愛柱・愛染宗次郎の奮闘 (康頼)
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始まり


 愛とは何か?

 それは人それぞれの考えや思いがあるだろう。

 隣人愛に家族愛、そして愛する人に対する純なる思い。

 そのどれもが正解の一つであり、人の数ほどのそれぞれの愛がある。

 多くの哲学者などが愛について語っているが、答えなどがないのが愛なのかもしれない。

 時に、その思いは人を狂わせ、より凄惨な事件へと発展することもある。

 

 結論、愛は、それだけ偉大なものと言えよう。

 そんな私こと『愛染宗次郎』にとっての愛とは何か?

 それを語るには、まず私自身の生い立ちを語らなければならない。

 まず私は、ある界隈では有名な転生者という存在で、例のごとく今まで住んでいた世界とは違うこの世界に誕生した。

 宗次郎という名前もこの世界で生まれた際に両親から頂いたものであり、生前、つまり前世での名前も勿論あるのだが、今、この場において全くの知る必要がないものため、話を続けようと思う。

 前世の私は、某少年漫画雑誌の『鬼滅の刃』という作品にハマってしまい、毎週の雑誌発売日に『鬼滅の刃』を読むためだけに雑誌を買っていたほどである。

 そこまで何が私を作品にハマらせたのかというと、独特な世界観と個性的な登場人物に惹かれたのだろう。

 主人公である炭治郎の真っ直ぐな思いと性格はスコだし、その妹の禰豆子ちゃんの愛らしさは最高、通称次男さんの善逸のキャラもベリーグッドで、三男さんの伊之助の腹筋はペロリたい、作品屈指の萌えキャラの義勇さんは天然スコで、兄貴杏寿郎さんの生き様はカッケ―、個人的なヒロインのしのぶさんは単純にスコだ……とこの場で語るには溢れんばかりの想いを語ってしまうことになるだろう。

 ただし無惨、てめぇは駄目だ!!

 

 ということで、まずこの世界で『鬼』というパワーワードを聞いてしまい、時代背景などを考察し、この世界が鬼滅の刃の世界と知ったときは、先ずはいろんな意味で震えるしかない。

 同時にこのクソゲー臭漂う世界にも絶望してしまったね。

 そもそもポンポン人が死んでいく世界で、一般人の私では瞬コロは間違いなし、遅くても数年の命だろう。

 だが、死ぬ前に一度でいいからあの魅力的な人達に会ってみたい、というファンとしての欲望を抑えきれない。

 ならば、どうするか?

 

 答えは一つ。

 誰よりも強くなるしかねぇだろ!!

 

 という決意をした私が17歳を迎えた春頃。

 

 「宗次郎、今日から君を愛柱に任命する」

 

 癒しのボイス持ちのお館様から柱に任命された。

 ふむ……人間案外どうにかなるもんですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 

 

 

 耳元で風を切る音が聞こえ、手に持った木刀で反らすように飛来する木刀の切っ先を弾き返す。

 流れるような剣捌きが、リズムよく周囲を回ると、微かな隙を伺うように木刀を走らせ、相手のリズムを狂わせる。

 だが、そんなことを一切気にも留めないその姿はまさに流水の如く、一部の隙も崩しも効かないと言っていいだろう。

 ならばと、私は、相手の踏み込んだ瞬間を狙い、渾身の一撃を相手の身体の芯に向けて叩き込む。

 威力重視の容易な狙いの一撃は、簡単に木刀により防がれてしまうが、次の瞬間相手の身体を大きく吹き飛ばした。

 その瞬間に、衝撃のせいかお互いの木刀が手元からへし折れた。

 

 「ふむ、どうやら引き分けのようだ」

 

 折れた木刀を眺めながら私は、吹き飛んだ先で華麗に受け身を取った冨岡義勇に声をかける。

 

 「ああ」

 

 言葉少なく返事を返す。

 手が痺れたのか、右手を振る義勇の姿を見て、私は思う。

 コミュ症な義勇さんはやっぱりスコだな、と。

 

 そんな内心を隠しながら、私と義勇の恒例の手合せが終わる。

 すると周囲でギャラリーと化した柱達から、様々な反応が返ってくる。

 

 「流石は愛染さんですね、あの冨岡さんをあそこまで吹き飛ばすとは」

 

 そう言って拍手を送ってくれたのは、笑顔が眩しいベリーキュートな胡蝶しのぶである。

 小さなお手で、ぱちぱちと鳴らすその様に、両手を握り締めたくなる衝動に駆られるがクール系キャラの威厳を守るため、自分の理性で衝動をねじ伏せる。

 そんな彼女に褒められ、テンション上がりまくりの私だが、あくまで冷静に声をかける。

 

 「いや、褒めるべきは義勇だよ。 あのタイミングでまさか完全に流されるとは」

 

 カウンター気味に放ってみたが、まさか木刀一本で衝撃を緩和させたのは、流石は水柱というべきだろう。

 こちらも向こうも、本気で打ち込んではいなかったが、それでも一度たりとも掠りもしなかった事実は、少しだけ凹み、同時に流石は義勇さんと内心拍手喝采である。

 そんな私の賛辞を聞いてくれたのか、興味がなさそうにその場を後にしようとした義勇の足取りが微かに軽やかになっているのを見て、内心ニマニマしてしまう。

 多分、この後鮭大根を決めるつもりだろう。

 

 「しかし、相変わらず派手な一撃だ。 冨岡のやつが吹き飛んだのはまさに派手派手だな」

 「うむ、まさに魂の一撃と言えるだろう!!」

 

 その後も宇髄天元に煉獄杏寿郎の賛辞が続き、私の気持ちはまさに有頂天と言っていいだろう。

 この両兄貴から褒められると流石に自信が沸いてくる。

 よく考えると、杏寿郎は私より年下だったのだが。

 

 「確か、白虎、と言った技であったな!? うーん相変わらず宗次郎には驚かされてばかりだ!!」

 「ありがとう杏寿郎」

 

 杏寿郎の言った白虎という技は、私が考え付いた新たな呼吸『愛の呼吸』弐ノ型に当たる技である。

 技自体はとてもシンプルで、たった一撃に全てを込めるというだけの技とは言えないものだが、私が様々な呼吸の特性を活かしたまさに一撃必殺と言える技である。

 この技で昔、下弦の参と陸を纏めて吹き飛ばしたこともあり、その威力のせいか木刀では完全再現できない技の一つである。

 

 「しかし、冨岡の奴、何も言わずにどこかに行きやがって……相変わらず陰気な野郎だ」

 

 面白くなさそうに天元が、この場から去っていく義勇に文句を言うが、そんな気遣いができれば、アレがああはなっていないだろう。

 そして、そんな義勇が私は好きだ。

 

 「まあ、いいじゃありませんか。 そもそもこの集まりで、冨岡さんが今までいたこと自体が奇跡ですよ」

 

 しのぶの言う通り、現在ここにいるのは、杏寿郎、天元、しのぶ、そして私の四人しかいない。

 他の柱達は、デートだったり、任務だったり、散歩だったりと出払っている状況で、空気読めなさ男の義勇が残っているのは本当に奇跡と言っても過言ではない。

 確かに、と頷く杏寿郎と天元が納得する姿を、今、現在鮭大根を食いに行こうとしている義勇が見たらどう思うだろう。

 そんなことを考える私の目の前で、ニコニコ顔のしのぶが小さな両手を叩く。

 

 「で、お三人方、この後どうしますか?」

 

 ニコニコと相変わらず可愛い笑みを浮かべるしのぶに対し、二人は答える。

 

 「俺は嫁達とこの後、花見に行くぜ」

 「うむ、俺は弟の鍛錬を手伝うつもりだ」

 

 嫁思いの天元と弟思いの杏寿郎に、クールな表情を張り付けて、内心ほっこりしている私を見て、しのぶが声をかけてくる。

 

 「愛染さんはどうされますか」

 「私は特に用はないよ、しいて言うならこのあと昼飯でも食べに行こうと思っている」

 

 折角なのでぼっち飯を決め込んでいる義勇と一緒に鮭大根を摘まむのもいいだろう。

 そんな風に考えていると、彼女はこんな提案をしてくれた。

 

 「でしたら、私の屋敷でお昼でもどうですか」と。

 

 その提案に私も快く了承し、義勇との飯はまた今度にしようと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 愛染宗次郎という男がいる。

 俺と同じ20という歳でありながら、炎、水、雷、岩、風、の基本的な呼吸を全て修得した傑物であり、新たな呼吸として『愛の呼吸』を生み出した天才である。

 恵まれた身体に、人知を超えた戦闘勘、冷静すぎる戦術眼に、類まれな頭脳。

 全てを兼ね揃えた宗次郎は、まさしく鬼殺隊最強といっていいだろう。

 最終選別すら満足に切り抜けることができず、代わりとして柱となった俺とは大違いである。

 錆兎を救えなかった愚か者と肩を並べることすら烏滸がましい。

 もし、彼が同じ時に選別を受けていなければ、錆兎が今もこうして生きてはいなかっただろう。

 もし、俺が先に宗次郎に助けてもらわなければ、錆兎が怪我をすることもなく、そして水柱になっていただろう。

 

 俺という存在がいなければ……

 

 そんな風に考えていた俺を殴り飛ばしたのも宗次郎であった。

 振り抜かれた右拳はやけに熱く、殴られた頬は何故か暖かった。

 

 「義勇、お前は錆兎との友愛を信じないのか」

 

 罪悪感から先生の補助をしている錆兎に会わなかったことに怒りを覚えたのか、そんなことを言い出した。

 故に、合わせる顔がない、柱としての資格がない、そう言った俺に、彼は一言。

 

 「強くなれ、義勇。 誰よりも強く」

 

 錆兎が言ったらしい、俺達は一心同体だと。

 お前が弱ければ、俺も弱いということになり、俺が強いというならば、お前も強いはずだ、と。

 

 「私は、冨岡義勇という男は、誰よりも強くなれると知っているよ」

 

 家族を愛し、友を愛する男が弱いはずがない。

 そう言った宗次郎の眼に、義勇は今まで感じたことがないような力強さが自身の中で芽吹いたような気がした。

 こんな俺を信じてくれる人がいる、

 俺もいつか彼のように、もう一人の親友のように強くなろうと、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 「って恰好良いこといってるが、お前、未だに同僚とまともに会話できていないのは不味いだろ」

 「そんなことはない、俺はうまくできている」

 

 「嘘をつけ、前に宗次郎から聞いたんだよ。 義勇が柱同士で孤立してるって」

 「俺は孤立していない」

 

 「じゃあ、ここ最近誰かと話したか、言ってみろよ」

 

 「宗次郎」

 「で」

 

 「……錆兎」

 「俺は柱じゃないぞ」

 

 「……胡蝶?」

 「お? 蟲柱になんて話したんだよ」

 

 「嫌われてるって言われた……」

 「……で?」

 

 「嫌われていないと言った……」

 「……え、義勇、お前本当に嫌われているのか?」

 

 

 

 

 

 「俺は嫌われていない」

 

 

 

 後日、錆兎が宗次郎と連絡を取り、柱同士でお食事会を開いてもらうようにお願いしたのは、親友としての気遣いだろう。

 

 

 



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 『蝶屋敷』

 それは鬼殺隊にとって、なくてはならない場所であり、命を繋ぐ場所である。

 病院の役割を果たす屋敷の厳かに佇む門は、治療を終え任務に向かう隊士や重傷を負った隊士を運ぶために常に開かれている。

 庭の木々は綺麗に剪定されており、周囲には色とりどりの蝶が舞い、その神秘的で安らぐ空間こそ、この屋敷の名の由来となっている。

 この屋敷の主は、蟲柱であり鬼殺しの毒を研究する第一人者、胡蝶しのぶである。

 柱の押しメンは誰だ、と聞かれれば、義勇さんかしのぶさんと答えていた前世の私からすると、彼女のお誘いには簡単にホイホイ乗ってしまうのである。

 若い女の子に呼ばれると付いていってしまうのも男の性と言えるが、後悔はしていない。

 

 「いつもご足労ありがとうございます」

 「いや気にすることはないよ。 私も様子を見に来たかったからね」

 

 気遣うしのぶには悪いが、不謹慎でも原作ファンとしてこの場所は好きだ。

 炭治郎たちが機能回復訓練で使った鍛錬場や軒下を見ると聖地巡礼をしている気分である。

 折角だし、一番大きな瓢箪でも割っていこうかな、と考えるとしのぶが立ち止まる。

 

 「では、私は支度がありますので」

 「そうかい? 私も手伝おうか?」

 

 いつも作って貰って悪い、と言うとしのぶは何でもないように笑う。

 

 「お客様は、ゆっくりとお待ちください。腕によりをかけてきますから」

 

 そう言われると、こちらも期待してしまうのである。

 そんな彼女と食事の用意のために別れ、近くを歩いていた三人娘と神崎アオイに何時もの如く挨拶をかわすと、入院患者のいるタコ部屋病室に足を運ぶ。

 

 「あ、愛柱様!!」

 「愛染様!?」

 「差し入れだ。 皆で後で喰べるといい」

 

 私の登場に寝ていた隊士達も身体を起こすが、私はそれを制止して、来る前に買った饅頭袋を机に置いていく。

 原作を知り、今この世界で生きている私からすれば、救えない命やこの鬼殺隊の過酷さは十分に理解している。

 ならば、できる限りこうして何かしてやりたいと、始めたお土産作戦は、隊士の表情から察するに行ってよかったと思う。

 

 「愛染様、いつもそんなことしていただかなくてもいいんですよ?」

 「まあ、気にしないでくれ。どうせ使い道のない金だからね」

 

 私の後をついてきてくれたアオイは遠慮しているが、柱と違い隊士の給金が仕事内容からして割に合わなさすぎる。

 それに私自身、現代からこの摩訶不思議な大正時代に生まれ変わったせいか、基本的に食事以外には金を使うことはないし、そもそも一番の娯楽は、柱達と駄弁ることのため金を使うことはあまりない。

 岩柱の悲鳴嶋行冥のように孤児に支援したりしてはいるが、それでも余裕があるので、こうして鬼殺隊の隊士達に対してお土産的なことをしている。

 おかげで、一般隊士からも話しかけられることもあり、関係も至って良好である。

 何より美味しいものを食べて、鬼殺隊全体の士気でも上がれば、鬼の絶滅により近づくことになるのでまさに一石二鳥というやつだ。

 

 「というわけで、これは君達の分だ」

 「い、いつもすみません」

 「甘いものでも食べて、体の疲れを癒すといい」

 

 萎縮しながらも感謝の言葉を口にして私から饅頭袋を受け取るアオイを見て、とりあえずしのぶに呼ばれるまでの間、隊士達と話でもしておくこととしようと思う。

 

 

 え?蛇柱と恋柱の関係って? それは勿論ベストカッポーでしょ?

 風柱に激怒された? ああ、彼はツンデレだと思うから大丈夫、多分心配してるよ。

 水柱が突然いなくなった? 大丈夫、鮭大根食べに行っただけだから。

 

 そんな下らなくも意味のあり、心安らぐ馬鹿話をしのぶが来るまで続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 愛染宗次郎という人に出会ったのは、私がまだ柱ではなく継子として姉の後ろについて回った頃からである。

 長身で爽やかな笑みを浮かべる好青年といった風貌とは対照的に、身の丈ほどの長刀――斬馬刀という中華の剣を模したらしい――の日輪刀が印象的であった。

 姉曰く、実力もさることながら、隊士からの人望も厚く、そして多忙な人らしい。

 通常の柱の業務をこなしつつ、寺子屋のような施設を作り、まだまだ未熟な隊士達の指導に当たっているらしい。

 何故そのようなことをしているのかというと、彼が基本の五つの呼吸を修得しているため、どんな隊士に対しても指導することができるから、常人離れした身体能力を持つがために、隊士の疎かになりがちの基礎体力向上も行っている。

 同時に癖の強すぎる柱達の仲介すら果たし、言葉足らずの義勇の信頼すら勝ち取っているほどの猛者である。

 故に、他の柱との連携すらやすやすとこなし、特に同期に当たる義勇との連携は隊内随一と言っていいほどの傑物で、十二鬼月を同時に葬るという偉業を成し遂げている。

 

 だからこそ、何故そこまでできるのか聞いたことがある。

 まるで聖人のようで、完璧超人であることに疲れないのか、と。

 そうすると彼は何でもないように答えた。

 

 「それは私がこの鬼殺隊を愛しているからだよ」

 

 その一言は、私にとって眩しいもので、鬼に両親を殺された恨みを晴らすため、常に恨みを抱き続ける自分自身の姿が情けなくなった。

 そんな私の心情を察してか、微笑むだけで何もいうことはなかったが。

 

 そして彼は私の恩人となる。

 

 

 

 「しのぶ、おかえりなさい」

 「ただいま……姉さん」

 

 食事の準備をしようとする私より先に台所に立っていたのは、姉の胡蝶カナエである。

 ニコニコと笑う姉は、もう鬼殺隊として戦うことは出来なくなってしまったが、それでもこうして命を繋ぐことができ、私の前で笑ってくれる。

 

 「今日は身体の調子は大丈夫なの?」

 「ええ、大丈夫よ。 走ったりはできないけどね」

 

 鬼の血鬼術により、肺を片方潰されてしまった姉は、時々寝込むことはあれど、五体満足であり、この蝶屋敷において私の補助を買って出てくれる。

 この失いかけた光景こそ、私にとっての何よりの幸せである。

 

 「今日は、愛染さんも来ているのよ」

 「まあ、そうなの! なら腕によりをかけて作らないとね!」

 

 私にとっても彼は恩人であるが、姉に至っては命の恩人である。

 何より同じ年で、同期でもあった姉と彼は私以上に親しい関係である。

 時折、彼が姉を誘って、昼食を食べに出掛けているみたいで、恋仲ではないかと噂されていた時もあった。

 

 「えっと、鮭って余ってなかったかしら?」

 「姉さん、鮭大根は冨岡さんの大好物でしょ?」

 「あら? でもその義勇君と昼食付き合っていたら、宗次郎君も鮭大根好きになったみたいよ」

 

 私とご飯を食べに行く時も、鮭大根頼んでいるから、と私の知らない情報を当たり前のように口にする。

 ならば、今度から冨岡さんの分と一緒に作ってあげよう、と考えていると、姉は私の方を見てニコニコと笑っている。

 その表情は、普段通りの笑みに見えてしまうが、妹の私からすれば完全に何か面白がっている表情である。

 

 「ところで最近、義勇君とはどうなの?」

 「冨岡さん? 今日は愛染さんと模擬戦していたわ」

 

 時折意図の解らない質問を姉はしてくるが、私が答えると何とも面白くなさそうにため息をつく。

 

 「ああー、うーん姉として純粋に育ってくれたのが嬉しいような……悲しいような」

 「さっきから何を言ってるの? さあ、姉さん、早く手を動かしてください。 愛染さんが待っています」

 

 はーい、気が抜けた返事をしながら料理を作っている姉を見て、私はあの時のことを思い出す。

 あの凄惨めいた場所で出会った珍妙な鬼、上弦の弐・童磨と死闘を演じた愛染宗次郎という男を。

 

 

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 大正こそこそ話

 

 

 主人公のデータ

 

 名前      愛染 宗次郎

 髪色      茶色 少しパーマ気味

 身長      186センチ

 体重      74キロ

 出身地     不明

 趣味      お喋り、鍛錬、人間観察

 好物      鮭大根、饅頭

 

 

 人間関係

 

 義勇 →    親友、ベストフレンド

 しのぶ→    恩人

 行冥 →    腕相撲のライバル

 杏寿郎→    鍛錬フレンド

 天元 →    隙のない奴

 

 

 転生者。鬼滅の刃ファン。



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 現れたのは真っ赤に染まった薄暗い路地の先。

 今までにない恐怖に手が痺れ、思わず息を呑む。

 呼吸をしようにも、辺りの臓腑から漂う真っ赤な鉄臭い血の匂いが、呼吸を邪魔する。

 虹色の瞳。

 血を被ったような真っ赤な頭。

 

 「あれー? こんなところで女の子が一人でどうしたの?」

 

 ニコニコと笑う屈託ない笑顔の青年からは、凄惨さしか感じられない。

 震える手に後ずさる足を留め、ゆっくりと腰の日輪刀を抜く。

 普段通りの動きのはずなのに、やけに身体が重い。

 やはり、身体は理解しているのだ。

 目の前の鬼は、本当の意味での化け物。

 その証拠が、虹色の両眼に刻まれた文字。

 『上弦』『弐』

 初めて出会う最悪の化け物である。

 

 「鬼殺隊の花柱、胡蝶カナエです」

 「ああー、君、鬼殺隊なんだね?」

 

 今、そのことに気づいたと言わんばかりの鬼の態度に、カナエは苛立ちを覚えるが、冷静さを保ちつつ、相手との距離を測る。

 

 「君みたいな可愛いくて優しそうな子が鬼殺隊だなんて、世も末だね。 もしよかったら聞いてあげよう。 話してごらん」

 

 まだ相手には戦意を感じられない。

 ならば、一つでも情報を引き出さなければならない。

 警戒したまま、相手に言葉を投げかける。

 

 「では、一つ聞きたいことがあります」

 「うん? 何かな?」

 

 穏やかに優しく喋る口元に真っ赤な血がこびり付いている。

 

 「貴方は人という生き物をどう思っていますか?」

 

 その問いは、対峙した鬼たちに何度も尋ねた質問でもある。

 大概の鬼は、食料と答えており、誰もカナエのほしい答えではなかった。

 後悔している、人を食べなくない、人間に戻りたい……そんな風に考える鬼もいるのではないか?

 自分自身、甘え考えだと思っているがそれでも考えてしまうのだ。

 殺す以外に道はないのか、と。

 だが。目の前の鬼は今までの答えとはまるで違っていた。

 

 「あら? 本当に聞いてくるんだね……良いよ、答えてあげる。 そうだね……可哀想な人達だと思っているよ」

 

 鬼の言葉に、カナエは思わず刀を握る両手に力が籠る。

 そんなカナエの様子に気づかずに、鬼は上機嫌のまま語り続ける。

 

 「誰もが死ぬのが怖くて、誰もが辛いことを恐れてる……だから俺は皆を食べてあげるんだ。 俺が食べてあげれば、ずっと一緒。 もう、怖くも辛くもないでしょ?」

 

 救っている、という鬼らしい傲慢な考え、いや本人は本当に救っていると思っているのかもしれない。

 ならば、本当に哀れで、本当に狂っている。

 息を整えて、相手の動きを観察する。

 このまま斬り込んでいってもカナエの死は確実である。

 ならば、少しでも可能性を模索する、そんなカナエの考えすら、この鬼には通用しない。

 

 「だから、食べてあげるね」

 「っ!?」

 

 一瞬で距離を詰めた鬼の両手には、対の扇。

 人の身体などやすやすと両断することができる鋭い刃。

 

 花の呼吸・弐ノ型、御影梅。

 

 瞬時の技を放ち、自身の周囲を囲うように放たれた斬撃は、鬼の身体を切り裂くと、相手との距離を取る。

 もう少し判断が遅れたら、首筋についた傷口がより深く入っていただろう。

 

 守りに入れば死ぬ、そう判断したカナエの前では、先程切り裂いた傷を一瞬で再生させた鬼が再び迫る。

 これが上弦弐の鬼、生半可な攻撃は意味をなさない。

 ならば、と恐れを跳ね除けて、カナエは迫る。

 

 花の呼吸・伍ノ型、徒の芍薬。

 

 高速の九連撃。

 まるで芍薬の花が咲いたかのような斬撃は鬼に向かって放たれるが、届いたのは三撃まで。

 残りの斬撃は、全て扇により防がれる。

 

 「おっとと、ちょっと喰らっちゃったね」

 

 余裕めいた鬼の言葉に、カナエは焦りを募らせる。

 初めて放った技ですら、簡単に対応される。

 いや、長い時を生きた鬼程、こちらの技を知っているのだ。

 つまり、二度目は通じない。

 

 ならば、超短期決戦。

 次の一撃で首を刎ねる。

 そう考えたカナエの前に鬼が迫る。

 

 枯園垂り。

 

 両手の扇が冷気を纏い、振るわれた斬撃がカナエに襲い掛かる。

 触れれば終わり、瞬時に判断したカナエは次の技を繰り出す。

 

 花の呼吸・陸ノ型、渦桃。

 

 迫り来る冷気を纏う斬撃を回避しながら、カナエは空中で身体をひねると、そのまま斬撃を放つ。

 狙うは、鬼の首ただ一つ。

 扇が攻撃に転じた瞬間を狙ったため、防ぐことはできない。

 

 だが、その一撃すらあざ笑うかのように、鬼は身体を反り返るようにして、首を狙った斬撃を回避する。

 お返しとばかりに振るわれた扇を、カナエはしっかりと刀で受け止めて、その衝撃を利用して距離を取る。

 

 もう少し、もう少しなのだ。

 だが、その一撃が遠い。

 

 「いやー、君。 本当に早いねー、今まで対峙した柱の中でも一番速いかも」

 

 けど、さー俺には勝てないよ?

 

 その瞬間、カナエは呼吸ができなくなった。

 息ができない、呼吸がままならない。

 まるで、肺が凍り付いたみたいだ―――

 

 「あれ? もしかして気づいた?」

 

 片膝をつき、周囲がぼやけ始めたカナエの視界で、鬼は楽しそうに笑みを浮かべる。

 

 「うん、大正解。 粉凍りっていってね、凍らせた血を霧のように飛ばす技でね。 少しでも吸っちゃうとこの通り、呼吸すらままならなくなってしまう」

 

 楽し気に扇を振るって、微細の氷の結晶を周囲に撒き散らす鬼を見て、カナエは気づいた。

 初めから、この鬼の掌の上であったということを。

 血を流し、こちらに接近戦を持ち込ませる。

 それだけで『呼吸』を使う隊士は、目の前の鬼の掌を転がされてしまう。

 同時に、圧倒的な再生能力を持ち、冷静に思惑を進める知能。

 これが上弦弐の鬼、鬼殺隊の柱すら何度も葬った本当の怪物。

 

 この情報は絶対に持ち帰らなければならない。

 自分の命がどうなろうとも。

 

 「苦しいよね? 肺が凍って呼吸も上手くできない」

 

 鬼がこちらに止めを刺そうとゆっくりと近づいてくる。

 だがカナエの足は思うように動かない。

 

 「君は本当に頑張った。 だから、もうお休み」

 

 鬼は扇を空に翳す、カナエの首を刎ねようとするために。

 

 この場にしのぶがいなくて本当に良かった―――

 最愛の妹の幸福を願いながら、カナエは死ぬ。

 

 「いただきます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「やらせると思うか?」

 

 愛の呼吸・参ノ型、青龍。

 

 まるで槍の如く、一直線に伸びた鋭い軌跡は鬼の左胸を捉えると、炸裂音とともに遥か後方へと弾き飛ばした。

 吹き飛んでいく鬼を尻目に、カナエの身体は何者かによって持ち上げられた。

 

 「遅くなった。 カナエ」

 

 霞みゆくカナエの視界には、鬼殺隊最高の剣士が笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カナエが危険だ。

 突然、現れた宗次郎と義勇に言われて、しのぶは言われるがままにカナエのいる方へと走り出す。

 そして、そこにいたのは倒れ伏せた姉に近づく一匹の鬼。

 

 次の瞬間、一瞬のうちに距離を詰めた宗次郎の突きが鬼を遥か後方へと吹き飛ばした。 

 

 「姉さん!!」

 

 宗次郎の両腕の中で、力尽きたように倒れた姉の姿にしのぶは、動揺の余りその元に駆け寄ろうとするが、右肩を義勇に押さえられる。

 突然の行動に義勇の方を睨み付けようとするが、それよりも先に義勇の動きが早かった。

 

 「伏せろっ!!」

 

 義勇に無理やり地面に引き摺り込まれると、その頭上を巨大な扇が通り抜ける。

 転がるしのぶの身体を義勇が受け止めて、迫るもう一つの扇を宗次郎が跳ね返す。

 そこでようやく状況を察したしのぶが、義勇の手に引かれて立ち上がると、遠くの方からこちらに向かって歩いてくる鬼の姿が見えた。

 姉の敵、と再び頭に血が上りそうになるが、こちらに向かって跳んだ宗次郎の腕の中で眠る姉の姿に、冷静さを取り戻す。

 

 「しのぶ、カナエは生きている」

 

 一言だけそういうと、しのぶにカナエの身体を預ける。

 近くで見た姉の表情は青白く、明らかに酸素が足りていないのは明白だが、微かに呼吸音は聞こえる。

 それ以外の外傷もなく、カナエが生きていることは間違いなかった。

 

 「義勇、二人を頼む」

 

 カナエを渡して、両手で巨大な真黒な日輪刀を握りしめて、鬼を睨む。

 

 「しかし、宗次郎……」

 「奴は十二鬼月、それも上弦の弐だ」

 

 少しずつ、距離をあける宗次郎の言葉に、しのぶは息を呑むしかない。

 上弦の鬼と言えば、柱ですら殺す最強の鬼。

 この状況では目に見えて勝ち目がなかった。

 

 「義勇、二人を連れて、離れてくれ」

 「……勝てるのか?」

 

 宗次郎の指示に、義勇が尋ねる。

 そんな義勇に向けて、宗次郎は力強く笑う。

 

 「そのための鬼殺隊だ」

 

 その言葉を聞いた義勇は、そのままカナエを背負ったしのぶを引っ張って、宗次郎達から距離を取る。

 その行動に、思わずしのぶは非難の声を上げる。

 

 「そんな!? 冨岡さん!! 愛染さんを見捨てるんですか?!」

 

 余りに身勝手な非難。

 先程は命を救ってもらった恩人にすら噛みつくしのぶよりも、遥かに冷静な義勇はただ一言。

 

 「宗次郎は負けない」

 

 その一言と共に遠く向こうからは、金属が弾き合った金切音が聞こえた。

 振り返ったしのぶの視線の先には、頭上へと舞う金属製の扇と鬼の右腕。

 そして鬼の胴体を真っ二つにする宗次郎の一振りだった。

 

 だが、それでも致命傷になっていない鬼に対し、宗次郎は右蹴りを放って鬼を強引に距離を取らせる。

 一瞬のうちに全身を再生させた鬼は、近くに転がっているもう一つの扇を握りしめるが、既に遅し。

 

 愛の呼吸・参ノ型、青龍。

 

 再び放たれる長距離の一撃に、鬼は扇で受け止めようとするが、

 

 「えっ!?」

 「残念、その突きは曲がるんだよ」

 

 孤を描くように放たれた突きは、鬼の首筋に切っ先を突き刺した。

 しかし、流石は上弦の鬼、一瞬の判断で後方に首を反らすと、絶命を逃れる。

 

 「ふぅ、危な」

 

 だが、既に宗次郎は次の技を放っていた。

 

 愛の呼吸・弐ノ型、白虎。

 

 振り抜かれた一撃は相手の扇を破壊し、鬼の全身を砕きながら後方へと吹き飛ばした。

 必殺の弐連撃だったが、鬼を仕留めるまでに至らない。

 追撃を仕掛けようとした宗次郎に向けて、氷の鞭が行く手を阻み、鬼に一呼吸余裕を作る。

 

 「はぁ、折角の自慢の扇だったんだけどね」

 「諦めろ、物はいつか壊れる」

 

 互いに距離を取り、息をつく。

 再び死闘の猶予を作るために。

 

 「今まで随分と柱達を倒してきたけど、君が間違いなく一番強いね」

 「流石は上弦の弐というわけだ。 中々死なない」

 

 残されたもう一つの扇を仰ぐ鬼に対し、刀を一振りし、風を巻き起こす宗次郎。

 そんな宗次郎を見て、鬼は呆れたように口を開ける。

 

 「どうやら、ネタもばれてるみたいだね」

 「カナエの姿を見た時から違和感があった」

 

 宗次郎は既に気づいていた。

 鬼の戦術も、宗次郎には効かなかった。

 

 「けど、呼吸って必要だろう? どうやって防いだんだい?」

 「答える必要があると思うかい?」

 

 冷静に返す宗次郎を見て、鬼は楽し気に笑う。

 

 「確かにその通りだ。 じゃあ、続きといこうか……と言いたいところだけど」

 

 鬼は残念そうに頭上を見上げる。

 すると真っ暗だった空が、東の方から明るくなっていく。

 

 「残念だけど、ここまでだね」

 「私は戦ってもいいが?」

 

 もう鬼の時間は終わりだ。

 宗次郎が止めを刺そうにも、上弦の鬼が本気で逃げれば、この状況では難しい。

 

 「じゃあ帰るとするよ」

 

 立ち去ろうとする鬼を見ても、宗次郎は追わない。

 今、命を繋いでいるカナエも、肺を潰される重傷であるため、仕留めきれるかわからない鬼を追うのは得策ではない。

 

 「あ? そう言えば名乗ってなかったね。 俺の名前は童磨。 君の名前は?」

 

 鬼――童磨の問いかけに答える必要がないため、宗次郎は沈黙を続ける。

 そんな宗次郎を一瞥し、童磨は闇へと消えていった。

 

 こうして長い長い夜は明けたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・ 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この世はクソゲー、はっきりわかんね。

 

 不意打ちと見慣れない技で、童磨を瞬殺するつもりだったのに、上手く逃げられた。

 こうなったら次戦うときに、手加減なしでチート技使ってくるやん。

 なら、原作通りで倒してもらおうとすると、しのぶ死んじゃうし。

 そもそも原作通りの流れになるかもわからないのに、そんな意味不明な賭けしてしくじれば、カナヲと伊之助も死んでしまう。

 なら、次は確実に嵌め殺す方法考えておかなければ、と考えながら、カナエを背負って、義勇としのぶを引き連れて走る。

 

 一つ良かったと言えば、カナエが生きていること。

 これは本当に運がよかった。

 錆兎の件は死ぬタイミングがわかっていたので、助けること自体簡単だと思っていたのに、何故か鬼に襲われている義勇を助けたために、錆兎が間に合わなくなるところだった。

 実際、錆兎の隊士としての道を断ってしまった。

 だからこそ、その時にこの世界はあくまで鬼滅の刃の世界であって、漫画のように上手くいかない。

 そのことに気づいた私は、とりあえず義勇を始めとした隊士の魔改造計画を行うことにした。

 寺子屋もどきもこの一環で、同じ志を持つ隊士の皆に生きてもらうためである。

 

 そういうわけで、原作の流れを信じなくなったが、それでも気になる私は胡蝶姉妹の足取りを追っていたのだが、如何せんカナエが死んだタイミングはわからない。

 だから、義勇と二人で後をつけ回していたのだが、運が悪くカナエだけ離れた時に、鴉が助けを求めに来た。

 全速力で走ったわけだが、何とか命を救うことには成功した。

 

 蝶屋敷に駆け込んで、カナエとしのぶのことを任せると、すぐさま義勇と共に任務へ向かう。

 目的地の場所は、物語の始まりとされる炭治郎の住む家の付近。

 

 どうやら原作が始まるようだ。

 



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 半日でも早ければ間に合っていたかもしれないって原作の義勇さんがそんなこと言うもんだから、現在、馬に跨って目的地へ移動。

 風を感じて凸凹道を駆け抜けるが、本当に習ってよかった乗馬術。

 原作だと移動は、基本歩きだったので、馬乗れば早いんじゃない? と馬を育てておいてよかった。

 時代が時代なので、馬に乗れない人間もいるようで、柱も同様である。

 幸い、私とよく任務をこなすおかげで、義勇も乗れるのは有り難い。

 こうして一秒でも早くたどり着き、少しでも犠牲者を減らせるなら、ぜひ必須技能にするべきだろう。

 え? 乗馬は違法だって?

 細かいことはいいんです。

 そもそも鬼殺隊自体が非公認なんだから、乗馬の一つくらい問題ないでしょう。

 さあ、行くんだ愛馬ディー○イン○ク○!!

 

 そんなこんなで、目的地に到着。

 どうやら、炭治郎の山付近で目撃された鬼をぶち殺すのが任務らしい。

 その後、何やかんやで義勇さんが炭治郎の方に気づくというのが流れらしい。

 まあ、よくよく考えればラスボスの無惨がいるとわかっていたら義勇さん一人で行くことはなかっただろうし、普通の鬼と勘違いして無惨を追っていたにしても、あの慎重な無惨がそうやすやすと足取りを掴まれるはずがない。

 

 となれば、サクッとここの鬼を倒して、炭治郎の家へと向かおう。

 任務とは関係のない明らかにおかしい行動としても、義勇なら気づくことはないだろうし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この世界はマジでクソゲー。

 鬼をRTAして、さあ行くぞって、山に向かったら、上弦の肆・半天狗に遭遇。

 よく考えたら、護衛ぐらいつけてるよねって思ったのが後の祭り。

 炭治郎の家族を救うどころか、こちらが全滅するかもしれん。

 幸いにも、童磨からの情報はまだ共有されていないようで、何とかお互いに五体満足で、半天狗を撃退。

 後のことを考えると、ここで仕留めておきたかったのだが、そうなると逃げと時間稼ぎに徹している半天狗を倒そうにも時間が掛かりすぎて、あっちが全滅するかもしれない。

 朝日が差す前に半天狗が引いたことから、恐らく全て終わってる。

 

 義勇が折れた右足を引き摺っていたので、そのまま担ぎ上げて炭治郎の家へと向かうと、そこは血の匂いが充満していた。

 

 「宗次郎、俺のことはいいから、確認を頼む」

 「わかった」

 

 義勇を近くの切株の上に座らせると、そのまま私は家の中へと入っていく。

 その場の光景は、原作でも見たあの地獄絵図。

 いや、この場にいることを考えると本当の地獄だ。

 だが、私は動じることなくこの場に立っている。

 既にこういう光景に慣れてしまっていたからだ。

 鬼殺隊はいつも遅すぎる。

 我々が鬼に気づくのは、いつも誰かが犠牲になった後だ。

 だがそれでも、今回の犠牲は防げたのではないか?

 炭治郎の家が狙われるのは既にわかっていたのだから。

 

 「いや、待て」

 

 そもそも何故、炭治郎の家が無惨に狙われたのか?

 あの慎重な無惨が、そもそもこんな辺鄙なところへ来て、極々普通の家族を皆殺しにする?

 しかも、護衛で上弦すら置いている始末だ、明らかに不自然。

 

 となれば、考えられるのは………ん?

 

 「禰豆子いねぇじゃん!!」

 

 ってことは炭治郎はすでに来てる。

 急いで家を飛び出して、呆然とする義勇の横をすり抜け、足跡を追う。

 幸い、雪が止んでいるので、炭治郎の足跡だと思われる痕跡は残っている。

 程なく、足跡は崖へと続き、そのまま崖を飛び降りるとそこには禰豆子に押さえつけられている炭治郎の姿が見えた。

 とりあえず、抜刀せずに禰豆子だけを蹴り飛ばすと、そのまま炭治郎を引っ張り上げる。

 

 「禰豆子っ!!」

 

 吹き飛んだ禰豆子を心配し、走り出そうとする炭治郎を押さえつける。

 

 「がっ!? なんで」

 「冷静になれ。 アレは鬼だ」

 

 蹴ったぐらいでは死にはしないと、説明すると、案の定禰豆子はぴんぴんとした様子で此方を見ていた。

 明らかな飢餓状態、鬼殺隊としての勘が鬼の首を刎ねろと訴えかける。

 いつの間にか背中の刀に手を伸ばしていたのを、炭治郎が羽交い絞めにするようにして邪魔をしてくる。

 

 「やめてくれ!! アレは妹なんだ!!」

 

 うん、知ってるから離せ! 禰豆子がめっちゃ襲い掛かってきてるから!

 とは言え口に出すことも出来ず、炭治郎をそのまま背負い投げで地面に叩き付けると、そのまま迫る禰豆子をかかと落として沈める。

 体勢を崩した禰豆子の上に跨り、刀を禰豆子の首に当てる。

 これで無力化したと安心していると、炭治郎がふらふらと立ち上がった。

 

 「妹は……誰も殺して……なんかないんだ。 家族からは別の奴……の匂いがした」

 

 雪の上とは言え、頭から落としてしまったせいで、脳震盪を起こしている炭治郎は懸命に説明する。

 確かに、炭治郎の家族にはそれらしい傷はなく、無惨がつけたと思われる傷だけ残っていた。

 だから、家族殺しについては完全なる無罪だろう。

 これからのことを考えなければ。

 

 「そうだとしても、これから鬼は人を殺して、その肉を喰うんだ」

 「っそれでも! 禰豆子は人を喰ったりなんかはしない!!」

 

 妹を守ろうとする兄の精一杯の言葉。

 だが、それはまるで的外れの言葉だ。

 

 「論外だ。 鬼はそういう風にできている。 故にその考えが人を殺すんだ」

 

 実際、現在その呪縛から逃れている鬼が二人いることを知ってはいるが、それを口にする必要もない。

 そもそも、呪縛を解く方法がわからない以上、禰豆子がそうなれるかは現時点では解らない。

 故に試さなければならない。

 禰豆子と炭治郎の二人を。

 

 「なら、俺が誰も傷つけさせない!! きっと禰豆子を人間に戻すから!!」

 「は、その保証はどこにある? お前にそんな力はない」

 

 気持ちだけでは無意味、何かを成すには力が必要。

 力がなければ、死ぬのみ。

 

 「なら探してみせる!! 家族を殺した奴も見つけてみせるから!!」

 「無理だ。 それができたら誰も苦労はしない」

 

 理想を想うのはいいが、現実を見極めるべきだろう。

 でないと、人は間違いを犯す。

 淡々と切り返す私の言葉に、炭治郎は焦りからか段々と言葉数が少なくなっている。

 ならばと、今度はこちらから話を切り出した

 

 「仮に探すとしても、その間、妹をどうするんだ? 鬼と化した人を喰らうかもしれない妹を。 それにどうやって見つける? さっきお前は匂いで判断したようだが、まさか嗅ぎまわって探すつもりか? それこそ不可能だ。 この広い日の本を探せるはずがないだろう? そんな下らない妄言よりも妹が人を喰らう事実の方がよっぽど明らかだろう」

 「そ、それは……」

 

 そもそもが無理難題な話だ。

 この話だけでは、誰も説得は出来ない。

 

 「故にここで妹は斬る。 恨むなら恨んでもいい。 君にはその資格がある」

 

 事実、その通りだろう。

 もしも私たちが、もっと早くたどり着いていれば……

 私がもっと強引に家族を連れ出せていれば……

 炭治郎と禰豆子の家族は死ななかったかもしれない。

 刃を首筋に当てると真っ赤な血が、真っ黒な刀身に付着する。

 

 「っ!! やめろっ!!」

 

 斧を片手にこちらに突貫する炭治郎を、私は刃を返してその横腹にみねうちの刀を叩き込む。

 手加減はしたが、意識を刈り取るには十分な一撃だっただろう。

 吹き飛ばされ、ごろごろと地面を転がる炭治郎を見て、組み伏せられていた禰豆子の気配が変わる。

 これは明確なまでの怒り。

 そして、その矛先は私に向けられている。

 

 「がぁっ!!」

 

 全身の骨を砕きながらも、拘束から逃れた禰豆子は、私に向かって蹴りを放つ。

 その一撃を防ぎながら、瞬時に体勢を整えて、参ノ型・青龍の構えを取る。

 もしも禰豆子が炭治郎に襲い掛かろうものなら、瞬時に首を切り捨てるために。

 

 だが、どうやらその心配は無用らしい。

 禰豆子は飢餓状態であるはずなのに、その場に転がっている餌に喰い付こうとせず、兄と認識して自身の身を挺して守っている。

 その姿は正しく人そのものだ。

 

 その事実に少しだけ肩の荷が下りた気がした私は、そのまま迫る禰豆子を炭治郎同様に沈めて、この場を収める。

 さて、義勇にはなんて説明しようか?

 

 

 

 

 




とりあえずはここまでです!


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 とりあえず、禰豆子と炭治郎が起きるのを待つ。

 先程、義勇に伝えるためにこの場を離れる際、もしも禰豆子が炭治郎を襲ったら危ないので全身縛ってみたのだが、客観的に見れば、まだ幼い未婚の娘を成人男性が縛り付けるという光景はいかがなものか?

 世が世なら間違いなく事案に違いない、と二人の寝顔を見ながら待っていた。

 

 ちなみに義勇は、私の願い通りに先に本邸に戻っている。

 怪我も負ってる上、貴重な無惨の手掛かりになるかもしれない情報である

 炭治郎達には悪いが、情報源となりそうなものを隠の人達とともに義勇には持ち帰ってもらった。

 私は生き残っている住人と話をしていくと言って、禰豆子のことは話さないでおいた。

 さっきの光景を見ていない義勇を、流石に説得するのは骨が折れる。

 ならば、とりあえず私が義勇の代わりになり、最悪私が責任を取って腹を切るしかないと思っている。

 最悪の状況にならないことを祈るしかない。

 

 そんなこんなで、炭治郎が目を覚ました。

 

 「起きたようだね」

 「っ!? ここは?」

 

 意識が混濁してるのか周囲を見渡す炭治郎に向かって、禰豆子の方を指さす。

 

 「ここは崖の下、隣には妹もいるよ」

 「っ禰豆子!! よかった……」

 

 涙を流す炭治郎を見て、とりあえず後遺症はなさそうだとほっとした私は、とりあえず話を進めることにした。

 

 「さっきは名乗っていなかったね。 私の名前は愛染宗次郎、鬼殺隊という組織に属している」

 「愛染さん、ですね。 俺の名前は竈門炭治郎、こっちは妹の禰豆子です。 先程はご迷惑をおかけしました」

 

 妹の無事を確認したせいか、少し落ち着きを取り戻した炭治郎は、深々と両手両足をつけてお辞儀をする。

 気持ちいいくらい純粋でいい子だ、と内心ほっこりしてしまう。

 

 「ところで、鬼殺隊というのは?」

 「ああ、政府非公認の組織で、その名の通り、鬼を斬ることを目的とした集団だ」

 

 鬼のことは噂などで流れていても、流石に鬼殺隊のことは知らない炭治郎に、簡単にだが成り立ちなどを説明すると、炭治郎は、私の説明を一言も聞き逃さないように真剣な眼差しで耳を傾けた。

 

 「鬼を殺すには、日光かこの日輪刀で首を刎ねるかのどちらかだ」

 「なるほど……だから、鬼は夜にしかでないんですね」

 

 そんな風に話をしていると、隣にいた禰豆子がもぞもぞと動き出した。

 

 「禰豆子っ!!」

 

 感極まって涙を浮かべる炭治郎に対し、禰豆子はぼっーとした様子で炭治郎の方を見る。

 その際、私にも視線を向けていたが、無関心のまま、視線は炭治郎のままである。

 

 「禰豆子?」

 「鬼になってどうやら喋れなくなったようだね」

 

 だが、幸いこちらに襲い掛かってくる気配はなし。

 飢餓の状態も何故か、落ち着いている。

 ほっとした私と違い、身内の炭治郎には妹の変貌が衝撃だったのだろう。

 泣きそうな目で禰豆子を見るが、基本的に醜悪な鬼が多い状況からすると、禰豆子は全然マシ、寧ろ元の素材がいいため、善逸が惚れ込むのも無理はないだろう。

 お互いに見合って固まっている炭治郎達の頭を撫でて、正気に戻す。

 

 「折れるな、炭治郎。 妹を治して見せるんだろう?」

 「っ!! はい!!」

 「なら、急ぐとしよう。 ここももうすぐ日が差してもおかしくない」

 「わかりました! いくぞ禰豆子」

 

 こちらの意図を理解し、禰豆子の手を引いて歩き出した炭治郎の後ろを追う。

 目指すは、炭治郎の家。

 家族の埋葬を行わなければならない。

 

 

 家路に就く足取りが段々と遅くなる炭治郎の後に続く。

 炭治郎にとっての地獄はこれからなのだ。

 ようやくたどり着いた家につく頃には日が昇り始めていた。

 急いで、禰豆子を日の当たらない押入れに入れると、炭治郎と二人で五つの墓穴を掘る。

 遺体は冬ということもあり、腐敗は進んでおらず、隠に衣服などについた痕跡を調べさせるために、身綺麗な服に着替えさせられていた。

 禰豆子の服も着替えさせて、遺体を埋めて土をかけ終える頃には、既に時刻は正午を回っていた。

 この日差しだと、夜になるまで身動きが取れないため、この余った時間に竹かごを用意し、禰豆子に陽が当たらないように布や藁を準備する。

 その間に炭治郎には、必要なモノだけ用意させ、同時に紛失したモノはないか確認してもらう。

 路銀や着替え、貴重品を風呂敷に仕舞う炭治郎曰く、盗まれたものは特に思い当たらないらしい。

 

 となれば、無惨の目的は……。

 

 

 

 

 

 「あの、宗次郎さん」

 

 下の名前で呼ぶといい、そう言っておいた炭治郎が、握り飯片手に、もう一つの握り飯をこちらに差し出す。

 

 「何から何まですみません。 これよろしければ」

 

 そう言って差し出された握り飯。

 だが、それを受けとる前に伝えておかなければならない。

 

 「炭治郎、さっき言った言葉を覚えているかい?」

 「えっ、と言葉、ですか?

 

 「ああ、恨むなら恨んでもいい。 君にはその資格がある、と」

 

 鬼狩りをしているうえで、犠牲者というものは減らすことはできても、ゼロにすることはできない。

 今回のようにあと一歩というところで救えなかった命は少なくはない。

 その時、怒声や罵声を浴びせられ、中には刃物を持って襲ってくる遺族もいた。

 中には何故一緒に死なせてくれなかったと喚き散らすものもいた。

 当たり前だ、誰だって愛した者が死んで悲しいのは。

 

 「資格、ですか?」

 「あと、半日でも早く私たちが来ていれば、家族は生きていたかもしれないということだよ」

 

 もし、半天狗を瞬殺できれば、炭治郎の家族は助けられたのかもしれない。

 いや、炭治郎の家族以外の人たちも、私がもっと強ければ助けることはできたのではないか?

 無理だということは理解している。

 だが、それでもそう思ってしまうのだ。

 

 そう考え込む私に対し、炭治郎は真っ直ぐな目を向ける。

 

 「恨んでいません。 確かにそうなれば俺の家族は助かったのかもしれない。 けど、それは仮定の話だと思います」

 

 馬鹿正直な炭治郎の腕は、微かに震えていた。

 

 「だから、わかっていることは、宗次郎さんが俺を助けてくれました。 鬼になった禰豆子を斬らずにいてくれました」

 

 だから俺がいうことはただ一つです、と言って炭治郎はその場で額を畳につけた。

 

 「俺達を助けてくれてありがとうございました」

 

 深々とお辞儀をし、お礼をいった炭治郎に対し、視線を逸らすことができなかった。

 この世界は、漫画の世界じゃないことは、柱になる前から気づいている。

 漫画は確かに好きだったけど、鬼殺隊の仲間達と出会い、共に進む日々は本当に楽しかったし、作りものなんかじゃない。

 だが、それでもこの物語の主人公である炭治郎を見て思う。

 この子は本当に暖かい子だ、と。

 そして、鬼殺隊に必要不可欠な存在であり、多くの人を救う立派な隊士になるはずだ。

 それは主人公だからではない。

 そんな心を持った炭治郎だからこそ、そうなり得るのだ。 

 

 「ふぅ、炭治郎。 握り飯、貰ってもいいかな?」

 

 だから、私が今すべきことはただ一つ、この握り飯を喰らい、感謝の気持ちを伝えることだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前の人物、宗次郎は歪な存在に見えた。

 何故か、初めて会った炭治郎に対し、強い罪悪感を覚え、鬼になった禰豆子に対し、鬼殺隊員であるはずなのに怒りの感情が見えてこなかった。

 だから、炭治郎は、宗次郎は本当に優しくて、何より強い人だと思った。

 

 話を聞くと、宗次郎は柱という鬼殺隊でも強い人間らしい。

 道中、宗次郎がこの柱のことを多く語るが、常にその表情には笑みが零れ、本当に仲間を大切にしていることが分かった。

 他にも御館様という偉大な方や可愛い後輩達を語る宗次郎はまさに愛柱に違いはなかった。

 

 これから炭治郎達は、育手の鱗滝という人物のところに案内される

 宗次郎も昔、少しだけ世話になったらしく、そこにいる錆兎という人物も頼りになるらしい。

 宗次郎自身は、柱という激務に追われているため、すぐに次の任務地に向かわなければならず、こうして時間を割いてくれていることは感謝しかない。

 既に事情を説明しているため、禰豆子に危害が及ぶことはない、死ぬほどきつい訓練をさせられるけど死なないように、と安心と不安を同時に与えてきた宗次郎は笑顔で炭治郎達の前から姿を消した。

 

 代わりに現れた錆兎という青年の後を追いながら、炭治郎は思う。

 いつか、宗次郎さんのように誰かを救って見せる、とあの大きな背中に憧れを抱きながら、炭治郎は吐瀉物に顔を突っ込んだ。

 

 



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 炭治郎達と別れ、サクッと任務地の鬼をぶち殺した私は、颯爽と馬に乗って帰還。

 義勇の容体を確認する前に、先に御館様へお目通りをすることにした。

 伝書鳩ならぬ、伝書鴉、鎹にすでに事情を伝えているため、アポ済みである。

 身体の調子もそう悪くないと、任地に行く前は言っていたので、できるだけ、御館様には早々と伝えておくべきだろう。

 炭治郎と禰豆子という新たな可能性を。

 既に育手である鱗滝から報告は行われているはずなので、当事者としてしっかりと説明しておかなければならない。

 鎹に連れられて、御館様の屋敷に辿り着く。

 相変わらず、隊士などの護衛を置いていないため、柱として非常に心配であるが、御館様は首を縦に振ることはない。

 恐らく鬼殺隊で、御館様が一番頑固であるに違いない。

 普段のように門を潜り、綺麗に整った庭を歩く。

 そうして辿り着いた縁側の前で待機している私に対し、あまね様に支えられて御館様が現れた。

 普段通りの優しい笑みを浮かべ、歩くその様はたった二つしか歳が違うとは思えないほど、重厚かつ落ち着きのある振る舞いである。

 

 畳の上に腰かけた御館様を見て、状況報告を説明する。

 義勇と共に出た任務後、ある山で鬼の噂を聞いてしまったこと。

 その探索に出たはいいが、上弦の鬼に遭遇したこと。

 鬼を取り逃し、その先で山に住まう家族が殺されていたこと。

 長男の炭治郎はたまたま外出していたこと、長女の禰豆子は生きてはいたが鬼化してしまったこと。

 鬼を狩ろうとしたが、炭治郎に邪魔され、鬼も飢餓状態であったはずなのに兄を喰らうこともせず、寧ろ兄を守ろうとしていたこと。

 

 そして鬼舞辻無惨が現れたことを御館様に話した。

 

 「あと不確定な要素でありますが、炭治郎は無惨の匂いを覚えているとのことです」

 「うん、報告ご苦労様。 炭治郎達のことは私からも考慮しておくよ」

 

 私の長々な説明に対し、あっさりと頷いた御館様に肩透かしを喰らった気分だが、まあ結果オーライとしよう。

 ならばと頷き、長居をするのは悪いと思った私が立ち上がると、何故か上機嫌の御館様が止める。

 

 「宗次郎、そう慌てなくてもいいよ。 今日は調子がいいんだ」

 

 奥方に支えられているとはいえ、しっかりとした足取りで立ち上がった御館様は、私を屋敷の内へと誘う。

 あまね様も特に不審や疑問に思っていないようで、すんなりと御館様の手を引いて屋敷内を先導する。

 柱でも報告など以外でも中々御館様の屋敷に入ることはない。

 流石にじろじろと周りを見渡すわけにも行かず御館様の後姿を眺めながら、その後についていく。

 

 程なく茶の間に案内され、御館様に続き、座布団へと腰を下ろした私に対し、あまね様が茶の入った湯呑を差し出した。

 その茶を有り難く頂戴していると、御館様はゆっくりと口を開く。

 

 「ずいぶん、二人を気に入ったようだね」

 「はい、将来が楽しみな少年と少女です」

 

 鬼を人間のように少女と言っても、御館様は特に気分を害したことはなく、ただ笑みを深めるだけであった。

 実弥あたりが聞けば、間違いなく殴ってくるだろう案件なのに、やはり御館様の御心は深い。

 まあ、そうでなければあの変わり者たちの集団である柱達を束ね、鬼殺隊という組織を存続することができないだろう。

 

 「そうか、君がそう気にいる子なら、私も会ってみたいんだけどね」

 「ご心配なく、御館様。 いつか炭治郎は御館様の前に立つときがくるでしょう」

 

 原作通りなら、裁判の被疑者としてなのだが、私個人としては、柱として御館様とは出会ってほしい。

 となると、やはり日の呼吸を使えるようになるのだろうか、ならば日柱? そもそもヒノカミ神楽って私でも使えるようにできるのだろうか?

 考え込む私の表情を楽し気に観察していた御館様が口を開く。

 

 「柱になる素質があるということだね。 ますます会いたくなったよ」

 

 だが、と表情を引き締める御館様に続いて私の表情も引き締まっていく。

 

 「今、現時点の柱について考えなければならないようだ」

 

 御館様の懸念通り、現在鬼殺隊にいる柱は全員で七人。

 先日の戦闘により、花柱の胡蝶カナエが引退したこともあり、一人数が減ってしまった。

 その七人のうちの三人、不死川実弥、伊黒小芭内、煉獄杏寿郎は、まだ着任して一年も経っていない。

 強さは既に実績と実地により保証済みだが、それでもまだ経験値で言えば、他の四人よりも劣っている。

 そして、水柱の義勇も昨日の戦闘により、足の骨を折るという完全とは言えない状態である。

 つまり、現在鬼殺隊は戦力増加を図らなければならないのだ。

 

 「現在、柱候補は三人います」

 「しのぶ、蜜璃、無一郎だね?」

 

 柱でもない人間を簡単に言ってのける御館様は、本当に隊士全員の名前を憶えているのだ、と再確認しながら、私は自分の考えを述べる。

 

 「三人とも、柱としての素養は十分と考えられます」

 

 花柱の継子である胡蝶しのぶ、炎柱の継子である甘露寺蜜璃、そして私が運営する寺子屋もどきの第一期生である時透無一郎。

 三人とも、未来の話では柱になる逸材であるが、全員欠点がある。

 

 一人目のしのぶは、原作ほどの殺傷力のある毒にまだ至ってない。

 雑魚の鬼を倒すことだけは問題ないが、十二鬼月、下弦の鬼ですら殺しきれないかもしれない。 持論ではあるが、50の鬼を倒すか、もしくは十二鬼月を倒すことが柱になる条件だが、前者の条件ははっきり言って柱に成れても柱の役割を果たすことができない。

 つまり、下弦の鬼にすら敗北するかもしれない現時点のしのぶでは、柱の責務は荷が重い。

 

 二人目の蜜璃も、同じように言えるが、蜜璃に関してはまだ『恋の呼吸』は完成しておらず、不完全な炎の呼吸が使えるのみである。

 しのぶ以上の身体能力を持つ蜜璃なら、ごり押しで行けるかもしれないが、やはりここは大切に育てていくべきだろう。

 

 三人目の無一郎は、教えている私としても本当に天才としか言いようがない。

 目を離しているうちにどんどんと強くなる無一郎ならば、既に下弦の鬼を倒すことができるかもしれないが、まだ十二の少年である。

 強さは問題なくとも、精神的な問題がある。

 

 私の説明に、不満もなく聞いていた御館様はしっかりと頷いて答える。

 

 「宗次郎のいう通りだろうね。 私も彼女たちはまだ柱は早いと思っているよ」

 

 御館様の言うように焦りは禁物だろう。 

 だが、同時にそうも悠長なことも言ってられない。

 連続で上弦の鬼を撃退しているため、鬼達がどういった反応をしてくるのか読めないのだ。

 無惨が敗北したから、と童磨と半天狗を処理してくれるなら、こちらとしては大変ありがたいが、下弦の鬼とは違い、上弦の鬼は替えの利かない無惨の切り札でもある。

 その札を捨てるようなことをするのは、よっぽどの馬鹿だろう。

 

 そして、もし、私を上弦の鬼が狙ってきたとしても、半天狗と玉壺ならば仕留める自信がある。

 妓夫太郎と堕姫は、性質上私一人で討ち取るのは難しいため、もう一人柱が必要だろう。

 童磨に関しては、次は舐めプをしてこないので、全能力を発揮されると、勝つのは難しく、撤退も考えながら戦わなければならない。

 猗窩座は、正統派すぎるので、どちらが強いかの単純な戦いになるだろう。

 黒死牟に至っては、どういう攻撃をしてくるかということすらわからない未知の存在である。

 それはラスボスの無惨にも言えることだが、この二人の能力を私の原作知識をもってしても知ることはできない。

 この二人と戦う前にこっちの世界に来たのだから、結果、能力がわからずに戦うというクソゲーになる。 いやそもそも、ゲームは通常相手の攻撃なんぞわからないので、今までの原作知識がチート過ぎたというのが正しいかもしれない。

 

 そんな風に考えていると、キリがないのでとりあえず今後のことを考えなければならない。

 

 「半年程をお待ちいただければ、下弦の鬼に通用する毒をしのぶが作ってみせると思います」

 

 経歴と能力などを考えるとしのぶが一番次の柱に成るのが妥当だろう。

 半年の猶予があれば、原作の毒は作れるはずである。

 毒さえ揃えれば、しのぶは下弦の鬼も殺すことができるはずだ。

 そうして、しのぶの柱就任の目途が立てば、蜜璃にも『恋の呼吸』を生み出してもらう。

 彼女の才覚ならば、一年程で結果を出すことができるだろう。

 そうなれば、定員九人の柱を揃えることができる。

 

 「期待しているよ、宗次郎」

 「はっ!」

 

 一刻も早く無惨を討つことが、鬼殺隊の任務であり、鬼がいなくなった世界を皆で生きていきたいというのは私の本心である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 御館様との茶会を終えて、私は蝶屋敷へと足を運ぶ。

 カナエ、義勇のお見舞いに、しのぶへの任務付き添いと忙しい。

 あまね様特性の饅頭と行きつけの店の煎餅を持参し、門前を潜っていく。

 普段なら、しのぶかカナエ、アオイの誰かが迎えてくれたりするのだが、家主のカナエが倒れているため、そのような余裕はないだろう。

 一人屋敷内を歩いていると、縁側に座る義勇を発見した。

 

 「調子はどうかな?」

 「宗次郎……」

 

 右足を添え木で固定し、その上から包帯をぐるぐると巻いている義勇は気落ちした様子で此方を見上げる。

 それ以外は特に外傷はなく、足さえ治ればすぐに復活しそうな義勇に煎餅を渡しながらもう一人の見舞い相手の容体を聞く。

 

 「カナエはどうなってる?」

 

 運んだ際には命には別条はないはずだったが、片方の肺がダメージを受けてしまっている。

 その後の容体次第ではどうなるか、わからないかもしれない、と悪い考えを過ぎってしまう。

 

 「無事だ。 意識も取り戻している」

 「そうか、それは本当によかったよ」

 

 ならば、すぐ見舞いにでも行こう、と歩き出そうとするが、座り込んだ義勇は立つ気配がない。

 こんな時、何も言わずについてくるのが義勇だったのに、何故かその表情は暗い。

 

 「すまなかった」

 

 突然、深々と頭を下げ、謝罪をしてきた義勇に対し、私としては戸惑いしかない。

 私が何も言わないでいると、義勇はぽつりと語り始めた。

 

 「上弦の鬼を倒し損ねたのは俺の責任だ。 もし、俺以外の柱だったら宗次郎なら首を刎ねることができたはずだ」

 

 そう言って再び謝罪をする義勇。

 とりあえず思ったことは、相変わらずこの男はめんどくさいな、である。

 何故か、義勇は異常なまでに私や柱に対して劣等感を持っているし、すぐにこうやって暗くなる傾向がある。

 恐らく錆兎の時の件だろうと予測はつくが、それにしても五年も前のことを未だに引き摺っている。

 確かに原作の義勇さんの場合、錆兎が死んでしまっているため、あの状態なのは理解できる。

 だが、錆兎は生きているし、そもそも特に蟠りもなさそうに話しているのを見た。

 その後も私と地獄のような訓練を行い、名実ともに水柱として認められているし、本人も柱としての自覚も持っている。

 ただ何となく予想はつくので、とりあえず伝えるべきことだけは伝えていく。

 

 「それは違うよ、義勇。 あの場に君がいたからこそ、私は生きている」

 

 そもそもあの状況で半天狗を仕留めるのは難しい上、あの猛攻を受けて右足の骨折だけで済んでるのは、義勇の強さを物語っている。

 それに私と本当の意味で連携できるのは、柱の中でも義勇しかいない。

 共に切磋琢磨してきた同期の相棒しかいない。

 

 そう伝えると、義勇は眼を見開き、そして鮭大根を前にしたような微笑みを浮かべる。

 本当にちょろい、と。

 その姿に、本当のことを言ったつもりだが、こうも素直に反応されると友人として少し心配になってくる。

 こうなったら、私がしっかり者の女性を探してあげようと、密かに決意し義勇を連れて歩き出す。

 

 器用に煎餅を口だけで加えて咀嚼していく義勇を見ていると、前からしのぶが歩いてきた。

 

 「愛染さんっ!!」

 

 私の顔を見るなり、突然駆け寄ってきたしのぶは、深々と頭を下げた。

 

 「姉さんを助けてくれて、本当にありがとうございました!」

 

 礼儀正しく謝るしのぶに対し、私はその右肩を叩いてあげる。

 するとボロボロと涙を流すしのぶを見て、驚く義勇が視界に映ったが、とりあえず無視をする。

 

 「当たり前のことをしただけだよ。 それよりカナエはどこにいるんだい?」

 

 廊下で話すよりも、先にカナエの顔を見たい、と告げるとしのぶはしっかりとした返事で先導し始める。

 その際、義勇に、廊下で食べないでください、とか、また勝手に病室から出てきて、とプリプリ怒るしのぶに対し、義勇は気にした様子もなく煎餅をかじる。

 その煎餅は私が用意しました、と言えなくなり、無言でしのぶの後に続いていく。

 

 流石に集団の病室ではなく、個室の病室にいたカナエがこちらの方を見て、右手を振る。

 

 「あ、宗次郎くん、来てくれたんだね」

 「やあ、カナエ。 とりあえず、安静にしておきなさい」

 

 そうよ、姉さんと心配した様子でカナエに声をかけるしのぶに倣い、私もベットの脇にある座椅子に腰を下ろす。

 

 「傷の具合はどうだい?」

 「うーん、良くはないけど、まあ大丈夫かな?」

 

 元気そうにカナエは笑い返すが、額には脂汗を滲ませている。

 恐らく、鎮痛剤などを処方しているが、それでは効かないほどの激痛だろう。

 当たり前だ。

 片方の肺が既に潰れてしまっているのだ、痛くないはずがない。

 それにカナエはもう『花の呼吸』を使うことができない。

 隊士としての、柱としてのカナエはもう死んだのだ。

 うっすら浮かぶ涙の跡を見て、私は何も言わずに、ただ楽しそうにしているカナエの顔を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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 カナエが眠ったのを確認し、義勇としのぶと共に病室を離れて、客間へと移動する。

 先程、確認して気づいたことだが、カナエは恐らく皆がいる前では明るく振る舞い、一人になると泣いているみたいだったので、涙を流して発散した方がいい、少しでも一人の時間も必要だ、と伝えると、しのぶは少し不服そうだったが、最終的には了承してくれた。

 姉思いのしのぶだから、カナエが無理をしていることはわかっていたのだろう。

 少しでも姉のためになるのならと後ろ髪をひかれる思いで、私の後をついてきた。

 しかし、こうして離れたのは、これから伝えることをカナエが知らない方がいいと思ったからである。

 

 「私に特別な任務、ですか?」

 「ああ、御館様からの願いでもある」

 

 内容は、しのぶにカナエの後を継ぐように柱になってもらいたいこと。

 そして、しのぶが柱に成るための絶対条件である鬼殺しの毒を完成させることである。

 柱として小柄だったカナエよりも、体が小さく腕力もないしのぶでは、屈強な鬼の首を刎ねるのは難しい。

 厳密にいうと、鍛えれば首を落とすことも出来るようになるかもしれないが、落とせたとしても、それは取るに足らない雑魚鬼程度、強い鬼や十二鬼月などを倒すことができない。

 そこで、必要になるのが、しのぶが藤の花から成分を抽出し、作り出した特別な毒。

 そして最もその毒を使うに適した日輪刀と特化した呼吸法の修得。

 これが御館様から与えられた課題であった。

 

 自分の戦闘スタイルについては、しのぶ自身も既に考えており、日輪刀も既に試作品を発注しているとのこと。

 試作品が届いてから、振りやすさや突きやすさなどを試してみるみたいなので、最終的には『蟲の呼吸』に行き着くことだろう。

 となれば、肝になる毒なのだが、すでに実験を繰り返し鬼に対しても使ったことは既にあるらしい。

 ただ、カナエが半殺しにしていた鬼に試したことが大半だったので、絶対に殺すことができるかは不明。

 あと、元気なものは毒を投与しても、中々死ぬことはなく、最高十分も生きていた鬼がいたらしい。

 ある程度の即効性がないと、鬼殺する上では使い物にはならない。

 

 「となれば、だ。 やはり、試していくしかないようだね」

 

 鬼を斬っては鬼を斬る。

 つまり実地を踏まえながら、毒の配分を調整していく。

 上手くいけば、目標の五十の鬼を斬るという条件もクリアすることができる。

 つまりは一石二鳥ということである。

 

 しかし、しのぶの表情は強張ったままで、口を閉じたままだった。

 微かに震えるしのぶを見て、私はようやくその事実に気が付いた。

 

 「しのぶ、鬼と対峙するのが怖いのかい?」

 

 私の言葉に、しのぶは頷くことはしなかったが、首を横に振ることもしなかった。

 ただ、微かに震える右手を震える左手で押さえるだけ。

 そこで、私はまだしのぶが十五の少女だということに気が付いてしまった。

 勿論、十五で鬼殺隊というのはそう珍しいものではない。

 実際、目の前のしのぶは十八の若さで柱の地位に辿り着いている。

 

 しかし、反面、鬼と対峙した恐怖を忘れられず、鬼殺隊を引退したり、(かくし)になったりする人も数多くいる。

 だが、しのぶに関しては少し違うのかもしれない。

 しのぶは、単独で何度も鬼狩りをしたり、何度も姉のカナエの任務に同行している。

 つまり、今更鬼に恐怖を抱くことがないはずなのだが。

 

 「カナエが死にそうだったのを見て、死にたくない、そう思ってしまったんだね」

 

 その言葉にだが、微かにしのぶは頷いた。

 原作の胡蝶しのぶは、姉の死後、復讐心を糧に鬼狩りのモチベーションに当てていた。

 だからこそ、彼女は柱となり、鬼を殺す毒を完成させ、最終的には上弦の弐である童磨を執念の末、致命傷を与えることができた。

 だが、目の前のしのぶは、姉が瀕死になった姿を見て思ってしまったのだ。

 姉を失う恐怖と共に、自分も死んでしまうのではないかという、忘れていた恐怖を。

 両親が殺され、姉妹二人で鬼殺隊を目指していた時に忘れてしまったあの恐怖を。

 つまり、PTSDにしのぶはなってしまったと言える。

 

 しかし、そうなってもしのぶを責めることなどできない。

 どちらかと言えば、その感情は正常であり、まともな精神である。

 鬼という怪物に命を懸けて戦う精神の方がどちらかと言えばおかしいし、だいたいの人間は復讐心で戦っているのでネジが外れてしまっている傾向がある。

 

 となれば、どうするべきか。

 第一候補のしのぶがこうなってしまうと、次は蜜璃に話すことになるのだが、そうなると杏寿郎にこのことを話さなければいけなくなる。

 となれば、御館様から話していただかないといけない、と考えていると先程から黙っていた義勇が口を開く。

 

 「? ということは胡蝶妹は怖いんだな」

 

 元も子もない言いようである。

 ぼけっとした顔の義勇に、しのぶは顔をあげる。

 その表情には、恐怖ではなく、微かな怒りが宿っている。

 

 「冨岡さん、胡蝶妹って何ですか? あと怖いとかの一言で片づけられるとムカつきます」

 

 まさにその通りである。

 しのぶの中の複雑な内心を怖いの一言で済まされれば、怒りを覚えても不思議ではない。

 空気読めよ、とか思ってしまうが、よく考えるとそう言ったことに無縁の義勇にはわからないだろう。

 なら、何て呼べばいい? しのぶです。というやり取りの後、義勇は再び口を開く。

 

 「なら、やめればいい。 適材適所というものがある」

 

 戦えないならやめろよ雑魚が、としのぶには聞こえただろう。

 だが、恐らく義勇は、しのぶなら治療や研究で鬼殺隊の後方支援をできるだろう。そうなれば治療により命を繋ぐ隊士もいれば、完成された毒を用いて鬼との戦闘において使用して生存確率を上げることもできる。斬ることしかできない俺とは違い、色々なことをして助けてほしい、という感じのことを言ってるように私には聞こえた。

 とりあえず、私が思うことはただ一つ。 話下手だろ義勇。

 すると、義勇の煽り?を受けたしのぶは能面みたいに表情一つ変えずに、右拳を振り抜いた。

 足を折り、仲間から攻撃を喰らうと思っていなかった義勇は、そのまましのぶの右拳を顎の先端に喰らうと、力尽きたかのようにそのまま地面に倒れる。

 

 「っやってやりますよ! で、私が柱になったら、冨岡さんを顎で使ってやりますよ!!」

 

 気炎を吐き、完全に頭に血が上ったしのぶだったが、その表情に恐怖心は宿っていない。

 あれ?結果オーライかもしれない、と思い、大いに役に立った地面に倒れ伏せた友人に感謝の言葉を贈る。

 ありがとう、義勇。 ただ、オブラートという言葉を覚えた方がいい―――

 

 「やるんだね、しのぶ」

 「……はい、やらせてください。 愛染さん」

 

 私が話しかけると冷静さを取り戻し、真っ直ぐと私の眼を見据えて、しのぶは覚悟を決めてそう言った。

 その眼は、カナエがよくしていた眼に似ていた。

 

 「柱を目指すということは、自ら死を目指すに等しい、ということは理解してるね」 

 「はい」

 「結果、命を落とすことになるかもしれない」

 「はい」

 「カナエを残して死んでしまうかもしれない」

 

 その言葉でしのぶの口が一瞬だけ止まることになる。

 だが、それでもしのぶは力強く答えた。

 

 「はい、ですが私は死ぬつもりはありません」

 

 大切な姉に心配かけたくないですから、そう言って笑うしのぶの決意は既に決まっていた。

 ならば、私がいうことはもうない。

 

 「そうか、確かに君の覚悟は受け取った」

 「っありがとうございます」

 

 私の言葉に、嬉しそうに頷くしのぶ。

 何とか話がまとまることができた。

 恐らく、しのぶは柱に駆け上っていくことができるだろう。

 なら一つ、伝えておかなければならない。

 

 「ただ一つ、言い忘れていたことがあるね」

 「えっ?」

 

 首を傾げるしのぶと、ようやく身体を起こし始めた義勇を見て。

 

 「私の目の前で誰一人死なせるつもりはないよ、だから安心しなさい」

 

 そう言って身長差のありすぎるしのぶの頭を撫でた。

 そうだ、私の目標は皆で生き残り、鬼のいない世界をともに謳歌する。

 だからこそ、しのぶも杏寿郎も、御館様も、そして私を慕う後輩たちも死なせない。

 無理難題な目標を掲げ、私はこの世界を生きていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・

 

 

 番外編!!

 『柱達による腕相撲大会・上』

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おい、お前ら。 誰が一番、この中で強いと思う」

 

 そう、柱合会議で天元が言うと、その場にいた柱達が首を傾げる。

 

 「男なら、一番になりたい、そう思わねぇか?」

 「ふむ、そう言われると参加せざるを得んな」

 

 天元の挑発とも言える言葉に杏寿郎は深く賛同する。

 炎柱、煉獄杏寿郎、参戦!!

 

 「ふん、そんな暇があれば鬼の首の一つでも……」

 「きゃあぁぁぁ!! 煉獄さんかっこいいわ!!」

 「……俺も男だ、こういう機会を待っていた」

 

 蜜璃の言葉に男、小芭内も軽々と腰を上げる。

 蛇柱、伊黒小芭内、参戦!!

 

 「はっ下らねぇ」

 「大した自信だ」

 「あぁ?」

 

 義勇の言葉に、実弥は血管が浮かび上がるほどに、義勇を睨み付ける。

 風柱、不死川実弥、参戦!!

 何故か、水柱、冨岡義勇、参戦!!

 

 「哀れなり」

 

 何が哀れなの? 岩柱、悲鳴嶋行冥、参戦。

 

 「こうなったら、私達も参戦しましょう!! しのぶちゃん!」

 「え? ちょっ」

 

 突然、恋柱、甘露寺蜜璃、参戦!!

 巻き込まれ、蟲柱、胡蝶しのぶ、参戦!!

 

 「お前はどうするんだ? 宗次郎」

 「参加させてもらうよ天元」

 

 空気を呼んで、愛染宗次郎、参戦!!

 

 「先生もやるなら」

 

 霞柱、時透無一郎、参戦!!

 

 

 

 

 思惑通り動いたことに天元は、笑いが止まらなくなった。

 あの完璧超人と言われた愛染宗次郎に恥をかかす。

 それだけのために、天元はこの話を持ち出した。

 

 愛染宗次郎は、天元より半年後に柱に就任した。

 だが、その時の戦果は天元の倍以上と言ってよかった。

 下弦の鬼を二体、通常の鬼を百三十五体を討ち取って、柱に就任した怪物。

 何より、理性的で知的な顔つきは、一時期、天元の女性人気を抜くほどのものだった。

 柱に成った期間が近かったこともあり天元はよく宗次郎と比べられてしまった。

 

 絶対に負けられない、あと鬼殺隊一のモテ男は俺の称号だ!

 宇髄天元の罠が、宗次郎へと迫る。

 

 負けるな宗次郎! こんなイケメン派手野郎には負けないで!!

 

 

 

 

 

 

 

 次回、天元、腕へし折られる。

 

 

 

 

 



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日間ランキング1位 2019-0814
ありがとうございました!!

感想や誤字報告なども多くしていただき、本当にありがとうございます!!
これからも更新を頑張っていきます!!




 馬の背に揺られて早二日、やってまいりました那田蜘蛛山。

 辿り着いたのが深夜ということもあり、山全体からは薄気味悪さと禍々しさが感じられる。

 周辺の村々からは、神隠しの山とも言われ、あまり近づくものがいないそうだ。

 極稀に、猟師などが獲物を求めて、この山を登ることがあるようだが、数人に一人はそのまま行方不明となっているらしい。

 原作知識、そしてこの身にチクチクと刺すような気配からして間違いなく鬼がいることに違いない。

 しかも、十二鬼月の鬼という厄介極まりない鬼である。

 

 下弦の伍、累。

 主人公である炭治郎を苦しめ、義勇さんが参戦しなければ、その命を落としていただろう怪物。

 指先から伸びる糸は、並みの使い手ならば日輪刀すら折るほどの強度を持ち、容易に人の身体を切り裂く刃でもある。

 その配下には、累により力を与えられた家族という鬼が存在する。

 単独での行動が当たり前の鬼の中で、珍しく集団で生きる鬼でもある。

 まあ、累の我儘でそうなっているだけなので、ある意味では鬼らしいと言えば鬼らしい。

 そして累という蜘蛛鬼は、原作でも語られているように過去の過ちにより、こうなってしまったのだが、いくら過去を知っていてもどうすることもできないので、速やかに狩るつもりである。

 しかし、この戦いを経て、炭治郎はヒノカミ神楽を思い出すこととなり、結果として強くなるターニングポイントであり、貴重な成長機会でもあるのだが、炭治郎がここまで来るのに後二年程度はかかることや、その間放置し続けていると、周辺の民や隊士達を喰らい続けるので、こうして討伐に来たのである。

 

 「着いたよ」

 

 なので、私は炭治郎のために使えないのなら、他の人のために使おうとしたのだ。 

 累は、居場所が分かっている数少ない十二鬼月と言っていい。

 以前に私が三体の下弦の鬼を倒せたのは、偶然のエンカウントであり、狙って倒しに行ったわけではない。

 恐らく、十二鬼月も縄張りというものを持っているはずだが、中々こちらにその情報が入ってくることはない。

 実際、童磨が教祖を務める『万世極楽教』とやらの情報も掴むことができず、遊郭に住まう上弦の陸の兄妹も見つけることができなかった。

 そのため、居場所が分かるという貴重なチャンスを活かそうと、しのぶを連れてきたのである。

 ここには、先程も言った通り、家族と呼ばれる鬼達もいるので、毒の実験や討伐数を上げるのにも適しており、累も下弦の鬼であるため、上弦の鬼程の理不尽さがないので、柱に上がるための功績としても悪くない。

 

 「ここに鬼が……」

 「そのようだね。 周囲から少なくない犠牲も出ているようだから、ここで仕留めておくべきだろうね」

 

 微かに緊張しているしのぶだが、特に過剰な恐怖心も気負いも感じられない。

 あとは鬼と対峙した時にどうなるか、そう考える私にはもう一つの心配事がある。

 それは――

 

 「先生、ここに十二鬼月が?」

 

 何故かついてきてしまった時透無一郎君である。

 ぽやぁと緊張感のなさそうな無一郎だが、その手には万全の手入れを行った日輪刀が握り締められていた。

 

 「うん、そうだね」

 「つまり、その鬼の首を刎ねたら、俺も先生と同じ柱になれるんだね」

 

 表情とは対照的に、すでに臨戦態勢に入っている無一郎を見て、私は頭を抱えながら出発日前日のことを思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 

 

 

 しのぶに要件を伝え、蝶屋敷を出た私は自分の屋敷へと戻る。

 寺子屋を兼ねているため、蝶屋敷ほどの広さを持つ我が屋敷だが、そこに住まう人間は二人しかいない。

 一人は家主である私こと、愛染宗次郎。

 もう一人は――

 

 「おかえりなさい、先生」

 「ただいま、無一郎」

 

 そう、未来の柱であり、鬼殺隊でも天才と言われた時透無一郎である。

 無表情だが、こちらに対しての信頼というものを感じさせる無一郎は私の唯一の家族と言っていい。

 懐いてくれる無一郎だが、原作通り鬼に襲われ、両親と双子の兄を亡くしており、同時にその記憶も忘れてしまっている。

 炭治郎との交流をきっかけに全て思い出していくのだが、現時点では鬼に対しての怒りと御館様の暖かさだけを覚えているようだ。

 私も、過去を思い出させた方がいいのでは?と考えたこともあるが、そもそも記憶を失ったことが、無一郎の防衛本能の結果だとしたら、今この幼い無一郎にその衝撃が耐えることができるのかはわからない。

 そんな恐ろしい賭けを試すことができなかった。

 とりあえず、記憶については現状維持で、私としては傍にいて助けることくらいしかできない。

 なので、寺子屋一期生として私と剣を交えているのだが、その訓練のおかげか、無一郎は並みの隊士ならば瞬殺できるほどの腕を持ち、『霞の呼吸』すら既に修得してしまった。

 あとは経験だけ積むことができれば問題ない、という立派な柱候補なのだ。

 だが、順当にいけば、無一郎が柱に成るときは恐らく誰かが欠ける時である。

 そのような状況を私としては許すことはできないので、無一郎が柱に成ることはないだろうと思っている。

 

 私の後ろをひょこひょこと歩く無一郎は、まさに子犬のような愛らしさがあり、自分を慕ってくれるこの感情は何とも言い難いほどに素晴らしい気持ちにさせてくれる。

 そうなると、必然的に甘やかしてしまうことになり、無一郎に頼まれると思わず語ってしまうのだ。

 

 義勇が鮭大根を頼んだのに鰤大根が来た時の絶望した顔や、その鰤大根を食べてみたら美味しかったようでもぐもぐと食べていた時のこと。

 しのぶが、私のことをお兄さんと間違えて呼んでしまったことや、カナエが着地に失敗して水たまりに顔から突っ込んでしまい、そのまま担いで蝶屋敷まで戻ったことなど、私は無一郎に対して、口が軽くなってしまうのだ。

 例えば――

 

 「新たな柱候補を探しているんですか?」

 

 だったり。

 

 「これから下弦の鬼がいそうなところに向かうんですか?」

 

 みたいなことを聞かれた気がする。

 

 

 

 とりあえず、私はお酒を辞めた方がいいと思う。

 いくら可愛い無一郎が勧めたとはいえ、10合も一気に飲んだのはやり過ぎだったと反省している。

 

 そのようなミスで無一郎を連れてきてしまったのだが、問題はそこじゃない。

 

 「鬼の首も落とせない柱なんて必要ないと思うけど?」

 「まだ、まともに任務もこなしたことのない半人前がよく言えますね」

 

 何故か知らないが、しのぶと無一郎が敵意を剥きだしに睨みあっているのだ。

 チクチクと嫌味を言い合うその姿は、まさに犬猿の仲というやつだが、私の記憶違いでなければ、しのぶと無一郎は会ったことはないはずである。

 そもそも無一郎は基本、家から出ることは殆どないので、会ったことがある人間と言えば、御館様に、時々将棋を打ちに来る義勇、そして屋敷の管理を任しているお手伝いさん達くらいである。

 なので、そもそもしのぶのことは全く知らないはずなのだが、やけに初めから好戦的で態度も刺々しい。

 

 馬に乗れないしのぶを鼻で笑ったり、仕方ないのでしのぶを私の馬に乗せてみると、無一郎も自身の馬を降りて私の馬に飛び移ってきたり、とやけにアクティブになっている。

 罵り合う無一郎としのぶに挟まれて来た馬上移動は、流石の私でも苦痛でしかなく、できるだけ早くこの任務を終わらせようと思った。

 

 「先生は、君を柱にと考えているようだけど、それはここの鬼を討てればの話だよね?」

 「貴方こそ、鬼の怖さっていうのを知らないんじゃないですか? 己惚れるのは勝手ですけど、そんな考えでは下弦の鬼はおろか、普通の鬼にすら足元を掬われますよ」

 「それはこっちの台詞だよ。 そもそもその毒で鬼はちゃんと殺せるの? もし、殺せなかったら打つ手ないじゃない」

 「ご心配なく、既に結果は出ています。 そして、私が今作っているのは十二鬼月すら殺せる毒です」

 

 お互いに罵り合いが収まらない。

 特にしのぶは、基本的には冷静で、義勇以外の人間に対して、感情的に怒ることはあまりしない。

 面倒見の良い性格故に年下の小さな少年にここまで噛みつく姿は珍しい。

 対する無一郎も、基本的には対人関係は無関心で、将棋で義勇を倒した時くらいしか鼻で笑うという失礼な行為はしない。

 何事も正直に言ってしまうが、それでもある特定の人物に対して、ここまで毒を吐く姿も珍しい。

 

 睨みあう二人を見て、埒が明かないと考えた私は、肩に掛けた日輪刀を抜いて近くにあった手頃な木に近づく。

 そして、一閃。

 目の前の木を斬り飛ばした。

 根元付近を両断し、音を立てながら倒れる木を見て、二人の喧嘩はようやく止まる。

 倒れた木の上部を斬り飛ばし、手頃な長さになった丸太を掴んで引き摺りだすと、その上に座る。

 

 「じゃあ、こうしよう。 ここの討伐は二人に任せるよ」

 

 私はここで待ってるから、絶対に仲間割れや喧嘩なんてしないように仲良く鬼を狩ってくるんだよ、いいね?

 そう、誠意を込めて伝えると、二人ともしっかりと何度も頷いてくれたので、懐から懐中時計を取り出して今の時間を確認する。

 

 「そうだね。 日が昇るまで大体七時間くらいかな? それまでにこの山の鬼達を殲滅して来るように。 返事は?」

 「「はい、わかりました!!」」

 

 先程までは何だったのだろうか、と思うくらい足並みを揃えて山の中へ消えていく二人に対し不安しかないが、実力は両者とも認めている。

 十二鬼月といえど、問題なく倒してくるだろう。

 

 「……気配を消して、あとを追いますか」

 

 それでも心配なのは親心というやつなのか。

 前世も現在も、子がいないためわからないが、親になるということはこういうことなのだろう。

 二人にばれない様に、天元に教えてもらった忍び足を活かして、二人の後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・

 

 

 番外編

 『柱達による腕相撲大会・中』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まさにその戦いは死力を尽くした戦いであった。

 誰が一位で誰が最下位なのか、しっかり決めるつもりだったため、総当たりとなった腕相撲大会。

 早々に最下位になったのは、自分でもわかっていたしのぶである。

 

 「まあ、やる前からわかってましたしね」

 

 元々乗り気でなく、そもそも筋力がないから毒使いとなったしのぶだが、その表情に微かな苛立ちを感じさせる。

 恐らく義勇と戦った際に、驚いて眼を見開く義勇に優しく倒されたからである。

 思わず、鎮痛剤を撃ち込もうとしたしのぶを止めたのは、宗次郎と蜜璃だった。

 

 続いて敗退したのは、小芭内である。

 明らかに技術よりの柱であるため、必要最低限の筋力では、柱達による乱痴気騒ぎは分が悪かった。

 

 「技とは腕力ではない、つまりこの結果は無意味だ」

 

 負け惜しみのような言葉を吐く小芭内だが、蜜璃としっかりと手を握りしめた時に幸せの絶頂だったのは、多くの柱が目撃している。

 そのあと、蜜璃に瞬殺されたのだが。

 

 その後、腕相撲に飽き始めた無一郎が敗北したことにより、事態は混戦を極まる。

 順当に勝ち星を挙げたのは、行冥、天元、そして宗次郎の三人である。

 残りの、義勇、杏寿郎、実弥、蜜璃に関しては上位三人に負けたものの、その後は接戦を繰り広げ、互いに勝ち星を食い争う結果となった。

 そして、その戦いを制したのは予想外の義勇である。

 最終戦の実弥戦は意地と意地のぶつかり合いであり、特に実弥に関してはここ一番の気迫が満ちていた。

 制限時間ぎりぎりまで続いた戦いは、ほんの僅かの差で義勇が制した。

 これで、実弥と杏寿郎、蜜璃の勝ち星が並び、義勇が第四位と決定した。

 

 「……ありがとう」

 「っ! ぶち殺してやる!!」

 

 無表情からの突然のありがとうに、ブチ切れた実弥を行冥と宗次郎が抑えることになり、血で血を洗う戦いは阻止することができた。

 恐らくお互いの健闘を称え、お前だったからここまで自分は頑張ることができた的なありがとうだと思うが、どう考えても軽い挑発にしか聞こえなかった。

 杏寿郎に過剰に褒められて、本当に嬉しかったのか微かに笑う義勇を見て、しのぶがドン引きしたのを複数の柱が目撃している。

 

 そして、物語は天元と宗次郎の戦いへと移る。

 今までの戦いを振り返り、天元は気合を入れ直して、目の前の好敵手と腕を組む。

 その爽やかな表情には、疲れを一片も感じさせることもなく、笑みを崩さない宗次郎を見て、天元はその面を苦悶に満ちた表情に変えてやろうと思った。

 

 「随分、派手に勝ち上がったじゃねぇか」

 「そうかい?」

 

 余裕の表情を崩さない宗次郎に、天元がもう語ることはない。

 腕が折れても、柱なら一週間くらいで回復するだろう―――

 そんな物騒なことを考える天元にとって、既にこの戦いは遊びではなかった。

 

 互いに手を掴み、肘を台に乗せる。

 そして、しのぶの声と共に二人の手が動き出した。

 

 「おらっ!!!!」

 

 気合一閃!

 気迫に満ちた声を上げた天元だが、あることに気が付いた。

 周りの柱達が、誰もがただ一点に集中していることだった。

 恐る恐るそちらに視線を向けた天元の眼前に広がった光景は―――明らかに逆方向を向いた自身の腕である。

 

 秒殺である。

 

 「jfひおsぎおえrぎおysdyg!?」

 

 信じがたい光景と腕の痛さに、奇声をあげる天元。

 その姿を見て気合が入ったのか、全身に活力を漲らせた行冥が、宗次郎と対峙した。

 

 「次は私とだ。 宗次郎」

 「よろしく頼むよ。 行冥」

 

 その行冥を不敵な眼差しで迎え撃つ宗次郎。

 果たして勝つのはどちらなのか!

 今、ここで鬼殺隊最強が決まる!!

 

 

 

 

 睨みあう二人、そしてその光景を息を呑んで見守る柱達。

 そんな彼らを他所に、しのぶがぼそりと呟く。

 

 「いや、誰か宇髄さんを心配してあげましょうよ」

 

 

 

 

 

 

 

 幸いにも、腕は脱臼していただけで、骨も罅が入っていただけの天元は、明日にも普通に任務へ向かうのであった。 

 




先に戦ったのが、

宗次郎の場合、脱臼、骨に罅。

行冥の場合、骨折。

というのが天元の運命でした。
ちなみに宗次郎は、腕をへし折られそうに感じたので、一瞬で決着をつけに行ったため、このような結果になりました。

義勇さんが第四位になったのは、宗次郎さんとの特訓の成果です。



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 薄暗い山道に足を取られないように歩くしのぶは、先程から漂う臭い、死臭に吐き気を催すが、それでも懸命に周囲を警戒しながら進んで行く。

 十二鬼月、上弦と下弦に分かれているものの、鬼の首領である無惨の絶対的配下であり、並みの鬼とは比べ物にならない力を持つ。

 先日、しのぶの姉であり、鬼殺隊が誇る柱のカナエですら敗北した。

 段々と血の気のなくなっていく姉を見て、姉を失う恐怖のあまり何もできなくなっていたしのぶに対し、柱である宗次郎と義勇は冷静に対処した。

 そのおかげで、上弦の弐は撤退し、姉のカナエも何とか命を繋ぐことができた。

 そうなると現金なもので、鬼に対しての怒りなどが込み上げて、姉のようになるんだと勇んでこの地に来たものの、こうして再び鬼の恐怖を感じ始めている。

 

 そんなしのぶに対し、先を歩く無一郎の姿は堂々たる姿で、特にこの状況に気負うことなく、鬼の痕跡を探っていた。

 しのぶよりも四つも離れた、まだまだ子供の無一郎の方が柱に相応しいのでは?とそんなことばかり考えてしまう。

 しのぶも初めて無一郎に会ったが、噂だけは聞いていた。

 愛柱・愛染宗次郎の秘蔵っ子であり、最年少隊士、僅か三か月という短い時間で『霞の呼吸』を修得した天才。

 腕だけは確かな義勇ですら、彼のことは褒めていた。

 そんな彼に対し、継子という立場だけで、それ以外特に目立った功績を上げておらず、鬼殺しの毒ですら満足に完成していない。

 

 『鬼の首も落とせない柱なんて必要ないと思うけど?』

 

 その通りなのだ。

 本来なら、しのぶは隊士としても不完全、柱になんてなれる器ではない。

 

 「……ねぇ」

 「えっ!? はい、なんですか?」

 

 考え事に夢中になり、無一郎の接近に気が付かなかった。

 慌てて返事をしたものの、自分の迂闊さが恨めしい。

 しかし、無一郎は特に気にした様子もなく、淡々と話す。

 

 「その糸、早く切った方がいいよ」

 「えっ?」

 

 どういうことですか?と口にする前に、突然しのぶの左腕が頭上に引っ張られた。

 敵襲!? 奇跡的に反応した右手が、日輪刀を抜こうとした瞬間、既に無一郎の刃がしのぶの頭上を掠める。

 すると、左腕にかかっていた力は消えた。

 どうやら、無一郎が助けてくれたらしい。

 

 「あ、ありがとうございます」

 「お礼なんてどうでもいいから、さっさと構えてくんない? もう来てるよ」

 

 無一郎の刃が再び空を切る。

 いや、無一郎は頭上から垂らされていた子蜘蛛を器用に一刀両断した。

 しのぶも無一郎に遅れて、日輪刀を抜くと、そのまま頭上から振ってくる子蜘蛛を全て貫いた。

 

 子蜘蛛から垂らされた糸を手足にくっつけて、相手の自由を奪うのだろうか?

 

 鬼の血鬼術を分析しながら、しのぶは飛来する子蜘蛛を蹴散らしていく。

 その隣では、危なげなく子蜘蛛を刻んでいた無一郎が、近くの木の幹を蹴ると、そのまま枝の反発力を利用して空高く宙を舞う。

 

 「終わりだね」

 

 霞の呼吸 弐ノ型 八重霞。

 

 一瞬、霞が掛かった様に、ぶれた無一郎から放たれた斬撃から逃れることができない。

 首を刎ねられた鬼は、自身の頭と巨大な蜘蛛の身体を細切れにされて、そのまま死んでいった。

 

 余りに呆気ない死だったが、それでも子蜘蛛が降ってくるのが止まらない。

 つまり、この血鬼術は別の鬼のものである。

 

 「無一郎くん!!」

 「言われなくてもわかっているよ」

 

 しのぶの声がかかる前に、無一郎は次の行動を行っていた。

 木の枝に着地すると同時に、再び弾かれたように空を飛び、少し離れた岩場の上に座る女型の鬼を見つける。

 

 「ひっ!?」

 「見つけた」

 

 鬼から放たれた糸を切り裂きながら接近する無一郎に、ようやく逃げようとした鬼だったが、既にそこは無一郎の射程内であった。

 

 霞の呼吸 肆ノ型 移流斬り。

 

 地面を滑るようにして間合いを詰めて放たれた刃は、鬼の首を捉える。

 鬼は自身に何が起きたか理解できないまま、死ということだけを悟った。

 首を刎ねたことにより、チリと化していく鬼を横目に、無一郎は周囲の気配を探る。

 二体の鬼は葬ったが、アレは十二鬼月でないことは無一郎も気づいている。

 先程から、無一郎に向けて放たれる殺気というものが全く衰えていないからだ。

 

 「って、あれ?」

 

 周囲を見渡していると、しのぶの姿はそこにはいなかった。

 

 「まあ、いいや」

 

 漸くしのぶと逸れたことに気が付いた無一郎だったが、特に気にした様子もなく、鬼の探索を再開する。

 その瞳には、しのぶという仲間への考慮が全くと言っていいほど感じられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無一郎に先行という名の放置を喰らったしのぶだが、その後を追う前に新たな鬼の襲来により、その場での停滞を余儀なくされた。

 手の平から放たれる糸の束を喰らわないように、着実に距離を詰めるしのぶに対し、鬼は後がないと言わんばかりに猛攻を仕掛ける。 

 

 「アンタたちのせいで、私も怒られるじゃない!!」

 

 怒りを滲ませ、しのぶを殺そうとする鬼の言い分はまるで理解できなかった。

 だが、それは当たり前だろう。

 鬼とは自分勝手で、人を見下し、喰らうだけの害虫。

 それだけは、しのぶも身をもって知っている。

 

 「貴方の言い分なんて、知りませんよ!!」

 

 しのぶは迫る糸を容易に躱してしていく。

 腕力がなく、小柄なしのぶだが瞬発力と小回りだけには自信を持っていた。

 故に、この程度の鬼に捕まるはずはない。

 

 糸が地面を打つその瞬間を狙って、しのぶは懐に飛び込み、日輪刀を鬼の身体に突き刺した。

 人の身ならば致命傷だが、鬼は首を刎ねるか、日光を浴びないと死なない。

 故に、鬼はしのぶが自身の首を刎ねることをできないことを悟り、怒りの表情から一転、見下すように嗤う。

 

 「はっ、ちょこまかと動くだけの子鼠ね」

 

 余裕に満ちる鬼を見ても、しのぶは冷静に相手の状態を観察する。

 既に刀身に塗っておいた毒は、鬼の体内に入っただろう。

 だが、鬼は苦しむどころかピンピンとしている。

 つまり、致死量の毒が入っていないのだ。

 

 再び迫る鬼の猛攻を躱しながら、しのぶは鬼の身体を斬りつけていく。

 小さな傷跡しか残らない自身の非力さを不甲斐なさを感じるが、少しづつだが見えてきた。

 力が伴う斬撃よりも、必要最低限の力で済む突き技の方が自分には合っているということ。

 それに伴い、今持っている日輪刀は自分の型に合わない。

 どちらかというと、注射針のような突き刺して毒を大量に投入できるような形の日輪刀がいい。

 槍のような大柄でなく、しのぶの力で取り回しがきくような軽い刀を。

 

 何度も切り裂き、時には鬼の顔に向けて毒の粉をかけていると、ようやく鬼も自身の身体の異常を理解したのか、動きを止めてそのまま地面に倒れ伏せた。

 何か喋ろうと口を開くも、言葉が出てくることはなく、変わりに血反吐を吐きながら絶命した。

 

 毒で鬼を殺せることは確認済みだった。

 だが、やはり今のままでは鬼を殺しきるまでに時間が掛かる。

 もっと強い毒を、もっと適した戦闘手段を確立しなければならない。

 毒が回り全身が腐っていく鬼の身体を観察し終えたしのぶは、無一郎を探そうと周囲を見渡す。

 しのぶの視界には無一郎の姿は見当たらなかったが、すぐ近くで聞こえる倒壊音により方角は特定できた。

 

 「あちらですね」

 

 先程から響き渡る炸裂音や木々が倒れる音の方へ向かって、しのぶは周囲を警戒しながら走り出す。

 その間、しのぶは、鬼の特性や姿形を思い出しながら状況を整理していく。

 どうやらこの那田蜘蛛山に住まう鬼達は、蜘蛛のような姿や血鬼術を使っている。

 恐らくこれは偶然ではなく、群れる鬼の集団と云うのもわけがあるはずである。

 群れるはずがない鬼達が、同じような特性を持ち、同じ場所にいるというのは奇妙極まりない。

 つまり、この原因こそが十二鬼月なのだろう。

 

 今まで出会ったことがない強敵の存在に、震えそうになる身体を鼓舞し、しのぶは木々の間を抜けながら開けた場所へと辿り着いた。

 そこでは、無一郎と巨大な体躯をした鬼が刃を交えていた。

 折れた木をそのまま振り回す鬼の一撃は、容易に地面を抉り、人間を簡単に潰してしまうだろう。

 その一撃を見ても、無一郎は怯むことなく、鬼に接近を繰り返して、鬼に確実に傷をつけていく。

 捉えることのできない姿はまさに霞そのものだ。

 その姿、そして強さはまさに柱に相応しいと言ってもいい。

 一人の鬼にあれほどまで時間をかけた自分とは大違いだ、としのぶが自分自身を嘲笑っている間にも戦況は進む。

 

 「少し硬いね」

 

 さっき斬った鬼達よりも、強く硬い鬼だった。

 だが、この程度を十二鬼月というには余りに馬鹿馬鹿しい。

 つまり、まだ本命はいる。

 

 「でも、だいたいわかったよ」

 

 こういうのはさっさと片づけるに限る。

 鬼の動きを観察しながら、相手の一撃を後方に下がって躱す。

 地面を抉った衝撃により、土埃が舞い、視界が閉ざされる。

 

 霞の呼吸 陸ノ型 月の霞消

 

 駆け抜けた先のものをすべて斬る。

 木々も、振るわれた一撃も、そして鬼の身体も。

 

 全身をバラバラにされた鬼は、無一郎の前で散る。

 本日、三体目の戦果を得て、無一郎はあと何体の鬼を斬ればよかったか、考えてみるが思い出せない。

 記憶に霞がかかる不思議な気分だが、どうせ今日斬った鬼のことも忘れてしまうだろう。

 ならば、大切なことだけ覚えておけばいい。

 今日、十二鬼月を斬って、柱への道を築く。

 そして、先生である宗次郎と肩を並べて、恩人である御館様をお助けする。

 それだけを覚えていたらいい、それだけで無一郎は良かった。

 

 鬼を片づけたことで、先程まで観察していたしのぶが、ぼーっとしている無一郎に話しかける。

 

 「お見事でした。 見事なまでの剣術です」

 

 しのぶに褒められるも、無一郎は特に反応しない。

 確かに無一郎は、霞の呼吸を使いこなし、あと少しで自分独自の技も編み出せると確信している。

 だが、所詮はその程度なのである。

 

 「何言ってるの? 先生ならこの程度、簡単に使いこなせるよ」

 「え? 先生……愛染さんのことですか?」

 

 無一郎の言葉に、しのぶは戸惑いの声を上げる。

 それもそのはず、しのぶが知っている限り、宗次郎が使っているのは、宗次郎だけの呼吸である『愛の呼吸』であり、決して霞の呼吸ではない。

 確かに、炎、水、雷、岩、風と基本的な呼吸を習い、自分に合った呼吸法を作り出したのが宗次郎である。

 しかし、無一郎からすれば、その事実はまるで無知と言っていいほどの呆れたものだった。

 

 「まさか、先生が普段使ってるのが、本当の技と思ってないよね?」

 

 そもそも、『愛の呼吸』はそういうものじゃないし、と続けた無一郎に、しのぶがより詳しく話を聞こうとしようとした瞬間、周囲から全身を突き刺すような強い殺意が感じられた。

 

 「っ! これは!?」

 「どうやら、本命が来たようだね」

 

 肌を刺すこの殺意は、まさに別格。

 先程までの鬼は、雑魚と言っていいだろう。

 その強い殺意に呼応するかの如く、無一郎は獣の如く好戦的な笑みを浮かべる。

 その姿に息を呑みながら、しのぶは自身の持つ毒薬の残量を確認し、日輪刀を構える。

 

 そして、彼は現れた。

 十二鬼月下弦の伍、累。

 奴は、この那田蜘蛛山の主である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




その頃の宗次郎。

宗次郎「私は草だ、誰が見ようと草だ」

しのぶと無一郎の奮闘を、ハラハラしながら観戦中。


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10

お仕事が始まったので、週一更新にします。
申し訳ございません。


 背丈や姿は無一郎よりも幼い少年であり、他の鬼達同様に真っ白な髪と肌をした鬼。

 いや、違う。

 他の鬼がこの鬼―――累に似せられてしまっているのだ。

 だからこそ、この鬼から感じる表情は、家族を殺された悲しみや怒りではなく、ただあっさりと死んでしまった家族への呆れである。

 

 「子を守るのが母と父の役割のはずなのに、弟を守るのが兄と姉の役割のはずなのに」

 

 本当に使えない――そう吐き捨てて、累は先程まで無一郎が戦っていた鬼が塵になっていくのを見る。

 確かに累の言っていることは、家族というあり方として間違ってはいない。

 事実、しのぶの両親は幼い二人を守るため、必死に抗い続けた。

 故に両親が死んだときのしのぶの心境は、もう二度と会えない愛する両親への悲しみ、そしてその仇である鬼へと怒りだった。

 そこに呆れという感情を挟むなどあり得ないし、ましてやそれは役割ではない。

 そうなってしまうのが家族なのであり、それが家族愛というものだ。

 だからこそ、しのぶには累の考えが理解できなかった。

 

 「まあ、いいや。 また作ればいいしね」

 

 何でもないように口にする累に、否定の言葉をしのぶは言ってやりたかった。

 家族というのは、そうも簡単に作れるものではない。

 もし、そんなことができるならそれは本当の家族ではない、と。

 だが、目の前の累から発する異質な気配に、しのぶからそういう余裕はない。

 しのぶ達が刀を抜いているのにもかかわらず、一向に構える気配がない累から余裕という名の傲慢が感じられ、それこそが鬼であり、そして十二鬼月なのだろう。

 

 「で、話は終わったの?」

 

 気負うしのぶとは対照的に、小生意気そうに吐き捨てる無一郎は、日輪刀を鬼へと向ける。

 

 「最後ってことは、お前が十二鬼月ってことでいいんだよね」

 

 無一郎にとって、累の戯言など初めから興味がなかった。

 十二鬼月の首を獲る、それだけが無一郎の目的である。

 

 一瞬で、距離を詰める無一郎は、累の細首を刎ねようと刃を振るう。

 余りの速さに累も反応できなかった―――はずなのだが。

 

 キン、と甲高い音がこの場に鳴る。

 無一郎の刀が累の首まで数センチのところで止まってしまい、そこから動かすことができず、刀の先には累の指先から放たれた糸があった。

 数十の糸を編み込むようにして強度を上げていたのは、間違いなく累が無一郎の攻撃を読んでいたということ。

 確かに鬼の弱点は、首であることに間違いなく、そこを守っていれば死に至ることはない。

 だが、無一郎の剣は、相手には悟らせることができないほどの速度の緩急、そして上下左右への滑らかな変化である。

 累は、そんな無一郎を警戒し対応したそれだけの話である。

 対し、無一郎はというと、以前宗次郎に簡単に読まれた際に、注意されていたことを思い出した。

 宗次郎曰く、無一郎の天賦の才については褒め称えていたが、同時に鬼との斬り合いに対する経験値の低さを注意していた。

 特に、すぐに鬼を仕留めようと真っ先に首を狙いすぎているため、いくら動きで惑わそうとも受け止めることは容易である。

 そう言われたとき、内心、そんなことはできるのは先生くらいだと宗次郎を褒め称えていたが、どうやら無一郎の認識の甘さであったようだ。

 

 「へぇ、今まで斃してきた人の中で一番速いかもね」

 「一撃防いだだけで何言ってんの?」

 

 再び無一郎が攻め立てようとしたその瞬間、累は両手を振るい、糸の刃を放つ。

 攻撃から回避へ瞬時に反応した無一郎が後方へ大きく飛び終えたのと同時に、糸の刃はその下を抜けていく。

 そして、世界がズレた。

 累が振るった直線上にあった木々が、鋭いもので切り裂かれたように倒木していく。

 その光景を見ていたしのぶは、真っ先に累の指先から伸びる細い糸を見る。

 他の鬼よりもか細く見えるこの糸こそ、鬼の刃であり盾と化す攻防の要なのである。

 

 当たれば、人間は細切れですね、と恐ろしい光景を思い浮かべながらも、しのぶも恐れることなく累へと接近する。

 糸の射程距離はわからないが、倒れている木を見る限り、離れた距離では刀が攻撃の主体であるしのぶ達は一方的に嬲り殺されるだろう。

 故に距離を詰めなければ勝機は見えてこない。

 鍛え上げられた脚力で、累との距離を縮めるが、あと一歩というところで、罠のように設置された糸がしのぶの行手を阻む。

 それは逆側から攻める無一郎も同様である。

 最初の接近以降、累から警戒されているのか、しのぶ以上の糸の包囲網を展開されている。

 

 「無一郎君!! 一人で突っ込まないでください!!」

 

 人数差の有利を活かして、連携で近づこうと提案するしのぶを完全に無視し、無一郎はたった一人で累へ戦いを挑む。

 

 霞の呼吸 参ノ型 霞散の飛沫

 

 頭上に展開する格子状の糸を切り裂き、包囲網を突破するが、それに呼応するように累の手が動き、再び第二の包囲網が完成する。

 

 霞の呼吸 伍ノ型 霞雲の海

 

 全ての糸を掻い潜りながら、同時に糸を切り裂いていく。

 その動きに累は驚愕の表情で、迫る無一郎に視線を向けるが、既に両者の距離は刀一本分までに縮まっていた。

 累は後方に飛ぶようにして下がるが、既にそこは無一郎の間合いである。

 

 「ちっ!?」

 「これで終わりだよ」

 

 霞の呼吸 肆ノ型 移流斬り

 

 滑り込むように累の脇を抜けた無一郎は、そのまま白い右足を斬り飛ばす。

 足を斬り飛ばされた累は、苛立ちと怒りで表情を歪めていたが、自身の糸を使って、大きく宙に舞うと、無一郎から距離を取って糸を鞭のように放って牽制をする。

 先程まで攻撃を容易に躱してきた無一郎だが、連続の技を使用したせいで呼吸が乱れ、思うように体を動かすことができず、咄嗟に転がるようにして糸の包囲から逃れた。

 その光景を見ていたしのぶも、無一郎に集中する攻撃を少しでも減らそうと、囮になるべく鬼へ何度も接近するが、糸を斬ることができないしのぶでは、最終的には回避するしかない。

 そんなしのぶの姿を観察していた累は、二人の脅威度を正確に判断し、攻撃力に難のあるしのぶから視線を逸らすと、荒い呼吸をする無一郎へ視線を向ける。

 

 「まさか、僕の足が斬り飛ばされるなんてね。 君が僕の家族を殺したみたいだ」

 「そうだけど、それがどうしたの?」

 

 右足を再生させながら喋りかける累に対し、無一郎は息を整えることだけに集中する。

 そんな無一郎に、鬼は頭上から糸を振り下ろすように放つ。

 空間全体を切り裂く糸の群れに、無一郎は回避し続けるが、その動きに精彩さが欠けていた。

 その緩慢な動きを見て、しのぶは無一郎が体力切れを起こしていることに気が付いた。

 いくら天才と呼ばれ、全集中・常中が使えるといえど、無一郎はまだ十二歳の少年である。

 普通の鬼なら問題はないにせよ、まだまだ身体が成長しきっていない無一郎にとって、十二鬼月レベルの鬼相手ではその微かな動きの乱れが要因となり致命的な状況に陥ることは眼に見えている。

 

 「いや、別に特に言うことはないよ。 ただ僕に手間取らせることをさせた代償は払わせてもらうよ」

 

 事実、斬り飛ばした足を再生し万全な態勢に戻った累と、連戦と連続技のせいで消耗している無一郎を見て、しのぶは自身がどう動くべきなのか、と判断を迷わせる。

 しのぶ自身がこの鬼を倒すことができないのなら、無一郎を拾って撤退するしかないが、その際累の猛攻を喰らい、全滅するしかない。

 すぐにしのぶだけが撤退しても、しのぶは生き残ることができるかもしれないが、無一郎は確実に死んでしまうだろう。

 

 どうすることが鬼殺隊の判断として間違っていないのだろうか?

 迷いながら、果敢に攻めるしのぶの心情を表すかのように、しのぶが放った一撃により、刀は鈍い音を立てながら真ん中からへし折れてしまった。

 

 「あっ」

 

 刀が折れたことにより、動きが止まったしのぶを見て、累は瞬時に距離を詰めると右足を振り抜いた。

 頭部に迫る累の回し蹴りを、折れた刀でしのぶは受け止めたが、勢いを殺すことができず、そのまま後方へと吹き飛ばされ、全身を木に打ち付けて止まる。

 全身を強打し、肺の空気が全て吐き出されたしのぶが、なすすべなく地面に転がる。

 容易に仕留める方を取ったのか、無一郎ではなくこちらの方へと歩いてきた累の足音が、しのぶの耳に響くように聞こえた。

 

 「君に、僕の首を斬ることは出来なさそうだけど、チョロチョロされるのも面倒だ」

 

 死ね。その一言が凍てつく殺気と共に、しのぶの首を突き刺す。

 斬られる!? 眼を瞑ってしまうしのぶだったが、迫り来る刃よりも浮遊感が襲い掛かる。

 眼を開いたしのぶが、目にしたのはしのぶを担いで全力で逃げる無一郎の背中だった。

 

 「世話が焼けるね」

 「む、無一郎君……?」

 

 荒い呼吸で全力疾走する無一郎を見て、しのぶはようやく自分自身が助けられたことを知る。

 先程から、足手まといにしかならない自分自身の不甲斐なさに、思わず涙が流れそうになるしのぶだが、そんな余裕すら累は与えてくれない。

 糸を巧みに使いながら、無一郎達を追う累の動きに対し、しのぶを背負って走る無一郎の限界は近い。

 このままでは近い内に、二人とも為すすべなく累に殺されてしまうだろう。

 考えなければ、死ぬ。

 戦うことができないしのぶにできるのは、考えるだけだ。

 

 『しのぶは凄いね』

 

 そう、宗次郎に褒められたことを思い出した。

 鬼の首を斬ることも出来ない隊士に対しての気遣いとしのぶは当初思っていたが、宗次郎は熱心にしのぶに話した。

 

 『太陽でしか殺すことができない鬼に対し、他の方法を考えつくことができるのは並大抵の人間にできることではないよ』

 

 首を斬るという行為も、日輪刀という太陽光を浴び続けた鉄からできた刀なので、厳密には太陽で殺しているようなもの。

 つまり、植物の毒で殺すというしのぶの発想は、今まで誰も考え付かなかったことである。

 

 『この毒ができれば、助かる命も増えるはずだ』

 

 そう言ってくれた宗次郎の言葉は、しのぶの励みとなった。

 そして、もう一人しのぶを褒めた人間がいる。

 

 『胡蝶妹は凄いな』

 

 ぼうっとした様子でしのぶが、怪我人を治療しているのを義勇が見ていた。

 その言葉は、ただの嫌味にしか聞こえなかった。

 柱であり、多くの鬼を葬ってきた義勇に対し、治療することしかできないしのぶでは比べ物にはならない。

 だが、義勇は言葉を続ける。

 

 『俺は斬ることしかできない。 だから守れなかった命も失った未来もある』

 

 珍しく長く語った義勇の言葉には、後悔と羨望が見え隠れしていた。

 その姿に、しのぶは、柱という人間は全てを守ってきたわけではないということ、そして誰よりも人の死を見てきた人間ということを知った。

 姉であるカナエもそうして戦い続けていたのだ、しのぶの目の前で。

 

 そんな柱の姿に、しのぶは尊敬と憧れを抱いたのである。

 そして、そんなカッコいい柱達に、しのぶはできると言われたのだ。

 ならば、しのぶにできるのは、そんな自分を信じることだけだ。

 

 

 毒殺する。

 今、ここで鬼滅の毒を完成させる。

 

 

 



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11

 木々の合間を抜けて、無一郎は追ってくる累から必死に逃げていく。

 技の使い過ぎにより、呼吸が上手くできなくなり、全力で走るだけで息が切れそうになる無一郎は、これからどうするべきか、と考えていると、

 

 「無一郎君、策があります」

 

 担いでいるしのぶからそう言われた。

 この状況でよくこんなことが言えるな、と無一郎は無視してやろうと思っていたが、背中を叩く力がどんどん強くなっていく。

 思わず投げ飛ばしてやろうか、そう考えた無一郎に、しのぶがポケットから袋と導火線のついた小さな丸球を見せてきた。

 

 「これに火をつけて、鬼に投げてください」

 「何これ?」

 「煙玉です。 尤も通常のではなく、藤の花の成分を含んだ特注品ですが」

 

 なので呼吸は止めておいてください、というしのぶの煙玉を受け取る。

 だが、無一郎はしのぶの指示に従う気などなかった。

 無一郎にとって、尊敬すべき人間は御館様と宗次郎のみ。

 そして従うにしても、それは自分よりも強い人間である。

 故に、満足に鬼の首を斬ることができないしのぶの指示に信用性を感じていなかった。

 

 そんな無一郎の心情を読んでいたしのぶはこう切り出した。

 

 「もし、無一郎君が協力しなければ、私達は煙玉を投げつけている間に、鬼から逃げて、愛染さんに助けを求めに行かなければならないでしょうね」

 

 その言葉に無一郎は動揺したのか、しのぶの腰に当てられた左手の力が強まる。

 

 

 「勿論、愛染さんはお優しいので、私達の不甲斐ない結果を聞いても、嫌な顔一つせずに鬼の討伐をしていただけるでしょう」

 

 ――ですが、もう貴方と私を頼ることはないでしょう。 しのぶの放った言葉に、無一郎の視線に怒りが籠る。

 

 

 「はぁ? 何言ってんの」

 「だってそうでしょう。 私は鬼の首も切れない半人前、貴方は実力はあるが判断力に欠け、幼い精神性。 そんなことでは柱としての資格はなし、と判断されてもおかしくはありません」

 

 事実、この状況で十二鬼月を斬ることができなかったら、恐らくしのぶと無一郎の柱への道は遠のくことに違いはない。

 鬼から逃げるような鬼殺隊員が、模範となるべき柱になれるはずがない。

 

 「勿論、無一郎君なら柱になれると私も思いますよ。 ですが、冨岡さんのように信頼を得ることができるかは別です」

 

 そもそも、初めから柱候補を立てるなら、無一郎の方が適任ではないかとしのぶは思っていた。

 実際、無一郎は三体の鬼を葬った上、十二鬼月を追い込むまでの力まで見せた。

 だが、宗次郎はそんな愛弟子ではなく、毒という不確定要素の高い代物を扱うしのぶを選んだのだ。

 そして、この地に来るまでの間、猫を可愛がるかの如く、宗次郎は無一郎を大切に扱っており、慈しむその姿は、まさに弟に接する兄であり、わが子を愛する父のように思えた。

 

 もしかすれば、宗次郎は無一郎が柱になることを賛成していないのかもしれない。

 そして、無一郎はそんな宗次郎の考えを薄々気づいており、兄のように慕う彼に認めてもらいたいのかもしれない。

 

 そんなしのぶの考えだが、どうやら無一郎に関しては当たっていたらしい。

 段々と力が籠っていく無一郎に、肋骨でも折られそうになる。

 

 「ですが、無一郎君が私の指示通りに動いてくれれば、きっと十二鬼月を倒すことができます」

 

 何言ってんだこいつ、と言わんばかりの無一郎の視線を無視して、しのぶは話を続ける。

 

 「無一郎君、選んでいただけますか? このまま鬼から逃げて、負け犬になるか。 それとも、鬼の首を刎ねて無事務めを果たすかどうか」

 

 そう言って笑ったしのぶの表情はどうも胡散臭く感じた無一郎だったが、それでも取れる手段は一つだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 

 

 累は、鬼狩りの二人組を追いながら、静かに怒りを宿していた。

 勿論、家族を殺された――からではない。

 せっかく、自分が作った――家族を壊されたからである。

 再び家族を作る手間をかけることになった原因の鬼殺隊士達を殺さなければならない。

 

 男の隊士は、認めたくはないが累から見ても、今まで見てきた鬼狩り達の中で一番強いと言っても過言ではない。

 実際、累が足を飛ばされたのは初めてだし、向こうが息切れになっていなければ、もしかするとその刃は累の首へと届いたのかもしれない。

 そんな想像をして、いら立ちが募る累だが、それはあくまで、かもしれなかっただけの話。

 ここで、首を刎ねれば問題はない。

 もう一人の女の方は、動きに関しては男と遜色がないほどであったが、肝心の刀を振るう力がない。

 いくら日輪刀と言えど、その刃は鬼の首に届き、刎ねるだけの力がなければ意味はなさない。

 つまりは、警戒すべきは男のほうだけでいいというわけである。

 

 糸を手繰り寄せ、木々の間を飛ぶようにして追う累の視線の先には、走り疲れたのか立ち止まっている女の姿が見えた。

 男は何処だ?

 一応、周囲を警戒してみるも、男の姿は周辺にはいない。

 ならば、先に女のほうだけでも片づけておくべきか。

 

 「なっ!?」

 

 そう考えた累の視線の先に、突然、四つの小さな玉が現れた。

 導火線に火が付いた状態で、累の周囲を囲むように現れたソレらは、凄まじい勢いで白い煙を吐き出した。

 目晦ましのつもりなのか、だがこの程度の煙で周囲の警戒を怠る累ではない。

 周囲に糸を張り巡らせ、守りに入るが、特に相手からの動きはない。

 

 「逃げるつもりか?」

 

 ならば、追って殺す。

 そう考えた累は、初めて自身の身体に異変を感じた。

 肌にピリつくような痛みと共に、眼と鼻、そして肺に強い痛みを感じた。

 

 「っ!? 煙かっ!」

 

 煙から漂うのは、鬼が苦手な藤の花の香。

 全身を覆う不快感が纏わりつくように離れない累は、苛立ったように両手を振るい、周囲の木々を薙ぎ倒す。

 倒れた木の衝撃で煙が舞い上がり、周囲が確認できた累が見たものは、地面を滑るようにして走る男――無一郎の姿だった。

 反射的に右手を振るうが、仕掛けた方と仕掛けられた方では反応が遅れが出る。

 累の放った糸は、無一郎の頭髪の端を斬り落とし、

 無一郎の放った斬撃は、累の右腕を斬り飛ばした。

 

 「終わりだよ」

 

 累の両足を斬り飛ばして、刀を構えた無一郎が放つのは最後の一撃。

 

 霞の呼吸 弐ノ型 八重霞。

 

 無一郎の放った乱撃は、累の全身を切り裂き、遂にその首をも空高く飛ばした。

 高々と舞い上がった首が鈍い音を立てながら地面に叩き付けられ、全身に切り裂かれた跡がついた身体はそのまま地面に倒れ伏せた。

 

 最後の大技を放った無一郎は、そのまま力尽きたように両膝をつく。

 その姿を、累は地面に転がったまま眺めて――そして嗤った。

 

 「今度こそ、本当に終わりのようだね」

 

 切り裂かれた累の身体は、ゆっくりとその身を起こし、斬り飛ばされた両足と右腕が、胴体から伸びた糸により徐々に繋がっていく。

 両足と右腕がゆっくりと繋がり、そして最後にその首も糸に吊るされてゆっくりと元の位置へと戻った。

 

 「残念だったね。 最後に首を飛ばされる前に自分の糸で切ったんだよ」

 

 右手の糸を放ったあの時から累は、無一郎に反応勝負で負けるかもしれないことを考えていた。

 あの距離で先手を取られるということは、累自身の首を日輪刀で切られる可能性は高かった。

 だからこその保険。

 無一郎の実力を認めていたからこそ、累は最後の勝負に勝つことができたのだ。

 

 瞬時に両手の指先から伸びた糸を、無一郎を覆うようにして展開する。

 無一郎にはこの結果から逃れる力はない。

 勝利を確信した累は、最後に憎き鬼狩りの顔を見ようと視線を向けた。

 

 だが、そこにあったのは絶望した顔ではなく、口角を上げて不気味に笑う無一郎の姿だった。

 

 「ありがとうございます、無一郎君」

 

 累の頭上から、そんな声が聞こえた。

 即座に反応して見上げた累の視界に入ったのは、落下と共に折れた日輪刀を構えるしのぶの姿だった。

 折れた日輪刀の刀身には、遠くからでも解るほどの藤の毒が塗り込まれていた。

 

 すかさず、迎撃しようと無一郎の包囲を解き、体勢を整えようとした累だったが、突然力なく両膝が地面に着く。

 

 「なん、だ? これは?」

 

 全身にのしかかるように今まで感じたことがない倦怠感を感じた累は、体勢を整えようとするが、既にしのぶはそこまで来ていた。

 

 「がぁっ!?」

 「初めて知りましたが、どうやら私の力は刀を突き刺すことくらいはできるみたいですね」

 

 落下の力と共に渾身の突きを繰り出したしのぶの折れた刃は、累の身体に突き刺さり、そのまま地面に押し倒す。

 その衝撃にたまらず、しのぶも地面に全身を打ち付け、ボロボロになりながらも地面を転がる。

 

 「っ!!! ど、うやら藤の毒が…効いてきたみたいです…ね」

 

 だから、後は任せましたよ、無一郎君。

 

 そんなしのぶの言葉に応えるかのように、ゆっくりと立ち上がった無一郎は、力が入らない両手で刀を握ると、全身を蝶の標本のように地面に縫い付けられ、毒の影響で動けなくなった累に近づいていく。

 

 「ば、馬鹿な……この僕がっ!」

 「あ、もうそういうのはいいよ」

 

 刀を累の首に当てて、右足で刀身の峰の部分を踏み抜いた。

 その一撃は累の身体と頭を分離させ、そして滅びへと向かわせた。

 全身が腐り落ちていくその姿を見て、無一郎はしのぶに視線を向ける。

 落ちた際に右足を痛めたのだろう、足を引き摺りながら歩くしのぶを見て、数分前のことを思い出した。

 

 

 

 

 『無一郎君の刃に塗った藤の毒は、鬼の命を奪うことはできませんが、それでも動きを制限させるほどの麻痺は残るはずです』

 

 全身に斬りつけるようにしていただいたら、毒もより広範囲に広がるはずです。そう説明するしのぶの作戦はこうだ。

 

 まず、毒入りの煙玉を喰らわせ、相手の注意を集めるとともに全身に藤の毒を浴びせる。

 そしてその隙に接近した無一郎が、累の全身を切り裂き、さらに毒を与える。

 最後にたっぷりの毒を塗り込んだしのぶの日輪刀で全身を突いて、無一郎が首を刎ねる。

 

 半信半疑だったが、この状況ではそれしかないかもしれない、そう考えた無一郎は、しのぶに対して聞いておかなければならないことがあった。

 

 『ねぇ、この作戦だと、最後に俺が鬼の首を斬ることになるけど、本当にいいの?』

 

 鬼の動きを止めるために、しのぶの日輪刀を使うことになるので、鬼の首を斬るには無一郎の刀しかない。

 勿論、毒で鬼を殺すことができれば、しのぶの手柄になるだろうが、その事実は当の本人から否定をされた。

 今のしのぶの作成した毒では、十二鬼月ほどの鬼を殺しきるまでには時間が掛かる。

 そんな時間をかけるほど、この状況には余裕はなかった。

 

 『ええ。 それが鬼殺に繋がるのであれば、そう行動するのが鬼殺隊士ですから』

 

 だから、しのぶは無一郎に託した。

 自身が得ることができたかもしれない柱への実績を。

 

 

 

 「まったく……運がよかったとしか言いようがないよ」

 

 足を引き摺っていたしのぶが地面に倒れ込むと、その姿を見かねて右手を差し出した無一郎は呆れたように笑う。

 そんな無一郎に、しのぶは右肩を貸してもらうと、ゆっくりと体を起こした。 

 

 「それは、お互いさまじゃないですか?」

 

 笑うしのぶの服は泥塗れであり、無一郎も鬼の糸に薄皮を斬られて、全身から血が滲み出ている。

 お互いに格好のつかないボロボロな姿。

 ただそれでも、二人はやり遂げたのだった。

 

 柱へと続く道の第一歩をしっかりと。

 支え合いながらも、両足で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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12

 無事、那田蜘蛛山での討伐を終えた無一郎達を迎え、私達は藤の屋敷を訪れた。

 二人とも、疲労や軽傷は見られるが、至って健康的な様子で、観察をしていたものの大事に至らなくてよかったと思う。

 自分でも中々のステルス能力で、二人の戦闘を近くで見ていたが、まさかしのぶと無一郎が連携して累を倒したのは良かった。

 あの戦いでしのぶも何かを掴んだようだったし、無一郎も他人と協力することを覚えたのでまさに一石二鳥というわけだ。

 二人が身体を休ませている間に、私は御館様に相談して、蝶屋敷にいるカナエと義勇にも報告を行った。

 義勇の反応は特になかったが、カナエはやはり心配していたのだろう話を聞くなり大粒の涙を流したのには、流石の私も動揺してしまった。

 その姿をアオイと三人娘に見られてしまったが、何とか誤魔化せたと思う。

 そんなこんなでカナエも元気を取り戻し、義勇は鮭大根を食べに出て行った。

 そんな義勇と一緒に昼食を取ったのだが、義勇はどうやら錆兎から呼び出されたらしい。

 何でも弟弟子ができた、という話なので、恐らく炭治郎が見事鱗滝氏の弟子入りができたのだろう。

 私からの紹介だったので、原作通りに事が運ぶか不明だったため少し心配していたが、どうやら問題解決らしい。

 錆兎曰く、筋が良いらしく、義勇にも紹介したいと言っていたみたいなので、義勇も実は少し楽しみにしているらしい。

 

 「名前は炭治郎というらしい」

 「そうなのかい?」

 「とても筋が良いらしい」

 「そうなのかい?」

 「楽しみだ」

 

 義勇の反応を見る限り、錆兎達はまだ炭治郎の事情を伝えてないらしい。

 確かに、妹が鬼ですって伝えれば、義勇が絶対殺すマンになってしまうかもしれないという、錆兎達の考慮だろう。

 恐らく、義勇なら突然首を刎ねたりはしないと思うが、一応私も関与していることを錆兎には伝えているので、無下にはしないはずだ。

 そんなことを知らずに幸せそうに鮭大根を喰らう義勇と別れ、私は無一郎達の元へと戻る。

 

 

 そうして五日ぶりにしのぶ達と顔を会わせたのだが

 

 「で、あいつはいつも先生が炊いたご飯の粒を顔中につけるんだよ。 全く汚いよね」

 「そうですよね。 私も姉さんが一生懸命作った料理を無言で食べる姿には腹が立ちますね」

 「あ、それ最悪だよね。 先生はいつも感謝の言葉は言うけど、あいつは、ごく普通に当たり前のように食べるからね」

 「本当にそうですよね。 未だにあの人が柱だと信じられません」

 

 何故か義勇をディスって意気投合していた。

 違うんだ、実は義勇は柱の中でもまともな方で、もっとぶっ壊れてるやつはいるからだとか、元々はもっと酷くてどちらかと言えばマシになった方なんだとか、カナエのご飯がおいしいから無言になっているだけで、一心不乱に食べているだけだとか、フォローを入れたくなったが、ほんの数日前までは犬猿の仲だった二人が、今は姉弟のように笑みを浮かべて話しているのだ。

 とりあえず義勇については今度話をしようと思い、二人に声をかける。

 

 「やあ、二人とも調子はどうだい?」

 「「先生!!/愛染さん!!」」

 

 驚いた様子で、二人は立ち上がろうとするが、手で動きを制すると、二人に視線を合わせるために私も畳の上に座る。

 

 「構わない。 無理に動いて怪我を悪化させれば大変だよ」

 「「はい!!」」

 

 だが、それでも布団の上で正座する二人に苦笑しつつ、これからの予定を話をする。

 

 「二人の働きにより那田蜘蛛山の鬼は殲滅、そして十二鬼月の一人を討つことができた」

 

 下弦とは言え、十二鬼月のうちの一体を始末したのは大きい。

 強い鬼を殺せば、それだけで隊士達や人々の犠牲が減る。

 原作の無惨は鬼狩りに簡単に狩られるから下弦は不要と判断したが、こちらからすれば勝手に六体を処分してくれるのは有り難いことだ。

 

 そして、その首は柱になる資格を得ることができる。

 つまり、二人は柱になるための大きな実績を得たわけである。

 

 「あの、愛染さん。 十二鬼月を討てたのは、その……無一郎君のおかげで」

 「しのぶ、それは違うよ。 君がいたからこそ、無一郎は鬼の首を斬ることができたのだ」

 

 自分を少し卑下するしのぶだが、事実彼女は今回の任において無一郎のフォローという重大な役割を果たした。

 同時に毒という鬼殺隊にとっての新たな武器を作り出したのである。

 そんな彼女の成果に、御館様も褒めたたえていたことを伝えると、しのぶはまん丸の眼に微かな涙を浮かべた。

 

 「そして、無一郎。 君がいたからこそ、二人で無事に生還できたんだよ」

 「先生……」

 

 そして、しのぶの言う通り、無一郎がいたからこそ、あの累を討つことができた。

 無一郎がいたからこそ、しのぶは生還することができ、累達那田蜘蛛山の鬼による犠牲を未然に防ぐことができたのである。

 何より、無一郎がこうして特に大きな怪我もなくが帰ってきてくれたことが嬉しい。

 

 「今回の報告は既に済ませてある。 胡蝶しのぶ、時透無一郎、両名が十二鬼月の下弦の伍を討った、とね」

 

 両名でということなので、どちらかがすぐに柱になれるわけではない。

 だが、それ以上に二人には大きな経験と成果を得ることができたと私は思っている。

 

 「だが、まだまだ二人には実績を積んでもらう必要がある。 より多くの鬼を斬り、多くの人々の命を守り、自身の力の糧にしなさい」

 「「はい!!」」

 

 私の言葉に、二人は気持ちいいほど良い返事をする。

 そんな二人の頭を撫でてやると、面白いくらいに二人は反応した。

 

 「と言ってたものの、まずは二人の日輪刀を作りに行こうか。 しのぶは、もう自分のやり方は理解したかい?」

 「はい! 何となくですが、作って貰いたいものは考えてます」

 

 私が頭から手を放すと、少しだけ名残惜しそうにしていたしのぶだが、既に新たな日輪刀の構想は出来ているらしい。

 ということは、やはり自身のスタイルを自覚したということなので、直にしのぶだけの呼吸『蟲の呼吸』は生み出されるだろう。

 

 「私が知っている最高の刀鍛冶を紹介しよう。 きっと君の納得できるものを作ってくれるはずだよ」

 「ありがとうございます!!」

 

 鍛冶の里の長、鉄珍氏ならしのぶの希望通りの刀を作ってくれるだろう。

 女好きなところはあるが、まあ腕に関しては問題ないので大丈夫だと思う。

 

 「あの、先生? その俺は、先生から貰ったものが」

 「無一郎、こっちに来なさい」

 

 新たな刀を作る気満々のしのぶに対し、無一郎は自分の刀を名残惜しそうに抱きしめる。

 無一郎の刀は、私のお古で、駆け出しのころに使っていた刀である。

 とても大切に扱ってくれる無一郎に感謝しつつ、私は無一郎の前に立ち、彼を抱き上げた。

 

 「え?」

 「大きくなったね、無一郎」

 

 無一郎は、初めて会った時よりも大きくなった。

 まだまだ子供とは言え、常に一緒に訓練をしていたからか柔軟な筋力とそれを支える骨格が彼の成長を物語っている。

 那田蜘蛛山での戦いを見ていた時に、無一郎の体格に日輪刀が合っておらず、無駄な力が入り、呼吸が乱れる結果と成った。

 

 「恐らく、その日輪刀は今の無一郎の身体に合ってないよ。 だから、今無一郎に最も相応しい日輪刀を送りたい。 受け取ってもらえるかな?」

 「っ、はい!!」

 

 私の言葉に、無一郎は嬉しそうに頷いてくれた。

 ゆっくりと無一郎を下ろして、壁にかかった時計を見る。

 程なく、昼食の時間である。

 

 「さて、もうそろそろお昼の時間かな?」

 

 着替えたら、居間までおいで。

 それだけ伝えると私は、藤の花びらの舞う廊下を歩いていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三か月後。

 柱合会議にて。

 庭園の藤の花が咲き乱れた朝。

 

 柱七名が御館様の前に並ぶ。

 その姿に目が見えない御館様は嬉しそうに笑う。

 

 「今日はとてもいい天気だね」

 「はい、澄み渡る青い空はとても気持ちがいいですね」

 

 御館様の言葉に代表して、私が空を見上げながら答えた。

 雲一つない蒼穹の空は、物珍しくて、他の柱も頭上に視線を向ける。

 誰もが素直に子供のように空を見上げるので、思わず目が合ってしまった御館様と笑ってしまう。

 

 「そうかい。 では、今日は彼らの晴れ舞台として相応しいかもしれないね」

 

 入っておいで。 御館様のその言葉に新品の隊服と羽織を着たしのぶ達が現れた。

 そう、今日は待ちに待った柱の任命日。

 

 「胡蝶しのぶ」

 「はっ!」

 

 姉と御揃いの羽織を仕立て、少しだけ長くなった髪を蝶の髪飾りで纏めたしのぶの表情に既に迷いはなかった。

 腰に携えた新たな日輪刀と共に、胡蝶しのぶは『蟲柱』となった。

 

 「時透無一郎」

 「はっ!」

 

 兄代わりの宗次郎と共に、御揃いの真っ白の羽織を纏う無一郎の姿は、まさに柱として相応しいほどの風格を漂わせていた。

 新たに打ち直した日輪刀を背負い、時透無一郎は『霞柱』となった。

 

 しのぶと無一郎は、その後の任務により、柱としての資格である鬼の討伐数をクリアすることができた。

 特に試作するたびに強力になるしのぶの毒は、新たに作った突き特化の日輪刀の効力もあり、次々に鬼を葬っていく。

 そんなしのぶに負けじと、無一郎も鬼狩りに精を出し、競うように任務に繰り出して、近隣の鬼を絶滅させたのである。

 そんな二人の姿を見て、まさに感無量とはこういうことだろう、と私は思う。

 幼かった二人がこんな立派になるなんて、と完全に親戚のおじさん気分である。

 

 ある意味計算通りというわけだが、少しだけ私の想定外のことが起こったのである。

 

 「甘露寺蜜璃」

 「はいっ!」

 

 御館様の言葉に嬉しそうに頷いた世にも珍しいピンク色と緑の桜餅ヘアーの女の子。

 少しだけ恥ずかしそうに新たな隊服を着こんだ彼女の太腿が眩しく、少し視線を横に逸らすと、やはり小芭内が魅入られたかのように動きを停止していた。

 少しだけ満足げに誇らしそうに頷く杏寿郎を見て、どうやら柱候補を探していたのは私だけでないことを悟った。

 三人目の新たな柱『恋柱』になった蜜璃、そしてしのぶ達を見て思う。

 

 

 柱が十人になったんですけど、誰かクビにならないよね?

 



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13

鬼殺隊において、柱という人材は非常に貴重な存在である。

凄まじい速度で戦死していく中、多くの戦場を駆けて、多くの鬼を討ち取り、十二鬼月すら滅する。

まさに鬼殺隊を支える柱であり、鬼から人々を守る最強の守護者。

だが、そんな柱すら、上弦の鬼に遭遇すれば命を落とし続けているのが、現状でもある。

 

つまり、柱が定員を超える事は滅多になく、今回の状況は想定外と言っていい。

故に、全員の頭に過ぎったのは、誰が外れるのか、である。

柱の就任を聞いていた柱達の中で、最も早く反応したのは実弥である。

 

「御館様、今回の柱増員はどういうお考えでしょうか?」

 

その感想は実弥だけではなく、この場にいた柱達全員のものである。

 

「確かに、胡蝶が再起不能となり、欠員二名となったことについては鬼殺隊として、迅速に対応すべきことでしょう。 ですが、女二名と子供を入れるのは些か問題ではないでしょうか?」

 

実弥の言う通り、柱の欠員者が出るということは、それだけで隊の戦力を低下を示すことになる。

だが、同時に柱という責務の前では、慎重に選ばなければならないのでは?というのが実弥の考えである。

そんな実弥に反応したのが、隣で元継子の晴れ姿を見ていた杏寿郎だ。

 

「む、そうは言うが不死川。 甘露寺は俺の継子であったが、柱になる才能は十分にある。 事実、討伐総数も基準を大きく越えている」

 

柱になるには50の鬼を討伐するか、十二鬼月の首を獲らなければならない。

しかし蜜璃は、麗しい乙女でありながら、十二鬼月の首こそ取ってはいないが、規定よりも遥かに多い75体の鬼を斬ってきた。

師匠であり、柱としての観点から見ても、蜜璃の推薦は間違いなく正当なものであると杏寿郎は思っている。

だが、実弥が言いたいのはそういうことではない。

 

「越えるのは当たり前なんだよ。 問題は本当に使えるかどうかだ」

 

そう、問題は十二鬼月を倒せるかどうかである。

下弦の鬼と対峙して、あっさり殺されるようでは、柱としての役割を果たすことはできない。

 

「確かに不死川の言う通りだな。 柱として派手なことがこいつらにできるのか」

「だが、柱としての規定は越えている。 御館様が認めている以上、問題ないだろう」

 

実弥の意見に賛同するように頷く天元に対し、最年長の柱である行冥は御館様の意見に賛同する。

 

「悲鳴嶼さん、それでこいつらがしくじったらどうなる? 雑魚と馬鹿が死ぬのはいいが、大勢の犠牲が出るだろ」

 

隊士が死ぬことに対しては、そもそも鬼殺隊に入った時点で死ぬ覚悟があると実弥は思っており、間違いなくこの場にいる柱は全員その覚悟を持ち合わせているだろう。

だが、派遣した隊士や柱が敗れるということは、そこに住まう人々は更なる犠牲を生むことになる。

だからこそ、鬼に負けるような弱者は不要と思い、柱の役割を果たせるかどうかわからない人間を信用する気はない。

 

「おい、伊黒。 てめぇはどうなんだ?」

「……美しい」

 

明らかに別世界に旅立ち、蜜璃から眼を離すことができない小芭内を、実弥は何も見なかったかのように、視線を戻した。

誰もが小芭内に触れないでいると、先程まで黙って座っていた無一郎が立ち上がると、実弥の前まで歩き出した。

無一郎は、実弥の前で立ち止まると、実弥と視線を合わせた。

 

「じゃあ、不死川、さんだっけ? どうやったら貴方は、俺達を認めてくれるの?」

「簡単な話だ、お前ら三人が戦って比べればいい。 強い奴が柱になる、ただそれだけだ」

 

無一郎の質問に対し、実弥は何でもないように答える。

三人で戦って、強い二人が残ればいい。

そして、三人ともが大したことはないと判断できれば、三人とも柱を辞退すべきだろう。

そんな実弥の提案を聞いて、無一郎は無表情の顔のまま、口の口角だけ釣り上げて笑う。

 

「ふーん、けどさ、もしかすると俺達よりも、貴方の方が弱い可能性もあるよね?」

 

そもそも、貴方は柱としての実力は備えているの?

まさに先程まで実弥が言っていたことをやり返した無一郎の挑発に、実弥は眼を見開き、がりっと歯を鳴らす。

 

「……上等だ、クソガキ」

 

刀に手をかける実弥に続き、無一郎もその右手で柄を握りしめる。

互いに、殺意を迸り、目の前の相手を斬り伏せようとしたその時――

 

「無一郎、実弥」

 

一瞬のうちに二人の間に割って入った宗次郎が、二人の刀を握ろうとする手を押さえつけた。

接近にすら反応できなかった二人は、眼を見開き反応するが、宗次郎に握られた手はピクリとも動かすことができない。

 

「先生」

「っ! 愛染っ……」

 

宗次郎と気づいた無一郎は、瞬時に力を抜いて戦意を解くが、相対する実弥はさらに怒りを現わして、宗次郎を睨み付ける。

だが、宗次郎から放たれる圧倒的な存在感に、実弥は手はおろか、身動き一つ取ることができない。

そんな実弥に対し、宗次郎は穏やかな笑みを浮かべたまま、実弥を握る手を離す。

 

「隊員同士での戦闘はご法度だよ。 それに今は御館様の前だ」

 

宗次郎の言葉に、実弥は自身の行動を恥じて、御館様―――産屋敷 耀哉に向かって瞬時に頭を下げる。

 

「申し訳ございません御館様」

 

一瞬のうちに理性的な声になった実弥を、無一郎は気味悪そうに見ていたが、信頼を置いている耀哉の前では特に表情に出すことはなく、実弥に続いて、深々と頭を下げた。

 

「構わないよ、実弥、無一郎。 私の説明も悪かったね」

 

二人に対し、特に気にした様子もなく笑いかける耀哉の眼は、慈しみに溢れていた。

 

「説明、ですか?」

「そう、そのことで今日は皆に聞いてほしいことがあるんだ。 宗次郎、君が戦った上弦の鬼達について、皆に話してあげて」

 

耀哉の言葉に従って、宗次郎は柱達に視線を向けると上弦の弐・童磨と上弦の肆・半天狗について話し始めた。

風貌に、攻撃手段、会話から察する性格や思考、そして圧倒的な固有能力。

まるで、未来を読んでいるかのような鋭い観察力を持つ宗次郎の説明に、柱も既に報告を受けていた耀哉も話を聞き入っていた。

 

「っち、そこまで追い詰めてんなら、しっかりと首を獲って来いよ」

「そんな簡単に首を獲れるなら誰も苦労しない」

 

先程の案件があったせいもあり、いつも以上に宗次郎に対して当たりが強い実弥に、隣に立っていた義勇がぼそりと反論する。

宗次郎の次に嫌いな義勇に指摘されたこともあり、思わず睨み付けようとした実弥だったが、逆隣の行冥に頭を握られて動きを止める。

 

「義勇の言う通りだよ。 確かに皆は私が認めた最強の柱達だ」

 

その言葉は耀哉の紛れもない本心である。

長年の鬼殺隊に宿った思いを受け取ってきた柱に相応しい者達である。

だが、上弦の鬼達は、そんな柱達を百年以上返り討ちにしているのだ。

 

「認めたくはないが、それ程までに上弦の鬼は強いということだ」

 

事実、宗次郎が遭遇していなかったら、上弦の鬼の姿は誰も知らないままであった。

誰も、上弦の鬼と戦って生還してきた者がいなかったからだ。

 

「そして、その上弦の鬼を倒さなければ、その上にいる鬼舞辻無惨を討つことは不可能」

 

そんな怪物たちを倒し、鬼の首領である無惨を倒す。

それが鬼殺隊の使命であり、産屋敷の悲願でもある。

だからこそ、耀哉は考えたのだ。

柱の定数を九から十二に。

 

「これは私の決意の表れだ。 十二鬼月に対抗する十二の柱。 そしてその刃で鬼舞辻無惨を討ち取ることを」

 

皆が最後の柱になるように、願いを込めた。

そんな耀哉の言葉に、黙っていた柱達が次々に立ち上がる。

 

岩柱・悲鳴嶼 行冥が。

 

風柱・不死川 実弥が。

 

蛇柱・伊黒 小芭内が。

 

音柱・宇髄 天元が。

 

炎柱・煉獄 杏寿郎が。

 

恋柱・甘露寺 蜜璃が。

 

霞柱・時透 無一郎が。

 

蟲柱・胡蝶 しのぶが。

 

水柱・冨岡 義勇が。

 

愛柱・愛染 宗次郎が。

 

口には出さずとも、耀哉の抱く思いと同じだった。

彼らは皆、耀哉が見出した柱なのだから。

 

「ありがとう、皆」

 

その姿に、深々と頭を下げた耀哉。

この場にいる皆の願いは同じだ。

世を乱す鬼共を殲滅し、その鬼による犠牲のない世の中を創るために。

彼らは刃を握ったのだから。

 

 

 

 

 

 




大正こそこそ話。

実弥が宗次郎を嫌っている理由、それは宗次郎がなんでも簡単にこなし、甘っちょろいこと(寺子屋)しても、自身を圧倒したため。
初めて戦った時は、刀を抜くことなく、ボコボコにされた。
二度目は、小芭内と組んで戦ったものの、防戦一方で押し切られた。

何故か、行冥にもボコられたはずなのに、行冥に対しては敬意を持っている。

義勇は、そんな宗次郎の金魚の糞の如く、付き添っている姿がムカつくため。
何より、実弥を見下しているように見えるため(完全なる誤解)


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14

 新たに加わった三人の柱達の就任して、半年程が経った頃。

 私は、義勇を連れて蝶屋敷へと訪れていた。

 蝶屋敷を訪ねた用件は、以前から予定をしていた無一郎達の就任を祝って宴をするためである。

 最近、蝶屋敷に訪れる患者が珍しいことに少なくなっており、蝶屋敷に住まう者達に余裕があること、柱達にも特に急な任務もないことから、本日開催されるようになった。

 既に、主役であるしのぶと蜜璃は前日から泊まっているようで、無一郎も今朝、屋敷に向かっている。

 実は、この三人は中々仲が良く、しのぶと蜜璃は女性同士ということもあり、互いに良き相談相手になっているらしい。

 無一郎としのぶは、あの任務後の意気投合以来、定期的に話をする関係に収まっているみたいで、ぎゆしのを至高とする私としても、二人の関係は中々のベストカップルになるのではないかと思っていたが、どうやら姉と弟の関係みたいと、カナエから聞かされた。

 ただ、無一郎に友達ができたのはいいことだし、しのぶも落ち着きを取り戻しているようで、前よりも性格が柔らかくなった気がする。

 蜜璃と無一郎の間柄も、蜜璃が一方的に無一郎を可愛がる為、関係は至って良好である。

 ただし、その光景を見た小芭内が嫉妬に狂って、無一郎に襲い掛かろうとした時は、流石の私も思わず小芭内を投げ飛ばしてしまったが。

 

 そんな小芭内だが、普段の彼ならば、このような催しに参加をするタイプではない。

 しかし、今回は蜜璃が主役の一人でもあることから真っ先に参加を表明し、今頃、大量のプレゼントを用意していることだろう。

 勿論、蜜璃の元師匠でもあり、同僚となった杏寿郎も参加し、派手好きな天元も突然の予定がなければ参加するようである。

 しかし、行冥と実弥は、流石に柱全員が休むわけにもいかなかったので、遠方の任地へと赴いている。

 特に行冥に関しては、私と義勇の分の仕事もこなしてくれるようなので、本当に頭が下がる思いである。

 唯一、実弥だけは元々参加する気がなく、私としては唯一敵対心丸出しの実弥とこれを機に義勇共々仲良く成るつもりだったので残念である。

 

 ちなみに義勇は、そもそもこの催しがあることすら知らなかったみたいで、たまたま前日に飯を誘いに来た義勇と会ったおかげで、こうして参加することになったのだが、しのぶでも無一郎でもいいので義勇を宴に誘ってあげてほしかった。

 なので、急遽参加した義勇はプレゼントの用意などしてるはずもなく、こうして当日用意をすることになったのだが、何を血迷ったのか、鮭大根の食材だけを買い込んで来たようだ。

 何故三人の好物ではなく、自分の好物を作るのかは相変わらず謎であるが、とりあえずこれが義勇だと納得した私は、しのぶと蜜璃の好物を用意し、無一郎のふろふき大根に使う大根を買ってきた。

 

 準備は万端、いざ戦場へ。

 蝶屋敷の門を潜ると、待っていたのは白衣を身に纏う蝶屋敷の主、胡蝶カナエが出迎えてくれた。

 怪我による引退で、もう隊服を着ることがなくなったカナエだが、白衣の下は女性らしい彼女に似合う可愛らしき着物を着ており、その姿は第二の道を歩いている彼女にピッタリな姿である。

 

 「あ、宗次郎君に、義勇君」

 

 花が咲いたかのような華やかな笑みを浮かべるカナエに対し、私は軽く片手を上げて答えると、そのまま彼女の隣を歩き出す。

 

 「今は誰が揃っているのかな?」

 「えっと、無一郎君に蜜璃ちゃんでしょ? あと杏寿郎君と小芭内君かな?」

 

 つまりは殆ど揃っているようだ。

 杏寿郎は真面目なので既にいるとは思っていたが、まさか小芭内がこんなに早く来ると思っていなかった。

 彼のことだから、蜜璃にプレゼントを渡して、さっさと出て行ってもおかしくないと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。

 恐らく、蜜璃に御願いでもされたのだろう。

 

 「あ、あと宇髄さんは来れないみたいよ。 何でも奥さんの一人が調子が悪いみたい」

 

 でも、プレゼントはもう頂いているわ。 とカナエ曰く、天元は荷物だけ渡して、三人とカナエだけに挨拶して去っていったようだ。

 しかし、そうなると、参加者は私達で最後らしい。

 待たせてしまったな、と思いながら、カナエの後ろを付いて歩くと、なにやら前の部屋が騒がしい。

 

 「あ、先生と……っち」

 

 騒がしい部屋から出てきた無一郎が、私の方を見た後、後ろにいる義勇を見て明らかに顔をひそめる。

 数日前に、義勇と模擬戦をして、敗北したことが、よほどムカつくらしい。

 私の眼から見ても、無一郎はいい動きだったし、万全と言っても良かった。

 だが、経験値を積んだ義勇を前にしては、その力は及ばなかった。

 故に、義勇に対して思うことがあるかもしれないが、そんな除け者扱いは、先生として許すことはできません。

 

 「無一郎」

 「はい、先生!!」

 

 私の言葉を聞くため、無一郎は背筋を伸ばして満面の笑みを向ける。

 まるで子犬のような愛らしい姿の無一郎の頭を撫でながら答えた。

 

 「義勇を除け者にしたら駄目だよ。 あとで、こんな催しがあったことを義勇が知ったら、義勇はどう思うか、考えてごらん?」

 

 その問いに、無一郎は不思議そうに首を傾げて答えを導く。

 

 「えっと……俺は嫌われている?」

 「正解」

 「俺は嫌われていない」

 

 隣で義勇はこう言っているが、ならば、もう少し他の者と交流をした方がいいと思う。

 柱で義勇に話しかけるのは、私としのぶくらいだし、時々他の者が話しかけたとしても会話にならない。

 そんな義勇を心配するのは私だけでもないようで、まさかの御館様からも心配されているみたいだ。

 勿論、数少ない友人であり、親友の錆兎からも心配されているようで、私が先日、錆兎から手紙をもらった時に、義勇の友人の少なさを心配していた。

 錆兎曰く、義勇が述べた自己申告の友人枠も、私と錆兎にカナエ、実弥、そして何故か会って間もない炭治郎を入れようとした経緯を聞くと、錆兎の心配も無理もない。

 すぐに、義勇と打ち解けた炭治郎を褒めるべきなのか、自分よりも圧倒的に年下の子供を友人にしようとする義勇を心配すべきか迷ったが、とりあえず実弥は明らかに義勇を嫌っていて、間違いなくその関係は友人ではないと思うので、実質友人は三人だけである。

 とりあえず、どうにかしなければいけないと思う反面、無一郎には義勇のようにならず友人をいっぱい作って貰いたいと思いながら、私は部屋に入る。

 

 三十畳の広々とした居間の奥で、小芭内と蜜璃、そして杏寿郎が雑談していた。

 蜜璃と杏寿郎は、明らかに楽しんでいるようだが、小芭内は明らかに不機嫌そうである。

 とりあえず、蜜璃があの原作通りの靴下を装着しているみたいなので、小芭内はちゃんと蜜璃にプレゼントを渡すことができたようだ。

 だが、どうやら蜜璃の羽織は、元師匠の杏寿郎からの贈り物だったで、感激している蜜璃を見て、面白くないというのは男として当たり前の心情かもしれないが、とりあえず歯を喰いしばるのはよした方がいいと思う。

 

 「あ、愛染さん……っと冨岡さん」

 

 居間の中央で、主役のはずなのに配膳を行うしのぶが、私に声をかけてきて、後ろの義勇にも声をかける。

 無一郎とは違い、あからさまではなかったが、明らかに義勇の登場に驚いていた。

 故に私は再び先生として注意をしなければならない。

 

 「しのぶ、義勇を除け者にしたら駄目だよ。 あとで、こんな催しがあったことを義勇が知ったら、義勇はどう思うか、考えてごらん?」

 「……俺は嫌われている?」

 「俺は嫌われていない」

 

 とりあえず、しのぶにも注意を終えたので、彼女の前に座ると、左側にカナエが、右側に義勇が座った。

 そんな私達に気づいたのか、蜜璃達もこちらに向かって歩いて来る。

 

 「愛染さん、おはようございます!」

 「うむ!! 元気そうで何よりだな!! 宗次郎!!」

 

 溌剌と挨拶する炎恋コンビに対し、小芭内は何も答えない。

 明らかに不機嫌そうで、こちらを睨み付ける小芭内にアドバイスをあげようと、首に手を回して部屋の端まで連れていく行く。

 

 「お、おい!」

 「小芭内、蜜璃に惚れ込むのはいいが」

 「なっ!? な、何を言っている」

 「女性に何か贈り物をするときは、まずは消えモノがいいそうだよ。 あまり身に着ける物は場合によってよくは思わないらしいよ」

 

 相手によって、身に着ける物は重く感じることがあるので、気を付けた方がいい。

 今回は蜜璃が良い子だったからいいものを、他の女子だったら引かれてもおかしくない。

 例えば、義勇がしのぶに靴下を送れば、間違いなくしのぶは義勇に対して侮蔑な眼を向けることになるだろう。

 まあ、蜜璃という名の天使には、靴下でも食べ物でも大層喜ばれると思うのでいいと思うし、あくまで現代的な話でもあるので、大正という時代においては価値観は変わるだろう。

 背後で「なん……だと」と動揺を隠すことができずに、動きを止めた小芭内を放置して皆のところに戻る。

 

 机の上には、既にしのぶとカナエが配膳を終えており、全員に料理が行き渡っていた。

 明らかに蜜璃と杏寿郎の分が多く、義勇だけ鮭大根がついている。

 嬉しそうな三人に、挟まれるように座った小芭内を最後に、全員が食事を開始する。

 大盛りの白飯を掻き込む様に食べる蜜璃と杏寿郎、不機嫌そうだったが蜜璃の食事を見て微かに微笑む小芭内、何故かご飯粒をたくさん顔につけている義勇、その姿を見て毒を吐き続ける無一郎、義勇に呆れながらも鮭大根をよそうしのぶ、そんな妹を見て微笑むカナエ。

 

 そのありふれた光景が、幸せな一時なのだと私は知っている。

 この鬼が住まう残酷な世界で、私達は命がけで戦い、そしてその命を散らしていく。

 多くの人が死に、どれだけの鬼を滅しても、終わらない宿命。

 だが、その宿命を終わらせるものが、もうすぐ現れるだろう。

 

 その小さな希望を守り、いつかその刃が長き因縁を切り裂くまで、駆け抜ける覚悟はできた。

 そして、いつか皆でこうして集まって笑いあえる未来がくればいい。

 

 そう、私は覚悟を決めた。

 

 

 

 

 

 そして二年後、私は竈門炭治郎と再会した。

 

 

 

 

 

 

 



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本編
第一話


先程、途中までのものを投稿してしまいました。
申し訳ございませんでした。


 『鬼を連れた隊士がいる』

 その一報を受けて、私はようやくあの会議が始まり、この物語が加速していくのかと、思わずこれからの苦難と苦境に覚悟していたはずの身体が身震いしてしまった。

 炭治郎が、試練を突破し隊士としての任務に就いていたことは、錆兎からの手紙により知っていた。

 だが、まさか『十二鬼月』と遭遇して、見事打ち倒すとは思ってもいなかった。

 勿論、炭治郎だけで倒したわけでもなく、その場に居合わせた善逸、伊之助の協力、そして鬼の禰豆子による助力があったようで、見事『下弦の陸・響凱』を打ち倒したようだ。

 響凱とは、あの響凱のようで、原作では無惨からリストラされた響凱だったが、再雇用枠に入ったらしく、十二鬼月に返り咲き、炭治郎達を原作以上に苦しめたみたいだ。

 どうやら、累を早々に討ち取ったせいか、私が下弦の鬼を数体葬ったせいかは知らないが、どうやら原作の流れが変わってしまっていることには違いはない。

 

 見事、大金星を上げた炭治郎達だが、駆け付けた義勇としのぶに鬼の禰豆子が見つかってしまい、本部へと連行されてしまったみたいで、恐らく今回の功績はなかったことにされるだろう。

 だが、それでも炭治郎はまだツイていたようで、唯一事情を知っている義勇が駆け付けたおかげで、しのぶからの攻撃を逃れることができ、妹共々無事屋敷に辿り着いたようだ。

 

 そして、その報告により私も緊急の柱合会議に呼ばれることとなったのだが、何というか気が重いの一言である。

 ついたら、早々に多くの柱から睨み付けられるわ、で針の筵状態である。

 

 「っ愛染!?」

 

 禰豆子を突き刺そうとした実弥の腕を反射的に掴んでしまうと、凄まじい怒りの籠った眼を向けられてしまった。

 実弥だけではなく他の柱も似たようなものである。

 無一郎やしのぶですら戸惑いの眼をこちらに向けており、唯一事情を知っている義勇は、私に任せたと言わんばかりに、庭園の端っこで佇んでいる。

 それは信頼からか、単に自分が喋りたくないだけなのかはわからないが、柱に囲まれている私を見て一向に助けに来ないのはひどいと思う。

 

 「あ、貴方は……」

 「やあ、炭治郎。 ひさしぶりだね」

 

 こうして私は二年ぶりに炭治郎と再会した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 颯爽と現れた宗次郎は、手を縛られた今回の騒動の発端とされる竈門炭治郎に和やかに話しかけている。

 その光景に、しのぶは呆然と眺めているしかなく、隣にいた無一郎も同様である。

 他の柱も似たような反応であったが、唯一義勇だけは特に反応を示していなかった。

 確か、炭治郎は水の呼吸の使い手、水柱の義勇なら顔を会わせていてもおかしくはない。

 しかし、そうなると宗次郎が炭治郎を知っている理由は何なのだろうか?

 隣の無一郎の反応を見る限り、弟子などではないことは確かであるが。

 動揺した頭をフル回転させ、慎重に情報を整理するしのぶの前に、行冥が動く。

 

 「愛染、説明をしてもらおう」

 

 たったその一言。

 それだけで、しのぶの全身に寒気が走るような殺気が行冥には宿っていた。

 

 「悲鳴嶋さん、そんな呑気な事言ってる場合か?!」

 

 目の前に巨大な岩が存在するような厚みのある威圧感を放つ行冥の隣で、実弥が今にも飛び掛かろうとしている。

 

 「不死川、黙っていろ」

 「っ!!」

 

 たったのその一言で、実弥の動きが止まる。

 その威圧感はまさに鬼殺隊最強の一人、現鬼殺隊最年長の柱に相応しい姿である。

 誰もが、柱ですら気圧される行冥を前にしても、宗次郎は普段通りの優しい表情を浮かべている。

 

 「説明をしろ、か。 見てのとおり、私と炭治郎は知り合いだ」

 「知り合い、か……つまり、お前はこの子供の妹が鬼だということを知っていたのか?」

 

 その問いはあまりに馬鹿らしい質問である。

 鬼殺隊ならば、見つけた鬼を見逃すなんて愚行を犯すはずもなく、姉のカナエですら鬼と仲良くという考えを持っていたが、それでも鬼を斬らないという選択はなかった。

 それは人を喰わない鬼がいなかったということの証明で、鬼は皆利己的で嘘つきだということだ。

 だから、しのぶの両親は鬼に殺されたのだから。

 

 だからこそ、宗次郎の言葉が信じられなかった。

 

 「そうだね」

 「そして、この者が鬼殺隊でありながら、鬼を連れているのも知っていたのか?」

 「そのとおりだ」

 

 その言葉は、しのぶ以外の他の柱にも衝撃的だった。

 誰よりも模範となる柱としていた宗次郎が、何よりも許すことができない掟を破っていたことに。

 それは先生と慕う無一郎も、互いに切磋琢磨してきた杏寿郎も、敵意を持っていたとは言え誰よりもその実力を認めていた実弥、小芭内も、誰もが宗次郎に裏切られたことになる。

 

 「愛染、お前ほどの男がこのような暴挙に出ることは、何か理由や考えがあってのことだろう」

 

 その言葉は、行冥の宗次郎に対する高い評価の表れなのだろう。

 共に柱として鬼殺隊を率いていた者としての信頼。

 それは宗次郎は裏切ってしまったのだ。

 

 「だが、この場にいる者にお前の愚行を許す者はいない」

 「そうだね。 私も理解されるとは思っていないよ」

 

 その言葉に、行冥は斧と鉄球を取り出して、対する宗次郎も背中の巨大な日輪刀を抜く。

 その姿に倣い、実弥も小芭内も天元も杏寿郎も、日輪刀を抜く。

 抜けなかったのは、未だに動揺している無一郎と、全く動揺することなく静観している義勇、そして未だに宗次郎を信じていたいしのぶ。

 誰も止めることができない。

 

 「御館様のお成りです」

 

 その言葉に、宗次郎の刀と行冥の刃が互いにほんの数ミリで、互いの皮膚を切り裂くところで動きを止める。

 襖の向こうから現れた御館様は、ゆったりとした歩みで縁側に立つ。

 そして私達の姿を気配で感じ取り、いつもと同じように微笑みを浮かべる。

 

 「お早う皆、今日はいい天気だね。 空は青いのかな?」

 

 御館様にそう言われ、しのぶは思わず空を見上げる。

 そこは雲一つない青空が広がっており、鳥の囀る声が聞こえる。

 

 「顔ぶれが変わらず、この柱合会議を迎えられたこと、嬉しく思うよ」

 

 その言葉に、殺気立った気配が霧散したかのように重い空気から一転して、しのぶを含めた全員が頭を下げる。

 

 「御館様におかれましてもご壮健で何よりです。 益々のご多幸を切にお祈り申し上げます」

 

 本日のお役目である実弥の言葉を、受け取った御館様は嬉しそうに微笑む。

 

 「ありがとう実弥」

 

 普段ならこの言葉を最後に、御館様主体の元、柱合会議が始まるのだが、今日はその限りではない。

 黙っていた行冥が、率先して口を開く。

 

 「畏れながら、御館様に聞きたいことがございます」

 「なんだい?」

 

 行冥の質問に、御館様は動揺一つ見せることなく微笑んでいる。

 その姿はまるで、先にこの事実を知っていたのではないかと、勘ぐってしまうほど、誰もが疑心暗鬼となっていた。

 

 「御館様はこの鬼を連れた少年、竈門炭治郎について、愛染がこのことに関与していたことも知っていたのでしょうか?」

 

 その質問は、誰もが確認しておきたかったことだ。

 御館様の問い次第では、鬼殺隊そのものがなくなってしまうのではないか、そのような危険をはらんでいた。

 誰もが息を呑んで答えを待つ中で、御館様は普段通りに答える。

 

 「そうだね、皆を驚かせてしまい、すまなかった。 炭治郎と鬼の禰豆子のことは私が容認していた。 宗次郎も私と共に容認していた」

 

 その答えは、誰もが信じられずに、そして誰もが動揺してしまうほどの、考えもつかないものだった。

 柱である宗次郎だけではなく、鬼殺隊の長であるお館様も容認している。

 しかし、しのぶが最も信じられなかったのは次の言葉であった。

 

 「だから、皆にも炭治郎と禰豆子のことを認めてもらいたいと思っている」

 

 殺さない鬼の存在を認める。

 それは、鬼に対して強い恨みを持つしのぶには許容できないことであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 御館様。

 

 そう呼ばれた顔に焼けただれたような痕を持つ男の言葉に、炭治郎は震えた。

 それは自分と禰豆子を認めてくれると言ったからではない。

 何故か、御館様と呼ばれた人の声を聴くだけで、そんな優しくて悲しくなるような声を聴いたからである。

 

 そして、そんな御館様に自分達のことを話したのは、あの時の命の恩人である愛染宗次郎なのだろう。

 あの時は、考えもつかなかったが、鬼殺隊の人間が鬼の存在を許すわけがないことを炭治郎はこの二年で痛感してしまった。

 確かに鬼は元々人間で、人を喰うことでしか生きれなくなった悲しい生き物であるが、そんな鬼に襲われて大切な人を失った人が大勢いることを知っている。

 炭治郎自身もそうであり、禰豆子以外の家族を殺され、師である鱗滝の弟子も、錆兎、義勇、炭治郎の三人以外は皆、鬼に殺されてしまった。

 義勇から本当なら錆兎も死んでしまっていたかもしれないと聞かされて、炭治郎は自身の考えはただ甘いだけではないかと考え始めた。

 だが、宗次郎は二年前、禰豆子を殺さずに、炭治郎に生きる道を与えてくれた。

 あの時の炭治郎には考えもつかなかったが、鬼殺隊として、模範となる柱としての役割すら捻じ曲げて、自分達を助けてくれた宗次郎の苦悩は、炭治郎では考えもつかない想像を絶するものだっただろう。

 だからこそ、炭治郎は自身の非力さを呪いそうになる。

 

 「『……もしも禰豆子が人に襲いかかった場合、竈門炭治郎及び、鱗滝左近次、冨岡義勇、鱗滝錆兎……そして、愛染宗次郎が腹を斬ってお詫び致します』」

 

 自分は、皆から守られていたのだと。

 そのことが悔しくて、悲しくて、嬉しくて、涙が零れた。

 

 

 

 




これからは、週一回以上の更新を目指して頑張ります!!

本編スタートです。


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第二話

 柱合会議を無事終えて、何とか処分を免れた炭治郎は、禰豆子とともに治療のため蝶屋敷へと運ばれていた。

 そこには、鬼の屋敷で共に戦った善逸と伊之助も入院しており、三人は再会を果たすことになった。

 

 「本当にごめんな、二人とも」

 

 炭治郎の謝罪には理由がある。

 炭治郎が斃した響凱という鬼は、十二鬼月という十二の最強の鬼に数えられており、末席と言えど下弦の陸を倒した実績は、場合によっては柱となる条件の一つとも言える。

 だが、炭治郎は鬼を連れていたことで、その功績を剥奪され、善逸は知っていたのに黙っていたこと、伊之助は指令違反を起こしたせいで、炭治郎と同様に大きな功績を逃したことになる。

 伊之助は自業自得なところはあるが、善逸に至っては完全に巻き込まれただけである。

 だからこそ、炭治郎はそのことを気にしているのだが、当の二人はそんなことを気にしてもいなかった。

 

 「……俺って弱いのかな」

 

 普段は猪突猛進な性格で、向う見ずな伊之助だが、鬼の討伐後に現れた義勇にボコボコにされたことが尾を引いているみたいである。

 突然、斬りかかった伊之助に非はあるが、伊之助の肋骨を折った義勇もどうかと思う。

 義勇曰く、綺麗に折ったからすぐに治る、と言っていたが、そういうことではないと、弟弟子ながら炭治郎は思う。

 

 「まあ、禰豆子ちゃんが無事でよかったじゃん。 ってそれより炭治郎も見た?!」

 

 妹の無事を喜ぶ善逸だが、彼にはそれ以上に喜ばしいことがある。

 

 「ここの家主の胡蝶カナエさん!! あの柔らかい笑顔に!! 絹のような肌!! 白魚のような指!! あーーーー!! まじであの人天使だわ!! いや女神だわ!!」

 

 この蝶屋敷の主であるカナエの姿を見てから、この様子である。

 当初は傷の治療で喚き散らしたにも関わらず、カナエが出張から戻って治療に参加し始めると、まさに人生の絶頂であると言わんばかりに、善逸は入院生活を満喫している。

 

 「確かに妹さんのしのぶさんも可愛いよ!! 屋敷で助けてくれたとき、本当に天使かと思ったもん!! 絶対顔だけで飯食っていけるもん!! でも、ちょっと怖くてさ、いや柱なんだから当たり前なんだけどさ!! カナエさんは怖くなくて、可愛くて、俺なんかにも優しくて!! 本当に女神っているんだな!!」

 

 凄い気持ちが悪い笑みを浮かべる善逸を尻目に、炭治郎はカナエの姿を思い出す。

 善逸は女神と例えたが、炭治郎のイメージでは母親という感じが強い。

 他の女の子達から慕われているその姿は姉であり、母そのものである。

 炭治郎も、ここについて、カナエが優しく頭を撫でてくれたとき、思わず涙が零れそうになった。

 誰でもこんな風に癒してくれるカナエは、善逸の言う通り女神のような存在なのかもしれない。

 

 「あ、でもカナエさんも、元々柱だったらしいぞ。 義勇さんと同期だったらしい」

 「へぇー、そうなんだ。 確かに足音とか聞くと只者ではない感じがしたけど」

 

 足音とか凄い静かだから近寄られてもわからないんだよね、という善逸の言う通り、炭治郎の鼻にもあの時出会った柱達と同様の強者の匂いを感じ取れた。

 唯一違っていたのは、禰豆子を見た時に特に敵意を発していなかったことが炭治郎は気になっていたが。

 

 「確か、肺を痛めて、闘えなくなったらしい」

 

 肺を痛めるということは、呼吸をするのすらままならなくなる。

 日常生活を過ごすくらいには回復しているようだが、隊士としての絶対条件である『呼吸』が使えなくなったことから隊士としてはもう生きていくことができなくなった、と義勇から聞かされていた。

 

 「そっか……でも、生きててよかったよな!! やっぱり生きててほしいもん!! 俺の師匠も足を怪我して、柱から降りたらしいんだけど……そのことをじいちゃんは不甲斐ないって言ってるけどさ、俺はじいちゃんが生きてて嬉しいんだよ」

 「善逸……」

 

 だからこそ、善逸の言う通りなのかもしれない。

 確かに戦うことはできなくなったかもしれない、そのことを不甲斐ないと思うこともあるかもしれない。

 それでも生きていてくれたことが、誰かにとっての救いになるのだと思う。

 

 「だからさ、禰豆子ちゃんも炭治郎も無事でよかった」

 「ありがとう、善逸。 俺も善逸と伊之助が無事でよかった」

 

 そう言ってくれる善逸の匂いは、優しい感じがした。

 善逸は否定したけど、炭治郎は知っている。

 我妻善逸という男は、優しくて強い男ということを。

 

 炭治郎にそう言われて、照れくさそうに、そして嬉しそうに笑った善逸は、恥ずかしそうに話を変えるために話題を変えた。

 

 「ところで、どうやって危機を逃れたんだ? 聞いた話だと、柱の殆どはブチ切れてたらしいじゃん」

 「ああ、でも義勇さんと俺の師匠と兄弟子、あと宗次郎さんって人が庇ってくれて、どうにか無事だったんだよ」

 

 炭治郎は、そのことを聞かれて嬉しさと不甲斐なさを感じていた。

 自分と禰豆子のために四人が文字通り命を懸けて守ってくれたことが嬉しくないはずがないが、同時に四人に多大な迷惑をかけたことは消えてなくならない。

 そんな炭治郎の話を聞いて、先程まで笑っていた善逸が動きを止めた。

 そして、恐る恐る動き出した善逸の表情は驚きに満ちていた。

 

 「宗次郎……ってまさか!! あの愛染宗次郎さんなのか!?」

 「え、善逸、宗次郎さん知ってるの?」

 「知ってるも何も鬼殺隊なら全員知ってるだろ!! 天才の宗次郎、虹の愛染の異名を持つ鬼殺隊最強の人だぞ!!」

 

 顔を真っ赤にさせて怒鳴るように説明し始めた善逸曰く、炭治郎が想像していた数倍以上、宗次郎は凄い人間だったらしい。

 柱ということと、義勇や錆兎がべた褒めしていたことから、強いことはわかっていたが、まさか鬼殺隊最強とは思っていなかった。

 しかも、剣の腕もさることながら、部隊指揮、組織運営、など他の分野にも優れており、鬼殺隊の頭脳とまで言っている者もいるようだ。

 

 「虹? 天才はわかるけど、虹って?」

 「愛染さんは基本の五つの呼吸、全ての技を極めているんだよ。 だから虹、虹の呼吸の愛染って言われてたらしいけど、本人が愛の呼吸って名乗ったから、今は愛柱って言われてるけど」

 「五つの呼吸って、水とか雷の呼吸も!? それは凄いな!!」

 

 話を聞けば聞くほど、逸話に聞いてしまう宗次郎の話に、炭治郎も驚くしかない。

 そもそも呼吸とは一人一人に合ったものがあるため、その一つを極め抜くのが通例である。

 実際、柱の中でも複数の呼吸を使いこなす人間は、宗次郎以外はいない。

 

 「どこで知り合ったんだよ。 まあ、愛染さんってかなり親切らしいから、俺らみたいな新入りでも目にかけてくれるらしいよ。 だから殆どの隊士はあったことがあるらしいから、そういう意味でも知名度は高いのかもね」

 

 同時に人格者としても有名で、訓練の志願者も後を絶たずに、全ての呼吸を使えることから隊士一人一人に対して的確なアドバイスを送ることも可能である。

 まさに超人、完璧人間である。

 今度、稽古をつけてもらおうかな、と考えていた炭治郎の隣で、先程まで寝込んでいた伊之助が徐にベッドから起き出して立ち上がった。

 

 「おい」

 「あ、伊之助、戻ったのか?」

 

 元気になった同僚に笑顔を返す炭治郎だが、伊之助はそのことには全く意に介さずに再び話し始める。

 

 「その宗次郎って奴が最強なのか?」

 「え、お前、話聞いてたの?」

 

 どうやら寝ていたと思われる伊之助は、しっかりと炭治郎と善逸の話を聞いていたようである。

 宗次郎の話がどうやら伊之助の何かを刺激したらしい。

 

 「なら、そいつをぶっ飛ばしたら、俺が最強だ!!」

 

 そしてベットから跳躍し、走り出そうとした伊之助を、炭治郎と善逸は慌てて抱き着くようにして行く手を止める。

 

 「お、おま、馬鹿だろっ!!」

 「落ち着け、伊之助!!」

 

 そのまま伊之助と共に病室の床で転がり込む二人の手が緩むことはない。

 怪我人の伊之助をここから出すわけにもいかず、何より柱に喧嘩を売りに行こうとする人間を止めないはずがない。

 二人に掴まれて、本調子でもない伊之助は、炭治郎達の拘束から逃れることができずに、床の上で暴れまわっている。

 

 「くそ!! 門逸、権八郎、離しやがれ!!」

 「この前、良い様にやられたお前が敵うわけないだろ!!」

 「そうだぞ!! 宗次郎さんは、あの義勇さんの肋骨を折るほどの人だぞ!!」

 「え、宗次郎さんも、そんなに人の骨折っちゃうの?」

 

 暴れまわる三人は、病室の前に立つ二人の男女の存在に気づかない。

 

 「あらあら、騒がしいわね」

 「ふむ、元気そうで何よりだよ」

 

 この蝶屋敷の主にして、元花柱の胡蝶カナエと、先程から話題になっていた愛染宗次郎が、三人の前に現れたのである。

 この宗次郎と炭治郎達三人の出会いが、鬼殺隊の運命を大きく変えることになるとは誰も知らない。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・ 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おい、愛染。 何を企んでやがる?」

 

 紛糾の裁判を終えて、柱合会議が始まるや否や、こう実弥が話を切り出した。

 

 「どういうことかな、実弥」

 「恍けるなよ愛染。 お前が冨岡と違ってこんなことを何も考えずにするはずがない」

 「まあ、確かにそうだわな。 お前のことだ、派手な理由があるんだろうよ」

 

 実弥に同調するように、小芭内と天元も宗次郎に視線を向ける。

 先程は確かに炭治郎を含めた宗次郎達には処分らしいものは受けてはいなかったが、それでも宗次郎と義勇は他の柱達に隠し事をしていたことになる。

 

 「答えろ、愛染」

 

 奥で佇む行冥にも言われ、宗次郎は上座に座る耀哉と視線を合わせる。

 耀哉も、その視線を受けて小さく頷いた。

 

 「宗次郎、話してごらん?」

 

 御館様である耀哉に言われて、宗次郎は一度大きく息を吐いて話を切り出した。

 

 「……ここからは私の憶測になるが、それでもいいかい?」

 

 その言葉に、柱の全員が頷いたのを見て、宗次郎の話が始まった。

 

 「まず、私と義勇が炭治郎の住む山に行った際、上弦の肆と遭遇した。 そして私が辿り着いたときは、炭治郎の家族は殺され、妹の禰豆子は鬼にされていた。 このことからその場に無惨がいたことが考えられる」

 

 この報告は、その後、柱全員に聞かされることになるが、しのぶや無一郎、蜜璃といった柱になっていなかったものにとっては初耳だったため、他の者よりも表情に緊張感が走る。

 そんな三人も、特に口を挟むことなく宗次郎の話を聞き洩らさない様に真剣な眼差しで話を聞き入る。

 

 「そうなると、疑問に残ることがある。 用心深い無惨が上弦の肆を護衛に連れてまで、何故その場にいたのかということだ」

 

 その疑問に答える者はいない。

 確かに不可解なことだが、答えを出すほどの情報を誰も持ち合わせていない。

 

 「そして、殺された炭治郎の家族の遺体からして、炭治郎の家族はただ殺されただけだ。 つまり、無惨の目的は炭治郎の家族を殺すことだったということが推測できる」

 

 炭治郎の家族を殺すことが目的。

 それだけでは、まだまだ多くの疑問が残ることとなる。

 そして、さらに宗次郎の話は続く。

 

 「現場は血が飛び散り凄惨なところだったが、特に荒らされた形跡はなかった。 つまり、無惨が欲してたもの、もしくは消したかったものは物ではない、伝承だ」

 「伝承、だと?」

 「ああ、現場に戻った時炭治郎に確認したが、竈門家は代々炭売りで、特に無惨が気にするものではない。 ただ、不思議なことに炭治郎の家では神職でもないのにも関わらず舞踊、神楽の舞を代々受け継いでいるらしい。 ヒノカミ神楽という遥か昔、戦国の時代からの贈り物だ」

 

 その言葉に誰もが息を呑んで、宗次郎の話の続きを待つ。

 この話こそ、鬼殺隊が追い求めていた答えに繋がるかもしれない。

 そう思わせる何かを宗次郎の話から感じられたからだ。

 

 そして、宗次郎は前のめりになりながらも話を聞いていた杏寿郎に話しかける。

 

 「杏寿郎、以前君の屋敷に行った際、書物を見せてほしいといったことを覚えているかい?」

 「うむ、確かその時、父上と揉めてしまったのだったな」

 「そう、その時に炎の呼吸は、何故火の呼吸と呼んではいけないのか理由を伝えたはずだ」

 「あ、ああ確かにそうだな!! 確か、アレは始まりの呼吸が、日の呼吸というもので火の呼吸と……まさか!?」

 

 一番、最初に気が付いたのは話をしていた杏寿郎、そしてその後、耀哉や行冥も何かに気が付いた。

 

 「そうだ。 ヒノカミ神楽とは、日の呼吸を遥か遠くの時代まで受け継ぐための舞だ」

 

 その言葉に、この場にいた全員が大きく眼を見開いた。

 日の呼吸、それは始まりの呼吸と言われ、今は存在しない幻の呼吸。

 無惨を追い詰めたと言われる始まりの剣士の御業である。

 

 「馬鹿なっ!! そんな世迷言を信じたのか?!」

 「だから最初に言っただろう? これはあくまで推測だ、とね。 それにこう考えれば無惨が動く理由にもなる。 それ程までにヒノカミ神楽、日の呼吸は無惨にとって消えてほしいものということだね」

 

 これはあくまで推測だよ、そう答える宗次郎に、誰もがその理由に確信した。

 宗次郎はこの事実を知ったからこそ、炭治郎を庇い、生かそうとしたのだ。

 そして、宗次郎は既に日の呼吸を受け継ぐつもりだと気づいた。

 虹の呼吸と言われた全ての呼吸を使いこなす天才ならば、始まりの呼吸も受け継ぐことは可能だということを。

 

 「つまり、それが宗次郎が炭治郎を庇った理由ということだね」

 「いいえ、それはあくまでも理由の一つです」

 

 だが、それはあまりに的外れの解答だった。

 宗次郎は確かにそのために炭治郎を守ろうとしたことに違いはないが、それは理由の一つである。

 愛染宗次郎が竈門炭治郎を守ろうとした理由は他にあった。

 

 「私が炭治郎を守ろうとした理由、それはあの場にいたものなら全員知っているはずだよ」

 

 先程までの真剣な表情と打って変わって、とても嬉しそうに笑う宗次郎の言葉に、その場にいたものは困惑するしかない。

 

 「え、私達も知っているんですか?」

 「意味が解らない」

 

 蜜璃、小芭内の言う通り、誰もが気づかない。

 その姿を、楽しそうに見ていた宗次郎は、口を開く。

 

 『俺と禰豆子は鬼舞辻無惨を倒します! 俺と禰豆子が必ず、悲しみの連鎖を断ち切る刃を振るう!!』

 

 それは、炭治郎が耀哉に、その場に向けて言った意思表明である。

 あまりに無謀な目標に誰もが笑い、誰もが信じなかった。

 だが、ただ一人その言葉を信じる者がいた。

 

 「これが私が炭治郎達を守ろうとした理由だよ。 彼らはきっと無惨を討ってくれる。 そんな気がしたんだ」

 

 そう、愛染宗次郎は期待しているのだ。

 竈門炭治郎という、一人の隊士の想いの強さを。

 あの雪の日に出会ったあの少年の強さを、宗次郎は誰よりも信じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第三話

  「毎週一回以上更新します」ドヤッ


     ↓ ↓ ↓
   

  「更新できず申し訳ございません」土下座

再び、年末に向けての残業の日々となりました。
エタらないように頑張ります!!


 「さあ、皆、召し上がれ。 どんどんおかわりしてね」

 

 そう言って上機嫌に笑うカナエは茶碗に白米を盛りつける。

 その茶碗を受け取った炭治郎は、満身創痍でありながらも、掻き込む様におかずとご飯を掻き込んでいく。

 隣では、同じくボロボロの善逸と伊之助も負けず劣らずの食欲で我先にと箸を動かす。

 

 「お口に合うかしら?」

 「はいっ!!」

 「カナエさんが作った料理はおいしいです!!」

 

 カナエの言葉に、炭治郎と善逸は口の中のおかずを一気に飲み込む。

 伊之助は特に返事を返すことはなかったが、その食事の進み方からして満足しているようだ。

 その隣では義勇が無言で鮭大根を食べて、明らかに不機嫌そうなしのぶは綺麗な箸使いで姉の料理を味わっていく。

 私の隣にいた無一郎も終始無言のままで、時折炭治郎達を睨み付ける。

 

 総勢八人という大所帯の賑やかな食事にも関わらず、場の空気は非常に重い。

 というよりも、何故、義勇と無一郎としのぶがこの場にいるのだろう?

 いや、確かに仕事が山積みになっている柱とはいえ、この蝶屋敷が自分の家であるしのぶがいることはそう不思議ではない。

 だが、義勇と無一郎に至っては御館様から仕事を任されているはずであり、こうも呑気に昼飯を喰らっている時間はないはずだ。

 そして、現状しのぶと無一郎の無言が、場の空気を静まり返らせている。

 元より無言の義勇と違い、二人が気分を害しているのは明らかだ。

 長い付き合いになる私でさえ、ここまで機嫌が悪い二人は初めてだ。

 

 なんて、言ったものの、二人がこうなっている理由はわかっている。

 間違いなく、例の柱合会議の件だろう。

 

 私が炭治郎を庇い、鬼の禰豆子を匿ったことがやはり気に入らないようである。

 こちらとしても、黙っていたことは悪いと思っているし、禰豆子を匿ったのも鬼殺隊の柱としてはあり得ない行動だということも理解している。

 二人とも鬼に対しての犠牲者だということも知っているからこそ、私に怒りを覚えても構わない。

 

 ただ、それでも無言はやめてもらいたい。

 何というか、精神的にクルのである。

 炭治郎と善逸もだんだんとこの重苦しい空気を読んでか、箸の動きが空気の悪さに比例したかの如く止まり始めている。

 

 「カナエ、おかわり」

 

 そんな中、鮭大根を喰らう義勇だけはマイペースにカナエにおかわりを頂いている。

 よく、この状況下で飯が喉に通るものだ、思わず感心してしまうが、義勇に関しては今回の件では共犯に当たるので、もう少し気にしてもらいたい。

 

 「こんな状況で、よく呑気に食ってられるね冨岡さん」

 「そうですよ。 貴方だけは愛染さんから話を聞いていたんですよね? あと姉さんを使わないでください」

 

 そんな態度に苛立ちを覚えるのは、私以上にこの二人で、普段以上の毒のこもった言葉を突き刺す。

 だが、義勇は特に気にした様子もなく、食事を進める。

 

 「宗次郎が考えたことだ、間違いはない。 それに炭治郎は良いやつだ」

 

 果たしてそれは答えと言ってもいいのか、何とも言えない義勇の言葉に、無一郎としのぶは言葉を詰まらせる。

 

 「……そんなことは俺が一番わかってるよ」

 「私も、愛染さんのことを信頼しています」

 

 それだけ口にすると二人は黙々と食事を再開する。

 その姿を見て、義勇は一度こちらの方を見ると鮭大根に視線を向けた。

 

 「お、俺は必ず、皆さんの期待に応えて強くなります!」

 

 まさか、義勇が……もしかしたら今日は嵐かもしれないと失礼なことを考えている私の隣では炭治郎が眼を潤ませて力強く宣言した。

 

 「そんなの当たり前だよ、先生がわざわざ助けたんだからね。 まあ、期待はしてないけど」

 「竈門くん、君は君の為すべきことをしてください。 それがきっと誰かのためになりますから」

 

 どうでもよさそうに無一郎が答え、しっかりと炭治郎に視線を向けるしのぶ。

 ただ険悪な空気はなくなったので、食事を再開しようとしたその時、カナエが手を叩く。

 

 「じゃあ、話は纏まったみたいだから、炭治郎君、禰豆子ちゃんをお借りしてもいいかな?」

 「え、禰豆子を、ですか?」

 

 待ってましたと言わんばかりの笑みを浮かべたカナエに対し、炭治郎が首を傾げる。

 

 「ええ! だって禰豆子ちゃんはあんなに可愛らしいんだもん。 絶対オシャレしたいはずだわ!!」

 「はぁ……姉さん、あのね」

 

 一気にテンションが上がったカナエに、しのぶは呆れたように溜息がつく。

 今そんなことをしている場合じゃないだろ、と誰もが考える中、兄の炭治郎は大きく見開いた眼からぽろぽろと涙を流す。

 

 「まさか妹にそんなに眼をかけていただけるなんて……」

 

 そして、炭治郎はそのまま凄まじい勢いで土下座した。

 

 「カナエさん!! 禰豆子を可愛くしてやってください!! お願いします!!」

 「任せて!!」

 

 兄からの了承を得たカナエは、禰豆子の手を握るとそのままの勢いで廊下を駆けだした。

 しのぶの制止の声が微かに聞こえたが、誰もがその光景を呆気に取られていた。

 故に、私がしなければいけないことはただ一つ。

 

 「じゃあ、炭治郎達は訓練再開しようか」

 

 私のすべきことをするだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 愛染宗次郎。

 その名前は、元鳴柱であり師匠のじっちゃんからよく聞かされていた。

 類まれな才能と驚異の身体能力、冷静な判断能力に神業的な器用さ。

 だが、それ以上に正気の沙汰とは思えないほどの厳しい訓練を、休むことなく繰り返す強靭な精神力。

 全てを備え合わせたまさに神に愛された男、それが宗次郎という男の印象だった。

 

 善逸はそんな男を見て、少し浮かれていたのは間違いではない。

 だからこそ、文字通り血反吐を吐いた訓練をしているのだ。

 

 「ああああああああっ!!!!」

 「ぎゃぁあああああっ!!!!」

 「やめてぇえええええ!!!!」

 

 全集中の呼吸・常中。

 ただでさえ、少し使うとすぐに倒れそうになる状態を四六時中継続することである。

 そんなことをしたこともない善逸達からすれば、理解もできないことだが、柱という存在は誰もがその状態であり、そもそもこの技術が柱への第一歩らしい。

 指導に当たっている宗次郎曰く。

 

 「とりあえず、基礎体力が足りないので基本に立ち返ろうか」

 

 そう言って十時間の長距離走をさせられて、終了後に呼吸の意識の仕方を教わる。

 より深く、肺を膨らますように呼吸し、肺活量と持久力を鍛える。

 その後、素振りをしっかりと千本程行い、決められた三十通りの型を三十回こなし、食事を一貫分を無理やり食べる。

 そして食後の打ち込み練習では、宗次郎相手に剣を振るう。

 

 まさにこの世の地獄のような訓練で、最初は反骨精神を抱いていた伊之助も、宗次郎に何度も土の味を味わわされ失神しているようだ。

 訓練に前向きだった炭治郎も、あまりの過酷さに嘔吐を繰り返し、やけに顔色が悪くなっていくらしい。

 勿論、善逸本人も訓練に参加しているのだが、訓練時の記憶はなく、いつも気づいた時には布団の上である。

 何より恐ろしいのは、疲労困憊の身体のはずなのに、朝起きると疲れ一つ感じない所が善逸を恐怖に駆り立てる。

 

 そのおかげで、あんなに美味しかったカナエの料理が、訓練開始数分前の合図になっていることに気づき、味が全くしなくなっていた。

 ただ、そのおかげか善逸達は全集中の呼吸・常中をあっさりと修得してしまったのである。

 まさかの結果に善逸達は全身で喜びを表して走り回り、訓練の終わりに涙した。

 しかし、本当の地獄はここからだった。

 

 「じゃあ、実践に移ろうか」

 

 にこやかな笑みを浮かべる宗次郎に連れられて、善逸達は蝶屋敷を後にした。

 向かった先は蝶屋敷よりも屋敷自体は小さいが、広大な中庭を備える武家屋敷の門を三人は仲良く潜る。

 その足で人気の少ない屋敷内に入ると、先を歩いていた宗次郎は壁に立てかけてあった木刀を握りしめると、そのまま中庭の中央に陣取る。

 

 「常中の維持を忘れずに」

 

 善逸達は、日輪刀を使って、三人でかかってこいとのことで、当初はこの恨みを晴らさずにおくべきかと、再び火のついた伊之助を先陣に善逸と炭治郎も挑む。

 それが、あまりに無謀だということを知らずに。

 

 「伊之助、君の動きや柔軟性には眼を見張るところはあるけど、一撃が軽い」

 「ごぼほっ!?」

 

 あっさりと伊之助の二刀流を防いだ宗次郎は、まさに暴風の如き一撃で伊之助を地面に叩き落した。

 

 「炭治郎、君は義勇に師事しただけあって見事な動きだよ、けど動きに迷いがあるね」

 

 水が流れるような炭治郎の剣技も、そのまま流れるような宗次郎の投げ技により、伊之助と同様に地面に叩き付けられた。

 

 「善逸、君は戦いを恐れすぎているよ、全くの論外だ」

 

 善逸自身、唯一にして鍛えに鍛えた『霹靂一閃』は技を放つ前に宗次郎に腕を抑えられて封じられて、他の二人同様に地面を転がされた。

 たった一つの技を簡単に防がれたことで、流石に落ち込みそうになったが、それ以上に宗次郎の使う技に心が折れそうになった。

 炭治郎をより清廉な水の呼吸の技で打ち倒し、伊之助に対して獣の呼吸の元とされる風の呼吸で、善逸には完成された雷の呼吸で圧倒した。

 まるで剣士としての格の違いを見せつけるかのような宗次郎の姿は正しく柱で、最強の剣士と名高い姿でもあった。

 

 あまりの強さに善逸達は、度々屋敷を訪れる柱達に意見を聞こうとしたのだが。

 

 「宗次郎は、五つの呼吸と独自の技を含めて五十以上の技を使いこなしてくる。 気をつけろ」

 「先生に君達三人程度で勝てるわけないだろ? 不死川さんと伊黒さんの二人同時に相手しても先生は勝ったんだから」

 「愛染さんは、五つの呼吸を使えるから強いんじゃなくて、使いこなせるからこそ強いんですよ」

 

 という有り難い言葉を頂き、とりあえず目の前の男が化け物であるということを再認識した。

 なにより、しのぶの言葉は善逸には痛いほど理解ができた。

 宗次郎が使う雷の呼吸は、まさに鳴柱が使うソレで、壱ノ型しか使えない善逸とは大違いの洗練され尽くした代物だ。

 圧倒的なまでの才能の差。

 

 強さというものにそこまで拘っていなかった善逸でも、嫉妬を覚えてしまうほどの力を目の前の男は持っている。

 そんな男が善逸達三人に目を掛けている。

 その事実が段々と善逸の身体に重く圧し掛かっていた。

 

 だからだろうか、最も会いたくない人間に出くわすこととなる。

 

 「お前、愛染宗次郎に目をかけてもらってるんだってな」

 

 兄弟子、獪岳に再会した。



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