(ありふれた肉体では世界最強になれず苦悶の表情を浮かべる肉おじゃ) (ほろろぎ)
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アニメ放送中の作品で何か書いてみたいと思いやってみました。

肉おじゃ語録とインタビュアー語録以外の淫夢語録は
なるべく使わないようにしています。


 南雲 ハジメはクラスの嫌われ者である。そんな彼にも、たった一人だけ友人と呼べる男がいる。その名を、肉体派おじゃる丸という。

 もちろん肉体派おじゃる丸というのは、その男の本名ではない。

 本当の名前は山田だとか太郎とかいった、平凡すぎるくらいに平凡なものだ。

 肉おじゃは、一介の高校生が所得できる限界以上の筋肉を身に着けたビルダー風マッチョマンで、おまけにおかっぱヘアーという独自すぎる外見をしていた。

 そのインパクト満載の見た目の前に平凡すぎる名前はかき消され、誰も彼の本名を覚えることができないのである。物凄い……(笑)なんか、アンバランス? なの?

 それは南雲ハジメも例外ではなかった。友人であるというのに、会うたびに名前を忘れてしまう申し訳なさから、ハジメは彼にあだ名をつけようと思い立つ。

 当時ハジメが見ていたアニメの主人公と髪型がそっくりだったこと、ビルダー風の鍛えられた体から付けられたのが、今の肉体派おじゃる丸という名前だ。

 

「結構でも好かれますねこれ」

 

 生まれて初めてつけられたあだ名に喜びの表情を浮かべる肉おじゃ。

 

 ハジメと肉おじゃがTDNクラスメイトから友人関係になったのは、昨年の夏のことである。

 

「上半身まず裸になれ(命令)」

 

 教師の号令で着替え始める生徒たち。この日の体育の授業は、真夏の炎天下にはありがたい涼しいプールでのものとなった。

 水着に着替えた男子生徒たちがプールサイドに並ぶ。

 彼らが身に着けているのは他校の一般学生がはくズボンタイプのものではなく、競泳用のブーメランタイプの水着である。

 別に肉おじゃたちの通う高校が、競泳に力を入れているからといった理由はない。ただの教師の趣味である。職権乱用じゃないか。(憤怒)

 

 普段制服を着ている状態の肉おじゃは、その盛り上がる筋肉によって常にボタンがはち切れそうになっており、日ごろから窮屈な思いをしていた。

 それが今日は裸に近い恰好なため、いつもの窮屈さから解放され爽快な表情を浮かべる肉おじゃ。

 

「凄いねぇ。胸囲はどのくらいあるかな?」

「まぁ120ぐらいじゃないすか?」

 

 彼の周りでは、クラスメイトたちがひそひそと肉おじゃのマッチョボディーを見て、引き気味に小声で会話していた。

 肉おじゃは特別どこか、運動系の部活に所属しているわけではない。

 だというのにこれほどまでにたくましい体つきになったのは、彼が目指しているあるものの影響だ。

 それは、『世界最強』の4文字である。

 肉おじゃがその言葉に惹かれたのは、子供の頃に読んだある格闘漫画によるものだ。

 昔から漫画やアニメなど、ほとんど興味を持つことのなかった肉おじゃだが、その作品だけは別で、一目目にした瞬間に虜になってしまった。

 その漫画の登場人物の1人、誰もが世界最強と認めるキャラクターに肉おじゃは惹かれた。

 漫画を読み続けるうちに、いつしか自分もこうなりたいと思うようになっていったのだ。

 そうして自己流のトレーニングを繰り返すうち、しだいに肉おじゃの体は鍛え上げられ、今のマッスルを手にしたという訳だ。

 

「はーい、よーいスタート(棒読み)」

 

 教師の合図で順次プールに飛び込み、泳ぎ始める生徒たち。肉おじゃの番がやって来た。彼なら25メートルどころか、100メートルだって軽く泳ぎ切れるだろう。

 だがこの日は違った。どういう訳か、今日の肉おじゃは事前にしっかり柔軟体操を行ったにもかかわらず、泳ぎの途中──ちょうどプールの真ん中の位置で足をつってしまった。

 溺れ、苦悶の表情を浮かべたまま水の底に沈む肉おじゃ。

 他の生徒たちも、教師ですら溺れる肉おじゃを助けようとせず、傍観するだけだった。

 そんなクラスメイトたちの中でただ1人ハジメだけが、肉おじゃを救いに飛び込んできてくれたのだ。

 ハジメのおかげで肉おじゃは一命をとりとめることができた。

 このことがきっかけとなり、これまで同じクラスであるにも関わらず会話することも無かった2人は、交流を持つようになった。

 

 ハジメは学内でも1、2を誇る人気者である女生徒、白崎 香織からなにかと世話を焼かれており、それが気に食わない生徒たちからいじめを受けていた。

 また肉おじゃも、おかっぱマッチョという外見から気持ち悪がられ、クラスメイトたちからは無視を決め込まれている。

 そんな嫌われ者同士な2人だからお互い馬が合ったようで、彼らはたちまち仲良くなっていった。

 

「何本ぐらいさ経験……したことある?」

「10本ちょっとくらいっすね、案外少ないっす(小声)」

 

 ハジメはオタクであり、アニメや漫画、ライトノベルから映画や一般小説まで、創作物ならなんでも目を通す。

 反対に肉おじゃはそういったものに疎く、体を鍛えることにしか興味が無いため、これまで触れた創作物は両手で数えるほどしかなかった。

 

「物凄い…(笑)なんか、ビルダー? なの?」

「はい(笑)」

 

 ハジメはストイックな肉おじゃに引くことも無く、また肉おじゃもハジメのオタクっぷりを嫌悪することなく、2人の関係は良好なまま進んでいった。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 ハジメはいじめられているといったが、彼にちょっかいをかけてくる生徒の筆頭が、檜山 大介を始めとした男子4人組である。

 ハジメ本人が大して気にしていないこともあり肉おじゃもスルーを続けていたが、ある時急に彼らをうっとおしく思った肉おじゃが、檜山の前に立ちはだかった。

 昼食用にと持っていた切り分ける前のリンゴを1個取り出し、檜山の顔の前にかざす。

 

「なんだそりゃ? リンゴをやるから許してくれってか?」

 

 檜山が嘲笑の声を上げる。

 

 バキィッ!!

 

 教室内にリンゴが破損する音が響いた。

 肉おじゃは、手の中のリンゴを何の苦も無く握りつぶすと、檜山に向けてこう言った。

 

「(これ以上ハジメにちょっかいかけ続けるなら、次はお前の頭が)こうすか?」

「ヒエ~ッ」

 

 肉おじゃの脅しに怯えた檜山一行はそそくさと退散し、これ以降ハジメに対する明確ないじめは無くなったのだった。

 

「肉おじゃ、ありがとナス」

「(あいつら根性が)ないすか? (肝っ玉が)ちっちゃいっすよね」

 

 新しい週の始まりを告げる月曜日。眠い目をこすりながら、ハジメは1人学校へ向かっていた。

 いつもならチャイムギリギリではあるが、遅刻はしない絶妙なタイミングで教室へ滑り込んでいたハジメだが、この日はとうとう遅刻確定の時間での登校となっていた。

 理由は簡単、寝坊である。

 周囲に誰もいないため、はばかることなく大あくびをかきながらとぼとぼ歩くハジメ。その後ろから1つの気配が迫って来ていた。

 

 ピィ^~

 

 独特な音のベルを鳴らしながら、1台の自転車がハジメの隣で止まる。乗っているのはハジメの友人の肉おじゃだ。

 おはよう、と挨拶を交わしあってから、肉おじゃは自転車の後ろを指さした。

 

「ハジメは後ろの荷台に、乗って、下さい」

 

 このままでは遅刻するからと、肉おじゃはハジメを乗せて自転車をこぎ始める。

 普通なら2人乗りでは大幅に速度が制限されるものだが、そこは筋肉の塊の肉おじゃ。

 足に力を込めてペダルをこぐと、恐るべき加速をもって道路を疾走する。

 おかげで、ハジメ共々遅刻を回避することに成功するのだった。

 

 同日の昼休み、ハジメはいつも通り10秒で補給できるゼリー飲料だけを口にすると、すぐに眠りに入ろうとした。

 ハジメの親は父がゲームクリエイター、母が少女漫画家を仕事としている。

 彼はそんな両親の手伝いを日ごろから行っており、そのため夜遅くまで起きているせいで寝不足になり、学校にいる間に睡眠をとっているという状況だ。

 仮眠を取ろうとするハジメの元に、クラスのマドンナであり彼を悩ませる原因の人物でもある少女、白崎 香織がやってきて親しげに声をかけてくる。

 

「南雲くん、お昼それだけなの? あぁ~ちゃんと食べないとダメダメダメ! 私のお弁当分けてあげるね」

 

 直接的いじめこそ無くなったものの、やはり香織と接触を持つとやっかみの視線を受けることからはああ逃れられない!

 ハジメはどうやって目の前の女神の申し出を断ろうかと悩んでいたところに、肉おじゃが2つの弁当箱をもって彼の席にやって来た。

 そのうち1つをハジメの前に差し出す。

 

「うわーっこれ作りすぎたんだねハァッ。(食べても)イーヨー」

 

 (マッスルの)神様が差し伸べてくれた手をありがたく受け取るハジメ。

 

「肉おじゃくん、お弁当作れるんだ。すごいねぇ」

 

 だが香織は立ち去らない。むしろ、一緒に弁当を食べようとしてくる。

 そこにさらなるら乱入者が現れた。天之河 光輝他2名を含む香織の幼馴染たちだ。

 光輝は自分たちと昼食を共にしようと香織を誘うが、彼女はハジメの元を去る気配が無い。

 そんなやり取りをしている最中、何の前触れもなく光輝の足元に、幾何学模様が描かれた円環が出現した。

 最初は誰かのいたずらかと思ったが、映像を投影するような装置は教室内にはない。

 

「はぁ~……凄くねえ?」

 

 目の前で起きた不思議な現象に感嘆の声を上げた肉おじゃが、ハジメに話しかける。

 

「凄いねぇ。驚異はどのくらいあるかな?」

 

 ハジメも同様に驚きの表情を浮かべている。

 いわゆる魔方陣と呼ばれるその模様は、またたく間に大きくなり教室の中一杯に広がった。

 

「みんな急いで教室の外に、出て、下さい」

 

 誰かが叫んだ。

 同時に魔方陣の光が目も眩むほどまばゆく輝きだし、全てを飲み込んでいった。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 光に飲まれた肉おじゃたち生徒一同、プラス教師の畑山 愛子は地球ではない異世界──トータスと呼ばれる場所──に飛ばされていた。

 この世界の神であるエヒトだかキリトだかの手によるもので、魔人族に追い詰められた人類を救ってもらうために肉おじゃたちを呼び出したらしい。

 ほとんどの生徒はチンプンカンプンだったが、この手のファンタジー小説を見慣れたハジメと、彼からそういった創作物を借りて読んだことのある肉おじゃだけは事態を冷静に理解していた。

 うわーっこれ(都合よく利用しようっていう魂胆が)透けてるんだねハァッ、と。

 だが2人の心配をよそに、ここぞとばかりにリーダーシップを発揮した光輝が、人間と魔人族との戦争に参加すると言いだしたのだ。

 

「ちょっと軽く人類救済するから」

「はい」

「はい」

「そうですね(笑)」

 

 彼のカリスマに惹かれた他の生徒たちも、それに同調する。

 

「えっ、なんすかそれ」

 

 勝手に話が進んでいくことに引き気味の肉おじゃとハジメ、愛子先生。

 

「あっちょっと待ってもらって…(小声)」

 

 代表して肉おじゃが声を上げる。

 

「(戦争とか危険じゃ)ないすか?」

「戦うための力は与えられてるから、ヘーキヘーキ」

「いやぁ、なんと言うか(見通しが甘すぎて)笑っちゃうんすよね」

「他にさ、帰る具体的な考え……浮かんだことある?」

「クキキキキ……」

 

 光輝に言いくるめられて返す言葉もなく苦悶の表情を浮かべる肉おじゃ。

 だが確かに彼の言うように、帰還するための手段が得られるかどうかはトータス側に主導権がある。現状、言いなりになるしかないのだ。

 

「ハァ……(驚愕)絵に描いたような主人公気質(笑)凄い正義感だね。そういうの(戯言)いつも吐いてる?」

 

 捨て台詞を残して、肉おじゃはこの世界に来て与えられた能力であるステータスを調べるため、みんなと共に部屋を移動するのだった。

 

 別室にて配られたステータスを測るプレートを確認する一同。

 そこにはそれぞれ固有の才能である天職と、具体的な数値が刻まれている。

 召喚された地球人は、トータスの住民より数倍から数10倍の数値になるとのことだ。

 現に光輝は初級のレベル1にも関わらず、すべてのステータスがトータス住民の平均値である10を大きく上回る100と示されている。

 みんなが驚きと共にそれを見ている横で、肉おじゃは自分のステータスを確認していた。

 子供のころから夢見た世界最強、この世界ならそれが叶うかもしれない。

 

「結構でも浮かれますねこれ(小声)」

 

 胸をときめかせ、プレートに視線を落とす。

 

 肉おじゃのプレートに示されている数値は、すべてが10ちょっとくらいという、案外少ないというレベルではないお粗末なものであった。

 

「ハララララァ……」

 

 自慢であった筋力も体力も人並みと言われたことに、大きくため息をつく。

 

 肉おじゃの天職欄には、ビルダーと表示されている。

 説明によれば、ビルダーは一応戦闘職に分けられるがそれは名ばかりで、実際はお祭りやパーティーなどの催し物で、鍛えられた肉体を晒して観客を楽しませる見世物でしかない。

 29人に1人の割合でいるありふれた職業だそうだ。

 

「ハァ……(嘲笑)絵に描いたような底辺職(笑)凄い役に立ちそうだね」

 

 これまでの鬱憤を晴らすかのように、檜山が肉おじゃのことを見下し皮肉を口にする。

 こんなありふれた肉体(ステータス)では世界最強になれず苦悶の表情を浮かべる肉おじゃ。

 隣ではハジメが、これまたガッカリとした表情を浮かべていた。見れば彼のステータスも、すべて10ぴったりという凡人中の凡人である。

 おまけに天職は戦闘職ですらない工業系だ。一同の足を引っ張ることは確実と思われる。

 檜山が同じようにハジメをからかい、満足したところで離れていった。

 肉おじゃは、ハジメの肩に手を置きしっかりとした言葉でこう伝える。

 

「(たとえお前に何の能力も無かろうと、お前のことは見捨て)ないすか?」

 

 お互い凡人同士、協力してこれからを生き残っていこうと誓いあう肉おじゃとハジメであった。




(使用語録に制限をかけるのは)結構でも疲れますねこれ


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感想くださった方々、ありがとうございます。とても励みになります。
個別に返信できなくてごめんナス。


 ある晴れた日の、なんてことのない月曜日……のはずだった。

 この日、南雲 ハジメと友人の肉体派おじゃる丸を始めとしたクラスメイトたちと、教師の畑山 愛子は何の前触れもなく地球とは異なる世界、トータスへと連れてこられた。

 いわゆる異世界転移というものだ。

 クラスメイトたちは一様に動揺していたが、この手の小説を見慣れていたハジメと肉おじゃだけは「あっ、ふーん(察し)」と冷静に事態を受け入れていた。

 

「(人類を救うって心に)決めてるんだろ? (助けて)くれよ……」

「あっ、いいっすよ」

 

 トータス人であるイシュタル教皇に頼まれ、クラスのリーダー的存在である天之河 光輝が快諾しちゃったもんだから、一同はトータスの人々を魔人族から救う戦いに身を投じる羽目になったのだった。

 もちろん異世界転移物にありがちな、神から与えられた特殊能力もきちんと存在している。

 しているのだが、我らが肉おじゃとハジメは残念ながら一般人と変わらない身体能力しか発揮できず、能力もこの世界ではありふれた役に立たないとされているものしか与えられなかった。

 

「未熟です」

 

 鍛え上げてきた自慢の筋肉が人並みのものでしかないと告げられたことで自己を反省する肉おじゃ。

 ハジメも「はぁ~……凄くねえ」と自分のステータスプレートを見て、深くため息をついている。

 彼らの間には、この世界に来たことで自分も特別な存在になれるんじゃないか、という期待を呆気なく裏切られた絶望が漂っていた。

 

「2人とも気にすることありませんよ! 先生もステータスは平均値ですから!」

 

 と、愛子先生が肉おじゃたちを励まそうと自分のステータスプレートを見せてきた。教育者の鑑がこの野郎。

 プレートに目をやると、確かに筋力や体力などは人並みの値であるのだが、問題は彼女の持つ技能の方だ。愛子先生は食料生産に関するチート級の能力を14個も持っていた。

 肉おじゃとハジメは標準技能である言語理解と、それぞれの固有技能であるビルダーと錬成が1個ずつだ。

 

「ハァ…(諦念) 絵に描いたようなチート(苦笑) 凄い落差だね」

 

 励ますつもりが逆に追い打ちをかける形になってしまった愛子先生は、遠い目をする2人に対してかける言葉がどうしても思い浮かばなかった。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 個々の天職を知ってから2週間が過ぎた。

 召喚された生徒たちはこれまでの期間に、実戦に備えて戦うための訓練を行っている。

 だが、訓練場にハジメの姿はない。

 魔法の適性が無いと分かった彼は、せめて知識の面では役に立とうと図書館にこもり読書に励んでいたのだ。おかげでこの世界の知識もだいぶん身に着いた。

 一方の肉おじゃは、訓練場にこもりろくな休憩も取らず、ひたすら筋トレに努めていた。他の生徒たちの邪魔にならないよう、部屋の隅の方で。

 自分の肉体には自信があったため、それが大したことないと暗に言われたことが余程ショックだったのだろう。

 地球にいた頃の数倍のトレーニングを自らに課した肉おじゃの体は、これまで以上に筋肉が発達しもはや制服を着ることができないほどにまで肥大化していた。

 ステータスプレートを確認すると、筋力体力ともに10から29へと上がっている。

 この短期間で3倍近い成長率はなかなかの成果ではないかと思えるが、いかんせん初期値が低いためその伸び率も大したことが無いように見えてしまうが……。

 

 自主トレを経た生徒たちは、今度は実践的なトレーニングに入る段階になった。

 一同は教官役を務めている騎士団長メルドの案で、訓練に適した場所であるというオルクス大迷宮と呼ばれるダンジョンへ連れてこられた。

 迷宮へ入る前日、一行は本格的な訓練を前に、迷宮近くに設けられた宿で休息をとっている。

 肉おじゃも連日ハードなトレーニングが続いていたので、この日は早々とベッドに潜り、ゆっくりと体を休めていた。ハジメは変わらず、持参してきた迷宮に住む魔物の図鑑などに目を通している。

 

「(ハジメもそろそろ休んだら)どうすか?」

 

 日をまたぐ頃の夜更けになり、肉おじゃが声をかけた。

 これまでの学生生活でなら睡眠不足でも授業中に仮眠をとることもできただろうが、実戦形式の訓練ではそれも不可能だ。

 なにより、寝不足で低下したパフォーマンスでは周りに余計な迷惑をかけてしまうどころか、自分自身も不慮の怪我を負ってしまうかもしれない。

 ハジメは肉おじゃの言葉に素直に従い、本を閉じベッドに入ろうとする。

 不意に扉がノックされる音が聞こえた。こんな時間に誰だろう? と肉おじゃとハジメは顔を見合わせる。

 

「南雲くん、起きてる? 白崎です。ちょっといいかな」

「入って、どうぞ」

 

 深夜の来訪者は香織であった。ハジメに用があるようで、肉おじゃは気を使って寝たふりを決め込む。ハジメは追い返す理由もないので、彼女を部屋に通した。

 

「明日の迷宮探索は休んでください! オナシャス!」

 

 部屋に入って開口一番、香織はそう叫んだ。普段の彼女が見せることのない鬼気迫るその様子に、理由の分からないハジメは何事かと困惑する。

 

「さっき眠ってた時に、南雲くんが消えてしまう夢を見たの。きっとあれは予知夢なんだわ……。やだ怖い……(迷宮に入るのは)やめてください……アイアンマン!」

 

 泣きそうな顔で香織は訴えかける。だが、そんな理由で休むことは認められないだろう。ハジメは彼女を落ち着かせるように話しかける。

 

「TDN夢だよ。大丈夫だって安心しなよ~。ヘーキヘーキ、ヘーキだから」

「南雲くんがいなくなっちゃうなんて、嫌よー! 嫌よ! 嫌よ! おマインド壊れるー!」

「みんなチート持ちだらけなんだから、迷宮もちょっとワッーってやって、パパパッと攻略して、終わりっ! ね?」

「ぅ~う~~ん」

 

 説得するも香織の表情から不安の色はなかなか消えない。

 

「心配しないで、僕の側には肉おじゃだっているんだ。あの筋肉なら、どんな怪物が襲ってきても倒してくれるよ」

「肉おじゃくんが、守ってくれる……?」

「うん」

「だったら……」

「?」

「私も、南雲くんをまもるっ!」

 

 予想外の香織の言葉に、ハジメは「えっ」と戸惑いの声を上げる。

 

「私の天職は治癒師だから、もし南雲くんが大怪我しても治すことができるもの。この力で、絶対に南雲くんを守ってみせるから!」

 

 これまでの不安げな表情から一転、決意とやる気に満ちた顔で宣言した。

 それは言葉通りハジメを守ろうという決心の表れであり、同時に彼女の中にある不安を吹き払うための発露でもあった。

 

「あっ、そうだ。こういう時は、決まった台詞があるんだっけ」

 

 香織は、微笑みを浮かべながらハジメの手を自身の両の手で優しく包み込むと、彼の目を見つめしっかりとした言葉でそれを告げる。

 

「『あなたは死なないわ、私が守るもの』……だったよね」

 

 それは誰もが知っている有名なアニメの名言の一つだった。

 非オタの人間でも聞いたことくらいはあるだろう台詞が、まさかそういったものに縁のなさそうな香織の口から出るとは思ってもみなかった。

 呆気に取られていたハジメに、言うべきことを済ませた彼女はおやすみの挨拶をして部屋を後にする。ハジメが気が付いた時にはすでに扉は閉められたあとだった。

 

「……凄いねぇ。(アニメの)知識はどのくらいあるかな?」

 

 ハジメは、扉の向こうに消えた香織に問いかけるように呟く。

 これまでの学生生活で、自分と同じオタク的趣味を持った仲間に会えたことは無かったハジメ。(今でこそ肉おじゃが、彼からの知識に染められてはいるが)

 それがまさか、校内一とも言われる美少女から自発的にアニメの台詞を聞かされたのだ。

 もしや同士か!? とハジメは、内心で喜びの感情が沸き上がってくるのを抑えらえなかった。

 勝手にニヤけてしまう表情筋を鎮めようと四苦八苦していると、いつの間にか起き上がっていた肉おじゃが隣に立っているのに気づく。

 肉おじゃはハジメのことをチラりと横目で見ながら一言。

 

「恋すか?」

「違うよ!?」

 

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 宿で一晩過ごし朝を迎えた一同は、予定通りオルクス大迷宮の内部へと足を踏み入れた。

 香織の不安をよそにこれといった問題が起きることなく、モンスターを倒しながら順調に20階層まで足を進める。

 

 ここまでの戦闘は99パーセントが、肉おじゃとハジメ以外の生徒たちの手によって行われていた。

 元から役に立たないと思われている2人は、最後尾で他の生徒の活躍をただ眺めているだけだった。

 時たま前衛が打ち漏らした雑魚モンスターがやってくるので、そのたびにハジメが自身の天職である錬成を使い、モンスターの足場を固めて身動きをとれなする。

 その隙に肉おじゃが拳でモンスターの顔面を殴り倒す、という戦法で2人は少ない経験値を稼いでいた。

 

「はぁ~……凄くねぇ?」

「すごいねぇ」

 

 誰からも注目されていないと思われた2人だったが、共に同行していたサポーターの騎士団員からは密かに、その見事なコンビネーションが評価されていることを彼らは知らない。

 

「あれ何かな? キラキラしてる」

 

 通路を渡っているとき、不意に何かに気付いた香織が声を上げた。

 彼女の指さす先にはグランツ鉱石と呼ばれる宝石の原石があり、それが岩壁の上の方から覗いている。

 

「凄いねぇ。硬度はどのくらいあるかな?」

 

 うっとりとした表情で香織が言った。宝石に目が無いのは女の子の特権。

 

「鉱石は後ろのかごに、入れて、下さい」

 

 檜山が鉱石を取ろうと、かごを背負い、岩壁を猿のように上がり始めた。スルスルと難なく壁をよじ登る姿は、肉体派おサル丸と呼んでもよい早業だ。

 罠が仕掛けられているかもしれないと周囲が止めるが、彼はそれを無視する。

 鉱石に手が触れた瞬間、案の定仕込まれていたトラップが発動し、一同は今よりさらに深い65階層の橋の上へと飛ばされてしまう。

 罠はそれだけではなく、飛ばされた橋の片側に数100体の骸骨型モンスターであるトラウムソルジャーが出現したではないか。

 反対側の通路には、体長10メートルはあるトカゲの怪物──レシートリザード──が立ちはだかる。

 レシートリザード、それはかつての人類最強の勇者『ヤ・ジウ』ですら太刀打ちできず、眠らせた隙に逃げることしかできなかった化け物だ。

 

「アン! アン! アン! アン! アン! アン! アン! アン! アン! アッーンン!!」

 

 レシートリザードが甲高い雄たけびを上げた。

 

「うわーっこれ逃げるんだねハァッ」

 

 引率者である騎士団長、メルドが皆に逃げるよう叫び、自分は団員を引き連れレシートリザードの足止めを行う。

 後方ではトラウムソルジャーに囲まれた生徒たちがパニックに陥っていた。

 上階への階段はまだ塞がれていないのだが、我先に逃げようとする生徒たちが狭い通路に殺到したため、逆に逃げられない状況に追い込まれてしまう。

 

「クキキキキ……」

「お兄さん許して、お兄さん許して。はぁ、はぁ、はぁはぁはぁはぁはぁはぁ」

 

 不気味な笑い声をあげ、ジワジワとにじり寄ってくるトラウムソルジャーの軍団。

 恐怖から戦う意思を放棄した生徒たちは息も荒くなり、体から力が抜け叫ぶこともできない。

 助けを乞うも、モンスターはそんな言葉には当然聞く耳を持たない。

 だが、そんな恐怖の権化の前に立ちはだかる影が2つ。肉体派おじゃる丸と南雲ハジメだ。

 

「ちょっと軽く敵の足止めするから、肉おじゃも手伝ってくれる?」

「(覚悟は出来て)そうですね。イッキーマウス……!」

 

 言うやいなや、骸骨軍団に突撃する肉おじゃ。自慢の拳でトラウムソルジャーを殴るが、レベル差から打撃によるダメージを与えることはできず苦悶の表情を浮かべる。

 

「肉おじゃ! 橋の外に落とすんだ!」

 

 叫ぶハジメも錬成を駆使してモンスターを橋から追い落としていた。

 

「お胸触るくらいだったら」

 

 肉おじゃはモンスターの肋骨部分をつかむと、背負い投げで軽々と投げ飛ばす。骸骨なだけあって重さはなく、肉おじゃにとっては子犬を持ち上げるのと変わらない労力だ。

 まるで運動会の玉入れのように、両手でトラウムソルジャーをつかんではヒョイヒョイと橋の外の虚空に向かって投げ捨てていく。2人して50体以上は排除しただろうか。

 だがまだ残っている敵の数はえー右に164体の、左が今72体ぐらいですか。

 おまけにトラウムソルジャーの背後の魔方陣からは、敵兵士が次々と補充されている。このままではキリがない。

 

「結構でも疲れますねこれ(小声)」

 

 不得意な魔法を連続して使い続けたため、ハジメも疲労がたまって来ていた。肩で荒い息をしており、立っているだけで精一杯という様子だ。

 

「(この場をなんとかできそうなのは)あいつか?」

 

 肉おじゃは、光輝ならこの骸骨軍団の包囲を突破できるのではないかと考える。しかし当の光輝たちはレシートリザードの対応で手が離せない状況である。

 

「……僕が天之河くんたちを呼んでくる!」

「(一緒に行)こうすか?」

「オッスお願いしまーす」

 

 うなづきあい、共に駆ける2人。肉おじゃが前面に立ち、トラウムソルジャーを弾き飛ばしながら道を切り開く。

 

「天之河くん!」

「ファッ!? 君たち何でこんな所に!? 危ないから来ちゃあ……ダメだろ!」

 

 光輝の元にたどり着いたハジメは急ぎ彼を撤退させようと、柄にもなく声を荒げる。

 

「そんなこと言っている場合か! ほら、あっちを見ろよ見ろよ! 君がいないとあかん、みんなが死ぬぅ!」

 

 ハジメの示す先には、トラウムソルジャーに囲まれ大ピンチのクラスメイトたちがいる。

 

「お前はみんなの所に、行って、ください」

 

 肉おじゃも、光輝に力を貸してくれと頭を下げ頼み込む。光輝も2人の態度に冷静さを取り戻したようで、大人しく下がっていった。

 これで何とかなるはずだ、と一旦は安堵する肉おじゃとハジメだったが、まだ彼らの前には難敵であるレシートリザードが残っている。

 今はまだ騎士団員が貼った結界によって動きを制限されているが、その結界もじきに破られてしまうだろう。

 メルド率いる団員達も、結界を張り続けていたせいで限界まで魔力を使い果たし、疲労で倒れ動けなくなっていた。万事休す。

 

「肉おじゃ。メルドさんたちを連れて、みんなの所に下がってて」

 

 ハジメはなにかを決意したような表情でそう告げる。

 

「(お前は)どう(するん)すか?」

「……あのモンスターを足止めする」

「えっ、なんすかそれ」

「えーちょっと錬成でモンスターの足場を固めるからー、両手でこう(倒れてる人たちを)引っ張っ(て行っ)ちゃってくれるかな?」

「こうすか?」

「そう」

 

 勇者適性を持つ光輝や歴戦の兵であるメルドたち、騎士団総がかりでも難しかったレシートリザードをただ1人で足止めするというハジメ。

 無謀としか思えない提案だったが、ハジメの決死の表情を見た肉おじゃは大人しく彼の案を受け入れ、自身はメルドたちを連れて撤退を始める。

 レシートリザードから離れトラウムソルジャーと混戦状態にあるクラスメイト達の元まで下がると、香織が声をかけてくる。

 

「肉おじゃくん、南雲くんは!?」

「(あいつはレシートリザードを足止めしてるけど、残された時間は)案外少ないっす」

 

 それを聞いた香織は、持てる全魔力をもってメルドたちの回復を行う。全員の魔法の同時斉射でレシートリザードを攻撃し、怯ませた隙にこの場を離脱しようという作戦だ。

 光輝を筆頭に動けるものがトラウムソルジャーを蹴散らし、その間に香織は超スピード!? でメルドたちに回復魔法をかけていく。

 一刻も早くハジメを助けなければという思いから、あっという間に全員の回復を済ませてしまった。メルドの号令で一同は魔法の発射体制に入る。

 

「(こっちの準備は整ったから戻って)来いすか?」

 

 肉おじゃの声が届き、ハジメも全速力でレシートリザードから離れる。

 しかし錬成の使い過ぎで足元がふらつき、今にも倒れてしまいそうだ。

 

「あっおい待てい!」

 

 肉おじゃは、メルドの制止も聞かずハジメを助けるために駆け出した。

 ハジメを背におぶると、後ろを振り返ることなく一目散に走りだす。彼らの背後からはレシートリザードが、雄たけびを上げながら迫りつつある。

 

「(もう撃っても)イーヨー」

 

 このままでは逃げ切れないと悟った肉おじゃが、自分たちにかまわず攻撃しろと叫ぶ。

 迷うメルドだが、2人がレシートリザードに追いつかれてしまえば元も子もない。意を決し、全員に魔法攻撃を行うよう号令をかける。

 

「イキまーす」

 

 直後、流星のごとく降り注ぐあらゆる属性の魔法がレシートリザードに直撃した。ダメージはないようだが、しっかりと足止めの役目は果たしている。

 これで逃げ切れると安堵する肉おじゃとハジメだが、突然魔法弾の1つが屈折し2人の眼前に着弾したではないか。

 背後ではレシートリザードの重量と魔法攻撃の威力でついに橋が崩壊し、レシートリザードが地の底へ落下していくところだった。

 肉おじゃとハジメも橋の崩落に巻き込まれ、共に落ちそうになる。

 

「南雲くん! 肉おじゃくん!」

 

 とっさに駆け寄り手を伸ばす香織だが、彼らには届かない。

 

 人 生 終 了 。

 

 その言葉がハジメの脳裏に浮かんだ。

 まだやりたいことがあるのに、こんなところで死ぬなんてやだ怖い……やめてください!

 そう思うもすでに力を使い果たしたハジメには抗う余力すらない。

 成すすべなく落下するしかないハジメの体に、突然上向きの力が加えられた。

 

「やっぱ右利きだから右のほうが若干力が強いと思います」

 

 肉おじゃがハジメの体をつかみ、上空へ向けて放り投げたのだ。おかげでハジメは香織に抱きかかえられるようにして受け止められ、落下を免れた。

 しかし代償に肉おじゃは、瓦礫と共にレシートリザードが落ちていった暗闇に吸い込まれていった。

 

「……そんな……僕を助けるために……。肉おじゃぁぁぁぁ!!」

 

 ハジメの友を想う叫びだけが、空しくその場に残されたのだった。




後編はいずれ書くと思います。かもしくは書かないか、どっちかです


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 緑色の光を発する鉱石が辺りをぼんやりと照らす暗闇の中で、肉体派おじゃる丸はゆっくりと意識を取り戻した。

 硬い岩肌の上に寝転がった状態で、しばらくボーッと暗闇を見つめていると、そういえば自分は一体なにをしているのだ? といった根本的疑問が浮かんでくる。

 霞がかった意識で記憶を手繰る。

 そうだ、自分はレシートリザードと共に地下に転落しようとした友人、南雲ハジメを助ける身代わりとなって地下に落ちていったのだった。

 相当な高さから落ちたはずだが、所々噴出していた滝と自身の筋肉がクッションとなって、地面に直に叩きつけられずに済んだのだ。

 

「凄いねぇ。驚異はどのくらいあるかな?」

 

 肉おじゃは鍛え上げてきた筋肉と自らの幸運に感謝した。

 ゆっくりと起き上がる。体中に痛みはあるものの、骨折などはしていないようだ。

 それにしても、ここはどこなんだろう? 周囲を見回すが、緑鉱石以外は岩肌が広がるばかりだ。

 自分はどれくらいの距離を落ちてしまったのか。

 

「まぁ120階層ぐらいじゃないすか」

 

 まったくの当てずっぽうだが、実際相当な距離を落ちたはずだ。

 ハジメは助かっただろうか。きっと香織がなんとかしてくれただろう。肉おじゃは上を見上げながら、友人の無事を案じた。

 

「結構でも心配ですねこれ(小声)」

 

 呟き、次いで今最も案じるべきは自分の身だろう、ということに思い至る。

 迷宮は下に行くほど強力な魔物が生息している、とハジメから聞いたことがある。なら今いるここは相当危険なはずだ。

 

「はぁ~……ヤバくねえ?」

 

 一刻も早く地上へ戻るべきだ。

 肉おじゃは早速、落ちてきた道を辿るように落下してきた穴をよじ登り始める。

 ロッククライミングの経験はないが、筋力だけを頼りに壁の出っ張りに四肢をかけ登っていく。これぞ本家肉体派おサル丸である。

 しかし、しばらく登ったところで先に進めなくなってしまった。途中から崩落した岩で穴が塞がってないか? Q.(岩が穴にピッタリ)入ってんの? A.入ってる入ってる

 そう、お太い岩で地上へつながっているはずの道が塞がれてしまっているのだ。

 

「うわーっこれ進めないんだねハァ~ッ……」

 

 肉おじゃは仕方なく、元来た道を引き返すのだった。

 

 再び落下地点に戻った肉おじゃは、次にどうするかを考える。

 壁を上れなくても、地下があるのならここに降りるための階段なりがあるはずだ。

 まずはそれを探そうと、肉おじゃは闇の中、上へと続く階段を探すため歩き始めた。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「(階段とかは無さ)そうですね」

 

 数時間は歩き回っただろうか。だというのに地上へ出るための道は、1つも見つけることができなかった。

 ハララララァ……と深いため息を吐く。

 

「結構でも疲れますねこれ(小声)」

 

 それは肉体的な疲労ではなく精神的なものだった。暗闇の地下の中、たった独り当ても無くさ迷うなんてこれはキツイですよ。

 

「(生存への希望は)案外少ないっす」

 

 ふと諦めの気持ちが肉おじゃの心によぎった。その時、彼の耳に小さくピチャアピチャピチァアアア(迫真)という、水音が聞こえてくる。

 どこかで窪地に水が溜まっているのだろうか。そういえば喉が渇いた。肉おじゃは喉の渇きを癒やそうと、音の発生源へと歩いて行った。

 

 歩いてすぐに目当ての水源は見つかった。ちょっとした池ほどの広さを持つ水たまりが肉おじゃの前に広がっている。しかし、肉おじゃはすぐに水を飲むことができずにいた。

 池には先客がいたのだ。地下階層に生息する魔物である。数は1匹だけだが、強さのほどが分からないので肉おじゃは、魔物が去るまで物陰に隠れやり過ごすことにした。

 気配を消し、魔物の動向に注意を向ける。だがその視線を感じたのか、魔物は水を飲むのをやめ肉おじゃの方に振り返った。気付かれた!

 

「あらいらっしゃい! ご無沙汰じゃないですか」

 

 急いで逃げようとする肉おじゃだったが、驚いたことに魔物が声をかけてきたではないか。

 魔物の姿をよく見ると、金髪の体毛にサングラスをかけ、メッシュ状のタンクトップを身にまとっている。

 一見すると人間にそっくりだが、ガタイのいい上半身に比べ下半身があまりにも貧弱すぎる。そのアンバランスさは魔物に違いない。(断言)

 肉おじゃはこの魔物に見覚えがあった。ハジメが読んでいた地下迷宮魔物辞典に載っていた、KBTIT一族と呼ばれる種族の1体だ。

 

「あ、そんなとこいないで、肉おじゃさんも飲んで」

 

 KBTITは実にフレンドリーな雰囲気で肉おじゃを誘ってきた。肉おじゃはこの魔物とは初対面だが、なぜKBTITは彼の名前を知っているのだろう。もしかしたらそれがKBTITの持つ能力なのかもしれない。

 肉おじゃは妙に人懐っこいKBTITの雰囲気にあてられ、警戒心が薄れたため彼の言う通り隣に並ぶと、池の水に口をつけようとする。そこで事態が一変した。

 KBTITは肉おじゃの背後に回ると、彼の首に腕を回してアームロックの要領で喉を絞めてきたのだ。

 

「ちょっと眠ってろお前」

 

 どうやら友好的な顔をして、近づいてきた獲物の首を絞め落としてから捕食する、というのがこの魔物の狩猟手段だったようだ。

 肉おじゃはまんまとその策にはまってしまった。未熟です……と脳内で反省する。

 

「落ちろ!……落ちたな」

 

 ガクリと崩れ落ちる肉おじゃ。KBTITがその肉に食らいつこうと顔を近づける。

 

「フフハッ!!」

 

 肉おじゃは突然起き上がると、間髪入れずKBTITの顔面に拳を撃ち込んだ。気絶したふりをして油断させたのだ。

 肉おじゃ自慢の右ストレートをもろに食らいKBTITは吹き飛ぶ。だが……

 

「オイお前! 大事な俺の顔殴りつけやがって! オイ!」

 

 大したダメージもない様子で立ち上がってきた。サングラスの下で眼光鋭く肉おじゃを睨みつける。

 

「もう許せるぞオイ! もう許さねぇからなぁ?(豹変)」

 

 言うが早いか、今度は逆にKBTITが肉おじゃを殴りつける。すさまじい衝撃と共に、肉おじゃは数メートルの距離を吹き飛ばされた。腕を上げガードする間もない早業であった。

 たった一発のパンチ、それだけで肉おじゃは身動きできないほどのダメージを受けてしまった。

 

「(骨が何本か折れて)そうですね」

 

 痛みでそう呟くのがやっとだ。

 

「お前の悶絶する顔が見たいんだよ! お友達になるんぜよ!」

 

 KBTITが叫ぶ。お友達とは彼らの種族の言葉で、餌という意味である。

 

「(もうダメ)そうですね……」

 

 肉おじゃは観念して目を閉じた。KBTITは彼の首をつかみ、人形でも拾うように軽々と持ち上げた。ニヤリ、と口角を上げ舌なめずりをする。

 

「おー良いカッコだぜぇ? ほらよ。カジりついてやるからよ。ほら。ほら。いいか?」

 

 牙の生えた口を大きく広げ、肉おじゃの肌に突き立てようとした瞬間、突然横合いから黒い塊が猛スピードで突っ込んできた。

 塊は肉おじゃとKBTITに激しくぶつかり、両者を岸壁に容赦なく叩きつける。ぐはぁ!(致命傷) と2人は口から血を吐いた。

 一体なんだ……と視線を向ける。黒い塊──トヨタ・センチュリーから降りてきたのは、地下に生息する犬型の魔物、TNOKだった。

 

「おいコラァ! 止めろ! 狩猟免許持ってんのかコラ!」

 

 TNOKがKBTITを威嚇する。どうやら肉おじゃという餌を横取りしようと攻撃を仕掛けてきたようだ。

 

「速攻横やりかよお前……。(落胆) お前もう生きて帰れねぇな?」

「誰の縄張りに入ってきたと思ってんだよこの野郎。おい。どう落とし前つけんだよこの野郎」

「(今なら逃げられ)そうですね」

 

 にらみ合いの状態に入る2体の魔物。肉おじゃは両者がお互いに気を取られている隙に、気付かれないようその場から去ろうとする。

 だがなんということか、10歩も歩かないうちに肉おじゃの前に3体目の魔物が現れ、道を塞いだではないか。

 

「逃げられねえってのは恐えなあ」

 

 両手に鞭とロウソクを持つ熊型モンスター、ツメグマの亜種族であるヒゲクマだ。

 ヒゲクマは持っていた鞭を勢いよく肉おじゃに叩きつける。一切の容赦がないその殴打は、肉おじゃの鍛え上げた肉体を貫通し、彼の痛覚を攻め立てた。

 

「ピィ^~……」

 

 今まで感じたことのない鋭い痛みに、涙を浮かべ倒れこむ肉おじゃ。度重なるダメージの蓄積で今度こそ動けなくなってしまう。

 

「(餌にありつけるなんて)期待してんじゃねぇよ(マジ切れ)」

「うんこ野郎だうんこ野郎!」

「なに(殺気)立たしてんだよ」

 

 ヒゲクマが威嚇すると、KBTITとTNOKもにらみを利かせる。

 餌の少ない地下迷宮において、肉おじゃは久々に現れた貴重な栄養源だ。それを巡って3体の魔物が対立の構図を描く。

 

「なんだその偉そうな……すわわっ!」

「とりあえず土下座しろこの野郎」

「あったまきた……(激昂)」

 

 KBTIT、TNOK、ヒゲクマの3体がぶつかり合う。それぞれが放った風、雷、炎の魔法が乱舞する。

 その衝撃で地面に亀裂が走り、大きく砕けた。肉おじゃは再び、開けた穴の中に成すすべもなく飲み込まれていったのだった。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 ブッチッチッチ……

 

 ──遠くから、音が聞こえる──

 

 ブッチッチッチ……ブッチッチッチ……

 

 意識がはっきりしてくるにつれ、音はしだいに大きくなる。それはすぐ側で鳴らされているものだった。

 

 チャカポコチャカポコ……

 

 太鼓の様な物を叩いているのか、それはただの雑音ではない。祭りで鳴らされているような、なにかを祝うための音楽だ。

 

「ぅ~う~~ん……」

 

 3体の魔物の戦闘に巻き込まれ、再度地下へと落ちた肉体派おじゃる丸。

 魔物が放った魔法の爆発の余波に肌を焼かれ、崩落する岩に挟まれ骨折などをしたため意識を失っていたのだが、謎のメロディーによって今意識を取り戻した。

 岩に押しつぶされていたはずだったが、どういう訳か今の肉おじゃは直立の姿勢で、体を柱に縛り付けられているではないか。

 

「あれ~? おかしいね、目を覚ましたね」

 

 肉おじゃの耳に、憎たらしい声色の子供の声が聞こえてきた。それは地下に住む魔物の中でも最も弱い、ひでと呼ばれる種族だ。

 周囲に目をやると、肉おじゃを取り囲むように複数のひでがいる。ひでたちは楽器を手に、肉おじゃの周りを踊りながらグルグルと回っていた。

 

「えっ、なんすかこれ」

 

 突然の事態に疑問の声が漏れる肉おじゃ。ひでは律義にそれに答える。

 

「お兄さんはぼくたちの食料なNORA」

 

 なんということだ、またしても魔物の餌として拉致されてしまったのか。

 ひでたちが曲に合わせて踊っているのも、肉おじゃという食料を得た祝いの行事なのだろう。

 

「あぁお腹空いちゃったよ~もう」

「今日給食なんだろう」

「カレーとかじゃなかった?(訛り)」

「カレーだったっけ?」

「うん。はは」

「カレー大好きだから」

 

 縛り上げられている肉おじゃの隣では、鍋一杯のカレーが仕込まれている。

 クキキキキ……。カレーの香辛料の匂いをかいだ肉おじゃのお腹が、彼の意識とは無関係に鳴った。そういえば、地下に落ちてから食べ物はおろか水一滴口にしていない。

 度重なる痛みと疲労と空腹で、肉おじゃはもはや完全に抵抗する気力をなくしていた。

 ひでがナイフを取り出し肉おじゃに迫る。いよいよここまでか……。

 

「結構でも突かれますねこれ」

 

 一思いに心臓を一突きにして殺してくれ、と懇願する肉おじゃ。だが、ひでたちはそんな肉おじゃの言葉をニヤニヤとしたいやらしい笑みで拒絶する。

 

「そんなのいやなNORA」

「ぼくたちはねぇ、獲物がもがき苦しんで悶絶する顔を見るのが大好きなんだニョ!」

「苦しめて殺した方が、お肉は美味しくなるんだよね~♪」

 

 ひでのナイフが肉おじゃの太ももに突き立てられる。

 

「ピィ^~……!」

 

 焼けるような痛みに苦悶の表情を浮かべる肉おじゃ。ひでは刺したナイフで傷をえぐるようにグリグリと動かす。

 

「ぼくもしゅる~。つんつん」

 

 他のひでも真似して、ナイフで肉おじゃの太ももを刺し始めた。

 ひでのような獲物をいたぶることに快感を覚える残虐性は、他の魔物には持ちえないものだ。こんな非道な心を持った存在に捕らえられたのは、肉おじゃの生涯最大の不幸だろう。

 ひでがナイフを抜くと、太ももの傷口がひくひくして来たんや。

 ひでが肉おじゃの傷を押し広げながら、ああ^~もう血が出るう~~と言うまもなく、ひでの顔にどば~っと血が降り注いだ。

 どうやらナイフが太ももの中のお太い血管を傷つけてしまったようだ。もう顔中鮮血まみれや。

 ひでたちは肉おじゃの血を、お互いの体に塗りあっては子供のようにはしゃいでいる。まさに狂気の宴だ。

 

「ハララララァ……」

 

 蛇口をひねったように、肉おじゃの太ももからは止まることなく血が流れ続けていき、それに伴って顔色もどんどん青ざめていく。このままではあと数分もせずに失血死してしまうだろう。

 弱っていく肉おじゃを、ひでたちは取り囲んでじっくりと観察している。

 

「うー☆うー☆」

 

 楽しそうにはやし立てている、その複数の無邪気な笑顔を見ていると、フツフツと肉おじゃの中に燃えるような怒りが込み上げてきた。

 なんで自分がこんな酷い目に合わなければいけないのか。なにも悪いことなどしていないではないか。

 いきなり異世界に呼び出され、戦うことを強いられ、なんの才能も無く、バカにされ、期待もされず、あげく地下の底で誰に看取られることも無く、魔物にいたぶられ死んでいく……。

 ふざけんじゃねぇよお前これ(俺の人生)どうしてくれんだよ! 自分をこの世界に呼び出した神、エヒトに叫びたい気分だった。

 しかし、すでに肉おじゃの意識は風前の灯火である。そこに、ふいにひでの1体がコップに汲んだ水を差しだしてきた。

 

「えっ、なんすかそれ」

 

 薄れゆく意識の中で、反射的に問いかける。

 

「ん? 神水」

 

 ひでが答えた。神水、それはどんな大きな怪我や病気でもたちどころに治してしまう、不死の霊薬と呼ばれている伝説級の秘宝なのだ。

 

「えーちょっと(もっといたぶるために一旦)怪我のほうを治すからー、両手でこう飲んじゃってくれるかな?」

 

 このまま死なれてはつまらない、とひでは肉おじゃを苦しめ続けるため、あえて一度怪我を治そうという魂胆なのだ。

 縄もほどかれ、肉おじゃは震える手でコップに注がれた神水を飲み干す。

 すると、これまで体の中に溜め込まれていた疲労、倦怠感や、体につけられた裂傷や火傷などが嘘のようにすべて消え去っていった。

 肉おじゃは身も心も健康な状態を取り戻したのだ。同時に自分の置かれた環境に対する怒りも、よりハッキリと心の内で燃え上がる。

 

「それじゃあ、お兄さんをもう一度縛るNORA」

 

 ひでがロープを持ち肉おじゃに迫る。肉おじゃは、無言でそのひでの頭部をつかんだ。すでに手は震えていない。

 

「いけないお手手なのら、ペンペン(棒読み)」

 

 ひではふざけた態度で肉おじゃの手をほどこうと叩く。

 

「やっぱ右利きだから右のほうが若干太いと思います」

 

 言うとともに、肉おじゃはひでの頭を力の限り握りしめた。ひでの頭骨がミシミシと音を立ててきしむ。

 

「あぁ、(脳みそが)出る! ああ^~」

 

 ひでが痛みのあまり叫びだす。その声が癇に障り、肉おじゃの怒りをさらに増幅させた。ひでの頭をつかむ手により力が籠められる。

 

「クキキキキ……」

 

 怒りに飲まれ狂気の表情を浮かべる肉おじゃ。今の彼はまさに地獄の鬼の形相で、ひでの集団を睨みつけている。

 睨まれたひでたちは恐怖のあまり怯えてしまい、誰も肉おじゃに手を出すことができない。

 魔物すらも震えあがらせる、今の肉おじゃは、憎しみに身をゆだねた憎体派おじゃる丸。

 それは地下迷宮に生まれた、新たな魔物の1体なのかもしれない……。




思いのほか話が長くなってしまったため、もう1話追加しまーす。


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お待たせして申し訳ナイス!
これにて終わり!閉廷!


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛も゛う゛や゛だ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」

「や゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ん゛も゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!!!!!」

 

 憎しみの暗黒面に身を堕とした肉体派おじゃる丸。

 憎体派となった彼は、自身に苦痛を与えていたひでの群れを一方的に虐待していた。

 拳で、足で──殴り、蹴り、時にはビンタを食らわせる。

 ひでが武器として持っていた鞭や竹刀を奪い取り、それらを振るいひでの体に制裁を与えていく。

 今の憎体派おじゃる丸は、暴力という名の小さな嵐であった。

 

 憎おじゃの鍛え上げた肉体プラス、憎しみの力によってもたらされる苛烈な責めに対しては、魔獣の中でも段違いの耐久力を持つひでとあっても抵抗は無意味である。

 これまで数の多さを利用して一方的な虐殺を繰り返していたひで族だったが、遂にその身に罰を受ける時が来たのだ。

 

駆鬼鬼鬼鬼(クキキキキ)……」

 

 鬼だ。今の虐げられる存在へと落ちぶれたひでにとって、おじゃる丸はまさに地獄の鬼と同等の脅威の存在である。

 

「鬼いさん許して!」

 

 思わず許しを請うひで。だがあれだけ(なぶ)っておいて、今更許してもらえる訳がな~い♪

 結局ひでたちは辞世の句を残すことすらなく、憎おじゃの手によって一族そろって皆殺しの憂き目にあったのだった。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 数10頭いたひでの一族を根絶やしにした憎おじゃは、力を使い果たし地面の上で大の字になっていた。

 未だハアハアと肩で息をするくらい暴れまわっていたのだから当然だろう。

 しばらくして体が休まると共に、呼吸も安定してくる。同時に、怒りで忘れていた空腹感が再び押し寄せてきた。

 

「(今のお腹の空き加減は)120(パーセント)ぐらいじゃないすか」

 

 とはいえ今回の迷宮探索は日帰りの予定だったため、憎おじゃも食料品などは一切持ってきていない。

 そんな現実など知ったこっちゃないとばかりに、彼のお腹は容赦なく空腹を訴えてくる。

 そういえば、と憎おじゃはあることを思いだした。確かひでたちが、自分を材料にするためにカレーを作っていたはずだ。

 ダルそうに起き上がり辺りを見回すと、大きな寸胴鍋が火にかけられたまま放置されているのが目に入る。

 

「(カレーなら食べられ)そうですね」

 

 魔物の作ったものとはいえ、カレーなら人間の口にも合うはずだ。

 鍋の元へ近づき匂いを嗅ぐと、香辛料のスパイシーな香りがより一層空腹を掻き立てる。

 おたまを使い鍋の中身をかき混ぜてみると、ふとおかしな点に気付いた。

 

「うわーっこれ(具が)抜けてるんだねハァッ」

 

 そう、カレーはスープのみで構成され、具が一切入っていないのだ。

 煮込まれてスープに溶け込んでしまったという訳でもない。肉も野菜も、ひとかけらの痕跡も無いのである。

 どうやらひでたちは、具材は憎おじゃの肉だけで賄おうとしていたようだ。

 

「ハララララァ……(溜息)」

 

 ガッカリと肩を落とす。スープだけではこの空腹も、一時は満たされるだろうがまたすぐに空になってしまうだろう。

 なにか具材になりそうなものはないかとひでの住処を漁ってみるが、生憎食料品の類はなにも見つから無かった。

 そうこうしている間にも、憎おじゃの飢餓感はどんどん強くなってくる。

 なんでもいい、なにか食べたい。なにかないか、なにか……。

 周囲を見回す憎おじゃ。ふと、辺りに散乱しているひでの死体に意識が向く。

 魔物とはいえこれも動物の肉。牛や豚と変わらない。ならば、これも食べることができるのではないか……?

 憎おじゃは死体の山の中からひでが所持していたナイフを見つけると、それを手に死骸の1つを解体していき、一口サイズにまで裁断すると鍋に投入した。

 煮込むこと数10分。ひで肉にしっかり火が通ったことを確認すると、憎おじゃは待ちきれないといった風に勢いよくそれにかぶりついた。

 

「物凄い……(笑) なんか、筋肉(すじにく)? なの?」

 

 きちんと煮込まれているというのに、ひでの肉はとても筋張っており固かった。まるで凝縮されたゴムみたいだぁ……。

 おそらくひで族特有の超耐久性が影響して、筋肉が頑丈にできているせいだろう。

 食べづらいことこの上ないが、空腹には勝てず憎おじゃは次々と肉を飲み込んでいった。

 やがて満腹になり食事の手を止める。凄いねぇ、満足感はどのくらいあるかな?

 

「まぁ120パーセントぐらいじゃないすか」

 

 その時、突如憎おじゃの全身を激しい痛みが襲った。それは体の内側から生じて、時間と共に耐えがたい激痛へと増大していく。

 

「なんすかこれ……!?」

 

 訳も分からないまま憎おじゃは地面を這いずり、ひでが持っていた神水が入った瓶の元へ行きそれを飲んだ。

 だが、どういう訳か痛みは一向に引かないではないか。

 神水の影響で気絶もできないまま、激しい痛みに苦しめられ続けるる憎おじゃ。

 

「グギギギギ……!!」

 

 のたうち回るその脳裏で、これまでの憎おじゃの人生がまるで走馬灯のように思い起こされていた。

 激痛と生涯のフラッシュバックにどれほどの時間苦しめられただろう。

 ぐったりと地面の上に横たわる憎おじゃの姿は、以前とわずかに差異が見られた。

 宮家の子息のような雅な黒髪は真っ白に退色し、表皮には赤黒い線が何本か走っている。

 そして、自慢の筋肉はよりしなやかに、鋼をも超える頑強さを持つものへと生まれ変わった。

 痛みが引いた憎おじゃは、親友の南雲ハジメが言っていたことを思い出していた。

 

『魔物は同じ魔物の肉を食べることで、相手の特性を自分の中に取り込んでより強くなるんだ』

 

 通常、魔物を食べた人間は体が耐えられず死亡してしまうのだが、幸いにも憎おじゃはひでによって奇跡の回復薬、神水を飲まされていた。これが彼の命を救ったのだ。

 そして、ひでの特性を自らに取り入れた結果、憎おじゃの筋肉はあらゆる攻撃を無効化する超耐性を手にしたのだった。これまで1桁だったレベルも、一気に120くらいに上がっている。

 そんな憎おじゃの前に、突然複数の魔物が姿を現した。

 

「(こんな所にいたとか)うっそだろお前!(大草原)」

「(まだ生きてたとか)馬鹿じゃねーの(笑)」

「あっ、こいつかぁ!」

 

 上の階層で彼を取り合っていたKBTIT、TNOK、ヒゲクマの3体だ。どうやら憎おじゃを食べることを諦めておらず、ずっと探していたようだ。

 

「お前を芸術品に仕立てや……仕立てあげてやんだよ。お前をげいじゅつし……品にしたんだよ! お前を芸術品にしてやるよ(妥協)」

 

 舌なめずりをし、憎おじゃを料理してやると告げるKBTIT。他の2体も牙を向ける。

 そんな魔物たちに対して、憎おじゃは堂々とこう言った。

 

「(つべこべ言わずにかかって)来いすか?」

「……ひじょ~~~~~に反抗的な態度すばらしいですね」

 

 挑発的な言葉にヒゲクマたちは額に青筋を浮かべ、憎おじゃに飛びかかっていった。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 迷宮を下へ下へとくだっていく憎おじゃ。今のレベルは290だ。

 憎おじゃへと牙をむいたKBTIT、TNOK、そしてヒゲクマの3体の魔物は、レベル120くらいの彼の手によってあっさりと返り討ちにあったのだった。

 そこからレベルがさらに上がったのも、葬った3体の肉を新たに食べた影響である。

 今の彼はもはや、役立たずと陰口をたたかれていた肉体派おじゃる丸ではない。

 魔物の魔力を行使でき、あらゆる攻撃を無効化する無敵の体を持った、肉体覇王じゃる丸である。

 

 そして、今の肉おじゃはひでに襲われた時のように、再び憎しみに身をゆだねていた。

 それは激痛で垣間見た走馬灯で、レシートリザードと対峙した時のことを思い出したからだ。

 あの時肉おじゃとハジメの前に降ってきた攻撃魔法は、偶然の事故などではなかった。故意に放たれたものだったのだ。

 その攻撃を行ったものこそ、かつてハジメを虐めていた檜山 大介なのを思い出した。

 自分が地下に落とされ、魔物に襲われ、死ぬほどの苦しみを味わう羽目になったのも、すべては檜山の行いが原因。

 

「(必ず生きて地上に戻って、檜山の野郎を)殺すか?」

 

 肉おじゃの中に、人に対する初めての殺意が宿った瞬間だった。

 

 地上への脱出ルートを探し求め、地下迷宮の探索を始めて幾日か経過した。

 ついに到達した50階層で、肉おじゃは他とは異質な雰囲気を放つ扉のようなものを発見する。

 一応他の道も探ってみたのだが、どうやらこの階層にはこれ以上下に降りるルートは発見できなかった。扉を開けて先に進むしかないようだ。

 扉には解読不能の魔法術式が施されており、魔力を通そうとするとなんらかの罠が作動する仕掛けの様だ。

 

「(それなら)こうすか?」

 

 肉おじゃは魔力を使わない、ただの拳によるパンチだけで重厚な扉を破壊してしまったではないか。これも日々の鍛錬プラス、取り込んだ魔物の力による賜物だ。

 破壊された扉の中を確認する。

 暗闇の中目を凝らすと、部屋の中心にオブジェのように鎮座している物体が目に入った。

 

「……あら、誰かしら?」

 

 オブジェだと思われたのは、石に埋め込まれるように体を拘束された女性だった。

 

 デデドン!

 

 女性の顔を直視してしまった肉おじゃは、そのあまりの醜さに心停止を起こして倒れてしまう。

 しかしひで肉を食べることで身に着けた耐久性により、完全に死に至る前にどうにか自己蘇生することができた。

 

「人の顔を見て意識を失うなんて、ずいぶん失礼な坊やじゃない。それとも、あまりの美しさに気絶したって訳かしら?」

「凄いねぇ。自惚れはどのくらいあるかな?」

 

 よろめきながらも肉おじゃはゆっくりと立ち上がると、女はマイペースにこんなことを言い出してきた。

 

「ねえ、ここで会ったのも何かの縁だし、私を助けてくれないかしら」

「えっ、なん(でそんなこと)す(る必要があるんです)かそれ」

 

 こんな地の底で封印されている魔物顔負けの醜悪な女なんて、助けてもロクなことにならない。肉おじゃは踵を返し部屋から出ようとする。

 

「しょうがないじゃん。仲間に裏切られたんだし」

 

 何か訳がありそうな雰囲気を匂わせる女。

 自分を騙そうとしているかもしれない、と無視しようとする肉おじゃだが、ふいに自身の親友のことが頭をよぎった。

 多分、ハジメなら見捨てるようなことはせず女を助けてやるんだろうな……。

 足を止め、困ったように頭をかき、やがて肉おじゃはもう一度女の元へ戻っていった。

 

「まずは理由を、話して、下さい」

 

 そう言って続きを促す。

 

「別に難しい話じゃないわ。私は超優秀な獣人族の王の娘で、彼氏と結婚して次期王女になる予定だった。式の直前、私の力を恐れた仲間──KBSトリオの手によって彼はレイプされ、私はここに閉じ込められた……」

 

 

 まるで映画のような内容に、肉おじゃはハハァ……とため息のような相槌を打つ。

 

「ねえ、お願い。私を助けてちょうだい。助けてくれたら……」

 

 くれたら……?

 

「一万円くれたらしゃぶってあげるよ?」

「(いっぺん死んで)こいすか?」

 

 うわーっこれイラつくんだねハァッ。やっぱり見捨てようかなと額に青筋を浮かべる。

 

「冗談よ。助けてくれたら貴方に協力してあげる。貴方、この地下迷宮から脱出したいんでしょ?」

「そっすね」

「このオルクス大迷宮を造った主の部屋がある場所を知ってるわ。そこへ案内してあげる」

 

 女の口ぶりから嘘をついている様子は見られない。肉おじゃは彼女の言葉を信じることにした。

 まずは女の拘束を解くため彼女が埋め込まれている石を、これまた肉体の力のみで破壊する。

 拘束を解かれた女は、久方ぶりに手にした自由を噛み締めながら伸びをした。

 あっ、そうだ。と女は肉おじゃの方を向き言葉を発した。

 

「貴方の名前、教えてくれない?」

 

 肉おじゃは自分の名を伝え、次いで女の名を問い返した。

 

「アマチ……いえ、この名はもう捨てるわ。よかったら、貴方が新しい名前を付けてくれる?」

 

 女の無茶ぶりにしばし考えを巡らせる。そういえば昔ハジメと見た動画で、女に似た昭和の歌手がいたことを思い出す。

 肉おじゃはその歌手名からとって、女に『ピンキー』という名を与えた。

 

「……ありがとう。私の名はピンキー。よろしくね、肉おじゃ」

 

 ピンキーは満足気にほほ笑んだ。

 

「ところで、そろそろ来るわよ」

 

 突然意味不明なことを口走るピンキー。その直後、2人の前に大きな黒い影がふってきた。

 最初、それは岩石かなにかかと思われたが、影はゆっくりとした速度で動き始めたのだ。

 それは体長5メートルはある、巨大な猿状の魔物だった。地球で言うスローロリスに似た姿をしている。

 

「なんすかそれ?」

「私を逃がさないための罠ってところね」

 

 スローロリス型の魔物──淫夢くん──は、ヴォー……と汚い雄たけびを上げ2人を威嚇する。

 淫夢くんはおもむろに腕を上げると、腋から毒液を噴射する。2人は寸での所でこれを回避した。

 

「気を付けて、こいつは厄介な相手よ。一緒に倒しましょう」

 

 協力を申し出るピンキーだったが、肉おじゃはこれを断った。訝しむピンキーに対して肉おじゃは余裕の表情を崩さない。

 

「ちょっと軽く魔力発動するから」

 

 肉おじゃの右拳に強烈な光が宿る。以前葬った狼型の魔物、TNOKの特技である雷を使う魔法──纏雷(てんらい)──の応用技だ。

 

「こうすか?」

 

 肉おじゃが放った右ストレートは、まさに雷と同等の超スピード!? で淫夢くんに直撃し、その上半身を跡形もなく吹き飛ばした。

 これぞ肉体覇王じゃる丸が得た、拳に雷を収束させて放つ魔法『纏雷天激(てんらいてんげき)』である。

 

「……淫夢くんのレベルは107だったのに、貴方すごいわね……」

 

 ピンキーは呆気にとられたように一言漏らすのみだった。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 その後、肉おじゃは淫夢くんの肉を摂取しさらにステータスを上げ、2人は地下へと潜っていった。

 道中襲い来るさらなる魔物たちと対峙するたびにこれらを排除し、肉おじゃは魔物を食しパワーアップしていき、レベルはいよいよ測定不能と表示される域に達した。

 ついにたどり着いた最下層で、迷宮の創造主である男の遺言を聞き世界の真実などを知らされたりもしたが、もともとこの世界に無理やり連れてこられた肉おじゃは特に興味を示さなかった。

 

「句喜喜喜喜……」

 

 迷宮の主によって神代魔法を与えられた肉おじゃは、ようやく目的であった地上への脱出を果たせる段階にこれたことに喜びを隠せない。

 半面、ピンキーはどこか寂しげな表情浮かべていた。

 

「(理由を聞いても)いいすか?」

 

 ピンキーの表情の理由を尋ねる肉おじゃ。

 

「だって、ここから出たら貴方は仲間の所に戻っちゃうんでしょ。私とはお別れじゃないの」

 

 ピンキーも自分の部族に帰ればいいんじゃないか、と肉おじゃは言うが

 

「私の一族はとっくに滅びちゃったわ。もう私には、行くところなんてないのよ……」

 

 ハハァ……、と得心がいった肉おじゃ。なら、と言葉を続ける。

 

「(俺と一緒に)来いすか?」

 

 その言葉に驚きの表情を浮かべるピンキー。

 

「……いいの?」

「イーヨー……」

 

 悩むそぶりも見せず即答する肉おじゃに、ピンキーは思わず抱き着いてしまった。

 

「肉おじゃ、貴方はいい男ね」

「(照れ隠しで)笑っちゃうんすよね」

 

 2人は転送用の魔方陣に乗ると、瞬時にオルクス大迷宮の入り口付近にまで転送された。

 これまでの苦労が嘘のように感じられる解放感に身をゆだねる肉おじゃ。

 親友のハジメに再会できることに、これまで自分を疎んじてきたクラスメイトたちにすら会える嬉しさが凝縮されてるんだ。

 

「それじゃあ、行きましょうか」

「イッキーマウス……」

 

 2人は暗闇の迷宮から足を踏み出し、地上の暖かな陽の光の中に包まれるのだった。




ちなみにピンキーはずっと裸です(絶句)


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