デート・ア・ライブ ■■■の精霊 (またたび猫)
しおりを挟む

十香デッドエンド編
白銀の■■■


みなさんお久しぶりです‼︎またたび猫です。
今回もまた『新しい作品』を投稿しました。
作品【第5弾】『デート・ア・ライブ』を
書いてみました。


『初めて書くジャンルの作品』なので面白く
書けているかなぁとドキドキしながらとても
崩れやすい脆い豆腐のようなメンタルなので
とても心配です……(汗)


他にも作品がありますので出来れば『意見』や
『感想』、そして『評価』や『しおり』更には
『投票』などの応援をしてくだされば今後の
作品作りの励みになるのでしていただければ
ありがたいです。



因みに今回の作品は自分なりにはかなり濃厚に
書いたつもりなので楽しく読んでもらえると
嬉しいです。




【注意】

『評価次第』となりますがもし、評価があまりにも
良くなかったら『削除』(打ち切り)をするかも
しれないですし、良かったら『連載』という形で
『この作品』を続けるかもしれませんのでどうか
これからも暖かい目でよろしくお願いします‼︎


ーー息を呑む。

 

 

それは、あまり非現実的な光景だった。

消し取られたように破壊された街並み。

 

 

隕石でも落ちてきたとしか思えない、

巨大なクレーター。

 

 

空を舞う、いくつも人影。

全てが夢か幻としか思えない、馬鹿げた景色。

だけど士道は、そんな異常な世界を、朧気にしか

見ていなかった。

 

 

ーーそんなものよりも遥かに異常なものが、士道の

目の前あったからだ。

 

 

それは少女だった。奇妙な光のドレスを纏った少女

が一人、立っていた。

 

 

「あーー」

 

 

嘆息に僅かな声が混じって消える。

 

 

他のどんな要素も不純物に成り下がってしまう

くらいに、その少女は圧倒的だった。

 

 

金属のような、布のような、不思議な素材で構成

されたドレスも、気を失うほどに綺麗だった。

 

 

しかし彼女自身の容姿は、それすらも脇役に

霞ませる。肩に腰に絡みつく煙るは、長い闇色

の髪。凛と蒼穹を見上げるは、何とも形容しがたい

不思議な色を映す双眸。女神さえ嫉妬を覚えさせる

であろう貌を物憂げに歪め、静かに唇を結でいる

その様は。

 

 

視線を、

 

 

注意を、

 

 

心をも、

 

 

ーー一瞬にして、奪い去った。

 

 

それくらい、

 

 

あまりにも、尋常でなく、

 

 

『暴力的なまでに、美しい』

 

 

 

「ーー君は……」

 

 

呆然と。

 

 

士道は声を発していた。

 

 

涜神としてのどと目を潰されることすら、

思考のうちに入れて。

 

 

 

少女が、ゆっくりてと視線を下ろしてくる。

 

 

「……名、か」

 

 

心地のいい調べの如き声音が、空気を震わせた。

 

 

しかし。

 

 

「ーーそんなものは、ない」

 

 

どこか悲しげに、少女は言った。

 

 

「ーーーっ」

 

 

そのとき。

 

 

二人の目が交わりーー五河士道の物語は、

始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー……」

 

寝起きの気分は最悪だった。

だってそりゃ、起きたとき自分の腹やら胸やら踏み

つけながら、妹が情熱的にサンバのリズムを刻んで

いたら、一部の特殊な人間以外は皆不快に思う

だろう。

 

 

四月一○日、月曜日。

昨日で春休みは終わり、今日から学校いう朝。

五河士道はしょぼしょぼする目をこすりながら、

低くうなるような声を発した。

 

 

「あー、琴里よ。俺の可愛い妹よ」

 

 

「おお⁉︎」

 

 

そこでようやく士道が起きていることに気づいた

のだろう。士道のお腹の上に足をのっけていた妹

ーー琴里が、中学校の制服を翻しながらこちらに

顔を向ける。

 

 

二つに括られた長い髪が揺れ、どんぐりみたいな

丸っこい双眸が士道を捉えた。

 

 

ちなみに朝っぱらから人様を踏みつけにしている

わりには「しまった!」とか「ばれた!」みたいな

後ろ暗さは全然見受けられない。どちらかという

と、士道の起床を素直に喜んでいるように見えた。

 

 

ついでに士道位置からだと見事にパンツ丸見えで

ある。パンチラとかいうレベルではない。

はしたないにもほどがある。

 

 

「なんだ⁉︎ 私の可愛いおーにちゃんよ!」

 

 

琴里が、足を退ける様子もなくそう言ってくる。

念のため言うと士道は可愛いくない。

 

 

「いや、下りろよ。重いよ」

 

 

士道が言うと、琴里大仰にうなずいてベッドから

飛び降りた。士道の腹にボディブローのような衝撃

を残して。

 

 

「ぐぶっ!」

 

 

「あははは、ぐぶっだって! 陸戦用だー!

あはははは!」

 

 

「………」

 

 

士道は無言で布団を被りなおした。

 

 

「あー! こらー! なんで寝るんだー!」

 

 

琴里が張り上げ、士道をゆっさゆっさと揺すって

くる。

 

 

「あと一○分……」

 

 

「だーめー!ちゃんと起きるの!」

 

 

起き抜けのぼうっとした頭がシェイクされる感覚に

眉をひそめながら、士道は苦しげに唇を開いた。

 

 

「に、逃げろ……」

 

 

「え?」

 

 

「……実は俺は『とりあえずあと一○分寝てないと

妹をくすぐり地獄の刑に処してしまうウイルス』、

略してT-ウイルスに感染しているんだ……」

 

 

「な、なんだってー!」

 

 

琴里が、なんか宇宙人の隠されたメッセージを

知った人のように驚く。

 

 

「逃げろ……俺の意識があるうちに……」

 

 

「で、でも、おにーちゃんはどうなるんだ⁉︎」

 

 

「俺のことはいい……おまえさえ助かって

くれれば……」

 

 

「そんな! おにーちゃん!」

 

 

「がーっ!」

 

 

「ギャーーーーーーーーーーーーっ!」

 

 

士道が布団を吹き飛ばし、両手をわきわき

させながら叫ぶと、琴里は凄まじい悲鳴を上げて

逃げていった。

 

 

「……ったく」

 

 

息を吐き、再び布団を被り直す。時計を見ると、

まだ、六時前であることがわかった。

 

 

「なんて時間に起こしやがる……」

 

 

と、ぼやくように言ってからはたと思い直す。

寝ぼけていた脳が緩慢に覚醒していくと一緒に、

昨晩の記憶が甦えってきたのである。昨日から

父と母は仕事の関係で出張に行ってしまっている。

 

 

 

そのためしばらくの間士道が台所に立つことに

なったのだが、寝起きの悪い士道は琴里に目覚まし

を依頼したのだった。

 

 

「あー……」

 

 

少し悪いことをしたかなあと頭をかき、むくりと

身を起こす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

適当に寝癖を手で押さえながらあくびを一つ

こぼし、士道はのたのたと部屋を出た。と際、

壁に掛けられていた小さな鏡が目に入る。

 

 

 

最近散髪をしていないためだろう、前髪に視界を

侵略されつつある男が、やぶにらみっぽい視線を

向けてきていた。

 

 

 

「………」

 

 

 

視力の低下に伴って、少し悪くなってしまった

人相にため息を吐き、階段を下りてリビングに

入る。

 

 

 

「……あ?」

 

 

 

ーーと、そこには、いつもと微妙に違う景色が

広がっていた。

 

 

 

リビングの真ん中に置かれていた木製のテーブルが

倒され、まるでバリケードのようになっている。

 

 

 

ついでにその後ろに、ツインテールの頭がぷるぷる

震えているのが見えた。

 

 

 

「Tウイルス……怖い……」

 

 

 

琴里がそう呟いていると士道は口元をニヤリと

させてゆっくりと近づいて

 

 

 

そして

 

 

 

「がーっ」

 

 

「ギャー! ギャァァァっ!」

 

 

 

士道が肩をつかむと、琴里は欠片も色気のない絶叫

を上げて手足をばたつかせていた。

 

 

 

「落ち着け落ち着け。 いつものにーちゃんだ」

 

 

 

「ぎゃー! ぎゃー……あ? お、おにーちゃん?」

 

 

「そうそう」

 

 

「こ、怖くない?」

 

 

「怖くない怖くない。 俺、琴里トモダーチ」

 

 

「お、おー」

 

 

士道が片言で言ってやると、強ばった琴里の顔

から、緊張が抜けていくまるで心を開いた野生の

キツネリスみたいだった。

 

 

「悪い悪い。すぐ朝飯の準備するから」

 

 

言って琴里の手を取って立ち上がらせてから、

テーブルを元の位置に戻すと、士道は台所に

足を向けた。

 

 

 

二人揃って大手のエレクトロニックス企業に

勤めている両親は、たびたび一緒に家を開ける

ことがあった。

 

 

 

その際の食事当番はいつも士道が担当しているので

もう手慣れたものである。実際、母より調理器具の

扱いには自信があった。

 

 

 

と、士道が冷蔵庫から卵を取り出すのと同時に、

背後からテレビの音声が聞こえてくる。

 

 

 

どうやら心拍を落ち着けた琴里が電源を入れた

らしい。そういえば琴里はは毎朝、星座占いと

血液型占いをハシゴするのが日課だった。

 

 

 

とはいえ大体の占いコーナーは、番組の最後と相場

が決まっている。琴里は一通りチャンネルを変えた

あと、つまらなそうにニュース番組を眺め始めた。

 

 

『ーー今日未明、天宮市近郊のーー』

 

 

「ん?」

 

 

いつもはBGMくらいの役割しか果たさないニュース

の内容に、眉を跳ね上げる。理由は単純。明瞭な

アナウンサーの声で、聞き慣れた街の名前が

発せられたからだ。

 

 

「ああ……『空間震』か」

 

 

うんざりと首を振る。

 

 

『空間の地震』称される、広域震動現象。

 

 

発生原因不明、発生時期不定期、被害規模不確定の

爆発、震動消失、その他諸々の現象の総称である。

 

 

 

まるで大怪獣が気まぐれに現れ、街を破壊していく

かのような理不尽極まりない現象。この現象が

初めて確認されたのは、およそ三○年前ことで

ある。

 

 

ユーラシア大陸のど真ん中ーー当時のソ連、中国と

モンゴル、を含む一帯が、一夜にしてくりぬかれた

かのように消失した。

 

 

士道達世代になれば、教科書の写真で嫌というほど

目にしている。まるで地上にあるものを一切合切

削り取ってしまったかのように、本当に、

何もなくなっていたのだ。

 

 

死者、およそ一億五千万人。人類史上類を見ない

最大最悪の災害である。そしてその後約半年間、

規模は小さいものの、世界各地で似たような現象が

発生した。

 

 

士道が覚えている限りではーーおよそ五○年例。

 

 

地球上の全大陸、北極、海上、更には小さな島々

でも発生が確認された。

 

 

無論、日本も例外ではない。

 

 

ユーラシア大空災の六か月後、東京都南部から

神奈川県北部にかけての一帯が、まるで消しゴム

でもかけたかのように円状に焦土と化したので

ある。

 

 

そうーーちょうど今、士道達が住んでいる地域だ。

 

 

「でもいっときは全然起こらなくなっただろ?

なんでまた増え始めたんだろうな」

 

 

「どうしてだろうねー」

 

 

士道が言うと琴里がテレビに視線をやったまま

首を傾げた。

 

 

そう。その南関東大空災を最後に、空間震は

しばらくの間確認されなくなったのだ。だが五年

ほど前、再開発された天宮市の一角で 空間震が

確認されたのを皮切りに、またちらほらと、

その原因不明の現象が確認され始めたのである。

 

 

しかもその多くがーー日本で。

 

 

もちろん人類も、その空白の二五年の間に何も

していなかったわけではない。

 

 

再開発が成された地域地域をはじめとして、三〇間

から、全国の地下シェルター普及率は爆発的に上昇

している。加えて、空間震の兆候を事前に観測する

ことも可能になったし、極めつけとして自衛隊の

災害復興部隊なんてものもある。

 

 

被災地趣き、崩壊した施設、道路などを再建する

ことを目的に組織された部隊なのだがーーその仕事

ぶりはまさに魔法としか言いようがない。何しろ、

滅茶苦茶に破壊された街を、僅かな期間のうちに、

もとあった状態まで復元してしまうのだ。

 

 

作業風景はトップシークレットということで公開

されていないが、一晩で崩壊していたビルが復元

されていたのを見たときなど、まるで手品でも

見せられているかのような心地だった。

 

 

だが、街の修復が早いからといって、空間震の脅威

が薄れるというわけではない。

 

 

「なんか、ここら一辺帯って妙に空間震多く

ないか? 去年くらいから特に」

 

 

「……んー、そーだねー。ちょっと予定より

早いかなー」

 

 

と、琴里がソファの手すりに上体を預けながら

言ってくる。

 

 

「早い?何がだ?」

 

 

「んー、あんでもあーい」

 

 

士道は首を傾げた。

 

 

琴里の言葉の内容というよりは、その声が後半から

少しくぐもったのが気になって。

 

 

「…………」

 

 

無言でカウンターテーブルを迂回し、ソファに

もたれかかった琴里の側に歩いていく。琴里も

それに気づいたのか、士道が近づくのに合わせて、

徐々に顔を背けていった。

 

 

「琴里、ちょっとだけこっち向け」

 

 

「…………」

 

 

「てい」

 

 

「ぐきゅっ」

 

 

琴里の頭に手を置き、ぐりっと方向を転換させる。

彼女ののどかな変な声が鳴った。そして琴里の口元

に予想通りのものを見つけて、士道は「やっぱり」

と呟いた。

 

 

朝ご飯前だというのに、琴里は大好物の

チュッパチャプスをくわえていた。

 

 

「こら、飯の前にお菓子食べるなって言ってる

だろ」

 

 

「んー! んー!」

 

 

飴を取り上げようと棒を引っ張るも、琴里は唇を

きゅっとすぼめて抵抗してきた。

 

 

士道が力を入れた方向に顔が歪み、せっかくの

可愛らしい顔立ちがブチャイク極まりないこと

になっている。

 

 

「……ったく、ちゃんと飯も食うんだぞ?」

 

 

 

結局は士道が折れた。琴里の頭をぐりぐりやって、

台所に戻っていく。

 

 

 

「おー! 愛しているぞおにーちゃん」

 

 

 

士道は適当に手を振って作業に戻った。

 

 

 

「……と、そういえば今日は中学校も始業式

だよな?」

 

 

「そうだよー」

 

 

「じゃあ昼時に帰ってくるってことか……琴里、

昼飯にリクエストはあるか?」

 

 

琴里は「んー」と思案するように頭を

揺らしてから、しゃきッ、と姿勢を正した。

 

 

「デラックスキッズプレート!」

 

 

近所のファミレスで出しているお子様ランチ

だった。士道は直立の姿勢をとると、そのまま

上半身を四五度前に傾ける。

 

 

「当店ではご用意できかねます」

 

 

「ええー」

 

 

キャンディの棒をぴこぴこさせながら、琴里が不満

そうな声を上げる。

 

 

士道はふうと嘆息しながら肩をすくめた。

 

 

「……ったく、仕方ないな、せっかくだから昼は

外で食うか」

 

 

「おー! 本当かー!」

 

 

「おう。んじゃ、学校終わったらいつもの

ファミレスで待ち合わせな」

 

 

「絶対だぞ! 約束だぞ!地震が起きても火事が

起きても空間震が起きてもファミレスがテロリスト

に占拠されても絶対だぞ!」

 

 

「いや、占拠されてちゃ飯食えねだろ」

 

 

「絶対だぞー!」

 

 

「はいはい、わかったわかった」

 

 

 

士道が言うと、琴里は「おー」と元気よく手を

上げた。

 

 

我ながら少し甘いかもと思わなくない士道

だったが、まあ、今日は二人とも始業式なのだ。

これくらいの贅沢にあたるかどうかはわからない

けれど。

 

 

「んー……」

 

 

士道は軽く伸びをしながら、台所の小窓を開けた。

何かいいことがありそうなくらい、空は晴れ渡って

いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーん、ん……もう、朝か……」

 

 

その人物はベッドの上でふにゃぁぁぁぁ…とまるで

猫のような声を出して背伸びしてアホ毛をぴこぴこ

させながら重い瞼を擦りながら顔を洗って男性用の

制服を袖に通してネクタイをきゅっと締めてして

眼鏡をつけていると「ピーー‼︎ ピーー‼︎ 」と

炊飯器のタイマーの機械音はリビングから鳴る音が

聞こえた。

 

 

「ちょうど良い具合でご飯が炊けたみたいだな…」

 

その人物は炊飯器をカチッと音を立てて炊飯器の

蓋を開けて茶碗に盛って次に鍋に作り置きして

いたワカメや油あげなどが入った味噌汁を確認

した後、温めている間、卵焼き器を中火でゆっくり

と温めた後、卵を割って中身を別のお椀に入れて

よく溶き、生地に水溶きした片栗粉や浮き粉などを

入れてそしてしっかりと満遍なく混ぜるように

溶いて出来たら卵焼き器にゆっくりと溶いた卵を

均等に流し込んでいく。ひとまず終わったら

味噌汁が入った鍋の蓋がコトコトと小刻みに

音が鳴っていたので蓋を開けると味噌の風味の

いい匂いが部屋中に漂って食欲がそそられる。

そんなこと考えた後お味噌汁を木製のお椀に

注いで先程盛ったご飯をテーブルの上に乗せて

卵焼きもくるくるとゆっくりと綺麗に巻いていく 。

巻いている中、自分でもよく出来たと思う。

焦げなどは全くなくお店に販売されているような

綺麗な黄色のだし巻きの卵焼きが出来て程よい

大きさに均等にカットしてお皿に盛ったり昨日

作り置きして前もってレンジで温めておいといた

鯖の味噌煮をだし巻き卵の隣に盛ってテーブルの

上に用意した。

 

 

「いただきます。」

 

 

少年は手を合わせながらそう言って白米が入った

茶碗を持ってモグモグと食べながら更に他の惣菜

にも手をつけていく

 

 

「自分で作ったにしてはなかなかの出来栄えだな」

 

 

少年はそう言って自分で作った朝食を全部食べた

後、食器を洗って学校の準備が終わった後『写真』

を取り出して

 

 

「行ってくるね。『お姉ちゃん……』」

 

 

 

 

少年は写真に写っている女性にそう言うと写真を

懐かしそうに眺めた後、生徒手帳に入れて鞄を

持って部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

士道が高校に着いたのは、午前八時一五分を

回った頃だった。

 

 

廊下に貼り出されたクラス表を適当に確認して

から、これから一年間お世話になる教室に

入っていく。

 

 

「二年ーー四組、か」

 

 

あの後、朝食を食べ終え後片付けを終えた俺は

自分が通っている来禅高校へと向かい、廊下に

貼られている表を見て自分がどのクラスなのか

確認をしていた。どうやら俺のクラスは四組の

ようだが、軽く見たところ知り合いの名前は

書かれていなかった。

 

 

まあ、知り合いがいないのなら新しい友達を作れば

いいだけだろう。

 

 

そう、気楽に考えると俺はこれから一年間過ごす事

となる教室へと向かった。

 

 

そこには、一緒のクラスになれて喜んでいる

グループや一人椅子に座って携帯をいじっている者

など様々な光景を見ることが出来た。だがやはりと

言うか見知った顔は見られない……

 

 

一人ぐらいは居てほしかったな……と考えながらも

黒板に書かれた座席表を見ようとして……

 

 

「五河士道……」

 

 

後ろから声を掛けられた。

聞き覚えのない声に戸惑いつつも後ろに振り返る

と、そこには一人の少女がいた。

 

 

肩まで切りそろえられた真っ白な髪に、人形の

ような感情の全く入っていない顔をしているの

だが……一体誰なんだろう?

 

 

一度でも見れば忘れられない程綺麗な女性

なんだが、全く見覚えがない。

 

 

「えっと、俺に何か用か?」

 

 

「……覚えてないの?」

 

 

「その……悪い……」

 

 

「別に構わない」

 

 

俺が頭を下げて謝ると少女は落胆した様子など

見せずにそう言った後、窓際の席に向かって

しまった。

 

 

どうやら、あちらの方は俺の事を知っているみたい

なんだが……もしかして、幼い頃の知り合いか?

……でもあんな特徴的な色の髪を忘れるなんて

あるのか?

 

 

俺が頭を抱えて悩んでいた時だった……

 

 

「とうッ!」

 

 

「げふっ」

 

 

と士道が頭を悩ませていると、ぱちーん! と

見事な平手打ちが背中にたたき込まれた。

 

 

「ってぇ、何しやがる殿町!」

 

 

こちらの犯人はすぐにわかった。背中をさすり

ながら叫ぶ。

 

 

「おう、元気そうだなセクシャルビースト五河」

 

 

士道の友人・殿町宏人は、同じクラスであった

ことを喜ぶよりも先に、ワックスで逆立てされた

髪と筋肉質の身体を誇示するように、腕組み軽く

身を反らしながら笑った。

 

 

「……セク……なんだって?」

 

 

「セクシャルビーストだ、この淫獣め。

ちょっと見えない間にどうやって鳶一と仲良く

なったんだ、ええ?」

 

 

言って、殿町が士道の首に腕を回し、ニヤニヤ

しながら訊いてくる。

 

 

「……鳶一? 誰だそれ」

 

 

「とぼけんじゃねえよ。今の今まで楽しくお話し

してたじゃねえか」

 

 

言いながら、殿町があごをしゃくって窓際の席を

示す。そこには、先ほどの少女が座っていた。

ふと、士道の視線に気づいたのか、少女が目を

書面から外し、こちらに向けてくる。

 

 

「……っ」

 

 

士道は息を詰まらせると、気まずそうに目を

背けた。反して、殿町が馴れ馴れしく笑って

手を振る。

 

 

「…………」

 

 

少女は、別段何も反応示さないまま、手元の本に

視線を戻した。

 

 

 

「ほら見ろ、あの調子だ。うちの女子の中でも

最高難度、永久凍土とか、米ソ冷戦とか

マヒャドデスとまで呼ばれてんだぞ。一体

どうやって取り入ったんだよ」

 

 

「はあ……? な、なんの話だよ」

 

 

「いや、おまえホントに知らないのかよ」

 

 

「……ん、前のクラスにあんな子いたっけか?」

 

 

 

士道が言うと、殿町はまたも信じられないといった

具合に両手を広げて驚いたような顔を作った。

欧米人のようなリアクションをする奴である。

 

 

殿町が士道に鳶一について説明をしようとすると

 

 

「鳶一だよ、鳶一折紙。ウチの高校が誇る超天才

らしいよ。聞いたことないの?」

 

 

士道と殿町が会話していると背後から声が聞こえて

振り返ってみると

 

 

「おお‼︎ お前も同じクラスだったんだな‼︎

零っていうか俺の話を横取りするなよ‼︎」

 

 

「ごめんごめん、そんなに怒らないでよ殿町君。

それに、二人の姿が見えたからつい、ね」

 

 

殿町が零と呼ばれた人物にそう言うと零は殿町に

両手を合わせて申し訳ないなさそうにしながらも

視線を士道に話を続ける。

 

 

「話しを戻すけど彼女の名前は鳶一折紙。ウチの

高校が誇る超天才みたいでね、成績が常に次席で

この前の模試に至っては全国二位らしいよ? 」

 

 

「はあ? なんでそんな奴が公立校にいるんだよ。

というか、鳶一がそんなに優秀で次席なら首席は

一体、誰なんだ?」

 

 

士道がそう言うと殿町が溜息をつきながら

 

 

 

「さぁてね。家の都合じゃねえの? それに五河、

首席は誰だなんて今の話しの流れで分かるだろ?」

 

 

 

殿町が士道にそう言われて士道は零の方に視線を

向けると恥ずかしそうな表情をしていた。

 

 

「お、お前…なのか…?」

 

 

「まあ、ね……ああ、自己紹介がまだだったね。

さっき殿町君が言っていたから分かると思うけど

僕は十六夜、『十六夜 零』って言うんだ

よろしくね?」

 

 

零は目を逸らしながら恥ずかしそうに自己紹介

をすると士道の中でとある一つの疑問が生まれる。

 

 

 

『だったら、なんで零は公立校にいるんだ?』

 

 

そう、うちの高校が誇る超天才と呼ばれた折紙

よりも、更に天才と呼ばれた彼が何故、こんな

公立校にいるのかそれが疑問だった。次席では

あるが超天才と呼ばれた折紙よりも更に天才と

呼ばれた彼ならこんな公立校よりも更に優秀で

有名な高校にだって行けたはずだ。

 

 

 

「なあ、首席になるぐらい頭が良いなら零は

どうして有名な高校じゃなくてここ、来禅高校に

したんだ?」

 

 

 

士道がその疑問を零に直接聞いてみると

 

 

 

「まだ、ここでやる事があるから、かな……」

 

 

「そ、そうか…すまない…」

 

 

士道は戸惑いながら零に謝った。何故なら一瞬の

出来事であんまり見えなかったが零の瞳は何処か

寂しそうでまるで光すら見えない死んだ魚のように

淀んでいるような気がしたからだ。それに恐らく

この話は零にとっては誰にも話したくない内容

だったのだろう…

 

 

「良いよ。別に…五河君もわざとじゃない

んでしょ?」

 

 

 

「あ、ああ…」

 

 

 

「もう‼︎ この話は終わり終わり‼︎

それで良いよね五河君?」

 

 

「零がそれで良いなら……」

 

 

 

零が笑顔で士道は戸惑いながらも零に返事を

すると隣にいた殿町が

 

 

「話しがかなり逸れたが、体育と成績もダントツ、

ついでに美人ときてやがる。『去年の恋人にしたい

女子ランキング・ベスト13』でも3位だぜ?

お前ら見てなかったのか?」

 

 

 

「五河君、知ってた?」

 

 

 

「俺も知らなかったよ…って言うかやっていた

ことすら知らん。っていうかベスト13?

何でそんな中途半端な数学なんだ?」

 

 

「五河君! それ以上は……」

 

 

「え? どういう事だ?」

 

 

 

零は殿町の言いたいことそしてその意味を理解を

したのか慌てながらも士道を止めようとするが

士道が訳が分からないと言った表情をしていると

 

 

「主催者の女子が13位だったんだだよ」

 

 

「……ああ」

 

 

士道は力無く苦笑いした。どうしてもランキング

に入りたかったらしい。

 

 

「ちなみに『恋人にしたい男子ランキング』は

ベスト358まで発表されたぞ」

 

 

「多っ⁉︎ 下位はワーストランキングに近い

じゃねえか。それも主催者決定なのか?」

 

 

「ああ。 まったく往生際が悪いよな」

 

 

「殿町は何位だったんだ?」

 

 

「358位だが」

 

 

「主催者おまえかよ!」

 

 

「それはあまりにも痛すぎるよ。殿町君……」

 

 

士道と零は殿町にそう言うが更に話しを続ける。

 

 

 

「選ばれた理由は、『愛が重そう』『毛深そう』

『足の親指の爪の間が臭そう』でした」

 

 

「やっぱりワーストランキングだそれ!」

 

 

「まあぶっちゃけ、下位ランキングには一票も

入らない奴らばっかだったからな。マイナス

ポイントの少なさで勝負だ」

 

 

「どんな苦行だよ!やめりゃあいいだろ

そんなもん!」

 

 

「まあまあ…落ちついてよ五河君。んで、

僕と五河君のランキングは一体、何位なのかな

殿町君?」

 

 

「ああ、まず五河だが、おまえは匿名希望さん

から一票入ったから52位だ」

 

 

 

それを聞いた瞬間、なんとも言えない空気に

なってた。更にはそんな苦行とも言えるランキング

に匿名希望とはいえ士道に一票入っているのだから

凄いと思う。

 

 

 

だが、何故だろう…嫌な予感がする……

 

 

 

「ち、ちなみに理由は?」

 

 

零は殿町に恐る恐る理由を聞くと

 

 

「まあ他の理由は『女の子に興味なさそう』

『ぶっちゃけホモぽい』だったか?」

 

 

 

「謂れなき中傷に死の鉄槌を!」

 

 

殿町が疑問系で答えると士道はホモなどの不名誉な

称号与えられて納得いかなかったのか今にも殿町に

跳びかかりそうな表情と勢いをしていた。

 

 

「まあ落ち着けって。『腐女子が選んだ校内ベスト

カップル』では、俺とセットでベスト2位に

ランクインしているぞ」

 

 

殿町がそう言うが士道にとってはホモという最悪

過ぎる烙印を押されて更には腐女子達が士道と殿町

の中を見て結果が『ベスト2位だ。』相当な屈辱

だったのか俯きながらプルプルと震わせていた。

 

 

 

「そして次に零。お前だが……」

 

 

 

殿町がそう言うと俯いて目元は涙目になっていた。

 

 

 

「彼氏にしたいランキングで堂々と1位だ。

羨ましいぞ‼︎ このリア充野郎ーー‼︎‼︎」

 

 

 

殿町は凄い勢いで零の肩をガシッ‼︎と掴んで更に

顔を近づけてくる。

 

 

 

 

「ひ、ひゃ‼︎」

 

 

 

零の悲鳴はまるで小動物みたいな声を出していた。

それを見た殿町は一瞬、胸の辺りがドキッとした。

 

 

 

「お、おい‼︎ へ、変な声を出すなよ‼︎」

 

 

 

殿町は零の驚いた顔を見て顔を真っ赤にしながら

逸らしていた。

 

 

 

 

 

「だ、だったら…その手を離して‼︎」

 

 

 

「え……?」

 

 

 

 

零は顔を真っ赤にしながらそう言うと殿町は間抜け

な声を上げた瞬間、【パチン‼︎】と右頰に凄い衝撃

が走る。

 

 

 

 

「ぶっ‼︎ ぶべらはーー‼︎‼︎」

 

 

 

 

殿町は情け無い声を上げてバタリと倒れた。

 

 

 

 

「え、えーと……ご、ごめんね‼︎ で、でも僕は

殿町君達みたいに『男の子同士の特別な関係』には

き、興味な、なんて無いし‼︎ そ、それに…僕達は

まだ高校生なんだから恋愛するならまずは健全な

お付き合いから始めないと……‼︎」

 

 

零はオロオロと慌てた表情しながらそう言うと

 

 

「お、おい‼︎」

 

 

「ん? どうしたの。五河君?」

 

 

零は視線を士道に見ると士道の顔は真っ青になって

恐る恐る聞いてきた。

 

 

 

「さっき、零が殿町に言っていた『殿町君達』って

言ってたけど…もしかして……その中には俺も

含まれているのか?」

 

 

 

「え? だって、五河君は生粋のホモだって殿町君

から聞いたんだけど……?」

 

 

 

「ま、まじかよ‼︎ あの野郎、余計な嘘をペラペラ

と言いやがって…で、でも…この内容は今のところ

零と殿町しかまだ知らないはずだ……」

 

 

 

士道はタラタラと冷や汗を流しながらも確証のない

希望論に縋っていた。

 

 

だが、残念な事に零の『とある言葉』によって士道

のそんな希望論をあっさりと打ち砕いていく。

 

 

「残念だけど…さっき、女の子達が五河君と殿町君

を見て「やっぱりホモカップルだったわー…」とか

「マジ引くわー…」ってコソコソ話して更には

ホモ認定されていたよ?」

 

 

零は言いにくそうにそして哀れむような瞳で士道を

見ながら殿町とお似合いの『ホモ認定』のカップル

が成立されていることを言うと士道は顔を俯かせて

肩をプルプルと震わせながらそして我慢の限界

だったのだろう。俯いた顔を上げて

 

 

 

「ぜっんぜん嬉しくねぇぇぇぇぇぇッ!」

 

 

「ま、まあ、そうだろうね……」

 

 

たまらず叫ぶ。零は士道の心の叫びを見て

「あはは…」と複雑だという苦笑いを浮かべた後、

落ち込んでいた士道はなんとか立ち上がった。

そして零と同じ考えだったのか1位のカップルが

少し気になっていた。

 

 

しかし殿町はさして気にしていない様子

(というか、もうすでに何かを乗り越えて様子)

で話を戻そう、と言うように腕組みした。

 

 

「まあとにかく、校内一の有名人っつっても過言

じゃないわけだ。五河くんと十六夜くんの無知ぶり

にさすがの殿町さんもびっくりです」

 

 

「いや、何キャラだよそれ」

 

 

「もうキャラがかなり崩壊し過ぎているよ……」

 

 

と、士道と零が言ったところで、一年生の頃

聞き慣れた予鈴が鳴った。

 

 

「っと、言っている間に予鈴が鳴ったみたいだね。

じゃあ、僕も自分の席に戻るよ。じゃあ、

これからもよろしくね五河君?」

 

 

「あぁ、こちらこそよろしくな、零」

 

 

 

零は笑顔で士道にそう言うと士道が目の前に手を

出してきた。

 

 

 

「五河君…これは一体……?」

 

 

 

「え? 握手だけど…?」

 

 

「……………」

 

 

「……零?」

 

 

士道は零にそう言って首を傾げた。何故なら先程

から零は俯いて固まっていたからだ。だが、士道

に自分の名前を呼ばれたからだろうか我に返った

のか少し一瞬だが、困った表情を浮かべながら

 

 

「…‼︎ あ、あぁ…こちらこそよろしくね…」

 

 

士道の差し出した握手の手を恥ずかしそうに

握った後、零は自分の席に座った。

 

 

士道も自分の席に座ろうとする。

 

 

「おっと」

 

 

そういえば、まだ自分の席を確認していない。

士道は黒板に書かれた席順に従い、窓側から数えて

二列目の席に鞄を置いた。そこで、気づく。

 

 

「……あ」

 

 

 

何の因果か、士道の席は、学年次席様のお隣だった

のである。

 

 

 

鳶一折紙は予鈴鳴り終わる前に本を閉じ、机に

しまい込んだ。そして視線を真っ直ぐ前に向け、

定規で測ったかのような美しい姿勢を作る。

 

 

 

「…………」

 

 

 

なぜか少し気まずくなって、士道は折紙と同じよう

に視線を黒板の方にやった。

 

 

それに合わせるようにして、教室の扉がガラガラと

開けられる。そしてそこから縁の細い眼鏡をかけた

小柄な女性が現れ、教卓についた。あたりから、

小さなざわめきのようなものが聞こえてる

 

 

「タマちゃんだ……」

 

 

「あら、タマちゃんだ」

 

 

「マジでやったー」

 

 

ーーおおむね、好意的なもののようだった。

 

 

「はい、皆さんおはよぉございます。

これから一年、皆さんの担任を務めさせて

いただきます、岡峰珠恵です」

 

 

間延びしたような声でそう言って、社会科担当の

岡峰珠恵教諭・『通称タマちゃん』が頭を下げた。

サイズが合ってないのか、微妙に眼鏡がずり落ち、

慌てて両手で押さえる。

 

 

贔屓目に見ても生徒と同年代くらいにしか見えない

童顔小柄な体軀、それにそののんびりとした性格

で、生徒から絶大な人気を誇る先生である。

 

 

と、

 

 

「……?」

 

 

色めきたつ生徒たちの中、士道は表情を

強ばらせた。士道の左隣に座った折紙が、じーっ、

と士道の方に視線を送ってきていたのである。

 

 

「……っ」

 

 

一瞬、目が合う。士道は慌てて視線を逸らした。

一体なぜ士道を見てーーいや、別に見てはいけない

というわけではないし、もしかしたら士道の先に

あるものを見ている可能性だってあるのだけれど、

とにかく落ち着かない。

 

 

 

「……な、なんなんだ一体………」

 

 

 

誰にも聞こえないくらいの声でぼやき、士道は

頬に汗をひとすじ垂らした。

 

 

 

そんな中、教室の扉辺りの席に座っている零は

士道と折紙のそんなやり取りを遠くから眺めて

「暇だな……」と無意識に呟いていた。

 

 

それから、およそ三時間後。

 

 

 

「五河ー、零ー、どうせ暇なんだろ、

飯いかねー?」

 

 

 

始業式を終え、帰り支度を整えた生徒たちが教室

から出て行く中、鞄を肩がけにした殿町と苦笑い

している零が話しかけてきた。

 

 

昼前に学校が終わるなんて、テスト期間以外では

そうない。ちらほらと、友人とどこに昼食を食べに

行くか相談するかを相談している集団が見受け

られる。

 

 

士道は一瞬頷きそうになってから、「あ」と

思い出した。

 

 

「悪い。今日は先約があるんだ」

 

 

「なぬ? 女か」

 

 

「あー、まあ……一応」

 

 

「なんと‼︎」

 

 

殿町が両手をV字に掲げて片足を上げた、グリコ

みたいなリアクションをとってくる。

 

 

「一体春休みに何があったっていうんだ!

あの鳶一と仲良くお話しするだけじゃ飽き足らず、

女と昼食の約束だと⁉︎ 一緒に魔法魔法使いを

目指すって誓い合ったじゃねえか!」

 

 

「って、殿町君はこう供述してるけど… 本当なの…

五河君…?」

 

 

 

零は殿町の言葉を聞いた瞬間、首をギギィィィ…

と音を立てながら恐る恐ると士道の方に視線を

向けて「えっ?嘘でしょ…?」と訴えるような

表情をしていた。

 

 

 

「い、いや、誓った覚えはないが……ていうか、

女っていっても琴里なんだけどなあ……」

 

 

 

士道が言うと、殿町が安堵したかのようにほうと

息を吐いた。

 

 

「んだよ、脅かすんじゃねえよ」

 

 

 

「おまえが勝手に驚いたんだろうが」

 

 

 

「でもま、琴里ちゃんなら問題ねえだろ。

俺も一緒に行っていいか?」

 

 

 

「ん? ああ、別に大丈夫だと思うけど……」

 

 

 

と、士道が言った途端、殿町が士道の机に肘を

のせ、声をひそめるように言ってくる。

 

 

 

「なあなあ、琴里ちゃんって中二だよな。

もう彼氏とかいんの?」

 

 

 

「は?」

 

 

 

「いや、他意はねえんだが、琴里ちゃん、三つ

くらい年上の男ってどうなのかなと」

 

 

 

「……やっぱ却下だ。おまえ来んな」

 

 

 

士道は半眼を作り、いやに顔を近づいていた殿町

の頬をぐいと押し返した。

 

 

 

「そんな! お義兄様!」

 

 

 

「お義兄様とか呼ぶな気持ち悪い」

 

 

 

「………」

 

 

 

 

「零…?」

 

 

 

 

「あ、ああ…な、何かな…五河君……」

 

 

 

 

さっきから零の様子がおかしい…さっきまで

あんなに明るかったのに…

 

 

「大丈夫か…?」

 

 

「大丈夫だよ。ありがとうね五河君…どうやら

殿町君の反応が予想以上に気持ち悪かったのと

さっきのが嘘だってことが分かってどうやら安心

したみたい」

 

 

 

零ははっとした表情しながら士道に笑いながら

更に言葉を続ける。

 

 

「おーい、俺の扱ってかなり酷くないか?」

 

 

「だって、いきなり五河君に お兄様!なんて平然

と言い始めるからだよ?それに普通の人が見たら

今みたいな反応するよ。それよりも五河君に妹さん

がいるんだね」

 

 

 

「ああ、世話のかかる妹だがな…でも、俺に

とってはたった一人の大事で最愛な妹だけどな」

 

 

 

「そうなんだ。いいなぁ…少し憧れるよ…」

 

 

 

零は笑顔で窓からの景色を眺めながら士道に

そう言うが士道は何故だか分からないが零を

見ているとその姿はたまにだが、ほんの少しだけ

違和感を感じた。

 

 

 

士道は零の話していた『さっきの内容』が

気になっていた。だが、それは本人に聞いて良い

問題なのか分からない。

 

 

だが、一つだけ分かった事があった。それは

気のせいだろう思うがその時見た零の姿は何処か

寂しそうな子供のような瞳で見ているように

見えた。

 

 

「はは。ま、俺も兄妹団欒をつっつくほど野暮

じゃねえよ。都条例に引っかかんねえ程度に仲良く

してきな」

 

 

「おまえはいっつも一言余計だな」

 

 

「殿町君…そんな事さえ言わなければ…本当に

見た目だけならまともなのに……」

 

 

 

士道は頬をピクつかせながら言って零は苦笑いを

浮かべていると殿町が意外そうな顔を作る。

 

 

 

「だっておめ、琴里ちゃん超可愛いじゃねえか。

あんな子と一つ屋根の下とか最高だろ」

 

 

 

「殿町君…人の…ましてや友人の妹にそんな感情を

抱くとか、人間としてヤバくない…?」

 

 

 

殿町がそう言うと零は少しドン引きした表情を

浮かべて一歩、後ずさりしていた。

 

 

 

「おいおい‼︎ そこまでされたらポジティブで

仏のように心が広い俺でも傷ついてしまうぞ‼︎

って、言うか俺ってそこまでヤバいのか…?」

 

 

 

殿町は予測していなかったのか恐る恐ると聞くと

 

 

 

 

「ヤバいと言うか…もうアウトでしょ? それに

世間では殿町君みたいな人達の事を『ロリコン』、

更には『犯罪者予備軍』って言う名の犯罪者に

なってしまうんだよ?」

 

 

と、零は殿町をまるで子供を諭す様にゆっくりと

冷静にそう言うと殿町は慌てた表情しながら

 

 

「おいおい‼︎ 俺はロリコンじゃ…「などと犯人は

このように供述しております。」」

 

 

零は精密な機械のような光なき瞳と表情と声を

しながら冷静に容赦のない回答で答えると

 

 

「うっ…うわああああああああぁぁぁぁぁん‼︎

五河ーーっ‼︎ 零が、零が俺を苛めてくる‼︎」

 

 

 

「うっ、うわぁ‼︎ や、止めろ‼︎ 寄るな‼︎

お前の鼻水が制服にくっついてしまうだろう‼︎」

 

 

 

殿町は零にそう言われると殿町は涙目で更には

男子高校生する様な顔ではなくなってしまって

おり、だらしなく鼻水を垂らしながら士道に抱き

ついて残念過ぎる光景になっていた。

 

 

 

「ねぇ、あれ見て…」

 

 

「本当だ。あり得ないわ…」

 

 

「マジ引くわ…」

 

 

 

すると近くにいた女子達が士道と殿町の残念

過ぎる(イチャコラ)やり取りを見てコソコソ

と話し始める。

 

 

「なんか…ごめん…」

 

 

「もういいよ…もう、諦めた…それになんで

殿町がうちの妹の話をしたがるのか全くもって

分からないがな…実際に妹がいれば、その意見は

間違いなく変わると思うがな」

 

 

士道が諦めた表情していると殿町は涙目に

なりながらもガバッと勢いよくなんとか

立ち上がって

 

 

「あー……それはよく聞くな。妹持ちに妹萌え

はいないとか。やっぱり本当なのか?」

 

 

「妹萌えって…殿町君、何で昼飯の話をしていた

のに何で妹や更に妹萌えについての議論になって

いるのか全く分からないんだけど…」

 

 

 

「だって妹だぞ‼︎ 更には妹萌え‼︎

今ここで議論しないでいつ議論するんだ‼︎」

 

 

 

殿町は意味の分からない妹萌え論に自分勝手に

熱く議論していた。

 

 

 

「五河君、殿町君の言う妹萌えの意味…

分かった? 僕全然分からなかったんだけど…」

 

 

 

「大丈夫だ。俺も分からなかったから…」

 

 

 

士道と零はお互い溜息をついていると士道は

更に話しを続ける。

 

 

 

「まあ、それにあれは女じゃない。

妹という名の生物だ」

 

 

 

「僕には妹なんていないから分からないけど

そこまで言う程の事なの…?」

 

 

「ああ、実際、朝からボディブローをお見舞い

されたんだからな……」

 

 

「そ、そうなんだ……」

 

 

 

士道はそう言ってお腹をさすりながらそう言うと

零は「あはは…」と困った表情を浮かべて更に

殿町は

 

 

「そういうもんかねえ」

 

 

「そういうもんだ。女未満と書いて妹だろうが」

 

 

 

「じゃあ姉は?」

 

 

「……女市」

 

 

「すげえ、女性専用都市かよ! じゃあ、

零、お前はどうだ? 大丈夫だよな?」

 

 

「ごめん…僕もこの後、用事があって行けない、

かな…」

 

 

零が申し訳なさそうにそう言うと殿町はこの世に

絶望したような表情を浮かべて更には今にも血の涙

を流して泣き出しそうな表情で鼻水を垂らしながら

零に嫉妬した表情で見てくる。

 

 

「その用事は女か? 女なのか⁉︎」

 

 

 

「い、いや…そんなんじゃ…」

 

 

 

「へーんだ‼︎ どうだかな‼︎

この来禅高校で『付き合いたい男子生徒No.1』で

ちやほやされてモテまくって恵まれているカリスマ

リア充君にはモテない俺たち非リア充の気持ち

なんて分からんのですよ‼︎ なあ‼︎ 五河‼︎」

 

 

「俺を巻き込むな‼︎

そしてお前と同じ同類扱いするな‼︎」

 

 

殿町と同類扱いされて嫌だったのか士道が殿町に

そう言うと殿町はしょんぼりした表情をして士道と

ギャーギャーと言い争いを始めた。

 

 

「お、落ち着いてよ二人共‼︎」

 

 

 

零は「あわわわ…」と慌てながら士道と殿町を

止める為にそう言おうしようとしていた。

 

ーーと、その瞬間。

 

 

 

 

 

ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーー

 

 

 

 

「…………ッ⁉︎」

 

 

 

 

教室の窓ガラスをビリビリと揺らしながら、

街中に不快なサイレンが鳴り響いた。

 

 

 

「な……なんだ?」

 

 

「これは………」

 

 

 

殿町が窓を開けて外を零は教室の扉を開けて

見てやる。するとサイレンに驚いたのか、カラス

が何羽も空に飛んでいた。教室に残っていた生徒

たちも、皆会話を止めて目を丸くしている。と、

サイレンに次いで、聞き取りやすいようにする

ためか、言葉を一拍ずつ区切るようにして、

機械越しの音声が響いてきた。

 

 

 

『ーーこれは訓練では、ありません。

前震が、観測されました。空間震の、発生が、

予想されます。近隣住民の皆さんは、速やかに、

最寄りのシェルターに、避難してください。

繰り返しますーーー』

 

 

 

瞬間、静まり返っていた生徒たちが、一斉に息を

呑む音が聞こえた。

 

 

ーーー空間震警報。

皆の予感が、確信に変わる。

 

 

 

「おいおい……マジかよ」

 

 

 

殿町が額に汗を滲ませながら、乾いた声を発する。

だがーーー士道や殿町を含め、教室の生徒たちは、

顔に緊張と不安こそ滲ませているものの、比較的

落ち着いていた。

 

 

少なくとも、恐慌状態に陥ったりする生徒は

見受けられない。この街三◯年前の空気震に

よって深刻な被害を受けているため、士道たちは

幼稚園の頃から、しつこいほどに避難訓練を

繰り返しさせられていたのである。加え、

ここは高校。全校生徒を収容できる規模の

地下シェルターが設けられている。

 

 

 

「シェルターはすぐそこだ。落ち着いて

避難すれば問題ない」

 

 

 

「お、おう、そうだな」

 

 

士道の言葉に、殿町がうなずいた。

走らない程度に急ぎ、教室から出る。

廊下には、もう既に生徒たちが溢れ、シェルターに

向かって列を作っていた。

 

 

「改めて五河君を見てると落ち着いて行動して

いるから本当に凄いって言うか、逞しいよね…」

 

 

「あー…確かに俺もそう思っていた」

 

 

殿町と零の二人が話していると士道は眉を

ひそめた。

 

 

そんな中に一人だけ、列と逆方向ーー昇降口の方向

に走っている女子生徒がいたからだ。

 

 

「鳶一……?」

 

 

そう、スカートをはためかせながら廊下を

駆けていたのは、あの鳶一折紙だった。

 

 

 

「おい! 何してんだ!

そっちにはシェルターなんてーーー」

 

 

「大丈夫」

 

 

折紙は一瞬足を止め、それだけ言って、

再び駆け出していった。

 

 

 

「大丈夫って……何が」

 

 

 

士道が怪訝そうに首を捻りながらも、殿町とともに

生徒の列に並んだ。折紙のことは気になったがーー

もしかしたら忘れ物でもしてきたのかもしれない。

実際、警報が発令されたからといって、すぐさま

空間震警が起こるというわけでもない。すぐ戻って

くれば間に合うだろう。

 

 

 

「お、落ち着いてくださぁーい!

おかしですよ、おーかーしー!

おさない・かけない・しゃれこうべーっ!」

 

 

 

と、そこに、生徒を誘導している珠恵の声が

響いてきた。同時に、生徒たちのクスクスという

笑い声が漏れ聞こえてくる。

 

 

「……自分より焦ってる人見ると

なぜか落ち着くよな」

 

 

「あー、なんとなくわかる気がする」

 

 

 

「いやいや‼︎落ち着き過ぎでしょ⁉︎ それに今、

先生がしゃれこうべって言ってたよね⁉︎

それにしゃれこうべはシャレにならないですから

まずは岡峰先生がひとまず落ち着いてください‼︎」

 

 

 

士道が苦笑いしながら殿町にそう言うと殿町も似た

ような表情作って返している中、零は士道と殿町に

ツッコミを入れた後、岡峰先生にもツッコミを

入れると「す、すみません‼︎」と何度も何度も頭を

ぺこぺこして来た。

 

 

 

(やれやれ…どっちが先生なんだか…って言うか

生徒達がいる前で簡単に頭を下げないでほしんです

けど……って言うか視線が痛い…)

 

 

 

零は自分を見ている周りの他の生徒達の視線に

あまりの恥ずかしさに耐えられなかったのか

【あ、あうううぅぅ…】と言って俯いていた。

だが、士道達の担任の先生こと岡峰先生こと

(タマちゃん)の教諭の様子に、先生達は不安を

感じるというより、緊張をほぐされているのが誰が

見ても分かる。

 

 

と、士道はあることを思い起こし、ポケットを

探って携帯電話を取り出した。

 

 

 

「ん、どうしたんだよ五河」

 

 

 

「いや、ちょっとな」

 

 

 

適当に言葉を濁しながら、着信履歴にから

『五河琴里』の名を選んで電話をかける。がーー

繋がらない。何度か試すが、結果は一緒だった。

 

 

「……駄目か。

ちゃんと避難しているだろうな、あいつ」

 

 

まだ中学校を出ていなければ大丈夫だろう。

問題は、もうすでに学校を出てファミレスに

向かっている場合だった。いや、あの近くにも

公共シェルターはあるはずだし、普通に考えれば

問題ないのだが……どうも、士道は不安が拭い

きれなかった。警告が鳴っても意に介さず、忠犬の

ごとく士道を待っている琴里の姿が、なんとなく

想像できてしまったのである。脳裏に、朝琴里が

言っていた「絶対だぞー!」の言葉がエコーで

渦巻く。

 

 

「ま、まあ空間震起きても絶対約束とは言ってた

けど……さすがにそこまで馬鹿では……っと、

そうだ、あれがあった」

 

 

確か琴里の携帯は、GPS機能を用いた位置確認

サービスに対応していたはずである。携帯を操作

すると、画面に上から見た街の地図と、赤い

アイコンが表示された。

 

 

「ーーーーーーッ」

 

 

それを見て、士道は息を詰まらせた。琴里位置を

示すアイコンは、約束のファミレスの真ん前で

停止していたのだ。

 

 

 

「あんの、馬鹿……ッ」

 

 

 

毒づき、画面を消さないまま携帯を閉じて、

士道は生徒の列から抜け出した。

 

 

 

「お、おいッ、どこにいくんだ五河!」

 

 

 

「五河君‼︎ 今出るのは危ないよ‼︎」

 

 

 

「悪い! 忘れ物だ! 先行っててくれ!」

 

 

 

殿町と零の声を背に受けながら、列を逆走して

乗降口に出る。そのまま速やかに靴を履き替える

と、士道は転びそうなくらい前のめりになって

外へと駆け出していった。

 

 

校門を抜け、学校前の坂道を転がるように

駆け下りる。

 

 

「……っ、こんなんなったら、普通避難

するだろうが……!」

 

 

士道は、足を最高速で動かしながら叫び上げた。

士道の視界広がっていたのは、なんとも不気味な

光景だったのである。車の通らない道路に、

人影のない街並み。

 

 

街路にも、公園にも、コンビ二にも、誰一人として

残っていない。つい先ほどまで、誰かがそこにいた

ことを思わせる生活感を残したまま、人間の姿だけ

が街から消えている。まるでホラー映画のよくある

お決まりのワンシーンだった。三○年前の大空災

以来、神経質なほど空間震に対して敏感に再開発

されたのがこの天宮という街である。公共施設の

地下はもちろん、一般家庭のシェルター普及も

全国1位という話だ。それに最近の空間震の頻発も

手伝ってかーー避難は迅速だった。だというのに。

 

 

「なんで馬鹿正直に残ってやがんだよ……っ!」

 

 

叫んで、走りながら携帯を開く。

琴里示すアイコンは、やはりファミレスの前から

動いていなかった。士道は琴里をデコピン乱舞の刑

に処すことを決意しながら、ファミレスを目指して

足を高速で動かし続けた。ペース配分も何もない。

ただひたすらに、全速力でアスファルトの道を

駆ける。足の痛み、手の指先が痺れる。

 

 

 

のどが張りつき目眩がして、口の中がカラカラに

なる。だが士道は止まらなかった。危険だとか

疲労だとかは思考の外に放って、琴里のもとへ、

ただひたすらに走るーー!

 

 

 

とーー

 

「……っ、ーーー?」

 

 

士道は走りながら、顔を上方に向けた。

視界の端に、何か動くものが見えた気がする。

 

 

「なんだ……っ、あれ……」

 

 

士道は眉をひそめた。数は三つか…四つか。空に、

何やら人影のようなものが浮いている。だが、

すぐにそんなものを気にしてはいられなくなった。

 

 

 

なぜならーーー

 

 

「うわ……ッ⁉︎」

 

 

士道は、思わず目を覆った。

突然進行方向の街並みが、まばゆい光に

包まれたのだ。次いで、耳をつんざく爆音と、

凄まじい衝撃波が士道を士道を襲う。

 

 

「んな……っ」

 

 

士道は反射的に腕で顔を覆い、足に力を入れだか

ーー無駄だった。大型台風もかくやというほどの

風圧に煽られ、バランスを崩して後方に

転げてしまう。

 

 

「ってえ……一体なんだってんだ……ッ」

 

 

まだ少しカチカチする目をこすりながら、

身を起こす。

 

 

「ーーはーー?」

 

 

と、士道は、自分の視界に広がる光景を見て、

間の抜けた声を発した。だって、今の今まで

目の前にあった街並みが、士道が目を瞑った

一瞬のうちにーー跡形もなく、『無くなって』

いたのだから。

 

 

「な、なんだよ、なんだってんだよ、

これは……ッ」

 

 

呆然と、呟く。なんの比喩でも冗談でもない。

まるで隕石でも落ちたかのように。

 

否、どちらかといえば、地面が丸ごと消し去られた

かのように。街の風景が、浅いすり鉢状に削り

取られていた。そして、クレーターのようになった

街の、中心。そこに、何やら金属の塊のような

ものが聳えていた。

 

 

「なんだ……?」

 

 

遠目のため細かい形状まで見取れないがーー

ロールプレイングゲームなんかで王様が

座っている、玉座のようなフォルムをしている

ように見える。だが、重要なのはそこではない。

 

 

「あの子ーーーなんであんなところに」

 

 

朧気にしか見えないが、長い黒髪と、不思議な輝き

を放つスカートだけは見て取ることができた。

女の子であることは恐らく間違いないだろう。

と、少女が気怠そうに首を回し、ふと士道の方に

顔を向けた。

 

 

「ん……?」

 

 

士道に気づいた……のだろうか。

遠すぎてよくわからない。だが士道が首をひねって

いると、少女はさらに動きを続けた。ゆらりとした

動作で、玉座の背もたれから生えた柄のようなもの

を握ったかと思うと、それをゆっくりと引き抜く。

 

 

それはーー幅広の刃を持った、巨大な剣だった。

虹のような、星のような幻想的な輝きを放つ、

不思議な刃。少女が剣を振りかぶると、その軌跡を

ぼんやりとした輝きが描いていった。

 

 

「い……ッ⁉︎」

 

 

少女が、士道の方に向かって、剣を横薙ぎにブン、

と振り抜いてきた。咄嗟に頭を下げる。

 

 

「ーーーーーな」

 

 

その、今まで士道の頭があった位置を、刃の軌跡が

通り抜けていった。もちろん、剣が直接届くような

距離ではない。

 

 

だが実際ーー

 

 

「……はーー」

 

 

 

士道は目を見開いて首を後ろへ振った。士道の後方

にあった家屋や店舗、街路樹や道路標識などが、

一瞬のうちにみんな同じ高さに切り揃えられて

いた。一拍遅れて、遠雷のような崩落の音が

響いてくる。

 

 

「ひ……ッ⁉︎」

 

 

士道は理解の範囲を超えた戦慄に心臓を縮ませた。

ーー意味がわからない。

 

 

ただ理解できたのは、さっき頭を下げて

いなければ、今頃自分も後方の景色と同じように、

ほどよい大きさにダウンサイジングされていたと

いうことだけだった。

 

 

「じょ、冗談じゃねえ……っ!」

 

 

士道は、抜けた腰を引っ張るようにして

後ずさった。少しでも早く、少しでも遠く、

この場から逃れなければーー!

 

 

 

だが。

 

 

「ーーおまえもか……か」

 

 

「……っ⁉︎」

 

 

酷く疲れたような声が、頭の上から響いた。

視界が、一拍遅れて思考に追いつく。

 

 

目の前に、一瞬前まで存在しなかった少女が、

立っていたのである。そう、それはーー今の

今まで、クレーターの中心にいた少女だった。

 

 

「あーー」

 

 

意図せず、声が漏れる。歳は士道と同じか、

少し下くらいだろうか。膝まであろうかと

いう黒髪に、愛らしさと凛々しさを兼ね備えた貌。

その中心には、まるで水晶様々な色の光を多方向

から当てているかのような、不思議な輝きを放つ

双眸が鎮座している。装いは、これはまた奇妙な

ものだった。布なのか金属なのかわからない素材

が、お姫様のドレスのようなフォルムを形作って

いる。さらにその繋ぎ目やインナー部分、スカート

などにいたっては、物質ですらない不思議な光の膜

で形成されていた。そしてその手には、身の丈ほど

あろうかという剣が握られている。

 

 

状況の異常さ。

 

 

風貌の奇異さ。

 

 

存在の特異さ。

 

 

どれも、士道の目を引くには十分過ぎた。

 

 

だけれど。

 

 

嗚呼、だけれども。

 

 

士道が目を奪われた理由に、そんな不純物は

含まれていなかった。

 

 

「ーー、ーー」

 

 

一瞬の間。

 

 

死の恐怖も、呼吸をすることすら忘れ、少女に

目を釘づけられる。

 

 

それくらい。少女は、それこそ暴力的なまでにーー

美しかったのである。

 

 

「ーー君、は……」

 

 

呆然と。

士道は、声を発していた。瀆神としてのとど目を

潰されることすら、思考のうちに入れて。

少女が、ゆっくりと視線を下ろしてくる。

 

 

「……名、か」

 

 

心地のいい調べの如き声音が、空気を震わせた。

 

 

しかし。

 

 

「ーーそんなものは、ない」

 

 

 

どこか悲しげに、少女は言った。

 

 

 

「ーーーーーーっ」

 

 

そのとき。士道と少女の目が、初めて交わった。

それと同時に、名無しの少女が、ひどく憂鬱そうな

ーーまるで、今にも泣き出してしまいそうな表情を

作りながら、カチャリという音を鳴らして剣を

握り直す。

 

 

「ちょっ……、待った待った!」

 

 

その小さな音に、戦慄が蘇ってくる。

士道は必死で声を上げた。だが少女は、そんな士道

に不思議そうな目を向けてくる。

 

 

「……なんだ?」

 

 

「な、何をしようとしてるんだよ……っ!」

 

 

 

「それはもちろんーー早めに殺しておこうと」

 

 

 

さも当然のごとく言った少女に、顔を青くする。

 

 

「な、なんでだよ……っ!」

 

 

「なんで……? 当然ではないか」

 

 

少女は物憂げな顔を作りながら、続けた。

 

 

「ーーだっておまえも、私を殺しに

来たんだろう?」

 

 

「はーーーーーー?」

 

 

予想外の答えに、士道はポカンと口を開けた。

 

 

「……っ、そんなわけ、ないだろ」

 

 

「ーーーーー何?」

 

 

そう言った士道に、少女は驚きと猜疑と困惑の

入り混じったような目を向けてきた。

 

 

だが、少女はすぐに眉をひそめると、士道から

視線を外し、空に顔を向けた。つられるように

士道も目を上方にやりーー

 

 

「んな……ッ⁉︎」

 

 

これ以上ないほど目を見開き、息を詰まらせた。

何しろ空には奇妙な格好をした人間が数名飛んで

いてーーあまつさえ、手に持っていた武器から、

士道と少女目がけてミサイルらしきものをいくつも

発射してきたのだから。

 

 

 

「ぅ、わあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーー⁉︎」

 

 

思わず、叫び上げる。だがーーー数秒経っても、

士道の意識ははっきりとしたままだった。

 

 

「え……?」

 

 

呆然と、声を漏らす。

空から放たれたミサイルが、少女の数メートル

上空で、見えない手にでも掴まれたかのように

静止しながらも少女は気怠げに息を吐く。

 

 

 

「……こんなものは無駄だと何故学習しない」

 

 

 

と言って少女が、剣を握っていない方の手を上に

やり、グッと握る。すると何発ものミサイルが圧縮

されるようにへっしゃげ、その場で爆発した。

爆発の規模も恐ろしく小さい。まるで、威力が内側

へ引っ張られているかのようだった。空を舞って

いる人間たちが狼狽するのがなんとなくわかる。

だが、攻撃をやめようとはしない。次々とミサイル

を撃ち込んでくる。

 

 

「ーーーふん」

 

 

少女は小さく息を吐くと、まるで泣き出してしまい

そうな顔を作った。先ほど士道に剣を向けようと

したときと、同じ顔。

 

 

「ーーーーっ」

 

 

その表情に、士道は命の危機に瀕したときよりも

大きく心臓が跳ねるのを感じた。なんとも、奇妙な

光景だった。少女が何者なのかはわからない。上空

にいる人間たちが何者なのかもまた、わからない。

だけどこの少女が、上空を飛ぶ人間たちよりも強力

な力を有していることだけは、なんとなく理解

できた。

 

 

それゆえの、漠然とした疑問。 その最強者が。

 

 

ーーなんで、こんな顔を、するのだろう。

 

 

「……消えろ、消えろ。一切、合切……

消えてしまえ……っ!」

 

 

そう、言いながら。彼女の瞳のごとく不思議な輝き

を放つ剣が、空に向けられた。

 

 

疲れたように、悲しむように、少女が剣を無造作に

一振りする。瞬間ーー風が嘶いた。

 

 

「………っ、うわ……ッ!」

 

 

凄まじいまでの衝撃波があたりを襲い、太刀筋の

延長線上の空に、斬撃が飛んでいく。上空を飛行

していた人間たちは慌ててそれを回避し、その場を

離脱していった。だが次の瞬間、別の方向から、

少女目がけて凄まじい出力の光線が放たれた。

 

 

「……っ!」

 

 

思わず目を覆う。

その光線はやはり少女の上空に見えない壁に

当たったかのように掻き消された。あたかも夜空に

打ち上げられた花火の如く、四方八方に煌めきを

散らして美しく弾け飛ぶ。そしてその光線に続く

ように、士道の後方に何者かが舞い降りた。

 

 

「な、なんなんだよ次から次へと……ッ!」

 

 

もうさっきから意味がわからない。悪質な白昼夢

でも見ている気分だった。だがーーそこに降り

立った人影を見て、士道は身体を硬直させた。

機械を着ている、とでも言うのだろうか全身

見慣れないボディスーツで覆った少女である。

背には大きなスラスターがついており、手には

ゴルフバッグのような形の武器を携えていた。

 

 

士道が身を凍らせた理由は単純だった。

少女の顔に見覚えがあったのである。

 

 

「『鳶一 ーー折紙……?』」

 

 

今朝、零から教えてもらった名を呟く。

そう、そのやたらメカニックな格好をした少女は、

クラスメートの『鳶一折紙』だった。

折紙がちらと士道を一瞥する。

 

 

「五河士道……?」

 

 

そして、返答のように士道の名を呼んだ。

ぴくりとも表情を変えず。しかしほんの少しだけ、

怪訝そうな色を声にのせて。

 

 

「……は? な、なんだその格好ーー」

 

 

間抜けな質問と自覚しながらも、そんな声を

発する。

 

 

一気にいろんなことが起こりすぎていて、何から

すればいいのかわからなかった。だが、折紙は

すぐに士道から目を外し、ドレスの少女に

向き直った。それはそうだろう、何しろ、

 

 

「ーーーふん」

 

 

少女が先ほどと同じように、手にした剣を折紙に

向けて振り抜いたのだから。折紙は即座に地面を

蹴ると、剣の太刀筋の延長戦上から身をかわし、

そのまま素晴らしい速さで少女を肉薄した。

 

 

いつの間にやら折紙の手にした武器の先端には、

光で構成された刃が出現している。折紙はそれを、

少女に目がけて思いっ切り振り下ろした。

 

 

「ーーーぬ」

 

 

少女が微かに眉根を寄せ、手にしていた剣で

その一撃を受け止める。

 

 

ーーー瞬間。

 

 

 

少女と折紙の攻撃が交わった一点から、凄まじい

衝撃波が発せられた。

 

 

「ちょ……ッ、う、わぁぁぁぁぁぁぁぁぁーー⁉︎」

 

 

情けない叫びを上げながら、身を丸めてどうにか

それをやり過ごす。折紙が弾かれる格好で、二人は

一旦距離を離すと、油断なく武器を構えて

睨み合った。

 

 

「…………」

 

 

「…………」

 

 

士道を挟んで、謎の少女と折紙が、鋭い視線を

混じらせる。まさに一触即発。何か小さなきっかけ

の一つでもあれば、すぐに戦闘が再開されてしまい

そうな状態だった。

 

 

「………っ」

 

 

士道としては気が気ではない。

額に汗がびっしり浮かべながら、どうにか

この場から逃れようと、じりじりと横に身体を

擦っていく。

 

 

だが、そのとき、急にポケットの中の携帯電話が、

軽快な着信を響かせた。

 

 

「ーーーーーー!」

 

「ーーーーーー!」

 

 

それが合図だった。

少女と折紙がほとんど同時に地を蹴り、士道の

真ん前で激突する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と誰もがそう思っていた。だが、残念なことに

お互いの刃が届くことはなかった。

 

 

何故なら

 

 

「これは…」

 

「なんなのだ、これは…」

 

 

「な、なんなんだよ、あれ……」

 

 

そうあの二人の刃が激突する瞬間、二人の間に

『白銀の槍』が地面にまるで穿つが如く突き刺さり

その槍は雪のような白銀一色で『汚れ』や『淀み』

などの不純物は全く見当たらない。それどころか

刃毀れすらなく気付けば必ず目に入ってしまう程の

『儚くて幻想的に光輝く槍』に自分が見惚れている

ぐらい神秘的だった。そんな槍の力で二人の攻撃を

相殺した。それどこか槍の強力で圧倒的な力の風圧

によってその場にいた一触即発の緊迫状態だった

筈の士道と折紙と謎の少女達は一瞬にして

吹き飛ばされていた。

 

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

その圧倒的な風圧に、士道は情けなく転がされ、

塀にぶつかってうつ伏せの状態で倒れた。

 

 

「うっ‼︎ うぐぅぅぅぅぅぅ……」

 

 

頭を強く打ってしまったせいか士道の意識が

グルグルしてはっきりとせず朦朧としていた。

 

 

(あ、あれは…な、なんだ…?『白銀の、鎧を

着ている…し、少女』…?)

 

 

士道がそう心の中で呟くと士道の目の前にはその

『白銀の鎧と兜を着た少女』が自分の目の前に

やってきてまるで地面を穿つように突き刺さった

ままの『白銀の槍』を引き抜いて士道を眺めている

姿を 最後に見た士道は白銀の鎧や兜をした少女の

姿を見て 彼女のその姿はまるで戦場を一瞬にして

駆ける風のような神速の速さ、そしてその幻想的で

儚い白銀の槍を宙で優雅に円を描く姿はまるで

『白銀の戦乙女』と呼ぶに相応しい姿だと思い

ながら士道の意識がそこで途絶えた。




読んでいただきありがとうございます‼︎
これからも頑張っていきますのでよろしく
お願いします‼︎


他の作品もとても濃厚に書いていますので楽しく
読んでもらえると自分的には自信があるので是非、
見ていって下さい‼︎



本当にありがとうございました‼︎


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

識別名:《■■■》

皆さん読んでいただきありがとうございます‼︎
何度も描き直してばかりで本当にすみません‼︎


『新作』を投稿しようかなと考えています。
『お気に入り』と『投票』、『感想』など
よろしくお願いします‼︎



 

 

「ーー状況は?」

 

真紅の軍服をシャツの上から肩掛けにした少女は、

艦橋に入るなりそう言った。

 

 

「司令」

 

 

艦長席の隣に控えていた男が、軍の教本にでも

書いてあるかのような綺麗な敬礼をする。司令と

呼ばれた少女はそれを一瞥してだけして、

男のすねをつま先で蹴った。

 

 

「おうっ!」

 

 

「挨拶はいいから、状況を説明なさい」

 

 

苦悶、というよりは恍惚とした表情を浮かべる男に

言いながら、艦長席に腰掛ける。男は、即座に姿勢

を正した。

 

 

「はっ。『精霊』出現と同時に攻撃が開始

されました」

 

 

「AST?」

 

 

「そのようですね」

 

 

AST。対精霊部隊。

精霊を狩り精霊を捕らえ精霊を殺すために機械の鎧

を纏った、人間以上怪物未満の現代の魔術師たち。

とはいえーー超人レベルでは、太刀打ちできない

のが現状だった。それくらい、精霊の力は、

桁が違う。

 

 

「ーー確認されているのは……こ、これは…⁉︎」

 

 

「どうしたの?」

 

 

司令と呼ばれた少女は男に聞くが男は話そうと

しない。まるで言うべきか言わざるべきか躊躇って

いる様だった。

 

 

「い、いえ…じ、実は…」

 

 

男は青ざめた表情を浮かべながら司令に何かを

言おうとしているようだったがしかし、いくら

待っても男が躊躇って言う気配がなくそして返事が

返ってこないのが原因だったのか司令は最初は

足踏みなどをしていたが徐々に男に業を煮やした

のか男を睨んでその煮え切らないその態度や行動に

司令の苛々が徐々に募っていき

 

 

「いいから早く言いなさい‼︎」

 

 

 

ああ‼︎ もう‼︎ 焦ったいわね‼︎はっきりと

言いなさいよ‼︎ 面倒臭いわね‼︎

 

 

我慢の限界だったのか司令と呼ばれた少女は男に

その言うと司令と呼ばれた少女はガタンと背もたれ

から立ち上がったせいか背もたれが倒れた。

 

 

「落ち着きたまえ…そうやってすぐにカッとなって

身の回りが見えなくなってしまうところは君の短所

であり悪いところだ」

 

 

眠たげな顔をした女は司令と呼ばれた少女に冷静に

注意すると司令と呼ばれた少女は気まずそうな表情

を浮かべながら

 

 

「うっ‼︎ そ、そうね…私も少し感情的にカッと

なり過ぎたわ…」

 

 

眠たげな女に視線を向けて司令は眠たげな女の隣に

いた男に視線を向けて申し訳なさそうな表情を

しながら謝っていた。

 

 

「こ、こちらこそすみませんでした司令…先程は

取り乱してしまいましたが…安心してください。

私はもう大丈夫です。」

 

 

艦長席の隣に控えていた男は落ちたのか一呼吸を

しながら司令は真剣な表情で向き合っていた。

 

 

「そう…じゃあ、改めて状況の説明を早速お願い

するわ」

 

 

司令と呼ばれた少女は艦長席の隣に控えていた男に

そう言うと男も「了解しました、司令。」と言うと

男改めて状況の説明を始めた。

 

 

「『精霊』出現と同時に攻撃が開始されました。

そして確認されているのは一○名。現在一名が

追撃、交戦していました……」

 

 

「していました…? それだと過去系になって

いるけど一体どういう意味なのかしら?」

 

 

隣に控えていた男の『交戦していた』という過去系

になっていることに疑問を覚えた。

 

 

そもそも『交戦している』なら分かるが何故、

『交戦していた』などと言うのだろうか?

一体、何がどうなっているというのだろう…?

 

 

「映像出して」

 

 

気になる…一体、何が起きているというのだろう…

まさか…考えたくはないが私達が予想や予測が

出来ない最悪の事態が起きたというのだろうか?

 

 

「分かりました…」

 

 

とにかくあれこれ考えるより映像を見ればすぐに

私が知りたい事実が分かる。

 

 

男が言うと大モニタにリアルタイム映像が大きく

映し出される。

 

 

「こ、これは…⁉︎」

 

 

司令と呼ばれた少女は驚いた。むしろ驚くなと

言う方がとても難しいだろう…

 

 

だが、あり得ない…こんな非現実的なことが 現実的

にあって良い筈がない…だが、そんな非現実的は

今、自分の目の前で起きている。

 

 

 

それに……

 

 

「どうやら気付いたようだね…」

 

 

眠たげな顔をした女は司令にそう言うと司令は

眠たげな顔をした女が自分に何を言いたいのか

理解したのか改めて大モニタに写っている地面が

割れ、建物が倒壊しているおよそ現実とは思えない

瓦礫だらけの街の中で『ある人物の姿』を見て

驚いていたからだ。

 

 

「まさか…‼︎ あ、あり得ないわ…ま、まさか

『彼女』が出てくるなんて…本当に予想外

過ぎたわ……だから貴方は躊躇っていたのね?」

 

 

司令は何故、男が躊躇っていたのかを理解した後、

やれやれといった表情を浮かべ更に溜息の吐息を

つきながら視線を大モニタに向けて考えていると

 

 

「えぇ、確かにそのとおりです。ですが、そもそも

精霊の行動を完璧に予測するなんて我々にも無理な

ことです。なので司令もあまり気にしないで

ください」

 

「………」

 

男は司令にそう言うと司令は足をゆっくりとだが

上げていき

 

 

そして

 

 

 

「ぐきっ!」

 

 

ブーツの踵で男の足を踏みつぶした。だが、その時

男の表情はこの上なくまさに幸せそうな顔を作って

いるのを無視して司令は小さく嘆息していた。

 

 

「あんたが私の心配するなんて知らないうちに

随分と偉くなったわね?」

 

 

「ぐっ‼︎ あ、ありがとうございます‼︎」

 

 

司令はどうやら目の前にいるこの(変態)男に

励まされたことにかなりイラッとしたのだろうか

ブーツの踵の踏みつぶす力が更に増していくが

男は更に幸せそうな笑顔をしていた。

 

 

「分かっていると思うが……」

 

 

眠たげな顔をした女は司令に声を掛けると司令は

踏みつぶしていた足を退けて眠たげな顔をした女

と向き合って話す。

 

 

「えぇ、言われなくてもわかっているわ。

ーー見ているだけというのも飽きてきたところよ」

 

 

「と、いうことは」

 

 

眠たげな顔をした女は司令にそう言うと司令は

ニヤリと笑いながら返事をすると男は何かを

察した表情を浮かべて

 

 

「ええ。ようやく円卓会議から許可が下りたわ。

ーー作戦を始めるわよ」

 

 

それに早く始めないといけないわ…今回は

予想外な展開が多すぎる……

 

 

その言葉に、艦橋にいたクルーたちが息を呑む

のが聞こえる。

 

 

「神無月」

 

 

司令は先程倒した背もたれを戻して軽く背もたれに

身体を預けるようにすると、小さく右手を上げ、

人差し指と中指をピンと立てた。まるで、煙草でも

要求するように。

 

 

「はっ」

 

 

男は素早く懐にに手をやると、棒付きの小さな

キャンディを取り出した。速やかに、しかし丁寧に

包装を剥がしていく。

 

 

そして司令の隣に跪き「どうぞ」と、司令の指の間

にキャンディの棒を挟み込んだ。司令がそれを口に

放り込み、棒をピコピコ動かす。

 

 

「……ああ、そういえば肝心の『秘密兵器』は?

さっき電話に出なかったのだけれど。ちゃんと避難

しているんでしょうね?」

 

 

「調べてみましょうーーと、 ん?」

 

 

男が、怪訝そうに首をひねる。

 

 

「どうかしたの?」

 

「いえ、あれを」

 

 

男が画面を指す。司令はそちらに目をやりーー

「あ」と短い声を発した。精霊とAST要員が武器を

打ち合っている横で、制服姿の少年が伸びていた

のである。

 

 

「……ちょうどいいわ。回収しちゃって」

 

 

「了解しました」

 

 

男は、またも折り目正しく礼をした。

 

 

さもないと『全てが終わってしまう』から……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー久しぶり。

 

 

頭の中に、どこか聞いたことのある声が響く。

 

 

ーーやっと、やっと会えたね、■■■。

 

 

懐かしむように、慈しむように。

 

 

ーー嬉しいよ。でも、もう少し、もう少し待って。

 

 

一体誰だ、と問いかけるも、答えはない。

 

 

ーーもう、絶対離さない。もう、絶対間違わない。

だから、

 

 

不思議な声はそこで途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………はっ!」

 

と士道は目を覚まし、

 

「うわッ!」

 

とすぐさま叫びを上げた。

それはそうだ。何しろ見知らぬ女性が指で士道の瞼

を開き、小さなペンライトのようなもので光を

当てていたいたのである。

 

「……ん? 目覚めたね」

 

妙に眠たげな顔をした女は、その顔に違わぬ

ぼうっとした声でそう言った。気絶した士道の

眼球運動を見ていたらしく、妙に顔が近い。

シャンプーの匂いだろうか、微かにいい香りが

した。

 

 

「だ、だだだだダレデスカ」

 

 

「……ん、ああ」

 

 

女はぼうっと様子のまま身体を起こすと、垂れて

いた前髪を鬱陶しげにかき上げた。一定の距離が

空いたところで、女の全貌が見取れるようになる。

 

 

軍服らしき服を纏った、二○歳くらいの女である。

無造作に纏められた髪に、分厚い隈に飾られた目、

あとはなぜか軍服のポケットから顔を覗かせている

傷だらけのクマのぬいぐるみが特徴的だった。

 

 

「……ここで解析官をやっている、村雨令音だ。

あいにく医務官が席を外していてね。……まあ

安心してくれ。免許こそ持っていないが、簡単な

看護くらいならできる」

 

「………」

 

まるで安心できない。

だって明らかに、士道よりもこの令音という女性

の方が不健康そうに見えるのである。実際先ほど

から、頭で小さく円を描くように身体をふらふら

させている。と、上体を起こした士道は、今の令音

の言葉に引っかかりを覚えた。

 

 

「ーーー『ここ?』」

 

 

言って、周囲を見回す。

 

 

士道は簡素なパイプベッドの上に寝かされていた。

そしてその周りを取り囲むように、白いカーテンが

仕切りを作っている。まるで学校の保健室のような

空間だった。

 

ただ少し異なるのは天井だった。何やら無骨な配管

や配線が剥き出しになっている。

 

 

「ど、どこですか、ここ……」

 

 

「……ああ、〈フラクシナス〉の医務室だ。

気絶していたので勝手に運ばせてもらったよ」

 

 

「〈フラクシナス〉……? っていうか気絶って

……、あーーー」

 

 

そうだ、あの時士道と折紙、そして謎の少女は

あの白銀の槍の異常な力の風圧に吹き飛ばされ、

気を失っていたのだった。

 

 

「……え、ええと、質問いいですか。

ちょっとよくわからないことが多すぎてーー」

 

 

頭をくしゃくしゃとやりながら声を発する。

しかし令音は応じず、無言で士道に背を向けた。

 

「あーーちょっと……」

 

「……ついてきたまえ。君に紹介したい人がいる。

……気になることはいろいろあるだろうが、どうも

私は説明下手でね。詳しい話はその人から

聞くといい」

 

 

言って、カーテンを開ける。カーテンの外は少し

広い空間になっていた。ベッドが六つほど並び、

部屋の奥には見慣れない医療器具のようなものが

置かれている。令音は部屋の出入り口と思しき方向

に向かって、ふらふらと歩みを進めていった。が、

すぐに足をもつれさせると、ガン!と音を立て頭を

壁に打ちつけた。

 

 

「! だ、大丈夫ですか!」

 

「……むう」

 

一応、倒れはしなかったらしい。令音が壁に

もたれかかるようにしながらうめく。

 

 

「……ああ、すまんね。最近寝不足なんだ」

 

 

「ど、どれくらい寝てないんですか」

 

 

士道が問うと、令音は考えを巡らせる仕草を

見せてから、指を三本立ててきた。

 

 

「三日。そりゃ眠いですよ」

 

「……三○、かな?」

 

「ケタが違ぇ!」

 

 

三週間くらいまでだったら覚悟していた士道

だったが、さすがに予想外の答えだった。

というか明らかに、彼女の外見年齢を超えている。

 

 

「……まあ、最後に睡眠をとった日が思い出せない

のは本当だ。どうも不眠症気味でね」

 

「そ、そうですか……」

 

「……と。ああ、失礼、薬の時間だ」

 

 

と、令音は突然懐を探ると、錠剤の入った

ピルケースを取り出した。そしてピルケースを

開けると、錠剤をラッパ飲みの要領で一気に口の中

に放り込んだ。

 

 

「っておいッ!」

 

 

何の躊躇いもなく、夥しい量の錠剤をバリバリ

グシャグシャバキバキゴクンに、思わずつっこみを

入れ入れる。

 

「……なんだね、騒々しい」

 

 

「いや、なんて量飲んでるんですか!

ていうか何の薬ですか⁉︎」

 

 

「……全部睡眠導入剤だか」

 

 

「それ死ぬッ! さすがに洒落にならねえ!」

 

 

「……でもいまひとつ効きが悪くてね」

 

 

「どんな身体してるんですか!」

 

 

「……まあでも甘くて美味しいからいいんだがね」

 

 

「それラムネじゃねえの⁉︎」

 

 

ひとしきりに叫んでから、士道ははあとため息を

吐いた。

 

 

 

「……とにかく、こっちだついてきたまえ」

 

 

令音が空っぽになったピルケースを懐に戻して

から、また危なっかしい足取りで歩みを進め、

医務室の扉を開ける。

 

 

「ーーっとと」

 

 

士道は慌てて靴を履くと、そのあとを追って部屋

の外に出た。

 

 

「なんだ、こりゃあ……」

 

 

部屋の外は、狭い廊下のような作りになっていた。

淡色で構成された機械的な壁に床。士道は

なんとなく、スペースオペラなんかに出てくる

潜水艦の通路を思い出した。

 

 

「……さ、何をしているんだい?」

 

 

士道はもう何が何だかんだわからないまま、

ゆっくりと足を動かし始めた。ふらふらと足元の

おぼつかない令音の背だけを頼りに、映画のセット

のような通路に、足音を響かせていく。

 

 

そして、どれぐらい歩いた頃だろうか。

 

「……ここだ」

 

 

通路の突き当たり、横に小さな電子パネルが付いた

扉の前で足止め、令音が言った。次の瞬間、

電子パネルの軽快な音を鳴らし、なめらかに扉が

スライドする。

 

「……さ、入りたまえ」

 

 

令音が中に入っていく。士道もそのあとに続いた。

 

 

「……っ、こりゃあ……」

 

 

そして、扉の向こうに広がっていた光景に、目を

見開く。一言で言うと、船の艦橋のような場所

だった。士道がくぐった扉から、半楕円の形に床が

広がっていてその中心に艦長席と思わしき椅子が

設えられている。さらに左右両側になだらかな階段

延びており、そこか下りた下段には、複雑そうな

コンソールを操作するクルーたちが見受けられた。

全体的に薄暗く、あちこちに設えられたモニタの

光が、いやに存在感を主張している。

 

 

「……連れてきたよ」

 

 

令音が、ふらふらと頭を揺らしながら言う。

 

 

「ご苦労様です」

 

艦長席の横に立った長身の男が、執事のような

調子で軽く礼をする。ウェーブのかかった髪に、

日本人離れした鼻梁。耽美小説にでも出てきそうな

風貌の青年だった。

 

 

「初めまして。私はここの副司令、神無月恭平と

申します。以後お見知り置きを」

 

 

「は、はあ……」

 

 

頬をかきながら、小さく頭を下げる。士道は一瞬、

令音がこの男に話しかけたのだと思った。

 

だがーーー違う。

 

 

「司令、村雨解析官が戻りました」

 

 

神無月が声をかけると、こちらに背を向けていた

艦長席が、低いうなりを上げながらゆっくりと回転

した。

 

 

そして。

 

 

 

「ーー歓迎するわ。ようこそ、〈ラタトスク〉へ」

 

 

『司令』なんて呼ばれるには少々可愛らし過ぎる声

を響かせながら、真紅の軍服を肩掛けにした少女の

姿が明らかになった。

 

 

大きな黒いリボンで二つに括られた髪。

小柄な体躯。どんぐりみたいな丸っこい目。

そして口にくわえたチュッパチャプス。

 

 

士道は眉をひそめた。

だって、それはどう見てもーー

 

「………琴里」

 

 

そう、格好、口調、それに全体から発する雰囲気

など、違いは数あれど、その少女は間違いなく士道

の可愛い妹・五河琴里だった。

 

 

「相変わらず腑抜けた顔をしているわねぇ?

まあ、良いわ。早速で悪いけどとりあえず目の前の

モニタを見てもらうわ」

 

 

琴里がその言って指でパチンと鳴らすと照明の灯り

が消えて巨大なモニタが出てきた。

 

 

「ーーで、これが精霊って呼ばれている怪物で、

こっちがAST。陸自の対精霊部隊よ。厄介なもの

に巻き込まれてくれたわね。私たちが回収して

なかったら、今頃二、三回くらい死んでたかも

しれないわよ? で、次に行くけどーー」

 

 

「ちょ、ちょっと待った!」

 

 

ペラペラと説明を始めた琴里を制するように、

士道は声を上げた。

 

 

「何、どうしたのよ。せっかく司令官直々に説明

してあげているっていうのに。もっと光栄に咽び

泣いてみせなさいよ。今なら特別に、足の裏くらい

舐めさせてあげるわよ?」

 

 

軽くあごを上に向け、士道を見下すような視線を

作りながら、琴里が琴里らしからぬ暴言を吐いて

くる。

 

 

「ほ……ッ、本当ですか⁉︎」

 

 

喜び勇んで声を上げたのは、琴里の横に立った

神無月だった。琴里が即座に、「あんたじゃない」

と鳩尾に肘鉄を放つ。

 

 

「ぎゃぉふッ……!」

 

 

そんなやりとりを眺めながら、士道は呆然と口を

開いた。

 

 

「……こ、琴里……だよな? 無事だったのか?」

 

 

「あら、妹の顔を忘れたの『士道』? 物覚えが

悪いとは思っていたけど、さすがにそこまでとは

予想外だったわね。今から老人ホームを予約して

おいた方がいいかしら?」

 

士道は頬に汗をひとすじ垂らした。

ついでにほっぺをつねってみる。痛かった。

 

 

士道の可愛い妹は、お兄ちゃんのことを呼び捨て

になんかしないはずなのだが。士道は後頭部を

かくと、困ったように声を発した。

 

 

「……なんかもう、意味がわからなすぎて頭の中

がワニワニパニックだ。おまえ、何してんだ?

ていうかここ、ドコだ? この人たち、何だ?

それにーー」

 

 

琴里が、はいはい、と言いたげに手を広げて士道の

言葉を止めさせる。

 

 

「落ち着きなさい。まずはこっちから理解して

もらわないと、説明のしようがないのよ」

 

 

言って琴里が、艦橋のスクリーンを指す。

 

 

そこには、先刻士道が遭遇した黒髪の少女と、

機械の鎧を纏った人間たちが映し出されていた。

 

 

「ええと……精霊……って言ったっけ?」

 

 

士道は頬をかきながらそう言った。確か、先ほど

琴里がそう説明していた気がする。不定期に世界

に出現する、正体不明の怪物。

 

 

「そ。彼女は本来この世界には存在しないモノで

ありーーこの世界に出現するだけで、己の意思とは

関係なく、あたり一帯を吹き飛ばちゃうの」

 

 

琴里が両手をドーン! と広げ、爆発を表現する。

士道は、額に手をあてて渋面を作った。

 

 

「……悪い、ちょっと壮大すぎてよくわかんね」

 

 

すると、琴里が「ここまで言ってわからない?」

と肩をすくめながら吐息した。

 

 

「空間震、って呼ばれる現象は、彼女みたいな

精霊が、この世界に現れるときの余波だって

言ってるのよ」

 

 

「なーー」

 

 

士道は思わず眉根を寄せた。

空間の地震。空間震。

人類を、蝕む理不尽極まる現象。

 

 

その原因が、あの少女だというのかーー?

 

 

「ま……規模はまちまちだけどね。小さければ

数メートル程度、大きければーーそれこそ、

大陸に大穴が開くくらい」

 

 

琴里が、両手で大きな輪を作る。

三○年前確認された最初の空間震ーーユーラシア

大空災のことを言っているのだろう。

 

 

「運がいいわよ士道。もし今回の爆発規模がもっと

大きかったら、あなた一緒に吹っ飛ばされてたかも

しれないんだから」

 

 

「……っ」

 

 

確かに、その通りである。士道は今さらながら

身を竦ませた。琴里が、そんな士道の様子に半眼

を作る。

 

 

「だいたい、なんで警報発令中に外に出たの?

馬鹿なの? 死ぬの?」

 

 

「いや……だっておまえ、これ」

 

 

士道はポケットから携帯電話を取り出すと、琴里の

位置情報を表示させた。やはり、琴里のアイコンは

ファミレスの前で停止してる。

 

 

「ん? ああ、それ」

 

 

しかし琴里は、懐から携帯電話を取り出して

見せた。

 

 

「あ……? なんでおまえ、それ」

 

 

士道は自分の携帯画面と、目の前に掲げられた

琴里の携帯電話を交互に見た。こんなところに

琴里がいるものだから、てっきりファミレス前に

携帯を落としてきたのかと思っていたのだ。

 

 

琴里は肩をすくめると、はふうと嘆息した。

 

 

「なんで警報発令中に外にいたのかと思ったら、

それが原因だったのね。私をどれだけ馬鹿だと

思ってるのかしらこの阿保兄は」

 

 

「いや、だって……え、ていうか、なんでーー」

 

 

「簡単よ。ここがファミレスの前だから」

 

 

「は……?」

 

 

「ちょうどいいわ。見せた方が早いでしょ。

ーー一回フィルター切って」

 

 

琴里が言うと、薄暗かった艦橋が一気に明るく

なった。とはいえ、照明が点けられたわけでは

ない。どちらかと、天井にかけられていた暗幕を

一気に取り払ったような感じだ。

 

 

事実ーーあたりには、青空が広がっていた。

 

 

「な、なんだこりゃ……ッ」

 

 

「騒がないでちょうだい。外の景色って……これ」

 

 

「ええ。ここは天宮市上空一万五○○○メートル。

ーー位置的にはちょうど、待ち合わせしてた

ファミレスのあたりになるかしらね」

 

 

「ここ、って……」

 

 

「そう。この〈フラクシナス〉は、空中艦よ」

 

 

わがかや腕組みし、琴里がふふんと鼻を鳴らす。

まるでお気に入りの玩具を自慢する子供のように。

否ーーどちらかいうと、手塩にかけて育てた我が子

を紹介する教育ママといった方が近いかも

しれなかった。

 

 

「く、空中艦ん……っ? なんだそりゃ。

何でお前がそんなのにーー」

 

 

 

「だから順を追って説明するって言っている

でしょう? 鶏だって三歩歩くまでは覚えてる

でしょうに」

 

 

「む……」

 

 

「……でも、ケータイの位置確認で調べられちゃう

なんて盲点だったわね。顕現装置で不可視迷彩と

自動回避かけてたから油断してたわ。あとで対策

打っておかないと」

 

 

琴里が、よくわかんない単語を呟きながらあごに

手を置く。

 

 

「な、何を言ってるんだ?」

 

 

「ああ、気にしないで。 そこまで士道に期待して

ないから。グラム当たりの値段でいったら毛蟹に

負けるくらいの脳だものね」

 

 

「………」

 

 

「司令。蟹味噌は脳ではなく中腸腺です」

 

 

士道は頬に汗を垂らしていると、神無月が穏やかな

声でそう言った。

 

 

「………」

 

 

琴里はちょいちょい、と手招きをすると、神無月に

腰折らせた。そしてその目を向けて、プッ、と舐め

終わったキャンディの棒を吹き出す。

 

 

「ぬぁォうッ!」

 

 

目元を抑え、神無月が後方へ転がった。

 

 

「だーー大丈夫だたですかッ!」

 

 

さすがに洒落にならない。士道は声を上げた。

しかしその場に駆け寄ろうとしたところで足を

止める。床に転がった神無月が、恍惚とした表情で

懐からハンカチを取り出し、今し方琴里が放った

キャンディの棒を丁寧に包み込んでいた。

 

 

「おっと、心配させてしまいましたか?

大丈夫、我々の業界ではご褒美です!」

 

 

言って、神無月がピョンと立ち上がり、完璧な

直立姿勢を作る。どんな業界だろうか。あまり

深くは知りたくなかった。

 

 

「神無月」

 

 

「はっ」

 

 

琴里が二本立てると神無月が代わりの飴を

取り出し、手渡した。

 

 

「それと、次はこっちね。AST。精霊専門部隊よ」

 

 

言って、琴里がスクリーンに映し出されていた

一団を示す。

 

 

「……精霊専門の部隊ってーー具体的には何して

いるんだよ」

 

 

士道が問うと、琴里は当然と言うように眉を

上げた。

 

 

簡単よ。精霊が出現したら、その場に飛んでいって

処理するの

 

 

「処理……?」

 

 

「要はぶっ殺すってこと」

 

 

 

「……ッ!」

 

 

琴里の言葉をまったく予想していなかったわけ

ではない。しかしーー士道は心臓が引き絞られる

かのような感覚に襲われた。

 

 

「こ、殺す……?」

 

「ええ」

 

 

こともなげに、琴里がうなずく。士道はごくりと

唾液を飲み込んだ。動悸の音が、やけにうるさい。

言っていることは理解できた。精霊。なるほど

確かに危険な存在だ。

 

 

でもーーいくらなんでも、殺す、だなんて。ふと、

士道の脳裏に、あの少女の顔が浮かんできた。

 

 

 

(ーーーだっておまえも、私を殺しに

来たんだろう?)

 

 

少女があんなことを言った意味が、ようやく

わかった。そしてあの、今にも泣き出して

しまいそうな顔の意味も。

 

 

「まあ、普通に考えれば死んでくれるのが一番

でしょうね」

 

 

特に感慨もなさそうに琴里が言う。

 

 

「な、なん……っ、でだよ」

 

 

「なんで、ですって?」

 

 

士道が表情を歪めながらうめくように言うと、

琴里が興味深そうにあごに手を当てた。

 

 

「何もおかしいことはないでしょう。

あれは怪物よ?この世界に現れるだけで空間震を

起こす最凶最悪の猛毒よ?」

 

 

「だっておまえ、言ったじゃねえか。空間震は、

精霊の意思とは関係なく起こるって」

 

 

「ええ。少なくとも現界時の爆発は、本人の意思

とは関わりというのが有力な見方よ。ーーまあ、

そのあとASTとドンパチした破壊痕も空災被害に

数えられているけどね」

 

 

「……それはASTって奴らが攻撃するからだろ?」

 

 

「まあ、そうかもしれないわね。

ーーでもそれはあくまで推測。もしかしたら、

ASTが何もしなくても、精霊は大喜びで破壊活動

を始めるかもしれない」

 

 

「それは……ねえだろ」

 

 

士道が言うと、琴里が不思議そうに首を傾げた。

 

 

「根拠は?」

 

 

「好きこのんで街ぶっ壊すような奴は……

あんな顔、しねえんだよ」

 

 

それは根拠と呼ぶにはあまりに曖昧で薄弱なもの

だったが……なぜだろうか、士道はそれを心の底

から確信していた。

 

 

「本人の意思じゃねえんだろ? それなのにーー」

 

 

「随意か不随意かなんて、そんなの大した問題じゃ

ないのよ。どっちにしろ精霊が空間震を起こすこと

に変わりないんだから。士道の言い分もわからなく

はないけれど、かわいそうって理由だけで、核弾頭

レベルの危険生物をそのまま放置しておくことは

できないわ。今のところは小規模な爆発で済んでる

けれど、いつユーラシア級の大空災起こるのかは

わからないのよ?」

 

 

「だからって……殺すなんて」

 

 

士道がしつこく追いすがると、琴里はやれやれと

肩をすくめた。

 

 

「数分程度しか接点のない、しかも自分が殺され

かけた相手だっていうのに、随分精霊の肩を持つ

じゃない。……もしかして、惚れちゃた?」

 

 

「っ、違ぇよ。ただ、もっと他に方法があるじゃ

ねえかって思うだけだ」

 

 

「方法、ね」

 

 

士道の言葉に、琴里はふうと息を吐いた。

 

 

「それじゃあ訊くけれど、どんな方法があると

思うの?」

 

 

「それはーーー」

 

 

言われて、言葉が止まる。

頭では、琴里の言うことが理解できてしまって

いるのだ。出現するだけで世界に深刻な爪痕を

残す異常ーー精霊。そんなものは、迅速に

殺さねばならないのだろう。

 

 

でも。たった一瞬だけれど。 士道は見てしまった。

少女の、今にも泣き出して しまいそうな顔を。

士道は聞いてしまった。少女の、悲痛な声を。

 

 

ーーああ、これは、『なんか違う』と思って

しまった。

 

 

「……とにかく」

 

 

士道の口は、自然と言葉を紡いでいた。

 

 

「一度……ちゃんと話してみないと……

わかんねえだろ」

 

 

あのとき直面した死の恐怖は、未だ身体の奥底に

刻まれている。正直、逃げ出したくなるくらい

怖い。でも士道には、あの少女をこのまま放って

おくことができなかった。

 

 

だって彼女はーー『士道と同じ』だったのだから。

 

 

 

そんな士道の言葉に、琴里はニヤリと唇の端を

上げた。その言葉、待ってました、と

言わんばかりに。

 

 

「そう。ーーじゃあ、手伝ってあげる」

 

 

「は……?」

 

 

士道が口をぽかんと開けると同時、琴里が両手を

バッと広げた。令音を、神無月を、下段に広がる

クルーたちを、そしてこの空中艦ーーー

〈フラクシナス〉を示すように。

 

 

「私たちが、それを手伝ってあげるって

言ったのよ。〈ラタトスク機関〉の総力を以って、

士道をサポートしてあげるって」

 

 

琴里が優雅な所作で膝の上で指を絡ませる。

 

 

「な、なんだよそれ。意味がーーー」

 

 

「最初の質問に答えてあげるわ。私たちが

何なのか、を」

 

 

士道の言葉を遮るように、琴里が声を上げた。

 

 

「いい? 精霊の対処方法は、大きく分けて

二つあるの」

 

 

「二つ……?」

 

 

士道が問うと、琴里は大仰にうなずき、人差し指を

立てた。

 

 

「一つは、ASTのやり方。戦力をぶつけてこれを

殲滅する方法」

 

 

次いで、中指を立てる。

 

 

「もう一つは……精霊と、対話する方法。

ーーー私たちは〈ラタトスク〉。対話によって、

精霊を殺さず空間震を解決するために結成された

組織よ」

 

 

「………」

 

 

士道は眉をひそめて考えを巡らせた。その組織とは

何なのかとか、なぜ琴里がそんなところに所属して

いるのかとか、気になることはたくさんあったの

だがーーとにかく、今もっとも気にせねばならない

ことを口に出す。

 

 

「……で、なんでその組織が俺をサポートするって

話になるんだよ」

 

 

「ていうか、前提が逆なのよ。

そもそも〈ラタトスク〉っていうのは、士道のため

に作られた組織だから」

 

 

「は、はぁ……ッ⁉︎」

 

 

士道は今までで一番盛大に表情を崩すと、素っ頓狂

な声を上げた。

 

 

「ちょと待て。今まで以上に意味がわからん。

俺のため?」

 

 

「ええ。ーーまあ、士道を精霊との交渉役に

据えて、精霊問題を解決しようって組織って

言った方が正しいのかもしれないけれど。

どちらにせよ、士道がいなかったら始まらない

組織なのよ」

 

 

「ま、待てって。どういうことなんだよ。この人

たちが、全部そんなことのために集められたって

ことか? ていうかなんで俺なんだよ!」

 

 

士道が問うと、琴里はキャンディを口で転がし

ながらうなった。

 

 

 

「んー、まあ、士道は特別なのよ」

 

 

「説明になってねぇぇええぇぇ!」

 

 

 

たまらず、叫ぶ。

 

 

しかし琴里は不敵に笑うと、肩をすくめる仕草を

して見せてきた。

 

 

「まあ、理由はそのうちわかるわ。いいじゃない。

私たちが、全人員、全技術を以て士道の行動を

後押ししてあげるって言ってるのよ? それとも

ーーまた一人で何の用意もなく精霊とASTの間に

立つつもり? 死ぬわよ、今度こそ」

 

 

琴里が半眼を作り、冷淡な口調で言ってくる。

士道は思わず息を呑んだ。確かに、琴里の言う

とおりである。士道は理想と希望を唱えている

だけで、それを実現させる手段を持っていない。

言いたいことはのどの奥からあふれ出るほどあった

が、なんとかこらえて、話を進める問いのみを

発する。

 

 

「……その、対話ってのは、具体的に何する

んだよ」

 

 

言うと、琴里は、小さく笑みを浮かべた。

 

 

「それはね」

 

 

そしてあごを手に置き、

 

 

「精霊にーー恋をさせるの」

 

 

ふふんと得意げに、そう言った。

 

 

………………。

 

 

しばしの間のあと。

 

 

「………はい?」

 

 

士道は、頰に汗をひとすじ垂らし、眉をひそめた。

 

 

「……すまん、ちょと意味がわからん」

 

 

「だから、精霊と仲良くお話ししてイチャイチャ

してデートしてメロメロにさせるの」

 

 

さも当然のごとく言う琴里に、士道は頭を抱えた。

 

 

 

「……ええと、それで何で空間震が解決

するんだ?」

 

 

琴里は指を一本あごに当てながら「んー」と

考えるような仕草を見せたあと、

 

 

「武力以外で空間を解決しようとしたら、要は

精霊を説得しなきゃならないわけでしょ?」

 

 

「そうだな」

 

 

「そのためにはまず、精霊に世界を好きになって

もらうのが手っ取り早いじゃない。世界がこんな

素晴らしいモノなんだー、ってわかれば、精霊

だってむやみやたらに暴れたりしないでしょうし」

 

 

「なるほど」

 

 

「で、ほら、よく言うじゃない。恋をすると世界が

美しく見えるって。ーーというわけでデートして、

精霊をデレさせなさい!」

 

 

「いや、そのりくつはおかしい」

 

 

明らかに理論が飛躍している。士道は頰に汗を

垂らしながら言った。

 

 

「お、俺はそういうやり方じゃなくてだな……」

 

 

「黙りなさいこのフライドチキン」

 

 

士道が反論しかけると、琴里が有無を言わせぬ

強い口調で遮ってきた。

 

 

「ASTが精霊殺すの許せましぇ〜ん、もっと他に

方法があるはずでちゅ〜、でも〈ラタトスク〉の

やり方はイヤでちゅ〜……って?甘えるのも大概

にしなさいよこのミイデラゴミムシ。士道一人で

何ができるって言うの? 身の程を知りなさい」

 

 

「ぐ、ぬ……」

 

 

「ーー腹の底では全部に賛同しなくたっていいわ。

でも、あなたがもし精霊を殺したくないっていうの

なら……手段は選んでいられないんじゃないの?」

 

 

なんともまあ、悪そうな笑みを琴里が浮かべる。

 

 

実際、その通りだった。

なんの力も後ろ盾もない士道が、もう一度あの精霊

の少女と話しがしたいと願っても、まず叶うまい。

ASTのやり方は論外だしーー琴里たちだって、要は

精霊を籠絡していいように利用しようとしている

ようにしか思えない。だけれどーー他に方法が

ないのも事実だった。

 

 

「……っ、わかったよッ」

 

 

士道が苦々しくうなずくと、琴里は満面の笑みを

作った。

 

 

「ーーよろしい。今までのデータから見て、精霊

が現界するのは最短でも一週間後。早速明日から

訓練よ」

 

 

「は……? くんれん……?」

 

 

士道は、呆然と呟いた。

 

 

「そうよ。でも今は訓練のことは気にしなくて

いいわ、それに…士道、貴方には聞きたいことが

あるわ」

 

 

「き、聞きたいこと?」

 

士道が琴里に聞いて顔を見ると先程の満面の笑み

が嘘のように消えて真剣な表情をしていた。

 

 

「神無月」

 

 

琴里がそう言うと「了解しました」と神無月が

そう言うと照明が消えて先程精霊やASTについての

説明の時に使った大きなスクリーンにパッと明るく

なって『ある映像』が映し出される。

 

 

「ーーッ‼︎ これは……」

 

 

士道は大きなスクリーンに映し出されている

『ある映像』驚いていた。

 

 

「その驚きの反応……士道…貴方も見たのね?」

 

 

「あ、ああ……俺も意識がはっきりとして

なかったから夢だと思っていたんだが…」

 

 

士道が驚くのも無理はなかった。

 

 

何故なら……

 

 

 

スクリーンの映像を見て空想が確信へと変わった。

決して見間違えるはずがない。白銀の鎧を身に纏い

そして兜を被っていた。そしてその姿は『騎士』と

いうより『槍兵』の方が合っているだろうし、

しっくりとくるだろう。何故なら彼女の手元には

あの『汚れ』や『淀み』、そして『不純物』などが

一切ないあの『白銀の槍』の姿があったからだ。

 

 

「そう、なら話が早いわ。士道、彼女のことに

ついて教えてもらうわ」

 

 

「な、なんでだよ? 話の流れからして彼女も精霊

なんだろ? そんなに気にする程の奴なのか?」

 

 

士道が琴里に恐る恐ると聞くと

 

 

「『白銀の戦乙女』」

 

 

「えっ…?」

 

 

琴里が士道にそう言うと士道は情け無い声を

出していた。

 

 

「彼女は『白銀の戦乙女』と呼ばれているのよ

それに彼女は今迄確認されてきた精霊の中で唯一

一番厄介な精霊なのよ…」

 

 

「厄介な、精霊…?」

 

 

「そう、彼女ほど厄介過ぎる精霊はいないわ…

なんせ『世界各国』が『彼女を討伐するのを諦めて

匙を投げられたぐらいだから…』」

 

 

「せ、世界各国だと…‼︎ お、おい…琴里…

じょ、冗談 なら程々にしろよ……」

 

 

士道は額からだらだらと滝のように冷や汗を流し

ながら琴里が今言った言葉に驚いて戸惑う中、

琴里に反論するようにそう言うが

 

 

『士道。残念だけど…これは嘘でもなければ冗談

でもないわよ? 現に彼女は世界各国の討伐隊を

たった一人で倒してしまうほどの最強の精霊よ?』

 

 

「ま、まじかよ……」

 

 

 

鳶一折紙たちのような精霊殲滅、討伐を専門とした

沢山の部隊をたった一人の白銀の少女が殲滅させた

と聞いてそれを想像するだけで背筋に寒気がゾクリ

とした。

 

 

琴里が冷静に言うと士道は信じられないと言った

表情をしているが琴里はそんなこと御構い無しに

更に話を続ける。

 

 

「ええ、それに彼女の『目撃情報は今迄無かった』

なのに、最近になってから目撃されるようになった

から私としてはかなりの不安要素なのよ…」

 

 

「そ、そうか……」

 

 

士道はそう言った瞬間、『ある疑問』が浮かんだ。

それはさっき琴里が言った『殲滅』の言葉だ。

もし、琴里が言ったように彼女に悪意があったら

間違いなく人を殺す可能性だってゼロじゃない。

その『白銀の戦乙女』と呼ばれている彼女を目撃

されていた時、そんな彼女を討伐隊の人たちは

どうなってしまったのだろうか? もしかして彼女に

殺されてしまったのだろうか?

 

 

「な、なあ、琴里…因みにその白銀の戦乙女と

呼ばれている彼女を討伐しようとした討伐隊は

し、しん…「大丈夫よ」」

 

 

士道が言おうとした瞬間、琴里は冷静な表情をして

「大丈夫」と一言言って士道の言葉を容赦なく

一刀両断された。

 

 

「だ、大丈夫って…俺はまだ、何も……」

 

 

「言わなくても士道の考えくらい分かるわよ、

どうせさっきの話を気にして彼女が討伐隊を殲滅と

いう名の大量殺戮をして人を殺したんじゃないの

かって心配していたんでしょ?」

 

 

「ッ‼︎ そ、それは……」

 

 

 

士道は琴里に考えていることを当てられたせいか

目が泳ぎながらも苦笑いしていた。琴里はそんな

士道の姿を見て溜息が出ていた。

 

 

「今のところは彼女が人を殺したという情報は

ないわね…」

 

 

「そうか…良かった……」

 

 

士道は琴里のその言葉に安心したのか一呼吸して

胸を撫で下ろしていた。

 

 

「安心しているところ悪いけど、彼女も攻略対象

の精霊なんだからしっかりしなさい。後、一応

言っておくけど彼女の名前は別に白銀の戦乙女

じゃないから?」

 

 

「そうなのか⁉︎ てっきり彼女の名前がそれじゃ

ないかと…っていうか名前を知ってたんだな…」

 

 

「そうね…でも、私が知っているのは本名とか

じゃなくてあくまで精霊としての識別名だから」

 

 

琴里がそう言うと士道は「そうか…」と言って

呟いていたが琴里は我気にせずと言った状態で

話しを続ける。

 

 

 

「まあ、良いわ…彼女の識別名はーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーー五河、士道」

 

 

小さな、誰にも聞こえないくらいの声を発し、

折紙は頭の中に彼の顔を思い浮かべた。

 

 

間違いなく、『あのとき』の少年だった。

折紙の記憶が、間違えるはずがない。少し残念では

あったけどーー会ったのはあれ一回きりだったし、

向こうが折紙のことを覚えていないのは仕方ない。

高校に入学したときあれこれと接触を試みていた

が、全て失敗に終わっていたし。今はそれ以上に

気になることがあった。

 

 

「なぜ、あんなところに」

 

 

空間震警報の鳴り響く街に、なぜ彼が出ていたのか

がわからなかった。それにーー彼は、間違いなく

目にしていた。

 

 

特殊兵装を纏った折紙の姿とーー精霊を。

 

 

「鳶一一曹、準備整いました!」

 

 

「ーーーーーー」

 

 

 

突然響いた整備士の声に、折紙はふっうつむかせて

いた顔を上げた。そしてすぐさま、頭の中に浮遊の

指令を発現させる。するとその指令は折紙が纏った

『着用型接続装置』を通して、背に装着された

スラスターパーツに伝わり、内臓された

『顕現装置』を発動させた。

 

 

 

 

およそ飛行には向きそうもないフォルムの装備を

纏った折紙の身体が、鈍重そうな武器ごと軽やかに

宙に浮く。陸上自衛隊・天宮駐屯地。

 

 

その一角に位置する格納庫で、折紙は整備士の誘導

に従いながら、自分の専用ドックに腰掛けるように

着地し、武器を安定位置に収めると、ようやく息を

吐いて全ての顕現装置を解除した。それと同時に、

今まで欠片も感じていなかった装備の重量や身体に

蓄積した疲労が、一気に折紙の身体押さえつけた。

後方から機械音がして、背中に装備していた

スラスターの接続が解除される。だがその後三分

ほど、折紙はその場から立ち上がることが

できなかった。

 

 

CR-ユニットを使用したあとは毎回こうである。

超人から一般人に戻ると、それだけで身体が異様に

重く感じてしまう。戦術顕現装置搭載ユニット。

通称CR-ユニット。

 

 

三○年前の大空災の折、人類が手にした奇跡の技術

・顕現装置を、戦術的に運用するための装備の総称

である。コンピュータ上の計算結果を、物理法則を

歪めて現実世界に再現する。要は、制限付きでは

あるものの、想像を現実にする技術である。

科学的な手段を以て、いわゆる『魔法』を再現する

システムと言うこともできた。そして同時にーー

人間が精霊に、唯一対抗できる手段である。

 

 

「ちょっと退いて! 担架通るよ!」

 

 

と、右方から怒鳴るような声が響いてくる。

ちらっと視線だけを動かしてみてやると、折紙と

同じくワイヤリングスーツ身を包んだ隊員が、担架

に乗せられていることがわかった。

 

 

「……くそッ、くそッ、あの女……ッ! 絶対、

絶対ぶっ殺してやる……ッ!」

 

 

担架に乗せられた隊員が、血の滲む額の包帯を

押さえて、忌々しげにうめきながら運ばれていく。

 

 

「………」

 

 

毒づく元気があるなら大丈夫だろう。折紙は興味

なさげに視線を戻した。実際、医療用の顕現装置を

用いて治療を行えば、よほど深刻な怪我ではない

限りはすぐに完治する。前に折紙が足を骨折した

ときも、翌日には歩けるようになっていた。

 

 

「ーーーーー」

 

 

折紙は、細く息を吐くと同時、視線を少し上に

やった。今日の戦闘を思い起こす。

 

 

ーー世界を殺す災厄・精霊。

超人たる折紙たちが幾人束になろうとも、傷一つ

つけることが叶わない異常。

 

 

どこからともなく現れ、気まぐれに破壊を

撒いていく、『天災的怪物。』

 

 

「………」

 

 

結局今日の戦闘も、精霊の消失により幕引きと

なった。消失、といっても、精霊が死んだわけ

ではない。要は、空間を超えて逃げられただけだ。

 

 

書類上はASTの働きによって精霊を撃退した、

ということになるだろうがーー折紙を含め現場で

直接戦っている隊員たちは皆、理解していた。

精霊がこちらのことを何の脅威とも思っておらず、

消失するのも、精霊の気まぐれに過ぎたないのだと

いうことを。

 

 

「………っ」

 

 

表情はぴくりとも動かさず。

けれど、折紙は奥歯を強く嚙みしめた。

 

 

「折紙」

 

 

と、そこで格納庫の奥から響いてきた声に、

折紙は思考を中断させられた。

 

 

 

「…………」

 

 

無言で、そちらを向く。

まだ身体が慣れていないのか、首がずっしりと

重かった。ワイヤリングスーツに搭載されている

基礎顕現装置は、発動すると同時に自分の周囲数

メートルに随意領域を展開する。

 

 

この領域がCR-ユニットの要だ。随意領域。

文字通り、使用者の思い通りになる空間のことで

ある。

 

 

どんな衝撃をも緩和し、また、内部の重力さえも

自在に設定することができる。この領域を展開して

いる限り、折紙たちAST要員たちは超人となり得る

のだ。だから逆に、CR-ユニットを使用後は

少しの間、身体が思うように動かせなくなるので

ある。

 

 

「ご苦労さん」

 

 

そこには、折紙と同じくワイヤリングスーツを

着込んだ、二○代ばくらいの女が、腰に手を当てて

立っていた。

 

 

『日下遼子一尉。』折紙の所属するASTの隊長だ。

 

 

「よく一人で精霊を撃退してくれたわね。

……友原と加賀谷にはきつく言っとくわ。折紙一人

に精霊任せて離脱するなんて」

 

 

「撃退なんて、していない」

 

 

折紙がー言うと、遼子は肩をすくめた。

 

 

「上への報告はそうしとかなきゃなんないのよ。

ちゃんと成果出てますってことにしとかなきゃ

予算が下りないの」

 

 

「………」

 

 

「そう怖い顔すんじゃないの。褒めてんだから。

エースが席を空けている状況で、よく頑張って

くれてるわ。あんたがいなきゃ死んでた人間も、

一人や二人じゃ済まないでしょうよ」

 

 

言って、ふうと息を吐く。

 

 

「ただねえ」

 

 

遼子は視線を尖らせると、折紙の頭を掴んで自分に

向けさせた。

 

 

「あんたは少し無茶しすぎ。

ーーそんなに死にたいの?」

 

 

「………」

 

 

遼子は折紙に鋭い視線を向けたまま言葉を続けた。

 

 

「あんた、自分がどんな怪物相手にしているか本当

にわかって戦ってるの? あれは化物よ。知能を

持ったハリケーンよ。 ーーいい? できるだけ被害

を最小限に抑えて、できるだけ早く消失させる。

それが私たちの仕事よ。無駄な危険は冒さないよう

にしなさい」

 

 

「ーー違う」

 

 

折紙は遼子の目をまっすぐ見つめ返すと、小さく

唇を開いた。

 

 

「精霊を倒すのが、ASTの役目」

 

 

「…………」

 

 

遼子が、眉根を寄せる。それはそうだろう。

彼女はASTの隊長。対精霊部隊の名の意味を、

折紙よりずっと深く、重く理解しているはず

だった。理解した上で、彼女は言っているのだ。

 

 

ーーー自分たちには、被害を抑えることしか

できないと。

 

 

けれどそれを承知した上で、折紙はもう一度

言った。

 

 

「ーー私は、精霊を、倒す」

 

 

「………」

 

 

遼子は息を吐くと、折紙の頭から手を離した。

 

 

「……別に、個人の考えに口出すつもりはないわ。

好きに思ってなさい。ーーでも、今回みたいに戦場

で命令に背くようなら、部隊から外すわよ」

 

 

 

「…了解」

 

 

折紙はまだ少し納得していないのか少し遅れて短く

答えてようやく馴染んだ身体を起こし、歩いた。

だが、何故かは分からないがその時だけ馴染んだ

筈の身体がいつもより重く感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「日下隊長……鳶一一曹は大丈夫でしょうか…?」

 

 

折紙と遼子の会話を聞いていたASTの隊員の一人が

心配そうに遼子に話していた。

 

 

「大丈夫でしょう、外傷面はね……」

 

 

「外傷面は…?」

 

 

「ええ、でも相手が『あの精霊』だったんだから

まあ、折紙もよくやったほうなんだけど本人と

してはあまり納得していないみたいでね……」

 

 

「そう、なんですか……」

 

 

 

「まあ、一応、折紙には釘を刺しといたし、

それに私が見ている限り折紙に無理はさせないから

心配しなくても大丈夫よ、安心しなさい。」

 

 

 

 

「はい‼︎ 了解しました‼︎ 日下遼子一尉‼︎」

 

 

 

そのAST隊員は遼子に元気な声で返事すると遼子も

少し笑顔になってそのAST隊員の肩をぽんぽんと

軽く叩いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

折紙は格納庫を出てコツコツと早歩きで足音を立て

ながら歩いていると少ししたところで足を止めた。

 

 

「精霊……」

 

 

折紙がそう言った瞬間、ぎゅー…と握り拳を作った

せいか白くて綺麗な折紙の手から赤くて一筋の水滴

が流れ出て地面にポタポタと落ちて奥歯をギリッ‼︎

と歯軋りしていたが折紙はそんなこと御構い無しに

怪我している手で壁を思いっきり叩きつける。

 

 

「今度こそ…仕留めてやる……」

 

 

 

 

折紙は奥歯を更に嚙みしめてがりっと音を立てて

殺意をむき出しにしながら

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『精霊…〈アテナ〉……ッ‼︎』」

 

 

折紙はそう低い声で言った後、歩く速度を上げて

再び歩き出して行った。

 

 

その日を境に錆びれて今迄全もって動かなかった

『運命の歯車』は軋みを上げながらもゆっくりと

であるが回り始めそして加速していっていることを

この時、誰一人知る者はいなかった。

 





皆さん読んでいただきありがとうございます‼︎

報告の内容ですが近いうちに今、連載されている
『ロクでなし魔術講師と白き大罪の魔術師』の
『最新話』が投稿予定となっています。
後、『ロクでなし魔術講師と死神魔術師』の
『最新』も制作中なので頑張って投稿していく
つもりですのでこれからもよろしくお願いします‼︎




【報告】

どの作品のお話かは分かりませんが近いうちに
『新たなお話を投稿しようと考えています。


何度も描き直してばかりで本当にすみません‼︎
楽しみにしていてくれていたら本当に嬉しいです‼︎


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

理不尽なる特訓

皆さん遅くなってしまいましたがあけまして
おめでとう御座います。


今年で『2020年の令和二年』になりました。
今年もよろしくお願いします‼︎


今回は正月なので『デート・ア・ライブ』の作品を
徹夜して『16000字』ぐらいの長いお話を書かせて
いただきました。

是非、読んで頂いたり更には『お気に入り』や
『しおり』、『投票』などの応援をしてもらえたら
ありがたいです。


徹夜をし過ぎて疲れた……ヽ( ̄д ̄;)ノ=3=3=3


(心の声)
評価が欲しいよ‼︎ そして感想ほしいよ‼︎




【報告】



『前の作品』が納得いかなかったので少し修正を
して書き直したのでどうかよろしくお願いします‼︎



そしてこれからについての予定なので気になる方は
『後書き』を見てください。


次の日。

 

 

 

「来て」

 

「へ?」

 

 

突然。

 

士道は折紙に手を掴まれ、素っ頓狂な声を発した。

 

 

「あ、ちょ、ちょっと……」

 

 

ガタンと椅子を倒し、折紙に引っ張られて教室を

出ていく。後方では殿町がポカンと口を開け、

女子の集団が何やらキャーキャーと騒いでいた。

 

 

またあらぬ噂が流れるだろうなあと思いながらも、

折紙についていく。まあ少なくとも、俺と殿町が

ベストカップル扱いされるよりは随分マシだろうと

いう諦観を込めて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

四月一一日、火曜日。

 

 

士道がおおよそ現実とは思えない不思議な体験を

した日の翌日である。結局あのあと士道は別室に

移され、知らないオジサンに事態の詳細な説明を

深夜まで延々聞かされたあと(正直、最後の方は

あまり記憶がない)、何やら様々な書類にサイン

をさせられてからようやく家に帰された。風呂も

入らずベッドにダイブして、気がつけば朝である。

気怠い身体を引きずりながら登校、眠い目を、

擦りながらなんとか授業に耐え、帰りの午後の

ホームルームが終わったーーと思った瞬間の出来事

だった。

 

 

折紙は無言のまま階段を上り、しっかりと施錠

された屋上への扉の前までやってきて、ようやく

その手を離した。

 

 

下校する生徒たちの喧噪が、随分遠くに聞こえる。

人がいる場所から一○メートルも離れていない

のに、まるで隔離されたかのような寂しさのある

空間だった。

 

 

「え、ええと……」

 

 

 

なんというか、折紙にその気がないのはわかって

いるのだが、女の子にこんな場所に連れてこられる

と、照れる。士道は視線を泳がせた。

 

 

だが折紙は何の前置きもなく、

 

 

「昨日、なぜあんなところにいたの」

 

 

そう、士道の目をじっと見つめながら言った。

 

 

「や、妹が警報発令中に街にいたみたいで、

探しに……」

 

 

「そう。  ーーーー見つかったの?」

 

 

士道が答えると、折紙はぴくりとも表情を一切

変えないままそう言った。

 

「ーーッ、あ、ああ……おかげさまで」

 

 

「そう。よかった」

 

 

折紙がそう言うと、続けて唇を動かした。

 

 

「ーー昨日、あなたは私を見た」

 

 

「あ、ああ……」

 

 

「誰にも口外しないで」

 

 

 

士道が首肯するのと同時に、折紙が有無を言わせぬ

迫力で言ってきた。

 

もしここで「バラされたくなかったら俺のいうこと

を聞くんだなあげっへっへ」とか言ったらどんな

反応が返ってくるのだろう、なんて危険な好奇心が

顔を出す。が、さすがに士道にそんな度胸は

なかった。こくこくと首を前に倒す。

 

 

「それに、私のこと以外もーー昨日見たこと、

聞いたこと。全て忘れた方がいい」

 

 

 

それはきっと……精霊のことを言っている

のだろう。

 

 

「……あの、女の子達のことか?」

 

 

「………」

 

 

折紙は無言で士道を見つめてくるだけだった。

 

 

 

「な、なあ……鳶一。あの女の子達ってーー」

 

 

精霊のことは一通り〈ラタトスク〉から聞いて

いたが、士道は問うた。

 

 

あくまであれは琴里たちの組織の見解。実際に刃

を突き合わせ折紙たちなら、また違った考えを

持っているのではないかと思って。

 

 

「あれは精霊」

 

 

折紙は、短く答えた。

 

 

「私が倒さなければならないもの」

 

 

 

「……っ、そ、その精霊っていうのは、悪い奴

なのか……?」

 

 

士道は、そんな質問を投げてみた。

すると微かにだが、折紙は唇を噛みしめた気が

する。

 

 

「ーー私の両親、五年前、精霊のせいで死んだ」

 

「……なーーー」

 

予想外の答えに、士道は言葉を詰まらせた。

 

 

「私のような人間は、もう増やしたくない」

 

 

「……そ、うかーー」

 

 

士道は、自分の胸に手を置いた。

やたらと激しくなる動悸を、なんとか抑え込む

ように。

 

 

だが、ふと気になることがあった。未だこちらに

真っ直ぐな視線を送ってきている折紙に、頬を

かき、躊躇いながらも訊ねる。

 

 

「そういえば鳶一……精霊とか、そういう情報

って、言っちまっていいもんなのか……?

いや、そりゃ訊いたのは俺なんだけどよ……」

 

 

「………」

 

 

折紙は、一瞬黙った。

 

 

「問題ない」

 

 

「そ、そうなのか?」

 

 

「あなたが口外しなければ」

 

 

「………もし話したら?」

 

 

「……………」

 

また、一瞬だけ言葉を止める。

 

 

「困る」

 

 

「そ、そうか……そりゃ大変だな。

………約束するよ、誰にも言わない」

 

 

こくり、と折紙が首肯する。

 

 

その会話を最後に、折紙は士道から視線を外し、

階段から下ろうとすると

 

 

「折紙‼︎ ま、待ってくれ‼︎」

 

 

「…なに?」

 

 

士道が折紙を呼び止めると折紙は表情を全く

変えないまま視線をまた士道に向けた。

 

 

「あ、あの白銀の槍を持ったあの白銀の精霊も

殺すのか……?」

 

 

 

この際だから折紙に聞いておきたかった。彼女、

『白銀の戦乙女』についてどうおもっているのか…

 

 

 

 

それにいくら『白銀の戦乙女』と呼ばれた精霊でも

人を殺していないんだ…そんな精霊すらも折紙は

殺すと言うのだろうか?

 

 

「殺す」

 

 

「ーーッ‼︎」

 

 

士道がそう考えていると折紙は何の迷いや躊躇い

すらなくただ短く冷たい声で「殺す」と一言だけ

言った。その一言を聞いた瞬間、士道の背筋が

ゾクっと寒気がしながらもゆっくり、ゆっくりと

だが視線を折紙に向けると

 

 

「殺す…必ずこの手で殺す……」

 

 

「お、折紙……?」

 

 

いつも無表情の折紙が『白銀の戦乙女』の話しを

した瞬間、僅かであるが無表情だった顔を歪ませて

唇を噛みしめていた。更には瞳には『憎悪の炎』が

迸り、そして宿っているように見えた。

 

 

「それに、もしかしたら……」

 

 

 

折紙は考え込んで小声で何やらぶつぶつと一人言

を言っていて一体、何を言っているか聞き取れず

分からなかったが士道から見て今の折紙は今迄の

無表情だった折紙からは想像がつかず戸惑って

いた。

 

 

「とにかく、言わないと言ってくれてありがとう」

 

 

その会話を最後に、折紙は士道から視線を外し、

階段を下りていった。

 

 

「……ふぃぃ………」

 

 

士道は折紙の背が見えなくなってから、壁に背を

ついて息を吐いた。ただ話をしただけなのに、

やたらと緊張した気がする。

 

 

「両親が、精霊のせいで死んだーーか」

 

 

 

ゴン、と壁に頭をつけ、呟くように言う。

 

 

世界を殺す厄災とさえ呼ばれる精霊だ。

そういうこともーーあるのだろう

 

 

「……やっぱり、俺が甘いだけなのかね……」

 

 

折紙も、琴里も、方向が違えど、確固たる信念の下

に動いている。

 

 

士道はーーーーどうだろうか。

 

 

昨日琴里の前で切った啖呵を、折紙の前でも発する

ことができるのだろうか

 

 

 

「……………」

 

 

はあ、と息を吐く。自分の行動を間違いだとは

思っていないが、複雑な気分だった。

 

 

 

そして士道は昨日、琴里に言われた『とある内容』

を思い出していた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、〈アテナ〉……それが、彼女の名前……」

 

 

 

「正確には精霊の識別名としての名前の方

なんだけどね…」

 

 

 

士道は琴里から先程、汚れや更に不純物などが

一切ないあの『幻想的な白銀の槍』を持っていた

白銀の戦乙女の少女『白銀の戦乙女』と呼ばれた

精霊、『【識別名】〈アテナ〉』の名前を聞いて

ある疑問があった。

 

 

 

『何故、〈アテナ〉と呼ばれているんだろうか?』

 

 

 

そもそも『アテナ』は知恵、芸術、工芸、戦略を

司るギリシア神話の女神で、オリュンポス十二神の

一柱であり、アルテミスやヘスティアーと同じく

処女神である。

 

 

更に、女神の崇拝の中心はアテーナイであるが、

起源的には、ギリシア民族がペロポネーソス半島を

南下して勢力を伸張させる以前より、多数存在した

城塞都市の守護女神であったと考えられている。

ギリシアの地に固有の女神だが、ヘレーネス

(古代ギリシア人)たちは、この神をギリシアの

征服と共に自分たちの神に組み込んだ世界の誰もが

知ってる女神の名前である。

 

 

 

なのに〈アテナ〉と呼ばれた『ギリシヤの英雄』で

あり『戦略の女神』の名前を精霊の彼女は日本の

天宮市現れているのに何故呼ばれているんだろう…

 

 

 

「琴里…だったら何故、彼女は〈アテナ〉と

呼ばれているんだ…? それに、彼女は日本の、

ましてや天宮市で確認された精霊なんだろ…?」

 

 

「士道、あなた勘違いしているわよ」

 

 

 

「えっ………?」

 

 

士道が情けない声を上げ、更に士道があまりにも

的外れした勘違い後、琴里はに溜息をついて

冷たい瞳で冷静にその間違いを指摘していく。

答え方はまるで士道の言う言葉を予想していた

かのように答える。

 

 

彼女が初めてこの世界で確認されたのはここ、

『日本の天宮市』ではなく『ギリシャ』で確認

された精霊なのよ……」

 

 

「ーーッ‼︎ じ、じゃあ…なにか、彼女は日本で

じゃなく…ギリシャで、確認された…? つまり、

『白銀の戦乙女』こと〈アテナ〉はギリシャの、

精霊ってことか…?」

 

 

 

士道は戸惑いながらも言うと琴里は士道が言う内容

を予想していたかのように

 

 

「ええ、普通に考えたら間違いなくそう考える

のが妥当な判断でしょうね。」

 

 

「だったら、〈アテナ〉…だったけか…?

だったら、なんでそんなヤバイ精霊がこの日本に、

ましてやこの天宮市にいるんだよ…?」

 

 

士道の言う通りだった。

ギリシャにいた精霊が一体、なんの目的があって

日本のましてやこの天宮市に現れたのだろうか…?

 

 

 

「今のところ不明よ。でも、士道これだけは

覚えおいといて……」

 

 

琴里は士道にそう言って

 

 

そして

 

 

「あれは世界に現れるだけで空間震を起こす

最凶最悪の猛毒あり自然災害の厄災そのものの

ような存在よ? 更に彼女はその精霊達の中でも

『世界各国の討伐隊』をたった一人で滅ぼして

しまう程の唯一の厄介な精霊を誰も討伐出来ずに

結局、『討伐するのを諦めて匙を投げられた精霊』

だと言うことを忘れないでちょうだい……」

 

 

この時【精霊】〈アテナ〉の話をしている時の琴里

の表情はつぅー…と額に汗をかきながらも今迄に

ない真剣な表情をしていたのを覚えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが士道は昨日の琴里の話や先程の折紙の話を

聞いていくつか分かったことがある。

 

 

『一つ目の方法は、〈AST〉のやり方。

武力をぶつけてこれを殲滅する方法』

 

 

それはつまり、『武力をもって精霊を殺して

処理しようとする』ことだ。

 

 

 

現に折紙から聞いた話がそうだった。

 

 

 

(ーー私の両親、五年前、精霊のせいで死んだ)

 

 

(私のような人間は、もう増やしたくない)

 

 

 

確かに折紙も一般人を助けたいという自分なりの

『考え』や『正義』、更には絶対に曲げられない

『信念』があるだろう。

 

 

それにそれも一つの解決策なのだろう……

 

 

しかし、

 

 

 

(殺す)

 

(殺す…必ずこの手で殺す……)

 

 

 

〈プリンセス〉と呼ばれたあの子の話をする時より

も〈アテナ〉と呼ばれた精霊の話をしたあの時の

折紙の『低い声』と『憎悪に満ちた瞳』を間近で

見た瞬間、自分自身の背筋がゾクリと寒気がした

気がした。

 

 

 

『そしてもう一つは琴里が所属している組織、

〈ラタトスク〉の方法。』

 

 

 

『精霊と対話して解決する方法。』対話によって、

精霊を殺さず空間震を解決するために結成された

組織であり、更には俺のために作られた組織だと

言っていたが…

 

 

 

「もし、この二つ方法しかないんだったら……

俺は……」

 

 

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーッ‼︎」

 

 

 

廊下の方から女子生徒の悲鳴が聞こえてきた。

 

 

 

「………っ⁉︎ な、なんだ?」

 

 

 

 

慌てて階段を駆け下りてみると、廊下に数名の生徒

が集まっているのが見えた。そしてその中心に、

白衣を着た女性が一人、うつぶせで倒れているのが

確認できる。

 

 

 

「ど、どうしたんだこれ」

 

 

 

 

「し、新任の先生らしいんだけど……

急に倒れて……っ!」

 

 

 

呟くと、近くにいた女子生徒があたふたしながら

そう返してきた。

 

 

 

「よくわかんねえけど、

とにかく保健室の先生をーーー」

 

 

 

士道が言いかけると、倒れていた白衣の女性が

がしっ、と士道の足を掴んだ。

 

 

「う、うわぁっ⁉︎」

 

 

「……心配はいらない。ただ転んでしまった

だけだ」

 

 

言いながら、女が廊下にべったりつけていた

顔面を、ゆらりと上げる。

 

 

「あ、あんたは……!」

 

 

長い前髪に、分厚い隈。 眼鏡なぞかけていたが、

その特徴的な顔を忘れるはずがない。

 

 

 

「……ん?  ああ、君はーーー」

 

 

 

女ーーー〈ラタトスク〉の解析官・村雨令音が、

のろのろと身を起こす。

 

 

「な、何しているんですか、こんなところで……」

 

 

「……見てわからないかい? 教員として世話に

なることにしたんだ。 ちなみに教科は物理、

二年四組の副担任も兼任する」

 

 

 

白衣の胸につけていたネームプレートを示し

ながら、令音が言ってくる。 ちなみに、

そのすぐ上の胸ポケットからは、傷だらけの

クマさんが覗いていた。

 

 

「いや、わかるはずないでしょうがっ!」

 

 

 

叫びーーー士道はそこで、異様に周囲の視線を

集めてしまっていることに気づいた。

 

 

「あ……こ、この人大丈夫みたいだから」

 

 

言って手を差し伸べ、令音を立ち上がらせる

 

 

「……ん、悪いね」

 

 

「それはいいですけど、歩きながら話しましょう」

 

 

当たりに気を払いながら、士道は言った。

そのまま令音のペースに合わせ、のたのたと

歩いていく。

 

 

「ええとーー村雨解析官?」

 

 

「……ん、ああ、令音で構わんよ」

 

 

「は?」

 

 

「……私も君を名前で呼ばせてもらおう。

連携と協力は信頼から生まれるからね」

 

 

令音はうんうんとうなずき、士道の顔を見た。

 

 

「ええと、君は……しんたろう、だったかな」

 

 

 

「し、しか合ってねえ!」

 

 

信頼も何もなかった。

 

 

「……さてシン、早速だが」

 

 

「なんですかその華麗なスルーは! ていうか

変な愛称までつけた!」

 

 

たまらず叫ぶ。しかし令音は、士道の言葉など

聞いていない様子で続けてきた。

 

 

「……昨日琴里が言っていた強化訓練の準備が

整った。君を探していたところだ。ちょうどいい、

このまま物理準備室に向かう」

 

 

士道はもう何を言っても無駄とつっこみを諦め、

はあと息を吐いて問い返した。

 

 

「訓練ってのは一体どんなことするんですか?

ええと……令音さん」

 

 

「……うむ。琴里に聞いたが、シン、君は女の子

と交際をしたことがないそうじゃないか」

 

 

「…………」

 

 

ーーうちの妹様は、なんだって兄の女性遍歴

(ゼロ)を他人にもたらすのだろうか。

 

 

 

士道は頰をピクつかせながらも曖昧にうなずいた。

 

 

 

「……別に責めているわけじゃあない。身持ちが

堅いのは大変結構なことだ。……だが、精霊を

口説くとなるとそうも言ってられないんだ。」

 

 

「むう……」

 

 

眉根を寄せながら、うめく。

と、職員室の近くを通ったときだったろうか、

 

 

「……あ?」

 

 

士道は奇妙なものを目にして立ち止まった。

 

 

 

「………どうかしたかね?」

 

 

「いや、あれ……」

 

 

視線の先を、担任のタマちゃん教諭が歩いて

いたのだがーーーその後ろに、どうも見覚え

がある、髪を二つ結びにしたちっこい影が

ついて回っていたのである。

 

 

「あ!」

 

 

士道の視線に気がついたのだろうか、ちっこい影

ーーー琴里が表情をパァッと明るくした。

 

 

「おにーちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」

 

 

 

瞬間、琴里が、吸い込まれるように士道の腹に

突撃してくる。

 

 

「はがぁ……っ!」

 

 

「あははは、はがーだって! 市長さんだー!

あはははは!」

 

 

「こ、琴里……っ⁉︎

おまえなんだって高校に……」

 

 

 

士道が腹にまとわりつく琴里をどうにか

引き剥がしながら言うと、琴里の後ろから

タマちゃん教諭がトテトテと歩いてきた。

 

 

「あ、五河くん。妹さんが来てたから、校内放送

で呼ぼうとしてたんですよぅ」

 

「は、はあ………」

 

よく見ると、琴里は来賓用のスリッパを履き、

中学の制服の胸に入校証をつけていた。きちんと

した手続きを踏んで学校に入ってきたらしい。

 

 

「おー、先生、ありがとうー!」

 

 

「はぁい、どういたしましてぇ」

 

 

 

元気よく手をブンブンと振る琴里に、

先生がにこやかに返す。

 

 

 

「やー、もうっ、可愛い妹さんですねぇ」

 

 

「はあ……まあ」

 

 

士道は頰に汗を垂らして苦笑いしながら、

曖昧な返事をした。

 

 

先生は琴里と笑顔で「バイバイ」と手を振り合う、

職員室の方に歩いていった。

 

 

「……んで、琴里」

 

 

「んー、なーに?」

 

 

琴里が丸っこい目を見開きながら首を傾げてくる。

その仕草は、士道のよく見知ったいつもの可愛い

妹のものだった。

 

 

「おまえ……昨日のあれ、〈ラタトスク〉とか、

精霊とかーーー」

 

 

「その話はあとにしよーよ」

 

 

口調はいつもと変わらないままだったが、

なぜか得も言われぬプレッシャーのような

ものを感じて、士道は黙り込んだ。

 

 

と、士道の後方から、令音の静かな声が

響いてくる。

 

 

「……早かったね、琴里」

 

 

「うん、途中で〈フラクシナス〉に拾って

もらったからねー」

 

 

自分であとにしよう、と言ったわりには、

普通に艦の名を出している。

 

 

少しは不条理なものを感じながら、士道は

額に手をついた。

 

 

琴里は脳天気そうな笑顔でそれを見てから、

士道を誘導するように廊下を進み始める。

 

 

「それよりほら、おにーちゃん。早く行こ?」

 

 

言って、琴里が手を引いてくる。

 

 

「っとと……ちょ、わかったから走るなって」

 

 

今日はよく女の子に引っ張られる日である。

そんな脳天気なことを考えているうちに、

二人は目的地に到達した。

 

 

東校舎四階、物理準備室。

 

 

 

「さ。入ろー、入ろー♪」

 

 

「ハイ・ホー、みたいに言うんじゃねえよ」

 

 

 

琴里に促され、士道はスライド式のドアを

滑らせた。

 

 

そしてすぐに、眉根を寄せて目をこする。

 

 

「……ちょっと」

 

「……何かね」

 

 

士道の言葉に、令音が小首を傾げた。

 

 

「なんですか、この部屋」

 

 

物理準備室なんて、生徒がそうそう入る場所

ではないし、実際、士道も中に何が置かれているか

なんて知らない。

 

 

それでも、はっきりと認識できてしまった。

 

 

 

『ーーーここは、物理準備室ではない、と』

 

 

 

 

何しろ今士道の視界は、いくつものコンピューター

にディスプレイ、その他見たこともない様々な機械

で埋め尽くされていたのだから。

 

 

「……部屋の備品さ?」

 

 

「いやなんで疑問形なんですか! ていうか以前

に、ここ物理準備室でしょう? もといた先生は

一体、どうしたんですか!」

 

 

 

そう。ここはもともと、善良で目立たない初老の

物理教論・長宗我部正市(通称・ナチュラルボーン

石ころぼうし)がトイレ以外で唯一安らげる空間

だったはずなのだ。

 

 

その長宗我部教諭の姿は今、どこにも見えない。

 

 

「……ああ、彼か。うむ」

 

 

令音があごに手をやり、小さくうなずく。

 

 

 

「……………」

 

「……………」

 

「……………」

 

「……………」

 

 

そのまま、数秒が過ぎた。

 

 

「……まあそこまで立っていても仕方ない。

入りたまえ」

 

「うむ、の次は⁉︎」

 

パリイ! そんな単語が令音の頭上に見えた

気がした。何というスルー力。昨今の日本人は

是非身につけるべきスキルだ。

 

 

 

令音は先部屋に入ると、部屋の最奥に置かれていた

椅子に腰掛けた。次いで、士道の脇から琴里が部屋

に入っていく。

 

 

 

そして、慣れた様子で白いリボンで括られていた髪

をほどくと、ポケットから取り出した黒いリボンで

髪を結び直す。

 

 

「ーーーふぅ」

 

 

するといきなり、琴里の雰囲気が変わった

気がした。

 

 

どこか気怠げに制服の首元を緩め、令音の近くの

椅子にどっかりと座り込む。

 

 

そして琴里は、持っていた鞄から小さなバインダー

のようなものを取り出した。

 

 

中には綺麗に、様々なチュッパチャプスが並べて

セットしてある。

 

 

まさかの飴玉セットホルダーである。

 

 

琴里はその中から一つ選び、口に入れると、

未だ部屋の入り口に立ち尽くしていた士道に、

見下すように視線を向けた。

 

 

「いつまで突っ立てるのよ、士道。もしかして

カカシ希望? やめときなさい。あなたの間抜け面

じゃあ、カラスも追い払えないと思うわよ。ああ、

でもあまりの気持ち悪さに人間は寄ってこないかも

しれないわね」

 

 

「…………」

 

 

一瞬のうちに女王様に変貌した妹を見て、士道は

額に手を置いた。

 

 

リボンを替えるのがマインドセットのスイッチ

にでもなっているのだろうか。

 

 

まるでオセロの駒がひっくり返ったかのような、

見事なジキルとハイドぶりだった。

 

 

 

「……琴里、おまえどっちが本性なんだ……?」

 

 

 

「嫌な言い方するわね。そんなんじゃ女の子に

もてないわよ。ーーーああ、だからまだ童貞だった

んだけ。ごめんなさいね初歩的なこと指摘して」

 

 

「……おい」

 

 

「統計だと、二二歳までに女性と交際出来なかった

男の半数以上は、一生童貞らしいわ」

 

 

「まだ五年以上猶予があるわ!

未来の俺を舐めるなよ!」

 

 

「猶予と可能性ばかり口に出す人間は、結局

『明日から頑張る』しか言わないのよね」

 

 

「ぐ……」

 

 

口喧嘩ではまず敵わないと悟り、ぐっと堪えて

ドアを閉める。

 

 

「……さ、ともかくシン。訓練を始めよう。

ここに座りたまえ」

 

 

言って令音が、二人に挟まれるように

設けられている椅子を示す。

 

 

「……了解」

 

 

もう何を訴えても無駄と悟った士道は、

言われるままに椅子に腰掛けた。

 

 

「さ、じゃあ早速調きょ……ゲフンゲフン、

訓練を始めましょう」

 

 

「てめ今調教って言おうとしたな」

 

 

「気のせいよ。ーーー令音」

 

 

「……ああ」

 

 

琴里がそう言うと、令音が足を組み替えながら

首肯した。

 

 

「……君の真意はどうあれ、我々の作戦に乗る

以上は、最低限クリアしておかなければならない

ことがある」

 

 

「何ですか?」

 

 

「……単純な話さ。女性への対応に慣れておいて

もらわねばならないんだ」

 

 

「女性への対応……ですか」

 

 

「……ああ」

 

 

令音がうなずく。なんだか、そのまま眠って

しまいそうだった。

 

 

「……対象の警戒を解くため、ひいては好意を

持たせるためには、まず会話が不可欠だ。大体の

行動や台詞は指示を出せるが……やはり本人が緊張

しては話にならない」

 

 

「女の子と会話って……さすがにそれくらいは」

 

 

「本当かしらね」

 

 

と、琴里がいきなり士道の頭を押し、ぎゅっと

令音の胸に押しつけた。

 

 

「…………ッ⁉︎」

 

 

「………ん?」

 

 

令音が、不思議そうに声を発した。

 

両頰は温かくて柔らかい感触が襲い、ついでに

脳がとろけてしまいそうなほどいい匂いが鼻腔

を駆け回る。士道はすぐさま琴里の手を退かすと、

バッと顔を上げた。

 

 

「……ッ、な、ななななにしやがる……ッ!」

 

 

「はん、ダメダメね」

 

 

琴里が嘲るように肩をすくめた。

 

 

「わかったでしょ、こういうこと。これくらいで

心拍を乱してちゃ話にならないの」

 

 

「いや、明らかに例がおかしいだろ⁉︎」

 

 

 

しかし琴里は聞く耳持たず、やれやれ首を

振ってくる。

 

 

「ホント、悲しいまでにチェリーボーイね。

やだやだ、可愛いとでも思ってるの?」

 

 

「う、うるせえ」

 

 

「……まあ、いいじゃないか。だからこそ

私たちがここに来たのだから」

 

 

言って、令音が腕組みをする。自然女の見事な

バストが強調された。

 

 

というか、腕に『乗って』いた。

 

 

………っ

 

 

なんだか直視するのも毛恥ずかしくて、思わず

目を泳がせる。

 

 

ーーー女性に慣れる、訓練。

 

 

士道の頭の中に、令音が発した言葉が過ぎった。

 

 

しかも多少エロティックな場面になっても

狼狽ないようにする……だなんて。

 

 

琴里と令音は、一体ここで士道にどんなことをーー

 

 

「生唾呑み込んじゃって。いやらしい」

 

 

琴里が机に肘をつきながら、判眼で

そう言ってきた。

 

 

「……! い、いや違うぞ琴里ッ! 

お、俺は別に……」

 

 

「……まあ、早いところ始めようじゃないか」

 

 

琴里と士道の会話を制し、令音が眼鏡をくいと

上げる。

 

 

「はーーーっ、い、いやまだ心の準備が……っ」

 

 

士道は緊張に声を震わせながらも背筋を伸ばした。

 

 

 

令音は構わず「……ん」と呟き、先ほどと

同じように士道に身体を近づけてきた。

 

 

何の前触れもなく接触されたさっきのケース

よりも、遥かに心臓が高鳴る。

 

 

 

ーーーああ、何? 一体何をされちゃうの……ッ⁉︎

 

 

 

ドキドキしながらも動くことができない。

八〇年代少女漫画の主人公みたいな表情を

しながら、士道はキュッと目を閉じた。

 

 

しかし、どれだけ待っても何も起こらない。

目を開けて見ると、令音は机の上のモニタに電源を

入れていただけだった。

 

 

「え……?」

 

 

士道がキョトンとしていると、画面に可愛らしく

デザインされた〈ラタトスク〉の文字が映った。

 

 

 

次いで、ポップな曲とともに、カラフルな髪の

美少女たちが順番に画面に表示され、タイトルと

思わしき『恋してマイ・リトル・シドー』のロゴが

踊る。

 

 

「こ、これは……」

 

 

「……うむ。

恋愛シュミレーションゲームというやつだ。」

 

 

「ギャルゲーかよッ!」

 

 

士道は悲鳴じみた叫びを上げた。

 

 

 

「やだ、何を想像してたの? さすが妄想力だけは

一級品ね気持ち悪い」

 

 

「……っ、やっ、そ、それは……」

 

 

言い淀むが……なんとか咳払いをして心拍を

治める。

 

 

「お、俺はただ、本当にこんなもんで訓練に

なるのかって……」

 

 

琴里が無言のまま、汚いものを見る目で

見つめてくる。せめて何か言ってほしかった。

無言は、無言はつらい。

 

 

「……まあ、そう言わないでくれ。

これはあくまで訓練の第一段階さ。それに市販品

ではなく、〈ラタトスク〉総監修によるものだ。

現実に起こりうるシュチュエーションをリアルに

再現してある。心構えくらいにはなるはずだ。

ちなみに15禁」

 

 

「ああ……18禁ではないんですね」

 

 

何とはなしに士道が言うと、琴里が憐憫にも

近い眼差しを作った。

 

 

「やだ最低」

 

 

ついでに令音が、ぽりぽりと頭をかく。

 

 

「……シン、君は一六だろう? 18禁のゲームが

できるはずないじゃないか」

 

 

「いやおまえらさっきと言っていること微妙に

矛盾してね⁉︎」

 

 

叫ぶが、琴里と令音に取り合うつもりはない

ようだった。

 

 

「……ん、では始めてくれたまえ」

 

 

「はいはい……っと」

 

 

士道は腑に落ちないものを感じつつも、促される

ままコントローラーを手に取った。

 

 

 

主人公のモノローグを適当に斜め読みし、ゲーム

を進めていく。

 

 

と、画面が一瞬暗転し、

 

 

「おはよう、お兄ちゃん! 

今日もいい天気ですね!」

 

 

 

そんな台詞と同時に、画面に綺麗なCGが表示され

 

 

「おかしいも何も! こんなふざけた状況現実に

起こるわ……け……」

 

 

言いかけて、士道は額に汗を滲ませた。

 

 

なんか、すごーく似たような体験を、つい昨日の朝

したような気がするのだ。

 

 

「……何かね」

 

 

「……いや、なんでもないです」

 

 

士道はものすごく不条理な何かを感じながらも、

ゲームに戻った。

 

 

と、テキストを進めていくと、画面の真ん中に

何やら文字が現れる。

 

 

「ん……? なんだこれ」

 

 

「ん、選択肢よ。この中から主人公の行動を一つ

選ぶの。それによって高感度が上下するから注意

するのよ」

 

 

言って、琴里が画面の右下を指す。そこには、

ゼロの位置にカーソルがついたメーターのような

ものが表示されていた。

 

 

「ふーん……なるほどな。これのどれかを選べば

いいんだな?」

 

 

士道は高感度メーターから選択肢の方に視線を

移動させた。

 

 

 

 

①「おはよう。愛しているよリリコ」愛を込めて

妹を抱きしめる

 

 

②「起きたよ。ていうか思わずおっきしちゃたよ」

妹をベッドに引きずり込む。

 

 

③「かかったな、アホが!」踏んでいる妹の足を

取り、アキレス腱固めをかける。

 

 

 

 

「……って、なんだこの三択は! 

どこがリアルだ! 俺こんなんしたことねえぞ!」

 

 

「何でもいいけど、制限時間つきよ」

 

 

「は……ッ⁉︎」

 

 

確かに琴里の言うとおり、選択肢の下に表示

されていた数字がどんどん減っていた。

 

 

「……っ、仕方ねえ」

 

 

士道はうめくように言うと、一番まともであろう

①の選択肢を選んだ。

 

 

「おはよう。愛しているよリリコ」

 

 

 

俺は妹のリリコを、愛を込めて抱きしめた。

 

 

 

すると、リリコは途端顔を侮蔑の色に染め、

俺を突き飛ばした。

 

 

「え……ちょっと、何、やめてくんない? 

キモいんだけど」

 

 

高感度のメーターが一気にマイナス五〇まで

落下する。

 

 

「リアルだったー!」

 

 

士道はコントローラーを膝の上に叩きつけながら

叫びを上げた。

 

 

「あーあ、馬鹿ね。いくら妹でも、突然抱き

ついたらそうなるに決まっているじゃない。

ーーーまったく、ゲームだからいいものの、

これが本番だったら、士道のお腹には綺麗な

風穴開いているわよ?」

 

 

「じゃあどうしろってんだよこれッ!」

 

 

あまりに理不尽な仕打ちに士道が叫ぶも、

琴里はまるで取り合わなかった。

 

 

やれやれと息を吐きながら、自分の前に置かれて

いた液晶ディスプレイを点灯させる。

 

 

「あ……?  何やってんだ?」

 

 

「訓練とはいえ、少し緊張感持って

もらわないとね」

 

 

画面に、見覚えのある風景が表示される。

来禅高校の昇降口だ。

 

 

ついでにそこに、高校の制服を着込んだおっさん

が一人、カメラ目立っていた。

 

 

「……なんだ、この人」

 

 

「うちのクルーよ」

 

 

 

言うと琴里は、どこからもなくマイクの

ようなものを取り出して喋りかけた。

 

 

 

「ーーー私よ。士道が選択に失敗したわ。

やってちょうだい」

 

 

『はっ』

 

 

画面の中の男が敬礼する。

 

 

「は……? な、何だってんだよ」

 

 

 

士道が眉をひそめていると、画面の中の男が

懐から一枚の紙を取り出した。それをカメラに

映して見せる。

 

 

それを見ると同時、士道に心臓が止まる

かのような衝撃が走った。

 

 

「こ、これはーー」

 

 

 

その様子に、琴里がものっすごく楽しそうな

笑みを浮かべる。

 

 

 

「そう。若かれし頃、漫画に影響を受けまくった

士道がしたためたポエム・『腐食した世界捧ぐ

エチュード』よ」

 

 

 

「な……なななななななななんで

あれが……ッ⁉︎」

 

 

 

確かにあれは、士道が中学生のときにノートに

書いた詩だった。だがあれは、高校に上がる前に

恥ずかしくなって処分したはずである。

 

 

「ふふ、いつか役に立つと思って拾って

おいたのよね」

 

 

「ど、どどどうするつもりだ……ッ!」

 

 

琴里はにやりと笑いながら、「やりなさい」と

言った。

 

 

『はっ』

 

 

男は短く答え、そのポエムを丁寧にたたみ込んで、

身近な下駄箱に放り込んだ。これでは明日登校

してきた生徒が、士道渾身のポエムを読んで

しまう。

 

 

 

「な……っ、何しやがる!」

 

 

 

「騒ぐんじゃないわよみっともない。精霊に

対して対応を間違ったらこんなもんじゃ済まない

のよ。士道自身はもちろん、私たちも被害を被る

可能性があるんだから。ーーーというわけで、

緊張感を持ってもらうためにペナルティを設定

されてもらったわ」

 

 

「重過ぎるわぁぁぁぁっッ! ていうか被害

被っているのは俺だけじゃねぇか!」

 

 

 

士道が叫ぶと令音がふむ、とあごに手を当てた。

 

 

 

「……なるほど、確かにシンの言うことにも

一理ある」

 

 

 

「! そ、そうでしょう⁉︎」

 

 

思わぬ助け船に、士道は明るくする。

 

 

だか、

 

 

 

「……ならばシンが選択を間違うたび、こちらも

ペナルティを負うことにしよう」

 

 

言って、おもむろに着ていた白衣を脱ぎ始めた。

 

 

「ちょッ、何してるんですか!」

 

 

「……いや、自分だけが恥ずかしい思いをする

のは不公平だって言いたいのだろう? ならば

シンが選択を謝るたびに私もこう、一枚ずつ

脱いでいこう」

 

 

言って、別に恥ずかしそうなふうもなく

腕組みする。

 

 

「そういう意味じゃねぇぇぇぇッ!」

 

 

「なんでもいいから先進めなさいよ、先」

 

 

琴里が焦れたように、椅子を蹴ってくる。

 

 

士道は泣きそうな顔になりながらも、観念して

画面に向き直った。

 

 

だが、今後もこんな選択肢ばかりが出てくると

なると、無事にクリアできる自信がない。

 

 

「……なあ琴里、今後のために、この選択肢全部

試してみていいか?」

 

 

「うわ、チキンで小市民な発想ねみっともない」

 

 

「う、うるせっ、こういうのは初めてなんだから

これくらい許せよ!」

 

 

「まったく、仕方ないわね。今回だけよ。

ーーーじゃあ一回セーブして」

 

 

「お、おう……」

 

 

 

士道はセーブを終えると、ゲームをリセットして

先ほどの選択肢まで戻ってきた。

 

 

「………」

 

 

 

険しい顔で選択肢を睨むが……やはりどれも

まともとは思えない。

 

 

だが③で高感度が上がるとは考えられなかった。

仕方なく②を選択してみる。

 

 

 

 

「起きたよ。ていうか思わずおっきしちゃたよ」

 

 

 

俺はおもむろに起き上がると、リリコを

ベッドの中に引きずり込み、覆い被さった。

 

 

 

「や……ッ、な、何するのよっ!」

 

 

 

「仕方ないじゃないか。

リリコのせいでこんなになちゃったんだから」

 

 

 

「‼︎ いやッ、やめて! いやぁぁぁぁっ!」

 

 

 

 

「いいじゃないかいいじゃないかいいじゃないか」

 

 

 

 

 

 

 

画面が暗転する。

 

 

その後の展開は一瞬だった。

泣き崩れる妹。父親に殴りつけられる主人公。

カチャリという手錠の音。暗い部屋で一人笑う

主人公。

 

 

 

そのCGをバックに、悲しげな音楽と

スタッフロールが流れ始める。

 

 

 

「なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁッ!」

 

 

 

たまらず、叫び上げる。

 

 

「いきなりそんなことしたらそうなるに

決まってるじゃないこの性犯罪者」

 

 

「じゃあ③が正解だってのかよッ!」

 

 

士道はゲームをリセットすると、三たび

最初の選択肢に戻り、今度は③を選択した。

 

 

 

「かかったな、アホが!」

 

 

 

俺は妹の足をひねり上げ、アキレス腱固めを

かけーーーようとした。

 

 

が、

 

 

「甘い」

 

 

妹が身体をねじり、こちらの手から逃れると、

そのまま俺の背に回り、足を搦め捕って見事な

サソリ固めをかけてきた。

 

 

「ぐぶ……ッ⁉︎」

 

 

 

その後、主人公はそのときの怪我が原因で半身付随

となり、一生車椅子での生活を余儀なくされた。

 

 

 

「これ、①正解だったんじゃねえの⁉︎

ていうか普通妹はこんな技使えねえよ!」

 

 

「ふうん」

 

 

士道が言うと、琴里が士道の胸ぐらを引っ張って

床に叩きつけたかと思うと、瞬時に足をとって

サソリ固めをかけてきた。

 

 

「ぎい……ッ⁉︎」

 

 

 

「ふん、ぎいだって。せいぜいママンママン

言ってなさい」

 

 

 

言って士道を解放してから、涼しげに髪を

かき上げる。

 

 

 

「お、おまえ、どこでこんな技をーー」

 

 

「淑女の嗜みよ」

 

 

きっぱりと言ってくる。

 

 

士道の持つ淑女のイメージが、筋骨隆々の

プロレスラーに変換されそうだった。

 

 

「てて……ッ、じゃあこれ、結局どうやるのが

正解だってんだよ」

 

 

 

「まったく、最後は出題者に答えまで聞くの?

情けないわね」

 

 

言いながらも、琴里は士道からコントローラー

を奪うと、ゲームをリセットして先ほどの

ところまで進めた。

 

 

そして何も選択せず、ただ黙って画面眺め始める。

 

 

「……? 何してんだ?早く選ばないとーー」

 

 

 

士道が言うと同時に、選択肢の下に表示されていた

数字がゼロになる。

 

 

 

 

「んー……あと一〇分……」

 

 

 

「だめー! ちゃんと起きるのー!」

 

 

 

 

 

と、至極普通の会話が、画面に表示されていた。

高感度メーターは上昇も下昇もしていない。

 

 

「な……ッ」

 

 

 

「あんなおかしな選択肢選ぶなんて、

どうかしてるんじゃないの?」

 

 

 

鼻で笑って、琴里が士道にコントローラーを

放ってくる。

 

 

 

「特別にこの続きからやることを許してあげる

から、早く先進めなさい。次の選択肢からは

ペナルティありだからね」

 

 

 

「ぐ……ッ、ぬぬ……」

 

 

 

力一杯腑に落ちないものを感じながらも、

士道はコントローラーを握った。

 

 

 

 

 

ゲームを進めていくと、一〇〇センチオーバーの

バストを誇る女教師が画面に現れる。なんかもう

その時点で非現実的だったのが、黙って話を

進めていった。

 

 

 

すると、

 

 

 

 

「きゃあっ!」

 

 

 

女教師がそんな悲鳴を上げ、何もないところで

すっ転び、主人公の顔に胸を押し当てながら

倒れ込んできた。

 

 

 

さすがに、コントローラーを机に投げる。

 

 

「だから、ねぇよ! こんな……」

 

 

言いかけて。士道はまたも汗を垂らすと、

ずごずごとコントローラーを拾った。今さっき、

状況は違えど似たようなことがあった気がする。

 

 

 

「どうしたのよ、士道」

 

 

「……や、なんでも」

 

 

大人しく、プレイを再開する。

すると、また選択肢が現れた。

 

 

 

 

①「こんなことされたら……先生のこと好きに

なっちゃいます」おもむろに抱きつく。

 

 

 

②「ち、乳神様じゃぁー!」胸をわしづかみに

する。

 

 

 

③「隙ありぃぃッ!」腕ひしぎ十字固めに

移行する。

 

 

 

 

……また、どれも正気とは思えない。

 

 

「っ、そうか……!」

 

 

しかし士道はぐっと拳を握った。きっと、

これも先ほどと同じパターンだろう。

 

 

選択肢の下のカウントがなくなるまで待っている

と、やはり画面にテキストが表示された。

 

 

 

「……ッ、きゃぁぁぁ! 何をしているの⁉︎

痴漢! 痴漢よぉぉ!」

 

 

女教師が悲鳴を上げ、高感度が八〇マイナス

される。

 

 

 

「なんでだよッ!」

 

 

 

たまらず叫ぶが、琴里はやれやれと首を振る

だけだった。

 

 

 

「そんな長時間、避けることをしないで胸の

感触を楽しんでたら、当然そうなるわよ」

 

 

 

「じゃあどうしろってんだ!」

 

 

「選択肢前のテキスト読んでなかったの?

彼女は女子柔道部顧問・五所川原チマツリ。

寝技に持ち込むことによって、意識を胸から勝負に

持っていかないといけなかったのよ」

 

 

 

「わかるかそんなもぉぉぉぉん!」

 

 

 

「ーーま、失敗は失敗よ。やりなさい」

 

 

 

『はっ』

 

 

 

画面の男が、またも懐から紙を取り出し、カメラ

に映して見せる。

 

 

そこには拙いキャラクターのイラストと、細かな

設定がしたためられていた。

 

 

 

「こ……ッ、これは!」

 

 

 

「そう。士道が昔作ったオリジナルキャラの

設定資料よ」

 

 

 

「っぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」

 

 

 

士道の叫びをよそに、男がまたも適当な下駄箱に

紙を放る。

 

 

 

「やめてやめてやめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 

 

と、士道が頭を抱えて悲鳴を上げていると、

令音が何やらごそごそと動き出した。

 

 

 

「……っ、令音さん!」

 

 

 

忘れていた。そういえば士道が一つペナルティを

負うたび、彼女もまた服を一枚ずつ脱いでいく

とか言っていたのだった。

 

 

いや、士道も健全な男子校生であるわけだから、

嬉しくないといえば嘘になるのだが……その、

なんというか、困る。

 

 

幸いまだ令音は、その身に十分な数の衣服を

纏っている。選択肢さえ間違えなければ

しばらくはーーー

 

 

「……ん」

 

 

と、士道がそんなことを思っていると、令音が

おもむろに手を背中にやってパチン、という音を

させたのち、手を服の中に入れて何やらもぞもぞと

蠢き、首元からブラジャーを抜き取った。

 

 

 

「そこからッ⁉︎」

 

 

 

士道が叫ぶと、令音はふっと首を傾げた。

 

 

 

「……何か問題が?」

 

 

 

「いや、明らかに順番違うでしょうがっ!

ていうかもう脱がなくていいですから!」

 

 

「……ふむ? それでは不公平ではないかな?

全然いけるのだが……」

 

 

 

 

「あんたただ脱ぎたがりじゃねえだろうな⁉︎」

 

 

士道が声を上げると、また椅子がガン、と

蹴られた。

 

 

「何でもいいから早くしなさい。

ほら、次のキャラが出てきたわよ」

 

 

 

言って、琴里が画面を示してくる。

 

 

 

「ぐ……っ」

 

 

 

士道は仕方なく、ゲームを再開した。

 

 

 

今度は同級生と思しき女の子が、廊下の曲がり角で

主人公と激突、綺麗にM字開脚をしてパンツが

丸見えになるシーンが画面に映る。

 

 

 

「ーー!」

 

 

士道は自分の記憶を探りながらグッと拳を握る

と、高らかに声を上げた。

 

 

「ねぇよ‼︎ これは、こればかりは絶対に

ねぇよ‼︎」

 

 

「……そうかな? 意外とあると思うのだが……」

 

 

令音が言ってくるが、こればかりはさすがに

遭遇したことがない。士道は自信を持って首を

振った。

 

 

だが、またも椅子が蹴られる。

 

 

 

「別になさそうなシチュエーションに突っ込み

を入れるゲームじゃないの。ちゃんとやりなさい。

次の選択肢を間違ったらーーこれよ」

 

 

 

言って、琴里が目の前のコンピュータを操作した。

 

 

「……あ?」

 

 

士道が眉をひそめていると、画面に動画が

表示される。

 

 

 

ーー背景は士道の部屋だった。そこに、上半身裸

の士道が立っている。

 

 

「こ……れは……」

 

 

士道は、青くした。

 

 

 

だって、それはーーー

 

 

 

 

 

『奥義・瞬閃爆轟破ぁぁぁぁぁッ!』

 

 

 

 

画面の中の士道は両手を合わせて腰元から、

一気に前方に手を突き出した。

 

 

琴里が、もうこの上なく楽しそうな顔を作る。

 

 

 

「そう、昔士道が一人で留守番をしていたとき

……ぷっ、部屋でオリジナル必殺技の練習をして

いたときの……くくっ、映像よ……」

 

 

 

耐えられない、といった様子で含み笑いを

漏らしながら、琴里が言う。

 

 

 

「っいやぁぁぁあぁぁあぁぁああぁぁーーッ⁉︎」

 

 

 

士道は、今日一番の盛大な悲鳴を上げた。

 

 

 

「琴里! ヤバい! これだけはヤバい!」

 

 

 

「ふふ、じゃあ次はちゃんと選択を成功させる

ことね。……ああ、途中で放棄なんてしたら、

動画サイトに投稿するからね」

 

 

 

 

「………っ」

 

 

 

士道は泣きそうになりながらもながらも、

コントローラーを握りなおした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もし、この二つ方法しかないんだったら……

俺は…」

 

 

 

折紙と話した後、士道は顔を俯かせて広げていた

右手を見て少し考えた後、広げていた右手を

ギュッー…と握りしめていた。

 

 

 

その時、士道の表情は真っ直ぐで真剣な表情と

そして自分なりの自信と何か決意を固めたような

真剣な表情をしていた。

 

 

 

 

すると、

 

 

 

 

 

 

 

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーッ‼︎」

 

 

「………っ⁉︎ な、なんだ?」

 

 

士道は俯きながらそう言った瞬間、廊下から

女子生徒の悲鳴が聞こえて施錠された屋上の扉の前

の階段を慌てて降りて行った。

 

 

 

だが、その時、士道は気づいけていなかった。

 

 

 

「…AST……鳶一、折紙………」

 

 

屋上の扉の前の階段の下に『ある人物』が

いることに

 

 

 

「五河、士道……」

 

 

 

折紙の名前を呟いたその人物は更には士道の名前

まで言った後、士道が去ったのを最後まで確認して

女子生徒の悲鳴が聞こえてきたがその人物はまるで

興味がないといった表情で階段下から出てきて

その場所を後にして廊下へと歩いて行った。

 

 

 

「おい、あっちで何かあったみたいだぜ‼︎

俺たちも見に行ってみようぜ‼︎」

 

 

 

「おう、そうだなあ……んじゃ、行ってみるか‼︎」

 

 

 

そして歩いていると先程の女子生徒の悲鳴を聞いた

男子生徒たちは面白半分か暇つぶしに見るような

ヤジ感覚で見に行くのだろう。

 

 

 

 

そしてその人物はそんな男子生徒たち会話を

聞いていてただ一言。

 

 

 

 

『醜いな……そして…』

 

 

 

虚ろで無機質な瞳で空を見上げながら

 

 

『実に虚しいなあ……』

 

 

悲しそうにこの色褪せて惰性に満ちた

『惰性の世界』の中、一人で呟いていた。

 




読んでいただき本当にありがとうございます。


【報告】

これからについてですが、もしかしたら
『ロクでなし魔術講師と禁忌の教典』のシリーズ
かもしくは『落第騎士と幻影の騎士』を投稿する
かもしれませんのでよろしくお願いします。



そして今年もどうかよろしくお願いします‼︎


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

少女との再会

皆さんとてもお久しぶりです‼︎
『先ほど投稿した作品』は自分的には全く納得が
いかなかったので【タイトル】や【内容】などの
書き直しなどや修正なども一生懸命にさせて
もらいました。






いつもの様に心は豆腐の様な脆い精神ですが今回
の『デート・ア・ライブ■■■の精霊』の続きは
かなりの内容の量のお話を頑張って投稿させて
もらいました。


もし面白いなぁと思ったら是非、『お気に入り』や
『投稿』などよろしくお願いします‼︎


後、『感想』などありましたらそちらもよろしく
お願いします‼︎


それと『他の投稿作品』も読んで頂けたら
幸いです。


最後の欄に『これからについてのご報告』を
書かせてもらいましたのでよろしくお願いします。


目の前の視界を見渡してみると身も心も悴んで

しまいそうな雪降る白銀の世界。

 

 

更にはバラバラに散開して飛び散った沢山の

 

 

 

 

『ガラクタ』

 

 

 

 

 

右左どこをガラクタガラクタガラクタがあり

『目の前には更に酷く飛び散ったガラクタ』が

転がりドロドロとした液体が流れている。

 

 

そしてガラクタの奥の周囲にはかなりの広範囲に

この白銀の世界に全くもって似合うはずのない大量

の赤黒くて生暖かい液体が雪という名のキャンバス

に飛び散っていて『目の前で倒れている人物』にも

その液体はべったりと付着していた。

 

 

「どうして……」

 

 

 

その人物は雪が降って身も心も凍えて悴んで

しまいそうな白銀の世界で光を写さない虚な瞳、

そして掠れた声で目の前で血がべったりと付着して

倒れている人物に視線を向けゆっくり、ゆっくりと

覚束無い思考の中フラフラと歩く姿はまさに千鳥足

と言えるだろう…その人物はゆっくりと震えている

手を伸ばす。

 

 

どうして…?

 

 

どうして?どうして?どうして?どうして?

どうして?どうして?どうして?どうして?

どうして?どうして?どうして?どうして?

どうして?どうして?どうして?どうして?

どうして?どうして?どうして?どうして?

 

 

ねえ、誰か…誰にでもいいから教えてよ……

 

 

 

こんなはずじゃなかったんだ……こんな……

こんな『クソみたいな最悪過ぎる結末』を自分は

望んでいたわけじゃない‼︎

 

 

 

そう思っていると知らないうちに唇を噛んで

いたみたいでが口の中は鉄の味が広がっていた。

 

 

 

 

 

自分は…自分はただ……

 

 

 

ああ……何故、こうなってしまったのだろう……

 

どれだけ思考を巡らせ考え後悔しても目の前の

残酷でこの許容出来るはずのない理不尽な運命は

変えることが出来ない。それどころかどれだけ

考えても自分自身が納得できる回答の答えは

一向に答えが全く見つからない。

 

 

 

だからと言って目の前の残酷な『絶望』という

名の『現実』を絶対に受け入れたくない

 

 

 

■■を■■する■■を許せない…

■■を絶対に許せない……

 

 

 

もし…もし、叶うのならばーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どんなもんじゃーいッ!」

 

 

士道はコントローラーを預けながら、

右手をグッと握って天高く突き上げた。

 

 

琴里と令音の放課後強化訓練が実施されてから、

休日を含めて一〇日間。

 

 

士道はようやく、ゲームのハッピーエンド画面を

迎えていたのだった。

 

 

……まあそれまでに、幾度古傷を抉られたかは、

数えたくもないのだが。

 

 

 

「……ん、まあ少し時間はかかったが、第一段階は

クリアとしておくか」

 

 

「ま、一応全CGコンプしたみたいだし、とりあえず

は及第点かしらね。 ……とはいっても、あくまで

画面の中の女の子に対してだけど」

 

 

背後からスタッフロールを眺めていた令音と琴里

が、息を吐くのが聞こえてくる。

 

 

「じゃ、次の訓練だけど……もう生身の女性に

いきましょ。時間も押しちゃたし」

 

 

「……ふむ、大丈夫かね」

 

 

「平気よ。もし失敗しても、失われるのは士道の

社会的信用だけだから」

 

 

「何さらっと不穏なことを言ってんだてめえ」

 

 

黙って二人の会話を聞いていた士道だったが、

さすがにたまらず口を挟む。

 

 

「やだ、盗み聞きしてたの? 相変わらず趣味が

悪いわね。この出歯亀ピーピング・トム」

 

 

琴里が眉をひそめ口元に手を当てながら言う。

 

 

なんというか、日本と外国の事故がフュージョン

したような悪口である。まあ意味は似たような

ものだけれど。

 

 

「目の前で喋ってて盗み聞きも何もあるかっ!」

 

 

士道が叫ぶと、琴里が「はいはい」と手を広げて

こちらを制するように言ってきた。

 

 

なんだか士道の方が変なことを言っている

感じにされた。

 

 

「それで、士道。次の訓練なんだけど」

 

 

「……誰がいいかしら」

 

 

「あ?」

 

 

と、士道が首を傾げる横で、令音が手元の

コンソールを操作し始めた。机の上に並べられた

ディスプレイに、学校内の映像がいくつも

映し出される。

 

 

「……そうだね、まずは無難に、彼女など

どうだろう」

 

 

言って、令音が画面の右端に映し出されていた

タマちゃん教諭を指さす。

 

 

琴里は一瞬眉を跳ね上げーー

 

 

「ーーああ、なるほど。いいじゃない、

それでいきましょう」

 

 

すぐに、邪悪な笑みを浮かべた。

 

 

「……シン。次の訓練が決まった。」

 

 

「ど、どんな訓練ですか」

 

 

士道が不安な心地を抑えながら問うと、

令音が首肯しながら返してきた。

 

 

「……ああ。本番、精霊が出現したら、君は

小型のインカムを耳に忍ばせて、こちらの指示に

従って対応してもらうことになる。一回、実戦を

想定して訓練しておきたかったんだ」

 

 

「で、俺にどうしろと?」

 

 

「……とりあえず、岡峰珠恵教諭を口説きたまえ」

 

 

「はァっ⁉︎」

 

 

眉根を寄せ、叫ぶ。

 

 

「何か問題でもあるの?」

 

 

琴里が、士道の反応を楽しむようにニヤニヤと

言ってくる。

 

 

「大ありだろが……ッ! 

んなッ、できるわけ……っ!」

 

 

「本番ではもっと難物に挑まなきゃならないのよ?

それに私としては士道には〈プリンセス〉攻略を

してもらって一刻も早く彼女〈アテナ〉を攻略

してもらわないと困るのよ」

 

 

「ーーっ、そりゃ、そうだけど……っ!」

 

 

士道が言うと、令音がぽりぽりと頭をかいた。

 

 

「……最初の相手としては適任かと思うがね。

恐らく君が告白したとしても受け入れはしない

だろうし、ぺらぺらと言いふらしもしなさそうだ。

……まあ、君がどうしても嫌だというのならば

女子生徒に変えてもいいが……」

 

 

「う……ッ」

 

 

士道の脳裏に、嫌な情景が浮かんできた。

士道に声をかけられた女子生徒が、教室に戻るなり

女友達を集めて言うのだ。

 

 

 

「ねえねえ、さっき五河くんに告られちゃた

んだけどさー」

 

 

「えー、ホントー? 何、あいつ女に興味なんて

ありませんみたいな顔して、案外やること

やってんじゃーん」

 

 

「でもあいつはないよねー」

 

 

「うん、ないない。なんか超むっつりっぽいしー」

 

 

「あー、言えてる、あはははは」

 

 

……新たなトラウマが生まれそうだった。

 

 

その点、珠恵に関しては、そういうシーンが微塵も

思い浮かばない。いくら幼く見えるとはいえそこは

大人の女である。生徒の戯言と聞き流してくれる

だろう。

 

 

「で、どうするの?本番の失敗はすなわち死を意味

するから、どっちにしろ一回は予行練習させる

つもりだったけど」

 

 

「……先生で頼む」

 

 

琴里が言ってくるのに、士道は背中に嫌な汗を

かきながらそう言った。

 

 

「……よし」

 

 

令音は小さくうなずくと、机の引き出しから、

小さな機械を取り出し、士道に渡してきた。

次いでマイクと、ベッドフォン付きの受信器らしき

ものを机の上に置く。

 

 

「これは?」

 

 

「……耳につけてみたえまえ」

 

 

言われるままに、右耳にはめ込む。

すると令音はマイクを手に取り、囁くように唇を

動かした。

 

 

『……どうかね、聞こえるかな?』

 

 

「うおっ⁉︎」

 

 

突然耳元で令音の声が響く。

士道は肩をびっくと震わせて飛び上がった。

 

 

『……よし、ちゃんと通っているね。

音量は大丈夫かい?』

 

 

「は、はあ……まあ、一応……」

 

 

士道が首肯すると、令音はすかさず机の上に

放ってあったベッドフォンを耳に当てた。

 

 

「……ん、うむ。こちらも問題ないな。

拾えている」

 

 

「え? 今の声拾えたんですか? こっちには

マイクっぽいのついてませんけど……」

 

 

「……高感度の集音マイクが搭載されている。

自動的にノイズを除去し、必要な音声だけを

こちらに送ってくれるスグレモノだ」

 

 

「はぁー……」

 

 

士道が感嘆していると、琴里は机の奥から、

もう一つ小さな機械部品のようなものを

取り出した。

 

 

ピン、と指で弾くと、そのまま虫のように

羽ばたいて宙を舞う。

 

 

「な、なんですかこれ」

 

 

「……見たまえ」

 

 

言うと令音は、目の前のコンピュータを操作して

画面を表示させた。そこには琴里と令音、そして

士道のいる物理準備室が映し出されている。

 

 

「これって……」

 

 

「……超小型の高感度カメラだ。これで君を追う。

虫と間違って潰さないようにしてくれ」

 

 

「はぁー……すげえな、こりゃ」

 

 

と、ぼむ、と尻を蹴られた。

 

 

「何でもいいから早く行きなさい鈍亀。

ターゲットは今、東校舎の三階廊下よ。近いわ」

 

 

「………あいよ」

 

 

もう何を言っても無駄と悟り、士道は力なく

首肯した。

 

 

 

モタモタしていては、別の女子を対象にされる

可能性がある。士道は進みたがらない足をどうにか

動かし、物理準備室を出ていった。

 

 

そして階段を下りて右に左に首を回すとーーー

廊下の先に珠恵の背中が見えた。

 

 

「先ーー」

 

 

と、途中で呼び声を詰まらせる。

 

 

大声を出せば届く距離ではあったけれど……

まだ学校に残っている生徒や教師たち注目を

集めてしまうのは避けたかった。

 

 

「……仕方ねぇ」

 

 

士道は軽く駆け足になって珠恵の背を追った。

何メートルほど進んだ頃なのだろうか、士道の

足音に気づいたらしく、珠恵が立ち止まって

振り返ってくる。

 

 

「あれ、五河くん? どうしたんですかぁ?」

 

 

「……っ、あ、あのーーー」

 

 

ほぼ毎日見ている顔だというのに、いざ口説く

対象となると一気に緊張感が増す。士道は思わず

口ごもった。

 

 

『ーー落ち着きなさいな。これは訓練よ。

しくじったって死にはしないわ』

 

 

右耳から、琴里の声が響いてくる。

 

 

「んなこと言ったて……」

 

 

「え? なんですか?」

 

 

士道のつぶやきに反応して、珠恵が首を傾げる。

 

 

「あ、いや、なんでもありません……」

 

 

一向に話を進められない士道に焦れたのか、またも

インカム越しに声が聞こえてきた。

 

 

『情けないわね。ーーとりあえず無難に、相手を

褒めてみなさい』

 

 

琴里の言葉に、珠恵の頭頂から爪先までを眺め、

褒める材料を探していく。

 

 

 

……しかし待て。士道は思いとどまった。

そういえば先日読まされたハウツー本の中に、

女性の容姿を直接的に褒めると、どこか白々しく

聞こえてしまうというような話が載っていた

気がする。その場合は衣服や装身具などを褒め、

間接的に女性のセンスを褒めるといいらしい。

 

 

意を決して、口を開く。

 

 

「と、ところで、その服……可愛いですね」

 

 

「え……っ? そ、そぉですかぁ? やはは、

なんか照れますねぇ」

 

 

珠恵は嬉しそうに頰に染めると、後頭部を

かきあげながら笑顔を作って見せた。

 

 

ーーおお? これはなかなかいい反応では?

士道は小さく拳を握った。

 

 

「はい、先生にとても似合ってます!」

 

 

「ふふ、ありがとぉございます。お気に入り

なんですよぉ」

 

 

「その髪型もすごくいいですね!」

 

 

「え、本当ですかぁ?」

 

 

「はい、それにその眼鏡も!」

 

 

「あ、あはははは……」

 

 

「その出席簿も滅茶苦茶格好いいです!」

 

 

「あの……五河くん……?」

 

 

珠恵の顔が、だんだん苦笑、というか困惑に

染まっていく。

 

 

『やり過ぎよこのハゲ。生ハゲ』

 

 

右耳に、呆れたような琴里の声が聞こえてくる。

だがそう言われても、次に何を話せばよいのか

わからない。しばし、間が空いてしまう。

 

 

「ええと……用は終わりましたかぁ?」

 

 

珠恵が首を傾げてくる。

 

 

さすがに時間がないと思ったのだろう、右耳に、

今度は眠たそうな声が聞こえてきた。

 

 

『……仕方ないな。では私の台詞をそのまま

言ってみたまえ』

 

 

それはありがたい。士道は小さく首を前に倒し、

了承を示した。そして何も考えないまま、耳から

聞こえてくる情報を口から発していく。

 

 

「あの、先生」

 

 

「何ですか?」

 

 

「俺、最近学校来るのがすごい楽しいんです」

 

 

「そぉなんですが? それはいいですねぇ」

 

 

「はい。……先生が、担任になってくれたから」

 

 

「え……っ?」

 

 

珠恵が、驚いたように目を見開く。

 

 

「な、何言ってるんですかもぅ。

どうしたんです急に」

 

 

言いながらも、まんざらでもない顔を作る珠恵。

士道は続けて、令音の言葉を発した。

 

 

「実は俺、前から先生のことがーー」

 

 

「ぃやはは……駄目ですよぉ。気持ちは嬉しい

ですけど、私先生なんですからぁ」

 

 

出席簿をパタパタやりながら、珠恵が苦笑する。

やはりそこは教師として大人の女。きちんと

いなすつもりのようだった。

 

 

『……ふむ。どう攻めるかな』

 

 

絶え間なく台詞を紡いでいた令音が、小さく

息を吐く。

 

 

『……確か彼女は、今年で二九だったね。

ーーではシン、こう言ってみたまえ』

 

 

令音が次なる台詞を指示してくる。

士道はほとんど何も考えないまま口を動かした。

 

 

「俺、本気なんです。本気で先生とーー」

 

 

「えぇと……困りましたねぇ」

 

 

「本気で先生と、結婚したいと思ってるんです!」

 

 

ーーぴくり。

 

 

士道が結婚の二文字を出した瞬間、珠恵の頰が

微かに動いた気がした。

 

 

そしてしばしの間黙ったあと、小さな声を

響かせてくる。

 

 

「……本気ですか?」

 

 

「え……っ、あ、はぁ……まあ」

 

 

突然の雰囲気の変化にたじろぎながら士道が

言うと、珠恵は急に一歩足を踏み出し、士道の袖を

掴んできた。

 

 

「本当ですか? 五河くんが結婚できる年齢に

なったら、私もう三〇歳超えちゃううんですよ?

それでもいいんですか? 両親に挨拶しにきて

くれるんですか? 婿養子とか大丈夫ですか?

しっかりと高校卒業したらうちの実家継いで

くれるんですか?」

 

 

人が変わったように目を爛々と輝かせ、鼻息を

荒くしながら珠恵が詰め寄ってくる。

 

 

「あ……あの、先生……?」

 

 

『……ふむ、少し効き過ぎたか』

 

 

士道がたじろいでいると、令音はため息とともに

声を発した。

 

 

「ど……どういうことですか?」

 

 

珠恵に聞こえないくらいの声で、令音に問う。

 

 

『……いや、独身・女性・二九歳にとって結婚と

いうのは必殺呪文らしい。かつて同級生は次々と

家庭を築き始め、両親からせっつかれ、自分に関係

ないと思っていた三十路の壁を今にも超えそうな

不安定な状況だからね。……にしても、少々彼女は

極端すぎるな』

 

 

珍しく少し辟易した様子を声に滲ませ、令音が

言ってくる。

 

 

「そ、それはいいんですけど、どうしろってん

ですかこれ……っ!」

 

 

「ねえ五河くん、少しいいですか? まだ婚姻届を

書ける年齢ではないので、とりあえず血判状を

作っておきましょうか。美術室から彫刻刀でも

借りてきましょうね。大丈夫ですよ、痛くない

ようにしますからね」

 

 

にじり寄るようにしながら、珠恵がまくし立てて

くる。士道は悲鳴じみた声を上げた。

 

 

 

『あー、必要以上に絡まれても面倒ね。目的は

達してさたし、適当に謝って逃げちゃいなさい』

 

 

士道はごくりと唾液を飲み込むと、意を決して

口を開いた。

 

 

「す、すみません! やっぱりそこまでの覚悟は

ーー「い、五河……君?」」

 

 

「えっ……?」

 

 

その瞬間、士道の背後から聞き覚えがある人物の

声が聞こえた。

 

 

「れ、零…?」

 

 

士道の額には滝のようにダラダラと汗を流しながら

零に視線を向ける。

 

 

もしかして先程、岡峰先生との会話も聞かれて

いたのだろうか…? だとしたら五河士道、

人生最大の危機と言えるだろう。

 

 

更には士道は恐る恐ると零を見ると零の瞳には

あり得ない物を見るようなドン引きの瞳だった。

 

 

零の瞳を見て一瞬にして確信を持てた。

間違いない‼︎ 零は先程の先生とのやり取りを

見られていたんだ‼︎ ど、どうにか誤解を

解かないと‼︎

 

 

「こ、これは…ち、違うんだ‼︎」

 

 

「へぇ〜……じゃあ、何が違うのか教えてよ

五河くん?」

 

 

零が訝しみながらそう言うと

 

 

「十六夜くん‼︎ 実は五河くんが本気で先生と、

結婚したいと言ってくれたんです!」

 

 

珠恵は先程の士道の言葉に興奮していたのか鼻息

を荒くしながら嬉しそうに零に言っていた。

 

 

 

「えっ…お付き合い…? け、結婚…?

う、嘘でしょ…?」

 

 

 

すると零は珠恵の言葉を聞いた瞬間、零の思考は

一瞬だが停止してしまった。

 

 

クラスメイトだと思っていた友人が学校内で

平然と先生を、しかも自分の担任の先生をナンパ

しているのだから驚くなというのが無理がある。

 

 

「す、すまない…‼︎ また今度…ッ‼︎」

 

 

「あっ‼︎ い、五河くんッ⁉︎」

 

 

 

士道はそう言って珠恵と零がいるその場から

叫んで駆け出しながら逃げ出した。

 

 

「五河くん⁉︎ どこに行くの⁉︎」

 

 

 

背後から零の声が聞こえてきたがとにかく一秒

でも早くその場を離れたかったのか更に速度を

上げた。

 

 

『いやー、なかなか個性的な先生ねえ』

 

 

呑気な琴里の笑い声が聞こえてくる。士道は

足を運動させたまま声を張り上げた。

 

 

「ざっけんな……っ! 何を呑気なーー」

 

 

と、言いかけた瞬間。

 

 

「の……ッ⁉︎」

 

 

「……………!」

 

 

インカムに注意がいっていたため、士道は曲がり角

の先から歩いてきた生徒とぶつかり、転んで

しまった。

 

 

「っつつ……す、すまん、大丈夫か?」

 

 

言いながら身を起こす。と……

 

 

「ぃ……ッ⁉︎」

 

 

士道は心臓が引き絞られるのを感じた。

何しろそこにいたのは、あの鳶一だったのだから。

 

 

しかもそれだけではない。転んだ拍子に尻餅を

ついてしまったのだろう、ちょうど士道の方に

向かってM字開脚をしていた。……白だった。

 

 

思わず目を背ける。

しかし折紙はさして慌てた様子もなく、

 

「平気」

 

と言って立ち上がった。

 

 

「どうしたの」

 

 

次いで、折紙は士道に訊ねてきた。

だがそれは士道が廊下を走っていたことについて

ではないようだった。どちらかというとーーそう、

今士道が、顔をうつむけて額に手を当てている

ことについてだろう。

 

 

「……いや、気にしないでくれ。絶対にないと

思っていたシチュエーションに遭遇していたのが

ショックでな……」

 

 

最後の砦が崩れてしまった。恐れべきは

〈ラタトスク〉のシュミレーション能力。

なんだかんだであのゲーム、よくできていたのかも

しれなかった。

 

 

「そう」

 

 

折紙はそれだけ言うと、廊下を歩いていった。

と、その瞬間、右耳に琴里の声が響く。

 

 

『ーーちょうどいいわ士道。

彼女でも訓練しておきましょう』

 

 

「は……はぁッ⁉︎」

 

 

『やっぱり先生だけじゃなく、同年代のデータ

も欲しいね。それに精霊とは言わないまでも

AST要員。なかやか参考になりそうじゃない。

見る限り、彼女も周りに言いふらすタイプとは

思えないけれど?』

 

 

「おまえ……ッ、ざけんなよ……?」

 

 

『精霊と話したいんでしょ?』

 

 

「……ッ」

 

 

士道は息を詰まらせると、下唇を噛んだ。

覚悟を決めて、折紙の背に声を投げる。

 

 

「と、鳶一っ」

 

 

「なに」

 

 

折紙はまるで声をかけられるのを待っていた

かのようなタイミングで振り向いた。士道は少し

驚きながらも、呼吸を落ち着けて唇を開いた。

なんだかんだで珠恵のケースを経験しているため、

先ほどよりは心拍は平静だった。そう、やりすぎ

なければよいのだ、やりすぎなければ。

 

 

「その服、可愛いな」

 

 

「制服」

 

 

「……ですよねー」

 

 

『なんで制服をチョイスしたのよ

このウスバカゲロウ』

 

 

ただの虫の名前なのにものすごく罵倒されてる

気がした。ふしぎ!

 

ーー先生のときは成功したもんだから……!

という意思を込めて頭を小さく振る。

 

 

『……手伝おうか?』

 

 

と、焦れたのだろう、また令音が助け船を

出してきた。不安は残るものの、一人で会話を

続ける自信もない。士道は小さくうなずいた。

右耳に聞こえてくる言葉に従い、声を発していく。

 

 

「あのさ、鳶一」

 

 

「なに」

 

 

「俺、実は……前から鳶一ことを知ってたんだ」

 

 

「そう」

 

 

声が素っ気ないままだったが、信じられないことに

折紙が言葉を続けた。

 

 

「私も、知っていた」

 

 

「ーーーーーー!」

 

 

内心もの凄く驚きながらも、声には出さない。

今令音の指示以外の台詞を喋ってしまっては、

一気にこのペースが瓦解してしまいそうだった。

 

 

「ーーそなんだ。嬉しいな。……それで、

二年で同じクラスになれてすげえ嬉しくてさ。

ここ一週間、授業中ずっとおまえことを

見てたんだ。」

 

 

うっわ我ながら気持ち悪い。ストーカーじゃん、

なんて思いながらも、その台詞を口に出す。

 

 

「そう」

 

 

しかし折紙は、

 

 

「私も、見ていた」

 

 

真っ直ぐに士道を見ながら、その言った。

 

 

「……っ」

 

 

ごくりと唾液を飲み込む。実際士道は気まずくて

授業中折紙の方なんて見られなかったのだが。

激しく脈打つ心臓を押さえ込むように、

耳に入ってくる言葉をそのまま口から出していく。

 

 

 

 

「本当に? あ、でも実は俺それだけじゃなくて、

放課後の教室で鳶一の体操着の匂いを嗅いだり

してるんだ」

 

 

「そう」

 

 

 

さすがにこれはドン引きだろうと思ったが、

折紙は微塵も表情を動かさなかった。

 

 

それどころか、

 

 

「私も、やっている」

 

 

「………⁉︎」

 

 

ーーやっているって、どっちを⁉︎ 自分のだよな⁉︎

そうだと言って言ってくれ!

 

 

士道は顔中にびっしり汗を浮かべた。

というか琴里と令音、さすがに台詞がおかしくは

ないだろうか。だが頭の中がグルグル回っている

士道に、今さら自分の言葉で会話することなんて

不可能だった。

 

 

「ーーそっか。なんか俺から気が合うな」

 

 

「合う」

 

 

「それで、もしよかったらなんだけど、

俺と付き合ってくれないかーーって急展開

すぎんだろいくらなんでも!」

 

 

もう訓練とかとかどうでもいい。たまらず後方を

振り返り、叫び上げる。折紙から見たら、勝手に

報告して自分の発言に盛大なノリツッコミを

している変な男である。

 

 

『……いや、まさか本当にそのまま言うとは』

 

 

「そのまま言えっつったのあんたじゃねえか!」

 

 

怨嗟を声に乗せて発し、すぐにハッとして折紙に

向き直る。折紙はいつも変わらない無表情……

ではあったのだが、気のせいだろうか、先ほどより

少しだけ、ほんの少しだけ、目を見開いている

ように見えた。

 

 

「あ、その、なんだ……すまん、今のはーー」

 

 

「構わない」

 

 

「………………は?」

 

 

士道は間抜けた声を出した。目が点になる。

口が力無く開かれ、手足が弛緩する。要は身体全体

を使って呆然とした。

 

 

 

ーーちょっと、意味がわからない。今この少女は

なんと言った?

 

 

 

「な……なんて?」

 

 

「構わない、と言った」

 

 

「な、ななななななななななが?」

 

 

「……………ッ⁉︎」

 

 

士道は顔中にぶわっと吹き出させた。

側頭部に軽く手を当て、落ち着け、落ち着けと

自分に語りかける。

 

 

考えられない。普通に考えればありえない。

だって、数えるぐらいしか会話を交わしたことも

ない男にいきなり交際を迫られて、OKする女がいる

だろうか。……いやまあいないことはないんだろう

けど、折紙に関しては絶対にそんな答えを返して

くるとは思わなかったのだ。

 

 

ーーいや待て。士道はぴくりと眉を動かした。

もしかしたら折紙は、何か勘違いをしているのでは

ないだろうか。

 

 

「あ、ああ……どこかに出かけるのに付き合って

くれるってことだよな?」

 

 

「………?」

 

 

折紙が、小さく首を傾げた。

 

 

「そういう意味だったの?」

 

 

「え、あ、いや……ええと、鳶一は、どういう

意味だと思ったんだ……?」

 

 

「男女交際のことかと思っていた」

 

 

「………ッ!」

 

 

士道は、頭に雷が直撃したかのように全身を

震わせた。何というのだろう、折紙の口から

『男女交際』なんて言葉が出るのは、恐ろしく

背徳的な感じがしたのである。

 

 

「違うの?」

 

 

「い、いや……違わない……けど」

 

 

「そう」

 

 

折紙が、何事もなかったかのように首肯する。

次の瞬間、士道は思いっきり後悔した。

 

 

ーーなぜ、なぜ「違わない」なんて言って

しまったのか! 今なら、今なら勘違いで

通せたのに!

 

 

と。

 

 

 

ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーー

 

 

 

「っ⁉︎」

 

 

 

瞬間、何の前触れもなく、あたりに警報が

響き渡った。それとほぼ同時に、折紙が顔を

軽く上げる。

 

 

「ーー急用ができた。また」

 

 

そしてそう言うと、踵を返して廊下を走って

いってしまった。

 

 

「お、おいーーー」

 

 

今度は、士道が声をかけても止まらなかった。

 

 

「ど……どうすりゃいいんだ、これ……」

 

 

ほどなくして、インカム越しに声が聞こえてくる。

 

 

『士道、空間震よ。一旦〈フラクシナス〉に

移動するわ。戻りなさい』

 

 

「や、やっぱり、精霊なのか……?」

 

 

士道が問うと、琴里は一拍置いてから続けてきた。

 

 

『ええ。出現予測地点はーー来禅高校よ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時刻は、一七時二〇分。

 

 

避難を始める生徒たちの目を避けながら、

街の上空に浮遊している〈フラクシナス〉に移動

した三人は、艦橋スクリーンに表示された様々な

情報に視線を送っていた。

 

 

軍服に着替えた琴里と零音は、時折言葉を

交わしながら意味ありげにうなずいていたが、

正直士道には、画面上の数値が何を示している

のかよくわからない。唯一理解できるのはーー

画面右側に示されているのが、士道の高校を中心

にした街の地図であることくらいである。

 

 

「なるほど、ね」

 

 

艦長席に座りチュッパチャプスを舐めながら、

クルーと言葉を交わしていた琴里は、小さく

唇の端を上げた。

 

 

「ーー士道」

 

 

「なんだ?」

 

 

「早速働いてもらうわ。準備なさい」

 

 

「……っ」

 

 

琴里の言葉に、士道は身体を硬直させた。

いや、予想はしていたし、覚悟していた

はずなのだ。だがやはり、実際そのときが

来てしまうと緊張を隠せそうはなかった。

 

 

「ーーもう彼を実戦登用するのですか、司令」

 

 

と、艦長席の隣に立っていた神無月が、

スクリーンに目をやりながら不意に声を発した。

 

 

「相手は精霊。失敗はすなわち死を意味します。

訓練は十分なのでしょげふッ」

 

 

言葉の途中で、神無月の鳩尾に琴里の拳が

めり込む。

 

 

「私の判断にケチをつけるなんて、偉くなった

ものね神無月。罰として今からいいと言うまで

豚語で喋りなさい」

 

 

「ぶ、ブヒィ」

 

 

なんかものすごく慣れた様子で神無月が返す。

士道はその光景を見ながら吹き出た汗を拭った。

 

 

 

「……いや、琴里、神無月さんの言うことも

もっともだと思うんだが……それに出現した精霊

はもしかしたら〈アテナ〉だっけか…? 

もしかしたらそいつかもしれないだろ?」

 

 

「あら士道、士道ったら臆病なうえに豚語が

理解できたの? さすが豚レベルの男ね」

 

 

「お、臆病者じゃねーし‼︎ それに豚を舐める

なよ!豚は意外とすごい動物なんだぞ!」

 

 

 

「知っているわ。きれい好きだし力も強い。

なんでも犬より高度な知能を持っているという説も

あるとか。だから有能な部下である神無月や、尊敬

する兄である士道に、最大限の敬意として豚という

呼称を使っているのよ。豚。この豚」

 

 

「……ぐぐっ」

 

 

正直あまり敬称には聞こえなかった。

しかし琴里も、神無月の疑問と士道の不安が

もっともであることくらいは理解しているよう

だった。キャンディの棒をピンと上向きにし、

スクリーンを示す。

 

 

「士道、あなたかなりラッキーよ」

 

 

「え……?」

 

 

琴里の視線を追うように、スクリーンに

目を向ける。やはり意味不明な数字が踊って

いたがーー右側の地図に、先ほどと変わった

ところが見受けられた。士道の高校に赤いアイコン

が一つ、そしてその周囲に、小さな黄色いアイコン

がいくつも表示されていたのである。

 

 

「赤いのが精霊、黄色いのがASTよそれに出現した

精霊は〈アテナ〉じゃなくてあなたがあの時会った

精霊〈プリンセス〉、それが彼女の精霊としての

『識別名』よ」

 

 

「……で、何がラッキーだってんだよ」

 

 

「ASTを見て。さっきから動いてないでしょう?」

 

 

「ああ……そうだな」

 

 

「精霊が外に出てくるのを待っているのよ」

 

 

「なんでまた。突入しないのか?」

 

 

士道が首を傾げると、琴里大仰に肩をすくめて

見せた。

 

 

「ちょっとは考えてもの言ってよね恥ずかしい。

粘液だってもう少し理性的よ」

 

 

「な、なにおう!」

 

 

「そもそもCRーユニットは、狭い屋内での戦闘を

目的として作られたものではないのよ。いくら

随意領域があるとはいっても、遮蔽物が多く、

更に通路も狭い建造物の中では確実に機動力が

落ちるし、視界も遮られてしまうわ。」

 

 

言いながら、琴里がパチンと指を鳴らす。

それを応じるように、スクリーンに表示

されていた映像が、実際の高校の映像に変わった。

 

 

校庭に浅いすり鉢のくぼみができており、

その道路や校舎の一部も綺麗に削り取られている。

まさに先日、士道が見たのと同じ光景だった。

 

 

「校庭に出現後、半壊した校舎に入り込んだ

みたいね。こんなラッキー滅多にないわよ。

ASTのちょっかいなしで精霊とコンタクトが取れる

んだから」

 

 

「……なるほど」

 

 

理屈はわかった。

 

 

だが、琴里の台詞に引っかかりを覚えた士道は、

ジトッと半眼を作る。

 

 

「……精霊が普通に外に現れてたら、どうやって

俺を精霊と接触させるつもりだったんだ?」

 

 

「ASTが全滅するのを待つか、ドンパチしてる中

に放り込むか、ね」

 

 

「…………」

 

 

士道は先ほどよりも深ぁーく、今の状況が

ありがたいものかを知った。

 

 

「ん、じゃあ早いところ行きましょうか。

ーー士道、インカムは外してないわね?」

 

 

「あ、ああ」

 

 

右耳に触れる。確かにそこには、先ほど

使用したままのインカムが装着されていた。

 

 

「よろしい。カメラも一緒に送るから、困った

ときはサインとして、インカムを二回小突いて

ちょうだい」

 

 

「ん……了解した。でもなあ……」

 

 

士道は半眼を作り、琴里と、艦橋下段で自分の

持ち場についている令音に視線を送った。訓練の

ときの助言を鑑みる限り、正直心細いサポート

メンバーだった。士道の表示からおおよそ思考を

察したのだろう、琴里が不敵な笑みを浮かべる。

 

 

「安心しなさい士道。〈フラクシナス〉クルー

には頼もしい人材がいっぱいよ」

 

 

「そ、そうなのか?」

 

 

士道が疑わしげな顔で聞き返すと、琴里が上着を

バサッと翻して立ち上がった。

 

 

「たとえば」

 

 

そして艦橋下段のクルーの一人をビシッと指す。

 

 

 

「五度もの結婚を経験した恋愛マスター

・<早すぎた怠惰期バッドブリッジ>川越!」

 

 

「いやそれ四度は離婚してるってことだよな!?」

 

 

「夜のお店のフィリピーナに絶大な人気を誇る、

<社長シャチョサン>幹本!」

 

 

「それ完全に金の魅力だろ!?」

 

 

「恋のライバルに次々と不幸が。

午前二時の女・<藁人形ネイルノッカー>椎崎!」

 

 

「絶対呪いかけてるだろそれ!」

 

 

「一〇〇人の嫁を持つ男・<次元を超える者

ディメンショナルブレイカー>中津川!」

 

 

「ちゃんとz軸がある嫁だろうな⁉︎」

 

 

「その愛の深さ故に、今や法律で彼の半径500m

以内に近づけなくなった業が深過ぎる女・

<保護観察処分ディープラヴ>箕輪!」

 

 

「なんでそんな奴らばっかなんだよ!」

 

 

「.....皆、クルーとしての腕は確かなんだ」

 

 

「つかまあ常人が精霊のこと聞けば普通はAST

の方に着くとおもうけどな」

 

 

 

艦橋下段から、ぼそぼそっとした令音の声が

聞こえてくる。

 

 

「そ、そう言われても……」

 

 

「いいから早いところ行ってきなさい。

精霊が外に出たらASTが群がってくるわ」

 

苦情発しかけた士道の尻を、琴里がボンっ、

と勢いよく蹴る。

 

 

「.....ってッ、こ、このやろ.....」

 

 

「心配しなくても大丈夫よ。士道なら一回くらい

死んでもすぐニューゲームできるわ」

 

 

「っざっけんな、どこの配管工だそれ」

 

 

「マンマミィーヤ。妹の言うことを信じない兄は

不幸になるわよ」

 

 

「兄の言うこときかない妹にいわれたかねぇよ」

 

 

溜息混じりに士道が言ったが、大人しく艦橋のドア

に足を向けた。

 

 

「グッドラック」

 

 

「おう」

 

 

ビッと親指立ててくる琴里に、軽く手を上げて

返す。未だ心臓は高鳴っていたがーーこの機を

逃すわけにはいかなかった。

 

 

倒すとか、恋させるとか、世界を救うとか。

そんな大それたことはまったく考えていない。

 

 

ただーーあの少女と、もう一度話をして

みたかった。

 

 

〈フラクシナス〉下部に設けられている顕現装置を

用いた転送機は、直線上に遮蔽物さえなければ、

一瞬で物質を転送・回収できるという代物だと

いう話だ。

 

 

最初は少々船酔ったかのような気持ち悪さを

感じたが、数回目ともなると多少は慣れが

出てくる。一瞬のうちに視界が〈フラクシナス〉

から、薄暗い高校の裏手に変わったのを確認

してから、士道は軽く頭を振った。

 

 

「さて、まずは校舎内にーーー」

 

 

言いかけて、言葉を止める。

士道の目の前にある校舎の壁が、冗談のように

ごっそりと削り取られており、内部を覗かせて

いたからだ。

 

 

「実際見るととんでもねえな……」

 

 

『まあ、ちょうどいいからそこから

入ちゃいなさい』

 

 

右耳に詰めたインカムから、琴里の声が聞こえて

くる。士道は了解と頰をかきながら呟くと、校舎

の中に入って行った。あまりのんびりしていては

精霊が外に出てしまうかもしれないし、それ以前

に、士道がASTに見つかって『保護』されて

しまう可能性もある。

 

 

『さ、急ぎましょ。ナビするわ。精霊の反応は

そこから階段を上がって三階、手間から四番目

の教師よ』

 

 

「了解……っ」

 

 

士道は深呼吸をすると、近くの階段を駆け上がって

いった。そして一分とかかわらず、指定された教室

の前まで辿り着く。扉は開いておらず、中の様子は

窺えなかったが、この中に精霊がいると思うと自然

心臓は早鐘のように鳴った。

 

 

「てーーここ、二年四組。俺のクラスじゃねえか」

 

 

『あら、そうなの。好都合じゃない。地の利と

までは言わないけど、まったく知らない場所より

よかったでしょ』

 

 

琴里が言ってくる。実際、まだ進級してそう日が

経っていないので、そこまで知っているというわけ

でもないのだが。とにかく、精霊が気まぐれを

起こす前に接触せねばならない。士道が唾を

飲み込んだ。

 

 

「……やあ、こんばんわ、どうしたの、

こんなところで」

 

 

小さな声で、最初にかける言葉を何度か繰り返し。

士道は、意を決して教室の扉を開けた。夕陽で赤く

染められた教室の様子が、網膜に映り込んでくる。

 

 

「ーーーー」

 

 

瞬間。

 

 

頭の中で用意した薄っぺらな言葉なんて、一切合切

吹っ飛んだ。

 

 

「あーーー」

 

 

前から四番目、窓際から二列目ーーちょうど士道の

机の上に、不思議なドレスを身に纏った黒髪の少女

が、片膝を立てるようにして座っていた。幻想的な

輝きを放つ目を物憂げな半眼にし、ぼうっと黒板を

眺めている。半身を夕日に照らされた少女は、

見る者の思考能力を一瞬奪ってしまうほどに、

神秘的。だが、その完璧にも近いワンシーンは、

すぐに崩れることとなった。

 

 

「ーーぬ?」

 

 

少女が士道の侵入に気づき、目を完全に開いて

こちらを見てくる。

 

 

「……ッ! や、やあーーー」

 

 

と、士道がどうにか心を落ち着けながら手を上げ

……ようとした瞬間。

 

 

ーーひゅん、と

 

 

少女が無造作に手を振るったかと思うと、士道の顔

を掠めて一条の黒い光線が通り抜けていった。

 

 

一瞬のあと、士道が手を掛けていた教室の扉と、

その後ろにある廊下の窓ガラスが盛大な音を立てて

砕け散る。

 

 

「ぃ……ッ⁉︎」

 

 

突然のことに、一瞬その場に固まってしまう。

頰に触れてみると、少し血が流れていた。

だが、呆然ともしていられない。

 

 

『士道!』

 

 

琴里の声が鼓膜を痛いほどに震わせる。

少女は鬱々とした表情を作りながら、腕を大きく

振り上げていた。手のひらの上には、丸く形

作られた光の塊のようなものが、黒い輝きを

放っている。

 

 

「ちょ……っ」

 

 

叫びを上げるより早く、転げるように壁の後ろに

身を隠す。一瞬あと、先ほどまで士道がいた位置

を光の奔流が通り抜け、校舎の外壁を容易く

突き破って外へ伸びていった。

 

 

その後も、何度か連続して黒い光が放たれる。

 

 

「ま……待ってくれ! 俺は敵じゃない!」

 

 

随分と風通しのよくなってしまった廊下から

声を上げる。と、士道の言葉が通じたのか、

それっきり光線は放たれなくなった。

 

 

「……は、入って大丈夫なのか……?」

 

 

『見たところ、迎撃準備はしてないわね。

やろうと思えば、壁ごと士道を吹き飛ばすなんて

容易いはずだし。ーー逆に時間を開けて機嫌を

損ねてもよくないわ。行きましょう』

 

 

独り言のような士道の呟きに、琴里が答えてくる。

恐らくカメラはもう教室に入っているのだろう。

唾液をごくりと飲み下してから、士道は扉の

なくなった教室の入り口の前に立った。

 

 

「………」

 

 

そんな士道に、少女はじとーっした目を向けて

きていた。一応攻撃はしてこないものの、その視線

には猜疑と警戒が満ちている。

 

 

「と、とりあえず落ち着いーー」

 

 

士道は敵意がないことを示すために両手を

上げながら、教室に足を踏み入れた。

 

 

だが、

 

 

「ーー止まれ」

 

 

少女が凛とした声音を響かせる同時ーーばじゅッ、

と士道の足元の床を光線が灼く。士道は慌てて

身体を硬直させた。

 

 

「……っ」

 

 

少女が、士道の頭頂から爪先まで舐めるように

睨め回し、口を開いてくる。

 

 

「おまえは、何者だ」

 

 

『待ちなさい』

 

 

と、士道が答えようとしたところで、なぜか

琴里からストップが入った。

 

 

〈フラクシナス〉艦橋のスクリーンには今、

光のドレスを纏った精霊の少女が、バストアップで

映し出されてた。愛らしい貌を刺々しい視線で飾り

ながら、カメラの右側ーー士道の方を睨みつけて

いる。そしてその周りには『高感度』をはじめと

した各種パラメータが配置されていた。令音が

顕現装置で解析・数値化した、少女の精神状態が

表示されているのである。

 

 

ついでに〈フラクシナス〉に搭載されているAIが、

二人の会話をタイムラグなしでテキストに起こし、

画面の下部に表示させている。一見、士道が訓練

に使用したゲームの画面にそっくりだった。

 

 

特大のスクリーンに表示されたギャルゲー画面に、

選りすぐられたクルーたちが、至極真面目な顔を

して向かい合っている。

 

 

なんともシュールな光景である。

 

 

 

とーー琴里はぴくりと眉を上げた。

 

 

 

『おまえは何者だ』

 

 

 

精霊が士道に向かってそう言葉を発した瞬間、

画面が明滅し、艦橋にサイレンが鳴り響いたのだ。

 

 

「こ、これはーー」

 

 

クルーの誰かが狼狽に満ちた声を上げる中、

画面中央にウィンドウが現れる。

 

 

 

①「俺は五河士道。君を救いに来た!」

 

 

②「通りすがりの一般人ですやめて殺さないで」

 

 

③「人に名を訊ねるときは自分から名乗れ」

 

 

 

「選択肢ーーっ」

 

 

琴里はキャンディの棒をピンと立てた。

 

 

令音の操作する解析用顕現装置と連動した

〈フラクシナス〉のAIが、精霊の心拍や微弱な脳波

などの変化を観測し、瞬時に対応パターンを画面に

表示したのだ。これが表示されるのは、精霊の

精神状態が不安定であるときに限られる。

 

 

つまり、『正しい対応』すれば精霊に取り入る

ことができる。だがもしーー琴里すぐさまマイクを

口に近づけると、返事をしかけていた士道に制止を

かけた。

 

 

「待ちなさい」

 

 

『ーーっ?』

 

 

息を詰まらせるような音が、スピーカーから

聞こえてくる。きっと、なぜか琴里が言葉を

止めさせたかがわからないのだろう。精霊を

いつまでも待たせるわけにはいかない。琴里は

クルーたちに向かってのどを震わせた。

 

 

「これだと思う選択肢を選びなさい!  

五秒以内!」

 

 

クルーたちが一斉に手元のコンソールを操作する。

そう結果はすぐに琴里の手元のディスプレイに

表示された。

 

 

最も多いのはーー③番。

 

 

 

「ーーみんな私と同意見みたいね」

 

 

琴里が言うと、クルーたちは一斉にうなずいた。

 

 

「①は一見王道に見えますが、向こうがこちらを

敵と疑っているこの場で言っても胡散臭い

だけでしょう。それに少々鼻につく」

 

 

直立不動のまま、神無月が言ってくる。

 

 

「……②は論外だね。万が一この場を逃れることが

できたとしても、それで終わりだ」

 

 

次いで、艦橋下段から令音が声を発してきた。

 

 

「そうね。その点③は理に適っているし、

上手くすれば会話の主導権を握ることもできるかも

しれないわ」

 

 

琴里は小さくうなずくと、再びマイクを

引き寄せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……お、おい、なんだってんだよ……」

 

 

少女の鋭い視線に晒されながら言葉を制止された

士道は、気まずい空気の中そこに立ちつくして

いた。

 

 

「……もう一度聞く。おまえは、何者だ」

 

 

少女が苛立たしげに言い、目をさらに尖らせる。

 

 

『士道。聞こえる? 私の言うとおりに

答えなさい』

 

 

「お、おう」

 

 

『ーー人に名を訊ねるときは自分から名乗れ』

 

 

「ーー人に名を訊ねるときは自分から名乗れ。

……って」

 

 

言ってしまってから、士道は顔を青くした。

 

 

「な、何言わせてんだよ……っ」

 

 

だが時既に遅し。士道の声を聞いた少女は

途端表情を不機嫌そうに歪め、今度は両手を

振り上げて光の球を作りだした。

 

 

「ぃ……ッ」

 

 

慌てて床を蹴り、右方に転がる。

 

 

一瞬あと、士道の立っていた場所に黒い光球が

投げつけられた。床に、二階一階まで貫通する

ような大穴が開く。

 

 

ついでに士道その瞬間の衝撃波でさらに

吹き飛ばされ、机と椅子を盛大に巻き込みながら

教室の端まで転がった。

 

 

「……っぐあ……」

 

 

『あれ、おかしいな』

 

 

「おかしいなじゃねえ……ッ、殺す気か……っ」

 

 

心底不思議そうに言ってくる琴里に返し、士道は

頭を押さえながら身を起こした。

 

 

とーー

 

 

 

「これが最後だ。答える気がないのなら、

敵と判断する」

 

 

士道の机の上から、少女が言ってくる。

士道は泡を食って即座に口を開いた。

 

 

「お、俺は五河士道! ここの生徒だ!

敵対する意思はない!」

 

 

「………」

 

 

両手を上げながら士道が言うと、少女は訝しげな

目を作りながら士道の机から下りた。

 

 

「ーーそのままでいろ。おまえは今、私の攻撃

可能圏内にいる」

 

 

「……っ」

 

 

士道は了解を示すように、姿勢を保ったまま

こくこくとうなずいた。少女が、ゆっくりとした

足取りで士道の方に寄ってくる。

 

 

「……ん?」

 

 

そして軽く腰を折り、しばしの間士道の顔を凝視

してから「ぬ?」と眉を上げた。

 

 

「おまえ、前に一度会ったことがあるな……?」

 

 

「あ……っ、ああ、今月のーー確か、一〇日に。

街中で」

 

 

「おお」

 

 

少女は得心がいったいったように小さく

手を打つと、姿勢を元に戻した。

 

 

「思い出したぞ。何やらおかしなことを

言ってた奴だ」

 

 

少女の目から、微かに険しさが消えるのを

見取って、一瞬士道の緊張が弛む。

 

 

だが、

 

 

「ぎ……ッ⁉︎」

 

 

刹那の間のあと、士道は前髪を掴まれ顔を上向きに

させられていた。

 

 

少女が、士道の目を覗き込むように顔を斜めに

しながら視線を放ってくる。

 

 

「……確か、私を殺すつもりはないと

言っていたか? ふんーー見え透いた手を。

言え、何が狙いだ。油断させておいて後ろから

襲うつもりか?」

 

 

「…………っ」

 

 

士道は、小さく眉を寄せ、奥歯をぎりと噛んだ。

 

 

 

少女への恐怖とか、そんなものより先に。

 

 

 

 

 

 

少女が士道の言葉ーー殺しに来たのではない、

という台詞を、微塵も信じるできないのが。

 

 

 

信じることができないような環境に晒されていた、

というのが。

 

 

気持ち悪くて、たまらなかった。

 

 

 

「ーー人間は……ッ」

 

 

思わず、士道は声を発していた。

 

 

「おまえを殺そうとする奴らばかりじゃ……

ないんだッ」

 

 

「……………」

 

 

少女が目を丸くして、士道の髪から手を離す。

そしてしばしの間、もの問いたげな視線で士道の顔

を見つめたあと、小さく唇を開いた。

 

 

「………そうなのか?」

 

 

「ああ、そうだとも」

 

 

「私が会った人間たちは、皆私は死なねばならない

と言っていたぞ」

 

 

「そんなわけ……ないだろッ」

 

 

「………」

 

 

少女は何も答えず、手を後ろに回した。

半眼を作って口を結びーーまだ士道の言うことが

信じられないという顔を作る。

 

 

「……では聞くが。私を殺すつもりがないのなら、

おまえは一体何をしに現れたのだ?」

 

 

「っ、それはーーええと」

 

 

『士道』

 

 

士道がくちごもると同時、琴里の声が

右耳に響いた。

 

 

「ーーまた選択肢ね」

 

 

 

琴里はぺろりと唇を舐めて、スクリーンの中央に

表示された選択肢を見つめた。

 

 

 

①「それはもちろん、君に会うためさ」

 

 

②「なんでもいいだろ、そんなの」

 

 

③「偶然だよ、偶然」

 

 

手元のディスプレイに、瞬時にクルーたちの意見が

集まってくる。①が人気だ。

 

 

「②はまあ、さっきの反応見る限り駄目

でしょうね。ーーー士道、とりあえず無難に、

君に会うためとでも言っておきなさい」

 

 

 

琴里がマイクに向かって言うと、士道が画面の中で

立ち上がりながら口を開いた。

 

 

『き、君に会うためだ』

 

 

『……?』

 

 

少女が、きょとんとした顔を作る。

 

 

『私に?一体何のために』

 

 

 

少女が首をそう言った瞬間、またも画面に選択肢

が表示される。

 

 

①「君に興味があるんだ」

 

 

②「君と、愛し合うために」

 

 

③「君に訊きたいことがある」

 

 

「んー……どうしたもんかしらねえ」

 

 

琴里があごをさすっているいると、手元の

ディスプレイには②の回答が集まっていった。

 

 

「ここはストレートにいっておいた方が

いいでしょう、司令。男気を見せないと!」

 

 

「はっきり言わないとこの手の娘は

わからないですって!」

 

 

艦橋下段から、クルーの声が響いてくる。

琴里はふうむとうなってから足を組み替えた。

 

 

「まあ、いいでしょ。①や③だとまた質問を

返されるだろうしーーー士道。君と愛し合う

ために、よ」

 

 

マイクに向かって指示を発する。瞬間、士道の肩

がビクッと震えた。

 

 

 

 

「あー……その、だな」

 

 

琴里から指示を受けた士道は、しどろもどろに

なって目を泳がせた。

 

 

「なんだ、言えないのか。おまえは理由もなく

私のもとに現れたと? それともーーー」

 

少女の目が、再び険しいものになっていく。

士道は慌てて手を振りながら声を発した。

 

 

「き、君と……愛し合うため……に?」

 

 

「…………」

 

 

士道が言った瞬間、少女は手を抜き手にし、

横薙ぎに振り抜いた。瞬間、士道の髪が数本、

中程で切られて風に舞う。

 

 

「ぬわ……ッ⁉︎」

 

 

「……冗談はいらない」

 

 

ひどく憂鬱そうな顔をして、少女が呟く。

 

 

「………っ」

 

 

士道は、唾液を飲み下した。

 

 

 

一瞬にして今し方感じていた恐怖が薄れ、

心臓が高鳴っていく。

 

 

ーーああ、そうだ、この顔だ。

 

 

士道が嫌いな顔だ。

 

 

 

自分が愛されるなんて微塵も思っていないような、

世界に絶望した表情だ。

 

 

士道は、思わずのどを震わせていた。

 

 

「俺は……ッ、おまえと話をするために……

ここにきたッ」

 

 

士道が言うとーー少女は意味がわからないと

いった様子で眉をひそめた。

 

 

「……どういう意味だ?」

 

 

「そのままだ。俺は、おまえと、話がしたいんだ。

内容なんかなんだっていい。気に入らないなら

無視してくれたっていい。でも、一つだけ

わかってくれ。俺はーーー」

 

 

『士道、落ち着きなさい』

 

 

琴里が、諫めるように言ってくる。

しかし士道は止まらなかった。

 

 

だって、今までこの少女には、手を差し伸べる

人間がいなかったのだ。

 

 

たった一言でもあれば状況は違ったかもしれない

のに、その一言をかけてやる人間が、一人も

いなかったのだ。

 

 

 

士道には、父が、母が、そして琴里がいた。

でも、彼女には、誰もいなかったのだ。

 

 

だったらーー士道が言うしかない。

 

 

「俺はーーおまえを否定しない」

 

 

士道はだん、と足を踏みしめると、一言一言を

区切るようにそう言った。

 

 

「…………っ」

 

 

少女は眉根を寄せると、士道から目を逸らした。

そしてしばしの間黙ったあと、小さく唇を開く。

 

 

「……シドー。シドーと言ったな」

 

 

「ーーああ」

 

 

「本当に、おまえは私を否定しないのか?」

 

 

「本当だ」

 

 

「本当の本当か?」

 

 

「本当の本当だ」

 

 

「本当の本当の本当か?」

 

 

「本当の本当の本当だ」

 

 

士道が間髪入れず答えると、少女はくしゃくしゃ

とかき、ずずっと鼻をすするかのような音を

立ててから、顔の向きを戻してきた。

 

 

「ーーーーふん」

 

 

眉根を寄せ口をへの字に結んだままの表情で、

腕組みする。

 

 

「誰がそんな言葉に騙されるかばーかばーか」

 

 

「っ、だから、俺はーー」

 

 

「……だがまあ、あれだ」

 

 

 

少女は、複雑そうな表情を作ったまま、続いた。

 

 

「どんな腹があるかは知らんが、まともに会話

をしようという人間は初めてだからな。……

この世界の情報を得るために少しだけ利用

してやる」

 

 

言って、もう一度ふんと息を吐く。

 

 

「……は、はあ?」

 

 

「話しくらいしてやらんこともないと言って

いるのだ。そう、情報を得るためだからな。

うむ、大事。情報超大事」

 

 

言いながらもーーーほんの少しだけ、少女の表情

が和らいだ気がする。

 

 

「そ、そうか……」

 

 

士道は頰をポリポリとかきながらそう返した。

 

 

これは……とりあえずファーストコンタクトに

成功したと考えていいのだろうか。

 

 

士道が困惑していると、右耳に琴里の声が響いた。

 

 

『ーーー上出来よ。そのまま続けて』

 

 

「あ、ああ……」

 

 

と、少女が大股で教室の外周をゆっくり

回り始めた。

 

 

「ただし不審な行動を取ってみろ。おまえの身体に

風穴を開けてやるからな」

 

 

「……オーケイ、了解した」

 

 

士道の返答を聞きながら、少女がゆっくりと教室に

足音を響かせていく。

 

 

「シドー」

 

 

「な、なんだ?」

 

 

「ーーー早速聞くが。ここは一体なんだ?

初めて見る場所だ」

 

 

言って、歩きながら倒れていない机をペタペタと

触り回る。

 

 

 

「え……ああ、学校ーーー教室、まあ、俺と

同年代くらいの生徒たちが勉強する場所だ。

その席に座って、こう」

 

 

「なんと」

 

 

少女は驚いたように目を丸くした。

 

 

「これに全て人間が収まるのか?冗談抜かすな。

四〇近くはあるぞ」

 

 

「いや、本当だよ」

 

 

言いながら、士道は頰をかいた。

 

 

少女が現れるときは、街には避難警報が発令

されている。少女が見たことのある人間なんて、

ASTくらいのものなのだろう。人数もそこまで

多くはあるまい。

 

 

「なあーーー」

 

 

少女の名を呼ぼうとしーーー士道は声を

詰まらせた。

 

 

「ぬ?」

 

 

士道の様子に気づいたのだろう、少女が眉を

ひそめてくる。そしてしばし考えを巡らせる

ようにあごに手を置いたあと、

 

 

「……そうか、会話を交わす相手がいるのなら、

必要なのだな」

 

 

そううなずいて、

 

 

「シドー。 ーーーおまえは、私を何と呼びたい」

 

 

手近にあった机に寄りかかりながら、

そんなことを言ってきた。

 

 

「……は?」

 

 

言っている意味がわからず、問い返す。

少女はふんと腕組みすると、尊大な調子で続けた。

 

 

「私に名をつけろ」

 

 

「…………」

 

 

しばし沈黙したあとで。

 

 

 

ーーー重ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ‼︎

 

 

 

士道は心中で絶叫した。

 

 

「お、俺がかッ⁉︎」

 

 

「ああ。どうせおまえ以外と会話する予定はない。

問題あるまい」

 

 

 

 

 

 

「うっわ、これまたヘビーなの来たわね」

 

 

艦長席に腰掛けながら、琴里は頰をかいた。

 

 

「……ふむ、どうしたものかな」

 

 

艦橋下段で、令音がそれに応えるようになる。

艦橋にはサイレンが鳴っているものの、スクリーン

には選択肢が表示いなかった。

 

 

AIでランダムに名前を組むだけでは、パターンが

多すぎて表示しきれないのだろう。

 

 

「落ち着きなさい士道。焦って変な名前

言うじゃないわよ」

 

 

言ってから、琴里は立ち上がり、クルーたちに

声を張り上げた。

 

 

「総員! 今すぐ彼女の名前を考えて私の端末

に送りなさい!」

 

 

言ってからディスプレイに視線を落とす。

すでに何名かのクルーから名前案が送信

されてきた。

 

 

「ええと……川越! 美佐子って別れた奥さんの

名前じゃない!」

 

 

「す、すみません、思いつかなかったもので……」

 

 

司令室の下部から、すまなそうな男の声が

聞こえてくる。

 

 

「……ったく、他は……麗鐘? 

幹本、なんて読むのこれ」

 

 

「麗鐘(くららべる)です!」

 

 

「あなたは生涯子供を持つことを禁じるわ」

 

 

声を上げた男性クルーに指を突きつける。

 

 

「すみません! もう一番上の子が小学生です!」

 

 

「一番上の子?」

 

 

「はい! 三人います!」

 

 

「ちなみに名前は」

 

 

「上から、美空(びゅあつぶる) 振門体

(ふるもんてい) 聖良布夢(せらふいむ)です!」

 

 

「一週間以内に改名して、学区外に引っ越し

なさい」

 

 

「そこまでですかッ⁉︎」

 

 

「変な名前つけられた子供の気持ちを

察しなさいこのダボハゼ」

 

 

「大丈夫ですよ! 最近はみんな似たような

ものですから!」

 

 

ゴンゴン、とくぐもった音が艦橋に響く。

恐らく士道がインカムを指で小突いている

のだろう。

 

 

スクリーンを見てやると、少女が腕組み

しながら、街くたびれたように指で肘を

叩いているのがわかる。

 

 

 

琴里は画面をざっと見た。ロクなものはない。

はぁ盛大に息を吐き出す。

 

 

まったくセンスのない部下たちである。

琴里はやれやれと首を振った。

 

 

少女の美しい容貌を見やる。彼女に相応しいのは、

古式ゆかしい優雅さであろう。

 

 

 

そうたとえばーーー

 

 

 

 

「トメ」

 

 

『トメ! 君の名前はトメだ!』

 

 

 

士道が言った途端、司令室に真っ赤なランプが

灯り、ビィーッ、ビィーッというけたたましい

音が鳴った。

 

 

「パターン青、不機嫌です!」

 

 

クルーの一人が、慌てた様子で声を荒げる。

 

 

大画面に表示された高感度メーターが、

一瞬のうちに急下落していた。

 

 

ついでに画面内の士道の足元に、ズガガガンッ!

とマシンガンのように小さな光球を連続して

降り注いだ。

 

 

『のわぁぁぁぁッ⁉︎』

 

 

「……琴里?」

 

 

不思議そうな令音の声。

 

 

「あれ? おかしいな。古風でいい名前だと

思ったんだけど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なぜかわからないが、無性に馬鹿された

気がした」

 

 

少女が額に血管を浮かべながら言う。

 

 

「……ッ! す、すまん…ちょっと待ってくれ」

 

 

冷静に考えればトメはないわ。士道が煙の上がる

床を見て身を竦ませながら、自分の浅慮を呪った。

全国のお婆ちゃんには悪いけれど、今どきの女の子

につけるような名前ではない。

 

 

というかそもそも、出会い頭に名付け親に

なってくれと言われるとは露ほども予想して

いなかった。

 

 

心臓をどうにか抑え込みながら、考えと視線を

ぐるぐると巡らせる。でも、いきなり女の子の

名前なんて出てくるわけがない。名前、名前、

名前……知っている女性の名前が頭の中を掠めて

は消えていく。しかしあまり時間もとれない。

 

 

そうこうしている間にも、少女の顔は不機嫌に

なっていく。

 

 

「ーーーーーと、十香」

 

 

困りに困った士道は、そんな名前を口にしていた。

 

 

「ぬ?」

 

 

「ど、どう……かな」

 

 

「……………」

 

 

少女はしばらく黙ったあとーーー

 

 

「まあ、いい。トメよりはマシだ」

 

 

士道は見るからに余裕がない苦笑を浮かべて

後頭部をかいた。

 

 

だが……それよりも大きな後悔が後頭部に

のしかかる。

 

だってそれは、『四月一〇日』に初めて

会ったから、なんて安直な名だったのだ。

 

 

「……なーにやってんだ、俺……」

 

 

「何か言ったか?」

 

 

「っ、あ、いや、なんでも……」

 

 

慌てて手を振る。少女は少し不思議そうに

しながらも、深くは追及してこなかった。

すぐにトン、トンと士道に近づいてくる。

 

 

「それでーートーカとは、どう書くのだ?」

 

 

「ああ、それはーー」

 

 

士道は黒板の方に歩いていくと、チョークを

手に取り、『十香』と書いた。

 

 

「ふむ」

 

 

少女が小さくうなってから、士道の真似を

するように指先で黒板をなぞる。

 

 

「あ、いや、ちゃんとチョークを使わないと

文字が……」

 

 

言いかけて、言葉を止める。少女の指が伝った

あとが綺麗に削り取られ、下手くそな『十香』

の二文字が記されていた。

 

 

「なんだ?」

 

 

「……いや、なんでもない」

 

 

「そうか」

 

 

少女はそう言うと、しばしの間自分の書いた文字

をじっと見つめ、小さくうなずいた。

 

 

「シドー」

 

 

「な、なんだ?」

 

 

「十香」

 

 

「へ?」

 

 

「十香。 私の名だ。素敵だろう?」

 

 

「あ、ああ……」

 

 

 

何というか……気恥ずかしい。いろんな意味で。

 

 

 

士道は少し視線を逸らすようにしながら

頰をかいた。

 

 

だが、少女ーーー十香は、もう一度同じように

唇を動かした。

 

 

「シドー」

 

 

……さすがに士道でも、十香の意図はわかった。

 

 

「と、十香……」

 

 

士道がその名を呼ぶと、十香は満足そうに唇の端

をニッと上げた。

 

 

「……っ」

 

 

心臓が、どくんと跳ねる。

 

 

そういえば十香の笑顔を見るのは、

これが初めてだった。

 

 

と、そのとき、

 

 

「ーーーぇ……?」

 

 

突如、校舎を凄まじい爆音と振動が襲った。

咄嗟に黒板に手をついて身体を支える。

 

 

「な、なんだ……ッ⁉︎」

 

 

『士道、床に伏せなさい』

 

 

と、右耳に琴里の声が響いてくる。

 

 

「へ……?」

 

 

『いいから、早く』

 

 

何が何だかわからないまま、士道は言われた

とおりに床にうつぶせになった。

 

 

次の瞬間、ガガガガガガガガガガガーーーッと、

けたたましい音を立てて、教室の窓ガラスが

一斉に割れ、ついでに向かいの壁にいくつもの

銃痕が刻まれていった。まるでマフィアの抗争の

ような有様だった。

 

 

「な、なんだこりゃ……ッ!」

 

 

『外からの攻撃みたいね。精霊をいぶり出す

ためじゃないかしら。ーーーああ、それとも

校舎ごと潰して、精霊が隠れる場所をなくす

つもりかも』

 

 

「な……ッ、そんな無茶な……!」

 

 

 

『今はウィザードの災害復興部隊がいるからね。

すぐに直せるなら、一回くらい壊しちゃっても

大丈夫ってことでしょ。ーーーにしても予想外ね。

こんな強攻策に出てくるなんて』

 

 

 

と、そこで、士道は顔を上に向けた。

 

 

 

十香が、先ほど士道に対していたときとはまるで

違う表情をして、ボロボロになった窓の外に視線

を放っていた。

 

 

無論、十香には銃弾はおろか、窓ガラスの破片

すら触れてはいない。だけどその顔は、ひどく

痛ましく歪んでいた。

 

 

「ーーー十香ッ!」

 

 

思わず、士道はその名呼んでいた。

 

 

「……っ」

 

 

ハッとした様子で、十香が視線を、外から士道に

移してくる。未だ凄まじい銃声は響いていたが、

二年四組の教室への攻撃は一旦止んでいた。

 

 

外に気を張りながらも身を起こす。と、十香が

悲しげに目を伏せた。

 

 

「早く逃げろ、シドー。私と一緒にいては、同胞

に討たれることになるぞ」

 

 

「………」

 

 

士道は、無言で唾液を飲み込んだ。

 

 

確かに、逃げなければならないなだろう。

 

 

だけれどーーー

 

 

 

『選択肢は二つよ。逃げるか、とどまるか』

 

 

 

琴里の声が聞こえてくる。士道はしばしの

逡巡のあと、

 

 

「……逃げられるかよ、こんなところで……ッ」

 

 

押し殺した声で、そう言った。

 

 

『馬鹿ね』

 

 

「……なんとでも言え」

 

 

『褒めてるのよ。ーー素敵なアドバイスをあげる。

死にたくなかったら、できるだけ精霊の近くに

いなさい』

 

 

「……おう」

 

 

士道は唇を真一文字に結ぶと、十香の足下に

座り込んだ。

 

 

「はーー?」

 

 

十香が、目を見開く。

 

 

「何をしている? 早くーーー」

 

 

「知ったことか……っ! 今は俺とのお話タイム

だろ。あんなもん、気にすんな。ーーーこの世界

の情報、欲しいだろ? 俺に答えられることなら

なんでも答えてやる」

 

 

「……!」

 

 

十香は一瞬驚いた顔を作ってから、士道の向かい

に座り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーーーー」

 

 

 

ワイヤリングスーツに身を包んだ折紙は、

その両手に巨大なガトリング砲を握っていた。

 

 

 

照準をセットして引き金を引き、ありったけの

弾を学舎にぶち撒ける。随意領域を展開させて

いるため、重量も反動もほとんど感じないが、

本来ならば戦艦に搭載されている類の大口径

ガトリングである。実際、四方から砲撃を受けた

校舎は、見る見るうちに穴だらけになってその

体積を減らしていった。

 

 

とはいえーーー顕現装置搭載の対精霊装備

ではない。ただ単純に、校舎を破壊して精霊を

いぶり出すためのものだ。

 

 

 

『ーーーどう? 精霊は出てきた?』

 

 

ベッドセットに内蔵されたインカム越しに、

遼子の声が聞こえてくる。

 

 

遼子は折紙の隣にいるのだがーーこの銃声の中

では肉声など届かないのだ。

 

 

「まだ確認できない」

 

 

攻撃の手を止めないまま、答える。

 

 

折紙は自らも銃を撃ちながら、目を見開いて

崩れゆく校舎をじっと睨めていた。

 

 

通常であればまともに見取ることすらできない

距離だったが、随意領域を展開された今の折紙

には、校舎脇の掲示板に張られた紙の文字を読む

ことだって可能だった。

 

 

とーー折紙は小さく目を細めた。

 

 

二年四組。折紙たちの教室。

 

 

 

その外壁が、折紙たちの攻撃によって完全に

崩れ落ちーーーターゲットである精霊の姿が

見えたのだ。

 

 

だがーー

 

 

『……ん? あれはーーー』

 

 

遼子は訝しげな声を上げた。

それはそうだろう。教室の中には、精霊の他に、

もう一人少年と思しき人間が確認できたのである。

 

 

ーーー逃げ遅れたよ生徒だろうか?

 

 

「な、何あれ。精霊に襲われてるーーー?」

 

 

遼子が眉をひそめながら声を発する。

だけど折紙はそれに反応を示すことなく、教室を

じっと見つめ続けた。精霊と一緒にいる少年の姿

に、見覚えがある気がしたのである。

 

 

遼子や折紙たちASTが教室を見つめながら精霊を

いぶり出すための更なる準備をしていると

 

 

 

ビィー‼︎ビィー‼︎ビィー‼︎

 

 

「‼︎ この凄まじいアラーム音は…ま、まさか……

『緊急事態通信のアラーム‼︎』」

 

 

日下遼子をはじめとした折紙以外のASTのたちは

いきなり緊急事態通信のアラームが鳴り始めて

不安だったのか周りからは「緊急事態通信よね?」

とか「ど、どうなってるの?」ひそひそと話し出す

隊員たちの声が聞こえてくる。

 

 

「全員落ち着きなさい‼︎」

 

 

日下遼子は緊急事態通信のアラームで不安に

なって騒ぎ始める隊員たちに一言一喝して

隊員たちを宥めて通信機を手に取る。

 

 

 

だが、何故だろう……何故か分からないが通信機

を手に取る瞬間、手や額から滝のような嫌な大量

の冷や汗が流れる。それどころか本能だろうか

嫌な予感がして通信機を手に取ることを本能的に

拒んでいる自分がいた。

 

 

「こちら日下遼子一尉……」

 

 

 

ドクドクと遼子の心臓の心拍数が激しくなって

少しずつ苦しくなってくる。

 

 

「ーーッ‼︎ そ、そんな‼︎」

 

 

遼子は驚き戸惑っていた。その姿は今までにない

ほどの真っ青とした表情が表に出ていた。

 

 

「た、隊長……?」

 

 

真っ青になった遼子の顔を不安なったのか隊員の

一人が真っ青になっている遼子に恐る恐ると心配

そうに声をかけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうやら順調のようね……」

 

 

琴里は司令官室で安心したような安堵の表情を

浮かべて「はあぁぁ…」と溜息ついていた。

 

 

世界を殺す厄災と呼ばれた〈プリンセス〉という

精霊の少女は暴走させていたのだ。

 

 

そんな中、士道は良くやっと思う。

殺されるかもしれないのにこの世界で他人の為に

ましてや精霊の為に誰でも出来ることじゃない。

 

 

(初めての精霊との対話でここまで関係を作り出す

なんて……あの時の練習でヘタレだったあの士道

にしては上出来ーー「司令‼︎」)

 

 

「ーーッ‼︎ どうしたの椎崎?」

 

 

琴里は〈フラクシナス〉のクルーの一人椎崎が

慌てた表情で琴里を呼ぶ声に答えるが椎崎は

真っ青な表情をして震えていた。

 

 

 

その表情を見て嫌な予感が頭の中を過ぎる……

 

 

 

そんな琴里が考えている中、椎崎はゆっくりと

口を開いて内容を伝える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『精霊……精霊〈アテナ〉の出現をたった今

確認しました……』

 

 

椎崎の言葉を聞いた瞬間、琴里や〈フラクシナス〉

の他のクルーの人たちは〈アテナ〉出現は衝撃的

で絶望へと突き落とすには充分過ぎる内容で声すら

も発することも出来ず指示する思考さえ停止した

ままただ立ちつくしていた。




読んで頂きありがとうございました‼︎


【報告】

これからの投稿作品についてなのですがですが
『ロクでなし魔術講師と白き大罪の魔術師』が
近いうちに投稿するかもしれないのでどうか
よろしくお願いします。


後、他の作品の応援もよろしくお願いします‼︎


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

戦乙女の戯れ

皆さん。またたび猫です‼︎

新しいお話を投稿させて頂きます‼︎
デート・ア・ライブ◼️◼️の精霊を是非、
読んでいってください‼︎


「そ、総員退避‼︎ い、いや‼︎ 撤退‼︎ 撤退‼︎」

 

 

 

遼子が慌てて全員に撤退するように命令するが

 

 

 

「きゃあああああああぁぁぁぁ‼︎」

 

 

 

 

「えっ?」

 

 

「な、なにが起きてるの…?」

 

 

隊員達が背後から聞こえる悲鳴のような叫び声が

聞こえ背後を振り返るとーー

 

 

 

「いや‼︎ いやああああああぁぁぁぁ‼︎」

 

 

「た、助けて‼︎」

 

 

 

背後には大量にいたASTの隊員達が次々とまるで

雨のように落ちていた。

 

 

「い、一体…なにが…」

 

 

遼子は何故、隊員達が次々と落ちていっている

のか訳かわからず困惑していると

 

 

 

「きゃあああああぁぁ‼︎」

 

 

「ーーッ‼︎」

 

 

 

遼子は背後から悲鳴がする方を見ると近くに

いたAST隊員が落ちていた。

 

 

(これは…ッ‼︎)

 

 

 

遼子は近くいたからだろうか隊員達が何故

落ちていっているのか理解出来た。

 

 

「白銀の…槍…?」

 

 

 

そう、あの『儚く穢れなき幻想的な白銀の槍』

はCR-ユニットのスラスターの機体を穿つように

投擲されたみたいで更には目の前を通り過ぎて

いって少し離れた場所に止まっていた。

 

 

 

間違いない‼︎ 『白銀の槍』を使う精霊なんて

『討伐するのを諦めて匙を投げられた精霊』、

『白銀の戦乙女』《アテナ》しかいない‼︎

 

 

 

遼子が考えていた。もしまたあの槍の神速の攻撃が

来たら本能で分かる…間違いなくあの槍を避ける

自信など絶対にないと思考を巡らせていると叫び声

が聞こえなくなった。

 

 

 

(悲鳴が…無くなった…?)

 

 

 

遼子が周りを見ているとあれ程沢山いたASTの

隊員達は今では『折紙も含めた残り十人』しか

いなくなっていた。

 

 

 

すると遼子の目の前にあった『白銀の槍』は白銀

の輝きを放ちながら目に追えないほどの物凄い

神速とも呼べる速さでまさに閃光とも呼べる速さ

で移動しはじめた。

 

 

 

そしてーー

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

白銀の鎧や兜を被った精霊《アテナ》があの閃光

のような速さで動いた白銀の槍を右手に持って

クルクルと円を描くように回転させていた。

 

 

 

「め、目の前に…精霊《アテナ》を…か、確認‼︎ 

日下隊長だけでも急いで逃げてください‼︎」

 

 

 

撃ち落とされてないAST隊員は震える声で遼子に

撤退するように通信機で言うがそれを目の前で

見ていた《アテナ》は槍でCR-ユニットを穿つ為

に無言の構えの態勢を取っていた。

 

 

 

するとーーー

 

 

 

 

「アテナななななぁぁぁあああ‼︎」

 

 

 

自分の識別名を叫びながら呼ばれたアテナは

その声が聞こえてきた背後に振り返るとブレード

を持った折紙が物凄いスピードでアテナに勢い

よく切り掛かっていた。

 

 

 

「折紙‼︎ 今すぐ撤退しなさい‼︎ 隊長命令よ‼︎」

 

 

 

遼子は折紙に撤退するように『ASTの隊長』と

して命令するが『今の折紙に視界』にはアテナに

しか見えていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「殺す……殺す…殺す‼︎殺す‼︎殺す‼︎殺す‼︎」

 

 

 

折紙の『その瞳』には『憎しみ』しか写っておらず

それどころか『憎悪』や『殺意』などの複数の

ドロドロとした黒い『負の感情』が混ざり合って

CR-ユニットのスラスターを最大火力の噴射の

物凄いスピードを出して腰に携えていた接近戦闘用

の対精霊レイザー・ブレード〈ノーペイン〉を

すぐに引き抜いて何度も何度も力任せに《アテナ》

に目掛けて打ち込んでいた。

 

 

 

だが、《アテナ》は無数の斬撃を大した事ないと

言わんばかりに白銀の槍で軽々と捌いていく

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「椎崎‼︎ 状況は‼︎」

 

 

ラタトスクの艦橋にいた琴里は《アテナ》を

確認したからなのか艦長席から勢いよく立ち

上がった。そのせいか艦橋中には艦長席の椅子が

倒れた音が響き渡っていた。

 

 

「司令、お気持ちは分かりますが…少し冷静に

なってください」

 

 

 

「神無月……アンタ、今の状況を見ていて冷静に

なれると思う?」

 

 

 

琴里は隣に控えていた神無月を睨み付けるように

質問をする。

 

 

「ーーッ‼︎」

 

 

確かにそうだ…精霊はこの世界に現れるだけで

空間震を起こす厄災であり化物なのだから

 

 

 

「それで琴里、これからどうするんだい?」

 

 

 

令音が冷静な声で琴里にそう問うと琴里は

「そうね…」と言って右手を顎に添えながら

チュッパチャップスを咥えて唸っていると

 

 

『琴里‼︎』

 

 

モニターからある人物の声が聞こえた。

 

 

「何かしら…士道? もし、つまらない内容

だったら『士道のポエムノート』を学校の

ありとあらゆるところにばら撒くわよ?」

 

 

琴里が士道にそう言うと士道は「うぐっ…‼︎」と

躊躇っている声が聞こえた。

 

 

 

『俺が《アテナ》をどうにかする…』

 

 

 

「…………はぁ?」

 

 

 

このアホ兄は何を言っているのだろうか?

《プリンセス》の保護を第一にって言っておいた

のに…《プリンセス》の機嫌を悪くしたら

どうなるか……ッ‼︎

 

 

 

「駄目よ…プリンセスと一緒に一刻も早くその場を

離れなさい‼︎」

 

 

 

『琴里‼︎』

 

 

琴里が士道の考えを冷たく却下すると士道は

納得いかないと言った声で琴里に反論する。

 

 

 

 

「士道‼︎ 考えてみなさい‼︎ もし、貴方が死んだら

精霊を助けられないわよ‼︎」

 

 

「ーーッ‼︎」

 

 

 

確かに琴里の言う通りだ……十香を連れて逃げる

べきなんだろうと思うけど…ッ‼︎

 

 

「十香‼︎ すまない‼︎ ここで待っていてくれ‼︎」

 

 

「シドー‼︎ シドーー‼︎」

 

 

『待ちなさい‼︎ 士道‼︎ 士道‼︎ お兄ちゃん‼︎』

 

 

十香と琴里が士道を引き止めるが士道は崩壊した

校舎へと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クソ‼︎ クソ‼︎ クソ‼︎ クソッ…‼︎」

 

 

 

折紙は《アテナ》と打ち合いながら悪態を

ついていた。

 

 

 

「くたばれッ‼︎」

 

 

折紙はそう言った後、CR-ユニットに搭載された

数発のミサイルを発射させようとすると

 

 

「ッ‼︎」

 

 

何かに気付いたのか右手には白銀の槍を持って

ミサイルに向けて構えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ、はあ…」

 

 

 

士道が息を切らしながら慌てて校舎の階段を

駆け上がって自分の教室の扉を開けた瞬間、

 

 

 

「くたばれッ‼︎」

 

 

 

と折紙は感情に身を任せてCR-ユニットの

ミサイルのトリガーを引いた。

 

 

 

「えっ…?」

 

 

ミサイルが自分へと飛んでくるのを見た瞬間、

士道は驚きながらも自分が死ぬのを覚悟をした

瞬間、

 

 

「Λόντινους」

 

 

《アテナ》がそう言うと数発のミサイルは

《アテナ》に届く事はなく途中で爆発した。

 

 

 

「た、助かったのか…?」

 

 

士道が安心して膝がガクガクと震えて破片が

散らばった地面に尻餅ついていると

 

 

「Εντάξει?」

 

 

「えっ? えっ⁉︎」

 

 

士道はアテナの言葉を聞いた瞬間、何を言って

いるのか分からなかったのか困っていると

 

 

「あ、これじゃあ分からないよね?」

 

 

アテナはそう言って日本語を話し始める。

 

 

 

「さて、少年。一体、何のようなのかな?」

 

 

アテナは士道にそう聞くと

 

 

「お、俺は五河士道って言うんだ‼︎」

 

 

「ふーん、で? その五河君が一体、何の用で

此処にきたのかな?」

 

 

「き、君を『待ちなさーー』助けにきたんだ‼︎」

 

 

士道がアテナにそう言うと

 

 

「そうですか………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、お断りさせてもらいます」

 

 

「そ、そんなッ‼︎」

 

 

士道にとっては予想外の内容だった。

 

 

「ど、どうしてッ‼︎」

 

 

士道はアテナの考えが理解出来ないでいると

 

 

「説明したいけど…今、目の前で殺意を向き出しの

彼女をそのままにしておく訳にもいかないからね?」

 

 

「…………」

 

 

「お、折紙…?」

 

 

折紙の憎悪のこもった瞳を見た士道は

腰が抜けたのか立てずにいた。

 

 

「ーー〈断罪槍〉!」

 

 

アテナはそう言って白銀の槍を振り回した。

 

 

「な………」

 

 

『士道、離脱よ! 一旦〈フラクシナス〉で

拾うわ。出来るだけ二人から離れなさい!』

 

 

士道が呆然としていると、琴里が叫び声が

聞こえてきた。

 

 

「んなこと言ったって……っ」

 

 

折紙は再度、対精霊レイザー・ブレードの

〈ノーペイン〉を《アテナ》に向かって振るう。

 

 

その衝撃波で、士道のいとも簡単に、校舎の外に

吹き飛ばされた。

 

 

「のわぁぁぁ⁉︎」

 

 

『ナイスっ!』

 

 

琴里の声が響くと同時、士道の身体が無重力に

包まれる。

 

 

そして不思議な浮遊感を感じながら、士道は

〈フラクシナス〉に回収された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そりゃそうだよな、普通に考えりゃ

休校だよな……」

 

 

 

 

士道は後頭部をかきながら高校前から延びる坂道

を下っていた。

 

 

 

士道が精霊に十香という名前をつけて《アテナ》

という精霊と会話した次の日。

 

 

普通に登校した士道は、ぴたりと閉じられた校門

と、瓦礫の山と化した校舎を見て、自分の阿保さと

愚かしさ溜息を吐きながら腫れた右頬を右手で

さすっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「このアホ兄‼︎ 一歩、間違えていたら死んで

たかもしれないのよ‼︎ もっと自分を大事に

しなさいよ‼︎」

 

 

士道が〈フラクシナス〉で回収された後、 

琴里に右頬を平手打ちされた。

 

 

 

「すまない……」

 

 

当然だ。少しでも多くの精霊達を救いたいから

って十香を放ったらかしにして良い理由には

ならない……

 

 

「シン、精霊達を救いたい気持ちは分かる…

だが、今回みたいな勝手な行動されたら此方も

困る。」

 

 

「はい、すみませんでした…令音さん……」

 

 

 

その後、昨日の夜ずっと十香との会話ビデオや

アテナとの会話を見ながら反省会をさせられて

いた為少し寝不足で思考力が落ちていたというのも

あるかもしれない。

 

 

「はあ……ちょっと買い物でもして行くか」

 

 

 

溜息ひとつこぼし、家への帰路とは違う道に足

を向ける。確か卵と牛乳が切らしていたはず

だったし、このまま帰ってしまういうのも

何だった。

 

 

だがーー数分と待たず、士道は再び足を止めること

になった。

 

 

道に、立ち入り禁止を示す看板が立っていた

のである。

 

 

「っと、通行止めか……」

 

 

だがそんなものがなくとも、その道を通行

できないことは容易に知れた。

 

 

何しろアスファルトの地面は滅茶苦茶に

掘り返され、ブロック塀は崩れ、雑居ビルまで

崩落している。まるで戦争でもあったかのような

有様だったのだから。

 

 

「ーーああ、ここは」

 

 

この場所に見覚えがあった。初めて十香に会った

空間震現場の一角である。

 

 

まだ、復興部隊が処理していないのだろう。

一○日前の惨状をそのままに残していた。

 

 

「………」

 

 

頭中に少女の姿を思い浮かべながら、細く、

息を吐く。

 

 

 

ーーー十香

 

 

 

昨日まで名前が持たなかった、精霊と、災厄と

呼ばれる少女。

 

 

 

昨日、前よりずっと長い会話をしてみてーー士道

の予感は確信に変わっていた。

 

 

あの少女は確かに、普通では考えられないような

力を持っている。特に《アテナ》は無傷で無力化

するほどの力を持っていて国の機関か危険視する

のもうなずけるほどに。

 

 

今士道の目の前に広がる惨状がその証拠である。

確かに、こんな事象を野放しにはしておけない

だろう。

 

 

「……ドー」

 

 

だけれどそれと同時に、彼女達がいたずらに

振るう、思慮も慈悲もない怪物だとは、到底

思えなかった。

 

 

「……い、……ドー」

 

 

そんな彼女、十香が、士道が大っ嫌いな鬱々と

した顔を作っている。それが、士道には

どうしても許容できなかったのである。

 

 

「おい、シドー」

 

 

……まあ、そんなことを頭の中をぐるぐる

巡らせていたものだから、気づいて当然の事態に

思考がいかず、校門前まで歩く羽目になって

しまったのであるが。

 

 

「……無視をするなっ!」

 

 

「ーーーえ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあぁ……なんとかなったな……」

 

 

 

白銀の精霊《アテナ》が『断罪槍』を手に

しながら別の建物の屋上から二人を眺めていた。

 

 

 

 

 




読んで頂きありがとうございました‼︎


これからも応援よろしくお願いします‼︎


断罪槍=【ロンギヌス】です‼︎


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

異常事態のデート

皆さんお久しぶりです‼︎ またたび猫です‼︎

【アニメ】『デート・ア・ライブⅤ』放送記念で
デート・ア・ライブ『白銀の◼️◼️◼️』の
『最新話』を投稿させてもらいます‼︎


【投票者】『2人』、【お気に入り】『38人』
そして【しおり】『10人』ありがとうございます‼︎


これからも増えていったら良いなと思います‼︎



 

 

瓦礫の山の上に、明らかに街中に似つかわしくない

ドレスを纏った少女が、ちょこんと屈み込んで

いた。

 

 

「とーーー十香⁉︎」

 

 

そう、士道の脳か目に異常があるのでなければ、

その少女は間違いなく、昨日士道が学校で遭遇した

精霊であった。

 

 

 

「ようやく気がついたか、ばーかばーか」

 

 

 

背筋が凍るほど美しい貌を不満げな色に染めた

少女は、トン、と瓦礫の山を蹴ると、かろうじて

原形を残しているアスファルトの上を辿って士道の

方へと進んできた。

 

 

「とう」

 

 

と、通行の邪魔だったのだろう、十香が立ち入り

禁止の看板を蹴り倒し、士道の目の前に到着する。

 

 

「な、何してんだ、十香……」

 

 

「……ぬ? 何とはなんだ?」

 

 

「なんで、こんなところにいるんだよ……っ!」

 

 

士道は叫びながら後方に視線を放った。

立ち話をする奥様方や、犬を散歩する近所の住人

などが見受けられる。

 

 

誰もシェルターに避難していない。つまり、

空間震警報が鳴っていない。

 

 

要するに、精霊現界の際の前震を、〈ラタトスク〉

もASTも感知できてかもしれないと

いうことである。

 

 

「なんでと言われてもな」

 

 

 

しかし当の本人はその異常事態をまるで気にして

いない様子だった。なぜ士道が叫んでいるのかが

本当にわからないといった表情で腕組みしている。

 

 

 

『士道‼︎ チャンスよ‼︎』

 

 

 

「な、何言っているんだよ琴里‼︎」

 

 

士道は十香に聞かれない様にこっそりと琴里と

話す。

 

 

『ほら、デートよ、デート!』

 

 

「さっきから何をブツブツと言っているのだ。

シドー?」

 

 

十香が士道の心配している中、士道は額に汗を

滲ませながらうめくと、はやし立てるかのような声

が右耳に響いてきた。

 

 

『観念しなさいよ。デートっ! デートっ!』

 

 

そこで艦橋内のクルーを煽動でもしたのだろう、

インカムの向こうから、遠雷のようなデートコール

が聞こえてくる。

 

 

『デ・エ・ト!』

 

『デ・エ・ト!』

 

『デ・エ・ト!』

 

 

「あーもう分かったよッ!」

 

 

士道は観念して叫びを上げた。

実際、琴里の言うこともわからなくなかったし、

次の布石を打っておくことが重要だとわかるのだが

……なんというか、まあ、少々恥ずかしかった。

 

 

「あのだな、十香」

 

 

「ん、なんだ」

 

 

「そ、その……い、今から俺とで、デート……

しないか?」

 

 

十香は、キョトンとした顔を作った。

 

 

「デェトとは一体なんだ」

 

 

「そ、それはだな……」

 

 

なんだか気恥ずかしくなって、視線を逸らし

頬をかく。

 

 

「ぬ、どうしたのだ……? はっ、まさかシドー、

おまえ私が意味を知らないことをいいことに、

口に出すもおぞましい卑猥な言葉を

教え込んでいるのか?」

 

 

頬を赤く染め、十香が眉をひそめる。

 

 

「ーーーーッ! し、してねえしてねえ!

健全極まりない言葉だ!」

 

 

言ってから、頬をかく。ちょと嘘をついた。

人によっては極めて不健全な事態になるかも

しれない単語である。

 

 

「そ、そうか…では、デェトとやらに行くか

シドー!」

 

 

 

十香がそう言った瞬間、士道は居心地が悪い視線を

感じて身をよじった。

 

 

近所の奥様方がニヤニヤしながら、微笑ましいもの

を見るような目を向けてきているのである。

 

 

まあ一部、十香の奇妙な格好を訝しむような視線が

混じっている気もしたが。

 

 

「……ぬ?」

 

 

十香もその視線に気がついたらしい。

士道の陰に身を隠すようにしながら目を鋭くする。

 

 

 

「……シドー、なんだあいつらは。

敵か? 殺すか?」

 

 

「は……はぁ⁉︎」

 

 

何の前触れもなく物騒なことを口走った十香に、

士道は肩を震わせた。

 

 

「いやいやいや、なんでそうなるんだよ。

ただのおばちゃん達だぞ」

 

 

「シドーこそ何を言っている。あの爛々と輝く目

……まるで猛禽のようではないか。私を狙っている

としか思えない。……放置していてはあとあと厄介

なことになりそうだ。早めに仕留めておくのが吉と

思うが」

 

 

……まあ、確かに目を輝かせてはいたけれども。

主に新たな話の種を見つけて。

 

 

「安心しろよ。言っただろ、おまえを襲う人間

なんてそうそういないんだ」

 

 

「……むう」

 

 

十香は警戒を滲ませながらも、とりあえずは今にも

飛びかかっていきそうな気勢を収めた。

 

 

「まあいい。それで、そのデェトとやらはーー」

 

 

「っ、ちょ、ちょと場所を移そう。な?」

 

 

恥ずかしげもなく続ける十香にそう言って、士道は

そそくさと歩き出した。

 

 

「ぬ。おい、シドー、どこへ行く!」

 

 

十香がすぐさま迫ってくる。そして士道の隣に

並び歩きながら、不満そうな声を上げた。

 

 

士道は十香を伴って、ひとけのない路地裏に

入り込むと、ようやく息を吐いた。

 

 

「やっと落ち着いたか。まったくおかしな奴め、

一体どうしたというんだ」

 

 

十香は半眼を作り、やれやれといった風情で

言ってくる。

 

 

「十香……おまえ、昨日あのあとどうしたんだ?」

 

 

いろいろ訊きたいことはあったが、最初に口から

出たのはそれだった。

 

 

十香は少し憮然とした様子になりながら唇を

動かした。

 

 

「別に、いつも通りだ。通らぬ剣を振るわれ、

当たらぬ砲を打たれ。ーー最後は私の身は自然と

消えて終いだ」

 

 

「……消える」

 

 

士道は疑問に首を捻った。そういえば琴里たちも

そんな表現をしていた気がするが、どういうこと

なのか実はよくわかっていなかった。

 

 

「この世界とは別の空間に移るだけだ」

 

 

「そ、そんなもんがあるのか……

どんなところなんだ?」

 

 

「よくわからん」

 

 

「……はあ?」

 

 

十香の答えに、士道は眉根を寄せた。

 

 

「あちらに移った瞬間、自然と休眠状態に入って

しまうからな。辛うじて覚えているのは、暗い空間

をふよふよと漂っている感覚だ。ーー私にして

みれば眠りにつくようなものだな」

 

 

「んじゃあ、目が覚めたらこの世界に来るって

ことか?」

 

 

「少し違う」

 

 

十香が首を振ってからあとを続けてくる。

 

 

「そもそも、いつもは私の意思とは関係なく、

不定期に存在がこちらに引き寄せられ、

固着される。まあ、強制的にたたき起こされている

ような感覚だな」

 

 

「……っ」

 

 

士道は息を詰まらせた。

 

 

士道は、精霊がこの世界に現れようとする際に、

空間震が起こるものと認識していたのだ。

 

 

だけれど十香の話が本当ならーーこの世界に現れる

ことすら自分の意思ではないということになる。

 

 

ならば空間震というのは本当に、事故のようなもの

ではないか

 

 

ーーその責任までも十香に、精霊達に問おうという

のは、いくらなんでも理不尽に過ぎる。

 

 

と、そこで士道頭にもう一つ疑問が過った。

 

 

今の十香の言葉に、少し引っかかる部分があった

のである。

 

 

「……いつもは?

ってことは、今日は違うのか?」

 

 

「………っ」

 

 

十香は頬をぴくりと動かすと、口をへの字に曲げて

視線を斜め上にやった。

 

 

「ふん、し、知るか」

 

 

「ちゃんと答えてくれ。もしかしたら大事なこと

かもしれないんだ」

 

 

しかし士道は追いすがった。

それはそうだ。もし十香が今日、自分の意思で

こちらの世界に来ていたとしたなら、それが原因で

空間震が起こっていないかもしれないのだ。

 

 

だか、十香はなぜか頬をほんのり桜色染めながら、

視線を険しくしてみせた。

 

 

「しつこいぞ。もうこの話は終いだ」

 

 

「いや、でもーー」

 

 

士道が言いかけると、十香がだん、と片足を地面

に叩きつけた。十香の踏んだアスファルトが一瞬

発光し、そこから発射状に光の線が走っていく。

 

 

「うお……ッ!」

 

 

その光が士道の靴に触れると、途端バチっと火花が

散った。

 

 

「ーーいいから、早くデェトとやらの意味を

教えろ」

 

 

十香が急かすように言ってくる。

 

 

「……む」

 

 

その有無を言わせぬ調子に、仕方なく士道は

黙り込んだ。これ以上追及しては、昨日のように

光線を放たれてしまいそうだった。

 

 

士道はしばしううむとうなってから口を開いた。

 

 

「……男と女が、一緒に出かけたり遊んだり

すること……だと思う」

 

 

「それだけか?」

 

 

拍子抜けしたように、十香は目を丸くする。

 

 

「あ、ああ……」

 

 

そう言われても、困る。だって士道もデートなんて

したことないのである。そりゃあ漫画やらドラマ

やらの知識くらいはあるが、あくまで知識

止まりだ。

 

 

しかし十香は腕組みしてむうとうなった。

 

 

「……つまりなんだ、昨日シドーは、私と二人で

遊びたいと言ったのか?」

 

 

「っ、ま、まあ……そうなる……の、かな」

 

 

自分の言葉を噛み砕いて言われると、なんか

恥ずかしさが二割り増しだった。気まずげに頬を

かきながら答える。

 

「そうか」

 

十香は少し明るくしてうなずくと、大股で路地裏

から出ていこうとした。

 

 

「お、おい、十香ーー」

 

 

「なんだ、シドー。遊びに行くのだろう?」

 

 

「……! い、いいのか?……?」

 

 

「おまえが行きたいと言ったのではないか」

 

 

「や……まあ、そりゃそうなんだが……」

 

 

「なら早くしろ。気を変えるぞ」

 

 

言って、十香が進行を再開する。

 

 

と、そこで士道は致命的な事象に気づいて

しまった。

 

 

「と、十香! おまえ、その服はまずい……ッ!」

 

 

「なに?」

 

 

士道が言うと、十香はさも意外といったように

目を丸くした。

 

 

「私の霊装のどこがいけないのだ。

これは我が鎧にして領地。侮辱は許さんぞ」

 

 

「その格好だと目立ちすぎるんだよ……! 

ASTにだって嗅ぎつけられるぞ!」

 

 

「ぬ」

 

 

さすがにそれは面倒と思ったのか、十香が嫌そうな

顔を作る。

 

 

「ではどうしろというのだ」

 

 

「まあ、着替えなきゃいけないだろうけど……」

 

 

士道は額に汗をひとすじ垂らした。

今ここに女性用の服などないし、店に連れて行く

にしてもそこまでの道のりが大変だ。加え、士道

の財布もそこまで温かくない。

 

 

士道が頭を悩ませていると、十香が焦れたように

唇を開いてきた。

 

 

「どんな服ならばいいのだ? それだけ教えろ」

 

 

「え? あー……」

 

 

どんな、と言われてもすぐには出てこない。

 

 

と、そんなとき、視界の端を見慣れた制服姿が

過った。

 

 

「あ……」

 

 

眠そうな顔をした、見知らぬ女子生徒が道を

歩いている。恐らく何らかの理由で、士道と

同じように休校情報を聞き逃してしまった生徒

だろう。

 

 

「十香、あれ。あんな服だったら大丈夫だ」

 

 

「ぬ?」

 

 

十香が士道の示した方向に目をやり、あごに手を

当てる。

 

 

「ふむ、なるほど。あれならばいいんだな」

 

 

 

言うと十香は、右手の人差し指と中指をピンと

立てた。そして指先に黒い光球を出現させ、

女子生徒の方へ向ける。

 

 

「って、何するつもりだっ!」

 

 

士道は泡を食って、十香の手をはたき落とした。

瞬間、十香の指先から光球が放たれ、女子生徒の

髪を掠めて後方のブロック塀に当たった。ゴッ、

という鈍い音が響き、あたりに細かな破片が

飛び散る。

 

 

「ひ……っ⁉︎」

 

 

突然の出来事に女子生徒が肩を震わせて、

キョロキョロとあたりを見回した。だか自分が

寝惚けていたと判断したのか、不思議そうに首を

ひねって去っていった。

 

 

「何をする。外してしまったぞ」

 

 

「何をするじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇッ! 

こっちの台詞だそれはッ!」

 

 

「気絶させて服を剥ぎ取ろうとしただけだが……」

 

 

それが何か? というように、首を傾げる。

士道は腹の底から大きなため息を吐き出すと、

額に手を置いた。

 

 

「いいか、十香。人を攻撃するのは駄目だ。

いけないことだ」

 

 

「なぜだ?」

 

 

「……おまえだって、ASTに攻撃されたら嫌な気分

になるだろ? いいか、人にされて嫌なことは

しちゃいけないんだ」

 

 

「……むう」

 

 

士道がそう言うと、十香は不服そうに

唇を尖らせた。

 

 

士道の了承できないというより、子供に

言い聞かせるような士道の話し方に不満を

持っているような調子だった。

 

 

「………わかった。覚えておく」

 

 

そんな表情のまま、十香が首肯する。次いで、

十香は何かを思い起こすように顔を軽く上げると、

 

 

「ーー仕方ない。では服は自前で何とかするか」

 

 

そう言って、指をパチンと鳴らした。

すると途端に十香が身に纏っていたドレスが、

端から空気に溶け消えていく。

 

 

かと思うと、それと入れ替えるようにして周囲から

光の粒子のようなものが十香の体にまとわりつき、

別のシルエットを形作っていた。数秒のあと、

そこには、先ほど道を歩いていた女子生徒と同じ、

来禅高校の制服を着た十香が立っていた。

 

 

「は……な、なんだこりゃ」

 

 

「霊装を解除して、新しく服を拵えた。視認情報

だけだから細部は異なっているかもしれないが、

まあ問題ないだろう」

 

 

ふふんと腕組みし、十香が言ってくる。

 

 

「いや、そんなことできるなら最初から

そっちにしろよ!」

 

 

士道が叫ぶと、十香はわかったわかったと言う

ようにひらひらと手を振った。

 

 

「そんなことより、どこに行くのだ?」

 

 

「そ、それはーー」

 

 

士道は助けを求めるように右耳に手を当てた。

そして、今さらながら気づく。なぜか士道が

耳につけているインカムで連絡出来なかった。

当然、周囲にカメラも飛んでない。もしかしたら

琴里をはじめ〈ラタトスク〉クルーの皆、十香の

現界に気づいていないのかもしれないのだから。

 

 

つまり、完全な、ふたりっきり。

 

 

士道は軽い目眩を感じた。プレッシャーで胃が

痛くなる。ろくなアドバイスをしない琴里や令音

でも、後ろにいるのといないのとでは大違い

だった。

 

 

「どうした、シドー」

 

 

「……なんでもない」

 

 

士道は何度か大きく深呼吸すると、ぎこちない

足取りで歩き始めた。

 

 

と、ほどなくして、十香が声を上げる。

 

 

「ーーシドー。歩みが早い。少し緩めろ」

 

 

「……っ、あ、ああ、悪い……」

 

 

指摘されて、歩調を整える。

 

 

そもそも歩幅が違うのだから、士道の方が先に

進んでしまうのは当然なのだが……何というか、

不思議な感覚だった。

 

 

きっとこれが、二人で歩くということなのだろう。

 

 

今までほとんど女の子と出かけたことがない士道に

とっては、新鮮な感覚である(ちなみに琴里は

ぴょんぴょん跳ねて士道より先に行ってしまうので

あまり参考にならない)。

 

 

そこまで考えてーー士道はちらと横を歩く十香を

見た。

 

 

そこにいるのは、剣の一振りで地を空をく怪物

ではなく、どう見ても普通の女の子だった。

 

 

と、路地を抜け、様々な店が軒連ねる大通りに

出たところで、十香は眉をひそめてキョロキョロと

あたりの様子を窺い始めた。

 

 

「……っ、な、なんだこの人間の数は。

総力戦か⁉︎」

 

 

先ほどまでとは桁違いの人と車の量に

驚いたらしい。十香が全方位に注意を払いながら

忌々しげな声を発した。

 

 

「いや、だから違うって! 誰もおまえの命なんて

狙っていねえから!」

 

 

「……本当か?」

 

 

「本当だ」

 

 

 

士道がそう言うと、十香油断なくあたりを見回し

ながらも、とりあえず光球を消した。

 

 

とーー不意に、警戒染まっていた十香の顔から力

が抜ける。

 

 

「ん……? おいシドー。この香りはなんだ」

 

 

「……香り?」

 

 

目を閉じてあたりの匂いを嗅いでみると、確かに

十香の言うとおり、香ばしい香りが漂っている

ことがわかった。

 

 

「ああ、多分あれだ」

 

 

言って、右手にあったパン屋を指す。

 

 

「ほほう」

 

 

十香は短く言うと、その方向をジッと見つめた。

 

 

「……十香」

 

 

「ぬ、なんだ?」

 

 

「入るか?」

 

 

「……」

 

士道が問うと、十香はうずうずと指先を動かし

ながら、口をへの字に曲げた。ついでに絶妙な

タイミングでぐーきゅるるる、と十香のお腹が

鳴る。どうやら精霊もお腹が空くらしい。

 

 

「シドーが入りたいのなら入ってやらんことも

ない」

 

 

「……入りたい。ちょー入りたい」

 

 

「そうか、なら仕方ないな!」

 

 

十香はやたら元気よくそう言うと、大手を振って

パン屋の扉を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

塀の陰に隠れながら、パン屋の前で会話する男女

をジッと見つめていた折紙は、一ミリも表情を

変えないまま細く息を吐いた。

 

 

登校するも休校だったため、仕方なく帰路に

ついた折紙だったがのだが、その途中、五河士道

が、女子生徒と歩いているのを発見したのである。

 

 

それだけでも由々しき事態だ。『恋人らしく』

しっかりと尾行を開始した。

 

 

だがーーもっと大きな問題があった。

その少女の貌を、折紙は見たことが

あったのである。

 

 

「ーー精霊」

 

 

小さく、呟く。

 

 

そう。怪物。異常。世界を殺す災厄。

折紙たちが討滅すべき人ならざる者が、制服を着て

士道の隣を歩いていたのである。

 

 

「………」

 

 

だが、冷静に考えればありえないことでもあった。

 

 

精霊が出現するときには、予兆として平時では

考えられないレベルの前震が観測される。

 

 

だが、それならば昨日のように空間震警報が鳴って

いるはずであるし、折紙にも伝令が走っている

はずなのだ。

 

 

折紙は鞄から携帯電話を取り出し、開いてみた。

何の連絡も入っていない。やはりあの少女は精霊

などではなく、他人の空似だというのだろうか。

 

 

「……そんなはずはない」

 

 

静かに唇を動かす。折紙が、精霊の顔を見間違える

はずがなかった。

 

 

「………」

 

 

折紙は開いたままにしていた携帯電話のボタンを

プッシュし、アドレス帳から番号を選択して電話を

かけた。

 

 

そして。

 

 

 

「ーーAST、鳶一折紙一曹。A-0613」

 

 

自分の所属と識別コードを簡潔に述べ、

本題に入る。

 

 

「観測機を一つ、回して」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「士道…? 士道‼︎ 士道‼︎」

 

 

 

琴里は〈ラタトスク〉で士道と連絡を取って

いたのだが何故か途中で連絡が取れなくなって

しまったのだ。

 

 

「精霊が私達に観測されずに現界する方法ある

ってだけでも大変だっていうのにまさかインカム

が壊れてしまうなんて…」

 

 

「司令、どうしましょうか?」

 

 

「神無月ーー作戦コードF8・オペレーション

『天宮の休日』を発令するわ。大至急で」

 

 

「了解しました」

 

 

神無月はそう言うと司令室を出て行った。

 

 

「……やる気かね、琴里」

 

 

「ええ。指示が出せない状況だもの。仕方ないわ」

 

 

「……そうか。この状況だとーールートCという

ところか。……ふむ、では私も動くとしよう。

早めに店と交渉してくるよ」

 

 

「お願い」

 

 

言って琴里はポケットからチュパチャプス

取り出し、口にくわえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませー何名様でしょうか?」

 

 

「二名で」

 

 

士道がレストランの店員にそう言うと

「二名様ですね‼︎ それではこちらの席へどうぞ‼︎」

と言われて促されるままに席に座った。

 

 

「おい、シドー」

 

 

「どうしたんだ。十香?」

 

 

「きなこパンは。きなこパンはないのか」

 

 

「……や、さすがにないだろ。ていうか最初の

パン屋で食いまくったじゃねえか」

 

 

「また食べたくなったのだ。一体なんなのだ

あの粉は……あの強烈な習慣性……あれが無闇に

世に放たれれば大変なことになるぞ……人々は

禁断症状に震え、きなこを求めて戦が起こるに

違いない」

 

 

「ねえよ」

 

 

「むう、まあいい。新たな味を開拓するとしよう」

 

 

「へいへい……でも金ねえから全部合わせて

三〇〇〇円までな」

 

 

「ぬ? なんだそれは」

 

 

「おまえがやたらめったら買い食いしまくるから

金がなくなったって言ってんだよ!」

 

 

「むう、世知辛いな。ならば仕方ない、

少し待っていろ。私が金子を調達してこよう」

 

 

「ま……ッ、待て! 何をする気だ!」

 

 

十香は立ち上がり周囲を見渡していた。

士道はまさかと思い士道も立ち上がって止める。

 

 

「十香。それも駄目だ。いけないことだ。

ASTに見つかってしまう」

 

 

「むう……これも駄目なのか……」

 

 

十香は不満そうに頬を膨らませながら士道に

そう言った。

 

 

「と、とりあえずメニューから料理を選ぼうぜ‼︎」

 

 

「うむ、そうだな…士道の言う通りだな‼︎」

 

 

士道がそう言うと十香は先程の不満そうな表情から

笑顔になって席に座った。

 

 

そして十香はメニューをマジマジと真剣に見つめて

「うむ…これも捨て難い……」や「これもよい…」

など口に出していた。

 

 

「注文は決まったか?」

 

 

「うむ、決まったぞ‼︎ このデラックスハンバーグと

カルボナーラというものを頼むぞ‼︎」

 

 

「そうか、じゃあ、呼ぶぞ?」

 

 

士道は十香にそう言うと呼び出しボタンを押すと

「ピンポーン‼︎」と鳴って店員がやってくる。

 

 

「ご注文はお決まりでしょうか?」

 

 

 

「はい。スパゲッテとデラックスハンバーグと

カルボナーラをお願いします」

 

 

「かしこまりました。スパゲッティとデラックス

ハンバーグとカルボナーラですね」

 

 

店員はそう言った後、厨房へと戻っていた。

 

 

「十香、聞きたい事があるんだがいいか?」

 

 

「どうしたのだシドー?」

 

 

「彼女…《アテナ》について聞きたいだけど…」

 

 

「ん? 《アテナ》とは誰のことなのだ?」

 

 

「あの白銀の精霊のことだよ」

 

 

「おお、昨日見たあの白銀の槍兵のことか?」

 

 

「そう、その精霊のことについて聞きたいんだ‼︎」

 

 

もし、十香が《アテナ》について知っているなら

是非とも聞いておきたいところである。

 

 

「ふむ、そう言われてもだな…あの白銀の精霊に

ついては私も詳しくは知らないぞ?」

 

 

「そ、そうか……」

 

 

 

やはり、十香は《アテナ》については何も

知らないか…

 

 

「だが、一つだけ言えることがある…」

 

 

「そ、それは……」

 

 

「もしもーー「お待たせしました。ご注文の

デラックスハンバーグとカルボナーラと

スパゲッティになります」

 

 

 

店員がやって来て料理を十香と士道の前に置いて

その場を去る。その後ぐーきゅるるると十香の腹が

鳴った。

 

 

「あはは…食べるか」

 

 

「う、うむ…そうだな、食べるとしよう」

 

 

十香は恥ずかしそうに頬を真っ赤にしながら

そう言って並べられた料理をガツガツと食べてた。

 

 

「んで、何を言おうとしたんだ? 十香?」

 

 

 

「ん? ふぉれはふぁな…」 (それはだな…)

 

 

「飲み込んでから喋ろよ」

 

 

「んぐ…もしも私と奴と戦った場合、私が負ける

かもしれん……」

 

 

「と、十香でも負けるのか……?」

 

 

信じられなかった。あの十香が負けるかもしれない

と自分で言っことが

 

 

「おそらくだが…あのメカメカ…「ASTな」うむ、

そうASTの連中でも奴に勝てんだろう」

 

 

昨日、折紙と《アテナ》が戦っていたのを目の前で

見ていたのだからそれは士道が一番分かっていた。

 

 

「ところで、シドー何故そんな事を聞くのだ?」

 

 

「ーーッ‼︎ な、なんとなくかな……」

 

 

「ふむ、そうか」

 

 

士道は一筋の汗を頬に流れていく中、十香は

そう言って笑顔で料理をリスのように口いっぱいに

頬張っていた。

 

 

 




最後まで読んで頂き本当にありがとうございます‼︎

これからも頑張って投稿出来るように努力を
していきたいと思っています‼︎

アニメ【デート・ア・ライブⅤ】放送おめでとう
ございます‼︎

【感想】などありましたらよろしくお願いします‼︎


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。