スペリオンズ~異なる地平に降り立つ巨人 (バガン)
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設定集

 自分でもよくわからなくなってきたのでちょっと情報をまとめたい


 各種単語の説明

 

 『スペリオン』

 ・超越する者、の意味。生物の種の限界を超えたものを指す。

 ・その生物種の特性を極限まで極めている。人間の場合、現在過去未来、全知全能の知識を持つ、など。

 ・基本的にメチャつよく、万能である。やろうと思ったことは大抵出来る。

 ・あまりに力が強すぎて、スペリオン単体では力のオーバーロードを抑えられない。そのため、他のモノと融合・合体することで安定化する。

 ・変身者のイメージによって能力の手が届く範囲も変わる。

 ・正直強いヒーローとしての記号としか考えてない。

 

 『恐獣』

 ・既存の生物よりも巨体で、強力な力を持つ獣。

 ・ダークマターを取り込んだ生物が、強い思念を抱くと巨大化、狂暴化する。

 ・そのためただ単に生物が巨大化しただけ、というものが多い。

 ・いわゆる怪獣よりランクが落ちる。

 

 『ダークマター』

 ・黒いクリスタル。暗黒エネルギーを発散している。

 ・というよりも暗黒次元からエネルギーを抽出させる触媒である。

 ・生物の体内に蓄積して、肉体の強化、精神の狂暴化を促す。

 

 ・そのルーツは、太古の時代に地球に飛来した結晶生命体の破片。

 

 『アルティマ』

 ・数千万、数億年先の未来の地球。一塊の超大陸で出来た世界。

 ・大別して元北米のノメル、元南米のサメルを合わせたメルカ大陸と、元アフリカのアフラ、元ユーラシアのシアーを合わせたアフラシア大陸が合わさってアルティマ超大陸を形成している。そのほか、元オーストラリアと南極を合わせたサウリア大陸が、南の海に浮かんでいる。

 ・大陸は円環状に並んでおり、中央には汽水の地中海がある。

 ・地域によってルネサンス期~近代と文化レベルに差がある。その差の大体が転移してきた人間がもたらした恩恵によるもの。

 ・電波を使って通信するようなメカはないが、特殊なクリスタルの共振を利用した『クリスタル通信鏡』など、大陸の端から端まで通信する手段はある。が、携帯できるほど小さくはない。

 ・魔物の類はいないが、生物としての竜種がいる。爬虫類が進化したもので、恐竜のようなもの。

 

 ・長さや重さなどの単位は現代と変わっていない。

 

 ・衛星軌道上には人口衛星が生きている。通信鏡はこれを使って、現実の電波と同じ要領で通信している。

 

 

 『ノメル』

 ・ノースアメリカだからノメル。正式名称ノメル共和連邦。50年ほど前まではノメル中を群雄割拠とする君主制であったが、革命によって共和制とする大きな母体となった。

 ・ここ50年は目立った戦争もなく平和。むしろ戦国時代だった50年前のほうがアルティマでは珍しかった。

 ・自然豊かで農業が盛ん。品種改良された農作物を他の大陸に輸出することで国庫を満たしている。

 ・野生のリンゴが生えているが、あまりおいしくない。品種改良されたものがよく食べられている。

 

 『サメル』

 ・サウスアメリカだからサメル。複数の国家から成るが、ノメルとは仲がいい。

 ・先史文明の遺跡が多く、そこから得られる技術を研究するゼノン教団の総本山がある。でもノメルの方が人が多く、教団支部などはノメルの方が多い。

 ・ノメル産の作物を他大陸へと運ぶ海運業も盛ん。

 

 『ゼノン』

 ・本来は超人を意味する言葉だが、たまに生まれてくる雷の能力を持った人間のことを呼ぶ単語になった。

 ・ゼノンを管理する団体・ゼノン教団がメルカ大陸には繁栄している。教義として、科学技術の発展を抑制している。

 ・武力としてゼノン騎士団(クルセイダー)を保有しており、十字架型の銃剣を持っている。ビームライフルとビームサーベルのようなもの。

 

 ・たびたび生まれるゼノンは、特別なZ遺伝子を持つ人間。筋肉が電気を生み出す機能を持つ。

 

 

 『バロン騎士団』

 ・ノメルの一領地、キャニッシュ領を中心として、ノメル全体の平和を保つために組織された軍隊。

 ・全員が全員ゼノンではなく、普通の人間の隊員も多い。

 ・ゼノン教団とのつながりも太く技術による武装も認められている。

 ・ゼノンの中でもエリートとしてコキ使われている。そのため、人員の補充は常に怠らない。

 ・所有する雷銃は、雷エネルギーを弾倉に込めたライフルのようなもの。剣は普通の剣を腰から下げている。

 ・騎士団長はワルツ・キャニッシュ。エリザベスの父である。

 ・副団長はラッツ。実はエリザベスの許嫁だったが、親が勝手に決めたことだったのでそんなに興味はなかった。

 

 『ヴィクトール商社』

 ・アフラとシーアに近代化の波を起こした商会。私兵で武装もしている。

 ・社長のマシュー・ヴィクトールは現代の地球からやってきた転移者。様々な技術や知識を持って一代で財を築いた。

 ・アルティマ全土に文明の光をもたらすこと、転移者を保護することを目標として掲げているが、本心としては世界征服も目指している。

 ・私兵の武装はボルトガン。ネジ状の銃弾を発射し、貫通力が高い。一丁ごとにシリアルナンバーが付いている。

 ・後々にバロン、およびゼノン教団とは同盟を結ぶが、お互いがお互いを監視するのが目的。

 

 『サウリア』

 ・爬虫人類の住む南の大陸。ここだけアルティマから離れている。

 ・森の奥の爬虫人類の神殿には、生物を遺伝子改造し、保存するカプセルがある。

 ・ヴィクトール商社もこの遺跡を狙っているが、爬虫人類もアルティマを狙っている。

 ・爬虫人類の神、ギラスを崇拝している。

 

 『現代』

 ・ガイやアキラ、ツバサがいた元の世界。時代は2000年代初頭。現実のものよりも科学水準は高いと思われる。

 ・17年前に人類は火星の地を踏んでいる。そこで謎の金属板、モノリスが発見され、地球へと持ち帰られる。

 ・それから17年後、世界中にワームホールが出現し、そこから恐獣が現れる。

 ・ワ-ムホールに吸い込まれて多くの人間が次元の狭間を彷徨うことになり、地球環境も激変する。

 

 



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キャラクター設定

 話に関わる主要人物だけを羅列


 ユウキ・ガイ(勇輝劾)

 

 ・年齢:15歳

 ・身長:170cm

 ・好物:牛丼

 ・主人公その1、スペリオンに変身できる。

 ・『大門研究所』で『20世紀最優の人間』と謳われたツバサの父ハヤトの遺伝子を与えられた、試験管ベイビーのNo.00(ハヤトが独自に作っていた個体)が成長した姿。

 ・様々な未来技術を『引き出し』から持ってくる、人間の叡智の塊のような存在であったが、ハヤトはそんなガイが利用されるのを忌避してアキラに研究所から連れ出させた。

 ・生まれてから14年間研究施設暮らしだったため、当初は世間知らずだった。

 ・名前の由来は、一人の人間という意味のGUY。

 ・生まれついてより、スペリオンとしての特性により自分が人と違うことを認識していた。アキラやその仲間たちとの出会いから愛や友情を信じるようになる。

 ・好物の牛丼は、戦い帰りにアキラたちと一緒に食べる習慣があったため。

 

 ・アキラから格闘や剣術などの戦闘術も一応習ったが、戦いの中でアキラが死亡し、中途半端な習得に終わった。

 ・変身した姿、スペリオン・ガイは光線や超能力主体。割と万能でなんでもできる。

 

 ・アルティマに召喚されてすぐにエリーゼに初めての恋をする。

 ・エリーゼのためになんでもしそうな自分が怖い。

 

 

 

 タカヤマ・アキラ(鷹山洸)

 

 ・年齢:21歳 

 ・身長:165cm

 ・好物:牛丼

 ・主人公その2『劇中登場するアキラ』と『ガイの回想のアキラ』と『ツバサと一緒にいたアキラ』がいる。主に劇中登場するアキラのみ開設する。

 ・地球上に発生したワームホールに吸い込まれて『とある記憶』を封印したままアルティマにやってきた。

 ・鷹山家は代々忍者を輩出してきた名家。現在では忍者として活動しておらず、体術や技術を伝承しているに過ぎない。アキラは真面目に武道を学んでいる。

 ・人間離れした膂力、反射神経、平衡感覚を持っている。ニンジャだからね。

 ・普段はフード付きのパーカーを着ている。スカーフで口元を隠すこともある。

 

 ・並行世界の因果から、ガイと融合してスペリオン・Aに合体変身する。パワー重点のプロレスファイターで、目元を覆う覆面レスラーのような顔、マスクから溢れる金髪が特徴的。

 ・丹田に力を込めて放つ気功技や、髪を操るオプティックファイバーなどが必殺武器。

 

 ・『自分の力ではどうしようもない事態』を多く見てきたために、万能なスペリオンに対して懐疑的、へソ曲がりを見せる。

 

 

 クロキ・ツバサ(玄木翼)

 ・年齢:17歳→没年99歳

 ・身長:173cm

 ・好物:牛丼

 ・主人公その3、アキラの弟分で頭脳担当。

 ・劇中の約80年前のアルティマに飛ばされてきた。そこから領主にまで成り上がった。(要検討)

 ・主だった行った事業は、ゼノン教団を高揚、バロン騎士団を新興。キャニッシュ領を発展させ、ノメル共和国連邦の成立に貢献。現在の平和を築いた『ビッグファーザー』とも呼ばれ敬われている。

 ・実際のところは巻き込まれたところで精いっぱい『生きた』結果なので、そんなに自分のことを特別には思っていない。

 

 ・アルティマへの転移してしばらくのこと、現代兵器で武装した転移者に襲われ、先端技術の危険性を認識。

 ・30代のころ、ノメル戦国時代に突入で足軽として徴用されるが、戦場から逃亡。故合って助けたのがキャニッシュ領の参謀で、キャニッシュ領主の影武者として仕立て上げられる。妻や義娘とこの頃出会う。

 ・また訳あって影武者の任から抜けた後、再起して革命家となる。

 

 ・老後は早々に一線を退き、作物の品種改良など、富国に陰ながら尽力。

 ・最後は多くの親族、子供、孫に囲まれて穏やかに逝去。

 

 ・アルティマに来た当時が10代、影武者になったのが30代、革命を成したのが50歳ごろだとすると、何世代の子孫がいるのかとかは検討中。計算するのが面倒くさい。

 

 

 ドロシー・エル・メルウェード

 

 ・年齢:15歳

 ・身長:162cm

 ・好物:牛丼

 ・メインヒロインその1。ツバサの孫(玄孫?)でガイをアルティマに召喚した。

 ・雷を生み出す能力を持つゼノンの血統。幼少より騎士に憧れて男の子らしく振舞っている。男として扱われると喜ぶ。

 ・剣の腕は達者。だがそれは才能で引っ張っているだけなので、基礎がおろそか。基礎だけを教わってきたガイに基礎を教わる。

 

 ・哀れなほど薄っぺら。胸と背の区別がつかない。まな板。

 ・筋肉が無いのは問題と、少しは鍛えられる。

 

 ・男らしくを信条としているが、ガイやアキラに女の子扱いされるとそれはそれで嬉しい。

 ・本心では家族に甘えたい年ごろ。

 ・母親似とよく言われるが、母もものすごいじゃじゃ馬。

 ・母はサメルの海運業の娘だが、海の男に負けない腕っぷしと肝っ玉の持ち主。

 

 

 エリザベス・シィ・キャニッシュ

 

 ・年齢:17歳

 ・身長:167cm

 ・好物:牛丼

 ・メインヒロインその2。ドロシーと同じくツバサの孫。ドロシーとは従姉妹にあたる。愛称はエリーゼ。

 ・キャニッシュ唯一の私立学校『キャニッシュ私塾』の学園長の娘。父はバロン騎士団団長。どちらも超子煩悩。

 ・剣の腕はドロシー以上、他弓や乗馬の腕前も良い。ただし体力はドロシーが上。

 ・性格、スタイル、頭脳、どれもドロシーとは正反対だが本当の姉妹のように仲がいい。

 

 ・ガイに惚れられているが、エリーゼもまんざらではない。ただしエリーゼの抱いている感情は、父性や兄弟愛のようなもの。

 ・ツバサからその死の間際に謎のパーツ、キーパーツと結婚指輪を渡される。キーパーツは次元の扉を開く鍵であり、これを使えば次元の狭間に落ちた任意の人間を呼び寄せることができる。

 

 

 ケイ

 

 ・年齢:?

 ・身長:166cm

 ・好物:牛丼

 ・木の幹の色のローブを着て、様々なボルトのついた杖『フォーケイン』を携えた、放浪者のような青年。ダークマターや、スペリオンのことについて詳しい。

 ・アルティマに流れ着いたアキラの前に、待っていたかのように現れた。

 

 ・フォーケインは火・水・風・土の魔法が使える。ゼノンの能力は『雷』であり、明確に『魔法』と呼ばれるものはこのフォーケインの力のみ。

 ・その力の源は、テラフォーミングを目的とした科学力。衛星軌道上の人工衛星からエネルギーを受信している。

 ・他、タブレット端末のようにも使える。

 

 




 とりあえずここまで


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スペリオン・ガイ

 後半部分を大幅に改定しました。これでちょっとキャッチーになった?


 「おじいちゃん、おーきて。おきてくださいー?」

 「んっ・・・ああ、どうした、エリーゼ?」

 「おじいちゃんたら、お客さんと会っていたのに、寝ちゃったんですよ!お客さんもう帰っちゃったみたいですよ!」」

 「ああ、そうだったかい?」

 

 いつものように陽の差し込む温室で、いつものように椅子に腰かけているおじいちゃんを揺り起こす。ただその日のおじいちゃんの手は、私の知っていた大樹のように力強く節くれだった手ではなく、とても軽い枯れ枝のようだったのを覚えている。

 

 「それじゃあ、エリーゼは今日何の話が聞きたいかな?」

 「えーっと、また『光の人』の話が聞きたいです!」

 「そう、エリーゼは好きだね、その話が。私も・・・好きだ・・・。」

 「おじいちゃん、寝ないでください!」

 「んあっ・・・そうか、そうだな・・・。」

 

 おじいちゃんはとても眠たそうにしていた。けど、そんなことお構いなしに私はいつものお話をせがんだ。もう何度も聞いたそのお話が、私はとても大好きだったから。

 

 「けど、今日は少し違う話をしよう。」

 「違うお話?」

 「そう、過去ではなく未来の話。」

 

 傍らのテーブルに置かれた金属製の円筒をつまみながら、おじいちゃんは話をつづけた。聞きたかったお話が聞けなくて、私の機嫌はちょっとナナメだった。

 

 「よく聞いて、エリーゼ。この『キーパーツ』をキミにあげよう。」

 

 おじいちゃんは、よく何かを作っていた。それはこのキーパーツのような、小さなキカイのようなものが多かった。

 

 「きれい、くれるの?」

 「キーパーツは『願い』を叶えてくれる。いつか時が来たら、正しく使ってあげて欲しい。」

 「願いがかなうの!?大事にするね!」

 

 ペンダントのように首から下げると、まるで託された責任の重さそのもののようにずっしりとした感触が伸し掛かってくるようだったけど、その時の私は『特別なものを貰って嬉しい』とただ呑気していたものだった。

 

 「正しく使えば、きっと『光の人』は助けてくれる。そして、逆に助けてあげてほしい。」

 「『光の人』の!でも『光の人』はいつも助けてくれるんでしょ?」

 「そうだけど、そうじゃないんだよ。エリーゼも親切にされたら、おかえしをするものだろう?同じように『光の人』ともお互いに支えあっていけるようになってほしいんだ。」

 

 「『光の人』は、きっと孤独だったから。」

 「ひとりぼっち?でも、おじいちゃんたちが一緒にいたんでしょ?」

 「確かに、あそこに私たちはいた。けど、真に彼を理解してあげられたとは思えないんだ。彼の心に答えをあげられなかった。・・・エリーゼになら、その答えをあげられると思う。」

 「どうするの?」

 「わからん。エリーゼが自分で考えてね。」

 「なにそれ-!でもわかった、私にまかせてね!」

 「そうか、では頼んだよ。」

 

 優しく頭を撫でてくれたその手は、やはりいつもと違って力が入ってないようだった。今日は本当にどうしたの?と聞きたくなった時、温室にもう一人入ってきた。

 

 「じーちゃーん!エリーゼー!」

 「なによドロシー、今大切なお話をしているのよ。」

 「オレもじーちゃんの話聞きたいー!」

 

 従姉妹にあたる、私とは違う黒髪の少女のドロシー。女の子だけど、男の子のみたいな恰好をするのが好きなちょっと変わった妹のような存在。

 

 「エリーゼだけにくれるなんてズルい!オレにもなんか欲しいよー!」

 「うーん、困ったな、エリーゼに託すものしか考えていなかった。何か欲しいものがあるかいドロシー?」

 「んーと・・・じゃあ、この杖欲しい!」

 「ドロシーったら、それが無いとおじいちゃんが歩けないでしょう?」

 「いいや、そんなものでいいのなら、この杖はドロシーにあげよう。」

 「ホント?やったー!」

 

 そう言って、ドロシーは杖を剣のように掲げて喜ぶ。そんな様子をおじいちゃんはにこやかに眺めていた。

 

 「ドロシー、よく聞いておくれ。」

 「なーにじいちゃん?」

 「ドロシーは、『バロン』になりたいって言っていたね。」

 「うん、なる!エリーゼのパパみたいに強い騎士になる!それで『光の人』と一緒に戦うんだ!」

 「そうか、そうしてくれると助かるな。けどなドロシー、強いだけではダメなんだ。それと同じくらい、優しくもあってほしい。」

 「そっか、どうやったら優しくなれるんだ?」

 「そうだな・・・一番大切なのは、『信じる』ことだ。」

 「信じる?」

 「信じるというのは、ただ『疑わない』ことじゃない。自分で見て、考えて、時には疑っても、その『向こう側』にあるものを信じる、ということだ。」

 「・・・よくわかんない!」

 「ははは、そうだろうな。今のは私が体験して言ったことだから、ドロシーが自分で考えた意見じゃないもんな。」

 

 今度は懐かしむように、うんうんと頷きながらドロシーの頭を撫でていた。 

 

 「・・・ドロシー、ひとついいかい?」 

 「なに?」

 「やっぱりその杖、少しの間だけ返してくれるかい?少しの間だけでいいから。」

 「はい、すぐ返してね!」

 「ありがとう。それから、お父さんたちを呼んできてくれるかな?今すぐ。」

 「わかった!」

 

 ドロシーは、頼まれごとを素直に聞いて走っていった。さて、とおじいちゃんはゆっくりと杖を携えて立ち上がった。それを補佐しようとするが、やんわりとおじいちゃんは断る。すぐそばの植え込みの根元に鎮座する石碑の元へ、よたよたと時間をかけて自分の足で辿り着いた。

 

 「やれやれ・・・エリーゼ、お前もお母さんたちを呼んできておくれ。今すぐに。」

 「いやです!」

 「エリーゼ!」

 

 その時の、おじいちゃんの目が忘れられない。まるでお話の中で聞いていた、若いときの虎のような眼差しだと思った。それに気圧されて、思わず私は一歩引いてしまった。

 

 「ああ、ごめんねエリーゼ。ただ・・・もう時間が無いから、その前に、みんなを呼んできてほしい。」

 「・・・いやぁ。」

 「エリーゼ、お願いだ。それにキミは孤独にはならない。」

 「おじいちゃんを一人にしたくないんです!」

 

 

 

 「そうか・・・そうだな、じゃあ代わりに、最後にもう一つ。エリーゼ、こっちへ。」

 

 左手の薬指に嵌められた指輪を今度はくれた。おばあちゃんも同じのをしているのを私は知っていた。

 

 「この指輪を、いつかエリーゼの大切な人が出来た時に渡してあげてほしい。」

 「大切なひと?」

 「私は幸せだったよ、この世界に来て、家族を持って、エリーゼたちが生まれてきてくれたことが。その幸せが、もっと続いていくように、エリーゼにその指輪を持っていてほしい。」

 

 「エリーゼは強い子だから、任されてくれるかい?」

 「・・・わかった。私、素敵な人を見つける!」

 「そうか、そうしてくれ・・・。」

 

 おじいちゃんは、とても満足そうに頷いた。そうしてそれからはもう、何も言わなくなった。

 

 「おじいちゃん・・・?」

 

 やがて、ドロシーに連れられて親族がぞろぞろとやってきて、にわかに温室は騒がしくなった。

 

 私はどうしていたんだろうか。よく覚えていないのだ。

 

 

 ☆

 

 

 それから10年余り。同じ温室の、同じ石碑のその前で跪いて祈りをささげている。

 

 窓から差し込む陽の光は陰り、温室にも暗い影を落としている。

 

 そしてもう一つ、暗い影を落とす原因がすぐそこに。

 

 『ギュォオオオオオオオ・・・』

 

 「エリーゼ!もうそこまで来てるぞ!」

 「ドロシー・・・突破されたのね。」

 「数が多すぎる!3体も来る!」

 

 そいつらは、海の向こうからやってくる。大陸の西の果てにあるこの『キャニッシュ私塾』は、その最前線となっている。かつてののどかな海沿いの城と違い、数々の大砲や戦術兵器の並ぶ要塞の姿と変わり果ててしまったが。

 

 その中で、戦士として務めを果たしているドロシーは、一張羅の戦装束を纏い、赤い靴を鳴らしながらエリーゼの元へやってきた。

 

 「ここも直に戦場になる。エリーゼは避難しろよ。」

 「私は・・・ここを守るわ。」

 「何言ってんだよ!ここも危ないって言ってんだろうが!」

 「ならばこそ、ここであの人が帰ってくるのを待たなければ。」

 「そりゃ・・・そうだけど。」

 

 「私は信じているわ。あの人は必ず来るって。」

 「・・・ああ、じゃあオレも残る。オレがエリーゼを守る。」

 「ありがとう、ドロシー。頼もしい騎士だわ。」

 

 「じゃ、行ってくるぜ。」

 「いってらっしゃい。」

 

 剣を背負った背中が、やけに大きく見えた。この3年余りの時間は、彼女たちを強くした。肉体的にも、精神的にも。

 

 「バロン部隊、前に倣え!」

 

 校庭のあった広場には、黒鉄に輝く鎧を纏い、十字架のような剣を腰に携えた騎士たちが整然と並んでいる。その前に立って檄を飛ばすのは、紅の鎧の騎士隊長。

 

 「ついに我々、バロンという剣が鞘から抜かれる時が来た。本来我々が動かなければならないという事態は、望まれるべきことではない。」

 

 かれこれ十数年ぶりともなる実戦に騎士隊長の声にも自然と力が入る。配下の騎士たちには、実戦と言うものを経験していない新兵にも等しい者たちも多く、表情に出しこそせずとも内心には不安を抱えている

 

 「だが、我々がやらねば遠からず王都にもやつらの手が伸びる。それだけは避けねばならない!そのためにバロンという剣がある。最後に勝つのは、人間の力なのだ!その時こそ、我らの力を勝鬨と共に轟かせるのだ!」

 

 「おぉおおおおおおおおお!!!」

 

 隊長の言葉には確かな熱があり、新兵たちの不安を払拭するように、耳から熱が伝わった。

 

 「それでは迎撃準備開始だ!砲手は各員位置につけ!後の者は私に続け!」

 

 「イエッサー!」

 

 そうして全員せわしなく動いていく。まさしくアリのような働きぶりだ。

 

 「隊長!」

 「ああドロシーか。エリザベスはどうした?」

 「ダメでした。絶対動かないって。」

 「なに?そうか・・・ならば仕方がない。彼女もまた守るべき市民の1人だ。」

 「権限で強制撤収させないんですか?」

 「・・・みなまで言うまい。」

 「失礼しました。」

 「あの子だってもう、自分で判断ができる歳だろう。」

 「この前は『まだ嫁には出さん』とか言ってたのに。」

 「誰が出すものか。お前も準備をしろ、ドロシー遊撃兵!」

 「了解!」

 

 やれやれ、とドロシーはペロッと舌を出しながら見張り塔を目指す。途中すれ違う騎士たちに軽く敬礼をしながら、階段を駆け上がっていくとすぐだ。

 

 「もう見えてきやがったな・・・。」

 

 灰色の雲のかかった水平線に目を凝らすと、3つの影が並んでやってくるが、それらは船舶の類ではない。どれも優に50mを超える体長を持つ巨獣である。

 

 一つ目は8つの頭を持ちながらも、それら4本ずつで上顎と下顎を形成するように整列し、一頭の大蛇のような姿をしている。

 

 二つ目は空中に浮かぶ巨大な球。時折風に吹かれてうにょうにょと表面が揺れている。

 

 そして三つ目の影を見止めたその時、衝撃が身を襲った。

 

 「揺れる!もう攻撃してきたのか?!」

 「シールド急げ!砲撃はこの距離じゃ当たらんか?」

 「シールドエネルギー率まだ80%です!」

 「砲撃射程外からの攻撃です!」

 

 要塞近くの海面からいくつも伸びたアンテナの間に、電磁バリアがゼノン・プリーストの念によって張られていくが、それもまだ完全ではない。

 

 「ドロシー遊撃兵、突貫します!」

 「待て!まだ敵の攻撃は本腰ではない。砲撃射程内にまでひきつけるんだ!」

 「ならどっちみち、囮が必要になるだろ!」

 「おい!ったく、じゃじゃ馬め!」

 

 3つの円盤盾がドロシーの周りに浮かぶと、ふわりと電磁力の力でドロシーの体を浮かせて高速ですっ飛んでいく。

 

 「オラオラ!オレが相手だ!」

 

 3つ目の影、鹿の頭を持ち二足歩行する獣人。その角は電飾された木の枝のように輝いており、頭を振りみだして生み出した残像が、本体の分身となって現れる。

 

 「また増えやがった!」

 『相手は未知数の相手だぞ!戻るんだドロシー!』

 「バカヤロー!こいつと戦うのは二度目だっつーの!」

 

 ドロシーは前哨戦として、洋上でも何体かと戦っていた。この角を持つ獣『デバランチ』は、角からサイキックパワーを解放して分身や光線を放つことが出来る。しかも硬い筋肉を持つパワーファイターでもある。

 

 「こいつをバリアに近づけさせるわけにいはいかないんだよ!ここで足止めする!」

 

 『ジュバババババ・・・!』

 

 「おっと!」

 

 分身が一斉に、角からの光線を放ってくるが、ひらりと身を翻して危なげなくドロシーは回避する。

 

 その間に、残る二体の巨獣は我関せずと脇を通り抜けていくが、ドロシーにもさすがに3対1を捌ききることはできない。

 

 『よーし、砲撃開始だ!やつらを近づけせるな!』

 『イェッサー!』

 

 バリアの外で待機していた固定砲台群『雷の塔』達が一斉に火を吹き、雷の槍を投擲する。

 

 雷の槍が次々と突き刺さり、大蛇の巨獣『バラコンダ』と球の巨獣『ザイビラ』の体表を焦がしていく。しかし、その歩みを止める程ではない。

 

 『隊長!』

 『かまわん!撃ち続けろ!近づけば近づくほど、威力も上がるんだ!』

 『イエッサー!』

 

 人間は基本陸の生き物、海上戦では分が悪い。可能限り体力と装甲を削り、白兵戦でトドメを刺す。それがゼノンのとれる作戦だった。

 

 「そのためにも、せめてこいつだけでも分断させなければ!」

 『・・・頼んだぞ、ドロシー!』

 

 バラコンダとザイビラは止まらない。デバランチだけは、ドロシーが喰らいついて離さない。無線越しにドロシーの覚悟を受け止めた体長は、自身の役割に戻った。

 

 「砲撃を片方、球形の巨獣に集中!分断させろ!」

 「イェッサー!」

 

 ザイビラに火力が集中され、それから逃れるように進行方向を斜めに変えていく。

 

 その間にバラコンダはバリア地帯目前までやってくる。すると大蛇はその大顎を8つ頭に変えて威嚇の咆哮をあげ、16の眼から熱線を放ち、雷の塔を片っ端から破壊していく。

 

 「まだまだだ!パラライズネット展開!」

 「展開します!」

 

 しかしそれを指をくわえて黙って見ている人間たちではない。隊長の指令が飛ぶと、電磁ネットが口を開き、破壊活動に勤しんでいたバラコンダを捕らえる。

 

 「成功です!」

 「よし!白兵戦だ!1番から3番隊、用意はいいな!」

 「イエッサー!!」

 

 男たちの怒声と共に、一斉に火蓋が切って落とされる。彼らはドロシーのものと同じ電磁力の円盤を背負うと、腰から十字架の銃を抜いて敵に向ける。

 

 「攻撃開始だ!クロスファイア!!」

 「クロスファイア!!」

 

 円盤の力で宙に浮いた騎士たちによる、電熱銃の十字砲火が開始される。並みの巨大生物であればこれだけでもう決着がつくところだが。

 

 「やったか?!」

 「まだだ!散会して反撃に備えろ!」

 

 銃のクールタイムにも気を抜けない。バラコンダの表面は黒く焦げて、微動だにしていないが、この程度でくたばるはずもない。

 

 『キシャアアアアアアア!!』

 

 「くるぞ!」

 

 怒り狂うバラコンダ。8つの口から揃って映える牙が不気味な紫色に光ると、見るからに毒々しい煙が吹き出す。

 

 「うわぁああああ鎧が溶けるぅ!?」

 「慌てるな!風上にまわれ!」

 

 それに触れた途端、金属は腐食を始めた。何人かが犠牲になったが、すぐさまは隊長は指示を飛ばして毒煙から逃れる。

 

 『カラカラカラカラ・・・』

 

 その隙にバラコンダは電磁ネットの罠から逃れると、不敵に笑うような声をあげる。どうやら上陸するよりも、砲台の破壊と自身の周りを飛び回る虫けらで遊ぶことにしたらしい。

 

 8つに分かれていた頭が再び一組の顎に組み直ると、バラコンダはとぐろを巻く。一体何をするつもりなのかと、隊員たちは距離をとる。

 

 『キシャアアアアア!!』

 

 「うわっ!巨大な牙が!!」

 

 8つの頭のそれぞれが毒液を固めて針を作ると、巨大な頭がそれを噛みつきの勢いで飛ばす。そうするとまるで巨大な牙が飛び出してきたかのように見えたというわけである。

 

 「なんという・・・。」

 「一瞬で3分の1が飲み込まれたぞ!」

 「狼狽えるな!落ち着いてよく見れば躱せない攻撃じゃない!」

 

 毒の牙による圧砕に巻き込まれた騎士は、一瞬のうちに潰れ死んだか、溶かされて死んだ。

 

 どよめきが生き残った騎士たちに広がるが、隊長はすぐさま指示を飛ばす。が、背中に嫌な寒さを感じていたのが内心だった。指揮官の動揺は、そのまま部隊の動揺につながる。決して面には出さない。

 

 『キシャシャシャシャ・・・』

 

 「おのれ・・・。」

 

 巻き込まれていった中には、配属されたばかりの新兵も、苦楽を長く共にしたベテランもいた。それらに等しく死を与えた悪魔はせせら笑い、隊長は不快感を露わにする。

 

 だが散っていった者たちに祈りを捧げるのは後だ。ここでこいつを倒せなければ、弔いの朝日も昇らないのだ。

 

 

 ☆

 

 

 「雷の塔、破損率70%!弾幕維持できません!」

 「4番隊から6番隊は出撃の準備を!もう一体が向かってくるぞ!」

 

 指令室となっている要塞の一部屋、元は学園の多目的ルームだった場所は非常に熱くなっていたが、交わされる言葉の中には冷え切るものもあった。

 

 遠からず戦線は崩壊する。そうなれば次に狙われるのはここ。それでも決して誰一人として逃げ出そうとはしていなかった。

 

 そして、少し離れた温室にも1人。エリーゼはまだ祈りを続けていた。傍らには一冊の本が置かれ、手のひらには金のキーパーツが握られている。

 

 「お願いです・・・どうすればいいのですか?」

 

 縋る思いで本のページを捲るが、そこに答えはない。最後のページに書かれた、『始まりの場所で迎えを待つ』とあるだけ。

 

 その場所の心当たりには、ここしかなかった。あの日、この場所でドロシーは持ち出した召喚の法術を試して、すべてが始まった。

 

 「ドロシーには、このキーパーツの使い方が分かったのかしら?」

 

 以前、これは特別なボルトが中に入っていると聞いた。それと何かが関係あるのかしら?キーとつくからには、どこかの鍵だということだったけれど。

 

 出来ることなら本人から聞きたいところだけれど、生憎とこの場にはいない。

 

 と、そんなことを思い至った時、温室は幕がかかったかのように暗くなった。そして耳障りな、何かが這うような音も聞こえてくる。

 

 「へっ、なに?!」

 

 見上げてみれば、その理由は明白だった。人の顔ほどの大きさのある巨大なヒトデが、数えきれないほど温室のガラスに張り付いていた。ヌルヌルとした粘液を滴らせ、アケビのように裂けた口と牙を見せつける。

 

 「きゃあああああ!!キモイ!!」

 

 およそ年頃の娘が出していい声ではないが、とにかく絹を裂くよな悲鳴が温室に響いた。

 

 このヒトデたちこそ、ザイビラの体を構成していた『ビラQ』である。それらがガラスを割って雪崩れ込んでくるのだから、さあ大変。

 

 「いやあああああああ!!」

 「伏せろ!」

 

 ビラQは牙を剥いてエリーゼの金髪に降り注ぐが、そこへ割って入る影あり。

 

 「うへぇ、思ったよりも汚ねえ。」

 「ア、アキラさん。」

 「おっす、今戻った。うひー、くちゃい。」

 

 ベタベタの粘液に鼻を曲げる赤いパーカーを着た青年、アキラ。その手には刀身に彫りの入った青龍刀が握られているが、それもベタベタだ。

 

 「これは明らかに戦う相手の戦意を削ぐ効果あるな。おっと。」

 「きゃっ!まだ来ますわよ!」

 「下がってろ。お前に何かあったら合わせる顔がねえぜ。」

 

 降り注ぐビラQの群れを、刀を回転させて弾いていく。あたりには異臭を漂わせる体液がまき散らされるが、エリーゼのスカートのすそには一滴たりともかからない。

 

 「大したことはないけど、数が多いな。それでエリーゼ、アイツを呼ぶ方法はわかったのか?」

 「いいえ、まだです。ただドロシーなら何かわかるかも・・・。」

 「ドロシーか、それならもうすぐ・・・。」

 「うぉおおおおおおお!!」

 「来たな。」

 

 ビラQの幕を破ってドロシーが降ってきた。

 

 「ドロシー、大丈夫か?」

 「へ、平気・・・あのヤロー、よくもやりやがったな。」

 「ドロシー、すぐに聞きたいことがあったのだけれど。」

 「後にしてくんね?ヤツが来る。」

 「あなたにしかわからないのよ!このキーパーツの使い方は!」

 「キーパーツ?」

 

 ドロシーは埃を払いながら立ち上がると、エリーゼの言葉に首を傾げた。

 

 「キーパーツなら、あそこの穴に差し込めばいいだろ。」

 「え?穴?」

 「石碑の真ん中に、目立ってるだろ?」

 「え?え??たったそれだけ?」

 「大体、その使い方ならじいちゃんから聞いたろ。」

 「えぇ??そんなこと、あったかしら?」

 「あったよ。ああ、そういえばエリーゼだけ途中で出てったんだっけ。」

 「そんな・・・まさか・・・。」

 

 どうにも、エリーゼは大きな勘違いがをしていたらしい。だが、本当にエリーゼの中にそんな記憶はない。

 

 「でも、そういわれてみれば記憶に曖昧なところが・・・?」

 「なんだよ、キーパーツの使い方がなんか関係あるのかよ?」

 「そう、そうね。今関係あるのはそっちね。もう一度あの人を召喚したいの。今度は私の手で。」

 

 そういってエリーゼは石碑へと向かう。たしかに石碑の中央には穴がある。と言っても、ガラス玉が埋め込まれて透明に見えるだけなのを、穴と表現しているだけなのだが。

 

 「これを・・・どう考えても入らないと思うのだけれど。」

 「違うよ。もっと願いながら入れるんだよ。」

 「願う?」

 「オレの時は『光の人』に会いたいって願った。そうしたらカギ穴が収まった。それだけ。」

 「それだけ?」

 「そうだよ。禁書にはそう書いてあったし、そうしたらアイツに会えた。」

 「そう・・・。」

 

 意外と簡単なことだと、拍子抜けしたけれど、今は幻滅している暇はない。ビラQは今なお増え続け、ガラスの向こうには大きな影が映ってきた。

 

 「来たぞ!」

 「エリーゼ早く!」

 「わかってる!えっと・・・願う、私の願いは・・・。」

 

 さて、困った。まさか本当に願いを叶えるために使うことになるなんて夢にも思っていなかった。おじいさまはこのことを予測して託してくれたのだとしたら、責任は重大だ。と言うか、よくもそんな大事なものをドロシーは持ち出してくれた。

 

 「この世界を、みんなを守って・・・。」

 

 ともかく、今はこの事態を脱するのが先決だ。当たり障りのない願いを唱えてみるが、なんの効果もない。

 

 「なんで?」

 「おいエリーゼ、まだかよ!」

 「本当に『願う』だけでいいの?」

 「とにかく強く願え!」

 「ちょっと急いで。」

 「そんな漠然としたものでいいの?!」

 

 「漠然としてじゃなく、もっと具体的にエリーゼの欲しいものを願えよ。なんか、なんかあんだろ?」

 「なんかってなによ!」

 「なんかはなんかだよ!」

 「お前らちょっと急げ。角付きがこっちに来るぞ。」

 「じゃあドロシーがもう一回やればいいじゃないの!」

 「オレの願いはもう叶っちまったからダメなんだよ!あの時オレは・・・。」

 

 『ギォオオオオオオオオオオオウ!!』

 

 「おいでなすった!」

 「ああもう!オレはあの時、『お前を笑顔にしてほしい』って願った。そしたらアイツが来た。だから、お前の願いが答えなんだよ!」

 「私の願いが?」

 「そうだ!お前の願いならアイツはなんでも叶えてくれる!」

 

 ついに要塞の防衛網を突破し、デバランチが迫る。

 

 「これ以上近づけさせるな!総員撃て!」

 「了解!!」

 

 外では戦場に出ている者に飽き足らず、司令室にいるものもすべてが銃を手に取り、デバランチとバラコンダを迎え撃つ。しかしそれを一切意に介する様子も見せない。

 

 「隊長!共に戦えて自分は満足であります!」

 「馬鹿者!最後まで諦めるな!それでもゼノンの騎士か!」

 「ハッ!申し訳ありません!」

 「援軍は必ず来る、それまで持ちこたえるぞ!」

 

 ビラQも温室へとさらに雪崩れ込む。

 

 「これはちょっとどころか、相当キツくなってきたな。」

 「ならアキラは休んどくか?」

 「ぬかせ。師匠が先にダウンしてたまるか。」

 

 それでも彼らは諦めない。

 

 「私の・・・私の願いは・・・。」

 

 世界の平和?そんなものお題目に過ぎない。いや確かにそう願うこともあるが、それよりももっと大きな願いがある。もっともっと大きくて、矮小な願い。

 

 この胸に抱えるにはあまりに大きく、この手で掴むにはあまりにも小さな、指輪にかけた願い。

 

 「もう一度・・・。」

 

 石碑はキーパーツを受け入れた。

 

 「もう一度、会いたい。」

 

 エリーゼの意思に呼応するように、キーパーツは回転音をあげる。

 

 するとどうだろう。観音開きのように石碑は開き、中から黒い金属板が現れる。表面にはキズひとつなく、光を放って見えた。

 

 やがて光は強まっていく。しかしその光は優し気なものであり、ビラQだけが力を失ったようにポトポトと落ちていく。

 

 「なんだ?何の光?」

 「同じだ、あの時と・・・!」

 

 そして光の向こうからやってくる、一人の男。

 

 「・・・おかえりなさい、ガイさん。」

 「ああ、ただいま。」

 

 その姿を見止めた時、エリーゼは微笑んだ。男、ガイは自分の出てきた石碑を振り返るが、すぐに目の前にいるエリーゼたちに向き直り、同じく微笑んだ。

 

 「待ってたぜ!ガイ!」

 「おう、ドロシー。お前は大分変ったな。」

 「・・・てっきりツバサが呼ばれてくるものだと思ったが。」

 「やーっかましい。俺もちょっと不安だったわい。」

 「そ、そんなことありませんわよ!ちゃんとガイさんのことを思いながら・・・。」

 「ホントに?」

 「・・・実はちょっとだけおじいさまのことも。」

 「おい!」

 

 光が収まったところで、敵が再び動き出す。しかしアキラとドロシーは余裕そうに言い放つ。

 

 「大体、来るのが遅いぜ。このまま俺たちだけで全部片づけちまうところだったぜ。」

 「よく言うだろ、主役は遅れて出てくるってな。」

 「俺に言わせれば遅れ過ぎだけどな。颯爽とヒロインを助けたところなんかまさしくヒーローだぜ。」

 「ほーう、では誰があの巨獣を倒すのかな?」

 「・・・頼んだぜ、相棒。」

 「ああ、まかせとけ。」

 

 そこに茶化す雰囲気はなく、2人の男はただ拳を合わせる。

 

 「ガイさん・・・。」

 「行ってくるぜ、お嬢さん。」

 「あっ・・・。」

 

 ポンとエリーゼの頭にガイの手のひらが乗せられる。その動作にエリーゼは既視感を覚える。

 

 

 

 『ギォオオオオオオオオオオオウ!!』

 

 

 

 「シカに、ヘビに、ヒトデか。なんとも珍妙な取り合わせだな。だが何が来ようが、俺は負けん!」

 

 左胸に右手を当てて、空へと掲げる。

 

 『ギョギョギョ・・・』

 

 光が集まっていく様にデバランチは、いや、その場にいるすべてが目を奪われていく。

 

 

 ☆

 

 

 「あーあー、帰ってきちまったな。」

 「おのれ・・・再び我らの敵となるか。」

 「そりゃそうだろう、お前らの方が人類の敵なんだから。」

 「ま、俺は所詮外様の部外者よ。好きにするがいいさ。」

 「貴様、さてはわかっていて・・・。」

 「さあな。サイコロの目を操る能力は持っていないのでな。」

 

 遥か遠方、海の彼方の鉄の島で、『光』の帰還を歯噛みする者あり。

 

 

 「あの光は・・・。」

 「隊長!」

 「うむ、援軍が来た。それも最強のな!」

 

 戦場に、『光』に希望を取り戻す者あり。

 

 

 光は人の姿となって地上に降り立つ。

 

 「来たな、ようやく。」

 「ああ、待ってたぜ!」

 「スペリオン・・・!」

 

 光の人、昔話ではそう言われていた。それが今現実となり、銀の体に翡翠の光を胸に抱いて人々の前に帰ってきた。

 

 光の人、『スペリオン・ガイ』の登場だ!

 

 『ッシャ!!行くぜ!』

 

 デバランチの鼻っ面を、その拳が歪ませる。2万tを超える巨体が軽く宙を舞い、海へと落ちると、熱を帯びた戦場にスコールを降らせる。

 

 『キシャアアアアア!!』

 

 『おっと!』

 

 すぐに行動を始めたのはバラコンダだった。再び8つの頭に分かれると、それぞれの口が牙を立てようと飛び掛かる。が、スペリオンにはそれをひらり躱すのは造作もない。お返しにと、すれ違いざまに尻尾を掴んでブンブンと振り回し、地面に叩きつける。

 

 「おー!強いぞ!」

 「いいぞガイー!」

 

 先ほどまでの苦戦がまるで嘘のように、二体の巨獣は手玉にとられていく。しかしこの程度では巨獣たちの勢いも止まらない。

 

 『うん?うえっ、気持ちわりぃ!』

 

 分裂していたビラQたちは、今度はスペリオンの体に群がり始めた。その数は見る見るうちに増え続け、あっという間にスペリオンの体を拘束するほどの大きさになった。

 

 『ブルルルルル・・・!』

 『キシャー!!』

 

 それに呼応するように、バラコンダとデバランチも息を吹き返してスペリオンを襲う。

 

 『こなくそぉ!離れやがれ!』

 

 「おっ、スペリオンを援護しろ!!」

 「了解!!」

 

 息を吹き返したのは巨獣たちばかりではない。ゼノンの騎士たちも闘志を滾らせ、スペリオンの背中に張り付くザイビラを銃撃で焼く。

 

 『ギュルルルルル・・・!』

 

 「ヒトデがはがれたぞ!」

 「よし、あのヒトデの群れは我々で引き受けるのだ!」

 

 「俺たちも負けてられん、行くぞドロシー!」

 「おう!」

 「二人とも気を付けて!」

 

 人間たちは再び分裂したビラQを相手にする。

 

 『頼んだぞ、こっちは任せろ!』

 

 デバランチは角を発振させると、再びサイコパワーを顕現させる。

 

 『ブロロロロロ!』

 

 『分身か!』

 

 1体が2体に、2体が4体に、と8体に増えたデバランチは、スペリオンを囲むと角から光線を発して攻撃する。

 

 バラコンダも頭を一つにまとめて、目から光線を撃ってくる。

 

 『はっ、これぐらいなんてことねぇ!スペークリングシャワー!』

 

 スペリオンは空中で回転すると、光の雨を巨獣たちに降らせる。

 

 『貴様の本体は・・・そこか!』

 

 『オボロロロロロロロ・・・』

 

 光の雨を浴びる分身の中から本体を見つけ出すと、腰を据えて腕に力を込める。

 

 『ビーミングスマッシュ!』

 

 『ゴバァアアアアアア!!』

 

 光を収束させた手刀が降り抜かれ、デバランチの腰を両断する。

 

 『まず一体!』

 

 『キシャアアアアアアア!』

 

 仲間が倒されて怒ったのか、バラコンダも威嚇の声を荒げる。今更そんな威嚇が何になるのか、スペリオンは油断せずに構える。

 

 しかし何を思ったのか、16個の眼を使って目ざとくも人間たちを探すと、

 

 『ゴバァアアアアアアアア!』

 

 「うぉおおお、また毒煙だぁ!」

 「溶けるぅ!」

 

 毒煙を吐き出して人間を襲いだしたのだ。

 

 『くっそ!なんと卑怯な!』

 

 たまらずスペリオンは手を回転させて風を起こして毒煙を吹き飛ばす。そんなことをすれば隙を見せることになるのは明白だったが、当然見過ごすわけにはいかない。

 

 『キシャシャシャシャシャ!』

 

 『くっ、やっぱりな!』

 

 予測された通りバラコンダはスペリオンに巻き付いた。アミメニシキヘビは大型の動物さえも絞め殺すことが出来るというが、バラコンダもその類にもれず強靭な膂力を持っている。

 

 そして大顎を開いてスペリオンを丸呑みにしようとしてくる。

 

 『だが、俺に腕と脚しか武器がないと思ったのは、誤算だな!オプティックファイバー!』

 

 『ギョロッ!?』

 

 スペリオンの後ろ髪、光の繊維が、バラコンダの上顎を吹き飛ばす。

 

 「スペリオンがやったぞ!!」

 「バンザーイ!!」

 「まだ油断するな!」

 

 あっと言う間に2体の巨獣が倒れたが、未だビラQは宙に浮かんでいる。

 

 「見ろ!ヒトデたちが死体に集まっていくぞ!」

 「何をする気だ?!」

 

 きっとろくでもないことだ。切断されたデバランチの上半身と、吹き飛ばされたバラコンダの上顎にビラQは集まり、まるで継ぎ木のように接着されてしまった。

 

 『合体しやがった!』

 

 『グギュルルルルルルル!!』

 

 合体魔獣『バラランチ』の出現である。目には光が灯っておらず、とても生き物のような挙動をしていない、まるで前後を間違えた着ぐるみを着ているようである。

 

 『こいつ、まるでゾンビか!』

 

 「キモーい!」

 「けどつええ!」

 

 虚ろな焦点で、天変地異のように光線が辺り一面にばら撒かれる。スペリオンも負けじと果敢に挑むが、切っても叩いても手応えがない。

 

 『ちょっと・・・強敵かもな。うわっと!』

 

 残されたバラコンダの下顎の蛇頭が、スペリオンの足元を掬う。そのままデバランチの上半身でマウントを獲ると、また無茶苦茶な打撃を繰り出してくる。

 

 『グギュルルルル!』

 

 『くそっ!タガが外れたのかよ、なんつーパワーだ!』

 

 

 「スペリオン!」

 「がんばれスペリオン!」

 「ガイ!」

 「ガイさん!」

 

 負けるな!立て!声援がスペリオンの耳に、心に届く。

 

 『うっ、おぉおおおおおおおおお!!負けられるかよ!』

 

 スペリオンは最後の力を振り絞り、バラランチを押し返す。

 

 『スパークルラッシュ!』

 

 手を閃光で包み、苛烈な拳の嵐を浴びせかかり、バラランチの体は徐々に後退していく。

 

 『たとえ痛みを感じない体だとしても、この勢いまでを殺しきることはできまい!』

 

 『グ・・・グ・・・グ・・・』

 

 「今だ!!」

 「トドメを!!」

 

 腕を胸の前で交差させ、胸の翡翠のクリスタルに力を集中させる。

 

 『はぁあああああ・・・!!クリティカルフラッシュ!!』

 

 手を前に掲げると、胸の光が増大して敵を包み込む。

 

 『グシャ・・・ガァアアアアア!!』

 

 『くらえぇええええ!!』

 

 光の奔流が収まると、バラランチの体は糸の切れた人形のように動かなくなり、しばしの静寂が流れる。

 

 『・・・終わりだ。」

 

 簡素に最終宣告が成されると、バラランチの体がスパークし、やがて大爆発に消えていった。

 

 「やったあああああ!!」

 「やったぞぉ!!」

 「隊長!」

 「うむ!」

 

 そして爆炎は天まで届き、雲を切り裂き、斜光が差し込んだ。

 

 

 「ふぅ、やってやったぜ。」

 

 自身の体を光に分解すると、ガイの姿に戻ってしばし満足げに青空を見つめていた。

 

 「ガイー!」

 「おーい!」

 「ガイさーん!」

 

 自分を呼ぶ声に振り替える。

 

 「やったな!さすがだぜ!」

 「ああ、色々と助けられたのもあるけどな。」

 「海上の方ももう片付いたらしい。あっちの方がキルスコアの方が高いんじゃないか?」

 「そうか、まあ一安心だな。」

 

 「ガイさん。」

 「ん?」

 「おかえりなさい。」

 

 一歩引いていたエリーゼの言葉に、ガイは微笑み返した。

 

 「ああ、ただいま。」

 

 とりあえず、平和は守られた。しかしこれは終わりではない、まだ戦いは続いている。海から、空から、宇宙から、更なる強敵がやってくる。

 

 だがスペリオンは負けない!どんな苦難も仲間と共に乗り越えていく!

 

 



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赤い靴

 大陸全体の形は、パンゲア・ウルティマの予想図を参考にしてください。


 さて、時間は3年ほど巻き戻る。ガイは唐突にこの世界に召喚されて、キャニッシュ私塾の生徒となった。

 

 現在時節は春一歩手前。花の蕾を結び、蛹は飛び立つ時を待っている。

 

 「ドロシー、聞いてるのか?」

 「へーい。」

 「まったく、誰のために授業してると思ってるんだ。」

 

 「私たちが今立っている『アルティマ超大陸』は、今からおよそ3000万年前の『大変動』によって出来上がったと言われている。」

 

 現在、追試待ちのドロシーのために、春休み返上のデュラン先生による補習授業が行われている。

 

 「大変動の時、地球核の極点の片方が一部破壊され、それまで分かれていた大陸が一つに集まってしまい、結果一つの超大陸になった。」

 「その砕け散った極点は、一種のモノポールとなって現在も地上に溢れている、と。そしてそれが生態系や科学にも影響を及ぼしている。」

 「理解が早くて助かる。これぐらい優秀な生徒がいれば、授業も楽になるんだが。」

 「えっへん。」

 「あなたのことじゃないわよドロシー。」

 

 その補習授業に、本来の生徒以外にも、エリーゼとガイが席に着いている。エリーゼはドロシーがマジメに授業を受けているか監視のため。ガイは普通に勉強のためにいる。

 

 「この世界に来たばかりの人間が、この世界の授業についてこれるか気にはなっていたけれど、問題なさそうだな。むしろ代わりに教壇に立ってほしいぐらいだ。」

 「まあま歴史には興味ないから、なんでもわかるというわけではないが。それよりも、科学のほうが気になる。」

 「今は地理の授業中だからな、我慢してくれ。」

 「オレ剣術したーい。」

 「剣術の成績は足りているでしょう?」

 

 ドロシーは座学の成績はブッチギリのビリだが、実技や体術の成績はよかった。そのおかげで落第からギリギリ首の皮一枚繋がっていた。

 

 「さて、授業に戻ろう。我々のいるこのキャニッシュ領は、大陸北西部に位置する『ノメル』のさらに西端、半島のような部分に位置している。そしてノメルの南には『サメル』があり、この二つを合わせて『メルカ大陸』と呼ばれている。」

 「大陸そのものは一つに繋がっているけど、実際には大きな二つがくっついてる扱いになるんだな。」

 「そうだ。もう一つは大陸中央から北東にかけての『アフラ』と南東の『シアー』、この二つを合わせた『アフラシア大陸』、このメルカ大陸とアフラシア大陸二つを合わせて『アルティマ超大陸』になっている。」

 「それに、南に一つ離れた『サウリア大陸』もありますわね。」

 「そうだな。だがこのサウリアには、我々人間の手はほとんど入っていないと言われている。

 「なんで?」

 「以前、授業中にも同じ質問が、同じ生徒から飛んできた気がするんだがな・・・。サウリア周辺には、常に磁気嵐が発生していて、空は極光のカーテン、海は荒波に常に遮られている。ここを越えられるのは、ごく一部の渡り飛竜ぐらいだ。」

 

 竜がいるという事実をさらりと言ったが、それがアルティマの生態系では常識だ。少し本で読んだぐらいで、なぜそのような生物が発生したのかは未勉強なので、ガイにはその話のほうが気になっていた。

 

 「ちょっと見ない間に随分様変わりしたようだな、地球。」

 「さて、授業を続けるぞ。」

 

 さりとて自分を召喚した者の、今後を左右する大事な授業を邪魔するわけにもいかないと、ここは黙って聞いておくこととした。

 

 「すぴー。」

 「寝てるんじゃない!」

 

 それとも、適度な刺激を与えたほうが居眠りさせずに済んでいただろうか?その真偽のほどは次回に回すこととした。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 「いやー、終わった終わったー!」

 「終わったって、ちゃんと覚えたの?」

 「大丈夫大丈夫!」

 「その大丈夫の根拠は?」

 「どうせなんとかなるから!」 

 「あっそう・・・。」

 

 日本ではそういうの大丈夫じゃないって言うんだけど、ノメルでは違ったらしい。

 

 「それよりも剣だ!剣術やろうぜ!」

 「って言ってますがどうしますか委員長。」

 「別に委員長じゃないですわ。でも息抜きにはいいと思いますわ。」

 

 現状、ガイはこの私塾の生徒として扱われている。召喚されてすぐ、塾長であるエリーゼの母の前に連れ出され、その場でこの塾が預かるという形になった。根無し草で放り出されるよりは、寝食の場を与えてくれるここはずっとずっと良い待遇だったのでガイもすぐに承服した。

 

 (豊かな土地に、豊かな食糧。優しい人が育つのも妥当だな。)

 

 それが裏のある策謀や、誰かに言われたからそうするという定則でもない、素直な感情から出た提案だというのは、塾長の性格を見ればわかった。

 

 「そういえば、ガイはどんな武術ができるんだ?」

 「大体何でもできる。」

 

 キャニッシュ家全体が基本的におおらかな性格をしているのかもしれない。ドロシーの格好もその根拠のひとつに挙げられる。

 

 ・・・これぐらいのおおらかさと柔軟性があれば、『アイツ』も苦労せずに済んだのだろうかと思うと気分が落ち込む。

 

 「じゃあ一回手合わせしてくれよ!」

 「いいけど、手加減しろよ?」

 「平気だろ、男なんだろ?」

 「男でもぶっ叩かれたら痛いわ。」

 「ドロシー、あんまり無茶を言ってわいけないわ。」

 「いや、大丈夫だ。これでも結構鳴らしてたんだ。」

 

 訓練用の木刀を手に、建物から東へ少し離れた原っぱに立つ。ここから見れば、塾は東西南北の塔と、中央のお城から出来ているのが見える。お城から少し西に行けば、海岸へとつながる通路と砦もある。

 

 「っしゃぁ!来やがれ!」

 「お先にどうぞプリンセス。」

 「女扱いすんなよ!」

 

 ガイのその言葉にカチンときたのか、ドロシーの素早い剣戟が襲う。脇腹目掛けた踏み込みの一撃を、ガイは読んでいたかのように木刀で防御する。 

 

 「なにっ?!」

 「さすがに甘いわっ!」

 

 返す手で、柄で殴りつけると、襟をつかんで地面に投げ伏せる。

 

 「そこまで!」

 「ええ・・・そんなんあり?」

 「お前は殺し合いの相手に、そんな言い訳するつもりか?」

 

 ドロシーの首筋に木刀が向けられた時点で、エリーゼが待ったをかけた。

 

 「容赦のない戦いでしたわね。」

 「お前、こういうのはまず相手の出方を窺って、手の内さぐるのがセオリーじゃないのか?」

 「冗談だよ、もう一回やるか?」

 「では、今度は私と手合わせ願えますか?」

 「エリーゼが?珍しいじゃん。」

 「出来るの?」

 「もちろんですわ。護身術は女の嗜みですもの。」

 

 妹が一瞬でやられたところを見て思うところあったのか、今度はエリーゼが手を挙げた。

 

 「居合いか・・・面白い。」

 「このような技との経験もありまして?」

 「あるにはあった、けど、君はそれ以上の技量があるかな?」

 

 徐にエリーゼは木刀を腰だめにし、呼吸を整え始めた。ガイも八相の構えで動きを見極める。

 

 「・・・そこっ!」

 「ちぃっ!」

 

 エリーゼの一閃が、ガイの防御を大きく弾き飛ばす。崩れた態勢に、さらに追い打ちにかかる。

 

 「・・・やられたか。」

 「ええ、そのようですわね。」

 

 痺れる手をひらひらとさせながら、ガイは膝をつく。ふふんとエリーゼは鼻を鳴らす。

 

 「その技は一体どこで学んだんだ?」

 「お父様からですわ。キャニッシュ侯のバロンですの。」

 「バロンって、男爵?侯爵なのに?」

 「違う違う、騎士の中でも最高の騎士のことをバロンって言うんだ。」

 「へー、強いんだな。・・・っていうか、騎士になりたいって言ってたドロシーより強いんじゃないのか?」

 「そんなことねーし!オレの知ってる中でオレは2番目に強いし!」

 「じゃあ、今日から3番目ね。」

 「ムキー!」

 

 その一番がエリーゼだったというオチなんだろう。それはさておき、仲睦まじい姉妹を見ていると、つい頬が綻ぶ。

 

 「あっ、何笑ってんだよ。」

 「いや、兄弟家族ってこういうものだよなって思って。」

 「仲良くない家族がいるのかよ?」

 「ドロシー、家族にもいろいろあるのよ。」

 「いやすまん、人に話すようなことでもなかったな。一応言っておくが、俺のことじゃないから、気を使ってくれなくていい。」

 「それはそれで気になるじゃねーか。ガイの友達とか?」

 「ドロシー、失礼よ。」

 「そっか、ワリい。」

 「そのうち聞かせることもあるかもしれない。」

 

 出来ればその男の話を聞かせたかった。不器用でも優しかった、自分に生きるための手段を教えてくれたアイツ。

 

 もう会うこともない、かけがえのない友が生きていた時の話を。

 

 「よし、ドロシーもう一回やろう。」

 「お?今度は手加減しねえぞ?」

 「お前に、俺が教わった技を授けよう。」

 「どういう風の吹き回し?」

 「気分だ。」

 

 「まず基礎的なところからやり直そう。」

 「えー、今更基礎かよ?」

 「基礎をおろそかにしたら、奥義は極められない。そういう教えだった。」

 

 最初の一撃も含めて、ドロシーと剣を交えてみてわかった。ドロシーには並外れた瞬発力や判断力、才能がある。自分の知っている中で2番目に強い、というのも決して嘘ではないだろう。実際大抵の相手と正面切って押し切れるだけの実力はあると思う。

 

 「だが、それも所詮付け焼刃、技量を力でカバーしているだけだ。だから格上相手には簡単に負けるだろう。」

 「さらっと自分のほうが上だって言いたそう。」

 「実際そうだったろ。だから、基礎から鍛えなおす。・・・俺が教わったのも、基礎の延長線上のものだったというし。」

 「よし、わかった。バロンになるためにがんばるぞ!」

 

 座学にもこれぐらい精を見せてくれたら、きっと誰も苦労しなかったろうに。

 

 「・・・今日は初めてだし、これぐらいにしておくか。」

 「ああ、なんか強くなった気がする!」

 

 さすがに1日で変わるほど劇的なものではない。毎日の積み重ねが、健康な肉体を作る、と言っていた。

 

 そういえば、どれぐらいの期間この世界に滞在することとなるのだろうか。エリーゼたちのおじいちゃんは、今の彼女たちの年頃でこの世界にやってきて、そのまま生涯を閉じたという。

 

 俺もそれぐらい生きていられるのだろうか?明日も知れぬ身だというのに。

 

 「おっ、もうこんな時間か。帰ろうぜ2人ともー!」

 「そうね、ガイさんも行きましょう?」

 「そうだな。」

 

 ともかく今考えるのは夕飯のことだけにしておこう。

 

 

 ☆

 

 

 「今後の俺の処遇について。」

 

 現状、先に述べた通りガイは一応生徒として扱われている。しかし、異世界から来て身寄りもないというちょっと特殊な出生から、何かしらの役職を与えたいという提案が廻ってきた。

 

 「とは言ったものの、俺はなにをすればいい?」

 「何かリクエストはありませんこと?」

 

 現在この世界のルールについて勉強中。あまり大きなことを言って荷が勝ちすぎても困る。だから生徒でいることを願ったのだが、どうやらこの世界、というかキャニッシュでは異世界人というのは大きな意味を持っているらしい。

 

 例えば、エリーゼの母方の祖父もまた、異世界から来たのだから。そういう連中は大抵変わった知識や技を身につけていて、それはいい方向にも災いの種にもなりかねない。

 

 「任されたら何でも出来る自信はあるけど?」

 「そうですね、1つルールを説明させていただきますね。」

 「わかりやすくお願い。」

 

 「この国には、強い権力を持っている団体が一つあります。」

 「宗教?」

 「そう、『ゼノン教団』という、ノメルとサメルに広まっている宗教があります。」

 「ゼノン・・・。」

 「何を信奉しているか、などは今は省略します。そのゼノン教は、いたずらに兵器を開発したり、武力を持つことを禁じています。」

 「だから異世界人が、そういう影響を及ぼすのも禁止しているというわけか。」

 「そうです、話が早くて助かります。異世界人だけでなく、この世界で生まれた人間も一部対象になるのですが・・・。」

 「その一部の人間って?」

 

 「その人種もまた、『ゼノン』と呼ばれている、言わば超人のような存在なのです。」

 「教会が称号を与えて特権階級とする代わりに、その超人の力を独占している?」

 「・・・あまり大きな声で言えませんが、そうです。一応『管理』という名目ですが。」

 「なるほど。」

 

 

 

 「それで、俺もその傘下に入るのか?それは断らせてもらうけど。」

 「即答ですね。」

 「せっかく自由の身になったのに、また縛られるのは嫌なのでな。自分の人生は自分で選ぶよ。」

 「おじいちゃんみたいなことを言うんですね。」

 「きっとおじいちゃんも同じ気持ちだったんだろう。それに誰かに利用されて、また(・・)兵器を作ったりするなんてのも御免だよ。」

 

 ガイはそれが出来る存在だ。前の世界のことは思い出したくもないが。

 

 「そういえば、そのゼノンの力って?」

 「端的に言えば、『雷を操る力』ですわ。」

 「電気か・・・それはさぞかし強力なんだろうな。」

 

 電気と言えば、現代社会において最も重要なエネルギーと言っても過言ではない。今のところ電化製品なんかは見受けられないが・・・それは逆に、ゼノン教団が電気の技術を禁じているおかげで、また大きな争いをも防いでいることなんだろうか?だとすれば、それは上手くいっているといってもいいだろう。

 

 「で、なんでこんな話になったんだっけ?そう、俺の処遇についてだった。なんで急にこんな話を振ってきた?」

 「・・・実は、ドロシーもゼノンの資格を持っていますの。まだ『許し』は貰っていないのですが。」

 「ドロシーが?」

 「はい。ゼノン教団員になるということは、教団に身柄を預かられるということにもなります。そうなると、私たちは離れ離れになるかもしれないのです。」

 

 それは大変なことだ。家族なら一緒で当たり前だ。そうでなくてはいけない。

 

 「もしもドロシーが召喚したというあなたが、異世界の技術をふるえば、それはきっとドロシーのためにもならない。そう思って、今日は参りました。」

 「わかった。けど俺が教えられるのはきっと剣術ぐらいだ。それぐらいなら構わないだろ?」

 「はい、そうしてあげてください。あの子もきっとよろこびますわ。」

 

 エリーゼは安心したように、ガイの部屋から帰っていった。年頃の娘が、夜中に男の部屋に一人で行くなんて、全く健康的ではない。

 

 それにしても、どうやら思っていた以上に状況は複雑なんだと思わされた。ゼノン教団、その力はきっと強大だ。だからこそこの国は一応の平穏が保たれているのだとするなら、触らぬ神に祟りなしだ。

 

 そしてドロシー。生まれ持った力に苦悩するようなことがあれば、出来る限り助けてやりたい。自分の生まれを呪うようなことには、絶対になってほしくない。・・・かつての自分のように。

 

 

 

 「・・・もう行った?」

 「行ったよ。」

 「そっか。じゃあガイ、約束通り、スゲェもの作って見せてくれよな!」

 

 まず親の心子知らずって言葉を教えるべきかな。

 

 

 ☆

 

 確かに約束はした。この世界に来た当初、この世界の勉強がてら、この世界の技術を学んで得たものを使って、ドロシー専用のガジェットを作ると。

 

 「確かに聞いたぞコラ!でもそれがダメってどういうことだよ!」

 「ついさっき、エリーゼからこの世界のルールを聞いてしまったからだ。」

 

 さすがにこの世界で最初にできた友達を、国家規模の違反者にしたくはない。自分がそうなってしまうのは別に構わないけど、そのせいで周りにも迷惑をかけるのは御免だ。

 

 「お前だって、家族に迷惑かけるのは嫌だろ?ただでさえそんな恰好で親泣かせてるのに。」

 「ぐぬっ、むしろ母ちゃんはノリノリだったけど。このスカーフとか、母さんが縫ってくれたし。」

 「なら一層、家族を大事にしろ。修復不能の関係とかもう見たくないぞ。」

 「何その意味深な言い草?」

 「さっき言った、俺の友達の話だよ。」

 「じゃあ、その話聞きたい。」

 「OK、まず何から話そうか。」

 

 

 ☆

 

 

 ガイは一時期、ある家に厄介になっていた。鷹山という家だ。その家には、もう一人居候がいた。名前は『アキラ』と言った。毎日鷹山家の道場で武術を叩き込まれていた。

 

 「・・・今日はここまでにしとこう。」

 「・・・疲れた。」

 

 ガイは汗だくになっていたが、アキラのほうは息一つ乱さずにその場を後にした。

 

 「くそっ・・・また負けた・・・。」

 

 アキラとガイは、そう年が離れているわけでもない。にもかかわらず、これほどまでの歴然とした差があるのは、アキラが幼いころより戦闘訓練を積んできていたからに他ならない。そうならざるを得ない宿命の元に生まれ、アキラ自身もそれを望んでいた。

 

 「ガイ、大丈夫ですか?」

 「ミキか・・・大分やられた。」

 

 そこへやってきたのは、黒髪を纏めた少女。鷹山家長女の『ミキ』だ。彼女もアキラの弟子のひとりということになっている。

 

 「アイツ、滅茶苦茶だぞ・・・。」

 「けれど、見ていた限りはガイも最初の頃よりだいぶ喰らいついていけているようですよ。」

 「だがその分、しごきも酷くなってるぜ。」

 

 それでも、毎日成長を実感していた。一撃でやられた次の日は、二撃まで耐えられるようになり、次の日は三撃と、昨日出来なかったことが今日はできていた。

 

 「それよりも、今日はツバサたちと遊びに行く予定だったでしょう?支度しましょう。」

 「ああ、いてて・・・。」

 

 『ツバサ』、もう一人の男友達。何かとガイとは奇妙な縁があった。そのせいで気まずくい関係が構築されつつあったのだが、少しでも打ち解けようと今日の外出が企画された。

 

 「それでどこへ行くんだっけ?」

 「街へ買い物です。今日は母の日ですから。」

 

 母の日。母親へ日頃の感謝を返す日。そんなもの、母の日以外でも出来るだろう?というのがガイの認識である。

 

 「あれ、アキラは?」

 「先に行ったようですね。私たちも行きましょう。」

 

 アキラはせっかちというか堪え性のないというか。

 

 「おっ、来た来た。」

 「ナナミ、お待たせ。ハルカも。」

 

 待ち合わせ場所には全員揃っていた。ミキとは従姉妹にあたるナナミと、ツバサの姉でアキラの幼馴染でもあるハルカ。そして先に来ていたアキラと話し込んでいるツバサ。ミキとナナミとツバサさは高校生である。

 

 「よーし揃ったわね、そいじゃショッピングに行こうじゃないの!」

 「何を買うのだ?」

 「母の日の贈り物よ。花とか。」

 「花?」

 

 確かにプレゼントに花を選ばせるような広告が並んでいる。だが、なぜ花なんだ?

 

 「切った花を贈るのが、贈り物なのか?」

 「花だけじゃないわ。ただ、花が贈り物として一般的ってだけ。」

 

 ふーん、と一応は納得した。

 

 「どうせ何を贈るか決めているんだから、それぞれが目的の店に行けばいいんじゃないのか。」

 「んもー、ツバサ、それじゃあ一緒に買いものに来た意味無いじゃないの。」

 

 心底くだらなさそうにしているツバサを、姉のハルカが窘める。無粋さでいえばガイとどっこい。素直になれない気分、この年頃にはよくある症状。

 

 そんな普通がある時代。波風立たぬ平穏な世界から隔絶されているかのように、ガイは浮いていた。

 

  そしてそれはアキラも同じ。父と時を同じくして母を失い、鷹山家にひ引き取られ、そこで父と同じ戦士となるよう育てられた。

 

 だがそんな戦士の求められる動乱の時代は来なかった。アキラもまた、時代からはぐれたのだった。

 

 結果ニートになった。

 

 「町内ボランティアはやってるからニートではない。」

 

 とは本人談。あきらめて普通に働けばいいものを。

 

 「いついかなる時に、緊急事態になるかわからない以上、仕事なんかしてる暇ない!」

 

 とのこと。そのくせ今アイスを買ったお金は鷹山家からのお小遣いである。ツバサとガイも同じくアイスを買って並んで男三人で食べている。

 

 ともあれ、今日の目的は果たされた。母の日のプレゼント、それを各々渡すのだが、ガイとアキラには一見関係ない話。

 

 「じゃ、今日はかいさ~ん!」

 「またね、アキラ。」

 「じゃっ。」

 

 「私たちも帰りましょうか。」

 「そだねー。」

 「・・・。」

 「アキラ?どうかしました?」

 「ネコのエサ買うの忘れてた。」

 「ネコ餌?まだストック無かったっけ?」

 「安いうちに買っておくんだよ。先帰ってろ。」

 

 そそくさとアキラは別行動になってしまった。しょうがないのでガイとミキは再び二人で帰る。

 

 「ただいまもどりました。」

 「ただいま?でいいのか俺?」

 「いいんですよ。先にお母様にプレゼントを渡してきますね。」

 

 そういってまた分かれて、一人部屋に戻るガイ。しばらくすると、家の奥から歓喜の声が響いてくる。いちいちオーバーリアクションなお母様だ。

 

 「見て見てガイ!ミキったら私にこんな素敵な・・・。」

 「お、お母様!恥ずかしいですから!」

 

 なかなか個性的なデザインのシャツを手に、部屋に駆け込んできた女性。ミキの母『マツリ』だ。割と厳しい人なのだが、娘のこととなるとすぐ甘くなる。というか子供のようにはしゃぐ。

 

 「あら、アキラは?」

 「ネコのエサ買いに行ったよ。」

 「そう・・・見せたかったのに。」

 「すぐ帰ってきますよ。それより、お茶にしませんか?ガイも。」

 「さっきアイス食べちゃったから、今はいいや。」

 「そう。」

 

 正直マツリといると疲れる。なのでやんわりとお断りさせてもらい、部屋でくつろいでいると、何者かの気配を感じ取った。

 

 「侵入者か?」

 

 すっと身構えながら、気配のする方へ向かう。

 

 「マツリの部屋・・・?」

 

 今は食堂でミキと一緒にいるはずだから、マツリではない。それに、わざわざ自分の部屋で気配を消す必要もない。

 

 チラリと部屋を覗くが、一見すると誰もいない。物陰に隠れたか、そっとガイは警戒しながら部屋へと歩みを進める。

 

 「あら、ガイ?レディの部屋に勝手に入るなんて、いけないわよ?」

 「ああ、失礼。」

 「ところでその花は?」

 「花?」

 

 戻ってきたマツリがそう指差した先、床の間には花瓶に花が飾られていた。

 

 「そのカーネーション、母の日のプレゼントかしら?」

 「プレゼント?花の?」

 

 ナデシコ科ナデシコ属。ガイにとってはそれ以上でもそれ以下でもない。

 

 ただマツリはそれを見て、嬉しそうな、半分寂しそうな表情を見せた。それに満足したのか、部屋の外にいたアキラはまた音もなく去っていった。

 

 

 花を贈るということは、何か特別な意味があるんだなとガイはその時学んだ。

 

 

 ☆

 

 

 「ってな。親子なのに、こんな不器用な付き合い方したくはないだろ?」

 「え、アキラとマツリは親子だったの?」

 「そうらしい。ずっと後になって聞いた話だったけど。」

 「ふーん。」

 「父が生きていれば、普通の親子としていられたって、アイツは言ってたな。」

 「・・・でもなんでそんな必要があったんだ?」

 「父が亡くなってすぐ、忘れ形見のミキが生まれて、家族を守るためにあえて孤独の道を選んだんだとさ。たった一人、鷹山の武道を継ぐ者として。」

 「そんな必要ないだろ?家族なら助け合えばいいだけの話だろ?」

 「そうなんだろうな。けど、アキラはそうしなかった。ミキもそれを由とした。それだけだ。」

 

 ガイの手元にその武術が遺されていることと、関係があるのかもしれないが、なぜそうなったのか本人に聞くすべはもうない。

 

 なら、ガイもそれに倣って、誰かに継いでいくのが筋だろう。

 

 「ということで、お前には俺の貰ったものをすべて贈る。それぐらいなら、ゼノンとやらも許してくれるだろう。」

 

 『技』であればテクノロジーと違って、具体的な形は残らない。大量生産された兵器ではなく、一人の人間の力で出来ることなどたかが知れている。ならば、世界に影響を及ぼすようなこともないだろう。

 

 「そういえば、こっちの世界では戦争とかあったんだろうか?」

 「じいちゃんがバロンだった頃、キャニッシュ領は今の半分ぐらいの広さだったんだってさ。それが、戦争で隣にあった『フェリス』領と統合されて、今の大きさになったんだって。」

 「戦争で獲得した領土なんだな。」

 「けど、実際のところ西の果ての僻地だから、誰も欲しがらなくってそのままじいちゃんの物になったんだって。」

 「その分、土地を豊かにすることに心血を注げたんだな。」

 

 キャニッシュ領がノメルの国の食糧生産を主に賄っている。食糧輸出でガッポガッポよ

 

 「いい時代にやってきたもんだな。争うことも飢えることもない。」

 「ちょっと退屈なとこもあるけど、楽しいぜ!」

 「セカンドライフにはちょうどいいユルさだな。」

 

 争いはもう飽きた。誰かが傷つくのを見るのはもう見たくない。

 

 

 

 

 『オイ、どうした!仲直りするんだろ、家族と!目を開けろよ!』

 

 

 

 

 自分の無力さを呪うこともない。

 

 「よし、じゃあ技のついでにお前の勉強も見てやるぞ!すでにお前より賢くなってる自信がある!」

 「ならついでに、ガイが追試も受けてくれればいいんじゃないか?」

 「何も技だけが騎士に必要な性分じゃないぞ?攻め方を考えるには地理学が必要になるし、兵力を数えるには数学もいる。」

 

 城攻めには物理学が要るし、社交界では文学も必要になるだろう。

 

 「お前に欠けているのは、騎士道精神の前に勉強しようという心掛けだな。学べ、学んだ分だけ力になる!」

 「勉強嫌いなんだよう!」

 「なら好きになりゃいいだろ。好きなものと紐づけして。」

 「オレの好きなものか・・・やっぱ剣だな!剣振りながら勉強するってのはどうだ!」

 「単純に効率悪そうだが。」

 「お前が言い出したことなんだから、完璧にやってくれるんだろ?」

 

 まあ、出来るけど。言い出したからには着いてきてほしいものだが。

 

 「じゃあさっそく何からやるか!」

 「そうだな、まずは・・・。」

 「お前らそろそろ消灯時間だぞ!」

 「「はーい。」」

 

 夜更かしは体に毒。健康な習慣が健康な体を作る。

 

 「じゃ、おやすみー。」

 「おう、おやすみ。」

 

 明かりを消してベッドに横になれば、そこはもう夢の世界。

 




 設定に整合性を持たせようとすると、今まで描いていたプロットに齟齬が発生する。

 ひょっとして、2000文字程度で毎日更新した方が人気が出る?


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始まりの終わり

 これにてプロローグ完結です


 「アルティマの脊椎動物には、爬虫類から鳥類とは別に進化した『竜類』がいる。磁気嵐によって荒れた気候でも生きられるよう、強固な外殻や内臓を手に入れたような種族がそれにあたる。」

 

 基礎的な学術を纏めたノートを読みあげて、ドロシーに聞かせる。もう片方の手では剣を振るいながら。

 

 「勉強しながら剣も教えろって言ったのはオレだけど、マジでやるかフツー?!」

 「出来てしまったのは仕方ない。」

 「さらっとやってのけやがって・・・。」

 「お前の打ち込みが単純なんだよ。」

 

 歩みのステップを合わせるだけで、剣戟のパターンも合わせられる。これではむしろガイの方が勉強してるような感覚になる。

 

 「その生態は様々で、恐竜のように地を走る地竜種、首長竜のような海竜種、空飛ぶ空竜種など様々。主に大陸南部の暑いところに生息しているらしい。冷血動物らしいな。」

 「サメルでは家畜のトカゲウシとかも多いぜ。硬いけど歯ごたえあってうまかった。」

 「大型のやつらは火を吐いたりするそうだけど、食って大丈夫なのかな。」

 

 いわゆる『ドラゴン』であるが、魔法や科学によって人為的に生み出されたというわけではなく、自然の進化によって得た形質らしい。それも全部磁気嵐による飛躍的進化によるもだろう。

 

 「その磁気嵐ってなんなんだ?オラッ!」

 「おっと。俺もここが一番気になっていたところだ。」

 

 大陸が一塊になった大変動のきっかけ、それは北極点が破壊され、地球の磁場がバランスを失ったことに始まる。破壊された極点の磁気金属が、世界中に散らばって、電磁波を生み出している。特に大陸の境目では、文字通り磁石となって大陸をくっつけているらしく、その辺りは特に磁気嵐が強いようだ。

 

 「さて、物理学はこのあたりにして、次はゼノンの話をしようか。」

 「おっ、逆手持ちとは邪道な!」

 

 ゼノンの能力とは、言ってしまえば電気を発生させる能力。白兵戦において一定のアドバンテージを稼げるほか、ゼノン教団員には専用の武器を持つことを許可されている。

 

 「俺も最初はお前の能力でハンディサイズのレールガンでも作ろうかと思ったけど、ゼノン教団がそういうのまとめて禁止してるんだわな。」

 「ゼノンの銃剣超欲しいけど、教団に縛られるのはイヤなんだよなぁ。」

 「だろうな。専用の学校に行かされるらしいし。徹底的に手ごまにするつもりだぜ。」

 

 一般的な兵士が騎兵かよくてマスケット止まりなのに対して、ゼノンの騎士はライフルを装備しているものと思えば、その差は一目瞭然。

 

 「ただゼノンの支配も盤石ではない。ゼノンの手が回っているのは、主にノメルと、それからサメルの一部地域だけ。その外に出ちゃえばゼノンも手を出さないだろう。」

 「でもそうなると、バロンになるって夢がなぁ。」

 「まあな。考えの一つとして念頭に置いておこう。」

 

 いったん話を終えたガイの振るう剣が、ドロシーの剣を叩き落とした。

 

 「だー!負けた!」

 「力で押しすぎだ。ベクトルが一方向にしか向いてないなら、いなすのもかわすのも簡単だ。」

 

 「もうすぐ春休み(チュートリアル)も終わるけど、準備はいいのか?」

 「問題ねえぜ、ドロシーはやれば出来る子ですよ!」

 「普段からそれぐらいやる気を見せてくれればいいのにね。」

 「おっ、エリーゼ。」

 「考え方が変わってきてるってことか。それもまた成長じゃない?」

 「目覚ましい成長に喜ぶべきなのか、それとも私たちの力不足を悲しむべきなのかしら。」

 「ドロシーにはそっちの方が会ってたってことさ。」

 「えっへん!」

 「確かに、ドロシーはお母様の、ヘレン叔母様に似ていますからね。叔母様も昔は世界を旅したりしていましたわね。」

 「へー、アクティブ。」

 「今もたまに出かけてるぜ。つっても、里帰りみたいなもんだけど。」

 

 あとで聞いたところによると、ヘレンの実家はサメルで海運商をやっているらしい。大陸の境目には壁のような山脈が出来上がっていることが多く、海路による輸送は非常に大きなリソースとなっているらしい。惜しむらくは大航海時代のように、新大陸を見つけに行こうなんてロマンが無いことか。

 

 「その辺りの話も今度聞きたいな。おじいちゃんについても、もうちょっとよく知りたい。」

 「でしたら、今お話ししますわ!『光の人』のお話を!」

 「光の人?」

 「エリーゼまたそれかよ。」

 「光の人のお話はいつ聞いてもいいんです!」

 「エリーゼが語りたいだけだろ?オレなんかもう耳にタコだね。」

 

 『光の人』という単語にガイは不思議そうに首をかしげる。その反応に気を良くしたのか、エリーゼは強く声を張り上げる。

 

 「そう、光の人ですわ!かつてこのアルティマで、無敵の強さを誇った超人ですわ!悪を薙ぎ、魔を打ち払い、厄災から人々を救ったという伝説の英雄・・・!」

 「超人・・・それってゼノンとは違うの?」

 「さあ、なんせじいちゃんの昔話でしか聞いたことないからなあ。」

 「おじいちゃんは実在した人なんですから、光の人だって実在します!」

 

 まるでおとぎ話のヒーローを信じる子供のように、純粋に光る眼でエリーゼは語る。

 

 たしかに歴史の勉強もしてきたが、そんな超人についての記述はなかった。ちなみに人種としてのゼノンの存在が公に出てきたのはここ50年ほどの話。教団がゼノンを管理し始めたのはさらに5年ほど後になってからで、そこから急速に支配力を強めていった。

 

 ノメルは50年前までは戦国時代にあり、様々な諸侯が鎬を削っていた。現在そんな争いの気配を微塵も感じられないのは、教団が力を握り、それを諸侯も容認しているから。諸侯、諸国はゼノンの存在を見張り、ゼノンは管理する。あたかもお互いに見張りあう形になっているわけだ。

 

 閑話休題。エリーゼはとにかく嬉しそうに光の人について語りつくした。ドロシーは半ばうんざりとしていたが、ガイはふんふんと真剣に聞いていた。

 

 「どうですか?面白いでしょう?」

 「ホント好きだよなー、エリーゼは。」

 「実に・・・興味深い話だった。」

 「そうでしょう?そうでしょう!いつか会ってみたいですわ・・・。」

 

 大人らしく振舞うエリーゼも、この時ばかりは年相応か、それ以下のように笑顔綻ぶ子供のようだった。

 

 「いずれ、おじいちゃんのことも含めて聞かせてほしいな。」

 「ええ、もちろんかまいませんわ!むしろ今からお聞かせしましょうか?」

 「いや、コイツ(ドロシー)の勉強もあるし。今日はいいや。」

 「・・・勉強するかじいちゃんの話きかされるかって言われたらなぁ。」

 「おい?」

 「冗談、ちゃんと勉強するぞオレ!」

 

 

 ☆

 

 

 「テストの結果返すぞ。ドロシー、72点。」

 「よっしゃー!過去最高点!」

 「それはもうちょっとがんばれよ。」

 

 数日後、追試は予定通り行われ、結果ドロシーは無事通過と相成った。

 

 「いや、それでもよくがんばったと思う。やれば出来るじゃないか!」

 「えへん!」

 「カンニングとかしてないよな?」

 「ひでえ!」

 

 「次にガイ、100点。」

 「えっ。」

 「勉強になった。この世界について基本的なことも知れたし。」

 「このまま模範生なってくれれば有難い。ウチのクラスは問題児だらけだからな。」

 「ちょっと待てーい!100点だと?!」

 「言っとくがカンニングはしとらんぞ?」

 「アッ、まさかドロシーがガイのカンニングを?」

 「してねえよ!」

 

 不思議とガイはこういうことが卒なくこなすことが出来る性分だった。

 

 「まっ、いいや。終わったんだし遊ぼうぜー!」

 「まだだ、間違えたところの復習が必要だ。」

 「うへー!」

 「もうひと踏ん張りしな。俺は図書館行ってくるけど。」

 「はくじょうもの~!」

 

 その足で宣言通り図書館へと赴く。もうすぐ春休みも終わりとなると、やがてはこの人のいない廊下にも活気が出てくることだろう。それまではど真ん中を歩かせてもらおう。

 

 「どうも。」

 「こんにちは。」

 

 図書館に入ればまず目につくのは、カウンターに座る司書のリーン先生。

 

 「追試は終わった?」

 「ええ、ドロシーも無事に通りましたよ。」

 「その言い方、あなたが通るのは予定調和だったようね。」

 「当然、賢いですから。」

 

 気さくに話しかけてくる、というより語りかけてくるリーン先生。その表情は相変わらず眉一つ動かさない人形のようである。

 

 「今日は何がご入用?」

 「この地域の歴史が知りたい。」

 「でしたら、これがちょうどいいわ。」

 「ん、用意していたかのように。これは?」

 「ダイス・キャニッシュの日誌。」

 「日記?」

 「あなたは、まさにあの人が想定していた読み手だから、読んでみるといいわ。」

 「あの人、ね。わかった借りていく。」

 

 1ページ捲ってみてその理由がすぐに分かった。それをじっくり読んでみたくなったガイは、足早に外へ出て行った。

 

 

 

 ☆

 

 

 「ここにいましたのね。」

 「うん?エリザベスか。探しに来たのか?」

 「ええ、もうすぐ日が暮れますよ。」

 

 いつの間にか陽が陰ってきていたのに、ガイは気づかなかった。それはここが元からかなり明るい温室だからというのもある。

 

 「そんなに面白かったですか、その本?」

 「読みふけってた。非常に興味深い内容だった。」

 「それ、おじいちゃんが書いたんですよ。」

 「そうか・・・やはりそうだったのか。」

 「ええ、リーン先生から薦められたのでしょう?」

 

 このダイス・キャニッシュという名前には聞き覚えはなかったが、内容からその人柄を読み取ることが出来た。

 

 「おじいちゃんがこの世界にやってきて間もないころから、欠かさずにつけていた日記だそうです。」

 「相当波瀾万丈な人生だったらしいな。」

 「でも、そのおかげで私たちは生きているんです。この土地も、民もみんな。」

 「・・・幸せだったろうか。背負い過ぎちゃいなかっただろうか。」

 「・・・幸せでしたよ。最後そう言ってくれました。」

 

 エリーゼは指輪を見せた。片時も離れることのない、一つの指輪。それに、もう一つの遺品であるキーパーツも見せた。

 

 「そして遺してくれました。この世界を守っていける力と意思をも。」

 

 キーパーツ。使い道のわからない、金属の円筒。

 

 「記憶媒体・・・とかでもなさそうだけど。触ってもいい?」

 「どうぞ。使い方がわかるのなら。」

 

 キーとつくからには何かの鍵なんだろう。どこに、どう使うかは見当もつかないが。

 

 「中は空洞のようだけど・・・ちょっとわからないかな。」

 「そうですか・・・。」

 「ところで、この本に出てくる『石碑』というのは?」

 「ああ、そこです・・・その石碑がまさにそうです。」

 

 キーパーツを返して、示された温室の中央に目を向ける。確かに石碑がある。

 

 「そうか・・・。」

 「おじいちゃんは、最後はここに腰かけてました。」

 「この石碑は・・・そうか。」

 

 その表面を触りながら、ガイはぶつぶつとつぶやく。その姿に、どこか祖父の面影をエリーゼは見た。

 

 「・・・後で戻ってきてくださいね。待ってますから。」

 「ああ、先に行ってて。」

 

 いかんいかんとエリーゼはそっぽを向くと、この場を後にすることにした。このままでは、いつ涙が零れてしまうかわからない。

 

 ガイはエリーゼが行ったことを気にもせずに、思考を続けた。

 

 そしてひとつの結論を導き出す、

 

 「これを残したという事は、お前は生き残っていたんだな・・・ツバサ。」

 

 日記をもう一度読み返す。そこには確かに、あの素直になれない弟のようなあいつが生きているのを見た。

 

 日記の最初のページ、目録の前には『あの日』、『大消滅』が起こった時に消えていった人たちの名前があげつらえてあった。その一人一人を記憶するように、ガイは指でなぞっていた。



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授業開始?

 「ということで、今学期からこのクラスに転入してきたガイだ。みんな仲良くするように。」

 「よろしく。」

 

 短い春休みが終わり、新しい生活がスタートした。ガイはその中で新顔として迎え入れられる。

 

 「あらイケメンじゃないの。」

 「ええなぁ、華があるやん。」

 「お前と違って?」

 「なんかゆーたクリン?」

 「いんや。」

 

 一部屋10人ほどの少数のクラスだ。まず声を挙げたのは『ゲイル』、見ての通りオカマだ。二人目、『サリア』はドロシーの母方の実家と同じくサメルで海運業をしている。サメルでは関西弁が標準語らしい。そして3人目は『クリン』、憎まれ口をよく叩くなかなかの男前。

 

 「ではガイは空いてる席へ。さっそく授業にするぞ。」

 「えー、今日始業式だったろ?」

 「ただでさえ遅れとるんだ!ウチのクラスは!」

 

 やれ飼育係の動物が暴走しただの、実験中に謎の毒ガスが発生しただので、デュラン先生のクラスは非常に遅れている。むしろ問題児ばかりかき集めているまである。

 

 「ようこそ我が学園の吹き溜まりへ!僕はパイル、よろしくね!」

 「ああ、よろしくパイル。ガイだ。」

 「ガイはどこ出身なんだい?僕はアフラ大陸のルージアって国から来たんだ。」

 「多分言ってもわかんないだろうから、適当に想像しといて。」

 

 隣の席になったのは『パイル』。おしゃべりなやつだが、社交的だ。退屈はしなさそうだ。

 

 「それではノートを開け。まずは板書からだ。」

 

 あー、こりゃクソツマンネー授業の予感。さっそくドロシーが野犬のように唸り始めている。

 

 「グルルルルル・・・・。」

 「んもー、ドロシーちゃんどうどう。」

 

 果たして一つのクラスに二人もオカマが必要だっただろうか?比較的ソフトなほうのオカマが『カルマ』。このクラスで唯一ドロシーを女の子扱いしている。

 

 「せんせんー!ツマンネー!」

 「俺の人生はつまらなくなんかない!」

 「じゃなくてもっと面白い授業しろー!」

 「そんなもん俺が聞きたいわ!」

 「じゃあ、ガイ!」

 「イヤな予感。」

 「なんか面白い授業しろよ!」

 「俺先生じゃないし。スピニングトーホールドのかけ方ぐらいしか教えられないぞ。」

 

 

 ☆

 

 

 (今日のスピーチも、なかなか上手くいったと思いますわ。)

 

 先の始業式で祝辞を述べたエリーゼは、学園内を見回りがてら見物している。廊下ですれ違えば誰もが会釈ないしは挨拶することから、大変慕われていることも伺える。

 

 敬愛するおじいちゃんの期待に応えられるよう、模範生として、この学園を守るのがエリーゼの仕事だ。

 

 「さて、ドロシーたちは真面目に授業を受けているかしら?」

 

 あまり気は進まないが、定期的に見に行かなければ何をしでかすかわからない。というか現在進行形で騒がしい。

 

 「これがっ、コブラツイスト!」

 「ぎゃひぃいいいいい!」

 「そして、発展形の・・・。」

 「なにをしていますの?」

 

 「ほんと何してんだろな。」

 「ゆーてクリンもノリノリやったやん。」

 

 現在、ドロシーがプロレス技のキレを全力で味わっている。ついでにデュラン先生はそのへんに転がっている。

 

 「いやー、これは違うんだよエリーゼ。」

 「なにが違うというのですか。」

 

 「ほんとだよ。」

 

 「その技は、昔おじいちゃんが使ったという卍固めではありませんこと?」

 「あ、わかる?」

 

 「そっちかい。」

 「クリンうるさーい。」

 

 そうだろうな、そもそもプロレス技を習ったのがそのエリーゼのおじいちゃんである、ツバサからなのだから。ツバサもプロレス好きだった。アキラは『所詮ショーだ』って言ってあんまり好んではいなかったが。

 

 「って、そうではなくて、なぜ先生まで倒れているんですの?」

 「はやくギブせーへんから。」

 「先生ったら強情なのよんもー。」

 

 「とにかく、私は先生を医務室へ運びます。」

 「私も運ぶわ。」

 「あっ、オレも行くー。」

 「ウチもウチも。」

 

 「全員で行ってどうするんだよ。」

 「こりゃあ、また(・・)自習コースかな?」

 

 自習、すなわち自由行動。まじめに勉強するものがいるはずもなく、こうしてまた授業は遅れていくのだった。

 

 「おっしゃー、ちょっと早いけどメシにしよーぜー。」

 「ドロシーは校長室へ。」

 「m9(^Д^)プギャー」

 「あなたもですガイさん!」

 「えっ。」

 

 ものすごい意外そうにガイは驚いた。

 

 「模範生になってくれると思ったら、まさか一番の問題児になるなんて・・・。」

 「いやいや、まだ初日なのに決めつけて頂いては困るな!」

 「じゃあ、明日からは大人しく出来る?」

 「誰かに求められる限りは、俺は最高のパフォーマンスをしなければならない。」

 「だってさ。」

 

 エリーゼは頭を抱えた。

 

 そうしてやってきたのは、中央塔の一番上の階にある校長室。厳かな雰囲気の扉が待ち構えている。ノックしようとエリーゼが近づくと、ひどく軽快に扉が開く。

 

 「あら来たのねエリーゼ。ドロシーもガイもいらっしゃい。今日はいいお茶が入ってるわよ。」

 「わーい。」

 「わーい。」

 

 「そうそうそう。今日のエリーゼのスピーチ聞いてくれたかしら?前日はまでよ~~~~~~く推敲していたのよこの子ったら。ほんとカワイイんだから。」

 「お、お母様!?」

 

 エリーゼは頭を抱えた。

 

 「なんかすごいデジャブを感じる。」

 

 そんなこの人がエリーゼのお母さん、キャニッシュ私塾の現・校長を務める『アイーダ・キャニッシュ』。やはり親子というのはどこの世界でも同じなのか。

 

 「お母様、そんな話じゃありませんわ!」

 「あら、じゃあ今日はなんのお話の日だったかしら?」

 「ガイが卍固めを使った。」

 「そう、そうなんだけどなんか違う!」

 「まあ懐かしいわね、ヘレンが夫婦喧嘩で使っていたのを見たことがあるわ。」

 「そんな珍しいか?って、ショーじゃない限り使わんわな、プロレス技なんて。」

 

 ショービズはそこまで発展していないらしいし。コロッセオぐらいなら探せばあるかもしれないが。

 

 「そうではなくて、いきなり問題行動を起こされては困るというお話です!」

 「あら、そうだったの。」

 「そうだったのか。」

 「そうなのか。」

 「んもー!」

 「まあまあ落ち着きなさいエリーゼ。そうねぇ・・・二人とも?」

 「はい?」

 「なに?」

 「あんまりオイタをしちゃ『めっ』よ?」

 「はーい。」

 「はーい。」

 「はーい、この話おしまい。お茶の続きにしましょう。」

 

 エリーゼは泣きたくなった。

 

 

 ☆

 

 

 「それじゃあ、あなたたちは戻りなさい。くれぐれも、エリーゼを泣かさないようにね。」

 「はーい。」

 「さいならー。」

 

 「さてさてエリーゼちゃんは、彼のことが気になるのかしら?」

 「そういうわけじゃないわ。ただ・・・。」

 「うんうん、似てるものね、おじいちゃんに。」

 「お母さんもそう思う?」

 「うん、特にあの目とか!おじいさまそっくりだと思う。・・・懐かしいわ。」

 

 「けど、あの人はあの人、おじいさまはおじいさま。同一視するべきではないと思うわ。一緒にしちゃったら、あの人にもお父さんにもきっと失礼になるわ。エリーゼはあなたの思うように、あの人のことを考えてあげるといいわ。」

 「・・・、その結果が、今日の有様なのですが。」

 「それはきっと、あの人もこの世界に来たばかりで、まだ右も左も掴めていないんだと思う。正しいことを教えてあげるのが、先輩のやることじゃない?もちろん先生も、だけど。」

 「私、自信ないな、なんだか。」

 「大丈夫!きっとうまくできるわ。だってエリーゼだもの。エリーゼが『お願い』すれば、誰でも言うこと聞いちゃうわ。」

 

 母は強し。一度に二人の心情を察し、娘にアドバイスを贈った。

 

 外に出れば、生徒は皆解放されて思い思いの方法で午後をエンジョイしていた。

 

 その中を、エリーゼは彼の姿を追っていた。図書館にいないとすれば、やはり温室だろうか。果たしてそこに確かにいた。中央の碑の前でうずくまっていた。

 

 「今度は何をしていますの?」

 「いや、やましいことは何もしていない。」

 

 エリーゼがやってきたことに気づくと、ガイは立ち直って向き合う。

 

 「まあ、その、なんだ。さっきはすまなかった。言う相手が違う気がするが、ともかく反省している。」

 「はぁ。」

 「・・・求められるとつい応えてしまう体質なんだ。生まれついての癖でな。なんでもかんでも言われるがままなのは、いけないことだと言われたんだが。」

 「そうですか。」

 

 表情を見れば、本当に申し訳なさそうにしているのはわかった。それにしても、なんと迷惑な体質なのだろうか。うまくコントロールしてやらなければと思う。

 

 何か後ろめたいことがある、むしろ何かを隠しているようにも映ったけれど、さすがにそんなところを突くのは失礼だろう。この話はやめにしよう。

 

 「考えれば考える程、そのおじいちゃんと、俺は面識があると考えて間違いないと思う。」

 「えっ?!本当ですの!」

 

 冗談だとかは端から考えなかった。今までの点と点の疑惑が、線の確信に繋がった。

 

 「では、おじいちゃんと家族・・・だったんですか?」

 「違う。会ったのはほんの半年ほど前のことになる。俺にとってはだが。その内話すこともあるかもしれないが、とにかく今は言いたくない。」

 

 逃れえぬ運命、振り切れぬ過去、ガイの心には黒いものが漂っている。が、そこへ一陣の風が舞い込む。

 

 「おーいガイー!さっきの続きおしえてー!」

 「・・・悪いが教えられなくなってしまった。」

 「なんでだよー!エリーゼがなんか言ったのか?」

 「そういうことだ。先輩に言われたからには従うしかない。」

 「なんだよー、じゃあさ、また剣教えてくれよ!」

 「今からじゃないとダメか?今俺ナイーブなんだけど。」

 「そうか、ナイーブなのか。じゃあ後でいいや。ほら、エリーゼも行こうぜ。」

 「えっ、でも・・・。」

 「一人になりたいって言ってんだから、一人にさせてやろうぜ?」

 「・・・そうですね、ごめんなさい、ガイさん。」

 「いや。」

 

 果たして計算してやっているのか、それとも天然なのか、ともかくドロシーの存在に二人は救われた。

 

 「ここでじっとしてても、どうにもならないか。」

 

 二人の背を追うことにした。

 

 過去は過去として、自分は未来を向いていなければいけないのだから。



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始まりの夜に

 「ちょっとちょっと、ドロシー?」

 「なにサリア?」

 

 ある日の休み時間のこと。皆がいつも通りに過ごしていると、訛りがかった口調の少女がドロシーを呼ぶ。

 

 「ガイって、ドロシーの知り合いやねんな?」

 「そうだよ、オレが異次元から召喚した。」

 「へ?なんやて?」

 

 おおらかな性格のサリアも、さすがにドロシーの唐突な電波発言に呆気にとられた。横で耳をそばだてていたクリンも驚いて顔を向き直る。

 

 「だから、オレが召喚したんだって、異次元から。」

 「ハハッ、ナイスジョーク。」

 「ウソじゃないんだって、図書館の禁術書庫から借りてきた本で・・・。」

 「はいはい、わかったわかった。」

 

 噂話は好きだけど、胡散臭い話は話半分に。

 

 「なんの話してんだ?」

 「あっ、ガイ。お前もなんか言ってやってくれよ。」

 「せやせや、ドロシーが、アンタが異次元から来たなんて言うてんねやけどな、冗談やろ?」

 「ん?俺が来たのは過去からだ。少なくとも万単位以上の年月が経過している。」

 「あれ、異次元とどっちなん?」

 

 「つまり違う世界ってことだろ。」

 「まあな。」

 

 その点に関しては間違いなくイエスだ。

 

 「ま、ええわ。異次元やろうと過去やろうと変わらへん。ガイの住んどったとこって、どんなとこなん?」

 

 その瞬間、ガイの纏う空気が変わった。

 

 「聞きたいか、俺のいた場所のことを?」

 「えっ、あっ、うん。一応。」

 「なら話そう。あれはまだ窯の底にいた頃のこと・・・。」

 

 「出来れば直近の話がよかったんやけどな。」

 「なにがそんなに琴線に触れたのか。」

 

 

 ☆

 

 

 

 発展の最先端、未来のテクノロジー、聞こえはいいがその実態は、地球と人類の寿命をすり減らすが如く。壊れたプリンターのように無節操に、無制限に吐き出し続ける、ここは『大門研究所』。都心から離れた、山々に」もほど近い、大きな研究所だ。

 

 「無限なんてものはありはしない。使っていればいつかはなくなる。だからそうなる前に・・・。」

 

 この日、すべてが始まった。いや、16年前からこの日が来ることはわかっていた。自らの愚かしさに気づくまで、準備完了するまで、それだけ時間がかかってしまった。

 

 「なにをするんだ、玄木。」

 「キミをここから連れ出す。その迎えがもうすぐここへ来る。」

 

 永らく会っていない自分の息子ほどの歳の子から、今の状況を簡潔に聞かれる。彼には、外の世界、本当の地球でこそ生きていてもらいたい。

 

 「そこではなにをすればいい?」

 「キミは、一人の(ガイ)として生きるんだ。仲間と共に。」

 

 仲間、究極の『個』であるガイにはその概念がわからなかった。

 

 

 

 玄木が手に持った端末にメッセージが入る。時間だ、『彼』が来た。地上階から人がいなくなる夜、それが最安牌。

 

 

 赤いフードを被った小柄な男が、廊下の真ん中を歩いている。そのラフな恰好には合わない、ひどく無機質な施設の中を、迷うような素振りも見せずに堂々と。

 

 

 「地下、地下ねえ。エレベーターでも探すか。」

 

 当然その男は、この研究所の人間ではない。にもかかわらずこんな場所にいるのは、呼ばれたからに他ならない。

 

 首尾よくエレベーターの前までやってきたが、そのエレベーターは上階にしか向かわない。ふむ、と少し考えると、手近な通気口へ潜り込むと、直接エレベーターシャフトに侵入した。

 

 「結構あるな。」

 

 下へは、目も眩むような竪穴が繋がっていた。だが驚きこそすれ、ワイヤーや壁の突起を足掛かりにしてするするとヤモリのように降りていく。

 

 地下20階ほどの高さで、また通気口を見つけたのでそこに潜り込み、また廊下へ戻る。同じような雰囲気だが、今度は人の気配を感じる。

 

 それだけでなく、なにかおぞましい、獣のような、不安を感じさせられる気配もあった。番犬でも飼っているのだろうか。

 

 「これは・・・。」

 

 番犬というには、あまりにも既存の生物とはかけ離れた怪物、それが大きな試験管の中で蠢いている。生物学には明るくないが、目が4つあって、口が縦にも裂けている獣というものは知らない。

 

 「うええ、早く出るか。」

 

 目的の人物を見つけて、仕事を完遂する。それがいつものこと。そう、16年前のあの日から、この生き方を決めていた。

 

 「アキラ君、来てくれたか。」

 「おじさん・・・久しぶりだね。」

 

 男、アキラは玄木ととうとう会えた。

 

 「それで、そっちは?」

 「ああ、この子が依頼の・・・ガイだ。」

 

 玄木の紹介にもどこ吹く風で、電灯と天井をぼんやりと見つめている、

 

 この選択の『自由』も無ければ、行動の『責任』も持たない、人間として不完全なガイを、玄木は外へ連れ出したかった。

 

 「彼は・・・『空白』な状態なんだ。右も左も判らないだろう。キミが教えてあげてほしい、人間というものの、そのすべてを。」

 「それは構わないけど、あなたは?」

 「私は、まだここでやらなければならないことがある。」

 「じゃあそれが終わったら合流するということで。」

 「合流?」

 「こっちはツバサたちからの依頼。おじさんが見つかったら、連れて帰ってくるって言う。」

 「ツバサ・・・。」

 

 アキラの目の前にいる男、玄木リュウジ。ツバサとハルカの父。滅多に家にも帰ってこないが、とても優しい人間だとアキラは記憶している。

 

 「・・・それは出来ないかもしれない。」

 「何故?」

 「言っただろう、私にはまだやるべきことがあると。」

 「家族に会いに行くより、大切なことなんてあるの?」

 「地球と人類の未来に関わるんだ。そのためにここを破壊しなければならない。」

 「破壊工作ならまかせて。なんせ作るのは苦手だけど壊すのなら得意だし。」

 「いや、キミにはこの子を連れ出すことを優先してほしい。必ず私も追い付く、心配ない。・・・子供達には、私だって会いたいさ。」

 「・・・ならいいんだけど。」

 

 この施設のヤバさは、アキラにも判っていた。やってくれるというのなら、それに越したことはない。が、アキラにとってはこのよくわからんヤツの護衛よりも、ツバサたちからの依頼のほうが重かった。

 

 「ぷい~。」

 「おい、勝手に行くんじゃねえ」

 「非常口ならこっちだぜ。」

 「あっ、そう。」

 

 ならばついていこう。この施設の見取り図とか知らないし。

 

 『緊急事態コードレッド!セキュリティは直ちに出動せよ!繰り返す!』

 

 「おい!もうバレたじゃねえか!」

 「あっれー?」

 

 壁に備えつけられた赤いランプが点灯し、けたたましくサイレンが鳴り響く。廊下の向こうから、武装した人間が数名やってくる。

 

 『侵入者は「00(ゼロゼロ)」を連れている模様!指示を求む!』

 

 「遅いわっ!」

 

 一足飛びでアキラは武装集団に近づくと、あっという間に蹴散らしてしまった。

 

 「おー。」

 「さっさと逃げるぞ。どっちだ?」

 「あっち。」

 

 道すがら、行く手を塞ごうとする連中を再びボコにしながら、研究所の中を突っ切る。

 

 その様子を、監視カメラ越しに見据える人物がいた。

 

 「何者か知らないが・・・『我が子』を連れ去ろうというのなら、『実験体』を出したまえ。」

 「し、しかしあれはまだ知能に問題が・・・。」

 「今からテストを開始するのだ。」

 

 ひときわ大きな椅子に座る白衣を着た男が指示を出すと、実験室の試験管から液体が引いていく。そしてガラスが開くと、中から先ほどアキラが見た四つ目の獣のような生き物が、獲物を求めて動き出した。

 

 しばらくして、それはアキラたちとぶつかった。そこに至るまでに、研究員を無差別に襲っていたことが、口元の肉片が物語っている。

 

 「なんだ、あれは?」

 「実験体No.117、通称『ティンベロス』。」

 「名前じゃなくて特徴。」

 「舌を伸ばして攻撃してくる。」

 「それはもうわかった。」

 

 弾丸のように顔を狙ってくる舌を最小限の動きでかわすと、アキラは手刀でその舌を叩き切った。ティンベロスは口から血を吹き出しながらもんどりうって倒れた。その死体を踏み越えながら、次々に仲間が、花弁のように4つに裂けた口で襲い掛かってくる。

 

 「狭い通路、避けるのは無理だな。」

 

 アキラは壁に生えていたパイプを引き千切ると、ティンベロスを田楽刺しにする。それにも構わず向かってくるとところを見ると、戦闘本能しか持っていない、生物兵器そのものだとわかる。

 

 そうして身近なものを手当たり次第投げつけていると、じきに攻撃の手も止んできた。

 

 「よし、行くぞ。」

 「おう。わかった。」

 

 

 「やはり、あの程度では調整不足か。いやそれとも、あの侵入者が強すぎるのか。どちらにせよ、No.117の研究は改めねばならんようだな。」

 

 失望の眼差しを、血に塗れた監視カメラの映像に向ける。ティンベロスの実験体は、残りあと1体になってしまった。これはもう研究の価値は薄そうだ、この際すべて破棄してしまおう。

 

 「それにしても・・・キミには失望させられたよ玄木君?」

 「くっ・・・。」

 「00はキミが特に気にかけていたではないか?それをどこの外へやろうなどとは、理解不能だね。」

 

 取り押さえられた玄木が、白衣の男の前に連れてこられる。

 

 「侵入者もキミの手の者かな?」

 「その質問に答える義理はない、『大門所長』。」

 「ふん、話したくないのならばそれでもいい。許してもあげよう。キミにはまだ利用価値がある。」

 

 「正確にはキミの頭脳には、だが。」

 

 

 

 研究所の非常口の階段を、地上へ向かって昇っていくアキラとガイ。二人を追ってくる者はいない。

 

 「・・・。」

 「なに?なんか顔についてる?」 

 「お前じゃない。おじさんホントに着いてくるんだろうか?」

 「玄木はこの研究所の原子炉を破壊するつもりだ、すぐには来ない。」

 「なっ?!」

 

 原子炉だとか恐ろしいものが聞こえたが、驚いたのはそこではない。

 

 『大門研究所』、時代の100年先を行く技術を次々と生み出しているというのは、世間ずれを起こしているアキラも知っていた。その裏に、兵器製造などで黒い面でも暗躍しているということも。

 

 「あとこれ、玄木に渡された。」

 「手紙?まあいい、今は読まなくていい。後で迎えに行った方がいいか。」

 「今から行く、とは言わないんだな。」

 「今はお前を外に連れ出すのが、おじさんからの依頼だからな。」

 

 手紙を懐に仕舞いこむと、再び地上を目指して足を動かす。

 

 ようやくして、天辺の鉄扉へと行き着いた。錆びついているのか、施錠されているのかはわからないが、ギギギッと重い扉を押し切ると、外の空気が顔を撫でる。

 

 出た場所は、また人気のない廃屋の中だった。土埃が積もっていて、誰も来ていないことが容易に想像できる。

 

 「こっから山を降りる。敵もその内をここを嗅ぎつけてくるだろうし、急いだほうがいいだろう。」

 「だろうな、じきにティンベロスもやってくる。」

 「あれがまだいるのか?」

 「あと一匹いる。」

 「なぜわかる?」

 「俺が作ったものだから。」

 

 その発言に、アキラはガイの顔を見る。そこにはさも当然と言うような、一切躊躇いのない表情があった。

 

 「お前・・・。」

 「ティンベロスだけじゃない。大門の作ったもののほとんどは、俺が作った。」

 「お前も、科学者だったのか?」

 「想像に任せる。」

 

 なぜそうも、涼しい顔をしていられるのか謎だった。自分が作ったものに、何の感想も持っていないような、無関心さすら覚えた。

 

 その時、パラパラと頭に土埃が落ちてきた。

 

 「なんだ?」

 「来た。」

 

 ドシン、ドシンと地面を揺らしながら、それはやってきた。

 

 先ほど廊下で見たティンベロスを、そのまま10倍ほどに拡大したような巨大な姿。それだけでなく、頭には金属の機械が埋め込まれ、自重から脚を強化するアーマーを四肢に着けた怪物が、廃屋の屋根の隙間から漏れた月光に照らされてそこにいる。

 

 「こんなのまでいたのか!」

 

 アキラは身構えると、巨大ティンベロスは口をワッと開いて咆哮する。そしてその喉から、赤々とした炎が噴き出す。

 

 「あぶねぇ!」

 「うぉっ。」

 

 

 その様子を、小型ドローンのカメラが監視している。

 

 「バカな!00ごと殺す気か!」

 「あれはもういらん。必要な情報は引き出せた。」

 

 大門所長は冷徹に言い放つと、ティンベロスにさらに指示を出す。

 

 「『必ず殺せ』。」

 

 

 火の手は廃屋を包み、アキラたちの逃げ場を遮る。

 

 「クソッ、こうなったらやるしかねえ。」

 「勝つつもりでいるのか?」

 「もとより、そのつもりだ。俺は生きる。」

 「生きる?」

 「生きて帰る。おじさんも、お前も連れて。」

 

 ティンベロスがこちらを向く。牙を剥いて、脚を踏み出してやってくる。

 

 アキラも手首から短刀を取り出すと、向かい合う。隙を窺うと、ティンベロスの足の腱を切りつける。

 

 「硬っ、だが、血が出るな。」

 

 血が出るなら殺せる。アーマーで硬いところは無理でも、柔らかい部分ならば。例えば舌とか。

 

 図体が大きくとも、その動きは読める。アキラは苦も無く接近できた。

 

 「ええい、ならば先に00を殺せ!」

 

 新しい命令が、ティンベロスの脳に埋め込まれたバイオチップに送られてくる。

 

 無意識にその目が、ガイに、自分の創造主に向けられ、空中でその視線が交差した。その時初めてティンベロスは逡巡した。

 

 「どうした!殺すのだ!そいつを踏みつぶせー!」

 

 命令に苦しむティンベロスの前足が、ガイを蹴り飛ばした。ガイは壁に叩きつけられ、動かなくなった。

 

 それから、ティンベロスは狂ったように暴れ始めた。バイオチップの負荷によって、脳がショートしたのだった。

 

 「くっ、もう滅茶苦茶だ、コイツ!」

 

 唾液を垂らしながら、強靭な鞭を振るうように舌が壁や天井を破壊して回る。瓦礫が倒れたガイにも降りかかり、アキラはかばいに行く。

 

 「くそっ・・・これは・・・ヤバい・・・。」

 

 肩を損傷したアキラの前に、狂った獣が襲い来る。

 

 

 ☆

 

 

 

 「おっ休み時間終わるな。」

 「ええーっ!?ここで終わりかよ?!」

 「そっからどうやって助かったん?」

 「また今度な。」

 「お前ら席につけー。」

 「歯切れの悪い終わり方だな。」

 「今度今度。」

 

 その今度がいつになることか。そもそも、話題としては生活様式の話だったはずなのに、全然違う話題をしていた。

 

 「ガイ、今の話って本当だったのか?」

 「なにが?どこが?」

 「その、兵器を作ったとかの話、とか。」

 

 ドロシーが不安げな表情で聞いてくる。サリアもうんうんと頷き、クリンも声には出さないが視線を向けてくる。

 

 「嘘は言っていない。」

 「そっか、オレそんなこと知らなくって、それなのに色々無茶言ってたんじゃないかって。」

 「知らないのだから仕方のない話だろ。俺も当時は何も知らなかった。」

 

 何も知らぬまま、ただ求められる限りに技術を生み出してきていた。その結果が・・・。

 

 「オレ、ガイにはそんな無茶ぶりはしなつもりだから。」

 「そうしてくれると助かる。この話はもうやめにしようか、もっと楽しい話をするべきだったな。」

 「せやったら、今度こそ文化の話が聞きたいわ!どんな本とかあったん?恋愛ものとか!」

 「そうだな、読んだ中では・・・。」

 「授業するぞお前らー!」

 

 いつまでも話していると出席簿で頭を叩かれる。

 

 「なんでボクまで?」

 「物欲しそうな目をしていた。」

 「ひでえ。」

 

 その中にはクリンも含まれていた。

 

 



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蝶は花に踊る

 「ふと一つ気づいたんだがよ。」

 「なんだよ、藪から棒に?」

 「ゼノンが本当に電気を操ってるところを見たことないなって。」

 

 ガイの素朴な疑問に、教室にいる全員が固まった。

 

 「俺なんか変なこと言った?」

 「そりゃ変だよ。」

 「ゲイルに向かって『お前女?』って聞くようなもんやで」

 「まー、失礼しちゃうわ!アタシ心は女よ♪」

 「つまり・・・実演されると鬱陶しい?」

 「そゆこと。」

 「それ、どういう意味なのかしら?」

 

 心が女だろうと見た目はガタイのいいマッチョなんだから、そう顔を近づけんでいただきたい。

 

 「別に実演しろとは言っとらんわい。ただ参考として見て見たかったってだけだ。」

 「まあ、ドロシーがやると大変なことになるわ。この部屋いっぱい金属もあるし。」

 「半焼じゃ済まないぜ。」

 

 その口ぶりからすると、昔本当にやったように聞こえる。

 

 「ドロシー以外にも、この部屋にゼノンならいるわよ。シャロン?」

 

 端の席で、今までずっと何も言わないでいた女の子がこちらに顔を向けた。

 

 「えーっと、初めまして?ここにきてしばらく経つけど、初めて存在知った。ガイだ、よろしく。」

 

 ガイが握手を求めて差し出した手を見て、シャロンと呼ばれた少女は何を思ったのか、僅かにはにかんで自身も右手を差し出した。

 

 「そんな汚い手でわたくしに握手を求めないでくださる?」

 「もーシャロン、イジワルしないの。」

 

 瞬間、ガイの目には火花が走った。冬場にセーターを擦った後のドアノブなんて比じゃない、エレクトリックの衝撃が襲う。

 

 「ごめんなさいねガイ、シャロンったら昔っからこうなのよ。仲良くなりたい相手にも素直じゃないんだから。」

 「ゲイル、余計なことを言わないで頂戴。」

 

 不敵に笑うシャロンを、ゲイルは窘める。オカマと仲いいやつに悪いやつはいないと聞く。ならきっとシャロンはいいやつなんだろう。

 

 「相変わらずやなやつだぜ、アイツ!」

 「どうどうドロシーちゃん。」

 「ゲイルとカルマはシャロンと付き合い長いからええけど、ドロシーとは相性最悪やで。」

 

 オカマが一人増えた。

 

 「それで、いかがだったかしら?わたくしの力は?」

 「決して殺さず、イヤになる程度の電流をコントロール出来るのか・・・、それはわかった。」

 「そうでしょう?失礼なわんこへの躾の仕方については、そこの野犬とは大違いですのよ。」

 「シャロン、失礼よ。」

 

 確かな実力に裏打ちされた、強い自信が言葉の端々から感じられる。どうやらドロシーと違い、既に教団の庇護下で鍛錬を積んでいるのだろう。

 

 「もうちっとフレンドリーなら、もっと色々聞きたいところだけど、今日のところは勘弁してやろう。」

 「そうしてくれるとありがたいわガイ。シャロンたら今日の朝食でセロリが出て気が立っているのよ。」

 「ゲイル、お黙んなさい!」

 「今日の占いも最下位だったわね。」

 「あの占いは当たらないことで有名なのよ!」

 

 オカマ2人に窘められるシャロンを見て、なんだか憎めない気分になってくる。

 

 

 ☆

 

 

 

 「まったく腹立つ野郎だぜ!」

 「ドロシーどうどう。ニンジン食べへん?」

 「ニンジンは嫌いだっての!」

 「だからって俺の皿にのせるな。」

 

 ブルルッとウマのように鼻息荒くドロシーが唸る。今日は天気がいいからか、食堂の中はまばらといったところだ。

 

 「ドロシーはいつものことやし、あんま気にせんといてな?」

 「シャロンもいつもあんな感じなのか?」

 「そ。成績はええけど、多分ドロシー以上の問題児やで。」

 「問題児だらけのクラスにいるって時点でなあ。」

 

 「それだけやのうて、シャロンはパピヨン家の箱入り娘やから、大事に育てられとったみたいやね。」

 「それで行き着く先が吹き溜まりかよ。」

 

 逆に、普通のクラスにいると浮いた存在になりかねないのを、問題児の窯に放り込んだことで中和しているのなら流石としか言いようがない。

 

 「さしあたって、彼女は男嫌いってところか?」

 「そうそう、近づいていいのは女の子だけ。男子は動物のような扱い。」

 「ということは、ドロシーも男扱いか。よかったな。」

 「男扱いじゃなくて動物扱いだっつってんだろ!」

 

 オカマはOKだが男女はNGらしい。

 

 「男嫌いなのも箱入り娘なおかげなのかな。それでその上ゼノンで丁重に扱われてたら、高飛車にもなるわな。」

 「ちょっと不自由かもしれんね。聞いてんゲイル?」

 「あら、バレてたの?」

 「そりゃお前、図体デカいからな。」

 

 頭身が二つほど違う人間が座っていれば、嫌でも目に入る。鍛えてるだけあって無駄にスタイルもいいし。

 

 「ガイをシャロンにぶつけたんも、なんか考えあってのことと違う?」

 「そうね、ガイならあの子にも変化を与えられると思ったのだけれど、期待外れだったかしら?」

 「それは俺を買い被りすぎだ。ただでさえドロシーの面倒でいっぱいいっぱいなのに。」

 「そう?あなたって困ってる人を放っておけない、お人よしじゃない?」

 「さあな、俺は自分がどういう人間かも知らない。」

 

 コップの水を飲み干し、食器を攫えて片づける。

 

 「一つ知ってるのは、俺は確かに人助けはするけど、求められない限りは応えない。」

 「シャロンには無理ね、なんでも自分でやろうとしちゃうから。」

 「なら縁がなかったな。」

 

 軽く手を振って食堂を後にする。

 

 「なんか今のキザっぽい。」

 「かっこつけたがりなんだろ。」

 「相性いいと思うのよねー、そういうとことか。」

 

 

 ☆

 

 

 大前提として、わたくしは特別な人間であり、そんなわたくしを産んだ両親を誇りに思っている。いずれはパピヨン家を継ぐ者として、ふさわしい立ち振る舞いをしなければならない。

 

 「もうシャロンったら、おイタはいけないわよ?」

 「言ったでしょう、わたくしの力を見せてあげただけよ。」

 「あなたの、ではなくてゼノンのでしょう?」

 「どっちも同じよ。わたくしはゼノンなのだから。」

 

 それだけに、さっきのあの男・・・ガイの態度は目に余った。あまつさえ気さくに握手を求められたときには、どうすればいいのかわからず思わずショックボルトを撃ってしまった。

 

 「シャロンあなた、恋をしてしまったのね。」

 「誰がそんなことをするというのかしら?」

 

 気にならないと言えば嘘になる。自分が名家の生まれであり、また特別な力を持っていると、色眼鏡で見てこない男というのは、今まで出会ったことはない。

 

 けれど、そんな人間に限って、心の内でどんなことを考えているかは想像するにも容易い。きっとわたくしのことを、高飛車で高慢ちきな女だと思っているに違いないわ。

 

 「さっきからもう5回目のため息だからよ。」

 「あの失礼な殿方を考えていると、勝手に出てしまうのだわ。」 

 「それを世間一般的には恋というのよ。」

 

 この昔馴染みが何を言っているのか、わたくしにはさっぱり。幼馴染のカルマ、わたくしの美の意識にも着いてきてくれる、大切な友人だけれど、今回ばかりは理解不能だわ。そうして6度目のため息をついた。

 

 「でもまあ、ガイなら多分心配ないと思うわ。彼人が好さそうだし。」

 「ガイ・・・さま・・・。」

 「えっ。」

 「あっ、いやその・・・そう、ガイという名前だったわね、うん。」

 

 無意識に口から洩れた言葉に、カルマは素っ頓狂な声をあげて目を丸くしていた。けれど、すぐさま取り繕ったからきっと本心を見抜かれてはまだいないハズ。

 

 「で、でもライバルは多そうね。ドロシーと仲がいいし、ドロシーと仲がいいと言うことはエリザベス生徒会長とも仲がいいと言うことになるし。」

 「ぐっ、エリザベス会長・・・はともかく、あんな駄犬にわたくしが引けを取るとでも言いたいのかしら?」

 「あの子、あなたと違って誰にでもフレンドリーだから。そういう愛嬌がある子のほうが、男ウケするのよ?」

 「だからってわたくしにも男子の格好をしろというのかしら?」

 「そこまでは言ってないわ。」

 

 幼馴染は二人とも、わたくしに合わせるために女の言動をしてくれている。だからわたくしもスタンスを崩さない。

 

 「あっ、噂をすれば。」

 「えっ、どこ?」

 

 指差した先で、図書館に入っていくガイの姿が確かに見えたけれど、こちらに気づいていた様子はない。

 

 「彼、本を読むのが好きみたいよ。」

 「意外と・・・学のあるお方なのね・・・。」

 

 去っていく後ろ姿を見つめる目に光が灯っているのを、カルマは見逃さなかった。

 

 「この一年は楽しくなりそうだわ。」

 

 カルマやゲイルにとっても、その変化は行幸だった。

 

 

 

 「なんかすごい睨まれてたんですけど、俺またなんかやっちゃったか?」

 「何か粗相をしたのではなくて?」

 「そんなハズは・・・それより、光の人について教えて。」

 「はい、もちろんですわ!」

 

 そんなこともつゆ知らず、ガイは今日も己の好奇心を満たしたのだった。

 



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赤くにじむ握手

 「今日は弓術の訓練を行う!危険を伴う訓練なので、決してふざけることのないように!」

 

 皆の前で檄を飛ばすのは、実技担当のラモン先生。片目に眼帯をしているほか、顔や腕にキズが付いている初老の男性。だがその声には覇気が満ち満ちている。

 

 「特にドロシー!」

 「なんでオレが名指し?」

 「胸に手を当てて考えて見ろよ。」

 「無い!」

 「ああ、可哀そうなぐらい無いなお前。」

 「殺されてえか!」

 「コラ!ふざけるんじゃない!」

 

 実際ドロシーのバストは悲しいほどに薄い。髪が短いことも相まって、男装していると本当に性別に見分けがつかない。

 

 「弓を引くにはバストは邪魔になるからいいんだよ!」

 「ミキはバスト大きかったけど弓術上手かったぞ。」

 「ミキって誰なん?」

 「この前話したアキラの妹。文武両道。」

 「エリザベスみたいな子?」

 「そうだな。」

 

 談笑しながら、ガイは正確に的を射ぬいていく。

 

 「ほう、かなり慣れているようだなガイ。」

 「どうも。かなりしごかれましたから。」

 「その師も大分粗削りのようだが、我流か?」

 「ほぼ自己流だったと聞いてるかな。弓以外にも剣、拳闘、手裏剣、鎖鎌・・・あと茶道。」

 「茶道は関係ある?」

 

 ありていに言えば何でも出来た。そしてそのほぼすべてをガイは継承していた。

 

 「一番得意にしていたのは、短剣術だったか。」

 「短剣とは珍しいな。潜入、隠密行動が得意だったようだな。まるでニンジャのようだ。」

 

 一口に忍者と言っても、戦闘だけでなく市井に紛れての情報収集に長けた者もいたそうだが、アキラは一人でその両方をやっていた。

 

 「ぜひ会ってみたいが、そいつは今なにを?」

 「死んださ。俺の目の前で。」

 「そうか・・・すまないことを聞いた。」

 「いい。」

 

 ラモン先生ほどの歳にもなると、別れた人も多いだろう。目を伏せて謝罪した。強面で声も大きいけど、本質は優しい人なんだろうと思えた。

 

 「見て見てー、3本同時撃ちー。」

 「全部外れとるがな。」

 「コラ、ふざけるんじゃないぞ!」

 

 空気が読めるんだか読めないんだか、ドロシーはマイペースだ。そのドロシーの的には多くの矢が刺さっている。

 

 「ホントに実技だけは上手いんだな。」

 「『だけ』は余計だ。」

 「ウチは全然アカンわ、ちゃんと飛んでくれへん。」

 「弦を引くにも結構筋力いるからな。」

 

 飛距離を伸ばすにも、まっすぐ飛ばすにもとにかく筋力と集中力を使う。見渡せばクリンやパイルの男子陣はなんとかこなせているが、シャロンもかなり苦戦しているようだった。

 

 「今日の訓練はここまで!来週抜き打ちテストをするから、それまでに備えておくように!」

 「言ったら抜き打ちにならないでしょうが。」

 「誰が受けるかわからないから抜き打ちなのだ。代表者が失敗したら全員不合格になる!」

 

 おお、なんたる連帯責任。

 

 「というわけで、抜き打ちテスト対策会議を行うよ!」

 

 教室に全員集まって、教壇では学級委員のパイルが声を張り上げる。

 

 「というかパイルが委員長だったんだな。」

 「前のクラス会議で決めてたやろ?」

 「お前は寝てたしな。」

 

 「はいはい、何か意見がある人!はいシャロン!」

 「この会議に必要性を感じられませんわ!」

 「おっとぉ。」

 「シャロンが一番下手だったろ。」

 「8人いるうちの1人が代表になるなら、わたくしが選ばれる確率は1/8ですわ!」

 「代表が1人とは言ってなかったろ。」

 「多分、下手だった人間の中から選ぶつもりなんじゃない?」

 

 とすると、候補はシャロンかサリアということになる。

 

 「うーん、ウチ自信ないで。」

 「もっと建設的な意見をなにか!はいドロシー!」

 「先生を始末する!」

 「出来るんならやってみろ、元宮廷騎士だぞ。」

 「ガイなにかある?」

 「基礎トレーニングが必要になると思う。地味だけど、体力つけるのは、他の実技の授業にも重要になると思うし。」

 「よかった、まともな意見が出た!」

 

 放っておいたら延々無駄な話を続けそうで怖い。ともあれ、方向性は固まった。

 

 「じゃあこれから、クラス一丸となって抜き打ちテストを突破できるよう、がんばろう!」

 「おー。」

 「じゃあ授業初めていいか?」 

 

 とっくに始業の時間は廻っていたけど待っていてくれたデュラン先生にも感謝。

 

 ☆

 

 「立候補?」

 「うん、さっき先生に聞きに行ってみたら、立候補制の予定だって聞いたわ。」

 「なら、やっぱりわたくしがやる必要はないということね。」

 

 次の休み時間の間に、カルマが情報を仕入れてきた。それに対して当然という反応をシャロンは示す。

 

 「せっかくクラス一丸になれる機会だったんだけど。」

 「ごめんなさいね、水を差しちゃって。」

 「一つ問題が片付いたんだ。それでいいじゃん。」

 「なんでわたくしを見るんですの?」

 

 「大体、人には得手不得手と適材適所がありますの。わたくしには弓術は必要ありませんことよ。」

 「まあ一理ある。」

 

 でもそれと成績が悪いことはまた別問題である。

 

 「でもウチ、もうちょっと頑張ってみよかなって思たんやけど・・・。」

 「サリア?」

 「みんな出来てるのに、ウチだけ上手く出来ひんかったん、ちょっと悔しかってんな。だから、もうちょっと頑張ってみたかったんやけど。」

 

 そのサリアの言葉に、シャロンもぐっと押し黙る。

 

 「ひと頑張り、してみない?シャロン。」

 「し、仕方ないですわ!」

 

 「図書館からよさそうな本借りてきたぜー!」

 「でかした!」

 

 『毎日続けられる体力づくり~基礎編~』 ダイス・キャニッシュ著

 

 「でもこれ、大分長期的なプランじゃないの?」

 「これがちょうどいいだろうって、リーンが言ってた。」

 「ちょっと読んでみようぜ。」

 

 書かれているのは、朝のヨガから始まり、日常的な生活習慣についてのあれこれ。ガイにはこれに見覚えがあった。

 

 「ふーん、アキラのやってた健康体操に似てるな。」

 「ってことは、めっちゃ強くなれるんじゃん!」

 「でも毎日の積み重ねが大事だって言っていた。一日そこらで成果が出るものでもないんだろう。」

 

 だが朝の健康体操なら、全員早起きして集まる習慣にはなるだろう。夏休みのラジオ体操のように。朝一の授業にすら遅れてくる生徒もいるし、これはいい生活改善になるだろう。

 

 「じゃあ、さっそくやってみようぜ。まずは立ち木のポーズから。」

 「その前に授業始めていいか?」

 

 

 ☆

 

 

 ガイが鷹山の家に厄介になり始めた頃のこと。

 

 「よう。」

 「ああ、おはよう。早いな。」

 「寝ていないからな。俺は眠くならない。」

 「そうか。だが夜は寝るものだ。体力が回復するのは寝ている時だ。」

 「覚えておこう。」

 

 太陽が山の天辺から顔を出して間もない時間、ふと部屋から出たガイは庭でアキラにおはようした。

 

 「一体それは何をしてる?」

 「丹田に力を籠めているのだ。」

 「丹田?」

 「ヘソから3㎝程上の部分だ。こうして太陽の力を浴びて、筋肉を動かすことで、気力を練り込む。」

 「へぇ。」

 

 ガイはあまり興味なさそうにしていたが、かまわずアキラは言葉をつづけた。

 

 「強い体を作るのに必要なのは、維持することだ。あんまり飛ばし過ぎても体を痛めるし、長続きもしない。好きこそものの上手なれって言うし。」

 「だが下手の横好きって言葉もあるし、本人が嫌いだけど才能があると言うパターンもある。」

 「下手だからって続けちゃいけないルールはないし、才能があるからと言って続けなくちゃいけない道理もない。決める権利は自分自身にあってこそなんだよ。」

 

 「けど嫌いなものはしなくていいってわけでもない。それは『必要』になるものだから。」

 「俺にもその体操をしろと?」

 「ご自由に。ただお前はやった方がいい。」

 

 少なくとも、生き延びるために力をつけることが必要になる。ガイは黙って、アキラの後に続いた。

 

 いつからその習慣が無くなったのか考えてみると、ちょうどこの世界に来てからのことだった。

 

 

 ☆

 

 

 「さあ、やることはやった!がんばれお二人さん!」

 「うん、がんばるで!」

 「言われなくとも、わたくしの腕前を見せて差し上げますわ!」

 

 あれから毎日、文字通り血がにじむような鍛錬を続けた結果、心なしか二人の顔つきも変わった。

 

 「うんうん、積極的に参加してくれると教師明利に尽きるというもの。それではまずシャーロットからだ!」

 「はい!」

 

 「上手くやり過ぎたら後がプレッシャーになるんだから、ほどよく力抜けよー!」

 「パピヨンは手を抜くという事を知りませんでしてよ!」

 

 よく狙いすましたシャロンの5本の矢は、おおよそ的の中央を射抜いた。

 

 「ほう、よくぞ短期間でここまで腕を上げた。口だけではないと証明されたな。」

 「ふふん、とーぜんですの。」

 「次、サリアやってみろ。」

 「ううっ、キンチョーしてきたで・・・。」

 

 サリアの第一射は、無情にも的の横を通り過ぎて行った。続く第二射もまた同様であった。

 

 「あかん・・・アガってしもとるわウチ・・・。」

 「サリアー!呼吸だ呼吸ー!」

 「せやった、吸って、止めて、吐く・・・。」

 

 いったん腕を下ろして、心臓の鼓動を整える。心臓から送られてくるエネルギーが強すぎると腕が震えて狙いが逸れてしまう。逆に落ち着かせて、最小限の力で引いて、頭に集中力を高める。

 

 「よっし・・・いくでぇ!」

 

 放たれた三射は、的の外側に当たった。

 

 「いけるいける!こっからこっから!」

 「フィーリングよフィーリング!いつもの調子を思い出すのよー!」

 「ちょっと、応援されると余計に辛いわー!」

 

 サリアの頬に笑みが綻ぶと、その後の四射、五射はしっかりと当たってくれた。

 

 「うむ、サリアも上達したな。前は届いてすらいなかったのを考えると、すごい上昇したと言えるだろう!」

 「じゃあ、抜き打ちテスト、合格だな!」

 「ああ、『この二人』はな。」

 

 ラモンのその言葉に、一同が引っ掛かる。

 

 「え?代表がやるんじゃ?」

 「ん?誰もそんなこと言っておらんぞ?立候補とは言ったがな。」

 「・・・ただ単に『やる順番』が立候補なだけ?」

 「そうだ。さあ次は誰だ!さぞこの二人よりも上手くなったんだろうな?」

 「・・・クリンはダメやろな。」

 「なんでだよ!」

 「だって、ウチら除いたら一番ヘタやったやろ。せやのに全然練習しとらんかったし!」

 「おほほ、大丈夫ですわ。きっとわたくし()よりも上手いですわ!」

 「一番ビリのやつは掃除当番というのはどうかな!」

 「パイルてめぇ!裏切りやがったな!」

 

 と、なんやかんやで抜き打ちテストは楽しく終わった。

 

 「さて、結果はどうあれ、クラス一同得るものがあったと私は思う。いうなれば、それが今回一番の成果だ。より一層研鑽するように。以上!」

 「「「ありがとうございましたー!」」」

 

 「シャロン、一緒にご飯食べへん?」

 「わたくしと?ええ、いいですわ。」

 

 「あの2人、仲良くなったわね。」

 「そうだな、ここ最近一番顔合わせてたまであるし。」

 「シャロンったら、昔から輪にとけ込めないことがあったから心配していたけれど、もう気にすることなさそうね。」

 「相変わらず男子には手厳しいけどな。」

 

 手に同じ形のマメが出来た女の子同士が、仲睦まじく歩いていくのを、クラスメイトたちは眺めていた。

 

 「ところで、教科の時間使って練習してたから、また授業遅れちまったな。」

 「後でデュラン先生に胃薬持って行ってあげあしょうね。」



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風が吹く

 「今日の授業はここまで!」

 「「「ありがとうございましたー!」」」

 

 今日も今日とて学校が終わった。ガイは特に予定もないので、また図書館にでも行こうと思ったところで、隣の席から声をかけられた。

 

 「ねえガイ、君は普段なにやってるんだい?」

 「何って、何?」

 「趣味や、今関心のあるものは何?」

 「関心か・・・。」

 

 おしゃべり好きのパイル。社交性が高く、どこかお人よしところもあるので、学級委員を務めている。

 

 「そうさな、俺にはこの世界のあらゆる物が新鮮に見える。それをひとつひとつ知っていくのが楽しい。」

 「そう、では星はどう?」

 「星か、星の並びは元の世界ともそう変わらないな。北斗七星は北斗七星だ。」

 

 この世界にやってきて、まず気づいたのが星の姿だった。それらは多少数が変わってこそいたが、ほぼ同じだった。まずはそこに安心を覚えた。地球の名前を忘れられても、地球は地球だった。

 

 「で、それが何か?」

 「僕がルージアから来たとは言ったかな?ルージアにはなーんにもなかったから、星を見るのが日課だった。」

 「占いでもしてたの?」

 「星の世界を考えていた。空を超えた先にある、宇宙についてさ。」

 「宇宙か・・・。」

 

 大地が平面であると信じてそうな世界観には、似つかわしくない単語だ。アルティマは一つの陸塊なので、平面だとしてもあまり違和感ないかもしれないが。

 

 「俺も宇宙には行ったことないかな。月や火星に基地が建設されてるのは知ってたけど。」

 「ガイのいた世界はすごかったんだな・・・。」

 

 

 「星の世界だけじゃなく、国を出てみれば目新しいものはたくさんあった。そこが君と同じかもって思ったんだ。」

 「たしかにな。」

 「さらに思ったんだ。このクラスの人たちって、どこかしら似ているところがあるんじゃないかって。」

 「ほう?」

 「似た者同士で相性が合うでしょ?クラス一同、手をつなぐみたいにその性質同士が惹きあってるんじゃないかな。」

 「吹き溜まりだけど、なんだかんだ仲いいもんな。」

 

 最初は孤立しがちだったシャロンも、最近はその輪の中に打ち解け始めている。

 

 「そうなったきっかけが君だと思うのだけれど。」

 「そりゃちょっと買い被りすぎだな。」

 「この学園どころか、この世界全体で見ても、違う観念を持った人間というのは珍しいとい思うよ。まるでダイス氏のように。」

 「そういわれてみると、そうかもな。」

 

 ガイは席を立つと、パイルに向きなおる。

 

 「じゃ、俺は図書館に行ってくる。」

 「ああ、また明日?ね。」

 

 興味深い話だった。パイルは目がいいらしい。それは視力という点でも、観察眼という点でも。じっくりと見られていると心の内まで見透かされそうだ。一歩引いて物を見たがるという点では、ガイと似ているのかもしれない。

 

 「来ましたわね!さあさあこちらへ!」

 「そんなに引っ張らなくても行くよ。」

 

 図書館ではまたエリーゼと落ち合う。ここでエリーゼから話を聞くのが日課だ。

 

 「今日はどんな話をしてくれるんだ?また光の人の話?」

 「今日は・・・あなたの話が聞きたいですわ。」

 「俺の?どんな話だ?自慢じゃないが俺は人に話せる面白い話は持っていないぞ。」

 「ドロシーから聞きましたわ。あなたの昔のことを。その続きがどうしても気になってしまいましたの。」

 「あの話の続きか・・・。」

 

 「続きも何も、あの後アキラの家に厄介になって、それからしばらくしてみんな居なくなって、俺はここに来ただけだ。」

 「そこはどうしても話したくないんですのね。」

 「自分があまり思い出したくないんでな。俺はあまりに何も知らなかった。そのせいで、死ななくていいやつまで死んでしまった。」

 

 それよりもっと未来を見ていたい。過去を忘れられるような、明るい未来が欲しい。

 

 「けれど、その友達のことは忘れたくないのでしょう?」

 「どうしてそう思う?」

 「以前話をしていた時のあなたは、楽しそうでしたから。まるで昔話をしてくれたおじいちゃんみたいに。」

 「ノスタルジーに浸る老人のようだった?」

 「そうではありませんわ。とても懐かしそうで、その頃が楽しかったように思えますわ。」

 

 そう、言いきられてしまった。まだであって間もない人間に、自分の過去を肯定されてしまった。

 

 「・・・なら、きっとそうなんだろうな。」

 「でしょう?だから聞かせてください。」

 「また今度な。面白い話を思い出したら。」

 「それで構いませんわ。私がおばあちゃんになっちゃう前に思い出してくださいね。」

 

 冗談めかしてそういうエリーゼに、ガイも微笑みかけた。

 

 (ツバサ・・・お前は本当に幸せだったんだな。こんないい孫に恵まれて、家族に囲まれて・・・。)

 

 エリーゼの話す、おじいちゃんの昔話の中に、ガイにまつわる話は無かった。俺のことを恨んでいるだろうか?そんな一抹の不安も覚えたが、考えないことにした。

 

 「おっ、やっぱここにいた!剣教えてくれよガイー!」

 「「図書館では静かに。」」

 「へいへい、2人とも仲いいよな。お邪魔しちゃったかな?」

 

 そこへ大声でやってくる空気の読めないドロシー。

 

 「そういえばさ、そのアキラの武術の中に杖術ってあったか?」

 「ステッキ護身術ならあったな。」

 「そうか、それも教えてくれないか?」

 「ドロシー、あなたまさかおじいちゃんの杖で?」

 「ああ、じいちゃんも昔やってたって聞いたし。」

 「ダメよ、貰ったものなんだから大切にしないと。」

 「大切に使うさ!ただこのままだとオレがヨボヨボになるまで出番無いじゃないか。」

 「あなたはまったく・・・。」

 

 そういえば最近一つ気づいたことがある。エリーゼは普段、凛々しくも厳しい生徒会長という立場だが、ドロシーと居るとただの姉になる。そしてガイと居ると、歳相応よりも幼いような少女になる。それがガイには嬉しかった。

 

 そしてもう一つ。なぜかガイはエリーゼのことをもっと知りたいと思ってたまらない。はやく図書館に行きたくてたまらない。エリーゼの顔をもっと見ていたいと思うようになっていた。

 

 その理由、ガイが理解するのはまだ先のことで、ひと悶着起こすのもまた先となった。



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第1章
青天の霹靂


 ――どうしてこうなった。

 

 その日もいつも通りの教室だった。もう授業が始まるというのに、いつまでたってもお喋りを辞めない生徒たち。だが、今日ばかりは少し様子が違った。

 

 そしてそれを止めようとしなかったのが私、デュラン・ハーザック人生最大のミスだった。

 

 「先生ー!ここどこだ!」

 「私が知るかー!!」

 

 教室は教室だ。だが、その窓の外には見たことのないジャングルが広がり、見たこともない極彩色の鳥が飛んでいる。

 

 「アフラではないかな。アフラにはこんなに背の高い森はなかった。それにすごく蒸し暑いよここは。」

 「ノメルより南の方かな?」

 「サメルより暑いで、もっと南や。」

 

 幸いなことに、生徒は全員ここにいる。授業を始める前で、全員揃っているのは確認していたが、一人の欠けもない。

 

 「おぉーデッケー鳥だ!」」

 「お父様の標本コレクションで見たことがありますわ。サウリアの渡り鳥だとか。」

 「ってことは、ここサウリアなの?」

 「無人の大陸じゃないの!!」

 

 たしかに、アルティマ中をせわしなく動き回っていた若い頃に見た鳥と同じだ。考えたくもないが、もはや認めるしかあるまい。

 

 「どこかに転移してしまったのか、それも教室ごと!」

 

 まるで舞台のハリボテのように、壁一枚だけで外の世界と仕切られた教室の中で呻く。とたんに胃がキリキリと悲鳴を上げる。問題児ばかり集めたクラスにあてがわれているだけならまだよかった。だが、なにがどうなったらこうなるというのか。天井の無くなった頭上から、青い空が覗いている。

 

 「先生、まず身の安全をなんとかしようぜ。ここは暑いうえに日差しも強い。」

 「そうだな・・・まずは日陰に避難しよう。」

 「靴が泥で汚れますわ!卸したばかりなのに。」

 「ヘビとか虫とかいないといいけど。」

 「それともここに屋根を作った方がいいんじゃね?材料はその辺の木を切ればいいし。」

 「簡単そうに言ってくれる。」

 

 なんだかんだ言っても優等生なガイと、行動力のあるドロシーの発言に、ひとまず正気を取り戻した。頼りになる人間がいるのは心強い。

 

 「しっかし、まさかこんなことになるとはなぁ。」

 「なんだよオレのせいだってのか?そもそもガイが『魔法を見てみたい』とか言ったのが発端だろ?」

 「でも実践したドロシーも同罪やで。」

 

 前言撤回、やっぱこいつらのせいだわ。無駄に頭がよくて、無駄に行動力がいいのも考え物である。

 

 「先生、水や食料を確保するために探索に出ようと思うのだけれど。」

 「そうだな、誰が行くかだが・・・。」

 「オレ行くオレ行くー!」

 「じゃあ俺も行こうか、こいつ1人だと何しでかすかわからん。」

 「じゃあ、ウチも行かなあかんな。」

 「僕も行くよ。狩りのやり方はルージアの必修事項だからね。」

 

 立候補したのは、ドロシー、ガイ、サリア、パイルの4人。この4人ならまあ大丈夫だろう。

 

 「ひょっとしたら文明人が見つかるかもしれないから、その辺にも気を付けてくれ。」

 

 「「「「はーい。」」」」

 

 「では、残った我々は、教室に屋根をつける作業を始めようか。」

 

 「こっちは力仕事か、向こうに行けばよかったな。」

 「シャロン、あなたの力で木を倒したり出来ないの?」

 「森が火事になっても知りませんわよ?」

 

 にわかに賑やかになってきた。もし自分一人だけだったなら、サバイバルぐらい余裕だったが、生徒を守る教師という身分にいる以上、責任は重大だ。迂闊に下手な手は打てない。

 

 「センセ!向こうに雷が落ちたぞ!」

 「あっちって、ドロシーちゃんたちがいる方角じゃない?」

 

 そうするためには、まず問題から目を離さないことが重要だという事をすっかり失念していた。歳は取りたくないものだ。

 

 

 ☆

 

 

 「おっしゃー!トラを仕留めてやったぜ!」

 「ヒョウとちゃうん?」

 「ジャガーだろ。」

 

 オセロットである。

 

 「でもネコなんて喰えるところあるのかな?」

 「肉食動物はあまりおいしくなかったかな。」

 「そっか、じゃあ逃がしてやるか。もう二度と捕まるんじゃないぞ。」

 「毛皮にしたら売れそうやったけど。サメルではヒョウ柄が人気なんやで。」

 「サリアのパンツもヒョウ柄だよな。」

 「ちょっ、今言うことそれ?!」

 

 首根っこを掴まれていたネコを解放すると、そいつはそそくさと逃げて行った。

 

 「で、どうする?食べ物になりそうな木の実とかキノコとかあるかな?」

 「キノコはやめておかへん?毒あるかもしれへんし。」

 「あとは狩りをするか。武器持ってるのはドロシーだけだけど。」

 「せめて弓があればなぁ。」

 「パイルは自分で弓を作ったことある?」

 「残念だけど無いよ。」

 「一応俺は作り方知ってるけど、材料がない。」

 「ガイ作れるんか・・・。」

 「そんな業物でもないけどな。」

 

 一応、いざという時のサバイバル術をアキラから学んでいた。

 

 「あとは水か。」

 「たぶんあっちだよ、水のニオイがする。」

 「わかるのかそんなこと?」

 「パイル、鼻がいいからな。」

 「・・・それに、獣のニオイもたくさん。」

 

 その言葉に一同はっとなる。気が付けば、周囲の草陰や木の上から、強烈な視線を感じた。

 

 「まさか、さっきのトラの仲間か?!」

 「ヒョウやろ!」

 「ジャガーだろ?」

 

 オセロットである。オセロットの群れが、逆襲にやってきたのであった。

 

 「皆、背中を合わせて目を見張るんだ。隙を見せたら攻撃してくるぞ!」

 「サリア、下がってろ!」

 「ひええ!」

 

 一番狙われやすいのは、腕も細いサリアだろう。三人で三角形になって、サリアを囲うように組する。

 

 「ドロシー、剣はあるな?」

 「うん、けどこの数じゃあ・・・。」

 「俺も素手でなんとかする。パイル、サリアを頼むぞ。」

 「走って逃げるのは難しいと思うけど・・・。」

 「そこはお前の野生のカンで頼む。」

 

 グルルル・・・と唸り声で威嚇してくる。山猫は獲物を逃がさないと言わんばかりに。一匹がフェイントを仕掛けては引っ込み、また別の一匹が仕掛けようとしてくる。ジリジリと集中力を削られ、嫌な汗が一同の背中を濡らす。

 

 「あ、アカン・・・。」

 「サリア、呼吸呼吸。」

 「そっか、平常心の呼吸・・・。」

 

 倒れそうになるサリアの手をドロシーは掴む。掴んだドロシーの手も汗でぐっしょりしている。

 

 「ドロシー、2人を守れよ。俺が前に出る。」

 「ガイ、お前!」

 「食い殺されるのは御免だ、死にゃしないさ。」

 

 ガイが一歩踏み出すと、待ってましたと言わんばかりにオセロットが襲い掛かってきた。

 

 「オラッ!来いよ!」

 

 横から飛び掛かってくるヤツを、回し蹴りで吹っ飛ばす。少し逡巡したような素振りを見せたが、今度は同時に襲ってくる。それをガイは冷静に捌いて、一匹は首を掴んで投げ飛ばし、もう片方の肘で顎を殴りつける。

 

 「行けよ!」

 「わかった、行こう二人とも!」

 「でもガイが!」

 「あれなら心配ないさ、ガイは思ってたよりも強い!」

 

 パイルが呆然とする2人を引っ張るように来た道を示す。幸いなことに、群れはガイ1人を仕留めることに夢中になっている、

 

 「あぁっ!」

 「しまった、回り込まれた!」

 

 しかし、オセロットは思っていたよりも賢かった。数は少ないながらも別動隊が、3人をあっという間に取り囲んでしまった。

 

 「も、もうアカン・・・。」

 「こんなことになるなんて・・・。」

 

 まもなくオセロットが襲ってくる。脱力した二人を放っておくわけにもいかないが、ドロシー一人ではどうにもならない。

 

 「う、うぉおおおおお!!」

 

 その時、ドロシーは吠えた。己を勇気づけるためか、それとも怯えからか。オセロットたちは意に介さない。しかし、それが防衛本能を働かせた。

 

 青天霹靂、空には雲一つないにもかかわらず、ドロシーを中心としたところに雷が降ってきた。

 

 「これが・・・ゼノンの力?」

 「す、すごい威力や・・・。」

 

 ギニャー!っとその衝撃にオセロットたちはたちまち逃げていく。

 

 「や、やったのか・・・?」

 「けどガイも巻き込まれとるがな。」

 「とにかく、助かった。ありがとうドロシー。」

 「はは・・・。」

 

 遠くでガイも痺れてやられているのが見える。雷はドロシーの制御下にあったわけではない。怯えた心のままに、ただ闇雲に振り回しただけだった。

 

 「シャロンみたいに、もっとうまく扱えないと・・・。」

 

 ピリピリと痺れを感じる自分の指を見ながら、ドロシーは己の力不足を感じた。この先どんな危険が待ち構えてるかもわからない。もはやゼノンがどうだとか躊躇している暇はない。いち早く確かな力を身に着けなければならない。

 

 図らず、日常からかけ離れた場所へ放逐されてしまった。自分にはそうしてしまった責任がある。

 

 長い旅が始まる。無事に学園に帰れるのか、それまでにどれだけ強くなれるのか、長い旅が始まる。

 

 



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秘境探訪

 「このあたりかのはず・・・だが。」

 

 雷が見えて数分後、嫌な予感を察知したデュラン先生はすぐさま現場へと足を向けた。しかしどうだろうな獣か何かが争ったような形跡や、発生して間もない焦げたニオイこそあれど、あの4人の姿はなかった。代わりに見つけたのはというと・・・

 

 「何者の足跡だ?」

 

 長年の勘から、生徒たちの物ではない足跡、それも6、7人といったところの何者かと断定できる足跡を見つけた。見つけてしまった。

 

 「だが、これではまるで・・・。」

 

 生徒たちは、その何者かに連れていかれたようだった。見慣れた靴の足跡は3つ。1つ足りない物はサイズから鑑みるにガイのものだろう。ガイだけは誰かに背負われたか、担がれたかしている、つまり負傷状態にあるとみていい。

 

 「無事でいてくれよ・・・。」

 

 足跡を追跡することは可能だ。だが遭難地点に他の生徒たちを残してきてしまっている。そちらがこの正体不明な集団や獣に狙われる可能性も捨てきれない。

 

 「・・・やむを得ないか。」

 

 その場に横たわっている数匹の獣を掴んで、元来た道を辿る。とりあえず食料は確保できた。水も何とかなるだろう。あの4人ならなんだかんだ大丈夫だろう、戦闘力は高い方だし。

 

 唯一にして最大の懸念事項は、その謎の集団の足跡が、人間の物に見えない事だった。足跡の踵の部分にピンホールのような小さな穴が開いている。まるでそこから爪でも生えているような・・・。

 

 

 ☆

 

 

 「ウラァアアアア!」

 「ウララァアアアアアアアア!!!」

 

 ところ変わってどっかの集落。キャンプファイヤーのように火を囲んで部族の者たちと、それからやたらテンションの高いパイルが野獣のような声をあげている。

 

 「あー・・・オレら一体何を見てるんだろうな。」

 「わからへん・・・。」

 

 この珍妙な儀式をドロシーとサリアは半ば死んだような目で眺めていた。傍らには気絶しているガイが寝転がっている。

 

 「しかしまさかパイルがあんなにハイテンションになってるところ初めて見たな。」

 「せやなー。」

 

 普段見せないような、滅茶苦茶楽しそうな姿をしている。

 

 「んっ・・・ん・・・。」

 「あっ、ガイ起きた?」

 「ここは・・・なんっ!?」

 

 目を覚ましたガイは、驚きの声をあげた。それは級友がものすごいテンションになっているのを見たせいではない。

 

 「爬虫人類・・・?」

 「オレたちをここまで運んできてくれたんだ。」

 「見た目アレやけど、いい人らやで。」

 

 そこにいる多くの人々は、体の表面にウロコが付いていた。明らかに哺乳類のそれではない、爬虫類の特徴だった。

 

 「気が付いたようだな。」

 「あんたは?」

 「族長だ。」

 

 頭に豪華な飾りつけをした、爬虫人の男性が声をかけてきた。

 

 「狩りの途中、突然の落雷を見て来てみたら、君らがいたというわけだ。」

 

 そして今日の成果として山猫の丸焼きが振舞われた。何かスパイスが効いていて、なかなか美味かった。

 

 そしてこの付近の地理について聞いた。どうやらここはやはり、南の別大陸サウリアだったらしい。

 

 「となると、ノメルに帰るには海を渡って、さらにずーっと歩かなきゃならないのか。」

 「ほぼ世界の端から端だぜ、半年ぐらいかかるかもしんねえぞ。」

 「そんなにか。まあ飛行機も無いしな。」

 

 それにまず、サウリアから出るには磁気嵐で大荒れの海を越えなければならない。

 

 「それに関してはツテがある。」

 「どんな?」

 「北の大陸近くの浜辺には、大陸と貿易を行っている町がある。そこからなら、アルティマに渡る方法も見つかるだろう。」

 

 が、爬虫人類全体が基本的には閉鎖的で、貿易をしている連中のほうが珍しいらしい。その珍しい連中の目的とは、

 

 「『ギラス教』だよ。」

 「ギラス?」

 「竜の神様らしいよ。」

 「我々が奉っているギラスを、アルティマにも広めようとしているのだ。」

 

 このギラス教、教と呼んでいるのは布教している者たちだが、ギラスを信奉しているからこそ閉鎖的だったのだが、その習わしに待ったをかけたのが、ギラス教なのだ。

 

 「未開の部族に、新興宗教か、争いの種になりそうだな。」

 「そうならないでほしいと思っている。」

 「オレら一介の学生に出来るとは思えないんですけど?」

 「我々は種を蒔くだけだ。」

 「蒔いただけじゃ、花は咲かないけど。」

 

 こちらもあまりに浅薄じゃないか。閉鎖的というよりも、ギラスへの信奉を他所にあげたくないと言ったところか。

 

 「なんにせよ君たちを案内しよう。明日から。」

 「そういや、教室のほうはどうなってんの?」

 「・・・あっ。」

 「今思い出したのか。」

 

 向こうは今何やってんだろう。水と食料結局持っていけなかったけど。

 

 「ウララァアアアアアア!!!」

 「ウラァアアアアアア!!」

 

 それにしても、これは何の踊りなんだろうか。パイルには何が見えているんだろうか。

 

 なんにせよ、夜になってしまっては動くこともままならない。遭難地点に戻って、仲間と合流するのは明日ということとなった。

 

 「・・・。」

 「・・・ガイ、まだ起きてる?」

 「ああ。」

 「大変なことになっちまった。いや、しちまった。」

 「そうだな。」

 

 同じテントで並んで寝かされている。外は非常に静かで、時折風が木を揺らす音や、虫の鳴き声が聞こえるばかりの中、ドロシーとガイの話し声がひっそりとしている。

 

 「みんな怒ってるかな・・・怒ってるよな。」

 「怒るよりも、困惑の方が大きいんじゃないか。そもそも本当にお前のせいだと決まったてるわけでもなし。」

 「いや、絶対オレのせいだって。オレがあの本を持ち出さなければ・・・。」

 

 非常にばつの悪そうな声でドロシーが呟く。

 

 「お前は、怒られたいのか?」

 「・・・ただ、居心地悪い。」

 「お前が起こられて問題が解決するならそれでいいけど、何も解決しないからな。ただお前の気分がちょっとよくあんって、空気が悪くなるだけだ。」

 「やっぱり、そうなるか?」

 「わかってたんならそれでいい。」

 

 結局それ以上でもそれ以下でもない。なっちまったもんはなっちまったんだ。幸いまだ詰みではない。

 

 「今は休めよ、疲れてると正常な判断も出来なくなる。」

 「うん・・・あのさ。」

 「なんだ?俺を召喚したことを、怒ってるとでも?」

 「う、うん・・・。」

 「してないよ。毎日が楽しい。」

 「ホント?」

 「本当だ。俺は人生を楽しんでる。」

 「ホントのホント?」

 「本当はちょっと助かったと思ってる。真っ暗な道の途中で、明かりが見えた時みたいに安心してる。だから心配するな。」

 「うん・・・ありがとう。」

 

 

 

 夜はさらに更けていけども、希望の光は消えてはいない。

 

 (それにしても、まさか爬虫人類がいるとは。それにギラスとは・・・。)

 

 眠らない脳みそが、過ぎ去ったはずの暗雲を思う。

 

 

 ☆

 

 人の気配がまるで感じられぬ深い森を見下ろす、山の頂にある古びた建物。

 

 「やはり・・・か。」

 

 その奥に、人の身長を超える程の大きさの金属の球体が、タマゴのように並んでおり、そのうちのいくつかが破裂していた。

 

 「オイ!そこにいるのは誰だ!」

 「おっと。」

 

 それを調べるでもなく、眺めていた黒いローブの男がいたが、現住民族がどやどやとやってくると姿を消した。

 

 「あぁっ!御神体が!」

 「一体誰がこんなことを・・・。」

 「よそ者の仕業か!」

 

 現住民族たちは、自らの信奉する『神々』の収められた聖櫃が壊されていることに気がついた。

 

 破れた球体から、ぬるぬるとした液体が漏れ出し、そこから点々とした丸い跡がついている。そしてそれはだんだんと大きくなっていた。

 

 

 ☆

 

 

 「これは・・・。」

 

 夜が明けて、あらかじめつけておいた目印を手掛かりに遭難地点へと戻ってきたガイたちが見たのは、

 

 「教室が消えた?」

 「みんなおらへんやん!」

 

 場所は合っているはずだったが、ものの見事に忽然と何もかもが姿を消していた。

 

 「火を焚いた跡はあるな。」

 「こっちに大きな足跡がある!」

 

 焚火跡の周りには骨が散乱している。足跡のように見えるものは、ゾウのものほどの大きさがある。

 

 「ふむ・・・これほどの大きさの足跡は、生まれてこのかた、この森では見たことがない。」

 「ジャングルの部族の族長が見たことない生物を、オレたちが知ってるわけがないよな。」

 

 ついてきた部族の方々も、その足跡の大きさに驚きを隠せないでいた。

 

 ゾウと同じ四つ脚の動物なら、そのゾウをゆうに超える10mはあることになるだろう。そんな巨大な生物が、教室ごとみんなを攫って行ったというのか?みんなは無事なんだろうか。

 

 「この足跡の向かう先、まずいかもしれない。」

 「なにがまずい?」

 「河のほうに向かっておる。あの先には我らよりももっと偏屈な部族が住んでおる。」

 

 森を抜けた先、流れも緩やかながら、大きく森を割くような河が現れた。

 

 「これ渡るのちょっと大変じゃない?」

 「この大陸を横断している、『ギラス河』だ。部族の国境代わりにもなっている。」

 

 本当にギラスが好きなんだな。ともかく、捜索のために河を渡るための筏を用意される。

 

 「あんまし大人数で行くと、向こうさんを刺激するんじゃない?」

 「そうだと思う。このモラックを案内役につけよう。」

 「モラックです、よろしくお願いします。」

 

 そう言って、族長が紹介した若者と、ガイたち4人が筏に乗る。

 

 「向こうの桟橋についてから、少し歩くと向こうの部族『メオ族』の村です。我々『カレ族』よりもよそ者に厳しい部族です。」

 「モラックは会ったことあるの?」

 「ありますとも。私は部族間の交渉役ですから。」

 

 曰く、これから行くメオ族の村はギラスの総本山が近く、そのせいで他者を近づけたくないらしい。そのため、アルティマと交易をしている町『ガビアル』とはすこぶる仲が悪い。目に見える不安要素に頭が痛い。

 

 「見えてきた。」

 「わぁ。」

 

 「あっ、ドロシーちゃん。助けて。」

 「わたくしたち、バーベキューにされてしまいますわー!」

 

 メオ族の村に着いてまず目に入ったのは、荒縄にふん縛られたみんながいた。

 

 「おうおう、そこにいるのはカレ族長の息子で交渉役のモラックではないか。貴様もよそ者を生贄に持ってきたのか?」

 「残念ながら違うメオ族長。」

 

 気さくに物騒なことを話してくるのはメオの族長。やはり頭には派手な飾りつけをしている。

 

 「そこでボンレスハムにされてるやつらは、俺たちの仲間なんだ。返してほしい。」 

 「それはいけないな。こいつらは我々の聖櫃を犯した疑いがあるから!」

 「そんなはずがない。俺たちが来たのはつい昨日のことだし、それがどこにあるのかすら知らない。」

 

 「いいや、証拠があるのだ。聖櫃に入ったという証拠が。」

 「それは?」

 「あれを見るがいい!」

 

 族長の指差す先にいたのは、すごい大きさの毛のあるカメ。

 

 「あれは?」

 「あれは、マンモスガメのようだが・・・?あんな大きさなはずがない。」

 「マンモスガメ?」

 「ここよりもっと北の浜辺近くにいる、カメの仲間さ。甲羅の上に岩を背負う習性がある。」

 「それがなんでオレたちの教室を背負ってるんだよ。」

 

 やけに見覚えのある舞台セットのような建物を背負ったリクガメが首を引っ込めて寝ている。遭難地点にあった足跡はコイツのものだろう。

 

 「この特別大きなマンモスガメは、聖櫃のひとつの中にいたものに違いない、それを連れていたのだから、こいつらが賊に違いないのだ!」

 「一応聞いておくけど、そんなことしたの?」

 「してない。」

 「してませんわ。」

 「だろうな。先生は大丈夫?」

 

 先生は入念に猿轡をかまされて声も出せないようされている。中年男の緊縛プレイなんぞ誰得であるが。

 

 「その聖櫃から勝手に逃げだしたとかではない?」

 「その時、誰かが逃げていくのを見た者もいる。何者かの手引きがあってのことと間違いない。」

 「何度も言うけど、俺たちはここに来たばかりで、その聖櫃の場所も知らない。」

 「それは我々が保証できます。彼らは無実です。」

 「ううむ、モラックがそこまで言うのか。」

 

 「しかし、実際我々の大切な聖櫃が壊されているのは確かだ。外から来た者たちよ、ならば君たち自身の手で無実を証明してほしい。」

 「大分譲歩してくれたな。偏屈ってわりには。」

 

 「このマンモスガメの他にあと二体、出て行った御神体がいる。それらを探して、ここに連れてきてほしい。」

 「こんな巨大なのがあと二匹?」

 

 既存の動物をそのまま巨大化させただけなのかもしれないが、だとしても真正面から対峙するのは危険だろう。ここにいるカメのようなのんびり屋なら楽かもしれないが。

 

 「おー!なんか危険のカオリがする!」

 「お前は気楽だな。」

 

 こうして、この冒険最初のクエスト(お使い)が始まった。

 

 

 ☆

 

 

  「さて、探すにしてもまずはどんな動物なのか知らない限りはやりようがないと思う。という事で、その霊廟に入れないか交渉頼んだ!」

 

 モラックは嫌そうな顔をしながらメオ族長に頼み込む。

 

 「・・・何人か見張りをつけるなら、入っても構わない。ただし、何か怪しいことをしたら、その場で首を切り落とす。」

 

 怪しいことはしないから問題ないな。

 

 「ふむ・・・一見すると培養カプセルのように見えるが。」

 「ガイ、わかるのか?」

 「生物のサンプルが、成長抑制剤と一緒に入ってるらしい。カプセルが壊れた理由はわからないけど、抑制剤が切れてリバウンドしたのが巨大化の原因だと思う。」

 

 『おそらく』と族長が言っていたことから、中身がなんなのかまでは知らなかったと思われる。実際外から中が見える覗き穴はついていないし。おそらく、このカプセルは生物改造用の実験器具ではなく、タイムカプセルのようなものなのだろう。いつか解き放つことを考えられていたのか。

 

 「この施設は一体誰が建てたんだ?何の目的があってのことだ?」

 「知らない。昔からあったものだ。ただ、我らの始祖ギラスがここでジャングルの生き物をお創りになられたとされている。」

 「なるほどな。」

 

 その記念館みたいなものなんだろうか。自然劣化でカプセルが壊れたと見るべきなのかそれとも、侵入したというよそ者の仕業だったのか。ともかく、今は目の前の問題を片づけなければならない。

 

 「この足跡がそうか。」

 

 割れたカプセルから続く足跡も、3種類ある。ひとつは遭難地点から見えていた丸い足跡。これはもう解決している。その正体がマンモスガメという見たこともない動物だったことから、他の2種類も未知なる動物と考えたほうがいいだろう。同じぐらい温厚な動物だと助かるのだが。

 

 二つ目は、爪が三つ伸びたような足跡。これもまた巨大だ。動物博士ではないので、これだけで判断しろというのはちと無理な話だ。

 

 「モラック、何かわかる?」

 「・・・爬虫類のものではないな。重量級の哺乳類、サウリアサイかもしれない。」

 「サイか、草食だけど暴れられたら厄介だな。」

 

 そして三つ目は、肉球のある柔らかそうな足。つい昨日、ヤマネコに襲われたことを思い出してしまう。

 

 「・・・これも、ジャガーか?」

 「だからトラだろ!」

 「ヒョウやろ?」

 

 10mもあるネコ科の猛獣の相手なんて、考えたくもない。マタタビかなにかで無力化できないものか。

 

 「よし、さっそく作戦会議だ!メオ族だけじゃなく、カレ族にも手伝ってもらおう。」

 「どうして?」

 「猛獣が放たれたからには、同じジャングルに住むものとしても放っておける問題じゃないだろう?モラック、あっちにも話をつけてほしい。」

 「うーむ、族長が許可をくれるだろうか?」

 「反目しあってるのかもしれないけど、今こそ団結の時だ。そうだろう?」

 「そうなったら、私の交渉の役目もおしまいかな?」

 「それを今から発揮してこいっていうの。」

 

 「・・・どっちにも手伝わせて労力を減らそうってことかい?」

 「しーっ。」 

 

 さすがパイルは観察力がある。

 

 「秘密ついでにもう一つ。こんなものを見つけたんだけど。」

 「なんだ、コイン?」

 

 女性の顔が描かれたコイン。見たところ金のようだ。爬虫類顔ではないということは、アルティマ大陸のものだろう。

 

 「これを、どこで?」

 「そのカプセルの下に落ちてたんだけど。」

 「それ、シアーで使われてる『ミィプル金貨』とちゃう?」

 「シアーっていうと、サウリアから一番近いところか。」

 

 色々と謎は尽きないが、ともかく今は会合の場へと赴こう。

 

 ☆

 

 

 「・・・そういうわけで、此度の問題は協力し合って解決したい。」

 

 急遽ひられた部族同士の会合の中心でモラックが声を張り上げる。

 

 「そもそもメオが霊廟の管理をおろそかにしていたせいでは?」

 「カレこそ、よそ者を受け入れるようなことをするせいだ!」

 

 「聞けよ!」

 「はい。」

 

 一触即発、喧嘩一歩前な両陣営なところ、モラックは一喝する

 

 「まず、足跡が河の前で途切れていたということは、みんな河を渡ったということだろう。実際そのマンモスガメは、カレ族の村の割と近くまで来ていたのだから、カレ族にとっても見捨てておけない問題なはず。」

 

 その言葉にカレ族の者たちはしゅんとなる。

 

 「今はどうすれば解決できるかを考えたい!そのためには、よそ者であるガイたちの力も借りたいが。」

 「構わない。どうせそうしなければ解放されないし。」

 

 やれよそ者の力を借りるのは反対だの、またひと悶着あったが割愛。

 

 「それで、何か提案はないか?」

 「先生、なんかある?」

 「そうだな、巨大化しても元の習性が残っているのなら、まずはその線から探ってみたほうがいいだろう。」

 

 まずは生息域から。サウリアサイは開けた場所が好きで、ジャガーは木の上にいる。どちらも巨大な自分の体に合う場所を探しているとすると、おのずと見当もついてくる。

 

 「ここから東に平原があるし、南には背の高い木がある。まずはそこを当たってみるとしよう。」

 「ふん、カレ族の腰抜けどもは、間抜けで鈍間なサイを追っかけていればいいさ。我々はジャガーを探すぞ!」

 「いやぁ、危険度から言ったらどっちどっちやと思うで?」

 「それって、私たちも手伝わなければなりませんの?」

 「手伝うって言っちゃったからにはねぇ。」

 「最悪だ。」

 

 クラスのみんなも解放されてはいるが、自由にはなっていない。これからが大変になってしまった。

 

 「組み分けはどうしよう?」 

 「オレはトラと戦うぜ!」

 「マジ?昨日の今日なのに?」

 「リベンジだよ!今度こそぜってー叩き潰してやる!」

 

 ドロシーはやる気まんまん。

 

 「じゃあ、アタシもドロシーと一緒に行くわ。」

 「あら、ゲイルがそっちに行くなら私もそっち行くわ。ガイも行くでしょう?」

 「何故決める。まあ行くけど。」

 

 ということで、ジャガー狩りはドロシー、ゲイル、カルマ、ガイ。サイ狩りにはシャロン、パイル、サリア、クリン。

 

 「教師としては、お前たちを危険な目に遭わせるわけにはいかないが・・・今回は事態が事態だ。全員、自分の命を最優先するように!」

 「はい!」

 

 優秀なインストラクターがつくとはいえ、非常に危険な課外授業となる。デュランはサイ狩りに、ジャガー狩りにはモラックが付いていくこととなる。

 

 

 「では出発だ!我らの勇猛さを見せつけてやるのだ!」

 「「「ウラァアアアアアア!!!」」」

 

 ひょっとすると、これだけでそこらの猛獣は逃げ出すんじゃないかと思える叫びをあげるメオ族と、その様子を一歩離れて見ているガイ一行。

 

 「昨日もこんな洗礼を浴びたな。」

 「爬虫人類ってみんなこうなのかしら?」

 「古くからの伝統なんだ。けど、もうすぐ近代化の波がやってくるだろうけど・・・。」

 「北の町で交易をやってること?」

 「そう、こちら側はカカオやコーヒーやタバコを、向こうからは金を輸入してる。」

 「そういえば族長の飾りにも金が使われてるな。」

 

 この大陸では金が採れにくいが、それゆえに金の装飾は貴重ということだ。

 

 「だが、そんなんじゃ足りない。金の取り合いや抗争にうつつを抜かしていては、近代化にはついていけない。団結してアルティマに対抗しなければ・・・。」

 「・・・なぁ、モラック。」

 

 ガイは少し考えると、ポケットから金貨を取り出した。

 

 「これが何か、見覚えあるか?」

 「・・・いいや。」

 「質問ついでにもう一つ言わせてもらうと、聖櫃から動物を解き放ったのは、お前なんだろう、モラック?」

 

 それを聞いて、モラックの表情から笑いが消えた。

 

 ☆

 

 

  東の平原、背の高い草に覆われた、いわゆるサバンナである。

 

 カレ族はいくつかの班に分かれてそれぞれ目標の捜索を開始した。デュラン先生率いる生徒たちその1には、族長がついて回ることとなった。

 

 「ジャングルから、ガラッと風景が変わりましたわね・・・。」

 「パイルには見慣れた風景なんじゃねえの?」

 「たしかに、ルージアもこんなサバンナだった。」

 

 背の低いバオバブの木に登って辺りを見渡すと、ぽつぽつと動物の姿が確認できる。

 

 「あっ、シカがいる。」

 「どこどこ?」

 「あっちの池で水飲んでる。サイもいるな。」

 「ほんと?」

 

 あれがサウリアサイだろう。泥浴びが好きらしく、池の周りで群れをなしている。

 

 「だが、あれは普通のサイズだ。求めているものとは違うだろう。」

 「あれの倍以上大きいって、自然界じゃ暮らしていけないんじゃないかな?」

 

 大きいことはいいことだが、大きすぎるのも考え物。餌や水も大量に必要になる。その巨体でライバルたちを駆逐してしまえばいいが、そうなると他の動物たちが割を食うことになる。

 

 「そういえば、捕まえたとしてそのあとどうするつもりなんでしょう?」

 「せやなー、そないデカイ動物入れとく檻もないで?」

 「手懐けて家畜にすればいいんじゃね?」

 「それでいいのか守り神。」

 

 どうするつもりなのかはお任せするとして、猛獣に気を付けながらサバンナを散策すること、およそ半日。

 

 「あっ、デカイ足跡みーっけ!」

 「おおっ、これは間違いない・・・。」

 

 きっと近くで泥浴びをしていたのだろう、泥で出来た足跡が見つかった。

 

 「そろそろ日が暮れるし、キャンプを張ろう。」

 「そんなのんびりしてていいんですか?」

 「サイは夜行性だ。夜中に出くわすのは避けたい。」

 

 足跡が見つかったという事は、すぐ近くにいるだろう。焦らずに落ち着いて追いかけよう。

 

 「あー・・・寝床が固いですわ。」

 「我慢しろよ、全員そう思ってんだから。」

 「寝床の硬さにはそのうち慣れるよ。」

 「布団が欲しいですわ・・・肉の。」

 「肉?」

 「ゲイルの腹筋枕はなかなか寝心地いいんですの。」

 「へ、へぇ・・・。」

 

 シャロンの思わぬカミングアウト。

 

 「ところでずっと思っとったんやけど、クリンって影薄いよな?」

 「どういう意味だ。いや、影が薄くていいよ。厄介なことには巻き込まれたくない。」

 「今まさに巻き込まれてるじゃないか。」 

 「積極的に行動できない殿方はヘタレだと聞きましたわ。」

 「影が薄くて口が悪いヘタレとか最悪やん。」

 「うっせ。」

 

 クリンへのダメ出し。

 

 「向こうではどんなおもてなしされてたんだ?」

 「パイルがすっごい踊ってた。見たことないくらい。」

 「そうかな?」

 「せやで。めっちゃ叫んどったし。」

 「どれぐらい?」

 「ウラァアアアアア!」

 「うるせぇ!」

 

 パイルの意外な一面。

 

 「お前は気楽でいいよなサリア。」

 「えー、そんなことないし?」

 「そうだね、昨日めっちゃ泣き叫んでたし。」 

 「ちょいマテ、別に叫んではおらんかったやろ?」

 「でも泣きはしたんですのね。」

 「うぐっ。」

 

 サリアの弱み。

 

 そのほか、色んなことを話した。

 

 「こーら、喋ってないで早く寝ろよ。」

 「はいせんせー。」

 

 そうして先生が見回りにやってきてようやく寝静まる。

 

 「やれやれ・・・気楽なもんだ。」

 「元気でいいではないですか。子供は元気が一番。」

 「元気すぎるのも困りものですよ。」

 

 先生とカレ族長は火を囲みながら番をしている。

 

 「旨いな、このコーヒー。」

 「サウリアの特産品だ。北のガビアルの町では、これが輸出されている。」

 「これならよく売れるだろうな。ウチで飲んでるやつより旨い。」

 

 

 今まで不干渉を貫いてきていたサウリアが、最近は外部からの人間がやってくること。そして良くも悪くも、それらに感化されている者たちも増えてきていること。

 

 「この大陸にも、近代化の波がやってきている。」

 

 やがて古きは淘汰される文明開化が押し寄せてくる。そうなれば、今の部族間の争いは無くなるだろう・・・。悩む必要すらなくなる。

 

 「我々は明日も知れない身なのだな。」

 

 達観、諦めたようにカレ族長は言う。

 

 「・・・そこまで悲観することもないと思うが。」

 「そうだろうか?私には、我らの渇仰してやまないギラスが、アルティマの者たちの物にされてしまうのが許せなくて仕方がないのだ。」

 「そこまでか。」

 

 「一つ昔話を使用。私も昔は、とある地方領主の次男坊だった。家族や領民に囲まれて、何不自由なく暮らせていた。」

 

 「しかしある日、その生活と別れを告げることとなった。父が病に倒れ、それをわかっていたかのように、近隣諸侯に攻めこまれてしまった。」

 

 「それから長いこと、国中、アルティマ中を放浪する身となってしまった。苦しいことの連続だった。嫌なものも存分に見てきた。」

 

 「だがその旅の中で、今の生活の基盤にも巡り合えた。見ての通り、今は楽しくやっている。」

 

 「何も知らずに幸せに暮らしていたあの頃と、色々と知ったうえでの今の幸せ、形は違えど今の幸せに私は満足している。」

 「そうか、君は恵まれていたんだな。」

 「そう思うよ。今のこの出会いにも、『感謝』している。」

 

 環境は否応なしに変わってしまうが、幸せは自分で見つけられる。

 

 「だが、我々がそうするには・・・。」

 「部族間のわだかまりか。」

 「そうだ。メオ族は特にギラスを強く信奉している。」

 

 ギラス教が広まるとなると、メオ族の土地は聖地となる。それを巡っての争いも起こることとなるだおう。考えただけで頭が痛くなる。

 

 しかし、その聖地にはどんな意味があるのか?二人には想像がつかなかった。

 

 「ガイなら何かわかってそうだったんだが・・・。」

 「ガイ、か。我々を初めて見たとき、何かを感じていたようだった。」

 

 ガイには何が見えていたんだろうか。ここにいればそれを聞いていただろう。というか向こうは大丈夫だろうか。

 

 「うーん・・・私も少し休む。何かあったら起こしてくれ。」

 「わかった。」

 

 そうして夜は更けていく。星の光がヒトもケモノも等しく照らす。

 

 

 ☆

 

 

 「いた!」

 

 翌日、食事もそこそこに済ませて散策に出た一行は、朝日を反射して白く光る、大岩のような巨体のサイを発見した。

 

 「それで、狩猟用の矢があるんだな。」

 「そう、シビレヤドクガエルの毒が縫ってある。これがあればどんな動物だって動けなくなる。」

 「問題は、それをどうやって射ち込むか。」

 

 サイが思っていた以上に大きく、矢が刺さらないほどにその表皮が堅そうだということだ。背中はまるでアルマジロの装甲のようになっている。

 

 「せめて脇腹を狙えれば。」

 「脇腹なら柔らかそうですわね。」

 「でも、あの木の影から動かへんで?」

 「もうちょっと近づいても大丈夫じゃない?」

 

 大分距離があったはずだったが、巨大サイは何かを察したかのよう立ち上がって、のっしのっしと移動してしまった。

 

 「・・・行ってもうた。」

 「サイは耳や鼻がいいんだ。風下から音を出さないようにして近づかないと。」

 

 暴れられでもしたら、人間なんかひとたまりもない。確実に一撃で仕留めるには、出来る限り接近して矢を放たなくてはならない。

 

 「この中で一番と二番目に弓がうまいのは・・・。」

 「族長と次いでシャロンかな?」

 「かわいいお嬢さんをエスコートしようか。」

 「よろしくおねがいしますわ!」

 

 風向きをチェックしつつ、音を立てないように草むらを移動する。族長とシャロンが狙い撃ち、他の皆が後ろからバックアップする。

 

 「よし・・・射て!」

 「はいですの!」

 

 果たして、それは狂いなく巨大サイに命中した。突然の痛みに呻きをあげると、立ち上がって辺りをうかがいはじめた。

 

 「当たった、けれど・・・。」

 「やはり、あの巨体に効果が出るまでは時間がかかるか。一旦退いて様子を窺おう。」

 

 なにはともあれ、命中したからには必ず眠るはずだった。あとはそれを待てばいいだけだったが、そうは問屋が卸さなかった。シャロンの長い髪が、サイの方へたなびいてくる。

 

 「か、風向きが・・・。」

 「しまった!」

 

 サイは敵を見つけた。

 

 「ウラァアアアアアアアアア!!!」

 「うわぁ、いきなりなんだ?!」

 「こっちで気を引くんだよ!ウラァアアアアアア!!」

 「そっか、うらぁあああ!ほらクリンも先生も!」

 「ウラァアアアアアアアア!!!

 「う、うらぁあああ!」

 「ウララァアアアアアアア!!!

 

 サイはニオイだけでなく、音でも判断している。確かに風上の方向から、うるさい集団がいると思えば、そちらを狙うのは必然だった。

 

 「こ、こっち来たで!」

 「こっからどうすんだよ!」

 「知らん!逃げろ!」

 「お前っ!」

 「全員散れ!」

 

 そうして散り散りに逃げだすと、まっすぐ走ることに特化したサイには追えない。

 

 「よーし、もっと叫ぶんだ!ウラァアアアア!」

 「ウララァアアアアア!」

 

 古来より、叫び声をあげるというのは己の恐怖心を隠すと同時に、相手を威嚇することで戦闘を優位に進める効果がある。それはいくら時代が進もうが、文明を得ようが変わらない。うら若き生徒たちは、このサウリアの地で野生の心を得たのだった。

 

 「はぁ・・・はぁ・・・しんどくなってきた。」

 「さんそ・・・さんそをくれ・・・。」

 

 さんざん騒ぎまくっても、まだサイは元気にしている。バテたパイルたちに迫る。

 

 「危ないぞー!逃げろー!」

 「こうなったら・・・。」

 

 シャロンは、矢をつがえて指先に力を込める。

 

 「族長さま、本場の叫び(ハカ)を聞かせて見てくださいまし!」

 「ん?なんだかよくわからんがウルゥァアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 さすが族長、声の張りに年季が違う。それに反応して、サイもまっすぐと向かってくる。

 

 「来たぞ!」

 「ええ、見せて差し上げますわ、ゼノンの一撃、サンダーシュート!」

 

 発生させた雷の力を、物質に込めて撃ち出す、ゼノンの初歩中の初歩の技。

 

 「やったぞ!」

 「ふぅ、やりましたわ。」

 

 雷の矢はサイの額に命中し、硬い表皮に防がれて刺さることはなかったが、一瞬だけ意識を奪う。その一瞬のうちに足をもつれさせたサイはもんどり打って倒れ込む。

 

 「麻酔も効いてきたようだ。」

 「ということは・・・?」

 「任務完了だ!」

 「バンザーイ!」

 

 矢が刺さってはいるものの、腹は呼吸に合わせて上下しているから間違いなく生きている。やがてカレ族たちが集まると、一斉大きな叫び声で祝宴がはじまる。

 

 「この若きハンターたちを祝って、ウルゥァアアアアアアア!!」

 「「「ウラァアアアアアアアアアアア!!!」」」

 

 「これ、サイが起きるんじゃないの?」

 「いやー、ビビって起きられないんとちゃう?逆に。」

 「起きてきたら、またわたくしがやっつけてさしあげますわ!うらぁー!」

 「おっ、シャロンも大分わかってきたじゃん?」

 

 宴は一昼夜続き、さらに村に戻ってこれたのは翌日の夕方のことであった。

 

 

 ☆

 

 

 「いたぞぉおおおおおおおお!いたぞぉおおおおおおお!!!」

 

 ジャングルに怒号と風切り音が響く。

 

 「ちょっと、ストップストーップ!!」

 

 そんな大量の矢がどこにあったのかと問いたくなるほどの雨あられ、森の一角が禿げ上がるほどの火矢が射ち込まれ、ようやく大人しくなったと思えば、まるでなにもなかったかのように場はシーンと静まり返った。

 

 「おい、何を見たんだ?」

 「見たんです族長。」

 「何を見たんだ?」

 

 メオ族長が、部族の1人に聞く。

 

 「森の中で、目だけが光っていた・・・。」

 「なんか思っていたのと別の怪物がいるんじゃないのか。」

 「森の中で光る眼・・・間違いない、ジャベイガだ。」

 「ジャベイガ?」

 「このジャングルでもっとも凶悪な動物だ。」

 

 曰く、暗い森の中を見通す目に、岩をも噛み砕く恐ろしい牙、そして毛並みを変えることで周りにとけ込むことが出来る体表を持つ、ジャングルの絶対捕食者。

 

 それも、普通大きさじゃなかった。明らかに異常な大きさの目をしていたという。捕まえるつもりどころか、殺る気満々なまでの攻撃っぷりも、それを考えればのこと。

 

 「まさか、ジャベイガだったとは!適当に射ちまくっていたからわからんかったぞ!」

 

 ただのアホかもしれん。

 

 ともかく、そんな凶悪な動物を相手に闇雲に戦うのは危険と判断され、一旦装備を整えるために集落まで戻ることとなった。

 

 「とすれば、すぐに引き上げなければ。あのジャベイガーは我々のニオイを覚えてしまった。ナワバリに踏み込んだものは、必ず仕留めるのがジャベイガだ。」

 「引き上げたら、なにか手立てがあるのか?」

 「ジャベイガには一つだけ弱点がある。ヤツは『サウリアサンショウ』のニオイが嫌いなのだ。村に戻れば、それが手に入る!」

 「なるほどー、完璧な作戦だな。もう俺ら以外食われちまったってことに目ぇつぶればな!」

 

 もう詰んでるんじゃないのか。有効な手立てが何一つないとすれば、このまま食われるのを待つにも等しい。追っていたつもりが、いつの間にか追われる立場になっている。

 

 「ぬぅ!こんなことなら、我々がサウリアサイの討伐に向かえばよかったな!」

 「こいつはもうダメだ、なんか考えあるかモラック?」

 「そうだな・・・河を下っていくなら、森を歩くよりは安全かもしれない。ジャベイガは泳ぐことも出来るが、毛並みを変えることは出来なくなる。」

 「優位性をひとつ潰せるという事だな。」

 

 水の上からなら近づいてきてもすぐにわかる。幸運なことに、ここからなら大河であるサウリア河にも近い。

 

 惜しい点としては、たった今族長も食われてしまったことだ。

 

 「走れみんなー!」

 「うわー!またかよー!」

 「モラックさん、先導よろしく。」

 「殿はアタシたちがやるわ!」

 「大丈夫なのかゲイル、カルマ?」

 「平気よ!伊達にシャロンのお守りはしていないわ!」

 

 振り返ればヤツがいる。木々の間に浮かぶ、黄金色に輝く目。その全体像が見えないことが、むしろ幸運だった。ひとたび牙を剥けば、どんな動物だって震え上がるという代物だったから。

 

 「強いニオイが苦手なんでしょう!」

 「くらいなさい、わたしたちのパフュームボンバーを!」

 

 しかしゲイルとカルマは一切物怖じせず、腰に据えていた香水瓶を投げつけた。かなり強烈なシトラスの香りが広がり、さしもの捕食者も一瞬狼狽える。

 

 「うぉおお・・・結構流れ早くない?」

 「だがのんびり筏を組んでる暇もないぞ!」

 

 猛獣の遠吠えが、背にした森から聞こえてくる。オカマの嬌声も聞こえてくることから、まだ食われてはいないのだろう。

 

 「しょうがない、この蔦で体を結ぶんだ!」

 「一緒に川流れというわけか!」

 「ゲイル!カルマ!早くこーい!」

 

 「またせたわね!」

 「さあ行きましょう!」

 「おうっ、ナイススメル・・・。」

 「香水は全部無くなっちゃったわ。」

 「あーたのはどうせチラシにのってた安いやつでしょう!」

 「まあ失礼!高級品でなくとも効果的に使えば魅力的になるのよ!ドロシーちゃんだってちゃんと香水ぐらいつければいいのに。」

 「どうでもいいわ!」

 

 刹那、背後から殺気が迫る。ガイたちは振り返ることもなく河に飛び込んだ。そこに一切の躊躇が無かったことが、後から考えると笑えてくる。

 

 「ぶっはぁ!」

 「流されてる!流されてる!」

 

 見た目以上に大河の力は強かった。まともに泳ぐこともままならず、ガイたちは繋がれたまま流されていく。

 

 「な、中洲か・・・。」

 「た、助かった・・・。」

 

 危うく溺れるところで陸地に足が着いた。背の高い草に覆われて、外からは見えにくい、また鬱蒼と木の生えた中洲である。

 

 「まだ見られてる?」

 「・・・こちらからは見えないな。」

 「逃げおおせたのかしら?」

 「まだわからねえぞ。隠れているだけかもしれん。」

 

 それに陽も暮れてきた。もうすぐ何も見えなくなることを考えると、河を遡行するのも難しいだろう。

 

 「じゃあ野宿する?」

 「マジ?」

 「それしかないわね。」

 

 一応獣らしく火は苦手らしいので、交代で火を焚き続けていれば番にはなる。

 

 「じゃあまず俺とモラックが番をする。お前らは休め。」

 「寝るの怖いな・・・。」

 「一人で寝れないほどお子ちゃまじゃないだろ?」

 「平気よドロシーちゃん、こう見えてもアタシたちサバイバルには慣れているから。」

 「敵が来たら飛び起きられるように訓練されてるのヨ。」

 「お前らは本当に一体何者なんだよ・・・。」

 「オトメは秘密を着飾るものなののよ。」

 「オトメねぇ・・・。」

 

 サバイバルに長けたオトメがいるのか。

 

 さておき、森も静まり返る夜中。パチパチと薪木が弾ける音が聞こえる。

 

 「静かだな・・・。」

 「さすがのジャベイガも、夜中に水に入ることはしないだろうからな」

 

 警戒は怠らない。うっかり目が覚めたらケモノの胃の中なんて事態には笑えない。

 

 「で、モラックよ、さっきの話の続きだが。」

 「なぜ私だとわかった?」

 「それはただのカマかけだったから。」

 「そうか・・・引っ掛かったよ。」

 

 霊廟に落ちていたミィプル金貨。このサウリア大陸で使っているのは外と交易をしているガビアルの町だけ。そのガビアルとの交渉役を持っているのはモラックだけ。故に、金貨を持っていておかしくないのもモラックだけということになる。

 

 「メオ族は特に閉鎖的だから。」

 「ついさっき滅んだけどな。」

 「それに関しては完全に不測の事態だった。まさか解放した動物のなかに、ジャベイガまでいたなんて。」

 

 モラックは心底後悔しているようだった。こんなはずでは、と。反面どこかドライでもあるが。

 

 「どのみち、このままでは遅かれ早かれ我々は滅んでいたと思う。」

 「何故?」

 「外の世界には文化がある。我々の文化とは及びもつかないほどの。」

 「文化ねぇ。滅ぼし、滅ぼされる合うのは文化というよりも野性的な話だと思うけど。」

 「強いものに、弱いものが滅ぼされるのは常だ。このジャングルに住んでいるからこそ、よくわかる。外の世界は強い、我らのギラスよりも。」

 

 モラックは見た。ガビアルの港に停泊する大きな船と、そこに積まれていた兵器の数々、音楽や文学などの芸術品。なによりも狩猟に頼らない発達した農業の形態、食文化。

 

 「サウリアも文明開化の時だ。だから古い因習を壊す意味も含めて、あの聖櫃を解き放ったのだ。ギラスの教えにもあった。爬虫人類が世界に覇を唱えんとするとき、かの動物たちを解き放てと。」

 「ちょっと、それはシャレならんのとちゃう?」

 

 さっくりと恐ろしいことを言いよるぞギラスは。あのカプセルの動物には、侵略のための生物兵器としての側面もあるのか?巨大化するのも計算通りだとすると・・・あまり考えたくない。

 

 「だが、私の目論見も失敗に終わったようだ。部族全てを一つにするつもりが、一つ減らしてしまった。なにより知られてしまったから。」

 「別に止めもしないぞ。戦って散るのが御望みとあらば、好きにしてどうぞ。だが考え方にひとつ間違っていると指摘できるとすると、文明開化のすべてが正しいとは限らない。」

 

 日本でも開国、明治時代に同様に文明開化があった。それまでの日本の文化を否定し、壊してしまった。けれど例えば葛飾北斎の浮世絵は、ヨーロッパの絵画界にも影響を与えたとされる。

 

 「俺はギラスのことをよくは知らないけど、サウリアの文化だっていいところがあるだろ?そこをプッシュしろよ。長所を忘れたら平凡に落ちるとは言われた。」

 「長所を生かす、か・・・忘れていた考えだ。」

 

 ガイは金貨をモラックに返した。たとえばこの金だって、今は金貨一枚分の価値しかないが、族長の頭の飾り細工のように加工すればもっと価値が付けられる。

 

 「俺がしたい話はそれだけ。明日に備えよう。」

 「ガイは先に休んでくれていい。」

 「俺は眠らない。眠らなくていい体質なんで。」

 

 モラックは不思議そうに首を傾げた。

 

 「夜更かしには慣れてるんだ。気にしないで休んでくれ。」

 

 採集していた木と蔓で矢を作り、メオ族の落とした弓を使えるよう、ガイは作業を始めた。その様子を眺めながら、モラックも横になった。

 

 

 ☆

 

 数時間後、ドロシーとゲイルが起きてくる。

 

 「さてドロシー、アナタにはゼノンの力をコントロールしてもらわなければいけないわ。」

 「いきなりなんだよ。そりゃあ自覚はあったけどよ。」

 「一昨日の落雷も、きっとあなたの仕業なのでしょうけど、あんな不器用なコントロールじゃ、多分ジャベイガは倒せないわ。」

 「その方法が、お前らにはあるんだな。」

 「ええそうよ、なにせ私たちはゼノンの指導係なのよ。まだタマゴだけれど。」

 

 そうゆでタマゴのようにツルツルの肌を見せつけながらゲイルは己のチャームポイントをアピールする。見たくない。

 

 「ゼノンの雷の源、それは『ダイナモストレッチ』にあるわ。」

 「なにそれ、初耳なんですけど。」

 「ズバリ、筋力のコントロールこそが、雷のコントロールにもつながるということよ。」

 「筋肉がそのまま電池のようになってるんだろ。」

 「そう、さすがガイね。毎日の体操のおかげで、柔軟性が増してるはずだわ。」

 

 『毎日続けられる体力づくり~基礎編~』の健康体操。あれにゼノンに必要なもののほぼ全てが載っていた。そのおかげで、基礎トレーニングは毎日積んでいる計算にはなっている。

 

 「だからここから必要になるのは応用編ね。ダイナモストレッチで生み出した雷を、呼吸で発散するのよ。」

 「アキラから聞いた話に近いなそれも。確か、気力?を拳に乗せるんだとか。」

 「概ねその通りね。拳だけではなく、武器にも乗せられるというのが一番の特徴よ。」

 

 腰に据えていた剣を抜いて、ドロシーは力を込めてみる。

 

 「・・・イメージがわかねえよ。」

 「イメージで出来るものじゃないわ。体で覚えないと。」

 「それは難しい話だな、反復練習してる時間もないぞ。」

 「でもドロシーなら出来ると思わない?」

 「確かにな。」

 

 ドロシーが剣を振れば、風を切る音すらする。けれどそこに雷の力はない。

 

 「ねえガイ、そのアキラからはどんなことを聞いたの?」

 「特にそのへんのことについて聞いてない。実践をしたこともないし。」

 「残念ね、間違いなくゼノンの教典になっていたわよその知識。」

 

 知っていても、それを教えられる技術がガイにはない。背中を見て学べとしか言いようがない。

 

 「セイッ!セリャッ!」

 

 1時間ほど振り続けて、剣先からオレンジの火花が散るようになった。ようやくそこまで出来るように、ドロシーは肩で息をしている。

 

 「やはり呼吸が大事なようだな。」

 「ええ、筋肉のエネルギーを発散させるための呼吸。でもすでに掴み始めてるみたいよ。」

 「あれでか?」

 「シャロンよりは早いわ。」

 

 帯電させているわけでなく、電気を垂れ流している状態だが、ゲイルには目を剥く成長っぷりだった。

 

 「やっぱ持ってるわねあの子。」

 「それでもほどほどにさせとかないと、あっという間にバテるぞ。」

 「そうね。本番で倒れられても困るわ。」

 

 止めるように言われて、ドロシーは倒れ込んだ。息の中にヒュウヒュウと異音が混じっている。

 

 「さあ、明日が決戦だ。」

 「何事も起きなければ、それが幸いだけど。」

 

 残念ながらそうはなりそうにない。事実、今もこちらを見据える殺気は消えていないのを、誰もが感じていた。

 

 

 ☆

 

 

 「みんなオールは持ったな!行くぞー!」

 

 翌日、大急ぎで組んだ筏で、川下り作戦が敢行される。

 

 「ところで、この河って魚とかいるのか?」

 「ピラニアがいるよ。」

 「泳いで逃げるのは辛そうだな。」

 

 ピラニアは臆病な性格だが、血のニオイを嗅ぐと狂暴化する。最悪ピラニアに襲わせて撃退するという手段も無くはなさそうだ。

 

 「ちなみに、この河のピラニアは、こんな筏ぐらい簡単に沈められるぐらい顎が強いよ。」

 「うん、無理。オレらが先に骨になるわ。」

 「昨日はよく襲われなかったもんだな。」

 

 ふと、少し考える。もしも襲われていたらと思うとゾッとするが・・・。

 

 「わかった、ドロシーのせいだ。」

 「オレ?」

 「昨日もドロシーの息が上がった状態で、手をつないで河に入ったから、電気を忌避してピラニアが来なかったんだ。」

 「それは、ありえるわね。」

 

 サメも電池を海に浸けるだけで撃退出来るというし、不思議な話でもない。

 

 「それにしても、手漕ぎで行くってキツくないか?」

 「そうでもない、ここから村を移るために渡った場所までそう距離はない。」

 「それまでにアイツに追い付かれなかったらな!」

 

 さっそくおいでなすった。岸の方を見ると、風景がゆらめくような錯覚と、爛々と光る眼が追いかけてきている。

 

 「どんだけしつこいんだよアイツ!」

 「縄張りの外まで追ってくるつもりなのよ!」

 「手漕ぎじゃなくって、モーターつきだったらよかったのになぁ。」

 「文句言ってないで手を動かしなさーい!」

 

 今はまだ様子見の段階だろうが、全力で泳いで来られるとマズいだろう。おそらく、こちらが疲弊するまで待っているつもりなのだろう。カプセルから出てきたばかりなのに、まるでベテランの狩人のように狡猾だ。

 

 「ええいどうする?弓で迎え撃つか?」

 「下手に刺激すると怒って向かってくるかもしれないわよ!」

 

 河の流れも落ち着いてきて、スピードが落ちてきているのがわかる。

 

 「ドロシーちゃん。」

 「なんだカルマ、こんな時に。」

 「今の内に教授しておくわ。ゼノンのスイッチにも、色々パターンがあるの。その内のひとつに、ニオイがあるわ。」

 「ニオイ?」

 「ええ、さっきの血のニオイの話で思い出したの。血のニオイや味が、闘争本能を刺激して、より強い雷を生み出すことが多々あるの。」

 「なんでそんな知識を?」

 「わたし、これでもシャロンの教育係なのよ。」

 

 カルマの急なレクチャー。これがどう役に立つか。

 

 「ところで、上流まで逃げたところで、その先どうするつもりなんだ?」

 「族長が言ってた通り、サウリアサンショウの粉で撃退する。その前の麻痺毒の矢を射ち込んでおけば、あとは眠っているのを追いかけて捕まえればいい。」

 「なんでそんな簡単な作戦を考え付かなかったんだろうな族長。」

 「アホだからしょうがない。」

 「やっぱりそう思ってたんだなモラックも。」

 「どうしようもないアホだよ!キミたちを侵入者だと勘違いしてたままだったし!」

 

 モラックの真意を知らないままだったし。

 

 「よし、ここからは走ろう!」

 「ひょえー!走れ走れ!」

 

 予定されたポイントよりも手前だったが、筏を乗り捨てて走る。それを見た光る眼は、大きな水音を立てて迫ってくる。

 

 そうしてようやく、ガイたちは追跡者の姿を見止めた。本来の毛並み色は黒、僅かな音も拾う大きな耳、強靭そうな牙、おしてドレッドヘアーのようなたてがみ。あれがジャベイガだ。

 

 「ついでだし、これでもくらえっ。」

 

 手のひらから血を滴らせたゲイルが、血の付いた布の塊を河に投げ込んだ。にわかに水面が激しく波打つと、魚の群れが暴れ始めた。

 

 「やるじゃんゲイル!」

 「考えたのわたしだけどね。」

 

 ピラニアに食いつかれたジャベイガは、軽く唸り声をあげるが、通常のトラの5倍ほどの巨体には、さしてダメージが入っていないように見える。

 

 「嘘だろ、牛を一瞬で骨だけにするって話だぞ!」

 「毛が強靭過ぎて、肉まで辿り着けないのよきっと!」

 「のんびりしてるヒマねぇ!」

 

 作戦は失敗した。逃避行に移る。

 

 やがて間もなく死が追いついてくる。

 

 「どうする、まだ村まで距離あるぞ!」

 「戦うしかねえか・・・オレがいく。」

 「ドロシーちゃん?」

 「なら俺も残ろうか。」

 「ガイも?」

 「こんな事態になった発端はオレたちにあるわけだし、これぐらいやらせてくれよ。」

 「OK、じゃあね。」

 「ちったぁ止めろよ!」

 「でも止めても行くんでしょ?」

 「うん。」

 

 かなりあっさりゲイルたちと別れる。決して今生の別れとするつもりはない。もちろん生き残るつもりだ。

 

 木々の間を、枝や葉を折りながらジャベイガがやってくる。追い詰めたぞ、と言いたげに低く唸る。

 

 「なんか作戦ある?」

 「食われないようにする。」

 「簡単な作戦だな!」

 

 作戦の内容程実行するのは簡単ではないが。とびかかってきたジャベイガを2人は分離して避けると、ガイは弓を引いて脇腹を狙う。

 

 「ちっ、素早い!」

 

 さんざん矢を射ち込まれたせいか、あっという間に躱して牙を剥く。それをガイも危なげなく前転して躱す。

 

 「このっ!あぶねっ!」

 「ドロシー、突っ込み過ぎだ!」

 

 足元にいるドロシーに、爪を立てようとするが、それをすかさずフォローする。

 

 「これじゃあラチがあきそうにないな・・・。」

 「ガイ、ちょっといいか?」

 「なんだ?」

 「ちょっとかがんでくれ。」

 「こう?」

 

 そう跪いたガイの首元に、ドロシーは顔を近づける。

 

 「うん、ニオう。」

 「なんだよ?気持ちわりぃ。」

 「ちげぇよ、なんかニオイがスイッチになるとか言ってたから、こういう事かと思ったんだよ!」

 「絶対違うぞ、間違っちゃいないんだろうけど。って、来たぞ。」

 「おし!特訓の成果見せてやる!」

 

 その言葉通り、ドロシーの剣にパリパリと火花が散り始める。それを畏怖するかのように、ジャベイガはたじろぐ。

 

 「ドロシー!目をつぶれ!」

 

 直後、むせかえるほど香ばしいニオイが鼻を衝く。はやくも切り札がやってきた。サンショウの目つぶしを携えたゲイルたちが戻ってきたのだった。

 

 「これでっ、どうだぁあああああ!」

 

 振るう刃が、その隙を逃さない。ジャベイガに突き立てられた剣先から、電流が流れこむ。

 

 「やったか?」

 「いや、この程度じゃまだ・・・。」

 

 モラックの懸念通り、この程度でくたばるジャベイガではなかった。今まさに目の前のドロシーを襲わんとしたとき、奇妙な現象が起こった。

 

 「な、なんだ?」

 「うぇっ、吐きやがった、気持ち悪い!」

 

 ジャベイガの腹がモゾモゾと動きだし、何度かの嗚咽のあと、塊を吐き出した。

 

 「ぞ、族長?」

 「ふぃー!やっと出られたぞい!」

 

 それは昨日食われてしまった族長、およびメオ族の人間たちだった。

 

 「まさか、丸のみにされてそのまま生きていたのか。」

 「我々にはニンゲンと違って上部なウロコの皮膚を持っているからな!それよりも、今こそ我らの勇猛さを見せつけるとき、突撃!」

 

 メオ族たちの反撃だ。さしもの絶対的捕食者も、立て続けに起こった災難の上の、数の暴力にはなすすべもなく、とうとう目を回して泡を吹いた。

 

 「我々の勝利だぞー!!」

 

 ともあれ、絶体絶命の危機をやり過ごしたことは事実。どっと疲れが襲ってくるが、そこには安心感もあった。

 

 「やったな。」

 「なんとか、生き延びれたな・・・。」

 「それって誰のおかげかな?」

 「みんなのおかげってことでいいんじゃないの?」

 「でも一番体張ってたのオレだぞ?」

 「あれ、そんなこと言っちゃう?アタシのナイススローのおかげでしょう?」

 「いやいや、それならわたしのレクチャーのおかげでもあるでしょう?」

 

 自分のニオイのスイッチのおかげだろう?とは言い出せないガイだった。

 

 「なあガイ。」

 「なに?」

 「その、もう一回ニオイかがせてもらってもいいか?」

 「好きにしろよ。」

 「おっけー。」

 

 ドロシーはすんすんと鼻を動かす。くすぐったいようだが、反応する気も失せたガイはなされるがままにしている。

 

 「やっぱ、なんか違うと思うわ。」

 「そうだろう?」

 「親父のニオイと似てるかな?と思ったけど、なんか違う。」

 「加齢臭を気にした方がいいか?」

 「そういうのじゃないから安心しろよ。」

 「なんで俺が慰められているんだ。」

 

 こうしてとにもかくにも、ひとつの冒険が終わった。けれどまだまだ始まりに過ぎない。道のりは長く、その一歩をもまだ踏み出せていないのだから・・・。

 

 

 ☆

 

 

 「ここが、ガビアルの町か。」

 「うわぁ。」

 

 鬱蒼としたジャングルから一転、近代的な港町が見えてきた。

 

 「まず商館に行こう。そこで船を出してもらえないか話をしよう。」

 「交渉は頼んだ、モラック酋長?」

 「酋長はよしてくれ。」

 

 装飾品が追加されたモラックが、自らの戦場に赴く。

 

 「それにしても、結構ヒトが多いね。」

 「爬虫人類だけの町ってわけではないようね。」

 「そもそも生活様式がダンチだし。」

 「団地?」

 「段違い。」

 

 学園より外に出たことのなかったガイには、この世界の一般的な街というものを知らないが、一見しただけでここの異質さはわかる。現代日本より少し古めかしいが、横浜で似たような街並みを見たことがある。

 

 「そして、あれが船か。」

 「おっ、磁力船やん。今出回ってるヤツのなかでも大きい船やで。」

 「じゃあ、『アレ』も載せられるかな?」

 

 後ろに指した先にある、ものすんごく目を引く、物件、いや生き物。

 

 

 ☆

 

 話はさかのぼること数時間前。なんやかんやで、どうにか逃げ出した動物たちは捕らえられた。今は薬で眠っている。

 

 「ウラァアアアアアアアアア!!」

 「ウラーァアアアアアアア!」

 

 そしてまた宴が始まった。メオ族の村でカレ族も混ざった合同で、互いの健闘を称えあっている。。サイ捕獲組も大声を出しているが、トラ捕獲組はぐったりとしている。

 

 「そっちの方は大変だったんだな。」

 「死ぬかと思った。」

 「そう考えると、こっちの方はまだ楽だったか。」

 「ラッキーでしたわね。」

 

 お互いの無事を確認しあいながら、振舞われた食事に舌鼓をうつ。疲れた体に、スパイスの刺激がよく沁みる。

 

 「それにしても、こいつらこれからどうなるんだろな。」

 「こんなデカいとエサ代だって馬鹿にならないだろうしな。」

 「実家で飼っているネコを思い出しますわ。」

 

 シャロンの家のネコ、多分デュラン先生あたりよりいいもの食ってそうである。

 

 「族長からの宣言だ!みんな聞け!」

 

 部族の誰かがそう言った。中央に備え付けられた台の上に、族長2人が並んで立つ。

 

 「諸君!此度の部族を超えた問題を、よくぞ解決してくれた!カレ族とメオ族、両族長から皆に感謝を伝えたい!」

 

 ウォオオオオオオっとまた盛り上がる。

 

 「しかし今回、尽力してくれたのは外からのお客さんたちである!我々は彼らにも感謝しなければならない!」

 

 太鼓や笛で囃し立てられる。

 

 「そうして我々族長2人で話し合った!我々も変わるべきなのかもしれない、新しいサウリアの幕開けに沿うような、新しい文化を築くべきだ。」

 

 「そこで我が息子、モラックを新しい族長、カレ族とメオ族を纏める酋長に任命したい!」

 

 傍らに控えていたモラックが、台に飛び乗って手を挙げる。それを部族全員が喝采で持って迎えた。

 

 「これからはグローバル経済の時代だ!」

 

 新しい時代へ導く若きリーダーの誕生だ!

 

 「あれ、でもいいの?動物を放ったのもモラックなんだろ?」

 「本人は反省してるみたいだし、余計な事を言って事態を余計にややこしくする必要もないだろう?」

 「たしかに。」

 

 ちゃちな正義感振り回して、自分たちの大目標を見失ってはいけない。

 

 ☆

 

 そういうわけで、教室を背尾ったマンモスガメは餞別に貰うこととなった。こいつも教室を背負うのが気に入ったらしい。

 

 「かさむエサ代の厄介払いにも、俺たちへの口止め料にもなるから悪い話じゃないだろうな。」

 「話が付くまで、観光でもしようぜ!」

 「レオナルドも連れていきたいですわ!」

 「レオナルド?もう名前つけたのか。」

 「というかなぜレオナルド。」

 

 教室を背負っているマンモスガメ、レオナルドはのそのそと神輿のように歩き回っている。これがヒトの足で歩くよりも早いのだから驚異的だ。ただ街中を歩くとすごい迷惑になる。

 

 「レオナルドー!街路樹を食べてはいけませんわー!」

 

 ペットはしっかり躾ないとトラブルになる。この場合名付け親のシャロンが飼育係ということになるか。

 

 レオナルドが食べているのを見ていると、人間も腹が減ってきた。

 

 「ほー、露店か。何売ってるんだろ?」

 「ワニのかば焼き?」

 「ちょっと食ってみたいかも!」

 「ちょっと待って、サウリアやシアーで使えるお金持ってないわよアタシたち?」

 「モラックにツケとこうぜ。」

 

 ワニは革をカバンにして輸出し、肉は食用にしているらしい。皮の利用価値が増えたということだろう。乱獲が気になるところだが。

 

 「なかなかンマイな。」

 「でもスパイスが足りてないな。」

 「サウリアサンショウは輸出しないのかな?」

 

 地球の大航海時代、香辛料求めて西へ東へ航海へ出たという。基本的に陸続きのアルティマでは根付かない話らしいが。

 

 「そういえばサリア、あの磁力船ってどこで作ってるんだ?」

 「シアーやね。シアーはメルカよりも技術の開発に余念がないねん。」

 「メルカではゼノンが幅をきかせてるからな。サウリアの次に遅れるぜ、絶対。」

 

 技術の応用は必要から生まれるが、基礎は好奇心から生まれるという。人が人である限り、知りたいという好奇心は尽きないし、技術の開発からは切っても切れない関係になる。

 

 保守と言えば聞こえがいいが、ゼノンのやっていることはやはり弾圧に近いんではないだろうか。

 

 「磁力機関か、どういう仕組みなんだろうか。」

 「ようわからんねんて。」

 「さすがに情報通のサリアも知らないか。」

 「せやなくて、知らへんねんて。」

 「ん?」

 「だから、使ってる人らも作ってる人らも、ようわかっとらんのやって。」

 「・・・そんなものに乗るのか?」

 

 とたんにガイは不安になってきた。

 

 

 ☆

 

 

 「ネジは機械のパーツではない。人間社会のシンボルだ。」

 

 そう豪語するのは、サウリア入植の最有力者、『ヴィクトール商社』の社長。名を『マシュー・ヴィクトール』、その肩書に反してかなり若そうだ。

 

 その手には一本のネジが握られている。それを見せびらかすようにしながら、モラックに語りかける。

 

 「人は皆、世界という機械の中で、各々が役割を果たす。ネジのように、自分に見合った役割をな。」

 「はぁ。」

 「つまりだ、ネジはすごいということだ。」

 

 ネジ、日本には火縄銃と共に伝来したとされる。ある意味、文明開化の一端を担っていると言えるかもしれない。

 

 「そのお客さん方、キャニッシュ私塾の方々を大陸へ送る仕事受けよう。」

 「ありがとうございます。つきましては、我々とも新たな貿易のルートを確立したく。」

 「そうだな、それも前向きに検討しよう。」

 

 腹に一物抱えている人間だとモラックにもわかっているが、今はこの藁、いや棘に縋るしかない。

 

 (なにが大陸か、なにがアルティマか。最後に笑うの我らギラスの子だ。)

 (今のうちに聖地を抑えるというのもまた一興か。)

 

 否、腹に一物抱えているのはお互い様であった。

 

 「・・・ということで、キミたちを送る算段はついたよ。」

 「ありがとう。、モラック。何から何まで。」

 「なに、キミたちのおかげで部族も纏まった。感謝している。」

 

 会合が終わり、モラックが首尾を伝えてくれる。観光もそこそこに済ませたところのガイたちも集まる。

 

 「最新式の船に乗せてくれるそうだ。半日で着くとも言っていた。」

 「やっぱりあの船に乗るのか。」

 「何か不満でも?」

 「不満じゃなくて不安、絶対ロクなことが起こらない。」

 「今すでにロクでもない状況だっての。」

 「それよりもっとひどくなるんだよ。」

 

 

 

 「ギャー!船が沈むぞー!」

 「早くボートに移れー!」

 

 「なんだろう、知ってた。」

 「現実逃避してる場合か!」

 「レオナルドに乗り込むのですわ!」

 「レオナルドって泳げるの?」

 「カメなんですから泳げるにきまってますわ!」

 「リクガメだろうに。」

 

 結論から言うと、レオナルドは泳げた。だが予定より大分東へ流されてしまった。

 

 だが全員無事に生きている。なら最悪の中でも最悪じゃないってことだった。

 

 「下ばっか向いててもしょうがねえ!前向いていくぞ!」

 「元気ねー、ドロシーちゃんは。」

 「胃が痛い・・・。」

 

 かくして、ガイたちの本当の冒険がはじまった。

 



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開店、ピザ屋レオナルド

 「それで、ようやく通話できる場所に着いたというわけですね。」

 『はい、遅くなってしまって申し訳ありません。』

 

 キャニッシュ私塾、塾長室の鏡台の前でアイーダ塾長は話をする。鏡に映っているデュラン先生とだ。

 

 「それにしても、まさか大陸の端まで行ってしまうなんてね。遠足でもサメルのリーチルまでだったでしょう?」

 『一応もう少し北西へ行けば、行ったことのある土地に入れます。そこからならある程度安全に案内ができます。』

 「そうしてちょうだい。生徒たちの安全を優先して。あーでも、子供たちがやりたいことも優先させてあげてね?」

 『どっちなんですか。』

 「ほら言うじゃない、可愛い子には旅をさせよってね。」

 

 じゃあね♪と話もそこそこに通話を終了させる。長距離通話は料金もバカにならないのだ。鏡台はただの鏡に戻る。

 

 「お母様、デュラン先生から連絡があったとか?」

 「ええ、もう終わっちゃったけど。みんな元気みたいよ。」

 「よかった・・・。」

 「ドロシーちゃんたら、力を日に日に増してて、ゼノンとしての修行も始めたそうよ。」

 「ドロシーが?あんなに渋っていたのに。」

 「必要は状況から生まれるものなのよ。それだけ過酷なのかもしれないわね。こちらから手を出しにくいのがなんとも言えないわね。」

 

 「それより、あなたには王子様のほうが気になってるんじゃないかしら?ドロシーちゃんと急接近!なんてもあるかもしれないわよ?」

 「べ、別にそんなことないわ!ただ無事に帰ってきてくれないと、生徒会長として・・・。」

 「そうねー、ここ毎日部屋の掃除をしてあげたり、忘れたり忘れられないようにしてるだけだものね?」

 「んもー!おかあさん!」

 

 

 ☆

 

 

 「おっ、先生おかえり。学校はどうだった?おばさんはなんて?」

 「あっちは変わりない。生徒たちの安全を任されたよ。」

 

 公衆通話鏡ボックスから出てきたデュランは、その目の前に駐車されているレオナルドの教室に入ってくる。また疲れたような顔をしている。

 

 現在、シアーの南東部に位置する都市『ジーナス』の街にいる。本来の予定として、ヴィクトール商社の本社がある『リーアン』には、西にそびえる山脈を隔てており、迂回するには遠回りになる。

 

 「なら、北側に抜けて、大陸中央の地中海を渡って、ノメルの東を目指したほうが早くない?」

 「そちら側は砂漠があるからな、おそらくレオナルドが歩けない。」

 「ノメルの東じゃなくて、サメルの東に行けば、オレかサリアの家の海運商を頼れるんじゃないか?」

 「また船が沈没するのは御免だぞ?」

 「ウチの船が沈められるんもイヤやで?」

 

 「どっちにしろ路銀も無い。」

 

 10人ほど+αの団体が生活する食費や、通行料やらに大きくとられてしまう。情けない話、結局世の中生きるには金が要る。

 

 「どうにかして稼ぐ方法を探さなくちゃな。」

 「ガイなんかある?」

 「そんなうまい話がありわけない。」

 

 ガイはもしゃもしゃとサンドイッチを口に詰め込む。賞味期限スレスレで安くたくさん買えたものだ。

 

 「おいガイ、1人二つまでだったろ?何個食った?」

 「ふたつ。」

 「嘘つけ!」

 「やーかましいわ早く食わないと賞味期限切れるだろうが!」

 

 やいのやいのとまた騒がしくなってきて、デュランは頭を抱える。諸島部の引率のほうがまだマシかもしれない。

 

 「とにかくお金を稼ぐ方法と、帰る道を探さないと。」

 「まずは情報収集だな。また手分けして何か無いか探そう。」

 

 

 ☆

 

 

 「ということで、僕たちは移動しつつピザ屋をやっていくことになった。」

 「どうしてそうなった。」

 

 半日後、そこには食材を集めた生徒たちが集まっていた。

 

 「その小麦は?」

 「農家さんを助けたらいっぱいもらえた。」

 「豊作すぎて、市場に流したら価格崩壊するんやって。」

 

 ドロシーとサリアが荷車を引いてきた。

 

 「チーズは?」

 「酪農家さんの牛乳タンクが爆発したらしくて、全部チーズに化学反応したらしい。」

 「ニオイとれねえよこれ・・・。」

 

 パイルとクリンが強烈なニオイを漂わせている。心なしか皆引いている。

 

 「肉は?」

 「ワニを狩ってたわ。」

 「やべーよあっちの河。また死ぬかと思った。」

 

 カルマとガイ。ガイはキズだらけになっているがカルマは涼しい顔。

 

 「じゃあ、このタマゴは?」

 「レオナルドが沢山生みましてよ。」

 「メスだったのね、レオナルド。」

 

 シャロンとゲイル。カメのタマゴっておいしいんだろうか?

 

 「で、これだけ材料があればピザ屋さんも開けるなって。」

 「で、誰がネズミの役なんだ?」

 「ネズミ?」

 「先生だろ。」

 「まあいい、あとはオーブンがいるが?」

 「ガイまかせた。」

 「OK。」

 

 

 

 「そういえば、なんで船沈んだんだろうな?」

 「どう考えても過積載じゃない?」

 「いやいや、さすがに船長もそこはわかってて乗せてくれただろう?たしか爆発音がしてたと思うが。」

 「出力の上げ過ぎによる、オーバーヒートだと思う。あの分だと水冷式だったんだろうが、それにはお粗末だったし。」

 「ガイわかるん?」

 「なんとなくはな。そのおかげで今役に立っているんだが。」

 

 カンカンとハンマーを振り下ろして、教室の一角にドーム状のオーブンの形を作っていく。そのパーツには、流れ着いた件の船のエンジンのスクラップが使われている。

 

 「これさ、後々商社から賠償とか求められたりしない?」

 「真偽はどうあれ、どう見てもオレたちが原因にしか見えないし、今横領してるし。」

 「知らんぷりしとけよ。」

 

 教室の床や壁の耐熱補強も必要になり、他の生徒たちも左官の格好で作業している。

 

 「ドロシー、そこ盛り過ぎだ。ゲイルは押し付けすぎ。」

 「クリンはなんでそんなに詳しいんだよ。」

 「実家が大工だからだよ。」

 「初めて知ったわ。」

 

 宮廷おつきの大工の家系だと聞いたのは後のこと。神経質で目ざとい性格なのは遺伝のようだ。

 

 「かんせーい!」

 

 こうして即興ながら、オーブンが完成した。

 

 「そして、実食!」

 「いただきまーす!」

 

 「・・・あんまうまくないな。」

 「言うな。」

 「ま、まだ作り始めたばっかりやし!」

 

 けれども屈託のない笑い声が響いた。



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名は力を表す

 「ガイー、オーブンまだ直らないのー?」

 「もうちょっと。パーツも人手も足りないんだよ。」

 

 元が船のエンジンに使われていたスクラップなので、このオーブンはしょっちゅう止まる。そのうえうるさくて、無駄に揺れるんだから何をかいわんや。

 

 「ところでガイ、あなたにはこれがどういう仕組みなのかわかっているの?」

 「空間エネルギーを吸って熱に変えてるんだよ。人間の観点でいえば、永久機関と呼んで差し支えない。」

 「よくわからないんだけど?」

 「オーブンに使うにはオーバースペックが過ぎるってこと。」

 

 このオーブンでピザ一枚を焼くごとに、その質量分宇宙が縮んでいく。制御装置に不備があれば、おそらく大陸全てどころか惑星ごとなくなりそうなメルトダウンを起こしかねない。このオーブン程度の質量で起こることはまずないだろうが。

 

 「ふぅ、ひとまずこれでいいだろう。」

 「もう完璧?」

 「当分壊れはしないだろう。さ、昼飯にしようぜ。」

 

 昼飯も当然ピザ。肉がトリ肉やイノシシ肉になりながら、地中海北東部を目指してピザ屋レオナルドは進んでいる。

 

 「いいかげんチーズの味に飽きてきたぞ。」

 「代わりにチョコをのせて焼いてみるってのはどう?」

 「それはもうクレープ屋にしたほうがいいな。」

 

 毎日同じチーズ味では飽きてくるが、代替案として出てくるのはろくでものない物ばかり。

 

 「ピザが嫌ならケーキを焼けばいいじゃない。」

 「チーズケーキしか作れないがいいか?」

 「フルーツケーキが食べたいですの。」

 

 あながちクレープというのも悪い提案ではないかもしれない。

 

 「じゃあ試しましょうよ!いい加減栄養バランスが気になっていたところだわ!」

 「レオナルドー、ストップなさーい。」

 

 レオナルドは歩を止めて、四肢を畳んで休眠モードになる。現状言うことを聞いてくれるのは、動物好きのシャロンと、野生のパイルだけだ。

 

 「じゃあ新しい食材探し、主にフルーツ、探しに行きましょう!」

 「いいの先生?」

 「まあ、栄養バランスは大事だし。」

 

 ビタミンが足りなくなると歯ぐきから血も出てくることだし、ストレスも溜まる。決して悪い話ではないだろう、森のど真ん中という点に目をつぶれば。

 

 「そもそも、野生の果物なんてタネばかりで食べられたものじゃないと思うけど。」

 「その時はミキサーにかけてフルーツソースにしちゃえばいいんじゃね?」

 

 風味や食感を台無しにすることになるが、まあそれにしたってまずは見つけない事には始まらない。

 

 そうして集まったのは、イチジク、ザクロ、キイチゴ、ヤマブドウ、クマ。

 

 「見事に野性味あふれるものばかりだなあ。」

 「いやいや、最後のなんだよ。なんで熊が混じってんだよ。」

 「どうやらテリトリーを冒してしまったらしい。」

 「今夜は熊鍋だー!」

 

 またかよ。どんだけ生態系を壊せば気が済むのか。

 

 「毛皮は敷物に、内臓は薬にもなるそうね。」

 「じゃあ僕は骨で細工でもしようかな。槍に使えそうだ。」

 「お前らは手馴れて過ぎだ。」

 

 心なしか、クリンのツッコミが頼もしくも思えてくる。

 

 ふと恐ろしいことが思いついた。海上で遭難した船員たちは、幻覚を見たり、狂気的な行動をとったりしていたらしいが、ひょっとして我々も既に狂気に取り付かれているのではないだろうか。

 

 「残念だけど、学園にいたころから既に狂気に包まれていたよ。」

 「やっぱり?」

 「その一員であるお前が言うか。」

 

 ガイもまた、立派な狂気のクラスの一員である。

 

 

 ☆

 

 

 「さてドロシー、準備はいい?」

 「おっけー。」

 

 フルーツソースは甘酸っぱかったが、ドロシーに課せられ試練は甘くなかった。

 

 「せぃいいいいい、やっ!」

 「練りが甘い!」

 「もっと・・・雷に粘りを持たせて・・・。」

 

 四方八方へと霧散する雷を、纏め上げて球にする。これもまたゼノンの基礎能力である。

 

 「本来なら、指導員の元でみっちりと訓練するのだけれど、今はそんな環境もないし。」

 「むしろそんな技能をオカマが教えられるとは知らなかった。」

 

 人は見かけによらないものだ。ゲイルが実技、カノンが知識をそれぞれ担当している。

 

 「ぜぇ・・・ぜぇ・・・。」

 「息が上がるのが早いわね。シャロンを見なさい。」

 「涼しい顔しやがって・・・。」

 「それに、雷球も安定しているわ。」

 

 シャロンの両掌の間に浮く雷は完全な球体で、バリもない。

 

 「じっとしてんの苦手なんだよ!」

 「時には待つのも大切よ。」

 「待ってるよりオレは近づいて殴る!」

 「それとこれとは話が違うんだろ。基礎なら出来て当たり前でないと、基礎じゃないだろ。」

 「ぐぬぬ・・・。」

 (ガイのいう事なら聞くのね。)

 

 生憎、この手の知識をガイは持っていない。それでも、基礎の重要さは知っていた。

 

 「ほら、彼女を見習え。呼吸は一定だし、視線を動かしもしない、すごい集中力だぞ。」

 「あっ。」

 「あべっ!!」

 「も、申し訳ありませんの・・・近くによられてしまうと集中が途切れますわ。」

 「そりゃ・・・俺が悪かった。」

 

 また強烈な電気ショックをその身に味わった。

 

 「もっとこう、感覚的なイメージって無いのか?オレには頭使うのは無理だぜ。」

 「そんなに一日二日で出来るようなものではないですわ。わたくしだって、これを覚えるだけで2年かかりましたもの。」

 「そんなにかよ?これ旅の間に身に着ける無理じゃないのか・・・。」

 「・・・丹田に力を込めるのなら、一つわかる。」

 「え、前は教えられるほどうまくないって言ってたじゃねえか?」

 「ちょっと恥ずかしい方法なんだよ、これ。」

 「恥ずかしい?どんなことさせる気なのよ?」

 「『技名』をつけるんだよ。」

 「名前?」

 「自分の『これだ!』って名前を付けて、腹から力を込めて叫ぶんだ。名前のほうが、完成形をイメージしやすくって、形にしやすいと聞いた。」

 「なるほど、それも一理あるわね。名前というのは、ゼノンにとっても重要なファクターのひとつなのよ。」

 

 ある意味言霊の一種なのだろう。名前には力が宿るという。

 

 「じゃあ・・・やってみるか?」

 「やってみろ。」

 「どんなネーミングセンスなのか楽しみやね。」

 「言ってやるなよ。」

 「お前ら後で見てろよ。」

 

 ドロシーは目を閉じて集中する。名前が持つイメージ、それを形にする。

 

 「よしっ!」

 

 意を決して、右手のひらに雷球を掴む。 

 

 「サンダー・・・ストライク!!」

 

 それを振りかぶって、投げる。

 

 「どうだ?!」

 「普通過ぎて笑えんわ。」

 「厳しいな。否定はしないが。」

 「だー!いきなり考えろなんて言われても無理だ!でも威力はあったろ?」

 「ぜんぜんね。」

 「ガーン!」

 

 結局この日はドロシーが火傷して終わった。

 

 「ところで、ガイはどんな技名を考えたん?」

 「俺にまで飛び火させるのは勘弁な。」

 「言い出しっぺお前だろうが!」

 「あーあー、長くなるからまた今度な。それより夕食だ。」

 

 オーブンが調子よくなり過ぎたのか、晩御飯のフルーツピザはほろ苦かった。

 

 

 

 「どう思うカルマ?」

 「どうって、初めてにしては上出来だと思うわ。」

 

 ドロシーの雷球が撃った木をよく見て見れば、それはわかった。一本の木が、生命としての機能を完全に奪われていた。『芯』を撃ち抜いた、見事な一撃だったと言えよう。

 

 「シャロンにはない、思いっきりがあるのねあの子には。これは伸びるわね。」

 「そうね、その指示を出したガイにも、見込みがあると思うわ。」

 「となると、気になるのはやはり一つ。」

 

 

 

 「「どんな技名だったのか。」」

 「お前らもか。」

 「あら、盗み聞きなんてひどいわね。」

 「そんなデカいひそひそ話があるか。」

 

 



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燃え上がる巨体

 顔と名前が一緒の人間が2人いたなら、それは同じ人間なのか?例えば同じ遺伝子を持つクローン人間が二人いたとして・・・いやこれは愚問だろう、答えはノーである。

 

 『そんなことを話すために、通話してきたんですの?』

 「いや、そういうわけでもないんだけど・・・。」

 

 携帯はないけどテレビ電話はある、そんな少し不思議な世界。その世界を旅する中、とある街に立ち寄った一行は、再び学園に連絡を入れた。一人3分だけ、という文字通り公衆電話の制約付きで。ガイはエリーゼと通話することを選んだ。

 

 「そっちの方はどう?なにか変わりある?」

 『ありませんわ。そっちこそ、なにかお変わりはありませんこと?』

 「あー・・・ない。天気はいい。」

 『こっちも毎日いい天気ですわ。』

 

 まるでお見合いのように当たり障りのない会話ばかりが続く。

 

 「あー、時間ないや。もうぶっちゃけちゃうと、キミの顔が見たかった。以上通話終わり。」

 『えっ、それはどういう・・・。』

 

 通話終了。なにやら爆弾を放り投げて終わってしまった。

 

 「次オレなー。ガイ何話してたんだ?」

 「なんでもねえよ。」

 「ふーん、なんでもないか。」

 

 「おーいエリーゼ、さっきガイと何話してたんだ?」

 『えっ、いやそのなんというか・・・。』

 「おい。」

 「なんだよガイ、お前の時間は終わったんだから出てけよ。」

 

 「それで何を話してたんだよ?」

 『なんでもないわ、こっちは変わりないとか、いい天気だとか。』

 「ふーん、つまんね。」

 『つまらなくはないわ。』

 「へー?」

 『私のこと・・・忘れられてないかとか、別に考えてはいませんわ。』

 「えっ。」

 

 そうしてまた通話終了。爆弾を投げたら、爆弾が投げ返された。

 

 「なんだ・・・この感情は・・・。」

 「フフ、恋ね。」

 「恋だと?」

 「まああなた容貌も高いし、お似合いじゃない?」

 「ヒューヒュー!」

 

 

 ☆

 

 

 「河か。」

 「また河か。」

 

 しばらくして、地中海までもう一歩という地点までやってきた。地中海へ注がれる河の一つだ。

 

 「あれ、この河なんかあったかい?」

 「温泉?」

 

 これがこの河の特徴、というわけでもなさそうである。川魚が白い腹を見せて浮かんでいる。

 

 「もったいない。」

 「いや、毒でも流れてるのかもしれないから、食うのはやめとけよ?」

 

 かすかに水から硫黄のニオイがしてくる。河の上流には黒煙があがっている。

 

 「火山かな?」

 「そのようだ。あまり近づかない方がいいだろう。」

 

 まあ、行きずりの我々には関係ない話だ。むしろ先を急いだほうがいい。これだけ離れていれば火砕流の心配もないだろうが、ガスが流れてくるかもしれない。

 

 「・・・ん?」

 「どうしたガイ?」

 

 突然、ガイの表情が水に打たれたように変わった。

 

 「はやく河を下りましょう。もうちょっと行けば、港町に着きますわ。」

 「それがよ、ガイが動かねえんだ。」

 「叩けば直るんじゃねえの?」

 「テレビか俺は。」

 

 意識をクラスに戻して、ガイは語りかける。

 

 「そういえば、流れて来てるものに家屋の残骸やらが混じってきてるな。」

 「本当だ、上流に村があるのかな?」

 「この様子だと、巻き込まれたのかもな。」

 

 そのうちのひとつ、柱のような木材を見やる。

 

 「・・・だが、火事や火砕流で押し流された、という感じではないなこれは。焦げてないし、まるで強い力がかかったように引き裂かれてる。」

 

 ガイの考えを代弁するようにデュラン先生は冷静に漂流物を観察した。

 

 「それに、あの鳴き声・・・。」

 「鳴き声?」

 「そんなの聞こえた?」

 

 だが、そのガイにしか聞こえないものもあった。

 

 「・・・俺、ちょっと様子を見てくる。」

 「え?ちょっとって?」

 「先行っててくれ、追い付くから。」

 「おい!」

 

 誰かが俺を呼んでいる。そう確信したガイは制止も聞かずに走り出していた。

 

 ガイと、仲間たちを果たして待っていたのは、想像を絶する体験と、熱く燃えるような出会いであった。

 

 

 ☆

 

 

 「・・・やはり、ここもか。」

 

 まるで生き生きとした木の幹のような色をしたローブを纏った青年が、携えた杖を地面に突き立てながらぼそりと呟く。その周囲の草木は茶色く枯れてしまっていた。

 

 その中心には、ドス黒い結晶体のようなものが地面から析出している。

 

 「あちこちで同じような現象が起こっている。大きな異変の予兆、予測されていた『滅び』の始まりか・・・。」

 「おーいケイ、この木の実うまいぞ。」」

 

 そこへドギツイ色の木の実を抱えながら、赤いフード付きのパーカーを来た男がやってくる。

 

 「はぁ・・・どうしてそうお気楽なのかね?」

 「だって、世界の終わりだとか言われても、一人二人の人間にどうこう出来る話でもないだろ?」

 「世界を動かすのが集団だとしても、その中心にいるのは一人二人だよ。」

 

 ケイと呼ばれたローブの青年は、木の実をひとつ貰って齧る。飛び散った果汁がローブに飛んだのを、恨めしそうにはたく。

 

 「卸したてのおニューなのに。」

 「草食もいいけど、たまにはガッツリ大盛り牛丼が食べたいな。」

 「まあそれはいいとして。君の使命をもう一度確認するぞ。」

 

 ひとしきり食べ終わり、ヘタを土に還したところでケイは改まる。

 

 「『哀の最果て』ってところを目指せばいいんだろ?3日前にも聞いた。」

 「そう。けどそこはこのアルティマと地続きの場所ではない、時間と空間の狭間にある。向かうには光子クリスタルの力が必要になる。」

 「さっき拾った黒いやつ?」

 「これは違う、見たことのない未知の物質だ。」

 

 一見したところ、この黒い結晶は邪悪な力を秘めたダークマター。生命力を吸い取っているとかとは違うようだが、とにかく危険性がある。

 

 「じゃあその光子クリスタルはどこにあるんだよ?埋まってるのを掘り出せばいいのか?」

 「『光携えしもの、意志の力を束ね、太極へと至る道を拓く。』」

 「光携えしもの?」

 「あるところでは、その者を『光の人』と呼んでいた。」

 

 光の人、ここではないある場所では特別な存在として語られていた。

 

 「光子クリスタル、この世界では『オプティクォーツ』と呼ばれている物質だが、それらはある共振波を発信してる。その発信、受信を利用して鏡に映った映像や音の振動を伝える『コールミラー』が使われている。」

 「テレビ電話みたいなもん?」

 「そうだ。そこらの街角にもあるくらいには普及している。」

 

 「そこでだ、この光子クリスタルの共振波の周波数のうち、不明な帯域がある。この不明帯域の中にこそ、哀の最果てから発されているものが含まれていると考えられる。」

 「すぴー。」

 「寝てんじゃねえ!」

 「つまり、どういうことだってばよ?」

 「・・・光子クリスタルを集めて、映像や音だけでなく、物質を転送する装置を作るってことだ。」

 「なるほど、そういうことか!」

 「ほんとにわかってんのか?」

 

 「そんなことより、早く魚釣って村に帰ろうぜ。」

 「あの村に長居するつもりはないんだがな。」

 「火山が近くて、クリスタルが手に入りやすいって言ったのお前だろ?」

 「手に入れるもの手に入れたら、ちゃっちゃと行くんだよ。」

 

 しかし、その役目も遂げられずに終わる。

 

 「!? 地震か?」

 「この揺れは・・・ただの地震ではない。噴火だ!」

 

 突如として襲ってきた揺れと爆音。見れば山の上から黒煙が立ち上っている。しかし、異変はそれだけではない。

 

 「この鳴き声・・・聞こえたか?」

 「聞こえる。あれは・・・村の方か。」

 

 男は走り出し、ケイも後に続く。硫黄のニオイと、腹の下に重く響く音が、辛苦を予言している。

 

 

 ☆

 

 

 村へとたどり着いたガイには、ひとつ勘違いしていたことがある。てっきり火山の麓に村や町があって、そこが災害を被っているのかと思っていたが違った。思いのほか、火山は村から遠い位置にあり、火砕流の心配はなさそうだった。

 

 「あれは・・・。」

 

 にもかかわらず、ガイは目の前の物に驚愕した。それは壊された家々や、燃える街並みのことではない。

 

 「ガイ・・・あんなの見たことあるか?」

 「アタシはないわ。」

 「少なくともオレにはない。」

 

 遅れてきたドロシーたちも驚いていた。ドラゴンだっている世界だということを、授業では聞いていた。10mほどもある猛獣も実際見てきた。

 

 だがあれはなんだ?

 

 『ゴォオオオオ・・・・』

 

 その猛々しさを象徴するかのような見事な一本角、鉄が冷え固まったかのような黒くゴツゴツとした体表、深淵を見通すような爛々と光る眼、ドラゴンというよりは四足歩行の恐竜を思わせられる。

 

 「なんつー・・・デカさだ・・・。」

 

 それらを纏めて超弩級で括る。優に50mを超える怪物が、たしかにそこにいた。

 

 「あんな大きい生き物が存在するなんて、聞いてないぞ?」

 「オレだって初めて見たわ!」

 

 それが村を襲っているのだ。人々は逃げまどい、風に乗って熱が吹き寄せてくる。

 

 「よぉ、奇遇だなこんなところで。」

 「誰?」

 「ガイの知り合いか?」

 「いや、知らん。」

 

 突然、背後からローブの青年がガイたちに話しかけてきた。

 

 「まぁ、いい。あれは『ゴルゴロドン』の成体。それも特別大きくなり過ぎた変異体だ。地殻変動で住処の地底を奪われて地上に出てきたんだな。」

 「なんの解説?」

 「そのマグマや、鉄鉱石を常食しているから全身が火のように熱い。近づいたら丸焦げになるから、近づかない方がいいぞ。」

 「『駆除』出来ないのか?!」

 「武器は角から発する溶岩熱線、これで地中を溶かして泳ぎ進む。喰らえば人間なんてひとたまりもないだろうな。」

 

 そうローブの青年、ケイは解説をくれる。

 

 「じゃあどうすりゃいんだよ!」

 「どう?何もすることは無いんだぞ。このまま河まで逃げればいい。急激に冷やされるのやつは嫌う。」

 「・・・そうね、自分から危険に突っ込む必要なんてないわ。」

 「じゃあ俺だけ行ってくる。」

 「ガイ?!」

 「オレも行く!ゲイルは避難の誘導をしてやってくれ!」」

 「ちょっとドロシーまで!んもう!それで、アナタは?」

 「俺?まあ、この村には一宿一飯の恩義ぐらいはあるし、それぐらいの働きはするよ。・・・アレに会ってしまったからには、放っておくこともできないし。」

 

 ケイの指差す先にいるガイは、振り返りもせずに炎へ飛び込んでいく。

 

 

 ☆

 

 

 そこら中から、助けを求める人々の声、声、声。木造建築の多いこの村では、火の手が廻るのも早く、どちらに逃げればいいのかもわからなくなる。

 

 「こっちよー!こっちの方へ逃げてきなさーい!!」

 

 ゲイルは持ち前の筋肉で、大旗を振って丘の上からアピールする。江戸時代、火消し組が持っていた纏というものは、こういう使われ方をしていたらしい。

 

 「何かあったらここで合流って手はずだけど、ほんとに大丈夫かしら?あのローブのカレもどこかに行っちゃったし。」

 

 風のように現れて、風のように消えていった。風は炎の向きを変えるように扇ぐ。

 

 「ったく、とんだ寄り道になったもんだ。『スプラッシュボルト』!」

 

 携えた杖の先端から高圧水流を噴射し、それが恐獣ゴルゴロドンの尻を撃つ。

 

 『ゴォオオオオオオウ・・・・』

 

 「こっちだウスノロ。」

 

 なんだ?と不愉快そうに振り返るゴルゴロドンの顔に、今度は光を当てて煽る。怒ったゴルゴロドンは踏みつぶそうと歩みを進めてくる。

 

 戦闘能力に関してはケイにも自信があったが、これを倒すのは少々骨が折れる。そもそも野生動物が縄張りを広げるために地上に出てきただけなのだから、ケイが手を出す理由もなかった。

 

 ただこうでもしておかないと、連れが命を落としかねないのでそれは困る。

 

 「あちちっ、気が済んだら、オサラバさせてもらうか。」

 

 ゴルゴロドンの死角に瞬間移動するが、吹き付けてくる熱風に顔を覆う。ともかく、これで村とは反対の方向に向かってくれる。

 

 腰に携えていた水筒を口につけつつ、杖に取り付けられている水晶のスクリーンを触り、村の様子を投影する。

 

 「アイツ、どこ行ったのかな?」

 

 

 ☆

 

 

 「ぶぁっくしゅん!埃っぽいなここ。」

 「それどころか煙だらけだっての。」

 

 埃どころか煙が立ち込めている。本当はのどかな道であったろうところが、家屋が倒れて見る影もない。

 

 「誰かいないかー!いたら返事しろよー!」

 

 廃墟の中を歩きながら、生存者を探す。人体が焼けるような臭いはしていない。

 

 「おーい、ガイ、ドロシー!」

 「あれ、パイル?来たのか?」

 「結局みんな来たよ。それより、向こうの方で人手が足りないんだ!来てくれ!」

 「あいさ。」

 

 案内されたのは、村の集合所だった場所。火山噴火のために避難していた人たちが、崩れた建物の中に取り残されているのだった。

 

 「火を消せ火を!もっと水持ってこい!」

 「そっち持ち上げろー!」

 

 「お待たせ!先生もいたのか!」

 「ガイ、ドロシー、手伝ってくれ!」

 

 倒れて邪魔になっている柱を、クリンがノコギリで切り、助けた人をゲイルのいる丘に連れていく。そこでサリアやシャロン、カルマが手当てをしている。

 

 「そういえば、さっきパーカーの男に会った。」

 「パーカーの男?ローブの風来坊じゃなくて?」

 「ローブの風来坊ではなかったな。そいつがまたすごかったんだ、1人で屋根を持ち上げて、3人抱えて走っていったんだよ。」

 「すげぇなそれ。」

 「・・・そいつはまだ戻ってないのか?」

 「さあ、どっかで別の人を救助してるのかもしれない。」

 

 また1人出てきた。子供だ。

 

 「おかあちゃん!」

 「まだ中にいるのか?」

 「ちがう!一回家に帰ったんだ、きっと家にいるんだ!」

 「家はどっちだ?」 

 「あっち!」

 

 子供の指差す方向、それはまさにゴルゴロドンの通った跡だった。

 

 「わかった、オレが家まで見に行く。案内してくれ!」

 「おい、ドロシー!俺も見てくる!」

 「ああ、気をつけろよ!」

 

 道なき道を行くと、倒壊した家の前にまでやってきた。

 

 「おい!誰かいるのか!」

 「おかあちゃん!」

 

 返事はない。周囲を見回して家の中を覗くと、中で人が倒れているようだった。見てしまったからには、助けなくてはならない。

 

 瓦礫の山をかき分け、やっとの思いで中に入れた。倒れていた母親は、気絶していたが命に別状はなさそうだった。そう安心したのもつかの間、地鳴りが強くなってきた。

 

 「まずい、崩れるぞ!」

 

 急いで入り口に戻ろうとしたが、もはや崩れる寸前だった。

 

 「くそっ、こうなったら!」

 「ガイ!」

 

 ガラガラと崩れる天井、その下でガイは腕を掲げて支える。

 

 「うぉおおお・・・はやくっ・・・出ろ・・・。」

 「あ、ああ!」

 

 ドロシーは母親を引きずって、どうにか外へ出た。

 

 「ガイ!」

 

 ドロシーが振り返った時には、もう既に完全に崩れ去った後だった。

 

 「ガイが埋もれたぁああああ!!!」

 

 ドロシーが声を張り上げる。すぐに正気を取り戻して掘り返そうとするが、人1人にできることなどたかが知れている。

 

 「うっ、うう・・・ドロシー・・・。」

 「ガイ、生きてるか!」

 「お前はその人を連れて離れろ・・・ここも危険だ・・・。」

 「お前を置いてけるかよ!待ってろ!」

 「聞けよ・・・!俺のことは捨て置け!」

 「嫌だ!」

 

 ドロシーには、柱一本動かすことすらままならない。

 

 「こんな時にこそ・・・ゼノン!」

 

 ドロシーは意識を集中させ、力を込める。だが何の手ごたえも無い。

 

 「なんでだよ・・・こんな時こそ力出してくれよ!」

 「ドロシー、もういい。」

 「よくねえよ!」

 「自分の無力さを嘆く前に、まず出来ることをやれって言ってんだよ!」

 

 はっとドロシーは立ち直る。

 

 「・・・わかった、すぐ助け呼んで戻ってくるから待ってろ!」

 「ああ、待ってるぞ。」

 

 ガイは瓦礫の下で、走っていく足音と共に自分の意識が遠ざかっていくのを聞いた。

 

 「これは・・・ちょっとマズいか・・・。」

 

 

 ☆

 

 

 「なんだと、ガイが?」

 

 ドロシーは集合所に戻ってきた。

 

 「ただいま、なにかあったのか?」

 「ああ、ちょうどいいところに。実はな・・・。」

 

 時を同じくして、噂のパーカーの男も戻ってきた。

 

 「よし、わかった。俺も助けに行こう。」

 「助かる!」

 「お、おい、だがあの恐獣戻ってきたぞ!」 

 「なら急がないとな。」

 

 目に見える危険もなんのその、男は俊足で現場へと向かった。

 

 「そういえば、あいつの名前は?」

 「聞いてない。」

 「後で聞かせてもらおう、生きてればの話だが。」

 

 だが、そう簡単に死ぬような人間ではない、まるで不死身だと思わせられるような雰囲気を彼は湛えていた。

 

 

 ☆

 

 

 「うーむ、果たしてコイツを助ける必要あるのか。」

 

 うーむ、とケイは瓦礫の上に腰かけて悩む。

 

 「まあ助けるは助けるよ。そうするのは俺じゃないけど。」

 「おーい、大丈夫かガイ?」

 「なにやってんだよケイ。」

 

 そこへドロシーたちが合流する。

 

 「これか、ちょっとどいてな。」

 「まかせた。」

 「どっこい・・・しょ!」

 

 ズシーン!と大きな音ともに瓦礫は持ち上げられて、同時に投げ飛ばされた。

 

 「ガイ!しっかりしろよ!」

 「気絶してるな。俺が背負う。」

 「急げ急げ、と言うかもう遅い。」

 「ん?」

 

 気が付くと、もうゴルゴロドロンが目の前にまで迫ってきていた。気にくわねぇやつらを見つけた!と言わんばかりに恐獣は吠える。

 

 「う、うぉおおおおお!間に合わねぇ!」

 「ちっ。」

 

 ケイがドロシーの襟首を掴んだ時、パッとその姿は消え失せた。

 

 「あっ、ケイのやつ置いてきやがった。」

 

 角が発光する。明らかに溶岩熱線の予兆なのである。

 

 直後、彼の体を光が包んだ。しかしそれは、溶かされるような熱さのものでなく、花が芽吹く陽だまりのような暖かさだった。

 

 「これは・・・?」

 『お前に、力を託そう!』

 

 ☆

 

 

 慄くドロシーは襟首を掴まれる感触を味わうと、天地がひっくり返るように視界が暗転した。

 

 「あれ?ドロシーいつの間に帰ってきてたんだ?」

 「うわぁああああああ、ってあれ?なんでみんながここに?」

 

 気が付くとドロシーはクラスの仲間たちと丘の上にいた。

 

 「あれ?ガイはどうしたん?」

 「いない?」

 「いねえ!」

 

 直後、ドーンという爆音と共に、閃光が走った。ちょうど先ほどまでいたあたりが、黒煙が立ち込めている。

 

 「あっ、ガイ死んだわ。」

 「はぁっ?!」

 

 あの爆発では助からないだろう。そう誰もが思ったその時、奇跡は起こった。

 

 「あっ、あれは・・・?」

 

 煙の中に、何かが、蹲るような誰かがいる。その体に触れた粉塵が、キラキラとした光の粒子に変わって弾けていく。

 

 「光の・・・人・・・?」

 

 立ち上がったその姿に、ドロシーは思わず口ずさんだ。

 

 じいちゃんから聞いたお話に出てきた、英雄の姿が、目の前にいる『奇跡』と重なった。

 

 光が漏れているかのような金色の髪が後頭部からわずかに露出している。どうやら顔はマスクを被っているようで、心なしかその顔は猛々しい猛獣を思わせる。

 

 『ゴォオオオオオオウ!』

 

 突然現れた、自分と同じ大きさの存在に、ゴルゴロドンが吠えた。生れてこの方、自分を見下ろすような存在には出会ったことがない。

 

 「ど、どうなるんだ・・・?」

 「この世の終わりだ。」

 「は?」

 「へ?」

 「アレが動くということは、つまりはそういうことになるんだ。」

 「・・・この世の終わりというのは、あんなに輝いて見えるものなのか?」

 

 『これは・・・いったいどういうことだ?』

 

 驚いているのは、巨人自身でもあった。突然自分の目線が高くなった。手や足を見ると、金属のようにツルツルとしている。膝や肘の人間ならば本来骨が浮き出ている部分には、透明なクリスタルが埋まっている。

 

 (集中しろ。まずは間合いを見極めろ。)

 『誰だ?』

 (『光の人』と呼ばれたりもする。)

 『光の人?』

 (だが、自分で名乗るのだとしたら『スペリオン』がいい。)

 

 さあ戦いだ!ゴルゴロドンの怒りの溶岩熱線、それを巨人、スペリオンは腕を振るって苦も無く弾いた。

 

 『この体は、たしかに俺の思いのままに動く。だが、どうしてこうも『馴染む』んだ?』

 (お前が覚えていなくても、俺が覚えているからだ。)

 『どういう意味?』

 (説明してる暇もない。カンとノリで行けってことだ。)

 

 スペリオンの体表は、殻星金属『ウル』で出来ており、6,000℃の熱にもビクともしない。身長50m、体重4万tの巨体が、目の前の脅威を取り払おうと驀進する。

 

 『チェス、トォオオオオオオ!』

 

 スペリオンが大きく一歩を踏み出し放ったチョップが、ゴルゴロドンの首元に命中する。その体表は冷えた溶岩のように堅そうだったが、首元や関節部分はそれほどでもないと踏んでだ。

 

 『おし、効いてるぞ!』

 (油断は禁物だぞ。)

 『わーってる。』

 

 『ゴォオオウ・・・』

 

 こりゃたまらんと一歩退いたゴルゴロドンだってが、すぐさま口から白い煙を吐き出してきた。

 

 『これは?うっ・・・苦しい!』

 (亜硫酸ガスだ!)

 

 火山ガスと水蒸気の混ざった亜硫酸ミストである!あおりをうけた家屋や廃屋が、みるみる溶けていく。

 

 『め、目をやられた・・・。』

 (視界も悪くされたな。)

 

 あたりには煙が立ち込めて、ゴルゴロドンの姿を隠してしまった。

 

 『ゲッホ、どうすりゃいい?ぐっ!?』

 (闇討ちか、姑息な。)

 

 その煙に紛れて、鞭のように尻尾を叩きつけて攻撃を仕掛けてくる。そして鞭の後に、熱の籠った角を突き刺してくる。これが強烈に痛いのだ。

 

 『ぐぉおおお!野郎調子乗りやがって・・・!』

 (調子に乗っているなら、そろそろボロを出すだろう。それを待って迎え打ってやれば・・・。)

 『捕らえたぁ!!』

 (・・・とてもスマートとは言えないな。)

 

 鞭打ってきた尻尾を、ダメージ覚悟であえて喰らってから掴んだ。

 

 『そぉおおれぇえええっ!!』

 

 『ギャォオオオオオオン・・・』

 

 風を切るジャイアントスウィングで、霧を吹き飛ばしながら投げ飛ばす。

 

 『っしゃーおらーい!って、なんか体が重くなってきたぜ・・・。』

 (まだ体が慣れていないんだろう。光波熱線でケリをつけろ。)

 『光波熱線?どうやって出すんだ。』

 (お前のしたいようにイメージして、それを体で表現すればいい。)

 『ノリと勢いってことだな!よーし・・・。』

 

 ふむ、と一つ考えて左手で鞘を作り、右手の手刀を収めて、腰に据える。すると、腕のクリスタルから棘が生え、光を放ちながら刃になる。

 

 『グルルルル・・・ゴォオオオオオオ!!』

 

 角を爛々と光らせながら、ゴルゴロドンもまた最後の攻撃を仕掛けてくる。この角突進攻撃も、先ほどのものより強い力が秘められているであろう。

 

 その威力を身をもって知っていると、当たりたくないという恐怖心が芽生え、そしてその隙が命取りとなる。だがスペリオンは一切たじろがずに、己の技に集中する。

 

 『・・・斬ッ!』

 

 『ゴギロギッ・・・・?!』

 

 振り抜いた右手が一閃、角を根元から切り落とす。そして角に蓄えられていたエネルギーが逆流し、恐獣は二重のショックに倒れる。

 

 宙を舞った角が地面に突き刺さると同時に、スペリオンは納刀する。倒れた恐獣はプルプルと痙攣し、やがて瞼を閉じて静寂が還る。

 

 『さて、どうすっかなこいつ。』

 (火口に還してやればいい。)

 『いいのか?まだ死んでないぞコイツは。』

 (だからいいんだ。マグマを食べてくれるおかげで、ここいらの火山の噴火を抑えてくれていた。いなくなられると結局人間が困るんだ。)

 『そういうもんか。』

 

 むんず、と掴んで持ち上げると、噴煙の立ち上る火口に投げ込んだ。傍から見ればトドメを差したようにしか見えないがさておき。

 

 (じゃあ、戻るか・・・。)

 『えっ、戻れんの?』

 (戻らないと話が出来ないだろう?)

 

 徐々に体の表面が、おぼろげにぼんやりと霞んでいく。肌が元の空気に触れる感覚を取り戻すころには、すっかりと元の姿に戻っていた。

 

 「さて、」

 

 立っている人影は、ふたつ。

 

 「お前が、スペリオン?」

 「そうだ、だがこっちの姿は『ガイ』で通ってる。」

 

 ガイは、さも当たり前とでも言わんばかりの表情で答えた。

 

 そして呼んだ。唯一無二となる友の名前を。

 

 「『アキラ』、変わらないなお前は。」

 

 

 ☆

 

 

 戦い終わった直後、まだ熱い角が大地に突き立っている。それを目前にして、少年が1人佇む。

 

 「これは・・・。」

 

 少年、クリンは手を伸ばす。

 

 触れたものは、嫌に冷たかった。折れた角からは熱気が漂ってきているにもかかわらず、まるでそこだけ隔絶されているかのようにひんやりとしていた。

 

 「なんだ?」

 

 触ってみれば、ボロリと崩れてクリンの掌に収まった。見つめていると、引き込まれそうになりそうなほど真っ黒なクリスタルだ。それを光に透かして見たり、指で弾いてみたりするが、何の反応も無い。

 

 「おーい、クリン、まだガスが残ってるかもしれないから危ないぞー!」

 「おう、今戻る。」

 

 持っていたクリスタルのかけらをポイと捨て、元来た道を戻る。

 

 それにしても、あの巨人の力、計り知れないものだった。学園にいた頃ドロシーたちが口にしていたおとぎ話、いや伝説は本当だった。

 

 そんな力があれば・・・。

 

 そんな考えが脳裏をよぎり、ふと立ち返ってクリスタルのかけらを拾ってポケットにしまった。鉱石ならどこかで調べられないかと思ったからだ。

 

 

 ☆

 

 

 戦いから一夜明けた、その朝。

 

 「本当に、助かりました。なんとお礼を申し上げたらよいか・・・。」

 「いいえ、たまたま立ち寄っただけですから。後は国からの援助に任せます。」

 

 村長とデュラン先生が話している。その通り、この村の復興には国が立ち会うこととなるだろう。これ以上クラスがいても、やれることはない。

 

 「それに、あの怪物をやっつけたのは巨人ですし。誰が信じるかは知りませんが。」

 「そうですな・・・あのようなものを見るのは、生まれて初めてのこととなりますわい。」

 

 廃墟と化した村の空気は冷たかったが、そこにいる人々は未だ興奮冷めやらぬ状態だった。

 

 そんな夢物語のような話をして、信じられるとは思わない。出来るなら恩を仇で返すような、ややこしい話にはしたくないというのが村長とデュランの意見である。

 

 一方、村のあちこちでは既に片づけが始まっていた。

 

 「これどこ持っていけばいい?」

 「燃えるものはあっち、燃えないものはそっち。」

 「あいよ。」

 

 傍から見て重機でも使っているのかと思えるほどの量の廃材を持ち上げ、アキラは涼しい顔をしている。

 

 「なあガイ。」

 「なんだ?」

 「あれって光の人だよな?」

 「そうだな、多分そうなんだろう。」

 「本当にいたんだな・・・エリーゼが聞いたら喜ぶだろうな。」

 「だろうな。」

 「なんかリアクション薄くない?」

 「そうか?」

 「だって、お前も光の人に興味ありげだったじゃねえか。」

 

 

 

 「それ以外に驚くことがいっぱいあったしな。」

 「そうか、あのアキラって、ガイの友達なんだよな?」

 「そうだな。」

 「死んだんだよな、アキラの目の前で?」

 「ああ。」

 「じゃあなんで生きてるんだよ?」

 「俺の知ってるアキラと、あそこにいるアキラが別人だからだ。」

 

 どうやら、ガイはひとつ勘違いをしていたらしい。そういえば、ガイの知っているアキラの死体は別の場所に放置されているはずだった。

 

 「それよりもだ、名前だ。」

 「名前?なんの?」

 「光の人にも名前ってあるのかな?」

 「さあな。」

 「無いんやったら、ウチらが勝手に呼んでもええんとちゃう?」

 

 「候補!」

 「ウルトラスーパージャイアント。」

 「ガッテンダー。」

 「ジョリガゲリュア。」

 「ロクなのがねえな。てかパイルのそれは何語だよ。」

 「ルージアの言葉で偉大な英雄って意味。」

 「あ、それいいな。ジョリガゲリュアでいいんじゃね?」

 

 絶対嫌だわ。ガイは思った。

 

 「スペリオン、だろ。」

 「ん?アキラ、だっけ。スペリオン?」

 「そんな名前らしい。そんなことよりもだ、仕事手伝って。」

 「はいはい、あーあ、そのスペリオンが片づけもやってくれたらよかったのにな。」

 「贅沢言わんの。アイツを追い払ってくれただけで充分だろ。」

 

 このままだと変な名前が定着しそうだと懸念したのはアキラも同じだった。

 

 「あのケイってやつなら色々知ってるんだろうけど。」

 「どっか行っちまいやがったよアイツ。」

 「行くあてもないんだったら、着いてこない?」

 「・・・それもいいかな。」

 

 アキラに他の選択肢も無かった。だが成り行きに身を任せるというのも悪くない。

 

 「みなさまー、ピザが焼けましてよー!」

 「わぁい。」

 「・・・これ何の肉?いや、魚?」

 「聞かない方がいいですわ。」

 

 ガイは少し残した。他の全員は食中毒に当たったのはまた別のお話。



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緩和及第

 忘れたわけじゃない。そもそも最初から『なかった』ことになったというのが事の真相に近い。

 

 「おさらいしておこう。ツバサのことは覚えてる?」

 「忘れてはいない。俺の弟のような存在だ。」

 「そうか。その親父さんから、依頼を受けた記憶はあるか?」

 「・・・ない。」

 「そう、お前は『俺と会っていない』世界のアキラなんだ。そもそも俺自体が存在しない可能性もあるが。」

 「パラレルワールドってやつ?おじさんからちょっと聞かされたけど。」

 「まあ、そんなところだ。正確にはもっと違うんだけど。」

 

 実際のところは、敵が開発した『次元転換装置』のせいで、世界そのものが置き換わったというのが正しい。装置は何度か発動し、その度にアキラやツバサが世界から『弾き出され』て、最終的にアルティマに流れ着いたんだろう。アキラやツバサが事実上何人もいるのはそのせいだ。

 

 つまり、50年くらい前にこの世界に来たツバサと、今目の前にいるアキラと、今のガイ自身は、それぞれが別の世界から来た人物ということになる。ツバサとガイはそれぞれ別のアキラを自分の目で看取っているはずだから。

 

 「っていうか俺何回死んでるんだよ。」

 「それはお前が無鉄砲すぎるのがいけない。」

 「よく知ってるじゃないか。」

 「何回も一緒に戦ってるからな。」

 

 多分、今回単独でこの世界に転移してきていても、道中でポックリ逝ってておかしくなかった。ケイがいてよかったとしか言いようがない。

 

 「そのケイは一体どこに行ったのか。」

 「自分の目的のために独自に動いてるんじゃないかな。それがなにかは知らないけど。」

 

 『哀の最果て』、どんな場所で、何があるのか、見当もつかない。本当にあるのかも知らないし、どんな目的で行こうとしているのかもわからない。犬のおまわりさんよりも全然わからん。

 

 

 わからないと言えば、ガイたちがいなくなった後の地球がどうなったのか、その結末は誰も知らない。

 

 

 ただガイが覚えているのは、恐獣や翼獣が地上であふれかえり、最後の次元転換装置が作動した瞬間だけだった。

 

 

 「まあ話を戻そう。この先スペリオンとして戦う機会が来るかどうかだが、おそらくYesだろう。」

 「あんなでっかい恐竜、いや怪獣がいるからだな。」

 「だが、そんな怪獣退治ならいざしらず、人間同士の争いに俺はそこまで首突っ込まないからな。そこは理解してくれ。」

 「それは大丈夫だ。俺も人間同士の戦争に手を貸すつもりはない。生きるのに手いっぱいだし。」

 「それと、融合してもお互いの心の内にまで干渉しないということを取り決めておこう。」

 「そんなことまで出来るのか?」

 「文字通り一心同体になれるからな、お前にできることは俺にも出来るようになる、逆も然り。」

 「わかった。ところで、このニンジン美味そうだぞ。」

 「野生のニンジンなんて食えるのか?」

 「毒が無ければ焼いて食える。」

 

 そんな話を、食糧を探しながら二人はしていた。これから地中海を越えることになるので、備蓄は十分にしておきたく、手分けして採集しているとうわけだ。

 

 この後、シャロンが得体のしれないキノコを持ってきたのを全員で全力で阻止した。

 

 ☆

 

 出発だ。地中海を船で渡り、サメルへ向かう。

 

 「地中海は四方を大陸に囲まれた、あたかも湖のような姿をしているけど、しょっぱい。」

 「本当に『海』なんだな。」

 

 さざ波の音と、それに伴った潮風を感じながら、デュラン先生が軽く授業をする。が、誰も聞かずに浜辺で遊んでいる。聞いてるのはアキラとガイだけ。

 

 「気楽なもんだな、学生ってやつは。」

 「アキラの世界では、どういう風にしていたのかなこういう時。」

 「修学旅行なんてこんなもんでしょどこでも。」

 「俺は学校行ってないからわからん。」

 

 子供は子供らしく波打ち際ではしゃいでいる。

 

 「浜辺なんて珍しくも無いだろう?学園の裏が海だったし。」

 「でもよ、見ろよこの砂。珍しい形をしてるぜ。」

 「星の砂だな。」

 

 よく見て見れば砂の一粒一粒が星の形をしている。星の砂という、その神秘的な名前とは裏腹に、貝の一種の死骸というのが実態である。真実とは時に呆気ないものである。

 

 「旅の記念に持ってかえろっと。」

 「気楽なもんだなあ。」

 「絶対みんなで無事に帰るって願掛けだよ!ガイこそ、お土産とか用意しないの?エリーゼにさ。」

 「なんでエリザベスが出てくるんですかね。」

 「何?カノジョ?」

 「違う。」

 「『まだ』、ね。」

 「ひゅーひゅー。」

 「茶化すな。」

 

 遠い地に置いてきた、夢中な彼女に思いを馳せる。心なしか顔が赤くなっている。

 

 「それにしても砂浜か、足腰を鍛えるにはちょうどよさそうだな。」

 「そういえば、あの毎朝の健康体操もアキラの発案だよね?」

 「ん?発案というか、伝承だな。俺が物心つくころにはもう毎日やってたぞ。」

 「そんなにか。それで、どれぐらい鍛えられてるんだ?」

 「ふっふっふっ、なら喰らってみるか俺の一撃。」

 「ガイがな。」

 「はっ?」

 「ふっ。」

 「べっ!」

 

 アキラが小さく息を吐いたら、ガイはそのままのポーズで吹っ飛ぶ。しばらくして海面に水柱が上がる。

 

 「こんなもんだ。力のスイッチの入れ方を、体で覚えるんだ。」

 「すっげぇ!」

 「怒りのスイッチが入っちまったな。」

 「やっべ逃げよ。」

 

 脱兎するアキラを、ガイは追いかける。そうこうしてクラス全員で砂浜ランニングがはじまった。

 

 確かにコイツはアキラに間違いない。間違いないのだけれど、少し性格が違う。まあ性格なんて、しばらく会わなかっただけでも変わって見えるものだが、世界が違えばこうも変わるものなんだなと、ガイは少し遠いところが見えた。



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浮上する影

 『日々の記憶を編纂するために、日記をつけることにした。これがいつ遺書になってもおかしくない。』

 

 書き出しはこんなもんだろうか。一文書いてガイはペンを止めた。さて何から書いたものか。そもそも誰が読むことを想定しているのかにもよるが、とりあえず自分の身に何かがあった場合を考えた。

 

 『遭難からはや2か月ほど経って、皆の顔つきもどことなく変わってきた。』

 

 「ダメですの~!レオナルドを置いていきたくありませんの~!」

 「誰も置いていくとは言っとらんだろ!」

 

 『例えば気の強そうなお嬢さんが、妙に駄々っ子になったり。』

 

 港でひと悶着あった。曰く、レオナルドがデカすぎて船が重量オーバーになりかねないという。サウリアからこの大陸に来るまで乗っていた・・・正確には途中で難破した船は、もっと大きくてエンジンのついた近代的な船だったが、ここにあるのは帆船しかない。レオナルドを乗せれば最悪沈没、よくて文字通り亀の歩になってしまう。

 

 「だからこうして筏を組んで別に乗せようって言うんだろ!

 「何が悲しくて遭難したような準備をしなくちゃいけないのか。」

 「竹がいっぱいあってよかったね。」

 

 そういうわけで、レオナルドを乗せて帆船で引っ張っていける筏を用意している。全員工作のスキルが上がりつつある。

 

 「大人しくしているんですよレオナルドー。」

 『グゥ。』

 

 「アイツも頭良くなってってるよな。」

 「最近はオレらの言うことも聞いてくれてるし。」

 

 推測の域を出ないが、体が大きい分脳もデカくて賢いのかもしれない。そういえば元は遺伝子改造を施された実験体だという事を考えると、そういう学習脳の処置を施されているとも考えられる。

 

 まあ、従順なうちは問題ないだろう。

 

 『グゥーグゥー。』

 「それはイカダだから食べてはいけませんわよ!」

 

 それとも考えすぎだったか?

 

 「かわいい食いしん坊さんじゃないか。」

 「かわいいか?」

 「かわいいだろう。」

 「かわいいですわ!」

 「「ねー。」」

 

 

 

 ☆

 

 

 そんなこんなで、無事に船は出航した。風に扇がれて、たっぷり1週間は潮の香りを堪能することになる。

 

 「そんなにかかるのか。」

 「ただの帆船だしな。食糧や水の問題はなさそうだけど。」

 

 ビタミンは足りている。壊血症の心配はない。

 

 「ぼぇええ・・・。」

 「もう酔ったのか。」

 

 必要なのは酔い止めの方だった。

 

 「みんな情けないなー。」

 「サリアは平気そうだな。」

 「海運商の家やからね。」

 「先生も平気そうだな。」

 「密輸船に密航したときよりは穏やかなもんだ。」

 「難破したとはいえ、サウリアからの船のほうが揺れは穏やかだったな。」

 「波の強さも向こうの方が上だったと思うよ。」

 

 やはり根本的な技術の差だろうか。むしろあの船の技術力の方が異常だったのだろう。壊れたけど。

 

 (自然現象、不可視の電磁波の影響があったんだろうか。)

 

 信仰の強い世界観なら、それを『天罰』と表現するだろうが、皆そういう風には捉えていないようだ。信仰に盲目ではないらしい。

 

 「で、お前はなにをやっとるんだ。」

 「この揺れの中なら、バランス感覚を鍛える訓練になるかもしれない。と、小遣い稼ぎ。」

 「強かね。」

 

 一方アキラは船員のアルバイトをしていた。大きな樽を運んだり、マストを整理したり、力仕事には事欠かない。

 

 「アキラっていつもこういうのしてたの?」

 「この世界来てこっち、大体そうだな。適当に仕事しながら旅してた。」

 「定住しようとかは思わへんかったん?」

 「こっちのが性に合ってる。」

 

 家のタガから外れたアキラはとても生き生きとしていた。

 

 「自由の身、ですのね。」

 「あらシャロン、羨ましいのかしら?」

 「べつにそういうわけではないわ。」

 「たまに外で遊ぶぐらい許されるんじゃない?今が遊びの状況なのかは微妙だけど。」

 「ははは、まあ気は抜けないわね。」

 

 そうは言うが、ゴールにアテが見えてきたことで皆に余裕が生まれてきていた。余裕が生まれれば、旅を楽しむこともできる。

 

 「おーい兄ちゃん、こっち手伝ってくれー。」

 「はーい、じゃあまた後でな。」

 「がんばってー。アタシたちも船室に戻るかしら。」

 「そやね、みんなグロッキーになっとるけど。」

 「シャロンも平気?」

 「風に当たっていたらなんともないわ。うぇっぷ・・・。」

 「やっぱダメじゃん。」

 「あはは、もうちょっと外おろか。」

 

 胃から空気が抜けてきた。シャロンはゲイルに背中をさすられながら、水平線に目をやった。陽の光を反射して、キラキラと輝いている。

 

 「綺麗ですわね・・・。」

 「せやなー、ん?」

 

 サリアは、遥か遠方の海面がにわかに泡立つのが見えた。

 

 「なんやろ、あれ?」

 「海底からガスでも漏れてるんじゃないの?」

 「ひょっとして、海底火山?」

 「もう噴火はイヤですわよ?」

 「そんなに近くも無いし、平気でしょう。こっちは動いているんだし。」

 

 だから気にも留めないことにした。やがて泡が弾けるように、記憶からも霧散した。

 

 船旅はまだまだ長い。その早々に出くわしたこれは、吉兆か凶兆かと言えば凶の方だった。

 

 

 ☆

 

 

 「そういえば、この船って何を運んでるんだろ。」

 

 3日目の昼食の席で、ふとガイが口にした。

 

 「あれ、これってフェリーじゃないの?」

 「ううん、貨物船やで。さっきも停泊して荷物積んどったやろ?あれトウモロコシや。」

 「穀物か。今食べてるこれもトウモロコシの乾パンだな。」

 「それに、このオレンジも。シロップ漬けの缶詰みたい。」

 

 なんとも水が欲しくなる食事だが、副菜にバリエーションがあって飽きは来ない。

 

 「人間というのは陸の生き物だとほとほと感じさせられるよ。」

 「そう?」

 「水中で息できないし、漂流したら溺れ死ぬし、海には危険が多い。」

 「ひょっとしてガイ泳げない?」

 「・・・決して泳げないわけではないぞ。」

 「苦手なんだな。」

 

 「そういえば、さっき停泊してた時の話なんだけど。」

 「うん?」

 「なんかここ最近、この辺の海で沈没事件が多発してるらしいよ。」

 「事件?事故じゃなくて?」

 「犯人がもうわかっとるからから事件なんやって。」

 「マジ?」

 

 「ゴホンゴホン。」

 「お?なにアキラ。」

 「お前ら、そういう話はせめて部屋戻ってからしろ。」

 「なんで?」

 「ここがその海の上だからだろ。」

 

 食堂で食中毒の話なんかされたくないだろう?ともかく、場所を移して話は続けられる。

 

 「で、何者なんだ?」

 「噂によると、デビルフィッシュの仕業やってさ。」

 「デビルフィッシュ?」

 

 つまりタコである。

 

 「なんでも、触手から毒を出して大きな獲物をも仕留めるんやて。だから悪魔の魚。」

 「なるほど、そりゃ煮ても焼いても食えなさそうだ。」

 「でもレオナルドなら構わず食べてしまいそうですわ。」

 「あー、バカだからなアイツ。」

 

 目の前にあるものにはなんでも噛みつくし、咀嚼できるならなんでも胃に収めてしまう。餌やりをするのもコツがいる。

 

 「それにしても、そういうの話してると、高確率で巻き込まれるんだよなぁ。悪い予感ほどよくあたるっていうか。」

 「そうそう、口は災いの門っていうか。」

 「コトダマというやつですわね。」

 「でもまさか俺たちが巻き込まれるわけないわな?」

 「ですわよねー、そういえば初日に妙に海が泡立っていたのを見ましたが、きっと関係ありませんわよね!」

 「ないない、今朝エサやりに行ったときもなんか海が泡立ってたのもきっと気のせいや。」

 「「「ワーッハッハッハ!」」」

 

 

 ☆

 

 

 半日後、船は傾いた状態で最寄りの港に到着した。

 

 「悪い予感ほどよくあたるっていうか。」

 「そうそう、口は災いの門っていうか。」

 「コトダマというやつですわね。」

 「「「一体何者の仕業なんだ???」」」

 「お前らのせいだろ。」

 「断じて違う、たぶん。」

 

 無事に陸まで辿り着けたのは幸いとしか言いようがないだろう。積み荷はほとんど落としてしまったようだが、命には代えられない。

 

 「でも大損やで。なんとかしてあげられへんかな。」

 「サリアが気にすることじゃないだろ。」

 「同じ商売人としては、こういう時こそ助け合いやで。」

 「そんな聖人じゃあるまいし。」

 

 「ちょっとガイ。」

 「お前の言いたいことはわかる、が無理な話だぞ。」

 「まだ何も言ってないぞ。」

 「商売人でも聖人でもないけど、人として困ってる人は助けたい。」

 

 アキラの言葉に裏はない。いたって善意から発せられている。

 

 「そんなこと言ってる場合か?俺たちの命が優先されるべきだろ?」

 「おおクリン生きてたか。」

 「さっき点呼とったろ・・・ここからは陸路で行くって手はないのか?」

 「ふむ、まあ無理ではない。ちょっと遠回りになるが、無理ではない。」

 「なんで歯切れが悪いのセンセ?」

 「ここからだと山道しかないからな。レオナルドの足も遅くなる。」

 「山か・・・。」

 

 むしろ、山を迂回するための海路だったというのに、これでは元の木阿弥だ。

 

 (海の異変を解決しない限りは、海路は使えないか。)

 (スペリオンならできないのか?)

 (無理な話って言ったろ。)

 

 そもそも範囲が『海』という時点で広すぎる。地点に目印も無い、上からじゃ海中の様子も見えないとあっては、骨が折れるどころか砕け散る。

 

 せめて、何か手掛かりがあれば。

 

 「よし、じゃあまずは壊れた船から調べていこうぜ。」

 「調べるって、何を?」

 「捜査の基本は足だ。」

 「おっ、なんだなんだ。」

 「探偵ですわね!」

 

 「そういうわけで先生、何を調べたらいいと思う?」

 「いきなり人に聞くなよ・・・そうだな、船を調べるものと、聞き込みをするものとで分けたらいいんじゃないか?アキラは船員をやっていたし船を調べて、サリアは商売人なら船員から話を聞けるかもしれない。」

 「よし!じゃあ手分けしていこう!」

 「・・・それって俺も行くのか?」

 「山と海どっちがいい?」

 「・・・海かな。」

 

 

 ☆

 

 

 「ふーん、岩とかにぶつかって壊れたって感じじゃないなこれは。」

 

 船体は外から奥の方へ、というよりは下方向に引っ張られて壊れたという風に見える。だが船体が沈む前に破られるだろうか?どうにも単純なパワー以外の力がかかったように見えるとアキラは踏んだ。

 

 アキラと同行しているのは、ドロシーとゲイル、そしてシャロン。シャロンはレオナルドの様子を見に来ただけだが。

 

 「たしか触手から毒が出るとか言ってなかったっけ。」

 「なるほど、その毒のせいか。」

 「あんまり直接触りたくないわね・・・。」

 

 海にも毒を持った生物は多い。だが、毒というのは大抵弱い生物が自衛のために持つというパターンが多い。船を襲うために毒を使うというのは、相当頭がいい生物なんだろうか。

 

 「噂通りデビルフィッシュがその正体なら、一体どんな奴なんだろう?」

 「毒以外にどんな武器を持っているのかしら?」

 「そもそも、一体何が目的だったんだ?」

 

 必要な情報が増えてきた。そういうわけで船員に突撃インタビューを敢行した。

 

 「デビルフィッシュ?ああ、『デクト』のことか。」

 「『デクト』?」

 「海底にすんでるタコの仲間さ。動くものにはなんだろうと咬み付く、毒のある狂暴なタコさ。」

 「うーん、悪魔的。」

 

 船を直す工員の1人が言った。

 

 「でもデクトが船を沈めるなんてありえないぜ。10cmぐらいしかないんだぞ。」

 「ちっちぇ。」

 「被害と言えば漁の網にたまにかかったやつに、油断してたら噛みつかれるぐらいなもんだ。」

 

 「つまり、どういうことだって?」

 「ただのデビルフィッシュじゃないんだろう。」

 「すんごいデカいんでしょうね。」

 

 デビルフィッシュ以外の何者かの仕業とは考えない。

 

 「もう少し探したら、シャロンを迎えに行きましょう。」

 「レオナルドがなにか知っているかもしれない。」

 

 そういえば、現場に一番近いところにいたのはレオナルドだった。

 

 「ゲイルー!ゲイル来てー!」

 「はいはい、なによ一体?」

 「レオナルドの体に変なものがついてますのよー!」

 「変なもの?」

 

 それは、黒くて細い触手のようなもの。おそらくはデビルフィッシュ、デクトの脚だろう。それがレオナルドの口の周りについている。

 

 「食ったなテメェ。」

 『グゥ。』

 「そんなものを食べたらお腹を壊しますわよ!」

 「でもこれでハッキリしたわね。事件の傍には必ずデビルフィッシュがいる。」

 

 毒を喰らったはずなのに、当の本人はケロリとしている。よっぽど人間なんかよりも強靭な胃袋を持っているらしい。

 

 「他に何か変なもの食ってないだろうな?ちょっと口開けてみろ。」

 「ええ、ほらレオナルド、アーンして。」

 『グォッゴゴ。』

 

 ガポッとレオナルドが口を開くと、アキラはその中を覗き込む。生臭いニオイがこもっている。口の中に怪しい物は・・・。

 

 「あっ、なんだこれ・・・コーン?」

 「トウモロコシ?積み荷の?」

 「・・・まさか、お前。」

 『グゥグゥ。』

 「・・・いやいやそんなまさか!レオナルドにはちゃんとエサをあげていましたわよ!きっとたまたま流れてきたものが口に入っただけですわ!」

 

 にわかに身内に犯人説が出てきてしまった。もっとも、沈没事件は以前から起きていたので、おそらくシャロンの言う通りたまたまだろうが。

 

 「まあ、なんだ。このことは内密にしておこう。」

 「レオナルドはコーンが好物なんですわね。今度用意してあげますわ。」

 『グゥグゥ!』

 「あ、喜んでる?」

 「喜んでますわ!かわいいですわね!」

 

 デビルフィッシュにもこれぐらいの聞き分けのよさと、可愛げがあればすみわけが出来たろうか。

 

 

 ☆

 

 

 さて、街で聞き込みを始めたガイたちであったは、海鮮焼きの屋台に舌鼓をうっていた。

 

 「うまい。」

 「うまいなぁ。」

 「って、食っとる場合やないやろ!」

 

 何も食べ歩きがしたかったわけではない。聞き込みをしようとしたら屋台に引きずられてしまったのだ。元々船の乗客に向けた屋台をやっていたので、商魂に負けたといったところだ。

 

 「海で獲れたものがそのまま焼かれてるから新鮮でうまい。」

 「サザエのつぼ焼きがこんなに大きい・・・。」

 「出荷されずに余った分をこっちに回してんねんな。」

 

 どうもここ最近は、漁が大漁続きで屋台にも大物が回ってきて繁盛しているとのこと。

 

 「それ海の異変と関係あるのか?」

 「クリン何個食ってんだよ。」

 「正直一番食文化をエンジョイしてるよな。」

 「やーい文明人ー。」

 「それは褒めてるのか貶してるのか。」

 

 ここ最近というのが、海の異変と前後しているのなら無関係ではあるまい。

 

 「疑問なのは、貨物船が何者かに襲われているのに、漁船は無事だという点かな?」

 「お、パイル鋭いな。確かに、船は船でも、大型船ばかりが狙われてるってことか。」

 「モグモグ、通航量というか、海にいる確率は漁船の方が多いよね?」

 「まあ、この町は元々漁港の街だったのを、貨物船の中継地にしてるってところだし、漁船の方がまだ多いだろうね。」

 「背の高い建物もそんなにないね。」

 

 波止場近くに、貨物船の商会のものらしき建物ならある。中は事務所だった。

 

 「漁船以外が被害を受けてるってことは、じゃあ漁師たちが犯人?」

 「そういうの、街中で言うなよ。それに多分違う。商会のおかげで人の出入りがあって、村としてはむしろプラスのはずだからな。」

 「どうだろう、実は恨み買ってたりとか?」

 「今まさに喧嘩売ってるところなんだよなぁ、俺たちが。」

 

 現在進行形で通りかかる人から変な目で見られている。

 

 「おい兄ちゃんたち、オレたちの商売になんか文句あるのか?」

 「いや、決してそんなつもりは。」

 「まったく、ただでさえお上の締め付けがキツイっていうのに、外から来た連中は問題ばかり起こしやがる。」

 「なんだ、ここってそんなに税金とられるの?」

 「おうよ、特にここ数年上がりっぱなしだ。おかげでどんなに働いても全部吸い上げられちまう。」

 「数年前ねぇ。ちなみに、貨物船が来るようになったのは?」

 「数年前だな。さあ仕事だ仕事。」

 

 まるでRPGのNPCのように情報だけよこして漁師のおじさんは去っていった。 

 

 「なんでどこもかしこも外の人間と軋轢を生んでるのかね。」

 「これがホントの貿易摩擦っちゅーやつやな。」

 「座布団一枚。」

 

 国が金を集めてるということは、戦争準備でもしているのかという推測はさておき。

 

 「税金と商会に、関係があるのかな?」

 「商会が政府と繋がってるとかだろ。」

 「利益が見込めるから、国があげて貿易をしていると考えれば筋は通るね。」

 「なんや、国が指導しとんのか。あんま自由な貿易とちゃうねんな。」

 「それで売るものがトウモロコシか。」

 

 ウラが見えてきた。貿易で利益を上げて、富国強兵を図る、実にシンプルな実態だ。でもそれが今回の事件とどう関係しているのか?

 

 「関係なくないか?」

 「なくはなくないんじゃないかな?」

 「俺も正直ないと思う。」

 「ガイもそう思う?理由は?」

 「・・・ない。勘だ。」

 「考えたくなくなっただけだろ。」

 「うん、そんなことより焼きトウモロコシが食べたい。」

 「あっ、それサンセー。」

 「結局食い意地かよ。」

 「いいじゃん、一回食ってみようぜその・・・どこ産のトウモロコシだったっけ?」

 「ゴルムやな、ジーナスより北で、もっと行くとウーシアに入るその手前。ノメルに負けず劣らずの農業大国やで。」

 「そうか、じゃあそのゴルム産とやらを食してみようじゃないか。」

 

 

 ☆

 

 

 「それでお前ら、散々食べ歩きだけしてきたのか。」

 「センセたちの分もあるよ。」

 「あら、甘いのね。」

 「たしかにうまい・・・じゃなくて。」

 

 集合場所の広場に、手土産を持ってガイたちは戻ってくると、デュランとカルマを丸め込んだ。

 

 「昔旅をしていた頃に食べたものより、随分甘くなってるんだな。」

 「糖度が高くて、生産性の高いように品種改良されてるんだな。」

 「やはり、なにかの陰謀が?」

 「陰謀?何の話?」

 「ジーナスがゴルムを抱き込んで、産業革命を起こして世界を牛耳るんだろう、ってガイが。」

 「そこまでは言ってない。」

 「うっかり聞かれたら消されてしまいそうな話だな。」

 

 あくまでシナリオのひとつとしてあり得そうというだけ。本筋には関わらない。

 

 「ただいまー、って何食ってんだお前ら。焼きモロコシ?」

 「あー、もう帰って来やがったか。」

 「食いたきゃ自分で買ってこいってワケか。そっちは何か収穫あったか?」

 「収穫というか味わったというか。」

 「おい。」

 

 全員合流し、情報交換を行った。

 

 「品種改良されたトウモロコシに、未知の怪物、まさか!」

 「どしたんアキラ?」

 「品種改良されたトウモロコシを食べた生き物が、怪物に突然変異したとか!」

 「遺伝子組み換え食品と、生物の突然変異には因果関係ねえよ。」

 「でも、積み荷のトウモロコシが狙いってのは考えられるわね。それなら、貨物船ばかり狙われる理由になる。」

 「じゃあそいつはナニモノなんだ?デビルフィッシュって呼ばれてるデクトってタコは、そんなに大きくないらしいし。」

 「だからそいつが突然変異で!」

 「突然変異便利すぎだろ。」

 

 そんな食べただけで巨大化する食べ物があったら、この星は巨人の星になるっての。

 

 「まあ、これだけ問題になっているなら、商会の方も何かしら手を打つだろうな。」

 「明日大きな調査船が来るんだってさ。」

 「じゃあ、もう任せちゃって休もうぜ。」

 「そうだな、これ以上我々に出来ることはないだろうし。」

 

 我々の力で解決するにしても、もう得られる情報はない。一晩じっくり寝かせて、明日考えてみるのがいいだろう。

 

 「けど、ナンセンスですわね、突然変異なんて。」

 「なにおう、ありえなくはないだろう。」

 「せやせや、まさかまた恐竜みたいなんが出てくるとは思えへんで。」

 「そう何回も遭遇してたまるか。いくら毒を持っていようと、個々の力は微々たるものだ。」

 

 そうしてまたフラグを建てて夜を迎え、翌日の昼。腹の下に響く轟音、建物が崩れる振動の中でアキラは目が覚めた。

 

 「なんだぁ!?」

 「起きろみんなー!敵襲だぞ!」

 「敵襲?!」

 

 宿の外はまさに火事場のような騒ぎ。

 

 「砲撃?!どこからだ!」

 「海!」

 

 騒動の元のひとつは海の上に浮かんでいる。そしてもうひとつが街を蹂躙している形になっている。

 

 「タコ?いや、貝?」

 

 大きな巻貝が、うにょうにょと動く足で蠢いている。

 

 

 ☆

 

 時間は戻って朝。

 

 港のすぐ沖には、でっかいお船が浮かんでいた。

 

 「軍艦かあれ?」

 

 船体に装甲が取り付けられ、大砲が並んでいる。

 

 「あれはジーナスの船?」

 「旗がそうだな。」

 「あんなもの見せつけて、国際問題にならないのかな?」

 「牽制の意味もあるんじゃないか。それと試運転と。」

 「近くまでいってみようぜ!」

 

 大げさな武装からは威圧感を醸し出す。一見したところ帆船でもない。ひとつ先のテクノロジーが使われているんだろう。それはまあさておき。

 

 「なんかあの旗のマーク、見覚えがあるような?」

 「見覚えがあるもなにも、ヴィクトール商社じゃないのかあれ。」

 

 サウリア大陸から乗り合わせた船が沈んだ、あのヴィクトール商社である。あまりいい気分しないというか、嫌な予感がする。

 

 「というか、国じゃなくて、商社の所属の軍艦?」

 「ヴィクトールは商事だけやなくて、軍事や技術にも手を伸ばしてるから。」

 「そのうち死の商人にでもなりそうだな。」

 

 既にヴィクトール商会は、ジーナスだけにとどまらず、シアー大陸全体にまで手を広げているという。世界有数の一大勢力に王手がかかっている状態だ。一方、艦のブリッジでは、対策会議が行われていた。

 

 「此度の貨物船難破事件、一刻も早い解決のため、我々も協力を惜しまないところだ。」

 「ヴィクトール商社の、それもヴィクトール社長直々の支援、まことにありがたい。」

 

 そこにいるのはそう、相も変わらずでっぷり腹に一物抱え、手にはネジを摘まんだ、カイゼル髭のおっさん。マシュー・ヴィクトール社長である。

 

 「まさかヴィクトール商社から、こんな慈善事業の申し出があるとは夢にも思いませんでした。」

 「いやいや、困った時は助け合いと相場が決まっておりますからな。」

 

 (新しい船を売り込むチャンスだな。タダより高いものはない。サウリアだけでなく、地中海にも我が社の船を浮かせる時だ。)

 

 情けは人のためならず、とはいうもののウラも下心もあるのが人間というもの。ただそれを表に出さないだけで、こうも丸く収まるのだ。

 

 「では、どのように解決なさるおつもりで?」

 「うむ、まずはだな・・・。」

 

 

 「おっ、なんか始まったぞ。」

 「すっかり見物人ムードだな。」

 

 外では屋台がまた繁盛している。

 

 「複数隻の船で、陣形を組んでいるのかしら?」

 「陣形というには距離が開き過ぎだな。それよりも、あの網を使うんだろう。」

 「なるほど、電気ショック漁か。それなら簡単に燻りだせるな。」

 「でもそんな電源どっから用意するんだろ?」

 「お抱えのゼノンがいるのか?」

 「普通にジェネレーター使うんじゃね。発電機は積んでるようだし。」

 

 メルカでは神秘とされている法術が、今まさに目の前で手軽な道具として扱われようとしている。

 

 ここが未来の地球だとすると、どうすれば電気を使えるのかすぐに調べられたとしてもおかしい話ではないが、それでもガイには歪に映った。一つの大きな大陸なのに、なぜこうも思想に違いが出るのか。ヴィクトールがすごいのか、それとも、ゼノンが異常なのか。

 

 (ヴィクトール商社によって、技術の目覚ましい発展が成されているとすると、それはつまり・・・。)

 

 いずれにせよ、この件は大きな火種になりそうだ。下手に燃え広がらぬことを切に願う。

 

 そうこうしている間に、船が動き出した。正体不明の敵を探しに行くらしい。

 

 「じゃ、あとは任せて帰ろうぜ。」

 「結局オレらが探索した意味無かったなー。」

 「でも、これで解決ならそれに越したことはないわな。」

 「そーねー、わたしたちはゆっくりお茶でも飲んで待ってましょう。」

 「昼過ぎには帰ってくるかな。」

 

 と、フラグを外野から散々建てまくって昼のシーンに繋がるのだ。

 

 

 ☆

 

 

 先ほどまで海に浮かんでいた船が、今は町の瓦礫に横たわっている。火の手から濃い潮のニオイが漂ってくる。

 

 「消火しろー!」

 「バカ野郎逃げるぞ!」

 

 さっきまで呑気な見物人だった町が、混沌の火事場となり果てた。対岸の火事、どこか他人事であった災厄が、文字通り降ってきたのだから。新式の軍艦から放たれる砲火が、容赦なく町を焼く。

 

 「で、あれはなんだよ!」

 「わからん!突然海からやってきた!」

 

 勿論、連中はなにも戦争がしたくてそうしているわけではない。海から現れた災厄を討つためである。

 

 タコだか貝だか、ようわからん。たとえるなら、アンモナイトのような巻貝から、アノマロカリスのような体が飛び出し、その顔の下からタコの触手が4本ずつ2対生えており、あたかも王様のヒゲのように見える。

 

 「あれが海のおじさんの言ってた『デクト』の王様なら、『デクトキング』ってところか。」

 「そのまんまだな。てかもっと小さいタコのはずだったろ。なんであんな姿の、それも巨大になってんだ!」

 「きっと『突然変異』ですわ!」

 「便利な言葉ねー、突然変異。」

 

 だがデクトキングの姿は、到底自然から生まれるような『自然体』ではない。様々な古生物の合体したいような、ちぐはぐな恰好をしている。悪意ある何者かが、人為的に生み出したのでないとするならば、突然変異という他なかろう。それが何故巨大化しているのかは不明だが。

 

 「とにかく、今はみんな合流するんだ。ここにいないやつらは?」

 「港の方に行ったっきり!」

 「えっと、ガイとサリアと、ドロシーとカルマと、あと先生?」

 「レオナルドも放っておけませんわ!パイルがエサをあげに行ってますわ!」

 「みんなバラけすぎだ。」

 

 状況はよろしくない。散り散りになってこの混乱の中を探し回るのは愚行。特にアキラは、ガイと一刻も早く合流しなくてはならない。

 

 「・・・よし、ゲイルはまた纏で避難指示を出してくれ。そこを合流地点とする。」

 「わかったわ!」

 「俺一人で全員を探しに行くのは厳しい・・・たぶんあっちも、レオナルドとパイルを迎えに分かれてると思う。」

 「ならわたしがレオナルドの方に行きますわ!」

 「危険だぞ?」

 「忘れられているかもしれませんけど、わたしゼノンですわ!」

 「そうか、じゃあクリンもついていってやってくれ。1人だけだと何かあった時困る。」

 「ここに誰か戻ってくるかもしれないが、誰もいないと困るんじゃないか?」

 「そうか、じゃあクリンはここで待機を頼む。シャロン、気を付けて。」

 「平気ですわ!」

 

 手際よく指示を飛ばせたところで、アキラもまた走り出す。

 

 

 ☆

 

 

 「・・・ツマランな、祭りの花火というにはいささか派手さに欠ける。」

 

 港町から外れた高台の上で、焼きトウモロコシを持って、目深にフードを被った男が呟く。目下ではデクトキングによる蹂躙が行われているが、それを見て心底つまらなさそうに、トウモロコシを一口齧って捨てた。

 

 「あの男の貪欲さもなかなかだが、すべてを焼き尽くすほどの煩悩の炎には程遠いな。」

 「いっそ自分を燃やしてみればいいんじゃないか『創造者(クリエイター)』?」

 

 クリエイターと呼ばれたその男が右手を掲げると、それが自身の頭を打ち抜こうとした弾丸を跳ね返した。そうすると、面白さ半分、呆れ半分といった具合にヘビのような目を攻撃の主に向ける。

 

 「それならもう108度は試したかな。結果は御覧の通りだよ、『混沌の子供』、いやさケイよ。」

 「なら109回目は俺の手で下してやる、ベノム。」

 「遠慮しておく。今はもっと、人生を楽しみたい。」

 「生きているとも死んでいるとも言えないやつが、そんな権利あると思う?」

 「それはお互い様だろう?」

 

 カッカッカと牙の生えた口が笑い、ペロリと細い舌を見せる。

 

 「私に言わせてもらえば、あるかどうかすらわからないモノを探しているお前たち(・・)も大概だがな。」

 「黙れ、少なくとも俺は誰にも迷惑かけてない。」

 「私だってそうさ、哀れな人間の願いを叶えてあげているだけだ。私はその様子を見て楽しんでいるだけ。」

 

 その瞬間、町の一角に閃光が迸る。

 

 「そら、このショーを面白くしてくれるヒーローの登場だ。」

 「スペリオン・・・。」

 

 ベノムは拍手でもって迎え、ケイは苦々しい表情で見つめた。悔しいことに、この展開はベノムの望む通りのものだったから。

 

 

 ☆

 

 

 「あっ、スペリオンだ!」

 「来てくれたか!」

 「ガイさんとアキラはどこに行きましたの?」

 「あの2人なら大丈夫だろう、避難するぞ!」

 

 多くの人間はその姿に目を奪われているが、すぐに現世に意識を取り戻すと避難が再開された。

 

 『速攻で片づける!』

 (無論だ、タコはあんまり好きじゃない)

 『奇遇だな、俺もだ。』

 

 首尾よくガイと合流できたアキラは、スペリオンへと合体変身を遂げた。今日も赤い体躯が燦燦と輝く。

 

 『って、何やってんだアイツは?』

 (どうやら倉庫を漁っているようだが。)

 

 タコとヤドカリの相の子が、もぞもぞと建物の一つに執着している。なんだなんだとその背負った貝を引っ張ってみれば、何が目的だったのかは一目瞭然だった。

 

 『この黄色いの・・・トウモロコシか?』

 (どうやら粉末にして、バイオマスにするところのもののようだな。思ってるより進んでるんだな。)

 『マス?魚、のエサ?』

 (違う、バイオ燃料のことだ。)

 

 炭水化物も組成が違えばエタノールになる。まさか化石燃料よりも先にバイオ燃料の研究が行われているとはガイも思わなんだ。

 

 ともかく、どうやらデクトキングの狙いはコーンだとわかった。貨物船を襲っていたのも、やはり積み荷のコーンが狙いだったのだ。

 

 『じゃあなにか、コイツはトウモロコシ食ってこんなにデカくなったのか?』

 (ああ、だがただのデブとは違うぞ。)

 

 コイツは動けるデブだ。触手を器用に使って体勢を立て直すと、殻の中から大きなハサミが飛び出してくる。

 

 『今度はロブスターか!』

 (挟まれると怖いな。)

 『そんなにトロくねえ!いくぞ!』

 

 左右非対称な歪な形の威圧感にも怯まず、スペリオンは大地を蹴って距離を詰める。図体がデカいだけでは、アキラには木偶の坊に過ぎない。関節部分を手刀で痛めつける。

 

 『グボボボボボボ』

 

 『うっ、邪魔な触手め!』

 (切り払え、アームドフィンだ!)

 『よぉし!』

 

 腕から赤いクリスタルの刃が伸びると、纏わりつく触手を切り裂く。一歩引いて様子を窺うと、すぐさま触手は生え変わっていく。

 

 『なんて再生力だ、キリがないぞ。』

 (なら光波熱線で焼いてしまえばいい。)

 『熱線の出し方なんてイメージできるかよ!』

 (なら口から出してもいいんだぞ?)

 『それはもっと嫌だな、ビジュアル的に。』

 (柔軟性のないヤツめ。)

 『タコには負けるわな。』

 

 丹田で気力を練り込んで、呼吸と共に吐き出す。一緒に口から洩れてしまいそうなのを抑えて、掌に集中する。

 

 『はぁああああああ・・・。』

 (それ、名前は?)

 『名前?えっと・・・気功・・・ブレイズ!気功ブレイズ!』

 

 円を描いた両手を、胸の前で花の形にして押し出す。緩やかな勢いながら熱い炎が噴き出して、デクトキングの触手をこんがりと焼いていく。

 

 (・・・いいんじゃない?)

 『名前に意味あんのかよ!』

 (まあ、あるっちゃあるよ。)

 

 干物にしてもあまりおいしくなさそうな触手が、ぶすぶすと煙を上げ始めていた。

 

 「よーし!いけいけー!!」

 「熱気がすごいな・・・。」

 「このままいけば・・・ってあれは!」

 

 それまで静観していた戦艦が火を噴いた。だがその標的は、海獣ではない。

 

 『グワーッ!な、なんだ?!』

 (こっち撃ってきやがった!)

 『なんでだよ!明らかにヒロイックな姿してるだろ!』

 (彼らにはどっちも同じように見えてるんだろ。)

 

 狙ってなのか、それとも流れ弾なのか、どちらにせよ思わぬ一撃を受けたスペリオンはたじろいで技を中断させられる。そうするとどうなるか。

 

 『うぬっ、小癪な!』

 (海へ引き込む気か!)

 

 デクトキングは再び出したハサミでスペリオンを掴むと、勢いよく海へとダイブする。海はデクトキングのフィールドだ。

 

 『ぐぉおおお・・・潰される・・・身動きできない・・・っ!』

 (まずいな・・・。)

 

 水中に骨が軋む音が響く。両腕ごと縛られている現状では、抵抗することもままならぬ。

 

 『何か手はないのかよ!』

 (髪を使え!)

 『髪?!』

 

 

 確かにマスクに収まりきらない髪が光を放っているが、そんなものを使えと言われても熱線を出すよりもイメージ出来ない。

 

 (そのまま伸ばせばいいんだよ!)

 『ええい、伸びろ!』

 

 後頭部からレーザーが発せられ、ハサミの付け根を貫く。いきなりの奇襲に、デクトキングも狼狽える。

 

 『ホントに出た・・・。』

 (オプティックファイバーだ、覚えとけ。)

 

 光のタテガミ。思ったよりも自在に動いてくれるが、使い過ぎるとハゲが心配になる。

 

 ともあれ危機を脱したがのもつかの間、デクトキングは口から黒いもやを吐き出して目くらまししてきた。タコというからにはおそらくスミだろう。

 

 『うっぷ!気色悪い!』

 (だが今ので見失ったぞ。)

 

 スペリオンはすかさず腕を大きく回して水流を作り、スミ洗い流したが、その隙にデクトキングの姿は消え失せていた。海底にあの巨体が隠れられる岩陰などはない。

 

 (だがタコは岩に擬態する能力も持っている。岩のどれかに化けたのかもしれない。)

 『アイツの背中も巻貝みたいで岩っぽかったからな。どれだ・・・?』

 

 敵のホームグラウンドで長居はしたくないが、ここで逃がすわけにもいかない。

 

 (・・・。)

 『・・・。』

 (・・・で?)

 『なんか手立てはないのかよ?』

 (ない。)

 『とにかく、これじゃあ埒があかん。適当に目星をつけて吹き飛ばしてやる!そこだぁ!』

 

 再び、気功ブレイズを放ち岩を砕く。目当ては外れたが、岩の一つが急速に逃げだした。デクトキングの背負っていた巻貝である。

 

 『いやがったな、切り刻んでサシミにしてやるぞ!』

 

 手に光の刃を出現させ、容赦なく突き立てる。しかしそれは意外なほどに手ごたえのない物だった。

 

 『なにっ?!これは!』

 (殻だけ?)

 

 文字通りのもぬけの殻。返ってくるのは空虚な反響音だけ。直後、背中に嫌な予感を感じる。

 

 (後ろだ!)

 『なにっ!?うぉおお!』

 

 誤算だった。タコは思いの外頭がいいが、まさか身代わりの術を使うとは思わなかった。背中にビッタリとくっつかれ、両肩にアノマロカリスのような口が突き刺さる。

 

 『ぐっ・・・力が入らない・・・。』

 (ぬぅん・・・毒か・・・。)

 

 デクトキングの体重以上のものが伸し掛かる。

 

 『どうにかならねえのか・・・。』

 (生物毒なら、大抵タンパク質だ。タンパク質は熱で壊れる。)

 『熱か・・・うぉおお・・・!』

 

 再び、丹田に力を込める。今度は血液の巡りを良くし、発汗を促すように、体温を高めていく。

 

 『ぬぅおおお・・・万力発散、スーパーデトックス!』

 

 『ゴポンガァ!』

 

 たちまち強熱が発生し、周囲を熱湯に変えていく。思わぬ反撃に、またデクトキングは離れる。が、今度は逃がさない!アノマロカリスの牙を引っ掴むと、ぐるんぐるんと思いっきり振り回す。

 

 『へっ、折れちまったぜ。』

 (貝は自分で捨てた、牙は折れた、なら残っているのは触手と・・・。)

 

 ロブスターのような大きなハサミ。最後はこれを使ってくるだろう、自棄になったのか、海底を触手で駆けながら、スペリオンへと向かってくる。

 

 『そっちが空蝉の術なら、こっちは畳返しの術!』

 

 ハサミがふりかぶられるその瞬間、光の刃で海底の岩盤を切り、壁のように立てかける。粉々に砕かれる岩盤、その向こうにさらにハサミを振るうデクトキングだったが、その攻撃は空を切る。

 

 『からのっ、土遁の術!』

 

 体をドリルのように回転させて地中を潜り、デクトキングの虚と体を突く。

 

 『ゴボボボボボボボボ』

 

 『サシミじゃなくて串焼きになっちまいそうだな。』

 (だが、こいつの再生能力は伊達じゃない。煮ても焼いても食えなさそうだ。)

 『なら、干物にしたらどうだ!』

 

 突き刺した手に回転エネルギーを纏わせる。するとデクトキングの体がプロペラのように回転を始める。

 

 一方海面では。

 

 「なんて渦だ!」

 「巻き込まれたら沈むぞ!」

 「社長、御無事ですか?」

 「ああ、だがあの巨人・・・。」

 

 戦艦の上で、ヴィクトールが呻く。恐るべき海獣を相手にしても沈むことが無かったことは、ヴィクトールも織り込み済みであった。しかし、あの巨人を見た途端に、ヴィクトールの顔色も変わった。

 

 「あの」巨人はどこだ?」

 「海です!あの海獣と戦っているでしょう。」

 

 ようやっと現状を把握できたところだったが、現状というものは刻一刻と変化するもの。既にスペリオンのフィニッシュブローは始まっていた。

 

 「渦の中から!」

 「渦の中からなんだ!」

 「海獣が!」

 

 跳び出した。それもプロペラのように回転しながら、その下に巨人がぶら下がりながら、空へと向かっていく。

 

 『遠心力で水分を全部飛ばす!』

 (いい作戦だ!これなら再生も出来まい!)

 

 デクトキングの体はスルメのようにどんどん乾いていく。

 

 『あとは・・・燃えろぉ!気功ブレイズ!』

 (やれええええええ!!)

 

 すっかり元の体重の10分の1よりも軽くなり、回転力のままに打ち上げられた海獣の最後は、あまりにあっけないものだった。

 

 『やった!』

 (うむ。)

 

 灰になったデクトキングが、海に落ちる。そこはかとなくいい香りがする。

 

 「・・・撃て。」

 「は?何が?」

 「あの巨人を撃て!命令だ、今すぐ!」

 「何故ですか?あれは海獣を倒してくれたではありませんか!」

 「いいから撃て!次にあの力をこちらに向けないとも限らんのだぞ!」

 

 (なにやら、穏やかじゃない雰囲気だな。)

 『どうする、そっちがその気ならこっちも。』

 (やめろ!人間に手を出すな。何があろうと。)

 『冗談だよ。』

 

 砲が向けられるよりも先に、スペリオンは光となって消えていった。

 

 

 ☆

 

 

 「さっきは冗談に聞こえなかった。」

 「まあ半分はマジで頭に来てたからな。」

 

 先ほどまでの痛みは消え失せて、元のガイとアキラに戻った二人。港にも先ほどのデクトキングの灰が降り注いできている。

 

 「おーい!ガイー!アキラー!」

 「無事でしたのね!いなくなったって聞いて心配していましたわ!」

 「せやから心配ないゆーたやん。この二人やったら平気やって。」

 「すっかり二人組扱いか。」

 

 「結局、あの大ダコはなんだったんだ?」

 「少なくとも自然から生まれた生物ではない。手足や腹のそれぞれの機能が色んな生物のキメラのようだった。」

 

 たしかに、タコも貝の仲間ではあるが、そこにアノマロカリスやロブスターが組み込まれているというのは不自然だ。タコを起点に、様々な形に先祖返りした、というケースも考えられなくもないが、あんな形質が必要になる環境など、ありはしない。よって自然から生まれる姿ではない。

 

 「そんなことは火を見るより明らかだろ。問題は、誰がどんな目的を持ってやったのか、だろ?」

 「いや、それも違う。」

 「クリン?今までどこ行っとったん?」

 「ずっと宿で待ってたんだよ!」

 「そうだったな、悪い悪い。それで、なにが違うんだ?」

 

 「俺たちの考えるべき問題は、どうやって帰るかって方法だろ?誰もオオダコの正体を突き止めろなんて頼んでないぞ。」

 「確かに。」

 

 困ったことに、ヴィクトール商社の船が沢山やってきて、ここら一帯を海上封鎖してしまった。これでは海路で帰る計画がパァだ。

 

 「本来の予定なら、ここから西のサメルの街に着く予定だったんだな。」

 「どうする?山道で西行くの?」

 「・・・いっそ南に行って、そこからまた海に出るっていうのはどうだ?」

 「また海?もう大タコに襲われるのは勘弁だよ!」

 「さすがにあんな海獣はもういないと思うけど、海に出ていいことひとっつも無いよな現状。」

 「・・・わかった、海はよそう。これからは陸路で西へ向かおう。」

 

 どうにもこうにも、旅は上手くいかない。不安や災難にみまわれるが、旅が終われば思い出と土産話に変わる。

 

 「まっ、これからだなこれから。」

 「アキラ前向き。」

 「前向いてなきゃ歩けないだろ。」

 

 

 ☆

 

 

 「おのれ・・・まさかあの巨人が再び俺の前に現れるとは・・・。」

 

 ところ変わって、ヴィクトール商社は社長の私室。ヴィクトール社長のこれまでの功績を称える品々や、大陸が一つと超大陸が一つ描かれた地球儀、高そうな調度品が揃えられたその部屋の中で、当の本人が椅子に腰かけて不満の言葉を宙に投げている。

 

 「まさか・・・過ぎ去った悪夢とばかり思っていたが、なぜ今になってなのだ・・・。」

 

 長く伸びた髭を指でさすりながら、厳しい表情で天井を見上げる。そして、『あの日』を思い出す。

 

 「なにか、お困りのようだね?」

 「! お前か、ベノム!」

 

 ヴィクトール一人しかいないはずの部屋に、別の声が響く。見れば、その声の主は応接テーブルに座って勝手に酒を飲んでいた。その表情はフードに隠れて見えない。

 

 「お前に会って、いやこの世界に来て20余年経った。おかげで俺のサクセスストーリーは順調だと言っていいものだった、はずなのに。」

 「まさかの再会だな。ハルマゲドンの、その中心に立つ者の。」

 「また、俺の人生を滅茶苦茶にするつもりなのなら、手を打たなければならない。どうか、手を貸してくれないか友よ。」

 「勿論だ。今しばらくは様子を窺って、機を見て手を打とうではないか。」

 「やってくれるか?」

 「今そう言った。」

 「そうか、そうか!なにか入用の物はないか?金か?なんでもいいぞ!」

 「いや結構。自分でやるのが好きなんでね。なにかあったらまた来よう。それまでに、『あの準備』を進めておいてくれ。」

 「ああわかった。感謝する、ベノム。」

 

 決して歴史の表舞台に立たないもの、そういうものが、歴史のターニングポイントには現れる。目には見えない糸を操り、爪を研ぐ。そんな影が闇から浮上したことを知るものはいない。

 

 

 「ん?」

 「どうした、クリン?腹でも痛いのか?」

 「違う、なんかこのクリスタルが・・・。」

 「何それ、真っ黒だな。」

 「・・・なんでもない。」

 

 今はまだ、予兆を見せているだけ。



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スペリオン、とぶ

 とある山、木々の葉は青々と茂り、風は涼しい空気を運んでくる。

 

 『ドワァアアアアアアア!!』

 

 そんなところへ巨体の影が降ってくる。

 

 『いってぇちくしょうめ・・・。』

 (空を飛ぶ相手はやはり辛いな。)

 

 スペリオンである。

 

 敵対しているのは、雲海怪鳥『イリューガル』である。繁殖期を迎えると南方はサウリアからやってくる、極彩色の羽に彩られる渡り鳥の一種であるが、今襲い掛かってきている個体はまさしく鳶色の、地味なカラーリングだ。そしてまた通常の個体に比べてでっかいのである。

 

 何故無駄にデカいのか?突然変異である。

 

 そして体が大きくなった分、食欲も旺盛になってしまった。今日のご飯は、それはそれは大きな亀と、その背中の人間たちの予定だ。

 

 『チュンチュン!』

 

 「うぉおおお食われてたまるかぁ!」

 「あっちいけぇ!」

 

 巣では今年の春に孵ったばかりのヒナたちが、腹を空かせて待っている。これも巨大で、人間の背丈ほどもある。それらの猛攻を、ドロシーたちは必死にしのいでいるところである。レオナルドは手足を引っ込めて防御している。

 

 『グワー!』

 (ええい、鬱陶しいやつめ。お前も空を飛んで対抗しろ!)

 『飛ぼうと思って飛べたら苦労しない!』

 

 強襲してくる爪を躱して、逆に飛び掛かってみせるが、イリューガルには難なく逃げられてしまう。相手は1km先の獲物をも瞬時に見分けられる動体視力と、的確に獲物を追い詰める俊敏さを兼ね揃え保持したまま、巨大な姿へと変貌しているのだ。鳥に空を飛ばれてしまっては、さしものスペリオンにも分が悪い。

 

 『対空対空・・・熱烈クラム!』

 

 スペリオンが手を振ると、小さな戦輪が飛び出してイリューガルを狙う。が、その程度のカトンボに捉えられるものでなく、チャクラムは空を切った。

 

 『地上に降りてくるタイミングを狙うしかないか・・・。』

 (アイツのスタミナと、こっちの体力どっちが先に尽きるか。)

 

 そしてイリューガルは本来渡り鳥である。何千キロという距離を飛び続ける猛禽を相手に、地上しか動けないヒーローが勝てる道理はない。

 

 (退くしかないだろう。)

 『アイツを見捨てるのかよ!』

 (そんなわけないだろう。だが、今俺たちが倒れたら、一体誰がヤツを倒すんだ?)

 

 それが理解できないほどアキラも幼稚ではない。

 

 『こうなりゃ・・・タッチダウンだ!』

 (あっ、バカッ!)

 

 アキラの口が判断を仰ぐよりも早く、体はイリューガルの巣のある山頂へ向かって走り出した。

 

 『キシャアアアア!!』

 

 突然の行動に驚いたのはイリュ-ガルもそうだ。すぐにその意図を理解し、巣を守るために急いで急降下する。

 

 『追ってきたな、それでいい!熱烈クラム!!』

 

 体を反転させて地面を背中で滑りながら、再びチャクラムを投げる。

 

 『ギャアアアアアア!!』

 

 起死回生の一手は、突撃態勢に入っていたイリューガルの片翼を焼き切った。しかしイリューガルは止まらない。そのまま墜落する勢いで、スペリオンの胸に爪を突き立てた。

 

 『ぐぅうううう・・・なんつー馬力だ・・・振りほどけねえ!』

 (ナイスプレーだったが、このままでは心臓を引っこ抜かれるぞ!)

 『・・・一旦撤退する。』

 (それがいい。)

 

 顔の前で腕を交差すると、スペリオンの体は光の繊維が解けるように消えていく。

 

 「スペリオンが消えた!」

 「やられたのか?うわっ!」

 「気を抜くなよ!」

 

 ヒナの空腹はもう限界だ。ドロシーたちへのついばみ攻撃は苛烈さを増した。

 

 「どうする、教室に逃げ込むか?」

 「レオナルドは平気かもしれないけど、これ以上前線を下げていいのか?守り切れなくなるぞ!」

 「みんなふせろ!『エアーボルト』!」

 

 その声が聞こえた瞬間、突風が人間と鳥類の間に壁を作った。

 

 「ケイ!」

 「バリアを張る。みんな逃げこめ!」

 

 レオナルドの周囲を風の障壁が覆い、ヒナを寄せ付けなくなる。

 

 「助かった・・・。」

 「これで1日は大丈夫だ。」

 「すごい力だな。」

 「そういえば、ガイとアキラがおらへんけど?」

 「あの2人は山の麓にいる。」

 

 ケイは机に腰かけると、ローブの裾についた泥を払う。

 

 「待って、一日しか持たないの?それまでにどうしろって言うんだよ?」

 「一日もありゃ体力も回復するだろ。それまでリラックスしてればいい。」

 

 『チュンチュン!チュンチュンチュン!」

 

 「リラックスできるかよこんな状況で!」

 「少なくとも親鳥はまだ帰ってこない。あの傷じゃ、山を登ってくるにも一苦労だろうし。」

 「それまでに、ガイたちがなんとか策を弄してくれるのを祈るか・・・。」

 「アタシたちも何か作戦を立てたほうがいいわね。レオナルドをこの山から降ろす方法を考えておかないと。」

 「その前にやることがあるだろう?」

 「それは?」

 「メシだ!俺たち朝から何も食べてないぞ!」

 「たしかに。」

 

 

 ☆

 

 

 「くそぉ・・・今一歩のところで。」

 「まあ落ち着けよ。犠牲フライでイーブンに持ち込めたってところだろ。」

 「得点はリード以外認めない。」

 「そうか。」

 

 一方、元の姿に戻った二人も休息をとっていた。保存食の干し肉を齧りながら、火を囲んで相対する。

 

 「今ならヤツも傷を負っている。すぐに変身してトドメを刺しに行くべきじゃないか?」

 「それは出来ない。健康のためにも12時間はインターバルを開けておきたいからな。」

 

 日はすっかり暮れている。時折森の向こうから巨体が蠢く音が聞こえてくるが、飛立とうという気配はない。回復しきるタイミングは同じとみていいだろう。

 

 「それにしても、あんなデカい鳥までいるなんて。ここは怪獣惑星だったのか。」

 「あれは本来の生態ではない。外的因子による変異だろう。」

 「なんでわかる?」

 「これが原因だ。」

 

 ガイは黒い結晶体を取り出して、焚火にかざす。

 

 「なんだそれは?ケイも調べていたが。」

 「『ダークマター』の結晶、とでも言うべきか。」

 「ダークマターってなんだ?」

 「これ自体にエネルギーがあるわけじゃない。これがレンズのような役割を働いて、虚無の空間からエネルギーを三次元に汲みだしているんだ。」

 

 いわば、空間という『天井』に空いた『穴』なのだ。砂時計のように、もう一つの空間からエネルギーが、その穴を通してこちら側の世界にこぼれてきているのだ。

 

 「もっとわかりやすく。」

 「これが生物巨大化の原因。」

 「なるほど。でもなんでそんなものがあの鳥に集まってるんだ?」

 「おそらく、生物濃縮の一環だと思う。

 「また新しい単語が出てきた。」

 「この世界の土壌には、わずかながらこの結晶が含まれているんだ。それが、食物連鎖の上位者に行くほど、体内で濃縮されていって、突然変異を起こしてるんだ。」

 「なるほど。」

 (ホントにわかったのかよ?)

 

 身近なもので言えば生ガキの食中毒がそれにあたる。

 

 「しかし、お前は何でそんなに難しいことに詳しいんだ?」

 「詳しいわけじゃない、見ただけで理解できてしまうってだけだ。」

 「見ただけで?」

 「それになにより、ツバサの書いた本に書いてあった。」

 「ツバサが本を?」

 「この世界に来たツバサの日記だ。」

 

 ツバサ、アキラの弟分だった男。アキラやガイのような特別な力のない、ごくごく普通の人間だった。

 

 「そんな本があったとは・・・後で読みたい。」

 「たしか教室に置きっぱなしだ。まだ読んでる最中だったから図書館に返すの忘れてた。」

 「たしかにモノづくりが好きなやつだったけど。」

 

 それどころか子供まで作っている。その人生は波瀾万丈なものだったと記されている。

 

 「まあ、俺は疲れたから寝るぞ。ぐぅ。」

 「おう、おやすみ。」

 

 ごろんとガイは横になり、アキラも目を閉じる。

 

 「・・・結構キツいな。」

 「・・・やっぱり、キズを負っていたのはお前もだったのか。」

 「気づいていたのならもうちょっといたわれ。」

 「見せてみろ、手当してやる。」

 

 上着を脱いだガイの胸は、血で汚れていた。明らかにイリューガルの爪にやられた形の傷であった。

 

 「でももう治り始めてるな。」

 「ほっといても治ると思ったから、言わなかっただけだ。」

 「感染症にでもなったらどうすんだよ。薬も満足に無いんだぞ。」

 「どうやって応急処置するつもりだったんだ。」

 「焼く。」

 「そっちの方がよっぽど痕残るわ。」

 

 しょうがないのでアキラは傷口を水で洗って、包帯代わりの端切れを巻いてやった。

 

 「体が傷つくのは俺だけだったからな。」

 「やっぱりか。戦闘で体が傷ついても、俺は全然平気だったから変だと思ってた。そういう時は相談ぐらいしろ。」

 「今度からそうする。」

 

 

 

 「なんというかお前も、人間なんだよな。」

 「いきなりなんだよ。」

 

 手当てを終えて、一眠りしてから目が覚めた。日が昇るまでもう少し時間があるが、ガイの傷は治りきっていない。そんな折、アキラは突然話を切り出してきた。

 

 「変わったやつだと思ってたよ。変に冷めてるし、突然確信めいた話をしだすし。なによりスペリオンだし。」

 「そうだな。」

 「けど、そういう面以外にも、人間らしいところがあるんだなと思って。」

 「お前が言えた口かそれ。」

 「ズレてるって自覚はあったさ、子供のころからな。けどお前の場合はそれ以上だ、多分。宇宙人と話してる気分になる。」

 

 「けど、お前は人を気遣ったりできるだろ?だから宇宙人とかとは違うって思うんだ。」

 「最初から持っていたわけじゃない。教えられたようなものだ。」

 「・・・お前の世界の、俺か?」

 「ひどいうぬぼれだな。半分はそうだが。」

 「もう半分は、ハルカとか?」

 「そうだな。他にも色々いた。」

 「そのころの話が聞きたい。」

 

 「そうだな、一つ昔話をしよう。今回と似たような翼獣と戦った時の話だ。」

 

 

 ☆

 

 

 「ガイはまだ目覚めないのか?」

 「はい・・・。」

 

 アキラの訪れた鷹山家のある一室。部屋の明かりは落とされているが、カーテンから昼光が漏れてきている。部屋の真ん中には布団が敷かれて、そこにガイは横たわり、その傍らで鷹山家長女で長い黒髪の少女、ミキが顔を覗き込んでいる。

 

 「その、あまり無理はさせないほうがよろしいのでは?ガイも深く傷ついています。」

 「そうも言ってられん。次の襲来があるかもわからん。早く目覚めてくれないと困る。」

 「・・・アキラも無理をなさらないように。」

 

 目を閉じているガイを一瞥してアキラは上着を羽織り、廊下に置いていたバッグを拾い上げる。

 

 「・・・行ったか。」

 「行きました。」

 

 揺れる度にガチャガチャ鳴るのが、遠くに行ったのを確かめてガイは目を覚ます。いや、最初から眠ってなどいなかったというのが正しい。狸寝入りである。

 

 「傷はもう治ったんですね。」

 「ああ、もう痛くない。」

 「ではガイも急ぎ戦闘の準備をするべきでは?」

 「嫌。」

 「なにゆえ?」

 「だって、俺もう負けたじゃん。」

 

 ピッと枕元のリモコンのスイッチを押すと、パッとテレビが薄暗い部屋に灯る。

 

 『昨晩出現した巨大生物による被害は、依然として全容がわかっておらず・・・』

 

 ニュース映像に映される市街地の景色は、あちこちから煙が上がっている惨憺たるものであった。

 

 『巨大生物は突然姿を消し、市民には不安が広がっています。』

 

 「でも追い返すことはできたじゃないですか。」

 「だが、それもこのザマだ。」

 「もう治ってるじゃないですか。」

 

 実質的にガイは見逃されたようなものだった。空を飛ぶ怪鳥にいいように弄ばれ、それが何故か急に気が変わったように姿を消したのだ。

 

 「俺が出て行ったところで無駄だと、俺は思い始めた。」

 

 臆面もなくガイはそう言い切った。その瞳の奥に、ミキは別なものを見た。

 

 「怖いのですか?負けることが。」

 「別に怖くねえよ。ただ・・・。」

 

 言葉に詰まる。この先の言葉に詰まった身勝手さを、ミキにぶつける気にはなれなかった。

 

 「とにかく、これ以上俺に何ができる?それともアキラがなんとかしてくれるのを見ているか。」

 「・・・アキラは死ぬつもりかもしれません。」

 「勝手に死ねばいい。」

 「死んで刺し違えられるならそうするさ。」

 「アキラ、行ったのでは?」 

 「携帯忘れた。」

 

 扉に手をかけたアキラがそこには立っていた。腕や額に巻かれた包帯が痛々しいが、その表情は氷のように冷たい。

 

 「聞いてたんならわかるだろ。俺はもう戦わん。臆病者と言われようが。」

 「自分の情けなさを誇るやつがあるか。」

 「情けないのはどっちだ。俺がいなければどうせ勝てもしないくせに。」

 「言ってろ。最初っから逃げ腰のお前にはどだい期待してすらいないわ。」

 「まるで死にに行くのが賢いみたいな言い方だな。そういうのをニッポンじゃ犬死って言うんだよ。」

 「じゃあお前は負け犬だな。」

 

 あまりに子供じみた低レベルな言い合い。だがそれがガイの心の琴線に触れた。

 

 「ああそうかい、いいよなお前は。俺が死にそうに戦ってる中でも、『見てるだけ』でいいんだからな!そんなに死にたきゃ、お前がスペリオンになればいいだろ!」

 「・・・まだ痛めつけられたいか!」

 「やめてください2人とも!」

 

 まさに殴り合いに発展しそうなほど、冷ややかにヒートアップしていた。ミキがいなければそうなっていたかもしれない。

 

 「ああ、もしもし?ツバサか。」

 

 着信を振動で感じたアキラは、握った拳をほどいて携帯を開きながらその場を後にする。その背中はをミキは半歩身を乗り出して見送った。

 

 「・・・私も準備します。ガイは?」

 「俺はいかない。」

 

 ガイは逃避を決め込んだ。全てを拒絶するように布団に包まってテコでも動かなくなった。

 

 「それでも、待ってますから。」

 

 ミキもそれ以上何も言わなかった。

 

 戸が閉じられ、部屋には静寂が還った。

 

 「俺は何すればいいんだよ。」

 

 顔を出したガイの問いかけには誰も答えない。

 

 

 ☆

 

 

 『それでガイをほったらかしにしてきたわけ?』

 「体使って解決しなきゃいけない問題を、口と頭で逃げてる奴なんか役には立たん。」

 『でもスペリオンなしじゃ飛車角落ちなんてものじゃないよ。』

 「歩兵だってひっくり返せば金になる。」

 『金になれるほどの手がある?』

 

 インカム越しに聞こえてくるのは、可愛く頼もしい弟分、ツバサの声。昨晩の戦場となった瓦礫の街を、アキラは軽口を飛ばしながら探索する。背の高いビルのない地域であるから、遠巻きには鉄塔が折れ曲がっているのが見える。

 

 間違いなく昨日の敵は再び襲来してくる。その対策となる情報をかき集めるため足を使ってフィールドワークがアキラの仕事。それらを受信して椅子に座りながら分析するのがツバサの仕事というわけだ。

 

 『何か見つかった?』

 「全然だ。ツメの欠片や体液の一滴も落ちてない。」

 『ガイの攻撃がヒットしていたなら、僅かでも落ちているハズなのにな・・・。』

 

 アキラがその手にしたハンドスキャナで巨大生物の体組織を調べれば、ツバサが分析出来るというただそれだけのことなのに、その捜査は目下難航していた。

 

 相手は今までに戦ったことのない飛行型。前例がないだけに少しでも手掛かりをつかみ、対策を練る必要がある。現状あるのは、ガイの戦闘中にアキラが撮影した映像だけだ。

 

 『この映像だけじゃなあ。暗くて何が起こってるのかよく見えないし。』

 「アイツの攻撃が当たったかと思った瞬間には、敵の姿は消えていた。まるで空を切っているようだった。」

 『それ、空ぶってるのどう違うの?』

 「間違いなく『当たって』はいたんだよ。」

 

 頭部には蛾の触覚のように羽を戴き、風にたなびくボロボロのマントやローブを纏っているかのような姿の敵。その裾の下からは怖気の走るような鋭い針や鎌が見え隠れしている。

 

 しかも相手はただ空を飛んでいるだけではない。まるで煙や幽霊を殴っているかのように、全く攻撃が効いてないのである。カメラの中でそれを相手にしているスペリオンは狼狽えている。

 

 『他に特徴は?』

 「・・・そういえば、馬鹿にあっさりと消えたな。活動する限界があったのか知らないが、戦いの途中で急に居なくなりやがった。」

 『それって、日の出とか?』

 「いいや、まだ深夜だった。」

 『そうだった。おかげで寝不足だよ・・・。』

 「電波の調子悪くってお前はリアルタイムでは見てなかったな。」

 

 目的が全く見えてこない。突然現れたかと思ったら、幻だったかのように消えた。

 

 「今までのパターンで言えば、破壊が目的なら居座るものだと思ってたが。」

 『途中で帰ったってことは、スペリオンが目的でもない。となると・・・。』

 「となると?」

 『生物的にもっと根本的な目的。食事か縄張り。』

 

 口があるようにも見えなかった。

 

 『気象データやらなにから洗ってみる。』

 「頼む、俺はまだ探索を続ける。」

 『気を付けて。』

 

 通話を終了させる間際、ツバサが小さく呟いた。

 

 『・・・ガイのところに姉さんが行ったよ。』

 「そうか。」

 

 アキラも最小限に答えて通信を切った。

 

 (お前がスペリオンになればいいだろ!)

 

 「出来るなら最初からそうしている。」

 

 ガイの言葉がアキラの脳内でリフレインする。それこそ無理な話だ。

 

 どれだけ鍛えようと、結局普通の人間の延長でしかない。もっと自分だけの『特別』を欲した。

 

 無力感や嫉妬心、その他色々な感情がアキラの中で渦巻く。

 

 

 ☆

 

 

 「ガイ、お邪魔するわよ。」

 「んあ?ハルカか。」

 「はい、これお見舞い。」

 

 ミキが出て行ってから間もなくして、入れ替わりにハルカがガイのいる部屋へとやってきた。

 

 「花か。」

 「お菓子の方がよかった?」

 「なんでもない。」

 

 ガイは受け取った花束をしばし見つめ、傍らに置いた。

 

 「それで、なんか用?」

 「別に、お見舞いに来ただけよ。」

 「そうか。てっきりアキラから代わりに泣きついてくるように頼まれたのかと思った。」

 「どうしてアキラが泣きついてくるの?そんなことをさせたいの?」

 「いや、別にそういうんじゃない。」

 

 ガイの零した皮肉から、ハルカは的確に真相を突いて来る。

 

 ガイも別に困らせたかったわけじゃない。けれど言わずにはいられなかった。

 

 「何故戦うのか、何のために戦うのかわからなくなった?」

 「・・・言われるままに戦うのに疑問を感じていた。」

 

 アキラのように『信念』を持って戦えることが羨ましかった。

 

 「隣の花は赤いものよ。」

 「赤?この花はどう見ても白だろう?」

 「そうじゃなくてことわざよ。他人が持っているものはなんでも羨ましく見えるものなのよ。」

 

 「あなたに必要なのはきっと『勇気』ね。信念は責任感をくれるけど、勇気はくれないわ。」

 「じゃあどうすれば勇気を持てる?」

 「それはきっと、守るためね。」

 「守るため?」

 

 敵を倒すのは、あくまで手段でしかない。その先の目的が、守ること。

 

 「そう、今まで守るために戦うんだって、考えたことある?」

 「ない。ただ生きるのに必死だった。」

 「あなたは、アキラのこと好き?」

 「・・・嫌いではない。」

 「ツバサや、ミキのことは?」

 「嫌いじゃない。」

 「じゃあこうしましょ。私たちは、あなたたちが守ってくれた毎日をしっかり生きて、帰ってくる場所を守るから。これで持ちつ持たれつでしょ?」

 「持ちつ持たれつ?」

 「うん、私たちにそれしかできないから・・・。」

 

 「だからこれはお願い。みんなのために戦って。それでアキラのことも、守ってあげてほしい。」

 

 いつになく真剣な目でハルカは言った。

 

 「ハルカは、アキラのことが好きなんだな。」

 「うん、大好き。けどよく不安になる、いつか手が届かなくなるんじゃないかって。」

 「なら、守りたいものがどうとかじゃなくて、最初っから『アキラのことをお願い』って言えばよかったんじゃない?周りっくどい言い方しなくても。」

 「ギクッ。だって、まともに聞いてくれると思ってなかったし・・・。」

 「まあ、いいよ。おかげでちょっと目が覚めたみたいだし。」

 「ホント?さすが私!」

 

 ガイはもったいぶるように重い腰を上げると、照れくさそうに頬を掻いた。

 

 「ああいうのが『お母さん』みたいなものなのかなって思ったよ。」

 「んもー、私そこまで年取ってないよ?」

 「でもアキラとツバサの保護者役なんだろ?」

 「それはそうだけど!」

 「わかったわかった、お母さんの言いつけは守るよ。」

 「んもー!」

 

 脱ぎ捨ててあった上着をとると、廊下へと飛び出していく。

 

 「じゃ、行ってくる。」

 「うん、いってらっしゃい。」

 

 背中にかかる声を、強く握った拳で受け止める。そして天にまでとどきそうなほど強く地面を蹴って駆けだすのだ。

 

 

 ☆

 

 

 「で、それから俺はお前と合流してだな・・・。」

 「すぴー。」

 「寝てんじゃねえよボケ!」

 「どあっ!スマン、あまりに長くって・・・。それで、どうなったんだ?」

 「敵の正体は、電波を吸収してエネルギーにするやつだった。ローブのような外殻は、クーロン力で纏わりついた塵だった。ツバサの分析からそれを知ったお前が、電波攪乱して、俺がトドメを刺した。終わり。」

 「おお、ナイスコンビネーションじゃないか。でもなんで概要だけ?」

 「話す気力が失せたんだよ!どっかの誰かが居眠りこくから!」

 「ひどいやつがいたもんだな。」

 「殺されたいか。」

 「スマンスマン。」

 

 舞台は戻って、焚火を囲む森の中。

 

 「もう仕舞いにしよう。明日に備えて寝るぞ。」

 「はいはい、それにしても、なんか違うな。」

 「何が?」

 「俺の性格。なんかひょうきんさが足りない。」

 「お前はむしろおしゃべり過ぎる。世界が違うせいで、性格も少し違うんだろう。」

 「となると気になることが一つ。それは本当に俺なのか?」

 「・・・間違いなくお前だよ。根っこが同じだ。」

 「そういうもんか。じゃおやすみ。ぐー。」

 「はぁ・・・その切り替えの早さとかな。」

 

 ごろん、とガイも横になる。視界に入ってくる満天の夜空は、話の中で見た、市街地での夜空とはまた違う。アキラの性格と同じように。

 

 「・・・なぁ。」

 「なんだ?」

 「いや・・・一緒に戦ってくれてありがとよ。守ってくれてさ。」

 「そうか。」

 「そうだ。そんだけ。おやすみ。」

 

 最後に少しだけ互いに声だけで会話した。

 

 

 ☆

 

 

 一晩明けて。穏やかな小鳥のさえずりとは異なる轟音にガイは起こされる。正確には眠くもならないのだが、とにかく意識がこの世に呼び戻された。

 

 「準備はいいか!」 

 「まだ回復しきってない。」

 「ああ、昨日の戦いで奪った敵の機動力はまだ戻ってないだろうな。」

 「ちげえよ、俺がだよ。」

 

 野宿をしたせいで節々が痛む体をのっそりと立ててガイは呻く。一方アキラは素手で倒した丸太を担いで無駄に元気でいる。

 

 「なんだよ、なら二手に分かれるか?」

 「ああ、俺は皆のところへ行く。お前は・・・どうするつもりだその丸太。」

 「ぶつけてやる。」

 「そうか、がんばれ。」

 「おう、お前こそ命を大事にしろよ!」

 「お前が言うか。」

 

 そのあまりに無謀としか言いようのないアキラの姿には、わんこそばよりも早く命が投げ捨てられていくように見える。だがそのワンマンアーミーぷりの一面を知るガイは特に気にも留めない。

 

 「さて、皆を探しに行かないと。」

 

 ガイは傷を押さえながら、禿げ上がって木の生えていない山頂を目指す。こちらの世界に来てから、傷の治りが悪くなっていることが気がかりだった。明らかに力の衰えを感じる。今は考えていてもしょうがないので、必死に足を動かすが。

 

 山の登るのに疲れない歩き方という物があるが、ガイはそれを無視して疾走し、駆けあがる。それを可能にする体力がガイには、スペリオンにはあった。

 

 「ふぅ!結構キツいな。けどもう見えてきたぞ。」

 

 ノンストップで走り続けること3時間ほど。斜面の森を抜けて山頂が見えてきた。

 

 キョエー・・・と遠くに力ない鳴き声が響いてくる。この声は昨晩から続いていたが、恐らくその主は今日の昼には全力を取り戻すだろう。それほどまでに、ダークマターの力はすごい。それに丸太だけで喧嘩を売りに行ったアキラはすごいというかイカれてる。

 

 「前のアイツだったら絶対しなかった・・・とも言えないか。」

 

 昨日の話の結末を鑑みれば、やはり同じ人間だと思わせられる。体力と膂力に任せた力業こそが、アキラの本質と言えるのかもしれない。

 

 さて、そんな考え事をしているうちに、目的地が見えてくる。皆無事であればいいが。

 

 「助けに来たぞー!って。」

 

 「さーみんな、次はおうたのじかんですわよ♪」

 『クワー!』『クワー!!』『クワー!!!』

 

 「おっ、ガイ遅かったわね。」

 「なんで芸をさせてんだ?」

 「エサをあげて笛を吹けば簡単ですわ♪」

 

 心配するガイをよそに、そこには最近めっきり動物使いに目覚めたお嬢様によって調教され切った渡り鳥のヒナ(XXLサイズ)がいた。

 

 「ガイ、今までどこに居たんだよ?」

 「アキラはどこ行ったん?」

 「コーンばっかりじゃ飽きるから、肉が欲しいし。」

 「やっぱり生きてる鳥ってニオイがあるわねー。お風呂に入りたいわー。」

 「うるさーい、全員一辺に喋るなー!それよりも、先生はどこ行ったんだ?」

 「センセなら、ケイと一緒に外を見に行ったで。」

 「ケイと?」

 「調査がどうこう。それよりもご飯を持ってきてほしい。」

 「お前らまでヒナドリになってどうする。」

 

 まあ全員怪我も無くてよかった。腹を空かせた鳥たちについばまれてなくて。ヒナドリたちも整列してちょこんとならんでいる。

 

 「それよりもだ、早くここを離れるぞ、じきに親鳥も帰ってくるし。」

 「レオナルドがケガをしていて動けないんですのよー!」

 「なんだとー?」

 

 生憎、ガイ含めたここにいる全員には治療魔法といったものは使えない。

 

 「ケイの野郎、治してから出ていけばよかったものを。」

 「なんとかならないのか、ガイ?」

 「・・・ダークマターを使ってみるか。」

 「ダークマターって?」

 

 少々危険かもしれないが、ダークマターを投与すれば治癒力を強化させることが出来るかもしれない。副作用が怖いが、今は四の五の言ってられないだろう。ガイは昨日採取したダークマターの黒いかけらを取り出す。

 

 「それがダークマターなのか?」

 「そうだ、この鳥たちが巨大化したのもこれが原因だが、少しだけなら影響は少ないはずだ。レオナルドは元からデカいし。」

 

 青い血がにじむレオナルドの後ろ足に、砕かれて砂のようになった結晶をまぶした布を押し当ててやる。

 

 『グルルルル・・・。』

 

 ちょっと我慢してろよ、と血が完全に止まるまで押さえつけると、すぐにレオナルドは元気を取り戻したようだった。

 

 「よし、これでいいか。乗り込めみんな。」

 「クリン、なにボーッとしてんだ。」

 「・・・ああ。」

 「よーしよし、歩けるなレオナルド?」

 「あなたたちー!強く生きるんですのよー!」

 

 パイルが手綱を握ると、レオナルドはのっしのっしと歩み始め、シャロンはヒナドリたちにバイバイをする。

 

 レオナルドが立ち直る様子を見て、クリンは自身のポケットをまさぐると、そこに硬くて変に冷たい感触が返ってくる。先ほどガイが持っていたダークマターと、よく似た物をクリンは以前拾っていたのだ。そしてその効能を今見た。

 

 

 ☆

 

 

 他方、問題の怪鳥のいる現場はというと。

 

 「どぉおおおおっせぇえええええええい!」

 

 『キョエエエエエエエエエエ!!』

 

 アキラは丸太で奮闘していた。片方の翼から血をにじませる怪鳥・イリューガルは、怒りの叫び声をあげながら目の前の虫を踏みつぶそうと地団太を踏んでいる。

 

 「なんという戦いだ・・・これほどの大立ち回りを長年旅をしてきたがみたことがないぞ!」

 「そりゃいないだろうな、こんな大ボケ野郎は。」

 

 その様子を遠巻きにケイとデュラン先生は見ていた。下手に近づくと巻き込まれると判断したため、手が出しようがない。

 

 「ええいさっさとくたばれぇえ!!」

 

 『グェエエエ!』

 

 豪快に振るわれた丸太のフルスイングが、イリューガルの横っ面をひっぱたく。

 

 『クェエエエ!!』

 

 「おーっ!なんという風だ!」

 「感心してる場合か!『エアーボルト』!」

 

 仕返しに、イリューガルは羽ばたいて突風を巻きおこす。周囲の木が根こそぎ折れて飛んでいくが、アキラの前に舞って出たケイの振るう杖が、自身にかかる風を打ち消す。

 

 「おおケイ、久しぶりだな。」

 「遊んでないでそろそろ逃げるよ!さっき山頂で花火があがった!」

 「あっちの方は上手くいったみたいだな。」

 

 ひょっとしなくても、それは合図の狼煙というやつだ。この場に親鳥を引き留めることで、巣から逃げる時間を稼げたというわけだ。

 

 「さて、この場はもう撤退して良いわけだけど・・・。」

 「まだ何かするつもり?」

 「スペリオンにしか出来ないことがある。」

 「そういういことだ。」

 

 バッと空に影が映えると、それは地上に降り立って人の姿を見せる。ガイである。

 

 「ガイ、お前いま・・・どこから飛んできたんだ?」

 「気にするところはそこじゃないんとちゃうんセンセ?」

 「そうだな、すぐ生徒のところに戻らなくてはな。」

 「先に行っててくれ、俺たちはまだやることがある。」

 「そう、じゃあ行こうぜセンセ。」

 「おう、2人とも気をつけてな!」

 

 デュランの背中を叩いて、ケイが去っていく。

 

 「で、アキラ。これ以上何するつもりなんだ?」

 「こいつをこのまま野放しにしていちゃ、人にも迷惑かかる。放っては置けない。」

 「殺すのか?」

 「殺しはしない、けど『無力化』の必要がある。スペリオンには出来るか?」

 「お前が望むならな。」

 

 イリューガルが睨みを利かせる。鬱陶しい虫ケラが二匹に増えている。もう許さんとばかりに痛む翼を広げて飛び掛かる。

 

 「行くぞ、ガイ!」

 「ああ、『スペルクロス』!」

 

 その掛け声を合図に、2人が拳をぶつける。走る電光の中、アキラは構える。

 

 ガイは光の繊維(クロス)となってアキラを包み込み、光の金属『ウル』の体を作り上げていく。

 

 「見ろ!スペリオンだ!」

 

 光のヴェールの向こうから、巨大な姿を現した!さあ戦いだ!

 

 

 ☆

 

 

 初戦においては煮え湯を飲まされたスペリオンだったが、今回はちと状況が違う。イリューガルの片翼は、アキラの最後っ屁によって大きく傷つけられていたからだ。これでは自由に飛び回ることは出来まい。

 

 『いっつつ、でもこっちもまだ完全に回復はしていないぞ。』

 「速攻でケリつけてやる!」

 

 スペリオンは胸を押さえる。巨大化した分傷も大きくなったのだ。痛みを感じているのはガイの意識だけだが、アキラもあまり負担はかけさせまいと集中する。

 

 『キョエエエエエエエエ!』

 

 「また風か!」

 『しっかり踏ん張らなきゃ吹き飛ばされるぞ!』

 

 それほどまでに強力だ。スペリオンは姿勢を低くして耐えるが、その隙をついてイリューガルはジャンプして爪を立ててくる。

 

 『いだだだだ!しっかりしろよ!』

 「くそっ、まだこんなに元気があったとは!」

 

 逆に足を掴み返して、ハンマー投げの要領で振り回して投げた。空中で回転しながら、イリューガルはバランスを取り戻して向き直る。

 

 「今度はこっちの番だ!とうっ!」

 

 避けようとする先を読んで、スペリオンは掴みかかってチョップを浴びせる。バサバサと宙に浮きあがりながら、やがてバランスを失ったように錐もみになって墜落すると、羽に土が付く。

 

 『グェエエエエエ・・・』

 

 『まだやるか鳥畜生め。手負いの獣はやはり手強いな。』

 (どうする、やはり殺すまでやるのか?)

 『他に方法はないのか?元の大きさに戻してやるとか。』

 (今のお前では無理だな。)

 『そうか。』

 

 ふらふらとイリューガルは立ち上がる。傷つき泥にまみれたその姿には

哀愁すら感じられる。

 

 それでも止まろうとしない。理由は言わずもがなだ。

 

 「スペリオン様ー!!」

 

 『様?』

 (あっ、シャロンか。みんなも無事なんだな。)

 

 「ヒナたちの親を殺さないであげてくださいましー!」

 「なんとか助けてやれないか!」

 

 (だとよ。)

 『できんのかよ?』

 (お前が想像できるかだ。)

 『そうか、ならやってみる!』

 

 口元に指を当てて、エネルギーを吹きかける。

 

 「『リーディングマーチ』!」

 

 「これは、笛の音?」

 

 指笛によって音波として発せられるエネルギー波が、動物の脳へ指令を伝える。

 

 それを聞いたイリューガルは不思議そうにしながら大人しくなった。

 

 『まずは怪我を治してやらないとな。』

 (自分でやっといてよく言う。)

 『うっさい!こうすればいい、か?『ヒールフロー』!』

 

 血行をよくして傷の治りを早める呼吸ヨガを、アキラは指先から放出するイメージを唱える。そうすればスペリオンは回復光線をイリューガルの翼へ浴びせるのだ。

 

 (次は?)

 『ち、小さくするイメージなんて浮かばないぞ・・・。』 

 (体内のダークマターを排除してやればいい。そうすればじきに元に戻るだろう。)

 『そ、そうか。』

 

 アキラは脳内に黒い結晶の姿を思い浮かべる。見るからに禍々しい、異物の存在。

 

 「『ライトオペレーション』!」

 

 異物切除の術式開始だ。と言っても、光線が自動的に体内の残留ダークマターだけを破壊してくれるので、ただ照射を続けるだけでいいのだが。

 

 『これで・・・終わりか。』

 (お疲れだな。)

 

 イリューガルはすっかりしおらしくなり、凶暴さとは違う元気を取り戻し始めていた。

 

 「やったぜ!」

 「すごいんだな、スペリオン!」

 

 シャロンやドロシーたちの黄色い声を浴びながら、役目を終えたスペリオンは姿を消した。

 

 「本当になんでも出来るんだな、スペリオンってやつは。」

 「まあな。ヒトの『願い』を背負うのがスペリオンだからな。」

 

 話しながら歩いていると、前方に見覚えのある大亀の姿が見えてきた。

 

 「おーい!」

 「ガイ!アキラ!」

 

 「うーん、不思議なもんだな。」

 「何が?」

 「今こうして俺がスッキリした気分でいられるのは、あいつらの『願い』があったおかげなわけで、それに遠回しにだけど『俺は俺に』諭されたわけだなって。」

 「正確にはハルカにな。」

 「ったく、かなわねえやつだな。」

 「だろうな。」

 

 近くて遠い、幼馴染に思いを馳せる。

 

 

 「二人とも生きてたのか!」

 「生きてるよ。その証拠に腹減ったぜ。」

 「そうね、お昼にしましょう!」

 「肉か?」

 「鶏肉ではないですわよ!」

 

 ともかく一件落着。一行の頭上を回復したイリューガルは飛んでいき、この一帯の森にも平和が戻った。

 

 「なあ、ガイの世界のハルカはどうしてるんだ?」

 「ん、元気してるよ。」

 「そうか・・・。」

 「そっちの世界では、どうなんだよ?」

 「元気・・・さ。」

 

 アキラの言葉には、暗いものがあり、ガイも何かを察してそれ以上は聞かなかった。

 

 「お前がいてくれたらな・・・。」

 「俺にも何でも出来るわけじゃないけどな。」

 「スペリオンには不可能なんてないんじゃないのか?」

 「お前が諦めなければな。」

 

 それは、小さな楔だった。完全であるはずのスペリオンに打ち込まれた、僅かな裂け目。



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焔禍の兆し その1

 さて、海越え山越え、危険を越えて一行はサメルの中央平原のあたりにまでやってきた。幾人かにも見覚えのある風景が並んで、皆の心にも余裕が出てきていた。

 

 「もうちょっと西へ行ったら、ウチの家にも近くなるわ。」

 「いい加減ピザ以外の物が食べられるならありがたい。」

 「ピザおいしいですのに。」

 「最近太ったんと違うシャロン?」

 

 カルマの指摘通り、どうにも最近シャロンの脇腹はぷっくりとして・・・。

 

 「『ショックボルト』!」

 「うぎゃー!」

 「シャロン、みだりにゼノンの力を使用するのはご法度のハズよ?」

 「ちゃっかり自分だけガードしておいてそれか・・・。」

 「みだりに女性の体形に触れるのもご法度ですわ!」

 「なんで僕まで・・・。」

 「顔が笑ってたろパイル。」

 

 そんな和気あいあいとした掛け合いを続けながら、カメのレオナルドはのっしのっしと街道を行く。道行く人の衆目を集めながら。

 

 『アレ、噂のピザ屋のレオナルドじゃない?』

 『えぇーっ、マジー?!写メっとく?』

 

 果たしてこの世界にSNSがあるのかはともかく、最近不思議な大亀に乗ったピザ屋のキッチンカーの噂が広がっていた。味はイマイチだが、映えるとあって一定の人気はある。

 

 そして最近、この旅路に仲間が増えた。と言ってもケイが勝手に着いてきてるだけなのだが。

 

 「どういう心境の変化だ?調査だなんだつって、一人で単独行動してたのに。」

 「調査を切り上げたからだよ。」

 「なして?」

 「それどころじゃないかもしれないから。」

 「えっ、危機的状況ってことか?」

 「ダークマターのせいか?」

 

 ダークマター、その効能は散々危ない目に遭ってきたことでこの場にいる全員が知っているが、その発生原因についてはあまりよくわかっていなかった。

 

 「まだ仮説の段階だから。」

 「もったいぶらずにおしえろ。」

 「憶測でものを語ると混乱を招くから。」

 「そういうのは秘密にすると余計に死亡フラグだぞ。」

 「うるさーい!とにかくなんとも言えんのだ!」

 「つまり何も知らないってことだな。」 

 「だっさ。」

 「消されてえか!」

 

 「楽しそうやなー、あの3人。」

 「変わり者同士仲いいんだろうな。」

 「女三人寄れば姦しいって言うし。」

 「男だし。」

 

 会話している内容はよくわからなかったが、とにかく傍からはそう見えたらしい。

 

 「次の街が見えてきたぞ。あの街になら通話鏡もあるだろう。」

 「よーっし、買い出しと、それから学園に連絡だな。」

 「なんでガイはそんなに楽しそうなんだよ。」

 「久しぶりにエリーゼと話せるからだろ。」

 「エリーゼ?カノジョ?」

 「『まだ』違う。」

 「ふーん、『まだ』ねぇ・・・。」

 「そのくだり、顔ぶれが増える度にやるつもり?」

 

 

 ☆

 

 

 一行のやってきた街は、サリアの地元『リーチル』よりやや東の衛星都市にあたる。ここは大陸各地へ物資を輸送するためのターミナルにあたるようだ。

 

 「おっ、あれは馬・・・じゃないな。でかいトカゲ?」

 「ヴェロキラプトルみたいだ。」

 「あれは『コプラプトル』やね。今まで街道ですれ違ってたの、見てへんかったん?」

 「さぁ、寝てたから。」

 「筋トレしてたから。」

 「もう知ってるものだと思って。」

 「旅を楽しもうって気ゼロやろアンタら。」

 

 派手なトサカがあり、それに負けず劣らずドギツイ色のウロコの生き物が、背中に鞍をつけて馬がいるべき場所に収まっている。馬よりもスタミナに劣る代わりに足が速く、近距離・中距離で輸送や、少量の荷物の速達において優れているという。

 

 「でも正直あんまり驚かないな。」

 「もっとデカいのを先に見ちゃったしなー。」

 「アンタら・・・。」

 

 一応商売人の娘として、そのあたりに誇りの合ったサリアは非常にげんなりとしていた。むしろこの二人の方がよっぽど珍獣かもしれない。

 

 「そういえば、ガイはともかく、アキラは学園についたら何するの?」

 「特に考えてないな。」

 「つまりいつも通りということだな。」

 「黙らっしゃい。」

 「アキラも生徒になればいいじゃない?」

 「今更学校生活なんて、ピンとこないが・・・。」

 

 そういえば、アキラは義務教育で学歴を終わらせてしまったハズだったなとガイは聞いていて思い出した。もっとも、自分は幼稚園にすら行ったことが無かったが。

 

 「そんなことよりも、早く行こうぜ。」

 「はいはい。」

 

 はやる気持ちが足に表れているガイの姿を見て、皆呆れ半分、微笑み半分でついていく。

 

 「あれ、なんや騒がしいな。」

 「どう騒がしいんだ?」

 「あんな集団が出入りしてるとこ、見たこと無いで。」

 

 どうやら、どこかの兵隊が屯しているらしい。

 

 「あのマーク、ヴィクトール商社の私兵じゃないか?」

 「俺たちを砲撃しやがったやつらか。」

 「またかよ。なんでここにいるんだ?」

 「商社なら、取引に来たとかじゃないの?」

 「ヴィクトール商社はウチとは扱うものちゃうし、そもそも商談に剣をチラつかせるなんてご法度やで。」

 「穏やかじゃないな。情報収集なら任せておけ。万が一に備えてお前らは皆と集合しておけ。」

 「人の集まりそうなとこ、案内するで。」

 「頼む。」

 

 その物々しい雰囲気に嫌な予感がしたので、そっと物陰に隠れることとした。そしてその判断が正しかったと判明するまで、そう時間はかからなかった。

 

 「オレたちを探してる?」

 「なんか、サウリアからの船沈めたんをウチらの仕業ってことにしたいらしいわ。」

 「ありゃ事故だってのに。それも自業自得な。」

 

 困ったことに、現在ガイたちは重要参考人として指名手配されてしまった。こっそりトンズラこきたいところだが、そうするには無視できない大きな問題がある。

 

 「どう考えてもレオナルドは目立つだろ。」

 「「「「だよなー。」」」」

 「いっそ置いてってデコイとして役立ってもらうとか。」

 「ダメですのー!」

 「冗談だよ。」

 

 いくらレオナルドの足が馬車よりも早くても、全力疾走の馬相手には分が悪かろう。元々街の外で待たせていたのを、急ぎ近場の森に隠したが、見つかるのも時間の問題だろう。

 

 「それに、どこへ逃げるかも問題だ。」

 「それやったら、リーチルまで逃げ込めばいくらヴィクトール商社でも迂闊には手出しでけへんハズやで。」

 「それは名案だが、あまり実家に迷惑をかけさせるわけにもいかないだろう?」

 「おお、先生が珍しく教師らしいことを言ってる。」

 「私は先生なんだよ?」

 

 こんなところまでわざわざ追ってきてるようなやつらが、そう簡単に諦めるとも思えない。国際問題にもなるかもしれない。

 

 「仮に戦争になったとして、この国勝てるの?」

 「なんて仮定を建てるんだお前は。」

 「難しいな。ヴィクトール商社はただでさえ先進技術で武装しているのに、こちらはゼノン教団の教えで兵器開発を禁止しているからな。」

 

 ここにきている私兵は、そんな武装をしているようには見えないが、どちらにせよ、我々で火をつけることもない。

 

 「そうですわ、ゼノン教団にかけあってみてはどうですの?教団なら力になってくれますわ!」

 「強いの?」

 「強いですわ!」

 「普段見てるゼノンが、こんなちんちくりんだからなぁ。」

 「ふん!」

 「あべべべべ!」

 

 今まさにゼノンの力が振るわれているわけだが、それはともかく。

 

 「たしかにこの街にもゼノン教団の教会があるな。」

 「伝言を飛ばしてもらえば、あっという間に来てくれますわ!」

 「・・・そういえばすっかり頭から抜け落ちてたんだけど、素直にお話で解決するっていう手はないの?」

 「残念だけど、そういうわけにもいかない。」

 「ケイ、逃げたんじゃなかったのか。」

 「情報集めてたんだよ!」

 

 そういえばいつの間にか姿を消していたケイが、ぬっと現れるように割って入ってきた。

 

 「ダメってのはどういうこと?」

 「連中の狙いは、『フォブナモ』だ。そんなものをおいそれと返してやるのは危険がすぎる。」

 「フォブナモ?そんなもんオレたち持ってないぞ。」

 「お前らがオーブンにしちゃった船のエンジンパーツだよ!」

 「ああ、あれね。そんな名前だったのか。」

 

 とにかく大変なモノだという理解はあったが、具体的にどう危険なのかは知らなかった。

 

 「簡単に言うと、あれ一基が爆発すると地球が滅ぶ。」

 「ヤベーイ!」

 「どうやって手に入れたのかは知らんが、今の人類に扱えるような代物じゃない。だから返すわけにはいかない。」

 

 細かい理屈はともかく、徹底抗戦になる理由が出来た。

 

 「ちょっと待て、本気で戦うつもりなのか?」

 「なんだよクリン。怖気づいたのか?」

 「怖気づくとかそういう問題じゃないだろう。渡してしまった方が穏便に済む話だろう?」

 「たしかに僕もそう思う。」

 「パイルまで?」

 「だってそうだろう、渡さなかったらずっとお尋ね者の身になっちゃうんだよ。」

 「それもそうね。間を取って海に沈めるってのはどうかしら?」

 「残念ながら海に沈めるだけじゃ、根本的な解決にならない。あれは地球の磁力を吸収してエネルギーに変換しているんだ。海に沈めただけじゃ、無限に稼働し続けていつか手が出せなくなる。」

 

 少し意見が割れた。地球がどうこうなどという話は、あくまで小市民であるクリン他生徒たちには重すぎる。

 

 「じゃあ折檻案で、一度解体してしまってから渡すっていうのはどう?それなら安全で手出しできないでしょう?」

 「解体出来るか、ガイ、ケイ?」

 「まあ、出来なくはないが・・・。」

 「じゃあ決まりだ。俺とガイとケイはレオナルドのところへ行って、解体する準備をしてくる。シャロンたちは教会に一応保護をかけあってみてくれ。終わったら俺たちも教会に行く。」

 「わかりましたの!」

 

 

 この時はまだ、なんとかなると楽観的にとらえられていた。

 

 だが知る由もなかった。フォブナモの無限エネルギーが、レオナルドの体内に注がれたダークマターと共鳴し、全く不測の事態を引き起こしていたことを・・・。

 

 

 ☆

 

 

 「解体するのはいいとしてだ。」

 「おう。」

 「どうやって近づいたらいいんだ。」

 「これはちょっと計算外だったな。」

 

 森に向かうと、レオナルドは既にヴィクトール私兵に見つかっていた。

 

 「でもどうやらオーブンから取り出すのに苦労してるみたいだな。」

 「クリンやみんなが丹精込めて固めてたからな。」

 

 エイヤコラソリャと教室の中のオーブンを囲っているのが見えるが、居眠りしているレオナルド以上にテコでも動かない。

 

 「どうすんだよこれ。」

 「レオナルドが起きて機嫌を悪くする前に奴らを排除しないことには。」

 「という事で、行けアキラ!」

 「さすがに敵の戦力もわからないままに突撃はしたくない。」

 「行けよ鉄砲玉。」

 「よっ、切れたナイフ。」

 「まずお前らから血祭りにあげてやろうか?」

 

 そんな問答は、突如響いた爆音によって中断された。白い煙が壊れた教室の窓からあふれ出る。

 

 「あー、なんてことしやがる。」

 「奴ら無茶苦茶しやがる。」

 

 そういえば、図書館で借りた本を教室に置きっぱなしにしていたけど、この分じゃ吹っ飛んだかな。

 

 『クォオオオオオオン!』

 

 『うるせえぞこのカメっ!』

 

 そんなことよりもレオナルドだ。自身の背中で起こった衝撃に、レオナルドは驚いて飛び起き、悲鳴を上げた。その甲高い声が癪に障ったのか、兵隊たちはレオナルドをいじめ始めたのだ。

 

 「あいつら許さん!」

 「行け行け!」

 

 その様子を静観していたアキラが飛び出していった。奇襲攻撃であっという間に外にいた5人をノックアウトするが、教室の中から騒ぎを聞きつけた兵隊が腰に下げた武器を抜いて出てきた。

 

 「うぉっ!銃だと!」

 「銃?この世界では銃はメジャーな武器じゃなかったはずだろう?」

 「だから出ていきたくなかった。」

 

 兵隊たちの持っていたのは、手のひらに収まるサイズのまさしく『拳銃』。最も、アキラにはかすりもしないが。

 

 「しかし、ライフルを飛ばして拳銃とは、ますますきな臭いなヴィクトール商社というやつは。」

 「だろう?」

 「一体どこからそんな一足飛びの技術を持ってきたのか。」

 「知らん。」

 

 ケイが一瞬だけ眉をひそめたのが見えたが、それ以上は語ろうとしない。そうこうしている間に、アキラは最後の1人を張り倒して、高々と腕を掲げた。

 

 「うっし、殲滅完了。大したことなかったな。」

 「恐獣とかと比べたらまあな。それより、レオナルド大丈夫?」

 

 『グォオオオオオン・・・。』

 

 「あーこりゃご立腹だな。シャロンかパイルを連れてきた方がよかったな。」

 「それより、フォブナモだ。うぉっと。」

 「どうどう、落ち着けよポルナレフ君。」

 「レオナルドだっつの。」

 

 その時、異変は起こった。

 

 「ぬっ?」

 「どした?」

 「レオナルド、なんか大きくない?」

 「元から大きいだろ?」

 「そうじゃなくてだな・・・。」

 

 気のせいではない。

 

 「って、デカーッ!」

 「一体何が起こってるんだ?!」

 

 不測の事態、誰にもその原因は知れない。

 

 

 ☆

 

 

 「何の光?!」

 

 他方、小高い丘の上にあるシャロンたちの集まっている教会に赤い光が差し込んだ。強い熱を帯びたそれに照らされた者の皮膚が、冷や汗と共に警鐘を呼んでくる。

 

 「なんだあのデカい影は?!山か!?」

 「こんなとこに火山は無いで!」

 「いや、あれは山じゃないぞ・・・。」

 

 光が収まってきて、誰かが口にした。『亀だ!』と。

 

 「レオナルド・・・?」

 「嘘だろ・・・なんで?」

 

 『グォオオオオオオオン・・・。』

 

 甲羅全体が赤熱化し、背中には小さな炎が灯っているのが見える。乗ったままの教室が燃えているのだ。それがなによりも、レオナルドが大きくなっているという事実の証明となった。

 

 『クォオオオオオオオ!』

 

 「こっちに来た!」

 「レオナルドー!」

 「シャロン!危ないぞ!」

 

 『ゼァッ!』

 

 自身を焼く熱から逃げるようにレオナルドは全身を開始した。その眼前に、スペリオンは立ちはだかる。

 

 『どういうことかはわからねえが、街にはいかせないぞ!』

 (ケイ、お前はみんなと合流してろ。)

 「言われなくても。」

 

 肩に乗っていたケイが、避難誘導のために姿を消す。

 

 『こいつ、なんでこんなにデカくなったんだよ?』

 (わからん、だがこの熱量は尋常じゃない。フォブナモが関係しているのかもしれない。)

 『背中の光ってるところだな、あれを取り除く!』

 

 むせかえるような熱波を押しのけ、スペリオンはレオナルドの甲羅に手をかける。掌が焦げる感触があるが、なんとかして光へ手を伸ばす。

 

 『あっつ!とどいたけど・・・とれねえこれ!』

 (発光している?離れろ!)

 

 ガイは気づいたが、一足遅かった。一層強くなった光が、レオナルドの叫びと呼応するかのようにして、スペリオンの掌を貫いた。

 

 『や、焼き切られる!』

 (なんて威力だ!)

 

 慌てて離れたが、腕へのダメージは尋常ではない。再生能力をフル回転させて、穴をふさぐのがやっとというところだ。そこへ追い打ちをかけるように、レオナルドは突進を繰り出してきた。

 

 『ぐっ、うううう・・・なんつー馬力だ!』

 (押し返すのは無理だ!払え!)

 『そらよっ!』

 

 わずかに向かってくる軌道をそらすことはできた。だが少し触れただけでスペリオンはこのダメージ、一方のレオナルドは息を乱した様子すらない。

 

 『こいつだって、暴れたくて暴れてるわけじゃないんだろ?また戻してやれないのか?』

 (背中のフォブナモが癒着している、そう簡単にはいかないぞ。)

 『難しくてもやるんだよ、友達を悲しませたくない。』

 (そうだな。)

 

 レオナルドだって苦しんでいるんだろう、いつものケロッとした表情が今は見えない。

 

 (まずは体力を奪わないと、どうしようもない。)

 『俺に殴れというんだな!』

 (足を狙え、動きを止めるんだ。)

 

 レオナルドの前足を蹴る。まるで鋼鉄の柱を蹴っているような、全く手応えの無い、無機質なリアクションが返ってくる。だがレオナルドの全身を抑えることは出来ている。

 

 『けどなんてタフさだよ、蹴ってる足が痛くなってくる。』

 (だが凶暴さは無いだろう?)

 『それはそうだが・・・それはそれで良心が痛むぞ。』

 (心を鬼にしろ。)

 『他人事だと思って。』

 

 レオナルドは臆病なところもあった。徐々に徐々に歩みを止めていくのを見て、スペリオンも余裕を取り戻す。

 

 『よし、このままいけば、穏便に済ませられそうだぞ。』

 

 「やめてくださいましー!スペリオーン!」

 

 『シャロン?!巻き込まれるぞ!』

 

 しかし、気が付くと足元にシャロンが来ていた。いや、シャロンが来たのではない。スペリオンが押し込まれていたのだった。

 

 (も、もう後がないぞ!)

 『シャロンを巻き込めない!』

 

 スペリオンは焦った。しかし幸か不幸か、シャロンの姿を見たレオナルドも落ち着きを取り戻していた。

 

 (今だ!)

 『よしっ!って、今度は何だ!?』

 

 スペリオンの背中に何かが当たる。振り返ってみると、街道や建物の屋根の上に兵隊が並んでいるではないか。

 

 「撃て撃てー!」

 

 『またこいつらかよ!』

 (また邪魔しに来たっていうのか!)

 

 ヴィクトールの私兵である。街中から集まってきた彼らは、スペリオンとレオナルドに対して銃を手にしていたのであった。正直痛くも痒くもなかったが、その銃口の向く先には文字通り火に油を注ぐ結果しか招かなかった。

 

 「撃たないでくださいまし!」

 「ええい邪魔だ!」

 「きゃあっ!」

 

 『グォオオオオ!』

 

 『うっ、今度は何だ!?』

 (怒ってる、レオナルドが。)

 

 突き飛ばされたシャロンを見て、レオナルドが猛る。より一層の熱量を放ち、吠える。

 

 するとどうだろう、レオナルドの変化は熱量だけではない。

 

 『立った!』

 (レオナルドが立った!)

 

 今までずっと四つん這いで歩いていたレオナルドが、後ろ足二本で立ち上がったのだ。

 

 (まさか、進化したというのか・・・いやありえない話じゃないのか。)

 『なんでだよ?!』

 (アイツは元々、遺伝子改造カプセルに入れられていた生き物だ。そういうプログラムがされていてもおかしくないってことだ。)

 『俺は知らんぞそんな話!』

 

 現に今目の前で起こっている。後ろ足が太くなり、前足が『手』の形になる。甲羅も隆起し、背中にあったフォブナモを包み込んでゆく。

 

 『完全に吸収しやがったぞ!』

 (二足歩行だけじゃない、最早どんな進化パターンが組み込まれているかもわからん。)

 『つまり?』

 (こいつはどこまでも強くなるってことだ!)

 

 無限に進化する可能性のDNAに、無限のエネルギー機関が融合してしまった。

 

 『ゴォオオオオオオオ!!!』

 

 『こいつは・・・マズい!』

 

 レオナルドは、直立したことで大きく広がった肺を、これまた大きく膨らませた。アキラは直感で避けた。そしてそれは正解だった。

 

 (・・・なんて威力だ。)

 

 一瞬にして焼けただれた街路、陥没する地面。建物は砂のように砕け散った。

 

 『グォオオオオオオオン!』

 

 『ぐっ、強い!強すぎる!今までの、どんなやつらよりも!』

 

 振るわれた拳を受け止めるが、勢いを殺しきれず、あっという間に街の中にまでま押し通される。

 

 『街が、人が!』

 (・・・倒すしかない。)

 『そんな!?』

 (このままじゃ、俺たちも危ないぞ!)

 

 逡巡する間にも、レオナルドは容赦なく攻撃し続けてくる。タンカー船が激突してくるような、重すぎる衝撃にスペリオンはなすすべもない。

 

 『し、死ぬ・・・。』

 

 『グゥ・・・。』

 

 死を覚悟したその時、しかしどういうわけかその手を止めてくれた。

 

 『う、うぉおおおおお!』

 (落ち着け、まだ死んじゃないぞ!)

 『倒す、もう倒すしかねえ!』

 

 自身の命が危険にさらされて、アキラの精神に罅が入った。夢中で、乱雑に気力を腕に集中させる。

 

 『気功、ブレイズ!!』

 

 滾る気力が、容赦なく敵の頭を打ち抜いた。

 

 『どうだ・・・やってしまった・・・のか?』

 

 永遠にも感じられるほどの沈黙が、ほんの瞬き数度の間にあった。煙が晴れた時、そこにあったはずの頭は無かった。

 

 (やってない。)

 『クソッ!』

 

 しかし相手は亀なのだ。結果的に、レオナルドを本当に怒らせるだけだった。

 

 『ゴォオオオオオオオオオ!!』

 

 『うわぁああああああ!!!』

 (このままでは・・・。)

 

 スペリオンの放った物を、何十倍にもした極太の熱戦が返ってくる。

 

 (ま、負けた・・・。)

 

 ガイは悟った。焼け焦げて、埃のように宙を舞っていることを鑑みて・・・いや、どうしようもないほどの力量の差を、身をもって思い知った。

 

 これほどの敗北感を味わったのはいつ以来だったろうか。そんなことを半ば冷静に考えていられたのは、レオナルドが黙って街の外へ向かって行く後ろ姿が見えた、安心感によるものだった。

 

 

 ☆

 

 

 「おい、ガイ起きろ!」

 「うっ・・・あ・・・アキラ・・・か。」

 「息できるかお前?」

 「・・・してるだろ?」

 

 体が重い。右目がかろうじて開くと、アキラの姿を見とめることが出来た。

 

 しかし左耳から音が聞こえてこない。鼓膜をやられたのか、線が切れたかのように何も感じない。

 

 「おーい!ガイー!アキラー!」

 「生きてたら返事しろー!」

 

 遠くにドロシーとデュランの声もしてくる。どうやらまだ死んでいないようだ。

 

 「こっちだ!ガイが重傷だ!」

 「おおアキラ、ガイも・・・。」

 「・・・そうだ、シャロンは?」

 

 思い出した、あの時すぐそばにはシャロンがいたのだった。

 

 「シャロンは・・・。」

 「どうした、なにがあった?」

 「・・・シャロンは、レオナルドが持って行った。」

 

 絶句。

 

 「あの時、シャロンを止めてれば・・・。」

 「・・・いいや、シャロンがあの時レオナルドを止めてくれなきゃ、今頃俺たちも死んでいた。助けられたんだよ。」

 

 「今度は・・・俺たちがシャロンを助けてやらねえと・・・。」

 「無理するな、ガイ。」

 「そうだぜ、ガイがこれ以上無理する必要ないぜ。」

 「朝にはゼノン教団の師団が到着する。彼らを頼ろう。」

 「そう・・・か・・・。」

 

 ガイは薄れゆく意識の中で思った。出来ることなら、このまま永遠に眠ってしまいたい。しかし眠ったところで見る夢は悪夢。いずれはこの困難な現実に戻ってこなければならない。

 

 ただ今は眠れ。この体には休息が必要だ。

 

 「ガイ!」

 「大丈夫だ、まだ生きてる。さあアキラも、教会が救護所だ。」

 「俺は・・・。」

 「どうした?」

 「俺はまた、守れなかったのか・・・。」

 「何を言ってる?何のことだ?」

 「いや・・・俺は大丈夫だ。ガイを頼む。」

 「おい、どこ行くんだよ?」

 「ちょっと・・・一人にさせてくれ。朝には戻るから。」

 「・・・わかった。」

 「アキラ・・・。」

 「大丈夫だ、大丈夫・・・。」

 

 アキラもまた、非常にばつの悪そうな顔でとぼとぼと歩いて行った。その背中に悲哀と無力感を乗せて。血が滲むほど手を固く握って。

 

 街のあちこちには火の手が上がっており、夜の空を赤々とした炎が照らし、地獄のような光景が広がっていた。



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焔禍の兆し その2

 「アンちゃん!こっちもどけてやってくれ!」

 「こっちも頼むでー!」

 「あいよー!」

 

 瓦礫の街の一角で、アキラは求められるままに自身の力を存分に振るっていた。

 

 「にしてもすげえ力だな兄ちゃん、おかげで助かったよ。」

 「ありがとう!」

 「どういたしまして。」

 

 かけられる感謝の言葉に、アキラは充実感を得ていた。自然と頬が緩む。異世界で関西弁に出くわしたからというのもあるが。

 

 「それにしても、なんだって俺たちがこんな目に。」

 「みんなあの大きな亀と巨人が暴れたせいや。」

 

 「・・・。」

 

 その感情もすぐに冷め、我に返った。

 

 「あ、もう朝か。教会に行かないと。」

 

 アキラは逃げるようにその場を後にする。

 

 教会までの道には、前日情報収集のために歩き回ったので、それほど迷わなかった。

 

 一晩明けて街は混迷を極めている。まだあちこち煙は上がっているが、とりあえず火は消し止められている。折よく雨が降ったおかげだった。

 

 「うわあ、ぬかるんでる。ケイが漏らしたんだな。」

 「漏らしてないわ。」

 「でも雨を降らせたのはお前だろ?」

 「まあね。この杖でちょちょいのちょいよ。」

 「その杖でレオナルドもどうにかできなかったのか?」

 「無理。これは火・水・風・土の4属性を操るだけだから。」

 

 ケイの身の丈ほどもある長さのスティックに、回転する半透明のディスクが先端についており、その周りにボルトのようなものが数本刺さっている。使い方は多分ケイにしかわからない。

 

 「そうでもないよ、ほとんどコンピューター制御だし。」

 「ファンタジーな能力のわりに、科学的?」

 「突き詰めれば科学も魔法も変わらないって。」

 「・・・レオナルドの巨大化も、科学でも魔法でもない?」

 「生物は普通熱線なんて吐かないし。」

 

 そういえば、この世界にきて魔法というものを初めて見たが、ガイが言うには電気科学的なもので、電磁波治療器とか、電熱器とかと、根本にあるものはそういうエレクトリックなテクノロジーらしい。

 

 だからこそ、ダークマターのような超科学的なものが異彩を放って見える。果たして謎はどこから来てどこへ行くのか。

 

 「おーいアキラ、どこまで行くんだ?」

 「うん?」

 「通り過ぎてどうする。」

 「悪い、考え事してた。」

 「考えるほどの脳みそもない癖に。」

 「ぬかせ。」

 

 気が付けば、教会の前にまで来ていた。日当たりのいい丘の上に建てられ、朝日によって年季の入った白い壁が照らされて眩しい。屋根の上には、『Z』に縦棒が刺さった、十字架のようなものが掲げられている。これがゼノンのシンボルなのだろう。

 

 中はというと、普段ならば厳かな礼拝が行われている時間帯であるが、今は怪我人や急病人が詰め込まれている駆け込み寺となっている。

 

 「おーい、アキラ!こっちだこっち!」

 「おう、ドロシー。ガイの様子はどうだ?」

 「やっと落ち着いたらしい。さっきまでうなされてたけど。」

 「そうか・・・。」

 

 野戦病院の一角、特別にひとつ貸してくれた部屋の中に、ガイは横たわっていた。ベッドもない茣蓙の上に包帯を巻かれ、目は閉じられている。ケイは無言でその傍らにまで寄って行って座った。

 

 「要安静だけど、すごい回復力だってお医者さんも驚いてたよ。」

 「皆は大丈夫なのか?」

 「うん、皆は怪我してない。」

 「問題はシャロンだけど・・・。」

 「・・・そうだな。すぐ探しに行かなくては。」

 「もう捜索隊が出たよ。」

 「いつ?」

 「ついさっき。ゼノンの先遣隊がやってきて、いなくなったのがシャロンだって聞いたら、真っ青になってた。」

 「どうして?」

 「だって、シャロンってパピヨン家の令嬢だもの。ゼノン教団のナンバー2よ、パピヨン家って。」

 

 いいとこのお嬢さんだとは聞いていたが、そんなにか。教会のナンバー2ということは、枢機卿とかそんなんだろうか。おにかく大変エライ人の娘、あるいは孫というわけだ。

 

 「ゲイルとカルマの姿が見えないのもそのせいか。」

 「あの2人も調査に行ったよ。」

 「それで、なんでセンセまで青い顔してるんだ?」

 「教師と生徒だから。」

 「成程。」

 「持病の胃痛が・・・。」

 

 生徒を預かる身として、大変な失態というわけだ。

 

 「それで、もうすぐゼノンの本隊が来るんだけど、オレたちも会議の場に顔を出さなきゃいけないらしい。」

 「話をしろって言われても、僕たちにも何が起こったのかよくわかってないし、ガイはこれだし。アキラとケイ何か知ってる?」

 「俺にはよくわからん。」

 「僕も。」

 「いやお前が知らんってことはないだろう?」

 「生物学は専門外。」

 「・・・あれは、フォブナモとダークマターのせいだ。」

 「おお、ガイ起きたか。」

 「あまりにうるさくてな。」

 

 まだ上体を起こすのも辛そうだが、ガイが声を発してきた。毛布を除けてみれば、全身に火傷を負っていたのがわかった。

 

 「あくまで俺の見立てだが、巨大化はダークマターの影響によるものだろう。以前治療させるために使ったのが、まだ体内に残されていたんだろう。」

 「聞いてないぞ。なんでそんなの使ったんだよ。」

 「しょうがないだろ、あの時はああするしかなかったんだから。量も少ないし、巨大化する前に新陳代謝で排出されると思ってたからやったんだ。」

 「じゃあ、なんで今になって巨大化したんだ?」

 「そこでフォブナモだ。どうにもアレが活性化してから、レオナルドも暴れ始めたからな。しかもその直前に、連中に爆破されていたからな。不安定になっていたんだろう。」

 「フォブナモとダークマターが共振したってこと?」

 「おそらくな。」

 「割と推測でものを言いなさる。」

 「でもいい線言ってると思うぞ。原因はヴィクトールの連中の横暴だ!」

 

 考察にすぎないが、あながち的外れとも言えない。事実、ダークマターを使用してから、昨日まで結構な時間があった。そして昨日アクシデントが起こった。とすれば、関連付けられてもおかしくはない。

 

 「でもあのオーブンを置いたのもガイだろ?」

 「ダークマターを使ったのもガイ。」

 「つまり?」

 「「「全部おまえのせいか!」」」

 「本当にスマン。」

 

 ガイはバツが悪そうに頭を下げる。が、すぐに顔を上げて怒る。

 

 「って、全部結果論だろ!そうしなきゃここまで来れなかったっつの!」

 「でも、そのせいで連中はオレたちを追ってきたわけで。」

 「やっぱりお前のせいか。」

 「お前らは俺のことをなんだと思ってるんだ!・・・俺はまた寝るわ。」

 「悪い、機嫌治して。」

 「いや、ちょっと辛くなってきた。体力も戻ってないし・・・。」

 「そうか、なら休めよ。」

 「そうさせてもらう。なにかあったら起こしてくれ。ぐぅ。」

 

 線が切れた人形のように、ガイはまた横になった。

 

 「で、証人のガイがこれだけど、これからどうするよ?」

 「とにかく、ゼノンの本隊が来るのを待とう。きっと会議とかになるだろうし、それまでに集められる情報を探しておこう。」

 「じゃあ俺、また街で人助けしてくるか。」

 「いやアキラも休んでおけ。一晩中働き詰めで疲れてるだろう。会議中に寝られても困る。」

 「そうか?まあ休めるときに休むのも大切だわな。」

 

 アキラは椅子に寄りかかってうつむく。デュランに言われた通り、意外にも体は疲れていたようだ。すぐに眠りに落ちた。

 

 「オレたちはどうする先生?」

 「まず、ヴィクトールの連中の動きが気になるな。それに、レオナルドの捜索隊の方も手伝わなきゃならん。やることなら山積みだ。」

 「手分けしていこっか。」

 

 皆前向きに動いていくことにしていたが、思考には暗いものがあった。

 

 「しかし、果たしてスペリオンに出来なかったことが、人間に出来るんだろうか?」

 「クリン、お前ってやつは一言余計なんだよ・・・。」

 「事実だろ?」

 「事実でもなぁ。」

 「人間にしか出来ないこともある。こうやって情報を集めたりだとか。」

 「ケイはどうするんだ?」

 「僕は独自に情報収集。」

 

 ケイはさっさと部屋を後にした。まるで行先がわかっているかのように迷いがなかった。

 

 ややあって他の全員も部屋を後にした。残されたのは眠る二人だけ。

 

 

 ☆

 

 

 「・・・負けたな。イーブンにすらならず。」

 

 

 昼前になって、目が覚めたアキラだったが、そのままの姿勢でじっとしていた。しばらくすると、おそらくは自分へと向けられているのであろう声に応えた。

 

 「そうだな。まさかあんなに強いなんて。」

 「大人しいやつだと思っていたんだが。頭はよかったが。」

 「そうだな。餌を喜んで食べていたし。」

 「何故あそこまで暴走していたんだろうか。」

 「攻撃されたからだろ。」

 「俺はよ、シャロンが乱暴されたせいじゃないかとも思うんだよ。」

 「なるほどな。たしかにそれも一理ある。」

 

 レオナルドが立ちあがる前、一層熱量が上がった。それはシャロンが乱暴されているところを見たせいだとすれば。

 

 「だとすると、アイツは進化を感情でコントロールできるということになる。」

 「感情をコントロールできてなかったらどうするんだよ。」

 「最悪、倒すしかなくなるな。」

 「散々負けたのに?」

 「出来るかじゃない、やるんだ。たとえ命を賭したとしても。」

 

 言い切ったガイの声は、やけに凄味に満ちていた。まるで、なんとしてでも貫き通すという、矛のような意志があった。

 

 「どれだけ人知れず恨みを買おうが、苦杯を喫しようが、勝たなきゃダメなんだ。力を持つ者の責任として。」

 

 どこか遠い目でそう付け加えた。聞き流すともせずに、黙って聞いていたアキラは、感心半分、驚き半分といったところ。

 

 「まさかお前が、そんなに真面目に責任を感じていたなんて・・・。」

 「お前は俺を何だと思ってるんだ。言っておくがスペリオンに関することは俺は本気だぞ。」

 

 ガイの顔は天井に向いていたが、その眼は真剣さに満ちていた。

 

 「勝てたとして、レオナルドのことを見捨てるのか?」

 「必要とあらばな。」

 「救う方法は、ないのか?」

 「ある。だが、そのためには・・・。」

 「まず勝てなきゃどうしようもないってか。」

 「そうだ。わかってるなら、お前はお前の戦い方をしてこい。情報収集はお手の物なんだろう?」

 「何を探せばいい?」

 「シャロンとレオナルドの行方だ。勝つにはシャロンの存在が不可欠になる。」

 「そうでなくても、安全を確保してやらないといけないだろう。」

 「そういうことだ。」

 「わかった、俺は行ってくる。」

 

 パーカーのフードを目深に被ると、アキラは部屋を後にする。

 

 「そういえば、これを拾っておいたんだが。」

 「なんだこれ?」

 「あいつらが使ってた銃だよ。これも調べるんだろ?」

 「まあ興味はあったが。休憩ついでに調べてみよう。。」

 「じっくり回復しておけよ?頭も体も全部使ってもらうんだからな。」

 「ああ。でも普通にドアから出ていけよ。」

 

 人目につかないように動くのがアキラの癖ゆえに、窓から出て行ってしまった。余計に目立つと思うのだが。

 

 開きっぱなしになった窓に、やれやれと零しながら近づく。窓の外から空を見上げると、青いキャンバスに白い雲が流れてきている。実に平和的な景色に逃避したくなる。

 

 「まあ、先にこれを解体してみてからだな。」

 「その前に、私とお話ししようじゃないか。」

 

 振り返れば、さっきまでアキラが座っていた椅子を、前後逆に大股開きで腰かけている謎の男。

 

 「なにものだ?」

 「キミのファンの1人だよ・・・スペリオンだったっけ。まあいい、ヒーローさん。」

 「名前は?」

 「失礼、私のことは気さくにベノムと呼んでくれ。」

 

 慇懃な言葉遣いでそのフードの男、ベノムは大口を開けて笑いかけてくる。声は嗤っているが、フードに隠れて表情が見えない。ただ隠しきれないほどの『悪意』が、この部屋の空気を蝕むように漏れ出している。

 

 「何の用だ?」

 「なに、用というほどでもないよ。ただ顔を見ておきたかっただけだ。ついでに私のことも知っておいてほしいと思ってな。」

 「自己主張の強いファンというのは、嫌われるぞ?握手会でいつまでも一方的に話してたり。」 

 「そう邪見にしないでくれたまえよ。実に感激しているんだよ、件のヒーローにこうして相まみえられるなんて。」

 「サインでも欲しいのか?」

 「それはいらないかな。」

 

 コイツ・・・とガイは内心で歯噛みする。煙に巻かれるどころか、煙そのものがそこにいるような煙たさ、不快感が拭えない。

 

 「まあ今日は挨拶程度。お土産としてこれを受け取ってくれたまえ。」

 「ネジなんて何に使うんだよ。」

 「この世の理はネジだ!というのが友人の口癖なのでね。」

 「意味不明だわ。」

 「私もなかなかそう思う。」

 

 ならその意味不明なものを渡さないでほしい。

 

 「では、私はこの辺で失礼するよ。また会おう(チャオ)。」

 

 そういい捨てて、その場から文字通り煙のように消えてしまった。本当に不思議というか、奇怪なやつだった。椅子の上には先ほどのネジだけが残されている。

 

 「なんのネジだよこれ。・・・意外と重いな。」

 

 大きさは親指ほどしかないが、それでもズシリと深い重みを感じる。少なくとも鉄製ではない。調べるものが増えてしまった。

 

 「まずはこの銃を分解してみるか・・・。」

 「あ、起きた?」

 「今度はケイか。」

 「今度は、ってなに?」

 「さっき変な奴がこんなネジを置いてってな?」

 「ネジ?」

 「まあなんでもないや。なんか用か?」

 「情報持ってきたんだよ、お決まりな感じにいいニュースと悪いニューすで。いいニュースはまずシャロンが見つかった。怪我一つしてないって。」

 「そうか、無事だったか。」

 

 それは本当に良かった。ゲイルやカルマたちも首が飛ばずに済みそうで、胸をなでおろしていることだろう。

 

 「悪い方は、ヴィクトール商社の連中もこの街に向かってきてるってこと。」 

 「また面倒そうな連中が・・・。」

 

 十中八九ゼノンとトラブルになるだろう。一応、この街を守るために戦ったということになっているが、その横柄な態度にあまり歓迎されていないというのが実情だ。

 

 事実、今救護所となっているこの教会の一角を占領して煙たがられている。

 

 「まあそれよりも、この銃をバラすことの方に俺は興味があるんだが。」

 「たしかに。初めて見るかもしれない。」

 「んじゃ、早速御開帳~。」

 「道具も無しでよくやるよ。」

 

 構造そのものは、現代で見た拳銃とそう変わらない。撃ったことはないが。

 

 「マスケットみたいな前装式じゃないのか。」

 「一足飛びにパラダイムシフトしてるね。」

 「というか、ライフリングがついてないな。」

 「回転する機構は、弾丸の方についてるみたい。」

 「なるほど、これもネジか。」

 

 銃弾そのものが、空気抵抗で回転するしくみになっているらしい。ガイの知識も絶対ではないが、明らかに常識から外れているような構造をしている。

 

 「ふむ・・・この弾丸が、右ネジの法則で電磁波を打ち消す機構を持っているのかな。おかげでアルティマでもまっすぐ飛ぶ銃弾が作れたと。」

 「なるほど。ますますゼノンとは反りが合いそうにないな。」

 「テクノロジーを禁止してるんだったな。これを見てるとその考えにも納得だわ。」

 

 このテクノロジーはもっぱら武器にしか使われない。すなわち争いの元である。だから禁止にしよう、というのは短絡的な考えではあるが。人を殺すのだけが、科学であっていいはずがない。

 

 とりあえず、銃の方はこんなところでいいだろう。

 

 「ところで、これ戻せるの?」

 「バラせたんだからなんとかなるだろ。」

 「暴発したら嫌だぞ。」

 

 そうは言いつつも、てきぱきと難なくパーツは一つに戻っていく。よく見ると、パーツひとつひとつにシリアル番号らしき『067』のナンバーがふってある。一丁一丁ハンドメイドなんだろうか。

 

 ともかく、元の形に戻して一段落する。

 

 「僕はまたシャロンのところに行ってくるけど、ガイは?」

 「もうすぐ公会堂で会議らしいから、とりあえず顔だけは出しておくかな。」

 

 部屋を出て、教会を後にしようとすると、ふとある一団に目が留まる。まあヴィクトールの私兵なのだが。その中の1人が読んでいる本が、ガイには見覚えがあった。

 

 「ねえ、その本って。」

 「え?これ?これはその・・・拾ったものなんだけど。」

 「やっぱり、俺の本だ。正確には俺が借りてた本だ。」

 「これが?」 

 「返して。てか返せ。かわりにこっちの銃やるから。」

 「067・・・あっ、俺のボルトガンだ。」

 「そんな名前だったのか?じゃあ交換だ。」

 

 めでたしめでたし。拾ったというより、教室から盗ったというのが正しいのだろうが、おかげでこうしてガイの手元に帰ってきたのだから塞翁が馬だろう。

 

 「俺はガイ。お前の名前は?」

 「俺?俺はジュール。」

 「そうか、ジュール。覚えておこう。じゃあな。」

 「じゃあ。」

 

 気弱そうな優男だが、あの現場にいて怪我一つしていないという様子を見るに、運は強いのだろう。

 

 

 ☆

 

 

 街の公会堂。普段使われるとすれば、せいぜいお祭りの題目を決める会議や、ボーイスカウトの集会などだが、今日集まった顔ぶれは錚々たるものだった。

 

 「それではただいまより、巨大生物対策会議を始めます。」

 

 まず上座に座っているのは、ゼノン教団の枢機卿、『リーブル・パピヨン』。シャロンことシャーロット・パピヨンの祖父その人だ。顔はにこやかだが、明らかに目が笑ってないのが不気味。目に入れても痛くない可愛い孫が、こんな目にあってるんだから内心穏やかでもあるまい。

 

 というか、文官である枢機卿がわざわざ出向いてくるということが異常だろう。本来ならその傍らに鎮座している騎士団だけが出向いてくるものだろうが。それも外には戦争が出来てしまいそうなほどの大規模な部隊が点呼とっている。ちょっとシャロンは張り切って呼び過ぎだ。

 

 そうしてまさに今、下座にいるヴィクトール商社社長のマシュー・ヴィクトールと一触即発な状態にある。なにせ上座にはミカンの味の水が配られているのに、下座には水の味の水しか配られていないのだから。

 

 なお、ガイたちキャニッシュ私塾の生徒たちは上座と下座をはさむ形で中座にいる。重要参考人として呼び出されたガイとデュランは針の筵だが、ガイはリンゴ味の水が無かったのかと文句を言いたかった。

 

 「この度の騒動の一端には、ヴィクトール商社の私兵の行動が原因との見方もあるが、どうですかなマシュー社長?」

 「この度は弁明の場を設けて頂き、誠に感謝の至りです。その質問に対しては、部下の誤った先行が原因にあると、謝罪したい。」

 

 要するに部下のせいであって、社長は関与しとらんと言いたいらしい。常套句だわな。それに関与した連中は全員アキラが蹴飛ばしてしまったが。

 

 「そもそも我々としては、我々の所有物である『あるもの』を持ち逃げ同然で持って行ってしまった、そちらのキャニッシュ私塾の方々を追ってここまで来たのです。その結果我々の大事な社員たちが傷つけられてしまったというのは、大変遺憾なことでありまして。」

 

 なんというか、予想通りの言い分を示してきた。あるものとは当然フォブナモのこと。それが今回の事件の文字通りの火種となったわけだが。

 

 「なるほど。そのことに関して、何かありますかな、デュラン先生?」

 「えっ、お、おほん。まず、貴社の所有物を勝手にオーブンに使ってしまったことを謝罪しておきたい。だがあの時は、ああしなければ我々も行き場を失っていた、いわば緊急避難の状態でありました。事が済めば返す予定もあったと、我々は認識しています。決して貴社の財産を奪おうだとか、そういう意図があってのものではないとご理解いただきたい。」

 

 ケイが言うにはフォブナモは返しようがないものだったが、そこはまあ置いておくとして。そこまで言われては仕方がないと、一応はマシュー社長も意見を鞘に収めた。

 

 「では、次に今回出現した巨大生物についての情報を提示してほしい。」

 「ガイ、頼んだ。」

 「OK、直立時の身長はおよそ60m、体重は2万tほどと考えられる。口からは熱線を吐き、甲羅は頑丈。熱核(コア)を得たことで、どんどん進化していく模様。以上。」

 「なるほど、巨大亀の方はわかった。では巨人の方も。」

 「え?」

 「目撃情報によれば、もう一体巨人が現れたと聞いているが?ん?」

 「えーっと・・・センセ、これスペリオンも悪者にされるパターンじゃないのか?」

 「だが、実際問題スペリオンの目的も現在不明だ。何度も我々は助けられてはいるが・・・だが、あくまで客観的意見を出すべきだろう。少なくとも、人間と敵対したいわけではないだろう?」

 「うーん、そうか。じゃあ客観的に。おほん、失礼。巨人、我々はスペリオンと呼んでいるは、手から光線を出したり、格闘で戦う。我々は3回ほど出くわしているが、いずれも人類と敵対するような行為はしていない。・・・でいいかな。」

 「よろしい。巨大亀の対策に協力してくれれば心強いな。」

 

 少なくとも心象は悪くならないように心掛けた。しかしここに異を唱えるものもいた。

 

 「私にはとてもそうとは思えないが。」

 「そういえば、以前スペリオンを戦艦で砲撃していたな、ヴィクトールは。」

 「ほほう、それはなぜですかな?理由を聞きたい。」

 「かつて私は、かの巨人によって大いに損害を被ったのだ。あれは悪魔だ。」

 「マジ?」

 「それは、先日の船難破と関係があるのですか?」

 「いや違う。だが、あの悪魔が再び現れたと思って、以前は戦艦で攻撃したのだ。あれを私は信用できない。」

 

 また突拍子もないことを言いなさる。

 

 「・・・な、なあ?スペリオンの話って、聞いたことあるのかセンセ?」

 「いや、今まで生きてきたが、そんな話は一度も・・・あえて言うなら、キャニッシュの童話に聞いた『光の人』のお話ぐらいだ。」

 「だよな・・・。」

 

 ガイにとっては寝耳に水な話だった。まさか自分以外にもスペリオンがいるのか?いやそんなまさか・・・。ふと、ガイの脳裏にはある考えがよぎったが、それはこの場ではあまり関係ない話だろう。ひとまず脳の片隅に追いやった。

 

 「巨人の善悪はともかく、今は目の前の問題解決が優先されるべきでしょう。」

 「そうですね。それでは巨大亀への処遇ですが・・・。」

 「我々も協力を申し出たい。」

 「ほう、それはありがたい話ですな。」

 

 協力と言えば聞こえがいいが、本心としてはフォブナモを回収したいというところだろう。最も、フォブナモは既にレオナルドと融合しているため、回収するにはレオナルドを殺す必要があるが、そのためにゼノンに協力をさせたいと言うのが本心だろう。

 

 まあゼノン側にとっても、ヴィクトールの兵力を使うのは計算の内だろう。むしろ向こうから話を持ち掛けて来てくれて渡りに船・・・。

 

 「ですが、お断りします。」

 「何?」

 

 なんと。

 

 「誠に残念ですが、我々ゼノン教団は、あなたがたヴィクトール商社を受け入れることはできません。」

 「何故?ゼノン教団は技術開発を禁止していると聞いていますが、まさかそれを理由に我々の協力の申し出も蹴るおつもりで?」

 「まさにその通りです。」

 「なっ?!まさかそれだけのために?」

 

 ガイも少し驚いた。が、それも当然。教団にとっては、教えこそが絶対なのだから。

 

 「お言葉ですが、もっと合理的に物事は考えるべきかと?」

 「勿論。ですが合理性を突き詰めすぎることも、手放しにすべきことではないでしょう。それこそ、教義に反することとなってしまう。」

 

 人間は一度便利の味を知ってしまうと、それを使わずにはいられないというもの。

 

 「そういえば、サリアはこの街でヴィクトールの連中を見た時『商売の手を伸ばしに来た』って推理してたな。」

 「これを機に、商売だけでなく、技術もも売ろうとしているのかもしれないな。」

 

 百聞は一見に如かず、巨大亀討伐の箔をつけて、一気に売り込みやすくする算段もあったのか。だとすると、なんとも抜け目がない男だ。そしてそれを見抜いたリーブル枢機卿もやりおる・・・。

 

 「大体ウチのシャーロットを巻き込んだ技術が、いいもののはずがないじゃろうが!」

 「ウワーなんというぶっちゃけ。ん?ケイどうした。」

 「そのシャロンのことなんだけどな。ヒソヒソ・・・。」

 

 まあそれが本心だろう。今まで張り付けていた笑顔が、風に吹かれるように剥がれ落ちて憤怒の表情を浮かべている。

 

 「あー、そのシャーロットのことですが。彼女は無事に見つかったそうです。」

 「ホンマか!すぐ迎えに行かな!」

 「それに関しては、ゲイルたちが傍にいるので安心かと。」

 「いいや、このワシ自らあの子を迎えに行けなければ気が済まんわい!」

 「まあそれは置いておいて、そのシャーロット本人がレオナルド、巨大亀の傍を離れたがらないそうです。」

 「何故じゃ!」

 

 ここからは、ケイが後ろで教えてくれた新しい情報だ。その事実に、ガイも少し震えた。

 

 「どうやら、レオナルドはもう長くない命だそうだから。」

 

 

 ☆

 

 

 「レオナルドー!熱くはないですかー!」

 

 『クゥウウウウウン・・・。』

 

 

 街から離れること30kmほどにあるカルデラ湖。その湖上にレオナルドはいた。それを遠巻きに見る湖畔にはシャロンと、その友達たちや、先んじて捜索隊に出ていたゼノンの騎士団たちがキャンプを張っている。

 

 「でもシャロンが無事でよかったわ。」

 「てっきりレオナルドに食べられてしまったのかと・・・。」

 「そんなことありえないですわ!レオナルドは私たちのお友達ですもの!」

 「そうね。体はあんなに変わってしまったけれど、心までは変わっていないのね。」

 

 一夜明けて、頭も体も冷めたのか、レオナルドは非常に落ち着いていた。

 

 「おーい、シカを狩ってきたぞー。」

 「さすがアキラ、仕事が早いわね。」

 「よかったわね、ピザ以外のものが食べられるわよ。」

 「なかなかワイルドな食事になりそうだ。」

 

 そしてアキラもここに合流していた。狩りの経験はなかったが、見事にシカを一頭仕留めて来ていた。

 

 「ケイは?」

 「ここにいるよ。」

 「もう帰ってきたのか、早いな。」

 「ワープなら出来るからね。」

 「それを使って、レオナルドをどうにか助けてやれないのか?」

 「無理だ。大きくなりすぎたし、コアがどこに行ったのかもわからないんじゃ。」

 「そうか・・・。」

 

 レオナルドは動かない。自身の身を削るほどのエネルギーを抑え込むのに、体力を使い果たしたのだった。回復をしようにも、あの巨体を賄えるほどの食事もとれない。第一に、急激な進化に体の方がついていけず、細胞の崩壊待ったなしというのが実情である。

 

 「シャロン、スープ作ったから食べな。」

 「ありがとうございます。」 

 「それで、シャロンはもうずっとここにいるつもり?」

 「ええ、レオナルドは最後まで、私が面倒をみるのですわ。」

 『最後まで、ねぇ・・・。」

 

 ペットの面倒は最後まで見る。飼い主の鑑だ。

 

 「おーい、みんなー。」

 「おっ、ガイ。」

 「会議はもういいの?」

 「俺がいたところで、もう出せる情報が無いし。・・・このまま何もしないでも、解決しちゃいそうだしな。」

 「あんまりにも、あっけない幕切れになりそうだな。」

 

 ゼノン教団側は、事態を静観することを決め、ヴィクトール商社側は独自に動くらしい。強硬策に出るかは果たして不明だが、いずれにせよ警戒に越したことはない。

 

 そしてここがその最前線である。停滞を始めた会議の場からクラスメイトたちやゼノンの騎士団がやってきて、テントの数は増えて行っている。事件は会議室で起きているんじゃないと、誰かが言ったものだ。

 

 「数ばかり集まっても。アリが恐竜に勝てるものかな。」

 「いいえ、ゼノンの装備もなかなか強いわよ。」

 「見たところ、銃を持っているようだが。」

 「わたくしもさっきひとつ渡されましたわ。護身用として。」

 

 レディの護身用というように、先ほどのヴィクトールの銃の武骨なデザインとは違う、手のひらに収まるようなかわいいサイズの銃である。しかもグリップを手に持つとバレルが伸びる折り畳み式である。

 

 「しかも光線銃じゃないかこれ。」

 「これは簡易版だから銃としての機能しかないけど、騎士団のものは剣にもなるのよ。」

 「それ欲しいんだよなーオレ。光の剣だぞ。」

 「ますますおもちゃ染みてきたな・・・。」

 

 ゼノンの雷の力を銃弾にする、まさしく魔法のような道具だ。正直、あくまで科学の延長線上にあるヴィクトールの銃よりも心惹かれるものがある。しかし、テクノロジーを封印しているという割には、よっぽどテクノロジーしている。

 

 「やっぱいいなー、オレもゼノンに入るのしっかり考えようかな。」

 「でもゼノンになったらこそ、こういう時に動かなきゃいけないのよ?」

 「そうだな。オレたちに出来ることって無いのかな?」

 「前向きなのかバカなのか。」

 「んだとぉ?」

 「現実を見ろよ。俺たちちっぽけな人間に、何ができるって言うんだよ。あのスペリオンにだってどうしようもなかったんだぞ?」

 「言ってくれるじゃねえかクリン!スペリオンに出来ないからって、オレたちが出来ない道理もあるかよ!」

 「二人とも落ち着きなさいよ。ここで騒いでるのが一番の無駄でしょう?」

 

 ドロシーの気持ちもわかるが、クリンの言うことももっともである。そのどちらでもないガイとアキラは何とも言えない気分になった。

 

 「何かをせずにはいられないのも、何もせずに諦めるのも、若者にはままあることだろう。」

 「あら先生、やっと着いたのね。」

 「本当にやっとだよ全く・・・本当に胃に穴が開きそうだ。」

 「おしかりの言葉とか頂いたわけ?」

 「叱られるだけならまだいいさ。それより、お前たちはどうするつもりなんだ?」

 「シャロンの気が済むまで、付き合ってあげようかと。」 

 「レオナルドももう先が長くないんだったな。」

 「そうね・・・シャロンはテコでも動かないでしょうけど。」

 「こういう言い方もなんだが、それっていつになる?」

 「さあ。」

 「さあって。」

 「亀は万年生きると言うしな。明日かもしれないし、明後日かもしれないし、100年後かもしれない。」

 「どんだけ気が長い話だ。」

 「でもこのまま放置していくわけにはいかないでしょう?」

 

 湖の対岸を見て見れば、また別のキャンプが張られている。ヴィクトールのものだろう。

 

 「ここで見張ってないと、どう考えてもろくでもないことになるぜ。」

 「ガマン比べか・・・いつになったら帰れるのやら。」

 「文明的な生活ができると思ったのに、また野宿に逆戻りとは。」

 「トホホ。」

 

 『グゥ・・・。』

 

 「レオナルド・・・。」

 

 どんなに人間たちが文句を垂れようが、当のレオナルドにはどこ吹く風のようだった。シャロンの沈痛な面持ちが、この場のすべてを語っているようだった。



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焔禍の兆し その3

第一話をもうちょっとキャッチーな内容に変えたいな。


 それから1日経って、2日経って、3日経った。

 

 「設置完了ー、ケイどう?」

 「今計ってる。心拍数、血圧共に変化なし。」

 

 とりあえずは、とレオナルドの健康診断が日課となった。ボートで近づいて、甲羅の上に乗ってもレオナルドは暴れたりしない。それどころか鼻先を撫でてやれば喜んでいた。大きくなる前と、やはり気性は変わらないようだ。エサは食べなくなったけど。

 

 湖に浮かぶ小山のようなレオナルドの甲羅の上で、ガイとケイは調査を進める。甲羅の上に突き立てられたケイの杖が、データを採集して表示している。情報によると、甲羅だけじゃなく、全身の肉質なんかも変化しているようだ。

 

 「仮にこのまま進化を続けたら、どこまで行くと思う?」

 「もうすでに火は吹いてるし、空ぐらい飛べるんじゃないかな。」

 「亀が空飛ぶなんてありえんだろ。」

 「人間だって道具を使えば空を飛べるんだ。道具を使うのは人間の能力の範疇じゃない?」

 「まあたしかに。ところでこの杖はすこぶる便利だが。」

 「元々の機能ではないんだけどね。制御コンピューターの容量が余ってるから、こうしてタブレットにしてるだけ。」

 

 現代のスマホよろしく、世界中の地形や気象のデータが閲覧できる。さすがにニュースサイトなどは無いが。

 

 「この情報はどこから?」

 「まだ生きてる人工衛星から。」

 「まだ生きとるのか?」

 「整備するAIが積まれてるし、エネルギーは太陽光や太陽風で賄ってる。」

 「はーっ。衛星レーザー砲とかついてないのか?」

 「兵器としての役目はもう終えた身なんだ。」

 「そうか。」

 

 ケイは空を見上げて、やや強めの口調でぴしゃりと言い放った。寝てる子を起こしてやる必要もないと、ガイも引き下がった。

 

 「レオナルド、どこか苦しくありませんか?」

 

 『グゥ。』

 

 「・・・なんとか助けてやれないか?」

 「僕には無理だ。キミたち次第。」

 「そうか・・・。」

 

 事実、今こうして体調測定などやっているのも、手持無沙汰なのをお茶を濁しているに過ぎない。根本的な解決にはなりえないのだ。それでも何かやらずにはいられないのは、やることを見つけておかないと、シャロンが勝手にどこかへ行きそうだからだ。

 

 こうして毎日の習慣が出来てから、クラスメイトたちの生活にも張りが出てきた。慣れとは恐ろしいもので、3日前には大騒ぎで、人々もギスギスとしていたのに、今ではすっかり角が取れて丸くなってしまった。

 

 「はい、息吸って・・・吐く。」

 「スー・・・ハー。」

 「背中に意識を集中させて・・・。」

 

 湖畔のキャンプではアキラのヨガ教室が行われている。その参加人数は、騎士団やヴィクトールの人間まで加わって毎日徐々に増え続けている。曰く、毎朝これをするとよく眼が冴えるとのこと。じんわりと体温が上がり、胃が栄養を求めて活動をするのだ。

 

 「それに、ゼノンには能力向上の効果も期待できるんだから言う事無しね。」

 「アキラ、ゼノンの指導官になったら?」

 「いやいや、俺の腕なんてまだまだだ。それにスタンドプレーが得意だし。」

 

 アキラ自身の言う通り、どちらかと言うと裏方向きな性能をしている。それでもゼノンの騎士が目を剥くほどの弓の腕前を見せるのだから、何度かスカウトの声がかかっていた。

 

 「ただいまー。」

 「おうおかえり。どうだった?」

 「異常なし。」

 「そっか。先が長くなりそうだな。」

 

 ここをキャンプ地とすると決めた時は『マジ?』という空気が流れたものだが、これも慣れというものだ。騎士団とヴィクトール私兵も、なんだかんだ仲良くしている。これも慣れだ。

 

 「あいつらもまあいいやつらだよ。」

 「組織の思想やらはどうこうとして、個人でなら仲良くできそうだよな。」

 「人間そんなもんだ。」

 「でもレオナルドの背中を爆破したのは許せませんわ!」

 「そうだなー、もうちょっとわだかまりがあるもんだと思ったんだけど。」

 

 先日教会で出会った、ツバサの日記を持っていた青年・ジュールともガイはよく話をする。話してみればなんだかんだ人の好さそうな人間である。

 

 「あいつは英雄譚が好きらしい。たしかにツバサの来歴は、劇的なものであるけど・・・。」

 「ツバサって、エリーゼのじいちゃんのことだよな?昔話は何回も聞いたけど、そんなすごい話聞いたことねえぞ?」

 「本に書いてあることも、口伝されることも、どちらか片方だけが全てというわけじゃないんだろ。というか、お前は一回も読んだことないのかよこの本。」

 「オレ本読むとすぐ頭痛くなるんだもんなぁ。」

 

 具体的にこの伝記に綴られているのは、ツバサがアルティマに来てから訳あってキャニッシュ領主に婿入りするまでの出来事であるが、それらはすべてツバサの主観で書かれており、ツバサの知るところでない話や、あえて書かなかった部分については当然わからない。

 

 かといって、当時を知る人間というものももうこの世には残っていないという。エリーゼの祖母、つまりツバサの奥さんも割とつい最近亡くなったそうだし。

 

 とすると、ツバサという人間を生で知っている人間は本当にごくごく限られている。なぜなら領主に婿入りするときには、訳あって『ダイス』という偽りの名を名乗り、身分を隠していたというのだから。その事実を知っていた人物には、お付きのメイドさんやら、参謀やらがいたそうだが、それらも本の中にしか出てこない。

 

 唯一例外なのは、頻繁に昔話を聞いて、『遺産』を手渡しされていたエリーゼだけであろう。ガイはもっと話を聞きたかった。

 

 「そんなこと言って、どうせエリーゼに会いたいってだけだろガイの場合は。」

 「やっかましいわい。」

 

 そういえばすっかり忘れていたが、街に着いてから経過報告を兼ねての通話をしていなかった。出来ることなら、今すぐにでも通話ボックスに突っ込みたい。

 

 「その必要はない。私がもう報告は済ませてきた。」

 「オイオーイ。」

 「そりゃねーよなセンセ?」

 「別に俺はもういいよ。」

 「ああガイ、お前には朗報だな。」

 「何が?」

 「いずれわかる。」

 

 その日の午後。キャンプ場に一台の馬車がやってきた。なんだか見覚えのあるエンブレムが掲げられている。

 

 「おっ、来たようだな。」

 「誰が?」

 「ドロシー!みなさん、お変わりない?」

 「エリーゼ?!なんでここに?」

 「もう近くに来ていたというから、迎えに来たんですのよ!」

 

 長いブロンドの髪を後ろで束ねた、ドロシーには見慣れた従姉妹のエリーゼが現れた。普段の女性用制服ではなく、動きやすそうなパンツルックだが、二つの指輪を嵌めて、首から金色のキーパーツを下げているのは変わらない。

 

 「皆さん息災のようで安心しましたわ。」

 「今はな。なんやかんやあったんだけど。」

 「何度も危険に晒されたと聞くたびに、背筋がゾワッとしてましたわ・・・。」

 「まあその度にスペリオンに助けられてたけどな。」

 「そう!光の人!今日は来ていらっしゃらないんですの?」

 「スペリオンはアイドルかなんかなのか。」

 「ああ、はやく会いたいですわ・・・。」

 「オレたちよりも、スペリオンが目的なのか?」 

 

 「あれがエリーゼか。たしかに可愛いかも。で、ちょっと思ったんだけどさ。」

 「その提案は却下されるだろう。」

 「そうか。お前がスペリオンだって言っちゃえば、彼女とくっつけるんじゃないのか?一応聞いておくけど。」

 「それだと俺個人はどうなる。彼女が憧れているのは、スペリオンそのものじゃなく、スペリオンの伝説なんだぞ。」

 「この本にも後半の方で出てくる光の人のことね。」

 

 あまり詳しく書き記されてはいないけれど、たしかに一見すると光の人=スペリオンぽくはある。と言うか十中八九そうであろう。

 

 実際のところ、ガイからすれば偶像として崇められ、奉られるのは不本意なところである。贅沢な悩みかもしれんが。

 

 「で、その彼女がこっちに向かってきてるわけだが。」

 「えっ、どうしよ。」

 「散々会いたがってた癖にこんな土壇場でビビるなよ。」

 「ホラッ、さっさと告っちまえ!」

 「ヒューヒュー!」

 「お前ら中学生か!」

 「なんの話ですの?」

 

 近づいた途端謎の盛り上がりを見せられるのはエリーゼにも腑に落ちんだろう。ガイは指を組んでエリーゼに向き直る。

 

 「その、久しぶり。元気・・・は元気そうだな。見ればわかる。」

 「お久しぶりですわね、そちらもお元気そうで何よりですわ。」

 「そうだな・・・あっ、服似合ってる。うん、すごく魅力的だと思う。」

 「それはよかったですわ。別に殿方に見せることを意識していたというわけではありませんが、褒められると嬉しいですわ。」

 「そうか、そうだろうな。うん。」

 

 「うわっ、予想以上にしおらしくなりやがった。キモイ!」 

 「女々しいやつめ。」

 「殺されてえか。」

 「あのー、そちらの方々は一体?」

 「俺はアキラ。ツバサの友達だ。」

 「僕はケイ。学者やってる。」

 「えっ、学者だったのお前。」

 「他に言いようがないんだよ。」

 「・・・エリザベス・キャニッシュですわ。どうぞお見知りおきを。ツバサ・・・おじい様のことですわね。」

 「知っていたのか。まあ何の因果か50年以上離れた時代に来てしまったわけだけど。」

 「勇猛果敢なお兄さんのことを、よく話してくれたのを覚えていますわ。」

 「そうか・・・なんか照れる。あでっ。」

 

 期せずして、美少女に賞賛の言葉をかけられてアキラも赤くなる。その尻をガイは面白くなさそうに抓る。

 

 「・・・ところでエリザベス。その首から下げている物はなんだい?」

 「これですの?これはおじいさまから貰ったキーパーツですわ。何に使うものなのかはわかりませんが。ケイさんならわかりますか?」

 「うーん、ちょっと貸して。」

 

 金色の円筒をしばし眺め、一瞬はっとした表情を浮かべると、ケイは手にしている杖上部に刺さっているボルトを緩め始めた。

 

 「・・・ダメだ、合わないや。もしやと思ったんだけど。」

 「それ外れるんだ。」

 「そりゃ外れるさ、機械なんだから。何かのパーツであるのは確かだね

キーとつくからには、起動装置なんだろうけど。」

 「そうですの・・・その辺りはガイさんと同じ見識ですわね。」

 「ふっ。」

 「むっ。」

 

 ガイの口角がちょっと上がったのを見て、今度はケイがちょっと不愉快そうにして付け加えた。

 

 「中には多分、これと同じようなボルトが入ってる。機械の本体も、この杖より大きいものだと推測できる。」

 「根拠は?」

 「このタイプの機械には、同じようにボルトで駆動するから。」

 「この時代にして、ロストテクノロジーと化した遺物?」

 「そうなる。昔話に、そういうの出てこない?あるいは、この本に載ってない?」

 「あっ、その本学外への持ち出し禁止じゃありませんの?」

 「そういえばそうだった。」

 「しかもあやうく焼失までするところだったじゃないか。」

 「焼失?!」

 「あー、これには深いワケが・・・。」

 

 さすがにこの事実には怒ったエリーゼが、しばらくの間ガイをぷんすかと叱りつけていた。その後ろでほくそえみながらアキラとケイは拳を合わせた。

 

 

 ☆

 

 

 時間はさらに進むこと、夜。エリーゼは自分の歓迎パーティーもそこそこに、早く寝るよう指示をしてしまって大顰蹙を買っていた。

 

 「レオナルド・・・。」

 

 その一方で、シャロンは輪から外れて1人湖畔に佇んでいた。

 

 「女の子一人で出歩くのは、あまり推奨しないぞ?」

 「ガイさん・・・。1人じゃないですわ。レオナルドがいますわ。」

 「確かに。怒らせると怖いからな。」

 

 湖面には月と星に照らされているだけだが、威圧感すら醸し出している物体がただそこにあった。それはシャロンの呼びかけだけには、わずかに身を震わせて応えていた。

 

 「こうして大人しくしている分には、本当に可愛いもんだよな、レオナルド。」

 「レオナルドは近づいても可愛いですわ!鼻先を撫でてあげると、とても喜ぶんですのよ!」

 「そうだな。足も速くて、レオナルドがいなければ、ここまで早くにたどり着けなかっただろうな。」

 「本当によくできた子ですわ!」

 

 言葉遣いはエリーゼと似ているけど、シャロンは語気に勢いがある。けれど、その強さも段々と失せて来ていた。

 

 「レオナルド・・・どうにかして助けてあげられないのですか?」

 「・・・難しいな。あるいはスペリオンなら。」

 「でもスペリオンも負けましたわ。」

 「それは痛いな。」

 「スペリオンに無理だったことが、私たちに出来るはずありませんわ。」

 「それは・・・そうだな。だけどな、」

 

 結局ガイの中に答えはない。

 

 「お前に何ができるかはわからない。けど、レオナルドの事を想ってやれるのは、お前にしかできない。」

 「私にしか、出来ない?」

 「レオナルドについては、一番詳しいんだろ?あいつが何を考えてるのか、すぐにわかるじゃないか。」

 

 それでもガイは精一杯威勢を張って見せた。スペリオンが負けたからと言って、ガイまで負けるわけにはいかないのだ。

 

 「成程、いい言葉だな。感動的だよ。」

 「!?」

 「何者だ?!」

 「私だよ。と言っても、そちらのお嬢さんとは初対面だがな。」

 「お前、ベノム!」

 

 鋭い悪寒を覚えた2人のすぐ後ろに、黒いフードの男がいた。暗闇の中、さらに目深に被ったフードの下には、赤い眼光が見え隠れしている。

 

 『グゥウウウウウウウウウン!!』

 

 「今度はなんだ?!」

 「レオナルド、どうしましたの!」

 「うーん、タイミングとしては上々だな。」

 「お前、何しやがった?」

 「別に私は何もやってないよ。ただもう考える時間はおしまいだと言いに来たのさ。」

 「おしまい?」

 「タイムリミットさ。あの亀の理性のな。」

 

 突然、レオナルドは呻き声をあげ、苦しみだした。水面が大きく揺れ、熱風が吹きよせてくる。

 

 「ベノム!」

 「ようケイ。お前がいたのに随分のんびりとしていたものだな。」

 「今朝の測定ではレオナルドは正常だった。」

 「その正常こそが異常だったんだよ、きみはじつにばかだなぁ。」

 「なんだと?」

 

 その騒ぎに気付いたのか、あちこちのキャンプにも灯が灯る。

 

 「ま、あとは若いもんががんばってくれたまへ。」

 「待て!」

 「待ちません。」

 

 ベノムは一瞬のうちに暗闇に消えていった。ケイは舌打ちすると、湖へ向き直る。レオナルドの体内のフォブナモは再稼働を始め、同時にレオナルドの発熱現象も始まった。

 

 「おーい!」

 「あれは、ジュール?」

 

 湖の反対側のヴィクトールのキャンプから、1人の人間が走ってやってくる。優男のジュールである。

 

 「大変だ、レオナルドが動き出した!」

 「見りゃわかる。」

 「もうすぐ反対側から砲撃が来る!逃げるんだ!」

 「砲撃?どういうことだ。」

 「ヴィクトールは、次に大亀が暴れ出した時には迷わず攻撃すると、前々から準備していたんだ。もうすぐ攻撃が始まるぞ!」

 「なんだって!」

 「その伝令にしては、随分早いな。」

 「俺はたまたまこっちに向かっていたんだ。」

 「そうか。とにかく、このことを早くゼノン騎士団にも伝えてくれ。」

 

 対岸に光が灯ると、巨大な砲塔が照らされて姿を見せた。どうやら、あれがヴィクトールの切り札らしい。あの程度の威力で、レオナルドの装甲を貫けるとは思えないが、レオナルドによる被害が無暗に広がるのは確かだろう。

 

 「ガイ!シャロン!」

 「おお、みんな。ここから退避するんだ!」

 「私は・・・退きません!」

 「シャロン?!何言ってるんだ!」

 

 レオナルドは立ち上がって咆哮をあげた。それに呼応するように甲羅が発光し、夜の湖を赤く染め上げた。

 

 「さっきガイさんに言われましたわ!私は私にしかできないことを・・・レオナルドの最後を見届けるのほあ、私の役目ですわ!」

 「おいガイ、何吹き込んでるんだよ!」

 「すまん、よもやこんなことになるとは。」

 

 そうこうしている間に、巨塔が火を噴き砲撃が始まった。炸薬がレオナルドの表皮で炸裂するが、一向に効いている気配はない。

 

 「シャロン、逃げないとあなたの身が危ないのよ!」

 「逃げませんわ!どうしてもというなら、私を・・・。」

 「担いで逃げられたわ。」

 「おろしなさーい!」

 「あべべべべ!だからなんで俺にばっかり!」

 

 ゲイルはシャロンを小脇に抱えるが、シャロンは抵抗にとショックボルトを放つと、とばっちりの火花がガイを焼く。

 

 「あっ、危ない!」

 「砲弾がこっちにまで!」

 

 とうとう流れ弾が飛んできた。そのうちの一発が、ガイたちのいる場所めがけて飛んでくる。

 

 「ガイさん!」

 「エリーゼ!離れてろ!」

 

 しかし、その砲撃で傷ついたものは一人もいなかった。

 

 「レオナルド・・・。」

 「俺たちを守ってくれたのか・・・。」

 

 偶然ではない。レオナルドは自らの身を挺して、シャロンたちを守ったのだった。

 

 「シャロン、やはり退け。」

 「なにもここで見守る必要はないでしょう?」

 「・・・はい。」

 「先に行っててくれ。あとで行く。」

 「ガイさん?・・・わかりました、あとで。」

 「ああ。」

 

 ようやく騎士団がやってきて、皆は保護された。けれど、ガイとアキラにはまだやることがあった。

 

 「もう一回聞くけど、俺たちに出来ることってあるか?」

 「ある。」

 「なら行くか。」

 「ただ、覚悟しておけ。死ぬほど辛いぞ。」

 「いつも通りってことだな。」

 「バカ言え、もっとだよ。」

 

 二人は拳をかち合い、叫んだ。

 

 「「『スペルクロス』!」

 

 

 ☆

 

 

 「撃てー!間髪入れずに撃ち続けるのだー!」

 

 対岸では、ヴィクトール私兵が怒号をあげていた。この新式砲台を実戦に持ち出すのは初めてのことであった。それも、その威力を知っている者は絶対の信頼を寄せているほどのものだ。

 

 それがどうだ、化け物亀にはてんで効いている様子もない。それを見ても撃ち続けるのを止めようとしないのは、与えられた命令に背くわけにもいかないという傭兵としての性と、目の前の現実を受け入れられない悲しさからだ。

 

 『グォオオオオオオオ・・・!』

 

 「ひっ・・・。」

 「に、逃げろぉおおお!!」

 

 その内の一発が、怒りを買った。明確な敵意を持った目で、大亀は咆哮する。それに怖気づかずにいられる人間はいない。誰もが我先にと逃げ出すか、腰を抜かして動けないでいる。

 

 怒りの籠った炎が、大口から放たれる。

 

 

 『ゼァッ!!!』

 

 それを遮って、巨大な人影が舞い降りた。スペリオンの登場だ!

 

 『クッ・・・ぉおおおお・・・。』

 (押せ押せ!)

 

 スペリオンは、手を交差して光の壁を張り、熱線の勢いを押し返す。

 

 「あれが、スペリオン・・・光の人・・・。」

 

 エリーゼは繰り広げられる大一番に目を奪われていた。

 

 熱線の収まったその口元は、焼け焦げて煙が上がっている。

 

 『ムッ、あいつ自分の攻撃で傷ついているのか。』

 (抑えが利いてないのか。どちらいにしろ、放置すると危険だな。今のあいつは、突発的な破壊衝動に駆られているに過ぎない。)

 

 これ以上レオナルドが無暗に活動して、フォブナモによって寿命を削られてしまっては意味がない。必ず助けると、約束したのだ。

 

 『助けるったってどうする?引導を渡してやって楽にしてやるのか?』 (そうしたいか?)

 『いいや。可能性が1%でもあるんなら、それに賭けるぞ!』

 (ならばフォブナモをなんとしても取り除く。それしかない!)

 

 甲羅の中に解け込んでいってしまったフォブナモを探すには、残酷だがまずは甲羅を切開せねばならない。

 

 『はぁああ・・・斬!』

 (ダメだ、キズひとつつかんとは!)

 『硬すぎる!』

 

 相手は山のように重く硬い。まともな手では太刀打ちはできない。

 

 『グォオオオオオン!』

 

 『あっちぃ!これは・・・口で言うよりも大変だぞ!』

 (口を動かすより手を動かせ。)

 『そっちこそ頭使えよ!』

 (今やってる・・・。腹側ならどうだ?)

 『この猛攻の中、腹を掻っ捌けと?』

 (言っとくが殺すんじゃないぞ?)

 『どの口が言う!』

 

 多分、その程度の傷では死なないと思われる。なにせ、フォブナモの無限大のエネルギーの供給を受けながら、DNAは進化を促している。時間はスペリオンに味方してくれない。

 

 動く山の如きレオナルドの猛突が迫る。

 

 『山を崩すなら、大地の力を借りる・・・。』

 (四股?まさか相撲でもするのか。)

 『そのまさかだよ。』

 

 腰を落として、右足を天へと掲げて、振り下ろす。

 

 『発気揚揚・・・。』

 

 スペリオンは拳を地に着けて、気を高める。

 

 『のこったぁ!』

 

 突っ込んでくるレオナルドをがっぷり四つで掴む。普通なら吹き飛ばされるような衝撃も、大地に根を張るように大樹のように足を踏みしめたスペリオンの前には、勢いを殺される。

 

 『そぉおおおっれ!!』

 (お見事ぉ!)

 

 スペリオンは上から覆いかぶさると、後ろへ倒れ込む。俵投げと言うよりもブレーンバスターのような威力だ。

 

 『足元がお留守だ!』

 (柔道じゃないか。)

 

 『グゥウウウウウン・・・!』

 

 柔道の大外刈りでレオナルドを後ろへ転倒させる。湖面への衝突が、飛沫をスコールに変えて人々に降り注ぐ。

 

 大きくなっても亀ならば、ひっくり返ればそう簡単に起き上がれないというわけだ。

 

 そう高を括るっていると手痛い反撃にあうのも常というわけだ。

 

 レオナルドは再び熱線を吐いた。それはまるで明後日の方向に飛んでいくが、甲羅が独楽のように回転しはじめる。それはそのまま熱線のスプリンクラーのような拡散に繋がる。

 

 「きゃー!!」

 

 『うぉおおお、なんという弾幕!』

 (一挙一挙が攻撃に変わるのは本当に厄介だな。)

 

 こちらはまともに攻撃をしてもてんでダメージを与えられないばかりか、殺さないように手加減しなければならない。にもかかわらず、レオナルドの攻撃は、一発一発が致命傷になりかねないほど強力だというのに。

 

 回転の勢いでうまくレオナルドは立ち上がる。一介の動物がするには不自然なほどに、その動きはスマートだった。

 

 (これが生物の防衛本能が成せる技か・・・。)

 『感心しとる場合かい!このままじゃ一帯が壊滅するぞ!』

 (みんなも巻き込まれるしな。)

 

 今のところ、誰かが犠牲になったという声は超聴覚には聞こえない。

 

 「スペリオーン!聞いてくださいましー!」

 

 (聞こう。)

 『おつけい。』

 

 「レオナルドをいじめないであげてくださいましー!怯えているんですのー!」

 

 (そうか。てっきり怒り狂って理性がないものだと思ったもんだが。)

 『餅は餅屋だな。』

 (正常こそが異常、つまりはレオナルドはずっと自分の変化を押し殺していたんだ。)

 『そうか、レオナルドはずっと抗っていたんだな・・・。』

 

 代わりにシャロンの訴えが耳に入ってきた。その情報が正しければ、無暗に戦う必要もなかったとわかる。

 

 「鼻先を撫でてあげると、大人しくなりますのよー!」

 

 『そうだったな。よし。』

 (手を出すと危ないぞ。)

 『ぎぇーっ!噛まれたー!』

 (ほれみろ。)

 『なんの、ムツゴロウさんの精神で痛くない怖くない・・・。』

 

 『クルルル・・・。』

 

 (よしよし、落ち着いたようだな。)

 『それでどうするんだ?どうやって戻してやるんだ。』

 (前やったのと同じ。ダークマターを取り除くのと、元の大きさに戻してやるのに、フォブナモの無力化が加わるだけだ。)

 『無力化はどうすれば?』

 (マイナスの波動を当てて中和させる。そう難しくもないだろう。)

 

 フォブナモを稼働させる磁場から切り離してしまえば、そいつはもう自己を動かすことも出来ないガラクタにすぎなくなる。そうしてやれば、この場はもう収まるだろう。

 

 「はてさて、そううまくいくかな?」

 「ベノム!何を企んでやがるんだ!」

 「ここはカルデラ。『元』火山のあった場所だ。しかも大地震を起こしてくれたおかげで、地底は大いに乱れている。そんなところで、磁場からエネルギーを得ているフォブナモをつつけばどうなるかな?」

 「どうなるかわからんだろう!」

 「何を引くかわからないから、クジ引きは楽しいんだろう?」

 

 変化はすぐに起きた。ミシミシと地鳴りが聞こえたかと思うと、やがてそれが真下で起こっていると気が付いた。

 

 「地震?!」

 「いや、この揺れは地震じゃないぞ。まるで何かが・・・。」

 「あつい!地面が熱いぞ!」

 

 「どうやら当たりを引いたようだな。」

 

 にわかに湖面が泡立ち始め、同時にそれと地面が裂けてガスが噴出しだした。

 

 『何が起こってる?!』

 (わからん・・・が、湖底が熱くなり出している。ということはまさか?)

 

 フォブナモを無力化させたその反動は、地底にあるマグマだまりを引き寄せるという結果をもたらした。湖は火にかけられた鍋のように、沸騰を始める。

 

 その破滅的事実に気づけたものがこの場にはどれだけいるだろうか。

 

 「さて、見物見物。」

 「待て!いや、それよりも・・・どうする?大地を凍らせるか?いや、蓋をするのは逆効果になるかも・・・。」

 

 ケイにはお手上げに近かった。となると、頼りになるのはスペリオンだけ。

 

 『グルルルル!』

 

 『あっ、レオナルドが地面に?』

 

 それよりも早く、何かを察したレオナルドが手で地面を掘り始めた。それに飽き足らず、熱線を吐いて地面を溶かして潜りこんだ。

 

 (まさか、自力でマグマを止めるつもりなのか?!)

 『そんなことができるのかよ!?』

 (出来るはずがないだろ!)

 『じゃあどうすんだよ!』

 (一かバチか、光波熱線でガス抜きをさせる!)

 

 穴を開けることで、大爆発の衝撃を最小限に抑えさせる。その手しか考え付かなかった。

 

 『ほぉおお・・・気功、バスター!』

 

 「うわぁ、巨人が暴れ出したぞ!」

 「逃げろー!」

 

 傍からはスペリオンが乱心したかのように見える状況が、この場合は好意的に働いた。あまりの光景に目を奪われていた人々も、この事態にはたまらず逃げ出し始めた。

 

 「オレたちも逃げなきゃヤバいぞ!」

 「でも、レオナルドが!」

 「もうワタシたちがどうなる問題じゃないわよ!逃げるしかないのよ!」

 「レオナルドー!」

 

 『どうだ・・・これで・・・?』

 

 気が付けば湖は完全に干上がり、あとにはスペリオンが空けた穴ぼこだけが残っている。

 

 (あとは・・・バリアを張って被害を最小限に食い止める。ケイ!)

 「なんとかしてみる・・・!」

 『けど、レオナルドは?』

 (・・・あれはもう、助けられない。)

 『そんな・・・バカヤロー!!』

 

 噴火はもう目の前にまで迫っている。助け出す猶予もない。

 

 (来るぞ!)

 

 

 急激に湖底が盛り上がったかと思うと、猛烈な熱と光が放たれる。炎とと岩と、灰の雨が降る。

 

 「解放を阻害させないように、けど噴煙を下に下とさせないように、『すり鉢状』に!」

 (アキラ!)

 『ちっくしょおおおおおおおおお!!!』

 

 アキラの怒りが、噴水のようにヴェールを作り出す。それは空を覆うオーロラのような輝きとなって、遠く離れた場所からも見えた。

 

 やがて揺れも収まり、夜の静寂が帰ってくる。しかしてそこいらに命の囁きは無い。

 

 「終わった・・・のか?」

 「まるで、この世の終わりのようだった・・・。」

 「あっ、あれ!」

 「ガイ、アキラ!」

 

 まだ熱の籠る灰がしんしんと降り注ぐ中、アキラと、アキラに肩を担がれたガイが皆のところへ帰ってくる。

 

 「二人とも!大丈夫か!?」

 「ガイさん、レオナルドは?!」

 

 ガイは、黙って首を横に振った。シャロンは、自分が誰に何を聞いているのかを自分でもよくわかっていなかったが、帰ってきた事実だけは受け入れてしまった。

 

 「そんな・・・そんなの・・・。」

 「すまない・・・すまない・・・。」

 「そんなのって・・・。」

 

 いや、十分わかっていたことだった。ただ彼なら、なんとかしてくれるんじゃないかという期待を勝手に抱いていた。勝手に抱いて、勝手に裏切られた。それだけのことだというのに、シャロンは恨み言を吐かずにはいられなかった。

 

 「そんなのってないわぁあああああ!!!」

 

 頬を伝う涙が、灰を伴って黒くなっていった。

 

 

 

 

 

 一方、地獄の窯が開いた火口では。

 

 「なかなか見ものだったが・・・。」

 

 ひときわ大きな岩塊を見て、大きく裂けた口をニヤリとゆがめる。

 

 「ふむ、まだ後夜祭があるようだな。」

 

 本当に楽しませてくれる。ただの人間よりも、力のあるものほど、本当に大きな花火を打ち上げてくれると。



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モエルキセキ その1

 『ハァ・・・ハァ・・・。』

 (もう・・・限界だ・・・。)

 『なんのまだまだぁ!』

 

 爆炎の中、スペリオンが膝をつく。2000℃を超える高熱に、豊かな外交によって得られた先進的な街並みは沈んでいく。

 

 『グォオオオオオオオオオン!!!』

 

 その熱の中心にそいつはいる。まるで火山そのものが立ち上がって動いているかのような威容に、アキラは在りもしない息を巻き、ガイは目を伏せる。

 

 (こっちはもう体力の限界に限界を重ねてるってのに、相手はピンピンしてんだぞ。どうやって逆転しろと?)

 『じゃあどこに後退するのか言ってみろよ。もう街が半壊ってどころじゃねえんだぞ。』

 (このままだと、俺たちも死ぬぞ。)

 『ヒーローが尻尾巻いて逃げられるかよ!』

 

 スペリオンは決死の思いで立ち上がるが、その様を見届けている者は一人としていない。既に街の人間の大半は避難し、そうでもないものは煙をあげて物言わぬ骸と化している。

 

 なぜこうなったのか?それはレオナルドが噴煙の中に消え、ガイとアキラが這う這うの体で帰還した、その夜の出来事。

 

 ☆

 

 街はとりあえずの落ち着きを取り戻し、町人の目下の問題は瓦礫の撤去に追われることであり、その一方公会堂では再び会議の場が設けられ、既に事後ムードとなっていた。

 

 他方、教会兼救護所はまだ慌ただしく、窓の外に降り積もる火山灰のことなど見ている余裕なぞない、と言った喧噪を湛えていた。

 

 「・・・。」

 「いつまでそんな顔してるつもりだ?」

 「なぜおまえはそんなに切り替えていられる?」

 「後悔してもどうしようもないなら、前を向くべきだろう。」

 「今度こんなことがあったら、迷わずブッ転がすのが正解だってか?」 「そうは言ってないだろう。」

 「冗談だ、お前の軽薄さに呆れているんだ。」

 

 教会の一室に、2人の男のなじり合いが木霊する。ひどくヒートアップしていくアキラの声に対して、ガイは冷えた声で応える。

 

 「そうやって怒りを表現するのはいいが、人に向けて振りまくなよ。それとも何か、作戦を立てた俺のミスであって、お前は悪くないと言ってほしいのか?そうだよ、俺のせいだよ。」

 「ぐぬぬ・・・。」

 「そして出来ることなら俺を殴って鬱憤を晴らしたいと思っているが、弱っている相手を殴りつけるのは気が引けると。お前に心配されるほどヤワではないわ。」

 「殴られる準備があるのか?」

 「むしろ俺が殴り返してやるわ。」

 

 あまりの温度差に部屋の空気は今にも破断しそうだったが、意外にもガイはその気だった。重い体を起こして構える。

 

 「おいお前ら、一体何して・・・元気そうだなオイ。」

 「殴り合いなんてとても文化的な交流とは思えないな僕には。」

 「おおパイルいたのか、しばらく顔を見てないと思ったがいたのか。」

 「ずっといたよ。まあ大人の会議には学級委員の出る幕はないようだけど。」

 

 いざ楽しい殴り合いタイムというところで邪魔が入った。どうどうと抑えられ、ガイは布団に戻る。

 

 「それで、会議の方はどうだって?」

 「とりあえず、ヴィクトールは壊れた街の修繕の手伝いをするってさ。」

 「ヴィクトールとしては取引先が増えて万歳ってところか。」

 「なんか一人勝ちしやがったって感じ。」

 「でも結局ゼノン教団とは折り合いが合わないままだろう。勝手に兵器を持ち込んだんだから。」

 

 その辺のことでまだ揉めてるようだ。普通に考えれば外交問題になりかねない。

 

 「とにかく、この話はまだ終わりそうにないか。一体いつまで拘束されるのかね。」

 「そういえばシャロンは?」

 「シャロンは・・・今誰にも会いたくないって。」

 「だろうな。」

 

 「ところで、ずっと気になってたんだけどさ。」

 「なんだドロシー?」

 「ガイ?それともアキラか?お前らどっちかって・・・。」

 

 そうドロシーが確信めいたことを言いかけた時、また地震が起こった。

 

 「なんだ?」

 「また噴火か?」

 「噴火にしては・・・光が強いな。」

 

 部屋にいる全員が窓に集まる。街の人々も、度重なる災害に感覚がマヒしたのか、この異変に大して驚いている様子もない。

 

 「・・・。」

 「どうした、ガイ?」

 「なんだ、この違和感・・・。」

 「ガイ?お前ってさ・・・。」

 

 やがて災厄は、牛歩のごとくゆっくりと、しかし確実に再び襲い来ていた。その事実に感づいたのはごく少なかった。やがてやってきたその威容に、人々は我先にと逃げ出した。

 

 逃げないのはスペリオンだけだ。それも体担当となるガイの体力が回復していない事や、2人の心がバラバラなこともあって大分旗色が悪い。

 

 (いいか、これはただひとり相撲だぞ。最低限の役割は果たした、このまま戦い続けててもこっちに得はない。撤退するのだって勇気だぞ。)

 『うるさい!やるったらやるんだよ!』

 

 これはもはや意地だ。絶対に倒してみせるという、アキラの意地だけが、スペリオンを立ち上がらせている。それがどれほど甲斐のないことか。

 

 (アキラ、もう無理なんだよ。)

 『無理でたまるかよ!スペリオンには何でも出来るんだろ?!』

 (確かに言った。だが、そうは言ってもだ!)

 『だったら今すぐ、アイツを救って見せろよ!』

 

 『グォオオオオオオオオオン!!!』

 

 正気どころか、生きている証さえ消え失せた眼。腹甲から露出し、太陽のように高熱と光を放ちながら脈動する心臓。ひときわ目を見張るのは、甲羅から突出した背骨で、これが絶えず噴火しては炎をばらまく。

 

 肉が焼けただれ、骨と溶岩で出来た怪物。熔烈骸甲(ようれつがいこう)怪獣(・・)『ヴァドゥラム』である。

 

 ヴァドゥラムが歩を進めれば、そこは溶岩の足跡が出来る。生身の人間が近づけば、それだけでローストヒューマンの出来上がりだ。

 

 『あれってやっぱり、レオナルドなんだよな?』

 (元な。元レオナルドだろう。マグマの力を吸収して、その結果ああなったのか。)

 『また何も出来ないのかよ!』

 (無理だ。)

 

 この世界に神がいるのかは存じないが、もはや生きているとすら言いようのない異質な外見をした、神の手を離れたアンデッドである。

 

 最も、仮に神がいたとしたらあまりにも残酷な思し召しであるが。

 

 「二人とも!砲撃が来る!」

 (砲撃?!どこから!)

 「ゼノンの合奏詠唱だ!2分後に雷の弾道攻撃が飛んでくる!」

 『押さえつける!』

 (マジ?!いや、そうするしかないか!)

 

 水のバリアに身を包んだケイが、スペリオンの肩に現れる。その攻撃が飛んでくるまで、ヴァドゥラムをこの場に留めなければならない。

 

 『くっ、熱いぞ!』

 (燃え尽きるのが先か、それとも耐えて黒焦げにされるか。)

 『どっちも御免被る!』

 

 触れれば腕が燃え始める。それに構わず、スペリオンはヴァドゥラムの腰を掴んで抑え込む。

 

 『ヴォアアアアアアアアア!』

 

 対して、ヴァドゥラムは知覚機能があるのかもわからない肌で接敵を感じ取ると、大きく息を吸い込んで心臓を稼働させる。すると見る間に下半身に赤熱する筋肉が盛り上がり、スペリオンを押し返す馬力を生み出す。

 

 (筋肉と言うよりもジャッキだな、もう生物じゃないな、今更だけど。)

 『うぉおおおおお!!!』

 「あと30秒だ!」

 

 スペリオンの真上に自然のものとは毛色の異なる紅色の雲が広がる。ヴァドゥラムも迫りくる攻撃を知ってか知らずか、出力を上げていく。

 

 「あと10秒!」

 (ケイ、離れてろ!もう一度心臓にマイナス波動を当てる!)

 『今度こそ大丈夫なんだろうな!?』

 (そうしなけりゃ、何もかもが吹き飛ぶぞ!)

 「あと5秒!」

 

 紅の雲に雷が迸り、黒く染まっていく。

 

 「来た!」

 

 満ち満ちた雷雲が解放されるのを見届け、ケイはテレポートする。瞬間、破壊の光がスペリオンとヴァドゥラムに差し込む。

 

 『ぐぅうううううう!!』

 (この雷も、マイナス波動に変換させる!)

 

 『ギャウウウウウウウウウ!!』

 

 遅れて轟音が響き、整えらえれた街並みが沈み、クレーターへと変えていく。

 

 『お、終わった・・・のか?』

 (そうらしい、な。)

 

 果たして、ヴァドゥラムは止まった。心臓部は鼓動を止め、全身を循環していたマグマが体外へと漏れ出してクレーターに溜まっていく。

 

 

 ☆

 

 「一体、アイツ、ヴァドゥラムは何故やってきたんだろうか?」

 

 この場にいる多くが、その疑問を頭に抱えているが、その答えを出す者はいない。やれ責任はどこにあるだの、もう終わったのではないかと、会議は混迷を極めているが、そこからまた離れた場所にガイたちはいる。

 

 今、この街は未曽有の大災害に見舞われ、そしてそれはいつ終わるとも知れない。ゼノンの雷で活動を止めたヴァドゥラムが、もう動かないとは到底言えなくなってしまった。

 

 「心臓にはまだフォブナモが眠っている。あれをどうにかしない限り・・いや、どうにかしたところでまた出現するとすら思えてきた。」

 「いくらなんでも考えすぎだろ。」

 「そう言い切れるか?」

 「・・・普通に考えればそうだろ。」

 「だが、奴はもはや人間の常識を超えてしまった。」

 

 今まで相手してきた連中は、どれもこれも所詮生き物をただ大きくしただけの存在に過ぎなかった。ヴァドゥラムは、そんな生物の常識を超えた存在。

 

 「考えれば考えるだけ、どんどん奴が強くなっていく気がする。」

 「倒す方法があるのか?」

 「救わなくていいのか?」

 「諦めろつったのはそっちだろ?」

 「お前にはもうちょっと自分で考えるって考え方はないのか?」

 「俺頭悪いし。」

 「あのさ2人とも。」

 「なんだよドロシー?」

 「2人って、スペリオンなのか?あとケイも。」

 

 唐突にドロシーは核心を突いてきた。教会の一室のこの場にはクラスの人間しかいないことは幸いだった。シャロンほか、ゲイルとカルマはゼノン教団の施設に泊まっているのでこの場にはいないが。エリーゼは当然食いついてくるが、他の皆は少し思考が追い付いていないらしい。

 

 「お前ら、とんでもないことをさらっと・・・。」

 「どうして今まで言ってこなかったんだ?」

 「単に言う機会がなかったから。」

 「それだけ?」

 「どう思われるのか不安だったし。まあそれは一旦置いておくとしてだ。」

 「置いとくの?」

 

 次にどこに行くのか予想もつかないあれをそのままにしてはおけない。そうでなくとも、これ以上人々に被害を出すわけにはいかない。

 

 「ただいま。」

 「おっ、ケイちょうどいいところに戻ってきたな。」

 「ちょうどいい?」

 「ケイさん!ケイさんがスペリオンなのですか?!」

 「違うけど、なんでそんな話に?」

 「まさかドロシーに見破られるなんてなぁ。」

 「いや、割と誰にでもわかると思うぞ。昨日といい今日といい、なぜかボロボロになって帰ってきたし。スペリオンが出た時に限ってお前ら2人いなくなるし。」

 「露骨すぎる。」

 

 確かに。

 

 「で、なんの話をしていたっけ。そうだ、ケイが情報を持ってきたんだったな。」

 「別にパシリじゃないんだけどなぁ。結論から言うと、やっぱりあいつの心臓は止まってない。その内動き出す。」

 「マジ?あれだけ完全に死んでるって見た目してるのに。」

 「心臓のフォブナモだけは生きている。次はどう動くか予想もつきにくい。」

 「じゃあ、今のうちにスペリオンになんとかしてもらうってのは?」

 「無理だ、もうこれだけで精一杯だ。」

 

 ガイは横になったまま、手を弱弱しく半分だけ上げて見せる。立って戦うなど無理な話だ。

 

 「じゃあ、ガイがスペリオンだったのか?」

 「正確には、俺とコイツが融合してスペリオンになってた。」

 「融合・・・。」

 「まあそれはいいとして、とにかくスペリオンは回復するまで動けない。人間だけでなんとかして頂戴。」

 「して頂戴ってな、今のところ何一つうまくやってないんだぞ?」

 「せやなー、今かて会議はしっちゃかめっちゃかやし。」

 

 寝ずの議論でそろそろ倒れる人間が出てもおかしくないほど、公会堂は混迷を極めていた。

 

 「これ以上話がややこしくなると、ゼノンも本隊が動くかもな。」

 「ゼノンの中でも上位騎士の、バロン隊だな。」

 「バロンねぇ。たしか、エリーゼのお父さんがその隊長だったっけ?なんとかできると思う?」

 「出来ますわ!きっと、たぶん。」

 「そうか、やっぱダメか。」

 「もう!ドロシーもバロンを目指しているんでしょう!」

 「そりゃそうだけど、なんか色々と自信失くしてきたわ!」

 

 あまりに人間の手に負えない事態が起こり過ぎている。

 

 「対抗するには、ゼノンの在り方そのものが変わる必要があるかもな。」

 「ゼノンの在り方?」

 「技術開発を制限してるって法がだ。人間同士の戦いならいざ知らず、人間以上の存在との戦いには、どうしても力がいる。」」

 「今までにない相手が現れた以上、今までのやり方ではいけないってことだな。」

 

 その辺の話は持って帰ってもらうしかない。

 

 「まあ、なんにせよ回復しない事にはスペリオンは動けない。だから俺はもう寝る。おやすみ。」

 「おやすみ。」

 「ぐぅ。」

 

 ガイは再び眠りについた。

 

 「オレたちはどうする?」

 「俺らも休もうぜ・・・さすがに俺もクタクタだわ。」

 「そういえば、今日何も食べてへんでウチら。」

 「炊き出しならやってるみたいだし、いただくとしよう。」

 

 そうしてガイを残して皆部屋を後にした。

 



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モエルキセキ その2

 「ガイさん、起きてますか?」

 「元から寝てない。」

 「そうでしたか・・・少し、いいですか?」

 

 しばらくして、ガイの元にパンを手にしたエリーゼが戻ってきた。

 

 「食べます?」

 「いただこう。」

 「はい、あーん。」

 「あぁん?自分で食べられるよ!」

 「そうでしたか、ごめんなさい」

 「いや、気を使ってくれてありがとう。」

 

 上半身を起こしてパンを受け取ると、もぐもぐと口に放り込む。

 

 「もうそんなに回復したんですの?」

 「エリーゼが来てくれたからな。」

 「ま、調子がいいんですわね。」

 「ん、調子はいい。」

 

 頭を冷やしてみれば、精神的にも余裕が生まれてくる。いつ再起動してくるかわからないということは、逆に言えば回復する余裕もある程度あるという事だ。復活の予兆も、観測を続けていればわかること。うまくいけば、復活前に何とかすることも出来るかもしれない。

 

 「結構楽観的なんですのね。」

 「そうでもしなきゃ潰れるから。」

 

 パンの最後のひとかけらを飲み込み、水を口にすると生き返ったようになる。

 

 「ところで、みんなは?」

 「全員監視に行きましたわ。」

 「なにも全員で行かんでもいいだろうに・・・。」

 「正確には、時間を作ってもらったんですわ。」

 「なんで?」

 「二人っきりでお話したいからですわ。」

 「そう・・・。」

 

 少し前までは、あんなに話たかったはずなのに、今はどうにも居心地が悪い。

 

 「でも、私が来て体力が回復したんでしょう?」

 「・・・たった今減った。」

 「んもう!調子がいいんですから!」

 「調子悪いって言ってるんだけど。」

 

 

 「それでその・・・ガイさんが光の人だったのですね。」

 「そうだな。」

 

 それ以上言葉が続かない。

 

 「まあ、なんだ。気を使わせたくなかったから言ってなかったんだぞ。」

 「そうなんですの・・・。」

 

 間が保たない。

 

 「・・・で、何の用?」

 「用、と言いますか・・・どんな光の人ってどんな人なのか、お話してみたかった、と言いますか・・・。」

 「幻滅したろ?」

 「いえ、そんなことは・・・。」

 「いいんだ、皆まで言うな。」

 

 正直、一番知られたくない相手と言っても過言ではなかった。わざわざ皆の前で口論することはないだろうに、アイツめ。

 

 「それで、ホントに何の用?」

 「ですから、もっとお話をして知りたいと・・・。」

 「それって、俺のことを?それともスペリオンのことを?」

 「それは・・・。」

 「わかってる、皆まで言うな。」

 

 どっちを答えても、そのことをなじるつもりだったのだから本当に切羽詰まってる。

 

 「スペリオンとは・・・。」 

 「スペリオンとは・・・?」

 「正直俺にもよくわからん。」

 「ズコーッ!」

 

 「少なくとも、俺が生まれ持った遺伝子に何か意味があるのかもしれない。」

 「遺伝子?」

 「俺は試験管ベイビーだ。ある人間のDNAをいじって作られた。そこで何か手違いがあって、こうなったとしか思えない。」

 「ある人間?」

 「玄木リュウジ。ツバサの父だから、お前の曾祖父にあたる。」

 「えっ、おじい様のお父様?」

 「だから、前に俺の事をおじい様と雰囲気が似てるって言ってたのは、半分正解だったわけだ。」

 「そうだった・・・のですか。」

 

 遺伝子工学の話をされても、正直エリーゼにはピンとこないことだろう。それでも、祖父譲りのその聡明な頭脳を生かして、理解できるように噛み砕いている。

 

 「スペリオンへの変身能力に気づいたのは、命の危険に遭った時だった。おそらく、防衛本能がそうさせたんだろう。」

 「防衛本能?」

 「無我夢中というわけだ。」

 

 それから、力のコントロールのためにアキラの元で修行した。学んだのは主にヨガだったが。とにかく、今命があるのはそのおかげだ。

 

 「けど、体を鍛えただけじゃ不十分だった。余分なエネルギーの発散を抑えるには、他の生物との融合が必要だとしばらくしてから分かった。」

 「だから、アキラさんと融合をしているのですね。」

 「前のアキラはもうちょっと強かったんだがな・・・。」

 「聞き捨てならねえなそれは。」

 「聞いていたのか。」

 

 部屋の外からアキラが身を乗り出してくる。後ろにはドロシーもいる。

 

 「まあ、並行世界の同じ人間だからって、同一視するのはナンセンスだとは思う。だが事実、俺の知ってたアキラの方が強かった。」

 「お前の知ってるやつはアキラで、俺もアキラ!そこになんの違いもありゃしねぇだろうが!」

 「違うのだ!」

 

 「たしかにパワーファイターだったが、お前のように力尽くな脳筋ではなかった。鷹山流短刀術はどうした?」

 「短刀術?あれは親父様が墓場まで持って行ってしまったよ、全部独学だよ。」

 「道理で技がなっとらんと思った。力押しでは勝てるものも勝てない。」

 「んだとぉ?!それも俺のセリフって言うんだろ、お前こそ自分のセリフを喋れよ!」

 「どうどう、落ち着いて二人とも!」

 

 険悪ムードに思わず聞きに回っていたドロシーも割って入ってくる。

 

 「お前との『最初の』融合の時、お互いの心には立ち入らないという約束はした。だが、それ以前にお前には拒絶する意志を感じる。」

 「そりゃそうだろう、他人に心の中に土足で踏み込まれていい気分がするはずもない!」

 「そこだよ、俺知ってるアキラは、何でも受け入れる包容力も優しさもあった。それが人間の『強さ』だと俺は思っていた。」

 「鏡に向かって言ってろよそんなの。」

 「・・・悪い。俺が勝手に期待してたんだな。」

 

 そりゃそうだ、と納得が付いた。自分にもわかっていたことなのに、ありもしない期待を抱いて、勝手に裏切られていた。

 

 「もうお前の手は借りない。次が来たら、俺は俺一人だけで戦う。」

 「えっ、でも融合しないと危険なんだろ?」

 「3分ぐらいなら戦える。それだけで十分だ。」

 「はっ、やってみろよ。俺は勝手にさせてもらう。」

 「アキラは何する気なんだよ?」

 「偵察に決まってる。捜査の基本は足だ。」

 

 そういって足早にアキラは部屋を後にした。気まずい空気だけが残される。

 

 「やっぱり同じだな。」 

 「何が?」

 「捜査の基本は足って思考。」

 

 一体ガイの知っていたアキラと、このアキラはどこで分岐したのか。あるいは、それが拒絶の根源というのか。

 

 

 ☆

 

 

 「ゼノン第一大隊、到着した。」

 「御足労を駆けます、キャニッシュ候。」

 

 赤い鎧に身を包んだ大隊長を、リーブル枢機卿が迎える。枢機卿の斜め後ろにはシャロンたちも控えている。

 

 「ほーん、あれがゼノンの大隊か。」

 「その中でもエリートにあたる、バロン騎士団やね。」

 「あの盾の模様はなかなかイカしてるな。」

 

 公会堂の前にズラリと並ぶ騎士団の見物にガイたちはやってくる。

 

 「で、あの隊長さんがエリーゼのお父さん?」

 「そうですわ。」

 「会いに行かなくていいの?」

 「いいんですの・・・最近何をするにも小うるさくなって。」

 

 エリーゼみたいな娘がいれば、そりゃ当然だろう。隊長はなにやらシャロンとも話をしていたが、やがて一隊を連れて公会堂へと入っていく。

 

 「俺たちも様子を見に行こうぜ。先生を会議場に置き去りだ。」

 「そろそろ過労死するんじゃないのかセンセ。」

 

 公会堂に騎士団も混ざるとなると手狭に感じてくる。ヴィクトール私兵と相対する並びになって、圧もすごい。

 

 「おお、お前ら・・・。」

 「おっ、まだ生きてたかセンセ。」

 「針の筵だっつの・・・。」

 「まあ、ちょっと休んだらどうだ?」

 「そうさせてもらう・・・ぐう。」

 

 デュラン先生は倒れ込むように眠った。

 

 「では新たに我らの剣にして盾、バロン騎士団も加えて、会議を続けます。」

 「ご紹介に預かった、バロン騎士団大隊長『ワルツ・キャニッシュ』です。よろしく。」

 (大犬のワルツかぁ・・・。)

 

 ピアノ協奏曲のような名前の顔に傷を負ったいかつい顔の大隊長が、赤い兜を外して名乗る。

 

 「さて、事態は急を要するので挨拶もそこそこに。会議を始めましょう。」

 

 そこからまた長い話が始まった。一応参考人の立場として、ガイも何度か声を出すこととなったが、その度にどこかから鋭い視線が何度も突き刺さった。針の筵とはこのことか。

 

 特に強い視線は、ワルツ大隊長から飛んでくる。エリーゼの父親という事は、おそらくガイのことは話にも聞いているだろう。時々顎を撫でる仕草をしながら、見定めるようにガイを見つめる。

 

 「では、まだ安心するには早いと?」

 「あの砲撃はすさまじい威力であったけれど、完全に息の根を止められたかと言われると怪しい。」

 

 そんなバカな、という声がゼノンの側から聞こえてくるが、ガイは臆面もなく言い切った。

 

 「それで、提案としてはヴィクトール商社の力を借りるべきだと思う。」

 「ほう?」

 「焼け石に水レベルだとは思うけど。何かいいネタありますか?どうぞ。」

 「ふむ・・・沿岸部であれば海上からの艦砲射撃ができたのだがな。」 「船は近くまで来てるんだな?それも最新鋭というやつ。」

 「そうだな。」

 「ならきっとその船に載ってるはずだ。」

 「どういうことだ?」

 

 「話が見えないぞ。そちらの船と、どういう関係がある?」

 「冷却装置だ。」

 「冷却装置?」

 「そうか・・・。」

 「同じ型の船になら、フォブナモと同じエンジンが積まれている。フォブナモを止めるための装置もあるということだ。」

 「成程、それを使って安全に心臓を解体するということだな。いいだろう。」

 

 正確には、冷却装置だけでなく制御装置も含まれている。それをここまで輸送して、マンパワーで接続して無力化させる。

 

 「しかし、ここまで運んでくるには2日はかかる。間に合うのか?」

 「観測によれば3日はかかるそうだから、ギリギリ間に合うそうだ。どのみち、確実に止めるにはほかに方法もない。」

 「それに付け加えると、装置を稼働させるにも電気を使うが、ゼノンからも誰か手を貸してくれるとありがたいのだが?」

 「となると、誰が適任になるか・・・。」

 「わたくしが行きますわ!」

 

 それまでずっと黙り込んでいたシャロンが声をあげた。

 

 「シャーロット、あなたはまだ・・・。」

 「レオナルドはわたくしのペットですわ!ペットの面倒を見るのは飼い主の責任だと、いつも言われてきましたわ!」

 「そりゃあ、そうじゃが・・・。」

 「それに、わたくしだってゼノンの見習いなのですわ。進んで武功をあげるというのも、必要なことだと思っていますわ。」

 「ぐ、ぐむう・・・そこまで言うのなら。」

 「マジ?危ないよシャロン?」

 「でも、ここには頼れる仲間がいましてよ?」

 「他人まかせかい!」

 「他人じゃなくて仲間ですわー!」

 

 まったく調子がいいんだからこのお嬢さんは。

 

 

 ☆

 

 

 「・・・変わったな、シャーロット嬢。」

 「あんなに元気に走り回ってるところは初めて見たわ。」

 

 会議が終わって、リーブル枢機卿とワルツ隊長はひっそりと話していた。

 

 「まさかシャーロットがこんなことに巻き込まれていると知った時は怒ったが・・・あんなに元気になるなんてな。」

 「可愛い子には旅をさせよと言いますし。」

 「そうさな、それに強くもなった。ペットの面倒を見るように言ってるのはワシだったが、まさかあそこまで言ってくれるとは。いかんいかん、歳をとると涙もろく・・・。」

 「それも、ドロシーたちとの付き合いのおかげか。それに、あの青年・・・。」

 「たしか、ガイと言ったかな。」

 「ガイか・・・。」

 

 「ところで、エリザベス嬢もここにきているとか。会わなくてもよろしいのかな?」

 「今は仕事中の身です。向こうから会いにくるのならともかく、こちらから会いにいくのは憚れる。」

 「なら貧乏ゆすりやめなさいよ。」

 

 今にも飛び出していきそうなほどにワルツの足は揺れている。

 

 「お父様。」

 「おっすおじさん。」

 「おお、エリザベス!!!ドロシーも来てくれたのか!!!」

 「お父様、泣かないでください。鬱陶しい。」

 

 その場へ狙いすましたかのように娘たちがやってくれば、涙のひとつも出るというもの。

 

 「おじさん、オレもシャロンと一緒に特別隊に志願するんだけど。」

 「うむ、ドロシーもゼノンに入団するか?」

 「それなんだけど、やっぱりまだ決心がつかないんだよな・・・。」

 「もう、あんなに息巻いてたのにどうして?」

 「まだ学生だし・・・。」

 「ははは、そう焦ることもないさ。それに、ドロシーには今の生活の方が勉強することも多いだろう。」

 

 「ところで、あのガイという青年のことなのだが?」

 「うっ。」

 「うっ。」

 「なんだその『うっ』って反応は。まさか・・・。」

 「いやー、そんな悪いやつじゃないぞ?」

 「そうですわよ!すっごいいい人なんですから!」

 「『いい人』???エリーゼ、それはどういう・・・。」

 「ああ、エリーゼはガイにホの字だからな。」

 「ちょっと、ドロシー?!」

 「な゛ん゛た゛っ゛て゛!ゆ゛る゛さ゛ん゛!」

 「お父様?!」

 「言っとくけど、おばさんも認知してるからな。」

 「グ、グムゥ・・・。」

 

 妻のことをだされると、途端にバカ親父は手が出せなくなってしまった。大変な恐妻家らしい。

 

 「ほっほっほ、まあ今度ゆっくりお話しすればいいじゃろう?それに、今回の作戦も立ててくれた、有能な人物じゃろうし。」

 「それは認めます。」

 「だろ?ガイは結構すごいんだぜ。」

 

 まるで自分が褒められているかのように、ドロシーも同調する。

 

 「それに、アキラさんもすごいですわね。」

 「そうそう、2人ともじいちゃんとは昔馴染みらしいぜ。」

 「父上と?ということは、やはり彼らも『時の異邦人』?」

 「ほう、それは興味深いのう。」

 「まあ、その2人今仲悪いんだけど。」

 「なにかあったのか?」

 「うーん、お互いに認識のズレがあったというか。」

 「もう一緒に戦わないってさ。」

 「・・・喧嘩別れになるというのは、悲しいものだ。あまり人様の問題に首を突っ込むべきではないとは思うが、なんとかしてあげられるなら、なんとかしてあげなさい。」

 「はーい。」

 

 「おや、ドロシーとエリーゼ。なんの話してたんだ?」

 「おっ、アキラ。なんでもないよ、なんでもない。」

 「そうか。」

 

 その場へとパーカーのフードを被っていたアキラがやってくる。

 

 「彼がアキラ?」

 「そ、アキラ、こちらさんはエリーゼの親父さん。」

 「ワシ、ゼノンのエライさん。」

 「知ってる。話をしに来た。」

 「何の話?」

 「この戦い終わったら、俺を雇ってはくれないかって。」

 「えっ、マジ?」

 「ほう?」

 「以前から、スカウト話は貰っていたしな。いい機会だと思って今のうちに話をつけておこうと思って。」

 「だがいいのかい?キミはドロシーたちと一緒に行動していたと聞いているが。」

 「いいんです、どうせいつまでも同じ道を歩むことは出来ないと考えていたので。」

 「そうか・・・それなら私が認めよう。ようこそ、バロン騎士団へ。」

 「えっ、いきなりバロン?」

 「ゼノンではないからな。バロンは優秀な人材をいつでも求めているよ。」

 「よろしくお願いします。」

 

 アキラとワルツはぐっと握手をする。

 

 「ではさっそく命令を下したい。いいかな?」

 「なんなりと。」

 「うむ、キミも特別隊と行動を共にしてくれ。シャーロットのことを守ってやってほしい。」

 「言われずとも、もとよりそのつもりでした。」

 「話が早くて助かるよ。」

 「ほほ、頼もしいのう。」

 「では、俺は準備があるので。」

 「うむ、よしなによしなに。」

 

 挨拶もそこそこにアキラはその場を後にすると、ドロシーたちも後に続く。

 

 「おいアキラ、いいのか?」

 「別に構わんだろう。エリートさんからのお誘いなら、そう悪い話でもないし。」

 「そうじゃなくて、ガイとかスペリオンのこととか。」

 「・・・アイツ自身が1人でやるって言ってるんなら、別にいいだろ?」

 「でも、今まで仲良くやってこれたのでしょう?」

 「これからもそうできるとは限らないだろ。」

 「だからって・・・。」

 

 歯切れの悪いドロシーに代わって、エリーゼが口を開く

 

 「アキラさんにとって、ガイさんはスペリオンとしての価値しかないんですの?」

 「そうは言ってない。」

 「では、何故離れる必要があるんですの?」

 「・・・お互いが傷つかないために、距離を置くだけだ。」

 「嘘、それはただアキラさんが傷つかないための方便ですわ。」

 「鋭いな。」

 「伊達に生徒会長やってませんわ。」

 「そういう鋭いところもツバサ譲りってところか。」

 

 アキラは、自分をまっすぐと見据えてくるエリーゼの眼に、ツバサの面影を見た。

 

 「まあ、とにかく今はアレをどうにかするってだけだ。話はそれが終わってからでもいいだろ?」

 「アキラはどこに?」

 「情報収集。」

 

 またアキラはフードを被って消えていった。

 



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モエルキセキ その3

 それから二日経った。予定された通り。船のパーツが陸路で運ばれてきた。街に来た時に見た、恐竜のコプラプトルが引く荷車でやってくる。

 

 「思ったよりも小さかった。」

 「でも馬車に乗りきらないくらいデカいぞ?」

 「家ぐらいのサイズだったら困ってたな。」

 

 これでも半分だけ仮組をしているような状態だ。仕組みとしてはマイナス波動を発生させてぶつけるという、スペリオンが行ったのとおおよそ同じものだ。

 

 「これを心臓部まで持って行って、そこで完成させて、降ろす。」

 「もうすでに心臓部の高さに届くように、足場の組み立ても完成してるし、あとは運ぶだけだ。」

 「なんか、怪物退治というよりも建築業だな。」

 

 その工事を携わったのは、バロン騎士団である。古代ローマ軍兵士は、優れた白兵戦士であると同時に優れた工兵でもあったという。バロンにもその気質が受け継がれているのだろう。

 

 (この分だと、ゼノンの体制改革もすんなり行きそうだな。)

 

 どうやらバロンは合理的にものを考えるのが得意らしいし、柔軟性もある。トップがツバサの子ならそれも納得がいく。

 

 それにしても本当に出世したんだなツバサは。

 

 「あんなに身近にいた存在なのに、なんかイマイチ実感湧かない。今更だけど。」

 「俺は知ってたけどな。あいつは大成するってな。」

 「おっ、アキラ、戻ったのか。」

 「櫓はもう大体組み終わった。今日の夜には作業を始められるだろうよ。」

 

 時間は限られているが、それでも余裕はあるはずだ。心の方に余裕はないが。

 

 「パワー一辺倒な俺は、せいぜい頑張らせてもらうよ。」

 「そうか、頼もしいな。」

 「フン。」

 

 仲は未だに直っていない、というよりもアキラは完全にヘソを曲げている。ガイの方は目を伏せがちに息を吐く。

 

 「まあ、なんだ。色々とすまなかった。」

 「なんだ、一人で戦うのが怖くなったのか?」

 「そう・・・だな。正直手の震えが止まらない。」

 「そうか・・・。」

 

 ガイは正直に胸の内を明かした。あまりの直球にアキラも面食らう。

 

 「まあ、なんだ。俺も力を貸すこともやぶかさじゃない。」

 「そうか、助かる。」

 「・・・じゃ、俺はシャロンに会ってくる。」

 「そうか、またな。」

 

 アキラも少し歩み寄ってきたが、ガイの反応はどこか素っ気ない。

 

 「大丈夫?ガイ。」

 「俺は正常だ。」

 「そうは見えませんけど・・・。」

 「大体、作戦がうまくいけばスペリオンの出番だって無いんだ。俺は俺、ガイとして頑張るだけだ。」

 「ならいいんだけどよ、足震えてるぜ。」

 「足だけじゃなくて全身震えてますわ。」

 

 さらに額には大粒の汗が滲んできている。

 

 「大丈夫だ、大丈夫。」

 「本当に大丈夫なのかよ・・・。」 

 「今度は世界を滅ぼしたりしないから、大丈夫。」

 「聞こえなかったふりしておくぞ!」

 

 それからはもう傷ついたレコードのように『大丈夫』を連呼し始めて、日が暮れた。

 

 レンチと安全靴に彩られた役者たちが、舞台に上がる時間だ。

 

 

 ☆

 

 

 「それでは、作戦をもう一度確認する。」

 

 言い出しっぺということで、ガイが先導することとなった。作戦はいたってシンプル、それに技術そのものは高度なものだが作業そのものはそう難しい話ではない。

 

 バロンを筆頭としたゼノンの軍団は、周囲をぐるっと囲うように陣を張っている。

 

 「パーツを上へ運んで、組み立てる。以上。」

 

 なんて簡単に行くはずもない。まず、本体そのものが大きくて重い。滑車を使って櫓の上に持ち上げていかなければならない。

 

 「おーい、あんま揺らすな!」

 「なんか落ちたぞー!」

 「なんかってなんだよ!」

 

 始まって30分でこれである。ちなみに、特別隊に参加しているのはいつものメンツに加えて、ジュールほかヴィクトール商社の人間が数人である。

 

 「なーんでこんなこと引き受けてしまったんだろう・・・。」

 「しょうがないじゃない、シャロンがやりたいって言ったんだから。」

 「シャロン、平気?」

 「ええ、大丈夫ですわ。」

 

 安全メットを被ったシャロンは、なるべく明るい口調で答えた。

 

 「おーし、このパーツとこのパーツは組み合うな、もう組み立てていいか?」

 「まて、それは一番外装だ。今留めたら中身どうすんだよ。」

 「中身ってどれ?」

 「今上げてるやつ!男連中は支えろ!女子はネジ留めて!」

 「オカマは?」

 「オカマは・・・今は男連中でいいんじゃないかな。」

 

 アキラに次いで筋力のあるゲイルにはぜひとも肉体労働に従事してほしい。

 

 「ここをこうして・・・。」

 「あれ、ガイ仕組みわかるの?」

 「設計図を貰ってきておいたからな。」

 「いつの間に?ってか、どこにあるの?」

 「頭ん中。」

 「・・・それ、ホントに貰ったやつなの?」

 「バロンがヴィクトールの技術を買ったんだよ。それで見せてもらっておいた。」

 「いつの間に!」

 

 ガイの手によって順調にパーツが組みあがっていくのを、一同は唖然とも言ったように見ている。

 

 「ん?」

 「どした、ガイ?」

 「何か問題ですか?」

 「いや・・・なんでもない。と思う。」

 「歯切れ悪いな。何か問題があるといけないし、言えよ。」

 「ああ、そうか。なら言うが、なんか設計図になかった穴が開いてる。」

 「穴?」

 

 直径一センチにも満たない小さな穴。それが機械の心臓部とも呼べる場所についている。

 

 「なんか問題あるのかそれ?」

 「穴が開いてるのはお前の記憶の方じゃないのか。」

 「いや、機能的にまったく意味のない穴なんだよ。だから気になった。」

 「ならほっときゃいいだろう?」

 「お前が余計なこと言うから気になったんだろうが!」

 「どうどうどう、ガイは作業進めて。アキラは邪魔しないの。」

 

 とはいえ、ガイにはどうしても気になって仕方がない。そういえば、これと同程度のサイズのネジを一本持っている。

 

 「あっ。」

 「今度は何?」

 「いや、なんでもない。」

 

 試しに嵌めてみたら、あまりのピッタリっぷりに思わず声が漏れた。それと同時に、ある考えが浮かぶ。

 

 「なあジュール、この制御装置ってどこから持ってきたんだ?」

 「それを知ってどうする?」

 「いや、もしも今海に浮いてる船からバラして持ってきてたんだとしたら、その船今どうなってるんだと思って。」

 「ああ、そういう事。それは心配ないはずだよ。たしか、先日沈没した船に積まれていたのを回収して持ってきたってことだったから。」

 「ってことは、あの船のか。」

 

 元はと言えばここにある制御装置が嵌っていたフォブナモだったわけで、まわりまわって、元鞘に収まったという事だ。

 

 てことは事故物品じゃないか・・・本当に大丈夫かこれ。

 

 (じゃあ、何故あのベノムという男は、これのネジを持っていたんだ?まさか・・・。)

 

 いや、よそう。憶測だけでドツボに嵌るのは避けたい。

 

 よく見ると、機械をグルッと囲む円周上に、同じようなネジが締められている。本当に一体何を意味しているのか。

 

 ともかく、組み立ては順調に行った。

 

 「あとは起動だな。起動さえしてしまえば、あとは車のセルみたいに自分で動いてくれる。シャロン、出番だ。」

 「はい・・・、ですの。」

 「平気?シャロン。」

 「大丈夫、わたくしが最後までやりますわ。」

 

 いよいよこの時が来た。シャロンは電極に繋がれたワイヤーを掴むと、静かに深呼吸して集中する。

 

 「これで・・・本当にサヨウナラですわ、レオナルド。」

 

 バチンッ!と火花が散ると、制御装置のプレートが回転を始める。それからしばらくすると青い光が灯り、駆動音が響いてくる。

 

 「よっし、成功だ!」

 「じゃあ次は、心臓からの切除ね。」

 「そればっかりはバロンに任せようぜ。安全は確保できたんだから、一旦撤収しよう。」

 「ああ、けどその前に・・・。」

 「?」

 

 アキラはシャロン近づくと、その手を取る。

 

 「最後に、鼻を撫でてやろうぜ。」

 「いいんですの?」

 「いいんじゃない、ちょっとぐらい。」

 「じゃあお言葉に甘えて。お願いしますわ、アキラさん。」

 「掴まってろよ。」

 

 ピョッと跳んでアキラとシャロンはレオナルド・・・今はヴァドゥラムの頭に乗る。

 

 「さっ、撫でてやんな。」

 「ええ・・・これで本当にお別れです。」

 

 シャロンは化石のように硬くなった鼻先を撫でてやる。

 

 

 ☆

 

 

 作業完了して数時間後、ある程度の安全が確保されたことで、今度はバロンが心臓の切除作業を行っている。制御装置が放つ青い光が煌々と見守るように灯っている。

 

 「うーん、やっぱり設計図には描いてないな、あのネジの事・・・。」

 

 ガイはどうしても気がかりだった。あのネジの正体も不明、役割も不明というのは、非常に納まりが悪かった。

 

 「あんな大量のネジが、何の意味もなく整列してるはずがないんだよな・・・。」

 「ガイ、そろそろ休んだらどうだい?」

 「おうパイル、いたのか。」

 「ずっといたよ僕?」

 「もう体力は全快してる。それよりも、どうしても気になるんだよ。」

 「何も起こってないんだから、もう大丈夫じゃない?いつまでも気張ってたら、疲れ取れないよ。」

 

 確かに、肉体的には回復しても、精神的にはまだ参っているところがある。シャロンはもう踏ん切りがついたようだし、アキラも自分の道を見つけようとしている。

 

 「まっ、考えても判らんことを考え続けてても意味無いか。」

 「そういうこと。日が暮れるどころか、もうすぐ夜が明けるよ。」

 「もう朝か・・・。」

 

 気が付けばもうそんな時間。結局一晩考えてもわからなかった。謎を解くには何か違うアプローチが必要になるだろう。

 

 そう頭を回しながら、ガイもベッドに身を投げる。

 

 直後、身を震わす振動にたたき起こされる。

 

 「なんだぁ?」

 「まさか、また活動を再開したんじゃ?」

 「バカな!」

 

 そのまさかであった。明々と照らされる影が、ゆっくりと動き出しているその瞬間がガイには見えた。

 

 「昨日の今日どころか、ついさっき解決したはずだろう?」

 「何か不備があったのか・・・。」

 「ミス?」

 「・・・そうとしか考えられないか。」

 

 ガイは落胆した。自分の処置、いや作戦そのものが間違っていたのか。

 

 とにかく、今自分に出来ることを・・・。

 

 「・・・やれるのか?」

 「今のアキラとは、融合できない。」

 

 ドロシーが問う。が、ガイは一人で行く。

 

 走り出した先に、巨影は咆哮する。

 

 

 ☆

 

 

 「退避!退避ー!!」

 

 ヴァドゥラムの足元で、解体作業を行っていたバロンたちは大慌てだった。勿論完全に安全を確保できているわけではないとはわかっていたものの、それでも誰もが驚いた。

 

 

 

 「装置を持って退避するぞ!」

 「し、しかしこいつはものすごく重いですよ?!」

 「ここで暴発されると、どんな被害を出すかもわからんのだ!なんとしても持ち出せ!」

 「イ、イエッサー!」

 

 その真っ只中にいる隊長が怒声をあげ、前線の崩壊を一喝する。兵たちは正気を取り戻すと、フォブナモを積んだ馬車、もといコプラプトルの押す竜車に集まる。短距離であれば小回りが利き、パワーもある恐竜の方がこの場では適任だったが、ヴァドゥラム覚醒の衝撃に驚いて、何頭か逃げ出してしまい、動けなくなってしまったのだ。

 

 「うぅうう・・・隊長!無理です!重すぎて荷車が動きません!」

 「諦めるな!我々が諦めたら終わりだぞ!」

 「そういうこと!代わって!」

 「ぬっ、アキラ?」

 

 車を押すコプラプトルも息をぜぇぜぇとさせていたが、そこへアキラが飛んできて、物凄い馬力を発揮して荷車を押す。

 

 「すごい・・・。」

 「ぼさっとするな!新人隊員に後れを取るな!」

 「イエッサー!」

 

 あっという間に荷車は勢いを取り戻し、ぐんぐんと距離を取っていく。

 

 『ヴァアアアアアアアア!!』

 

 しかし、それに待ったをかけるヴァドゥラム。咆哮と共に背中のキャノンが火を吹く。

 

 「あぶないっ!」

 「うぉおおお!」

 

 それらが鉄の雨となって、アキラたちの周りに降り注ぐと、あっという間に瓦礫の山が出来上がった。

 

 「くそっ、これじゃあ荷車が・・・!」

 「担いで運ぶ!」

 「マジかお前!」

 

 悩むよりも早くアキラはフォブナモの端を掴んで、手と足に力を込める。

 

 「マ、マジだ・・・。」

 「3tはあるのに、一人で・・・。」

 「馬鹿者!遅れをとるな!」

 

 1人、2人と機械を囲む人間は増えていき、瓦礫の山をかき分けて進んでいく。

 

 だが、その足並みはヴァドゥラムの一歩で帳消しにされる。ぐんぐんと彼らを追う影は大きくなっていく。

 

 「隊長!無理です!追い付かれる!」

 「くそぅ・・・!」

 「全員、死んでも手を離すな!」

 

 ヴァドゥラムは手を伸ばす。自分の中から抜け落ちたピースを拾うために。

 

 『ヴォォオオオオオオオオ!!』

 

 返せ、と言っているようだった。自分は力を付けなければならない、という妄執にとらわれた怪物の心には、その訳も抜け落ちていた。

 

 「これは、マジでヤバい・・・!」

 

 さすがのアキラもちょっと自分の行いを後悔した時、伸ばされたその手を、雷の弾丸が撃ち抜いた。

 

 「レオナルド、おやめなさい!」

 

 『ヴッ・・・ヴォオオオオオオオ!!』

 

 「シャロン、なんでここに!?」

 「パピヨンのお嬢さん!」

 

 瓦礫の山の上に、ゼノンの十字架を手にしたシャロンがいた。その声に、ヴァドゥラムのほんの一瞬だけ逡巡する。が、すぐさま本能がそれをかき消す。

 

 「シャロン!逃げろ!」

 「逃げません!わたくしが、私が倒します!」

 「それは無茶だっての!」

 「無茶は承知!それでもやるのが、飼い主の・・・いや、ゼノンの務め!」

 

 シャロンもまた吠えると、トリガーを引き続ける。ヴァドゥラムは、自分を刺す大したことのない痛みに、困惑の色を浮かべる。

 

 シャロンに続けとばかりに、混乱していたゼノンたちも攻撃を開始する。

 

 「シャロン、本当に変わったな。」

 

 その様子をまた、眺めている者がいる。

 

 「あれは大物になるだろうなぁ。それとも今死ぬかだが。」

 「ベノム!また貴様か!」

 「おおっと、ヒーローが登場したな。」

 「まやかすな!ヤツが覚醒したのもお前の仕業か?」

 「ははっ、俺は何もしていないよ。ただヤツは本能のままに行動しているだけだ。ただまあ、ちょっと手助けとしてダークマターを放り込んでやってあげたけどな。」

 「テメェ!」

 「まっ、せいぜい楽しませてくれたまえ、ハッハッハッ・・・。」

 

 暗躍する影、ベノムは消えていく。それを追うことが出来ない一大事というタイミングでばかり出会う。

 

 「まあいい、よくはないけどまあいい。俺が・・・すべて終わらせる!」

 

 ガイは胸に右手を当てると、それを高く掲げる。すると光があふれ、ガイの体を包んでいく。

 

 「あれは・・・。」

 「スペリオン・・・でも・・・。」

 

 アキラと融合した赤い姿とは違う。筋肉質な銀の体に、長く伸びた金の髪。プロテクターのように全身の至る所にあったクリスタルの代わりに、額に第三の眼の如きクリスタルが埋め込まれている。

 

 『この姿になるのも、久しぶりだな!』

 

 スペリオンのもっとも原始的な姿、『スペリオン・ガイ』である!



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モエルキセキ おわり

 ヴァドゥラムの間髪入れない砲撃が、スペリオンを襲う。

 

 『ハッ!セイッ!』

 

 一発一発が大地を抉るほどの威力のそれを、スペリオンはその手で弾く。

 

 『グルルルルルォ!』

 

 『シャロンだってその気なんだ、もう手加減はしない。トワッ!』

 

 まずは火力を削ぐ必要があると見た。絶えず炎を吐き出す背中のキャノンを掴み、引きはがしにかかる。

 

 『グォオオオ!』

 

 そうはさせまいと、ヴァドゥラムも身を捩って抵抗する。それにスペリオンは振り落とされる。

 

 「アイツ・・・。」

 「アキラ!」

 「アキラさん!」

 「おう、みんな。」

 「あれ、ガイが戦ってるんだよな・・・。」

 「ああ。」

 

 その巨大な姿を、アキラは初めて傍から見たことになる。

 

 あまりにも泥臭い、乱雑なラフファイトだ。だが、相手の弱点を突く的確な攻撃を心掛けているのが、ガイらしくもある。

 

 『ウラァアア!』

 

 スペリオンは、一旦距離をとって慎重に見定める。パワー対決では相手に分がある以上、正面切って戦うのは危険。やはり武器を奪ってしまいたい。

 

 『まず足を狙うか!!』

 

 将を射んとするならばまず馬を射よとは、昔からよく言われている。パワーがある分鈍重な動きを、さらに足止めできるなら、きっと有利に立ち回れる。後はその方法だが・・・。

 

 『グワォオオオオオ!!

 『おっと、その砲火をそのまま利用させてもらおうか!マーブルミラー!』

 

 半球状のバリアを両手のひらから放つと、ヴァドゥラムの溶岩砲を防ぐ。攻撃を浴びる度、半球の膜は伸びていき、ついには完全な球となる。

 

 『お返しだ!マーブルリフレクション!』

 

 吸収したエネルギーをレーザービームに変換。球から放たれた熱線が、ヴァドゥラムの足を焼く。

 

 「なんて技だ・・・。」

 「今度のスペリオンはすごい技の持ち主だ!」

 

 後にガイが語るところによると、アキラのスペリオンは肉体の能力にパラメータを振っているため反面光線技に柔軟性がないと言う。光線を出すイメージが、アキラには足りないという。

 

 ともかく、スペリオンの攻撃によって、ヴァドゥラムは足に大きなダメージを受け、膝をついた。こうなればキャノンを構えることは難しくなる。今がチャンス!

 

 『んで今度こそ、キャノンを壊す!』

 

 キャノンの仰角の、さらに上から飛び蹴りを放つ。重力加速と質量に物を言わせたキックは、キャノンを大きく破損させることに成功する。

 

 『ギョワァアアアアアア!』

 

 『これで、終いだ!!』

 

 大きく歪んだキャノンを、さらに手刀で根元を切り落とし、完全に破壊する。

 

 『よし!』

 

 乱雑に投げ捨てられた残骸が、大きな音を立てて崩れる。形を保っていたエネルギーが発散され、骨のような物体に姿を変える。

 

 『やはり、骨がダークマターと一体化しているのか。』

 

 骨髄にまで沁み込んだダークマターが、エネルギーを求めた体を動かしている。もはやダークマターに生かされているという状態だ。

 

 おそらく、以前の噴火を抑えるために、レオナルドはその体にマグマを吸収した。だが、そのせいで一気に地中のダークマターも溜め込んでしまい、今こうなっているというわけだ。

 

 『爆散させるのも難しいか・・・。』

 

 そんなことをすれば、ダークマターがまき散らされ、噴火とは比べ物にならない未曽有の被害をもたらすだろう。何より、命を懸けた英雄にそんな無残な真似はさせられない。

 

 『・・・よし!』

 

 『ヴォアアアアアアアアア!』

 

 ガイは一つ決心する。一方目の前ではヴァドゥラムの腹が大きく開かれる。中からは煮え滾る溶岩のようなエネルギーの塊が迸っている。

 

 「あ、熱い・・・。」

 「これ、ちょっとヤバいんとちゃう?」

 

 同時に、周囲の空気の温度も上がり、陽炎が立つ。満ちるに満ち、張られるに張られた、マグマエネルギーの爆弾と化した。

 

 『吐き出し尽くせ!お前のダークマターのすべてを!』

 

 そんな逆境に反して、スペリオンの、ガイの精神状態は絶好調だった。文字通り、何でも出来てしまうと思えるほどに。色々と吹っ切れたというのもあるのかもしれない。

 

 後にガイが振り替えると、それは半ば『死んでもいいや』という諦めでもあったという。自分がスペリオン、人ならざるものという事が、エリーゼにバレてしまったこと。やはりどうしようもなく、ガイの知っていたアキラは死んでいるんだという事実。それらを鑑みて色々と嫌になっていた。

 

 『ヴァアアアアアアアアアアアア!!!』

 

 『・・・マーブルウォール!』

 

 ヴァドゥラムの腹から発せられる極大溶岩熱線を、スペリオンの光の壁が阻む。威力は背中のキャノンの比ではないが、それでもスペリオンは身動ぎ一つしない。

 

 『グググ・・・グワァアアアア!』

 

 『くっ!』

 

 それに業を煮やしたのか、ヴァドゥラムは一層熱線の威力をあげる。キャパシティオーバーしたのか、光の壁も爆散する。

 

 「スペリオン!」

 「どわぁああああ!」

 

 爆炎が天を焦がすほどに立ち上がる。だが、その炎が円を描いて収束していくと、中央にはスペリオンが無傷で立っている。

 

 自身の全てを込めて、確実に殺せると確信していたヴァドゥラムには、少し考えが足りなかった・・・というのは酷な話だろう。

 

 両腕を回して、エネルギーを纏めあげる。続いて陰陽を描き、磁性を反転させる。手のひらを顔の前で交差させて重ねると、攻撃の準備はすべて整う。

 

 『お返しだ、スペル・マーベラス!』

 

 重ねた手のひらを左右に大きく開くと、弓なりのエネルギー波が放たれる。

 

 『グォアアアアアアアアアアア!!!』

 

 この威力に耐えられるものは、もはやいないだろう。

 

 「やった・・・。」

 

 先ほどスペリオンを巻き込んだものよりも、さらに大きな爆炎が天を覆う。

 

 『さて・・・仕上げだな。』

 

 ☆

 

 自分自身が放ったエネルギーを纏めて返され、ヴァドゥラムの意識は吹き飛ばされていくその瞬間、ヴァドゥラムの意識は過去へと還っていく。

 

 『卵』から孵されて、右も左も判らぬままに外の世界へと踏み出したときのこと。

 

 見る見るうちに自身の体が大きくなっていき、身を隠すための『殻』を求めたこと。

 

 その時初めて、知性を持った生命体、人間に会った。

 

 それからは、その人間たちと一緒に旅をした。海を越え、山を越え、いつしか本能を越えた知性が、彼の中には芽生えていた。

 

 『レオナルドー!』

 

 『ごはんの時間ですよレオナルド!』

 

 『レオナルド、苦しくはないですか?』

 

 『おやすみなさい、レオナルド。』

 

 同時に芽生えた、この感情はなんだろう。自分よりも小さなこの人間から投げかけられる、この暖かな思いはなんだ?

 

 いつしか彼、レオナルドはそれが好きになっていた。

 

 その幸せも長くは続かない。

 

 何故か今まで以上に大きくなってしまった。体が熱い。まるで燃えるようだ。

 

 しかし、彼女はそんな自分を変わらず愛してくれた。

 

 危険を察知したとき、本能のままに地下へと潜り、マグマを吸収した。

 

 それと同時に自分が自分で無くなっていく感触。

 

 けれど後悔はしていない。彼女を守れたのなら、それでいい。 

 

 レオナルドは、満足したようにゆっくりと目を閉じた。

 

 

 『まだ、終わってねえぞ!!』

 

 彼の心に、力強い声が響いた。闇に沈んでいく心が、光の手に掬われる。

 

 

 ☆

 

 

 「あれは、一体?!」

 「光が一点に集まってく・・・?」

 

 ヴァドゥラムは爆発した。しかし、スペリオンの戦いはまだ終わらない。爆炎が渦を巻いてスペリオンの手に集まっていく。

 

 『おおおおおおおお・・・ふんっ!』

 

 光を握りしめ、1つの点に収束すると、スペリオンの額のクリスタルが輝く。

 

 『リライブ!』

 

 スペリオンの額から手のひらに光線が伸びる。その様子を多くの人々が見守っている中、光が止まるとスペリオンは動き出す。

 

 「スペリオンが、こっちへ?」

 

 出来上がったものをシャロンの元へ運び、地面に降ろしてやる。

 

 「あれは・・・まさか・・・?!」

 

 スペリオンが置いたのは、人間の手のひらサイズの円盤。それへシャロンは駆け寄ると、拾い上げて確信する。

 

 「レオナルド!まあこんなに小さくなって!」

 

 『クゥ!』

 

 甲羅から小さな首を伸ばすと、嬉しそうに悶えた。

 

 最初に出会った時には、教室を背負うほどのサイズだったのに、今は縁日のゼニガメほどの大きさにまでなっている。

 

 「ありがとう!ありがとうございますスペリオン!」

 

 スペリオンは語らない。けれど、その微笑みが、雄弁に語っていた。

 

 誰もがその奇跡の場に居合わせ、そして目の当たりにした。

 

 「神の御業か・・・。」

 

 誰かが口にした。あるいは誰もがそう思ったであろう。

 

 後光が差すかのように、陽も昇ってその肢体を照らした。

 

 

 ☆

 

 

 しばらくして、奇跡の時間が過ぎ去ったころ。ガイは元の姿に戻っていた。

 

 「お前、何をしたんだよ!」

 「なにって、爆散した体を一つに戻して、生命を与えた。」

 「なんじゃそりゃ!」

 

 そして何のてらいもなくガイは投げかけられた質問に答えた。

 

 「でも本当にびっくりしましたわ!まさかレオナルドが帰ってきてくれるなんて。これなら、一緒に学園に帰ることも出来ますわ!」

 

 『クゥ!』

 

 シャロンは本当に嬉しそうにしていた。だが、苦い顔をしているのが1人いる。

 

 「・・・ははっ。」

 「なんだ、アキラ?」

 「とんだ茶番だな。」

 「何がだよ?」

 

 アキラがとても複雑そうな表情で言い捨てた。

 

 「茶番?」

 「そうだよ、今までの苦労や経験を全部ふいに出来る程の力が、お前にはあったんじゃないか。これじゃあ、俺が頑張ってたのも何の意味もなかったってことじゃないか!」

 「アキラ、何言ってんだよ?」

 「俺は、俺は何のために今までお前と戦ってきたんだよ!俺が居なくても、最初からお前は完璧なスペリオンだったってことだろ!」

 

 完璧。自分よりも上手く戦い、奇跡を起こした。

 

 「そんな力が、俺にあったなら・・・!」

 「アキラ・・・俺は・・・。」

 「・・・やっぱり、お前とはもう戦えない。」

 「そうか・・・。」

 

 アキラは、皆の視線から逃れるようにその場を後にした。

 

 「おい、アキラ!」

 「放っておいてやれ。」

 「ガイ・・・でもいいのかよ?」

 「よくはない、けど、今呼び止めたところで何の解決策もない。」

 

 ガイも小さく息を吐いてその場を後にしようとする。

 

 「おい、ガイもどこに行くんだ?」

 「俺も、ちょっと一人にさせてくれよ・・・色々疲れた。」

 「そ、そうか・・・。」

 

 そのどちらの背中にも、等しく哀愁が漂っていた。

 

 「かといって、放ってもおけないよな?よっし、エリーゼ、ガイを頼む。俺はアキラの方をなんとかするから。」

 「なんとか、って何を?」

 「なんとかはなんとかだ。エリーゼの言う事なら、ガイにも効くだろうし。頼んだぜ!」

 「ちょっとドロシー?!もう!」

 

 ともかく、エリーゼはガイの後を追った。

 

 「いた。」

 

 別に何をしているともなく、ガイは1人瓦礫の街に佇んでいた。

 

 「ガイさん?」

 「うん?エリーゼか・・・。」

 

 その横にエリーゼは並ぶと、ガイと同じものを見る。灰燼と化した廃墟だけが並んでいる。

 

 「なにをしていらしたんですか?」

 「いや、考えていた。この街も元に戻したほうがよかったかなと。」

 「そんなことまで出来たんですか?!」

 「出来る、だがそうしたものかなと。」

 「何故?」

 

 とんでもない力だが、ガイは心底悩んでいるようだった。

 

 「なんでもかんでスペリオンが解決してしまったら、人間の可能性の芽を摘み取ってしまうことになるんじゃないかと思ってな。」

 「可能性?」

 「街の復旧には、ヴィクトール商社も協力するという事になっていた。そうなった方が、後々発展には繋がるだろうし。」

 「確かに・・・。」

 

 一理ある。

 

 「けど、やれることをやらないっていうのもどうかなと思って。レオナルドだけを助けたのも、不公平にならないかって、色々考えてたら疲れた。いっそ何も考えずにすべてを救っていたら、それはそれで疲れなかったかもしれない。」

 

 「けど、救ったのはレオナルドだけではないですわ。シャロンだって、あんなに喜んでいましたわ。それが何よりの証拠ですわ。」

 「だといいんだけど。」

 

 力の使い方に悩むなど、贅沢な悩みだと軽蔑さえっるかもしれない。だが、大いなる力には大いなる責任が伴う。おいそれと判断を誤ることは許されない。

 

 「ま、とにかくこの旅ももう終わる。終わったらゆっくりしたいものだ。」

 「お話も聞きたいですわ。」

 

 今はお疲れ様。早くも瓦礫の撤去作業を行う業者が動き出しているのを、2人はぼんやりと眺めていた。

 

 

 ☆

 

 

 さて、色々と名残惜しい気もするが、出発の時が来た。キャニッシュ私塾の皆は、教室から普通の馬車で移動することになっただけで、行先に変わりはない。

 

 ヴィクトール商社の貨物車も慌ただしく通り過ぎていく。私兵部隊にいたジュールも、その作業に追われているようだ。声をかけるだけに留めておいた。

 

 「そういえば、フォブナモはどうしたんだ?」

 「どうやら、バロンが裏取引をして、ヴィクトール商社に返還されたらしい。結局元の木阿弥か。」

 「まあ、おかげでゼノンとも仲良くやってけるみたいだし、いいんじゃない?」

 「・・・どうなっても知らないぞ。」

 

 ケイは少し不服そうだったが、まあ今更どうにかできるわけでもない。なんやかんやあったが、この件は解決ということでいいだろう。

 

 一方、ゼノン教団とバロン騎士団は、一旦教会本部のある街に移動するという。アキラもこちらについて行くこととなる。

 

 「あいつともお別れか・・・。」

 「その前に!ほれ、アキラも!」

 「押すなっての。」

 「ん、ドロシー?」

 

 ドロシーがアキラの背中を押しながらやってくる。

 

 「たく、しつこすぎるぞコイツ。」

 「ネバーギブアップなのがいいところだからなオレの!それよりも!」

 「わーってる。」

 

 アキラも諦めたように、ガイの前に立つ。

 

 「まあ、なんだ。昨日はちょっと言い過ぎたと思って反省している。」

 「うん、言い過ぎとかいう前に、何が言いたいのか伝わらずに、困惑と言うのが大きかったが。」

 「そうか・・・。」

 

 あやうく、うやむやな状態で別れることとなるところだった。

 

 「その、なんだ・・・俺は羨ましい。お前の万能の力が。」

 「この力でも、救えないものはある。そんなに万能でもない。」 

 「そうか、けどやっぱり、な。」

 「ああ。わかる。」

 

 「お前とは、二人三脚でここまで来たんだと思ってた。けどお前は、一人で何でもできたんだな。依存していたのは俺の方だった。」

 「そんなことはない、俺も同じだと思っていた。」

 「けど、少なくとも今は、二人三脚ではいられない。」

 「そうだな。」

 

 スペリオンが勝ったんじゃない。俺たちがスペリオンに負けたんだ。

 

 「だから、俺は行くぜ。」

 「ああ、俺も自分の道を探す。」

 

 

 だから、これは別れじゃない。

 

 

 「それだけだ。言えてよかった。じゃあ。」

 「ああ、またな。」

 

 アキラは去っていった。

 

 「まあ、なんだ。ありがとうなドロシー。」

 「へへっ。」

 

 おかげで、喧嘩別れで終わらずに済んだ。

 

 「ところでケイはどこに行くんだ?」

 「僕はまた個人で調査するよ。」

 「また、会えますの?」

 『クゥ!』

 「・・・暇が出来たら会いに行く。」

 

 シャロンの嘆願にケイは不器用そうに応える。

 

 「ま、それまでにまた問題を起こしてないことを願うよ。」

 「別に俺が起こしてるわけじゃない。巻き込まれてるだけだ。」

 「どうかな、強い力には自然とトラブルも寄ってくるもんだよ。」

 「覚えておこう。」

 

 じゃねっ、とケイも去っていく。

 

 「俺たちも行こうか。」

 「ああ!帰ろう、俺たちの家に!」

 

 

 ☆

 

 

 それから、特にトラブルもなくキャニッシュ私塾へと帰り着く。

 

 「おかえりなさい!」

 「塾長!」

 「ただいま戻りました。それではさっそく・・・。」

 「何センセ?」

 「授業を再開するぞ!」

 「えぇーっ!」

 「当たり前だ!どんだけ遅れてると思っとるんだ!」

 「まあまあ、今日ぐらいはいいじゃない?みんな疲れてるでしょうし。今日はパーッとパーティとしましょう!」

 「やった!久しぶりにうまいものが食える!」

 

 「ふぅ・・・。」

 「どうしたのガイ?」

 「いや、別にここが家ってわけでもないのに、なんだか物凄く安心する。」

 「もう家族みたいなもんだろ?」

 「そうか。」

 

 学園と言う家があって、仲間と言う家族がいる。

 

 こうして、1つの旅が終わりを迎えた。長い旅路で皆何かを得た。

 

 

 「さあ、明日からまた学園生活だ!」

 「ああ、もう期末テストの時期だしな。」

 「・・・期末テスト?」

 「このままだと全員補習だな。夏休み返上で・・・。」

 「あー、なんだか旅に出たくなってきちゃったなー。」

 「今帰ってきたところだろう馬鹿野郎?」

 「あらあら。」

 

 失ったものもある。なに、得たものと比べれば小さい、ハズ。

 




 これにて、一章完結です。


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第2章
剣よ花よ その1


 

 「なるほど、つまりキミが父上の言っていた兄だということは・・・ステイッステイッ!わかった。ステイッ!落ち着け!」

 「ヨコセ・・・オレノ・・・。」

 「正確にはキミのものではないんだろう?ステーイ!」

 

 旅が終わって数日のこと。アキラはバロンの特別補充員として活躍していた。 

 

 今のところは、朝の体操のレクチャーとかそんな地味なのだけれど、ゆくゆくは戦闘員として徴用されることになるという。

 

 その一環として、アキラは隊長ワルツの元で話をしていたのだが・・・

 

 「うーむ、エリザベスが言うからには本当なのだろうけど、しかしにわかには信じ難いな。」

 「それを言ったら、ツバサがこの世界に来たってこと自体が奇跡でしょう。」

 「まあ確かに。しかし、それもさらに別の兄が来たというのは、ちょっとややこしすぎやしないか?」

 「それは運命に文句を言って。」

 

 ツバサの息子であるワルツ隊長が見せてくれたのは、兄・・・平行世界のアキラが持っていた短刀である。ガイが言っていた鷹山流短刀術に使われる、伝統の物だ。

 

 「ならウチに還すべきだろう?」

 「だが今は我が家の家宝なのだ!ステーイ!」

 

 そんなわけでアキラは我慢のできない犬のように手を伸ばしている。

 

 「この剣に相応しい、強者ならば授けることもやぶさかではないが。」

 「なら、俺は相応しい。」

 「それは果たしてどうかな?バロンの精鋭たちを相手にしても、そんなことを言えるかな?」

 「ホホーゥ?」

 

 面白いことを言いなさる、とアキラは不敵に笑う。

 

 「いっちょ、ここらで俺の実力というやつを見せつけてもいいかもな。」

 「おいおい、仲良くしてくれよ?しかしまあ、新入りのキミを優遇しすぎるというのも、彼らに対してメンツが立たんと言うもの。」

 「じゃあやろうよ!いややりましょうよ!」

 

 

 ☆

 

 

 そんなわけで俺は今、訓練所の入り口前でウォーミングアップしている。

 

 「随分と余裕そうだな新入り。」

 「おっ、ラッツ先輩。」

 「副長と呼べ副長と!」

 

 この人は若くしてバロン副団長にまで上り詰めたエリートのラッツ先輩。

 

 「今日の種目は、バロン新人いびりもとい新人歓迎の『100人組手』だ!可愛がってやるから覚悟しておけよ!」

 「先輩の時はどうだったんすか?」

 「副長と呼べ!私の時はもちろん全員突破したさ。史上最年少にして、唯一さ。」

 「当時いくつ?」

 「20だ。」

 「じゃあ今日から2番目ね。」

 

 俺はまだ19だからな。ガイの話に出てくる俺は20代前半らしいけど、なら歳が若い俺の方が強いというのが常套。

 

 「武器は?」

 「いらない。拳が一番だ。」

 

 ともかく訓練場に足を踏み入れると、視線が一斉に集まるのを感じる。教室の皆にあったほんわかとした空気はまあないが、最初から期待もしていない。

 

 「じっくり教えてやろうではないか~・・・バロンのきびしさをな~・・・。」

 「おおこわいこわい。じっくりと言わず、10人ぐらいまとめてかかってきてくれたら楽なんだけど。」

 「言うたな?最初からそのつもりだ!第一小隊出ろっ!」

 

 兵隊たちが目の前にズラッと並んだ。一糸乱れぬという具合に、同時に抜刀して同時に切りかかってくる。

 

 「トゥッ!飛龍三段蹴り!」

 「グワー!」

 「なんだ、バロンだのゼノンだのも大したことねえな!」

 

 首筋を蹴りつけて、一斉に10人をノックアウトする。

 

 「成程、言うだけのことはあるな。第二小隊、ゼノン能力の使用を許可する!」

 「能力と言いつつ銃撃じゃないか!当たらなければどうということはないけどな!」

 「くそっ、ちょこまかと!」

 

 姿勢は低くし、目を凝らす。銃口を見れば攻撃の向きは予測できる。

 

 「魔法が使えるからって、やることは変わんねえな!何人いようと、一度にかかれる人数は3人が限度ってもんだ。」

 

 そんなこんなで、あっという間に99人を撃破した。

 

 「こっちはまだまだ余裕あるぜ?」

 「なかなかやるな。だが、次は私だ。」

 「・・・ちょっと休憩させて。」

 「よかろう。10分休止だ。」

 

 気づけば参加者以外のギャラリーが増えていた。ゼノンの他の部隊や、見物に来た民間人。いつの間にか賭けが始まっている。

 

 「新入りに賭けるやつはいねーかー?」

 「さすがにラッツが勝つだろう?」

 

 一応軍隊なのに嬉々として賭博に参加しているのはいかがなものか。

 

 「割と薄給なんだよ。」

 「こんなことしてるから薄給にされてるんじゃないすか。」

 

 国を守る軍隊が薄給と言うのもどうしたものかと思う。それにしても、この訓練場もなかなかボロっちい。壁があちこち崩れたままになっている。

 

 まあ、ここ最近ずっと平和だったらしいから、平和ボケしているのも経費削減されるのもわかるが、脅威というものは既にそこまで迫っている。

 

 事実、俺たちはスペリオンに負けているし。

 

 「よーし、続きだ続き!」

 「気合入ってるな。だがそれもすぐ叩き折られるだろう。」

 

 新人のやる気叩き折ってどうすんのさ。負けるつもりもないが。

 

 「もう一度聞くが、武器は本当に持たないんだな。」

 「いらない。鍛えたのは拳だけだったから。」

 「それは誰から教わったのだ?」

 「自己流。誰も教えてくれなかったからな。」

 「お前の環境がどうだったのかは知らないが、お前は戦いを学ぶ必要がなかっただけではないのか?」

 「・・・そうかもしれない。けど、俺は強くならなければなかった。」

 「何のために?」

 「・・・今関係ある?」

 「そうだな。さあ来い、チャレンジャー!」

 

 詮索されるのは嫌いだ。

 

 「剣に雷を纏わせ・・・斬ッ!」

 「うおっと!!」

 

 斬撃が空気を切り裂いて襲い掛かってくる。あまり大げさなのは好きではないのだが、危険を感じて大きく避ける。

 

 果たしてその考えは正しかった。

 

 「ぐっ・・・避けたはずだろ?」

 「遅いな。私の斬撃は見た目以上に広いのだ。」

 「当たり判定おかしいだろ。」

 

 跳び避けるのが一歩遅れたのか、足が痺れる。見れば地面もうっすらと焦げているのが見える。

 

 「ちょっと、マジかよ?」

 「マジだ。」

 「マジで殺す気か!」

 「本気だと言っておろう!」

 

 バリバリと電流走る剣先を向けて、ラッツはアキラを追う。

 

 「子供相手に本気出して大人げないですよ!」

 「都合で子供と大人を使い分けるんじゃない!お前も戦士を名乗るなら、大人の男だろう!」 

 

 一理ある。と言いくるめられるところ、アキラもまだまだだ。

 

 「ならこっちも、武器を解禁させてもらう!」

 「ほう、使ってみい。剣か?槍か?」

 「投石だ!」

 

 壁際には、打ち捨てられたレンガが積もっている。それを良いスピードで投げつけてやる。

 

 「ふん、なかなかいい肩力してるが、そんなお遊びでバロンがグッハァ!」

 「なかなかいい球してるだろう!」

 「おのれぇ!サーベル電磁ムチィ!」

 「はっと!」

 

 剣先から、電撃が鞭になって伸びる。アキラが避けると、そのすぐ後ろを黒く焦がす稲妻が走る。

 

 地上に逃げ場はない、と判断するや否や、アキラは壁を走り始める。その身軽さにおおと、観衆からも驚きの声が上がる。

 

 「ちょこまかと!」

 「それっ!宙返り!」

 「舐め腐って!」

 「そして、工事ご苦労さん!」

 「なにっ?!」

 

 丸く切り落とされ、崩れ落ちる壁石。これを待っていた。大きく飛び跳ねると、オーバーヘッドキックで打ち出す。

 

 「これでもくらえっ!シュート!」

 「ぐわーっ!」

 「峰打ちじゃい、安心せい。」

 

 頭に血の昇っていたラッツは、思わぬ反撃に反応が遅れ、クリーンヒットを受けることとなった。

 

 「勝った!」

 「おのれ、まだ・・・。」

 「!?剣が!」

 

 ラッツの手を離れた剣がひとりでに浮いて、空中を舞っているアキラの喉元に迫る。

 

 「あ、危なかった・・・。」

 「ふっ、最後まで油断は禁物という事だ。」

 「殺す気かい!」

 「避けると思ったさ、あえてだ、あえて。」

 

 間一髪で避けたが、危ないところだった。抗議の一つもしたくなったが、そこに割って入る人影があった。

 

 「そこまでだ。この勝負、アキラの勝ちとしておこう。」

 「隊長!」

 「ラッツもそこは認めているだろう。」

 「悔しいですが、力はすごいものがあります。ですが・・・。」

 「うん、まだまだ遊び心が抜けていないと見える。」

 「常に余裕をもって当たれというのが、教えだったので。」

 「だが、無駄な行動が多かったように見える。無駄と余裕は違う、わかるね?」

 「・・・はい。」

 

 確かに、油断が無かったかと言われると嘘になる。締まりがなってないと思って、油断をしていたのはアキラの方だった。

 

 「賭博なんかやってる連中に負けるはずがないと、油断がありました。」

 「賭博?またか、全くそれは恥ずかしいところを見られてしまった。」

 「ギクッ、わ、私は参加してませんが。」

 

 「まあともかく、これからは忙しくなってくる。抜かれぬことが誇りであった我らの剣にも、出番があるやもしれぬ。そのための予算案提出もしてきたところだ。」

 「という事は、給料が!」

 「施設の整備もな。だがそのために、弛んだ根性に喝を入れるために、今日の100人組手を計画したのだ。」

 「な、なるほど。」

 

 実際アキラにも、今日戦った相手が弛んでいるのが見えた。本気ならもっと苦戦していたことだろう。無論負けはしないが。

 

 「新進気鋭の後輩が出来たのだ。皆、模範となれるように気を引き締めるように!」

 「オッス!よろしくおねがいします!」

 

 つまり、隊長には一杯食わされたというわけだ。ともあれ、アキラは改めてバロンの一員となった。

 

 「ところで隊長。あの短刀のことなんですが。」

 「うむ、そうだったな。約束通り君に・・・。」

 「いや、辞退しようかと。」

 「何故?」

 

 今日の戦いで分かった。短刀術は今の俺には性に合わない。

 

 「やっぱり、俺とその剣の持ち主だった俺は別なんだ。俺は俺の戦い方を磨くとするよ。」

 「そうか、それもいいだろう。代わりにラッツから剣術を学ぶと良い。」

 「俺雷出せないですけど?」

 「雷が無くても、キミはバロンなんだ。実際父上もそうだった。」

 

 そういえばそうだ。ツバサも能力がない代わりに、ツバサなりにがんばってたんだ。兄貴分の俺が負けるわけにはいかない。

 

 「フハハハ、私がみっちり鍛えてやるから覚悟しろよ!」

 「でも一回に俺に負けてるってことはお忘れなく。」

 「今日のところは、私の負けという事にしておいてやる。だが、私が本気で当たれば必ず私が勝つだろう。」

 「はいはい、よろしくおねがいしますね、先輩。」

 「副長と呼べ!いや、これからは師匠と呼べ!」

 



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剣よ花よ その2

 「お前は一体なにをやっているんだ。」

 「まあ、そう思われてもしょうがないわな。」

 「そう思うも何も事実だろ。」

 

 久しぶりに通信鏡越しに会ってみればこれだ。変わっていなくてむしろ安心するが。

 

 「しかし、アイツの短刀がこの世界にもあったとはな。勿論、俺の知ってるアイツの直接の物ではないんだろうけど。」

 「だから辞退させてもらった。俺の物でもないんだし。」 

 「元からお前の物でもないだろ。」

 「そうなんだけど、そうなんじゃねえよ。要は心の問題だ。俺は過去に縛られない!」

 「そうか、その発言自体が過去に縛られているようなもんだが。」

 「ぐぬっ。」

 

 だからこそ、新しい自分に切り替わりたいなだろうけど。

 

 「まあ、せいぜい今のうちに太いパイプを作っておいてくれよ。問題起こすことになるから。」 

 「俺も大概だが、お前も大したもんだな。犯行予告とは。」

 「あくまでゼノンの法に触れる可能性があるってだけだ。そこまで大きくするつもりはない。お前がもみ消せる程度にしておく。」

 「お前は俺を何だと思ってるんだ。まあ、元気そうでよかったよ。」

 「皆元気さ。」

 

 元気すぎて逆に圧倒されることもあるが。

 

 「ま、元気そうなの確認だけでいいや。じゃあな。」

 「おう、またな。」

 

 パッと、アキラの映っていた鏡が光を失って、代わりに自身の姿が映る。自分で見ても判るぐらい、疲れた顔をしている。

 

 「おーいーガイー、話終わったかー?」

 「終わったよ。今度はなんだよ?」

 「また壊れた!」 

 「また『壊した』の間違いだろ。」

 

 デュラン先生が頭を悩ませているわけが今ならよくわかる。ドロシーを放置しておくと、日に3度は問題を持ってくる。

 

 「まあ、別な鋼鉄を用意した方がいいのか一考の余地はあるな。柔軟性のあるものがいいのか、それとも思いっきり硬くするのがいいか。」

 「ぶつくさ言ってないで直せ。」

 「お前ももうちょっと頭使いながら振り回せ。」

 

 ドロシーが見せたのは根元からポッキリ折れてしまった一振りの剣。ガイがゼノンの修行を始めたドロシーのために作った電撃剣である。

 

 ゼノンの電気を通しやすくするために、通電性の高い金属を合成して作ってあるのだが、どうやら熱で折れたらしい。熱が発生しているという事は、抵抗が発生しているということで、通電性がまだまだ足りていないのか、それともドロシーのゼノン電撃が強すぎるのか。

 

 「まあいい。予備をもってけ。」

 「なんで予備があるんだ?」

 「すぐ壊すと思ったから新しく作っておいたんだよ。」

 「さすが!じゃ、もらってくぜ!」

 「もっと大事に扱えよ。ったく。」

 

 剣そのものの耐久力に限界がくるなら、通電させる量をコントロールするスイッチを作った方がいいか。とにかくガイは頭を使わせられる。

 

 こんなに悩むのはいつ以来だろうか。生み落とされてから研究所にいた間は、こんな風に悩むことはなかった。そのころは、とりあえず作れば結果がついてくる恵まれた環境にあったからだ。その結果が何を招くのかも知らずに。

 

 ただ決定的に違うと感じることがある。

 

 「なんだか楽しそうですね、ガイさん。」

 「そう?」

 「ええ、昔の事をを話してくれる時のお爺ちゃんみたいでしたわ。」

 「・・・そんなに老けてみえるか?」

 「雰囲気の話ですわ。」

 

 鏡でもう一度自分の顔をよく見てみる。やっぱり疲れている顔だが、わずかに口角が上がっている。

 

 「ね?」

 「そうだな・・・。」

 

 開拓者となったツバサもこんな気分だったんだろうか。

 

 ツバサも頭がよかったし、何より創意工夫の情熱を持っていた。アキラに鍛えられて、体も出来上がっていた。頭脳と身体のハイブリッドだ。

 

 それでもすべてが順風満帆ではなかった。時に人と争い、どん底に突き落とされたりもした。と、日記には書いてある。

 

 「これもなかなかゆっくりと読む機会が無いな。要点だけ纏めてくれればよかったのに。」

 「お爺ちゃんにはすべてが大切だったんですわ。」

 

 だからと言って背負いすぎな気もするが。責任感が強いというかクソ真面目と言うか。確実に損な性格だ。

 

 ともかく、旅の間ずっと借りっぱなしだったこの本も結局読み切ることが出来なかった。

 

 「でしたら、私が聞かせて差し上げますわ。」

 「寝物語でとか?」

 「ま!いけないんですわガイさんたら。」

 「あー、冗談だ。」

 

 お嬢さんに対してしていい話じゃなかった。深く反省。

 

 「でも、その内お話する機会もあるかもしれませんわね、枕元で。」

 「おいおい。」 

 「冗談ですわ♪」

 

 コイツー、可愛いやつだなチクショウ。

 

 「あー・・・。」

 「ど、ドロシー?いつから?」

 「ついさっき。スマン、邪魔したな。」

 

 剣のポッキリ折れたドロシーが、いつの間にか後ろにいた。

 

 「・・・って、またお前壊したのか!」

 「スマン、思い切って放出してみたら、ロウソクみたいに折れちまった。」

 

 やっぱ耐熱性無いとダメだな。

 

 「いや、いっそレーザーブレードでも作ってみるか?」

 「おっ、なんか新しく作ってくれるのか?」

 「その前にお前は、もうちょっと物の扱いを覚えたほうがいい。」

 「お前は女心の扱いを覚えたほうがいい。」

 「ドロシー!」

 「うへぇ、エリーゼが怒った!」

 

 じゃあ今度、普通に遊ぶことを約束してみようかな。生憎、この世界のデートがどんなものなのかを知らないが、

 



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剣よ花よ その3

 これで12本目、いや13本目だったか。とにかく斬っては折ってを繰り返してきた。

 

 「今度は大丈夫だろうか。」

 「そう思うんならちょっとは手加減して振るえ。」

 「戦闘で手加減が必要になるか!」

 「これはテストだっつってんだよ!」

 「テストにだって手は抜かないぜ!」

 「その意気込みを、勉強にも向けてくれるとありがたいのだが・・・。」

 

 先生のつぶやきを無視して、剣に意識を集中させる。

 

 「ぬぬぬぬ・・・。」

 「ただ纏わせるだけじゃダメよ。それを飛ばすことを意識させないと。」

 「そうは言われても難しいんだよ・・・。」

 「せっかく雷の刃を使えるのに、近接攻撃にしか使えないんじゃもったいないだろ。」

 「刃の形、刃の形に・・・。」

 

 今のドロシーには、武器に雷エネルギーを纏わせ、岩をバターのように切るぐらいなら出来るが、その程度はゼノンには出来て当たり前。

 

 理想的なのは、斬撃を遠方にまで飛ばす『ゼノンスラッシュ』の技。これでもゼノンの中では初歩の初歩だが、使いこなせれば一振りで100人の軍勢を切り伏せるという。

 

 普通に電気を発しても、四方八方へ散らばってしまい、大したダメージにもならない。シャロンがよく使うショックボルトのように、狙った相手に的確に当てるには、これがなかなか難しい。

 

 「ドロシー、また余計な力が籠り過ぎてるわよ。」

 「おっと、また折っちまうところだった。」

 「しかし、鉄を溶かすレベルの高圧電流とは恐ろしいな。」

 

 集中しようとすると、肩から手に、手から剣にどうしても力が入ってしまう。このままじゃまずいと焦ると、余計に力が入る。

 

 「リラックスせいリラックス。藁人形一体を切り倒すのに、山を崩すほどの威力はいらんだろう?」

 「深呼吸・・・すー・・・はー・・・。」

 

 大きく息を吸って吐くごとに、剣に纏わせていた力が落ち着いていく。

 

 「いけるか?ゼノンスラッシュ!」

 「おー・・・けど外したな。」

 「うっせ!でも出来たんだよ!」

 「そうだな、よくやったよくやった。」

 「撫でるな!」

 

 ポンポンとガイに頭を擦られる。嬉しいが、ちょっと恥ずかしい。

 

 「でも、まだまだ研ぎ澄ませられるわね。」

 「そうねど刃が拡散しすぎて、斬撃としての威力は無いけれど、けどハンマーとしての威力はありそうね。」

 「なるほど、それはそれでいいかもしれないわね。」

 

 オカマふたりがなにやら相談している。練習に付き合ってくれたり、アドバイスをくれたり、この二人にも感謝だ。

 

 「ところで、今度は壊さなかったろガイ?あれ、ガイは?」

 「ガイはエリーゼに呼ばれて行っちゃったわよ。」

 「妙に嬉しそうだった。」

 「ふーん・・・。」

 

 その言葉に、ドキッと心臓が痛くなった。それと同時に、さっきまで壊れていなかった剣が折れてしまった。

 

 「あっ・・・しまった。またやっちまった。」

 

 これで14本目。

 

 「どうやらこっちにも一波乱ありそうね。」

 「青春ね。」



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剣よ花よ おわり

 「レオナルドー、ごはんですわよー♪」

 『くぷ、くぷ!』

 

 わたくしの一日は、愛するレオナルドのごはんから始まりますわ。ガラスの水槽に手を伸ばすと、嬉しそうにすり寄ってくるのがまたかわいい。

 

 「さ、たくさんお食べ!」

 『くぷ!』

 

 レオナルドは野菜が好物。毎日キャニッシュの農家さんから仕入れた新鮮なキャベツを与えていますわ。それにしても、手のひらよりも小さな体に、丸まる一個のキャベツがどうやって入っているのかしら?

 

 「さ、今日も授業ですわ!張り切って行きますわよ!」

 『くぷくぷ!』

 「おはよー、シャロン。」

 「おはようございますわ!」

 

 朝食が終われば、教室へ。もちろん携帯用の水槽にレオナルドを移して、いつも一緒ですわ。

 

 「レオナルドもおはよ。」

 「ガイさんは、今日も眠そうですわね。」

 「ああ、おはよシャロン。最近ずっと頭を回しっぱなしだからな。」

 「力を振るわれるよりも、ずっといい。」

 「あっ、ケイさん!」

 「おっす、ひさしぶり。レオナルドくんも。」

 『くぷぷ!』

 

 気が付くと、窓にローブの青年、ケイさんがやってきていました。学園に帰ってきてからも、レオナルドの様子を見にたまに来てくださるんですの。

 

 「なんかあったか?」

 「東の方で、巨大機動兵器の残骸が見つかったらしい。もうすでにヴィクトールの連中が押さえにかかっている。」

 「あまりいい知らせじゃないな。」

 

 はぁ、とガイさんは一層頭を抱えましたわ。

 

 「よし、じゃあ俺も見に行くか。」

 「そのために呼びに来たんだ。」

 「そうだったか。」

 

 まるで今日のお昼のメニューを決めるかのように、あっという間に決断をすますと、ガイさんは出て行ってしまいました。

 

 「うぉおおおおおお!!セーフッ!」

 「アウトだバカモン。」

 「くっそー!今日こそは遅刻しないって決めていたのに!」

 「なんで寮からここまでの距離で遅刻できるんだお前は。」

 

 そんなこととは露知らずに、ドロシーが入れ替わりに入ってきました。今日で15日連続遅刻ですわ。

 

 「訓練に精を出してくれるのはいいが、もっと学業の方にも・・・まあいい。出席とるぞ。」

 「ガイが出てったんはスルー?」

 「あいつはまあ・・・ちょっと特殊だしな。」

 

 デュラン先生の心労も溜まる一方。事情を知らないドロシーだけはキョロキョロと教室を見回す。

 

 「なんだよ、みんなガイのこと心配じゃないのかよ?」

 「お前が一番よく知ってるだろドロシー、あいつは特別なんだって。」

 「だからって、1人にさせる道理もないだろ!」

 「だから?」

 「オレもついていく!」

 「授業するぞ!!」

 

 飛び出そうとするドロシーの首を、まるでネコのように掴んで先生は止める。

 

 そんな風景が、私たちと、ちょっと特別なガイさんのいる日常だった。



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崩れ落ちる その1

 「おい、アキラ。お前に会いたいってやつが来てるぞ。」

 「お客さん?」

 「久しぶり、アキラ君。」

 「お前は!・・・誰だっけ?」

 

 ズコー!っとアキラの前にやってきた男はずっこけた。

 

 「ヴィクトール私兵団のジュールだ、覚えてない?」

 「あー、思い出した。ツバサの本ネコババしたやつね。」

 「他に覚え方無かったのかい?」

 「スマンスマン、どっちかって言うとお前はガイと仲が良かったよな。」

 

 バロン騎士団にて、日々特訓を続けているアキラの元へ、ある日ジュールがやってきた。

 

 「でも、なんでお前がここに?」

 「この度、バロン騎士団にヴィクトール商社から留学生がやってくることになったのだ。で、お前と知り合いらしいから、お前に面倒を見させようと思ってな。」

 「本当は先輩に任せられた仕事とちゃうん?」

 「副長命令!このジュール君の面倒を見なさい!」

 「わかりました。」

 

 ったく、面倒臭い仕事押し付けやがって。訓練で尻を蹴り上げてやろうか。

 

 「お前、少なくとも客人の目の前でそんな顔するのはやめとけよ。・・・押し付けておいてなんだけど。」

 「す、すまないアキラ君。」

 「ぜーんぜん?気にしてませんし?」

 

 まあ、話相手が1人増えるものだと思えばそう悪くもない。

 

 「さて、ジュール君が来てくれたところで、早速だが調査の仕事だ!」

 「調査?」

 「うむ、ノメル大陸東の湖で、巨大な遺物が発見された!」

 「遺物?」

 「それの調査のために、早くもヴィクトール商社の先遣隊がやってきているが、我々も同じく調査に向かうことなった。」

 「うん、がんばってね先輩。」

 「キミたちも行くんだよ新入り!」

 

 と、さっさと荷物を用意させられた。

 

 「来て早々、調査に行かされるなんてジュールもツイてないな。」

 「うん、しかも東ってことは、トンボ返りみたいなもんだし・・・。」

 「遺物について、何か聞いてないの?」

 「いや・・・どうも行き違いになったらしい。」

 

 巨大な遺物、一体なんなんだろうか?

 

 「副長、準備完了しました!」 

 「ご苦労、出発まで待機せよ。」

 「はっ。ところで、副長は遺物について何か聞いてるんすか?」

 「ん?そりゃあ、すごい遺物なんだろうな。」

 「何も知らないのか、ツマラン。」

 

 ま、楽しみはとっておくとしよう。

 

 「ところで、ガイは元気してる?」

 「みんな元気だよ、お嬢さん方も、レオナルドもね。」

 「あの大亀か・・・。」

 「今はチビ亀だけどね。」

 

 「しかし、留学生ってなにやるんだ?一緒に訓練するってわけでもないだろうし。」

 「留学っていうか、お互いの商談のため?」

 「商売?」

 「お互いにカネのやり取りをするのに、その下見をしてこいって感じ。」

 「ジュール以外も何人か来てる?」

 「うん。僕は立候補したんだけどね、バロンの話は個人的に興味あったし。」

 「英雄話好きなんだっけ。」

 「そう!件のツバサって人の話、すごい気になるな。」

 

 他愛のない話を続けながら、出発の時を待っていた。



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崩れ落ちる その2

 他方、件の湖にて。

 

 湖のほとりの村では漁業が盛んだが、そこの網に奇妙な機械が引っ掛かった。それをいちはやく聞きつけたのがヴィクトールというわけだ。

 

漁業が盛んというには、今のこの湖は非常に静かだ。まるで嵐の予兆を感じ取って逃げ出したかのように、鳥が一羽も見当たらない。 

 

 「もう展開してやがんのかアイツらは。」

 「言ったろ?事態は急を要するよ。」

 

 ガイとケイはそのキャンプのすぐ近くにまでやってきていた。

 

 「で、その遺物ってのはどこに?」

 「一部を引き揚げてもう調査してるらしいね。」

 「侵入して盗み見るというのは・・・難しそうだな。ええい、ここでじっとしていてもしょうがない。湖の方を抑えに行くか。」

 「そうだね、どうせなら大物が見たい。」

 

 ブツは湖底にまだ潜んでいる。独自に調査するもよし、今の内に破壊してしまうもよし、なんにせよ実際に見るまではなんとも言えない。

 

 「で、どうやって湖底を調べる?」

 「潜るしかないだろ。」

 「マジ?」

 「アキラがいたら、あいつにやらせるんだけどなぁ・・・。」

 

 アキラの肺活量なら、水中でも1時間は活動できるだろう。少なくとも前の世界ではそうだった。正確な記録は1時間22分10秒。

 

 湖上には今は漁に出ている船はない。そこらで釣りを楽しんでいるものもいるが、生憎陸が騒がしいせいか魚がかかる様子はない。

 

 「泳ぐのはそんなに得意じゃないが・・・。」

 「頑張ってね。」

 「お前のその杖は飾りか。」

 「そんな便利な機能はないよ。」

 「水を操れるんじゃないのか?」

 「そうとは言っていない。」

 

 肝心な時に役に立たん・・・いや、肝心な時には役に立っていたか。

 

 「じゃあ、俺は潜るからお前は陸を見張ってろ。」

 「オッケー。」

 

 やれやれ、と水の世界に飛び込む。

 

 (思ったよりも暗いな・・・変身してしまうか。)

 

 巨大化はせず、等身大のまま姿だけを変える。

 

 (もうすぐ湖底か・・・。)

 

 すぐに水の底に到達する。底には泥やヘドロが堆積しており、足を着ければ沈んでしまいそうになる。

 

 (ここよりも下かな?)

 

 手から波動を出して泥を掻き上げる。するとすぐにそれは顔を出した。

 

 (ん?これか・・・歯車、というよりは外装かな。変わった素材だな。)

 

 手でコンコンと軽く叩いてみるが、鉄や銅ではない。とりあえず一回地上に持ってあがってみるとする。

 

 「ぶっはぁ!・・・結構重いなこれ。」

 「あ、お疲れ。」

 「おう、1つ見つけたらから、これ調べるぞ。」

 「うん、それと一つ。」

 「なんだ?」

 「バロンが来たから、一緒に実況見分するんだって。アキラも来てるよ。」

 「・・・俺が潜った意味は?」

 「お疲れ様♪」

 

 ちょっと不服。



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崩れ落ちる その3

 キャンプの一角に、ラッツ率いるバロン第1部隊はやってきていた。

 

 「隊長のお付きとは、随分出世したんだな。」

 「おお、ガイ、ケイ、お前らも来てたのか。みんなは?」

 「俺達だけだ。お前らもアレの調査に来たんだろう?混ぜろ。」

 「ということだけどいいかい先輩?」

 「ああ、隊長とアキラから話は聞いていた。君たちがガイと・・・。」

 「こっちはケイ、学者だ。」

 「よろしく、先輩。」

 「副長と呼べ!」

 「あれ、隊長じゃないの?」

 「あー、うん・・・一応今はこの隊を率いているが・・・いや、やっぱり私は副長だ!」

 

 そここだわるのか・・・と誰もが思った。

 

 「で、ブツはどこ?」

 「あっちのテントだそうだ。さっそく見に行こう。」

 

 ひときわ大きなテントを目指して、一同は歩き出す。

 

 「バロン第一部隊、ただいま到着しました。」

 「よくいらっしゃった。さっそくお茶でも・・・。」

 「丁重にお断りしますよ。すぐに現物を見たい・・・と、飛び入りのお客さんが言っている。」

 「お客さん?」

 「そこにいる・・・いない!」

 

 現場監督がラッツを歓迎している横で、もうガイとケイは調査を始めていた。

 

 「思ったよりもデカかった。」

 「ガイが拾ってきたのはパーツの一個でしかなかったのかな。けど、これは何の機械なんだろう?」

 「泥より軽いということは、中は空洞なのかな?」

 「中身の抜け落ちたガワなのかもしれん。」

 

 ふむふむとガイとケイは見識を述べる。その様子をヴィクトールの科学者たちが呆気にとられるように見ている。

 

 それは一見すると角々とした形をしており、表面が金属のようにも石のようにも見えるツルツルとした材質をしており、テントに吊るされた電球の光を反射している。湖から引き上げられてから洗浄されたのか、泥はついていない。叩いてみると、反響音はしない。中身が空洞と言うわけではないという事。

 

 「重さは・・・アキラ、ちょっと持ち上げて見てくれ。」

 「おう・・・そんなに重くない。」

 「見た目よりも軽いのか。俺の拾った円盤とは、材質が違うのか?」

 「おっ、それどこから持ってきたんだ?」

 「ちょいと湖底から引っ掛けてきた。」

 「ちょっと、お前たちステイ!ステーイ!」

 「ん?」

 

 ラッツの怒声が飛んだ。

 

 「お前ら・・・調査なんだからもっと情報共有させろよ!」

 「ああ、すまん。いつもの調子でやってしまった。」

 「ったく・・・だが何かわかるのならこちらとしても助かる。」

 「どうか我々にもその知識の一端を分けて頂きたい・・・。」

 

 仕方がないから見分を一つずつまとめていくこととした。ヴィクトールのことは信用しているわけではないが、何かしら問題を起こされても困るという、監視の意味合いもある。

 

 「監視が必要なのはお前たちのほうだろう?」

 「んまあ、否定しない。」



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崩れ落ちる その4

 科学者たちは自分たちには攻めあぐねていた、このオーパーツについての情報をポンポンと引き出してくるガイとケイに驚きつつも、なるほどなるほどとメモしていく。

 

 「でだ、俺が拾ってきた円盤と同じように、まだ似たようなパーツが湖底には眠っている。全部引き上げるのは苦労するだろうな。この湖は自然の浸食によって出来上がったものだから、それが古代の地層を引き当てたんだろうな。」

 「で、結局これはなんの機械のパーツなんだよ?」

 「一部分だけじゃなんとも言えないな。一番外装の部分だとはわかるけど。」

 「使えねえの。」

 「うっせ。」

 

 せめて中身の機械が残っていれば違ったかもしれない。

 

 「で、今は何の用意してるんだ?」

 「地層のことを調べるついでに、ボーリング調査をしようってんだ。」

 「ボウリング?パーフェクトとったことあるぜ。」

 「ボーリングだっつの。お約束のギャグをどうも。」

 

 地質調査となればボーリング調査だ。円筒状のロッドを地中に挿し込み、地層を丸ごとくりぬくことで、オーパーツの埋まっていた時代がいったいいつ頃のものなのかを測定するというわけだ。

 

 「ところで、どれぐらいの深度まで掘るつもりなんだろう?」

 「あの湖が1500mはあるだろうから、まあ2000mくらいじゃないか。目当ての物の前にひょっとすると石油や温泉が見つかるかもな。」

 「地元の活性化にもなりそうだな。」

 

 しかし、仮に石油が出たとしてゼノンは燃料にしか基本的に使えないというのはもったいない。石油から作られるプラスチックは、身近なあらゆるものに使われる万能素材であり・・・まあ皆まで言うまい。アキラにもわかるだろう。

 

 「ん?なんか今バカにされたような気がするぞ。」

 「被害妄想甚だしいわ。」

 「いや、明確な悪意を感じ取った。」

 

 実際ゼノン勢力圏内には、未だ開発の手が伸びていない地域や遺跡が数多くあるそうな。それらの調査もバロンの仕事の内となることだろう。今度からガイも同行させてもらうのもいいだろう。

 

 「さーて、ボーリングが終わるまでもう一回調査するとするか。」

 「なあ、本当のところは何だと思ってるんだ、あの機械。」

 「あー、多分宇宙船のパーツだと思う。」

 「宇宙船?」

 「まだ確証はないけどな。」

 

 宇宙船。まだ飛行機すらないであろうこの世界には予想も出来ないだろう産物。

 

 「そんなものが、地中に埋まってるのか?」

 「前時代、というやつだろうな。数百、数千万、あるいは億年前にはまだ文明があったんだ。俺達のいた時代にとっては先の話のな。」

 

 この世界は、ガイやアキラたちのいた『現代』とは地続きの世界。それが、『何か』があって滅びた。

 

 簡単に整理しておこう。3000万年前、『大変動』という物凄い何かが起こり、今のアルティマが出来上がった。今発掘しているオーパーツも、その大変動より前の物だろう。

 

 大変動の原因は定かではないが、地球の極点の一部が破壊されたせいだという。『何か』とは間違いなくそれのことだろう。

 

 「その何かってなんだよ。」

 「それを今調べてるんだよ。この金属は、少なくとも『現代』では見たことが無かった。軽く3000万年は経過しているであろうそれが、未だに形を留めているのは、何か理由があるんだよ。」

 

 熱や圧力で変形しているような様子もない、そんな大層な物を持った文明が、いかにして滅んだのか。実に興味深い。

 

 「そういやケイは?」

 「また単独行動だろ。いつものこと。」

 

 そういえば、ケイはこの手の話題についていたく関心があるようだ。それに、恐獣の生態や、フォブナモのことについても詳しかった。ただなんとなく信用できるという、アバウトな感覚のもとに付き合ってはいたが、よくよく考えるとケイのことについて、何も知らない。

 

 「フォブナモ、そういえばあれもあったか。」

 「何の話?」

 「フォブナモってあったろ?あれも宇宙船のパーツ、それも一番肝要なジェネレーターだからな。きっとあれも今回のオーパーツに関係あったんだろうなってな。」

 「それは今、ヴィクトールの手に?」

 「ああ、そうだ。お前さんところが大分頑張ってくれたおかげで、無事に手元に戻ったということだ。」

 

 そのおかげで、バロンはヴィクトールと手を結んだ。これでゼノンの保守的な体制にも楔が打ち込まれた。いい方向に転がってくれるといいのだが。

 

 と、また話が逸れた。考えることが多すぎる。こういう時はもっと単純に。

 

 「メシにしようぜ。」 

 「いいな!」

 

 腹が減っては戦は出来ぬとも言うし。

 

 ☆

 

 (ここにもダークマターがある。どうにも地脈に沿って結晶化している、というだけではなさそうだ。)

 

 1人、キャンプから離れた場所を歩いているケイは、地表に析出している黒い結晶を見てそう思案している。

 

 持っていた杖の先を、コンコンとその結晶に当てると、黒い結晶がみるみる内に無色透明な液体のように溶けていき、地面に染み込んでいった。そうするとどうだろう、生きる力を失っていた草木が、青々とした色を取り戻していく。

 

 「やはり、生物に歪な力を与えているだけでなく、奪ってもいるのか。おれがプラスになるかマイナスになるかは・・・意志の力によるのか。」

 

 レオナルドくんが生存本能によって巨大化を果たしたということは、そういうことなんだろう。

 

 マイナス宇宙から力が出入りする入り口。そんなものがあちこちにあるというのは、この地球も難儀な世界をしている。次元そのものが安定していないのだ。

 

 だがだからこそ、ケイにとっては都合がいい。ケイの目指す『哀の最果て』、それに一番近い世界なのだ。

 

 「あるのかねしかし?」

 「ベノム・・・なぜここに。いや、またお前か。」

 「ふっふん?」

 

 振り返ればヤツがいる。神出鬼没に策謀振りまく、悪意と舌で出来た悪魔。ベノム。

 

 「ひどい言われようだな。まあ、それだけのことはやってきたがね?」

 「今度は何を企んでいやがる?いや、当ててやろうか。あのオーパーツを発掘させたのは、お前だろう?」

 「さぁて、なんのことかね。私はただ、商売運の占いをしてあげただけだ。」

 「ピタリと当たるどころか、自分で埋めて、掘らせてるだけだろう。」

 「まあ、私が手を下さずとも、いずれ嗅ぎつけていただろうさ。ここ最近で大きく手を伸ばしているからな。」

 

 やはり、ヴィクトールとバロンの取引に一枚噛んでいたか。ケイは内心で舌打ちする。何の意味があるのか、考えが及ばないところもあるが、なんでもかんでもコイツの思う通りに行っているのは腹が立つ。

 

 「なんならひとつ占ってあげよう。」

 「いらん。」

 「そう言うな・・・そうだな、死相が見えるな。」

 「誰の?」

 「スペリオンのさ。」

 

 その時、初めてケイは目を見開いて驚いた。同時に、ベノムは笑った。

 

 「まあ、気を付けることだな。ヌッハハハハハ・・・!」

 「待て!どういう意味だ!」

 

 追いすがろうとするケイの目の前に、大きなトナカイが割り込んでくる。明らかにダークマターによって正気を失っている。ケイが気を取られているうちに、高笑いと共にベノムは悠々とその場を後にした。

 

 「くっそ・・・。」

 

 『ブルルルルルルォオオオオオ!』

 

 トナカイは大きなツノを振り乱してケイに向かってくる。

 

 「『ロックボルト』!」

 

 すかさずケイは杖を向けて、岩の壁を出現させる。しかし、トナカイはその障壁もなんのそのという勢いでぶち破ってくる。

 

 「嘘だろ・・・。」

 

 ちょっと引いたケイは、風を操って空中へと逃れる。このまま逃げてもいいが、放っておいて人間に危害を及ぼすのはマズいだろう。

 

 「動きを止めるには・・・足場を崩すか。」

 

 トナカイの暴走する先の地面を、水で泥に変える。

 

 『ブルルルルルルルル・・・!!』

 

 「暴れると余計に沈んでいくぞっ、と。」

 

 底なし沼と化した地面に、トナカイは沈んでいく。その頭に杖を突き立てると、だんだんと暴れるのをやめていく。先ほどと同じく、体内のダークマターを透明な液体に溶かしたのだ。

 

 『ブルルッ・・・。』

 

 「よしよし・・・。」

 

 ひとまず安心したが、結局ベノムはまた逃がしてしまった。

 

 だが、それよりも気になることを言っていた。スペリオンの死、殺せるもんなら殺してみろって感じだが、ベノムが言う事にはそれ以上の意味があるだろう。

 

 ともかく、ガイの元に戻ることを決めた。

 

 『ブルルルァアアアアアアアア!!』

 

 「っと、おかわりか・・・。」

 

 トナカイの群れが、森の奥からやってくるのが見えた。これらすべてを元に戻してやるのは、時間がかかるだろう。

 

 ☆

 

 「ん?」

 「どうしたガイ?」

 「いや、今なんか・・・ボーリングの音かな。なんでもない。」

 「?」

 

 一方、ガイたちは焼き魚に舌鼓をうっていた。そろそろボーリングも終わるころだ。

 

 「何が出てくるかな?」

 「温泉の方がいいなオレは。」

 

 目に見えない物を掘り返すというのは、なんだかワクワクしてくる。ガイも珍しく心の中では期待していた。

 

 と、そんな呑気に考えていた矢先、異変は起こった。

 

 「おっ、また地震か?」

 「地震だな・・・こういうパターン何回目だ。」

 「準備しとけよガイ。」

 

 にわかに地面が揺れ始めた。揺れがだんだん強くなってくると、次に地面にヒビが入り始めた。その中心には、ボーリングマシンがある。

 

 次に異変を感じたのは音だった。ボコボコと言うような、何か液体が地表へ上ってくるかのようだった。

 

 次の瞬間、ボーリングマシンを倒し、黒い液体が吹き出してきた。石油かと思われたが、どうやら違うらしい。それよりもはるかに粘性のある、ネバネバとしたスライム。

 

 『グボォオオオオオオオオ!!!』

 

 「液体が、吠えた?!」

 「ほらー!やっぱりこういうのだ!」

 

 液体は逆巻くように上へ上へと昇っていき、ついに50mもの高さに積みあがる。それが中ほどから大口を開いて、声を発したのだ。

 

 「石油と言うよりタールみたいだな。」

 「なら『タールゴン』だな。」

 

 タールゴンと名付けられた怪物は歩き始めた。その足跡にタールを滴らせながら。歩いた跡が、タールの沼となるのだ。

 

 「俺は行くぞ。お前はどうする。」 

 「ごめん、俺はまだゆるせてないわ。」

 「そうか、なら今日もスペリオン・ガイだな。」

 

 ガイは物陰に隠れ、周りに人がいないことを確認してから、右手を掲げる。



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崩れ落ちる その5

 タール、特にコールタールとは、石炭からコークスを乾留したときに発生する副生成物である。石油、石炭などの化石燃料が、元をたどれば生物の化石が変質したものだとすれば、それにダークマターが触れて怪獣化してもなんらおかしくない。

 

 タールが意志を持ったのか、それともタールを纏った生物なのか、ともかくタールゴンはスペリオンを発見すると、身を震わせながら襲い掛かってくる。

 

 『控えめに言ってキモイ!』

 

 『グボォオオオオオオオ!』

 

 一歩と言うよりももはや雪崩と言うほうが正しいタールの波が、泥とヤニの混ざったような猛烈な不快臭を伴ってキャンプのテントを押し流し、飲み込んでいく。

 

 『くっ・・・これは、今までに相手したことのない敵だぞ!』

 

 手を振り上げたところで全く手ごたえが無いのだ。しかも、触れた個所が火のように熱い。重油も混じっているのだろうか、ひどく熱を帯びているのだ。

 

 ならばと光波手裏剣で牽制を試みるが、ただ貫通するだけでこれもまた効果が無い。

 

 『なら今度は、冷凍光線でどうだ!』

 

 パパッと腕を振るい、-200℃にも達する凍結光線を放つ。それは少しの効果があったが、しばらくすると今度はタールが逆に煮えるように泡立つと、噴火のようなガス爆発を起こす。

 

 『うわー!逆効果か!』

 

 『ボボボボボボボボ・・・』

 

 タールの海はますます広がっていく。やがては足の踏み場もないほどに広がっていく様は想像するに容易い。どうする、スペリオン?!

 

 

 ☆

 

 「た、助けてくれー!」

 「まってろ!と言ってもどうしたものか・・・このワイヤーで釣り上げるか。」

 

 一方、タールの海となった地上では、アキラが救助活動に勤しんでいた。魚の釣れない湖のほとりで、人間釣りをすることになるなんて。タバコも吸ってないのにガンの心配をしなければならないとは。

 

 「うっぷ・・・ひでぇニオイだ・・・。」

 「ありがとう!助かった!」

 「おう・・・おえっ、気分悪くなってきた。」

 

 消臭スプレーをぶちまけたくなるほどの異臭に顔をしかめるが、あちこちで火の手が上がり始めたことに気づいた。ちょうどメシ時だったこともあるし、生憎ここには燃えるものに困らない。

 

 「アキラ!こっちにも来てくれ!」

 「おう、先輩方は避難指示を頼む!」

 

 遠くにスペリオンが悪戦苦闘しているのが見えるに、スペリオンの助けに期待は持てない。

 

 「うへー、足元にまで迫ってきやがった!」

 

 額から玉のような汗を流し、それが着いた地面がすぐに乾く。だが弱音を吐いている暇もなく、アキラはワイヤーを投げては人を片っ端から人を釣り上げていく。

 

 「こんなクソ忙しい時に、ケイはなにやってんだ。」

 「ついさっきまで戦ってたんだよ!」

 「おう、ウワサをすれば!はやく火を消してくれ!」

 「この規模は無理。」

 「使えねえの!」

 

 しかし、いくらなんでもこの量は異常だ。時間が経つごとにタールの量がどんどん増えていくように見える。

 

 「まさか、穴からまだ出続けてるのか?」

 「穴なら塞いでしまえばいいだろう。」

 「ならこっちだ!」

 

 テントの残骸の上を跳ねていくアキラを、ケイは空中を浮遊しながら続いていく。

 

 「ここだ!」

 「これまたデカい穴をあけたもんだな。ロックボルト!」

 

 ケイが杖を振れば、虚空に岩を生み出して、ボーリングが開けた大穴に栓をする。

 

 「これで少しは安心できるか?」

 「まだだ、人を助けないと。」

 「わかった。」

 

 戦いはなおも続いている。

 

 

 ☆

 

 

 『おっ、タールの噴出を止めたのか。よぉし・・・。』

 

 負けてられない、とスペリオンも息巻く。冷静になって頭を回してみれば、難しい相手ではないはず。

 

 見た目はどうあれ、ダークマターによって怪獣化しているのなら、どこかにダークマターの結晶があるはず。それさえ取り除いてしまえばこっちのものだ。

 

 『そこで・・・だいっちょアキラの真似をしてみるか。』

 

 身振り手振りをして、地面を叩く。

 

 『忍法、蜘蛛の巣縛り!なんてな。そーれっ!』

 

 地中にネットを生み出し、それを引っ張ればタールはすり抜けるが、それ以外は引っ掛かる。底引き網の要領というわけだ。

 

 『うっ、こりゃ思ったよりも大物だぞ・・・!』

 

 引っ張れば、ごつい手ごたえが返ってくる。パワーファイトは好きではないが、力任せに引き抜けば、その正体が露呈する。

 

 『なんと・・・化石そのものにダークマターが・・・。』

 

 タールの底から引き上げられたのは、結晶化したダークマターが表面にビッシリと張り付いた、巨大な生物の化石だった。いや、どうやら一匹の個体ではなく、何頭もの生物が群れという群れとなった、塊の化石のようだった。

 

 『なるほど、このタールの化け物は集合意識のようなものだったのか。ともかく、『ライトオペレーション』!!』

 

 言うならば、それは古代生物の墓場。次から次にいろんなものが出てきて混乱しそうになるが、ともかくこの墓場のダークマターを浄化してしまえば、これで解決する。

 

 『あとは、このタールの海をどうにかするだけだな。』

 

 噴出が収まり、暴れる意思もなくなった。となれば、あとはスペリオンには簡単だ。

 

 『バキュームカーの出番だな。』

 

 手に持った網を油を吸着する物質に変換させ、振り回す。するとあら不思議、深夜のTVショッピングで紹介している布を使うよりも早く、あっという間にきれいになりました。

 

 『はい、完了!』

 

 完了を見届けたスペリオンは、元の姿に戻った。

 

 

 ☆

 

 

 「うえっ、まだニオイが残ってら。」

 「風で吹き飛ばしたりできないの?」

 「風下がもれなく被害を受けるがいいか?」

 「・・・よくないな。」

 

 油は除去できたが、残ったニオイはどうしようもない。

 

 「さて・・・帰るか。」

 「いや、帰っちゃダメだろ。俺ら何しに来たんだ?」

 「そうだ、宇宙船のパーツがあったな。でも、無事だろうか?」

 「テントがつぶれてるな・・・。」

 

 一番大きかったはずのテントが、見るも無残な姿と化していた。

 

 「うーん・・・ダメだ!見つかんねえ!!」

 「壊れて粉々になっちまったのか?」

 「・・・いや、きっとベノムの仕業だ。ヤツの狙いはこれだったんだ。」

 「どういうことだ?」

 「騒ぎに乗じて、パーツを奪うことが狙いだったんだ。」

 「何のために?」

 「ロクでもないことさ。ヤツはスペリオンの死をも予言していた。」

 「スペリオンの死、だと?」

 

 それが、ベノム最大の狙いなのか?

 

 「ま、そんなこと考えててもしょうがないだろ。」

 「お前な、自分のことだろう?」

 「心配してくれるのか?」

 「別に!」

 

 少なくともガイには、その考えが思い当たらなかった。

 

 「おーい、アキラ!それにガイも!」

 「おうジュール、生きてたか。」

 「久しぶりだな。」

 「おう、久しぶり。じゃなくて、ちょっと来てみろよ。大変だぞ。」

 「なんだ?これ以上大変なことがあるのか?」

 「いいから、すごい化石なんだって。」

 

 ジュールがやってきて、一同をせかす。彼方に見えていた、巨大な化石群の塊に近づいていくにつれて、嫌な悪寒がはしってくる。まるで、直視することを忌避するかのように。

 

 「これ、なんの化石だと思う・・・。」

 「オーマイ・・・。」

 「これは・・・。」

 

 中央には三角形のような鼻腔穴が開いており、そのすぐわきには眼窟、後方に伸びた後頭骨が脳の大きさの特色を表している。その生物の頭骨には、誰もが見覚えがあった。

 

 「ひ、ヒトか・・・?」

 

 控えめに言っても、明らかに類人猿のそれだ。何十、何百、あるいおは何千もの人骨が塊となっていた。

 

 「一体、なぜこんな大量の人間の骨が、一か所に集まっているのか、なにが原因で死んだのか・・・考えることは山ほどあるぞ。」

 「・・・これも、ベノムの思惑の内なのか?」

 「わからない、わからないけど・・・。」

 

 化石の頭蓋骨は、なにも喋らない。



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タールゴン大逆襲①

 すごい久しぶりに続きを書くよ。でもどっちかというと過去編を書きたくなってきた。というか話の続きを覚えていない。設定集を書いて記憶を整理せねば。


 タールの噴出騒ぎが収まって早数日のこと。しかし未だに片づけは遅々として進まず、そこかしこにこびりついたタールを恨めしそうに剥がしたり、集めて廃棄所に集める作業員の姿がそこかしこにあった。

 

 「健康被害が気になるからあんましやりたくないんだけど。」

 「ならスペリオンの力でパーッと解決しちまいなよ。」

 

 そんな作業着を着た連中の中に、天秤にいくつも吊るしたバケツの中にタールの混じった土砂を満杯にし、黒い液体と一緒に文句を溢すアキラとガイはいた。

 

 「でも、こんだけ石油があるんならプラスチックとか作り放題なんじゃないか?大儲けだぜ、石油王だぜ。」

 「石油の全部が全部プラスチックの原料になるわけじゃないぞ。タールなんぞ道路のアスファルトぐらいにしかならん。」

 「そうなのか?」

 

 それも発癌性の高さから、現代ではあまり使われないとか。文字通り煮ても焼いても食えないシロモノだ。

 

 「まっ、普通の石油もあるにはあるんだろうけどな。これから石油の産地としてここを発展させていくかは・・・・やっこさんがた次第ってところだ、」

 

 産業時代にもまだ達していないだろう文化レベルが、一足飛びで近代化できるのか・・・ヴィクトール商会の力があれば可能そうだが。その恩恵にあやかれるよう、ゼノン騎士団も手を回していることだろう。

 

 「じゃあ、ここらの自然も破壊されて、コンビナートになるのか?」

 「少なくとも近くの村は打撃を受けそうだな。排煙とか、スモッグとか。」

 

 この目の前に青々と広がる湖も汚染されることだろう。その水深はカナダのバイカル湖以上で、現代なら自然遺産ものだろうがこのアルティマには関係あるまい。そもそも世界を統治するような連盟などもないことだし、誰が自然遺産と認めるのか。

 

 そもそも、『遺すべき』という判断を下さねばならないということは、それだけ他の物が破壊されているからということで・・・。

 

 「それにしても、当初の目的をすっかり忘れてしまっている感はあるな。」

 「当初の目的・・・ってなんだっけ?」

 「お前・・・。」

 「冗談だよ。宇宙船のパーツって言ってたよな?」

 「ああ、あれは見覚えがあった。」

 「見たことあるのか?数千、数万年以上前の地層から出てきたんだろ?」

 「ここは、『現代』からずっと未来の世界だからな。現代で見たんだよ。」

 「そうだった。」

 

 それも、人間の骨が化石や石油になってしまうほどの年月だ。

 

 「で、その宇宙船はどうなったんだ?」

 「幾度かの実験の末に、無事に宇宙にまで飛び出したよ。」

 「そうか。」

 

 同時に、そこで『地球人の歴史』は終わったわけだが。

 

 「宇宙船は箱舟だった。新天地を求める人類の最後の希望、というわけだ。」

 「ほーん。」

 「興味ないんかい。ともかく、見つかってたのはその試作機の一部分だったんだろうな。今更そんなものが見つかったところで何が出来るというものでもないとは思うけど。」

 「それがあればこの時代でも箱舟が作れたりとか?」

 「作ってどうするんだよ。」

 「・・・戦艦にするとか?さらば地球よとか言っちゃうような。」

 「ネジ一本からパソコンが組めるか?本体がどんな姿をしているのかもわからんのに。」

 「無理っぽいね。」

 

 そのパーツも騒ぎの内に消えてしまっていた。その辺についても協議していることだろう。比較的綺麗で大きなテントの中では連日会議の真似事が行われている。さすがに土砂や残骸の集積場に近づけばその喧噪は遠のいていくが、ここからでもザワザワとやかましい声が聞こえる。

 

 ☆

 

 今度はそのテントにクローズアップしてみよう。

 

 やれ石油の利権がどうの、やれ被害の補償がどうの、油の話で水掛け論をし続けてはや数日。一向に話は纏まらないでいた。

 

 まだ先日の恐獣タールゴンの襲来から復興が遅々として進んでいないというのに、ヴィクトール商社側は早く話を進めたいのか石油の営利の話ばかりするし、バロン騎士団はその逆の立場にいる。

 

 と、いうのも。騎士団はあくまで軍事団体であり、商談や政治的取引とは縁が遠い。この会議の場には上級騎士が数名と、この場においては騎士団のトップであるラッツ副長しかいない。

 

 (こういう時、腹芸に強い団長がいればよかったのだがな・・・。)

 

 片方の議席の一番高い椅子に座るラッツは頭を抱えて、何か口にしそうになってはいやいやと飲み込むのを繰り返している。今日だけですでにコップに注がれた水を5杯は飲み干している。

 

 実働部隊を任されている手前下手な行動はとれない。さりとてこのまま何日も無駄な会議を続けるわけにもいかない。一刻も早く復興の手を進めたいというのが、愛国心と忠誠心にあふれるラッツの心情だった。

 

 一方、ヴィクトール商会の方も正直議論に身が入っていないのが実情だった。この場に集まっているのは技術者が主だった面々、もとはと言えば見つかった遺物の研究のためにやってきたのだから、生憎なことに商談に詳しいものはいなかった。ただ目の前に燻ぶる儲け話は逃すつもりは、商会の人間としてないから、商談とは言えないような押せ押せの話しかできない。

 

 結局、お互いに腹芸の専門家を持っていないせいで、泥沼化しているのだ。それほどまでにこの度の石油発掘は予想外のことだった。

 

 (せめて話が出来る人間がこの場にいれば・・・。)

 

 勿論、この地を本来治めているキャニッシュ領、その領主への遣いは既に何日も前に送った。そこから話の出来る人間が来てくれれば、この問題も解決することだろう。来てくれればの話。

 

 (公爵様はお忙しいお方。直接おいでなさるかどうかは・・・。)

 

 こんな時、クリスタル鏡の結晶通信が使えれば便利なのだが、生憎この田舎の村にはそんなに高級な物は置いていない。持ち運びのできる小型端末の研究が急がれる。

 

 と、淀みに淀んだ会議場の空気に、一筋の風が舞い込んできた。それにはタバコと香水、そして鉄のニオイが混じっている。

 

 「諸君、待たせたな。」

 「社長!」

 「ヴィクトール商社の、社長か。」

 「マシュー・ヴィクトール、以後よろしく。」

 「これはどうも、ゼノン騎士団副団長のラッツです。」

 

 仰々しいコートに身を包んだ髭面の大男が、ずかずかと会議場の中央へと歩を進めた後、おもむろにラッツ副長と握手を交わしてからヴィクトール商会側の席についた。

 

 「さて、この度は会議の場を設けてくれたことを感謝したい。我々は『対等』な話し合いを望んでいる。」

 (対等なぁ、こっちには交渉が出来る人間がいないし、不利は不利なんだが。)

 

 タダより高いものはない。とにかくヘタを掴まぬようにだけは気を付けなければ、とラッツは身構える。

 

 「問題をひとつずつ片付けていくとしよう。」

 「こちらとしては、一刻も早く復興に着手したい。」

 「よろしい、ではまずその話題から。単刀直入に言えば、汚染の除去や壊れたもののの修繕費用はこちらで負担しよう。」

 「見返りには何を?」

 「何も。これはサービスだ。元はと言えば、我々の機械による発掘が原なのだから。」

 

 そりゃありがたいな、という感想がまずは浮かんできた。ボーリング試験を始めたのはヴィクトール側だったし、事故の責任はとってもらわんければ困るというもの。

 

 「わが社の油吸着シートを使ってくれるといい。」

 (セールスかよ。)

 

 商品の宣伝も兼ねたデモンストレーションがしたいと。転んでもただでは起きないというつもりか。まあこのぐらいはいいか。

 

 「では次に、発見された遺物の行方についてだが・・・。」

 (その辺のことは正直よくわからんのだがな・・・。)

 

 もともと、その遺物にまつわることでこの視察団は組まれたのだから、それが一番の目玉要素になるだろう。この場にはもうないあの金属の塊に、いったいどれほどの価値があったというのか。少なくともヴィクトールにはわかっていて、ゼノンにはわかっていない。

 

 結局、会議とは名ばかりにヴィクトールの目論見通りに終始した。これからますます商業の勢力を拡大し、サメルにも近代化の波が押し寄せてくることだろう。

 

 あまりに早すぎる技術革新というのはゼノンの掲げる教義に反すること。そこだけはラッツにもわかっていたので丁重に断らせてもらった。大してヴィクトールは残念そうにはしていなかったところを見るに、この程度の事は予想済みという事か。

 

 (しかし、これほどの技術を持った商会をたった一代でここまで拡大したというが、この男一体何者・・・。)

 

 書類を確認しながらハンコを押すマシュー・ヴィクトールの姿を睨みつつ、ラッツは組んだ指をわきわきと動かす。

 

 ☆

 

 「うわっ、湖面にまで油が浮いてるぜ。」

 「水中の酸素が無くなりそうだな。」

 

 大きな大きな湖の、ごくごく狭い範囲ではあるが、確実に汚染は広がっている。スペリオンが作ったオイルフェンスによってせき止められてはいるが、それも嵐が来れば壊れてしまうだろう。いずれは回収せねばならない。

 

 「あーあ、出てきたのが石油じゃなくて温泉だったらこんなに苦労しなかったろうに。」

 

 そしたらみんな温まってみんなハッピーだったろう。というか今すぐお風呂に入りたい。

 

 「出てきたのは石油だけじゃないんだけどな。」

 「そうだった、人骨も出てきたんだっけ。」

 「あれも化石だったけどな。」

 

 現代でも北京原人とかアウストラロピテクスだとか、類人猿の化石が見つかることはあったが、今回見つかったのはホモ・サピエンスの物でほぼ間違いない。

 

 「ケイが今正確な年代や、そのほかの出土品を調べてるけど。」

 「他に何が見つかると思う?」

 「そうさな・・・やっぱり他の宇宙船のパーツとかかな。」

 「全部集めたら宇宙船が完成したり?」

 「しないと思う。ガワだけは組めるかもしれないが、エンジンも燃料もないし。」

 

 それよりも見張ってろ、とガイがアキラに声をかけると、周囲の目を確認する。

 

 「誰もいないぞ。」

 「そうか、じゃあ・・・吸着フィルターでも作るか。」

 

 バッと大きなシーツを拡げると、それに電流のようなものがバリバリと走ってその性質が変わっていく。

 

 「便利だなー。」

 「あまり使いたくないのだがな、こういうの。」

 「なんで、便利じゃん。」

 「・・・同じ人間から全く別の発言が来ると釈然とせん。」

 「同じ人間でも日や腹の据え具合によって言うことが違ってくることもあるわい。」

 

 ああ、俺の悩みは昼飯に何を食うかの悩みと同じ程度なのか。まあ、あるものは使わなければもったいないというのが現実主義者というものか。

 

 「俺から言わせてもらうと、そんなの持つ者の贅沢な悩みだぞ。使わないんなら俺によこせって言いたいぐらいの。」

 「それもそうか。まあ、人に見られたくはないものではあるし、結局そう見せびらかすこともないわ。」

 「ふーん。で、進捗どう?」

 「まずまずだな。やはり最初の始動が早かったおかげでこの程度ならすぐに終わりそうだ。」

 

 シーツ一枚分程度の布に、まるで逆再生映像のようにぐんぐんと水面の油が吸い寄せられていく。

 

 「深夜のテレビショッピングで売ってそうだな。」

 「この能力で金儲けはしたくないな。」

 「冗談。」

 

 たちまちシーツそのものの体積の何倍もの油が、ブヨブヨのゲル状になってくっついたものがガイの手に収まった。

 

 「よっし、解決だな!」

 「外に出た分はな。」

 

 で、ボーリングマシンの下・・・正確には礫塊の下に埋まっている分の利用法について今揉めていると。

 

 「どーれ、ラッツパイセンの仕事ぶりをちょっくら見物してくるかのう。」

 「何様のつもりなんだ。」

 

 ゲル化させて固めた石油を集積場に放り投げて、会議場のテントに向かう。

 

 「おっ、ガイ。掃除は終わったのか?」

 「ああ。それでこっちを見に来たんだけど・・・なんか進展あった?」

 

 ガイたちが会議の場にたどり着いた時には既に解散ムードとなっていたが、出席していたジュールと再会したことで情報を得ようと試みる。アキラはバロン側へとそのまま歩いていく。

 

 「会長が来てからもう一方的には無しを決められたって感じ。」

 「会長?あのヒゲか。」

 「そう、あのヒゲ。」

 

 書類にハンコを押し終わったヴィクトール会長は、会議場にやってきた新顔に気が付いたようだった。興味深そうに視線をガイの方へと向けていた。それに気づいたガイも軽い会釈で返す。

 

 「で、どうなったんだ?」

 「うん、石油の利権はゼノンが持ってるけど、それを精製する技術はヴィクトールが保持したままだから、ヴィクトールの工場にまで原油を売りに行くってところかな。」

 「あれ、ゼノンに石油精製の技術は売らなかったのかヴィクトールは。」

 

 原油だけじゃあ燃える水にしかならないというのに。石油は精製してこそ、利用価値が生まれるというもの。

 

 「ゼノンの方が蹴ったんだよ。正確にはあのラッツ副長が。」

 「なんで?」

 「『先祖たちが作り上げて、守った土地を汚したくない』ってさ。ゼノンの教義はこういう考えに基づいているんだろうね。」

 「先祖の土地か・・・。」

 

 その先祖を、ガイとアキラは知っていた。自分たちの弟分であるツバサ、『大消滅』によって半世紀以上前にこの世界に迷い込んだ仲間。

 

 この世界に来たばかりのガイが、ツバサの自伝によってそのいきさつを知れたのはまさしく幸運だったことだろう。おかげで『生きる希望』が湧いた。御伽噺とは少々趣が異なるが、人の認識を変えるだけの力はあの本にはあるらしい。

 

 「実際住みやすそうだよね、サメルって。おいしい食べ物いっぱいだし。」

 「ああ、まさか異世界でも牛丼が食べられるなんて思ってなかったよ。」

 「イセカイ?」

 「なんでもない、こっちの話。」

 

 一部代用食品が使われているものの、牛丼ほか丼物はサメルにおいてもメジャーな食べ物だ。お米の代わりの麦飯の上に、様々な煮物を乗せて食べる丼物スタイルを持ち込んだのもツバサだったらしい。

 

 「ああ、そういえばそろそろお昼時だね。会議も終わるしお腹すいたな。」

 「座ってただけだろお前ら。」 

 「立っても座ってもお腹はすくよ。」

 「やれやれ・・・ん?」

 

 と、それぞれが机を並べなおして会議場を食堂に切り替えようとしているお開きムードになってきたところで、ガイは自分のもとへとやってくる人間の気配に気が付いた。アキラは向こうでまだ話をしている。

 

 「こんにちは。」

 「・・・こんちは、なんかよう?」

 「うむ。」

 

 やってきたのはヒゲ男。ヴィクトール会長である。今回の会議、もとい商談は重畳といった結果を収めたわりには、さほど心は動いていないようにも見える。それよりも、もっと面白そうなものを見つけたことに執心なようだ。

 

 その視線にガイの方はなにやら嫌なものを感じていたが。

 

 「君はバロン騎士団の人間ではないようだが、なぜここに?」

 「俺はバロンの協力関係者、一応学者だ。遺物を見にきてこんなことに巻き込まれた。騒動で遺物もどっか行っちゃったらしいし、骨折り損だ。」

 「そうか、それは不運だったな。」

 

 ガイの不遜な態度に一瞬ジュールは青い顔をしたが、ヴィクトールはそのことに眉ひとつ動かさない。

 

 「これから昼飯のようだが、君もここで?」

 「ああ、牛丼が久しぶりに食えるならここがいい。」

 「牛丼か・・・私はあまり好きではないのだがな。薄切り肉の汁かけ飯とは。分厚いステーキが食いたいところだ。」

 「ならこっちでステーキ屋でも始めればいいじゃないか。」

 「それは名案だな。」

 

 サメルでは家庭職として定着している丼物も、アルティマ大陸の反対側にまでは浸透していないからだそうだが。

 

 「ところで、君は、いや君も『地球人』なのかな?」

 「そうだよ。」

 

 腹の探り合いは無意味と悟ったのか、それとも痺れを切らしたのか、いきなり本題をブッ込んできた。

 

 「君も、というからにはアンタもそうなんだろうな。」

 「ああ、そうだ。30年前にやってきた。」

 

 答え合わせはあっという間に済んだ。やはりヴィクトールも地球人・・・2000年代の人間なのかはわからないが、少なくともこの星が地球と呼ばれていた時代の人間だった。ツバサという前例、自分たちの存在がある以上珍しくもない話だが。

 

 「ちょっ、ガイ何の話?」

 「ふむ、君は?」

 「あっ、はい。ヴィクトール・アーミーNo.067、ジュールであります。」

 「そうか、君のことは覚えておこう。」

 「光栄であります!」

 

 ずっと横で見ていたジュールを一瞥すると、すぐにガイに視線を戻した。

 

 「それで?あんたは現代技術をこの世界に持ち込んで、なにがしたいのか?」

 「この世界は私たちのいた地球よりもはるかに過酷だ。そんな世界に放り込まれたのも何かの縁、ひとつ成り上がってやろうと思ったまでだ。これでも元科学者でね、科学技術を再現するのにも苦労はしなかったよ。」

 「世界征服でもしたいのか。」

 「そんな大それたことじゃないさ。征服なんて割りに合わない。」

 「なるほどなぁ。」

 

 ふっ、とガイは笑った。

 

 「それでだ、君も時空の迷い子ならば、いわば同士だ。ひとつ私に協力してくれんか?」

 「お断りだ。」

 「即答?!」

 「ほう、なぜだ?」

 「あんたと俺とでは、絶望的に反りが合わない。断定していい。」

 「何故?」

 

 ここで初めて、ヴィクトールの眼の色が変わった。

 

 「アンタは自分が成り上がりたいがために、この世界には早すぎる技術を持ち込んだ。それが許せん。」

 「そうかい?私は君の事を同類だと思ったのだが?」

 「だからわかるんだよ。俺もアンタと同じ立場なら、同じことをしただろう。」

 

 実際今もしようとしている。最初この世界に来た時に、ドロシーのために武器を作ってやる約束をしたのもその範疇に入る。

 

 「けどな。力には責任が伴うんだ。自分の欲望のために無秩序に広げていくのが好かん。」

 「だが、そのおかげで人々は豊かな暮らしを得ている。それのどこがいけない?」

 「アンタが作ったのは豊かな生活なんかじゃない。人々の首を縛る鎖だ。人を家畜や道具にする。」

 「ちょっ、ガイそこまで言う?」

 「多少言い過ぎな感は否めないが事実だ。」

 

 ゼノンの教義で、行き過ぎた技術開発を禁じているのもよくわかる。保守的な体制ではあるが、パワーバランスが崩れないことへの対策だったのだ。目の前の男のように、現代からやってきた個人が力を持つことへの警戒に他ならない。

 

 ツバサは革新は求めつつも、余計なトラブルを起こさないことを考えていたらしい。とりあえずガイもツバサの考えに則ることとする。だから目の前の男は信用ならない。

 

 「なるほど、では交渉は決裂だな?」

 「交渉ですらない。あんたは俺にも首輪を嵌めに来たんだからな。」

 「では一つ言わせてもらうと、私が力を求めたのは、ある敵を打倒するためなのだ。」

 「敵?」

 

 深くため息をついて、ヴィクトールはさも残念そうに語る。

 

 「君も見たことがあるだろう、あの巨人だ。」

 「巨人?」

 「バロンやゼノンはスペリオンと呼んでいたがね。あれは『悪魔』、いや『疫病神』だ。」

 「悪魔はわかるけど、疫病神?」

 「そうだ、ヤツが現れるところ、私の損害ありだ。」

 

 そうだったかな・・・と少しガイは思い耽る。行くところにスペリオンが、というよりも恐獣が現れて船を沈めたりはしてたけど、それをスペリオンのせいにされるというのは少々不条理だ。

 

 「君も見ただろう?あの巨大で異様な姿を。ゼノンやバロンはあれを守り神だと持てはやしているが、いつあの力が人間に牙を剥くかわからない。」

 「まあ、たしかに。」

 「むしろアレを信奉することこそが危険だと私は思っている。」

 「なるほど一理あるな。」

 

 技術に使われるか、力に盲目になるか、どっちもどっちだな。ともかく、これ以上この男と話すことは無い。

 

 「じゃ、俺達は昼飯あるんで。行こうぜジュール。」

 「おっ、おう・・・あーでもここで社長にもっとアピールしておくほうが・・・。」

 「諦めろ。」

 「えーん・・・せっかく顔を覚えてもらって出世するチャンスだったのに・・・。」

 「力ではなく媚びを売っているうちは出世は出来ても大成は無理だよ。」

 

 上に立つ人間とは、人に必要とされるよりも、必要を自分で作る人間だという。ヴィクト-ルは後者、ジュールは前者だ。

 

 (スペリオンが必要なくなるのなら、それに越したことは無いんだろうけどな。)

 

 まあ人の扱い方の話をするよりも、今は牛丼が食いたい。

 



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タールゴン大逆襲②

 「ウンマイなぁあああああああ!!」

 「うん、うまい。」

 「たしかにおいしい。」

 

 牛肉やタマネギを、しょうゆや砂糖、酒、みりんで味付けして煮込んだ具を、炊いたコメの上にのせて丼で食う。ご丁寧に紅ショウガまで乗ったこれを牛丼と呼ばずになんと呼ぶか。

 

 たしかに、コメは麦を炊いた麦飯で、酒やみりんもよく似た代用食品をを使われているが、それだけで現代日本で食べていた牛丼と全く違うということはない。歯ごたえや風味はまさに牛丼そのものだ。

 

 「ツバサの一番の功績は、この牛丼を完成させたことだろうな。」

 「そこまで言う?」

 「すごく懐かしい味だ。異世界に来ても馴染みの料理を味わえるなんて、安心するなぁ。」

 

 アキラは既に3杯おかわりしているが、その食指はとどまることを知らない。

 

 「一仕事終えた後は毎回これを食べるのが習慣だった。」

 「そういやそうだったな。俺の場合はツバサも一緒だったが。」

 「俺はツバサを仕事場に連れ出したことは無かったが・・・。」

 

 ガイも2杯食べて箸を置いて熱いお茶を味わう。程よいお茶の渋みが、甘辛く脂っこい口の中を洗い流す。

 

 他にもバロン騎士団もみな同じもの味わっており、まるで現代のオフィス街の昼飯時の様相そのものを呈している。

 

 「このいつ殺し合いが始まってもおかしくないような牛丼屋の店内の雰囲気、懐かしい。」

 「そんな殺伐とした世界なの、ガイやアキラのいた世界って?」

 「ちょっとオーバーだけど殺伐とはしていたかな。」

 「ひええ・・・。」

 

 半分を肯定するガイの言葉に、ジュールはスプーンを落としておののいた。

 

 ガイとしては、牛丼屋に限らず世界全体が殺伐としていたので嘘はついていないつもりのようだが。

 

 「『大消滅』があってから、しばらくあちこち彷徨ってた。その中ではこうして大人数でメシを食うようなこともなかった。」

 

 この場にいる大多数が顔も名前も知らないような他人だが、それでもそれらが生み出す喧噪はどこか心地よいものがある。

 

 ここではバロンもヴィクトールも、同じ釜のメシを食った者同士意気投合する者もいる。やれ今日は疲れただの、次の休暇にはどこへ行くかだの、他愛のない話ばかりが聞こえてくる。まさに平穏な会話と言えた。

 

 「その大消滅って?」

 「世界規模の超時空災害だ。時空連続体に孔が開いて、地球上のあちこちにワームホールが開いた。その孔の向こう側が、このアルティマでもある。」

 「ツバサもそれに巻き込まれたんだな。」

 「そうだ。」

 

 ツバサだけではない。数えきれないほどの人間と物が空に開いた大洞に吸い込まれていった。

 

 そして吸った分だけ代わりに吐き出してくるものもある。巨大な恐獣の大群だった。

 

 「さらに大規模な気候変動の天変地異まで起こった。それで人類は地球を捨てざるを得なくなった。」

 「それで、宇宙船か。」

 「そういうこと。」

 「宇宙船?」

 「あの遺物が実は宇宙船のパーツなの。って、この話すんのも何回目だ。」

 「えっ、初耳なんですけど?」

 「誰にも言うなよ。面倒ごとになるから。」

 

 口止め料代わりのデザートの焼きリンゴをすっとジュールの皿に移す。

 

 「おやっ、アキラここにいたのか。」

 「おっ、先輩会議お疲れっす。」

 「副長だっつの。ところでガイ、焼きリンゴ嫌いなのか?」

 「いや、別に。あげたくなっただけ。ところで、なんで焼きリンゴ?」

 「そりゃあサメルではリンゴが特産品だからな。コインにも描かれているだろう?」

 「見てない。」

 「見たことない。」

 「そうか・・・。」

 

 ヴィクトールのお膝元のシアーで使われているミィプル金貨なら見たことがあるが、こっちサメルに戻ってからはとんと貨幣を見たことがないし、お金に困ったこともなかった。

 

 「サメルのあちこちには野生のリンゴが自生しているからな。リンゴはサメルの象徴なんだ。」

 「野生のリンゴ?そんなの見たことないぞ。」

 「ああ、普段食べているのはダイス様・・・先代領主様が品種改良されたものだからな。野生のはスモモのように小さいし、それにものすごく苦酸っぱいんだ。」

 「へー、苦労して出来たものなんだな。」

 「そうだ、今ではすっかりキャニッシュでの特産品になっているし、今日の牛丼にも入っていたんだぞ?」

 「隠し味か。」

 

 そう言われてみると、学園の温室にもたしかに多種多様な植物が植えられていた。その中にも小さな実の成る木もあったような気がするが・・・。

 

 「そういえば夕食ではリンゴ酒も出ていたな。酒は好かんから遠慮させてもらったけど。」

 「ふっ、あの酒の美味さがわからんようではアキラも甘ちゃんだな。」

 「先輩こそ、昨日なんかメチャクチャ酔ってたの団長に言うぞ。」

 

 そうだな、会議も一応は話がまとまったそうだし、もうじき帰れるだろう。

 

 「おっとそうだガイ君、キミに手紙が来ていたぞ。」

 「手紙?」

 「お嬢様からさ。ここにはミラー通話ができないからな。」

 「お嬢様?ああ、エリーゼか。」

 

 ラッツから手渡されると、ガイはその場で封を切った。

 

 「何が書いてるんだ?ラブレター?」

 「人の書いたものを覗き込むのはスゴイ=シツレイにあたるのではないか?」

 「そんなのこんな公共の場所で開いてる方が悪い。」

 「あーもう、アキラはケイを探してきてくれ。そろそろ調査が終わる頃だろうしな。」

 「うーい。」

 

 野暮なことだとわかっていたのか、アキラはすんなりとその場を後にした。

 

 「まあ、あんまり説明もせずに飛び出してきたからお叱りの言葉かな?」

 「それはまた剛毅なこって。」

 「えーっとなになに・・・。」

 

 『前略、突然飛び出していった不良学生さんへ。またトラブルが起きたと遠いうわさに聞きましたがお加減はいかがでしょうか?』

 

 ここら辺は普通の手紙の書きだしというところ。

 

 「ふんふん・・・。気になります?」

 「うむ。」

 「アップルパイ焼いて待ってるって。」

 「ほう、アップルパイ。キャニッシュではアップルパイというのは・・・。」

 

 またラッツが蘊蓄を語ろうとしたところで、その言葉は一発の破裂音に遮られた。

 

 「ん?!なんの衝撃だ!?」

 「地震、っていうよりも何か抜けたみたいな・・・。」

 

 振りまくったシャンパンの栓が跳んだ時のような一瞬の衝撃と音。そして祖異変を察知してざわざわと騒がしくなってくる。

 

 「おい、落ち着け!静かにせい!誰か外の様子を見てこい!」

 「そ、それが副長!」

 

 慌てた様子で入ってきたバロン騎士団員の報告に、その場にいる全員が耳を傾けた。

 

 「あの黒い怪物がまた現れました!」

 

 ☆

 

 話は少し時間がさかのぼる。スペリオンが恐獣タールゴンからぶっこ抜いた核の岩のようなものを発掘している現場。

 

 「ようやく半分ってところかな?」

 「けど掘ったらまだ出てくるんですかねぇ、これ・・・。」

 

 アキラやガイたちがせっせと残骸や油の片づけをしている傍ら、出土した骨の化石を調査している一団があった。

 

 「あー・・・お腹すいたな・・・。」

 「学者先生、こっちもお願いします。」

 「はいはい。」

 

 今頃みんなおいしいお肉を食べている頃だろうに、現場で学者先生として頼られているケイは白い骨と向き合っている。

 

 「これもバラバラなんです。」

 「はいはい、おろろんちょちょぱっと。」

 

 ケイが杖を軽く振ると、バラバラで発掘された骨の破片が頭蓋骨の形に戻っていく。最初はその魔法に驚かれたものだが、もう幾十度も杖を振られるのを見てからは慣れたのか、ただ淡々とお願いされるだけになっている。

 

 ケイは調査員たちの中で既に一定の信頼を得ていた。便利な魔法でスイスイと片付けを進めてくれるので、便利屋として頼りにされているというところだろうが

 

 「これで何体目だっけ。」

 「28体です。」

 「28か・・・まだまだ出てきそうだな。」

 

 今にもカタカタと笑い出しそうな頭蓋骨の化石と目線を合わせると、すぐに興味を失ったかのように調査員のひとりに渡す。大きさ的に成人の物だろう、と軽く考察しもって。

 

 出土した人骨の化石は、それぞれ一体分になるように整理され、テントに並べられている。

 

 「人間以外の動物の化石が全然出てこないですね。」

 「野生動物ならともかく、犬や猫、家畜なんかも出てこないな。」

 

 それら一体一体のそばに寄って紙に情報を書き写していっている調査員たちは、分析結果を口にする。

 

 その内訳も老若男女様々。骨の中でもひときわ小さい、おそらく子供の遺体が目に入ると、ケイはわずかに目を伏せた。

 

 「集団墓地か何かをブチ抜いてしまったのかな?」

 「それなら副葬品なんかも見つかってもいいものだと思うのだけどな。」

 

 地層の下の下にあった『何か』を、ボーリングで上からブチ抜いて石油があふれ出てきて、その中からこの人骨群が見つかった。何千、何万年と昔の地層からそんなものが見つかったとすれば、現代ならばポンペイ遺跡のような世紀の大発見だったろう。

 

 生憎ここにはそんなものを展示できる博物館もない。なのでこれらには考古学的、学術的界はほぼなく、ただの遺体でしかない。

 

 勿論、今はそのボーリングの跡も塞いでしまっているので、現状これ以上の発掘は出来ない。おそらく地下は石油で埋め尽くされていて、遺跡発掘どころではないだろう。一度石油を抜いてしまわないことには。

 

 「おーい、会議が終わったってよ。石油は根こそぎ全部掘りつくしてバロンが保管しておくんだとよ。」

 「じゃあ、これ以上の発掘はそれが終わってからだな。」

 「とりあえず地表に出てるものだけは整理しておこう。片付けするときに邪魔になるだろうし。」

 「りょーかい、学者先生。」

 

 さて、今までに見つかっているもののなかで、注目されるのは2つ。ひとつは人骨たちの首の部分。

 

 「これは・・・認識票のようなものなのかな?」

 

 人骨の中には首輪をしているもの、していないものがあり、それと同じくリングだけが落ちているものもある。これらの首輪は劣化してはいるが、かろうじてその形を遺している。おそらく、元はすべての人間についていたのだろう。

 

 「奴隷階級の、集団埋葬とか?」

 

 ケイはボロボロのリングをひとつ摘まんで、擦ったり折り曲げたりしてその材質を分析する。見た目のボロさに反してなかなか頑丈で、どうやら合金のようだが、装飾品でもなさそうだ。となると認識票か、繋ぐための鎖かのどちらかだろう。意味合い的にはそれらは同じものだが。

 

 (これは・・・埋葬っていうよりも生き埋めかもな。)

 

 ぶつぶつと推測を暗唱しながら、ケイはしゃがんで地面を見つめる。このすぐ真下には、まだまだ結構な数の骨が埋もれていることだろう。

 

 もうひとつは、なぜこれらは恐獣の核となって蘇ったのか。巨大な『生き物』である恐獣はさんざんバロンも見てきていたが、この不定形で掴みどころのない怪物の存在は非常に珍しかった。

 

 もっとも、ケイには目星がついていた。だがもしその可能性が当たっているのだとすると、あまりにむごたらしい話だ。せめてもの弔いのため手のひらを合わせる。

 

 「くわばらくわばら・・・。」

 「学者先生、そろそろ俺らもお昼にしましょうぜ。」

 「そうだな。ちょっと疲れたよ。」

 

 声をかけられたところで思考を中断すると、手のひらや膝についた泥をパンパンと叩き落としながら立ち上がる。それと同時にキュウとお腹も鳴る。牛丼は特別好きというわけでもないけど、時短で腹を満たすにはちょうどいいのだ。

 

 「ん?なんだあいつらは。」

 

 と、そんなところで入れ替わりにテントのそばを通っていく一団が見えた。服装を見る限りヴィクトール商社の人間のようだった。大方、入れ替わりで調査に来たんだろうと納得した。

 

 食事が終わってすぐに調査に赴くなんて、仕事熱心だなと感心する。同時に、共同で調査してるんだから時間割も共有していればよかったものを、なんで今更という疑問がすこし脳裏をよぎったが・・・腹の虫の抗議には勝てない。音を上げる腹を抑えながら食堂のテントへ向かう。

 

 「社長さんまで連れ立ってご苦労様なこって。」

 「さあメシだメシだ!」

 「うんうん・・・ん?」

 

 社長?それってヴィクトール社長?なぜそいつがこんなところへ?

 

 「・・・ま、いいか。」

 

 そんなことよりもケイは特製リンゴジュースが飲みたかった。頭を使えば糖分も必要になるし、脳の活動も鈍るというもの。

 

 そしてまさに今が、判断力が必要なタイミングであったことは言うまでもない。



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タールゴン大逆襲 おわり

 化石の発掘当時、そこにはダークマターが付いていた。どう控えめに見ても原因なそれを表面上はすべて取り除いた。つもりだったのだが・・・。

 

 「やはり、本体は骨のほうだったか。」

 「倒されても蘇る奴なんて、骨のあるやつだ。」

 

 ナメクジの這った後のようにドロドロのタールをまき散らしながら、のそりのそりとタールの怪物は蠢いている。だがその『群れ』には前回とは決定的に違う点がある。

 

 「だが、この程度の大きさならば我々にも戦いようがある!」

 

 圧倒的に小さい。人の背丈と同じくらいか、それよりも少し低い程度の大きさしかないのだ。代わりに数えきれないほどの群体を成している。 

 

 「撃て撃て撃てー!」

 

 食事を済まして元気いっぱいになったバロン騎士団たちは、すぐさま隊列を組んで砲火を浴びせていく。

 

 『ボボボボボボ・・・』

 

 「よし、いけるぞ!」

 

 バロン部隊の雷銃によるエレクトリック・バレットが小型タールゴンに突き刺さると、どんどんと動かないタールにもどっていく。その様にラッツ副長も手ごたえを感じた。

 

 「この程度の相手なら、我々にも勝算がある!皆ひるむな!」

 「「「オオー!!」」」

 

 スペリオンや、ヴィクトール商社の技術の高さに最近は押され気味であったバロンの兵たちも士気が上がっていく。

 

 「よぅし、左右に分かれて包囲するように攻めろ!」

 

 ラッツの号令でバッと二股に分かれた部隊が小型タールゴンの群れを包囲し、握りつぶすように摩滅させていく。

 

 「この分だとスペリオンの出番はなさそうだな。」

 「そうだな、今回は彼の力は必要あるまい。」

 

 その様を後ろから見ていたガイは、とりあえずアキラとケイを探しに行くこととした。あの二人が後れを取ることはまずありえないだろうが、一体何が起こっているのか知る必要がある。

 

 ☆

 

 「骨を核とし、タールを肉体とし、そしてダークマターは触媒。」

 「わからねえな、タールは全部片づけたはずだろ?」

 「まだ地下にはいっぱいある。」

 「けど栓はしたんだろ?」

 「誰かが穴をあけたんだ。」

 

 その誰かの元へと、アキラとケイは向かっている。目星はついているし、その怪しい行動を追及しなかったことをケイは後悔している。

 

 「これもいわゆるヒヤリハット案件ってことか。」

 「ああ、やっぱりあそこであとを着いて行っておけばよかった。」

 

 あちこちでタールの臭いが漂うテント群を抜け、道を駆ける。脇から飛び出してくるタールゴンを、ケイは杖から出す炎で焼き払う。一方アキラはどこからか拾ってきた長い棒で薙ぎ払うが、効果はあまり見て取れない。

 

 「こうも攻撃が効かないんじゃ、戦士として自信失くすわ!」

 「戦士なの?」

 「戦士ってほど綺麗な経歴してないけど、まあ一応は。」

 

 当然、液体ボディのタールゴンには物理攻撃の効果は薄かった。暖簾に腕押し、糠に釘と判断したアキラは棒を地面に突き立て、目の前に立ちはだかるタールゴンの壁を飛び越える。

 

 攻撃を躱し、隙間をすり抜け、2人はその発生源へとたどり着く。

 

 「そこまでだ!」

 「・・・って言いたいところだけど。」

 

 きっと邪悪な犯人は、古代の墓を暴いて呪いを現世に解き放っているに違いないと思っていた。が、実際にそこにあったのは多数の黒い敵に囲われたヴィクトール社長、ほか部下数名の姿だった。

 

 「ひえー!お助けー!」

 「ああ、神様ー!」

 「助けよう。俺達は神様じゃないけど。」

 

 見捨てる理由もないので手を伸ばす。ケイが再び杖を振るうと、炎の鞭がタールの壁を焼き払う。

 

 「こっちだこっち!」

 「ありがたい!社長、こちらへ!」

 「うむ、君たちは・・・。」

 「ああ、まずはここを離れようか。」

 

 なぜこんなところにいるのか、とか聞きたいことは山ほどある。だがそれも一旦は置いておいてこの場を後にするとしよう。

 

 「あー・・・せっかく調査したのに。」

 「ん?」

 「あそこ、出土品を保管してたテントだよ。」

 

 ずずずずっと、踏んでいるカーペットを引きずられたように地面が滑っていくのを体感した。それと前後して遠巻きにテントの屋根が崩れていくのが見えた。そしてそれらを押しつぶすように、ひときわ大きな影が生まれ出る。

 

 「またデカブツか。」

 「あれはもうスペリオンに任せよう。」

 

 オロロンと怨嗟の声のような鳴き声をあげるタールゴンを背景にして、一息ついたところで問いただす。

 

 「一体なにをしていたんだ、あんなところで?この惨状はあんたらが原因なのか?」

 「違う。私はあそこで哀悼の意をささげていたのだ。」

 「お祈り?」

 「そう、あそこに埋まっているのは・・・。」

 

 瞬間、閃光が走って空から巨人降り立つ。アキラは半ばうんざりし、ヴィクトールは憎悪の目を向けた。

 

 「スペリオンか・・・。」

 「私はアレが嫌いだ。」

 「ああ、俺もだ。」

 

 ☆

 

 ただ倒すだけじゃダメだったか?それとも別の回答があるのか?ともあれ再び現れたからには自分は立ち上がらなければならない。

 

 『凍らせるのもダメ、また核をぶっこ抜くか?』

 

 こいつはただ『在る』だけだ。特別なにか目的があって暴れているわけでもなければ、あるいは生きるための欲求を満たそうとしている捕食活動をしているわけでもない。『なにもしていない』に等しい。

 

 何の目的意識もなく、ただただ存在するだけで悪臭と熱を振りまく迷惑な存在なのだ。

 

 だから『答え』が見えない。あのタールの体と同じく、底も色も見えない。ドロドロで不定形で、常に変化し続けている。

 

 『弱点は・・・なにか弱点を探せ。』

 

 物理攻撃は効果が薄かったが、バロン騎士団の雷銃は効いていた。雷属性の攻撃ならば有効なのだろう。物理攻撃の効かない相手には属性攻撃が効くというのもセオリーか。氷属性は効き目薄かったけど。

 

 『ゴボボボボボ!!!」 

 

 『あーもう面倒くせえ!燃やしてやろうか!』

 

 骨の塊が核なら、ついでに火葬も済ませられそうだ。しかし地下のすぐそこにまで石油や天然ガスの層が迫っている。ガソリンスタンドでの吸油中も静電気で引火して大変な事になるらしいし、迂闊な攻撃も出来ない。

 

 結局、スペリオンに有効打が無い。前回あまり効き目の無かった冷凍攻撃でも超強烈なのを浴びせてもいいが、加減を割と知らないので向こう100年アルティマの気候に影響を及ぼしそうなので自重する。そういえばアキラにも力の加減を覚えろとよく言われたものだ。

 

 となると第三の選択肢、超能力で変質させてしまえばいいか。さっき湖面に浮いているのを集めたように、油とり紙を作るか。

 

 『材料は・・・そのへんのテントの残骸を使わせてもらおうか。』

 

 バッとテント生地を掴む。ハンカチ程度の大きさだが、それをつまんでぐるぐると振り回すとどんどん大きくなっていき、最終的に闘牛士のマントのような大きさになる。

 

 『油吸着シート攻撃!!・・・もっといい名前がないかな。』

 

 とはいえ後にも先にもこんな攻撃一回きりだろう。こんな特殊な敵がそう何度も出てこられても困る。だとしても次までにはもっとまともな対抗策を考えておきたいものだ。

 

 マジシャンが箱を布で覆うようにタールゴンを包むと、黒い油を吸い取って骨だけが残る。

 

 『一丁あがりっと・・・。』

 

 先ほどガレキの片づけをしていた時と同様に、吸着したシートをポイっと捨てる。こんな曰くつきの石油で製品を作ったら今度はプラスチック恐獣になるんじゃないかと疑問に思う。

 

 『グゴゴ・・・』

 

 『んっ?!』

 「まだ来るぞー!」

 

 遠くからケイの声が聞こえてくる。そうでなくとも足元でもぞもぞと動く物体があることに気が付く。

 

 『おかわりかよ!』

 

 しかも今度は2体。あちこちでくすぶっていた小さい個体が集合して、巨体になっていく。

 

 『これ、まだ増えるんじゃないか。』

 

 新しい布を掴みながら不安と不満をごちる。その声は人間の耳には意味のないうなり声のようになって聞こえていることだろうが、アキラとケイならば意味を解していたろう。

 

 「後ろにもいるぞー!」

 『なにっ!?ぐぉおおおっ!!??』

 

 タールの津波が無防備なスペリオンの背中を覆う。振り払おうともがいているうちにも、タールゴンは数を増やしていく。

 

 「これ、やばいんじゃねえの?」

 「処理が追い付きそうにない。もう四の五の言ってられないだろうな。」

 「そうか。じゃあ、おーい!先輩!」

 「なんだアキラー!」

 「避難指示だー!もう人間の手には負えない!」

 「避難指示ならとっくにやってるわい!」

 「そう。おいさヴィクトールさんよ、アンタのところの人間も早く退避させろよ!」

 「何をする気だ?」

 「油田をあきらめるってことだ。」

 

 トルクメニスタンには『地獄の門』と呼ばれるスポットがある。天然ガス田でありながら、落盤事故によって有毒ガスの噴出が止まらなくなり、安全のために火を放って今なお燃え続けているのだ。

 

 「石油に火を放つのか?!」

 「近くには人里もあるし、もっと向こうには町もあるんだ。ここで抑えられるならそれに越したことは無い!はず。」

 「それもそうか。」

 

 それと同じく、もうタールゴンを封じるには怨念の籠った骨もろとも焼き尽くすしかないというわけだ。門とは地獄へと至る道ではなく、地獄を封じる関所なのだ。

 

 「一体どれだけの損失になるか・・・。」

 「人的被害には代えられないだろう?」

 「・・・ムゥ、それを言われるとな。」

 

 現代だったなら何千億、下手すれば兆にもなりそうな経済的損失になるだろう。それでも『地球人』であるヴィクトールには道徳的倫理観が備わっていた。たとえ建前だとしても、人の命をないがしろにするようなことは言えなかった。

 

 「スペリオーン!避難は出来たぞー!」

 「やっちまえー!」

 『ええい、仕方がないか!』

 

 バッと空中へと飛び上がると、まとわりつくタールを体を高速回転させて振り払う。上から見下ろせば、もうそこら中がタールでドロドロになっている。そしてそれらすべてが、救いの手を求めるかのように波打っている。

 

 元はどんな理由があって埋葬されていたと言うのか。だがそれらが蘇って、今を生きている人間を害するのならば排除せねばならない。

 

 『せめて光の力で・・・スーパーフォーカス!』

 

 太陽を背負うように宙に浮かぶスペリオンは両手を掲げ、手で円を作る。円は太陽光を屈折させるレンズを作り出し、灼熱の光線を生み出す。省エネルギーな、大変にエコな必殺技だ。

 

 「おぉ・・・なんという・・・。」

 「あーあ、結局こうなっちゃうのか。」

 

 偏光された薄暗いステージで、高熱のスポットライトを浴びたタールゴンは赤黒く燃え上がる。吹き寄せる熱風が、天を仰ぐラッツの頬を撫でる。

 

 「ああ、産業革命の財産が燃えていく・・・。」

 「石油ならまた出るだろう。」

 「その時間がもったいないのだ。私の目が黒いうちに、このアルティマに文明の光を差したいのだ。」

 

 ヴィクトールの大きく開かれた瞳には、明々とした炎の輝きが映る。この大地と同じく燃えている。

 

 火は門へ至る道を作り、地獄を封じる蓋へと至った。途端、天然ガスに引火して、蓋を吹き飛ばした。

 

 「うぉおおっ!」

 「スゲー衝撃波だ・・・。」

 

 黒煙が空へと立ち上り、青い空を染め上げていく。その光景に思うところあったのか、アキラはわずかに顔をしかめた。

 

 爆発によって出来上がったクレーターは、テントやガレキを飲み込みながら徐々に徐々にと広がっていく。

 

 「この分だと、環境にも影響を与えそうだな。酸性雨とか。」

 『わかってる。』

 

 石油が燃えた煤煙には二酸化硫黄や窒素酸化物が含まれており、それらが空気中で酸化して硫酸や硝酸となって地上のものを溶かすのだ。どんな手段をとろうが結局環境問題は避けられなかっただろう。

 

 排煙や廃液の時点で無害化することも可能だが、一度発生した公害を無害化するのはとても難しい。

 

 『石灰で中和してしまえば一番楽なんだけどな。』

 

 人差し指をくるくると回すと、にわかに風が起こる。風は大風を呼び、竜巻となる。

 

 「おぉおお・・・炎が、空まで・・・。」

 「やることが派手だね。」

 

 竜巻は燃え盛る炎をも飲み込み、地中の石油まで吸い上げながら、天まで焦がす火柱となる。

 

 『石油は全部燃やしちゃって、排ガスは宇宙まで飛ばす!』

 

 捨てるなら一切合切遠くまで、臭いものには蓋をせよ。掃除機のようにゴミを吸い込んでいく。さすがのタールゴンも、宇宙空間では行動できないはずだ。

 

 『・・・こんなもんでいいか。』

 

 しばらく吸い込み続けて、やがてクレーターの中は空っぽになった。

 

 やるだけやった、と納得したスペリオンは光の粒となって消えた。

 

 ☆

 

 あちこちではまだ黒い煙があがっているものの、そこに一切の熱はない。汗をかいた肌には冷たすぎるほどの風が吹いてくるのだ。

 

 「ひっくし!風邪ひきそう。」

 

 結果を言えばとりあえず危機は去った。だが同時にここにあった油田も消えてしまい、商談はお流れとなった。なのでバロン騎士団は後片付けをして帰るだけだ。

 

 「はぁ・・・。」

 「おらっ、そんなところで座ってないでお前も片付け手伝うんだよ。」

 「今日はもう疲れた。もうちょっと労わってくれよ。」

 「早く帰りたいなら、さっさとそこの板割れよ。」

 

 黒く焦げた残骸の上に腰かけたガイは、目を伏せて呟く。傍らには解体用の斧が立てかけられているが、それはいまだに一度も振るわれていない。

 

 「ケイは?」

 「クレーターの調査だって。」

 「地下が空洞化してるから、崩落の危険性もあるしな・・・。」

 「怪物は倒したのに、解決したって感じがしないな。」

 

 結局のところ、骨の謎とかは残ってしまった。その骨も石油と一緒に燃え尽きてしまい、宇宙葬にしてしまったのだから今となっては完全に迷宮入りだ。

 

 「なんかこう・・・もうちょっと上手くできなかったのかよ?」

 「出来た、んだろうけど、俺だって必死にやったんだよ。」

 

 はぁ・・・と深くため息をついてガイは空を仰ぐ。空には雲一つないが、やや赤みを帯び始めている。

 

 「腹が・・・減った・・・。」

 「このままじゃ日が暮れちまうぜ。ん?」

 

 なにやら騒がしい声を遠くに聞く。気になってアキラが近づいていくと、ヴィクトール商社の人たちが村人に囲まれていた。どうやら近隣住民が抗議に来たらしい。

 

 あんまり近づきすぎたら面倒ごとに巻き込まれそうだな、と察したアキラは物陰からそっと話し声を聞くことにとどめることにした。

 

 どうやら、ヴィクトールは近隣の村に土地の買い付けについての根回しをしていたらしい。後々の石油の利権について、近隣住民を焚きつけてバロンから奪おうとしていたようだ。どうやらヴィクトールの方が一枚上手だったようだ。

 

 しかしその悪だくみもスペリオンの活躍によって潰えてしまい、この話をなかったことにしたいというので抗議になっているわけだ。

 

 「なにもかもあの巨人のせいだ!」

 

 その場を後にしようとしたアキラは、そんな言葉を耳にしてちょっとムッとなった。

 

 アイツは・・・自分に出来る限りのことを尽くした。なのに人間は・・・俺も含めて、何もしていない。

 

 「腹減ったなー。」

 「・・・牛丼でも食いに行こうぜ。」

 「それが聞きたかった。」

 

 力なく斧を振るっていたガイだったが、アキラの顔を見ると手を離してとぼとぼと歩き始めた。

 

 「マジで疲れてるんだ。」

 「それはわかったから。」

 「タマゴとみそ汁もつけろ。」

 「サラダも食え。」

 

 夕日で伸びた影が他愛もない話を続けていった。

 

 ☆

 

 「まったく、よくもこんなバカでかい穴をあけたもんだ。」

 

 一方、ケイはクレーターの調査を行っていた。地面の下からは、芳しい香りが上がってきているので、スカーフとゴーグルで顔を隠している。

 

 「地下がどれだけひろがっているかわからないが、ここもそのうち池になりそうだな。」

 

 近くに湖もあることだし、地下から浸水して水に埋められるだろう。空洞化して地盤も緩んでいるとなると、地盤沈下もしそうだ。

 

 「周辺は立ち入り禁止だな。」

 

 試しに足元に落ちていた小石をクレーターの真ん中に放り込んでみる。

 

 「しかし・・・なにか陰謀めいたものを感じる。これで終わったって気がしない。」

 

 それは調査結果とは異なる第六感的なもの。

 

 ☆

 

 「おのれぇ・・・ヤツはやはり疫病神!」

 

 グイッと呷った酒のグラスをテーブルに叩きつける。ヴィクトールがここまで腹を立てた飲酒はなかなか久しぶりのことだ。

 

 この石油利権の存在は、メルカ大陸への進出、産業革命の力になると目していたというのに、あの巨人のおかげですべてがパーとなった。

 

 「おのれ巨人、いやスペリオンだったか・・・くそっ。」

 

 頭に血が上るのと同様に酒も巡ってくる。ひどく悪酔いしそうだが、飲まずにはいられない。

 

 「荒れてるねぇ。」

 「! ヴェノムか・・・。」

 

 ふと、自分一人しかいないはずの部屋に、自分以外の声が響いてヴィクトールは身構えるが、すぐに警戒を解く。背後には、自身の協力者である男がいた。

 

 男、と言ったが実のところ性別も含めて、年齢や出身などのプロフィールを知らない。声はしわがれた老人のようにも、若い女のようにも聞こえる。

 

 「なかなか面白い余興が見れたよ。」

 「私は面白くないな。」

 「言ったろう、余興だと。真打はそのあとだ。」

 「真打?」

 「ああ、ヤツが門をあけてくれたおかげで、地獄の底から悪魔を呼び出す用意が出来た。」

 

 くくくっ、と酒の入ったボトルを手に取ると、中身を揺らす。しばし品定めでもするかのように傾けると、栓を開けて中身を全部飲み干した。

 

 そのマナーもへったくれもない飲み方をヴィクトールは特に咎めない。

 

 「まあ見ていろ。お前にも楽しめるものがもうじき見れるよ。俺が保証する。」

 「それなら期待しよう。」

 

 ヴェノムの言う事なら、白紙になった計画と、今一本空になった酒の分だけの価値はあるだろう。ヴィクトールも少しは気を持ち直した。

 

 「ではな。」

 

 そして現れた時と同様に、煙のようにその姿を消してしまった。

 

 静寂の中、ヴィクトールはグラスを再び傾ける。



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地に眠りし悪魔

 もう一本の方を最後に更新してから3か月弱ぶりの更新になります


 「おっと。」

 「また揺れたな。」

 

 ざわざわと木が揺らめき、鳥たちも影を作って飛び立つ。今日だけで4回目ともなると反応も薄くなっていく。

 

 「で、いつまでここに留まるんだ?」

 「地質調査が済むまでだってさ。地下に馬鹿デカい空洞が空いちまってるから。」

 「ならなおのこと大体は離れた方がいいんじゃないのか。」

 「離れてちゃ警護出来ないじゃないかバカなのかチミは。」

 「バカっていう方がバカなんだよ魚逃げちまうだろうが。」

 

 オイル・ショックからはや5日が経とうとしているが、なりゆきで行われている地質調査の警護も担当することになってしまった。今はその休憩時間中。ガイとアキラがお手製の釣り竿から糸を垂らす水面は澄んでいるが、見える範囲に魚はいない。

 

 「魚が食いたければ潜って獲ってきた方が早いんだが。」

 「俺は今釣りを楽しんでるんだよ。わびさびってものを知らないのか。」

 「ワサビか、寿司が食いたいな。」

 「米がないんだよ、メルカって。」

 

 こういう余裕の時間を作ることで精神の安定を計るというのはいいのだが、どうにもアキラは飽きっぽいらしい。まだまだ精進が足りん。

 

 飽きが来るといえば、ヴィクトール商社の連中はもう興味を失ったかのように帰ってしまって久しい。まるで厄介ごとから逃げるようにそそくさとしていたのは気になるところだが・・・。

 

 「ここにいたのか。」

 「おっ、ケイも釣りする?竿作るけど。」

 「大丈夫、マイロッドがある。けど釣れる?」

 「全然。」

 「だろうね。」

 

 と、言いつつも合流したケイもどこからともなく釣り竿を取り出すと、糸を垂らしはじめた。しばらくすると、なんでもないようにケイは魚を一匹釣りあげた。

 

 「やるねえ。」

 「大分警戒してるみたい。あれだけの大騒動だったし。」

 「あ、逃がすの。」

 「あれは毒魚だよ。」

 「オコゼみたいなもんか。」

 

 このような派手なヒレのついた魚をアキラは見たことが無かったが、ケイは針から外すと湖に放した。

 

 「で、なにがわかった?」

 「うん、どうやらかなり地下深くまで穴は広がってるらしい。」

 「かなり深くって、どれぐらい?」

 「3000mぐらいかな。この湖の二倍ぐらい深い位置。」

 「そすっと、どうなる?」

 「地盤沈下が怖いな。湖への影響も大きそうだ。」

 

 そうなれば少なくとも数か月はこうして釣りを楽しむことも出来そうになくなる。漁業には大打撃となることだろう。

 

 「近隣の村にはまあ補償があてがわれるが、以前の暮らしのままというわけにはいかんだろうな。」

 「あっ、副長いたんだ。」

 「交代の時間だというのに、呼びに来たのだ。」

 「サーセン。」

 「と言いたいところだが、我々も帰ることになった。」

 「えっ、帰るの?」 

 「代わりの調査隊が来た。後は彼らに任せよう。」

 「交代ってそういう。」

 

 この数日は実にまったりとした、麻酔にかけられたかのような時間だった。これ以上調べてもなにも出てきそうにないし、時間の無駄という他に表現することが出来ないようなノートの余白だった。

 

 「そもそも、俺らなんでここに来たんだっけ?」

 「たしか・・・なんだっけ?」

 「なんだっけ。」

 「・・・遺物が見つかったと言っただろう。」

 

 金属の歯車のような物や、円盤が見つかったというのがそもそもの始まりだった。結局パーツばかりで本体らしいものも見つからなかったし、そのパーツも消えてしまって有耶無耶になってしまっていた。

 

 「そのままなにもかも泥のように消えてしまえばいいのに。」 

 「それの捜索も必要になるな。」

 「仕事が終わったはずなのに、また仕事の話か。」

 「そういうことだ。さあ早く帰り支度を手伝え。」

 「まだ一匹も釣れてないのに。」

 

 正直釣れなさ過ぎて飽きていたアキラだったが、十分にもったいぶってしぶしぶという様子で立ち上がる。

 

 「お前たちはどうするんだ?」

 「んー、これ以上何も見つからないんなら俺らも帰るかな。おっ、釣れた。」

 「それも毒。」

 「ニライノツカイじゃないか。凶兆の現れとか言われているが。」

 「不穏だなあ。」

 

 ビチビチと地面で跳ねている深海魚を放り投げると、ガイも釣りに飽きたのか身をなげうって天を仰ぐ。空は澄み渡っているが、今はその青さが怖いぐらいだった。

 

 ☆

 

 他方、同じ空の下、ノメルはキャニッシュ領のキャニッシュ私塾。キャニッシュ領のみならず、ノメル共和連邦に属する様々な領地から、将来の人材を育成されるために生徒たちが集まっている。

 

 「今日も帰ってきませんでしたわね・・・。」

 「でも、おかげで料理の腕も上達してきてるじゃん。もぐもぐ。」

 「そうね、これならお嫁に出しても恥ずかしくないわ。むしゃむしゃ。」

 「2人とも食べ過ぎよ。」

 「だってエリーゼが毎日焼くんだもの、アップルパイ。」

 「ねー。」

 

 そのキャニッシュ私塾で一番エラい塾長が普段居る塾長室では、ここ毎日お茶会が開かれていた。皿から切り分けられているのはアップルパイ、カップに注がれているものもアップルティー、ノメルの特産品のひとつであるリンゴ尽くしである。

 

 「ガイさんが帰ってきた時の分がありませんわ!」

 「いいだろ、どうせ今日明日で帰ってくるわけでもないし。」

 「片道2日はかかるはずだものねぇ。」

 「ガイさんなら、私が瞬きする間に帰ってこれますわ!」

 「でも帰ってこないじゃん。」

 「きっと忙しいの!」

 「そうねえ、もうすぐ任が終わるって連絡はあったけど。」

 

 アイーダ塾長が一口パイをかじる間にドロシーは一切れ食べ切ってしまい、見るも無残にあっという間にエリーゼの焼いてきたパイは無くなっていった。

 

 「せっかく新しいティーセットも用意したのに・・・。」

 

 ひとつ空けられた席に座っているはずの人物に、エリーゼは想いを馳せる。一目惚れだと言ってしまえばそうだけど、ポカポカとした陽だまりのように寄り添ってくれる人柄や、時折見せる凛とした狼のような雰囲気、街で10にとすれ違えば10人が振り返るほどの美貌を兼ねそろえているとあれば、堕ちない人間もいないというものだろう。

 

 そしてなにより、彼はあの『光の人』なのだ。エリーゼやドロシーに限らず、その母親世代であるアイーダも知っているお伽噺の英雄。ノメルの人間には、50年ほど前から実在していた怪傑『バロン』の伝説の方がメジャーだろうが、それよりも大好きなお爺ちゃんが語ってくれた『光の人』の方が好きだった。

  

 「オレ、バロンの方がすき。」

 「バロンの武勇伝なら紙芝居もあるからね。」

 「けど光の人に関する話は、口伝ぐらいしかありませんわね。」

 「というか、知ってるのはお爺様ぐらいだったんじゃないかしら?あまり私は聞いたことなかったけれど。」

 「・・・以前から思っていたけれど、お母さまやドロシーと、私の中でのお爺様のイメージがかけ離れているように思えますわ。」

 「それだけエリーゼは特別にされてたってことでしょ。」

 「あっ、最後の一切れ。」

 

 ずずずっと録に咀嚼もせずにドロシーはお茶と一緒に飲み干してしまった。

 

 「ぷはー、ごちそうさま!」

 「もう、私一切れも食べてないのよ?」

 「ごめんごめん、でもおいしかったぜ。これだけうまけりゃ、ガイも満足するだろ。」

 「はぁ、そうだといいんですけど・・・。」

 「新しいカップも用意したんでしょう?なら大丈夫よ。」

 

 用意はしたけれど今日もお茶の注がれることのなかったティーカップは、ピカピカでキズひとつ、茶渋のあともない。

 

 「ふーん、このデザインは仔犬の兄弟?」

 「かわいいわね、きっと気に入るわ。」

 「それはオオカミ!」

 

 カップにはふんわりとしたかわいい絵柄で、灰色の狼が描かれている。

 

 「でもまあ、エリーゼからもらった物ならなんでも喜ぶんじゃないかなアイツ。」

 「ほんと、早く帰ってくるといいわね。」

 

 やさしくテーブルにカップを置いた。とたん、カタカタと何かの擦れるような音が聞こえてくる。

 

 「わわっ、揺れてる!?」

 「地震?!」

 

 3人が気づいた時、にわかに揺れが大きくなってくると、棚に置かれていたものが落ちてくる。

 

 「あわわわっ!」

 「どどどどどどうしましょう?!」

 「落ち着きなさい2人とも。動いては危険だわ。」

 

 困惑するドロシーとエリーゼとは対照的にアイーダは落ち着き払って窓とドアを開ける。それを見て2人も落ち着いてテーブルの物を押さえる。

 

 それからしばらくして、ようやく揺れが収まったのを確認すると、すぐにアイーダは塾長の顔になって立ち上がる。

 

 「私は外の様子を見てきます。エリーゼは校内放送で呼びかけてちょうだい。」

 「はい、お母さま。」

 「カップ、割れちまったな・・・。」

 「しょうがないわ、それよりケガが無くてよかったわ。」

 

 それでも、一瞬母の顔になると、すぐ部屋の外へと出ていく。

 

 「・・・一回ぐらい、使ってほしかったわ。」

 「それよりも、放送しなくていいのか。」

 「そうね、私も仕事に戻らなくっちゃ。」

 

 エリーゼは少し沈んだ表情をした後、塾長室の鏡台から通ミラー通信を起動して校内放送を始めた。

 

 「オレ、箒とってくる。」

 「ええ、ありがとう。」

 

 落第スレスレの生徒の自分に出来ることは少ないな、と思いつつとりあえず後片付けをするドロシーだった。

 

 「先生方は至急校舎の見回りを、生徒は校庭に集まってください。」

 

 視界の端でエリーゼが職務を全うしているのを眺めながら、ちりとりに割れたカップの破片を収めていく。

 

 見ると、カップのに描かれていたオオカミの間が引き裂かれていた。その様にドロシーはある種虫の知らせを感じた。

 

 (エリーゼを泣かせたりしたら、承知しないぞガイ・・・。)

 

 ☆

 

 「ごきげんよう、ゼノンの諸君。」

 

 静かな湖畔の森の影に響いた低い声、その発生源に皆一様に振り返る。

 

 「貴様、ヴェノム!」

 「出たな、なんかよくわからん黒幕っぽいやつ。」

 「言っただろう、君のファンの1人だと。君にはもっと活躍してほしいと思っているんだ。だから、キャストを用意させてもらったよ。」

 「キャスト? 」

 

 パキン、とヴェノムは指を鳴らした。

 

 「紹介しよう、地に眠りし悪魔、すべてを飲み込む貪食の獣。『ベヒモス』だ!」

 

 突如、湖面が沸騰するように波立つ地響きが起こると、遠くの木々が傾いて倒れていく。

 

 空も割れるような雄叫びとともに細長い首が生えてくると、地底より解放された悪魔は地上を睥睨する。突然の事態に、森から鳥たちも一斉に飛び立って逃げていく。

 

 「じゃ、弁士はこのへんでお暇させてもらうよ。舞台袖から応援しているぞ。」

 「こんな三文芝居に見物料取ろうってのか、金返せ。」

 「じゃあ君たちが面白くしてくれたまへ。」

 

 『ブォオオオオオオオオオオ!!!』

 

 「あれは海竜?雷竜?」

 「野郎、白昼堂々我々バロンに真っ正面から挑戦状をたたきつけてくるとは不敵なやつめ。」

 「戦うのなら気を付けて。地盤が緩くなっているから、ここら一帯が地盤沈下するかもしれない。」

 「(おか)を歩くのはツラいな。」

 「空を自由に飛びたいな。」

 「さあ行くぞ!」

 「え、今の説明聞いて突撃するの?」

 「バカ、誰が死地に突撃なんかするものか。回れ右して前進するのだ。」

 「バカっていう方がバカ・・・いや、利口な選択か。」

 

 命知らずのバロン部隊も、そのリーダーであるラッツ副長だってバカじゃない。完全に虚を突かれたうえでの奇襲、それも地底からなど想定していなかった。天の利も地の利も相手にある以上、ここで争うのはマズいとはすぐにわかった。

 

 ラッツ副長は腰のホルスターから銃を抜くと、銃口にアタッチメントを取り付けて空に向かって打ち上げた。パンッと小さく赤い花火があがる。

 

 「お前たちはどうする?」

 「言われなくてもとんずらさせてもらう。あとはスペリオンに任せよう。」

 「そうか。我々も急ぎ後退する。いくぞアキラ。」

 「ああ・・・。」

 

 ほんの少しアキラは逡巡するようなそぶりを見せるが、すぐにラッツ副長と共に走り出す。

 

 『ブォオオオオオオオオオオ!!!』

 

 あれこれそうこうしているうちにも、刻一刻と状況は変化していっていく。

 

 青い空に、日の光を反射して黄金色の首がきらめく。そのベヒモスの長い首の先端ににわかに青白い光が集まったかと思うと、それらを収束させた光線が大地を焼き払う。

 

 「レーザーだと!?」

 「やはり、ロボットだったか。」

 「あいつのことは知らないのかよ?」

 「ああいうやつは記憶にない。」

 「とにかく戦うしかないか。」

 「がんばれ。」

 「お前も分析をするんだよ。」

 

 フッと息を吐いて、ガイは空に手をかざす。

 

 ☆

 

 「退避だ退避ー!」

 「うわあっ!地面が・・・沈む!」

 

 ベヒモスの発する振動が地面を液状化させて木々が沈んでいく傍ら、バロン部隊も底なし沼に足をとられて膠着状態となっていた。

 

 「ええい、完全に虚を突かれたばかりか、押すも退くもできんとは!」 「これ1人ずつ釣り上げるのは無理かな。」

 

 アキラは手近な団員の手を取り引き上げるが、自身も膝まで沈んでから闇雲に動いてはミイラとりがミイラだと毒づいた。

 

 そうこうしている内にも、ベヒモスはその長い首をもたげて青白い光を収束させ、手あたり次第に大地を焼き払っていく。

 

 「おお、まるで暴風のようだ・・・。」

 「呑気してる場合かい。」

 

 アキラは半ば見とれるような形で呆然と立ち尽くすラッツの肩を叩く。しかし事実として自分にはどうしようもない。ただ今しがた走って来た道を振り返り、巨大な影が走って跨いでいくのを見送った。

 

 「スペリオンか・・・。」

 

 不安定な足場もなんのその、スペリオンは大きく歩を進めてベヒモス目掛けて突貫する。

 

 「今の内に隊列を組みなおせ!」

 「しかし、足場が悪く・・・鎧の重さで沈んでしまいます!」

 「ええい、バロンたるもの鎧を着たまま泳げ!」

 「んなムチャな。」

 

 ともかく体勢を立て直せるだけの時間は稼げそうだった。ラッツだけでなく団員たちも胸を撫でおろしていた。

 

 「なあ副長、スペリオンは勝てると思うかい?」

 「そりゃ勝てるだろう、今まで様々な奇跡を見せてきてくれていたじゃないか。」

 「だといいんだけど。」

 

 ☆

 

 あれをけしかけてきたのはヴェノムだったが、操っているわけではなさそうだった。つまり、プログラムや自律AIで動いているということか。

 

 そしてあのナリで格闘戦が出来るとも思えない。格闘用のプログラミングがなされている可能性も低い。

 

 故に、スペリオンは格闘戦に持ち込むことを選んだ。地面から生えた首を掴みかかり、力ずくで抑え込むと手刀を叩き込む。

 

 『トワァアアア!』

 『ブォオオオオオン!!!』

 

 痛みを感じることのない機械には、ダメージがあるのかまるでわからなかった。ただ殴った手に痛みが返ってくるだけで、スペリオンの手刀ではキズひとつつかなかった。

 

 『さすがに全身黄金製ってわけではないか。かたいわ。』

 

 この黄金色の装甲もビームを弾く材質だったりするんだろうか。だが機械なら衝撃にだって弱いはず。打撃がダメならば、投げるのが相場というもの。

 

 『ウォオオオオオ・・・!』

 『ブォオオオオン!!』

 『ドワァアアアアア!』

 

 しかしベヒモスはそんなヒョロヒョロの体にどんな膂力があるのか、逆にスペリオンを投げ飛ばした。砂の柱が立ち上がり、大地が割れんばかりの衝撃が足元を駆け巡る。

 

 「なんとぉー!」

 「あの首野郎なんてパワーだ。」

 

 その衝撃をもろに被ったのは、スペリオンと比べればアリのように小さな人間たちだ。ただでさえ悪い足場がシェイクされ、まともに歩くこともままならない。

 

 「ますます、人間というのはちっぽけなもんだなと思いたくなってくる。」

 「何を言う、我々バロンは精鋭精強!健康優良ノメル児!」

 「あいつらの小指一本でつぶされちゃうんだぞ。」

 

 今もすっくと立ちあがってファイティングポーズをとるスペリオンがベヒモスのレーザーを側転で躱し、爆炎が立ち上る。あれに巻き込まれれば人間は塵も残らないことだろう。

 

 その途方もない力の差をして、人間は神を想起するのだろう。

 

 「神か。やはりスペリオンこそが、ゼノンの力を表すシンボルなのだろうか。」

 「スペリオンは神なんかじゃないよ。」

 

 人間には到底起こしえない奇跡も、たしかにスペリオンならばお茶の子さいさいだ。だが、スペリオンも・・・ガイも非常にのほほんとしたふるまいをしているが、時には人並みに傷つくこともあるだろう。

 

 「おい、アキラどこへ行く?」

 「ちょっと忘れ物。」

 「緊急事態の時は『戻らない』が原則だぞ!」

 「そりゃ火事の時の避難の約束だ。すぐ戻る!」

 

 幼稚園の頃を思い出したが、それが走馬灯ではないことを祈る。ラッツの声を背に受けながら、アキラは倒れたスペリオンのもとへと走る。

 

 『ちっ、ちょっと厄介だな・・・。』

 

 人の耳には聞き取れないうめき声を上げ、スペリオンは体を起こす。2度3度とトライしても、ベヒモスの体を押さえつけることができない。これを7回も続けるほどガイも愚かではない、少し思案する。

 

 そして根本的にパワーが足りていないと見えた。超能力には一過言あると言っていいだろうが、腕力のステータスには少々心もとないといったところだ。

 

 『やはり、融合しないとちょっと無理か?』

 

 「ガイィイイイイイ!」

 

 『そんな叫ばなくても聞こえてるよ。』

 

 スペリオンの銀色の目をアキラがまっすぐと見つめると、スペリオンの言葉が脳内へ響いてくる。

 

 「ったく、なんてヘタクソな戦い方だよ!」

 『悪かったな、暴力はそんなに好きじゃないんだから。』

 「なら、そういうの俺に任せろよ!」

 『スペリオンの力を拒絶するんじゃなかったのか?』

 「そうも言ってられないだろ。」

 

 瞬間、まばゆい光が視界の外から飛来しアキラは顔をしかめるが、スペリオンはそれを光のバリアーで防ぐ。

 

 『そこまで言うなら、手伝わせてやる。』

 「そう来なくちゃ。」

 

 仮面のような顔のスペリオンが表情を変えることはないが、それでもフッと息を吐いて眉をひそめたように見えた。

 

 スペリオンの額のクリスタルからスポットライトのような光が伸びると、アキラの体を照らす。そしてそのままクリスタルへと吸い込まれていく。

 

 その直後、スペリオンの体は赤く発光し、レスラーのリングコスチュームとマスクを纏っていく。

 

 ☆

 

 「おお、変わったぞ!」

 

 スペリオン・ガイと比べてマッシブとなったスペリオン・Aはその姿が示す通り、格闘戦に優れたステータスをしている。

 

 『よっしゃー!久しぶりに暴れてやるぜ!!』

 

 筋肉のハリを確かめるように腕を振り上げると、それをそのままベヒモスへと向ける。

 

 ベヒモスは再びレーザーを照射するが、スペリオンは拳を振りぬいてそれを防ぎ、一気に肉薄する。

 

 『アッツゥイ!ちっとは体を労われ!』

 『肉を切らせてなんとやらだ!ついでに戦いのイロハを教えてやるぜ!』

 

 そして肉体へのダメージはすべてガイが受け持つというわけだ。アドレナリンが分泌されて、痛みを知らぬ状態にも近い。文字通り血を流す出費のおかげで、スペリオンの手が届く範囲にベヒモスはいる。

 

 『鷹山流戦闘術、心得その1!常に自分の得意な間合いをはかれ!』

 

 ベヒモスの喉に掴みかかると当然抵抗してくるが、パワーファイターとなったスペリオン・Aにはなんのその。ギチギチと締め上げて、ココナッツクラッシュの要領で破壊しにかかる。

 

 『鷹山流戦闘術、心得その2!チャンスを見逃すな!』

 

 一度の頭蓋砕きには耐えたが、二度三度と繰り返しているうちに装甲が割れ、内部メカが露出する。金色のオイルが血液のようにあふれ出る。トドメといわんばかりに、スペリオンはベヒモスの顎に手をかける。

 

 『鷹山流戦闘術、心得その3!喰らいついたら離すな!』

 

 メキメキと万力のような力を腕に込めると、ベヒモスの首は竹のように裂けていく。

 

 『どうだ?!』

 

 生物でなくともここまでされて無事で済むはずもない。うぉんうぉんと声にならないうなり声をあげると、力を失ったかのように地面に倒れ伏す。

 

 「おお、やったぞ!」

 「スペリオン万歳!」

 

 底なし沼から脱したバロンたちも称賛の声をあげる。

 

 「うっ、また地震か?!」

 

 が、それはすぐさまどよめきに変わった。

 

 『ぐっ、足が!?』

 『飛べ!』

 

 ガイに促されてアキラは空を飛べることを思い出し、再び地面が泥沼のようになり、ベヒモスの首が沈んでいくのを見下ろした。

 

 その時だ。泥沼の底から空を突き刺すように赤い光が立ち上がり、怨嗟のような地鳴りが響く。

 

 『地底からまた何か来るぞ。』

 『蛇の次は鬼が来るか?」

 

 引き裂かれた首はそのまま泥沼に沈んでいく。その代わりに地鳴りがどんどん強くなってくる。

 

 『来るなら来やがれ、顔を出した瞬間に吹き飛ばしてやる!』

 

 深く息を吸いこむと、体内で気力を練りこんで腕に力を籠める。メラメラと燃えがる気力がほとばしり、空間が陽炎のように揺らぐ。

 

 息が詰まるような間をしばし味わいながら、やがて地響きは足音のように一定のリズムを刻み始めた。

 

 『そこか!』

 

 瞬間、地面の下からなにか鋭いものが飛び出してきた。すかさず光波熱線で迎撃したスペリオンだったが、それでも下腹部に衝撃を感じた。

 

 『ぐふっ・・・!?』

 

 そのまま墜落して泥沼に半身が沈むが、それだけで済むものではない。見れば、下腹部に鈍色に輝く槍が突き刺さっているではないか。

 

 『ええい、こんなもの。」

 『フゥーッ・・・!フゥーッ・・・!』

 『大丈夫か?』

 『フッ・・・フッ・・・鷹山流戦闘術には、油断をするなって項目はなかったようだな。』

 『言ってる場合か!』

 

 力なくも槍を引き抜くと、ドボドボと血液の代わりに傷口から漏れ出す光の粒子。それらは空気に溶けてなくなっていく。

 

 それを好機と見たのか地鳴りは最高潮に達し、砂の柱が立ち上がって悪魔が姿を現した。

 

 「な、なんと・・・巨大な!」

 

 地上で見ていた者たちが、皆一様に目を奪われた。

 

 先ほどまで戦っていた首が真っ先に顔を出したが、それだけでは収まらない。その根元から本当の顔が現れると、巨大な翼のような耳と、先ほど突き刺さってきた槍のような牙が現れる。

 

 『・・・ゾウ?』

 『いやマンモスだろ。』

 

 その脚はスペリオンの胴回りよりも太い。それが4本、這い出てきた地面の上に突き立つ。ただでさえ緩んでいる地盤だというのに不思議なほど安定している。

 

 「ふーん、こいつはただのロボットじゃないぞ。」

 

 『おお、ケイ。生きていたか。』

 『なんかわかったのか?』

 

 いつの間にかスペリオンの肩に妖精のようにケイが立っていた。

 

 「地面を切り崩して、植物を枯らせる。こいつは対人どころか、対国家クラスの超兵器だってことかな。」

 

 その一歩は大地を揺るがし、その息は草木を腐らせる。なるほど地の悪魔と呼ばれるだけのことはある威容ではないか。

 

 迂闊に近づくも危険と判断して、まずは光波手裏剣で牽制を試みるが、それらはベヒモスに近づいたところの空中で露と消えた。

 

 『なんだと?!』

 『バリアーまで持ってるのか。』

 

 「今のは重力子波の類だろうか。」

 

 『知っているのかケイ。』

 

 「今はっきり言えることは、戦っても多分勝てないってこと。」

 

 あれだけの体躯を、脚だけで支えられるとは思えない。もっと反重力的な、別の浮力によって体全体を支えているように見える、というのがケイの見解だった。

 

 「そしてその浮力の支える力を横向きにすれば、重力バリアーの出来上がりってワケだ。」

 

 『逆に言えば、その半重力の力を失えば瓦解する。』

 

 「まだ諦めてないのはさすがだけど、エネルギー切れを狙うのは難しいだろうね。」

 

 などと、呑気に作戦会議をさせてくれるわけもない。ベヒモスは一吠えするなり、翼のように大耳を広げると全身を発光させる。

 

 「あー、見るからになんかヤバそうだな。一旦逃げるわ。」

 

 一見するとそう、輪のように広がった耳はパラボラアンテナのようで、破壊されて無残な姿となった鼻も狙いを定めるようにピーンと伸ばしている。そして今、全身からエネルギーを集中させているのだとすれば、自ずと答えも見えてくる。

 

 『避けろっ!』

 

 満ち満ちたエネルギーが解き放たれる寸前スペリオンは身を翻し、一瞬の閃光。その後には、山をを三つ貫通して赤々と熱を発している。

 

 否、四つである。今しがたまですぐそばにあったはずの山のひとつが完全に蒸発している。直撃していたらどうなったかは言わずもがな。

 

 反対に、あれだけ輝いていたベヒモスの全身は、くすんだ鈍色のようになってしまった。遠めに見てもエネルギーダウンしていると見ていい。

 

 『あっぶな・・・普通に接近して殴るのも危険、遠距離は無効、どうすりゃいいんだよ。』

 『ヒント、鷹山流戦闘術その1。』

 

 アキラは少し狼狽えたが、すぐに教えを思い出す。得意な距離と言うと、近づいて殴るしか能がないと気づく。

 

 『ケイ、弱点は何かないのか?!』

 

 「そうだな・・・今はクールタイム中だろうし、バリアーも張れていないかもしれないぞ。」

 

 スペリオンの肩から離れ、宙に浮かんでいるケイは簡潔に考えを述べる。

 

 『じゃあ戦闘術その2だな。』

 『攻撃のチャンスは逃さない!』

 

 普通に近寄ったのでは足を取られそうなので、上から仕掛ける。跳躍して宙返りすると、跳び蹴りを叩き込む。

 

 それを見越していたかのように、ベヒモスは牙をミサイルのように飛ばして迎撃してくる。

 

 『防御してくるってことは、そこが弱点があるということ!』

 

 先ほどは不意を食らったが、2度も同じ攻撃は喰らわない。体を捻って躱すと、キックをベヒモスの背中に食らわせる。硬い感触が返ってくるが、それはつまりバリアーに阻まれなかったということだ。

 

 『背中なら、当たる!』

 『戦術その3の出番だな。』

 

 身を翻すと構えなどあってないような泥臭い拳を叩きつける。一度掴んだら最後、なんとしても装甲をひっぺがし、有効打を当てるまで食らいつく。

 

 『オラッ・・・くっ、なんつー硬さだよ!』

 

 そんなアキラの全力を一蹴するようにベヒモスは降り落とすと、一笑に付すように鼻を鳴らした。

 

 いよいよもって打てる手立てがなくなってきた。パワーでゴリ押すこともできないんじゃ、せっかく融合した意味もなくなる。

 

 こいつはただ単純にひたすら強い。それこそ生身の人間が戦車に立ち向かうような無謀さを感じるほどに果てしない。今も、先ほど失ったエネルギーを補填するかのようにじょじょに体を金色に染めていっている。

 

 『こんな試合組んでヴェノムのやつは何が楽しいんだ。』

 『・・・楽しみたいというからには、いくらかパワーをセーブしてる可能性もあるな。』

 

 「だろうな、こいつの作られた目的が大体理解できて来た。」

 

 『わかんのかよ?』

 

 「考えるのもバカらしくなって早々に結論付けただけとも言えるけど。けどだからこそ隙があるってわかった。」

 

 『なら倒せるのか?』

 

 「破壊は難しいが、エネルギー源を断って封印ならできる。」

 

 希望が見えた。が、希望とは最後に残された絶望という解釈がパンドラの箱にはまつわる。

 

 ☆

 

 「やれやれ、ようやく動き出したようだな。」

 

 動き出したというのは、当然ベヒモスのことではない。まるで今で寝転がりながらテレビを見ているかのような様子で、ベヒモスとスペリオンの戦いを湖畔から見上げている。

 

 その手には釣り竿が握られているが、それには糸も針もついていない。ただ白い腹を見せながらプカプカと水面に漂っている魚を叩いているだけに見える。まるで釣りには興味がないようだ。

 

 「見つけたぞ、よくわからんやつめ!」

 「んん?ああ、バロンの諸兄か。お仕事無くなって泳ぎにでもきたのかい?」

 「いいや、自由に泳いでいるお魚を捕まえに来たのだ。」

 

 いつの間にやらラッツを筆頭としたバロンの騎士たちが、手にモリや網を持ってヴェノムのいる周りをぐるっと囲んでいた。

 

 「お前の考えはちっとも理解できんが、行動を読むぐらいならできるわ。大方、どこかでスペリオンの戦いを眺めているだろうと思ったわ。」

 「ふぅん、少しは考えているようだが。その程度じゃ風は捕まえられないぞ。」

 「馬鹿めが。お前のようなクセモノ相手に、何も考えていないはずがないだろう?」

 

 勢いよく啖呵を切るラッツが指示すると、茂みや水面下に隠れていた騎士たちが飛び出し、手に持ったモリと網を投げる。

 

 「以前スペリオンが見せた投網を模して作った電磁ネットだ!一度まとわりついたら離れないぞ!」

 「ちっ、厄介なものを作ってくれたものだな、だが・・・。」

 

 網が降りかかる寸前、ヴェノムの体は紫の毒々しい煙を噴き出し、見る見るうちにシルエットが崩れていく。

 

 「もうこちらの目的はおおよそ達せられた。名残惜しいが帰らせてもらうとするよ。」

 「逃げるか!」

 「こういうのを、回れ右して前進というそうじゃないか。」

 

 不気味な笑いを残して、ヴェノムの毒煙は風に消えていった。

 

 ☆

 

 「やることは理解できた?」

 

 『わかったはわかったが、なぜそうなるのかが理解できない。』

 『そういうものだと思っておけ。』

 

 不可視のエネルギーの膜に守られたベヒモスの体だが、どんな動力炉を積んだとしても賄うだけのエネルギーは生み出せないと考えた。

 

 可能なのは縮退炉ぐらいなものか。先時代のオーバーテクノロジーならその可能性もありそうなものだが、そうなるともうスペリオンにもどうしようもないので考えないものとする。

 

 「もっとシンプルに考えよう。|内燃機関〈エンジン〉を積んでいないなら、コンセントでつないであるんじゃないかと。」

 

 『コンセント?』

 

 「そのコンセントを抜くんだよ。」

 

 スペリオン・Aは顔の前で両腕をクロスすると、その場で錐もみ回転を始めた。

 

 『地中穿孔!』

 

 そしてそのままドリルのように地中に潜っていくと、ベヒモスの周囲50mをぐるぐると周回する。

 

 足場を切り崩す、というのは最初に考えた作戦だが、これはその発展版。ただ足場を崩すのではなく、ワカサギ釣りをする湖面の氷のように岩盤ごとくりぬくのが今の目的だ。

 

 『あとは・・・持ち、あげるっ!!』

 『パワーだけならあるんだから、もっとがんばれ。』

 

 くりぬいた地面を含めて全部で100万tってところだろうか?スペリオン・Aは岩盤ごと持ち上げて空へとゆっくりと浮かんでいく。

 

 「いいぞ、その調子だ。どんどん地上から離れてゆけ。」

 

 『ぐっ・・・この辺が限界か・・・。』

 

 「もうちょっとがんばれないのか。まだ1kmも上がってないぞ。」

 

 『だが、これだけ離れられれば十分なんだろう?』

 

 「まあな。ちょっと待ってな。」

 

 出来ることなら宇宙の果てまで運びさってしまいたいところだったが、さすがにそこまでの余力もない。だが、ベヒモスを無力化するための策には十分な高度を稼げた。

 

 「火は火をもって制する、磁力には磁力をぶつければいい。」

 

 ケイが杖をふるうと、磁力波が発せられた。するとどうだろう、ベヒモスの金色の輝きが、徐々に消えていくではないか。

 

 『おお、本当に磁力で動いていたのかこいつは。』

 『別に磁力そのもので動いていたわけではないんだけどな。』

 

 「地球上の磁場からエネルギーを作っていた、というのが正しい。」

 

 要は発電機と同じだ。右ねじの法則で磁力が生まれるのとは逆に、磁力から電力を生み出していた。それも地球という特大の磁石を使ってのことだ。

 

 地球上においては莫大なエネルギーを得ていたベヒモスも、こうなればもはや水から揚がった魚、大地から離れたアンタイオスというわけだ。

 

 すっかり鈍色になってしまったベヒモスを空中で掲げる。

 

 『二度と復活されないようにしっかりと封印しておかないとな。』

 

 「封印か・・・マグマ層にでも沈める・・・じゃダメだな。」

 

 『クズ鉄に変えてしまう・・・は頑丈すぎて無理か。』

 

 終わってしまえばウドの大木、無用の長物。しかし煮ても焼いても食えない。どうしたものかとしばし思案していると、急に変化が起こった。

 

 『ん?また地震か。』

 『今度は何が出てくるって言うんだ。』

 

 もう何が来ても驚かない、とタカをくくっていた。ほんの僅かな油断だった。

 

 「空を見ろ!」

 

 『なんだ!?』

 『空が虹色に?!』

 

 いわゆるオーロラである。極地でもないのにこれほどの虹のカーテンが見られるとは、言うまでもなく異常気象である。ロマンチックなだけで済めばどれだけよかっただろう。

 

 これこそ、ヴェノムの用意した舞台のクライマックス、文字通りの幕引きだった。本人は見届けることなくどこかへ消えてしまっていたが、ほくそ笑んでいる姿が容易に想像できた。

 

 「まさか・・・これほどの磁力が発生して・・・止まらない!?」

 

 『どういうことだケイ!?』

 『これで終わりなんじゃないのかよ!』

 

 「磁力を受け取るタービン部分に、何かしらの細工を施されていたとしてもおかしくはない・・・だが、何をされたのかがわからん!対処の方法が限られる!」

 

 『どうすればいい!』

 『どうにかするしかない!』

 

 アキラが狼狽えるよりも先に、体は動いていた。ガイが体の主導権を一時的に奪い、ベヒモスの体の一番熱量の高い部分に手を添える。

 

 『ここか・・・ご丁寧に、簡単に切り取れるようになってやがる。』

 『何をする気だよガイ!』 

 『何が起こるんだ、ケイ?』

 

 「アルティマ中の磁場が、ここを目指して落ちてくるだろうな。何が起こるかというと、未曽有の大災害だ。」

 

 『それを防ぐ方法は?』

 

 「ここで行き場を失っているマイナス磁力を、別の場所に移すしかない。」

 

 『宇宙にまで持っていくヒマはなさそうだな・・・。』

 

 率直に言い切るケイに対して、わずかにガイは逡巡する。ガイが何をするつもりか、ケイにはわかっているかのように。

 

 『アキラ、力を合わせろ。』

 『何を?どうやって?』

 

 力を合わせろと言われたものの、わけのわかっていないアキラには実質何もしていなかったようなものだった。ガイがスペリオンに手をかざさせると、そこに行き場を失った磁力エネルギーが集まっていく。

 

 『う、うぉおおおおおお!?』

 『集中しろ、すべては俺たちにかかっているんだぞ。』

 

 見えないはずの磁力が集まり、レンズをかけたように空間が歪む。空から青さが消え、大地は今までにない揺れを起こす。

 

 「おお、なんという光だ・・・。」

 

 その様子は地上のバロンたちはおろか。

 

 「これは・・・。」

 「すごいビリビリくるぜ・・・。」

 

 はるか遠くのキャニッシュ私塾でも見えていた。

 

 世界中が皆一様に異変を感じ取り、その脳内に『終末』の文字が並んでいた。

 

 『このまま、どうなるんだよ!?』

 『どうにかする。してみせる!』

 

 混乱するアキラとは対照的に、ガイは冷静に燃えていた。

 

 『アキラ!』 

 『なんだよぉい!』

 『あとは頼んだ。』

 『は?!』

 

 何を、と聞き返す暇もなく。スペリオンの額から放たれた光が空を割った。

 

 『今この場にお前がいてよかった。』

 

 いろんな感情が複雑に絡み合って出た言葉だけがアキラの耳に残り、収束するエネルギーをこの世界から押し出していく。

 

 「あと、ってなんだよ・・・。」

 

 気が付けば、アキラは真っ逆さまに落ちていた。足の先を見やれば、割れた空が徐々に修復されていき、その隙間から一層強い光が名残惜しそうに漏れているのだけが見えていた。

 

 「おい、なんとか言えよ・・・。」

 

 自然、アキラは自分の腕にいつの間にか嵌められていた、見慣れなくても懐かしさを感じるブレスレットに問いかけていた。

 

 「ま、いつかこうなるとは思っていたけどさ。」

 「ケイ・・・。」

 

 そのままあわや地面に激突という寸前、ケイの杖にひっかけられて命拾いしていた。

 

 「なんで・・・。」

 「なぜもなにも。アキラは託されたんだよ。」

 

 二重螺旋と呼べばいいのか、無限の字とも言えるような紋様が象られた銀のブレスレットを見つめ、アキラはすべてを悟る。

 

 光の人、スペリオン、ガイはこの世界を救い、次元のはざまの向こうに消えた。

 

 自分にその『力』の片割れと、この世界の未来を託して。




 


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またあした

 「そして、スペリオンはその力の大半を失ったのでした。」

 

 ヴェノムがことの顛末を謡いあげる様子を見ながら、ヴィクトールは酒を呷る。

 

 「そうか・・・。」

 「これでお前の思うとおりになっただろう?」

 「ああ、その瞬間を直に見ることができなくて残念だったよ。」

 

 静かだが、内心ととても愉快そうにヴィクトールは酒をさらに注ぐ。ここにはツマミの一つもないが、とてもよい酒の肴が用意されていたのだから。

 

 「これで一つ重荷が下りたな・・・ふふふ、これで手を広げる気力がムラムラ湧いてくるじゃないか。」

 「よかったな。」

 「ああ、何か謝礼のひとつでも・・・。」

 「あーいらんいらん。友の喜ぶ顔が、なによりの報酬だ。」

 

 まるで無二の親友が言うようなセリフをヴェノムを吐いて、部屋を後にしようとする。

 

 「ああ、お前のような友を持てて幸せだな。」

 

 ヴィクトールのヴェノムに対する信頼は、もはや崇拝の念ともいえるほどに絶対的で、盲目的であった。商売人でありながら、『タダより高いものはない』という言葉を忘れるぐらいに。

 

 「まあ、今日で最終回ではないんだがな。」

 「なに?」

 「いや。」

 

 それゆえに、去り際にヴェノムがふっと漏らした言葉の意味に気が付かなかった。

 

 ☆

 

 空には鳥は飛ばず、日の光も厚い雲にさえぎられている、そんな森の一角。湖にほどに近い大地が円状に、文字通り丸ごと地盤沈下したかのように荒れ果てて、その中央には曇り空と同じ鈍色の塊が横たわっている。

 

 最初の頃は慌ただしくバロンの騎士たちが出入りしたり、物珍しさに惹かれて見物にやってくる旅人など、にぎやかであったこの場所も今は閑散としている。何百年か先にはストーンヘンジのようなミステリーサークルに認定されていそうなこの戦場跡地は、草木も生えぬほどに荒涼とし、いやに冷たい風が吹いてくるとあって、誰もが不気味に思って近づかなくなった。

 

 この土地そのものが死んでしまったかのように見え、またそれがヒトという動物の本能に『恐怖』という感情を湧き立たせるのだ。

 

 この所業を引き起こしたときも、その後も、まさしく『悪魔のしわざ』としか形容のしようがない、

 

 「なかなかこの土地から離れられないな。」

 「そうだね。」

 「なにか呪いでもかけられているんじゃないのか。」

 「そうだね。」

 「そうなのか?」 

 「いや知らんし。」

 

 その悪魔の死体を前にして、ラッツとケイはなにかを語っている。ロボットなのだから死んだわけではないのだが、それ以上の表現がないというほどにこいつは『死んでいる』。

 

 なにせ、中核となるエネルギー機関をぶっこ抜かれ、コンピューターを起動することはおろか自らの体重を支えることすらできなくなっているのだ。車で言えばエンジンをすっぽりくりぬかれた状態。

 

 「どうだろう?こいつを解析してバロンの力とすることはできないだろうか?」

 「ゼノンが技術開発を禁止しているんじゃなかったのよ副長?」 

 「そのゼノンのお偉がたからの要望なんだよ、ケイ先生。」

 「とすると?」

 

 さほど接点がなかった二人が、いつの間にかお互いを気さくに呼び合うほどに時間は経っていた。

 

 「こんなバケモノが一機だけとは考えられない、というのはお前の談だろう?」

 「まあね。技術は量産されてこそ『完成』するし。」

 

 このベヒモスが最後の一機だけとは思えない。明らかに完成度が『試作機』のソレではないのだ。

 

 「スペリオンがあんなに苦戦するようなやつが、一機だけではない・・・それを知った上が、逆にベヒモスを利用できないかと言ってきた。」

 「無茶ぶり。」

 「無理そうか?」

 「無理。」

 

 要はリバースエンジニアリングしたいということだが、装甲を組成する金属すら未知の物、中核のブラックボックス部分はすっぽ抜け、ケイにとっても手に余る未知のシロモノだった。

 

 「そもそもなんでお前は未知のテクノロジーに詳しいのか。」

 「どうだっていいだろう。」

 「大枢機卿様(ビッグ・パパ)に会ってほしいよ。」

 「大枢機卿?」

 「ゼノンの『技術』の一番偉い人だ。」

 

 カトリックに枢機卿はいても()枢機卿なんて役職はないし、パパとは教皇のことを言うのだが、それはそれとして。

 

 「今はパパに会いに行くよりも、娘の方をどうにかしないといけないし。」

 「お嬢さんのことか・・・。」

 

 ガイはふらっと旅に出た、ということになっている。その場に唯一居合わせたアキラはそのことに対して負い目を感じている。

 

 「お嬢さんになんて言えばいいのかね・・・。」

 「その辺のことはもうアキラに任せよう。」

 「そのアキラもふらっといなくなりそうなんだがな。」

 「そこまで無責任なやつではないと思うけど。」

 

 いや、責任があるからこそこの場にはいないのだが。

 

 ☆

 

 「さて・・・。」

 

 地図に渡された通りに、ノメルの西端はキャニッシュ私塾へとたどり着いたアキラ。海を一望する城の最上階に位置する塾長室。実質アイーダ塾長の私室なのだが、この部屋に来る人間はごく少ない。

 

 そのドアの前に今立っている。ノックをしようとして、すこし躊躇し・・・どう切り出したものかああでもない、こうでもないと考えながら早数分。

 

 「いい加減入ってくればいいのにね。」

 「ドア開けます?」

 「もう少し待ちましょう。」

 

 一方、部屋の中ではアイーダ塾長とその娘エリーゼが待っていた。

 

 仮にも教師という立場上、人が自らの意思で進もうとしているところを邪魔してはならないとアイーダ塾長は考えた。あまりにも話が進まないようなら、もちろんこちらから手を差し伸べるつもりだが。

 

 「・・・失礼します。」

 「おっ、やっと入ってきたわね。」

 「いらっしゃい、アキラさん。」

 「んー・・・お久しぶり、お嬢さん。」

 

 アキラはエリーゼとは2度ぐらいしかあったことがないし、アイーダ塾長とはこれが初対面だった。だというのに妙な親しみや、なつかしさを感じていた。

 

 「まあまあ座って座って。今お茶淹れるからね。ここにはいつ着いたの?さっき?迷わなかった?このお城無駄に複雑な階段してるから迷う人多いのよねー。でもここから見える景色もなかなか乙でしょう?特に夏の日の夕暮れは・・・。」

 

 カップ一杯を空にするまで、一方的にまくしたてるようにアイーダ塾長は喋ってくるのだからアキラは面食らった。早いところ自分から話を切り出さないと延々喋り続けそうだった。

 

 「本題入っていい?」

 「どうぞ。」

 

 そうして話が長くなればなるほど、話を切り出すタイミングが難しくなっていくのをアキラもすぐに理解した。この展開にはやはり既視感があった。

 

 「ガイについてのことだけど。あいつはふらっと旅に出やがった。」

 「聞いてるわ。」

 「その時のことが聞きたいです。」

 「その時のこと・・・。」

 

 アキラは言葉を濁そうと少し悩むが、エリーゼの真剣なまなざしを見てすぐに思考を切り替える。

 

 そもそも、この部屋に入ってくるのを躊躇っていたのが、その言葉の濁し方についての悩みだったというのに、その悩みが一瞬で無意味なものへと吹き飛ばされてしまった。まったく、なんてまっすぐに育ったいい子なんだと感心もした。

 

 ことの顛末を包み隠さず話したところ、エリーゼの視線はアキラのブレスレットへとむけられた。

 

 「彼は、自分の為すべきことを見つけたんでしょう。」

 「為すべきこと。」

 「自分にも何かするべきことがある。それがわかっているから、あなたもここに来た。そうじゃない?」

 「じゃあ先生教えて。俺はどうすればいい?生まれてこの方、教えを乞うたこともないんだ。」

 

 鷹山流戦闘術・・・それを独自解釈と独学で身につけたはいいが、戦闘術と呼ぶにはあまりにもおざなりなケンカの流儀のようなもの。そのことはアキラ自身にもわかってはいたが・・・認めたくはなかった。

 

 「話は分かったわ。うちの学校にいなさい。」

 「座学は苦手。」

 「ならなおのことね。それに、座学も大切だけど、大人になるならもっと大切なものがあるわ。」

 「大事なもの?」

 「簡単に言えばコネね。」

 

 このキャニッシュ私塾、ノメル大陸の西の端に存在しているというのに、ノメル共和連邦全体から生徒たちが集まってきている。

 

 「そんなに人がいるように見えないけど。」

 「校舎はここ以外にもあるから。」

 「そうなの?」

 「このお城も老朽化が進んでいるから、建て替えが必要なのよ。潮風にもさらされてるし。」

 「さっきは景色がいいとか言ってなかったか。」

 「毎日見てたら飽きるわよ。」

 

 閑話休題。その生徒たちの身分も、貴族、商人、一般市民と様々だが勉学を積みたいをのなら地元の学校に通えばいいだけのこと。なぜこのキャニッシュ私塾にも人が集まるのかというと、ネームバリューがある。

 

 「ニホンにも有名な学校があるでしょう?」

 「日本でも東大出身ならちやほやされやすいだろうしな。」

 「創設者が有名人だと特にね。」

 「福沢諭吉みたいなもんか。」

 

 福沢諭吉が創設したのは慶應義塾なのだが、アキラはどうやら東大と勘違いしているらしい。

 

 「人が集まるということは、人同士の関係も生まれるということ。同門の士同士が、大人になったときに利用できるコネとなるというわけ。」

 「そんなにコネが大事?」

 「私のお父様は特に重視していたわ。ここの創設者の一人だけど。」

 「お父様って、ツバサのこと?」

 「いえいえ、ツバサ・・・ここでは『ダイス様』だけど、は私のお爺様よ。」

 「あれ、ツバサはエリーゼのおじいちゃんだったんじゃ?」

 「『おじいちゃん』と『おじい様』は別の人ですわ。」

 「ややこしや。」

 

 たとい戦場では無双の英雄であろうと、治世や経済にまで得意とは限らない。人ひとりで出来ることなどたかが知れているのだ。そのため『仕事』の上では人とのつながりが重要になる。

 

 「高慢ちきな貴族様なんかには誰もついていかないし、傲慢な商人からは誰も買ってくれない。そういうことも教えてるわね。」

 「ノブレス・オブリージュですわ。」

 「武士道みたいなもんか。」

 

 全部違うが、まあそれはいいとして。

 

 朱に交われば赤くなる、という言葉がある。良くも悪くも影響を受ければ、角ばった石も丸くなっていく。

 

 「ま、のびのび出来てよさそうなところだな。」

 「でしょう?そこにあなたも混ざるの。」

 「退屈はしなさそうだ。」

 「じゃあ・・・。」

 「ああ、これからよろしく頼む。」

 「ですって、入ってらっしゃいあなたたち。」

 

 その言葉に反応して、部屋の入口の扉が開く。すると、どばっと人だかりが入ってくるのだからアキラは落ち着きながらも飛びのいた。

 

 「あはは、気づいてた?」

 「バレバレですわ。」

 「ドアの交換を推奨する。」

 「ドロシー、それに見た顔ばかりだな。」

 「みんな同じクラスですわ。」

 

 少しだけだが同じ旅路を歩み、同じ釜の飯を食った仲だ。

 

 「もう知ってるだろうけど、自己紹介!オレはドロシー、よろしくな!」

 「サリアやで!」

 「パイルだ、よろしくね。」

 「・・・クリン。」

 「シャロンですのよ!」

 「カルマと、」

 「ゲイルよ。よろしくね♡」

 「あとここにはいないけど、先生のデュランね。」

 「レオナルドもいますわ!」

 『クプクプ』

 「アキラだ。改めてよろしく。」

 

 メンバーそれぞれと握手を交わしながら、これからの生活に思いを馳せる。

 

 「来なよ!歓迎パーティーを用意してるんだぜ!」

 「用意がいいな。」

 「おいしい料理をたくさん作ってもらったからね!」

 「牛丼は?」

 「あるよ。」

 「よっしゃ、行こうじゃないの。」

 

 ☆

 

 いつの間にやら、デュラン組以外の生徒たちも集まってのパーティーが行われ、宴もたけなわというところで少しアキラは席を外した。

 

 熱のこもったパーティー会場から一歩外に出ると、強めの風が額に書いた汗粒をぬぐってくれる。

 

 「まあ、ちょっと疲れたかな。」

 「もみくちゃだったからなアキラ。ガイの時も相当騒いでたけど。」

 「おう、けど楽しかったよ。バロンに入団したときは、もっと別な歓迎だったけど。」

 「噂に聞いてた『かわいがり』ってやつか。そっちはどうだった?」

 「当然、全員返り討ちにしてやった。」

 

 実際のところバロンの精鋭たちを相手にした模擬戦はギリギリな勝利だった。実戦ではどうなるかはまだ未知数といったところだったが、いずれにせよ負ける気はないと言い切った。

 

 その生活ともしばらくは離れ離れになり、これから楽しい楽しい学園生活が始まる。特別望んだわけでもなく、あれよあれよと状況が転がり込んでくる。

 

 思えば自分の選んだ道はことごとく失敗した・・・というか周りや状況から道を矯正されてきている気がする。などと一人で考え込んで黙っていると、ドロシーが話題を変えるように声をかけてくる。

 

 「アキラの最終学歴っていつ?」

 「高校だから、18の頃かな。しかし20越えて学校に通うことになるなんてなぁ・・・ひょっとしなくても教室で一番年上か?」

 「ああ、その辺のことは何も気にしなくていいぜ。特に何も期待してないし。」

 「言い返せない。」

 

 正直なところ、頭の地力は決して低くないとアキラは自負しているが、それでも勉学に自信はない。そもそもこのアルティマで、前の世界の知識がどれほど役に立つものか。

 

 「ツバサも同じ気持ちだったのかな・・・。」

 「なに?じーちゃんの話?」

 「それもあるなー、知りたいこともやりたいことも山ほどある。」

 「不安ですの?」

 「やれやれって感じ。」

 

 燻っているよりは熱く燃えているほうがいい。ここで新たな知識という薪をくべるのもまた悪くない。

 

 「ちょっと、風が強くなってきましたわね。」

 「中に戻ろうか。」

 「そうだな。あーそうだな、エリーゼお嬢。」

 「普通にエリーゼでいいですわよ。なんですか?」

 「そうか、じゃあエリーゼ。心配しなくてもガイはそのうち戻ってくる。だから、安心しろ。」

 

 エリーゼは一瞬キョトンとした表情で首をかしげると、すぐにほほ笑み返してくる。

 

 「ええ、ありがとうございます。けど私、そもそも全然心配していませんわ。」

 「そうか。」

 「優しいんだ、アキラ。」

 「そうかよ?」

 

 強い風が吹いてきていた。キャニッシュだけでなく、ノメルに、ひいてはアルティマ全体を巻き込むほどに強い風が。

 

 ☆

 

 風はどこから吹いてくるのか。

 

 「・・・スペリオンが倒れたか。」

 

 誰かが『海の向こうから』と言った。

 

 「今こそ我らの動くとき。」

 

 海の向こうには何がいるのか。

 

 「そうだ、我らが悲願を果たすとき。」

 

 ある日、ある時やってくる。

 

 「今こそ、地上を我らの手に!」

 

 『征服者』が海の向こうからやってくる。




 最終回じゃないぞよ?もうちっとだけ続くんじゃ。


 ・今後の方針について。

 これで2章は完結。

 ここからこのまま時系列に沿って書いていきたいところですが、ほかにも書きたいエピソード(主にツバサの過去編)があるので、そちらは別作品としてオムニバス形式に書いていくのもアリじゃないかな?という感じで、たぶんそうなります。

 この枠では引き続き3章をお送りしていきます。


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第3章
創世記:いかにしてアルティマは生まれたのか?


 かつて、まだ6つの大陸と3つの海があったころ。空を指す塔より破壊の波動が放たれた。波動は空に孔を開け、そこから竜が現れた。竜は氷の息吹で人々を凍り付かせた。それが氷の時代の始まりだった。

 

 人類は天に望みを見出し、箱舟を作り上げ、その半分を乗せた。

 

 それからしばらくして、今度は天から創造の風が吹いた。風は大陸を動かし、山は火を噴いた。うねりの時代の始まりだった。

 

 地上に残された人類は、屋根を建てて、その半分をかくまった。

 

 かくして大陸と海はひとつずつになり、地上には竜が闊歩する時代が来た。こうして、今のアルティマが出来上がった。

 

 「これが、アルティマに古くからある教義『ゲネシス』の言い伝えですわ。」

 「大昔に、そんなことが起こったんだな。」

 「本当なわけないだろ、ただのおとぎ話だぜ。」

 

 図書館の一角に、アキラとエリーゼとドロシーのいつもの3人が寄り集まっている。学園は昼休みの時間で、同じように本を読んでいる生徒たちの姿もチラホラみかけるが、みな一様に本の世界に浸っている。

 

 「でもスペリオンに関するお話はここには入ってないんだな。」

 「スペリオン、光の人のお話はおじいちゃんが持ってきたお話なんですわ。」

 「そっちは本当の話だよな。」

 「スペリオンの話の方が、よっぽどフィクションっぽいけど。」

 

 誰も見たことのないゲネシスの言い伝えよりも、誰もが現実に目にしているスペリオンの姿の方が信憑性が高いというのは、ごく自然な成り行きではある。

 

 「古くより、アルティマ中ではこのゲネシスが浸透していましたの。言い伝えで地上を去った人間たちによる地上の『救済』を待ち続ける『ゲネシス原理主義者』というのもいますの。」

 「けど、ノメルではゼノン教団の方が幅を利かせてると。」

 「ゼノンの教義では、今ある生活を支えていこう現実主義的なところがありますから。」

 

 いるかどうかもわからない連中に望みを託すより、自分たちでどうにかしていくほうがよっぽど建設的ではある。

 

 「そもそも、片方は人類の半分を見捨てて、もう片方は人類の4分の1を見捨てるようなやつらなのに、救済なんかくれるはずがないぜ。」

 「ドロシーにしては鋭いな。」

 「昔大叔父さんが言ってた。」

 「根っからのゼノン信者ですものね、ワタル大叔父様は。」

 「ふーん。」

 

 図書室の隅に追いやられていたゲネシスの聖典に目を落とす。イコン画には、天に孔を開ける塔や、空へと飛び立つ船、人々を匿うドームが描かれている。

 

 普通、イコン画というものには信仰の対象となる聖人や聖者が描かれており、『それ』を信仰としているものなのだが・・・この描き方だと、建造物こそが信仰の対象ともとれるのではないか?

 

 「って、以前ガイさんが言っていましたわ。」

 「まあ、普通信仰するなら『英雄』や『救世主』だもんな。」

 「サメルで英雄って言ったら『バロン』だもんね!」

 「それはイコンじゃなくて『紙芝居』でしょう?」

 「オレこっちの方が好きだもん!」

 

 と、今度はドロシーが児童書のコーナーから一冊の紙芝居を持ってきた。表紙には『バロン対スカルファイア』と鮮やかな色でタイトルとイラストが描かれている。

 

 「今まで散々聞いてきたけど、こっちの仮面がバロンなんだな。で、こっちの悪そうなドクロがスカルファイヤと。」

 「そう!初心者にはこれがオススメだぜ!」

 

 表紙の隅に『さく:トワイライト・リリ・キャニッシュ』と書かれているのを見つけた。

 

 「ははぁ、たしかトワイライトってのはドロシーのお婆ちゃんだったな。」

 「うん、ばあちゃんもよく話してくれた。こうして紙芝居も描いてくれたんだ。」

 「みんな好きなんだなバロンって。」

 

 仮面のヒーローって男の子だよな。仮面に隠した正義の心、強きを挫き弱きを助く、まさに絵にかいたようなヒーローというところ。

 

 「こんなのが本当にいたのかよ。」

 「いたんだよ!読んでやるから聞け!」

 「はいはい、聞いてやるきいてやるよ。」

 

 鼻息荒く読み聞かせの用意をするドロシーに対して、居住まいを正して聞く態勢になった、そのとき。

 

 「あっ、スペリオンの腕輪が・・・。」

 「呼ばれてるな。」

 

 『図書館では静かに』という注意書きが意味を成していないほどに騒がしくしていたが、アキラが嵌めた腕輪が鳴き声を上げる。

 

 「読み聞かせは後でな。俺はまた行ってくる。」

 「いってらっしゃい。」

 「気を付けてなー。」

 

 司書のリーン先生の座るカウンターの前を横切り図書館を飛び出すと、城のような校舎のてっぺん、塾長の私室に向かう。

 

 「あらいらっしゃい。」

 「どうも、鏡借りますね。」

 「お茶は?」

 「またあとで。」

 

 ノックもせずにアキラが入ってきたことも特に咎めず、アイーダ塾長はティーセットを用意しはじめる。アキラは鏡台の前に立つと、その手元に備え付けられたスイッチを入れる。

 

 「今回は・・・北東か。」

 「シーアの最大の港町、ジャンパイね。」

 

 通信機に変わった鏡台に映し出されたのは、赤レンガの見事な街並み風景。しかしその各所には火の手が上がっているのが見えた。

 

 「どうやらここで間違いなさそうだな。よーし、『ミラー・イン』だ!」

 

 スッと構えたアキラは腕輪をこする。すると腕輪から光が広がり、アキラの体を包んでいく。

 

 「ミラー・・・イン!!」

 「いってらっしゃい!」

 

 光と化したアキラの体は、鏡の中に入っていく。

 

 ☆

 

 「よし、ついたな。」

 

 通信ミラーボックスの扉を開ければ、その外は先ほどアイーダの部屋で見ていたジャンパイの町だった。

 

 普段ならばさぞ人の出入りで賑わっているだろう大通りだが、今日は別な賑わいを見せていた。それは決して楽しい物ではない。

 

 (ヴェノムのヤロウはどっかで面白そうに見てるのかもしれねーけどな。)

 

 まずは周囲の状況を確認しようと、手近な建物の壁をするするとよじ登る。そこら中、逃げ惑う人、人、人の波。では、いったい何から?

 

 「敵はどこだ・・・?」

 

 港近くの倉庫地帯の方が、瓦礫との山化しているのが見える。打ち上げられた船舶から火の手が上がり、黒煙がもうもうと立ち込めている。明らかに外的な要因で破壊されているのが見て取れる。

 

 その黒煙の中、蠢く存在に気が付いた。青白い体表がてらてらと光っている体を折り曲げて、瓦礫の中に頭を突っ込んでいるようだった。

 

 「ならば行くか。」

 

 右手で光る腕輪を外すと、それは一枚の赤い布に変わる。

 

 「『スペル・クロス』!!」

 

 その布で目を覆うと、アキラの姿が変わっていく。布はマスクへと変わり、光に包まれた皮膚は銀色の金属のようになり、髪も光のタテガミに変化する。

 

 『トワァー!!』

 

 最後に巨大化しながら宙を舞い、スペリオン・Aはリングインする。地響きを鳴らしてファイティングポーズをとると、恐獣も気づいて顔を上げる。

 

 鼻先が尖った長い顔に、口元には赤い液体がしたたっている。恐獣は数回口の中を咀嚼してから飲み込むと、威嚇の咆哮をあげる。

 

 『サメみたいな凶悪なツラしてやがるな、『バンジャーク』って名付けてやる。』

 

 サメというにはしっかり二本足で立っているように見えるバンジャークは牙を光らせ、倉庫街を踏み荒らしながら突進してくる。足元にあったのはケチャップ倉庫だったらしい。

 

 『ギシャアアアア!!』

 

 しかしただの突進ならば御することもたやすい。スペリオンは身構えると、バンジャークの顎をとらえる。

 

 『い゛っ!このやろ、なんつーサメ肌してやがるんだ。』

 

 掴んで投げようとしたスペリオンの手が擦り切れたが、根性でなんとか突進をいなした。サメはウロコの代わりに、このようなザラザラのサメ肌を持っているのだ。水の抵抗を減らす効果があると言われているが、防御面においても役に立っているようだ。

 

 あまりじっくりと観察している余裕もないが、このバンジャークはヒレが手足のように発達しており、二足歩行どころか『むなびれ』を腕のように扱うこともできている。サメは古代生物の生き残りとかとも言われているし、魚を無理やり陸上に上げようとするとちょうどこんな姿に進化するんじゃないかとも思われる。

 

 『地上は人間のものだから、魚はお呼びじゃないっつーの!』

 

 サメの弱点は鼻先だと記憶にあったアキラだったが、まともに殴り合うのも面白くないと悟った。

 

 『しかも、町を守るためには、町から離れなきゃいけないしな・・・。』

 

 今しがたバンジャークの突進をいなしたことで、町のシンボルであったであろうレンガ造りの家々が一棟ぶっ壊れたことだし。足が生えているとはいえ所詮は魚、水の生き物は陸上では動きも鈍るようだし、このまま陸上で戦った方が優勢なのは目に見えている。

 

 『オラッ、来やがれ!お前のホームで戦ってやろうってんだよ!』

 

 ヒーローの自覚があるスペリオンにはこの手しかない。海上ならば陸には被害は及ばない。くるぶしほどの水深のところまで身を引くと、待っていましたと言わんばかりにバンジャークも嬉々として海に入ってくる。

 

 『くっそ、元気になりやがって!』

 

 まさに水を得た魚。陸上での緩慢な突進とは比べ物にならないスピードで泳いでスペリオンの足や胴に噛み付き攻撃を繰り出してくる。

 

 『うわっ!なんだこりゃっ!?』

 

 しかも、スペリオンが噛み付かれたところにはビッシリと牙が突き刺さっている。サメの歯がどんどん生え変わるように、バンジャークの牙も常に新しい牙が生え続けている。今にスペリオンの全身は牙だらけにされてしまうことだろう。

 

 『だがこんなもん・・・硬質化させた筋肉の前には!』

 

 グッと力を籠めれば、牙はポロポロと抜け落ちていくし、傷もすぐに塞がっていく。

 

 『どーだ。そっちがその気なら、こっちもやる気なんだぜ!』

 

 背びれを海面から出しながら迫ってくるバンジャークを迎え撃つ。スペリオンは髪を振り乱し、光の繊維『オプティック・ファイバー』を海中に突き立てる。

 

 『フィーッシュ!!』

 

 アンジャークを釣り上げ、宙へと放り投げる。

 

 『空中ならばサメもヘチマも関係あるまい!』

 

 スペリオンも飛び上がって蹴りを喰らわせる。

 

 『これでお前はまな板の上のサメ!このまま空中で料理してやるわー!』

 

 パンチ、キックの雨あられを空中で浴びせ続ける。

 

 『こいつで・・・トドメだ!』

 

 手刀を鋭く研ぎ澄ませ、筋肉のバネで強くしならせる。落ちてきたバンジャークの巨体に振るう。

 

 立ち上がる二つの水柱、訪れる静寂、勝利の余韻。

 

 『よし、終わりっ!』

 

 あたりを見回しても追撃が来る様子はない。スペリオンは脱力すると、光に体を変換して姿を消す。

 

 ☆

 

 「ただいま。」

 「おかえりなさい、どうだった?」

 「楽勝、もうあれぐらいの恐獣じゃ相手にもならないね。」

 

 所は戻って、キャニッシュ領でアイーダ塾長がアキラを迎える。体を光に変えて、クリスタル鏡通信を使えば大陸の端から端まで手軽に移動できる。

 

 「けど、こうも頻繁に戦ってちゃ疲れてない?はいお茶。」

 「どうも。まだ敵が弱いからいいけど、強くなってきたり、数でこられると一人じゃ守り切れなくなるかも。負ける気はしないけど。」

 

 切実な問題としてスペリオンは一人しかいないし、毎週のように恐獣が現れるようになったアルティマをカバーしきれるほど柔軟でもない。

 

 「やはり、人間自身が強くなるしかないのかしらね・・・。」

 「実際、前にアフラで戦った時はヴィクトールの兵隊さんたちが頑張ってた。」

 「ゼノンも変わるときかもしれないわね。」

 「そういうもんか。御馳走様。」

 「あら、もういいの?」

 「ドロシーたちを待たせてるんで。」

 

 足早にアキラは塾長室を後にした。

 

 「後の世代が苦労しないよう、おじい様や父様はがんばってこられた・・・けど、その影響力も限界が近いのかもしれないわね。」

 

 アイーダは窓を開いて部屋に風を入れる。新しい風が必要な時期なのかもしれない。



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四方八方、八方塞がり

 バンジャークを倒した日の、その夜のこと。

 

 「アキラー!」

 「んにゃっ、今起きた。すぐ行く。」

 

 寝る時も風呂に入るときも肌身離さない腕輪が、マナーモードで脅威の出現を知らせてくるただいま深夜1時のこと。ベッドから飛び起きたアキラは、急ぎ部屋に新設された鏡の前に移動して、光に変わる。

 

 その5分後。

 

 「ただいま・・・。」

 「ぐおー。」

 「人のベッドで寝てんじゃないよまったく・・・。」

 

 恐獣出現の報を知らせに来たドロシーが、そのままアキラのベッドを占領している。

 

 より正確に言えばここは元はガイの部屋で、ガイのベッドであるのだが、部屋主がいなくなったということでアキラがこの部屋にあてがわれた。

 

 やれやれ、と一息ついたアキラは椅子に腰かける。寝る場所は選ばない訓練もしてきているし、床に転がっててもいいが、とにかく椅子に座った。

 

 「・・・タコ焼きが食いたいな。」

 

 深夜に一働きしてちと小腹が空いた。深夜の牛丼もいいが、味の濃いものが食べたくなる。ソースやマヨネーズに香りのいいカツオブシの乗ったタコ焼きなどは格別だ。さっきタコの恐獣を始末したことは特に関係がない、ハズ。

 

 そして驚くべきことに、アキラが今食べたいと思っている大半のものはアルティマ・・・というかノメルでは食べられる。牛丼、タコ焼きもそうだし、天ぷら、ラーメン、カレーライス、コロッケそば。一部代用食材が使われているが、アキラが一通り食べた感想はまさしく庶民の味だった。

 

 食べ物に思いを馳せていると、またもやお腹がグゥと抗議の声を上げる。今の時間食堂はやってるはずもなし、自販機もコンビニもない。食べるものを探すのも一苦労だ。外に出れば野生のリンゴがあるが、あれは酸っぱすぎて食べられたものではない。

 

 やめだやめだ、と本を取り出して月明かりの下に移動する。戦ったばかりで興奮している脳を鎮めるには、読書もいいものだ。

 

 「うん?なんだこれは?」

 

 と、窓際にまで持ってきた本を見てアキラは首をかしげる。図書室でオススメされた児童文学を持ってきたはずだったが、手にしていたのは一冊のノートだった。

 

 ためしに1ページめくると、そこには文字の羅列ではなく剣や銃、盾などの武具が図形で描かれていた。

 

 「ははん、これがドロシーが前に言っていた、ガイが作ってくれるはずだったアイテムだな。」

 

 ペラペラと流し読みするが、すぐに興味を失ったように机の上に乱雑に放り投げる。ドロシー用、ひいてはゼノン専用の武器とあっては一般人なアキラには扱える代物ではない。

 

 「だがこれがあれば、ゼノンの強化につながるか?」

 

 窓の外に一度やった視線を机の上に戻す。ほんの半日ほど前に考えていた『いずれ訪れる』に先手を打つことになるやもしれない。

 

 「ぐぅぐぅ。」

 「呑気なやつめ。」

 

 その台風の目に近い場所にいるというのに、当のドロシーは寝息を立てて眠っている。アキラもひとつ欠伸をすると、椅子に腰を下ろして目を閉じた。

 

 ☆

 

 「ワタルおんじに会いに?」

 「そ、このノートを持っていこうと思ってな。」

 

 翌日、教室に件のノートを持ち込んでアキラは見せびらかす。物珍しそうにクラスメイトたちは集まってくる。

 

 「ふーん、ガイったらこんなものを作っていたのね。」

 「ゼノン的にはギルティね。」

 「まあ、ゼノンの強化になるんならいいんじゃないの?」

 「そういうの一番嫌う体質だからねー。」

 

 餅は餅屋、ゼノンの所属のカルマとゲイルにはそれがどういうものなのかすぐにわかったらしい。

 

 「なんかゼニのニオイがする。」

 「大量生産するなら発注とかかかるかもしれないけど。」

 「今のうちに物流を抑えとくのが吉と見たでウチは。」

 「さすが、商売人の娘だな。」

 

 めざとくも金儲けのニオイをかぎつけたサリアだったが、別段行動を移すつもりもなく、ただ冗談めかして言っていた。

 

 「ふーん・・・。」

 「おいおいクリン、マジにとるなって。」

 「別に、そんなんじゃなし。」

 「あはは、でも実現したらすごいことになるんじゃない?改革でしょ。」

 

 それから神妙な面持ちなクリンと、物事の本質を見据えているパイルがいる。そんなこんなで皆十人十色な反応を見せてくれるが、アキラの考えは変わらない。

 

 「どうしても行くんだな。」

 「ああ、俺の勘が正しいなら、これは必要な行動だ。」

 「よーし、こうなったらゼノンの総本山『ゼノニウム』にまで遠足といこうぜ!」

 「イイネー!」

 「よくねーよ!」

 

 と、そうこうしている内に担当教師であるデュラン先生が教室に入ってきたではないか。

 

 「どったのセンセー。」

 「ただでさえ授業が遅れとるんだウチは!」

 「世界の危機だってのに勉強なんかしてられるか!」

 「世界の危機だからこそ、平常運転が必要になるんだと思うよ。」

 

 本当に学校で授業を受けられないような状態になったら、それこそ大事だ。今はまだこうして冗談で済ませられているが、それがどれだけ尊いことか。

 

 「先生、ついでに聞きたいんだが、そのゼノニウムってのはどこにあるんだ?」

 「ん?ゼノニウムはここから北東のパピヨン領にある、ゼノンの大聖堂のことだな。」

 

 ゼノン教団発祥の地・・・ではなく、ゲネシス原理主義者たちを追い散らかしてぶんどったAクラス立地の土地である。背景に背負う霊峰・シャーリーテンプルマウンテンはアルティマで一番高い山とされ、シャーリーテンプルジュースは観光お土産としても人気がある。

 

 「パピヨン領ならシャロンの家が近いわけか。そのシャロンはどこ?」

 「あれ、そういえばおかしいわね?レオナルドのエサやりをするって言ってたけど・・・?」

 「レオナルドに喰われたんじゃないか?」

 「そんなまさか。」

 

 サウリアから学園に戻ってくるまでの旅の仲間、カメのレオナルドは手乗りサイズに縮められている。

 

 「アタシ、温室まで見に行くわ。」

 「ウチも。」

 「私も。」 

 「オレも!」

 「全員フケようとすな。」

 

 デュラン先生が声を荒げても、ぞろぞろと全員で廊下に出ていくのを止められない。結局デュランも後をついていって温室へとやってくる。

 

 全体がガラスで出来た建物の扉をくぐると、むっとした生暖かい空気が出迎えてくれる。この温室ならば、熱帯・亜熱帯のサメルやサウリアの気候を再現することが出来、リクガメのレオナルドにも過ごしやすい環境を整えることが出来るのだ。

 

 「あっ、いたいた。」

 「おーい、シャローン。」

 「ゲッ!」

 「なにが『ゲッ』なの?」

 

 髪を纏めたシャロンが、ばつが悪そうな表情で何かを隠すように立ち上がった。

 

 「なに?なにかしたのシャロン?」

 「どうせレオナルドにセロリを食わせてたんだろ。朝も出たし。」

 「よくないなぁ、そういうのは。」

 「うう・・・。」

 「いいんだよ、セロリなんかおいしくないだろ。」

 「あん、なんでケイがいるんだよ。」

 

 温室の隅の椅子に、ローブを纏ったケイも座っていた。どこから持ち出したのか優雅にティーセットを広げて嗜んでいる。

 

 「で、実際のところなにしてたの?」

 「えっ、いや、その・・・セロリを・・・。」

 「ここ、花が咲いてなかったっけ?」

 「ギクッ。」

 「レオナルドはどこいった?」

 「池にいるんじゃない?」

 「ギクギクッ。」

 「池の中にあんな島が浮かんでたっけ?」

 「ギクギクギクッ。」

 

 温室の一角にある池に近づくと、石がむくりと起き上がって顔を見せた。

 

 『くぷ!』

 

 「おー、やっぱりレオナルドだった。」

 「なんか、デカくなってね?昨日はこんなに大きくなかったろ。」

 「ごはんをあげに来たら、こうなっていましたの・・・。」

 「なんか変なものあげんたん?」

 「毎日セロリあげるから。」

 「毎日ではないですの!たまにですの、たまに。」

 「で、ケイは何か知ってるわけ?」

 「ん?」

 「そのために来たんだろ。」

 

 ティーカップを置いたケイは徐に立ち上がると、ピュイと口笛を吹く。するとレオナルドはのそのそと陸へ上がってくる。

 

 「別に成長期ってわけではないらしいよ。」

 「じゃあ、前にあったみたいにダークマターの影響?」

 「とも違うらしい。巨大化をコントロールする能力自体はこいつには元から備わっていたんじゃないかな。」

 「元から?生まれ持ってたってこと?」

 「遺伝子的に操作されているせいかもしれんが・・・今回に限って原因が別にあるとすれば、ストレスとかかな。」

 「ストレス?」

 「ここそんなに住み辛い?」

 

 気温は高めで、湿度もそこそこ。爬虫類が暮らすには住みやすい環境ではある。

 

 「そういうのじゃなくて、もっと外敵とか、天敵に対抗するために身を強くしようとしてるんだと思う。」

 「敵?」

 「恐獣とか。」

 「それかシャロンがセロリをあげてるせいかも。」

 「そんなことありませんわ!おいしそうに食べてますのよ!」

 

 『くぷくぷ!』

 

 のそのそとレオナルドはシャロンのそばまでやってくると、嬉しそうに脚に顔を摺り寄せる。

 

 「それで花まで食べちゃったと。」

 「お腹空いてるんだな。」

 「そうなんですの・・・どうしましょうこれ?」

 「そのうち前みたいに50mぐらいまでデカくなるんじゃないのか?」

 「そうなるとここでも飼えないな。」

 「いっそゼノンで預かってもらうとか?検査がてら。」

 「そう、ゼノニウムだ。シャロン、ゼノニウムまで案内してくれないか?」

 

 話を戻そう。故郷であるパピヨン領の地理にも詳しく、自身もゼノンの所属であるシャロンの存在は非常にありがたい。

 

 「ゼノンに顔の利くシャロンと、ワタルおんじの血縁であるドロシーかエリーゼは欲しい。」

 「それでいっそクラス全員で行こうぜって話に。」

 「なってない。許可出してない。」

 「許可するわ。」

 「いえーい!」

 「塾長!?」

 

 いつの間にか、温室の入口にはアイーダ塾長が立っていて、鶴の一声で認められた。

 

 「しかし、なんで?」

 「うん、昨日私もワタル叔父さまに相談をしたのよ。ノメル全体も、恐獣の脅威に対抗するために力を固めるべきだとね。」

 「ほうほう。」

 「ワタルおんじに?」

 「アキラはバロンの所属として、シャロンとカルマとゲイルはゼノンとして、ゼノニウムへ出向するように招集がかかったわ。」

 「ノメルの戦力が一気に集まるってことか。」

 

 おお、とどよめきがおこる。

 

 「それがなんでクラス全員でってなるの?」

 「まずさっき言った4人が抜けるでしょ?それにドロシーにもゼノニウムを見てきてほしいし、それならどうせなら全員で遠足に行ってきてもらって、見聞を広めてきてもらってもいいかなって。」

 「しかし、パピヨン領まで馬車を飛ばしても5日はかかりますよ。」

 「勿論授業はしてもらうわ。旅の道中で。」

 「胃に穴が開きそうです。」

 「嫌ならやらなくてもいいんだぜセンセー?」

 「お前らだけで行かせたら、それこそなにするかわからん。」

 「へへっ、そうこなくっちゃ。パピヨン領は何が有名なんだ?」

 「観光産業が盛んで、温泉もありますわ。」

 「いいね、ゆっくりと疲れを癒したいもんだ。」

 

 胃薬の補充を考える先生とは対照的に生徒たちは気楽な遠足気分だった。

 

 ☆

 

 「で、だ。」

 

 すぐさまデュラン組は遠足の用意を始めることとなった。と言っても、持っていくものは最小最低限、以前の行軍とは違って街道沿いに馬車でのんびりと気楽な旅を行く。

 

 「旅は身軽が身上、積み荷と言えば仲間たちと、ほんの少しの冒険心。」

 「誰の言葉?」

 「さあ。でもいい言葉だ。」

 

 アキラは特に身軽だった。なにせ物に執心がないし、着の身着のままでアルティマへやってきたのだから、旅先に持っていきたい思い入れの品などない。

 

 反対にドロシーはカバンに詰め込むものに思案している。あれもこれもと考えていては埒が明かない。

 

 「俺一人だけだったら一瞬で行けるんだけどな。」

 「アキラは鏡で転移が出来るしな。」

 「正直、スペリオンにこの能力がなかったら俺はどこにも行かなかったけどな。」

 「言えてる。」

 

 いまや恐獣はアルティマ中で見られる存在となった。それと同じくしてスペリオンもまた、東に火を吐く恐獣あらば行って打ち倒し、西に風を起こす恐獣あらば行って投げ飛ばし、南に地を割く恐獣あらば行って引き裂き、北に水を起こす恐獣あらば行って鎮め・・・と。今やアルティマにスペリオンを知らないものはいないと言っていいぐらいだ。

 

 「でも、それもアルティマの各所に通信鏡がおいてあったおかげなんだよな。」

 「ああ、体を光に変換して、光通信に乗ることで大陸の端から端まで一瞬で。教えてくれたのはケイだけど。」

 「ケイはホントになんでも知ってるよな。」

 「便利なやつだよまったく。」

 

 ケイはふらっと現れてはふらっと消えているが、なんだかんだ力を貸してくれている。アキラがアルティマに来て最初に会った人間だが、アキラはケイのことを何も知らない。知ろうともしていない。

 

 「そういうアキラの方こそ、人のこと言えてないんじゃない?」

 「というと?」

 「オレもアキラが前の世界にいたときのこと、知らないし。」

 「知らなくていいだろ、楽しくもないし。これから行くところの方がきっと楽しい。」

 「子供の頃行ったことあるけど、オレはあんま面白かった思い出ないな。」

 「その頃も今みたいにカバンをギューギューにしてたのかよ。」

 「いや、もっとちっちゃい頃だ。3歳ぐらい?」

 「七五三にでも参ったのかよ。」

 

 よいしょっと、とカバンに蓋をしたドロシーは改めてアキラに向き直る。

 

 「いいや、洗礼を受けたんだ、ゼノンの。」

 「洗礼?」

 「ゼノンの加護があるようにとか。あと洗礼名も貰った。オレは『ドロシー・エル・メルウェード』だけど、『エル』が洗礼名なんだ。」

 「宗教的な慣習か。」

 「アキラもなにか洗礼名をつけてもらうか?」

 「いらねえや。俺には親に貰った分だけで十分だ。」

 

 窓の外を眺めると、鳥の一団が飛んで行っていった。

 

 「親か・・・。そういえば、前にガイから話を聞いてたけど、アキラって両親と仲悪いのか?」

 「ん?ガイの言ってた俺の家族がどこまで一緒なのかは知らないが、俺は嫌ってない。」

 「じゃあ、なんで距離を置いてたの?」

 「愛してるからこそ、近くにはいられないと思ったからだ。」

 「わかんねえの、そういうの。」

 「わからなくていい。」

 

 理解されることもないだろうという達観からか、アキラは遠い目で窓の外を眺めていた。

 

 ☆

 

 「さっ、全員準備は済んだな。」

 「オッス!」

 「では出発だ・・・はぁ。」

 「センセー、なんで出発もまだなのにそんなに疲れてるの?」

 「大人になればわかる。」

 

 ようやく馬車の準備が出来た。積み荷は最低限で、道中の町で補給をしながら片道たっぷり5日間の旅に出る。

 

 『くぷくぷ!』

 「レオナルド、おとなしくしてるんですのよ。」

 

 その積み荷で一番面積をとってるのが半端に大きくなったレオナルドであるが。

 

 「前みたいにもっと大きくなって、みんなを乗せて歩けるようになったら一番楽なんだけどね」

 「このサイズじゃ一人か二人が限界かな。」

 「また大きくなられても困るよ。」

 

 体の大きさをコントロールできればいいのだけれど、そうでなくてはエサ代も場所もバカにならない。早急な対処が求められている。

 

 「あー、しまった。」

 「どしたアキラ?」

 「忘れ物?」

 「いや、出かける前におっちゃんのコロッケそばを食べておけばよかったなと。」

 「帰ってきてからのお楽しみにしときなよ。」

 「呑気なもんだな・・・。ノートは?」

 「ここにある。」

 

 アキラは腕を組んだまま懐をポンポンと叩く。とその時、スペリオンの腕輪が震えているのがわかった。

 

 「んっ・・・出たな。」

 「何が出た?」

 「月が出た?」

 「いや。すまん、ちょっと俺はやることを思い出した。」

 「おいおい、コロッケそばぐらい向こうでも食えるぞ。」

 「ちゃうわい。すぐに追いつくから、先に行っててくれ。」

 「すぐに追いつく、って。馬の足だぞ?」

 「俺にはチーターより速いって自信がある。」

 

 ひょいひょいっと座席の間をすり抜けて、最後にレオナルドの甲羅を跳び箱にして馬車の背部からとび出す。

 

 「ミラー・イン!」

 

 腕輪の示す恐獣のもとへと急ぐ。鏡の世界を通り抜けた先は、光の支配する昼の世界とは打って変わった闇夜の世界。遠くに悲鳴や怒号が飛び交っているのは分かる。

 

 「とうちゃく・・・っと、ここはどこだ?まあどこでもいいか。」

 

 背の高い赤い壁の建物が立ち並んでいるし、少なくともメルカの方ではない。加えてキャニッシュ領は今は夏の時分だというのに、ここいらは肌寒から南半球で、となるとシアーの方か。アキラもまだ数回しか来たことがなく、そのいずれもスペリオンとしての都合でだ。

 

 まったく、恐怖!SF恐獣惑星になってしまったこの星の運命はいかに。これじゃあ恐獣が怖くておちおち観光もできまい。いっそ恐獣を新たな観光名所にして、恐獣まんじゅうでも売った方が役に立つのではないだろうか。

 

 などとバカなことを考えていないで、まずは建物をよじ登って敵の姿を探す。

 

 「あっちだな。」

 

 姿までは完全に捉えられてはいない。が、その存在感はありありと見て取れる。遠くにあっては音に聞け、近くによって目にも見よ。もっと見たければ近くに行くべきだ。ババッと建物の屋根の上を素早く行けば、人でごったがえした道を走るよりも早く着ける。

 

 「ん?あれは・・・またタコか?」

 

 港まで近づいて目を凝らして見つめてみれば、見覚えのある触手が海面から生えてきているではないか。思い出されるのは今日の早朝、ちぎっては投げたタコ恐獣のこと。

 

 同じモンスターが使いまわされるなんて、そうとう製作費に困った番組と見える。

 

 「『スペル・クロス』!!」

 

 ヒーローが現れて、戦って、勝つ!実にシンプルな番組だ。これで30分持たせるのいささかキツイが。

 

 星の瞬く空に閃光が走ると、かつて光の人と呼ばれた巨人が現れる。その様を人々は一瞬逃げることも忘れて見惚れる。

 

 『いくぜっ!』

 

 わなわなと揺れている触手をむんずと掴む。スペリオンの握力であれば、こんなもの引きちぎるのは容易い。

 

 『ふんっ!』

 

 さっそく一本を千切って放り投げる。本体から切り離されてなおしばらくウネウネとのたうちまわっているのを尻目に、スペリオンは次々に手にかけていく。

 

 『2つ!3つ!4つ!』

 

 みるみるうちにタコの足で山が出来上がっていく。今夜はタコ鍋だ。

 

 『・・・6!7!8!9!・・・10?』

 

 途中ではたと気が付いた。こいつは見た目タコなのに、どうして足が8本以上あるんだ?今しがた千切った10どころか、まだまだ海面から足は出てくる。

 

 楽勝などという考えはすこぉし甘かったようだ。狼狽える間もなく、触手の軍団がスペリオンの体を絡め取り、宙に持ち上げた。

 

 『こっ、こいつ、パワーもすごいぞ!』

 

 毒の棘などは持っていないようだが、それでも筋力だけでスペリオンの体をギリギリと締め付ける。しかしこれだけでは終わらない。

 

 『な、なんとぉー!?』

 

 ザバァッと海面から本体が顔を出してみれば、その異常性は一目瞭然であった。タコの脚の中心、すなわちタコの口のある部分から覗いているのは鋭い牙。サメの頭である。

 

 『こいつ、前に倒したバンジャークの頭か!』

 

 ただその瞳には生気がなく、白く濁ってゾンビのようである。だがその顎は餌を求めて音を鳴らしている。

 

 『だが蘇えったってんなら、今度は火葬にしてやるぜ!』

 

 スペリオンは張り詰めていた腕の筋肉を収縮させて、拘束の間に隙間を作るとサッと引き抜く。

 

 『気功、ファイアー!』

 

 印を組んだ指先から、煌々とした炎を吹き出す。サメの頭は骨も残さずに燃え尽きる。

 

 『よーし、これで・・・ぶっはぁ!?』

 

 胴体を掴む触手の力が緩むのを感じていた時、それとは別の衝撃が背中を襲った。

 

 『なんだよ、ったく・・・。』

 

 せいぜい友人に後ろからどつかれた程度の痛みしかなかったが、それでも後ろから攻撃を喰らうというのは頭にくる。振り返ってみれば、なぜそうなるのかの判別もついた。

 

 『あれは・・・またヴィクトール商社かよ。』

 

 どういうわけかスペリオンを目の敵にしてくるヴィクトール商社の私兵部隊が、大砲をこちらに向けてきてるではないか。

 

 『するってぇとここは、ヴィクトール商社のナワバリだったのかよ。』

 

 なら、別にアキラが介入しなくてもなんとかなっただろう。ヴィクトール商社は、アルティマの中でも一歩も二歩も先を行く技術力を持っており、恐獣を自力で倒せるだけの戦力ももっている。

 

 『まあ、助けるんだけどね。』

 

 敵に背中を見せるのは癪だし。一度ファイトを始めたなら、最後まで倒しきるのだ。

 

 頭に力を籠め、光の髪・オプティックファイバーを振り乱して体に巻き付いた触手を焼き切る。

 

 『どりゃーっ!一本釣りじゃーぃ!』

 

 まずは敵を海中から引きずり出すと決めた。敵はその強靭な職種と吸盤の力でもって海底に張り付いているようだが、その抵抗すらものともせずにスペリオン・Aは腕を振りぬく。

 

 海中からとび出した姿も、また異様だった。タコのような丸い体を想像していたが、硬く巨大な巻貝のようなものがでっかりと体の大部分を占めている。アンモナイトやオウムガイのようなものだろうか?

 

 『海のキメラ・・・なら『カイキメラ』と名付けてやる!』

 

 まあ、とにかくそのカイキメラを空へめがけてぶん投げた。すると次はどうなるか?地球の重力に引かれて落ちてくるというのがこの世のさだめ。

 

 「退避ィイイイイイイイ!」

 

 『不運』なことに、『偶然』にもスペリオンが放り投げたカイキメラが、ヴィクトール私兵の真上に降ってくるという『事故』が起こってしまった。

 

 『あんまり街中で戦うのもアレだけど、こいつのことはちぃと調べさせた方がいいだろうからな。地上で倒させてもらう。』

 

 いかに|奇怪〈きっかい〉な恐獣であろうと、しょせんは水棲生物。陸に挙げてしまえば文字通りまな板の上の鯉。どうとでも料理できる。腐臭がややあって活け造りはあまりおいしくなさそうだが。

 

 さしあたってまずは体を覆う殻を破壊してやろう。でんでん虫なんかのような殻のある生物は、決まって殻の中には柔らかい内蔵が直に詰まっており、腸を抉り出されればもれなく生物は死ぬ。

 

 海から足を揚げると、上腕のしならせながらスペリオンはカイキメラに肉薄する。

 

 『ホワッチャァ!!』

 

 拳をうならせ一発、サメの顎があった場所を打ちぬく。カイキメラ夜空に弧を描いて市街地を飛び越えていった。どんどん水場から離れていく。こうなってしまえばますます水棲生物に立つ瀬は無い、はずだった。

 

 『さぁーって・・・なに?』

 

 もぞもぞと蠢くカイキメラが『立ち上がった』のだ。通常の人間には見通すことのできない闇夜の中だったが、スペリオンにはその様子がはっきりと見て取れた。

 

 『足が生えやがった!?』

 

 タコの触手ではない、もっと明確な『足』が生えた。細くて堅そうなそれは、カニやヤドカリのものにも見える。

 

 『だが、今更そんなものが生えたところで!』

 

 どうというのだ!と続けたかったが、街々をなぎ倒しながら猛進してくるカイキメラの巨体に圧倒される。

 

 『パワーも上がってやがる!?地上に対応するように進化してやがるってのかよ!』

 

 タコの足に大きな殻がついた体では、地上で自重を支えることも出来なかったはず。だというのに今は元気に動き回っているのは理不尽に片足突っ込んでいる。そのうち空飛ぶようにもなるんじゃないか。

 

 『やったらぁよ!』

 

 さりとてそれでたじろぐスペリオンでもない。敵が強くなるのなら、そのさらに上から押しつぶしてやる。今度は山向こうにまで投げ飛ばしてやろうと息巻く。

 

 『ぐっ!いてぇなちくしょうめ!』

 

 触手の長いリーチを生かしてスペリオンを寄せ付けない。見れば、触手の先端も槍のように研ぎ澄まされている。

 

 『なら、遠距離から焼く!』

 

 スペリオンは身を翻して、指で印を切って炎を吹き出す。これは少し効いたらしく、カイキメラは触手を引っ込める。

 

 『よし、これなら・・・っでぇ!』

 

 またスペリオンは背中に痛みを感じた。振り返るとまたもヴィクトール私兵が戦列を組んでいる。仕事熱心なことに辟易とする。本当の敵は別にいるだろ?と文句の一つも言いたくなった。

 

 『って、そこにいると危ないぜ・・・っとわぁ!?』

 

 その本当の敵から、スペリオンも目線を外してしまったがため、カイキメラが態勢を立て直す隙を与えることとなってしまった。巻貝のような殻に触手や足を引っ込めると、ゴロゴロと転がりながら向かってくるではないか。

 

 『避けたらこいつら潰されるよな・・・ええい、ままよ!』

 

 肩からぶつかっていって、カイキメラを止めにかかる。衝突の瞬間、空気が弾けて衝撃波に変わる。建物のガラスは一様に砕け散り、吹き飛ぶ。

 

 『ぐっおぉおおおおおおお・・・。』

 

 パワー勝負では負けないつもりだったが、勢いに押し切られて後退するスペリオン。なおもカイキメラのローラー攻撃は止まらず、スペリオンも負けじと何度もトライする。

 

 『ったく、せめてとっとと逃げりゃいいもんをよ・・・。』

 

 スペリオン、いやアキラはまだまごついているヴィクトール私兵たちを恨めしく見やった。もはや人知の及ばない巨大な戦いを前にしておろおろとしている様子だったが、一人が逃げ出すと堰を切ったように全員がどたどたと逃げ出した。

 

 それを見て一瞬気の抜けたスペリオンは吹っ飛ばされ、仰向けに倒れ込んだ。現代の明かりの点いた街中では拝めないような、満天の星空が視界に入る。

 

 さて、どうやって倒したものか。その答えは、力任せにぶっ飛ばすということで変わりはしないのだが、なんだか疲れてきた。たまにはこうして空を見上げて現実逃避するのも悪くはない・・・時と場合があるが。

 

 『ん、なんだ、あの飛行機は?』

 

 ふと、上空をぐるぐると旋回している存在が目に入った時、それをアキラは『飛行機』と認識した。

 

 アルティマに来てしばらくになるが、飛行機を見たのは初めてだ。あれは一体・・・ヴィクトールの兵器か?

 

 『まっ、なんでもいいか。』

 

 両足でカイキメラの突進を押し返すと、飛び起きて気力を募る。オーディエンスが増えたと思えばやる気も出てくる。

 

 『こちとら、殴るしか能がないんだ。』

 

 再び転がってくるカイキメラを、四股を踏んで待ち構えるとツッパリの一発で跳ね返す。

 

 『なら殴りぬけさせてもらう!』

 

 大きく吹き飛ばされて後退したカイキメラに、間髪入れずに拳を叩き込む。また後退したので、今度はヤクザキックを叩き込み・・・と繰り返して街の外の山の向こうまで押し出す。

 

 このまま籠っていても分が悪いとさすがに悟ったカイキメラは、殻から体を出して触手を振るったが、もう遅い。スペリオン・Aは止まらない。

 

 槍のような触手の突きの悉くをスペリオンは掴み、纏めて括って一本の綱にすると、ハンマー投げのようにぐるぐると回転させる。

 

 『叩きつけるッ!!』

 

 一発、二発と地面に大きなクレーターを作る。自重をモロに喰らう投げ技によって、とうとう殻にヒビが入った。

 

 『トドメだぁ!』

 

 乱雑に触手を放り投げると高く跳びあがり、地面に埋まった殻に目掛けて手刀を振り下ろす。

 

 『ぶっ壊れろぉおおおお!!』

 

 ヒビは割れ目となり、スペリオンは割れ目に手を突っ込んで左右に引き裂く。カイキメラは黒い血飛沫を上げながら悶絶する。

 

 『ハァッ・・・ハッ・・・終わった・・・。』

 

 ボッと体を一瞬発光させて、返り血を吹き飛ばす。疲れた顔を上げるころには、東の空には太陽が昇りつつあった。

 

 真上を見ると、まだあの飛行機はこちらを窺うように飛んでいたが、やがて太陽に背を向けて消えていった。

 

 スペリオンもそれを少し見送ると、朝焼けの光の中に溶けていった。

 

 ☆

 

 「げげっ、ミラーボックスが壊れてるだと・・・。」

 

 ぶらぶらと歩いて結構呑気にしていたアキラだったが、自分がこの街に『入ってきた』入口である公衆ミラーボックスの前に戻ってきたところで愕然とした。

 

 大陸の反対側とも通信ができ、アキラにとってはワープポイントでもあるミラーボックスは、恐獣が暴れた余波で瓦礫に潰されて無残な姿となっていた。暴れたのはスペリオンも同じなので、自業自得でもあるのだが。

 

 こうなってしまうと帰る手段はない・・・なんてこともない。スペリオンに変身して空を飛んで帰ればいい。さすがに大陸の端から端となると体力の消費が激しくなるが、決して無理ではない。

 

 「いや、しかし待てよ。あの飛行機のことも気になる。」

 

 西の空へと消えていった、正体不明な飛行機。あの存在がどうしてもアキラの心には引っかかっていた。まるで喉に刺さった魚の小骨、歯に挟まったイチゴの種のように。

 

 ヴィクトールの技術力というのがどれほどのものか、しばしこの街に残って調査をするのもいい。

 

 つまりは東へ向かうか、西へ向かうかの選択だ。

 

 「うーん・・・悩むな。」

 

 ポクポクポク、と頭の中で木魚を叩くがリンの代わりに鳴ったのは腹の虫。

 

 「ま、まずは腹ごしらえしてから考えるか。やっぱりコロッケそば食っておけばよかったな。」

 

 この世は万物流転、ケセラセラ。なんとかなるけど歩き始めなければどうにもならない。



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宙を翔る翼

 朝の陽射しを浴びて銀色に光る翼が、シーアの寒空を切り裂いて近くに大きな屋敷の見えるところまでやってきた。

 

 「着陸態勢。Gディフューザー出力調整。」

 「周辺人影、障害物なし。軸線よろし。」

 「ライサー。」

 

 フロントシートで操縦桿を握る若い女性パイロットが着陸準備に入ったことを伝えると、リアシートのやや年上の男性がナビをする。目にも鮮やかな山吹色のスーツには『U-NEST』という文字と翼を広げた鳥が描かれた腕章が着けられている。

 

 自由落下よりも僅かに緩やかな速度で垂直に舞い降りると、3mの高さで寸分違わずに静止して降着脚を出す。少し砂ぼこりを巻き上げながら着陸する。

 

 「着陸完了。」

 「ライサー。・・・光子残量87%、か。」

 「もっと節約して飛べって?」

 「もっと節約できるよう作るべきだった、って。」

 「じゃあよかったじゃん、改善点見つかって。」

 

 数時間ぶりに大地へと帰還した2人はシートベルトも外さず、計器の数値を記録しつつ、地に足の着いた感触を味わいつつ多少まどろんでいた。

 

 「それにしても、こっちの世界にも『スペリオン』がいたなんて。」

 「同じ名前で呼ばれているのかは知らないが、あれも間違いなく『スペリオン』だろう。肩書じゃなくて、本質的な意味で。」

 「でも姿が違った。髪が生えてた。」

 「あれも強化形態なんだろう、おそらくは。」

 

 と言うよりも、二人は外に出たがらなかった。エンジンを切った機体を囲うように、いつの間にか複数の視線が並んでいる。それらは別段なにをするでもなく、ただじっと二人が降りてくるのを待っている。

 

 「・・・行くか。」

 「ええ。」

 

 ややもったいつけるようにメットを外しながらシートを動かして機体の後部にあるハッチから外に出ると、外から見ていた連中・・・ヴィクトールの私兵たちを一瞥し、キャップに被り変えて屋敷の方へ歩を進める。

 

 屋敷の中へ招かれると、特に迷うこともなく二階の奥の部屋へとやってくる。二人とも息を整えて、と言うよりもため息をついてノックを3回する。

 

 『どうぞ。』

 

 それからまた一呼吸おいて男がドアノブを捻り、女性はその後に続く。部屋の中、窓際で佇んでいるヒゲのおっさんこそ、ヴィクトール商社のトップ『マシュー・ヴィクトール』である。

 

 「やぁ、よくぞ帰ってきてくれた。」

 「どうも。」

 

 促されるままにソファーに座る。

 

 「それで『先生』、首尾を聞かせてくれるかな。」

 「その前にひとつ確認しておきたい。」

 「なんだね?」

 「出撃前の・・・今回は『依頼』という形だったが。それは『リーアンの街に現れる敵を倒してほしい』ということだったな。」

 「そうだ。」

 「では結果はノーだ。俺たちはそもそも戦闘を行わなかったし、そうなるような事情もあった。」

 「・・・聞かせてくれるかね?」

 

 ヴィクトールは表面上は意外そうにしているが、その内心では大して驚いていないことが『先生』と呼ばれた男にはわかった。

 

 「まず、こちらの『マルスピーダー』のエネルギーには限界があるということは理解してもらっているはずだったが。」

 「そうだとも、|光子〈フォトン〉バッテリー、実に素晴らしい『地球』のエネルギーだ。」

 「それはこの『アルティマ』では補充できない。故においそれと使うことは出来ない。機体を浮かすにも、光子砲にも使うのだから。」

 「他に武装はなかったのかね?」

 「『オデッセイ』はワープ航法実験機だから、余計な武装はついていない。」

 

 その光子砲だけでも自衛には十分。だがこういった不測の事態にそなえて、予備の武器は用意しておくべきだったと今は後悔している。

 

 「もうひとつ。先に確認した依頼について関わること。」

 「それのどこに問題が?」

 「『敵』の定義とは何か。タコだかイカだかわからんような『恐獣』のことだったのか、それとも後から現れた『巨人』のことか。」

 「その両方だ、あれらこそ『我々』の敵だ。」

 「そう。恐獣はともかく、巨人の方は街も人も守っているようにも見えたが、同時に砲撃を受けていたよ。」

 「言っただろう、その両方ともが敵だと。」

 「だがその敵のことをこの五日の間には言ってくれなかった。故に、巨人が敵なのかどうか判断をしかねている間に、巨人が恐獣を倒した。以上が顛末だ。」

 

 それなりに筋の通った建前は提示できた。これにヴィクトールはどう応えるか。

 

 「なるほど、たしかに説明不足であったことはこちらの不手際だった。謝ろう。」

 「他には何か?」

 「いや、今はいい。戻って休んでくれたまえ。」

 「そう。じゃあ行くか。シエル。」

 「うん?うん。」

 

 話に入ってこなかった『シエル』と呼ばれた少女は何をしていたのかと言うと、自分の指をじっと見ていた。そんな上の空なシエルを連れて、先生は部屋を後にする。

 

 「・・・やはり信用ならんか。」

 「そうだろうそうだろう?アレはよくない。」

 

 一人、部屋に残ったヴィクトールがごちると、またどこからともなくフードの男・ヴェノムが現れる。

 

 「久しぶりに『地球』の人間に会って心躍ったものだが。」

 「アレはスペリオンに与する者だよ。」

 

 スペリオンの名を聞いたところで、ヴィクトールの顔はにわかに険しくなる。

 

 「ええい、力を失ったと思っていたあの巨人が復活するとは。なんとも腹立たしい。」

 「我々はどうやら相手を少々見くびっていたようだ。」

 「そうだな。彼らに始末を任せたかったが、そうもいかんとなれば致し方ない。宇宙進出の技術というものには心惹かれるものがあったが、手に入らないのであれば消してしまうのもまた及第点だ。」

 

 そこまで考えたところで、ヴィクトールはふぅむと顎髭を撫でた。

 

 「警戒をもっと強めよう。不審な行動が見れたら即拘束できるように・・・。」

 「ならば、『包囲網』をもうひとつ作っておこうか。」

 「どうするつもりだ?」

 「今にわかる。」

 

 ヴェノムはくくっと嗤うとまたフッと消えた。

 

 ☆

 

 「指がどうした?」

 「爪、伸びたなって。」

 「爪切りは?」

 「家に置いてきた。アレじゃないと使い心地悪いし。」

 「俺の使えよ。」

 「パパ~切って~。」

 「子供みたいなこと言うな。」

 

 そうして自分たちにあてがわれた部屋に戻っていく。当然男と女、部屋は別々。だが二人とも同じ部屋へ入っていくと、カギをかけて備え付けのシャワールームに入る。

 

 二人とも緊張状態から解放されたので、一汗流したいのはもちろんだが、その前にもう一つやることがある。シエルは蛇口を捻ってシャワーを出す。これで浴室内はシャワーの音に支配される。

 

 「で?」

 「やっぱり、信用ならないなあの男。意図的に情報を隠してることもそうだし、こちらをいいように扱えないか探ってるのがわかってしまった。・・・スペリオンのことも教えてはくれなかったしな。」

 「こっちの真意を悟られてる可能性は?」

 「こうして秘密裏に相談してることはバレてなさそうだ。が、そのうち手に負えないと判断したら実力行使してくる可能性が高い。」

 

 出来ることなら、上着の下に隠したホルスターに手をかけるような事態にならないと願いたいものだ。

 

 「ご丁寧にマルスピーダーの周囲を警戒してくれてるし。頼る相手間違えたんとちゃう?」

 「状況が状況だった。」

 「知ってる。地獄に仏かと思ったら、手に手を取ったのがとんだ悪魔だった。」

 「同じ『地球』から転移してきた人間だったからといって、必ずしも善良だとは限らないかったな。」

 

 それでも、周りすべてが明確な敵だらけという状況じゃなかっただけ幾分マシかもしれないが。住む世界が変われば価値観だって変わる。ヴィクトールが自分たちと似通った価値観を持っていたのは幸いでもある。

 

 「こっから出てったとして、アテはあるの?」

 「ない。飛ばしてるだけで大体2%使っているのを考えると、闇雲に飛び出すのは自殺行為だ。当面の間は面従腹背を続ける。」

 「まだマズい飯が続くのね。」

 「マズくはないだろ、食い飽きたが。」

 「肉料理なら、ハンバーグが食べたいわ。ワニのステーキはもうごめんよ。」

 「・・・油ものがだんだんキツくなってくるのに、寄る年波を感じるよ。焼き魚とみそ汁か食べたいな。」

 「・・・帰れるといいわね、アタシたち。」

 「帰るさ、まだやることが残ってる。」

 「知ってる。」

 

 まだ『実験』の途中だ。成果を結ばせるためには帰還してデータを持ち帰らなければならない。こんなところで立ち止まることも、墜ちることも許されない。全人類の未来がかかっている旅路の途中なのだ。

 

 「で?さっさと出てってほしいんですけど?」

 「わかってる、ちゃんとカギ閉めてシャワー浴びろよ。」

 「誰かさんが覗いてくるかもしれないし。」

 「覗かんわ。結婚してるんだぞこちとら。」

 

 シャワーを止めてバスルームから出ると、先生も自分の部屋に戻ろうとする。

 

 「じゃ、また後でな。」

 「ん、お疲れ。」

 「ああ。お疲れ。」

 

 ガチャリとカギのかかる音がするのを確認して、すぐ隣の扉に手をかける。こちらもカギをかけると、パイロットスーツを脱ぎ、キャップを捨ててベッドに倒れ込む。

 

 「疲れた・・・。」

 

 慣れない環境・・・地球には変わりないはずだが、全く別な大陸、別な文明、『異世界』と呼んで差し支えない。周りからの視線に針の筵にされ、環境も劣悪とはいえないまでも、のしかかるプレッシャーというのも半端ない。

 

 唯一安らげるのは、こうしてあてがわれたプライヴェートルームだけ。その安息の領域も、どこに隠しカメラや盗聴器があるかわからない。ウライヴェートが聞いて呆れる。

 

 「・・・シエルのメンタルケアも必要になるか。」

 

 男勝りな性格はしてるがあれでも年頃の女の子。内心では結構傷ついていることだろう。特に、食事について文句を言っていた。

 

 「なにか、うまいものでも探してみるか。」

 

 シートの下に非常食のレトルトパックがあるが、ほかにも何かないか探してみるのも気分転換にいいかもしれない。一番は家で妻が作ってくれる手料理・・・。

 

 「七海・・・慧・・・。」

 

 瞼の裏に家族の顔が浮かんだ。今頃どうしているだろうか。

 

 ☆

 

 「うーん、あんましおいしくないなこの蒲焼。」

 

 一方、一部瓦礫と化したリーアンの街で、アキラは屋台のワニの蒲焼を貪っていた。以前、この辺りに来たガイやドロシーたちも同じものを食べたことを聞いていたが、それとおおよそ同じ感想を抱いていた。

 

 「ヤキトリみたいにするなら普通に鶏肉が食いたいし、そもそも普通のブタやウシはいねーのかよって感じ。このへんだとワニ肉の方が安いのかな?」

 

 そのへんの事情についても、頭のいいガイやケイ、デュランせんせーならわかるんだろうけど、食料事情を探ることが今回の本題ではない。西の空へ飛んで行った飛行機を探す。

 

 幸い、この辺りの事情に詳しそうなヴィクトールの兵隊さんたちが、街の復旧のために来ている。普段のアキラなら少し手伝ってやってもいいかと思うところだが、今日はそんな気分ではない。

 

 「さーて、誰に聞いたものかな。」

 

 ところがどっこい、2、3人捕まえて話を伺ってみたものの、その誰もが知らぬ存ぜぬで通してくる。これではいかんかと別の方法で『お話』してみようかと思案していると、ちょうどいいところにちょうどいい顔が見えた。

 

 「ようジュール。」

 「えっ、アキラ?なんでここに?」

 「んー、まあ・・・武者修行の旅ってところかな。」

 

 本来なら大陸の反対側にいるような人間がここにいたら、そりゃ驚かれるわな。と、アキラは苦笑する。

 

 ともあれ、なにかと出会うことが多いヴィクトール私兵の下っ端、ジュール。面識があるこいつなら何か事情も話してくれるだろうと見当がついた。

 

 「飛行機・・・あぁ、うん。」

 「教えてくれ。どうしても気になるんだ。」

 「うーんでも口外するなって言われてるしなあ・・・。」

 「そうか。あれはヴィクトールの新兵器なのか?」

 「ううん、ちがう。」

 「西の方に拠点があるのか?」

 「それは言えないなぁ。」

 「ここから西には何があるんだ?」

 「マシュー・ヴィクトールの屋敷かな。」

 「なるほど、謎の飛行機はヴィクトールの屋敷にあるんだな。」

 「な、なぜ知っている?」

 「自分で考えてくれ。」

 

 行先の見当はついた。

 

 「そういや、なんでここはワニ肉ばっかり売ってるんだ?」

 「ワニの肉はね、ここから南の大陸のサウリアから安く輸入してるんだよ。」

 「安く買えるのか?」

 「う~ん、どっちかっていうと、サウリアの支援のために買ってあげてる感じかな。サウリアには爬虫人類の文明が住んでるんだけど、そいつらを育てて植民地としての価値を上げるとかどうとか。」

 「爬虫人類?」

 「そう、トカゲっぽい人たち。」

 

 よし、やることは決まった。まずやるべきは邪悪なトカゲのバケモノどもを根絶やしにするんだ。

 

 「んな物騒な。」

 「冗談だよ。あ、そうそう。俺がここにいるってことは誰にも言わないでくれ。ジュールが機密情報を漏らしたともいわないから。」

 「わ、わかったよ。」

 

 じゃねっ、と食傷気味になっていた蒲焼を一本ジュールにあげると街を飛び出して西へ向かう。

 

 屋敷までの道はそこそこあるが、しっかり整備されているし迷うこともない。アキラの足なら昼前には到着することだろう。

 

 「で。」

 

 太陽が空の真ん中に来るよりも前に、それらしい屋敷の前にまでやってきた。まさに貴族のお屋敷!という風体の建物と、それを守るように門と塀で囲まれている。

 

 「ヴィクトール商社は儲かってるみたいだな。」

 

 正面には門番が陣取っている。いささか人数も多く、どこかせわしない様子だった。特別に厳重な警戒がしかれていると見える。やはりここには何かある。

 

 アキラの身体能力なら適当なところから塀をよじ登って入れるし、わざわざ正面から堂々と入らせてもらう理由もない。フードを目深に被り、スカーフで口元も覆う。

 

 「よっこら・・・せっと。」

 

 外周にはお堀もないし楽に侵入できた。庭にはあちこちに植え込みがあり、隠れる場所にも困らない。そこからそっと見張りの様子を確認すると、どうやら屋敷の外の庭の方に集まっていっているようだった。

 

 (つまり、あっちに何かがあるってことだ。)

 

 そろそろと、植え込みの陰の間を縫って進んでいく。どうやらマシュー・ヴィクトールはガーデニングというもの無頓着らしく、広い庭に対して植え込みは枝が伸び放題で、花壇は雑草が生え放題で酷くこざっぱりしている。

 

 アキラも花には詳しい方だったし、土いじりや盆栽が趣味だったので、単純にこんな広くも無味乾燥な庭にはもったいなさを感じた。今はどうでもいいが。

 

 殺風景な庭を抜け、見張り兵が集まっている空き地にまでやってくる。見える範囲で5人、それぞれが明後日の方向を向いたり、談笑していてそこまで真面目そうに見張りをしているわけではなさそうだ。

 

 (コックピットの中には誰もいなさそうだな。)

 

 それに、見張りばかりでメカニックが整備しているわけでもなさそうだ。なにより、こんな風に野ざらしに置いてあること自体がおかしいとも言える。

 

 (『本当の持ち主』は屋敷の方かな?)

 

 手近な木に登ってじっと観察をしていたアキラはそう結論付ける。あの『ベヒモス』を含めて、メカデザインが今まで見てきたものと乖離しているし、せいぜい電気で動く船を所有している程度で、自動車も持っていないヴィクトールが飛行機なんか作れるとも思えない。

 

 何かの突然変異でポッとあんなマシンが生まれ出るはずもない、となると考えられる可能性は・・・

 

 (俺たち以外にも『平行世界』の人間が来たのか?)

 

 だとすれば、なおのこと接触する価値はあるだろう。そいつらが自身や、アルティマの脅威となるなら『排除』する。出来ればお友達になって終わらせたいが。

 

 踵を返し、屋敷に侵入する方法を探る。ドアの横には当然の如く見張りがいる。だが都合よく2階の窓が開いており、アキラに言わせれば『どうぞお入りください』という意味だった。

 

 (さーて・・・。まずは2階から探索すっかな。)

 

 抜き足差し足忍び足、音が響かない歩き方に切り替える。出来ればカーペットの上にも足跡を残したくはないし、目立たないように廊下の端を歩く。

 

 さて、探索するとは言ったものの目星がついていない。とりあえず、部屋を片っ端から調べていくとしよう。手近なドアに触れて中を覗くと、すぐにドアを閉じた。整頓された家財、シワひとつないベッド、そして足跡がない。使われていないことが一目瞭然だったからだった。

 

 (目星をつけるとすれば、足跡の数が極端に少なく、それでも出入りがある来客用の部屋、ってところか。)

 

 落ち着け自分、と冷静に務めるように言い聞かせる。人の動く音や話し声が聞こえてこないか耳を澄まし、手がかりひとつ見逃さないように目を凝らす。

 

 (んっ、この足跡は・・・。)

 

 目に入ったのは、『滑り止め』のついた足跡。今まで多く見ていた足跡には滑り止めがついておらず、アキラの靴も裏はツルツルにすり減っているが、これにはある。つまり、この足跡の主はヴィクトールの人間とは別の靴を履いているということだ。

 

 同じような足跡が、隣の部屋にも続いている。隣の部屋の方が出入りする足跡の数は多く、また歩幅もサイズも異なる。歩幅は一定で淀みない、だから健康な脚だ。そして歩幅からおおよその身長を想像できる。歩き方から性別もわかる。

 

 (一人は成人男性、もう一人はもっと若い・・・女性かな。)

 

 男が女の部屋に入りたびっている・・・何をしているか邪推するのは野暮か。アタリをつけながらドアノブを捻ってみるが、どちらの部屋もカギがかかっている。

 

 カギがかかった扉の前では、お祭りを開けというのは神話の時代から続く定石。さすがに歌って踊ったりするわけにはいかないので、ノックする程度にとどめるが。コンコンコン、と3回叩いて物陰に隠れる。

 

 1秒、2秒、3秒・・・と待っても中から人が出てくることも、中で誰かが動いているような気配もない。隣の部屋も同様に試すが、こちらも同じ返事がかえってくる。

 

 (・・・入っちまうか。)

 

 壊して入るのが一番楽だが、さすがにそれは憚られる。見たところカギ穴は現代でも見た一般的なシリンダー錠のようだし、これぐらいならすぐにピッキングできる。誰も来ないことを確認しながら、足跡の多い方の部屋の鍵開けを試みる。

 

 我ながら忍者というよりも泥棒のようだな、と自嘲しながらピックツールをカチャカチャといじると、ほどなくしてドアが開かれる。

 

 (楽勝楽勝っと。)

 

 ドアをそっと閉じると、内鍵をかける。これで密室が出来上がったし、多少安心して探索が出来る。ベッドは掛布団が投げっぱなし、椅子は机からとび出している、中はやはり最近使った形跡が散見された。

 

 さてさて、とまずはチェストの引き出しを順番に見ていく。しかしなにもなかった。ゴミ箱の中身は空、ベッドの下にはなにもない。どうやら、ここに長く住んでいるというわけでも、この部屋に愛着があるわけでもないようだ。

 

 クローゼットを開けると、バスローブが何着かかかっている。着心地も多分ホテル用のバスローブと変わりない。ポケットの中などには何も入っていないし、どうやら洗濯済みの新しいバスローブらしい。

 

 「こっちの箱はなんだろう?」

 

 ハンガーにかかっているバスローブとは別な、小さめの箱が目に入った。もちろん中身は確認する。

 

 「あー、何も見なかったことにしよ。」

 

 白い、逆三角形で、穴が3つ開いている布生地で、材質はたぶんシルク100%。化学繊維ではない。ありていに言えばパンティーだ。これも未使用の新品らしい。

 

 おそらくバスローブも下着も、一度使ったらクリーニングに出して、後から使用した分を補充するシステムになっているんだろう。このクローゼットにもめぼしい物は何もなさそうだ。

 

 「うーん、カバンとかないもんかね。」

 

 あったとしたら真っ先に調べる対象、秘密が隠されていそうなものは何もない。そもそも、部屋主は今どこに行っているのだろうか。隣の個室、シャワールームを覗いてみるが、つい最近使用した形跡はあれど今は誰もいない。

 

 この部屋は空振りのようだ。引き出したチェストやクローゼットを元に戻し、隣の部屋を見に行こうとドアの前まで行く。

 

 「おっと?」

 

 するとアキラがドアノブに触れる前に、ドアの外にそっと耳を澄ました。トントンと足音の振動をわずかに感じ、それはこちらへ近づいてくる。

 

 もしや、部屋主が戻ってきたのか?と、小さく舌打ちをすると、どうするかの選択肢が複数浮かぶが、すべてを読み上げて確認するヒマもない。ひとまずクローゼットの中に隠れる。

 

 芳しい香りの暗闇の中で、窓の外にぶら下がってやり過ごそうかとも考えたが、外に見張りがいると思うとそれは愚策だと却下する。むしろここは堂々と出迎えて『お話』を試みたほうがよかったか。だがもうドアが開く音が聞こえてきたので、その手も手遅れだ。

 

 『なによもう、結局ワニしか置いてないんじゃない。』

 

 聞こえてきた声は女の物。ドスドスと足音も荒くいきり立った様子で椅子に腰かける様子が、クローゼットのドアのわずかな格子の隙間から覗けた。

 

 (若い・・・が、ドロシーやエリーゼよりは年上か。)

 

 テーブルに頬杖ついてむすっとしている少女は、やや赤みがかって見えるブロンドを肩ほどにまで伸ばしたショートヘアで、年頃は19か20といったところに見える。

 

 オレンジのジャケット・・・パイロットスーツに身を包んでいるが、彼女本来のスタイルのよさはそこから惜しげもなくアピールしてくるから目に毒だった。ドロシーあたりが見たら相当羨むか僻むことだろう。

 

 『ふぅ・・・。』

 

 と、まじまじと見ていていたわけではないアキラだったが、その視線の先にあった胸元のジッパーを、少女はまさか自分が見られているとも思わずに下ろし始めた。

 

 反射的に目線をそらしたが、これはマズい展開かもしれないと背中が冷えてきた。クローゼットの中よりも、いっそ天井に張り付いていたほうがマシだったかもしれない。

 

 黙々と少女はジャケットを脱ぎ捨てると、たわわに実った双丘を震わせて、次はズボンのベルトに手をかける。

 

 (あーイカンイカン目に毒目に毒・・・。)

 

 見ちゃイカン、イカンと思いつつも手に汗を握る。もうここまで来てしまったら冷静に『お話』することも出来ない。腹を括ってプランBに切り替える。

 

 下着姿になった少女はなにも知らない様子でクローゼットのノブに触れ、引いた。

 

 「んむぅっ!?」

 

 瞬間、少女の顔は驚愕の色に染まる。何が起こったのか、そして起こっているのか、脳の処理が追いついていない。

 

 「むぐっ!?」

 「動くな、静かにしろ。」

 

 対照的にアキラは努めて冷静だった。素早く背中側に回ると片腕を首に、もう片方の空いた手を口に添える。

 

 「ぐっ!んんっ!!?」

 

 もしかしなくても、傍から見ればヤバい絵面である。だから、そうなる前に素早く堕としてトンズラしなければならなかった。

 

 『おい、シエル。』

 

 コンコン、とドアがノックされる。一瞬気を取られたアキラの鳩尾に衝撃が走る。普段ならその程度の痛みは屁でもなかったが、大きな音を立てさせるきっかけにはなった。

 

 ドアが勢いよく開くと、そこに少女が着ていたのと同じジャケットの男がいた。キャップを深く被っているので表情は見えなかったが、驚いているのはすぐわかった。

 

 だが同時に、すぐさま懐に手を伸ばそうとしているのが見え、それが銃を抜こうとしているのだと判断したアキラはその場で一回転して勢いをつけ、少女の身体を投げつける。

 

 「ぐふっ!!」

 「ぎゃんっ!」

 

 男は慌てて少女の身体を受け止めるが、勢いを殺しきれずに後ろ倒れこむ。廊下でやり合うと見つかる可能性が高いな、と今度は倒れ込んだ男の足を掴んで引きづって部屋の中にアキラは二人を投げ込み、ドアを閉める。

 

 「どうすっかなこれ。」

 「いっつ・・・。」

 「げっほごっほ・・・。」

 

 一番簡単なのは二人仲良く眠っていてもらうことだが、黙ってやられてくれないらしい。アキラがついた一息の間に、男は懐から銃を取り出して躊躇なく引き金を引いてきた。

 

 「あっぶね!」

 

 咄嗟にアキラは腕輪で銃弾をガードしたが、左手に嫌な痺れが来た。発砲音も妙に軽く、どうやら実弾の類ではなかったらしい。男は、自身の放った銃弾を弾かれたことに驚いたような素振りも見せずに、2発目、3発目を撃ってくる。

 

 銃口を見ていれば銃弾の軌道は読むことが出来るアキラには躱すのはこの程度わけない。背後の壁や天井に弾痕を作りながらアキラは距離を詰める。

 

 「シエル、邪魔。」

 「ぶっ。」

 

 覆いかぶさっていた少女・シエルを乱雑に放り投げると、男は立ち上がって拳を構える。

 

 (あの構え・・・。)

 

 右手で銃を持ちながらではある変則型ではあるが、左手を顔の横に寄せるその構えには非常に見覚えがあった。

 

 (まさか・・・。)

 

 ふっとアキラの脳裏に可能性がよぎるが、それでもともかく掴みかかる。接近戦となればアキラの距離だが、相手もさるもので中々掴める隙を見せないどころか、逆に銃底で殴り返し、発砲も交えてくる。

 

 (このクレバーさ、堅実さ、間違いないか?)

 

 アキラの脳内の可能性と、目の前の男が合致していく。半ば破れかぶれ気味に放った掌底が男の帽子を吹き飛ばし、代わりに放たれた銃撃がアキラのフードを焼き切る。

 

 「やはり・・・。」

 「まさか・・・。」

 

 お互いが素顔を見て、お互いが同じ確信を抱いていた。果たしてそこにあったのは。

 

 「ツバサか・・・。」

 

 見知った顔の老いた姿

 

 「洸、なのか・・・?」

 

 見知った顔の若い姿。

 

 「おっ死ね!!!」

 「待てシエル。」

 

 しばし呆然としていたアキラと翼であったが、そこへ椅子を振り上げたシエルの怒声が割って入り、鈍い音とともにアキラの後頭部へ叩きつけられた。

 

 今度は逆に不意打ちを喰らったが、アキラは虫にでも刺されたのかとケロッとしているし、逆に叩きつけられた椅子の方が砕け散っていた。

 

 鼻息荒く顔も赤くしたシエルは、まだ何かしようとアキラの首に掴みかかるが、アキラの身体は根を張ったかのように動かない。やがてアキラの顔を見て何かに気づいたようにすると、手を放して後ずさる。

 

 「洸・・・?なんで・・・?」

 

 シエルは驚嘆の声を小さくあげ、息を整えるように努めていたが、また不意に身を抱いてその場にしゃがみこんだ。落ち着いたことで、襲われた恐怖がぶり返したのだろう。

 

 そんなシエルの、まだどことなくあどけなさの残る少女の震える様を見るのに堪えず、翼の方へ向き直る。先ほどまで驚いていたはずの翼の表情は今は固く、銃口もしっかりアキラへと向けられていた。

 

 「・・・どうしたらいい?」

 「・・・話がしたい。」

 

 至近距離であってもアキラは躱すことが出来るので、銃の意味は無いにも等しいことを翼は知っていてなお銃を下ろさず、視線も外さない。

 

 「強い目をするようになったな、お前は。」

 「今まで色々あったから。今もだけど。」

 「同情する。裏に停めてあった飛行機もお前らのか?」

 「そうだ。」

 「お前らがパイロットか?昨日の夜の街も見てたか?」

 「見ていた。」

 「スペリオン・・・あの巨人のこと、どう思った?」

 「どう、とは?」

 「お前の感性に聞いている。」

 

 質問の意図に、翼は考えを巡らしていたようだった。そうして何かが口から発せられそうになった瞬間、部屋のドアが3回叩かれた。

 

 チラッと翼はドアの方を見やって、また一瞬逡巡した。

 

 「アキラは一旦隠れてて。シエル、ベッドに入ってろ。」

 「どうする気?」

 「誤魔化す。」

 

 そこで初めて銃を仕舞い、シエルの肩に優しくそっと触れる。アキラはとりあえずシャワールームに身を移した。

 

 「なぜ脱ぐ。」

 「野暮なことをしていたからだ。」

 「言えてる。」

 

 シエルをベッドに入れて布団をかけた翼はジャケットとシャツを脱ぎ、髪をボサボサにすると、さも『さっきまで一戦交えていました』という風体を装おう。

 

 シャワールームのドアを閉じたアキラは、耳を澄まして外の様子をそっと窺う。

 

 『なんだ。』

 『騒がしいぞ、なにやってるんだ。』

 『聞くも野暮なことだ、察しろ。』

 『は?』

 『男と女のすること、珍しくもないだろう?ん?』

 『あぁ・・・失礼した。』

 『お気遣いどうも。』

 

 バタン、と素っ気なく翼はドアを閉めて、カギをかける。

 

 『もう出てきて大丈夫だ。』

 「おう。」

 

 翼の声に呼ばれて、アキラは部屋に戻る。翼の顔を一瞥すると、ベッドに座るシエルの前まで無言で移動し、そのまま膝をついて額を床につける。

 

 「本当にすまなかった。いきなり襲い掛かってしまって・・・。」

 

 誰に言われたからでもなく、アキラは誠心誠意で謝罪した。

 

 「もういい・・・出てって・・・。」

 「・・・わかった、キミがそう言うのなら。」

 「そうじゃなくて、着替えるから出てけって言ってんの!」

 「あ、そういうことか。」

 「お前も出てけ翼!」

 「はいはい。」

 

 そそくさとアキラはシャワールームにとんぼ返りし、翼もその後に続く。

 

 「まあ、シエルはああいうやつだから、気にしなくていい。」

 「竹を割った性格っていうのか、気風がいいな。」

 「俺の方があの性格に助けられてることもある。」

 「お前は心配性だからな。」

 「アキラの方こそ、生真面目というか律儀というか。」

 「そういう性分なんだ。」

 「知ってる。」

 

 お互い、最初に向けあった敵意や猜疑心はなくなっていた。仲良く談笑する様は、往年の友のようだった。

 

 「もういいよ。」

 「ああ。」

 「何度も言うが、すまんかった。」

 「それはもういいって。」

 「な?」

 「うん。」

 「なんだよ?」

 「なんでも。シエルがいいやつだって。」

 

 シャワールームのドアを開けて、シエルが入ってくる。

 

 「で、話なんだけど。」

 「待った。その前に・・・。」

 「?」

 

 翼はシャワーをの栓を開いた。

 

 「これでよし。」

 「なにが?」

 「どこで話を聞かれているかわからんから、盗聴対策に音を出している。」

 「・・・いまさらじゃね?散々うるさくしてたし。」

 「それは思ってた。」

 「壁に耳あり障子に目あり。」

 「てか、そのシャワーで消すのって昔映画で見たぞ。」

 「なんだ、映画のパクリだったのか。翼のオリジナルのアイディアかと。」

 「うるさい、もとはと言えば洸の言い出したことなんだよ。」

 「その洸は『そっちの世界』の俺、ということか・・・。」

 「『そっちの世界』?」

 「平行世界の同一人物、というやつだ。俺も人から聞いただけだからそこまで詳しくはないんだけど。」

 「お前もか。」

 「うるさい、大体シエルって誰だよ。俺のいた世界には、シエルなんていなかったぞ。」

 「それはまあ、話せば長くなるんだが・・・まずはこの地球について教えてくれるか。」

 「わかった。」

 

 この地球は、世界が『アルティマ』と呼ばれるほどに時間が経過した未来。かつてなにがしかの大異変が起こり、大陸は今の形になったということ。

 

 「何千何万、何億年と経ったのかはわからないけど、地球であることには間違いないらしい。」

 「ずっと未来か・・・。」

 「じゃあ、タイムスリップしたってこと?」

 「タイムスリップとも違うらしい。平行世界の移動って言う方が正しいらしい。」

 

 基本アホなアキラにも平行世界の概念は理解できていた。そのアキラよりも偏差値の高い翼とシエルには、もっとすんなりと理解できた。

 

 「なんでも、この世界は次元の狭間から流れ着きやすい性質があるらしい。俺たち以外にも結構な頻度でこの世界に流れ着いてくるやつらがいるらしい。」

 「ここのボスのヴィクトールもそうらしいしな。」 

 「そうだったのか。お前らはここで何やってたんだ?」

 「監視されてた、っていうのが正直なところかな。」

 「監視?」

 「俺たちのマシン、『マルスピーダー』の技術を狙っているように見えた。」

 「あの飛行機か。あれに乗ってやってきたんだな。」

 「ああ、火星までのワープ航法の実験中にな。」

 「火星?」

 「こっちの世界は色々と大変なんだよ・・・。」

 「大変なのはどこ行っても一緒だろ。」

 「だろうな。こっちにも恐獣いるし。」

 

 おかげで翼も逞しくなったようだが、とアキラは感じれた。疲れたような素振りを見せこそるれど、くたびれてはいないし。

 

 「そのユニフォームもなんなんだよ。『U-NEST』って書いてあるけど。」

 「宇宙開発機構・・・なんだけど、今は恐獣対策と火星奪還が主な仕事になってる。」

 「その話、長くなる?」

 「長い。」

 「また今度にして。」

 「そうだ、話したいことは山ほどあるが、あまりこの屋敷に長居もしたくなかったんだ。」

 「狙ってるってんなら、そうだろうな。」

 「でも、こっから出たところで行くアテもないって困ってたんだ。」

 「なら・・・うん、そうだな。ゼノンの方に来たらどうだ?」

 「ゼノン?」

 「こっちの世界の・・・宗教団体って言えばいいのかな。」

 「宗教団体?」

 「とたんにうさん臭く。」

 「うさん臭さで言えばここともどっこいかもしれないけど、悪い扱いはされないって根拠があるよ。」

 「なんで?」

 「こっちの世界だと、|おまえ〈ツバサ〉は英雄だからな。」

 

 アキラの口から出た英雄という単語に、二人ともキョトンとした目をする。

 

 「英雄?」

 「なんで?」

 「それはまた今度話す。で、行く?行かない?」

 「そっちのメシは旨いのか?」

 「旨い。と言うか、食べなれたものがいっぱいある。牛丼、ラーメン、トンカツ、ハンバーグ。コロッケそばもある。」

 「焼き鮭は?」

 「サーモンならこの前出たな。」

 「「乗った!」」

 「そうこなくっちゃ。」

 

 と、なればさっそく行動だ。この二人をゼノン総本山『ゼノニウム』へエスコートする。

 

 「そうと決まれば、すぐにマルスピーダーをとりにいこう。」

 「ヴィクトールに挨拶はいらないのか?」

 「挨拶?」

 「まあ、一宿一飯の恩義ぐらいはあるしな。」

 「代わりにメッセンジャーボーイになってきてやろうか?」

 「いいのか?」

 「ヴィクトールってのとは、一回話してみたいことがあった。」

 「何を?」

 「いろいろ。さっ、行動開始だ。」

 

 作戦は簡単、翼とシエルの二人はマルスピーダーをとりに行き、アキラはヴィクトールにお礼参りしに行く。

 

 「そのあとは?」

 「この屋敷の外で落ち合ってもいいし、なんなら戦闘機の翼に掴まらせてくれてもいい。」

 「掴まる?翼に?出来るの?」

 「速すぎなければ。」

 「よし、じゃあこうしよう。アキラはこっちの屋敷で騒ぎを起こして攪乱・陽動、こっちは作戦開始からきっかり15分後に屋根の上にギリギリまで近づいてアプローチをかける。アキラは屋根から飛び移って、ハッチから格納庫に入ってくれ。」

 「OK、だが時計が無いや。」

 「俺のを貸す。」

 「サンキュ-。」

 

 翼は自分の手首から外した腕時計をアキラに貸し与える。

 

 「デジタルウォッチか、これなら時間もわかりやすい。タイマーもついてるな。」

 「ちゃんと返せよ。」

 「俺がいつ返さなかった?」

 「子供の頃貸したゲーム。」

 「記憶にないな。」

 「だろうな。」

 

 どうやらこの時計には時間だけでなくカレンダーやGPSもついているようだが、どちらもアルティマでは役に立ちそうにない。

 

 「こっちのボタンを押すと通信もできる。」

 「OK、楽しくなってきた。スパイのアイテムみたいじゃないか。鉄格子を切るレーザーは出ないの?」

 「・・・同じだ。」

 「なにが?」

 「こっちの世界の洸と、同じ反応だって。」

 「ふーん。そっちの俺がどんなやつかも、また聞かせてくれよ。」

 

 時計のバンドを巻き、アキラはフードを被る。左頬の部分に穴が開いているが、これはそのうち直す。

 

 「よし、作戦開始だ!」

 

 ☆

 

 「エネルギー伝達回路、チェック。」

 「ライサー。1番、2番、3番、OK。」

 「UGフラップ、反応チェック。」

 「ライサー。・・・左がちょっと遅いかな。」

 「わかった、調べよう。」

 

 なに食わぬ顔、というのは今の翼とシエルの顔を言う。この後すぐに飛び立つことになるので、チェックは簡素ながらも必要最低限に済ます。

 

 「これでどうだ?」

 「・・・うん、OK。こんなもんか。あと何分?」

 「6分ちょっと。」

 「そっか。」

 

 今のところ屋敷の方で目立った動きはなく、翼はコンソールをいじって入念に計器をチェックしている。シエルは操縦桿から腕を組みながら目を閉じてコンセントレーションを高めている。

 

 「大丈夫か?」

 「・・・。」

 「大丈夫か?」

 「ん?アタシ?」

 「他に誰がいる。」

 「アタシは平気だけど。」

 

 意識を研ぎ澄まさせていたシエルだったが、翼の声を聞いて我に返る。

 

 「それならいいんだが。」

 「何が言いたいワケ?」

 「いきなり異世界に来て、右も左もわからないわ、おかしなやつらに絡まれるわで、参ってるんじゃないかと思った。」

 「火星からのイチかバチかのフライトよりは気が楽だよ。」

 「それに、アキラにも襲われたろう。」

 「それはもう気にしてない。」

 「本当に?」

 

 はぁっと一息吐くと、シエルは振り返って翼の方を見る。 

 

 「そりゃ驚いたわよ・・・着替えようとしたらいきなり襲われたし、それがよりにもよって洸だったし。」

 「気まずい?」

 「気まずい。戻ったら洸にどんな顔すればいいかとか・・・うーん。」

 「嫌なこと言うけど、あのアキラは信用できる?」

 「なんで翼がそんなこと言うワケ?」

 「・・・俺がどうしても、アキラのことを信じ切れてないからかもしれない。」

 「なんで?」

 「俺の中の洸と、あのアキラとでは違うところが目に着きすぎる。洸が、あのアキラぐらいの年頃とは・・・。」

 「アタシは洸の昔を知らないんだけど、どう違うの?」

 「話していた時のあの顔やしぐさは、間違いなく洸のものだった。けど・・・あんなに目は荒んではいなかったかな。」

 「目ねぇ。でも、何年一緒にいたからって、知らない部分は知らないものなんじゃない?」

 「家族のような間柄だ。」

 「家族でも知らないことってあるよ。」

 

 荒んでいる、というか『哀しみ』を秘めているとでも言うべきか。

 

 「まあ、洸があんなキビキビ動いてるイメージは湧かないわね。よく無茶はするけど。」

 「最近腹が出てきたらしいしな。腰もいわしてるし。」

 「ふふふ、でもいいお父さんだもんね。」

 「そうだな。」

 

 子供の頃から頼れる兄貴分、人生の先達、歴戦の戦士として、洸には翼も変わらぬ敬愛を捧げている。が、アキラにはどうだろうか。語らえば語らうほどにアキラへの理解と同時に不信感が深まっていく。

 

 「そういえばスペリオンについてアキラが何か言いたそうだったけど、うやむやになってしまったな。」

 「スペリオン・・・スペリオンって言ったんだよね?」

 「そうだな、こっちの世界にもスペリオンがいるし、呼び名も『スペリオン』なのか。」

 「スペリオンは・・・スペリオンもこっちの世界から来た、とか?」

 「スペリオンのことを聞きたいのは、こっちの方だな。」

 「だね。」

 「そろそろ時間になる。」

 「OK。」

 

 翼が時間を告げるとシエルはスイッチを切り替え、シートベルトを装着する。さあ飛び立つぞ!とメインエンジンの点火しようとした。

 

 「あん?」

 「何の爆発?」

 

 その瞬間であった。屋敷の一部が吹き飛んだのは。誰がやったことなのかは考えるまでもない。ともかく、屋敷は大騒ぎになってマルスピーダーの周囲を警戒していた兵士たちも、慌てて屋敷の方へ踵を返していく。

 

 「今がチャンスだな。」

 「ライサー!」

 

 シエルも張り切って操縦桿を握りなおす。

 

 一方、数分前の屋敷では。

 

 「ここかな?っと・・・。」

 

 チラッ、とドアを少しだけ開けて中を覗き込む。内装はから察するに、ここが翼に聞いたヴィクトールの私室で間違いなさそうだ。

 

 ドアが軋まないようにそっとさらに奥を見ると、髭面のおっさんが座って本を読んでいるのが見える。あれがマシュー・ヴィクトールで間違いない。

 

 「お邪魔しまーす。」

 「誰だ?」

 「見りゃわかんだろ、サンタクロースだよ。」

 「どう見ても邪悪なピーターパンじゃないか。」

 

 突然の訪問者にヴィクトールは険しい顔をするが、アキラはおどけてみせてこっそりドアにカギをかける。

 

 「会ったことはあったっけ、まあどっちでもいいや。アンタに二つ三つ聞きたいことがあってさ。」

 「答える義理はない。」

 「あーそう、じゃあこうしよう。」

 

 そう言うとアキラはおもむろにコインを一枚取り出し、指で弾く。その軌道をヴィクトールは目で追う。

 

 「バカが見るブタのケツ。」

 「ぐわっ!」

 

 コインが落ちるよりも速く距離を詰めたアキラは、ヴィクトールが懐に入れた手を掴み、捻り上げる。コインが音も立てずにカーペットに落ちたと同時に、ヴィクトールの足元にはお守りのボルト・ガンが落ちる。

 

 「別にこっちはお伺いたてに来たわけじゃネンだよ。質問はいつでも拷問に変わるぞ。」

 「何が望みだ・・・?」

 「聞きたいことがある。」

 

 机の下に手を伸ばそうとするヴィクトールはさらにアキラに取り押さえられて床を舐めさせられ、警報ボタンから遠ざけられてしまう。

 

 「なんだ、それは?」

 「アンタはどうして、そんなにスペリオンのことを嫌うんだい?」

 「なんだと・・・?」

 「恐獣よりも先にスペリオンを攻撃させるなんて、普通に考えたら損な行動だろう?現場の兵士たちにも疑問の声があがってるぜ?現場の声を聞かない経営者なんていけないなあと思ってね。」

 

 アキラは別にこのオッサンをいじめに来たわけではないし、さっさと用事を済ませたらトンズラするつもりだった。ヴィクトールの右腕を抑えつつ、時計のタイマーを確認する。

 

 「そんなもの、知る必要はない。」

 「知りたいから聞いてんだっての。質問にはちゃんと答えろって教わらなかった?」

 「あががが・・・わかった、わかった。」

 

 しかしこのオッサンもなかなか強情である。この状況でまだ偉そうなツラが出来るのなら、相当な豪傑か、あるいは単なるバカ、あるいはほかに何かこす狡い手立てがある悪党かだ。

 

 「あの巨人、私は昔あの巨人に煮え湯を飲まされ、辛酸を舐めさせられたのだ。」

 「ふん、だがスペリオンはアルティマではごく最近見られるようになったものだろう?それがいつ、お前に苦汁を舐めさせたと言うんだ。」

 「前の世界だ。私はこの世界の人間ではないのだ。」

 「素面の人間の言うことじゃないな。」

 「嘘ではない!」

 

 事前に翼にもそう聞いていたし、アキラも当然知っていたが、あえて知らないフリをしておくことにした。

 

 「じゃあアンタは巨人の支配する世界からでも来たのか?ええ?」

 「あの巨人は突然現れ、我々に災厄をもたらした!」

 「いつ、どこで?」

 「それは・・・。」

 

 ヴィクトールの口を突いて出る言葉は抽象的でいまいち要領を得ない、もっと具体的な背景を聞き出したかった。

 

 「やぁ、元気?」

 「!」

 「ヴェ、ヴェノム!」

 

 いつの間にか部屋の真ん中に、アキラとはまた別な黒いフードの男・ヴェノムが立っていた。相変わらずそこに存在していること自体が異物であるかのような違和感が、瘴気のように漂っている。

 

 アキラもヴィクトールを立ち上がらせて盾にして向き直る。

 

 「またお前か。」

 「君とはよく会うな。赤い糸で結ばれてるのかな?」

 「そいつはゴメン被る。」

 

 サッとナイフを取り出してヴィクトールの喉元に突きつける。慄くヴィクトールとは対照的に、ヴェノムは素知らぬ顔といったところ。

 

 「まあ、なんにせよここまで嗅ぎつけられたことは拍手するよ。」

 「こっちこそ、オマエとつるんでるってことはコイツが黒だってことがわかってしまったな。」

 「ぐぐぐっ・・・。」

 

 ヴィクトールの首を絞める腕に力が籠る。探りを入れる予定だったが、そろそろ時間も押してきているし、退散する隙を窺う。

 

 「さて、そろそろ彼を離してやってくれないか?ここで殺されてしまうのは大きな損失になる。」

 「そうか、それは困ったね。」

 「だろう?」

 「ああ、ならば・・・。」

 

 先ほど、シエルを投げた時と同様に、体を一回転させてヴェノムめがけてヴィクトールの身体を投げつける。単純にシエルの2倍は体重がありそうなヴィクトールの身体は

 

 「おっと。」

 「ぐへぁ!」

 「すり抜けやがった・・・まあいいか。」

 

 ヴェノムの身体をすり抜けた。元から掴みどころのない奴だったが、物理的にも干渉できないことにアキラは少しだけ驚いたが、それはそうとして次に起こす行動は決まっていた。

 

 「何をする気だい?」

 「こうするの。」

 

 机の下にあった、あれほどヴィクトールが押したがっていた警報ボタンを躊躇なく押す。

 

 「ぐへー!!」

 「社長!ご無事ですか!」

 「社長どこですか!」

 「下だ下。」

 

 カギのかかったドアを蹴破って、物々しい銃で武装した警備兵たちが入ってくる。もっとも、その護衛対象は倒れてきたドアに押しつぶされて朦朧としているが。

 

 「それで?」

 「次はこうする。」

 

 銃を向けられ、自らを不利な状況へと追い込んだアキラは、手を挙げるふりをしながら袖から小さな玉を二つ投げ落とす。床にぶつかった玉は弾じけ飛び、部屋中が真っ白いヴェールに包まれる。煙幕である。

 

 「お前は・・・煙すら通過してるようだな。」

 「おっと、手品師のタネを探るのやめてくれたまえ。」

 「ならとっとと退散することだな。」

 「そうさせていただくよ。」

 

 スッとヴェノムの放っていた瘴気が消えた。以前、電磁ネットには手を焼いていたことをラッツ副長から聞いていたが、それでもヴェノムの正体やトリックは不明。まともにやり合うのはまた今度とアキラはしたかった。

 

 「この野郎!」

 「バカ!オレを撃つな!」

 「ぐえっ!誰だ足を踏んだのは!」

 「ゴメン、俺。」

 

 さて、人が増えたはいいが、それらは皆敵と味方の見分けがつかなくなった。アキラにしてみれば自分以外は全部敵なので、片っ端から殴り倒せばいいのだが、警備兵たちはそうもいかない。傍から見れば、古風なギャグ漫画の喧嘩のシーンのようにしっちゃかめっちゃかな構図となった。

 

 「おっ、いーもんもんじゃんじょん。」

 

 2、3人ほど殴り倒したところで、警備兵が腰から下げている手投げ弾に手を伸ばしてふんだくる。

 

 ☆

 

 結局のところ、ヴィクトールの恨みや、ヴェノムが何者なのかはわからずじまいだったが、点と点が繋がって線になったことは確かだった。

 

 「ふーっやれやれ、思ったよりも派手に吹っ飛んだもんだな。」

 

 屋敷の二階部分の屋根や壁には大きな穴が開き、アキラはその穴から屋根に上る。地面では兵士たちが慌ただしく走ってくるのが見える。

 

 そしてその向こう、森の方から銀色の光が浮かび上がってくる。

 

 「OK翼、シエル。時間ピッタリだな。」

 『そっちはハデにやったようね。』

 『飛び移れるか?』

 「余裕。」

 

 飛行機とは思えないほどにゆっくりとした動きで近づいてくるマルスピーダーの存在に、地上の兵下たちもさすがに気づいたが、呆然とした様子で何もしてこない。

 

 一旦屋根の端に移動し、軽く助走をつけたアキラが左翼にしがみつく。

 

 「ぴょっ!と。」

 『ナイス着地!』

 『ハッチ開ける。』

 「了解。」

 

 アキラが格納庫内に入ったことを確認すると、シエルは北東の方向へ舵を切る。

 

 「あーあーハデにやってくれちゃって。」

 「ぐぉおお・・・ヴェノム・・・。」

 「おお、生きていたかい。」

 

 キラリと日光を反射して消えていくマルスピーダーを、壊れた壁から顔を出したヴェノムが見送る。

 

 「まあ慌てるな。もう既に手は打ってある。」

 「手だと?」

 「銀色の鳥を落として捕らえる、『網』さ。」

 「網?」

 「すぐにわかる、すぐにな。」

 

 ヴィクトールは怪訝な顔をするが、ヴェノムはフードの下でニヤリと牙を光らせる。

 

 他方、白い雲を見下ろしながらマルスピーダーはカッ飛んでいく。

 

 「えー、本日はU-NEST航空、マルスピーダー便をご利用いただき、誠にありがとうございます。」

 「機内食は?」 

 「ない。」

 「機内上映は?」

 「ない。」

 「サービス悪いな、リクライニングできるスペースもないどころか、シートすらないし。エコノミークラスもビックリだよここ。」

 

 人が乗り込むだけのスペースと、天井部分にはハンガーのようなものがあるが、他には何もない。ドア一枚向こうのコックピットにいる翼とシエルに、通信機越しにブー垂れる。

 

 「狭いのは認めるけど我慢してよ、元から2人乗りなんだから。」

 「そこのスイッチ類には触らないでくれよ。特に一番大きいレバーには。」

 「下ろすとどうなる?」

 「アンタが落ちる。」

 「OK把握した。」

 「こっちの行先はまだ把握できてない。」

 「とにかく北東、としか言えないかも。世界中の地図データとか無いの?」

 「持ってるわけないでしょ、こっちには来たばかりなのに。そっちこそ・・・って、聞いてるんだから持ってるはずないわよね。」

 「それでも、この辺りや北米の手書き地図とかは持ってないのか?」

 「持ってないな。」

 「そんな気がした。」

 

 とにかく、一路北東へ。地図はなくともコンパスで緯度経度はわかる。しばらく会話もなく飛び続けていたところで、ふとシエルが口を開いた。

 

 「・・・じゃあどうやって大陸の反対まで来たのよ?」

 「ん?それはまあ・・・その・・・。」

 「なぜ言葉を濁す?」

 「いやー・・・気づいたらここにいた。」

 「ちょっとソレは無理がない?」

 「いや、ホントホント!気づいたらここにいてさって!」

 「それとお前が、スペリオンのことを聞いてきたこととどう関係あるんだよ。」

 「ん?スペリオンのことね。それは・・・そうか、まあ二人になら言ってもいいか。もったいつけるようなことでもないし。」

 「もったいつける?」

 

 少し居住まいを正すと、アキラは話が重くなりすぎないことを心掛けながら口を開く。

 

 「お前らも昨日見ていただろう、あの巨人はスペリオンといってぇえ!!」

 

 瞬間、アキラは格納庫の天井に頭をぶつけていた。

 

 「ぐわぉおおお・・・。」

 「うぐっ!?なによ急に!?」

 「雷か?!いや・・・磁力!?」

 

 突然、稲光のようなものが翼とシエルの目の前に広がった。空は青空で雲一つなかったが、マルスピーダーは雷に打たれたかのようにコントロールを失って墜落していった。

 

 「ぐごごごごごごご・・・。」

 「フライトシステム・・・復旧・・・安定させろ!」

 「今やってる・・・ってのぉおおおおお!!!」

 

 錐揉み回転で自由落下よりも早く墜落していく機体を操縦桿を握りしめたシエルが必死に制御を試み、翼もコンソールを叩いてフリーズした機器を再起動させる。眼前には青々と茂る木々が迫る。

 

 「星間航行システム復旧・・・『フォトンシェーダー』!」

 「上がれよぉおおおおおお!!!」

 

 森に突っ込む直前、バランスを取り戻した機体表面に張られた光が障害物を『消滅』させながら、グライダーのようにしばらく地面スレスレを飛行、そのうちにブースターが再点火して再び空へと飛翔する。

 

 「なんとか・・・なったか・・・。あっ、アキラ生きてる?」

 「おう・・・なんとかな・・・。」

 「よく耐えられたな・・・12Gは出てたぞ今の・・・。」

 

 急激なGの過負荷に翼はややグロッキーになりながら、シートベルトもしていなかったはずのアキラの無事を窺う。シエルは慣れた様子で操縦桿を安定させ、機体がまた一定の高度に達しようとしたとき、翼が待ったをかける。

 

 「今度は何のアラート?」

 「磁力風?いや電磁パルス・・・か。一旦高度を下げろ。」

 「ライサー。」

 「だが一体どこが発生源だ?」

 「太陽が潰れて見える・・・。」

 「アキラ大丈夫か?」

 「違う、外見ろ外。」

 「外?」

 

 高度を高くとるとアラートが鳴るのでやや低空を飛んでいると、格納庫の小窓からアキラは何かを見つけたようだった。

 

 「太陽が揺らめいてる・・・?」

 「俺の目がおかしくなったんでなければならな。おーいちち。」

 「いや、見間違いではないらしい。」

 「そうか。」

 

 空の中心で丸く輝いているはずの太陽が、ゆらゆらと陽炎のように揺らめき、その境界線が玉虫色なあやふやな姿をしている。

 

 「大気中の水蒸気によってプリズム現象が・・・いや、オーロラのバーストか?」

 「つまり異常気象ってことね。」

 「蜃気楼ならハマグリの仕業じゃないか?」

 「ハマグリ?」

 「ハマグリの恐獣でもいるんじゃねえの。」

 「恐獣だって?」

 

 蜃気楼、密度の異なる二つの大気の存在により光の屈折が起こり、景色が揺らめいたり動いたり見える現象であることはご存じ。かつては蜃という大きなハマグリの怪物が吐いているからと思われていた。

 

 と、蘊蓄を披露しながら鼻血を拭ったアキラ。

 

 「いや、その蜃気楼の恐獣とこの電磁パルスには直接的な因果関係はないと思うんだけど?」

 「思ってるよりも何が起こるかわからない世界だよ、ここは。」

 「それは感じてる。」

 「だったら、今から何が起こっても驚くなよ?」

 

 低空でほぼホバリング状態で制止していたマルスピーダー。アキラはその格納庫のレバーに手をかける。

 

 「おい、それは触るなっての。」

 「こういうのは、恐獣退治の専門家に任せときな。」

 「専門家?」

 「んー、専門家っていうほど専門家でもない気がするが・・・それでもたぶんお前らより場数を踏んでるって自信ならある。」

 

 固く重いレバーを下ろすと、格納庫下部ハッチがゆっくりと開いてやや冷たい空気が流れ込んできて、アキラの額の汗をぬぐう。

 

 見下ろす地面には一見すると異変は見られない。だが臭うのだ、姿を隠して手ぐすねを引いている肉食獣の臭いが。

 

 「こんなピンポイントな罠、明らかに俺らがここを通るんだってことをわかってやがる。」

 「一体、誰が?」

 「だから、それと今から殺りあってくる。」

 「・・・どうやって?」

 「まあ見てろ。」

 

 バッ、とアキラはハッチから飛び降りた。わぁっ!と翼もシエルも声をあげたが、すぐにそれは止まる。

 

 「スペル・・・クロス!!」

 

 頭を下にして落ちるアキラは左腕に嵌まった腕輪をこすり、スパークさせる。その体は光に包まれて行き、変身・巨大化する。

 

 『こちとら・・・地中の敵だって想定済みなんだよ!!』

 

 アッと言う間に変身完了したスペリオン・Aは掌にエネルギーを込め、落下の速度のまま大地へ叩きつける。

 

 『掌撃波・バルカンコレダー!!』

 

 対策というのもいたって簡単。地中に響くエネルギー波を叩きつけ、地中から敵をいぶり出すというもの。一面緑の森だった地形に、赤い地割れが走り、一瞬のうちにクレーターを形作ってしまった。この手段は市街地などでは使えないだろう。無関係な野生動物も巻き込んでしまったことだろう。

 

 そんなことも露とも思ってないアキラは、かすかな手応えを感じ取っていた。手のひらに返ってくる衝撃の中に、何か巨大な異物があった。岩盤などではない、もっと堅固な金属のようなもの。

 

 『釣れた釣れた・・・。』

 

 火柱が立ち上がる中、それは正体を現してきた。ハマグリではなかった。

 

『龍?いや、ムカデか。』

 

 赤々と空を焦がす炎の中、キラキラと赤い光りを反射しながら昇っていく。細長い体に龍と言う感想を抱いたが、その側面から伸びるトゲのような触手はムカデと呼んだ方が相応しい。またその体表は生物的なものではなく、文字通り銀色の金属で出来ているだった。

 

 空中を泳ぐように飛行し、自分を引きずり出した張本人であるスペリオン・Aに牙を剥く。

 

 『来やがれ!』

 

 対空攻撃の構えで息巻くスペリオン・A、銀ムカデは高速でその周囲を飛行する。間合いを測っているようだった。

 

 『こいつっ、結構素早いな・・・。』

 

 ぐるぐるぐるぐると、スペリオンの周りを飛ぶばかりで一向に攻めてはこない。だがあの体に巻き付かれても厄介だとはスペリオンも考え、迂闊に手が出せない。

 

 じりりっ、と大地を踏みしめる足に力が籠る。見ての通り、空は銀ムカデのホームグラウンド。空を飛ぶのがそんなに得意ではないスペリオンは、大地にしっかり根を張って堅実に確実に攻めていこう。そう考えた。

 

 そしてその考えはあっさりと裏切られる。

 

 『うっ!?』

 

 そこにあったはずの地面が忽然と『消えた』。慌てて視線をそちらに向ければ、地面は底なし沼のような流砂になっていた。そして流砂の中心では、奈落のような口がぽっかりと開いているではないか。

 

 『くっ、2体いやがったのかよ!』

 

 アキラは冷静を努めながらも、砂地獄から逃れようと脚に力を籠めてもなんの抵抗もなくずぶずぶと沈んでいくので内心は焦っていた。少し体に浮力を発生させて宙返りして範囲から離れる。

 

 大口の正体、細長いヒゲのような触覚器官を持ち、手足と呼ぶにはあまりにも未発達なヒレで立つ、一言で表現すればそれはナマズだった。しかも空を飛ぶ銀の龍とは対照的に、こいつは金色のナマズだ。

 

 本当に全身が金と銀で出来ているのなら、死体をバラせば大金持ちになれそうだ。などと考えるのはまさに捕らぬ狸の皮算用というものか。金ナマズはパクパクと口を数回動かすと、液体のようになった地面の中に潜っていった。

 

 『地中に隠れるのか。なら今のうちにもう一体の方をサクッとやっつけてやる。』

 

 上空では銀ムカデがマルスピーダーを追いまわしている。全身のあちこちからレーザービームを発しているが、それをマルスピーダーはひらりひらりと躱してみせている。

 

 『そういう隙を見せるから!』

 

 手のひらを合わせて合掌、その隙間から光の輪を作って投げつける。しかし銀の身体にチャクラムは刃が立たず、ガラスのように砕け散った。

 

 『固っ。うぉっと!』

 

 空に気をとられていると、今度は地面から強襲を受ける。足元が液状化して大口が再び現れる。

 

 『へっ、そんなにやられたきゃ、まずお前から血祭りにあげてやるよ!』

 

 しかしスペリオン・Aは顎を掴むと、頭の上にリフトアップしてバックブリーガーの要領で左右に引き裂きにかかる。その表皮は生物のものとは思えないほどに固く、そして金属とは思えないほどに柔軟であった。

 

 しかしスペリオンが万力のようにギリギリと力をかけていけば、金ナマズは苦しみ悶える。巨体を振るって抜け出そうとしているが、ヘラクレスに持ち上げられたアンタイオスのように、空中に吊り上げられていては思うように力を振るえない。

 

 このまま勝負はついたかと思われた瞬間、それはまさに『虚空』から現れた。

 

 「ちぃっ!!しつっこいんだよっ!!」

 「フィールドの発生源は・・・ん?ニューロ粒子反応?」

 「なに!?」

 「なにかがワープアウトしてくる。」

 

 『なにもない』空の一角が、池に小石を投げ込んだかのような波紋を立てる。その水面の向こうから、ヒレのある腕が伸びてスペリオンの首を絞める。

 

 「3体目、だと!?」

 

 熱を帯びているかのような|赤銅色〈あかがねいろ〉した肌の色で。全身にはビッシリと鱗が並び、顔には嘴のような口吻を持ち、頭には棘のついた円盤を被っている。

 

 「・・・河童か?」

 

 その第三の刺客の登場に、翼は極めて冷静に努めた。

 

 ☆

 

 そして翼とは対照的に、高みの見物している者たちもいた。

 

 「この3体がお前の言う策か。まさかあんな恐獣を用意していたとはな。」

 「そう。3種の金属細胞を持ち、それぞれ天・地・空を泳ぐ3つのメタル恐獣たち。屈光銀恐獣『センジェート』、断震金恐獣『アウラス』、虚界銅恐獣『カッパカッパー』だ。」

 「それは一体?」

 

 ヴィクトールの屋敷を飛び出したマルスピーダーを追っていた偵察ドローンから送られてくる映像をテレビで受信しているのは、ヴィクトールとヴェノムの二人。ヴェノムはまるでセールストークのように3体の恐獣の性能を語る。

 

 「センジェードは光の屈折を操り、光線を弾くことが出来る。アウラスは衝撃を吸収し、物理ダメージを防ぐ。そしてカッパカッパーは次元の境界に潜ることができ、神出鬼没だ。」

 「一体だけでも強力な防御能力を、それぞれが持っているのだな。」

 「そしてこの3体が揃うことで、局所的な位相空間を発生させ、獲物を閉じ込めることが出来る。」

 「それが『網』だな。」

 「この効果は一度発動されれば、たとえ3体とも倒されようとも中からは絶対に破られることはないと保証しておこう。」 

 

 どのステータスも満遍なく伸ばして中途半端な結果に終わるよりは、最初から単一特化にしたものを複数用意したほうがいい。

 

 「これが時間とリソースのあるものの余裕というものだ。」

 「これほどの力を、いったいどこで開発していたというのだ?」

 「それはまだ企業秘密だ。」

 「ぜひ、ウチでも取り扱いたいな。」

 「渡りはつけてやる。」

 「なにはともあれ、まずはこいつらが抵抗するのをじっくり楽しませてもらおうか。」

 「ああ。」

 

 くっくっくっと見世物を前にして笑う二人。半壊した部屋の天井からは青空が覗いていることに目をつぶれば、まさに『悪の組織』という様相だったろう。

 

 その空には太陽が燦燦と輝いていることにまるで気が付かずに。

 

 「くっ、こんのっ!!しつこいんだよ!!」

 『フレア、残弾ゼロ』

 「シェーダーで代用する。」

 

 攻撃の視線を誘導するデコイが尽きたことを戦闘時用音声案内が無機質に伝えてくると、すぐさま翼が代用品を用意する。

 

 「ああチクショウ、光子魚雷をぶち込んで・・・。」

 「積んでない。」

 「積んどけよ!」

 「積んでたとして、あの装甲に効くとは思えん。」

 

 まるで鏡のように輝く銀の装甲と、同じ色の触手の猛攻をかいくぐりながらマルスピーダーは空を翔けまわる。

 

 『左翼被弾、伝達回路に損傷』

 「バイパス回路に切り替える。」

 「もうっ、この空間飛びにくいったら!」

 

 マルスピーダーは大気中もマッハ30は軽く超えるスピードで飛行できるが、マッハ30となると1秒で10km移動してしまう。この透明な檻に囲まれた空間では、すぐに壁に激突してしまうことは必至。故にスピードをセーブして飛ばなければならなかった。

 

 (『オデッセイ』をジョイントオフすれば少しマシになるかもしれないが・・・それをすると元の世界に帰還する術も失う。だが、このままでは遠からずなぶり殺しにされる。)

 

 傷ついた回路を応急処置し、繋ぎなおしながら翼は頭を廻すが、刻一刻と状況は悪くなるばかり。外からの助けに期待したいが、そのアテもない。

 

 いかんいかん、と甘い考えを振り切る。どんな時でも他人の力を頼りにせず、自分たちだけでなんとかするのが鉄則だったはずだ。

 

 「シエル、まだ飛べるか?」

 「めちゃキツいよ!」

 「『ホークアイ』は使えるか?」

 「必要とあらば!」

 

 まずは手札を確認する。これ以上のドローは望めそうにない以上、手札に握っているカードで勝負に出るしかない。

 

 「残りバッテリーは62%か・・・ガリガリ減ってるけど。」

 

 まず第1に、先ほども使った『フォトンシェーダー』がある。機体全体を光子バリアーで包みつつ、『影』から発生させた『暗黒物質』に触れた物質を対消滅させる最強の『盾』にして『矛』。だが、その消費エネルギーはバカにならない。対消滅によって発生する光子を装甲から吸収してエネルギーに変換する技術はまだ未確立だが、そのうち実現する予定はあるが、ここを乗り切れなければ意味がない。

 

 「使う?」

 「まだ。もうちょっとがんばって避けてて。」

 「何する気?」

 「こっちから洸にコンタクトする。」

 「やってみる。」

 

 今なお現在進行形で減っていくバッテリー残量を視界の端に捉えつつ、翼は冷静に徹してヘルメットのバイザーを下ろす。

 

 バイザーには黒いスクリーンのようなものがついており、コンソールをタップすると煌びやかな光が映って翼の視界を覆っていく。

 

 「洸・・・聞こえるか?」

 『あぁん?今誰かなんか言ったか?』

 「俺だ。脳波テレパシーで直接語り掛けている。」

 『あっそう、後にして!』

 

 『未知なる存在』とのコンタクトのために、思念だけで対話できる『外部脳』は都合のいいことに開発済みだった。

 

 「聞けよ。協力してこの場を切りぬけよう。」

 『是非もない。けどちょっと困るぜ、この金色のやつには打撃があんまり効いてないし、カッパの方は2対1だと捉えきれない。』

 「銀の方は?」

 『光線が効かなかった・・・けど接近戦ならなんとかなるかも。』

 「よし。」

 『よしじゃないが。』

  

 事実さきほどから地中からの奇襲に対処しつつ、異空間から湧いて出る手に攻めあぐねていた。ちらりとスペリオンは空に視線を向けた。

 

 『あー、アキラ聞こえる?』

 『今度は誰だよ!って、ケイか。』

 「慧?」

 

 突如、テレパシーによる通信に割って入ってくる人物に面喰った。

 

 『俺の仲間、近くにいるのか?』

 『その空間のすぐ外にいるよ。』

 「その空間?どこから?」

 『すぐそこにいる。近くて遠いけど。』

 

 一本の木の枝に腰かけていたケイが杖の先から光線を発すると、空中で戦いの様子を中継していたドローンを撃ち落とす。

 

 『こっちからは中の様子がよく見えないけど、どういう状況?』

 『敵は3体!一体は光線が効かなくて、一体は打撃が効かなくて、一体は攻撃が当たらない!』

 『ふーん、ふーん、で、どちらさんが今一緒と。』

 「誰だか知らないけど、頭数に数えさせてもらっていいのかな?」

 『いいとも。』

 「何ができる?この空間を解除したりとか。」

 『んー・・・この空間を破るには、ちょっとやそっとのエネルギーじゃ足りないかも。秘密のカードならあるけど。」

 「よし。」 

 『よしじゃないが。』

 

 折よく外からの手助けも得られ、図らずも3対3に持ち込めそうだった。外にいるケイという人物がどれほどの戦力になるかは未知数だが、自信はありそうだった。

 

 『バッテリー残量、50%。』

 「もう時間なさそうだけど!」

 「思ったより消費が激しいな。」

 

 フォトンシェーダーを防御に回してから、消費速度がハネ上がっている。これ以上考えていると、攻撃に使う分のフォトンが無くなるかもしれない。ざっと作戦を提示する。

 

 「一人一殺、一人が一体倒せればベストだ。」

 『なら銀のやつが俺にとっては一番マシか。』

 「こいつはアキラに任せる。」

 『素早いやつはどうする?』

 「こいつは・・・俺たちがやる。」

 『フォローはする。出来る限り。』

 「ケイ、キミのカードは?」

 『衛星砲。』

 「そんなものがあるのか?」

 『うん、一発は撃てる。空間が歪んでて正確な狙いはつけられないけど、地形データから照準はつけられる。』

 「・・・なんか一人だけ文明レベルが違うやつがいるな。」

 『ケイはいつもこんな感じだけど。』

 

 ヴィクトールの話を聞いた限り、蒸気機関や電気が発明された近代程度の文明レベルなのかと思ったけれど、どうもその認識は誤りだったようだ。

 

 『ま、とにかく合図してくれたら照射するよ。すぐ近くに三日月みたいな池があるでしょ?』

 『ああ、ある。』

 『じゃあそこに撃ちこむから頑張って誘導してね。誤差は2秒ぐらいかな。』

 「ライサー、それじゃあ作戦はこうだ。」

 

 各々がすることはいたってシンプル。だがタイミングが重要になってくる。スペリオンは一歩間違えれば喰われるだろうし、マルスピーダーは『壁』にぶち当たることになる。人生最も緊張の2秒間となるだろう。

 

 「以上、質問は?」

 『ない!』

 『右に同じ。』

 「んじゃスタート、アキラ走れ!」

 『はいよー!』

 

 弩にでも弾かれたようスペリオンは走り出す。それを追うようにアウラスは地中へ潜り、カッパカッパーは亜空へ消える。

 

 「まず、スペリオンが金のを照射地点に誘導する。」

 

 地中から迫ってくるアウラスの存在は、足から伝わる振動でスペリオンにはわかる。

 

 『・・・来た!』

 「ケイ!」

 『撃つべし!』

 

 アキラの合図でケイはトリガーを引く。ここからが本当の始まり。

 

 「シエル!」

 「ライサー!『ホークアイ』!」

 「『フォトンシェーダー』!」

 

 シエルのヘルメットのバイザーも光り、シエルの脳を拡張していく。直後、マルスピーダーは先ほどとは打って変わった機敏な動きを見せ、センジェードを中空に置き去りにする。

 

 バッテリーが40%を切ろうとしている死に体の鳥は真の力を解放し、獲物を狙う『鷹』に変わる。

 

 そこからは速かった。スペリオンとマルスピーダーは空中で交差し、それぞれの標的へ向かう。

 

 『そおりゃぁあああああああ!!』

 

 マルスピーダーを追っていたセンジェードにスペリオンは飛び掛かる。突然のエントリーに触手攻撃で反撃を試みるも、文字通り虫の抵抗に過ぎないそれではスペリオンの剛腕は止められない。

 

 そんなスペリオンを背に、マルスピーダーはフォトンの鎧を纏って突撃する。その先にはスペリオンの背中を狙おうとしたカッパカッパーが

ちょうど顔を出してきた。

 

 そして空に穴を開けるように光が舞い降りる。一瞬だけアウラスは顔を出したが、最後に見たのは破滅の光。標的となった湖は一瞬の内に蒸発し、そこに生物がいたとはまるで思えないほどになった。

 

 『勝ったな!!』

 

 センジェードは抵抗も空しく、あっけなくスペリオンに首を捩じ切られ、しばらくのたうち回ったのちに息絶えた。

 

 そしてカッパカッパーは腕だけがボトリと地面に落ち、後にはフォトンの塵と、閃光のような軌跡だけが残った。

 

 『やったみたいだね。』

 『ああ。なんとかなった。』

 『けど、2度目は使えないと思ってほしいな。』

 『そのへんの事も含めて、後で話そう。翼たちも交えて・・・。』

 『その翼はどこ?』

 

 ふっ、とスペリオンは空を見上げる。3体の恐獣が発生させてい『檻』から解き放たれた鷹は高く空へと舞い上がって・・・。

 

 『バッテリー残量7%』

 「ぷしゅう~・・・。」

 「くっ・・・制御が効かん・・・。」

 

 そして堕ちていた。精神力と神経を酷使したシエルは燃え尽きたように脱力し、リアシートの翼が操縦桿を変わっていたがにっちもさっちも行かなくなっていた。

 

 「まずい・・・消耗が・・・。」

 『しょうがないな。』

 「あっ・・・スペリオンか・・・。」

 

 翼の脳裏に一瞬走馬灯がよぎったが、高校を卒業したあたりで現実へ戻ってきた。どっと冷汗が噴き出したが、暖かな視線を感じてバイザーをあげる。

 

 「・・・なんとか、切り抜けたんだな。」

 『ああ。』

 「こっちはもうバッテリーがない。ほとんど飛ぶ力がない。悪いけど、このまま運んでくれるか?」

 『そりゃいいけど、俺もあんま空飛ぶの得意じゃないんだよな。日も暮れそうだし。』

 「どこか降りられる場所を探そうか・・・俺も疲れた。」

 『だろうな。お疲れ様だ、翼。』

 「アキラもな・・・。」

 

 ぐったりとシートに体重を預け、翼は目を閉じる。

 

 「・・・アキラがスペリオンだって?」

 『そうだよ。』

 「・・・ちょっと、考えが纏まらない。」

 『俺もだ。』

 「ははっ。」

 『ふふふっ。』

 

 スペリオンの表情は変わらない。けど、翼の目には微笑みが見えていた。



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味わい深い出会い

 アキラが翼たちと出会い、北北西に進路をとったその日、その夜。ある森の中の洋館。その南向きの部屋の窓には小さな明かりが灯っている。

 

 「んー・・・。」

 

 そのゴシックな内装にはおよそ似つかわしくない電気スタンドの光を浴びながら、初老の女性がペンを片手に一枚の原稿用紙とにらめっこしている。時折ペン先を紙に向けようとしては、すぐに引っ込めて空いた手を頬に添える。

 

 そんなことをもう幾十回と繰り返していたところ、部屋のドアを二回ノックされる。どうぞ、と応える間もなくドアは音を立てて勢いよく開く。

 

 「やあトワ、調子はどうだい?」

 「今ちょうど筆が乗ってきたところなの。」

 「どれどれ。まだ白紙じゃないか。」

 「もう書いてるの。頭の中では。」

 「そうか。」

 

 よく整えられた顎髭を撫で、老いていてなお衰えを知らぬと主張するがっしりとした脚でずかずかと無遠慮に近づいてくる男性に、トワと呼ばれた女性はにべもなくあしらう。

 

 気さくなスキンシップをつっぱねられた男性は、おもむろに南向きの窓に寄って外を見た。

 

 「どうしたの?」

 「いや、明日は少し冷えそうだからな。体を冷やさんようになと。」

 「それぐらい平気よ。心配性なんだから。」

 「そんなこと言って、ついこないだまで風邪をひいていたじゃないか。」

 「もう大丈夫。」

 「なにかあったら事だって言ってるんだよ。」

 「それが心配性だって言ってるの。兄様(あにさま)は。」

 

 勢いよくカーテンを閉めて『兄様』は振り返る。その眉間には皺が寄っていたが、ペンを握ったままこちらを見てくる妹の姿が目に入ると、すぐにそれをひっこめた。

 

 いたたまれなくなったかのように兄様は視線を部屋の一角を占領する大きな本棚に移す。ズラリと並んだ背表紙ひとつひとつは手書きの『原本』である。

 

 そのうちの適当な一冊に手を伸ばしパラパラとページをめくると、閉じて本棚に戻してまた別の本をとる。

 

 「それで、今度はどの話を書くんだ?もうネタはなかったと思うが。」

 「兄様が忘れてるだけよ。まだ書かなくちゃいけないお話はいっぱいあるわ。」

 

 手に取ってみたもののすぐに興味を失った本のタイトルは『バロン‐清く明るく生きるひと‐下巻』。ノメルの、特にゼノン教団の息のかかっている地域には広く浸透している伝記である。幼児向けの絵本や紙芝居バージョンもある。

 

 『バディ・ザ・バロン』とその仲間『ルーン・ザ・バロン』と『ブルーム・ザ・バロニス』、その姿を見なくなって久しいが、人々が苦難な困難に苛まれたときには必ず現れると今なお信じられている、みんなのあこがれの謎の人である。

 

 とまあそんな快傑の活躍が描かれたこれら書物は伝記とは名ばかりに、まるで奇譚のような中身であるが、ほんの40年ほど前に確かに実在した3人の英雄の活躍がつづられている。

 

 そんな英雄でも、伝えるものがいなくなれば風化を待つのみ。果たして遺すべきなのかはともかくとして、トワ・・・『トワイライト・リリ・キャニッシュ』はその道を選んだ。

 

 兄としては、そんな妹の願いを叶えてあげるのが務め。その反面、多少の過保護になるのも仕方がないというものだ。

 

 もう子供じゃない。だからトワイライトもそのことは理解しているが、何年経とうとそのクセが抜けないのはお互い様。

 

 「まあ、お前が楽しいのならそれでいいけど。今日は遅くならないうちに、早く休みなさい。」

 「どうして?」

 「どうして・・って、な・・・。」

 

 兄様はちらりと先ほど自分が閉めたカーテンを見て、なんとも言えなさそうな表情を浮かべた。トワイライトは、その仕草が「何か隠している」という意味だと知っていた。

 

 「昼間になにか・・・。」

 「お待たせ、ホットミルク持ってきたよ。」

 

 と、そんなツーカーな兄妹の間にトレーを持って割って入ってきたのはシックな恰好をしたメイド・・・もといハウスキーパー。背丈は椅子に腰かけたトワイライトと同じほどしかなく、大柄な兄様と比べれば頭一つは小さく見える、かわいいおばあちゃんだった。

 

 「ありがと、サツキ。」

 「僕もそれほしい。」

 「あとでね。」

 

 はちみつ入りのホットミルクを持ってきた。

 

 「でも明日は本当に寒くなるみたいだから、しまってた毛布出してきたよ。だから早く寝な。」

 「うん、これ飲んだらもう寝る。ついでにこの兄様も持ってって。」

 「はいはい」

 「おいおい。まあいい、おやすみトワ。」

 「うん、おやすみ兄様。」

 

 兄妹にとって気の置けない存在であるサツキが入ってきて兄様も安心したように部屋を後にする。

 

 「兄様どうしたの?」

 「んー?どうしたんだろうねぇ。あたしもよくしらないけど。」

 「昼間なにかあった?」

 「知らない。忙しかったから。ヒマだったのはあいつだけ。」

 「私もちょっと寝てたから知らない・・・。」

 

 トワイライトがくぴくぴとホットミルクを味わう傍ら、ハウスキーパーのサツキの手腕によって安寧の寝床がテキパキと出来上がっていく。

 

 「さっ、これでいいよ。」

 「うん、ありがとう。」

 「どういたしまして。もう寝る?」

 「うん、だって寝ろって言ったじゃない。寝る子は育つのよ。」

 「もう子供じゃないでしょうに。」

 「なら子ども扱いも卒業してよ。」

 「それとこれとは。」

 

 ベッドに入って顔だけだしたトワに微笑みかけると、サツキは部屋の明かりを落とす。

 

 「おやすみ、トワ。またあした。」

 「おやすみ。」

 

 部屋のドアをそっと閉じると、そのすぐ外にいた人物に目を移す。むすっとした表情のまま、窓の外を睨んでいる。

 

 「どしたの?」

 「トワは?」

 「もう寝たよ。」

 「そうか。」

 

 むず痒そうに引っ張っていた髭から指を離し、南の空を指す。下を見れば漆黒の闇夜、上を見れば星の世界。その中間、地平線を指さす。

 

 「今日の昼頃、ずっと南西の方向に大きな光の柱が見えた。」

 「見てない。」

 「見えたんだ。福音か凶兆かは判別がつかなかったが、その後ここから南の方角、すごく近い場所に影が降りた。」

 「どんな影?」

 「速すぎて見えなかった、というか輪郭が捉えられなかった。が、とにかく大きかった。」

 

 視力には自信があった。が、寄る年波には勝てないのか。

 

 「それが夜襲でもかけて来るんじゃないかと思ってピリピリしていたのだ。」

 「そんなこともっと早く言って欲しいんだけど。警備には言ったの?」

 「言った、が今のところ何の反応もない。警戒線にも引っかかってないし。」

 「じゃ、どうするの?」

 「明日僕が見に行く。今日はメイドちゃんたちも気を付けるように。戸締りもしっかりね。」

  

 勿論今すぐにでも確認したいところだが、この暗闇で捜索するのは危険が大きすぎる。相手が人間とも限らないし。

 

 「明日はリッキーを借りるよ。朝早くな。」

 「朝ごはんは?」

 「あったかいやつを。お弁当もお願い。」

 「わかった。サンドイッチでいい?」

 「キュウリとベーコンのね。」

 「キュウリとベーコンの。」

 「それだけ。じゃ、あとよろしく。」

 「うん、おやすみ。」

 

 手を腰に当て、自室に足を向け・・・ようとして、はたと気が付いたようにサツキの前に戻る。そして、

 

 「忘れ物してた。」

 「なに?あっ、うん・・・。」

 

 駆け足できた道を戻り少しかがむと、サツキをそっと抱き寄せて、うなじにキスをする。

 

 「今度こそこれだけ。じゃ。」

 「ジーク。」

 「はいよ。」

 「気を付けてね。」

 「はいよ。」

 「あと、もうそういう歳でもないと思うんだけど・・・。」

 「嫌だったか?」

 「別に・・・。」

 「ならいいじゃん、おやすみ。」

 「うん、おやすみ・・・。」

 

 男は軽く投げキッスとウインクをして廊下を歩いていく。その歩調に合わせてロングガウンが左右に揺れ、まるで10代の少年がうきうきとした足取りをしているようにも見える。

 

 実際は60前後の中高年のイチャつきなので、見せられる側には少々苦しい物があったかもしれないが。それはそれとして。

 

 「ちょっと、ハシャぎすぎたか・・・?」

 

 自室に戻り、自らの行いを顧みる男、ジーク。天使の吐息か、虫の知らせか、どちらにせよ年甲斐もなくワクワクしてきているのだ。今精神状態は、真夏の太陽のように燦燦と熱く輝いていた10代の頃のように生き生きとしている。外見的にも体力的にも肉体が着いていけていないので、無茶は禁物だが。

 

 明日に備えて早く寝ようと思ったが、その前に外出用の装備を整理して気を落ち着かせよう。さしあたって、まずはブーツの靴紐を新しい物にしておく。

 

 ☆

 

 翌日、既に太陽も高く昇ろうという時間だが、森の中はひどく薄暗く気味が悪い。昨晩からの冷え込みによって霧も発生し視界が非常に悪い。

 

 そんな森の一部の開けた場所、長い草も生えていない広場のような場所には、およそミスマッチなメタルの塊が鎮座している。

 

 「次、4・5・6番回路、通電チェック。」

 「・・・計器反応なし。」

 「ここもか。」

 

 機体の外でカバーを外して中の配線をいじる人間と、コックピットに座ってスイッチをいじる人間の2人がそこにはいる。

 

 幸いなことに内部のコンピューター類は無事だったが、無茶なオーバーロードを流した出力回路は深刻なダメージを負っている。

 

 翼はごそごそと壊れた配線を外し、コックピットに座ったケイは修理が必要なパーツをリストアップしていく。もちろん、ここには替えのパーツはないし、修理が出来る設備もない。機体をぶら下げておくハンガーすらないのだ。

 

 「自家発電の発電率はどうだ?」

 「現在11%。反重力コイルだね。」

 「そう、電力で重力・反重力を発生できるなら、その逆も然り。」

 「わかるよ。けど、ハードの方がどうしようも・・・このユニット外せる?」

 「ああ、『オデッセイ』は星間航行用ユニットだから、解除してマルスピーダーだけを飛ばすことは出来る。」

 「反重力コイルが生きてるなら、浮くことは出来そうだね。」

 「たぶんな。」

 

 照明、暖房、生命維持にと、現代人が生きていくには必須の電気も、この機体は重力でタービンを回して発電できる。地獄の血の池に浮かぶ浮き輪程度の安心だが、唯一の救い。

 

 はてさて、蜘蛛の糸が垂れてくるのを待つか、それとも直接お釈迦様を呼び出すか。

 

 『ぎゅるる・・・』

 「ん、今そっち何か触った?」

 「いや、俺のエネルギー切れ。ケイは?」

 「僕は大丈夫。」

 

 ひとまずは翼の腹が鳴った。ゆうべと今朝に食べはしたが、シエルとアキラとで分け合ったので翼の分はちょっと少なかった。というかアキラが食べ過ぎた。狭いコミュニティ内での暴食や色欲、嫉妬は破滅を招くとはよく言ったものだ。

 

 その2人が何か食料をとってこない限りは昼食は抜きで中ショックだ。

 

 「ヘークショイ!」

 「風邪?」

 「今日はなんか冷えるしな・・・霧も出てるし。シエルこそその恰好寒くないのかよ?」

 「夏は涼しくて冬は暖かい仕様よ。」

 「いいモン着てるなぁ。こっちは2000円のパーカーだっつのに。」

 「2000円でそんなに愛着湧いてるならいいものじゃない。」

 「これしか着るものがないんだよ今は。」

 

 安心と信頼の大量生産品。アルティマでは化学繊維は見たことがない。ともかく、穴が開いたり破れたりしたらその都度アキラは手縫いで補修して使い続けてきている。

 

 「すぐ穴開けるから高いの切れないんだよ。」

 「でも、高いものなら丈夫で長持ちすると思うわよ。」

 「いつ戦いになるかわからない以上、そんなの着てられない。」

 「戦闘服でも下に着こんでおけば?」

 「その全身タイツみたいなスーツ?」

 「これもお高いけどね。試着してみる?」

 「遠慮しとく。」

 「冗談よ。」

 

 ザクザクと道なき道、草むらをかき分けて進めば川に出る。

 

 「昨日はここで魚をとった。」

 「釣りで?」

 「手づかみ。」

 「まあワイルド。」

 

 アキラは靴を履いたままザブザブと浅瀬に入っていくと、両腕を広げてじっと水面を見つめる。

 

 そうして気配と殺気を消し、しばし静寂に包まれていると、旨そうな魚たちが「嵐は去ったか」と安心して戻ってくる。

 

 水音が1つ鳴るうちに、3つの意識が宙を舞う。

 

 「お見事!」

 「これぐらいはね。」

 「じゃあ、こっちは私が・・・。」

 

 シエルも地面をビチビチと跳ねる魚を取り押さえ、慣れた手つきでナイフを使ってハラワタを抜く。

 

 「へえ、手際がいいな。どこで使い方を習った?」

 「サバイバルと禅と花の師匠がいてね。」

 「なんだその組み合わせ。」

 「こっちの世界のあんたよ。」

 「ふーん。」

 

 さも興味ありなんといった生返事を返すアキラに対して、シエルも「聞きたい?」と暗に促してくる。「今はいい」とアキラは素っ気なく返すと、また別の道なき道を行く。

 

 少し歩いた先で開けた道に出た。草丈が低く、土が踏み固められていることから、何度も人が歩いたという証拠だ。この道のどちらかに進めば、いずれは人里なり、人の居る場所にたどり着けるという判断が出来た。。

 

 「おっ、ナンカある。」

 「なんか?」

 「ほら、この木に。」

 

 アキラの指さす先には、大きな果物のようなものがいくつもついている。が、それらが成っているのは枝の先ではなく、木の幹である。

 

 熱帯にはこういった木の幹に花や実をつける幹生花あるいは幹生果という植物がある。カカオやドリアンもこの種別で、おそらくこの木もその一種なんだろう。

 

 「・・・とのこと。」

 「へー、詳しいんだなその辞典。で、食えるの?」

 「えーっと・・・成分に毒はない。」

 「味は?」

 「そこまでは・・・うーん?」

 「もういい、食えるんなら食ってみればいい。」

 

 シエルの手のひらに納まる小さなデバイス、そこから放たれるブルーの光が目の前の植物をスキャンし、その成分や特性、分析結果を情報として提示してくれる。

 

 が、百聞は一見に如かず、百見は一触に如かず、フィーリングで行くタイプのアキラはするすると木に登っていく。

 

 「どれどれ、っと。中身は詰まってそうだな。」

 

 太い枝の上に腰かけ、ナイフを突き立てて実を割ると甘い果汁が噴き出す。じゅるじゅると啜って食べると、舌がとろけんばかりの甘味が広がる。

 

 「うん、んまい。」

 「アキラー、わたしも食べたい、」

 「おう、なかなかイケるぞこいつは・・・ん?」

 

 実をもうひとつ獲ろうとしたアキラの手がふと止まり、代わりに耳を澄ませる。

 

 「アキラ?」

 「エヘンエヘン、やぁやそこのレディ。」

 「え?ん?」

 

 わざとらしい咳払いと共に突然知らない声に呼ばれたシエルが振り返ると、ゆるくカーブした道の先の木の陰の向こう側から一頭の馬に跨った男がやってくる。と、同時に足元に果物の食べカスの皮がポトリと落ちてくる。木を見上げてもそこにアキラはもういない。

 

 馬はかっぽかっぽと常歩でゆっくりと近づいてきている。アキラはどこにいったか?と少し考えたところでシエルにも合点が付いたので、適当に対応して『少し注意を引いておいて』おくことにした。

 

 「やぁや、そこのうなじの綺麗なレディ。」

 「えぇ・・・うなじを褒められたのは初めてかも。」

 

 と、言ったもののシエルには腹芸なぞどだい無理な話。ボロが出ないようにまずはよく注意して相手を観察することにした。ともかく、出会って第一声がうなじの評価ということは、後にも先にも一回きりだろうなとまずは思った。

 

 見た目50代ぐらいの男性、おじさんだ。しかし先日まで顔を合わせていたヴィクトールのそれとは違う、どこか品のある佇まいだった。

 

 「そちらも、素敵なおヒゲをしてらっしゃるのね。」

 「勿論、毎日手入れをしているからね。紳士として。」

 「紳士、ね・・・。」

 

 自らを紳士と豪語する紳士は果たして紳士なのか?という問答はさておき。よく使いこまれているように見える外套は、色落ちこそしているがボタンの外れやヨレ・シワなどもなく小ぎれいにしている。

 

 さっきまで跨っていて、そして今降りた馬も毛並みは綺麗だし落ち着き払っていて雄々しい。以前、休暇に乗らせてもらった馬よりも立派な体格をしている。

 

 顔は言わずもがな、端正な顔立ちによく整えられたヒゲ。若い頃はさぞかしモテたことだろうと素直に思わせられる美形だ。灰色の瞳からは疑惑や疑いよりも、好奇心と言った方が似合う人懐っこそうな眼差しが向けられている。正直悪い気はしない。

 

 そして腰からは細長い剣、サーベルを差している。こういうものには装飾を施すこともあるのだろうが、宝石や貴金属の類は一切使われていない、どこまでも質素な剣のようだ。

 

 「ふふふ。」

 「なに?」

 「いや、私の姿をじっくりと観察する眼差しがなんともこそばゆくてね。」

 「おあいこでしょう?」

 「まあね。けど、後ろにくっついてヒップをじろじろ見るのはマナー違反だと思うけどね。」

 「?」

 

 そういいつつ徐に外套のスカーフを外し、そのまま風に流した。するとどうだろう、まるで導かれるようにして背後の茂みの一角に覆いかぶさると、そこから赤いパーカーの人物が出てくる。

 

 「アキラ、そっちにいたの?」

 「なぜ、わかった?」

 「長年の勘ってやつ。というのは冗談として、ミツの実の匂いがしてたからね。」

 「ミツの実?」

 「君の足元に落ちてる皮の果物だよ。君からは匂いがしないけど、食べカスはある。なら別に食べた人間がいるということだよ。」

 「そんなに匂いキツいのかこれ。」

 「鼻はいいほうだから。ミツの実の汁で口が汚れてると、子供はママに怒られるよ。」

 

 スカーフを拾いながらポケットから白いハンカチを取り出し、アキラに差し出した。アキラはそれを黙って受け取り、素直に口の周りをぬぐう。

 

 「さて、君たち変わったアベックだけど、ナニモノ?駆け落ち?」

 「違う。」

 「ちょっと世を儚みすぎだよそれは。」

 「そこまで現実に絶望してない。」

 「まあ絶望的な状況ではあるけど。」

 「フームなるほど?お困りのようだね。でもま、『お客さん』とあれば歓迎するよ。紳士としてはね。」

 

 やや大袈裟な身振り手振りで、まるでコメディアンのように『歓迎』の意思を表明する。

 

 「『お客さん』?」

 「ここ、ウチの家の土地だよ?そんなこともわからない?」

 「このだだっ広い森が?」

 「ただだだっ広いだけじゃあない、豊富な実りと“やや”危険な動物が棲むだだっ広い森だ。というか、もう少し先で村だよ?」

 「人里があったんだ・・・。」

 

 急に、アキラとシエルは力が抜けるのを感じた。もう少し歩いてそこへたどり着けていたなら、寝ずに火の番や食料の心配をすることはなかったろうに。とんだ肩透かしだ。

 

 「んまあ、問題は衣食住だけじゃないんだけどね。」

 「よければ手を貸すよ。」

 「ありがたいけど、無理じゃないかな?」

 「『こっちの世界』の科学力じゃちょっとアレはねぇ。」

 「なんか聞き捨てならないワードが出てきた。けどまあ、力になれるって自信はあるよ。それで君たちは何名だい?」

 「4人。」

 「4人か、そちらのレディにはもちろんとして、馬に跨って快適な旅路に就いていただくには『2頭』足りないね。」

 「2頭?3頭の間違いじゃないの?」

 「大丈夫、さんすうは間違えちゃあいない。1人1頭でも2頭だよ。」

 

 不意に指笛を鳴らすと、カーブした道の向こうから馬が足音を鳴らしてきて、その傍に止まった。

 

 「お呼びですか?」

 「うん、お客さんを迎える用意をしてきてくれリッキー。それからランチの用意も。彼らもまだみたいだから。」

 「わかりました。」

 

 馬上の明るい茶髪の少年は指示を受けると、すぐさま踵を返して元来た道を帰っていく。その際、背負っていたバッグを手渡していった。

 

 「今のは?」

 「私の・・・いやウチの従者のリッキー。すぐに迎えの馬車が来るよ。それまでこっちのランチボックスでもご賞味あれ?ケチャップのついてるキュウリとベーコンのサンドイッチ以外ならいいよ。」

 「もしかして、ずっと監視の役だった?」

 「もしかしなくても、そうだ。君の方が先にリッキーに気づくかと思って声をかけさせてもらった。」

 「一枚上手だったということか。」

 「そうゆうこと。」

 

 これ見よがしにウインクしてくるが、不思議と嫌味な感じもしない。纏うオーラによってそう見えるだけなのか。まだ出会ったばかりだというのに、アキラの心の中には『敬慕』の念が生まれていた。

 

 「ところで、その切れ者さんの名前をまだ窺っていないのだけれど?」

 「ああ失礼、レディ。って、もう食べてる。」

 「レディじゃなくて、シエルよ。シンプルだけどなかなかおいしいわねこれ。」

 「OKシエル。当然だよ、なんせ、僕の自慢の・・・ハウスキーパーの手作りだからね。」

 「ケチャップのってこれ?」

 「それ。それだけは食べないでね僕のだから。」

 「はい。俺はアキラだよ。」

 「サンキュー、アキラ。・・・はてちょっと前に聞いた名だな。」

 

 ちょっと、ケチャップのついたキュウリとベーコンのサンドイッチを手渡してきた相手の顔を眺めると、すぐに合点がいったように頷いた。その意味を、アキラもすぐに理解した。

 

 「では今度は僕の番だ。僕の名はジーク。アルティマ一の伊達男『ジーク・ウィル・キャニッシュ』とは僕のことさ。」

 「・・・へぇ。」

 「?」

 

 キャニッシュという家名を聞いた時、彼、ジークの瞳を見て思い出した。彼の灰色の瞳は、その娘であるアイーダ、孫にあたるエリザベスと同じ色だ。

 

 すべてを悟って腑に落ちたアキラの顔の変化を見て、ジークはまたウインクをしてサンドイッチにかぶりつく。その姿も伊達男と呼ばれるにふさわしく、様になっていた。



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ようこそ!キャニッシュ領へ

 「うま。」

 「うま。」

 「ウマー。」

 

 質素でありながらも上品な気質に溢れ、調度品も綺麗に整えられたダイニングルームに、不作法にも食卓に貪りつく3人あり。

 

 並んでいる昼餉はピンクがかった粒で着飾った鮎の塩焼きに色鮮やかな季節野菜のお漬物、見たことない薬味付きの冷奴にちょっと固い肉の入った豚汁、そして白米。少々趣が異なるが、それ以外は実に日本人らしい食卓である。

 

 「まさか異国の地でこんなうまい銀シャリにありつけるなんて・・・。」

 「ありがてぇ・・・ありがてぇ・・・。」

 「これ七海が作ったのよりおいしい。」

 「七海は相変わらずマズメシなのか?」

 「マズメシゆーな。少しはマシになったよまあ。子供も出来たし。」

 「お前らの子供か・・・。」

 「写真あるぞ。」

 「昨日もう見た。」

 「昨日のとは別の写真。」

 「いらない。」

 「いいから、いいから。」

 

 一旦箸を置いた翼は口の端を上げながらスマホを取り出し写真をアキラに見せる。待ち受け画面だけでなく、写真フォルダも大切な『家族』の写真でいっぱいだった。

 

 「やっぱケイにちょっと似てるよな慧って。」

 「ケイが慧に似てるんじゃないかな。」

 「でもケイってどんなやつ?」

 「不思議なやつ。俺も全部は知らないけど、仲間。」

 「あんまり自分の事語らない?」

 「語りたがらないって感じ。なんか色々知ってるみたいだけど。この世界のこととか、本当に色々。俺がこの世界に飛ばされてきた時も、すぐ来たし。」

 「その本人が今ここにはいないんだけど。」

 

 ダイニングルームにいるのは今は3人だけ。食事を運んできてくれたメイドさんや、館の主であるジークも今はおらず、おかげで目を気にせずじっくりと食事を堪能できている。どこにいても監視の目があったような気がしたヴィクトールの館とは空気が違う。

 

 この料理もそうだ。材料はこの近辺の土地でとれたもの、鮎も先ほどアキラとシエルがとってきたものだが、その献立や風味は実に食べ慣れた『日本』、ひいては『地球』のものだ。

 

 「白米よりも麦飯の方が多かったけど、キャニッシュ私塾でも普通の献立が多かったな。コロッケそばも後で注文してみよう。」

 「なぜコロッケそば?」

 「駅前の蕎麦屋でよく食ってたろ。」

 「・・・そうだっけ?記憶にない。」

 

 スマホから視線を上げてしばし沈黙したアキラは、納得したようにして翼にスマホを返してまた飯を掻きこむ。翼には心なしかその動作が荒々しくなっているようにも見えた。なぜそう見えたのか心当たりはなかったが。

 

 「「「ごちそうさまでした。」」」

 

 数分後、揃って食事を終えて手を合わせる。するとそれを待ち設けていたかのようにドアが開き、館の主のジークが入ってくる。その後ろにデザートの乗ったカートを押す侍従がついてくる。

 

 「食事は口に合いましたか?」

 「ええ、とてもおいしかったわ。」

 「でしょうね、父が考案した料理ばかりですから。続いてデザートはいかが?」

 「食べる!」

 

 運ばれてきたのは大きく切ったフルーツのごろごろ入ったフルーツポンチのようだ。フルーツの中にはあのミツの実も入っており、シロップに溶けだしてしまわないようゼラチンのようなもので覆ってある。

 

 シロップはフルーツの甘さに負けないよう、少し酸っぱめのものが使われている。舌にピリッとくるような酸味がミツの実の果汁で中和され、食べすすめるほどに不思議な食感を楽しめる。

 

 極めつけはお茶だ。程よいぬくもりで口の中を温め、渋みが甘ったるいものを洗い流す。昼餉と違ってこちらはあまり馴染みのないデザートだったが、とても楽しむことが出来た。

 

 「ではここからは僕もご一緒させて頂いてよろしいかな?」

 「ええどうぞ。」

 

 じゃあ失礼して、と反対側の席に腰かけると侍従に2、3言葉をかけてからティーカップに口をつけた。侍従は軽くお辞儀をすると部屋を出ていく。

 

 「さて、この場にもう一人呼びたい・・・まあ呼びたい人間は山ほどいるのだけれど、とりあえず今はこの館にいる一人を呼ばせてもらいたい。私の妹です。」 

 「妹、ということは・・・。」

 「そう、あなたの娘です。と言っても、平行世界のですのでそこまでかしこまらなくてもよいですよ。そのことは妹もよくわかっていますので。」

 

 あの子ももう子供ではないので。と、若干の矛盾を孕んだ一言をつけ足してお茶をすする。

 

 「たしか4人兄弟って聞いてたっけ。」

 「ん?ああ、姉のノルン、私、弟のワタル、そして今呼んだ妹のトワイライトだ。ワタルはゼノニウムの大聖堂にいるし、ノルン姉様は本領で執務中だ。」

 「ここがキャニッシュ領じゃないの?」

 「ここは旧アヴェム伯爵領、現キャニッシュ公爵直轄地だ。昔父上がいた土地を飛び地の管轄がてら別荘地にしているんだ。主にトワのね。」

 

 キャニッシュ本領はもっと北西の方、ここはノメルでも南東の方で飛び地も飛び地、それでも故あって先代キャニッシュ公爵であるツバサの代で管轄となった。

 

 「ところでずっと気になってたんだけど、ノメルって君主制なの?」

 「いや、王様はいないよ。随分前はいたそうだけど今はいない。」

 「君主制じゃないのに爵位名乗ってるの?」

 「んー・・・君主の王様はいないけど、各領地を管轄する貴族はいる。あとゼノンがそれなりの権力を持っててお互い見張り合う関係かな。」

 

 まあ、貴族なんて椅子を温めながらハンコを押すだけの仕事だけど。と自嘲気味に笑って続ける。

 

 「ノメル共和連邦、と呼んではいるけどまだ出来て50年そこらってくらいの新しい国だ。数百年続いた王政をつぶしてでまで作った価値があるかっていう評価は後年の評論家に任せるとして、いいところだよ。」

 「その建国50年にして、今が最大の危機じゃない?」

 「かもしれないね。この国だけでなく、ともすればアルティマ全体の問題やもしれない。」

 「本領から離れた飛び地にいるのもそのせい?」

 「僕はキャニッシュの『目』だからね。怪しい連中がうろついてないかとか、目を光らせてる。」

 「怪しい連中ならここに3人ほど。」

 「まあ、あなたたちは怪しくはない、かな?怪しいやつは『自分は怪しいやつじゃない』って言うし。」

 「でもジークだって第一声『怪しいものじゃない』って言ってなかった?」

 「そもそも開口一番にうなじを褒める人間が怪しくないとでも?」

 「僕は怪しい人間じゃないよ。なにせ僕だからね。」

 

 キラリ、と瞳と白い歯を輝かせてジークは微笑みかえしてくる。

 

 「だから怪しい者だなんて気を使わなくていいよ。まずは友達から始めよう。」

 「友達?」

 「お茶を一緒に飲んだならもう友達でいいでしょ?そして友達の問題は僕の問題。だから僕が解決する、うんカンペキな理論。」

 「でもジーク、さん?」

 「気さくにジークと呼んでくれたまえ。あだ名でもいいよ。」

 「じゃあジーク。ジークは機械わかる?」

 「わからん。けど、弟はわかる。アルティマで一番の天才だって言って差し支えない自慢の弟なら、きっと上手くいくに違いない。」

 「じゃあやっぱり、ゼノニウムに行くしかないのか。」

 「そうなるね。そこまであのマシンを運ぶ方法は用意できる。」

 「方法って?」

 「ああ!まあその準備が終わるまでにこの家でゆっくりしてくれ。歓迎するよ。」

 

 非常にありがたい申し出であったが、普通はこういう話にはウラがあると考えてしまうもの。いくら屈託のない笑顔を向けられても、そこだけはどうしても、心の底から信用しきれないのが翼の心境だった。

 

 「気持ちはありがたいが・・・。」

 「客人とあらば歓迎するのが貴族のマナー。ぜひゆっくりしていってほしい。」

 「ゆっくりしてる暇もないんだけど・・・。」

 「焦って解決するならいくらでも焦ってくれていいのだけれど。僕としてはゆっくりとキャニッシュのいいところを堪能していってほしいね。」

 

 カップを置いて指を組んだジークは諭すように言葉を紡いでくる。翼もそれを聞きつつも一瞬視線を落としてからため息交じりに愚痴をこぼす。

 

 「色々と気負ってしまうのならこの際はっきり言っちゃおう。先に『友達』と表現したのにも理由がある。」

 「と言うと?」

 

 しばし目を閉じて一考するように深呼吸し、目を開くとそこからは猛禽類のような鋭いまなざしが注がれた。結構呑気してデザート皿のシロップを指で掬っていたアキラも、ナプキンで指を拭いて膝に置いて居ずまいを正す。ほかの二人は言わずもがな。

 

 「玄木翼、あなたは確かに私たち(・・)の父、ダイス・ツバサ・キャニッシュと同じ人間である。そのことは間違いないと言っていい。私が保証する。けど、そのことであなたの事を別段特別扱いしたりするつもりも、まして『父の代わりにずっとここにいてほしい』なんて思ってはいない。それは私たちの父に対する『不敬』に値するし、同時にあなたに対する『侮辱』でもあると捉えている。」

 

 そこまで言うんだ、とアキラは口にこそ出さないが文字通りに舌を巻いた。普段ならここで茶々のひとつでも入れそうになるが、それを口にした途端、目線だけで射殺されるとすら思ったからだ。

 

 「これでもそこそも修羅場はくぐってきたし、腹芸もこなしてきたつもりだ。だからその経験から言わせてもらうと、君たち・・・アキラも含めてになるけど、君たちは非常に危険な存在、頭痛の種になる。未知のテクノロジーや力のある人間というのはね、本人が望まざるとも周囲から望まれるものだから。」

 

 チクリ、と3人とも針を刺されたような気分になった。皆思うところはあるし、考えてもいたが、真正面から刺されるのはおそらく初めてだった。

 

 「それ故に我々は君たちを保護する必要がある。ゼノンにもお伺い建てなきゃいけないし、よくも仕事を一つ増やしてくれたなと言ったところ。」

 

 保護と言えばまだ聞こえはいいが、実質的に拘束だと言っていい。こうして面と向かって行ってくれる分まだヴィクトールよりはマシかもしれないが。

 

 「俺たちはいままんまと手中に収められていると。」

 「まんまならもう頂いただろう?悪いようにはしない。これは一領主としての発言として受け取ってほしい。」

 

 こともなげにジークはそう言い切ると、ふぅと息を吐いて再びカップに口をつける。

 

 「・・・で、こっからは僕の意見。そんなくだらないやっかみなんてどうでもいいから、あなたたちのことを『個人』としてみる。そのために『友達』として始めて行きたい、というのが僕の本音。んあー仰らないで、剣を突き付けられてからお友達になりましょうなんて言われても安心できないだろうけど、理由を2つ聞いて。」

 

 改めて向かい合うように目を開く。そこには刺さるような冷たさはなく、キラキラと輝く宝石のように瞬いている。

 

 「僕はただ単純に、この奇跡のような出会いを祝福したい。突然異世界から来訪者があって、それが別次元の父だなんて、最高にワクワクものじゃん。それをただ右から左へ受け流すなんて、とんでもない!」

 

 要するに興味本位?ややオーバー気味にお手玉をするようなジェスチャーで語って見せるジークは、心底楽しそうにしていた。

 

 「それに、困ってるんでしょ?困ってるなら困ってるって言ってくれればいい。僕に何ができるかはわからないけど、僕が出来る限りのことを尽くす。」

 「そこまでしてくれる理由がないのだけれど。」

 「理由?僕がやりたいから。不満?」

 「不安。」

 「世の中には人の役に立つことを至上の喜びにする人間だっているんだよ、僕はちょっと違うけど。まあ、テクノロジーに関しては門外漢だよ。けどね、そういうのに詳しい人物ならよく知ってるし、その石頭を説得も出来る。で、ここまで言っても気負いしすぎて首を縦には振ってくれないだろう。だから交換条件にしよう。ノメルの、ひいてはアルティマの危機を救うために君たちの力を借りたい。これはキャニッシュ領主としてのお願いでもある。」

 

 一気にまくしたててくるが、同時に「早くこの話を終わらせたい」という気も感じられた。

 

 「先ほど言った通り、衣食住は保証するし渡りの船も出す。どうしたいかはゆっくり考えてから答えを出してくれればいい。楽しめるものはいっぱいあるしね。」

 

 それだけ言い切って満足したようにカップを空にし、袖をまくって立ち上がる。

 

 「それにしてもトワ遅いな。連絡ミスでいきわたってなかったか?」

 「あっ、そうだ連絡と言えば。」

 「なにアキラ?」

 「俺、『すぐ戻る』って言ったのにみんなのこと忘れてるなって。連絡したいんだけど、鏡ある?」

 「あるよ。しょうがない、今回はおひらきにしよう。」

 

 バッと立ち上がって部屋の扉を開けると、おーいと外にいるメイドさんに声をかける。

 

 「部屋と着替えを用意させた。好きに使ってくれたらいい。鏡は僕の部屋にあるから、アキラはこっち。」

 「オッケー。」

 「それとケイも呼んであげるといい。森の中で一人放置というのはいくらなんでも忍びない。」

 「ケイが残りたいって言ったんだけどね。」

 「知ってる。お留守番していたよい子には後でパイをご馳走してあげるよ。だから呼んであげて。」

 「おつケイ。」

 

 翼が端末からケイに通信を送ると、二、三会話を交わして終わらせる。そうしている内にメイドのひとりが部屋の準備が整ったことを告げてくる。

 

 「すぐ来るって。」

 「そう、じゃあ部屋に案内させるから先に休んでいてくれ。この子はチェルシーね。」

 

 あとよろしく、とメイドのチェルシーに声をかけてジークはアキラを伴って廊下を歩いていく。

 

 「チェルシーです。お部屋にご案内しますね。どうぞこちらへ。」

 

 軽くお辞儀をするとチェルシーははにかんだ笑顔を見せて足音も静かにジークとアキラとは別の方向へ歩き出す。

 

 廊下での行軍は実に静かなものだった。曇り一つない窓からは暖かな初夏の陽射しが入り、風が花の甘い香りを運んでくる。窓の下には庭園と、よく整えられた花壇が広がっている。

 

 また、庭園の向こうには白いドームのようなものも見える。天井がガラス張りになっているのを見るに、おそらく温室だろう。その中には熱帯植物と思わしき大きな葉っぱが生い茂っている。

 

 なにせ、現代人である翼とシエルの眼には何もかも新鮮に映った。シックな建物というのもヨーロッパ辺りに行けば地球でも見られたかもしれないが、そんな暇もないほどに忙しかった。二人とも、あまりひそひそ話をするというのも失礼だと思い声にこそ出さないが、思うことは同じだった。

 

 「こちらがお部屋になります。」

 

 案内された部屋の前にはそれぞれメイドさんがまた立っており、部屋の中を案内してくれる。翼とシエル、それぞれが別の部屋に入っていくが、ドアを開けた途端に放たれた声は同じ感嘆のものだった。

 

 まず感じたのは、匂い。まるでドアの先には別の世界広がっているかのような濃厚な花の香り。それは花瓶に生けられた大きなユリの花のものだった。

 

 「こちらの服にお召し替えください。」

 「ああ・・・でも自分で出来るから。」

 「かしこまりました。それでは外でお待ちしておりますので、なにかありましたらこのメイドのマニィにご用立てくださいまし。」

 「わかった、ありがとう。」

 

 マニィ、と名乗ったメイドさんはしずしずと部屋を後にする。残った翼はコートかけにフライトジャケットをかけると、アンダーウェアを脱いで用意されている着替えを手に取る。

 

 「こう言ってはなんだが、すごくフツーの、シャツのようだな。」

 

 ごくありふれた、材質はおそらく綿のシャツだ。おろしたての新品でとても着心地がいい。ご丁寧に下着もあるし、どうやら個室にシャワールームも備わっているようなので、先に一汗流させてから頂くことにした。

 

 「ズボンは・・・ジーパンかこれ?」

 

 ボトムスは翼も現代でよく目にするジーパンと遜色ないもの。だがそれらよりも、とても明るく鮮やかな青色、空色をしている。もちろんこちらも着心地に申し分ない。

 

 そして最後にゆったりとしたジャケットに袖を通すと完成だ。鏡の中にいる自分はなかなかの男前だ。

 

 さて、とすると後に残ったのは今まで着ていた服。さすがに数日間洗わないでいるとすえた臭いが漂ってくる。どうしたものか。

 

 どうしたもこうしたもあるものか。洗濯するんだよ。

 

 「マニィさん、着替えは終わったんだけど、タライと洗濯板と洗濯せっけんはある?」

 「お洗濯ですか?でしたら私どもめにお任せください。」

 「あー、結構デリケートなものなんだけど。」

 「おまかせください。おしゃれ着モードでお洗濯します。」

 「洗濯機あるんだ。」

 「ありますよ!」

 「あるんだよなぁ・・・。」

 「おっ、アキラもう終わったのか。」

 「報告しただけだったし。あと冷蔵庫もあるぞ。」

 「マジで?」

 

 ものすごく身近な文明の利器の存在に驚く。とりあえず、着替えに出したいものをカゴに入れてマニィに渡す。

 

 「シエルはまだ?」

 「まだお召し替えの途中でございます。」

 「その割には、なんか騒がしくない?」

 「ウェンディとサーリャがついているから大丈夫です。」

 「なら安心だな。」

 「安心なの?」

 

 なかなか防音性は高いようだが、ドアの前にくれば中が騒がしい様子を悟ることが出来たし、翼の耳にはシエルの驚きのような声にも聞こえた。

 

 とはいえ、女性の部屋をみだりに覗くものでもないので、ドアノブに手をかけることはなかったが。

 

 「大変だった!」

 「でも似合ってるよ。」

 「そう?」

 

 しばらく廊下で待たされた後、部屋に招き入れたのは青いワンピース姿のシエルだった。相当着せ替えごっこに難儀したらしく、様々な服が散乱していた。それを4人ものメイドさんたちがせっせと集めて出ていき、今は3人だけになった。

 

 ようやく腰を落ち着けて話せる機会が来た。ここには監視の目もなければぶしつけに部屋に押し入られる心配もない。

 

 「クローゼットの中に隠れてるやつもいないしね。」

 「それは悪かった。けどいい服をもらったな。」

 「すごく着心地いいよ。普段から着たいぐらい。上質だよ。」

 「ユニクロとどっちがいい?」

 「ユニクロ?アキラはいっつもGUで買ってない?」

 「GUってなんだ?」

 「そのパーカー3000円だっけ。」

 「そう、サティの。」

 「サティって、懐かしいな。」

 「懐かしい?」

 

 アキラの知らない店の話と、翼の知っていた店の話で食い違いに華を咲かせたところで本題に戻る。

 

 「アキラは俺たちがいた世界から、10年くらい前の時代から来たんだよな。」

 「そうなるな、時はまさに世紀末だった。その時そっちはどうなったんだ?」

 「ノストラダムスの大予言は大ハズレだったよ。」

 「そうか。」

 

 1999年7月、恐怖の大王も、アンゴルモアもマルスもやってこなかった。世界は核の炎に包まれず、いつもと変わらぬ夏が来ていた。

 

 「でもま、色々と出会いのあった夏だったかな・・・激動とも言うか。」

 「楽しそうだな。」 

 「アキラの世界では、どんなことが?」

 「この世の終わりが来た。」

 「それは、どんな?」

 「・・・俺にもわからん。ただ気づいた時にはすべてが遅かった。」

 

 うつろな眼でアキラは天をあおいだ。

 

 「どこへ行っても悲鳴ばかり、空を火が覆いつくして、最後に閃光が見えた。それで気が付いたらこの世界にいた。」

 「核戦争?」

 「わからん。知りたくもない。」

 

 メイドさんたちがあらかじめ用意してくれていた水差しから注がれた清水ごと、アキラは口から出かかっていた言葉を飲み込んだ。一般的な水道水とも違うような、まろやかな口当たりだったが、味わっているような気分でもなかった。

 

 「でも恐怖の大王、って割と最近も聞いたワードね。」

 「『インベイダー』が最初そう呼ばれてたな。」

 「そのインベイダー関連の話も興味がある。」

 「遅れてきたノストラダムスの大予言の話だ。」

 

 宇宙、人類の新たなフロンティア。80年代末ごろには既に火星に無人探査機が降り立ち、そこが人類の新たなステップとなりえることは証明済みだった。

 

 そして翼が一人の科学者として、火星基地の開発とテラ・フォーミングに関わりはじめたその時、外宇宙からの来訪者がやってきた。地球人類と、地球外生命体との『ファーストコンタクト』、それは一方的な暴威という形で裏切られた。

 

 突如として火星の上空に現れたインベイダーの円盤は人類の呼びかけにも応えず、カプセル状の物体を投棄し、その中から恐獣が這い出てきて破壊活動を始めた。

 

 そしてその最悪のファーストコンタクトからわずか5分の後、『セカンド・コンタクト』を成し遂げる。

 

 「スペリオン・・・。」

 「いっぺんになんでもかんでも起こりすぎて、夢でも見てるのかと疑った。」

 

 哀しいことに現実であった。そして哀しみはまだ続く。

 

 インベイダーの攻撃によって地球と火星を行き来する宇宙船は破壊され、さらに火星基地内の生命維持装置も停止寸前となる。翼の父・『玄木亮二』を含めた200人余りの職員たちはコールドスリープ装置に入り、翼とシエルだけは急ごしらえのロケットブースターを装備したマルスピーダーで地球に帰還。コールドスリープ装置の寿命、およそ1年までに火星を奪還し、救出せねばならない。

 

 「だから、時間がない。」

 「なるほどな。」

 

 こちらの世界と、向こうの世界の時間の流れが同じなのか、それとも遅いのか、それも未知数。帰ってきたら浦島太郎になっていましたでは目も当てられない。憶測が憶測を呼び、積もり積もる不安が影を落とす。

 

 と、そこへパッと日が差して見えた。

 

 「お待たせ。」

 「おっ、ケイきた。」

 「ケーキもってきた?」

 「ケーキじゃなくてパイだが。」

 

 パイの乗った皿をくるくると回しながら、若草色のフードのケイが入ってくる。

 

 その後ろについてくるのは、二人の女性。一人は屋敷に案内されたときに出迎えてくれたメイド長・ハウスキーパーのサツキさん。

 

 もう一人は、日の光をめいっぱい浴びて育った花がひらくように、朗らかに笑ったその笑顔の持ち主は、すぐにジークが合わせたがっていた『トワ』だとわかった。

 

 「はじめまして、先ほどジークの紹介にあった『トワイライト・リリ・キャニッシュ』です。トワとお呼びください。」

 「はじめまして。それにサツキさんも。」

 「サツキでいいよ。お茶持ってきたから、飲み直ししよ。」

 「眠気覚ましに。」

 

 先ほど食事の席に頂いたお茶ともまた少し違う風味を味わう。おしゃべりで口の中が乾かないよう、潤いをもたらす温度だ。

 

 「皆さんのことは兄とケイから聞いていますわ。」

 「ケイはもう仲良くなったんだ。」

 「まあね。」

 「ねー。」

 

 一見すると孫とおばあちゃんという関係にしか見えないが、どこか飄々とした雰囲気が、波長が合うんだろうか。パイのほかにもクッキーなどがあり、めしめしとつまみながらケイとトワは談笑している。

 

 「それよりケイ、マルスピーダーはどうだった?」

 「本体部分の応急処置は出来たから、ユニットを切り離せば一応飛べるよ。エネルギーも今50%ぐらいで、保護色のカバーかけて置いてきた。」

 「鳥のフン害は気にしなくてよさそう。」

 

 クッキーを一枚かじりながら翼が問う。さしあたってまずは最低限動かせるまでは直っているようだが、完璧までには程遠い。直すだけでどれほどの時間がかかるかを考えるとまた気が重くなる。

 

 「翼、なんか不機嫌?」

 「ん、まあよくはない。」

 「今はどうあっても動けない時なんだ。今のうちに骨休めでもしときなよ。温泉もあるし。」

 「温泉あるの?」

 「なんでケイが知ってる?」

 「ええ、ここの北の別館にもお湯を引いてるから入ってみるといいわ。」

 

 そろそろ日が傾いてくる時分。本格的に体を休めるにはいいところだろう。

 

 「日本人なら温泉好きでしょう?翼もどう?」

 「ああ・・・家族で温泉に行く約束してたな。」

 「あー、逆に傷をえぐっちゃったかな?」

 「あらら、ごめんなさい。」

 「いや、いい。」

 「ねえ、翼の家族って、どんな人なのかしら?」

 「写真がある。」

 

 翼が見せたスマホを、特に驚くような様子もなくトワは受け取って見た。

 

 「この子なのね、慧っていうのは。たしかにケイに似てるのね。」

 「そう?僕の方がイケメンだよ。」

 「まだ5歳とか6歳だろ?何張り合ってる。」

 「5歳だ。」

 

 へえ、と興味深そうにトワとサツキは興味深そうにスマホを覗き込んでいる。

 

 「スマホに驚かないんだね。」

 「まあ、これぐらいのデバイスなら。」

 「通信鏡と似たようなものでしょ。」

 「そうか。そういえばあっちの方が俺には驚きだったかも。」

 「それに、昔ワタル兄さんが同じようなものを使ってたわ。」

 「使ってたっけ?」

 「うん、使ってたわ。昔ね。」

 

 サツキは頭上に?を浮かべていたが、トワは気にせず写真を見続けている。この人が奥さんなのね・・・と小さく言っている。

 

 「他の写真も見ていい?」

 「他は、仕事仲間とかが主だけど。」

 「『U-NEST』、宇宙新試験特別隊(Univers - New Exam Special Team)だっけ。」

 「今は恐獣退治の専門家だけどね。」

 

 元は宇宙開発技術に関する研究機関であったが、インベイダーの襲来に伴い、恐獣への対処から火星への連絡手段のい調達まで、なんでもかんでも任されるチームに再編成された。

 

 物理学、生化学、薬学と言った科学的知識陣と、戦闘指揮、パイロットといった戦闘のエキスパートが日本中から集められている。

 

 「どんな人がいるの?」

 「仲間のは・・・こっちのフォルダ。」

 「ありがと。」

 

 『家族』とは分けられた別フォルダには、どこかの開けた青空の下で撮ったと思わしき写真が入っていた。満面のスマイル、控えめな笑顔、仏頂面、キリッとした面構え、様々な顔があった。

 

 「・・・この人は?」

 「その人は、量子力学教授の『影山千歳』教授。俺の先輩でもある。」

 「こっちは?」

 「生化学と薬学のエキスパートの『銀崎栞』博士。」

 「へー。こっちの仏頂面は?」

 「リーダーの『緑川琢磨』、戦闘指揮官。」

 

 トワが幾人かのメンバーに興味を持ち、ケイも横から覗き込んでくる。

 

 「ありがと、楽しくやっているみたいね。」

 「ああ、楽しいよ。そんな毎日を守るために戦っている。」

 「こっちの世界も大変なことが起こっているけど、それでも毎日楽しいわ。作ってくれたのは、私たちのお父さん。」

 

 トワは自身の記憶の中から思い出すように、ひとつひとつ言葉を選びながら語り始めた。

 

 「昔、この国が出来た時、お父さんが言ってたの。『この大地に初めて立った時、空の青さにすら絶望を覚えた』と。」

 

 今から100年弱前、ツバサは文字通りの身一つでこの世界に飛ばされてきた。その時の絶望は計り知れないものだったろうと想像に難くない。

 

 だが、そこから地続きの『今』がある。不可能を可能にしたのは、不撓不屈のバイタリティ、決して諦めない心だったという。

 

 「大丈夫、私たちが必ずあなたたちの力になるわ。それに兄様なら『なんなら、お土産と引き出物もつけて、おつりも返ってくるぐらいに満足させてやる』ってきっと言うわ。」

 「そこまで太鼓判を?」

 「ハンコを押すのが貴族のお仕事ですもの。まず探してみて、ないなら作るし、おまけも見つける。それが私たちのやり方よ。」

 

 同じものが、同じ翼にはあるはずだと背中を押してくれているようだった。自然と元気が戻ってくるのを感じていた。

 

 おかげで、希望も元気も湧いてきた。ここには自分の知らない未知なる力が待っている。そう思えばなおのことだった。

 

 「ちょっと、落ち込みすぎてたかな。」

 「さっ!そうと決まったらしょぼくれてないで、徹底的に楽しむのよ!まず笑顔!スマイルよスマイル!」

 「トワの方がなんか元気になってない?」

 「そう?なんだか私も刺激を受けちゃったかも!」

 「翼はそんなトワよりもおじいちゃんか?」

 「そんなわけない。」

 

 翼もシエルも、ついでにアキラも自然と笑顔が戻ってきていた。

 

 「そう、改めて今言うわ。この数奇な運命と、出会いに感謝して。」

 

 

 「ようこそ、キャニッシュ領へ!」



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急募:飲んでも飲まれない方法

 「アイーダ?いる?」

 『はい、お父様。ってあら、アキラ?』

 「久しぶり。」

 『久しぶり、じゃないわよ。なんでお父様と一緒にいるのよ?』

 「話せば長くなるんだがな。」

 

 非常に小ぎれいで整えられた、ジークの私室。そこの鏡台もまた通信鏡であり、それは数ある通信鏡の中でもとくに古いものである。

 

 アキラが事のあらましを、遠く離れたキャニッシュ本領にいるアイーダに説明している間、ジークはニコニコしながらその様子を見ている。

 

 「ところで僕は聞いていていいのかな?」

 「いいの?」

 『いいんじゃない?』

 「そうか、じゃあ一昨日のことから話すけど。」

 

 一昨日のこととなる、すなわち地球の裏側からワープしてきたところから話すことになるわけで、そうなると必然アキラは自身の正体も明かすことになる。

 

 「なるほど、キミがあの『光の人』とも呼ばれる巨人なんだね。しかしヒーローがそう簡単に正体を明かすもんじゃないよ。」

 「そりゃどーも。でもなんで?」

 「正体を知られれば周りの人間にも被害を及ぼす。それに秘密というのは『負債』という面が強い。誰彼構わずに言うべきではないし、私も今聞くべきではなかった。」

 

 誰も知らない、知られちゃいけない。古来より続く『お約束』には必ず理由があるし、理由があるから説得力がある。故に王道と呼ばれる。

 

 「ま、聞かされたからにはそれ相応にこたえるがね。」

 『それで、アキラはこれからどうするの?』

 「ゼノニウムには後で翼たちと一緒に行くよ。そこまでの道は用立ててくれるそうだし。お言葉に甘えようかなと。」

 『そう・・・じゃあ、そういう風に伝えておくわね。もうみんな先に着いてるわよ。』

 「お願い。カイギとかはどうなってる?」

 『まだ人が揃ってなくて、ただ集まってるだけって状態よ。まるでお祭りみたい。』

 「お祭り?」

 『毎日酒盛りで大騒ぎだそうよ。』

 「宗教ってそういうの厳しそうだけど。」

 「ゼノンはそうでもないな。酒盛りと言っても大体が地方の土産自慢とかだろう。これもコミュニケーションというものだ。」

 『アキラはお酒飲める?』

 「飲めない。」

 

 瓶に潜む悪魔。それが体内に入ればとたんに正気を失い、心の内面が表に出てくる。とても恐ろしいものだ。

 

 「なに、悪魔も付き合いようでは楽しい遊び相手にはなるよ。少しばかり嗜んでみてはどうだい?」

 「考えて置く。じゃあ俺はもう行くから。」

 『うん、気を付けてね。『お客様』のこともよろしくね。』

 「わかってる。」

 

 にべもなくアキラは部屋を後にしていく。

 

 「ありゃ結構拗らせてそうだね。」

 『え?』

 「なんでもない。僕はあんまり彼のこと知らないけど、アイーダにはどう見える?」

 『そうね・・・とても素直ないい子だけど、時たま無理をしてるようにも見えるわ。』

 「僕たちの中では誰にも似ていないね。」

 『ええ、約一名除いて。』

 「それは誰だ?」

 『鏡見て。』

 「今使ってる。まあそれがヒーローの辛いところだろうね。」

 

 さもありなんといった具合にジークはしみじみと語る。

 

 「ま、彼にはこの世がいかにカラフルかをみっちり教え込んであげようと思うよ。かまわない?」

 『ええ、お願いします。』

 「くるしゅうない。じゃあの。」

 

 停止ボタンを押せば鏡は元に戻り、部屋の中の様子を映し出す。アキラも出て行って自分ひとり。ひとたびえくぼをつくれば花が咲き、水が溢れ、太陽が輝くが如くの笑顔が眩しいナイスミドルがここにいる。

 

 ただそんなナイススマイルも今ここにはない。すっと目を閉じ、頬や目元の線をしばし撫で、一息を吐くとダイヤルを回して別のチャンネルに合わせ、スイッチ。ややあって鏡は再び別の部屋の映像を映し出す。

 

 「ワタル。」

 『なんだ。』

 「・・・なんで何も映っとらんのだ?」

 『さっきドロシーが来たんだ。』

 「ああ、もうそっちに着いていたのか。」

 『3回だ。昨日からでもう3回も来た。その度に何か壊していく。』

 

 布で何かをこする音と、コトンと何かを並べる音が交互に聞こえてくるが、それが何なのかはジークからは見えない。だが誰が喋っているかは間違えようがない。聞こえてくる憎まれ口は、生まれたときから一緒だった無二の兄弟に他ならない。

 

 『それで、何の用だ?トワイライトは元気か?』

 「ああ、うん。元気だよ。新しく本を書いていた。」

 『これ以上書くようなエピソードがあったか?』

 「僕の記憶にはない。まあそれはいいとして、本題に入ろう。」

 

 ジークも相好を崩し、非常にリラックスした表情で切り出す。まるでテーブル越しの友人に、面白い話を語らうように。

 

 「今朝ね、リッキーと遠乗りに行ったんだよ。今日は素直に一緒に来てくれた。」

 『リッカの気持ちも考えてやれ。』

 「今ぐらいはいいだろう、あと1か月だけだし。」

 『むしろリッカにとってはストレスフルの3か月だったんじゃないかと心底同情する。』

 「・・・そうでないことを切に願うよ。」

 『距離感をもう少し見直すだけでいいと思うが。お前は誰に対しても距離が近すぎる。』

 「自覚はある。」

 『なら自分から近づいていって相手に火傷を負わせるのを止めろ。』

 「太陽のようなスマイルも、考え物だな。」

 

 生き物を育む太陽も、常に出続けていると干からびる。時には距離をとることも重要である。

 

 「が、今重要なのはそこじゃないんだよ。そこで、近くの森にまでお客さんが来ていたんだよ。」

 『客?』

 「そう、どんな人だと思う?」 

 『悪魔。』

 「付き合い方を間違えればね。だが、そうはならないだろう。」

 『もったいぶらずに言え。』

 「なら言うが、驚くなよ?驚くだろうが。」

 

 はぁーっと息を吐いて、ジークは居住まいを正して神妙な面持ちになる。映像はなくとも、向こう側の空気が変わったことをワタルも察して持っていたガラス玉を置く。

 

 「来たのは・・・平行世界の父様だ。」

 

 ガラス玉を置いておいてよかった。でなければ今頃それは床に落ちて粉々に砕け散っていたことだろうから。だがそんな逡巡も一瞬の事。ワタルの方が次の話を先に切り出す。

 

 『平行世界、ということは『俺たち』の父ではないという事だろう。』

 「そうだな。僕よりも若いよ。ひょっとすると、僕の子供たちよりも・・・。」

 『また厄介そうな問題を抱えるんだな。』

 「そうなる。じきにそちらへ向かうように手配を整えるつもりだ。何も言わずに力になってあげてほしい。」

 『ああ、とっと追い出す。』

 「そう言うな。こちらの力にもなってくれる。」

 『それが厄介だと言うんだ。掟もある。』

 「その掟も、そろそろ変わるべき時代なのかもしれんな。これがその福音だと思いたい。」

 『虫の知らせの間違いじゃなければいいが。』

 

 一領主として、ゼノン教団の最高顧問に伝えるべきことは伝えた。なのでここからは一人の家族としての話。

 

 「ワタルは、ちゃんと会えるか?」

 『会わざるを得ないだろう。』

 「会いたくなければ、そうするが。」

 『俺の協力が必要なんだろう?』

 「『知識』だけでいい。」

 『そうまで俺を不作法ものにしたいか?』

 「そうではないが・・・。」

 『もう子供じゃないんだよ。俺もお前も。分別ぐらいつく。』

 「そこでもないんだが。」

 『じゃあなに?』

 「・・・いや、やっぱり取り越し苦労になるかな。なんでもない。ただ、そう、『覚悟』はしておけ。」

 『? そうか。』

 

 なんとも要領を得ないコメントをジークがお出しになり、ワタルは頭に疑問符を浮かべる。

 

 『言ったろう、分別はつくと。どんなことがあっても俺は対応を間違えない。』

 「お前が言うなら、きっとそうなんだろうな。わかった、その時はくれぐれもよろしく頼む。」

 『わかったわかった。』

 「じゃあ、次に会うのは来月。トラブルがなければ。」

 『ああ、再来週だな。』

 「違う。いや、そうなるかも。まあとにかくそうだ。じゃあな。」

 『リッカと、サツキにもよろしくな。』

 「またフルーツジャムを贈らせるよ。」

 『チョコレートもだ。』

 「チョコレートも。」

 

 パチッと再びスイッチを切る。決して弟と話していてつまらないわけではないが、最近はどこか『疲れる』。その問題の原因はどちらかというとワタルの方にある。家族の問題はジークの問題でもあるのだが、それはジークにもどうにもできない問題なのだからどうしようもない。

 

 この世の中、一人じゃどうしようもない問題は存外多いとは翼にも言ったし、協力すればなんとかなるとも言った。たとえ凡人でも3人寄れば文殊の知恵が浮かぶというものだ。だが同時に、何人集まってもどうしようもない問題もある。

 

 窓の外で傾きつつあり、もうすぐ沈む夕日のようなこの世の理、自然の摂理。

 

 その一つが『老い』である。永遠に若いままでいることは出来ない。ジークも昔は毎晩『遊び歩く』ぐらいに精力的であったが、だんだんと早寝早起きや食べるものに気を遣うようになっていった。良くも悪くもだが。

 

 もう一度、鏡の中の自分をじっと見つめる。10代の頃から毎日鏡に向かう習慣をつけてきていた。もっと小さい頃、母上に髪を梳かしてもらっていた頃も懐かしい。それが今はしわしわの白髪だらけだ。あと何回見れるだろうか。

 

 物思いにふけっていると、コンコンとドアをノックされて鏡の中の世界から帰ってくる。はて誰かな。

 

 「どうぞ。」

 「失礼します。」

 「リッキーだったか。噂をすれば、か。」

 「??」

 「なんでもない。どうした?」

 「ばあ・・・婦長はどこ?」

 「サツキならたぶんトワのとこだけど、なにか足りなかった?」

 「ううん、お腹空いたからもっと何か食べたかった。」

 「お弁当はあげちゃったからな。お昼は?」

 「まだ。ソラのお世話してたから。」

 「じゃあ・・・。」

 

 一緒に食べるか?と誘いそうになったが、先ほどのワタルとの会話を思い出してちょっと止まる。一声かければ一緒に食事をとってくれる者が老若男女問わずごまんといるが、そうしてくれない数少ない人間がこのリッキー・・・リッカである。

 

 「いえ、私は一人で食べますから。」

 「そうか・・・。」

 

 通話鏡でアルティマの端から端までいつでも誰とでも会話できるが、とても近くにいるのに遠い存在もまだいる。ジークにとってのリッカもまたその一人だ。

 

 互いを知らぬ仲、というわけではないのだが、それにしてもリッカからは避けられている。あるいはただ単にそういう年頃なのかも知れぬ。時が解決してくれるのを待つしかないのか。

 

 やれやれ、とため息交じりに鏡を畳み、窓を開けばもうすぐ日が傾く時合い。今日も色々なことが起こったし、その解決のために明日からも色々動く必要がある。

 

 差し当って、まずはとびきりうまい料理を用意させようか。ジークも好物のハンバーグが食べたかった。

 

 ☆

 

 「ふぃー!温泉サイコー!でもしょっぺぇなこれ。」

 「ナトリウム泉なんだろうな。打ち身や切り傷に効くし、保湿効果もあるそうだ。」

 「ジークやトワが毎日入ってるってんなら納得だな。」

 

 ヒノキのようなスベスベの木が張られた浴室、そこに張られた湯舟はオレンジがかった熱い塩化物泉。

 

 本館より少し離れた別館。館というにはずいぶんちゃちい、普通の家のようにも見えるそれはかつてのアヴェム卿の住まい。キャニッシュ家の旧家とも言える。それなりに補強工事などは行われてこそすれ、内装はそれほど当時と変わっていないのだという。

 

 この温泉も、アヴェム領発展のための事業の副産物だったという。

 

 「塩化ナトリウムが溶け込んでいるということは、塩が採れるということだ。内陸地では塩は重要になる。いい着眼点だ。」

 「ほーん?それって自画自賛?」

 「になっちゃうかな。でも事実だ。」

 

 その施設を作ったころ、つまりアヴェム領主として汗を流していた頃のツバサと、今の翼は同じぐらいの年頃になるか。どちらが大変か比べるのは野暮か。

 

 「どういうわけか電気もあるし、塩素も簡単に得られるだろう。それにしても意外なほどに現代的なものが多いって印象があるよ。」

 「それは俺も思ってた。食文化とかも日本に近いし。」

 「食べ慣れたものを食べられるってホントありがたいことだなって思ったよ。ヴィクトールのとこではワニの肉ばっかりだったし。」

 「アレもマズくはなかったけど、観光地で一回食べたらそれでもういいってぐらいだし。」

 

 旅行に行ったなら、せっかくだから名物でも食べてみようかと挑戦はするけど勝率は50:50。予備プランとしてファミレスやコンビニを探しておくのもプランナーの務め。

 

 「けど、チェーン店とかコンビニ弁当とも違った。なんというか、すごく『懐かしい』感じがした。」

 「懐かしい?」

 「そう、家の料理っていうか・・・子供の頃に食べた母親の味って感じ。」

 「家庭料理か・・・。」

 

 ポタリ、と天井から冷たい雫がアキラの頭に刺さると、アキラはそのまま目を閉じて湯舟に沈んでいく。翼はその様を何も言わずに見つめていた。

 

 「ぷはぁっ!俺はもう出るわ。」

 「もう?早くない?」

 「塩茹でにされそうだ。」

 

 アキラは湯舟から上がるが、その間一切振り返ることなく脱衣所のドアを開けて閉めた。その後ろ姿に、翼は『色々思い詰めている義兄』の姿を想起させた。単に機嫌が悪い時に似ていなくもない、が一番の違和感の正体は目を合わせて話してくれないことだろうか。

 

 「なんか・・・避けられてたりしてんのかな・・・。」

 

 全くの別人と割り切れないし、さりとて同一視するのも違う。お互いにそうやって距離を測りかねているんだろう、と一応は納得できる。が、それとはまた何か違うものをあのアキラからは感じられた。

 

 どうにも引っかかってしょうがない。閉鎖空間や限られた環境でのわだかまりのあるような関係というのは長続きしない。協力を仰ぐなら一刻も早く打ち解ける必要がある。

 

 しばし湯浴みを楽しんだ翼は、次に別館の中を見学することにした。この屋敷の敷地内は、女性専用スペース以外はどこを見て回ってもいいと赦されている。とはいえ、他人の営みの様子を除く趣味もないので、こうして誰もいないスペースをぶらつく。

 

 かつては団欒の時が流れていたであろうダイニングや、涼しい風の通る庭も、今は人が訪れなくなって久しいのだろう。夕暮れの薄暗さに包まれて、余計に寂しく見える。

 

 そうしている内に、誰かの私室と思われる部屋に踏み入れる。誰にも使われていないにしては、とてもきれいに清掃が行き届いている。まるで今でも、所有者の帰りを待ち続けているかのように・・・。

 

 翼はその部屋の一角の本棚に近寄る。さほど上等な装丁の為されていない冊子本ばかりで、背表紙には見たこともない文字が羅列されているが、構わず机の上に広げて、懐から手のひら大の機械を取り出す。

 

 『NESTメモリーディスプレイ』、化学、生物学、薬学といった各種データが備蓄され、スキャナーデバイスを装着可能。U-NESTメンバーの必需品である。

 

 そのスキャナからレーザー光が発せられ、本のページに並べられた文字を読み取る。すると文字のパターンや文の形態から翻訳が表示される。

 

 「文法は英語やドイツ語に近いのか。けど日本語で話して通じてるのはなんでだ?」

 

 翻訳はうまく行ったようで、翼が何気に取った本はこの土地の文化や歴史について纏めた風土記だったということがわかった。パラパラとページをめくっていきながらスキャナで読み取っていけば、それらを一瞬の内に日本語に直して表示してくれる。

 

 一旦本を閉じ、その表紙に書かれた文字からは『アヴェム領 郷土史 ダイス・アヴェム』と読み取れた。そしてその最後のページは、よく見慣れた『漢字』で締めくくられている。

 

 『翼』、と。

 

 おそらく、この漢字の意味を読み解ける人間は、このアルティマにはごく少数しかいないだろう。たった17画の文字に込められたその意味が示すところはただ一つ。

 

 「こっちの世界の俺、か。」

 

 より正確に言えば、アルティマに転移してきたまた別の世界の『ツバサ』。同じ名前、同じDNAを持つ興味深い反面なんともムズ痒い存在。皆自分のことを話すが、それは自分のことではないのだ。

 

 そんなツバサの人となりを示すものが、ここにはあるかもしれない。この世界の勉強がてら、少し読ませてもらうことにした。

 

 「翼。」

 「ん、なに?」

 「ちょっと。」

 「ちょっと何?」

 「ちょっと来い。」

 

 と思ったところでアキラにぶしつけに呼ばれて本館へ戻る。

 

 「何読んでたんだ?」

 「こっちの世界の俺の記録。」

 「あぁ・・・それなら自伝があるぞ。」

 「自伝?」

 「日記みたいな。今は持ってないけど、この屋敷にもあるかも。」

 「アキラは読めるの?アルティマ語。」

 「がんばって覚えたんだよ。」

 

 そういえば洸も物覚えは早かったなと思い出す。必要であれば熱心で積極的にもなるし、本当になんでもこなしていた。やっぱり根っこの部分は変わらないんだなとしげしげと前を行くアキラの背中を見つめる。

 

 「ああ、そういえば。」

 「今度は何?」

 「自伝、とも違うがそういえばこんなものもあったなと。」

 「ノート?どこから出した?」

 「秘密のポケット。」

 

 手渡されたのは一冊のノート。特別すごい仕掛けや、目には見えない特殊なインクで書かれてるとかそういうわけでもない普通のノート。

 

 「これは・・・なに?設計図?」

 「なんか、すごい発明らしい。」

 「・・・具体的にどうすごい?」

 「俺にはわからん。とにかくすごいことだけは確からしい。」

 「ふーん。」

 

 薄暗い廊下でパッと見ただけではそれが何なのかも判別がつかなかった。とりあえずこれもスキャナーでコピーをとらせてもらうことにする。

 

 「誰が書いたのこれ?」

 「ガイが残してった。だからすごいものらしい。」

 「ガイって、本来のスペリオンの?」

 「そう。なんか、前の世界だと兵器を作らされてたらしい。」

 「頭がいいんだな。」

 

 翼にはガイという人間の姿を掴みかねていた。しかしアキラもガイのことを本当はよく知らない。

 

 「そもそも何考えてるのかよくわからんヤツだったしな・・・今となっては何もかも遅いけど。」

 「けどさ、そのガイがスペリオンで、俺たちの世界にもスペリオンがいるなら、その俺たちの世界のスペリオンがそのガイなんじゃないか?」

 「そうかもと思ったけど、それは『そっちの世界のガイ』なんじゃないか?俺とお前が、別々の世界の俺たちのように。」

 「そうか・・・。」

 

 アキラは、その腕に嵌められたブレスレッドをみやる。託された。託されてしまった。

 

 「スペリオンになって戦うってどんな感じ?」

 「それはな・・・また今度にしよう。ここだ、この部屋だ。」

 「この部屋?なにが?」

 「入ればわかる。」

 

 適当なところで話を切り上げて、アキラがノックしたのは本館の客室のひとつ。シエルの部屋。コンコンとノックすると、女性の声が返ってくる。

 

 「さあ入れ。」

 「俺が先?」

 「お前が先でないと意味がない。」

 「?」

 

 言われるがままに翼がドアノブを捻る。何かのドッキリを警戒してゆっくりとした動きになるが、特段頭上からバケツが降ってくるわけでもない。

 

 警戒を解いて部屋の中を改めて見回すと、何人かのメイドさんの姿があるだけ。なにやら大きな布を広げて目隠しをしている。

 

 「準備いい?」

 「いいよ。」

 「せーのっ、じゃん!」

 

 バサッと目隠しの帳が降ろされると、その向こうには青いドレスを纏ったシエルの姿があった。昼間着ていたワンピースとは別物な、もうっと豪華なものだ。

 

 「おお・・・。」

 「どう?」

 「ああ、似合ってる。」

 「似合ってるのは分かってるから、他にないの?」

 「え、ああ、綺麗だ。」

 「さんきゅ。」

 

 自信げに、それでも少し恥ずかし気に、ニッとほほ笑んだシエルの佇まいは、令嬢と呼んで差し支えのないほどに惚れ惚れするものだった。

 

 「ひょっとして、これを見せるために連れてきたの?」

 「それ以外に何がある?」

 「血相変えて呼んでくるから何事かと思ったよ。」

 「別に血相までは変えていない。」

 「どっちみち心臓に悪かった。」

 「そんなにキレイだった?」

 「ん、まあ。でもそのドレスどこから?」

 「せっかくだから着てほしいって。」

 「トワ様とジーク様のお願いでございます。」

 

 褒められて上機嫌なシエルが、晴天のような目覚ましい青のドレスで色々ポーズをとってみせると、翼もまた徐にスマホを取り出してその様子を撮影する。

 

 「綺麗なブルーだな。」

 「はい、こちらこの地方の特産品のひとつの『アヴェム染め』でございます。」

 「染め物か。」

 

 この中では年長らしいメイドさんの一人、ウェンディが服について説明してくれる。この土地で採れた綿を、この土地で採れたナトリウムで漂白し、この土地で採れた花の染料で染めるのだという。

 

 「初めは綿花しかなかったこの土地で、温泉を掘り当て、漂白剤を作り、染め物に加工して輸出することでえ、この土地を潤したのです。」

 「言うは易し、だが色々と大変だったろうな。」

 「それやったのもどうせツバサなんだろう。」

 「その通りでございます。」

 

 そこまでの発想や行動力に、翼も自分のことながら心の中で称賛した。きっとトライ&エラーの連続だったろうけど、それでもやってのけたのだろう。

 

 と、少々思案にふけっていたところで、後ろのドアが開いてトワイライトが入ってくる。

 

 「そのドレス、気に入ってもらえたかしら?」

 「ええ、この色がいいわ!なんたってブルーですもの!」

 「青、好きなのね。」

 「空の色は好きよ。」

 

 その空は茜から黒へと変わり始めている。シエルは赤も黒も好きだった。

 

 「さっ、ドレスアップが済んだなら、ディナーにしましょうか。」

 「いえい!」

 

 ☆

 

 夕餉を終えて部屋に戻り、寝るまでのひと時を楽しむ。翼はスキャンした書物に目を通し、アキラはトワイライトと話し、シエルは鏡の前で色々ポーズを決めている。

 

 「ふふん。」

 「そんなに気に入ってくれたのなら、そのドレスもきっと喜んでくれているわ。」

 「誰かのお下がりだったのこれ?」

 「お下がり、というか着てくれなかったのよ。」

 「ひょっとして、ドロシーに?」

 「そう。あの子はズボンの方がいいみたい。」

 「らしいな。」

 

 男の子よりも男の子らしいドロシーが、こんなかわいいドレスを着るとは到底思えない。嫌がるさまがアキラには容易に想像できた。

 

 「ドロシーって、どんな子?」

 「どっちかって言うと、シエルもドロシーみたいなタイプかと思ってた。」

 「どういう意味?」

 「元気ないい子ってことよ。」

 「本当にぃ?」

 「本当に本当。」

 「で、誰なのドロシーって?」

 

 ドロシーとは、ジークの孫の一人である。

 

 「姉のアイーダの娘がエリザベスで、弟のエディンの娘がドロシーなの。」

 「なんつーか、エリーゼもだけどこうしてみるとドロシーも血族だなって納得だわ。間違いなく同じ血が流れてる。」

 「そう思うアキラ?」

 「ああ。」

 

 ドロシーのあの勝気、というか男勝りな性格が祖父の影響による後天的なものだと考えるとおよそ合点が付く。今のところドロシーの父親のエディンという人物には会ったことがないが、性格は推して知るべし。

 

 「まあ、兄様と似てるっていうのは否定できないわね。」

 「なんその含みのある言い方?」

 「それは、実際会って見てからね。たぶんそのうち会うことになるだろうし。近いうち。それより、シエルのご両親はどんな人なの?」

 「あー、私両親いないんだ。孤児だから。」

 

 ふっと一瞬、翼は視線を上げて脇に傾けるが、すぐにまた文字の書かれた端末に戻す。

 

 「赤ん坊の頃にポストに入れられてて、だから親の顔なんか知らないんだ。ごめんね。」

 「いや、こっちがゴメンだよ。」

 「ごめんなさい。」

 「気にしないで。私が気にしてないから。」

 

 シエルは気にしてないように適当に流した。

 

 「まあでもそうか、俺も似たようなもんか。」

 「アキラが?」

 「俺も子供の時に親父がいなくなって、それからはずっとじいちゃんの家で暮らしてたから母親とも疎遠なってたし。」

 「そうだったの・・・。」

 

 流せなかったのがアキラだった。その発言を受けて、シエルは不思議そうな顔をする。

 

 「そうだったの?」

 「そうだよ。って、そっちじゃ違うとか?まあ10年以上経ってるんならそりゃ違うだろうけど。」

 「うん、すごい仲良さそうだったし、おじさんもいい人だったし。」

 「・・・ん?」

 「さくらちゃんもいい子だったし、また会いたいな。」

 「さくら?誰?」

 「アキラの子供じゃん。」

 「俺と?誰の?」

 「春可。」

 「春可と、俺の?」

 「娘だよ。」

 

 翼も再び視線を上げるが、今度は体ごと向き直ってアキラを見やる。先ほどのシエルの孤児発言よりも空気が変わったことを肌で感じた。

 

 「・・・さっき言ったおじさんって?」

 「え?アキラのお父さんだけど?」

 「いつ会った?」

 「ちょっ、近い。この前の休みの時。1か月くらい前?」

 

 翼も無言で頷き肯定する。アキラはそんな翼に食って掛かるように詰め寄る。

 

 「近い近い。そんなに驚くことなのかよ?」

 「驚くわ。俺にとっては、ついこの前死に目に遭った親父が生きてるとか、衝撃だい。」

 「じゃあ、これ以上聞いてもっと衝撃受ける?」

 「知りたいけど・・・知りたくない。」

 「だろう?ちょっと落ち着いたら?」

 「そうする。」

 

 それ以上に、アキラはこの場から消えてしまいたかった。やや乱暴にドアを開けて廊下に出ていく。

 

 「・・・悪いことしちゃったかな?」

 「どうやら想像していたより、ずっと深刻な立場なようだな。」

 「知らないの?アキラのこと。」

 「聞いてたけど、正直信じてなかったかな。」

 「想像できないもんねー、あの『洸』が。」

 「そんなに違うの?」

 「うん。」

 「これ正月に撮った餅つき大会の時の写真。」

 「あらー・・・随分歳取ったのね。」

 

 どこかの町、どこかの広場で餅つきをしている様子を収めた写真。その中心にはアキラを幾分か老けさせた男性が写っている。

 

 その傍らには小柄な女性がほほ笑んで佇んでおり、傍目に見ても『夫婦』の仲を連想させる。

 

 「さくらって子はどこ?」

 「えーっと、こっち。」

 「お母さん似なのね。こっちはお友達?」

 「そう、あと仕事仲間の息子と娘、かな。銀崎さんの息子くん。」

 「・・・幸せなのね。」

 

 聞くまでもない、そこには『幸せ』が写っている。ごくありふれた、普遍的な形の、誰もが望んでいい幸せ。

 

 今のアキラが見たら果たしてどんな反応をしていたか。心臓が止まるほどの劇薬であるのは間違いないか。

 

 部屋の中の熱か逃れるように廊下をずんずんと進むアキラを、廊下のひやっとした空気が冷ませる。背中から嫌な汗が滲み出てきていて、ひどく寒く感じられた。

 

 声帯がひきつけを起こして喉の奥から声にならない声が絞り出され、ひどく渇いて水を求めていた。

 

 「やぁ、アキラどうした?」

 「どうしたというか、どうしようもない。」

 

 と、後ろから突然声を掛けられ、はやる気持ちを抑えて振り返るとジークがいた。

 

 「顔色が悪いな。」

 「そう?」

 「そう。悪い夢でも見たか?ひとつ『気付け薬』でもどうだい?」

 「薬?」

 「なかなかうまい酒が入った。」

 

 チラッ、と一本のボトルを見せる。一見するとワインのようだ。

 

 「酒は飲めないって言ったと思うが。」

 「なら今好きになりなよ。リンゴのワインは初めてかい?すっきりしていて飲みやすいよ。」

 

 ぐぐい、と今度は見せつけてくる。ラベルには『801』と書かれているが、これは醸造年だろう。今はアルティマ歴860年だったはずなので、59年ものになる。もっとも、年代が古い=美味いとは必ずしも限らないが。

 

 「この年はちょうど大きな戦争が終わった次の年で、復興や興業に力が入っていたそうで、これもその記念のボトルだそうだ。」

 「ふーん。」

 「そんな年に私は生まれた。」

 

 ラベルに描かれたリンゴと雷と白い鳥、リンゴはノメルの豊穣、雷はゼノンの力、白い鳥は平和の象徴を示しているという。ジークによって注がれたビンの中身は、グラスの中で黄金色の波を立てる。

 

 アキラはそれを電灯の光にかざしてしばし眺めた後、ちょこっとだけ口に含んで咀嚼するようにしてから飲み込んだ。

 

 「まあ・・・ンまいよ。辛くはないし。」

 「だからといってガブガブやるとコロッと堕ちちまうがな。間、間にクラッカーを挟むんだ。」

 

 結局ジークに押されて部屋にお呼ばれされたアキラだった。昼間にアイーダと話しをしたのと同じ部屋だったが、夜になると電灯の光源でまた違って見えた。

 

 「いい部屋だな。」

 「どの辺が?」

 「あんまり余計なもの置いてないところが。」

 「まあ、必要なものは必要な場所に、が信条なんでね。」

 

 ジークはお洒落にも気を使っている人間のようだが、帽子掛けやコート掛けに掛かっている品物の数はごく少ない。その代わりに部屋の隅の大きなクローゼットにはたくさん入っているんだろうか。

 

 「キミも男なら、身だしなみや服装には気を使いなさい。」

 「絡み酒か?」

 「アドバイス。単純にあのジャケットだけじゃ物足りないだろう。」

 「安もんだしな。」

 「安価なのとチープなのは別物だよ。」

 

 ソファから立ち上がったジークは、クローゼットを開けると迷うことなく一角に手を伸ばす。

 

 思った通り、というか、クローゼットの中にはこれでもかっというほどに服飾品がズラリと並べられている。お気に入りのジャケットや外套、下の方には様々な様式の靴、引き出しの中にはおそらく下着類。そして扉の内側には小さな鏡がついている。

 

 そんな中から取り出したのは、一着の革ジャケット。かなり使い込まれているようで、そこかしこに見られるシワやキズがその年季を物語る。何より目を見張るのは、背中に刺しゅうされたタカの横顔を象った『S』ともとれるようなエンブレムだ。

 

 「これなんかどうだ。若い頃の一番のお気に入りだ。」

 「あんたの若い頃じゃ、俺とはサイズ合わないんじゃないか?」

 「このベルトで調節できる。極限まで引っ張れば止血にもなる。」

 「あんたの血つき?」

 「クリーニングはしてる。」

 

 言われるがまま、とりあえずアキラは試着してみた。すると思いのほかしっくりときた。長年使いこんであるおかげもあってか、革もこなれていて動かしやすい。

 

 「この服、バロンの隊員服に似てるな。俺は着なかったけど。」

 「デザイナーが同じだからね。」

 「ふーん。あれ、こんなところにポケットが。」

 「ナイフとか小道具とか隠しておくのにちょうどいいんだ。」

 

 懐の他、袖口や襟、脇腹など至る所に小物を忍ばせて置けるポケットがある。

 

 「ん、なんか入ってる。」

 「クリーニングの伝票?」

 「違う。コイン?」

 

 袖口のポケットから出てきたのは、一枚のコイン。銀色に光り、『G』とだけ描かれている。

 

 「クリーニングに出すなら、ポケットに何か入ってないか確認するだろフツー。」

 「いやはや。しかしなんのコインだろう?」

 「どっかの国の通貨じゃないの?」

 「いや、こんなのは初めて見る。気がする。」

 「自分の服に入ってたのに知らないのか。」

 「いやホント。」

 

 一見するとゲームコーナーのメダルのようにも思える。永く記憶の彼方に忘れられていたが、今再会を喜ぶように熱を帯び始めているようだった。

 

 受け取ったジークはしばし眺めた後、不思議がりながらもひとまずは机の上に放り投げた。不思議がりながらも、さほど気にも留めなかったようだ。

 

 「ま、ともかくだ。男なら一張羅のひとつ持っておくもんだ。勝負服ってやつを。」

 「勝負服ね・・・ところでずっと気になってたんだけど、この背中のマークはなに?」

 「僕のエンブレムさ。タカと『Sieg』のイニシャルのさ。」

 「ふーん。」

 

 アキラは鏡の前で諸々をチェックする。ジークの言う通り、こういうお気に入りの一張羅があれば気分も上がること間違いない。

 

 「気に入ったのなら、似たようなのを繕うよ。」

 「いいの?」

 「衣装を作るのが好きなやつがおるんだ。」

 「これも?」

 「そう。バロンの隊員服も作った。」

 「へぇ。」

 

 アキラはすごく気に入ったように袖口を整えて襟を正すが、鏡を見てふと上がっていた口角を戻す。

 

 「あんまり俺の事、気味悪がったりしないんだな?俺がスペリオンだっての、昼間言ったと思うけど。」

 「ふむ?」

 「不気味じゃない?」

 「いや、うーん。そうだな、すごいとは思う。」

 「それだけ?」

 「それ以上に何かいる?まあまあ長く生きてきてるけど、いろんなやつがいたよ。自分の生まれた意味を問い続けてるやつもいれば、それに囚われて一番大事なものを失ったやつ。つまりは、なにがしかの『運命』を背負ったやつらだ。僕自身はそういう運命だとかを背負ったり、感じたりしたことはないけどね。」

 

 自分の人生は、すべてが必然の上で成り立っており、そこに一切の偶然は『あるひとつを除いて』ない。とジークは事も無げにそう言い切った。

 

 「めぐり合う全てに理由と意味があり、僕はまさに『世界の中心』にいた。」

 「どんな自信だ。」

 「今までの人生を思い返して、今の自分を構成しているものを数えれば、そうも思えるようになるよ、君も。」

 「覚えておく。」

 

 おそらく、究極的なまでにポジティブな人間なんだろう。今までの言動を含めて、アキラはそう理解した。底抜けに明るい人間だ。

 

 「話がそれたけど、僕はこう結論付けた。『運命』に理由なんかないってことだ。」

 「理由がない?」

 「そう。生まれ持ったものにしろ、後から得たものにしろ、『なぜ持ってるのか』に理由はないし、あっても大したものじゃない。君がその、スペリオンの力を得たのも、『たまたま近くに君がいたから』とかそんなんだどうせ。」

 

 アキラは、口が半分開いたまま固まっていた。今こんなに悩んでいることが、大したものじゃないと、そう言われたのだ。

 

 「まあ、これはあくまで僕の持論なんだと断ってはおくよ。ただ考え直してみてくれ、その悩みは君に有益に与するか?君は自分のことを不気味だと言ったが、僕はそうは思わない。さっきも言ったけど、いろんなやつがいたんだ。そこへ父が昔言っていた『光の人』が加わるってだけだ・・・与太話かなにかだと半信半疑だったけどね。」

 「スペリオンのこと、昔から伝わってたんじゃ?」

 「『光の人』がスペリオンと呼んでいるものだと思ってなかったということ。そのことを父が積極的に話し始めたのは、エリザベスが生まれてからだったし。」

 

 そこでジークはぐいっとグラスを空にして、堰を切ったようによりヒートアップして話し始めた。

 

 「光の人なんて、所詮出自不明な、それでもなぜかよく知られているおとぎ話だった。そういう『伝説』とかもあまり信じないタチでね張本人には悪いけど。自分が見たもの、聞いたもの、自分が後世に遺したいもののことしか興味がない。バロンとか。」

 「その、バロンって本当にいたの?」

 「いるよ!いや、40年ほど前には確かにいた存在だ。トワが紙芝居にしてる。」

 「知ってる。散々ドロシーに読み聞かされたから。」

 「ああドロシー、いい子だ。子供たちが憧れ、模範とする人間のすがた。そういうものこそ遺すべきだ。」

 「スペリオンは?」

 「なに?」

 「スペリオンはどうなの?」

 「どうなるかは君次第だ。正義と平和を示す救世主となるもよし、破壊と混乱をもたらす悪魔となるもよし。君がやりたいことにその力を使ってやればいい。」

 「そうじゃなくて、どうすればいいかわからないから困ってるんだっての。」

 

 はーっ、とこれまた大きなため息を吐いてジークは再び注いだ酒を飲み干す。酒に弱いんじゃなかったのか。

 

 「君は『スペリオン』というヒーローと『アキラ』という人間をどうにか同一のものとしようとして悩んでるんだ。アキラが為すことが、それイコールスペリオンの為すことだと。」

 「違うのか?事実俺はスペリオンは今俺しかいない。俺しかいないなら、俺がやるしかないだろう?」

 「言ったろう、君のやりたいことだ。一番大事なのはそれだ。」

 「やりたいこと?」

 「アキラが一人の人間として生きてやりたいことと、スペリオンがやるべき正しいことはノットイコールだ。そうだろう?胸に手を当てて考えてみろい。」

 「心臓が動いている。」

 

 ジークは乱暴につかんだボトルを傾けて、アキラのグラスにもなみなみと注ぎ、受け止めきれなかったものがボタボタと床を汚す。

 

 「たとえ身分を偽ろうと、どんなに歳をとろうと、その心臓が動き続けてる限りお前はアキラという一人の人間なんだよ。スペリオンは仮面(ペルソナ)の一枚のに過ぎない。」

 「仮面?」

 「そうだ。ヒーローの名前や肩書、使命は『正しさ』の仮面に過ぎない。アキラに不可能なことがあればスペリオンがやればいいし、本当に自分がやりたいことがヒーローと矛盾するなら仮面を脱いで一人の人間としてやればいい。」

 

 ボトルにわずかに残った液体をジークは喉奥へ流し込む。

 

 「忘れるな、スペリオンがいるからアキラがあるんじゃない。スペリオンがいて、そしてお前がいるんだ。これが僕が10代の頃に掴んだ教訓だ。」

 「・・・そんな話しだったっけ?」

 「どうだったっきぇ・・・ありぇ、なんだか・・・ろれつも・・・。」

 「あーうん、これも覚えおく。水飲む?」

 「たろむ。」

 

 ベッド脇に置かれた水差しを運んできて、酒の代わりにグラスに注ぐ。香りもなにもない、ただの水だ。

 

 「あー・・・そうそう、もうひとつ忘れてた。」

 「今度は何?」

 「帽子だ。男には似合う帽子がいる。」

 

 顔を真っ赤に紅潮させながらおぼつかない足取りでよたよたと歩み寄り、帽子掛けにいくつもかけられた内の一つのテンガロンハットを、アキラに投げてよこしてきた。

 

 「帽子か、帽子よりもフードの方が好きだ。」

 「そうか、ならそうゆうふうにちゅうもんしておこう。」

 

 またフラフラとした足取りで、今度はベッドに倒れ込んだ。

 

 「あー・・・きょうはもうおひらきにしようか・・・なんかごめん。」

 「いや、ありがとう。ちょっと解決したような気もするし。」

 「また、のもうな。」

 「そのうちね。」

 

 アキラは一旦グラスを置くと、ジークを支えてベッドに寝かせ直した。アキラがこの酒を口にした所見、さほど度数は高くないとも思ったのだが、こうもべろんべろんに酔っぱらうなら、本当に酒には弱いんだろう。これは明日が辛くなるだろう。

 

 「アキラ。」

 「なに?」

 

 踵を返して部屋を後にしようとしたところ、小さな声で呼び止められて振り返る。ジークの目はベッドの天蓋に向けられていたが、こちらのことを意識しているように見えた。

 

 「んー・・・やっぱ今はいいや。また今度。」

 「そっか。じゃあまた。期待してる。」

 「ああ、おやすみ。」

 「おやすみ。」

 

 アキラは部屋の電灯を落とした。

 

 ☆

 

 外の空気はひんやりとしていたが、寒くはなかった。酒が廻っているせいか、それとものこのジャケットのおかげか。なんにせよ、いい服だ。背中のシンボルマークは正直恥ずかしいが。

 

 ジークはベッドに入ってしまったが、寝るにはまだ少し早い時間だった。酔い覚ましがてらにアキラは散歩する。

 

 「おっ?」

 「あっ。」

 

 犬も歩けば棒に当たる、廊下で一人の人間に出会った。昨日の朝、馬を用立ててくれた従者のリッキーだ。

 

 さて、出会ったからどうなんだと言うが、出会ったからには何か話をしたい。が、この子とはあまり話をしたことがない。故に話題に困る。

 

 「その服・・・。」

 「ん、ああこれ?さっきジークに貸してもらった。」

 「そう・・・なんだ。」

 

 リッキーは、アキラの服装を見て驚いた・・・ように見えた。表情の変化が乏しくて、断定できない。が、服の話をすればいいとわかった。

 

 「じ・・・旦那様は?」

 「ああ、ん、酒に潰れて、もう寝た。」 

 「そう・・・明日は塩水を用意しておかないと。」

 「ああ、塩水は・・・酔い覚ましになるな。」 

 「うん、じゃあ。」

 

 リッキーは、納得したように、去っていった。後には少々釈然としないままのアキラが残された。

 

 「自分のやりたいこと、か・・・。」

 

 ひとまず、あのリッキーと仲良くなって見たいな、と目標が生まれた。



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天高くして、稲妻走る その1

 「用意OK?」

 「おつケイ。」

 「3、2、1・・・。」

 

 バツンッ!という破裂音が森の一角に響き、すぐに静寂が帰ってくる。音を発した三角の金属翼は、壊れたわけでも壊したわけでもない。整備の真っ最中である。

 

 「ユニット接続、オフライン。」

 「今の音、やっぱ接続が壊れてた?」

 「多分。クリーニングが楽しみだ。」

 「外せる?」

 「マニュアルでも外せる、はず。接合部下部のカバーを外して、そこのハンドルを。」

 「おつケイ。」

 

 翼が操縦席から指示を出し、ケイはその指示に従って動き回る。

 

 「これだな。」

 

 クランクを回すと機体に隙間が出来てくると、今度は後尾部分を引き出しを開けるように引っ張る。するとガイドレールが伸びて、機体を支える橋渡しの役割を果たす。

 

 そこからマルスピーダー本体からランディングギアが伸びて、地面に接地される。

 

 「いいね。」

 「だろう?」

 

 交わす言葉こそ少ない物の、阿吽の呼吸のように目配せだけで通じ合う。

 

 「メンテナンスは普段翼がやってるの?」

 「いや、マルスピーダーには専門のメカニックがいる。実験用のユニットのはまあそうだが。」

 「物理学の先輩だっけ。あと薬学の。」

 「そうそう。基本的に影山先輩と研究してるんだ。栞さんとは・・・まあそんなに。」

 「濁したのはなんで?」

 「いや、すごくいい人なんだよ?子供想いでさ。主に聞くのも子供の近況なんだけどね?」

 「なんだけど?」

 「大体もう知ってるんだよね。そもそもがご近所さんだから。」

 「あっそう。」

 

 銀崎栞さん、薬学・生物学・化学のエキスパート。シングルマザー。趣味は発明。

 

 「仕事よりもどっちかというと家庭の人なんだけど、それがどうにも。」

 「結構なことじゃん。家族想いならなおのことさら。」

 「単純に俺が情けない話なんだけど、俺は気が付くと仕事や研究の方にばっかり向いてて、栞さんとか見てるとそんな自分に腹が立って。」

 

 恥ずかしそうに翼の声のトーンが消え入りそうになっていく。

 

 「思えば、父と同じなんだなって。」

 「お父さん?」

 「うん、父さんも研究者だったけど、俺が生まれてちょっとしてから研究漬けだったみたいで・・・あんまりいい思い出ないんだよね。母さんが死んでも変わらなかったし。」

 「ふーん。」

 「だから、俺は父さんみたいにはならない、家族といる時間をたくさんとろうって思ってたんだけど、今はこうだから。」

 

 自嘲するようにつぶやく翼の手には段々力が入っていく。

 

 「子供の頃、翼はどう感じていたのさ。」

 「・・・まあ、仕方がないって思ってたかな。」

 「なら同じじゃない?きっと慧もそう思ってる。」

 「・・・同時に、酷い人だとも思ってたんだけど。」

 「そう思えるなら、お父さんも同じだったんじゃない?」

 

 ケイは目を細めながら応える。

 

 「家族だって言っても所詮別の人間なんだから、わからないことはわからないよ。出来るのは、自分が何をしたいかじゃない?」

 「自分が?」

 「家族の時間を大切にするのが真なら、家族のために仕事を頑張るのも真でしょ。で、いまやらなきゃいけないのは生きて帰ること。違う?」

 「・・・違わないが。」

 「そんで、この世界の土産でも持って帰ってあげればいいじゃない。慧が何を好きなのかしらないけど。」

 「・・・俺も割と知らない。シエルならわかるかもしれないけど。」

 

 ますます翼が頭を抱えて、やれやれとケイは息を吐く。一人の戦士にして科学者である翼の、一人の父親としての悩みは、森の中に横たえるこの機体よりも重い。

 

 「あー・・・あっちは今頃どうしてるかな?」

 

 自分は『あっち』に行くよりもこっちで作業していた方がいいと進言したのはほかならぬ自分であったが、これじゃあいてもいなくても効率が変わらないな、と少し自分の見通しが悪かったことを省みる。

 

 ☆

 

 「んー・・・いい空気。涼しくてサラッとしてる。」

 

 そのシエルはというと、アキラと共に馬に跨っていた。黒毛のがっしりとした大きな馬で、アキラとシエルの2人が乗っていてもへっちゃらな、非常にタフな馬だ。聞けば『リク』という名前だそうだ。

 

 先導役のリッキーが手綱を握るのは、青毛・・・現代で言う青毛の色は『黒』であるが、その馬の色は本当に青みがかった黒、群青にも近い珍しい色をした『ソラ』と呼ばれていた牡馬。

 

 「見下ろすのもなかなかいい景色だな。」

 「晴れてよかったね!」

 「『龍の背中高原』は元々晴れが多いんだ。南から乾いた暖かい風が吹いてきてるんだって。」

 

 カッポカッポと2頭の馬が緩やかな斜面を登っていくと、眼下にはサバンナのような広大な草原が広がっていく。さらにその先にはまた森が見え、さらにその先には・・・果たして何があるのか、見る者の想像力を掻き立てることだろう。

 

 「これならバスケットもってピクニックに来た気分ね。」

 「お使いなんだけどね。」

 「わかってるって。あとどれぐらいで着くのリッキー?」

 「まだもうちょっとかかるかな。この坂がひと段落したら、もうそこなんだけど。」

 「ならまだまだじゃん!こんなスロープのんびり登ってないで、まっすぐ登った方が早くない?」

 「直進で山登りは無謀だよ。」

 「アキラなら出来そうだけど。」

 「さすがにそれは俺もやらん。」

 

 目指すのはこの緩やかな坂を登った先にある尾根、そこが平ばった高原地帯だ。ロープウェイでもあれば楽が出来ただろうが、無いからこうして馬を使って登ってきている。

 

 「本当は飛竜便ってのもあったんだけどね。」

 「飛竜?」

 「空を飛ぶトカゲ。たしか前に少しだけ見かけたことがあったけど。」

 「跨って空飛ぶの?シートベルトもなしに?怖くない?」

 「宇宙飛んでるやつが言う事か。」

 

 坂の下から吹き上げる風に撫でられながら、そんな話しているうちにようやっと坂を登りきる。登山口までの道を駈歩で、それもシエルが『地球』の乗馬クラブで乗せてもらった時よりも倍以上の速さで数時間に渡って走り続けた後だと言うのに、全く息を切らせずに坂を速足で登り切った。恐ろしいほどのスピードとスタミナ、競馬会に連れてくれば三冠馬間違いなしだろう。

 

 「今は飛竜も産卵シーズンだからあまり空飛ぶ余裕ないんだ。羽も短くなったし。」

 「羽が?」

 「見ればわかるよ。もうすぐ着くから。」

 「牧場だっけ。」

 「もう少し、もう少し。」

 

 その言葉の通り、一行は青い空と坂の境界までもう少しというところまでやってきていた。

 

 「おお、白い。」

 「ホントだこりゃ白い。」

 

 一行を出迎えたのは、一面真っ白の景色。雪なのかと思ったがしかし寒くない、むしろ暖かい。

 

 「花かこりゃ。」

 「綺麗。」

 「白いけど、スミレに似てるな。」

 「どれどれ?」

 

 さっそくシエルはスキャナーで情報を集めてはふんふんと頷くと、写真をかたっぱしから撮影するように情報収集にはげむ。

 

 雨もさほど多くない高原だというのに、咲き誇る花々は生き生きとしている。花は虫を呼び、虫は鳥を呼ぶ。花あるところには生命も集まる。

 

 ふいに向かってきた風が、花びらを散らす。この風に乗って種が飛んできたのだろうかと思うと、生命の息吹を感じさせられる。

 

 「でも・・・なんか少ないな。」

 「そうなん?」

 「うん、今は蝶が渡りをする時期なんだ。」

 

 少し遠くに目をやると、四足の動物の群れの姿が見えた。小さな角が生えたカモシカか、ヤギのようにも見える。

 

 4、5頭ほどが集まって草を食んでいたが、そのうちの一頭がこちらの存在に気付いたかと思うと、不思議なことにすぐにほかの群れも同じように見てくるのだ。

 

 「今度はこっち。もう見えてるけど。」

 「おっ、あの囲い?」

 「そう。」

 

 登山口を登り切ったら、今度は尾根を下っていく。尾根のほど下端部分に、その牧場はあるのだ。きっちりとした舗装こそないものの、踏み固められてできた路をゆけば本当にすぐだろう。本当にこの馬は四輪駆動車にも引けを取らない。

 

 その馬とは逆方向に駆けていく一頭の獣の姿があった。

 

 「あれは・・・。」

 「あれは『トルルホルク』だよ。」

 「トルル・・・ホルク?」

 「すごい名前だね・・・偶蹄目、ヤギの仲間なんだ。」

 「シカじゃないの?」

 「シカもヤギの仲間だよ。」

 「しかも?なにがしかもだ。」

 

 トルルホルクという大きく立派な角を蓄えたその高原ヤギは、全高3mはあろう巨体を震わせ、風を纏って雄々しく、力強く大地を蹴る。その様を見れば、ただのヤギ、草食動物と侮れはしない。

 

 「あれは大人の雄だね。一番大きな角を持った雄が群れのリーダーになるんだ。」

 「へー、じゃあさっきの角のないやつらは雌なのかな?」

 「そうだよ、でもあんなに急いでどこへ行くのかな・・・?」

 「ところで、リッキーってさ、動物好きでしょ?」

 「え、どうして?」

 「だって、動物とかの話してるときのリッキー、すごい楽しそうだもん。」

 

 トルルホルクのデータを収集し終わったとたんに興味が薄れたのか、今度はリッキーについてシエルが話しはじめる。

 

 「まあ、好きだよ。この子たちのお世話もしてるし。」

 「やっぱり?動物好きってみんな同じような顔するのかしら。向こうの地球でも仲良くなった動物好きなお姉さんがいて・・・。」

 「シエルは動物好き?」

 「好き、だけど恐獣みたいなのは勘弁かな。」

 「恐獣は迷惑だな。」

 「でも、最近は花も好きかな。」

 「花も?」

 「うん。なんで意外そう?」

 「別に意外そうにはしていない。」

 「ほんとぉ?」

 「ホンマ。リッキーはどうした?」

 「いや、なんか山頂の方が雲行きが怪しいなって。」

 「降ってくる?」

 「この時期は雨も少ないんだけどなぁ。」

 「山の天気は変わりやすいって言うじゃん?」

 「女心と秋の空ってな。」

 

 リッキーの抱いた一抹の不安も、風に飛ばされるようにすぐに忘れられ

た。もっとも不測の事態は驟雨のように現れ、そして去っていくものだが、あの暗雲は山の天辺を覆い隠すように停滞していた。

 

 ☆

 

 太陽は空の真ん中にまで昇っていたが、一時その視線から逃れられる屋根の下にて、アキラたちは一息つかせていただいていた。

 

 「リッキー、ひさしぶりっ!」

 「久しぶりもなにも、ちょっと前会ったばかりじゃない。」

 「去年以来はもうひさしぶりなのっ!」

 

 リッキーよりもあどけなさの残る少女が出迎えた。二人が仲のいい関係だというのは傍目にもわかるが、高校生ぐらいの見た目のリッキーと、推定小学生ぐらいのこの少女がどういう関係なのかは色々と想像する余地がある。

 

 「紹介ね、こっちがアキラで、こっちがシエル。」

 「よろしく。」

 「よろしく!」

 「わたし、リーザ!よろしく!」

 

 短い髪をサイドテールにした、天真爛漫な少女はリーザと名乗った。低い背丈に対して、肌は少し焼けているし、腕にも力がありそうだった。さすがっは牧童といったところか。 

 

 「・・・従妹とか?」

 「ううん、同級生。」

 「同級・・・うん?」

 「言いたいことはわかるけど、事実。」

 「ちっさいって言おうとした?」

 「言ってない。」

 「ならヨシ。」

 

 とてもそうは見えないが、そうらしいのだ。リッキーが大体、ドロシーよりも上ぐらいに見えるので16か17ぐらいか?それと同級生ということは、同じ年齢ということだが・・・。

 

 リッキーの背が目測だけでやや高いというのもあるのかもしれないが、それでもリーザはせいぜい140cm程度、成長期をどこに置いてきたというのか。

 

 「アキラも大概低くない?」

 「うっせ。170あるわい。」

 「男の言う170は、160代しかないってこと。ってこの前翼が言ってたけど。」

 「あとで削ってやる。」

 

 閑話休題。なにもここの牧場にいる人間はリーザだけではないのだ。

 

 「いらっしゃいませ、ようこそ『龍の尻尾牧場町・ケプラーヤード』へ。牧場長のチャーリー・ケプラーです。」

 「妻のトトリです。」

 

 父チャーリー、母トトリ、娘リーザ。龍の背中と例えられた高原の、その尻尾にあたる部分に、いくつかの牧場と家が集まって町ができたもの。そのうちの一軒に今回はお世話になることになる。

 

 「これ、頼まれた注文品です。」

 「まいど。どれどれ・・・あっ、ホルクレザーか・・・。」

 「ホルクレザー?革?」

 「そう、今まさにあなたが着てるそのジャケットに使う、トルルホルクのレザーです。」

 「この前在庫は全部捌けちゃったところだったわねぇ。」

 「全部?」

 「イエス。」

 

 物資の買い付けという名目のもと、ここまで来たアキラたちであったが、出鼻をくじかれた。

 

 「なにゆえ?」

 「ついこの前、教団からも発注が入ってね。」

 「教団って、ゼノンの?」

 「そうそう、それでちょうど昨日数を揃えて発送が済んだところだ。」

 「ウチの革はゼノンでも使ってるのよ。」

 「次の入荷はいつ?」

 「当分ないかなぁ・・・久しぶりの大量発注だったから。」

 「がーん。」

 「他の注文品はあるから、ひとまずそれだけ用意するよ。」

 「お願いします。」

 

 タイミングの悪いことに、目当てのレザーは買い占められてしまったようだった。それもよりにもよってゼノンが使うと。

 

 見るからに首を垂れるアキラに、思わずシエルも声をかけた。

 

 「そんなにガッカリなの?」

 「いや、ないんならしょうがないけど・・・ちょっとまあ。」

 「ちょっとちょっと!ホルクレザーだけがここの名物じゃないんですけど!」

 「そうそう、今の時期ならラプラヴの珍しい姿が見れるんだよ?」

 「わかった、わかったから押すな。」

 

 ともかく、発注依頼は出せたので目的は達成できたのだ。あとは専門の業者さんに任せて、余暇を楽しむとしよう。ジークもそういう気分転換のために気を使ってくれたのだろう。

 

 「こっちこっち!」

 「はいはい。ラプラヴってなに?」

 「さっき言った翼竜の一種だよ。今がベビーシーズンなんだ。」

 「繁殖期?」

 「かわいいんだよ、赤ちゃん。」

 

 まず先に、牧場入口の事務所の馬留から乗ってきた2頭の馬を引いて、広い牧草地へ連れていく。

 

 「ソラ、リク、遊んでおいで。」

 「まだそんなに元気があるのか。」

 「ここがあの子たちの故郷だからね。」

 

 手綱から解放された2頭は先を争うように駆け出し、先んじて待っていた馬にすり寄る。あれが家族なのだろうとは想像に難くない。

 

 その様子をしばし眺めた後また歩き出すと、一軒の厩舎に立ち入る。それは一見すると馬の厩舎と変わりないように思えたが、中に入れば違いは明白だった。

 

 「なんのニオイだ?」

 「お日様のニオイ?」

 

 それはまるで、天気のいい日に干した布団のような、安らぎとぬくもりをもたらす香り。あの匂いは木綿が紫外線で化学分解されて出るアルデヒドだそうだが、世界が変わっても化学変化の法則も、この匂いに安心感を覚えるのも変わらないということだろう。

 

 さて、この匂いの元にはすぐに出会えた。厩舎の中央にはびっしりと、明るいオレンジに近い褐色の羽毛が敷き詰められていた。その中心に、丸い目をして大きな羽をたくわえた生き物がたくさんいる。

 

 「こいつが、ラプラヴ?」

 「そっ。」

 「かわいいでしょ?」

 「翼竜っていうから、もっといかついやつなのかとおもってたけど、へー。」

 

 翼竜と聞いてどのようなものを思い浮かべるかと言われれば、プテラノドンのようなもの、ないしは翼を生やした大きなトカゲ、フィクションで見るようなドラゴンといったものがそうだろう。

 

 が、このラプラヴという生き物はそれらとはかなり違った。恐竜のような大きな顎ではなく、とがったクチバシのついた顔。冷たくてツルツルとしたウロコではない、暖かなフワフワの羽毛が生えた体。爬虫類というよりかは、鳥類を思わせる姿だった。

 

 「羽毛アレルギーじゃなくってよかった。」

 「これ、おっきいのは全部おかあさん!」

 「へー。」

 「ヒナたちは今年の春に生まれたばかりなんだよ。」

 

 親鳥たちが身を寄せ合い、まだ白っぽい羽毛の雛鳥たちがその周りでじゃれて遊んでいる。親鳥たちは、やってきた来訪者たちを注視しつつも決して子供たちへの注意は外さない。

 

 一方子供たちはというと、そんな親の心配もどこ吹く風に、めずらしいお客さんたちに興味津々に近寄ってくる。

 

 「・・・かわいい。」

 「でしょ?でしょ?」

 

 シエルがそのうちの一羽に手を差し出すと、幾つものクチバシがつっついてくるので、シエルはキャーキャーと喜んだ。

 

 「まんま鳥だな。まあ、飛べるなら鳥だわな。」

 「この時期だけはね。」

 「この時期だけ?」

 「スキャナ貸して。」

 「どれどれ?」

 

 シエルが思い出したようにスキャナを取り出し、ラプラヴの情報を集める。

 

 「なになに?『鳥類と爬虫類の中間の生態。成体の嘴内には牙が生えており、始祖鳥に近い性質を持つ。』だってさ。」

 「始祖鳥か。やっぱりこいつらトカゲから羽をもつように進化した生物ってことか?」

 「そうみたいね。最近は恐竜も羽毛が生えてたって説が有力らしいし。」

 「俺の知ってる恐竜のイメージとだいぶ違う。」

 「それも慧が教えてくれた。」

 

 実際のところ恐竜がどんな姿だったのかは知る由もないが、今こうして目にしている姿も、その説のひとつになり得るのだろう。

 

 「それ、他には何がわかるの?」

 「うーん、と。『食性は雑食。植物、昆虫、小型鳥獣類を食べる。消化器が強く、砂嚢はないし、ペリットも出さない。』ペリットってなに?」

 「丸のみにしたネズミの骨とか皮とかを吐き出すんだよ。タカやフクロウなんかの猛禽類がよくやるやつだ。」

 「へー。『羽毛は鱗が変化したもので、産卵期のみ羽毛状に変化する』だって。」

 「そこまでわかっちゃうの?説明することなくなっちゃうよ!」

 「ガイドさんのお仕事奪っちゃうね。」

 「お小遣い稼げると思ったのにー・・・。」

 「金とんのかよ。」

 「あ、餌やり体験する?」

 「結構。」

 

 ちぇーっとリーザは悔しそうにすると、今度は外を案内してくれる。熱の籠った屋内から外へ出ると、吹き抜けてくる風が妙に冷たく感じられた。

 

 「あっちにいるのがオスのラプラヴ。」

 「なにやってんだあれ?」

 「本当はエサとりなんだ。けど今年は全然蝶が飛んでこないんだ。」

 「エサはあげてるんじゃないの?」 

 「あげてる飼料は茹で豆とか、トウモロコシなんだけど、自然の虫も好物なの。それも、花の蜜を吸ったホムラマダラって蝶が一番好物なんだけど・・・。」

 「今年は来てない?」

 「そう。今までこんなことなかったんだけどなぁ・・・。」

 

 厩舎にいたメスたちよりも、少し体格や翼ががっしりとした雄々しい姿のオスたちだが、その顔は心なしかしょんぼりとして、ただただ空を仰いでいる。

 

 「異常気象ってヤツ?」 

 「さあ。異常といえば、あの雲もそうだけど。さっきドーンが向かってったけど。」

 「ドーン?」

 「ウチで飼ってる雄のトルルホルク。一番おっきくて力もドーンと強いからドーン。」

 「まあわかりやすい。」

 

 さっきすれ違った大きなトルルホルクが、そのドーンだったのだろう。一番と呼ばれるだけの迫力はあった。

 

 「そのドーンと雲がどうして関係あるんだ?」

 「わかんない。ドーンも堅物だし。何考えてるかイマイチ伝わってこないし。」

 「空がどーんよりしてるから・・・。」

 「ん?」

 「なんでもない。」

 

 リッキーがなにか口を開いたと思ったが、さておき。

 

 それからは、昼食を挟んで牧場町を案内してもらい、あっという間に日は傾いていった。

 

 ☆

 

 「って、ことがあってさー。」

 『そっちもなんだか大変そうだな。』

 

 夜。母屋のあてがわれた部屋でくつろぐシエルは、端末ごしに翼とのピロートークを楽しんでいた。提供された料理がなかなかおいしかったこと、布団がフカフカなこと、いい友達ができたことなど、さまざま。

 

 「でね、そのリーザって子、リッキーと従妹なんだって。」

 『案外身内だけで周ってるのかねここの領地っていうか、国は。』

 「狭い世間なんだねぇ。」

 『それぐらい狭い方が管理は楽だろう。』

 

 この先、数世代と重ねていくと、そのつながりも薄まっていくだろうが。その時は新たなつながりを持っているか。

 

 「そっちはどう?マルスピーダー、直せそう?」

 『とりあえず通常飛行は出来そうだ。が、宇宙までは行けそうにない。』

 「そっか・・・。」

 『まあ、宇宙に行けたところで大したことはできそうにないが。』

 「宇宙から地球を見れるじゃない。」

 『あぁ・・・好きだよな、それ。』

 「慧のために写真も撮りたいし。」

 『写真か・・・それもいいか。』

 

 楽し気なシエルとは対照的、通信機越しにため息の混じった返事をする翼。

 

 「なにかあった?」

 『いや、慧に何かをお土産を用意したほうがいいかなと、ケイにな。』

 「そうね、いっぱい撮ってあげて・・・珍しい花の種とか持って帰るのはどう?」

 『動植物は検疫が大変になる。』

 「細かいこと気にしないの。」

 『全然細かくない。』

 

 シエルも花にはそう詳しくはないが、何が珍しそうかとかはわかる。スキャンすればもっとわかる。実際、今日はいろんな動物を見てきた。

 

 ラプラヴやトルルホルクのほかにも、帯電する毛に覆われた羊の『イラーナ』、長い角をこすり合わせあうことで電磁場を発生させるバッファロー『セプルス』、厩舎のネズミ捕りや癒しの存在『猫』。など。

 

 『猫は違わないか。』

 「ただの猫じゃないんだよ、毛が長くてカメレオンみたいに色が変わるんだよ。」

 『そりゃもうただの猫じゃないだろ。』

 「そう思う。」

 『あれ、スキャナはどうした?』

 「ん-、今アキラに貸してる。」

 『壊すなよって言っておけ。』

 「言った。」

 

 スキャナ、というよりもそれに付随するメモリーデバイス内のデータは、読みふけるだけであっという間に日が昇って日が沈む。読み物としてはこの上ないだろう。

 

 「アキラも色々気にしてたみたいだし、いいかなってさ。」

 『そうか。まあ、アキラからも何かの設計図を預かっていたし、取引だな。』

 「役に立ちそうなもの、載ってた?」

 『今見てる。面白い。』

 

 面白い。今のところそれ以上の感想は出てこない。もっぱら剣や、近接武器が多いので『U-NEST』には関係がない。よしんば使えそうなものがあったとして、材料がないのでは作りようもない。

 

 『しかし、これだけのものを設計出来るとすれば、まさしく天才だろう。直に会いたかった。』

 「ガイ、って言ってたっけ?」

 『うん・・・ほう、これはなかなか。』

 

 ガイ、guy、男。名前こそありれた平凡なものだが、中身は察するに非常に特異な人間のようだ。アキラに言わせれば『変だけど、いいやつ』だそうだが。

 

 そのガイこそ、スペリオンの正体であるという。時空を越えて、アルティマから翼たちの地球へやってきたのだと。とすれば、ガイがこっちに来れたのなら、翼たちが同じ道を辿ることも可能、と捉えられる。今のところ、唯一の希望である。

 

 「やはり、これはガイに間違いないか。」

 

 一方、アキラもまたガイの姿を確認していた。正確には、ガイの変身する『スペリオン・ガイ』の姿であるが、スペリオンが各々姿が違って見えるなら、同じ姿のスペリオンあ、同じ人物が変身していると考えられる。

 

 そしてもう一人、ガイとは異なる別のスペリオンの姿も確認されているようだ。白と黒のアンシンメトリーな姿は、太極図を思わせる。

 

 事実、アキラも今はガイとは別れて行動しているが、それでも単独でスペリオンに変身出来ている。力は自由に分け与えることが出来るということなのだろうか?ついでにどうすれば次元を軽々しく越えられるのかも教えておいておしかった。「イメージが大事」と言っていたが、あいにく生まれてこのかた次元の壁を破ったことがないのでわからない。

 

 次元の壁を破るようなもの、そもそもそんなもの想像がつかない・・・いや、忘れようと必死に記憶に蓋をしていたものがあった。慌てて隠すように視界を振り払う。逃げるように外へ出る。

 

 初夏、それも緯度としては赤道近い位置だが、高原地帯の夜となると肌寒い。夜空を見上げると満天の星・・・というにはいささか雲に隠れて見えない。

 

 とはいえ、月の光に照らされた道を歩くだけなら何の支障もない。この世界にやってきて、その夜空の『青さ』に驚いたのも昔のことのよう。こんな青さを、また見れるとは思っていなかった。決して望んでいたわけでもないが。

 

 「あれ、リーザ。どうした?」

 「ん?ああ、アキラ。アキラこそ?」

 「俺は散歩。良い子は寝る時間だろう。」

 「もう子供じゃないっていうの。」

 

 立ち寄った放牧地のひとつ、囲いの柵にもたれかかっていたのはリーザだった。物憂げな表情をしていたのはこの暗がりでもよく見えた。

 

 「なにかあった?」

 「ううん、ドーンが帰ってこないなって。」

 「あー、昼前に出てったっきりなのか。」

 「うん、心配じゃないんだけど・・・やっぱり心配なんだよね。」

 「そうか、そうだろうな。ドーンがどんなやつなのか知らんから、どうとも言えんが。」

 

 その昼前に、大きな角を持った個体が群れのリーダーになると聞いてはいたが、角が大きい=大人とは必ずしも限らないようだ。遺伝子的に大きくなりやすい個体もいれば、そうでもないやつもいるのだろう。

 

 「ドーンはね、生まれたときからすごい大きかったの。それであっという間にリーダーになったんだ。」

 「そりゃエリートだな。」

 「うん、でもそのせいでプレッシャーなのか、すぐ傷だらけで帰ってきて・・・またケガしてないといいんだけど。」

 「なるほどな・・・。」

 

 ふっと俯いたリーザの表情がまた曇るように、アキラも何か感じ入るものがあるのかそっと顔をそむける。するとにわかに異変に気が付いた。

 

 なにか、物音や鳴き声が聞こえる。厩舎の方である。二人は何か示し合わせたわけでもなく、同時に駆けだしていく。

 

 音の出所は、昼に見たラプラヴの厩舎であった。日中は開け放されていた扉も、夜は閉じられている。しかし、ぎゃあぎゃあと騒がしい。

 

 「みんな、どうしたの?!」

 

 扉を開ければその音はよりいっそう大きく聞こえる。メスが固まっているのは昼見たときと同じだが、皆天井を見上げるようにして鳴いている。

 

 他方、オスは非常に興奮したように駆け回り、中には泡を吹いて床に倒れ伏しているものもいる。

 

 「いったいどうしたということだ?」

 「アキラ下がってて!危ないよ!」

 

 興奮した動物の危険性はアキラも知っている。ので、ここは慣れているリーザに任せることとした。出来ることと言えば、母屋にいるシエルに通信を飛ばして主人を呼んでもらうことぐらい。

 

 「ご主人すぐ来るって!」

 「ありがと!もーどうしたの!」

 「どうしたものか・・・ん?」

 

 騒がしい中、アキラの聴力がとらえたのは羽音だった。モーター音のような激しく耳障りなそれが近くを飛んでいたので、アキラは手刀の一閃で叩き落とす。

 

 「こいつは・・・ハチ?いや羽アリか?」

 

 昔、山奥でオオスズメバチに遭遇した時のことを思い出したが、目の前のそれは記憶のものよりだいぶ大きく見える。こんなものが飛んでいれば文字通り、『蜂の巣をつついたよう』な騒ぎにもなろう。

 

 ひとまずは借りていたスキャナで情報を採取してみる。

 

 『非常に大型のハチ、あるいはアリ。』

 

 アリはハチ目アリ科でアリの仲間だが、羽アリはシロアリでゴキブリの仲間である。

 

 『甲殻にはカルシウムが多く含まれており、石灰岩を消化・排泄して、コンクリートのようにアリ塚を作っていると考えられる。』

 

 たしかに、この高原には白い石灰岩が多くみられるが、それらを使って生活する生態が出来上がっていてもおかしくはない。が、それがなに?

 

 ブゥン、という羽音に呼ばれてアキラの意識が周囲へ向けられる。まだ同じアリが飛び回っているようだが、心なしか数が増えているように見える。すぐに視線を落として解析の続きを読む。

 

 『腹部からフェロモンを分泌し、仲間を呼び寄せて攻撃する。』

 

 「わっ!わっ!?なにこれ!?」

 「あーこりゃイカン。リーザ、じっとしてろ!」

 「うん!」

 

 どこからともなくアリが群がってくる。やはりこいつらがこの騒ぎの原因だったのだろう。叩き落としたアリの死骸をひっ掴んで厩舎の外に出る。

 

 するとどこから湧いてきたのか、空を覆わんばかりの大群がそこかしこから出てくる。

 

 このまま引き連れたまま町の方へ行くわけにもいくまい。とすると、高原を登る他ない。適当に離れたところで、変身してすべて焼き払ってやる。

 

 足の速さには自信のあるアキラあ、あっという間に牧場町を遠くに見えるところまでやってきた。その間にもアリは数を増やしていた。いったいどこから?と考えている間に地面が細かく揺れているのを靴底から感じる。

 

 そろそろいいかと腕輪に手をかけた、その時。ふいに浮遊感を味わった。

 

 「はっ・・・?」

 

 蹴った地面が突然消えたかのように、穴が開いた。落とし穴にでも嵌ったかのようにアキラは落ちた。

 

 なぜこんなところに穴が?と考える一瞬の空白のうちにも体は底の見えない闇にへと落ちていく。何か掴まれるものがないかもがくが、何もない。

 

 となれば変身するしかない、と腕輪を触ろうとした。その腕に、激痛が走る。

 

 「ごっふ・・・?!」

 

 しかし奈落の『底』は思いのほか近かった。しかも尖った『何か』に腕輪をかっさらわれる。体の方が落ちているのだとわかったのは、さらに一瞬経ってからであった。

 

 どうやら崖を落ちていっていると、冷静に分析する間もなくただただ全身を打ち付けながら底の底へと、転がっていく。

 

 とうとうアキラは、底の底の、さらに底の水へと意識も体も沈めていった。



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天高くして、稲妻走る その2

 目を開けていても、閉じても変わらない光景。延々と続く闇、闇、闇。太陽はおろか、月や星の光すらない漆黒。

 

 ときたまこういう夢を見ることがあるが、今見ているのは夢ではないと、全身を這いずり回る鋭い痛みが主張してくる。

 

 我はまだ、生きてここにあり。

 

 (五体は・・・繋がってるようだが・・・。)

 

 四肢は重く、動きそうにない。意識も麻酔をかけられたかのようにぼんやりとしており、目を閉じるとそのまま眠ってしまいそうだった。だがこのまま寝たら二度と意識を取り戻すことはなくなる。

 

 どうやら、水に半身が漬かっているようだ。風邪をひいてしまうなぁ。昔風邪をひいたときだけ、母さんはやさしかったなぁ。おかゆはちょっとこげてたけど、おいしかったなぁ。大体の食事は自分で温めたポンカレーだったけど、あの時だけは違った。

 

 ガリッ、と内頬を噛む。じわりと口の中に鉄の味が広がり、生を実感する。ふっと息を吸い込むと、冷たい空気が肺にしみ込んでくる。白昼夢に溺れるわけにはいかない。

 

 一寸先も見えないが、手探りに這ってでも進んでみる。腕は動かすだけでズキズキと痛むが、なんとかツルツルとした岩の感触を確認しながら進む。水気はあるが砂っぽさはない。生き物の胃の中にでもいるような気分だが、少しも生暖かくはない。

 

 やっとのことで水場から上がれた。明りになるものがないかとポケットを探るが、その前に左手首の痛みに顔をしかめる。見ることはできないが、その様子には想像がつく。水に浸かっていてよく失血死しなかったものだ。

 

 そういえば、と思い出し、壊れていないことを祈りながら懐からスキャナを取り出す。もっとも、スキャナは用途のひとつでしかなく、このデバイスにはほかにも様々な機能がついている。例えばライトとか。

 

 サーチライトかなにかかと思えるほどに眩しいそれは尖ったつららが垂れさがってきている天井を照らす。鍾乳洞、学の少ないアキラにもそれぐらいわかった。

 

 上体を起こし、さっきまで浸かっていた水場を照らすと、水が光を拡散させて幻想的なブルーに染まる。一瞬痛みを忘れるほどの光景に見入っていた。

 

 この光景の奥の奥まで視界を広げていくと、それはかなりの広さがあった。地底湖だ。

 

 しかし、出口が見つからない。入ってきた、というか落ちてきたからには入口があるはずだが、天井を見上げてもそれらしい穴は見つからず、ただただ針山のような鍾乳石が並んでいるだけだ。

 

 次に、アキラは自身の体を顧みた。左腕にはあったはずのスペリオンの腕輪がなく、代わりに手の甲にまで裂けた傷がある。少し考えて、どうやら落ちた時に鍾乳石にひっかけたものと思われる。水に浸かっていたせいで今も出血は続いてる。

 

 止血帯になるものがないかジャケットを探ってみて気付いたが、このジークから借りた上着はまったく破れていないし、水に濡れていたのに寒くない。さすがホルクレザー製というべきか。

 

 そういえばハンケチを持たされていたと思い出した。紳士たるものハンカチとティッシュを持っておけと言われていたが、助かった。昔おばあちゃんから、手ぬぐいから紐を編む方法を習ったことがあるが、布は一枚あるとないとで大違いだ。

 

 ひとまずこれで血は止まるだろう。しかし足には相変わらず激痛が走っている。左足が折れてるらしいが、こればかりは布だけではどうにもならない。助けを求めるしかない。

 

 それは誰に?右手首に巻いている通信機に話しかけてみるが、ノイズばかりでなんの応答もないし、画面もブラックアウトして何も映らない。壊れているのは明らか。外でどれぐらい時間が経っているのかもわからない。

 

 が、翼かケイなら遠からずここのことを嗅ぎつけて来てくれそうだ。ここをじっとしているのも手だろう。つまり、することがない。手元にあるおもちゃはスキャナだけ。これで身の回りのものを調べていれば時間は潰せそうだ。

 

 もっともその前に暗闇に一人放置されて精神が潰れそうだが。光と音を遮断した空間に健常者を放り込んだ結果、平均15分で発狂したという恐ろしい実験結果がデータベースに載っていたのは見なかったことにしよう。

 

 ☆

 

 「あれ?バイタルデータ?」

 「なに?」

 「どうやら、アキラが自分をスキャンしたらしい。」

 

 同時刻、ケプラーヤード母屋のダイニング。この不測の事態への小規模な対策本部が敷かれている。メンバーは翼、シエル、ケイの3人だけの少数精鋭だ。

 

 他の人たちは動物たちの避難作業中。一領主たるジークが「自分の名前を使ってくれてよい」と言ってくれたので、昨日今日来た来客にも従ってくれている。こういうところに彼の人徳が見て取れる。

 

 「体温35.6℃、血中酸素濃度94%、左前腕部裂傷、左脛骨骨折、全身打撲、ひどい怪我だ。」

 「場所の特定は?」

 「発信機の正確な位置はわからない。地下130mほどの位置か?」

 「通信には応えないけど、情報を送ってくることはできるのかな。」

 

 通信チャンネルは既に開きっぱなしの状態だが、アキラからの応答はない。しかしスキャン情報は通信機を通してこちらにもフィードバックされてきている。

 

 アキラがこのまま周辺物のスキャンを続けてくれれば、位置を特定できる情報が送られてくるやもしれない。

 

 その後も続々と送られてくる情報に翼は目を通しつつ、作戦会議を続ける。何も消えたアキラだけが目の前にある問題ではないのだ。

 

 改めて問題を整理しよう。今起こってる事件は3つ。ひとつは大きな羽アリの出現。動物厩舎に現れ、どうやら動物を狙っていたらしく、その発生源や詳細な目的も現状不明。

 

 第2にアキラの失踪。昨晩、羽アリを誘導して外へ飛び出していったが、その後の行方は露として知れず。たった今バイタルが確認できたため、生きてはいるようだが。

 

 最後に、謎の雲の存在。アリ以外に、最近様々な異常現象が起こっているが、それらと山頂の雲にはなにがしかの因果関係があると考えられるし、既にそれを突き止めている。

 

 「2種類の羽アリの解剖データとフェロモンサンプル、とれたよ。」

 「サンキュー、何かわかった?」

 「どうやら、仲間を呼び寄せる誘導フェロモン、攻撃を促す戦闘フェロモン、なんかがあるらしい。フェロモンの組成と行動パターンがわかったから、今は偽装剤と鎮静フェロモンの製造中。」

 「鎮静フェロモンはわかるけど、偽装剤って?」

 「仲間に偽装して攻撃されないようにする魔法の香水。」

 「くっさ。」

 「うん、でも水に弱いから洗えば簡単に落ちる。」

 

 バスルームから出てきたケイが持っていた小瓶の臭いにシエルは顔をしかめる。ここへと着陸する前に一度雲の中をスキャンした結果見つかったのが、そのアリのサンプルである。マルスピーダーの翼にひっかかっていたのだ。

 

 「フェロモンの主成分は蟻酸。そう強くない酸性だけど、これを持っているのは戦闘力を持たない偵察兵で、本命の戦闘兵が獲物を刈り取りに来る。元からそういう生態だったらしい。」

 「元があるの?」

 「うん、図鑑に載ってたこいつ。『ラーザント』だって。」

 

 ずいぶんと似ているでしょう?と図鑑の絵と捕まえたサンプルを並べる。図鑑の絵では青みが強い体色をしているが、実物のものはもっと黒く、さらに体長も大きい。しかし腹の縞模様や触覚の長さなど似通っている。

 

 「たしかに。」

 「けどなんで巨大化?」

 「そういう存在に心当たりはあるよ。説明は難しいから省くけど。」

 「そんな都合のいいものが。」

 「一度回り始めれば、あとは流れでね。」

 

 歯車が嚙み合った途端、高速で物事が動き始める。さしずめ、その錆びついたギアにさすグリスについては心当たりがあった。

 

 なお、こうしている合間にも続々とアキラがスキャンした情報は送られてきている。鉄のような金属を含んだ鍾乳石や水などの他、気温湿度光量などの環境情報も伝わってくる。全く光がなく、湿気ており、寒い。

 

 「光ささぬ洞窟ってところ?」

 「地底に鍾乳洞・・・ここはカルスト台地だったんだな。」

 

 龍の背中と呼ばれるこの高原も、昔は海の底だった。堆積した骨や貝殻が石灰岩になり、石灰岩が雨水に侵食され、長い長い時間をかけて鍾乳洞を形成する。

 

 「理科の勉強はそこそこにして。発信機の場所が完全に特定できないのは、鍾乳石に含まれている謎の金属のせいか。」

 「このあたりの帯電生物も、この金属を体組織に持ってる。電気能力はそのおかげってわけ。便宜的に『ゼノ鉄』と名付けておこう。」

 

 現代の地球には存在しない、どこかからの『来訪者」のゼノ鉄には電波を遮断、あるいは吸収する性質があると見える。

 

 深度や暗さも、予想がつかない広さの鍾乳洞の中を歩く必要がある。

 

 「そっちは僕が行く。2人はマルスピーダーで雲の調査をお願い。」

 「一人で大丈夫?」

 「単独行動は慣れてるから。」

 「こっちもいつもそんなもんだけど。」

 「僕がマルスピーダーを操縦するわけにはいかないし。」 

 「それは譲れないし。」

 

 食い気味にシエルが肯定する。ここまで翼とケイがマルスピーダーで移動してくるのに、ケイがシエルの指定席に座っていたことがさぞ気に食わなかったらしい。

 

 「アキラもどうやら変身できないみたいだし。でなきゃ、とっくにここに帰ってきてるころだよ。」

 「アキラの性格からいって、可能ならそうするだろうな。」

 「僕としてはこっちが優先事項になるかな。」

 「何故?」

 「色々あるの。」

 

 チン♪と軽快な音が聞こえてきて、バスルームにケイが様子を見に行くと、水筒のような筒を抱えて持って帰ってくる。

 

 「これがアリの鎮静剤ね。ランチャーモジュールで大事に無駄遣いして。」

 「うん。」

 「で、こっちのは偽装剤。化学式を残しておくね。」

 「そんな簡単に合成できるものなの?」

 「ひみつ道具があるから。」

 「水やら火やらが出せる魔法の杖がある時点で色々察してはいたけど、ケイって本当に魔法使いかなにか?」

 「ううん、僕は科学の子供。」

 「栞さんみたいなことを言うんだな。」

 

 その行動力の高さ、テキパキと算段を詰めてくれるケイに促されるまま武器を渡され、翼は元の世界にいるブレインの一人を思い出す。NESTはほぼ全員ブレインと言ってもいいが、栞さんの発言力には皆を引っ張る力があったと、少し恋しくなる。

 

 ともかく、問題が3つならやることも3つある。洞窟を探索してアキラの捜索。山頂へ飛んで雲の調査。この2つをこなせば、おのずと3つ目のアリの調査も進むことだろう。

 

 「ただいま。」

 「おっ、リッキーおかえり。」

 「リーザも。どうだった?」

 「みんなおびえてるよ。」

 「どうにかならないの?」

 「いまからどうにかするのさ。」

 

 作戦会議もちょうどいいところで、リッキーとリーザが戻ってきた。この地域に関する事情には、この場にいる誰よりも詳しい。

 

 「倒れたラプラヴたち大丈夫だった?」

 「うん、血清をくれてありがとうねケイ。」

 「それはよかった。」

 「この高原の、地下の鍾乳洞について知ってること教えて?」

 「鍾乳洞?」

 「地下に?そうなの?」

 「あー、ごめんもういいや。」

 

 詳しいとは言ったが、役に立つとは限らない。何か思い出すこともあるかもしれないが。

 

 「その、ごめん。」

 「あー・・・じゃあ・・・あ、でもやっぱ危険かな?」

 「いいよ、手伝えることならんでもするから!」

 「そう?じゃあ、この無線機の見張りをやっていてほしいんだけど・・・機械使える?」

 「んー・・・覚えるよ。」

 「OK、簡単に説明する。」

 

 しゅんとするリッキーとリーザを宥めるように、翼が仕事を与えた。なんのことはない、無線機を置いておく見張り番だが、電波障害のある地下に行くケイのことを思えば大事なことだった。

 

 「で、この画面にこれが表示されたら通信が来たってこと。ここを押すと通話できる。」 

 「それならわかる。通信鏡と同じだから。」

 「ここって、通信鏡も置けないのよねー。地質上?ダメなんだとか。」

 「それもゼノ鉄のせいだろうね。(ミラー)通信は地中のクリスタル共振を使ってるから、単純にここが届きにくいってのがあるんだろうけど。」

 「ほえ~?」

 「詳しいんだねケイ。」

 「まあね。じゃ行ってくる。」

 「行ってらっしゃい。」

 

 一通りリッキーたちが無線機の使い方を覚えたところで、一足先にケイが出発していった。その片手にはこれまたコンパクトに畳まれた機械が下げられている。

 

 「・・・ケイって本当に何者なんだろう?」

 「さあ。ただ味方であることだけは確か。」

 「トワイライトともすごく仲良さそうだったけど。」

 「トワちゃんと?年齢全然違うように見えるけど?」

 「ちゃん付けで呼んでるリーザもなかなかだと思う。」

 

 年齢のことを言えば、ケイの正確な歳も、生まれも知らない。10代または20代に見えるが、実際は若作りで30あるいは40代。比較的中性的な顔立ちの男性あるいは女性。まあ多分女性ではないが。

 

 それはされおき、出発用意が出来た翼とシエルがソファから立ち上がる。仲間の謎よりも目の前にはっきりと見えている脅威が先だ。

 

 「あっ、そうだ。通信できるなら、屋敷とも話せる?」

 「ああ、ジークにも一応同じのを渡しておいたから。ジークが使えたら話せる。使ってていいよ。あともし何か思い出したことがあったら教えて。」

 「わーい。」

 「りょうかい!」

 「それから、身に危険を感じたら必ず逃げてね。」

 

 ふと、思い出して翼はバスルームに向かう。もしかするとケイが偽装剤を残していっていたかもしれないと思ったのだ。

 

 果たしてそれはあった。フラスコに入った現物だけでなく、ガラス管がいくつも生えたような機械も置いてあった。

 

 「これが・・・ひみつ道具か?」

 

 どういう仕組みかはわからないが、キーボードを叩いて化学組成式を入力すればいいと使い方は一目見てわかった。試しに先ほどもらった化学式を入力してみると、ガタゴトとガラス管が上下したり、中の液体が泡立って色が変わったりしていく。

 

 チン、と出来上がって新しいフラスコに注がれてきたのが同じものでござい。これは便利なものだ、ケイに譲ってもらえないか交渉してみよう。

 

 「はい、これを撒いておくと虫よけになるって。」

 「ありがとう、これどうしたの?」

 「これもケイの・・・。」

 『勝手に使ったね、『ケミカルビルダー』を。』

 「聞いてた?」

 『反応があったからね。』

 「勝手に使ったのは翼だぞ。」

 「すまぬ。」

 『いいよ、別に。使わせるつもりで置いてあったんだし。』

 

 さて、と一息入れてから改めてケイは話を切り出した。

 

 「見つけたよ、アキラが落ちたと思われる大穴だ。」

 『どれぐらい深そう?』

 「かなり。50mはありそうだ。」

 

 その断面は切り取られたばかりのように真新しく、日の光が底まで届いていないほど深い。試しに小石を放り込んでみると、何回かぶつかってから水に落ちた音がする。

 

 「降下する。無線はそのままで。」

 『気を付けて。』

 

 持ってきた機械を地面に下ろし、ケーブルを垂らす。続いてペグを地面に打ち付けるとと、ベルトについたワイヤーを接続。それから何のためらいもなく穴へとダイブする。

 

 未知なる闇の領域への挑戦に、危険を感じざるを得ないが進まないわけにはいかない。下へと降りていくに従い、空気が冷たくなっていくのを感じる。有毒ガスの類は溜まっていないらしい。

 

 ほどなくして、問題なく底へと到達する。やはり暗闇であるが、ケイがゴーグルを取り出すとその心配もなくなる。暗視・赤外線機能で昼間のように明るく見える。

 

 「アーアー、聞こえる?」

 『聞こえてる。』

 「3分おきに定時連絡するから、聞こえたら反応してね。」

 『了解!』

 

 先ほど垂らしておいたケーブルの先のアンテナで、なんとか地中からも電波が繋がっている。ビーコンがわりの中継器を置いていけば、通信を継げるし、アリアドネの糸にもなる。

 

 続いてパラボラアンテナのような機械を構え、ローブの袖をまくると籠手のように前腕を覆うデバイスが姿を現す。その表面をサッと撫でると、エコーによって解析された洞窟の立体的構造がホログラフィーとなってデバイスから浮かびあがる。

 

 予想通りというか、上へ下へ、右に左にと無数に入り組んだ地形をしているのが見えた。あまりに広大すぎて一回のエコーではすべてを探り切れていない。

 

 所々、変に構造図が切れている部分があるのは、おそらく水没しているためであろう。このエコーは大気中専用なのである。

 

 「泳ぐ必要もありそうだな・・・そんなに得意じゃないんだけど。」

 

 嘆いても仕方がないので、とにかく歩く。足元には深めの水流があり、ここをアキラは流されていったのだと推測できる。ケイも下流へ歩みを進める。

 

 「300mほど先に行ったところで、道が途切れてるな・・・水没しているのか。」

 

 水溜まりを踏み荒らしながら、滑りやすい足元の洞窟を進んでいく。聞こえてくるのは自身の足音と、水の流れる音のみ。

 

 『ケイ?聞こえる。』

 「翼?そっちは?」

 『今からテイクオフ。そっちは?』

 「なにも。生き物の気配もまるでない・・・なんか、巨大な生物の食道を通ってるような気分。」

 『消化されないように気を付けてな。』

 「そっちもトンビにさらわれないようにね。」

 

 どうやら今のところ外との通信にも支障がないとわかったことで気分が少し高揚し、ずんずんと進む歩みが早くなっていく。それに反して濡れずに歩けるような道はだんだんと狭くなっていき、段差や突起に気を付けながら見落としがないように視界は広く保つ。

 

 「ややや?」

 

 そのおかげで大事なものを見落とさずに済んだ。ゴーグルの赤外線機能によってひときわ大きく表示されたそれは、川の向こう岸に壁の中腹あたりに引っかかっているそれは、まさしく『腕輪』であった。

 

 「しめたね。」

 

 まるで好物のお菓子を見つけた時のように舌をペロリすると、杖ノダイヤルボルトをねじり、水面を滑るようにしてしてあっという間に向こう側へと辿り着く。

 

 「あったよ、スペリオンの腕輪。」

 『そうか、アキラは?』

 「ここにはいない。やっぱり、落としてたみたいだね。血がこびり付いてるように見える。」

 

 アキラのDNAを感じ取って腕輪はある種の波動を発しているようだが、生憎本体とは離れ離れ。ガイから直接アキラへ譲渡されたこの腕輪は、アキラにしか反応しない。

 

 さて、その腕輪が引っかかっているのを手に取ろうとしたとき、ふとケイは2つのことに気が付いた。

 

 水に流されてここまで運ばれてきたのはわかる。しかし、それにしてはここの位置は水場よりもやや高い場所だ。腕輪は水より重いので、この高さにあるのは非常に不自然だ。

 

 「それに、これは・・・?」

 

 もうひとつは、鍾乳洞のつららだと思っていたこの棒状のもの。触ってみてわかるが、これは石じゃない。

 

 ケイは腕輪ではなく、その棒を引いてみる。鍾乳石の隙間に挟まっていたそれは大した抵抗もなくケイの手に収まる。それは思いのほか軽く柔軟で、幾つにも分岐した枝のよう。

 

 「トルルホルクの角?」

 『えっ?』

 「そうじゃないかな。かなり大きいよ、8から10歳ぐらい?リッキー?」

 『それぐらいだと、もう群れのボスぐらいだけど・・・。』

 『ドーンのだ・・・。』

 

 リーザが呟いた。それは真実であった。

 

 ☆

 

 「・・・ぬ?」

 

 サーチするのにも飽きて、バッテリー節約のためにライトをおとしていて一人暗闇の中で痛みに意識を引かれながら佇んでいたアキラは、わずかに生き物の気配を感じた。

 

 パッとあたりを照らすと、水面を泳ぐ・・・というよりも流されているような大きな塊があった。生き物と言ったが、果たしてそれが生きているのか死んでいるのか。確認しなければわからない。

 

 折れた足を引きずって水面に近づく。あの毛皮の色には見覚えがあった。昨日の昼に馬に乗っているときに見た。

 

 「トルルホルク?」

 

 群青に近い黒の毛皮は雄の特徴だと昨日聞かされていた。しかもその角には帯電性があるという。それが浸かっている水には注意せねばならないが、足が痺れるような感覚はない。感覚が麻痺してるせいかもしれないが。

 

 意を決して泳いで近づいて見てみると呼吸はしているし触ってみれば温もりがある。大型のシカ、たとえばトナカイは200kg以上の重さにもなるが、アキラの膂力であればそれぐらいは軽かった。

 

 「いってぇ・・・。」

 

 はずだったのだが。手や足に力を籠めれば痛みが返ってくる。顔をしかめながらなんとか苦闘すること数分、さっきまで居た河岸へと押し出す。

 

 「やれやれ。おい、生きてるか?」

 

 ここまで連れてきたからには、なんとか助けてやりたい。ぺちぺちと顔をはたいたり、体をゆすってはみるがうんともすんともしない。とりあえずスキャンをしてみる。

 

 「外傷が咬み傷多数に、打撲。それに角も片方折れてるときた。」

 

 毛皮の隙間のあちこちから赤い傷がいくつも見えたし、自慢の角は右の角が根元から10cmほどのところでボッキリと折れていた。骨は無事なようだが。

 

 虫刺されにはおしっこが良いとか昔じいちゃんに言われたことを少し思い出したが、同時におばあちゃんに『汚い』と一括してじいちゃんをぶっ飛ばされていたのも思い出した。

 

 脈拍がかなり不安定になっており、AEDが必要な状態と言われても、ここにそんなものはない。それに、相手は動物だ。シカの心臓の位置は大体わかるが、あっても使えないだろう。

 

 「しょうがないか・・・。」

 

 トルルホルクを横に倒してやり、前足の付け根辺りに右の手のひらを当て、その上に左手も重ねて強く押す。心臓マッサージだ。

 

 「人間と同じやり方でいいのはわからんが・・・とにかくだ。」

 

 人間にやる場合、肋骨が折れるぐらいの力を込めるとか言われるが、コイツの頑強すぎる体に対してはその程度の力加減では足りない。ちょっとやそっとでは衝撃が心臓まで届かないのだ。

 

 心臓マッサージを幾度か繰り返しては、スキャンしてバイタルを確認するのを繰り返す。この行為になんの意味があるのか?と脳裏をよぎることがあったが、今していること自体に特に理由はない。

 

 ただ、この同じ暗闇に迷い込んだ一頭のトルルホルク、ドーンにシンパシーのようなものを憶えたからだった。

 

 生き物というより、もはや岩でも叩いてるような感触ばかりが返ってくるが根気よく続けていくと、次第にどこかから空気が漏れるような音が聞こえてくる。

 

 「ブルルッ・・・。」

 「おっ、起きたか?」

 

 自力で呼吸できるようになったドーンの目がアキラに向く。やれやれっとアキラは倒れこむようにその体の上に身をなげうった。

 

 「目覚めても地獄だろうけどよ・・・道連れになってくれや。」

 「ブルッ。」

 「ふふっ。」

 

 動物は嫌いじゃない。山奥で育った身としては、虫や植物も身近に感じられる。

 

 急に昔のことを思い出し始めたのは、走馬灯というやつだろうか。 綱渡りな生き方を続けていたが、いよいよ年貢の納め時というわけか。

 

 「ブルシッ!」

 「おわっと、なんじゃい?」

 

 突然、布団にしていたドーンが立ち上がって、アキラは地面に落とされた。ドーンは軽く身を震わせて水気を切ると、ニオイを嗅ぐようなジェスチャーをしてからそろりそろりと歩き始める。

 

 「おいおい、こんな暗闇の中を明りもなく歩こうっていうのか?」

 

 慌ててアキラもライトをつけて追いかける。不思議なことに、足取りこそ遅いものの斜面や段差に躓くこともなく凛としたたたずまいでドーンは歩けている。後ろから照らしてやっているとはいえ、ほとんど前方は影になって見えないはずなのに、だ。

 

 しかし前へ進むにつれ、ドーンはじょじょにじょじょに左方向へと逸れていっている。決して左へ向かっているわけではなさそうで、時折向きを修正するようにして右へ曲がるのだ。ちゃんと前が見えていないようだ。

 

 そのうちに、フラフラとしたおぼつかない足取りとなり、滑って転んだ。

 

 「オイオイオイ。」

 

 アキラは傍に寄ってやって、支えるようにしてやる。

 

 そういえば、こいつらは角で周囲の状況などを把握できると聞いていた。右の角が折れたせいで、うまくキャッチできないとわかった。人間で言えば目と耳の両方を失ったようなものだろう。

 

 だというのに、ドーンは立ち上がろうとしている。しかしアキラには、それが意固地になって無茶を通そうとしているようにも見えた。

 

 「・・・ったく、無茶すんなよ。俺もだけど・・・。」

 

 アキラは、ドーンの右側に回り、肩を貸して立たせてやった。そうして足元を照らしながら、右側の視界をカバーしてやるのだ。

 

 「ほらよ、どっちに行きたいんだ?」

 「・・・ブルッ」

 

 動物の思ってることなんてまありっこないが、怪訝な顔をしていたのはまあ間違いないだろう。



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天高くして、稲妻走る その3

 「じゃあアキラが動き出したんだな?」

 「よかった、まだ生きてた。」

 『ドーンもね!』

 「ドーンも。」

 「どーんな状況?」

 

 もうすぐ11時を回ろうという時間。事態は動きはじめていた。空の上、雲よりも高い位置にマルスピーダーは停滞しているが、通信環境は良好。電波を遮るものはなにもなく、目下には白い雲海が広がっている。

 

 相変わらずアキラとの直接の通信は来ないが、今も生きてることは間違いないだろう。アキラなら心配ない。翼は早々に思考を目の前の状況に切り替える。

 

 小さなドローンが雲の中から戻ってくると、背部ハッチに収納し、回収した気体の組成や成分を調べる。

 

 「二酸化炭素濃度20%?恐竜時代でだって0.2%程度だぞ。」

 

 雲の成分は明らかに異常な数値を示している。空に浮いている雲はもはや炭酸水だ。泳いだらそのまま窒息死するだろう。

 

 「クリームソーダが飲みたい。」

 「帰ったらな。雲の温度もかなり高いし、上昇気流が発生している。」

 「それって、入道雲ってやつ?」

 「そう、低気圧の塊だ。そしてその理由が・・・これだ。」

 

 ドローンから送られてきた雲の下の映像をシエルも見やる。

 

 「なんか、穴が開いてる?」

 「アリが溶かしたんだろうな。」

 

 白い岩肌の山々が、虫歯だらけの口内のように荒れ果てていた。文字通りカルシウムを含んだ岩が、蟻酸で溶かされているのだ。もう見えている範囲すべて、地下はアリの巣になっていると考えていい。

 

 よく目を凝らしてみれば、そこら中に肉片ひとつ残していない骨がごろごろ散らばっている。緑も生えておらず、まさしく『死んだ』大地が広がっている。

 

 「直接地上に降りるのも危険そうだな。落盤の危険性もあるし。」

 「地中貫通爆弾ある?」

 「今あるわけないだろ。あっても危険すぎる。山全体が崩壊するかもしれん。」

 

 どれだけの広さ、深さなのかも想像がつかない。ドローンを一台だけ地面に降ろし、ざっと半径1kmほどの範囲、地下は深度200mぐらいをエコーによって探る。

 

 その異変を察知したのか、あっという間に周囲の穴から軍隊アリが這い出てきた。しかし、まるですぐに見失ってしまったかのようにオロオロと動き回るばかり。

 

 「どうやら、あの香水の効き目は確からしいな。」

 「偽装剤を使ったのね。」

 「ああ、こんなのがジオフロントの時にあればどれだけ楽だったか・・・。」

 「栞の作ったのはあんま効果なかったね。」

 「あれは効果時間が短かかったのがしょうがない。それに暑かったしな。というか、シエルは下の担当じゃなかったろ。」

 「待ってる間ずっとヒマだった。」

 「今回もヒマであって欲しいよ。」

 

 リアシートでコンソールを叩く翼とは対照的に、シエルはサンドイッチを頬張りながら退屈そうにしている。周囲への警戒を怠ってはいないが、気が抜けすぎているとは誰が見てもそう思うところだろう。

 

 しかし翼にはそれが逆に安心して思えた。アルティマに来てからというものの、緊張で張りつめて焦燥していたところがあった。今は地球にいた時と同じような感覚にまで戻っているようだった。

 

 衣・食・住、環境が整ってきたし、色々珍しいものを見られて楽しめているからだろう。翼の家に招待して家族を紹介した時と同じような感覚で、いい傾向ということだ。

 

 「やはり、かなり空洞化してるな。」

 「んぐっ、前に言ってたインフラ用トンネルに再利用するってのはどう?」

 「安全に駆除出来て、安全に舗装できるんならな。」

 「出来るの?」

 「無理じゃないかな。」

 

 崩落の危険性や、アリの存在だけでなく、技術的な問題もついてくる。翼が見た印象としては、せいぜい地球のルネサンス期の技術力しかないように見える。一見した限り、だが。道を石で舗装するようになったのは、物や人の流れが活発化した産業革命期だった、と前に教わった。現代のアスファルトの道路はもっと後になるとかなんとか。

 

 空から見下ろした感じ、ここで道と言えば踏みならした土のことを指すようだし、トンネルなんて夢のまた夢。テムズ川の底にトンネルを通すことを夢見る以前の問題だろう。

 

 「でも、竜が馬車引いたりするみたいだし、車が走るのとは違うんじゃない?」

 「それもそうだな。ところで、俺の分は?」 

 「なんの?」

 「サンドイッチの。」

 「あっ。」

 「あじゃないよ。もう8割食ってるじゃないか。」

 

 考え事をしていたら、シエルに昼食をほとんど食べられてしまっていた。

 

 「いやごめん、あんまりにもおいしかったから。」 

 「そのおいしいのをパートナーに残しておこうって考えはなかったのか。」

 「はい、あげる。」 

 「食いかけはいらん。」

 

 腹が減っては戦はできぬ。少ないけどこれで我慢するしかない。タマゴとベーコンとチキンと色とりどりの野菜を、固めながらも心地よい食感の黒パンと酸味と塩気のアクセントの利いたドレッシングで挟むというシンプルなサンドイッチで、とてもおいしい。戦闘の片手間にも食べられる手軽さに、これだけの味のバリエーションがあれば飽きることはないだろう。

 

 しみじみ思い出すのは、鉄火場のオフィスに差し入れされたカレーライスのこと。子供たちも手伝ってくれたのがうれしかった。

 

 「あっ、そうだ。慧の好きなもの知ってる?」

 「へ?」

 「慧にお土産を持って帰りたいと思ったんだけど、慧が何が好きなのかを俺は知らない。・・・親失格だな。」

 

 そういえば、とケイと話したことを思い出して話を切り出した。

 

 「そうだなー・・・あ、花とか好きなんじゃない?私いっつももらってるし。」

 「花か・・・。」

 

 まっさきに思い浮かんだのは花屋を経営する姉夫婦の姿。花屋とは名ばかりで、地域への奉仕活動や見回りなども積極的に行う言わば便利屋の様相も持っているが、一番請け負うのは翼が不在の時の慧のケアだろう。

 

 「花を持ち込むのは、検疫の問題とか出てくるが・・・。」

 「研究目的って言っておけばいいじゃん。そういう権利もあるし。」

 「まあ、考えておこう・・・。」

 

 珍しい虫の標本とかもいいかもしれない。ここにいるアリとか。ちょうど今窓の外を羽ばたいてるやつを捕まえて・・・。

 

 「って、補足されてるじゃないか!」

 「うおっぷ!やっべぇ!」

 

 シエルはせき込みながら操縦桿を引いて上昇する。会話に夢中になっていたあまり、敵の接近に気付けなかったとは不覚だった。もっとも、宇宙合金で出来たボディへのダメージはさしたるものではないし、飛行速度も大気圏内では超音速なので逃げるのもたやすい。

 

 「あいつら火吹いてない?」

 「マジか、マジだ。」

 

 アリが火を吐くわけない、が実際火の手が上がっているのがリアカメラから見えた。摂氏100℃にもなるオナラをする虫がいるとは聞いたことがあるが、本当に火を吐くやつがあるか。そのメカニズムとは?興味深いところだが新しい疑問もわいた。地中で暮らすアリが火を吹かねばならないような外敵とは一体なんぞや。

 

 「どうする?もう一回潜る?」

 「いや・・・ちょっと拠点に戻ろう。一旦作戦を立て直したい。それに・・・。」

 「それに?」

 「お腹がすいてきた。」

 

 腹が減っては戦は出来ぬとも古くから言う。

 

 ☆

 

 「腹が・・・減った。」

 「ブルルッ」

 

 戦が出来ない人間がもう一人。やはり、トルルホルクには道がわかる能力があるのか、一切行き止まりにぶつからずんい数百m進めている。が、一向に希望の灯りは見えてこない。ゴールが見えないマラソンというのはなかなかに精神力をすり減らす。

 

 普段なら吐かないであろう弱音が、アキラの口からとめどなく出て来ていた。それに応える者もなし、行き掛けの相棒も無口だ。

 

 「っと、これは?」

 

 ライトで照らした先には、道をふさぐような何本もの蔓のようなものが見えた。近づいて触ってみても石とは違う感触だった。

 

 「木の根か?」

 

 木、にしてはやわらかいものだが、見上げると遥か上の洞窟の天井にまで伸びている。これが一体なんなのか・・・それを調べられるツールをアキラは都合よく持っている。

 

 「ぺーっ!まっず!」

 

 はずなのだが、腹を減らしすぎたせいかとりあえず齧っていた。その感想は辛い、苦い、渋い、酸っぱい。食料にならないかと期待を込めていたが、現実はそう甘くなかった。一方のドーンはもしゃもしゃと食べているが。

 

 気を取り直してスキャナーで調べてみると、少々驚きの結果が出たのだった。

 

 「これ、地上の花の根っこなのか。」

 

 この高原に来た時にも見た、白いスミレのような花。その根がここまで伸びてきているのだという。そうして地下水をくみ上げることで、雨が少なくても青々と茂っているのだという。

 

 なお、スミレには根や種に毒がある品種もあるので、ヘタをこけばそのままおっ死んでいたことだろう。今生きているからには毒はないのかもしれないが、ただひたすらマズい。それは生きる気力を削るには十分なものだった。

 

 「あー・・・牛丼食いてえ。」

 

 せめて火を通すなり、塩や醤油で味をつけられれば違っていただろうと思いながら、繊維質を咀嚼して飲み込む。

 

 「・・・死ねば楽になれるかな。」

 

 ふと、そんな気持ちが湧いてきた。

 

 「ブルッ!」

 「・・・ああ、もう行くのか?」

 

 ひとしきり食べて満足したのか、ドーンは歩き出そうとしている。アキラも再び片足を支えて歩く。

 

 またしばらく歩き続ける。やはり外の光も風も何も感じられないが、ドーンは迷いがないように進んでいる。ここには一切の生物の気配すらなく、ただ水が打つ音だけが響く。川があるなら魚もいるかと思っていたが、全く見えない。照らせば綺麗だが、ここの本質は地獄かもしれない。

 

 「なんの臭いだ・・・?」

 

 しかし、何かが変わった。空気がよどんでいるような、腐臭のようなものが立ち込めてきている。先に進めば進むほど、その臭いは強くなっていっき、源へと近づいているとわかった。

 

 やがて、1人と1匹は開けた空間に出た。臭いは一層強くなり、ここが発生源だとわかった。何を示し合わせたわけでもなく、アキラとドーンは立ち止まって様子をうかがう。

 

 地面は、石ではない土のようなもので埋め尽くされている。のような、と現したのは、土ではないから。ところどころに細かい穴が開いているのは、おそらく発酵したガスが気泡となって抜けた跡である。

 

 続いて上を照らす。果たしてそこには、地面の『ナニ』の落とし主がいた。

 

 「やはりコウモリか・・・。」

 

 ズラッと天井にぶら下がっているのは、おびただしい数のコウモリである。いったいナニが地面に広がっているのかは、想像に難くないだろう。発酵してメタンガスが発生しているのだ。

 

 「コウモリの肉は・・・感染症が怖いな。」

 

 花の根っこよりはマシかもしれないが、未知の病原菌やウイルスによって感染症になる可能性が高いとはアキラも知っている。有名な病気で言えば、狂犬病、日本脳炎、エボラ出血熱など。

 

 となると、接触すること自体避けたいが、生憎この道を通るしかない。緊急的にコウモリを駆除する方法もアキラは知っている。しかしこれには火種がいるが、マッチなんて持ってない。火打石ならよく使っていたが、この洞窟では手に入りそうにない。

 

 「あっそうだ。おい、お前火花は出せるか?」

 「ブルルッ」

 「出来るな?よしっ、やれ。」

 

 言葉が通じているとは思えないが、アキラの意図を理解したのかドーンが一歩前に出て、首を垂れる。

 

 するとにわかに空気がピリピリとヒリつき始めた。ドーンの息がだんだんと荒くなっていき、蹄を拍子木のようにカンカンと鳴らす。トルルホルクのお立ち台ということだ。

 

 「フゥウウウウウ!」

 

 瞬間、眩い閃光が走り、空気が裂ける。何をする間もなく、アキラは己の考えを後悔した。

 

 ☆

 

 「ぬ?」

 

 腹の底に響くような、重低音が洞窟の壁を伝ってケイの耳にも届いた。しばし思案していたが、すぐにさっきまで見ていたものに視線を戻す。

 

 やや狭い道の行き止まり、その天井からは光が差し込んでいた。数mほどの高さの壁だが、ケイには関係ない。フォーケインのダイヤルを回すと、その体はふわりと浮き上がり、『出口』へとむかう。

 

 「出口は入口ってね。」

 

 ケイが顔を出した『穴』は、井戸であった。牧場町の中心部に位置する、高原の貴重な水源だ。それは地底の洞窟と繋がっていたのだった。

 

 町の人たちは動物たちを避難させていて、この場にはほとんど人は残っていなかった。半ばゴーストタウンと化した町を通り抜け、ケイは町の入り口近くのケプラーさんの家に向かう。

 

 その近くまで来た時、マルスピーダーも戻ってきているのを確認していた。

 

 「ただいま。上の方はどうだった?」

 「あっ、ケイもお帰り。」

 「なんか揺れたね。地震?」

 「前震も余震がないから、多分違う。」

 

 先ほど、ケイがこの家を出た時と寸分変わらぬメンツが揃っている。生きて再会できたことを喜ぼう。

 

 「ケイは収穫あった?」

 「あれ以降はなーんも。だから作戦を変えることにした。」

 「作戦?」

 「そ、発想の転換。」

 

 懐から、控えめに見ても懐から入り切りそうにないロールペーパーのようなものを取り出して広げると、そこにホログラフィーが現れる。

 

 「これが、洞窟の中の構造をエコーで解析したものだ。これでもまだ全貌は見えてないけど、おおよそ必要な範囲はつかめてると思っていい。」

 「これすごいね。」

 「欲しい。」

 「あげないよ。で、そっちはなんかわかった?先にそっちの見解を聞きたい。」

 「思ったよりもアリの規模が大きすぎるとわかった。駆除しようにも、装備も人員もない。」

 「となると、やっぱりコイツ頼りか。」

 

 ケイは螺旋のような模様の腕輪を取り出し、居住まいを正して軽く咳払いをする。

 

 「この広さをちまちま探してもアキラは見つかりそうにないと結論づけた。」

 「じゃあどうやって探すの?」

 

 スペリオンの腕輪を指で回しながら、意気揚々とその作戦を語りはじめる。

 

 「あっちを探すんじゃなくて、こっちを見つけてもらうことにした。」

 「どゆこと?」

 「このあたりを見て。細かい穴が地表に開いてるでしょ?」

 

 ケイが指さした山肌の一部、岩肌が露出した急な斜面にはたしかにポツポツと毛穴のように小さな穴が点在している。

 

 「こんな穴の上から、誘導できる音源を落として、アキラの方からこっちに来てもらうって寸法。」

 「それでも、大体の位置がわからないといけないんじゃ?」

 「さっきの揺れ。あれは爆発だと思う。こんな状況でそんなことするやつは生憎一人しか知らない。」

 「なるほど・・・。」

 

 これが逆転の発想というわけだ。つまりは追いかけてハンティングするよりも、罠を張って待ち構える形になる。

 

 続いて、翼がタブレットデバイスを取り出して収集し分析したデータを見せる。

 

 「アリの生態について、もうひとつ懸念事項がある。」

 「どうぞ。」

 

 少し小さい画面では見辛かったが、ケイがロールペーパーをちょいちょいと触ると、タブレットの情報がこちらにも映し出されて全員が見やすくなる。上空の大気の状態など、色々軽く説明する程度にして、さらに問題をあげる。

 

 「さっき、やつらは火を吹いて攻撃してきやがった。」

 「驚いた。」

 「うん。どうやら体内で化学変化ガスを生み出して、それを吹き出してるらしい。それが空気に反応して発火するようだ。」

 

 毒性の他、さらに危険度があがった。

 

 「こんな生物が、今まですぐそばにいて危険は感じなかったの?」

 

 やや、話についていけていなかったリッキーとリーザに話題が振られる。特にここに住んでいるリーザはうーん、と唸ってから断言する。

 

 「いや、今までこんなことになったことないよ。お父さんにも昔そんなことがあったなんて聞いたことないし。」

 「だろうな。」

 「その原因は、ここにある。」

 

 再びケイが口を開いて、三度懐からものを取り出す。それはガラス管に入った黒い結晶体であった。

 

 「それは?」

 「ダークマター、と呼んでる。知られてるところの暗黒物質とはまた別なものだけど。」

 「効果は?」

 「色々。おおざっぱに言うと生物を強化したり巨大化させる便利な物質。これがここの地の底でも見つかった。だからまあ、これがアリの巨大化の原因。」

 

 つまり昔の怪獣映画の「放射能」「核実験」のようなものだ。マジメに科学的な仮説を立てるのも馬鹿らしくなる不可思議物質だ。

 

 「最近、これが自然に湧き出るようになってるんだけど、その影響がここにも。」

 「え、困る。」

 「正直もう山ごと吹っ飛ばしたほうがいいってくらい。」

 「そこまでする?」

 「計算上はそこまで環境に対する影響はない。というか出さずに済むかも。」

 「というと?」

 「ざっくりいうと、アキラをスペリオンにして、洞窟内を火力で焼き払うって作戦。」

 「可能なの?」

 

 山を吹き飛ばせるほどの火力が、スペリオンに備わっているのは想像に易いが、事はそんなに簡単だろうか?

 

 「洞窟内にガスが滞留してる。これを利用させてもらう。」

 「本気で山ごと吹き飛ばすのか。比喩とかそんなんじゃなく?」

 「うん。」

 「正気?」

 「計算したから大丈夫だって。それに爆発にはある程度指向性をつける。爆発に逃げ場があるなら、自然とそっちにだけ威力は向かう。それに町の下の方はもう調査済みで、バリアも貼ってあるからこっちには来ないよ。」

 「本当かよ・・・。」

 「本当に本当。地球防衛隊ならそれぐらいやらない?」

 「さすがにここまではやらん。後々の環境への影響が大きすぎる。」

 

 手段をえり好みできる状況ではないにしても、それはいくらなんでもやりすぎではないか?と翼は思ったが、ケイは強く進言する。

 

 「やりすぎだとは、常識的に考えればそうだと僕も思うよ。けどね、ダークマターの脅威を考えると、これぐらいが妥当ってところだよ。」

 「俺らはそのダークマターを知らん。」

 「そうだね、例えるなら君たちの世界のインベーダーに相当する脅威だと言っていい。」

 

 つまり、知らないことも多いからやりすぎて困ることもない。ケイはそう言いたいのだろう。

 

 「OK、わかった。何が必要?」

 「リーザとリッキーは町の方で万一の時に備えて。」

 「本当に町や牧場は大丈夫なのよね?」

 「大丈夫。なんかあっても、なんとかするし、できる。」

 「・・・わかった。」

 「チョー不安なんですけど!」

 「信じるしかないよ・・・。」

 「うう・・・ドーンも助けてあげてよね。」

 「わかってる。」

 

 まず、この中では一番と二番目に非力な少女たちが姿を消した。しかし、町の人々の心と体を動かすには最適な人選であった。

 

 「シエルは僕の上のあたりをついてきて。」

 「簡単すぎじゃない?」

 「見失わないようにだけ気を付けて。で、翼。データ収集をお願い。」

 「わかった。それだけでいいのか?」

 「地上を走り回って穴を覗きこんだりアリに咬まれたりする仕事がお好み?」

 「あいわかった。なんのデータ集めればいい?」

 「作戦前と後との気温や風向きの比較。他は都度お願いする。」

 「マジで何するつもりなんだ・・・?」

 「度肝を抜く。場合に寄りけりだけど。」

 「やっぱ不安だ。」

 「なるようになるって。」

 

 じゃねっ、と足取り軽く出ていくケイを見送る。楽より大変なことはない。が、翼はその手持ち無沙汰を甘んじて受け入れることにした。頭をぶんぶんと振り、頬を叩いて気合を入れる。

 

 「周りに振り回されるのは、異世界でも変わらないんだなぁ・・・。」

 「なら、今回もうまくいくってことっしょ?」

 「気楽そうでうらやましい。」

 「だって、地球で見たことないものばかりで楽しいんだもん。この世界も結構気に入ったかな。」

 

 なんだか、メンタルのサポートが必要だと思っていたシエルの方が逞しくなっている気がしていた。

 

 「むしろ翼の方が悪く考えすぎなんじゃない?まあいつものことだけどさ。」

 「そうか?そうだな・・・。」

 

 悪い方向に考えすぎるというのは、深く考えているということでもあるが。

 

 「正直、不安の桁が今までとも違いすぎる。」

 「言っててもしょうがなくない?」

 「それはそうだが。」

 「武器がないんだからしょうがないよ。」

 「俺の最大の武器が使いどころがない。」

 「ああ・・・つっても普段から役に立ってなくない?」

 「アァン?」

 「なんでもない。」

 

 力不足、というよりも役不足だ。翼の科学力、開発力を生かせる場面がない。元の世界では秀才などと持て囃されていたが、しょせんはただの個人に過ぎないのか。

 

 空が目に染みるような心情だった。見上げれば、地球と変わらない青さが広がっている。その青を支配できる自由な機動を実現する動力機関を開発したというのに、翼には遠く、手に負えないものに思えた。

 

 ☆

 

 「ちょっと・・・高いな。」

 

 同じころ、同じ青さを見上げ、絶望する者がいる。昼の日の光が真上から差し込んできて、暗いはずの洞窟の中をかなり視認できるほどに明るく照らしている。

 

 が、そのスポットライトの位置が問題なのだ。ゆうに10mはある。ちょうど、ドームの天井の中心に小さな穴を開けた形、あるいはシュークリームのクリームの注入口とでもいうべきか、とにかく「ろくな足場もない、天井の真ん中」にその「入口にして出口」はあった。

 

 「さすがに、疲れたな・・・。」

 

 見上げる首が痛くなってきたので、うなだれるようにその場に座り込んで、アキラは一人ごちる。ただの10mほど上への登攀であればアキラには何の苦もなかったろうが、足場もなにも掴まれる場所もない天井の穴とあっては都合が変わる。

 

 あるいは、壁を登り天井を伝ってそこまで行けたかもしれないが、身体へのダメージ、そして精神的な摩耗が、アキラの手と足を封じている。穴を見上げて仰向けに転がりながら目を細める。

 

 今何時だろうか、とぼんやりと思考が流れていく。否、考えてすらいない。

 

 死ぬに死ねない。ただただ乾いて、腐っていく。手足の先がジリジリと焼かれ、体表を蛆虫が這いまわっているような気持ち悪さに支配されながらも、それを振り払う気力すらわかないような状態。長らく忘れていられたのだが。

 

 そら、そこに落ちている獣の頭骨のように。もうすぐああなるのだ。随分立派な角が生えているが、あれもトルルホルクなんだろうか。それを調べるようにドーンは鼻を鳴らしている。お前もじきにそうんあるんやぞ。

 

 そうそう、先ほど何時かと考えたが、答えは12時だ。真上の穴からの日光が、真下に向かって照らしている。

 

 その日の光を、スポットライトを浴びるようにして輝いているものがある。

 

 白い花だ。

 

 高原で見たものと同じ、白い花。天井の穴から零れ落ちた種がここで芽吹いて、1日のうち数時間だけ届く日光で咲かせたのだろう。

 

 両者は同じタイミングで気づいたのか、アキラとドーンはそこへと寄る。

 

 しげしげと見やり、なにか思うところあったのだろう。アキラはそっと手を伸ばす。

 

 「まあ・・・根っこよりはマズかないか。」

 

 もぞもぞと咀嚼しながらアキラはごちる。ドーンは冷めた目でそれを見ている。



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天高くして、稲妻走る おわり

 さて、けなげに咲いてる花から命をもらって、少し頭が回るようになってきた。空が見えているなら、ここからなら電波も届くだろうし、すぐに助けが来るだろう。気づいてくれていればの話だが。

 

 何も心配することなかったじゃないか、とは思うが楽観視もしない。悲嘆にもくれない。「なんとかなる」の境地だ。

 

 もそもそと咲いている花を食しているドーンを見て、考えをめぐらす。

 

 「おい、お前の角で俺を上に投げられるか?」

 「ゴフッ」 

 「いや出来るだろ?それぐらい。」

 

 何言ってんだこいつ、とでも言いたげな視線を向けてくるドーンに、かまわずアキラは跨る。そして振り落とされる。

 

 「ダメか・・・。」

 

 バカな考えならやらない方がマシであった。早く助けが来ることを願う。それにしてもなんかうるさい気がする。耳鳴りのようなものが聞こえる。

 

 ☆

 

 「反応が近くなったな・・・。」

 

 ぽいっ、と3つ目の穴にアラームを投げ込みながらケイは歩く。犬も歩けば棒に当たるというか、とりあえず動いてみれば何か見つかる。もうすぐ見つかりそうだ。

 

 と、先に進むにつれて、ケイは息苦しさを感じ始めていた。そこそこ体も頑丈にできているケイには、ただの高山病ではなさそうだと感じられた。おおかたガス濃度が増えてきているせいだ。ローブの襟を上げて口元を覆う。

 

 「いそげやいそげ・・・。」

 

 杖でトントンと地面を突き、生体反応を探る。それをしばらく続けていたところで、ふと足が止まる。

 

 「これは・・・。」

 

 地下水が満ちてきたかのように、じょじょにせり上がってくる反応をキャッチした。地下洞窟の満ち潮か?と思ったが、どうやら違うらしい。

 

 「ヤバそう。」

 

 いよいよ終わりの時が来たのか、それとも目覚ましを投げ込んだのがいけなかったのか、議論は後でするとして、急ぐだけだ。

 

 ☆

 

 「・・・!生体反応、活性化!」

 「おいでなすった?」

 「早急にお引き取り願いたいが、ぶぶ漬けがない。」

 

 山頂から噴出するガスが増え、肉眼でもわかるほどに気流が乱れはじめた。

 

 やがて、白い気流に黒い粒が混ざり始める。それは線状に並び、どこかを目指して動いているように見えた。

 

 「鎮静フェロモン弾、準備。」

 「ライサー!」

 

 意気揚々とシエルはスイッチを入れてランチャーを展開し、風向きと風速に気を配りながら俯角をあわせる。

 

 「発射!」

 「ファイア!!」

 

 機体で加速をつけ、砲丸投げの要領で発射されたフェロモンガス入りグレネードが飛んでいく。すかさず機首を上げて離脱する。

 

 「着弾を確認。」

 「効いてそう?」

 「・・・いや、霧散してる。気流が乱れてるのかな?」

 

 視覚的にわかりやすく緑に着色され、停滞しやすくもされているガスは、しばらく火口のようになっている山頂部にとどまって見えたが、やがて逆巻くようにして消えて行った。

 

 「吹き上げてる気流だけじゃなく、蟻自身の羽ばたきの力もあるとか?」

 「あと3発あるけど、もう一発いっとく?」

 「いや・・・。」

 

 シエルの提案を軽く静止し、レーダーを見ながら翼は思案する。

 

 「北半球だから反時計回りに巻いてるのか・・・?なら、よし!もう一発撃ちこんでから、穴の周囲を時計回りに高速旋回。逆向きの気流を生み出す!」

 「ライサー!」

 

 同じ方法で打ち込むと、今度は取り舵に切る。ウイングの角度を調整し、目いっぱい風を起こさせる。

 

 フェロモンが効いて力が弱まり、風にあおられた蟻が何度か機体にぶつかる音がしていたが、作戦は成功した。

 

 「ところで今更なんだけどさ!」

 「なに?!」

 「ケミカルビルダー?なんてものがあるんだったらさ、ナパームでも作ってもらっておけばよかったんじゃない?」

 「ああ!・・・今考えた!」

 「そういうの管理するのが仕事でーしょーが!!」

 「それどころじゃなかったの!」

 

 叫び声で会話しながらも、シエルは精密な操作で機体を操り、翼は流れ込む情報を処理していく。各々がそれぞれの得意分野で腕を振るっているが、アクシデントが起こった。

 

 「あっ!」 

 「なにっ?!」

 「ショートした!」

 「道理で!!」

 

 どこかの回路がイカれたらしく、画面にはエラー警告が浮かぶ。

 

 「一旦撤収!」

 「ライサー!」

 

 失速したことでまとわりついてきたアリを払いのけながら、低空飛行でバランスを取りもどす。機体の一部から煙が噴き出しているのを目視で確認し、グライダー状態でエネルギー出力を落とす。

 

 焼き切れた回路をバイパスで繋げ直すも、これ以上の無理もさせられないなと翼は心の中で呟く。

 

 「あと2発、どうする?」

 「あ、ううん・・・。」

 

 操縦桿を握っているシエルにもそのことはわかっている。言外にこれ以上の曲芸飛行は無理だと含んだ言い方をする。

 

 直接的な戦闘は元から不可能。調査自体はまだ急いてはいない。となると、ケイと同じくアキラを探す役割にまわったほうがよいだろう。

 

 「通信機の発信源が近いな・・・。こっちを探しに行こうか。」

 「ライサー。山の方はどうする?」

 「そっちも注視しつつ、11時方向に。発信源はそっち。」

 「通信は?回復してる?」

 「どうかな?こちら翼、アキラ聞こえる?」

 

 返ってくるノイズにひたすら耳を澄ます。反応はない。だが確実に感度はよくなっている。

 

 ☆

 

 「おっ?」

 

 ブルブルと腕に振動を感じて見てみれば、通信機が反応している。アキラはにわかに元気になって声を張り上げる。

 

 『・・・キラ・・・える・・・』

 「おい、聞こえるぞ。どーぞー。」

 

 へんじがない。翼の声が聞こえはしているが、アキラの方からは声が届かないようだ。

 

 さて、ではなにか狼煙でも上げてこちらの位置を教えたい・・・と考えたところで異変を感知。地面が揺れている。地震というよりも、なにかが這いまわっているようなうねうねとした感じだ。

 

 接近に気づいた時には既に手遅れ。もっとも、逃げる場所はどこにもなかったのだが。

 

 壁や地面のそこかしこの穴という穴から黒い影が噴出する。この世の終わりのような光景だが、以前にアキラが見た『それ』とはまた違った。

 

 「くっ・・・ぐっ・・・。」

 

 モーター音のような羽音を響かせ、大きなアリが飛んでくる。おもわず反撃を試みそうになったが、一匹を潰すと他のアリが攻撃的になってくるのを思い出して、アキラはぐっとこらえる。今は我慢の時だ、嵐が過ぎるのを待とう、と屈んで息をひそめる。

 

 「ブルルルルルッ!」

 

 だが我慢が出来ないものもいた。ドーンである。狂ったように暴れまわり、放電して次々にアリを打ち落としていく。

 

 「おい落ち着けっての!」

 「ブロロロロ!」

 

 あの逞しい後ろ足で蹴られたら、いくらアキラといえどもただでは済まないだろうが、それでも飛び出さずにはいられなかった。

 

 こいつについてわかったこと。それは『若い』ということ。若すぎるが故に知らない、知らないが故にとにかく前のめりで止まらない。良く言えば旺盛、悪く言えば向こう見ず。

 

 そういえば、トルルホルクは群れで暮らし、強いリーダーが求められるのだという。そしてドーンは、若くしてリーダーとなった、否ならざるをえなかった。

 

 アキラには、ドーンのことがなんだか他人事だと思えなかったのだった。

 

 「おっつけおっつけ!お前の毛皮ならこれぐらいなんともないだろ!!」

 

 おなじ『かわ』を着ているからわかる。ナイフのように鋭いアリの牙を、このジャケットは通さないのだ。あるいは柔軟性によって刃が通らないのかもしれない。なんにせよ恐れることはない。

 

 もがいている。ただひたすらにもがいている。この洞窟で、この世界で、自分自身の境遇と運命に。

 

 一寸先も見えない暗闇に差し込む光は、あまりに遠く、か細い。

 

 「アキラ!!」

 

 そこへひとつの光の破片が舞い降りてくる。だがそれも一瞬の内にして溢れ出る影に飲まれようとしていた。

 

 そこには一切の示し合わせもなく、ただの偶然のままに。アキラは暴れるドーンの力を利用し、高く跳躍し、掴んだ。

 

 ☆

 

 影が照らされて消え去るのは一瞬のことだった。地面を割って赤く熱い巨体が姿を現し、その衝撃は熱波となってアリを焼き払ったのだった。

 

 「出た!」

 「アキラ!」

 

 マルスピーダーのキャノピーに映るのは、赤いスペリオンの雄々しい姿。やはり翼たちの知る姿とは別物ではあったが、それでもその逞しさは変わりはない。

 

 ふと、スペリオンは腰の高さで握っていた拳をほどき、中身を確認するとそれをそっと地面に降ろした。

 

 地面に降ろされたドーンは、じっとスペリオンを見つめていたが、やがて踵を返して斜面を下っていく。

 

 『翼、データこっちにちょうだい。』

 「ケイか、本当にやるのか?」

 『やれるよ。』

 

 通信機から聞こえるケイの声で我に返った翼は、収集した気候と地下のデータをケイの持っているらしい、端末へ送る。あの杖がそうらしいが、ずいぶん変わった形のタブレットだと改めて思ったが、今ツッコむべきところではないと飲み込む。

 

 向きは南東から北西方向。ちょうど尾根に沿っていく形になる。この形なら、トンネルとして利用するにもちょうどいいだろう。

 

 『ちょっと待て。俺が、なにするって?』

 『ドカーンといっぱつ大穴開けてもらうんだよ。』

 『できるの?』

 『できちゃうんだなあこれが。』

 「本人も知る由がないって、大丈夫なの本当に?」

 『問題ない!』

 「実はおもいつきで言いだして、今更撤回できないとかもない?」

 『ないよそんなこと。』

 「信用できん。」

 

 ブスブスとアリたちが光に寄ってきては、熱に焼かれて消し炭になっていく。

 

 『まああとは野となれ山となれ、とも言う。腹ぁ括れ!』

 『失敗したらお前が首括れよ。』

 「まあ物騒。」

 「シエル、撤退、距離を取って。」

 「ライサー。」

 

 マルスピーダーは回れ右して後退、スペリオンが熱線のチャージを始めたところで、ケイはおもむろに杖のダイヤルを操作している。

 

 『風重なりて嵐となり、水集いて雲となる。天に叢雲、地に伽藍(がらん)。』

 『かっこいい呪文だ。』

 『さんきゅ。』

 

 レーダーを見ながら観測を続けていた翼は、突如として後方で風が渦巻いていくのを見た。

 

 「何が起こっている・・・?」

 

 この世界に来てから・・・いや戦いに身を投じてからというもの、信じられないようなものは沢山見てきたつもりだったが、それらとはまた違う『異能』の気配。

 

 リアカメラで確認すると、幾重にも連なった雲が山全体を覆い隠していき、雲そのものが巨大な山のようになっているのが見える。だが、驚きはそれだけではない。

 

 「これは・・・?!」

 「今度は何?攻撃?」

 「いや・・・雲の中の様子が、レーダーでは見えなくなった。電波も光も何も通さないのか・・・?」

 「保護スクリーン、ってこと?」

 

 これなら、あらゆる熱線も熱波も通さないだろう。ケイが起こしたことだとしたら、大口叩くだけのことはある。しかし、一体どうやって?ケイもスペリオンなのか?

 

 やがて風は収まるが、光を通さず、音すらしない雲山の中で何が起こっているのか全くわからぬままでじらされる。もう何十分も待機しているような気がしたが、時計を見ればそうではないと諫めてくる。

 

 「翼、見て。」

 「あ、んん・・・!?」

 

 雲の幕が切れ、剣のような光が差し込む。映画館から急に晴天の下に出たような目くらましをもらう。映画のような展開の先に何が待ち受けているのか、想像もつかなかった。

 

 「なんだ・・・これは・・・。」

 「まさか・・・本当に・・・?」

 

 有言実行とはこのことか、とこれほどまで思わされたことはなかった・・・いや、正確にはそのレベルが更新された、というべきだろうか。今までのは「可能な限りやってみる」と明言を避ける前提であったが、ケイとアキラは・・・主にケイが言ったことを、まさしく「やってみせ」た。

 

 スペリオンの巨体の向こう、険しい山肌があった『そこ』には、巨大な穴が、否『向こう側』が見えた。まさしく『風穴』がそこにあった。

 

 穴の壁面は綺麗な灰色の流紋岩状で出来ており、おそらく溶けて固まったのだろうと推測できた。地面には、岩石のかけらが散らばっていて、よく見れば山の頂上付近も噴火したかのように大穴が開いているようだった。

 

 『おっし、お仕事完了。アキラもごくろうさん。』

 『・・・正直、俺がやったって気はしないが。』

 『そう?火種投げ込んだのは間違いなくアキラだったよ。』

 『人を火付け犯みたいに・・・いや、もう疲れた。』

 『帰ろうね。おーい翼、シエル、回収して。』

 「あ、ああ・・・シエル。」

 「ん。」

 

 なにはともあれ、作戦終了だ。あとは情報を集めてデブリーフィングの時間だ。

 

 ☆

 

 「・・・『水』と『風』のエレメントで、真空の壁と霧のシャッターを生成して熱への防護壁を生成し、スペリオンが熱光線で山を融解させて、『火』と『土』のエレメントでマグマを操作した、と・・・。」

 「それから最後に水と風のコンボでフリーズさせた。」

 「フリーズさせた・・・となにひとつ今後の参考にならない。」

 「お生憎様で。」

 「そんなことも出来たんだな。その杖って。」

 「計算上は可能だと思ってた。」

 「じゃあ、今回が初挑戦だった?」

 「そ。」

 「正直その思いっきりが怖い。」

 

 ケイが教鞭の代わりにいつも持っている杖『フォーケイン』を振るって教授する内容は、理解不能な内容だった。頭のいいはずの翼は理解に苦しみ、比較的単純な脳構造なアキラとシエルは『そういうものだ』と飲み込めているようだった。

 

 「ケイって魔法使いだったんだね。」

 「いや、魔法じゃないよ。れっきとした科学技術による恩恵だ。どんなものかは・・・。」

 「今はいいや。きっと理解できないから。ここまでくると科学なのか魔法なのかもわからんな。」

 「自由に世界中の人間と通話できる電話だって、魔法の領域みたいなもんだよ。この世界だと特に。」

 「通信鏡あるよ?」

 「恩恵を知らない、いや理解しようとしない人間も多いもんだ。あれも中継器兼、試験的に世界中に置いてるけど、使ってる人間がいるのはアルティマでもノメルと、サメルの一部だけだし。」

 「詳しいね?」

 「僕も理解している方の人間だからね。」

 「ますますお前という人間がわからなくなった。」

 

 一見すると10代のように見えるが、人を喰ったような態度といい、やたら物を濁した言い方をするのも、見た目通りの年齢と考えない方がいいだろう。本当に魔法使いかなにかか。

 

 ともかく、今の翼にとってはそれは参考にならないということだけはわかった。

 

 「けどそれだけすごい技術があるなら、帰る方法も見つかるんじゃない?」

 「そうだな。なんか心当たりあるかケイは?」

 「あるにはあるけど、予算はかかるかもね。」

 「どれだけ払ってでも帰らなくちゃいけないんだ。なんだってするつもりだ。無論。」

 

 この世界に先に来ていた『ツバサ』のように、この世界に骨を埋めるわけにはいかない。帰るべき家も、救うべき人たちもいるのだから。

 

 「で、肝心の開けた穴とアリの駆除の方だけど。」

 「そうだ、それ忘れてた。」

 「そのための帰還報告だったろうに。」

 「まあ、データの整理もあったんだと思って。」

 

 翼の携えたタブレットには、収集したデータから生物反応や地形データを整理してくれるソフトが入っており、その集計が終わった。

 

 「スペリオンが開けた・・・でいいんだよな?」

 「うん。」

 「そう。穴はどうやら、山脈の端から北西部分のカーブまでを貫通している。弾丸トンネルだな。勾配はほぼ0。これから西風が入ってくるようになるだろう。だが自然や生態系に対する影響は少なそうだ。」

 「本当かよ。地形変わったら環境も変わるだろ。」

 「実行犯が何か言ってる。」

 「教唆犯が何か言ってる。」

 「影響は少ないって結果が出たんだよ。信じろ。」

 「今のところ解析結果は外したことないから、信じていいと思うよ。」

 

 『ゼロ』ではなく『少ない』と濁しているので当たらないというわけでもないのだが。

 

 「でもトンネルは崩落の危険はないの?」

 「そこもまあ大丈夫だと思うよ。ゼノ鉄を溶かしてシールドに加工したから。電波の通りは悪いだろうけど。」

 「今更だけど、地主に許可とらずに勝手に工事したことを絶対怒られると思うんだけど。」

 「害虫駆除の副産物だし、しょうがないじゃない?」

 「蜂の巣1個駆除するのに山ごと燃やすようなことしてない?」

 「というか、アリを完全に駆逐しちゃったんなら、生態系ひとつ破壊したのは確定だよな・・・。」

 「そうしないと、アリに全部を破壊されてたし、しょうがない。」

 生態系と言えばひとつ。アキラはひとつ気づいた。洞窟の中で彷徨ってる間にコウモリの巣に遭遇していた。あのコウモリは、本来はアリを食べていたんだろう。どのみち爆炎で全部焼けてしまっただろうが、アリがいなくなればコウモリも絶滅し、コウモリが絶滅すればコウモリを食べる動物が困る。生態系とはそういうものだ。

 

 「んまあ、ここらでコウモリ食べるのはラプラヴぐらいだよ。コウモリが洞窟の外に出てくる夜はラプラヴも本来活動しないし、そんなに影響ないと思うよ。」

 「本当にぃ?」

 「心配しても割とどうしようもないよ。何事もこれからよこれから。」

 「これから、っていう割には、全部わかってたうえでの行動をしてるようにも見えるのだが。」

 「そう?そんなことないよ。」

 「じゃあやっぱり行き当たりばったりってことじゃないか。」

 「そうなる?」

 

 ケイの考えが読めない、それとも本当に何も考えてないのか。それもわからない。

 

 「結果、『問題なし』という結論に至った。釈然とせんが。死ぬほど釈然とせんが。」

 「そこまで言う?」

 「大体スペリオンが釈然としないことをやらかしてきてたけど、今回が今までで一番釈然とせん。」

 「どうどう。」

 

 ついに翼は頭を抱えてしまった。考え込むと頬を掻く癖は変わっていないようだとアキラは思った。

 

 「・・・マジで魔法使いか、それか天狗の仕業としか言えない。」

 

 しばし考え込んだ末、翼が漏らしたのはおよそ科学者らしからぬうめきだった。蚊の鳴くほどに小さな叫びは、そこへ入ってきた元気な声に打ち消される。

 

 「おーい!!すっごいことなってるよ!!」

 「知ってる。」

 「知ってるの?」

 「うん。」

 「そうなんだ。あれなに?!」

 「トンネル。」

 「トンネル!?なにそれ?!」

 「トンネルはトンネルだ。」

 「すごい!」

 

 この町に住む少女リーザ。どうやらあまりの衝撃に脳が焼き切れたらしい。非常に興奮した様子で、彼女の自宅のリビングに帰ってきた。その後をそっと、リッキーが帰ってくる。

 

 「おかえり。客側の私たちが言うのも変だけど。町の様子はどうだった?」

 「うん、大丈夫そうだった。家が傾いてたり、水が干上がったりはしてないね。」

 「な?」

 「ドヤ顔やめい。」

 「町の人たちはトンネルについてなんて言ってた?」

 

 家主たるリーザたちに代わって、もてなすためのお茶を淹れる。勝手知ったる他人の家とはこのことか。

 

 「おおむね好意的かな。北西に抜ける道が出来て、港に行きやすくなるって喜んでたかな。すぐ道を舗装するって。」

 「もう?」

 「うん、さっそくゼノンに依頼するって言ってたかな。」

 「ゼノン、って宗教団体じゃないの?そんなこともするの?」

 「街道整備や調査もゼノンの仕事なんだとさ。大工や学者もやってる。」

 「アキラ詳しいね。」

 「ちょっとだけ所属してたからな。すぐ辞めたけど。」

 

 街道整備も受け持つ兵隊というと、古代ローマのレギオンのようなものかと翼は着想に至った。平時はそういう仕事にあたって、手持無沙汰にさせないといったところか。

 

 「ただいまー。」

 「あっ、パパママおかえり。」

 「一息ついたらご飯にしましょうか。みなさんも食べてって。」

 「ごちそうなります。」

 「さて、さっそく教団に依頼の手紙を書かなければな。」

 「あっ、ジークに報告するなら今すぐ出来るよ?」

 

 この高原には通信鏡は無いが、ここにジークと通話できる無線機ならある。

 

 『・・・なるほど、わかった。教団の方には私が説明しておくよ。』

 「よろしくお願いします。」

 『うん。気を付けてね。』

 

 報告はあっさりと終わった。たったこれだけの連絡のために手紙でやりとりするのも面倒だったろうと思う。

 

 『ところで、アキラは無事かい?』

 「ここにいるよ。」

 『おう、大変だったようだね。』

 「だが生きてる。おかげで。」

 『そりゃよかった。』

 「借り物ののジャケットをだいぶ汚してしまった。」

 『構わない、それだけ役にたったということだろう。』

 「ああ、上半身に怪我はしなかったし、体温の低下も避けられた。骨は折れたけど。」

 『ますます欲しくなった?』 

 「うん。」

 『そうだろうそうだろう。だがしかし、今はまだ入荷待ちだがね。』

 

 通信機越しのジークは、画面の外からカップを受け取って口にし、ふっ、とひと息ついてから居住まいを正す。

 

 『骨休めでもしてもらうと思ったのだけど、結果大変な目にあわせてしまったね。すまない。』

 「いや、ジークが悪いわけではないし。」

 

 この世界にいる限り、トラブルからは避けられないらしい。アキラも翼も、そういう星の元で生まれながら、時空を越えてなおも逃れられないようだ。

 

 『なおのこと、元の世界に戻ることを急いだほうがよさそうだ。さっそく竜車を用意させてもらった。これで明後日には出発させられる算段はついた。』

 「ありがとう。」

 『まだお礼を言われるには早いよ。』

 「それでも、元の世界での冷遇っぷりに比べれば、やけどするぐらい暖かいのだけれど。」

 「どんな扱いだよ。」

 「予算は割いてもらえないし、こっちの話は聞いてくれないし・・・。」

 『わかるよ。プライド高い人間からほど外様は冷遇されるものだ。』

 「詳しいのね。」

 『そうしたイニシアチブを獲得するのが政治の仕事だ。』

 

 眉間を押さえながらジークも感慨深そうに耽る。

 

 ☆

 

 「ともかく、私がやれることはなんでもするつもりだから、そこのところは安心してほしい。今は休んで。」

 『本当にありがとう。』

 『でもまあ、すぐ帰る。』

 「ゆっくりしなっての。まあいい、自由にしてくれ。」

 

 それだけ言って通信が切れ、ジークはまた息を吐く。通信機の黒い画面に映った自分の顔をしばしじっと見つめてから、外へ視線を移す。

 

 「お疲れ。」

 「うん。」

 「なんかすごいことになった?」

 「でかいトンネルが出来たんだってさ。龍の背中の山脈に。」

 「なんで?」

 「知らん。が、事実らしい。後で写真見せてもらうけど、想像から言って1中隊は必要になるだろうな。」

 「そんなにいる?」

 「道を引くならもっと物資がいる。どこから捻出させるか・・・。」

 「でもこの前、東海岸の方にも調査出してなかった?」

 「そうだよ。そっちもまだ済んでないし、あー・・・どっちが優先度高いかな。いや、トンネル向こうのウルシダ領からも出してもらえばいけるか・・・?」

 

 ジークの差し出したカップに、何も言わずともサツキがポットから温かいお茶を注ぐ。しばし水面を見つめてから飲み干す。

 

 「ウルシダの方には僕が話をつけてみるから、サツキは姉さんの方に一言入れてきて。詳細は後でまとめとく。」

 「わかった。みんな今日もう帰ってくるの?」

 「翼とケイは多分帰ってくるけど、リッキーたちは泊まるんじゃないかな。甘いやつを淹れてあげて。」

 「あまーいのね。」

 「あまーいの。」

 

 カップを返したジークは立ち上がり、伸びをしてから鏡台の方へ向かう。そして今日何度目かのため息をつく。

 

 「そういえばさジーク。」

 「なに?」

 「おまけ。」

 

 そっ、とサツキが顔をよせて、ジークもそれを黙って受け取る。

 

 「元気出して。」

 「うん、出た。」

 

 にわかに血色がよくなったジークは生き生きとした面持ちで背筋を伸ばす。

 

 ☆

 

 翌日。

 

 「お世話になりました。」

 「またいらっしゃい。」

 「またねー!」

 

 来た時と同じく、馬に跨ったリッキー、アキラとシエル。骨休めにはならなかったが、実りある経験が出来た。と思う。またいらっしゃいと言われたが、正直アキラはもう来たくなかった。

 

 「あっ、ドーンだ。」 

 「見送りかな?」

 

 すこし進んだところで、一頭の大鹿に遭遇する。来た時とは逆の向きで、鹿は片方の角を失っていたという違いはあるが。

 

 (お前もがんばれよ・・・。)

 

 鹿は言葉を発さない。アキラも発さない。ただ視線が空中で交差しただけで、互いが互いを励ました。

 

 そうしてドーンは、ただただ見送った。その背中が見えなくなるまでじっと佇んでいた。



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咲いた悪意、枯れぬ闘志 その1

 「ついたよ、あそこ。」

 「もうか。意外と近かったな。」

 

 森を抜けた先に、その村はあった。キャニッシュの邸宅から馬を駆け足で飛ばして30分ほどの一番近い村である。たまに館へ食料品や日用品を運んでくるための馬車が、最後に立ち寄る村でもある。ただそれだけの、ひなびた村だ。特産品も特別なものも特にはない。

 

 そこへアキラとリッキーは、一体なんの用事があるというのか。話は1時間ほど前の館にまでさかのぼる。

 

 ☆

 

 「だんなさまー。お客様ですー!」

 「しーっ、ジーク今寝たから。」

 「起きたよ。」

 「さすがに寝てたら?」

 「そういうわけにもいかない。マニィ、あったかくしたタオルを持ってきて。」

 「はーい。」

 

 目の下に大きな隈を作ったジークは、大きなあくびをしながら軽く髪をとかす。老いてなおも衰えを知らないような強靭な毛髪は、その程度では直らない。サツキがさっと櫛をわたす。

 

 「えーっと、歯も磨いて・・・あれ、昨日お風呂に入ったっけ?」

 「入ってないね。」

 「あー・・・ちょっと浴びてくるか?でも待たせるわけにはいかないし。あれ、お客さん誰だっけ?」

 「それはマニィしか知らないかも。おっウェンディ、サーリャも!」

 「はーい?」

 

 2人で洗濯籠を抱えながら廊下を歩いていたのはウェンディとサーリャ。メイドである。

 

 「今お客さん来てるらしいんだけど、どんな人か知ってる?」

 「知らない。」

 「見てない。」

 「今日庭の手入れしてるの、マニィとサニィだっけ?サニィが応対中かな。」

 「たぶんそう。」

 「おそらくそう。」

 

 なんとも要領を得ない答えだが、洗濯ものを集めていた二人が玄関前の庭の様子を知る由もないか。聞いた方が悪かった。

 

 「少しだけでも湯浴みをするか。」

 「そんなににおわないよ。大丈夫じゃない?」

 「いや、貴族たるもの・・・。でも待たせるのもダメか。ウム。」

 「待ってもらおうよ、ちょっともてなしておくからジークはシャワー浴びてきな。」

 「ウムゥ、じゃ頼んだ。」

 「サーリャはマニィを見かけたらジークの部屋へ行かせて、ウェンディはジークの着替えの手伝いをお願い。」

 「かしこ。」

 「まり。」

 

 パタパタと朝からあわただしく1日が始まった。一人別れたサツキは厨房へ行く。お茶を用意するためだ。

 

 「フラニー、ステイシー、お茶出して。」

 「あいあい。」

 「こっちお菓子だよー。」

 「ナイス。」

 

 テーブルには既にティーセットの用意が為されていた。いったいどこで客人のことを聞きつけていたのかと首をかしげるだろうが、この二人の勘の鋭さはいつものことだ。

 

 甘い香りのアップルティーに、香ばしいジンジャークッキー。ふわっと世界が甘く暖かくなる。

 

 「すんすん、いいにお~い。」

 「チューリ、お仕事は?」

 「おわったよ!つぎのおてつだい!」

 「食べちゃダメだよ?」

 「はーい!」

 

 その気配につられて、ひときわ小さなメイドがやってくる。その後ろにはもう一人。

 

 「あれ、アキラ起きてて大丈夫?怪我は?」 

 「平気だ。今しがたこの子と一緒に・・・。」

 「しーっ!だよ!」 

 「そうだったな。」

 「チューリぃ?」

 「ちがうもん!アキラがかってにやってくれたんだよ!」

 「そういうわけで俺が勝手にやっただけだ。少しヒマだったんで。」

 「そうだよ!アキラがわるいの!」

 「そう、俺が悪い。」

 

 ふんっ!と鼻息を吹いて胸を張るチューリの頭をくしゃっとアキラが撫でる。やれやれとサツキが肩をすくめる。これでは訓練にならないと。

 

 「そこまで必要?まだ6つの子供だろう?」

 「7さい!」

 「7つね。7つの子に。」

 「うちの勝手でしょ。私の『孫』であるからには、従者としての責任があるの。」

 「人の勝手は俺の勝手、か。」

 

 アキラも生まれてから『この生き方』を強いられてきていたのだからわかる。だが傍から見るとなんと厳しい道なことか。

 

 「いや、この子が誘惑に弱すぎるだけ。配膳を頼めば自分で食べちゃうし、シーツ交換を頼めばそのままベッドで寝ちゃうし。」

 「そりゃダメだな。」

 「むー、そんなことないもん!」

 「食いながら言うな。」

 

 見れば、皿に乗せられたクッキーがもう半分ほど無くなっていた。言葉よりも行動で示す、大物の風格があるだろう。無言でサツキが眉間を押さえているがそれはそれ。

 

 「とりあえずチューリは食べるのやめようか。」

 「あむっ。」

 「もう無いじゃん。」

 「そう思って予備がある。」

 

 厨房に戻ろうかとしたところでその必要がなくなった。まるで待ち構えていたかのように厨房係のメイドのひとり、フラニーが皿を持ってきているではないか。

 

 「さすが。」

 「予想ついてたんなら止めればよかったんじゃ?」

 「それは因果律に反する。」

 「どういうこと?」

 「必然足りえない偶然はない。」

 「なるほど。わからん。そして食うな。」

 「あぶぅ!」

 

 コツン、と拳骨をチューリの頭に置くと、ぶっと吹き出して不機嫌な顔を向けてくる。そんな目で見るな。グーをパーに変えたくなるだろう。

 

 「で、なんか他に手伝うことある?」

 「お客様にお手伝いなんかさせられないよ。」

 「暇なんだよ。そっちは忙しそうなのにこれじゃ不公平だろ。」

 「そう・・・なら、もうチューリと遊んであげて。」

 「ちがうの、わたしがアキラとあそんであげるの!」

 「だとさ。」

 「はぁ・・・。」

 

 チューリから盆を取り上げるもとい受け取ると、今度こそお仕事を与える。

 

 「どこ行く?」

 「きゅうしゃいきたい!」

 「厩舎?馬?」

 「そう!うま!」

 

 すっと持ち上げられたチューリの指示のもと、アキラは操縦されて廊下の角に消えて行った。

 

 「いいにおい。」

 「ジークも?」

 「も?ちょっと何か胃に入れておきたい。」

 「出来てるよ。」

 「ありがと。おっサンドイッチだ。」

 「キュウリの。」

 「キュウリのね。」

 

 薄いシャツに、下はステテコだけというおよそ貴族の長男とは思えぬ休日のおじさんの恰好であるが、このままお客さんと膝を交えるわけがない。この後『変身』する。

 

 「マニィは来た?」

 「会った。お客さんはシュリー村のお嬢さんだそうだ。美人。」

 「うなじは?」

 「聞いてない。一晩中歩いてここまで来たそうだ。先に温かいものを出してあげて。」

 「わかった。軽食の方がいいかな?」

 「出来てるよ。」

 

 そもそも、食いかけのクッキーの皿なぞ客人に出すわけにはいけなかったが、それを察したかのようにフラニーが朝食の配膳を出してくれた。温かくコクのあるチキンと野菜のスープに、具沢山で食いでのあるサンドイッチ。そして栄養満点のミルク。

 

 「おいしそうだ。同じのある?」

 「ある。」

 「厨房で食べさせてもらうよ。これ食べたら着替えて行く。」

 「わかった。運んでくるね。ゆっくり食べてていいから。」

 「可能な限りそうするよ。味わって食べないともったいないからね。」

 

 と、言いつつも一瞬で食べきってしまう光景が目には浮かんでいた。たまには静かな朝を迎えてほしいものだけど、なにせジーク自身が一番やかましいのだからそれも叶わないことだ。

 

 まあ、ジークはジーク、メイドはメイド。サツキは自分の仕事をするだけだ。来客用の応接室へ食事を運ぶ。

 

 ☆

 

 「こっちの花はどう?」

 「どう・・・綺麗だと思う。」

 「綺麗なのはわかるけど、他にないの?」

 「うーん・・・なんかシエルも言ってたなそれ。」

 「そういうとこだよ翼に足りないのは。」

 

 外の空気よりもやや暑い環境。一定の気温や湿度が保たれた温室に、並んだ鉢植えを見ながらうんうんと唸る翼、それを茶化すケイと、そこへ別の花を運んでくるトワがいる。

 

 「こっちはどう?男の子なら、赤好きでしょ?青も好きかな?」

 「単色よりも、色々混ざってる方が好きじゃない?こっちのマーブル模様なんてどう?」

 「うー、うー、うーん・・・。」

 「ダミだこりゃ。」

 

 いざと言うときは思い切った判断を下すのが翼の信条であったが、それはこの場においては適用されないらしい。まだいざと言う時ではない、追い込みが足りないのだろう。

 

 「まあ、幸か不幸か時間はあるんだし、じっくり考えればいいんじゃない?」

 「そうそう、ここには選択肢がたっくさんあるから。」

 

 選択肢が多すぎると逆に目移りしてしまうもので、それがより一層翼の判断力を鈍らせる。ひとつである必要もないが、荷物の重量や体積の問題もあるので、あまり大きいものは選べない。

 

 所せましと様々な植物が、上に下にと植えられているが、そのすべてが整理されていて煩雑とはしていない。よく手入れされているようだ。 

 

 温室の入り口近くには比較的大き目の植物が植えられており、奥に行くほど小さいものが増えていき、さらに奥の分岐した先には研究室のようなものがある。翼にはそちらの方が気になっていた。

 

 少し覗いてみると、壁や床は年季を感じるものの、照明やテーブルなどは新し目で、この部屋は現役だと見て取れた。

 

 並んだ鉢や育苗箱、それにクリーンベンチのような無菌室もある。中には見たこともないような植物がスクスクと育っているようだ。

 

 「ここで新しい植物を開発して、それを使って特産品を考えるのが私のお仕事、かな。まーいにち、お花の育つ様子を見てるのも楽しいのよ。」

 「ふーん。」

 「興味無さそうだね。」

 「そうではない。」

 「あら、公爵家の末っ子、それも未婚の女なんて、やることもなく毎日ヒマしてると思ってたかしら?」

 「不敬。」

 「思ってない、思ってないから!」

 

 翼は少し考えを改め、己の無知を恥じた。それを隠すようにキョロキョロと見まわす。

 

 無菌室のひとつに赤い花弁の大きな花が咲いている。赤というよりも、火の色のような山吹色という方があっているだろうか。

 

 「それは新作。ようやくうまくいきそうなのよ。けど、花弁はこの色でも染料にして加工して実際に染めてみても、思った通りの色にならなくったりね・・・。」

 「どこで染めてるの?」

 「近くの村の、さらに先に行った町に染物工場があるの。昔にお父様が建てたのよ。」

 「ああ、前に聞いたな。」

 「それを継いで続けていきたいって、私は思ってるの。」

 

 誇らしげに語るトワの瞳には、無菌室の赤い花弁が映って火がともるかのように輝いている。

 

 「いつか、この花もここの外で咲かせてあげたいわ。」

 「ここの外、か・・・じゃあさ。」

 

 翼が言いかけた時、間が悪いことに腕の通信機が鳴った。」

 

 『アキラ、翼、シエル、ケイ。それにリッキーもいるかな?ちょっと食堂へ来てくれないか?』

 『・・・なに?』

 『ちょっと頼み事が出来た・・・んだけど、タイミング悪かった、かな?』

 『いや、いいよ。行く。』

 

 ジークの声がして、そこへシエルが声を重ねる。シエルの声はやけに不機嫌そうだったが、向こうも間が悪かったと見える。

 

 「あー、わかった。俺も行く。」

 「奥の部屋を抜けてった方が早いわ。」

 「そうしよう。」

 

 研究室と別れた道のもう片方、大きなホールのようになっている熱帯部屋から抜ける道の方が本館には近い。どやどやと3人で歩いて抜けると、ふと大きなものが目に入った。

 

 「こりゃでっかいサボテンだな。」

 「こんなのあったっけ?」

 「これは・・・いつからだったかしら?」

 「覚えてないの?」

 「確か、少し前にどこかから贈られてきたんだったかしら?それがあっという間に大きくなっちゃって。」

 「ふーん。」

 

 サボテンと一口に言っても、縦長なやつや丸いやつ、花をつけるやつもいればつけないやつもいる。ここにあるのは柱サボテンのようだが、その太さはドラム缶ほどもあり、高さは見上げるほどだ。その頂点には赤い花が開きかけの蕾がある。

 

 赤と言っても、先ほどの花とは違う、血のような赤で不気味であったが。まあ、こういう品種もあるのだろうと翼は気にも留めなかったが。

 

 ☆

 

 「ウェンディとサーリャって顔似てるけど、姉妹?」

 「ううん、あの二人は似てるけど血縁ないよ。血縁あるのはフリーダとステイシーが双子なだけ。」

 「へー、じゃあメイドさん全員が姉妹ってわけではないのね。」

 「うん、姉妹みたいに仲いいのは事実だけど。」

 

 厩舎近くの運動場、日差しを浴びながらブラッシングを受けているのは黒くてガッシリとした体躯の馬。リクである。大きな体だけあってシエルとリッキーの二人がかりでやってもなかなかおっつかない。

 

 「結構泥だらけだな。昨日降ったっけ?」

 「リッキー!」

 

 そこへ新たな人手がやってきた。

 

 「アキラ、手伝って。」

 「ういうい。リクも昨日ご苦労さんだったな。」

 「昨日は降り出す前に帰れてよかったね。」

 「そんなギリギリに降ってたか?」

 「そうだよ。覚えてない?」

 「全然。」

 「もうねてたんじゃない?」

 「かもな。」

 「体力はどう?」

 「もう戻ってるよ。傷も治ってるし。」

 

 昨日負った裂傷も骨折も、スペリオンの変身を解除した時点で治っていた。人間の身体を再構成するにあたって、同時に傷も治してるらしい。その割には、ガイと一緒だった時はガイは苦しんでいたが。

 

 肩車されたチューリがせっせとブラシをかけると、リクもうれしそうに目を細めている。

 

 「チューリは動物好きか?」

 「すき!リクもわたしがすき!」

 「そうだろうなあ。」

 「アキラは子供好き?」

 「いや別に。」

 「そうは思えないけど。」

 「俺からしたらお前ら全員子供ってだけだ。」

 「にゃにおう。」

 「わたしはアキラすき!」

 「ありがと。」

 

 ぷにぷにとチューリの柔らかいほっぺたを指でさしながら、アキラもブラッシングに加わる。4人でやればさすがにすぐ終わるだろう。もっとも、すぐに終わらせること自体に意味はないので、他愛のないことを駄弁りながらののんびりとした作業になった。

 

 「よし、終わり。お前もう行っていいぞ。」

 

 ようやくリクが終わったところで運動場へ行くように促すが、リクはその場を動こうとしない。訝しんだアキラは問いかけるように撫でるが、それでも動かない。

 

 「泥だらけだからあっち行きたくないって。」

 「どんだけナイーブな性格してんだその図体で。」

 「じいじに似たんだよきっと。」

 「じいじ?」

 「どのじいじだ?」

 「じいじはじいじ!」

 「そうか。じいじか。じいじも好きか?」

 「じいじはすき!でもばあばきらい!」

 「なんで?」

 「きびしいから。」

 「ばあばってサツキのことか?」

 「うん、ボクとチューリは従姉妹なんだ。だからばあばはボクとチューリのお祖母ちゃんなの。」

 「そうだったんだ。じゃあサツキの旦那さんは誰?」

 「じいじはだんなさま!」

 「そりゃあばあばの旦那さんはじいじだろ。」

 「あー、それは・・・。」

 

 しまった、とは少し違うが、リッキーは何かを察したかのように口ごもる。聞いてはいけない話題だったかと思ったが、もう片方の従妹が壊れたスピーカーかのように止まらない。

 

 「だからじいじはだんなさま!」

 「禅問答かよ。」

 「じい・・・。」

 「ジーク?」

 「うん、そう。『旦那様』がじいじ。」

 「えーっと、するとリッキーは、ジークの孫?」

 「うん。」

 

 意外なつながりにシエルは驚きの声を上げたが、一方アキラにはひっかかるものがあった。

 

 「あれ、でもドロシーのお祖母ちゃんって『エリカ』って人じゃなかったっけ?」

 「うん、奥様はエリカさまだよ。」

 「でもリッキーとチューリはジークとサツキの孫でしょ?」

 「うん!」

 「そうだよ。」

 「どうして?」

 「どうしても!」

 「のっぴきならないわけが。」

 「あー・・・そういう?」

 「うん、そんなとこ。」

 「えっ、それって、どういう・・・?」

 

 何かを察したアキラは納得顔だが、シエルは要領を得ない、と言うよりも腑に落ちないといった顔。

 

 「ジークの奥さんは二人いるってこと。」

 「そうだよね、やっぱり?・・・はー。」

 

 手のひらで額を押さえようとするが、ブラシを持ったままだったので代わりに手首で押さえ、非常に大きなため息をついた。シエルにとって大きな失望があったようだ。

 

 「そこまで落ち込むもんか?」

 「落ち込むって言うか、色々と・・・ううん、なんか腹が立ってきた。」

 「そこまで?」

 「だって、不誠実じゃん二股って!」

 「ふたまた?」

 「たまたまって言ったの。」

 「たまたま!」

 

 エヘン、とアキラは一つ咳払いをしてから、チューリの疑問をごまかす。それにシエルもバツが悪そうに口を紡ぐ。

 

 するとどうしたことだろうか、チューリの襟を引っ張ってリクが自分の背中に乗るように促す。本当に賢い馬だ。

 

 「わーい♪」

 「気を付けてね。」

 

 ポッカポッカとゆっくり歩きながらリクは運動場へ向かった。

 

 しかしチューリを離したとて、この空気をどうしたものか。こういう時、年長者としてアキラが場を仕切るべきだと主体的になった。

 

 「えーっと、さすがに俺も驚いたけど、シエルはそこまで驚くようなものだった?というか、怒る?」

 

 バツが悪そうな顔のまま、シエルはそっぽを向いた。チラチラとアキラの方、というよりもリッキーの方に視線を向けているのを見るに、このまま黙っているのも気まずいというのも理解しているようだが。言葉が見つからないのだろうか。

 

 「その・・・ごめん。大声出して。」

 「ううん、気にしてない。」

 

 リッキーの大人な対応にひとつ胸をなでおろす。特別アキラがなにかをしなくても関係を修復できそうなものだが、今はその時ではないと言わんばかりに腕の通信機が鳴る。

 

 『アキラ、翼、シエル、ケイ。それにリッキーもいるかな?ちょっと食堂へ来てくれないか?』

 「・・・なに?」

 『ちょっと頼み事が出来た・・・んだけど、タイミング悪かった、かな?』

 「いや、いいよ。行く。」

 

 通信機越しでも空気を察したのか、ジークが少し尻込みするが、それをシエルの明朗快活な声が跳ね除ける、というよりも押し切る。

 

 どうしたものか、晴れた空に反してアキラの瞼には曇りが見えてきた。

 

 ☆

 

 「村人の様子がおかしい?」

 「うん、ちょっと見に行ってきてほしい。」

 

 話は簡単だった。近所の人の様子がおかしいと、近くの村の女性が助けを求めてきたので、それを調べに行く。

 

 「どうおかしいの?」

 「さあ。」

 「さあ?」

 「『おかしい』としか言ってくれなかった。疲弊しているようだったから、あまり強く追及することもないと思ったし。」

 「それはちょっと甘いんじゃない?もっとしっかり取り調べしたら?」

 「それに関しては僕も同意見だけど、話してくれない以上、問い詰めたところで意味がないと思ったよ。それに、女性をあまり手荒に扱うものじゃないよ。」

 「そこは同感だけど、釈然としない。」

 「まあまあ、ここはいっちょ紳士に任せていいんでしょ。」

 「紳士が二股なんかするの?」

 「シエル。」

 

 小さく舌打ちしてそっぽをむくシエルをちらりと見てから、申し訳なさそうなリッキーに視線を移して、それでジークは合点がいったらしい。

 

 「まあ、彼女の言葉を信じてはいても、彼女の存在そのものは疑ってるよ。彼女自身がおかしい。」

 「根拠は?」

 「靴や服に泥がついていない。昨日一晩中歩いてきたというのに服が全く濡れていない。傘も持っていなかったようだしね。」

 「どこかで雨宿りしてたんじゃない?」

 「雨が降り始めたのは夕方、止んだのは明け方だった。その間ずっと立ち止まっていたのでは、昨晩出発して一晩中歩いていたという証言と合わないよ。」

 「たしかに?」

 「気になる点は他にもある。食事を食べてくれなかった。」

 「それが?食欲が?」

 「ただ、ミルクだけは飲んでいた。他は手付かずだった。」

 「喉が渇いてたのかな?」

 「そして何より、唇がカサカサだった。」

 「だから?」

 「さあ、それだけ。水分不足なのかと思ったけど、スープには手を出していなかった。だから?と言われると他に何も返答できないが、とにかくそれが気になった。」

 「体調を調べてみた方がよさそうだ。」

 「頼める?」

 「医者じゃないから、スキャナーの診断が全てになるけど。」

 

 ジークはひとしきり推理を披露すると、カップを一口すすり、長々喋って渇いた口を潤す。さて、とまた口を開く。

 

 「ということで、人員を2つに分けたい。村を見に行く者と、彼女について調べる者。全員が村に行く必要はない。ないが、もし本当に緊急事態なのであれば早急に手を打たなければならない。早馬を出したいから、まずリッキーお願い。」

 「かしこ。」

 「で、リッキーの護衛のためにアキラ。」

 「オーケー。」

 「以上。あとの人員は館に残ってやることやったら、行動を起こす準備。」

 

 自分で言っていてもなかなかに不公平ふりわけだとはわかってはいるが、いざと言うときの館の守りは薄くしたくない。リッキーはこういうことしっかりしているし、いざと言うときはアキラも頼りになる。そして人数が少ない方が取り回しがいい。

 

 が、その振り分けに不服な者もいるようだった。シエルが眉間に皺を寄せて睨んでくる。通信機越しの時も不機嫌そうだったし、先ほどの発言もあることだし、何か自分は知らない内に不興を買っていたらしい。それが何なのかも大体察した。

 

 こういう時、歴戦の猛者であるジークはどうするか。

 

 「じゃ、解散で。」

 

 その場を後にするのだ。アキラが呆気にとられて口が閉じなくなり、それを翼やケイが不思議そうに見ているのがちょっと面白かった。修羅場の予感がするのが全然面白くないが。

 



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咲いた悪意、枯れぬ闘志 その2

 「不測の事態に備えろ、と言われたところで、これ以上何が起こるっていうのか。」

 「最悪は斜め上を行くよ。今の状況みたいに。」

 「今は最悪よりはまだマシな状況だと思う。」

 

 二重、三重どころか、何十回もメンテナンスを繰り返して、もはや掘った土を別に埋めるための穴を掘ってまた埋めて・・・という作業とも言えない作業を繰り返していた翼とケイがぼやく。

 

 酷使に酷使を重ね、それでも騙し騙し動かしてきていたこのマルスピーダーも、いよいよもって終わりが来た。なんとか無事な、『使っていない』部分のパーツを、よく使う部分に移植することでなんとか飛ばすことはできているが、それも限界。あと1時間、いや数十分も飛ばせば全く動かなくなるだろう。

 

 そうなれば当然、翼たちは元の世界に帰還する手段を失うことになるわけだが、なぜか翼はそれを楽観視していた。

 

 「いっそこっちの世界で永住するって言うのはどうだろうか?」

 「・・・まあ、それも選択肢と言えば選択肢なんじゃない?」

 「止めないの?」

 「推奨はしないけど、君の決定を尊重する。前の君もそうやって悩んでいたし。」

 「前の俺?」

 「ツバサ・キャニッシュの自伝の話。」

 「ああ・・・。」

 

 そういえば、そんな本があるっていう話だった。スキャンさせてもらったので電子書籍のようにいつでも読めるのだが、忙しくって今の今までその存在を忘れていた。いつでも読める、と思うとつい後回しにしてしまうものだ。

 

 「今、読んでみたら?」

 「今?」

 「どうせここで整備しててもどうしようもないし。もう食べられるところもないのに。」

 

 たしかに、とコンソールをただ無意味に眺めていた視線を外す。気分転換にはなるだろう。タブレットを取り出し、ページを翻訳したファイルを立ち上げる。

 

 「その223ページ、読んでみ。」

 「223ページ?」

 「いいから。」

 

 スワイプしてそこへ行くよりも、ページ数に数字を打ち込んで飛んだ方が早い。

 

 [顔と名前が一緒の人間が2人いたなら、それは同じ人間なのか?ある人間からそう問いかけられたことがある。結論から言うと、そうではない。これから後に続くであろう、『地球人』たちのために、長い考察の果てに得た結論をここに述べる。]

 

 翼が本を覗きこんだ時、本もまた翼を覗いていた。

 

 [『神は賽子を振らず』という言葉があった。量子力学においては、すべての事象の『結果』には必ず裏打ちされた『理由』がある。すなわち必然足りえない『偶然』は無く、『奇跡』というものは存在しないということだ。私がこのアルティマに来て、今生きていて、いずれここに骨を埋めることは、全てが必然に帰結する。]

 

 [それら、あくまで『仮説』でしかなかった考察を覆す、覆しうる『事実』を観測した、のがつい先刻の事であった。]

 

 筆跡や文章に動揺が見て取れるのは、スキャンさせてもらったのが自伝の『原本』であるためだろう。印刷にあたっては更正されているであろうとは想像にたやすい。

 

 [そこで見た事実とは、かつて私がアルティマへ来る前に見た光景そのものだった。]

 

 [世界改変装置『アンダーズホリツォント』と呼んでいたか。名前はどうでもいいがともかく、世界を『上書き』する装置だと聞いていた。]

 

 おかしいな、ページを読み飛ばしたか?いろいろとすっとばして大変な単語が出てきてしまったぞ?乱丁か?

 

 「なにか面白い話が読めた?」

 「うぅ?ううーん、ううーん???納得できん。」

 「その本は基本的に事実しか書いてないよ。」

 「その基本の外の部分じゃない?ここ。」

 「残念だけどそこが一番大事な事実だ。」

 

 翼はタブレットから目を離して、目頭を押さえる。しばし沈黙したのち、考えを纏めるように頬を掻いて席を降りる。

 

 「どこ行くの?」

 「ちょっと、さっきの温室に。あっちの方がよっぽど気分転換なるわ。ケイは?」

 「もうすぐお昼だし、食べにいってくる。」

 「そういえば・・・もうそんな時間になるか。トワイライトも呼んで来ようか?」

 「うん、それがいい。トワはわかってるとは思うけどね。」

 

 タブレットをコックピットに置いて、マルスピーダーの元を去る。謎が謎を呼び、謎が解けぬまま謎ばかりが増えていくことに若干の苛立ちを覚えつつも、翼はそれを払拭する手段を求め、歩く。

 

 いずれ後に続く、と記されていたからには何かしらの元の世界に帰る方法があるということだろう。それを理解できるかは別の問題。まだ読み切っていないところでぶっち切るのは早計であるが、この本の内容を理解している人間を探し、そこから情報を掴む方が早そうだ。

 

 例えば、ケイとか。自身の抱える数ある秘密を『そのうち語る』とは言っていても、その時間が一刻として惜しい。能書きはいいからさっさと吐いてほしいというのが本心だ。

 

 それにしても、トワイライトはやけにケイと仲がいいが、以前から面識があったのだろうか?ジークは初対面という反応だったが、家族ならどんな友人関係があるのかぐらい把握しているものではないのか?

 

 いや、そういえば自分も慧の友達のことをよく知らないと思い至ってまた落ち込むので、今度こそ考えるのをやめる。

 

 再び戻って温室。ドアを開けた時にはこちらへ向けられるはずの視線はなく、しばし首を振るってを見回しても人のいる気配はない。

 「トワイライト?」

 

 ぐるっと部屋を見回しても、彼女はいなかった。胸騒ぎを覚えて、もっと奥にいるのだろうかと歩を進めるが、さらに妙な気配があるのを感じた。

 

 インベイダーとの戦いの中で幾度も味わった。推定、『ヒトではないもの』がいるときの感覚。それに近い。

 

 ふと、床に転がっている物が目に入る。近づいてみれば、すぐに理解し、同時に背筋が凍る。

 

 持ち主を失ったサンダルが『ひとつ』。片足分だけが横たわっている。

 

 「トワイライト?どこ?」

 

 焦る気持ちが口を衝いて出るように、自然と声が大きくなる。しかし返ってくるのは反響する自身の声だけ。

 

 その時、翼の脳内にあった真新しい記憶の内、妙に引っかかっていたものを掘り返した。そして現実の『それ』は今、自分の真後ろにあると気付き、判断を下すよりも早く、本能が体を屈ませた。

 

 「っ!!?なんだと?!」

 

 果たしてそれは正解だった。背中と頭のすぐ上をかすめた『何か』は、正面にあった木に突き刺さり、それをなぎ倒す。

 

 身をひるがえして銃を抜き放つ。トリガーに指はかけていなかったが、目に入ってきたものがなんなのかを理解した時、指に力がかかる。

 

 そこには地獄が赤い口を開けていた。

 

 ☆

 

 同時刻の、少し時間はさかのぼった位置。

 

 「ほら、チューリ降りて。」

 「やーだー、まだするの!」

 「遊んでるだけじゃないか。」

 「あそんでない!あそんであげてるの!」

 「そうだったな。」

 

 必要最小限の道具と、お昼ご飯をカバンに詰め、厩舎へ戻ってきたアキラとリッキー。

 

 「おひるなぁに?」

 「サンドイッチ。」

 「たべたい!」

 「お昼まで我慢しな。」

 「アキラはリクに乗って。私はソラに乗る。」

 「だってよ、ほら降りな。」

 

 やいのやいの言っているチューリを抱えて降ろす。背中にうるさいのが乗っていたのに、リクの方はと言うといたって落ち着き払っている。

 

 「アキラはリクに乗って。私はソラに乗るから。」

 「オッケー。よろしくな。」

 

 リクはまかせろ!と言わんばかりに短くいななく。

 

 「そっちの荷物いくらか持とうか?」

 「いい、大丈夫。」

 

 リッキーも、ソラの鞍に荷物を括りつけてる。今にも駆けだしたいという欲求をソラは見せている。

 

 「じゃあ出発すっか。」

 「ちょっと待って、まだ持ってきてもらうものがある。あ、きたきた。」

 

 メイドのひとり、マニィがなにやら長物を携えて駆け寄ってくる。使い込まれた革の袋で先端を保護されたそれは、女の子一人が持つには手に余りそうだったが、マニィにはそういったものは微塵も感じられない。

 

 「お待たせ!はいリッキーの。メンテはしておいたから。」

 「ありがとう。行ってくるね。」

 「うん!がんばって!夕飯には帰ってくるよね?いっぱい作っておくから!」

 「じゃあ、ミートパイもお願いね。ケチャップ入れてるやつ。」

 「ケチャップたっぷりのね!わかった!」

 

 じゃ!とマニィは館へ引き返していく。他にも仕事があっただろうけど、こちらを優先してくれたようだった。

 

 「おそと、チューリもいきたい!」

 「ダメ。」

 「むー!」

 「じゃあチューリにお仕事頼もうかな。」

 「おしごと?どんなの?!」

 「門を開けて閉めてくれる?ちゃんとカギもかけてね。」

 「わかった!」

 

 ふんす!と鼻息荒くしたチューリは勇ましく裏門の方へ歩いていく。

 

 「そっちじゃないよ。正門の方。」

 「まちがえた!」

 「大丈夫なのかね。」

 「むー!できるもん!」

 

 あわててUターンしてきたチューリに、リクもソラも鼻を鳴らしてついていく。ほほえましくも見守ること数分足らずで正門側へと辿り着くと、チューリは今度こそと勇んで閂を外す。

 

 「えへん!」

 「ごくろうさま。戸締りもできる?」

 「もちろん!ほら!」

 「えらいえらい。それじゃあいってくるから。」

 「・・・あれ?チューリもいく・・・?」

 「ダマされてやんの。」

 「むー!チューリもいく!」

 「まあまあ。おっつけおっつけ。」

 

 閂を外そうとするチューリを、柵越しに頭を撫でて宥めてやると、ぶーたれながらもひとまずはとどまった。

 

 「昼飯は弁当を食うけど、晩はこっちでいただくとするよ。今日がここでの最後の晩餐になりそうだしな、チューリもなにか作ってくれよ。」

 「うん・・・わかった。」

 「よしよし、頼んだぞ。」

 「うん!おいしーのつくるよ!」

 

 それぞれ馬に跨り出発する2人を、ばいばい、ばいばいと大きく手を振ってチューリが見送る。2人が軽く手を振ってそれに応え、姿が見えなくなるまでチューリは見送った。

 

 少々ぬかるんだ道を2頭の馬が駆けていく。幾度も人が往来し、踏み固められてはいるが、それでも雨が降れば水溜まりは出来るし、馬で駆ければ泥も跳ねるというもの。

 

 「たしかに、人の足跡がないな。」

 「雨で消えちゃったんじゃない?」

 「だとしたら、尚更その『お客さん』はどうやって屋敷まで来たんだ?」

 「別の道を使ったとか?」

 「なんのために?別の道を使うこと自体の理由がわからん。ジークの疑問もまあわかる。」

 

 単なる憶測も、突き詰めれば推理になるか。既に事件は起こっているのか。この場合『敵』は一体誰になるのか。ジークにはそれがわかっているのか。

 

 もっとも、それよりもアキラには別の事が気になり続けている。馬を走らせ、周囲の異変に気を張りながらも、どうしたものかと考える。いや、どうするのが一番の解決策なのかはわかっているのだが、その決断を下す意気地がない。首を突っ込むべきか、お節介じゃないか。いや、自分の居心地が悪いからなんとかしたいのだが。

 

 「アキラってさ、子供好き?」

 「ん?なんで?」

 「チューリにはなんか優しいなって思ったから。」

 「ああ・・・。別に?」

 

 しばらく馬を走らせ続けて、道が広くなってきたところで駆け足をやめさせる。木々もほどよく伐採され、日当たりがよくなっているおかげか道の泥も少なめである。

 

 「特別子供のこと好きってわけでもないと思うが。」

 「そう?まるでワタルおじさんみたいだなって思って見てた。」

 「ワタルおじさん?」

 「大叔父さんだけどね。すごく優しい人だよ。」

 

 ジークが頼りになるって言っていた、ジークの弟、ワタル。えらく日本人っぽい名前だが。それを言えばサツキもそうだが。

 

 「あー、うん。ばぁばもだけど、ワタルおじさんも、ボクと、ボクのパパはツバサおじい様に名付けてもらったんだ。」

 「ああ、そりゃ納得。リッキーもそうだったのか?」

 「うん、ばぁばもパパもボクも、みんな5月生まれだからって、なんだか悩んでたらしいよ。」

 「リッキーのパパ?」

 「うん、リッキーはあだ名で、ボクは本当は『リッカ』っていうの。ボクのパパは『タンゴ』って名前。」

 「なるほど、全部五月に関係ある言葉だな。」

 

 サツキはそのまま皐月、タンゴは端午の節句、リッカは立夏。端午の節句は子供の日で5月5日、立夏もだいたい5月5日なことが多い。

 

 「まさに5月ファミリーだな。」

 「そう、面白いでしょ?しかもみんな5月5日生まれなの。」

 「そりゃすごいな。どんな確率してんだ。」

 

 他愛のない話をしながら、平和な空気の流れる今のうちに昼食もとっている。サンドイッチは馬上でも片手で食べやすい。

 

 もちろん、周囲への警戒は解かないが、呆れるほどに平和な道のりだった。

 

 「ケチャップいっぱいだな。」

 「ばぁばとじぃじが好きなの。ケチャップ。」

 「リッカも好きなんだろ。」

 「うん、嫌いな人いるのかな?」

 「いるんじゃない?サンドイッチと言えばマヨネーズだと思ってたけど。」

 「ノメルじゃこれがスタンダードなの。」

 「ふーん。」

 

 とてもおいしいサンドイッチだったが、アキラはそれを丹念に味わうでもなく素早く食べきると、口の端についたケチャップを拭って水を飲み干す。

 

 「もう食べちゃったの?」

 「うまかったけどな。どうも落ち着かないんだ。」

 「それもそっか。」

 「・・・。」

 

 リッキーはあむあむとサンドイッチを咀嚼しており、それをアキラはなんとも居心地悪そうに眺めているが、リッキーはそのことに気付かない。よほどおいしいのだろう。

 

 「ところで・・・、なんだが。」

 「あに?」

 「飲み込んでからでいい。リッカはジークのことどう思ってるんだ?」

 「んぐっ・・・どうって?」

 「さっきの、シエルとの話のこと。このままじゃ居住まいが悪いくて。」

 「ああ、ボクは気にしてないんだけど。」

 「それでも、『こっち』が気にしてるんでね。これ。」

 

 おもむろにアキラは腕輪を外し、リッキーに手渡そうとする。乗馬しながら近づくのには骨が折れるかと思っていたが、リクもソラも察したように歩調を合わせて、それはすんなり上手くいった。

 

 「これは?通信機?」

 「さっきからずっと繋いでる、はず。返事がないけど。」

 「えっと、聞こえる?」

 『・・・聞こえてる。』

 

 同じものをジークがつけていて、リッキーも大き目な通信機を扱ったので、存在は知っていたがこうして手に取るのは初めてだった。

 

 たどたどしい手つきで通話ボタンを押し、向こう側へと声をかけると、ややあってから返事がくる。

 

 「えーっと、シエル、ボクはね・・・。」

 『ゴメン・・・なさい。』 

 「えっ。」

 『その、私が口出しするようなことはなかったんだなって、それに、ジークも悪く言っちゃったし。』

 「いいよ、ボクは気にしてないし、じぃじもきっと気にしてないと思う。」

 『かなぁ?』

 「大丈夫だよ。でも、一応後で謝っておいてくれると嬉しいな。」

 『うん・・・わかった。』

 

 ひとまずわだかまりが解けたことを確認して誰もが胸をなでおろした。一番安心していたのはアキラだっただろう。

 

 しかしそこまでだった。通信機を握ったままのリッキーも、通信機の向こうのシエルも何も発さないまま時間が過ぎていく。

 

 『えっとさ、事情・・・。』

 「事情?」

 『うん、事情。聞きたい?てか聞いてくれる?』

 「う、うん・・・。」

 

 間が持たないと思ったのか、シエルが話を切り出してきた。

 

 『私、孤児だってのは言ってたよね。』

 「俺は聞いたけど、リッカは知らないんじゃないか?」

 「うん、知らない。」

 『そっか・・・うん、まあ、それだけの話なんだけどね。最近、そのことで知ったことがあったんだ。』

 

 それからシエルはぽつぽつと話し始め、リッキーもアキラも固唾を飲んで見守っていた。

 

 『私のおとうさん・・・義理の、ってなるんだけど。お義父さんと話すことがあって、そこで私を産んだ女のことを聞いたの。』

 「お義父さん、知ってたの?」

 『うん、そもそもお義父さんの家のポストに手紙と一緒に入ってたから。私。』

 「ポストって、赤ちゃんポストじゃなかったのか・・・。」

 

 ポストに入れられていた、と聞いてアキラはてっきり赤ちゃんポストに入れられたと思っていたが、予想よりも複雑な事情があるようだった。

 

 『その手紙をたまたま見つけちゃったのがきっかけだったんだけど、それはよくって。そのクソ女、お義父さんのこと二股しておいてお義父さんのこと捨てて、その2年後にアタシを寄越したんだって。』

 「うわぁ。」

 

 思っていたよりも数十倍クソなクソ女だった。その壮絶な生まれに言葉も出ない。

 

 『だからさ、二股かけるヤツなんか信用ならないって思った。それだけ。うん、ジークには謝らないと。』

 「お、おう・・・重いな。」

 『だから軽くしたいの。口から出せば軽くなるって聞いた。』

 「それでシエルの胸が軽くなるなら、なんでも聞くよ。」

 『ありがと、リッキー。私の胸は軽くなってもリッキーには分けてあげられないけど。』

 「ん?」

 「ちょっと、別にボクはいらないから・・・。」

 『照れちゃって。』

 「んむー。」

 「んむ?」

 

 ふくれっ面になったリッキーとカラッと笑うシエル。その二人の間に流れる空気に違和感を覚え、そして一つの結論に至ったアキラは、その答えを口にせずはいられなかった。

 

 「あのさ、今気づいたんだけど。」

 「あはは、なに?」

 「リッカって女・・・の子?」

 「は?」

 『は?』

 

 ド直球に飛び出したストライクボールが、空気をつんざいた。すべてを出し切る寸前で申し訳程度のボール球が振られた気がしたが、なんの慰めにもならないだろう。

 

 「今頃?」

 『なんで気づかない?』 

 「いやぁ・・・凛々しい子だなぁっては思ってたんだけど・・・?」

 『おっぱい小さいからわからなかったんだな?』

 「ひっどい。」

 「そうは思ってない、決して。」

 『普通間違えないよねー。』

 「ねー。」

 「すまん、すまん。」

 

 平謝りするアキラを見て、リッキーもシエルも笑った。頭を搔いてアキラは話題を変えようとする。

 

 「それにしても、その物干し竿はなに?薙刀?」

 「これ?ハルバードだよ。エリカばぁに教えてもらったの。」

 「エリカばぁ・・・、ドロシーたちのお婆ちゃんだな。」

 『で、ジークの奥さんと。』

 「うん、優しいけど、しっかり教えてくれた。まあまあの腕前だと思うよ。」

 「なら頼もしいな。」

 『普通に仲いいんだね。』

 「仲悪くする理由もないし。」

 「貴族だったら、後継者とかの問題ない?」

 「その話は当時散々絞られたって言ってたよ。じぃじ。」

 

 さぞ修羅場だったろうが、その場には居合わせたくない。お家騒動は文字通り骨肉の争い、当人たちだけでなく、配下や家臣にも血が流れるものだ。

 

 「そこまで酷くはないと思うよ、今もばぁばもエリカばぁも仲いいし。距離は置いてるけど。」

 『でもジークここにいるけど?』

 「ん-とね、2か月おきに交代で、4か月こっちで過ごしたら、2か月間を置いて、また4か月エリカばぁのとこにいる、ってルーティンになってる。」

 「ペルセポネかよ。」

 

 冥界の神ハデスに娶られたペルセポネは、地上界へ帰れるとなった時ハデスのザクロを4粒だけ食べてしまい、4か月だけ冥界でハデスの妻としての生活を送るようになった。それが冬の始まりだという。

 

 異界の物を食べると、異界から現世へ帰れなくなるという話は、古今東西問わず似たような逸話があるものだが、このアルティマにおいてもそれは成立しているようだ。ジークが食べたのはそんな黄泉戸喫(よもつへぐい)だったわけだ。

 

 「でもそんな生活も、忙しいけど楽しいって言ってたよ。」

 『そりゃ好き放題やってるんだから楽しいでしょうよ。』

 「人生謳歌してるなぁ。」

 「うん、『明るさとポジティブさが僕の一番の取り柄だ』っていつも言ってる。」

 「うらやましいこと。」

 「・・・アキラは、どういう人生送ってたい?」

 「ん?」

 『あ、それアタシも気になるかも。』

 

 今度はアキラは話題を振られたが、どう答えたものかとしばし逡巡して何も話せずにいる。

 

 「・・・っと、そろそろ着くかな?」

 『じゃあ、もう切るね。ジークに謝ってくる。』

 「うん、じゃあね。」

 

 そうこうしてる間に目的地の近くまで来ていたことに気付いた。少々手古摺りながらもリッキーは通話終了ボタンを押す。

 

 「アキラ、これ。」

 「いや、リッカが持ってな。何かあった時のために。」

 「そう?でも、アキラが持ってた方がよくない?すぐどっか行くみたいだし。」

 「前のは異常な事態すぎた。さすがに今回は大丈夫だろう。それに・・・。」

 「それに?」

 

 そこまで言いかけてまたアキラは口ごもる。が、今度はすぐに発する。

 

 「ジークからの大切な預かりものだし。」

 「んまあ、そう?」

 「そういうことにしといて。・・・むしろ俺の方が使えなくなるだろうし。」

 「ん?」

 「なんでもない。」

 

 どうせスペリオンに変身すれば通信機が使える状態でなくなる。

 

 歯切れの悪いアキラだったが、リッキーもそれ以上何も言わずに通信機を腕に通し、あくせくしながらもバンドを締める。

 

 「これでいいかな。」

 「外れなきゃいい。」

 

 通信のボタンを一通り教えたところで、ついに村の前にまで到着する。ひとまず馬を降りて

 

 重ねて確認するが、ここまでの道中に人とすれ違うこともなく、人がいたような形跡も何もなかった。そしてここから見える村の中も誰もいないように見えた。

 

 「山に芋ほりにでも行ってるのか?」

 「この近くに山はないかな。花畑はあるけど。」

 

 一軒一軒家の中を見て回るが、誰もいない。むしろ、『何も無さ過ぎ』て生活感すら感じられない。また、多くの家の窓が壊されていて、そこには応急処置がなされて放置されているようだった。

 

 「確かに割れてるけど・・・。」

 「大体がドアの横の窓が割られていて、それが何軒もある。嵐でも来て割れたんだとしても、西側だったり東側だったり、あるいは路地だったりで方向がテンでバラバラだ。」

 「明らかになにかあったでしょコレ。」

 「いつでもトンズラできるようにしておけよ。」

 「いのちだいじに。」

 

 屋内をアキラが捜索し、リッキーが屋外を見て回る。やはりどこにも人がいない。だが逆にその異変の原因も見えないのが不可解であった。どこの道や広場も泥だらけで、足跡もわからないとあって追跡を試みるにも難しい。

 

 さて、ここでもう一度事態を整理して推理してみよう。この事件のきっかけは、この村の女性が助けを求めてきたこと。彼女が言うには『村人の様子がおかしい』とのこと。どう聞いても『おかしい』としか答えないので、彼女自身もその『おかしい』の仲間だろう。その前提で、調査には2人だけで赴き、館に戦力を固めた。

 

 「その割にはみんな緊張感なさそうだったけど?」

 「いつもあんな雰囲気だから。」

 「頼りになるのかならんのか。」

 

 まあ、旦那様が大丈夫だって言ってるんだから大丈夫なんだろう。

 

 最悪の事態を想定してみよう。やはり人質をとられるような事態は避けたい。もしもこの状態が昨日以前より起こっていたとすると、人質の体力も心配になる。

 

 「特に子供や、老人は危ないだろうな。」

 「子供は11、いや12人いるよ。今年の始め1人生まれたばかりなんだ・・・。」

 「どこにいる?どこかに監禁されてるのか?」

 「ここで監禁できそうな場所とすれば・・・染料の工場かな?」

 「工場があるのか。」

 「うん、そんなに大きいものじゃないんだけど、花から染料を取り出すための作業場があるんだ。」

 「アヴェム染めだっけ。特産品の。」

 「うん、東側にあって、さらに向こうに花畑もある。」

 

 花、というのはおそらく館にも飾ってあったユリの花だろう。アキラは知らないことだったが、同じ品種が館の温室でも栽培されているのだが。そこで品種改良されたものがその花畑で本格的に栽培されるのだという。

 

 閑話休題。しかし今ここからでは、一輪で部屋全体が甘酸っぱい空気でいっぱいになるはずの、そんな花の香りがここではしない。

 

 「そういえば・・・いつもはもっとここらへんまで香ってくるんだけど。」

 「花を刈り取っちゃったばかりだってこととかでは?」

 「ニオイが全くしなくなるぐらい収穫するなんてことはしないよ。次も生えてくるんだから。」

 「だろうな。」

 

 花が咲いて、枯れた後に種が出来る。花の内に全て刈り取ってしまったとあれば、当然『次』の種が手に入らなくなる。その理を理解せず、根こそぎ奪おうとする者も多いが。

 

 そういう輩を拒否するために門や鍵がある。工場の前まで来たが、門は閉じられている。鍵をこじ開けるのも、扉をぶち破るのもアキラには余裕だが、それはまあ一旦置いておいて。

 

 「先に外を見て回るか。」

 「うん、裏口もあるしね。そっちが開いてるかも。」

 

 と、横道にそれて建物を回り込む。工場があって、その向こう側に行くのだとしたら、建物に隠れて見えない先に花畑もあるものだと思ったが、予想を裏切られる光景だけがあった。

 



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咲いた悪意、枯れぬ闘志 その3

 整然としていたであろう畑は荒らされ、強く根を張っていた花は生気を喪い枯れ、代わりに太い丸太のような塊が、ぬくぬくと肥え太るように横たわっている。

 

 「なんだこれ。」

 「なんだこれ。」

 

 アキラが言ったのは目の前の惨状に対して。リッキーが言ったのは惨状の元凶たる異物に対してだ。

 

 丸太にしては青々としているそれには、茨のようなトゲが生えている。トゲの表面には、さらに細かい針が無数に生えており、さらに針には放射状の形態の『返し』がついている。棒で突いてみればそれらは簡単にポロポロと落ちる。刺さりやすく抜けにくい、まさに悪意の塊だ。

 

 「サボテン?」

 「こんなデカいサボテンがアルティマには生息してるのか?」

 「いや、見たことも聞いたこともない。」

 「とすれば、突然変異種?か?」

 「いや・・・そもそもここらへんにはサボテンは自生してないよ。」

 「じゃあ、誰かが持ち込んだか。」

 「誰が?」

 「知らんが、誰かの仕業なら悪意があってのことだろう。」

 

 ミントや葛を植えるのとはわけも規模も違う。此度の異変に原因があるとすれば間違いなくコイツだろう。推定サボテンのトゲ植物。まずは観察してみる。

 

 サボテンらしく表皮は固い。長い体の片方は畑を押しつぶしながらカーブし、トグロをまいているようだった。中央には血のような赤黒い色の塊、推定つぼみがついている。

 

 「とぐろ巻いてるとなんというかでっかいウン・・・。」

 「言わないで。」

 「うん。」

 

 畑から伸びてる方が花だとすれば、その反対側が根の部分。それは工場の裏口に向かっている。建物の中を覗き込んでみると、床に大穴を開けていた。

 

 アキラは一歩踏み込んでさらに覗き込む。リッキーはおずおずという具合だが、周囲への警戒は怠っていないようだった。

 

 「リッキーは外を見張ってて。何かあったら通信飛ばして、それから・・・。」

 「それから?」

 「迷わず逃げて。俺は奥を見てくる。」

 「危険じゃない?それに昨日の今日だし。」

 「昨日は昨日、今日は今日。」

 「ちょっとー?!」

 

 止める間もなくあっという間に穴の底へと消えていくアキラ。やれやれと思いつつ、そういえばと現状の報告も兼ねて通信機を使ってみることにした。

 

 「えーっと、こちらリッキー、聞こえてる?」

 

 CALLボタンを押すが、なかなか向こうが受話器を取ってくれない。数コールしている内に、先にアキラの声が穴の中から反響して聞こえてきた。

 

 「おーい!!いたぞー!!」

 「いたってなにがー?!」

 「子供!全員いるんじゃないか?」

 

 その声に思わずリッキーも身を乗り出すが、すぐにアキラから静止の声が飛んでくる。

 

 「来るなよ!根っこが絡みついてる。こりゃ骨が折れそうだ。」

 「子供たちは無事?」

 「息はしてる。けどかなり衰弱してる。赤ん坊も含めて12人いる。」

 「そう・・・。」

 

 うんうんと唸りながら文字通り手を焼く様子が、見えない位置にいるリッキーにも把握できた。

 

 「そうだ、そっち通信してくれるか?」

 「うん、今してるところなんだけど、繋がらないみたい。」

 「・・・向こうでも何か起こってるんじゃないか、それ?」

 「かもね、今かなりマズイ?」

 「今、世界中がマズイんだろうな。」

 

 その時、何かが爆ぜるような音がしたかと思うと、アキラが穴から飛び出してきた。その腕には少年が抱えられている。

 

 「とりあえず一人。」

 「うわっ、腕が傷だらけ・・・。」

 「腕だけじゃない。根っこにまでトゲが生えてやがった。」

 

 連れてこられた男の子の腕や首筋、服の上にも赤い斑点がついている。顔色も悪い。

 

 「みんな運び出そう。」

 「うん、馬車を用意するよ。」

 「ある?」

 「そこにある。」

 

 荷物運搬用の荷車なら工場のすぐそばに置いてあったのを見た。ピーと指笛を吹くと、村の入り口から2頭の馬が走ってくる。体格のいいリクにハーネスをかけ、の荷車の一台と接続させる。

 

 荷台に布をしき、少年を寝かせると、よしと改めて向き直る。この分ならすぐ作業は終わるだろうが、それだけでこの問題が解決するとは思わない。この村の大人たちは一体どこへ行ったのか?

 

 そんなことを考える暇もなく、災難は降りかかってくるものだ。

 

 太陽が空の真ん中に昇ったのを合図に、舞台の幕は上がる。

 

 ☆

 

 「あーっと、シエル。これは誤解だ。深いわけがある。」

 

 客室のベッドの上でジークが組み敷いた下には半裸の村娘。その部屋のドアには銃を抜いたシエル。何をかいわんやである。

 

 思わず右手を村娘の腕から離したジークだったが、そのためにフリーになった村娘の左腕がジークの首に迫る。が、ジークは顔をシエルの方に向けたままそれをあっさりと捻り返す。

 

 「君が呆れてる気持ちはわかるけど、そうじゃないんだ。そこのカーテンタッセルをとってくれないかい?」

 「タッセルって?」

 「カーテン纏めてる紐。」

 

 これか、と長い紐を持って駆け寄ると、ジークが抑えていた手を縛る。

 

 村娘は抵抗するような素振りこそ見せるが、その目には生気がなく、顔色もまた死人のように非常に悪かった。ジークはそのか細い指で強く握りしめていたものを取り上げる。

 

 「で、なにがあったわけ?」

 「詳しいことは理解しかねているが、とりあえず『これ』を刺されそうになった。」

 「それは?」

 「針、としか。」

 

 握られていたのは薄い琥珀色をした半透明で5cmほどの針。指で曲げても折れない程度にしなやかで硬い。

 

 「おそらく同一のものが、彼女のうなじに生えていたのを見つけた。」

 「うなじ?」

 「ファッションではないのは確かだよ。」

 

 腕を縛られている村娘の髪をかき上げると、その首筋には同じような針が刺さっている。シエルはそれを摘まんでみるが、まるで根を張っているいるかのように抜けない。

 

 「ア゛ッ・・・ア゛ッ・・・」

 「それに、むやみに触るのも良くないのかな。」

 「そう言いつつ指で弾くのやめい。」

 「こういうときはスキャンだ。」

 「いや、それは今はよそう。」

 「どうして?」

 「お客さんがお見えだ。」

 

 ジークが指さした先は窓。昼の日光を取り入れて非常に眩しいそれの中に混ざった黒は、はりついた人の影。それも1人や2人ではない。

 

 「ここ2階だったわよね?」

 「窓から入ろうとするのは泥棒か、よほどのマナー知らずだ。ひとまずお引き取り願いたいのだけど。」

 

 軽口こそ叩いているが、そこからジークの行動は早かった。ベッドから毛布をひったくると、もがく村娘をくるんで簀巻きにして肩に掲げ、ドアを少々乱暴に開ける。

 

 「どこに行くの?」

 「食堂。明らかに異常事態だからね、こういう時は食堂に避難するようにいつも訓練してる。」

 

 そうして廊下に飾られている花瓶の前まで行くと、その後ろに下げてある紐を何度も引っ張る。すると半鐘のような音がけたたましく鳴り響き、館全体に異常事態を知らせる。

 

 「フラニーとステイシーはキッチンだし、ウェンディとサーリャは洗濯場だし大丈夫だろうけど、サニィとマニィは大丈夫かな?あとチューリと・・・翼とケイは警報のこと知らないか。サツキは大丈夫だろうけど、トワは・・・。」

 

 ぶつぶつと考えを纏めるために呟き、反芻しつつも早い歩調で食堂への廊下を走る。途中、部屋の中から窓ガラスが割れる音がするが、その方向をただ一瞥するだけでジークの足は止まらない。

 

 「ねえ、食堂に集まって、そこからどうするの?」

 「え?ああ、下手人が現れた時は食堂を中心に籠城。防火扉もあるしね。」

 「それから?」

 「迎え撃つ。」

 

 ちょうど食堂の前にまで来た時、遠くからひときわ大きな爆裂音が響く。また、廊下の向こうから下手人が現れる。その正体は鍬や鎌、はたまた箒やトンカチを持った村人たちである。皆一様に生気のない目をしているのは、村娘と同じく。

 

 「一揆かな?税金はそこまでムチャにとってないハズなんだけど。」

 「言ってる場合?」

 「場合じゃない。ステイシー!」

 「はい。」

 「サツキは?」

 「いない。」

 「今誰がいる?私とフラニーとウェンディとサーリャ。」

 「よし。非常事態時マニュアル、その3番復唱。」

 「敵襲、夜襲の際は食堂に集合し、そこを中心にして籠城。その際はジーク、あるいはサツキの命に従い、個々人は臨機応変に対応しつつ食堂へ集合。」

 「よし。じゃあ僕はマニィたちを探してくるから、そのように。シエルは翼たちに連絡とって。」

 「ライサー!」

 

 簀巻きをサーリャに渡し、シエルがドアの向こうに潜り込むと、反対に鞘に入ったサーベルが投げ渡される。ちいさく礼を言ってからドアをしっかりと閉める。向こう側から施錠される音を聞き届けたジークは、徐に剣を抜き放つ。

 

 同時に、甲高い金属音が弾け、折れた鋤が床に刺さる。ジークはそれを一瞥し、そして鋭い眼差しを飛んできた方へ向けた。

 

 じりじりと距離を詰めてくる村人たちの、さらにその先を見据え、顕示する。

 

 「この僕に、ここの領主たるジークに、無碍の民草に剣を向けさせた事、血で贖ってもらおうか。」

 

 それはたとえ何人たりともが腹の底から震えあがり恐れ慄くような眼光と唸り声。太陽よりも輝かんとするような雄々しさと気高さを兼ね揃えた威風。大樹の如く重厚な齢と共に重ねた貫禄。

 

 「・・・大見得切ったんだから、ちょっとはビビってくれてもいいのに。」

 

 そして苦虫を嚙み潰したようにはにかんだ顔は、冬眠から目覚めた生き物のようにどこか生き生きとしていた。抜いたサーベルも鞘に戻して腰から下げ直すと、凛とした表情で拳を構えて改めて向き直る。

 

 ☆

 

 翼は混乱していた。翼は頭はいい方だが、どうにも回転力に欠けるという弱みがある。目の前の事態に対して冷静に分析しようとするあまり、手と足が止まってしまうのだ。そういう点においては、一見するとバカに見える『洸』の方が『頭がいい』と言えなくもない。

 

 特にその頭の良さは、今のような状況で強く働く。毒々しく邪悪な棘の生えた鞭が、自分の頭をカチ割ろうとしていることを察した翼は、慌ててその場を飛び退く。スチールで出来ていたベンチが両断され、弾かれた空気が肌に貼りつくのを感じて、ようやく事態の大きさを実感した。

 

 「・・・分析!解析!」

 

 危険だが、まずはデータアナリストとしての役割を思い出す。見るからに危険生物であるが、それ以上の情報は調べないことにはわからない。だから調べるためのスキャナーを取り出す。

 

 「そうだ、ワイヤレスのセンサーを試作したんだった。」

 

 『最悪の事態に備えろ』と言われて、とりあえず作っておいたものが早速役に立ちそうだった。ドローンのように自律飛行させられず、バッテリーの問題でごく短時間しか稼働できない、本体の強度などの問題から後回し後回しになっていたものを、時間ばかりがあったために『それっぽいもの』をでっちあげられた。

 

 スイッチを入れるとピカピカ光るカプセルを放り投げると、すぐさまその場を退散する態勢に入る。推定居なくなったトワイライトを放置することになるが、その前に自分が八つ裂きにされるか喰われると判断した。

 

 「なんのおとー?」

 「えっ?」

 

 そうして入ってきた方の入り口から出ようとした時、温室の奥の扉の方から声がするので振り返ってみれば、ちっちゃなメイドがいた。チューリだ。

 

 一瞬またも脳内が真っ白になったが、今度は立ち直るまで早かった。

 

 「逃げろ!逃げろ!」

 「わわわわわっ!!」

 

 チューリが奥へ向かって走り出したので、翼もその後ろをついていく。背後からはなおも破壊の音が鳴りやまないが、振り返る余裕もない。にわかに、メキメキと何かが裂けるような音と、地面が揺れる感触を味わい、そこでようやく一度振り返る。

 

 温室のガラス張りの天井の向こうに、それはいた。巨大に肥大化した首をもたげ、周囲を威嚇するように睥睨する。血のように赤い口吻を開けると、半透明で粘性のある液体が飛び散る。

 

 「恐獣・・・タイプPか?」

 

 とりあえずカメラを構えてしまうの、というのはスマホなどで気軽に写真が撮れるようになった現代人の持ち得る病のようなものであるが、翼もその例外に漏れなく・・・というわけではなく、アナリストとしての癖、ある種の職業病と言ったところ。ゆっくりと観察できる時間もそうない以上、情報は少しでも欲しい。

 

 「この大きさならドローンで・・・いやスピーダーに置いてきた・・・ケイに連絡するか。って、チューリ?チューリどこ行った?」

 

 一周まわって冷静になってくると、ふとやるべきことの多さに気が付いてくる。ホウレンソウ(報告・連絡・相談)はどんな仕事でも大事だ。手が足らなければ救援を要請する、一人で問題を抱え込まない。

 

 さて、考え事をしている内にチューリを見失ってしまっていた。じょじょに地鳴りが近づいてきていることから、急ぎこの場を離れなければならないことを察して声を張り上げて探す。以前、息子とモールではぐれた時のことを思い出して少し苦い想いがこみあげる。

 

 「チューリー!」

 「いるよ!」

 「おお、いた。どこにいた?いやいい、逃げるよ!」

 「うん!」

 

 研究室の方から出てきたチューリは何やら瓶を抱えているようだったが、かまわん。とにかく背を追いかけて外に出る。

 



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