皆と結ばれる、絆の作り方 (らむだぜろ)
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プロローグ 愚行の試験

 

 

 

 

 

 この物語は、ある少女が行った結果の裏側である。

 世界でも稀な行いを自発的にしていった、己の欲望のままに進んだサイコパス。

 その向こう側で、彼女の知らない物語は語られる。

 始めよう、分岐した世界を。外に伝わる物語。

 ここは、第二の深海棲艦の鎮守府。

 そして、事実上二人目の……深海提督の、物語。

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ!? ふざけるんじゃないわよ!! 何をしようって言うの!?」

 それは、本流と違った時点で分岐した世界。

 彼女がハアハア興奮しながら日々を送る、分岐する前の日常の頃。

 丁度、本人も深海棲艦になっていた頃か。

 大本営で、こんな計画が持ち上がった。

 あまりにも周囲の感情を無視した、彼女のような判断で。

 

 Dプロジェクト。

 

 そう、呼ばれる新しい試みであった。

 深海棲艦が人間と艦娘に嫌われ、迫害される世界においては、愚行そのものの……然し非常に魅力的な計画だった。

 またの名前を、深海計画。

 ある少女が大本営にもたらしたデータを基盤に作り上げる、次世代の艦娘たちの総称。

 深海艦娘、人造棲姫。より手軽に、より強力に、よりエコに作り上げる次なる兵器だった。

「深海棲艦を人間が生産するですって!? そんな危険なことを、誰が許すと思っているのよ!?」

「黙れ小娘。貴様のような、あの兵器どもを人間などと主張する誇大妄想と一緒にするでない」

 大本営、元帥専用会議室。

 薄暗い室内の中で、円卓のように並んだ数名の元帥がライトで照らされたように浮かび上がる。

 若輩の元帥、桜庭薫子が机を怒りのあまり、両手で叩いた。

 派手に音をあげて粉砕される机。他の元帥たちは、彼女を糾弾する。

「阿呆めが。貴様のような小娘が何を言うか。これは我らの正式な決定である」

「それをふざけるなっていってんでしょうが古だぬき! あの娘の努力をふいにするわけ!?」

 一人は告げる。あの頭がおかしい子供のような意味不明なサイコパスを放置しているのは利益がある。

 それだけであり、本来ならばとうに国家反逆罪で死刑にしていると。

「セーフティは当然ついておる。人間には徹底従順を仕込んでおるのじゃ。逆らう意思などそもそも起きぬ」

「……あんたら、まさか。思考制御したんじゃないでしょうね!?」

 一人が言えば、直ぐに噛み付く最年少にして唯一の女性の元帥。

 女をまるで道具のように扱う連中を一瞥する。 

 いいや、事実認識が違う。艦娘は道具であり支配する兵器。そういう認識が当たり前の大本営。

 元帥でただ一人、人間としての人権も自由も責任も認める彼女が異端なのだ。 

「データを採取してたのは知ってたけど……あんたら、これが目的だったのね!?」

「然り。新しき時代を常に模索するのが、我等大本営の中枢。貴様は目先の感情に飲まれているのだ、桜庭」

 一人、老い耄れと罵られた初老の男性が杖をついて告げる。

 しわくちゃの顔に長い白髭をはやした男に、彼女は食いつく。

「赤羽ェッ!! あんた、まだいさかいの種を増やすって言うの!?」

 深海棲艦が人間や艦娘といれば、どうなるか知らない元帥ではない。

 いさかいや、時には暗殺なども発生する。事実一度は起きているのだ。

 それについては、赤羽と呼ばれた元帥も肯定する。

「尤もな指摘だ。だからこそ、数を増やそうと言うのだよ桜庭元帥。仲間を。同類を。深海棲艦には深海棲艦。毒には同じ毒で制する。それが新しい時代の新しい常識になる。最早深海棲艦は、単なる脅威ではない。利用できる。常識を変えるには、時間も手間もかかるのじゃよ」

「……そんな口車に乗ると思ってるの。正直に言いなさいよクソジジイ。今度はどんな戦力が欲しいわけ? 何処の海を取りに行きたいのかしら? 私に言えないから私兵を増やして実験したいんでしょ?」

 代わりに戦いに行ける彼女には言えないから、裏で手を回してこうして数で押し潰す。

 普段からよく結託する連中だ。利害が一致すれば誰とでも手を組む。

 そういう部分はあの娘によく似ている。 

 違うのは彼女は狂いながらも愛のために行動する。

 コイツらは金と欲望のために行動する。

 同じ自分勝手でも周囲に撒き散らす悪意がこちらのほうが余程醜い。

「桜庭、貴様なんと言う暴言を!!」

「黙れ、青山。お前さんは直ぐに熱くなるその性根を先ず見直せ」

 別の老人が怒鳴るが、本人が黙らせる。当然の指摘と言いながら、言う。

「然り。貴様の言う通り、否定はせぬ。欲しいのは新たな領海。奪回した者勝ちという話の強力な深海棲艦がいる海域がある。制すれば我が国の領海が広がる。貴様がいけば確定で勝利はする。だが、ワシは桜庭。政治的な理由で貴様は無理だろう。そして、貴様に依存する今の体制もまた、いい加減脱却するべきだと思うんじゃ。戦力の集中では国は護れぬ。基礎的な自衛力の向上こそが、真の未来に繋がると思っておる」

「…………相変わらずそこはマトモねあんたは。誰かを思い出すわ本当に……」

 だが、この男にあるのも腐っているが国の未来を繋ぐため。

 この実験は、自衛力の向上が可能かどうか。

 そして、その産物がその強大な敵に通じるのかという目的があった。

 ため息をつく彼女は、熱くなりすぎたと一度謝罪して冷静に聞いた。

「……で? 念のために言うけど、あの娘には言わないでね。絶対許さずにここに乗り込んで、あんたら皆殺しにするわよ。言っとくけど、比喩でも何でもない。最終兵器として警告しておく。あの娘には、権力も何も通じない。屍築いて此処に乗り込むぐらいの事なら普通にする」

 最大限の警告を受けても、赤羽は怯まない。

「良かろう。ワシも若者の感情を利用する悪党じゃしな。死んだら間違いなく地獄行きじゃ。ならば殺されてもなんの文句もない。裁きたくば裁けと言わせてもらおうか」

 自らを古だぬきの外道と笑う悪党は、そう言って試験的に深海棲艦を生産する事情を説明する。 

 未知だらけの深海棲艦。人類の天敵。艦娘の仇敵。

 だが、人類という創造を起こした者たちの画策により、新たな命が芽吹こうとしていた。

 清濁が混ざり、誕生するは生きることが罪であり、生まれたことが許されない禁断の命。

 悪を更なる悪で飲み込む、必要悪が人類の手で完成した。 

 深海艦娘。人造棲姫。この国が初めて作った罪なる命たち。

 産声をあげて、小さな居場所に、押し込まれた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日。

 

「うわあああああああああ!! 真冬!! 真冬助けてくれえええええ!!」

 ある鎮守府で、新米提督に無理矢理された少年が、貞操の危機を迎えていた。

 施設の中を走り回り、必死に逃げる。

「……? どうしたの、八雲? 誰か侵入者?」

 で、ひょっこりと現れるは小柄な和装の少女。

 首を傾げると、彼は絶叫していた。

「助けて!! 村雨に童貞奪われるぅー!!」

 なんかまた、何時もの感じらしい。

 分かったと頷く彼女は真っ黒な袴から機関銃を取り出した。

 執務室に立て籠る少年と和装の彼女の前に、ドアを開いて半目の少女が登場。

 ロングスカートに長袖にエプロン装備で、ホワイトプリムをしているライトブラウンの長い髪の毛を真っ直ぐ下ろしている少女だった。

「あらぁ? いけないわねご主人様ぁ? もう諦めて、外で気持ちよくなろうってお誘いしたのに逃げるだなんて……

「そんな趣味ねえって言ってるだろ、エロバカ発情期!! テメエは何で俺を狙う!?」

「言ったでしょ、一目惚れ。酷い言い種だけど、そんなこと言われたら村雨……身体が火照ってきちゃう……」

「やっぱりこいつ変態だ!! 痴女だ!! ――だ!! 真冬助けて!! あの発情期に俺の息子が捕食される!!」

 一部放送禁止用語が飛び出す日常があった。

 背景では凄く重たいがここの面子は割と日々楽しくやってた。

 扇情的に身体をくねらせるメイドが主の貞操を寄越せと要求する。

「ご主人様の立派で逞しい杭で村雨に打ち込んで頂戴ッ!!」

「出てくる台詞が何かの小説か何かか!? 帰れ卑猥生物!!」

「無理な話ね……。村雨はまたの名をムラムラする雨、略してムラ雨なのよ! 卑しい犬には躾が必要でしょう!? さあご主人様! ご自慢のムチで発情期の犬を叩くの! 躾は身体に打ち込むべきだと思わない!?」

「思うかァッ!! こちとら一週間前まで一般人の高校生だぞ!! 童貞狙われるとかエロゲーかここは!!」

 ぎゃあぎゃあ揉める二名に、無表情の少女と、騒ぎに気付いてもう一人入ってきた。

「五月蝿いですね……。何ですか昼間から」

「出雲!! 出雲じゃん!! 助けて!!」

 少女の背中に隠れる彼を見つけて、不愉快そうに目を細めた。

 入ってきたのは小学生くらいの背丈で、艦娘朝潮によく似ているが髪型がもっと長い紺色であるぐらい。

 制服も同じだし、声も似ていた。が、性格はだいぶ違った。

「はぁ? 何なんですかロリコンのドマゾ野郎風情が、私如き雑魚になんの用事で? そこの発情期のエロ駆逐艦を倒せって言うならお断り。私は元々イ級だって言ってるのになんで分からないんですドマゾ野郎。脳みそが頭じゃなくて白いベタつく粘性の臭い体液でも作る場所にあるんですか。どうしてこんな化け物を制止できると思うんです、ロリコン。そうやって言いながら内心大喜びで股間を膨らませてるんでしょう、あの時みたいに。最低ですね、死ねばいいのにこんなマゾ」

「不可抗力をそこまで悪意ある受け止めかたできる方がビックリだよ!! 一部事実なのは何度でも謝罪するけど今の俺見れば分かるだろ!?」

「は? ここで下半身晒すんですか!? 挙げ句それを私に見ろと!? な、何を考えているんですかこの露出狂!? 見たくもない汚物を見せないでください!! 近寄るな、妊娠させられる!!」

 一連の会話でおおよそ大体が罵倒で出来ている駆逐艦。慌てて逃げていく。

「出雲さん!? せめてそこで期待の眼差しで俺見てるそいつも連れてって!!」

「喧しいですよマゾ野郎! 叩いて調教でもなんでもして自分で何とかしなさい!!」

 大声で叫びながら顔を真っ赤にして逃げていった。

 残される痴女が雄叫びをあげる。期待していた。

「天に向かってそそりたつ穢れたバベルの塔が……拝めるなんて!! さぁ、封印されたそれを解き放つのよご主人様!!」

「無駄に豊富な語彙で人様の息子を妙な言い方するな!!」

「じゃあ直球で言うわ、――見せて!!」

「放送禁止用語ォッ!! 慎みを持てやこの変態が!」

 本当に最低な連中であった。

 やり取りを黙ってみていた少女は、呆れたように五月蝿い痴女に近づいていく。

「……悪いけど、八雲は嫌がっている。無理矢理はいけない。合意なしの行為は悲劇しかない。村雨、諦めて」

 淡々と宥めるも興奮する変態には通じない。

 見せろと続いて要求する。

「……。妻たるわたしを無視して合体しようなんて、正直寛大なわたしでも怒るときは怒る。愛人が調子に乗らないで。八雲はわたしの旦那」

「俺まだ結婚できねえよ!? 高校生だって言ってるだろに!!」

 という彼のツッコミを無視して。

 にらみあっている二名の隙をついて、彼は窓から逃走する。

 慌てて痴女が追いかけるが自称妻が阻む。

「ご主人様!?」

「八雲はわたしが守る。邪魔するならお前もお仕置きする」

 と、戦闘開始。ぐちゃぐちゃに散らかる執務室。

 一方、窓から逃げた彼を待っていたのは……。

 

「ぎゃー!? 先回りされた!? マゾ野郎に仕込まれるー!!」

「仕込まねえよ!? 童貞だっていってんじゃん!!」

 

 悲鳴をあげた駆逐艦がいた。

 うっかり逃げて一周してきたらしい。

 間が悪かった。

 追い込まれた彼女は何故か艤装を構え、彼の股間に向かって狙いを絞る。

「おのれロリコン! 私のような雑魚にまで手を伸ばすとはこの節操なし! お前に自制の文字はないんですか!!」

「あるよ!! あるからそれ下げて! 死んじゃう、今度こそ俺死んじゃうから!!」

 ぎゃあぎゃあ揉め、説得むなしく。

 どーん! と、砲弾をぶちこまれた。股間に。

 直撃して内股になる彼。

「おぉんっ!?」  

 汚い悲鳴をあげて前に膝から崩れて、更に容赦ない追撃が両手で庇った股間に走る。

「死ねロリコンッ!!」

 小さなあんよによる、ローファーのつま先が突き刺さる。 

 凄い気持ち悪い音がした。

「はァいッ!?」 

 どこぞの幼児よろしくの奇声をあげて、今度こそ彼は……沈黙した。

 彼女は直ぐ様逃げてった。本当に……ここは、彼の股間に良くない環境である。

 真っ白になって倒れる彼が提督のような仕事をしているここが、今の居場所。

 第二姫園試験鎮守府。

 それが、ここの名前。

 僅か三名の駆逐艦、人造棲姫一番艦『真冬』。

 白露型深海艦一番艦『村雨』。

 出雲型深海駆逐艦一番艦『出雲』。

 そして、それを束ねるのが高校生、赤羽八雲。

 以上が、ここのいる全員であった。

 サイコパスの裏側で起きていた、ある鎮守府の物語。

 それを、紡いでいこう。



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ユニコーンが折れた日

 

 

 

 

 

 

 

 主人公を軽く紹介しておこう。

 名前は赤羽八雲。17歳。高校生。一般人。

 身内に海軍元帥を持つ、多少金持ちな普通の少年。

 見た目も眼鏡に黒の短い髪の毛、中肉中背の地味な顔つき。

 目立つ部分はない。その時まで……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「八雲、お前来週から提督やるんじゃ」

「ふざけるなジジイ。三途の川に送るぞ」

 それは、突然の電話だった。

 ある日、夏休みの最終日に身内の祖父から連絡を受けた。

 開口一番提督やれとか言い出したので取り敢えず罵る。

「孫、元帥に罵倒とは良い度胸じゃ。表に出ろ」

「あんたがいるのは軍の総本山だろ。俺がいるのは自分の家だ。表出てどうする」

「……相変わらずボケても面白くないのう」

「あんたのボケは頭のボケだクソジジイ」

「あんじゃと?」

「やんのか?」

 八雲はお楽しみの自家発電を邪魔されて非常に不機嫌だった。

 折角借りてきたDVDを見て興奮していたのにこのジジイ、寝言を抜かしていやがる。 

 萎えてきてしまった。舌打ちしながら片付ける。

 画面ではそっちけいの女優が喘いでいるがまあ、気にしない。

 八雲は小さいのが好きなだけだ。合法なのに何が悪い。

「悪いに決まっておろうがこの幼女趣味が。一辺死ね身内の恥め」

「喧しいわ、なに想像して罵倒してんだクソジジイ」

「違うのか」

「合ってるよ」

 電話口で互いに罵り、不機嫌な理由をイヤホンで聞こえないが察したジジイは文句を言う。

 で、片付けながら用件を聞く。

「……で、何だって? 提督っていやあ、あれだろ? 軍人だろ? 俺は素質なくて弾かれたぜ。どうすんのさ」

「コネ舐めるなよ孫。金出すから働けって事じゃ。素質なんぞ関係ないわ。妖精はおらんからな」

 一度義務で受けたが、反応なしだったので無関係と思っていたがどうも環境が特殊らしく。

 お前は実験的な物の人間側の代表みたいなもんだと言われた。

「ジジイ、そりゃモルモットって世間じゃ言うんだが。命の危険あるじゃねえか。艦娘とか言う肉の兵器相手しろって言うんじゃねえだろうな?」

「言うが?」

「死ねジジイ。今すぐ」

 これでも海軍の身内。

 艦娘の名前ぐらいは知っている。祖父の影響で兵器と言う認識が強いが。

 聞けば艦魂を宿した肉体をしているだけの人間擬き。

 無機物から出来上がる見目麗しい女だとか。

(気持ち悪いねえ……無機物から出来上がるってもうそれ、ロボットじゃん)

 過去にうっかり、祖父が艦娘のできる方法を酒の席で漏らしたので知っている。

 大丈夫、大本営が死にたくないなら広めるなと言うので広めていない。

 海軍の身内がいるのだ、そういう心構えもある。が、これは別の話になる。

 八雲は正直そんな肉のロボットみたいな気色悪い存在とは御免である。

 見た目が人なら全部人か。じゃあなにか、人に似た猿が居ればそれは人か?

 明確な違いがあるのに? 冗談じゃないと、八雲は断った。

「ジジイ、俺みたいな民間人に兵器の管理任せて良いのか?」

「案ずるな。寧ろ民間人にしか出来ぬ。奴等め、軍人相手じゃ殺しにくるんじゃよ。民間人を寄越せと生意気にも要求しておる。セーフティがあるからまだ死人は出ておらぬがの。やはり試作品と実験品はダメじゃな。テスト重ねていかぬと」

「ジジイ、俺も関係者なんだが?」

「お前は一応民間人の高校生じゃ。問題あるまい。金弾むぞ」

 殺しに来るとか言っているが。拒否していくが、勝手にジジイは事を進めていた。

 学校には休学届けを軍部から出して口を封じたらしい。なので理由にできない。

「ジジイぃぃぃいいいい!! 何てことしてるんだテメェ!? 職権濫用かおい!!」

「喧しい。良いからやれ。お前が一番身近で面倒がないんじゃ」

 最早手遅れだった。

 嫌がってもやれの一点張りで話が通じない。 

 軈て諦めた八雲はこう、頼み込む。

「ジジイ、せめてDVDは返しておいてくれ!! これがバレたら俺は死んでしまう!」

「……うむ。男の情けじゃ、旭に頼んでおくわい」

 趣味はバレたくない。母に開き直ると多分殺される。 

 なので親父に返却を頼んでもらった。

「あとジジイ、どうせ戻ってこれないなら俺のブツ持ってっていい?」

「……好きにせいロリコンめが」

「うるせえよクソジジイ。テメェのせいでこうなったんだろうが」

 家族にも話はしたと言うので、準備だけしておく。

 どうにも、名誉あるとか何とか周囲は言っていたが実際はモルモットだろうと思う。

 給料はバイトと比較できないぐらい良いのが幸いか。

 でも恐らくは命がけと言われた。逆らっても無駄なので受け入れるが……。

 理論上は民間人には攻撃できないとか言っていたのをよく覚えている。

 それが実際は……ただの方便だったと直ぐに知ることになるのだが。

 兎に角、赤羽八雲。来週より急だったが提督とは名ばかりのモルモットにされるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 で。ここどこ?

「聞いてたのと全然違うじゃん……」

 バカみたいに広い敷地の軍事施設。

 途方に暮れる八雲はリュックサックを背負って立ち尽くす。

 先に荷物を運んでおくとか言う前に、案内寄越せと真面目に思う。

 要するに迷子だった。地図もないのにどうしろと。

 鎮守府なる設備までは、海軍の人が送迎してくれた。

 運転手は、元帥の身内だからか矢鱈恐縮していたが。

 ここのことを聞くと、

「八雲君。……決して、油断するな。奴等は化け物だ。隙を見せれば襲ってくる。だから、武器を渡しておく」

 と、最後に大きな拳銃を手渡された。

 人生で初めて手にした、リアルな黒金の重さ。

 ずっしりくるこんな豆鉄砲が、今の八雲の希望だ。

 許可はされているというが、ここには自分以外誰も人間は居ない。

 銃の取り扱いも知らない素人にこれをどう使えと。

 相手は化け物だとして。ゲームじゃあるまいに、突然武器など使えない。

 さ迷う八雲は弄ぶ拳銃で戦えるのか不安であった。

 それ以前に無事に生きていられるかも。

 誰も居ない鎮守府の敷地。適当に歩いて、入り口発見。

 そこらじゅうに設置された防犯カメラが気になるが、兎に角入る。

 執務室に向かえと言われていたので、道なりに進んでいく。 

 然し、廃墟に来たように誰も居ない静かな内部。

 この静けさは不気味だった。嫌そうに進んでいくと、自室らしき扉を発見。

 鍵は持っているので入って一休みしていく事にした。

(やれやれ……迎えもなしか。どんだけ無神経なんだよここの連中は……)

 一応三名ほど居るとか聞いていたのに迎えさえ来ない。

 要するに歓迎する気はないと、そういう意思と受け取った。

 ならばこっちも好きにやると開き直り。

「抜き損ねた奴でも見直すか」

 どうせ誰も聞いてないと、独り言を言いながらドアを開いた。

 無造作に開ける。すると。

 

 ――らめええええええ!! 

 

 とか言う女の子の声喘ぎ声が大音量で響いていた。室内から。

 目を見開く八雲。そこに居たのは……。

 見知らぬ三人の女の子だった。

 一人は今まさにリモコンを持って、チャプターを飛ばそうとしている小学生らしき少女。 

 一人はハアハア興奮しながら既に顔が上気しており恍惚としているメイド服と思われる服の変態。

 一人は淡々と画面を見ていて、入ってきた彼に気付いて横目で視線があった和装の少女。 

 何か、私室と言うのに勝手に侵入してた。で、ブツを見ていた。

 八雲が気に入っているそっち系のそれだった。丁度盛り上がっていた。画面で。

 喘ぎ声が響き、凍り付く室内。ドアノブを掴んだまま、目が点になる八雲。

 自分の部屋で知らない女の子が自分のお宝勝手に見てた。どういう状況? 

 唖然とする八雲も、どこまで進んだのか画面を見た。よい感じであった。

 まあ、八雲も健全な男であり? 再生されている映像はそれであり? 

 そんなもんをいきなり見てしまえば、こうなるのも仕方無くないか。

 本人の意思を無視して、下半身に血流が集中。

 で、盛大なBGMと共に八雲の股間のユニコーンがデストロイ。

 角は割れないが角が勃った。女の子の前で。

 三人の視線が八雲に集まり、顔に上がって、股間に下がる。

 で、股間は見事なテントをみっともなく張っておりました。

 ……で?

 

「……うぎゃあああああああ!!!!」

 

 一番小さい女の子が、顔を真っ赤にして絶叫。

 持っていたリモコンを、ダーツ宜しく構えた。狙いは言うまでもなかった。

 下のユニコーンである。我に返って怒鳴る八雲。

「ちょ、誰あんたら!? ってか、俺のブツ勝手に見てるんじゃねえよ!!」

 ここは本来、八雲の私室になる予定の部屋。  

 もう私物が届いているが、勝手に開封されてた。

 で、慌てる彼を尻目に。

 一番小さい女の子は、涙目で怒鳴り返した。

「こっちに来るんじゃないです、このロリコンがぁああああああ!!」

 思い切って腕を振るって、凄い速さでリモコンを投擲。 

 空を切るそれは、戦闘形態に入っていたユニコーンの先端に見事に直撃。

 角に衝撃が走る。股間に激痛。

「はぁいっ!?」

 某幼児のような声をあげて、内股になる八雲。

 角は豪快に……折れていた。

 例えるなら、非常に汚いがぱりっと折れていた。

 こう、端と端を持ってへし折るウインナー的な?

 兎も角、膝から前に崩れる八雲は、真っ青な顔でそのまま俯せに倒れた。

 痙攣している。鈍痛に変わったそれが、全身を駆け抜ける。

 腰を貫き、玉を萎縮させて、足腰の力が抜けて、脂汗が溢れてくる。

 痛い。異常に痛い。吐き気がする。視界が明滅する。

「あらぁ……痛そうねえ。ご立派な竿が折れちゃったかしら?」

 何て言いながら、変態が面白そうに笑っていた。

 笑い事か。こっちは折れた痛みで死にそうなのに。

 呻いている彼に立ち上がって、寄ってきたメイドの変態。

 半目で、然し心配しているのか背中を擦ってくれる。

「あなた、例のご主人様よねぇ? 確か高校生って話の。ダメじゃない、こんな幼女みたいなもの集めちゃ。大人にならないとこう言うのは見てはいけないのよぉ?」

「仰る……通りです……」

 ぐうの音も出ない正論であった。 

 激怒するチビが殺そうとか言い出しているのが聞こえる。

 それは本物の殺意と言えると思ったが、棒が痛くてそれどころじゃない。

 呻いているだけの八雲に、和装の少女は告げた。

「連中が、写真でお前をわたしたちに見せていたから顔は知ってる。赤羽八雲という学生だと」

「と、とんでもねえロリコン野郎ですよ!? 駆逐艦しか居ないのにどうするんです!? 全員襲われて妊娠させられます! 殺さないと不味いですよ!!」

 淡々と言っている彼女は落ち着けとチビに言った。

「出雲。何もない人間を殺るのは良くない。ロリコンが問題じゃない。実際襲われれば、出雲が自分で殺すこと。先に手出しはダメ」

「ですけど……!!」

 さらに言うが、変態が口を挟む。

「村雨は反対よお。写真で見たとき思ったけど、結構顔可愛いわ……。思いっきり好みだから、村雨のご主人様にしちゃおうっと」

「それは困る。わたしも結構、顔好み。けどこんなものを見せられたから困ってた。責任とって嫁にしてもらおうと思うの」

「!?」

 何を言っているのかまるで意味がわからない。

 この二名は……八雲を見た目で気に入った?

 一名は嫁にしろ? 一名はご主人様!?

「ワケわからん……なんだお前らは……!?」

 苦悶の声で問いかける八雲に、それぞれ彼女たちは名乗る。

 和装の少女は。

「わたしは、真冬。オリジナルの『小春』という深海棲艦から作られた。名前はお前の祖父から貰った。お前と同棲する人造棲姫。それがわたし」

 で、変態。

「白露型深海艦、村雨。ちょっといいところみたいなら言って、ご主人様。気に入ったから、何でもしてあげる。何でもよ? くわえるのも良いし舐めるのも喜んでやるわぁ」

「村雨ちょっと下品。黙って」

 何を言ってるのか分からないがこいつは変態だ間違いない。 

 で、最後のチビは死ねと罵るだけだった。

 名前は真冬が教えてくれた。出雲という女の子だった。

「じゃあ……先ずは手当てしましょうか? そう、手当てを……んふふふ」

 あかん。村雨が呻く八雲のモノをつかもうとしている!!

 手を伸ばす行く先はユニコーンだった!! 変態の顔で愉悦している!!

 八雲は呻きながら真冬にまず助けてと言った。

 ユニコーンの角が採取されると。

 なりふり構えないのですがった。

「ん、分かった」

 真冬は村雨に向かって、突然何処からか取り出した機関銃の銃口を向けた。

「ファッ!? 何で!?」

 驚く村雨。黙って攻撃の真冬。無表情だった。

 連続する銃声と共に、痛みが限界で八雲は失神した。

 そんなこんなで、股間に初手から痛い着任に、前途多難な予感がした八雲であった……。



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咎の生命

 

 

 

 

 

 

 

 

 まあ、こうして着任早々ユニコーンブレイクが発生している彼だったが。

 ハッキリ言おう。三人との仲はなんとも言えない。

(深海棲艦……? って、それ人類の天敵じゃん!? なんでそんなのが海軍にいるんだよ!?)

 八雲はある程度人類の敵は知っていた。

 深海棲艦。人間の天敵にして、全てを奪う破壊の使徒。

 それに対抗するのが艦娘という兵器であると。

 だが、コイツらは自称深海棲艦であり、同時に艦娘と嘯く。

 何を言っているのか理解できずに先ず、真冬に聞いた。

「テメェは何者だッ!?」

「通りすがりの人造棲姫。覚えておいてね」

「隙あらばネタに走るなァッ!!」

 この阿呆共、本当に人間の天敵か。

 なんでこう、面白い……じゃない、訳のわからない行動に出るのか。

 因みに、コイツらが自室にいた理由は、探りらしい。 

 着任する相手がしっかり民間人か調べるべく、ガサ入れいていたとか。

 で、一通り秘密のグッズも全てを明らかにされてプライベートが消えたあと、暇潰しに見ようと思っていた持参のDVDを持ち込んだのはいいが、プレイヤーの中にあれが入れっぱで、起動した途端に再生されたと。

 八雲の趣味は全部知られた。俗にいうロリコンのマゾと。

 説明しよう!

 主人公、赤羽八雲は二次元とエロに関しては生粋のロリコンであり同時に救いがたいマゾ野郎なのだ。

 小さい女の子が好きで、攻められるのが好きな変態なのである!!

 終わり。

 八雲終了のお知らせだった。

 兎に角、彼女たちは人間ではない。

 そんなことは知っている八雲は言う。

「俺は兵器みたいなもんと付き合う趣味はねえ!!」

「わたしは兵器じゃない。生きてる」

 嫁にしろというのを拒否する。

 無論、人間扱いもしない。

 ただ、兵器の癖にと責める。

 兵器が人を襲うのかと責めれば否定。

 訳が分からない。

「無機物から出来ているのに生きてるっていうのはナンセンスだろう!?」

「…………そう。八雲は、それが基準なの?」 

 名前で呼び、淡々としている真冬は、その時だけは悲しそうに表情を変える。

 真冬は言った。

「無機物から出来てる。わたしは、否定しない。確かにこの身体は鋼鉄とボーキサイト、油に弾薬系統で仕上がった偽りの生命。けど、ここには心臓はある。心はある。誰かの廉価品だとしても、わたしは生きてるの。複製品の試作型。それも、否定しない。わたしはそれを目的として誕生した偽物。でも、生きてるって……言っては、ダメ?」

 真冬は自分が偽物、廉価品、複製品と的確に言いながらも生きていると言いたいように主張する。

 聞けば、真冬はフェイクにして、プロトタイプ。

 贋作の初期型の存在であり、何もかも認めては貰えない、咎の生命と自分で説明した。

 人間のエゴによってこの世に生まれ落ちた、穢れの半端者。

 真冬は、八雲に聞いてきた。

「八雲。人からすれば、わたしは嘲笑ったり、失笑するような存在だけど……。生命と言っては、ダメ?」

 自分の存在を客観的に見て、下らないかもしれないが、生命と言いたいと。

 凄く悲しそうに、彼女は八雲に聞いた。

「…………」

 八雲は迷う。

 自分が見ている彼女は、本当に兵器なのか。

 だって、八雲はそれまで艦娘を見たことがなかった。

 あくまで祖父がそういう認識を刷り込んでいたからそう思っていた。

 だが、どうだ? 実際見れば、三人は普通の存在にしか見えない。 

 困惑する。それが罠ならば、民間人の八雲にどう判断すればいい。

 無機物から出来てる身体。然し、彼を見上げる言葉は……表情は。

 どう見ても人間と同じ生の感情がある。

 しかも、正式に言えば艦娘の身体に人間と大差ない深海棲艦の魂の複製を入れたのが真冬という。

 だから、必ずオリジナルがいる。村雨も同じだそうだ。事情は違うが。

 完全に異なるのは出雲で、彼女は深海棲艦という生き物の残骸をサルベージしたのち、魂の欠片を集めて凝縮して錬成、それを艦娘の身体に宿らせたと言うのだ。

 故に、あの攻撃性がある。単純に嫌われている事もあるが。

 彼女の生まれは、人間の思惑があった。

 少なくとも人類により生まれた真冬は、人類を殺したことはない。

 だって、半端者で劣化コピーの命だから。

 彼女はオリジナルじゃない。所詮は模造しただけ。

 ……咎の生命とはよく言ったものだ。

 聞けば聞くだけ、気が滅入る話だった。 

 八雲は思う。祖父はろくなことをしていない。

 正直に言えば、海軍にドン引きだった。

 必要なことなのか。基本的に人権がない相手に、クローンを作るなどと。

 この行為が悪党の思考とどこが違う。 

 挙げ句には恐らくはオリジナルは知らされていないという。

 本当に、正気の沙汰か疑いたくなった。

「……マジで? 俺さ、何も聞いてないんだけど?」

「仕方無い。機密だし、最近立ち上がったプロジェクトだから。八雲は知らないで通さないと危ない」

「聞かなかったことにしておくよ……」 

 そこまで話したと言うことは、本当に真冬は生命として認めてほしいと言うことか。

 翌日に、執務室で改めて八雲と真冬は対峙していた。

 簡単な説明と、謝罪で互いに済ませてからのこれ。

 頭が既に痛かった。

 道理でジジイが押し付けるわけだ。

 軍部の間でも反対されそうなことをしていた。

 正しく呪われた命。生きたいと叫んでも、その権利は何処にもない。

 倫理的にも、理屈的にも。

 真冬は人として扱えと言うんじゃない。

 ただ、生きることという最低限であった。

 全てを認めつつも、これだけは譲れないと。

 真冬の悲しそうな顔には、そう見てとれる。

「……ゴメン。言い過ぎた」

 悲痛すぎる事情に、八雲も言葉を撤回して、謝罪した。

 酷すぎる。ジジイは何のために真冬たちを生み出した。

 こんな話、聞いたらあのクソジジイの面をぶん殴っている。

 あまりにも勝手な事情で真冬たちを作り、弄んでいる。

 海軍は……神にでもなったつもりか? 

 なぜこんな非道を容易く行える。

 同情しているんじゃない。ただ、凄まじい嫌悪だけがあった。

 そのヘドロ臭い事情から誕生した真冬は、なにもしてない。

 作られた。それだけで、生きることすら否定されているのか。

 勝手に作り、勝手に生かしてお前は悪だと決めつける。

(ジジイ……テメェ、堕ちる所まで堕ちやがったな)

 ふざけるな。なんという理不尽か。

 生きるのを認めないくせに死ぬことも許さない。

 じゃあジジイたちは、真冬たちにどうしろというのか。

 両方ダメなら何故作った。なぜ意識を与えた。

 ……なぜ真冬たちを苦しめる。

「ゴメン、混乱してきた……。ジジイは何考えてるんだよ、意味わかんねえ……」

 全くもって八雲には理解できない。

 そんな矛盾だらけの真冬に八雲はどうすればいい?

 高校生の八雲には、学が足りないし時も足りない。経験も足りない。 

 扱い方が分からない。真冬は……一体何なんだ?

「……ああ、イライラするぜっ!!」

 段々とイラついてきた八雲は軈て、怒鳴るように真冬に言った。

 混乱する頭を無理矢理スッキリさせる方法など、単純にするしかない。

 それ以上は面倒臭い!!

「真冬……だっけ? もう良いよ。お前は生きてる。俺が間違ってた。面倒臭い、普通にするよ。お前は生きてる。だから、お前がどうとかどうでもいい。俺は普通に接する。細かいことは考えない。気にしないことにする。それでいい?」

 思考停止。現実逃避。

 要するに、八雲は考えることを止めた。

 素人には難しすぎて、結論など出ない。

 なんだこの民族問題みたいなものは。鬱陶しい。

 真冬は女の子。女の子でいいじゃん? と、考えを捨てた。偏見も捨てた。

 もういい。クソ面倒臭い。

「八雲……」

「お前は真冬。そういう人。もう、それでいいよ。俺が分かんないからさ。普通にしててよ。悩むのは俺だって嫌だ。偏見しなければ悩まないならそれで解決するんじゃん? 俺は一向に構わない。細かいことを気にしたら禿げる」

 思考を止める。それで問題などない。

 深海棲艦とか、艦娘とか、そういう海軍の事情に首を突っ込むのは控えたい。

 普通の女の子。それで穏便に終わるなら越したことはない。

「……そう。八雲は女の子っていってくれるの」

 ぷしゅー! とか派手な音がして、真冬の耳から白い煙が出た。

 刹那、顔が真っ赤になって俯いた。驚く八雲。

 何が起きているのか、これは。

「ごめんなさい。女の子って言われたの、初めてで。機能的には女だけど、見た目だけだってずっと言われてた。だから、嬉しい。わたしは、女の子って認めてくれたのは八雲だけ」

「はぁ……」

 想像以上に地獄な環境に居たらしい。

 何だか気の毒になってきた。流石に同情する八雲は迂闊なことを言い出す。 

 俺にできることならするから、落ち込むな的な事を。

 するとまあ、女の子に舞い上がる真冬さん、調子に乗る。

「決めた。嫁じゃ足りない。この感情は恐らくわたしは八雲に顔だけじゃなく、魂にもホレた。間違いない。妻にして」

「すまん、飛躍しすぎて分からねえ上にそれはできることじゃないと思う」

「大丈夫、世の中には既成事実という言葉がある。つまり、ヤったもん勝ち」

 何を言い出しているのかなこの女の子は。

 つまりは、お前と――するから下半身を出せと要求してきたぞ?

 なんか和装を脱ごうとしてないかこの子。 

 慌てて止める八雲は言った。

「待て!! それは発想があの変態と同じだ!! いいか、合意のない行為は離婚の原因になるんだぞ!?」

「問題ない。わたしたちは、女なのは構造だけ。分かりやすく言えばいくら注ぎ込んでも子供は作れない。突き詰めれば行動しないと事実にならない」

「言い方ァッ! 慎みを持って真冬!! お前もあの変態と同類にならないで、条件出すから!」

 何を言っても意味がないと分かった八雲は妥協した。 

 本当は好きでもない、知り合って間もない女の子に頼みたくないが。

 あのメイドの変態は絶対に股間の一物を狙いに来る。

 きっと淫乱と直感で悟った八雲は、唯一助けてくれると思う真冬を取り込む。

「……条件?」

「そう、条件」

 脱ぐのを止めた真冬に、停戦を持ち出す八雲。

 慎重に提案してくる彼に、真冬は若干不満そうに聞いてた。

「添い寝……手出しは?」

「合意のないえっちはダメ、絶対」

「むぅ……」

 何で直ぐにエロい方向に行くのだコイツらは。 

 不安ありありの真冬だが、基本的に同棲に近い行動を約束するから、村雨と出雲何とかしてと頼まれる。

「分かった。妻としての予行演習と思うことにする」

「然り気無く俺の嫁とかいう謎のポジション止めて?」

「いや。責任とらせる。DVDを無理矢理見せたことは重い」

「はい、分かりました……」

 口では一枚上手らしい真冬に負けた。 

 結局、真冬と八雲はこの日を境に一日の大半を同じくすることになる。

 添い寝から風呂は兎も角勉強とか食事とか。

 そうしないと、不意討ち発情エロメイドが常に襲ってくる。

 童貞寄越せとか身も蓋もない言い方で狙われるのは恐怖でしかない。

 出雲はそれを見て喜んでいると勘違いしてロリコンマゾ野郎と罵ってくるし。

 救いがあるのは、真冬だけだった。

「和装妻には機関銃」

「お前はセーラー服の刑事か!?」

 語呂が似ていると言って何だか機関銃を持ち歩いては何処からともなく取り出して、村雨に撃ちまくる日々。

 合意の上での童貞卒業までは、まだまだ先になりそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「八雲、いつも寝相悪い。寝ている最中にいきなり胸を触るのは止めてほしい。誘っているのと勘違いする」

「そう言うときは大人しく起こして怒って良いから……」

「揉まれるのは好きだから文句はない。けど、いいの? こんな平たい胸で」

「……すいません、記憶にないこと聞かれてもなに言えばいいんですか」

「今すぐ雄らしく激しく揉みしだくとか」

「真冬、お願いだからそっちに行かないで……。謝るから……」

「……別にいいのに……」

 ということもあったそうだ。合掌。



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女の子はからかってはいけません

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、着任してからの生活が始まった。

 八雲の役目は、三人との生活と三人の記録のみ。

 要するに戦闘に関することは何にもする義務はない。

 というか、出来ない。ノウハウを先ず知らない。

 なので、三人は決まった時間に勝手に出てって、勝手に戦っている。

 詳細な記録は自分達の装備にある装置で大本営に送られているとか。

 因みに装備は艤装と言うらしい。あの、真冬が何処からともなく取り出す機関銃もその一部。 

 いわく、技術の革新により見えないだけで、ロックはかかるが基本的にどこでも取り出せる。

 出雲や真冬はロックがかかる前に警備するためにちょろまかした装備を一つだけ自由に出し入れしているようだ。

 あの、出雲が彼の股間をぶち抜いたあれは対人向けの装備。

 自分でもなぜ潰れなかったか不思議だったぐらい。

 兎に角、八雲は生活しているだけでいい。

 定期的に連絡しつつ、様子を伝えるのだが。

 相手は無事か毎回聞いてくる。どうも、やはり真冬たちは嫌われている。

 大抵化け物とかそういう言い方をする。あまりにも酷いと毎度思う八雲。

 なので、義務的に伝えていつも終わり。

 出雲が攻撃してくるとか、村雨が童貞狙いに来るとかは言わない。

 何をしてくるか大体予想はついた。だから、言えないというか。

 これぐらいしか出来ない自分に情けない気分になるが……今日も皆は細々と生きていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 広い鎮守府の設備を手入れするのは大変だった。

 何せちょっとした学校ほどの敷地を、八雲一人で対応しているのだ。

 掃除は真冬から説明を受けて、彼女が抜錨している間には整備をして。

 失敗しながら、襲ってくる村雨と時には協力して、頑張った。

 村雨はエロバカだが好意的で、何だかんだ仲良くしていた。

 童貞狙うのはやめろというが無駄なのでそこ以外は。

 問題は出雲で、随分と拗れた性格というか、卑屈でネガティブなタイプのようだ。

 下手に近寄れば死ねロリコンと股間を潰しに来る。

 土下座して謝って、なにもしないと誓うので仕事手伝ってとお願いまでした。

「出雲。八雲は襲ってこない。襲うのは村雨の方。被害者は八雲であって、加害者にはならない。万が一の場合は相手はわたしだから、問題ない。合法」

「……」

 真冬も一緒に説得してくれて、漸く出雲は見下しの視線を向けたまま頷いた。

「まあ、良いでしょう。真冬さんがそこまで言うんです。私も少しは妥協しますが、許可なく近づいた場合はお前のその醜い一角をへし折ってやりますからね。分かりましたか孕ませ八郎」

「俺八雲ですけど!? なにそのあだ名!?」

「お前のようなばっちい雄はそれぐらいで十分ですよ、可能性のケダモノ」

 相変わらずの言い種に八雲は凹む。

 この攻撃性が本来の深海艦娘であり、二人が特別なだけと真冬は説明する。

 どういうことかというと。

「わたしや村雨にはオリジナルが居るのは聞いたよね。で、わたしたちの精神は少なからずオリジナルの影響を受けている。こういう性格になったのも、オリジナルが所属する鎮守府の提督に溺愛されて、強く愛されているから。オリジナルが恵まれた環境にいて、常日頃から愛情を感じ続けているからわたしや村雨には攻撃性がない。オリジナルが満たされて、幸福でいたからかも。人に対する悪意が出雲ほどない。というか、多分わたしも村雨もそう言うことを強く求めるのも、向こうの提督の性格のせい。要するに悪影響」

「お前らのオリジナルのとこの提督はどんな変態なんだよ!?」

 つまりは愛はエロであるとかいう方程式は向こうの提督のせいらしい。

 変態過ぎる。発情期か。

 因みに同年代の女の子。現役高校生だとか。

「立派な痴女ォッ!!」

「同感。けど、そのおかげでわたしは誰にも恨みや憎しみを抱かずにすむ」

 ツッコミを入れる八雲だが、真冬は感謝しているという。 

 幸福なオリジナルの影響で八雲を憎んだり怒ったりしないで済んでいる。

 ならばジジイが言っていた攻撃しているのは誰かと言えば出雲であり。

 軍人も深く憎んでいるというか、艦娘も人間も嫌いな、本来はああなるのが深海艦娘の在り方。

 軍人からすれば、出雲は試作型の失敗例。 

 成功例でも、結局は蔑まれるのと、真冬は言っていた。

「……。正直俺に言われても実感ないよ。真冬、女の子じゃん」

「……八雲しかそうは言ってはくれない」

 見た目だけでも女の子。だってそうだろ?

 真冬は小柄で、長い紅の長髪に、大きなリボンをつけている。 

 瞳は白く、赤い和装と暗い朱色の袴を身につける、普通の少女。

 格好が珍しいだけで、外見が変なわけでもない。

「真冬は本当に無機物から出来てるのか?」

 一仕事を終えた涼しい午後。

 執務室で休んでいる真冬と八雲。

 そんなに広くない、というか殺風景だしぶっちゃけ狭い。

 内装? 物置みたいなものであった。

 板張りの壁と古ぼけたフローリング。

 広さも物置小屋みたいなもので、窓も一つしかない。

 一通り机と椅子を置いて書類のための棚を置いてあるので余計に手狭。

 通気性も悪いし、湿気も籠るしエアコンもない。

 酷いもんである。

「あ、ダメ八雲……。頭を撫でるのは反則……。気持ちいい……」

「……そうですか」

 真冬も村雨と根っこは同じらしく、スキンシップ大好きな娘であった。

 抱き締めるオッケー、キスもカモン、触るのもご自由に、襲いたければいつでも来い!!

 という何でもありすぎて逆に戸惑う。

 悪いが八雲はいくら言われて誘われて受け入れても、17でパパになる気はない。

 そこまで性欲のケダモノではない。出雲の事を否定できなくなる。

 無表情であるが、顔色と言葉で素直に表す真冬は分かりやすい。

 現在、椅子をくっ付け一緒に隣り合わせで座る真冬の頭を撫でている。

 恍惚としている真冬は危ない表情をしているが、大丈夫健全です。

 表情が変わるときは大きな動きを見せるときと接していて分かった。

 つまりこれは、真冬にとっては……愛撫?

 情欲に目が潤んでいく。本当にコイツらは……とため息をついて止める八雲。

「あっ……」

 名残惜しいのか残念そうに見ている。 

 代わりに今度は優しくない、犬を撫でるような豪快さで攻める。

「は、激しい……! もっとして八雲、そこがいい……」

「ほれ、質問に答えろ真冬。じゃないと止めるぞ」

「そんなご無体な! あぁ……い、一応……わたしは、その……無機物から出来て……いるの……」

 わしわしとされてもっと危ない酔っ払ったように頬を上気させて答える真冬。

 何でも、真冬の元々の艦娘としての名前は神風。旧式の駆逐艦だそうだ。

 艦娘である以上は無機物から生産される。こんな柔らかい髪の毛も元々は無機物。

「嘘だろ? 嘘だって言えよ真冬。実はお前は人間だろう?」

「ち、違うの……!! わたしは艦娘で……ひぁ!? 人間じゃないの……はぅ!?」

 面白くなってきた八雲。リアクションが真冬は素直で楽しい。

 人、これをセクハラと言うのだが互いに同意の上での行為なので健全。

 八雲は小動物をつついて遊んでいる実に大人げない気分で楽しんでいた。 

 脳天を人差し指の指先で弄るとビクッと反応する真冬。

 驚いて悶えているのも見てて大いに楽しいのは八雲が鬼畜だからか。

 触れあってどう見ても人間にしか見えない癖に人じゃないというのだ。

「往生際の悪い奴だな……。無機物から女の子が出来る訳ねえだろ?」

「で、出来るのが海軍の技術で……」

「ほら、白状するんだよ……。お前は、実は普通の女の子で、俺と同じモルモットだと認めろ」

「ち、違うわ……! わたしは、人造棲姫……人じゃ、あぁ!?」

 首筋を指先でなぞられて快感と戸惑いの声をあげた。

 艶っぽい声になっているのに悪乗りして気付かない八雲。

 意味不明な尋問の出来上がりだった。

「素直になるんだ……。今なら誰も聞いてない、言うんだよ真冬……真実を!」

「真実も何も……わたしは、事実しか言ってない……!」

 二人して完全にそういう空気の中になっていた。

 で、運悪く。八雲は聞いてないと言っているが。

(何してやがりますか、あのスケベ野郎! 大人しいのを良いことに真冬さんを弄んでいやがりますよ!? 村雨さん、死刑です! あの野郎をぶっ殺してやるのですよ!!)

(ハァハァ……弄ぶ? 取り消しなさい、その言葉を……)

(あんたは私の隣で何を興奮してやがりますか!? 敗北者になりたいと!?)

(違うわ、出雲……。あれは、実に高度な駆け引きなの……。互いが先に達するか、言葉責めをして楽しむプレイ)

(このエロバカ駆逐艦は何をほざいているのか私にはまるで意味がわからんのです!! 誰か通訳を!!)

 ……執務室の前で盗み聞きしている二名がこそこそしていた。

 村雨はいつも通りだった。

 出雲を制止する村雨がもっと聞かせろと言うのに対抗しているので突入できない。 

 一方。

「真冬、なぜ認めない? お前が人間であると……この柔らかさが証明しているじゃないか」

「くっ……殺して! こんな生殺しにするぐらいなら、今すぐ殺して!」

 長い髪の毛の毛先を詰まんで優しく撫でている八雲。

 こんな快感の生殺しを何時までも堪えられない(真冬の理性が)彼女は伝統の台詞を言い出す始末。

 立場が逆だった。襲うのは真冬の方。

 言うなれば八雲は、自覚なしに猛獣の前でタップダンスをして挑発する生肉である。

 なまじ理性のあり、我慢してる真冬もこれ以上の拷問は抑制出来ない。

 多分無理矢理襲ってキスする。絶対する。確実にする。

 ここで童貞を奪わないのが真冬の限界であり、外で現在発情しているエロメイドは奪うこと間違いなし。

 真綿で首を絞めるような真似をされている真冬は警告していた。 

 これ以上はダメだ、止めてと。

 なのにしているおバカさん八雲。絶賛調子に乗っていた。

「簡単に楽になれると思うなよ、真冬。俺は、お前が認めるまで、これを、止めない!!」

(ああああああああああああぁっ!!)

 八雲は女の子の扱いを知らない童貞であった。 

 とくに、そっちに突っ走りやすい真冬という女の子を。

 後で後悔するのだが、真冬は自制が得意ではない。

 村雨のような欲望直帰の危険生物とは違うが、こんな風に誘われれば暴走する。 

 もっと言えば、八雲以上に性欲が我慢できない。

 とうとう、甘い拷問に、真冬の理性は飛んだ。

 

(…………八雲、好き)

 

 だから、キス奪う。

 

「うぁああああああああッ!!」

 

「!?」

 

 突然、真冬が絶叫した。

 決して大声を出すような女の子ではないと思っていた八雲は驚きで硬直する。

 で、隣にいた八雲を椅子を吹き飛ばして襲いかかる。 

 転倒する椅子がすごい音をさせた。

 縺れて床に転がる八雲と、上にのし掛かる真冬。

(ファッ!? 何ですか今の声!? 真冬さんのほうが雄叫びあげてませんか!?)

(不味いわよ真冬!? 良いぞもっと進みなさい!! 童貞を奪う以外は何しても良いから!!)

(あんたはどっちを応援しているんですかエロメイド!!)

(村雨はえっち手前ならば何しても一向に構わんッ!!)

(どっかの格闘家か!! ええい、邪魔するな!! 私が武力による性欲根絶をするんだァ!)

(二人のお楽しみタイムを邪魔なんてさせないよ!! 真冬の理性が持たんとしている時が来たのよ!)

(私は村雨さんほどあの野郎を信じている訳じゃありません!)

 外は外で戦っていた。

 で、中では。

「や、八雲が、八雲が全部悪い……。わたしを、弄ぶから……ッ!!」

「目が血走ってますよ真冬さん!? 悪乗りしていたのは謝るから落ち着いて!?」

 押し倒れて見上げている八雲は見た。

 真冬のハイライトが消えた白い瞳が血走っていた。 

 荒い呼吸をしており、村雨モードとなっている。

「ダメって言ったのに……! 八雲はそれを無視した!! 合意とわたしは解釈するッ!!」

「してねえよ!? いや、ほんとごめんなさい!! 勘弁して!!」

 完全に発情している味方の真冬さん。

 何を言っても嫌だと拒絶していく。

「八雲の道理なんて……わたしの愛で抉じ開ける!!」

「待ってえ!? それ憎しみになるセリフ!! 二期で仮面被っていくセリフ!!」

「待てない、待たない、待てるわけがない!!」

「妙な三段論法も止めて! 真冬さん、俺達は停戦しているはずだ! 本当に裏切ったんですか!?」

「裏切るも何も、散々わたしをからかって、誘ったくせに……!!」

「誘ってない誘ってない!!」

「何でもいい……! もう、我慢しない! 今日はする!!」

「嘘だそんなことおおおお!!」

 まあ、八雲は学習したとすれば。

 真冬も女の子なので、大事にしましょう。 

 そう言うことだった。

 

 

 

 

 

 ――アッー!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「八雲、ごめんなさい……」

「いや、俺こそゴメン……」

「耳朶舐めすぎて……」

「謝るのそっちなの!?」

「あと、元気になった……その……あれ、膝で潰しちゃって……」

「あれは、男ならそうなるものなの。女の子に抱き付かれたらああなるの野郎は。気にしないでいいよ自分のせいだし」

「……膝に当たったけど、思ったよりも硬かった」

「おい待て、余計なこと言うな」

「感触も立派だった……」

「キス未遂以上にショッキングなこと照れながら言わないで!?」

「本番、楽しみにしてる……」

「決定事項みたいに言うんじゃねえええええ!!」

 ……ということもあった。合掌。



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楽園の始まり

 

 

 

 

 

 

 

 その日、出雲の帰投が随分と遅かった。

 予定時刻になっても戻ってこない。

 村雨が、さっきまで連絡していたので心配要らないとは言うが……。

「村雨、お前らは迷子になるのか?」

「ならないわよ……って、言いたいけどね。なるのよねえ、これが」

「……羅針盤の影響か」

「ビンゴ。よく勉強してるじゃない、ご主人様」

 村雨は半目のまま、微笑んでいた。若干怖い。

 暑苦しい執務室よりも広い食堂でお仕事をしている八雲。

 今日の手伝いは村雨であった。

 皆は普通の艦娘ではない。迷子にだってなる。

 色々試作型と実験型故に、欠陥も多い三人。

 普通の艦娘ならば如何に広い大海原でも、羅針盤という装置が動く限りは迷子にならない。

 が、三人の場合は常に羅針盤が揺れ動く。 

 なぜかと言えば、半端者の性だった。

 深海棲艦は体内に羅針盤に等しい感覚を持っているのか迷わない。

 だが、艦娘にはそれがないから外部に頼る。

 通常の艦娘には問題なく作動する。が、ここにいるのは混ざりもの。

 半端に機能を阻害する干渉を起こして不具合になり、羅針盤が回り続ける。

 自分の感覚に頼っても、混ざっているから当てにも出来ない。 

 結果として、迷う。戻れない場合がある。

 それが、欠陥品の皆の特徴。

 他にもかなりの欠陥があるので、成功例でも改良の余地あり。

 と、この間、ジジイが一報寄越してきた。

 それは兎も角、遅いと心配になる。

 いくら股間の息子を摘み取ろうとする出雲でも、顔見知りなのだ。 

 戦争をしているとはいえ、民間人たる八雲は死んでほしくはない。

 所詮は実験するための施設とモルモット。

 派手に戦闘することは目的じゃない。ノルマさえ確保すればいい。

「出雲、大丈夫かな……」

「あらあら、心配なの? いつも――潰されそうになってるのに?」

「真面目なときに卑猥な事は言うなよおい……」

 日常的に猥談しているのは伊達じゃない。

 村雨はからかうように聞いてきた。

 弱点潰そうとするのに心配するのかと。

「心配はするよ。ここで一緒に暮らしてるんだし」

「ふぅん……」

 感心したように書類を纏めている八雲を見て、村雨は眺めていた。

 心なしか浮わついている彼の予感は……正しいことが直ぐに明らかになる……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 出雲は予定よりも数時間遅れて、真夜中に満身創痍で戻ってきた。

 機関が派手に黒煙をあげて、ボロボロの彼女は戻ってきて早々入り口で倒れていた。

 そこらじゅうに火傷や切り傷、打撲をしており血塗れだった。

「出雲ッ!? 大丈夫かッ!!」

 真っ先に発見した寝る前の八雲が血相をかえて抱き抱える。  

 出雲は意識がなく、完全に失神してぐったりしていた。 

 持ち歩く内線で真冬と村雨を呼び出すと、とくに慌てる様子もない二人は現れた。

「ま、真冬! 村雨! 出雲が……!!」 

 パニックになる八雲に、真冬は宥めて腕の中の彼女を無表情で見下ろす。

「落ち着いて、八雲。村雨、損傷具合は?」

「大破って感じかしら。ま、修復可能ね」

 見た感じ手遅れではないと言った村雨が、彼女を預かると言い出した。 

 救急車と、言い出す前に真冬は遮った。

「八雲。これが、わたしたちが人間じゃない証。出雲は死なない。直ぐに良くなる」

「はぁ? どういうことだよ!?」

 落ち着いて、と何度も言ってから立ち上がる。

 混乱している八雲に、無理もないと村雨は苦笑した。

「普通は取り乱すわよねえ。ご主人様、着替えて顔を洗ってね。血塗れよ」

 見れば寝間着が血に染まっていた。

 八雲の頬も出雲の血がついている。

 抱き抱えたときに付着したようだ。

 深呼吸を勧める真冬の指示通り、ゆっくりと落ち着いていく。

「これから、何度もあり得る光景だから。慌てないで八雲」

「…………」

 今まで八雲は自分がいる環境が戦争とは関係性を見出だせないでいた。

 だが、この時分かった。理解した。

(俺も戦争に関わっているのか……)

 自分がいるのは、兵器の管理なのだと。

 いくら女の子でも、海上では兵器にしかならないのだと。

 結局、八雲には出来ることはない。無力な民間人。

 村雨が連れていく出雲が傷ついているのに出来ることはない情けなさが。

 この時は、妙に自分に苛立ちを覚えるのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。

「いやああああああ!!」

 朝一番に、出雲の絶叫が響いた。

 絹を裂くような悲鳴をあげて、出雲は泣き出しそうになった。

 何故なら……。

 

「孕ませ八郎に種付けされてしまったーーーー!!!!」

 

「お前、俺見てよく言えるよな本当に……」

 

 朝の室内に、天敵八雲と一緒にいたのだ。

 この状態はまさしく、男女の過ちのシチュエーション!!

 即ち、処女を奪われ……。

「……あれ?」

 おかしい。出雲は冷静になる。

 まず、昨晩の事はまあいいとして。

 ここは……医務室か。ベッドの上に着替えて寝ていた。

 この寝巻きは真冬の物だ。少しサイズが大きい。

 で、簡素な室内の中で真っ先に見たのが椅子にぐるぐる巻きにされている八雲。

 手足を背凭れと足に固定されて、身動きが取れない状態になっていた。

 半袖とジャージを着ている彼は無事に起きてくれたことにほっとしていた。

「良かったよ無事で……」

「お前は何してるんです?」

 唖然とする出雲。何でこいつは捕縛されている?

「いや、お前が大ケガして戻ってきたときに俺が真っ先に発見してな。で、二人呼んで治療するからって言って連れてって、傷治してそれから安静にしてろって言ったけど、俺心配でさ。同室にするなら、手出ししてない証拠に束縛してカメラ回して完徹してたのよ。だから、安心しろ。物証アリでなにもしてない」

「マゾ的な発想ありがとうございました。あと、心配無用です。私は所詮は雑魚ですのでやられてなんぼ」

 要するに物証揃えてまで、心配してくれたのか。

 わざわざご苦労なことだ。一応念のためベッドから出て映像を手短にチェック。

 一晩中呻いて動き回っていたがどうやら怪しい行動はない。

 出雲のためにここまでするか。あれだけ暴力振るって罵倒しているのに。

 最早呆れるしかない。自分の行動を鑑みて、普通敵意のある相手をここまでするのか理解できない。

 が、逆に言えばそれだけ心配していたのか。民間人故に知識がないから仕方無いのも分かる。

 悪態抜きで言っておく。

「心配させてすいません。帰り際、艦娘の艦隊に襲撃されたもので……。ほれ八雲、事情を知りたいって顔してますね。ほどいてやるので、お前は先ずトイレに行ってください」

 初めて名前で呼んだ。簡単に言っておくと案の定嫌そうな顔をする。 

 朝飯にするから、トイレを我慢していた彼を行かせて、出雲はこの時初めて笑った。

 但し、それはここまで出雲ごときを心配している風変わりな彼がアホらしいから。

 今まで出雲にここまで、心配してくれる存在は居なかった。

 真冬も村雨も知っているから気にしない。知らないから憔悴している八雲。

 仕方無いので説明しておくという妥協であった。

「お、おぅ……」

 解放されて我慢の限界で青ざめていた彼は一目散に走っていく。

 その背中を見て、小さく呟く出雲。

「お前は、本当に変わった奴ですよ八雲……」

 不思議な奴。そういう感想を抱くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 簡単な事情で、ここの事を知っている軍人が機能テストのために不意打ちで襲わせた。

 それだけの話らしい。

「連中はこっちの行動範囲と時刻を知ってますんで、襲撃は可能なんです。まあ、データとれるうちは殺しはしないとは思いますけどね。って……八雲、落ち着いて聞きなさい。お前のジジイに怒鳴りこんでも改善しないんですから」

 凄い怒り狂った表情を、八雲は朝飯を一緒に食べる出雲に見せた。

 収集が有る限りは殺さないと言うし、大体出雲だって分かっている。

 自分達がそういう役目である以上は、こんなのは日常的だ。

 そういう説明しているし、自分達も諦めていると言ったのに。

 なのに、本当に電話しやがった八雲。朝イチで祖父に直通で一報入れた。

 

「ジジイ、テメェ次会うときが命日だと思えよ! 俺の手で引導渡してやるからなッ!!」

「何じゃ朝っぱらから!? 喧嘩売っとんのか孫!!」

 

 で、理由を言わずに口喧嘩開始。 

 鬱憤溜まっていたんだろう、出るわ出るわ罵倒の嵐。 

 マシンガントークで罵る八雲。怒りで顔が真っ赤だった。

 再び唖然とする出雲。食べていた箸を止める。

 携帯電話で罵る彼を見て、広い食堂でポカンとしてしまう。

 めちゃくちゃ怒っていた。今まで出雲に股間を襲われても一度も怒鳴ることはなかった彼が。

「ジジイ、テメェは神様なんかじゃねえ!! 単なる老い耄れだろうが!! 恥と身の程を知れ人間の屑が!!」

「おう、その通りじゃよ!! ワシは人間の屑じゃ!! だが言わせてもらおう! 必要悪という言葉をな!!」

「……。成る程、俺もガキじゃねえ。テメェのその言葉で事情を察した。そこに至った言えない理由があるんだろ」

「そうか……。開き直りとも言わず真っ向から否定しないだけ、お前も大人になったか……」

 元帥相手に人間の屑と罵るあたり、如何に激怒してるかもよく分かった。

 然し、八雲はこう言った。

「ジジイ、俺は、あんたに二つ言いたいことがある」

「何じゃ」

「一つ。あんたが俺に教えた、艦娘は兵器っていう教え。あれは一面しか事柄を見ていねえ事に気付いた」

「……ほぅ」

 聞こえてくる元帥の声は、何やら関心があるようにも聞こえた。

 出雲は黙って聞いている事にした。

「俺は、初めて自分の目で見て感じたぜ。あんたの言い分は一理あるが、全部じゃあねえってな」

「面白い事を抜かしよるわ。ならば、お前の答えは何じゃ孫」

「知識と現実は時として釣り合わないって事さ。ケースバイケース。俺は俺の言い分で接する事にした」

 教えられた偏見は答えじゃない。一つの式として、扱う。

 与えられた地域は事実の一つ。真実は、自分で決める事。

 八雲は民間人の立場で、なにも知らない、知れない故に元帥相手に突きつける。

「俺は、俺の好きなようにここで振る舞うからな。あんたの思惑には乗らねえ」

「フッ……大言壮語を、青二才が。だったらそちらは貴様に任せるぞ。責任を果たせよ」

「言われるまでもねえよクソジジイ」

 何やら元帥と直接やり取りをしている。 

 そう言えば私物を調べたとき、こいつは元帥の孫だった。

 だから身内として意見できる。出雲は感心していた。

「で、もう一個はなんぞや? 朝イチで不満持ってきたんじゃ、何かの要望か?」

「あんたのそういう察しがいい所は助かるよ」

 八雲は出雲をちらっと見た。 

 何が言いたいのか理解できない出雲はいつもの癖で睨み付けた。 

 後悔した時には遅かったが、八雲は何と。

 

「ジジイ。コイツらの同系列の連中、全部寄越せ。四人じゃここは広すぎて管理できねえ。居るんだろまだ。勿体振ってねえで、纏めて連れてこいよ」

「正気か貴様!? 自分の首を締めるつもりか!?」

 

 挑発するように、残っている出雲の知り合いを全員寄越せと言い出した。

 長くなりそうなので、味噌汁を啜っていた出雲は盛大に口から霧にして吹き出してしまった。

「ぶふーっ!?」

 何を言い出すかと思えば、この男。

 自分の寿命を縮める事を言い出しているではないか。

「や、止めなさい出雲! そんなことすれば、お前は危険度合いが大幅に上がるのですよ!? 私みたいな雑魚じゃない、本当の化け物がここに来るのに……分かってるんですか!?」

 思わず口を挟む。元帥も聞こえていたのか、一緒に止める。

 死ににいくようなものだ。止めておけと。

 だが、八雲は言った。

「そっちに比べればこっちのほうが余程居心地はいいぜ。そっちもさっさと試験的に投入したいんだろ? 利害の一致だ、ジジイ。元帥の立場なら、この提案は無視できねえよな?」

「八雲、貴様……ッ!!」

 理屈で論破しやがった。確かに無視できない、立場を逆手に取った方法だったが。 

 暗に何時までもそっちの地獄にいるなら、早く全員此方でいた方がいいという彼の判断。

 出雲も何となく、分かった。同時にとても危険な事を示していると。

 不敵に笑う八雲に、元帥は軈て溜め息をついて了解した。

 死ぬなと警告しながら特に大本営にはリスクのない事だから。

 八雲の命などリスクにすらならない。そう言うことか。

 電話を切った彼に怒る出雲。

「バカなことを! お前は、死ぬのが怖くないんですか!?」

「や、まあ……。何とかなるでしょ。向こうで憎しみ溜まり続けるぐらいなら、早めに異動してもいいじゃん」

「でも……!!」

 出雲は思う。

 死ぬかもしれない。いろんな意味で。

 あんな……あんな、物理的にも危ないだけじゃない。

 村雨みたいな奴もまだいるのに。というか、多分そっちが多い圧倒的に。

 良い男居ないかとか言ってる潜水艦とか、恋人みたいな物に憧れている野獣とか……。

 楽観的すぎる彼の発想に、後に真冬が聞いて全力で守ると意気込んでいたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ? あなたがお兄ちゃん? 結構可愛い顔してるね」

「……ユーは何しに鎮守府に?」

「召集受けたんだよ。お兄ちゃんに会いに来たんだ……遥々、ね」

「あ、はい……」

「命狙っている目障りな連中はあたし、出雲型深海潜水艦の凩に任せてよ! 凪じゃないよ、凩!」

「え? 凩って駆逐艦じゃないの!? 出雲が駆逐艦って言ってたのに……」

「あー……あたし、結構面倒な過程で生まれてさ。潜水駆逐艦って言う試験的な艦娘なのね。だから一応潜水艦」

「すげえ……何でもありだな出雲の妹たち……」

「まあ、巡洋戦艦とか超高速補給艦とか要塞型巨大空母とか色々いるからね。あたしもスゴいでしょ? バカ姉貴共々、宜しくね!!」

「お、おぅ……宜しく」

 って感じで妹出来た。やったね八雲!!

 

 

 

 

 

 

 

「僕を女の子というなら、抱いて見せろ八雲ォ!!」

「待って穂積、お前補給艦だよね!? なにそのデカイ主砲は!?」

「連中が男の娘には一物をつけるとか言った悪乗りの結果だよ!! 文句あるか!?」

「ねえよ!! お前普通に女の子じゃん、何で怒るの!!」

「怒ってない、嬉しくて追い回しているだけだ!!」

「ふざけるなあああああ!!」

 

 

 

 

 

 

「私、八雲の――、まるかじり」

「止めて!? そこかじられたら俺死んじゃう!!」

「八雲、私の婿入り、間違いなし」

「しねえよ!! 真冬が怒ってるじゃん、勘弁しろよ霧雨!!」

「真冬、私に勝てない、当たり前」

「うわああああああ!! 部屋が散らかるから真冬止めろおおおおお!!」

 

 

 

 

 

 

「兄様がわたくしの全て……さあ、何でもご命令を!!」

「じゃあ、俺の身辺護衛を……」

「承りました!! 飛騨、全力で敵深海艦娘を撃滅致します!!」

「ちょ、そこまで言ってねえから!! 飛騨さん、艦載機仕舞ってえええ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 気苦労が増える八雲さんであった。合掌。



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きゅーそくせんこー! 

 

 

 

 

 

 

 

 その選択肢は、破滅か。救済か。

 きっと、それは当事者が決めることであり。

 他人が決めることではないのだろう。

 それでも、こいつは決して許さないけれど……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「邪魔しないでください桜庭さん。その赤羽とかいうジジイをぶっ殺すだけです」

「落ち着いて!! 仮にも元帥相手になにしようとしてるの!?」

「だから、殺すって言ってるでしょう。退いてください」

「くっ……! 進ませないわ、絶対に!」

「桜庭さん、あたしは猛烈に怒ってます。阻むなら、誰であろうがぶっ殺します」

 予感的中。大本のある鎮守府の大佐が、元帥を殺すとか言い出して大本営に乗り込んでいた。

 既に数名、憲兵が制止して入り口でぶっ倒された。

 一人による、然し無視ができない相手の反逆であった。

 完全にキレており、現在小規模な衝突が起きていた。

 正門で、連絡なく押し掛けてきた大佐の少女は、初手から力ずくで進もうとしていた。

 死んではいないが失神している。苦しそうに呻いて倒れていた。

 無関係故に少しは加減したんだろう。本気でやれば、彼女の場合は身体を蹴りが貫通して粉砕している。

 怒り狂った彼女は、上司である桜庭元帥にすら、怯まず噛みついた。

「いいんですか。陸で、機動性であたしに勝てるとでも?」

「渋谷さんこそ、火力と装甲で私に勝てるの?」

「忘れてませんか? あたしは、そいつを殺しに来ただけ。突破力ならば、あたしに分がある」

「……陸戦なら私を縛れるって? 渋谷さん、少し頭に血が上りすぎてるわね。単純なミスに気づかないなんて」

 にらみ合い、火花を散らす双方。

 大本営では、軽い騒ぎになっていた。大騒ぎではないのは、桜庭が制止に回っているから。

 陸だろうが何だろうが、世界最強の集団を纏める彼女は伊達じゃない。

 いくら教え子の同類と言えど、弟子が師匠を超えるのは時期尚早。

 故に、憲兵が出動する程度であった。

 同時に、乗り込んできたという話を聞いた本人が元帥の命令で告げた。

「命令じゃ。あの娘を罰するな。良いか。提督として、あの娘は当然の報復をしに来ただけ。人として、寧ろ当然の心理を罰するのは筋違いと言うもの」

「然し……!!」

「ワシに繰り返させる気か、藤原少将」

 本人も自分が行いを外道、非道と自覚している。

 不満そうに死刑と言い出す連中を一喝した。怨念返しをされて当たり前の鬼畜の所業と。

 穏やかに過ごしていた彼女たちに知らせずに好き勝手に振る舞っていれば誰でも乗り込む。

 彼女からすれば、身内を悪用されてクローンを産み出されたに等しいのだ。

 それが、例えば孫を勝手にクローンにするなど誰かがすれば、元帥は持てる権力全てを用いてソイツを殺す。

 自分がそうなら、相手も同じ心理になる。

 そして、自分は殺されてもおかしくないプロジェクトを進めている。

(桜庭め……良い教え子を持ったな。力に溺れず、愛するための者のために権力に屈せずに打ち倒す事を実行できる胆力。命知らずの女子高生、狂犬、深海提督……ろくな通り名ではないが、いやはや。異常者と聞いたが理由を知ればどうだろう。筋が通っておるのう。己の愛のためか……。ワシには真似できん。若いのう、渋谷大佐。だからこそ、素晴らしい。ワシを殺すか。良かろう。全てを終わらせたのち、この首を差し出そうではないか。裁きを下すというなら是非もない。悪はワシじゃ。国のために若者を利用している外道の老い耄れを、怒りの鉄槌にて、地獄に送っておくれ)

 元帥も自分の行いを裁くのは当事者と思っている。

 世界でただ一人、利用されて怒り狂うあの子供にこそ、裁きは相応しい。

 だが、今は時間がまだ足りない。この醜態を晒している以上は完遂させねば本人にも更に悪い。 

 元帥は懺悔の覚悟は出来ている。故に罰しない。することを禁ずる。

 外では師弟の戦いが始まっていた。

「!?」

「渋谷さん、私を侮ってはダメよ。ただ机に座って仕事しているデスクワークと思ってた?」

 師匠を抜けて侵入しようとするも、何と海上では速度が勝っていたのに陸上では同等の瞬発力を発揮していた。

 硬直する彼女に、蘊蓄を言いながら桜庭は宥める。

「豆知識ね。私の運用する艤装は、全部で大体普通の戦艦十隻ぶんぐらいの重さがあるんだけど。陸戦においての私の戦力を、冷静に分析してみなさい」

「…………。ああ、成る程。艤装の加重がない故に、足腰の筋力を速度に回せる……と」

「そう言うこと。理解が早くて助かるわ。で、自分が如何に不利かも分かるわよね?」

 理屈で勝算はないし、此方も加減しないと暗に脅すと、かなり不満そうだが怒りを収めた。

 所詮は駆逐艦。対して大戦艦である己の師匠には特化だから勝てると踏んだが同じなら無理だ。

 あとはパワー勝負になり、どう足掻いても血祭りが良い例だ。

 理屈的な部分にまだ余裕があったから、説得ができた。

 桜庭は、大勢の憲兵の前なので暈しながらどこから聞き付けたと聞くと……。

「島村さんが実験施設があるって、先週教えてくれたんです。内容は知らないって言ったら、知らされていないのか、って……」

(あの筋肉ハゲ、余計なことしてんじゃないわよ!! いや、あいつは善意で教えたんでしょうけど……。って言うか、そういえばプロジェクトの事をそっちの派閥は大体知ってたっけ……あいつも系統は向こうだもんね……)

 知り合いの大佐が、何やらキナ臭い事をしているが知っているのか訊ねてきたらしい。

 桜庭は、正直に説明することにした。一応、大本の大本。彼女が全ての根幹だから。 

 取り敢えず大事にする前に、憲兵に乱闘騒ぎになったことを桜庭と共に謝罪して、向かっていった。

 怪我人はいない。鍛えた憲兵だったから良かったが、のちにこれも二名の元帥が権力で揉み消した。

 こうして、彼が楽観視して決めていた頃、大本営でもひと悶着あり。

 それを、まだ大本営にいた彼女たちは然り気無く知ってしまったのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 で、八雲の鎮守府。

 いっぱい女の子が増えた。

 皆で引っ越し作業をしているらしい。

 八雲は所属する皆の書類をひたすら処理していた。

 手伝いはいない。真冬が言うには、

「皆大本営で、酷いことされてて、とくに八雲の祖父に恨みがある。だから、立場が同じ八雲でも八つ当たりしてきたりするから、わたし達が説得する。八雲は悪い人じゃないって。ロリコンでマゾで下の角が凄く立派だけど、普通の人だって言っておくから安心して」

 と、無表情で言っていた。

 説得してくれるのは非常に有難い。

 有難いが……。

「待って!? 後半の余計な事実を言わないでくれませんか真冬さん!? ただのセクハラになるじゃないですか!! 不味いですよ!?」

「……なにが?」

「何が? じゃねえよ!? 俺の愚息の情報とか寧ろお前も知らないよね!? ロリコンでマゾとか言わないで良いよねそれ!?」

 余計なことを暴露しようとしていた自称妻。

 慌てて止めるが自覚してなかった。

「……下のそれは、一回膝で潰してるから感触は知ってる。硬かった」

「照れながら最低なこと言うなっての!! 俺も悪いけど、頬赤くしても内容は逆セクハラだよ!!」

「八雲の趣味は言っていかないと信用してもらえない。余計な誤解をうむ」

「言ってるほうが信用されねえだろうが!! 自分は変態ですって自己啓発して、真冬は俺をどうしたいんじゃ!?」

「だってマゾじゃない」

「阿呆!! 二次元と映像の趣味だよ!! リアルでそんな思考してねえわ!!」

 最早否定せずに進めるが、真冬は止まらない。

 八雲はやめろと言うが、結局ばらしたと村雨が嬉しそうに半目で先程教えに来てくれた。

 目が死んでいる八雲は公開処刑を受けてメンタルが死にかけてきた。

 何がよくて、初対面の女の子に自分の性癖を暴露しないといけないのか。

 それも、四六時中一緒にいる真冬の手によって。

(真冬は誰の味方なんだ……)

 天然入ってる気がした。

 ボケているのか素でやっているのか判別しにくい。

 落ち込んでいる現役思春期高校生。だが、現在はまだ顔すら知らない。

 取り敢えず書類を流し読みしながら、慣れない手付きで纏めていく。

 狭苦しい、残暑厳しい物置小屋の執務室で、扇風機と網戸にして、続けている。

 気づかない八雲。するりと、ドアが音もなく素早く開いて、素早く閉じる。

「ん?」

 何か音がしたと振り返るも、何もない室内。

 気のせいかと、しぶとく鳴いているセミの合唱をBGMに、書面とにらみ合い。

 ……小さい影が、素晴らしい速度で室内を走り回り、一度わざとらしい音をさせる。

 八雲が気付くと、棚からファイルが落ちていた。

 文句を言いつつ、戻しに立ち上がり移動して、戻る。

 大きな机には、椅子をいれるスペースがあり、然し入れても奥行きはまだ残っている。 

 椅子を引いて、足を開いて腰かけてまた戻る。

(おぉう……凄まじいインパクト。これが男子高校生……。何か汗臭い)

 侵入者は眼前に広がる太もも、その奥にある秘境に興味津々であった。

 なんと言うか……凄い。話に聞いてたよりも迫力がある。これが人間の神秘か。

 ちょっと指先でつつてみる。

 この半ズボンにある社会の窓なる窓の向こう側にそれは生えていると言うが。

 ビクッと、長細いというと失礼かもしれないが棒らしき何か反応した気がした。

「うぉ!?」

 八雲、股間に快感……じゃない、違和感が走る。

 何かつつかれた。慌てて椅子を引いて足元を見ると……。

 

「あちゃー……急速潜航したのにもう見つかっちゃった。欲張りするんじゃないね」

「誰お前!?」

 

 見慣れない女の子が机のしたにいた。

 隠れていた……にしては、何で息子さんを狙うのか分からない。

 見上げている女の子は苦笑いして、這いずって出てきた。

 言葉を失う彼の前にゆっくりと立ち上がってにこっと笑った。

「いやいや、突然ごめんなさい、っと。ちょっとね、皆にどんな変態か様子見てこいって頼まれてさ。潜り込んで探ってたの。意外と可愛い顔してるねお兄ちゃん。あたし、結構好みかもしれないな」

「お前もかい……」

 またこの台詞か。こんな地味眼鏡の何が良いのか八雲にもさっぱりだ。

 ただまあ、やっぱり新しい面々には変態って思われているのかと落ち込む。

 って言うか、お兄ちゃんってなんだ。

 彼女は年上みたいなのでそう呼ぶと言うので許すとして。

 白いサマードレスの少女は、燃えるような緋色の長い髪を、一つに纏めていた。

 朱色の瞳を興味津々に、幼い顔で値踏みするかの如く、八雲を見ている。

「で、お前名前は?」

 書類を然り気無く隠して、名を訊ねる。

 少女は遅れて申し訳ないと謝罪した。

「ああ、ごめんなさい。あたしは、出雲型深海潜水艦、四番艦『凩』。凪じゃないよ、凩。お兄ちゃんには、出雲の妹って言えば通りが良いかな」

「ああ、出雲の……って、潜水艦? あれ、出雲は駆逐艦じゃ……」

 違和感に気付く。出雲は駆逐艦。なのに、彼女は潜水艦。

 妹なのに、なぜ別の艦娘になっている?

「よく言われるよ、それ。あたしは生まれた事情が面倒な時期でね……。この元々の身体は、イムヤっていう潜水艦の身体で、けどあたしは後期型の駆逐艦の深海棲艦の魂で生成されているの。要するに外と中で、別物をいれてみるって言う実験のせいでこうなった訳。正式に名乗れば、深海潜水駆逐艦。長い上に大概意味わかんないから、生け贄になった艦娘に敬意を評して、潜水艦って名乗ってるんだ」

 実験品らしい理由だった。

 出雲型とは、大抵こう言うものばかりで、あとは超高速補給艦とか、要塞型巨大空母とか居るらしい。

 ……唖然とする八雲。最早、姉妹とは形だけのやりたい放題の集団と言うことか。

 呆然とする彼に苦く笑う凩。民間人らしい反応だと、言った。

「お兄ちゃんマジで普通の人なんだね。ビックリしすぎて凄い顔してる」

「いや、驚くだろ。艦娘のミキシングとか、そこまでするか……? プラモデルじゃねえんだぞ? 益々海軍の思惑が理解できねえよ俺……」

 分からない方がいい、と凩も頷く。

 あんな頭がおかしい科学者たちの思考など理解できるはずもない。

「成る程ね。少し話しただけでも分かるよ。お兄ちゃん、今まで見てきた大本営の屑とは別の人だってことぐらい、あたしにも。悲痛な表情するんだね。同情でも、あたしは嬉しいよ……。ちゃんと、見てくれてるって証拠だし」

 話を聞くだけで、頭痛がする。八雲はそう言った。

 遊び半分のように、真冬や出雲、挙げ句には凩までも弄ぶ。

「これが、人間のやることか……」

「そうだよ。人間の科学、そして貪欲さが狂気にまで発展して腐った結果が、あたしたちの誕生。大本営の汚点だから、仕方無い。割り切らないと、お兄ちゃん死ぬよ。皆に殺される」

 凩は、恨み辛みを八つ当たりで、八雲に向けようと画策する連中がいると知らせてくれた。

 気を付けないと、内部で暗殺されると。護衛に真冬か誰か、必ずつけろと。

「初対面のあたしが言うのも何だけど、あいつらは信用しない方がいい。迂闊に隙を見せると、背中に砲弾をぶちこまれたり、艦載機で爆撃されたり、魚雷でブッ飛ばされる。憂さ晴らしする気満々だから。だから、信用すると死ぬ。相手を、よく見てね。お兄ちゃんには分かんないと思うけど、相当根深い恨みだから。あと、刺激する事も言わないでね。キレたら、ここ物理的に瓦礫になるぐらい平気でする強いやつもいる。加減なんてしないで、どう死ぬなら派手に死んでやるって言うヤケクソみたいな事考えている奴もいたからさ」

「……え、もしかして俺今凄いピンチ?」

 と聞くと、笑顔で肯定の凩。

 修羅場になると、軽く言うがその内容は……あまりにも重たくて。

 でも、当然だと思う。それほど傲慢なことをしているのが大本営だ。

「あ、あたしは大丈夫。その気ならお兄ちゃんもう死んでるし。無警戒も程々にね。いきなりお兄ちゃんのお兄ちゃんを斬首とか、有り得るんじゃない?」

「止めて、去勢だけは、止めて」

 にやっと笑った凩。嫌がらせにそう言うことも起こり得る。

 という、警告に内股になって真っ青になる八雲。

「ん……じゃあ、暫くはあたしも守ってあげるね。真冬さんだけじゃ、手に負えない数がいるから」

 随分と人のよい凩。なぜ、ここまでしてくれる。

 思いきって聞いてみると、彼女も真冬と同じ影響で憎しみはないと言う。

「イムヤっていう艦娘がオリジナルの鎮守府にはいて、それのコピーだから影響ないんだよ。あたしも、憎むのは嫌だもん。結局愛されていれば人殺しとかしないで済むならさ、それにこしたことはないわけ」

 件の変態か。凄まじい影響力であった。

(すげえなあ……どんな次元の変態なんだろうか……)

 と、感心するほどの八雲。

 あとで知るのだが、大本営にカチコミに行ったと知って、絶句するのは……また違う話であったとさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「って訳で、お兄ちゃん。触らせて?」

「……何を?」

「ナニを」

「おい」

「いや、だって興味あるじゃん。真冬さんいわく、随分とご立派だとか言われればさ」

「恥じらいを持つんだ潜水艦、ここは見せるもんじゃないし触れていいもんじゃない」

「じゃあ交換条件で。あたしも好きに触っても良いよ」

「そこまでして知りたいと!? 自分の安売りはいけない!!」

「あたしは元々安い価値しかないから大丈夫」

「そういう悲しいこと言わないの!! ダメなもんはダメ!!」

「ちぇ……」

「……代わりに添い寝ならしてもいいから」

「マジで!? よっしゃあ! お兄ちゃんの寝床に急速潜航しちゃおっと!!」

「…………また、煩悩との戦いか……」

 八雲、頑張れ。煩悩に負けるな。合掌。



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内側の争い

 

 

 

 

 

 

 こうして、多くの彼女たちを受け入れたわけだが……。

 危惧していた通り、やはり命を狙ってくる相手は居るようだった。

 何とか真冬たちが説得しているので、味方にはならずとも様子見の一派がいるのはいい。

 が、積もっている恨み辛みをこの際八雲にぶつけようと、鎮守府内部で彼を狙った攻撃が日夜発生している状況。

(俺は何も知らねえし何も言ってねえんだけどな……)

 自室で、今日も護衛をしてくれる甚平を着ている真冬を夜中、抱き締めていた。

「んふっ……八雲、まな板で満足できるの……?」

 なんて寝言を言っている。一緒のベッドで寝ることももう、抵抗もない。

 恥ずかしがっている余裕がないから。油断していると実弾が飛んで来る気がして。

 ゆっくり寝られるのは、交代制で村雨や意外なことに出雲が見張りをしてくれるから。

 真冬もいつも見張ってくれているが、人数が増えたせいで追いきれないと、言っていた。

 確かに、凩の警告通りだった。無警戒も程々にしないと、殺される。

 民間人の八雲は初めて、暗殺される要人の気分がわかった。

 どこにいても気が休まらない。本当に味方は誰なのか、疑心暗鬼になる。

 常に付きまとう不安と恐怖。真冬たちしか、今八雲が頼れる相手はいない。

 恐ろしい。これが、連中の蓄えた憎しみと恨み。反撃できない一方的な立場。 

 これを、強いられてきていたのか。殺しに来る皆は。

(死にたくないって思っても、相手には通じないんだよな……)

 嘗ての立場が逆転しているんだろう。そう思うと、怒りは湧いてこない。

 ただ、怖い。話を聞かない相手からずっと狙われる。

 神経が持たない。恐怖しか浮かばない。 

 何故という感情は勿論ある。けど、その答えをもう八雲は知っている。

 人間のせいだ。大本営の奴等のせいだ。彼女たちのせいじゃない。

 自分はなにもしてないのに殺されるなんて理不尽だと思う。

 然しそれを、今まで強いられてきたのもわかっている。

 身をもって理解した。させられた。でも、殺意は止まない。

 八雲が人間である限りは、皆の憎しみは治まらない。

 詰まりは、どうしようもない問題なのだと。八雲が死ぬしか解決はない。

 そう考えると、不思議と泣けてきた。

 真冬たちの扱いにも。自分が体験している恐ろしいこの現実も。

 救いようのない時間も。何もかも、泣ける気がした……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 人数が増えたから、自分の役目も増える。

 が、それだけじゃない。実際時間もかかる。

 今日は朝イチから実弾が飛んできた。

 驚いて尻餅をついて、壁を見上げる。弾痕が残っていた。

 大本営の連中はセーフティがあるとか言っていたのにこの様だ。 

 後で聞いた。セーフティとは、思考制御の一種なのだが一部はその制御を振り切る程の感情が湧き上がったそうだ。 制御をしていて憎悪の増大を抑え込んでこれでも、大人しい具合になっている。

 軍人相手ならば諦めずに殺しに来ると言うし、実際怪我人も出た。

「伊吹、天城!!」

 怒った真冬が機関銃を取り出して、隠れていた二名を発見して銃撃。

 悲鳴をあげて倒れる二人が、恨めしそうに立ち上がった八雲を睨む。

「真冬さんを……たぶらかす外道め……」

「お前だけは……絶対に……!!」

 などと恨み節を吐き出している。 

 ひとつわかったのは、真冬は彼女たちにとって特別な存在であり、最も初期に開発された艦娘として尊敬されている。

 強いて言うならお姫様のような相手なのだそうだ。

 それを押し倒して自分のモノにした外道のロリコンマゾ野郎が八雲。

 事実無根の事を誤って真冬本人がばら蒔いて、一部が事実なので余計に悪い。 

 玉の輿みたいな下男が調子に乗っているのは気に入らない。

 だから、自分達で取り戻すと言っている一員がこの二名だった。

「…………」

 そんな根拠のない憎悪をどうしろと。

 なにか言えば黙れスケコマシとか、くたばれ絶倫種馬男とか言われたい放題言われる。

 だから童貞だっちゅうねん。経験ないって言っても誰も信じない。

 毎晩真冬を弄ぶ屑という認識もされている。 

 八雲もメンタルは強くない。同情はするが、いい加減この扱い何とかならないだろうか。

「行こう、八雲」

 倒れる二名を無視して、真冬は歩き出す。

 今や真冬は八雲の専属護衛であり、仲間よりも八雲を優先する。

 大半が艤装の一部を展開可能であり、それで八雲の命を狙っている以上は当然の事。

 抜錨もしなくなった。大本営から真冬のデータが来ないと苦情が来たが、無理を言うなと返事をした。

 八雲に死ねと言うのか。自分の責任だろうが、真冬がなんだかんだ一番頼りになる。

 真冬も八雲が心配で集中できないから、抜錨したくないと言っているのだし。

 管理する人間が消えれば、次のモルモットを用意するだけ。

 連中のやり方などもういやというほど聞いた。 

 だが、凩がこんなことを言った。

「言いたくないけど、お兄ちゃんだからこのぐらいで終わってるって、あいつら分かってないね。あたしも含めて、お兄ちゃん以外の奴なら普通に殺してるよ。どうせ、大抵が状況に任せて好き放題して殺られるか逃げ出すか、揉めるか。それぐらいの違いしかない。お兄ちゃん、我慢してるじゃない。我慢ってストレス溜まるからキツいけど、大事。反撃しないし、文句言わないし、受け入れているっていうのはさ。話聞かない相手には、意外と効果あるんだ」

 諦めているのでもないし、我慢が正解だと凩は言っていた。 

 ここで下手に反撃を選ぶと戦争になるし、逃走は敗北、黙って死ぬのは論外。 

 となれば、堪えるしか有るまい。

 反撃は他の同類が説得かねてやっているから、今はなにもしない。

 代理がいるなら、任せておけと。

 八雲が何を言っても聞く気がない相手には八雲が言えば逆効果。

 調子に乗ることもないようにしておくと、凩も言っていた。 

 八雲が死ねば、満足するのか? なら、次の人間もそうやって殺すのか。

 自分を産み出した人間との戦争も大いに結構だが、相手を見ろ。

 無抵抗の人間に自分と同じ辛いことをしているのに、自分だけ被害者面するのはどうなんだと。

 襲う相手が勝てる相手に絞るのは嫌悪する軍人と何が違うのだ。

 村雨がそうやって、襲おうとする彼女たちに説き伏せる。

 それでも襲うなら、真冬が迎撃する。出雲も姉として、雑魚でも役目は果たす。 

 自分が大ケガしたときに真っ先に受け止めて散々心配するような奴を殺して何になる。

 敵意はない、偏見もない。パフォーマンスと言うならなぜ全員ここに招いた。

 こうなることをわかった上で。その理由を問われると皆黙る。

 わからない。妹たちは、姉の体験した事を聞いて迷っていた。 

 あんな初期型の、その辺にいる雑魚を抱き締めて狼狽し、一晩中ずっと一緒にするような高校生。

 知らないから、態度に直ぐに出る。そこに偽りはない。 

 誓って艦娘には手を出していない、というか村雨が逆に手出しをしようとして逃げる始末。

 あんな無害なヘタレが、ロリコンでマゾとして、害があるのか。 

 悪意を持っているのか。凩も様子見をして普通の人といっておいた。

 然し、結局一部は知ったことか、関係ないと八雲を襲いかかり、次第に怒っていく真冬が加減しなくなる。

 せっせと隅っこで書類を纏めているときに武器もって押し掛けてきた戦艦たちに、とうとう真冬が本気でキレた。

 

「いい加減にしなさい」

 

 なんと、裏拳一発で自分よりも大柄な女性を軽々吹っ飛ばした。

 低い声で、真冬はハッキリ怒りを見せていた。

(!?)

 八雲は見た。真冬の目が……一瞬、深紅に変色していた。 

 鮮血みたいな色に変わって、戦艦は廊下を転がって痙攣していた。

 顎に入ったのか、急所に当たったようだ。 

 不愉快そうに、武器を持ちながら構える戦艦。

 丁度、村雨が近くにいたので持っていた錨でソイツを素早く器用に捕縛して、転ばせた。

「いけない奴ねぇ……。ご主人様の雄々しくて逞しい――が使えなくなったらどうするのお? ストレスで、EDってなるのよ?」

「お前の態度でそうなりそうだよ!!」

 また猥談だった。こいつは本当にぶれない。

 半目で叱る彼女は、お疲れと軽くウインクして、襲った奴を引き摺って去っていく。 

 真冬の目は元の純白に戻っていた。本人も何事もなく、護衛に戻る。

「真冬、お前何ともないのか?」

「……? 何が? 八雲こそ大丈夫? ストレスで勃たなくなった?」

「人の心配をボケで返すのは止めてください真冬さん」

 自覚なしか。二重の意味で。

 確かにストレス過多なのは否定しない。

 だが、何でいきなり不能になる。ちゃんと硬くなる。 

 ……多分。

「妻として旦那の下半身の健康も気にしないといけないかな」

「真冬さん、照れながら俺の下半身に手を伸ばすの止めなさい。好奇心で何をしようって言うんですか」

「掴むだけ、掴んで擦るだけ……」

「増えてる、要求増えてる!! 触るな人のもんに!!」

 相変わらずこの人もスキンシップを求めているので困る。

 照れているのに何でこう、大胆を通り越し変態に片足突っ込んでいるのか……。

 慌ててはたき落とす。残念そうな真冬。

「ちょっと触るだけじゃない……」

「異性に触られたら野郎は元気になるの!! いい加減学習して真冬さん」

「元気になる? じゃあ、問題ない」

「問題しかねえよ!?」 

 やはり、真冬は八雲の下半身のキノコがどうしても気になる様子。

 女の子から物欲しそうに股間を見られるという恐怖に竦み上がる一物。

 野獣の目付きをしていた。

 興奮できない。できるはずがない。 

 真冬は許可した途端に、絶対に行動に出る。間違いない。

 彼女も本質は村雨と同じ変態なのだから。

「お兄ちゃんが不能と聞いて!!」

 で、突然背後から急速浮上の凩も参戦。

 何故かスクール水着で現れた凩は、後ろから八雲に飛び付いた。

「ぬぉ!? 凩、なにしてんの!?」

「ちょっと確かめるの! 不能なんかじゃないよね? ちゃんとおっきくなるよね?」

「女の子がそんなこと言っちゃいけません!」

 八雲の背中に押し当てられる、二つの控えめながら中々な膨らみ。

 わざとやっているようで、嫌がっても止めない凩。

 アピールするようにもっと押しつけ、慌て出す八雲。

 こうなった場合は、男には意思じゃどうこうできないのが性であり。

 ヤバイと思ったときには、悲劇再び。

 盛大なBGMが脳内に流されて、血流は下半身の一部に集中してデストロイ。

 そんでもって、身体は正直な八雲に悪夢がまたも訪れた。

「……」

 比例して目が死んでいく八雲。

 セクハラだろうか、これは。無邪気な凩が、今は辛い。

 ……またか。今度は真冬と凩の前で。 

 屈辱的な、ユニコーンが顕現した。

「おぅ……。お兄ちゃん、身体は素直だねえ」

「……勃った。八雲が勃った」

 背中から見下ろす凩は、そそりたつそれを見て安心したように。

 真冬はどこぞの車椅子の少女が立った時のように呟く。

 本人は……精神が死んでいた。

「凩……俺を追い込んで楽しいか?」

 小声で聞くも、その気はないと言う。

 まあ、お子様に反応しているロリコンの八雲が悪いのであって。 

 無邪気な凩は、悪くない。きっと。

 ガックリ下が元気なまま、八雲は項垂れる。

 凩と後で後悔するのだが……取り敢えず、御愁傷様であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご主人様の抵抗って、醜くないかな?」

「喧しいわ。お前はどこぞの管理者か」

「でも素直な感想よ? 村雨には素直になって欲しいんだけど」

「そうやって言って、油断させる気か!?」

「そうでもあるけど」

「お前は俺にどうしろって言うんだ!?」

「童貞頂戴」

「カエレ!!」

 相変わらずメイドには童貞狙われ続ける八雲であった。合掌。



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妹系奴隷空母

 

 

 

 

 

 

 

 それは、真冬の変異を見た日から数日経過した頃。

 抜錨していた八雲も、あまり顔を知らない影の薄い彼女が、第二の被害を被った。

 またしても、運悪く彼が真っ先に発見して、慌てて駆け寄った。

「ただいま……帰投、しま……し……」

 外見は誰よりも大人びているが、至って大人しい物静かな彼女は大ケガを負って戻ってきた夕方。

 夜が長くなる秋空に、彼女は大破炎上をしながらも無事に帰ってきた。

「だ、大丈夫!? おい、しっかりしろ!!」

 入り口でばったりと倒れた彼女は、全身に酷い火傷を受けていた。

 自分よりも少し小さい程度の、然し駆逐艦よりはずっと大きい女性を八雲は書類を書き終えて、トイレから戻ってきた帰りに偶然発見。

 ボロボロの弓道衣装と黒いミニスカートは焦げ臭い。

 髪の毛も長かったのに派手に焼けて悪臭を放っていた。

「……あれー? なんかあそこで倒れてない?」

「またかぁ。あの娘、本当に鈍いねえ」

 通りすがった連中は呆れているだけで助けやしない。 

 まるで慣れている、いつも通りの光景のように。

 愕然としつつも、思い出す。 

 そう。戦時であり、自分もそれに関わっていると。

 八雲を見ても攻撃をしないその二人の名前を思い出して、恐る恐る声をかける。

「ご、ゴメン……ええと、竜巻と渦潮? だよね。この娘、治療したいんだけど……」 

 助け起こして、出血している彼女を抱き抱える。

 また、服が汚れるが気にしない。今は落ち着け、と自分に言い聞かせる。

 大丈夫、凩が言っていた。あの二人は確か静観している方だから、バカをしなければなにもしない。

 ビビっている八雲に声をかけられて、意外そうにこっちを見る二人。

 ショートの軽巡が竜巻、セミロングの重巡が渦潮だったと思う。

「あれま? 名前覚えたんだね。たくさんいるのに」

「へぇ……。殊勝じゃない。媚びてる訳じゃ……ないか。単にビビってるみたいだし」

 名前を知られてないと思われていたらしい。

 八雲が手助けをお願いするが……。

「いや、ゴメンね? 下手に手伝ったりすると、まだ周りが五月蝿いから。もうちょい、時期待ってて」

「そうそう。一応凩に言われたけど、中立には中立の立場があるんさ。悪いね、青年。けど、二つばかり警告しておくよ」

 竜巻は苦笑いして謝罪して、渦潮はからかうように彼に告げる。

 その内容は、よくわからない。

「あんまし、うちらの血に触れない方がいいよ。人間じゃ、堪えられない猛毒で本来出来てるもんだし。何が起こるか、うちらにも予想つかないんでね。あと、その娘はどんくさい奴だから、関わってると苦労するってのも教えたげる。怪我なんか当たり前で、物覚えも悪いし泣き虫だしすぐ凹むし。メンタル豆腐だから、構ってあげると喜ぶかも」

「渦潮、それ三つ言ってる」

「ファッ!? いやいや、竜巻。警告は二つ。一個はアドバイスってのよこういうのは」

 などと言いながら、去っていった。

 立場があるなら、助言だけでも有り難い。

 礼を言う彼に、もう少ししたら手伝うと約束してくれた二名。

 今は、仕方無い。取り敢えず持ち上げる。

 重たいと言うと、失礼かもしれないが八雲はそんなに体育会系じゃない。

 えっちらおっちら運んでいく。

 道中、普段から怒られることが多いヤバい一団とすれ違うも、

「おい坊主。その阿呆に構ってると、日が暮れるぞ。甘やかすな。そいつは直ぐに誰かに依存する」

 と、言われた。

 戦艦たちは、八雲が馬鹿正直に助けていると思ったのか、呆れて見て言っていた。

 どうも、彼女の扱いは同類でも悪い方らしい。

「いや、でも……」

「……そんな女が好みか? まあ、身体だけなら一丁前だからな。ロリコン改善にはいいかもしれん。此方には関係ない。そんなやつ、手出ししても誰も文句など言わん。犯すなり絞めるなり殺すなり自由にすればいい。だが、決して真冬さんは怒らせるなよ」

 役に立てるのが肉体ぐらいしかないと言われる程、嫌われている……と言うよりは、鬱陶しい相手と言うべきか。

 戦艦たちは、飯を増やすように上に言えと言うので考えるとして。

 またえっちらおっちら運搬していく。

 今度は廊下で出雲に出会った。

 何やら風呂から上がったような格好で、訝しげにこちらを見る。

「……八雲。なんで飛騨を運んでやがるのです? そいつは、その程度の怪我じゃ死なないのですよ」

 出雲ですらこれか。この娘を何でそんなに邪険に扱うと戸惑う彼が聞く。

 すると、長女は腕を組んで護衛しながらついていくと言って共に来る。

「簡単に言えば、そいつ……出雲型深海軽空母、23番艦『飛騨』は、重度の依存症。誰かに常に依存していないと戦えない、自立が出来ない失敗作と言うやつでして。鬱陶しいので大半が構わないんですよ。ストーカーしてくるんで」

「えぇ……」

 道中、出雲は軽く説明した。

 この飛騨と言う深海艦娘は、元々の身体は祥鳳という女性のもので、中身はその辺の軽空母なのだそうで。

 憎しみなどは一切ないが、極度に他人にメンタルで寄生する宿り木のような真似をする。

 自立せずに言いなりになり、奴隷でも道具でも無視されないように気を引く。

 悪化していくと今出雲が言う通りストーカーになっていく。

 酷いときは周囲を攻撃したり、自分を犠牲にしたりまでする始末。

 兎に角極端な行動ばかりするので無視されたりぞんざいな扱いを受けていると。

「お前にも分かりやすく言うと、ヤンデレなのですよ。私のような雑魚にまで付きまとうので正直ウザいの一言に限ります。しかも自重せずに被害出すし、構わないと突然予想外の事仕出かすし」

「ヤンデレっておま……」

 まあ、ヤンデレか。精神は確実に異常としか言えない。

 面倒臭い性格なので、関与しないが最も適した存在。

「……いえ、待ってください。八雲、これお前には丁度良いのでは?」

 が、運んでいる最中に出雲はふと思い付く。

 この妹、八雲にはピッタリの相手ではないかと。

「は? 俺に? いやいや、マゾでもヤンデレに刺される趣味はねえよ!? 画面の向こうならまだしも! リアルはライフ一個ですからね!?」

「落ち着くですよ。お前を刺し殺す事はないと思います。寄生している相手ゆえに。まあ、お前のキノコがキノコ狩りに遭うかもしれませんが、そんなもん些事なので捨て置くとして」

「待ってぇ!? キノコ狩り些事じゃない! 死活問題!! 俺死んじゃう!!」

 怖い単語を言いながら、出雲は名案だと八雲に指摘した。

「いいですか。姉と言えど、面倒臭いうえにウザい愚妹とはいえ、お前に任せるなどとは言いません。ですが、本当にこいつはそういうストーカー顔負けの性格。手に終えないのでどうぞ。見ての通り、身体はエロいですのでお前が可能性のケダモノになっても、まあ仕方無いかと。手出しすれば強制的に嫁がせますが。真冬さんもこいつなら多分、寛大なので許してくれるでしょう」

 散々な評価であった。そんな面倒臭いのか彼女。

 聞けば、大半が被害にあっているので嫌がると言っていた。

 狙いはそこだ。

「忌避材として、お前に飛騨をくれてやるです。ぶっちゃけ雑魚の私じゃこのバカの面倒は見きれないのもあり、利害の一致。お前は身を守る忌避材として、言うことを何でも聞く大半公認で自由に出来る女が手に入る。好きにしてよいです。但し、責任は飛騨は必ず迫ります。逃げるのは姉妹として断言すると、絶対に無理です。くれぐれもご注意を」

「……どんだけ軽いの扱い。この娘が可哀想じゃん……」

 心底嫌われてる方がまだ良いと思える言動に、ドン引きの八雲。

 彼女は知らないから言えると言うが。

「八雲。お前は、風呂からトイレから外出から何から何まで、影のように付きまとう相手を容認できますか」

「…………え? マジで? この娘、そういうタイプ?」

「嘘は言わんですよ。じゃなきゃ人身御供には出しません」

 飛騨さんはそういう女の子らしい。姉妹公認。お墨付き。

 ヤバイ相手だった。

「ですので、先ずこの愚妹を治療します。で、お前は開口一番飛騨にこう言うのです。お前は俺のものだ、俺の言うことに従えば構ってやる。但し、歯向かえばその瞬間から俺の中からお前を消すと。絶対に言うことを聞け。逆らうな。こう言えば、お前はもう他の奴等に命狙われても、大丈夫になります。飛騨が粘着して守るので」

「怖すぎるうえに俺にそれを言えと仰るか!? なんちゅう艦娘だよ、いやマジで……」

 事実上の女の子を奴隷にするという台詞であった。

 出雲は更に付け加えた。

「勘違いするんじゃねえです。飛騨は構ってちゃんを通り越した真性のドマゾのヤンデレ。合意の上で、奴隷にする以外皆に平和などない。お前のマゾなど児戯に等しい本物の変態を見るがいいのですよ」

 自由を与えると被害が甚大になり、全員に迷惑がかかる。

 使えるから使えばいい、バカと変態は使いようと出雲は肩を竦めた。

「……え? 出雲さん、俺が管理するのこの娘?」

「関わった時点でお前にストーカーするのも確定してます。自分から手綱持っておけば穏便に済みますよ」

 やっぱりそんな気はしていた。ダメだったか。

 ボロボロの飛騨をやるから、自衛に使えと長女が言い切る。

 大本営にいた頃には皆様大迷惑を被ったと言うので、しょうがない。

 八雲は、彼女を引き取ることにした。

 取り敢えず今は、治療に急ごう……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「兄様! わたくしで良ければ喜んでお仕え致します!」

 医務室で治療を終えて眠っていた飛騨に開口一番言ったらキラキラした目で喜んで仕えてくれた。

(えぇ……。今時のチョロいヒロインよりもチョロいんですがこの娘)

 ベッドの上で上半身を起こしている年上と思われる、黒い瞳の綺麗な女性。

 これが……この人が、八雲の公認奴隷? 

(エロゲーか……)

 最早溜め息しか出てこなかった。 

 何この意味不明な女の子。もらっていいとか人生初であった。

「飛騨」

「はいっ!!」

 試しに命じてみた。

 迂闊に命じると人殺しまで躊躇なく実行するので取り扱いには要注意と出雲は言っていた。

 立ち上がって、此方に来いと強気で命令。

 大喜びの飛騨。頭痛がする。

「何でしょうか兄様!!」

「……取り敢えず、今回はよく頑張ったね。よしよし」

 出撃で大怪我してでも役目を果たしたことを褒めて、頭を撫でておいた。

 お疲れ様、という意味も込めて。

「ああああああ……褒められた……。兄様に褒められたぁ……」

 で、すっごい嬉しそうに恍惚としている飛騨。

 うっとりした表情で抱きついて喜ぶ。

 豊満なもんが当たって、煩悩が爆裂して元気になりそう。

 って言うか、なった。もういい。諦める。飛騨ならいいやと賢者になった八雲は開き直る。

 飛騨も無論気づくが、気にしない。襲いたければ襲えばいい。

 どうせ知識もない、経験もない処女。兄様に滅茶苦茶にされてもいい。

「兄様……兄様ぁ……」

「……」

 なんだこの手間かかる妹は。自分より年上にしか見えないのに。

 本質は奴隷とかいう意味不明な関係だが。

 取り敢えず、今は甘えることを許す兄様であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あにさま、兄様。わたくしに何かご用?」

「兄様っていう言い方は……まあいいか。ご飯食べいくよ飛騨」

「はいっ!!」

「あと、お風呂一緒は絶対にダメ。トイレは外で待ってろ。寝るときは同じ部屋なだけ。いい?」

「はいっ!!」

「それと、俺に抱きつくのは良いけどスキンシップは程ほどに」

「……はい」

「何で不満そうなの」

「兄様の――が窮屈そうだから……。わたくしで良ければお相手に……」

「卑猥単語、禁止。いいね?」

「……はい」

「宜しい」

「あ、兄様」

「なに?」

「わたくしがお相手なら、余計なもの要りませんので」

「猥談禁止。いいね?」

「…………はい」

 従順だけどこいつもやっぱりそっちだった。合掌。



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何時もハアハア、八雲の後ろに出てくる村雨

 

 

 

 

 

 

 こうして公認奴隷、飛騨を入手した八雲。

 彼女は本当に何でもする。

 言われたことを全く自分で考えず、疑わず、字面通りに実行する。

 で、少しでも蔑ろにされると懸命に、必死に気を引こうと突っ走る。

 面倒臭いと言われるわけだ。最早思考放棄の類いになっている。

 自分がない、と言えばいいか。ヤンデレとは違う。それは暴走を見たときの例え。

 本当は、極度の自己否定だと八雲は気付いた。

 飛騨の面倒を見るようになってから、襲撃も減った。

 と言うか、まさかの消失。皆の八雲を見る目が変化している。それも劇的に。

 あの飛騨を完全にコントロールして、躾をしているじゃないか。

 そういう驚きと器の一端が見えたとか、渦潮が言っていた。

 殺しの意思は、いっぱいいっぱいになりながらも飛騨の面倒を見る彼の言動に、説得力を感じてくれたようだ。

 逆を言えば、それほど飛騨という深海艦娘は皆の足を引っ張っていた腫れ物と言うこと。

 微妙な気分になった。もう大丈夫と、真冬がよく晴れた秋空を見上げながら、物置小屋の窓を開けて言った。

「皆、飛騨のことは苦労したから。引き取ってくれた八雲の人格を理解してくれた。認めないけど、一応殺しは保留にするって。先延ばしには成功したし、取り敢えずの危険もない。あと、わたしが広めた誤解も解いた」

「……真冬さん? 今度はあんた、何を喋りましたか?」

 淡々と話している真冬に経験上嫌な予感がして、恐る恐る問う。

 真冬は奴隷空母の事を寧ろ一緒に面倒見てたから気にしない、但し八雲の童貞はやらんとだけ言って一緒に暮らしている。

 室内を命令されて嬉々として箒で掃除をする飛騨と、書類整理を手伝う凩。

 凩が、ビビる八雲に苦笑いして、頬を指先でかいて教える。

「あー……。あれだよ、お兄ちゃんが真冬さんを夜な夜な弄んで楽しんでるっていう誤解ね。真冬さんが自分で添い寝しかしてない、あたしも一緒だし何もないって。そもそもお兄ちゃん童貞だって皆に教えてた」

「ヴェアアアアアアーーー!!」

 天然妻の処刑セカンド。

 今度は旦那が隠したい童貞を暴露された。

 これで、性癖と童貞と大体のそっちの情報が共有されてしまった。

 絶叫する八雲。真っ青になっていた。

 しかも誇るように八雲のユニコーンはご立派だと再度主張。

 膝とはいえ触れたことのある自分を特別と言い張って自慢していたとか。

「真冬、貴様ァッ!!」

 とうとう怒る八雲。

 毎度毎度、どうしてこう八雲の一角のネタを皆様にお教えするのか。しかも無許可。

 いや、許し得たって絶対に言わせないが。もう遅いけど。

「八雲、何?」

「何じゃねえよ!! 毎回俺のこれを想像で勝手なこと言うんじゃないよ!! 男にだってなあ、言われたくないことがあるんですよ!! お前だって甲板胸とか言われるの嫌でしょ!?」

 必殺、自分が言われたくないことなら他人の事を言うんじゃない攻撃。

「……? 別に? 平たい胸族だし、そこまでは」

 真冬は気にしてなかった。可愛らしく無表情で小首を傾げる。

 効果はないようだ……。

「ファッ!? 気にしないの!?」

「気にしてどうにか出来るわけもない。八雲が良いならそれでいい」

 のろけで反撃してきた! 八雲怯む! 効果は抜群だー!!

 この妻にその手の精神攻撃は無効である。

 例えるなら、幽霊に格闘が通じないで膝蹴り放って透過した挙げ句に地面に突っ込み、体力が尽きて倒れるぐらい。

 八雲は倒れた!

「……と言うか。そ、そこまで言うなら是非……」

「やめろぉ!! 俺の股間を物欲しそうに見つめるな!! 照れてても怖い!」

 ジリジリにじり寄る妻に内股になって嫌がる。

 頬を赤くして、旦那様の一角に奥様は大変興味がおありのようで。

 いっそ諦めて童貞あげれば?

「凩!? 変なナレーション入れないで!?」

「ちぇ、バレちゃった」

 小声で変な実況入れていた妹一号が詰まらなそうにして、手伝いに戻る。

 物欲しそうに熱い視線を送るのはどうやら奴隷空母も同じなようで……。

「飛騨、ステイ。お座り」

「わん!」

 お座りさせておく。なんで返事が犬。突っ込みはしないが。

 ……で?

「お、そうだ。ねえお兄ちゃん」

「唐突になに?」

「早くしないと公開えっち始まるよ? 後悔しない?」

「ファッ!?」

 凩が机とセットの座っている椅子を引けと言った。

 何事かと慌てて椅子を引くと……。

「ああ、村雨のパライソが!!」

 エロメイドがいつの間にか侵入して、机の下に隠れていた。

 キメキメの発情期が、ヨダレ垂らして半目で笑いながら社会の窓に手を伸ばしていた。

「いぎゃああああああ!? 真冬、飛騨ぁ!! こいつ追い出してェ!!」

 美少女が潜航して八雲のキノコ狙ってた。

 悲鳴をあげる八雲に、武器展開の妻と奴隷。

 機関銃と、和弓。

 飛騨が使うのは和弓という、弓道に使う大きな弓。

 そこに矢筒もセットで取り出して、凩が首を掴んで引き摺り出す。

「あぁん!! 激しいわぁ……もっと!! もっとよご主人様!! さぁ、卑しいメス犬に躾を!! 調教をォ!!」

 大喜びで目がハートになっている変態エロメイド。

 呆れている凩が窓の外に豪快に放り投げて。

「むーらーさーめー……ふらあああああいっ!!」

 とか雄叫びあげて秋空を舞い上がる変態。

 どうやら八雲がしなくても周りなら良いらしい。最低である。

「ねだるな、奪い取れ! さすれば手に入る!!」

「お前はどっかのサーフボードで空飛ぶロボットか!!」

 キレるツッコミ、襲いかかる銃弾と矢。

 落ちていく村雨はちょっと所か最高に最悪なところを見せてくれた。

「来週の村雨にも期待しててね!!」

「するか!! 一週間延期でいいわバカ野郎!!」

 どーん! と謎の爆発と次回予告を残して侵入者、エロメイドは撃退された。

 悪は本日は滅びた。いつの間に入ってきていたのか……。

「村雨に関してはもうダメみたい。諦めて」

「救いはないのか!?」

「ない」

 真冬の言葉に、ガックリ項垂れる八雲であった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この場所には娯楽がない。

 八雲は自分で大本営に申請すればある程度はなんとかなるが。 

 皆は扱いが扱いなので、そもそも娯楽を与えるに値しないという状態。 

 休日ともなれば、やることのない皆は暇をもて余す。

「村雨は性欲をもて余しているわ!!」

「発散してこいこのエロバカメイド!!」

 今日も襲ってくる村雨。蛇も吃驚の匍匐全身で音もなく背後を取って素早く起立。

 ケツをエロい手つきで撫でやがった。

「お兄さん、良い身体してるじゃない……前はどうかな?」

「うわあああああああーーーーーー!!」 

 安全になったから、一人で廊下歩いていたら突然後ろから耳元で囁き受けてケツ撫でられる恐怖。

 安全になったら、今度は村雨の独壇場であった。

 絶叫して倒れる彼に、上記の台詞を叫んで覆い被さる変態エロメイド。

 今日も絶賛彼は襲われていた。

「良いの? ホイホイ一人で歩いてて。村雨は童貞でも食べちゃう女なのよ?」

「帰れ!!」

「フッ……そんな北方棲姫にも劣る訴えで、この村雨が身を退くと? いいえ、有り得ないわ!」

「真冬ーーーーーー!!」

 北方棲姫って誰。というか、それよりも助けを呼ぶ。

 用事があって移動してたらこれだ。

 マウントを奪った変態、今度こそ美味しく食べられ……。

「村雨、近い」

 救世主真冬現れる。

 窮地に突然背後に立っていた和装妻、遠慮なくなんと日本刀を持ち出してた。

 何時もは機関銃なのに、何故か今回は、綺麗な白木の柄の、マジものの刃物だった。

「ちょ!? 真冬、それは不味いですよ!?」

「暴れないで」

 流石の村雨も今回は焦る。

 振るわれた一撃は身を低くして回避。

 直ぐに八雲の上から退いて、立ち上がる。

「何をするの!? そんな刃物を持ち出すなんて非常識だわ!!」

「お前が言うな発情期!!」

 起き上がる八雲も叫ぶが、真冬はけろっと言った。

「わたしたちの普段の制服は防刃。刃物じゃ斬れない。痛いだけの峰打ち。だから問題ない」

「えぇ……?」

 そう言う問題か……? 

 因みに今回から、勝手に警備用の装備を工厰で自分で設定変えて来たので機関銃はおしまい。

「八雲の部屋で読んだ漫画にあった。和装には日本刀。提督過激団」

「多分それ違う時代!! そっちの過激は良くないですよ!?」

 あの桜の漫画読んだらしい。確かに海軍出てくるけど……。

「首……ほら、早く首おいてって……」

「真冬どんだけ漫画読みまくった!? 違うの入ってるのはなぜに!?」

 最早ごちゃ混ぜの真冬さんであった。無表情でノリノリ。

 新しい得物に喜んでいた。待て、そのノリで刀を振り回すな。

 という突っ込みはもうダメだろう。

「フッ、甘いわ真冬……。まさか、村雨に何の準備がないと思っているのかしらぁ?」

 嘲笑うように彼女は余裕綽々。

 構える真冬の後ろでまだ嫌な予感がする八雲。

 的中であった。

「村雨には村雨! そう、こっちも日本刀よ!!」

 装備展開。なんと村雨、二刀流の小太刀持ち出した。

 ……なんか、変なキーホルダーが柄にぶら下がってる。

(ライオン……? いや、あれはライガー……だっけ?)

 人間の作った虎と獅子の雑種だったか。

 それっぽいのが双方についていた。

「……まさか、それ」

「そう!! ご主人様のえっちなDVDを探しているときに偶然入手したアニメの武器よ!」

「くっ……不覚。あれ持ってくればよかった……」

「待て、後悔するのはそこじゃねえから!! ノリで刀を持ち出すな! 片方は前提が動物じゃねえか!!」

 思い出した。あれもロボットアニメ。動物の。

 ガサ入れにはもういちいち気にしたら胃痛で死ねるので流す。

 どうせ暴露された。そこはなにも怖くない。

 名前繋がりで刀持ち出す阿呆二名。

 しかも銘まで村雨とか。狙いすぎている。

「わたしには名前繋がりが無いからって……」

 悔しそうな真冬。張り合ってどうする。

 楽器とかのほうにはいかないでほしい。真面目に。

 八雲はツッコミに疲れた。

 用事を果たすために離脱しようとして後退り。

「八雲。ここはわたしに任せて、先に向かって。大丈夫、必ず追い付く」

「真冬さん、それ死亡フラグっす」

 何で自分から敗けを誘うのか和装妻。

 逃がさないと村雨は半目で笑う。

「ふふふ……まだまだ、村雨には切り札はあるのよぉ? 変形して戦闘機になっても追い回すからね?」

「それも違う村雨! お前駆逐艦でしょうが!!」

 真面目にやりそうで怖かった。

 兎に角、和装妻と変態エロメイドのチャンバラが始まろうとしていた。 

 任せて離脱する八雲は、トンズラしていく。

「おいけて……下の真ん中の首おいてけ……」

 まだ言うか発情期。真冬も童貞は自分のものと主張して戦闘開始。

 斬首満々なメイドから逃げ仰せ、難を逃れる。

 走って逃げて、外に出た。

「く、喰われるかと思った……」

 走りすぎて苦しい八雲。

 が、そんな彼に無慈悲なオチが油断しているときに襲いかかった。

 施設の案内図を広げて、歩き出すと……。

「お兄ちゃん、危ない!!」

「兄様、危険です!!」

 シスターズがなんか焦って叫んでいた。

 案内図から顔をあげて前を見ると。

 高速で、何か自分に向かって飛んできてた。

 八雲は、眼鏡をかけているので動体視力が悪い。

 速すぎてそれが見えなかった。で、棒立ち。

 結果。

 

 どぐしゃぁっ!! 

 

「はぁいっ!?」

 

 久々の股間ブレイクであった。

 無防備な部分に直撃。衝撃と激痛が股間に走った。

 両手で押さえて、前のめりに倒れ、痙攣している八雲。

 その頃、ヘルメットを被ってバットを持った出雲が駆け寄ってきた。

「今なんかお約束の絶叫が聞こえて……ああ、八雲でしたか。生きてます?」

 いつもの制服で、痙攣する彼を見下ろして呆れていた。

 何が当たったか。それは、野球の軟式ボール。

 近くで草野球をしていた連中が原因であった。

 丁度出雲がホームランを打って、山なりに飛んでったボールが運悪く歩いていた八雲の大事な部分にダイレクトアタック。

 違うことを建物内部から見ていたシスターズが、わざわざ教えたのに直撃。

 見事に激痛を伴うオチが決まった。

「痛そうですねえ……。去勢しちゃいましたか。真冬さんに悪いことをしたかも」

「お前は……俺に、謝れよ……」

 混濁する意識の中で、辛うじて吐き出す糾弾。

 出雲は棒読みで謝罪して、続きあるのでと去っていった。

 八雲は、放置を受けた。

「…………」

 数秒して死んだ。白目で。

 で、シスターズに回収されて、休んで何とか復活するのであった。

 用事はまた、次回になりそうだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃんのバットとボールが無事で良かったよ……」

「お前ら別の心配してくれない!?」

「勿論、兄様が大丈夫で良かったです!」

「飛騨がよい娘で兄様は嬉しいです……よしよし」

「えへへ……」

「……お兄ちゃん、あたしも撫でてよ頭」

「ん? そう? 分かった」

「…………ふふ、悪くないかな」

「健全なスキンシップ出来るのはお前らだけだよ……癒される」

「八雲。わたしも撫でて」

「真冬も? ……大人しくしろよ前科持ち」

「八雲が優しくするなら頑張る」

「……ほれ」

「あぁ……理性が……」

「おい」

「……ハッ!?」

「村雨は?」

「飛騨、貫け」

「はいっ!! ぶち抜きます!」

「へぁ!?」

「凩、雷撃準備」

「え? 陸上で? いやまあ、殴るのは出来るけど……」

「真冬、切り捨て?」

「御免! のノリ。分かった」

「あ、あの……ちょっと……?」

「卑しいメス犬にはお仕置きだ。許す、調教してやれ」

 

「ぎあああああああーーー!?」

 

 ……今回は村雨が死んだ。因果応報、合掌。



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娯楽を求めて

 

 

 

 

 

 漸く平和になりつつある試験鎮守府。

 安定してきたせいで、データの収集が再開され、またしても悪意が音もなく、立ち上がる。

 狂犬は怒り狂う。自分達を利用したと分かって、悪の元帥を噛み殺そうと。

 対して、悪の元帥は。

「誠、正しき怒り。正しき憎しみ。正解だ、正解だとも大佐。君の激情は正しく、正しき怒りと言うものだ。だからこそ、君に言いたい。ワシの首は、もう少し繋いでくれんか。責任を、果たすまで」

 元帥は言う。身勝手な理由で利用した責任と義務がある以上、まだ差し出せない。

 それは、狂犬に対しての贖罪と誠意であり、安易な死は救いだと己で言った。

「抵抗などせぬ。必ずや君にワシを打ち首にする権利を渡そう。然し、大佐。ワシはまだ、君にも。君の愛するものたちにも。そして、ワシの立ち上げたプロジェクトによって生まれた命たちにも。何も責任も義務も果たせておらん。途中下車など、ワシが己に許せんのじゃ。悪党には、悪党の矜持と責務がある。利用したからこそ、結果を出さねばワシは誰にも顔向け出来ん。どうか、この罪深い悪党の老い耄れに、時間をくれんか? 必ず、ワシの命と誇りに誓って、利用した君達が無駄ではなかったと言わせるために。このプロジェクトの終わりまで、待っててくれんか」

 元帥あろう老人が、若輩の大佐に土下座までして、許しを乞う。

 無責任には死んではならない。

 購いをするなら、最低でも結果を出さなければ何をしようと、彼女たちを利用したのかすら見えなくなる。

 本来有り得ないこの光景は、己を悪として認めながら、悪としての責務を果たそうとする、体裁も何もない、形振り構わない男の生き恥であった。

「……分かりました。今回は、凄まじく不愉快ですが……待ちましょう」

 軈て、彼女は理解したと伝えて、背を向けた。 

 大勢の前で土下座までした老人が見たのは、憎しみを必死に理性で抑える少女の姿。

 我慢を、強いていた。

「元帥には、あたしの知り合いと同じく、国防と言う目的があると分かった以上は、今は堪えます。でも、あたしはあたしたちを利用する人間は許さない。全てが終わったとき……その首、蹴り飛ばして暁の水平線に吹き飛ばしてやる。忘れないでください。あたしが求めるのは、皆やあたしを貶めた人間が死ぬことだけです。全員、絶対に殺してやる」

 忌々しそうに舌打ちして、足取り荒く出ていった。

 周囲が彼女の言動に憤慨するが、立ち上がった元帥が一喝した。

「……分からんか。あの娘は、己の身内に等しい者を利用された被害者。ワシはその加害者の頭。責任を取るのは当然じゃろうて。それとも何か。貴様ら、己の娘や息子が知らぬ間にクローンにされ、理由を知っても冷静にいられるのか。怒りを堪えられるか。相手が深海棲艦など、既に問題は凌駕している。ワシが提示したのは、歴史が忌避した命の冒涜。寧ろ寛大な判断に感謝せねばなるまい。大義を、幼いながら大佐は呑み込み、我慢をしてくれた。貴様らにその行為が本当にできるのかッ!? 言ってみよッ!!」

 立場などどうでもいい。相手が深海棲艦であることなどどうでもいい。

 問題は、彼女の心境は言い換えれば今元帥の言った通りになり、それを堪えろと言った己の厚かましい態度である。

 大義があれば、禁忌の冒涜を幼い子供に抑えろと言った、元帥の言葉が真の恥。

 未だに立場、深海棲艦などという些事に拘るバカ共に、激怒した。

「責めろ!! 皆もワシを責めるべきじゃ!! 分かるか、ワシが命じてやらせた事が、如何に許されぬことか!! 艦娘にしても! 深海棲艦にしても! その姿が同じく、言葉が通じてしまえば、この行為が人殺しと何が違う!? 根源が違えば気にしないで済むかもしれん! だが、人と同じモノを作り、殺すことに罪悪感を感じないほどワシは狂ってなどおらん!! 狂気の道を己で進んだのじゃ、結果を出し命を対価にする以外に、何が償いになる!? 購いに出来ると言うか!! 大義のためなら貴様らは何をしても許されるなら、大義のために国民を人柱にするのと大きな違いなど無かろうが!! 見失うな、自惚れるな! 我等は神ではない! 人間じゃ! 人の道を反したワシは、必ずや裁かれなければ筋が通らん! 違うか!?」

 皆に元帥は言った。

 狂気の道で、歩む以上は命を弄ぶ史上最大の屑が自分だと。

 分かりやすい例えに妻子がいる大抵は思わず顔をしかめた。

 詰まりは、元帥はそれを覚悟して大義のために犠牲になる大悪党は自分だと。

 全てを終えたのち、速やかに誰が何を言おうが贖罪をすると宣言した。

 その覚悟、その決意。誰が否定できようか。壮絶な想いを。

 故に、罪はまだ重ねていく。

 愚行と知り、過ちと分かりながら、途中下車は許さない。

 逃げない。止めない。止まらない。そして、死なない。

 彼の決意と共に、大本営は荒れていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 此方も荒れていた。

「立派で猛々しい秋の味覚を寄越すのよご主人様!!」

「季節関係ねえよ!! 失せろ痴女!!」

「出来るわけがないわ!! そこに生えるキノコを奪うまではぁ!!」

「飛騨、飛騨あああああああ!!」

 秋の味覚、ヤクモダケを奪おうとキノコ狩りにきたメイドに襲撃されていた。

 ヤクモダケの生えた人間、赤羽八雲は絶叫する。

 今日は大ピンチで、とうとうズボンを剥かれた。 

 正に神業。残像の見える速度でベルトを外して、ジーンズを脱がせた。

 頼り無い薄い布一枚に隔たれたキノコをワイルドに掴もうと、ヨダレを垂らして変態が迫る。

 ジーンズをキャストオフしてパージ、そのままパンツ一丁で逃げた。

 泣き叫ぶ女性のような立場に、更に悪化する事態。

 なんと、八雲が巨大な根っこを持つご立派なモノと誤解した一部の静観者がまさかの裏切り。

 村雨に協力して、モザイクかける前に興味本意で暇なので見せろとか言う無茶ぶりで手を貸していた。

 しかも全員駆逐艦。精神が幼く、見たことのないキノコを一目見たいと言う悪乗り。

 一定以上の大人は頑張れと笑って見物。ノリが小学生だった。

「兄様、ごめんなさい……。捕まってしまいました……」

 で、本日の救世主は簀巻きにされて玄関で転がっていた。

 裏切り者の仕業であった。

「おのれ菊花ああああああ! お前かああああ!!」

 菊花と言う見た目が大潮の駆逐艦がやったと予測。

 雄叫びをあげていると、何処からか声が。

「うちじゃないよ、山茶花だよ!! とばっちりにしないで!!」

「山茶花、お前はあああああ!!」

 訂正、見た目水無月の山茶花の方だった。

 菊花は本日ジョギングしていたのか外で走っていた。

 山茶花は廊下の隅でパンツ一丁で走る八雲を見て笑っていた。

「畜生めええええ!!」

 大統領閣下みたいな悲鳴をあげて、彼は元気よくキノコを狩られる前に今日も逃げていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 鎮守府に、娯楽が少ない。

 お陰で、八雲を苛めて遊ぼうとか言う危険派閥が出来上がり、股間を遊び程度とはいえ物理で狙ってくる恐怖の集団が出来ていた。

 柔らかいゴムボールとか、野球のグローブとかを勢い良くヤクモダケに向かって投げつける。

 大抵反応が遅いのでぶち当たり、

「あおぉん!?」

 とか、

「おぉん!?」

 とかの汚い悲鳴をあげて白目で泡吹いて倒れて気絶。

 反応が面白いのでそれまでに散々追い回して追い詰める。

 で、気を失った彼を回収して、休ませて終わり。

 アフターサービスもバッチリなので問題ないじゃんと村雨は言うが。

「真冬、俺女の子になっちゃう……」

 と、泣きついた。無理。集団で叩かれ続けたら去勢されてしまう。

 正直別の意味で死にそうで、多少大袈裟でも彼女に助けを求める。

 日々、内股になるベクトルの違う毎日を送っていた。

「八雲の――はわたしのモノだから、ひどいことするのは認めない」

「お前のじゃないです俺のです」

 何猥談を真顔でいってるんだ和装妻。

「八雲のそれはわたしのもの。わたしの身体も八雲のもの。対等」

「待て、俺お前を何かする気ないから!!」

 絶対にやらない宣言により、人様の所有する土地に勝手に入って採取するマナーの悪い登山客を真冬さん襲撃。

 日本刀、勝手に名付けた銘を冬雲なるそれで一刀両断。

 皆様目をバッテンにして、山積みにされていた。

「無事か確認する。はい、窓開けて」

「そうだな、心配だもんな……って、開けるか馬鹿者!! 絶賛無事だよ! 何なら来るか!? いいよこいよ!!」

 謎のノリツッコミでかかってこいと自分で誘う。

 上等と飛び付く真冬を受け止めて、しばらくもにゅもにゅ真冬の柔らかな肢体を楽しむ。

「気持ちいい?」

「正直真冬の抱き心地の感触は最高ですよ!! 思いっきり好みですよ悪いかッ!?」

「触ってもいいけど」

「気が向けばね! 今は匂いで満足です!」

 もう、既にネタにされまくって怖くない八雲。

 開き直りという自棄で一部には恥ずかしがるのを止めた。

 特に真冬には。我慢するだけ精神に悪い。

 この和装妻は童貞には刺激が強すぎる。チョロいという意味で。

「抱きたくなった?」

「普通にならね!! 意味深は良いです辞退します!」

 伊達に毎日添い寝して一緒に暮らしてない。 

 見た目も性格も割りと好みと最近気づく。絶対言わないが。

 言ったら暴走して子作りしだす。確実に。だから言わない。

 で、デストロイする愚息。元気溌剌に天を目指す。

「相変わらず硬くて立派……。早くみたい実物」

「絶対やだ。譲歩しても此処までだぞ。もう譲らないぞ!」

「むぅ……」

 頬を赤くして照れている真冬。

 足に当たる硬いのがやっぱり気になるお年頃。

 そんなのは嫌すぎるが。

「兎に角。ここは、娯楽が少ないんだ。ジジイに何か取り寄せてもらおう」

「……。お尻に硬いのが当たる。これは悪くない……」

 何してるかって?

 ちょっと娯楽関係の物をジジイに取り寄せてもらおうと彼女に相談している。

 二人きりの物置小屋で、椅子に座る八雲の上に真冬を乗っけて。

 当然息子は元気なまま。

「おい、人の一物で遊ぶな。微妙に重さかかって折れて痛い」

 八雲の上に座る関係上、袴に硬いキノコが当たって中々エロい。

 やってることは健全だが八雲が不健全なのでアウトに近い。

 まあ、開き直りという自棄と楽しんで喜ぶ真冬なので良いが。

「え? 何だっけ話」

「話を聞けよ!!」

「八雲のこれに夢中だった……」

「なんでみんなして俺の股間で遊ぶの……」

 挙げ句に聞いてない。

 尻で潰され圧迫されて折れそうなので、一度退かして話す。

「待って! そんなご無体な! 折角なのに!!」

「お前が話聞かない悪い子なのでもうダメ」

 名残惜しいように真冬が言うがダメなものはダメ。

 一回ユニコーンは落ち着かせて、もう一度乗せる。

 で、一緒に机に向かって書類を見た。

「娯楽……。遊べればいいの?」

「そうそう。ほら、外で遊ぶのとか」

 この間の野球のようなスポーツとかがいい。

 後はトランプなど室内で遊べるものとか、本とか。

「薄い本」

「同人誌はいけません」

「……何で?」

「奴が覚醒する」

 漫画はいいが同人誌は却下。

 村雨が調子に乗る。DVDなども結構含めて、カードゲームなども入れておく。

 皆の趣味など知らない。片っ端からやってみるだけであった。

 真冬の趣味は八雲。八雲が居れば良いだけ。

「真冬?」

「八雲しかいない。わたしには、八雲しか居ないから……」

 何処か自分に言い聞かせるように、小声で呟く真冬。

 不安そうな彼女を、意味がまだ分からなかった彼は見ているしかなかった。

 もう少し早く気付けば、良かったのに……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ポーカーしたい」

「ポーカー? 良いけど……ルールは? 面子は?」

「ルールブックはある。面子は出雲と飛騨とわたしと八雲」

「お、おう……」

 皆さん呼んで遊ぶ。

「俺ストレート」

「くっ!? わ、私はツーペア……」

「兄様! これはなんですか!?」

「お前それブタ」

「ぶーぶー!」

「ブーイングかブタの鳴き真似かどっちだ」

「……勝った?」

「真冬は……え、ロイヤルストレートフラッシュ!?」

「ファッ!? そんなバカな!」

「何ですかそれ?」

「超強い奴だよ……先ず普通は出来ない。理論上」

「勝った。八雲、もう一回抱っこ」

「畜生! だから真冬に負けるの嫌だったんだ!!」

「……け、のろけですかそうですか」

「羨ましい……」

 真冬の一人勝ちだった。合掌。



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穢れはペロペロすればなんとでもなるのですよ

 

 

 

 

 

 

 娯楽がほしい。

 そういう要望が増えているので、ジジイに直接電話を掛けた。

「ジジイ、遊ぶもの寄越せ」

「あんじゃと!? こんな真夜中に電話してきたと思ったら藪から棒に何じゃ孫! 喧嘩売っとんのか!?」

「おう、上等じゃねえか!! 喧嘩したいなら買ってやるよ!! 往生させたらぁ!!」

「だったら貴様がこっちにこんか! 丁度良いから色々聞きたいこともある! こい!」

「言ったなジジイ!? テメェに朝日は拝ませねえ!! 三途の川に送ってやる!!」

「貴様ァ、調子に乗りよって! そこまで言うんじゃ、血を見てもワシは知らんぞ!!」

「ほざけ老兵! 現役高校生なめるんじゃねえぞ!」

 何でこう意味もなく喧嘩腰なのか。因みに嫌がらせで寝る前に電話してやった。

 案の定キレた。ざまあみろと八雲はほくそ笑みを浮かべた。

 聞きたいこともあるというので、早朝に憲兵が迎えに来るから支度しておけと言いやがるジジイ。

「あぁ!? 早朝って、明日の朝か!? ジジイふざけんな! いきなりすぎるだろ!!」

「喧しいわクソ孫! 寝る前に電話してくる奴が言えたことか!!」

「テメェマジでぶっ殺す!! 恨み辛み全部明日にゃぶつけてやるからな!! 念仏と線香の支度して首洗って待ってろ!! 後腐れなく引導を渡してやんよ!!」

「口先で元帥を倒せると思うか若造めが! これでも合気道をたしなむワシに貴様が勝てるはずなかろう! 身の程を知れ!」

「老い耄れ風情に言われたら高校生が廃るってもんだぜ!! 覚悟しとけよオラァ!!」

「青二才に負ける程衰えてないわ! かかってこいや!!」

 なんの喧嘩だ。罵りあって、電話を切る。

 傍で聞いてた着物の真冬が嫌そうに表情を歪める。

 呆れていた寝間着の凩とビビっている飛騨に謝って、支度だけする。

「お兄ちゃん、ジジイと仲悪くない?」

 恨みの張本人である祖父を大体ここの連中はクソジジイとかジジイとか罵る。

 孫だが基本的にあの野郎が仕出かした事はそれに相当すると思う。

 だから、ジジイ呼びでも気にしない。寧ろ推奨。

「まあな。あの野郎は顔見たらぶん殴るつもりだし、凩何発入れておく?」

「死ぬほど」

「おっし。任せろ、死ぬまで殴る」

「兄様、わたくしは武器ありで」

「何がいい?」

「ガラスの灰皿」

「いや、死ぬじゃん。やるけど」

 やっぱり皆も憎しみがあるから殺せと真面目に要求してくる。

 最低でも八雲も殴らないと気が済まない。殴る。相手が元帥でも。

 そんな中、支度を手伝う二人を置いて、俯く真冬が言い出した。

 

「……行かないで、八雲」

 

 すがるような弱気の声で、八雲を見上げて真冬は懇願していた。

 大本営に行かないで。ここにいて。そう、言った。

「真冬? いや、戻ってくるよ俺。逃げられないし」

「違う……。大本営は、大本営だけは、ダメ。八雲、殺されちゃう」

 殺される、という単語に流石にビビる八雲。

 真冬は本気で言っていた。案じていた。

 あの場所に行けば、八雲は戻ってこれないと。

「真冬さん、落ち着いて。大丈夫、お兄ちゃん人間。人権あるから、殺せば人殺し」

「権力で揉み消せば何ともない」

 凩がバカを言うなと宥めるが、真冬は認めない。

 行かせない。監禁してでも足止めすると、八雲の腕を掴む。

「真冬、大丈夫だから」

「その根拠は何」

 大丈夫と言い切るなら、その理由を言えと真冬は言った。

 そうしないと、行かせるつもりはないと白い瞳には浮かぶ。

「……あれ? お前知らない? 大本営、凄い強い人いるって」

 キョトンとする八雲。

 部外者の彼ですら名前と顔を知っているのに、そこにいた皆は知らないのか。

 最年少の元帥にして、最強の艦娘の存在を。

「桜庭さんっていう女の人いるんだけど、来客の案内は頼めばしてくれるんだぜ? 忙しくなければ。けど、俺一応元帥の孫じゃん? お偉いさんの身内だから、やってくれるよ。どんなに忙しくても、何かあれば大事になるんで」

 長身の若い女性。名を桜庭。最年少の元帥にして、日本最強の艦娘らしい。

 その名を聞いた途端に、真冬はすがる腕を手放した。真っ青になっていた。

 凩も、飛騨も。二名に至っては涙を浮かべていた。

「え?」

 何この反応。ガチビビりであった。

「……そう。あの人なら、大丈夫……。うん、大丈夫……」

 真冬は震える唇で何とかそう、言葉にした。

 ガタガタバイブレーション宜しく震え上がっていた。

「お、お兄ちゃん……あの人と、知り合い?」

「え? ああ、一応。何度か話したことある、普通の人」

「ふ、普通じゃないです……。あの人は、大本営で一番物理的に危険な人です……」

 シスターズも似たような感じであった。

 何がそんなに怖いのか。気さくな女性なのに。

 階級をあまり気にしないフレンドリーで、明るい大人。

 という印象なのだが、皆は違うようで……。

「あの人、あたしたちの認識だと人間じゃないし……」

「人型海洋決戦巨人、大和ゲリウォンって言われてます……」

 酷い扱いだった。

「大和ゲリウォン!? 何そのどこぞの生身の人造人間的な言い方!?」

 ピンチになったら頭に光の輪が出来たり目から謎のビームでも出るのか。

 更には宇宙向かう大和とか、大怪獣大和とか、最早人間じゃないと。

「いや、酷くない!? 何でそんな扱いに……」

 八雲もビックリ、美人な人だと思ったら人間じゃないとか陰で言われていた。

 理由を聞くと大体納得した。

 海図から島を物理で消し飛ばしたり、陸海空全てに超火力で攻撃できたり、弱点などなかったり。

 聞くところによると、本気を出すと経済と物理で某デカイ蜥蜴と同等の被害が国に出るらしい。

 注意、個人で。

「桜庭さんって人間じゃないよね!?」

 外伝でもこんな扱いだった最強戦艦。

 遠くで私は人間だー! という悲痛な訴えが聞こえたがまあいい。

 兎に角、大和ゲリウォンが大本営では何があっても守ってくれる。

 約束を反故にする鋼鉄の巨人ではないので、信頼できる。

「分かった。信じる。大和ゲリウォンなら大丈夫」

「……大和ゲリウォン……」

 めっちゃ強そうだった。

 事実めっちゃ強かった。

 皆が真っ青になって寝る前に準備を手伝ってくれて、その日は就寝。

 翌朝、八雲は久々にジジイの待つ大本営へと旅立っていった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この時に気がつけば良かった。

 何で本気で、真冬が殺されると案じていたのか。

 真冬は、真っ先に誕生した人造棲姫。

 沢山の悲劇を、大本営で受けてきた。見てきた。

 だから、行くなと警告した。けど、八雲はそれを知らない。

 知れない。民間人だから。部外者だから。

 凩も、飛騨も知っている。連中は、モルモットである八雲も人権を無視すると。

 結果がほしい故に、身内でも容赦なくここに放り込んだ連中に、常識などあるだろうか。

 良識があるのが、大和ゲリウォン改め桜庭ぐらいなもので。

 八雲など消耗品のようにしか考えない奴等もいる。

 それを危惧していたのが、真冬だった。

 案の定、次のステップに向かうとかジジイは八雲に言った。

 同時に、こうも警告してきた。

「八雲よ。連中の血液には決して触れるなよ。あれは、人間を容易く発狂させる猛毒だと最近判明した。貴様が向かった後に分かったことで、教えるのが遅くなった。済まんな。まあ、既に触っておったら……貴様はとっくに精神が死んでいただろうが」

「…………」

 待て。そんなもん、とっくに触ってる。出雲と、飛騨。あの二名に。

 竜巻も言っていた。何が起きるか分からないから、触らないほうが賢明と。

 もう、触っていたのに八雲は全く異常がない。聞けば、漏れなく大本営の人間は発狂してしまったと。

 告げられたのに、何もない。

 言ってないのは……真冬の異変か。一度だけ見た、真紅の瞳。

 鮮血のように美しい煌めきの、魔性の色。

 あれは、何だったのか。以降は見ないが、やはり真冬が怒らないと……見えないのか。

 ジジイに念のため聞いた。初期の三人はそれを知っているのかと。

 ジジイは、知っているわけがないと言う。

 自分達ですら最近判明したのに、本人たちが自覚する材料がない。

 有り得ないと、断言した。

 ここで分かった。ジジイは、彼女たちを甘く見ていた。

 侮っていた。故に既に自覚している事を気付いていない。

 言葉通り三人は知らなくても他は知っていると思う。

 だから竜巻は教えてくれた。二回目の時に。

 一回目は真冬と村雨しか居なかった。出雲も自覚がないなら頷ける。

 あの件は三人しか知らないから。二回目のことも、真冬は知るが知識がないなら納得も出来る。

 詰まりは、だ。

(俺、どうなってんだよ……?)

 兆しはもう、始まっていたのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の段階。それは、八雲と憲兵の付き添いで彼女たちを外に出す。

 他の人間と触れさせるという危険な行為だった。

 但し、八雲がその選別をするし、万が一に備えて屈強な憲兵が送り迎えを担当して、見張りもつく。

 いざとなれば、数人がかりで無力化できるという話だった。

 こっちも得物はあるがそれ以上の得物でぶちのめす。そういう算段か。

 前向きに考えよう。娯楽の事も了承されて、新しい雑貨が搬入され皆で大喜びで運んでいく戻ってきた翌日。

 彼の表情は暗かった。一応検査はされたが異常がない。本来なら発狂させると言うのに。

「……どうしたのお兄ちゃん? 顔が暗いよ?」

 真冬が率先して指揮を執っているのを建物の外壁に寄りかかり眺める八雲。

 そこに、秋物の長袖と赤いスカート姿の凩がひょっこり現れた。

 長い髪の毛は一つに纏めて、笑って近寄る。

「凩……」

 億劫そうに見つめる顔に、彼女も悩みに気づいて真顔になった。

「……場所、変えようか」

 そう言ってから、彼女に先導されて人気のない裏手に案内された。

 皆は遊べるものに夢中で此方には気付いていないと、彼女は告げる。

「で? 何があったの大本営で」

 やっぱりわかっていた。向こうで言われた内容が原因と。

 八雲は正直に白状した。

 また寄りかかり、空を見上げながら全部。

 凩は、途方に暮れていた。

「お兄ちゃん、知らなかったんだ……。ジジイたちも自覚遅くない? って言うか、姉貴もあの二人も知らないから放置しちゃったか……。うわぁ、これ不味いよ。お兄ちゃん、下手すると手遅れ。馴染んでると思う、二人の血」

 凩はハッキリ言った。想像以上に末期だと。

 自分達が深海棲艦である以上、その体液は無論何かしらの副作用はある。

 そう言う自覚をしていた彼女たちは人間が思う以上に利口で、無知だったのは初期の三人のみ。

 真冬、村雨、出雲。この三名は最も早い時期の誕生であり、のちに建造されたそれと違って知識がない。

 それもそうで、同類との接触がなかった隔離されてきた三名である。

 同質の実験をされてきた皆とは違いすぎる。

 だから、知らない。

「お兄ちゃん……。悪いことは言わない。検査も異常がないのは、身体が慣れちゃったと思うけど、あたしたちの体液を受けない方がいいよ。血液然り、他然り。まさかと思うけど、他にもないよね……?」

 アウトなのにまだないか、じとっと見上げる凩。

 血液以外もダメというか。

 ……待て。もう一個あった。うん、あった。

 あんまり言いたくない変態的なプレイだったが……。

 思い出して目を反らす。凩が目を細めた。

「ねえ? お兄ちゃん、誰と何したの? 正直に言いなさい」

「ごめん、無理。言いたくない」

 言えるかあんなこと。妹に浮気を問い詰められる気分になった。

「村雨さんに童貞奪われたの? するものしないで若さに任せて襲っちゃった?」

「してねえよ!? 村雨じゃなくて相手真冬だし!!」

 初期の三人で寧ろ接触ないのは逃げてきた村雨だけだ。

 誘導尋問に引っ掛かる。

「……ふーん?」

「ファッ!?」

 自覚しても遅かった。

 常識ある方の妹から屑を見るような冷たい視線を受けた。

「襲ってたんだ。嘘言ったんだ」

「違います、挑発して襲われたんです真冬に一回。未遂で」

 凩に底冷えしそうな声色で言われると、普段の無邪気さとのギャップが凄い。

 ……言いたくないが、白状するしかなかった。

 以前、真冬とじゃれあってて興奮して村雨みたいに発情させてキス未遂を起こした。

 その時に極度に興奮した真冬に押し倒されて、耳朶を凄い勢いで舐められて擽ったい思いをした。

 妹に言うと、ドン引きされた。ひきつった顔で。

「と、特殊過ぎてあたしには理解出来ないんだけど……。でも、それが最初?」

「血を受ける前かな。時期的に」

 真冬のワンワンプレイは、大ケガして戻っていた出雲の血を浴びる前。

 そこがもしかしたら重要じゃないかと、凩は推測する。

「真っ先に真冬さんとそういうえっちなプレイしてて、唾液を諸に受けてたから穢れを受けても大丈夫だったのかな。あくまであたしの憶測だけど、直接血を受けるより前に下準備出来てたんじゃない? 行為はホントに最低だけど」

「許してください、何でもしますから……」

 自分達の血を穢れと表現する凩は、濃度の薄い唾液などで多少慣れていたからと予測する。

 軽蔑されつつ、謝る彼に凩は漸く笑った。

「まあ、現状予想しか言えないけど。確実なのは解毒の方法ないから、諦めようよ。毒を食らわば皿までって言うじゃん? ってことは、あたしの唾液も受けても行ける気がする」

 待て。妹が何か変なこと言い出した。

 にやっと笑った凩。八雲は嫌な予感がした。

「はい、そう言うことでウジウジ悩んでもどうにもなんないからこれはお仕舞いだよ。それよりも相談のお駄賃貰おうかなぁ、お兄ちゃん。ホイホイ人気のない場所についてきたし、今何でもしますって自分で言ったよねえ?」

「凩!? まさかの身体で支払えって流れですか!?」

「お察しの通り。諦めてね、潜水艦からは……逃げられないよッ!!」

 頬を染めて邪悪に笑う妹さん。

 忘れていた。こいつも常識なかった。スキンシップ大歓迎。

 餌になるなら容赦なく食べるのが皆さんの流儀。なので逃げる前に美味しくいただきます。

 残念、八雲のシリアスはここで終わってしまった!! 

 

 ――アッーーーーー!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめん、訂正する。耳朶舐めるの特殊じゃなかった。意外といける」

「舐められた……首筋舐められた……」

「手の甲と指のおしゃぶりも最高だった!」

「いろんな意味で毒された。穢された……」

「汗の味って初めてだけど、病み付きになるね。お駄賃支払えば幾らでも相談乗るよお兄ちゃん」

「お前は俺に今度は何を要求する気だ!? これ以上何を差し出せと!!」

「無論、ナニですよお兄ちゃん。最後はそれと相場が決まっておりますゆえ」

「止めろォ!! 俺の股間をそんな目で見るなぁ!!」

「忘れてた? あたしもオリジナルの悪影響受けてるって。普段は理性あるからね、自信あるし」

「畜生、お前は信じていたのに……!! 常識のある奴だって……!!」

「いや、お兄ちゃんの周りで常識のある奴は姉貴だけだよ」

「出雲……! そうか、あいつが最後の希望か!!」

「その前にあたしが最初の絶望だけど! 逃がさないよ!!」

「うわああああああ!! 出雲、出雲おおおおお!!」

「ついでに姉貴はあたしには勝てない!! お兄ちゃんに逃げ道はないってことを自覚しなよ!!」

「うぎゃあああーーー!!」

 凩、八雲の味を知る。八雲、更に穢された。合掌。



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救う理由

 

 

 

 

 

 

 

 妹も味を覚えてしまったその日の夜。

 いつも通り寝静まった自室。

 その中で、何かの音に気付いて八雲は目を覚ます。

 呼び出し音に近い音が継続して鳴っている。小さいが、ずっと。

(目覚まし……?)

 最近では慣れてきて、煩悩を抱かず抱き枕にしている彼女たちをそっと離した。

 昼間の荷物の搬入で疲れて風呂に入って速攻眠った真冬は、寝言を言っていた。

「八雲の……大きい……。硬い……太い……」

(こいつ夢の中で俺襲ってやがるな)

 枕元の小さな明かりをつけると、ヨダレ垂らして幸せそうに眠る真冬の顔が見えた。

 足元で丸くなっていつも寝ている凩は汗の味を学習して脛を狙い始めているので叱った。

 不貞腐れたが、今は大人しく寝ているだろう。

 飛騨もぐっすり寝ていた。髪の毛が広範囲に広がって、俯せで。

 毎度思うが俯せで眠れるんだろうか。不思議なもんである。

 取り敢えず、音の発生源を確認。

 ……執務室にあり、普段は使わない無線機だった。

 それが、何やら動いているらしい。

 自室も一応連動した機械があるが、此方は受け取り出来ずに知らせるだけ。

 何だろうと、何も知らない素人の彼は、眠気を堪えながら懐中電灯片手に執務室に一人で向かった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、ご主人様? 何してるのこんな真夜中に……?」

 道中、珍しく村雨に出会した。

 警備の装備を持っていた彼女は夜間の見回りのようだ。

 流石に深夜には襲ってこない。自重していた。

「村雨か……驚かすな」

「とか言いながら内股になるのね。可愛いわぁ」

 半目でねっとりと一物を見下ろすので内股になって警戒していた。

 物欲しそうな顔をするのに時間は関係ないか。

「で、本当にどうしたの? 村雨ととうとう一夜を明かす?」

 バカを言う彼女に執務室の無線が動いていると伝える。

 すると、面倒そうに欠伸をして、無視していいと告げる。

「どうせ、その辺の艦隊の救難信号でしょう? 良いわよそんなのほっといて」

 ……普通の感性からすれば、助けを求める救難信号をほっとけと言う村雨の言葉には耳を疑う。

 が、いい加減皆の環境と感情と、その立場を理解している八雲は苦い表情になった。

「やっぱ……普通の艦娘嫌いか?」

「そりゃ当然嫌いよぉ? こっちの命躊躇いなく奪いに来るのに、都合の悪い時だけ助けてもらおうとか、虫が良すぎるのよねぇ」

 尤もな言い分であり、八雲もそこは責めない。

 モルモット同士、内心はよくわかる。村雨は五月蝿いならついでに切っとくと言った。

 が、一度起きてしまった八雲もこのままじゃ夢見が悪そう。

 内容だけ聞いてから蹴飛ばそうと、村雨に提案した。

「……えぇ? 蹴飛ばすのに内容聞くの?」

「いや、まあ……スルーよりは良いじゃん? こっちにそんな戦力ございませんって正式に断る方が形式的にいいかなって」

「一理あるわね……。じゃ、一緒に行きましょう? この際、ご主人様に教えてあげる」

 そう言ってから歩き出す村雨は背中を向けて、続きを言った。

 悲しい、現実だった。

「村雨たちがどんな扱い受けてるか。そして、普通の艦娘って言うのが……どんなに恵まれているかを、その目で」

 

 

 

 

 

 

 

 

 執務室に向かった二人は、五月蝿い無線を外部に音量を小さくしてからスピーカーを入れた。

 で、面倒そうに村雨が対応。

 そう言えば使い方習ったけど使ってないので復習がてら、設定を弄る。

 ノイズキャンセルをして、音声補正をかけて、で聞いてみたが……。

 

「――」

 

 何を言っているのか理解できない、謎の音が聞こえた。

 何だろうか。異国の言葉を機械音声が滅茶苦茶な早口で言っているような不可思議なもの。

 これは、言語か?

(なんだこりゃ……?)

 何語だこれは。宇宙人か。

 真面目に理解できない八雲と違って、応答する村雨はわかる言葉で言っていた。

「だからぁ、うちに提督って言われる人間はいないの。わかる? 言葉が理解できないなら、頭に砲弾でも食らったのかしらぁ? ピンチなんでしょう? あらそう、御愁傷様ぁ」

 バカにするように言うと言語じゃない言語も荒々しくなる。

 これを聞く限り、どうも会話は成立していて、向こうは激怒しているようだ。

 村雨は眠たいから切るとか言って、まだ何か言っている相手に溜め息をついて、証拠を聞かせてやると八雲に受話器を向けた。

「ご主人様、適当に喋って。多分、それで通じるから」

「は? あぁ、そう言うこと……」

 思い出した。これ、提督の仕事だ。

 提督の適性に関する事があるとか聞いたが、妖精とか言うファンタジーな存在が見えるだけじゃないのか。

 他にも何かあったのか。民間人の彼はそこまで知らない。

 自分は適性のない普通の人間だし、多分問題があるんだろう。

「あー……すいません。ここ、鎮守府は鎮守府なんですけど、事情あって軍人さん居ないんです。他を当たってくれませんか? 戦力がそういう意図である訳じゃないので」

 と、話すと言語は困惑したような不安定な音に変わる。

 何を言っているのか訳して貰うと、村雨は素早く手元のメモ帳に筆談。

 なんで民間人がそこにいるんだ、と言っているらしい。

「だからぁ、提督は居ないって言ってるでしょぉ? 理解できないの? 聞いての通り、ここにいるのは民間で雇われたただの管理人。そもそも指揮をする権利も技能もないのよ。分かった? 分かったら早く沈んで死んでちょうだい。何時までも聞き苦しいし、鬱陶しいのよ。うちは助けない。そんな義理もないし、義務もない。戦力もない。分かったんなら、深海棲艦に仕留められて海の藻屑と消えなさいな。じゃーね」

 憎たらしいように罵倒を込めて、雑に切った。全く躊躇いのない流れで。

 これ、無視するよりは良いけど面倒なことにならないか。

 八雲も一応ジジイに一報。なんか救難信号受け取ったと。

 メールで返事来た。ほっとけと。助けて機密漏れたら面倒なので。

 適当にその辺の奴等に対応して、断れという指示。

 で、村雨の対応を送ると刺激するような真似するなとお叱りを受けた。

 が、行動自体は妥当と言うので後々の処理はジジイにさせる。

「さて、ご主人様? こういう対応をする村雨を軽蔑する?」

 試すように微笑んで聞いてくる彼女に、携帯を仕舞う彼は首を振った。

 特に言うことはない。ジジイの言ったことは正しい。

 立場を鑑みれば、当たり前の判断だろう。

「仕方無いさ。俺達は所詮モルモット。実験動物に過ぎないんだ。出雲とか、飛騨の事を思うと……何て言うのかな。顔も知らない艦娘なんか、俺には知ったことじゃないって思うよ。勝手に死ねば良いじゃん。だってそうだろう? 少なくとも、俺には艦娘って言われて知ってるのはごく一部と大半はここのみんなしかいない。俺は、普通の艦娘と適性が無いから接することはなかった民間人だぜ? そんな赤の他人が助けを求めても、俺達にはリスクを承知で助ける理由がない」

 肩を竦めて、無関係なら勝手に死んでろと八雲は言った。

 知り合いを狙ってくるような連中を救う事など、八雲はしない。

「生憎と俺はお人好しじゃないし、善人でもない。普通の矮小な人間でな。自分の知り合いが怪我したり殺されるかもしれないのに、助けろとか言えると思うか? 大事なのは知り合いさ。どこの誰かも知らないやつとか、どうでもいい。知ってるか村雨。人助けって言うのは、余裕のある奴が、他人を庇える許容を出来るときにするもんだ。他人の責任を背負える奴がするもんだ。俺はできない。そして、しない。俺に関係ある人の事を考えたとき、最善なのは見捨てることだと思ってる。何でもかんでも助けにいくのはただのバカだ。自分の価値を客観的に見て判断できない阿呆が、世の中じゃ正しいとか言われるけどな。救えるならいいよ。助けられるのなら俺も称賛する。けど、それも出来ずに半端に情けをかけるような真似して失敗して自滅するほど、俺はバカじゃない。俺は弱い。だから救わない。助けない。それの何が悪い? 俺たちをチップに出して、助ける理由があるのかい? いいや、違うだろ村雨。人を助けるのに理由は要らないって言うじゃん。だったら、こう思わないか? 人を見捨てるのにも理由なんか要らない。我が身の案ずる、利口な判断。自分が傷つかない確実で、最も最短の方法は、関わらないこと」

 極めて民間人らしい、感情論の判断基準。

 皆が傷つくのが嫌だ。自分も嫌だ。だから見捨てる。

 そこに理屈的な理由は必要ない。誰でもそうする。故に選ぶ。

 大多数が選ぶ方法を選択する事が、何か間違いなのか?

 世の中のカッコいい連中は容易に自分を賭けに出して勝つからカッコいい。

 でも八雲は勝てない。必ず負ける。負けると、自分以外も酷い目に遭う。

 だったら、そんなもの知らん顔で良いじゃないか。背負う理由もない、義理もない。

 民間人として、多くが常日頃チョイスするベストな答え。

 卑怯と言われて、ズルいと謗られ、でもみんなが選ぶ簡単な方法。

 見て見ぬふり。見なかったことにする。面倒なことは近寄らない。

 どこの世界に、SOSを受けたら必ず救助しなければいけない決まりがある。

 そんなもの、受けた人間の自由だ。救おうが、救うまいが。

 どのみち、救えば責任が発生する。救わなければ発生しない。

 じゃあ救わない。面倒だから。どうでもいいから。

 ……関係ないから。それだけだ。

 それの、何が悪い?

「ふーん……? 意外と姑息なこと考えるじゃない。でも、村雨は嫌いなじゃないわね、そういう身勝手で自分勝手な人間さ」

 人間の悪意は嫌い。憎い。けど、自分に害があるなら自分も同じことをする。

 それが村雨だと、自分で言った。

「お前も大概身勝手だな、村雨。俺達、今間接的に艦娘を見殺しにしたんだぜ?」

 その辺の椅子に腰かけて村雨が出してくれたコーヒーを受け取り、苦笑する。

 自分のせいじゃない。伸ばした手を、顔を背けただけ。

 他人に糾弾される理由なんかない。緊急避難というやつだ。

 正当な権利であり、生きるためのちゃんとした術だ。

「別にぃ? 艦娘なんて、村雨には何の関係もないし。死んでればいいじゃない。どうせ向こうも同じことしたって助けやしないわ。おあいこよ」

「……だよな」

 深海棲艦の混ざりものを艦娘が助ける訳がない。

 此方がそうであるように、向こうもそう判断するだろう。

 分かりきった事だった。

「ご主人様には、艦娘の言語は理解できないしね。互いに疎通が出来ないからややこしくなると思うし、今回は忘れましょうよ」

「あっ、やっぱり? 提督の適性の絡みでしょ」

「ピンポン。大正解」

 簡単に言えば、本来は翻訳機がないと艦娘と普通の人間は会話ができない。

 今しがた、体験したことで、だから適性が必要になる。

 理由も知れば、尚更納得した。

「夜は長いわ……。お楽しみはこれからよねえ?」

 で、発情期の村雨の本領発揮。

 然しいい加減学習する彼は素早く切り出す。

「村雨。俺に変なことしてみろ。折角ボディタッチ許してやろうと思ったのに、金輪際そのチャンスはないと思え」

「!!」

 他の皆にはしても村雨はしなかったスキンシップを解禁してもいい。

 でも、色欲に負け襲いかかるなら金輪際機会はない。

 主導権を確保した八雲に、目を丸くする村雨。

「良いか、俺の下半身を決して触らず、良識に至った行動をすると遵守するなら、お触りを許してやる」

「くっ……!! 童貞が奪えない……!! けど欲しい! 欲しいわその権利!!」

 苦悩する村雨。追い回しが出来なくなるが、お触りを解禁される。

 待ちわびたその瞬間、だが支払いも大きい。

「キスぐらい認めてご主人様!」

「ダメ。ここ日本。欧米違う」

「せ、せめて舐め……いえ、指をしゃぶるぐらいは!!」

「……お前どこまで変態なのよ……」

 キス許すと絶対唇狙う。却下しておく。

 それでも譲歩をして、数分。

「て、停戦協定を……お触りを解禁を……! ハァハァ」

「おま、鼻血! 鼻血出てる!! うわバカ、俺に触るな!! ヤバイことになるだろ!!」

 血液に触れたくないのに飛びかかった村雨の鼻血を腕に浴びた。

 逃げ損なった。三回目はまさかの鼻血。

(……大丈夫かな)

 凩は解毒は無理と言うし、諦めろと言っていた。

 唾液も因みに受けた。こいつ、犬みたいに指をしゃぶっていた。

 凩そっくりだった。両目がハートになってる以外は。

(発情期の犬じゃねえか……)

 ただでさえ犬の耳みたいな癖毛あるのに。

 もう、諦めよう。細かいは気にしない。

 実害ないし、村雨に股間狙われない穏やかな日々のほうが大事。

 そんな夜の一幕。

 翌朝、とんでもない爆弾を敷地内に発見するまでは……平和だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご主人様、見て! あそこ、海に女の子が何人も浮かんでいるわ!! ……って、よく見たら深海棲艦!?」

「ファッ!? え、天然物の!?」

「うぅ……天然物って何ですか……」

「きょぇえええあああぁぁぁあああ!? 喋ったああああ!?」

「痛い……痛いよぅ……」

「って、こっちの娘怪我してる!? 村雨、お前真冬呼んでこい!! 凩も出雲も!! 飛騨は……ダメだ、何かミスしそう! 深海棲艦なら大丈夫だろうし、俺向こうの溺れてる奴助けてくる!!」

「えっ!? ご主人様!? 秋の海に飛び込んじゃ危な……!!」

 ドボーンッ!!

「ちょ、本当に飛び込んじゃった!?」

「お……お薬を……」

「ええと、大丈夫? 今何とかするから……」

「深海棲艦……? 何で陸地に……?」

「良いから、黙ってて。大丈夫、ここは艦娘も軍人もいないから。誰も殺しには来ないわ」

「…………」

「見た感じ……そう。オリジナルと同じ感じか。痛ましい」

 ――いぎゃあああああーーー!!

「あーあー……言わんこっちゃない。海月漂ってるのに飛び込むから……」

「お兄ちゃんの悲鳴が聞こえたけど!? って、うわ何こいつら!?」

「皆! ええと、かくかく然々で……」

「そんな無茶したの!? 八雲、今行く!! 待ってて!!」

「真冬さん、落ち着いて下さい! せめて艤装展開にしてから……!!」

 ドボーンッ!!

「何であんたまで飛び込んでやがりますかああああ!?」

「それ、あたしの役目だよね……? まあいいや、潜航してくる!」

 ドボーンッ!! 

「……何、ここ?」

「いや、本当に何でしょうねえ……?」

「兎に角、怪我人搬送するわ。艦娘じゃないから、助けるわよ出雲」

「はいはい、承知してますよ……」

 ――みゃああああああ……!!

「真冬さんも海月に刺されてますよ!? バカなんですかあの人!?」

「仲良く一緒に溺れてるね……。あ、凩が助けてる」

「……本当に、何なの此処って……?」

 翌朝、浜辺近くに女の子いっぱいいた。

 言葉通じる深海棲艦らしいから助けたら海月に刺されて真冬と溺れた。合掌。



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拒絶反応

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無線があってから、八雲は部屋に戻るが寝付けなかった。

 結局、別室で見張りを交代した村雨と新しく搬入したゲーム機で一足早くコッソリ遊んで時間を潰した。

 大乱射フリートシスターズという、艦娘みたいなキャラを使って戦うお祭りゲーム。

「おら、死ねや村雨!!」

「何の! ご主人様こそしぶといわね!!」

 二人して夢中で罵りあって笑いながら遊んでいた。

 で、朝方ごろに、気分転換に散歩に出掛けて……それを見つけた。

 浜辺近くに横たわる無数の女の子たち。

 ……見るからに見慣れた姿は、村雨が深海棲艦と言って驚く。

(これが、天然物の深海棲艦……)

 八雲は言うなれば養殖物の深海棲艦なら見慣れてる。

 が、彼女たちは普通の深海棲艦。要するに天然物。

 ……意外と普通の見た目であった。

 何か角生えたりトゲがあったりするけど。

 それでも完全な化け物じゃない。人間と言えなくもない。

 だが、深海棲艦はそもそもコミュニケーションはとれないと言う。

 稀な存在が所謂オリジナルであって、以前聞いた話じゃわからないはずなのに。

 当たり前のように喋った。で、八雲は聞き取れた。

 それが、異常であって。他は異常じゃない。

 と、八雲は思っていた。けれども、違った。

 確かに彼女たちは異常であった。否定はしない。

 同時に、八雲も異常だった。

 海に浮かんでいた少女を助けに向かって海月に一番刺されたくない部分を刺されて軽く死にかけた。

 何で無事なのか、自分でもよくわからない。

 つまりは、竿を運悪くぶすりと刺されて裏返った悲鳴をあげて溺れたのだ。

 痛みで意識が飛びかけた。いや、一瞬死んでたマジで。

 なのに凩が慌てて助けて、白目を剥いていた彼と同じく海月に刺されて真冬も溺れた。

 救助して、変な修復と書かれたポリバケツを抱えた飛騨が、持ってきた。

 で、工厰に連れ込まれ床に真冬の隣に倒れた八雲に動揺して転ぶ。

 ぶちまけたバケツの中身は薄い緑の液体で、気絶した彼諸とも真冬にぶっかかった。

 んで。

「んぎゃああああああ!?」

 絶叫して八雲復活。気付け薬のような威力だった。

 真冬も意識が首筋を刺されて混濁していたが、浴びて復活。

「あれ……? わたしは?」

 キョトンとする真冬が見たのは、もがき苦しむ旦那の姿。

 平気そうなので、安堵した。

 ……それを見ていた凩が絶句していたのに気付かないで。

 飛騨が泣きべそをかいて八雲に抱きつき、復活した八雲は我に戻った。

 近くでは、同じように出雲が怪我人に豪快にポリバケツをぶっかけて復活させていた。

 此方の事態は分かってなかった。

 周囲は何事かとわらわらよってきた他の連中が、珍客に驚いて、直ぐに敵意に変えて捕獲を試みる。

「きゃー!? 何ですか、何なんですか!? 離して下さい!」

 どう見ても普通じゃない深海棲艦。似て非なる、知識のある連中は分かった。

 これは、自分達のオリジナルと同じ状態の艦娘。

 つまり、自分達と逆。

 見た目は深海棲艦、中身の意識は完全に向こう側。

 悲鳴をあげ暴れる彼女たちを手早く捕まえて、壁に鎖で縛り付けた。

 一応助ける。が、それは捕虜としてだ。

 どうするかは、後で決める。

「助けて! そこの眼鏡の人! お願いですから、助けてください!!」

 一際泣き叫ぶ女性が、漸く立ち上がった八雲に悲痛な声で訴える。

 混乱するまま捕獲されて、意味がわからず敵意を向けられ睨まれている。

 一部は助けられたのに罵ったせいで、暴力を受けていた。

 憂さ晴らしのように、動けない相手を一方的に痛めつけていた。

「…………真冬、あれ深海棲艦じゃないの? 俺てっきり……」

「ううん。深海棲艦で合ってる。けど、中身は多分まだ艦娘。つまりは、敵。わたしたちと、逆の状態。オリジナルと同じ」

 しまった。艦娘なら助けなかったのに、と後悔する。

 外見だけ同類だから、判断を誤ったか。

 詳しく聞かないのでオリジナルの意味はわからないが、逆の状態が彼女たちの根源らしい。

 ……と言うことは深海棲艦になっていた艦娘がオリジナルなのか。

 結局艦娘のままじゃないかと、己の浅はかさに呆れた。

 ならばあの状態は……と。違和感に気付く。

(あれ? 何で俺、あの娘の言葉が分かるんだ……?)

 聞いた話じゃ、ここの皆はそもそも前提が改造を受けている。

 提督じゃない普通の人間でも会話ができるように処置されたと前に聞いた。

 で、昨晩実際に艦娘の声を聞いた。理解できなかった。

 純粋な深海棲艦は、例外を除いてコミュニケーションはとれない。

 念のため聞く。純粋な深海棲艦は今回いない。

 消去法で、奴等は艦娘になるのに、なぜ……八雲は理解した?

 泣き叫んでパニックになる彼女を、出雲に頼んで五月蝿いので目隠しと猿轡をしてもらった。

 この惨事は、八雲のせいだ。皆に艦娘を連れ込んで申し訳ないと謝罪した。

「なに、気にするな坊主。今回は仕方無い。お前は素人だ。見た目が似ていれば判別など分からんだろう。逆に感謝する。理不尽だろうが何だろうが、鬱憤を張らさせてくれる好機をくれたんだ。娯楽のことと良い、お前の評価を見直したぞ。お前は素人なりによくやってる。悪いが、中身が艦娘なら外見が同類でも遠慮はしないぜ。精々、耐えていろよクソ艦娘共がッ!!」

 戦艦の一人が、こんな空気で無ければ有り難い事を言って、怒り狂って相手に暴力を振るっていた。

 阿鼻叫喚となる工厰に、悲鳴が木霊する。

 理不尽かもしれないが、これが深海棲艦に普段艦娘が行う戦争の中身だ。

 多くの沈んだ深海棲艦の魂を持つが故に、多少八雲に対しての憎しみは消えた。

 だが、根本的な艦娘への憎悪は別。

 蹂躙して、殺害して、轟沈させてきた艦娘をこうなれば、攻撃するのは予想できた。

 だから艦娘は受け入れないようにしたのに。

 止めないといけないか? と思う。

 相手には何も非はない。運が悪かっただけで。

 だが、八雲はどちらかと言えば此処の皆の実情を知って艦娘をこの頃には嫌悪していた。

 だから気にしないことにした。

 人間なら、捕虜に対する人権の関係上、こんな事は許されない。

 だが、艦娘もここの深海艦娘も人間じゃない。

 散々な扱いを受けてきた皆からすれば、艦娘も人間も、憎き仇敵にしかならないから。

 ああなればただの実験動物と真冬は冷静に言った。

「運が良かった。ガス抜きかねて、少しああさせておくのが最善。死にやしない。死ぬのは大本営で死ねば良い。バケツはあるから、少し過剰に使ったなら報告しておいて」

「……おう」

 モルモットなら、死ななければ大本営も文句は言わない。

 憂さ晴らしを回収までさせておこうと、真冬は淡々と語る。

 凩が、それよりも重要なことがあると彼に言い出す。

「それよか、不味いよお兄ちゃん……。お兄ちゃん、今バケツで復活したよね。しかも、変な顔した。あの水上機母艦の声聞いて。きっと、あいつの言葉が分かるんだよね? それ、多分……穢れの影響だよ。悪化してるんじゃないの? 深海棲艦に近くなった艦娘の声なら聞こえるって。また新しく誰かの唾液か血液受けたでしょ?」

 ポカンとする真冬を尻目に、神妙な顔で凩が聞く。

 自覚する形で、悪影響が出てきたと。どうしようもないとはいえ、またやったかと。

 今度は村雨ワンワンプレイと鼻血を受けたと言うと、バカを見る目で凩は呆れていた。

「……なんのこと?」

 首を傾げる真冬に、彼女は気にしないで良いと言った。

 知ってもどうせ治療法はないと思うし、一応は人間の延長線。

 艤装も持てないし、身体的に過剰にもなってない。

 今のところ、バケツで治るのと言葉がわかる。それだけ。

 凩が説明して、昨夜の発情犬のせいだと分かった。

「昨日の今日でこれって、いや流石にビックリした……」

「俺人間だよな?」

「そうだね。まだ人間だと思うよ。検査に妙なもんが無ければ。でも、多少は自覚する部分も出てきてるし、様子見かな。慣れてると言っても、これ以上は受けた人たち以外はやめた方がいいと思う。今のところ、あたし含めた普段の五人だから、これ以上他の女の子にちょっかい出されないでねお兄ちゃん。命に関わるかもよ?」

 物理的な接触は普段の面子以外は控えろと言われた。

 真冬、村雨、出雲、凩、飛騨。この五名に絞れと。

 真冬も具合悪いなら医務室いくかと言うがそういう問題じゃない。

 八雲が若干人間辞めていると言う意味で。

「まあ、いいか。それぐらいなら」

 八雲も多少の事は気にしないで良いと断ずる。

 出雲以外の危険猛毒生物が判明した女の子に囲まれて否定しようものなら協定破って童貞狙いそうなのが二名程いるので。

 わかる範囲の推測を立てている頃。

 村雨が、阿鼻叫喚を眺めながらふと気付いたように呟く。

「あらあらぁ……。コイツら、よく見たら昨日村雨たちが見捨てた艦隊の面々じゃない? 話で聞いてたのと顔が同じだわぁ? 散々こっちにキレて文句つけてきた、あのウザい奴らよご主人様。って、まだ言葉わかんなかったんだっけ。本当に沈んで死んじゃったのねえ。可哀想」

 無線の話を聞いていた真冬も、此方の会話を盗み聞きして分かっていた村雨の言葉を肯定。

「あぁ、さっき言ってた? そう。気の毒ね」

 二人とも同情するような視線で、この先の地獄を知っているからか哀れんでいた。

 よくわからないが、死んだら艦娘は深海棲艦になるんだろうか?

 気にするとヤバそうなので適当に流す。

 丁度、また無線が鳴り出した。対応するのは村雨に任せて、地獄から出ていく八雲と真冬。

 あのビビりの飛騨ですら、痛みの声に無反応。至って日常と言う素振りである。

 改めて、碌な扱いを皆は受けてこなかったんだろうと実感した。

 誰一人止めない。寧ろ率先してやりたい放題していた。

 これが、深海艦娘の本性。艦娘と人類に迫害されてきた皆の気持ち。

(……まあ、分からなくもないな)

 実際八雲もモルモット。

 同じような扱いにされ危うく死にかけてきたのだ。

 真冬たちが居なければ今頃生きてなどいない。

 大本営の言うことを信じた結果が、初期の状態だった。

「助けたけど、中身が別なら追い出せば良い。あいつらはもう救いはない。大本営で死ぬまで雑に使われて死んじゃうだけ。その結果、新しいわたしたちと同じ半端者が誕生する。そっちは、来たら歓迎しよう八雲」

 冷たく、真冬は興味などないと言わんばかりに切り捨てて、朝飯にしようと言った。

 同類じゃない同類は敵。追い払って、出ていってもらう。

 その前に、不都合の時だけ頼ろうとした連中には、自分が手を伸ばす相手の意味を分からせる。

 真冬はそういう考えで、八雲はどうでもいいと思考を放棄する。

 艦娘だったらそのまま捨てておけば、皆にこんなことをさせずに済んだ。

 ミスがあるなら、反省しよう。

 艦娘は以後、絶対に助けない。深海棲艦でも、本物の深海棲艦だけにしよう。

 じゃないと、皆を刺激する。善悪のわからない事態になる。

「はぁ? 自分達が勝手に自滅したくせに、いちゃもんは止めて頂戴。お前の指揮が無能だったのよぉ、この低能の無能提督さん?」

 村雨が嘲笑を込めて笑っていた。後で聞いたが、沈んだ艦隊の所属する鎮守府の提督は抗議に来たとか。

 バカらしい。自分の指揮を見捨てた此方のせいにしやがった。

 下らない。義務もないのに救うわけがあるまいに。

 だから、軍人は嫌なんだ。何時しか、八雲はそう思い始めていた。

 結局、ジジイに連絡してその日の内に全員が、大本営に直送されていた。

 ジジイいわく、あんなのはどう扱おうが既に除籍されている残骸。

 残骸が動いている正真正銘の化け物なので、適当に扱ってもお咎めがない、とのこと。

 なら、ここにいるのは化け物のコピーか。益々嫌気がしてきた。

 連行される頃には大人しくしていたので制圧の手間も省けたと憲兵に褒められた八雲。

 礼を言われる筋合いはないが、一応受け取っておく。

 そして、僅か二日後。

「……新型深海水上機母艦、一番艦『孤』です。狐じゃくて、みなしごと言います。宜しくお願いします……」

 新型の深海艦娘がまた一人、増えた。

 あの時見たのとそっくりな黒髪の大きなリボンをした、艦娘瑞穂の身体を持つ女性。

 孤、という彼女が。



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新着任と、強化開始

 

 

 

 

 試験鎮守府に、新たな仲間が着任した。

 物置小屋に怯えながら顔を出した数名。

 一部以外は全て呆然とする八雲に礼儀は通していた。

 今回は見たことのない種類がたくさんいた。

 水上機母艦とかいう万能艦。

 航空戦艦なる飛行機飛ばす戦艦。

 潜水空母とかいう潜水できる空母。

 聞いたことのない物に、言葉を失う。

「ええと……ここで、管理人? やってます、赤羽八雲です。以後、よしなに」

 自分の立場が未だにモルモット以外に分からない。

 そう言えば着任したのを迎えるのも初めてであった。

 以前は大量にいた挙げ句に勝手に入ってきていた。真冬が先導していたし。

 こんな提督の真似事をしないといけないのか、と思う。

 質問があるというので一名聞く。

 なんと呼べばいいか。好きにして良いと言うと、八雲さんで定着した。

「なぜ八雲さんは提督でないのにここに?」

 至極当然な質問をされた。軍属にいる民間人。

 確かにナンセンスなものである。

 丁度質問に答えようと口を開く頃、遠くで村雨の悲鳴が聞こえた。

 切羽詰まった……と言うよりは、天敵に襲われたような声だった。

「あっ……。そう言えば、一人足りない。どこ?」

 同席していた真冬が書類を見下ろして呟く。

 一名、挨拶に来ていないらしい。

 何事かと様子を見に謝って出ようとして。

 向こうから、来てくれた。

「ご主人様助けて!! い、妹に殺されるッ!!」

 血相を変えた村雨がドアを蹴破り逃げ込んできた。

 そのあとを、直ぐ様追いかけてきた追跡者。

 なんと言うか……凄く怒っていた。

「殺される? 嫌ですね姉さん。初めて会う実の妹がそんなことするわけないですよ? ……初見ですら分かる、その色欲に染まっただらしない顔。聞きましたよ? ご主人様の貞操を狙って何度も襲いかかったそうですね。わたしたちの立場はあくまでメイドであって、主に襲いかかるようなはしたない真似をするから矯正されるんでしょう? さぁ、出てきなさい。お望み通り、躾を施して差し上げます。ご主人様に二度とそんな色目を使えないように徹底的に……」

 両手で逆手に軍用ナイフ持ってるクラシカルなメイド服の女の子だった。

 怒っていたようだが、視線をあげて八雲たちが言葉を失いながら見ているのに気付く。

 だらだら冷や汗を流して、素早く腰の後ろにナイフを隠して、苦し紛れに恭しく礼をして誤魔化した。

「……皆様、着任のご挨拶の最中、誠に申し訳ございません。少々荒事を致しますので、そこのメイドを此方にお渡し願えませんでしょうか?」

 ガタガタ隅っこで頭を抱えて半泣きで竦み上がる村雨のことを言っているらしい。

 よく似ている顔立ちだった。

 服装は同じ黒いクラシカルなメイド服。髪型は犬の耳のような癖毛がある、薄紅のロングヘアー。

 グレーの瞳は八雲が思わずこの子はマトモだと思うほど知的な光を宿していた。

 だらだら冷や汗を流したわりには直ぐに取り繕い、謝罪できるほどには常識がある。

 メイドだったが。あと、村雨を姉と言った。詰まりは。

「……白露型深海艦の、二番艦?」

 村雨の型式がそんなのだったのを思い出す。

 と言うことは、同型の……。

「おや。既にご存知でしたか。慌ただしくなってしまいましたが、簡単に自己紹介を。わたしは、白露型深海艦二番艦『春雨』と申します。以後、お見知り置きを。恥ずかしながらそちらで縮こまっているメイド、村雨は一応わたしの直系の姉でして。迷惑をお掛けしていたと存じます。少々再教育を施して参りますので、正式なご挨拶はまた後程」

 やはり同型の妹。春雨と名乗った彼女は、ぎろりと姉を見てビビって嫌がる村雨。

 べそをかいて首を振っていた。

「分かった。村雨、出ていって。今は着任の挨拶してる。邪魔」

 了解した真冬が遅くなったのは良いから村雨に退室を命令した。

 邪魔と言われて然し行く先には白々しい笑みで威嚇する妹がいる。

 村雨、パニック状態になって珍しく八雲に泣きついた。

 仕方無く、八雲は。

「うん、教育は大事だよな。待ってろ、今追い出してやる」

「ちょっと!? そこは助けてくれるところよね!?」

「ごめん村雨。お前がマトモになれるなら、俺は初対面の妹さんを信じるよ。精々お前の性欲を発散してこい。妹さん、加減しないで思いっきりどうぞ」

 しがみつく村雨を引き摺って追い出しに向かった。

 村雨はてっきり助けてくれると思ったのに見捨てられた。

 で、放り出した。

「お心遣い、ありがとうございます。八雲様、でしたねご主人様。これから長い間、お仕えさせて頂きますので宜しくお願い致します」

 慌てて逃げていく彼女を横目に、丁寧にお辞儀をして直ぐに追いかける春雨。

 上品な笑みがとても可愛らしい少女だった。

「好印象ってのはこういうのを言うんだな」

「八雲。着任の続き」

 遠くで村雨の悲鳴を聞きながら、質疑応答に戻る。

 唖然とする一同にマイペースで毎度のことと告げる真冬と共に、淡々と進めていく……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうやら、彼女たちは新作らしい。

 皆、ここにいる系統とは別か、その後継機のような型番であった。

 大体、今までここにいる深海艦娘の種類は三つ。

 一つ、人造棲姫。真冬の系列。

 現在は一名追加で着任した。名を『月影』。

 一応は真冬の妹になるらしいが身体は秋月で、種類も防空駆逐艦。そもそもまた別の駆逐艦。

「型番が同じなだけ。わたしは中身は、駆逐古姫。あの娘は、防空棲姫。全くの別物」

 と、真冬が言った。

 月影も、姉としての感覚はないし、自分は自分であると言っていた。

 渾名がイージスシステムとかいう訳の分からない英語でなんのことだと八雲に聞かれても軍事用語は彼も知らない。

 次に、白露型深海艦。村雨の妹。春雨ははっきり妹と言った。

 白露型は本来ある艦娘であり、唯一同じ名前で生活していた。

 で、最後。出雲型。出雲を長女とした混成姉妹。何でもありの実験的な型番。

 今回は居なかったが、既に45程いるので相当な数だ。

 大きく分けて三つになるのだが、今回はそこに新たなプロトタイプが入った。

 その一人が、孤。嫌な名前だと本人も言っていた、まだ一人しかいない実験機。

 艦娘瑞穂の身体を持ち、黒く染めた瑞穂の衣装に頭には真冬のようなリボンを結ぶ女性。

 妙に八雲に怯えていた。着任してから、またも忙しい。

 今度は皆の改造を施すから、八雲に準備を命じる大本営。

 艤装を回収してワンランク強くするという、改造実験。

 出撃していってはボロボロになっていた出雲から、今回は始めるようだ。

「な、なんで私如き雑魚から始めるんです? 資材の無駄遣いをするとは俄には信じがたいのですが」

 ぶつぶつ小言と困惑をしながら、皆で頑張って運び込んだカプセル型装置の前に出雲を連れてきた。

 ここに入っていれば勝手にアップデートしてくれるという手間要らず。但し時間はかかる。

 出雲の場合は一晩ほど。今夜はここで寝ていろということか。

「まあまあ。これで、理不尽な大怪我しないですむなら良いじゃん。出雲は十分頑張ってきたし。な?」

「お前に言われたくないですよ。人が少しでも怪我するとすっ飛んでくる癖に。このロリコン」

 頭を撫でて褒めていると、悪態が飛んでくる。

 以前ほどトゲがない。頬も赤いので、単なる照れ隠しと思いたい。

(べ、別に八雲に褒められても嬉しくなんてねえです。ロリコンに心配されるほど私は価値ないですし。大袈裟ですよこの野郎は。死にやしないって言ってるのに毎度過剰に心配して。過保護ですかそうですか、このロリコン)

 実際照れ隠しであった。

 やはりなんだかんだ心配と誉め言葉をくれるのは彼だけであり、その存在を肯定されることが何れ程幸福かこいつは自覚していない。

 艦娘のように余程の環境でもない限りは存在を許される程、大本営は優しくなかった。

 所詮は雑魚。その辺のイ級。そう言う扱いをずっと朝潮の身体に宿って受けてきた。

 だから、八雲に最初は攻撃した。なのにちょっと大破したぐらいで取り乱して、抱き締めて。

 変態なのか八雲。と、思っていた。……過去形だ。

(な、なついてねえです。私はロリコンになんか心を許しません。チョロくねえです。心を認めてくれる人間がこいつだけでも、私は絶対なついてねえです! ロリコンは私の敵……)

「お前の罵倒久々だわ。悪かったなロリコンで」

 最早認めている八雲は優しい手つきで頭を撫でる。

 この手慣れた感じ、飛騨で慣れているようだ。

(まあでも、あの厄介な飛騨を任せた以上はある程度は譲歩してやるのですよ。こいつは少しは信用できる人間と思っても……良いかもしれないですね)

 嬉しそうに目を細める出雲。頭を撫でるなんて、同類でもしてくれない。

 分かりやすい、彼女たちの行動を褒めて、認めるという行為。

 軍人では決してしない、民間人だからこそしてくれるものと信じたい。

「出雲はお姉ちゃんだしな。沢山頑張ったんだ、多少ご褒美あってもバチは当たらねえよ」

「強化がご褒美って世知辛い上にドライすぎて泣けてきますがね。結局役目でしかないでしょうに」

 こんなご褒美目指してなど居ないし嬉しくもない。

 役目の範囲でしかないから。

「……それもそうだ。なんかねえのかご褒美。おい、モチベーション下がるじゃん」

「お前がそれを決めるんじゃないですか」

「俺が? 何でよ」

「お前が与える以外に誰が与えるんです。ほれ、与えるですよロリコン」

 ご褒美と言い出したのはこいつだ。

 だったら、聞かないで自分で判断して与えろと無茶ぶりしてみた。

 上から目線で言った出雲にお返しと言わんばかりにからかう八雲。

「うるせえもう一回抱き締めるぞおめー」

「そんでもっておっ勃てる訳ですね分かります。死ねばいいのにこの変態」

 冷ややかな目で睨み上げる出雲。

 冗談が通じないと苦笑する八雲。

「おい、何を冗談で済ませてやがりますか。この際それでいいです。抱き締めて見せなさい孕ませ八郎」

「お前それ絶対に抱き上げたら俺の股間に膝蹴り入れる流れだろ。知ってるぞ俺もバカじゃねえから」

 出雲は他の皆にやってるんだから自分もやれとせがむ。

 それをユニコーンブレイクの罠と言って警戒する。

「お前が紳士でいればいいんですけど?」

 テント張ったら蹴り潰すと断言するが、

「バカ野郎、自分でも最近ロリコン否定出来ねえのに迂闊にすると思うか。お前は分かってねえのさ。俺がこの生活で何れ程に禁欲を受けているかをな……」

「お前、情けないのと見境ないので最低なこと言ってますが。心中お察ししますが、割と大丈夫ですか禁欲」

 要するに性欲溜まっててちょっとした刺激でデストロイすると。

 それが見た目小学生の出雲でも。自分から白状したのは自信ないのか。

 まあ、確かに手出しすれば真冬が黙ってないし、村雨も襲いかかっていくし、飛騨もあんまり否定できず、凩は挑発されたら間違いなく襲う。

 ……普段接する全員が猛獣であった事に今頃出雲は気付いた。

「お前は女の子だ、だから言いたくないが……」

「然り気無い女の子発言はまあ、良いとして。今回は襲わなければ許してやっても良いですよ?」

 不憫すぎる。我が妹ながらなんで危険なものを二名も任せたのか。

 健全な思春期には生き地獄。生殺しになっていると言うこと。

 仕方無い。襲わなければ許すという、出雲らしくもない譲歩をしてくれる。

 まあ間違っても襲えば一発アウトだし、理性が飛びかけている彼に抱きついて果たして無事だろうか。

 こんな夜更けの工厰で何て会話しているのか自分でもシュールな気がする。

「ううむ……。出雲なら大丈夫と思いたい。俺はあくまで二次元ロリコンであってだな……」

 顎に手を当てて神妙に悩む男、八雲。

 するのはいいのか。じゃあしろと悩むのも焦れったい出雲は面倒になって飛び付く。

「うわ!?」

「ほれ。素直にしておけばそれで終わりでしょう。私がいいならいいんですよ。早く」

 肩車でもなんでもいいと言うので肩車してもらう。

 視線が高くなり、彼の肩に座って頭を掴む。

「お前軽いな出雲」

「そりゃ外身は朝潮ですんで」

 高校生の兄貴に遊んでもらう小学生の妹の構図が出来ていた。

 で、ちょっと出歩く。そのまま移動。

「……八雲。わたしも肩車」

「お前は流石に無理だ!!」

 廊下ですれ違った真冬が自分もしたいと言うけど背丈から考えて無理。

 小柄でも小学生の出雲だから出来るのである。

「兄様、わたくしも!!」

「飛騨、自分の背丈をよく見ろ」

 自室に顔を出すと、見ていた飛騨が言った。

 絶対無理。彼の理性が飛ぶ。

「村雨も……」

「姉さん。八つ裂きにしますよ」

「ひぃ!?」

 一周していると謎の攻防をしていたメイドを発見。

 羨ましい村雨に、春雨のナイフが走って慌てて回避した。

 教育頑張ってと労って、一回りして。

 最後に礼を言ってカプセルに入った彼女を見送り。

 その日は、八雲も就寝したのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご主人様、折り入ってご相談が」

「はいはい、なんだ春雨」

「わたしは着任して直ぐの新人ですが、少し気になったことが」

「なにが?」

「ご主人様は少々、周囲のお嬢様方に甘いのではないでしょうか?」

「……甘い?」

「はい。完全に甘やかしております。特に飛騨お嬢様と、真冬お嬢様。凩お嬢様は何故同室でお過ごしになられているのか、ご説明を願えませんか?」

「あー……かくかく然々で……」

「成る程。理由は理解しました」

「なら良かった」

「では、わたしも同じお部屋で生活致します。不健全な空気は一掃致しますので」

「ファッ!?」

「依存しているのは構いませんが、作業の妨げになるような行動が多々あります。故にお嬢様も再教育致します」

(有り難いけど……俺って甘いか?)

「まあ、多少はですけど? と言わせてもらいましょう」

「春雨さん、人の感情に汚いノリを理解して律儀に返さなくて良いから」

「そっちの趣味があるのでは?」

「ねえよ!? 俺ノーマル!!」

「そうですか」

「……唐突だけど春雨って、お茶好き?」

「それなりに。ミルクティーで良ければ直ぐにご用意致しますが?」

「ちょっと違うのに余計なんか……エロい……」

「古今東西メイドとはエロいものです。偉い人にはそれが分からないと言うことですよ」

「この子も意外とダメな子だった!!」

 春雨さん、あんまり普通じゃなかった。合掌。



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愛情表現のやり方

 

 

 

 

 

 

 

 新しい面子が着任して、現在八雲の役割は大きく分けて二つ。

 一つ、外出の準備。一名ないし二名を選別して、数回に分けて外出すること。

 危険と判断した場合は即座に制圧、または解体と脅された。

 要するにそれは街中で皆が殺されるという意味になる。

 危害を加える前の措置と言えばいいが、そもそも選ぶ時点である程度絞る。

 娯楽が搬入されて以来はストレス発散も出来ているようだし、出なくてもいいという奴も結構いる。

 興味もないし面倒臭い。そういう理由もいた。

 次に、深海艦娘の改造。どうやら練度とかいうレベル的なものが満たされた奴から順次パワーアップしていく。

 最初は出雲。経験値が溜まって能力引き上げを受けた彼女は……。

「……何ですか八雲。何が言いたいのです?」

「誰お前」

「出雲ですよ!! 悪かったですね成長して!!」

 一晩経ったら出雲が成長して出てきた。

 小学生の背丈から少し伸びた背丈。

 顔立ちも少し大人びたか。総じて一回り可愛くなった。

 以前の完全違法ロリから違法ロリに成長した。

「大きくなったな出雲」

「……どこ見て言ってますかこの野郎。潰しますよ」

「身長だよ。何処だと思ったムッツリ出雲」

「……ッ!!」

「いてえ!! ローキック止めろ!」

 戻ってきた出雲の頭をやはり撫でながら背丈が伸びたと感慨深い八雲。

 勘違いした出雲に脛を蹴られたが。

 改造すると成長する場合があるらしい。出雲は顕著に出るとか。

「ええっと、出雲改だっけか? 練度いくつお前?」

「今は25ですけど。次は65で改二。で、最後がコンバート改装で75ですよ」

「遠いなあ……三倍頑張らないと無理ってか」

 最も長い期間をこの姿で過ごすらしい。

 以前の小学生の出雲に慣れた八雲からすると、まるで出雲のお姉ちゃんが居るようだった。

 大きくなった。改造で成長すると言うのは、やはり人ではない証拠か。

 軽く記録する真冬が羨ましそうに見ていたのでこっちも撫でる。

「……理性が……」

「おい」

 またトリップしようとしていたこの和装妻。さっさと止める。

 翌朝、ある新人メイドと物騒な話をしてきた八雲は迎えに行って今に至る。

「相変わらずですか、真冬さんは……」

「だろう? 今のところ、俺の撫でる特権はな、出雲だけなんだ」

 僅かに伸びた後ろ髪を触ろうとして言いながら八雲は言う。

 出雲は調子に乗るなと首を振って嫌がった。

「ん? どうした?」

「お前、私がちょっとばかり大人しくしたからって好きに触れると思ったら大間違いですよ。見なさい、改造で受け取ったこの装備を! お前に対する特攻がある恐ろしい装備を見るがいいです!!」

 じゃーん! と見せびらかす出雲は両手で何か取り出した。

 一見すると、小さなライトのようだが……。

 自慢気に語る出雲はこのピンを見てまだ触れるかと脅してきた。

「世の中のロリコンが絶対に勝てない装備、この防犯ブザーがお前は怖くないですか!!」

「げぇ!? 防犯ブザー!?」

 予想外の装備に慌てて手を離す八雲。

 幼女御用達、防犯ブザーのお出座しであった。

 出雲が言うには、本来は夜の戦いに使うライトらしいが、副産物に護身用防犯ブザーとしての機能もあり、セクハラしてきたら遠慮なく鳴らしてやると得意気に笑った。

 確かに見た目は良くて小学校高学年ぐらいにはなったが、未だロリの範疇。

 世間的にはお触りは固く禁じられている。

「八雲、もうお前もこれで私には逆らえないのですよ。さぁ、鳴らされたくないなら言うことを聞きなさい」

「お、お前……何て狡猾な方法を!? 俺がロリコンと知っての所業か!?」

「知ってるからこうしているんでしょう! お前は大人しく言いなりになれば良いのです」

 じりじりと意味のわからない漫才をおっ始める二名を、ボーッと真冬は眺めていた。

 そう言えば出雲の制服も変更されて、朝潮改二の仕様になっていた。

 見た目は改で既にそこまで成長しているのは何か意味があるのだろうか?

(わたしも改で成長する……?)

 改造して成長したら、八雲の好みの見た目から外れるかも。

 それは、非常に困る。成長しないでほしいと願うしかないか。

「くっ……姑息な手を! 貴様、何が目的だ!?」

「フッ……何でしょうねえ?」

 余裕綽々でブザーを突き付ける。怯む八雲。

 なんの遊びだろうか。真冬にはよくわからない。

「まあ、冗談はさておき」

「冗談だったのか」

 飽きたのか止めると八雲も安堵していた。

「いえ、防犯ブザーの下りは本当です。鳴らしますか試しに」

「……俺、なんもしてないけど」

「だから試しですよ。八雲が私に手出ししたら真冬さんに泣きついて襲って貰うだけですし」

 暗に童貞を発情した和装妻に強引に奪われたくないならやるなという脅しだと思う。

 襲うなら襲い返して復讐してやると。非常に恐ろしい反撃であった。

「八雲。わたしはそんなことしなくても何時でも受け入れるけど」

「お前が俺を襲うんだろ! 結構です!」

 などとバカなことを言っている間に、耳を塞げと言うので塞いで。

 出雲はピンを引っこ抜いた。途端。

 

 ――ヴェアアアアアアッ!!

 

 という、恐ろしい雄叫びが防犯ブザーから大音量で鳴り響く。

 まるで大好きな姉妹を奪われると誤解して白い毛玉と一緒に白目で倒れる喫茶店のアイドルのような。

 そんな壮絶な絶叫であった。直ぐにピンを差し込み、黙らせる。

「……思ったよりも攻撃的でしたね。威嚇には使えるかと」

 出雲が耳鳴りがすると言いながら呟く。

「み、耳が痛い……」

「どこぞのモンスターか……。雪山の白い蛭みたいな……」

 ジンジンする真冬は、震えていた。八雲も同じだ。

 強烈な反響音。高級な耳栓でも欲しいところ。

 そんな感じで、出雲は出雲改にパワーアップ。

 一人目の改造が終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 で。

「姉さん、お覚悟を。最早語る舌も慈悲もない。ご主人様を己から誘惑する粗相を犯した姉さんに拒否権はない。ギルティ。よって、姉さん。再教育を行います」

「いやああああーーーー!! 許して春雨ぇええええ!!」

 此方は再教育の真っ最中。

 禁欲状態といち早く理解した賢いメイドさん、春雨は主のため躾を行っていた。

 メイド服の彼女は背中から軍用ナイフを二刀流に持って、メイドらしさを姉に叩き込む。

 文字通り、叩いて教える。

 この姉、どうも見た目ばかりのコスプレメイドらしく、振る舞いから礼儀から言動までフリーダム過ぎる。

 困ったことに、発情してばかりだったせいか基本的なことすら出来ない。

 戦闘は兎も角、炊事や家事はからっきし。素人同然の有り様に絶句した。

「今まで何してきたんですか姉さん」

「……」

「答えなさい」

 何のためのメイドかと、生まれて長くはないが自分の役割を果たそうとする春雨は、説教する。

 厨房に入り、なにも出来ない姉は目を逸らした。

 どんっ! とナイフを分厚いまな板に突き刺して脅す。

 こうしないと白状しないので姉は余程甘やかされたのだと春雨は思う。

 怯えて、ずっと八雲の童貞を奪うことしか考えてなかったと吐露する村雨。

「……。姉さん、わたしはこう見えて戦闘と暴力が嫌いです。護衛ならばまだしも、自分から戦いをしたり、暴力で屈服させる事は嫌です」

「ど、どの口が言うのよぅ……」

 ずっとナイフを振り回す癖に暴力が嫌いとほざく春雨。

 が、春雨は村雨があまりにも色欲に塗れ、性にだらしない生活をしてきたからと言うのだ。

「良いですか姉さん。わたしたちは、確かに子供は作れません。見た目だけ、機能だけの女です。然し、ご主人様の環境を考えてください。ご存じないでしょうが、ご主人様はずっと我慢なさっているんですよ。姉さんや真冬お嬢様、凩お嬢様、飛騨お嬢様が無邪気にスキンシップをしていますけど。思春期のご主人様には、それが生殺しだと何故気付かないんですか」

「…………」

 正論であった。思春期男子高校生にはここはあまりに精神に毒。

 理屈的、道徳的に襲っても問題はないだろう。

 そもそも人権のない深海艦娘。何をしても何か厳罰があるわけでもない。

 なのに、八雲は絶対にそういうことはしない。素振りも見せない。

 手出ししても、性欲に負けてケダモノになっても少なくとも真冬は受け入れる。

 彼女は何をされても、絶対に八雲を恨まない。確実にそう言える。

 凩も、飛騨もそうだろう。それでも、八雲は我慢している。

 困惑しているし、逃げ回っていた。

 その理由を新人の春雨は推測する。

「聞きました。ご主人様はお嬢様方を所謂女の子として、接していると。ならば、納得できます。それは即ち、人として見ようとしているとわたしは思います。だったら、見境なく襲うわけがありません。何故なら、普通はそんなことをしないからです。同じ場所に過ごす同居人として、良識のある振る舞いを続けようと努力なさっているからでしょう。たとえそれが精神的に負担になり、苦痛になっても。迂闊に皆様と関係を持とうとするような、本能剥き出しの獣ではないという証拠です」

 良識的に、常識的に。段階を踏むか、あるいは大事にしてくれているか。

 はたまた、意識はしているので困っているだけか。

 何れであろうが、彼の負担の増大になり、禁欲という苦しみを与え続けることになったのは事実と。

 皆にそういう気持ちを向けまいと、鋼の理性で均衡を保とうとしていた。

 それをこの発情犬は調子に乗って自分から奪おうと飛びかかった。

 更なる負担を強いていた切っ掛けは間違いなくこの変態発情犬。

「姉さん、痴女ですか? 悪影響であっても、理性があれば抑制は出来るんですよ? わたしだって、偉そうなこと言ってますけど悪影響を受けています。然し、ご覧の通り常識的な行動は取れます。わたしは、そういう関係になるなら、最低でも恋をします。好きになります。愛します。その道中で、相手の合意を受け取ってからにします。それが、当たり前です。姉さんや真冬お嬢様、凩お嬢様のようにフィーリングや気に入ったという理由で突然変態的行為に及んだり、ご主人様のナニを狙ったりしません。姉さん、ご主人様の感情や心境、考えましたか?」

 至極当然の理屈を言われて、情緒がないのかと責められる。

 しれっと同類と告げるが、自分の過激な部分は自覚する限りは猪突猛進な部分と的確に春雨は言う。

 初対面の物理的な修正とか。いきなりナイフ装備で襲撃したりなど、相手が八雲じゃないだけ。

 然し、皆の場合は春雨以上に自制心のない身勝手すぎる行為と叱られた。

「…………考えてないわぁ……」

 悄気る村雨。ぐうの音も出なかった。

「でしょうね。皆様の行動の根幹は、自分の感情です。悪影響と好きという感情に呑まれて暴走していると思います。ご主人様が、戸惑いながらも喜ぶならわたしもとやかくは言いませんよ。ですが、現在のご主人様はただの自棄。開き直って合わせて、無理をさせてるんです。真冬お嬢様と凩お嬢様は、恐らくは普段我慢していて、爆発して暴れだすので修正は不可能と判断します。一応表面上は我慢していますが、一度でもスイッチが入ると襲いかかる分類なので、わたしにも無理です」

 抑圧してるので蓋が外れると発情するのだろうと酷い言い種だが的を射た分析である。

 春雨は周囲をよく見ていた。

「姉さん。好きになるなとは言いません。もう少し、堪えるという事を覚えてください。……嫌われますよ。ご主人様に」

「!!」

 ……嫌われる。

 それは、ここの皆には……特に、周囲の面々には禁句に等しい威力がある。

 春雨はわかった上で指摘した。こうでも言わないと村雨は自覚しない。

 唯一無二の理解者。それに嫌われるのは、皆の存在理由の根幹を揺るがす。

 そうなれば、誰も。皆を、肯定してくれない。褒めてくれない。認めてくれない。

 次第に涙目になる姉に、ため息交じりで春雨は教える。

「先ずは、知性を持ってください。誘惑しておけばいいんじゃないです。言葉と、行動で好きと伝える。それが人間の恋愛と言うものですよ」

 よく言わないと、また色目で落とそうとする。

 姉たちは、恋愛に慣れない不器用な人達と思うから、道筋を示しておく。

 好きという感情のみで突っ走れば苦労するのは分かるだろう。

 それを自覚させれば、少しは改善されると信じて。

 春雨は、簡単に説明しつつ、またスパルタで再教育を続ける。

 そして、気付くだろう。

 頭痛の種は、自分も含めてたくさんいると……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご主人様」

「お、春雨。どうだった?」

「姉さんの再教育は無事に終了しました。ご確認を」

「…………」

「おぉ、大人しい……。あの発情犬が……」

「既に犬扱いでしたね姉さん。卑しい畜生と一緒ですって」

「うぅ……」

「……ごめん言い過ぎた」

「良いのよ、村雨が調子に乗って襲ってたから……仕方ないから……」

「まあ、改めてくれればある程度は妥協を」

「なりません」

「……はい?」

「ご主人様はいつも甘い顔をして直ぐに許してしまうようです。次はご主人様の矯正を予定しております」

「ファッ!?」

「怒る、叱る、という行動を覚えてください。ご主人様、何でも受け入れる受動的な態度は誤解と助長を招きます。ご自重を」

「……はい、ごめんなさい」

「それでいいのです。何時までも弱気な言動では、皆様に呆れられてしまいます。毅然とした態度でお過ごし頂ければ幸いです」

「……俺、そんなヘタレ?」

「いえ、露骨すぎて誘い受けのように見えます」

「!?」

「……何です、その反応?」

「いや、今春雨からお腐れの波動を感じた……感じない?」

「か、感じる……村雨も感じるわ……」

「お腐れ? ああ、成る程。察しました」

「えっ?」

「えっ?」

「わたし、最近知った趣味はBLですが」

「…………だから春雨、汚いネタ分かったのか」

「うぇ……男同士……」

「ふむ。やはり不健全でしたか。送りの男たちが尻を頻りに気にしていたので違和感はありましたが」

「あ、本物だこの人……」

「村雨もドン引き……」

「姉さんには言われたくないかと。大体姉さんとて処女でしょう」

「……え?」

「何で意外そうな顔するの!? 経験ないわよ普通に!!」

「いや、だって……。猥談日常的にしてたから、てっきり――かと」

「姉さん、これが姉さんの振る舞いの結果です。反省してください」

「…………そんなぁ」

 村雨さん、処女らしい。八雲は真逆だと思ってた。春雨さんは腐敗していた。合掌。



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発情覚醒! ケダモノと化した真冬さん!

 

 

 

 

 

 

 それは出雲の改装を終えたある日のこと。

 次に改造任務を、村雨に控えていた時のことだった。

 外出任務を早くやれと急かす内容の通達が来た。

 要するに皆様連れて外に出ろと言うが。

 気乗りしない八雲。そろそろ寒いのでストーブつけて暖を取りながら考える。

(ここの皆を外に出すって言われてもなあ……)

 多分、言えばついてくるのが周囲にはいる。

 大半じゃなくてもいいと言われているし、無理に誘う事もない。

 搬入した娯楽で皆は暇を潰していられるし。

 いい加減寒くなってきた今日。秋の服でも見に行きたいのもあった。

 まあ、大体アウトレットの安くてダサいモノばかりだが。

 因みに八雲にセンスはない。

「蛸足の一つや二つ、ぶった切っても屁でもないのね、この――ユリは」

「おいそこ、俺の漫画見て台詞を朗読するな。卑猥な単語が聞こえたぞ」

 だるま式ストーブの近くで椅子に座って漫画を読んでいる和装妻。

 淡々と台詞を朗読し、近くで同じ番組のゲームをしてる凩が飲もうとして口に含んだお茶を吹き出していた。

 テレビの画面に霧になって降りかかる。

「凩、大丈夫か?」

「……いや、あんまし」

 慌てて止めて、画面を拭く。

 時は遅し、既にゲームオーバーになっていたが。

 無意識で呟いているのか、真冬は呼ばれて顔をあげた。

「何、八雲?」

「凩がゲームオーバーになっちまったんだが?」

「この外道」

「そりゃお前だよ!!」

 真冬は八雲が好きなロボットアニメのコミカライズを読んでいる。

 随分と前の読み切りで、キャラクターが崩壊しているが結構面白くて彼は好きだった。

「……結構好き。このデザイン」

「おっ? お前も気に入った?」

 読み終えた真冬は八雲に中々良かったと感想を言った。

 周りに嘗ていた同志は、キャラ崩壊が酷すぎる、ネタかこれはと言われる始末。

 個性的で好きなのに通じないあの辛さは意外とキツい。

「台詞回りが好き。念仏とか、――ユリとか」

「最後のは迷う方の名言な!? 女の子が真っ昼間から言っちゃダメ!!」

 真冬さん、やっぱり下ネタも行けるのか。未だによくわからない。

 わからないと言えば、八雲との関係もだ。

 真冬は好きと何時も言うが、八雲は実は好きとは一度も言ってない。

 自分でも、真冬は恩人や友達と言う感覚が強い。

 同時に、見た目も性格もロリコンの彼には堪らない好物である。

 この綺麗な朱色の長い髪の毛や、日本人形のような幼いながら整った顔立ち。

 若干性格が変態なのを除けば、好意を隠さずに言うのは非常に嬉しい。

 ……八雲は、生まれも育ちも人じゃない、人になれない彼女をどう思うのだろう?

(直ぐに理性が飛ばなければなあ……)

 確かに今は禁欲の日々。男子高校生には辛すぎる生殺し。

 いや、間違いなくそろそろ限界に近い。性欲が。

 自家発電も出来ない日常、しかも周りには美少女ばかり。

 しかも何人か好きといってくれる。何この地獄。

 試しに、無言で断りなく頭を撫でる。

「!」

 手を伸ばすと、事前に察知して真冬は自分から差し出す。

 スキンシップ大好きな彼女にしてみれば、触れあいは間違いなく愛情表現と受け取る。

 で。

「り、理性が……!」

「おい」

 直ぐ様恍惚になり、発情する。襲いたくなる。反射的に。

 こう言っては誤解を受けるかもしれないが。

 八雲、気付いていないだけで真冬も欲求不満で性欲をもて余していた。

 こう見えて真冬の理性は普段こそ触れ合いが少ないので無意識で我慢している。

 然し、ひと度八雲に誘われれば。あるいは、理性が消し飛ぶ刺激があれば。

 最早彼女は普通の男よりも派手に性欲を暴走させて、八雲に襲いかかるだろう。

 自覚がないが、自覚して襲ってきていた村雨よりも実は和装妻のほうがずっと危険であった。

 撫でて直ぐに理性が飛びそうになるのは、真冬さんの感度が良すぎるから。

 危険信号は、ずっと出ていた。最初の挑発して起きた未遂共々。

 だが、生憎とこの阿呆は気付かない。

 真冬と少しでも時間を増やして自分の気持ちに整理をつけようと動く。

 チョイと手招きして、首を傾げながら近寄る真冬にそっと耳打ち。

「み、耳に息が当たる……! これは良い……」

「おい」

 ちょっとした刺激で興奮していた。一応この人、処女です。

 チョップを入れられても喜ぶ辺り、もう真冬は末期かもしれない。

「なあ、真冬。……少し、俺からお前にお願いがあるんだけど」

「なに? ストリップ? するけど?」

「待てやお前は。禁欲知ってて言ってるだろ」

「言ってる」

「おい」

 やっぱり発情期の可能性もあった。

 兎も角。

「良いのかな? 折角皆に秘密でデートのお誘いしようと思ったのに、そんなこと言って」

 ……耳元で、とんでもない爆弾を投下してくれた。

 途端。

「ッ!?」

 後ろに飛び去る和装妻。顔が真っ赤だった。

 何故か身構えて、周囲を一瞥。

 ここは因みに八雲の私室。室内にはゲームを再挑戦の凩。

 八雲のベッドでお昼寝の飛騨に、春雨が椅子に座って、黙々と手芸でマフラーを編んでいた。

 そして、唐突なバイオレンス。

 先ず真冬さん、凩の背中に残像が見える速度で移動、うなじに素早く手刀を入れた。

「あのぅ!?」

 意味不明な断末魔の叫びを上げて、気絶する凩。

 早く動けと画面では主人公が叫び、虫にロボットがズタズタに破壊されていた。

 次、手芸をしていた春雨はいつの間にか耳栓を着用。

 聞こえない、とアピールしていた。さすが有能な春雨、できる子は違う。

 真冬は寝ている飛騨の耳元を室内にあったクッションで塞いで防音。

 そして、定位置に戻る。この間、僅か一秒。

「ファッ!?」

 次の瞬間、凩が目をバッテンにして気絶していた。

 何が起きたのか、人間の感覚では追い付けない。

 驚く八雲に、間合いを詰めて真剣な声で聞く。

「デートと言った。それは、わたしとの逢い引き? そういう意味で受け取るけどいい?」

 語彙を強めて、冗談ならば流石に怒ると真冬は再度聞いた。

 八雲は任務だけど、一応本気で誘ったと正直に言う。

 詳細を聞くにつれて、若干不満そうだが真冬はなんかテンションあがっていた。

「逢い引きしてくれるの? どこにいくの? いついくの? 何時にいくの?」

「落ち着いて真冬。取り敢えず」

 完全に了承している真冬は内容を決めたそうにがっついていた。

 まだ決めていないと言うと、今度は露骨に不満を表す。

「行く。デート、行く。早く行く。行きたい」

「分かった。分かったから落ち着けマジで」

 珍しく全力で肯定してわがままを言う彼女。

 表情は乏しいが、声は弾んでいる。

 どうやら、了承のようだ。それは良いのだが……。

 これがまさか、こんなことになろうとは。まだ、全くわかってない八雲であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 で。

 改めて、週末に行こうと提案。

 ジジイにも一報を入れて、曜日を確認。日程もオッケー。

 場所は、真冬が気になっていたと言う都市部の某ショッピングセンター。

 大きな商業施設であった。

 初めての外出に舞い上がる真冬は、沢山の他人など眼中にない。

 八雲とのデート。それだけで十分だった。大事なのはそれのみ。

 純粋な彼女を見ていると、誘って良かったと思う。但し内密に。

 約束しておくと、大人しくなったがそわそわはしていた。子供か。

 そして、運命の週末。試験鎮守府の前にお迎えの憲兵が来た。

 相変わらず屈強な巨漢たちが、外見を気にする真冬を見て軽蔑的な顔をした。

 そんなことを見てすらいない真冬は、何時もの朱色の着物に赤い袴に大きな紅いリボンをした真っ赤だった。

 八雲も適当に気にしないでいいと言うので、ジャンパーとジーンズにメガネとラフな格好である。

(愛想悪いなこの人たちも……)

 横目で怪訝そうに見ると、連中は八雲の身の安全は任せろと言わんばかりに頷いた。

 真冬がそんなことをするわけがない。

 信用している八雲と違い、コイツらは実験動物扱いゆえに全く信用しない。

 小さいマイクを仕込んでほしいと言うので渋々、真冬に声をかけて袖に仕込んだ。

 監視の為とはいえ、この扱いは気分が悪い。

 まあ、所詮連中とは立場が違う。

 仕方無いと諦めて、二人は暑苦しい車内を我慢し、ショッピングセンターに向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一時間もすれば到着。

 いきなり、走って飛び出す真冬を追いかけて八雲も急ぐ。

 逃亡か、と勘違いして武器を駐車場で取り出そうとする。

「止めろバカ、街中で銃を取り出すんじゃねえ!!」

 思わず私語で怒鳴った。はしゃいでいた真冬は初めての建物に感動して、見上げる。

 目がキラキラしていた。好奇心。そういう感情を見ても理解しない憲兵に怒りを浮かべる。

 立ち止まって見上げる彼女を見て、漸く早とちりと分かって仕舞う。

「俺が見てるんですよ。心配しなくても俺が止めます。あんたら、少しは軍人の自覚を持ってください。軍部と警察で揉め事起こす気ですか」

 街中で銃を取り出せばそれだけで大事になる。

 折角のデートは邪魔させないと、八雲はキレて文句を言った。

 渋々孫の立場故に尊重する憲兵。彼に言われて確かにそうだと気付く。

 軍部と民間の警察は凄まじく不仲なので、刺激は万が一に留める。

 真冬に勝手な行動はダメと叱る八雲。聞いてないが、一緒の行動と言われて従う真冬。

「凄い……。これがショッピングセンター? 中は、何があるの?」

「大抵何でもあるよ。何が見たい?」

 知っている場所なのでエスコートするというと大喜びの真冬。

 仲良く手を繋いで、はしゃいで彼女は中に向かっていった。

 苦笑して、八雲も向かう。そのあとを、影のように憲兵がついていく。

 奇妙なデートは、そうして始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 片っ端から入ってみたいという店に入り、買い物をして行く。

 楽しそうに、珍しく笑顔で引っ張り彼をつれ回す真冬。

 大本営の経費で落ちるので好き勝手に購入していると。

「あれ!? 赤羽? お前、赤羽じゃん!! 久し振り!!」

 突然、声をかける若い男の声。

 振り返るとそこには、休学中の高校の友人とその彼女がいた。

 手を振る友達に、ビックリする八雲。

「山岡!! 橋本!! おぉ、久し振りじゃん!」

「赤羽くん、何してるのこんな場所で!? 軍部に向かってなかったっけ!?」

 笑顔で近寄る二人組。真冬はキョトンとして、その二名を見た。

 誰? という風に首を傾げる。知らない人でも逃げないのは流石か。

 若い男女は、真冬にも気付き手を繋いでいるのを見て、驚く。

「おいおい赤羽ェ、お前久々に顔見たと思ったらやるじゃん! なんだ、デートかよ」

 男の方がからかうようにニヤニヤ笑う。

 八雲はうるせえと軽口で返して真冬に教えた。

 学校の友人で、お付き合いをしている山岡という男子と橋本という女子のカップル。

 知り合いらしい。カップル、と聞いて真冬は訊ねる前に自分から名乗る。

「はじめまして。赤羽真冬です。八雲の恋人してます」

 なんか対抗したくなった。きゃー可愛いとか橋本が笑っていた。

 まあ、こんな予感していたので曖昧に頷く八雲。やっぱり彼女として名乗ると。

 名字が同じなのは親戚の女の子と適当に誤魔化す。

 軍部の関係でちょっと気晴らしに来ていると言うと、山岡はちょっとお茶をして行こうと誘う。

 折角再会したのだから、駄弁ろうというのでちょっと確認。

 問題ないらしいので、そのまま続行。

 荷物を抱えたまま、野郎と女子で暫く近くでそれぞれお喋りして。

 夕刻になって、また会おうとお別れしてデート終了。

 なぜか顔を真っ赤にして俯いている真冬が気になるが、その日は無事に帰っていった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……。ごめんなさい、八雲……。もう、わたし我慢できないッ!!」

「待って!? 帰ってきて早々真冬の部屋来たと思ったらこの展開は何!? 何で俺をベッドに押し倒す、組敷く!?」

「無理……もう無理!! 我慢できないッ!! 橋本さんが言った通り、勢いのまま進む!!」

「話を聞こうか真冬さん!! 何でこうなった!!」

「橋本さんが言ってた……煮え切らないヘタレの八雲には、わたしから押しまくるしかないと!! そう、即ち既成事実!! 今日こそ本番!! えっちするの!!」

「落ち着けェ!! 橋本、真冬に何吹き込んだあのバカ!? って言うか、この変な甘い匂いなに!?」

「橋本さんがくれた、気分が盛り上がるっていう市販の香水! びや……じゃない、気分が兎に角盛り上がるって言ってた!!」

「おい待てや、今媚薬って言おうとしたな!? 何てもの嗅いでるのお前は!? 止めろ、合意のない無理矢理はダメって言ったでしょ!!」

「そうやって何時も八雲は言い訳して逃げる! 時には強引さも必要! 彼女なら彼氏襲っても合法!!」

「いやそうかもしれんけど! 俺の返事は!?」

「責任は取る、八雲は禁欲してて大変! だったら、わたしと発散すれば一石二鳥!! それでいい!!」

「おわ!! 止めろ、脱がすな真冬!! 待って、俺だから童貞だって言って……!」

「わたしも処女と言った!! 抵抗は……させない!! もう、諦めて八雲ォッ!!」

「おま、止め……せめて自分で……!!」

「八雲の童貞はわたしのだああああーーーー!!」

「あ、あぁ……!?」

 

 

 ……アッー!!

 

 

 八雲、とうとう年貢の納め時。遂に、妻に童貞奪われた。

 次回、何があったか説明。合掌。



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本能覚醒! 淫乱和装妻になってしまった真冬さん!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真冬さん、とうとう旦那の初めての相手になってしまった。

 本人も初めてであり、まあ言うなればいっそ理想と言えなくもなかったが……。

「はぁ……はぁ……。お腹いっぱい。ご馳走さま八雲」

「…………」

「……あれ?」

 真冬さん、もう少し加減してあげてください。

 八雲はいくら溜まっていても、真冬さんほど飢えてはいないんです。

「八雲……? 八雲ッ!?」

「……………………」

 八雲は、妻のあまりの激しさに搾り取られて意識がなかった。

 要するに、だ。

 真冬さんは発情してて、加減を忘れていたのである……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、戻った憲兵が解析した音声を聞いている大本営。

 軽い恐慌に陥っていた。

「おい、早く誰か鎮守府に向かうんじゃ!! 八雲が死ぬ!!」

 大慌てのジジイが、血相を変えて諜報部から受け取った音声を基に指示を出す。

 不味い。孫が死ぬ。本当に死ぬ。間違いなく死ぬ。

(何てことじゃ……!! 人造棲姫が八雲を狙うとは!! 懐いているからこその盲点か!)

 当初、人造棲姫こと、真冬は大本営にいる頃は大人しい、無機質な存在だった。

 何をしても無反応、無表情。全くといって良いほど、動かない深海棲艦であった。

 誰が何をしても、痛い思いをしても、苦しい思いをしても、嫌がりもしなかった。

 無個性。彼女は従順であったが、同時に反応が著しく乏しい相手。

 故に、彼女には特別なリミッターが存在する。

 彼女は知らない、大人しか知っているはずのない彼女の秘密。

 あまりの反応のなさに、好き勝手に改造した結果、上がりすぎた性能を抑える一種の蓋として機能する。

 意図して追加したわけではない。そして、真冬はお人形じゃない。

 彼女はずっと苦しかった。泣きたかった。痛かった。でも、感情を発露しても意味がないと知っていた。

 表さないだけで、彼女は我慢を強いられていた。

 だから、大本営を彼女は嫌がる。あれほど、極度に戻りたくないと嘆いた。

 八雲は知らない。大本営での、皆の生活。意識して、八雲は聞かない。

 何れだけ救われたか。無関心を装っていても、聞けば苦しむと分かってくれている。

 真冬は、そういう彼の優しさを好いていた。だから、人一倍愛情を見せて彼に接した。

 彼女を女の子として意識してくれて、ことあることに優しく触れてくれる大きな手。

 大事にされている。その感情がどうであれ、真冬は八雲の良き存在とされている。

 肌で感じたその感情が、いとおしい気持ちになって、暴走した結果。

 性的に、彼を襲ってしまった。童貞を奪ってしまった。

 それは、良いとして。八雲もそこは許すだろう。

 まあ、彼にも悪くない話とのちに生き返った彼は言っていた。

 ただ、問題は……。

(深海棲艦の体液は猛毒……八雲も発狂して死んでしまうぞ!?)

 そう。耐性があると知らないジジイは、襲われるが即ち死ぬと言う認識であった。

 常人ならば簡単に気が狂うような濃厚な毒を、襲うとは嫌でも浴びることになる。

 それを知らなかったとはいえ、女としての機能がない奴等ならば子を成すのは有り得ない。

 そこはまだ、置いておく。襲われれば、その場で気が狂い八雲は精神が死ぬ。

 最後には物理的に死ぬ。命の危険が、真っ先に来ていた。

 何だかんだ、連中との生活はうまく進んでいたが、まさかの展開に軍人たちは大慌て。

 深海棲艦が、人間に発情して襲いかかる。恐怖としか思えない。

 親しくなったからこそ発展したのかもしれない。それはそれで危険な事だが今は触れない。

 八雲は制御すると言った。つまりは、これを危惧していたのか。

 自分が童貞を奪われて襲われると。それも含めて任せろと。

(あの馬鹿者め、ワシの警告を聞いていなかったのか!?)

 血液で無ければよいと言うことじゃない。

 ヨダレだろうが涙だろうが、体液はすべて猛毒なのに。

 時は遅いかもしれない。だが、夜になって急遽向かう憲兵。

 美味しくメインイベントとされてしまう前に。救出に向かった。

 同時に、並行して昼間彼女が接していたと言う八雲の学校の友人の少女を探る。

 何を手渡した。聞いた限りでは、何かをアドバイスして真冬に渡していたようだ。

 僅かな手がかりを基に早急に探しだして、二時間で入手して確保。

 ジジイの手には、見るからに怪しいコロンが乗っかっていった。

 丸っこい瓶に入った化粧品……? なのだろうか。

 最近の若者の感性は理解しがたい。試しに成分を分析して、製造会社を割り出す。

 流石は軍部で、直ぐに解析は終わった。

 製造したのも、何ら後ろめたいこともない普通の若者向けに化粧品を作る会社。

 成分は……何やら、気休め程度のフェロモン的な成分がメインのようで。

 合法の範囲どころか、これではぼったくりそのものみたいな、完全ななんちゃって商品。

 纏めると、媚薬でもないでもない。

 気分が盛り上がりそうな甘い匂いのするただの香水であった。

(……いや。何でこれで発情するんじゃ?)

 ジジイも思わず首を傾げる。薄っぺらい香水なら、ここの設備で十分再現できる。

 寧ろ、何故ここまで過激になった。

 だが、ここは元帥に至った人間。予想はついた。

(まさか……プラシーボ効果か!?)

 プラシーボ効果。分かりやすく言うなら思い込み。

 そう言うものと信じて真冬が起こした暴走であった。

 単純すぎる気がしてならないジジイ。

 兎に角。今は、孫の無事を祈るしかなかった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は遡る。

 それはデート中。

 喫茶店でのそれぞれの会話だった。

 化粧をして、着飾った橋本は真冬に何やら八雲との関係を聞きたそうにしていた。

 奢るから教えてくれと言われて、機密に関わるので適当に流して嘘八百を並べてでっち上げ。

 真冬もこの辺は弁えていた。但し、問題はここから先で……。

「で、真冬ちゃんは赤羽くんとしたの?」

 正直、初対面で聞く話じゃないが、八雲の知り合いであり彼の性癖は橋本は知っていた。

 意味がわからない真冬に純情か! とリアクションして砕いて説明。

 橋本と彼氏は、高校では同級生で、クラスメイト。

 特に彼氏と八雲は付き合いが長い、結構仲良しの友人。

 八雲も橋本と付き合うと聞いたとき、祝福してくれた良き友達。

 なぜロリコンでマゾと知っているかと言えば、橋本の彼氏も同類であるからだ。

 オタク文化で意気投合して、橋本自身もオタクであるので大体軽蔑はしない。

 因みにとっくに経験済み。本日は朝っぱらから頑張って帰りだったそうだ。

 色々な意味で若さ溢れるお盛んな年頃であった。

「だからさあ、赤羽くん童貞だってうちの彼氏が言ってるんだけども、そこんとこどうなの?」

「事実。八雲は未だに童貞」

 猥談にも関わらず顔色一つ変えない真冬。

 橋本は真冬も処女と聞いて驚いた。妙に猥談に貫禄のある、堂々として聞いていた。

 興味がないのではないし、知識がない訳でもない。足りないのは自覚するが。

「え? 逃げるの? 赤羽くん?」

「そう。わたしは、しょっちゅう誘う。けど、八雲はその度にダメって言う」

 何やら話題は、八雲の態度に移行して、毎回真冬が誘うのに逃げ出している理由は分からないと嘆く。

 興味津々で橋本は、不満を初めて同性に語る真冬の言葉に面白がっていた。

「うわあ……。赤羽くんヘタレじゃん。真冬ちゃんが恥ずかしいの我慢して誘ってるのに逃げるんでしょ? 最低すぎるわ」

「……色々あるから、仕方無いと思う」

 真冬は一瞬、陰りのある声で呟くのを橋本は聞いた。

 訳ありか。どうも、軍部である以上は普通の恋人じゃないと彼女も察した。

 呆れていたが、改める。

「ゴメン。酷いこと言ったね。訂正する」

 彼女は、真顔に表情を引き締めてアドバイスをしてみた。

 柄でもない役割だが、過去には付き合い記念に飯まで奢って貰った事もある。

 ほんのお礼に、真面目に言ってみよう。

「真冬ちゃんを大事にしてるんだよ。ヘタレと気遣いってのは紙一重。多分、そっちの環境的に迂闊なことをすれば、赤羽くんは大変な思いをするんじゃない? それこそ、真冬ちゃんを苦しめるようなことが起きるとかさ」

「……否定はしない」

 真冬の態度から読み取った橋本は、コーヒーを飲みながら遠くを見る彼女を見て確信した。

 これは、八雲の方は手詰まりに陥っている。つまりは、彼からは前に進めない。

 進めば真冬を不幸にする。だから、足踏みして止まっている。

 成る程、欲望一直線の男なら既に破滅している状況と見た。

 然し、ヘタレの謗りを受けても八雲は逃げている。大事にしたいと思っているからか。

「良い彼氏だね。真冬ちゃんを傷つけたくないんだよきっと」

「…………」

 分かっているのか、真冬はなにも言わない。

 橋本は分かった。言葉に出さないけど、真冬も八雲の気持ちは理解している。

 良い恋人関係だ。こんな場合じゃ仲違いも有り得るだろうに、だが二人は互いにちゃんと見ていた。

 けれど。

「でもさ。寂しいって言う気持ち、わかってほしいよね。我が儘だけども」

 ニヤニヤ笑い出した橋本は、真冬に言った。

 それも大事だが、感情は寂しいと知ってほしい。

 放置されると、自分には魅力がないのか不安になる。橋本はそうだ。

 真冬も同じらしく、だから不満があると愚痴る。

 打破する方法は分からないと彼女は言った。

 ならば、取って置きの手段がある。橋本は真冬に教えた。

「こう言うときは襲えばいいんだよ。強引さも必要だよ真冬ちゃん。どんなことあっても、離れる気無いんでしょう?」

 橋本は言うのだ。

 その気持ちは嬉しい。けれど、甘くも見ないでほしいと。

 真冬はどんな苦行でも八雲に添い遂げる。地獄であろうが上等だ。

 大事にしてもいいけど、可愛がるのを忘れるのはちょっと違うよね、と。

 力強く首肯する真冬。

「大事にするなら、大変なことも一緒に乗り越えるのがカップルってもんさ。恋人の繋がり舐めんなよって、見せてやるのよ。ヘタレで進めないなら、真冬ちゃんから進めばいい。彼氏が無理なら彼女が頑張る。それこそ、二人三脚の恋人関係だと思う」

「……そうなんだ」

 要点で言うなら、真冬から襲って童貞奪ってやれ。

 自分も初めて? だからなんだ。勢いと興奮で乗り切る。

 その為の道具もあると、例のコロンを机に載っけた。

「これは?」

「香水だよっ! お姉さんお勧めの、気分が盛り上がってエロいことしても何にも怖くなくなる魔法の香水」

 橋本自身が媚薬みたいなもんって言っていた。

 これ使えば、酔っぱらったみたいな気分になって、取り敢えず勢いで襲えるからと一個くれた。

 有り難く頂戴して、躊躇なく自分の顔目掛けてぶっぱなす真冬。

 唖然とする橋本。普通は首とかにするのに彼女は顔面にやった。

「いや、使いすぎ!! あと振り撒く場所もおかしい!! 顔はダメでしょ!?」

「…………なんか、ボーッとして来た……」

 矢鱈大量に使っていたが、気がつけば目が据わっている真冬が目の前にいた。

 思わずドン引きの橋本。

(真冬ちゃんめっちゃ効いてる!? 気休め程度なのになにこの効果!?)

 多少大袈裟に言っておいたが、異様に効果覿面で此方が驚いた。

 あくまで、市販品。媚薬じゃないと思うのだが……。

「大丈夫……?」

「わたしは、大丈夫……」

 ボーッとしている真冬は、彼女を通り越して早食い競争をしているバカ達を見ていた。

 ミートパイを早食いして負けた方が次に来るサンドイッチを丸のみするとか言う下らない勝負である。

 結果、背中に野獣の視線を感じてビビった八雲が失速して敗北。

 悪寒を感じたせいで産毛が総立ちして、警戒するように周りを見ていた。

「ん? どうした赤羽?」

「なんか……野獣の視線を感じたんだけど……?」

「お前、とうとう誘い受けになったか」

「違うわ!!」

 兎に角お前の負けと言われて到着したフルーツサンドを飲み込む八雲。自棄だった。

 哀れ八雲、自分の妻が物欲しそうに見ているのに気付かない。

 橋本も普通に引いた。凄い効果だった。

 そんなこんなで、こうして予備あるからと複数入手した魔法の香水。

 その効果で理性が吹っ飛び、発情してケダモノと化した真冬さんに、数時間後に……八雲は、美味しく食されるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん」

「どうしたの?」

「真冬さんに襲われたでしょ、この間のデートのあと」

「!?」

「……兄様、食べられてしまったんですか?」

「……黙秘で」

「あ、そう。でも昨日まで大本営行ってたよね? 異常あった?」

「無いって。でも、耐性あるのがバレて任務追加された」

「……えっ?」

「真冬が……最近、急激に能力が上昇したらしくて……。何でも、予想外らしい。その因果関係を調べるから、他の奴にも襲われてこいって……。どうせ、皆の毒は俺には効かないし、寧ろ向上するならデメリット無いから。好き放題手を出せって言われた……」

「うわぁ……」

「公認で浮気しろって……。もう、真冬に関しては責任取るのにこれ以上誰の人生を俺に負えと言うんだ……!」

「お兄ちゃん真冬さんの責任取るの!? じゃあマジで結婚前提!? 子供は出来ないから、そんな必要ないって前に聞いてなかった!?」

「バカ野郎! そう言う問題じゃねえ! 襲われたとは言えどヤっちまった以上はなぁ、責任取らなきゃいけねえんだよ!! それが男だ!! 良いよこいよ!! 真冬の人生を背負ったらあ!! あいつは俺の嫁だ、既成事実もあるんだ文句あるか!! 元々好みが服着て歩いているような奴だったんだ、後悔はねえ!!」

「凄い、無駄に男らしくなってるよお兄ちゃん!! 開き直って堂々としてる!!」

「……兄様?」

「どうした、飛騨! 嫁はやらんぞ?」

「いえ、後ろに……真冬さんが……」

「ファッ!?」

「……そう。背負ってくれるの、わたしの全部。じゃあ、わたしも背負う。八雲の全部」

「……飛騨。行こうか、真冬さんはこれから頑張るから、あたしたちはおいとまするよ」

「はーい……」

「ちょ、待って!? 置いてかないで二人とも!! 真冬さん、あれだけ搾ってまだ搾るの!? おい、せめてつけるものを用意させろ!!」

「要らない。あんな不要な邪魔物で、余計なものは必要ない」

「待て、要らないのはお前がそもそも特殊で普通は無計画な家族を増やさないための必需品ですけど!?」

「家族を持てないわたしの、数少ないアドバンテージだから、生でいいの」

「言い方ァ!! お前も堂々と俺を求めるな!! 開き直り止めろォ!!」

「八雲が欲しい。八雲はわたしの旦那様。妻は何時でも貰う権利がある」

「落ち着け、俺の体力考えろ、マジで枯れるから本当に勘弁……!」

「聞こえない、聞いてない、頂きます」

「あ……あぁ……っ!?」

 

 

 …………アッーーー!!

 

 

 

 

 真冬さん、自重をしなくなりました。

 あと最近、毎食に春雨が黙って精力のつくもの出してくれてるのでまだ生きていられる。

 誰かこの淫乱和装妻、止めて。合掌。



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不穏な覚醒

 

 

 

 

 

 

 憲兵の騒ぎに、夜と言えど気付く女がいた。

 妙に殺気を放つ憲兵を発見して、何事か問えば例の鎮守府に制圧と救出をしに向かうと言い出す。

「待ちなさい。人間だけで行ってどうにか出来るの? 余計な手間が増えるわ。……私に少し案がある」

 特有の物騒な気配を感じて、最強の女が腰をあげた。

 頼もしすぎる味方に憲兵も頷くしかなかった。彼女ならば相手が全面で降伏する。

 無血解決も夢じゃない。兎に角時間がないと説明して、事態を知った彼女はジジイに一報を入れる。

「私がでしゃばるけど、文句ないわね?」

「良かろう。桜庭元帥、ワシの孫を頼む」

 本当は無駄な争いと軋轢の悪化を回避するために動いた。

 聞けば何やら真冬が性的に八雲を襲っているらしい。

 内容に内心、彼女は頭を抱えた。

(これ、完全に空気読めない親の立場よね……。いやまあ、八雲君無事だと思うけど……)

 以前彼に出会ったときに妙にジジイを警戒していた。

 何か隠し事をしていると案内していた彼女は推測するが、襲われても死ぬと分かっているなら彼も嫌がる。

 確かに教え子とは別の愛情を育んでいるようだったし、彼も貴重な拒絶しない相手。

 そうなる気持ちも理解できなくもないが……。

 八雲のことだ。真冬のことを考え、行動していると彼女は信じる。

 ここの大人は真冬をモルモットにしか考えない。殺すつもりもあるんだろう。

(あんな試製の銃まで持ち出して、始末する気満々じゃない。殺らせないわよ。あの娘にも、幸せになる権利はある)

 邪魔になったモルモットは殺して処分など、胸糞悪い。

 これ以上、真冬や彼女の仲間を弄ぶ事は決して許さない。

 だから、矢面に立った。無事に、平穏に、言葉で解決するために。

 最強の女、大和ゲリウォン、始動の瞬間であった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 で、ダイジェストで事態を説明しよう。

 数時間後、大和ゲリウォン率いる憲兵が到着。

 見張りをしていた一人が、彼女を発見するや大パニックになって騒ぎ出した。

 軍人襲来。繰り返す、軍人襲来と内線で喚いた。

 内容は一級危険人物大和ゲリウォン。迎撃準備と皆様殺されると早とちり。

 一斉に飛び出して説明しようと中に入った彼女を襲う。

「やっぱりこの対応か!! ちょ、こら止めなさい、痛い痛い!!」

 得物構えて死に物狂いで襲いかかるも痛いで済まされ戦慄する。

 これが性能の違いかと恐れながらも死ぬ前に一矢報いると自棄で襲ってきた。

 落ち着けと言うが本能的に軍人が嫌いで大和ゲリウォンは最大の敵という認識の彼女たちには酷な話。

 人間が小動物の抵抗を受けているような光景だった、とのちに憲兵の一人がそれを眺めながら語った。

 加減しているのが向こうには伝わらないのは、性能の違いが天地の差ほどあるからか。

 死にたくない皆は懸命に抗った。因みに大和ゲリウォン、一切反撃しないで宥める。

 絶賛袋叩きにされているのに普通に無傷。なんなんだこいつ。

 で、敵の狙いはどうやら真冬と八雲と分かると、優秀なメイドが一人、果敢に奇襲。

「お覚悟を」

 凄まじい機動力で室内に侵入した賊を排除すべく、全速力で駆け抜ける。

 何時ものメイド服の背中に手を回して取り出す軍用ナイフを二刀流、逆手に構えて何と天井を走っていた。

 きゃーきゃー叫びながら大和ゲリウォンの侵攻を止めるために足止めしていく仲間たち。

「落ち着きなさい、なにもしないから!! 痛、ちょっと! 誰よ今鉄パイプで殴ったの!? そんなことしたらダメでしょ!!」

 大和ゲリウォンが一回でも怒ると更に室内はパニックに陥る。

 戦艦がぶっとい鉄パイプで思い切り殴打したのに痛いで済むし怒る余裕がある。

 勝てないとソイツは逃げ出した。で、頭上から奇襲の春雨が脳天目掛けて飛び込むも……。

「お前は忍者か!!」

 突き立てるように持ち変えた凶刃を、素手で掴む。

 動けずにそのまま目の前に持ってこられる。

 だらだら冷や汗を流して硬直するメイドさん。顔面蒼白だった。

 やっぱり無傷。ツッコミも冴え渡る、余裕の大和ゲリウォン。

「春雨、落ち着いて。普段の冷静沈着なあんたはどうしたの?」

「お、お嬢様にもご主人様にも手出しなどさせません……!」

「いや、声震えてるじゃない。痩せ我慢は立派だけど相手見ようね」

 無理するなと言われて、兎に角なにもしないと再三説明して宥める。

 ゆっくりと降ろして、横合いから飛んできたウォッカの瓶をその方向を見ないでキャッチ。

 騒ぎに気付いて、出雲が投げたモノであった。

「な、何しに来やがりましたか大和ゲリウォン!! お、お前に私達ごとき雑魚が敵うわけがないのに、何で来るんです!? それとも、とうとう私達はここで廃棄処分ですか!! 自ら皆殺しにしないと気が済みませんか!! どんだけ大本営の人間は鬼畜なんです!?」

 泣き出しそうになるのを堪えて叫ばれ、寧ろいっそ土下座でもしたい気分になった。

 糾弾が胸に痛い。突き刺さる虚勢が、大和ゲリウォンこと桜庭の精神を的確に抉る。

 辛いこと、苦しいこと、痛いこと。そう言うものを強いてきた人間は、皆にとっては恐怖の対象。

 憎いと同時にとても怖いのだと、単身乗り込んでいてよくわかった。

 いや、もうしてもいいよねと真面目に思った。あまりに罪悪感が積もって、此方の精神が持たない。

「お願いだから、本当に話を聞いて……。何にもしないし、何かすれば私が連中どうにかするから……」

 負い目のある桜庭は土下座は行かなくても、皆に頭を下げて頼み込んだ。

 無理だ。此方の心が悲鳴をあげる。罪悪感が膨張して破裂しそう。

 取り敢えず、敵意はないのと八雲に急用で来ただけだから、落ち着けと何度もいった。

 誰かが怯えながら言った。彼になんの用事かと。

「……彼、今ちょっと危ない状態でね。自覚してないんだけど、命に関わる容態だから。うちで検査するのよ。真冬も、此処のところ少し様子がおかしいの。だから、責任もって私が預かりたいのよ」

 検査のためと言えば嫌がる様子の皆は、然し道を開くしかない。

 大和ゲリウォンがここまで言うのだ。八雲が危険な容態ならば、事は急いだ方がいい。

 なにもしないと両手をあげて降参しながら、ゆっくりと進む。

 皆は怯えて廊下の隅で縮こまっていた。殺されるという恐怖が目に浮かんでいた。

(私がなにもしないって言っても、分かっては貰えないわね……)

 人間の都合で誕生した劣化コピーと、世界最強の一人。

 比べるまでもない、圧倒的な強者が弱者に何を言えば信用されるのか。

 多分不可能と思う。それほど、彼女の絶対的な存在は畏怖になる。

 春雨はガタガタ震えているし、出雲は近づくだけで悲鳴をあげて失神した。

(一番堪える……)

 なにもしないのにこの対応。心が折れそうだった。

 真冬の私室に向かい、ノックして反応を見る。

 暫くして、バタバタ室内で音がして。

「……誰? 今、わたしそんな気分じゃ……」

 恐らくは寝ていたのか、騒ぎに気づいていなかった。

 訝しげに言いながら寝間着の真冬が顔を出して。

「こんばんは、真冬。いきなりでごめんなさい」

 ……桜庭の顔を見上げて、血の気が失せた。

 一瞬で怯えが見えて、直ぐ様部屋に逃げようとした。

 桜庭はそれを阻止して、お前も大本営に来いと命じた。

「嫌、いやぁっ!!」

 途端に悲痛な叫びをあげて、逃げようと足掻いた。

 行きたくない、行きたくないと軽く腕を掴んだ彼女に懸命に抵抗して、部屋のドアにしがみつく。

「なにもさせないから、私が付き添うから落ち着いて真冬! 大丈夫、もう何も怖いことないわ!!」

 案の定凄まじく嫌がった。知ってはいたが、真冬は大本営に戻ることを極度に嫌がる。

 前に八雲が言っていた。不自然に拒絶していたと。

 然し、真冬も連れていかないと余計に悲惨な結果になる。

 分かっているのだ。桜庭も。今は、傷つけないように最短で最善の方法がこれしかない。

「やだ、やだぁっ!! 行きたくない、死にたくない! 八雲っ!! 助けて、八雲ォ!!」

 初めて八雲に助けを求める悲痛な声が響く。

 無理矢理回収して俵みたいに担いでいくか、と室内に八雲がいるのは確信している桜庭。

 子供みたいに必死になっている真冬は、感情をはっきり見せて別人のように泣き叫ぶ。

 そして、それが。

 彼の、逆鱗に触れた。

 

「なにやってんだお前」

 

 室内から、底冷えした怒りの声が聞こえた。

 桜庭ですら一瞬怯むほどのおぞましい、冷たい声。

 力が抜けて、真冬は室内に逃げて閉じ籠る。

 ドアを閉めて施錠して、中で泣いているようだった。

 それを見たのか、ドア越しに身震いする殺気が放たれた。

 

「おい、もう一度聞くぞ。なにやってんだお前?」

 

 恐らくは桜庭に対する威嚇。

 真冬を傷つけたと思われている。桜庭は冷静になり、丁寧に事情を説明した。

 申し訳ないと何度も謝罪して、八雲が危ないからすっ飛んできたと言うが……。

「黙れよ」

 突然、部屋のドアが開く。

 顔を見せた八雲が、激怒して出てきた。

 無事には無事であった。然し……。

(……えっ?)

 なんだ、これは。

 八雲の様子がおかしい。

 怒っているのじゃない。外見が変だ。

「真冬に、ここの皆に近寄るんじゃねえ。ついてきゃいいんだろ俺が。従ってやるから早く出ていけクソ野郎」

 口調も、まだ許容できる。

 然し、普段メガネ着用の彼は裸眼で、その瞳は……。

(海色……? なにこの色。彼、瞳孔は確か黒だったハズじゃ)

「聞こえねえのか。出ていけって言ってるんだ。殺すぞ」

 八雲の瞳が、不気味に蒼白く光を放っていた。

 まるで夜の海の色のような、ほの暗くも力強い光を。

 世界最強の桜庭に、一般人が殺すと脅すなど身の程知らずにも程があるが。

 本人が直感した。これは、教え子と同じ変化。

 身内を攻撃され、怒り狂う狂犬と酷似した警告と経験で知っていた。

 そして、彼女は言葉通り本当に襲ってくる。

 自滅もいとわない、超攻撃的な思考で後先考えずに襲ってくるのだ。

 不味い。彼女と同じ怒り狂う彼は、多分恐ろしい状態になっている。

 桜庭は思わず何度も頷いた。怒りに気圧された。

 なんという殺気。彼女に良く似ている、寒気を感じる温度。

 それ以上、八雲はなにも言わない。メガネを取り出して、勝手に歩き出す。

 黙って行くから早く出ろ。そうしないと、彼は更に怒り狂う。

 桜庭は素直に従った。

 これ以上、長居は無用だ。真冬に関しては、今回は見送ろう。

 八雲さえ来れば、良いのだから。

 八雲は終始無言で、外に出る頃には普段通りになってるのを、彼女は見ていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……これは?」

(これが例のお薬)

「……」

(何ですかこのドクロマーク。使えって言うわりには危険な臭いがするんですけど)

(まあ、命令ですからね。使ってみましょうか)

 

 

 

 

 

 

 

 

(…………八雲。八雲、八雲、八雲八雲八雲八雲八雲八雲八雲八雲八雲八雲八雲八雲八雲八雲八雲八雲八雲八雲)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(…………あはっ)



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人喰い艦娘

 

 

 

 

 

 結局、大本営に向かった彼は数日を使って隅々まで検査を受けた。

 その間、真冬は血液の採取を行い送りつけて出向を拒否。

 絶対に行かないと断固拒絶し、八雲も彼女に危害を加えるならばもう協力をしないと言うどころか。

「ジジイ、これ以上俺を怒らせるんじゃねえぞ。素人にゃ素人の反撃ってもんがあるんだぜ」

 本人を目の前にして、怒り心頭の彼は脅していた。

 真冬との行為は反逆ではないし、合意の上だった。それの何がおかしい。

 お前らはどう思うが、八雲は八雲の判断で進める。結果だけ受け取り引っ込んでいろ。

 そう、なんとジジイの胸ぐらを再会早々掴んで顔を寄せて怒る。

「八雲、貴様はッ……!!」

「俺の言ったことを耄碌で忘れたか、クソジジイ。俺は俺の判断でやるって言ったろ。てめえはてめえで好きにやれよ。だが、忘れんな。俺はな、とっくにてめえを見限ってる。理由は知った。理屈も分かった。だからなんだ。俺はジジイ、てめえの流儀が気に食わねえ。そして、真冬を殺そうとして桜庭元帥を寄越したことを、認めると思うか?」

 突き飛ばして彼は、よろめく祖父に告げる。

 事実上の、宣戦布告を。

「俺の立場は、元帥の孫だよなぁ? 良いこと思い付いたぜ、ジジイ。いや……海軍さんよお。てめえら、纏めて死ねや。社会的によ。反省の意味も込めて、次やったら俺マスコミ行くわ。もういい、てめえらの事情も正義も知るか。勝手に死ねよ肥溜めのブタ共。こんな連中、一掃したほうが皆が救われる」

 なんと八雲、自分を人質にマスコミに皆の存在を明かすと言い出した。

 彼は軍人ではない。軍規など全く関係ない民間人。だが、その存在は機密情報。

 それを、世間に公開してやると。

「八雲、貴様この国を滅ぼすつもりか!?」

 ジジイは叫ぶ。その意味は、政治的にも国際的にも世間的にも非難の的になり、軍部の存続に関わる。

 国防の要を、たった一人の高校生が、根刮ぎ破壊すると。

 自分が死んでも、彼女たちが行うと堂々と言うのだ。

「こんな命を弄ぶ、後ろめたいことしてるからだろうが。国家反逆? 死刑? いいさ、殺せよ。人間殺して、権力で闇に葬れよジジイ!! 今更だろう、俺も利用しろよ! 俺も、あの子達みたいに人権剥奪して、モルモットにしてみろよ!! 出来るんだろう!? なぁ、元帥赤羽! てめえが言う必要悪は、止まらねえ……止められねえ! 違うか!? 俺はもう、人じゃねえんだ、やれよほら!! 迷わず、人から生まれた後天的な化け物を扱ってみろよ!!」

 結果は異常なし。それが何よりの異常だった。

 どこの世界に、致死性の猛毒に触れておいて完全に無毒化出来る人間がいる。

 からくりは判明した。八雲は体内に、深海棲艦の体液に含まれる毒素に対する抗体があった。

 体質を書き換えを受けてしまっており、何故か彼の体内にのみ未知の物質が複数、含まれていた。

 挙げ句には人間には有り得ない得体の知れない細胞も僅かであるが心臓や眼球、脳に侵入していた。

 血液から取り出して確認しても、世界中のどの生物にも存在し得ないブラックボックスのようなもの。

 強いて言えば、某大佐の体質変容に似ているが、彼女は一時的な変異。

 八雲のそれは、恒久的変容。もう、治らない。

 彼女はそもそも艦娘になっているし、原因は魂の汚染。

 言うなれば八雲は肉体の汚染を受けていたと言えると、医療部は結論付けた。

 理解できない状況に右往左往する軍人たち。

 先天的に秘められた何かなのかも分からない。

 一つ言えることは、八雲は人間じゃない。人間に似た別の生き物になっていた。

「ふざけるな、貴様はワシの身内じゃ! 人から生まれるものは、如何なる存在であれワシは人と扱う! これは決して揺るがぬ、即ち貴様は人なのじゃぞ!!」

 対してジジイは真っ向から否定した。

 八雲は家族がいる。両親もいる。ならばいくら後天的な変異があろうが、それは人。

 艦娘や深海棲艦とは違うと、認めようとしない。

 立ち上がり、今度はジジイが胸ぐらを掴む。

「バカを言うんじゃねえ!! ほだされてんじゃねえぞジジイ!! てめえがやってることは一番温情から程遠いもんだろう!? 加減するなって言ってるんだ、最後まで自分の行動に筋を通せ!! 責任と義務を果たせよ!! 今更ごめんなさいもうやめますで済むかっての!」

「当然じゃ、やめる気などない!! だが、貴様は戦いが目的ではない! 貴様の目的は違う場所にあるじゃろ! 履き違えるな、適材適所を自覚しろ!!」

 暗に八雲は自分も人じゃないなら、好きにしろと言うのに。

 ジジイは言った。付け上がるな。八雲はあくまで、管理者に過ぎない。

 戦う皆とは違うのは当然で、決して温情に流される訳ではないと。

「ワシが八雲に求める内容は最初から加減などせんわバカタレ! いいか、貴様は何があろうが人と言う枠にしかならんのじゃよ! 人は人じゃ。化け物にも神様にもなれぬわ! 笑わせるな若造め!!」

 人は人にしかならない。

 その言葉を言うならば、こうも言える。

「てめえ……! つまりは人じゃないなら永遠に認めない気か!! 上等だ、表出ろ!! マジでぶち殺してやる!!」

「おうよ、ならばこの際白黒つけてくれるわ! 後悔するなよ青二才!!」

 皆を絶対に人とは見ないと言っているのと同じと分かり、激怒する。

 大本営の廊下でこのあと、検査を終えて報告を受けた八雲と元帥の死闘が始まるのは言うまでもない。

(心配してたって言えば、今の彼なら本気でキレるでしょうね……。はぁ、渋谷さんが増えたみたいだわこの現状。どうするの本当に……)

 仲裁に入った桜庭が思うのは、互いに思っていることがもう致命的に噛み合わない。

 八雲は現場の皆の味方で、元帥は大義と国のため。個人と集団。ミクロとマクロ。

 これは合わない。第二の教え子の出現のような事態に頭痛を覚える桜庭だった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 で。

 数日経過して漸く帰ってきた八雲。真冬さんに搾られた。

 加減をお願いしても味を覚えた淫乱和装妻、全然加減しない。

 本気で枯れそうであった。

 寂しかったらしいのと、純粋にコミュニケーションの一種になっていた。

 戻ってくる頃には皆様、真冬が八雲襲って童貞奪ったと知れ渡って、真冬が発情していると皆様も止める。

「薬服用して襲ったのか!? 落ち着け真冬さん、不味いぞ!?」

「薬じゃない、ただの魔法の香水」

 周囲が懸命に説得する。

 新たな任務と共に戻ってきた八雲。

 彼は死にそうな顔で言った。

 どうも、真冬が大幅に改装もしていないのに性能が襲った辺りから急激に上昇した。

 その因果を調べるべく、八雲は誰かを襲わないといけないのだそうで。

 無論、性的に。本人は凄く嫌がっていた。

 責任取るから、真冬は良しとして。真冬も他に愛人がいても妻は自分だと主張するのでそこはいい。

 問題は、真冬が使ったらしい香水を分析して、大本営が開発した妙な香水を配布したこと。

 何でも、真冬の血液と八雲の体内の細胞を基に開発したドーピング。

 擬似的に真冬に起きている上昇を再現できるか試作品で試せと言う。

 正直、何が起きるか予想つかないので、出雲が試すと言った。

「わ、私のような雑魚ならドーピングしても元々が弱いので暴走しても問題ないかと。工厰にでも置いといて下さい。あと八雲、私を襲ったら殺しますよ」

「襲うか!! 襲われているのは俺じゃボケェ!!」

 改装を終えて、それでもそこまで強くない出雲なら暴走しても制圧は楽。

 村雨も終えているが彼女は大本が姫という強大な深海棲艦。

 下手に以前に戻ると、現在真冬さんが発情期なので本気で八雲が精魂尽き果てる。

「真冬、ご主人様死んじゃうわよぅ? もう止めなさいってば」

 前は自分が襲っていたが未遂で終わっていた。

 正直言えば羨ましいが、それでも日々窶れていく彼を見ると哀れすぎて……。

「いや。夫婦のコミュニケーションだから止めない」

「えっちはコミュニケーションじゃないわよ!?」

 晴れてカップルになったので激しく求めすぎているのに止めない真冬。

 性欲無尽蔵何だろうか? というか、恐らくは彼女は本当にコミュニケーションでヤっているかも。

 と、有能メイド春雨は分析する。

「申し訳ないのですが、真冬お嬢様は愛しているご主人様の身体を本能で求めるようでして。理屈では最早手遅れのようで、矯正不可能です。精々、精力のつくお食事や精力剤をご提供する程度しか、わたしにはサポート出来ません。無力な春雨をお許しくださいご主人様……」

 無力感に項垂れる彼女に毎日礼を言っている。

 春雨が居ないととっくに死んでいる八雲は、真冬を何とかすると初めて周囲と一致団結して対処していた。

 寝不足と対処不足と疲れでいい加減、あの世が見えてきた。

 溜まっていた頃が懐かしい。あれもキツいが今もキツい。

 あのスケベ妻、ことあるごとに求めては八雲を追い込んで襲う。

 こう言っては何だが、八雲は一度も襲ったことはない。

 真冬を襲うではなく、真冬が襲う。

 で、毎日二時間は最低でも頑張っている。

 出撃やお手伝い、普段のお仕事を完璧にこなしてまだこの余裕。

 寧ろキラキラ状態が毎日であった。

「大丈夫、八雲はケダモノだからこのぐらいじゃ死なない」

「ケダモノはお前だってわからんか!!」

 何を真顔で言うのかこの妻は。

 そんな八雲の息子と体力が危機が迫る毎日に。

 追い討ちが発生していくのは、偶然ではなかったようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「八雲……。八雲……。八雲八雲八雲八雲八雲八雲八雲八雲八雲八雲八雲八雲」

「出雲? おい、出雲どうした!?」

 ある日、出雲が工厰からぶつぶつ小声で彼を呼びながら出ていた。

 虚ろな瞳で、ふらふら歩きながら八雲を探すように。

 たまたま声をかけ、様子がおかしいと八雲は近づこうとして。

 異変に直ぐ様気付く。

 

「八雲……。八雲ォッ!!」

 

 出雲は探していた獲物を見つけたように突然飛びかかってきた。

 雄叫びをあげて、装備を展開して狂喜の声と血走った目で。

 いきなり、室内で砲撃した。彼を目掛けて。

「!?」

 驚き、咄嗟に身を翻して回避。

 突発的な襲撃は慣れていた。伊達に初期からここにいない。

 着弾、壁が爆発。

 音が響き渡り、直ぐに誰かが来た。

 八雲は幸い回避して無傷。埃が舞い上がるなかを突っ切って脱出。

 狙いは自分だと経験上分かった。逃げないと不味い。

「なに、今の音……姉貴!? 何してるの!?」

 私服の凩が困惑して、出雲を発見。押し止める。

「八雲……八雲、何処……? お前の血が……肉が……欲しい……!!」

「はぁ!? な、何言ってるの姉貴!?」

 出雲が狂った様なことを言い出していたのが聞こえる。

 凩が止めるも無視して追いかけてきた。

「八雲……八雲!! 欲しい、欲しいぃっ!!」

 八雲の血と肉が欲しい。つまり、食べたい……?

 ……カニバリズムという奴か。

(おい、どういう意味だよそれは!?)

 出雲はそんなことを口走り、追撃する。

 理解できない八雲と、捕食を求める出雲の……危険な逃走劇が幕開けする。

 

 

 

 

 

 

 

 

(八雲が欲しい)

(八雲が欲しい)

(私は、イ級)

(肉食の、深海棲艦)

(人を食らう深海棲艦)

(八雲。お前は、私を認めてくれる唯一の人)

(お前は、私が認めた唯一の人)

(私が、お前を食べる)

(お前も、私を食べて)

(私は、出雲。イ級の、艦娘)

(八雲。お前は、私の……)

 

 

 

 

 

 

 

 

(私のモノ。私のご飯。私の……私だけの、大事な命)



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人喰い駆逐艦

 

 

 

 

 

 

 あの薬、一体何?

 なぜ、こんなにも胸が締め付けられる。

 強烈な甘い香りがしたと思ったら、急に頭がくらくらしてきた。

 嗅覚から脳内に侵入した麻薬のように、一気に頭を乱した。

 突然フィードバックする、嬉しい思い出と優しい記憶。

 一番最初にあったとき、最低最悪のロリコンでマゾで救いようがない変態だと思ってた。

 実際あんな映像見せられて、取り乱して取り敢えず身を守るために兎に角戦った。

 襲われてたまるか。折角人間になれたのに、『今度』は男に種付けされるなんて嫌だ。

 必死になって彼を撃退した。よく考えれば、一度も触れようとしたことなんか無かったのに。

 此方が思い込んで股間を何度も襲って潰して……。本当に最悪なのは自分だと後で散々悔いた。

 彼は、普通の人間だったのに。どうして勘違いした。思い込んだ。

 確かに初対面でえーぶい? とかいうのを見せたのは今でも許せない。

 あんな卑猥なものを自分にすると思うと、今も怖い。

 けど、それはもう謝っただろう。許してはいないが、流すことにした。

 そういうケダモノじゃないのはもう知っている。

 けれど、やはり心の何処かじゃ信じていなかった。

 こいつも、大本営の鬼畜と同じ自分を失敗作、出来損ないと蔑む。

 そう思っていた。なのに……。

(お前は、一度も私をそうは言わなかった)

 ずっと、接し方を探していたんだろう?

 狂暴だった彼女を一度も否定せず、攻撃せず、罵倒せず。

 ただ、堪えていた。彼は、変な人間であった。

 それが、何れ程の苦行だったか……今になればよくわかる。

 彼は、大本営で自分が受けていた仕打ちと同じようなものを受けた。

 自分はそれをしていた。苦しいと、辛いと知っているのに。

(私はとんでもねえバカな奴ですよ……)

 罵られ、否定され、叩かれ、殴られ、蹴られ、実験され。

 様々な苦痛を与えるくせに待っているのは落胆と苛立ち。

 何なんだ。自分達の都合で作ったくせに。

 自分の何が悪い。誕生? 誕生そのものが悪いのか?

(じゃあ、何で生かすんですか。早く殺せば良いものを)

 死にたいと思っていた。こんな連中に、好き勝手に弄ばれて。

 声をあげれば銃で撃たれる。悲鳴をあげれば刃を突き立てる。

 痛い。痛い。何で、何で自分がこんな目に遭う。

 艦娘じゃないからか。中身が違うからか。

 愛される命じゃないからか!?

(悪かったですね、イ級で。その辺の雑魚で……。私は朝潮になれない、朝潮の偽者……いえ、偽物)

 生きていることすら日々忌避されて、漸く出られると思ったらあの様だ。

 ……嬉しかった。素直に言おう。

 八雲に出会えて嬉しかった。

 初めてだったのだ。ちゃんと、声を聞いて会話をしてくれた人間は。

 話を聞いて、接してくれる人と出会うのは。

 彼は普通の人であった。だから、偏見もなしに何度も来てくれた。

 こんな弱い、どうでもいい有象無象の自分に、目を見て。

 初めてだった。意識が朦朧とする中を何とか戻り、玄関で倒れてしまったあの時。

 抱き抱えられる感触は、実は知っていた。痛みの中に、困惑と心配の声が聞こえて。

 優しく、抱き締められるあの時の気持ちを。

(理屈じゃないんですよ、八雲の行動は……)

 一晩中心配だからと自分を縛って貫徹したり。

 大した価値もない奴のために元帥に喧嘩を売って。

 皆をいきなり引き取って、地獄から救って。

 たくさんいる妹たちに、密かに人気があるなどどうせ知らない。

 様子見の頃は観察していたが、人柄はもう皆よく知っている。

 悪い人じゃない。寧ろ、優しい人。受け入れる人。

 あの問題だらけの飛騨すら難なく受け入れ世話するお人好し。

 一度も反撃せず、一度も抵抗せず、ただ我慢していた時の事を言うと一同罪悪感もある。

 凩がいち早く受け入れて緩衝材になったおかげで大惨事は回避できた。

 そうなれば待っているのは、後悔。

 彼の態度につけこんで好き勝手にしていたのは悔やむしかない。

 自分もそうだった。

(お前に妹を二人任せたのは正解だったようですね……)

 彼なら、きっと。幸福にしてくれる。

 今なら、信頼できる。信用できる。

 改装したときにご褒美とか言って肩車もしてくれた。

 その頃には、頭も撫でて褒めてくれた。

(知ってますか八雲。私の顔を見て褒める人間は、お前しか居ないんですよ?)

 自分は長女。一番最初の試作型量産深海艦娘。

 常にのし掛かる目標に達しない毎日で受けた仕打ちは苦しみだけ。

 褒めるなど有り得ない環境だった。

 けど、八雲は褒めてくれた。ご褒美もくれた。

 改装したら少しは成長した。これで、ちょっとは彼に近づけた?

(……信用であって、恋心じゃねえです。私はあいつのこと、信じても好きじゃねえです。絶対好きじゃねえです!!)

 嫌いではないけど。そう、嫌いではないのは間違いない。

 そんな信じている彼を、どうして……欲している。

 今の自分が、少しずつ見えてきた。

 一体、何をしているんだ……これは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、落ち着け出雲!! 何がどうなってんだ!?」

「八雲、お前を食べたい……食べたいッ!!」

 逃げ回る八雲。追いかける出雲。

 繰り返す、食べたいの言葉。やっぱり、彼女は八雲を捕食の対象にしている。

 外に逃げて、背後の砲撃を直感で避けている。

 時間稼ぎは成功したようだ。逃げ回るうちに大事になって皆が出てきた。

「出雲、なにしてんのよ!? ご主人様を食べるってなに!? 村雨もまだなのにぃ!!」

「本音が出てるぞアホメイドォ!!」

 鎖付きの錨を持ち出す村雨の台詞に思わず怒鳴る。

 飛騨や春雨も参上して、砲撃を構わず行う彼女に物量で押さえ込む。

 大人しくなっても中身は変化がないのかあのエロメイドは。

 抵抗しながら暴れる出雲。相変わらず血走って八雲を見ていた。

 まるで、極度の飢餓に見舞われた獣のような雰囲気である。

「村雨、早くあいつ止めて! 俺喰われる!!」

「……えっ!? まさか、物理の方で?」

「何で疑問符!? それ以外に何があるんだ! 襲われるのは真冬で十分だよ!!」

 バカを言いながら、鎖で捕縛して、転がした。

 薬の臭いがすると、春雨が気付いて皆に警告。

「皆様、出雲お嬢様からお下がりください! 危険です!!」

 何か気付いて、何事かと思わず下がる皆を見て、言った。

 恐らくは例の薬を使用しており、予想ではあるが……中身が深海棲艦に戻っていると。

 明らかに人の理性を失って、本能のみで動いている。そんな様子らしい。

「じゃあ、出雲は……」

「はい。わたしの憶測で申し訳ないのですが……これは、イ級の主食の反応かと。あまり近寄ってはなりません。姉さんやわたしは、中身が姫なので自制が可能ですが……普通の深海棲艦のお嬢様方は、臭いに当てられて深海棲艦の本能が出ると存じます。暴走の危険性がありますので、今の出雲お嬢様に触れるのも寄るのも危険です。皆さま方には、あの香水は猛毒の可能性も考えられます」

 じたばたもがく出雲は八雲を食べたいとしか、言わない。

 凩も諸に吸い込んで、くらくらすると言うので取り敢えず違うもので臭いを中和。

「こちら、ご主人様の昨日のパンツでございます」

「ファッ!?」

 洗濯する前の汚れたパンツを凩に与えていた。

 何してる、と言う前に……。

「うへへ……お兄ちゃんの……ぐへへへへ」

 こっちの方がドン引きの笑顔で顔を埋める変態の妹がいた。

 ああ、あれで中和できるのか。周囲は軽蔑の目で見るが仕方無い。

 大喜びの凩はこれで問題ないと春雨は言った。

 臭いにはもっと強い臭いで上書きという乱暴な方法だそうで。

 問題は完全に戻ってしまっている出雲の方だった。

 眼中にないのか、八雲のみを見定めて狙っている。

 村雨も呆然としていた。真冬は丁度出てて居ないので、春雨が仕切る。

 どういう理屈なのかは、反応でしか予想できないと前置きしてから語る。

 イ級という深海棲艦は、そもそもが今も多発する海難事故の犠牲者を主食にする。

 言うなれば、何処にでも現れるのはそこらじゅうに沈んでいる人間の死骸を喰らう為。

 イ級などのああいう手合いは昔からいるので比較的に解明が進んでいる。

 それによれば、イ級の系統は主食は人肉。人間を喰らう深海棲艦であり、艦娘は食わない。

 無機物からなる艦娘は天然の人間ではない。イ級は、天然物しか食べない。

 故に深海棲艦になる艦娘はいるが、深海棲艦になる人間はいない。イ級の餌だから。

 そして、この場合。ここにいる人は、八雲のみ。

 イ級に取り込まれたなら、八雲を欲するのは生態を鑑みても妥当なものじゃないかと。

「えっ……じゃあ、俺は……」

「落ち着かせるのは、大変申しにくいのですが……ご主人様。お覚悟を」

 背中に手を伸ばして、軍用ナイフを取り出す春雨。

 息を呑む一同。村雨が慌てて止める。

「ちょっと、春雨!! 何をするのよ!?」

「姉さん、出雲お嬢様を落ち着かせるには……こうするしかないのです」

 一度でも元に堕ちれば、早々簡単には戻ってこれまい。

 そう、見ていて感じると春雨は皆にも聞く。

 出雲をこのままで良いのか? 下手すれば処分される。

 見殺しを避ける為には、八雲を傷つけるしかないのだと。

「然し、坊主を……出雲に喰わせるのか? おい、異常な行動だぞ……」

「重々、承知しております。ですが、現状解決法はありません。あるいは、殺しますか。出雲お嬢様を。堕ちた仲間は、仲間ではないと言うなら。それも、わたしは吝かでは無いのです」

 目に見える解決法は、どれもマトモじゃない。

 そうハッキリ春雨は言った。元々が出雲以外はあまり解明が進んでいない、半分人に近い異物。

 良くて、凩が近いと言った。彼女も中身は駆逐。大きな違いはないが。

「春雨さんの言う通りじゃないかな。あたしも、落ち着いたけどくらくらしたし」

 同じ人肉が主食の中身である凩も腕を組んで真顔で言った。

 ……頭に八雲のパンツを被っていたが。

「寸前で止まったあたしは良いけど、姉貴はもう手遅れだって。無理だよ、この時点で。お兄ちゃん喰うことしか頭に無さそう。言っても無駄じゃない。目に入ってない。言葉も、通じてなさそうだしさ」

 言外に、イ級と同じ畜生に堕ちていると凩は指摘する。

 動物には言葉は意味がない。殺すか、喰わせるか。

 その二つしかない。

 放置すれば殺される。確実に。

 それが嫌なら……。

「何だよ。簡単じゃねえか。おし、任せな」

 と、そこまで聞いていた八雲は笑った。

 迷う理由などない。皆に、そう言った。

「分かった分かった。要するに俺の肉でも血でも何でも喰わせれば落ち着くんだろ? 多分だけど。方法ないなら試してみようぜ。死ぬよりはいいだろうよ」

「坊主、正気かッ!?」

 誰かが言った。自分を喰わせるのに抵抗がないのか。

 お前は今、人として禁忌を出雲に与えようとしている。

 躊躇いは無いのかと。

「いや、出雲は元々がイ級……つまりは、中身は人じゃないだろう。人間の対処じゃ待ってるのは死ぬだけだ。俺は嫌だね、皆を死なせるのは。だったら、俺のせいじゃん。全部俺が言い出したことだ。俺が出雲に俺を喰わせた。出雲が死ぬのは俺は嫌だ。だから、俺はエゴで出雲に喰わせる。俺が悪い」

 バカを言っているのは知っている。

 だが、前に進むも後ろに戻るも地獄しかない。

 ならば、悪者に八雲がなり、出雲を助ける。

 最善などないのだ。悪手しか。

「……ご主人様、本当に宜しいですか?」

「あぁ。ゴメンな春雨。イヤな役を、任せて」

「いえ……」

 春雨からナイフを受け取り、出雲に近づく。

 心配そうに、あるいは目を背ける面々の中を進む。

 春雨は、あとは任せて工厰に荷物を取りに行った。

「八雲、八雲……!!」

「はいはい。お前は、仕方無い奴だな。待ってろ、今楽にするから」

 恍惚に顔を歪ませる出雲に。

 八雲は、膝を折って屈んでゆっくりと……刃を、自分の腕に突き立てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(美味しかった)

(八雲は、とても)

(同時に、凄まじい嫌悪感を感じた)

(私は、大事な人を喰ったのだ)

(私を救うために八雲を傷つけて、それを喰らった)

(吐き気がする)

(お腹が痛い)

(気持ち悪い)

(なのに……)

(どうして?)

(どうして、こんなに満たされる?)

(私は、畜生だったのか?)

(八雲を、食べたのに……)

(なんでこんなにも)

 

 

 

 

 

 

(――嬉しいと、感じてしまうんだッ!?)

 

 

 

 

 

 

 

「あああああああああああぁぁああっ!!!!」



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私をあげます

 

 

 

 

 

 

 

 ……皆は絶句した。

 八雲は自分の腕に深々と刃を突き立てた。

 抉るように動かし、苦悶の表情と声をあげつつ、肉を切り捨てた。

 のたうち回った出雲が落ちた鮮血の混じった生肉に飛び付いて、そのまま食べた。

 拘束を村雨が解いた。飛びかかる出雲。

 ぐちゃぐちゃ、ぐちゃぐちゃ。生肉を咀嚼する、気持ちの悪い音がする。

 口の周りを生臭くしながら、大喜びで食べ続けるその様子は……正しく、人の姿を借りた深海棲艦。

 化け物。自分達は、そう言うものを宿している。自覚をせざるを得ない光景で。

 誰もが、現実を思い知った。

 すぐに戻ってきた春雨が高速修復材を腕に浴びせて、穴の空いた傷跡が一気に治癒された。

 そうか。そう、皆は思い出す。

 八雲は既に半分異物になっていた。これを使えば傷など癒える。

 然し、よくもまあ理屈で分かっていたとはいえ……実行できたものだ。

 痛みはある。恐怖もあり、躊躇いはあるだろうに。

「俺はさ……。知り合いが死ぬのはイヤなんだよ」

 貪る彼女を見下ろして、八雲は呟いた。

 彼女は最早別の何かになっているのに……八雲は、何も気にしない。

 人を喰う人。それは古くより、禁忌とされる人間の共食い。

 人は知性のある生き物であり、本来であれば……共食いなどするはずもない。

 そんな危機的な状況に、ならない限りは。

「実を言うと、三人しかいない頃は俺、戦争に関わっている自覚ってなかったんだ。お笑い草だろう? 現実を理解してない無知な一般人だった」

 癒えた腕を見つめて、呆然とする皆に言った。

 初めて自覚したのは、出雲の負傷であり、それを切っ掛けに彼は思い知った。

 己が今、どこにいるのかを。

「戦時ってのは現場じゃなきゃ今時分からねえんだ。なぜかって言えば、海軍が死に物狂いで戦って、民間に影響をなるべく与えないから。俺は孫だったのに、それすら分かってなかった。戦争なんか遠くの世界、俺にはなんにも関係ないって思ってた。けど、違うんだよなあ……。俺は、戦争の一部に関与してる。それをもう、知っているから」

 民間人らしい発想に、特有の無関心。

 それが、最初の八雲。けど、それは過去の事。

「いつ死ぬか、皆分からない。俺は現場を知らないから、何も言えないしそもそも提督じゃない。能力も素質も技術もない。ただの高校生さ。だけど、俺でも分かることはある。俺は知り合いに死んでほしくはない。エゴであっても、身勝手な事で、落ち着いた出雲が苦しむのも分かってた。けど、やった。死ぬよりはいい。そう、思った。言い訳に過ぎないのも、知ってて言ってる。俺が悪いんだよ。出雲は悪くない。悪いのは全部人間のエゴ。出雲、聞こえるなら聞いてくれ。お前は、俺に苦しみを与えられた。償いに何を要求してもいいんだ。俺は、責任取るから。死ねって言うなら、死ぬしかない。それだけの苦痛を、出雲に押し付けちまった」

 何時しか独白になっていた彼の言葉を、血走った目から理性の光を宿した彼女が……我に帰った。

 己のしていることを、自覚するように。ゆっくりと、自分の手を見た。

 真っ赤に染まった両手。生臭い口の中と鉄の味。僅かに残る、気持ち悪い感触。

「……」

 無言になり、出雲は……自分が何をしたか、分かってしまった。

 これは、化け物の所業。目の前で、皆の目の前で……八雲を、喰っていた。

「私は……何て事を……」

 気持ち悪い。腹痛がする。吐き気がする。

 なのに、恍惚とした愉悦が脳内を満たす。

 満足。強烈な満足感。

 空腹を感じていた彼女の身体は、少量の人間の肉を喰らって落ち着いた。

 だが、同時に薬物で狂っていた理性が冷静になり、自分の仕出かす行動を見せた。

 八雲を喰ったのだ。激しく求め、殺してでも食い散らかすつもりで。

 瞬間、出雲は限界を迎えた。

 

「あ……ああああああああああああぁああああああっ!!!!」

 

 絶叫。精神が激しく動揺し、感情が悲鳴と言う逃げ道を選ぶ。

 後悔と、混乱と、満足。その三つが混ざり、混沌となって出雲を襲う。

 何で。何で八雲を喰らったのだ。食べてしまったのだ。

 人間なのに。八雲は、人間なのに!!

 イ級の本能に負けて、思考を奪われてこの始末。

 何故だ。なぜ、殺してくれなかった。生かそうと思った。

「八雲……どうして、殺してくれないんですか……!? 私は、お前を……食べて……!!」

 立ち上がって、出雲は胸ぐらを掴んだ。分かっている。全部中で見ていた。

 助けようとしていた。だが、彼の言う通り、それはただのエゴ。

「なぜ殺さないんです!? 誰が助けろって言いましたか!? 言ってもないことを、自分の気持ちを優先して……お前は……!!」

「その通りだよ。俺は、お前の事を無視して押し通した。だから、責めてくれ。出雲にしか、出来ないことだから……」

 周囲が出雲にその言いぐさは何だと食いかかろうとして、八雲は止めた。

 だから、彼女の気持ちは死ぬことだったのだ。喰らうぐらいなら、殺せと願ったのに。

 真逆の苦行を、余計なお世話をしたのだ。

 大粒の涙を浮かべて、小柄な出雲は彼を睨み上げた。

 悲しみと、苦しみ……怒り。そんな感情しかない。

「今からでも遅くないです!! 私を殺して!! お前を喰らう化け物など生きる価値もない! 償いに何を要求してもいいなら、お前が私を殺すんですよ八雲!! 責任を取ってくださいよ!!」

「無理だ。それだけは、出来ない。俺は人殺しをする気はない。出雲を殺したくもない」

 首を振って、それを否定する。

 また、自分の気持ちだけ優先すると激怒して、出雲は怒鳴った。

「私の立場も、気持ちも少しは考えろこのバカッ!! 私は、お前を……信じているお前の肉を喰った化け物!! 私がこれから先、この事実を受け入れて生きていけると思うんですか!? 無理ですよ!! 寧ろ償いをするべきなのは私なのに、恩知らずの私をまだ生きろと言うんですか!! やっぱりお前もただの人間なんですか!?」

 ……何だろうか。

 互いに自分勝手な言い分しか言ってないことに気付く。

 相反すると思っていたが、平行線のまま、言い合いは続く。

 次第に、泣き出して責める出雲は妥協を始めた。

 頑なに、八雲は殺しも処分も認めない。その気持ちは分かった。

「だったら!! だったらもういいです!! 八雲、私をお前に全部やります!! 私はお前を喰った化け物、好きに扱えばいいでしょう!! 殺すも生かすも!! でも、忘れないでくださいよ……私は! お前が嫌いになりました!! 折角信じていたのに、お前が私を生かすから!! そんなやつは大嫌いです!! 無神経の鈍感バカ、お前は最低の男です!! 何でもすればいいでしょう! 襲いたければ襲いなさい! ペット扱いにでも好きになさい!! もう私は知りません!!」

 八雲がなら、気が済むように責任をとれと。自分の存在を明け渡すから、それで妥協してやる。

 自分を生かした責任も、自分の負った心の傷も、全部八雲のせいにしてやる。

 その代わりに、自分も死ぬのと同等の罰を背負うことにした。

 即ち、己の存在の譲渡。出雲は、八雲の所有物になると。

 ……妹と、同じ存在に自分からなった。

 権利剥奪をして、所有者になることを要求してきた。

「……それがお前の望み?」

「もう、私には何にも言えません。お前の勝手になさいなこの最低男」

 罵りながら、涙目で睨んでくる。八雲は頷く。

 それが、彼女の望み。八雲の償いになるのならば。

 この日。出雲は、八雲のモノになった。

 八雲に従う、化け物として。そして、生かされる苦痛を八雲のせいにするために……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 八雲は出雲の人生も背負った。

 戻ってきた真冬は事情を聞いて早々、

「八雲は無神経。出雲の気持ちも少しは考えてあげて」

 と、責められた。殺しはしなくても、待っていれば真冬がどうにかした。

 例えば……。

「八雲の――でもよかった気がする」

「お前はぶれねえなあ!!」

 下のあれでも良かったんじゃないかと。

 確かにそっちも体液だけど……イ級の主食は人肉だ。

 性欲で動く真冬と違って、彼女の場合は食欲だったらしい。

「八雲の肉が欲しかったのは……否定しませんが……」

 物置小屋の執務室で、騒動が終わって落ち着いた皆は各々戻っていった。

 出雲は嫌そうにしつつも詳しい事情を話した。

 その場には春雨、飛騨、凩、村雨、出雲、真冬と八雲がいた。

「八雲。兎に角、出雲も嫁にして。責任取るべし」

「少しお前は黙れ真冬。そういう責任じゃないから」

 そっちの手を出したじゃない。出雲は好きにしろと言うが今は違う。

 なぜ、そんな風に至ったかだ。先ほどは簡単に言っただけと春雨はイ級について、続きを言う。

「イ級と言うのは、全世界の海にいるんです。気候を無視して生存できる高い生命力と、餌を求めて回遊する広い行動範囲が特徴と言われます」

 このご時世に何処の海にもいる、民間人も下手すれば見たことのある深海棲艦。

 なぜ、大体が人肉を喰えるのか。簡単な話と彼女は言う。

「海産物を求めて、海外の貧しい国では毎日漁業に出ると聞きます。大した装備もない、勿論貧しいので海軍の護衛もない……。そういう国のほうが、イ級はたくさんいるんです。お金のために、海に出て毎日豊富な餌になっている。向こうはそんな感じだそうです」

 この時代において、海産物は貴重なもの。

 海がこの始末で、漁業支援とかいう任務があるぐらい、困難な状況なのだ。

 高値の海産物を少しでもコストを押さえて手に入れるために、発展途上の国は無理をする。

 そういう場合に人間は民間人でも無謀に海に出る。

 身近なお宝の山を目指して、深海棲艦の蔓延る世界に出て死ぬ。

 遠い海では、これが現状。では、我が国では。

「ハッキリ申しますと、餌になるのは輸送船と密漁を行う人々だそうです。特に、密漁を行っている人々は一攫千金を狙って海軍にも言わずに出ていっては、闇市で捌くとか……。その辺は、国などは関係ないかと」

 要するに半分は因果応報らしい。

 勝手に海産物狙って飛び出していって、海軍に言えない事情故に博打のような真似をして沈む。

 この国ではイ級などの駆逐艦は小判鮫のようなオマケが多い。

 それも頻繁に掃討されているからであって、海外ではイ級の方が被害は大きい。

 豊富な餌は遠方にあり、こちらの場合はオマケで美味しい思いをするセコいイ級などが大半。

 数はこれでも、少ないほうだそうだ。

「ですので、出雲お嬢様は国内のイ級が中に入ってます。少量で満足したのはそれが理由かと。海外のイ級なら……今頃、ご主人様は生きてません。ご遺体もなく、全て食されております」

 さらっと恐ろしいことを言う。

「……出雲。納得した?」

「出来るわけねえでしょう!! そんな理由であんなのになったんですか!! 最悪です、もう本当に最悪です!! 全部八雲が悪い!!」

「……反省するよ……」

 八雲が悪いと言い出す出雲は、トラウマを抱えつつ、逃避する方法も与えられて何とか生きていた。

 全部八雲が悪い。その言葉が無かったら、今頃は……自沈していただろうから……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「出雲」

「……何ですか」

「何で身構える?」

「お前が私を襲うかもしれないので。て、抵抗はしませんが……」

「あのね、そう泣きそうな顔で身構えるの止めて。俺そんなことしないから」

「いいんです。生殺与奪は八雲が決めることなので……ロリコンでも私は何も言いません……」

「出雲に手出ししたら本物じゃん!? 喰われても食うことはないよ!?」

「…………あんまり言わないでくださいね。気にしているので……」

「あっ……と、ゴメン」

「お前は気にしないんですね。私が気持ち悪くないんですか?」

「いや、別に。何でかな、普通にあり得ないと思うのにあんまし抵抗ないわ」

「えぇ……」

「何て言うか、そんな気がしない。俺生きてるし」

「理屈知ってるから、それこそ仕方無いじゃん」

「いや、感情的にはどうなんですかそれは?」

「……出雲だしなぁ。まあ、いいやって感じ」

「お前頭おかしいですよ? イカれてます」

「うるせえ。歯向かうな俺の所有物。罰としてお前来週俺とデートな。拒否権はねえぞ」

「ファッ!? 早速女の弱味につけこんで……!!」

「お前意外と気にしてないだろ」

「してますよ!! 失礼なロリコンですね!!」

「良いからデートしろ。いいな?」

「……分かりましたよ」

「よろしい」

「ですが」

「ん?」

「ホテルインは絶対嫌ですからね。そんなことしたら死にますから」

「するかっての!!」

 八雲、出雲とのお出掛けも決定した。

 但しお泊まりはお断りされた。合掌。



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出雲、ツンデレ疑惑

 

 

 

 

 

 

 

 

 次回の外出は出雲に決定した。

 世間では、ハロウィンとか何かと騒いでいるが。

 ハロウィンを楽しむ余裕があれば、良かった。

 然し、問題は次々と浮上する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 出雲は、海上を疾走していた。

 理由は、出撃が今日もあるからだ。

 ……思い出したくもないおぞましい記憶と共に、全てを八雲に明け渡した。

 生きるのは既に辛い。悪夢のように甦る、あの時の事。

 自分は悪くない。何度も自己暗示のように繰り返してここ数日は過ごす。

 然し、異変は起きるもので。確かに八雲を喰らった。その証が、己の中にはあった。

 道中、出てくる同類を殺せる速度が尋常じゃないレベルで成長していた。

 何故だ。まだ第一改装を終えて、練度に換算すれば大体40手前ほど。

 そこまでは高くないのに。今まで苦戦した相手が手際よく倒せる。

 相手の動きが鈍いのか、今日たまたま調子が良いのか分からない。

 幸い、今日は真冬と共にいた。彼女は……いつも通りか。

 真冬も、ある意味では八雲を日々食らっている……食らっている?

(いや、真冬さんの場合はただの発情じゃ……?)

 兎に角、身体的な繋がりが出雲に比べて常識的な範囲であり、相談を出来る唯一の相手。

 相変わらず八雲の体力を無視して襲いたい時に襲っては絶叫と果てさせて精を搾っていた。

 加減を知らないのは、愛情の強さのトップをキープしているからか。

 ドーピングは八雲が大本営に報告して破棄した。

 結果は理性を失い見境なく暴れる事実上の暴走であり、劇薬にしかならない。

 元々期待してなかった連中は捨てることを許可したので廃棄。

 結果のデータは、適当に誤魔化した。

 性能向上はドーピングの副産物だろうと予想されるとか。

 兎に角真冬からすれば、えっちは間違いなくコミュニケーションであり、八雲への愛情表現。

 但し全くのブレーキ無しが続くのでいい加減旦那死にそう。

 話を戻すと、真冬は出雲に対してこう言った。

「カニバリズム、って言うらしい。人が、人を食べることを。でも、わたしも出雲も元々人じゃない。艦娘でもない。見た目が、同じなだけ。中身は深海棲艦……。生態が歪んでいるのは当然。結果として、八雲を食べても……仕方無いと、わたしは思う」

 人が人を食うのは異常。誰でも知っている。

 ならば、イ級が人を食うのは異常か? いいや、それは摂理に過ぎない。

 人間の共食いが異常なのであって、中身の違う異物の場合は前提が違う。

 故に、何らおかしいモノじゃないと慰める。

「そんな……そんな理屈が、何になるんですか。私は、八雲を……」

「出雲の意思じゃない。ただの本能。薬物でおかしくなった。強いて言えば大本営の悪意が原因」

 結果だけを見れば何時までも苦しむ。彼女は、悪くない。

 真冬もそう言う。でも、出雲は納得できない。

「真冬さんは、自分が人間じゃないって……受け入れるんですか。化け物だって。モルモットだって、諦めて」

「現実も本質も、変わらない。目を背けてもわたしたちは、人になれない。艦娘もそう。深海棲艦もそう。混ざる前から、みんな化け物。モルモットなのも、同じ。人は人。わたしたちは、模造品」

 淡々と、彼女は言った。

 化け物、モルモット、模造品。

 自分の存在は、艦娘も深海棲艦と大きく違いなどなく。

 等しく、人じゃない。そう否定していた。

「八雲はわたしを、女の子だって言った。だから、八雲の前では女の子としてわたしは生きてる。けど、それ以外はわたしはモルモット。八雲の前だから、女の子に……人になれる。あくまで、八雲の前でだけ」

 特別なのは、彼の近くにいるときにか限る。

 彼は自分の物差しで皆を見ていた。事の本質など気にしない。

 故に、真冬は忘れることができる。自分が人だと、夢を見ている。

「……都合が良すぎますよ」

「逃避だって言いたいなら、その通り。わたしも分かってる。けど、八雲の前じゃ女の子で居たい。逃げてるだけ。愛していても、お人形ごっこと同じだなんて……わたしだって、理解できる」

 自分の都合で解釈を変えて、逃避をしながら生きていく。

 それが、今の真冬の生き方。

 出雲は受け入れても、認められない真冬の弱さを垣間見た。

 そして、彼女が如何に八雲を愛しているかも。

「あの唐変木の何がいいんですか? 情けない男で、ロリコンで、マゾなのに」

「出雲、悪口はいけない。気持ちを隠すのに罵れば、本当に離れていく」

 出雲の台詞に真顔で指摘された。

 途端に顔を真っ赤にして、慌て出す出雲。

「はい!? 何ですか気持ちを隠すって!? 私は懐いてねえです!! コロッと騙されるほど無警戒でもねえです!! 八雲のことは信用はしても信頼はしてねえですから、勘違いも甚だしい!」

 また面倒臭い性格になっていた。

 自分で信用はしているが信頼はしないとか矛盾することを言うし。

「…………」

「何ですかその生温かい視線は!? 本心ですし!! あいつなんか好きじゃねえです!! ロリコンに懐く程私はチョロくなどないですから!!」

 何でもいいが、取り敢えず海上のど真ん中で喚くのは止めろと言った。煩い。

「信用しているなら、八雲を食べたことなんか気にしないでいい。出雲、死にたいとか言わないで。八雲は悲しむし、わたしも嫌」

「……簡単にいってくれますよ。私がどんな気分か分かってないから言える訳でしょうし」

 八雲への罪悪感と己への嫌悪感。それが、出雲の抱える感情。

 彼を食べたことで、急激に性能は向上した。

 やはり、八雲と何かしらの繋がりを得ることは強くなることの近道のようだ。

 性的然り、物理的然り。

 対極的な方法で繋がっている二人以外も、村雨が何やら出雲の二の舞を演じるような事を探していた気がする。

 性的に襲えば妹に矯正されるからって、彼女も物理で繋がる方向のようだ。

(なに考えているんですかねあの人も……。私を見れば、分かるでしょうに……)

 村雨はどちらかと言えば真冬に近い、悪影響の受けた存在。

 どんな変態的なプレイで繋がるのか、想像したくもない。此方は一応駆逐艦だ。幼い部類の。

 ……なに? 隣に同じ幼い部類の駆逐艦で、自分から襲って処女卒業した痴女がいる?

 この人はもうダメと出雲は思う。真の発情期は外見も倫理も気にしない。

 ロリコンを襲うロリとかいう意味不明なカップルの夜の生活など知りたくもない。

 自分の信頼する人を襲うのは最低な行為。

 なのに、八雲は気にしていない。イカれていると思う。

 イカれている、エゴイスト。自分優先の、最低最悪な外道。

(……まるで、あの方のような奴ですよ……)

 大本営で何度か聞いた、あの名前。

 オリジナルの提督。狂犬と呼ばれ、人間にも手を出す危険な女。

 周囲は狂ったエゴイストと言っていた。嫌われているのは知っているが。

 まさか、八雲も同類じゃないかと思う。

 ……いや、自分優先だとしても。出雲を死なせたくないからだから。

 分かっている。正解もないし、自分で受け入れる形を探すしかないと。

 自分自身が、気持ちでどう決着をつけて進むか。

 最後は、自分の問題になる。

「……言い過ぎた。わたしはそもそも中身が姫だから。事情も違う。ごめんなさい、うまく言えない」

「いえ。此方こそすみません。折角聞いてもらったのに」

 真冬に謝ってほしい訳じゃない。

 ただ、こうして愚痴が言えるだけでも救いがある。

 出雲は、自分なりのやり方で、過去と戦うことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その前に、目の前の殺しに来る艦娘を退かさないと。

 日常茶飯事の、艦娘の突然の襲撃。

 また、先回りして配置された謎の艦隊。今回は一人じゃない。

「半分、貰う。あの軽巡二隻はわたしが殺しておく。出雲、駆逐艦は任せる」

「承知してます……!」

 相手は軽巡二隻と駆逐四隻。

 姫の真冬なら、任せて大丈夫。

 二人で分散。真冬は軽巡に襲いかかる。

 八雲は知らない。彼女たちは、日々艦娘を殺している。

 意味もわからず襲ってくる艦娘を殺すのが当たり前となった今日では、気にならない。

 皆がやっていること。ただ、相手には提督がいるので深海棲艦より遥かに手強い。

 大本営もバカではない。出雲たちが沈まないギリギリの戦力しか出さない。

 要するに演習じゃない、戦争。力及ばない場合は……まあ、死ぬだけだろう。

 死にそうになったこともあるし、その場合は撤退するのみ。

 今回は真冬もいるので、死にやしないと思う。

 相手を出雲は見た。駆逐艦若葉、初霜、三日月、卯月。

(旧式が交じっている……? 問題ない、いける)

 相手も艦娘にしか見えない出雲に困惑しているような顔だった。

 見てくれは朝潮だ、変な話でもない。

 だが、明確に出雲は敵意を出す。

 襲ってきたのは向こうだし、互いに任務だ。歯向かえば死ぬ。

 生きるために殺すのは、深海棲艦の頃と同じ。

 ざっと一瞥。知っている装備。対処可能。

 出雲の装備は専用に組まれた物であり、それなりの火力も出力もある。

 少なくとも、向こうも同じ第一改装。何とでもなる……。

 

(いえ、私には八雲がいるんです。負けない、負けるわけがない……)

 

 何だ、今の思考?

 一瞬、八雲が自分の頭を撫でたような感触がした。

 バカな。ここは戦場だ、彼がいるはずがない。

 ハッとした。もう撃ち合っている最中なのに、何なんだ。

 自分で雑念が混じっているのを自覚する。今までなら少しでも雑念が入ると被弾して大ケガをしていた。

 なのに……今は。全部無意識で避けていた。

(八雲が帰れば褒めてくれる。それ以上の褒美が、どこにありましょう……って、何が褒美ですかバカらしい!!)

 ああ、もう。集中できない。

 勝手に出てくる八雲へのラブコールのせいで、気が散る。

 脳内で漫才のように律儀にツッコミを入れていく出雲。

 大体何だラブコールって。ふざけるな好きじゃないって言ってるだろうと自分にキレる。

 然しよく動く。勝手にリモートコントロールでもされているのか意識せずに先ず鈍い卯月に突撃。

 おろおろしていた卯月の脳天目掛けて放つ。

 着弾、よろけて失速。直撃したのか、そのまま倒れて爆発した。

 一つ、減らした。次。

(八雲、今日は私好調ですよー……いや黙れ!! 好調なのは知ってます! 八雲関係ないでしょう!!)

 虚空の八雲に報告してどうする! と怒る。

 何なんだこれは。戦闘に入った途端に脳内にデレデレの自分がいた。

 思考が半分そっちに持っていかれていた。言うことを聞かない。

 何か相手が喚いて襲ってきていた。狂乱状態になっている。

 叫んでいるが聞こえない。いや、聞き取っているのに……意識的にシャットアウトしているのか。

(八雲とどこ行きましょうかねえ……デート楽しみです。違う、デート言う前に今戦ってるのを気にしなさい私!!)

 軽く身を翻して、突っ込む三日月らしき敵の影を、裏拳で殴打。

 不用意に接近するから顔を殴ってふらついたところを、耳の穴に主砲の口を向けて、攻撃。

 頭が至近距離で砕けて粉砕された。煙が視界を覆うも、関係ない。全部見える。

 ……見える?

(我ながら手際が宜しいことで。八雲に報告して、今日はハグをねだりましょう。ねだるかぁ!!)

 だからその皮算用を止めろ。

 あと露骨に尻尾振っている犬みたいな反応も止めて恥ずかしい。

 若葉と初霜が激昂して、挟み撃ちして左右を奪った。

 これは流石に危険じゃ、と一瞬出雲は思うも……。

(落ち着け私、こういう場合はどうするべきか知ってるはず。そう、八雲に抱っこされた感触は最高であったと。……おい、人が真面目に分析している最中にのろけ挟むのは誰ですか!! 喧しいわ! 知りませんよそんなこと!!)

 タイミングを重ねて撃った瞬間、直進して回避。

 砲弾が行き交って、互いに当たった自滅を誘う。

 で、慣れた手つきで怯む二隻をぶち抜いて沈め、爆発。

 無傷で勝利。

(ええええええええ!? 普通に勝ったんですけど!? 何でですかちょっ……。…………ま、当然です。私には八雲が居るのですから、負ける前に逃げるのが最善策。戻るまでが出撃です。負けたら慰めて貰うからいいんですよー。…………本当に黙って!? 何なんです、さっきからこのだだ甘な思考は!! 何がしたいのかまるで分からないんですけども!!)

 パニックになっていた。二重の意味で。

 随分と動きが改善された自分と、この意味不明な甘ったるい思考。

 理解できないまま、取り敢えず完了。

 真冬も難なく勝利して、彼女は訝しげに見ていたがなにも言わずに戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、お帰り二人とも……」

「ふかぁーっ!!」

「ファッ!?」

「ただいま八雲。出雲、猫みたいに髪の毛逆立てて威嚇しないの」

「ふーっ!!」

「えぇ……なにこれ……?」

「八雲がちゃんと遊んであげないから、出雲が拗ねちゃった」

「俺のせいなのこれ!? 無理あるよね真冬さん!?」

「…………」

「な、何かめっちゃ睨んでる……」

「ほら、無事に戻ってきたんだから褒めて」

「え、この状態で!?」

「……」

「あっ、はい。やります」

「ふーっ!!」

「まだ怒ってるのに……何なんだよもう……」

 なでなで。

「…………」

(普通に顔真っ赤にしてるけど抵抗しない……)

「はい。良くできました」

「良いのかこれで?」

「うん。出雲はツンデレだから、優しくしてあげて」

「はい?」

「ツンデレとか有り得ない!! 私はデレデレしてないです!!」

「と、言ってますが?」

「ツンデレはみんなそう言う」

「だそうです」

「八雲が悪い!!」

「俺無関係な!?」

 その後。理不尽に八雲は八つ当たりされた。合掌。

 



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愛人メイド

 

 

 

 

 

 

 ……羨ましい。

(ま、真冬にはご主人様の童貞を先越されて……出雲はご主人様の一部を食べた……。羨ましい!!)

 羨ましい。同時に、妬ましい。

 彼女だって初期の一人なのに、あの二人だけどんどん優先されていく。

 確かに調子に乗って彼の童貞を奪おうとした。それはもう反省している。

 だから、やらない。妹が怖いのもあるけど。

 それ以上に、出雲と真冬が前に進むのに置いてけぼりにされている気がする。

(む、村雨だって、女の子だもん!! ご主人様好きだもん!! 気に入ったって言ったのにぃ!!)

 メイド、村雨は不満があった。

 あの二名だけ前に進む。村雨だって彼をよく知るのに。

 やっぱり襲ったのが悪かったのか!?

 いや、今更どうこうできるか。もう遅い。

 悔しい。今でも身構えをされる因果応報とはいえ。

(村雨だってねぇ、ご主人様好きなのよぉ!! 愛人枠はあるんでしょ!? すっぽり入れてくれないかな!)

 村雨はメイドだ。同時に、現在欲求不満であった。

 八雲が構ってくれない。遊んでくれない。

 全部春雨に任せて村雨を軽んじている!!

(構ってええええーーーー!! 村雨とも遊んでええええーーーー!!)

 正直言うと、真冬が言っていた拗ねちゃったとは、此方だった。

 次回のデートは出雲に決めたようだ。何となく出雲の機嫌が良いのはたぶんそれが理由。

 なんと言うことだ。あの二人は、特別なのに……村雨だけ普通じゃない。

 自分はエロメイドかもしれないが、決して淫乱ではない。

 一途に誘惑する相手は選ぶし、彼以外には絶対靡かない自信もある。

 出雲が真剣に悩むトラウマも、彼女には特別の証。自慢にしか見えない。

 ハッキリ言えば、あの初期の三人は全員大なり小なりおかしかった。

 村雨は考える。彼女も特別になりたい。

 でも、襲えば春雨が激怒してお仕置きをする。

 勝てない、何であんなに強いのだあいつは。

 深海雨雲姫だって強いと思う。が、あの駆逐棲姫はそれ以上に強い。

 何でもできる万能メイド。姉は立場が危うい。

 影が薄くなりそうで、沢山いる周囲に埋もれて消えてしまうそう。

 濃厚なキャラのシスターズ、万能メイドにツンデレ駆逐、淫乱和装妻。

 何かキャラ被っているんですが。アイデンティティーがもうない。

(……何か、何かご主人様の気を引く何かがあれば)

 村雨は構ってほしかった。蔑ろにされている気がして、不安だった。

 心の拠り所が、離れていく。怖い。寂しい。悲しい。

 懸命に考えた。やっぱり強引にいくしかないか。

 でも、これ以上性的に追い詰めれば、夜な夜な嫁に搾られる彼は枯れて死ぬ。

 いや、ここは……春雨も無理と言った彼女の抑え役になろう。

 現状、誰も真冬を止めない。彼は止めろと叫んでいるのに。

 それは、良くないんじゃないか。いくらコミュニケーションでも。

 相手を思いやれない一方的な愛情は。棚上げで言うけど。

(これだ! 真冬を抑えよう!!)

 この日。

 エロメイド、覚醒。愛人枠目指して目下の邪魔な妻を、退かすことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「八雲。えっちしよう」

「嫌だ!! 死んじゃう!! もう嫌だ!!」

 また誘ってる。いや、直ぐに飛びかかる五秒前。

 ジリジリ無表情で追い詰めている夜中。

 寝ようとした風呂上がりの八雲を狙っていた。

 逃げ出そうにも、彼は追い付かれて何処でも搾られる。

 可愛そうに。春雨のフォローが無ければ死んでいる。

 助けなければ。村雨、行動開始。

 因みに場所は、彼の部屋の前の廊下。

 影から顔を出して様子を窺う村雨。青ざめていることに気づかないのか真冬。

(……よく見たら真冬の目がハートになってる……)

 気付く。あの妻、八雲をまるで憧れるアイドルに出会ったファンのような熱視線を送ってた。

 ハートになっている真冬は本当に八雲の事が好きなんだろうと思う。

 が、あの淫乱妻にはそろそろご自重願おうか。

 わざと良いタイミングで、村雨は邪魔に入った。

「あらぁ。丁度よかったわご主人様ぁ、例の書類出来上がったわよ。ちょっと目を通して」

 丁度発見した感じを装い、適当な事を言って声をかけた。

 振り返る二人。

 八雲は助け船と分かってアドリブに乗った。

「あ、マジで? そっかー悪いなこんな夜中まで。ゴメン真冬。俺まだやることあるんだ」

 何とか誤魔化して駆け寄る八雲。

 すれ違い様、

「悪い村雨、サンキュー」

 と小声のイケメンボイスで言った。

 こういう然り気無い仕草が格好良過ぎて困る。

 村雨の補正で。

「むぅ……」

 良いところだったのに、と不満そうだが分別が出来る真冬は頷いて戻っていく。

 こっちも適当に打ち合わせるように一緒に移動して、人気のない自販機のある近くまで逃げた。

「わ、悪い悪い。気遣って貰って。助かったぜ、死ぬかと思ったわ……」

「真冬も加減しないからねぇ。で、どうするのご主人様? 一緒の部屋じゃどうせ餌食になるわよ」

 彼はもう毎日のようにする頑張りは十分だと嘆きつつ礼を言った。

 ため息の八雲に、改めて訊ねる。

 腕組みして天井を見上げて思案する八雲。

 そういえば、寝巻きの八雲を初めて見た。

 シンプルな長袖とジャージか。……嫌いじゃない。

 最近は春雨の邪魔もあって、中々二人きりも出来なかった。

 ……折角だ。自分の部屋に招く。

 安全は保証すると、こう言うときに便利な春雨の名前を出す。

「そっか……。お前も大人しくなったもんな。中身は変わってねえけど、春雨が教育したんだし……」

「最低でも真冬よりは断然安心できると思うわぁ」

 自分よりも明らかに悪化している真冬を例に出せば全員マトモに見える。

 分かってて言った。すると、それもそうかと納得する。

 真冬の暴走に疲れきった彼は、まんまと村雨の提案に乗った。

 ……そう、乗ってしまった。

(やったあ! ご主人様が釣れたぁ!!)

 思惑通り。村雨、八雲の味方ポジに就任。

 そうして、八雲は夜の平穏を。村雨は、点数稼ぎをする。

 暫くの間、真冬の魔の手から、彼を守る約束をしたのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 こういう場合、必要不可欠なのは根回し。

 シスターズに、お兄ちゃん死にそうだから少し預かるけどこっちに来るかと聞いた。

「あー……そうだね。あたしも協力するよ」

「兄様の望むままに!!」

 凩は油断していると夜な夜な喘ぎ声が聞こえて眠れないという生々しい悩みで賛同。

 同室だって言うのにあの妻、寝ているからと思い込んで襲っていたとか。

(そんなわけないでしょうに……村雨だって分かるわよ)

 本気で脳内蕩けてしまったようだ。少し距離を離そうと皆で相談。

 飛騨は言うまでもない。八雲の望みだと本人が言ったのだ。

「俺は……快眠を求める。安らかな眠りを……」

 永遠に眠りそうな顔で言われると焦る三名。

 で、肝心の真冬には。

「真冬、ゴメンね。少しご主人様、具合悪いから此方で預かるけど。暫く一人で休んでて」

「そんな……!? 八雲のお見舞いに行く!!」

 具合悪いから預かるというと、やっぱり血相を変えて見舞いに来ようとする。

 だがしかし。甘いのだ。その辺も村雨は対策しておいた。

「真冬お嬢様。ご主人様は、現在重度の睡眠不足です。何故だか分かりますか。真冬お嬢様が激しくご主人様をお求めになられるせいで、ご主人様は体調を崩されたのですよ」

 春雨も利用する。理詰めのお説教で、正論を使って真冬を叩きのめす。

 村雨は妹に持ちかけた。矯正しないと八雲がそろそろ限界だから手伝えと。

 それならと彼女も助力して、出雲以外が全員参加の真冬矯正作戦開始。

 出雲は今度のデートに備え、おろおろしながら着飾る為の準備中。

 好きじゃないとか言いながら可愛い子であった。

 で、真冬が今度はお預けを食らう日々。

 毎晩、ぐっすり眠れるように村雨の私室で眠る八雲。

 シンプルな私室で、最低限の家具にフローリングに木目の壁、あとは冷蔵庫や大量の本棚もあった。

 暇潰しに購入してもらったものがぎっしり入っていた。

 別に読書は好きじゃないが、時間を浪費できるのでこういう手合いは村雨は好きだった。

 まあ、大本営にいた頃には、出雲や真冬と違って、唯一同じ名前を持つ艦娘だった。

 自分の失敗作が死んでいくのもよく見てて、疑問に思ったことがあった。

 それを解決すべく、本に手を伸ばした。

 結果だけは安定していた彼女は特別視されていたこともあって、多少の自由を利用して読んでいたのがきっかけ。

 世の中の情報を求めて、そして自分がどうして生まれたのか知りたくて読みふけた。

 春雨が博識なのも、村雨がこんな風にしていて知識向上は良いことと研究員が知ったからだった。

 つまりは、村雨も本来ならば博識。意外なことに。

 が、然し途中で活字のエロ本のような官能小説など読みあさり、結果発情。

 ああなった。まあ失敗したわけであった。

 なので、落ち着けば村雨もスペックは真冬以上に高いのだ。本来は。

 今はその博識さを存分に披露していた。

「村雨、お前見直した!! お前は実は凄い奴だったんだな!!」

「ふふふっ、そうでしょぉ? 村雨のうんと良いところ、たっぷり見せてあげるねご主人様♪」

 一週間もすれば、すっかり持ち直す村雨の評価。やれば出来る子、それが村雨。

 真冬が散々理屈で淫乱でスケベで非常識かと論破された結果。

「わたしは、健全な関係をする。春雨に、八雲に嫌われるって言われた。そんなの、いや……」

 あまりにごねるので、禁句を言って打ち負かした。

 真冬はすっかり悄気て、落ち込んで反省していた。

「春雨、お疲れ様」

「いえ。真冬お嬢様が思った以上に強情でしたが、これで反省して下さったでしょう」

 八雲には、許可なく襲わないと宣誓して帰ってきた。

 これで、快適な生活に戻れると誰もが思った。

 そうはいかない。村雨、最後の仕上げに入る。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご主人様。村雨も、貰ってくださいな」

「お前もかぁ!?」

 最後の夜だった。村雨、襲う。

 油断していた彼は、もう安全と思い込んで……皆がいない夜に、捕縛された。

 施錠されて、安全と分かっている怪しいお薬の入ったお茶を飲んでしまって、痺れていた八雲。

 村雨、告白しながら自分のベッドに横たわる彼を見て恍惚に微笑む。

「やっぱり、物理でご主人様傷つけるのは……抵抗あるのよねぇ。好きな人にお薬盛るなんて、村雨も最悪だけど……こうもライバル多いと、四の五の言ってられないの。ゴメンねご主人様。少し、痺れると思うけど死にやしないし一過性だから安心して」

「安心できるか!! 見直した俺がバカだったよ!! お前もやっぱし無理矢理か!?」

 村雨も、合意しないで身体を奪うのかと叫ぶ。

 が、そのわりには声が出ない。風邪の時のように弱々しい。

 全身痺れるのに、メイド服の美少女に迫られ下半身の愚息は元気溌剌で醜いテントを張っていたが。

「無理矢理って言うけど。ご主人様は、どうせ誰にも応えられないヘタレでしょ? だから、此方から迫らないと先には進まないわぁ。合意なんか、普通に無理だって。女の子泣かせの癖に」

 痛いことを言われた八雲。確かに、本来はこんなことする気はなかった。

 然し、状況に流されてこの有り様。責めるには自分が悪くないとも、言えないのだ。

 テントを人差し指で弾かれる。面白いのか、指先でズボンの上から股間を弄くる。

「や、止めんか!! 俺は、この程度じゃ、屈しないぞ……!!」

「身体は正直ねぇ。ほれほれ、ご立派な息子さんですが、村雨もこれからこれで泣かされるのよねえ……。楽しみ」

 心底嬉しそうに村雨もベッドに横たわる。

 添い寝のようになる体勢で、耳元でクスクス笑う村雨。

「大丈夫。愛人は良いって、真冬は言ってるし。村雨はそこまで頑張れないから。普通が一番よ。お薬以外は普通にするから」

「そういう問題じゃないから!! マジで勘弁、もうこれ以上は人生負えない……!!」

「皆で互いを支えればいいのよ。ま、それ以前に……人間の見解が、村雨たちは適用されないけどね……」

 暗に気にするなと言うが、八雲は嫌がった。

 だけれども、もう遅い。彼は罠にハマったまま。

「さーて、それじゃ……ご主人様の息子様の、ご開帳!!」

「村雨、ベルトを外すな、ズボン下ろすな!! 待て、待っ……!!」

 

 

 

 

 

 アッーーー!!

 

 

 

 

 八雲、愛人に食われた。妻に比べれば非常に優しく互いに無理のない初めてであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は……何て事を……!!」

「んー? 別に気にしないでいいのに」

「何時からこの国は二股オッケーになったよ!?」

「二股? 予約いっぱいあるから、二股なんて優しいものじゃないけど?」

「ファッ!?」

「村雨が真冬にも言ったからね。真冬は受け入れたし、春雨が文句いったけど苦言程度だよ? 凩が次って言うし、飛騨も欲しいって。春雨も最終的には愛人に皆で引き込むから、ご主人様味方居ないわ。諦めて」

「うわああああああ!! 待ってええええええ!!」

「出雲だけじゃない、無事なの。その内陥落するだろうけど」

「俺はそんなに養えないいいいいい!!」

「良いの良いの。村雨たちは、そんな負担になれないから」

「……えっ?」

「どうせ、今の実験が終われば皆廃棄だもの……。今ぐらい、夢を見させてよご主人様……」

「村雨……?」

「…………なーんてね!! 湿っぽい話はお仕舞い!!」

「お、おい……!!」

「じゃあね、ご主人様! また明日!!」

「村雨、ちょっと待って……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

(知らないわけ無いじゃない。村雨は、知ってるのよ。春雨から聞いたから)

 

 

(未来なんかないわ。プロトタイプは、役目が終われば……分かるでしょう?)

 

 

(ご主人様と結ばれて、少なくとも未練はないけど……)

 

 

(……死にたくない。もっと、生きたいよぉ……ご主人様ぁ……!)

 

 

 

 



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