朝起きたら女になっていたんだが、頭がアホの子になる特典はちょっと…… (ひまるま)
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朝起きたら女になっていたんだが、頭がアホの子になる特典はちょっと……

 

 

「ただいま」

 

 

 

 

 

 

 

少し錆び付いたドアノブに手をかけて、ドアを開けながら無意識の内に真っ暗な部屋の中に向かって声を投げかける。

 

 

 

しかし、そんな言葉に対しての返事はいくら待っても返ってきやしない。そんな当たり前の事実に改めて直面し、同僚からは老け顔と呼ばれている自身の顔が汚く歪んだのが感じ取れる。

 

 

 

ふぅ、と一回呼吸をすると、俺はふらついた足で古びた靴を器用に放り出す。そして慣れた手つきで部屋の電気をパチリと付けて、十畳程の部屋に無造作に引かれた布団へとダイブする。

 

 

 

大の大人が何をしてるんだか、と自身の行動に対して鼻で笑いながら、自身の真上で点灯している今の時代に不釣り合いな白熱電球をボーッと見続ける。

 

 

 

 

 

 

 

「俺の人生は、どこから狂っちまったんかなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

そんな自身の心に秘めた思いを少し震えた声で自身に問いかけ、今までの人生を走馬灯のように振り替え始めるのであった。

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

 

 

 

 

俺という存在は、良い意味でも悪い意味でも"普通"と呼ばれている人間であった。

 

 

 

学校では常に中位の成績を叩きだし、運動神経においてもほとんどの場合C判定というどちらとも言えない成績を取っていた。

 

 

 

そして、この平凡さはとどまることはなく、中、高、大と世間一般的に三流大学と呼ばれるところに進学し、俺はこのまま普通に年を取って死ぬんだろうな、と心の中で思いながらぷらぷらと毎日を過ごしていた。

 

 

 

しかし、俺は大学三年の頃に大きな壁にぶち当たった。そう――就職である。

 

 

 

この日本社会で就職というものは生命線といっても過言ではない。実際俺も何回もマニュアル通りな書類を書いて、面接会場にも足を運んだりもした。だが、返ってくるのは不合格の三文字。

 

 

 

正直言って、あの頃は少し焦ってたんだと思う。俺のことをここまで育ててくれた母さん。俺が就職できたら社会のイロハを教えてやると意気込んでいる父さん。俺は彼らに失望されたくなかったんだ。もちろんそんなことで絶縁ということはないだろうが、ただ単に悲しませたくなかったんだろう。

 

 

 

そして、俺は死に物狂いで就職活動を行い、見事合格の二文字を勝ち取った。あの時の嬉しそうな両親の顔は今も脳裏に焼き付いている。

 

 

 

桜が散り、道端に落ち始める4月の中頃、ああ、これから普通な社会人としての生活を過ごすんだ、と俺は期待に胸を膨らませて自身の職場となる大きなビルの中へと入っていった。

 

 

 

だが、現実はそう上手くはいかなかった。休みは一月で3日程度、サービス残業は当たり前、上司の口からは脅迫染みた怒鳴り声が浴びせられる。俺は最近よくニュースで目にするブラック企業と呼ばれる会社へ就職してしまったようであった。

 

 

 

会社を辞めようにも上司のからは認められず、何より両親に会社を辞めたというのが怖かったのだ。

 

 

 

そして、そんな臆病者は正気の沙汰とは思えない過酷な日々がづるづると続け、今のような冴えない俺へとなってしまったのである。

 

 

 

 

 

 

 

「まあ、こんなことを考えていても何にもならないし、明日も早いからそろそろ寝るかな」

 

 

 

 

 

 

 

俺は安っぽい机の上に置いてあったカップ麺をゴミ箱に放り投げ、妙に安心感に包まれる小学校の頃から愛用している布団の中に潜り込み、夢の中では良いことが起こるようにと願いながら、ゆっくりと深い世界へと沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

「う~ん」

 

 

 

 

 

カーテンの隙間から朝日が少し射し込み、ぼんやりと明るくなった部屋をボーッと眺めながら大きな伸びを一回する。

 

 

 

そして、いつものようにジリジリと鳴り響く目覚まし時計を雑に止めて、フラフラとした足取りで狭い洗面所へと足を運ぶ。

 

 

 

そのたび、何度かパジャマに足を引っかけられ、なんでこんなにブカブカなのだと違和感を感じたものも、朦朧とした意識の中では深く考えることはできず、あまり気にしない様子でゆっくりと洗面所に向かって歩き続ける。

 

 

 

そして、数十秒もしない内に洗面所へとたどり着き、古びた蛇口を強引にひねり、水を強めに出す。俺は洗面所の近くに置いてある筈の歯ブラシを取り出し、少し濁った水にちょこんと付けて、歯を丁寧に磨き始める。

 

 

 

そんな中、きっと悲惨なことになっているであろう寝癖を直すために棚に入れてあったブラシを取り出し、目の前に置いてある鏡に目線を向ける。

 

 

 

中古品のせいか少し黄色味かかった鏡に写るのは、明るいオレンジ色に近い髪を持ち、頭のてっぺんにはピョコンとアホ毛が飛び出すいかにもアホそうな顔をした少女であった。

 

 

 

 

 

 

 

「へ?」

 

 

 

 

 

 

 

自身の口から可愛らしい声が無意識に飛び出す。そして、口でくわえていた歯ブラシは床に転げ落ち、俺は再び鏡の方へと目線を向ける。

 

 

 

クリクリとした優しそうな丸い目、鼻筋はシュッとしており、プリプリとした唇はピンク色に染まっており、某ガハマさんをイメージさせるような活発そうなアホの子がそこには立っていた。

 

 

 

自身が右手を上げると鏡の少女もゆっくりと右手を上げる。そして、柔らかそうな頬をゆっくりつねると痛みも感じた。

 

 

 

 

 

 

 

「夢じゃないんだ……」

 

 

 

 

 

 

 

そう自身に語りかけるように呟き、それと同時にとある不安が心の中を埋め尽くす。

 

 

 

 

 

 

 

「これからどうやって生活すればいいんだろう」

 

 

 

 

 

 

 

この体では会社に行くことは出来ないし、ましてや戸籍が違うのだから生活保護すら受けられない。旅行に行くためにコツコツ貯めていた貯金を使ってももってせいぜい1ヶ月位であろう。

 

 

 

困った時はGoogle先生だと思い、自身と同じ体験をした人がいないかどうか検索してみるが合致する記事は一切なく、ただ首を項垂れることしかできなかった。

 

 

 

それから数分後、布団に転がりながらスマホをボーッと見つめていると、とある記事が視線の隅に止まる。

 

 

 

 

 

 

 

『新規所属配信者募集中! 年齢不問、面白い方であればどんな方でOK!』

 

 

 

 

 

 

 

「これだ!」

 

 

 

 

 

 

 

その広告を見た瞬間、心の中でガッツポーズを決める。

 

 

 

配信者であれば戸籍なんて必要ないし、成功すれば年収1億だって夢じゃない。それに憧れの人と同じ場所に立てるなんて願ってもないことだ。

 

 

 

それならばと、俺はおもむろにタンスの中の物を漁り始め、とある物をタンスの中から取り出す。

 

 

 

 

 

 

 

「結構前に買ったマイクだけどまだ使えるかな?」

 

 

 

 

 

 

 

そういって取り出したのは新品同様のようにピカピカと光っている高そうなマイクであった。このマイクは以前にうちの社長が家でも会議が出来るようにと、社員全員が買わされたものである。

 

……まぁ5日で面倒だからっていう理由で無しになったのだけれども。

 

 

 

そしてその時に同じく無理やり買わされたパソコンを開き、通販にて録画ソフトや編集ソフトなどを全財産で購入し、パソコンとマイクをケーブル等で繋ぎ合わせる。

 

 

 

 

 

 

 

「……キャラ的にはどういうキャラで行こうかな」

 

 

 

 

 

 

 

配信の準備が完了したところで、俺は自分がどのようなキャラで行こうか模索し始める。近年、小学生の将来の夢の中でも上位に入る職業の一つである配信者。やはり、相場での人口はとてつもない程大きいであろう。普通にやってしまえば大きな波に呑まれてしまうだろう。そんな中でいかに目立つことができるか。そういうところでキャラというのは配信者の運命を大きく左右する。

 

 

 

慎重に決めないとな、と心の中で思いながら考えていると、不意についさっきの出来事を思い出す。

 

 

 

……これはいけるのではないか。

 

 

 

俺の主観的な意見だと、今の俺はアホ&天然という黄金比のような素晴らしい特徴を持っている。これを上手く使えば配信者の頂点に立つのも夢じゃない。

 

 

 

 

 

「よし! やるといったら早速準備だ!」

 

 

 

 

 

 

 

俺は溢れんばかりの笑みを浮かべながらノートに自身の描く配信者としての特徴を書き連ねていく。

 

 

 

だが、彼は知らなかった。

 

 

 

自分の性格が体に引っ張られてアホ&天然になり始めていることを。

 

 

 

これはのちにネット上でアホの子と呼ばれ、視聴者たちには妹のように可愛がられる一人の配信者の序章に過ぎない。

 



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初めての配信

二話目を作ってしまった。


えっと、こんな感じで大丈夫かな」

 

 

 

 

 

 

 

あの出来事から数日後、とある昼下がりの中、冷房の聞いた室内にて、私は自分に言い聞かせるように独り言をボソリと呟く。

 

 

 

そして、そんな独り言を呟くと同時に空いた右手でマウスを巧みに使い、動画を放送できる一つ前のページを開く。こうもスムーズにパソコンを使えるのも上司のおかげだな、と心の中で思いながら、私は自身の緊張を抑え込もうと大きな深呼吸を一度行う。

 

 

 

そして私は、そんな情けない自身の精神に呆れながら、ぼんやりと目の前のパソコンに写る『ニカニカ動画』と書かれた文字をなんとなくじーっと見つめてみる。

 

 

 

ニカニカ動画――それは、日本の動画投稿サイトの中で一番利用者の多い圧倒的なシェアを持つ大型投稿サイトである。それ故に、このサイトでは数万人近く配信者たちがしのぎを削っている。そのため、このサイト内で人気になるためにはどれだけ他の配信者が持っていないオリジナルの武器を使いこなすかということが大きな鍵となっている。

 

 

 

そこで、私は数日間自身の魅力を一番引き立たせることのできる方法を考えた結果、生放送を主に利用するいわゆるライバーと呼ばれる配信方法を取ることにした。

 

 

 

もちろん、動画をコツコツ投稿していこうと考えてないというわけでもないのだが、やはり初心者が動画編集をするのはとても大変な上に、あまり質の良くない動画になってしまう可能性があったので、今の段階では毎日投稿をするのを断念した。

 

 

 

 

 

 

 

「マイクよし! 録画ソフトも良し! BGMも準備完了!」

 

 

 

 

 

 

 

そんなことを考えている内に、着々と時間が過ぎていくのを感じた私は急いで準備を終わらせて、配信を行う用意を整える。

 

 

 

 

 

 

 

「よし、これでバッチリなはず! あとは放送ボタンを押すだけっと……」

 

 

 

 

 

そう確認するように呟くと、私はゆっくりとマウスカーソルをボタンへ合わせていき、まるで未知の大地に踏み込むかのようにゆっくと、そして慎重にボタンをカチャリとマウスをワンクリックする。

 

 

 

そして、私は無意識に口元に純粋そうな笑みを浮かべながら、配信者ヒカリとしての一歩を踏み出すのであった。

 

 

 

 

 

「はい、というわけで皆さん初めまして! 今日から生放送を主に活動します、ヒカリと申します! これからどうぞよろしくお願いします!」

 

 

 

 

 

 

 

私は初投稿ということもあるので、当たり障りのない無難なセリフをハキハキと呟きながら視聴者数の書かれた画面に目を写すと、そこには15という初めての配信にしては奇跡と言わざる終えない数がはっきりと記入されていた。

 

 

 

 

 

 

 

「え!? なんで視聴者数こんなにいるの!」

 

 

 

 

 

 

 

そして、その驚きはどうやら声にも出ていたらしく、私は急いで口を手で塞ぐ。しかし、それも遅かったようで、画面上にはたくさんのコメントがスーっと写しだされる。

 

 

 

 

 

 

 

『初見です』『アホっぽそうな声ですね』『いきなりどうしたしW』『情緒不安定で草』『照れてるの可愛い』

 

 

 

 

 

「ちょっと、そんなこと言わないで下さいよ! 私も一応乙女の端くれなんですからね」

 

 

 

 

 

まぁ、数日前までは男だったんだけどなぁ、と心の中では思いつつも、コメントに対して文句を溢すと、再び画面上にがコメントによって埋め尽くされる。

 

 

 

 

 

『はいはい、可愛い可愛い(棒)』『なんか、声優に成りきれなかった人の声みたいで草』『乙女?』『やっぱり情緒不安定でW』

 

 

 

 

 

 

 

「……ゴホンッ! まぁ、今回はこれで許してあげましょう。はい、というわけで茶番は置いといて、早速本題に入りましょう!今回、初配信ということもあるので、皆さんと仲良くなれるゲームを用意しました!その名も――私の好きなこと当てるクイズ!いぇい!』

 

 

 

 

 

 

 

『???』『どうしたし笑』『本性表したね』『これがニカニカ動画の闇なんだよなぁ』『わしの寛大な心でチャンネル登録したわ』

 

 

 

 

 

 

 

「えっと、多分理解してる人はあんまりいないと思うので、ルールを説明します! ルールは簡単で、私が例えば『好きな食べ物は何ですか』と聞いたら視聴者の皆さんは今から画面に表示される四択から私の好きなものを予想して答えるというものです!」

 

 

 

 

 

 

 

『なるへそ』『クソゲーで草』『発想もアホで草』『つまりこれはヒカリちゃんのプライベートを解き明かす鍵に……』

 

 

 

 

 

 

 

私はそんな、流れてくるコメント横目に見つめながら、話を続ける。

 

 

 

 

 

 

 

「いや、変な妄想しないで下さいね。というわけで、早速ですが、試しに一問解いてみましょう! それでは第一問、私ことヒカリが配信者を始めたきっかけはなんでしょうか?」

 

 

 

 

 

 

 

私がそう呟いた瞬間、あらかじめ設定していたものを起動させ、画面上に選択肢を四つ表示させる。

 

 

 

 

 

 

 

「ちなみに、制限時間はあと一分もないので早めに答えを出しちゃて下さいね」

 

 

 

 

 

 

 

『ここはやっぱり金の為なんだよなぁ』『わしは一流のネットアイドルに一票かけるわ』『ろくな選択肢が無くて草』

 

 

 

 

 

 

 

「はい、というわけで時間切れです! みなさんはちゃんと答えることができたのでしょうか。では、皆さんお待ちかねの正解発表です! 正解は……一番の『お金がないから』でした。正答率も60%とかなり高いですね」

 

 

 

 

 

 

 

『欲望にまみれてて草』 『あっ(察し』 『ふーん……成る程ね』

 

『ヒカリちゃん貧乏人説』

 

 

 

 

 

 

 

私はそんなコメントに少し恥ずかしさを覚えながら、マイクに向かって言葉を発し続ける。

 

 

 

 

 

「まぁ、そんなことは置いといて、続いての問題に移っていきましょう! 続いての問題は……」

 

 

 

 

 

 

 

そして、そんな他愛もない雑談を繰り返して四十分、そろそろ配信を切ろうと、私は締めの挨拶を喋りだす。

 

 

 

 

 

 

 

「はい、というわけで私の配信はいかがだったでしょうか? 今回は雑談配信でしたが、これからはゲーム配信などもやっていきたいなと思っています! 次回の配信もぜひ来てくださいね! バイバイ!」

 

 

 

 

 

 

 

『チャンネル登録しました』『隠しきれないアホのオーラで草』『バイバイ!』『私あなたの声好きです』『なんかちっちゃい子供が背伸びして大人になろうとしてるみたいでてぇてぇ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

 

 

 

 

 

 

私は配信を終えたことを確認すると、再び近くに置いてあったベッドにダイブする。そして、いつもと同じように輝く白熱電球を見ながら思うのであった。

 

 

 

 

 

「配信者って、思ったよりなんか楽しいなぁ」

 

 

 

 

 

そんなことを呟いた私は、お昼後に訪れる強烈な眠気に耐えきれず、胸にスマホを抱えながら眠りに就くのであった。

 

 

 

 

 

……実はパソコンの画面がバグっており、まだ生配信が続いているのを彼女が知るのは少し先の出来事である。

 

 

 

 

 

※数時間後

 

のちに、ヒカリちゃんが焦って急いで配信を消したのは言うまでもない。

 

 

 

 



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腹ペコ少女の初ナンパ

少しつまらん話になってしもうた


最初から最後まで波乱万丈だった配信を終えた日の深夜頃、私ことヒカリはとある強敵に襲われていた。

 

 

 

「ぐぅー、やっぱり夜食は買っといた方がよかったかな」

 

 

 

私はそんなことをボソリと呟きながら、自身の右手でお腹を擦り出す。以前はこんなに大食いでもなかったんだけどなぁ、と心の中でぼやつきながら、私は腕を上に上げて大きな伸びを一回する。

 

 

 

「こんな様子じゃあ落ち着いて眠れもしないからなぁ……。とりあえず、コンビニまでひとっ走りでもしますか」

 

 

 

私は唸り続けるお腹に悟らせるように呟くと、ボロい机の上にあった財布をポケットに突っ込み、玄関にへと足を運ぶ。

 

幸い、自宅から徒歩五分ほどの場所でコンビニが営業している。走れば往復で六分位だから、不審者に会うことをないだろう。

 

そうと決まれば出発だ、と私は男の頃に使っていたブカブカの靴に足を通し、立て付けの悪いドアをガチャリと開けて外に飛び出していく。

 

そして、私はアパートに取り付けられた今にもその灯火が消えそうな白熱電球の明かりを頼りに階段を降り、広い大きな道路脇へと足を踏みしめる。

 

いつもならこの地区を利用する住人たちによって忙しなく運転されている車も、今は数分に一台しかこの道路を横切らない。一瞬この冷たいコンクリートでできた道路の上に寝そべっても轢かれないのでは、という考えが頭をよぎったが、こんなことで、もし誰かに道路で自身が寝そべっているところSNSにでも拡散されたらたまったもんじゃない、と私はコンビニの方へと足を早めた。

 

 

 

 

「そういえば、新しい服も買わないとなぁ」

 

 

 

 

私は自身の着ているよぼよぼな服一式を見てボソリと呟く。男の頃はあんまり実感がなかったが、どうやらメンズとレディースの服はやはり構造上での大きな差があるらしい。男のズボンではお尻が入らないことがあるし、なりより歩くたびに胸が擦れて痛いのだ。今なら、女性がなぜあんなに困った様子をしていたのかが改めて理解できる。

 

私がそんな男の頃では考えもしなかったであろうことに共感していると、前の方に夜中なのに明かりを灯しているお店が瞳の隅に映り混む。どうやら、いつの間にかコンビニに着いたようであった。

 

 

 

 

「いらっしゃいませー」

 

 

 

 

コンビニに入った瞬間、いつもと同じように感情のない機械的な挨拶が私に投げ掛けられる。そして、私はそんな力のない声を軽く無視すると、すぐ横にある生活用品売り場のところで足を止める。

 

 

 

「ああ、そういえば最近歯みがき粉を切らしちゃったんだっけ」

 

 

 

私は夜食を買うついでにと思いながら、歯みがき粉などの生活用品や、生理用品などを手に取り次から次へとかごに入れていく。そして、必要なものをあらかたかごに積めたことを確認すると、その足でインスタント食品などが置かれている棚へと向かう。

 

 

 

 

「やっぱり、夜食はインスタントラーメンだよねぇ」

 

 

 

私はそんなことを独りで呟きながら何種類かのラーメンをかごにいれて、レジへと向かう。

 

レジは深夜ということもあってか並んでいる人はいとりもいなく、スムーズにレジへと向かうことができた。

 

 

 

「お値段は合計で五千六百八十円になります」

 

 

 

うわぁ、結構値段張っちゃったな、と心の中で悪態をつきながら、深い大きなため息を一回する。そして、コンビニから出ると自身のポケット突っ込まれていた財布の中を見つめながら、再び大きなため息をつく。

 

これからは節約しなきゃなぁ、と今後のもやし生活に少しの苛立ちと絶望感を覚えながら、家に帰ろうと足を運び出したその時、後ろから陽気な声で私に話しかけるような声が聞こえる。

 

 

 

 

「ねぇ、そこの彼女、俺と一緒に遊ばない?」

 

 

 

 

私がゆっくりと声のする方へと振り替えると、そこにはいかにもチャラそうな格好をした男が立っていた。

 

元は黒であっただろう髪の毛を金色に染め、銀のチェーンを首から付けた不良と一般人の間をさ迷っているような男であった。

 

 

 

「……もしかして、私のことですか?」

 

 

 

「そうに決まってるじゃん! ところで、見たところ高校生だよね? このあと、仲間と一緒に飲みに行くんだけどさ、一緒に行ってみない?」

 

 

 

 

男は右手で軽くお酒を注ぐようなジェスチャーをしながら、醜いにやけた笑顔で私に話しかけてくる。私は、そんな下心丸出しな男に対して強い嫌悪感を感じ、全身に鳥肌が立つのを感じ取っていた。

 

逃げなきゃ。そう、ふと本能的に危ないと感じたのか、脳が全身に走り出せと命令している。私はそんな指令に流されるままに男から離れようとするが、男は逃がさない、といった感じに私の右手を掴みとる。

 

 

 

「や、止めてください……」

 

 

 

 

男はそんな私のか細い必死の抵抗を無視するかのように嘲笑い、握る力を強くしていく。

 

 

 

――あぁ、こんなことになるんだったら朝まで我慢しておくんだったな……。

 

 

 

そんなことを思いながら涙を一筋溢していると、不意に後ろからもう一人の誰かが、震えた自身の腕を握りしめている感覚伝わってくる。

 

私が、涙を指で拭き取りながら後ろを振り向くと、そこには一人の少女が立っていた。

 

身長は私より頭一つ高く、顔つきも整っているため全体的に大人びた印象を受ける。頭のてっぺんから生えている美しい長い金髪は無造作に放置されており、それまた彼女をカッコいい大人としているのであろう。

 

私が、一瞬あまりの彼女の美しさに唖然としていると、彼女は私の腕を未だに掴んでいるチャラい男に向かって睨みを利かせながら言葉を放つ。

 

 

 

 

「おい、あんた何しとんの?」

 

 

 

 

そんなドスの効いた威圧感のある彼女の声は、チャラ男の心でを驚かすのには十分だったようで、男は彼女に言い訳をするようにぶつぶつと喋ると、一直線に闇の中へと消えていった。

 

ふーっ、と私が安心するかのようにため息を付くと、隣にいた彼女は心配するように私の顔を覗きこむ。

 

 

 

 

「あんた、大丈夫? もしよかったら家まで送ってってあげるけど」

 

 

 

彼女は眉を下げながら、大丈夫かと私に問いかけてくる。私は一瞬、そんな親切な彼女に送ってもらおうと考えだが、もう夜遅くだしな、と断りの返事をいれると、彼女は一瞬めんどくさそうに大きくため息を吐くと、私腕をぎゅっと掴みとると、少し小さな声で私に話しかけてくる。

 

 

「……そんな震えた声で大丈夫です、て言われても説得力がない。あんたの家どこ、私が送っててあげる」

 

 

私はそんな彼女の言葉に従い家のある右の方を指差すと、彼女はズカズカとそちらの方へと歩いていく。そして、私はそんな頼もしい背中を前に、ただ生まれたばかりの小さな小カガモのように付いていくことしか出来なかった。

 

 

 

 

 

「あの、今日はありがとうございました」

 

 

 

 

コンビニを出てから少し経った頃、私は無意識に彼女にお礼を呟き、深々と腰を曲げた。

 

すると、そんな私の行動を見て少し恥ずかしくなったのか、前に立っていた彼女は右手で頬を少し擦りながら言葉を投げ掛けてくる。

 

 

 

「いや、別に当たり前のことをしただけだよ。あんたにお礼を言われる筋合いはない」

 

 

 

そう、彼女は呟くと同時に、私の返事を遮るように前方にある黒い建物を指で指しながら話しかけてくる。

 

 

 

 

「ほら、あんたの家にも着いたことだしさ、しっかりと睡眠を取って今日のことは忘れるんやぞ」

 

 

 

 

彼女はにへりと笑いながら、私の背中を手で押して玄関先まで足を動かす。

 

アパートに取り付けられた白熱電球はこの瞬間だけは、明かりを強め、まるで私たちを歓迎しているかにも思えた。

 

 

 

「あの、今日は本当にありがとうございました!」

 

 

 

 

私は自身の家の前まで たどり着くと、改めて目の前にいる少女に感謝を述べた。すると、目の前にいる少女は全然大丈夫といった感じに手首を少し振ると、つまらなそうな顔をしながら私に声をかけてくる。

 

 

 

 

「まあ、今日のこともあったしやらないとは思うんだけど、金輪際夜中に一人で出歩かないことだね。それさえ意識してれば大丈夫。それじゃあ、私はそろそろ帰るわ」

 

 

 

そうボソリと呟くと同時に、彼女はくるりと百八十度方向を変えて、雑にこちらに手を振りながら再び独り寂しい暗闇に消えていくのであった。

 

 

 



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悩みと葛藤

更新遅れてすいませんでした!
少し勉学の方が忙しくて中々手が付けれませんでした。


私は、そんな独り寂しく深い闇の中に消えていった少女の姿をボンヤリと見つめ続ける。そんな意味のないことを数秒したあと、私は自身の真横にある、道路沿いに設置された街灯によって照らされている我が家の古びた玄関のノブに手を掛けて、ゆっくりと家の中に入っていく。

 

 

 

家の中は、当たり前だが辺り一面暗闇に包まれており、部屋の中には家を出る前にマッチで火を付けた蚊取り線香の独特の匂いが充満している。

 

 

 

ギギッ、と鈍い軋む音がする古びた木造の床の上を一歩一歩確実に足を運んでいく。そして、私は部屋の隅に付けられているはずの電気のボタンに向かって手を伸ばし、数回ボタンを押すがいずれも明かりは一回もつかない。

 

 

 

私はクルッと電球が付いている方に目線を向けると、ついさっきまでこの部屋を明るく照らしていた白熱電球はまるでセミが事切れた時のように、その電球は明るさを失っていた。

 

 

 

私はその視界の隅に捉えた光景を確認すると、大きく一回深い深呼吸をし、野生の本能のせいなのか無意識に光を求めて辺りをキョロキョロと見渡す。

 

 

 

すると、そんな真っ黒な黒色に染まった暗闇に包まれた世界に、一筋の希望が雲の切れ目から射し込むように、窓からボンヤリと月光が溢れているのが自身の瞳に映りこむ。

 

 

 

そして、そんな光景を見つめていると、私はまるで光に群がる森に住む昆虫のように月光に導かれ、中ぐらいの大きさの窓ガラスをガラリと開ける。そうすると、私はアパートの各部屋一個ずつ設置された小さなベランダに片方の足を踏み入れていく。

 

 

 

自身の片方の足が部屋の外に出たその瞬間、全身にひんやりとした寒気が襲ってくるのが感じ取れた。私はそんな夏の夜には似合わないような肌寒さに気持ち悪い奇妙な感覚を覚え、少し頭がくらくらとしてくる。そんないままでに経験したことのないような感覚に襲われたあと、私はなんとか体を温めようと肩を手で擦りながら、数歩足を前に進める。そして、私はベランダに取り付けられた手すりに両手を載せて、目の前に広がる美しい夜景を何も考えずにぼーっと眺めてみる。

 

 

 

自身のアパートの近くに広がる最近出来たらしい住宅街には所々に明かりが灯っており、遠くに佇むボンヤリと見えるビル群は様々な色の光を規則的に灯しており、この風景だけでその都市の豊かさが一目で分かるように一瞬思えた。

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり世の中は、私という小さな存在がいなくとも、いつも通りの光景を映し出してるのか……」

 

 

 

 

 

 

 

私は、自身の胸の奥に存在しているちっぽけなプライドを嘲笑うかのように薄い笑みを浮かべ、右手で頬をつきながら真上に広がる星たちを眺める。そうしてみると、自身の悩みがどれ程ちっぽけなものかということを考えられ、なぜか心の重さも少し軽くなるような感覚を得ることができる。

 

 

 

私にとって、この行為は無意識に行ってしまう一瞬の中毒のようなものなのかもしれない。私はそんな下らない行動を懲りずに実行しながら、今日までの"自分"について考えを深めていく。

 

 

 

正直に言って今までの出来事はすべて夢で、ある日目を覚ましたらいつも通りの日常が待ち構えているのではないかと今でも思っている。だが、そんな思いを無視するかのように今もまた、時間は残酷に一秒一秒確実に時を刻み込んでいる。

 

 

 

眠りにつく前はそこに存在している現実に怯え、起きたら起きたで過酷な日々が待っている。そんな生活をこれからずっと過ごしていくのかと思うと、気が散ってしまうような感覚に襲われる。

 

 

 

私はそんな暗い気持ちを抑え込もうと、男だった時に愛用していた銘柄の煙草を取り出し、オイルが切れかかろうとしているライターで火をつけて胸いっぱいにその空気を取り込もうと大きな呼吸を一回する。

 

 

 

しかし、自身の体に伝わってきた感覚は以前のような心地よい感覚ではなく、まるで清純な川に異物を流し込まれたかのようなドブの匂いが身体中に流れていく。

 

 

 

私はたまらず、口元から煙草を手に取り、ベランダの剥げたコンクリートの壁に擦りつける。

 

 

 

 

 

 

 

「……か弱い乙女かぁ」

 

 

 

 

 

 

 

右手に持つ崩れかかった煙草をそこら辺にポイと投げ捨て、私は小さなため息を数回つく。

 

 

 

自身が相当軟弱なのは、前々から知っていた。1日に数回は足をタンスの角にぶつけたり、前は軽々と持てていた重い段ボールを持てなくなっていたり、そのことは自身の経験で周知していたはずだった。

 

 

 

ただ、私は有りもしない妄想話を大人げなくどこかで密かに信じていたのかもしれない。自分には他の者たちが持っていない特殊な能力も持っていて、その力で世界を救うのだと。

 

 

 

だが、結果はこの様だ。少しヤンチャな男に触れられただけで恐怖に戦き、挙げ句の果てには自分よりも年下の少女に助けられる始末だ。

 

 

 

 

 

――どこが、チートだって言うんだよ……。

 

 

 

 

 

 

 

私は昔の自身に向かって言うように心の中で悪態をつき、もう一度目の前に輝く月を見つめ続ける。

 

 

 

 

 

 

 

「これが夢ではない以上、私は自身の運命を受け入れるしかないかぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

私はそんなことを独りでボソリと呟くと、さっきまでの暗い雰囲気を吹き飛ばすように大きなあくびを一回する。そして、私は顔に薄くニッコリと笑みを浮かべながら、もしかしたら居るかもしれない、私をこんな姿に変えた神に向かってボソリと呟く。

 

 

 

 

 

 

 

「もし、神というものが存在するんだったら、私をこんな姿にしたのにもナニかしら理由があるはずだと思う。 だから、私はとりあえず、私がこんな姿になったのは"人生を楽しめ"っていう御告げだと勝手に考えて過ごしてみるよ」

 

 

 

 

 

 

 

私は、一瞬少し寂しそうな顔を無意識に浮かべると、それらを押し込めるようにニッコリと笑みを浮かべながら、「お腹空いた~!」と大きな声で呟きながら部屋の中にへと入っていく。

 

 

 

 

 

――せっかく新しい体になったんだから、全力で楽しまなくちゃね!

 

 

 

 

 

私は心の中で渦巻く不安を吹き飛ばすように目の前にあった布団に飛び込み、これからは前を向いて進んでいこうと決心するのであった。




主人公は、元々ネガティブ思考なのですがら体に意識が引っ張られて無意識にポジティブになってきています。


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思わぬ進歩と夢見る少女

更新遅れてすいません。


――チュン、チュン。

 

 

 

 

 

先ほどまで音のなかった世界に、可愛らしい雀の鳴き声が響き渡る。そして、その音は壁を伝って一軒のボロアパートに住む一人の少女の耳にも等しく伝わる。

 

 

 

先ほどまで音を受付ていなかった少女の脳は突然の音に大きく驚き、この脳の持ち主である少女の意識を覚醒させようとする。

 

 

 

 

 

 

 

「う~ん、あとごふんだけでいいからぁ」

 

 

 

 

 

 

 

だが、そんな脳の努力を書き消すように少女は布団をぬくぬくと被りながら再び深い眠りに就こうとする。しかし、次の瞬間、布団のすぐ近くで充電してあった黒色の少し機種の古いスマートフォンがブーンと鈍いバイブ音を数秒間鳴らし続ける。

 

 

 

鳴るとは思っていなかった想定外の音にさすがの少女もびっくりしたのか厚い布団の隙間から細い枝のような手を伸ばしてスマホをガッチリと掴みとる。

 

 

 

なにかアラームで設定したのかな、と昨日の自分を少し恨みながら携帯の電源を付けると、そこには非通知の三文字。

 

 

 

誰からであろう、と心の中で疑問を連ねながら電話を取ろうと右手を雑に動かしボタンを数回タップする。だが、まるでこちらの行動を見ているかのようにそれと同時に電話の着信はピタリと止んだ。

 

 

 

 

 

――結局なんだったんだろ……。

 

 

 

 

 

そんな胸に虫が這っているような気持ち悪い感覚を覚えながら、私はたくさんのシワがついた掛け布団を放り投げる。そして、自身の両手を大きく挙げて間抜けなあくびを一回する。

 

 

 

そんなことをしたのちに、まだ眠気が取れていない顔を両手で数回ひっぱたき、おぼつかない両足を無理矢理動かして洗面所へと歩きだす。

 

 

 

寝室件リビングであるこのボロっちい部屋から洗面所までの数メートルもない物で散らばった廊下をふらふらと歩いて、洗面所の近くに設置されたタオルを掛けるための金属製の取っ手に手を掛ける。

 

 

 

少しの間そこに立ち止まり、ぼやついた意識をハッキリさせようと首を数回左右に振ったあとに、私は洗面所の前に立ち少し錆びた水道の蛇口を力強く捻る。

 

 

 

そうすると、蛇口からポタポタと綺麗な水が出始め、徐々にその勢いが増していく。

 

 

 

私はそんな水道水を、慣れた仕草で小さな手で作ったお椀でひょいとすくいあげ、顔に向かって投げ飛ばす。

 

 

 

その瞬間、顔中に冷たい感覚が稲妻の如く伝わり、私のぼやけた意識をハッキリさせてくる。

 

 

 

 そんな心地の良い感覚に心を揺らしながら、冷たい水に濡れた右手を動かして隣に置いてある白いフカフカのタオルを手に取る。そして、そのタオルをそのまま自身の顔の近くまで運んでいき、濡れている水滴を拭うように顔を拭い取る。そして、目線を上げて目の前に設置された小さな鏡を見つめると、最近見慣れ始めてきた可愛らしい顔が映り込む。

 

 

 

 

 

「はあ、やっぱり夢じゃないのか……」

 

 

 

 

 

 戻らないのは分かっているが、もしかしたら全部夢で、またいつもの日常が帰ってくるかもしれないという期待を自身の姿を見るまでしてしまう。わたしは、そんな自身の姿を見て皮肉めいた笑みを薄っすら浮かべる。

 

 

 

 そんな朝に相応しくないような暗い雰囲気が辺りに広がっていると、私はそんな黒い気持ちをなくそうと洗面台の上に置いてあるスマホを手に取り、日課である最近のニュースをチェックし始める。

 

 

 

 あまり物事を考えずにスクロールをしながらぼんやりと見つめていると、不意になんとなくニカニカ動画のマイページを見たくなる欲求に駆られる。

 

 

 

私はそんな欲求に従い、慣れた手つきで検索エンジンを使って検索を行い、そのサイトの自身のマイページにログインする。

 

 

 

マイページを開くと、そこには特に特徴のない文章が広がるつまらないページが広がる。自己紹介文はありきたりな言葉が羅列し、トプ画には配信前に乱雑に描かれた素朴な絵が貼られている。

 

 

 

私はそんなつまらない光景から目を逸らすように親指で画面をスクロールし、自身のチャンネルの詳細が書かれたページへと飛ぶ。

 

 

 

そのマイページには様々なチャンネルに関する情報が記されてお

 

り、あまりの情報量に自身の頭がパンクしそうな感覚を覚える。

 

 

 

このチャンネルがいつできたのか、どのような動画を投稿していたのか、幾つの人がチャンネルを登録しているのかといった情報が表示されるページを私はぼんやりと見つめていると、とある部分に目線が止まる。そして、それをじっくりと見た瞬間に全身に鳥肌が立つのを肌で感じとる。

 

 

 

 

 

「なんで、こんなにチャンネル登録者が増えてるの」

 

 

 

 

 

私はページの上の部分にハッキリと記された三百という数字を漠然と見つめながら、驚きのあまりにスマホを落としそうになるのを必死に押さえる。

 

 

 

そして、その勢いままに先ほど投稿した生放送のアーカイブの再生回数を確認すると、そこには十万というあり得ない数字が表示されていた。

 

 

 

私が再びそれを見つけると、今まで押さえ込んでいた驚きが爆発したのか、頭の中が真っ白になる。そして、私はそのままの人形のようにその場に倒れこみ、自身の頭が冷やされるまでボーッと無気力に座り込むしかなかったのであった。

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

 

 

 

 

――私はいつも一人だった。

 

 

 

 家族も友達も私から一定の距離を取っており、心を安心して預けることができる人物なんていやしない。

 

 

 

 もちろん、何回も認められようと努力もした。勉強もやったし、学校の合間に演技の稽古だったりもした。でも、周りの人達の態度が軟化することはなく、むしろ気味悪がれるだけであった。

 

 

 

――いったいどうすればいいんだよ……。

 

 

 

 私はそんなことを考えながら、つかの間の休息に夜の街を歩いていた。いつもはたくさんの人が行き来しているはずの広場に誰もいないことに対して少し気味の悪さを感じ取る。

 

 

 

 いつもと違う夜の街を少し気分よく歩いていると、ふと、ぼんやりと明かりが灯るコンビニへと目線を移す。

 

 

 

 すると、そこには少しチャラそうな風貌をした青年と、少しフワフワした感じの少女が立っていた。私はこんな夜中にイチャつきかとジト目で見ていると、だんだん様子がおかしくなっていき、どうやら少女はナンパをされているようであった。

 

 

 

 そこからの行動は早かった。いつもの嫌な癖でその少女をナンパから助けており、いつのまにか彼女を自宅まで送っていた。

 

 

 

 助けた少女は見た目通り純粋な性格をしており、いつも自分と関わる大人たちといるよりも心地が良く、このまま時間が止まればいいのにと感じ始めていた。

 

 

 

 しかし終わりは来るもので、いつ着いたのか私は彼女の自宅の前に立っており、自身の上には古びた白熱電球かぼんやりと光っていた。

 

 

 

 そして、感謝を述べる少女の声を聴きながら、その場をゆっくりと後にする。

 

 

 

 夜はいつの間にか終わりを迎えようとしていて、月はドンドンと西の方へと沈んでいく。先ほどまでうるさい程声を鳴らしていたコオロギも鳴りを潜め、代わりに季節外れのアブラゼミがまるで自身の存在を証明するかのようにワンワンと鳴いている。

 

 

 

 そんな少し騒がしくなった夜道をコツコツと歩きながら、私は少し大きなため息をつく。そして、私は自身の欲望を溢すように独り言を放つ。

 

 

 

 

 

「あんな人が友達になったらいいんだけどなぁ……」

 

 

 

 

 

 そんな独り言は誰にも聞かれずことはなく、ただ闇の中に吸い込まれるだけだった。



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ショッピングと一人目のファン

登録者の増加に驚き、冷たい床の上に突っ伏してから数分後、オーバーヒートした頭はその部屋中に漂う冷たい大気の空気に冷やされ、徐々に冷静さを取り戻していた。そして、私はゆっくりと冷たい床に足をつけて立ち上がり、大きな欠伸を一回する。

 

 

 

「なんか最近寒くなってきたなぁ」

 

 

 

 長いフワフワとした欠伸をしながら、昨日の季節外れの暑さからは想像できない、鳥肌が立つほどの寒さに身を震わす。そして、そんな寒さを誤魔化すように震えた両腕を手でこすり合わせて、摩擦熱を引き起こす。私は、そんな自身の行動を見ながら、身体に溜まった暑苦しい空気が吐息になって吐き出させる。その吐息は私の顔の近くまで漂ったのちに水蒸気へと姿を変えて空高くに舞い上がっていった。

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろ洋服屋さんで新しい服も買わないとダメかぁ……」

 

 

 

 

 

 私は目の前で消えていく生暖かい吐息をぼーっと数秒見つめた後に、自身の着ているブカブカの洋服へと目線を移す。昔自身が愛用した長ズボンは裾がボロボロになり、最近通販で購入した温かいセーターはサイズを間違えたのか丈があっておらず、とても動きにくく、保温性にかけるような服装であった。

 

 季節が夏であればまだ過ごすことができる。だが、この身体になってからは寒さに弱くなってしまっている。そのため、このままの状態で本格的な冬が始まってしまったら、ヒカリは寒さで凍え死んでしまう自信があった。そして、先ほどのテレビの天気予報によると今日以降から本格的な冬が始まるらしい。温かい服を買えるのは今日しかないのだ。

 

 私はそんなくだらないことを考えた後に、心の中でちっぽけな決断を行った。そして、私は古ぼけた玄関の隣に掛けられた財布の入ったバッグを手に取り、ドアノブを回して重い扉をガチャリと開ける。その次の瞬間、開けられたドアの隙間から冷たい空気が流れ込み、自身の肩を震わせる。しかし、私はそんな空気を跳ね飛ばすように外に飛び出し、アパートの近くに最近出来たデパートに足を動かすのであった。

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

 

 

 

 

「わあ、改めてくるとやっぱり大きいなぁ」

 

 

 

 

 

 私はボロボロになった長ズボンを動かしながら、目の前に立つ大きな建物に目線を移す。そこには東京ドームの天井をガラス張りにしたような建物が広がっており、たくさんの人たちが出入りをしている。そして、ある人は服を買いに、ある人は子供のおもちゃを買いに、と様々な人たちで込み合うエントランスを通り抜けて私は、エスカレーターでファションコーナーが密集する二階へと足を向ける。

 

エスカレーターに足を乗せてから数秒後、二階に着くと甘い香水のような匂いが鼻につく。私はそんな甘ったるい匂いに顔をしかめながら、近くでやっていた女性洋服専門店に足を運ぶ。

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませー」

 

 

 

 

 

店内の奥の方から聞こえる店員さんの挨拶に軽く会釈を行いながら、私は店の中に置かれている様々な洋服に目線を移す。横に設置された木製の棚にはカラフルな洋服が並んでおり、見る者の目線を奪うような素晴らしい洋服であった。

 

 

 

 

 

「うーん、何にすればいいかなぁ」

 

 

 

 

 

 もともと、ヒカリは洋服に興味のない、着ることができれば何でもよいというタイプの人間であった。しかし、こちらも先ほど同様、日が経つにつれどんどん女性的な思考になってゆき、今では優柔不断な性格が相成って洋服の性能という観点だけでは選ぶことができなくなっていた。

 

 そこから服選びを悩みに悩んで三十分後、流石にと思ったのか若い店員さんが「よかったら、お似合いの洋服を選びますよ」と顔に少し苦笑いを浮かべながら話かけてくた。そして、私はその言葉をありがたく受け取り、結局は店員さんが持ってきてくれた数着の洋服をそのまま購入することになった。

 

 購入したのは保温性に優れたセーターとマフラー、膝くらいのスカートに黒タイツと、ベタな服装に加えてオシャレな様々な洋服であり、セーターやスカートは購入後に更衣室で着替えてそのまま家に帰ることにした。

 

 

 

 

 

「予想以上にお金がかかっちゃったな……。当分は節約しないと」

 

 

 

 

 

 私は自身の右手に握られた千円ほどしか入っていない財布を見つめながら、大きなため息を一回吐く。

 

 女性の買い物にはお金がかかるという話は聞いていた、実際昔付き合っていた彼女も金使い荒かったし。だが、これまでとは……。そんなことを考え、私はもう一度大きなため息を一回つく。

 

 洋服を買ってよかったという気持ちと、お金がなくて悲しいという気持ちが合わさって微妙な気持ちになりながらショッピングモールの道を歩いていると、不意に背後から右肩を誰かに叩かれる。

 

 誰だ、と思い後ろを振り向くと、そこには一人の少女が立っていた。その少女はどちらかというと大人しめの印象を受け、彼女がつけている黒縁眼鏡はその印象を強くしている。

 

 

 

 

 

「あの、もしかしてヒカリさんですか?」

 

 

 

 

 

 なにか用でもあるのかと考えていると、少女はおどおどとした様子で話しかけてくる。そして、私はそんな彼女の態度と"ヒカリ"という単語を聴いてああ、と納得し、小さく少女の言葉に頷く。

 

 すると、少女はぱぁっとひまわりのような笑みを浮かべながらこちらに近づいてくる。

 

 

 

 

 

「そうなんですね! 私ヒカリちゃんの大ファンなんですよ」

 

 

 

 そんなこと呟きながら、彼女はスマホの画面をぐいっと見せてくる。私はそんな少女の右手に握られたスマホには、「【切り抜き動画】期待の新人、ヒカリちゃんの初ライブ」と書かれた動画映し出されていた。

 

 

 

 

「私、この動画からヒカリちゃんのこと知ったんですけど、いつも明るいあなたから元気をもらってます! これからも頑張ってください」

 

 

 

 

 少女は空いた左手でブンブンと激しく握手を交わしたのちに、少女は右手で手を振りながら走り去っていった。

 

 私はそんな嵐のような少女に呆気にとられ、数分間その場に立ち尽くしたのちに、ゆっくりと歩みを進み始める。

 

 

 

 

 

 

 少し夕暮れ刻に差し掛かり、淡い赤色に包まれた大通り。いつもはたくさんの人で賑わっているが今は別である。夕暮れになると途端に家路に付く人が増えだしに、どことなく不可思議な雰囲気を、醸し出している。

 

 

そんな大通りをヒカリという一人の少女が歩いていた。

 

 

 

 

 

「こんな私にも、ファンなんていう遠い存在だったものが居たんだ……」

 

 

 

 

 

そんな独り言を呟き、少女は薄く見え始めた月を見上げながら歩き続ける。

 

少女はこの光景にありし日と同じような、既視感を感じたが、その考えを否定するように首を横に振り、薄い笑みを浮かべながら一人でとある一つの結論を弾き出す。

 

 

 

 

――だって、私はもう一人じゃないからな。

 

 

 

 

 

少女はまだ見ぬ自身を応援してくれているファンの方々に胸を馳せながら、再び道を歩き続ける。



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とある掲示板での会話

受験勉強中に焦って書いたものなのでストーリー性がグダグダかもしれませんが、ご了承下さい。


隠れた逸材を発掘してニヤニヤするスレ part106

 

 

 

214 名前:名無しさん @人生を推しに尽くせ!

 

なんか最近良いのいないだよなぁ……

 

 

 

 

215 名前:名無しさん @人生を推しに尽くせ!

 

投稿されてる動画の大半が有名所のパクりだしな

 

 

 

 

216 名前:名無しさん @人生を推しに尽くせ!

 

≫215

 

それで再生数が伸びてるのが炎上系のやつが多いからタチが悪い

 

 

 

 

217 名前:名無しさん @人生を推しに尽くせ!

 

≫214

 

vtuberとかは?

 

 

 

 

214 名前:名無しさん @人生を推しに尽くせ!

 

≫217

 

vtuberとかは正直にいってまぁまぁ好き

 

 

 

218 名前:名無しさん @人生を推しに尽くせ!

 

≫217

 

それな

 

 

 

219 名前:名無しさん @人生を推しに尽くせ!

 

でも、やっぱvtuberとリアルでは壁があるよなぁ

 

 

 

220 名前:名無しさん @人生を推しに尽くせ!

 

≫219

 

まぁ、バーチャルだからな

 

 

 

221 名前:名無しさん @人生を推しに尽くせ!

 

≫220

 

それが魅力でもあるんだよなぁ

 

 

 

222 名前:名無しさん @人生を推しに尽くせ!

 

正直いって、vtuberってなんか初心者の俺からしたらちょっと入りずらい……

 

 

 

223 名前:名無しさん @人生を推しに尽くせ!

 

≫222

 

一回騙されたと思って見てみ、面白いから

 

 

 

224 名前:名無しさん @人生を推しに尽くせ!

 

まぁ、なんか次世代のライバーが上手く育成できてないって感じがするのはワイだけ?

 

 

 

225 名前;名無しさん @人生を推しに尽くせ!

 

«224

 

大物はいないよな

 

 

 

226 名前;名無しさん @人生を推しに尽くせ! 

 

«225

 

一応居たぞ。最近警察に捕まったけど······

 

 

 

227 名前;名無しさん @人生を推しに尽くせ!

 

ワイは最近も面白い人が居ると思うけど、まぁスター性みたいなのがある人は全然みないね

 

 

 

228 名前;名無しさん @人生を推しに尽くせ!

 

«227

 

動画のネタのマンネリ化とかも理由の一つに入ってるかと

 

 

 

229 名前;名無しさん @人生を推しに尽くせ!

 

男性だけじゃなくて女性トップライバーを見たいワイがおる

 

 

 

230 名前;名無しさん @人生を推しに尽くせ!

 

«229

 

それは分かる。配信者のトップは男性が多いからなぁ

 

 

 

231 名前;名無しさん @人生を推しに尽くせ!

 

«229

 

それは結構厳しいんじゃね? 男性と女性でまずライバー人口が違うからな

 

 

 

229 名前;名無しさん @人生を推しに尽くせ! 

 

«231

 

そうかなぁ······

 

 

232 名前;名無しさん @人生を推しに尽くせ!

 

[朗報]雰囲気がアホアホな期待の女性配信者現われる!!

 

 

233 名前;名無しさん @人生を推しに尽くせ!

 

«232

 

は? マジか

 

 

 

234 名前;名無しさん @人生を推しに尽くせ!

 

«232

 

リンクはよ

 

 

 

 

232 名前;名無しさん @人生を推しに尽くせ!

 

«234

 

お前らそんなに焦んなよ。はい、これ→https;//······

 

 

 

233 名前;名無しさん @人生を推しに尽くせ!

 

«232

 

うわ、マジか

 

 

 

234 名前;名無しさん @人生を推しに尽くせ!

 

«232

 

正直いって期待以上だわ

 

 

 

235 名前;名無しさん @人生を推しに尽くせ!

 

あれやな、多分雰囲気天然ってやつやな

 

 

 

236  名前;名無しさん @人生を推しに尽くせ!

 

«235

 

わかる。まず声がふわふわしてるもんな

 

 

 

237 名前;名無しさん @人生を推しに尽くせ!

 

«236

 

クセになる声で中毒になりそうになる

 

 

 

 

238 名前;名無しさん @人生を推しに尽くせ!

 

動画の内容も結構面白いし、次この子のこと推そ

 

 

 

239  名前;名無しさん @人生を推しに尽くせ!

 

«238

 

そうか? ワイはそんなに面白いしとは思わなかったけど

 

 

 

240 名前;名無しさん @人生を推しに尽くせ!

 

まぁ、今回は初回やから次回の動画に期待やな

 

 

 

 

 

241 名前;名無しさん @人生を推しに尽くせ!

 

«240

 

失踪したりとかしたら嫌だもんな

 

 

 

 

 

242 名前;名無しさん @人生を推しに尽くせ!

 

とりあえず、この期待の新人の今後に期待やな

 

 

 

 

 

 

 



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