることを、心のどこかで喜んでいる自分が居る。由々しき事態だ、一刻の猶予もない。
確かめなければなるまい。
私自身の“これ”が、所謂恋心というモノなのか、それとも、一時の気の迷いからくる麻疹なのか。
そして天翔エミが【私だけを想ってそう言っている】のか、それとも【手始めに私を落とそうとしているのか】を、明確にしなければならない。
これは私自身を賭けた盛大な博打であり、同時に聖グロリアーナにとって絶対に無視してはいけない案件に成りえた。明日からでも実践しなければならない。
同時に現段階でどこまでを想定して距離を詰めてきているかをしっかりと把握して距離を見極めなければならない。
私にそんな気は無いのだから!!無いのだから!!
# 聖グロこそこそうわさ話 その1
【 聖グロ隊長ダージリンが己の内面に抑え込み切れない感情を
#2
――月――日
一歩目は大胆に。そしてそこから徐々に後退するのが交渉の初歩。
天翔エミの毎日のロードワークのルートは以前に追いかけた際に把握できている。後は、彼女よりも早く自身のトレーニングを終えて、彼女の寮の前で準備を終えておくだけ。
「あら天翔エミ、お疲れさまですこと。丁度良いわ、シャワーを貸していただける?部屋の水回りの修理が終わっていないの」
事前に水回りの修理依頼を申請しているから、この線で疑問を持って辿ったとしても不審な点は見つからない。細工は流々、後は彼女の反応次第。
やや渋々ながら部屋に受けいれてくれた彼女に感謝を述べつつ、シャワールームに向かう―――彼女の手を引いて。
―――さぁ天翔エミ……裸の付き合いという極上の誘いに貴女はどう出るのかしら?
――月――日
何なのもう!何が不満なのあの娘は!!おまけに言うに事欠いて人のことを痴女呼ばわりとか……ああもう腹が立つ!!
―――落ち着こう。“憤怒は他人にとって有害であるが、憤怒に駆られている当人にはもっと有害である。”と、トルストイも言っているのだから。
最初から肌と肌の触れ合いの極みからスタートというのもロケットスタートが過ぎたのかもしれない。そも彼女はどちらかというと潔癖症の気がある節があった。以前彼女の部屋でシャワーをお借りした際に勝手にシャワーを使うなと怒られたことがある。今回もそれに近いのかもしれない……考察が正しいのかわからないと言うのはもどかしいものだ。
―――思考しよう。思考は大切なものだ。“思考が人間の偉大さをなす。”とはパスカルの言葉である。
先日の失敗は裸の付き合いだったことだ。つまるところそこがネックであったと言ってもおそらくは過言ではない。
で、あれば全裸でなければ問題はないという結論になる。徐々に距離を置いていき彼女のセーフティラインから目的を割り出すためにも必要な作業と言える。これは私的な目的ではない。ひいては聖グロリアーナの生徒全てを対象としているかもしれない彼女の最終目的が何処までに至るかを調べる崇高な使命である。
―追記―
競泳水着を用意してみたところやはり逃走した。彼女自身はかなり初心なのかもしれない。それならば彼女の分の水着も用意してみるとしよう。
あっ、ちょっと、節分ではないのですからやめなさい。鬼のように私を扱うのをやめなさい!やめて、(珈琲)豆はぶつけるものではありません!やめなさいと言っているでしょう!!?
# 聖グロこそこそうわさ話 その2
【 紅茶の園にフリーパスを貰ってるブリュンヒルデ様(天翔エミ)は、普段から衣服の内側に“護身用珈琲豆”なるものを持ち歩いているらしい。用途は不明 】
#3
夜遅くまで勉強会(および雑談)を行い、就寝時刻と同時に同じベッドで眠る機会を与えても私を引き込む様子はなかった。だがここで私から歩み寄るのは誘っている形になりいざというときに弁解がやり難くなるので、アイコンタクトで誘っていると思われない程度にチラチラと視線を送ってみたが効果がない。
―――私に何か不満でもあるのかと思ってしまう。不愉快極まりない
ただし漸く最近この娘の距離の置き方が見えてきた。身体に触れるなどの行動を極力避けている。これは臆病さからくる行動に酷似している。普段の豪快で慎み浅く野卑な発言や行動と裏腹に、内面では他者に近づくことを躊躇い、悩む傾向にあるようだ。そのくせ他人の悩む姿を見るとおせっかいを焼くのは生まれ持った宿業か何かなのだろうか……?
それと、罰ゲームと称せば大体の行動は受け入れてくれることが分かった。少々ちょろすぎて心配になる部分があるけれど……これは調査する大きな好機と言える。
天翔エミはあまり勉学的な意味では頭がよろしくない。それでも中ほどよりは上をキープしているけれど徐々に順位を下げている。この状況が続くようならば中位を転落し、高等部に至るころには勉強についていけず赤点・追試に至る可能性がある。
―――ならばこれは彼女の学力向上を見据えた私なりの気遣いと言える(強弁)
私から格言などを含めたテストの問題傾向を考えた問題集を提示し、その問題をベースに日常の中に抜き打ちテストを盛り込む。失敗すれば罰ゲームで……一定時間抱きぐるみにでもなってもらうとしよう。
膝の上に乗せると身動きを取らなくなるので不覚にも黙って大人しくしていれば小動物のようで可愛いとまで思ってしまうのは難点ではあるが……天翔エミが勝手に動き回ると事態の把握も困難になるし、面倒が増える。相対的に見てプラスに働くのだから個人の思惑は置いておいても問題ないだろう。きっとそうだ。
****** D to ???
物憂げな瞳をしているダージリン様を、いつから見ていただろうか?
それがある日を境に元通り優雅な振る舞いを取り戻し―――
―――“戦乙女”さまへの距離が明らかに近くなった。
「もはや間違いなどありえない」
薄暗い闇の中、装飾の付いた目の部分だけを隠す貴族的なマスクをつけた少女が語る。
ぼう、と蝋燭が揺らめく。数はひとつ、ふたつと増えていき、周囲が蝋燭で埋め尽くされた。その蝋燭を燭台に載せ、一人が一つずつ持っている。全員に共通するのは顔を隠す貴族的なマスク。その人数は膨大で、広大な空間だというのに狭く感じる程に集まっていた。
「―――我らがダージリン様に春が訪れたという事!!」
―――ォォォォォォ――――!!!
密室を揺るがすような歓声が響く
「その相手が、同じ紅茶の園のメンバーであるという事!!」
―――ォォォォオオオオオオ!!!!
先ほどよりも強くなった歓声に周囲の空気が震えているかのような錯覚を感じさせる。
「―――そしてそれが、我らがお慕いして止まない“戦乙女”さまであるということ!!」
――――――――――
場を一瞬静寂が包み込み―――
――――ォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォ――――!!!
地響きにも似た振動を起こす雄叫びのような歓声が轟き渡った―――!!
「いやぁ……私は最初からあの二人は怪しいと思ってたんです」
「私はダージリン様はアッサム様と……なんて思っていましたけれど」
「ですがアールグレイ様の反発が予想されるのでは?」
「いや、アールグレイ様であればむしろ何人でも問題なく抱擁されるかと」
『確かに!!』
「――――静粛に!!」
ザワザワと姦しく騒いでいた集団がシンと静まり返る。声を上げたリーダーらしき貴族マスクの少女はマスクの奥の瞳をキラリと光らせると、口を開く
「―――先ほども言った通り、ダージリンさまと“戦乙女”さまの関係はもはや明白!!」
周囲の皆がうむと頷く。
「―――ならば我らのすべきことは!!?」
少女の声に
『―――華咲き誇るまでを見守る太陽であるべし!!』
一糸乱れぬ声が応える。リーダーらしき少女はこくりと頷く
「我ら―――」
『“アインヘリヤル”の名のもとに!!』
リーダーの掲げた腕に呼応して、皆が一斉に「応」と腕を掲げる。
周囲を支配するのは一体感であり、場に酔っている者もかなり居るのだろう。だがこの場にいる全員が共通した目的のもとに集っていた。
その目的が他ならない。
【紅茶の園のメンバーの恋模様をひっそりと見守りたい】という野次馬根性であった。
*******
「―――ふぅ」
ロッカールームで着替えを済ませて、顔のモノを外してロッカーの隠しスペースに放り込み、ドアを閉じる。一息つくも興奮冷めやらぬためか、少し汗ばんでいるように思えた。
「―――シャワーでも浴びようかしら……?」
更衣室すぐ隣のシャワー室への内扉を開こうとしたところ、外から小柄な人影が入ってきた
「―――ありゃ、邪魔しちゃったかな?」
「て、天翔様、ご、ごきげんよう!」
人影の正体が天翔エミ様だとわかってから慌ててカーテシーのポーズをとる。シャワーを浴びようとしていたところなので半裸に近い薄着姿なのが思ったよりも恥ずかしい。
「ああいや、更衣室の備品の残り様をチェックしてるだけだから、すぐ出るよ」
「あ、はい。お疲れ様です」
「いんや。そっちもお疲れ様」
顔を逸らしてそう言って手をひらひらと振ると、天翔様は奥の掃除用具や備品が入ったロッカーの方へ向かってしまった。今日は良い日だ。天翔様から声をかけていただいて、気遣いまでいただいてしまった。気力がみなぎっている予感がする。この後もきっと良い一日になる。絶対に!
―――翌日、ロッカーの備品チェック中に指を挟んでしまったとかで、痛々しい包帯を巻いた天翔様が居た。私とあいさつを交わしたその直後のことだったのだろうか?だったら私が居ながら申し訳ないと思ってしまう―――。
# 聖グロこそこそうわさ話 その3
【 聖グロリアーナには、“アインヘリヤル”と呼ばれる『紅茶の園の皆様を生温かく見守り隊』が存在する――――のかもしれない。なお、その総数も、誰が誰であるのかも互いに秘匿されている秘密組織である―――のかもしれない 】
――月――日
俺にもできる仕事ということで校内各所の備品の残りのチェックと、足りない備品の購入手続きの書類作成を請け負った。
更衣室の備品を調べようと入ったところ、出会い頭に内扉からシャワールームに入ろうとしてた女生徒(モブ)と鉢合わせした。シャワーを浴びようとしていたので半裸でした。
―――これは(罪状的に)アウトですか? アウトですよね(確信)
自分で指一本ピロシキすると最近目ざといダージリンに怪しく思われるのでロッカーを使って指を挟んだように見せかけ指ペキを敢行。最近色々アレな目に遭ってるんだし、このくらいやっておかなくてはなるまい、きっと。
骨折まではいってなかったのか内出血で青黒く腫れあがってきた指の関節部分を目ざとく見つけたダージリンに詰問され「かくかくしかじか(万能)」で説明。
「保健室へ行け」と言ってくるダージリンを放置してとりあえず内出血どうにかしないとと思ったので、給湯室にいって後輩たちの見てる中、給湯室のコンロであぶった果物ナイフでさっくり切って血抜きをしたら卒倒された。解せぬ()
激おこダージリンに「何をやってるんですか」と怒鳴られた挙句、応急処置と言って指を咥えてちゅるちゅると吸われながら舐め回された件。
これはピロシキに入りますか?(はい。入ります)
―――あれ?これ無限ループフラグじゃね?()
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閑話:ロサ・カニーナは
ローズヒップティーの名前で語られる「ローズヒップ」とは
「
イヌバラは「野ばら」という曲のモチーフとされており、言ってみれば「雑草の薔薇」と呼べるかもしれない。
さて、ここまで語ればわかるでしょう?私がどうしてあの子に冠銘を与えたのか……
~ 『アールグレイはかく語りき』より抜粋 ~
彼女は勤勉だった。ただし自分の興味を持ったものに対しては
彼女は真っ直ぐだった。ただし自分のルールという点でいうならば
彼女は自分に素直だった。ただし脳のリソースを『考える』に割り振っていない点を除けば―――
故に、この結論はある意味で当たり前の帰結だったと言える。
「―――お断りいたしますでございますですわ!」
現隊長ダージリン、及び副隊長アッサムを目の前にして、きっぱりと言い切った少女は、ピンクの癖ッ毛を揺らして大きく胸を張った。
「そもそも、最初に足切りを行うと名言されていた以上、わたくしは失格なのでございますですの。お紅茶の淹れ方もわかりませんでしたし、生徒会のお仕事も失敗してしまいましたし。それで合格と言われても―――スジが通らねぇでございますですの」
むふん、と鼻息荒く言い切った少女は背を向けて
「それでは失礼いたしますわ!」
そう言って講堂を立ち去ったのだった。
あとに残されたのは少女一人にいいように振り回されボコボコにされた生徒たちと、ダージリン、アッサム。そして―――
「―――で、どうするんだ?残りの面子から候補生選ぶか?」
興味なさげな態度でそう告げる子供のような背丈の少女―――天翔エミの言葉に、ダージリンはハッと気を取り直し
「―――多勢に無勢で逆にやられるような若輩者に候補生は務まりませんわ」
そう言って割れてしまったカップとソーサーの代わりをテーブルから取り上げ、軽く傾けて舌を湿らせてから―――にっこりと微笑んで見せる。
「では皆さん、皆様のこれからのご活躍とご栄達をお祈り致しますわね」
――― To Emi
おいやめろダージリン。その台詞は俺に効く(お祈りメール感)
ダージリンの“それ”はある意味死刑宣告に近いのではなかろうか?
****** Emi To Rose Hip
戦車道に触れたのはあの時が初めてだった。
―――まるでピッチングマシンのように矢継ぎ早に撃っては次、打っては次とマチルダから放たれる砲弾。
―――それを装甲に角度を付けて弾き飛ばし、受け流し、いなして防ぎきるチャーチルを主軸とした防御陣。
―――そして何よりも、
―――【止まらなければ狙えない!狙えなければ当たらない!故に足を止めなければやられない!】と公言し、戦場を縦横無尽に駆け回るクロムウェル!!
その鮮烈な光景が、目に焼き付いて離れなかった。
そう。私はあの時―――戦車道に恋をしたのだ。
***** Rose Hip to Emi
「―――というわけで戦車道への転科を希望しました―――の、で、ございますですのですわ!!!」
「お、おう」
聞き取り調査に赴いた俺にそんな感じのモノローグで答えてうっとりと空を見上げるローズヒップ(予定)
「ですが」とその顔がギリィと歪む。
「正直期待外れ―――で、ございますですの。多少かじった程度の私にあの体たらくでは―――戦車道の底もたかが知れてる―――のーで、ございますですのですわ」
無理して淑女っぽくしようとしているローズヒップの語尾がどっかの芸人並みにゲシュタルト崩壊を起こしている。が、まぁ原作でもこんな感じだったのでどうでもいいか。
「そんで?紅茶の園のメンバーも同じレベルだと?」
「いいえ!私が憧れた方々は皆素晴らしい方々でした!ですが新人が素人に蹴散らされる程度であれば、私が上級生になるころの個々のレベルは今に比べて下も下になってしまうでしょう?そんな不良債権を押し付けられるのは御免で―――ございますですのですわ」
紅茶の園に対するヘイトはない。けれど戦車道履修生の全体レベルを鑑みて、自分が下の面倒を見るのが嫌とか隊長職としては失格もいいとこなんだが……
「自分を高めるために戦車道をやりたいんですの!!」でごり押しされると何て言うかこう……困る。
そもそも戦車道が“道”を冠する以上そういう面がメインなはずであって、本来みぽりんが目指す皆でワイワイやってたーのしー!戦車で勝ってすっごーい!君は戦車道が得意なフレンズなんだね!っていうのは副次産物に当たる。
道ってのは柔道、剣道、茶道に華道のように本来求道を目的とするものに冠せられるものであるので、西住流における理念こそが正しいと胸を張ってるしぽりんまぽりんのほうが正しいともいえるわけなんだが―――みぽりんがガルパン本編最終話で見つけた「わたしの戦車道」も間違っているわけではない。道ってのは色んな道があって当然なのだから。
なんでこのローズヒップ(予定)の意見も受け入れてしかるべきなんだが―――それを受け入れてオッケー!ってやってしまうと、今度は聖グロリアーナの戦車道の理念に反することになりかねない。終局、ローズヒップ(予定)が聖グロを選んだのが間違いだったという結論にまで来てしまう。
「―――少なくとも、ダージリンがトップの間は今のハイソな紅茶の園のままだろうな」
なので言葉を選んだ。ピクリと目の前でわかりやすい程に反応が生まれる。
「ダージリンもアッサムも、聖グロを体現してるハイソサイエティの顕現体と言って過言じゃない。優雅で気品あふれる居住まいで戦車道を行う聖グロの在り方を表してる。その流れを変えて違う風を吹かせるなら、卒業した後になるだろうね」
「―――何を考えているんですの?」
とりあえず考えていることを述べているだけなんだが不審そうな顔を見せるローズヒップ(予定)に、俺はとりあえず意味深に笑って見せる。
「お前さん(の戦車道の素質)がどうしても
「な、ななななななな!?」
唐突に変顔をコロコロと変化させていくローズヒップ(予定)だったが、まぁ俺としてはとりあえず傾向はわかったし話を切り上げて退散することにした。
******* Emi to Rose Hip
「お前さんがどうしても欲しい」
―――いきなり口説かれましたわ!?紅茶の園に来ないかという話だったはずですけど!?どどどどういうことですのーーーー!?
慌てて思考が定まらないうちにあの方はさっさと去って行ってしまいました。いえ、そもそも女同士ですわね?これはワンチャン告白ではないのでは?ですがあの方のお噂は色々入ってきておりますし……
―――曰く。
『彼女はあのアールグレイ様に見込まれて即レギュラーに組み込まれた』
―――曰く。
『当時はまだ無銘だったとはいえダージリン様と対等のライバル関係だった』
―――曰く。
『彼女がいなければ生徒会が機能しない』
―――曰く。
『ダージリン様とただならぬカンケイに至っている』
―――曰く。
『アッサム様がダージリン様と彼女の関係を牽制している』
このお噂から想像するに―――生徒会は彼女を取り合う多角関係の百合の花咲き誇る坩堝になっているということ!!!
これは私も身の危険を感じておいた方がいいのかもしれません!!ですの!?
そんなこんなでその日はろくに眠ることもできず―――朝早く寝ぼけた目でいつもよりも早くロードワークを始めたところ……
―――それを、見た。
全速力の私よりも早く、それでいて失速しない。そのまま団地の壁を蹴って垂直に駆けあがっていく。途中で団地の階段のひさしの上を足場にして、張り出したベランダも足場にして、一気にリズムよくとん、とん、とーんと、あっと言う間に団地を昇り切って見せた。
その小さな影に―――私の対抗心に火が付いたのだ。
「―――誰かができることならば」
グッと脚に力を入れて前傾姿勢、クラウチングスタートに近い体勢で―――
「―――私にもできることですわ!!!!」
―――一気に加速した。
ダンッ!!
一歩目、蹴り過ぎないように、勢いを殺しきらないように力加減を考えて蹴る。
―――ダンッ!!ダンッ!!!
二歩目、三歩目をしっかり踏んで、最初の足場に取り付いて
―――ダンッ! ダンッ! ダンッッ!!!
そのまま斜めに―――不格好だけれどしょうがない。落ちないことが、失速しないことが重要。壁を蹴って次の足場に―――
「―――――――――――――あっ」
グラリと揺れる視界。ぐるりと反転する景色。
―――ああ、踏み外してしまったんだ。と、理解して
「―――――出来ないなら真似なんかすんじゃねぇよこの阿呆―――――!!!」
てっぺんでこちらを見ていた影が、一瞬で壁を蹴って加速して、私を抱きかかえて―――
――――――どすんと地面に着地したその衝撃で、私は気を失った。
―――目を覚ました時、彼女がすぐ傍に居た。
自分を助けてくれたのは彼女だとすぐに気が付いた。
そして同時に、あのとんでもない動きが彼女のものであるという事も理解した。
―――ならばあとは即断、即決!!早さとは即ち最大の攻勢である!!
「―――師匠と呼ばせてくださいませぇぇ――――――!!!」
―――それが、後にローズヒップの
******
「さぁ!おっしょーさま!!今日も朝練のお時間ですわー!!」
朝早く、朝日が昇るよりも前にお師匠様は鍛錬に出る。それを知ってから私のライフサイクルはいつもより一時間早回しになった。
お師匠様と一緒にトレーニングをして、お師匠様について行けるだけの体力を手に入れる。それはきっと私の身となる、糧となる。
その背中はどうしようもなく遠いけれど、いつかきっと届く―――きっと!
「―――ぜぇー……ぜぇー……ぜぇー……」
途中でスタミナ切れを起こしてヨタヨタと汗だくで歩いていくと、ゴール地点の寮の前でお師匠様がタオルでクールダウンしながら待っていた。
「お疲れ様です“ ”さん。はい、タオルとお水どうぞ」
「あ、ありがと―――う、ござ、い……ます―――わ……ぜぇ……ぜぇ……」
息も絶え絶えでやってきた私にお水とタオルを笑顔で差し出してくれる少女が1人。お師匠様の紅茶の園の専属のお付きの子で、とっても有能なのだと聞いている。の、ですわ。
「―――無理に先輩について行かなくても、身の丈を知るって大切だと思いますよ?」
「御心配には……およびませんわ……!絶対……ついていって……みせましてよぉ……!!」
親切心から言ってくれている―――のでしょう。きっと
なので私はそう返してニッと笑って見せる。いかに身体が苦しかろうと全力で、心が楽しくて笑っているのだから。
―――そしてこれが目の前の、後のオレンジペコとの因縁の始まり。でございましたの。
その後、ダージリン様に薫陶を受け、紅茶の園のマナーを学んで、一年で紅茶の園に入園できる資格を得たのです―――けれど、
よくよく考えてみたら紅茶の園に参加しなくても戦車道はできますし?紅茶の園でお仕事に没頭していたらお師匠様との鍛錬のための自己トレができなくなるでございますの。ということで正式にお断りしましたの。
その後、高等部にお呼ばれされたときにアールグレイ様から【ローズヒップ】の名前を戴きましたの。
ですが不思議な事にあの日の熱烈ッ!な口説き文句からこちらお師匠様のアプローチが全くありませんの。
これはきっと、お師匠とお弟子という関係が原因だと思われますの!!なので一刻も早くお師匠様に卒業認定を戴き、一人のオンナとして立たねばならない!と!思うのでしてよ!!!?
―――後に、ダージリンはこの頃のことを、本当に重そう~~~に語る。
「ええ、本当に本当~~~~に大変でしたわ。天翔エミが安請け合いに「紅茶の園を好き勝手に改造する」とか言い出してしまったので、短期間であの子を淑女の雰囲気に漬け込んで啓蒙する必要がありましたから―――ええ本当に、死ぬほど面倒な手間でしてよ?」
――月――日
いつも通りのパルクールトレーニングをしていたところ、同じように壁を蹴って昇って来る人影がひとつ―――っていうかローズヒップ(予定)じゃん。
で、勢いよく昇って来るので勝算があるのかと思ったら全くのノープランだったらしい(絶望) 途中で足を踏み外し真っ逆さまに落ちようとしてたので屋上から地を蹴って、壁をベランダを蹴って蹴って加速して追いついて抱え込み、あとは壁やベランダを横向きに蹴って減速しつつ着地。着地の衝撃で足の骨がヤバい音を立てたのと、肩に担いでたローズヒップ(予定)がカナディアンバックブリーカーの要領で腰部に強い衝撃を受けて肺の空気全部吐き出して気絶したこと以外は大した犠牲ではなかった。一安心である。
なんかローズヒップ(予定)に弟子入りを希望された。
断っても結局後をついてきてまた落下事故とか起こしそうだったので仕方なく弟子入りを認めることになった。
まぁその内身体能力の差で諦めるだろう(楽観)
――月――日
病院で見てもらったところ足の骨にひびが入っていたとかで歩行用の杖を貰って戦車道への参加もお断りされてしまった。ダージリンの機嫌がマッハで酷い(語彙激減)
――月――日
「お師匠様の身の回りのお世話は弟子のお仕事ですの!」と言ってローズヒップ(予定)が俺の部屋に居候を始めた件。たすけて()
この子俺が移動しようとするたびにおんぶして歩くし風呂に入ろうとすると一緒に入ろうとするし足怪我してて逃げれないし胃壁がガリガリ削れるんですけどぉ!?
「親しき中にも礼儀ありですよ」と割って入ってくれたオレンジペコ(仮)に全力で感謝する。サンキューペッコ!!マジ助かった!!
――月――日
足の完治は割と早かった。治ったのでローズヒップは自分の部屋に戻り、俺に安寧が訪れ―――無かった。
毎朝の鍛錬にローズヒップが参加するようになり、パルクールで障害物を飛び越える間、陸路でダッシュして追いかけて来るようになった。危険なのは理解したので十分に身体が出来上がるまでは我慢するらしい。
―――あれ?最終的にはパルクールについてくるってことじゃね??
ルートを見直すべきかもしれない。
――月――日
朝練を終えたらペコ(仮)が待っていてくれるようになった。正直スポドリとタオル持って待っててくれるのは助かる。ローズヒップ(予定)が返ってくるまで汗だくのまま寮の前で待ってると風邪をひきかねなかったし、本当助かる。
「私は先輩の専属のようなものですから」と言ってくれるペコ(仮)に感謝しつつ朝練のクールダウンを済ませて学園に向かうのだ。
―――俺、なんかペコ(仮)に主導権握られてない??このままだとまずい?まずくない……??
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太平洋(とは限らないが)血に染めて()
「あら?映画なんかよりもスリリングよ?捕まったら戦車道規則に則った『処罰』があるからね」
揶揄う様に言う私に「うげぇ」と呻く少女。
「アレですか?スパイは見つけ次第ラーゲリ送り、みたいな?」
「ロシアを引き合いに出す必要ないでしょ?ドイツには有名なGeheime Staatspolizei(秘密警察)があるんだから」
「あんなのがあるの?!黒森峰マジヤバイ!?」
それはミッションに挑む前の、他愛もないやり取りのはずで―――
『―――アッサム。聞こえてるなら答えなくていい。これから“跳ぶ”から、回収宜しく』
通信機から一方的に聞こえてきた声に軽く舌打ちをする。勝手な判断をと怒りたいところだけど、対応が後手後手に回ってしまったのは私の責任だ。
それでも言い訳をしていいのなら“天翔エミがここまでの身体能力を持っていた”というデータは、私の手元には存在しなかった。
陸上疾走時の平均速度30km/h、持久走力実に2時間。足回りの弱いドイツ戦車とはいえ、平均5輛に追い回されてなお切れない集中力に予測回避力。荷物を抱えているというのに垂直に壁を蹴ってよじ登る脚力。人知を超えている。理解不能の域にあるまさに人外と言っていい能力の少女に、データから算出されたランデブーポイントを何度書き換える羽目になったかわからない。立案した作戦をいい意味で裏切られ続ける。これ以上はもう無理だと思われるポイントで合流しようとするたび予想外の方向に逃げてみせる彼女に、色々な意味で私のプライドはズタズタだった。
データは裏切らない。正しく算出したデータは、算出式に間違いがない限り絶対の法則を以て現実に反映される。私はずっとずっとそうやって過ごしてきた。
失敗するのはデータが不足しているからだ。間違えたのは計算式にミスがあるからだ。彼我の戦力差を正しく計算して算出すれば、勝率と損耗率とを天秤に懸けてより勝利を確実にする方向に舵を切っていけばいい。
―――なのに何だあの規格外は。
フック付きロープを片手で操り自分と荷物の体重合計を片手で支えて駆け上り、時にはロープも使わず3歩で5mの塀を踏破する。不整地の上とはいえ平均時速30km前後のパンターと同じ速度で走り続ける脚力。至近距離に着弾する模擬弾を前に足がすくむことなく駆け抜けていく胆力。どれもこれも同じ人類というカテゴリに分けていい存在ではありえない。
そのバカげた存在が言っているのだ。
「手際が悪すぎて合流できないから先に逃げる。回収しろ」と。
実にふざけた話だ。業腹だ。それでも非が私にある以上文句を言う権利は私にはない。同時にむくむくと鎌首をもたげてきたのは彼女に対する興味だった。
私が集めて試算したデータを軽く凌駕して見せる身体能力。いざというときの胆力。ダージリンが夢中になる理由の一端を、今漸く理解できたように感じられる。
急ぎ学園艦の外に向かい、グロリアーナの高速艇を海上に移動させ、自動運転に切り替える。私自身は付属のタグボートを使い、身に付けさせたアクセサリーに仕込んだ発信機を頼りに海上を移動し、彼女の捜索を開始する。
しかし予想していたポイントよりもはるかにずれた位置にあった反応に、私の対応はまたも後手を踏む結果に終わる。おそらくは風圧。学園艦が移動するタイミングと、気圧差から生まれる風の影響を受けたパラシュートが流されたことと、彼女自身の体重。軽すぎる身体と小さすぎる体格が、成人男性を対象にしたパラシュートの傘の大きさにマッチしなかった結果なのだろう。
海面に広がるパラシュートの傘を発見して急行したとき、彼女はぐったりとした様子でその傘にしがみつくように気絶していた。
―――冷たい。
引き揚げて早々に感じた率直な感想だ。彼女の体温は下がり切っていて、血の気を失った顔色が青白く、ガチガチと歯の根がかみ合わない様子で震えている。
一刻の猶予もなかった。
身に着けている服を全て脱がせて身体を拭い、使い捨てカイロなどを仕込んだ毛布をかぶせてタグボートの上に転がす。カタカタと震える彼女の体温はそれでも元の温度に戻すまでに時間を要するのは明白で―――
「―――ほら、飲みなさい」
意識が戻っていない彼女の口を強引に開けて、少しでも体内から温めようと持ってきた温かい飲み物を流し込もうとするも、うまくいかない。体温と水温の温度差で舌が拒否を起こして口を塞いでいる。極端に低い体温の時に適温のお湯が熱湯のように感じられる現象だ。持ってきた飲み物にも限りはある。私自身の体温も海上という調節の効かない環境の中で徐々に奪われていく。
―――ここから彼女を救い、自分のリスクを減らす合理的な案は、一つだけ。
「――――んっ」
カップに温かいスープを注ぎ、口を付けて傾ける。それを口に含んだまま
―――天翔エミに口付けた。
ちゅぷ、 ちゅ
くぷ…… じゅる
くちゅ、 「んく……」
「んっ―――」 ちゅ―――
舌と舌を絡め合う様にして熱を譲り、絡めた舌を押さえつけて抵抗を奪ってから、ゆっくりと舌を伝わせて喉奥に飲み物を流し込んでいく。呼吸を優先する身体はそれを嚥下することで気道を確保しようとする。
「……っ……はぁ……」
全てを嚥下したことを確認して唇を離す。口元に垂れる残りを乱雑に拭い、お代わりを注いだ。
初めては檸檬のように―――などと子供じみた妄想を信じていた乙女のつもりもないけれど、よもやスープを分け合う味を反芻する羽目になるとは思ってもみなかった。
「これはこれで別に悪くない」などと思ってしまうのだから最悪に性質が悪い
海上に出た以上、9割存在しない追跡をそれでも警戒するためにタグボートは海流に任せ、数十分後に高速艇にランデブーできるように修正出来ている。高速艇に戻れば彼女を安静に寝かせる医務室もあるし、グロリアーナに帰還する準備もできる。
だからその間は私が彼女の延命を何よりも優先させる責任がある―――。
物音の無い海上で、静かに滑ったようなくぐもった様な音だけが響いて耳朶を打つというのは、私の経験上今迄無いものだった。ただこのシチュエーションに酔うわけではなく効果的に体温を保持するために私にも温かい飲み物を味わう必要があったわけだし、緊急避難における口移しというのは一般的に見ても当然の行為であってしかるべきだとこの時の私は判断した。
―――ロジカルに自己弁護をしたわけではあるが、魔法瓶に入れてきたスープが私の胃の中にほとんどおさまらなかった言い訳には少々苦しいものがあるのかもしれない。
身体の内側から熱を送り込めば、多少はマシになる。素人の私ではその程度しか考えが及ばなかった。
それでも身体の末端まで熱がいきわたるわけではない。加えて、以前よりエミ本人から自己申告を受けていた懸念もある。彼女が“極度の冷え性”というか、寒さに極端に弱い体質なのだということ。
身体に熱が籠りにくい体質の原因はきっと、筋肉と脂肪のバランスが著しく偏ってしまっているから―――スープなんて何の気休めにもならない可能性に、改めて決断を迫られる―――いや、迷うことなど最初からないから、私は今彼女と同じ毛布に包まっているのだけれど―――
身を寄せるとはっきりとわかる。ブルブルと小刻みに震えている冷え切った身体。触れたところから熱が伝播すると、無意識に熱を求めてしがみつくようにして強く抱きすくめられた。思ってた以上の冷たさに思わず悲鳴じみた声を上げてしまう。ガタガタと震える幼子のような姿に、普段のアバンギャルドにも程がある姿とかけ離れた様子に愛らしさを感じてしまうのは悪いことなのだろうか?
―――自粛。自粛すべし。自戒すべし。自制200%で臨むべきよアッサム。
何度も何度も言い聞かせてはいるが、私の身体に抱き着いてすやすやと眠る様子の少女の姿に、何というか―――母性のようなものが芽生えそうになっている気がする。
これはよろしくない。よろしくない方向なのですアッサム。
ダージリンの彼女への執着は知っている。彼女の後輩と水面下での争いも眼にしている。最近では紅茶の園に入室してもいないのに弟子を自称するアホの子も加わって面倒なことになっているのだ。私がそこに首を突っ込んで紅茶の園が違う意味で紅色に染まるのは勘弁願いたい―――だから自制よアッサム。自制なさい!
そんな無駄な思考をしている間にも体温が奪われて行く。お互いの体温が同じくらいになるまでは熱交換は続くのだから当然の話で―――体温の低下による眠気が来るのも当然の話で―――
―――気が付くと私は眠っていて
目の前にはグロリアーナの高速艇が見えていて
「エミ、高速艇に着いたわ。もう少しの―――」
毛布をはだけてその顔を覗き込んだ私の目に―――
―――真っ赤に染まった私の胸と、同じように口から血を滴らせるエミの姿があって―――
「―――嫌だ。
やめて、やめてよ―――お願いだから、お願い、お願いだから―――!!
―――お願いだから、目を開けて……?ねぇ―――」
震える手で、蒼い顔の少女を抱きしめる。触れ合った胸から、幽かな鼓動が―――聞こえた。
「―――あぁ……ッッッ!!!」
涙が、溢れた。
******
「―――精神性ストレスからくる喀血ですね」
「人騒がせな……!!!」
高速艇で医務室に寝かせたエミをフルスロットルでグロリアーナ学園艦に運び、そのまま緊急入院させた私に医師が告げた病症に、私は憤りながらも
―――心の底から安堵していた。
****** A for E
アッサムが眠りについてからしばらくした後、ブルブルと震えていた少女が震えをピタリと止めて、うっすらと目を開いた。
―――そう、俺だ。
体温が低下しすぎて意識が朦朧としている中、俺の脳内に走馬灯のように過去の記憶がぐるぐると目まぐるしく回り―――俺の脳内に一つのひらめきが舞い降りたのだ。
―――そう、シバリング(byトリコ)である。
人類の規格外レベルの肉体である今の俺の身体であるならば、或いはシバリングで生み出した熱量でグルメ細胞のように延命措置がとれるのではないか?そう考えた俺は細かく身震いを繰り返すことで熱を生み出そうとして―――筋肉の蠢動に意識を持っていきすぎて気を失っていたのだ。ウカツ!
しかし俺の推論は正しかったようで、シバリングによる体温調整の結果、こうして俺は目を覚ますことができたのだろう。
身体を包んでいる毛布の暖かさから察するに、アッサムにより回収もされたようであるし―――
―――【悲報】そこで俺氏、目の前の肌色にようやく気付く。
めのまえにはおやまがふたつありました。すこしまえまでかおをうめるようにしてねむっていたようです。
かおをあげるとあっさむのかおがありました
ぼくはいまどこにいるのかわかりませんでしたが、だいたいすいそくできました
―――裁判長!これは有罪でしょうか?! 『Yes!Guilty!!』
「―――――かふっ」
脳内裁判によるピロシキの執行を待たずして、精神に限界が来ていたらしい俺は、その場で血を吐いて失神したのだった―――。
――月――日
ぼくはいまびょういんにいます。(以下第三章(本)と同様)
サム「ブリーフィングで私があんなことを言わなければ……この子はここまでしなかったというのに―――!」
カス「俺が逃げてエリカが本気で追いかけてくれば来るほど、エリカがみぽりんを必要だと思ってることへの証左になるんやで!踏ん張れ俺!ノーコンテニューでクリアしてやるぜの心根や!!」
だいたいこんな認識の差()
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キリマンジァロ弘法戦
今回のお話にはスピンオフ作品「リトルアーミー」及び「リトルアーミーⅡ」
に関する若干のネタを含みます。
たぶん該当作品を読む楽しみが減ることはないと思われますが、念のため該当作品を読んでおくことをお勧めします。
****** *******
風にきらめくのはプラチナブロンド。長い髪がサラサラと揺れる。
手にはそれなりに値打ちモノのティーカップ。
白磁のような肌に薄く笑みを浮かべて、表情は余裕を持って。
立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿に百合の華を連れて。
そう、その姿こそ聖グロリアーナの隊長―――
「―――そこのアナタ。わたくしの“天翔エミ”になりなさい」
「…………なんで?」
>> Otheres
「冬の親睦試合に参加する連中への諜報活動?」
「そうよ」
“コーヒーショップ”
天翔エミとアッサムが【GI6の諜報員として】秘密の会話を行う際の集合場所である。地下にはGI6の本部が存在しており、その諜報活動が聖グロリアーナ女学院の勝率に貢献していると言えばその重要度はわかるものだろう。なお表向きのお店は表通りに店を構える珈琲専門のカフェテリアである。
そんなコーヒーショップで顔を突き合わせて相談をしている二人がGI6の諜報員アッサムと、諜報員(バイト)の天翔エミである。
「色々な学園の情報を手に入れて各学園ごとの戦力差を分析、対策を打ち出して綿密に作戦を練り上げるのがグロリアーナの流儀だからね。エミには囮としての天性の才能があるわ」
「持ち上げられて悪い気はしないんですけどね……」
乗り気ではなさそうなエミではあるが、アッサムが提示する報酬を聞けば首を縦に振るだろうという確信がアッサムにはあった。
なにせ目の前の見た目幼女の姿をした少女は割と常にお金に困っている。
アッサムの見立てでは、だいたいの支出のメインになっているのは各種サプリメントとトレーニング用の器具であり、それもひと段落すれば落ち着くと踏んでいたのだが、よくわからないけれどそれなりの金額を貯蓄に回しているのだ。それもあってエミは諜報員としてまだまだバイトを続けているのである。
なので今回も少女は提示された金額に、やや悩む素振りを見せつつも結局任務を受ける方向で決着を見たのだった。
******* O to E
――月――日
アッサムに呼び出されてコーヒーショップで密談するのにも慣れてきた。
あとスパイ活動の方にも慣れてきた。以前の失敗を踏まえてヒートテック機能付きの全身ラバースーツを着込むようになり、海中に落ちても万全といういで立ちになったのだが―――全身タイツみたいなピッチリした黒のラバースーツに腰にワンポイントでスカーフみたいな腰布巻いてるスタイルで脱出する展開多すぎない?俺見つかってから力技で逃げる展開多すぎない?
――月――日
すごいことに気づいてしまった。これは発想の転換による奇跡の発見と言えよう。
“俺が諜報活動を引き受けて活動している間、ダージリンと接していなくて済む”
――月――日
諜報活動はアルバイトなのでちゃんと勤務手当がつく。その勤務手当は働いて生活費を稼ぎ、学園に通い、戦車道のためのトレーニングを行う俺にとっての生命線……ライフライン……ッ!!無理……ッ!断るとか……ッ!!
という意図を込めてダージリンに熱弁するときちんとOKが出た。実際アルバイト禁止されたら俺学費をどこから工面したらいいかも考えなきゃいけなくなってたからね。是非もないよね!(ノッブ感)
まぁそうなったらとりあえずマチルダ会なりなんなりから資金提供してもらいつつXデーまで過ごして、学費の支払いを理由に学園艦降りて野に下るんだが。正直な話目的の日で行動を起こしたとして、その結果が成功にしろ失敗にしろもう聖グロにいる必要性ないからなぁ……成功すればあとは適当に過ごしつつみほエリを眺めてればいい。失敗した場合は聖グロからさっさと逃げ出して大洗に飛び込み営業しないといけない(使命感)
――月――日
そんなわけで
やってきました―――学園艦!!
なんていう名前なのか覚えてないが聖グロと同時期に補給に寄港した学園艦に乗り込む。カバーストーリーとしては以前黒森峰に潜入したときと同じ金髪のカツラとアッサム似のメイクでアッサムの妹に成りすましていくスタイルで学園艦都市を闊歩してみる。
この依頼を受けたのはダージリンから逃げる目的もあるが―――もう一つ目的がある。
名前も朧げなこの学園艦には、原作には出てこないが重要なキャラが登場する学園がある。
―――ベルウォール女学園。
「リトルアーミー」において小学生時代のみぽりんに勇気を与え、夢を与え、目標を与えて今のみぽりんの基礎を作り上げた少女、中須賀エミが「リトルアーミーⅡ」で帰国して編入・再起を図る場所であり、大洗ルートでのみぽりんが踏襲するかもしれない世界線のひとつである。
つっても件の中須賀エミがやってくるのはみぽりんが大洗で優勝を果たした後なので、今は盛大に時期を外している。俺もみぽりんも未だ中等部なので中須賀エミもドイツから戻ってきていない。
ただしそれは「中須賀エミ」に限った話である。
ベルウォール学園にはもう一人、みぽりんと彼女と一緒にⅣ号に乗り込んだメンバーの一人、柚本瞳がいる。それを確認する必要性が俺にはあるのだ。
理由?決まってるだろう
―――大洗ルートに入る入らないにかかわらず起きるかもしれない世界線の確認だ(迫真)
もしもこの世界線が【リトルアーミー】に準拠しているなら中須賀エミとの再会がのちのイベントトリガーとしてやってくる可能性がある。その場合冬季大会―――所謂【最終章】の世界線とはルートを違えてしまうことになる。
問題はそのルート分岐が『みぽりんが黒森峰に残る場合』でも起きるのかどうか?という話だ。
リトルアーミーⅡの再会からの中須賀エミとの試合は、みぽりんが大洗で自分の戦車道を見つけたからこそ生まれるドラマである。それが黒森峰に残ったみぽりんを相手でも生まれるとしたら―――中須賀エミがまんじりと姉の影から抜け出せない黒森峰の雰囲気の中でエリカに頼りつつ生きるみぽりんを見てどう感じるかは想像もできんし、その結果何が起きるかなんて予想もつかない。が、どう控えめに考えてもろくでもない未来が待っていると思われる。
みぽりんの重荷を外してエリカとラブラブゆりゆりてぇてぇしてて欲しい。
そんな俺と世界の切なる願いが否定されるべきではない。が、ルートという運命が避けることができないものであるならば、それはどうしようもない。できることと言えば事前にそれを確認して対応策を打ち出しておくくらいのものなのだ。
これはそのための潜入捜査である。
――月――日
なんかへんなのがいた。
******* E to K
その日私は、運命と出会った―――。
私の名前は
ここ、西呉王子グローナ学園中等部のキャプテンにして、メインスポンサーでもあり―――そして、聖グロリアーナ公認ダージリンファンクラブプラチナメンバーでもある。
ダージリン様に恋焦がれ、その姿に近づきたい一心で聖グロのPJデザインをもとにグローナのPJのデザインを一新し、戦車も英国戦車を購入するために英国圏に交渉を行っている。
副官のモカにはアッサム嬢の立ち居振る舞いを教育し、よりダージリンに近づけるように努力を行っている。
そんなわたくしに、まだ足りないものがあるのです。
「―――だから、わたくしの“
「……なんで?」
不思議と嫌な顔を見せる目の前の幼女につきつけた指を戻してカップの中身をくいと傾ける。その所作にも目の前の幼女は不思議と嫌そうな顔を見せた。
“あの”天翔エミのポジションに立つことができる栄誉だというのに不思議な事ですこと……
目の前で目をぱちくりとさせてこちらを見上げている金髪の少女に声をかけたのは偶然だった。けれど振り返った彼女の姿を見て私は確信した。
―――この少女が必要だ と。
「ダージリン様をダージリン様足らしめている要素を集める必要があるのです。
なので貴女には成って頂きたいのですよ。
―――わたくしだけの『天翔エミ』に」
「お断りします」
私の提案を跳ねのける少女の、かきあげて剥き出しにされたおでこに無言でマネーカードをぺちこんと投げつける。
「一先ず手付ですわ。その金額で本日の練習試合に付き合いなさい。わたくしの采配を直で見て、そして心酔なさいな。そしてわたくしのブリュンヒルデになりなさい」
やや強引だが、お金で解決できる部分はそれなりにどうにかできる。切っ掛けがどうあれ、己の魅力で心酔させれば問題などないのだから。
******* K to E
なんでお前がここにいるんだよ(震え)
一瞬素でダージリンが俺のスケジュールを把握したうえで追っかけてきたのかと思ってしまった。そんくらいダージリンの行動力に恐怖している俺である。
そういえば「リトルアーミー」時空ならばこの女もキーマンの一人だったなぁと考えを改めてみる。
キリマンジァロ
何の酔狂かダージリンに憧れてダージリンに成りきるために私財を導入して学園内の戦車を英国産のモノにそっくり入れ替え、聖グロで使われてる茶器を揃え、聖グロのPJをパク……リスペクトしたPJに変更・発注し、さらには髪型もダージリンそっくりにしたうえ副官のモカにアッサムのコスプレを強要するある意味やべぇファンの一人である。
いやぁ初見でビビり散らかしてしまった自分が恥ずかしい件。
そういえばベルウォール学園のある学園艦は複数の学園が戦車道をやってるタイプの学園艦で、艦内予選で代表校を決めるって言う設定だっけ……?
まぁそれはそれとしてなんやねんその「私のぶりゅんひるで」ってなんやねん……(大事なことなのでry)
おかしくない?俺ただのモブ装填手よ?俺ダージリンの片腕って思われてるのおかしくない?俺どっちかというとパイセンに引きずり込まれて聖グロ戦車道の闇に片脚突っ込む羽目になっただけでダージリンには一方的に絡まれてるだけの被害者モブですよ???
そう考えたうえで自分の立ち位置を再確認した結果―――
―――やはりここ最近ダージリンが俺にベタベタ絡みまくってるのが原因だと結論が出た(おのれブリカスが!!!)
ダージリンが事あるごとに俺を傍らに置いて距離感の見えてない態度でベタベタと執拗な嫌がらせを繰り返しているのが周囲からみたらイチャラブめいた空間に見えているらしい。まことに遺憾である。
「私のブリュンヒルデになりなさい」と再度命令されてきたのを「お断りします」した結果、札束(マネーカード)でビンタされた件。このクソ成金ムーブ、いやらしい……ッ!!でも一日バイトする感覚で受けるなら悪くない……ッ!!悔しい……ッ!!
とりあえず「来年中等部に上がる予定の小学生」という説明をしたうえで、それでも結局は同じ戦車に乗るだけという約束で雇われることになった。
小学生に札束ビンタして
「お姉ちゃんについてきなさい(はぁと)」
って、よくよく考えると事案ではなかろうか?(思案)
******* E to K
―――戦車に慣れていないからだ。
―――小学生を乗せていたからだ。
―――練度が足りていないからだ。
理由を挙げればいくらでもあった。けれどそんなもの『言い訳にもなりはしない』。
油断。ただその一言に尽きる。
格下相手の練習試合。中等部に新たに購入した英国戦車たちの試乗のようなものというノリで行われたそれは―――結果として実に惨たらしい結果となった。
まだ練度の足りない防御陣が食い破られ、反転した敵部隊と挟撃された部隊が壊滅した。結果本隊が孤立し、先遣隊は反転を余儀なくされる。フラッグ戦でフラッグ本隊が孤立などいい笑い種だ。こんなみっともない姿をよりにもよってダージリン様の姿で晒してしまうなんて……よりにもよって雄姿を見せようとした相手に見せてしまうなんて……
―――なんという無様なことか。
現実は孤立無援。先遣隊が戻ってくる前に、挟撃で部隊を壊滅させた敵部隊が合流してこちらに襲い掛かってくるだろう。いかに重戦車ブラックプリンスといえど、数の前に逃げ場はないし、何より重戦車は鈍足が過ぎる。偵察車輛も居ない状況ではどこから襲ってくるかもわからない相手を前に、戦う術もない。
「―――万策尽きました。モカ、投降の準備を」
幸いこれは練習試合。フラッグに乗せているのは年端も行かない小学生。こんな状況に付き合わせてしまったせめてもの償いとして、恐怖を与えるのは本意ではない。投降準備の指示を下していると。
「いや、こんな状況程度で諦めてんじゃねぇよ」
そんな声が聞こえた。
ハッチを跳ね上げて軽快に外に飛び出したのは―――件の小学生。
「こんな格言を知っているかい?
ニヤリと口の端だけを歪ませて、戦車を蹴って駆ける。ペリスコープを開けば、木の幹を蹴って飛び上がり、木々の枝から枝へと猿の様に飛び移るPJ姿の少女が見えた。
それからしばらくの間、あっけにとられた私の前に木々を蹴って戻ってきた少女が何事もなかったかのように装填手の席に座った。
「敵影左方向30度、距離は2500。車輛はどれも中戦車で3輛」
手短に告げる少女の声にハッと気を取り戻す。どうあれ、今は試合中なのだ。
「照準、左方向。木々で周囲は見えづらいはずです。しっかりと狙って―――」
「いや、狙わなくていいよ。撃ちまくって散らしてしまえばいい。前から戻ってきた味方が挟み撃ちにしてくれるだろ」
下から聞こえたのはまたも少女の声。装填席で装填手の代わりに座席についてこちらを見上げている。少女の言うことは尤もな話だ。ブラックプリンスの装甲と砲撃による威嚇で時間を稼げば、先遣隊の行動まで間に合う“かもしれない”。
「私はさぁ、見たいものがまだ見れてないんだよ。だから協力は惜しまない」
やる気に満ち溢れた瞳。その力強い瞳に少女が小学生なのかと疑問に思うも、そんな場合ではないと思い直す。
まだこの少女に見せていないのだ。
―――
「装填は任せろ」
ぐっと腕を曲げてパワーアピールをする少女は、愛らしさよりも頼もしさを感じさせた。
―――その後の顛末は、在り得ない展開の連続であった。
重戦車としてオードナンス17ポンド砲を搭載したブラックプリンスは、都合5秒に1発ほどの間隔で砲撃を繰り返し、その速度に恐怖した敵集団が浮足だったところに後方から反転した先遣隊が襲来。これを撃破し逆に敵本体を孤立せしめた。
その後は危うげもなく包囲殲滅を完成させ、結果として私は、キリマンジァロの采配ここにありという栄華を見せつけたのだ。
その裏側で果てしない借りを小学生相手に作ってしまったのだけれど。
その後も大変という言葉では表せない出来事があった。
少女の姿が戦車から忽然と消え失せていたのだ。脱ぎ捨てられたPJだけが彼女がたしかに存在した証となっていた。
その後学園艦内で捜索を続けたが、小学生であれだけの装填をする戦車道候補生。噂にならないはずがないというのにその少女の影すらも見つけられなかった。
まるでそんな少女最初から存在しなかったかのように煙のように消え失せてしまった彼女のその有様に。
―――俄然、火が付いたとも言える。
絶対に見つけ出して見せよう。そして絶対に手に入れて見せよう。
私にあれだけの恩を着せておいて逃げおおせられると思っているのだろうか?
とんでもない。
是非欲しい。
彼女が手に入るのならば、きっと私はより高みに至れるだろう。誰もが認めるキリマンジァロへと至れるだろう。
******* K to E
試合に見学で参加できる。しかも試合中の戦車の中で。
という在り得ない好待遇で参加できるって話だったんで乗り込んでみた。
結果的になんか見ごたえあるシーンもない状況で早々に諦めようとしてたんで
「まだ俺の見たかったもの(ブラックプリンスの戦闘データとか)見てないんですけどぉ!?」って言ってみたら反骨心に火が付いたらしい。
ついでにいい勝負を演じてデータ収集捗るわぁ、したかったので装填席を譲ってもらってややセーブしつつホイホイ装填し続けてみた。
が、よくよく考えてみたらこんな装填するやつそんなホイホイ小学生にいるはずねーだろ という事実に気づいた俺は、颯爽とPJを脱ぎ捨ててこっそりと逃走を成し遂げたのだった。
そんなわけで潜入捜査は(割と)クソミソな結果に終わったのである。
そして俺は『リトルアーミー時空の確認』という最も重要なミッションを達成してなかったことに気づき、一人自責の念でピロシキするのであった……。
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閑話:オレンジペコの23時間56分4秒
なのでオレンジペコは中等部3年生。高等部昇級手前で、冠名を(エミカス以外から)もらった後の時系列になります。
デッドエンドNo2 フォーエヴァーウィズユーまで極まってないただちょっといろいろ深いだけで、オレンジペコちゃんは頑張り屋で可愛い後輩さんですよ。
イイネ??
4:30 AM
―――PiPiPiPiPiッッ――――PiPiPiPiPiッッ
幽かに耳にこびりつく様なアラームの音に、手を伸ばして目覚まし時計を止める。
ぼんやりと、まだ薄暗い周囲に起き上がってベッドの脇に在るスタンドランプ型の小型照明を起動させる。暗闇に光がともり、その明るさに目を瞬かせ、すぐ傍のテーブルに置いた洗顔用の水で軽く顔を洗い、タオルで拭って洗面所へ―――
―――春先ながらまだ水は冷たい。寝汗を気にする季節でもないけれど、癖ッ毛が気になるので朝は簡素にシャワーを浴びる。
気温との差異で湯冷め・春風邪を患っても困るので、温度はやや低めに。汗を洗い流して、髪を整える。ドライヤー、ブラッシング、そして髪留め。すべての支度が終わったら、制服に着替えて、タオルと水筒を手に寮の外へ。
―――そこに、壁を蹴り、外灯を蹴り、飛び跳ねるようにして飛来する影がある。
身を屈めてくるくると前転し、着地を決めたその小柄な人影に、私はタオルを手に駆けよるのだ。それが私の一日の始まりでもある。
「―――おはようございます先輩。タオルをどうぞ」
「ん。あんがとさん、ペコ」
これは私、オレンジペコの一日の始まりの挨拶。目の前の先輩と知り合って、彼女のトレーニングを知ってからずっとずっと続いている。二人だけの―――
「―――はひ、はひぃ……せ、センパイ……お待ちくださいですのぉ……」
―――訂正。三人だけのやり取りである。
薄暗がりにやや強めの霧が出る朝靄をかき分けて、よろよろとした足取りでやって来る影が一つ。
「―――ローズヒップさん、お疲れ様。こちらいつもの天然水ですよ」
「ぉ、おはようございますです、のぉ――――……あ、ありがたくいただきますでございますですわ……」
ハァハァと荒い息を吐き、その場に膝から崩れ落ちて座り込んだピンク色の髪の少女、ローズヒップさんに水筒を手渡すと、犬のように舌を出していたローズヒップさんは水筒のカップ部分を使うことなく水筒を傾け、開いた注ぎ口から直接ゴクゴクと水を嚥下していく。
これもいつもの光景―――彼女にローズヒップさんが弟子入りを表明してからずっと続いている、いつもの光景だ。
―――すこしだけ、うらやましい。彼女に……天翔エミ先輩についていけているローズヒップさんが。
「―――んっ!んぅ、んむ、んぐ…………っかーーーーっ!!!全力で走った後の一杯は格別でござぁますですわねぇ!!この一杯のために生きてるって感じがするでございますですわぁ!!」
―――ただ、あそこまで女性を辞める覚悟が持てないのも事実ではあるけれど。
余った水を頭からかぶってガシガシと乱暴に髪をぬぐっている様子を見咎めたのか、先輩が手を伸ばそうと踏み込む姿勢を見せた。やや前方向に体重をかける辺りで、素早く立ち位置を変えて前に踏み込み、先輩に代わってタオルでローズヒップさんのお
先輩の手が誰かの体液で汚れるようなことは避けなくてはならないのだから。
微笑ましい様子を見ているような生暖かい笑顔で微笑む先輩に笑顔で返して、内心で溜息を一つ。
大型犬を入浴させた後の後始末をしている気分に近いのは、黙っておこうと思った。
先輩とローズヒップさんから水筒とタオルを戻され、見送ってからひとつ欠伸が漏れた。どうやら昨日の夜更かしが少々後に引いてしまったようだ。目覚ましをもう一度仕掛けて椅子に腰かけ、ブランケットで少しだけ仮眠をとることにする。
―――ああ、そう言えば洗濯槽にこのタオルを入れるのを忘れていた。けれどまぁ、起きてからでもいいですよね――――
そんな独り言とともにすぅと落ちるように眠りにつく。腕に抱いたタオルをマフラーのように首元に巻き付けるようにしていたのは、きっと偶然そうなっただけ。
6:30 AM
―――PiPiPiPiPiッッ――――PiPiPiPiPiッッ
目覚ましを止めて朧気な意識を目覚めさせ、椅子から立ち上がって軽く深呼吸。
まだごろごろとしていたい気分を抑えて服の皺などを確認して身だしなみを整える。―――やや目元が腫れぼったく感じるので少しだけごまかしを入れる。
少し名残惜しいけれどタオルも含めて洗濯機を回す。寮内の洗濯物は朝に回しておけば寮母さんが各階を回って回収して各部屋に振り分けて夕方までに準備を終えていてくれる。
鏡に向かってタイの乱れを直しているときに、ふと手を止める。
もしもこのタイが乱れていて、その乱れをあの人が気付いたなら―――あの人は呆れた目で私を見るだろうか?
―――きっと、そんなことはない。あの人が無精を気にしている様子を見せたことはほとんどないから。
ほとんど、と形容するのは、ローズヒップさんがあまりにも無精が過ぎるときには、あの人もダージリン様もさすがに口をはさむからだ。身だしなみの乱れを気にせず、くしゃくしゃの髪の毛でも気にしないであの人の前に顔を見せる豪胆さには違う意味で敬服しなくもない。
けれどそれが目に余るときにあの人が手ずから髪を直している様子を見ていると、胸の内から何かが湧き上がるような感覚を覚える。
―――それを“嫉妬”と呼ぶのはきっと簡単なのだろう。
0:00 PM
午前の授業が終わり、紅茶の園のサロンで昼食をとる。今日は……というか、8割がたの確率でいつもの先客がそこに所在無さげに座って居た。
「―――ぁ、オレンジペコさん。こんにちは」
「こんにちは、みほ先輩」
―――西住みほ先輩。
ダージリン様が黒森峰から追い出された彼女を拾ってきたのはひと月ほど前の話。
少なからず面倒な手間をかけたと語っていたし、今も現在進行形で面倒な手続きを踏んでいるという。
―――それもあの人のためだという話で、目の前の彼女が、いったいどういう経緯であの人と知り合ったのか興味がわかないでもない。
「今日はこちらでお昼を?」
「うん。エミさんももう少ししたら来るって」
朗報だった。あの人が昼食を誰かと食べることはあまりない。
中等部のころにこちらから誘った時ですら、確率でいえば3割未満ほどで、後は何かと理由をつけてあちこち駆け回っている様子で、忙しい人という印象を当時は抱いていた。実際はそういうわけでもなかったようで……日々各種の栄養補助サプリメントと少量の食事だけで済ませていることを知られないようにしていたらしい。
目の前の彼女が、自分を救ってくれたあの人に依存傾向があることを理解して、自分を仲立ちにして周囲に慣れさせようとしているのだと、私は理解した。
―――なのでそれを最大限に利用すべきだと、私の中に息づく聖グロリアーナの理念は言っている。
西住みほさんを気にかけている間、みほさんを理由とすればあの人は絶対に昼食を断れない。それは火を見るよりも明らかな事実。
「よろしかったら、いつでもここにいらして下さい」
「ありがとうオレンジペコさん。ダージリンさんもそうだけど、みんないい人たちですね!」
―――流石、聖グロリアーナの隊長は手回しが早かったようだ。
その後、合流した先輩も加えて話し合いを行った結果、両方との関係を重視するみほさんは11時のイレブンシズ*1にダージリン様のところで、ランチの時間には私たちのところで過ごすタイムスケジュールを取ることになった。
何というか―――みほさん、実は少々重い女なのでは?
4:00 PM
ミッディー・ティーブレイク*2の時間。
戦車道で疲弊した脳に糖分を補い、消耗した水分を紅茶で満たす。
合理的とOG会が豪語するこの休息時間をダージリン様が心待ちにしていることを、紅茶の園のメンバーは皆知っている。
ミッディー・ティーと同じ時刻のティータイム。アフタヌーンティー*3の伝統。
それはスコーンとケーキときゅうりのサンドイッチ。
今日も青野菜独特のシャキシャキした音とともに、日ごろまず見ることのない笑顔を見せるダージリン様がそこにいる。
5:00 PM
放課後。
今日はおなかに重めの食事を入れる気分ではないのでファイブオクロック*4の時間。皆それぞれ思うところはあるだろうけれど、総じて皆の頭の中には体重計が浮かんでいるに違いない。
先輩はこの時間はアルバイトなどを入れて生活費を稼いでいるらしい。珈琲の専門店―――GI6の表向きの職場であるそこで、いったいどんな仕事をしているのかと興味は尽きないが、好奇心に負けて猫を殺す趣味は私にはないのだ。
幸い、お仕事の斡旋はアッサム様が選別しているので問題はないと思う。
「―――ローズヒップさん、支出の欄の桁が2つ間違ってます」
「はぇ!?マジですの!!!?でもでもですが!?合計はちゃんとプラマイゼロですのことですのよ!?」
「……収入の欄も2桁間違えてるからです」
「―――なぁんだぁ!!じゃあべつによろしいんじゃありませんの?最終的にプラマイゼロですし?そんなケツの穴の小さいこといちいち気にする人なんかいませんわ!」
―――胃薬を申請しよう。ニルギリ様の気持ち、少しだけわかりました。
21:00 PM
アフターディナーティ-*5を終えて寮に戻って、こまごまとした雑事を済ませて、寝しなに身体を温める紅茶*6を一杯。
今日の出来事を軽く日記にしたためることにする。
― 本日の障害報告 ―
ダージリン:公的な立場を使い、西住みほさんを助けたことを口実に盤面をコントロールしている。恩人の立場を利用して先輩を縛り付けている。要警戒。
ローズヒップ:頭が悪いわけではない。けれど慎みが浅くマナーが成っていない。最終的な帳尻が合えば問題がないという理論で押し通そうとする。面倒な女。
ご主人様と飼い犬状態のまま立場を弁えて居る間は警戒の必要はない。が、今後も釘は差していくべき。
アッサム:仕事もできる。公私の分別もわける。人当たりも良い。上司にしておくのであればよい上司。ダージリン様のお目付け役の立場でありいつでも牽制ができる立ち位置にいるので、密にコミュニケーションを取り、経由しての牽制の指し手を狙いたい。
アールグレイ:行動が予測できない。最も油断できない先輩で、最も信頼がおける先輩。横紙破りはしないので油断さえしなければ良い先輩のまま。同時に刺激と愉悦に飢えているのでターゲットをうまくダージリン様に向けていて欲しい。
西住みほ:おっとりとしていて、いつも柔和に微笑んでいるか、落ち込んでいるかの落差が激しい女性。先輩が今最も気にかけている女性。やや妬ましい。
「―――ふぅ」
ペンを置いて目元を揉む。体が温まったせいか、眠気が襲って来ていた。
ベッドにもぐりこむようにして目を閉じる。今日1日を思い起こし、その中で最も重要な情報をピックアップしていけば、夢の中でもその光景が浮かんで消える。
―――あと1年。そうすればダージリン様は卒業して英国へ留学する。
「―――せんぱい」
あの人の傍にずっとまとわりついていたものがなくなる。
―――すこしだけ、その日が待ち遠しい―――。
いっそ今すぐ手折ってしまおうか?すべてを捨てて
********
壁を蹴り、外灯を蹴り、飛び跳ねるようにして飛来する影がある。
身を屈めてくるくると前転し、着地を決めたその小柄な人影に、私はタオルを手に駆けよるのだ。それが私の一日の始まりでもある。
「―――おはようございます先輩。タオルをどうぞ」
「ん。あんがとさん、ペコ」
笑顔でお礼をくれる先輩に、私は今日も笑顔を返すのだ。
――月――日
朝のパルクールの時間にローズヒップがついてくるのももう慣れた。
まだまだスタミナが足りてないのか疲労困憊で戻ってくるローズヒップにタオルと飲み物を差し出すオレンジペコ尊い。天使かな?
こう、いろいろと女としてのあれやこれや捨てててオッサン染みてるローズヒップが手のかかる5歳児程度のお子様に見えてくる不具合……もしくは大型犬。
飲み残しを頭からかぶってワシワシし始めたんでさすがにちょっとこれはと思ってたらオレンジペコがタオルでやさしく髪をぬぐってあげていた。
なんだこの後輩たち―――尊いぞ!?
クォレハァ……ローペコ?いや、ペコローだよな?
……アリじゃない?ダーペコが正統ならペコローはこう、対抗?的な?(違いの分かる男感)
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閑話:『オレンジペコ』になった日
普段から優雅で気品に満ちた空間であるこの場所が、今日はより一段とその空気を強くしていた。
答えは簡単なものだ。今ここには滅多に顔を見せない雲上人が集まっているのだから。
流石に思わず身を強張らせてたどたどしい足取りで、彼女たちの集まる場所へと歩いていく。
―――今代生徒会長であり“疾風”の二つ名を持つ『アールグレイ』様
―――次期生徒会長を引き継ぐことが決定している『ダージリン』様
―――ダージリンの補佐として生徒会役員に就任するであろう『アッサム』様
―――そして、
「―――では、改めて。私の
―――そして、アールグレイ様の補佐を務めてきた今代の冠名『オレンジペコ』様―――。
「―――身に余る光栄。謹んでお受けいたします」
震える声で、そう答えることしかできない。
ツゥと一筋涙が溢れた。周囲の皆はそれを歓喜の涙だととらえていることだろう。
ただ一人を除いて。
【副題:『狐と狸のコン・ゲーム』】
>> Orange Peko
仕掛けがバレて三流。仕掛けをバラすことなく仕込んで二流。
「仕組まれているとわかっていながらもそれを妨害できない」ことで初めて一流。その言葉に沿って言うならば、ダージリン様は「一流」だった。
卒業までの一年間を邪魔者不在のまま先輩と過ごしていた私は、はっきりと弛緩しきっていた。ぼんやりと首を腹を無防備に晒していたと言っても過言ではない。
―――だから討たれた。ただそれだけの話。
卒業式が終わり、進級前のこまごまとした作業のために紅茶の園へやってくるとそこにはダージリン様がいた。隣に一人の女性を連れて、
その女性を見た瞬間、脳裏にあった人物の顔とピッタリと一致した瞬間、わたしは全身から汗が噴き出る感覚を覚え、一斉に血の気が引いて貧血を起こしたようにクラリとバランスを崩していた。
バランスを崩して倒れそうになるわたしを抱きとめてくれたのは先輩だった。
「大丈夫か?今日は帰るか?」と尋ねる声も耳に届かない程に、近すぎる距離に思わず胸が弾む。心が跳ねる。
「体調が悪いようなら出直すことも検討するけれど……まずは一目、見極めておきたかったからお邪魔させていただきましたの」
ゆっくりと、言い聞かせるような声色で、ゆったりとした足取りでやってくるその女性の名前は、よく知っている。
「―――私のような端女に、声をおかけいただいて光栄です。
―――オレンジペコさま」
目の前の女性こそが、高等部三年生『オレンジペコ』その人なのだから。
*******
―――“冠名”は、ひとつだけ。
―――“同じ冠名は、冠名の持ち主が卒業するか正式に『継承』しなければならない”
紅茶の園の『
わたしが『オレンジペコ』をあの時下賜されなかったのはこのルールのおかげで、
同時に、そのルールを上手く使ってわたしを逃がしてくれた先輩のおかげで、わたしはあの時『詰み』にはまることなくこうして先輩の傍に居られた。
―――警戒すべきだったのだ。
―――頭を回すべきだったのだ。
―――先輩に寄り掛かるだけで、自分で対抗することを忘れた時点で、わたしは終わっていたのだ。
今更、本当に今更そんなことを思ってしまう。唾棄すべき、唾棄すべき思考。
―――結局その日は顔見せだけで終わり
―――世間が春休みの中、わたしは正式に紅茶の園へ召喚された。
*******
「―――私の
「―――身に余る光栄。謹んでお受けいたします」
零れた涙は一筋。ただそれだけ。
哀しいのではない。―――悔しいのだ。
あれだけの時間を与えて貰っておきながら無為な時間を過ごしていたことも、その結果彼女にいらぬ苦労を掛けさせてしまったことも、その結果こんな事態を招いてしまったことも。全部、全部だ。
「おめでとう。って言っても大丈夫なのかな?」
顔を上げると今一番顔を合わせ辛い相手が目の前にいた。
―――天翔エミ様。紅茶の園の冠名を持たず、なのに現生徒会長で聖グロリアーナ戦車道を率いる存在、アールグレイ様から烏帽子名を受けた存在。
そして、わたしにオレンジペコの冠名をくださると約束してくださった方。
どうして?なんて恨み節をぶつける謂れなどない。たとえ“この話を持ち掛けたのが彼女であったとしても”。
「このままだとペコが冠名を持つまで中等部が無銘のままになっちゃうからな」
その言葉を聞くまで、中等部の状況を放置していたことに気が付かなかったわたしが最も愚かだったのだから。
ニルギリ様は今代の生徒会長であり、エミ様は『烏帽子名を与えられただけの生徒』、わたしは『エミ様から冠名を受け取る予定』の只の一般協力者に過ぎない。この状態でルクリリ様が卒業すれば、“冠名”不在で紅茶の園のヒエラルキーそのものが形骸化することに繋がる。それを彼女が危惧していたのだとすれば―――
―――彼女はこれまでずっと『わたしが自分の足で歩き、紅茶の園のために候補生を探すこと』こそを望んでいたという結論に達してしまう。
つまるところ彼女の傍に侍ることを最重要として自分から動こうとせず、ただ徒に時を浪費し続けたわたしが時間切れになるまで無為に過ごしていただけだったのだ。この結末は予定調和であり、彼女の真意を推し量ることをしなかったことが最大の間違いであったのだ。そしてそれもこれも遡って考えると、わたしが“それらのお膳立てを作るだけの時間を与えたという名目をダージリン様が得る”結果に繋がっている。結局はあの人の掌の上で踊っていたことに繋がってしまう。
結局エミ様に作り笑いでその場をごまかし、去って行くことしかできなかった。
今更後悔を繰り返したところで時間が戻ることもない。現実は変えられない。
「心中複雑、といったところかしらね?」
そんなわたしに声をかけてきたのは、オレンジペコ様だった。
*******
「どうぞ」
「―――いただきます」
彼女の私室に連れていかれ、あれよあれよという間にお茶会が始まっていた。
冠名を継承されたとはいえ現状はまだ紅茶の園の一員であり、ナンバー2の立ち位置に居るオレンジペコ様である。正直、紅茶の味もわからない程に内心では混乱の極みにあった。
「―――お茶会に誘ったけれど、実のところ貴女に掛けられる言葉はあまり多くないのよ」
そんな風に切り出したオレンジペコ様の表情は、純粋にわたしを心配しているようにも、何か別のモノを見ているようにも思えた。
「紅茶の園の本質は、暗闘ありの伏魔殿。言葉の端には別の意味が乗り、その裏側には棘がある。意図なき偽りも、重なる嘘も読み切って、毒であっても飲み干して利用できる強かさが求められてくるわ。そういう意味では“
微妙に韻を踏んで、詩か何かのように独り語りを続けていくオレンジペコ様の言葉を、ただジッと聞いて居た。その言葉がスルスルと胸の内に入り込んでいくようで、不思議な感覚だった。
「彼女は不合格だけれど、その真っ直ぐさが必要なこともある。私が支えてきた“
アールグレイ様の魅力について語るオレンジペコ様の目が少しだけ熱を帯びていて、少しだけ早口で、少しだけ不穏なオーラが見え隠れしていたことを除けば彼女の言いたいことが「あの子は私が育てた」ということだとわかる。
それをわたしに語る意味が、意図がわからないのだけれど。
そんなわたしの様子に、オレンジペコ様はニッコリと微笑んで、言った。
「―――――――――――――」
******* > O to D
上向きの気分を隠すこともせず、足取りもやや軽く高等部の紅茶の園へと向かう。もちろん、歩みは淑やかに礼節を持って。
天翔エミの方から「彼女を新学期までに冠名持ちにさせたい」「オレンジペコ様が良いのなら、直接継承させてあげたい」と言い出すとは思っていなかったが、理由を考えるとなるほど納得はできた。
中等部には今、“冠名持ち”が居ない。ニルギリが卒業してしまう以上、あの場に残るのは生徒会に所属する『冠名以下の候補生』のみ。紅茶の園の質そのものをOGに問われたとして、そこを穴として衝かれて中等部を掌握されかねない。
けれど天翔エミの「彼女にオレンジペコを下賜する」という約束がネックになる。卒業したオレンジペコ様の冠名をそのまま預ける場合、天翔エミの立場が重要になってくるからだ。
天翔エミはあくまで『冠名を持たず、烏帽子名を与えられた存在』に過ぎない。
そんな彼女がオレンジペコ様が卒業した直後にオレンジペコの冠名をあの子に与えたら、周囲はどう思うだろうか?
『アールグレイ様に目を掛けられている小娘が、先代の冠名を“先代の許可を取らずに”お気に入りの後輩に与えるために、先代が卒業するまで待っていた』と見る人間が出るだろう。特にOGの周辺などはそういう解釈を持ってくるであろうことは容易に想像がついた。
そうなった後のことを考えて
目下のところの最大の敵が自滅してくれたのだ。多少浮かれていたとしてもそれはしょうがないと言えよう。
新学期も始まり早半月が過ぎた。新一年生として進級してきた天翔エミを含めた一年生メンバーが正式に練習に参加するのももうすぐだが、それまでは紅茶の園での仕事を指導してあげなければならない。去年とは逆で、邪魔もいない。
「ごきげんよう。皆様」
意気揚々と紅茶の園の扉を開けた私の前に―――
「ごきげんよう、ダージリンさま」
―――ニッコリと笑顔を浮かべた“
******* > D to O
「―――ナンバー2っていうのはどういう存在だと思う?」
「……はい?」
思わず間抜けな声を上げてしまった私にクスリと苦笑して、オレンジペコ様は続ける。
「―――アールグレイは素晴らしいカリスマを備えた絶対的な隊長として周囲に認知されているわ。あの子のぶっ飛んだ性格は周囲にあまり認知されないようにしているからこそ余計にね。私が紅茶の園に手をまわして、陰で支えているからあの子が好きに動けて、あの子が輝き続けていられる」
熱を帯びたオレンジペコ様の言葉が耳からグラグラと脳を揺さぶっている。
何か違う扉を強引にこじ開けられている感覚。恐ろしい、けれどもっと聞きたい、結論を聞かずにはいられない。
「ナンバー2、トップを補佐する縁の下の力持ちというのはね?
―――“頂点”を選べるし、生かすも殺すも“
それはひょっとしたら、啓蒙なのかもしれなかった。
******* >Others
「―――どういう風の吹き回しかしら?」
ダージリンの言葉にオレンジペコは「はい」と微笑む。見るものが見るならばそれは紅茶の園で淑女二人が微笑みあう様子にも見える。
「中等部紅茶の園での一件の二の轍を踏まぬようにと、候補生を冠名候補として切磋琢磨に励んでいます。つきましては、ダージリン様にご指導ご鞭撻いただきたいと、冠名持ちである私が僭越ながらここにやってまいりました」
しれっと言い放ったオレンジペコの言葉にダージリンが一瞬硬直した。
ダージリンの内面では今非常に面白い事態が起きていることだろう。たとえるならば『王手飛車取りを仕掛けて圧倒的優位に立ったと思ったら、相手が王を護る壁を張った駒が直接こちらの王を狙っていて、飛車を取りに行ったら死ぬ』という状況である。僅かな間にこれほどの仕込みを終えてきていたことに舌を巻きつつも、脅威度を上げてやってきた後輩にやや戦慄を禁じえないダージリンである。
「In order to succeed, your desire for success should be greater than your fear of failure. *1」
「アメリカのコメディアン、ビル=コスビーの言葉ですね」
「Man needs his difficulties because they are necessary to enjoy success.*2」
「インドの大統領、アブドゥル=カラームの言葉ですね」
「 Pain is inevitable. Suffering is optional.*3」
「村上春樹ですね」
「If you really look closely, most overnight successes took a long time.*4」
「ジョブズの言葉ですね」
唐突に始まったダージリンの格言にも余裕でついてくるオレンジペコ。これは手強い上に面倒くさい相手が出来上がってしまったとやや警戒を強めるダージリン。
高等部紅茶の園のそんなじりじりと圧迫感を増す空気の中
―――天翔エミはややほっこりした顔で二人の様子を見つめていた。
「 成功するには、失敗の恐怖よりも成功する欲望が勝っていなければならない」
(意訳:そこまでして天翔エミの傍に居たいの?あんな失敗をしてもまだ懲りないのかしら?)
「アメリカのコメディアン、ビル=コスビーの言葉ですね」
「人間には困難が必要だ。成功を味わうために」
(意訳:もしかして貴女、マゾか何かなのかしら?この先は茨の道でしてよ?)
「インドの大統領、アブドゥル=カラームの言葉ですね」
「 痛みは避けられないが、苦痛は選択可能だ」
(諦めも時には必要よ?今ならまだ引き返せますわよ?)
「村上春樹ですね」
「じっくり調べてみたら分かる、一夜にして成功したと思われているほとんどが実はすごく時間をかけているってことを」
(意訳:今からやり直して追いつけると思っている?そんなに甘い話ではありませんわよ)
「ジョブズの言葉ですね」
カス「あぁ~~やっぱりベストパートナーっすねぇ~~~(ほっこり」
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閑話:聖グロの聖夜流儀
中等部でみぽりんたちと連絡先を交換するちょっと前辺り
イギリスの街並みを参考にした時代を感じさせるレンガ外観の建物が並ぶ聖グロリアーナ学園艦。その街並みを見下ろすように立つ赤い服と白い付け髭の幼女というクッソ怪しい人物、これは通報不可避ですわ。
―――まあ俺なんだが。
伝票をポケットから取り出して確認。
「じゃ―――行きますかね」
屋上から地を蹴って跳ぶ。空中で態勢を入れ替え、身をひねってサンタ服の下に仕込んだフック付きワイヤーを投げる。そのままSWATのロープ昇降かどっかの蜘蛛男のようにフックを支点にして壁を走る。屋上の屋根の
跳ぶ。
ターザンジャンプとかそういうモノではなく、ただの勢いをつけたジャンプで近くの邸宅の屋根の上、飛び出た煙突の中にそのままホールインワン!両手両足を広げて、手袋とブーツで壁面の煤を掃除削りながら暖炉の入り口まで一直線に。
音もなく暖炉から這い出して、隣の部屋へとスニーキング。
施錠はされていない、“そうなっている”。
スルリと部屋に滑り込み、煤除けのために袋に突っ込んでたプレゼントを静かに眠る少女の枕元にそっと置いてもう一度逆回しの手順で煙突の外まで這い出して、一仕事終了。伝票に完了済みのスタンプを押してから腰のポーチに捩じり込んで耳のインカムを起動させる。
「デルタツーより本部へ、西地区の配達終了。次はどっちだ?」
『本部よりデルタツー、アルファワン・アルファツーのお手伝いをお願い。全体的に配達が遅れてるから――あなたの活躍に期待してるわ』
「了解。とっとと終わらせてあったかい珈琲が欲しいとこだわ」
通信を切って溜息を吐くと白い煙になって消えていく。
今宵はクリスマス。世界中で親御さんが財布と相談しつつ子供の夢を護る日である。(偏見)
********
―――なぜこんなことになったのか? 話は数日前にさかのぼる。
「―――サンタクロース?」
「ええ、サンタクロースです」
紅茶の園でいつもの仕事をしていた俺こと天翔エミは話を持ってきたダージリンにクッソ間抜けなツラで聞き返していた。っていうかサンタクロースって何やねん(素)
「ご町内でサンタの国家資格を持っていたご老人が毎年サンタを引き受けてくださっていたのですが」
「待て待て待て待て、情報が飽和する情報が飽和する」
国家資格サンタのお爺さんって何やねん工藤()というツラの俺に「無学とは恐ろしいものですね」と煽りから入るブリカスの鑑。
【サンタクロース資格試験】
なんかグリーンランドにある『グリーンランド国際サンタクロース協会』が実施している資格試験をクリアすると『グリーンランド公認サンタ』の資格を得ることができるらしい。
主な試験内容は『体力試験』、荷物の入った袋を背負って平地を走り抜け、屋根の上に昇り、煙突を潜り抜けて対象の部屋に潜り込みプレゼントを置いて撤退するまでのタイムアタック。
『面接試験』デンマーク語と英語、アイルランド語でそれぞれ自己紹介して面接官にアッピルする。
『身だしなみ試験』サンタの普段の服装をして着こなしが完璧であること、そして体重が装備込みで最低120kg以上の「サンタ体型」であること。
「サンタとしての活動実績がある事」と「既婚済みで子供がいること」である。
「ダメじゃん」
「ええ、ですから私たちはあくまで代理のバイト、でした」
何でも聖グロでは社会奉仕の一環とかでサンタのお爺さんのお手伝いを毎回やって来ていたらしい。紅茶の園のトップが毎年お手伝いでサンタの恰好をしてお爺さんと一緒にプレゼントを配っていたらしい。のだが、寄る年波に勝てなかったサンタのじいちゃんが腰をイワしてしまってダウン。残されたのはサンタ経歴ナシのひよっこだけという状況。地味に詰んでんなこの状況。
「そこで、紅茶の園のメンバー、それこそ下働きの生徒たちも含めた人海戦術でサンタのお仕事を代行することになったのです」
そういうことになった(夢枕獏感)
そんなこんなで体力試験を簡素に行った結果、パルクールでそのまま団地や個人宅の煙突まで駆け上れる俺を筆頭に、片手にティーカップとソーサーを手にしたまま片手でキューポラを昇降できる筋力のダージリン、素の陸上ならば俺の速度にそこそこついて来れる速度を持つ舎弟ヒップがサンタ役でコスプレしつつ配布担当。
データによる計算管理が得意なアッサム、サポート特化なペッコは本部で指示を出す役目と割り振りされ、なんか普通に遊びに来てたパイセンが自前のミニスカサンタ衣装で追加のサンタとして参戦し、他の紅茶の園の下っ端の方々を動員して、どうにかこうにか配達を終えたのであった―――。
*******
「最後の配達?」
「そう、私たちが本来するお仕事はこちらなの」
『がんばったねみんなお疲れ様会』と称した打ち上げ会でしこたま飲み食いしていい気分で帰って行った皆を見送ってから、やにわにそんなことをぶちまけてくれたのは当然今回話を持ってきたダージリンだった。お前ホントそういうとこやぞブリカスゥ!!
「今回聖グロリアーナ女学院の紅茶の園のメンバーを駆り出してしまったため、本来は紅茶の園の主要メンバーだけで済んでいたところを全員が寝入ってから朝までの間に全員分のプレゼントを配らなければならなくなりました。
―――よって、貴女に追加任務を与えます。天翔エミ」
一方的にそんな感じの命令をぶん投げてくるブリカスに若干物申したいところではあった。が、最終的に俺はこの追加依頼を受けることになった。
Case,1 ペッコ
同じ寮なのでペッ後輩の部屋に侵入するのは割かし簡単だった。というか寮長に話を通しておいたらしくマスターキーを貰っていたので普通に入り口から入った。
恋愛小説や詩集がきちんと整頓され、小物に混じって紅茶の缶が並んでいて、配合量やブレンド比率が缶の表面に記載されているマメな性格を表してる清潔なお部屋といったいかにもな部屋にベッドがあり、その上でペッコが寝息を立てていて、傍らにはクリスマス用のブーツサイズの靴下型手提げカバンが置いてあった。
「メェ~リィ~クリィィィスマァァァス」
小さな声で囁きつつ靴下の中にプレゼント品【英国御用達の紅茶】の缶をねじ込んでミッションコンプリート。さて帰ろうかというところでテーブルの上に置いてあるものを視界にとらえた。
やや冷め加減ではあるが暖かい紅茶の入ったポットとティーカップ、それとお皿の上に置かれたミンスパイ。英国クリスマスにおける【サンタさんへのもてなし】である。
サンタクロースがプレゼントを持ってくるのに対し、返礼としてうちのテーブルに牛乳とクッキーを置いておくのが古来の習わし、マナーのようなもので、英国ではそれがホットワインや紅茶と英国の伝統菓子ミンスパイになっている。サンタはそれを一口ずつ頂いて帰るのがマナーとなっている―――ってサンタの簡易試験受けた時にパイセンがゆってた。
マナーにのっとりミンスパイを一口だけ齧って、同じく一口分の紅茶で流し込む。ミンスミートに使われたドライフルーツのオレンジと、ペッコオリジナルのブレンド紅茶がいい感じにマッチしていた。
部屋を出たあとムクリと起き上がった小さな影は、食べかけのミンスパイと飲みかけの紅茶を専用の入れ物に移し替えて、薄く微笑んだ。
Case.2 ローズヒップ
英国淑女を手本としたお部屋に並ぶ江戸っ子か何かと見間違う謎のアイテムたち。土産物屋で買ってきたお土産物か何かなのか謎のペナント、形だけどうにか真似したくなったのか封が切られてない紅茶の缶。あとテーブルの上でしこたま濃厚な脂の匂いを放つ“ミンスパイらしきもの”とペットボトルの“●後の紅茶”
いっそ清々しくも男らしい様相のお出迎えだが舎弟の部屋と考えると何もおかしなところはないな。(ブロ感) ともあれ、ベッドの上で半分ほど布団を跳ねのけて絶妙な寝相で眠っている舎弟のオフトンを直してやったりしつつ傍らの靴下(バッグ)に包装されたプレゼントボックスをねじ込んで、ミンスパイを一口。
鼻の奥に抜ける濃厚な脂の香り、舌の上に乗っかる肉汁のソース……一口齧った断面図に映るみっちり肉。……まぎれもなくひき肉ですミンスミートのミートってそういう意味じゃねぇんだよヒップ*1……あ、でもきちんと火が通ってて若干冷めてたけど普通にピロシキかミートパイっぽくて美味かった件。
―――翌日から真新しいシューズでパルクールを追いかける忠犬がいたのだとか。
Case.3 パイセン
「いらっしゃーい」
普通にパイセンは起きてた。ライン越えとるやろパイセン!(素)
「私はいいのよアールグレイだから」
「(理由になって)ないです」
そんなこんなで手ずから淹れてもらったアールグレイのフレーバーブレンドと苺のミンスパイでもてなされて部屋を後にしたのだった。サンタの仕事一切してないけどなんか満足げな笑顔をしてたんで良いのだろう。ヨシ!(現場猫)
Case.4 アッサム
一通りお仕事を終えて紅茶の園に戻ってくるとアッサムが珈琲を入れて待っていてくれていた。夜も遅いというのにお仕事熱心なことだと思う。
「とりあえず今度ジムに付き合ってくれる?貴女の身体データが取れたら今後のミッションに反映できるから」
「それでいいのかアッサム……」
なんてやり取りがあったりした。アッサムと二人きりで外出とか実質ピロシキ案件じゃない?処すべきじゃない?(べき)
Case.5 ダージリン
全部が終わって「お疲れ様ー」した後で、紅茶の園をダージリンと一緒に退出。
「あぁ、忘れてた」とバッグからゴソゴソと取り出したのはプレゼントボックス。
何のことはない。パイセンから「コレ、渡しておいて」と言われていたシロモノである。やや呆然とこっちの説明を聞いてたのかも分からんレアフェイスなダージリンがハッと復活するまでしばらく。お疲れも―どで帰ろうとする身体をぐっと抱き上げられそのままぬいぐるみ状態でお持ち帰りされた件。なんでやねん
なんかそのまま部屋まで連れ帰られた上、お客様テーブル降ろされて「少し待ってなさい」と言われた件―――誘拐かな?
所在無さげにぼんやりと空を見上げながら、黒森峰のみぽりんとエリカがどんなクリスマスを送っているだろうか?と思っていたところ不意に口元に熱々の何かをねじ込まれた件。何しやがんだこのブリカスゥ!!?
「わたくし手ずから焼いたミンスパイですわ。お紅茶と一緒に粛々と召し上がれ、クソ生意気なサンタさん」
そんな感じの言葉で煙に巻かれて紅茶で強引に流し込まれてよくわからんまま部屋から外に押し出された件。わけがわからんぞ、説明してくれ苗木ィ!!
――月――日
ぼくはいま、びょういんにいます。
豚ミンチを火を通さずにパイ生地に入れてレアかどうかもわからんまま食わせてはいけない。みんなも気を付けような!!
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PHASE-22 紅に染まるエミ NEW!!!!
しかし疲れからか、不幸にも黒塗りの高級車に追突してしまう。
後輩をかばいすべての責任を負った天翔エミに対し、
車の主、暴力団員谷岡が言い渡した示談の条件とは・・・。
< う そ で す >
空母アークロイヤルをモチーフとした学園艦【聖グロリアーナ学園艦】は本日も日々是良好。ゆったりと流れる午後の風景を背に紅茶を傾け、いつもよりずっと静かな紅茶の園で執務を早々と終えて席を立つ。
「……あら?お帰りですかダージリン様?」
紅茶の園に出入りできるようになった新入生に「ええ、ごきげんよう」と返してさっさと帰っていく。英国風の建造物の間をすり抜けるように足早に、然し淑女然としてドタドタと足音と埃を立てぬよう。
グロリアーナ学院からそれほど離れていない場所にある学生寮の一室。自分に宛がわれているそこに、ノックを2回。反応がないことに一旦嘆息してドアを開ける。
「……戻りましたわよ?お加減は、よろしくて?」
「―――これが大丈夫に見えるか?」
ベッドの上で、掛布団に包まるようにして―――血色を失ったような青白い顔で天翔エミがこちらを睨みつけていた。視線に人を射殺す機能があるとしたら、その視線だけで2~3人くらい死者が出ているかもしれない。
「……檸檬などのフルーツ類と、いくつか鉄分の足しになりそうなものを買ってきておりますけれど?」
「―――恩に着る」
短くそう言って布団に潜り込む彼女の姿を見て肩を竦めて嘆息していた。素直でないにも程度がある。などと思いながら。
> Emi
エミカスは転生TSガルパンおじさんである。
エミカスはこの世界に転生した際TSし、美少女となった。
故にエミカスには乙女というものがわからぬ。元を正せばエミカスはガルパンおじさんであった。みほエリを妄想し、独り遊びで暮らしてきた。けれども解釈違いには人一倍敏感であった。
―――俺という存在が世界にPOPしてから早13年になるわけであるが……
当然、俺もいっぱしの大人(?)だった記憶が存在する以上、保健体育等で知識の上でのみではあるが“そう言ったものが存在すること”だけは知っていた。
世の女性の皆様、本当に申し訳ございません。(五体投地)
もうね、舐めてかかってました。「言うてそんな大したもんじゃないやろwwwwwm9(^Д^)プギャー」くらいの気持ちでいたし、何なら「元ガルパンおじさん=♂やし?12年生きてきて一回もそういうの無かったし?原作でもそういうシーンなかったし大丈夫やろwww」って思ってました。
―――いやーほんとキッツいッスわ……【生理痛】
世の女性たちは毎月毎月の痛みと血と気分の悪さに耐えて生きているとかすげーな人類って思った件。実際はダージリンからの証言により俺が普通よりだいぶ重い症状で普通の世の女性たちってのはここまで酷い症状になることは稀らしい。悲しいね、バナージ。
聖グロリアーナ女学院で寮生活始めて数か月。中等部一年目の大会が終わった後のある日。「そろそろ寄港だし、帰省を視野に~」なんてダージリン(仮)が部屋で言っていた当時―――唐突に、“それ”はやってきた。
激痛と称しても良い下腹部の疼き。腹痛=便意かとトイレに入るも朝からの気分の乱下降でテンションはダダ下がり、身体のだるさも相まってメンタルが割かしボロボロもボロボロの状況で―――
―――力んだタイミングで下っ腹に走る痛みで思わずトイレから腰上げた時に便器に残る赤茶けた血液である。
もうね。声上げたね。松田〇作ばりに
「なんじゃこりゃああああああ!!!!」 って(Gパン感)
その当時のことは本当に混乱しまくっていてよく覚えてないが、
「俺はまだ何も成してない」「死ぬわけには行かない」「まだこれからなんだ」
とか訳の分からないことをうわごとのように呟いていた。と俺を助け出した女生徒―――ダージリン(仮)は語っている。
ええ、はい。多少とはいえ流血&朝から低血圧モードの状態で用を足した直後に血を見て大音量で声を上げたことで瞬間的に血の気が巡ったことでレッドアウト起こしてトイレ一体型のユニットバスのヘリに寄り掛かってパンツレスでぶっ倒れていたそうです。
きがつくとぼくはりょうのへやのべっどのうえにいました。
******* > E to D
「―――なんじゃこりゃあああああああああああ!!!!!?」
学生寮のフロア1棟全体に響きそうなほどの大音量が聞こえた時、私はまだベッドの上でした。すやすやと安眠していたところに唐突にあがった叫び声で強制覚醒された私が目にしたのは、青白い顔で各部屋備え付けのユニットバスにもたれかかるようにぐったりと倒れている天翔エミの姿でした。その姿がまるでドラマなどの愁嘆場で目にする【バスタブに身を預けリストカットをした姿】に酷似していたこと、ユニットバスの狭い空間にツンと臭う鉄錆染みた濃厚な血の匂いと、地面に水滴のように残る濃い血の痕――――まるでパズルのピースを後から誂えたように寸分なくパチリと嵌っていく状況痕跡に
「―――天翔さん!?」
うすぼんやりとしていた意識は一瞬で覚醒して、反射的に駆け寄って抱き起こしていた。寝起きのままのためか水分の足りない顔で、力なくぐったりとしている身体は軽く、血の気を失った顔色のまま唇をパクパクと動かしうわごとのように呟いていた。
「―――ねない―――ぁだ、ぃねない……まだ……こ、から……」
思わず半狂乱で「誰か!助けてください!!」と寮内に響く勢いで叫び声を上げたのは間違ってないと信じたい。それはそれとして盛大に大恥をかく羽目になり、しばらくの間外を歩くたびに生暖かい目で見られることになったのは生涯恨み続ける所存ですけれど!!
*******
「これまで兆候もなかったんですの?」
「―――なかったなぁ……いや本当……きっついわこれ……」
ベッドに横になって擦り下ろした林檎をスプーンですくって口元に運んでいる天翔エミにそんな風に声をかけると力なく返答が返ってくる。彼女らしからぬ力の無い弱弱しい声色はその幼い体躯と童顔から庇護欲を掻き立ててくるのだから始末が悪い。普段の言動を知っているからこそよりそのギャップから不心得者が見ればよからぬ心を呼び覚ましてしまいそのまま……という想定が有り余るほどあり得る未来予想図から彼女の醜態を見せる人数を限られたものに絞ることをこの時点で試案していた。
結論として天翔エミのこの
アッサムから見ても、天翔エミの生理は「重い」ものに当たるらしい。
これは由々しき事態と言える。女性として生まれたからには生理痛とは無縁ではいられないとは言え、その症状で動けないほどになると―――戦車道にとっては致命的だと言える。特に彼女の体重と体型では、生理の際の「重さ」が増すことで出血量が増加しでもしたら最悪生命にかかわるレベルの貧血を起こす可能性があった。
天翔エミから口頭で聞き出した症状としては
・腹部に痛烈な痛み。立って歩くことすら困難。腰部も痛むため背を伸ばすのも辛い。
・断続的にズキンズキンと頭痛が続いている。そのせいか吐き気が酷い。
・全体的に気分が気だるい。貧血症状なのだろうが眩暈と思考能力の低下により何もしたくないという気分になっている
ほぼ生理における症状の満漢全席。配牌ダブル役満という状況に軽く頭を抱えざるを得ない。折角の戦力、しかも彼女の力は一騎当千に相当する。それが試合に使えないというのは明確な戦力低下につながる。しかもそれが事前の兆候なく突然に起こるハプニングイベント状態。指揮官なら頭が痛い問題だろう。
「よって、貴女の生理周期を完全に把握する必要があります。毎日の体温チェックは必須。そのデータをアッサムと私に提出なさい」
「―――なんで?」
生理通がおさまった三日後にそう提言した私に非常に嫌そうな顔でそう返してきた彼女に滾々と生理について説明しなければならなかったことが顔から火が出るほど恥ずかしかったと述懐して置く。ニルギリや他の紅茶の園のメンバーを使うことができないため、大型図書館で生理についての本を山積みにして深く読み進めている姿を誰にも見られていないことを祈りながら情報を集めていた私の気持ちがわかりまして?誰のせいであんな恥ずかしい姿を衆目に晒す危険を冒したと思ってますの?
いえ貴女のためじゃありませんけれど!!貴方のせいじゃありませんけれど!!すべては聖グロリアーナの未来の栄光のため!私の勝利のためですけど!!
******** > D to E
〇〇月××日
『はじめてのせいりつう』イベントの後マジで死ぬかと思う程の不調が月一でやって来ると聞いて軽く絶望していた俺のとこにダージリンがやって来て
「生理周期を把握しないといけないから毎日体温を測って提出しろ」と言われた。なんで?
いや言わんとしてることはわかる。大事な戦車道の試合の時に生理痛で動けないとかシャレにならんよなって話よな?でも事前に分かったところでどうにもならんくね?と思ったが、どうやら生理周期って薬とかで多少前後させることができるらしく、試合当日に被った場合それを薬で後日にずらして試合に出場できるようにすることができるらしい。
ただしそのためにはきちんと生理周期を把握している必要があるらしく、そのためデータ人間のアッサムによる徹底管理で生理周期を把握して適宜薬の申請を行って服用しないといけないそうな。めんどくさいねバナージ。
こうして俺は生理周期をダージリンに把握され、管理され、毎度の生理の度に介護を受けることになった。(胃袋にスリップダメージと毎回PPに累積アップキープが加算された!)
―――後に、俺こと天翔エミが初潮の流血で気絶し失神、その様子を見て絶叫して錯乱したダージリンの様子が語り継がれ、『生理の渦中で哀を叫ぶ事件』。略して「生渦中(せかちゅう)」と呼ばれ聖グロの伝統を記した事件のひとつに数えられていることを俺は死ぬまで知らなかった。
***** ↓今回の話を書くきっかけ↓ *****
ビーバー「エミってTSガルパンおじさんですけど、生理ってどうなってるんですか?」
本家様「重いです。ものっそい重いです。でも表には出しません。家に帰って悶絶してます。なんてことだ!俺は別に考えてなかったのに米ビーバーさんの質問によりエミがひどいことに!」
ビーバー「えぇ……?(滝汗」
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【デッドエンド01:ワンサイドゲーム・ダージリン】
「アッハイ」
アッサムに促されて紅茶の園に向かうことになった。のはいいのだが―――実際問題、会って何を話せばいいのやらわからん。
「―――よし、明日にしよう」
この時、俺の選択によって何かが分岐した(確信)
――月――日 晴れ
ドロップを買った。
子供が舐める様な、色とりどりのドロップである。
独特の形状をした金属の缶に入ったアレで、カシャカシャと振るとそれなりに小気味よい音がする。童心に帰ったような気分で何度かカシャカシャと振っていると、彼女に怪訝そうな目で見られていた。
――月――日 曇り のち 雨
ハッカ味は苦手な味である。皆意外そうな顔をするけれど、苦手なモノは苦手だからしょうがない。
ミントティーならば別に飲むことに否やはない。だがドロップの独特のべっとりした味覚を塗りつぶす感覚と、後味全てがハッカの味に変わるあの後味の悪さはいただけない。後で飲む紅茶が不味く感じるのは致命的と言えた。
口臭対策には良いらしく、彼女は臭いを消すためによく食べているのを目にする。だったら香りの強いものを飲まなければ良いだろうに
********
時間はやや、巻き戻る――――
******** D to E
――月――日
あの日あの時から別世界にでもシフトしたんじゃないかと思うくらい感覚がズレているような気がする。
おかしい、明らかにおかしいのだ。
―――主にダージリンが()
――月――日
露骨にこっちを警戒しているようで、しかし俺の様子を横目でチラッチラッとみているのが感じ取れる。たとえ背中を向けて居ようとわかるくらいに視線が感じられるのだ。正直怖い。何?お礼参り?お礼参りなの?なんの?(不信)
―――あの一件は俺被害者じゃない?いや加害者になるの?(混乱)
初チューでしたが何か?相手も初めてだった?そうねたとえ相手がダージリンだとしても俺万死に値するんじゃないかな?(思案)
――月――日
とりあえず全力の謝罪から入ってみた。
土下座。それは生の執着の極致―――!!というわけでもなく正直俺自身自分の生命にそれほど頓着してない。
どっちかというと本来の土下座の意味に近い。所謂「許していただけないのならばこのままどうぞ首を落としてください」という意味の全面降伏の構えである。
「この間のことはお互いに忘れるってことで」と前置きの上での土下座。
こう、嗚咽のようなものが聞こえるのでチラッと見上げてみるとさめざめと涙を流していた。うん、死のう(短絡)
「足りないのなら私にできることなら何でもする」と思わず口にしていた。さもなくばこの場で【ファルコ】すべきじゃなかろか?とか思ってしまった。
ブリカスの命令がどの程度のものなのか考えると戦々恐々と震えて来るんだが―――どうしようもない。
******* E to D
「あの日のことはお互いに忘れよう」
ぎくしゃくしていた関係を気遣ってだろう。目の前の彼女は私の前で床の上に座して頭を下げ、そう言った。
土下座というそれである。謝罪の気持ちを示す最上級のもので、これを許さないというのは相手との関係の断絶を意味するのだとか。
―――そっと、自分の唇に手を触れる。顔を上げていない彼女には見えていない。
やや遅れて、ツゥと涙が頬を伝っていた。嗚咽交じりの声が聞こえると思っていたら、わたしのものだった。
子供の様に泣きじゃくる私にどうしていいのかわからず平伏し続ける天翔エミ。堂々巡りのどん詰まり。お互いにどこまでも下がってゆくだけの無限ループの構図を破ったのは、彼女の言葉だった。
「―――わかった!私でできることだったらなんでもする!!」
平伏したままの天翔エミに「じゃあそのまま正座して目を閉じなさい」と命令すると、スッと顔を上げて断罪を待つ罪人の様に神妙に私を見上げるように顔を上向きに、首を自分から差し出す格好で瞳を閉じた。
小学生のような小さな体、整った顔、長い黒髪が背に流れる。少し涙も流していたのか、睫毛がキラキラと明かりを反射していた。
「―――そう、そのまま瞳を閉じていなさい」
耳元で言うとビクリと一瞬震えて身を竦ませたが、軽くかぶりを振って脱力し、再び断罪を待つ姿に戻る。
私は彼女の傍に膝を着いて高さを調整。ちゃんとした角度、自分の立ち位置を計算し、じっくりと距離を詰めていく。
そうして、「必殺の間合い」を形成してから―――彼女の首の後ろに片手を添える。
ぐっと手に力を入れて引き寄せるのと同時に逆の手は彼女の片腕の上から回り込む様に腰の下に。逆方向の脇腹まで手を伸ばしてぐっと彼女の身体ごと引き寄せ―――無防備な唇を奪った。
「―――ん―――」
「―――!?んむぐ―――――」
唐突に重ねられた唇に目を見開いた彼女が抗議に口を開こうとするその瞬間を狙って舌を絡めとる。首の後ろを押さえているので首を振って逃げることも、腰を密着させているので身を翻すこともできない彼女が困惑していたのは、僅かに3秒ほど。
―――だが、勝負はその3秒でついた。
舌を絡めて絞り吸い上げ、絡ませた舌から互いの唾液が混ざる。呆けている彼女の口から唾液を吸い上げて、自分のそれと交えて舌を使って丹念に口内に塗りつけるように―――歯の表、裏、歯茎、舌先、舌の根、順番にじっくりと舌で征服していく。
ちゅぷちゅぷ、じゅるじゅると啜り上げる水音、艶めかしい鼻にかかった呼吸音が二人だけの室内に反響して、それが実に興奮を煽っている気がする。私はこの時確実に、正気のまま正気を忘れていた。
わずか3秒。それだけで困惑から立ち直ることなく腰砕けになった天翔エミから唇を離す。はぁはぁと荒い呼吸でこちらを見る彼女の唇の端から私の舌までツゥーと唾液が糸を引いて、それが挿し込む日差しにキラキラと光っていて―――
「―――今度は事故でも罰でもありませんわよ―――」
もう一度、まだ混乱するままの彼女とキスを交わした。
後々冷静に考えると事故でも罰でもなかった場合この一回は訴えられたら負ける行為だったのだが―――今私は罪を問われることなく生きているので彼女が問題視していないということである。なのでセーフでしょう。
******
――月――日 晴れ のち 曇り
あの日から合図が決まった。そうあろうと思った時はわざとエチケットガムなどの口臭用品の入ったボックスを空っぽにしておく。
殿方はティッシュボックスの位置で同室の方の行為を察して部屋を出るなどと聞くけれど、所詮は雑誌の受け売りに過ぎない。なんて思っていた時期が、私にもありました。
ボックスの中身の不在に気づいた彼女が私の方を見た時に、私がドロップを口にしていたら……それが合図だと、彼女も察したらしい。三度目で、遅すぎますわよ?これは厳罰ですわね。とびきり熱く差し上げましょう。
追記
ハッカ味も好きになれそうだと思った。嫌いが一つ消えるのは喜ばしいことだと思う。
** D to E
――月――日
全力の謝罪と土下座から泣きじゃくるダージリンに罪悪感から「なんでも言うことを聞く」とのたまった結果、「顔を上げて目を閉じて居なさい」と命令される。
一番マシな方向で平手打ち、最悪はこのまま断頭台だろうか?
聖グロにも首切り役人とかいるんだろうか?みたいなどうでもいい現実逃避を夢想してると、首の裏にそっと手が添えられた。これはもしや……KU・BI・O・RI!?(首の後ろに添えた手をテコの原理の支点にして首を後方に【ペキィ】するSAMURAIの技)
あぁ、短い人生だったなぁ……まだみほエリも成されていないだろうに……と我が身の儚さを嘆いている間に
なんか再びキスされていた件(なんで?)
思わず後ろにのけ反ろうとするが首の後ろを手で押さえられているうえ、腰と背中に腕が回っている。気分はアナコンダか何かにぐるりと絡みつかれて身動きが取れないアニメとかその辺の原住民のようなそれである。余りの出来事に困惑して「どういうことだ」と声を上げようとするも唇を押し付けられていて「んむぅぉをぅ」とかなんかそんな感じの変な声にしかならない。
そうこうしている間にぐちゅぐちゅと口の中に舌が入ってきた。口の中を動き回る異物感とは別に、なんかこう、ヌルヌルした感触に全身に走るむず痒さが力を奪っていく。同時に酸素もなくなっていっているので倍率ドン、さらに倍。酸欠で息も絶え絶えで解放された俺、とりあえず呼吸を整えることを第一にハァハァと乱れたままの呼吸をどうにかこうにか抑え込んでいく
「―――今度は事故でも罰でもありませんわよ―――」
おい馬鹿やめろダウン中追撃は反則だって言われなかったのかおい聞いてんのかブリカスてm――――
一連の行為の後で、
「言っておきますけど、これは「なんでもいう事を聞くから」の対価ですから」
とか言ってきたブリカス。こいつ俺にまだ何か要求する気か(戦慄)
畜生、やっぱりブリカスにフリーハンドなんか持たせるべきではなかったんだ。俺の馬鹿!!1時間前の俺に「考え直せ!」と言ってやりたい!
「あの事故のことを絶対に忘れないように、刻んであげます」
にこやかにそういうダージリンの背中に悪魔の翼のようなものが見えた。幻覚ではないだろう。
――月――日
もう勘弁してくれ(吐血)
俺がその合図に気付いたのは3度目の「罰」の後だった。
ダージリンが俺に「忘れないための罰」と称して飴玉を口移ししてくる“あの日の焼き増し”を強制してくるタイミングには法則性がある。
1:口内エチケット用のガムなどが入ったボックスが空になっていること
2:ダージリンがその時に飴玉を口に入れていること
3:周囲に他の人間が誰もいないこと(ただし後から人払いをする場合もある)
これらが揃った時に「トラップ発動!!」するのだ。
そのたびにピロシキ発動案件が重なっていく上に、精神性のストレスで自室に帰って血を吐く日々を送っているんで鉄分補給が欠かせなくなってきている。
行為を繰り返すうちにコイツ実はそっちの趣味なんじゃね?と勘づくようになったのは進展と呼べるのかどうか……。
何故逃げたり処したりしないのか?決まっている―――「コイツを消したり野放しにしたりしておくと終局的にみほエリが危険だと判断されたからだ」
コイツはこんな状態ではあるがダージリンの端くれである。ダージリンである以上、もしも俺が事象改変に失敗し、原作通りに事故が起きてみぽりんが大洗に転校してしまった場合、一番最初にみぽりんに介入できるのはこいつを置いて他にいない。そのダージリンを排除するような行為を行えば、バタフライエフェクトでどうなるか想像もつかない。
つまるところこいつを「みぽりんやエリカに目移りしないように、どうにかこうにか俺の方に繋ぎ留めつつ、しかしみぽりんのフラグをきちんと踏めるようにダージリンのままで置いておく」ことが肝要なのだ。
俺はそのための精神安定剤のようなものらしい。が、これもみほエリのため、みほエリのため、みほエリのため―――とはいえ、だんだん罰のスパンが短くなってきているのだが
俺は果たしてみほエリを拝める日まで、この先生きのこれるのだろうか……?
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【デッドエンド02:フォーエヴァー・ウィズユー】
何かがおかしい。
いや、何がおかしいのか全く分からないのだが、何かがおかしいと感じるのだ。
言いようのない謎の予感が俺に警鐘を鳴らしている。なんだろうかこれは―――
「―――どうかしましたか?先輩」
「―――いや、何でもない、かな?」
横から声を掛けられて、俺は思考を打ち切って声の方を向いた。
オレンジペコがサーブしてくれた紅茶を一口。
「―――うん、これは、好きだな」
「ありがとうございます」
柔らかく微笑んでいるオレンジペコに喜びがあふれているのがわかる。
―――今日も平和だ。
――月――日
―――ダージリンが高校に進学していって、俺が三年生となった。
いつも格言と張り合いをやって来る相手がいないだけで何というか、時間がゆっくりに感じられる。
―――そういえばダージリンもいねぇんだし俺紅茶の園に居なくてもよくね?と思ったのでオレンジペコ(仮)とニルギリに相談してみたところ
―――ニルギリにおもむろに土下座されました。 何でや工藤?(服部感)
「どうか!わたしのためとおもってどうか!」とかクッソ切羽詰まった様子で言われても、その……困る。
ニルギリの説明を簡単にかみ砕いたところ、「俺が居なくなると、オレンジペコ(仮)が紅茶の園にいる理由が作れない」らしい。オレンジぺコは生徒会のメンバーではなく「ニルギリの補佐に回っている天翔エミの“冠名下賜候補”」なので居ても問題ない存在なんだそうな。
要するにニルギリ1人だとお仕事がやってられないのでペコが居ないといけないわけで―――でもペコが紅茶の園に入るのには俺がいないといけないと。
うん、そら俺いないとだめだわ。
――月――日
今日も平和だ。みほエリの様子を見ることはできないというのが少しだけ残念だが、聖グロ故致し方なし。
だが冷静に考えると俺が黒森峰でみぽりんとエリカの間を取り持とうとしたとして、それが果たしてきちんと機能するのか?と考えると―――今の聖グロでの自分の立ち位置とかそういうのを振り返ってみると、失敗フラグしか感じない。
適度な立ち位置でペンパル的な存在で居るのが一番いいかもしれないとまで思う様になってきた。そう考えるとむしろ黒森峰落ちて正解だったのかもしれない。
オレンジペコ(仮)のサーブした紅茶を飲む。 うん、これもどっちかというと好きな味だわ。有能だなーあこがれちゃうなー。
「美味しかったよありがとう」というと「光栄です」みたいな返しと一緒に微笑んで嬉しそうにしている。尊い(確信)
―――こんななんでもない日常に幸せを感じているというのは俺的にどうなんだろうか?と思ったのでとりあえず小指の爪を一枚ベリった。すげぇ痛かったが気が引き締まった気がする。
―――翌日目ざとく小指の傷を発見したペコ(仮)にめっちゃ心配されてクッソ心が痛かったので今後は慎むことにした。代わりにノートに書いておこう。後で清算する予定の
――月――日
時間がゆっくりと流れているようで、実際は光陰矢の如しとはよく言ったもので、気が付くと卒業式を迎えていた。振り返ってみるとここ一年、戦車道やってるかオレンジペコの紅茶の味見役しかしてなかった気がする。
それはそれとして、全国中学生戦車道大会ではみぽりんエリカと決勝で相まみえた。―――まぁ負けたんだが(残当)
パイセンやダージリンというクソチート抜きで戦ってはじめてわかる浸透強襲戦術の弱さ。むしろこの格下をイジメる用途以外で使いどころなんかない戦術で勝ち進めたダージリンの戦術眼と受けの強さ半端なくね?
試合の後でみぽりんとエリカと改めて挨拶を交わし、ついでにアドレスを交換しておいた。「学校外で初めてお友達ができた」とかなんか闇が深くなる台詞を聞いたような気がするが、みぽりんはまず隣の娘に目線を向けるべきじゃないかな?俺はそう思うんだけどぉ?(ねっとり)
試合やその他の様子を見てわかったが、やはり介入なしにみほエリは進展しないようだ。離れた場所から俺がどの程度介入できるかわからんが、ともかく頑張るしかない。
卒業式が終わり帰る途中でペコ(仮)が出待ちしていた。こういう時にいつもやって来るはずの舎弟の姿がないことに訝しみもしたが、まぁそんな日もあるかなぁとスルーするのが俺である。
―――いや本当に、なんでこの時スルーしたのだろう?()
――月――日
高等部に進級してダージリンと再会―――というか高等部の紅茶の園で出待ちしてた件。
「久々の再会だというのに挨拶もなしとは……」とかものすごくウザい絡み方をされたので「うるせぇ珈琲豆投げつけるぞ」と返しておく。若干嬉しそうな顔をしてる件。何コイツ何……何なの?マゾなの?(引き)
自分の椅子に座って所在無くだらだらしている。俺でもハンコ押すだけの書類とかはまだないらしい。
―――ふと気づくと左側を軽く空けている自分に気付く。なんだろうか?
「―――致命傷、かしらね?」とはダージリンの言。なんかよくわからないが日常に言いしれない違和感がある。
――月――日
違和感が酷い。なんだろうか?日常のルーティンに大切な何かが欠けている気がする。
朝の鍛錬は繰り返している。朝鍛錬を終えて寮に戻るとペコ(仮)が出待ちしていてタオルと温かい紅茶で出迎えてくれるという状態にももう慣れた。人間って慣れる生き物だよね―――
―――何が足りないのだろうか?
――月――日
みぽりんから届くメールに返信しつつ、エリカともメールをやり取りすることにも慣れてきた。紅茶の園でのお仕事も余りあるわけではない。むしろダージリンが度々絡んでくるのとパイセンに思いついたように構われる状況に危機感がやばい(やばい)
―――それはそれとして妙な喪失感というか、物足りなさがある。
――月――日
半年が経過し、中等部のペコ(仮)と舎弟ヒップ(仮)がお呼ばれしてきた。
俺の座っている椅子のやや左後ろに控えたペコ(仮)が紅茶をサーブするのに合わせて自然に手が伸びて紅茶を一口。
「あぁうん。落ち着くわ」
スルッと言葉が出てきた。
――月――日
「よろしいのですね?」
と念を押してくるダージリンに適当に二つ返事でハイハイ言いつつ了承の印をぺったり。
オレンジペコ(仮)がオレンジペコ(真)になった。
―――この瞬間、何かのフラグが音を立てた気がした()
ブリュンヒルデこと俺こと天翔エミの推薦からの冠名授与ということで、実質俺の下について働くことになるらしい。
やってから「あれ?つまりダージリンと一緒にペコが居た原作ってペコがダージリンに冠名授与されたんであって、これ不味くね?」と思ったが、時すでに時間切れ。取り消しが効くものでもなさそうだ。
とはいえまぁ、紅茶の園にいる間はダージリンと一緒なんだし、特に問題はないだろう(希望的観測)
――月――日
みぽりんからのメールに返信して、エリカの淡白な反応の返信を受け取るための送信メールをポチポチしていく。紅茶の園での政務は退屈で、戦車道の教導までしばらくの時間がある。
「―――お姉様、どうぞ」
オレンジペコがいつものようにやや左後方から紅茶をサーブして、2歩下がる。
いつも通り慣れた動きで紅茶を飲み―――
―――何か決定的な違和感を感じる。
「―――お姉様?何かお気に障りましたか?」
「―――え?あ、いや、うん。なんでもない」
言いしれない違和感を感じながら、それが何なのかよくわからない。
隔靴掻痒、という四字熟語がある。靴の内側が痒いが靴の外から靴越しに掻いているためかゆみが収まることがないという、なんかもどかしい感覚を指した言葉である。今の心境はこれに非常に近い。何がおかしいのか、わからないことがどうにも居心地が悪い。
「―――あの、お姉様?お疲れでしたら、お休みになられては?ダージリン様やアールグレイ様がお越しになられた場合は起こしますので」
「―――あー……うん、そうするわ」
どうにも優れない気分を腹の中に抱えたままというのは精神的にも辛いものがあるけれど、背中に懸けられた毛布にほどよい暖かさと一緒に交じってる柑橘系の香りに、瞬く間に眠りに落ちて行った―――。
******* E for O
「おやすみなさい。
柔らかな微笑みを称えて、毛布の下で安眠に耽る
―――長かった。ここまで本当に長かったと、
*****
初めて出会った時から、“彼女”の傍にはダージリンが居た。
ダージリンと二人で、或いはアールグレイと二人で、或いは三人で、常に一緒に居た。
“彼女”の傍には人が集まる。彼女自身はそれを理解していないけれど、まるで誘蛾灯の様に有象無象が集まっている。
そんな彼女のために何ができるのだろう?自分はただの背景の一人にすぎないとあきらめていた。
そんな折に、紅茶の園の買い置きの茶葉の品質確認のために紅茶を淹れていたところに彼女がやってきた。そうして仕事に対してねぎらいのお言葉を戴けた。その上―――
「エミでいい。むしろそっちの名前で呼んで欲しい」
と言われたのだ。この時の胸の高鳴りをどう形容すべきだろうか?
背景の一人にすぎなかった私に分不相応な願いが生まれた。
―――執務室に入ったエミ様はダージリン様に抱き上げられてそのままダージリン様に抱きしめられながら政務に付き合わされていた。ダージリン様は満足そうな表情だったけれど、エミ様の顔色は終始悪いままだった。
何故あの女は自分が愛されていると勘違いしているのだろう?
*****
「紅茶の園の次期メンバー募集」と書かれた張り紙に、心が揺れる。
けれど私は候補生として既に紅茶の園に席をもつ身なので、オーディションに参加する権利はない。しかしながら、候補生を差し置いてオーディションで新たな冠名候補を決めるという話は、少々思う所がないわけでもない。
さりとて、私にできることと言えば、紅茶と詩集への造詣と、少々普通の人よりも庶務のお仕事に慣れている程度。力不足といえばそれまで。
―――冠名を授かる人は一体誰になるのだろうか?などと空を見上げて考えを巡らせるだけ―――わたしにはそれしかできない
―――結局、冠名を受ける資格のある人は居なかったらしい。唯一「この人は」と紅茶の園のメンバーの皆様が納得した人物も、「納得ができない」と言って受け取りを拒否したらしい。一体何様のつもりなのだろうか?
少し疲れた様子のエミ様に、疲労回復に効果のあるカモミールのハーブティーに、蜂蜜を少量溶かしてサーブする。
「うん、これはいいな。好きな香りだし、私の好みの味かもしれない」
どうやらお口に合った様だ。このフレーバーやこの味付けが好みの範囲らしい。メモを取っておかないと―――
去り際にまた労いのお言葉を戴けた。こんな端女に過ぎない私にも感謝を忘れない、お優しい方だと思う。
給湯室を出る手前でダージリン様がエミ様を捕まえた。私の目の前で行われるやり取りにふつふつと感情が抑え込めなくなっているのがわかる。
「こんな言葉を知っていて?【その年齢の知恵を持たない者は、その年齢のすべての困苦を持つ】」
答えられない場合、エミ様はダージリン様に抱きぐるみのような扱いを受けてまた顔色を悪くすることだろう。
答えられないエミ様に、満面の笑みで手を伸ばすダージリン様から
―――エミ様を、奪い取っていた。
「―――フランスの哲学者、ヴォルテール……正式にはフランソワ=マリー・アルエの言葉ですね」
私の言葉に次の問題が続く。それを答える。
次の問題、答える。
更に問題―――答える。
「なかなかのお手前で」なんて、上から見下ろした賞賛に笑顔で返し、微笑みを向ける。笑顔というのは本来、攻撃的なものである。とは誰の言葉だっただろうか?
「―――天翔エミ、貴女ならこの子にどんな冠名を付けるのかしら?」
私はダージリン様のお眼鏡にかなってしまった様だ。エミ様にわざわざ冠名を聞くあたりに意地の悪さが滲み出ている。
冠名を戴くということは紅茶の園のメンバーとして政務に携わるだけでなく、次期生徒会メンバーの一人であるという証明でもある。無銘の生徒が出入りしていたとしても、それは生徒会への「無償の奉仕」でやってきているだけの存在に過ぎない。今のわたしのように。
ただし、冠名を戴くということは「名前を下賜する相手の庇護下にある」という意味を持つ。この場合、ダージリン様から名前を下賜された場合、私はダージリン様の庇護下にある生徒会メンバーとして、ダージリン様を支えるために尽力することを良しとすることになるのだ。
「え?ああ……オレンジペコで」
エミ様は私を「オレンジペコ」と称した。その名前はすでに高等部に同名の冠名が存在したのでお流れとなってしまったが、同時に私は最大のピンチを凌いだことになる。
そして同時に、指針ができた。
「先輩。私が高等部に昇級したら、オレンジペコ様も卒業します。その時は、私にオレンジペコの冠名をくださいますか?」
エミ様に望まれたのだ。エミ様が望む
「オッケーだ。約束しよう」
エミ様が私に誓って下さった。もう何も怖くない。
***** Others
「―――私がここまでこれたのは、貴女のおかげです」
眠るエミの頬にそっと、口付けを落とす。
柑橘系の香りがふわりと広がるリップグロスは、毛布と同じ香りなので保護色に溶けて消えるだろう。
入り口の扉に“只今清掃中”と看板を下げた紅茶の園の中で、オレンジペコはただ静かにエミに寄添い、侍る。
―――ダージリンが居ない一年間が勝負だった。
―――天翔エミはもう【オレンジペコが傍で尽くしてくれる生活】に慣れ親しんでしまっている。今更いない生活に戻ることは難しいだろう。
オレンジペコにとってエミは『自分の可能性を啓いてくれた存在』である。ただの背景で終わるモブであるという自己認識に、声をかけ、笑いかけて下さり、そして冠名を与える約束をしてくれた。まるで乙女小説の主人公にでもなったかのような気分だった。
だから努力した。懸けられた期待に応えるように。
そして努力が実った。それまでの自分が間違っていたと思うほどに―――
―――そうして、ここまで来たのだ。愛しく想う彼女から下賜され『オレンジペコ』と成ったのだ。
ならばあとは尽くそう。自分の全てを捧げて尽くそう。それが自分にできる全てであるから。
「―――何も心配しなくて良いですよ、お姉様。万難は排します。何を以てでも排します。
―――だから私に溺れて下さい。私に頼ってください。頼っていただけたら何でもします。どんなお望みでも叶えてみせます。私に、貴女に尽くさせてください。叶うならば―――卒業したとしても、
愛の重さを感じ取ってか魘されるエミの額に浮かんだ珠のような汗に、誰も見ていないかを確認してからそっと、舌を這わせてちゅると吸い取る。
―――翌日、原因不明の胃痛と吐血で倒れるエミの姿があった。
天翔エミが聖グロ卒業まで無事であったか、それはまだ不確定の未来であり―――
―――みほエリが為されたかもまた、不定の未来である。
なお寿命()
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【デッドエンド03 『Leave everything to me』】 】
高等部に進級する前だが―――俺はもう限界です。
オレンジペコ(仮)とダージリンによる“天翔エミ学業アップ作戦”の結果蓄積されていったダメージは確実に俺の身体に影響を及ぼしていたのだ。
その蓄積されたダメージによる身体への影響は徐々に徐々にだが日常生活をむしばんでいて―――ある日突然爆発した。
――月――日
ぼくはいまびょういんにいます
>> To Assam
天翔エミが学力テストの試験後に入院した件について、学内では様々な推測が飛び交った。流言飛語の類も含めてそれはそれはもう大渋滞。
中でも一番多かったのが『ダージリンによる居残り教育の結果によるもの』というもの。
彼女とダージリンのただならぬ()関係については、聖グロリアーナにも広く周知されており、ダージリンが事あるごとに彼女をかわいがって()いることも、同時に同じくらいライバル視していて事戦車道においては真っ向からぶつかり合いたい相手だと認識していることもまた周囲に広く認知されている。
そんな相手だからこそ「やりすぎてしまった」のではないか?
それが周囲の認識として一番有力だと思われていた。
この一件においては私も物申すところがないわけでもなく、特に天翔エミはGI6のエージェントを兼任している身分である。彼女が行動できなくなると作戦行動に支障が出るレベルに収まらず、一時機能不全に陥る場所すら出てくるのだ。
それもこれも彼女が有能だからという証左でもあり、彼女に負担を強いることで上げてきた成果を日常だと錯覚してしまった上層の判断ミスともいえる。
「―――はぁ……」
そうして私―――アッサムは一人廊下でため息を吐く。
彼女の体調管理は、私が担当していたことだ。
だからダージリンが原因だとしても、彼女の体調を管理する私が彼女の不調に初めから気づいていれば未然に防げていた。
―――防げていたのだ。
「――エミ。入るけど、大丈夫?」
コンコンと病室のドアをノックする。集中治療室で治療を受けたのも最初のころだけで、今は一般の病室に入っている。ただし彼女に面会できるのは限られたメンバーだけになっている。
理由はひとつ。
「――あぁ、アッサム?入っていいよ」
入っていいと言われてドアを開けた私の目に飛び込んできたのは――
――病室においてあるモノを組み合わせて簡易のトレーニング用具を自作して、それを使って筋トレをする病人着姿の幼女だった。
いや、正確に表すのならば幼女のように見える中学生だった。
天翔エミはすでに体力を回復し、それなりに動けるようになっている。
面会謝絶としてダージリンとオレンジペコ、ローズヒップを遮断し、彼女たちが面会できないからと一般生徒たちをもシャットアウトした。
今この病室に入ることができるのは、私と、アールグレイ様の二人だけだ。
そうすることでやっと『彼女を守ることができる』から。
天翔エミの肉体は、外から見て治っているように見えても、その実内側はズタズタだ。
そんな状況で私の相棒としてずっと仕事を続けてきた。戦車道を続けてきた。傍目に見えて馬鹿だと、有り得ないと言われ続ける無茶なトレーニングを実践してきた。
その結果が今この状況だ。
天翔エミは無理をし続ける。周囲の声のため、ダージリンのため、私のため、オレンジペコのため、聖グロリアーナのため、
何より自分のために。
「――前にも言ったでしょう?貴女の体力はまだ全盛期の30%。まだまだ休養が必要なのよ?」
「ンな事ぁないさ。自分の身体だ、自分が一番知ってるよ」
グッと力こぶを作ってニッと笑う。その瞳の奥が揺れているのは察することができる。捨てられた子犬のようにわたしに向けて無言で語っているのだ。
“どうしてもだめかな?”と。
「――病室の中だけよ?外でリハビリをしているときには全力を出さない事」
「ありがとな、アッサム」
撫でろコールに応えてやった時の猫の様な屈託のない嬉しそうな顔でそんなことをいうものだから、甘くなってしまう。いけないことだと判っているのに。
*******
天翔エミは回復している。本当はもうとっくの昔に回復している。
でも内部はボロボロなのだ。
血液検査の結果わかった『天翔エミの秘密』。
天翔エミの肉体は徐々に崩壊に向かっていて、それは現在の医学では治療方法すらわかっていない。そも、原因もわからない、病名も症状も不明。ないない尽くしできりがない状態。
――これをダージリンに告げようかと思った。
――それを私は握りつぶした。
ダージリンは天翔エミに対して偏った対抗心と敵愾心、それと愛情を抱いている。
あの子はこの結果を見せたら、きっとこう思うはずだ。
“天翔エミは戦車道を続けたがっている”
“だから弱ってしまう前に彼女の願いを叶えなければならない。私との決着もつけなければならない”と
その結果始まるのは天翔エミへの過干渉からくる過密トレーニング。
それはきっと確実に彼女の寿命を奪っていく――けれどダージリンも彼女もきっと止まらない。
だって彼女の望みはその先にある。
エミはきっとダージリンの手でそこまで羽ばたいていくだろう―――
―――
人道的見地からしても許されるものではない。だってあんまりじゃないか。
彼女は皆のために、私のために、学園のために、己のために、すべてひっくるめてそれらのために歩き続けただけだというのに―――そんな終わり方が許されるはずがない。
―――きっとかつての私が今の私を見たのならば笑うだろう。
馬鹿なことをやって
友達を裏切って
彼女すらも裏切って
その結果、何の成果も得られずにただ無為に時間を使い潰しただけになるかもしれない なんて―――無様に過ぎる と。
「…………アッサム?」
「……なんでもないわ。トレーニングは許してあげるけれど、1日1時間程度にすること、その後必ず私の問診を受けること。さもないと今度はまた特別治療室で何もせずベッドの上でぼーっとすることになるわ」
「うげぇ……」
一度叩き込んで白い部屋に白いベッドしかない粗末な部屋で一日過ごすという拷問にも似た時間を過ごさせたのが効いたのか、吐き気を催すレベルで嫌がって見せたので、こちらは笑顔で死刑宣告の執行猶予を飛ばすことができる。
彼女は放っておいても寿命を削って歩き始める。
―――だから“私がすべてを管理する”
彼女の体力も、筋力も、肉体耐久度も、生理周期から来るバイオリズムの乱れ、そこから派生する僅かな運動能力の上下の振れ幅ですらも詳細なデータで読み切って、彼女の負担を限りなく少なくする。
私にならできる。
彼女を相棒として、その身体データを常にリアルタイムで更新し続けてきた私だけにできること。
そうして可能な限り彼女の限界が来る日を引き延ばして、引き伸ばして
―――神に奇跡を請うのだ。
『天翔エミのこの原因不明の難病を、治療する技術が確立されますように』と。
「じゃあ、面会時間が終わるからそろそろ行くわ。貴女の今の身体については、ファイルにまとめておいたから。ちゃんと読んできちんと養生しなさい。
――退院したら、戦車道だってまたできるから」
「あいよ。高校の大会までには退院するさ」
これまでの自分の回復力を疑っていない彼女の姿に、胸が痛む。
体力だけなら、身体能力だけなら、回復はするのだ。
ただし彼女の寿命は、それを引き換えにして短くなっていく。
仮にこの寿命の話を彼女にしたところで「それでも走る」と言うだろう。
彼女にとっての戦車道とはそういうものなのだと、ダージリンが、彼女自身が、ともにそう話していたことを覚えている。
「―――
廊下を歩いていてふと外を見ると、通り雨のようにざぁざぁと降った雨は上がっていた。
―――けれど濡れた窓に移された私の瞳は、ひどく濁っていて―――
―――こんな私にお似合いだと、そう思ってしまうのだ。
*******
「アッサム?紅茶の園には今日は来ないの?」
「ええ、今日はGI6の諜報活動で明日から出向よ。エミを借りるわ」
心配そうに声を掛けてくるダージリンにそう答えて、私は踵を返して歩き出す。
コツコツと廊下を叩く靴の音に混じって、ダージリンの声がひとつ
「―――最近あなた、ずっと“そんな顔”じゃない……何があったというの……?」
その呟きは耳に拾われたが、私は答えを返すことなく立ち去った。
―――だってこれはもうダージリンには関係のない話だからだ。
「―――ただいま、“野良猫”」
「いや、ただいまじゃないだろ、アッサム」
コーヒーハウスの扉を開き、カウンターテーブルを越えて向こう側へ。
更衣室の隠し階段を今降りようとしていたエミを捕まえてそう挨拶すると、呆れたような困ったような顔で答えが返ってくる。
その答えにクスリと笑って、私は笑顔で彼女にファイルを渡すのだ
「さぁ、行きましょうか。今度のミッションも難解よ」
「―――まぁ、何とかなるでしょ」
隣でいつもの服装に着替えているエミの方へ顔を向けながら、目線だけ下に落とす。手首に巻いた時計の表示板には、時刻とは違う数字が表示されている。
エミが身に着けている体温保持のためのスーツに取り付けた装置から届く、彼女の心拍数が表示されるようになっているのだ。
彼女の寝室のベッドにもそれは取り付けられており、24時間バイタルサインが表示されるようになっていて、有事の際にはラップトップに警告が届けられる。
徐々に弱っていく彼女の様子を、ただただ見守る事しかないかもしれない。
でもそれは私の罪であり責任だ。
あの子の最後までを見守る責任が、私にはある―――。
******** > To Emi
――月――日
病院生活にも慣れてきた。
やっぱし過酷な勉強漬けの毎日と、ダージリンのマンツーマン教育は無理があったようだ。
夏休みを終えて学院に通う傍ら、学力を落とさないようにと言って甲斐甲斐しく俺に付き合ってくれたダージリン。
それはそれで感謝している、しているのだが距離感がおかしいんだよ毎度毎度。
こいつの行動の根幹が「俺をからかって遊ぶため」という行動原理なのは理解してるが、それはそれとして精神がゴリゴリとやすりがけされていくような感覚を常に感じ続けていた俺の精神よりも、肉体がそれに耐えきれなかったのか、ある日不意にぷっつりと逝ってしまったのだ。
目が覚めたら病院のベッドの上。秋も深まるさなかのことであった―――。
――月――日
アッサムが言うには「限られた生徒以外には入れないようになっている」とのこと。
感謝しかないね。お見舞いとかぞろぞろ来られると平穏が保てない。主に心の。
たまーに疲れた様子でやってきてはあれこれ世間話で外の様子を教えてくれるパイセンと、こっちのバイオリズムだのデータだのを取ってくるアッサム。
ダージリンやペッコが来ないのは少し気になったが、あっちはあっちで大変らしい。アッサムから聞いたんだけども。
――月――日
暇だったんでトレーニングを再開した。
もう動けると言っているのにアッサムはデータの書かれたファイルを持ち出して
「まだ体力が戻ってるだけで肉体的には戻っていない」と熱弁する。
テメーの身体くらいテメーが一番わかってるんだよ!と叫べたら一番いいのだろうが―――データ厨のアッサムにそんなクソ生意気なこと言うのありえなくない?ピロシキ案件じゃない?そう思わないか?アンタも?
――月――日
冬休み手前に復帰完了。だが流石に冬季親睦大会は参加できないらしい。
退院手続きを済ませて紅茶の園に戻ると盛大なパーティーが俺を待ち受けていた。
入院した経緯を考えると申し訳なさでいっぱいなんだが・・・?
――月――日
戦車道のためのリハビリのためのトレーニングのためのリハビリと称してアッサムと一緒に諜報活動を再開することになった。
――月――日
作成遂行に安全を期すためにってことで常に7割のパワーで行動して、残り3割はいざという時のスパートにとっておけ という指令を貰った。
アッサムの計算を常に上回りすぎてアッサムが遂にブチギレたのかと不安だったがどうやらそういうことではないらしい。
――月――日
冬が終わり、春が始まる。
俺のXデーまであと数日。歴史を変えることができるかどうか――。
まぁできなかったときは潔く人生からピロシキするまでだ!!
みほエリの無い世界に未練なんかぬぇ!!
副反応つらたん・・・まだつらたん・・・orz
結局大遅刻してしまった・・・すまぬ・・・すまぬ・・・!!
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【デッドエンド04:誰がコマドリを殺したか?】
大声を張り上げながら、身を捻って直撃を回避し、代わりにそのままの勢いでロンダートのようにゴロゴロと側転とバク転を繰り返して、屋上から路地の下に……
―――消えず、そのまま隣の建物まで跳ねたと思ったら、壁を蹴って隣の建物の上まで跳んで跳ねて、再び戻ってきた。
流星のように舞い降りたそれが―――私と彼女の劇的な出会いだった。
*******
「―――ぅ……ん……」
ゆったりと重い瞼を持ち上げると、天井から刺すような光が一瞬、視界を奪う。
目を押さえてのろのろと、まるでゾンビのようにベッドの上を這って移動して端から身体を落とすように降りる。
久しぶりに昔の夢を見た気がする。懐かしい夢、思い出の夢。
―――もう戻ることができない夢。
「――行って来るね、エミ」
写真立てを手に取り軽く触れる程度のキスを一つ。ガラス張りの向こうではありし日々の残影に紛れて、ぎこちない笑顔で微笑んでいる少女がいた。
轟音を立てて突き刺さり、地面ごと複数の敵車輛を薙ぎ払う
『黒森峰フラッグ車、行動不能!!よって、聖グロリアーナの勝利!!!』
黒森峰のティーガーⅠを打ち砕き、減速に失敗してなだらかな斜面を滑り落ちていくクロムウェルMarkⅧ。
「―――約束、護ってくれたわね」
電光掲示板に映る「WINNER」の文字と、観客とグロリアーナの生徒たちの称賛と歓喜の声を受けて輝いて見える私のクロムウェル。
私では果たせなかった夢は、彼女たちがかなえてくれた。
チームテントで勝利の余韻に浸っている皆の横をすり抜けるようにして、戦車のいる場所へ。
鎮座しているのは傾斜を滑り落ちて複数の擦過傷を残すわたしのクロムウェル。
今回の戦いの立役者。
「――よくがんばったね」
車体を撫でてぽつりとつぶやくと、思わず目頭も熱くなる。
―――おかえりなさい。がんばったね。ありがとう。
浮かんだ言葉を頭の中で祈る言葉に変えていく。言葉には出さず、はらはらと落ちる涙と一緒に飲み込んで、ただ車体を撫でていた―――。
*******
「―――さて、何のご褒美がいいかなぁ……?」
一人で自室に戻って考える。はてさてどのような“ご褒美”をあの子が喜ぶか?
トレーニング器具?お高い珈琲豆?それとも……?
色々と考えようとしてはたと気づく。
私はあの子のことをあまりにも知らない ということに。
プライベートに突っ込んだことに対して私はあの子のことを気にかけながらも、どこか一歩引いていた。それはダージリンへの気兼ねであったり、あの子への配慮だったり、色々な理由やしがらみがあってのことだけれど――とにかくあの子のこまごまとした個人的な趣味・嗜好について私は余りにも知らな過ぎた。
なので手っ取り早く人を使う。これは高等部に上がってから特に身に染みて勉強になった処世術である。
かといってダージリンに頼るようではいけない。彼女にとってあの子はライバルであり相棒である。あの子への敵愾心と信頼が彼女を強くする原動力になりえる。
そんな状況に上級生が有無を言わさず詳細な情報を嗅ぎまわっているとしたら?邪推すればきりがない。下手をするとそれがグロリアーナを空中分解させる一手になりかねない。
なので頼むべきはアッサム――!!諜報部に所属していてあの子をエージェントとして使っている彼女だからこそ詳細なデータを持っている――!!
……この時の選択が、きっと私の世界を大幅に塗り替える最後の選択肢だったのだろうと、今はそう思える。
********* Earl grey for Emi
――月――日
黒森峰相手に勝利し、みぽりんの捲土重来を果たした!――はずだった。
いやおかしいんだよなんでだよエリカもまぽりんもみぽりんを認めたし
周囲の連中の色眼鏡も叩き割ったじゃん。黒森峰に戻っていいはずじゃん。
【悲報】みぽりんはグロリアーナで戦車道を続けるそうです【みほえり?】
開幕DAT落ちしそうな脳内タイトルが頭に浮かんだ件。や●夫スレかな?
――月――日
みぽりんの依存症にも似た崇拝の感情が背中からグッサグサ刺さってくる件。
やめてくださいしんでしまいます(土下座)
みほエリのロードへ続くと信じてグロリアーナに勧誘したダージリンにさすダジ!!して感謝を内心で示しつつ突っ走ってきたこのロードは、未だゴールにたどり着くことはない回り道だったらしい。
最低でもあと1年、高校生最後の夏にもう一度エリカとみぽりんがぶつかり合って今度こそお互いの健闘をたたえ合ってみほエリのフラグを強固なものにするまではどうにかこうにかみぽりんのメンタルを維持して行かなければならないのだが――そろそろ胃袋の方が心配になってくる俺である。
――月――日
なんかアッサムとパイセンがやたらと甲斐甲斐しく接してくるようになった。
怖いです(震え声)
――月――日
どういうことなの?()
******* Emi for Earl grey
「―――事実なのね?」
「報告書を書いた医師の腕が鈍らでない限りは」
ページ数にして凡そ数枚の報告書をデスクの上に置いて、私は思わず険しい声色を漏らしていた。目の前で報告書を提出した少女――アッサムの顔色はやや青白く、気分悪そうにしている。
無理もないとは思う。私も今現在の自分の表情を鏡で見れば、血の気を失ったような色をしているはずだから。
―――天翔エミの肉体におけるレポート。
先日、聖グロリアーナと大洗女子の決勝戦を行った後で体調不良により入院の憂き目に遭ったエミの様子に、アッサムが気をまわして詳細な分析のための調査を行った結果報告書だ。
これに拠るならば―――天翔エミの余命は、良く保ったとしてあと15年。
希望的観測に拠るものなので、実質はあと10年保てば御の字だと書かれている。
それほどまでに肉体がボロボロに酷使されており、原因不明の異常を抱えていると書き記されていた。
あの子の異常なまでの身体能力は、己の寿命を削って作り上げたもので、本人の望む望まざるにかかわらず、人体の限界を越えたハイペースで成長=老化を進めている。故に死因は『老衰』、テロメアの死滅は現代医学ではどうすることもできない不治の病と言えるものだった。
報告書を破り捨てて結果が無かったことになるのならば、喜んで打ち棄てて炎にくべていただろう。それほどまでに理不尽で、到底呑み込めない内容だった。
「―――本人には?」
「まだ伝えていません」
アッサムの手が、全身が震えているのがわかる。
余命宣告を告げるなどというシンプルに精神にくる行為を行う側も、それを強要する側も、心が痛くてたまらない。
報告書の内容を再度読み直す。
天翔エミの体調不良が始まったのは――凡そ3年前。つまり中等部2年生のころ。
ダージリンが彼女を強く意識し始めた時期であり。
私がアールグレイの冠名を高等部で正式に受けた時期であり。
―――私が、
もしも、の話を考えると妄想は止まらなくなる。
もしも、エミと出会わなかったら。
もしも、あの時私の夢を語らなかったら。
もしも、私が自分で夢をかなえていたら―――
―――天翔エミはここまでの無理を自分に強いなかったのではないだろうか?
「―――アッサム」
努めて冷静に声を掛けようとした結果、冷たい声色になったらしい。アッサムがびくりと震える様子が見えた。
私は手元に残った報告書をそのまま、部屋の隅にあるシュレッダーに放り込み、細切れに刻んで、さらにもう一度紙片をシュレッダーに放り込んだ。
「この話は他言無用よ。誰にも漏らしてはダメ」
「―――しかし!!」
涙をにじませているアッサムに視線を向ける。私の決意を受け取ってくれたのかはわからない。けれどアッサムは神妙な顔で俯き「わかりました」と折れてくれた。
「それと―――エミについてなんだけど」
******** >> Others
「天翔エミには、お話をしていきませんの?」
ダージリンがそう言うと、「別にいいのよ」と答えて背を向けて去っていくアールグレイ。
その様子に違和感を感じたダージリンは、しばらくその場で思案していたが
「――やっぱり見送りは必要よね……?」
そう考えて、エミの部屋まで向かうことにした。
エミの部屋のドアをノックしたダージリンはエミからの反応が無いことを訝しみ、ドアノブを回す。内鍵はかかっておらずドアノブがあっさりと回り―――
―――殺風景な天翔エミの部屋は、本来いるはずの主人が不在のまま、より殺風景な部屋に変貌を遂げていた。
備え付けの寝具と、かろうじてコーヒーミルだけが残っているもはや空き部屋と言っていいその光景にしばらく放心状態だったダージリンは、正気を取り戻して数秒――思案の後に、ある“可能性”に、気づいた。
「―――何を考えてるんですかアールグレイ様ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
怒号交じりの絶叫でアールグレイの名前を叫ぶダージリンが、2年ぶりに寮内に響き渡った―――。
********
「―――あの、アールグレイパイセ……先輩?」
「うん?何かなぁ?」
航空機、しかもファーストクラス並みのVIP待遇の席に“縛り付けられた”俺は、身動きが唯一出来る首だけを動かし、目のまえでシャリシャリと林檎を剥いているアールグレイパイセンに話しかける。
パイセンが英国留学から一時帰国して始まった『聖グロリアーナを巻き込んだ大学選抜戦(劇場版の展開)による大洗学園艦問題』、その後始末が終わってパイセンが再度渡英する前日の夜。なんか部屋にやってきたパイセンと珈琲飲んで―――
―――で、今この状況である。ちなみに飛行機に乗るまではトランクケースに入れられてゴロゴロ運ばれてたらしい。俺その時クスリで眠らされてたらしいんで知らんけど(事案)
「―――何でこんな状況なんでしょうか?っていうか私、今年まだ半年残ってるんで、留年の危険が―――」
「あぁ大丈夫。紅茶の園に話は通してあるから。公欠扱いで単位の融通もできるし、在籍した扱いで卒業もできるわ」
―――何で?(震え)
え?いや、何で?!俺が何をしたというのか!?むしろ俺アールグレイパイセンに被害が行くようなことあんまりしてなくね!?ダージリンが相手ならまだわかるよ!?何でパイセン!?
「あの、先輩……私先輩に何かしましたか?」
おそるおそる尋ねる俺の口に、1/8にカットされたリンゴがねじ込まれる。
ニコニコと笑顔のままのパイセンがどうしようもなく恐ろしく感じる―――何だこの恐怖は――――!?
「何かした?――――しいて言えば何もしてないわね。感謝しかないわ」
「じゃあ何でこんな仕打ちを!?」
ギシギシと縛り付けられた座席を軋ませて暴れる俺の肩にそっと手を置いて、首筋に手を滑らせる。背筋にゾクゾクとした感覚が走ると同時に、どうしようもない根源的な恐怖が先立ち、俺の身体を竦ませる。
「―――欧州にね、留学ついでにツテを当たって海外の凄腕の医者でもあたろうかと思って」
「―――――――――――は?」
間の抜けた声を上げる俺から目線を顔ごと背けて、パイセンは窓の外の方を向く。
「―――詳しく話すと面倒だから軽く掻い摘んで話すけど――」
若干歯切れ悪そうな様子でパイセンは話し始めた。
俺の身体のこと。
このままだと俺があと10年くらいで死ぬこと。
それを日本の医術でどうこうするのは不可能なこと。
「―――はー……」
体格や筋肉の比に関係ない怪力の秘密は命を削ってましたという事だろうか?とはいえ、俺の感想としては「草w」一択なのだが。
そもそもが転生して戦車道を始めた時からみほエリを見るためだけにまい進してきた人生。みほエリを見ることが叶わない時は潔く人生からピロシキすると心に刻んでいたものだ。今更残り人生がどうとか言われても「あ、そうなんですか」としか言いようがない。後は余生を静かに過ごしながらみほエリの芽が芽吹くかどうかを観察し続けること―――それが我が望み。と言ったところだった。
むしろ寿命で死ぬことが確定しているのだから遠慮なく命を賭けることができると内心で歓声を上げていたくらいだ。が、その発言をする空気じゃない。そのくらい俺でもわかる。
しかし、俺のそんな内心を抑えての静かな態度は、パイセンをはじめとした一部の方々には違う形に映ったらしい。
「まぁ、大船に乗ったつもりで任せなさい!日本の医学で無理だったからって諦めたりしたらアールグレイの名が廃るってものよ!医療技術は海外の方が本場だろうし―――だから、自暴自棄になるんじゃないの!」
「―――いや、別にそういうわけでは――――」
どうやら神妙な顔をして思案してた俺の様子は状況に諦観して絶望してるように映ったようだ。勘違いここに極まれりと言えよう。
どう説明したものかと思っていた俺の鼻先に指が付きつけられ、「拒否権はありません。私は誰?言ってみなさい」とパイセン。
―――――あ、これ勝てないやつだ(悟り)
どうあがいてもパイセンが俺を逃がすつもりがないことを悟り、がっくりとうなだれ、長い長い溜息を吐く。
俺の様子に勝利を確信したか、パイセンは渾身のどや顔をして見せる。
「さぁて、じゃあ行きましょうか。あ、お代はいらないわよ。私がオゴるから。支払いは伸びた人生の分を私に還元してもらいまーす」
「―――それ、意味なくないですかね?」
俺のツッコミに、パイセンはニッと満面の笑顔を見せる。
「意味ならあるわ
―――――――――――――私が楽しい!!!」
―――ああ、多分今後大人しく死ねなかった場合パイセンにずっと振り回されるんだろうなぁ。
いや生き残ったらみほエリの進展を遠巻きに見てニヤニヤして過ごすのは余生として最初から決めてたことなんで別にそれが英国だろうと日本だろうとスタンスは変わらないからいいんだけども。
――あれ?知り合いがいきなり目の前で衰弱して死んでいくのを目の当たりにしてみぽりんが曇らないはずがないよな?俺は今英国で過ごすことになるから若干の喪失感はあるだろうがみぽりんはすでに独り立ちできるくらい立ち直ってるし、それはそれとしてエリカが後釜に座って本来のみほエリを成すのは確定事項だよな?
そう考えたらこの拉致というのは――――アリかナシかで言うとアリどころか大正義じゃね??(提案→承認まで1秒)
「――じゃあお任せしますよ、先輩。その代わり―――定期的に日本の戦車道の―――みほやダージリンのこと、調べて教えてください」
「任せなさい。私を誰だと思ってるの?」
胸を張って答えるパイセンを尻目に窓の外に拡がる空の景色に視線を飛ばした。
異国の地ってのも悪くはない。ちょっとみほエリが遠いけども、退屈はしないだろう。どう考えてもパイセンがそうさせてくれない(確信)
パイセンなら曇り散らすこともなく、切り替えもスムーズにできるだろうし、後を看取る役目として申し分ないだろうしな!!!
>> ???
「アールグレイ様」
「その名前でよばないで。私にはもう、そんな資格何てどこにもない」
海の見える丘の上にぽつんとひとつ立っている質素なお墓の前で、座り込むアールグレイへと後ろからかかった声に、アールグレイは冷たい声でそう返した。
「いいえ、誰が否定しても、冠名を返上したとしても、あなたはアールグレイ様なのです。聖グロリアーナの誇り高き冠名を賜った―――」
「違うッッ!!!」
強い否定の声に、圧されるように数歩後ろに下がる女性。手にしたカップの中身が揺れて水音を立てた。
「――天翔エミのことであれば、アッサムから聞きました。あの子もショックを受けています。心を病んでしまって通院している有り様ではありますが……」
「アッサムのことも、エミのことも、あなたたちのことも、全部私が悪いのよ―――」
ぽつりぽつりと、悔恨のように重苦しい声で言葉を漏らしていく。
「天翔エミがいなければグロリアーナは覇者になれなかった。アレは貴女だけの責任では――」
「違うのよ!!あれは時代や環境が悪かったとか、そういう問題じゃない!!あの子がなすすべなく死んでしまったのは―――何もかも私があの子と出会ったからで
――――全部、全部私が悪いの――――
だからお願いよ――――ダージリン……わたしを、許さないで――――!!」
嗚咽交じりになった言葉はそれでも後ろに佇んだままのダージリンの耳朶を打つように響き
ダージリンは―――静かにその場を後にするしかなかった。
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【デッドエンド05:エクストリーム・グローリーズ・ヴァーサス】
中高一貫どころか陸から海へと一貫したエスカレーター方式を取り入れた女学院であり、そこに住まう者たちもまた、温室栽培の薔薇の如く、箱入りの華である。
そのグロリアーナの更に高嶺の花と呼ばれる存在たち、紅茶の名前を冠に戴く彼女たちが住まうハイソサイエティの極致。それが紅茶の園である。
大型の格調高いテーブルの両端に座して対峙する二名の生徒。
かたや高等部二年生筆頭、紅茶銘『ダージリン』を冠する淑女。
対するは中等部三年生、紅茶銘『オレンジペコ』を下賜されたばかりの少女。
二人とも優雅に微笑みつつ傍らに紅茶のカップを置いて談笑するような雰囲気だが、その背景には炎が揺らめき、雷が舞っている。
「では、本日の遊戯を始めましょうか」
「はい。よろしくお願いします」
勝負の開始を告げるダージリンにぺこりと頭を下げるオレンジペコ。
ふたりの間の緊迫した空気と、ただ黙っているのみの俺こと天翔エミ。
「「本日の天翔エミの所有権を賭けて」」
―――だれかたすけてください(震え声)
きっかけは些細なことだった。そう―――本当に些細なことだったのだ。
「―――由々しき事態です」
テーブルに肘を乗せた碇ゲ〇ドウポーズでこちらを険しそうな瞳で睨んでいるのは、聖グロ高等部に昇級していったはずのダージリンである。
一方で、下座で被告人モードになっているのが俺こと天翔エミ。その原因となるものはダージリンの前に陳列されている。
“34点”“45点”“58点”“61点”“36点” etc……
「―――前代未聞の話なのですよ?聞いてますの?天翔エミ」
「―――ハイ」
点数を晒されている俺。証拠物件として押収されたそれらは先日返って来たテストのものである。ちなみに今回のテストの学年平均点は大体70点台前半。つまり赤点は最低でも36点。聖グロは女学院という形態であるためか、中等部からは半エスカレーターであり、中等部入学の門戸は最低限よりやや高め。とはいえ黒森峰よりは少しはマシな状況である。
黒森峰に入学するために努力してきた俺が入学できたのはそれまでの努力の結果であるのだが―――その後別に勉学に励んでいたわけではない俺はズルズルと成績を下げていき、赤点スレッスレの低空飛行を繰り返してきた。
なお、ダージリンが公にライバル宣言してきた辺りから俺に勉強を教えるようになり、若干ではあるが向上傾向にあったことだけは記しておく。
ダージリンが卒業する前の平均点は最大で70点台後半、平均点より上位であったことを鑑みて―――あれれ~おかしいぞぉ?俺に反論する余地がまるでない件。
だが俺としては勉強などほどほど以下で十分。みほエリのために生きてきたし、そのためには一応高校までの最低限の成績さえ保てるならばまぁ何も問題はないというのが俺のスタンスである以上、身が入らないのは自明の理と言えよう(逃げ口上)
俺自身の地頭がよろしくないのもある。というより勉強だけに集中ができないというのも拍車をかけていると言えよう。
―――以前に語ったことがあるかもしれない。この世には、俺だけが認識している“ミホエリウム”という元素が存在する(強弁)。
これはみほエリの供給によって増大し、俺の中で無限に浪漫を燃やし続けてくれる。ただそれだけの存在だ。ただしそれが無ければ俺は存在意義を失うと言っていい俺が俺としてあるために必要不可欠な元素なのだ。
日々みほエリと絡むことがない聖グロの日々に置いて、一日数時間のみほエリ妄想によるイメトレ(意味深)を忘れないことがミホエリウム自己供給に不可欠なため、勉強中でもみほエリについて考えて生きているのだ。そりゃ集中などできようはずもない。なにせ一日でもみほエリのことを考えることなく日を終えたならば、最悪数式が“みほ×エリ=正義”に見えてくるレベルなのだからこれは仕方のない犠牲なのだ(理論武装)
「―――教育を、始めましょう」
そう言ってダージリンは悪役さながらの口元をにやりと歪ませる笑いを見せる。どうでもいいけどゲ〇ドウポーズでその笑いは似合い過ぎていた。
*******
このダージリンの提案に「待った」を掛けたのはオレンジペコ(下賜予定:春休みに下賜確約済)だった。
―――曰く。
「先輩の勉強程度ならば問題なくお世話できます。高等部のダージリン様はご自分の学業に専念すべきかと」とのこと。
さらっとペコより下に見られている俺の学力(残当)は置いといて……ダージリンの手を煩わせることなく自分が前に出る。うんうんそれもダーペコだね!(わかるマン感)一年下のペコより勉強できない俺やばない?とは思うけど!思うけど!!
なおもう一人の候補である舎弟は学力俺以上ペコ以下だったため選考から漏れた、らしい。
そんなこんなな脳内情報整理の間もペコとダージリンの会話は続いている。会話のキャッチボールが迂遠な言い回しでキャッチボールを通り越してお互いが「私が担当します」のラリーになっているんだが……何なの……この……何なの……?
「―――では、正々堂々と」
「はい。正々堂々と、ですね」
二人の間で話がまとまったらしい。原因は俺の学力なんだが……この蚊帳の外感……悔しい……!!でも……ダーペコ感じちゃう……!!
「「どちらが
―――なんで?(素)
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それはいつからか始まり、いつの間にか定期的な催しになった。
ダージリンとオレンジペコはお互いにテーブルを挟んで1対1。テーブルの上には互いに5枚のカード。
初手、動いたのはダージリン。
「――We forge the chains we wear in life.*1」
「イギリスの小説家、チャールズ・ディケンズの言葉ですね」
さらりと答えたオレンジペコが、今度は一呼吸整えて返していく。
「Change before you have to.*2」
「……米国経営者、ジャック・ウェルチの言葉ね」
オレンジペコの言葉に先ほどのペコと同様さらりと返すダージリン。
「Indecision is often worse than wrong action.*3」
「アメリカの実業家、フォード一世の言葉ですね」
「Don’t find fault, find a remedy; anybody can complain.*4」
「同じく、フォード一世の言葉ね」
「Your most unhappy customers are your greatest source of learning.*5」
「アメリカの実業家、ビル・ゲイツの言葉ですね」
お互いにさらりと名言を撃ちだし、それを回答して反撃する。ラリーというかオフェンスとディフェンスを繰り返す。
そのうえで―――答えに窮したオレンジペコがカードを一枚裏返す。
カードは言ってみれば「残機」システムである。制限時間が過ぎた時に残機が残ってる方が勝利、または制限時間までに残機がすべて無くなったら負け。だがこれまで数多く勝負して来ているが、この二人が残機全ロスしてるとこを未だ見たことがない。
そうこうしているうちにタイムアップになった様だ。勝敗が傾いたのは―――ダージリンの方だったらしい。
「では、行きましょうか」と強引に抱きかかえるようにして引きずられていく。足がつくかつかないかぎりぎりのラインで持ち上げてくなっつってんだよお前ェ!足が微妙につくから踏ん張りも蹴っぱりも擦り抜けもできねぇんだよ畜生が!!
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ダージリンの【教育】は的確である。それは疑う余地もない。
加えて言うならきちんと学習能力に合わせたカリキュラムを敷いている。【俺が到達する限界点】をきちんと理解したうえでそのギリッギリ上を要求してくる辺りとても性格が悪く、同時に頼もしくある。
でもな?用意されたテストをクリアするたびに「よくできました」って頭よしよしすんのやめよう?赤ん坊か何かみたいにするのやめよう?(迫真)オレサマ、オマエ、オナイドシ。オーライ?比較対象が殆どないんで有識者意見が欲しい件。女子ってこんなスキンシップ多めの生き物だったっけ?(謎)
学力は問題なく上がる、上がるけど精神的に辛い、胃がすごくてやばい(語彙現象)
―――オレンジペコの場合、優しく授業が行われる。お茶請けと珈琲紅茶を用意され至れり尽くせりでお勉強タイムである。が……正直“居心地が悪い”。
俺補修受けてるような状態だよね?国賓待遇じゃないよね?なんで?(素朴)
オレンジペコ相手のお勉強タイムはダージリンの時より幾分か気分が楽である。楽ではあるのだが――おそらく身につかない。これはペッコが一年下という状況も鑑みて、純粋に学力差というものだと思われる(名推理)
それを置いても緊張感と呼べるものがないので学力が上がっているかというと微妙……これやばない?やばばない?
なのにオレンジペコは「先輩なら大丈夫です」と励ましてくれる。ええ子やん(浪花のおっちゃん感)
オレンジペコにそんなに迷惑を掛けられない。であればダージリン一択なのだが―――
ぶっちゃけダージリンと四六時中一緒にいるとか俺の胃袋がマッハだったりする。みほエリのため、みほエリのためと身を粉にしている自信があるが、みほエリを拝む前に血ィ吐いて死にかねん
……が、このくらいの苦労は呑み込まねばならんと言えるし、飲み込むべき些事であるはずだ。
でも結果としてオレンジペコに「ダージリンに教えてもらうからいいわ」と面と向かって言うこともできない件。今の【尊敬する先輩のために】ってなってる状況、確実に曇る、曇りまくる。
と、なると状況としては―――ひとつ。
“ダージリンを応援して合法的なルール上でダージリンの指導を受けつつ、全力で耐えきること”これしかない。
―――なお、卒業してからも「学力維持のため」としてまだこの勝負は続いている。内容を【本日の天翔エミの所有権】の奪い合いというタイトルマッチにすり替えて。
なんで?(困惑)
俺はこの先みほエリを見るまで生き残れるのだろうか……それは誰にも分らない。
******** E to D
―――視線を感じる。
天翔エミの学力低下から端を発したオレンジペコとのこの【勝負】。
どちらの格が上かの勝負であり、天翔エミの進退を決める戦いである。当の本人は何も理解しておらずのほほんと勝負を見つめていた。
―――私だけが知っている。
オレンジペコが天翔エミの教育係となった場合、“天翔エミが進級できないギリギリのラインを見極めて勉強を施す”つもりだと言うことを。
目の前のにこやかな少女はこの上なく天翔エミに依存している。それは私を含めた紅茶の園の
―――彼女が【それ以外を一顧だにせず天翔エミだけに依存している】ことを除けば。
目の前の少女にとって天翔エミがこだわっている事項が「戦車道」のみであることしか脳に入っていないに違いない。そして、仮に天翔エミがそれ以外気にしないのならば【一年留年する】など苦にしないであろうということ。
であれば―――【ごく自然に留年させ、同じ学年でもう一年おなじ学舎に通う】ことこそが彼女にとって最もベストな未来であるはずなのだ。
―――ならばそんなことを許せるはずがなかった。
天翔エミに対しての感情は関係ないけれど、己の欲望のために他人の人生に干渉し、未来の可能性を閉ざす選択肢を座して見ているなどと言うのは英国淑女にあるまじき行動だから。感情は関係ないけれど!淑女にあるまじき行動だから!
私にできるのは目の前の少女に勝利し、天翔エミの教育権を奪取し、天翔エミにきちんと教育を施し、きちんと中等部を卒業させること。
そうして、私は勝利した。そして―――天翔エミは無事卒業を果たし、高等部一年生になった。
だけどまだ彼女との勝負は続いている。
―――わかっている。これはもはや「意地」だ。
私が卒業した後にあの娘が彼女に溺れてしまう分には、私の手を離れてしまった以上どうしようもないだろうとは思う。私にできるのはせいぜい、私が手を伸ばせる間、あの娘を彼女から護って依存しないように正気を保たせるくらい。
だってほら、今この瞬間、勝負の間ずっと視線を感じる
だからこそ私は天翔エミから勝利を望まれていると確信できているのだから。
ダー「人生において我々が囚われている鎖は、我々が生み出したものに他ならない。」
(※意訳「天翔エミの人生を縛る権利は誰にもありません。理解できて?」)
ペコ「イギリスの小説家、チャールズ・ディケンズの言葉ですね」
ペコ「変革せよ。変革を迫られる前に。」
(※意訳「閉じ込められてる檻はそちらも同じでは?意識改革が必要だと思いますけれど」)
ダー「……米国経営者、ジャック・ウェルチの言葉ね」
ダー「決断しないことは、ときとして間違った行動よりたちが悪い。」
(※意訳「現状で彼女に選ばせずに足止めさせる、それは何より害悪よ」)
ペコ「アメリカの実業家、フォード一世の言葉ですね」
ペコ「あら探しをするより改善策を見つけよ。不平不満など誰でも言える。」
(※意訳「それならそちらが改善案を提示すべきではないですか?あれも嫌これも嫌ではただの老人の愚痴と変わりませんけれど?」)
ダー「同じく、フォード一世の言葉ね」
ダー「あなたの顧客の中で一番不満をもっている客こそ、あなたにとって一番の学習源なのだ。」
(※意訳「現在の天翔エミを否定する私こそが彼女の何より確かな道標でしてよ?そこが理解できてない時点で何も言うことはないわ」)
ペコ「アメリカの実業家、ビル・ゲイツの言葉ですね」
カス「この掛け合い……やはりダーペコはベストパートナーやな!聖グロはダーペコしか勝たん!!」
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