佐久間大学?え、学校ですか? (佐久間大学)
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佐久間大学?え、学校ですか?

 目が覚めると、赤ん坊になっていた件について。

 え、本当に待って。どういう状況なのコレ。

 

 ソモソモ、オレハダレダ?コノキオクハ、ダレノモノナンダ?

 

 アア…………アタマガ、イタクテタマラナイ

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうも皆さん、佐久間盛重です。

 いや、誰だよとか言わないでくださいよ。これでも、織田家に仕えた家老の一人なんですから。まあ、柴田勝家殿と比べれば、格落ちは否めませんがね。

 けど、こんな影の薄い小生ではありますが、主である織田信秀様が家督をお継ぎになられて頃より小姓の一人として付き従っておりましてね。

 十の頃には、戦場に立ち信秀様より下賜された一振りの無銘刀を持って敵兵の首を上げる事も少なくはありませんでしたな。

 その二年の後、信秀様は嫡子を得られるのですが――――いやはや何とも、吉法師様は乳飲み子の頃より破天荒が人の革を被ったような方でして。

 あと数年で元服というお年ではありますがまだまだ遊びたい盛り、この前も――――

 

兒丸(こまる)!兒丸はおらぬか!」

「ここに」

「おお!そこに居ったか!街へ出るぞ!供をせい!」

「御意に」

 

 この黒髪のお方こそ、小生の主である信秀様の嫡子であられる吉法師様にございます。

 因みに、兒丸というのは小生の幼名にございます。既に七尺に迫る体格故、不似合いとは小生も思いまするが吉法師様が楽し気ですのでこれで宜しいでしょう。

 

 長々とここまで連ねては参りましたが、一つ皆様に言わねばならぬ事がございます。

 何とも小生、前世の知識を持っていたらしいのですよ。

 ええ、過去形です。小生の内側に残っているのは、記憶と思しき残り滓のみ。その他に関しては、小生の内側には残っていないのでございます。

 もっとも、小生が覚えていようといまいと最早関係はありますまい。

 小生は、佐久間盛重。主を守る刀であり、盾であったならばそれで良いのですから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 佐久間盛重。若しくは佐久間大学と呼ばれた武将に関する資料はほとんど残されていない。

 織田信秀に仕え、その後に信行、信長といった具合に織田家に仕えてきた老中の一人であるのだが、その評価に関しては歴史家の間でも分かれている。

 というのも、彼は信秀の代では忠義を尽くしていたが、彼の死後は長男であった信長ではなく信行、いうところの織田信勝に仕えていた家老であった。

 だが、彼は信行が信長に謀反を起こした際に信長へと寝返り、情報を流していたとされる。

 その後は、信行が倒れたのちに信長方の家老として取り上げられ、ある意味では蝙蝠として生き永らえた形となる。

 そして、彼の最後は永禄3年(今でいう所の1560年)桶狭間の戦いにおいて丸根砦の守護を任ぜられて近隣の鷲津砦などと連携して今川方の尾張侵攻の拠点であった大高城の牽制していたのだが、最終的には今川軍先鋒である松平元康攻勢によって砦は陥落、盛重自身も討ち死にする事となった。

 彼の生年月日は判明していない。そもそも、織田家には多くの佐久間姓を持つ家臣が居り“盛重”という名前もこの時代に限れば特段珍しくない。

 ただ、信秀の時代から付き従う家臣という事は、最低でも柴田勝家とは同期であることは確かなのだ。

 

 

 と、これまでが史実の彼の話。この世界、即ち中身が少し違うこの世界では少し毛色が違う。

 まず、彼の年だが信長よりも十二歳年上であった。信長自身の生誕が天文3年(今でいう所の1534年)の5月12日とされている事から、盛重の生まれは十二年分引いて大永2年(今でいう所の1522年)となり裏付けが済んでいないが柴田勝家と同時期に生まれたとされる。

 幼少の折より、早くから言葉を話し、立ち上がれるようになれば直ぐに剣を振るい始めたとされる程の異常性を示しており、それと同時に多くの知識を得る為に学者の家に忍び込んだという話も残っている。

 そんな彼だが、数え年で五つを数えたころに家の意向と信秀自身のスカウトによって小姓となる事になる。

 鎧の着用や、使い走り、夜食の準備や夜伽の準備等々。そんな日々の中で、彼は武術の腕に更なる磨きをかけて六年後。数え年ならば十一(今の10歳)の折に戦場に立つこととなった。

 敵は、織田達勝並びに織田左衛門。小競り合いばかりで大規模な戦には発展せず、最終的には講和となったのだが、この戦いで兒丸(幼少期の盛重)は信秀より一振りの無銘刀を貸与されており、それを用いて五つの足軽首と二つの部将(一部隊の将の事)首を上げる大手柄を上げる事となる。

 さらにこの時、彼は権六(後の柴田勝家)と出会う。

 この頃より、剛力を持って正面より叩き潰す戦法を用いていた権六と、知識と技術の二つを吸収し確実に弱点を狙い撃つような戦法であった兒丸の二人。

 これから長い時間、背を預けて戦う二人の初戦。

 

 

 

 

 

 

 

 

「カカレェ!カカレェ!」

「権六殿。出過ぎるな、小生も追い切れませぬ」

「知らん!わし等の初戦ぞ兒丸!殿に良い知らせを届けられぬならば、面目が立たん!」

「やれやれ」

 

 黒い着物に灰色の袴という典型的な紋付袴姿の兒丸は、背を預けた若き鬼武者にため息が止まらない思いを抱いていた。

 周りは敵ばかり、背を預けるのは突撃馬鹿。中々どうして詰んでいるのではないだろうか。

 発端は、信秀の戦であり二人は“一応”非戦闘員であった為、信秀が逃がしていたのだが運悪くも逃げた先に敵兵がやって来てしまった。

 二人だけならば、逃げる事も考えただろう。だが、非戦闘員として一括りに逃がされていたのだから事がこじれてしまった。

 最初に仕掛けたのは、権六。信秀より貸与されていた槍を振り回し、兵の一人を叩き殺してしまった。数え年で十一であった彼だが、その体格は六尺に迫らんとするほどであり体格は皮膚の下にはち切れんばかりの筋肉を内包したもの。数年間絶え間なく鍛えてきた兒丸が馬鹿らしくなるほどのフィジカルを有していた。

 仲間がやられた。当然ながら、兵士たちは権六へと襲い掛かっていった。

 それに対して、権六は前に突っ込むという無茶を慣行。

 確かに彼は強かった。強かったが、相手は数が多く直ぐに取り囲まれて袋叩きにあう――――事にはならなかった。

 敵兵の背後から、兒丸が首を刎ねたからだ。そうして、冒頭に戻る。

 権六は素槍の柄、その中ほどを掴み。兒丸は、四葉の鍔を持つ黒い柄紐の巻かれた刀を八相の構え。

 

「小僧共……生きて逃げられると思っているのか?」

「フンッ!貴様らこそ、我らが殿に刃を向けて生き残れると思っておるのか!」

「吠えるな、野犬め……!あのような阿呆、さっさと始末をつけるべきなのだ!」

「阿呆、だと?」

「そうだ!織田信秀は、織田の家を亡ぼす阿呆者よ!あのような馬鹿に家督を譲った信定も血迷ったよう――――」

 

 だ、と続けようとした男だったが言葉は出なかった。

 気づけば、天地が反転し頭上に見えるのは自分の体。そして、、

 

(しゅ、修羅…………)

 

 刀を振るった鬼の姿であった。

 彼は、逆鱗に触れてしまったのだ。その証拠に、権六の目は赤く輝き線を引き、兒丸も同じく怪しい光が瞳に灯り口の端から蒸気が漏れる。

 

「権六殿、先程の言葉訂正させていただきまする」

「応」

「きゃつらを、塵殺いたしましょう」

「応ッ!!!」

 

 二人は同時に前へと、互いに背を向けて飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 最初の大手柄。

 権六と兒丸。この二人が為した手柄より、さらに二年後。大きな転機が訪れる。

 織田信秀の嫡子、長女(・・)である吉法師が生まれたのだ。

 現代であれば喜ばれる命の誕生であるが、この時代では少し違う。少なくとも、今この時に関しては特に。

 というのも、吉法師(後の織田信長)には兄が一人いた。だが、その兄も側室の子であるという理由から相続権が無かったのだ。

 そこで生まれた吉法師。彼女が男であったならば、そのまま世継ぎとして大事にされたかもしれない。

 しかし、女として生まれてしまった。そのせいで彼女は母の愛をあまり深くは受けられなかったとされている。さりとて、世話をする者が居なければ赤ん坊など直ぐに死んでしまう。

 そこで、乳母が用意された。だが、それだけではない。

 彼女は女とは言え、織田家の子供だ。攫われでもすればそれだけでも一大事。かといって、武将一人をその側につける事など出来るはずもない。

 という訳で、白羽の矢が立ったのが兒丸改め、佐久間盛重であった。

 年は数え年で十三。でありながら剣の腕で見れば織田家最強である権六改め、柴田勝家とも真正面から斬り合い、時には勝利を掴む。

 そんな男だが、その内情は穏やかその物。

 キレれば修羅だが、基本的に根が真面目で大人しい彼は吉法師の面倒をよく見ていた。それこそ、彼の腕に抱かれれば泣いていた彼女は笑顔になる程に。

 時折、戦に駆り出される事はあれども彼は基本的に彼女の側に居た。

 そして、盛重が居ればその友である勝家もまたやって来ることが多い訳で。しかしどういう訳か、盛重は吉法師が見ている前では一度として勝家に負ける事が無かった。

 なぜかは、彼自身も分からない。ただ、この子の前では負けてはいけない、と脳裏を何かが叩いていたのだ。

 こんな話が残っている。

 それは、吉法師が5歳となったある日の事。

 

 

 

 

 

 

 

 その日は、生憎の曇り空であった。尾張の地は、未だに信秀が統治に駆けずり回っており安全とは到底言えない土地柄。

 

「むぅ……ここにあったはず………」

「吉法師様?」

「待て!兒丸よ、もう少しだけまっておれ!」

 

 長い黒髪を振り乱し、何かを探す少女、吉法師。

 場所は山中。少し前に、ここに来た際に彼女は可憐な木瓜の花が咲いていたらしい。それを彼女は求めて、守である盛重を連れてやって来ていた。

 だが、どうにも見つからない。

 ここ最近、戦続きの父に少しでも綺麗なモノを見て貰いたいという子供心であったのだが、このままでは雨が降ることになるだろう。

 

「吉法師様、戻りますぞ。小生も傘を持っておりませぬ。万が一にでも、貴方様を濡れて帰すようなことになれば、小生は腹を切らねばなりますまい」

「むぅ……それは、ならんぞ兒丸よ。お前は、わしの右腕として天下に名を馳せるのだからな!」

「であるならば、戻りましょうぞ。権六殿も、今日は居るでしょう」

「デアルカ!」

 

 幼い妹と、その兄。傍から見れば、二人は主従というよりも兄妹に見えた。

 ある意味では、間違っていない。吉法師は、盛重に育てられたも同然。学問も世間の常識も、剣術や槍術等の武術など様々な事柄を彼は何の躊躇いもなく吉法師に授け続けてきた。

 少し前に、弟君が生まれたのだが盛重はそのあたりに関してはノータッチ。むしろ、吉法師に向けられる目が減ったためにより一層の英才教育に精を出していた。

 彼は気付いていたのだ。この少女がただならぬ才覚の持ち主であると。それこそ、自分等歯牙にもかけない雄飛を見せるだろうと確信している節さえあった。

 であるならば、今は雌伏の時間。力を溜め、技術を磨き、知識を飲み込んで、飛び立つその瞬間を虎視眈々と狙い続ける。

 そして、彼はその時間を守るためならば、悪鬼羅刹どころか、修羅神仏さえ切り捨てて見せる。

 

「…………む」

「?どうした、兒丸。何が――――」

「お静かに、吉法師様」

 

 唐突に立ち止まった盛重は、吉法師の手を名残惜しくも放し左手で鯉口を切って右手で刀を抜き放っていた。

 チリチリと焦げ付くような雰囲気。吉法師もまた、彼の変化に気づき疑問の声を飲み込んで年の割には大きな背中の後ろへと隠れる。

 それを確認し、盛重は口を開いた。

 

「何者か。小生のみならず、吉法師様を狙う不届きな輩よ。姿を見せろッ!!!」

 

 喝、と周囲十数メートルに覇気でも叩きつける様な一喝が響き渡る。

 その声に反応したのか、瘴気とでも言えそうな暗い空気が彼らの前により集まり、ある形を象っていく。

 

「――――ひっ……!」

 

 象られたソレに、思わず吉法師の喉が鳴る。

 才気あふれる彼女ではあるが、やはりまだまだ子供。遊びたい盛りであるし、誰かに愛されたいし、怖いものは怖い。

 特に、目の前に現れたソレは恐怖を煽って仕方がない化物であったのだから、尚更だ。

 そして、ソレはただ存在しているだけでも盛重の怒りを煽ってしまえる代物でもあった。

 

「…………成る程、亡者といった所でしょうな。呼称するならば、首無し」

 

 首の無い青カビ色の血色の悪い二メートル後半といった所のでっぷりとした腹を持つ首の無い大男。その手には、身の丈を遥かに超える刃こぼれを起こした大太刀が一振り。

 化物だ。見ているだけでも怖気(おぞけ)が走る。

 しかし、

 

「化物風情が…………吉法師様に殺気を向けるでないわ!!!!!!」

 

 烈火の如き赫怒。首無しは、知らずの内に彼の、盛重の逆鱗に触れていた。

 彼の全ては、彼より上位の存在の為にある。だからこそ、信秀が侮辱されれば激昂するし、吉法師に殺気を向けられれば赫怒する。

 自分の事であれば、何と言われようとも彼は怒らないし命の危機でもなければ刀を抜こうともしないだろう。

 だからこそ、殺す。己の大事にしているモノに手を向けたのだから、殺す。

 先手は、盛重であった。紋付袴の羽織を翻して、刀は霞の構えで前へと飛び出していた。

 目に宿る純粋過ぎる殺意は、彼の足を怖気如きでは緩ませたりしない。

 今も目の前で首無しが迎え撃つ形で大太刀を持ち上げて横薙ぎに振り回そうとしているのだが、躊躇うことなく彼の体はデッドラインを超えていた。

 迫ってくる刃こぼれした大太刀。それは、盛重から見て左から右への軌道。

 

「――――フッ」

 

 限りなくスローモーションに見える光景の中、盛重は構えを変えた。

 右手のみに刀を握り、一歩踏み出すと同時により深く沈みこんだのだ。これによって、頭の後ろの方で括っていた髪が尻尾の様に跳ねて大太刀に刈られていったが、肉体へのダメージは0。

 沈みながら重力すらも利用して加速。更に前へと突っ込みながら、盛重は右手の刀を手の中で回転させ逆手持ちへと変化させていた。

 駆け込みながら、右腕を弓の様に引き絞り、左腕も右側へと傾ける事で体そのものを右方向へと捩じる。

 

「二度死ね、化物め」

 

 大太刀を振り下ろそうとした首無しであったが、それよりも早く盛重の体がその巨体の横を通り抜けた。同時に右の刀が振り切られており、濁った黒い血が線を引く。

 それで終わりではない。斬られた反動で動きの止まった首無しを、返す刀で順手に持ち替えた盛重が切り捨てたのだ。

 前と後ろから、交差するように断ち切られた首無し。その巨体を四分割され白い靄となって消えていく。

 

「フンッ、下郎が。死したならば、大人しく成仏されよ」

 

 刀を振って血を払い、鞘へと納める。

 もしも、彼が一人で相対していたならばもっと時間が掛かった事だろう。

 だが、佐久間盛重はそんな怪物を二撃で斬り殺したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 図らずも、最初になした人外殺し。佐久間盛重には、それ以来人外との縁が出来てしまったらしい。

 質の悪い事に、その縁の基本は敵対関係。良縁として友誼を結ぶことは、極端に長いとも言えない彼の人生で一度も無かったのだから筋金入りだ。

 

 閑話休題

 

 それから数年、吉法師はうつけの所業をしながらもすくすくと育っていった。

 馬を出鱈目に走り回す遠乗りや悪童たちと野遊び等々。それら全てを、盛重は止める事は無かった。それどころか、常に供をするのみ。

 それは後の資料に置いて、彼と信秀、そしてもう一人だけが理解できたことであったらしい。

 盛重の人外殺しより十三年。信長18歳、盛重30歳。

 織田信秀が病床によってその命を落とした。

 ただ、この死には裏があったらしく、一説には彼に美女の側室をめとらせて酒浸りにし命を削り取った重臣が居たとか。

 そして有名な、織田信長抹香ぶん投げ事件がある。

 詳細省くが彼女は、正装の一つもすることなくズカズカと葬儀に乗り込んで抹香を一握り手に取って何を思ったのか信秀の位牌へとぶん投げたのだ。

 これには多くの参列者が居た葬儀に置いて、顰蹙を買った。

 だが、彼女はどこ吹く風。抹香を投げるだけ投げて、手を合わせる事も無くその場を去ったとされている。

 様々な憶測が、後年で語られることとなるのだがその一つに、為すべきことを残した意に対する怒りがあったとされる説がある。

 真偽は不明だ。そもそも、彼女にはおいそれと内心を語る暇も、相手も居なかったのだから。

 信秀が急速に広げた領地は、安定していない。更に少し前に、今川方の太原雪斎に敗北を喫しておりそれ以来どうにも周りが落ち着かせてはくれない状況だった。

 何より、重臣。彼らは、等しく信長を女であるからという理由で侮っていた。

 そして、弘治二年(1556年)稲生の戦い勃発。

 後世には、信長が後継者となる事に不満を抱いた家臣たちが信勝を担いで起こした内乱であるされているのだが――――真実は少し毛色が違う。

 信勝()担ぎ上げたのではなく、信勝()不満を持つ重臣たちを唆したのだ。

 その中には、信勝の口車に乗せられた、柴田勝家の姿もあった。

 彼と相対し正面切って戦うことになったのが、名塚に砦を築く事を信長より命じられ堅守を任された佐久間盛重であった。

 一説には、彼は信勝方の二重スパイも行っており情報の全ては、信長方へと漏れていたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

「盛重、君が僕の方につくとは思わなかったよ」

「…………」

「もっとも、忠義は姉上に向けている。だろう?」

「申し訳ありませぬ、信勝様。これもまた、信長様のご意思でございます故」

「分かっているさ。姉上の事、僕が何をやっているのかも分かっているんだよね。当然かな。だって、姉上だもの。無能な僕とは、訳が違う」

 

 夜の末森城。庭に出て月を見上げる信勝と、彼の斜め後方に控える盛重。

 決起までは数日。重臣たちは、既に捕らぬ狸の皮算用とでも言うべきかこの戦いに勝利し権力を握った後の事を夢想する始末。

 それら全てが、信勝の策略であるとも知らずに。

 

「ねぇ、盛重。君が名塚の守りに就くのかな?」

「勝家殿を止めねばなりませぬ故、致し方ないのです」

「そうだね、確かにそうだ。勝家を止められるのは、織田家(うち)でも盛重だけだし」

「…………」

「盛重」

 

 月を背に振り向いた信勝。

 

「姉上を頼むよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 後の歴史にも残った、稲生の戦いは信長の勝利に終わった。

 信勝は赦免されたものの、その二年後に自らの居城に火を放って自殺してしまう。

 これが、分岐点。弟の死を経て、信長は雄飛を開始する事となるのだ。

 そんな最初の大戦こそ、有名な桶狭間の戦い。

 そして同時に、佐久間盛重という男が終わる戦いでもあった。

 そう、終わりだ。彼の星は、この戦の前哨戦である丸根砦にて潰える事となるのだから。

 これは何も彼が弱い事を示すわけではない。まあ、尾張の兵は日ノ本最弱という評価を受ける程度には弱いのだが本質の問題はそこではない。

 兵数が違い過ぎた。最強と名高い武田やそのライバルの上杉が一万少しであったなら、今川方は最低でもその倍の人数である二万五千~四万五千という兵力を誇っていたのだ。

 対して織田は、未だに安定していない領地のせいで使えるのは五千が限界。それ以上は、鼻血も出ないという酷い有様。

 当然ながら正面からの戦闘ではどうあっても勝ち目が無い。そこで取れる手段といえば、最早本陣の急襲によって今川義元本人の首を刎ねる以外に方法が無かった。

 そこで必要なのが準備のための壁と、侵攻ルートの制限。今川方が巨大な軍であるからこそ、細長い谷間へと誘導し、そこで急襲をかます。

 端的に言ってしまえば、自分たちの土俵に無理矢理相手を引き摺り上げる様な手腕だ。

 重要になったのが、相手の油断を継続させる事。取るに足りない上洛の道すがらに踏み潰して進めるだけの雑魚であると思わせ続ける事。

 何より、裏切らずに戦死できるものを配置しなければならなかった。

 この時の信長の周りにそこまでの信を置けるものなど一人しかいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 丸根砦は地獄と化した。

 当然だ相手は万を超える大軍。対する砦の兵は、五百かそこらでしかない。一人が四十人殺して漸く並べる様な次元の話だ。先ず不可能。

 

「次…………」

 

 あちらこちらで戦いが起きている砦の中でも、最も激しい戦闘の行われている大門前の広場にて修羅が一人立っていた。

 いつもの通り、紋付袴という妙な出で立ちに、鎧などの防具の類は一切身に着けず後頭部で括った黒髪を翻して無銘刀を振り回す。

 彼の周りには、等しく首を刎ねられた死体が何十と転がっていた。

 佐久間盛重の剣術は、一撃必殺を主としている。

 戦場は、生き物だ。一歩でも足を止めてしまえば、そのまま周りの兵士に集られて穴だらけにされてしまう。そうなれば、万夫不当の英雄であろうとも死は避けられない。仮に死ななくとも、戦力がダウンする事は確実だろう。

 だからこそ、盛重は足を止める可能性を潰すことにした。その一つが、極力鍔迫り合いを行わないという点。

 これをやってしまうと当然ながら、足が止まる。かといって、相手のガードごと斬り捨てるなどという荒業を連発してしまえば体力を大きく消耗し、敵に抗える時間が短くなる。

 という訳で、一撃必殺だ。一刀を持って首を刎ねる。鉄の棒きれである刀をへし折るよりも、人の首を刎ねる方が少しはマシであるし、何より基本的に一撃で死ぬ。

 今も三日月の軌跡を描いて、赤い道が引かれ首が飛んでいく。

 彼の剣術を支えるのは、何も技術だけではない。

 先代の主君である織田信秀より下賜された、彼の手にある一振りの無銘刀。この刀、どれだけ斬って捨てようとも血や脂で刃が痛む様子が無い。それどころか、振るえば振るう程にその鋭さを増していき彼自身の手にも馴染む様なそんな感覚を覚えさせるのだ。

 

「……次」

 

 既に数える事を止めた骸がまた一つ。

 盛重自身の体にも、小さいが細かな傷が幾つも刻まれている。ついでに、動き続けている為若干ながら息も切れ始めていた。

 もっとも、彼自身は消耗など度外視してこの戦場に立っているのだが。

 既に、死ぬ前提で彼はここに来た。

 一騎当千という言葉があるが、所詮は一人で千人を相手取るという事。相手が万を超えれば十分の一を狩れるとは言え残り九千人が敵として残るのだ。況してや今川は、最低でも二万人。二十分の一狩れるのが精々。

 そんな事は、分かっている。それでも、名乗りを上げたのは、年齢的な問題があった。

 現在、盛重は38歳。数え年なら三十九歳だ。

 この時代、とにかく長生きが出来ない。特に戦場を仕事場としている者たちは、今日生き残っても明日には死ぬようなそんな世界で生きている。

 常に命の危機が付いて回るというのは、ストレスになるし、そのストレスが呼び水となって酒に溺れてしまえば卒中まっしぐら。お塩ペロペロなど以ての外だ。

 話を戻すが、寿命で言ってしまえばどうやっても盛重の方が早く死ぬ。ならば戦場ならばどうか。それでも、盛重の方が早く死ぬ可能性の方が高いだろう。

 これは、前線に立つか否かの問題。そして、盛重は前線も前線、最前線で戦う。

 彼は、信長に新たな右腕が必要だと思っていたのだ。それこそ、自分以上の存在であるか、もしくは同程度の若い世代を。

 

「さあ、小生を斬り殺せるものは居ませぬかな?」

 

 周囲を囲まれ、それでも盛重は不敵に笑う。足は止まってしまったが、動いたところで死地は死地。ならば開き直って一人でも多くの命を道連れにするのが賢明というもの。

 ただ一つ、彼も気付いていない事があった。

 それは、敵からの丸根砦の見え方。

 今川軍の先鋒、松平元康は三千の軍。その後に次鋒の朝比奈などが続いているのだが、後方から指揮を執っている彼らからすると砦の中に兵を食われているようになって来ていたのだ。

 そもそも、丸根砦は小高い丘にあり入り口の城門に行くまでには傾斜を登る為か、下からは砦の中が見え難い形となっている。

 既に千以上の兵士が送り込まれて、そして一人も返ってこない。

 彼らにとって、最早は砦は砦ではない。地獄への門。大口を開けた奈落への一本道にしか見えなかった。

 そして、自然と先鋒と次鋒の足が止まれば後続の部隊も足が止まる。

 少し考えれば分かる事だが、飛行機の無いこの時代の戦場の主役は歩兵だ。若しくは騎兵。

 彼らに共通しているのは、道を通る必要があるという事。そして、この時代の軍関係者は大軍を通すだけの道を模索しなければならなかった。

 現在今川軍が使用している道は、確かに広い。広いが、何千何万もの男たちがだまになって通れるほどの幅は無い。

 軍というのは人だけでは構成されない。馬や兵糧、武具の予備等々。様々な要素が積み重なった形が群体だ。それは、時代が流れて装備が変わり人が戦わなくなっても変わらない事。

 要するに、渋滞が起きていたのだ。

 たった一人に数万の軍勢が停められる。たった一つの砦を攻略できない。

 

 運命が、今変わる

 

 

 

 

 

 

 

 

 結論から述べれば、織田軍と今川軍の戦は織田軍の完勝によって幕を下ろした。

 そして、後世には呼ばれた“丸根砦の惨劇”

 当然だ。まさか、数万という軍勢がたった一つの砦を踏み壊していけないなど誰が考えるものか。

 そして、佐久間盛重という男も生き残った。

 あらましは、こうだ。丸根砦を踏み壊せなかった今川義元は大いに怒り狂い、是が非でもぶっ壊さんと全軍を持って砦へと襲い掛かったのだ。

 しかし、城門といえども大挙して襲い掛かってくる兵士全てを丸呑みにできる大きさではない。精々が、人が四人程横並びでギリギリ入ってこられる程度か。

 更に城門の両脇が死体によって狭められていれば、入っていけるものなど更に減る。盛重は道を狭める事で一対一、多くとも一対二の状況を作ることで首を刎ね続けたのだ。

 普通ならば、小隊一つを残して先に進むのがベストであった筈だ。しかし、今川義元は自尊心の強い男であった。それこそ、砦の一つは愚か織田信長という弱小勢力に道を阻まれたというだけでも怒り狂っていたのだから。

 そしてその隙を、信長は討った。

 今川軍の目は、前に向き過ぎていた。何より、今川義元自身も太原雪斎に軍略の類は任せっぱなしであったせいで明るくない。

 結果、背後をつかれ義元自身討たれてしまった。

 ただ、それよりも信長はまず最初に丸根砦の盛重救援を優先したという話が残っている。

 そして、彼らは見た。その凄惨な光景を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 走る、走る、走る。似合っていると、己の右腕が褒めてくれた紅蓮の外套をはためかせて、彼女は戦場を駆けていた。

 

「盛重ぇえええええ!!!」

 

 堅牢堅固に守られていた城門を抜け、そして彼女は見た、その光景を。

 赤、赤、赤。城門の内側は、等しく赤が満ち満ちており何処を向いても鉄の臭いが鼻を衝きどこからか、アンモニアの様な臭いすら漂ってくるではないか。

 そして転がるのは、首と胴体が離れた死体の数々。

 

「盛重ッ!」

 

 その中央に彼女、織田信長の探していた者は居た。

 彼の代名詞とも言える、紋付袴はボロボロに切り傷に塗れ、その下から覗く素肌からはダラダラと血が溢れ続ける。

 全身、それこそ怪我をしていない場所を探すだけでも一苦労な状態だ。それでも、

 

「………ああ…………信長…………様………」

 

 それでも彼は生きていた。

 いつもまとめている髪は、髪紐が切れたためか垂れ下がっており、両膝をついて項垂れていた盛重の表情を完全に隠してしまっている。

 刀を握った右手は、爪がボロボロになっており掌には血が滲んでそれが柄紐に染み込み、赤黒く変色させていた。

 数多の骸を乗り越えて、それでも彼はそこに居た。

 持ち上げられた顔には、瞳には既に光が無い。文字通り、死力を尽くした盛重の体は既に空っぽであったのだ。

 それでも、敬愛する主の為に立ち上がろうと足に力を籠める。同時に、傷口から新たに血が流れ始めてしまうが、それでも刀を杖に立ち上がろうとする。

 体が半分程持ち上がったところで、信長がようやく彼の元へと辿り着いた。

 

「汚れます…………ぞ…………………乳母殿、に…………怒られて…………………しまいまする…………」

「そなたの血を汚い等、わしが思う訳が無かろう!!!っ、よくぞ…………よくぞ、生き残ってくれた…………!」

 

 今にも崩れ落ちそうであった盛重の体を、信長は抱き留めていた。

 一臣下にとっていい様な主の姿ではないかもしれないが、彼は彼女の育ての親とも言える存在だ。

 だからこそ、

 

「うぅ…………無理を、無理をしてくれるな盛重…………!そなたに何かあれば、わしはどうにかなってしまう…………!」

「ふ…………ふ、ご心配……めされる、な…………信長、様…………しょうせ……い…………は……そう、易々と…………死にませぬ、ゆえ…………」

 

 泣いたって良いだろう。そして、そんな彼女を抱き上げる誰かが居ても良いだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 佐久間盛重の運命は、変わった。

 織田信長の第一の家臣として、常に最前線に立ち続け彼女の側を守り続けた忠義の将。

 

 その最期は、あまりにも劇的であり熱烈であり――――惨劇であった。

 

 本能寺の変。革新に過ぎた織田信長を、明智光秀が謀反により焼き殺した歴史的一件だ。

 そしてこの一件こそが、真の意味で佐久間盛重という男を日ノ本全土に轟かせることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「信長様!お逃げ下され!殿は小生が――――」

「のう、盛重よ………………………………そなたは、幸せであったか?」

 

 燃え盛る堂内で、それは静かな声が尋ねる。

 一人は、白襦袢で静かに微笑む女性。もう一人は、還暦を迎え白髪の増えた長髪を後頭部で纏めたはかま姿の男性。

 男性、佐久間盛重は苦みの走った顔で彼女、信長を見た。

 悟ってしまったのだ。伊達に、約五十年も側に居ないのだから。

 歯を食いしばり、何十年も供をした愛刀の柄を一度だけ強く握りしめ、そして緩めると彼は彼女の前に正座で座り込んだ。

 

「幸せに、ございました。小生は、貴方様に出会えたこの浮世が誠に幸せに満ち溢れておりました……!」

「そう、か…………そう言うてくれるか、兒丸よ」

「当然に、ございますよ。吉法師様」

 

 燃える堂内にて、幼名を互いに呼び合う二人。

 信長は、笑い。盛重は、苦みを噛み締め泣き笑い。

 そうして、彼女は立ち上がると数歩進んで彼の膝の上に座った。

 

「ふふっ、結局わしの背丈は伸びなんだ。そなたも、権六も、デカいばかりであったというのになぁ」

「…………」

「最後の頼みだ、兒丸よ。聞いてくれるか?」

「何なりと、何なりとお申し付けくださいませ、吉法師様。小生は、貴方の剣であり、貴方を守る盾であります故」

「そうか……嬉しい事を言うな、そなたは。ならば、最後の瞬間までわしの供をせい。その命が尽き果てるまで、わしに尽くすのだろう?」

「御意に」

「くくっ、せっかくの最後じゃしな。物騒なモノを捨てて、わしを抱いて見せよ。ほれ」

「…………ご無礼仕りまする」

 

 熱気に軋む床に、無銘刀が置かれる。

 華奢な体に、武骨な腕が回された。

 

「そういえば、そなたに抱きしめられるなど童の時いらいじゃと、わし思うんじゃが?」

「吉法師様は、ご立派になられましたゆえに。小生如きの腕では包み切れぬのですよ」

「カカッ!嬉しい事を言ってくれる!…………そうか、わしもまた成長できておったんじゃな。うむうむ、やはりそなたに褒められるのは嬉しいのう、兒丸よ」

「…………お戯れを」

「いやいや、冗談ではないぞ。勝蔵やサルも、そなたに褒めてもらう事がわしの褒美よりも嬉しそうじゃったし」

 

 カラカラと笑う信長は、盛重の頬を撫でた。

 周囲も火の手が回りきっており、最早倒壊までは秒読みだろう。

 

「――――」

 

 最後の言葉が紡がれると同時に、崩れ落ちるお堂。爆炎が二人の姿を完全に飲み込んでしまう。

 

 二人の主従は、こうして人生に幕を下ろした。再び彼らが出会うのは――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、佐久間盛重は本能寺において、主である織田信長と共に炎に消えた。今も彼の死体は、主である信長と同様に発見されていない。

 その代わり、彼の遺留品は今も国の博物館に収集され大事に保管されている。

 無銘刀の事だ。拵えは残っていないが、その白銀に輝く刀身は今なおガラスケースの向こう側で光を失う事が無い。

 

 そして、この刀こそが佐久間盛重という男の最期を血に彩った。

 

 本能寺の変に置いて、明智光秀は最低でも一万数千もの兵を率いて謀反を起こした。

 彼は、燃え盛るお堂を見送り目的を為したと兵を引こうとしていた。だが、その直後兵の中から悲鳴が上がったのだ。

 彼が見たのは、異様な光景であった。

 何と、一振りの刀が宙に浮いているではないか。

 柄も鍔も、鞘すらない刀は刀身のみとなり比喩なく宙を舞って、兵の首を刈り取っていく。

 そう、首だ。胴や腕などを斬りつけるのではなく、首をピンポイントで刎ね飛ばしていくのだ。まるで、意思を持つかのように。

 誰かが言った。あれは、佐久間様の刀だと。

 また、誰かが言った。アレは、佐久間様の剣技だと。

 そして、光秀は気が付く。無銘刀だ、と。

 

 気づいた時には遅かった。彼の首は宙を舞い、眉間を正確にその切っ先が貫いていたのだから。

 

 一説には、人外殺しを為した刃には何かが憑いていて最後に持ち主であった盛重の仇を討ったというものもある。

 

 兎にも角にも、これにて佐久間盛重のお話は、お終い。どっとはらい














何書いてるんでしょうね、私


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マテリアル

ネタバレ擬きになりますが、読むかどうかの判断は読者に委ねたいと思います




















マテリアル

 

 真名 佐久間盛重

 性別 男性

 身長 193㎝

 体重 80㎏

 出典 史実

 地域 日本

 属性 秩序・中庸

 隠し属性 人

 一人称 小生

 二人称 貴殿/○○(名前)殿

 三人称 あの方など

 好きな物 研鑽

 嫌いな物 特になし

 特技 武芸

 天敵 織田信長

 イメージカラー 黒漆

 

 

 

概要

 

 人物

 黒い羽織の紋付袴という格好がデフォルトであり、如何なる戦場においても鎧は愚か、手甲脚絆なども着けなかったとされている

 総評として糞真面目の、堅物となっている。幼少期より真面目に鍛練と勉学に励み続けていたがついぞ、自慢する事もなく、専ら陰から主を支える様な典型的な忠臣タイプ。

 自分の意見を持たない風見鶏にも思われるかもしれないが、その本質は根っこの芯が曲がることの無い頑固者。一度仕えると決めた信秀や信長には、最上の敬意と忠誠心を持ち合わせており二人を裏切ることになれば、裏切った直後に自殺するであろう程。

 基本的には、人に対する好意などは持ち合わせておらず請われれば悪人であろうと主を害しない限りは手を貸す。

 聖杯に対する願いは持ち合わせておらず、聖杯戦争に参加する理由も探し人に会いたいという理由からであったりするのでマスターを裏切ることも先ず無い。

 ただし、人食い等に関しては余程の切羽詰まった状況でなければ拒否するため、積もり積もって後ろから刺される可能性が無いとも言えない

 

 能力

 基本戦術は、愛刀を用いた接近戦。知名度補正等も微々たるものであり、特筆するほどのステータスも持ち合わせていないため当人の技術に全て依存している。

 だが、その技量は器用貧乏ではなく、万能という言葉が当てはまる程であり刀を超一流とするならばあらゆる日本で行える戦闘技術の大半が一流の領域に食い込んでいる。

 ただし、彼の逸話を持つ武装は、愛刀一振りのみでありその他武装は仮に持ち込めても頑丈な武装止まりであり宝具と正面切ってぶつかり合えば武器の消耗で不利にならざるを得ない。

 また、スパイの逸話から気配遮断などにも長けており勝てるときに勝つ、という戦法を取る。

 基本的にどんな相手にも、勝てないが負けないという状況には持ち込むことができ、大抵の相手には技術で勝ちをもぎ取れる。

 更に、生前人外を相手取ることが多かったからか、化物への特攻を持っており人外属性には有利に立ち回ることが可能。

 

 クラス適性

 セイバー/アサシン

 

 

 

ステータス

 

 セイバー

 

 筋力 C+

 耐久 B

 敏捷 B

 魔力 D

 幸運 C

 宝具 B~A++

 

 クラス別スキル

  対魔力 D

  騎乗 C

 

 スキル

 心眼(真/偽) A

 元より天才的な才覚を持ち合わせていたがそれに加えての修行によって、直観も得たことにより発現

 

 武芸十八般(日) A+

 中国ではなく、日本に存在するあらゆる武芸を高水準で体得し発現。転じてあらゆる状況下でも百パーセントの実力を発揮する

 

 忠誠の徒 A

 忠誠心のままに最後の最後まで信長に付き従った逸話から。他者からの洗脳や催眠を無効化する事が出来る

 

 人外殺し C+

 数多の人外を殺してきたことから。特定の種族ではないが、人では無ければある程度の有利に立ち回れる。日本に関連すれば、効果が上がる

 

 

 アサシン

 

 筋力 C

 耐久 C

 敏捷 A

 魔力 D

 幸運 B

 宝具 B~A++

 

 クラス別スキル

  気配遮断 D

 

 スキル

 セイバーと同様

 

 

宝具

 

 無銘刀(ムメイトウ)

 ランク:B

 種別:対人宝具

 レンジ:1~5

 最大捕捉:3人

 

 彼が信秀より下賜された一振りの日本刀であり、種別で言うならば少し長めの打刀。

 すべての戦場おいて振るわれてきた一振りであり、一度として折れるどころか刃毀れの一つもしたことが無い代物であり、宝具となってからはランク関係なく破壊不可能な概念の塊のようになってしまった。

 また、多くの人外を切って捨てたことにより刀そのもの人外に対する特攻のようなモノを得ており、人外相手ならば通常以上の治りにくい手傷を与える事が可能。

 特殊な効果はそれぐらいでありビームなども撃てないが、持ち主にとっては武器であると同時に盾の役割を果たしてくれる。

 名が無いのは、生涯持ち主本人が名前を付ける事が無く、のちに秀吉や家康なども所有していたが盛重の世話になっていたため恐れ多くも付けられなかったから。

 仮に名付ければ、仇斬り丸

 【首狩り一文字(絶対先制)

 種別:対人魔剣

 最大捕捉:1人

 常に敵の首を一斬りに刎ね続けてきた事で身に沁みつき、半ば神格化したような血生臭い逸話から発現した、実質的な無銘刀の宝具的使用方法とでも言うべきか。

 一定の条件下でのみ、敏捷や幸運のステータス関係なく相手の首を問答無用で刎ね飛ばすことができる初見殺し的な魔剣

 条件

 1 戦闘にて一度も発動していない事

 2 盛重本人の一歩で詰められる距離に敵が居る事

 3 先に盛重が仕掛ける事

 4 打ち合いの最中などではない事

 以上の四つ。これは、この魔剣の成り立ちに関してから生まれた縛りであり、彼は生前から初撃必殺を心がけていたことから

 因みに一度も発動していなければ打ち合いの最中に一度距離を開けて上記の条件を熟せたならば発動可能

 ただし、殺す回数は一度であり、ヘラクレスの様な存在の場合は一度だけ確実に殺せるのみであり、復活してしまえば二度目以降は発動できない。

 発動できれば、あらゆる因果的な要因もすっ飛ばして先制できる。某携帯獣の神速のように、優先度+2とでも言うべきか

 

 

 砦、守護する者(道、阻みし者)

 ランク:A++

 種別:対軍宝具

 レンジ:99

 最大捕捉:1000人

 

 砦を呼び出す宝具であり、丸根砦や名塚砦での孤軍奮闘の逸話が宝具化したもの。

 砦という概念がそのままに宝具化しており、外壁や城門は大抵の宝具では傷一つ付くことが無い。入り口は正面の城門が一つのみであるが、中に入ると侵入者に対して強烈なデバフが掛けられ動きを阻害される

 逆に、盛重本人にはバフが掛けられ、侵入者が多ければ多い程にステータスが増していく。

 その宝具の特性上、動くことが出来なくなるが袋小路で発動してしまえば敵を捕らえる事ができ、門を閉ざしてしまえば鉄壁の要塞と化す

 宝具発動と同時に、周囲には結界が張られるため敵は盛重を殺すしか出る事が不可能となる

 

 

 復讐の怨刀(主亡き亡霊)

 ランク:B+

 種別:対人宝具

 レンジ:1~99

 最大捕捉:1~1000人

 

 盛重が死んだ後に独りでに動き出して、明智光秀を斬り殺した逸話が宝具化したもの

 宝具の持ち主である盛重が死ぬと発動し、刀が彼を殺した対象へと襲い掛かる。

 生前ならば、仇討ちを終えるまで止まる事は無かったがサーヴァント化した場合は、現界した際の魔力を使い切るまで動き続ける。

 刀そのものが破壊できれば止められるが無銘刀そのものが破壊できない宝具である為、この方法は採れない。

 















穴に関しては各自補完、若しくは感想にどうぞ


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門番 完結
呼ばれて飛び出て


 第5次聖杯戦争。冬木の街で行われる大規模魔術的儀式は、サーヴァントが最後の一騎となって勝者が決まるまで行われるデスゲーム。

 七人のマスターと、七体のサーヴァントよりなるのだが、今回は相当に毛色が違うらしい。

 

「――――サーヴァント、アサシン。召喚に応じ、参上いたしました。何なりと御命じくださいませ」

 

 柳洞寺の山門を背にし、傅くようにして召喚サークルの中に現れる紋付袴姿の一人の侍。

 年の頃は、二十代前後だろうか。キリッとした顔には真面目の文字が貼り付いており、後頭部で纏めた黒髪が夜風に揺れている。

 本来ならば、聖杯戦争においてこの召喚はあり得ない。

 セイバーは剣士。アーチャーは弓兵。ランサーは槍兵。ライダーは騎兵。キャスターは魔術師。バーサーカーは狂戦士。

 これらのクラスには、それぞれの英霊が適性を持ち召喚する側の魔術師と触媒によって現れるサーヴァントが変わってくる。

 ただし、アサシンである暗殺者を除いて。

 このクラスを聖杯戦争で呼び出す場合、基本的にアサシンの元となった存在であるハサン・サッバーハがクラスその物を触媒として召喚される。

 それこそ、余程のイレギュラーが無い限りは十九人のハサンの内の一体が呼び出されることになる。

 なるのだが、彼女の前に跪くのは侍だ。

 

「貴方、私がサーヴァントだって分かっているわよね?」

「はっ」

「この時点で、貴方の願いは叶えられない。理解しているのかしら?」

「承知の上にござりまする」

「その上で、私に従う、と?」

「然様にございまする。小生、願いなど元より持ち合わせてはおりませぬ故」

「なら、どうして私の召喚に応じたのかしら」

「偏に、この土地が小生ゆかりの地と似通っているからにございましょう」

 

 キャスターはフードの下から、自身に傅くアサシンを見つめながら目を細めていた。

 彼女こそ、今回の聖杯戦争においてアサシンのマスターを予め消しておきマスター権を奪いサーヴァントの召喚を行った張本人。

 そも、聖杯戦争においてキャスターのクラスが生き残る事は稀。

 というのも、セイバー、ランサー、アーチャー、ライダーにはデフォルトのように対魔術のスキルが付与されているのだ。

 これらを抜くのは非常に難しく、仮に抜けても対魔術分だけ発動した魔術の威力や効果が削がれてしまう事になる。

 何より、キャスタークラスは遠距離型が多く白兵戦能力に欠ける者が多い。今回のキャスターも魔術の腕前は魔法に至りかねないほどなのだが、近中距離戦ではまず間違いなく瞬殺される。

 その点で言えば、彼女にとって目の前のサーヴァント(肉壁)が従順な姿勢を取っている事は都合がいい。

 キャスターからすれば目の前の男は、神秘が薄い事にすぐ気が付く。イコールとして、魔術への対抗手段が乏しい事にも繋がり、万が一反乱されてもどうとでもなる。

 そんな打算を以って彼女は決めた。

 

「貴方には、この門の守護を任せるわ。魔術師もサーヴァントも、誰も中に入れては駄目よ?」

「御意に」

 

 この日が始まりの夜だった。

 そして、短くも濃密な、聖杯戦争が始まる。

 

 

 

 

 

 

「人の営みも変わる、か。いやはや何とも、小生にはこの光景が懐かしく思えてしまいますな」

 

 山門の目の前。ど真ん中に正座で座り、傍らに愛刀を置いたアサシンは目を細めて階段の向こう遠く見える電飾の明かりを眺めていた。

 六十年以上の年月を生きてきた彼は、死して英霊の座へと導かれこうして現代へとサーヴァントの身で召喚された。

 そんな彼の擦り切れた記憶の奥底で、いつかもこんな光景を見た気がするのだ。

 無論、彼の生きた時代は電気など無い。ガスや水道も整備されておらず、行灯や松明が主な光源でありそれらも油の節約の為に長い時間の使用は出来なかった。

 何より、明度が違う。掌に収まる様な小さなガラス玉が、昼間の太陽のような輝きを起こした時には、腰を抜かしそうになったモノだ。

 一応、聖杯からの最低限の知識は与えられている。だが、その知識には実感が足りていない。

 記憶と、記録の違いだ。実体験をするか否かで、反応が変わる。

 

「――――貴殿もそうは思われませぬかな?」

 

 立ち上がる事も、況してや刀を手に取る事も無くアサシンは虚空へと言葉を投げかけた。

 普通ならば、単なる独り言だ。しかし、彼はサーヴァントという異常な存在であり聖杯戦争の大半は夜に行われる。

 つまりは、

 

「――――ほう、気付いてたか。まあ、サーヴァントなら当然だわな」

「隠すつもりのない隠形など、滑稽なだけでございましょう。元より、そのような荒々しい気配は早々見失う事などありえますまい」

「そうかよ。で?お前はいつまでそこに座ってるつもりだ?言っておくが、オレがこの距離を詰められないとでも思うか?」

 

 虚空に滲み出すようにして現れたのは、蒼い槍兵。その手には、真紅の槍があり紅の眼光がアサシンを貫く。

 

「さて、小生には分かりかねますな。何分、世間知らずなモノでしてね」

 

 ランサーの手にする槍の様な鋭い視線も、アサシンには柳に風。全くもって堪える等という事は無い。

 ただ、端然とした正座を崩すことなく真面目という言葉をそのまま形にしたような無表情で前を見続けるばかり。

 普通ならば、毒気を抜かれそうだが歴戦の戦士ならばそうもいかない。

 何故なら、ただ座っているだけのアサシンに一切の隙が見つからなかったから。

 実際のところ、山門の前に伸びる長い階段の十段以上下までしかランサーは進んでいないのだが、正確にはそれ以上足を無防備には踏み込めないのだ。仮に踏み込めば、問答無用で首と胴体が泣き別れる。

 ただ座っているだけで、その圧力。自然と戦闘狂の気質があるランサーの期待も高まってくる。

 もっとも、今回はそこまでの激闘は不可能だろうが。

 

「――――まあ、良い。構えな。サーヴァント同士が顔を突き合わせてんだ、やる事は一つだろ」

 

 魔力を巡らせて、ランサーは槍を構えた。朱槍が怪しく一瞬輝き、元に戻る。

 対するアサシン。構えず、立ち上がらない。それどころか目を閉じて、その姿は眠っているかのように静かであった。

 

「…………」

「坐して構えず、か。相応の覚悟はあるんだろうな?」

 

 言うが早いか、ランサーの右足が石段の一つを踏み砕く。

 常人ならば影すらもその目に捉える事が出来ないであろう、サーヴァントでもトップクラスのスピードを以って彼の体はアサシンの眼前に。

 最速最短距離を刺し貫く朱槍。それは真っ直ぐに、アサシンの心臓へと向かい。

 

「――――ほう」

 

 金属音と火花が散ると同時に逸れていた。

 いつの間にか、アサシンは右ひざを立てた膝立ちとなっており左手には鞘が、右手には刀が抜かれその刀身が朱槍を弾いたのだ。

 感嘆の声を漏らしたランサーであるが、その太刀筋を眺める前に後ろへと飛び下がる。

 

「テメェ、猫被ってやがったな?」

「何のことか、分かりかねますなランサー殿。小生はただこの門を守るのみの衛兵。小生如きを抜けぬものを、この先に進ませることなどある筈も無いでしょう?」

「吹きやがって」

 

 抜刀術。居合とも呼ばれる技術だが、アサシンのソレは瞬間加速という点において全サーヴァントの中でも上位に食い込めるかもしれない。

 刀一振りで生き抜くための術だ。その中でも、最も無防備に見える座っている状態から一撃必殺に持っていくこの技術は彼の骨身にまで染みていた。

 それこそ、最速の英霊が選ばれるランサーをして辛うじて視界の端に銀閃を捉えたかどうか、といった所。

 警戒の度合いを一段階上げたランサーだが、彼の内心など知らぬとアサシンは鞘を捨てて八相に構えて待ちの姿勢を取っていた。

 上と下。この位置関係は、アサシン有利。とはいえ、ランサーはその程度の不利は経験で補ってしまうのだが。

 

「行くぜ?」

 

 再び仕掛けたのは、ランサーから。

 彼の槍術は、必殺が基本。常に急所を狙っており、所々に遊びがあれども最終的には殺しへと帰結する。

 烈火の攻め。しかし、アサシンはそれらを正面から斬り捌いていた。

 放たれる突きも払いも、その全てを受け流してしまう。切って落としてしまう。足運びによって動きを制限してしまう。

 アサシンの戦い方は、陣取り合戦だ。決して鍔迫り合いには持ち込ませず、力比べをしない。刀を振るうだけでなく、目線や殺気のフェイントを織り交ぜて相手が踏み込んでくる場所を先に封じて攻撃を鈍らせる。

 火花が散り、しかし一筋たりとも血の流れない我慢比べの様な打ち合いが続く。

 だが、

 

「――――フッ」

 

 アサシンの刀とランサーの槍が絡まり、石畳に打ち付けられる。互いが互いの得物を押さえ込むことによって膠着状態へ。

 

「手抜きでしょうか、ランサー」

「…………なに?」

「貴殿の槍は、必殺を旨とした戦場の槍術。何度か小生の晒した隙で十分致命傷を与えることも出来た筈でございましょう」

「…………ハッ、狸だな、お前」

 

 互いの殺気が霧散していく。どちらともなく押さえる得物から力を抜いて、距離を取り合っていた。

 

「そこまでの剣の冴え。お前がセイバーか?」

「さて、どうでしょうか。小生は単なる衛兵。抜けぬ貴殿に語る口は持ち合わせてはおりませぬ故」

「ケッ、愛想のねぇ野郎だ」

 

 石突で一度石畳を突いたランサーは、霊体化しその場から去っていった。

 両者ともに全力には程遠い戦闘であったが、アサシンは一つ息を吐くと鞘を呼び出して刀を収め最初と同じように山門の目の前に陣取り正座で座り込んだ。

 もしも、次があるならば間違いなく死合になる。そんな予感を胸の内に秘めながら、彼は夜空を見上げるのであった。
















続きませぬ


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武芸十八般

 時間感覚を失いそうな、朝が来て昼になり夜と終わる毎日。

 サーヴァントとなったアサシンは、キャスターによる魔力供給によって現界している為基本的に食事の必要が無く、同時に死人である為鍛練なども殆ど意味を為さない。

 要するに、暇を持て余していた。

 何せ、日がな一日山門の中央に陣取って、霊体化した状態のまま正座しているだけなのだから。糞真面目な堅物でも退屈しないわけではないのだ。

 だが、それを飲み干し、噛み殺すからこその彼でもあったが。

 

「…………」

 

 正座を崩さずに瞼を下ろし、呼吸は体が膨らまない程度にか細く短く小さく。

 特別な意味があるわけではないが、強いて挙げるならば気を練っているといった所か。

 生前からの癖なのだが、彼は暇になるとこうしてジッと微動だにせずただただ何かを待ち続けるという事が少なからずあった。

 それは敬愛する主であったり、切磋琢磨する同輩や目を掛けていた後輩であったり。はたまた、敵であったり。

 因みに、この状態の彼は無防備に見えて無防備ではないため、不用意に近づけば悲しい結末が待っていたりする。

 周囲の景色は、日が落ちて夜の帳が世界を包み込むような状態。今宵も聖杯戦争に参加する魔術師たちの裏の読み合いが行われ、血で血を洗う様な血塗れ戦争が勃発しかねない、そんな夜だ。

 もっとも、まだまだ始まったばかり。魔術師という人種の特性上、性急に事を進める事は少ない。特に、手痛いしっぺ返しなど喰らおうものならば憤死しかねないのが彼らだ。ついでに、死ぬよりも悍ましい目に遭う事も少なくない。

 だからこそ、今日も――――

 

「…………ッ!」

 

 終わる筈だった(・・・・)

 立ち上がる、アサシン。刀を左腰に添えて、左手で鍔を押し上げ直ぐにでも斬れるように鯉口を切っていた。

 彼が睨むのは、山門へと続く石段。明かりに乏しく、周りが森に囲まれている事から普通ならば先を見通すことは難しい、若しくは不可能であるのだが、彼は先の先まで見通していた。

 

「――――こんばんは。良い夜ね」

 

 真っ白な少女。暗紫のコートと帽子を纏った少女が石段の先に居た。

 違和感しかない光景だ。時刻としては、21時を過ぎているだろうか。二月の凍空(いてぞら)は、容赦なく寒風を走り回らせ生者の体温を奪い去っていく。

 だが、そんな事は今のアサシンには関係ない。彼が見つめるのは、少女の傍らに立つ巌の様な巨漢であるからだ。

 身長は二メートルを軽く超えており、全身は強靭さを傍目からも感じさせる筋肉の塊。

 アサシンとて、二メートル近い身長ではあるのだがその手足は男と比べれば小枝の様な頼りなさしか与えないほど見た目には歴然たる差があった。

 

「…………貴殿は、この寺に何か御用があっての来訪でございましょうか?」

「変な事、聞くのね。貴方がサーヴァントでわたしがマスターなら、やる事は一つじゃない」

 

 少女は、ゾッとするような透明な笑みを浮かべて首を傾げた。

 

「――――やっちゃえ、バーサーカー」

「■■■■■■■■■――――ッ!!!!!!」

 

 狂戦士が放たれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 アサシンにとって、身体能力に隔たりがある事は珍しくない。

 それこそ、彼の同僚である突撃バーサーカーや同輩である血塗れ忠犬バーサーカー等と比べれば身体能力はやはり低かった。

 生前からの事だ。それが顕著に反映される聖杯戦争であってもそれは変わらない――――筈だった。

 

「…………っ!」

 

 上段から片手で振り下ろされた、岩から削り出したような武骨な斧剣を自身の左側へと逸らしたアサシンは、その余波によって大きく吹き飛ばされていた。

 砕かれた石段が粉塵となって夜空を埋めて、視界を白く染め――――直後に黒が飛び出してきた。

 

「■■■■■■■■――――ッ!!!!」

「速い…………」

 

 バーサーカーの巨体は、三百キロを超えている。

 普通ならば、僅かにでも鈍重さを与えそうなものだが彼の肉体は筋肉の塊であり、同時に彼は半人半神。そのスペックは、サーヴァントという枠組みでもトップクラスであり例え狂化を施されようとも武技に綻びなど簡単には生まれない。

 アサシンとて、その実力は高い。同世代の同郷サーヴァントの中でもトップクラスの技量を持っている。

 それでも、

 

「両手足は、炸薬。斧剣は一撃必殺。小生とは、比べ物にならない身体能力にございますねぇ…………」

 

 防戦一方。

 愛刀をもって斧剣を逸らし、いなし、外させる。隙を埋める様な拳打の関しては、肩や腰の動きを見ていればどうとでもなる。

 いや、やはりおかしい。

 相手はバーサーカーとはいえ、世界的な大英雄の一角“ヘラクレス”だ。怪力の代名詞にして、数々の偉業を成し遂げた傑物。

 対してアサシンは、名前を聞いても一瞬首を傾げる様なマイナー英霊だ。少なくとも出身地である日本においても日本史選択の者でもなければ深くは知らないだろう。

 ステータスでも、知名度でも負けている。

 それでも彼は正面から、バーサーカーと打ち合えている。一歩たりとも引くことなく、その場に留まり応戦し続けていた。

 要因の一つに、彼の刀が挙げられる。

 日本刀の理念は、“折れず、曲がらず、よく斬れる”。彼の刀は、それをそのままに再現しているのだ。

 宝具。英霊としての生涯が具現化したような奇跡の産物。アサシンの刀は、彼自身が戦場に立ったその日より常に側に在り続け、一度も折れる事無くすべての障害を切り捨ててきた。

 ランクにすれば、Bといった所か。只管に頑丈であるだけで、ビームを打てたり持っているだけで所有者に加護を与えるような代物ではない。強いて挙げても、人外特攻が付いている程度。

 この場においては、盾以上の役割はあまりにも期待できない。

 ここでもう一つの要因だ。これは彼のスキルに関連している。

 言葉そのものは、江戸時代初期のモノであるが、彼は武芸十八般を修めていた。

 柔術、剣術、居合術、槍術、棒術、砲術、弓術、薙刀術、馬術、水泳術等々、十八という数に収まらない様々な技法。

 注目すべきは、手数の多さ。選択肢の多彩さ。

 英霊は、究極の一を持つ存在が多々居るが、アサシンもまたその一人であり、同時に万能の人としての素質も持ち合わせていた。

 

「■■■■■■■■――――ッ!!!!」

「――――フッ」

 

 今も、荒れ狂う暴威の中を、まるで水をかき分けるようにしてアサシンは捌いていく。

 無論、無傷ではない。全身には、細かいながらもうっすらと傷が目立っており、紋付袴にも何か所か解れが出始めていた。

 それでも、彼は止まらない。むしろ止まらないからこそ、今現在進行形でバーサーカーをいなせているのだから。

 対するバーサーカーもまた、狂化によって鈍った思考の中でそれでも目の前のサーヴァントの脅威度合いをしっかりと認識していた。

 彼は、狂化を受けようとも大英雄。戦闘能力もさることながら、その精神力もまた常人とは比べる事すらも烏滸がましい程に強靭だ。

 攻撃手段が、本能側へと偏り過ぎている嫌いはあるものの何度斬りつけても、殴り掛かっても水を打つような手応えの無さしか返ってこないからだ。

 これは、違う。自分が今まで相手してきた(英雄)とは違う。そう、本能的に理解した。

 かといって、今のバーサーカーが搦め手を扱えるはずもなく、無理に扱えばそれは致命的な隙へと変わる事だろう。

 千日手。このままこの戦闘が続けば、膠着状態のまま進むことになるのは明らか。

 その筈だった。

 

「…………むっ」

 

 一瞬の間、アサシンは後方へと飛び下がっていた。

 歴戦の勘。孤軍奮闘することの多かったアサシンは、己の勘を疑う事はしない。それは、ある種の直観。経験に基づいた肉体の動きに他ならないから。

 案の定というべきか、彼がその場を飛び退いたコンマ数秒後に、巨大な雷が降り注いできた。

 バーサーカーもまた、下がっていたのだがその動きはアサシンと比べれば僅かに遅い。左手の先が雷に打たれてズタズタに皮膚が裂けてしまう。

 彼には、というかアサシンにもそうだが対魔力スキルが無い。つまり、そのまま自分の体の魔力への耐性で魔術や魔法を受けねばならないのだが、この一撃はAランク相当。耐性云々以前の問題だ。

 

『アサシン、生きているかしら』

『キャスター殿?何用ですかな』

『そのサーヴァントは、貴方では持て余すわ。神殿を壊されるのも面倒だもの。援護してあげる』

『それは、ありがたい。今の小生では、千日手に陥るところでありました故』

『宝具の使用も許可するわ。ああそれと、そこの聖杯も持ってきなさい。殺しちゃだめよ』

 

 それだけ言って、キャスターとの念話が途切れる。

 宝具の開帳。それはそのまま、サーヴァントとしての真名を晒す事にも等しい行為。同時に必殺技でもある為この状況をどうにか破壊するための手段にもなるだろう。

 とはいえ、アサシンの通常宝具は派手さの無いシンプルな対人宝具であるのだが。

 

「ふぅ…………」

 

 全身に魔力を回し、構えるは右半身を引いた霞の構え。

 

「――――貴殿、名のある武人とお見受けいたす」

 

 紡がれるは、前口上。

 

「なればこそ、貴殿の()を我が主への供物とせん」

 

 飛び出す、体。

 羽織の裾がはためき、彼の体は僅か一歩でバーサーカーの眼前へと現れていた。

 

「■■■■■■■■――――ッ!!!!」

 

 当然反応するバーサーカー。斧剣を振るって、目の前の敵を叩き潰さんとする――――が、その前に視界が反転した。

 風を切る音。

 

「――――【首狩り一文字(絶対先制)】」

 

 赤に彩られた銀閃が空を薙ぎ、首を失った巨漢の傷口より血が勢いよく噴水のように噴き上がっていた。
















日常よりも、戦闘シーンの方が書いていて楽しい今日この頃


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秩序的な中庸

 価値観相反する。

 現代社会ですら十人十色等と呼ばれる程に、人には人の価値観が存在している。時代が違えば、それは猶の事だろう。

 

「ふむ、これは何とも…………」

 

 上下黒のスラックスとジャケットを身に纏い、ジャケットの下には黒のカッターシャツ、更に朱のネクタイを巻いた青年が道を行く。

 現在、二月なのだが彼はコートも羽織らずに新都を歩き回っていた。

 彼、アサシンの目的は観光――――ではない。当然ながら。

 今回の外出も彼の仕事からだ。もっとも、自分が生きた時代より、数百年後の現代社会に興味が無い訳ではなく、その視線はあちらこちらに向けられていたが。

 事の発端は、つい数時間前にさかのぼる。。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――結界の破壊、にございますか?」

「ええ、そうよ。宗一郎様の勤め先に、命を削る結界を張っている者が居るの。貴方には、結界を維持してるサーヴァント及び、マスターの討伐を命じます」

「御意に」

 

 柳洞寺の書庫の一角にて、跪いたアサシンとそんな彼をフードの下から見下ろすキャスターの姿があった。

 山門を離れても良いのかと思われそうだが、既に“神殿”は完成したも同然。最早侵入すればそれだけで並みのサーヴァントであれば撃退、ないしは殲滅も可能かもしれないのだ。

 そもそも、キャスタークラスのサーヴァントは己の工房を構築できるかが勝利の鍵。工房さえ構える事が出来れば、三騎士と呼ばれるクラスにも対抗できる可能性が生まれ、礼装を作れば打倒する事も可能かもしれない。

 何より、キャスターは神代の魔術師。そこらの魔術師に術で劣る事は早々あり得ない。

 とはいえ、それは作成した陣地内での話。外に出れば、バックアップも幾らか弱まってしまう。

 そこで、目の前の(アサシン)だ。

 実力は、十分。冬木でも最大の霊地である柳洞寺を陣地としたことで魔力不足も解消し、アサシンに回してもお釣りで大魔術をマシンガンの如く連射も出来るかもしれない。

 何より、裏切らない。令呪で縛られているわけでもないのに、アサシンは律義にも圧倒的な戦力差のあったバーサーカーにも正面から挑んで撃退しきった。

 

「……………一つ聞かせてもらえるかしら?」

「何用にございましょうか」

「貴方が聖杯戦争に参加しているのは、いったいどういう理由が有るのかしら?」

「小生の願い?……………………会いたいお方が居ります故」

「会いたい?」

「はっ。そのお方に、小生は目を掛けていたただいておりました。小生もまた、主君として仰ぎ生涯を通して忠誠を尽くしてきた所存にございまする」

「…………それで?」

「返答を、返したいのでございます」

 

 跪いた姿勢のまま、膝の上に置かれた右手が軋むほどに握りしめられる。

 

「一家臣として、小生は幸福に過ぎる一生を送らせていただきました。それこそ、この身の全てを、魂の一欠けらでさえもあの方に捧ぐ事が出来たならば、それだけでも満足なほどに」

「……………」

「ただ一つ、心残りがあるとするならば、あの瞬間に掛けていただいたお言葉に返せなかったくらいにございまする。故に、聖杯戦争の召喚に応じたまでの事。数百にも及ぶ英霊の一人が呼ばれる確率など途方もない事は理解しております。しかし、小生らは既に死人。尋常な手段であろうとも、縋らざるを得なかったのでございまする」

「…………それを、聖杯には願わないのかしら?」

「なりませぬ。あのお方は、尊い方にございまする。小生から出向くならば未だしも、呼びつける等許されざる蛮行。自裁をしても足りぬ行いにございます」

「堅物ね…………なら、貴方はその人と敵対は出来るのかしら?」

「勿論にございます」

「どうして?貴方にとって命よりも大切な存在でしょう?」

 

 キャスターは、目を細める。

 彼女にはアサシンが嘘を吐いていない事は分かる。分かるが、その上で敵対する事も厭わないと言われるのは予想外であったらしい。

 そんな相手の内心など知らぬと、彼は言葉を紡ぐ。

 

「小生が、全てを懸けると誓った主にございます。さりとて、その再会を果たしていただいたのは、偏に小生をサーヴァントとして呼び出していただいたマスター殿が居てこその事。裏切るなどという不義理を行う事など小生は致したいとは思いませぬ。何より、あのお方は楽しめる事がお好きなお方。二、三言葉を交わすことはあり得まするが、刃を交えることになる事もまたあり得る事にございまする」

「…………それで、斬れるのかしら」

「それが、上役よりのご指示に有れば」

 

 仮初であっても主従を守る。あくまでも、従う側の立ち位置を崩さないアサシンは顔を伏せたままだ。

 その姿は、人間が元となった英霊であることを差し引いても、どこか機械の様な印象を与える雰囲気を纏っていた。

 キャスターとしても、十全に理解した訳ではない。ただ、この聖杯戦争に限り彼が裏切らないという事が分かっただけでも十分というもの。

 であるならば、

 

「アサシン、これに着替えなさい」

「?それは…………」

「宗一郎様のスーツを真似て私が作ったモノよ。これで、街を観察しながら向かいなさい」

「御意」

 

 何故そんな事をしなければならないのか。そんな疑問を挟むことなく、アサシンは黒ばかりのスーツ一式を受け取っていた。

 ミッションスタートだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、場面は冒頭へと戻る。

 穂群原学園。それが、アサシンの目的地であり同時にキャスターのマスターの勤める職場でもある。

 

「――――成る程、確かに嫌な気配を感じますな」

 

 スーツ姿のままに、アサシンは学園の門をくぐった。

 血のように赤く、生き物のように鼓動が聞こえそうな結界を超えて、同時に常の紋付袴姿へと変わる。

 左手には、無銘刀。鞘に納めたまま、刃が上を向く形で鍔元を握っており脱力した歩き姿は、しかし一切の隙が感じられるものではない。

 暗殺者のサーヴァントが正々堂々正面から殴りこむなどお笑い種にも思える事であるが、これでいい。というよりも、これよりもさらに派手に動いて良いのだ。

 そもそも、アサシンには大きな弱点が二つある。

 一つは、言わずもがなマスターである、キャスター。もう一つは、キャスターのマスター。

 前者は他のサーヴァントも同じことであるのだが、後者はマスターが消えればキャスターが存在できず、キャスターが消えれば芋づる式にアサシンも現界していられないと言った具合。

 そこで今回だ。アサシンが派手に動いて、この結界を維持しているサーヴァントとそのマスターを討ったとする。

 そうなれば、当然ながらアサシンへの警戒度が上がり、その高まった警戒心はアサシンのマスターへと向けられる事になるだろう。

 そして、そのアサシンのマスターを特定するうえで今回の一件が意味を為す。

 というのも、この学園に張られた結界は、内部の生命力を削り取る。その結界が発動している中で、結界を発動したサーヴァントとマスターがアサシンに討たれる。イコールとして、その場に居合わせた他のマスターはアサシンのマスターが学園関係者であると誤認すると言ったわけ。

 元から居ないアサシンのマスターを探す為に、他のマスターは足が鈍る。アサシンというサーヴァントは、魔術師であるマスターには天敵であるからだ。

 

「――――こんにちは」

 

 人ならざる気配を追って、気配遮断のままにアサシンがやって来たのは教室の一つ。

 中に居たのは、長い髪の目元を拘束具で覆ったボンテージ姿の女性と、ワカメの様な頭の少年の二人組。

 

「いつの間に…………サーヴァントですか」

「それは、貴殿も同じことではございませぬか?」

 

 言いながら、アサシンは鯉口を切った。

 チリッとした独特の一触即発寸前の空気に女性、ライダーは腰を落として臨戦態勢を取らざるを得ない。

 情報の無いこの状況。相手の手札が分からず、更にライダー自身も弱体化している状況では何が起きても構えていなければ対処が遅れてしまう。

 もっとも、アサシンとしては関係ない。

 例え相手が全力を出せずとも、子供であったとしても、彼が上役より与えられた命令を無視する事などありえない事であるから。

 気配を探れば、現在校舎に動く存在が三つある。そのうち一つは、自分たちと似通った気配であるとアサシンは察していた。

 今は、結界の解除に動いているのか教室に近づく様子はない。

 仕留めるならば、今。

 

「――――貴殿の首、上役殿に献上いたす」

 

 手首が内側に曲げられ、逆手に右手が刀の柄を掴んだ。

 

「これぞ、死出への手向けなり」

 

 一瞬沈んだ、アサシンの体は真横へと跳んでいた。

 鈍ったライダーでは、この動きに反応できない。況してや宝具の発動など以ての外というもの。

 故の、その結果は当然の帰結といえた。

 

「――――【首狩り一文字(絶対先制)】」

 

 閃く銀閃。美しかった浅紫色の長髪が空間に舞い、天上に何やら固いものがぶつかってその後、重力に引かれて床に落ちて転がった。

 直後、首を失ったライダーの胴体、頭の無くなった体の傷痕より勢いよく血が噴水のように吹き上がり天井を真っ赤に汚してしまう。

 崩れ落ちる胴体。首を刎ねた張本人であるアサシンは、そちらを一瞥する事も無く腰を抜かしてへたり込んだ少年へと顔を向けていた。

 

「な、何なんだよ……お前…………ライダーをこんなあっさり…………」

「ライダー…………成る程、この地は彼女の戦法には不向きであったのですね。ふむ、小生の運も捨てたモノではありませんな」

 

 うんうん、と頷きながらアサシンは少年へと足を向けた。

 まるで、散歩でもするかのような軽い足取りに、しかし少年、間桐慎二は薄ら寒いものを覚えた。

 無意識のうちに後ろへ、後ろへと尻餅をついたままに後退していた彼であるが、ここは広くも狭い教室内でしかない。

 直ぐに角という名のどん詰まりに追い込まれてしまい逃げ道は完全に断たれていた。

 

「く、来るな!来るなぁあああああ!」

「…………」

「ぼ、僕はこんな所で死ぬって言うのか…………!?こんな、誰にも見向きもされないような所で、死ぬていうのかよ…………!」

「…………」

「お前も何か言えよ!僕は――――――――――――あ?」

 

 喚く慎二であったが、次に口から零れたのは言葉ではなく、鮮血であった。

 同時に激痛。下を見れば胸の中央に一本の刀が突き立っていた。

 

「貴殿がどう思おうと、小生には関係ありませぬ。貴殿は、小生の前に立ち。貴殿は小生の敵であった。ただ、それだけの事にござりますゆえ」

 

 心臓を正確に貫いていた刀を刃の向きであった右方向へと振り抜き、切り裂く。刀を振って、血を払いアサシンは刀を鞘へと収めた。

 一斬りで絶命させたのは、唯一の彼の慈悲だ。必要以上に甚振る趣味はない。

 慎二を殺し、ライダーを殺したアサシン。彼が次に見たのは、死んだ慎二の手の甲であった。

 

「む?令呪が、無い?」

 

 キャスターからの命で敵マスターの令呪を持ってくるように言われていたアサシンは、困ってしまった。

 ポリポリと頬を掻き、仕方なくも死体漁りの真似をするものの見つかったのは一冊のハードカバーの本のみ。

 

「…………仕方がありますまい」

 

 何かしら持っていけねば、アサシンとしても不義理を感じてしまうというもの。何の役に立つかも分からない本であっても土産が有るか無いかでは反応が変わるというものだ。

 流石に、首級を持って歩くほど気が狂ってはいなかった。

 任務は完了、後は消えるのみ。

 

 

 この後、扉の開閉の刹那、アサシンは他のマスターに見つかることになるのだが、そしてその結果新たなる火種を呼び込むことになるのだが、それはまた別のお話。



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善為さず、悪為さず

 性善説と、性悪説。

 人の始まりが、善であるのか、悪であるのかを問う哲学的な議題の事だが、そもそもそれは正しいのか否か。

 何故なら、善も悪も、どちらも人が考え出した区分でしかないのだから。

 それ故に、先天的に中庸の道を歩む者も確かに存在している。

 善でもなく、悪でもなく。ただ己の中に存在する基準に従い、若しくは自身を“所有”する存在に全てを委ねていたり。

 

 故に、愚者は只管に灰色の道を、斜めに傾いて全力疾走していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 第五次聖杯戦争において、最初の脱落はライダーであった。

 一瞬で首を刎ねられ、彼女の(偽)マスターも同じく殺され彼が持ち合わせていたある物もアサシンを有するキャスター陣営の手の中へ。

 

「ふふっ、面白いものを持ち帰って来たわね、アサシン」

「…………」

「魔術に疎い貴方は分からないかもしれないけれど、これは言うなればマスター権の一時的な貸与に用いられるものなのよ」

「貸与?」

「そう。魔力の供給こそ元のマスターから行われても、命令権はこの書を持っている人間に与えられるの。貴方が殺したライダーのマスターは偽物ね。これがあれば、魔術回路が無くとも魔術を行使できるようになるもの。ライダー自身も、全力とは程遠かったでしょうね」

「成る程。であるならば、小生はやはり運が良かったという事になりまするな」

 

 いつぞやと同じように、書庫の一角を場所としてキャスターと、彼女の前に跪くアサシン。

 彼女の手には、一冊の本があった。

 

「アサシン、ライダーの本当のマスターをここに連れてきなさい」

「御意。されど、小生には皆目見当がつきませぬが如何いたしましょう」

「この書を使うわ。これは未だに、令呪としての効果を持ったままなの。貴方はスキルでマスターの鞍替えが出来ないものね。このパスを貴方に擬似的に繋げるわ。後は、それを追いなさい。自然と辿り着くでしょうから」

「御意」

 

 アサシンに、書が渡され彼の体は霞に消えていく。

 その姿を見送り、キャスターは思考を回す。

 彼女の想定以上に、アサシンは有能だ。仕事は簡潔に熟しているし、何よりも裏切らない意思というものが一挙手一投足に表れている。

 キャスターの時代に居た、英雄願望など一欠けらも持ち合わせておらず全てを主に捧げる。

 もしも、彼女ではなく他のマスターが呼び出していればバーサーカー並みの被害を出していたかもしれない。

 最低限度の気配遮断と、三騎士や世界最大級の英霊と正面から剣を交える実力。こんなものを持ち合わせているなど、バグ以外の何物でもない。

 だが、その手札は彼女の手の中にある。やろうと思えば、このまま聖杯戦争を終結させることも可能かもしれない。

 

「私は、私の願いの為に」

 

 キャスターは止まらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 サーヴァントとマスターを繋ぐパスというのは、何も魔力のやり取りだけではない。

 記憶や感情、念話や五感等々、様々なモノを共有する事が出来る。

 当然ながら、場所も正確に発見可能という訳だ。

 時刻は夜。星明りと月光が澄んだ冬の空気を突き抜けて冬木の町並みを照らした美しい日だった。

 

「…………臭い」

 

 いつも通りの紋付袴のアサシンは、無銘刀を左の腰に差して眉を顰めていた。

 彼が見つめる先には、不気味な見た目の洋館。夜の闇も相俟って、暗い雰囲気を垂れ流しており光を拒絶するような暗い気配があった。

 だが、それ以上に彼をその場に留めさせたのは臭い。悪臭といっても過言ではない嫌な臭いが彼の鼻腔を刺激しており二の足を踏ませていた。

 

「――――クカカカッ、この屋敷に何の用じゃ、アサシンよ」

「……成る程、貴殿がこの臭いの元凶。随分と腐り果てた魂をお持ちのようにございまするな」

「ほう、鼻が利く。儂の正体を嗅ぎ取っ――――」

 

 アサシンと対峙していた、五百年の妄執である間桐臓硯はそれ以上の言葉を紡げなかった。

 

「蟲畜生に、語る言葉など小生にはございませぬ故」

 

 いつ抜刀したのか。アサシンの手には刀が握られており、臓硯の体は膾斬りとなって崩れ去ってしまう。

 だが、臓硯とて五百年を生きる妖怪だ。普通ならば細切れにされようとも本体の蟲がダメージを受けねば復活が可能となる。

 普通の刀(・・・・)ならば。

 アサシンは、人外特攻持ち。それも、日本の妖怪が相手ならば通常以上のバフが得られる。更に、無銘刀もまた人外特攻だ。

 そんな存在に斬られれば、如何に端末であろうとも本体との繋がりがある。

 如何にか細い糸であろうとも、毒は人外という存在を斬り伏せるのだ。

 ボロボロに崩れ去る蟲の塊を踏み越え、周囲で足を縮こまらせて落ちてくる蟲にも見向きせず、アサシンは屋敷の中へと足を向ける。

 その足取りに迷いなど無く、真っ直ぐに進んでいく。

 やがて、辿り着いたのはとある一室。ノックする事も、声をかける事も無く、斬り倒した。

 

「…………え?」

「お迎えにあがりました、ライダーのマスター」

 

 対面するは、一人の少女。穂群原の女子制服に身を包み、赤いリボンを付けた彼女は驚いた眼をアサシンに向けていた。

 

「貴方は…………」

「小生の事は、どうでも良いので。貴殿を連れていく、それだけにございます故」

 

 彼は会話をする気が本当にない。

 一瞬の間に、右手の刀が回ったかと思えばその柄頭が少女の、間桐桜の鳩尾へと突き刺さっていた。

 僅かな抵抗も許すことなく、気絶した桜を担ぎ上げアサシンは部屋の窓へと向かい大きく開け放つ。

 そして、夜空へと跳んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 特に事件なども無く、アサシンは柳洞寺へと戻ってきた。

 一応、途中で自分を監視するような視線はあったものの、そこはそれ彼の気配遮断スキルと武芸十八般スキルによって遠距離狙撃すらも無力化する予想能力を持って回避してしまっていた。

 今では、お届け者をキャスターに預けて今まで通り門番として山門の前に座っている。

 

「…………」

「小生に何か御用でございましょうか、ライダーのマスター殿」

「……………………アサシン、ですよね?」

「肯定にござりまする」

 

 アサシンの背後、玉砂利を踏んで現れた桜は彼の返答に体の震えを覚える。

 既に、彼女の手には令呪など宿ってはいない。それどころか、体に巣食っていた刻印虫すらも綺麗さっぱり取り除かれ、むしろ今までにない程に体の調子が良い程なのだが。

 やったのは、キャスターだ。彼女は、桜の体より令呪と一緒に第四次聖杯戦争の際に発生した聖杯の欠片を抜き取っていた。

 殺しても良かったのだが、アサシンを通して間桐邸の惨状を目の当たりにしていたキャスターは彼女の体を治していた。

 それは、慈悲か哀れみか。それでも、彼女は生き残る道を示した。

 そんな桜は、この柳洞寺を出ない事を条件に動くことを許されここに居る。

 聞きたいことがあったから。

 

「――――どうして、兄さんを殺したんですか」

 

 それは、ありきたりな問い。少なくとも、残された側が最初に口にするであろうと言葉。

 アサシンも、数十年生きた身だ。この言葉を聞いたことが、少なからずあった。

 

「命令にございましたゆえに」

「命、令?」

「貴殿も、既にお会いになったのでは?キャスター殿のマスター殿は、学び舎での教鞭を執られておりまする。結界が使われ続ければ、万が一がございました。故に――――」

「――――殺した」

「然様にございまする」

 

 淡々と語られる言葉。それはそのまま、アサシンの内心を示しているように聞く側であった桜には感じられる。

 納得していない。そんな気配を背中から感じ取っていたアサシンは、一つ顎を撫でると座った姿勢のまま桜の側へと向き直る。

 

「貴殿、あー……………」

「桜、です。間桐桜」

「では、桜殿。貴殿らは、戦争とは如何なるものかをご存知ですかな?」

「…………戦争、ですか?」

「しかり。戦争、戦い争う場。聖杯戦争もまた、戦争には変わり在りませぬ」

「……………………」

「貴殿の兄上もまた、桜殿よりライダーを借り受け戦争に参加した者。小生にとっては敵でしかありませぬ。そして、戦争における敵というものは命のやり取りを行う相手にございますれば」

 

 それは、戦国時代という人の命が限りなく軽かった時代の事。

 アサシンが生き抜いてきた時代の事だ。

 

「例え、百戦錬磨、万夫不当の益荒男であろうとも。女子供であろうとも、小生の前に敵として立つならば神であろうとも斬り捨てて御覧に入れる所存でございまする故」

「で、でも…………」

「何より、桜殿。貴殿とて分かっていて、兄上殿にライダーを貸与したのではありませぬか?」

「……………え?」

「如何なる理由が有りましょうとも、力を持たぬ素人が生半可な武器を片手に戦争に赴くことこそ、死に急いでいる事もありますまい。そんなものは、単なる蛮勇、もとい馬鹿のする事。戦いとは、最終的に力へと帰結するものにございます故」

 

 それだけを静かに語ったアサシン。

 だが、桜には十分すぎた言葉でもあった

 要約してしまえば、結果的に慎二()を死に追いやったのは自分()であると言われてしまったようなモノであったから。

 無論、アサシンも彼女たち間桐の事情など知る由もない。故に責める事もしないし、自身の行いを弁明しようともしない。

 ただ淡々と自分の思った事を述べるのみ。

 

「私、は……………どうすれば、よかったんでしょう……………………」

「それを小生に問われましても、お答えしかねまする。答えなど、自分で出さねば意味などありませぬ故」

「自分の、答え…………」

「小生は、一生を主に捧げると決めもうした。これは死してなお受け継がれておりまする。他者から得られた答えを己のモノと思い込むのは楽にござります。しかし、魂には刻まれぬのです」

「魂に?」

「然り。己の答えを得ねば、長く続く生涯の中でどれ程の崇高な理想も現実という世界によって摩耗し、やがて忘れる事になりましょう」

 

 アサシンは知っている。どれだけ強かろうとも、己の内側に柱が無ければ容易く折れてしまうという事を。

 何より、答えが出ていないという事は自身が目指すものに納得していないという事。

 そんなものは、極限状態に陥る前に平気で自分の願いも何もかも捨てて逃げてしまう。安易な道を進もうとしてしまう。

 

「後悔せぬ道を進みなさいませ。貴殿には、小生を殺すだけの理由がございまする。背より狙う事も否定いたしませぬ」

 

 正座から深々と頭を下げ、アサシンは再び前を向いた。

 彼の誓いは、主への忠誠と義理堅さ。答えは、折れず曲がらず歪まない鋼の心。

 鉄心ならぬ、鋼心。刻まれた誓いは歪むことなく。

 

 この対話は、間桐桜の分岐点となる。

 未だに答えは見えずとも、確かに彼女は外へと目を向ける事となったのだから。
















戦闘シーンが無いと書きにくいですね


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負けず劣らず

決着を修正しました


 サーヴァントには、食事は基本的に必要ではない。

 これは、そもそも彼らが死人であり霊体であり魔力によって成立した存在であるから。

 無論、完璧には無駄ではないし。サーヴァントによっては、むしろ食事を好むものも少なからずいる。某騎士王や救国の聖女などが健啖家筆頭であろうか。

 とにかく、基本的にはそれこそ魔力が足りていない場合を除いてサーヴァントは食事をとらない。

 

「…………」

「こちらをどうぞ、アサシン。中身は焼き鮭とおかかです。それから、こっちの水筒にはお茶が入ってますから。使い方は分かりますか?」

「聖杯より知識は与えられております故…………桜殿」

「はい?」

「なぜ、小生に食事を?」

 

 朝の陽ざしが射し込む柳洞寺の山門前に座ったアサシンは、振り返ることなくおにぎりが二つと沢庵が二切れ載った皿と、温かいお茶の入った水筒を乗せたお盆を持ってやってきた桜に問う。

 今日は平日。本来ならば、彼女もまた学校に行かねばならない日だ。攫ってきた張本人であるとはいえ、気にならないわけではない。

 何より、桜からすればアサシンは兄である慎二の仇だ。彼自身も、背中から無言で刺される事も是としている。

 でありながら、持ってきたのはおにぎりとお茶。心眼のスキルから相手の嘘や隠し事をある程度見抜けるアサシンから見ても、毒入りなどではない事は明らか。そもそも、今アサシンが死ねば間違いなくキャスターも終わる。

 だからこそ、不可解であった。

 対して、桜は笑むでもなく、怒るでもなく、悲しむでもなく、何処か迷ったような雰囲気を滲ませて少しの言葉を選ぶような間を置いて口を開く。

 

「…………アサシンの事を、私自身どう思ってるのか分からないんです。ええ、確かに貴方は兄さんの仇。けれど、貴方はお爺様を斬ってくれました。私から全てを奪って、けれど私を救ってくれて。私は、私が分からないんです」

「…………」

「だから、こうしていつも通りの事をしようと思いました。誰かの為の食事と、誰かと囲む食卓。本当なら、先輩たちと囲む筈ですけど、今はそれを許さない状況ですから」

 

 言うだけ言うと、桜は後で回収に来る旨を伝えて踵を返してしまった。

 

「…………美味」

 

 蟻に集られるのはご免被る、とアサシンはおにぎりを受け取り齧り付く。

 絶妙な塩気と、具材の味。合間に挟む沢庵の浸かり具合といい、彼は貪るようにしてぺろりと二つを平らげてしまった。

 そして、うっすら塩気の残った指先をなめ、次は水筒へ。頭頂部の蓋兼コップを取り中身を注げば、薄い緑の薫り高い緑茶。

 スンッ、と匂いを嗅げば良いものと直ぐに分かる事だろう。

 

「…………ふむ、これもまたいい味にございまする」

 

 ホッと一息つけば、サーヴァントになってからはあまり感じなかった寒さが際立つ感覚を覚えるアサシン。

 因みに、茶に関しては煩い忠犬バーサーカーが居たため作法などに関しても一通り修めていたりする。万能故に伸ばした腕は広かった。

 コップを手の中に収め正座したアサシンは、朝日に目を細め遠くを眺める。

 見た目こそ若々しいのだが、纏う雰囲気は老成のソレ。悪く言ってしまえば彼の雰囲気は、爺臭かった。例としては、定年退職後の趣味の無い老人が縁側に腰かけて日向ぼっこしている姿だろうか。

 もっとも、それは見せかけであると言われてもおかしくないのがアサシンではあったが。

 仮に、ここから襲撃を受ければ、即座に刀を抜いて応戦できる。

 そもそも、現在残っているのがセイバー、アーチャー、ランサー、バーサーカー、そしてアサシンとキャスター。

 最初の脱落がライダーであったが、その他のサーヴァントは未だに健在。

 特に、セイバーとアーチャーに関しては柳洞寺への襲撃が起きていないため、少なくともアサシンは知らない。キャスターならば、使い魔を放って何か情報を得ているかもしれないが、それらに関しても彼には降りてきてはいなかった。

 故にアサシンにできる事は、最初の言いつけ通りに門を守護し続ける事。幸運なのは、アサシンの令呪が一角も消費されていない事か。

 令呪は、絶対的な命令権として行使される事もあるが、それ単体ならば膨大な無色の魔力の塊だ。

 サーヴァントとマスターの間に絶対的な信頼、ないしは裏切らない関係性が出来ているならば、令呪はドーピングに用いる方が勝利にこぎつける可能性が近付く。

 アサシンとキャスターの関係は、後者だ。

 少なくとも、キャスターが裏切ることも視野に入れているのに対して、アサシンは今生の全てをキャスターの勝利に費やすことも厭わない。

 ある意味、理想的すぎる。前衛のアサシンが敵を足止めし、後衛のキャスターが刈り取る。

 既に神殿は完成済み。少なくとも、この柳洞寺を含む一帯はキャスターのテリトリーであり何処からともなくAランクの魔術が飛んでくるのだ。

 更に、そこにアサシンのアンブッシュ。並みのサーヴァントならば、何もさせずに勝てる。

 だからこそ、油断しない。少なくとも、三騎のサーヴァントと交戦したアサシンは、気のゆるみなど以ての外だと考えている。

 ライダーは殺せた。ランサーは、互いに本気ではなかった。バーサーカーは首を刎ねれたものの、その後直ぐに再起動を果たしていた。

 セイバーとアーチャーがどの程度の実力かは分からないが、アサシンが警戒するのは後者だ。

 彼には遠距離戦闘を行う手段が無い。流石に、刀で鎌鼬を起こしたりは出来ない。仮にできても、射程という点で負ける。

 

「…………ふぅ」

 

 水筒を元に戻し、アサシンはお盆を傍らに置いて姿勢正しく正座の体勢。

 瞑目し、精神統一。ただ目指す結果のみを見つめる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 事態が動いたのは、とある夜の帳が下りた後であった。

 

「――――来られましたか」

「よお、テメーの首獲りに来たぜ、アサシン」

「小生の首に、それほどの価値はありますまい」

「いいや、十分すぎるぜ。オレの参加理由も果たせる」

 

 あの神父の手駒はご免だがな、と内心で続けるランサー。

 階段上から見下ろす形となったアサシンは、今回は正座で待つようなことはしない。

 

「居合とやらは使わねえのか?」

「そもそも、居合とは実戦で用いる技術にはございません。敵の虚を突き、敵が油断している時こそが居合の使い時でありまして、すでに警戒している(・・・・・・・・・)相手には効果は薄いのでございます」

 

 居合は達人ともなれば、鍔鳴りが響いた時点で納刀されていると言われる程に速い。しかし、その実攻撃の軌道が限定されてしまうという弱点もあった。

 鞘が、左の腰に有れば刀の所有者は右利き。居合の軌道は、左から右。斜め下か真横からが基本となるだろう。

 決まれば必殺にも至れるが、防がれれば一転劣勢に。

 故に、アサシンは抜刀した。抜刀し、構え、本気の殺意を昇らせる。

 濃密なまでの死の気配に、しかしランサーが怖気づくはずもない。

 むしろ、好戦的な笑みを浮かべて呪いの朱槍を構えると冷や汗も脂汗も流すことなく鋭く睨んで、同じく殺気を放ち始める。

 ステータスだけ見れば、筋力と魔力を除けば五分。幸運に関しては、基本戦闘ではどちらも影響しないためカウントしない。

 

「――――セアッ!」

「――――ッ」

 

 仕掛けたのは、ランサーだ。

 アサシンの対人魔剣は、大前提として先手がとれねば意味が無い。そして、アサシン自身が一歩で距離を詰める必要がある。

 踏み込みが遅れたのは、強敵が相手の場合は一度様子見に動いてしまう彼の悪い癖のせいであった。

 赤い線を引き放たれる神速の三段突き。

 顔、喉、心臓と全て急所を正確無比に狙うそれらに対して、アサシンは体を右に逃がしながら刀の切っ先を落として左手を刀身の鎬に添えて槍の穂先を滑らせて回避していた。

 同時に、左手の親指と人差し指の間に刀の峰を挟んで溜めを作り、放つ。

 風を斬る銀閃が弧を描いた。

 

「甘ぇよ!」

 

 甲高い金属音。刀身が、朱色の柄を滑っていく。

 槍と刀では間合いが違う。特に、槍を持つ相手に刀を持つ者は数倍の実力が無ければならないというのが通例だ。

 では、アサシンの技量とランサーの技量が隔絶しているかと問われればそれは違う。

 刀だけで勝とうとすれば、数倍の技量が必要になるというだけ。

 相手の足場を予め踏み潰し踏み込ませず、槍の引手に合わせて前に詰めれば刀の刀身のみならず柄頭や鍔でさえも攻撃に転用する。

 それだけではない。

 

「チッ………器用な事しやがるじゃねぇか」

 

 先程までは右手順手であった刀が、今では左手逆手に持たれている。

 アサシンの剣術は、型が無い。正眼や八相等の構えこそとるものの、その本質は戦場に置いて磨かれた実戦剣術であるからだ。

 例えば、彼の刀は、柄を握り刃筋を立てて振るわれるだけではない。まるで棒術に用いられる棒のように、長くもない柄を軸にクルクルと器用に回され、相手が刀を弾いたと思えば、次の瞬間には反対側から切っ先が襲ってくるなどザラに起きる。

 ランサーが感心するのは、その回転率と虚実の入り混じり。

 彼は力と技ならば、前者で制することが少なくない。無論、その技量は凄まじいが。

 これは、彼の出身であるケルト神話が力こそすべてな面があるせいでもある。割合にすれば、7:3程度で力などのフィジカルに振られているのではなかろうか。

 対してアサシンは、技量に8割、力に2割といった所。柔よく剛を制すという奴である。

 弾かれたならば踏ん張らずに、次の一撃に上乗せする。防がれたのならば、押し込まずに刃を引いて浅くでも斬りつけ流血を促す。

 隙を見つければ、

 

「――――ハッ!」

「おおっ!?」

 

 手首を掴んで小手返し。

 槍を使う前提として、ランサーの片手は前に出ている。

 突きを斬撃で僅かにそらし、紋付袴の腹部辺りを軽く斬られたがアサシンは突き出されたランサーの右手首を取った。

 突きの勢いを利用しながら体を突きの方向へと引き込んでランサーの体勢が若干崩れたところで一気に前へ。

 結果、ランサーは背中から階段下へと投げ落とされることになる。

 本当ならば叩きつけたいところであったが、階下は自然と低い位置となるわけで叩きつけられる可能性を考えての途中で放していた。

 見事な小手返しであった。ただ、中途半端で終わってしまった為に、空中で姿勢制御を行ったランサーは問題なく石段に着地を決める。

 

「やりやがる。あのまま叩きつける事も出来たんじゃねぇか?」

「そうしていれば、小生の体に風穴が一つ空いていた事でしょう。あの程度では倒れますまい」

「ハッ、当然だろ」

 

 互いに決定打に欠ける。

 だからこそ、

 

「――――ま、長引くのも詰まらねぇだろ」

 

 ランサーが呟くと同時に、呪いの朱槍に魔力が溢れる。

 瞬間、アサシンは全身の血の気が引くのを感じた。見て分かったのだ、あの一撃は不味いと。

 対抗するように口上を述べる。

 

「この一撃、手向けとして受け取るが良い」

「――――貴殿の首を、献上いたす」

 

 サーヴァントの宝具開放。ランサーもアサシンも、このままダラダラと戦い続ける事を良しとしなかったのだ。

 踏み出したのは、僅かにアサシンが勝った。さりとてそれは本当に僅かな時間であり、常人は愚か並みのサーヴァントでは見切る事すら出来ないかもしれない。

 しかし、両者は互いが互いに相手の軌道を確りと己の双眸で把握していた。

 

「その心臓、貰い受ける!――――――――【刺し穿つ(ゲイ・)――――」

「我が主の供物となれ!――――――――【首狩り(絶対)――――」

 

 衝突まで、コンマ一秒。

 

「――――死棘の槍(ボルク)】!!!!」

「――――一文字(先制)】!!!!」

 

 一刺一殺の呪いの朱槍と一斬一殺の不壊の打刀。

 

「――――ッ」

「――――ごふっ…………」

 

 一刀の元に、ランサーの首が宙を舞い赤い線を夜空に引く。

 一刺の元に、アサシンの体が石段に叩きつけられ磔にされる。

 互いが互いに一撃必殺をぶつけ合ったその結果、互いが互いに無視できないダメージを負う結果となったのだが、

 

「…………っ……小生の…………勝ちに……………………ございますれ……………………ば…………」

 

 アサシンは辛うじて生き残っていた。

 ランサーの宝具【刺し穿つ死棘の槍】は、因果逆転の呪いの朱槍。

 心臓を貫いた、という結果を作って放つ一撃であり、確実に相手を即死させるというチート染みた権能に近いと称される代物だ。

 躱すには、敏捷など関係なく、偏に幸運の値がモノをいう。

 最低でもBランク以上の幸運値であれば漸く辛うじてずらせるかといった所。

 アサシンの幸運の値はBランクだ。これが一段階目。

 彼が辛うじて生き残ったのは、幸運値と対人魔剣、そしてスキルの心眼によるものが大きく、どれか一つでもなければ良くて相打ち、最悪一方的に心臓を穿たれて終わっていただろう。

 アサシンの魔剣は、絶対的な先制権を得る一撃必殺の首狩り刀。今回は、相手の朱槍が因果逆転により結果を作る前に首を刎ねる事が確定しており、結果的に先にランサーが死んだ。

 そこから、結果が作られるが持ち主の補正が入らない槍の穂先は幸運値によって僅かに鈍り、そこから1パーセントでも逆転の可能性があるならば動きに移せるという(真)の効果と、直感含めた(偽)の効果が同時発動し着弾点の心臓よりも僅かにずらすことに成功していた。

 とはいえ、片方の肺が潰され貫かれた衝撃によって全身に衝撃を受けてしまって真面に動ける状態ではないが。

 

 互角の勝負は、時の運によってアサシンへと転がり込んだ。

 2騎目の脱落は、ランサーである。



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折れず曲がらず引き下がらず

「――――無茶したわね」

 

 山門の扉に背を預けて項垂れる紋付袴の(アサシン)

 彼の前に立つキャスターは、いつもの通り顔を隠すフードを被りその視線すらも悟らせない。

 ランサーとの一戦で、致命傷を受けていたアサシンであったがそれは神殿と化した工房に引きこもっているキャスターの手によって何の問題もなく再生されていた。

 今は、ダメージのショックから一時的に休眠状態に入ってしまっている彼が目覚めるのを待っている時間。

 普通の人間ならば、間違いなく再起不能のダメージだが生憎彼はサーヴァント。耐久は、低すぎず高すぎずという平均的な所ではあるが人間よりは圧倒的に丈夫。

 

「……………………ぐっ」

「目覚めたかしら?目覚めたのなら、食事になさい。態々、サクラが貴方の為に用意した物ですもの」

「…………御、意……」

 

 目覚めたばかりで、自分の現状すら把握できていないだろうアサシンであったが宙を浮いて自身の手元にやって来たいつぞやのおにぎりの二つ載った皿と、みそ汁の入ったお椀が乗ったお盆を受け取り、ぼんやりとしながらも手を付ける。

 注目すべきは、キャスターの鬼っぷりか。それとも、アサシンの魂にまで刻まれた忠犬根性か。

 傍から見れば鬼の所業でも、当人たちが納得していればそれは他者に介在する余地などありはしないのだ。

 

「食べながら聞きなさい、アサシン」

「…………」

「率直に聞くわ。貴方、バーサーカーに勝てるのかしら?」

「…………んぐ……確約は、しかねまする。一度殺すことは可能、しかし小生にはそれ以上の殺しの手段がありませぬ。バーサーカーは、狂いながらも小生の一生でも類を見ない怪物。まともに剣を合わせるならば数刻持たせられるかどうかといった所でございましょう」

「そう」

 

 因みに、これがランサーであったならばやりようによっては勝てる。その他サーヴァントもある程度削りを入れられるかもしれないが、その中でもアサシンの攻撃力という点では一歩出遅れていると言わざるを得ない。

 一撃必殺も、一度の戦闘で一回きり。蘇る敵には、あまりにも心許ない。

 仮に守勢に回り続けようとも、その先に待っているのは消耗の末の敗北。勝利など、どうやっても転がっては来ない。

 

「貴方の宝具でも勝てないのかしら?」

「………無理でしょうな。小生の宝具は、対象を誘い込んで閉じ込める宝具。そもそも、相手を物理的にも精神的にも傷つける様な代物ではないのでございまする」

「閉じ込める、ね」

「何より、小生の宝具は味方が少なく敵が多ければ多い程に恩恵を授けるもの。これは力量ではなく純粋な数によって左右されますので」

「使えないわね…………」

「申し訳ありませぬ」

 

 味噌汁まで飲み干して、アサシンは椀を置いた。

 彼の宝具は、防御向きの対軍結界型の宝具。効果的な使い方としては、アサシンの常道には反するものの最初から全開で宝具を発動し1VS6の状況を作り宝具の中に誘い込んで倒すというもの。

 アサシンの戦い方ではない。いや、そもそも彼の適性クラスはどちらかと言うとセイバー寄りだ。今回の召喚に関してイレギュラーが重なり過ぎてこうなっているだけで。

 因みに、彼がセイバーであったならばランサーと相打ちになっていた。幸運値と敏捷が下がってしまうからだ。

 残る敵対サーヴァントは、セイバー、アーチャー、バーサーカー。

 これが通常の聖杯戦争であれば、宝具を発動したアサシンが3VS1で勝ちを狙う方法が無い訳ではない。

 しかし、今回はバーサーカーが強すぎた。ステータス的にも逸話的にも宝具的にも。

 

「――――仕方ないわね」

 

 キャスターの選択。それは、どのような結果をもたらすのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 霊地である柳洞寺は、キャスターの根城だ。この地に侵入するのはサーヴァントですらも容易ではなく、正面の山道を登ってこなければならない。

 そして、山道の先に待つのは山門。守るのは、既に二騎のサーヴァントを仕留めたアサシン。

 今回この地を襲撃するのは、同盟を組んだ二騎のサーヴァントとそのマスターであった。

 既にキャスターは、使い魔を通じて知りえておりアサシンにも伝えて迎撃の準備は終えている形だ。

 

「――――むっ」

 

 今回は山門の前で鯉口を切った体勢で待っていたアサシン。

 彼の聴覚が遠方から風を切り裂き進んでくる飛行物体を捉えた。

 次に視覚が、夜空を切り裂く一条のラインを発見し、彼の体は加速する。

 

「フッ」

 

 一息のままに木を足場に跳び上がったアサシンは、不自然なほどに捩じれた矢の迎撃の為に腰の居合抜きを放っていた。

 一瞬の間、そして鍔鳴り。

 六度の銀閃が空を撫で、捩じれた矢は中ほどからへし折れる。螺旋回転していたソレは、急な横殴りに対して出鱈目な軌道を描いて柳洞寺を取り囲んだ結界へとぶつかり、弾かれて森の中へと落ちていった。

 出鱈目にも思えるが、アサシンは居合の斬撃すべてを一点に集中させることによって矢をへし折ったのだ。

 何故六度であったのかと問われれば、彼の主が第六天魔王であったから。最大で十発放てるというのに、六発で押さえているのは癖になってしまったからだ。

 兎にも角にも襲撃だ。刀を鞘に納めたまま、アサシンは落下しながら木の先端に足がついた直後に斜め下に跳躍。

 地面に着くと同時に加速し、山門の前へと戻って来ていた。

 

「陽動にしては、お粗末が過ぎると小生は思いまする」

「本当に、キャスターの手駒なのねアサシン。アンタ、自分の願いはどうしたのよ」

「それを問うて何と致しますのか。小生の願いなど、貴殿らには何の関係もありますまい」

「いいえ、あるわよ。アンタの願いをわたし達が叶えられるなら、戦う意味も無いでしょう?」

「ふむ…………」

 

 赤いコートにマフラーでありながら、下はミニスカートといういでたちの少女が問う。

 この場に居るのは、アサシンを除けば三人。

 金髪の少女、黒髪の少女、赤銅の少年。

 サーヴァントは金髪の彼女であると、アサシンは当たりを付けていた。見るからに、ドレスアーマーなど纏っているのだから当然か。

 ついでに、彼からすればこの会話は意味が無い。

 

「戦う理由は、小生にとっては一つのみにございまする」

「それは?」

「この魂に刻んだ誓いを果たすのみ。故に、貴殿らに助力するか否かは、小生が決める事ではございませんな」

 

 言いながら、アサシンは刀の切っ先を三人へと向けた。

 何のことは無い動作だ。呪いも無ければ、そもそも攻撃ですらないような動き。

 しかし、空気は徐々に張り詰め始めている。

 サーヴァントである少女が気圧される事は無い。だが、後の二人は違う。サーヴァントがどれほどの存在であるのか知っているからこそ、自然と無意識のうちに体を強張らせていた。

 それでも、黒髪の彼女は毅然とした態度を側だけでも崩さない。

 

「……その誓いを、教えてもらえるのかしら?」

「主への絶対的な忠誠にござりまする」

「主…………ッ、まさか貴方!」

「お気づきになられましたか。小生の主は、キャスター殿にございまする。あの方こそ、小生を召喚した魔術師にございまする故」

「サーヴァントがサーヴァントを召喚したって言うの!?」

 

 少女、遠坂凛は悲鳴を上げるように声を上げた。

 この場の三人の中で、彼女が最も生粋の魔術師であり人情と、魔術師の観点、その二つを持ち合わせているのだが、同時に冬木の街に置いて統治者的な面を持ち聖杯戦争にも一家言を持っている為その事実は衝撃であったらしい。

 文字通りの絶句。固まってしまった彼女を引き継ぐように、彼、衛宮士郎が口を開いた。

 

「おまえは、アサシン、で良いんだよな?」

「その通りにございまする」

「…………ライダーを倒したのも、お前か?」

「肯定いたしまする」

「…………慎二を殺したのも、お前か?」

「肯定いたしまする」

 

 機械のように淀みなく帰ってくる返答。

 夜闇のせいで、周りの明かりも少ないためアサシンの表情は分かりにくいが、狂人のように嗤うでもなく、善人の様に悲嘆にくれるわけでもないのは、士郎にも確認できていた。

 その上で、拳を握る。

 

「何で、殺したんだ?おまえの目的は、ライダーだったんじゃないのか?」

「否定いたしまする。小生に与えられた命令は、ライダーの討伐。並びに、ライダーのマスターが有した令呪の確保。結界の消去にございましたゆえ」

「だからって……!慎二は戦えなかったはずだ!あいつは…………魔術師じゃなかったんだから……!」

 

 士郎の血を吐くような声。それは、後に遺体を調べた凜より知らされた事実であった。

 彼、衛宮士郎は正義の味方に、成らなくてはいけない。なりたい、ではなくだ。

 そんな彼からすれば、抵抗手段を持たなかったであろう友人にまで手を掛けたアサシンに思う所があるのも仕方がない事であった。

 だが、

 

「――――それが、何の理由になりましょうか」

 

 アサシンには、響かない。

 刀を下ろした彼は、心底不思議そうに士郎を見返していたのだ。

 

「何を…………」

「魔術師ではなかった。抵抗できなかった。そんな事は、関係ないのでございまする。彼は、ライダー殿を従えて、小生の前で敵対した。敵は、殺す。戦争の常識にござりましょう」

「だ、だからって無抵抗の相手を殺すのかよ!」

「そのような些事、理由にはなりませぬな」

 

 彼は語る。彼の理を。

 

「敵であるならば、小生は等しく殺しましょう。男でも、女でも、老人でも、怪我人でも、病人でも、子供でも、犬畜生でも、小生らに敵対行動をとるならば等しくこの手に掛けましょう。それが戦争にございます故。何より貴殿ら――――」

 

 そこで言葉を切り、アサシンは彼らを睥睨する。

 

「――――殺す覚悟も、死ぬ覚悟も無く戦場に立つのでございまするか?それは何とも、中途半端な事にございまするな」

「……ッ」

「戦争は、人が死にまする。人と人が、互いに互いの存亡を懸けての殺し合い。聖杯戦争などと、上品な言葉で飾っておりますが、所詮は血生臭い殺し合い。理解しなされ」

 

 彼の言葉に、子供二人は生唾を飲み込むしかない。

 アサシンの狙いは、これだった。

 確かに彼は、敵対者には容赦しない。それこそ、言葉通りに子供であっても等しく殺す。

 しかし、本質的に好き好んでそんな殺生をするようなタイプではない。むしろ、顔は無表情のままに心の中で泣いているような、そんな男だった。

 彼は、子供たちの精神を折りにいった。それこそ、バキボキにへし折って再起不能になってくれれば、それは最早敵対者とは言えない。サーヴァントの首を刎ねて、それで終いにできる。

 その論から行くと、慎二を切ったのはおかしいようにも思えるかもしれない。

 だが、アサシンの経験上、力を持って冗長するようなタイプは見逃してしまうと、力が無い状態では大人しいが、一度でも力を得直すと再び増長し、更に復讐を企てるようになるのだ。

 ついでに、自己顕示欲と承認欲求の強い者は派手さに拘るあまり、周囲への被害を考えない。

 

 話を戻そう。

 少なくとも、アサシンは二人が足を引くことを期待していた。期待していたのだが、

 

「…………上りまするか」

 

 二人は前に出た。

 顔色とて宜しくない。自分たちが参加するものが何なのか、再確認させられたのだから。

 それでも彼らは進むことを選んだ。打倒し、勝者となる道を選んだ。

 二人に呼応するように、金髪の彼女が前に出て来る。

 

「小生の相手は、貴殿にございますかな、セイバー殿」

「ええ、貴方の相手は私です、アサシン」

 

 互いが、互いの得物を構えて睨み合う。

 

「――――我が一刀、馳走いたす」

「――――参ります!」

 

 そして、ぶつかった。















後数話で終わる――――――――筈です
誤字に関しては、報告下されば幸いです


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万里の壁

 剣の戦いにおいて間合いは、特に重視される。

 間合いの内に居れば、斬れるし斬られる。外に居れば、その逆だ。

 特に、間合いを測るうえで指標となるのは、得物の長さ。

 踏み込みなども考慮せねばならないが、得物の長さはそのまま当人の間合いになりやすい。

 

 だが、それも達人と呼ばれる者達には関係が無い訳で。

 

「アイツ、見えない剣が見えてるって言うの……!?」

 

 凜が驚愕する先では、今まさにセイバーとアサシンの二人が己の魂を切り開くような、痛烈な斬撃戦の応酬を行っていた。

 彼女が言う様に、セイバーの得物には、透明化の風の鞘がかかっており目視は不可能となっている。

 でありながら、アサシンは確りと刃の軌道を見ながら相手の対処を行っているのだ。

 それだけではない。

 

「――――くっ、剣が……!」

「…………」

 

 斬撃戦の応酬と前述したが、その本質は少し違った。

 セイバーの斬撃は尽く、逸らされており彼女自身もまるで雲でも斬っているのではないかと錯覚するほどの手ごたえの無さを何度も味わっていた。

 というのも、二人の筋力には差があるのだがそれだけではない。

 彼女には、魔力放出というバフがあり。これによって小柄な体格でありながら正面からバーサーカーと斬り合えるだけの膂力を発揮できていた。

 それ即ち、アサシンでは正面から剣を受け続ければ先に倒れるのは彼になるという事。消耗の度合いが違うためだ。

 彼は、最初の激突で見た目不相応の馬力をセイバーが持ち合わせている事を確認していた。

 だからこそ、受け流しへと切り替えたのだ。

 西洋の諸刃の直剣と違い、日本刀には片刃に独特の反りがある。手首を柔らかく使う事によって切っ先を下げればそれだけで、相手の刃は刀身を滑って逸れていく。

 反撃も受け流しから流れる様な切り上げや振り落としであり、今のところセイバーは直感スキルを駆使して躱しているもののその鎧には何度となく、金属が擦れ合う音が響いていた。

 

「…………ッ!」

 

 仕切り直し。近距離での斬り合いでは分が悪いと、セイバーは後方へと跳んだ。アサシンも、その後を追うことなく、山門を空ける様子もない。

 

「貴方は、どうやら私の剣が見えているらしい」

「貴殿の構えを見れば、一目瞭然にございまする故」

「ほう……では、後学の為にその推理を聞かせてもらおうか?」

 

 互いが互いに距離を測りながら、言葉を投げ交わせる。

 

「貴殿は、西洋の剣術家にございましょう。その構え、長物であるならば振りの利点を潰し、片手斧ならば窮屈。弓であったならば、そもそも弦を加味し振るう向きは一定。何より、その両手の籠手。弓を引くに不向き。近接戦闘に置いて両手で剣を振るうため盾の代わりにございましょう。その他、貴殿は小柄にございまする。見た目に反した膂力の持ち主であることは確かにございまするが、五尺と一寸前後の体格であるならば、三尺前後の剣が両手で振るうならば適性でございましょう。更に、貴殿は中段に剣を構えるとき僅かに重心を後方へと駆けておりますな。刀身が長く、柄の短い剣を支える為であると考えましたが、如何にございましょうか」

 

 アサシンの分析。これも経験のなせる業。一応、直感的に剣の長さなどは感知していたのだが、その裏付けを与えるだけの眼力を彼は持ち合わせていた。

 見えない事など、問題足りえない。

そもそも、剣そのものは見えないが高密度の風が振るわれる度に動くため軌跡は分かりやすいのだ。

 ただ、彼の分析はセイバーの警戒心を上げる事には一役買っていた。

 

「…………」

 

 油断のならない相手。下段に構え、風を圧縮していく。

 この風こそ、彼女の魔術的要素の強い宝具の一つ、風王結界(インビジブル・エア)

 高圧縮された風の鞘であり、透明化する事によって間合いを悟らせないなどの、副次効果を得る事が出来る。もっとも、その用途は有名過ぎる彼女の剣を隠すために有るのだが。

 とはいえ、今注目すべきはそこではない。重要なのは、圧縮された風の塊であるという点だ。

 空気の屈折を起こさせるほどの高密度の風の塊。

 言うなれば、鉄箱の中に無理矢理中身を詰めまくって破裂寸前とでも言うべきか。

 そう、破裂だ。高圧縮した風を炸裂させれば、その爆発は瞬間的なブースターにも、相手を粉砕する一撃にもなりえるという事。

 

「――――ハァアアッ!!!!」

 

 風の開放による加速と、魔力放出による加速。この二つを合わせる事で、セイバーの体は砲弾の様に前へと飛び出していた。

 対するアサシン。霞の構えの様に刃を空に向けた形で刀を構え待ちの姿勢。

 激突まで、一秒。

 

「――――フッ」

「なっ!」

 

 下段に構えられたセイバーの見えざる剣は、正確に柄頭を蹴られ一瞬の硬直を許してしまっていた。

 何のことは無い。アサシンが剣を振られる前に足を突き出して止めただけの事。

 いつの間にか、構えは解かれており放たれた前蹴り。力で言えば、セイバーに分があるとはいえアサシンにとっては僅かな硬直でも十分すぎる隙であった。

 

「シッ!」

 

 上体のみ、右手一本で放たれた突き。狙いは顔面。碌な溜めこそ出来てはいないが、その柔肌を穿ち頬から脳梁へと貫く程度は出来るだろう。

 直感など使わずとも分かる、コンマ先の未来。セイバーは、後ろに倒れていた。

 位置が良い。アサシンは石段の上方で、セイバーは下方。倒れれば、体は重力に引かれて階下へと落ちていく。

 鼻先を掠める様な突きを眼前で躱し、再び二人の距離が空いた。先程と違うのは、セイバーの体勢が崩れている点か。

 様子見は終わっていた。

 

「…………」

 

 無言の跳躍。上段で構えたアサシンは、そのまま真っ直ぐにセイバーへと向かっていく――――だが、

 

「――――ッ!」

 

 瞬間、顔を上げた彼は構えを解くと飛来する複数本の矢を撃ち落しにかかっていた。

 向かい来る、六発の魔弾。

 一発目、叩き落しその反動で上へ。二発目、斬り上げ反動で上に行き過ぎるのを防ぐ。三発目、四発目、神速の二段振り落としによって払う。五発目、左手逆手に持って薙ぎ払う。六発目、左薙ぎ払いの反動のままに回転し、右順手に持ち替えて斬り払った。

 この間に、セイバーは体勢を立て直してしまったがアサシンには武芸十八般のスキルがある。戦う場が、足場のない空中であってもその技量が翳る事など無い。

 

「セェアッ!」

 

 未だ風の鞘に収まった剣での斬り上げ。防げなければ切り捨てられ、仮に防いでもその体は魔力放出の後押しも受けて再び空へと舞う事だろう。

 であるからこそ、

 

「…………」

「――――ッ、軽い…………!」

 

 受け流し。柄頭を地面に向けて頭から地面へと落ちていたアサシンは、互いの刃が触れ合った時点で横に回転する事で刃同士を滑らせて衝撃を空へと流していた。

 剣を振り上げた状態のセイバーと、姿勢悪く着地し間合いが近すぎて刀の振れないアサシン。

 普通ならば距離をとる。だが、武芸十八般は伊達ではない。

 

「ぐっ……!」

 

 セイバー、咄嗟の防御。その小柄な体格が吹き飛び森の木に叩きつけられる。

 彼女が先程までたっていた場所では、刀の柄頭より薄く白煙を昇らせたアサシンの姿があった。

 刀一振り。刃が鈍れば突き殺す。切っ先折れれば殴り殺す。刃が折れれば鞘と柄にてぶち殺す。

 その信念の元、彼の技術はあるのだから距離を詰め切ってもそう簡単に安心などさせるはずもなく、出来るはずもない。

 

「…………」

 

 無音の踏み込み。右手を左脇腹へと引き込んでからの突きは一直線にセイバーの胴を狙う。

 

「…………ッ!」

 

 幅広の刀身が、その危機を救った。火花を上げて、刀の切っ先は透明な壁に止められていたのだ。

 だが、これで終わりではない。アサシンは捩じれた体をそのままに後ろに引いていた左手を掌底に構える。

 放たれるは腰などの関節の回転を組み合わせた加速する掌底突き。その目指す先には刀の柄頭が。

 

「――――フッ!」

 

 刀を握っていた右手を放し、引手としながら左手を前へと突き出す。

 突進という全身運動に加えての、関節と震脚、引手によって発生する螺旋運動を余すことなく刀に伝える事によって成立する必殺の突き。

 セイバーが膨大な魔力の上で力を発するならば、アサシンは積み上げた研鑽の上でポテンシャル以上の力を引き出す。

 一瞬の間。

 

「カッ………ハッ!?」

 

 吹き飛ぶセイバーの体。木に叩きつけられ、一度跳ねる。

 この間に、アサシンの刀は衝撃によって宙を舞っており彼の手元にはない。

 しかし、彼にはそれが関係ないらしい。

 

「…………」

 

 その手に呼び出したのは、刀の鞘。鞘口付近を掴み、体の後方へと置き左手を前に。

 突進、からの突き。

 

「ッ、ハァッ!」

 

 だがそこはセイバー、辛うじて鞘を切り払う事でその突きを防いでいた。

 弾かれるアサシンの右腕。しかし、彼はそちらを一瞥する事も無く、突進の勢いを揺るがせる様子もない。

 狙うは、剣を振るったセイバーの腕。振った事により、体よりも前にあった右手首を鷲掴みにして鞘を捨てた右手が彼女の、胸倉を掴む。

 引き寄せられるセイバーの体と、アサシンの体。

 それぞれの前面と、背面がぶつかりその瞬間―――――――セイバーの視界は天地が逆転していた。

 

「カッ――――ッ!」

 

 息が詰まる。セイバーは背中から、石段途中にある踊り場に叩きつけられていたのだ。

 驚くべきは、鮮やかな一本背負い。そして、刀一本に固執しないアサシンの戦闘スタイル。

 更に追撃として、落ちてきた刀を左手で逆手に掴み倒れるセイバーの首めがけて振り下ろした。

 だが、その直前に風を開放したセイバーにより命には、一手届かない。硬質な音が響き、石畳の一部が砕けるのみだ。

 仕切り直し。かなり派手に吹き飛ばされていたセイバーであったが、見た目が派手なだけで再起不能のダメージは一つも負っていないのは、無意識のうちに致命傷に至る行動を阻害できていたからだろう

 

「ふむ、中々の強者。小生もここまで手札を切って仕留めきれなかったのは随分と久方ぶりにございまするな」

 

 それはこっちのセリフだ、とセイバーは内心で返していた。

 膂力、剣の重さなどは彼女が勝っている。速度に関しても特段差は無い。しかし、技量に大きな開きがあったのだ。

 技量が高ければ、効率のいい動き方も可能となり、効率のいい動き方という事はそのまま回転効率に直結し、次の手に移るまでが早まる。

 結果的に、直感で先読み出来ようとも体が後手に回らざるを得ない。

 

「…………ふぅ、貴方はさぞや名のある戦士なのでしょう。であるならば、」

 

 セイバーは、風の鞘を解いた。瞬間的に周囲の空気が爆発的に弾かれて、暴風が吹き荒れた。

 

「私も、全力を尽くしましょう」

 

 光り輝く刀身を持つ聖剣。これぞ、彼女が英霊として名を刻んだ証明。

 

「…………」

 

 無言で、アサシンは構えた。

 先程までの、風を纏った状態の剣を振るっていた彼女とは比べ物にもならない、覇気。剣そのものから貫禄の様なものが沸き立っているのでは無いのだろうかと、彼に錯覚させるほどの存在感。

 

 人の手ではなく、神造兵器として星より齎された“最強の幻想(ラスト・ファンタズム)

 約束された勝利の剣(エクスカリバー)。聖剣の頂点にして、最強の一角に数えられる一振り。

 伝説の降臨であった。



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不屈忠誠

 超圧縮された光は、物理的な破壊力を持って敵へと向かう。

 

「――――ッ」

 

 紙一重で半身になり躱したアサシンの真横を、縦に黄金の光が通過していく。翻った背中側の羽織の一部が斬り飛ばされた。

 振り下ろされた光剣は、石畳に当たる前に止まり、そのまま胴を払う横薙ぎへ。

 迫る死を、アサシンは背面跳びの要領で回避していた。

 

「シッ!」

 

 その状態からの蹴り。威力は乗らないが、そもそもガードさせることが前提であった。

 防がれる蹴り足を反動に、彼は大きく後ろに下がっていたのだ。

 聖剣の鞘が外れてから、戦局は五分にまで持ち込まれている。

 少なくとも、少し前までの勢いは今のアサシンには無い。押されてもいないが、先程までの突飛さを、奇をてらったかのような戦術は鳴りを潜めていた。

 だが、それはセイバーが攻めあぐねている事にも通じる。

 

「――――ッ」

 

 すべて防がれる。振れど、突けど、刀一振りで聖剣の進行方向は逸らされ、衣服こそ斬れどもその下に隠れる肉は、薄皮一枚切れていなかった。

 セイバーが聖剣を開放してから、アサシンはカウンター戦術へと切り替えていた。

 いなし、逸らし、躱し、流し、あらゆる防御手段を持って相手の力を直撃させない。仮に当たっても、被害は最小限以下に抑える事。

 王道である規律あり、正面からの戦闘にめっぽう強いセイバーの剣術が、通じない。

 場数や才覚以前の問題。

 セイバーは確かに最優のサーヴァントである。しかし、人生全てを剣のみに捧げてきたわけではない。

 そもそも、彼女の剣ですら剣の形状をしているとはいえ、その本質は超高密度の光を圧縮した光線を放つとんでも兵器。その一発は、容易に地形を変えてしまう。

 対するアサシンにそんな装備は無い。生前は、白兵戦のみで戦い抜き、万を優に超える敵を斬り続けてきた。

 斬って、斬って、斬って――――その果てがアサシンだ。故に、

 

「――――ぐっ…………!」

「遅いっ」

 

 一瞬の隙が、命とり。

 尽くを逸らされ続けたセイバーが、ほんの少しだけ振りが大振りになったその一瞬のうちに、彼女の細い首が万力によって絞められていたのだ。

 アサシンの左手。まるで食らいついた蛇のように放さないその腕は、指先をセイバーの首へと徐々に食い込ませていくように見えるほどの力が込められている。

 だが、窒息が狙いではない。

 元より殺すことが目的ならば、無駄に時間をかける事など不合理すぎる。

 右の刀が閃き、その切っ先が彼女の顔を――――

 

「ッ!?」

 

 瞬間、アサシンはその場を飛び退いていた。

 戦いの最中で磨かれた直感。飛び退いたアサシンは、山門を見上げる。

 

「ッ、キャスター殿!!」

 

 そして駆け出した。

 直後、キャスターの張った結界が揺れる

 

 

 

 

 

 

 

 

 あらゆる英雄の中でも、最強の名を冠する存在は複数存在している。

 十二の難行を踏破した、ヘラクレス。最強の竜殺しである、ジークフリート。最強の聖剣を有するアーサー王。一つの時代で最強と呼ばれた、呂奉先。影の国の門番であり神殺しをなした、スカサハ。

 軽く挙げてもこれ位。

 だが、その中でも取り分け英霊殺しな存在が居る。仮に呼び出し、制御できたならば一日で聖杯戦争を終えられるとも言われる程に強い。

 その者こそ、

 

「――――いい加減、見世物にも飽きたからな。この我手ずから、貴様ら雑種共に終わりをくれてやろうではないか」

 

 金の波紋を背に、柳洞寺の屋根の上に立った金髪の青年。

 彼こそ、最強の一角にしてこの聖杯戦争での最強のジョーカー。

 英雄王、ギルガメッシュその人である。

 彼の背後に浮かぶ黄金の波紋は、軽く十を超えており。その波紋より顔を覗かせるのは――――宝具たち。

 

「死ぬが良い」

 

 ギルガメッシュの振り上げた右手が下ろされると同時に、放たれる宝具の雨。

 その先には、結界を張り、防壁にしようとしているキャスターとそのマスターである葛木宗一郎が居た。

 突然の襲撃であったのだ。まさか、あっさりと神殿の内側に入ってくるなど彼女も考えておらず、何よりも英雄王等という大物が居る事にも気づいてはいなかった。

 何より、足止めしたアサシンを利用して、上手くいけばセイバーとアーチャーを落とせたであろう状況での襲撃。発動させた魔術による罠も、宝具の壁に阻まれ届いてはいなかった。

 迫る死の砲弾。少なくとも、如何に堅牢な結界であっても数発防げれば御の字であると言ったこの状況を、キャスターには覆す手段が無い。

 令呪を使えば、アサシンを呼べたはずなのだがそんな暇が無い程の速度で相手は攻撃しているのだから後の祭りである。

 だが、

 

「――――ッ!」

 

 結界が揺れる寸前に二人は横からの何かに抱えられてその場を離脱していた。

 玉砂利を押しのけて滑る音。

 

「――――参上仕りて、ございまする」

 

 ここ最近聞きなれた声に、キャスターは顔を上げた。

 

「アサシン…………!どうしてここに…………」

「嫌な予感に従い、やってきた次第にございます。そして、申し訳ございませぬ。門番の任を果たせず、推参いたしました」

 

 葛木とキャスターを小脇に抱えたアサシンは、申し訳なさそうな声色で、ギルガメッシュを睨み上げていた。

 彼にとっては、場所が悪い。

 寺、狙われる主、圧倒的な敵。彼が死んだときの状況に酷く酷似していた。

 英霊にとって、死因は明確な弱点だ。何故ならば、同じ手順を踏まれてしまえば運命として死の結果が訪れる為。

 例えば、頑強不死身な肉体を持つジークフリートは、唯一竜の血を浴びる事の出来なかった背中の一点が弱点となっており、守るどころか布で覆うことも出来ない。

 例えば、神性を持たねば傷つける事すら不可能なアキレウスは、唯一アキレス腱の身が弱点として穿たれてしまえば不死性を失ってしまう。

 このように、世界的に知られた大英雄であっても弱点を突かれてしまえばこの有様。

 普通ならば場所を変える。若しくは不利にならぬように、立ち回る。

 しかし、実直馬鹿真面目なアサシンは背中に守るべき主を背負った時、あらゆる不利をおして正々堂々前に立つ。

 例え、死ぬことになろうとも。

 

「貴殿、名を問わせていただきまする。何者か」

「雑種風情が、王たるこの我に問いを投げるのか?痴れ者が……貴様に名乗ったところで何の益がある?」

「確かに、貴殿には何の益もありませぬ。されど、これから死ぬ小生には重要な事にござります故」

「死ぬ、か。ふんっ、存外立場の分かった犬ではないか」

 

 うしろ向きなアサシンの言葉を、ギルガメッシュは鼻で嗤う。

 彼にしてみれば、自分よりも後の時代の人間など全てが雑種の犬畜生でしかない。

 それこそ例外的に、昼間に仕留めたギリシアの英雄などおも存在しているが、ほんの一握り。

 基本的に見下すことがデフォルトであった。

 

「興が乗ったぞ、アサシン。そこの雑種を捨て、我に忠を尽くすというのならその命、使い潰す程度はしてやろうではないか」

「お断りいたしまする」

「ほう――――貴様風情が我の勧誘を蹴る、か?」

「小生は、負けるから裏切る、等という下らぬことは致しませぬ。この仮初の今生、小生は小生を呼び寄せたキャスター殿の為に使い切りまする」

 

 愛刀を、霞に構えアサシンはギルガメッシュに相対する。

 圧倒的な不利。相手は遠距離の攻撃手段が豊富であり、逆にアサシンは距離を詰めねば傷一つつける事など出来はしない。

 故に、最初に行うのは接近。

 刀を下段に下ろし、前へ。彼の敏捷のステータスは、A。ランサーと同じ値であり、その加速は影すら真面に残すことが無い。

 

「フハハハハハ!せめて、散り際でこの我を興じさせよ、雑種!」

 

 対するギルガメッシュの攻撃は、自身の宝具【王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)】からの絨毯爆撃にも勝る宝具の集中豪雨。

 これこそ、彼が英雄の王たる証明の一つでもある。何せ、この宝具の中には数々の、宝具の原点が存在しているとされているのだから。

 これによって、相手の宝具の弱点を突ける。不撓不屈不死身の英雄にも優位に立てたのも、この宝具に起因するところが大きい。

 ただ、弱点を挙げるならば射出速度と接近を許してしまうと自身の技量で戦わねばならない点か。

 速度に関しては、撃ちだす宝具のランクにも変動するのかもしれないが低ランクであるならば、魔術使いが外部のバックアップを受けた状態で発動した固有結界内で憑依経験を読み取っているとはいえ未熟者に撃ち落される程のモノ。

 今のところ、ギルガメッシュはアサシンを舐めている。撃ちだす宝具も、Bランク止まりであり何発かはアサシンの手によって撃ち落されていた。

 一発でもその身に受ければ、受けた箇所が消し飛ぶ。

 今のアサシンは、宝具の雨という激流に漕ぎだした一艘の小舟。しかし、窮地であるからこそ彼の剣技はより一層の冴えを見せている。

 単純な左右上下の振りですら空を切り裂き、音を置き去りにする。それどころか宙返りやスライディングなど明らかに不安定な姿勢ですらその斬撃に揺らぎは無いのだ。

 宝具の射出を続けるギルガメッシュも、若干ながら目を細める。

 有象無象でしかない、敵とすらも認識するには到底足りない小さな存在であるが、その身に宿した技術は確かなもの。

 そんなもの(技術)を修める気には、到底ならない彼であるが王の中の王を自負するだけに見る目は確か。

 

「面白い。そら、追加だ雑種。貴様の足掻きを、もっと我に見せて見ろ!」

 

 瞬間、アサシンの視界が黄金に染まる。
















そろそろ、エタる可能性が出てきたので展開早めました


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その身の在り方

 舞い上がる粉塵と巻き起こる爆風。

 通常の英霊の宝具、その五倍の力を有するとされるギルガメッシュの放つ剣群は容易く柳洞寺の地形を粉砕していく。

 既に穴だらけの庭。

 

「――――――――ッ!」

 

 巻き起こっていた土煙を転がり出るようにして、アサシンは飛び出していた。

 頬には赤い線が刻まれて血が流れているものの、全身含めて大きな怪我は見受けられない。視界を埋める様な攻撃に、最小限の手傷で四肢を欠損することなく彼は乗り切ったのだ。

 

「ほう、少しは見せるか雑種。そら、もっと踊って見せろ」

 

 攻撃を回避されようとも、ギルガメッシュの余裕は健在。

 彼にしてみれば、放っている宝具は己の財の中でもありふれたモノばかり。何より、押している事には変わりが無いのだから焦る必要も無い。

 むしろ、余裕が無いのはアサシンの側だ。

 やはり、距離が問題。そして、立ち位置としてギルガメッシュは屋根の上に居り、アサシンは未だに庭より上に上がれていない。

 そもそも、高ランクの千里眼持ちに心理戦などやるだけ無駄だ。

 ギルガメッシュ自身は、好んで使う事は無いがその知性は怜悧にして明瞭。相手の行動を見て先読みする事など造作も無かった。

 その上で、アサシンは距離を詰めねばならないのだ。

 直線では、ダメだ。相手の宝具は、ほぼ無限に間断なく射出され続けている。突っ込めば、ハチの巣になってしまう。

 だからこそ、彼は弧を描く軌道で駆けていた。

 最高速度ではない。彼の敏捷は、A。あえて今は速度を落として様子を見ている。

 再三距離を詰めねばならないと述べたが、無策で突っ込んでどうなるかなど考えずとも分かる。ミンチか何かに変えられて、座に還されるのがオチだ。

 その上で、攻めあぐねる。守らなければならないという意識が、彼の足を引く。

 そう、キャスターとそのマスターだ。二人を守れなければ、そもそも彼にこの場でギルガメッシュと単体で戦う理由などありはしない。

 しかし、剣を取った。絶望的な戦力差など歯牙にもかけず、彼は唯一の武器を片手に戦場に立ったのだ。

 

「――――アサシンッ!!」

 

 戦場に響く、キャスターの声。

 

「令呪を持って命じます、この戦いに勝利しなさい!さらに令呪二画を貴方の為に!」

 

 彼女の手の甲に輝いていた令呪三角が消失する。

 同時に、アサシンの速度が跳ね上がった。

 変化は、彼のステータス。膨大な令呪の魔力と、キャスターの神殿に溜め込んだ魔力を注ぎ込むことで全てのパラーメーターをワンランク、最低でも持ち上げたのだ。

 これによって、彼の敏捷はA+。最速の英霊にも至る敏捷性を、この一回きりに獲得したことになる。筋力、耐久も上がり、より生前に近づいた。

 消えるようにして剣群を躱し、アサシンは遂に屋根へと到達する。

 

「我と同じ舞台に立つか、アサシン」

 

 寺特有の大きな屋根だ。独特の傾斜があり、未だにギルガメッシュが上に立っている。同時に、先程の地面よりも脆い足場は、容易く彼の剣群掃射で瓦礫へと変わる事だろう。

 勝負は――――一歩の距離。そこまで詰めれば、アサシンの勝ちだ。

 

「――――参ります」

 

 筋力と耐久へのバフは、大きい。これによって、今のアサシンは直進策を採れるようになった。

 両の手で刀の柄を握り、真正面から突っ込んでくる宝具の弾幕を叩き落す。

 

「令呪のバックアップか。成る程、貴様の技量ならば後は足りなかったのはその身の力。故に、キャスターは貴様の強化に令呪の全てを回したか。――――良いだろう。貴様の忠義を見せて見ろ、アサシン!!」

 

 口角を上げ、ギルガメッシュは更に黄金の波紋を増やしていく。その中には、Aランク相当の宝具も混じっており、一撃弾く度にアサシンの両手を痺れさせていた。

 それでも、屋根が何十メートルもあるわけではない。着実に、アサシンとギルガメッシュの距離は詰められており、強化された敏捷の副次効果で上がった脚力により、間もなく一歩圏内に、

 

「――――ッ!」

 

 入れない。

 あと一歩。そして次の一歩で魔剣を発動できたのだが、その直前に鎖が軋む音が響いた為だ。

 反射的に、その場を跳んだアサシンに数瞬遅れて無数の鎖が襲い掛かって来ていた。

 空中では身動きが取れない。

 

「ぐっ――――ッ!」

 

 アサシンは、素早く向かってくる鎖の先端へと刀をぶつけその反動で空中を移動していく。

 正に変態機動とも言うべき動きだが、当の本人は至極真面目だ。

 その証明とでもいう様に、彼の体は着実にギルガメッシュへと迫っている。しかし、それがいけなかった。

 

「――――この我に技量のみで食らいつくか、雑種」

 

 黄金の波紋が彼の手元近くに現れ、そこから顔を出すのは――――――――一つの鍵。

 

「光栄に思うが良い。貴様の忠義を示す絶好の機会だぞ、アサシン」

 

 愉悦に顔を歪ませ、ギルガメッシュは鍵を握り捻った。

 世界が収束していき、現れたるはこの世の宝具の中でも頂点の一つにして神造兵器である【約束された勝利の剣(エクスカリバー)】をも超える究極の剣。

 【乖離剣 エア】。究極の無銘の剣であり、その一撃は世界をも切り裂く。

 

「あの剣は――――ッ!」

 

 アサシンに、それに該当する知識は無い。しかし、本能で悟った。

 アレは不味い、と。

 向かってきた鎖の一つを弾き、その反射で彼が向かったのは――――キャスターの元であった。

 穴だらけの地面を滑り二人の前に立つと、切っ先を下に刀を地面に突き立てる。

 

「――――我が身を礎として、貴殿の道を塞ぎ奉らん」

 

 左手を右肘に添え、腰を落とし祝詞を紡ぐ。

 鳴り響く地響き。魔力が走り、アサシンの全身から放出されていく。

 

「小細工だ!目覚めろ、エアよ!仰ぎ見よ――――【天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)】!!!!」

 

 三つの円筒が回転し、巻き込んだ風が圧縮されせめぎ合う事で発動される最強の一撃。

 対するアサシンが振るうのは、彼自身の宝具に他ならない。

 

「主に刃は届かせませぬ――――【砦、守護する者(道、阻みし者)】!!!!」

 

 それは彼の持つ最大の守りにして、忠誠の証がそのままに形となった宝具。

 現れるは、巨大な城門。見上げるほどの大きさであり、固く閉ざされたソレは外界からの接触を拒む実直さを表しており、門に接続されるのはこちらも巨大な白塗りの壁。

 彼が守護してきた、“砦”という概念そのものを呼び出すこの宝具。

 本来ならばこの中に敵を誘い込んでアサシンの手で殺すのが基本となるのだが、今回はまた別の用途としてこの場に召喚された。

 砦とは、外敵からの守りだ。外部からの脅威をシャットアウトし内側を守る事こそが、働きであり、概念であった。

 断絶の風と、鉄壁の守り。

 ランクで表せばEXと、バフ込みでA+++。

 果たして――――――――世界が弾けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界が軋むかのような衝撃は、当然ながら寺の外で様子をうかがっていた者達にも届いていた。

 彼らがアサシンを支援しなかったのは、単純に彼とは未だ敵対しており、突如現れたギルガメッシュとの戦闘にも割って入れなかった為。

 士郎がマスターを務めるセイバーは、ハッキリ言って弱体化していると言ってもいい。そして、凜がマスターを務めるアーチャーはトリッキーな戦いで格上にも勝ちを修められるが、如何せんステータスが低い。

 神話の決戦に思える様な光景が目の前で繰り広げられ、そこに突っ込むには勇気がいる。

 

「どっちも化物じゃない…………!」

 

 呼び寄せたアーチャーに庇われながら、爆風を耐える凜はその光景を信じられないものとして見るしかない。

 アサシンの砦もすさまじかった。守りという言葉をそのままに、形にしたような荘厳さを感じさせるような代物であったから。

 だが、それ以上にギルガメッシュの一撃はあり得ない。

 正に、評価規格外の名に相応しい破壊力を誇っており、柳洞寺周辺の地形が更地になっていない事が最早、彼の手加減を表しているのではないかと思われそうな程であった。

 

「――――貴様といい、ヘラクレスといい。我の持たぬ宝具を持つか」

 

 エアを収めたギルガメッシュは、未だに粉塵の上がる庭を見つめ、目を細めた。

 彼の財宝には、過去、現在、未来にかけて様々な代物が収められている。だが、それでも全てではない。

 神造兵器である【約束された勝利の剣(エクスカリバー)】や、逸話を宝具としたものなど該当しており、目の前で起きた事は正にそれ。

 粉塵が風によって去れば、そこに残るのは――――不自然に抉れ、割断された地面と無傷のキャスターと葛木の姿。

 そして、二人の前に膝をつき、刀を支えに辛うじてその場に残るアサシンの姿であった。

 

「――――――――ごふっ!…………っ!」

 

 あふれる鮮血。堪える事すら出来ず、アサシンの口から吐き出され、彼の体は左手が地面につき右手が鍔に引っかかることで辛うじて支えられている状態。紋付袴は、裾が解れ最早上着は襤褸切れの塊のような有様であった。

 まさしく、満身創痍。それでも彼は、耐えきった。少なくとも、主を守り切った。

 

「フッ……フハハハハハッ!良いぞ、実に良い。あの男と同じように、貴様もまた、余分なものを背負って果てるというか。それも良かろう。この我にエアを抜かせ、それでも原型を保つその忠義は褒めてやろうではないか」

「っ…………!」

「良い目だ。ボロ雑巾の様に無様を晒しながらも、我に楯突く気概がまだあるか」

「当然に……ございまする……」

 

 高々と嗤うギルガメッシュに対して、アサシンは襤褸となった羽織を脱ぎ捨て袴と着物のみの姿となり立ち上がる。

 一挙手一投足に血が溢れる。治癒の魔術が働いているものの、穴の開いてしまった神殿では焼け石に水の様な治癒しか働いてはくれない。

 だが、まだ令呪は働いている。であるならば、忠誠の徒として果たさねばならない事がある。

 

「小生は、貴殿に勝つ。この身全てを懸けて」

「――――フッ、ならば楽に死ねるとは思っていまい」

 

 震える体に鞭を打ち、それでも構えたアサシンに、無情にも黄金の波紋はこれまで以上の規模を持って彼を狙う。

 そして、

 

「――――――――【熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)】!」

 

 七枚の花弁が花開く。 



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終極

 花開く。目の前に開いた七枚の花弁を、霞む視界で確認しアサシンはほんの少しだけ体の力を脱く事が出来た。

 脱力は、あらゆる場面で重要視される要素の一つにして次の一手につなげる為に必要になる要素ではあるのだが、如何せん体が傷つくと自然と肉体は強張っていく。いまのアサシンはまさにそれだった。

 

「――――ッ、雑種、いや、贋作者(フェイカー)風情が舞台に上がるか…………!」

 

 宝具の斉射を防がれてしまったギルガメッシュは、怒気をその全身から立ち上らせ盾の持ち主である紅い弓兵へと鋭い目を向けた。

 とはいえ、怒気を向けられた側のアーチャーの反応は柳に風、豆腐に鎹。皮肉気に肩を竦めてみせる。

 

「機嫌を損ねたようだな、英雄王。だが、私としてもこれは不本意ではあるのだがね。アサシンがこのまま無為に倒れてしまえば、次に貴様を相手にするのは、私達という事になる。であるならば、少しでも消耗がある方が勝算につながるとは思わないかね?」

「ほざくな、贋作者風情が……!貴様の頭蓋、一片たりとも残しはせんぞ!!」

 

 ギルガメッシュは、一騎打ちに拘る様なタイプではない。しかし、その実傲慢不遜であり慢心が服着て歩いているような彼は、一度認めた相手であれば全力を持って叩き潰す事もある様な男だ。

 そして、彼の目にアサシンは留まった。

 圧倒的な技量。唯一の武装を振るい、幾百幾千もの宝具の斉射をたった一人で切り抜ける度量。そして、主の為ならば、文字通り死地に向かい、一片たりとも鈍ることなく前進してくること。

 ある種“王に向かってくる”存在としての完成形。相手がいかな身分、力を有していようとも己の主の為に牙を剥く忠誠心。

 仕留める気でもあったギルガメッシュだが、その内心ではアサシンが更なる技を見せてくれるのではと期待している面もあった。事実、アサシンは倒れなかっただろう。倒れるはずが無いのだから。

 そこに水を差された。元より、精神的に自己中の権化のような男だ。相手が、自身の宝物を真似るという事実すらも嗅ぎ取ってしまえば我慢ならない。

 

「――――そこをお退きくださいませ、アーチャー殿」

 

 あと一歩で、ギルガメッシュが噴火する――――その瞬間に静かな声が響いた。

 

「小生の相手にございまする。貴殿らに、手を借りるいわれは――――ありませぬ」

 

 既に満身創痍でありながら、アサシンは己の足でアーチャーよりも前に出た。

 手に持った刀の柄には血が染み込み、吸いきれなかった残りが刃を伝って地面を濡らす。

 

「君は、自殺志願者かあるいは、他人の為に燃え尽きる事を良しとする偽善者なのかね?そんなものを戦場に持ち込んでどうする。無駄なだけだ」

「無駄…………ええ、確かに無駄な事にございましょう――――――――ですが、小生というこの矮小な身を作る礎は、この無駄な事に端を発するのでございまする」

 

 アーチャーの皮肉に、アサシンは振り返らない。

 

「あの方にお仕えし、この身が果てるその瞬間にまで小生はお供する事をお許しいただけました。心残りは、最後の言葉に小生自身が明確な返事を返せなかった事。故に、こうして聖杯戦争に呼んでいただけるマスター殿は、小生にとっては恩人にございまする」

 

 刀を構え、半歩引いて半身を引く。

 

「それだけで、小生にとっては十分、この身、この仮初の命、魂を懸けても報えるかも分からぬ恩に他なりませぬ。故に、小生の戦う理由などそれだけで十分。マスター殿が聖杯を所望するならば、この刃を持って障害を尽く切り倒して御覧に入れまする」

「ッ…………」

 

 アーチャーにとって、その背はあまりにも眩しい。

 夢を追い続け、しかし現実に打ちのめされて、やがては自身が追いかけたモノすらも間違いではなかったのかと思えてしまう程に記憶も摩耗してしまった彼にとって、死んでなおもたった一人を求めて忠義の旗を掲げ続けるその姿を直視できなかった。

 だが、一つハッキリしているのはここから先、第三者が介入して良い状況ではないという事。

 故に、

 

「…………アサシン。君への謝辞だ。一つ君の言う事を聞こうじゃないか」

「では、キャスター殿並びにそのマスターである宗一郎殿の助命を頼みまする」

「即答か。君は、私が嘘を吐くとは思わないのかね?」

「嘘であるならば――――」

 

 そこで言葉を切ったアサシンは首だけで流し見るように振り返る。

 

「――――貴様らの首を刎ね飛ばしてやる。この身が消え去るその瞬間まで、確実に塵殺しだ」

 

 敬語も外れ、純粋過ぎる殺気をぶちまけたドスの利いた言葉は例え英霊であってもその背に冷たいものを走らせるに十分すぎるものであった。

 しかもそれが、セイバーや士郎、凜にも向けられているのだから徹底している。

 

「お待たせいたしました」

「フンッ、貴様一人かアサシン」

「勿論にございまする。貴殿と事を構えたのは、小生のみ。彼らとの同盟関係はございませぬので」

「そうか……面白い、自らの勝ちの芽を摘むか。それもまた、良しとしようではないか。だがな――――」

 

 ギルガメッシュは、目を細める。

 

「貴様、あれほどの殺気を放てるのならば我にも向けてこい。貴様のソレは、武器足りえる。全てをさらけ出して踊れ。我を飽きさせるな」

「…………」

 

 傲岸不遜なギルガメッシュではあるが、アサシンも思う所があったのか黙り込むと次の瞬間には全身から膨大な殺気を放ち始める。

 ただ、殺すことにのみ終始する、彼の最終形態とでも言うべきか。

 

「………っ」

 

 一瞬の間を置いて、アサシンは前へと飛び出した。

 正面から突っ込む、無謀な特攻。案の定、ギルガメシュの宝具が彼へと降り注いでくる。

 だが、

 

「…………!やるではないか、アサシン!」

 

 機嫌良く、ギルガメッシュが叫ぶ。

 何が起きたのか。それは、殺気によるフェイントの応用であった。

 というのも、宝具の斉射が彼の影法師を突き抜けて地面へと突き刺さり、その後から爆風を抜けるようにして本物のアサシンが飛び出してきたのだ。

 殺気と歩法によって気配を誤認させ、結果として相手に幻覚を押し付ける。

 

「この我に幻を見せる殺気。そして、その技量!貴様は、この我が治めるに値する民として認めてやろうではないか!」

「小生の主は、あの方のみ。貴殿の誘いには乗れませぬな!」

 

 死兵と化したアサシンは、この戦闘が始まって最も素早い接近を果たしていた。

 既に屋根の上に足をかけており、直進するのみ。体からは血が溢れ続けていたが、それすらもう流れる気配もない。

 ただ一歩の距離に詰め切れればそれで良いのだ。そうすれば、勝てる。

 その一心でアサシンは歩を進め、宝具を捌き、遂にその足は禁断の一線を乗り越えた。

 魔力が昂る。刀に宿った宿業に従い発動されるは、一撃必殺の対人魔剣。

 

「――――貴殿の首を献上いたす」

 

 両手で柄を握り、脇構えになるとより強く前へと踏み込んだ。

 

「――――【首狩り一文字(絶対先制)】!」

 

 必殺の一撃。因果逆転の槍よりも更に早く、相手の首を刎ね飛ばす事にのみ特化しているこれを防ぐ手立てなどまず、存在しない。

 普通ならば。

 

「――――成る程、それもまた貴様の逸話を昇華した技という事だな、アサシン」

「なっ…………」

 

 止められた。硬質な電光を纏う複数枚の円盤の盾。

 それら全てが真っ二つになり機能停止しているのだが、確かにアサシンの魔剣は止められていたのだ。

 

「我が自動防御用のこいつを発動せねばならぬほどの一撃だ。何より、立った一振りで全てを破壊するそれは実に見事。褒めて遣わす。だが、」

「くっ…………!」

 

 魔剣を止められ、一瞬思考に空白が出来たアサシンであるが、すぐさま再起動し右手で刀を振るう。

 しかし、

 

「――――あっ」

 

 誰が漏らした言葉か、鮮血が舞った。

 黄金の波紋が揺らいでおり、宙を舞うのは銀の月。

 

「貴様に、勝利はあり得んな、アサシンよ」

 

 二つ目の波紋。無防備なアサシンの左肩付近を抉り飛ばす。

 両腕を失ったアサシン。それでも、彼はその首に食らいつかんと大口を開けて前へと踏み出し、

 

「――――――――がほっ……………………」

 

 その胴体、胸部に大きな風穴が空けられる。

 仰向けに倒れていく体。顔が空へと仰け反り、重力に引かれて後方へ。

 最初に着ものが光の粒子となって消え始め、同時に手足が薄くなっていく。

 

(……………ま…………………だ…………)

 

 掠れて光の消えた視界の先に、銀を見た。

 それは真っ直ぐにアサシンへと回転しながら落ちてくる。

 ギルガメッシュの意識は、既に消えかけているアサシンには向けられていない。彼にしてみれば、残るのは気に入らない贋作者と、十年前から執着するセイバー、そしてキャスターと各サーヴァントのマスターのみ。

 取るに足らない相手でしかない。纏めて相手取っても、彼ならば余裕の勝利を収める事が出来る。

 そして、ギルガメッシュは千里眼を使ってはいなかった。更に、彼は生粋の王ではあるが、戦士ではない。故に見逃した。

 

「――――む?何だと!?」

 

 焦った彼の声。異音が耳を掠めたために振り返ったその先に、

 

「ぅううううッッ!!!!」

 

 口で刀の刃を噛んで振りかぶったアサシンの姿がそこにはあった。

 接近は十分、自動防御宝具も先程の一撃で破壊された。王の財宝より、宝具を射出する暇も取り出す暇もない。

 

「――――――――見事だ」

 

 ギルガメッシュは確かに見た。力の差すらも踏み越える、忠誠心。そしてそれを果たすのだという圧倒的なまでの執念を。

 赤が舞う。

 袈裟斬りに切り裂かれたギルガメッシュと、倒れていく彼の先で屋根へと俯せに転がったアサシンの両名。

 

「ゴホッ………………よもや、この我が読み違えるとは……………………」

 

 口から血を吐いたギルガメッシュは目だけで己の先に倒れたアサシンを見る。

 既に、彼は事切れていた。少なくとも、胸の霊核を完全に破壊した時点で彼自身のダメージ許容量を遥かに超えた傷を受けており死んでいた筈であった。

 そんな彼を動かしたのは、彼自身の思いもあったがそれ以上に、キャスターが使った令呪が未だに利いていたというのもある。

 彼女は命じた、この戦いに勝利しろ、と。

 だからこそ、令呪は彼を動かした。たった一つの命令を遂行するために。

 

「………フンッ、業腹だが………………勝ち取ったのは、アサシンだ……………………その、主である貴様にこれを……………くれてやる」

 

 事切れる寸前、ギルガメッシュはキャスターへとある物を送り込んだ。

 それは、

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――では、行ってくる」

「ええ、行ってらっしゃいませ。そ………旦那様。今日は、遅くなりますか?」

「いや、大丈夫だ。お前も身重だ。体を大事にしろ」

「ふふっ、ありがとうございます」

 

 柳洞寺の山門で一組の男女が朝のやり取りをする。

 お腹の大きくなった女性は、愛おしそうに新たな命が宿るそんな場所を撫で、無表情が常であった男性はほんの僅かだけ口角を上げて笑えるようになった。

 新たに宿った命は、男の子。二人は、既にどんな名前にするか決めている。

 

 その名前は――――――――
















長々と拙作にお付き合いいただきありがとうございました。
ええ、まあ無理矢理感は否めませんがお終いです。
生き残ったサーヴァントたちがどうなったかは、皆様のご想像にお任せしますという訳で

次作という訳ではありませんが、もしも書くならばApocryphaかFGOですかね
どちらもセイバーではなく、アサシン枠になるとは思いますけれども

えーでは、長々と続けるのもあれですのでこれにてお終い
読んでくださった方々に感謝を


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大戦へ 完結
召喚


お試しです

ジャックちゃんや玲霞さんは出ません








 魔術師、相良彪馬は二流である。

 日本の呪術と西洋の魔術がごっちゃとなり、代償(生贄)を利用する魔術系統であり、人柱などで等価交換の様に建造物などの安全を確立するという、一般人からすれば外道の権化のような魔術刻印を受け継ぐものであった。

 だが、魔術師としては諜報、潜伏、暗示等の地味な物ばかりで、他の魔術師からは“ネズミ”呼ばわりを受ける等、軽い扱いを受け続けてきた。

 それが彼には耐えられない。

 魔術師という人種は、基本的に自己中心的で、己の目的を果たす為ならば手段を選ばず、如何なる犠牲も平気で強いる様な者なのだ。

 そんな人種が、軽い扱いを受ける。それだけでも酷いストレスとなり、同時にストレスは人間性を歪めることにしかならない。

 

 だが、彪馬はチャンスを得た。それこそ、手の甲に宿った三画の令呪。

 聖杯戦争への参加権にして、サーヴァントを従える為の命令権を有した無色の膨大な魔力の塊。

 今回行われる聖杯大戦(・・・・)においては、彼は“黒”の側としてサーヴァントを呼ぶ手筈となっていた。

 クラスはアサシン。魔術師であるマスターの天敵であり、気配遮断を使いこなせばマスターを全滅させることも出来る。

 だが、問題もある。

 冬木から奪われた聖杯の術式がバラまかれた結果、世界各地で小規模な聖杯戦争が起きていたのだが、その結果アサシンのクラスに呼ばれるハサン・サッバーハの全員が呼ばれてしまい、その対策が確立されてしまったのだ。

 誰が呼ばれようとも、対策されてしまえばアサシンは力を発揮することなく脱落してしまう。

 そこで、彪真は新たなサーヴァントに目を付けた。

 霧のロンドンを恐怖の底へと突き落とした殺人鬼、ジャック・ザ・リッパー。

 神秘こそ薄いが、その知名度は世界的だ。知名度補正というものが存在するサーヴァントにとって、それはアドバンテージにもなりディスアドバンテージにもなる。

 とにかく、彼はそんな存在を呼び出すべく、召喚のための触媒と状況を作り上げ――――――――しかし、その手をハタと止めた。

 それは、単純な疑問。というよりも、長年の諜報関連に携わってきた故に育まれた直感とでも言うべき第六感による警鐘。

 即ち、殺人鬼を自分の手駒で飼いならせるのかという点。

 魔術師としてのプライドはあるが、彼自身はクソ雑魚ナメクジの戦闘力しか持ち合わせていない。少なくとも一般人でも格闘技を修めている相手には負けかねない。

 そんな思考に至った。至ったが、かといって令呪が発現してしまった手前、逃げだすことも不可能。

 更に、触媒を集めて後は、ロンドンで呼べれば良かったのだが、そこは敵のお膝元だ。呼んだ直後に即脱落など笑い話にもならない。

 そして、有る手段に出る。

 

――――日本人鯖呼べばいいじゃない、と。

 

 日本の忍者は、当然アサシン枠だ。大戦の行われるルーマニアでは、知名度など微々たるものだが、仕事が熟せるならば問題無く。何より、外国人である他マスターが知らなければアドバンテージにもなる。

 それだけではない。日本人のサーヴァントは勝利に手段を選ばない場合も多い。

 真剣勝負を望むが、その勝敗の付け方には拘らない。勝てば官軍負ければ賊軍とはよく言ったものである。

 とにかく、日本人サーヴァントを呼ぶ。そう決意した彪馬の行動は早かった。

 文献をひっくり返し、アサシンの適性があり、尚且つ顎で使える様なそんな相手を探した。

 そして、見つける。

 

 場所は愛知県名古屋市。名塚砦跡。

 生贄の血液と、触媒となる無銘の刀を金と銀の溶液によって描かれた魔法陣に備えて令呪を向ける。

 

「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公

 祖には我が大師■■■■■■■

 手向ける色は“黒”

 降り立つ風には壁を。四方の門を閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ

 閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)

 繰り返すつどに五度

 ただ、満たされる刻を破却する

 ――――――――告げる

 汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に

 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ

 誓いをここに

 我は常世総ての善と成る者

 我は常世総ての悪を敷く者

 汝は三大の言霊を纏う七天、

 抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――――――――!」

 

 猛る魔力が魔法陣の中心に渦を巻き、形を成す。

 現れるのは、壮年の若い男。

 黒髪を後頭部で纏めた、黒の紋付袴姿であり、その顔には真面目を形にして張り付けた様な無表情が形を成していた。

 

「サーヴァント、アサシン。召喚に応じ、参上いたしました。何なりと御命じくださいませ」

 

 彪馬の前で膝をついた男、アサシンは深々と頭を下げた。

 

「お前は、佐久間盛重なんだろ?」

「然様にございまする、マスター殿」

「なら、直ぐにでも日本を発つぞ。霊体化してついてこい」

「御意」

 

 空間へと溶けるように消えたアサシンを見送り、彪馬は証拠の隠滅を行っていく。

 狙いのサーヴァントは引けた。実力のほどはハッキリとしないが、少なくとも自身に牙を剥くタイプには見えない。

 であるならば、今は早急に日本を出て、ルーマニアへと向かわねばならない。元々彼は戦闘向きの魔術師ではないのだ。正面から時計塔の刺客に抗えるとは到底考えていなかった。

 幸いにも、移動にはユグドミレニアの息がかかった者たちが間に入る為、危険はそこまでない。

 兎にも角にも、こうして“黒”のアサシン主従の聖杯大戦は幕を開ける。

 彼らの先に待つのは、勝利か敗北か。

 それは神のみぞ知る。
















書いて思うコレジャナイ感。
しかし、文才の無い私にはこれが限界です


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忠臣

 アサシンにとって、自身を呼び出したマスターというのは、忠誠を尽くす相手でありそれ以上でも以下でもなく与えられた仕事を熟すことによって返していく。

 だが、

 

「――――こんな所かな。僕の安全の為に死んでくれるよね」

 

 ここまでの外道に尽くすというのは、少し眉を顰めるというもの。

 彼のマスターである、相良彪馬は見た目だけならば軽薄そうな優男にしか見えない。

 少なくとも、初対面で警戒心を抱かせることも少なく、人懐っこい仮面を被って誰かにすり寄る事も得意としている為、より一層得意とする魔術も生かせる。

 そんな彼が今やっているのは、暗示をかけた空港職員を誘導し飛行機の安全の為に代償(生贄)を捧げたところだ。

 既に代償となった職員だったものは、チリと消えておりユグドミレニアの息がかかった者たちにより隠蔽も終えてしまっている。

 慣れた手つきだ。少なくとも、霊体化したアサシンにはそう見えた。

 かといって、彼が何かを咎める様な進言をすることは無い。手段は違えども多くの命を奪ってきた事には変わりがないからだ。

 有名な言葉に『一人殺せば殺人犯、十人殺せば殺人鬼。しかし、百人千人と殺せば英雄』というものがある。

 マスターの安全が確保されるならば、とアサシンは目を逸らした。

 

 空の旅は、実に快適。小型機ではあるが、贅の限りを尽くしたかのような内装にはかなりの金がかかっている事が確認でき、一般人ならば座りの悪さを覚える趣味の悪さがあった。

 

「ねえ、アサシン。君って、どんな願いがあって聖杯戦争に臨んでいるんだい?」

 

 備え付けてあったグラスに、これまた備え付けのワインを注ぎゆっくりと仰ぐ彪馬は虚空へと問いを投げかけた。

 単なる暇つぶしだ。既にサーヴァントは呼べた。その時点で彼は、ユグドミレニアにとって無視できない重要人物の一人となる。

 元々虐げられる側であった、彼にとってそれは毒にも等しい甘露に他ならない。

 悪く言えば、増長していた。

 それに気が付かないアサシンではなかったが、主は主。元より、彼の生前の主も調子に乗るときは、乗り過ぎなほどに乗っていたこともあった。

 要するに、こちらも悪い意味で調子に乗る主に慣れていたのだ。

 不幸なのは、彼の過去の主は調子に乗れるだけの技量と、それら全てをフェイクに裏をかけるだけの強かさ持ち合わせた強者であったという点。

 

「…………小生に、聖杯にかける願いはありませぬ」

「へえ……それは何でだい?」

「小生の目的は、生前に果たせなかった主への返答にございまする。聖杯戦争に参加できたならば、戦地にて再会する事もございましょう。故に、召喚にも応じている次第にございまする」

「それって、信長の事?因みに、何を言うのさ」

「お答えできかねまする」

「はあ?なんで?」

「あくまでも、小生の個人的な事でございまする故。どうしてもとおっしゃいますならば、令呪を一画頂戴いたしましょう」

「……………………チッ、別に良いよ。そんな事に、令呪使えるわけないだろ」

 

 下がれ、と彪馬は手を振ってアサシンを霊体化させる。

 その内心は表情に苦いものを走らせるには、十分すぎるというもの。

 正面戦闘も熟せて、尚且つ裏切らないアサシン。そう考えて選んだサーヴァントであるが、一から十まで妄信的ではない。それが知れただけ十分だ、と彼は無理矢理に思考を打ち切った。

 対する、アサシンはと言うと霊体化したままジッと現マスターの観察を続ける。

 従う事にも、戦う事にも、否は無い。むしろ、戦う事しか能が無いと本人が思っているのだから刃を振るわない事にも問題がある。

 ならば、別の問題として。

 この主は、アサシンが刃を振るうに足る存在なのか、否か。

 端的に言って、相良彪馬は小物だ。少なくとも、アサシンの生前の主と比べれば、天と地、月と鼈程の差がある。

 それでも、彼は付き従うだろう。その命令を果たすだけだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヨーロッパ南東に位置する国、ルーマニア。

 山脈に囲まれた平原、トランシルヴァニア。ブルガリアに接する、ワラキア。モルドバに接する、モルダヴィア。黒海に面する、ドブロジャ。以上四つの地方によって分けられている。

 この国に置いて有名な英雄といえば、ヴラド・ツェペシュだろうか。

 別な異名としては、串刺し公。もしくは、ドラキュラ公か。

 

「――――お前が、“黒”最後の一騎かアサシンよ」

「然様にございまする。小生こそが、“黒”のアサシン。人斬り包丁を振るう他には、能の無い男にはございまするが、死力を尽くさせていただきまする」

 

 トランシルヴァニア地方に存在するトゥリファス最古ににして巨大建造物、ミレニア城塞。

 あらゆる魔術礼装のみならず、防衛の術が施されておりサーヴァントですら落とすのも一苦労という鉄壁の要塞。

 その一室にて、“黒”に属する者達の顔合わせが行われていた。

 玉座に座るは、“黒”のランサー。傍らには、彼のマスターでありランサーを領主(ロード)と呼んで臣下の礼をとるダーニック・プレストーン・ユグドミレニア。

 左右一段下がって固めるのが、“黒”のセイバーとそのマスター、ゴルド・ムジーク・ユグドミレニアと、“黒”のアーチャーとそのマスター、フィオレ・フォルヴェッジ・ユグドミレニア。

 その他、部屋の中に散らばるようにして各々集まっているのだが、等しくその目は“黒”のアサシンと彼のマスターである彪馬の元へと向けられていた。

 好意的なものもあれば、興味本位のもの、無関心なもの、見下す様なもの等々様々。

 一つ言うなら、アサシンの容姿は奇抜な鎧などに身を包んだサーヴァント含めても一人だけ和装という事で浮いていた。

 その一つ、ゴルドは見下すように彪馬とアサシンを見やっていた。

 

「フンッ、極東の侍とでもいう奴か。相良、お前はジャック・ザ・リッパーを呼ぶのではなかったのか?」

「こっちにも事情があったんですよ、ゴルドさん。それに、アサシンも日本じゃ腕利きの一人さ。知名度補正が無くても十分に活躍してくれるんじゃないかな」

「辺鄙な島国で名を馳せようとも、こちらでは名無しも同然だな。やはり、二流か」

 

 散々な物言いだ。だが、周りが止める様子はない。

 一つは、彼自身がこのような人間だと知られているから。

 もう一つは、アサシン自身が日本でもマイナーな武将でしかなく、当然ながら外国人が知っている訳が無いからだ。知らなければ、実力が高いといえども口から出まかせにしか聞こえない。

 だが、それ以上に彪馬が聞き捨てならないのがゴルドの二流発言。

 事実ではある、何せ、ゴルドは魔力パスの分割などの功績を残しておりホムンクルスを大量生産及び、サーヴァントを暴れさせるための魔力タンクとする役目を担っている。

 同じマスターであるが、アサシンと三騎士の一角であるセイバーを呼んだ彼では、その点でも重要度が違う。

 

「…………」

 

 言い返すことは出来ない。ただし、彼のプライドはズタズタだった。

 何より、

 

「…………」

 

 傍らで、端然と佇むアサシンが気に入らない。

 彼にしてみれば、ゴルドの口の悪さなど右から左に聞き流している。ランサーからの圧倒的な覇気は、真正面から受けても冷や汗は愚か、内心で焦る事すらあり得ない。

 

(ほう、単なるアサシンではない、か…………)

 

 ランサーは内心で、アサシンへの評価を上げる。

 無論、威圧に怯む様な英霊は彼自身もサーヴァントとして認めようとは思わないのだろうが。その中でも、威圧とも言えるほどの圧力を涼しい顔で受けとめる目の前の、極東の英雄は傑物だと彼は感じていた。

 気になるとすれば、彼からは一切の臣下としての気が感じられない点。

 この場に置いて、マスターもサーヴァントも等しく彼を“黒”の王として一定の敬意を払って対応していた。

 

「一つ聞こう、アサシン。汝の主は、余を上回る王であったか?」

 

 故の問い。同時に覇気が彼限定に叩きつけられる。

 

「…………小生の主は、後にも先にもただ一人。貴殿は、さぞや名のある王にございましょう。しかし、小生の忠誠を誓う事は出来かねまする」

「それは、離反する、という事か?」

「否。この陣営で小生の仮初の命を使い切る所存にございまする。刀を振りましょう、この身を盾といたしましょう、敵陣を駆け抜け大将首を挙げましょう。しかし、貴殿に忠誠は誓えませぬ。その点を平にご容赦いただきたく思いまする」

 

 頭を下げたアサシン。その手は、腰の愛刀に伸びる様子もないがその姿は戦士として一級品の姿勢の正しさだった。

 まさしく、忠臣。

 

「……………………汝の様な者が臣下に居たならば」

 

 ランサーは回顧する。

 彼の最後は、臣下であった貴族の反乱、裏切りであったのだから。

 

「良かろう。汝の願いを聞き届けた。余の信頼、裏切ってくれるなよ」

「御意に」

 

 



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証明

 十四のサーヴァントがぶつかり合う聖杯大戦。

 その規模は、通常の聖杯戦争と比べれば単純計算でも倍となる。呼び出されるサーヴァントの格が上がればそれ以上の被害など容易く叩き出す事だろう。

 

「――――チッ、本当にムカつくなあのオジサン」

 

 その一体を使役している魔術師、相良彪馬は苛立たし気に舌打ちを零すと、質のいいカウチソファに寝転がり頭の下で手を組んだ。

 彼の機嫌が悪いのは、事あるごとに挑発というか嫌味というか、とにもかくにも神経を逆撫でしてくるゴルドに原因があった。

 セイバーのサーヴァントを呼び出した彼は、元の傲慢に更なる拍車がかかってきている。特に、彪馬に対してはマウントを取りたがることが多く、相性は最悪。

 更に気に入らないのが、己のサーヴァントの反応であった。

 

「お前も何か言い返せよ、アサシン。言われっぱなしじゃないか」

「小生の霊格がセイバー殿に劣るのは、事実にございまする故。何よりも、あの方も同じ陣営。味方同士でいがみ合えば敵に背を向ける事になりましょう」

「…………ケッ、仲良しこよし、か。僕はごめんだね。どうせ、この大戦が終わった後も僕らは戦うことになるんだろうし」

 

 だからこそ、お前を選んだんだけど、と彪馬は内心で続ける。

 予兆はあった。彪馬は魔術師としては二流だが、裏工作などの為に潜入などを行う事が多々ある。

 そこで重要なのが、情報を少ない手がかりから正確に読み取る事だ。

 聖杯戦争のマスターは、サーヴァントのステータスなどを見る事が出来る。その上で言うと、三騎士はバランスが良くかなり強いが、その逆でライダーからバーサーカーまでのステータスは特筆するほど高くない。むしろ低いとさえ言えるだろう。何せ、ステータスが平均値程度のアサシンのステータスが高く見えるほどなのだから。

 要は出来レース。最終的に、ダーニックが勝って終わりというシナリオであった筈なのだから。

 彪馬自身は、そこまで読み取れた訳ではない。訳ではないが、これから大戦に赴くには少々不安の残る戦力であることは否めない。

 

「なあ、アサシン。お前は、セイバーに勝てるか?」

「背中の一点を貫けるならば、勝機はございまする」

「背中?」

「セイバー殿は、歩く際に微妙に背中を気にしておられました。あの肉体は、正に鋼。少なくとも、小生の剣では薄皮を斬るのが精々にございましょう。ですが、背中の一点ならば小生の刃も貫けましょう」

「へぇ、お前って相手の弱点が分かるのか?」

「単なる、勘にございまする」

「はあ?勘?」

「小生は斬れるか斬れないかを勘で判断しておりますゆえ」

「……馬鹿らしい。そんな当て推量が当たるわけないだろ。もっと、論理的に話せよな。まあ、いいや。僕は寝る。呼ぶまでどっか行ってくれ」

 

 散々な物言いの末、彪馬は目を閉じた。

 すぐさま寝息を立て始めた為、暗示の魔術で眠りを早めたのだろう。

 アサシンは、眠った主を確認すると一礼して霊体化し、部屋を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミレニア城塞内部は、かなり広々とした造りだ。それぞれ魔術師が与えられた部屋は工房と化しており、サーヴァントにもまたそれぞれに部屋を与えられている。

 もっとも、与えられた部屋を使わないサーヴァントも居るにはいる。

 その一人であるアサシンは、霊体化したまま城塞の内部を徘徊していた。気配遮断も合わせれば、彼が何処に居るのかは基本的に分からない。

 とはいえ、彼自身に暗殺の逸話は無い。スパイ行為が元となっている為、どちらかと言うと諜報に近いかもしれないのだ。斬りかかる瞬間どころか、手を出すだけでも気配遮断は解けてしまう。

 もっとも、今回はそんな事をする必要が無いためただ歩いているだけだが。

 

「――――おや、アサシン。こんな夜更けに散歩ですか?」

「アーチャー殿にございますか。ええ、その通り。マスター殿より暇を頂きましたゆえ」

「私もだよ。フィオレは休んでしまいましたからね。こうして城内を巡っていたという訳です」

 

 B+という千里眼スキルを持つ“黒”アーチャーは至極あっさりと、アサシンの気配遮断を見破り声をかけてきた。

 元より、彼は高い神性を有している。英霊の身に格を落とそうとも神秘の薄いアサシンよりは、格上の存在である為致し方なし。

 微妙な溝が感じられるのは、少し前の顔合わせの折にライダーが提案した自己紹介を彪馬が蹴ってしまった為。

 

「少し、歩きましょうか。極東の英霊。それも時代が違うとなれば、私も聞きたい話が幾つかありますし」

「構いませぬ…………が、その前に」

 

 アサシンは言葉を切ると振り返った。

 その先、廊下の突き当りの角よりピンク色の毛と、ひらりと揺れる白マントが覗いていた。

 

「ライダー殿。盗み聞きなどせずと、こちらにいらして構いませぬよ」

「……あ、あはは…………別に盗み聞きするつもりは無かったんだけどね。ついつい声が聞こえて隠れちゃってたよ。ごめんね?」

 

 現れるは、“黒”のライダー。少女の様な格好だが、れっきとした騎士であり男の娘である。

 

「それにしても、アサシンにケイローンもここで何してるのさ。空には星が出てる時間だよ?」

「小生は、夜の散歩と洒落込んだまでにございまする」

「私も同じく、散歩ですよ。ライダー、君は?」

「ボクはたんけ……じゃなくて、城塞内の探索だよ。ほら、始めてきた場所だし色々と確認しておかないと道に迷うかもしれないしさ!」

「それで?何か発見が?」

「そうだね。例えば、ランサーが刺繍してたとか?あ、バーサーカーが花の輪を作ってマスターに上げてたところも見たよ!いいよね、花の冠!ボクも欲しくなっちゃうよ!」

「ふむ、ランサー殿は刺繍がご趣味、と…………何とも、生産的な趣味で羨ましい事ですな」

「けど、眉間に皺が寄っちゃってるから見てみると、少し怖いけどね。あ、そういえば。アサシンは、何か趣味があったりするのかな?あの時には聞けなかったし」

「小生の趣味、にございまするか?」

 

 天真爛漫なライダーに、アサシンは返答に詰まったようにして顎に手を当て考え込んでしまう。

 そもそも、生前から何かにつけて鍛練、鍛練の日々。

 運よく、その全てが実を結ぶだけの才能を持っていた彼なのだが、万能であるがゆえに特定の趣味というものを持ち合わせてはいなかった。

 強いて挙げれば、

 

「…………鍛練、でしょうな。暇があるならば、生前は常に武技を高めるばかりにございましたゆえ」

「た、鍛練…………アサシンって真面目なんだね。話し方も変わってるし」

「そう、でございましょうか?」

「気にする事はありませんよ、アサシン。それも、君の個性である事には変わりが無いのですから」

 

 アーチャーの子供を見るような目に、アサシンは頭を掻き所在無さげに視線を泳がせた。

 生前より頼られる事の方が圧倒的に多かった彼にしてみれば、諭される側というのは幼少期以来の事であったから。

 因みに一番頼られていた事柄は、主の奇行と暴走を止める事と後輩の忠犬バーサーカーを鎮める事、ついでに相方であった同僚のバーサーカーの追従であったりする。

 控えめに言って、地獄。

 

  和やかな、三騎の会話。

 しかし、大戦の足音は直ぐ側にまで近づいてきていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――やはり、強い。キャスター殿の魔術が効果を為しておりませんな」

 

 三騎が対談した翌日の夜。ミレニア城塞南方の一角にて、敵サーヴァントの襲撃が起きていたのだ。

 襲撃者は“赤”のセイバー。赤雷を纏い、今も迎撃用のゴーレムやホムンクルス相手に蹂躙劇を披露していた。

 白銀に赤の差した全身甲冑。フルフェイスの兜まで被り素顔も伺う事が出来ず、ステータスなどに関しても一部隠蔽が施され何処の英霊なのかは分からない。

 そんな相手を遠方から眺めるアサシンであるのだが、彼の仕事は威力偵察だった。

 発端は、アサシン本人が英霊としてどの程度戦えるのかを測る為、ランサーが提案し、その提案に彪馬が乗ってしまった事にある。

 本来ならば、アサシンのサーヴァントに正面戦闘を強いる等愚の骨頂と言わざるを得ない。

 しかし、アサシン本人はと言うと周りの言葉など意に介す事無く、一つ返事で了承していた。

 当然だ。彼は、元より暗殺などよりも正面戦闘が得意な英霊。

 最初の一撃こそ、気配遮断を利用してかますかもしれないが相手がセイバーならば見切られる可能性も高い。

 

『アサシン、聞こえてる?』

「良好にございまする」

『んじゃ、さっさとセイバーに当たって来てくれよ。あ、宝具は使うなよ』

「御意」

 

 それだけ。念話は途切れ、アサシンの意識が前を向く。

 

「――――まずは、手並みを拝見」

 

 腰の刀に左手をかけて、鯉口を斬る。

 殺気は、発さない。気配遮断を発動したままに、A評価を得る敏捷を用いて街を駆け抜ける。

 取るのは、セイバーの頭上数十メートル。羽織が大きくはためき、落下による加速によって後頭部で括った髪が蛇の様に空に揺れた。

 頭から落下するように天地逆転し、右手は刀の柄へ。

 

「――――ッ!マスター!!」

 

 距離にして数メートル。そのタイミングで、セイバーは近くに居た強面のマスターを突き飛ばし、反射的にその手に握る白銀の剣を持って防御の構え。

 直後、火花が散り甲高い金属音が鳴り響いた。

 

「てめぇ…………!」

「…………」

 

 ギチギチと噛み合う耳に障る金属音をBGMに、セイバーは仮面の下で頭上からの襲撃者を睨む。

 数秒の鍔迫り合いは、魔力放出と単純な筋力数値で優っているセイバーの勝利で幕を閉じる。

 弾かれたアサシンは、空中で一回転し危うげなく着地。右手に刀を持ち無構えを持って、セイバーと相対する。

 

「侍、か?」

 

 サングラスの下、呻くように呟き目を細めて獅子劫界離は目の前のアサシンをそう呼んだ。

 

「てことは、セイバーか?」

「おいおい、マスター。あの男がセイバーに見えるってのか?」

「見えねぇな。とすると、アサシンか。さっきのが気配遮断からの不意打ちなら、奴は何でお前を狙った?」

「知るかよ。それよりも、アイツもやる気らしい。下がってな、マスター」

 

 セイバーは剣を構え、アサシンと相対する。サーヴァントの敵は、同じサーヴァントだけだ。

 

「“赤”のセイバーだ。名乗りぐらいは聞いてやろうじゃねぇか」

「…………“黒”のアサシンにございまする」

「やっぱり、アサシンか。暗殺者風情が、このオレに正面から挑んで勝てるとでも思ってるのか?」

「生憎と、小生は勝算があって戦った事など一度もありませぬ故。これは単なる――――証明にございまする」

「…………ハッ、まあ良い。ぶっ殺してやるよ、アサシン!!!!」

 

 聖杯大戦第一戦。

 セイバーVSアサシンという異色の対決が始まる。
















書きたかった所に漸く手が届きました


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研鑽

 夜闇一色の世界に、火花が何度となく散り、石畳へと降り注ぐ。

 ぶつかり合うのは、二騎のサーヴァント。

 一人は夜闇にも紛れる黒い紋付袴姿で刀を振るう極東の英霊である、“黒”のアサシン。

 対するは、最優のサーヴァントであり白銀の鎧をまとった、“赤”のセイバー

 本来ならば、正面からぶつかり合う事などありえない組み合わせであり、少なくともその場に留まって斬り合えるような者達ではない。

 理由としては単純で、セイバーが万能であるがどちらかと言うと白兵戦寄りのサーヴァントであるのに対して、アサシンはマスターの天敵といわれる程に不意打ち騙し討ちを得意としており、搦め手が基本で直接戦闘能力は劣る者が多い。

 しかし、

 

「――――てめぇ…………!」

「…………」

 

 状況は拮抗していた。

 セイバーの剣は、騎士としての基本を残しながらも荒々しく戦場を生き抜く狂戦士の様な獰猛さが垣間見える。正に、戦場を生き抜く剣だ。魔力放出も相俟って、実に花がある。

 それに対して、アサシンの刀は只管に頑丈なだけ。ビームも出なければ、炎や氷、雷を発する事も無い、少し人外に対して強く出れるだけの刀だ。肉体からも魔力放出など出来るはずもないし、人外の血が流れている訳でも、況してや龍の心臓など持ち合わせていない。

 でありながら、拮抗している。

 どれだけセイバーが雷を猛らせようとも、人間の挙動を超えた動きをしようとも、アサシンは正面からそれら一切合切を受け流してしまう。

 途中で蹴りなどが混じったりもしているというのに、彼は刀の刃だけでなく柄頭や鍔も使って全てを捌く。

 その表情は、完璧な無だった。

 必死さも、焦燥も、浮かべる事無く。余裕そうにも、必死そうにも見える顔。

 それが、セイバーは気に入らない。自身の剣には絶対の自信があるのだ。

 その剣が、暗殺者風情に掠り傷の一つも付ける事が出来ない。それどころか、余裕を持って流されている気配すらある。

 

「――――ふっざけんなッ!!!」

「む」

 

 一際強く雷光が走り、振り下ろされた刃が加速する。

 怒りの籠った一撃は、しかし甲高い金属音と共にアサシンではなく石畳を割っていた。

 炸裂する魔力の奔流。逆らうことなく、黒衣の彼は後方へと跳んで一回転し石畳へと降り立ち、下段の構え。

 

「てめぇ、本当にアサシンか?このオレの剣をここまで止められる奴は、そうは居ない筈なんだが?」

「…………さて、小生には答える言葉がありませぬな。小生は、アサシンのサーヴァント。それ以上でも以下でもなく、ただ主の敵を斬り伏せるのみでありますれば」

「主、ね。アサシンをセイバーにけしかけるとか、随分と個性的な主じゃねぇか」

「どうとでも、申されるが宜しい。貴殿が小生を打倒できず、こうして小生が生存しているのです。故に采配違いとも言えぬのではありませぬか?」

「…………ハッ、言うじゃねぇか」

 

 言葉と共に、セイバーは飛び出す。

 放たれるは、斬撃――――――――ではなく前蹴り。魔力放出と当人の脚力を合わせた一撃は、巨岩すらも粉々に粉砕する事だろう。

 

「――――」

 

 蹴りに対して、アサシンは刀を空へと手放していた。

 右足で放たれた前蹴りを最小限の動きで躱し、完全に蹴り足が伸び切ったところで足首の後ろに手を回し上へと押し上げる。

 

「なっ!?」

 

 蹴りの勢いのベクトルが、そのまま空へと向けられセイバーの体は背後へと倒れて顔が空を向く。

 そこをアサシンは、仮面越しに鷲掴みするとそのまま勢いよく石畳へと叩きつけていた。

 合気。柔術の奥義にも該当する、相手の力を相手に返し、そこに己の力を加える事で強烈なカウンターにする技だが、彼はこれを組討として体得していた。

 組討とは、相手を組み伏せて首を取る技なのだが本来は一騎打ちに際して用いられたもので、足軽などが出現した戦国時代には廃れてしまった技術とされている。

 首を取る技術だ。当然ながら、叩きつけてそれでお終いとはいかない。

 上に放っていた刀は縦に回転しながら、ピタリと持ち上げられた彼の右手に収まっていた。

 ただ、淡々とその首を刎ね飛ばす。

 

「――――ッ、舐めんじゃねぇ!!!」

 

 刃が振るわれる直前、爆発が起きる。

 その下は、セイバー。その上で刀を振りかぶっていたアサシンは、衝撃をいち早く察知してその場を跳びあがっていたのだが、彼の予想以上に破壊力があったのか想定以上に吹き飛ばされていた。

 再び二人の距離が開く。だが、戦局は明らかにアサシン優勢だ。少なくとも、このままならば白兵戦で彼に軍配が挙がるのは時間の問題。

 しかし、それで納得できるほどセイバーの気性は緩くない。

 

「てめぇ、手抜きかアサシン!?さっきの一撃も、オレを殺せただろうが!」

「…………」

「だんまりか?その面、気に入らねえなァ…………!」

 

 怒りと憎しみ。負の感情の中でも取り分け強い二つの感情が、魔力となって雷へと変換されて宝具でもある剣へと絡みついていく。

 宝具の開帳。それ程までに、アサシンの対応はセイバーの逆鱗に触れ、怒りの火に油を注いでいた。

 だが、それをやってしまえば真名がバレる事にも繋がるという訳で。

 

「そこまでだ、セイバー」

 

 セイバーの背後から、何発かショットガンより“弾”が飛び、アサシンはそれらを斬り払う。

 

「止めるなよ、マスター」

「止めるだろ、セイバー。こっちは、相手拠点の一部を削れたんだ。お前の宝具見せちまえば、相手に殆どただで情報をくれてやることになる」

「アサシンを消し飛ばせば、良いだろ」

「消し飛ばせるのか?相手は、刀一本で幾つもの戦場を渡り歩いてきた奴だぞ?」

「はあ?そんなのオレも――――」

「いいや、違う。少なくとも、日本の武士って言うのは違う」

 

 断言する口調の獅子劫に、セイバーは猛らせた魔力を一旦沈めてマスターを横目に見る。

 仮面越しであるが、彼は続きを促していると悟ったらしく口を開く。

 

「奴らには、神秘が薄い側面がある。分かるか?生前のお前らみたいな、魔力に物を言わせた蹂躙なんて出来なかったんだ。だが、そんな中にも一騎当千の猛者が居る。奴らは、自分の技術で、研鑽でその高みにまで上がってきた生粋のたたき上げだ。あの(アサシン)はその中でも一流以上の超一流。達人だな。技量だけなら、間違いなくサーヴァントの中でもトップクラ、いや、ワールドクラスだ」

「…………で?」

「宝具は却下だ。奴は俺たちに付き合う理由が無い。撃つ直前に逃げられるのがオチだろうな」

「………………………………………………………………チッ」

 

 長い葛藤の末、セイバーは剣を収めた。

 聖杯大戦は始まったばかり。そんな序盤で真名がバレてしまえば、後の戦闘にも支障をきたすことになるのは明らかであるから。

 だが、その内心の収まりがついたわけではない。現に仮面の下から、鋭くアサシンを睨みつけていたからだ。

 

「お前も、それで良いだろ。そもそも、勝つ気のない(・・・・・・)戦いを続けるのは無駄な消耗なんでね」

「…………」

 

 返答は、収められた刀。気配が薄れ、その姿も夜闇の中へと溶けて消えていった。

 

 聖杯大戦第一戦

 アサシンVSセイバー ドロー



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助勢

 アサシンが実力を示したその日。マスターである彪馬の機嫌は、すこぶる良かった。

 特にゴルドの苦虫でも噛み潰したかのような表情などは、格別で他のサーヴァントたちも口々にアサシンの技量の高さを褒めていたのだから、その喜びもひとしおだ。

 しかし、気付いているのだろうか。これはあくまでもアサシンの評価であって、彪馬自身の評価には程遠い評価であるという事を。

 彼は未だにアサシンのマスターであるという以外には、辛うじて情報収集に向いている二流魔術師という結果しか持ち合わせてはいない。それ以上ではなく、場合によってはそれ以下へと評価を落とす様なそんな存在なのだ。

 だが、今も酒を煽ってアルコールに酔っている彼に、その部分に気づく脳味噌は無い。

 

「お~い、アサシンー……このワインをもう一本取って来てくれよー」

「…………ダーニック殿が招集をかけたようにございまするが、宜しいのでしょうか?」

「あー………確か、おっさんがルーラーを引き入れろって言われた奴だっけ?」

「然様にございまする」

「良いじゃん、別に。僕は、仕事は熟したんだ。休んでても良いじゃないか」

「…………」

「ほら、ワインを持ってきてよ」

「御意に」

 

 一礼し、部屋を後にするアサシンを見送り、彪馬は思考する。

 酒で鈍った頭だが、自身のサーヴァントは想定以上の強さだったことは確かだ。それこそ、三騎士クラスにも正面から戦えるのでは、と彼に思わせる程度には強かった。

 であるならば、夢想するのはその後の事。即ち、聖杯大戦が終わった後の話。

 ユグドミレニアでは、本来ならば身内での聖杯戦争に留め、ダーニックが勝つという出来レースを想定していた。

 ゆえに、“黒”のランサーは、ここルーマニアにおける大英雄であるし、本来ならば他クラスのサーヴァントは二流から三流のモノが呼ばれるはずであった。

 結果的に、三騎士は化物揃いとなってしまったのだが、残る四騎士は若干ながらも頼りない。少なくとも、一つの指標であるステータスは軒並み低めだ。

 そんな中で引けた技量最強のサーヴァント。二流魔術師の野望も膨らんでくるというものだ。

 

(多分、ライダー、キャスター、バーサーカーには負けない。セイバーも殺し方が分かってるみたいだし、問題はランサーとアーチャーか。確か、アーチャーはヒュドラの毒が付いた鏃から召喚されたならケイローンか。そして、ダーニックが呼んだのはこのルーマニアの王、ヴラド三世。ケイローンはともかく、ヴラド三世には武術的な逸話なんてあったっけ?)

 

 大海に揺れる小舟の様な思考ではあったが、そこまで考えたところで彪馬の意識はぷっつりと切れてしまった。

 僅かに、ワインの残ったグラスが床に落ちて毛並みの良いカーペットに染みを作るが彼は気が付く様子も無く夢の世界へ。

 その後、ワイン片手に戻ってきたアサシンはソファに眠るマスターに若干眉を顰めて、毛布を彼の上にかけ、部屋を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 サーヴァントとマスターの関係性というのは、主従というには複雑な要素が絡み合っている。

 そもそも、“根源”という一種の到達点へと至ることを至上として、その為ならば他の一切合切をかなぐり捨てる事も厭わないのが魔術師だ。

 それが例え、他人の、家族の、恋人の、友人の命であろうとも必要ならば斬り捨てる。

 対して、サーヴァントは過去の英雄だ。

 モノにもよるが、彼らは一定の矜持を持って聖杯戦争へと臨んでいるし、基本的には非道を受け入れる事は無い。それこそ、無関係な人々が巻き込まれる事を良しとする者はそう多くは無いだろう。

 要するに、価値観が違い過ぎるのだ。時代やら何やらの前に、形成された人格的にも生粋の魔術師と英雄の思想は反りが合わない。

 だからこその、令呪と聖杯の願望機としての効能だろう。まあ、完璧ではないが。

 

「――――ライダー。小生の部屋は逢引の為に存在するわけではありませぬぞ」

「まあまあ、そう言わないで。他に行く当てもなかったし……あ、いやあったかな?まあ、良いや!アサシンも部屋は使ってないんでしょ?少しの間でいいんだ、匿ってくれないかい?」

「…………はぁ」

 

 マスターが酔い潰れたことを確認し、少し時間を潰したアサシンが部屋に戻ると既に先客が居た。

 元よりサーヴァントは、睡眠なども必要ないため座禅でも組んで時間を潰そうと考えていた彼だが、その予定も先客によって流れ、頭を抱える事となった。

 

「せめて、理由をお聞かせ願いたい。何ゆえ、貴殿は人造人間をこちらに?戦闘型ではない様に見えまするが」

「廊下でぐったりしてたから、拾って来たんだよ」

「犬猫ではないのですから、人間を拾わないでいただきたい」

 

 破天荒というか天衣無縫というか、自由な人種には慣れているとはいえ相手にするのが疲れないという事にはならない。

 嫌いではないのだが。

 アサシンは、自身のベッドを占拠するホムンクルスへと目を向けた。

 

「…………随分と、細い。この体では、歩くことすらも儘ならぬのでは?」

「えっと?」

「廊下で倒れていた、と申されましたな。恐らくは、生まれたばかりで歩いたことすらなかったのでは?この体つきでは、己の体を支える事すら難しい」

「ふぇ~、まるでアサシンはお医者様みたいだね。君って、医療の知識もあったの?」

「いいえ。体つきなどで判断したまでにございまする。外傷の治療ならば未だしも、体内は…………何より、小生には魔術の知識がありませぬ故」

「魔術……うーん、それってやっぱりマスターに頼らないと駄目だよね?」

「そうとも限りませぬな。魔術が得意な方ならば、キャスター殿等でも診断などは可能かと思われまするが」

「キャスターは駄目だね。彼、この子をバラバラにしちゃうだろうし。うーん…………あ、そうだ!医療の知識とか、とにかく頭が良ければ良いんだよね?」

「そう、なのでしょうか?ま、まあ、知識が幅広い方ならば――――」

「ちょっと待ってて!」

 

 珍しくも若干どもったアサシンを無視し、ライダーは部屋を飛び出していった。

 正に、嵐の様な気性だ。周囲を巻き込み振り回すパワフルさというのは、付き合っていて疲れるというもの。

 もっとも、その疲労に関しても彼は既に経験済み。むしろ、懐かしさを覚える様なものであったが。

 

「――――ッ…………?」

「目が覚めもうしたか」

「ッ!?」

「そう、怯える事などありませぬよ。小生に、貴殿を害する気など毛頭ございませぬ故。ただ、この部屋を出る事は勧めませぬ。貴殿の体は、しばらくの休養が必要にございまする故」

「………あ、なたは…………」

「小生は“黒”のアサシン。訳あって、貴殿に床を貸している者にございますれば」

 

 

 

 

 

 

 

 

 暴威が駆ける。

 ただ、己の思考が決めたことを遂行するためだけに、体は前へと進み、思考は一切巡らない。

 ただただ、前へ。己の敵を、自身の手で討ち果たすために。あるいは、己そのものが討ち果たされるまで、その進撃は易々と止まる事は無い。

 

「フハハハハハッ!!!!さあ、圧制者よ!この私を蹂躙して見せろ!この身に刃を突き立てろ!槍を向けろ!弓矢を射掛けろ!私の愛を向けてやろうではないか!」

 

 聖杯大戦第三戦。それは目前にまで迫っていた。



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人外殺し

 聖杯大戦第三戦。

 その戦端を切ったのは、“赤”の陣営だった。

 夜闇に飲まれて先を見通す際に頼りとなる、星明りや月明かりが深い枝葉に遮られ影となる森の中を疾走するのは青白い肌をした巨漢。

 手には、小剣(グラディウス)を持ち。全身は鎧ではなく分厚い筋肉が外気に晒されるような格好。

 何より、その顔には満面とも言えるほどの笑みを湛えており、その光景を表すならば夜の森を疾走する笑顔の青白いほぼ全裸の巨漢か。

 変態ここに極まれりといったような格好であるが、彼もまた歴史に名を遺す英雄の一人であり、“赤”のバーサーカーその人だ。

 

「フハハハハハッ!!!!さあ、圧制者よ!貴様らの傲慢が潰えるときだ!!!!」

 

 彼の思考は、“叛逆”の一点に向けられており、最も困難な道を進む事に終始している。

 バーサーカーの暴走自体は珍しくもないものの、その中でも彼の邁進は常軌を逸していると言わざるを得ない。

 今も、迎撃に出てきたキャスターのゴーレムが一瞬で土塊へと還され、粉砕されている所だ。

 無論、魔術師が手間取るとはいえサーヴァントにしてみれば等しく、造作なく粉砕することは出来るだろう。

 問題なのは、バーサーカーが手傷を負おうともその足を止める事無く、それどころか痛がる素振りも無ければ刺さった武骨な石杭を抜く気配も無いという点。

 如何に、サーヴァントと言えども痛覚は存在する。自己治癒も可能であり、当然ながら槍や剣が刺さりっぱなしでは治るものも治らず、傷口の治癒どころか動きを阻害する枷に成るだろう。

 正しく、化物。人という括りに収めて良いのかも分からない怪物だ。

 そんな化物に相対するのは、“黒”のサーヴァントでも華奢で小柄なライダー。

 白いマントを翻して、その手に握るのは装飾の施された白い突撃槍。

 だが、彼らだけがこの一戦に臨んでいるわけではない。

 

「アレは…………」

「アーチャー?どうしました?」

「いえ。バーサーカーの後方に、二騎のサーヴァントですね。片方はアーチャーの様です」

 

 ミレニア城塞より確認するアーチャー主従。

 “赤”のバーサーカーの後方より、確かに二騎のサーヴァントが彼を追っていたのだ。

 アーチャーのスキルには千里眼がある。遠方を見る事に関しては、この場のどのサーヴァントにも勝っている事だろう。

 そんな彼らの傍らには、アサシンの陣営も居た。

 彼ら、というか実質的にはアサシンの機動力による後詰が彼らの仕事。マスターである彪馬に求められるのはアサシンが顕現し続ける為の楔と然るべき時に令呪を使うための判断装置としての機能のみ。

 知らぬは当人のみだった。

 

「アサシン。お前、ちょっと行って後ろの二騎倒してきてよ」

 

 今もそんな命令を下すことに、隣のアーチャーのマスターであるフィオレはギョッとした目を彼へと向けた。彼女と同じく、アーチャーもまた訝しげな眼を向けている。

 それもその筈。セイバーに負けなかったからと言って、二対一の状況に対応できるかと問われれば否だ。

 特に、敵サーヴァントの片割れはアーチャーの教え子でありその実力に関してのみならず、人柄などもよく知っているが、とにかく世界に名をとどろかせる大英雄の一人であることは明らか。

 何より、その肉体は特殊で一定以上の“神性”を持ち合わせていなければ傷つける事すら不可能。更に、古今東西の英雄の中でも最速とされており、馬力もあり、尚且つ高ランクの戦闘続行スキルの持ち主。

 正直なところ、並み居るサーヴァントでは障害にすらなりえない。

 

「倒すことは、小生には荷が勝ちすぎておりまする」

 

 案の定、アサシンもまた否を唱えた。

 彼にだって出来る事と、出来ない事はある。サーヴァント二対を同時に相手取り、尚且つ片方は苦手なアーチャーが相手ともなれば、こう進言するのも致し方無い。

 彪馬も本気で出来るとは考えていなかったのか、チラッとアサシンを見てその命令を取り消した。

 しかし、聞く人が聞けば気付くだろう。

 彼は、倒すことは無理だと言った。だがそれは、裏を返せば倒さなければ足止め程度ならばできるという事。

 

(成る程、やはり謙虚に見えても英雄。一定以上の自負は持ち合わせていますか)

 

 アーチャーは内心で独り言ちた。

 英雄というのは、多かれ少なかれ一定の矜持を持っているものだ。

 武技、魔術、知識、膂力、速度、宝具、体質等々。その対象は多岐に渡り、同時にそれこそが彼らを英霊足らしめているとも言える。

 多くの英霊を鍛えて導いてきたアーチャーから見ても、アサシンは技量の一点に限定すればトップクラス。派手さは無いが、堅実であるというのが印象だった。

 どこぞの全身青タイツの槍兵のような評価だが、彼とは違い広域殲滅能力と一撃の破壊力でアサシンは劣っていると言えるだろう。ついでに、経戦能力も。

 従者に止められる形となった彪馬。だが、彼としてはゴルドに優越感を取れた時が忘れられないわけで。

 

「じゃあ、アサシン。片方なら仕留められるんだな?」

「力を尽くしましょう」

「なら、行ってこい。そうだね、セイバーとバーサーカーが向かわなかった相手が良いかな」

「御意」

 

 一礼したアサシンは、空間に溶ける様な気配遮断でその場から消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 “赤”のライダー並びに“赤”のアーチャーは、それぞれバーサーカーを止める為にここまで来たのだが、既に見切りを付けつつあった。

 元より、バーサーカーはサーヴァントとして呼び出されたとしても、その本質は兵器としての側面が強くなる。

 暴れるだけ暴れさせて戦場を荒らし、最後に自壊させる。自爆であるなら、猶の事良し。

 である為、ここからは彼らの闘争の時間となる。

 最初の接触は、“赤”のライダーと“黒”のセイバー並びにバーサーカー。

 剣士としての技量は、やはりセイバークラスで召喚されるだけあって彼はかなりの技量を持ち合わせている。更に振るう聖剣も世界的に名の知られた一品であり、聖剣の中でもランクを付ければトップクラスだろう。

 そして、バーサーカーだが。彼女は、外界の魔力を吸収し己の動力とする半永久機関的な宝具を持ち、これによってバーサーカー運用のネックとなる膨大な魔力消費を抑える事が出来る。

 だが、

 

「その程度か?」

 

 二騎がかりで、ライダーには擦り傷の一つも与える事が出来ない。

 今も、セイバーの剣はライダーの肉体を僅かにながら捉えたが、それは表面を撫でるだけで致命傷には程遠い。バーサーカーのメイスも、表面を叩くが打撲にもならず、衝撃が奥に響いている様子もない。

 なにより、その背後からは“赤”のアーチャーが放つ狙撃も脅威だ。

 狩人の側面が強い彼女にとって、森の中の狙撃など時間帯など関係なく何の問題にもなりえない。

 不死身にして無敵の前衛に、正確無比な狙撃を行う後衛の組み合わせ。

 対する“黒”の陣営は今のところどちらも近接の前衛で、尚且つ相方がバーサーカーという状態。

 劣勢を強いられる事もまた、定めであったかもしれない。

 

「――――むっ」

 

 この瞬間まで。

 一瞬の殺気を嗅ぎ取り、その場を飛び退いたアーチャー。

 彼女と相対するようにして、岩の前に立つのは刀を抜いた形のアサシンだ。

 

「“黒”のアサシンか。汝が、私の前に立つとはな」

「これもまた、マスター殿の意向にございます故」

 

 刀と弓矢。互いの距離は、数十メートル。この状況ならば、後者に軍配が挙がることは誰の目にも明らかというものだ。

 

「…………八歩、といった所でございましょうか」

 

 アサシンは、下段に刀を構えると倒れこむようにして前に飛び出した。

 

「正面からくるか。私も、舐められたものだな」

 

 当然ながら、アーチャーの迎撃が襲い掛かる。

 一矢一矢が急所を食い破るだけではない。足を狙い、腕を狙い、機動力と戦闘能力を奪わんとしてくる。

 だが、距離の問題があれども彼の動体視力もまた常軌を逸している。何より、力が無いのだから見えませんでした、では話にならない。

 襲い掛かる矢を刀で払いながら、敏捷Aをもって瞬く間に距離を詰めていく。より正確に言うと、アサシンの刀は、尽く矢を切り捨てていた、と言うべきか。

 迫ってくるアサシンに、アーチャーは弓を射ながら状況の分析を進めていく。

 彼女の頭にも、敵の情報は入っている。ついでに、セイバーとの一戦も確認済みだ。

 その点から言ってしまうと、近接戦、即ち刀を振って当たる距離感ではアーチャーに勝機は無い。

 というわけで、

 

「戦うというなら、追ってくるが良い」

 

 距離を更に取った。

 彼女のスキルは、森の中での戦闘に向いている。

 障害物は意味を為さず、後手に動いても確実に先手が採れるスキルをそれぞれ持っており、言っては何だがアサシンとの相性はすこぶる悪いのだ。

 何より、両者ともに敏捷の数値は拮抗している。

 それ即ち、どれだけ駆け回ろうともアーチャーが矢を放ち、アサシンがそれを斬り払って追い掛けるという事を繰り返すことになる。

 膠着状態。こうなれば、どちらかが新たな手札を切らなければならないわけで。

 動いたのは、アサシンだった。

 飛来してくる矢を斬り払いながら、彼は左手首に懐から取り出した長めの手拭の端を器用に巻き付けて動きを阻害しない程度に、しかし外れないように縛り付けたのだ。

 そうして、走り回りながら回収した掌に収まる程度の石を手拭を折り曲げた時に中央付近に当たる部分にセットし、結んでいないもう片方を左手に握った。

 後は何をするのかと言えば、体の横で思いっきり振り回し始めたではないか。

 そして、放たれる。

 

「――――ふむ、腕は鈍っておりませぬようで」

 

 彼がやったのは印地(いんじ)と呼ばれる、所謂ところの投石を用いた戦闘技術の事だ。

 有名な所ならば、ゴリアテを打倒したダビデが用いた事だろうか。

 日本にもこの技術はあり、場合によっては弓矢や投げ槍よりも重宝される戦闘手段の一つとされていた。

 何せ、アサシンがやってみせた様に丈夫な長めの手拭とそこらにでも落ちているような石ころがあれば行使が可能なのだから。

 何より、矢が弾かれる鉄兜や鎧であっても遠心力の載った礫の一撃を完全には防ぐことは出来ない。

 アサシンはこの印地にも通じていた。そもそも、彼の主は石合戦で兵の動かし方などを学んだ質だ。ついでに、使える技術を体得するなど彼にとっては呼吸をする事にも等しい。

 放たれた石は、真っ直ぐに風を切って進み、前を行くアーチャーが着地しようとしていた木の枝を穿ち、へし折っていた。

 

「くっ……!投石か…………」

 

 先の足場を失ったアーチャーだが、その動きには言葉ほどの焦りはない。

 アッサリと枝の折れた木の幹を蹴る事によって飛び出し、危なげなく地面に着地すると、矢を複数放って走り出した。

 ただ、これで一方的な状況にはならない。

 流石に連射の数では劣っているが、破壊力は十二分の石礫。しかも、彼の持ち物である手拭に包んで放つことにより、若干ながら魔力を帯びる事でサーヴァントにも効果を発揮する一撃となっていた。

 狙いは、足元――――なのだが、どうやら放たれた石が巻き上げる土なども障害物認定されるらしく一向にアーチャーの足が止まる気配が無い。

 この状況を終わらせるのは、

 

「――――姐さん!」

 

 突っ込んできた三頭立ての戦車(チャリオット)

 アーチャーがそれに飛び乗ると、そのままアサシンを轢き殺さんとでも言うかの様に真っ直ぐに突っ込んで来るではないか。

 石をぶつけようとも意味が無い。そう判断した瞬間に、アサシンは石を捨てるとすぐに左手に鞘を呼び出して、急いで刀をその中へと収め、走った勢いのまま慣性で地面を滑っていく。

 

「ほう、向かってくるか!この俺の戦車を前にして臆さないか!」

「…………」

 

 黙して語らず。向かってくる“赤”のライダーを前にして、アサシンは鞘入りのまま刀を左腰に添えて腰を若干ながら落とし迎撃の構えだ。

 

「ならば、見せてみろ!真の英雄たるこの俺が見極めてやる!」

「――――ッ」

 

 交差は一瞬。衝突の直前にアサシンは跳躍しており、その下を猛スピードで戦車は通過していった。

 着地したアサシンは、無表情のまま空を駆けていく戦車を眺めるばかり。

 生前も含めて、彼が仕事を完遂できなかった事は多くは無い。つまりはゼロではないのだが、基本的に任された仕事は完遂するのが当たり前であったのだ。

 だが、この僅かな交差がある種の因縁を生むことになる。

 

「――――――――フッ、楽しめそうな奴が他にも居るって事か」

 

 空を駆ける戦車を操るライダーは、その端正な顔に好戦的な笑みを浮かべる。

 原因は、彼の右の頬。うっすらと爪で引っ掻いたような赤い線が入っていたのだ。

 それは傷とも言えないようなもの。それこそ、痒みが若干あれども掻いたところで血が流れる事すらあり得ないものだ。

 だが、それでも傷は、傷。その事実が“赤”のライダーには嬉しくて仕方がない。

 

 【人外殺し】は『人外特攻』

 妖怪だろうと、怪物だろうと、それが神であろうとも。

 “人”でなければその一撃は、等しく傷を刻むのだった。



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直前

 聖杯大戦第三戦。

 数の上では勝った“黒”の陣営であったが、失った損失は大きなものであった。

 “黒”のセイバーの消滅。大英雄ジークフリートは、たった一人の人造人間(ホムンクルス)を救うためにその命を散らす事となった。

 この一件により、原因を作ったライダーには仕置きが下され今も彼のマスターであるセレニケの元で惨いことになっているかもしれない。

 だが、そんな陣営の中でも逆に機嫌の良さが増している者が居る。

 

「――――フンッ、いい気味だよ全く。ホムンクルス程度で自分のサーヴァントを失うなんて。あのおっさんも、これで落ち目だ」

 

 豹馬はニヤニヤと嫌な笑みを浮かべて、ワイングラスを呷る。

 彼からしてみれば、セイバーを失ったゴルドは落ち目にしか見えない。それこそ、今までのでかい顔に対する鬱憤も晴らしたいと思うのが、彼を彼たらしめる所以なのかもしれない。

 

「なあ、アサシンもそう思うだろ?」

「…………」

「にしても、何でセイバーはあんな事したんだろうねぇ。僕には理解できないよ。不合理だし、ホムンクルス何て幾らでも作れるんだ。お金はかかってもさ。それに、アレが炉心になればキャスターの宝具使えて、この戦争にももっと早く勝てたんじゃないの?」

 

 馬鹿らしい、と豹馬は天井を見上げる。

 彼は気づかない。本来ならば、変動する事など基本的に起きないアサシンからの好感度がマイナスに至っている事を。

 彼にしてみれば、ホムンクルスを助けたセイバーに対して好感を持っている。

 無慈悲に命を奪うからこそ、アサシンにしてみれば作られようとも生まれようとも命は命であり、それ以上でも以下でもない。

 だからこそ、出来るだけ苦しまないように手にかけるし、何より必要以上の犠牲が出ないように動く。

 第一、彼は死人を笑うようなことは絶対にしない。

 死がその先の未来を作ってきたことを知っているから。そして、死んだ彼らもまた譲れない何かを持って自分の前に立ったことを知っているから。

 

「…………寝ておられますな」

 

 眠りこける豹馬を見下ろし、アサシンは彼に毛布を掛けると霊体化する。

 理由は特にない。強いてあげれば、彼の仕事のためか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 シギショアラ。赤い屋根の家がいくつも立ち並ぶ石畳の街。

 

「――――七」

 

 一瞬の声は愚か、苦しみもなく胴体と頭が泣き別れとなる。

 影に潜み、影で仕留め、影に消える。

 アサシンの仕事、それは魔術協会よりユグドミレニアの縄張りに送り込まれた(侵入者)の駆除だった。

 パスを限界まで延ばすことにより、常に霊体化して移動することを余儀なくされているがそこは魔術師の天敵ともいわれるクラス。コンマ一秒実体化するだけで、アッサリと鼠の首は飛んでいく。

 ただ、弱体化している事には変わりがない。

 それこそ、サーヴァント戦など以ての外であるのだが、

 

(よ、よりにもよってセイバー殿ですか…………)

 

 高い塔の上。アサシンは、夜目をもってその派手な姿を視認していた。

 ぶっちゃけた話。今のアサシンは、対人魔剣すらも真面に振るえるか怪しい。人殺しはできても、サーヴァントの打倒はほぼ不可能。

 豹馬が共に現場に出てくれたならば、こんな問題などアッサリ解決できる事であるはずだが生憎と彼はここには来ていない。

 そもそも、来る気が無い。なぜ、安全な城塞からでなければいけないのか、というのが彼の意見でありアサシンも生存に必須だとは思っているものの、どこまで行っても肉壁でしかない。

 

「――――マスター殿」

『んー?終わったー?』

「“赤”のセイバー殿が、この街に来ておりまする。恐らく、こちらが魔術師を消して回っている事に気づかれたのかと」

『はあ?セイバー?んー…………別に良くない?』

「良い、とは?」

『だからさぁ、お前が倒せばいいじゃん。ほら、あの時にも圧倒してたし』

「しかし――――」

『僕は忙しいから。じゃあね』

 

 かけた念話はあっさりと切られ、アサシンも途方に暮れる。

 明らかに酔っていた。“黒”の陣営に合流してから、どうにも豹馬の緩みが酷過ぎる。

 

「…………ふぅ。いつもの事、にございまする」

 

 刀を腰に出現させ、鯉口を切って留める。

 細く伸ばされたパスから流れ込む魔力は、弱弱しい。

 それでも、命令を果たす事。それだけが、彼の忠義を示す行いなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――で?本当に、この街にアサシンが居るってのか?」

「魔術協会からの依頼でな。この街だけじゃない、ルーマニアに送り込んだ魔術師が、トゥリファスに到達する前に連絡を絶つらしい。武闘派も何人か消えてる。そんな手を打てるのは、サーヴァント位だろ」

 

 セイバーと獅子劫の二人が調査する一件。

 フリーの傭兵として戦地を渡り、尚且つ魔術師でもある獅子劫にとってこの件に“黒”側が絡んでいる事は確定している。

 であるならば、可能性が高いのがアサシン。次いで、宝具の豊富な者が多いライダーのクラス。逆にセイバーやバーサーカー等は大規模な破壊が得意でも、その逆で隠密特化というのは少ない。ランサーなども同じことが言えるか。

 

「とにかくここを――――」

「ッ!マスターッ!!」

 

 調べるぞ、と続ける前に獅子劫は首根っこを掴まれて後方へと飛んでいた。

 原因は目の前で起きた現象。咥えていたタバコがスパリと斬り飛ばされていたのだ。

 

「出やがったな、黒子ヤロー」

「いつぞやぶりにございまするな、セイバー殿」

 

 刀を帯に差し、左手を鍔元へと添えた帯刀状態のアサシンが夜の闇の中に溶け込むようにしてその場に立っていた。

 セイバーは仮面の下、犬歯をむき出しにする。

 

「人のマスター狙いやがって、陰険ヤローが。今回は油断しねぇ。叩き切ってやるよ!」

「…………」

 

 挑発に対して、アサシンは答えずに腰を若干落とすにとどめる。

 居合の構え。完全な待ちの姿勢であり、同時にカウンターする気満々という事を隠しもしない。

 それが、セイバーの癇に障る。まるで、自分の事を軽くみられているような気がして。

 是が非でも、正面突破してやろうじゃないかという殺る気が漲ってくるというもので、

 

「ぶった切る!!」

 

 全身から、赤雷を放出しジェット機の様な加速でセイバーはアサシンへと襲い掛かった。

 

「三……いや、四にございまするな」

 

 対するアサシンは、突っ込んでくるセイバー――――ではなく、その手にある宝剣へと目を向けていた。

 閃く銀の線。数は、四本。

 

「――――あ?」

 

 その全てが宝剣と全く同じ場所(・・・・・・)に叩き込まれていた。

 セイバーとアサシンの筋力の数値は、魔力放出なども加味すれば二ランクは違う。真っ向からぶつかれば、そのまま潰されるだろう。

 更に言うと、今のアサシンは弱っている。その数値すらも当てにはならない。

 だからこその、居合抜きだ。

 抜刀の部分にのみ限定することで僅かな魔力を集中し本来の破壊力を発揮、納刀に関しては持ち前の技術でカバーという派手さはないが地味に高等テクニックを使っていたり。

 因みに数は叩きつける斬撃の数。重ねれば重ねるほどに、その破壊力は増していく。

 

「て、めぇ…………!」

「…………」

 

 舞い散る火花。銀閃の壁がセイバーの剣、その尽くを迎撃していく。

 しかし、気づいているだろうか。アサシンの足が止まっているという事実を。

 一撃弾く度に、彼の体は軋みを上げているという事実を。

 居合しか使わない、のではなく。居合しか現状使える手段がないという事実を。

 

「――――ッ」

 

 気づかれない程度に、右手を振って痺れを抜きながらアサシンは思考する。

 このまま戦っても、間違いなく先につぶれるのは自分だ。

 

 膠着する戦況。

 

「「――――ッ!」」

 

 直後に、二騎はそろってその場を飛び退いた。

 飛来する豪速の物体。

 魔力が詰まったソレは、石畳に突き刺さると同時に――――爆発した。

















FGOネタが書きたい今日この頃。
マスター幼児化事件とか、そこから発展して、盛重保父さん事件とかのほのぼの系を


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理由

 爆散した石畳。込められた魔力も相まって、その破壊跡はかなり酷い。

 だが、これは逆にチャンスだ。どちらの陣営のサーヴァントかは分からないものの、即席のコンビネーションなど戦場ではくその役にも立ちはしない。

 だがそれも、超一流には関係ない。

 

『アサシン、援護します。どうにかその場を離脱してください』

「アーチャー殿…………かたじけない」

 

 自身の背後から飛んでくる矢を見もせずに躱しながら、アサシンは後退していく。

 手傷は少ない、しかしそれは相手であった“赤”のセイバーも同じこと。いや、相手は堅牢な鎧に包まれていたのだからダメージレースでいけば、間違いなく先にアサシンが沈むことになっていただろう。

 何より、宝具は愚か、対人魔剣すらも真面に使えなかったのだからダメージソースが違い過ぎる。

 運よく相手も引いてくれたようだ。さすがに最優のサーヴァントとは言え、二対一。それも片方は遠距離特化のアーチャーであり。もう片方はセイバー相手に圧倒する技量を持つアサシンとくれば敗北の確率も十分にあり得た可能性だ。

 

「…………いい目をお持ちのようだ」

 

 戦場に生きてきたからこそ、アサシンは引き際がいかに重要か理解している。

 そもそも、戦闘から逃げるには相応の力量が無ければ成功しない。仮にそんなこと考えもせずに背を向けて逃げれば追撃を受けて殺されるだけだろう。

 かといって、背を見せずにバック走で逃げ切れるかと問われれば、否だ。人間の目は前方百二十度程と言われており、当然ながら耳より後ろは見えない。

 バック走は見えない場所へと走るのだ。当然ながら足は鈍るし、第一スピードが出ない。

 その点からみれば、バックステップで後方へと下がっていくアサシンは背中に目でもあるのではなかろうか。

 因みに、彼の背中に目などない。彼は、あくまでも人間として生まれ、育ち、そして死んだ英霊であるため。

 種明かしをすると、アサシンは五感をそれぞれ研ぎ澄ませていたのだ。今回用いたのは、触覚。わずかな風の動きも肌のすべてで感じ取ることにより、本来ならば視覚で把握できない範囲の動きや建造物などを把握できる。

 

 引くこと、数十秒。辿り着いたのは、ここシギショアラでも大きな塔のある建物。

 

「アサシン、無事でしたか」

「情けないところをお見せしましたな、アーチャー殿。貴殿の助力、感謝いたしまする」

 

 合流を果たしたのは、“黒”のアーチャー陣営であるフィオレとアーチャーの二人。

 揃って、心配そうな雰囲気をにじませているところから人の良さが滲み出ており、表情にこそ出さないものの内心でアサシンは好感を持っていた。

 

「細かな傷はありませんね、アサシン。一応の治癒魔術は働いているようですね」

「左様にございまする、アーチャーのマスター殿」

「フィオレ、と呼んで構いませんよ、アサシン。貴方もまた、“黒”の陣営にとって無くてはならない戦力に他ならないのですから」

「………………………………では、フィオレ殿と呼ばせていただきまする」

 

 ペコリと頭を下げるアサシンに、フィオレは眉をひそめる。

 自身のサーヴァントであるアーチャーも物腰が柔らかく、善意をもって自分に接してくれている事は理解しているが、同時に教師と生徒の様な関係であることもまた事実。

 ダーニックとランサーは、臣下と王。セレニケとライダーは、飼い主とペット。カウレスとバーサーカーは、友人よりの主従。ロシェとキャスターは、師弟。今は脱落してしまったが、ゴルドとセイバーが主従であっただろうか。

 この中で最も近い豹馬とアサシンの関係は最後のセイバー陣営だろう。

 そして同時に、破綻しやすいのもこの関係だったりする。

 前提として、魔術師というのはプライドの塊で、やることなすことに自負を持っており、乗せれば乗せるだけ付け上がる者が多い。

 そこに、圧倒的な力をもった従者が無条件に付き従えばどうなるか。

 その結果が、対話という人間特有のコミュニケーションツールの使用を怠ってしまったセイバー陣営のすれ違い、からの脱落だ。

 今回も、アーチャーが割って入らなければ最悪アサシンは脱落していた可能性があり、仮に落ちなくとも大きなダメージを負う事になっていただろう。

 

「アサシン、貴方はそこまでして相良さんに仕えるだけの理由があるんですか?」

「…………?それは、どういう意味にございましょうか」

「サーヴァントは戦うもの。ですが、今回のセイバーとの小競り合いは、貴方が態々戦う必要は無かった、と私は、考えているんです」

「それを考えるのは、小生ではなくマスター殿にございまする。小生はどこまで行っても、人斬り包丁。凶器に頭は要らぬのですよ」

「それは――――」

「私の、聖杯への願いは“不死の返還”です」

「アーチャー?」

 

 フィオレの言葉を遮ったアーチャーは、真っ直ぐにアサシンを見据える。

 

「それは何も、不死を惜しむからではないのです。ソレ(不死)は言うなれば、両親からの贈り物に他ならないのです。それを失ってしまった私は、最早私であって私ではないのですから」

「…………それが、アーチャー殿の願いにございますか?」

「ええ、そうです。その為に、私はフィオレを利用している、と言われてもおかしくないでしょう」

「それは…………」

「サーヴァントはそうあって、しかるべきなのですよ。貴方も願いがあって聖杯戦争に臨んだのでしょう?」

「小生の願いは……………………聖杯に託すようなものではございませぬよ」

 

 真っ直ぐに見据えてくるアーチャーの視線から逃れるようにして、アサシンは目をそらすと再び口を開いた。

 

「小生は、今一度生前の主に会いたいのです。たった一度で良い、そして生前答える事の出来なかった問いに答えたいのでございまする」

「……良い、主に出会えたのですね、貴方は」

「小生には勿体ないほどの大人物にございますれば。後にも先にも、小生の忠義のすべてはあの方の為に存在しておりまする」

「では、貴方が今の主に仕える意味がないのでは?」

「それは、違いまする。マスター殿は、小生に機会を与えてくれる方にございまする。此度の聖杯戦争においても再びあの方との再会こそ果たせませぬが、機会を与えていただけたこともまた事実。それだけで、小生が刀を手に戦うには十分な理由にございますれば」

 

 常人には共感できない極致。機会の一つで命すらもかけるのが、アサシンという男であった。

 だが、彼の視点に立てばそれもまた気狂いの領域ではないのだ。

 そもそも、英霊は聖杯戦争に呼ばれなければ基本的に座に存在するばかり。外界との関りは断たれており、聖杯戦争においてはサーヴァントとして端末を飛ばすような形となる。

 百など軽く超える数多の英霊から選ばれる七騎のサーヴァント達。触媒を用いれば魔術師の側から呼ぶ対象を選ぶことができるが、その逆として英霊側が魔術師を選ぶことはできない。選べるとすれば、召喚に応じるか否か、といったところか。

 

「アサシンの主について、聞いても良いでしょうか?」

「小生の主にございまするか?そうにございますな…………何より派手好きなお方にございました。誰よりも先を見据え、改革を恐れぬお方。しかし、それと同じく誰よりも孤独に身を置き、同時に独りが嫌いなお方でありましたな」

「周囲からの期待という事ですね?」

「然り。あの方は目がよく、手腕も優れておりましたが、同時に周囲の期待に対して演じてしまう脆さがございました。何分、出来てしまうからこそ期待は止まず。そして、最後には…………」

 

 他人から押し付けられたイメージで、アサシンの主は死んだ。

 主はそれを良しとしたが、最後の最期まで付き従ったアサシン側からすれば一方的に押し付けられた憧憬と共に死なねばならなかったあの状況そのものに思うところが無いといえば嘘になる。

 それでも、あの瞬間のやり直しを望まないのは偏に主が納得し、そしてやり直しよりももっと重視すべき事があるから。

 

「いや、はっは…………如何せん、語り過ぎましたな。存外、小生の口も回るというもの。耳汚ししてしまいましたな」

「そんな事!ありません…………アサシン、貴方の覚悟ユグドミレニアのマスターとして確りと聞かせてもらいました」

 

 フィオレは確信する。目の前のサーヴァントが自主的に裏切ることはあり得ない。見張るべきは、彼ではなくその上であるマスター(相良豹馬)である、と。



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開戦

 個人の戦いである聖杯戦争に対して、聖杯大戦は総力戦。

 構図としては、“赤”が侵略側で“黒”が防衛側となるか。

 どちらも狙いは大聖杯。その手に収めれば、その時点で勝敗が決してしまうとも言えるが願いを叶え聖杯の魔力が消失するまではまだわからない。

 

「これは、何とも…………」

 

 アサシンの見据える先。“黒”の陣営が想定したルートのどれも該当しない空からの進攻。

 空中要塞(・・・・)。少なくとも、アサシンの宝具との相性は最悪と言う外ない。

 もっとも、そんな事で二の足を踏むならば英霊になど成ってはいない者揃いであるのだが。

 特に、ランサーの気合はかなりのものだ。彼にしてみれば、生涯をかけて抗い続けた侵略者が、今また目の前に現れた形なのだから当然と言えば当然か。

 数の上では、“黒”が勝っている。しかし、質という点では劣ることは確か。

 セイバーが脱落し、近距離戦闘を高レベルで行えるのは実質アサシンのみ。一応、アーチャーも無手の戦闘法は修めているが、そもそも彼は弓兵だ。あくまでも遠方からの狙撃が基本であり、態々相手の土俵に上がるような愚を犯す必要はない。

 そして、ランサーは王であっても戦士ではない。武技こそ一流に近かろうとも、究極の一には程遠い。

 そもそも、彼は宝具となりえる様な槍を有しているわけでも、技を体得しているわけでもない。しかし、ランサーとして呼ばれるのは、彼のサーヴァントとして呼び出されるクラスにおいてその地がルーマニアであるならば相応しいものであるから。

 

「――――さあ、我が国土を踏み荒らす蛮族たちよ!懲罰の時だ!慈悲と憤怒は灼熱の杭となり、貴様たちを刺し貫く!」

 

 王として、大国を相手に奮戦し続けそして紡がれた逸話の顕現。

 

「そしてこの杭の群れに限度は無く、真実無限であると絶望し――――己の血で喉を潤すがいい!」

 

 猛る魔力が荒れ狂い、地鳴りが響く。

 

「――――【極刑王(カズィクル・ベイ)】!」

 

 変化は、空中庭園より吐き出された竜牙兵。その足元であった。

 幾百、幾千、幾万と数える事すらも馬鹿らしく思えるほどの、大量の杭の森。それらすべてが地面より無数に突き上がり、等しく青い骨格を貫き砕いていく。

 効果範囲一キロ。最大同時出現数二万本。彼の領土に侵攻してきた侵略者たちは物言わぬ屍と成り果て、同時に他の侵略者たちへと見せしめとして未来を叩きつけてくる。

 開戦の引き金はこうして引かれた。

 それぞれが、それぞれの敵を討ち果たす為に地を駆ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 “赤”の陣営は粒ぞろいだが、その中でも飛びぬけた武威を誇るのがライダー並びにランサーの二人だろう。

 このうち、前者は生前にも関わりの深かった“黒”のアーチャーが相手取っている。元より相手方もそのつもりであったらしくこの戦闘はすんなり決まった。

 であるならば、残りのランサーをどうするのか。

 相手できるとすれば、同じく大英雄としてこの地(ルーマニア)での知名度トップクラスのランサーか、あるいは、

 

「――――お前が、オレの前に立つかアサシン」

「然り。小生の役割は露払い、そして足止めにございます故。ランサー殿が“赤”のアーチャー殿を潰すまで、しばしの間興じていただきたく」

 

 杭の森に囲まれた半径数十メートル以上の即席闘技場。

 向かい合うのは、黄金の鎧と漆黒の羽織。

 “赤”のアーチャー、並びにランサーからの襲撃に対して、“黒”のランサーは杭を無数に展開することで分断するという手段に出た。

 その過程で、“赤”のランサーには杭が刺さらないことを確認し、先に倒せるであろうアーチャーを隔離し、アサシンにランサーの足止めを任せた次第。

 英霊の格ならば話にもならない。それでもアサシンは、目の前の敵をあわよくば打ち取らねばならないのだ。

 

「言葉は、不要にございましょう。小生らは所詮は、武によって示すしかない粗忽物であります故に」

 

 アサシンは、腰を落とすと鯉口を切った。ランサーもまた余計な口を開くことなく黄金の槍を構える。

 両者の間に流れる一陣の風。

 ビリビリとした緊張感が、まるで空間に電流でも流したかのように漂っており仮に同じ空間に一般人が居たならば一秒も持たずに気絶している事だろう。

 周囲の景色が消え、耳が戦場の喧騒を排除し、互いが互いにしか見えないまでの集中へと至り――――

 

「「ッ!」」

 

 両者同時に飛び出した。

 敏捷の値は、どちらもA。数値上で見れば、互角であり同時に踏み出したならばぶつかり合うのは二人の丁度中間付近。

 ランサー選択は、突き。人間が扱うには、大きすぎ同時に重すぎる黄金の槍を用いて放たれるのは、七十を超える神速と称する速度と、針の穴を穿つような精密さを持ち合わせた槍の極致とも言うべき攻め。

 その全てが、敵対者の急所を穿たんと襲い掛かる。

 対するアサシン。彼の前には、斬撃の壁が編まれていた。

 彼は、一合を居合で合わせた時点で膂力において自分が敵対しているランサーに劣る事を理解していた。だが、それで終わってしまっていれば、そもそも彼はここまで生き残ってはいない。

 “赤”のセイバー戦と同じこと。一撃で足りなければ、二撃、三撃と重ねればいいのだ。

 神速の居合。幸いなことに、アサシンの刀は宝具でありその強みは“不壊”。どれだけ相手の宝具の格が高かろうとも、言うなれば“(終わり)”のない代物だ。

 一突きに対して、平均3~4の斬撃が逸らす為に襲い掛かる。

 傍から見れば、横から降り注ぐ突きの雨の真っ只中にありながら、周囲に赤い火花を走らせて留まり続ける黒がそこにある状況。

 正に、究極の一のぶつかり合い。ワールドクラスの技量は伊達ではない。

  

「――――フッ」

 

 黄金の槍が翻る。一際鋭く放たれた一撃は、アサシンの顔面を穿つべく穂先が牙を剥く。

 

「――――ッ」

 

 居合は終わり。一瞬で正眼に構えたアサシンは、右斜め下へと潜り込みながら突きを躱すと同時に擦れ違いざまランサーの胴薙ぎを狙った。

 だが、手ごたえは硬質なもの。まるで、鋼でも斬りつけたような手ごたえをアサシンに覚えさせるだけ。

 互い違いにすれ違う。

 次に仕掛けたのは、ランサー。すぐさま向き直ると、消えたと錯覚するような速度で正面からアサシンへと向かっていったのだ。

 放たれるのは、やはり突き。空気の壁を突き破り、その一撃はAランクの宝具にも匹敵するほど。

 突き技は、本来隙を晒す事にもなりかねないため。突きのイメージが強い槍であっても専ら遠心力を乗せる事が可能な薙ぎや振り落としが基本でありアサシンもまたカウンター狙いをするところ――――なのだが、相手の技量が高すぎた。

 叩き落とすことは叶わず、辛うじて逸らして柄頭の殴打を狙うに留まるレベル。

 しかも、その一撃もダメージは見受けられず、ただ鋼を打ったような衝撃だけがアサシンに返ってきただけであった。

 

「…………随分と頑丈な体をお持ちの様で」

「オレの体には、黄金の鎧が纏ってあるからな」

「成る程」

 

 短い会話。それだけ交わして二人は距離をとった。

 決定打の無いアサシンが仕切り直しを求めるのは、当然だ。だがそれは、ランサーにも言える事ではあった。

 というのも、それこそ気のせいと言われれば、それまででしかないほどに僅かなものだが二人の技量には差があったのだ。

 明暗を分けたのは、両者の防御力。

 宝具である【日輪よ、具足となれ(カヴァーチャ・クンダーラ)】によって、概念、物理問わずにダメージが軽減されるランサーと、一撃食らえば間違いなく再起不能のアサシン。

 気の張り方と、防御そして反撃に関する意識の違いが今回の明暗を分けていた。

 故に、事態は動く。

 

「――――認めよう、アサシン。お前は、オレが出会ってきた戦士の中でも間違いなく随一の技量の持ち主であると」

 

 ランサーの魔力が高まった。同時に、その全身から膨大な魔力が太陽の爆発の様な炎として放出される。

 

「故に、オレは、今この場で出せる全力。その全てを出し切ろう」

「…………それは、何とも光栄なことにございまする」

 

 最早極光を放つのではないかと見まがうほどのランサーに対して、アサシンは心を深く沈めていた。

 深く、深く。太陽の光も届かない、深海の様な漆黒の世界。

 

「――――」

 

 言葉は紡がず、閉じた目を開ける。

 それは、魔力ではない。アサシンにそのようなスキルなど存在しないから。

 解放したのは――――――――純粋な殺意。敵を殺す一点に固定された漆黒の衝動とも言うべきもの。

 

「それがお前の、本気か」

「さて、小生自身。小生の底など知りませぬよ。ただ、貴殿とは本気で戦うべきだと思った、それだけにございます故」

 

 紅蓮と純黒。太陽と殺意がぶつかり合う。



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奮闘

某FateのMADを見ていたら降りてきたので書きあげました
一応道筋はできたので、このまま書き通せるかが問題ですね、ハイ











 片や叙事詩に語られる神代の英雄と片や史実に語られる忠誠の侍。

 考えるまでも無く、その戦闘規模には大きな差があった。

 

 爆発。大きな戦塵が空高くまで舞い上がり、その存在を大きく知らしめる。だが、それは次の瞬間には一瞬の膨張を挟んで切り刻まれていた。

 

「…………!」

 

 刀を右手に宙へと舞い上がったアサシンは、吹き付けてくる風の中で目を見開いていた。

 未だに大地に残る戦塵は、風に吹かれて消える―――――前に赤熱した光が溢れ、業火が弾ける事によって大きく吹き飛んでいく。

 迫る、赤い魔力によって形成された幾本もの槍。

 その穂先一つですら大地を容易く砕く様な代物を、複数だ。

 

「―――――なるほど、凄まじい」

 

 しかしアサシンの表情には、焦りなど一つもない。

 最初の一つに狙いを定めて、彼は刀を前面に横に寝かせた状態で構えていた。

 接触。同時に大きな火花が散った。

 何とアサシンは、その“不壊”という特性を使って、刀を盾に魔力の槍を伝って落ちていくではないか。ガリガリと火花が散ろうとも本人にはダメージが無い。

 数本の槍を潜り抜け、彼は頭から地面へと落ちていく。

 柄を握る右腕に力が宿り、刀身の峰を掴んだ左手の指先は血管が浮かび上がるほどに力を込めてその時を待っている。

 

 アサシンの落ちる先。そこに待ち受けるのは、黄金の槍を携えたランサー。

 彼を天高くブッ飛ばした張本人でもあるし、一部を除いた面でアサシンの上を行く世界最高峰のサーヴァントの一人でもある。

 恐るべきは魔力放出。それだけでも宝具と何らそん色のない破壊力を秘めているのだから化物染みている。

 そんな相手と正面切って、アサシンは戦うのだ。

 

「―――――シッ!」

 

 落下の勢いとデコピンの要領を加えた神速の斬撃。

 火花と共に甲高い金属音が戦場に鳴り響く。

 ランサーの槍は、その全てが金属となっている。穂先も柄も一体型であり、少なくとも通常の槍で行える穂先を斬り落とすという対処法は不可能。そもそも宝具の時点でまず破壊など考えるだけで無駄ではあるのだが。

 

「フッ…………!」

 

 一瞬だけ強く刀を押し込み、その反動でアサシンは鍔迫り合いから離脱していた。

 やはり、魔力放出や宝具の強力さなどを加味すれば、そもそも彼がランサーを相手どる時点で間違っていると言えた。

 だがしかし、“黒”の陣営でランサーを抑える可能性があったのは、ランサー、アーチャー、そしてアサシンの三騎のみ。キャスターは接近戦向きではなく、ライダーも武勇に秀でるわけではない。バーサーカーは魔力に関して優れていても他のステータスが追い付かない。

 

 十を超えるような銀の線が空よりランサーへと食らいついてくる。

 その尽くは、金と紅蓮によって撃ち落とされているのだがそれでもアサシンは刃を振るい続ける。

 彼はスキルによって、そこが高度数万メートルであろうと、深海であろうとも十全に刀を振るう事が可能。空中であろうともその体捌きによって変幻自在の攻めを成立させていた。

 だが、それでもランサーとの戦局は拮抗していると言える。

 

「強い…………」

 

 数十にも及ぶ打ち合いの末、アサシンは大きく弾かれると地面を滑り着地していた。

 その体には傷はないが、ひらひらと揺れる羽織はその限りではない。一部には解れがあり、業火によって若干の焦げが見て取れた。

 対するランサーはと言うと、無傷。その身を護る黄金の鎧には何度となく刃が届いていたのだが、その効果によって手傷は全て十分の一以下に抑えられ、その上回復魔術によって即座に傷の再生が行われているのだ。

 千日手。しかしその実態は、長引けば長引くほどにアサシンが不利になっていく。

 

 では両者の主観はと言うと、正直攻めきれないというのが正しい。

 アサシンは言わずもがな、ランサーもまた魔力供給という点で不安を抱えているからだ。

 トップサーヴァントであり、世界屈指の大英雄。そんな彼のコストもまた甚大。少なくとも、宝具の開放などしてしまえばマスターの方が先に潰れかねない。

 要するにこの状況、今の両者にどうにかする術がないという事。

 

 故にこの場を壊すのは、第三者以外にあり得ない。

 

「「!」」

 

 睨み合っていたランサーとアサシンは、揃ってある方向へと目を向けた。

 両者ともに究極の一と言っても差し支えない程の達人であり、それゆえに目を逸らすどころか瞬き一つですらも致命的な隙になりかねないにも関わらず、二人はその方向を見たのだ。

 それは、戦場の中心付近。赤雷や極光、稲妻が走っていた地点。

 

「怪物…………」

 

 アサシンが小さく呟く。

 それは最早人の形などしていない。それどころか生物と形容する事すらも憚られるような異形。

 そして―――――

 

 

 

 

 

 

 大聖杯の喪失。それは、質で劣る“黒”の陣営にとって手痛い等という話では収まらない打撃となっていた。

 それぞれの陣営で見れば、“黒”はセイバー、並びにバーサーカーを失い、“赤”はバーサーカーのみ。元より、質という点で劣り、その上数の上でも上回られたこの状況。

 劣勢どころか、負け戦と称してもおかしくは無いだろう。

 だが、それでもサーヴァントは艱難辛苦を乗り越えて、苦渋だろうと飲み干してマスターの命を熟し尚且つ踏破していかなければならない。

 

「ここに居ましたか、アサシン」

「アーチャー殿……何とも、厳しい戦となりましたな」

「そう、ですね…………よもや、あれほどの術士が居るなど想定外でしたから」

「“赤”のキャスター…………あの空中要塞の持ち主ではありませぬか?」

「マスター達もそう考えているようです。とはいえ、私がここに来たのは貴方を呼びに来たからですよ」

「大聖杯の奪取、といったところでしょうな。小生としても異存ありませぬ」

 

 “赤”のバーサーカーが放った一撃によって半壊したミレニア城塞。

 瓦礫を蹴り分けていたアサシンは、迎えに来たアーチャーと共に彼らの王の下へと向かう。

 

 

 

 

 

 

 英霊の戦いである聖杯戦争において、知名度補正というのは大きい。

 例えば、世界的な大英雄であるヘラクレスは、その知名度により大抵の地において相当な力を発揮することが出来る。

 逆に、クー・フーリンは欧州において知名度の高さがある物の、たとえば日本などではそれほどではない。幾つかの能力には制限が掛けられ、場合によっては宝具の使用にも制限が課せられる場合がある。

 

「「…………」」

 

 火花が舞い踊り、甲高い金属音が間断無く響き続ける。

 空中庭園に乗り込んできた“黒”の陣営を相手に“赤”の陣営もまた己の武威を遺憾なく発揮していた。

 だが、

 

「フッ……!」

 

 場所が悪いと言わざるを得ない。

 この空中庭園は、宝具だ。一サーヴァントの()()()であり、()()でもある。

 大英雄になればなるほどに、知名度補正というバフが掛かる。しかしそれは言い換えれば、知名度補正が無ければバフが無くなるという事。

 この庭園で戦う全サーヴァントが、知名度補正0という状態だ。下で戦っていた時と比べて大なり小なりの影響を受けるというもの。

 一人を除いて。

 

 “赤”のランサーは、今現在進行形で武器を交える眼前の敵に称賛を内心で向けていた。

 彼の相手は、当然と言うべきか“黒”のアサシン。その技量には一切の陰りが無く、知名度補正に関しての影響を元から受けていなかったことは明らか。

 ただ、アサシン一人が普通に動けてもその他がそうとは限らない。

 元からネジの外れている“黒”のライダーや。自己分析に優れ、最善を尽くす“黒”のアーチャーやキャスターは善戦している。

 しかし、“黒”のランサーは別であった。

 彼は、ルーマニアにおいては大英雄であろうとも、その他の地域では別。そもそも根っからの戦士ではないのだ。

 今も、地上では五分以上で押していた“赤”のアーチャーに押し切られかねない状況。

 

(敗れる、か…………)

 

 矢によって砕かれる杭を見ながら、ランサーは冷静に己の先を見据えていた。

 自身の力量を知るからこそ、諦めも付くというもの。

 だが、これは武人の死合ではない。

 

「まだ終わっておりません、領主(ロード)

 

 まるで幽霊の様に現れたのは、ダーニックだった。

 この場の目が彼へと集中していく。

 

「貴方が宝具を開帳していただけるのならば、ね」

「…………ダーニック、貴様。余に今、何と申した?」

「何度でも申しましょう。貴方が有する最強の宝具を開帳すべき、と申しているのです」

 

 ダーニックが言葉を連ねた直後、奔流とも言うべき殺気がランサーより放出され始める。

 

「ふざけるなッ!」

 

 殺意と憤怒を混じらせて、唾を飛ばしてランサーは吠える。

 

「余は断固としてあの宝具は使わぬ!たとえこの場で朽ち果てようとも、受け入れよう!あのような醜悪極まりない姿を晒すぐらいならばな!」

領主(ロード)。最早そのような事を言っているような時間はとうに過ぎたのです。過去の亡霊でしかない貴方と違い、我々は明日を紡ぐ義務がある。この戦いを敗北で終えるわけにはいかないのですよ」

 

 言って、ダーニックは片手を掲げ令呪に魔力を通していく。

 

「貴様ァッ!」

告げる(セット)。宝具【鮮血(レジェンド)(・オブ・)伝承(ドラキュリア)】を発動せよ」

 

 ダーニックの腕より、令呪が一角消えた。瞬間、ランサーの体は変化を見せ始める。

 黒い靄が全身より吹き出し、魔力が高ぶる。理性の色が瞳より消え失せて、最早君主然としていた面影などは見出せないだろう。

 

「第二の令呪を持って命ずる。聖杯を得るまで生き続けよ」

 

 無情にも響く二つ目の声。そして消える令呪。

 その瞬間、ランサーは残る理性を総動員して、ダーニックへと襲い掛かっていた。

 鋭利に伸びた爪による貫手は、容易く彼の肉体を抉り、貫き、穿ち抜く。しかし、ダーニックは笑みを絶やしてはいなかった。

 それどころか、最後の令呪が輝きを増していくではないか。

 

「第三の令呪を持って命ずる!我が存在をその魂へと刻み付けろ!」

 

 元より、彼は魂の専門家。多大なリスクを有する魔術を妄執をもって成してきた彼の術式は、令呪の後押しを受けてランサーの霊基へと混ざり刻まれ、変質を促していく。

 

 そこに居るのは、最早ランサーでも、ダーニックでもない。

 妄執の化物(吸血鬼)がそこに居るだけであった。



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異変

 その光景は、歴戦のサーヴァントをして絶句する他ないものであった。

 

「血迷ったか、ランサーのマスターめ!」

 

 動いたのは、“赤”のアーチャー。

 放たれた矢は、寸分たがう事無く立ち尽くしていた“黒”のランサーの心臓を刺し貫く。

 だが、

 

「なっ…………」

 

 射貫かれた心臓部より流れるのは真っ赤な血ではなく、最初の変貌より全身から溢れた黒い靄であった。

 ランサー自身も倒れるどころか、痛がる素振りすらない。

 弱点の多さに目が行きがちだが、吸血鬼という存在は文字通りの化物だ。

 夜陰に紛れて血を啜り、尋常ならざる怪力を有して、弱点でなければ死ぬ事の無い不死性を有している。

 

「ランサー殿…………」

「アサシン、貴方はどう見ますか?」

 

 それぞれがそれぞれの戦闘を一時休戦し、各々の陣営で集まった面々。“黒”のアサシンとアーチャーは冷静に、自陣営のトップであった男の成れの果てを分析するしかなかった。

 

「味方、ではありますまい。仮に、聖杯を手に入れたとするならば…………」

「吸血鬼が増えるだけ、ですね」

「止めねばなりませぬ。少なくとも、ランサー殿の為にも」

「だとするならば、手が足りませんね。あの魔力、最早一サーヴァントの持ち合わせているモノを遥かに超えています…………っと、不味い」

 

 言って、アーチャーは弓に矢を二本番えると即座に放っていた。

 空を切り裂く矢は、今まさに“赤”のライダーの血を啜らんとしていたランサー、吸血鬼の顔面、正確にはその眼球を捉えて射貫いていた。

 不死身といえども、流石の吸血鬼も目玉を射貫かれれば怯む。

 仰け反ったその一瞬でライダーは離脱。入れ替わるようにして、黒い影が吸血鬼へと襲い掛かっていた。

 

「―――――シッ!」

「ッ!?」

 

 右手一本で放たれた片手平突きが、吸血鬼の心臓を刺し貫き勢いそのままに壁へと突っ込んでいく。

 蜘蛛の巣状に罅を壁に刻み、その中心で吸血鬼は磔にされる。

 

「グォアアアアアアッッ!」

「っと、危ない」

 

 振り回された剛腕を紙一重で躱し、吸血鬼より刀を抜いたアサシンは宙返りをしながら後方へと跳び下がっていた。

 

「実に厄介。肉を貫いたように見えて、その実靄にでも刀を突き刺した気分にございまする」

「ですが、突破口は見えましたね」

 

 アサシンの独り言に応えるように、アーチャーは指をさした。

 見れば、壁より這い出てきた吸血鬼の胴には白煙を上げる傷跡が刻まれているではないか。

 

「アサシン。貴方の刀には、何かしらの逸話が?」

「…………刀、というよりも小生には人外に対するスキルがございまする。無論、この刀にも同じく。ただ、そこまで強力な代物ではありませぬ故、過信せぬようお願いいたしまする」

 

 如何に一時休戦とはいえ、敵対する“赤”のサーヴァントを前に情報開示など実に不合理であるのだが、この場ではそんな事を言っていられない。

 今にも吸血鬼は襲い掛かってきそうだ。

 だが、彼はその紅く淀んだ狂気の瞳を相対したサーヴァントではなく、別の方向へと不意に向けた。

 

 暗い廊下。歩いて来るのは、旗を携えた金髪の聖女。

 この場に居るサーヴァントは知っている。彼女が聖杯戦争の中立の審判であるという事を。マスターと同じく令呪を持ち合わせているという事を。

 彼女、ルーラーはその凛とした瞳を細め、吸血鬼を見る。

 

「吸血鬼と成り果てましたか、ランサー」

「オオアッ!」

 

 返答は放たれた杭。恐るべきことに、吸血鬼は怪物と成り果てようとも宝具を扱えるらしい。

 いや、そもそも宝具によってこの状態に至っているのだから、おかしくは無いのかもしれないが。

 

「已むを得ません」

 

 杭を旗によって弾き、ルーラーは己の権限を行使する。

 

「ルーラー、ジャンヌ・ダルクの名においてこの場に集う全サーヴァントに令呪を持って命ずる。吸血鬼を打倒せよ!」

 

 吸血鬼と相対する六騎のサーヴァントに、令呪のバックアップ。

 これによって、少なくともこの場における互いの背を討つ可能性というものを封じる事が可能であり、同時に全員が同じ方向を向くことが可能となるだろう。

 化物狩りの始まりだ。

 

 

 

 

 

 

 この場におけるサーヴァントは聖杯戦争でも稀に見る程の強者揃い。

 先手は“赤”のライダー。古今東西あらゆる英霊の中でも取り分け最速とされる俊敏性は、最早音すらも置き去りにするほど。

 青銅とトネリコによって作られた槍は、空気の壁を突き破り吸血鬼へと襲い掛かる。更にそこへ、援護するように“赤”のアーチャーの狙撃が幾筋も突き刺さっていた。

 

「ガァアアアッ!!!!」

 

 だが、吸血鬼が吠え、全身より放出するどす黒い霧によってライダーは距離を取らざるを得ず、矢もまた反れる。

 

(アグニ)よ」

 

 全身を霧に変え逃れようとする吸血鬼。そこに業火が襲い掛かった。

 骨の髄まで焼き尽くし、灰すらも消し飛ばしそうな火力だ。さしもの不死身も、元の肉体へと戻り、

 

「シッ……!」

 

 銀閃が、その右腕を斬りつけていた。

 炎が大きく翻り、若干薄くなったところで、“黒”のアサシンが斬り込んでいたのだ。彼の刃は人外殺し。如何に吸血鬼といえども、寧ろ吸血鬼だからこそその刃を無視することはできない。

 

「おのれェエエエエッ!」

 

 怨嗟の様な声を吐きだしながら、吸血鬼は厄介な相手から始末しようとその剛腕を振り上げて、

 

「ゴアッ!?」

 

 その前に、強力な蹴りによりその巨体は後方へと大きく吹き飛ばされていた。

 蹴ったのは、“黒”のアーチャー。弓の名手である彼だが、同時に数々の英雄を育て上げた師であり、その体術もまたサーヴァント内でも上位に食い込む。

 吹き飛ばされた吸血鬼は、しかし空中で霧と化すと、そのまま壁を伝うようにして飛翔。

 敵対するサーヴァントたちを無視して、その奥にあるであろう大聖杯へと向かい―――――その直前で壁より這い出てきた三体のゴーレムによってその道を阻まれてしまう。

 “黒”のキャスターはゴーレム使い。生み出されるゴーレムは現代の魔術師など歯牙にもかけないような物であり、何と白兵戦特化のセイバークラスと三合も打ち合えるのだ。

 相手は怪物。如何に傑作なゴーレムだろうとも、土塊の様に破壊されるだろう。だが、破壊するためにはその足を止めねばならない。

 

「落ちるが良い」

 

 放たれた三つの矢が、吸血鬼の体を射貫く。

 ゴーレムの破壊に一瞬手間取ったところで撃ち落とされたのだ。更に、落ちた先には、

 

「セアッ!」

 

 最速の英雄が待っている。

 “赤”のライダーが振るう槍の穂先は、最早速射砲。吸血鬼の体は抉り抜かれたように一瞬の間で穴あきチーズの様な有様だ。

 しかしそれでも、吸血鬼という存在は死なない、消滅しない。

 

「カッ!」

「おっと」

 

 技もへったくれも無く振り上げられた右の鉤爪を、ライダーは間一髪で躱す。そして、彼の背後では斜めに切り裂かれた傷跡が壁面に刻まれた。

 まさしく、暴力だ。敵を打倒するために磨かれた武威ではなく、単純に全てを破壊するためだけの行動。

 歯を合わせ、唸り声を上げる吸血鬼。

 いまいち決め手に欠けるのは、彼らが宝具を用いない為だろう。

 “赤”の陣営は揃って宝具の破壊力が凄まじ過ぎる。“黒”の陣営は、一人は未完成、一人は対人であり威力に若干の難あり、一人は一発限りか若しくは守備型。

 

「“黒”のアサシン」

「何用にございましょうか、“赤”のランサー殿」

 

 このまま膠着状態に陥りそうなこの状況。打破の為に、ランサーは今回の聖杯大戦において“黒”のセイバーに並んで刃を交えた“黒”のアサシンの下へ。

 

「合わせろ」

「…………承知」

 

 言葉少なく、ランサーは業火を持って吸血鬼へと肉薄していく。

 彼の炎の影響により、吸血鬼は己の肉体を霧へと変えてその場を離脱することが出来ない。そして、炎を払う為には実体を持たねばならなかった。

 そこを、二体のサーヴァントは突く。

 

「グゥゥゥ…………!」

 

 炎に巻かれた吸血鬼は、次の瞬間には全身を斬り刻まれていた。

 アサシンは縦横無尽に通路を駆け回る。

 速度の一点にのみ絞り、刀を振るのではなく逆手に固定。最早自分が上下左右どうなっているのかすらも分からないような高速機動。

 目印にするのは、この場で一番煌々と照り輝く太陽の様な炎。

 目まぐるしく動き回る視界の中、その炎だけを頼りに彼は刃で空を切り続ける。

 そして、

 

「ギッ―――――!?」

 

 振ったシャンパンのボトルよりコルクが飛ぶように、吸血鬼の首が心臓の血圧に負けるようにして天井へと回転しながら刎ね上がっていた。

 

「ライダー」

「おうよ!」

 

 ランサーの声が小さく響き、“赤”のライダーがその場から消える。

 その直後、首が刎ねられた吸血鬼の胴体が後方へと勢いよく飛んでいた。

 胴体には複数の抉り抜かれたような穴が開いており、そこから白い煙に紛れる様に黒い霧が血の様に溢れる。

 通路を滑るように離れていくその体。そこに複数の矢が襲い掛かり、床へと縫い留めてしまう。

 

「シッ!」

 

 更に、未だに宙を舞っていた頭はアサシンの手によって十字に斬られ四等分。人外殺しとしての効果も上乗せされ、少なくとも頭は動かなくなった。

 このまま―――――

 

「詰み…………ッ!」

 

 異変、起きる。

 

 

 

 

 

 

 崩れたのは、“赤”の陣営。ランサー、ライダー、アーチャーの三騎が大なり小なり体勢を崩し隙を晒してしまう。

 そして、彼らの動きに一瞬だけ意識をつられた“黒”の陣営。

 彼らの誤算は吸血鬼に対する認識。そして、ダーニックの妄執と令呪の後押しによる異常性。

 

「ッ!アサシン!吸血鬼はまだ…………!」

「ッ…………!」

 

 如何に歴戦といえども、異常事態が重なり過ぎれば動きも鈍る。

 “黒”のアーチャーも反応し、アサシンもまた咄嗟にガードの体勢へ。

 何と、吸血鬼は首を刎ねられ、全身がズタズタに破壊されながらも、()()()()()起き上がり大聖杯へと向けて駆け出しているではないか。

 その道中で、反応が鈍ったアサシンとアーチャーをその剛腕で吹き飛ばし、場を静観していたルーラーの頭上を飛び越えて通路の奥の闇へと消えていき、その後を慌ててルーラーが追いかけていく

 失態だ。令呪と吸血鬼の不死性を侮った事が原因。

 

「アサシン!ルーラーを追ってください!」

「承知…………!」

 

 咄嗟の事。吹き飛ばされた位置が吸血鬼の走り去った方へと近かったアサシンへと、アーチャーが指示を飛ばす。アサシンもまた、一切の思考を挟まずに刀を鞘へと納めると縮地を応用した高速の歩法によって音も無くその後を追いかけ始める。

 

 恐るべきは、吸血鬼か。頭の無い状態でありながらサーヴァントと同等か、それ以上の脚力を発揮しており追いつけない。

 やがて、彼は目の前に開いた扉とルーラーの背中を視認した。

 

 そして、それを見た。

 

「―――――“この魂に憐れみを(キリエ・エレイソン)”」

 

 青い炎によってその肉体を浄化され灰へと還って崩れ行く吸血鬼の胴体を。

 そして―――――

 

「初めまして、今回のルーラー。並びに、“黒”のアサシン」

 

 吸血鬼をたった一人で滅ぼした神父が二人に顔を向ける。

 褐色の白髪の少年とも青年とも言えるような幼さの残る顔立ちだ。何より、

 

「何故、ルーラーが…………」

 

 その気配は人のようでもあるが同時にサーヴァントのようでもある。

 聖杯大戦というイレギュラーに更に加えられたバグ。

 

 前回。すなわち、第三次聖杯戦争によって呼び出されたルーラーの登場であった



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決別

エタる位なら好きな所だけを書いてしまえと天啓が下りてきましたので投稿します
あと、幾つかで終わる筈、です。多分



投稿場所をミスってたので上げなおします


 もう一人のルーラーの出現。それは、この聖杯大戦が抱えた問題の表出であると同時に、終局への道筋が見つかった事にも繋がった。

 “黒”と“赤”。二つの陣営は、しかし今や圧倒的ともいえる戦力差が横たわっている。

 “黒”の陣営はセイバー、バーサーカー、ランサーが敗退。そして、キャスターは離反。戦力となるのは、ライダー、アーチャー、アサシンの三騎のみ。

 対して“赤”の陣営は、バーサーカーが敗退。セイバーが離れているがそれ以外のサーヴァントは健在。更に聖杯を手中に収めており、魔力切れ等を考える必要すらも無い。そして、サーヴァント自体も粒揃いすぎる。

 

「…………小生とは、相性が悪すぎますな」

 

 目の前で森をかき分けながら邁進する土くれの巨人を見つめ、珍しくもアサシンは愚痴をこぼしていた。

 彼の手にある宝具は間違いなく、一級品。神造兵器とだって正面から打ち合っても軋むことすらないだろう。

 だが、それでも所詮は、一振りの刀でしかない。当人の技量がずば抜けているために通常の戦闘ではそこまで力不足を感じる事は無かったが、今は違う。土くれの巨人に向けるには、彼の宝具は爪楊枝のようなものでしかなかった。

 “黒”のキャスターの宝具にして、“黒”の陣営の最後の切り札になりえたであろう宝具【王冠:叡智の光(ゴーレム・ケテルマルクト)】。それが今、陣営に牙を剥く巨人の正体だ。

 相対しているのは、“黒”の陣営に残ったサーヴァント、そしてルーラーと“赤”のセイバーだ。

 目的は巨人の破壊。だがそれは、一筋縄ではいかない。

 

「ハァアアアアッ!」

 

 旗を振るい、己に迫っていた右腕を弾いたのはルーラー。

 華奢な見た目ではあるが、彼女もやはりサーヴァント。それも知名度という点では世界的にも知られた聖女だ。体格差などものともしない。

 問題は、弾かれた巨人。

 確かに体勢こそ若干揺らいだものの、足元の楽園化は進み続けている。

 直ぐに姿勢は元へと戻り、その手には黒曜石の大剣が握られていた。

 放たれる一撃。その巨躯からは想像できな速度と精密性をもって、狙われたのはつい先ほど一撃を与えたルーラーだ。

 咄嗟に旗を盾に防ぎ、その体は後方へと大きく弾き飛ばされてしまう。

 入れ替わる様にして襲い掛かるのは、無数の矢と黒の一閃。

 

「……やはり、大きい」

「こちらの戦力をもう一つ、欲しいところですね」

 

 マシンガンのような速射も、その硬質な表皮を貫くには至らない。仮に貫いても足元の広がり続ける楽園の影響によって巨人の手傷は瞬く間に癒えてしまう。

 一閃によって手首から先を切り落とさんとしたアサシンの一撃は、しかしその巨体により八割を切断するに止まっている。相性の悪さが否めない。

 

(首を刎ねても、恐らく止まりますまい)

 

 アサシンの対人魔剣ならば、大きさに関係なくその首を刎ね飛ばすことが出来るだろう。

 だがしかし、()()()()で止まるならば苦労しないというもの。

 彼は知っている。人外連中は、基本的に首を飛ばしただけでは確実に仕留めたとは言えないという事を。そして、そもそも首が無い存在も少なくないという事を。

 目の前の相手はどうか。下手すれば斬り飛ばした首から修復しかねない様な凄みがある。

 再び、隙を求めて周囲を走るアサシン。すると、少し離れた地点で赤雷が走った。

 この聖杯大戦で、何度か剣を交えた相手。その出現に、しかしアサシンはこの先の見えなかった戦場の光明を見た気がした。

 

「―――――“黒”のアサシン!こちらへ!」

 

 響くのはルーラーの声。向かえば、そこに居るのは呼び寄せたルーラーとそれから獰猛な笑みを浮かべ甲冑を纏う“赤”のセイバー。そして、過去に“黒”のセイバーが助けたホムンクルスの少年。

 

「“黒”のアーチャーの見立てで、あの巨人は地面より離れればその再生能力を大きく削がれるという話です」

「そこを、両陣営のセイバーの宝具によって突くという事にございますな。小生らは、巨人の注意を惹き、隙を作るという事にございましょう?」

「話が早くて助かります。問題は―――――」

「滞空時間。宙に浮かせるだけでは、隙が少なすぎる点にございまするな」

 

 戦場において、確実なものは滅多に存在しない。如何にサーヴァントといえども、不可能なことは珍しくは無いのだ。

 巨人は、文字通り巨体だ。であるならば、作用する重力なども見た目相応であるだろうしもしかすると空中で何かしらの反撃を行ってくる可能性もある。

 であるならば、ただ浮かせるだけでは不足。

 

「―――――小生の宝具を用いましょう」

「え?」

「小生の宝具は、結界型の宝具にございまする。宙に浮いた瞬間に発動し空へと押し上げ、そこを突けば宜しいかと」

「…………任せていいのですね?」

「ふっ、仮に失敗しようとも弱小のサーヴァントが一騎消えるのみにございまする」

 

 割と洒落にならない事を言うが、ルーラーが指摘する前にアサシンは巨人へと向かってしまう。

 作戦開始だ。まずはルーラー、並びにアーチャーが巨人の左足、特に関節部である足首を重点的に狙いそのバランスを大きく奪う。

 若干浮き上がった所で、この世ならざる幻馬(ヒポグリフ)にまたがったライダーの出番。宝具によって強制的に相手をひっくり返して宙へと浮かせる。

 その瞬間、巨人の背の下。影の下に入り込むようにして、アサシンが魔力を練り上げ刀を地面へと突き立てた。

 出現するのは、巨大な天守。白塗りの壁に、黒い屋根瓦。日本に存在する城のような見た目だが、その本質は彼が守護してきた砦の概念そのもの。

 巨人にも勝るとも劣らない巨大な天守は地面から生えるようにして天を衝き、その背中を押し上げていく。

 そこへ迫る、紅蓮と黄昏の奔流。

 楽園の中にいたならば別としても一切のバフを受けていない土くれの巨人に耐える術などありはしない。

 夜空に巨人は砕け散る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 相良豹馬は荒れていた。

 元々、魔術師として一般人とは明らかに違う倫理観や道徳観念を持った彼だが、それに加えて魔術師としても二流という劣等感と、魔術師特有の傲慢さと自尊心を持った歪みを抱えておりそれが今回噴き出した形だった。

 原因は、今回の巨人戦でアサシンが彼の承認も得ずに隠し玉である宝具を使用した点。

 

「■■■■■ッ!」

 

 最早、書き出す事すらも憚られるような罵詈雑言。そしてアサシンは一切弁明することなく、その場に膝をついて唯々怒りを受け止める事に終始していた。

 だがしかし、今回の豹馬の怒りは理不尽と言う外ない。

 何せ彼は、城塞に閉じ籠って戦場には顔を出すどころか戦況把握すらもしていなかったのだから。

 ぶっちゃけ、アサシンには言われる筋合いが無い。無いのだが、彼はサーヴァント。それもマスターへの反骨精神に欠けた忠犬タイプであった。

 だが、このままでは半永久的にこの無駄な時間は終わらない事だろう。そして、それを終わらせる手段が二人にはない。

 故に、終わらせるのは第三者。

 

「■■■■■■■■―――――ッ、何だよ!」

 

 更なる罵倒を連ねようとしたところで、念話が届く。

 舌打ちを零して怒気そのままに応対していた豹馬だったが、幾つか言葉を交わせば幾分か冷静になれたらしい。目の前のアサシンを睨みつけて、念話は途切れた。

 

「おい、行くぞ」

「………はっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 王座の間には“黒”の陣営と+αが勢ぞろいしていた。

 アーチャーとフィオレ、ライダーとホムンクルスの少年ジーク、カウレス、ゴルド、そしてルーラー。

 扉を開けて入ってきた豹馬とアサシンに視線が一斉に突き刺さる。

 

「で?今後の方針って話だけど、どうなったんだい?」

「簡潔に言いましょう。私たちの目的は、変わらず大聖杯の奪取です」

 

 フィオレの口から語られる敵の目的。第三魔法による魂の物質化。永遠の世界。

 その話が出た瞬間、一瞬だがアサシンの表情に嫌悪が浮かんだのだが、それはアーチャーのような一流のサーヴァントが気づける程度の物。

 何より、

 

「―――――良いじゃないか、永遠の命」

 

 豹馬は乗り気だった。

 第三魔法。魂を物質界へと魂のまま干渉できるようにし不老不死化。魂をそのまま永久機関として魔力を無尽蔵に得続けるというもの。天草四郎の目的は、この第三魔法を全ての人類へと適用させるというもの。

 魔術師にとっても悪くない事。寧ろ、魔術の研鑽には長い年月が必要なのだから不老不死は魅力的だった。

 だが、生憎と彼はそうでも彼に付き従うサーヴァントは違う。永遠の命など、欠片も興味がない。

 温度の無い目で斜め後ろに控えたアサシンは、真っ直ぐに豹馬の背を見つめていた。それこそ、第三者であるフィオレ達の背に若干冷たいものを走らせる程度には、恐ろしい。

 しかし当人が気づかない。それどころか、

 

「僕としては、分からないな、そこのオッサンなら喜んで永遠の命に飛びつくかと思ったのに。ああ、そっか早々に脱落したから選択肢がなかったんだね」

「……ッ」

 

 嘲る豹馬に対して、ゴルドは肩を震わせる。拳を握り、しかし反論の余地がないために黙っているしかない。

 何より、どれだけ馬鹿にされようとも相手はサーヴァントを使役している。一個人で戦闘機を有しているようなものなのだ。それも、マスターの天敵であるアサシンなど恐怖でしかない。

 周囲の視線も厳しくなってきたが、己のサーヴァントの力を笠に着た小心者は止まらない。

 

「とにかく、僕らは抜けさせてもらうよ。止めるってんなら、こっちも容赦しない」

 

 アサシン、と呼びかければ顔を伏せた彼が左手を鍔元へと鯉口を切った彼が前へと出てくる。

 これは拙い。この場で戦えるのは、アーチャー、ライダー、ルーラー。そして、とある事情から龍殺しの力を得たジークの四名。

 だが、その内真面にアサシンと戦えるのはアーチャーとルーラー位。ライダーとジークはそれぞれ実力と、制限時間により難があった。

 ただ救いと言うべきか、アサシンの雰囲気は沈んでいる。刀に手を掛けているのだが、殺気は一欠けらだってその体から出てはいなかった。

 そして、一瞬だけ彼の目がアーチャーへと向けられる。

 普通ならば、通じなかっただろう。しかし、この場では違った。アサシンの考えを悟ったアーチャーは、すぐさまその手に弓を出現させ射ったのだ。

 空白を切り裂く矢。そして、そんな矢を叩き落す銀閃。これが戦闘開始の合図だった。

 

「これ以上、戦力が離れられては困りますから!」

 

 狭い室内でありながら的確な狙撃と、ルーラーによる旗の攻撃。対してアサシンは無言のままに応戦を選択した。

 驚嘆すべきは、やはりその技量。その場からほとんど動くことなく、彼はルーラーに()()()()()事によって場所を動かし的確に狙撃のタイミングを潰しているのだ。

 傍目から見れば凄いのだろう。少なくとも、その戦闘擬きは常人の目では追えないような派手さがあった。

 だがしかし、サーヴァントから見ればその限りではない。

 

「…………」

 

 あくまでも刀を振るう事に終始し続けているアサシンには、奇抜さがない。必殺が無い。素早くどちらかを仕留めなければ不利になる事を理解していながらダラダラと矛を交え続ける矛盾。

 そして、その無駄な遅滞戦術はある意味で実を結んだ。

 

「―――――【触れれば転倒(トラップ・オブ・アルガリア)!】」

 

 霊体化からの強襲。真横からの黄金の馬上槍がアサシンを掠めた。

 鎧の上からでも効果を発揮するそれは、その穂先で触れた対象を問答無用で転倒させる。サーヴァントならば、足を強制的に霊体化させてしまい、一気に機動力を奪うことが出来る。

 例にもれず、足を霊体化させられバランスを崩して倒れるアサシン。そこに、ルーラーの旗が振るわれ部屋の壁へと叩きつけられていた。

 がれきに埋もれたアサシン。そして、まさか自身のサーヴァントが敗北するとは思ってもみなかった豹馬は目を見開いた。

 

「おい、アサシン!?くそっ、肝心な時に使えない!」

 

 吐き捨て、掲げるのは右手。そこにあるのは令呪だ。その命令権は絶対的であり、簡潔かつ明確な命令の強制力は大抵のサーヴァントでは抗えない。

 何をするつもりかは明らかだ。未だアサシンは敗退していない。一時的な行動不能に陥っているだけなのだ。パスは繋がったまま健在。

 であるならば、令呪であれ何であれ復活させ、その上でバフをかければいい。

 完全に死ぬまで戦い続ける戦闘人形に仕立て上げれば、その後の豹馬自身の身も安泰だ。少なくとも、この聖杯大戦が終結し第三魔法が広まった不死身の世界が始まるまで持てばいいというのが彼の考え。

 ただ、そんなものはこの場においては浅知恵に過ぎないというもの。

 

「おっと、動かないでねぇ!」

「ぐえっ!?」

 

 アサシンを撃退したライダーの馬上槍が豹馬を掠め。彼は背中から床へとひっくり返る。

 思ったよりも勢いがあり、その反動で集中の途切れた彼の令呪は輝きを失う。どうやら気絶してしまったらしい。

 後は、マスターとしての権限の委譲だが、これに関しては豹馬の右手を切り落とすか、或いは彼自身から以上の承諾を得るかの二つ。

 令呪の移譲というのは存外簡単なのだ。当人の意思があればの話だが。

 沈黙した豹馬を縛り上げて拘束する一同。そこで漸く瓦礫の中からアサシンが這い出てきた。

 砂ぼこりを払うその体には大したダメージは無いらしい。霊体化していた両足も元に戻っている。

 

「一芝居、お付き合い感謝いたします、アーチャー殿」

「いえ、構いませんよアサシン。貴方こそ良かったんですか?加担した私が言うのもおかしなことですか、マスターを裏切る事になってしまいましたが…………」

「確かに、小生の性分としては後味は悪いと言う外ありませぬ。しかし、此度の一件は小生としても見過ごすわけにはいかぬのです」

 

 アサシンとて、好き好んでこんな選択をしたわけではない。もしも、豹馬が一欠けらでも善性を見せていたならば、彼自身の言葉による説得を試みたかもしれない。

 だが、この聖杯大戦の中見てきた豹馬の在り方は悪辣その物。アサシンでなければ、背中から刺されていても文句は言えないような有様だった。

 言葉による説得は不可能、かといって矜持的に無言で刺し殺すようなことも出来なかったアサシンは、結果今回のような一芝居打つこととなったのだ。

 それほどまでに、アサシンはこの戦いに参加するだけの理由があった。

 それは私怨にも思えるようなもの。極々個人的な理由なのだが、それを彼が口に出すことは無い。

 

 決戦の時は、刻一刻と近づいてきていた。



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閑話

完全に箸休めな蛇足な話です
残り、恐らく3、4話前後で終わる…………筈











 混沌とした夜が終わり、陽はまた昇る。聖杯大戦もいよいよ大詰めといったところか。

 

「…………」

 

 吹き抜ける朝の風を受けながら、城塞の塔の天辺へと座り込み目を閉じるアサシン。

 彼の内心は外側からは何も悟れない。ただひたすらに無表情のまま目を閉じ、内面へと没入していく様に見えるぐらいだろうか。

 事実、彼の内面は荒れている。それこそ、常日頃の彼に比べれば圧倒的なまでに。

 アサシンは、忠誠の英霊だ。最後の最後まで主に付き従い、一度として裏切ったことなど無い、そんな人物が彼だった。

 聖杯戦争に呼ばれたとしても、基本的にそのスタンスは変わらない。

 マスターへの忠誠を誓い、死力を尽くすのが彼だ。

 だが今回、その在り方を捻じ曲げてでもアサシンは相手の目的を止めると決めた。その為に力を尽くすとも。

 どうしても、受け入れられなかったから。受け入れるわけにはいかなかったから。その後押しとして、マスターであった男のクズっぷりがあったことは否定しない。

 とにかく、アサシンはこのまま一人最後の戦いが始まるまで過ごすつもりであった。

 そう“あった”、つまりは過去形である。

 

「あ、居た。おーい、アサシンー!」

「……ライダー殿?」

 

 閉じていた目を開けて、下を見たアサシンの視界に入ってきたのはピンクの髪を揺らして手を振る“黒”のライダーの姿だった。

 いったい何の用か分からないが、少なくともアサシンは火急の要件ではないと当たりを付ける。その場合なら念話で呼び出せば済み、態々どこに居るかも分からないような者を足で探すメリットは無い。

 軽い動作で立ち上がり、屋根から飛び降りた彼は体重を感じさせる事無くライダーの前へと降り立った。

 

「何用にございましょうか、ライダー殿」

「ひゃー!凄いね、アサシン!君ってあんな高いところから飛び降りて、物音ひとつしないなんてさ!ボクなら、もしかしたら顔から落ちるかもしれないのに!」

「は、はあ…………して、小生には何用で―――――」

「あ、そうだったそうだった。キミに頼み、と言うかボクのマスターがキミに用事があるんだよ」

「ライダー殿のマスターが?」

「そうそう。ほら、マスターってセイバーの心臓を貰ったじゃないか。それで、体が強くなったんだけど剣を使うって事でアーチャーから習ったんだけど…………」

「アーチャー殿は、素手や弓の名手。剣は門外漢という事にございますな?そこで、刀を使う小生に白羽の矢が立った、と」

「ま、つまりはアサシンにはマスターの先生になってほしいってわけさ!」

「…………」

 

 快活に笑うライダーに対して、アサシンの表情は複雑だ。

 彼としては、目の前で裏切り行為を見せたのだからもっと警戒されて然るべきだと思っていた。だが、蓋を開けてみればこうして“黒”の陣営の隠し玉の教導を求められているこの状況。

 ライダーが伝えに来たという事は、アーチャーやルーラーなどもこの件を了承したという事だろう。

 

「アサシン?」

「…………ええ、小生で良ければお受けいたしましょう」

「ホント!?いやー、助かるよ!」

 

 喜色満面にライダーは、アサシンの手を取って上下にブンブン振り回す。

 この能天気さと言うべきか、人懐っこさが彼の武器なのだろう。死んだ目をしながら、アサシンはそんな事を考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 刀と剣。この二つは、使い方が似て非なるものと言える。

 刀は押し当てて引く事によって斬る。剣は垂直に振り下ろして叩き割る。

 勿論、全てが全てそうではないし、剣や刀も形状によっては使い方が違う事も少なくない。

 

「故に、小生が教導するのは刃物の扱いにございまする」

「ああ、よろしく頼む」

 

 城塞の中庭にて、日光の元それぞれに木剣を構えるのはアサシンとライダーのマスターであるジーク。少し離れてその場を見守るのは、アーチャー、ルーラー、ライダーの三騎とそれから、現在ユグドミレニアのトップとなっているフィオレ。

 木剣の長さは通常の腰の佩くことが出来る程度の長さの物。真剣を用いないのはもしもの場合を考えての配慮だった。

 

「宜しいですかな、ジーク殿。そもそも西洋の剣は諸刃、故に刀身に触れて押し込むことは基本的に不可能という事をご理解くださいませ」

「ああ」

「それ故に、振るう場合利き手を軸とし、もう片方の手で柄の先端を掴み振るうのです」

 

 言って、アサシンは器用に木剣を振り回して見せた。

 真似するようにして剣を振るうジーク。だが、その姿はどこかぎこちない。

 その様子を確認していたアサシン。すぐさま、自分が勘違いをしていたことに気が付く。

 ジークは元々ホムンクルスだ。弱弱しかった姿を知っているからか初歩の初歩から教えようと考えたのだが、どうやら手加減の心配は必要なかったらしい。

 

「ジーク殿」

「なんだ?」

「素振りは結構。これより、小生と手合わせをいたしましょう」

「手合わせ?だが、木剣といえども痛いだろう?」

「心配なさらずとも、問題ありませぬよ。さあ、どうぞ」

 

 両手を左右に開いて招き入れるような体勢のアサシンに対して、ジークは一瞬困惑したような雰囲気を発したが直ぐに木剣を構え、まっすぐ前へと踏み込んだ。

 木と木がぶつかり合う音が甲高く響く。

 サーヴァントと竜殺しの心臓を得ようとも一介のホムンクルスではその実力には大きな隔たりがある。

 それはステータスだけではない。英雄としての経験や、そもそも有しているスペックによる違いにも端を発する隔絶した差なのだ。

 アサシンから見て、ジークの技能は拙い。拙いが、同時にしっかりとした芯を感じさせるものだった。

 根っこはあれども育っていない。そして、体格に剣術があっていない印象を覚える。

 数度木剣を交え、そして大きく弾いたところでアサシンは口を開いた。

 

「ジーク殿、魔術回路の起動をお願いいたします」

「なぜだ?」

「貴殿の剣術は、言ってしまえば剛剣。己の筋力をもって対象を切り伏せるものにございまする。使いこなせれば強力なものとなりましょう。しかし、それはあくまでも振るえるだけの力があってこその物。少なくとも、如何に体格が成長しようとも筋力が届いていない素のジーク殿では、大した成果は見込めますまい」

「俺の足りない力を、魔力で補うという事か?」

「然り。使えるものを使う。戦いとは高潔なモノでも、健全なモノでも、美しいモノでもありませぬ。血と泥にまみれ、どうしようもなく救いがない。それが戦争というものにございまする。だからこそ、全てを利用いたしましょう。例えそれが気休めでしかなくとも、死ねば自動的に敗者となるのですから」

 

 英雄だろうと何だろうと死ねば終わりだ。その道はそこで途切れ、それから先に物理的な干渉など許されない。

 アサシンならば、主と共に燃える寺にて焼け死んだ先、主の部下たちのいざこざには一切関与していない。

 どうしようもないと言われてしまえばそれまでだが、それが人生だ。殺伐とした人生観に関しては彼の生きてきた現実が厳しすぎたという事で一つ。

 納得したのかは分からないが、ジークは素直に魔術回路を起動。全身に強化魔術を付与して、先程とは比べ物にならない速度と力強さをもって突っ込んでいった。

 再び始まる実戦稽古。

 その様子を眺め、アーチャーは感嘆の声を漏らしていた。

 

「ほお、彼には教え子を持った経験でもあるんでしょうかね」

「アサシンに、弟子が?」

「ええ、そうです。見てください、フィオレ。二人の手合わせを見て、どう感じますか?」

「どう…………」

 

 己のサーヴァントに促されて前へと視線を戻したフィオレ。

 彼女の視界に映るのは、庭を踏み砕きながらかなりの速度で接近し木剣を振るうジークと、そんな彼を正面から受け止め弾き続けるアサシンが居る。

 ホムンクルスではあるが、その魔術回路は一級品。それに加えて後天的にサーヴァントの心臓を移植され成長したジーク。実力も、魔術師としてみれば高いだろう。

 対してアサシンの戦闘に関しては、門外漢である彼女にはほとんど分からない。

 派手さは無いと思う。少なくとも“赤”の陣営に所属したサーヴァントのみならず、“黒”の陣営含めてアサシンの戦闘スタイルは地味と言う外ない。宝具も、ゴーレムを破壊する折に一瞬顕現した限り。それにしたって、ビームが出るとか、この世には存在しないであろう生き物が召喚される等ではなく建造物を出現させるというもの。

 そして今、アサシンは()()()()()()()()()()()()ジークの相手を―――――

 

「…………一歩も、動いていない?」

「ええ、その通り。更に、ジークの実力よりも僅かに上程度の力量で相手をしています。見極めも完璧ですね。どれだけジークの出力が上がろうとも、アサシンの全力を超えられない限りはあのままでしょう」

 

 淡々と言い切ったアーチャー。

 彼の目から見ても、アサシンは技術で剛力を制するタイプの戦士。いや、そもそもその方面にしか伸ばせなかったという方が正しいだろう。

 神代から時間が流れ、神秘が薄れた時代。余程特異な生まれ方でもしない限りは、基本的に特殊な、それこそ神との混血などの人間は生まれてこない。

 アサシンはある意味、特殊な生まれだがそれだけで何かしらの恩恵があったわけではない。寧ろ、同僚と比べれば成長率以外は劣っていた面が多かったかもしれない。

 だからこその、技術特化。鍛えれば身に付くであろうソレを全力をもって習得していった。

 ある意味、アーチャーとは相性がいいかもしれない。何せ彼は根っからの教師気質。技能習得にかけては一流であるのだから。

 

「あっ…………」

 

 それから数分後、ジークの手より木剣が弾かれた。

 

「はっ……はっ…………!」

「ふむ……まあ、及第点といったところにございましょう。ジーク殿の剣術の大前提は、力によるもの。強化魔術を息をする様に行使できるようになったならば、少なくとも最低限度は戦えるかと」

「これでも、最低限度なのか…………?」

「少なくとも、敵方のランサー、並びにライダーが相手ならば五秒も持ちませぬな」

 

 厳しい現実。もっとも、アサシンが挙げる相手はサーヴァントという存在の中でも上澄みの様な存在でありトップサーヴァントと呼称される面々なのだから強くて当たり前なのだが。

 もっと言うなら、ただの魔術師がサーヴァントに張り合おうとする時点で間違っている。

 その無謀を彼は為さねばならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 “黒”の陣営は慢性的な人材不足である。ホムンクルスで補っているとはいえ、どこかしらに綻びが生まれる事はしょっちゅうだ。

 

「…………なぜ、小生が」

 

 釈然としない、そんな表情を浮かべたアサシンは首を傾げる。

 彼は今、羽織を脱ぎ袴にエプロンというちぐはぐな格好となって、その手には刀ではなくフライパンを握っていた。

 傍らには、何やら字が細かく書かれた一枚の紙が。

 

「はんばーぐ…………牛と豚の肉…………」

 

 それは、料理のレシピ。事の発端は、彼がマスターたちへと夜食を振る舞ったことに始まる。

 味噌もしょうゆも無いが、塩コショウあれば十二分。胃に優しい、野菜スープ擬きはフィオレ以下、ユグドミレニアのマスターたちに好評だった。

 そこで、カウレスが問うたのだ。他の料理はできるのか、と。

 果たして、アサシンの答えはレシピさえ貰えたならば可能だろうという言葉。

 そこからは早かった。

 どこから聞き及んだのかライダーが、自国のレシピを持ち出して、アサシンに作るようにねだり出来上がった料理は彼やルーラーが舌鼓を打つほどの出来栄えだった。調理担当のホムンクルスよりも腕が良かったのは、偏に彼自身の器用さのお陰だろう。

 それからだ。様々な国の料理を作らされる羽目に陥ったのは。

 フランス、ドイツ、スペイン、ロシア、ルーマニア。その他諸々、様々な国の料理をレシピ片手に作ってきた。

 フライパンの中で音をたてながら焼き上がっていくひき肉の塊を眺めながら、アサシンは考えていた。

 近々、最終決戦になるであろうこと。そして、その戦いが終わればもう二度と会う事は無いであろうことを。

 英霊は、文字通り星の数ほど居る。純粋な戦士から将軍、王、奴隷、発明家、作家等々。

 その中から選ばれるのは七騎のみ。クラスに分かれ、触媒による召喚でなければ狙った存在は早々出てこない。

 何より、こうして轡を共にして戦うこと自体がありえないだろう。聖杯戦争とは“戦争”なのだから。

 

「願わくば、勝利を」

 

 熱々の料理を更に盛り付け、そんならしくないことを呟き、彼はキッチンを後にする。

 最後の時は、刻一刻と迫って来ていた。



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突入

 空中庭園、いや空中要塞と言う外ない“赤”のアサシンの宝具。

 大規模な宝具であり、準備にはそれ相応の時間を要するが発動さえしてしまえば並大抵のサーヴァントでは接近する事すらまず不可能。

 

「ふむ、一度乗りはしましたが飛行機というものは、凄いものにございまするな」

 

 ゴウゴウと耳元で切られていく風の音を聞きながら、羽織をはためかせてアサシンは目を細める。

 上空八千メートル。小型機の機体の上、翼の真ん中に膝をつくようにして、彼は前方を睨んでいるのだ。

 これは何も奇をてらったとか、頭がおかしくなったとかそんな理由ではない。

 相手の拠点は高度七千五百メートルに浮かぶ巨大な要塞。それも黒海の上空ともなれば、乗り込む手段は自然と空路一本に絞られることになる。

 “黒”の陣営が用意したのは、ジャンボジェット機数機と小型機。庭園の防衛機構に関しては、ライダーの宝具によって破壊することになった。

 アサシンが、屋根の上に載っているのは偏に護衛のため。

 仮にライダーが落とされても、守る事に特化したアサシンの宝具を発動すれば、最悪マスターであるフィオレたちを守る事ができるのだから。

 とはいえ、そんな事になった時点で彼らの敗北。今回の戦いに“次”は存在しないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サーヴァントにとって知名度補正というのは、かなり大きい。

 実力を発揮するというのもあり、しかし知名度が高ければ高いほどに相手に真名がバレやすくなるデメリットもあるのだがとにかく大切なのだ。

 なぜこんな基本事項を再確認するかと問われれば、“黒”の陣営が乗り込んだ場所に理由があった。

 虚栄の空中庭園(ハンギングガーデンズ・オブ・バビロン)。“赤”のアサシンの宝具であり、宝具の中でもかなりの規模を誇る対界宝具。

 厄介なのは防衛機構や、その高度だけではない。

 この庭園、もとい空中要塞はアサシンの領域とされ知名度補正は最高クラス。逆に、他サーヴァントの知名度補正はほぼ0に落ち込んでしまう。

 

 ライダーの頑張りと、根性によってどうにか防衛機構を突破した“黒”の陣営。

 だが、一大戦力でもあるアーチャーが“赤”のライダーへと抑えられてしまい、更には“黒”のアサシンが組み替えられた庭園によって飛ばされ別行動に。

 

「ふむ…………」

 

 そして、件の彼アサシンは左手を腰に差した刀、その鍔元へと添えて鯉口を切り周囲を見渡していた。

 周りに広がるのは幾本もの大きな石柱が無数に建ち並ぶ広大な空間だった。

 

「誘いこまれた………いや、分断が目的にございまするな」

 

 サーヴァントに対抗できるのは、サーヴァントのみ。

 アーチャーは抑えられた。ライダーは、満身創痍も近い状態。となれば、戦えるのはアサシン、ルーラー、短時間限定でジークのみ。

 不意に風を切る音を、アサシンの耳は捉えた。

 反射的に刀を振るえば、衝撃と共に弾ける緑の光と残骸が。

 

「貴殿が、小生の相手にございまするか、アーチャー殿」

「汝、に恨みは無い。だが、これも戦いの為でな」

 

 遠方より弓を引き絞る“赤”のアーチャー。

 その姿を確認したアサシンは、一考を挟むことなく彼女を中心とした円を描くようにして駆け出した。

 相手は狩人。獲物を追い立てる事になれた存在だ。そんな相手を前に、彼は先ず距離を詰めるところから始めねばならないのだから気が滅入るというもの。

 高速で飛来してくる矢を切りながら、冷静にしかし距離は縮まらない。

 場所が悪い。建ち並んだ石柱が自然と視界を狭めており、その上アーチャーは視界の悪い状況でも高速で動き回りながら矢を放つことになれていたのだ。

 右から飛んできたとも思えば、左から矢が飛んでくる。どれだけ切り払おうともどうにも千日手になってしまいどうにもならない現状。

 

「…………」

 

 ついに、アサシンの足が止まってしまう。

 四方八方から、矢やら弾丸やらが飛んでくる戦場を経験しているおかげで今はまだ大丈夫だ。だがそれでも、ジリ貧であることには変わりがない。

 彼は考える。

 アサシンの戦闘手段において致命傷を与えられるのは、刀による斬撃。つまりは、近づいて切りつけられる距離に迫らなければならない。

 矢を切り払いながら、その思考一点に狭まっていく現状の中、ふと彼は周りを見渡した。

 消えていく矢の残骸と、石柱群。

 

「…………やるしか、ありますまい」

 

 何度目かの矢を払い、アサシンは防御手段でもある刀を納刀。そして、駆けだした。

 急な動きに、弦を引き絞っていたアーチャーは眉を顰める。

 戦況は、彼女の圧倒的な優勢。距離の優位性、得物の差と手札の数によってこのまま平押しでも勝ちは転がり込んでくる、その筈だった。

 突然動き出したアサシンが向かったのはいくつも建ち並んでいる石柱の一つ。

 一際強い踏み込みと共にその姿は掻き消えて、柱には幾筋もの銀閃が走った。直後には倒壊、盛大な粉塵を巻き上げてその黒い姿は白い煙の向こう側へと消えていく。

 その後も、数本の石柱が斬り倒されて、大きく粉塵が舞い上がった。

 

「その程度で隠れたつもりか?」

 

 アーチャーは鼻白む。

 確かに粉塵による目晦ましの効果はあるだろう。だが、そんな粉塵の中でも粉塵の独特な動きまではごまかせない。

 何より、

 

「―――――我が弓と矢を以って太陽神(アポロン)月女神(アルテミス)の籠を願い奉る」

 

 弓を引き絞り、紡がれる口上と同時に膨大な魔力が練り上げられていく。

 

「この災厄を捧がん―――――【訴状の矢文(ポイボス・カタストロフェ)】!」

 

 天へと向けて放たれる二本の矢。どこまでも続くような暗闇へと消え、そして空は瞬いた。

 降り注ぐのは、矢の雨。その規模は容易く周囲を飲み込んでしまうほどのものであり断続的な豪雨そのものが兵器となって襲い来るようなもの。

 粉塵を中心とした半径数十メートルを指定した矢の豪雨。

 穿たれる砕けた石材や、粉塵を眺めながらアーチャーは己の乗る石柱の天辺で目を細めていた。

 今の己のマスターより敵の真名は既に聞き及んでいる彼女。ステータスの類も知らされていたが、そちらは余程特筆すべき面が無ければ気にする必要がない為聞き流し済み。

 矢の豪雨が収まった後、どこかから吹いて北風が黒い何かを粉塵と一緒に吹き飛ばしていった。

 

「アレは…………」

 

 彼女の優れた視力は、吹き飛ぶ黒いソレが布の塊であることに気が付いた。ついでに幾つもの穴が開いている事にも。

 それは、アサシンが着ていたであろう羽織。

 仕立ての良い代物も穴が空けば襤褸布同然。そして、その光景はこの戦いの決着を―――――

 

「…………ッ!なにっ―――――!?」

「…………」

 

 反応できたのは、彼女の優れた感覚器官のお陰だろうか。

 だが、彼女は狩人ではあっても生粋の戦士ではない。いや、そこらの弓兵と比べれば比べ物にもならない一流の使い手であることは否定できないのだが、それでも僅かなゆるみがあった。

 仕留めたであろうアサシンによる背後からの強襲。咄嗟に振り返ったアーチャーだったがその胴を袈裟斬りに大きく切り裂かれ口から鮮血が零れる。

 反動で倒れる体。石柱の上で踏ん張ることも出来ず、彼女は背中から下へと落ちていく。

 そして、アサシンは攻め手を緩めない。すぐさま石柱を飛び降り切っ先を落ちていくアーチャーへと向け、刀そのものを体の側面へと置くように引き絞って、石柱の側面を足場に跳躍。消えるかのような速度で、アーチャーへと襲い掛かっていた。

 音が遅れるような速さで床へとぶつかる両者。粉塵が大きく舞い上がり、衝撃によって石柱群は砕けていく。

 粉塵が晴れた陥没した床。その中央に大の字で仰向けに倒れるアーチャーと、そんな彼女の霊核を刀で貫き膝をついて項垂れた格好のアサシン。

 

「ごふっ!…………そう、か……汝は、アサシン…………だった、な…………」

「然様にございまする」

 

 アーチャーが失念していた事実。らしくないから忘れてもおかしくは無いのだが、アサシンは『アサシン』というクラスのサーヴァントである。

 搦め手上等、不意打ち騙し討ちは基本事項。刀で正面から戦ってばかりだからその点が浮き彫りにならないだけで、彼自身は使えるもの全てを使って勝ちをもぎ取るのだから。

 とはいえ、無傷ではない。彼の左腕はかなりボロボロで持ち上がらない。

 一応治癒魔術が機能しているおかげで徐々に徐々に治ってきてはいるのだが、それでもこの最終戦が終わるまでに完治することは無いだろう。

 握る刀の柄をひねり、アーチャーへの止めを刺しアサシンは立ち上がる。

 空蝉の術。それが今回のカギとなったアサシンの手札の一つ。

 忍術と呼称すると、炎を起こしたり、水上を歩き回るようなものを想像されがちだが、この空蝉というのはいうなれば変わり身の術。

 今回は羽織を身代わりとして、あたかも攻撃を食らったかのように見せかけて、気配遮断を用いた不意打ちを敢行。

 そして、彼の狙ったところではなかったのだがアサシンらしい動きを今までほとんどしてこなかったことが今回生きた。

 未だに空を舞っている羽織を回収し、穴だらけのソレを羽織り直してアサシンは部屋を飛び出していく。

 ダメージがあろうとも、今は止まれない。合流か、或いは残りの敵を仕留める、ないしは消耗させなければならないのだから。

 図らずも、彼の進む先はこの要塞の最深部。王が待ち構える場であるのだから、運命は場を引っ掻き回すことを求めているらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “赤”のアサシンにとって、己の庭でもある空中庭園内部の状況を把握するのは己の目で部屋の中を見渡す程度には容易いことであった。

 

「アーチャーが敗れた、か」

 

 今まさに終わりを告げた決戦の一つを確認し、玉座に退廃的な態度で腰掛ける彼女は、憂うようにため息を一つこぼしていた。

 “赤”のアサシンにしてみれば、これは何とも予想外。少なくとも“黒”のアサシンが“赤”のアーチャーにこの短時間で勝利するとは考えてはいなかったのだ。

 彼女のマスターもまた、“黒”のアサシンと同じく極東の英霊であるのだが最早極小島国などと馬鹿にできるような状況ではない。

 そもそも、もっと早くに対策を打つべきだったのだ。あの、“赤”のセイバーと剣を打ち合わせて無傷で生還したあの時に。

 アーチャーを破った今、確実に処理するには今しかないだろう。下手な場所に通して、合流させてしまえばそれこそ己のマスターの障壁になりかねない。

 

「業腹だが、我の手ずから殺してやろう」

 

 蠱惑的に微笑む女帝は、己の勝利を疑わない。

 彼女の庭なのだ。どれだけ抗おうともそれは、掌の上の事に過ぎないのだから。

 



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劇毒

 激化していく最終戦。

 

(ここまで勝ち目の見えない戦いは、久しぶりにございまするな)

 

 “赤”のアーチャーをどうにか退けて、負傷していた左腕も動かす分には支障をあまり感じなくなった頃、“黒”のアサシンはその頬に一筋の冷や汗を伝わせていた。

 空中庭園、王の間。

 この部屋へと入り込んだ“黒”のアサシンを待ち受けていたのは、これまた同じクラスである“赤”のアサシン。

 くしくも、両陣営のアサシンクラスのサーヴァントが顔合わせを果たした形となった。

 

「待っていたぞ、“黒”のアサシン」

「…………待っていた、という事は小生をこの部屋に誘い込んだのは貴殿という事になりまするが」

「その通りだ。貴様は我の手、直々に葬ってやろうと思ってな」

「それはまた、何とも」

 

 右手に握る刀。左手は添えるだけ。

 

「―――――高くみられたものにございまする、な!」

 

 戦闘開始の合図は存在しない。

 その場から消えるような踏み込みを以って駆けるは“黒”のアサシン。ステータス通りの敏捷は、最早影を捉える事すらも難しい様な速度へと至っている。

 だが、この場は全て“赤”のアサシンによるフィールドでしかない。

 

「いいや。貴様への評価は妥当だろう?潰しておかねば、あやつの目的に差し支えるのでな」

 

 玉座に腰かけたまま、ほんの少しだけ払うように動かされた左腕。

 たったそれだけで十数にも及ぶ魔法陣が現れ、幾筋もの光線が対象へと射出されていく。

 迫る光線を前にして“黒”のアサシンが選択したのは、前進。だがそれは、真っ直ぐに突き進むのではなく右へ左への回避を織り交ぜてのものだ。

 彼がもしもセイバーのクラスであったならば、多少の対魔力スキルを有していた。だが今は、それが無い。彼の宝具は人外に対しての特攻こそあれども、それがイコール魔術に対する対抗手段ではないのだから。

 

「くっ…………」(近づけませぬな…………!)

 

 右へ左へ、上へ下へ。文字通り縦横無尽に駆け回りながら、どうにか接近を果たそうとする“黒”のアサシンだが、その旗色は宜しくない。寧ろ悪い。

 彼には記憶は無いが、いつぞやの夜の様にその相性は最悪と言う外ないものだった。

 どれだけ駆け回ろうとも、一定距離に近づく前に魔術による縦断爆撃を受けて迂回するほかない。その過程で、玉座の背後へと回って斬りかかろうとしたが、それすら女帝にとっては掌の上の事。容易く握りつぶすことが出来た。

 

「少し、趣向を変えよう」

 

 呟く“赤”のアサシン。瞬間、彼女の前に一際大きな魔方陣が浮かび上がりそこから無数の鎖が射出された。

 先端が鏃のようにとがり、純黒に染まったソレは、放たれていた光線にも勝るとも劣らない速度で“黒”のアサシンへと襲い掛かってくる。

 

「ッ…………!」

 

 左右のステップで体ごと躱し、それでも躱しきれないものは刀で撃ち落とす。

 光線以上に、この鎖は厄介だった。何せ、射線が残り続けるのだから。自然、彼の進む道は遮られ下がる事になってしまう。

 更にここで足を引っ張るのが、先の戦いで負傷した左腕。

 見た目こそ万全だが、その内側は未だにボロボロ。握力がほとんど機能しておらず、実質右手一本でこの状況を捌かなければならないのだ。

 そして、“赤”のアサシンはそんな僅かな揺らぎを見逃すような甘さを持ち合わせてはいない。

 光線が幾筋も“黒”のアサシンの右側より迫り、その対処に彼が追われたところで左側より複数の鎖が襲い掛かってくる。

 それでも躱した“黒”のアサシンだったが、空中に跳躍せざるを得なかった現状では逃げ切れるはずもなかった。

 軋む鎖が彼の右足へと絡みつき、その棘を食い込ませてくる。

 

「そら、舞わせてやろう」

 

 “黒”のアサシンの左足へと巻き付いた鎖が勢いよく引かれ、その体は勢いよく空中を滑っていく。

 そのまま、体が引き延ばされるような遠心力を乗せて黒衣の侍は壁へと叩きつけられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “赤”のセイバーとそのマスターである獅子劫は、“黒”の陣営が庭園に乗り込んだ直後に小型戦闘機を用いて乗り込んでいた。

 獅子劫の目的は聖杯だが、セイバーの目的はこの先に居るであろう“赤”のアサシンを討つこと。

 果たして、二人が大きな扉の数メートル前に到達したとき、それは起きた。

 

「…………!マスター!」

 

 直感に優れたセイバーは、咄嗟に鎧を纏い獅子劫の前へと躍り出る。直後、盛大な破壊音を上げて瓦礫と粉塵が二人の前に広がった。

 

「ごほっ、げほっ!おいおい、こいつはどういう事だ?戦ってる事は分かってたが、随分と派手じゃねぇか」

 

 口元をジャケットの袖で覆った獅子劫は、そう茶化すがその瞳は鋭く細められている。

 魔力の高ぶりから既に“赤”のアサシンが戦闘を行っている事は察知していた。その上で乗りこむつもりだったのだが、どうやら想定よりもどちらかの旗色が悪いと察したからだ。

 獅子劫が思考を回す中、不意に金属が千切れる音が響き何か引きずるような音が粉塵の中より聞こえた。

 

「―――――…………げほっ…………はぁ」

 

 粉塵が晴れ、そこに立つのは一人の侍。

 この聖杯大戦で二度も苦渋を味わわせられた相手。

 

「黒のアサシン…………」

「む?これはこれは、赤のセイバー並びにそのマスター殿」

 

 体にかかった粉塵の残りを払って文字通り叩き出された部屋へと戻ろうとする“黒”のアサシンは、セイバーたちを一瞥するにとどまっていた。

 彼には時間がない。それは気が急いているとかそんな事ではなく、文字通り時間がない。

 思った通り、いや、思った以上に“黒”と“赤”両陣営のアサシンは相性の有利不利が明確に表れていたのだ。因みに前者が不利で、後者が有利。ぶっちゃけ、何その無理ゲーとプロゲーマーがコントローラーぶん投げてゲームのディスクをぶっ壊すレベルの無理ゲーだ。

 それでも、彼は挑む。勝ち目を度外視した戦闘など、慣れたものなのだから。

 だが、そんな彼の足をセイバーは引き留めた。

 

「待てよ、アサシン」

「何用にございましょう、セイバー殿」

「てめぇ……!あのカメムシ女はオレの獲物だ!」

 

 吠えるセイバーの怒声を受けて、そこで初めてアサシンは振り返った。

 その瞳は凪いでいる。

 

「それは、聞き捨てなりませぬな。貴殿、横槍を入れるおつもりか?」

「ハッ!横槍だと?あの女を斬るのは、オレだ!てめぇこそ、引っ込んでやがれ!」

 

 そう言って吐き捨てたセイバーは、アサシンの横をズカズカと踏み進み部屋の中へと向かって行ってしまう。

 

「…………」

「まあ、何だ。悪いな、セイバーは話聞かねぇ奴で」

「……いえ、小生の知り合いにも話の通じない方は少なくありませんでしたので」

 

 生前の話だが、彼の周りにはナチュラルボーンバーサーカーが数人居た。話を聞かない者も少なくなかったし、その手の輩を言葉で説得するのは無駄であることもよく知っている。

 苦労人な雰囲気を感じ取った獅子劫。苦笑いして、己のサーヴァントに続こうとしてその前に引き留められる。

 

「貴殿、少々お待ちくださいませ」

「ん?どうした、アサシン」

「あの部屋には貴殿は入らぬ方がよろしいかと」

「…………どういうことだ」

「毒にございまする」

 

 怪訝そうに眉根を寄せた獅子劫に対して、アサシンは袴の左の裾を持ち上げてみせる。

 その下、彼の左の足は黒く変色している部分があった。

 

「どうやら“赤”のアサシンは、毒の扱いに長けている様子。サーヴァントである小生ですら、骨身が溶かされそうな激痛がありまする。人間の貴殿が入れば、まず間違いなく命を落とすすこととなりましょう」

「…………だからって、見てるわけにはいかねぇだろ」

「であるならば、コレを」

 

 獅子劫の反応を予想していたのか、流れるようにしてアサシンは己の纏っていた羽織を彼へと差し出した。

 

「内側を利用し、口当てとしなるべく吸い込まぬようにお願いいたします」

「お、おお…………」

 

 宝具でなかろうとも、サーヴァントの持ち物は神秘の塊だ。魔術使いである、獅子劫にとってもその羽織はレアものに他ならない。

 ただ同時に、戦場暮らしの彼としては腑に落ちないこともあるわけで。

 

「なあ、アサシン。今は、不戦協定があるとはいえ、元は敵同士だろう?なぜここまでする」

 

 どこか見定めるような光を視線に乗せて、獅子劫は問う。

 恩義で鈍るような軟なメンタルはしていないが、それでも知っておくべきこと。

 対してアサシンはというと、

 

「小生らは所詮、死人。聖杯戦争が終わるまでの影法師にすぎませぬ」

 

 痛む体を無理矢理動かして、部屋へと足を向ける。

 

「生者を生き残らせるのは、当然にございまする。“今”を生きているものこそが“先”を作れるのですから」

「…………」

「それでは。小生は行きます故」

 

 それだけ言い残して、今まさに破砕音が響き始めた部屋へと向かうアサシン。

 その背を見送り、獅子劫は渡された羽織を強く握っているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “赤”のセイバー、“黒”のアサシン。この二騎は決して弱くは無い、むしろ通常の聖杯戦争ならば優勝さえ狙える程度には優れたサーヴァントだ。

 そして、そんな二騎をもってしても知名度補正最大の“赤”のアサシンは攻めあぐねる相手であった。

 

「しばし、羽虫の気分を味わってみてはどうだ?」

「なっ………ぐあっ!?」

 

 光線を躱しながら突き進んでいたセイバーだったが、その直後に入れ替わるようにして襲ってくる鎖が甲冑の上からその体を縛り上げる。そのまま、振り回され部屋の壁を引きずり回され、天井に溜まった水の中へと叩きつけられてしまった。

 その隙とも言えぬ瞬間を責めるのが、“黒”のアサシン。

 最短最速で“赤”のアサシンが腰掛ける玉座へと迫り、

 

「ッ……!」

「そう易々と、踏み込ませはせぬよ」

 

 横合いから襲い掛かってきた蛇により、迎撃を余儀なくされてしまう。

 人外殺しという効果を持つ刀により、斬り殺すことは容易い。だが、蛇は巨躯だ。突っ込まれれば自然と視界が塞がり、斬り飛ばせば広がった黒いヘドロの様な血しぶきが更に視界を埋めてくる。

 そこに迫るのは、血飛沫ごと薙ぎ払うように振るわれた鎖。

 咄嗟に防御した“黒”のアサシンだったが、その体は勢いよく後方へと弾き飛ばされ壁へと叩きつけられてしまう。

 二対一なのだから、セイバーたちの方が有利に見えるかもしれない。だが、彼らは二騎で手と手を取り合って戦っているわけではないのだ。

 

「ごほっ…………チッ、埒が明かねぇ…………」

「…………」

 

 それぞれが、“赤”のアサシンを挟むようにして立つ二騎。

 赤雷を滾らせるセイバーは、魔力を更に獅子劫より要求。

 

「一か、八かだ!」

 

 兜が解除され、彼女の持つ宝具のギミックが解放される。

 放出するのは血のように赤い雷の膨大な魔力。

 

「―――――【我が麗しき(クラレント・)…………父への反逆(ブラッドアーサー)】!!!!」

 

 宝具の解放。放たれる一撃は、容易く“赤”のアサシンを埋めて余りあるほどのものだった。

 しかし、

 

「―――――『水の王』」

 

 魚鱗を模した障壁が、女帝を包み赤雷を届かせない。

 宝具を防がれ目を見開くセイバー。だが、これはある種のチャンス。

 何せ、今の“赤”のアサシンは視界が埋まっている。涼しい顔をしているが対軍宝具を止めているのだから、相応の負荷がかかる事は不思議ではないのだ。

 その隙を“黒”のアサシンが突く――――――――――常ならば。

 

「ごっ…………ぐぅっ……………………!」

 

 彼は膝をついていた。その口からは黒い泡のようなものが溢れ始めており、支えにしている刀を握る手は震えて止まらない。

 

「刻限か」

 

 宝具を防いでいた“赤”のアサシンが呟いた直後、状況は一変する。

 

「何が………ッ、ごぶっ!?ぁああああああああああ!?」

 

 宝具を防ぎ切られたところで動揺した直後、セイバーは絶叫を上げた。

 左目が赤く染まっていき、血管の様な筋がいくつも浮かび“黒”のアサシンと同じくその口から黒い泡のようなものを溢れさせる。

 二騎共に、同じ症状だ。“黒”のアサシンの方が発症が早かったのは、彼の方が先に交戦を開始していたため。

 のたうち回るセイバーと、完全に息も絶え絶えで今すぐにでも消滅しかねない“黒”のアサシンを見下ろし、女帝はその口元に笑みを浮かべた。

 

「我が宝具【驕慢王の美酒(シクラ・ウシュム)】は、我の周囲の環境全てを毒物へと転化する。水の一滴に至るまで、全てが毒。今回は“黒”のアーチャーの為に用意したヒュドラの毒だ。骨の髄まで、溶けるがいい」

 

 最早勝敗は決した。少なくとも、第三者の目から見てもそれは明らかだろう。

 何せ、大賢者すらもその苦しみから逃れるために己の不死を返上し死を選び、かの大英雄は鏃にこの毒を塗り多くの偉業をなしてきた。

 生半可な対毒のスキルを持っていたとしても気休めにしかならないような超猛毒。

 如何なる英霊でも、最早立ってはいられない。

 淀んだ血だまりに沈むのみだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――人間五十年、化天のうちに比ぶれば、夢幻の如くなり」

「敦盛にございまするか。お好きですな」

「くくく、まあ、な…………そなたはどうじゃ?」

「小生にございまするか?…………いやはや、何とも。何分、小生は刀を振るうしか能の無い男。芸の世界は、評価のしようがありませぬな」

「なんじゃ、つまらん。そこは嘘でもおべっかを使うところではないか?相も変わらずのクソ真面目じゃの、お前は」

「我らが軍には破天荒が多く居りますので」

「うわっはっはっは!言うではないか!……………………わしがこの唄を好いておるのは、偏に人間という存在の儚さを伝えるからじゃ」

「儚さ、にございますか」

「人の世は、天上の世界と比べ儚く短い瞬きの間の様な時間。じゃからこそ、わしらは“今”を生きておるんじゃ」

「………今を」

「儚いからこそ、わしらはこの時間を大切にせねばならん」

「はっ…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――…………ッ!」

 

 月夜の晩、主との語らい。その時の事を夢に見ていた“黒”のアサシンは、意識を取り戻していた。

 前身は鉛のように重く、それでいて筋の一つでも動かすだけでも激痛が走る。

 だがそれでも、

 

「……何だと?」

 

 “赤”のアサシンは、目を見開いた。

 彼女が見たのは、うつぶせに倒れ沈黙していたであろう“黒”のアサシンが今まさに立ち上がる姿だった。

 その体は、ヒュドラの毒に侵され今すぐにでも座に還ってしまいそうなほどにボロボロ。目も潰れてしまったのか真っ赤に充血しており、血涙が頬を濡らしその頬には幾筋もの引き攣れが起きている。

 それでも、彼は確かに立ち上がった。右手には、刀を携えて。

 

「永遠の世界……人の死なない世界…………それは、素晴らしいことなのかどうなのか小生には、分かりませぬ…………」

 

 笛の様な音を響かせながら、“黒”のアサシンは右足を引き構えるのは霞の構え。

 

「それでも、既に死した小生たちが手を出すのは別にございましょう?」

 

 血を吐きながら、“黒”のアサシンは笑う。

 主の心理はどうあれ、彼はその時の彼女の顔を覚えている。

 月明かりに照らされた、それはとても綺麗な横顔で、それでいて憂いを含んだ色合いを差したそんな顔。

 死があるからこそ、必死に今を生きる。儚いからこそ、何かを残さんと今を生きる。永遠となった世界では、そんな瞬間を見ることなど出来ないだろう。

 だからこそ、“黒”のアサシンは立ち上がった。

 その反対側では、同じくセイバーも立ち上がっている。

 

『おい、アサシン聞こえてるか』

「セイバーの、マスター殿?……何用にございましょう」

『これから、こっちは賭けに出る。扉が塞がっちまって令呪が意味為さなかったんでな。そこでだ、お前にも手伝ってほしいんだが―――――』

「承知いたしました」

 

 パスが繋がり、送られた念話に対して“黒”のアサシンは一切の事情を聴くことなく頷いていた。

 面食らう獅子劫だったが、彼としてもこの場で問答をする時間がない事は理解している。それならば話が早いと計画を彼へと伝えた。

 

『頼めるか』

「問題ありませぬ」

 

 そこで念話が途切れ、セイバーが動く。

 動かない体に鞭を打って、赤雷を走らせ剣を振るう事で背後の壁を破壊する。そこから飛び込んでくるのは口元に黒い布を巻いた獅子劫だ。

 二連のソードオフショットガン片手に駆け、その銃口を“赤”のアサシンへと向ける。

 とはいえ、如何に彼が優れた魔術使いでも、もはや魔法の領域に片足突っ込んでいるような彼女を傷つけるには至らない。

 お返しの光線が迫り、

 

「フッ……!」

 

 何故動けるのか、そんな疑問を抱かせる“黒”のアサシンがそれらを一息に切り刻んでいた。

 彼は膝をつくセイバーと、彼女に駆け寄る獅子劫を守るようにして立ち回っていたのだ。

 果たしてそれは、実を結ぶ。

 こと守る事に優れた“黒”のアサシンの防御は、数分で抜けるほど容易くない。その結果、彼の背後で守られていた彼女は立ち上がっていた。

 

「変われ、アサシン!」

「ッ…………!」

 

 セイバーの声に、光線と数本の鎖を断ち切ったアサシンは、膝をついてその場に崩れ落ちる。

 その上を、彼女は抜けて行った。

 甲冑を脱ぎ捨て、赤雷を纏い迷いの晴れた彼女は最早魔術では止まらない。

 呼び出された怪物を突き抜けて、

 

「…………見事」

 

 ぽつりと呟いた“黒”のアサシンの眼前では、今まさに“赤”アサシンへと一太刀入れたセイバーの姿が映っていた。

 左肩から切り込まれた一撃は、間違いなく致命傷だろう。

 だが、彼女はまだ終わっていない。逃げる直前、女帝の右腕が前に突き出されていた。

 

「貴様だけでも…………!」

「くっ…………!」

「アサシ―――――」

 

 咄嗟に、“黒”のアサシンは獅子劫を庇った。

 衝撃と、爆発が王の間を彩る。

 



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終結

 “赤”のライダーと“黒”のアーチャーの戦いは前者へと軍配が挙がった。

 だが、その代償は決して小さくは無い。

 最大の弱点である踵を撃たれ、宝具は二つ使用不能。五つの宝具の内、二つが封じられ一つは“黒”のライダーへとアーチャーとの盟約により譲渡。実質、残った宝具は二つのみ。

 英雄としての矜持にこだわる彼にとって、今この状況は実に退屈。かといって、態々生かした“黒”のライダーを追いかけてまで仕留めるのは、気分が悪い。

 だが、運命の女神はどうやら彼に微笑んだらしい。

 風を切る音が彼の耳を掠める。

 粉砕される外延部。そこはちょうど、ライダーが立っていた近くであり何かがすさまじい勢いで降ってきたのだ。

 そして、その魔力は彼の求める敵の物に他ならない。

 

「ぐぅ………ゴホッ!………どうやら、落ちずに済んだようですな」

 

 瓦礫を掻き分けて姿を見せるのは常に羽織っていた黒い羽織を脱いだ姿の“黒”のアサシン。

 その頬には引き攣れを起こした跡が残っており、口の端には黒い汚れの後が目立つ。

 割と満身創痍なのだが、それでも倒れないのは精神が肉体を凌駕しているからだろう。逆に、その糸が切れればまず間違いなく彼はその場で力尽きていた。

 彼がここにいるのは、“赤”のアサシンが放った間際の一撃のせいだ。

 元々、毒に蝕まれてガタのきていた体は一瞬も耐えることが出来ずその場にいた獅子劫を押し退けてその場から逃がすのが精々だった。

 それでもまさか、中央辺りから外延部にまで吹き飛ばされるのは彼も予想外。落ちなかっただけマシというものだが、戦線復帰は難しいだろう。

 何より、

 

「よお」

「………“赤”のライダー殿」

 

 目の前の最速の英雄がこんなチャンスを逃すはずもない。

 

「このまま不完全燃焼で終わるかとも思ったが…………どうやら俺は、運がいいらしい」

「……であるならば、小生は運がありませぬな」

 

 そんな言葉を交わして、どちらからともなく構えをとる。

 満身創痍?宝具使用不可?そんな事は関係ない。そもそも聖杯戦争など、名前ほど高尚なものではないのだから。

 

「この大戦もこれが最後の戦いになるだろう。どうだ、アサシン。ここは名乗りを上げようじゃねぇか」

「お好きにどうぞ。小生は、構いませぬよ」

 

 ひゅるり、と一陣の風が両者の間を駆け抜けた。

 

「“赤”のライダー、真名アキレウス」

「“黒”のアサシン、真名佐久間盛重」

「いざ」

「尋常に」

「「勝負ッ!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 弱点である踵を撃ち抜かれたライダーの機動力は、七割削がれている。

 だがそれでも、元々最速の英雄と呼ばれるだけはありその機動力は並み居るサーヴァントでは目で追う事すらも難しいだろう。

 

「セイッ!」

「ッ!」

 

 まるで、空中で花開くようにして弾ける無数の火花。

 その武勇はかのヘラクレスにも勝るとも劣らないとされるライダーと、ほぼ無名も同然であるアサシン。

 ギリシャと日本という、ある意味では聖杯戦争らしい二騎の戦いは、一定の均衡を保って平行線の一途を辿ろうとしていた。

 文字通り王道で相手を踏みつぶさんとするライダーに対して、体のダメージが深刻すぎるアサシンは流水の動きを以って対応していく。

 さながらそれは陽炎のよう。目の前に確かに存在しているはずでありながら、触れることが出来ない。

 だがそれは、裏を返せば真面に受けることも出来ないほどに、アサシンが追いつめられている事にも繋がる。

 とはいえ、このまま斬り合いが続いても千日手。時間切れになる公算の方が高い。そして、ライダーはそんな決着を望むことはしなかった。

 一際強く、槍と刀がぶつかり合い距離が空く。

 瞬間響くのは、甲高い指笛だ。

 現れるのは二頭立てとなった戦車。

 

「俺がライダーとして召喚された意味、それをアンタに見せてやろう!」

 

 戦車に飛び乗ったライダーは声高々に空を駆け、そして猛然とした勢いのままに構えるアサシンへと襲い掛かった。

 

「―――――【疾風怒濤の不死戦車(トロイアス・トラゴーイディア)】!」

 

 本来は三頭立てなのだが、“黒”のアーチャーにより霊格を砕かれ一頭を失った戦車なのだが、その速度は凄まじく、破壊力は削岩機の様に衰えなどほとんど感じさせない。

 迫りくる戦車。

 アサシンが選択したのは、回避だった。

 

「ぐっ!」

 

 だが、どうやら目測を誤ったらしい。

 アサシンから見て右側へと跳躍して躱したのだが、その余波までは躱せない。

 間に刀を割り込ませることで直撃こそ阻んだが、空中にあった体は踏ん張ることなど出来ず大きく吹き飛ばされていた。

 そして、吹き飛ばされながらアサシンは見た。

 

(空を駆けるとは…………!)

 

 日本には馬が引く戦車の歴史は先ずない。これは、起伏の多い地形である日本の各地の戦場で戦車を走り回らせるだけの利点などが無かった為。

 故に、アサシンにはいまいち迫ってくる戦車の対処法が分らなかった。

 馬を討てばいいのか、戦車を壊せばいいのか、騎手を殺せばいいのか。どれも正解に思えるし、逆に不正解にも思える、その繰り返し。

 彼が迷っている間にも、戦車は加速し続けていた。そして、この戦車は加速すればするほどにその破壊力を増していく。

 アサシンが吹き飛ぶ間にも、戦車の速度は増していき今は出現した時から凡そ二倍ほどだろうか。もはや余波ですらも、下手をすれば致命傷となるだろう。

 そのまま、左右縦横無尽に攻めてくるライダー。もはや、弄られているのと何ら変わらない状況。

 ただ、

 

(当たってねぇな?)

 

 ライダーは気づいていた。加速していく戦車の上で、何度も空中を吹き飛ぶアサシンの体には一度として戦車が直撃していないという事を。それどころか、態と余波へと刀を振るいその勢いで吹き飛ばされ躱している始末。

 確かに突進と加速には目を見張るものがあった。

 だが、戦車は基本的に直線の動きであり、同時に直角には曲がれない。曲がるとすれば、緩やかな弧を描きながら。

 アサシンは、回避の先を戦車に対して直角、もしくは斜め後方へと逃れるように限定した。

 どれだけ速かろうとも、どれだけ力強かろうとも攻撃には必ず一定のリズム、呼吸が存在する。

 

「―――――貴殿らの首を、献上致す」

 

 三度目の回避で、漸くアサシンは足場へと着地することに成功した。

 振り返れば、ちょうど戦車は弧を描きながら曲がろうとしている所で、ちょうど背が見える。

 ここで初めて、アサシンが()()をとった。

 自ら足場のない空中へと跳び上がり刀を構えたのだ。

 突然の奇行、しかしライダーはその背に冷たいものが走るのを感じていた。

 まず間違いなく、このまま突っ込めば良くない事が起きる。それこそ、今この優勢な状況が瓦解してしまうかもしれない、そんな予感。

 だが、彼はあえて突っ込んだ。回避を選択しなかった。

 逃げる事を良しとしなかった、というのもある。何より、敵の隠し玉を前にして逃げるなど彼の矜持が許さない。

 果たして、

 

「―――――【首狩り一文字(絶対先制)】」

 

 放たれた横一閃。舞う鮮血。

 本来、ライダーの戦車を引く馬たちの内、二頭は不死身だ。だが、聖杯戦争においてはサーヴァント並みの耐久力に落ち着いている。

 つまり、殺せるという事。

 アサシンの対人魔剣は四つのプロセスを踏むことで発動することが出来る。

 その内でネックになりやすいのが、彼自身の一歩で詰める事が可能な距離に敵が居るという状況を作る事なのだが、今回は彼が一歩踏み出し相手が態々その範囲に近づいてきたことにより条件を満たした。

 もっとも、馬を仕留めたからといって直ぐに戦車が止まるわけも無く、最後の最後でアサシンは撥ね飛ばされてしまったが。

 

「やってくれるな…………!」

 

 消えていく戦車より飛び降り、外延部に降り立ったライダーは犬歯をむき出しに笑みを浮かべた。

 愛馬たちを殺されたことには、思うところがある。だがそれは、彼に言わせれば敵が乗り越えたに過ぎないという事に他ならない。 

 自分の不死性すらも、全てが戦闘を引き立てるためのスパイス。苛烈な戦いを求める英雄としての性なのだ。

 対して、外延部へと落ちたアサシンはというと、かなり不味い。致命傷こそ避けてきたが、先程の最後っ屁でひび割れていた霊格の亀裂が決定的なものとなった。

 もはや精神云々の話ではない。戦闘続行のスキルを持っていないアサシンの消滅は最早秒読みといったところだろう。

 それでも、ここで逃げるようなことはしない。

 仮に逃げてしまえば、戦闘欲求のままにライダーは先に進んだであろう“黒”の陣営に突っかかりかねない。

 

「ふーっ…………」

 

 息を吐き出し、構えるのは正眼。

 たとえ刹那の時間であろうとも、間を稼ぐ。あわよくば討ち取る。

 崩壊していく体を引きずって、向かってくるライダーを迎え撃つのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 崩壊していく空中庭園。それは、この大戦の終結を意味していた。

 

「はぁー!はぁー!…………ッ!」

「…………」

 

 肩で息をし、頭から血を流して何より左腕を失ったライダーはふらつく体を抑えながらその二本の足で立っていた。

 彼の眼前では、大き目の瓦礫に凭れ掛かるようにして項垂れ沈黙したアサシンの姿が。

 左足は失われて赤い線を引き、その胸の中心には大きな穴が穿たれている。

 健闘したといえるだろう。何せ、かのギリシャの大英雄を相手に片腕を持っていくという快挙だ。

 ライダーも、まさか片足を失ってもう片方の足も骨を砕いて立てない状態で、心臓もろとも胸を抉り抜いたというのに、そこから片腕を斬り飛ばされるなど思ってもみなかった。

 だが、そこまで。アサシンの手から刀は零れ傍らに転がり、彼の体は光の粒子となって消えていく。

 仕留めた。歴戦のサーヴァントであろうとも、確実にそう判断する状況。

 例にもれず、ライダーもまた仕留めたとアサシンより視線を外してしまった。

 

「がっ!?な、にぃ…………?!」

 

 一切の殺気を感じさせず、ライダーの胸から刃が生える。

 それは見間違うはずもない、つい先ほどまでアサシンが振るっていた刃に他ならなかった。

 錆びたブリキ人形のように、背後を振り返ったライダー。だが、そこに居るであろうアサシンは既に消滅しており瓦礫に大きな血飛沫の後が花開くように残っているだけ。

 刀だけがライダーの霊格を貫いて、そこにあった。

 彼は知る由もないが、それはアサシンの第三の宝具【復讐の怨刀(主亡き亡霊)】の効果だった。

 己を殺した対象へと、アサシンの意思関係なく刀が一人でに動き出して斬り殺すというもの。

 ライダーを貫いた刀は、まるで見えない誰かに振るわれるようにして横薙ぎに動いた。

 

「ごふっ!…………はぁ……最後の最後に、かましてくる奴、多すぎだろ…………」

 

 彼の師然り、そしてアサシン然り。倒したと思えば、最後の最後で致命傷を貰ってしまう。

 一応戦闘続行のスキルで動けない事も無いのだが、ライダーは仰向けでその場に横になっていた。

 この空中庭園が崩壊している時点で、大戦が終わってしまったことは明らかだ。最早戦う相手も居ないし、魔力供給が途切れたことから、戦う意味も無くなってしまったのだから。

 

 邪竜が飛び立ち、大聖杯を連れて行く。長かった夜は明け、世界にはほんの少しの幸運が撒かれ、ほんの少しだけ優しくなった。

 最後の逃げ道()は未だに、人々を受け入れるのだ。
















漸く、終わりました…………
お気づきの方もいるとは思いますが、最後らへんはかなり力技です。特に“赤”のアーチャーとライダーは“黒”のアサシンが居なければ同士討ちはしませんでしたし

とはいえ、ここまでの閲覧ありがとうございました
もしも次があるなら今度はFGOでしょうかね。というか、セイバーの主人公をどこかで書きたいです(願望


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聖杯探索(仮)
迷い子


アポの方が、ネタ詰まりしてしまったのでこちらを投降します
いえ、書きたいところはあるんですよ。ブラド戦とか、バビロンでの戦闘とか。ただ、そこまでつなげる話が降りてこないんです、ハイ

という訳でこれからも不定期投稿とさせていただきます、ハイ










 近代的で無機質なカルデアの廊下。

 

「ふむ、小生に用事とはいったい何用にございましょうかね…………?」

 

 全く足音を立てず、衣擦れの音すらも起こす事の無い歩法をもって彼、アサシン佐久間盛重は歩いていた。

 人理焼却という異常事態を打破すべく行われるグランドオーダー。その初召喚として呼ばれた彼は、デミ・サーヴァントである少女の次に最後のマスターである橙色の髪をした少女に信を置かれている。

 言うなれば古参も古参だ。座に記録された聖杯戦争においてクラス違いとは言え決死の戦闘を行ったキャスターよりも前から居るという事。

 

 そんな彼は今回、カルデアの何でも屋であり同時に技術部門のトップでもあるダ・ヴィンチに呼び出されていた。

 何でも、少々厄介な事になり彼の力を借りたいらしい。

 ただ、このカルデアには盛重のみならず多くのサーヴァントが現界していた。それこそ、彼以上に高名で強力な者ばかりであり、刀しか能がない(自称)彼にしてみればなぜ自分が呼ばれるのか、という不思議が頭に満ちていた。

 とはいえ、頼られればNOとは言えない。

 

「ダ・ヴィンチ殿。何用でございましょうか?」

「あ、盛重君。漸く来たね。実は君に―――――」

「だぁれ?」

 

 右腕がごつい美女、ダ・ヴィンチの言葉を遮ったのは小さな幼い声だった。

 所狭しと雑多に様々なモノが置かれた彼女の工房。その一角に置かれたベッドの上に座るのは、五歳ほどの小さな小さな少女であった。

 幼いながらも溌剌とした顔立ちをしており、特徴的な橙色の髪をサイドテールに―――――

 

「…………まさか」

 

 ギギギ…と錆びたブリキの人形のように元凶であろう存在へと顔を向けた盛重だが、その元凶には顔を反らされてしまう。

 これで、彼も全てを察した。

 カルデア内には愉快犯というのも多数存在している。主に悪魔や錬金術師や小悪魔系後輩AIなどが該当し、そしてこの美しさを求めるあまりにTSした万能の天才もその一人。

 盛重は頭を抱えた。

 愉快犯も多いカルデアだが、同時にマスターである少女に対して尋常ではない愛を向ける者も少なくない。

 特に、恨みで竜となった少女や、全身毒の暗殺者、平安の神秘殺しなどがその筆頭として、その他様々なサーヴァントが大なり小なり彼女へと目を掛けている。

 

「…………ダ・ヴィンチ殿」

「なにかな?」

「気のせいでなければ、マスター殿の記憶が無いように見受けられるのですが?」

「…………うん、どうやら肉体に引っ張られてるみたいでね。内面も年相応になっていると思ってくれたまえ」

「因みに、何が原因でこのような事に?」

「…………さ、さあ―――――」

「然様にございますか…………それはそうと、ダ・ヴィンチ殿」

 

 惚けるダ・ヴィンチに対して、盛重はしれっと、

 

「今夜の甘味は、小生が担当にございまする」

「ほほう、君がかい?」

「然り。しかしながら、このカルデアに居る方々は実に多いとは思いませぬか?」

「……ま、まあね?」

「故に、数を作り間違えても無理はありますまい?」

 

 暗におまえの分は作らないと告げた盛重。

 サーヴァントには食事は必要ない。だが、味覚などは確かに在る為彼らも飲食を行うのだ

 その中でも、厨房担当が気まぐれで作るデザート関係は人気がある。

 人数だけレパートリーがあり、尚且つ時代が違う事で様々な味を楽しむことが可能。

 

「むむ……卑怯じゃないか君…………!」

「卑怯で結構。小生は不意打ちの得意なアサシンでございます故」

「ぐぬぬ…………前に、ジャンヌ・オルタが小さくなったことがあっただろう?」

「ええ」

「その時の若返り薬を私なりのアプローチで完成させたものを置いておいたんだが…………誤ってそれを、彼女が飲んでしまったんだよ」

「つまり、貴殿の謀略ではない、と?」

「信じてくれるかな?」

「他の方は分かりませぬが―――――小生は信じましょう」

 

 アッサリと言い切り、盛重は話の流れから放置していた彼女の下へと向かう。

 突然近寄って来た大きな男に、その幼い体を震わせ逃げようとするも、それより先に彼は彼女の前へと訪れてその前でひざを折った。

 

「お初にお目にかかりまする、小さなお嬢さん」

「…………?」

「小生、名を佐久間盛重と申す者。宜しければ、名を伺ってもよろしいでございましょうか?」

「…………ふ、ふじまるりつか……よんさい、です」

「ほう!立香殿は実に立派にございますな」

「りっぱ…………?」

「然様です。貴殿と同じ年の子らでもここまで確りと自己紹介できる者は早々居りますまい。いやはや、実に見事にございまする」

 

 万歳三唱でもしそうなほどにべた褒めする盛重。

 彼の子育て理論は褒めて伸ばす。それはもう、小さな成功ですらも大喜びして見せる程だ。

 そんな相手の様子に警戒心が薄れたのか、最後のマスターである彼女、藤丸立香は微笑を向けてくる盛重へと手を伸ばした。

 小さな手が頬に触れる。

 

「もりー?」

「盛重、にございます」

「うっ、も、もりしげっ!」

「言いにくいのであれば、サクと呼んでいただければ」

「しゃく?」

「サク」

「しゃく!」

「……ええ、ではそのようにお呼びくださいませ」

 

 子供特有の舌ったらずな呼び方を認め、盛重は立ち上がる。

 

「それでは、ダ・ヴィンチ殿…………どうされましたかな?」

「あ、いや。君って子供慣れしてると思っていたけれど、それ位の子でも大丈夫なんだな、と」

「ええ、まあ。昔取った杵柄というものですな―――――では、小生は皆にこの件を伝えてまいりましょう」

「お願いできるかい?私からじゃ、火種が起きそうだからね」

「それでは…………む?」

 

 工房を出ようとする盛重。だが、彼の羽織が弱弱しい力によって引き留められる。

 振り向けば、

 

「いっちゃうの?」

 

 うるうると瞳に涙をためた立香が彼を見上げていた。

 小さい子との会話では基本的に目線を合わせる盛重は、再びその場に膝をついて彼女と向かい合う。

 

「これから、立香殿の事を皆に説明してまいります。直ぐに戻りますので―――――」

「やっ!りつかもいく!」

「し、しかし…………」

「やーっ!」

 

 駄々をこねるその様子に困った盛重。

 彼とて、何も意地悪したいから置いていくわけではない。だが、その手の説得というのは子供には難しいのが実情だ。何より、一度駄々っ子になってしまうと我儘が通るまで泣き喚く事になりかねない。

 

「…………ダ・ヴィンチ殿」

「良いじゃないか。どうせバレてしまうのなら彼女も連れて行ってあげれば」

「しかし、万が一があれば…………」

「そこは君の腕の見せ所さ、頑張りたまえよ」

 

 

 

 

 

 

 無機質な廊下。空調の利いた通路は、基本的には寒くない。

 

「よろしいですか、立香殿。小生の羽織を放さぬようにお願いいたしまする」

「ん!」

 

 右腕に座らせるようにして立香を抱えた盛重は、音も立てずに廊下を行く。

 向かうのは食堂。仕込みは終えているとはいえ、今夜のデザート担当である彼。出向かないわけにもいかないし、何より誰かしらが居るのは確定である為足を向けていた。

 その道すがら、顔なじみに出会う。

 

「ん?よぉ、アサシン。何してんだ」

「ああ、ランサー殿」

 

 前からやって来たのは、朱槍を用いる蒼い槍兵。ケルトの大英雄であるクーフーリンだ。

 過去の聖杯戦争で紙一重の勝負を行った二人は、このカルデアに召喚されてからも何度となく矛を交えており、同時に轡を並べて共闘したりもしてきた戦友。

 そんな彼は、盛重の腕の中で自分を凝視してくる幼女に気づく。

 

「あん?その嬢ちゃんは…………」

「ええ、恐らく貴殿の想像通りかと。自己紹介、出来ますか?」

「あい!ふ、ふじまるりつか、よんさいです!」

 

 満面の笑みで自己紹介をして見上げてくる立香に、盛重は笑みを返して彼女の頭を優しく撫でる。

 

「この通りにございまする。数日と掛からずに元に戻るという話ですが、その間のレイシフト並びに戦闘に関するすり合わせなどを行いまする」

「ほーん。面倒はお前が見るのか?」

「いいえ。小生だけでなく、他の方々にもご助力を願おうかと…………不安もありますが」

 

 目を逸らす盛重に、クーフーリンもまた一部サーヴァントを思い出して顔をひきつらせた。

 こんな幼児に何かをするなど信じたくはないが、それでも何かしらをやってしまいそうな雰囲気がある面々なのだ。

 

「頑張れよ?」

「…………お手伝い願います」

「オレはアレだ、現場至上主義だからな。ガキの面倒なんざ見た事ねぇよ」

「…………まあ、良いでしょう。いざとなれば、メイヴ殿をけしかけます故」

「おおい!?ちょっと待て、それは洒落にならねぇからな!?」

「問題ありませぬ。オマケとして、スカサハ殿にもご助力願います故」

「待て待て待て待て!マジで洒落にならねぇからな?!」

「問題ありませぬ」

「問題しかねぇわ!おい、ちょ、待てや!」

 

 背後でクーフーリンが吠える様を聞き流し、盛重は縮地まで使ってその場を離脱。腕に抱えた立香には欠片のダメージも与えることなく、食堂の入口までやって来ていた。

 

「しゃく、はやいねぇ」

「然様にございますか?ふふっ、それは何とも。しかしながら立香殿。小生よりも、否古今東西いかなる英雄よりも素早い者も居ります故」

「しゃくよりー?」

「無論にございますよ」

 

 盛重とてサーヴァントとしてはかなり速い。しかしそれでも、最速の英雄には遠く及ばないし日本という限定で見れば上から二番目といったところ。

 トップサーヴァントには一歩以上遅れるステータスというのが盛重の現状であった。

 もっとも、そんな話は立香には関係ない。

 車よりも速く流れていった視界の景色と、それでありながら欠片も揺れなかった腕の中。

 彼女からしてみればそれだけで興奮の坩堝に立つだけ十分であったと言える。

 

 かくして、二人は食堂へ



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子守唄

 幼児というのは、癒しだ。

 幼い仕草は当然として、その場に居るだけでも大きく周りを和ませてくれる。

 

「ふぅ…………」

 

 多くの女性サーヴァントへと立香を預けた盛重は少し離れたテーブル席に腰掛けると、湯呑から熱いお茶を飲みつつ、一つ息を吐きだしていた。

 他はどうあれ、カルデアのサーヴァントたちは英雄、反英雄問わずにマスターに対して大なり小なりの好意を向けている。そんな彼らだ、幼児となった彼女に何かしら手を出す事は無いだろうと彼は考えての別行動。

 

「面白いことに巻き込まれた様じゃの、盛重」

「!信長様…………」

「立つでないわ。このカルデアにおいては、わしもそなたも一介のサーヴァントに過ぎん。というか、前々から言っておったじゃろ?イベの時からじゃし」

「いえ、しかし……小生にとっては、この仮初の命であろうとも主君は信長様にございます故…………」

「カーッ!相ッ変わらずの糞真面目っぷりじゃのぉ」

 

 カラカラと笑う軍服姿の少女。

 彼女こそ、盛重の敬愛する主であり人としての人生を共にした日本屈指の英雄、織田信長その人だ。

 少女の形をしているが、その実力は確か。特に“神”に関して、彼女はトップクラスに相性がいいと言える。

 

 本来ならばあり得ない大量のサーヴァント召喚からなされた奇跡。そして、これは盛重の大願でもあった。それが成就した今、もしも次の聖杯戦争が行われようとも彼が応える可能性は限りなく低いだろう。

 

「暇だからって、部下に絡むのは止めたらどうです?」

 

 ニヨニヨと部下に絡みまくっている信長。具体的には、対面に座りながらも大きく体をテーブルへと投げ出して、鉄面皮である盛重の顔面をムニムニこねくり回していた。

 そんな彼女へと声を掛けるのは桜色の着物に袴姿の少女剣士。

 新選組の天才剣士、沖田総司その人である。

 

「何じゃ、人斬り。わしの部下は部下じゃ。好きにして良かろう?」

「どこの暴君ですかあなたは。佐久間さんも、嫌なら嫌と言うべきですよ?ノッブがつけ上がります」

「問題ありませぬ。信長様は稚児の頃より活発でありましたからな」

「ノッブの小さい頃ですか?」

 

 自分の飲み物を片手に、沖田は自然な動作で信長の隣へと腰を下ろす。口ではどうあれ、二人はよく一緒に居た。そのつながりから、彼女と盛重も交流があるのだ。

 

「ええ。乳飲み子の頃より、知っておりますな」

「ほほう、ちっちゃい時のノッブの話…………気になりますね!」

 

 キラキラと目を輝かせた沖田。

 

「それは、信長様にお伺いせねばなりますまい」

「良いですよね、ノッブ!」

「良いわけあるかい!何がうれしくてわしの嬉し恥ずかし、記憶にも無い様な話をされねばならんのじゃ!?」

 

 却下じゃ却下、と信長は手を振る。

 確かに、彼女にしてみれば記憶も無い様な頃よりの付き合いであるし、忘れていることだって少なくはない。

 そんな話を根掘り葉掘り他者の口から話されるなどどんな羞恥プレイだろうか。

 そこから始まる二人の口論。さりとて、じゃれているだけであり盛重としても止める様なことではない。茶を啜り、再びホッと一息ついた。

 実に平和だ。人理修復という現状でありながら、カルデアに流れる時というのは穏やか。

 このまま平穏無事に終われば―――――

 

「あ~~~~~っ!」

「ッ、立香殿…………!」

 

 食堂に響く幼い泣き声。その瞬間、盛重は自身の敏捷を存分に生かして一切の音を立てることなくその場から消えていた。

 

 

 

 

 

 

 床にへたり込んで泣き喚く幼児と、そんな彼女を相手にどうすべきか分からない英霊の図。

 そんな場に黒い影が割り込んだ。

 

「失礼いたします」

 

 するりと人垣を抜けた盛重は、流れるような動作で未だに泣いている立香を抱き上げ、その背を優しく叩きつつ体をユラユラと揺らす。

 

「ひっく……ぐすっ………………」

 

 盛重の羽織に顔を埋めて、嗚咽を漏らす立香。

 そんな彼女に対して、彼はふと胸の内に昔の記憶が顔を覗かせてきていた。

 それは、数十年にも及ぶ“佐久間盛重”という記録の中でも何度かあった事。そして、日常という中で最も穏やかな時間。

 

「~♪」

 

 彼の口より紡がれるのは、静かな唄だった。

 ユラユラと揺れながら、ゆっくりゆっくり背を優しく叩き、囁くように詩を紡いでいく。

 やがて、立香の方からも嗚咽が収まり、力いっぱい羽織を握っていた手の力も緩むと、ほんの少しだけ露になった頬には涙の後こそあれども穏やかな寝顔となっていた。

 

「~♪…………はぁ、良かった………………………あ」

 

 立香を寝かしつけたところで唄を止めた盛重は、そこで漸く我に返った。

 周りを見れば、凄まじいまでの周囲からの好奇の視線が刺さる、刺さる。特に、聖杯戦争で顔を合わせた金ぴか王や裏切りの魔女、蒼い槍兵等々には面白いものを見るような目で見られている。

 

「その……お耳汚しをしてしまい、申し訳ございませぬ」

 

 頬を指で掻いて所在なさげな盛重は、目を逸らす。

 彼自身は歌謡に関する技能を習得しているわけではない。故に、本人の認識としては、手慰み程度でしかないのだ。

 だが、

 

「いや、とても上手だったよ。私も、思わず聞き惚れちゃったし」

「キャット秘蔵のニンジンを進呈しよう!」

「良い声で歌うじゃないか!アタシの船で歌ってみないかい?」

 

 存外、周りの反応は悪くない。むしろ、好意的な声が多く聞こえてきた。

 これは盛重にも予想外。目を白黒させて、オロオロとするばかりだ。

 そんな彼の姿を遠目に、少し瞼が落ちかけている信長は頬杖をついて眺めていた。隣では、沖田が驚いたように目を見開いていた。

 

「え、あの人多芸過ぎませんか?唄も得意とか」

「まあ、あ奴には経験が多いからの」

「…………あれ?佐久間さんってそんなに子供いましたっけ?」

「いや、あ奴は未婚じゃ。家の為に養子は何人か居った様じゃがあ奴自身が育て上げた者は、確か居らん筈じゃし」

「じゃあ、どういうことですか。まさか、自分の子でもない赤の他人を育てたって言うんですか?」

「そうじゃよ?」

 

 半ばやけくそであった沖田だったが、思わぬ返答に目を見開く。ついでに、病弱スキルが併発し咽ると同時に血が溢れた。

 

「ゴホッ!ゲホッ!…………え、本当ですか?いつも通りの冗談ではなく?」

「なぜ、わしがいつも冗談噛ましていると思われとるんじゃ?というか、わしも盛重に育てられた一人じゃし」

「初耳!?」

「ついでに、ほれ茶々や勝蔵らへんも寝ておるじゃろ?」

「ッ、まさか…………!」

「あの辺も、盛重が一枚噛んでおる。具体的には寝かしつけじゃ」

「織田家に貢献し過ぎじゃありませんかね!?」

 

 沖田が叫ぶのも無理はない。

 鬼武蔵の異名を持つ森長可は、テーブルに突っ伏して寝ており、その近くでは少女の見た目でありながら包容力のある茶々が同じくテーブルでスヤスヤ寝息を立てていた。

 どちらも、最低でも三度は盛重に生前寝かしつけられており、それは霊基に刻まれるほどの思い出でもあった。

 

 一方、人だかりでは進展が。

 

「…………」

「つまり、此度の一件は頼光殿が母を名乗った折に、という事にございましょうか?」

「私は…………何か気に障ってしまったのでしょうか…………」

「ふむ…………」

 

 暗い雰囲気を発する彼女は、平安の神秘殺しこと源頼光。

 実に豊満なプロポーションを持ち合わせており、マスターである立香を我が子の様に可愛がるサーヴァント筆頭でもあった。

 そんな彼女は、現在落ち込んでいる。原因は、彼女が母であると名乗った直後に、立香に大泣きされてしまったから。

 

「頼光殿」

「なん、でしょうか?」

「これから語りまするは、小生の見解にございまする。多分な個人の視点を盛り込んでおります故、聞きたくないとお答えになるならば、小生も口を閉じましょう。如何なさいまするか?」

「…………それは、マスターの為になりますか?」

「断言はできかねまする。しかし、此度立香殿が泣かれた理由の一端にはなりましょう」

 

 それは、盛重の経験則より端を発する。

 とはいえ、何も特別な事でも特殊な事でもない。要は、子供の目線に立っての話。

 

「…………それが彼女の為ならば」

「では、僭越ながら」

 

 頼光の言葉を受けて、盛重は羽織を脱ぐと眠る立香を起こさないように、しかし手際よく彼女の体を包み込み即席のお包みとして、腕の中へと抱きなおす。

 そして、徐にその口を開いた。

 

「まず、立香殿には生みの親が居り、彼女自身の記憶にも確りと残っているという事にございまする」

「それは…………」

「そう、元の姿の立香殿でも変わりませぬ。しかし、今の彼女は幼児。つまりは、自分の世界が限りなく狭いという事になりまする」

「狭い?」

「この年の子であるならば、両親、そして少数のご友人が精々。外出に際しても基本的には両親の側を大きくは離れませぬ」

「…………」

「親元を離れるという事は、それだけ世界が広がり、同時にその子にもまた世界を受け入れるだけの器が出来上がっているという事。そして、此度の一件は器の出来ていない場所に中身を注がれてしまい、その結果として感情が溢れてしまったのでしょうな」

「では、私はどうすれば…………?」

「酷なようにございまするが、立香殿に両親を思い出させぬ事が最低限度必要な事。尚且つ、寂しさなどを与えぬように接する事、にございましょうか」

 

 さあ、と盛重はそこで言葉を切って眠る立香を頼光へと差し出した。

 

「あの、盛重さん…………?」

「母でなくとも、貴殿の愛情深さならば何の問題もありませぬ。思う心が大切なのですから」

 

 愛情は誰もが注げる。しかし、母としての在り方はやはり男には難しいというもの。

 母は強しという言葉もある様に、子を持つ母親というのは強く逞しいのだ。

 

 

 この後、マスターが元に戻った際に、盛重の事をしゃくと呼んでしまったり、子供サーヴァントが彼に子守唄をねだったりするのだが、それは全くの余談である。



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暗殺者とは(哲学)

アポ本編が再びネタ詰まりを起こしたので番外編です













 古今東西、数多の英霊が召喚され思い思いの時間を過ごし、特異点攻略、施設運営などを行っているカルデア。

 作家や芸術家のサーヴァントは別として、基本的に彼らの存在意義は戦う事に限定されている節がある。そもそもが聖杯戦争を行うために召喚されるのだから当然と言えば当然なのだが。

 

「おや?」

「うん?」

 

 機械的な印象が冷たさを与える廊下。相対したのは、二騎のサーヴァント。

 クラスはどちらもアサシン。しかし、その戦闘能力は暗殺よりも正面切っての斬った張ったが得意と言う異質さを兼ね備えた存在。

 

「これは、佐々木殿。どちらへ?」

「なに、ちょっとした散歩というもの。何分、こうして歩き回れる身として召喚されたのでな。それはそうと、佐久間よここであったのも何かの縁、少しやらんか?」

 

 群青の侍、佐々木小次郎は親指で壁を、正確にはシミュレーターを示して見せる。

 対するは黒い侍、佐久間盛重。

 

「シミュレーター、にございまするか………ふむ、確かに手合わせなどは最近はご無沙汰になっておりますな」

「であろう?では早速、ダ・ヴィンチ女史のもとへと参ろうか」

 

 トントン拍子に話は進み、二人はシミュレーター申請の為にダ・ヴィンチの元へ。

 いつもの盛重ならば止めたのかもしれないが、今日は何かと暇していたのだから致し方なし。

 カルデアでは戦闘狂なサーヴァントにも対応する為にシミュレータールームは開けられており、申請が必要になるが大抵は特に苦慮することなく手合わせ程度はできるようになる。流石に宝具ぶっ放すのは止められるだろうが。局地的インド戦争など笑い話にもならない。

 ほどなくして、二人の姿はシミュレータールームの中にあった。

 部屋の指定などは特にされておらず、真っ白な無機質な部屋だ。目がくらまない程度の光度の中、小次郎は既に得物である長刀・物干し竿を抜いている。

 対する盛重は鞘から刀を抜かず若干腰を落とした居合の構えだ。

 

『それじゃあ、二人とも準備は良いかな?』

「「………」」

『それじゃあ、手合わせ始め!』

 

 全サーヴァントの中でも、恐らく技量と言う一点に限れば上位に食い込む二人の手合わせ。

 期待してモニターを見つめるダ・ヴィンチだったが、彼女の思惑とは裏腹に静かな立ち上がりを見せていた。

 一切構えない小次郎に対して、盛重もまた刀を抜かない。

 技量に極振りした二人にしてみれば、戦闘と言うのは陣取りゲームに近い。如何に相手の得意をつぶして、自分の有利を押し付けるか。

 果たして、

 

「ッ!」

 

 仕掛けたのは小次郎。ノーモーションからの刺突。

 物干し竿は何も奇をてらっただけのゲテモノではない。その間合いは刀身によって槍と同程度には広いのだ。

 更に、盛重は見た。小次郎の突きは、刃を下にしたものではなく横にした平突きである、と。

 この突き、避け方を間違えるとそのまま横薙ぎに変化して、真っ二つにされてしまう。

 セオリー通りならば、刃とは反対。峰の方へと回避することが基本。だが、盛重は逆に突きを迎え入れるようにして前へと突っ込んでいた。

 限界まで目に集中力を集めて、今の彼には一瞬一瞬が限りなくゆっくりに見えていた。

 死に際の集中力とでも言うべきか、人間特殊な状況下では持ちうる能力の大半が鋭敏化、もしくは強化されている場合がある。

 戦場と言う死に場所ともいえる場所を駆け抜け続けた盛重もまた、それは体得していた。

 彼が突っ込んだのは、刃側。突っ込むと同時に抜刀し、己の刀と物干し竿をかみ合わせ即席のレールとしたのだ。

 そのまま、火花を散らして前へ。

 迫る盛重。小次郎は直ぐに刃を引いた。

 そこから始まったのは、極力刃を打ち合わせない接近戦。いや、刃はぶつかり合うときはぶつかり合っている。ただそれ以上に、空気が切れる音が響いている。

 異常な光景だった。

 間合いで勝るのは、小次郎。小回りで勝るのは、盛重。技量ではどちらも全力を出していないため五分といったところ。

 

「「……………………」」

 

 何より二人そろって無言を貫いている。

 派手さは無いが、それでもまるで一本の映画を見ているような惹きつける引力の様なものを放つ手合わせ。

 一瞬の鍔迫り合いから、放たれる長刀による斬り上げ、紙一重で躱し羽織の一部が飛ぶが気にすることなくそのまま相手の踏み込むであろう場所に踏み込むことでその動きを阻害。上体のみの突きを放てば当たる前に更に、踏み込んで手の甲で腕を弾くことで突きもろとも軌道を逸らしていた。

 振り抜かれそうになった右手の刀は、しかしその前に踏み込めなかった片足を持ち上げて膝が右前腕を押しとどめていた。

 

「やはり、良い。同じ日本のサーヴァントとして、胸が躍るというものだ!」

「ふっ、小生としてもここまで技を競うのは久方ぶりにございまする」

 

 互いが互いに密着状態。刀を振るうような間合いでもなく、どちらからともなくその距離を開いた。

 ゆっくりと歩くような足取りで。互いが互いに得物の間合いの外へ。

 一定の距離を持って離れた二人は示し合わせたように向き直った。

 

「戦い続けるのも芸がなかろう?」

 

 小次郎は、そこで初めて構えた。

 霞の構え。たったそれだけだが、何をするのか盛重にはわかる。

 右手に刀を、左手に鞘をそれぞれ順手と逆手に握り待ちの姿勢。

 

「行くぞ」

「参りまする」

 

 次に仕掛けたのは、盛重。彼は、あろうことか自ら死地へと飛び込んでいったのだ。

 小次郎は考える。目の前の男が破れかぶれの特攻を仕掛けるか、否か。

 

(ふっ…………)

 

 内心で笑みをこぼして、彼はその考えを否定する。目の前の男は絶望的な状況でも最後まで足掻き続ける、そんな男である、と。

 であるならば、この先に何が待つのか見たくなるのは剣士の性というもの。

 

「【秘剣・燕返し】………!」

 

 放たれるは、三つの斬撃を全く同時に放つ必殺の一撃。

 純粋な技量により多重屈折現象を引き起こしそれ即ち、魔法の領域に生身で手を掛けたということ。

 頭上から股下まで両断する一の太刀。一の太刀を回避する相手の逃げ道をふさぐ円軌道の二の太刀。左右への離脱を防ぐ三の太刀。

 これら三つが全く同時に相手に襲い掛かってくるのだ。振るう当人の技量も相まって、龍種であろうともその甲殻を切断しバラす事だろう。

 当然、サーヴァントであろうとも同じこと。特殊な宝具やスキルでも持っていない限りまず間違いなく惨殺される。

 そんな死の淵へと、盛重は何のためらいも無く飛び込んでいた。

 響くのは金属音と鈍い殴打の音。

 

「……………………よもや、この剣を抜けてくるか」

「ッ、完璧ではありませぬが」

 

 右大腿部と右わき腹に赤いシミを浮かび上がらせながら、それでも盛重は生存していた。

 小次郎も驚く。何せ彼の秘剣はある世界線ならば、かの騎士王ですら直感が間に合わずその場からの離脱をして猶、手傷を負うほどのものなのだから。

 それを、あまつさえ前に突っ込んで突き抜ける。

 

「良ければ、種を明かしてはくれぬか?」

「…………ふぅ………そもそも、小生は貴殿の剣が初見ではありませぬ。仮に、初見であったならば間違いなく、小生はこの場で躯を晒す事になっていたことをご理解くださいませ」

 

 一つ息をついて、姿勢を正した盛重は刀を鞘へと納めて語り始めた。

 

「貴殿の秘剣。三つの斬撃が一度に放たれるという恐るべきものにございまする。ですが同時に、三つの斬撃は常に同じ軌道を描くということ。貴殿が構えることがその証左。であるならば、話は簡単。三つの斬撃に対して、一度に対応してしまえば良いのです」

 

 事も無げに彼は語る。だが、そんな事は普通出来ないしそもそも試そうとすらも思わないだろう。

 何せ当たれば一撃必殺。練習なども出来ないし、イメトレが間違っていればその時点でアウト。

 分かっているのかいないのか、彼はさらに続ける。

 

「振り降ろしの一の太刀を前へと突っ込みつつ時計回りに錐揉み回転することで逸らし、二の太刀を逆手に持った鞘を打ち付ける事で空へ。三の太刀は空中に留まっている状態で躱しました。といっても、これはまだまだ未完成。こうして手傷を負った時点で小生の負けにございましょう」

 

 染みの広がる袴を示して、盛重は頭を掻いた。

 無論、突っ込んだ体勢のまま対人魔剣を発動することはできただろう。

 しかし、これは手合わせだ。やっていい限度などもあり、その辺は自重していた。

 

「さて、いかがいたしましょうか。もう一戦交えるならば、小生は構いませぬが」

「それは僥倖。こちらとしても願ってもない事」

 

 生身ならばともかく、サーヴァントにとってみれば最悪腕がもげても戦闘には支障をきたさない場合が多い。これは肉体が、血肉ではなく魔力の塊で構成されているから。

 二人の侍は、再び一定の距離をとって刀を構え、

 

「―――――ちょーっと、待ったァーーーーーーッ!」

 

 横合いからの乱入者。

 薄い色素のの髪に藍の着物。両の手には大小の刀を携えて、浮かべる笑みは好戦的。

 

「武蔵殿?何用にございまするか?」

「何用って、決まってるでしょう!?このカルデアで最強の剣士決定戦をするって言うなら、私も混ぜなさい!」

 

 彼女、宮本武蔵はそう言って目を爛々と輝かせる。

 訂正するが、そのような事実は全くない。盛重も小次郎も、単なる手合わせで戦っていたにすぎないのだから。

 

「武蔵よ、私も佐久間も手合わせをしていただけ。お前の望むようなことをしてなんだ」

「あら、そうなの?なら、私もその手合わせに混ぜてもらえる?小次郎さんもそうだけど、佐久間さんとも一度剣を交えてみたかったのよねぇ」

「小生にございまするか?」

「そっ。かの信長公の懐刀で、今は立香の特記戦力の一人!けれど、滅多に他の人たちと戦ってるところを見たことが無かったから、誘いにくかったのよね。だから、この機会に貴方の力を知りたいの!」

「は、はあ…………」

 

 かなりハイテンションな武蔵に対して、盛重は気のない返事。

 当然、というべきか彼はカルデア内での自分の評価をほとんど知らない。そもそも、その手の話題に関して興味が無く、何事も生真面目に全力を尽くすのが基本だからだ。

 因みに、彼の評価は基本的に悪くない。寧ろいい。かの気難しい人類最古のジャイアニズムを振りかざす英雄王ですらも認める男なのだから。相性がよろしくないのは、某青ヒゲや小悪魔系後輩などだろうか。どちらも相手方が一方的に苦手意識を持っているだけなのだが。

 そんな彼は、どうしたものかと考える。

 性別によって実力は変化しないことをよく知る盛重だが、気にしているのはそこではなく。

 

(夕餉の支度など………エミヤ殿達に任せきりで良いものか…………)

 

 夕飯の支度、およびその他雑事。朝昼夜の食事の支度や、掃除、洗濯。作家サーヴァントへの夜食提供に、医療関係サーヴァントとその他サーヴァントの折衝。子供系サーヴァントの面倒を見たり、カルデアスタッフへの気遣いをしたり。

 これらに加えて、戦闘も参加する。それも最前線だ。

 ぶっちゃけ、サーヴァントでなく生身ならばぶっ倒れている事だろう。

 

「佐久間さん?」

「ふっ、この顔は大方夕餉の支度について考えておる顔だな」

「あっ、そういえば佐久間さんも料理できるんだったわね…………この前のうどんは美味しかったわぁ……」

「はっはっは、かの剣豪・宮本武蔵も骨抜きか」

 

 そんな二人の会話がなされる中、その対面である盛重の方も進展があった。

 

『今日一日程度、羽を伸ばすぐらいなら良いんじゃないかな?というか、私たちも盛重君には頼りっぱなしだからね。もっと楽にしてくれても良いんだよ?』

「いえ、しかし……小生が言い出した手前…………投げ出すような気が…………」

『それは考えすぎさ。そもそも、サーヴァントの仕事は戦う事。家事その他はボランティアの様なものなのさ。ほら、ブーディカや頼光君も休みはもらっていただろう?』

「それは、まあ…………」

『だから気にしないでくれたまえ!立香君たちには私から知らせておくからね』

 

 ダ・ヴィンチにそこまで言われてしまえば、盛重の腹も決まるというもの。

 

「武蔵殿!」

「ん?決まった、佐久間さん?」

「ええ、決まりましてございまする」

「ほう、ならばこれよりは三つ巴か?態々、一対一の状況に持っていく必要もあるまい?」

「良いわね、ソレ!じゃ、やりましょうか!」

 

 ピリッと引き締まる空間。互いが互いに自然と距離をとって三角形の形で、それぞれが敵を見据える。

 長刀が、二刀が、打刀が、光を反射し妖しく煌めいた。

 かくして始まる、日本サーヴァント剣士最強決定戦(仮)

 

―――――to be continued…………?



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