Ms.ジョークは笑わせたい (あすな朗)
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1話
「――――ッ! ~~~~~~~ッ! ッ!! ……ッ!!」
「あっはっはっはっ!! いい光景だなイレイザー! どうだ!? 私の個性を初めて食らった感想は? すごく楽しいだろ? 私と結婚すると毎日こんなに楽しいんだぞ! だから結婚しよう!!」
「…………ッ!!! んんッ! んんんんッッ!!!」
「ブハッ!! ウケる!! 必死で首振ってる!!」
私の目の前には、瀕死のエビみたいに体をひくひくさせているイレイザーヘッドこと相澤消太の姿があった。
ついさっき、相澤の後ろからしのびよって、個性「爆笑」を発動させてやったんだ。いつもは先に気づかれて個性を消されてしまうんだけど、今日は奇跡的に油断していたらしい。拍子抜けするほどあっさりひっかかってくれた。相澤を「爆笑」させようとチャレンジを開始してから幾星霜、今回が初めての成功だ。このめでたい日を、『相澤消太爆笑記念日』と名づけたいね。
いやー面白い、それにしても面白いよこの光景。
クールで無表情が売りのイレイザーヘッドが寝っ転がって身をよじりながら笑ってるんだぞ。あ、厳密に言うとギリ笑ってないわ。地面の上に五体を投げ出して、全身を痙攣させながら、思い切り歯を食いしばって笑いの衝動とたたかってるわ。意地っぱりだなあ。
ま、私だって鬼じゃない。可哀想だから、ほどほどのところで解除してあげよう。
「…………何のつもりだ、Ms.ジョーク」
「ブハッ! そんなに怖い顔するなって! せっかくの雰囲気イケメンが台無しじゃんか」
そう答えたら間髪入れずに捕縛布が飛んできたので、大きくジャンプして回避。その程度のスピードじゃ、私を捕まえることなんてできないんだよイレイザー!
「お前、ほとんど笑わないだろ?」次々と繰り出される捕縛布を軽やかに避けながら、語りかける。「だから、私が笑わしてやろうと思ってさ!」
「余計なお世話だ」
とイレイザー。あいかわらずの塩対応だこと。これがなきゃモテるのになあ。
「イレイザーのことを見てると、余計な世話もしたくなるんだよっ! 何でかわかるだろ?」
「……」
「世話を焼きたくなる理由は……私がお前に惚れてるからだ!」
ババーン、という効果音がつきそうなくらい堂々と愛の告白! ついでにぐいっと親指を立てて、とびきりの笑顔も添えてやる。
「………………」
こめかみをぴくぴくっと動かしながらも、無言を貫くイレイザー。クールなキャラを意地でも崩さない。さすがプロヒーローといったところか。
おっと、予備動作なしで捕縛布を投げつけてくるのは卑怯だぞ! 私じゃなきゃ確実に捕まってたな、今のは。まったく、相変わらず礼儀と女心を知らんヤツだ。告白された直後、照れ隠しに捕縛布で相手の口を封じようだなんて、無神経極まりない。罰としてもっと愛の言葉を浴びせかけてやろう。
「私がお前に惚れたきっかけは、初めて一緒に仕事したときだな! もともとタイプだなと思ってはいたんだが、救出した被害者に優しい言葉をかけてる場面を見て、心を奪われたんだ! 無愛想すぎてその被害者にはお前の優しさがあんまり伝わってなかったみたいだけど、そういう要領が悪いところにも惹かれてしまって――」
「……ッ、大声でそんなことを言うな!」
おー、照れてる照れてる。たまーにこういうリアクションを見せてくれるから、イジりがいあるんだよな。
「ホラ、イレイザーもそろそろ自分の気持ちに正直になったらどうなんだ? 恥とか外聞とか余計なもの全部捨て去って、大声で本音をしゃべってみろって! な!!」
「お前はもう少し恥じらいを持て」
「私だって恥ずかしいぞ。でも、自分の気持ちは相手に打ち明けて初めて伝わるものだろ? 『恥ずかしい』っていう気持ちを乗り越えて告白しないと、恋愛は始まらないのさ!」
「……」
正論を吐く私。黙るイレイザー。珍しい展開もあるもんだね。自分で言うのもなんだけど。
「…………正直に言うと」
少し沈黙した後、イレイザーが神妙な口調で話し出す。ほう、ますます珍しい展開だ。傾聴してやろうじゃないか。
「お前のことは、嫌いじゃ無い。……だが、一緒に暮らさないほうがいい、とも思う」
「なるほど。理由は?」
「俺とお前じゃ価値観とか生活スタイルとか、全然違うだろ。性格から趣味まで似ても似つかない二人が一緒に生活するのは合理性に欠ける。……それに、俺はお前みたいな楽天家じゃ無い。いつも陰気で無愛想だ。そんな男がお前を幸せにできるわけがない」
……
…………
………………
……………………
「ブハッッッッ!!!!」
「なんで笑う!?」
「だって……アハッ、ウケるじゃないか! お互い価値観が違う二人が暮らすのが結婚なのにそこに文句つけてるし、自分が陰気で無愛想だっていう自覚があったことも面白いし、恋愛に合理的とか非合理的とかいう考え方を持ち込んでるのも可笑しいし……ブハッ、ハハハッ、HAHAHAHAHAHA!!」
「おい!!!」
「でもなー、一番面白いのはさ、イレイザーが根本的に勘違いしているところだよ」
「……何?」
「私はな。別に、イレイザーに幸せにしてもらおうと思ってるわけじゃないんだ。その逆なんだよ。……私はお前を幸せにしたいんだ!」
イレイザーは小首をかしげて頭に?マークを浮かべている。物わかりの悪いヤツめ……
「だ・か・ら! 私はお前を笑わせたり、元気づけたり、勇気づけたりしたいんだ。それだけで私は充分なんだ。お前が落ち込んだときとか、しんどいときとか、むやみやたらに不機嫌なときとか――そんなときは私がお前をとびきりの笑顔にしてやる! 無理矢理にでもな!!」
「……個性使うのは無理矢理すぎるだろ」
「ブハッ! たしかにな!」
「まァ、こんな俺を……幸せにしてくれるっていうのは有り難い話なんだがな」
『幸せ』という単語を発音するときだけ、イレイザーの声が小さくなった。照れくさかったからだろう。
「でも、結婚はダメだ」
「頑なだな……。他に理由があるのか?」
「あるさ」いつになく真剣な表情と声で、相澤は言った。「俺が明日にでも死ぬかもしれないからだ」
「明日にでも……死ぬ……?」
「ヒーローってのは、いつ死んでもおかしくないような稼業だ。家族に辛い思いをさせたくないからといって、独身で通すヒーローも多い。俺だって、この間『脳無』とやらに襲われたときは、本当に死を覚悟した。……こんな死に損ないと結婚する必要は無い。お前は見てくれもいいんだから、もっとしっかりした男を見つけてそいつと結婚しろハッハッハッハハッハッハッハッ、アハッ、ハハッハァ、ハッハッハッハッ! ハッハッハッ! ハッ、ふっ、ハァッ、ふざアッハッハッ!! ふざッ、けッ、るなァハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!!!」
おー、「爆笑」がクリーンヒットだ! イレイザーときたら完ッ全に油断してたみたいで、口開けて腹抱えながら笑ってるよ。いやーこりゃ見物ですね。スマホで写真撮っとこ。パシャリ、と。これでオッケーだな。あ、動画のほうがよかったかな?
「……覚えてろよ、福門」
再び私がお情けで個性を解除してやった後、ふらふらと立ち上がったイレイザーがかすれ声でそう言った。目つきだけは鋭いけど、そんな八日目の蝉みたいな弱々しさで脅し文句言われても迫力ゼロなんだよなぁ。
あといつの間にかヒーロー名じゃなくて名字呼びになってる。なんか昔を思い出すね-。最近はめっきり呼んでくれなくなってたから笑ちゃんちょっぴり寂しかったんだよ? まあ私も相澤のことイレイザーって呼んでるけどね、普段は。
「いやー深刻な顔するから何かと思ったらあんまりアホくさくて笑っちゃったよ。笑っちゃうついでに、また個性使っちゃった。ごめんゴメン」
「アホくさい、だと?」相澤がじろりと私を睨む。「いいか、福門。俺は真剣に――」
「だって、私もヒーローだぞ? いつ死ぬか分からないのは私も一緒だ。むしろ、カップルとして釣り合いがとれてるんじゃないか?」
「……ッ!?」
「あっ、いいこと考えたぞ。もし相澤が『敵』に殺されたら、私が仇討ちをしてやる。で、万が一私が殺されたら、相澤がその犯人をとっちめる。うんうん、我ながら『合理的』な妙案だな。相澤もそう思うだろ?」
そう問いかけると、相澤はわずかに目を細めただけで、否定も肯定もしなかった。このリアクションの薄さよ……。でも、そんなのはもう慣れっこ。ここで怯んでたら1ミリたりとも前進しないということは、これまでの経験でよく知っている。
「今までみたいに、漫才みたいな掛け合いを楽しむだけの関係も悪くない。でも私は、本当にお前と一緒にいたいんだ」
喋りながら、無造作に歩み寄る。相澤はもう捕縛布を放ってこない。
「ケンカするかもしれないし、ソリが合わないところもあるかもしれない。そういうことがあったとしても、笑い飛ばして『まあいいか』って言えると思うんだ。だって私は相澤のことが好きだから。同じ空間に一緒にいることで生まれるイライラよりも、同じ時間を一緒にすごせるうれしさのほうが、きっと大きいと思うから」
二人の距離がゆっくりと縮まる。
相澤の顔をじっと見つめると、仕事疲れでちょっと充血した目や、口元の無精髭や、年相応に深くなった顔の皺や、血色の悪い唇が目につく。垢抜けてないし、清潔感もあまりない。無愛想で、言葉足らずで、やたらと頑固で…………そんな相澤のことが、私は好きだ。
「だから、これからは……楽しいことも、悲しいことも、辛いことも、合理的なことも非合理的なことも全部全部ひっくるめて、ずっと二人で体験していきたいんだ」
棒立ちになっている相澤の両肩を、がしっとつかむ。ごつごつした男の体の感触が、両の手から伝わってくる。
私は相澤の眼をまっすぐに見ながら、思いっきり自分の気持ちを吐き出す。今日一番の笑顔と共に。
「好きだ、相澤!! 結婚しよう!!!」
「…………っ」
相澤の眼が、かすかに揺れた。
乾ききった砂漠に、一滴の水を落としたような……
ほとんど無いに等しいような、わずかな変化だったのかもしれない。でも、私の言葉が彼の心に届いたような気が、確かにしたのだ。だって相澤は、肩に置かれた私の手を払いのけようとしなかったから。ちょっと顔を動かせばキスできそうな至近距離のまま私の視線をじっと受け止め、見つめ返してくれたから。
たっぷり数分は押し黙った後、相澤はようやく言葉を絞り出した。
「…………………………………………少し、考えさせてくれ」
「ブハっ!!! 優柔不断かよっ!!」
私がのけぞって笑うと、相澤は恥ずかしそうに横を向く。そんな子どもっぽい仕草が、最高に愛しい。「恋は盲目」とはよく言ったものだ。
「早く返事くれよ! 私も、もうアラサーなんだからな!」
「……わかったから、フルパワーで肩を叩くな。痛い」
相澤はそう言いながら、微笑んだ。ほんの少し口角を上げるだけの、ひかえめでぎこちない笑みだった。私が、「個性」を使わずに相澤を笑わせたのは実はこれが初めてで……そのことに気がついたとき、本当に幸せな気持ちになった。
それから毎日、私はこの幸せを味わうことになったのだ――好きな人のそばにいて、その人を笑顔にすることができたときの幸せを。
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