金沢のグルメ (超時空)
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◇石川県金沢市のロースカツカレー

 

 ……俺は腹が減っていた。

 輸入雑貨の個人商を東京でやっている俺だが、今日は旧友の暮らす石川県金沢市を訪れていた。

 金沢に入ったのは朝だった。ちょっとした休暇を楽しむつもりで駅前でレンタカーを借りたのだが、これが裏目に出たようだ。

 車を運転しながら、左手に持ったメモ帳に視線をやる。

 見慣れない地名と数字は旧友の所在だ。

 

「おとなしくタクシーにしておけばよかったかな」

 

 約束した時刻まで、それほど余裕がない。

 知らない街を車で走る不安感と、時間、そして何より空腹が俺を焦らせる。

 

「ふうむ」

 

 今から人と会うのに、空きっ腹を抱えて行く事になると思うと、ため息の一つもつきたくなる。

 もう何でもいい。何かメシを食わせる店はないのか。

 周囲を山に囲まれた道路は道幅も広く、両脇に様々な店が並ぶ。

 信号で車を止めた先、黄色いカレーハウスの看板が見えた。

 

「カレーか」

 

 カレーハウスなら、待たされる事は少ないだろう。ササッと食ってササッと出ればいい。

 そう考えた俺は、さっそく車線を変更すると、カレーハウスの駐車場に車を入れた。

 しかし、看番に書かれたゴリラは何だろう。カレーとゴリラがどうつながるのだろうか。

 自動ドアを通ると、

 

「いらっしゃいませーどうぞー!」

 

「食券どうぞー! お好きな席どうぞー!」

 

 ユニフォームなのか、紺色のTシャツに野球帽をかぶった店員が一斉に威勢のいい声をあげた。

 入ってすぐ左に券売機がある。なるほどね。食券式か。こりゃあ面倒がなくていいや。

 と、券売機のボタンに見慣れない文字があった。

 

「エコノミー? ビジネス?」

 

 通常サイズと大盛りと言う事か。だったらそう書いておけばいいのに。

 俺は千円を入れると、ビジネスサイズのボタンを押した。

 空いていたカウンター席に腰かけ、店員に食券を渡すと、周囲を見回す余裕が出てきた。

 客の入りは六割ほど。大学生くらいの若い男ばかりだ。……カジュアルな服装の中でスーツ姿が俺一人というのも妙に目立ってしまうな。

 壁に日本人メジャーリーガーの特大ポスターが貼られている。その隣に『キャベツ大盛り・おかわり無料!』の貼り紙。こういう貼り紙は店員が手書きしているんだよな。

 反対の壁にはどこぞこに出店したやら、テレビに取り上げられたと延々と流すテレビ。芸能人のサインまで飾られている。なんだか全体的に騒々しい店だな。テレビがどうの芸能人がどうのって、どうも好きになれないんだよな……。

 カウンターに肘をつき、カレーを待つ間に店内を見ていると、

 

「ロースカツエコノミーでお待ちのお客様ー」

 

「おっ、来た来た」

 

 すぐ近くの席に座る若い男二人組にカレーが届いた。

 

「こちらロースカツビジネスです」

 

 二人組の前に銀のプレートが置かれる。

 なんだ? カレーと同じ皿にキャベツが盛られているぞ。サラダは別にしないのか?

 

「ヘエ。これが金沢カレーっすか。オレ初めてなんすよ」

 

 金沢カレー? 普通のカレーじゃないのか。

 

「ああ。一度食べたらクセになるぞ。すみませーん。マヨネーズください」

 

 先輩風の男が手を挙げると、すぐにマヨネーズが出てくる。

 てっきり千切りキャベツにかけるのかと思ったら、男はそのままカレー全体にマヨネーズをかけはじめた。 

 

「へへ……。こうするとウマいんだ」

 

 今の若者の味覚はどうなっているんだろう。なんにでもマヨネーズをかけるのは感心しないな……。

 

「はい、こちらロースカツファーストのお客様。こちら、チキンカツエコノミーになります」

 

 なんだなんだ。みんなカツを乗せているぞ。ただのカレーを注文した俺が損をしているみたいじゃないか。

 ええい。俺は思い切って店員に声をかけた。

 

「すみません。今からカツカレーに変更できますか」

 

「はい。いいですよ。食券でトッピングからお願いします」

 

 俺は席を立つと、券売機に向かった。

 

「トッピングは、と。……へえ、色々あるんだな」

 

 ロースカツ以外にもチキンカツ、エビフライなどの揚げ物に、チーズや生卵、納豆まである。

 

「ここはロースカツだな。ふふ」

 

 しばらくするとカレーが出てきた。

 

 

・【ロースカツカレー/大盛り】

 ステンレス皿に盛られている。カレーの脇に千切りしたキャベツ。ルゥの色は黒に近く、具は溶けてほとんど見当たらない。ロースカツは薄く、ソースが軽くかけられている。福神漬けはテーブルに置かれた容器から好きなだけよそう。

 

・【水】

 水。テーブルに置かれたピッチャーから自分で注ぐ。

 

 ……これが金沢カレーか。

 カレーの脇に刺さっているのは、スプーンではなくフォークだ。

 フォークでカレーを食べるのか。何か変な感じだな。

 一口。

 ……これは、カレーと言うよりもソースに近いような。しかし、不味い訳ではない。ガツガツと下品に喰いたくなるような濃厚な味だ。

 二口、三口と食べ進める。

 カツカレーと言うよりもカツ丼って感じだな、これは。

 

「うん。少し辛いな」

 

 なるほど。いかにも若い男が好きそうな味だ。

 ソースとカツとキャベツとカレーと米。

 まるで野球チームだな。ふふ。

 

「すんまっせーん。キャベツおかわりいっすかー?」

 

 さっきの先輩風の男が手を挙げて言った。

 そういえばキャベツのおかわりは無料だったな。トンカツ屋みたいだ。

 

「すみません。こっちにもキャベツおかわりで」

 

 俺も店員に声をかけると、すぐにステンレス皿に大盛りにされた千切りのキャベツが出てきた。さっそくカレー皿に移し替えてフォークを差し込む。

 

「うん。みずみずしくてシャキシャキだ」

 

 これが無料なんだからうれしいじゃないか。

 二人組も日頃の野菜不足をここで補ったりするんだろうか。

 しかし、これは――

 

「いかん。カレーに対してキャベツが多すぎる」

 

 俺のステンレス皿の中で問題が発生していた。

 当初はライスとトンカツにカレーを適度に合わせ、合間にキャベツを食べていたのだが、キャベツをおかわりしたことでそのバランスが崩れてしまった。

 このままではキャベツを大量に残したまま、ライスもカツも無くなってしまう。

 皿のふちに残ったカレーソースをフォークでこそいでキャベツに付けて食べるが、焼け石に水だ。

 どうすれば…………そうだ。

 

「すみません。マヨネーズください」

 

 こういう時のためのマヨネーズだよな。

 俺はいまだ緑の山を作る千切りのキャベツにマヨネーズを回しかけた。

 

 

「……うーん。少し食べすぎたか……」

 

 サッと食事を済ませて出てくるつもりだったんだが、計算が狂ってしまった。

 しばらく千切りキャベツは食べたくないな、そう思いながら俺は車に乗り込むのだった。

 

 

 おわり

 





※この作品は2010年に制作されたものです。
作中に登場する店舗、メニューは、2010年当時のもので現在のものとは異なる場合があります。


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◇石川県金沢市の回転寿司

 ……俺は腹が減っていた。

 輸入雑貨の個人商をやっている俺だが、今日は旧友を訪ねて石川県金沢市に来ていた。

 懐かしい話で随分遅くなってしまった。

 雨の夜、金沢の街をレンタカーで走る。

 どうやら俺は道に迷ったらしい。

 ふと車内時計を見る。

 午後8時47分。

 

「うひゃあ。もうこんな時間か」

 

 どうりで腹が減るわけだ。

 道に迷ったうえに、腹も減っている。最低の気分だ。

 とにかくメシだ。何か食えば後はどうにもできる。

 しかし、雨粒を拭うワイパー越しに見える看板は、ハンバーガーショップや牛丼屋ばかりだ。

 

「ファミリーレストランって言うのもなあ……おっ?」

 

 差し掛かった交差点の一角に回転寿司の看板を見つけた。

 

「回転寿司か……北陸と言えば魚だよな。それに北陸の回転寿司はうまいって聞くぞ。よし」

 

 俺はレンタカーを駐車場に入れた。

 

「へえ。全皿100円か。安いね」

 

 店内には大勢の空席待ちの客がいた。

 

「ねーママー。おスシはー? おスシまだー?」

「もうちょっとだからね。アッちゃん良い子だからもうちょっと待ってようね」

 

 レジの近くに置かれたモニターには『ただいま20分まち』と表示されていた。

 20分も待たされるのか。どうする。引き返すか?

 いや、ここで引き返すのはマヌケすぎる。

 進むも退くもできすに迷っていると、店員が声をかけてきた。

 

「お客様何名様ですかー?」

「あ、一人だけど」

「カウンター席でよろしければ、すぐにお通しできますがー?」

「じゃあ、それで」

 

 ついてるぞ。なるほどね。待っている客はみなテーブル席が空くのを待っている訳か。

 

「ふう」

 

 カウンター席に腰をおろし、ようやく人心地ついた。

 

「さて、何からいこうかな」

 

 レーンを見れば、目の前を郡上牧が流れて行った。

 なんだあの茶色いのは。肉団子に見えたが。

 レーンの上に貼られたメニュー表にはハンバーグとあった。

 他にもエビフライや牛カルビ、グラタンにカラアゲなんてのもある。何なんだ。寿司屋じゃないのか?

 まったく。寿司屋に入ったんなら魚を食えば良いのに。魚を。

 日本人の味覚はどうしてしまったんだろう。

 

「へえ。きつねうどんもあるのか。何でもあるね。最近の回転寿司は」

 

 すいませーん。と俺は店員を呼んだ。

 

「きつねうどん一つ」

「申し訳ございません。ご注文はお手元のタッチパネルからお願いいたします」

 

 いきなり肩すかしだ。

 周りを見れば、みな慣れた手つきでタッチパネルを操作している。

 きつねうどんの絵柄に触れ、一杯注文した。

 ふん。合理化か。何でもかんでも機械にやらせて合理化すればいいってもんじゃないでしょ。

 うん? そう言えば、寿司を握る店員が一人も見えないぞ。レーンは壁の奥から伸びているが。

 そうか。調理場を分けて、客席を多く作っているのか。これも合理化と言えば合理化だな。

 と、電子音がした。誰かの携帯電話でも鳴ったのかと思ったが、注文したきつねうどんの到着を知らせる音だった。

 

 

・【きつねうどん】

あたたかいどんぶりに意外なほどしっかりしたうどん。

出汁は魚介の風味が濃く、麺のコシも強い。お揚げはちょうどよい厚み。甘味強い。

 

 

「いただきますか」

 

 割りばしを割り、薄白い汁に浸かったうどんをすくいあげる。

 ハフハフ。

 

「あちっ。熱々だな」

 

 ズルズル。

 

「うん。味も中々」

 

 金沢のうどんは関西風なのか。東京の濃い、いかにも醤油って色したうどんに慣れていると、新鮮に感じるね。どうも。

 

「次はどれにしようかな」

 

 色々あって迷うな。定番のマグロにしようかとも思ったけれど、

 

「百円天ぷらだって。食べてみようかな」

 

 とりあえず、エビ天とイカ天を注文した。

 

「まずはエビから。へえ、うまそうだ」

 

 醤油を散らして一口。

 

「うん。エビ天だ。こっちはイカ天だな」

 

 あ。しまった。さっきのきつねうどんにエビ天を入れれば天ぷらうどんにできたのに。

 どうしよう。もう一杯うどんを頼むのもバカバカしいし……。

 周囲を見回すと、家族連れやカップルの姿が目立った。

 なんだか俺一人だけ場の雰囲気にあっていないような……。

 さっさと食ってさっさと出てしまおう。

 と、レーン越しのテーブル席に家族連れが座った。

 

「アッちゃんおスシ何にする?」

「エービーフーラーイー!」

 

 なるほど。さっき回っていたハンバーグとかは、こういった子供が食べるんだな。しかし、こういった子供が大きくなって本格的な寿司屋に入った時、『すみません。エビフライの握りを一つ』とか言うのだろうか。

 

「ふふ」

 

 何を食べようかと考えていると、壁のポスターが目に留まった。

 

「中トロか」

 

 よし。これにしよう。

 俺はタッチパネルに手を伸ばした。

 

「あれ?」

 

 が、目当ての中トロが見つからない。店員を呼んだ。

 

「すみません」

「はい」

「中トロが見つからないんですが」

「申し訳ございません。中トロは売り切れです」

 

 参ったな。これだと思ったのに。

 

「じゃあエンガワを一枚」

「申し訳ありません。タッチパネルからお願いします」

 

 そうだった……。

 それから俺は適当に何枚か食べて店を出た。

 外はまだ雨が降っていた。

 そう言えば金沢の友人が言っていた。

 雨の多い金沢では、「弁当忘れても傘忘れるな」と言うらしい。

 タバコに火をつけ、紫煙を夜の雨に吹きかける。

 俺なら傘は忘れても弁当は忘れないな。

 雨脚は強い。駐車場まで走る事にした。

 

 

 おわり

 

 

 




※この作品は2010年に制作されたものです。
作中に登場する店舗、メニューは、2010年当時のもので現在のものとは異なる場合があります。


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