回帰の刃 (恒例行事)
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冷酷

「お前、弱っちィな」

 

 そう言いながら俺の脚を掴んで、ギリギリと万力のような力で締め付ける正体不明の人型の何か。ぐぐ、と締められた事で骨がミシミシ言っているのが伝わってくる。

 痛みで冷静に考えられない。痛い。痛い痛い! ボキ、と。まるで木の枝でも折るように簡単に圧し折られた俺の脚を、呆然と見つめる。

 

 その直後に襲ってきた激痛に、のたうちまわろうとするが──それを、顔面を掌で覆われて叩きつけられる事で出来なくなる。頭が痛い。割れそうだ。いや、実際割れてるのだろう。

 クソが、好き勝手やりやがって。そう思うけれど、怒りによって身体が動くなんてそんな事もなく。無防備に、と言うより。指一本動かせない状態で、無様に身体を晒すしかない。

 

「ゲへっ、女の肉の方が美味いけど──腹ァ減ってんだ。男でも構わねェや」

 

 そう言いながら、仰向けの俺の顔面から手を離す。そうして、激痛の最中相手の姿を捉えようと視界のみ動かす。

 

「んじャ──いただきます」

 

 ガブ、と。

 なんの躊躇いもなく、俺の折れた脚にかぶりついた。

 

 猛烈な痛み、それが襲ってくる前に。気持ち悪さ──ありとあらゆる不快感を混ぜ合わせた感情を味わった。気持ち悪い。気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い! そして不愉快さが消え失せるより早く、俺の身体を激痛が駆け巡った。

 思わず、大きな声で叫ぶ。自分がどう見られるかなんてとっくに考えていない、恥も外聞も何もかも捨て去った叫び。痛みを、最早痛みとすら認識できない程に痛い。

 

「うるさァい」

 

 独特の発音でそう言い、俺の頭を殴りつけてくる。後頭部を強打して、今度こそまともに動けなくなる。なのに、なのに──どうして、意識だけ残ってるんだ。

 いっそのこと、死なせてくれ。苦しい。痛い。辛い。どうして、死なないんだ。

 

 掠れた声が出る。左足の感覚が、不愉快に染まっていく。ぞわりと、鳥肌が立つだとか。そういう話ではない。自分の身体が千切られ、咀嚼され、喰われている。ソレを、ひたすら受け入れるしかない。気持ち悪い、気持ち悪い気持ち悪い痛い痛い痛い──やめて、くれ。

 

 むしゃむしゃ、ばりばり。

 肉を喰い飽きたのか、骨をしゃぶった後に噛み砕く謎の人型。

 奴が次に、俺の腕を手に取った時。意識が、薄れていくのを感じた。

 

 ああ、やっと救われる。脳漿を撒き散らす寸前の、死にかけのこの姿で蹂躙されるのが終わるのだ。ありがとう、ありがとう──神か仏か、知りませんが、どうか、どうか。

 

 祈る様に薄れていく意識に、安堵して──俺は意識を絶った。

 

 

 

 

「お前、弱っちィな」

 

 ──なんだ。

 見たことある景色、光景、そして言葉。俺は、何をしていた。何があった。一体どうしてこんなことになっている。こいつは誰だ──ビキリ。

 掴まれていた左足が、圧し折られる。大きく叫び声を上げようとして──咄嗟に顔の前に腕を出す。大きな掌が俺の顔を掴もうとして、それを防ぐように左腕を伸ばす。

 

「あァ、邪魔だな」

 

 そして、腕を掴まれ──またもやへし折られる。

 あまりの激痛と、色々混ざって理解不能な現実に脳がショートする。なんだ、何が起きているんだ。なんで俺は、こんな事になっている。俺は、死んだんじゃ無いのか。死んでないのか。まさか、地獄なのか? 無限に繰り返すだけの地獄に、俺は突き落とされたのか? 

 

 ──逃げなければ。

 

 怪物に対して、残った右脚で蹴ろうとする。体勢が悪く、全く力を入れれないからただ緩く当たっただけで効果がありそうには思えないが──早く逃げなければ。

 歯を食いしばって、全身の痛みに耐えるように吠えて蹴る。ゴ、と側頭部に命中したが怪物は揺らぐ事なくゆっくりと俺の右脚を掴んだ。

 やめろ、くそ、離せ──そう考えている間に、俺の右脚をガッチリと握って、下半身から引き抜くように引っ張った。ブチブチブチィッ! と音を立てて引き摺り千切られる下半身を認識して、絶叫する前に意識が暗転した。

 

 

 

 

「お前、弱っちィな」

 

 咄嗟に、脚を掴んでいる腕を蹴る。力が入るのはわかったが、効き目が薄いようで離す気配がない。それどころか余計に力を入れて、脚がミシミシ言っている。やめろ、もう味わいたくない。脚を折られる感覚も、腕を折られる感覚も、生きたまま体を喰われる感覚も──味わいたくない。

 何度も連続で手を蹴る。離せ、離せ離せ離せ──! 叫びながら、繰り返す。

 

「うるさィ」

 

 空いた手で、脚を掴まれる。まだ左足は折れてないけれど、十分すぎるほどに痛みを感じる。けど、まだ折れてない。喰われてない。なんでかはわからないけど、俺はこの痛みを知ってる。意識の残ったまま喰われる感覚は、不愉快極まりない。大体なんなんだこいつは、この怪物は。

 腕を地面につけ、脚を掴まれ下半身が浮いた状態から身体全体を浮かせる。普段使わない筋肉を使用するから、腕がぷるぷる震えるが──そんな事どうだっていい。

 この理解不能な状態から逃げなければ。なぜ死なない。なぜ戻る。これは夢か、現実なのか。確かめなければならない。

 

 そのまま勢いを付けて、脚を思い切り振る。上下左右、ありとあらゆる捻り方をして離せと叫ぶ。

 

「──っるさいなァ!」

 

 何度も聞いた独特の発音で、掴んでいた脚から手を離し拳を振るってくる。思ったよりも早いソレに反応することもできず、腹に思い切り打撃が入る。

 そのまま地面に殴りつけられ、動けなくなる。腹が、痛いだとか、そういう次元じゃない。内臓がどうなったとか、そういう話だ。呼吸がうまく出来ない。は、は、っと小さく──まるで空気を求める陸上の魚のように呼吸を取ろうとする。ずる、と身体が引き摺られる感覚がする。クソ、クソが。やめろ、喰うな。喰わないでくれ。頼む。

 

 俺を喰わないでくれ。頼む、俺が、何をしたっていうんだ。痛い、痛い痛い──苦しい。助けてくれ、だれか、誰でもいいから……。

 

 腕を掴まれ、引っ張られる。いっそ、殺してくれ。俺を殺してくれ。ヒュ、ヒュと小さく声を出そうとするがうまく出ない。

 

 あが、と怪物が大きく口を開く。ジリジリと俺に近づいて──やめろ。やめてくれ。殴り殺してくれ。千切り殺してくれ。蹴り殺してくれ。頼むから、それだけはやめてくれ。

 

 心臓の音が止まない。怖い。怖い怖い怖い! あの口が、また俺を喰おうとしてる。怖い。怖くてたまらない。あの痛みが、あの苦しみがまた襲ってくる。いやだ。

 

 腕を動かそうとしても、動かない。そうしてる間に、怪物はどんどん近づいて──俺の顔の目の前に、大きな口がある。異臭がする。腐った肉や草を、ひたすらに混ぜ合わせたような酷い匂いだ。嘔吐感を感じて、込み上げてくる吐き気に耐える。

 

「生意気だなァ──顔から、食ってやるよ」

 

 じり、と顔に近づいてくる。

 やめろ、やめろやめろやめろ! ぞぷ、と俺の顎に怪物の歯が刺さる。ああ、やめてくれやめてくれ! 動かそうとしても動かない手を、懸命に動かそうとする。そうしている間にもじわじわ俺の肉を貫いて侵食してくる怪物に懇願するように泣き叫ぶ。

 顔の筋肉が動き、それによって更に痛みが増す。

 

 ニヤ、と一瞬目元を緩めた怪物は──そのまま、俺の顔面を噛み砕くことを選択した。

 

 額に、上の歯が刺さる。

 

 まさか、まさか──このまま喰い千切るつもりか。

 それだけは嫌だ。他の死に方ならなんでもいい。だけどそれだけは嫌だ。腕を切られようと、脚を折られようと、これに比べればなんだっていい。

 

 は、はっと小さく呼吸を繰り返す。いや、これは最早動悸と言った方が正しい。怖い。ひたすらに怖い。今正に、これから、俺はこんな無残な死に様を迎えようとしているのだ。この後に、あの痛みが、想像もつかないような痛みが襲ってくる。

 

 視界が定まらない。相手の口内、ぐちゃぐちゃに染まったソレがぼやける。いやだ、見たくない。認めたくない。死にたく、ない。いや、死んだ方がいい。今すぐ死にたい。なんだよこれ。なんでこんなことになってんだよ。

 

 ブチュ、と視界が途切れる。

 その瞬間、とんでもない激痛が顔面を襲った。引っ掻かれたような、穴を開けられたような、鋭くて鈍く響く痛み。叫ぼうとして、口が開かないことに気がついた。そうして次から次へと何かを認識して、痛みが増す。

 口を閉じられたまま、本気で泣き叫ぶ。もうやめてくれ、殺してくれと懇願する。だが怪物はそれを気に留めることもなく、なんの躊躇いもなく噛み砕いた。

 

 顔の皮膚が、殆ど千切れたのではないだろうか。そう思える痛みに、もう呼吸とかそういうのをすっかり忘れてしまう。のたうちまわることすら出来ない痛みに、意識を失う寸前。

 

「お前、意外とうめェな」

 

 そう言って、怪物は俺の頭を掴んで──意識が暗転した。

 

 

 

 

「お前、弱っちィな」

 

 絶叫しながら、殴りかかった。

 もう、どうなるかなんて知らない。どうせ喰われるのだ、そして死ねないのだ。ならばコイツを殺すしかない。痛みがまだ脳に残っているような気がする。最初から顔面を狙って殴る。死ね、お前なんて死んでしまえ。俺の代わりに死ね。よく見てみれば、人に似た顔をしている。だが──人は、人を食わない。

 

 お前は化け物だ。殺してやる。お前が死ねば、俺は解放されるんだ。

 

 バキ、と殴りつける。割と簡単に脚を離した怪物に更に殴りかかる。離したからなんだ。お前はどうせ諦めない。だからここで殴って殺す。死ね、お前みたいな醜い怪物は死ね。利き腕である右腕を思い切り振り下ろす。顔面を叩き潰すように、二度と起き上がってくるなと思いを込めて。

 

「ゲッ、て、てめ、げぶっ」

 

 執拗に顔面を狙い続け、抵抗できないようになるまでわー頭が潰れるまで殴り続ける。クソ、クソが。未だに喰われた箇所が幻痛を訴える。左腕、両足、顔面、頭。全ての部位が痛みを訴えてくる。気がつけば右手の拳から大量に出血しているが、構っていられない。

 ここでコイツを殺す。そうしなければ、また繰り返すだけだ。繰り返し喰われて、俺はまた痛みを得る。いやだ。これ以上痛い思いはしたくない。

 

「いィ加減にしろっ」

 

 怪物の手が、俺の右腕を掴む。構うもんか、なら次は左腕だ──左腕も、受け止められる。馬乗りになった状態で俺が有利だが、この怪物は力も馬鹿にならない。人を地面に叩きつけて、内臓を潰せるんだ。その時点で人間離れしている。

 ならば──と、頭突きを顔面にする。プシュッと怪物が鼻から血を流すが構わず何度も執拗に叩きつける。死ね、死ね死ね死ね──潰れろ! 

 

「ぼ、ぼまェっ」

 

 何か言っても構いやしない。お前は俺が待てと言っても、食うなと言っても、やめてくれと言っても、喜色を表して更に喰うだけだった。お前のようなカスは、クズは、生きていてはいけない。ここで死ね。俺はお前が嫌いだ。だから殺す。

 視界が赤く染まりそうになるが、気にしない。

 

 腕の力が緩んだそのタイミングで、怪物を殴りつける。反応できなかったようで完璧に入った拳を、今度は両手で混ぜ合わせて殴る。呼吸をさせるな。考えさせるな。こいつはここで殺す。右左右左、左右に振って殴り続ける。早く死ね、死んでしまえ。

 ピクピク俺の腕を、弱い力で抑えようとしてくる怪物の腕を引き剥がして殴り続ける。段々と腕に力が入らなくなってきたので、今度は脚で蹴る。右脚を思い切り顔面に向かって落とす。潰れるような音がしたが、それも構わず蹴り続ける。

 

 少し時間が経っただろうか。夜も更けて、真夜中の闇の深さが目立ってきた。目の前で痙攣する怪物に、ここまでやって死なないのかと恐怖する。顔は潰れ、原型が無くなっている。首まで潰れたその姿に、それでもなお生命活動を停止してないことが気持ち悪くて仕方がない。

 

 このままにして、また復活されても嫌だ。応援を呼びに行く……いや、難しいだろう。誰がどう見たって、俺が人を殺したようにしか見えない。グ、と拳を握る。痛みが奔るがその程度なんの障害にもならない。そんな軽い痛み程度、顔面を喰われるよりよっぽどマシだ。

 地面に転がる石を拾う。そこそこ大きな、人一人殺せと言われれば殺せるくらいの大きさ。それを──思い切り怪物に向かって叩きつけた。グシャ! と大きな音を立てて怪物の血が飛び散る。どうせ死んでない。腕も脚も、全部叩き潰してやる。喰われた順番、右脚、左腕、左腕、左足。余すことなくぐちゃぐちゃになって地面に倒れ臥すその姿を見て、すこし安心する。

 

 もう、喰われることはない。もう、痛い思いをすることはない。

 ──あれ、なんで俺はここにいるんだろう。そこでふと気が付いた。そもそも俺はどうしてこんな場所にいたんだ。夜、山の中。出るなと言われていた言いつけを無視して、なぜこんな場所にいるのだろうか。

 

 ──そうだ。家族、俺の家族が危ないんだった。その場から駆け出し、急いで山の奥まで走る。姉が、病気なのだ。持病を肺に持っていて、元々体調があまり良い人ではなかった。ついさっき、そうだ。ついさっきだ。さっき、急に咳き込み出して薬が効かなくなったのだ。だから、俺は早く戻らなければならない。薬、薬は……あ、る。山を降りた先の村の医者がくれたのだ。

 夜の山は、やめておきなさい──そう言われたけれど、そうする訳にはいかなかった。姉が危ない、だから急いだ。その途中で、突如襲われた。思い出した。もしかしたら、家にも同じような奴がいるかもしれない。

 

 どうにかしないと。俺が助けないと。急げ、急げ。

 

 暗闇の中、走る。いつも通る道から外れてないから、なんとか走れる。息が切れる。苦しい。空気を求めて、口から小さく呼吸を繰り返す。でも止まる訳にはいかない。止まってられない。

 少しだけ走って、漸く自分の家が見えてきた。ああ、見たところ荒れていない。ドアもそのままだし、灯りはついていないが──大丈夫そうだ。少し息を整えて、扉を開く。

 

 月の灯りに照らされていた山の中とは違って、差し込む光しかない家の中。そして──鼻につく、キンとした不快な臭い。これは、この鉄のような臭いは──さっきまで自分の身体から出ていたもので、間違いない。

 記憶のある通り、足の踏み場を思い出しながら進む。何処だ、皆、何処に居るんだ。臭いが強くなっていく方向に向けて歩く。足を進めて、少しずつ。居間を通って、寝室に。ああ、酷く臭う。いやだ、見たくない。ゴクリと唾を飲み込んで襖に手をかける。いいのか? 本当に開けてしまって。

 

 見ないほうがいいんじゃないのか? これは全部夢なんじゃないのか? そもそも、なんでこんなことになった? あの怪物はなんなんだ? 

 

 疑問が尽きない。震えながら、襖を少し開く。

 そっと覗き込む前、ゆっくりと耳を近付ける。何か音が聞こえないかどうか、意識を集中させる。……物音一つしない。何もないのだろうか。

 

 

「あれあれ、どうしたのかな」

 

 

 瞬間、背後から声が聞こえてくる。ビクッと反応して、襖を突き破って寝室へと入る。転がるように着地して、そのまま地面に尻餅をついた状態でゆっくりと後退る。

 

「んー……あ! もしかしてこの子が言ってた『弟』くん?」

 

 そう言って、月の光が差し込む居間にてその声の主は右腕を掲げる。その手には何か、大きな丸い物体が握られていた。後ろ側に広がる影が、不気味さを感じさせる。

 この子。手に持った、ソレを指して、この子。嫌な、感覚がする。見たくない、それを確かめたくない。後退り、手をついて下がっていると──ぬちゃ、と水のような感覚がする。水にしては、滑っている。右手を恐る恐る目の前に持ってくる。色は、わからない。暗くて、見え辛い。

 

 だけどこれは、これは──この、臭いは。

 

「ああ、帰ってきちゃったんだ。この子はあんなにも帰ってこないでって願っていたのに、帰ってきてしまったんだね! 残念だなぁ、無駄に死んじゃうなんて可哀想にね。でも大丈夫! 俺が食べてあげるからさ。そうすれば辛くなんて無いし、悲しくも無いよ」

 

 一人で語るナニかを無視して、先程の液体の元を探す。少し離れた布団に転がった、小山。そこが、臭いが一番強い。スン、と吸い込むと鼻中に膨らむ鉄の香り。

 

「それに、この子は今は苦しんでなんていない。安心しなよ、『弟』くん。君も一緒に、生きていけるよ。辛かっただろう? 大変だったろう? 諦めて、楽になろうよ」

 

 縋るように、小山に近づく。

 一番上、布団が被せられたらそれを──避ける。

 

 ──吐き気がする。とてつもないほどの無力感と、虚無感が襲ってくる。その服は、見覚えがあって。その体躯は、よく覚えてて。俺の、家族の、服で。

 

 ゴトン、と転がってくる丸いもの。先程の声の主が投げてきたのか、それとも元々あったのが転がってきてのか。そこはどうでもいいが──ああ、見たくなかった。なんで、どうしてこうなってるんだ。

 

「ああ、しまったなぁ。のんびりし過ぎちゃったよ」

 

 転がってきた丸い物を、拾う。

 それは、さっきまで見ていた顔で。さっきまで、薄く笑っていた顔で。苦悶に歪んだ表情が、苦痛に晒されたことを嫌にでも理解させてくる。

 

「食べてあげようと思ったけど、残念だけど時間切れだ。でも落ち込まないで。君の家族は救われたよ!」

 

 声の主を見る。胸に抱いた生首を、そっと抱きしめて。

 

 暗くて全体が見え辛いが、そこには確かに文字が描かれている。

 

 ──上弦、弍。

 

 両目にそれぞれ文字が刻まれたその瞳を、記憶に焼き付ける。この、化け物。クソ野郎。死ね。お前なんて、死んでしまえ。呪ってやる。

 

 返せよ。俺の家族を、返せよ! 

 

 表情はわからないが、目つきが笑っているのだけは理解できた。

 

 ヒュ、と小さな音が響く。

 その直後、俺の肩から血が噴出する。激痛が奔り、思わずその場に蹲る。血がどんどん抜けていく。傷口を抑えても止まる気配のないソレに、死ぬという恐怖感が湧いてくる。

 

 は、はっ、と呼吸を繰り返し目の前の男に目を向ける。

 

 だが、すでにその男の姿はなく。

 

 日が差して、少しだけ明るく照らされ──凄惨な殺人の現場となった、居間が存在するだけだった。身体を引き摺って、移動する。少しずつ鮮明になってきた視界の中で、飛び散った肉片や誰かの身体の部位を見つける。それがどうしようもなく気持ち悪くて、辛くて、目に入れるのすら嫌になってしまう。

 けれど、埋めなければ。せめて、せめて。間に合わなかったのだから、埋めて、やらねば。そして、死ねれば。俺も一緒に、逝けるのかな。

 

 ズリ、と身体を這いずって移動する。体が重たい。でも、動く。頭から少しだけ流れる血も、肩から流れ出る血も無視して動く。せめて、せめて、家族だけは、家族は──クソが。

 

 何も、無いじゃ無いか──意識が遠のく中で、そう思ってしまった。

 

 

 

 

 目が覚める。

 

 少しずつ目が開いて、意識が浮上する。痛む頭と、身体をゆっくりと動かす。……生きてる、のか。俺は。何で、生きてるんだ。出血していた肩の傷は、塞がっている。いや、塞がりきっているわけでは無い。だけれども、出血は止まっている。息を吐いて、起き上がる。息を吸って、吐いて。鼻を突き抜ける鉄の香りに顔を顰める。

 ──夢じゃ、無いんだな。

 

 陽が差し、よく見える。

 血に染まった居間。空気感の変わってしまった寝室、所々にある傷跡。抵抗の後なのか、投げられた形跡のある家具。それら全てが、無残に広がっている。遣る瀬無い。肩の傷跡を抑えながら、その光景を見渡して──悔しい。悔しくて、涙が出る。

 なんでこんなことになったんだ。どうしてこんな目に合わなきゃいけなかったんだ。俺の家族が、何をしたっていうんだ。

 

 こんな、こんな。尊厳もない形で殺されて、喰われて、弄ばれて──何をしたと、言うんだ。

 まだ、何も整理がつかない。混乱する頭を、どうにかしないと。落ち着かないといけない。この現実から、目を逸らしてはいけないのに──見たくない。

 

 部屋の隅に転がる、丸い玉を見る。ソレは黒い髪の毛のようなものが長く靡いていて、サラサラと柔らかい手触りだったのを容易に思い出させる。近づいて、手に持つ。額から左目にかけて、斜めに歯跡のようなものが残っている。そして──その部位は、無くなっている。肉が曝け出され、人の身体も所詮は肉なのだと無理矢理にでも実感させられる。

 

 ──吐き気がする。

 家族の、変わり果てた姿に。俺が昨日経験した感覚に。この一夜で起きた全てが、不快感となって襲ってくる。でも、吐いてる場合じゃない。埋めて、やらないと。また、食いに来るかもしれない。それだけは、やらせない。これ以上は、絶対に。痛む身体を引き摺って、倉に向かう。

 外に出ると、日差しが木々の間から突き刺してくる。どうしようもないほどに明るく照らしてくるソレに、思わず眉を顰めた。

 

 穴を掘る。ひたすら掘る。家族全員が入れるくらいの穴、少し時間はかかるが仕方がない。俺も一緒に殺してくれれば良かったのに、そう思いながら掘りすすめる。上弦と、瞳に刻まれた人型。そんな人間がいるのだろうか。いや、俺も大概か。

 何故か死なない。理由は不明だが、最初に遭遇した怪物には殺されることはなかった。死んでも死んでも、何故か元に戻る。理由は不明だし考えるだけ馬鹿らしい。

 

 穴を掘り終わり、家族の遺骸を纏める。

 所々部位が欠損して、噛んだような千切ったような痕が残っている。それを見ると、無性に遣る瀬無くなる。ごめん。苦しかったよな。頭部が残っている父、辛うじて残っている姉、頭が残ってない母。二人の顔を、見る。

 苦悶に歪んだ表情。自分の無力さが、恨めしい。

 

 俺が居て、何か変わる訳はない。変わる訳はないが──せめて一緒に、死にたかった。手に持った鍬を、首に当てる。首を切る、身体が切られるあの痛みをまた味わう。死ねるのか、それとも死ねないのか。それすら試す度胸が、俺にはない。

 もう、痛い思いはしたくない──そうやって安堵している自分が、一番殺したくなる。

 

「──これは……」

 

 後ろから声が聞こえる。こんな所に来る人間は稀で、旅人すら来たことはない。山を降りた先の住人がたまに登ってくる位だ。だけど、その住人の声では無い。振り向いて、その姿の正体を確かめる。

 

「……少年。何があったか、教えてくれるか?」

 

 額から分けるような髪型、険しい表情をし、どこか特徴的な服装をしている。腰に携えた刀は、今の時代には本来無いものであり。

 

 あなたは、誰ですか。さっきの連中の、仲間か。

 

 そう言うと首を横に振り、近寄ってきて俺の目線と同じくらいに腰を落とす。そして、真っ直ぐこちらを見て答える。

 

「俺は煉獄槇寿郎。鬼を殺す事を専門にしている、鬼殺隊だ」

 

 ──鬼。

 なんだか、頭の中に何の抵抗もなくその言葉が染みる。ああ、そうか。鬼か。奴等は、怪物は、鬼か。人を喰らい、愉しみに浸り、他者を侵略する外道共。そして、殺せるのか。

 

 ──俺でも、アイツらを、殺せますか。

 

 槇寿郎と名乗った男性の目が細められる。なにかを見定めているような、何かに苦しむような、そんな表情。腰に刀を差している。つまり、刀で斬れば死ぬのか。

 

「…………そう、だな。今は難しいだろう」

 

 潰すだけじゃ、鬼は死なないんですか。それとも、斬らないと駄目なんですか。

 

「──……そうか……あの鬼は、君が……」

 

 何かを噛み締めるように呟く槇寿郎。その拳は強く握られており、堪えるように締め付けている。一度目を伏せ、少し時間を置いてから俺のことを見る。

 

「鬼は、日の光に当たると死ぬ。それか──この刀で、頸を斬る」

 

 そう言って見せられた刀は、赤く刀身が光っている。

 

「……君に、覚悟があるのなら」

 

 そう言いながら、手を差し出してくる。

 

 ──当たり前だ。許してやるものか。

 家族を殺した、喰った、弄んだ、あの怪物を。許してなどたまるか。鬼は、殺す。少なくとも、あの──上弦、弐と瞳に刻まれた鬼だけは。俺のこの手で殺して見せる。

 

 手を握る。家族の、そして鬼の、最後に俺の血が混ざり合って汚れている手で触ってしまったことに気が付き離そうとするが離れない。ガッチリと握られ、槇寿郎と名乗った男性を見る。

 

 強い瞳だ。人間らしい、あの鬼とは違う。俺とも違う、強い瞳。

 

「改めて、名乗ろう。俺は煉獄槇寿郎──現、炎柱だ」

 

 炎柱──何かの称号だろうか。

 鬼殺隊、文字通り鬼を殺す隊。鬼を、殺す。ああ、願っても無いことだ。俺は必ず、あの憎たらしい目付きをした鬼を殺す。絶対に殺してやる。

 

「俺は──不磨(ふま)回帰(かいき)。よろしくお願い、します」

「よろしく、不磨。お前の事は、俺が責任を持って育ててやる。立派な、鬼殺しに」

 

 勿論そのつもりだ、そう意思を込めて頷く。

 

 この痛みも、苦しみも、二度と忘れない。全て俺が一緒に持っていく。そして、あのクソ野郎に叩きつけてやる。死んでなんてやるものか。絶対に死んでなんてやらない。お前を殺して、地獄に堕ちても殺す。

 

 朝日の照らす、それには不釣り合いな大量の血。光が反射して眩しく感じるその最中、俺はこれまでと別の人生を歩みだした。

 平凡な農民の息子という立場から、家族の仇を探す──復讐者へと。

 



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不磨回帰日記・前編

 鬼殺隊。

 その名の通り、鬼を殺すために存在している政府非公認の組織。

 

 鬼。

 主食、人間。驚異的な生命力と、再生能力。そして身体能力も馬鹿にならない。人間を軽く捻り潰す程度の力は持っており、只の人間では対抗できない存在。

 陽の光と、特殊な素材を使った武器で頸を斬るしか打ち勝つ方法がない──そう、伝えられている。

 

「着いたぞ」

 

 思考を中断し、声の主──煉獄槇寿郎が見る方向を見る。

 大きな門、自分の住んでいた小さな小屋とは規模の違う立派な屋敷。流石にこれほどのものは見たことがなく、思わず呆けて見てしまう。

 

「今戻った」

 

 扉を開き、中に入っていく槇寿郎。くい、と動作でついてこいと示すので後ろに付いていく。背中に小さく纏めた荷物を背負い直し、なるべく邪魔にならぬよう歩いていく。

 ペタペタと俺の歩く音のみが響く。共に歩く槇寿郎からは歩く音が一切せず、武道とはこういう物でも出てくるのかと内心驚く。

 

 整えられた室内、廊下ですら──というか、廊下という概念は知っていたが実物、それもここまで綺麗な物は初めてみた。鬼殺隊というのは割と金を持っているのだな、内心そう思ってしまう。別に金目当てではないから、なんだっていいが。

 

 そのまま進んで、外と繋がっている部屋に槇寿郎が入っていく。続いていいものか悩んでいると、部屋の中から手が伸びてきて手招きの動作をする。それに従い、入室する。

 畳が敷かれ、部屋の中には小さな机がありその周囲に紙が散らばっている。羽織を脱いで腰の剣を置いた槇寿郎が改めて俺に向き合う。

 

「ここは煉獄家──今は俺が家主だが、代々我が一族に受け継がれている家だ。今日から不磨には、この部屋を貸す。ここで暮らしていくといい」

 

 ありがとうございます、月謝はどうすればいいですか。

 

 そう言うと、一瞬驚いたような顔をしてから瞳を閉じて腕を組む。考えているのだろうか、今現在職も何もかもを失った身としては後にしてもらえるとありがたい。払うのは全然構わないが、働く手段がない。

 

「そんなものは要らん。お前が鬼殺の剣士になるのが条件だ」

 

 そう言って目を開く槇寿郎。

 素直に有難い、けれどそんなに世話をしてもらって良いのだろうか。それでは、俺は何もかもが貰うだけになる。それはなんだか申し訳ない。

 

「ふ、まあ聞け。俺にもこう見えて息子がいてな。まだお前より幼いが──アイツは、杏寿郎(きょうじゅうろう)は、必ず立派な鬼殺の剣士になる。それに、お前も負けないとも思っている」

 

 鋭い眼光が俺を貫く。

 一瞬ビクリと身体が反応するが、それを跳ね返すように見返す。あの瞳から目を逸らさなかったんだ、俺は。今更人間の睨みに怯んでる訳にはいかない。

 そうでなければ、鬼退治なんて夢のまた夢。俺は乗り越えなくちゃいけない、あの痛みを。

 

「……気合いは十分、覚悟もある。とは言っても、基本の基本からだが」

 

 鬼殺隊に入るために、まず身につけねばならないことが複数。

 

 一つ、生身で鬼と対峙するための強靭な身体能力。

 これに関しては、嫌という程実感した。殺せる殺さない、その前に勝てないのだ。俺があの鬼相手に殴り勝てたのは、相手が油断していたのと──俺が、何度も死んだからだ。

 

 一つ、鬼を斬るための刀を扱う技術。

 刀──太陽に一番近い山、陽光山(ようこうざん)の砂鉄と鉱石を原料に作成する。これは全て鬼殺隊の関係者しか知ることはなく、刀鍛冶も専用の里にいる者しか作ることはないそうだ。それほど秘匿せねば、鬼に気付かれる。俺の出会ったあの鬼の様に、計り知れない鬼がいるのだろう。

 

 一つ、『呼吸』の体得。

 特殊な呼吸を用いて、身体能力や技を底上げする。日の呼吸を基に派生した呼吸、それぞれ個人に適正というものがあるそうだ。例えば槇寿郎、というより煉獄一家は炎の呼吸。日の呼吸の派生の炎の呼吸の派生、なんて分かりづらいモノもあるそうだがそれはまあいい。

 

「お前は既に十五。これからが最も吸収力のある時期だ──身体能力の強化、そして呼吸の体得。剣の鍛錬を交えて行う」

 

 具体的には、まず素振りを一日で二千。その素振りの最中に、全集中の呼吸と呼ばれる呼吸を行う。それはなんですかと聞いてみたが、首を捻られた。鍛錬すれば自ずと身につく──それで付かなかったら才能ナシ。割と厳しいのだな、いや、それはそうか。鬼なんて、あんな恐ろしい存在に対抗するための技術だ。

 生半で習得できては意味がない。その通りだ。

 そして二千が終われば、休憩を少しだけとって──否。休憩などナシ、組手あるのみ。正直な話これを当然と話している辺り、本当に難しいものなのだなと実感させられる。こちらも遊びで来たわけじゃないが、少し怯むものがある。

 

 そうして体力を使い、身体を使い潰して、食事を取り、休息する。翌朝早朝から再度素振り──その繰り返し。

 

「怖気付いたか?」

 

 まさか、そんなはずは無い。

 心が寧ろ昂ぶっている。こうすれば良いのだと、いつか奴を殺せる力が手に入ると証明されたのだから。

 

「……そうか。今日は素振りをしておけ。本格修行は明日から行う」

 

 そう言って羽織と刀を持って出て行く槇寿郎。

 僅かに持ってきた荷物を置き、縁側へと繋がる扉を出る。いつも山から見る太陽とは違って、周りに木が生い茂ってないので良く見える。炎の呼吸、ソレをベースに教えてくれると槇寿郎は言っていた。俺は、炎の呼吸なのだろうか。

 

 日の呼吸を大元に、水、炎、岩、風、雷。さらにその五派性から分かれ、幾つもの呼吸があるそうだ。

 炎の呼吸の使い手は、簡単に言うと真っ直ぐな人物らしい。槇寿郎が少し控えめに話したそれはとても興味が湧く内容だった。情熱を胸に燃やして目標に邁進し、細かいことを顧みない者。たしかに、俺にもその片鱗はあるかもしれない。

 

 一つの目標(家族の復讐)を胸に、必ず殺すと言う情熱を抱えて、とにかく進む。それが今の俺だ。ああ、何だ。意外と似合うんじゃないのか。

 

「──お前が父上の言っていた、客人か!」

 

 急に声をかけられる。俺より背が低い、槇寿郎に髪型や雰囲気が──というより目付き以外がかなり似ている少年が話しかけてくる。袴と道着の様なものを身に付けた少年は手に持った木刀を納め、俺に手を差し出してこう言った。

 

「俺は煉獄杏寿郎(きょうじゅうろう)──よろしく頼む、弟弟子(・・・)!」

 

 よろしくお願いしますと告げて、手を握り返す。

 握った手をまじまじとみつめる杏寿郎に、何か気になるものでもありましたかと問う。すると首をぶんぶん横に振り、いいや! と元気に告げた。

 

「剣を握ったことは無いのに、ゴツゴツしていると思ってな!」

 

 それは農具を握っていたから、と答える。

 十になる前から農具を握って生きてきたのだ。そうすれば癖の一つや二つは染み付くだろう。……もう、握ることは無いけれど。使い方を教えてくれた父も、失敗した時に優しく慰めてくれた母も、いつも申し訳なさそうにしていた、一日を終えて帰れば必ず待ってくれていた姉も──もう、居ない。

 

 炎の呼吸を扱うなら、過去に引き摺られたままでは駄目なのだろうか。俺は、過去を捨てたく無い。

 

 握っていない方の拳を握る。この痛みを忘れてはいけない。俺はこれを持っていく。そしてぶつけてやる。これまでのありったけを、苦しみを、何十倍にしてでも返してやる。それが俺の、【炎の意思】だ。

 

 よろしくお願いします、杏寿郎殿。

 年下の兄弟子へと返事を返す。俺より五つも下の、俺より恐らく既に強いであろう兄弟子へと。

 

 

 

 

 一、二、三、四──渡された木刀を振る。

 上に上げて、下に下ろす。鍬を扱うのと似たようで似ていない、斬るという事を意識して振る。そうしなければ意味は無い。ただ振る事ではなんの意味もない──槇寿郎はそう言っていた。

 

 槇寿郎の弟子たちに混ざり、と言っても俺より数段上の連中ばかりだ。呼吸を既に体得し、剣技の修練へと本格移行している者達ばかり。俺だけが、今日始まり。だけど何も焦ることは無い。やるべきことがはっきりした今、他者と自分を比べている暇は無い。確かめなければならないことが幾つもあるんだ。

 刀と言うのは、基本的に「引いて斬る」ものらしい。日輪刀の場合少し特殊で、そこらへんの技術はあまり重要視してない様だが。通常の対人の概念もあまり通用しないのだろう。鬼の動きは少々特殊で、人間がしない様な動きばかりする。

 

 五百程素振りを終えた所で、疲労度がかなり溜まってきた。息切れが起きて、ぜぇ、はぁ、と情けなく呼吸してしまう。それを素振りを続けながら少しずつ修正していく。ふ、ふっと小さく呼吸を繰り返し調子を整え、それでいて息を大きく吸う。肺一杯に空気を取り込んで、それを吐く。苦しい。苦しさが何よりも上回るが──これが大事だそうだ。

 肉体を苛めて苛めて苛めて──苛め抜く。そうすることで正しい呼吸が扱えるようになる。

 

 千、千五百、二千と回数を積み重ね、素振りを終えた頃には──身体が酷く疲労していた。倦怠感が凄まじく、息をするのですらかなり辛い。

 他の弟子たちが普通に修行を終えて別れていくのを見て差を感じる。まだだ。まだ、足りない。俺もあそこへと昇らなければならない。通過しなければならない。それこそ、命を燃やす──その覚悟を持たなければならない。

 

 歯を食いしばって、腕を振る。小刻みに揺れるだとか、震えるだとか、そういう領域じゃない。腕に力が籠らない。限界というのはこういう事を言うのだろうか──それ程までに苦しい。

 

 三千を超え、四千。四千を飛び越し、夜になる頃に五千。一日かけてこれしか終わらなかったという事実を受け止め、翌日は六千まで振ってやると思ったところで、背後から声が聞こえる。

 

「──まだやっていたのか」

 

 槇寿郎と──誰だろう、妻だろうか。

 腰まで届くような美しい黒髪に、キリリとした強気な目。

 そういえば挨拶をしていないと思い、慌てて姿勢を正そうとするが──身体が上手く動かず、縺れて倒れこむ。そのまま倦怠感が襲ってくるので、正直このままでもいいかと一瞬考えるが踏ん張る。

 

「一日目で無理をするからだ。……気持ちは分からなくも無い」

 

 そう言って槇寿郎が俺のことを引き起こしてくれる。

 その目に険しさはなく、優しく、まるで懐かしむように俺を見ていた。

 

「紹介が遅れたな。こいつは不磨回帰、杏寿郎に劣らない才覚を持っている金の卵だ」

「まぁ、それはそれは」

 

 口元を押さえて上品の笑う女性。

 ぐぐぐ、と槇寿郎に支えられたままなんとか礼をする。

 

「無理はしないで。私は瑠火(るか)煉獄(れんごく)瑠火(るか)──槇寿郎さんの妻です」

 

 丁寧に礼をしてくれた瑠火さんに、できるだけ非礼の無いように答える。

 礼を尽くしてくれる人に、無礼なことはしてはいけない。他人へ優しさを忘れるな、農民ながらにそう教えてくれた父は、確かに優しさを持っていた。だからこそ、時たま訪れた旅人が定期的にやってくるようになったのだが。

 

 私は、不磨と申します。ご挨拶が遅れたこと、誠に申し訳ない。

 

「いいのよ、気にしないで。私もあんまり調子が良くないから出歩くことが少なくて──してあげられる事は多くないけど、しっかり学んでいって下さいね」

 

 そう言って微笑む瑠火さんに、素直に綺麗だと思った。

 儚くて、いまにも倒れてしまいそうなのに──心の強さを感じる。まるで根強く育った大木のような、それでいて燃え盛る炎のような。ああ、槇寿郎の奥さんにぴったりだと。

 

「父上、母上! 食事の準備が──む」

 

 兄弟子──もとい杏寿郎が奥の部屋から中庭へと繋がる廊下へ出てくる。

 

「不磨! 飯だ、一緒に食べよう!」

 

 キラキラと輝いた空気、家族の空気に俺という異物が混ざっていいのか少し怖気付く。

 すると槇寿郎はなにかを察したのか、小さく笑いながら俺の頭をガシガシと撫でた。撫でるというより、荒く適当に手で梳いたと言った方が正しい。髪の毛が散らばり、汗や砂汚れがベタベタする。

 

「お前に忘れろなどとは決して言わん。痛みも、その辛さも、過酷さも。悲しくて、泣きたくなる過去も。──だが」

 

 ニィ、と笑う槇寿郎。その顔は杏寿郎とそっくりで、親子だなとすぐさま理解できるほど。

 

「見捨てない。俺たちは受け入れる。それが、煉獄家だ」

 

 ──優しさを忘れるな、回帰。

 

 すでに会えなくなった父の姿が脳裏に浮かぶ。

 ああ、その通りだよ父さん。必ず、必ず俺が──成し遂げてみせるから。だから、笑ってくれ。せめて、天国で、笑っていてくれ。

 

 涙をこらえて、槇寿郎に感謝を告げる。いや、槇寿郎だけにでは無い。煉獄家、全員に。

 

 その日の食事は、とても、暖かくて。

 染み渡る味だった。

 

 

 

 

 

 一日に五千。これが俺の課した素振りの回数だ。

 弟子たちが素振りを行なっている間、槇寿郎と組手を行う。互いに木刀を持ち、俺が攻撃をひたすら仕掛ける。それを槇寿郎は受け流し、避け、俺に反撃してくる。その痛みが凄まじく、脇腹や頬等痛みに弱い部分を的確に狙ってくる。出血はしていないが、血が出てるんじゃ無いかと思うほどの痛み。

 

 そうしてボコボコに打ちのめされて、昼になる。既に死体のような姿で這いずって移動する姿は流石に弟子達から見ても悍ましかったのか、よく手を貸してくれた。そのまま口の中の切れた部分を洗い流すために口に水を含み、痛みに悶えて、吐きそうなのを我慢して無理やり食事をとる。

 

 腹が膨れたところで素振りを始める。もちろん苦しい。

 苦しいが、それを耐えて耐えて耐え抜いて、素振りが三千を超えたあたりで力尽きる。夕方になって意識を取り戻して、再度振り始める。継続は力になる──槇寿郎曰く、正直な所ここで辞めるようならお前に期待はしないと言われてしまった。鬼を殺す。その覚悟を持つという事は、つまりそういうことなのだろう。

 

 ああ、その通りだ。このくらいで挫けてたまるか。挫けたところで、俺には何もない。

 また無様に喰われるのはごめんだ。夜、寝る寸前に痛みを思い出す事だってある。その不気味さに、一晩寝れない事だって。でも、俺はそんなものに挫けない。痛みがなんだ。苦しみがなんだ。

 

 俺は生きてる。

 生きて、復讐をするのだ。必ず、何百倍にも返してやる。

 

 俺の心に燃える炎は、その程度で消えはしない。折れて、吹き飛ばされ、苦しみ喘いでも──その熱は、絶えることはないのだ。

そうして、三ヶ月程過ごしただろうか。

 

 いつも通りの朝、槇寿郎が巡回に行かず予定が空いている日のみできる組手──槇寿郎は、真剣を持っていた。

 

 

「不磨──今日からは、互いに真剣だ」

 

 

 そう言って投げられ、目の前に刺さった刀を見て。

 

 槇寿郎の、鋭い目に──俺は怯んでしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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不磨回帰日記・後編

 ──痛みが鋭く刺さる。

 流れた血の量は、わからない。

 

「……今日はここまでだ」

 

 膝をついて呼吸を整える俺に、槇寿郎がそう言う。動悸が鳴り止まない。苦しい。痛みと、よくわからない不快感が混ぜ合わさっている。

 

「瑠火──……は、駄目だな。他の者に治療してもらえ」

 

 明日も同じように来る事。そう告げて槇寿郎が歩いていく。ポタポタ少しずつ流れる血を止めるため、とりあえず包帯を探すために立ち上がる。頭が浮いたような感覚、まだ動悸は治らない。カタカタと、槇寿郎に向けていた真剣を持った手が震えている。

 

 ぐ、と力を込めるが治らない。……人に、真剣を向けるのは。こうも恐ろしいのか。

 

 前、鬼と戦った時──あの時は、必死だった。喰われて、痛くて、苦しくて、それがどうしても嫌で、逃げ出したくて、でも逃げられなくて。死にたいのに、死ねなくて。だから、殺す。邪魔をするな、そう考えて、頭がまるで沸騰したような想いだった。

 でも今は違う。槇寿郎に武器を向けるのが、怖い。人に、恩人に、武器を向けるのが、怖くて堪らない。実際は大丈夫なんだろう。でも、怖い。

 

 鬼でも何でもない、普通の人間に。これまでの木刀とは違う、明らかに殺傷用に作られた武器を。

 事故でも起きたら、どうすればいいのだろうか。もし仮に殺してしまったら、俺はどうすればいいんだろうか。瑠火さん、杏寿郎、生まれたばかりの千寿郎、他にも兄弟子達──どんな顔をして詫びればいいのだろうか。

 

 俺が鬼にされた事を、やってしまうのではないか。そんな恐怖感がずっと俺を支配して、動きを、思考を鈍らせる。

 礼を尽くしてくれた人達に、あんな想いをさせたくない。

 

 中庭から、縁側に座ろうとして──救急箱が置いてあることに気が付く。最初から、こうなることが、わかってたのか。

 箱を開けて包帯を手に取る。ひたすら槇寿郎の剣を受ける事しかできなかった。反撃できる機会はあったし、実際やっても受け流されていたんだろう。力量差が分からない程ではない。

 

 でも、それでも──ないとは言い切れない。

 

 傷のある場所に包帯を巻いて、服を脱いで斬れた場所を手当てする。

 

 ……斬れるのだろうか、槇寿郎を。少しだけ震えの収まった手を見る。斬られた感覚が、恐ろしく感じる。多分俺は、死なないんだろう。そうでなければあの鬼に喰われた痛みが残っているわけがない。

 ぶるりと背筋が冷える。足から、手から、顔から、喰われていくあの感覚。誰にも話せない、俺だけの記憶。そして、上弦と瞳に刻まれたあいつにやられた肩の傷。忘れてはいけない、忘れたくない感覚なのに──とても忘れたい。

 

 ──考えても仕方ない、そう結論付けて素振りを行い始める。今日からは真剣の扱いに慣れるために、真剣を用いる。

 なぜ急に真剣なのだろうか。最初からでは、駄目だったのか。最初から真剣を使うのをやめて、木刀にしてる理由。それに他の弟子たちが俺と同じように組手を行なっているが、その中で真剣を使っている奴はいない。

 ……俺の、この精神的な弱さを槇寿郎は最初から見抜いていたのだろうか。見抜いた上で、真剣を渡してきたのだろうか。乗り越えろと。鬼は待ってはくれないと。いつか、急に人から鬼になった親しい人物を斬る可能性もある──その時、俺は斬れるのか。斬れなければ、俺はきっと復讐など出来ないだろう。

 

 斬るしかない。槇寿郎を、倒すしかない。

 

 

 

 

 真剣の重さに慣れるため、ひたすらに素振りをする。それと並行して、杏寿郎が俺に試斬をしてはどうかと提案してくれたのでそれに乗って試斬も行う。畳表と呼ばれる、古びた畳を纏めて三本並べた道具を用いる。

 斜めに、スッと流れるように斬る。

 杏寿郎に試しに見せてもらうと、かなり綺麗に斬っていた。淵に斬った際の棘が出来るから、俺はまだ未熟──杏寿郎は満足していないようだったが。それでも想像、というより斬った感覚がわかったのでそれを参考に続ける。

 

 素振りを日に三千に減らし、代わりに畳表を斬る事で正確さを磨いていく。斬る。斬る、斬り離す。その感覚をずっとひたすら想像し続けて、切り落とせるようになるまで一週間は掛かった。

 そして組手。槇寿郎が毎朝相手をしてくれるようになったので、言葉に甘えてやっている。手の震えは治らないが、少しずつ恐怖感が薄れてきた。槇寿郎は、わざとらしく手を抜いている。俺の刃が届くか届かないか、そのギリギリで斬り合っている。そのせいで、俺の刀が届きそうになる。

 

 試斬ではなんとも無いのに、対人になった途端この体たらく。自分が情けないが、これは乗り越えなければいけない課題だ。

 早く気付かせてくれた槇寿郎には頭が上がらない。きっと、見抜いていたんだろう。俺の奥底に眠るこの恐怖に。

 

 それでも絶妙に俺に攻撃が当たるように刀を振ってくるから、切り傷が増えていく。痛いのは嫌いだ。苦しくて、辛いから。でも、やらなきゃいけないと奮い立たせる。俺は復讐するんだ。あの鬼に、家族を貪ったあの鬼に。たとえ何度死のうと、やってみせると誓ったんだ。

 

 一週間が経って、捌けるようになってきた。その次の日にはもう一段階槇寿郎が上げてきたのでまた生傷が増えたが、震えが少なくなってきた。

 

 二週間、試斬で畳表を一太刀で綺麗に斬れるようになった。これには流石の槇寿郎も驚いたのか、夕食の時に褒めてくれた。杏寿郎も、負けていられんと奮起している。瑠火さんの調子が、少し悪くなった。

 

 三週間、槇寿郎にボコボコにされる組手を行った後、素振りをやらず杏寿郎と組手を行った。互いに木刀で、それでも槇寿郎の時とは違い実力がそれなりに拮抗している為いい勝負になった。俺が刀を振るい、杏寿郎が受け止め反撃、それを俺が受け流す。槇寿郎に割と一方的に攻められ続けた結果、俺は回避や反撃が上手になっていた。

 炎の呼吸的にそれはどうなんだと思ったが、杏寿郎に「守る力は生半では足りぬ、凄いな不磨!」と褒められた。

 守る力、か。そうだな。

 

 四週間、槇寿郎に喰らいつけるようになってきた。既に、恐怖感は過ぎ去った。斬られても気にせず、攻撃を続行できる。痛いには痛いが、耐えられる。この程度の痛み、乗り越えろ。お前は喰われる痛みだって乗り越えたじゃ無いかと心の中で奮起する。

それを見て槇寿郎は手を止め、縁側に座るように言ってきた。

 

「──どうして急に真剣を渡されたか、お前は気付いたか?」

 

 どこか、空を見上げながら言う槇寿郎。

 おそらくは、と言ってからその理由を話していく。俺の心の奥底に眠る、人を傷つけることへの恐怖。そして、過去の鬼にされた事の忌避感。それは、鬼を斬る上では必要のないものだ。だからこそ、捨てなければならない。振り払わねばならない。俺は、鬼殺隊は──鬼を、殺すのだ。

 

「……炎の呼吸はな」

 

 呟くように話し始める槇寿郎。

 

「炎の呼吸は、歴史が長い。代々鬼殺隊に柱という選ばれた剣士が数人いる中、どの時代にも炎柱はいる。それだけ普遍的で、尚且つ強い」

「ただ、ただ真っ直ぐ目標へと邁進し、それでいて他を顧みる。容易ではない。炎の呼吸は、それだけの物だ」

 

 ただ殺すだけなら、誰だってできる。暗にそう告げていた。

 守ると言うのは、難しいのだと。そう言う槇寿郎の顔はなにかを憂う表情で染まっており、後悔の念が強く出ていた。

 

「目の前で鬼に喰われた隊士が居た。目の前で鬼に千切られた隊士が居た。目の前で鬼にされた隊士が居た。……鬼殺隊は、鬼殺しは。過酷で、辛いものだ」

 

 ス、と立ち上がって槇寿郎は中庭に立つ。俺に背を向け、上段に剣を構える。

 

 ──音が聞こえる。唸るような、それでいて霞のような、まるで燃える炎の様な音。

 

「──炎の呼吸・奥義」

 

 炎が揺らぐ。炎なんて現れるはずないのに、たしかに俺の目には見える。それは炎で、紛れも無い──煉獄だ。槇寿郎を包み、唸るその闘気に、俺は当てられる。

 

「玖の型──煉獄」

 

 燃え盛る炎が、指向性を持って突貫する。試斬にと置いておいた巻藁が、炎に包まれる。燃えてしまう、思わずそう考えてしまうほどの熱。

 炎が晴れ、土煙が失せた後──そこにあったのは、槇寿郎と、僅かのみを残して吹き飛んだ巻藁の姿。

 

「来い」

 

 槇寿郎の声に、びくりと反応する。

 

「──来い」

 

 振り返って俺を見る瞳に、先ほどの感情は残っていない。そこにあるのはただ一つ、強者として君臨する男の姿。

 

「──来いッ!」

 

 刀を持って、走る。腰に携えた刀を抜刀する準備をして、空気を取り込む。鼻から、口から、大きく大きく吸い込む。まだだ。まだ足りない。もっと、もっともっと。唸る様に、それでいて霞の様に。揺らぐ炎を想像しろ。

 一足踏み込み、二の足を継ぐ。駆け抜けたその先に、剣戟を届かせると。

 もっとだ。もっともっともっと──足りない。吸い込んで吸い込んで、あの極地に──俺も追いつくのだ。

 

 僅かに。ほんの、僅かに。

 

 唸る様な音を、俺は耳にした。

 

 

──全集中・炎の呼吸。

 

 

 槇寿郎の目つきが変わる。

 身体が勝手に動く。まるで、長年共に生きてきた身体のはずなのに──まるで自分の知らない行動を取ろうとしている。だが、それが呼吸なのだろう。息をする様に(・・・・・・)、身体を動かせ。

 

 壱の型・不知火。

 

 これまでで最高の、こんな速度で斬ったことはないと言える速度で刀を振るう。それは確かに槇寿郎へと伸びて、槇寿郎の命を捉えんと奔った。

 

 

 

 

 煉獄瑠火は、屋敷を歩いていた。と言っても、偶然身体の調子が良い日であり、たまには鍛錬の様子を見ようと気まぐれを起こしただけなのだが。

 いつも素振りを行なっている弟子たち、そして自分が腹を痛めて産んだ息子の一人である杏寿郎の様子を見る。まっすぐ、直向きに、誰も手を抜こうなどとは考えずに必死に励んでいる。それを見て瑠火は微笑んだ。

 

 そして、そこに自身の愛する男と、その男が拾ってきた第三の息子とも言える青年がいないことに気がついた。

 

「杏寿郎」

「はい、母上!」

 

 元気に返事を返してくる杏寿郎に思わず微笑むが、それはそれとして聞くべきことを聞く。

 

「槇寿郎さんと、回帰はどこに?」

「父上と不磨は別の場所で鍛錬をしています! 中庭におります!」

 

 素振りをしつつ話す杏寿郎に、ありがとうと感謝を告げてから瑠火はその身体を動かした。

 

「母上! お身体は?」

「今日は調子がいいのです」

 

 そう言いつつひらひらと手を振って歩いていく。

 ここ最近、あまり調子は良くなかった。どうにも身体は重たいし、食欲もあまり湧かない。……実のところ、自分がそう長くは無いことは悟っていた。夫である槇寿郎はそんなことはないと医者をたくさん紹介してくれるし、自分でも勉強するほど努力してくれている。

 けれど、なんとなくわかるのだ。ああ、そろそろ自分の天命は尽きるのだな、と。

 

 だからこそ杏寿郎や回帰と良く話し、未来を語る。

 過去は、忘れていいものではないが気にしすぎるのもよくはない。しっかり前を向いて、進め。それが煉獄家だと。それが、強き者の定めだと。

 

 中庭に近づき、徐々に音が聞こえてくる。夫の話す声がぼんやりと聞こえてきて、回帰と話しているのだなと瑠火は考える。

 

 不磨回帰──思えば、不思議な青年だ。

 槇寿郎曰く、おそらく鬼を一体殴り殺している。呼吸も何もない、ただの農民の息子が。それでいて、鬼の恐怖を知っていてなお鬼殺隊に入ろうとしている強い者。

 不磨とは、すりつぶれて無くなってしまわない事を指す。不朽とも。

 

 なるほどその通りだ、瑠火はそう感じた。たとえ恐怖に直面しても、乗り越えられる。削られても、無くならない。彼の心には、ずっと炎が燃え続けているのだろう。だからこそ、槇寿郎は連れてきた。

 

 中庭に差し掛かり、思っていたより音が聞こえないことに気が付く。

 休んでいるのだろうか──そう思い、中庭を覗く。

 

 倒れている回帰の前に正座し、空を見ている槇寿郎。後ろ姿しか見えないが、姿勢は綺麗に正されていて模範的、背筋が張り真っ直ぐに見える。

 

「槇寿郎さん」

「……瑠火。今日は大丈夫なのか」

 

 こちらを見ないまま話す槇寿郎、近づく為に中庭用に用意してある草履を履く。

 ざ、と足音を立てて近づく。

 

「ええ。調子がいいので偶には稽古の様子をみようかと思いまして」

 

 倒れる回帰の様子を伺う。胸は上下しているから、ちゃんと生きてはいる。包帯も巻かれているし、どうやら槇寿郎がしっかりと手当てをしたようだ。

 

「……こいつ(不磨)は、凄い奴だ」

 

 槇寿郎が語るソレを、静かに聞く。

 

「俺は、不磨の奥底にある恐怖に気が付いていた。自分が傷つける恐怖、傷つけられる恐怖、喪う恐怖、奪う恐怖──……潜んだ恐怖に打ち勝つのは、難しい」

 

 だからこそ、真剣を渡した。他の弟子達とは違う、特別な試練だ。槇寿郎が続けたその言葉に、瑠火は同意するように僅かに頷いた。

 

「不磨の家族を殺した鬼は、十二鬼月(・・・・)だろう」

 

 瞳に上弦、弐と刻まれた鬼──十二鬼月と呼ばれる、鬼の中でも最強の集団。僅か十二体で編成されたソレは、上弦と下弦で分かれている。数字が少ない程実力が高く、つまり、不磨の遭遇した上弦の弐──鬼の中でも、二番目の強さ。

 その事を聞いて、瑠火は驚いた。確かに家族の復讐をすると言っていたが、まさか十二鬼月が相手だとは考えていなかった。

 

「まだそれは伝えていない。だが、いつの日か必ずこいつは辿り着く」

 

 頬に刻まれた切り口から血を流す槇寿郎。

 その顔には、後悔のような、期待のような、色々な感情が混ざった表情で染まっていた。

 

「幾ら才があっても、上弦は別格だ」

 

 百年と少し、上弦の鬼に変更はない。つまり、鬼殺隊で遭遇した人物は全員余すことなく屠られている。どんなに強いと言われた柱も、剣士たちも。だからこそ、この才覚を有して尚且つ鍛錬を積む不磨は辿り着く。

 瑠火は不磨に近づき、そっと腰を下ろす。年齢相応の表情で眠るその頬を撫でる。

 

「……合格にせざるをえん」

 

 最後の交差の刹那、槇寿郎は一瞬だけ全力を出した。

 大きく分けて、理由は二つ。

 

 一つ、これまで一度も行ってこなかった全集中・炎の呼吸を不磨が使用したから。

 

 一つ。呼吸に従う様に放って来た技が──想定していたより、速かったから。

 

 これだけやれれば、合格にせざるを得ない。

 鬼殺隊に入るための条件。鬼が嫌う藤の花で一面囲まれた山の中、現隊士が捕らえた鬼が生息する場所で七日間生き残る事。そして、その試験に向かわせるにはそれぞれの育手が定めた試練を突破せねばならない。

 

 不磨は突破して見せた。自らの恐怖に打ち勝ち、真っ直ぐに、突き進むことを見せつけた。

 

「出来るならば、貴方に幸せが待ってますように」

 

 瑠火は祈る様に告げた。

 その微笑みが、眠りに落ちている不磨には届くことは無い。けれど、そう祈られたという事実は──いつの日にか、届くのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 



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鬼殺隊選別試験・前編

平日は仕事なので投稿遅くなります。


 鬼殺隊入隊試験を行う、藤襲山(ふじかさねやま)──多くの入隊希望者が集まるその場所へと、俺は足を踏み入れていた。

 

 既に入山者はいるらしく、薄く咲き誇る藤の花に囲まれた広場に、腰に刀を携えた男女数人──いや、二十数人はいるか。皆それぞれ自由に行動している。瞑想している者、武器の手入れをしている者、寝ている者。

 寝ている奴に関しては随分図太い精神をしているなと思いつつ、広場の先に佇む二人の少女を見る。

 

「──皆さま」

 

 黒い髪の少女が話す。どこか不気味な空気を纏った少女と、対になる白髪(はくはつ)の少女が隣に佇む。

 

「今宵は最終戦別にお集まりくださってありがとうございます」

 

 皆の視線が一点に集まる。

 

「この藤襲山には鬼殺の剣士様方が生け捕りにした鬼が閉じ込めてあり外に出ることはありません」

 

 同時に隣の白髪の少女が話す。完全に被さり、息の合った語り。ここまで寸分の狂いもない語りは初めて聞いた──そんな事を考えながら、煉獄家であったこれまでの事を思い出す。

 

 

 

 

 

 目が覚めると、日は既に落ち始めて夕方になっていた。

 俺は何故か中庭に寝そべって空を見上げている。そして目を覚ました途端襲ってくる全身の痛みに、思わず声を上げようとして──更に身体が痛んで悶絶する。痛みに呻きつつ、なんとか身体を起こす。

 

「む、目が覚めたか!」

 

 すぐそばで素振りを行っていた杏寿郎が声をかけてくる。槇寿郎殿は、と聞く。

 

「父上は鬼狩りの巡察に向かった。明日、回帰に用があると言っていたぞ!」

 

 なるほど、と声を出す。

 未だに痛む全身を無理やり動かす。胸辺りが、呼吸を重ねるごとに痛む。ゆっくりと、慎重に息をする。息を、息を……そうだ。そういえば、呼吸で身体の状態を制御できると槇寿郎は言っていた。

 

 霞のように、それでいて、燃え盛る炎。痛む胸を無視して、無理やり息を多く取り込む。──ズキン、と。痛い、では済まない激痛が襲ってくる。それでも呼吸を続ける。整えろ、整えろ……! 

 燃え盛る炎のようで、霞の様な消え入るような音──全集中・炎の呼吸。

 

 自分の身体へと意識を向ける。痛みの原因、痛み、痛み、痛い痛い痛い──見つけた。肋骨が折れている。身体の事が、隅々まで理解できる。

 動け。動け繋がれ元に戻れ。激痛が奔るが──食いしばる。痛い、とてつもなく痛い。今すぐ泣き出したいほどには痛い。実際涙が出ている。でも止めない。これも必要な事だ。鬼に手傷を食らったときに、ずっと痛みを受け続けたまま戦う訳にはいかない。集中しろ、この原因を止めるんだ。

 

 骨と骨が、動いて、繋がって──とてつもなく痛い。が、呼吸による苦しさは減った。

 荒く息を乱しつつ、顔中に出てきた汗を拭く。滲み出る汗と、痛みが意識を更に覚醒させる。

 

「どうした?」

 

 様子がおかしいと思ったのか、杏寿郎が話しかけてくる。いや、なんでもありません。少々呼吸の鍛錬を、行っていただけです。そう答えると、何か納得したように頷いた。

 

「なるほど、呼吸で骨を弄ったのか!」

 

 語弊があるように聞こえるが、まぁ大体あっているので否定しない。代わりにとんでもない激痛を味わいましたよ、死ぬほどではありませんけど。

 流石だな、と言ってから満足そうに頷く。……年下の筈だが、どこか年上の様な──というより、何故か年上のように感じる。この安心感、なんだろうか。

 

『──回帰』

 

 頭の中で、何かが反芻した様な気がする。

 とても大切な、大事な、何か。俺を構成する、数少ない物の一つ。俺の名前を呼ぶその誰か──ああ、そうか。

 似ているんだな。姿形ではなく、その姿勢が。強さが。精神性が。他者を敬い、心穏やかに生きていたあの人と──杏寿郎は似ているんだ。

 

 立ち上がって、呼吸をする。

 胸が痛む。けれどその痛みが心地いい。

 

「平気か?」

 

 ええ、問題ありません──そう告げ、汚れをはたき落とす。この程度の痛みで止まれるか。止まってられない。

 

 

「──合格だ、不磨」

 

 翌日、槇寿郎の部屋に呼び出されて言われた第一声がこれ。

 一体何が合格なのだろうか──まずそれを理解していない俺からしてみれば、急に何言ってんだとしか思えない。これまでの記憶を辿る限り、昨日のあの場で呼吸を成功させたことだろうか。

 一太刀振って、その後転がされてるわけだから不合格じゃないのか? 俺はそう思ってしまった。

 

「……そもそも、俺たち育手の人間はな。鬼殺隊最終選抜に向かわせるために、その人物が本当に相応しいかどうか判断するために試験を課す。各育手によって違うが、俺の場合は──というか、お前の場合は『真剣で俺を斬る』だ」

 

 そう言いながら、頬の傷をトントンと叩く槇寿郎。つまり、俺は、あの時、たしかに──斬っていたのか。気付いてすらいなかったのかと言いたげな槇寿郎の視線が刺さる。仕方ないだろ、気絶してたんだから。

 

「お前の奥底に眠る恐怖、これを克服しない限りはどんなにお前が才能に溢れていたとしても合格にはならなかった。必ず、必ず最終選抜でお前は死ぬ事になるからだ」

 

 だが──と続けて、柔らかい表情で俺に言う槇寿郎。

 

「お前は打ち勝った。自分の恐怖に、鬼の恐怖に──お前は強い奴だ。胸を張れ──合格だ」

 

 ……ありがとう、ございます。

 じんわりと痛む胸の奥に、仄かに暖かいモノを感じた。恐怖を乗り越え、覚悟を決めた──ああ。俺は、嬉しいんだな。認めてもらえたことが。乗り越えたと、認識出来たことが。自分の弱さに打ち勝った事が。

 

 そうして、怪我の完治を待ち──二ヶ月。凡そ半年で、俺は鬼殺隊選抜最終試験へと臨んだ。

 

 

 

 

 山の中を駆ける。

 随分と久しぶりに来るはずの山の中は、どこか鬱々とした空気を常に纏わせる。藤の花が狂い咲く山、中には大量の鬼。ある種の蠱毒なのだろうか──音がする。

 ガサガサ背後から迫ってくる音に対して、刀を振るう。飛び交ってきた鬼の頸を寸分違わず斬り裂いて切断する。成る程、鬼を斬るのはこの程度で良いのか。

 

 試験用に用意された鬼たちは、基本的に一人か二人しか食べていないらしい。鬼は、人を食えば食うだけ強くなる。俺が目標にしている上弦の弐──奴は、どれだけの人間を食ったのだろうか。

 ギリリと刀を握る力が強くなる。不愉快だ。俺のような人間をどれだけ作り、嘲笑い、奴は生きているのだ。考えれば考えるほど不愉快さが増す。

 ああ、しまった。聞きそびれてしまった。次は聞くようにしよう。

 

 駆け抜ける。七日間この山の中で生存すること──それが入隊条件だ。生き残れば入隊し、死ねば鬼に喰われる。

 わかりやすい。この状況で生き残れない奴は、鬼殺隊には必要ない……というより、生き残れないから要らないんだろうな。そのままだ。

 走ってくる新しい鬼を目標に定める。一体しかいない事を確認し、飛び交ってきた両手足を斬る。ここまでやっても安心が出来ないのが鬼、ならば頸以外を斬ればいい。胴体から半分に分割、その上で下半身を更に両断する。

 

「ガァッ!」

 

 呻き声をあげる鬼の顔を蹴飛ばして、腕を纏めて刀に串刺しにする。おい、鬼。一つ聞きたいことがある。

 

「テメェ、黙って喰われろ! 久しぶりの生肉だ、オイ!」

 

 瞳に文字の刻まれた鬼、そいつらはどこにいる? 

 

「死ね! 喰わせろ!」

 

 目玉を斬り捨てる。

 呻き声を上げて、刀に串刺しにした腕が暴れるので木に叩きつける。そのまま腕をその辺に投げ飛ばし黙らせる。もう一度聞くぞ、鬼。

 

 ──瞳に文字の刻まれた鬼は、どこにいる? 

 

「──生肉だぁ」

 

 背後から迫ってきた猛烈な気配に反応する。

 

──全集中・炎の呼吸。

 

 全力で背後にいる鬼へと刀を振る。袈裟斬りで頸を飛ばそうとし──でかい。大きい。巨躯と言った方が正しいくらいの身体。やばい、これは斬れない──! 

 

 腕を一本斬る。だが、一本。複数の腕を持つこの鬼には意味がない。

 宙に浮いた俺に迫り来る鬼の腕を──避けられない。

 胴体にめり込む。痛い、猛烈に痛い。まるで弾けるような痛みだ。ギシギシと骨が一瞬均衡するような音が聞こえ、だがその次の瞬間には折れる。痛い、痛い痛い痛い──! 

 口の中で、何が液体が這っている。それを堪えようとして──自分の身体が地面に落ちていく。痛みで何もまともに考えられない。なんだ、どうなった。いや、それよりも動かなければ。下半身を動かそうとして──動かない。何だ、どうなってる。折れたのか、俺の身体は──ああ? 

 

 でかい、目の前にいる怪物が。

 手に持って、口に入れているソレは──俺の身体で。俺の脚を、貪っている。自分の身体に、目をどうにか向ける。胴体から腰にかけて、爆発したように砕け落ち──いってぇ。

 

 意識が薄れていく。それでもなお訴え続ける激痛に、さっさと治れと念ずる。大丈夫、大丈夫だ。俺は、死なない──本当に? 

 わずかに沸いた恐怖心を抑えつける。大丈夫、でなければあの痛みは偽物だ。俺は死なない。痛みに耐えろ。食らいつけ。次に繋ぐのだ──そう考え、目の前に迫り来る腕を目にしながら意識を落とした。

 

 

 

 

「──生肉だぁ」

 

 瞬間飛び退く。やはりこの場面からか──俺の予測は間違っていない。喰われても、潰されようと、俺は死ぬことはない。それを再認識出来たのだ、有り難い。ならば、痛みに耐えるのみ。

 俺に許されたのは、あの鬼を殺すその日まで生き抜くこと。

 

 腕が沢山生えた鬼──気色悪いな。

 名前なんぞどうでもいいが、相対すると改めて気色悪い。

 

──全集中・炎の呼吸。

 

 荒く、それでいて霞のような──燃える炎を我が身に宿せ。

 さすれば悪鬼撃滅、煉獄の想いを叩きつけろ。この鬼を殺す必要なんてない。わざわざ殺す必要はないが──生かしておくつもりも無い。この山にいる鬼は、ほぼ全個体が理性を失っているんだろう。話も応じない、皮肉なことにあの上弦の鬼とは違う。

 お前らに用はない。話す鬼は喋らせてから殺す。話さない鬼は──喋る前に殺す。

 

 踏み込む。一歩踏み込み、二の足を地面に叩きつける。進め。前に進め。斬れ。斬るんだ。

 

──壱の型・不知火。

 

 炎を発するような勢いで突撃して、一撃を放つ。

 不知火の様に──陽炎の様な蜃気楼と同化しろ。姿を見ることすらできない速度で、頸を斬り落とす。

 ずぷ、と肉に刀が沈んでいく。斬れる、このままならいける──! 

 

 そう考えて、腕が迫っていることに気がつく。まだ反応できる。その迫ってきた腕を蹴って上に逃げて、刀で傷を付ける。鬼の頭に着地する様に動いて、鬼の目を潰す。

 

「ギアァァアッ!」

 

 暴れる鬼から一足離れて、身を隠す。

 手数が足りない。まだやれそうだが──殺せるか微妙な線。だが、こいつ如きを殺さなければ俺はあの上弦の鬼に追いつけることはないだろう。だからこそ、粘れ。粘って粘って、コイツを殺す。

 

「ぐ、く、くそがぁっ……うん?」

 

 目が治ったのか、別の場所を見渡す鬼。俺の事は見失っている様で見当違いの場所を探している。

 

「……どこに行きやがった、あの餓鬼ィっ!」

 

 叫びながら辺りに腕を振るいまくる鬼。

 面倒臭いな。こうなると近寄りづらい。頸を斬るには近寄らなければならないが、近寄ると死ぬ可能性が上がる。面倒この上ない──だが、やる。

 一息ついて、一気に進む。

 走れ、走れ走れ。踏み込んで、加速する。俺のことを発見したのか周りにバラバラに放り出していた腕が俺に向かってくる。一本一本対処する事に変更する。

 

──炎の呼吸・肆の型、盛炎のうねり。

 

 巻き取る様に刀を動かす。右から先に迫ってきた腕を斬る。そのまま流れる様に順番に対応していく。目の前、左、回転して右、左、戻して右──! 

 問題ない、捌けてる。腕の来る方向がわかる。順番がわかる。

 

 そうして捌いて捌いて──気が付けば、あの気色悪い鬼は俺の目の前からいなくなっていた。

 

 

 

 

 

 手を全身に生やした鬼、手鬼と通称される怪物は走っていた。

 一年に一度、憎き鬼殺隊が入隊試験としてこの山の中に入ってくる日。すでに何十年とこの山に生息する手鬼は、通常であれば雑魚鬼しかいないのに対し一匹だけ何十人と捕食し力を蓄え続けたその実力は、並の剣士では──少なくとも、まだ自分の日輪刀すら受け取っていない新人に討伐は難しいだろう。

 その鬼が、何故目の前に居た子供を無視して走り出したか。

 

 それは、たった一つの理由。鬼が狙う、【標的】を視認したからである。

 

 頭に木目の、ある人物が彫った面。自分をこの山に閉じ込めた憎き相手。──鱗滝という、一人の剣士。その者が彫った面の特徴を嫌と言うほど記憶に刻み付けたこの手鬼は、閉じ込められてからずっとずっとずっと──その剣士の弟子を、喰い続けてきた。

 だからこそ、究極的に言ってしまえば他の剣士などどうでもよかった。無駄に粘る餓鬼より、鱗滝という怨敵を苦しめさせたい。その感情が手鬼を突き動かしている。

 

「──見つけたぁ」

 

 聞く者の背筋を凍らせるような、逆撫でする声。不愉快さが煮え立ったようなその声に、思わず目の前を駆ける面を付けた子供は反応した。

 

「──見つけたぁ!」

 

 鱗滝鱗滝鱗滝──鱗滝ィ! 

 

 憎しみが募る。何度その面を叩き割りたいと思った事か。何度その身を引き千切りたいと思ったか。

 

 一瞬止まり、こちらの攻撃を見極めようとしている子供に──地面の下から潜らせた腕で攻撃する。勿論その攻撃に反応できることもなく、その子供の足へと命中した。ぐしゃり、粉々に砕ける足。それを見てニヤリと笑う手鬼に、面を付けた子供は腰を抜かす。

 痛みに悶絶し、喰われるという恐怖を感じ、それでもなお手を打てず──震えた瞳で手鬼を見た。

 

 それを見て、満足そうに手鬼は嗤う。そうして腕を伸ばし、生きたまま喰ってやろうと画策した。伸ばした腕で掴み、動かない子供を目の前まで持ってきて──口を開く。

 ああ、これで今回も鱗滝の餓鬼を始末出来た──安堵と興奮を共に感じ、ソレに浸る手鬼は気が付けなかった。

 

 真後ろから迫る、独特の音に。長い事聞いていなかった──炎の燃え盛るような音に

 

──全集中・炎の呼吸

 

 手鬼の視界が、暗くなる。そしてその直後、急激に明るく灯る。

 その明暗の差に思わず目を眩ませた鬼は、取り敢えず背後へと腕を放った。自分の頸を斬れる奴は、この試験にはいない。この明るさ、先程の炎の子供だろうと当たりを付けた手鬼は問題ない事を再認識する。

 

 この子供は、先程俺の頸を斬れなかった。ゆえに問題ない──そう判断したことを、手鬼は後悔する事となる。

 

伍ノ型──炎虎(えんこ)

 

 まるで。猛る炎の虎のような。そんな大きな闘気が爆発し、手鬼に襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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鬼殺隊選別試験・後編

全集中・炎の呼吸──伍ノ型、炎虎

 

 唸るように巻き上がった炎が、虎の様な形を描いて行く。全て、自分から発せられる闘気による想像であるそうだが──そんな詳しい事はどうでもよくて。

 

 ──何、人のこと無視して勝手に喰おうとしてんだ。

 

 鬼の、子供を掴んだ手を斬り落とす。

 その流れのまま、更に意識を集中させる。鬼の迫り来る腕に対し、また別の技を放つ。

 

──参ノ型・炎心の揺らめき。

 

 まだ燃えていない、炎の中心部。その揺れ動く様を再現する技。

 鬼の腕を掻い潜って、頸に一太刀入れる──が、届かない。

 太い。腕で覆われたその頸に到達させるには、まだこれより速く強く刀を振るわなければならない。だが、それを行うには状況が悪い。

 

「──あぁあぁぁッ!!」

 

 背後から、少女の声がする。

 一瞬気を向ける。両足が吹き飛び、左腕までもが鬼の腕によって潰されている。マズい、このままだと──せめて、せめて。

 

炎の呼吸・壱ノ型──不知火。

 

 鬼の腕を足場に、加速する。不知火の速度を活かして少女の下へと突撃、最後に彼女に迫っている腕を斬り落として拾い上げる。

 無くなった手足から、大量に出血している。血液特有の匂いが鼻につき、不快感を伴ってくる。出血を抑えないことには、どうにもならない。

 

 駆け出し、鬼から逃げる。

 このまま死なせる訳にはいかない。せめて、せめてやらなければならないことがある。木々を斬り倒して足止めしながら走る。夜が明けることを、祈りながら。

 

 

 

 

 取り敢えず、あの手が大量に生えた鬼は振り切った。木の中を掻い潜る経験はなかったようで、腕が次々と倒壊する木に巻き込まれていく様は爽快だった。

 それはどうでもいい。そんなことより──少女だ。俺の着物の一部を破いて止血したが、もう、間に合わない。長く、ない。

 

 狐の面をつけた少女。

 悪いと思いながら面をずらす。

 

 長い黒髪は少女自身の赤い血で染まって、表情が苦悶に歪んでいる。ああ、わかるよ。痛いよな、辛いよな、苦しいよな。腕が、脚が、無くなるってさ。とんでもなく、怖いよな。

 残っている右手を握る。大丈夫、もう怖くない。あの鬼は居ないよ。

 弱い力で握り返してくる。額に滲んだ脂汗と、目から溢れる涙が少女の悲壮さを増加させる。ごめん。ごめんな。俺がもっと強ければ、俺がもっと速ければ、あの鬼を仕留められたのに。

 

 目が開く。

 その薄暗い瞳は、俺の事を捉えている。

 

 薄く、口が開く。なにかを伝えようと、パクパク動く。

 無理するな。呼吸をゆっくり整えな。それ、吸って、吐いて。吸って、吐いて。ゆっくり、一個ずつ。吸って──吐いて。

 落ち着いたのか、声を出す少女。

 

「……ぁ……は……」

 

 よし、声は出てる。少しずつ、少しずつ話せ。

 

「……まぇ……前……名……」

 

 名前、だろうか。俺の名前を聞いているのか、それとも自分の名前を伝えようとしているのか──どちらにせよ、理解できる。

 相手の名前を聞くのも、自分の名前を伝えようとするのも。誰にも知られずに死ぬのは、悲しい。誰かに名前を、存在を、覚えていてほしい。その気持ちはよくわかる。俺は死ぬことはない。けれど、それは本当にずっと続くのか? いつの日にか、油断したその瞬間に死ぬんじゃないか? 

 

 だからこそ、死ねるからと自殺はしない。

 俺にも俺の目的があるから。俺はそれを、絶対にやらなければならないから。

 

 俺は、不磨。不磨回帰。君の名前は? 

 

 そう告げると、何か安心したように表情を柔らかく解いた。小さく呟くその言葉を、聞き逃さぬように耳を傾ける。

 

「ま……も。ま、こも」

 

 まこも──真菰(まこも)か。

 わかった、真菰。俺は真菰を忘れない。絶対に忘れない。真菰の苦しみも、辛さも、痛みも、全部俺が抱えて生きる。だから、ごめんな。助けられなくて、生かせてやれなくて。

 そう言い、真菰の手を握りつつ抱きしめる。

 

 ふと、真菰の顔に影が差していることに気が付く。

 

 ──日の出だ。俺の身体で遮られ、真菰に陽の光が届いていない。身体を離して、陽の光を真菰に当てる。

 

 仄かに安心したような、苦しみより安堵の感情が見て取れる表情を見せ──真菰は、動かなくなった。

 

 ……人が死ぬのを目の前で見たのは、初めてだ。冷たくなっていく身体、力が抜け重くなっていく。

 俺の所為だ。俺が、あの鬼を逃したから。その所為で、真菰は──死んでしまった。俺があの場で、しっかりと留めておけば。死ぬことは無かったかもしれないのに。苦しまなくてよかったかも、しれないのに。

 俺より幾分か小さい、恐らく年下の真菰の遺体を見る。両足が千切れ、左腕も潰れて肘から先が完全になくなっている。唯一残っている右腕は、俺の手を掴む力は残っていない。

 

 ──パキ、と。音を立てて、真菰の面が割れる。鼻当たりから半分に割れて、紐が通してある上半分の面は残り下半分の面が地面に転がる。何で、面を付けていたのだろうか。訳も何も、俺は真菰の事を知らない。だけど、看取らなければならなかった。

 同じ苦しみを味わったものとして、理解したうえで、見送れる唯一の人間として。

 地面に転がった、下半分の面を手に取る。

 

 着物を少しだけ千切り、糸のようにして括り付ける。腰につけ、離れぬように。

 本当なら、埋めてやりたい。遺体を埋めて、丁重に弔ってやりたい。だけど、今この山で──そのことに体力は使えない。

 

 本当に申し訳ない。せめて、綺麗な場所で眠らせてやりたいが……ごめん。

 

 ふわりと、風が薙いだ。

 混じった血の臭いと、鬼の臭いが纏めて掬われたような気がした。

 

 

 

 

 ──斬る。

 

 斬る。目の前に出てきた鬼を斬る。問う事なんてしない。腕が刃の様な鬼を斬った。爪が異様に発達した鬼を斬った。腕が太く発達した鬼を斬った。

 腕を、足を、胴を、首を。

 

 同じ選抜を受けている奴を助けた。助けた先で、鬼を三体押し付けられた。喧嘩していたから一体一体楽に倒せた。邪魔だ。邪魔だ邪魔だ──邪魔だ。

 

 どうして、鬼に殺された人間は弔う事すら出来ないんだ。

 家族も、埋めてやることしかできなかった。もっと綺麗にしてあげたかった。首だけで、苦悶の表情を解いてあげたかった。

 

 どうして、鬼に殺された人間は苦しまなくちゃいけないんだ。

 苦しまずに、死ねないんだ。

 

 それなのに。どうして、鬼は貪るんだ。嗤いながら、他者を蔑み、食い荒らすんだ。お前たちは何なんだ。お前たちは──この世に存在していいのか? なぁ。何でお前たちは存在してるんだ。仲間同士、共食いでもしてろよ。何で人間を巻き込むんだ。

 ──全部、あの上弦とやらが悪いのか。十二鬼月だとか、大層な名前をしている奴が悪いのか? 

 

 ──許さない。あの人を小馬鹿にした下衆野郎を。

 

 ──許さない。俺の家族を喰って嘲笑った悪鬼を。

 

 鬼。

 

 それは人類の敵。

 

 鬼。

 

 それは憎しみの象徴。

 

──全集中・炎の呼吸。

 

 出てこい。どこに行った──あの手が大量に生えた鬼は。どこに行った。

 

 あの鬼はどこだ。あの鬼はどこだ。あの鬼は──どこに行った。殺す。殺して見せる。殺せる殺せないじゃない。殺すんだよ。そう決めたんだ。だから殺す。真菰の両足を砕いた。左腕を砕いた。ならば、両足を切り裂いた後に腕を全部斬ってから頸を斬らねばならない。

 

 三日漂った。俺に近づいてくる鬼は居なくなった。だが、あの手鬼はまだ死んでない。アイツを殺せるほどの奴はそう居ない。だから俺が殺す。近寄ってこなくても、探し出す。一体一体虱潰しにして。雑魚鬼を何体狩ったところで、何にもならない。どこに消えた。お前はどこに隠れた。卑怯者が。

 

 五日目。川の水だけを腹に入れて、暗い日陰になっている場所を探りまわった。あの巨体が入る場所はそう多くない筈だ。洞窟の中に入った。鬼が四体いた。気にせず全部屠った。別の洞窟を探す。木の影を探す。探し回ったのに、見つからない。どこに行ったんだ、あの下衆野郎は。

 

 六日目──見当たらない。ふらつく身体に鞭を打って動かす。どこだ。どこに行った。お前だけは殺すと決めたんだ。なのに、なのに──どうしてお前だけが居ないんだ。この臆病者。卑怯者。他の鬼だって、姿を消した。どこにも出てこない。クソ、何でだ。どうしてお前は逃げたんだ。何で、俺から逃げるんだ。

 そうして山の中を彷徨い歩き──藤の花に、囲まれた広場に出てしまった。

 

 

「おめでとうございます」

 

 

 双子が告げたその言葉に、周りを見る。誰一人としていない。俺以外、どんな人間も存在していない。目の前に居る双子は、それをさも当然かのように受け止めてそう言ったのだ。生存者は──俺だけだった。

 

 何やら色んな説明をされたような気もするが、そんなことを気にしていられない。殺させろ、もう一度入山させろと言ってみたが断られた。俺が狩った鬼の数が想定以上だとか何とかで、鬼を全部消されては面倒になるから駄目。ふざけるな。そんなこと知ったことか──だが、それを守れないのなら入隊は取り消しと言われてしまった。

 鬼殺の剣士になるのは、そんなに厳しくなくては駄目なのか。生き延びて、勝てる素質が無ければ喰われるから意味はない。わかる。納得できる。だが、だが──それではあまりにも、救いが無いんじゃないのか。積み上げてきた努力はどうなる。想いはどうなる。鬼に無残に食い散らかされるだけか。

 

 なんなのだ。鬼は、なんなんだ。何でそんなに、人を侮辱できる。貪りつくせる。何をしたって、俺達人間を見下し蔑み嘲笑してくる。

 生きねば無駄。殺さねば無駄。勝たねば無駄。鬼相手には、ひたすら殺すしかないのか。……無いんだな。こんな組織を作って、やっていることは鬼を殺すだけ。ああ、鬼は殺すしかない。狩りつくすしかない。狩っていけば、あの外道(上弦の弐)にも辿り着けるのか。

 

 そうやって思考しながら歩いていると、突如叫び声が聞こえた。

 すぐそばの、森に繋がっている道に建っている家から。ただ事ではないと感じ、思考を中断して近づく。匂ってきた血の香りに、これはまさかと覚悟する。昼間から香ってくる物騒なモノ。

 

 そうして、民家から出てくる血が着物に付着した男性。

 

 ああ、まだ報告すらしていないのに──鬼か。

 

 悪鬼滅殺。

 

 それ即ち、鬼殺隊の信条也。

 

 鬼は殺す。そうしてその果てに──仇を取るのだ。

 

 

 



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鬼殺隊階級癸・不磨回帰

 煉獄家に到着した。

 到着したは良いが、何故か空気が淀んでいる。というより、全体的に暗い。荒れた様子は無いが、それでも沈んだ空気感は否めない。

 

 扉を開き、戻ってきたことを伝える。

 ……ドタドタと奥の方から走る音が聞こえてくる。なんだ、いるんじゃ無いか。それにしたってこの暗さ、一体何があったんだ。姿が見えたのは──杏寿郎。

 

「──やはり生きていたか!」

 

 嬉しそうにそう言いながら駆け寄ってくる。

 生きていたか、ああ。試験には受かりましたよ、兄弟子殿。そう言うと堅苦しいな、と笑わられる。それが性分ですから、仕方ない。

 

「……随分と、帰ってくるのが、遅いんじゃ無いか?」

 

 杏寿郎に続いて、槇寿郎がやってくる。なんか額に青筋が浮き出ていて、これは……怒っているな。何故か。

 遅くなったのは申し訳ありません。道中鬼に遭遇したもので……あ、鬼は殺したので心配ありません。

 そう言うと呆れたように溜息をつかれた。

 

「隊服も刀も無いのに何故……まあいい。よく帰って来た。お前はやはり凄い奴だな」

 

 ポンポンと肩を叩かれる。

 ありがとうございます、そう告げてから家の中に入る。何よりもまず──身を清めたい。十日近く同じ服を着ているし、川で軽く身は洗っていたがその程度しかしていない。ゆっくりと風呂に浸かりたい。

 傷に染みるかもしれないが──そんなのは耐えればいい。痛いのは嫌だが、その程度はなんにもならん。

 

 眠気も凄いが、先に風呂だ。

 借りる事を告げて、風呂を沸かす。幸い水は張ってあったのであとは温めるだけである。これが長いのだが、鬼を殺すよりは早く終わるんじゃ無いか。一呼吸毎に炎を意識する。目の前で燃え上がる火。この熱気、様子、全てを目に入れる。

 炎の呼吸は、真っ直ぐだ。燃え上がるような激情に反映し、それでいて冷静に。振るわれる刃は一刀の下に鬼を斬る。闘気が見せる映像は、常に荒れ狂う山火事の様。弧を描き、炎が意思を持っているかの如き奔放。

 

 風呂に浸かる。自分で沸かして自分で入る。

 炎の呼吸で生み出せる炎が実際に熱ければ応用できたが、呼吸はそんな便利なものでは無い。人間ができる、ギリギリの能力。鬼のように便利な代物では無いのだ。ひたすら研磨して修練し技術を習得し、それでも尚足りぬ技。

 自分で温めるのは面倒だから、翌日に薪を割ることにして使える分全部ぶち込んだ。お陰で火力が増して──熱い。いや、熱くないかこれ。

 流石に火力上げすぎた。だが仕方ない。責任を取ってしっかりと浸かるべし──そんなこんなで燃え尽きるまで入っていた。一時間ほど湯船に浸かっていたら、火で直接熱せられてる底についていた足が爛れていた。道理でピリピリすると思ったよ。

 

 呼吸で何とか操作する。

 爛れた部分を治しつつ、風呂の後始末を行う。木が燃え尽きて灰になっている。……いつか、炎の呼吸はこうなるのだろうか。燃えて燃えて燃え尽きて、灰に至る。そんな話は聞いたことないが、あってもおかしくない。

 火は、何かを燃料に燃える。ならば、俺たちの燃料とは何なのだろうか。俺は、復讐心。これが燃え尽きることはあるのだろうか。

 

 ──いいや。奴を殺すその日まで、尽きることはない。

 

 灰になった木を握り潰す。

 奴は仇だ。十二鬼月──奴等は全員殺す。一体残らずこの世から消し去る。そうしなければ、負の連鎖は消えないのなら。そうしても、消えないのなら。

 消えるその日まで戦おう。この命尽きても、必ず。

 

 

 

 

 

「失礼する。この家に不磨回帰という者はいるか」

 

 突如として煉獄家に訪れたひょっとこの面を被った不審者。たまたま俺が一番近かったから出たが、一体何者だろうか。

 このまま返事していいのか。もし俺の命を狙う刺客だったらどうす──いや、今は昼間だから。太陽出ているから問題ないだろう。少なくとも鬼じゃない。

 不磨回帰は私のことです、そう告げると背中の荷物を解くひょっとこ。

 

「そうか、では手短に。俺は鉄柱(てつばしら)という者だ。不磨に刀を打ってきた」

 

 刀──もしや、日輪刀か。

 そういえば試験を終えた時にあの双子がなんか選べとか言ってきた気がする。あんまり話を聞いてなかったし、それどころではなかったから本当に覚えていないがあれは素材か。素材を選ばされたのか、俺は。

 

「特に要望はなかったから、一先ず通常な大きさで揃えた。もしこれを使って何か思ったら迷わず伝えてくれ」

 

 日輪刀は、ある程度の修練を積んだ者が握ると色が変わる。

 人によっては水の波打つような模様であったり、水玉であったり。漆黒の色もあるというが──煉獄家では少なくとも、統一された色が出るらしい。

 袋に包まれた日輪刀を受け取る。そそくさと帰ろうとする鉄柱殿に声をかけるが、にべもなく断られた。曰く、もっと鉄が打ちたい。帰らせてくれ──だそうだ。そう言うのなら仕方ない、またよろしくお願いしますと告げて帰宅するのを見届けて家に戻る。

 

 修練を行なっている杏寿郎に声をかけて、見せる。

 俺の日輪刀が出来た、と伝えて見せる。これが日輪刀──成る程。丁寧に処理された加工、握りやすさ。軽さ──とてもちょうどいい。そうして握ったところで、日輪刀に色がつく。俺が握る根元の方から、何にも染まってない光る色から、紅へと。

 まるでそれは燃え盛る俺の感情を表しているようで、それと同時に──俺は炎が合っているのだなと、安心した。

 

「紅──お前にピッタリだ!」

 

 杏寿郎が言う。

 ああ、ありがたい。俺は、炎で良いんだな。煉獄を受け継いで、良いんだな。それが、今は何よりも嬉しい。お前はそれを認めてくれるんだな。

 

──全集中・炎の呼吸。

 

 燃え盛る炎を体現しろ。その身一つで敵わぬ相手に食らい付け。それこそが鬼殺隊なのだから。先に届いていた隊服を着て──……うん。あー……こう、ピッタリ吸い付くような服はあまり馴染みがないから居心地が悪いな。すぐに慣れるんだろうけど。

 なんか良いのないですか、杏寿郎殿。

 

「隊服の着心地が悪い──なるほど。ではこれを羽織ってはどうだ!」

 

 いや、着心地が──そう言う前に羽織を着せられた。

 ひらひらと白い無地の羽織が舞う。袖も何も通してないからひらひら漂うだけだが、なぜか落ちない。飛ばない。すごいな、これ。どうやってるんですか? 

 杏寿郎はふふんと自慢げに笑うだけで何も答えない。根本的に着心地に変化は何もないが、まぁいいか。それも慣れる必要があるのだろう。

 

『──南東(ナントォ)! 南東(ナントォ)! 不磨、最初の任務は南東(ナントォ)に迎え!』

 

 鎹鴉と呼ばれる、鬼殺隊士に命令を下す鴉が叫ぶ。予想の数倍煩いソレに思わず顔を顰めながら刀を納める。

 どんな鬼が待っていようと、知らん。鬼というだけで悲しみの連鎖になってしまうのだ。ならば、殺すしかない。覚悟を決めろ。

 俺は鬼殺隊の一人、炎の呼吸の継承者だ。

 

「初任務だな。大丈夫、必ず上手くいく!」

 

 杏寿郎が声をかけてくる。ありがとうございますと返事をして、歩き出す。さぁ、待っていろよ上弦の鬼。俺は必ずお前を見つける。見つけて、絶対に仕留めてやる。

 その為に、生きているのだ。

 

 

 二日ほど歩き、目的の場所へと到着した。

 極普通の街、少し発展してるのか程度に感じるが何が起きているのだろうか。街を歩く人たちの顔付きは明るくない。この感じだと、個人を喰らう鬼がいるわけではなく町全体の迷惑になっていておかしくないな。

 刀を隠すため、背中の羽織に包んでいる。お陰で歩きづらいけどもうそこは仕方ない。政府非認可なのだからもう諦めた。

 

 噂話程度に話を聞いておきたい。

 こういう時は、情報が集まりやすい場所に行けとよく言っていたな──ならばあそこか。

 

「お、いらっしゃい」

 

 お邪魔します、三色団子二つください。

 

 腹ごしらえついでに話を聞く事に。何か最近、お困りのこととかあったりしませんか。なにやら街の空気が淀んでいる様に思えますが。

 そう言うと、気の良さそうな店主が頬を書きながら団子を持ってくる。

 

「……困ったこと、かぁ。兄ちゃん、他所から来たんだろ?」

 

 えぇ。旅の途中で、まだ東に向かう予定です。

 

「だったら、この街に泊まらんほうがいい。……最近、失踪する奴が夜な夜な増えとる」

 

 それは、突然始まった事だった。

 ある日、一人の若者が居なくなった。人望のある、将来を有望されていた人物だったらしい。街の人間が総出で探し回り、それでも見つからず──途方に暮れていた頃に、その若者の家にある物が届いた。差出人は不明。夜の間に届けられていたとの話で……その中身は。

 失踪した若者の、生首。

 

 それから、二日に一回は起きる様になった。

 既に夜を歩く者も居らず、その被害は収まったが依然として恐怖が残っているそうだ。夜限定の犯行で、昼間は現れない。しかも届けられた生首の断面は、必ずと言っていいほど何かしらの噛み跡が残っていたらしい。

 ──鬼か。

 

 夜限定。昼間は出ない。そして家の者を知っている──とすれば、この街の住人にいてもおかしくは無いな。そっちの方が辻褄が合う。

 夜、出歩いてみれば簡単に引っかかるかもしれないな。取り敢えず今日はそうするか。

 

 ありがとうございました、店主殿。これはお代と、話をしてくれた礼です。

 

 普通より多めに出す。

 隠した刀を肩にかけ、今日泊まる場所を探す。民宿があれば良いんだが──まぁ、どこでも良いか。どうせ夜には出るのだ。

 それに、苦しんでいる人がいる。なのに、俺だけ良い思いをするわけにはいかない。

 

 その間に、被害に遭ったという家を訪ねることにする。話は聞いておきたいし、何より……苦しみを、聞いてあげたい。苦しんで苦しんで、それを誰にも吐き出せないのは辛い。重いんだ。胸に何かが溜まる様な、そんな感覚。

 だからこそ、俺たちは親身にならねばならない。

 鬼を憎んで、人を憎まず。人にも悪人はいる。だが、悪人は人を喰わない。人には人の法がある。鬼には無い。それだけの事だ。

 

 裁けぬのなら、鬼殺隊(俺達)が裁く。

 

 

 そうして、街の人の話を聞いて回る。

 息子が被害に遭った夫婦、娘が無残な姿で帰って来た初老の男性、他にもたくさんの人が悲しみに包まれている。一体、鬼はどんな面を下げているのだろうか。下卑た笑みだろうか。ああ、そうに違いない。

 

 陽が落ち、完全に闇に染まった街。

 これだけ暗く視界が遮られていれば、鬼が蠢いていても気付かない。相変わらず卑怯な奴らだ──なぁ、そう思うだろ。

 

「ああ?」

 

 背後から忍び寄って来た奴に声をかける。汚らしい、悍ましい声だ。鬼特有の不愉快さを煮詰めたかのような質。どうして他の人は気が付かないんだろうか。何故こんなに気が付かないのだろうか。

 ──とても人とは思えない、醜い声だ。

 

「何だ、わかってて来たのかよ。──死にてぇって事だよな」

 

 襲い掛かってくる気配。

 あの山に居た鬼より、数段早い。人を喰ってきたのだろう、軽く10は超える数を。貴様の様な──貴様の様な卑怯者が居るから、悲しみが続く。元から鬼だったとか、元は人間だったからだとか──関係ない。

 

 お前はもう鬼だ。治ることは無い。例えこの街の人間だったとしても──お前は人を喰らったのだ。

 

──全集中・炎の呼吸。

 

 火が灯る。暗闇に忽然と姿を現した炎が、鬼の姿を照らす。

 醜いなぁ、鬼。飛び掛かるその姿。我慢できずに口から涎を垂らすその顔。

 

 刀を抜刀し、一瞬で後ろへと振るう。鞘との摩擦で発生した火花が散る。鬼の頸目掛け、回転斬り。わざわざ技を使う必要もない。両腕と、頸を切断しそのまま振り抜く。

 ドシャリと音を立てて地面に転がる。背後から聞こえたその音に、一先ず日輪刀の血を振り払い納刀する。

 

 死ぬ前に一つ、聞きたいことがある。

 

 生首だけになり、身体と切断された腕も別の場所で灰になりつつあるのを見てから問う。何故だの、ふざけるなだの喚いているが気にしない。

 

──十二鬼月、上弦の弐はどこにいる。

 

 答えないのなら──お前は用済みだ。さっさとくたばれ。

 

 



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鬼殺隊階級辛・不磨回帰

 一つ、頸を狩る。

 そうして日を置き、鴉が指定してきた場所へと向かう。それの繰り返しを既に一月ほど行って──鬼を殺した数が、十を突破した。それだけ殺しても、上弦の弐は愚か十二鬼月に関する情報すら出ない。

 

 数も大量に居る鬼の中でも選ばれた十二体──そう簡単に出てくるとは思わない。

 だが、こうも情報が少ないと現実感がない。そもそも鬼が群れる習性を持っていない、それどころか出会えば必ず殺し合うような仲だ。そんな連中が知っていたとしても、おとなしく教えるとは思えない。なればこそ。鴉の言う通り進んでいけば、いつか辿り着けるはずだ。

 殺す予定の鬼すら殺せば、いつかは十二鬼月以外居なくなる。

 

 そんな簡単な話ではない。話ではないが──そうする以外に道がないとも言える。

 ままならない物だ、夜が明けて日が差してきた山の中で俺は嘆息した。

 

 

 

 

『次は、北東(ホクトォ)! 北東(ホクトォ)! 北東(ホクトォ)だ!』

 

 そんな何度も言わなくたって分かるよ。

 そう告げると少し寂しそうにするので、わかった好きにすると良いと折れる。そんな喋れないくらいで落ち込むとは思わなかった。

 

 元気に俺の周りを飛び回る鴉に、いい加減不審者扱いされてもおかしくないと考えつつ歩く。山の中に居た鬼はそれなりに手強かった。具体的には、あの試験にいた憎き卑怯者と同じくらいには。今更負ける程弱くはない──いや。この言い方は良くない。真菰を侮辱している。

 経験をしたんだ。ただの雑魚鬼も、ちょっと強い鬼も戦った。幸い、まだ死んで無い。

 

 北東ならば、先日寄った街がある。

 鬼殺隊は政府非認可ではあるが、協力者はいる。藤の花の家紋を使用している家は、昔鬼殺隊の剣士に救われた経緯があり無償で協力してくれる。鬼を殺す、そう一心で願っていても体力や精神は疲弊していくものだ。だからこそ有難い。

 先日寄った街には、藤の花の家紋を掲げた家があった。そこで世話になったので、今回も泊まらせてもらう事にしよう。

 

 道を歩き、正午になる頃に街に到着した。

 この街は平和だ、そう思いながら歩く。鬼の脅威も無く、人々が一生懸命一日を生きている。それが堪らなく素晴らしいと思うし、愛おしいと思う。人の技や想いというのは受け継がれるモノで、何時迄も不朽ではない。それを俺たちが間接的に守れていると思うと──少しだけ誇らしく感じる。

 藤の花の家紋の家を目指し歩いて数分、先日と同じ様に扉を開け声をかける。失礼します、先日世話になった鬼殺隊の者ですが──と、話したところで気配に気がつく。

 濃密な気配。鬼とは違う、異質な空気が混じってる。二階──もしや、鬼殺隊の誰かか。ここまでの気配は感じた事はない。それこそ、槇寿郎程の気配は。

 

「お待たせしました、鬼殺の剣士様……あら。ご無沙汰しております」

 

 気が付けば目の前に女性がいた。つい先日世話をしてくれたまだ若さの残る女将。次の目的地に行くのに丁度半ば程でしたので、ご迷惑になりますが……。

 

「でしたら、此間と同じ部屋でもよろしいでしょうか? 今丁度別の剣士様もいらしていて……」

 

 勿論何処でも構いませんよ、そう告げてから女将の案内に着いて行く。それにしても、これほど濃密な気配。柱かそれに準ずる最高階級、(きのえ)に近いだろう。俺はまだ(みずのと)──手の甲に力を入れて、自身の階級を見る。つい先日知ったが、こうする事で自分の階級が更新されたりしているのを確認できるらしい。

 ぐぐぐ、と力を入れる。浮き上がってきた文字は(かのと)──おや。いつのまにか階級が上がっているな。まぁ、いいか。上弦の弐。いつか殺すのだ。柱で無くても、柱と同等の力が必要になる。

 

 ……都合が良いな。話を聞いてみるか。

 今ここに泊まっているもう一人──柱の方ですか? 

 前を歩く女将に問う。女将は歩く速度を緩ませずに俺に答える。

 

「とても身体の大きな人です。常に涙を流している、まるで僧の様な方でございました」

 

 それはまた、随分と特徴的だ。

 俺の知っている柱は、今はまだ一人。炎柱、煉獄槇寿郎のみ。他にも水や風はいるらしいが未だ会ったことはないし、そもそも呼吸の種類を覚えきれていない。基礎的な呼吸となる五つは覚えているが、派生となれば微妙だ。

 僧の様な人物であっても、鬼は殺す対象なのだろうか。とすれば、やはり鬼に救いなど無い。神仏であっても鬼を救えないのなら、一体鬼とは何なのだろうか。

 

 俺の部屋へと入り、女将の用意してくれた飯を食べる。

 ああ、やはり美味い。料理を上手に作るというのも並大抵の事ではない。少なくとも俺は作れない。俺に出来るのは鬼を殺す事だけだ。……そういえば、杏寿郎も言っていたな。守る事の、難しさ。

 人を、なにかを守るのは──とても難しい。真菰の一件以来、俺は守るという事がとても難しい物だと理解してしまった。理解させられてしまった。強くても、人を守らなければ意味がない。失ってから殺しましたでは、遅いのだ。

 鴉を部屋に呼ぶ。カァーカァーと鴉特有の声を出しながらも何か喋ろうとしているので、もうこいつらは叫ばなければ死ぬんだなと勝手に思う。

 それはおいておいて、なぁ鴉。お前は、俺をあの鬼の下に連れて行ってくれるのか? 

 

 ぐぁ? とよく分からない声を上げる鴉。

 頭を撫でてから、分かるわけないよなと一人笑う。次の鬼の場所へ、案内宜しくなと告げて出て行ってもらう。その流れで、外を見る。窓の外に広がる景色は美しく、街に夕暮れで出来た影が色彩の明暗を仕立てている。

 うつらうつらと、少しずつ眠気がやって来ているのを感じる。

 

「──剣士様。少々お時間よろしいでしょうか」

 

 襖の向こう側から声をかけられる。

 はい、構いませんよ──目を擦りつつ、眠気を覚ます。どうせ夜通し活動しているから眠いんだ。夜には眠れる。今の時間位は起きていよう。

 

「──……失礼……」

 

 襖を開いた先、座る女将の横に佇む一人の男性。

 大きな背丈に、目から溢れる涙。数珠を手に持ち、背中には広い羽織。着ている服は──俺と同じ。

 

 貴方が、先に泊まっていた方ですね。私は鬼殺隊階級辛、不磨。不磨回帰と申します。

 

「私は悲鳴嶼(ひめじま)行冥(ぎょうめい)。階級は甲の鬼殺隊士──此度は、北東に潜む鬼の討伐をしに来た。恐らく、同じではないかと思って声をかけた所存……」

 

 なぜずっと涙が出ているのだろう──理由は不明だが、何か深い理由でもあるのか。まあそれは置いておいて。

 甲……ということはやはり、実力は確かだ。少なくとも今の俺より強いし、屠ってきた鬼の質も違うだろう。

 

 丁寧にありがとうございます。仰る通り、私も北東の鬼を目指している途中でございます。ですが、悲鳴嶼殿は階級が甲との事。私との階級がかなり離れておりますが、何か理由があるのでしょうか。

 

「鎹鴉の指令は、お館様の指令。我々の前にも向かった隊士がいて、皆殺されてしまったと……話には聞いた」

 

 気が付けば部屋の中に入って俺の前に座る悲鳴嶼。

 まぁ、悪い人ではなさそうだ。甲にいるその実力の高さと、癖のある感じがなんとも言えないが。それにしても、中々一筋縄では行かなそうだな。

 多分、これまでで相対してきた鬼の中でも一番手強い。でなければ、甲なんて上の人間が来るとは思えない。

 

 そして、お館様──この鬼殺隊を取りまとめる組織の長。

 その人直々に発した指令を、鴉は伝えてる。つまり、俺が何を探しているのかも知っている可能性が高い。ならば、この指令にも意味があるのだろう。俺がいつか奴に辿り着くための、な。

 

 わかりました、悲鳴嶼殿。これまでの鬼とは格が違う可能性が高い、という事ですね。

 

「然り。血鬼術(けっきじゅつ)を、扱う可能性が高い」

 

 血鬼術──力をつけた鬼が目覚める特殊な力。その血に宿った能力で、個体によって差があるらしい。少なくとも、十二鬼月は全員備えているだろう。ならば、乗り越えなければならない。たとえどんな力を持っていたとしても。俺にだって、特殊な力はあるのだから。

 

 では、互いの事を知るべきですね。

 

「……そう、です。連携が、大事になる」

 

 私は、炎の呼吸を使用します。育手は現炎柱の煉獄槇寿郎、まだ血鬼術を使用する鬼との戦闘経験は──……ありません。

 邂逅した事ならばあるがな、そう内心考える。

 

「私は岩の呼吸──日輪刀は、このような形で戦っている」

 

 そう言って取り出した日輪刀は……なんというか。鎖鎌とは少し違うが、鉄球と斧が鎖で繋がっている。とても僧が使う武器ではないなと思いながらなんとか言葉を返す。

 凄く、特徴的ですね。その……とても逞しい感じがして。

 

「……故に、私は中距離の戦闘も可能。相手によっては、不磨回帰。君にお願いする事もある」

 

 それは任せていただきたい。私も鬼殺の剣士故──鬼と戦う覚悟は出来ています。

 たとえ血鬼術を使う鬼であったとしても、それは変わりません。私にも、命に代えてでもやり遂げなければならないことがある。

 

「……なるほど。お館様の、言う通りか……」

 

 ボソリと何かを呟く。鮮明には聞くことは出来なかったが別に変な事は言っていないだろうと当たりを付ける。

 手を合わせ、何かに祈るように呟く悲鳴嶼の考えていることはわからない。だが、これからも長い付き合いになるだろう──何故か、そんな予感がした。

 

 

 

 

 一夜休息し、山へと向かう。

 隣にいる悲鳴嶼はその腰に携えた特殊な日輪刀をジャラジャラと鳴らして歩いている。少し目立つな──というより、それは刀ではないのではないだろうか。憲兵に見つかっても没収されないかもしれない。

 そんなうまい話は無いだろうが、少なくとも俺のこのまさに刀、という形よりは疑われないだろうな。

 

 山へと入り、悲鳴嶼と別れる。どうやら他の隊士たちは集団で入って殺されたらしい──故に今度は単独で入る。そういう切り替えを行っているようだ。

 互いに気を付けよう、そう言葉を交わして俺は山を登った。

 山の中に入って行った隊士が居る筈だが、どこにも見当たらない。殺されてしまった。けれど、それは誰が伝えたのだろうか。鴉か? あり得なくはないな。

 

 進めば進むほど濃密な気配がする。嫌な空気だ──ほんの一瞬だけ視界が遮られる。天で輝く月の光がほんの少しだけ遮られたのだろうか。ならば──何が遮った? 

 刀に手を当て、いつでも抜刀できるように準備する。

 息を吸って、吐く。目を細く、暗闇の中でも揺らぎを見通せるように。

 

──全集中・炎の呼吸。

 

 息吹を捉えろ。見逃すな。その空気の境目に──鬼は居る。

 

 背後で、動いた気配。

 刀を振るい──俺の胸を、何かが貫いた。

 

 



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十二鬼月・下弦

 胸を貫く痛みに叫びそうになりながら、歯を食いしばって刀を振る。痛みが侵入してきた方向を考えて、その方向にあたりをつける。俺の炎で照らされてるはずの周囲には何も無し、俺の胸に穴が突如出来ただけ。

 呼吸が安定しない。苦しい。肺が、貫かれたのか。このままじゃ嬲り殺されるだけだ、どうにか相手の正体を──ざくり。

 

 腹に足に背に、俺の身体に何かが突き刺さる。

 そのあまりの不快感と痛みで悶絶しながら、姿を見極める。どいつだ、どれだ。一体、何が──……

 

 

 

 

 その場から飛びのく。

 音も何も聞こえないが、確実に何かがいる。炎の呼吸は探知系の技はない──こういう場面だと不便だな。胸が痛むような錯覚を捩伏せて探る。

 さっきは突然やられた。今回は一番初めの攻撃を躱したから、相手も探りを入れてくるはずだ。それを掴め。足掛かりにしろ。

 スン、と鼻で呼吸をしたその瞬間に違和感を覚える。なんだ、この匂い。嗅いだことのあるような、ないような──そんな匂い。

 

 ずぷ、と背中に何かが突き刺さる感覚がする。

 その感覚を頼りに刀を振る。──全集中・炎の呼吸。捻るように身体を横に回転、足運びで攻撃を受け流す。そのまま正常な鬼ならば頸を斬れる位置へと刀を振るって──何も当たらない。ならば小さいのか。

 一旦距離を離すために後ろに飛びのく。僅かに痛む背中に、出血しているなとどうでもいい事を考えながら武器を構える。暗闇だから姿が見えない、そういう訳ではない。ならば、どういう事なのだろうか。

 自分の身体の大きさを自由に変えられる? ありそうだな。次は下を見てみるか。悲鳴嶼の方はどうなっているだろうか。鬼が一体だけとは限らない──協力してるとは思えないが。

 

 汗が頬を伝う。拭うこともせず、神経を集中させる。必ずいるはずだ。どこだ、何処にいる。地面? 空? 木の上? それとも──俺の背後か? 

 段々と増えてきた恐怖を、ねじ伏せるつもりで自分を叱責する。

 

 この程度で怖がっていてたまるか。目を凝らせ。

 全神経で──受け止めろ。

 

 ピクリと、身体が反応する。俺が知覚するよりも早く、鬼の攻撃に対して反応する。その動作に対して、刀を真っ直ぐに上段から振り下ろす。攻撃を避ける事はしない。全力で振り下ろす。痛みは堪えろ。拭え。

 死んでもいい。命が尽きないならば。

 三つ。三つの何かが俺の胸を貫いていく。その痛みと痕跡を自分の身体に植えつけろ。感覚を、鋭さを、その存在を。

 

 激痛に堪え、血を吐き出しながら刀を振り切り──手応えが、ない。

 

 だが、攻撃の手段は理解した。ならば次は、その攻撃を断ち切るまで。

 朦朧としてきた意識の中で、最後まで情報を得ようと傷跡に触る。痛い。痛すぎる。苦しい。だが、この鋭利な感覚。これは……爪、か? 

 巨大な爪だ。まるで野生動物のような、大型の熊のような爪。覚えたぞ。お前のこの技は──

 

 

 

 

全集中・炎の呼吸──参ノ型、炎心の揺らめき。

 

 揺らぎになれ。俺が揺らぎそのものになるのだ。そうすれば、気配を把握できる。自分の領域に侵入してくるモノを探し出せ。俺は揺らぎだ。炎のように、幻想と影の中で光る眩い煌めき。目を閉じ、自分を揺らぎそのものだと思い込む。

 不躾に近寄ってくるソレに対し反応しろ。

 幻痛のように響く胸を抑えつける。まだだ、まだ来ていない。

 

 ──微かに漂う、空気の歪み。

 

 見つけた──! 

 その方向へと刀を振るう。上段から振り下ろし相手を断ち切る技──伍ノ型・炎虎。放たれた炎が虎の様な形を作る。お前の様な奴の、頸を刈り取るために。

 下だ。ひたすら下へと振り下ろせ。相手を人型だと思うな。奴は──獣だ。

 

 炎を纏った刀が、空気を掻き分け鋭く振るわれていく。

 その視線の先を、見逃さぬ様に目を凝らす。流すな。ここを逃すな。俺は見つけた、この瞬間を──決して、逃さない。

 

 刀がなにかを斬った感触がする。当たりだ、奴は──四足獣だと思え。

 

 黒煙が突如吹き出し、周囲を包み込む。吸い込んではいけない類の物だろうか──判別不能。……やるしかないか。その黒煙を吸い込むように呼吸をする。大丈夫、何かあっても苦しいだけだ。俺は、死なない。

 鬼の身体から発生したものが、自分の身体の底へと侵入していく。気持ち悪い。不愉快極まりない。だが、そんなに害のあるものではない。

 

 広がり、完全に視界を覆う形になった黒煙を振り払う。──()ノ型・盛炎のうねり。大きく弧を描くように刀を振るって、俺の周りを安全な領域にする。

 

 炎に照らされ、姿が露わになる。顔は人ではなく猿、尾が蛇のようにこちらに向かって唸っており、手足が虎。あの爪の正体は、虎の手足だったのか。不愉快な呻き声を上げながら、俺を睨みつける怪物。これが、鬼だって? 

 なるほど。正真正銘──怪物だ。

 

 飛び掛かって来たその攻撃を横に跳ぶことで避ける。──が、避けたと思った筈の攻撃が俺の足に刺さっている。このチクリと刺すような痛みは──尾の蛇の攻撃か? 毒を持っているとすれば厄介だ。早々にどうにかせねばならない。

 一度死んで、やり直すか? いや、まだ早い。もっと情報を集めてからにしないと、俺も無駄に死にたくはない。

 

 左足を噛まれた。違和感を抱き始めたら死ぬ。そうしよう。……出来るのか、自殺。とてつもなく恐ろしいが──これも勝つためだ。

 

 獣そのものと言える姿の鬼に、相対する。──全集中・炎の呼吸。怪物退治は専門ではないが──鬼も似たようなものだ。それに……俺だって、怪物だ。殺して見せるさ。

 

「──ガアァァッ!!」

 

 叫びながら突進してきたその姿を真正面から受け止める。避けてダメならば受け止めて、反撃するのみ。様子を伺うことなどしない。──弐ノ型・昇り炎天。受け止めた姿勢から一瞬だけ力を抜いて即座に斬り上げる。

 命中したはずのソレは、怪物の手の爪で防がれる。

 

 硬い。そこらへんの鬼の頸なんかより、よっぽど硬い。左腕の爪で防がれてる間に、振るわれる右手に反応できない。

 

 何とか後ろに下がったが、肩から腰に掛けて爪の跡が残った。痛い、ものすごく痛い。隊服だって相当硬い筈なのにそれをいともたやすく貫通してくる──強い。

 強い、が。それだけで諦める理由は無い。強いのならば行動を覚えろ。勝てないのなら裏をかけ。

 

 息が苦しい。痛みが身体を締め付ける。一度息を吐いて、再度吸う。荒く、炎をイメージしろ。死んでもいい。俺は死なないから。覚悟を決めろ。痛みに打ち勝て。

 刀を握りしめ、地面を蹴り突撃する。

 

──壱ノ型・不知火。

 

 踏み込みの威力、呼吸によって底上げされた身体能力に全てを託して突撃を行う。地面を抉り取り、刀に灯った炎が残光ならぬ残火を散らしながら奔る。

 狙うは、頸ではなくその腕。必ず防御に突き出してくる。そのタイミングを合わせ、見極めろ。一番力が入る所で、振り切るのだ。

 そら、見せてきたぞ。お前の攻撃など効かない、そう思っているのが丸わかりだ。刀の軌道上に腕が挟まれる。予想道理、このまま断ち切る。

 

 一瞬、腕が対抗したかのような感覚を覚える。

 だが次の瞬間、俺の腕は振り切られ怪物の腕を爪ごと両断した。

 

 行ける──このまま畳み掛けろ。

 

──弐ノ型・昇り炎天

 

 刀を両手で握り、怪物が体勢を崩した状態のまま頸を狙う。

 硬い。絶対に硬い。というか、いま正に振るっている最中だが俺の腹に蛇が噛み付いてる。もしこいつが毒を持っていたら死ぬな──流石に毒で死ぬのは嫌だ。苦しそうだし。

 ギンッ! と頸に刀が直撃する。恐ろしく硬い──だが。だが! 

 

 お前はここで殺す、死ね怪物。

 

 そのまま、刀から溢れる炎に後押しされるように腕を振り切った。

 

 

 

 

「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……」

 

 悲鳴嶼の目の前に相対する人型──鬼。

 腕が虎の様になっており、その顔つきは猿に似ている。

 

「鬼にしては、面妖な顔つき……その特徴的な腕。鵺、か」

「よく知ってるな」

 

 うねうねと顔が蠢き、変化する。

 猿から人へと、戻ったのか進化したのか。

 

「……十二鬼月」

 

 鬼の左目に、文字が刻まれている。

 下陸──十二鬼月、下弦の陸。

 

「本体か、否か。わからぬが──殺せばわかる」

 

 ぐぐ、と悲鳴嶼が日輪刀に力を込める。呼吸を使えなかった時に、鬼を殴り殺し続け朝まで生き延びた男──悲鳴嶼行冥。その力は、計り知れない物だろう。

 

「この山には、改造した鵺を何匹も放ってる。其奴らはさ──死なないんだよ」

 

 気が付けば、鬼の周りに一匹の怪物が現れている。顔が猿、腕が虎……不気味だと、悲鳴嶼は思った。

 そして、気になることも。何匹も放ったと言っているが、この場には一匹しかいない。少なくとも悲鳴嶼の気配察知によって把握出来たのはこの真正面の二体のみである。

 

 ならば──残りはどこへ? 

 

 

 

 

 頸を、斬った。斬ったのに──死なない。

 真正面から俺を貫く爪と──背後から突き刺さった爪。鋭く鈍い痛みが俺の身体を駆け巡り、まともな思考ができなくなる。

 血を吐き、それでもなお解放されることなく寧ろ執拗に突き刺してくる爪。なぜ、一体だけだと思ってしまった。

 

 頸のない怪物が、爪を引き抜く。痛い、とてつもなく痛い。次元が違う、今すぐに死んでしまうと思える痛み。

 

 そして──俺の首めがけて、爪が振るわれた。

 

 

 

 



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怪物同士

──痛みが巻き戻る。

 

 思わず声を出しそうになりつつも、頸を斬り落とした勢いをそのままに後ろに跳ぶ。呼吸を乱すな。整えろ。少なくとも、もう一体──敵は二体以上いる。

 頸が落ちたままずるずる動く怪物と、木から飛び降りてきたもう一体が並ぶ。

 

 ──……これは中々、キツイ。

 相変わらず幻痛の様に痛む傷のあった場所を抑えつつ、日輪刀を構える。

 

──全集中・炎の呼吸。

 

 頸を落として駄目なら、全部切り落とせばいい。俺は一番最初、そうやって生き残ったはずだ。

 なりふり構うな。動けなくなるまで殺し尽くせ。それが俺の生き残る、唯一の道筋なのだから。

 

──壱ノ型・不知火。

 

 踏み込む。一の踏み込みで大地に罅割れ、二の踏み込みで急加速。既に頸の無くなった怪物へ向けて、胴体を二つに割るために刀を振るう。

 ──ガ、と。直前で何かにひっかかる 。なんだ、何に引っかかった──ずぶり。

 

 俺の腹を貫く爪。もう一体の、攻撃。

 クソが、次は、おまえから──

 

 

 

 

 

──痛みが巻き戻る。

 

 ならば、そのまま反転して無傷の方を斬る。斬り落とした直後、頸のなくなった怪物を蹴り飛ばす。前方に飛んで行った頸無しを無視して後ろから近寄ってきているはずの無傷に振り返る。既に目の前に迫った猿の顔と、虎の手足に驚く。思わず動作が遅れ──

 

 

 

 

 

──痛みが巻き戻る。

 

 頭を、左右から握られ潰された。ぐわんぐわんと歪む視界を捩伏せつつ、先ほどと同じように頸無しを蹴り飛ばして後ろへと抜刀する。

 

──弐ノ型・昇り炎天。

 

 斬りあげと振り向きを同時に行うことで、先ほどの攻撃に対処する。迫り来る顔面を避けるように上体を予め逸らして、潰そうとしてきた両腕を回避した。立ち上がる形で狙ってきているので、当然この怪物は四足歩行から二足歩行に切り替わっている。そこを狙え。頸を狙って駄目なのならば──身体を半分に断ち切ってやる。

 

 ザク、と。

 股と言っていいのだろうか。足と足の間に日輪刀が突き刺さる。斬り上げろ。力を込めろ。呼吸を乱すな。ここで断ち切るのだ。

 

 重い。めちゃめちゃ重い。どうしようもない岩を相手にしているような、そんな感覚。だが──諦めない。ここでお前の胴体は分割してやる。声を上げながら、腕に力を全力で込める。ここが正念場だと、腕がブチブチ音を立てるのも気にしない。

 

 ミチミチと音を立てながら、日輪刀が進んでいき──振り切った。

 

 その勢いを保ったまま、頸無しが接近してくることを読んで上段の技を繰り出す。

 

──伍ノ型・炎虎。

 

 唸れ。心よ、奮い立て。

 勇敢に吠えろ。無謀に攻めたてろ。炎が、捲き上る。まるで世界が焼けているのかと錯覚する程の炎。燃えろ。盛れ。

 

 予想通り、振り向いたその先に迫り来る怪物。一度やられた事は、俺は覚えているぞ。それが痛みを伴うものならば、尚更な──! 思い切り、振り下ろす。頸の断面に突き刺さった日輪刀は、なんの躊躇いも無く怪物の身体を半分に切り分けた。

 

 ズシン、と音を立てて倒れた四つの巨体。乱れた息を整える。辛い。呼吸が安定しない。だが、俺は生きている。死んでない。死ぬほど痛かったが、生きている。まだ、俺の意思は尽きてない。

 この死に戻りと言っていい現象は、謎が多い。なぜ俺だけなのか。なぜ死なないのか。なぜ、なぜ……疑問が尽きない。いつの日か、これに慣れて死にまくっていた時に急に巻き戻れずに死ぬかもしれない。

 

 そうなれば、俺は何も成せずに死んでしまうだろう。それは避けたい。

 強くならねば。何にも負けない程、鬼を必ず殺して。そして、あの上弦に俺は立ち向かうのだ。

 

 ぴくりとも動かない怪物に、とどめ──ではなく。確実に動けなくなるように、何度も刻む。

 腕を切断した。足を切断した。胴体を、下半身を分割して、それぞれ叩き潰した。頸が残った方は頸を斬り落とし、その頭も入念に斬り刻んだ。

 

 ……まるで猟奇殺人の現場だな。自分のやった行動に少し嫌悪感が湧く。だが、これも仕方ない事だ。俺は、いつの日にかあの上弦を殺さねばならない。そのためには、ここで死んでいる暇はないのだ。

 

 月の灯りが差し込む。段々と痛み始めた身体に、そういえば噛まれたなと思い出す。よくよく見てみれば腕や足にも小さな切り傷がある。小さな、というと少し語弊のある大きさだが、先ほどまで食らっていた痛みに比べれば全然痛くない。

 

 ──そうだ。こいつらは本命じゃない。頸を斬って死なない時点で、こいつらは鬼本体じゃない。頸を斬られて死なない鬼は居ない。つまり、これはあくまで血鬼術によって何かしらの細工をされただけだ。

 本体を。鬼を、探さねば。

 

 歩いて、他を探す。気配も何も感じ取れない。月の明かりが僅かに暗闇を裂いているが、それだけだ。悲鳴嶼はどうなったのだろうか。この怪物に初見で対応できたのだろうか。甲の隊士だ、その実力は並大抵ではないだろう。

 柱一歩手前──まだまだ遠い。

 

 細かい傷を塞ぐために呼吸を整える。吸って、吐いて。──全集中・炎の呼吸。血管を塞げ。皮膚を伸ばせ。血を止めて、酸素の巡りをよくするんだ。

 少しでも血液の巡りをよくしなければ。そう考えると、傷を放置しておくのはよくない。血液の巡り、つまり酸素を運ぶ速度は呼吸の深さに直結する。

 

 傷を塞ぎ、一息吐いて──刹那、背後から気配が迫っているのを感じ取る。

 何だ。速い、これは先程の怪物よりも更に──でかい。

 

 振り向いて、抜刀する。──参ノ型・炎心の揺らめき。何が来ても対応できるよう、揺らぎになれ。

 

 そうして待ち構え、音が近づいてくるのがわかる。徐々に近寄ってくるその足音は先程までの静かさとは打って変わり、騒音どころではない。熊が相手でも、ここまで大きな音は出ない。さっきの怪物じゃないのか。

 心臓がどくんどくんと胎動するのがわかる。乱すな。呼吸を乱すな。目の前に集中しろ。そら、近づいてくる。来るぞ、来るぞ来るぞ来るぞ──! 

 

 ふ、と。

 

 音が一瞬止んで、月の光で明るくなっていた筈の視界が暗くなった。なんだ、雲で隠れでもしたのか──そう思って、上に向かって技を放つ。

 

──弐ノ型・昇り炎天。

 

 闘気が炎となって唸る。暗くなった視界を照らして──その正体を目にする。

 

 先程の怪物が、ぐちゃぐちゃに混ぜ合わさった姿。腕の様な物は付いているが、それはあまりにも非生物的すぎる。肉が蠢き、内臓の様な物が顔が付いている場所からはみ出ている。なんだ、この生物は──……そう思ったところで、刀と触れる。

 

 ──重い。果てしなく、重い。先程の二分割する程度の力では到底対抗できない程の重さ。それどころか、留める事すら出来な

 

 

 

 

苦しみが、巻き戻る。

 

 視界が暗くなって──マズい。マズいマズいマズい! 潰される、どうにかして避けなければ──! 

 

──壱ノ型・不知火! 

 

 全力で目の前へと突撃する。

 先程の飛び掛かりは対応できない。俺では──というより、アレに対抗できる人間は居ないだろう。悍ましい何かへと変貌を遂げた先程の怪物に、そうしてしまったのは俺だと本能的に理解しつつ下がる。だが、距離は取り過ぎない。

 

 もし奴の知能が保持されたままだとすれば、理解している筈だ。この飛び掛かりで、俺を確実に殺せると。そうすれば、常に飛び掛かってくる可能性もなくはないのだ。

 

 どうする、ここは逃げの一手しかないか? もうこいつを足止めする方法は無い。切り刻んでも再生して追ってくる時点で、俺に勝機は無い。

 逃げたとして、鬼と戦って勝てるのか? これ程の恐ろしい生命体を──生物かすら怪しいが、これ程の生物を作ってしまうのだ。勝てるのか──そう考えて、刀を握る手に力を入れる。勝てる勝てないじゃない。俺はここでこいつを殺すんだ。

 

 前に進まなければならない。ぐちゃり、ぐちゃりと肉を溢して再生してを繰り返す怪物を前に刀を構える。

 

 殺しても死なない。ある意味俺と似たような怪物を──仕留めれなくても、いい。

 向かってくる度に潰そう。再生してくるというなら、その都度。動けるというのなら、地面の中に埋めよう。木に括り付けて、捻じ伏せて、動けぬように。

 

──全集中・炎の呼吸。

 

 正面に刀を構えて、深く呼吸をする。一秒か、それ未満か──僅かな時の間に、研ぎ澄ます。

 

 (はち)ノ型──紅炎。

 

 

 

 

 ──大きな爆発が山に響く。ソレは、本体を相手にしていた(・・・・)悲鳴嶼にも例外なく届くほどの物であり、強大な何かが戦っている事を理解させるものだった。

 

 そして、悲鳴嶼の目の前には──ぐちゃぐちゃに磨り潰された怪物と、頸から上が消し飛んだ一つの人型。先程まで生命活動を行っていた、下弦の陸と瞳に刻まれた鬼であった。既にその原型は無く、灰になっていくのを待つだけである。

 

 潰しても潰しても動いた怪物も、既にピクリとも動く気配はない。この下弦の鬼が血鬼術で操っていた、若しくは血鬼術で形を与えていたのだろう。だから、本体である鬼を倒せば死ぬ。

 

 斬る、となれば悲鳴嶼でも少しだけ苦労しただろうが──悲鳴嶼の岩の呼吸と、この日輪刀は相性が良かった。叩き潰す、巌の様な堅実さを誇る悲鳴嶼は、この怪物からしてみれば天敵と言ってもよかっただろう。

 

 そうして灰に薄れていくのを確認した悲鳴嶼は、もう一人共に入った隊士の事を確認しに行く。先程の音は、恐らくその隊士だろうと悲鳴嶼は考える。この任務に来た訳も、鬼殺隊の長である産屋敷──通称、お館様に告げられたからである。鎹鴉を通し、直々に指令された。

 

『気になる隊士が居るから、様子を見て欲しい。多分、相手は十二鬼月だと思うけど──彼には、どうしても違和感を抱いてしまってね』

 

 悪意のある違和感ではない。なにか漠然と、理解できないという違和感だと話していたことを思いながら悲鳴嶼は音のした方へと駆けた。

 

 悲鳴嶼行冥から見て、不磨回帰という人物は真っ直ぐな人間だと思っている。ひたすら真っ直ぐ、鬼を殺す。いつかの日にかくる自分の目標の為に、生命すら厭わず投げ出す。そういう人物だと、あの少しの邂逅で悲鳴嶼は把握していた。

 全盲であるから、他者を他の要素で視る力が強くなったのだ。

 

 声から、仕草から判別し、悲鳴嶼は人を疑り深く見ていた。

 

 サクサクと音を立てて歩く。そうして、悲鳴嶼は辿り着いた。

 

 木々が薙ぎ倒され、まるで何かが吹き飛んだような──大きな熊が、とてつもない勢いで突撃したような跡。その入口、小さな広場の様な場所に、月の光が差し込んでいる。

 

「──……悲鳴嶼殿、ですか」

 

 その中心、刀を納めて正座で座り込んでいる。

 腹部から、腕から、至る所から血の跡が残っている──不磨。

 

「少々、手こずってしまいまして。申し訳ありません」

 

 後ろ姿を見せたまま動かない不磨に、悲鳴嶼は声をかける。

 

「大丈夫か」

「はい。()は、生きてます」

 

 そう言いながら、立ち上がる。振り向き、頭から僅かに流れた血液が頬を滴っている。

 

「鬼は、殺してくれましたか?」

 

 光の陰になっていて、表情は上手く読み取れない。だが、何かしら──歪な物を感じ取った。恐怖と、怒りと、憎しみと、喜びと──いろいろな感情が、混ざり合っている。これほどまでに歪なのは、悲鳴嶼にとって初めての人物であった。

 

「……ああ」

 

 果たして、嗤っているのか──それとも。

 悲鳴嶼には、測ることが出来なかった。

 

 お館様が違和感を感じた理由、今ならば──理解できる。そして、同様に。

 

 これから、長い付き合いになる──漠然とだが、そう感じた。

 

 



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邂逅

 ──痛い。

 身体中が痛む。

 

 全身に広がる細かい傷と、打撲や切り傷が地味に響く。呼吸を使って修復しようとしたら、悲鳴嶼に『それに頼りすぎるのは良くない、自然の治癒力でもっと治さねば身体が』云々と文句を言われ──鬼殺隊のある医療施設に放り込まれた。

 既に一週間は経った──退屈だ。暇でしょうがない。鬼を殺したい。探したい。動きたい。

 

 暇だ──全集中・炎の呼吸。

 

「はーい、診察の時間……」

 

 入って来た女と目が合う。一週間顔を合わせ続けている相手であり、俺に口うるさく言ってくる奴。

 

「………………不磨さん」

 

 俺よりも幼いながら、その強気な瞳。後ろ髪を蝶の髪飾りで留め、前髪を二つに分けている。

 

「私──何回も言ってますよね。治りきってない身体で呼吸を使いすぎるなって」

 

 睨みつけると言わんばかりの視線が俺に突き刺さる。仕方ないじゃないか。こんな風に休んでいれば身体は鈍るし、戦闘力が下がる。つまり鬼を殺せなくなる。わかりますよね? 

 

「頭おかしいんじゃないですか」

 

 ……あながち間違ってないな。鬼に殺されておきながら、それでも殺そうとするやつ何て頭が狂ってるに決まってる。そうじゃなきゃ、おかしいさ。

 それに──……別に、頭が狂っていたって。何か一つ成したいって事はあるでしょう。

 こんな場所(鬼殺隊)に入るような人なんて、特に。

 

「……好きにすればいいんじゃないですか。別に私は貴方が死のうがどうでもいいですから」

 

 こちらを見る事すらせずに、他の患者を見に行く女。

 実際そこまで酷い怪我ではないから、放置して貰っても問題ない。その間に呼吸を行なって、身体が負荷に耐えられるように訓練する。鬼殺隊の隊士の平均寿命は低い。柱になれない、下の階級の者の死亡率はとてつもなく高い。それなのに毎年補充される数が少ないから、何年減るばかりなのでは無いだろうか。

 五百を下回る隊士数で、十二鬼月を狩っているのが殆ど柱。僅か九名だというのが実態だ。いくら強くても、身体が足りない。

 

 そう考えると休んでいるのが面倒臭くなってきた。早く鬼を探したい。殺したい。斬りたい。上弦の鬼を斬り殺してやりたい。地獄なんて生ぬるい、煉獄へと叩き落としてやりたい。

 

「……あの」

 

 気がつけば、先ほどの女とは別の人が部屋を覗き込んでいた。

 なんだろうか。何度か見かけたことのある、先程の眼力が強い女と同じような髪飾りをしている──……。

 

「あんまり、殺気立たないでくれませんか?」

 

 ……申し訳ない。

 はぁ、退屈だ。一匹でも多く鬼を殺してやりたい。もっと強くなりたい。上に、もっと上に上がらないと。上弦の鬼はあんなもんじゃ無い。死なないだけの怪物と、上弦の鬼は格が違う。

 呼吸を磨かないと。剣の腕を磨かないと。技を磨かないと。

 

 やるべきことは沢山ある、時間はそんなに多くは無いかもしれない。だけどやらなくちゃいけない。俺がそうすると決めたから。

 それが必要だから。

 

 捌ノ型、紅炎。

 あの技の反動はそれなりに大きかった。普段伍ノ型までしか扱わないから、奥義と同等の破壊力を持つあの技はかなりくるものがあった。身体の節々が痛いのも、実は怪我というより自爆に近い。

 アレに耐えられる身体を作らないといけないんだな、それに──槇寿郎の身体は煉獄を放っても余裕だと言った感じであった。既に下弦程度なら屠った事があるのだろう。俺が到達しなければならない領域。

 

 ……素振り位ならいいか。

 

 日輪刀を持って、病室を抜け出そうとしたら扉の前に先程の女。俺より低いが、そんなに低すぎない身長位で長い髪の側頭部に髪飾りが付いている。

 ニコニコ笑いながらこっちを見るので、これは無言で戻れって言ってるなと感じたが無視してそのまま部屋を出ようとする。

 

 目の前を塞ぐ。相変わらずニコニコしている。

 出ようとする。

 塞ぐ。

 

 出る。

 塞ぐ。

 

「……姉さん、何やってるの」

 

 後ろから眼力少女が話しかけてきた。ああ、やっぱり姉妹なのか。似てるし、髪飾りは同じだしな。

 

「怪我してるんだからちゃんと休んでないと駄目ですよ」

 

 ニコニコと笑いながら言う眼力少女の姉。

 別に大した事ないし、痛みに耐えれるようになりたいからこのままやりたいんだが。戦闘中に痛みで怯まなくなった方が安全じゃないですか? 

 

「それはそれ、これはこれです」

 

 眼力少女がずるずると俺の身体を引いていく。

 割と力があるな──そう思いつつ、仕方ないと諦める。この二人の前で抜け出して剣を振るのは無理そうだ。大人しく治るのを待った方がいいかもしれない。

 でもなぁ、早くして欲しいよなぁ。斬りたい。鬼を殺して探したいんだよ。俺がこうやって休んでいるのを、犠牲になった人達は許してくれるのだろうか。あの人達は優しいから、許してくれるかもしれない。でも、俺は許して欲しくない。

 

 ずっと責め立てて欲しい。

 お前の所為だと。お前が間に合わなかったのだと。

 そうして鬼を殺せば殺すほど、俺は自分が許されているような錯覚に陥る──自分でも情けないとは思う。けど、そうでもしないと、心が耐えられない。

 鬼を殺すのは、苦しくない。鬼を殺すために死ぬのも、苦しいがやらなければならない事だ。

 

 大切な誰かはもういなくて、答えてくれない。

 それを何度も実感するのが、俺にとっては何よりも辛い。いくら恨みを持っていても、上弦を殺すために憎しみを募らせても、もう帰ってこない。失ったものは、回帰しない。

 

 それが世の常だ。だからこそ、自分の異常性が目立つ訳だが。

 

「何考えてるんですか?」

 

 先程の眼力少女(姉)が、大人しくベッドに入った俺に話しかけてくる。

 何考えてる、そうですね……自分の愚かさと弱さに打ちひしがれてる最中です。

 

「でも不磨さんが相手にした鬼って、十二鬼月だったんですよね?」

 

 でも、下弦の陸──つまり一番下の雑魚です。

 もっと強くならなければいけない。下弦如きに苦戦しているようでは駄目なのです。下弦を一太刀で殺し、上弦に追い縋らなければならない。

 

「……どうしてそんなに自分を追い詰めるんですか?」

 

 そうしたいと、自分が思ったからです。

 そうしなければと、自分が思ったからです。

 鬼を殺すのが、生き残った私の命の使い道ですので。

 

「……姉さん、もう行きましょう」

「あ、え、ええ。……それでは、不磨さん。大人しく療養していてくださいね」

 

 安心して欲しい、もう無理に暴れるつもりはありませんから。

 それにしても、姉妹で随分と対極だな。妹は何処までも理解できない、嫌悪の目線が突き刺さり続けていた。

 それなのに、姉は──何処までも、底抜けの哀れみで溢れている。悲鳴嶼に言われてこの施設に入ったが、あの二人にも訳がありそうだ。

 

 まぁ……鬼に関わった人間で何もない奴など、何処にもいないか。

 

 

 

 

「どうも、おはようございます」

 

 更に一週間、そろそろ痛みも治まってきた。治ってない状態での呼吸にも慣れた上に、呼吸の深度と言うのだろうか。深く深く入り込む、という感覚も掴めた。

 効率的に狩るには休養も大事だと、槇寿郎が言っていたことを思い出す。たしかにそうだな、振り返って反芻するのはとても大事だ。

 

 よく実感した。これからは鬼を殺した次の日は反芻しつつ殺すことにしよう。

 

「そろそろ退院出来ますねー」

 

 眼力少女(姉)が話す。

 漸くか。素振りすら禁止されてたから退屈で仕方なかったが、もっと速く殺せば元は取れる。鬼を殺して、探して、鍛えて、殺す。この繰り返しを行なって、戦闘経験を積んでいこう。まだ死なない。まだ俺は死んでない。だから強くなれる。

 

 ……そういえば、貴女は鬼殺隊に入隊するんですか? 

 

「ええ、今年の入隊試験を受けるつもりです」

 

 ニッコリと笑いながら答える姉。

 そうですか、それなら私から一つだけ助言をしましょう。必要ないかも、しれませんがね。

 

「はい、なんでしょうか?」

 

 手の沢山生えた鬼には、気をつけるといい。

 奴は他の鬼とは違う。強さも、恐怖も、存在も、なにもかも。今の私なら問題なく屠れるでしょうが、まだ未熟な身では奴は殺せません。

 

「手の、沢山生えた鬼……」

 

 私は便宜上、手鬼と名付けましたが……逃げるのが一番。勝てなければ、逃げればいい。命がある限り、幾らでも機会はあるのですから。

 

「…………私、不磨さんのこと少しだけ誤解してたかもしれません」

 

 笑うのをやめて、真面目な顔で言う。

 そんな事はないですよ、貴女の想像通りです。私は何処まで行っても、囚われたままの男ですから。なぁ、上弦の鬼。俺はお前に、ずっと縛られたままだ。

 

 お前を殺せば、この鎖は解けるのか? 

 

 

 ──答えは、掴めない。

 

 

 隊服を着て、少しだけ縫われた羽織を背に着ける。相変わらずどういう仕組みで落ちないのかわからないが、煉獄家の何か凄い力なんだろう。

 久しぶりに日差しに当たる。一月にも満たない短い間だったが、随分と長いように感じる。それまで、夜にばかり歩いていたからだろうか。鬼になってしまえば、この日差しを浴びることは出来ない。浴びたが最後、その身が亡ぶまで苦しむことになるだろう。

 

 太陽は燦々と煌めいている。

 熱い。太陽は、熱いな。その熱に、思わず身を焼かれる様な感覚を味わう。

 

 まだ、燃え尽きるには早い。俺は炎だ。復讐に身を捧げろ。憎しみを糧にして炎を絶やすな。

 

「不磨さん」

 

 屋敷を出る直前、姉が話しかけてくる。

 腰に刀を携え、その小さな手にマメが幾つも出来ている。努力しているのだろう。これからもっと死に物狂いで苦しむのだろう。

 

「私は、胡蝶カナエと申します」

 

 姉──いや、カナエに振り向く。

 

 では、改めて──私は、不磨回帰。いつの日か、お会いできればいいですね。胡蝶殿。

 

 

 



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急速

「ぐ、くそっ! 誰か応援は来ないのかよ!」

 

 鬼殺隊の隊士である、一人の剣士が走っていた。

 刀を右手に、呼吸を乱して必死に。その形相はこの世の地獄を見てきたようであり、そして血に濡れている。果たしてその血がこの剣士のモノか、それとも別の生物のモノかは──わからない。

 

 左腕で腹部を抑え、その箇所から血が滲んでいる。

 負傷しているのだろうか、苦しみに耐えるために口を噛み締め走り続ける。

 

「聞いてない……! 十二鬼月がいるなんて、聞いてないぞ!」

 

 息を整えるために、一旦動きを止める。

 その際に感じた痛みに思わず顔を顰めるが、それどころでは無いと改めて走りだす。急がねば、今もなお敵を食い止めている自分より階級が下の女性を思い出し──剣士の前に、影が舞い降りた。

 

 

 

 

「っ……!」

 

 目の前の鬼に、恐怖を抱く。

 自分より圧倒的に格上。実力か違うとか、そういう領域では無い。所詮駆け出しである自分と、何年も人を殺し続けてきた生命体では話にならない。

 ソレを理解しているが故に恐怖を抱き、逃げたいと思う。

 

 ──けれど。

 

「──……姉、さん」

 

 後ろから自分のことを呼ぶ、愛しい妹の事を考えれば退く訳にはいかない。安心させるように、声を出す。大丈夫よ、問題ないわ。声は震えていないか。不安にさせるような要素はないか。

 息を吐いて、吸う。

 

 大丈夫、私も鬼殺隊の一人なのだから。

 もう、貪られるだけではない。守る力を手にした筈だ。刀を握りしめて、苦労して身につけた構えをする。

 

──全集中・花の呼吸。

 

 駆ける。

 脚に力を込めて、置き去るように。妹がまるで蝶のように舞う足取りをするのに比べて、少々力技が過ぎるとは思う。けれど仕方ない。相手は鬼なのだから。身体能力で決定的に差があるから、追い縋るのに必死なんだ。

 

 鬼が相手でも、仲良くなれればいいのに──胡蝶カナエは、常々そう思っていた。鬼殺隊の中でも異端、こんな考えを抱いている人物は何処にも居ないだろう。

 

 けれど、胡蝶カナエは底抜けの優しさを持っていた。

 家族を鬼に殺された。鬼による悲劇を止めるために、命を救った悲鳴嶼の話も交えて生き残った妹と二人で鬼殺隊に入隊した。才能があったのか、最終試験を受ける事を育手である人物に承認された。

 妹は、身体が小さく──鬼の頸を斬る力が無いという致命的な弱点を、物ともしない抜群の連携と援護で胡蝶カナエとその妹は二人揃って一人前の隊士であった。

 

 最終試験を受ける数ヶ月前に、ある一人の隊士から情報を貰ったが──それは置いておいて。

 

 接近しながら、技を繰り出す。集中して、頸を正確に狙え。機会は多くない、僅かな隙間を狙うんだ。

 

全集中・花の呼吸──肆ノ型、紅花衣(べにはなごろも)

 

 前方へ向けて、大きく円を描くように刀を振るう。その場で佇み続ける鬼の頸を狙い澄まし、一閃。──しかし。

 

「──ふん」

 

 鬼の腕で、容易に捉えられる。

 刀を掴まれ、その場で急停止する。鬼の瞳──左目に下参と描かれたその瞳に、思わず怯える。十二鬼月、下弦の参。鬼の中で、上から数えて──九番目。

 このままじゃマズい、身体をどうにかして鬼から引き剝がさないと──

 

「──ぁがッ!」

 

 ヒュ、と肺から空気が漏れ出る。

 気が付けば地面に叩きつけられ、刀は既に手放した鬼だが──何とか手放さなかった筈の自分の手の感覚が掴めない。苦しい。なんとかして空気を、取り込め。

 乱れに乱れた呼吸で、息を吸う。しかしそんな暇を鬼が与える筈もなく、頸を握られ宙ぶらりになる。ミシミシと音を立てる自らの頸と、薄れる意識と苦しみの中にある僅かな安らぎに危険だと認識する。

 

 ここで意識を手放しては、死んでしまう。それはダメだ。妹を置いて、死ぬ訳にはいかない。なんとか動け、動け──! 

 

 けれど、動かない。空気が、酸素が、足りない。人の身体は根性で動けるほど強くない。容易く傷つき、折れて、無くなってしまう。それが人の身体なのだ。

 

「──離せッ!」

 

 妹の声が聞こえる。

 駄目、この鬼は、私達じゃ、力が届かない。

 

 伝えることも出来ずに、頸を絞め続ける鬼の腕を掴もうとしていた腕から──力が抜ける、その寸前。

 

 チリ、と。肌を焼くような、燃え盛る炎のような感覚を肌で感じた。

 

──全集中・炎の呼吸

 

 大きくない筈なのに、妙に轟く声。

 聞き覚えのあるソレが誰の声だったか、それを思い出す前にカナエの薄れた視界が目まぐるしく回転する。

 目の前の鬼の腕がズレたと思えば、次の瞬間には妹の場所まで下がっている。それを自覚した瞬間、大きく咳き込んだ。

 

「姉さん! 大丈夫!? ああ、首に痕が……!」

 

 げほげほと咳き込み、酸素を沢山取り込む。苦しみの中で、酸素を求めていた血が巡り出すのを感じる。

 

「よく、頑張りました」

 

 声が響く。

 何とか色付いてきた視界で、その人物を捉える。

 白い羽織を身につけて、黒の隊服をぴったり着込んでいる。一度だけ邂逅した、人生の全てを何かに捧げていると感じた男性。

 

「──不、磨さん……?」

 

 何とか声を振り絞る。

 右手で日輪刀を抜き、その闘気が滲み出る。後ろを振り向く事なく構えるその姿に声をかける。なんとかして鬼の情報を、少しでも多く伝えなければ。

 

「気を、つけて下さい! 力が、力が普通の鬼に比べて、物凄く強く──」

「──胡蝶殿」

 

 月の光が差す。

 僅かに照らされたその光が日輪刀に反射し、存在感を大きく示す。振り向く事なく告げるその言葉に、思わずカナエは押し黙った。

 

「ありがとうございます」

 

 鬼が、視界から消える。

 爆音と共に一気に加速して駆け出した鬼は、不磨の命を、カナエと妹諸共屠ろうとしていた。それを認識するより先に、カナエは叫ぼうとして──

 

──伍ノ型・炎虎。

 

 大きく唸りを上げて、まるで虎と見間違える程の炎が鬼に襲いかかる。その膨大な熱と、捩じ伏せると言わんばかりの勢いに鬼は真っ直ぐに衝突する。

 

 刹那、一閃。

 鬼の首より下、胴体辺りから半分に切断され鬼は真っ二つになる。

 

「──……下弦の鬼、か」

 

 小さく、それでいて確かな感情が込められた一言。

 鬼は腕しかない状態から反撃しようとするが──その前に腕を切断される。達磨より達磨と言える、最早首しか残ってない状態で存命させられた鬼は恐怖に怯えだす。

 

「お前には道が二つある。一つは、このまま黙って死ぬか。それとも、俺の問いに答えるかどうかだ」

 

 勿論、鬼は後者を選んだ。このまま死ぬのなら、問いに答えて生き延びてやる。問いに答えた後にどうするか等、一言も言っていないことから目を逸らして。

 すぐさま頷いた鬼に、不磨は少しだけ柔らかい表情を見せつつ──無表情に切り替わる。その圧倒的な温度差と、絶対的な冷たさに鬼は震えた。

 

「お前は、上弦の弐の事を知っているか?」

 

 上弦の弐──十二鬼月だろうか。

 鬼は、知らないと答えた。十二鬼月はその括りがあったとしても、繋がりは無い。上弦の者達は愚か、下弦の者すら把握してない。一番上に、ある人物がいる。それしか鬼にとって必要な情報では無いのだ。

 

「そうか。死ね」

 

 え──と、鬼が一言発するよりも早く頸が飛ぶ。

 斬られた。いつのまに、いや、それより──質問に答えたのに。鬼は死ぬ間際に、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 振り返り、件の胡蝶姉妹を見る。

 姉のカナエは頸を絞められて、割と危ないところだった。何故か毎回山に入る度に誰かがやられそうになっている、若しくは手遅れ。

 

 ──胡蝶殿(・・・)、違和感はありますか? 

 

「……いえ」

 

 後に響いても困ります。痛みは? かなり痕が残っている様に見えますが。

 

「大、丈夫です。他の、人達を」

 

 そう言って立ち上がろうとするカナエ。何かしらで攻撃を喰らっていたのか、上手く立ち上がれないようで妹が支えている。やっぱり身体に異常があるじゃないか。

 それはそれとして、他の方は問題ありませんよ。先に助けてきたので。

 

 その分遅れてしまって申し訳ありません、胡蝶殿。それと妹さん。よく、息を吸って下さい。呼吸を行うんです。ゆっくりと、身体の中の空気を入れ替えるように。

 

 妹はとてつもなく嫌そうな顔で、そしてカナエは少し不安そうに呼吸を行う。そう、痛い箇所が鮮明にわかりますよね。その痛みの詳細を探るんです。そして、そこを無くします。気合いで。

 

「えっ」

 

 失礼、そう言ってからカナエの頸を触る。

 触れた瞬間ビクリと反応し、若干嫌そうな素振りを見せるがそれを意に介さずに告げる。

 

 ここ。集中して。

 

 鬼に握られた箇所が、内出血を起こしている。ただの内出血ならば問題ないだろうが──首は駄目だ。首は重症、死に繋がる。以前首を殴られた時、折れてないのに呼吸困難になって死んだ記憶がある。あれはかなり苦しかった。吸えない空気を取り込もうとして、ひたすら藻掻いた。自分で死ぬことも出来ないし、身体に力が入らないまま喰われた。

 どれだけ戦えるようになっても、油断はしちゃいけない。そういう事だな。

 

「……っ」

 

 そう、そこです。血を止めないと、死にますよ。

 

「そんな言い方──」

 

 いいから。貴女は──足を怪我してますね。その痛みには、慣れておいた方が良い。

 鬼に攻撃されて、骨を折った。血を出血した。その場で蹲る? いいえ、そんな暇はない。一秒でも早く、一瞬でも早く復活しなければなりません。鬼と戦うとは、そういう事です。……個人差は、ありますけどね。

 

 俺みたいな、謎の力に踊らされてる奴は別だよ。どれだけ死んでも、死なない。そして、果たしてそれが本当の事なのか──俺はわからない。自分が本当は死んでいて、自分じゃない誰かに成り代わっているかもしれない。それを確かめる方法は、一切ない。

 でも、それに悩んで悔やんで折れてる暇はない。都合がいいと思うしかない。目的を達成するために、奴を殺す為に。

 

「──……ぷはぁっ!」

 

 そうして、少しの間目を閉じて集中していたカナエが荒く呼吸する。

 上手く塞げたみたいですね。その感覚を忘れない、それが大事になります。そうやって一つずつ出来ることを増やす。全部ではない。呼吸を極めて、自分の身体を理解し、その最善を征く──それが鬼殺の剣士です。……受け売りですけど。

 

 さて、じゃあ問題なさそうですね。手を貸す必要も……無さそうだ。

 

 滅茶苦茶睨みつけてくる妹と、何とも言えない表情のカナエ。

 まぁ、二人も鬼に何か思う物があるのかも……いや、これは明らかに俺への視線だな。そんなに気に障るようなことをしただろうか。……前に会ったことがあるからとは言え、少し気安すぎたか。いやでも、うーん。わかんないな。

 まぁ別にどうでもいいか。

 

「──不磨」

 

 どうも、悲鳴嶼さん(・・)。今回は下弦の参、でしたね。

 

「また、下弦が一人減った。それは喜ばしい事だが──やはり上弦は簡単には出ないか」

 

 十二鬼月、上弦の鬼──下弦の六体が入れ替わりが激しいのとは真逆で、俺達鬼殺隊からしても不変の強敵である。百数年変わることもなく柱ですら屠っているその実力の高さと不透明さ。目撃情報すら少なく、それは見かけた人物が軒並み帰ってこないから。

 

「──南無阿弥陀仏……」

 

 現岩柱(・・)、悲鳴嶼行冥。

 

 既に何度も任務を共にし、互いにある程度砕けて話すようになった。元々柱と同等程の力量を保有していた悲鳴嶼は既に岩柱へと上がり、俺の階級もそれなりに上がった。ぐぐぐ、と右腕に力を籠めてみれば──示された字は、(きのと)

 今回で下弦を葬ったから、上がるのだろうか。上がってしまえば俺の階級は、柱を除く一番上の甲へと上がる。

 

 現炎柱──槇寿郎は、元気だろうか。引退したという話は聞かない。最近は帰ることもなくなってしまった。文通すらまともに行えていない。

 

 ……少しだけ、時間を使ってもいいか。

 

 これが終わったら、一旦帰ることにしよう。

 

「あ……」

 

 互いに支え合って立ち上がる胡蝶姉妹が声を上げる。

 木の間から差し込む光、集まってくる隠と呼ばれる人たち。……そうか。もう、夜が明けたんだな。

 

 皆さん、二人を同じように医療施設に放り込んでおいてください。一応呼吸で最低限の処置はしてますが、正式な治療が必要ですので。

 

 隠がせっせと胡蝶姉妹を運んでいく。

 ……また、何も手に入らなかったな。どれだけの鬼を狩っても、どれだけの夜を越えても、その姿すら掴めない。

 

「……不磨さん」

 

 隠の一人が声をかけてくる。

 その手には白い紙が握られており、恐らく俺への届け物だろう。

 

 受け取り、差出人を確認する。

 

 煉獄杏寿郎と真っ直ぐな文字で書かれた手紙を開く。

 

──母上が、亡くなりました。

 

 そう綴られた本文を読んで──何かが、終わったような、始まったような音が聞こえた。

 

 

 

 



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炎柱

 暗い。

 

 陽が落ち、夜の最中と言った所。

 

「……戻ったのか」

 

 一年振りだろうか。

 炎柱として鬼を屠り、俺をこの鬼殺隊に入れた人物──煉獄槇寿郎。俺に在り方を見せつけたその人物が、男が、薄い。どうしようもなく薄い。まるで直ぐにでも溶けて無くなってしまいそうな薄氷かと言わんばかりの薄さ。

 

 その横で、床に伏せる一人の女性。暖かく俺を迎え入れてくれた、強い女性。

 

 …………有事に間に合わず、申し訳ありません。

 

 床に正座して、もう起きる事のない瑠火さんに手を合わせる。

 

「……不磨」

 

 はい、なんでしょうか。

 

「俺は鬼殺隊を辞める。お前が炎柱を継げ」

 

 ……何故、お辞めになられるのですか。

 

 辛うじて言葉を振り絞る。

 最愛の人を喪った。その喪失感は、俺にもわかる。だが、だからと言って、放り投げる訳にはいかない。柱なのだ。鬼殺隊と言う、世捨て人に近い組織の柱。

 鬼殺という行動に人生を振り絞っているんだ。皆、俺のように。

 

 貴方も、その筈。

 

「……俺は、俺たちは、所詮後追いだ。原初である日の呼吸の後を追って、派生で粋がって、決して勝てることはない。才能無き者が、醜く足掻いているだけだ」

 

 日の呼吸──鬼殺隊の剣士が扱う呼吸の原点にして頂点。現在日の呼吸の継承者は一人もおらず、全員が派生の呼吸を扱っている。それは柱も類に漏れず、誰一人として扱える者は居ない。そして、その存在を知るのもそう多くはない。

 煉獄家当主が代々受け継いできた記録上には、日の呼吸がどういったものかが記されているそうだ。槇寿郎が俺に見せてくれたことは、ない。

 

「お前は、呼吸が無くても鬼を殺した。俺のような才の無い人間とは、違う。お前が、炎を継げ」

 

 そう言って、何も話すことなく俺に背を向ける。

 …………杏寿郎殿には、なんと言ったのですか。私なんぞより、よっぽど適任でしょう。私の炎は、決して褒められたものではない。恨みと憎しみで彩られた、どす黒い暗闇と変わりない。闇を照らし弱きものを守り、強きを貫く煉獄の炎とは程遠い。

 

 その重みが、強さが、わかるでしょう。私が、継いでいい物ではない。

 

 返答は、無い。あの力強かった姿は、もう無い。

 

 

 

 

 瑠火さんの寝ていた部屋を出て、杏寿郎たちの居る部屋に向かう。

 俺が、炎柱に。なっていい筈がない。俺が、鬼を狩るのは、俺の為だ。他の連中とは違う。何かを見つけ、未来に残そうとしている連中とは違うんだ。

 

 俺はどこまで行っても、復讐者だ。なにも生まない、何の得にもならない人生を賭けた復讐者。誰の為でもない、俺が憎いから殺す。俺の家族を奪った鬼が憎いから探す。他の人間を救いたいからでは、無いんだ。

 中庭に繋がる廊下に出る。今でも鮮明に思い出せる、槇寿郎の煉獄。俺は、まだあの高みに居ない。あの日見た炎は、一人の男の集大成だった。

 

 ざり、と中庭に出る。変わらず用意してあった草鞋を履いて、刀を抜く。

 

──全集中・炎の呼吸。

 

 荒く猛る、燃え盛る炎。正義の炎などではない。憎しみの、復讐の炎だ。

 瑠火さんが一度、話しているのを聞いたことがある。強き者に産まれた理由。その役目とは何か──弱者を守るためだ。他者を守り、強者と戦い、自分たちは正義の盾になるのだと。

 道理だ。

 

 だが、俺はそれに沿えない。自分の命の、自分の使い道は自分で決めた。

 上弦の弐を殺す。俺はそのために生きると決めたんだ。世話になった恩師の、いや。家族と言ってもいい位、短い期間ではあったが──情を与えてくれた人が亡くなっても、止まるわけにはいかない。

 

 それが俺の鬼殺だ。

 

──(きゅう)ノ型・煉獄。

 

 変わらぬように設置してある、巻き藁に狙いを定める。

 迸る炎を抱け。振るう腕に全てを賭けろ。俺の想いは、怒りは、憎しみは──途絶えることが無いのだ。例え輝が消え失せても、俺が折れることは無い。

 

 爆音と共に、巻き藁が砕ける。捌ノ型に耐えられなかったあの日から、俺は強くなった。

 

 下弦が生み出した、適当な鬼もどきに殺されることは無くなった。初見の血鬼術には数度死ぬことはあるが、それでも俺は強くなった。

 下弦の鬼は殺せるようになったし、柱とも実力はそう劣らない筈だ。だが、だが。俺は柱にはなってはいけない。その意思が、在り方が、柱にふさわしくない。死んでも死なないからと、死ぬことを容認している俺と、誰一人として死ぬことを容認しない炎柱。

 

 駄目だ。俺が継ぐべきではない。

 この役目は、杏寿郎が継ぐべきなのだ。才が無い? 馬鹿を言うな。杏寿郎は強い。俺なんかより、よっぽど強い。あの輝きは、俺にはない。どこまでも強く、真摯にあろうとする姿勢は俺にはない。

 

 その実直さと強い光に、人々は安堵する。俺は、鬼と変わりない。

 

 それが柱では、駄目だろう。

 

「──どうした!?」

 

 少し背が伸びた杏寿郎が走ってくる。

 

 いえ、なんでもありません。少し懐かしくなりまして、つい。

 

 俺の周辺に散乱している巻き藁の残骸と、抜身の日輪刀を見て何があったのかを把握したのか嘆息しながら俺の事を見る。

 

「……父上も、かなり気を病んでおられる」

 

 ……そうですね。

 実の息子である杏寿郎にここまで言わせて、槇寿郎はどうするんだ。大切な人を、喪った。そこで立ち止まって、何になるんだ。どうもできないだろう。……なんて、俺が言えたことじゃ無い。同じような物か。

 

 俺は過去に縛られ続け、槇寿郎は現在に縛り付けられている。

 

 ただ、それだけだ。ならやはり、炎柱にふさわしいのは──杏寿郎。お前しか、いない。

 

 ──杏寿郎殿。

 

「む?」

 

 少し悩むような表情を見せていた杏寿郎が俺に返事を返す。

 

 槇寿郎殿は、何か仰っていましたか。

 

「柱を辞めると言っていた。俺が才無き身であり、何も成せぬから鬼殺隊なんて入るなとも」

 

 そう言いながら強く笑う杏寿郎に、申し訳なく思う。ああ、そんな訳がない。この男が、才能が無いなんてそんな訳がない。実の父親が、尊敬できる父が変貌しても、実の母が病に倒れても、決して折れることはない。それどころか、道から逸れる事もない。

 これ程強い男がいるか。

 これ程強い者がいるか。

 

 杏寿郎殿。貴方は決して、才無き身ではありません。

 貴方はどんな柱にも引けを取らない。貴方こそが、柱に相応しい。私が、私如きが、継いでいいものではない。

 

「……そうか。父上は、お前に継げと言ったのだな」

 

 柔らかい笑みで、納得したように頷く。

 それは知らせていなかったのか。くそ、失態だ。黙って辞退するとだけ言っておけばよかったのに、こんな所で無駄に話してしまうとは。

 

「お前は、自分が炎柱に相応しくないと思うのか?」

 

 問い。

 真っ直ぐと、なんの邪気もない瞳で見つめられる。善悪を問いているのではない。純粋な疑問、そしてその問題を聞き入れて解決しようという意志。

 

 ──は、い。私は、炎柱には相応しくありません。

 歴代の炎柱に比べても、私は違う。想いが、違う。引き継がれてきた強い炎の想いも、煉獄の想いも、私にはない。私の頭を支配し、鬼殺を実行させるのは……ただ一つの想いなのです。

 

 ──あの鬼を殺す。

 

「……はは、回帰(・・)は正直者だな」

 

 その感情を吐き出してなお、杏寿郎は笑った。

 

「俺からしてみれば、回帰は煉獄の教えをしっかりと引き継いでいるように見えるが」

 

 そんな筈はありません。

 私は、どこまで言っても餓鬼なのです。飢えて飢えて、いつかその対象を殺すまで決して満たされることはない。

 

「そこだ」

 

 そこだ──何がおかしいのだろうか。自分の事は、ある程度分析できているつもりだ。

 

「いいか、回帰。狂った人間は、自分のことをそう評価しない。回帰のソレは、『覚悟』だ。何もおかしいことじゃない」

 

 ……覚悟。

 

「俺は母上の教えに感銘を受けた。強き者に生まれたこと、そして何を成すのか。人生とは、使命とは。どれだけ強くても、人は死ぬ。必ず訪れるそれは不可避のモノであり、迎え入れなければならないモノだ」

 

 俺も耳に挟んだ事のある、瑠火さんの言葉。

 強き者に生まれたからには、使命がある。

 

「俺はな、回帰。誰しも、各々の使命を持っているのだと思う。父上の使命も、俺の使命も、回帰の使命も。全部それは使命なんだ」

 

「俺は照らしたい。夜の闇に怯える人々を安心させる炎になりたい。それが俺の、使命だと思ってる」

 

 ……やはり、炎柱は、杏寿郎殿。貴方が相応しい。

 それを言うのなら、()は禍々しくなってしまう。奴を殺したい。憎たらしい。憎い。憎しみで奴が殺せれば、どれだけいいことか。()の炎は、怨嗟の炎だ。

 

「ならば、それでもいい。父上は俺の事を柱になれるとも、何とも言わなかった。才の無いお前では、俺と同じように残せない。そうとしか溢さなかった──だが」

 

 スン、と強い瞳で此方を見つめてくる。

 

「お前は違う。成れる。柱になれる。あの、炎柱になった父上が言うのだ。間違いない。そして、そんな回帰が俺の事を認めているのだ」

 

「大丈夫だ。煉獄は継がれてる。俺にも、回帰にも、そして、千寿郎にも! 絶えることはない!」

 

 ──……何も、言えない。

 

 杏寿郎のその言葉が、俺の中に染み込んでいく。

 滅茶苦茶な理論だ。なのに、今の俺には真理のように聞こえる。俺が一番欲しくて、絶対に導き出せない答えだ。自分を強く認めるなんて、そんなこと出来ない。俺は失敗ばかりしてきた。何度も死んできた。

 そんな自分が正しいなんて思えない。思ってはいけない。

 

 俺の下に積み上がった、屍を肯定する訳にはいかない。これは、俺の失敗なんだ。自分は死なない癖に、のうのうと失敗した証。それを肯定して、喜ぶ訳にはいかないんだ。

 

 姉の死を認めるのか。

 真菰の死を認めるのか。

 

 俺が取りこぼした命を、人を、それを仕方ないと認めてたまるものか。

 

「それもまた、考え方次第だろう。俺はまだ鬼殺隊に入隊すらしていない若輩者だ。これから、色んなことがある。目の前の命を救えないことも、鬼に手こずる事だってある。だが、俺はその程度では挫けない!」

 

 ──どこまでも、真っ直ぐで、照らす太陽。

 

 日にはなれずとも、その炎は陽光に近づく。

 

「どうしても柱がやりたくないと言うのなら、俺の代わりだと思え! 回帰が信じた俺を信じてくれ! 俺は、必ず柱になる。その日、その瞬間まで──柱で居てくれ!」

 

 煉獄を継ぐ、者として。

 

 ………………承知、しました。

 俺は自分が柱に相応しいとは思わない。柱である必要も無いと、思っていました。だが、貴方がそう言うのなら。影を照らす太陽になれる、貴方が言うのなら。

 

 俺はその瞬間まで柱でありましょう。

 柱として、怨嗟の炎を焚き続けましょう。

 

 それが俺の鬼殺であり、柱としての責務だ。

 

「……よし!」

 

 頭を下げ、誓う。

 いつのまにか崩れている自分の一人称に気がついたが、杏寿郎が気が付いている節はない。そもそも気にしてないのかもしれない。これは誓いだ。

 

 俺の使命は変わらない。

 

 だが、その在り方は変わってもいい。必ず打ち倒す、その覚悟と強い意志を持ち合わせろ。復讐だ。人生を賭けた復讐だ。そして、杏寿郎に未来を託す。

 過去しか見ることのできない俺は、未来に希望を抱けない。だからこそ、現在を生き未来を見通す杏寿郎に託すのだ。

 

 

 

 

「──話はもう、聞いてるようだね」

 

 頭を下げた状態で、話を聞く。

 産屋敷と呼ばれる屋敷、そして鬼殺隊の頂点であるお館様の目の前。聞く者全てを落ち着かせるような、安堵させるような、それでいて率いられる快感を与える声。優しく身に浸透しているその声に、答える。

 

 はい、失礼ながら師である先代炎柱の煉獄槇寿郎より既に伺っております。

 

「それなら、話は早い。回帰、君には──炎柱になってもらう」

 

 は、光栄です。

 まだまだ若輩者で、実力の足りぬ男で御座いますが──使命は必ず果たします。それが柱としての、私の覚悟です。

 

「有難う。先にこれを渡しておこうか」

 

 そう言って、俺の前に差し出されるソレ。

 鞘に納められた刀は、今の俺が持っている刀と遜色ない寸法であり振るうのに問題はないと思われる。なぜそれを、お館様が所持しているのだろうか。いや、それは気にする必要はない。

 

 手に取り、刀を抜く。

 手に馴染む。打ってくれたのは、変わらない。

 

 失礼、そう一言申してから軽く振る。

 ああ、いい。とても良い。軽やかで、それでいて手に馴染み、鋭い剣筋。気が付けば紅に刀身が染まり、根元に文字が刻まれている。

 

 ──惡鬼滅殺。

 

 後ろに気配を感じ、振り向く。

 そこにいるのは、八人の柱。片膝立ちをして頭を礼をするかのように下げ、此方に──と言うより、お館様に向かって座っている。その中には見覚えのある人間も少なからず在籍しており、特に悲鳴嶼はわかりやすい。背が高く、印象深い武器だから。

 

 歩く。刀を納め、腰に装着する。悲鳴嶼の隣が空いているのでそこに入る。

 

「それでは、柱合会議を始めようか。今回から初参加の人間もいるから、軽く紹介してもらうよ」

 

 お館様のその言葉に答え、聞き取りやすいように発声する。

 

 

「私は、不磨。不磨回帰──先代炎柱の推薦と、下弦の参の討伐の功績で今代炎柱になりました。上弦の弐を殺す、その日まで。命の限りを尽くします」

 

 

 

 




プリコネやってたら投稿遅れました。


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変動の時

 柱となって、既に一月が経過した。

 

 柱になってまず増えたのは、大まかに二つ。

 俺専用のそこそこ広い屋敷と、定期巡回を行えと定められた区間。これは槇寿郎のやっていた場所を引き継ぐ形になったので然程苦労する訳ではない。

 

 初日は、あまりの俺の私物の少なさに部屋が伽藍堂だった。この広さに、一人で……? と少しだけ絶望した。

 結局すぐさま鬼を狩りに行くからあんまり関係なかったが。

 

 夜に鬼を殺して、朝に戻って寝る。

 起きたら湯浴みをして、昼過ぎに飯を食う。小一時間ほど鍛錬を行なって、鎹鴉がうるさいので鬼狩りに向かう。そうして着いた場所で鬼を狩って、余った時間で巡回を済ませる。

 

 そしてまた家に帰っての繰り返しを一月程行なった結果──体調を崩した。

 

 

 

 

 げほげほと、抑えられない咳が悩ましい。

 やはり一日一食は良くなかったか。飯を食う時間よりも鬼を殺す時間が欲しい。自分の技を磨く時間が欲しい。なによりも時間が惜しい。こうやって無駄に苦労する時間が勿体無い。

 無理やり身体を動かす。死ぬかもしれんが、死にはしない。恐らく。

 

 身体が重い。思考が纏まらない。だが、俺は柱だ。

 

 止まる訳にはいかない。俺はあの煉獄杏寿郎の代わりに柱となったのだ。無様な姿を見せるわけには行かない。

 鬼を殺せ。日にならずとも、悪鬼を討て。

 

 いつもならもっと早く着くはずの道のりがやけに遠く感じる。感覚が麻痺しているのか、現実を認識出来てない。だが、この状態でも戦えるようにならなければ。柱なら、柱ならこの状態でも鬼を狩る。殺す。

 俺もそうならねばならない。この身を燃やして、突き進む。

 

 藤の花の家紋を掲げた家に、寄ることなく進む。

 惡鬼滅殺──鬼殺隊の柱は、それを体現するべし。

 鬼を殺して殺して殺し尽くせば、いつの日かあの上弦に出会える。必ずだ。

 

「──ん」

 

 くそ、なんか聞こえてくる。

 幻聴まで聞こえ始めたか。いよいよ限界が近づいてきてるのかもしれない。熱で、思考がまとまらない。

 

「──さん」

 

 俺を、呼ぶのは、誰だ。

 黄泉の、誰かか? 母さん、父さん、姉さん……真菰。俺を、連れて行くのか? まだだ、まだ死ねない。仇を討つまでは、あの憎たらしい鬼を殺すその日までは。

 

「──不磨さん!」

 

 幻聴の方を見る。

 藤の花の家紋を掲げた家の前に、見覚えのある女性が立っている。腰あたりまで伸びる長い髪、特徴的な頭の飾り。その蝶の髪飾りには見覚えがあり、間違いなく俺が助けた人物のもの。

 

 ──なん、だ。死ん、だのか? 

 

「……不磨さん? なんか様子が」

 

 なんだ。どうなってるんだ。

 俺は生きてるのか? 死んでるのか? そもそもこれは何だ。現実なのか? 夢なのか。わからない。これは、本当に俺の認識する現実なのか? 

 

 手を伸ばす。

 ……触れた感覚は、ある。なんだ、現実か。なら、幻聴じゃなかったのか。

 

「何叫んでるの、姉さ、ん……」

「あ、しのぶ。良かった、不磨さんの様子がなんかおかしくて」

 

「──……そう、ね。姉さんの人生だものね。私は何も言う事はないわ。でもね、幾ら何でも、こんな昼間から、こんな街中で、堂々とそういう行為をするのは早いと思うの」

「どうしましょ、勘違いされてるわ」

 

 幻聴じゃないなら、いい。俺は問題ない。

 悪い、邪魔したな。

 

「不磨さん、大丈夫ですか?」

 

 何がだ。

 

「……大丈夫じゃなさそうですけど」

 

 歩き出した俺の手を掴む、胡蝶カナエ。

 今日も鬼を殺さなくちゃいけない、離してくれませんか(・・・・・・)

 

「うーん……しのぶ、どう思う?」

「ええ……? こんな場所じゃアレですし、とりあえず中に入りましょうよ」

 

 ぐいぐいと腕を引っ張られる。

 なんだよ。何の用だ。俺は大丈夫だって。

 

「いやいや、口調が崩れまくってますから。大分調子悪そうですし」

「はい、熱測りますから早く来てください」

 

 思ったより力が入らない。

 そのまま抵抗することもできず、藤の花の家に連れ込まれた。

 

「はい、大人しく咥えててください」

 

 口の中に何かを捻じ込まれた。

 なんだ、これ。無味。

 

「体温計ですよ。体温を測るための道具です──わ、すごい汗かいてますね。よくここまで普通に歩いてましたね」

 

 顔を布で拭う。

 あ──冷たい。心地いい。

 

「これは本格的に熱っぽいですね。しのぶ、一部屋用意して貰えるか聞いてきてー」

「はーい」

 

 視界がボヤけてる。

 休んでる、場合じゃない。鬼を、鬼を殺さないと。人としての機能なんか、要らない。鬼を殺させろ。なんだってやるから、鬼を殺させてくれ。

 身体を起き上がらせる。力が入らない腕に、力を振り絞る。

 

「駄目ですよ、安静にしてないと。そう簡単に治りませんからね」

 

 ……咳によって呼吸が安定しないのは確かにあるが、それを踏まえても訓練だ。まだ成長の余地がある。

 

「駄目です! ほら、ゆっくり寝てて下さい」

 

 布団を被せられる。

 暑い。だが、心地いい。

 なんだか、他人と話すのは久しぶりな気がする。

 

「どうせ夜まで移動しませんから、栄養のあるものを摂ってゆっくりしてください」

 

 こんな感じの事が、昔あった気がする。

 そうだ、あの時は確か──……

 

 

 

 

 泣いている。

 痛くて、苦しくて、泣いて叫んで。それでも消えない痛みに悶えて、ずっと泣いていた。

 ……動物に襲われて、崖から落ちて。

 

 折れた脚の痛みに、泣き叫んでいた。

 

 誰も来てくれなくて、どこにも行けなくて。そんな中で、遠くから聞こえてきた姉の声にひどく狼狽えた。必死に声を上げて、見つけてもらえるように。それこそ命を懸けていると言っても過言ではない程全力で。

 そうして、助けに来てくれた姉。

 

 泣いている俺を、身体が元気ではないのに、病気を持っているのに助けに来てくれた。

 

 それがどんなに大変か、俺にはわからない。あの人の苦しみは、あの人にしかわからないから。だけど、一つだけ言える事がある。俺は、あの人を苦しめた存在が嫌いだ。

 きっとそれは、あの上弦の弐だけじゃない。

 

 俺自身の事も、俺は──……

 

 

 

 

 暑い。

 汗で服がくっついて、不快感が増す。身体が水分を求めてる。喉が渇いて仕方ない。

 

 状況を把握しよう。ここは──……部屋。何処だ。

 待て、そもそも俺は何をしていた。どこに行っていた。

 いつも通り、鬼を殺して、家に帰って、寝て、飯食って、風呂入って、そしてまた鬼を殺そうとして。

 その途中、か……? 

 

 身体を起こす。

 外はすでに暗くなっており、夕方という表現は出来ない。鬼が出現し、活動を始める夜になっている。……自分の体調の管理もできないとはな。いや、油断していた。

 

 病気ならば、死ぬ寸前で治せばいい。

 怪我ならば、死ぬ寸前で治せばいい。

 

 殺せればいい。鬼を、悪鬼を。

 

 そう考えていた。いや、それが正しい。だが、戦えなくなるのは駄目だ。原因はよくわからんが、単純に考えれば栄養不足による免疫力の低下。詳しいのは知らん。俺は医者じゃない。

 飯はちゃんと食うべき、か。倒れて動けませんは話にならない。柱として、いや。

 

 それ以前に──鬼殺隊として。

 

「あ、目が覚めたんですね」

 

 記憶の中に、朧げにある。

 そうだ、カナエの目の前で倒れたんだった。正確には倒れた訳ではないが、まぁ似たようなものだ。

 

 これは、恥ずかしい所をお見せしましたね。

 

「ええと、口調が戻ってるってことは……大丈夫ですか?」

 

 お陰様で、熱に魘されることは無くなりましたよ。

 鬼は、何処へ? 

 

「……変わらないですね、不磨さん」

 

 変わらない、とは。

 以前に何処かでお会いしたこと、ありましたか? 

 

 そう言うと、カナエはくすりと笑った。

 

「いいえ。そういう意味じゃありません。……寝てる間も、ずっと魘されてましたよ。ちゃんと寝てますか?」

 

 ……ええ。睡眠はしっかり取っています。今回の体調不良はまぁ、ちょっとした事故です。

 

 痛みはある。苦しみもある。だけれど、死ぬ事はない。

 頭でそう理解してしまってる。だからこそ、そこに気を配らねばならない。

 

 人か、怪物か──そんなのは、わからない。大事じゃない。そんなもの必要ない。俺にはソレを、人らしさを、共有する人も居ないのだから。そんな必要も、無い。

 

 ありがとうございました。私はもう行きます。

 

「あ、ちょっと待ってください」

 

 ガサガサと自分の懐を弄るカナエ。

 少し目のやり場に困るから、別の場所を見る。

 

「こんなのが、鎹鴉を通して送られてきたんですけど」

 

 そうして取り出したのは、一枚の手紙。

 

 それは、誰から……いえ。鎹鴉という事は──お館様ですね。

 

「はい。宛先が私なんですけど、本文は不磨さんになってるんですよ」

 

 何だそれは。

 あの方が、変な事をするとは思えないが──というか、本当にそうなのか。カナエが書いたという線も無くは無い。……いや、無いな。する得が無い。

 

 手紙を受け取って開く。

 

『炎柱不磨回帰、これより胡蝶カナエと共に鬼を滅する事』

 

 短く、そう綴られていた。

 そしてこの字は間違いなくお館様の物。

 

 ……窓を開けて、鎹鴉を呼ぶ。

 夜だが、問題なく俺の元へと飛んできた鎹鴉に対してこの手紙は本物かどうか確認する。

 啄むことすらしない当たり、本当にお館様の手紙。

 

 何を考えてるんだ、お館様は。

 

「あのー……どんな内容でした?」

 

 無言で手紙を差し出す。

 カナエが手に取って、読む。俺を一度見て、再度手紙を見る。

 

「…………ええと」

 

 俺に聞かないでくれ。

 お館様、何を考えてるんだ。

 

「……よ、よろしくお願いします?」

 

 ……ええ。真意は掴みかねますが、よろしくお願いします。出来るだけ、迷惑にはならないつもりです。

 一応返事を返そう。どういった意図でこんな命令を出したのか、カナエも気になる筈だ。

 

「しのぶちゃんにどう説明しようかしら」

 

 ……絶対に睨まれる。

 

 音を立てながら二階に登ってくる、胡蝶妹の存在を考えつつ溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 



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共同作戦

「は?」

 

 こういう命令が下ったと、説明した瞬間の声がソレだった。言いたくなる気持ちもわかる。俺も言いたい。

 

「そういう訳だから、これからよろしくお願いします……?」

「──そうはならないでしょっ!」

 

 しのぶが怒号を発する。言いたいことは分かる。分かる。凄く良く分かる。お館様何考えてるんだとか、この組織何考えてるんだとか。

 

「……貴方が姉さんに近付きたくて書いたってこともあり得るのよ」

 

 敬語が外れ、睨んでくるしのぶ。

 俺に言うなよ。それに、これを持ってたのは俺じゃ無い。カナエだ。

 

「だけど、貴方が書いて鴉に渡したって可能性だってあり得るでしょう?」

「まぁまぁしのぶ、それは無いから安心して」

「なんで逆に姉さんはそんなに落ち着いてるのよ!」

「え〜、だって不磨さん柱よ? 柱の人間がそんなことすると思う?」

「うぐっ……そ、それはたしかに」

 

 実際その通りだと納得したのか、少し声の音量を下げる。

 どちらにせよ、俺たちは鎹鴉が居ないと鬼の場所に辿り着けない。ならあまり変わらないだろ。……俺としても申し訳ないとは思ってるがな。

 

 姉妹で鬼殺隊に入るような仲だ。そこに男が急に入ってきて、信用できる相手でもない。不愉快な気持ちを抱くのは当然だろう。

 

「──はい! 取り敢えず今日はここくらいにして、休みましょう?」

「…………そうね。姉さんの言う通り、今日は休ませていただきます」

 

 我先にと、一度礼をしてから部屋から出て行くしのぶ。

 そんなしのぶをみて何か考える仕草をした後、カナエも俺に一礼してから出て行った。

 

 ……お館様。一体、何を考えておられるのですか。

 

 体調管理のできない者に、柱は務まらない。そう言う事なのでしょうか。言い分はわかるし、理解も納得もできる。鬼殺隊の柱が、そんな情けない事で止まっていい事にはならない。

 だが、どうして。どうしてわざわざ、あの二人なのでしょうか。

 

 カァ、と鴉が鳴く。

 お前はどう思う? 

 

「カァ」

 

 普段喋るんだからこう言う時くらい話せよな。

 

 

 

 

 朝。

 屋敷の者に出された料理を平らげ、支度を済ませ屋敷の前で待機する。刀を隠さねばならないのが面倒くさいが、もう慣れたことだ。

 

「お待たせしました」

「…………」

 

 カナエとしのぶが同時に出てくる。

 二人とも身なりを整えたようで、昨日と変わらぬ装いで佇んでいる。

 なら行こうか。鴉、場所は? 

 

『西ィ! 西の山ァ!』

「わ、随分と元気ですね」

 

 喧しく叫ぶ俺の鎹鴉に対して、カナエが笑う。

 そうか? こんなものだと思っていたが。

 

「…………さぁ。飼い主に似たんじゃないですか?」

 

 しのぶがチクリと毒を刺してくる。

 俺に対してかなり辛辣だな──どうでもいいが。良くも悪くも、俺にとって何の関係もない。しのぶを注意するカナエに、どうでもいいから放っておけと答える。

 

 好きに言えばいい。だが、俺たち三人以外がいる場合は言うなよ。

 今はお前の感情も理解できるから好きに言わせてやる。だが、他の隊士がいる場合は別だ。柱として、階級を無視するわけにはいかない。何のための階級だと思ってる? 

 

 無言で鴉の示した方向へと歩こうとするしのぶ。

 筋金入りだな。頑固で、真っ直ぐ。……俺も似たようなものか。人のことは言えないな。鬼を殺すのさえ邪魔しなければ何でもいいさ。鬼殺隊は鬼を殺す部隊だ。

 

 仲間は助けなければいけない訳ではない。

 生き残って、より多くの鬼を殺す。それが出来ればいい。

 

「……なんだかそれは、悲しいです」

 

 カナエが言う。

 悲しい、か。人の人生の在り方は、人によってしか決められない。どう生きるかはお前たちの勝手だが、鬼殺隊という組織に入ったんだ。それはわかっているんだろ。だから、鬼を殺してる。どれだけ哀れんでも、同情しても、鬼は殺さなければならない。

 お前の生き方も大概だよ、胡蝶カナエ。

 

「──姉さんを、悪く言うなッ!」

 

 近寄って、睨みつけてくるしのぶ。

 悪くなんて言ってないさ。事実を述べただけだ。

 

 鬼を殺すのに、同情してどうする。

 哀れんでどうする。

 

 同情すれば、帰ってくるのか。喪った人間が、時が、戻るのか。いいや、決して戻らない。鬼は卑怯で、浅ましく、下卑た存在だ。人を喰らい、嘲笑い、悪意でしか行動することが出来ない。そういう生命体だ。

 

 だから俺たち鬼殺隊が必要なんだ。鬼を殺すのに必要以上の感情を抱くのは勝手だが、それが原因で殺さないだとかはやめてくれ。

 鬼は全員殺すべきだ。一匹残らずな。

 

「……不磨さんも」

 

 そうして、俺に憐れむ様な表情を向けるカナエ。

 

「──その生き方は、悲しいです」

 

 ……行くぞ。

 お前のその生き方は、いつか致命傷を招く。必ずな。

 

「……ふふ」

 

 そう告げると、仄かに笑うカナエ。

 何かに納得した様な、何かに安堵した様な表情を見せて此方を見る。

 

「なら、その致命傷を受けたら──助けてくれますか?」

 

 ……俺の手が届く限り、助けよう。致命傷になる前に、な。

 

「………………ふん」

 

 笑うカナエと、苛立ちを見せるしのぶ。

 ……前途多難だな。

 

 一刻ほど歩き、その間に多少の雑談──しのぶは混ざってこなかった──をカナエと交えつつ、目的地である山に到着した。

 どこまで言っても山ばっかりだ。鬼は山を好む傾向が強いのだろうか。……というより、鬼が身を隠せる様な場所はそう多くない。だから傾向として山を住処にするのだろう。

 

 鴉、鬼の正確な位置はわかるか? 

 

『……洞窟?』

 

 疑問形かよ。

 まぁ助かった。山の中の洞窟か、それとも付近の洞窟か──……どっちにしてもやり辛いことこの上ない、か。夜になるまで待機してもいいかもしれん。

 そこまで考えて、俺が一人じゃないことに気がついた。俺一人なら夜でもいいんだが、やり直しの効かない二人を夜の山に放り込むのはあまり良くない。

 

 お館様に指令されて、一回で二人とも死なせましたでは話にならない。俺は柱だ。煉獄の、煉獄槇寿郎の後釜であり煉獄杏寿郎の露払い。情けない様をこれから重ねるわけにはいかない。

 

 ……昼のうちに入山する。

 洞窟の中では不利だが、俺の闘気で多少は照らせる。

 

「あの……」

 

 カナエが声をかけてくる。

 

「ごめんなさい、私の戦い方が少し特殊で。洞窟の中はあまり得意では無いの」

「姉さん……」

 

 カナエの戦い方が? 

 ……花の呼吸だったか。俺はその呼吸の使い手に会ったことがないから分からないが、狭い場所が不利だというのは俺も同じだ。というか、根本的に刀を振るのに適して無い。

 

「なら、どうして態々洞窟に入ろうとするんですか」

 

 しのぶが責めるような口調で言ってくる。

 単純に生存率が上がるからだ。たしかに洞窟は巣と言っても過言では無いだろうが、外に出ることができれば鬼は追えなくなる。昼の間ならな。だが、夜になってしまえばそうとは言えない。

 夜の山が、鬼にとっての巣では無いとは言い切れない。寧ろ慣れてるだろうな。

 

 そうなってしまうと、逃げ場がなくなる。

 いざという時のお前達の逃げ場が。

 

「……理由は納得出来ました。私はそれでいいと思」

「──しのぶ」

 

 しのぶが俺に応えようとした時、カナエが話を遮る。

 二人で目線を交わして、なにかを伝え合っている。やがて、カナエがニコリと笑って、しのぶが溜息を吐いて俺に話してくる。

 

「……すみません。実は私、鬼の頸を斬れないんです」

 

 …………ん。

 すまん、どういう事だ? 

 頸を斬れない。ん? 

 

 それは、気持ち的な問題ってことか? 

 

「いえ。物理的な問題です──これを」

 

 そう言いながら、日輪刀を俺に見せてくる。たしかにこれは、斬るというよりは……突き? 

 剣先が返しのようになっており、全体的に細い。斬ることには適していないであろうその日輪刀を再度納めて、話を続ける。

 

「私は、見ての通り身体が小さいんです。だからか、筋肉量が少ない。そのせいで鬼の頸を斬ることが出来ないんです」

 

 ……成る程な。

 だから狭い場所は駄目、なのか。

 

「……はい」

 

 …………そうなると、洞窟は駄目だな。

 夜にしよう。夜の山の方が戦いやすいだろうしな。

 

「で、でも」

 

 問題ない。俺が二人を纏めて支援して、しのぶがカナエを支援しろ。カナエが鬼の頸を斬れるなら問題ない。日が出ているうちに場所を探して、鬼の姿を捉えておこう。それくらいはしておかないと、後から不利になる。

 

 十二鬼月でも無いのなら、問題ないさ。たとえ十二鬼月であっても──何一つ、問題ない。

 

 

 



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下弦の壱・毒鬼

 山を歩き回り、鬼を探す。一応俺が一人と、胡蝶姉妹二人組で別れた。鎹鴉に連絡を任せるため、上空を飛んでもらってる。木々の隙間から溢れる光が眩しい。時折風が吹き、葉が揺れる音が靡く。

 

 こうしていれば、何もない平和な山。自然現象と、山の音。この二つのみが折り重なって、心地の良い音楽を奏でる。

 だが、この山には邪魔者がいる。

 

 探らねば。

 人を喰らう悪鬼を。

 

 少しだけ、水の流れる音が聞こえる。

 その音を逃さない様に、足音を消して歩く。鬼の膂力をもってすれば、正直なところ洞窟なんて作り放題だし隠し放題。だが、それはないと思う。

 わざわざ鎹鴉が洞窟と明言したのだ。ならばそうだろう。普段方角しか言わない鎹鴉の答えだ、頼りにしない理由がない。

 

 山に洞窟。

 あり得る可能性としては、人が迷い込みそうな洞窟。休む場所になる様な、そんな場所。そして、山の中を流れる川まで辿り着いた。ここから先の何処か、近くだろうか。

 

 川の水を見る。特に異常な点は無く、魚が生息できるくらいには問題ない。生息していても問題ないことはあるが……陽が出てる内は血鬼術を警戒しなくても良いだろう。

 鬼の血は日に触れれば蒸発する。それは破られることのない、絶対的な鉄則だ。

 

 川を登る。真っ直ぐ続くこの川に沿って、不自然な岩や切り立った丘を探す。卑怯な鬼のことだ。どうせ不必要な時は隠れているのだろう。お前たちのやることはわかりやすい。

 

 ……見つけた。洞穴だ。人間が一人入れるかどうか、そのくらいの大きさ。屈めば入れるだろうが、この大きさは……小さいな。身体の大きさを弄れる鬼か? 

 一先ず、中に入る。中は暗闇だし、大きさがどうなってるかすら分からない。恐怖が沸く──が。抑えつける。大丈夫だ。俺は死なない。死の恐怖など感じない。恐れは無くせ。

 

 ていうか、広げれば良くないか? 

 危ない、無駄に死ぬところだった。冷静に行こう、冷静に。

 

 全集中炎の呼吸・伍ノ型──炎虎。

 

 轟音が響き、洞穴が正体を現す。

 大きな広場の様に中は空洞で、この山の中にどうやってこんな大きさを作ったのか気になるくらいだ。鴉を呼び、カナエ達に伝える様に言ってから中に入る。

 

 臭い。臭いが充満している。

 

 死肉の匂い、腐った匂い、血の匂い──不愉快だ。

 耳を澄ませば、ぐちゃぐちゃと小さくか細いがなにかを咀嚼する様な音が聞こえてくる。その方向へと歩みを進める。

 目は慣れた。見える。至る所に散乱する花や頭部を見るに、この鬼は相当力を付けている。鬼殺隊の隊服を纏った手足が落ちていたり、既に相当数の被害が出ている様だ。

 

 音が最も大きく響く場所まで、辿り着いた。

 ああ、臭うなぁ。臭い匂いが鼻を貫く。

 

 日輪刀を構えて、歩みを進める。無論、歩く音は立てない。

 

「……ぇ……っ……めぇっ……」

 

 僅かに声が漏れている。

 俺に背を向けて、何かを一心不乱に貪る鬼。大きく隆起した筋肉は、後ろ姿だけでわかる凶悪さを秘めている。このまま気付かれない間に、斬ってしまおう。

 

 

 全集中、炎の呼

 

 

 視界が変わる。回って、地面と身体が平行になっている。身体から力が抜けて、地面に倒れ伏す。指一本、動かない。なんだ、なんだこれ。

 

 俺が倒れた音に気が付いたのか、鬼が俺の事を見る。口がいくつも顔についていて、その全部を動かしている。くちゃくちゃと、ぐちゃぐちゃと人肉を貪りながら。

 

「なんだぁ、また新しい餌が来たのかぁ」

 

 そう言いながら、俺の顔を掴んで持ち上げる。離せ、クソ野郎。

 

「無駄無駄。俺の血鬼術が充満してるから、この洞窟内に入った時点でもう逃げられない。……ああー。さっきの大っきい音はお前?」

 

 ギリギリと腕に力を込めて俺の頭を握りしめながら、その口を開く。見たこともない誰かの皮膚や肉、髪の毛などが口からはみ出ていて気持ち悪い。吐き気がする。

 

「まぁいいや。やっぱりあのお方の言う事は間違いない。このままお前みたいな奴を待って、俺が上弦に上がってやる」

 

 迫り来る口から目を逸らして、鬼の顔を見る。

 その左目には──下壱と、刻まれていた。

 

「──あ、む」

 

 死ねクソ野ろ

 

 

 

 

 ……とんだ初見殺しだ。

 吐き気が止まらん。川の水を適当に飲んで、吐き出す。多少スッキリした胃の中を意識しない様に考えながら、洞窟を睨みつける。

 

 この腐乱臭に、毒が混じってる。日が当たれば消えるのだろうが、少なくともアイツがある奥深くには日は通ってない。……洞窟内での戦闘は不可能に近いな。

 だが相手の情報が得られたのは大きい。

 

 毒を警戒する様に、と言うより……無駄に近寄れない。物理的な強さに見せかけて、まさか毒で確実に殺すとはな。

 

「不磨さん、見つかりましたか?」

 

 合流したカナエが話しかけてくる。隣にはしのぶがいるから、どうやら潜伏してる鬼はこいつだけで良さそうだ。

 

 鬼はこの中に居る。

 あと、この空気を吸うな。毒が混じってる。

 

「毒……うっ」

 

 スン、と一度鼻で匂いを嗅いだしのぶが顔を顰める。

 中は死体と食い残しが散乱してる。この洞窟が、この鬼の住処で間違いない。

 

「……もしかして、先に入りました?」

 

 カナエが、ほんの少しだけ怒気を滲ませて言う。

 

 ……いいや、入ってないさ。なぁ鴉。

 

「カァ」

「あ、今は話さないのね」

 

 カナエが鴉に突っ込む。やっぱそう思うよな。

 

 血鬼術による影響だろうな。日が出ている所だと問題ないが、暗闇の中だと厄介だ。……どうするか。

 

「……やはり、予定通り夜間での戦闘が良いと思います」

 

 しのぶが言う。

 俺もそう思う。一番の懸念としては、これだけの濃度を放てる鬼が外に出てきて──果たして、俺達がこれを吸わずに戦えるかだ。恐らく不可能だろうな。

 

「はい。短期での戦闘が望ましいと」

 

 頷いて同意する。

 一撃で済ませるしかない、か。

 

 そもそも夜になって出歩いてくるかどうかだが……出てこなかった場合。

 

 俺が中に入って誘き出そう。

 

 吸ってはいけない相手、か。やりづらい事、この上ない。

 だが、やらねばいけない。

 

 厄介だ。これまで相対したどの鬼よりも──そういえば、あの鬼が変な事を言っていたな。あのお方、だとか。

 

 ──そして、上弦になると。

 

 聞き出す。

 これまで相手してきた鬼の中で、一番上弦の鬼に近い。絶対に、何をしてでも話を聞き出さねばならない。上弦の鬼の居場所、そしてなれる条件。

 

 あの憎たらしい鬼が、上弦の弐への道筋が。

 少しずつ、少しずつ光明が差してくる。ああ、待っていろよ。お前は絶対に俺が殺してやる。どれだけ死のうと、どれだけ果てようと、お前の事だけは忘れない。

 この憎しみの怨嗟は忘れてはやらない。お前の犯してきた全て、おれが背負って纏めて叩き込んでやる。

 

 死後の世界があるというならば──地獄に叩き落とす。

 

「……不磨、さん?」

 

 カナエが話しかけてくる。

 すまん、話の途中だったな。

 

 根本的な解決にはならないが、口元を布で覆うくらいしか一先ずの対抗策が思いつかなかった。やらないよりかはマシだと思うが……。

 

「……そう、ですね。私もやったほうがいいと思います」

 

 歯切れ悪く答えるカナエ。

 

 ……そうだ。少しだけ洞窟を崩しておくか。

 日が出ている内ならば血鬼術への対策にもなる上、アイツを夜になった時に誘き出せるかもしれない。昼のうちに起きた異常に気が付けば、きっと夜に出てくるだろう。

 

 洞窟を適当に技を放って壊す。入り口が完全に倒壊したが、俺ならば無理やり突破できる程度の瓦礫だ。

 いざとなれば、突入するしかない。死が目の前に見えていても行かねばならないのは、こう、感じるものがある、だが気にするわけにもいかない。

 

 俺は今は、死なないのだから。

 

 

 

 

 

「──……ねえ、姉さん」

「どうしたの、しのぶ?」

 

 日が落ちてきて、夕焼けが差し込む頃。洞窟を見ることの出来る木の上に、胡蝶姉妹は佇んでいた。

 

 周辺の探索を軽く行い、罠等が無いのを確認した三人はそれぞれの持ち場へとつく事にした。

 胡蝶姉妹は、鬼が出てきた時に不意打ちで頸を斬る役目。

 

 回帰は、単独で鬼と相対し釣る役目。

 

 実力的に考えて、これが最も妥当だと判断した回帰によって決められた。それにはしのぶも納得して、作戦は決められた。

 

「本当に私で、いいのかしら」

「……ええと。役目がってこと?」

 

 こくりと頷くしのぶ。

 役目──すなわち、鬼の頸を斬る。

 

 しのぶは、鬼の頸が斬れない。それは決して情や精神の問題ではなく、肉体的な問題。

 刀を振る力が足りないのだ。それはもう、絶対的な程に。

 

 だからこそしのぶの呼吸は、突きが基本となっている。

 突いて、動きを止めて、他者と連携する。そして、しのぶは姉であるカナエと必ず組んでいる。二人組だからこそ生きていける呼吸と戦い方である。

 

「いいんじゃないかしら。不磨さんだって、しのぶと私達ならできるって判断したから任せたのよ」

 

 そうじゃなかったら、全部一人で終わらせようとしてる。

 その意味を語らずとも読み取ったしのぶは、それを理解してなおいいのかと問うた。

 

「だって、あの人は柱よ。私達とは違う、鬼殺隊の柱。それこそ、何もかもが──」

「しのぶ」

 

 しのぶの言う事を、カナエは理解できた。

 あの日の夜、二度目の邂逅を果たしたあの日、カナエは目の前で見たのだ。十二鬼月と呼ばれる凶悪な鬼を、僅か一振りで断ち切ったのを。

 自分が子供のように弄ばれた鬼を、いとも容易く屠ったのだ。

 

 柱になればそれは当然なのだろうか。

 柱になれるような人物というのは、最初からそうなのだろうか。

 

 胡蝶カナエは、当然の事だが不磨回帰の弱い時を知らない。

 強くて、不屈で、折れる事を知らずに、自分の事を少しだって顧みない。死んですらいいとすら思っていると、カナエは感じている。

 

 一度目の邂逅、助言をしてくれた時の不磨は怪我をしていた。

 それはもう、激痛が走るどころではないくらいの怪我を。

 

 それでも、鍛えようとしていた。

 いや、恐らく秘密裏に鍛えていたのだろう。

 

 狂気。

 

 多分、胡蝶姉妹が感じているのはソレだ。

 

「それでも、あの人は──柱として、在ろうとしてくれてる」

 

 柱として。

 下の者に迷惑は出来るだけかけない。

 上の者が無茶をする。

 

 たとえどれだけの狂気を孕んでいたとしても──不磨回帰は鬼殺隊の柱である。

 

「だから、私達も信じましょう?」

 

 柱は折れない、挫けない、砕けない。

 

 轟々と燃え盛る炎が、暗闇に煌めく。

 

 ──戦いが、始まった。

 

 



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共闘・胡蝶姉妹

 月の灯りが差し込む、森の中。

 洞窟から蠢いてくる気配を感じとり、思考を止める。

 

 臭いだ。

 濃厚な死の香りと、濃密な腐乱臭。

 これぞ正しく、鬼という存在を形容している臭い。

 

 不愉快な野郎だ。

 

 崩れた洞窟の瓦礫が、内部の衝撃によって弾け飛んでくる。

 それを身体を捻ることで躱し、出てきた鬼を見る。

 

 見たところ、血鬼術は分からない。判別不能。

 すでに撒かれている可能性だってある。その場合は──死ぬしかない。非常に不服だが。

 

──全集中・炎の呼吸。

 

 刀を抜刀するより早く踏み込む。

 何よりも最速の踏み込み、これは炎の呼吸で最も速い。

 

壱ノ型・不知火。

 

 溢れ出た闘気が炎となって具現化する。

 飛びかかるように、それでいて地に足を付けて踏み締めたまま刀を振るう。狙うは頸、この一撃でケリがつけば速い──! 

 

『──血鬼術・毒沼』

 

 何かが来る。

 

 背筋がぶるりと震え、死の感触が俺の脳内へと鮮明に映る。

 そして、何度も何度も実際に死んだからこそわかる──この想像は、現実になると。

 

 刀を振るう手を変化させ、急いで型を変える。

 

伍ノ型・炎虎──!  

 

 霧状の血鬼術だと仮定して、その場の空気を振り払うように刀を振り回す。弧を描き、虎と見間違えるほどの闘気が滲む。

 頸を狙わず、周囲の空気を振り払ったと確認して後ろに飛び退く。

 

「お前、中々やるな」

 

 普通の人間より少し大きい、それでいて口が沢山付いている顔。

 気持ち悪い、吐き気がする容姿だ。

 

「なんで俺の毒に気が付いてるかは知らないけど……」

 

 ボコボコと、鬼の身体が沸き立つ。

 よく見れば皮膚のように見えていたソレが崩れ落ちて、鬼の周囲を漂っている。

 

 一昔前の浮浪者、悪く言えば乞食のような古びた服を身に纏った鬼──毒鬼は、俺に向かって周囲を飛ぶなにかを飛ばしてくる。

 

 触れないように身体を捻って躱し、距離を保つ。

 着弾した場所を見てみれば、木が溶け落ちている。

 

 毒というより、これは最早猛毒だ。

 人体は愚か、自然すら破壊する強力な毒。

 

 それでいて皮膚のような形を維持でき、液体状──まあ粘液状にもなるし、気体として充満させることも出来る。

 この感じだと変化が本来の使い方ではないように感じるから、おそらく副産物なのだろうとあたりをつける。

 

 これだけの猛毒だ。ただ存在するだけで空気に毒を染みさせてもおかしくはない。

 

 近づけば毒で時間切れ、遠くに対しては粘液を飛ばすことで対応可能。

 厄介だ。単純が故の、面倒臭さ。

 

「どうだ、すげぇだろ。これが俺の毒だ」

 

 自慢げに、それでいて不快そうに話す毒鬼。

 

 この状態での選択肢は二つ──話に乗って時間を稼ぎ、しのぶたちに斬らせる。

 もう一つは、毒を広めようとわざと話している可能性が高い。なので話を遮ってでも攻撃し、殺す。

 

 危険性で言えば、話している間に俺の身動きが取れなくなる方が危険だ。

 だが──試してみる、価値はある。

 

 前者を選択──つまり、話に乗ることにする。

 

「みんな、俺のこの毒からは逃げられない。あの時も、あの時も、全員がだ」

「あの憎たらしい地主だって、俺のことを散々罵ってきたくせに何の抵抗もしなかったよ。無様に泣き叫んでて、最高だったなぁ……で」

 

 ギョロリ、と俺に目を向けてそのたくさんある口から話す。

 

「お前は俺に、どんな声を聞かせてくれるん──」

 

 ──花が舞う。

 

全集中・花の呼吸──

 

 鬼が振り返る。

 既に木から飛び出したカナエが刀を振るう形を維持しており、今すぐにでも攻撃を食らわせる準備をしている。

 それに合わせて、俺も前に出る。

 

 不知火では足りない。速度も、破壊力も。

 

 軒並み破壊するように、全て振り払うような攻撃を──! 

 

全集中・炎の呼吸──

 

 ──捌ノ型渦桃(紅炎)

 

 鬼を挟み込むように、交差する。

 空中で身を捻り、それでいてバランスを維持して頸を狙うカナエと鬼の後ろから高速で斬りかかる俺。

 

 取れる。頸を斬れると──そう思った時、俺の身体に異常が起こる。

 

 ぐらりと視界が歪む。

 それを認識して、身体の位置調整を行う。右に傾いているのなら、左に体重を動かせ。

 

 平行になりつつある視界を、なんとか元に戻そうとする。

 それでいて、刀を振る手に力を籠める。

 

 頸目掛けて刀を振りかざす。

 捉えろ──この一撃で刈り取るつもりで。

 

 そう気合を籠めて振るった刀は、頸では無く肩を抉り取った。

 

「──しのぶ!」

 

 どうやらカナエも頸を斬れなかったようで、素早く飛んできたしのぶがカナエを安全圏まで引かせた。

 俺もその隙に後ろに下がって、鬼の射程距離から離れる。

 

「なんだぁ……? そんなにコソコソしてやがったのかよ」

 

 そう言って歪に笑う鬼から目を離さないように、二人が問題ないかどうかを確認する。

 カナエの姿は見えないが、しのぶが俺の近くに跳んで来た。

 

「姉さんは問題ありません。ただ、二人とも頸を外したのが気掛かりです」

 

 技術の問題じゃなさそうだな。

 俺はあの時、視界が傾いているように感じたが──カナエは何か言っていたか? 

 

「同じく、視界が歪んだと言っていました。これはまだ推測の域を超えませんが、あの鬼の毒……神経に直接作用しているのかもしれません」

 

 そうなると……吸い込むのは愚か、出来るだけ外れないようにしないといけないか。恐らくだが、こうやってる間にもアイツは毒を送ってきてるんだろうな。

 風下はマズイ、か。立ち回りが面倒だな。

 

「毒……」

 

 しのぶが何かを呟く。

 何か閃いたか? 

 

「いえ。ただ、毒というのは鬼にも通用するのかと思っただけです」

 

 鬼に毒が? 

 

 ……普通なら効かなそうな感じがするがな。

 カナエはどの位で仕掛けてくる? 

 

「確実な隙を突くようにと」

 

 承知した。

 ならば隙を作る。しのぶ、やれるな? 

 

「……貴方に言われなくても」

 

 ふん、と意気込み刀を握るしのぶ。

 

 よし──全集中・炎の呼吸

 

 そして、すぐ側にある木を切る。

 技も何も使わずにあっさりと断ち切れた木を、蹴り飛ばす。方向は真っ直ぐ鬼に向かって、勿論これで手傷を負わせるつもりではない。あくまで、可能性を考慮しての話だ。

 

 仮に毒の濃度というもの存在するとすれば、鬼の周囲はとてつもない濃度になっている筈だ。

 ずっと鬼と相対している俺と、あの一瞬しか姿を現してなかったカナエ。その二人が同時に視界が歪む……つまり、毒の効果を受けているとすれば。

 

 毒の影響が出る条件に、時間はあまり関係なく。

 重要なのは濃さ──それが大事になるのではないか。

 

 だからこそ、大きく突風を巻き起こし一気に空気を入れ替える。

 そして、既に駆けたしのぶが鬼の元へと到達する。カナエとは違ったその動きを見届けることなく、俺も続いて駆け出した。

 

 地面を踏む。

 力を籠めて、一寸先を見る。

 

「──蜂牙の舞い(ほうがのまい)

 

 しのぶの呼吸──花の呼吸から更に派生した、しのぶに適性のある蟲の呼吸。

 速い。柱である俺とも引けを取らない速度、破壊力──これで頸を斬る力があれば、きっとしのぶは……いや。

 

「──真靡き(まなびき)!」

 

 突きささる。

 頸を狙った一撃ではなく、完全に頭蓋を破壊する事を目的とした技。毒鬼もそう来るとは予想してなかったのか、防御も回避も間に合わず鼻から上が吹き飛んだ。

 その隙は逃さない──が。

 

 ボコボコと、再生しようとしている箇所以外が泡立つのを認識して駆ける。

 

 ガクンとしのぶが態勢を崩す。

 決まりだ。こいつは毒を自由に空気中にバラ撒けるし、その量も操作できる。間違いなく、俺が相手してきた中で最上級の強さだ。

 

 息を吸わずに、素の身体能力でしのぶを抱える。

 そのまま頸を斬りたい所だが、呼吸を行なって動けなくなっては仕方ない。一度下がって再度攻撃の機会を作る。

 

 離れた位置にしのぶを降ろす。

 ヒュ、と何度も呼吸を繰り返し、元に戻そうとしているしのぶを尻目に考える。毒の濃度は操れる。だが、此方まで飛ばしてくることはない。射程が短いと仮定する。

 

 呼吸を行いつつの攻撃が致命傷になる──大胆に行け。いざとなれば死ね。俺は死なない。試せ。手遅れを招くより早く、実践しろ。

 

「不、磨……さ……」

 

 しのぶが声をかけてくる。どうし──待てよ。

 何故表情が苦しそうなんだ。何故呂律が上手く回ってない。何故言葉が発せて無い。考えろ。毒、鬼の皮膚、濃度……あの皮膚の隆起と、まるで沸騰したような沸き立つ様子。

 

 これまでの全てが、騙しである可能性。

 

「──不磨さん!」

 

 カナエの声で思考を中断する。

 鬼の方向を見てみると──そこに姿はなく。

 

 俺の目の前に、鬼が佇んでいた。

 

 呼吸を行えない。

 それどころか、身体がピクリとも動かない。

 

 いつのまにか横に倒れた俺の身体と、拳を振りかざしてくる鬼を見ようとして、瞳すら動かない。

 

 俺の身体を掴み、拾い上げる鬼。

 醜悪な顔と、益々濃度を増したのか目すら見えなくなってくる。そして、腕に激痛が走った。

 

 痛い。まるで引き裂かれるような、無理やり繋がってる状態を引きちぎった様な。ああ、成る程。腕を千切られたのか。

 痛みの中で、冷静に考えることができている自分に驚愕しつつ次のために少しでも思案する。考えろ。

 

 全員で飛びかかる利点はない。狙うのは一撃必殺──この毒の鬼に、致命傷を。毒の、鬼に……。

 

『いえ。ただ、毒というのは鬼にも通用するのかと思っただけです』

 

 しのぶの声が脳内で反芻する。

 鬼に、毒が効くのか。

 

 何故そんなことを思い出したのか──鬼に効く何か。

 鬼の明確な弱点か? 

 

 手足から奔る激痛に悶えつつ、歯を食いしばって考える。

 

 太陽! 太陽と、あとは、日輪刀だ。他に何がある。他に、何か弱点は……待てよ。弱点じゃない、苦手な物が──! 

 

 

 

 ──視界が歪む。

 

 

 

 



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相反する二人

「……貴方に言われなくても」

 

 そう言って刀を握りなおすしのぶ。

 

 少し待て、俺に考えがある。

 

「なんでしょう、変な事じゃないでしょうね」

 

 なんだよ、変な事って。

 さっきしのぶ自身が言ってたことだ。鬼に毒は効くのかどうかって、な。

 

「…………毒が。例え効いたとしても──今そんなものは持ってない」

 

 普通の毒──つまり、俺達にも効くような毒は、な。

 考えても見ろ。鬼の弱点は何がある? 

 

「普通に考えれば……陽の光ですか」

 

 ボコボコと音を立てて、皮膚を泡立たせる毒鬼から目を逸らさずに静かに鎹鴉を呼ぶ。

 

 陽の光と、鬼が嫌うモノがある。

 鬼に怯える人たちが、鬼を寄せ付けない為に唯一用いる道具がな。

 

「寄せ付けない──……藤の花、ですか?」

 

 鎹鴉が、空中からある袋を墜としてくる。

 ソレは、稀血と呼ばれる鬼に好まれる血を持つ者に渡す道具。常に鬼殺隊の剣士が目を張ることなどできず、自分で身を守れないものに渡すモノ。

 

 量は少ないが、効き目はあるに違いない。

 

 そうじゃないのなら、鬼が我慢出来るはずないからな。

 

 毒鬼に向かって、木を投げつける。衝撃がこっちまで伝わった所で、駆け出す。一番ベストなのは口から体の中に突っ込む事だが、それは少々難しい。

 今やれるとすれば──……空気を押し出しつつ、傷口を作ってそこにねじ込むくらいか。

 

 呼吸を止め、駆け出す。

 速さは出ないがそれは必要ない。頸を斬るための攻撃ではないのだから。

 

 振るわれる腕と、それと共に投げてくる液体を避ける。そのまま地面に陥没した腕を斬って、薄く傷口を作ってそこに袋ごとねじ込む。

 駄目押しに蹴って押し込んで、その場から大きく退く。

 

 うねうねと傷口が塞がり、袋がそのまま中に入ったのを視認する。

 

「いったいどんな小細工かは知らないけどよ……」

 

 ボコボコと泡立つ皮膚。

 再度毒を発生させてるのを理解して、それを止める手段がない。

 

「あ……?」

 

 ポロリ、と再生途中の腕が止まる。

 その瞬間を見逃さずに、駆け出す。

 

 鬼の表情が驚きに変わり、動きを止める。

 その隙を逃さぬよう、毒の射程圏内ではないだろうと当たりをつけた箇所で呼吸を行う。

 

 炎が轟々と燃え盛るような、重い音。

 

 ──全集中・炎の呼吸。

 

 大地を踏みしめ、刀を握る。この機を逃すな。僅かな呼吸で全力を尽くせ。全てを放出する、その想いを籠めろ。

 

 ──玖ノ型・煉獄。

 

 炎の呼吸の奥義。

 あの日槇寿郎が見せた、あの一撃を思い出せ。

 

 振るう腕に力を籠めろ。

 踏み込む足にて大地を蹴り上げろ。

 

 この一撃は、煉獄の──炎柱の一撃。

 

 燃え盛る炎を、叩きつける。僅かに歪んだ視界の中で、頸は狙わない。身体を冷静に狙い、あくまで削り取る。

 

 大きな衝撃と共に、鬼の身体へと刀が直撃する手ごたえを感じる。

 

「──があああああっ!!」

 

 慟哭と共に、巻き上がった煙の向こう側から鬼が姿を表す。俺に向かって振るわれた片腕を、あまり早く感じないその攻撃に対し対応はせず後ろに下がる。

 

 俺が後方へと待機した直後、入れ替わりでしのぶが突撃する。その速度は目を見張るものがあり、鬼は何時の間に斬られたかも気が付かない程。これで頸を斬ることが出来たなら──いや、今考えるべきことじゃない。

 

「く、そがっ! どけ! 俺は、俺は弱くない! 俺は、能力だけじゃ──」

 

 ──ふわりと、舞うように影が下りる。

 鬼が顔を上げる。だが、既に遅い。

 

「──全集中・花の呼吸」

 

 身体を捻り、空中であるにも関わらず刀をしっかりと両手で握りしめたカナエ。

 先程と同じ動き、けれども鬼は対応できない。

 

「ご、れはぁ……っ!?」

 

 鬼が、しのぶが突き刺した傷口を睨む。

 

「──どうやら、鬼にも効くようですね」

 

 冷静に、後ろへと下がって来たしのぶがそう言う。

 ……成程、刀にも塗ったのか。

 

「えぇ。何やら貴方がアレを突っ込んでから動きが鈍ったようなので」

 

 カナエの刀が、鋭く、鈍く光る。

 

──陸ノ型・渦桃」

 

 未だ身動きの取れない鬼に向かって、斬撃が振るわれる。

 その軌道は綺麗に首を穿ち、胴体と頸を分かれさせた。

 

 

 

 

 ばさばさばさ、と鴉の羽の音が響く。

 山脈の奥深く、木々に囲まれた屋敷──その場所に、鴉は向かっていた。

 

 やがて、見えてきた屋敷に到着すると鴉はぜぇはぁと呼吸を整えつつもある一室の前まで飛んでいく。

 

「……おかえり、よく戻ってきたね」

 

 聞くもの全てを安堵させるような、心の奥底に染み渡るような声を出す──鬼殺隊の代々長を務める、産屋敷。

 その現当主が、まだ若さの残る顔を柔らかく緩ませつつ鴉に近づく。

 

「──……そうか。回帰は、カナエ達と協力して下弦の鬼を」

 

 炎柱・不磨回帰。

 彼は、産屋敷から見ても特異な人物である。

 

 最初に知った時は、先代炎柱である煉獄槇寿郎が新たに弟子を取ったと話を聞いた時。

 間に合わなかった槇寿郎が、鬼がぐちゃぐちゃに潰されて太陽の光で焼かれていくのを見た。それを行なったのが、その時ただの一般人であった不磨回帰。

 

 家族を失い、家を失った回帰は復讐を誓い鬼殺隊へと入隊。その後、血鬼術を扱う鬼や下弦の鬼との戦闘経験を経て──炎柱へと就任した。

 

 回帰は今、鬼殺隊にとって必要不可欠な人材になりつつある。

 

「無茶をする癖も、無くなれば良いけど」

 

 自らの命を顧みず、鬼を殺すことに全てを賭ける。

 不磨回帰とは、そういう人物である。

 

 それは柱になっても変わりなく。

 鬼を、殺して殺して殺して殺して──自分が死んでも厭わないと、そう信念を貫いている。聞けば、回帰の家族を喰ったのは上弦の弐だと言う。

 

 未だ発見報告も、討伐報告も百年上がってこない。

 それはつまり、出会った隊士が軒並み殺されていると言うことを意味している。それは、柱ですらも。

 下弦の壱を討伐し、実力的には上弦の鬼に食らいつけるのだろうか。

 

 一人で上弦の鬼へと──いや。

 産屋敷はそれでも、まだ届かないと考える。

 

 柱一人では、上弦の鬼に届かない。

 

 柱が連携し、情報を整理して、対策を整えた上で勝利できる。

 上弦の鬼はそれほどの相手──産屋敷からしてみれば、上弦の鬼を倒す事こそが全ての始まりになると考えている。

 

 だからこそ、二人を──三人を、共にした。

 

 不磨回帰は復讐の鬼だ。

 その覚悟と信念は、自らの人生全てを鬼殺に賭けてなお余りあるほどの巨大な感情。全身全霊を賭けて、必ずかの憎き鬼を滅すると誓っている。何度死にかけても、いや……死んでも、止まるとは思えないほどの深さ。

 

 胡蝶カナエは慈悲深い者だ。

 家族を喰らい、自分のことを喰らおうとした鬼の死に様にすら憐れんだ。そして、自分のような境遇を出さぬという意思を持って鬼殺隊へと入隊した。妹のしのぶも同様だ。カナエのような、ある意味狂ったような慈悲は持ち合わせていない。だが、鬼の被害を痛ましく思っているのは確かだ。

 

 そんな正反対の二人が、共になる。

 

 既に衝突もしただろう。

 これからも、何度も。

 

 それを承知で、産屋敷は二人を組ませた。

 

 不磨回帰は復讐の鬼だ。

 けれど、人の心は残っている。煉獄への恩、鬼殺という事への考え。そして、他者を想う気持ちは無くなっていない。

 決して、その刃は錆びない。

 強く強くあり続ける、鬼殺隊の柱として。

 

 胡蝶カナエは慈悲深い者だ。

 けれど、鬼は殺す。家族は、仲間は食わせない。たとえ憐れんでいても、悲しくても、胡蝶カナエは鬼を殺す。悲劇を続けないために。他者を弄ぶ事を、是としないから。

 

「……回帰。君はもっと、周りを頼って、自分を大切にしなさい。そうでないと、きっと……」

 

 産屋敷は顔を上げる。

 月の光が眩く、それでいて暗く照らしている。

 

 十二鬼月の一人、下弦の壱が屠られて尚──その月は欠けることは無い。絶対的な六体の鬼、そこを倒さねば──鬼殺隊は、終わらない。

 

 

 





すごく本当の事を伝えると、モチベーションが皆無になってました。文字書きそのものが出来ないくらいには。
ちょっとだけ治ったので投稿です。

少しずつリハビリしていきます。気長にお待ちいただけると嬉しいです。


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底抜けの慈悲

 十二鬼月、下弦の壱の討伐。

 

 これまで何体もの下弦の鬼を殺してきた。だが、鬼は──十二鬼月は減る事はない。次から次へと補充され、瞬く間に戦力が整う。まるで悪夢だ。どれだけ殺しても殺しても、悲劇は消えない。

 

 蛆の様に沸き続ける。

 大元を断たねばならない。どうしても。

 

 憎悪は止まない。止めるわけにはいかない。

 俺は柱だ。この国の、鬼を殺す部隊の柱なんだ。

 

 鬼は全部殺す。

 そして、あの憎い上弦の鬼も。

 

「──ん……磨さ……」

 

 はぁ、と溜息を吐く。

 しかし、上弦の鬼というものが近づいた。それは大きな一歩だ。

 

 下弦の壱──簡単に考えて、最も上弦の鬼に近い存在。

 それを討伐したのだ。次は──……上弦の鬼。

 

 もっと強くならねば。

 一撃で頸を刈り取る。どんな鬼が相手でも、絶対に一撃で。

 その領域まで研磨しなければ。心を燃やし、魂を燃やし、身を燃やして。柱という立場を杏寿郎に明け渡し、その後にでも構わない。

 

 俺が生きているうちに、殺してやりたい。

 

「──不磨さん!」

 

 びくりと体が反応する。

 ……どうした、カナエ。

 

 すると若干むくれたような表情を見せて、俺に話してくる。

 

「ずっと声かけてたんですよ?」

 

 本当か? 

 

「本当です!」

 

 ……すまん。考え事してた。

 そう言いながら謝る。ずっと呼んでいたと言うのなら、非はこちらにある。

 そう告げると、カナエが覗き込んでくる。歩きながら、そして俺の方が背が高いので下から見上げるような形で俺の目を見てくる。

 

「大丈夫ですか? もしかして、あの鬼の毒が残ってたり……」

 

 いや、それはないだろ。鬼の血鬼術が太陽の下で発動するとは思わない。血が焼けるだろうしな。

 念のためしのぶにも診てもらったし、問題ないさ。

 

「……所詮素人の判断ですので、医者に行く事をお勧めします」

 

 それを言うなら俺含めて全員だ。

 毒が未知数だから、心配なら受けておくべきだ。

 

「遠慮します」

 

 相変わらずツンツンしたしのぶの態度に、一度で変わるわけもないかと思い直す。

 別に、鬼を殺す邪魔はなかった。それに今回の場合、二人がいなければもっと苦戦していただろう。素直に感謝する。

 

「それにしても、手強い鬼でしたね」

 

 カナエがそう言う。

 相手は十二鬼月下弦の壱──簡単に言えば、上から七番目。前に二人が遭遇した鬼は確か、参だったか。あいつに比べれば強力な鬼だった。

 

「素直に考えれば、あの鬼を超えるのは残る六体となるわけですか」

 

 そういうことだ。

 ……少なくとも、上弦の鬼は比較にもならない強さだろう。ここ百年間、一度も討伐報告がない。それは柱もそうだ。遭遇した柱でさえ、喰われて死んでいる。

 

 この程度の鬼に、苦戦してる場合じゃない。全部、もっと素早く殺せるようにならないといけないんだ。

 

「……どうして」

 

 しのぶが短く何かを言ったような気がするが、それは無視する。疑問だったらはっきり言うだろうし、呟きを拾うほど目敏くない。

 というより、どうでもいい。

 

 そして今回、負傷はしてないが念の為休息を取れと鎹鴉に言われている。

 相手の使う武器が未知数であったからなのか、単純に見えない部分で怪我をしていたのか。定かではないが、一先ず従う。

 

「……あの鬼は、どうして鬼になったんでしょう」

 

 カナエが俺に問うように呟く。

 ……知らん。鬼の人生の背景など、俺には関係ないからな。鬼になるべくしてなった。人を喰うと決めて喰らった。そんなもの、俺は考える気にもならん。

 

 少なくとも奴は、毒で矮小な人間を弱らせその上で嬲り殺す趣味を持った鬼であったという事はわかる。

 そんな奴に、背景など要らない。悪であるべきだ、悪として斬るべきだ。不要に他者を貶め、それを糧にしようとする者など──死んでしかるべき。

 

 ……鬼に限らず、な。

 

「……ふん」

 

 

 

 

 日輪刀を磨く。

 鑢をかける訳じゃない。あくまで布で拭き取るだけだ。俺の日輪刀も、少しずつ綻びが見えてきた。この刀を貰ってから、何体の鬼を殺したのだろうか。数も覚えてない。

 

 鬼を殺すことが、俺の生きる意味だから。それ以外に、俺は何もない。

 

 藤の花の家紋を掲げた家、鬼殺隊へと支援を行ってくれている家の二階。窓から外を見上げ、月を見る。

 

 あの月が欠けぬ様に、鬼の十二鬼月は欠けない。

 下弦が死んでも、上弦が死なねば意味がないのだ。

 

 上弦の、弐。あの鬼は、何処にいるのだ。

 今すぐにでも会いたい。会って、斬って、殺してやりたい。楽になどさせない。目一杯痛めつけて、憎しみをぶつけて、死にたいと懇願するまでひたすらに叩きのめしてやりたい。

 

 酒を飲む。

 喉を焼く様な、この感覚が染み渡る。

 

 月明かりが照らす今も、どこかで鬼の被害に泣いている人がいる。それを嘲笑い、下卑た目と意思で嬲る鬼がいる。

 

 死んでも死ぬことはないこの身で、死を恐れてどうする。

 なにも恐れる事はない。痛みも、恐怖も、等しく俺が手に入れなければならないものだ。手に入れて、掌握する。鬼を地獄に送る。

 

 そのために産まれたんだろう、俺は。

 

「すみません、不磨さん。まだ起きていますか?」

 

 扉の向こう側からカナエが声をかけてくる。俺と胡蝶姉妹の部屋はそれなりに離れていた筈だから、わざわざこっちにきたのか。

 起きてる。何か用か? 

 

「少しお話したいな、と思いまして」

 

 ガラ、と扉を開いて部屋に入ってくる。

 隊服ではあるが、いつもの羽織は着ていない。

 

「それじゃあ失礼します」

 

 ストン、と俺の横に座るカナエ。

 ちびちびと酒を飲み続け、何か話し始めるのを待つ。

 

「……不磨さんは」

 

 俺を見ながら、声を出す。

 

「不磨さんは、どうして鬼殺隊に入隊したのですか?」

 

 俺の生い立ちか。

 聞いて面白い様なものでもないが……寝なくていいのか。

 

「なんだか眠れなくて。よかったら、教えてほしいです」

 

 そうか。

 一から話せば長くなるから、端的に言うと──ある鬼を探している。

 

「ある、鬼……」

 

 ああ。

 そいつはな、俺たちが相手してきたどんな鬼よりも凶悪で邪悪で悍ましい存在だ。十二鬼月、その中でも頂点に近い。

 上弦の弐──名前も、戦闘方法も誰も知らない。その正体を知るものは、相対したものは誰一人として残っていない。俺を除いてな。

 

「上弦の弐、ですか……」

 

 なんとなく、俺が何かを求めているようにでも見えたか? 

 そうだな。俺は、どれだけ何をやってもアイツを探している。鍛錬しているときも、休息しているときも。いつ片時もあの存在を忘れたことはない。

 俺の家族を喰らったアイツを、俺は生涯を賭けて探して殺す。

 

「……それなら、もう少し自分を労わって下さい。身体が、持ちません」

 

 初めて出会ったとき。

 此間の、共に鬼狩りをするに至ったとき。

 

 いいさ。身体が持たなくても。死ぬ限界で生き続ければいい。

 

「いいえ。そんな戦い方は破錠します。いつか、絶対に」

 

 そう言って俺を見つめるカナエに、思わず視線をずらす。

 ……どうせ、話したところで信じる人物は居ない。適当にあしらおう。

 

 いいんだよ。生と死の狭間を、行ったり来たり。

 結果的に生きているのならそれでいい。俺の生に、それ以上もそれ以下もない。鬼を殺したか殺してないか。その程度の差だよ。

 

「──……それじゃあ、不磨さんの人生に、意味がないじゃないですか」

 

 人生の意味、か。

 必要ない。俺が生きるのは、鬼を殺すためだ。あいつを殺せたなら、死んだっていい。……いや。寧ろ、死にたいな。そうなったら。

 この俺の死にたいという意味を正しく理解できるのは、俺しかいないが。

 

「──だめです!」

 

 ぐいっと顔を近づけてくるカナエ。

 何が琴線に触れたのかはわからないが、強い意志を感じさせる瞳で俺をのぞき込んでくる。

 

「……死なせませんから。生きる意味は、誰にだってある筈です」

 

 さてな。そうなら、俺の生きる意味は──鬼を殺す。そういうことだろ。

 

「っ……なら、私が他の生きる理由を不磨さんにあげます」

 

 は、と思いカナエを見返す。

 真っ直ぐに、俺を見つめるその瞳に、先ほどは思わず目を逸らしたが今回は逸らさない。

 

 何故そこまで他人の俺に構う。

 お前はお前の妹の相手をしろ。もっと優先順位を付けろ。俺如きに、構っている場合じゃない。

 

「……そういうところ、ですよ」

 

 なに? 

 

「不磨さん、優しいじゃないですか」

 

 ──…………は。

 

「私の事を見抜いて、いつか手遅れになると言ってくれましたし。その上で、助けてはやると言ってくれましたし。今だって、自分自身よりしのぶの事を優先しろって言っていますし。だから、そんな優しい人だから……」

 

 私だって、そう易々と死んでもいいなんて言ってほしくない。

 

 ………………なん、だそれ。訳が分からん。

 たった数回顔を合わせて、たった数回鬼を共に狩っただけだ。お前は俺の何も知らないだろ。

 

「えぇ、知りません。でも、知りたくないとは思いません」

 

 はぁ…………そうかよ。

 好きにしろ。どうせ、これからは一緒に鬼を狩る事になるんだ。

 

 底抜けの優しさだ。

 慈悲なのか、それとも元来の性格なのか……。

 

 ……だからこそ、俺と組ませたのですか? お館様。

 

 鬼すら憐れむカナエと、鬼を憎む俺をわざわざ。

 狙いがわからない。わからない、が──何の意味もないとは思えない。

 

 …………仕方ない。

 明日、お前の鎹鴉に住所を書いた紙を渡す。鬼殺の任務が来たとき、そこまで来い。しのぶ連れて──……あー、どっちでもいいが。そこが俺の家だ。

 

「…………はいっ」

 

 月の明かりが少しだけ照らして、カナエの笑みが浮かぶ。

 ……はは。歴代炎柱だったら、どうするんだろうな。

 

 俺じゃ、中途半端しかできない。俺の深い憎しみの感情と、柱としての、煉獄としての責務。その間を取る、中途半端しか。

 他者の拒絶もできない。

 かといって受け入れもできない。

 

 だが、成ると決めた。

 

 あの男が認めた柱なんだ。

 情けないままでいるわけにはいかない。

 

 お館様の考えは理解できない。目的もわからない。だが、それを汲むのが柱だ。必要だというなら受け入れろ。

 

 俺に何が足りないと思われたのか──それを見つけ出す。

 

 少し眠そうにするカナエを見て、窓の外をのぞく。

 

 夜はまだまだ、明けそうには無かった。

 

 



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変化の時

「──姉さん」

 

 女性の声が、暗闇に包まれた山に響く。ほかに音はなく、静かな空間にその声だけが反響した。

 

「しのぶ」

 

 続いて、別の声が響く。ガサ、と葉が揺れるような音が鳴る。

 

 ──瞬間、炎が煌めく。

 

 轟々と燃え盛る炎が、木々の隙間から山を駆ける。

 一瞬大きく燃え上がり、その後すぐに収縮──なにかを目指すように、一直線に炎が放たれた。

 

「──ぐぅうっ!」

 

 木々の間から、腕が四本ある異形の生命体が飛び出す。

 だが見てみれば全ての腕に斬撃のようなものが奔っており、その全身から余すことなく血を流している。

 

「くそ、柱か! 柱だな!?」

 

 まるで懺悔するように、それでいて怒りを示して口調を乱す異形。

 しかし、その次の瞬間に異形は地へと堕ちる。

 

 どさり、大きな音を伴って地面へと全身を叩きつけられた異形は叫ぶ。痛みと、死の恐怖によって。

 

「──うるせぇ」

 

 斬。

 

 静かに、それでいて綺麗な──液体を切るような。

 サクリ、水分もろとも斬るような音が異形の頸から鳴る。

 

「……効き目あり、か。よくやるよ、しのぶ」

 

 男の声。

 僅かに身から漏れる炎が、その姿を照らす。異形はそんな男の姿を見て、恐怖し、そして僅かに安堵し──その生命に幕を閉じた。

 

 

 

 

「それでは、不磨さん。また明日」

 

 ああ。

 手を振って歩いていくカナエと、不機嫌そうながらもこちらを見て会釈していくしのぶを見送る。

 

 こうして、三人で鬼を狩るようになってから既に一年。それなりに連携は取れるようになったし、経験も積んだ。特にカナエの成長は目覚ましい。あと一年、いや……二年もあれば柱になるだろう。

 相変わらず底抜けの優しさを秘めておきながら、優劣をつけられるようになったカナエ。傲慢──ああ。傲慢と言うのだろうか。カナエが命の基準を決めて、救うべき命と救わない命を定めている。人はそれを、傲慢と罵るのだろうか。

 

 俺は、そうは思わない。

 何にだって同情し、憐れみ、それでいて悲しむ。それが胡蝶カナエという女だ。

 

 底抜けの慈悲が、あいつを形作っている。

 

 それでいいのか、と。

 前に聞いたことがある。

 

 お前は、本当にそれでいいのか。

 不満は無いのか。鬼にすら同情し、悪人を憐れみ、善人も隔たりなく救う。聖人ならば、仏ならば正しい在り方だろうな。

 だが、お前は人間だ。

 

 そんな事を続けていれば、お前はいつか足元を掬われる。俺の手が届くうちに、やめておけ。

 

『……すみません、今すごく驚きました。もっと私たちの事はどうでもいいと思っているものだと』

 

 ……俺個人なら、そうかもしれない。だが、今の俺は柱だ。

 鬼殺隊の柱が、他者を顧みない存在であるわけにはいかない。鬼を殺せればいい? そんな訳はない。本当の柱は、強気を挫き弱気を救う。その眩しさは、俺には……。

 

 くすりとカナエが笑い、俺に言った。

 

『ふふ。やっぱり不磨さんって、自分で思ってるよりずっと優しいですよ』

 

 …………アイツの前だと、俺の憎悪すら飲み込まれそうに感じる。

 決して、そういうつもりはないのだろう。きっとカナエは自分自身を生きているだけだ。俺がこの生を歩むと決めたのと同じで。

 

 復讐の道を歩く俺と、菩薩のような生を歩くことを決めたカナエ。決して交わることのない、対極の人生。

 

 ……本当に、皮肉だな。

 

 お館様。あなたは、俺がこの道を捨てるのを望んでいるのですか。それとも、捨てる必要はないと思っているのですか。

 私は、一切捨てるつもりはありません。

 

 誰にも譲れない。俺のこの感情と生き方は、誰にも……。

 

 人一人いない道を歩く。ここから自分の屋敷まで、歩いてもそんなにかからない。柱としての巡回と、カナエ達との鬼狩り。両立させるのは最初は中々苦労したが、今では当然になった。

 巡回の際に鬼を見つけたら──? 

 

 まだ見たことはないが。鬼の中でも、近寄ってはいけない範囲等は定めているのかもしれない。

 

 太陽が出て少し。

 まだ朝方と言える時間で、人々の営みはそう盛んには行われていない。農民は今頃畑で汗を流しているだろうし、たとえ街であってもこれからだろう。

 

 カナエに口酸っぱく何度も何度も体調管理に気を配れと言われたせいで、いやでも対応しなければいけない。……別にどこかに寄る用事もないから、このまま家に帰って寝る。

 

 そう考えると、随分と生活も変わった。

 今思えば──……余裕がなかったのだろうか。とにかく、あの上弦の鬼を憎んでいなければ保たなかった。アイツを憎んで、恨んで、怨嗟をひたすらに燃やして。

 そうして鬼を殺す。自分はいつか届くのだと、頭の中で必死に繰り返した。

 

 そうでもしなければ、多分俺は死んでいた。身体がではなく、心が。

 

 ……こんな風に自分を考えることになるなんてな。

 

 カァ、カァと鎹鴉が鳴く。

 相変わらず喧しい。

 

 俺に秘密裏に鬼を伝えることも、無くなった。

 昔は──……そうか。もう、昔になるのか。

 

 それだけ共に過ごしたのか、俺たちは。

 

 その場で立ち止まる。

 復讐を止めるつもりなんて一切ない。

 

 ……でも。俺にとって、二人は……相応に、大切だと感じているのだろうか。

 

 新たに背負うつもりか? 

 いや。

 じゃあ何を思う? 

 ……いや。

 

 自問自答を繰り返す。

 俺はどうなんだ。なんなんだ。自分勝手な奴だ。ああいや、違う。結局のところ、弱いんだ。心が弱い。

 だからすぐに他に靡く。風に流される。……だが。

 

 俺は柱だ。炎柱。

 煉獄の炎を継いだんだ。流されるわけには行かない。

 

 どちらも大切だと言うのなら、どちらも手に入れる他ない。

 そうしなければ、悲劇は止まらない。

 

 きっとそう言うものなんだろう。世界は。

 

 

 

 

「げ」

 

 失礼にも、人の顔を見て唸った女を見る。

 短めに纏めた髪の毛、蝶の髪飾り。そしてキツめの表情。

 

「なんでこんなところにいるんですか」

 

 いいだろ別に。俺だって好きに歩くこともあるさ。

 

「……嘘つき」

 

 ポツリと何かを呟いたが、聞き逃した。

 小さく呟くと言うことはどうでもいいか聞かれたくないのだろう。だからあえて無視する。

 

 無言で座る。

 たまに飯を食べに来たらこれだ。やはりどこにも行かず鍛錬、そうするしかないのだろうか。

 

「……過度な鍛錬は、やめたんですか」

 

 ……お前の優しい姉が煩いからな。

 

「ふん。何でもかんでも姉さんを理由にしないでよ」

 

 その通りだとは思う。

 だけど、俺はカナエにあっていなければきっと変わらなかった。変わらず鬼を殺し、憎しみ、自分という薪が燃え尽きるその日まで。それでも構わない、今でもはっきりと言える。

 

 俺が悔しく思うのは、アイツを殺さないことだけ。

 自分の命なんて、とっくの昔に亡くしていると思ってる。

 

 死なんてどうだっていい。

 

「…………」

 

 無言で、待つ。

 それにしても、何故しのぶが一人なのだろうか。

 

「……なんですか」

 

 なんでもない。

 どうして一人なんだと思っただけだ。

 

「別に、どうだっていいじゃないですか」

 

 その通りだ。

 

 それきり会話は止み、料理が運ばれてきて無言で食べる。

 食べ終わり、店を出る。俺の方が早く終えたから、先に出ることとなった。

 

 好かれたいと思ってる訳ではない。しのぶはしのぶで、俺のことを認めてはいるのだろう。だが、決して好ましい人物ではないと思ってる。それでも構わない。俺は好かれたくて鬼を殺している訳ではないから。そういう意味ではやはり、カナエが狂っている。

 

 は、と息を吐く。

 気がつけば寒さが身に刺さる、辛い時期になってきた。

 

 あの日を思い出す。

 寒空の下、暗闇の中。鬼を殴り、殴って殴って殴って殴った。そして動かなくなったのを確認して走った。家族はもう、死んでいた。

 あの瞳を思い出す。不愉快で、憎たらしくて、忌々しいあの文字。

 

 ──ああ。やっぱり、俺の生きる理由はここにあるのか。

 

 間違いない。なぜなら、証明しているから。

 俺のこの炎が、焼き尽くせと吐いているから。

 全てを薪にして、広がる。俺の炎は絶えない。

 

 少しだけ気が楽になる。

 お館様。私はやはり、どうしようもない。

 

 どんな物よりも、私は奴の頸が斬りたい。

 斬って、ありとあらゆる憎しみをぶつけて、踏み潰して、ぐちゃぐちゃにしてやりたい。アイツの全てを否定して、なかったことにすらしてやりたい。

 

「──なんて顔、してるんですか」

 

 しのぶに声をかけられる。

 わざわざしのぶを声をかける程、自分の顔は酷かったらしい。素直に謝罪して、自宅に戻る道を歩き出す。

 

「不磨さん」

 

 立ち止まり、振り返る。

 なんとも言えない、苦虫を噛み潰したような表情のしのぶ。

 

「…………どうか姉さんを、死なせないでくださいね」

 

 お前も一緒に鬼狩りをしているだろう、何を言ってるんだ。

 

「あの人は、優しすぎる。甘いといっても、いいくらい」

 

 そう言いながら、しのぶが歩いて近づいてくる。

 

「いつか絶対に、間に合わない日が出てくる気がするんです。私では絶対に間に合わない、そんな日が。……こんな風に、鬼を殺しているからかもしれない」

 

 でも、と続ける。

 

「私じゃ間に合わなくても、貴方がいる」

 

 だから、どうか──その先の言葉は、紡がれることは無かった。そなまましのぶは街の喧騒の中に消え、俺も帰路に着いた。

 

 

 

 

 そうして、次の狩りの日。

 お館様から、一人での狩りを許可された。

 

 

 




モチベ皆無の刃


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不変の日々

 久しぶりに、一人きりの夜。

 既に灰になっていく鬼の亡骸を踏みつけた後、月を見る。暗い世界を照らす唯一の明かりは、とても美しく見えた。こんなふうに思う感性が自分に残っていることに驚くし、それを受け入れている自分にも驚く。

 

 月は変わらない。

 俺たち人間の人生がどれだけ幸福になっても、悲劇に塗れても、変わる事はない。

 

 それがなんだか少しだけ、うらやましい。不変である──俺はいいと思う。

 中には変わらないものなんて退屈だ、なんてことを言う人物もいる。

 

 でも俺は、悲劇によって変わってしまうくらいなら──どうかいっそ、変わらないでほしいと願ってる。

 

 

 

 

「おはようございます」

 

 ……おはよう。

 

 普段ニコニコとしているカナエが、なぜか仏頂面で俺の家を訪ねてきた。

 時刻は正午、家に帰ってきて風呂に入って寝付き始める頃──というか俺は寝てた。

 

「…………」

 

 まるで妹のように無言になる。何か気に障る事でもしただろうか──そもそも、コイツが気に障るってどれだけの事なのだろうか。皆目見当もつかない。

 

「不磨さん」

 

 ……ああ。

 

「どうして昨日、家にいらっしゃらなかったのですか?」

 

 それは、鬼を殺しに行ったからだな。

 

「何故、鬼を殺しに行ったのですか?」

 

 それは、殺してもいいと言われたからだな。

 

 ニコり、そうほほ笑んで俺を見てくる──というより、見詰めてくる。

 一ミリも目線を外さない。

 

 ……悪かった。悪かったからソレ、やめてくれ。

 

「……ほんとに悪いと思ってます?」

 

 思ってる。本当に悪かった。

 

「……まあ、いいです。それは置いておくことにして──いや置いておきませんが」

 

 そういいつつ、また真顔になったカナエ。

 

「ちょっと寂しかったんですからね。昨日来て、誰もいなくて」

 

 寂しい。

 鬼を殺すのに、騒がしさは必要なのだろうか。少なくとも柱である俺が何時迄も人間を連れて──ああ、いや。そう考えると一緒に行った方が合理的だ。

 

 俺も柱として、お前を育てる必要がある。

 新たな柱になれる才を持つ、お前を。

 

 ──いいのか? 

 

 一瞬だけ頭の中に浮かんだその問いを、一蹴する。

 なにが、いいのか、だ。今更なにを思う。

 

 謝罪をして、どうせなら上がっていけと声をかける。

 あら、と言いながら入ってくるカナエを離さない程度の速さで歩いて行く。途中で縁側に差し掛かり、ここがいいとカナエが言ったので俺は物を取りに行った。

 

 と言っても、茶くらいしか出すものがない。食事は残念ながら外食したため残ってないし、食材すらほぼない。

 

 茶を盆に乗せ──最低限のものだけは確保しろと、過去にカナエに言われたため持っていた──を、運ぶ。

 ある意味カナエに出すのは正解だな。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 縁側に腰掛け、外を眺めるカナエ。

 なにか面白いものでもあったか? 

 

 そう言うと、微笑んでから柔らかに首を横に降る。

 

「いいえ。ただ……」

 

 ただ。その後の言葉が紡がれる事はなかったが、なにを言いたいのかだけはわかった。言葉がわかった訳じゃない。どんなことを伝えたいのか、それが──俺にも、なんとなく伝わった。

 ただ、それだけだ。

 

 気がつけば、鎹鴉が俺の所まで飛んできた。珍しいな、普段は居ないのに。

 

 それで、何しにきたんだ? 

 まさか俺と話すためにきた訳じゃないだろ。

 

「え? 話すために来ました」

 

 ……そうか。

 

「はい」

 

 それきり、会話が止まる。わざわざ俺と会話するために家を訪れるとか、ますますしのぶに嫌われそうだ。なんでもカナエのせいにするなと憤るが、これに関しては俺は全く悪くない。

 

 暫しの間、二人でゆっくりと時間が過ぎるのを待つ。

 気がつけば茶は全て飲んでおり、それはカナエも同じようだった。

 

「……不磨さんにとって、私達は邪魔なんだって」

 

 唐突に、それでいてしっかりと。

 カナエが声を出す。

 

「昨日、私達の所にも鎹鴉を通して指令が下りました。『炎柱は本日より、単独での鬼狩りを許可した』って。何故だとか、そうやって理由を聞きたくて来た訳ではないんです」

「その、なんて言いますか。なんの会話もなく、お別れって言うのは、寂しくて。だからせめて、私は──……」

 

 そこまで言ってから、カナエは口を閉ざす。

 

 ……そう、だな。何の挨拶もなしに、関係を終わらせようとしたのは謝る。俺の失態だ。

 

「……すみません、謝って欲しい訳じゃないんです。過失がどっちにあるとか、そうでもなくて……ええと」

 

 なんだか要領を得ないカナエの口振りに、なにを求めているのかわからなくなる。ゆっくりと、自分の中で言葉を咀嚼するように考えた言葉をカナエが話すまで待つ。

 

「……指令が下ったから終わり、で終わらせるのは、私は寂しいです」

 

 カナエはそう言って、話さなくなった。

 ……つまり、鬼狩り以外でも関係を持ちたいと。そう言うことか? 

 

「……はい」

 

 ……鬼狩り以外、か。

 今になって思えば、そんなこと考えてもなかった。

 

 俺の人生は、鬼を殺すことに捧げた。それ以外には何もない、ある意味空虚な人生。意味はあるのかと言われれば、わからないとしか答えられない。

 

 友人、なんて言葉もあったな。

 果たして俺に友人はいるのか。そもそも、友人とは何なのだろうか。杏寿郎、悲鳴嶼……あとはそれこそ、胡蝶姉妹位しか関係を持っている人物はいない。お館様はお館様だし、柱である悲鳴嶼は同僚。

 

 ああ、成る程。俺が唯一友と呼べるのは、杏寿郎だけなのか。

 そうなると、胡蝶姉妹は何になるんだろうか。同僚? いや、何だろうか。

 友人と呼べるのか。しのぶは……無理だな。怨敵とすら思われていてもおかしくない。

 

 カナエ。お前から見て、俺はどうなんだ? 友人と呼べるのか? 

 

「えっ」

 

 一瞬驚いた声を上げて、すぐさま口を塞ぐように手を当てる。

 やはりなにも言わない方が良かったか。

 

「い、いえ。少し驚いてしまって……すみません」

 

 んんっ、と一度喉を鳴らして落ち着こうとするカナエ。

 

「私は、そうですね。不磨さんの事を……ええ。尊敬出来る人だと思ってます」

 

 尊敬出来る人、ね。

 俺はそうとは思わないが、カナエの中ではそうなんだろう。炎柱として、杏寿郎の前任として。恥ずかしくない柱になれているのだろうか。

 

「でも、それと同時に心配もしてました。だって貴方、鬼を殺すことしか考えてないんです」

「鬼を殺す。鬼殺隊として、その考えは間違ってない。私はそこまで歪めるつもりはありません。ですが、せめて……もっと自分の身を案じて欲しいと思ってますよ」

 

 自分より階級が下の人物に言われる。だが、不思議と不快感はない。これが見ず知らずの隊士であれば、相手にすることすらしなかっただろう。

 では、何故カナエは平気なんだ? 何故その言葉を受け入れられる? 何故聞いていられる? 

 

 ……ああ、成る程。そもそも俺は、とっくの昔に変わってたんだな。

 

 そう思うと、なんだか、気が楽になるというか──ああ。そうか。

 俺も絆されたんだな、カナエに。

 

「だから……え」

 

 カナエが話す途中で此方を見て固まる。

 どうしたのだろうか。

 

「…………いえ、その……なんでも、ないです」

 

 此方から目を逸らし、反対側を見るカナエ。

 

 なんだ、変な奴だな。

 

 そうして止まった会話。

 暫くすると、眠気が息を吹き返したかのように襲ってくる。

 

「……あ、そ、そういえば寝てないんですか?」

 

 ああ。お前が、来たからな。

 別に嫌味っぽく伝える気はなく、そのままの意味で伝える。

 

「それは、すみません」

 

 申し訳なさそうに謝るカナエの声を聞きながら、なんだか懐かしい感覚を覚える。

 ああ、なんだろうな。人が、隣にいるのに、寝そうになるなんて。

 

 あの頃──まだ、家族で一緒に居た時以来、か……。

 

 

 

 

 とすん、と。胡蝶カナエの肩に急に重さがのしかかる。

 

「……不磨さん?」

 

 その重さの原因となっている、灰色がかった髪の色の男性──不磨へと声をかけるが、反応はない。どうやら、不磨が思っているより……カナエが思っているより、疲労は溜まっていたらしい。

 

 カナエは小さく柔らかな笑みを浮かべつつ、不磨の頭をずらす。肩からもっと下──要するに膝枕、というモノ。

 ゆっくりと、それでいて素早く態勢を整えたカナエは一息つく。

 

「珍しいですね。貴方がこういう姿を見せるのは」

 

 出会って、それなりに年月が経った。

 最初の出会いは、あの屋敷。怪我をして運び込まれてきたくせに、すぐ鍛錬だと言いながらどこかに行こうとしていた。

 ああ。そういえば、あの頃は敬語だった。気味が悪いくらいに他人行儀で、それでいて無遠慮でもあった。あの山での邂逅、十二鬼月との戦いを一瞬にして終わらせたとき。そこでもまだ、敬語が抜ける事は無かった。

 

 ああ、そうすると。

 敬語が抜けたのは、あの再会の時だった。どこからどうみても体調不良、ふらふらと歩く不磨を藤の花の家紋を掲げる家に何とか連れ込んで休ませた。後から話を聞けば、柱になってばかりで無茶をしていたと。

 その無茶をする癖は、カナエが何度も何度も言いまくった結果多少──ほんの少し、若干、ちょっとだけマシになった。

 

 カナエは、不磨の灰色がかった髪を撫でた。

 ふわりと、慈しむように。

 

「……ふふ」

 

 髪の隙間から覗いた不磨の、安堵したような表情にカナエは笑みを溢す。

 ふあ、と欠伸をする。どうやら寝ている姿を見ていたらこちらも釣られたようだ。

 

 ──急に、脳裏に先程の不磨の顔が蘇る。

 

 これまで見せたことのないような、途轍もなく柔らかい笑み。

 常に眉間に皺を寄せて不愉快な様子を醸し出していた不磨からはあり得ないとすら、カナエは思った。思わずその表情を見た時、話している最中だったのにも関わらず顔を逸らしてしまった。

 

 少々乱暴だが、こちらの身を案じている発言ばかりするし、行動も鬼狩りの際は邪魔にならないように庇ってくれる上最近はよく話を聞いてくれるようになった。

 

 笑顔も見たことが無くて、それでも少しは友好的になっているのかなと考えた所でコレ。

 

 自然と頬が緩んで、頭を撫でる。

 

 ああ、このまま寝たらしのぶに怒られちゃうかなぁ。

 そんな、日常をカナエは空想した。そしてしのぶの怒り顔が容易に思い浮かび、自分で笑ってしまう。

 

 まあいいか。このまま寝てしまおう。

 そうしたら不磨さんも巻き込んで──うん、しのぶへの言い訳はそんな風にしてもらおう。

 

 そう考えながら、カナエもまどろみの中に意識を落としていった。

 

 




モチベ回帰の刃


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柱同士

「久しいな、不磨」

 

 これは……悲鳴嶼。随分と久しぶりだ。

 

 鬼殺の後、家に帰れる距離では無かった為に藤の花を掲げた家を探して歩いている最中。

 同じ柱であり、何度か会議で顔を合わせた悲鳴嶼に出会った。

 

「え、ひ、悲鳴嶼さんですか?」

 

 ひょっこりと背後から姿を見せたしのぶ。

 今日の鬼殺は、しのぶと俺の二人で行った。カナエは何やら用があるだとかで一人別の場所に向かっていったのだ。

 

「胡蝶、か」

「どうも、お久しぶりです!」

 

 そういえば、前に聞いたな。

 胡蝶姉妹が鬼殺隊に入った理由、そうなってしまった訳。

 

 家族を惨殺され、怯えるしかなかったその時──悲鳴嶼が助けに入ったらしい。

 家族は助からなかったが、唯一無事だった二人だけ生き延びた。そしてカナエと話して、鬼狩りに入って同じような被害者をなくすために入隊を決断した。

 

 立派な志だと、俺は思う。

 戦いに気持ちなんて関係ないだろうが、俺の在り方よりよっぽど健全だ。他者に全てを押し付け、自分で道を決めることができない。今のこの復讐の道だって、家族を殺されたからだ。

 そうやって、なんでもかんでも他者のせいにする。自分で、自分の意思で、決めたふりだ。

 

 自ら、誰かを守るためだとか。

 自ら、誰かを殺すためだとか。

 

 違うんだ。何処までも。

 

 しのぶ、俺は先に行ってる。話したいこともあるだろうしな。

 

「……はい」

 

 少し驚いたような声を出したしのぶを置いて、先に家を探す。

 そういえば今は朝か。この間──すでに数ヶ月前だが──カナエが家を訪れた時は、まさか寝落ちするとは思わなかった。目が覚めたら夕方だし、カナエに膝枕されてるし。

 というか、我ながら……ああも油断して寝るとは。

 

 カナエには申し訳ないことをした。

 急いで跳ね起きて、起こしてしまった。

 

 くすくすと笑うカナエのあの表情は、今でも記憶に残っている。

 

 ……随分、変わったな。

 自分の変化を理解して、それを笑える分には良いのだろうか。カナエに聞けば、間違いなく良しと答えるだろう。

 

 本当に、いいのか。俺だけが、こんな風に生きることを楽しんで。

 

 地獄の底から、俺への怨嗟が聞こえる。

 これまで殺してきた鬼。救えなかった人達。地獄の底で、俺が落ちてくるのを待っている連中。何故俺だけが。何故お前だけが。日に日に強くなるその声は、死ぬことのない俺を呪い殺してやろうと奮起している。

 

 ……そうだな。全部終われば、死んでやる。

 俺に幸せなど不要。必要ならば、恨み妬みの全てを飲み込んで死ぬさ。

 

「──わっ」

 

 急に背後から声が聞こえる。

 聞き覚えのある、最近ずっと聴いてる声。

 

「……不磨さん、どうされたんですか? いつもより凄い顔してますけど」

 

 いつもよりとはどう言うことだ。全く……いつの間に来たんだよ、カナエ。

 

「用事が済んだので、鴉に誘導してもらいました! 凄いですね、まさか不磨さんの位置も把握してるとは」

 

 よくよく見れば、ずっと俺の担当をしている鎹鴉がカァカァ鳴きながら飛んでいる。

 お前、見ないなと思ったら……そんなことしてたのか。

 

「あ、そうそう。不磨さん、どうですかこれ」

 

 そう言って、刀を見せてくる。

 刀を外で見せるのは原則駄目なんだが、まあ今はいいだろう。街中でもない、普通の道であるから。ていうか悲鳴嶼としのぶはどこ行ったんだ。

 

「──じゃじゃん!」

 

 そう言いながら見せてきたカナエの日輪刀には、特に変化はないように思える。

 先から、腹を見て。そうして鍔を見て──驚愕する。

 

 ──【惡鬼滅殺】。

 

 お前、それ……

 

 そう言うと、カナエはニコリと微笑んでこう言った。

 

「どうも、花柱の胡蝶カナエです! 改めて、これからもよろしくお願いしますね──不磨さん!」

 

 

 

 

「姉さん……なんで私にすら言わなかったの……?」

 

 そう言いながらカナエに詰め寄るしのぶを見つつ、悲鳴嶼と二人で酒を飲む。

 あの後合流して、まさかの一番先に俺に言いに来たカナエは2人に何も言うことなく宿へ。宿に着いて、ご飯食べませんかって話を切り出したタイミングで言い放った。

 

『あ、悲鳴嶼さん。私も柱になったのでよろしくお願いしますね』

『…………うん?』

 

 流石の悲鳴嶼も、こんなどうでもいい流れで言われるとは思ってなかったらしく少しだけ固まってた。

 そうしてしのぶに伝えて、今になる。

 

「しかも私が一番最後なの? なんで不磨さんが一番最初なの?」

「え、そ、それは……何となくかな?」

 

 若干困った顔で俺を見るカナエ。

 知らん、お前がやったことだろ。俺に振るな。ただでさえしのぶは俺に当たりが厳しいんだ。

 

「……ふむ。お前も変わったな、不磨」

 

 ……まあ、自覚はある。

 一辺倒では無くなった、とは。

 

「いい意味で、人らしくなった。過去のお前は、全てを飲み込む悪鬼にも近しいものだったが……今は違うな」

 

 流石はお館様だ、そう付け加えて酒を煽る。

 いい意味で人らしくなった、か。

 ……ある意味、自分が振り切れてるのはわかってる。そもそも普通の人間とは、少し違うんだ。死なない、死ねないという絶対的な不変。半ば執念そのものと言っても過言ではない憎悪。

 

 鬼という存在そのものに抱いているのか、それとも自身に抱いているのか。わからない。わかる必要があるとは、思わない。

 

「人と鬼の境目、なんてものはわからない。だが少なくとも、我々人間には心がある」

 

 他者を慈しむ心。

 他者を羨む心。

 他者を憎む心。

 

 それらは全て人の心だ。

 鬼に心がある? 知った事ではない。心があろうがなかろうが、鬼は鬼だ。人を喰らい、幸せを喰らい、絶望を与える存在。そんな奴に心がある? 巫山戯るな。

 救いなどいらない。無惨に、凄惨に、惨たらしく死ぬべきなのだ。鬼は全てそうだ。

 

 人を喰らわぬ、幸せを生む鬼がいれば……別かもしれないが。

 

「それこそ、親玉を殺すまで終わることはない」

 

 それはお前に任せるさ。

 俺は別に、鬼による連鎖を終わらせたいと思ってるわけじゃない。ただ許せないだけだ。あの上弦の弐がな。

 

「ふ、そうだろうな」

 

 そうして、また酒を煽る。

 

 カナエが柱になった。

 早いものだ。通常であれば、五年はかかると言われる柱にわずか数年でなった。俺も悲鳴嶼も大概ではあるが、ここのところ柱になる人物は若く優秀な奴が多い。

 そうして、杏寿郎が育ったら俺は交代する。炎柱は、煉獄杏寿郎が継ぐのだ。

 

 単独になれば任務と何もない。

 一人であの鬼を探しに行ける。それまでに殺せたら? ……それはそれで、いいのかもな。

 

「惡鬼滅殺──この一つの言葉に、どれだけの想いが込められていることか」

 

 被害に遭った人々。

 被害を恐れる人々。

 鬼を憎悪する人々。

 

 刀剣を仕上げる刀鍛冶も、鬼を殺す俺たちも。全ての人間の、鬼への想いが詰め込まれている。それを背負い、鬼を斬る。人々を救い、鬼を地獄に堕とす。それが俺たち鬼殺隊の柱なのだ。

 

「……我々の代で、終わらせる。それが目標だ」

 

 ……そう、だな。

 これ以上は、要らないだろ。

 

「──不磨さんっ! 姉さんに何したんですか!?」

「し、しのぶっ!」

 

 顔をほんのり赤く染めたしのぶが絡んでくる。

 ……お前、酔っ払ってるな? 

 

「いいから答えてください! 姉さんを誑かしたんでしょう!」

「不磨さん、聞いてないことにして下さい……!」

 

 同じくほんのり顔を赤く染めたカナエ。

 

 ……まあ、祝いの席だ。少しくらい羽目を外してもいいんじゃないか。それと別に誑かしてなんかいない。どちらかと言うと誑かされた方だ。

 

「…………えっ」

 

 ピシリとしのぶが固まり、カナエが声を短く出してそのまま無言になる。

 何だ、お前が聞いてきたんだろう。だから俺は答えただけだ。

(カナエの在り方に揺さぶられ影響されて)誑かされた、とな。

 

「……………………姉、さん」

「へっ」

 

 どこか愉快そうに口を歪める悲鳴嶼と、壊れた人形の様にカナエの方を見るしのぶ。

 

「ふ、不磨さん! 貴方わざと言ってませんか!?」

 

 さあ、何のことやら。何も間違いは言ってないぞ。

 そう言いながら、また一口酒を煽る。

 

「詳しくお話、聞かせてください……。もし、姉さんが本気だって言うなら、私だって、言いません……」

「しのぶ!?」

 

 錯乱してカナエに迫るしのぶを見つつ、小さく笑う。

 まあ、何だ。少しくらいこんな日があっても、いいんじゃないか。

 

「…………本当に、変わったな。不磨」

 

 お館様のお陰、だろうよ。

 

 そうしてこの食事は、昼過ぎまで続き──胡蝶姉妹は、二日酔いにより大変な目に合ったとだけ聞いた。

 

 

 

 



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新たな出会い

 ちんまりと、俺の前に座る少女。

 髪を横で留めて、着物を身につけている、

 

 …………カナエ、この子は? 隠し子か? 

 

「誰が隠し子ですかっ! 人攫い……とは少し違いますが。身売りされてたので、私達が買い取りました。そのまま攫ってきました」

 

 お前今自分で攫ってきたって言ったよな? 

 

「…………柱ってすごいですね!」

 

 誤魔化すな。

 ……まあ、誰も文句は言わんだろうが。名前は? 

 

「………………」

 

 ……カナエ。この子の名前は? 

 

「えっ、ああ、はい。カナヲです。ほらカナヲ、挨拶」

 

 ぺこりと頭を下げるカナヲ。

 とりあえず頭を軽く撫でてから、別の部屋に行く。

 

 俺がここに来た──というより、そもそもこの屋敷。蝶屋敷という名前をつけられたこの屋敷は、カナエが柱になったことで与えられた。

 今は引越しも終えて、新たに診療所として開設する予定らしい。

 

 いいのか? 家族で暮らさなくて。診療所になんてしたら、時間は取れなくなるぞ。

 

 そういう時カナエはふんわりと微笑み、横に首を振る。

 

「良いんですよ。私達の時間は、もう十分にとりましたから。それにしのぶの医学は凄いですからね!」

 

 毒関連で、よく調べていたのは知っている。

 ……まあ確かに、いちいち町の医者を頼るわけにはいかないか。その町に、鬼殺隊の息のかかった医者がいるとは限らない。

 

「お館様にだって絶賛される腕前ですからね、しのぶ。姉としては良いのだけれど──……」

 

 顎に人差し指を当てて、悩む仕草を見せるカナエ。

 

「しのぶにも好きな人ができたら、落ち着くのかなぁ」

 

 ……さて、どうだろうな。どちらにせよ俺が嫌われてる事には変わらなそうだ。

 

「あら、そうとは限らないかもしれませんよ?」

 

 ふん、言っとけ。

 自分から動くことのないカナヲの目線まで腰を落とし、目を合わせる。つい先日まで身売りに出されていたという弊害もあるのか、自分から考えて行動するということができないようだ。

 

 それもまた、仕方ない、か。

 俺たちは正義の味方ではない。あくまで鬼を殺すだけの存在だ。

 鬼を殺して、子供を救うことはできる。

 

 だが、子供を育てることは出来ない。

 

 ──……ま、そのうち変わるだろうさ。俺が変われるんだ。

 

 人間というのは、それなりに変われる。

 

「……本当に変わりましたねぇ、不磨さん」

 

 前も言っただろう。お前に誑かされただけだ。

 

「……むぅ。なんか納得いきません」

 

 そもそも、好きな人がなんとかとか言ってるが──そういうお前はどうなんだ。いるのか。できて、何か変わったのか? 

 

「へっ」

 

 もし出来て何も変わってないなら、それを期待するのは意味がないぞ。

 

 さて、それで、他の部屋はどんな感じなんだ? 

 診療所として使うなら、大きな部屋がないと厳しいだろ。ただでさえ鬼殺隊は損耗が激しいからな。いざとなったらぶち抜く、とかしないといけない。

 

 ……カナエ、聞いてるのか? 

 

「…………どうしよう。もしかしてバレてる? いや、でも、そんな積極的になることはあり得ない筈。ああ、どうしようしのぶ……!」

「──ちょっと姉さん。カナヲを連れて何して……んの……」

 

 しのぶが乱入してきて、そして現状を見て固まる。

 一人で頬を抑えて変な動きをしているカナエと、ピクリとも動かないカナヲ。その前に座り込んで目線を合わせている俺。

 

「…………何してんの?」

 

 知らん。カナエに聞いてくれ。

 

 

 

 

「全くもう、なんで姉さんは……」

 

 胡蝶しのぶにとって、胡蝶カナエは大切な姉妹である。唯一同じ血を流す、肉親。

 カナヲを引き取ったとは言え、まだまだ日が浅い。幼少期の影響か、カナヲの精神には大きな傷跡が残っている。それをどうにか取り除かねば、彼女が前に進むことはないだろう。

 

「ていうか不磨さんに甘えすぎよ。なんであの人の前だとああも変になるのかしら……」

 

 あの人──姉と同じく、鬼殺隊炎柱不磨回帰。

 

 自分たちより長く鬼殺隊に在籍し、その戦績は恐ろしいもの。

 討伐した鬼の数は最早数えることすら億劫な程、十二鬼月と名乗る上位的な存在も何度も何度も討伐している。

 現鬼殺隊最強の一角と言っても過言ではない。

 

 しのぶ個人は、そこまで好ましい人物ではない。

 自己犠牲が強すぎる上に、カナエをひたすら言葉責めした(しのぶ主観)過去がある。カナエ本人は『気にしてないし、寧ろあの人の優しさがわかった』などと言っていたがしのぶはそうは思わなかった。

 

 こんなに優しい人を、なんて言い方をするんだ。

 柱だからなんだ。思い上がるな。

 

 当時抱いたこの想いは、未だ変わることはない。

 寧ろ強くなっている節もある。とは言っても、あの頃は遭遇することだって少なかったし出会ったのだって僅かだった。

 

 なのだが、ある日突然鬼殺隊の組織長より命令が下り共に狩りを行うことが決定してしまう。

 それ以来──なんだかんだ縁があり。しのぶが望む望まない関係なく、今の生活がある。

 

 今のしのぶの命があるのは、まあ間違いなくあの男のお陰だろう。そこは否定するつもりはない。今の戦い方も、あの男の行動から考えて選んだものだ。

 そういう意味では、助けられてることの方が多い。事実だ。事実だが。

 

「……納得いかない」

 

 優しい姉の事だ。最初は『かわいそうな人』とでも思っていたのだろう。そうして何度も共に居て、なんだかんだ自分を否定はするけど拒否はしない不磨に少しずつ惹かれていき、優しさも垣間見得てきて落ちた。そんな感じだろう。

 

「…納得いかない」

 

 そうして不磨自身も、恐らくカナエをそれなりに好意的に思っている。

 これは間違いないだろう。明らかな嫌悪感を出してるしのぶ自身にもそんな悪辣な対応はしないが、やはり冗談というかなんというか──普段の対応が違うのだ。

 

 しのぶにはある程度事務的。

 カナエには若干だが、感情的なような気がするのだ。それこそ、一番初めから。

 

「……あの人自身が正反対、だからなの?」

 

 全く異なる二人。

 本来であれば接触はあれど、交わることなど決して無かった筈だ。

 

 溜息をこぼし、世の中はよくわからないと諦める。

 そもそも、鬼なんて存在に殺されるというのがもうおかしい。なにが鬼だ。非科学的だ。医学を学べば学ぶほど、鬼の滅茶苦茶さに呆れる他ない。

 

 いい加減にしろと言いたくもなる身体能力、なんだそれはと問いたくなる血鬼術。果ては十二鬼月。何が十二鬼月だ、人殺しの怪物が偉そうにするな。

 地獄に堕ちてしまえ。

 

 政府は鬼なんて超常的な存在は認めず、鬼殺隊は政府非公認の組織に。

 脅威を正しく認識できている人々もいるが、多くの人々は鬼を噂程度だと思っている。それはそれで良いだろう。

 

 だが、いざ鬼に襲われた際。

 知らなかった、あんな奴がと言われるのは腹が立つ。なんでもっと早く来なかったと言われたことだって何度もある。

 

 そういう時、大体不磨が前に出て庇ってくれた。

 鬼に遺族を襲われた、その不甲斐なさと怒りは理解できる。そこで喚くだけなのか。お前たちは──そう、しのぶは思ってしまう。

 それに対して、後から言われた言葉。

 

『鬼は屑だ。だが、鬼に襲われた人は屑ではない』

 

 当たり前の話。

 わかってはいる。わかってはいるが、口だけで行動に移さない人間には苛立ちが募るのだ。

 

「……駄目ね。切り替えよう」

「…………何がだ?」

「え゛っ」

 

 後ろからかけられた声に驚く。

 

「……なんで勝手にうろついてるんですか」

「カナエに行けと言われてな。どうやら案内をする気はあまりないらしい」

 

 肩を軽く竦めながら口元を柔らかく歪ませ笑う不磨に、最初と全然違うと感想を抱く。

 鬼を殺すこと以外興味は無い、お前たちなんぞどうでもいいと言わんばかりのあの頃に比べて本当に変わった──しのぶはそう感じた。

 

「貴方が揶揄うからでしょ。もっとちゃんと──」

「──わかってる。わかってるさ」

 

 言葉を阻み、吐き出すように話す。

 

「……わかっては、いる。だけどな」

「ふん。そこまでわかってるならもっとちゃんと考えてください」

「……ああ」

 

 苦し気な表情になる不磨に、苛立ちを抱く。

 わかっているくせに。全部、全部。

 

 姉さんの気持ちも、自分の気持ちも。わかっているのだ、この男は。

 

 けれど、答えを出せない。

 出すのを恐れている。

 

「…………強い癖に、弱いんだから」

 

 苛立つ。

 その在り方に。

 自分の人生と、他人の人生を天秤にかけているその考え方に。

 

 そして──それに対して、こんな態度をとる事しかしない自分に。

 

 



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崩壊の引き金

「あ、こっちですこっち」

 

 手を振るカナエに、こっちも手を振り返す。

 

「久しぶりですね、二人で哨戒任務は」

 

 そうだな。

 カナエも柱になって、それぞれ別で任務をこなすことも増えた。それの影響だろうな。

 

「はいっ」

 

 柱の担当として割り振られている範囲、それを今夜は二人で回ることにした。俺とカナエの担当地区はそれなりに近く、俺達の足なら十分に回りきれるくらい。

 

 そもそも鬼殺隊が担当している街は鬼の中でも噂になっているのかは知らないが、あまり鬼が出現しない。

 それ自体が抑止力にでもなっているのか──それならそれでいい。柱が居るだけで鬼の被害を防げるのは、良い事だ。

 

「ええと、そしたら先に私の場所を回って。その後に不磨さんの担当地区ですね」

 

 なんだかんだ言って、何年も回ってるからな。

 いい加減見慣れたし、顔見知りも増えた。

 

「へぇー、不磨さん社交的なんですか?」

 

 ……そういう訳じゃ無い。

 ニヤニヤ俺を見てくるカナエから目を逸らしつつ、此間しのぶに言われたことを思い出す。

 

 ──『ふん。そこまでわかってるならもっとちゃんと考えてください』。

 

 ……わかってる。

 カナエが俺に好意らしきものを持っていることも、俺がカナエに好意を持っていることも(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 選べないんだ。

 選べないんだよ。

 

 俺がカナエのその想いに答えてしまったら、これまでの人生はどうなる。俺の覚悟はどうなる。想いはどうなる。

 死んだ人達は何を恨めばいい。俺は、何を言えばいい。

 

 いつか堕ちる地獄の底に、何を連れて行けばいいんだ。

 

 あの鬼を殺す。それを、生きる目標にしていた俺が……今更、都合のいい話だ。

 その為に、色んなものを犠牲にしてきた。なのに、なのに。駄目なんだよ、選べないんだ。

 

 カナエが大事じゃない訳じゃ無い。

 カナエも、しのぶも。俺にとっては大切な友人だ。

 

 でも、俺にとって。あの鬼を殺すっていうのは、特別なんだ。

 

 ……なんて、全部言い訳だ。自分の心が弱い。自分の意志が弱い。

 否定されるのが嫌なんだろう。これまで散々、色んなやつに会った。中には俺の生き方を否定する者も居たし、カナエの生き方を否定する奴もいた。

 

 俺はそういう奴を無視した。

 カナエは人々と話し合った。

 

 決して否定せず、それでいて相手に自分の意志を伝えていた。俺は、柱だから。柱であるからと言い訳を続けた。

 

 嫌になる。

 

「──また、難しいこと考えてるんですか?」

 

 ぐに、と頬を抓られる。

 軽くだが、ほんの少し触られた感触が残り心がざわつく感覚がする。

 

「……良いんですよ。私が言うのもなんですけど、私、不磨さんの事一番見てる自信ありますから。わかります」

 

 そのある種独特な告白を聞いて、一瞬身体が反応する。

 それがまた自分で情けなく感じる。

 

 お前の決意は、その程度か。

 俺の決意は、その程度なのか。

 

 俺は、揺らいじゃいけないんだよ。

 炎柱とか、そういう理由もあるさ。だけどな、一番の理由は……忘れたくないんだよ。

 

 俺がこうやって生きていることで、復讐の道を歩く事で日の目を見る者達が居るんだ。

 二度と話すことの出来ない、鬼に無残に殺された人々が。

 

 あの鬼を殺す、その復讐の道には俺の家族がいるんだ。

 もう俺以外誰も覚えていないあの家族が。俺だけは覚えててやらないと。

 そうでないと、覚えてるのが──……食べた鬼だけになってしまう。

 

 そんなの嫌だ。許せない。

 だから、身を堕としたんだ。この道に。

 

「……じゃあ、何度でも言います。その生き方は、辛いですよ」

 

 …………わかってる。わかってるさ、もう十分。

 自分を殺し、他者を想い、その生命の全てを鬼殺に費やす。それがどれほど無価値で価値のある愚かで賢い生き方なのか、十分わかってるんだよ。

 

 それでも、柱なんだ。

 

 いくらあの鬼を憎んでいても、どれほど苦しみを抱いていても、姿形一切詳細がない。

 そんな奴を探し続けて、俺は……そうやって無駄に考え込んでしまう。あの頃はこんなこと全くなかったのに。

 

 お前は変わったことを、良かったと言うだろう。

 だけど、俺にとって──ただ喜べばいいものなのかわからないんだ。

 

「……私は、人は幸せになるべきだと思います」

 

 歩きながら、話し出す。

 

「幸せの形は人それぞれですけど、人は幸せになるべきなんです。私は、今こうしていられるのが幸せです。しのぶがいて、カナヲがいて、不磨さんもいる。そこに混ざって過ごすのが好きなんです」

「勿論、過去に辛い思いはしてきました。家族を目の前で鬼に惨殺されて、悲鳴嶼さんに助けられたとは言え……決して、恨みがなかったわけではないです。どうして、なんで──そう思う気持ちは絶対にありました」

 

 此方をチラリと見て、微笑む。

 

「不磨さんは、どうですか?」

 

 …………幸せになるべき、か。

 前の俺なら、『あの鬼を殺して漸く幸せになれる』とか言うんだろうな。自分でも想像できる。

 

 そうだな。確かに今、俺は幸せなんだろう。

 それは断言できる。

 

 友がいて、俺を支えてくれる。

 お前はおかしいと指摘するしのぶ、それも含めて肯定するお前。俺を凄いと、胸を張れと言う杏寿郎に同じ柱でほぼ同時期から共に戦っている悲鳴嶼。

 

 それらはきっと、幸せなんだ。

 

 でもな、でも。

 俺がその幸せを認めて、享受していいとは思えないんだ。

 

 だって、俺の家族はきっと苦しんだから。

 だって、俺が救えなかった人達は苦しんだから。

 

 その苦しみを背負って、ここまで進んできたんだ。

 なのに今更、その幸せを受け入れる? 

 ……駄目なんだよ。

 

 俺は幸せになるべきではない。それに、もう覚えてもいない過去──俺は確かに幸せだった。だからこそ許せないんだ。あの幸せだった世界を破壊したあの鬼を、俺は必ず殺さないといけない。

 だから、カナエ──俺は

 

「……なら」

 

 答えようとしたところで、その声に言葉を止める。

 

「──それなら、私のために幸せになってください」

 

 真っ直ぐに自分を見つめる、カナエの目。

 嘘の一つもなく、陰りなど一切無い瞳。

 

「どうしても不磨さんが幸せになれない、なりたくないと言うのなら、私が幸せになるために幸せになってください。その道を進むというなら、一人で進まないでください」

 

 俺の手を掴んで、両手で挟むようにして持つ。胸の前まで引っ張られ、体温が伝わる。じんわりと俺を包むように広がるその熱に身を侵されながら、目を閉じるカナエを見る。

 

「私が背負います。……いえ、私も、背負います。二人で背負います。背負っちゃいましょう。誰にも文句は言わせません。一人では進ませません。悲しみも憎しみも、全部背負って二人で進みましょう」

 

 ニコリと笑って俺を見てくる。

 

 …………なんだって、お前は、俺みたいな奴に、そこまで構うんだ。

 構う価値なんて、ないのに。お前の優しさに甘えてばかりで、俺は何も与えられてない。

 なのに、どうしてそこまでしてくれるんだ。

 

 そう言うと、カナエはもう一度柔らかな笑みを浮かべてこう言った。

 

「決まってるじゃないですか──貴方の事が好きだから、ですよ」

 

 …………俺は、お前を好きになっていいのか。応えていいのか。

 

「はい。勿論誰も文句は言いませんし、言わせません。これは私達二人で選ぶ道ですから」

 

 …………だけど俺は弱虫だ。何処までも引きずって、引きずって引きずって背負い続ける。お前には、重い。

 

「構いません。貴方が潰れて擦り切れると言うなら、私がその前に肩代わりします。潰れるとしても、一緒にですよ」

 

 …………いい、のか。

 俺は、お前の優しさに、溶け込んで。

 

「はい。……是非」

 

 ぎゅ、と手に力を入れてくる。

 それがなんだかもどかしくて、でも暖かくて。

 

 そう、か。

 俺は、お前に甘えて──

 

 

 

 

「──あれれ、聞いてたのと違うなぁ」

 

 ──その瞬間、全身が沸騰するような感覚を感じた。

 駆け抜けた不快感に、振り向く。

 

 その影に、その姿に。

 

「話では女の柱がいるって聞いたんだけど、なんでか男も混じってる。うーん……まあいいか!」

 

 バサ、と顔の前に扇を開く。

 

 ああ、その耳障りな声。

 不快感の塊のような話し方。

 そしてなによりも──その目。

 

「俺は童磨。今日は、いい夜だねぇ」

 

 先程までの思考を消しとばし、殺意を迸らせる。

 練り上げろ、俺の人生は──ここにある。

 

「炎柱、不磨回帰。地獄に堕ちろ、腐れ外道が」

 



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蓮の花

──全集中・炎の呼吸。

 

 その場から一気に翔ける。

 右足で大きく踏み込み、左足で着地。そのまま左足に力を込めて、憎たらしい鬼の頸めがけて刀を振るう。

 

「わ、早いね!」

 

 何処までも馬鹿にしたようなその態度が気に入らない。

 

 カン、と甲高い音を立てて手に持つ扇で刀を止められる。

 

「へぇ、炎の呼吸かぁ。俺とは相性が良さそうだね」

 

 恐ろしいほどの力。

 全力で呼吸を行なっていてこれか──憎たらしい。平然と受け止められた箇所から刀を離して、頸ではなく別の箇所を狙う。扇の大きさ的に、小回りはあまり効かないはずだと判断して手首を狙う。

 

「お──機転も利く。優秀だなぁ」

 

 パキ、と音が聞こえる。

 刀と扇がぶつかる音でも、何でもない。何だこの音は。

 

血鬼術──蓮葉氷

 

 左手で振るわれた扇を、後ろに避けることで回避して──呼吸が十分に出来てないことに気がつく。

 苦しい。毒を食らってる? いや、あの感覚じゃない。

 

 ぶるりと身体が震える。

 これは…………寒い、のか? 

 

「無理しないほうがいいよ。俺の血鬼術をまともに吸い込んじゃったからね。そのうち肺から巡って細胞が死んでくよ」

 

 成る程、血鬼術か。

 死ぬわけではなく、行動不能にする。クソめんどくさい奴だ。

 はぁあと息を吐いて、猛烈な痛みが身体の奥底からするのを感じる。

 

 自分の首に刀を当てて全力で呼吸を行う。

 

「え」

 

 覚悟を決めろ。

 俺は死なない。こいつを殺すその時まで。

 だから、自分で死ね。自殺しろ。痛みを堪えろ。

 

 首に食い込む刃、痛みを感知するより先に、視界が歪んでいく──斜めに変わっていくのを感じる。

 ……ああ。

 

 鬼は、この程度の痛みで苦しんでたのか。

 益々憎たらしいよ、クソ野郎。

 

 

 

 

「あれれ、来ない? ならこっちから行くけど」

 

 童磨──いや、クソ野郎が扇を構えて歩いてくる。

 舐め腐りやがって。呼吸を行い、足に力を込める。

 

 出し惜しみは一切しない。一撃で殺す。防がれるのなら、それごと叩き潰せばいい。

 深く、深く呼吸を刻む。

 

 己を薪にしろ。

 憎しみを燃やせ。

 怒りを増幅させろ。

 

奥義──玖ノ型・煉獄。

 

 一瞬だけ、あの憎たらしいクソ野郎の顔つきが変わった。

 

 予想して無かったか? 

 素早く、それでいて高い火力を出せる技があると思ってなかったか? 

 

 ふざけるな。こっちはお前を殺すために生きてるんだ。

 

 血鬼術? 

 

 いいや、俺の方が早い。

 舐めてかかった、お前の負けだ。無様に死ね。いますぐ死ね。

 

 ──最後に見たのは、クソ野郎の愉し気な表情だった。

 

 

 

 

 

「あれれ、来ない? ならこっちから行くけど」

 

 ふざけるな。

 このクソ野郎、ふざけんなよ。

 

 どうしてあそこから返せる。

 どうしてあの状態から斬り返せる。

 

 おかしいだろ、化け物。

 

 再度呼吸を行う。

 煉獄じゃダメだと言うのなら、幾つも組み合わせろ。届かないわけがない。届かせるんだ。

 

 全集中・炎の──

 

「──不磨さん!」

 

 その声に動きを止める。

 見てみればクソ野郎も動きを止めている。目を細めて、それでいて愉快な表情。イラつく野郎だ、死んじまえ。

 

「落ち着いてください。十二鬼月の上弦の弐ですよね?」

 

 そうだ。俺がずっと追い続けた、俺の人生を賭けて殺さねばならない憎たらしいクズ。

 

「ひどい言われようだなぁ」

 

 あははと笑うその姿に、益々怒りが沸く。

 何笑ってんだよ。何息してんだよ。早く死ねよ。

 

「うーん……でもなぁ。どうせ死んででも想ってくれるなら、女の子の方がよかったなぁ。ね、何て名前なの?」

 

 ──いい加減黙れよ。

 

 全集中・炎の呼吸──壱ノ型。

 

 不知火の速度で、炎虎の威力を叩き出せ。

 カナエが制止してくるが、それを振り払って突撃する。試して試して、こいつが死ぬまで何度だって。

 

「よっと」

 

 軽く受け止めたクソ野郎の髪の毛を掴む。

 そのまま頸を根元から引き千切る様に力を籠める。

 

「うわわわ、すごいなぁ」

 

 まるで初体験の玩具で遊ぶ子供のような声をあげながら、俺に対して扇を振るう。

 見えない。振ったことはわかるが、どこをやられたのかがわからない。

 

 そう思った途端、髪を掴んでいた左腕の肘から先の感覚がなくなる。いや、正確には──肘から先が、斬り落とされた。

 

「流石に、髪の毛を掴んでくるような人と戦うのは初めてだ」

 

 うるせぇ、くたばれクソ野郎。

 

 胴体を大きく斬られ──急にクソ野郎から離れる。

 

「──不磨さんっ! 不磨さん、大丈夫ですか!? しっかり……!」

 

 状況的に、カナエが引き剥がしてくれたようだ。

 俺の刀は、あのクソ野郎の足元に落ちたまま。距離を詰めてくるような事もせずに、此方を見てニヤニヤ嗤っている。

 その、気持ち悪い、面を、やめろ。

 

「えっ、酷いなぁ。俺こうみえて結構人気者なのに」

 

 憎しみが、向かっている対象としては、人気かもな。

 

 ゲホゲホと咳をして、口から大きな血の塊を吐き出す。

 もういいよ、カナエ。

 

「いいわけない! 絶対に諦めませんから!」

 

 涙を浮かべながら俺の傷跡を抑えるカナエの、刀を抜く。

 

「……何するつもりですか」

 

 ……悪いな。借りるわ。

 

 そのまま、カナエの刀を首に突き刺した。

 

 

 

 

「あれれ、来ない? ならこっちから行くけど」

 

 ……クソ野郎が。

 認めたくない。認めたくはないが──こいつは恐ろしく強い。

 

 その実力も、血鬼術も。

 

 まさしく、上弦の弐──上から弐番目に相応しい強さだ。

 

 ……カナエ。

 

「っ……はい」

 

 悪いが、力を貸してくれ。

 俺一人じゃ、アイツを殺せない。

 

「結構冷静だねぇ。凄く殺気立ってたのに」

 

 耳を貸すな。

 こいつは話せば話すだけ不快感を浴びせてくるクソ野郎だ。鬼だとすら思うな。こいつはクソだ。クズだ。生きる価値がない。

 

 血鬼術は、氷。

 吸い込んだら呼吸がまともに出来なくなる、気を付けろ。

 

「あれ? 俺、キミと何処かで会ったことあったっけ?」

 

 ──握る力が、極まる。

 不愉快な奴だな、お前。お前を生んだ奴の顔を、見てやりたいよ。

 

「俺の両親? ああ、それは無理だね。あの人たち愚かだし、もう死んじゃったしね」

 

 ……クソ野郎が。

 

 この、クソ野郎が──! 

 

 全身から炎が迸る。

 まるで俺の怒りがすべて炎になったかのような荒ぶり方。

 

「そもそも、俺の両親の顔なんて見てどうするのさ。家族なんて所詮──」

 

 その口を閉じろ。

 今すぐ閉じろ。

 家族を殺されたあの日から、ずっとずっとずっと……お前を殺すことを目的に生きてきた。

 

「よほど家族が大切だったんだね、可哀そうに。──なら、今度は君も食べてあげよう!」

 

 死ね。

 

 飛び出したい気持ちを抑えて、カナエと目を合わせる。

 一瞬怯えるような表情を見せたが、気にせず前にでる。

 

 こいつ相手に接近戦は不利だ。一撃離脱で殺さないと。

 唸りと共に炎が舞う。氷が何だ。ならば氷を全て払えばいい。

 

 五ノ型・炎虎。

 

「すごいすごい、怖いなぁ──」

 

 俺の攻撃が完全に本命じゃないことは見抜いている。

 こいつの狙いはカナエだ。俺じゃない。

 

 だからその隙を突く。カナエが本命だと思わせて、俺がもう一度煉獄を放つ。あと一歩踏み込めば届くその距離まで俺が前進してきた意味、お前は考えているか? 

 

「──おっと」

 

 舞うように刀を振るったカナエの攻撃を容易に回避する。そしてついでだと言わんばかりに氷を吹きかけてくる。

 

 気持ち悪い、死ねよクソ野郎。

 

 そう思いながら再度刀を振る。

 炎虎の威力と範囲なら、十分な程に振り払える──筈だった。

 

 パキ、と音がする。

 これは、何かが凍った音だ。なんだ、何が凍った。何を凍らせてきた。

 

「一度見た。どういう物かはわかった。そうしたら後は置いておくだけ、簡単だなぁ」

 

 ──この、この、お前……クソ野郎。

 化け物が。一度見ただけで、理解した? 俺の技を? 俺の腕を? 

 

「うん。強かったけど──君じゃ俺には勝てないよ」

 

 呼吸が、上手くできない。

 ふざけるな。何なんだお前は、そんな──物語の主役じゃないんだ。そんな、ふざけた話、あるかよ。

 

 氷で覆われた両手。握った手に力は入らず、刀も同様に凍らされた。

 そして追加で氷を出され、呼吸もままならない。

 

 そのまま顔に扇を振るってくる。かろうじて首は避けたが、左目を大きく切り裂かれた。

 

「──不磨さん!」

 

 ああ、やめろ、来るな。

 逃げろ。逃げてくれ。来なくていい。

 

 勝てない。カナエじゃ、勝てないから。頼むから逃げてくれ。俺が死ぬまで、来ないでくれ。

 

「不思議な呼吸──でも、前に同じようなのと戦ったことあるからいいや」

 

 サクッと。

 まるで何ともない、虫を叩くような感覚で腕を振るった。

 

 ……カナエ。

 カナエ、生き、てるか? 

 

 身体が、動かない。

 死なないと。俺が、死なないと。舌を噛み切って、今すぐにでも。

 身体が震えてる。寒さで、上手く動かない。

 

「もう無理しない方がいいよ。それ以上やっても苦しいだけだろうし──食べてあげる時間が無くなっちゃうからね」

 

 俺の身体が動く。

 でも、俺の意思によってではない。誰かに持ち上げられ、運ばれてる。

 

「──不磨、さん。大丈夫、ですか」

 

 ギリギリ動く瞳を、声の方──カナエの方へと向ける。

 肩から腰辺りまで、大きく傷が入っている。吐血もしている。

 

 ──……お前。やめてくれ。今すぐ、逃げてくれ。出血してるじゃないか。頼むから、逃げてくれ。

 

「……大丈夫です、絶対に死なせませんから」

 

 動け。

 動いてくれ。

 頼む。今動いてくれないと、お願いだ。

 

「──貴方に会えて、良かった」

 

 ──そんな、優しい顔、するなよ。

 

 

 

 

 ゲホ、と咳をする。

 

 苦しい。痛い。身体の内側が、徐々に蝕まれていくような感覚。斬られた場所は泣き叫びたいくらい痛いし、血を止めようにも呼吸がままならない。

 最悪。どうしてこういうことになるのかな──そういう運命に産まれてしまったのか。

 

「……うそ。まだ動くの?」

「ええ。まだ死ぬわけにはいかないの」

 

 嘘だ。

 

 もう、自分が助からない事は理解してる。

 この鬼が居なくなっても、今すぐ誰かが助けに来ても手遅れ。

 

 ここで死ぬんだと、わかってしまった。

 

「もうやめときなよ。苦しいでしょ? 肺をぶった斬ってるんだ、血が入り込んでまともに息も出来てない。苦しいだろう?」

 

 苦しい。

 やめたい。

 泣き叫びたい。

 

 でも、きっとこの人は──不磨さんは、そんな状況を何度も乗り越えてきた。そうして私達を、何度も救ってくれた。

 

 だから叫ばない。

 苦しくてもやめない。

 

 でも──それとは別で、心が痛い。

 

 折角、上手くいきそうだったんだけどなぁ。

 やっと、こっちを見てくれたのになぁ。

 

 想えば想うほど胸が苦しい。

 

「俺がちゃんと食べてあげるからさ、安心してよ」

 

 ああ──哀れな鬼。

 

 本気で、食べる事で人が救われると思っている。

 そんな訳がない。苦しみと辛さの中で、人が救われる訳がない。

 

 後ろで倒れ、凍らされて動くこともできない想い人を見る。

 

 ごめんなさい。私、不磨さんみたいに強くないから。

 もっと強かったら、勝ててたかな。もっと速かったら、勝ててたかな。私がもっと、違ったら──こんな風に、別れなくてよかったかな。

 

「よっ、と」

 

 気が付けば、目の前にあの鬼が来ていた。

 

 恐怖はない。

 このまま貪られ、死ぬという未来を受け入れる。

 

 でも、心残りがある。

 

 しのぶ、ごめんね。お願いだから、不磨さんに当たらないで。自惚れになってしまうけれど、きっとこの人は──壊れてしまうから。

 カナヲは、大丈夫。いつかきっと、好きな男の子が出来たら変わる。私はそう信じてる。

 

 頸を、食い千切られる。

 痛い。途轍もなく痛い。でももう、叫ぶことも出来ない。

 

 そのまま鬼に左腕を掴まれる。あ、これは──と思ったときにはもう遅くて。

 

 左腕を半ばで折られ、そのまま千切られる。

 痛い。すごく痛い。泣きたい。涙は流れてるかもしれない。

 

 どさりとその場で膝から倒れて、左腕を抑える。血が止まらない。止まるわけないか。

 目の前に視線を向けると、丁度想い人の顔があった。

 

 あ──できればこんな姿、見ないで欲しかったな。それに、そんな顔しないで欲しい。

 声をかけたいけど、もう喉は無い。声は出せなくて、ヒュ、ヒュ、と空気が漏れるような音を出すだけだった。

 

 ──不磨さん、ごめんなさい。

 

 

 あなたの事を、愛しています。

 

 

 

 

 



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狂い哭く

 血が流れる。

 止まる事のないその血液は流れて、倒れている俺の顔に付く。

 

 ──やめろ。

 

 飛び散る血飛沫が、降りかかる。

 肉が飛ぶ。骨が露出する。

 

 ──やめろ。

 

 柔らかく微笑んでいた笑みは、二度と作られることは無い。

 

──やめろ。

 

 

 

 

「──……」

 

 背中まで広がる長い髪を側頭部で、蝶の髪飾りを使い纏めてる少女──栗花落(つゆり)カナヲは椅子に座って佇んでいる。

 

『カナヲ、申し訳ないけれどこの人を見ててくれますか?』

 

 あの日、あの時から。

 自分の家族が、姉が、変わってしまったあの日。

 

 

──花柱が、胡蝶カナエが死んだ。

 

 

 そんな報告が入ったのは、朝になる前……既に陽が昇り始めてからだった。

 隠と呼ばれる鬼殺隊の裏方の人間が運んできた遺体を見て、それが現実何だと知った。

 

 手足が無い。

 首も辛うじて繋がっている。

 顔は涙で濡れていて、口から流れる血は凄惨の一言に尽きる。

 

 肩口や脇腹に、噛み千切ったような跡が残っていた。

 

 それを見て姉と慕った、しのぶは──何も言わなかった。

 何も言わずに、そのまま隠の人々に礼をして遺体を引き取った。

 

 そうして、共に居た炎柱──カナエが言うには大切な人と言っていた──は内臓を痛め戦闘不能状態。精神が酷く損耗しており、会話もままならない。

 

 起きてはいるのに、会話や意識は全くない。

 呼吸や瞬きはしているけれど、そこに人の意志が無い。

 

 まるで、あの頃の自分だ──そうカナヲは感じた。

 

 今は(・・)眠っているけれど、どうなってしまうのだろうか。

 

「…………」

 

 既にカナエの葬儀は終わった。

 遺体を綺麗に化粧するとき、しのぶが泣いていた。

 

 それがどんな感情からなのか、カナヲにはわからなかった。

 

 遺体を焼いた後も、墓に納めた後も。ずっと周りの人々が泣いていたのに、自分だけ泣けなかった。どうして自分は悲しくないのだろうか──そう思うのと同時に、この人が、今どう思っているのかが気になった。

 

 この人は、大切な人を目の前で惨殺された。

 

 殺されて、喰われて、貪られ、それをどうすることも出来なかった。

 

 その気持ちを、カナヲは知りたく思った。

 それがどれほど残酷かどうか、知ることもなく。

 

「──ろ」

 

 声を、カナヲは聞き取った。

 微かな、絞り出すような音。

 

「──めろ……」

 

 それは、夥しい声だった。

 まるでこの世の果て、恐ろしい地の底の声かと思えるほどに。

 

「──やめろ……!」

 

 ぐぐぐ、と。

 

 目の前のベッド(・・・・・・・)に眠っていた彼が、叫ぶ。

 

 決して大きな声ではない。けれども、脳の奥まで響く様な声。

 

「──童磨あああぁァ────!!」

 

 身を起こし、此方へ(・・・)飛び込んでくる。

 

 カナヲが気が付いた時にはもう遅く、肩を押さえつけられ床に叩きつけられる。

 何とか受け身を取るものの、背中に衝撃を受ける。

 

「──殺す……童磨……ッ! お前、だけは……! お前だけは……!」

 

 まるで、鬼の様な。

 何だろう、この表情。見覚えがある。

 

 ──そうだ。確か、一度だけみた。

 

 姉が、しのぶが、一度だけ見せた表情。

 

 姉の遺体を焼いて、葬儀を終えて屋敷に戻った後。

 この人の前に立った時、目を覚ましたこの人が何も受け答えしなかったあの時だ

 

 あれ程、いや……あんな顔をするとは思わなかった。

 

 しかし、私とは何度か顔を合わせたけれど、そんな仇だと思われる様な事はしたことない──カナヲはそう思った。

 

「──カナヲ!? どうかし、た……」

 

 この人の声を聞いて、姉が部屋まで来た。

 

 一度此方の安否を確認するようなことを言って、見た時に──一瞬だけ、顔が変わる。

 

 ああ、この顔だ。

 この表情なんだ。

 

 恨んでも恨んでも消えない様な、地獄の底から睨みつけるような表情──何故、そんな顔をするのだろうか。カナヲには、それを理解できなかった。だけど、理解したくないとは思わなかった。

 

「──不磨さん」

「──殺してやる……! その声を止めろ! その言葉を止めろ! 喋るな、話すな──息をするなよ……!」

 

 姉が声をかける。

 けれど、この人は収まる気配がない。寧ろ、かえって刺激されているように感じる。

 

「──不磨さん」

「──童磨……ァ、ハァ、お前は、俺が、絶対に、殺してやる……!」

 

 もう一度名前を呼び、姉が踏み出す。

 表情は元に戻って──そう、まるで亡くなった家族のような笑みで(・・・・・・・・・・・・・・)。ニコニコと、まるで怒りなんて微塵も感じさせない様な表情で。

 

「駄目じゃないですか、不磨さん。貴方、肺がもう少しで壊死する所だったんですよ(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)それなのに、そんな急に声を出したりしたら──死にますよ」

「──……ッ、ハ、は、ハァッ……」

 

「姉さんは間に合いませんでしたけど、不磨さんは助かったんです。なので、いきなり命を捨てるような行動をされると困ってしまいます」

 

 胸を抑える為に、腕を離す。

 鋭利なもので切り裂かれた左目は眼球が割れ、恐らく微かな光を通すのみになっているだろう。包帯を巻かれて見えなくなっているその箇所を、今さらになって思い出したのか左手を当てて抑える。

 

「っ……あ、あ、そう、だ。カナエ、カナエは、カナエはどこだ。死なないと、今すぐ、戻らないと」

 

 首を両手で押さえて、力を籠める。

 

「──駄目ですって。何してるんですか?」

「死なないと。俺が死なないと。駄目なんだ、俺が今すぐ死んで、死なないと。ああ、駄目だ。今すぐ死んで、死んで死んで──死なないと」

 

 しかし、その手は姉に阻まれる。

 あの頃はあんなに強そうで、実際に力強かった腕は姉に抑えられる程度の力しかない。

 

 ずっと眠るか、動かずにいたのだ。筋肉が落ちて、力が出なくなっている。

 

「もう、貴方が死んでも意味は無いんですよ。ですから、諦めてください」

 

 髪の隙間から覗く右目は、虚ろだ。

 

 果たして今何を見ているのか。

 何を感じているのか。考えているのか。

 

「──……違うんだ。俺が死ねば、全部、全部元通りになる。死ねば、ああ……何で、どうして、死ななかったん、え゛ぁ゛っ!」

 

 ヒュ、ヒュ──短く、空気が細く通るような音が聞こえる。

 口元を抑え、咳き込む。

 

「──カナヲ。手伝ってちょうだい」

 

 言われた通りにする。

 姉一人では、支える事が出来ないこの人の半身を支える。そのままベッドに戻して、手伝いをする。

 

「……もう、柱でもなんでもないんですから」

 

 そうだ。

 もうこの人は、鬼殺隊の柱ではない。

 

 炎柱は継がれた。

 

 肺がもう少しで壊死する所だった(・・・・・・・・・・・・・・)この人の代わりに、煉獄という名字の人が柱になったらしい。姉専属の鴉が通達してくれたのを思い出す。

 

「……さて! 私も他の患者さんを見なければいけないので、カナヲ。よろしくお願いします。また暴れるようでしたら、呼びなさい」

 

 何かを切り替えるように、堪えるように笑う姉。

 それを見て、カナヲもまた口元を柔らかく歪ませた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『一週間経った。

 

 完全に覚醒することは無かったが、急に錯乱する様な事もなかった。

 代わりに、呆然と外を眺めることが多くなった。

 

 

 

 

 三週間経った。

 

 夜に、怯えたような声を出すことが増えた。

 何かに謝るようで、それでいて何かを威嚇するように吠える事も増えた。

 

 

 

 

 それから更に一月経った。

 

 ある日、交代した炎柱──煉獄杏寿郎という人が訪ねてきた。

 どうやら子供のころから交友があったようで、どこを見ているかもわからないあの人の姿を見て一瞬固まったけれど、その後何事も無かったように見舞いを行っていた。色んな話を持ってきたらしく、一日中ずっと話していた。

 

 夕方頃になって、柱としての任務があるからと言って帰っていった。

 

 少しだけ、あの人の表情が変わったような気がした。

 

 

 

 

 更にもう一月経った。

 

 お館様──鬼殺隊の一番上の人が来た。

 ゆっくりと椅子に座って、窓の外を見るあの人の事をずっと見ていた。

 

 でも、少しだけ二人で視線を合わせていたような気もする。

 

 結局話したのは一言だけだった。お館様の、謝罪の言葉と。

 

 それに対してあの人が、俺の所為だ、と答えたのを覚えている。そして──……』

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 栗花落カナヲはそこまで書いて、手を止めた。

 

 亡き姉の提案で始めた日記ではあるが、気が付けばあの人(・・・)の事ばかり書いていた。別に書く内容何て何でもいい、その日カナヲが感じたことをそのまま書きなさい──そう言われているから好きに書いていたが、何故だろうか。

 

 そこまで考えて、別に何でもいいかと結論付ける。

 

 もう一人の姉も、いつの日にかああなってしまうのだろうか。

 自分を認識できず、他者のいう事にすら反応できず。自分の殻に引きこもる──ああ、どこかで聞いた話だ。

 

 まるで自分の様だ──カナヲはそう考えた。

 

『いつかカナヲも、好きな男の子が出来たら変われる』──亡き姉は、そう言っていた。

 

 でも、それなら。

 

 互いに好いていた筈の二人が崩壊して、生き残ったあの人がこうなってしまうなら。

 好きになるとは、どういう事なのだろうか。

 

 机の引き出しから、ある物を取り出す。

 

 それは、一つの硬貨だった。

 

 指示されてないないことはこれを投げて決める。

 表が出たなら、何もしない。

 裏が出たなら、行動する。

 

 親指に硬貨をのせて、弾く。

 

 空中でくるくると何度も周り、ゆっくりと落ちてくるのを見て──受け止める。

 

 表か、裏か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 栗花落カナヲは、翌日からあることを聞き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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【破滅】の先に

 朝、日が昇ったばかりの時間。

 

 栗花落カナヲは歩いていた。

 廊下の床が軋む音と、小鳥の囀りが響く。

 

 いつものように、ここ最近の日課として行なっていることがあるのでそれをするために。

 扉を開き部屋に入る。

 

「おはよう、カナヲ」

「おはよう、ございます」

 

 自身の姉が既に来ており、支度を終えていた。

 鬼殺を行なった後の筈だが、変わらぬ様子を見せるのは姉が頑張っているのか──それとも痩せ我慢なのか。

 

「朝餉を用意してきますね。あ、そうだ。今日は一人来客予定だから、よろしくお願いします」

 

 こくりと頷いて、退出する姉を見送る。

 そうして、いつものように部屋の窓を開き、陽を入れて、自分から動くことのなくなったあの人に声をかける。

 

「──おはよう、ございます」

「……………………」

 

 相変わらず返事はない。

 

「今日も、聞きたいこと、聞いていいですか」

「……………………」

 

 返事はない。

 だけどそれを気にせずに、カナヲは言葉を続ける。

 

「人を好きになるって、辛いことですか」

「……………………」

 

 亡き姉の言った言葉に対して疑問を抱いたカナヲは、ある日からずっと問いかけ続けている。

 好きな人ができるのは、辛いことなのか。

 

 あの日の前──そう、それこそこの屋敷に訪ねて来た時。

 

 あの時、間違いなく姉は嬉しそうだった。

 楽しい、嬉しい、今この時が。

 

 そう思っていた筈だ。

 そう感じていた筈だ。

 

 だけど、今のこの人は違う。

 

 それが、何故なのか。

 カナヲにはわからなかった。

 

 答えが返ってくることは無い。今日もまた、一日が始まるのだ。

 

 

 

 

「──……痛ましい……」

 

 今日の来客は、過去に二人の姉を救った人──現岩柱である悲鳴嶼行冥。

 その恵まれた体躯と、それでいて涙を流す慈悲の心。亡き姉程ではないけれど、『優しい』という物をよくわかっている人だとカナヲは感じた。

 

「……不磨」

「………………」

 

 声に応えることはない。

 黙って、窓の外を見るだけだ。

 

「……誰がなんと言おうと、お前の中ではもう取り返しのつかない事なんだろう。事実、もう──……戻る事はない」

 

 少しだけ、視線が揺れたような気がする。

 

「だからこそ、次を見なければいけない。未来を見なければいけない。お前がここで折れたら、どうする。次は誰が贄になる? また、お前の近しい人間かも知れん」

 

 顔が、声の方へと向く。

 

「……お前の、大切な人を喪った気持ちは、お前にしかわからない。わかってる振りなんて、出来ない。だから、この問題はお前の問題だ」

 

 瞳が、確かに岩柱の人を見たような気がする。

 これまでとは違う、明確に個人を見た。

 

「立ち直れ。折れてしまったなら直せ。──我々は百世不磨。どれだけの年月が経っても、擦り切れる事はない。……待っているぞ、不磨。誰もが、お前の事を」

 

 そう言って、岩柱の人は話さなくなった。

 あの人の身体が、少しだけ揺らいだ気がした。

 

 食事も取ることがないから、あの人にはずっと点滴を行なってる。

 でもそれももう限界で、そろそろ身体の維持が出来なくなってきた。このまま行けば、衰弱死する。

 

 きっと姉もそれをわかってるはずだ。

 だけど、関わろうとしない。最低限の処置を行って、世話をするというつもりはない。完全にカナヲに任せる形になっている。

 まだ心の整理がついてないのか、それとも──もう、狂ってしまったのか。やはりあの日から、良いことがない。

 

 

 

 

 そうして、ある日の夜。

 巡回の最中に、物音が聞こえた。あの人の部屋から、軋むような音と、大きな叩くような音が。少し距離が離れていたから、音が鳴ってから少し遅れて部屋に入った。

 

 そうして扉を開くと──ああ。

 

 窓が開いてる。

 風が吹き込んできて、それで物が倒れる音だ。見舞いにやってきた、炎柱の人が置いていった物が倒れている。これは……狐の面? が半分になったものだ。

 

 どうしてこんなものを持ってきたのだろうか。部屋にあったものを持ってきた、そう言っていたが──そこまで考えて、カナヲはある違和感に気がついた。

 

 部屋に、何かが足りない。

 窓が開いている、物が飛んだ。いや、違う。そういう事ではないような気がする。なんだろう、何が足りないんだろう。

 

 そしてベッドの上を見て──ああ、そうか。

 

 あの人が居ないんだ(・・・・・・・・・)

 まるで他人事のように、カナヲは思った。

 

 姉のしのぶに報告をしたカナヲは、その時の表情を忘れないだろう。

 

『そうですか。では、あの人は……そうですね。亡くなったと、そうしておきましょう。きっと、誰も責めません。……姉さんも、きっと……』

 

 泣くように、鳴くように、哭くように。

 自分に言い聞かせるようにそうつぶやき続けた姉の表情を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──泣くなよ。そんな顔するなよ。そんな苦しんだ顔するなよ。そんな、今にも死にそうな顔をするなよ。

 やめてくれ。なんで、そんなことをするんだ。お前みたいな、優しさの塊が、どうして、そんな目に遭わなきゃいけないんだ。死ぬのは俺だけで充分だ。人でなしの俺が死ねばいいのに。

 なんでお前みたいな奴が、苦しんで死ななければいけないんだ。他者の苦しみすら理解しようとするような奴なのに。

 

 どうしてなんだ。

 

 ──憎い。

 

 憎いなぁ、オイ。クソ野郎、聞いてんのか。

 嗤うなよ。その顔で、喰うなよ。お前如きが触れていい奴じゃないんだ。死ね。

 

「──ぁ、は゛……! 童、ま゛ぁ゛……!」

 

 足を引き摺る。

 重たい。身体が重たくて、思うように動かない。知ったことじゃない。動くだろうが。手足もある、首も繋がってる。

 

 何度も何度も何度も見た。

 あいつが、カナエが喰われるその光景を。気が狂いそうだった──いや。もう狂ってる。狂って狂って、何が現実なのかわからない。

 

 声は全てあのクソ野郎に聞こえる。

 姿は血塗れのカナエが見える。

 

 許してなんて言わない。

 お前が少しでも楽になるなら、俺をどうとでもしてくれ。殺してくれても構わない。寧ろ、殺す程度で楽になるなら殺して欲しい。

 

「──童磨ぁ゛……!!」

 

 許さない。

 俺もお前も、絶対に許さない。地獄に堕ちろ。いや、堕ちてやる。俺が一緒に堕ちてやるよ、クソ野郎。だから、さっさと死ね。

 

 柱なんざ、そんなもん要らない。

 

 充分な活動すら不可能だ。

 

『──不磨さん』

 

 やめろ。その声で俺を呼ぶな。

 

『──不磨さん』

 

 なんだその声は。その顔は。

 やめろ。今すぐやめてくれ。責めないでくれ──ああ、いや。責め立ててくれ。俺を許さないでくれ。一生とは言わない。憎んでくれ。恨んでくれ。そして忘れてくれ。

 

 あんな奴がいたな程度に、考えてくれ。

 

 いつかきっと、殺すから。絶対に殺すから。

 

「童、磨……ッ!」

 

 許さない。

 お前は俺と一緒に地獄に堕ちるんだ。

 

 やめろと叫んだのに、やめなかったお前を許さない。

 叫ぶしかなくて、助けることができなかった俺を許さない。

 

 目の前で苦しんで、泣いて、それでも俺に笑いかけたカナエをよくも殺したな。

 俺もお前も、絶対に殺してやる。

 

 呼吸が使えない? 

 

 なら、別の方法を考えてやる。炎の呼吸が足りないと言うのなら、アイツを殺す為だけに編み出してやる。

 

──燻るような、既に尽きた炎が弾けるような音がする。

 

 そうだ。もう俺は炎じゃない。

 ああ、誰が炎柱になったんだ? まあ、誰でもいいか。

 

 柱なんてどうでもいい。鬼殺隊の理念なんぞどうでもいい。

 

 復讐鬼。

 ああ、はは。俺はソレになろう。鬼を殺すのだ、最後には俺を殺してくれるに違いない。クソ野郎を殺して、俺も死ぬ。カナエは天国だろうから、俺とあのクソ野郎は地獄に堕ちよう。それがいい。

 

 俺は。

 

 ──灰だ。

 もう残ってない、自ら火を起こすことはない灰なんだ。吹かれれば飛ぶ、その程度でしかない。だけど、その程度でいい。

 

「童磨ぁ゛ァ゛あ゛あ゛──────!」

 

 自らの全てを賭ける。

 俺如きでは、足りない? 贅沢言うなよクソ野郎。黙って死ねよ、お前も、俺も。惡鬼滅殺(あっきめっさつ)。俺もお前も、悪鬼なんだよ。

 

 誰の目にも止まらず、勝手に殺し合おう。そうして共倒れだ。地獄に、堕ちよう。

 

 それが悪鬼に出来る、唯一の善行なんだから。

 

 





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  ↓
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鬼滅の刃 炎柱 弐

 ──目を覚ます。

 

 今日も今日とて、天気が良い。布団から起きて、身体をゆっくりと伸ばす。昨日は夜遅くまで鬼狩りを行っていたから少し寝不足気味なのは否めないが、それを気にする事も無し。

 

「──うむ。今日も快晴だな!」

 

 鬼殺隊炎柱・煉獄杏寿郎──彼の一日が今日もはじまる。

 

 

 

 

 炎柱に就任して、既に数年(・・)経った。

 先代が上弦の鬼との戦闘で退任し、階級も伴っていた自分が繰り上がった。

 

 先代──不磨回帰は、杏寿郎とも浅からぬ関係であった。

 

 幼い頃、父槇寿郎に連れられて煉獄家へやってきた少年。杏寿郎より五つ(・・)年上の彼は、先だって鬼殺隊に入隊──異例の速さで炎柱へと就任した。

 

 その際に色々な葛藤や思惑が混ざり、杏寿郎と話すこともあったがそれはさておき。

 

 追って鬼殺隊に入隊、鬼を少しずつ狩って生きていく内に不磨回帰の噂はかなり入って来た。

 

 曰く、鬼殺隊最強。

 曰く、岩柱と並び最強。

 曰く、鬼を恨んでいる。

 

 一番最後の噂は兎も角、鬼殺隊の中で最強と言うのに杏寿郎は異論は無かった。たった一度。一度だけ、戦っている所を見た。

 

 その燃え盛る炎は、遠くから見てもしっかりと判別できた。

 

 夜の山に、轟々と広がる炎。

 

 その日、杏寿郎は思ったのだ。

 

 ──ああ。回帰は弟弟子だが……俺よりも、もっと強い。もっとでかい。もっと凄い! 

 

 そうして、それと同時に自分に自信も持ったのだ。

 

 あの回帰が。あの炎柱が。あの偉大な男が、俺を炎柱に素晴らしいと認めてくれたのだ。

 これ以上に奮い立てるものがあるだろうか。これほどまでに、高ぶる事があるだろうか。

 

 ──否! 

 

 そうして、光景を胸に刻み付けて生きてきた。途中で炎柱を突然やめてしまった父の部屋から指南書を取り、僅か数冊の本から炎柱に選ばれるほどの実力を得たのだ。

 

 ……だが、杏寿郎は素直に喜ぶことは出来なかった。

 

 自分が炎柱に相応しいとは、思えなかったからである。

 

 炎柱になった時、杏寿郎はまだ若かった。今でも十分に若いが、それでも柱になるには不十分だったと杏寿郎は考えている。

 では何故柱になれたのか──それは簡単な話、元から推薦されていたから。

 

 先代炎柱──不磨回帰によって。

 

『私が何らかの理由で炎柱を退く時、煉獄杏寿郎を後釜として据えて頂きたい。……継子ではありませんが』

 

 いつかの柱会議にて、そう発言していたようだ。

 その意思を汲んで、柱となった。実力で選ばれた──まあ、それも無くはない。たとえ柱の推薦であっても、実力が伴わないのなら許されない。

 つまり、実力的には問題は無かったのだ。だが、これでは。

 

 ──柱として相応しいからでは無く。回帰が言ったから柱になったような物だ! 

 

 憤りはしない。

 自分の実力の無さを嘆いた。

 

 そうして、柱として就任したから死ぬ気で──それこそ、寝ずに──鍛錬を行なって研磨し、療養中の先代を見に行って。

 

 愕然とした。

 今でもあの時のことはよく思い出せる。いや、忘れる事はないだろう。あれ程までに強く、鬼殺隊の柱として生きていた男が。

 

「…………回帰。俺は信じぬぞ」

 

 あの男が、衰弱死したなど。

 

 信じない。

 たとえお館様が言っていても、受け入れ難い事があるのだ。

 この目で死を見てないのだ。ならば、受け入れるわけにはいかない。

 

 父は、回帰の有様を見て狂ってしまった。

 自分よりも特別で、恐ろしく強かったと認めた才を持つ天才が無残に打ち捨てられた。その事実に、現実に、世を嘆き酒を浴びるように飲むことすら無くなった。

 

 もうあの人は、生きているだけだ。

 だが、それだけでもいいと思う。

 

 母は死んだ。

 兄と慕える友人も消息知れず。父も精神的な負担によって、常人とは言い難い。唯一残っている弟は、まだ幼い。自分が育ててやらねば、いけないだろう。

 

 父が生きている。それだけでもいい。母の愛を覚えずに育つのは悲しいのだ。

 

「あ、すみませーん! 杏寿郎さーん!」

「む? 甘露寺か、久しいな!」

 

 ひょっこりと、庭から顔を出す。

 

 桃色の髪に、毛先の方が緑色に染まっている。不思議な髪色だ、と最初は感想を抱いた。朗らかな、見る人を安堵させる笑みを浮かべながら手を振っている。

 

 彼女は甘露寺蜜璃。

 今年杏寿郎が継子として引き取り、育てていた。

 

 とは言っても、彼女は特異体質を持っているため殆ど杏寿郎は手を患ってない。筋肉が常人の八倍近くあるため、正直なところ杏寿郎が呼吸全開にして漸く力比べに対抗できる。おかしい。

 

「お久しぶりです。ええと、柱会議以来でしたか?」

「うむ! 甘露寺が就任してすぐの会議以来だ!」

 

 その筋肉量や、残念な事に炎の呼吸とは相性が悪かったようで他の派生の呼吸を扱う甘露寺は既に柱まで上り詰めていた。

 肉体的な強さは勿論、その技の鋭さも素晴らしい。柱の中でも強い方だ、と杏寿郎は認めていた。

 

「ちょっとお聞きしたいことがあるので来たんですけど、大丈夫ですか?」

「俺に聞きたい事? 別に構わないが」

 

 ああ、よかったと笑ってから甘露寺が話しを切り出す。

 

「実は昨日、ちょっとした怪我をしたので蝶屋敷に初めて行ったんです」

「ああ、胡蝶の所か」

「はい。そこでしのぶちゃんの治療も受けて一日過ごしてきたんですけど……実は、こんなものを頂いて」

 

 そう言いながら、あるモノを取り出す。

 どこか見覚えのあるソレを見て、杏寿郎は眉を顰めた。

 

「──……それは」

「倉庫を清掃したら出てきたそうです。これって、杏寿郎さんの羽織と同じですよね?」

 

 煉獄家が代々身に着ける、真っ白な羽織──そして、年月が経っているのか滲んだ赤色。

 

「…………そうか。捨てて、いなかったのだな」

「しのぶちゃんは捨ててしまいましょうって言ってたんですけど、一応杏寿郎さんのだったら勝手に捨てることになっちゃうし話をしておこうかなと思って」

「──それは、俺のではない。そして、煉獄の者が身に着けた物でもない」

「……え?」

 

 気が付けば、苦い顔をしていた杏寿郎に驚く甘露寺。自分が師事を受けていた時すら見たことのない表情に、思わず呆ける。

 

「それは、先代炎柱──不磨回帰の物だ。俺の物ではない」

 

 あの日身に着けていた隊服は、そのまま蝶屋敷にあったのか。

 それとも羽織だけは残っていたのか、定かではないが──杏寿郎は自分がらしくない表情をしていることに気が付いた。

 

「すまん、甘露寺。不愉快な訳ではない。どちらかと言えば、俺の不甲斐なさを実感しているだけだ」

「あ、い、いいえ。ただ、杏寿郎さんでもそんな表情をするんだって思っただけで」

 

 ──そんな顔も素敵だわ。

 

 どこかから電波のように聞こえてきたその声を杏寿郎は無視した。それどころではないからである。

 

「よかったら、貸してくれないか?」

 

 そう言って受け取る。

 ……ああ、俺が渡したもので間違いない。羽織の裏面を見ると、僅かに跡が残っているのだ。先に鬼殺隊に入隊する弟弟子に対し、兄弟同然の友人に対し安全祈願をこめて残した跡。

 

「……今お前は、何処にいるんだ?」

 

 決して、死んだとは思えなかった。

 思いたくはなかった。思おうと思わなかった。

 

 何とでも言い訳がつくが、それは簡単な理由だ。

 

 自分が認めた男が、折れたと思いたくない。

 

「……あの、杏寿郎さん」

 

 気が付けば甘露寺が廊下に腰かけ、こちらを見ている。

 

「その、先代炎柱の人って……しのぶちゃんのお姉さんと」

「ああ。胡蝶カナエと仲が良くてな、よく共に任務に行っていたと聞く。……そういえば、甘露寺が来た時には既に居なかったな」

「はい。凄く強くて、当時の鬼殺隊でも実力者だったって聞きました」

 

 天気は、晴れている。

 たまには話をしてもいいだろう──杏寿郎はそう思った。

 

「元々、回帰は何でもない農民の出身だ。鬼に襲われ、生身のまま鬼を一匹殴打によって行動不能に。その後家族を襲った鬼──元凶とも言える鬼の、十二鬼月上弦の弐と会敵。負傷し、先々代──俺の父上が保護してきた」

 

 よく覚えている。

 鬼狩りから帰宅した父上が、将来有望だと、少し陰りのある表情で伝えてきたのを。母である瑠火は反対しなかった。それどころか、唐突な話だったのにも関わらず歓迎だといった。

 

「その時既に、回帰は復讐心に囚われていたかもしれない……いや。その頃からずっと、そうだったのだろう。それこそ、柱になるまではな」

 

 柱になって、変わっていった。

 

 復讐という言葉に支配された鬼殺の剣士が、徐々に人間に戻っていく。胡蝶カナエと不磨回帰、誰がどう見てもいい組み合わせではないのに、いい組み合わせになっていった。

 

「だからこそ、か……だがな、回帰。俺は諦めきれないのだ」

 

 人は、失われていくものだ。失っていくものだ。技術も、尊さも、生命も。鬼とは違って、残る事はない。

 だが──これではあまりにも。

 

「あまりにも、お前は地獄を見過ぎだ」

 

 だからこそ──俺は照らし続けよう。

 いつの日か、お前のような奴が居なくなるまで。鬼が居なくなり、悲劇の連鎖が止まるその日まで。

 

 どうかどこかで見ていて欲しい。

 

 俺を認めたお前に、胸を張れる時を待って。

 

 

 

 

 

 

 

 

「──父上」

 

 襖を開き、部屋に入る。

 布団に包まれ、寝ている男性。それなりに歳を重ねたのだろう、皺が出て老け始めた顔だ。

 

「今日は、甘露寺が参りました。ある土産を、持ってきて」

 

 そう言いながら、寝ている横にあるモノを置く。

 

「……回帰は戻っては参りませんでした。でも、きっと、俺は何処かで生きているんじゃないかと思っています。葬儀も行って、今更何をと思われるかもしれません。ですが、俺は死体を見てないのです」

 

 お館様から通知があった際、既に回帰の葬儀は行われていた。骨も砕かれており、本人の確認ができる物は一つもなかった。

 

「いつか必ず、回帰を連れて参ります。父上も、元気でいて欲しい。……これは、蝶屋敷にあったモノです」

「俺はこれから、会議に出て来ます。何やら鬼を庇う隊員がいたとかで、その処分を下すと話していました。誑かされたのかはわかりかねますが、どちらにせよ悲しい出来事です」

 

 立ち上がり、置いた羽織を身に着ける。

 いつもと同じ、変わらない羽織のはずなのに──どこか違う。違和感を感じるのだ。

 

「──行って参ります、父上」

 

 まるで、背中に何かを背負っているかのような。

 けれど決して不快ではない。そうだ。この重さは……誇りだ。

 

 不磨回帰という人間を、背負っている。

 

 その思いを抱いて、生きる。

 炎柱とは、そういうモノだ。

 

 

 

 



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鬼殺隊柱合会議

 産屋敷に行くために、隠に運ばれて数時間。

 

 既に集合している柱は、六人。

 

 岩柱・蟲柱・蛇柱・水柱・音柱・霞柱。恋の呼吸を扱う甘露寺は一緒に来たため同着。

 

「……ほう! その少年が例の鬼を庇った?」

「はい。お久しぶりですね煉獄さん」

 

 久しいな、と返事を返す。

 その昏い瞳からは、なにを思っているのか読めない。ただ少なくとも、彼女の目に光は宿ってないように思える。

 

 ──元から、か。

 

 杏寿郎は気にしないことにして、件の少年を見る。

 

 赤毛の髪、額に大きな痣の残る少年。

 成る程、見た目だけで言えば純朴で素直でまだ幼い。これならば鬼に誑かされても仕方ない、そう判断できる。

 しかし、なぜ態々この程度のことに柱を緊急で集めたのか。

 

 言ってしまうならば、これは血鬼術による影響なのだろう。連れてきた張本人の胡蝶が一番わかっている筈だ──そう思い、しのぶを見る。

 なにを考えているのかわからない、貼りついたような笑み。

 

 喜んでいるのだろうか。

 怒っているのだろうか。

 悲しんでいるのだろうか。

 

 わからない。

 

「……むう!」

「どうしたんですか、杏寿郎さん。突然唸って」

 

 ──そんな所も良いわ。

 

「しかし、なんの治療もせずとも良いのか?」

「ええ。死に至るようなものではありませんし、何よりそんなことをしても無駄でしょう。──隊律違反、その上鬼狩りを妨害したのですから。ねえ、冨岡さん?」

 

 冨岡──今代水柱の男は、一人離れた場所に佇んでいる。

 相変わらず孤独な男だ、杏寿郎はそう思わざるを得なかった。

 

 それでも、柱としての年月は長い。

 先代の炎柱、そして花柱の胡蝶カナエがまだ存命の際から柱である。自分よりも長く、早く戦っているその部分に敬意は抱いているのだが──やはり、あまり人と群れるのが好きではないのだろうか。

 

「…………俺は」

「ああ、いえ。何も言わなくて結構です。別に答えを求めていた訳ではなく、貴方に対する嫌味でしたので」

 

 思わず杏寿郎は固まった。

 やはり胡蝶しのぶは怖い。よくもまぁ回帰はこの人とそれなりにやれていたものだ、そう思った。

 

「隊律違反どころか、私の首根っこ抑え付けて無理矢理乱暴しようとしましたもんね。そういうことするから皆に嫌われるんですよ」

「………………」

 

 酷い。

 杏寿郎は目を逸らして、寝ている少年に意識を集中させることにした。これ以上突っついて藪蛇になっても嫌だし、事の発端は自分であるからという自覚が多少なりともあるからだ。

 

 気を紛らわすために、少年の近くまで寄る。

 

 ぐっすりと寝ている。

 鬼狩りを終えたまますぐ来たのだとしたら、納得の汚れ方だ。

 そこまで考えて、一つ疑問を抱いた。

 

 たしかに、鬼に騙されているのだろうとは思っている。

 ただ、それをお館様が把握していないのか? それはないだろう。鬼である──というより、鎹鴉によって全ての隊員の動向を知れるお館様からしたら把握していて当然のはずだ。

 何か思惑があるのか? 

 

「……考えても意味はない、か。して、この少年はいつになったら起きる?」

 

 少し離れた場所に待機している隠に目線を向ける。

 すると、ギョッと身体をビクつかせて此方に駆け寄ってくる。

 

「おい、起きろ。起きろ。おいコラ。起きろ! 起きろ!!」

 

 べしべしと顔を叩かなかっただけ良かったかもしれない、耳元で叫んでなんとか起こそうとする隠。

 その甲斐あってか、件の少年が目を覚ます。

 

「この野郎、いつまで寝てんだ! ──柱の前だぞ!」

 

 そう言われてなお、何が何だかわからないという顔。

 階級までは聞いてないから、恐らく柱などの言葉すらろくに聞かないほど下の階級。

 

「……ふむ。少年、名は?」

「……っ、ぁ……」

「あら、喉が……ではなくて、水を飲んだ方が良いですね」

 

 一瞬、ほんの一瞬だけ、喉という言葉に自分で反応したしのぶが前に出る。そのまま少年へと小さな瓢箪な蓋を開け、飲ませる。

 

「鎮痛薬が混ぜてあります。一時的に楽にはなりますが、傷が治る訳ではありませんよ」

 

 ゲホゴホと咳き込みながら、少年が話そうとする。

 

「……俺は、竈門炭治郎です。俺の妹は、鬼になりました。だけど、人を喰ったことは無いんです。これまでも、これからも、人を傷つけることは絶対にしません」

 

 ──ここまで毒されているのか、杏寿郎はそう思った。

 そもそも本当に妹かどうかすら怪しい。血鬼術によって惑わされているならば、相当な悪鬼だ。

 瞳が、真っ直ぐこちらを見ている。成る程、強い意志を感じる瞳だ。信じる訳では無いが、少なくともこの少年が嘘をついているとは杏寿郎には思えなかった。

 

 だからこそ、鬼に記憶を変えられていると考えられるのだが。

 

「俺の妹は! 二年前に、鬼になりました! それから、鬼殺隊として、鬼を一緒に狩ってます! その間も人間を食べたことなんて、一度もない!」

 

 二年前に、鬼になっている。

 だとすれば尚更お館様が認知してないとは思えない。その記憶すら変えられている可能性も無くはないが、こういう場を設けられたのだ。お館様に何の思惑があるのか、杏寿郎は気になった。

 

「妹は! 俺と一緒に戦えます! 鬼殺隊として人を守るために、戦えるんです! 守ってきた人たちに、感謝された事だってある!」

 

 それを目の前で見つめるしのぶの表情は、杏寿郎には読み取れなかった。ただ、悲しさと嬉しさが入り混じったような、儚い表情をしている。それだけは、理解できた。

 

「……今ここで聞く意味もなし。お館様がこの会議を設けてくれたのだ。そこで、お館様の采配を聞いても良いのではないか?」

「そう、ですね。私もそれに賛成です。……お館様が、把握していないとは思えません」

 

 杏寿郎が話し、次に甘露寺が続く。

 取り敢えず待ち、若干の反対はあるものの一先ず逆らう気にはならない──そう場の空気が流れかけた所で、新たな風が入ってくる。

 

「オイオイ──なんだか面白いことになってるなァ」

「不死川様、困ります! どうか箱を手放して下さいませ!」

 

 丁度少年が背負える位の箱を手に持った、風柱──不死川実弥が歩いてくる。箱の中から漂う気配──成る程、あの中に少年の「妹」が入っているのか。

 

「……不死川さん。勝手なことをしないで下さい」

 

 目を細め、怒りが明確に表に出てくるしのぶ。

 それを見て何故か隣にいる甘露寺が口元に手を当てて頬を染めるが、杏寿郎は見えてない事にした。

 

「鬼がなんだって、坊主ゥ」

 

 腰に携えた刀に手を当て、抜刀の用意をしながら話す。

 

「鬼殺隊として人を守るために戦えるゥ? そんなことはなァ──」

 

 刀を抜き、箱に当てる。

 

「あり得ないんだよ、馬鹿がァ!」

 

 そのまま突き刺し──中から血が滲み出る。

 日光の下であるから反撃は無いだろうが、たしかに抵抗の意思がない。そういう風に、鬼自体が作られている可能性も無くはない。

 

 そして流れ出る血を、少年が見て──駆け出そうとしたのを、止める。

 

「──離せ! 離せよ!」

「落ち着け、少年。不死川も殺す気はない」

「うるさい! 俺の妹を傷つける奴は、柱だろうが何だろうが許さない!」

 

 肩を掴まれ、それでもなお前に進もうとする少年を見て不思議な気持ちになる。

 ……冷静に考えれば、これも鬼の戦略という可能性は大いにある。というより、九分九厘の確率でそうだろう。常識的に考えて。

 

 だが、何故だか。

 

 この絆は、偽物ではないような気がするのだ。

 

『──杏寿郎殿。私は、貴方こそが炎柱に相応しいと思う』

 

 懐かしい記憶だ。

 あの日、先代を踏襲する前日。煉獄の家で互いに誓い合った、あの瞬間だ。

 

「──竈門少年」

 

 優しく、それでいてはっきりと。

 諭すように声をかける。

 

「鬼──君の妹は疎か、今はそもそも君の潔白が証明されていない。そんな状態で、妹は人を喰わないと、証明出来るか?」

「……それは……」

「わかっているなら、落ち着く事だ。この後お館様がおいでになる。そこで話を聞き、その上で我々が判断を下す。今竈門少年に出来る最善は、これ以上の違反を重ねない事だ」

 

 理論で説得する。

 少しずつ怒気が収まっていくのを感じて、手を離す。

 

「うむ! 身の内は煮えたぎっていても、表には出さぬ! 表に出して良いときは、鬼狩りの時のみ!」

 

 ああ──千寿郎が育てば、こんな感じになるのだろうか。

 

 なあ、回帰。

 お前は俺を、どう導いてくれたのだったか。その背中でのみ語ったのだったか。ならば、俺は失敗した。背中のみで、生き方を見せるのは俺には無理だった。言葉で話さねば、伝わらないことばかりだ。

 だが──だからこそ、人々は話すのだろう。

 

「……お館様がもうじきいらっしゃる。さ、こっちへ来るのだ少年」

 

 そのまま連れ、お館様の気配を感じとる。

 片膝立ちになり、柱の皆が頭を下げる。

 

「──お館様のお成りです!」

 

 襖が開き、その人物が現れる。

 鼻から上の皮膚が変形し、整っていたであろう顔立ちが醜く崩れてしまっている。その苦しさを微塵も見せずに、傍に寄り添う娘の手を借りて歩いてくる男性。

 

「おはよう、皆。今日はとても良い天気だね」

 

 やはり、この方の声は落ち着く。

 

「顔触れが変わらずに、半年に一度の──ああいや、失礼したね。私が緊急で皆を呼びつけたのだった。申し訳ない」

「──いいえ。我々柱一同、お館様がお呼びであればすぐさま参ります。なにも迷惑なことなどございませぬ」

「ありがとう、実弥」

 

 そう言いながら、跪く我々の前に座るお館様。

 一拍置いて、言葉を続ける。

 

「……急かすようで悪いけど、本題に入ろうか。私は、君たち柱に──炭治郎と禰豆子を認めて欲しい」

 

 ──なるほど、そう来たか。

 杏寿郎はやはり知っていたか、と内心考える。この御方が、無駄な事をするとは思えなかった。

 

「それは、如何にお館様の言う事であろうとも承服しかねます。鬼を殺すための鬼殺隊、その組織が鬼を容認してどうするのでしょうか」

「私も、承服しかねます。先ほどこの少年は、一度も人を食べたことが無いと言いました。仮にその証明ができたとしても、これから食べないという保証はない……失われたものは、回帰しないのです」

 

 不死川と、悲鳴嶼が言う。

 失われたものは、回帰しない。

 悲鳴嶼は盲目であるのにも関わらず鬼殺隊の中で今でも最強と呼ばれる柱であり、現柱の中で最も長い年月を務めている。

 そう、先代の炎柱との友好もあった。だからこそ出る言葉、だからこそ出る想いなのだろう。

 

「お館様。どうかご一考願いたい。私は、鬼を信じる事は出来ません」

 

 そうだ。結局のところ、そこだ。

 

 我々はこれまでに、一体も、会話のできるまともな鬼というものを見たことが無い。前例がないのだ。だから信用できない。これまでと同じだと、期待を抱く事が出来ない。

 

「そうだね。私も、鬼だから信用してるわけじゃない。禰豆子だから信用している」

「ですがッ! 鬼は、愛する家族すら喰らいます!」

「うん。でも鬼ではなくても、家族を手にかけてしまう人間もいる」

「……それは」

 

 水掛け論にすぎない。それを言われてしまえば、何も言えなくなってしまう。

 

「……それに、私も自分の判断が絶対に合っているなんて思わない。柱の皆に反対されるだろうし、その中で私だけでは思いつかなかった事だって出てくると思っている。だから、この場を設けたんだ」

「お館様……」

 

 しのぶと悲鳴嶼の方を向いて、そう語った。

 

 ああ、そうか。お館様も悔いているんだ。これまで何度も何度も考えて、そのたびに失敗して、成功して、それの繰り返しだったんだ。

 

「だから私は、皆と話し合って決めたい。私一人の判断で決めて、間違えて……何をしたって償えない。誰に言っても、もう戻る事はないんだ」

 

 ……そうか。

 本当に、悔やんでいるんだ。

 これまで表に出していなかっただけで、内々に閉じ込めていただけで。あの時から、いや。それより前から、隊員の死を悼んでいる。

 

「……ならば、証明して貰わねばなりません。本当に人を襲わないかどうかを」

「──なら、私が」

 

 不死川が立ち上がり、箱の前へと立つ。刀を持つと、炭治郎が反応する。それを手で押さえて、大丈夫だと告げる。

 

「お館様、失礼します」

 

 部屋の奥まで一瞬で移動し、箱を開ける。

 

「おい鬼ィ、早く出てこねぇかァ」

 

 そう告げると、箱の中から少女が出てくる。まだ幼い、自分たちと比べても子供。唯一霞柱の時透と年が近いのだろうか──不死川が腕に刀を当てて、用意する。

 

「俺は鬼なんざ信じねェ。絶対になァ。だけどよォ──お館様の事は、信じてんだよ」

 

 そのまま刀を引いて、血が出る。

 不死川の血は稀血──鬼を酩酊させる、希少な血である。その血を前に耐える事の出来た鬼はいない、それほどまでに強力な血の香り。

 

 明らかに禰豆子の目が血走っている。

 口で噛んでいる竹の様なものから涎が垂れ落ちて、今にも襲い掛かっても可笑しくない表情。

 

「だからよォ──お館様を裏切んじゃねェ」

 

 そうして、幾何の時間が過ぎたか。

 一時間? いいや、三十分。いや、もっと短い。もしかすれば、一分も経っていないし数十秒の話かもしれない。

 

 やがて──顔を逸らし、不死川から視線を外した。

 

「どうなった?」

「はい。目を逸らして、こちらを見ています」

 

「──なら、証明は出来た」

 

 不死川が再度箱に詰めて、一瞬でこちらに跳んでくる。

 

「私は、二人が切っ掛けになってくれると思っている。勘、とも言えるけれど……この言い方はやめておこう。きっと、いい方向に導いてくれることになる。それに炭治郎は鬼舞辻無惨と接触してるからね」

「──真ですか!?」

 

 これまでで一番の声量で柱が驚きをあらわにする。先ほどから入ってくる情報がいっぱいありすぎて着いてこれていない炭治郎は何が何だか、と言った表情。

 

「ああ。それが口を封じるためか、何のためなのかはわからない。けれどきっと、そこに手掛かりがある。逃すわけにはいかない」

「……それを最初に言っていただければ、まだ少し違ったものだったかと……」

「ごめんよ、行冥。意地悪で言っているわけじゃない、ある意味私のケジメなんだ。……しのぶ。本当に申し訳なく思う」

「……いいえ。お館様の仰ることですもの。それに、私自身……信じてみようという気持ちはありましたから」

 

 恐らく、本心だろう。

 絞り出すように語ったその想いに、誰も何も挟み込めない。

 

「ありがとう、しのぶ。私を信じようとしてくれて」

「……ずっと、信じていますよ。お館様」

 

 時透や甘露寺にはわからないだろう。この言葉に込められた意味が、願いが、想いが。

 

「それでは、今日はここまでにしよう。集まってくれてありがとう、皆」

「お館様こそお身体を大事になさってください。我々は、それだけが望みなのですから」

 

 自らの子に手を引かれながら退出してくお館様を見送って、初めに不死川が動く。

 

「おい坊主ゥ」

「えっ、あっはい」

 

「裏切んじゃねぇぞォ」

 

 そう言いながら屋敷から出ていく不死川。

 先程とは態度が全く違う──というより、禰豆子を刺しただろお前。炭治郎は思わずそう言いかけた口を閉ざした。

 

「はい、それじゃあ炭治郎くんは蝶屋敷で預かりますね」

「えっ」

 

 パンパンと手を叩き合図を出す。するとどこからか現れた隠が高速で炭治郎と禰豆子を箱ごと攫って姿を消す。

 いい身のこなしだ、思わずそう思いながら杏寿郎も立ち上がった。

 

「……煉獄」

「む、何か」

 

 悲鳴嶼が此方に対して声をかけてくる。この大男が涙を流しながら話しかけてくるのは普通に怖いが、既にある程度共に任務も行った仲。気にすることはない。

 

「恨みは、無いのか」

「──勿論あるとも」

 

 はっきりと、それは伝える。

 

「だが、恨んでいるだけでは前に進めない。鬼を狩り、鬼を知り、そうして漸く次に進める。俺はそんな気がする。それにな──回帰は仇討なんて求めぬよ。自分で仇を討ちに行くだろうからな!」

 

 一歩前進した。

 鬼殺隊として、鬼舞辻無惨の手掛かりにつながる大きな機会だ。それを逃すわけがない。

 

「俺達が鬼舞辻無惨を倒せばいいのだ。そうすれば鬼の連鎖はそこで止まる──なあ、胡蝶!」

「……ふふ、そうですね。私達が倒せば、この選択は間違っていなかったと胸を張れる。それで、いいんじゃないでしょうか」

 

 こうして緊急柱合会議は終わり──凡そ一月後。

 

 煉獄杏寿郎は、ある鬼狩りに行くことになる。

 汽車に乗り込んだ隊士が次々と行方不明になり、柱として自分が派遣される──運命の鬼狩りへと。

 

 

 

 




感想を貰えるとやる気に繋がるので皆さんドンドン感想ください。
にゃーんでもぎゃーでもうわああでも構いません。

こうやってすれば感想が猫で埋め尽くされるって偉い人が言ってた。



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無限列車

 揺れる身体と、目まぐるしく変わる景色。

 既に何十回も食べた弁当をもう一つ注文し、再度意識を集中させる。

 

「……全く鬼が出ない!」

 

 煉獄杏寿郎が汽車に乗ってから、既に数時間が経っていた。

 

 

 

 

 

 

「ここまで警戒心が高いのか……それとも、俺に気が付いて逃げ出した、か」

 

 腕を組み、外を眺めながら杏寿郎はつぶやいた。既に何度も同じ汽車に乗っているせいで車掌に若干怪しまれたが仕方ない。汽車に乗るのが趣味だ、と答えると割と何とかなった。

 

 事の発端は、この汽車で行方不明者が数十人出たと情報があった事。まずはじめに隊士を数人送り込み、様子を見たが……全員が消息を絶ち。

 そしてその後も絶えず人がいなくなる事から、柱である自分がここに派遣された。

 

 この汽車に乗った鬼殺の剣士は、既に何人も帰っていない。それが意味するところはつまり……もう、生きてはいないであろうという事。

 柱である自分が未来ある若者を守れずに、こうやって生きていることが腹立たしい。

 

「悔やんでも仕方のない事、か。その通りなのだがな……」

 

 煉獄杏寿郎は不屈である。

 何度折れても、何度止まっても、決して倒れる事はない。諦める事はない。

 

 だからと言って、傷つかないわけではないし弱らないという事でもない。弱くなって、そのたびに自分に落ち込んで、それでも這い上がっていく。

 先代──回帰に比べれば随分泥臭いと自分では思う。

 

「お客様。こちら、追加の……」

「おお、すまない! ありがとう!」

 

 車掌が持ってきた弁当を開け、速攻で食べ始める。既に何個も積みあがったソレは小山と言えるほどだろう。

 

 うまいうまいと言いながら、少しずつ考えを整理する。

 まず、この汽車に鬼が居る事は間違いないだろう。でなければ、乗っている最中の隊士が消える説明が付かないからだ。どんな血鬼術を使うにしても、汽車丸ごとどこかにやってはそういう話が出るしほかの乗客も失踪していれば警察が動く。

 ならば──この汽車に潜んでいる。若しくは鬼殺隊のみを引き寄せる何かを行使しているのだろう。

 

 問題は、現状たった一人で【柱】がいるのにも関わらず何一つ干渉してこない事である。そもそも夜ではないからまだ仕掛けないと言えばそうかもしれないが……それにしたって、気配が無さすぎる。日中に移動するわけはないだろうし、夜になってから乗り込んでくるのか? 

 

「ううむ、わからん──うまい!」

「……煉獄さん?」

「む?」

 

 声を掛けられ、そちらを見る。

 

 そこにいたのは、例の鬼を庇っていた竈門隊士と……猪の頭を被った斬新な隊士と、黄色い頭の少年。

 

「竈門少年に、黄色頭少年に、猪の頭(いのがしら)少年か!」

「はい、それと黄色頭じゃなくて我妻善逸ですし猪の頭じゃなくて嘴平伊之助です!」

「うむ、そうか! まあ座るといい!」

 

 それぞれ席に座った三人の、最後に弁当を掻き込んで話を聞く。

 

「それで、竈門少年は俺に用があったと聞くが」

「はい。実は……」

 

 話を要約すると。

 

 ・竈門少年の家に伝わる、【ヒノカミ神楽】という物。

 ・それを呼吸と混ぜて扱えた。

 ・とても強力なものだったが、何か鬼殺隊に伝わっていないのか。

 

「うむ。──知らん!」

「えっ!?」

「悪いがヒノカミ神楽というのを聞いたのも初耳だ!」

 

 がーん、目に見えて落ち込んでる竈門少年を見る。

 

「まあそう落ち込むものでもない。竈門少年、君の刀の色は?」

「黒です」

「そうか、黒か……黒色の刀を持つ隊士が活躍している所は残念だが見たことが無い。だがまぁ俺の継子になるといい! 面倒を見てやろう! ああそれと嘴平少年! あまり騒がない方が良いぞ! この汽車には鬼が出るからな」

「え?」

 

 猪頭の嘴平伊之助に声をかけた所、何故か隣にいた我妻が反応する。

 

「嘘でしょ鬼でるんですかこの汽車!?」

「出るぞ!」

「やだァ──────!! 鬼の所に行ってる訳じゃ無くて鬼の場所に乗り込んでるの!? ここに出るの!?」

「うむ! 短期間で数十人の一般人と、数名の隊士を送り込んでいるが一人も帰還しておらん! だから柱である俺が来たのだ」

 

 騒ぐ我妻に受け答えして、杏寿郎は少しだけ違和感を感じる。

 

「失礼……切符を……」

「うむ、すまない!」

 

 気のせいかと一蹴し、歩いて来た車掌に切符を手渡す。そして次の瞬間──一気に違和感が強くなる。

 

「拝見しました…………」

 

 虚ろな瞳でそういう車掌に抱いたのではない。

 そう。たった今この車両に入って来た人物に対して違和感を抱いたのだ。

 

 灰色がかった髪色、見覚えのある羽織──そうして、自分のよく知る男の顔。

 

「──回帰?」

 

 そう問いかけると、此方を見て目を開く。

 

「……驚いた。杏寿郎殿(・・・・)か、随分立派(・・)になられた」

「やはり回帰か! 久しいな! そして、やはり生きていたのか!」

 

 席を立ち、詰め寄る。

 ああ、懐かしい。腰に携えた刀も、その眉間に皺が寄っているのも、全てが懐かしい。

 

「煉獄さん! あの、この人は……?」

「此奴は不磨回帰──先代(・・)炎柱だ!」

 

 と言いながら肩を叩く。羽織がふわりと漂い、自分の身に着けている羽織と大差ない(・・・・・・・・・・・・・・・・・)事に違和感を少しだけ感じるが、すぐにその違和感も消えた。

 

「俺の弟弟子でありながら、俺より先に鬼殺隊に入り! 十二鬼月を次から次へと討伐して柱になった強い男だ!」

「ええ、よろしくお願いします」

 

 手を差し出し、竈門達と握手をする回帰を見て──

 

 

 

 

 

 

 

 

「──杏寿郎。聞いていますか?」

 

 母である瑠火が話しかけてくる。

 おや、先程まで俺は何をしていたのか──? 一瞬思ったが、すぐさま思い出す。

 

 ああ、そうか。

 

 明日鬼殺隊最終戦別に行く回帰の為に食事を用意しているのだった。

 

 何故こんな事を忘れていたのか、杏寿郎は自分を疑った。

 

「はい、母上! 千寿郎の分をどうするか、ですね!」

「その通り。まだ千寿郎は赤子同然──という程でもありませんが。私が食べさせますから、杏寿郎はしっかり回帰を見送りなさい」

 

 勿論だとも。

 しっかりと見送る。ああ、ここで見送らねば──何故か一生後悔する気がするのだ(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 部屋を出て、庭で刀を振っている回帰を迎えに行く。

 相変わらず鋭い振り、美しい型を一瞬だけ眺めて声をかける。

 

「回帰! 食事が出来たぞ!」

「──ありがとうございます、杏寿郎殿」

 

 そうして振り返って、顔を見る。変わらぬ表情、だが幼さが残る。

 

 ──ほんの一瞬だけ、顔が変わったような気がする。なんというか、常人ではないような、心がもう、ここにはないような。

 

「……? どうされました、杏寿郎殿」

「いや、何でもない! 早くしよう、今日はお前の好物尽くしだぞ!」

「それは楽しみです」

 

 二人並んで廊下を歩く。

 

「それで、回帰。明日の最終選別はどうだ?」

「どうだ、とは……問題は無いですよ」

「そうか! ならばよし! 俺が最終選別を受けるまでまだ長いからな、その間に回帰に追いていかれぬようにせねばならん!」

「……杏寿郎殿には勝てません。貴方は私とは違う」

「む、そうか? だが何も問題は無い! 今は先に行かれようとも、いつか必ず並び立ってみせる!」

 

 そう言うと、苦笑を浮かべる回帰。

 困っているわけではなく、同じような事を思っているが故に出た表情だろう。そして、何か心がざわつく感覚を得る。

 

「……?」

 

 何だろうか。

 なにかが自分の大事なものに触れようとしているような。

 

「どうかしましたか?」

 

 回帰の声も、聞こえない。何だこの心のざわつきは。

 

 何か、不快な感覚が──

 

 

 

 

 

 

「……よもや」

 

 再度突如変わった視界。

 これまで見ていたのは夢だ──それも、自分が望んだ夢。あの頃に戻りたいとは思わないが、あの頃を何時迄も大切に思う自分の夢。

 

 腹立たしい。

 

 鬼に利用されるだけではなく、ずけずけと自分の心の内に入られるとは。それも、乱暴に漁られた上に好き勝手に操られるとは。

 

 ──腹立たしい。

 

 このようにしてやられようとは──杏寿郎は内心煮えくり返っている。

 鬼の血鬼術にしてやられ、柱である自分が他の隊士たちの後……一番最後に目覚めた。

 

 ──腹立たしい! 

 

「よもや、よもやだ! ──穴があったら、入りたい!」

 

 自らを恥じて、状況を確認する。

 そうだ。もうあの頃には戻れないのだ。そもそも、戻ってどうする。結局自分の最も信頼する友人──不磨回帰が今と変わらない運命を辿るのは決まっている。

 

 最初の最初、回帰が今の道を歩まないためには家族を失ってはいけない。そして、自分がそれを知っていて尚夢に見なかったという事は──! 

 

「──不甲斐なし……!」

 

 友を想っていると言っておきながら、自分にとって都合のいい物を夢想する。

 

 ──怒りだ。

 

 抱いたこの感情は、怒り。鬼へと、自分へと向けた怒り。

 

──全集中・炎の呼吸──! 

 

 感情を高ぶらせる。炎を呼び起こすのだ。

 

 

「是非も無し──悪鬼滅殺あるのみ!」

 

 



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無限列車:序

 思い切り脚に力を籠める。

 

 車内の至る所に鬼の肉が見える。そして軽く見渡して──やはり先程のは幻想だったかと内心落胆する。

 回帰の姿はどこにも無かった。いつからが夢だったのか、その正確な地点はわからないが──間違いなく不磨回帰という存在は無かったのだ。

 

 一度、ほんの一瞬だけ悼んでから切り替える。

 

 踏み込みその場から跳ぶ。気配を探ってみれば先の方に竈門隊士の気配を感じる。なるほど、一番最初に目覚めたのは彼のようだ。黒色だから、と刀でその実力を語った自分を恥じる。

 

 車両を跳ね飛ばし、宙に浮かせるほどの脚力。

 それをこの狭い車内で制御し、合間合間に鬼の肉を斬りつけ細かく斬撃を入れながら駆ける。

 

 車両を一つ、また一つと抜けた所で目的だった竈門隊士を見つける。鬼の肉が四方から竈門隊士目指して蠢いており、それを薙ぎ払う。

 

「竈門少年!」

「煉獄さん!」

 

 ダァン! と大きな音を立てて着地する。その際の揺れを発生させないように、一点に衝撃を与えるのではなく広げるように衝撃を分散させる。

 

「時間が無いから手短に話す!」

 

 手を広げ、五本の指を強調する。

 

「この汽車は八両編成、俺は後方五両を守る!」

「残りの三両は我妻少年と竈門妹が守る! ──君と嘴平少年はその三両に意識を向けつつ鬼の頸を探せ!」

「頸ですか? でも今この鬼は──」

 

「どのような形になっても頸はある! 俺も捌きながら鬼の急所を狙う、君も気合を入れろ!」

 

 そのまま足に力を籠め、軽く跳ぶ。先程感知した気配のほかに、汽車の上に気配があるのを捉えていたのでそちらに向かう。

 

「──嘴平少年!」

「うおっ!?」

 

 猪頭を被っているから表情はわからないが、一直線に一番前の車両を目指していたようで急に現れた杏寿郎に驚いて止まった。

 

「君も竈門少年と共に鬼の頸を探せ! 車両は任せろ、君たちは鬼の頸に集中してこい!」

「あ、オイ待──」

 

 返答を聞くこともなく、再度汽車の中に戻る。

 

 ──全集中・炎の呼吸! 

 

 炎の猛る、轟々鳴り響く音を奏でて杏寿郎は進む。

 

 鬼は彼らに任せるだけではない。此方でも探さねば。

 

 肉を斬りつけ、乗客を抱える。

 バラバラの車両に人がいると守り辛い上に失敗した際の影響が大きい。

 

 たとえば、後方の車両にそれぞれ二十人ほど乗っているとする。そうした場合、合計で百人になる。

 守れない訳ではない。なにが面倒かというと、車両の切り離しをされた際に守れなくなるのだ。その時点でどちらを優先するか決めなければならない。

 

「で、あるならば──前方ギリギリに全員集めるのが最善か!」

 

 自分の守と決めた五両の内、一番先頭の車両に全員を集める。流石に入りきらない可能性の方が高いが、少なくとも一番後ろの人間たちは集めた方がいいだろう。

 鬼を倒した際に事故が起きる可能性も無くはない。もし仮に車掌が動かしている訳ではなく、鬼が汽車を操縦しているとすれば厄介な事この上ない。

 

 倒した反動で操作が効かなくなり、一時的に暴走する可能性すらある。つまりこれは鬼を倒す為の行動ではなく、鬼を倒した後の二次被害の縮小のための行動。

 鬼は若き隊士達に任せ、柱である自分にしか出来ないことをする。

 

 人を一人抱える。

 走る。

 斬る。

 

 前の車両に到達して、席に置く。

 そうしてまた後ろに駆け出す。

 

 その繰り返しを行う。無論、道中で傷をつけるのは忘れない。若き隊士達が鬼の頸を探すのに、再生力の低下は大事だと判断しているからだ。

 

「うむ、最後尾からは全員運び出した──む?」

 

 一瞬開いた扉から、前の車両の様子が見える。

 竈門妹──鬼の少女が人々を守るために血を流し、戦っている。その姿は鬼であっても、その戦いは紛れもなく鬼殺隊なものであった。

 

「……そうか!」

 

 なるほど、竈門少年の言ったことは間違いではないらしい。

 彼女はしっかりと、一人の生物として、人間を守る事を選んでいる。

 

「ならばよし──俺から言うことは何も無い!」

 

 そしてまた刀を振るう。

 どんどん鬼の再生力が落ちてきて、汽車間の移動が再生速度を上回ってきた。どうやら此方に手を向けている場合ではなくなったのか、純粋に損耗してきたのか。

 

 ここで一気に畳みかけよう──そう思い刀に力を入れて、汽車が揺れた。大きな揺れだ。

 

「む──これはまずい!」

 

 どうやら汽車そのものと同化していたのか、鬼の肉が徐々に崩れていく。遠くの方──前の車両から聞こえた叫び声で、鬼を倒したのかと感じとる。

 

 まるで汽車が生物かのように跳ね、飛び、線路を外れる。それを察した杏寿郎は咄嗟に外に出る事を選択する。

 このままでは乗客が事故で死ぬ──ならば! 

 

 窓を蹴り抜き、外に出てすぐさま反転。

 炎の呼吸は地に足をつけ、しっかりとしたバランスで技を放たねばならない流派だ。だが、この状態で贅沢は言えない。

 

 それに──柱とは、その呼吸を極めたものがなるのだ。

 

 呼吸を極めた者が、明確な弱点を放置したりしない。

 

壱ノ型──不知火!

 

 飛んできた瓦礫に右足を当てて、吹き飛ばない程度に力を込める。

 そして身体を動かす準備を整えて、一気に踏み抜く。

 

 いくら瓦礫を踏みつけたとは言え、流石に地面を蹴るのと同じ程の速度は出ない。だが、今は破壊力を求めている訳では無いから問題ない。

 

伍ノ型──炎虎!

 

 杏寿郎の身体から大量に吹き出した炎の闘気が具現化し、虎を描きながら暴れ回る汽車に衝突する。

 跳ねて飛ぶ動作を繰り返していた汽車をそこで止めて、一先ず一番乗客の多かった車両の安全を確保。しかしこれで終わりでは無い、車両全てを止めなければならない。

 

──捌ノ型・紅炎!

 

 太陽の炎──それを象って作られたこの技は、奥義である煉獄に負けず劣らずの威力を誇る。

 噴き出る闘気──炎がそれを如実に表しているだろう。

 

「──ふん!」

 

 一番暴れていた後ろの誰もいない車両へと足を向けながら、一気に刀を振る。上から押さえつけるように地面へと叩きつけて、その動きを止めさせた。

 

 やはり誰もいない車両を作っておいて正解だった──そのまま他の車両も動きを止めて、落ち着くのを確認。

 先ずは乗客の安否確認、そして隊士達の安全を確認せねばならない。

 

 大きな音と共に止まった汽車の先頭へと足を進める。

 

 途中の車両で眠っている竈門妹と我妻を確認、そうして人質となっていた一般の人間も無事な事を確認した。

 となれば、残りは竈門少年と猪頭──嘴平少年か。

 

 少し呼吸を使い身体能力を強化して一気に前方へと飛ぶ。

 嘴平──猪の頭がわかりやすく、なにやら車両に挟まれた車掌を助けようとしているのが見えたので問題ないと判断。

 炭治郎が見当たらなかったために反対側へと飛ぶ。

 

「──よくやった、竈門少年!」

「ぁ、れ、煉獄さん」

 

 仰向けで倒れる炭治郎を見つけ、杏寿郎は笑顔を見せる。

 そして僅かに呼吸を行なっていることに気がつき、その行動を褒める。

 

「既に全集中の常中が出来るのか、感心感心!」

 

 ホッとしたような、間の抜けた表情を見せる炭治郎。

 

「柱になるにはまだまだかも知れないが、君のその成長速度は素晴らしい! もっと沢山、色んなものを学ぶといい! そうすればきっと、君が初の黒刀持ちの柱になれる!」

「が、頑張ります……」

「して──出血しているな。腹部から、か。もっと呼吸に集中しろ、身体の隅々まで情報を探れ」

 

 ハァ、ハァと苦しげな息を吐く炭治郎。

 痛いだろう、苦しいだろう──だが、ここで弱音を吐く必要はない。

 

「破れた血管を探せ。それを塞ぐんだ」

 

 苦しんでいる表情から、徐々に澄んだ顔つきに変わっていく。

 集中している。自分の身体を、血が出ている箇所を特定しようと。

 

 素晴らしい集中力と素直さ──やはり彼を断罪しなくて良かったと、内心杏寿郎は思った。

 そして、ある一点で炭治郎の表情が固まる。自分より身体の破れた箇所を発見した驚きか、そこで止まってしまった。

 

「──そこだ。止血、出血を止めろ」

 

 再度苦悶の表情を浮かべて、腹部を見る炭治郎。

 

 ──そういえば、昔回帰にやられたことがあったな。

 

 昔も昔、それこそ夢見たあの時代より前。

 

 呼吸を先に習得した筈の杏寿郎が、気が付けば回帰に熟練度で抜かされていた。まるで何度も何度も怪我したような、それで反復したような早熟さではあったが天性の才なのだろう、杏寿郎はそう思っていた。

 そうした日のある一日、手を軽く怪我して出血した杏寿郎に話しかけてきたのだ。

 

『──ここですよ、ここ。集中してください』

 

 手を触られ、傷のある場所を感じ取りやすくしてくれた。

 たしかに初めてであれば、場所の特定までは出来ても──集中するのだ。痛みも強く感じる。

 

 トン、と炭治郎の額に指を立てる。

 

「──集中」

 

 一瞬表情を歪めた炭治郎が息を吐き、大きく呼吸をし直した。

 どうやら止血できたようだ──何が何だかという表情をしている。

 

「うむ、無事に止血できたな!」

 

 笑いかけ、無事に済んだことを安堵する。

 

「呼吸を極めれば、様々な事が出来るようになる。無論何でも出来る訳では無いが──昨日の自分より、確実に強くなれる」

「……はい」

「よし! 皆無事だ! 怪我人は大勢いるが、命に関わる人はいない! 君はもう無理せずに──」

 

 ──瞬間、近くの森から大きな音が響く。

 何かを思い切り叩いたとか、そういう大きさではない。まるで大きな岩と岩が激突して、砕け散ったような破砕音。

 

 気持ちの悪い、大きな気配を感じ取る。

 

 こちらに向かってくるその気配は、紛れもなく鬼。

 刀を抜き、呼吸に深く集中する。

 

「──お前も鬼殺の剣士か(・・・・・・・・・)!」

 

 そう言いながら上から高速で飛んでくる鬼の、凄まじい怒気と鬼の気配に刀を構える。その瞳に刻まれた文字を見て、驚く。

 

 ──上弦の参。

 

 殴り掛かってくるその拳に対応する。

 上弦の参、その実力は計り知れない。何故ならば──杏寿郎が知る限り、上弦の鬼と対峙した人間で生き残った人間は一人しかいないからだ。それも、上弦の弐を相手に。

 

 ならば相応の実力を備えているだろう。

 

全集中・炎の呼吸──!

 

 下段から大きく振り上げ、その拳を切り裂く。弐ノ型・昇り炎天──拳を割り、腕の半ばまで断ち切るが即座に鬼が後方へと下がる事で追撃は出来ない。

 

「──なるほど、良い刀だ」

 

 斬られた腕を即座に修復し、再度拳を構える。

 

「先程の剣士か獣か分からない奴は、強いには強かったが……内臓に大きな負荷がかかっていて全力を全く出さなかった。その癖、こちらの攻撃は次々と避ける──とことん戦ってて腹の立つ奴だった」

「……獣?」

 

 一瞬嘴平の事かと思ったが、内臓に傷何て負っていないしそもそも此奴は森から出てきたはずだ、と杏寿郎は考え直す。

 

「そうだ、獣だ。俺達鬼と同じ、人の道から外れた獣だ。その割には撃たれ弱すぎたが」

「──それは君の思い違いだな」

「……なに?」

 

 言葉を遮り、杏寿郎は自分の考えを述べる。

 

「鬼は強者を狙わない。鬼は弱者しか狙わない。死ぬことを恐れるからだ、負けを嫌うからだ。──だが、人は違う。他の生物は違う」

 

 刀を構えて、炭治郎を庇う様に前に出る。

 

「人は時に、圧倒的強者に挑まねばならない。それは自然であったり、君達の様な鬼であったりだ。死を恐れずに、過去を振り切り、現在(いま)を見て、未来を想う」

 

 闘気を揺らめかせ、炎が滲み出る。太陽を目指し、人々を照らすと意思を決めた炎が。

 

「そうするからこそ、人は戦えるのだ。生き物は戦えるのだ。君たちの様な鬼と、一緒にするな」

「そうか、残念だ。俺もお前のようなよく研磨された人間を殺すのは惜しい──どうだ? 鬼にならないか?」

「なるわけがないだろう。君は人間を、生物を侮辱している」

 

「弱者をいたぶり自分の優位性を確かめる事でしか生きる事の出来ない鬼が、これ以上人を馬鹿にするな」

 

 そうか──その一言が、僅かに聞こえた。

 

「なら死ね」

 

 術式展開──破壊殺・乱式。

 

 



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落陽



Mrs. GREEN APPLE - インフェルノ

是非この曲を聞いて、その後に見て欲しい。


 竈門炭治郎は、十二鬼月上弦の参──その出現に酷く動揺していた。

 

 怪我を負い、その治療の為に蟲柱である胡蝶しのぶの蝶屋敷へと運ばれて、機能回復訓練を受けている時の話を思い出したからだ。

 

 

 

 

 

 

『この屋敷は、常に負の匂いがする』

 

 そう気が付いたのは、何時だっただろうか。

 常中の鍛錬を行い始めたとき? それとも、運び込まれた時? いや、それはわからない。

 

 でも、なんだか──良くない匂いがする。それだけは炭治郎は理解していた。

 別に悪い事をしているとか、鬼みたいな匂いだとかそういう訳じゃ無い。ただ、どうしようもない程の悲しみや憎しみを節々から感じるのだ。

 同じく入院した我妻善逸と話した時──我妻は【音】で人の心を読み取る事が出来る──は、しのぶの音がとにかくやばい。俺はもう近寄れない。でも顔は滅茶苦茶可愛い。そういう風に話していた。

 

 顔が滅茶苦茶可愛いは良いとして、炭治郎もしのぶの匂い(・・)が影響の一つであるのだなとは思っていた。ただ、それ以外にも何か要因がある気がしていたのだ。

 

 そうして、全集中の常中の鍛錬を行っているある夜──座禅を組み、瞑想を行っていた炭治郎の元へとふわりと現れた。

 

 

『一人で鍛錬ですか?』

 

 

 音もなく背後から寄って来たしのぶに、思わず炭治郎は驚愕した。

 

 ──顔が近い。いい匂いがする……それと、酷く痛ましいぐちゃぐちゃに混ざり合った感情が。

 

 思わず炭治郎は、言ってしまった。何を言われるよりも早く、自分の口から。

 

 

 ──あの、しのぶさん。怒っているんですか? 

 

 

 その時の、あの人の顔を忘れることは無いだろう。

 凍り付いた笑みが、目を細め真顔にへと変貌する。こちらへ敵意を持っているわけでは無いのに、薄ら寒い感覚が背筋を奔った。

 

『……そうですね。怒ってます。ずっと、ずーっと……』

 

 そう言いながら月を見上げるしのぶに、今度は悲哀に似た匂いを感じた。

 

『鬼にも、あの人(・・・)にも、私にも、全部全部全部……怒ってるんです。でも、こうして面と向かって聞いて来たのは炭治郎君だけですよ?』

 

 しまった、思い切り踏んではいけない物を踏みつけた。

 そう感じた炭治郎は、すぐさまに謝罪した。だがしのぶは特にそれ以上責めるような事を言わずに、ぽつりぽつりと話し始めた。

 

『聞いたことがあるかもしれませんが、私には姉がいました(・・・・)。それと、私達姉妹──それこそ、カナヲが家族になるよりずっと前から友好のあった人が。柱合会議で炭治郎君を止めてくれた男性を覚えていますか?』

 

 覚えている──炭治郎は頷き、名前を言った。

 

『ええ、そうです。煉獄杏寿郎さん──あの人の一つ前、先代炎柱と私達は友好を持っていたんです』

 

 先代の炎柱──つまり、その人は既に柱では無いという事。

 

『……炭治郎君の思っている通り、もうその人は居ません。上弦の弐との戦闘で、花柱だった私の姉──手足を喰われ、頸を食い千切られ、全身に噛まれた後を残して死んで。その炎柱の人は、命は助かりましたが……衰弱死しました』

 

 ──嘘だ。

 

 炭治郎は、ほんの一瞬だけ混じった罪悪感、怒り、悲しみ、全ての匂いを正確に嗅ぎ取れた──嗅ぎ取ってしまった。

 恐らく姉の話は事実なのだろう。深い深い哀しみと、地の奥底から響く様な憎しみを感じた。

 

 だけれども、炎柱の人が衰弱死した──最後のこの言葉だけは、嘘だ。

 

『結果、当時柱を除く最高階級だった煉獄さんが炎柱に。私がその後を追って、蟲柱になりました。……その時から、ずっと私は囚われているんです。きっと』

 

 そうして、月を見上げたまま話さなくなったしのぶに炭治郎は一つ質問をした。

 自分がここに運び込まれる要因となった鬼──彼は十二鬼月の下弦の伍だった。それであれ程の強さ、水柱であり自分の兄弟子の冨岡義勇が一撃で斬ってしまったが、炭治郎からすれば格上だった。

 

 十二鬼月の上弦の鬼は、討伐できたことがあるんですか? 

 

 するとしのぶは、仄かに目を細めた後──すぐに笑顔を張り付けてこう答えた。

 

『少なくとも──生きて帰って来たのは、その先代だけです』

 

 憎しみと哀しみと怒りを込めた言葉を、しのぶは吐き出した。

 

 

 

 

 

 

 ──煉獄さん。

 

 仰向けで地面に転がる炭治郎は、目の前で始まる戦いを目で見る。

 

 恐ろしい程に漂う鬼の気配、強い悪の気。これほどまでに濃い鬼舞辻無惨の匂いは初めてだ。

 上弦の鬼を相手に、生きて帰って来たのは一人だけ。それも、少なくとも柱が二人で相手して、その上で無力化されての帰還。

 

 ──煉獄さん。

 

 自分を庇う様に立ち、刀を構える炎柱を見る。

 轟々と燃え盛る炎が全身から溢れ、夜の暗闇を照らす。

 

 紛れもなく、今この瞬間──煉獄杏寿郎は太陽そのものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──炎の呼吸・五ノ型! 

 

 目の前に広がる大量の衝撃波を見る。迫ってくる速度がほぼ一定、同時に届くと言っても過言ではない。

 

 ──何たる正確性か! 

 

 思わず舌を巻くほどの完成度。そして威力と衝撃に対応するべく刀を振るう。

 

炎虎!

 

 目の前まで一瞬で距離を詰めてきた上弦の参、振るってきた拳から発生する衝撃波を全て受け切る。

 

「炎の呼吸か──いいぞ! これまで炎の呼吸を扱う柱とは戦ったことが無い!」

 

 これまで相対したことのない速度、威力、そして実力。

 ふと、杏寿郎の脳裏に家族の顔が浮かんだ。

 

 ──まだだ! 

 

「俺には、守るべきものがある! 継ぐべき物がある!」

「そうか!」

 

──破壊殺・砕式

 

弐ノ型・昇り炎天!

万葉閃柳!

 

 振りかぶり、上から叩きつける様にして振るわれる技に対して反撃する。完全に速度を合わせ、確実に拳を割れるように調整。

 

 ガ、と一瞬拮抗し──そのあまりの重さに腕からブチブチと不快な音が聞こえてくるのも気に留めず、そのまま振り切る。

 

「──おぉおッ!」

 

伍ノ型──炎虎! 

 

 反撃を容易に相殺し、鬼は再度殴り掛かってくる。

 

「いいぞ! お前、名は何という! 名乗れ!」

「杏寿郎! 俺は──煉獄杏寿郎だ!」

 

 叫ぶ。

 敵に聞かせるためだけではない。これはある種の約束だ。

 

 あの日誓った、夜を照らす太陽になるという誓い。今、どこにいるのかもわからない人間へと届ける言葉。

 

「杏寿郎──それほどの剣技、そして闘気! 練り上げられたその全てが、時と共に劣化し腐敗し失われていく! どれほど悲しい事か、お前にもわかるだろう!」

 

──破壊殺・乱式。

 

 再度前方から大量に繰り出された拳、先程よりも多く、そして早く到達してきた攻撃を防ぎきれないと判断。致命傷を避け、戦闘を維持できるように位置を調整する。

 

参ノ型・炎心の揺らめき。

 

 揺らぐ炎の中心、陽炎のように漂うその様を再現し最低限の回避を行う。

 

 脇腹や肩、そして頬を直撃して激痛が奔る。

 

 ──それがどうした! 

 

「──命とは、失われていくモノだ!」

 

 拳を潜り抜け、鬼に対して小さく沈み込んで肉薄する。右足で踏み込み、その衝撃で地面が陥没する。

 

「人間だけではない! 全て、命は失われていくモノだ! 失われ、そして継がれ、新たに創られ、研磨され──絶えたモノは、一つたりとも回帰する事はない!」

 

──捌ノ型・紅炎! 

 

 下段から大きく振り上げ、上半身そのものを奪う様に刀を振るう。

 

「何故諦める! 何故そこで途絶えさせる! それがどれほど無意味で無価値な物か──!」

「黙れ! 貴様のような奴が、命を語るな!」

 

 怒りを滾らせ、刀が直撃する。だが上半身と下半身を分ける程の威力は無く、腰辺りを半ばまで両断する程度で終わる。

 

「──杏寿郎。何故そんなにも固執する。これを見てみろ」

 

 そう言って、後ろに下がった鬼が付けられた傷に指を指す。

 

「既にお前が猛攻を掻い潜り、俺に付けた傷は癒えてしまった。なのに杏寿郎、お前はどうだ?」

 

 左目は、頬に拳が直撃したせいで潰れたのか痛みと暗闇で閉じる事しかできない。脇腹は肉が削れたのか、折れただけではなく恐らく外に露出しているのだろう。左の肩は、どうなっているのか。最早探る事すら億劫に感じる痛みだ。

 

「既にそんな状態だ。わかっただろう、杏寿郎。人であることに価値なんて、何一つないんだよ」

 

「──そんな、訳があるものか」

 

 否定する。

 ああ、苦しくて痛い。当たり前だ、人の身体は再生しない。鬼のように、腕が千切れても元に戻らない。そこには血が通って、酸素を運び、肉体という物を形成している。痛くて当たり前だ。

 

「貴様は、侮辱しかしていない。俺を導いてくれた男は、お前たちのような非道な鬼から決して逃げなかった。その眼差しから、外すことは無かった。──例え上弦の弐が仇だと知っても、決して折れる事はなかった!」

 

 家族を失った。鬼の恐怖を味わった。

 だが、復讐を決意した。鬼による悲劇の連鎖を止めんと奮起した。農民であったその身を復讐者へと墜とし、人々を多く救って見せた。

 

「上弦の弐を相手に、逃げなかった男を追っている俺が──上弦の参(それよりも下)のお前に畏れてたまるものか!」

 

 そう叫び、再度気を練る。

 

 そして、気が付く。

 

 目の前の上弦の参──その表情が、先程までの薄ら笑いから凍り付いた真顔に変貌していることに。

 

「……先程の奴(・・・・)と言い、お前と言い。なぜそうも俺の神経を逆撫でするような事を言うのか──不愉快だ」

 

 刹那、その場から加速し目の前まで詰めてくる。

 

「腹立たしい──ああ、あんな奴……!」

 

──破壊殺・滅式。

 

 何かに対する怒りを増幅させながら、技を放ってくる。

 

 ──ここしかない。

 

 今までの冷静さを失い、不用意に接近して技を放ってきた今。ここでしか此奴を仕留める機会は無い! 

 

 未だ作成途中の、自分が考えた自分だけの技。後に、千寿郎にも継ぎ、これからに繋げようと考えた技。

 

 本来の奥義である煉獄、あの技に手を加えた新たな奥義。受け継ぐだけではなく、自ら歴史に手を加えるために。

 

奥義──火継・煉獄! 

 

 莫大な炎が、刀身へと収縮する。

 未だ完成度は七割、完成してないのだから熟練度も何もない。だが、いまこの接近戦で対応でき尚且つ敵を打ち倒せる技。

 

 ──煉獄さん! 

 

 背後から、竈門少年の自分を呼ぶ声がした。

 

 ああ、回帰。見ているか? 

 俺はまさしく、炎になれているのだろうか。今、太陽になれているのだろうか。絶対的な脅威から、皆を照らす光に。

 

 

 

「──杏、寿郎!」

 

 

 

 耳に飛び込んで来たその声に、安堵する。

 

 ああ、何だ。

 

 やはり、生きていたんだな。

 

 

 手を緩めずに、寧ろ握りしめる。

 

 凄まじい程の衝撃と、真っ直ぐに飛び込んでくる拳──それを受ける前提で、刀を振るう。狙うは頸、確実に殺す為に。上弦の鬼を倒せば──お前に追いつけるのだろうか。

 

 鬼の拳が、胸に直撃する。

 衝撃を感じるより早く、胸の中心を腕が貫通していく。

 

 それを知覚し、痛みが増して──それでも振るう腕は止めない。

 

 本来の煉獄は上から振り下ろし一気に吹き飛ばす技。

 だが、この炎継・煉獄は違う。

 

 どんな体制からでも、熟練した技を放てる煉獄杏寿郎が編み出した技。

 

 そう、これは──煉獄の威力を、たった一撃、その一振りに全てをのせる。どんなに硬い頸であろうが、どれほど屈強な肉体であろうが斬る──その意思を籠めた型。

 

「おおぉ──!!」

 

 吼えろ。

 半ばまで到達した刀が、急に勢いを失い始める。

 

 鬼が斬られながらも再生を試みている、それに加えて振っている刀にもう片方の手で攻撃を仕掛けてきていた。

 

 もはや感覚すらわからない程に痛めつけられた左肩、左腕を何とか動かす。動いているのか──それすらもわからない。

 

 だが動いていたらしく、鬼の振るってきた腕を掴むことに成功する。

 

 

「陽が──!?」

 

 

 この、完璧な状態で陽が昇り始めた。

 

 そう、夜明けだ。

 

「ぐ──」

「逃がすか!」

 

 腕を引き抜こうとした鬼に対して、筋肉を固め腕を離さずにそこで押さえつける。

 

 あの技が完成していれば、もっと素早く振り切れたが──気にしても仕方がない。家に必要な物は残してきている、後の事は考えるな。

 

 自分が、最も尊敬している人物が見ているのだ。

 

 俺が培った全てを、見せねば。もう、これから先──見せる事は、出来ないのだから。

 

 

「──あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛あ゛!!」

 

 

 己の全てを賭けて、吼える。

 

 斬れ! 切り裂け! 放すな! 決して放すな! 

 

 

「──があッ!」

 

 

 自らの腕を、半ばから斬り落とし鬼が後ろへと下がる。

 

 ああ、くそ、逃した。

 駄目だ、追う力は残ってない。

 

──全集中……ッ……!」

 

 無理するな。

 内臓を痛めてるんだろう? ──回帰。

 

「杏、寿郎。違うんだ、杏寿郎。俺は、俺は……」

 

 咳き込み、胸を抑えながら歩いて来た──俺の尊敬する弟弟子を見て、上弦の鬼を取り逃がした事よりも、何故か……安堵の気持ちが強く沸いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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摩耗回帰

「…………」

 

 息を吐く。

 

 腹が減った。まだ死ぬまでは期間があるが、そろそろ満たしておきたい。空腹時でも別にある程度の力は発揮できるが、呼吸と言う切り札を十分に扱えない(・・・・・・・・・・・・・・・・)今、素の身体能力を発揮できる状態にせねばならない。

 

 焼くだけ焼いた、野鳥の肉があるのを思い出した。

 もそもそと適当に袋から出しそのまま口に放り込む。

 

「……まずい」

 

 ──いつからか、碌に食事の味なんてしなくなった。気にしてない、と言えるのか。そんなことはどうだっていいか。

 鼻はまだ使える。匂いはまだ嗅ぎ取れるから大丈夫。

 

 立ち上がって、歩く。

 

 随分と不便な身体になった。

 

 炎の呼吸は、使えなくなった。

 俺が使い方を忘れたのか、それとも身体が拒否しているのか──いつのまにか、俺は呼吸を失っていた。代わりに、自分の自己流の呼吸を編み出した。

 

 派生? だとかそんなのはどうでもいいが、肺が上手く機能していない今俺は後数回しか本気で戦えない。

 いや、下手したら後一度戦えば活動すら不可能になるかもしれない。

 

 ……それでも、いいか。

 

 そう思いかけた自分の思考を、吹き飛ばしたくなる。

 ダメに決まってる。俺は死ななければならないんだ、あの糞野郎を地獄に堕とし、俺自身も地獄の底に堕ちねばならない。

 

「カァ」

 

 傍に寄ってきた鴉。

 お前はずっと俺のことを追いかけ回す癖に、あの糞野郎の場所は教えないな。それどころか、関係のない雑魚鬼ばかりだ。

 知ってるのか? いや、知らないんだろうな。あの糞野郎は、卑怯で、薄汚くて、ずっと影に潜んでいる。

 

 ああ、違うんだ、カナエ。諦めるつもりなんて無いさ。勿論あの糞野郎を殺して、俺は地獄に堕ちるから。許されるつもりなんて無いから。

 

 首元に、手が伸びてくる。

 これもきっと幻覚だ。俺が生み出してる、決してカナエはやらないような幻覚。本当に、自分の都合が良くて反吐がでる。死んでしまえ、俺なんて。

 死なないのに、死なないからそんなことが言えるんだろう。死ぬことの恐怖が分からないから、死ぬ事の痛みも忘れてしまったから。

 

 死ねるなら死にたい。でも、死んで救われなんてしたくない。されて良いはずがない。

 

 カナエの手が、俺の首をギリギリと締める。

 

 ああ、俺を殺して気が晴れるなら何度も殺してくれ。

 ありがとう、俺を殺してくれて。何度も何度も、君が満足するその日まで殺され続けよう。

 

 だから、地獄に堕ちるその時を楽しみにしててくれ。俺は絶対に地獄に堕ちて見せるから。なあ、カナエ。

 

 

 ──そんなこと、カナエが思う訳無いだろ。

 

 

 うるさい黙れ。

 

 許されるはずがない。憎まれてないはずがない。

 

 手足を喰われるのは痛い。苦しい。呼吸も満足に行えなくなって死ぬのも苦しいんだ。それを俺は、一体何度カナエに味合わせた? 

 それを考えても見れば、俺が死ぬべきだった。死なないこの命を、使うべきだった。

 

 ああ、くそ、なんで俺は生きてる。なんでだ? 死ねよ。死んでしまえ。

 

「カァ」

 

 バサバサと俺の周りを飛ぶ鴉。

 うるさいな、わかってる。行けって言うんだろ。

 

 行くよ。お前に言われなくたって。

 鬼を殺して、殺して殺して殺して殺して……全部殺せば、アイツに辿り着くだろ。何が十二鬼月だ、何が鬼舞辻無惨だ。そんな連中どうでも良い。

 

 童磨。お前はどこだ。どこにいる。地獄に堕ちろ、俺もお前も。

 

 鴉が先にバタバタ飛んでいくので、俺もそれについていく。

 何年もこいつと一緒に狩っているんだ。いい加減こいつの行動もわかる。

 

 この先に鬼がいるから、俺を誘導している。

 

 始めの頃はそれなりにちゃんと飛んでいた気がするが、もう歳なんだろう。全然まともに飛べてない。もう、やめてもいいぞ。鬼の気配が近付いてるのはわかるから。

 

 鬼の気配が、強まる。

 

 ……ああ? 

 こんなに強い鬼の気配は、随分と久し振りだ。

 

 圧の強さ、不快感の強さ、この突き刺すような殺意──ああ、あの時以来か。あの、あの時……。

 

 ああ、ああああ、あの時以来だ。あの時以来なんだ。

 

 糞野郎。お前が来てるのか? お前なのか? ならいい。ここで終わらせよう。ここで全部終わらせよう。鬼の因果だとか、そんなのはどうでもいい。俺とお前の決着だ。全て、全部、全部全部全部全部……俺もお前も、ここで終わろう。

 

 弾けるような、それでいて降り注ぐような。

 既に燃えて灰となり、僅かな風に拐われる程度の重さ。

 

──全集中・灰の呼吸。

 

 俺が編み出した、俺だけの技だ。

 アイツを殺すため、その為だけに作った呼吸。誰に継ぐわけでもない。誰に見せる訳でもない。アイツを殺す為だけに作った鬼狩りの手段だ。

 

「──ほう」

 

 突如現れた鬼、そして聞こえなくなった鴉の羽ばたく音。

 それを気にすることもなく、刀を振るう。

 

「お前、鬼狩りだな? ──他の連中と身に着けている服が違うな」

 

 容易に受け止められた刀を、再度振る。

 短い間しか呼吸を行使できない──それも徐々に短くなっている。もう限界が近いのか──まあどうでもいいか。例え呼吸が無くても、アイツは殺して見せる。

 

「集中しろ! 考え事か?」

 

 考え事に意識を割いたせいか、刀を折られた。所詮死んだ隊士から貰ったものだ、硬さに期待しているわけでは無いが──刀を折れるという事はそれなりに強い鬼か。

 そう思って、眼前に迫った拳を無視して瞳を見る。

 

 鬼の瞳には、その鬼の強さを簡単にあらわす文字がある。

 

 あの不愉快な文字を忘れることは無い。上弦と弐という文字。ああ、不愉快だ。

 

 ──ああ、お前も上弦か、この野郎。

 

 

 

 

 お前如き、相手にしてる場合じゃないんだよ。

 お前みたいな、あのクソ野郎に勝てない奴を倒す意味は無い。この程度の奴に呼吸を使う必要は無い。死を繰り返して、適当に捌けばいい。

 

「貴様……何故刀を抜かない」

 

 俺が刀を抜かないのを不思議がって問いかけてきた。

 煩いな。お前みたいな奴には興味が無い。

 

 どうでもいいよ。どっか行けよ。

 

 ああ、でもなぁ。

 

 お前みたいに、俺と同じように、アイツに負けたような奴なら簡単に殺せるか。

 

 

「──貴様」

 

 

 これまで何度も鬼とあって、その度に糞野郎の場所を聞いて来た。名前を言っても、誰も知らない。居場所を聞いても、誰も知らない。もううんざりだよ、お前たち鬼なんざ。

 

 好き勝手やって、そのくせ何も知らない。不愉快だ。死ねよ。

 

 お前も、上弦の弐に勝てないから()なんだろう? お仲間だな、畜生。

 

「死ね」

 

 

 

 

 振るわれる腕を避ける。

 

 跳んでくる拳を受け流す。

 

 叩きつける様に振るわれる脚に潰される。

 

 何回死んだのか──そんな事はどうでもいいか。痛みなんてどうでもいい。苦しみだって何だっていい。俺に少しでも痛みを与えてくれるのなら、それが彼ら彼女らの救いになるなら。

 

「貴様──何故刀を抜かない!」

 

 お前に関係あるのか? 

 

 無言で拳を放ってくる。

 幾つも幾つも連打で放たれた拳──数は増えてるが、避けるだけなら出来る。これだけ死ねば誰だって出来るさ。

 

「……不愉快だ、貴様、何もかも……!」

 

 そうか。俺はどうでもいいがな。

 

 童磨を殺すのに、必要な事じゃないだろう。お前はアイツを殺したくないのか? ああいや、お前には殺させない。俺がアイツを殺す。あのクソ野郎を殺す。そうすれば、俺は、やっと地獄に堕ちれる。やっと、皆に許して(殺して)もらえるんだ。

 

 そうだ。アイツを殺すんだ。死んでる場合じゃない。俺は全部殺さないと、お前も全部殺さないと。ああ、全部全部全部全部殺さないと。

 

 刀を抜刀する。殺さないと、全部殺さないと、お前も殺さないと。

 

灰の呼吸、弐ノ型──灰燼(かいじん)

 

 灰になれ。俺も、お前も、悉く。

 

「──ぐ」

 

 初見だろう。俺が編み出した技だ。アイツを殺す為に、才が無い俺が、一から作り上げた。

 

 ああ、才なんてないさ。■■郎(・・・)のように、俺には才能が無い。……? 

 あれ、俺は誰の事を? まあ何でもいいか。

 

 腰から引き抜いた刀を振る。頸を──こいつ、頸を斬られるのを避けたな。まるで狙っている場所がわかるみたいに。

 下から振り上げられた拳に対して飛び跳ねる事で回避する。そのまま流れで頬を蹴り飛ばす。

 

 糞野郎とは違って、近接戦が主体か。なるほど、それは勝てない訳だ。あの糞野郎はカスみたいな血鬼術を持ってる上に戦闘の天才だ。憎たらしい程に。お前もわかってるんだろう? 

 

「黙れ」

 

 振るってきた拳を、ギリギリで避けながら斬りに踏み込む。

 

 肩に接触して、何やら違和感が生じるが気にしない。斬れるんだから構う必要が無い。再度頸を狙うが、それも何か予測していたかのように事前に回避行動をとる。面倒だな。まあ、ある意味俺と似たような物か。

 

 はは、皮肉だなぁオイ。俺もお前も、予知の様なことは出来るのに勝ててないんだ。アイツに負けたんだ。情けないなぁ。

 

 ああ、ごめんよカナエ。諦めるつもりはないから。そこだけは、俺を信じてくれ。助ける事が出来なかった俺を信じる事なんて出来ないと思うけどでもこれだけは信じて欲しい。頼むよ。

 

 は、は、と息が切れる。ああ、もう限界か。クソ、やっぱり早くなってる。限界がどんどん近づいてる。

 こんな奴に使うべきでは無かった。使わなければ、もっと長い時間使えたのに。

 

 大分長い時間夜を歩いた。そろそろ近い筈だ──そう思い、後退する事にする。

 こんな奴を殺すことに時間をかける必要は無い。俺はお前を殺すことに興味は無い。

 

「貴様、何処へ──」

 

 そう言って後ろに下がる俺に追撃を放とうとした上弦の参は、突如として動きを止めた。そして──その場に轟音が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……行ったか。

 

 木の裏に姿を隠して、呼吸を行わずに息を止める。肺への負荷がかかっている今、無理は出来ない。本来ならここで酸素の供給を止めるのは逆効果だが、鬼から逃げるためにはある程度隠れなければならない。それに、俺の服はかなり着まわしている。

 

 鬼の返り血が付いても気にしてないから、簡単に嗅ぎ分けられるだろう。それでもこっちを無視したのは、何か都合が悪かったのか。

 

 

 ──まあ何でもいいか。

 

 

 カナエ、俺は生き残ったよ。ああ、ごめん、そんなつもりで言った訳じゃ無いんだ。ただ、俺は、まだ諦めてないって言いたくて。違うんだ、聞いてくれ。

 お願いだカナエ。俺は不快な奴だろ。嫌な奴だろ。死んで欲しいだろ。でも、アイツを殺さないと死んじゃ駄目なんだよ。

 

 そう言うと、声が聞こえてくる。

 

──間に合わなかったのに。

 

 ああ、その通りだ。俺が悪いんだ。約束したくせに、何もできずに、俺は、お前に苦しみを何度も味合わせて、痛みを、そうだ、俺は。

 

 誰か、俺を殺してくれ。

 どうか俺を殺してくれ。

 

 でも、まだ殺さないでくれ。

 

 やるべきことをやったら死ぬから。しっかり地獄に堕ちるから。いつか訪れるその日まで、俺の事を生かしてくれ。決して幸せに何てならないから。

 

 いつの間にか、手に力を入れていたのか抓っていた左腕の肉を一部分千切ってしまった。ああ、クソ、面倒臭い。一度死のうか。そっちの方が早い。

 

 刀を抜いて、自分の喉に向ける。

 

 ごめんなカナエ、何度も何度も頸を喰わせて。苦しかったよな、痛かったよな。俺が悪いんだ、俺が全部悪いんだ。

 

 喉に突き付けた刀を、思い切り突き刺そうとして──手が、見える。

 何だろう、この手。小さい、俺の手じゃない。さっきの鬼のでもない。ああ、カナエの、喰われてしまったカナエの手でもない。

 

 その、服は、あれ、見覚えがある。でも、思い出せない。誰だ、誰なんだ? 

 

 そっと刀身から離れて、その手が──身体が、見える。

 

 普通の着物。隊服でも何でもない、普通の着物を身に着けている。背は俺よりも低くて、カナエよりも小さくて、刀もなにも持ってない。

 

 

──今、行って。

 

 

 そう言って、右腕をゆっくりと上げて指す。

 

 

──行かないと。

 

 

 行かないと。何が、行かないといけないんだ。そう問いても、答えることは無い。顔の上半分を狐の面で覆った──恐らく少女は、そのまま姿を霞のように消した。

 

 何だったんだ──そうやって、正体を探ろうとする前に身体が動いていた。それに対して疑問を抱くより先に、行かないといけないと思考が変わった。

 

 

 ああ、行かないと。今行かないと駄目だ。間に合わない。急げ、急げ。

 

 

 息が切れる。でも気にせず歩く。走れはしない、その運動能力すら満足に無い。でも行かないと。今行かないと絶対に間に合わない──何に? 

 

 わからない。だから確かめに行く──この予感は何なのかを。

 

 胸を抑え、ぜぇ、ぜぇと呼吸を乱して歩き続けて、目に捉えた。

 

 

 ──湧き上がる炎。紅蓮の華が咲き、暗闇を照らす。

 

 

 

 ──俺は照らしたい。夜の闇に怯える人々を安心させる炎になりたい。それが俺の、使命だと思ってる。

 

 

 

 何だ、今のは。

 

 顔を抑えて、頭を抱える。ハア、ハア、と息が途切れる。酸素を吸え。呼吸をしろ。

 

 ああ、そうだ、俺は、柱を、どうしたんだ。

 

 

 抜け落ちていた記憶が、次々と蘇っていく。何だこの記憶は。こんな事があったか──ああ、在ったんだ。確実にあったんだよ。俺は、それを忘れていたんだよ。

 

 ギュウウ、と胸を押さえつける。

 

 

 

 ──大丈夫だ。煉獄は継がれてる。俺にも、回帰にも、そして、千寿郎にも! 絶えることはない! 

 

 

 

「……杏、寿郎…ッ?」

 

 

 

 

 



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託すモノ

 炎々に燃える炎。

 

 俺を継ぐと、俺が継ぐと言った炎。

 なぜそんな場所に、どうして。ぐるぐると俺の中で言葉が巡るが、答えは出ない。

 

 咄嗟に、叫んだ。

 

「──杏、寿郎!」

 

 すると、口元を歪めて軽く笑う。

 その身から炎を生み出し、刀に全てを籠めて振るう。

 

 あ──ああ、駄目だ。

 駄目なんだ。止めないと。止めなきゃ。どうやって? それは、頑張って、止めないと。でも止める手段なんて無い。うるさい、やらないで何を出来ないと言うんだ。

 

 口元を歪めて、仄かに笑ったまま──杏寿郎は刀を振る。

 杏寿郎の目の前には、先ほどの鬼。くそ、くそ、クソがッ! なんで、どうして、いつもこうなるんだ。いつもそうだ。いつもいつも、俺がなにかをやれば、裏目にでる。

 

 拳を握り締めて、足を進める。止まってる場合じゃ無い。

 俺は、杏寿郎を殺すのか? いやだ。殺すわけには行かない。

 

 何故? 

 

 それは──杏寿郎が、俺にとっての太陽だからだ。

 暗闇を照らし、弱者を守り、俺にとっての──いや、煉獄の正しい炎なんだ。

 

 駄目だ、杏寿郎。

 

『日にはなれずとも、その炎は陽光に近づく』。

 

 あの日抱いた、彼の炎。何処までも暗闇を照らす、眩く煌く炎。

 

 動け。

 動いてくれ。

 頼む。

 

 呼吸が震える。駄目だ、足りない、これじゃあ、間に合わない。

 頼むよ。誰か、ここで、間に合ってくれよ。

 

 

 ──回帰。

 

 

 一瞬、その声が聞こえた気がする。

 杏寿郎が、鬼の拳を避けずに刀を振る。駄目だ! 避けろ、避けてくれ! 俺とは違うんだ、お前は死んでしまう。お前のことすら殺してしまったら、俺はどうすればいいんだ。

 

 炎が舞い上がり、刀に納まる。

 赤く、赫く輝く刀身が鬼の頸へと吸い込まれていく。

 

 そして──鬼の拳が、杏寿郎の胸を貫いた。

 駄目だ、それだけは認めてたまるか──! 

 

 刀を首に向けて、突き刺す。

 血液が喉から溢れ咳き込み、その苦しさをどうにかすることもなく刀を上に振ることで頭を切断す

 

 

 

 変わらない。

 なんでだ、どうして変わらないんだ。

 

 死んだのに、巻き戻ったはずなのに。目に移る光景は変わらない。何でだ、どうしてだ。こんな、こんな事になるなら──……クソが。

 

 刀を、抜いたまま歩く。息もロクに整えられない。整わない。でも、でも俺は、諦めるわけには行かないんだ。煉獄杏寿郎を、ここで殺すわけにはいかないんだ。

 

 杏寿郎の叫びが聞こえる。その叫びが、胸に響く。やめてくれ、杏寿郎。そんな風に、命を使わないでくれ。頼むよ。なあ、お願いだ杏寿郎。俺の命を使ってくれ。お前の命は、ここで使うべきじゃ無いだろう。

 

 太陽に、陰りが差す。

 

 嫌だ。やめてくれ杏寿郎。俺は、俺はお前まで殺してしまったら、どうすればいい。この死にかけの身体で、なにを果たせばいい。なにを償えばいい。

 

 ああ──早く、早く日が昇ってくれ。太陽の光を、鬼を照らしてくれ。でなければ、でないと、頼むから。

 

 杏寿郎の胸を、再度鬼の拳が貫く。だめだ、それだけはやめてくれ。助からない、そんな攻撃を受けてしまえば助からないんだ。

 

 近くにいるお前でもいい。助けてくれ! 

 誰か、誰か杏寿郎を、助けてくれ! 

 誰でもいいんだ。杏寿郎が助かるなら、誰が助けてくれたって良い。頼む。誰か、助けてくれよ……! 

 

 ああ、やめろ。どうか、なんでも良い、誰か、杏寿郎を──……

 

 

 

 

 

 何度も繰り返して、変わらなかった。嫌だ、認めたくない。何でだ。どうしてお前がそんな目に遭うんだ。

 

「無理をするな、回帰」

 

 違う、違うんだ杏寿郎。俺は、俺は……全部、全部間違えて生きてきた。もう、俺は何一つ合ってない。俺は駄目だ。お前みたいな、太陽になれなかった。

 人一人救えない、惨めな愚か者にしかなる事がなかった。

 

 すまない杏寿郎。お前は俺をあんなにも認めてくれたのに、俺は、俺は……! 

 

 血を口から流しながら、正座する杏寿郎の前で頭を地面に擦り付ける。土下座ではないが、悔やんでどうにかなるようなものではない。

 

 俺は、また殺してしまった。

 俺の大切な人は、俺が欲しいと思ったものは全部すり抜けて行く。全部全部、俺の判断で。

 

 ごめん杏寿郎。すまない杏寿郎。俺は、もう、俺を、殺してくれ。

 

「……回帰」

 

 声が聞こえる。

 やめてくれ。もっと俺を責め立ててくれ。お前なんて死んでしまえばよかったと。俺なんて、助からなければよかったと。俺だけが生き残って、お前みたいな奴は、他の奴の代わりに死ねばよかったと。

 

「一つ、聞かせてくれ」

 

 その穏やかな声が、余計に苦しい。

 なんでなんだ。どうして、俺が犠牲にしてきた人達は、みんなこうなんだ。人を憎まない。いやだ、憎んでくれ。俺が悪いんだから、俺を憎んで恨んで怨んで……殺したいと思ってくれ。

 

「いいんだ、回帰。俺にとって、今日あったことは何よりも大事な事だ」

 

 そんな訳ない。

 そんな訳がない! 

 

 お前が、こんな所で死んで良いはずが無いだろ。お前は太陽だ。夜の暗闇を照らし、影を散らし光を輝かせる。

 俺のような、何も出来ない燃え尽きた灰とは違うんだ。お前は生きて、もっともっと照らさなきゃいけない。

 

 

「俺の事は、気にするな。俺の様な凡人、幾らでも代わりはいる。──人の想いは、継がれ、育ち、そして次々と分かれ道に立つ。俺はその中の一部に過ぎない」

 

 

 煉獄さん──そう、涙で震える声が耳に入る。

 

「彼らがいる。煉獄の想いは、こうして受け継がれる。竈門少年、嘴平少年、我妻少年……どうだ、凄いだろう? 俺は、ここまで魅せる事が出来た。それで、十分なんだ」

 

 杏寿郎、お前、お前は、どうして──そんなにも……。

 

 

「な、回帰。俺は、太陽になれたか?」

 

 

 ──……あ、ああ、ああ! 

 お前は太陽だ。夜の暗闇に負けない、人を、世を照らす煌めかしい太陽だ! 

 

「なら、いいんだ。あの日の約束を、俺は、果たせた」

 

 ──俺はそれで、幸せだ。

 

 そんな顔しないでくれ。そんな満たされた表情をしないでくれ! 俺はお前に死んで欲しくない。カナエを見殺しにして、お前も見殺しにして、俺は、どうすればいいんだ。死んで詫びる程度じゃ足りない。

 

「俺は、果たしたぞ。……やっとお前に、追いつけた」

 

 俺に? 杏寿郎が、追いついた? ──そんな訳が無いだろ! 俺は、俺はずっとお前を追っていた。

 眩しくて、明るくて、どこまでも俺とは違う炎で。怨嗟の炎に包まれていた俺とは違って、お前は世界を照らせる炎なんだ。

 

「ありがとう。俺は、きっと……いや、何でもない。すまないが、もう時間も残ってない。最後に一つだけ、いいか」

 

 呼吸が浅くなる杏寿郎。

 

 すまない、すまない杏寿郎。何度やっても、駄目だったんだ。何度死んでも、どれだけ戻っても、駄目だったんだ。許さないでくれ、俺を恨んでくれよ。

 

「──回帰。最後に、なる。お前に会えて、良かった」

 

 そうして、俺に笑いかけた後に、後ろを見る。

 

「後輩は、育っている。いつの日にか、必ずあの鬼の頸に手が届く。決して諦めるな。前を向け。憎しみでも、恨みでも、何でもいい。燃料に理由は要らない。心に従って、燃やせ。呼吸も無しに鬼を殺した、強いお前の認めた、才無き俺でもここまで出来た。必ず出来る。その姿を、見せてやれ。……──竈門少年、嘴平少年」

 

「強くなれ。何者にも負けない、幸せを守る力を。心の炎を燃やして、立ち向かえ。何度も何度も何度も、繰り返し強くなるんだ。そうして、君達が次を継ぐんだ」

 

 ああ──忘れていた。

 

 そう言って、竈門と呼ばれた少年に声をかける。

 

 

「竈門少年。俺は、君の妹を信じる。彼女は、立派な鬼殺隊だ」

「──ッ……」

 

 

 既に零れている涙を、更に多く流す炭治郎。

 

「彼女が、人を守っているのを見た。我妻少年と共に、必死に、傷つけさせなどしないと。誰がなんと言おうと、彼女は鬼殺隊だ。──君の妹が、元に戻れることを祈る」

 

 

 

 

 

 

 空を見る。

 

 晴れやかな青空だ。

 昔、母上に誓ったことを思い出す。

 

 俺は、弱き者を助けることが出来ました。煉獄の炎も、継ぐことが出来ました。唯一無二の友人に、最後の最期に──追いつくことが出来ました。

 

 これほど晴れやかに逝っていいのだろうか。

 きっと、まだまだ彼らは苦しむだろう。苦しんで、戦って、戦って戦い抜いてその先にある幸せを掴む。

 

 

 欲を言うならば、それを見届けたかった──でも、何も心配は要らない。

 

 

 母上、今、参ります。

 父上、先立つ親不孝をお許しください。

 千寿郎、諦めるな。決して後ろを見るな。前を向け。

 

 回帰──ありがとう。

 

 

 



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熱に浮かされ

「……煉獄さん?」

 

 泣き崩れ、動くことの出来ない俺たちの場所へ何者かがやってくる。

 黄色い頭に、黄色い羽織。

 

「炭治郎。煉獄さん、どうし……」

 

 炭治郎──竈門と杏寿郎が呼んでいた少年へと声をかける。

 

 ……杏寿郎は、死んだ。

 

「え? いや……え? まず、あんた誰だよ。なんで煉獄さんが死ぬんだよ」

 

 上弦の参が来た。

 杏寿郎が、二人を守った。

 

「上弦の、参が……? なんで、なんで来たんだ」

 

 ……俺のせいだ。

 俺が、アイツをあそこで殺しておけば杏寿郎は死ななかった。全部、俺の責任だ。俺が杏寿郎を見殺しにした。

 

「……あんたは、名前は?」

 

 ──……俺の名前か。そんなもの、どうでもいい。

 

 何が決して摩耗しない、不磨だ。

 削りとれて、角が取れ、丸くなって、そのままどんどん小さくされている。それも誰かがやっている訳じゃなく、俺が自分で選んだ果てで起きている。

 

 やはり俺は碌でもない。早く、死んでしまえ。

 

「──そんなことない!」

 

 炭治郎が叫ぶ。

 まるで俺の考えを理解しているかのように、俺に向かって。

 

「絶対に、絶対、煉獄さんは、死んでしまえなんて、言わない。言わないんだ……!」

 

 涙を流しながら話す炭治郎。

 

「──喚いてんじゃねぇ!」

 

 猪の被り物をした少年──嘴平少年も続く。

 

「どんだけ苦しくても、どんだけ悲しくても──言われただろうが!」

 

 ──ああ、眩しい。

 こいつは、こいつらは、全員が眩しい光を放ってる。既に、煉獄は継がれている。素晴らしい、素晴らしいよ杏寿郎。お前は、お前は永遠に俺の憧れだ。

 

「いつまでも泣いてんじゃねぇ!」

「お前も、大泣きしてんだろ……」

 

 少年達が三人集まって、大泣きする。

 杏寿郎、お前は本当に凄いよ。こんなに慕われて、こんなにも影響を与えて、皆に希望を教えて……お前がいてくれて、良かった。

 

「オイオイ、いつまで喚いてん……炎柱様?」

 

 いつのまにか、隠の人間達も集まってきたらしい。

 もう、行こう。俺は鬼殺隊には居られない。

 

「え、炎柱様? ……嘘、だろ……てか、あれ、まさか、先代……?」

 

 動かなくなった杏寿郎を見た後に、俺に気がつく奴がいる。

 まさか、俺を覚えてる奴がいるとは──ああ、覚えるか。俺程情けない奴は居ないからな。

 

「え、本当に先代!? なんで!? 死んだんじゃないの!?」

「えっ」

 

 隠の言葉に、少年たちの方から声が聞こえる。

 ああ、俺はそういう事になっていたのか。ええと、誰だったか……お館様? の配慮か? 

 

 なんでもいいか。

 俺はこの後自分で行くから、この少年達を頼む。

 

「……えぇ……? いや、でも……首とか、血出てますよ」

 

 どうでもいい。

 どうせ死にはしない。

 

「回帰さん!」

 

 炭治郎が話しかけてくる。

 振り向いて、顔を見る。

 

「きっと、きっと──しのぶさんも会いたがってる(・・・・・・・・・・・・・)!」

 

 ………………しのぶが、俺に? 

 そんな訳が無い。アイツは俺を恨んでる。恨んで怨んで憎んで、殺したいと思ってる筈だ。俺はアイツに殺される事に文句はない。寧ろ、殺してくれるなら喜んで命を渡す。

 だからこそ、今は行けない。杏寿郎に、魅せられた。ならば、俺も命を燃やすしかない。この残り火が、残滓のような掠れた炎が……少しでも、あそこに手が届くなら。

 

「違う! しのぶさんは、しのぶさんは……貴方と同じように、囚われている! それを救えるのは、回帰さんしか居ない!」

 

 今更、帰れないさ。

 

「駄目なんだ! 今帰らないと、今、戻らないと……! 俺は、真菰に託されたんだ(・・・・・・・・・)!」

 

 ──真菰? 

 

 待て、炭治郎。真菰、あれ、なんだ、真菰? 

 覚えてる。覚えてるぞ、その名前。俺は、真菰と言う名を覚えてる。

 

「真菰が、どうか助けて欲しいって……! あの人は、優しい人だからって、言っていたんだ!」

 

 真菰、あ、ああ、真菰、そうだ、俺はなんで忘れていたんだ。

 あの山で、俺が救えなかった命。俺は、あそこから、ああ、そうか……。

 救えなかった命を忘れるような奴じゃ、もう、駄目だ。

 

「あ──……」

 

 首を絞めようとすると、俺の手に誰かの手が重なっている。

 小さな手だ。さっき、杏寿郎の事を教えてくれた手。

 

 ……俺に、死ぬなって言うのかよ。

 死ぬことしか出来ない俺に、死ぬなって。

 何だよ。何なんだよ。俺は、どうすれば良いんだ。生きて、どうすれば良いんだ。

 

 

 ──生きて。

 

 

 この、声は。

 今の声は、俺は、違うんだ。俺はお前を殺して、生き残るつもりなんてなかったんだ。俺は死のうと思ったんだ。だけど、死ななくて、どうしても死ななくて、死んでも死んでも死ななくて、だから、俺はアイツを殺すって誓ったんだ。

 

「回帰さん! 帰ろう、一緒に!」

 

 ……炭治郎。

 

 お前も、眩しいな。

 お前達がいるなら、俺は居なくても、いいんじゃないか。俺みたいな、何処までも自分勝手な男は、居なくても、いや、居ない方が……

 

「──少なくとも!」

 

 炭治郎が叫ぶ。

 俺の声を遮り、俺に届けるために。

 

 

「真菰は、貴方を怨んでない!」

 

 

 ふわりと、何かが俺の視界に映る。

 その、面は。その狐の面は。

 

 そうか、炭治郎。お前……そうなんだな。

 

「だから、だから……どうか、お願いします。一緒に、戻って、まだ、やり直せるって……」

 

 そして、そのまま声が小さくなっていく。怪我をした状態で声を荒げたからだろう、酸欠か、血液不足か……。何にせよ、炭治郎を死なせるわけにはいかない。

 

 ……わかった。

 覚悟を決める。

 

 隠達。お館様に連絡、それと三人を早く治療出来る環境に連れて行ってくれ。

 

 そして……

 

 

 俺を、胡蝶しのぶの元に連れて行ってくれないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……変わらないな、この屋敷は。胸が引き裂かれそうになるくらい、変わらない。

 

 カナエが植えた木も育ち、既に立派になっている。それだけ、年月が経った。

 

 

「あのぅ、先代様……」

 

 

 隠の一人が声をかけてくる。

 すまない、俺は後から入る。だから先に炭治郎達を運んでくれ。

 

「わ、わかりました。……その、先代様は覚えていないと思いますが、私前にお二人に助けて頂いたことがあって」

 

 ……悪いが、記憶にないな。実は記憶も曖昧で、覚えてることは覚えてるんだが……鮮明な記憶が、ほとんどない。いつまでも頭の中で繰り返される光景は、あの時の地獄のような光景だけだ。

 

「ああいえ、とんでもございません! ただ、その、花柱様が存命されてる間に命を救われて……ええと、私はあなたが戻ってきてくれて、嬉しいです。すみません、それだけなんです」

 

 そう言いながら炭治郎を抱えて屋敷の中に入っていく。

 カナエと二人の時、か。ああ、胸が苦しいな。お前が遺していったモノはこんなにも多いのに、俺は何一つ覚えていなかった。だめだな、俺は。

 こんなんじゃ、しのぶには口も利いてもらえないだろうな──それでも、いいか。しのぶがそれで少しでも和らぐなら、それが俺に残された、責任という物だから。

 

「すみません、いつまでも屋敷の前に居ないでくれませんか?」

 

 後ろから声を掛けられる。

 

 ああ、すまない。

 

「ん……? あれ、炭治郎さん!?」

 

 運び込まれていく炭治郎に気が付いたのか、顔見知りなのか急いで駆け込んでいく。

 

「あ……」

 

 その隣に居た少女も、同じように炭治郎の場所に行こうとして──俺の顔をみて、動きを止める。

 その髪の結び方、蝶の髪飾り。痛い程に、死にたくなるほどに覚えている。

 

 苦しい。苦しいよ。その髪飾りを見るだけで、あの光景が蘇るから。

 でもそれも全部俺の所為だ。だから、仕方ない。受け入れないといけない。俺の所為だ、俺の所為だ、俺の所為だ。

 

「……え、と…………お久し、ぶりです」

 

 ああ、久しぶり──カナヲ。

 

 そしてその後ろから、俺の事を、信じられない様な物を見た表情で見る人──しのぶに、声を返した。

 

 

 

 

 

 



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(´・ω・`)


「お久しぶりですね、不磨さん(・・・・)

 

 感情を感じさせない無表情でそう言ってくるしのぶに、俺への恨みは消えていないなと理解する。

 当然だ。柱に選ばれておきながら、ロクな抵抗も出来ずに無力化された上に、自分の唯一の肉親も守ると言っておきながら守れない。こんな無能を、恨まない訳がない。

 

 今も、煮えくる自分の感情を抑えようとしているのだろう。もしもカナエが生きていれば、こんな風にはならなかったかもしれない。全部、俺の責任だ。

 

「…………色々と、言いたい事も聞きたい事もあります。ですがその前に、鬼殺隊の医者として、あなたの身体を診察します」

 

 そう言いながら袖を捲る。

 ……自分でも何となくわかっている。もう、俺の身体は限界に近い事くらい。だから大丈夫だ、そう伝えるとしのぶは大きく顔を歪めた。

 

「そう言って、また間に合わなかったらどうするんですか?」

 

 どっちみち、理解して居たところで手遅れだろう。

 

「……ああ、そう言えば言ってませんでしたね」

 

 しのぶが日輪刀を抜き、そこに刻まれた文字を俺に見せてくる。

 そうか。お前は、柱になったんだな。

 

「えぇ、先代炎柱(・・・・)さん。今の私は、蟲柱胡蝶しのぶです。そして──あなたと姉さんが考えてくれた【毒】を扱ってます」

 

 にこやかに微笑むしのぶに、申し訳ないと言う感情が募る。

 

 心が軋む。

 すまない、ごめんなさいではとても言い表せない負の感情。唯一の肉親を奪い、その上に入院状態から抜け出して数年間も行方不明になった奴が、今代の炎柱の死と共に戻ってきた。

 

 少なからず、杏寿郎が築いた絆もあった筈だ。

 それを、俺がまた奪い取った。恨まれない理由がない。

 

 憎んで欲しい。

 恨んで欲しい。

 

 忘れるつもりなんて無かったのに、自暴自棄になって全てを投げ捨てようとした俺を決して許さないでくれ。いつかきっと、地獄に落ちるその日が来るまで。

 

「──不磨さん? 聞いてますか?」

 

 気が付けば、俺の事をしのぶが覗き込んできていた。

 口元だけを緩め、笑顔で語りかけてくる。昏い瞳に、どんな感情が籠っているのか。俺にはわからない。それが怨みなのか、怒りなのか。

 

「聞いてません、でしたね? しかたないから、もう一度説明しますよ」

 

 妖しく口元を歪める彼女の表情に、酷く、胸が痛んだ。

 

 しのぶ。お前のその表情は、お前のモノなのか? 昔のお前は、そんな風に笑わなかった。俺が知らない間に、変わったのか? いや、変わったことは間違いない。だけど、その表情は……いや、俺に言う権利はない。

 

「私は、毒を沢山勉強しました。毒だけじゃなくて、人の身体とか、医学もすごい頑張って勉強したんですよ?」

 

 少しも視線を逸らさないしのぶ。

 俺が、ここで逃げるわけにはいかない。たとえ罵られようと、刺されようと、殺されようと──もう逃げないと決めたんだ。俺の責任は、俺が取る。

 

「……ふふ」

 

 そう小さく笑いながら、しのぶは後ろに下がった。

 

「あなたの身体は、数年前に脱走した時点ですでにボロボロになってます。内臓が幾つか駄目になっててもおかしくないくらいには──ですが」

 

 歪めていた口元を戻して、無表情になる。

 

「三人に聞きましたよ。呼吸を、使おうとしたって」

 

 ……その通りだ。

 炎の呼吸は、俺は使えなくなった。使おうと思って、何度も試したんだが、駄目だった。

 

 もう、俺は炎の呼吸は使えない。代わりに、俺が考えた、あのクソ野郎を殺すためだけの呼吸を考えた。……その過程で何度も死んだけどな。考えて、実行して、失敗して、内臓が悪化する前に自殺する。その繰り返しでなんとか物にした俺のためだけの呼吸だ。

 

「……炎の呼吸は使えない、ですか」

 

 なにかを考えるように瞳を閉じたしのぶ。少し時間を置いて、ふう、と一言吐いてからしのぶは目を開いた。

 

「わかりました。今度の柱合会議で報告しておきます。……戻ってきた、という事はもう逃げるつもりはないという事ですよね?」

 

 ああ。もう、散々やらかした俺の言うことなんて信用できないと思うが……逃げない。あのクソ野郎を殺す、それだけが俺の生きる意味だ。他に何も要らない。求めてなんて無い。俺の人生は、あの鬼を殺すためにだけ存在する。

 

「…………はい。裏切らないで、くださいね?」

 

 そう呟いたしのぶの、どこまでも昏い瞳。どこかで見覚えがあるような、ないような──そんな感覚がした。

 

 

 

 

 

 

 

 結局、詳しい診察は後日行うということにして俺達は別れた。戻ってきたばかりで、生活の基盤が狂いに狂ってる俺の現状もあり負担にならないよう、としのぶが提言してくれた。

 当時から変化がない屋敷を見る。なんの変哲もない、普通の廊下。ただの廊下の筈なのに、俺の脳裏にはあの頃の光景が浮かんでくる。

 

 カナエがカナヲの手を引いて走って、それをしのぶが怒りながら追いかけて、俺が笑っていた。

 

 もう二度と帰ってくる事はない景色。俺が壊して、崩壊させた光景。あの頃の風景は、なんて綺麗なんだろうかと今になって思い知らされる。

 後悔なんていくらしても意味がない。後悔をして、それで何になる。

 

 胸の真ん中が、ズキズキと痛む。果たしてこの痛みは、俺の内臓の痛みなのか、それとも──心、なんてモノの痛みなのか。わからない。わからないことばかりだ。世界は、不平等で、不公平で、理不尽なことばかりだ。

 

 だからって、嘆いているだけではどうにもならないんだ。進まなければいけない。

 

「──あ、回帰さん!」

 

 後ろから声をかけられて、思考を中断する。振り替えると、件の少年──竈門炭治郎がいた。怪我人の着る服装ではなく、隊服と、籠を背負っている。

 

「あの、その……身体は大丈夫ですか?」

 

 多分、お前よりは大丈夫だろうな。残っている古傷も、どれくらい持つのかはわかっているつもりだ。そっちこそ大丈夫なのか? 

 

「はい。まだ塞がりきってはいないですけど、問題ないです。……あの、真菰の事なんですけど」

 

 ……ああ。覚えてる──というより、思い出した。あの山で、俺が未熟だったから救えなかった命だ。俺がもっと強ければ、もっともっと鬼を殺していれば救えた。……真菰が、何か言っていたのか? 

 

 死んだ真菰の遺言なんて、誰も知っているはずはない。最期を看取った俺がいうのだから、間違いはない筈だ。だが、不思議と聞いてしまった。

 この少年は、きっと何かを知っている。腰に付けたその面が、そう言っている気がするのだ。

 

「はい、その──……信じられないかもしれませんが。『私は、嬉しかったよ』って」

 

 ──……そうか。

 

 嬉しかった、か。お前を救えなかった俺に、そんな言葉を告げるんだな。お前は優しいな、真菰。あの夜、死ぬ寸前に見せた微笑みは、安堵の笑みだったのだろうか。痛い思いをした筈だ。どうしようもないほどの恐怖に襲われた筈だ。なのに、笑いかけたお前は──強くて、優しいな。

 

 真菰も、カナエも、俺よりずっと強い。俺のように何もかもを恐れ続けて、逃げ続けて、失敗した男とは違う。死という明確な脅威と戦って、散って、なのに気丈であるお前達は──俺なんかには勿体無い。

 

「…………あ……」

 

 足掻かなければいけない。

 前を向かなければいけない。

 

 進むしかない。前へと、足を進めるのだ。童磨を殺すその日まで、俺は我武者羅に生き続けるのだ。

 

 



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あの日の記憶

 蝶屋敷へと帰ってから一週間、身体の具合をしのぶに診てもらいながら時を過ごした。

 

 日輪刀も今は無く、隊服すらボロボロ。とてもではないが、今の状態で戦えるわけがない。いや、それでも戦って見せなければならないのだが。

 俺の身体は、何とか動いている状態だ。日常的な動作は問題ないが、激しい動きを行うと動悸が激しくなる。それに加えて呼吸も荒くなり、大体……一、二分が戦闘の限界だろうか。ただの鬼を殺すなら、それでも問題は無い。

 

 だが、童磨を殺すとなれば別だ。

 アイツを殺すには、技を撃たれる前に頸を断ち切るしかない。血鬼術を持つ鬼は大概がそうだが、初見殺しだ。特にアイツの場合は血鬼術が凶悪すぎる。少しでも吸えば肺が凍り付き、そのまま戦闘が不利に動く。

 

 最悪だ。 

 だからこそ俺が殺さねばならない。アイツを殺すためだけに用意した技を、呼吸を使って殺さねばならない。できる出来ないかじゃなく、やらなければいけない。

 

 同じ部屋の中に寝ている少年達を起こさないように静かに部屋を出る。

 

 すっかり暗くなって、陽の光なんて届きやしない暗闇の中。

 月明かりのみが照らす屋敷を歩く。

 

 眠れない。

 一人でいる時は寝れたのに、こうやって戻ってきた途端眠れなくなった。相変わらず自分が情けない。一人の時は気楽だ。死んでも死なない、いつか気がつくその時まで死ねばいいだけだ。

 

 だけど、俺以外の人は違う。死ぬんだ。簡単に、死ぬ。

 

 脳裏に刻み付けられたあの光景が忘れられない。カナエを噛んで、砕いて、弄んで、俺が死んで、繰り返して再度カナエを喰い、殺し──忘れる筈がない。

 憎たらしい。俺も童磨も全てが憎い。あの時無様だった俺が、死んでも死に切れないほど。人を弄ぶ鬼を殺さなかった俺が、死ぬほど憎たらしい。

 

 杏寿郎に救われてばかりだった俺が情けない。友人として親しくしてくれた杏寿郎を見殺しにして、生き残った俺が……やめよう。

 憎しみを燃やすのは、その時だけでいい。その時に積み重ねた全てを燃やせ。残り火以下、既に灰同然の俺ができる最後の戦いなんだ。

 

「……あら、不磨さん。抜け出して、どうしたんですか?」

 

 ……しのぶか。

 寝付けないから少し散歩してるだけだ、すぐ戻る。

 

「そうですか」

 

 後ろから現れたしのぶを見ることなく、俺は外を見続ける。

 

 外は暗闇で包まれてる。

 どこまでも続く暗闇の風景。

 

「…………ねぇ、不磨さん」

 

 隣まで歩いてきたしのぶが、口を開く。

 暗い中でも見えるくらいには近づいたしのぶの表情は、一週間前の微笑みは消えて何かを思案するような様子を見せる。

 

 やがて、何度か口を開き話そうとして、口を噤んだ。

 

 ……何か、聞きたいことがあるのか? 

 

「…………どうして、戻って来たんですか?」

 

 ──……どうして、か。

 

「正直な所、私はもうあなたは……亡くなったと思ってました。姉を──いえ。姉さん(・・・)が死んだあの日。何があったんですか?」

 

 あの時は、そう、だな……確か、柱になったカナエの巡回予定の場所を回っていた時だった。久しぶりに二人で、歩いて時だ。

 

 ……そういえば、あの時告白されたんだったな。俺はそれに答える事も出来ずに、カナエをむざむざ殺してしまった。背負ってくれると、俺と共に地獄へ堕ちてくれると言ってくれた、大切な、大切な人だった。俺にはもったいない、朗らかな女性(ヒト)だった。

 

 それで、ええと……あのクソ野郎──童磨が来た。その後はしのぶも知る通り、俺は血鬼術で凍らされて肺を痛めて、カナエは喰われた。

 

 俺の目の前で、何度も何度も喰われた。涙を溢して、苦悶の表情を浮かべて、声を圧し漏らさないように無理やり微笑みを作って、俺に笑いかけたんだ。腕を千切られ、足を噛み砕かれ、喉を掻っ切られて、それを俺は見てるだけで、何も出来なかった。

 

 それが、あの日に起きた事だ。その顛末は、知ってるだろ。

 

「……姉さんは、苦しんで逝ったんですね」

 

 ……ああ。苦しんで、痛みに耐えて、死んだ。

 

「……そうなんですね」

 

 しのぶが俺の話を聞いて、何を思ったのかはわからない。ただ、少なくとも、家族として知らなくていい事を知って、柱として知らなければならない情報を聞いた。ここで怒り狂って、俺の事を殺してくれればいいのに。少しでも許さないと、明確に行動してくれればいいのに。悪いのはお前だと、誰もが指さし名指しで言ってくれればいい。

 

 俺の隣に無言で佇むしのぶが、何を想っているのか。

 

 俺には知る由もない、知る権利もない。彼女の唯一、血が繋がった肉親を奪った俺に知る権利はないんだ。

 

「──……あら」

 

 しのぶが一言呟いて、俺の腕に触ってくる。目を向けてみると、後ろから見えないように身体で腕を隠しながら指を真っ直ぐ後方に差していた。

 その方向に、顔を逸らさないように目を向けると見覚えのない着物が少しだけ見えている。

 

 口元に手を当てて静かにするように、と仕草を向けてきてしのぶが立ち上がる。

 

「不磨さん」

 

 歩きながら、口を開く。それを振り向くことなく、俺は耳を傾けた。

 

「──姉さん(・・・)は、決して恨んでないと思いますよ」

 

 その言葉に、思わず後ろを振り向いて──既にしのぶは姿を消していた。……違うんだ。違うんだよ、しのぶ。

 

 俺は恨んで欲しいんだ。死んでも死ねないくらいに憎んで恨んで欲しいんだ。俺は……そうでもしないと、詫びれないから。俺が死ぬのは、どうでもいい。だけど、だけど。

 

 ふと、血の香りがすることに気が付いた。微かに匂うソレの出どころを探すと、俺の右腕からポタポタと流れ出ている。正確には、掌から。無意識に握りしめていたらしく、爪が食い込み肉が露出している。

 

 溜息を吐いて、目を閉じる。

 

 浮かび上がる光景は、あの日の惨劇。忘れるな、忘れるな、絶対に。俺が必ず殺すのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「日輪刀、ですか?」

 

 翌日、柱としてではない蝶屋敷の医療班としての仕事を行っているしのぶに声をかけた。俺の使用できる日輪刀はあるのかどうか、それを確かめたかった。気のせいかもしれないが、前より少しだけ笑わなくなった──というより、前のしのぶの様な表情を出すようになった。怒っている様な、不機嫌な様な。無理やり作った顔じゃない。

 

 顎に手を当てて何かを考えるように眉間に皺を寄せる。

 

「……ああ、そうです。不磨さんは、あちらには戻られて無いですよね?」

 

 あちら、とは何処を指してるのだろうか。俺が戻るという事は、俺が前まで住処にしていた場所か──……それとも。

 

 俺にとって戻る場所と言えるのは、四つ。

 一つはここ、蝶屋敷。カナエ、しのぶ、そして記憶自体は少ないがカナヲとの日々。それが詰まったこの場所は、俺にとって十分に帰れる場所だと言える。しのぶにとっては、迷惑な話だと思うがな。

 二つ目は俺の暮らしていた家。今も尚存在するかは謎だが、一応暮らしの基盤にしていた場所だ。

 三つ目、全ての始まりになった家族の眠る家。今更こんな場所を指す事は無いと思うが、一応ここも帰る場所だろう。

 

 そして四つ目、この鬼殺隊における重要な道具の日輪刀が手に入る場所という前提がある上でしのぶが戻ると表現する場所──それは一つしかない。

 

 

「そうです。きっともう葬儀は終わっているでしょうから──煉獄家です」

 

 

 

 



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煉獄家にて

 コンコン、と一度扉を開く。

 久しぶりに見るこの屋敷も、かわったところはない。炎柱になった杏寿郎も住んでいたのだろうか、彼の性格が表に出る清潔さがある。蜘蛛の巣が張っている様子もないし、日常的に掃除を行なっていたのだろう。

 

「はい、どちら様ですか……?」

 

 そういいながら扉を開いてきたのは、まだまだ少年と言える背丈の子供。だが目付きは確実に煉獄の男児と言える特徴と、髪型もそっくりだ。……ああ、君は……千寿郎か? 

 

「……そうです。もしかして、兄の御知り合いですか?」

 

 そう、だな。確かに俺は杏寿郎の知り合いと言える。別に勿体ぶるつもりもない、俺の名前は不磨。不磨回帰だ。なにか聞いてるか? 

 

「──不磨さん、ですか。兄の先代の炎柱を務めていたとお聞きしています。ですが、あなたは……失踪したとも」

 

 ああ、間違いない。つい数日前まで失踪していたし、なんなら杏寿郎の死をこの目で見た。……葬式を終えてから来て今さら何だと思われるかもしれないが、杏寿郎への香典と──槇寿郎殿は、居るだろうか。

 そう告げると、何やら千寿郎は答えにくそうな、戸惑うような表情を見せたのちにおずおずと屋敷の中へと引っ込んでいった。その後すぐにこちらへ、と言われたので追従する。

 

 中の景色は、俺の記憶にあるより殺風景になっていた。それはそうだ。俺が最後に見た光景は、弟子が沢山並んで刀を振り、呼吸を練り、鍛錬を重ねている時。思えば瑠火さんが亡くなった時にはすでに活気が無かったような気もする。……全部俺が気がつかなかっただけ、か。

 

 千寿郎の案内について行き、ある部屋の前で止まる。

 

「兄の仏壇は、ここにあります。母と同じ場所に入っているので、よければ一緒に……」

 

 襖を引いて、中に入る。何の飾り気もない和室に、少しだけ豪華な仏壇がある。それでもとても高級品のようには見えず、商人でも簡単に購入できる程度のモノ。……命を賭して人々を守り、鬼を殺し、最期に後進にあるべき姿を見せて果てた男がここに眠っている。

 

 杏寿郎、遅くなって悪かったな。俺は結局どこまでもダメな奴だ。

 

 線香に火をつけて焚き、槇寿郎はどこにいるか聞いておく。この後挨拶に行くとして、先に聞いておけば自分でいけるから。

 

「……その、父は……」

 

 歯切れ悪く言う千寿郎に、まさか──槇寿郎も亡くなったのかと内心動揺する。まさか、そんなバカな。そうだとしたら、もう煉獄家は千寿郎しか残ってないではないか──と、考えを張り巡らせたあたりでそうではないと気がつく。

 

 

「生きては、います。ですが……ある時を境に、心を壊してしまい。僕とも、会話をまともに……」

 

 

 

 

 

 

 

 布団から半身だけ起こし、外を見つめ続ける男性。その姿は紛れもなく、俺の先代炎柱であり、剣と呼吸の師であると言える──煉獄槇寿郎その人だ。

 

 俺の知る姿とはあまりにも変わり果てた姿に思わず愕然とする。……なぜ、こうなった。何が、槇寿郎殿に何があったんだ。

 

 そう千寿郎に問い詰めると、答えにくそうな顔で俯きながら呟いた。

 

「……あなたが、亡くなったと聞いたその日から、です」

 

 ──思考が、真っ白に染まった。

 

 俺の、亡くなった、日から。つまり、俺が死んだと聞いてから? 何故だ、槇寿郎。炎は、あんなにも苛烈に杏寿郎に受け継がれていただろう。俺を掻き消す程の太陽は、お前の息子が成っていただろう。なのに、何故、なぜ俺如きに……! 

 最期の瞬間まで後進を導き、人を憂いた男だ。俺のように復讐に取り憑かれ何もかもを捨てようとした奴とは違う! 

 

 煉獄槇寿郎、なぜなんだ。何故、俺如きに、そんなに執着したんだ。俺は、お前の考えるような強い人間ではない。お前が告げたあの言葉は、今でも覚えている。才の無い人達が呼吸を持って鬼を殺すのを、俺は呼吸を使わずに鬼を殺した。そんなもの、俺が他には無い特別を持っていたからに決まっている。

 

 煉獄の炎より前に、俺はただ持っていただけだ。死なないと言う呪いを。なあ、槇寿郎。お前の息子は、とても立派だった。

 

 半分死ぬ原因になったような俺が言うのもおかしい話だが、槇寿郎。

 杏寿郎は本当に凄いんだ。俺のような死なないという特異性も無く、本当にやり遂げたんだ。狂うこともなく、ひたすらひたすら前に走り続けたんだ。だから、なあ、槇寿郎……。俺なんかより、杏寿郎を褒めてくれよ。俺のことなんか、どうだっていいから。だから、頼むよ。

 

 槇寿郎は、動かない。耳を傾けているのかも、わからない。

 

 何もかも遅すぎた。それだけなんだ。

 

 動くことのない槇寿郎の隣から立ち上がって、部屋を出る。

 そうして、あの日誓いを交わした庭まで歩いた。もう、あんなにも昔に思えるのに今でも覚えているのだ。

 

 杏寿郎との誓い、それを俺は……守れたのだろうか。炎になれ、太陽になれ。俺が認めたお前は、絶対に炎柱に相応しい。あんなにも情熱的に、そして認め合うような誓いを立てておきながらこのザマだ。思い出せば思い出すほど、苦しくなる。

 

 杏寿郎。俺は本当に、この家に来て良かったのだろうか? 俺はあそこで、童磨に殺されているのが良かったんじゃないのか。家族と一緒に喰われていれば、カナエとしのぶだって死んでなかったかもしれない。俺はそう思ってしまうんだ。どうしようもないほどに弱くて、お前のように強く在れないから。

 

 ……だが、悔やんでも意味はない。どれだけ自分を責めても、意味はないのだ。前に進んで進んで、童磨を殺すしかない。杏寿郎、槇寿郎。俺は二人を無価値には決してしない。忘れてはならないんだ。それを胸に刻み込め。必ず、必ず──煉獄の闘いは無駄ではなかったと。

 

「……あの、不磨さん」

 

 千寿郎が部屋から出てきて、声をかけてくる。

 すまない、勝手に屋敷内を歩いて。迷惑をかけた。

 

「いえ、それはいいんですけど、その……父と、兄の事なんですが」

 

 おずおずと、おっかなびっくりと言った様子で話を続ける千寿郎。

 

「その……父は、どういう方だったんでしょうか。僕が物心つく頃には、既に父は……」

 

 ……そう、だな。俺で良ければ、少しくらいは話せるよ。君の父の事も、兄の事も。……俺は、君から二人を奪ったも同然の男だ。君が望むなら、俺を好きにしてくれて構わない。それくらいのことは、させて欲しい。

 そう千寿郎に告げると、少し躊躇うような表情になった後に──儚く、まるで、瑠火さんの様な笑みを浮かべて言った。

 

「恨みなんて、しませんよ。確かに、兄は亡くなって、父もおそらくは……」

 

 言葉の後に、一瞬悲しそうな表情になってから千寿郎は続ける。

 

「ですが、兄も父も決して消えたりはしません。少なくとも、僕が覚えている限りは」

「忘れません。微かな記憶しかなくなったとしても、僕が覚え続けます。……僕には、兄と違って剣士としての才能がありませんでした。日輪刀の色が、変わらなかったんです」

 

 良く見れば、千寿郎の腰に刀が差してある。それはもしかして、日輪刀か? 

 

「はい。僕が持ち続けるより──きっと、不磨さんが持っていた方がいいんです」

 

 差し出されたその刀を、見る。

 もう、誰も千寿郎を導かない。導く人物が居ない。辛うじて残っている俺程度の火種では、煉獄を継ぐには弱すぎる。駄目だよ、千寿郎。この刀は、君が持つべきだ。君が持って、後を継ぐべきだ。

 

「いいえ、いいんです。僕だって、諦めるつもりはないです。けれど……僕がやるには、あまりにも時間がかかり過ぎる」

「いつか絶対、僕は引き継いで見せます。でもその前に、きっと──不磨さんには必要になると思うんです。だから、受け取ってください」

 

 …………わかった、千寿郎。

 煉獄は絶えていないと、火継ぎは行われていると君は絶対に証明できる。俺も、出来る限りの事はしよう。だから、俺の闘い(復讐)が終わるまで──この刀は、借りる。

 

 鞘を掴み、そのまま受け取る。

 

 柄を握り、鞘から引き抜く。

 何の変哲もないただの刀から、徐々に色が変わっていく。赤く、紅く──まるで血のような(くれない)に染まっていく。

 

 ありがとう、千寿郎。俺は、俺が成すべきことをする。

 

 あの鬼を。地獄へと叩き落す──それだけが、俺の生きる使命だ。

 

 



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進め

 煉獄家で用事を済まし、また──千寿郎に話を聞き、杏寿郎の遺したあるモノ(・・・・)を受け取って、蝶屋敷で検診を受ける日々。

 

 刀を振るい、咳き込みたくなるのを必死に堪える。咳を飲み込むように何度も喉を鳴らして、ひたすら刀を振る。全集中の呼吸を時々行い、自分の身体の限界をどんどん広げていく。昔──それこそ柱になるよりずっと前、鬼殺隊に入るための修練に比べれば効果は圧倒的に薄い。だが、それでも、少しでもやらねばならない。

 

 鍛錬で少し無理をして咳き込んで、動けなくなって死のうとした所で蝶屋敷にて働くアオイという少女に出会った。彼女は鬼殺隊の隊士として修練を積み、試練を越え──鬼への恐怖で、戦う事が出来なくなった子だった。しかし振る舞いは決してか弱い少女ではなく、男にも物怖じしない強かな少女だ。

 

 首元に刀を添えて──千寿郎のくれた刀──で死のうとした瞬間に刀を奪われた。勿論その後舌を噛み切って自殺したが、次からは気を付けよう。彼女の仕事場である庭では無く、自分の部屋で鍛錬するべきだと考えて切り替えた。

 刀を振るうのに無駄に広い空間は必要ない。最低限刀を振って、呼吸を行えればいい。それこそ、肺が凍り付く極寒の地(・・・・・・・・・・)で鍛錬も効果的かもしれない。凍れば身体が動かなくなるし、血も巡らなくなる。それこそ、無理やり体温を上げる(・・・・・・・・・・)くらいしか対抗手段がないんじゃないのか? 

 

 口内を思いっきり噛み千切れば血液が溢れる。身体の機能として傷口を塞ごうとする動きがあるとしのぶに教えてもらった知識だが、それを利用すれば少しは熱を保存できるか……? 

 

 ……思考が逸れた。

 アオイは、自分の弱さを自覚したうえで強くあろうとしている。他の隊士は鬼の恐怖と対面しているのだから、恐怖に負けた自分はせめて──と、必死に足掻いている様に見える。俺がこういうのもおかしい話だが、少しだけ、親近感を覚えた。

 

 強い少女だ。死を恐れるのは当たり前なのに、それを克服できないからと自分を責める。責任感が強いとも言える。……最も、俺に言う権利があるかはわからないが。

 

 まあ、いい。どうせ俺の事はその内忘れるだろう。

 どれだけ失礼な事をしようが、最終的に忘れられるのだから問題はない。

 

 童磨を殺して、どれだけ死んだって殺して、俺は死ぬ。きっとそうなんだろう。俺はあのクソ鬼を殺す為に生まれて来たのだ。そうだ、きっとそうだ。そうでなければ、俺は地獄に堕ちれない。地獄に堕ちないといけないんだ。苦しまないといけないのだ。もっと、もっと苦しまなければならない。

 

 この程度じゃ足りない。頭を全て喰われた親、頸を切断されて生首だけになった姉、手足を砕かれて絶命した真菰、何度も何度も身体を貪られ、痛みと苦しみを繰り返し続けて喰われ続けたカナエを思い出せ。俺はまだ、皆に比べて全然痛みをくらってない。苦しみを味わってない。俺も童磨ももっと苦しめ。苦しむべきだ。

 

 死ぬ事が苦しみでないのなら、痛みが苦しみでないのなら、俺は果たして──何が罰になるのだろうか。……わかってはいる。きっと俺への苦しみは、失う事への恐怖なんだろう。前述の全員が、俺の力不足で死んだ。俺は皆に許されてはいけない。決して許されるわけにはいかない。地獄の底で、どこまでも苛まれていなければいけない。

 

 

 更に数日が経って、驚きの情報を耳にした。

 

──十二鬼月・上弦の鬼が死んだ。

 

 倒したのは、音柱とその嫁達に加えて……炭治郎達三人だそうだ。

 

 ……やっぱり、炭治郎は凄い。いや、アイツ一人が凄いわけではない。確かに色んな条件が重なって、上手く行ったんだろうが──偉業だ。百年間は変わることの無かった普遍の勢力図、その一部を切り崩した。柱でも何でもない少年達が、柱と協力したとは言え成し遂げた。

 

 やはり、俺のような奴とは違う。嫌でもそう思ってしまう。

 

 炎柱として戦って、なんの手傷も与えられず無力化された俺と、炭治郎や杏寿郎達……それこそ、俺の求める太陽のような奴らは違う。

 

 でも、それでいい。俺が太陽になるつもりはない。俺は既に何にもなれない身だ。墜ちる所まで墜ちきって、地獄の底で呻いているだけだ。だからこそできることもある。やらなければならないことがある。

 

 鬼の猛毒を喰らっていた音柱も、炭治郎の妹──禰豆子の血鬼術によって助かったらしい。ああ、本当に凄い。

 

 そんな奴らだから、童磨の相手はさせない。あんな屑は俺が殺す。

 

 

 

 

 

「今日は鍛錬は行わないでください」

 

 朝の診察を終えて、しのぶが一言呟いた。

 俺の身体に何かあったか? 

 

 そう聞くと、少し黙ってから口を開いた。

 

「体温がとても高い状態です。逆に、何故そんな状態なのに……」

 

 別に身体に不調はない。

 しのぶが見せてきた体温計を見れば、確かに高い。三十八度は超えている。俺自身はなんの異常も感知してないし、正直気にしてないから問題ない。鍛錬は行う。

 

「駄目です。医学を嗜む人間として、許可しません。そんな状態で何ができると言うのですか?」

 

 刀は振れる。

 刃は研げる。

 なにより、生きる事より大事なことがある。

 

「……そう、ですか。なら好きにして下さい」

 

 俺はもう、失敗する訳にはいかない。

 次が最後だ。

 なんとなく、そう感じてる。俺とアイツが次に会ったその時が──俺の終わりだ。だから、悪いなしのぶ。

 

 退出して、廊下を歩く。

 

 件の上弦を倒した四人──音柱の嫁は含まない──は現在蝶屋敷で療養している。機能回復訓練すらまだ行える段階ではないらしく、まだベッドで寝ている。

 割と騒がしいが、それも奴らの良さだと思う。騒々しいと言うより、賑やか。明るく振る舞って、前に進み続けるその姿は強烈だ。

 

 他者に迷惑をかけることしかできない男には眩しい。

 

 だが、だからこそ。

 

 そのままで居て欲しい。変わらないで欲しい。不変であってくれ。

 ここで、俺が背負うなんてことは口が裂けても言えない。だけど、自分の責任は自分で取る。やるしかない。

 

 俺はもう、やるしかないんだ。

 

 

 

 

 

 

 



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