俺の周りが厨二ばかりなんだが助けて (里江勇二)
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俺の家族が厨二なんだけど助けて

 ちょっと息抜きに


 困った。

 

「実はね、涼也。私たち夜留の家は、裏から日本を支える五つの家のうちの一つなのよ」

 

 うちの姉が厨二病だ。

 

 五月の十日。いつも通り妹に叩き起こされて渋々起き上がってきた俺は、もう成人した姉からの痛すぎる妄言を聞いていた。

 

 俺の名前は夜留涼也。ごく普通の高校生のはずだ。今のところ隠された過去とか力は多分ないし、両親ともに海外出張などせずにちゃんと家にいる。本当にちゃんとした一般的な高校生だ。ごく普通の家庭で生まれ育ち、今は近くの私立高校に通っている。

 

 そんな俺のモノローグを無視して、姉さんは言葉を繰り返した。

 

「実は私たち夜留の家は、裏から日本を支える五つの家のうちの一つなのよ」

 

 ……ハッ。ふぅ、危ない危ない。どうやら気を失っていたようだ。というわけで俺は姉さんの言葉なんて聞いてないし、シュレディンガー先生的に俺はごく普通の家庭で育ったごく普通の高校生だ。

 

「夜留の家は、日本の趨勢を支えてきた五つの家のうちの一つなの」

 

 俺はごく普通の家庭で生まれたごく普通の……

 

「私たちは、千年の昔から今日まで日本を支えてきた五家のうちの一つなの」

 

 俺はごく普通の家庭……

 

「夜留家は、"夜"を司る特別な家なの」

 

 俺の思考に被せてくる姉さんに我慢できなくなり、俺は姉ちゃんに言った。

 

「近くに老人ホームができてよかったね」

 

 左頬が弾けた。

 

「酷いよ姉さん!?」

「あら、ごめんなさい。つい」

 

 どうやらうちでは「つい」で家庭内暴力が許されるらしい。大らかすぎる家風に思わず涙が出ちゃうね。俺はボケ一歩手前の姉を心配しただけだというのに。

 

「おい綾乃、何か言ってくれよ。お前だって姉さんが厨二なのは嫌だろ」

 

 横で朝食を取っている妹の綾乃に俺がそう言うと、綾乃はなぜか姉さんではなく俺の方に言ってきた。

 

「ああ、そういえばお兄ちゃんは十七になるまで知るのを拒否してたんだっけ。言っとくけど、お姉ちゃんの言ってることは本当だよ」

 

 なんてこった。妹まで厨二病に。

 

「ああ、神よヘブッ!?」

 

 俺がそう呟くと、今度は妹によって右の頬まで弾けた。

 

「なぜ?」

「うちは無宗教。神なんていないもの」

 

 理由になってなくない?

 

「涼也、とりあえず話を聞きなさい。そもそも本当は十二の時に教えるはずだったのに、あなたが「今眠くて……あと五年」なんて言うから伸ばしてあげたのよ。これ以上聞こうとしないっていうなら私たちにも考えがあるわ」

 

 重要な話っていうのはそんな理由で話すのを先延ばしにしていいものなのだろうか。俺がそんなことを考えているうちに、姉さんは勝手に話し始めた。

 

「いい?本当に大事な話だから、ちゃんと聞いておきなさいよ?あのね、大昔から日本には国を取り仕切ってる『日神』っていう一族があるの。そして私たちは、その『日神』を支える刻限四家のうちの一つである"夜"の一族なのよ。この家系の特徴は、その高い身体能力と想像を現実にする能力。昔、夜は不明の象徴みたいなところがあったからその名残かしらね。まあ今の私たちじゃ、簡単な物をその場に創り出す程度しかできないけど。そして今代の我が家は…………」

 

 思いつきのような設定をどんどん並べていく姉さん。それに耐えられなくなり横を向くと、綾乃は常識だと言わんばかりに頷いていた。そういえば綾乃は今年から中学二年生だ。うん、納得。

 

「あのさ姉さん、うちがそんな変な家なわけないじゃん。両親は共働きで、息子・娘は学生。最高に普通の家庭だろ?日本の危機とか一回も立ち会ってないじゃん」

「日神の仕事は危機にならないように立ち回ることなんだから、そんなの当たり前じゃない。それに母さんたちは職場の方で色々とやってるのよ。家ではそれを見せないだけで」

 

 ほらそうやってすぐに後出しで言い訳する。典型的な厨二じゃんか。

 俺はそんなことを思いながら朝の支度を整え、学校用のバッグを持った。全く、うちが特別なはずないのに変な姉さんに妹だ。

 

「まあいいわ、今日あんたにこの話をしたのには理由があってね。実はあんたのクラスにその日神家の次女様が……」

 

 いつまでもくどくど続けている姉さんに、俺は振り向きざまに言い放った。

 

「日本を救う方法より自分の腹回りを救う方法でも考えとけや!」

 

 その朝、俺は一階のドアからではなく三階の窓から家を出ることになった。地面に叩きつけられながらも怪我ひとつなく乗り切った自分の身体を、今度精一杯に労ってやろうと俺は思った。

 

 

 

「っていうことがあってな。俺はどうすればいいと思う?」

 

 家を出てすぐのところで隣の家に住んでいる我が幼馴染・暁天翔に出くわしたので、学校へ向かいつつ相談がてら今朝の出来事を話してみることにした。ちなみに名前から分かるだろうが、天翔は男だ。そしてイケメンだ。加えて残念要素も特になく、ちゃんとモテている。爆発すればいいのに。あーあ、女だったら美少女幼馴染で完璧だったのにな。男であるだけで全て台無しだ。全く、空気読めや染色体。

 

「君今、僕の性別を全否定しなかった?」

「全然全くこれっぽっちしてないが?」

「……いや、まあいいけどさ。というか君、夜留家の話を今日初めて聞いたのか」

 

 俺の憎しみを耳聡く聞きつけた天翔は、そう言って話を戻してきた。どうやら姉さんたちは天翔にも根回しをしていたらしい。どこまで周到なんだ。エイプリルフールでもないというのに。

 

「天翔は事前に聞いてたのか?姉さんたちが迷惑かけたみたいだな」

 

 俺がそう言うと、天翔は訝しむような顔でこちらを見てきた。

 

「もしかして君、その話信じてないの?」

「どう頼まれたか知らないが、姉さんたちの厨二に付き合う必要はないぞ」

 

 というかむしろ止めてくれ。俺のそんな考えとは裏腹に、天翔は表情を変えなかった。

 

「涼也、その話は作り話でも何でもない。実際、僕も五年くらい前に家で“明け”の一族としてその説明は受けたし」

 

 どうやら我が友人も、高二にもなって患ってしまっていたらしい。

 

「お前が恥ずかしさに自殺するところまで行く前に、お前のその病気が完治していることを祈っとくぜ」

「いやだから、本当のことなんだって。というか君、今まで生きてて周囲と自分の差に疑問とか感じなかったの?君は夜留でも特に優秀だって聞いてるんだけど」

 

 俺が天翔の将来に待ち受けている数々の黒歴史に考えを巡らせていると、天翔はそんなことを言ってきた。周囲と自分の差、ね。

 

「特に何も」

「嘘でしょ。ついさっき常人離れした耐久力を見せたばかりじゃん」

 

 常人離れした耐久力というと、さっき地面に叩きつけられたときのことか。確かに普通の人なら骨が折れるくらいはしたかもしれないが、世界を探せば耐えられるやつくらい幾らでもいそうだ。そもそも世界には七十億人も人間がいるし、俺が所詮はその中の一人だと考えると、今朝の出来事くらい、

 

「誤差の範囲だな」

「君の頭の中は僕には追跡不可能だよ」

 

 そんな俺の答えに、天翔はため息をつきながらそう言った。

 

「まあいい。千影さんから聞いたって言ってたけど、もう一度説明するよ。千と数百年もの間日本の存在を支え、そして今もこの国の事実上の頂点に立っているのが、“日”の一族である日神家。そしてその直属の四家の中に、僕たち“明け”の一族たる暁や“夜”の一族たる夜留が存在する。“明け”たる僕の一族が象徴するのは人の夜明け、つまり叡智だ。そんで“夜”たる君たちが象徴するのは未知。夢幻を支配するのが君だ」

 

 マズい、天翔の病状はかなり深刻だ。というか設定が姉さんと丸被りなんだが。これはまさか、アレか。

 

 

 厨二病はとうとう伝染病になったか。

 

 

「というわけだ、涼也。ここまではいいかい?」

 

 そう言って俺の肩にポンと触れようとしてくる天翔の手を、俺はヒョイと避けた。

 

「ん?」

 

 そしてもう一度。

 

「……ねえ、なんで避けるの?」

 

 俺の態度にそんなことを聞いてくる天翔。そんな天翔に、俺は言い放った。

 

「厨二病の感染を免れるためだバカめ!」

「は?あ、ちょ待て!」 

 

 俺はそう言い捨てて走り出した。呆然として追ってこない天翔。フハハ、バカめ!厨二設定に夢中で現実を見てないからそうなるんだ!

 

 そうしてしばらく後ろの天翔の姿を確認しながら走っていると、突っ立ったまま俺の方を見ていた天翔が不意に慌てた様子で前を見ろとジェスチャーをしてきた。何かと思って前を向くと、ちょうどすぐそこの曲がり角からうちの高校の制服を着た女子生徒が歩いて出てきたところだった。その子もこちらを何やら驚いた様子で見ており、どう見ても避けられそうな姿勢にはなっていなかった。

 

 オワタ。

 

 いや違う。まだだ。まだ終わらない!このスピードでぶつかればまず間違いなく怪我させる。それも割と一方的に。軽くぶつかる程度ならフラグだが、俺のスピードとこれがフィクションではなく現実であることを考慮すると、俺に待ち受けるのは出会いではなく訴訟だ。学生のうちに借金なんて背負いたくない。俺はその一心で地面を強く蹴った。

 

「え」

 

 そんな声はその女子が漏らしたものだっただろうか。何にせよ、俺は人よりもちょっとばかし高めの身体能力を活かし、咄嗟にしては随分と高めに跳び上がった。しかしまだ三十センチほど足りない。

 

 工夫が必要だ。

 

 とりあえず体を捻る。あと二十センチ。スクールバッグで重心移動。あと十センチ。クソ、まだ足りない。嫌だ。借金は嫌だ!顔面ダイブはまず間違いなく、何もしなかった時より賠償と心傷が大きくなってしまうだろう。いや、まだ大丈夫だ。俺は鳥。腕は翼。羽ばたけ、お金に困っていない明日に向かって!

 

 そんな俺の思いが通じたのか、不意に右腕に浮遊感を感じた。これで勝つる。

 

 そうして俺は何とか少女の頭を飛び越え、向こう側に着地した。右腕を見てみるが、そこに翼はなく、ちゃんと普通の人間の腕のままだった。あれだな、単純に火事場の馬鹿力って本当にあるんだな。

 

「……ねえ、ちょっと」

 

 そんなことを考えていると、その少女が声をかけてきた。やべ、何かお気に召さないことでもしてしまっただろうか。女性という存在が危険であるということは、今朝の食卓をはじめとする家での各場面において嫌というほど実感している。何とか穏便に済まさなければ。

 

「失礼しました!では俺はこれで!」

「え?あ、ちょっと!」

 

 穏便な方法とか思いつかなかったよ。普通に逃げた。三十六計逃げるに如かずさ。同じ高校っぽいからまた会ってしまう可能性もなくはないが、その時はその時の俺に任せるでいいじゃろ。

 

「……今の、夜留の家のよね」

 

 だから、少女のそんな声は俺の耳には届かなかった。

 



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怖い転校生が隣なんだけど助けて

第二話

 

 

 あの後なぜか追ってこなかった天翔。それでも警戒してクラスに走って逃げ込んだ俺はどうやら正解だったようだ。理由は席に着いた途端鳴ったチャイム。この分だと天翔は遅刻だな。

 厨二病のせいで遅刻とかザマァとしか言いようがない。窓の外を眺めながら、俺はそう思った。

 

 ちなみに俺の席は窓際の一番後ろ、学生ならば誰もが羨む教師から最も遠い席。寝ようが早弁しようがゲームをしようが簡単にはバレない神の席だ。ちなみに残念ながら我が教室は普通に西向きなので、神の右席じゃなくて神の左席となっている。残念。三期の出来はもっと残念。敢えて何のことかは言うまい。

 

 そんなしょうもないことを考えていると、教室のドアがガラガラと開いて担任が急いできましたと言わんばかりの様子で入ってきた。

 

「すみません、色々あって遅れてしまいました。それでみなさん、今日は大事なお知らせがあるので一度前を向いて欲しいのですが」

 

 大事なお知らせというと何だろうか。夏休みの前倒しだろうか。あ、それいいじゃん。毎日家に篭ってられる。そんで我が親愛なる姉妹に頬をペチペチ(※穏便な表現)される未来が待ってるんだな、夏休みなんて大っ嫌いだ。

 

 結論。一人っ子がよかった。

 

 そんなことを考えながら前を向くと、担任の横には今朝の女の子が立っていた。

 

 ブワッと。冷や汗がね。

 

 いや、大丈夫だ。考えてみろ。お前は今朝、彼女に何か変なことをしたか?してないな?ならばOK、気にすることは何もない。ほら、彼女も俺なんか……あれ?なんかこっちに視線向けてね?そんで心なしか俺のこと睨んでね?

 

 考えない方向で行こう。

 

「こちらは、今日からこの学校に転入してきた日神葵さんです。では日神さん、自己紹介などをお願いします」

「日神葵です。東京から来ました。よろしくお願いします」

 

 教師に促され、少女改め日神は言葉少なにそう言った。日神……どこかで聞いたような。そんな俺の思考は、教室中に響き渡る拍手でかき消された。主に男子からの。確かに日神は美少女と言っても差し支えない容姿をしているが、そういうことをすると女子から冷たい視線が飛んでくるからやめてほしい。

 

「えー、日神さんの席はっと」

 

 あ、まずい。担任の呟くような声に俺は危機感を感じた。なぜか。それは単純に、教室全体で空席が俺の右隣の一席しかないからだ。今まで奇数人数だったために一人席という知らない人(クラスメイト)と関わらない幸福を噛み締めていたのが、ここに来て裏目に出た。

 

「ああ、あちらが空いてますね。窓際の一番奥の席です。学校の詳しいことなどは隣の夜留くんをはじめとして周囲の人に聞いてください」

「はい、分かりました」

 

 俺が対策を練る間も無く、日神はこちらへ歩いてきた。その厳しい視線はもう間違いようもなくこちらに向いている。なぜ。実際今朝のはそんなに睨まれるようなことじゃないと思うんだけど。

 

 そんなことを考えている間にも日神は歩みを進め、俺の隣の席へと腰掛けた。

 

「ねえ。何か私に言うことがあるんじゃないかしら、“夜留”」

 

 そしてこちらを向いてそう言ってきた。なるほど。

 

 どうやら精一杯の謝罪を求めているらしい。

 

「今朝は本当に失礼致しました。非常に申し訳なく思っており、ご立腹も当然のことと思います。ですがどうか、訴訟の件は矛を収めていただけないでしょうか」

「何を言ってるの?」

 

 どうなら違ったようだ。勘違いとか恥ずっ!

 

「ねえ“夜留”。私──つまりは“日神”に向かって何か挨拶とかはないのかしら?」

 

 そんな俺の内心に構わず、日神は更に圧力を増してそんなことを言ってきた。なんか苗字を強調した気がするが、好きなんだろうか。自分の名前。

 

「えっと?初めまして?」

「チッ。もういい。何でもないわ」

 

 言われた通りとりあえず挨拶をした俺に、日神は腹立たしげに舌打ちをして前を向いた。もういい人の態度じゃない。というか今朝から俺、理不尽な目にしか会ってなくないか。

 

「不幸だ……」

 

 女性に囲まれるようになる呪文だよ。そんで出会い頭に電気をブッ放されたりするんだ。本当に不幸じゃん。唱えるのやめよ。大人しく俺は、女性に頬を叩かれたり睨まれたりすることのない世界を夢想することにした。

 

 結局そのまま特に何か言われることなくホームルームは終わり、女子たちが日神の周りに集まってきた。やばい、逃げ場がない。俺は隅っこの席を初めて恨んだ。

 

「ねえねえ、日神さんって東京のどこから来たの?」

「もしかして向こうに彼氏とかいたり?」

「入る部活とかって決めてる?もし決めてないならバスケ部来ない?なんか運動できそうだし」

「バスケ部よりバレー部なんかどう?」

「いやいや、こんなに可愛いんだからチアでしょ。日神さん、一緒にチアやろうよ」

「ごめんなさい、まだ部活は入るかどうかも決めてないの。それと彼氏なんていないわよ。そんな環境にいなかったもの」

 

 そして始まる質問会。なんで女子ってこういう時テンション高いんだろう。すごく居心地が悪いからやめてほしい。授業の始まりをこんなに待ち遠しく思ったのはこれが初めてだ。

 

 ……別に、今日来たばかりの日神が馴染んでて俺が蚊帳の外のこの状況に悲しくなったりなんかしてない。

 

「ごめん、ちょっといいかな」

「あ、暁くん!?は、はい。どうぞ」

「ありがとう」

 

 俺があまりの気まずさに来てもいないメールをチェックしていると、不意に男の声がした。その声に顔を向けてみると、そこにはどこか顔が赤くなっているクラスの女子と、クラスが違うはずの天翔が立っていた。転校生の話を聞いて見に来たんだろうか。というか声をかけただけで女子に頬を赤らめられるとか、とりあえず爆ぜろ。

 

 俺が密かに呪詛を飛ばしていると、天翔は日神に向き合い、恭しい態度で話しかけた。

 

「お久しぶりです、次女様。お元気なようで何よりです。ところで、この度はどうしてこの学校に?」

「そちらこそ変わりなくて安心したわ。ここには姉の勧めで来たの。あなたや夜留の人間がいるからって」

 

 その様子に、周りにいた女子だけでなく教室全体がざわついた。そりゃそうだ。学年トップクラスの爽やかイケメンと美少女転校生が何やら意味深なやり取りを始めたのだから。そしてその衝撃で何とか俺の名前が出たことはみんなに伝わらなかったようだ。しかし気付かれるのも時間の問題。このままではこの意味ありげな集団に俺も数えられてしまう。ここは大人しく逃げておこう。

 

 俺は気取られないようにそっと立ち上がり、廊下へと向かった。

 

 



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怖い転校生が案内を求めてきたんだけど助けて

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 放課後の教室。鬼より怖いと評判の我らが姉妹のいる家。そんな我が家に帰りたくないとの一心で、俺は自分の席で一人の時間を満喫していた。チッ、また爆死か。そろそろガチャ確率上げろや。

 

「夜留、この学校を案内しなさい」

 

 スマホに映るソシャゲのガチャ結果を見ながらそんなことを考えていると、不意に横から声がかけられた。その声に振り向くと、そこには仁王立ちの日神がいた。

 

 ふむ。

 

「えー、このクエストにはこのパーティーが痛ッ!」

 

 空耳であることを願って視線をスマホの画面に戻すと、右頬に痛みを感じた。再び顔を横に向けると、明らかに苛立っている日神がいた。どうやら頬を叩いたのは日神らしい。隣人に頬を差し出すとか。俺ってばクリスチャンとして熱心すぎる。これは教皇級だね。俺クリスチャンじゃないけど。

 

「もう一回叩いたほうがいいかしら」

「畏れながら申し上げますと、日神様におかれましてはそのようなご労苦をなされずとも何の問題もないと愚考いたします」

 

 俺がマッハで日神の方を向いてそう言うと、日神は残念なものを見る目でこちらを見てきた。

 

「……まあいいわ。それで、何で最初無視なんかしたのかしら」

「俺じゃない人に話しかけてると思って」

「このクラスに夜留はアンタしかいないでしょう。というか教室の隅に向かって話しかけてるのに、アンタ以外の誰がいるっていうのよ」

 

 なるほど。

 

「日神、お前頭いいな」

「喧嘩なら買うわ」

「万事了解です。用件は学内案内ですね?ささ、早く向かいましょう」

 

 日神が何やら物騒なことを言った瞬間、俺はそう言ってすぐさま立ち上がり、胸に左手を当てて頭を下げ右手で教室のドアの方を指した。気分は執事だ。別に黒くない。どちらかと言うと借金を背負ってる方のイメージ。くぎゅ声のお嬢様がいる日常とか何それ幸せすぎる。

 

 関係ないけど、バカ犬って一度呼ばれてみたいよね。

 

「じゃ、お願いね」

 

 そうして、俺は日神と共に教室を出た。

 

 

 

「ここからあそこまでが各階の空き教室。時々カップルがイチャイチャしてるから注意して」

 

「あそこが校舎裏への入り口。昼時にはカップルがアーンとかしてるから注意して」

 

「向こうが裏山。けっこう大きくて危ないところもあったりする。浅い場所だとカップルがアンアンしてることがあるから注意して」

 

「ここから屋上に入れる。たまにカップルがラブコメしてるから注意して」

「アンタはカップルに注意させることしかできないの?」

 

 頼まれた通り学校を案内していると、屋上まで出て来たところで日神がそう言ってきた。

 

「いやだって、最優先事項だろ?」

 

 カップルを見つけては呪う作業って。屋上から見える全てのカップルが可及的速やかに別れるよう祈りながらそう言うと、日神は小さくため息をついた。

 

「アンタ、どれだけカップルにトラウマがあるのよ」

「人の幸せって腹立つよな」

 

 俺がそう言うと、呆れた顔から一転して日神の表情が暗くなった。

 

「…………そう、ね」

 

 急にどうしたよ。

 

「まさか、俺の気持ちが日神にも分かるのか?一緒にカップル撲滅運動やる?」

「そうじゃないわ」

 

 クソ、失敗した。ここで日神をこちら側に引き込んでおけば、今後美少女と付き合える万死に値する男を一人消せたというのに。

 

「……アンタを羨んでる人もいるってことくらい、考えつきなさいよ」

 

 俺がそんなことを考えていると、日神は俯きがちに何やら呟いていた。俺を羨む人間ね。そんなの簡単には思いつかないけどな。どうせ羨むなら俺なんかより天翔を羨んでほしいね。あいつもちょっとくらい負の感情を向けられるなり何なりしてくれないと、釣り合いが取れない。

 

 天翔と言えば。

 

「そういや日神、なんで俺に案内役なんて頼んだんだ?天翔でよかっただろ」

「ちょっとアンタに話があってね。二人になれる時間が欲しかったのよ」

 

 何となく気になって話題転換も兼ねて聞いてみると、日神からはそんな返事が返ってきた。二人になれる時間か……はっ!まさか告白?

 

「言っておくけど告白じゃないわ」

「バッ、そんなこと欠片も思ってねーし。年中猿みたいな思考してねーし。一目惚れされたかなとか考えたりなんかしてねーし」

 

 日神ってよく見たら可愛いなとか思ってねーし。全カップルへの呪い解かなきゃとか思ってねーし。

 

「……本当にそんなこと考えてたのね。暁の言う通りだわ」

 

 天翔め。変なこと女の子に吹き込みやがって。というか天翔、今朝あたりに俺の脳内は追跡不可能だとか言ってたじゃないか。できてるじゃん。思いっきりできてるじゃん。

 

「まあいいや。そんで、話って何のことだ?別に話だけなら教室でもよかったと思うんだが」

「本当にそうならわざわざ案内なんて頼まないでしょ。もちろん、みんなの前ではできない話よ」

 

 俺が少し強引に話を戻すと、日神は勿体ぶるようにしてそう答えた。うーん、俺に関する話でみんなに隠さなきゃいけない話ってなかったと思うんだけど。そう思っていると、日神はドヤ顔で言った。

 

「──つまり、あなたの家・夜留の話ね」

 

 なるほど、厨二設定をみんなの前で言うのが恥ずかしかったのか。

 

「ねえ、その目やめてくれないかしら。なぜだか物凄く腹立つわ」

「ねえ、その類の話やめてくれない?なぜだか物凄く痛々しく感じるんだ」

 

 ……………………。

 

「ちゃんと話を聞いてくれるかしら?」

「もちろんですとも。あなたの御心のままに我が身を振るいましょう。して、この度は何をすればよろしいので?」

 

 日神の強い視線に圧され、俺は早めに折れた。仕方ない。話くらいは聞いてあげよう。これは俺の寛容なる心のなせる技だ。日神の手が俺の首に向いてたからのは関係ない。決してビビったわけじゃない。

 

「いや、別に話を聞いて正直に答えてくれればいいんだけど」

「はっ!了解致しました!」

「じゃあまずその態度やめて」

「はっ!万事了承でございます!」

「…………あれは何?」

「フェンスでございまひでふっ」

 

 なんで?なんで今俺叩かれたの?躾なの?ブリーダーなの?俺はペットなの?

 

「その態度やめてって言ったでしょ」

「あ、はい。ごめんなさい」

 

 そういうことね。納得。

 

「今後そういう態度取ったらまた叩くからね。暁から許可は得てるわ」

「OK、分かった。分かったからもう今後は叩くなよ」

 

 それと天翔は絶対に許さない。今度黒板に天翔とクラスの女子で相合傘書いて冷やかしてやる……ダメだ、女子が喜ぶだけだ。

 

「それはあなた次第ね。それより話に入るわよ」

 

 そんなことを考えていると、日神はそう言って改めてこちらに向き直ってきた。

 

「簡潔に聞くわ。あなた、本当に夜留家について何も知らないの?日神家に関しても?」

 

 夜留家や日神家か。夜留家に関しては自分の家だし知らないわけがないのだが、日神が言いたいのはそういうことじゃないだろう。

 

「ああ、ちょうど今朝姉さんと天翔に聞いたよ。なんか日本を支えてるのが日神家で、それを助けてるのが夜留家やら暁家やらなんだって?」

「あら、分かってるじゃない。なら自分の立場もわかってるわね。あなたについては少し調べさせてもらったわ。目立った活躍はないけど、体力能力ともに潜在能力が抜きん出てるわね。流石は夜留の人間ってところかしら。というかアンタ、ちゃんと分かってたのね。何だ、心配して損したわ。早く姉様に伝えなきゃ」

 

 俺が答えると、日神は気を良くしたのかどこか得意顔で話し出した。なるほど、夜留家は特に優れている設定らしい。姉さんか、あるいは妹が優遇設定を勝ち取ったのだろうか。

 

「まあ何でもいいけどさ、そういう設定に俺は巻き込まないでくれないか?あと出来れば姉さんも流石に成人もしてる人がそういうのにハマるのは、何かこう、キツイものがあるのは分かるだろ?」

 

 なんとなくそう推測しながら、長々と話す日神に割り込んで俺は言った。姉さんはもう今年で二十一になるはずだ。流石にその歳で厨二病は弟として看過しがたいものがある。

 

「……ふーん。何だ、やっぱりそんな感じなのね。いい?あなたが今日聞いた話は全部本当の話なの。あなただって、自分が普通じゃないことくらい気付いてるはずよ。今朝だって、一般人ならまず間違いなく衝突してたわ。それをあなたは、避けるでもなく私の上を飛び越えて事無きを得た。どんな脚力を持ってたって普通は無理よ」

 

 なるほど、今朝の出来事のせいで目をつけられちゃってたのか。

 

「でもほら俺、運動得意だから」

「いや、どう考えてもその域を超えてるでしょう。あの咄嗟の出来事で踏切も碌に切らずに、しかもスクールバッグを持って一メートル半を飛び越えるとかオリンピックの選手でも出来ないわよ」

 

 俺の返しに、日神はそう言ってため息をついた。多分ゾーンに入ってたんだろう。裁判を起こされたくない一心だったんだ。ゾーンに入るくらいしてても不思議じゃない。

 

「それにあの時あなた、夜留の力を使ってたわよね」

 

 俺が今朝のことに考えを寄せていると、日神がそんな言いがかりをつけてきた。

 

「何言ってるのかさっぱり」

「アンタ、本当に自覚ないの?私を飛び越えた時、アンタの腕は確かに翼になってたわよ」

 

 ふむ。確かに、言われてみればそんな感覚はしたな。でもその後確かめてみたら普通に腕だったし。

 

「あの時は裁判沙汰にならないよう必死だったからな。俺の頑張りを見間違えたんだろう」

「裁判沙汰?何よそれ。というかどうやったら見間違えられるのよ」

 

 知らんがな。見間違えたのはそっちじゃん。

 

「なあ、もう面倒だから何か見せてくれよ。そういう能力?みたいなやつをさ。もし本物っぽかったら納得するからさ」

 

 まあ普通に無理だろうが。あって簡単な手品くらいだろう。眼には自信がある。適当に種を見破って終わりだな。

 

「……ねえアンタ。それって、わざとなの?」

「は?」

「ううん、何でもないわ」

 

 そして日神は、なぜか自分を落ち着かせるように深呼吸をしてから言った。

 

 

「私もアンタに何かを見せて証明できたらよかったんだけどね。私、無能なのよ。式神一つ操れないの」

 

 

 ほーん。

 

「まあ言い訳としては割とよく見る設定だな。ありがちというか」

 

 俺はてっきり準備に時間がかかるとか、やすやすと他人に見せていいものじゃないとか、そういう誤魔化し方をすると思ってたけどな。

 

「設定、ね」

 

 俺の言葉に、日神は何かを諦めるようにそう呟いた。

 

「どうした?」

「何でもないわ。悪かったわね、時間取らせちゃって。それと案内はもういいわ。今回はありがとう。じゃ、これで」

 

 俺が聞き返すと、日神はそれだけ言って踵を返し、屋内へと戻っていった。どうしたんだろう。不意に我に返って恥ずかしくなりでもしたんだろうか。

 

 去り際に見えた気がした日神の固く結ばれた口元の意味を考えることなく、俺も日神に少し遅れて校舎の中へと入っていった。

 



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俺の友達まで毒されそうなんだけど助けて

 

 

 

 この世には、未だに解明されていない謎が山ほどある。生命の起源、宇宙の果て、時間の流れなど、その種類は様々だ。しかし、それらを差し置いてぶっちぎりで誰もが謎に思っていることがある。

 

 なぜ学校が存在するかだ。

 

 古来、人類は生活の中で実に様々なものを自然と学んでいた。火の起こし方、獲物の狩り方、田畑の作り方。それにちょっとしたものを付け足しただけの状態で、江戸時代までの庶民は生を謳歌していたのだ。

 

 つまり、人間は学校なんて行かなくても文化的な生活を送れるはずなのだ。寺子屋だって学校とは程遠い。だってあれには学校行事とかないし。

 

「だからさ、学校とか行かなくてもいいじゃん?」

「冗談も休み休みにしてくれる?」

 

 そんな俺の力説に、我が妹は満面の笑みでベッドの上の俺から布団を剥ぎ取ることで答えた。

 

 布団というものは夜から朝にかけての冷たい空気から体温を守るための砦であり、低体温症が死を覚悟するようなものであることを加味すれば、布団を取り上げることは死ねと言っているのと同義なわけだ。付け加えるならば妹はいつも布団をすぐに押入れにしまうため、俺の死を心から望んでいることが推察できる。

 

 端的に?

 

 俺の妹は鬼。

 

「今すごい失礼なこと考えなかった?」

「グヘッ」

 

 ベッドの上に寝転がったままの俺を、妹はそう言いながら容赦なくベッドから蹴り落としてきた。ごめん、兄ちゃん間違えてた。鬼に例えるなんて失礼だったよね。鬼に。

 

 なおもそんなことを考えている俺に、妹はゴミを見る目でこちらを見ながら足を振り上げた。そしてその踵を俺の腹に向かって落としてきて──

 

「ノオォォォ!」

 

 ──そのまま止めることなく振り抜いた。間一髪で避けた後に俺が直前までいた床を見てみると、妹様のお御足は床を突き破っていた。嘘だろ。

 

「お前は実の兄を殺すことに何の躊躇もないのか!?」

「あ、起きた。遅刻しないように早く学校に行きなよ」

 

 妹は俺の悲痛な訴えを無視してそう言い、部屋から出て行った。「あ、起きた」じゃねえよ。もし避けなかったらどうするつもりだったんだ。

 

 俺は妹様の狂気に慄きながら、のそのそと起き上がった。ラノベの主人公たちが妹を特別扱いするのも分かる。下手打ったら殺されちゃうもんな?

 

「あ、涼ちゃん。起きたのね」

 

 制服に着替えてリビングに行くと、母さんと妹が朝食を取っていた。お前の娘に殺されかけてな、という言葉を飲み込んだのは母さんへの配慮だ。妹がいたからじゃない。決してビビったわけじゃない。

 

「それより聞いたわよ、涼ちゃん。あなた昨日、お姉ちゃんの話を信じなかったんだって?それだけじゃなくて日神の次女様の話も聞かなかったって聞いたわ」

 

 そんなことを考えていると、母さんが俺にそう言ってきた。まさか……。

 

「話ってもしかして、この家がどうこうとかいう話?」

「そうよ。まあ確かに一生付き合ってく事だから納得するまで反論してくれるのもいいんだけどね?あんまり頭から否定されるとこっちも説得のしようがないっていうか」

 

【悲報】母さんまで厨二病に陥る。

 

「え、えっと、まさか母さんまでその話を本気にして……?」

「当たり前じゃない。ついこの前も、赤城の方まで行って大蛇退治をして来たばかりだもの」

 

 俺の恐る恐るの質問に、母さんは当然のごとくそう答えた。ダメだ。完全に出来上がってやがる。

 

「ふぅ。なるほど、なるほど」

「?どうしたの?」

 

 俺が心を落ち着かせようと意味もなく呟いた言葉に反応する母さん。そんな母さんをスルーしつつ、俺はカバンを持ち上げた。

 

「もうこんな家は嫌だぁぁぁ!」

「あ、ちょっと涼ちゃん!」

 

 そして逃げるようにして家から出て行った。

 

「もう、話さなきゃいけないことは他にもあったのに」

「大丈夫でしょ。お兄ちゃん、滅多なことでどうにかなったりしないし」

「それもそうかしらね。出来れば『大蜘蛛』の話はしたかったんだけど。全くあの子ったら、力はあるのに自覚はないなんてね」

 

 そんな妹と母さんの会話は、俺の耳には入ってこなかった。

 

 

 

 

 思う。最近何かから逃げてばっかりだと。

 

 姉から逃げ、天翔から逃げ、智樹から逃げ、家から逃げ。なんで俺は最近、こうも逃げ回る人生を送っているのだろう。もっと気を強く持てばいいのか?

 

 というかそもそもここ最近、俺の周りが全体的におかしい。その原因は間違いなく、昨日転校してきた日神だ。あいつには注意しよう。危険な匂いがする。具体的には俺まで向こう側に連れていかれそうな匂いがする。

 

「そう、日神に巻き込まれなければ多分大丈夫だ。母さんや天翔たちだっていずれ治るに決まって」

「呼んだかしら」

「うわぁぁぁ!出たぁぁぁ!」

「え、何その反応」

 

 朝のショートホームルーム前。俺が自分の席でここ二日の一連の流れに対する対策を練っていると、横からその原因と思われる日神が話しかけて来た。

 

「あなた、私の隣の席でしょう。そんな反応しなくても少し前からすぐ側にいたわよ」

 

 俺の反応に呆れたのか、そんなことを言ってくる日神。なるほど。

 

「お前、頭良いな」

「今後もそうやってバカにするなら、私にも考えがあるわ」

「Yes,sir!何でもありません!」

 

 クソ、早速俺の手札が一つ消された。何の手札かって?話をすり替えるための手札だよ言わせんな恥ずかしい。

 

「それよりアンタ、何かいつも通りっぽいけど何も聞いてないの?」

「何も聞いてないのって、何が?」

 

 俺が聞き返すと、日神は「何がって……」と口ごもった。何だろう。言いにくいことか何かだろうか。

 

「アンタ、大蜘蛛の話は聞いてないの?」

「解散」

「真面目に聞きなさい」

 

 真面目て。

 

「そもそも内容が真面目じゃないじゃん……いえ、あの、本当にすみません、ちゃんと聞くんで、あの、その手を振りかざすの、やめてもらってもいいっすかね」

「全く、人がせっかく心配して聞いてあげたっていうのに」

 

 心配してたのに叩こうとしたの?なんで?

 

「それで、大蜘蛛の話は聞いてないのね?いいわ、私が説明してあげる。大蜘蛛っていうのは──」

「日本の怪談でそれなりの人気を誇る、蜘蛛の怪異。山蜘蛛なんて別名もある人を襲う蜘蛛。人に化けることもあれば、生気を吸って人を病死させることもある。こんなところか?」

 

 俺がそう言うと、日神は大きくため息をついた。

 

「全く。昨日もだけど、なんであなたは知らないふりをした後に私を遮る形で解説するのかしら?まあいいわ。それで合ってる。家の人に聞いたの?」

「聞くまでもねえよ。俺はソシャゲ界隈のゲーマーだ。もちろん和風ファンタジーもやってるからな。大蜘蛛くらい知ってる。ほら、これに出てくるんだよ」

「ふーん。別に、私たちにとってはファンタジーでも何でもないのだけどね」

 

 俺がスマホの画面を見せながら日神にそう言うと、日神は関心なさそうに漏らした。

 

 で、でたー!厨二さん特有の『私にとっては……』発言!これは痛い!痛々しい!本気で言ってそうな表情がその痛々しさを更に増している!

 

「……何よ。言いたいことがあるならはっきり言いなさい」

「おっぱい小ちゃいのって実際コンプレックスになへぶっ!」

「あああ、あなたそんなこと考えてたの!?この話をしてる時に!?信じらんない!っていうか小ちゃいって言うな!」

 

 どうやら本当にコンプレックスになるらしい。俺は頬を抑えながらそう思った。言いたいこと言えって言うからかねてから気になってたことを聞いてみただけなのに。

 

「もういいわ!あなたなんて勝手に大蜘蛛に食べられてればいいのよ!」

 

 そう思っていると、日神はそう言って教室を出ようとドアの方に歩いて行った。食べられてればいいってお前、そもそも人間を食える蜘蛛なんていないだろ。こういう人を現実と妄想の区別が付かない人って言うのだろうか。

 

 ちなみにその後すぐにチャイムが鳴って、日神は教室から出ることなく隣の席に戻ってきた。どこか居心地が悪そうな表情の日神。分かるぜ、あんな去り方して一分経たずに戻ってくるのって結構恥ずかしいよな。

 

 まあそれはそれとして。

 

「……フッ」

 

 何となく勝った気がしたので勝ち誇っておいた。どっちかっていうと日神が勝手に負けてった感じだけど。

 

 ……いやあの、日神さん、そんなに睨まないでくれると助かるかなー、って思うんですけど。頬が少し赤いのもあって怖いなあ、なんて……あの、えっと、その……。

 

「すみませんでした」

 

 俺がそう言うと、日神は満足したかのように前を向いた。何となく負けた気がしたので俺は心で泣きながら窓の外を眺めた。

 

 

 

 

 昼休み。俺は友達の浅井智樹と一緒に屋上で昼食をとっていた。場所が屋上なのはカップルのイチャイチャを少しでも防ぐためだ。さっきも俺たちを見て帰ってったカップルが一組いたし、成果は上々。フハハ、ざまあ!

 

 そんな俺に付き合う智樹とは、天翔ほどではないがけっこう長い付き合いだ。そして大変よろしいことに、イケメンではなくフツメンだ。故に智樹とはとても気楽に話すことができる間柄となっている。

 

「今すごい失礼なこと考えてなかったか?」

「全然全くこれっぽっちも」

 

 このやり取り、昨日もした気がする。確か天翔あたりと。どうやら俺は人に会った時、とりあえず失礼なことを考える性質があるらしい。そんで我が友人はそれをちゃんと察知することができると。

 

 おかしくね?

 

「……いや、うん、まあいいけどな。それよりお前、今朝日神さんと何話してたんだ?何か喧嘩して頬をビンタされてたって噂になってたぞ。もし昨日の今日でお前が日神さんと痴話喧嘩をできるほどの仲になってたなら、俺は今ここでお前をボコる」

 

 俺が少々自由な俺とサトリ妖怪な周囲について考察していると、智樹はそんなことを言ってきた。怖えよ。

 

「違えよ。何で俺が諸悪の根源と痴話喧嘩しなきゃいけないんだ」

「諸悪の根源?」

 

 微妙に殺気を漏らしながら首を傾げる智樹に、俺は日神の厨二病を説明した。

 

「ふーん、日神さんが厨二病ねえ。俺はもっときちんとした印象を受けたんだがなあ」

 

 日神が昨日と今日俺に言ってきたことを軽くまとめて話すと、智樹はそう言ってきた。

 

 ちなみにおっぱいのことは言ってない。もちろん彼女の名誉のためだ。決して俺が女子と胸の話をしたことを隠したかったからじゃない。智樹の反応にビビったとかじゃ全然ない。

 

「そうは言っても、間違いなく厨二なことを言ってきてたぞ。何か古くから日本を支えてきた家の出身だとか、俺の家もその家を助けてきた家だとか」

「あー、それは確かにガチっぽいな」

 

 そんなことを考えながら俺がそう言うと、智樹も同意してくれた。俺もまさか案内をさせられた先であんなこと言われるとは思わなかったしな。

 

「そういやさっきの話だと、お前昨日の朝も日神さんと会ったんだよな。そこで何かあったんじゃねえの?」

 

 そんなことを思っていると、智樹は俺にそう言ってきた。そんなこと言われてもな。

 

「あの時はぶつかりそうになったから日神の上を飛び越えただけだし」

「ごめん、急に日神さんの話が本当っぽく思えてきたわ」

 

 俺が昨日の朝の出来事を話すと、智樹は急に立場を変えてきた。

 

「お前まで……やめてくれよ、お前までそんなこと言うなら俺の周りが厨二ばっかになっちゃうだろ。俺はもうあんなのに感染したくないんだよ」

「いや、そういうのじゃなくてな。さっきまで日神さんを厨二だって言ってたのは常識に照らし合わせてだが、考えてみればお前もお前で常識を飛び越してるんだよな」

 

 そう言ってため息をつく智樹。いやいや。

 

「俺がいつ常識から外れた行動取ったよ?」

「強いて言えばいつも」

 

 ひどい。

 

「ハァ……だってな、まずはその朝の人外跳躍だろ?あとは修学旅行の時のリアル清水の舞台からの飛び降りからの生還。それにこの前お前、車に撥ねられて痛ぇで済んでたよな。運が良かったと思ってたけど、そうか、涼也がおかしかったのか」

「ちょっと待って。お願いだから納得しないで」

 

 というか人外跳躍って何だ。

 

「そりゃお前、避けることもできないくらいの時間での咄嗟のジャンプで、しかも手にはバッグ、着てるのは制服。そんで女子とは言え人ひとりを飛び越えるのは明らかに人外だろ。万全の状態で跳ね上がる走り高跳びの世界記録だって二メートル半無いんだぞ」

「普通の人間だって読心能力は無いんだぞ」

 

 こいつはさっきから俺の異常さを指摘してくるが、絶対にお前らの方がおかしいからな。普通、人は他人の思考をピンポイントで読めたりしない。

 

「お願いだから智樹、お前だけは正常でいてくれよ。隣の転校生だけじゃなくて、天翔や妹、姉さんまで厨二に感染しちまってるんだ。お前だけが頼りなんだよ」

「なるほど、家族に加えて明らかに特別な奴も同じこと言ってるのか。涼也、やっぱり正しいのは日神さんなんじゃね?」

「ああ、智樹まで……嫌だからな!絶対に俺だけはそっち側には行かないからなぁぁぁ!」

「あ、ちょ、涼也!」

 

 そう言い捨てて、俺は昼食のゴミの入ったコンビニ袋を持ちその場を逃げ去った。俺は走った。走りに走った。そうすれば、みんなが厨二になってしまった現実から逃げられると信じて。

 

 絶対に俺はそっちに行かないからな!

 

 

※五時間目の前には教室に戻りました。

 

 

 

 



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蛇が将棋勝負をしかけてきたんだけど助けて

 

 

 家出だ。そう、家出してやる。

 

 そんなことを思いついたのは、もう五時半にもなり人もいなくなった放課後の教室。俺がいかにして自分を周囲に蔓延る厨二病ウイルスから身を守るか考えている時だった。

 

 そうだよ家に帰らなきゃいいんじゃん。家族はもちろん天翔とか智樹だって家はあそこの近くだし、家に近寄らなければあとは日神だけ警戒すればいいわけだろ?いやあ、これは神の策だわ。幸い今日はそれなりの金持ってきてるし。帰らないって連絡だけ入れとこ。

 

「あれ、涼也じゃん。まだ帰ってなかったんだ。どうしたの?」

 

 そうしていると、教室のドアを開けて天翔が入ってきた。クソっ、嫌なタイミングで……!

 

「はっはっは、何でもないよ天翔くん。それより君こそどうしたのかね?君はバスケ部のエースで女の子たちにキャーキャー言われてて死ねばいいのに」

「本当にどうしたの?というか最後の文だけ意味が分からないんだけど」

「おっと失礼。君はバスケ部のエースなのだからまだ部活中なんじゃないかな、とお訪ねしようとしてたところ、つい本音が出てしまいましてね」

「ねえ、何か変なものでも食べた?本格的におかしいよ?いつもにも増して」

 

 いつもにも増してってどういう意味だコラ。

 

「いつもより遅くまで学校にいてテンションが変になってるだけだ、気にすんな」

「そう?僕には何かを誤魔化すために、わざと変なこと言ってるようにしか見えなかったんだけど」

 

 す、鋭い。こいつ鋭いぞ。昨日のお前の脳内は追跡不能発言はどこ行ったんだ。

 

「は、はは、そんなわけないじゃないか。俺は至っていつも通りだぜ?」

 

 誤魔化し切ろうとそう言う俺に、天翔はそんな俺をジトっと見つめながら言った。

 

「……ちなみに涼也、君には何かを隠してる時左手をグーにするっていう癖があるんだけど知ってた?」

「は!?」

 

 天翔の言葉に慌てて左手を見ると、俺の左手はパーで開いたままだった。

 

「フッ、残念だったな!俺にそんな癖はない!」

「隠し事はあるみたいだけどね」

 

 ………………はっ。

 

「テメェ騙したな!?」

「いや、騙したって言うか……まあここまで綺麗に引っかかってくれると、むしろ感心するね。というわけで、何を隠してるんだ?言ってくれよ。長い付き合いだ、少しくらい頼ってくれてもいいんじゃないか?」

 

 長い付き合いだから分かる。お前に言ったら絶対に今日家に帰る羽目になる。

 

「ってなわけで言うわけにはいかないな!じゃ、俺は帰る」

 

 俺がそう言って一歩踏み出すと、天翔もそっちの方向に一歩進んだ。

 

 …………………………。

 

 左に一歩。天翔も一歩。逆に一歩。天翔も一歩。

 

「……天翔?」

「悪いね。葵様と君のお母さんたちから君のこと頼まれてるんだ。それに僕個人としても、君を危険に晒したくない。『大蜘蛛』は本当に危ない怪異だ。悪いけど逃がさないよ」

 

 俺が聞くと、天翔はそう答えた。何かほざいてるのはスルーする方向で行こう。

 しかし家出がバレてたのは少しキツイな。いや、流石に家出までドンピシャじゃないとは思うが、まあ何かするだろうくらいには分かってる感じだな。

 

 俺は身体能力には少々自信がある。あるが、天翔だって十分動ける。正面切って突破しようとすれば、バッグを持ってる分俺の方が不利だ。

 

 と、いうわけで。

 

「窓から脱出!」

「え!?ちょ、お前待て──」

 

 天翔の制止を無視し、俺は窓を開けて飛び降りた。二年生の教室は全て三階にある。まあ高いが、昨日俺が飛び降りたのだって三階だ。今回は自分から飛び降りたわけだし、楽勝楽勝!

 

 地面に降り立ち、スマホの電源を切りながらすぐに裏門に向かって走る。位置情報をどこで取られるか分からないからな。電子機器の使用はなしだ。

 

 校庭の脇を走る俺。キャーキャー飛び交ってるのは黄色い歓声だ。異論は認めない。俺の行動を気持ち悪がっての悲鳴なんて意見は絶対に認めない。

 

 そんなことを考えながら、俺は裏山を経由して夕方の街へと消えていった。

 

 

 

「ふぅ……ここまで来ればもう大丈夫だろ」

 

 学校を出てから二時間とちょっと経った、だいたい八時くらいのこと。俺は学校の裏山とはまた違う別の山の中にいた。ここら辺は山がちだからな、小さな山ならいくらでもあるんだ。

 

 …………田舎で悪かったな。

 

 さて、と。何しようかな。さっきコンビニでジャ○プ買ってきたんだけど、ここじゃ暗くてあんまり読めないし。スマホ使ったらうちの無駄にスペック高い奴らにここがバレるかもしれないしなあ。

 

「シュー、シュルルル」

 

 そんなことを考えていると、ハンモックのかかっている枝の方からそんな音が聞こえてきた。そちらを見ると、そこには仄かな月の光を浴びて薄く白く輝いている美しい蛇がいた。

 

「おお、ハクじゃんか。久しぶりだな。元気にしてたか?」

「シュル、シュルシュルル」

 

 俺が言葉をかけると、その蛇──ハクは俺に近寄り、伸ばした俺の手に首を擦り付けてきた。

 

 ハクは、この山に住まう白蛇だ。小学生の俺が初めてこの山に遊びに来た時からずっとここに住んでいる。実はちょくちょくこの山に遊びに来ていた俺はなぜか結構な頻度でこいつと会い、結果として俺が来ればどこからかハクも出てくるという関係性に落ち着いた。

 

 勝手に友情感じてるんだけど、ハクの方はどうなんだろ。そもそも蛇にそのレベルの知能があるのかすら怪しいモンだが。

 

「シャーッ!シュッ、シュルル!」

「うお、何だよ急に。びっくりさせんな」

 

 急に威嚇してくるハクに俺は思わずそう言った。何だよ、どうしたんだよ。俺何もしてないだろ。精々が頭の中で知能云々て考えただけだ……し……。

 

 まさかこいつ、読心を?

 

 ……いや、ないよな。天翔とか智樹じゃあるまいし。いやあいつらも大概だけど、流石に蛇に人の心を読むのは無理だろ。少し過敏になってんのかもな。

 

「シュー……」

「お、何だ?やることなくて暇だったのか?奇遇だな、俺も暇なんだ。しばらく何かしようぜ」

「シュー!」

 

 俺がそう言うと、ハクはまた元気に舌をチロチロと出して吐息で答えた。

 

 頭を撫でると、ハクの方からも頭を擦り付けてきた。よしよし、お前も可愛いやつよのう。ペット飼うやつの気持ちも分かるわ。

 

「さあ、何するかな。もう暗いから駆け回るのは少し危ない気もするし……でも蛇と体を使ったこと以外で何かできるのか?」

 

 まあできないだろ。何かできる蛇がいてたまるもんか。

 

「シュル、シュー、シュルルル」

 

 しばらく考えていると、ハクが急にハンモックのかかっている枝の先の方へ行き、繁った葉の中から将棋盤と何かの入った袋を口に咥えて持ってきた。

 

 そして将棋盤をハンモックの上に置き、袋の中から将棋の駒を出して盤上に並べ始めた。

 

「シュル、シュー、シャッ!」

「ちょっと待ってくれ。それはおかしい」

 

 その現実はちょっと受け止めきれない。なんでそんなものがそこにあったんだ。蛇の小さな口でどうしてそんなもの咥えられたんだ。そして何でお前は袋から駒を取り出して将棋盤に並べてるんだ。

 

「シャーッ!」

 

 勢いよく鳴いてくるハク。まさかお前、これやろうとしてんの?嘘でしょ?

 

 マジで?と、ハクと真正面から見つめ合うこと数十秒。俺の脳裏にある考えが思い浮かんだ。

 

 ルール通りに並べられた将棋の駒。やる気満々そうなハクの顔。普通に考えてありえないこの状態に加え、今は夜。その事実から俺は一つの答えを弾き出した。

 

 あれだな、これ夢だわ。

 

 考えてみればそうだよな。蛇が将棋で勝負を挑んでくるとかわけ分からないし。さっきハクが不機嫌になったのも、最近よく心を読まれるから夢にその影響が出ちゃっただけか。それに今日は色々会って疲れてたしな、ハンモックに横になってれば寝落ちしてても仕方ない。いやあよかった、安心した。ハクまで変になったかと思ったけど、これは夢か。

 

 そうと分かればあとは気にすることはない。普通にハクと将棋でもやってやろう。前からハクと運動以外のことしてみたいと思ってたんだよな。夢とはいえ、ちょうどいい機会だ。周囲は夢の中のくせにだいぶ暗いが、駒を判別するくらいは何とかなるレベルだしな。

 

「よし、そんじゃやるか!」

「シュー!」

 

 そうして、俺はハクと将棋を打ち始めた。

 

 

 



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なんかでっかい蜘蛛に食われそうなんだけど助けて

 

 

「んん……痛え。何だこの痛み。ああハク、お前か」

 

 いつの間にかハクと将棋をするという夢も終わっていた俺は左腕に痛みを感じて目を覚ました。確認してみれば、痛みの原因は夢だけではなくて現実でも俺のところに来ていたハクの噛みつきだった。

 

 俺がこの山に来るとどうやってか感づいていつも俺のところに来てくれるハクだが、よく噛み付くという癖がある。とはいっても毒もないようだし、強さだって牙を突き立てる程度のもので食い千切られるってレベルじゃない。というかもしそうならここに来たりなんてしない。

 

 しかし暗い。何時だろうと思って確認してみると、だいたい午前の二時過ぎだった。そりゃ暗いわ。明日(いやもう今日か?)は学校だし、もう一眠りするか。

 

 寝起きのボーッとした頭でそんなことを考えていると、俺が起きたのに気付いたらしいハクが一度俺の方を見て、もう一度俺の左腕に噛み付いた。

 

 今度は皮膚を突き破る勢いで。

 

「ギャーッ!!お前、急に何してくれるんだ!?痛い!痛いよ!ハク、お前だけは信じてたのに!結局お前も俺を甚振るのか!」

 

 もう世の中何も信じられない!

 

 俺がハクの突然の乱心に動揺していると、ハクが必死に何かを伝えるようにこちらを見ては俺の後ろを見てを繰り返していた。何だよ、つまらないことだったら容赦しないからな。そんなハクに、俺はそう思いながら後ろに振り向き目を凝らした。

 

 すると、そこでは大きさニメートルほどの巨大な蜘蛛が俺を八つの眼でじっと見つめていた。

 

 どうやら俺はまだ夢の中なようだ。

 

 なぜか俺を見つめるだけで動かない蜘蛛。そして動くタイミングを見つけられない俺。目と目が合う瞬間。別に好きだとは気付かないし、そもそも好きじゃない。

 

 え、いや、どうなってんの?俺さっきハクの噛みつきで普通に痛み感じたばっかなんだけど。夢の中では痛みを感じないって嘘だったんだな。

 

 半ば逃避しながらそんなことを考えていると、蜘蛛が急にこっちに向かって動き出した。

 

「ギャーーーー!!!キモいキモいキモい!無理無理無理無理無理!」

 

 ふざけんな俺蜘蛛嫌いなんだよ夢にまで来んなよぉぉぉ!

 

 俺は悲鳴を上げてハンモックから飛び降り、全力でその場から逃げ出した。そんな俺を追ってくる蜘蛛。カサカサいってる足が絶妙に気持ち悪い。

 

 もうやめてくれよ。なんで俺は夢でまで苦しい思いしなきゃいけないの?夢って脳が作り出すんでしょ?なんで俺は自分の脳にすらいじめられてるの?しかもなんでこういう時ばっかりリアルなんだよ!エロい夢の時は全然リアルじゃな……いえ、見てませんよ?別にエロい夢なんて、そんな、この僕が見るわけないじゃないですか。

 

 そんなことを考えながら山の中を駆けていく俺。

 

 ところどころで折れそうな木を蹴り飛ばしたり小さな岩を投げ飛ばしたりしてみたりするも、蜘蛛は脚でそれを難なく弾いてこちらに向かってくる。蜘蛛のくせに何でそんな頑丈なんだ。

 

 まあいい。この夢が現実に沿ってるなら、この先には大きな溝があるはずだ。幅はだいたい十メートル無いくらい。身体がデカイとはいえ、その分体重も重いはずのあの蜘蛛には到底飛び越えられない距離だ。

 

 普通に考えたら俺でも飛び越えられるかは少し分からなくなってくる距離だが、夢補正がかかるだろう。多分。かからなかったとしても、蜘蛛に食われて目覚めるよりは谷底に落ちて目が覚めた方がずっといい。

 

 よし、そろそろだ。あと十歩。五歩。四歩、三歩、二歩、一歩……ここだッ!

 

 林が突然途切れたところで俺は右足で強く地面を蹴った。

 

 そしてすぐに現れる何もない空間。さあ十メートルの大ジャンプだ。よし、これで蜘蛛を撒ける。撒いたら安心してどっかで横になろう。そうすればこの悪夢だって終わって現実に帰れるはずだ。

 

「フハハハ、デブのテメェじゃここは超えらんねえよなあ!俺の勝ちだぜバカが!」

 

 そう高らかに叫んだ俺の体は、溝の半分も行かないうちに落下を始めた。

 

 …………マジ?

 

「嫌だ嫌だ落ちるのは嫌だやっぱりそれはそれで怖いって!」

 

 考えろ!想像するんだ!ここは夢、ゆえに俺は万能、何にでもなれる。思い込むんだ。俺は鳥、両腕は翼、体は超軽い!

 

 そんなことを考えて必死に腕を動かすと、フワッという浮遊感を感じた。さすが夢、どうやら俺は鳥になることに成功したらしい。

 

「ああ、よかった。心の準備とかしておかないと、あの高さからの落下は嫌だよなやっぱり」

 

 うまく木をかわして対岸に着地した俺は、ほっと一息つきながらそう呟いた。

 

 さて、蜘蛛はどうなったかな。今考えたら夢なんだしそんなに本気で逃げなくてもよかったかもしんねえな。

 

 そんなことを考えながら後ろを振り向くと、蜘蛛はその巨体に見合わないような大きなジャンプをしていた。

 

「……は?」

 

 呆然と声を漏らす俺をよそに、空中をこちらに近づいてくる蜘蛛。やがてドシンという音を立てて俺からそう離れていない場所に着地した。

 

 目と目が合う瞬間再び。やはり好きだと気づきもしなかったし、それどころじゃない。

 

 え、どうしよう。もう走りたくないよ俺。つっても今から武器なんて用意できないし、対蜘蛛で素手なんて絶対に嫌だ。

 

 ……あれ?もしかしてこれ、詰んでね?

 

 そんなことを考えている俺に、警戒しつつしかし確実に少しずつ近づいてくる蜘蛛。やべ、食われる。夢の中で被食体験とか嫌すぎる。しかも虫に。

 

 ああもう!仕方ない、とりあえずそこら辺の枝でも折ってあいつの眼にでもぶっ刺すか──

 

 

「いえ、その必要はありません」

 

 

 俺が折りやすそうな木に目を向けると、俺と蜘蛛との間から女の子の声が聞こえてきた。

 

 そちらに目を向けると、そこには背の少し低い着物の少女が立っていた。その少女の肩にかかるほどの白い髪と同じく白を基調とした着物は、木々の間から差し込む微かな明かりを反射して幻想的に光を放っていて、俺は少し呆けた反応をしてしまった。

 

「……え?」

「ですから、主様は何もする必要ありません。コレは私の役割ですので」

 

 そんな俺にその少女はそれだけ言って蜘蛛に向き合った。蜘蛛はそんな少女の視線に一瞬だけ怯むも、少女の方も獲物に狙い定めたのか少女に向かって突進してきた。

 

 そんな蜘蛛に少女は逃げるでもなく、ただ右手を前に伸ばした。

 

「気持ち悪いので少し放置してましたが、主様を狙ったのは看過できません。大人しく裁かれるがいい──御護裁龍みもりのさいりゅう」

 

 そして少女がそう言うと、突然その子の前に巨大な蛇の頭が現れた。一メートルを優に超えるその大きな頭は星の光の反射とかではなく、間違いなく自ら薄く輝いていた。

 

 そんな蛇に本能的な恐怖を覚えたのか、蜘蛛は突進をやめて後ろに跳び退いた。

 

「私の力も測れずに突っ込んでくる虫ケラ如きに、主様を取り込まんとする資格はない。アレを喰らえ、白夜」

 

 そんな蜘蛛を見た少女は、嫌悪感を露わにしながら何かを言って右手を軽く振るった。その瞬間、その蛇は少女の右手の前の空間からその太い胴体を現しながら宙の蜘蛛に向かっていった。そしてその口を大きく開き、蜘蛛に何の抵抗もさせないうちに蜘蛛に噛みつき、呑み込んだ。

 

「我が山を荒らせるとでも思ったのでしょうか。守神たるこの私がいるこの山を……戻れ、白夜」

 

 蜘蛛を呑み込んだその蛇は少しの間その場で咀嚼する様子を見せていたが、少女の声に頷く仕草をし、現れた時と同じように少女の前の空間からどこかに入り込むかのように消えていった。

 

「これでよし。主様、お怪我はありませんか?」

「え?あ、お、おう」

 

 怒涛の展開に全く付いて行けてなかった俺は、少女に声をかけられてキョドりながらそう返した。

 

「ならいいです。私に力を分けたばかりの、しかもまだ覚醒も済んでいない身で、私が来るまでよくお耐えになりました」

 

 少女は俺の返事に、無表情ながらもどこか安心したような色を見せながらそう言った。

 

「さて、主様は未だ日常からの孵化を望んでおられませんでしたね。ならばお疲れでしょうし、もうお眠りください。そちらの破れた衣服など、後処理は私がやっておきますので」

 

 状況がまだ掴めてない俺に、少女はそう言って右手を俺の顔の辺りに伸ばしてきた。

 

 段々と意識が遠のいていく。夢から覚めるのか、それとも夢が切り替わるのか。なぜか急に不安に思えてきた俺は、少女に叫ぶようにして聞いた。

 

「これは夢なんだよな!?現実にはあんな大きな蜘蛛なんていないんだよな!?」

 

 そんな俺の声に、少女は小さく微笑んだ。

 

「ええ、もちろんですとも。今宵の出来事は、将棋のことも含め全て夢です」

 

 そうか、そうだよな、そりゃそうだ。

 

 少女の言葉を聞きながら俺は目を閉じていった。

 

 

 



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何か転校生にキレられたんだけど助けて

 

 

 あのよく分からない夢を見た夜が明けた朝、俺はハンモックの中で目を覚ました。時計を確認すると、まだ朝の六時。これなら始業に間に合いそうだ。

 

「んじゃ、とりあえず起きるか」

 

 鳥の鳴き声が聞こえる中、俺はそう呟いて起き上がった。何かこう、自然の中で起きるのもいいな。清々しい。今度から定期的にここに家出してやろうかな。

 

 さて、ここからどうするかだが。飯はコンビニで買えばいいし、身体もタオルはあるから川で水浴びでもすればどうにかなりそうだが、問題は服だよな。下着はコンビニでどうにでもなるとして、制服は流石にこのままじゃマズいよな。昨日一日、ここに来るまでにけっこう動いたし。

 

 そんなことを考えながら何となく自分の服を見下ろすと、なぜか昨日の夜よりも明らかに綺麗な状態になっていた。

 

 …………。

 

「よし、OK。一旦落ち着こう。落ち着いて物事をしっかりと捉えるんだ」

 

 起きたことは単純。寝て起きたら服が綺麗になってた。その理由として考えられるのは……。うん、あれだな。

 

 森パワーだ。

 

 何かこう、森って人間に良い影響を及ぼすっていうし。森によってその効能は違うっていうし。多分この山には普通の効能プラス服を直すっていうのもあるんだろう。すごいなこの山。どうやってかって?そんなの、木々の吐き出す酸素が、こう、何かさ、あるじゃん?何ってほら、そう、うん…………。

 

 考えない方向で行こう。

 

 一番大きな問題も無事解決したことだし、とりあえず川にでも行ってくるか。

 

 そうして、俺はハンモックから降りて川に向かった。

 

 

 

 起きてからだいたい二時間後。俺はいつもと変わらず教室の隅っこの席に座っていた。

 

 川に行く途中に会ったハクと水辺で少し戯れられたし、今日の俺は少し機嫌がいい。なぜかハクは俺が服を脱ぐ時焦って茂みに隠れてたけど。そのあともしばらくは見てはそっぽ向いてを繰り返してたけど。あれは何だったんだろうか。

 

「ねえ涼也、今ちょっといい?」

 

 テンション高めに鼻歌なんかを歌いそうになっていると、バッグを担いだ天翔が話しかけてきた。軽く教室を見回すと、近づいては来ないものの女子たちがチラチラとこちらを見てきていた。モテ男め。イケメンに使ってやる時間などないわ!

 

「ダメだ」

「ここら一帯に広がってた大蜘蛛の妖力反応が、昨日の夜に急に消えたんだけど何か知らない?」

 

 こいつはダメって言葉の意味を理解してないのか?

 

 俺は抗議の意味を込めた表情で天翔を見たが、天翔は首を傾げただけだった。おかしい。妹から一生誰も近寄ってこないからその顔はやめた方がいいよってお墨付きをもらった顔なのに。

 

 何も言わずに追っ払うのに失敗した俺は、軽くため息をついて言った。

 

「そんなもの知らねえよ。俺は今いつもより幸せな気分で平日の朝っていう継続ダメージ空間を乗り切ろうとしてるところなんだ。厨二話は後にしてくれ」

 

 例えば死んだ後とかね。

 

「いやだから……ま、その話は今はいいか。じゃあ大蜘蛛を倒したのは涼也じゃないんだね?」

「違うって。何で俺がそんなもの倒さなきゃいけないんだ」

 

 大蜘蛛て……。昨日の日神といい、最近は大蜘蛛がそっち系の話題なのか?遊ぶのはいいけど、こっちにまで話を広げないでほしい。

 

「分かった、ありがとう。それと涼也、昨日家に帰ってないんだって?お母さんたちが心配してたよ。大蜘蛛に関してはもう安全だと思うけど、万が一があるし今日は帰りなよ?」

 

 そんなことを考えていると、天翔は俺に向かってそう言ってきた。大蜘蛛に関しては最初っから心配してねえよ。

 

「服だって汚れてるだろうし、一旦家に帰って……あれ?なんか君の制服、昨日から着てるにしては綺麗すぎない?どんな手品使ったの?」

「森パワー」

「え?」

「森パワー」

「そ、そう。まあなんでもいいから、家には帰りなよ」

 

 俺のゴリ押しに負け、天翔はそう言って俺の席を去っていった。あれ以上聞かれたら俺も分からなかったし、引いてくれてよかった。

 

「あなた、昨日の夜家に帰ってないんだって?何してたの?まさか大」

「大蜘蛛なら倒してない」

 

 そうしていると、今度は横から日神が声をかけてきた。

 

「何で毎回あなたは私のセリフに対して先回りするのよ。というか大蜘蛛の話を自分からするなんて、あんたもしかして私たちの話を信じるようになったの?」

「まさか。さっき天翔が似たような話してきたんだよ」

「なるほど、暁が」

 

 俺の脳はまだ厨二に飲まれるほど落ちぶれてない。

 

「まあそれならそれでいいわ。じゃあ何か心当たりとかない?今のところ誰が狩ったのかも分かってないのよ。昨日何か見たなら教えなさい」

「そんなもの見てるわけないだろ」

 

 デカい蜘蛛とか昨日の夢の中でしか会ったことないわ。

 

 俺がそう答えると、日神はそう、と頷いた。

 

「分かったわ。何かあったら教えなさいね」

 

 そしてそれだけ言って俺から視線を切り、前を向いた。何かあるとすればお前たちの頭の中でだと思うんですけど。そんな言葉をぐっと飲み込み、俺は昨日買っておいたジャンプに目を落とした。

 

 

 

 

 その数日後の朝、日神は学校に来るなり俺を睨みつけ怒りを露わに言ってきた。

 

「あんた、放課後屋上に来なさい」

 

 



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転校生が襲ってきたんだけど助けて

 日神に呼び出しを食らった日の放課後。俺は屋上に繋がる扉の前で呼吸を整えていた。だって怖い。告白かな?とか茶化す空気じゃなかった。なんか知らないけどキレてた。

 

 くそぅ、俺が何したっていうんだ。何もしてないだろ?みんなの設定に沿わなかったのが悪いのか?そんなの横暴だ!

 

 よし、大丈夫。俺は間違ってない。怒られても毅然としてればいいのだ。

 

 ……土下座すれば許してくれるかな?

 

 俺が自分の正しさと情けなさを同時に確認しながら屋上に足を踏み入れると、そこにはまだ日神は来ていなかった。

 

 少しあった緊張感を息で逃す。ふぅ、よかった。まだ怒られないで済む。このまま今日は来なくていいよ。俺は全然構わないから。あいつ、呼び出しを真に受けてずっと待ってたんだけど〜ウケる〜、とかでも怒られないならこの際全然構わないから。

 

 ガチャリと。

 

 俺がそんなことを考えながらフェンスの方に歩いていると、後ろの方でそんな音がした。振り向けば、そこには屋上に入ってきた日神が立っていた。

 

 来ちゃった……。

 

 そのまま俺を睨みつけながら何を言うでもなく黙ってこちらに歩いてくる日神。ホラーかな?

 

「えっと、俺をここに呼び出したのは一体どのようなご用件で?」

「黙りなさい。あんたにそんなへりくだった態度を取られても不快でしかないわ」

 

 俺が日神に聞くと、日神はそう言ってバッサリと俺の質問を切り捨てた。ひ、ひでぇ。不快て。

 

「私の用は、まあ言ってしまえば確認よ──あなた、本当は能力を十全に知り、扱えるわね?」

 

 俺の質問を切り捨てた日神は、俺から数歩離れた場所で止まって俺にそう言ってきた。結局言うんかい。

 

 というか……

 

「そんなの知るわけないだろ。お前らの設定会議に参加したわけでもいのに」

 

 いい加減俺を引き込もうとするのは諦めてほしい。いいじゃん、何人かで楽しくやってれば。わざわざ俺を仲間に入れる必要はないだろ。

 

「しらばくれる気?あなたが使い魔を使役してるのは、もう分かってるのよ」

「は?使い魔?」

 

 わけが分からずそう返す俺に、日神はなおも言ってきた。

 

「使い魔のことまでとぼける気?あんた、薄情なのね。まあいいわ。あんたが白宵山で妖蛇の使い魔を使役して大蜘蛛を倒したのは、調査で分かってる。覚醒前では、能力は使えても行動の端々に出る程度でしかないわ。使い魔契約なんてできるわけがないの。あんたはどう考えても覚醒してる。それでも自分の才に気づかないなんて、ありえない」

 

 妖蛇って、もしかしてハクのこと言ってるのか?というか何でハクのこと知ってるんだ。姉さんたちにも話したことないのに。

 

 まあそんなことはいい。それよりハクの扱いだ。あいつはそんな変なものじゃない。それに俺はハクとは友達のつもりでいる。使い魔なんて呼び方しないでほしい。

 

「いくら俺がここ数日あの山でハクと一緒にいたからって、ハクまで巻き込まないでくれよ。あいつは綺麗なだけの普通の蛇だ」

 

 俺がそう言うと、日神は大きく息を吐いた。

 

「そう。あなたはあくまでそういう態度なのね。そうやって何も知らないスタンスを装って、私無能力者を馬鹿にするのね」

 

 ………………あれ?俺、今何か変な言いがかり付けられなかった?

 

「ちょっと待て。お前は何か誤解してる。話し合おう。話せば分かる」

「嫌よ。あんたみたいなタイプは話してもロクなことないってことは、今の会話ではっきり分かったわ。素直に能力を認めるなら何もしなかったけど、もう許さない!あんたまで私を馬鹿にするなら……みんなみたいに、馬鹿にするなら!私だってやる時はやるのよ!」

 

 やばい。何がやばいって温度差がやばい。ちょっと本当に何を言われてるのか分からない。俺はどうすればいいんだ?とりあえず土下座すれば落ち着くのか?

 

 俺が土下座の姿勢へ移行しようとした瞬間、日神は大きく前方に手を伸ばした。

 

「式よ!」

 

 そして、制服の中から次々と紙で出来た何やら小さな飛行物体が出てきた。

 

 は?

 

「行きなさい!」

 

 俺が謎の展開に呆けてる間に、日神はそう叫んだ。するとその飛行物体たちはその声に呼応するかのようにこちらに飛んできた。

 

「うおっ!ちょ、何じゃこりゃ!」

 

 たまらず逃げ出す俺。ただの紙なら当たっても痛くないだろうが、飛んでる紙がただの紙なはずがない。

 

 多分ドローンだろう。

 

 最近話題のアレを、日神か誰かが改造したんだ。やべえな、この量を改造するとか金かけすぎだろ。壊しても弁償できないぞ俺。

 

 次々と飛びかかってくる紙を、俺は精一杯避けていく。時に跳び、時に腕を畳み、時に土下座をする。土下座はサブリミナル効果を狙ったものだ。頼む、届いてくれ俺の謝意!

 

「ったく、ちょこまかと!土下座なんて余裕もかますなんて!どれだけ私を馬鹿にすれば気が済むのよ!」

 

 どうやら逆効果だった模様。被害妄想しすぎじゃない?

 

 それに余裕って言われてもこの紙、全体を見ればバラバラだけど、一つ一つを見れば基本的にいくつかの行動パターンでしか飛んでないし。

 

「というかお前、式神一つ操れない設定じゃなかったのか!設定破りは重罪だぞ!」

「何が重罪よ!私だって日神の人間よ!妖力くらいある!家の者から借りた式神を動かすくらいできるわ!」

 

 後付け設定ずるくない?

 

 そのまましばらく謎の戦闘を続ける俺と日神の紙。文字に表すと何かシュールだな。実際はけっこう怖いけど。

 

 頭に向かってきたものを、首を傾けて避ける。そのままの流れで紙を大きく蹴とばそうとすれば、別の紙が突っ込んでくる。そしてそれを踏み潰そうと足を戻せば、そこを突くように後ろから脇や腿に向かってくる。

 

「何で当たらないのよ!私だって、私だって頑張ってきたのに!みんな、才能だけで簡単に超えてって!挙げ句の果てに、才能の塊のくせに能力なんて知らない!?ふざけないでよ!」

 

 俺が紙を避けている間も、気炎を上げて紙に指示を下す日神。ここまで来れば流石の俺でも気付く。

 

 どう考えても、これをただの厨二とするのは無理がある。

 

 日神は、自分を無能力者と辛そうに言っていた。我が家と同じスタンスっぽい天翔が日神に恭しくしていた。どう考えても市販のドローンでは無理がある飛行物体を日神は操っている。俺があの山で蜘蛛の夢を見た日、天翔や日神の言う大蜘蛛の反応が消滅した。俺の身体は客観的に見れば確かにおかしい。

 

 これが示すものは──

 

「焔ほのおよ!」

 

 俺が答えに辿り着こうとしたその瞬間、日神はそう叫び、俺の周囲の紙のいくつかが俺に向かって火を吹いてきた。

 

「奔流ながれよ!雷いかづちよ!」

 

 制服に火が付きそうなのをギリギリで交わした俺に、今度は水と電気が襲いかかってきた。そのコンボはちょっとシャレにならない。

 

 俺は全力で後ろに跳びその場を離れた。直後に交わるいくつもの電流と水流。少し前まで普通だった屋上は、一瞬で魔境と化していた。

 

 しかしあれだな、そろそろ本気でマズくなってきた。火と電気は本当に死ぬ。それに状況が動いたのは何であれチャンスだ。

 

 それらをしばらくの間避けながらそう思った俺は、飛んでくる火の柱にウォータージェット、閃光をくぐり抜けて紙たちとの距離を一気に詰めた。

 

 そして火や水、電気を放つ直前の紙を軽く弾いた。小さく角度を変えたそれらの紙の発したそれらはフレンドリーファイアを引き起こし、次々と他の紙を撃ち落としていく。

 

 荒技のせいでちょっと屋上のフェンスにまで被害が及んでいるけど仕方ない。

 

「え?ちょっと待って、何でそんなこと……っ!放射、一旦停止!あいつに向かって突っ込んで!」

 

 紙たちがどんどんと犠牲になっていくのを見た日神は、慌てたようにそう言った。しかし遅い。その指示がしっかりと通り膠着状態に戻る前に、俺は残りの紙を手で脚で潰して回った。

 

 紙にしてはだいぶ硬く重かったが、所詮紙は紙。何とか潰せた。ふぅ、よかった。

 

「嘘、何で……おかしいじゃない……いくら何でも、あの数をこの短時間で……」

 

 軽く息を吐いて日神の方を見ると、日神はただ呆然と立って小さく何か呟いていた。

 

 どうやって声かけよう。少し勇気いるぞこれは。

 

「あー、何だ、少し話をしない?色々と誤解があったっていうか」

「来ないで!」

 

 とりあえず言葉に出した俺の呼びかけに、日神は後ずさりしながらそう叫んだ。ショック!女の子に拒絶されてしまった!

 

 ……いや、今は冗談言ってる場合じゃないよな。

 

「あの、ホント、こっちも無神経で悪かったっていうか」

「知らない!もういいわよ!私は所詮、日神の式ですらろくに力を引き出せないで戦えない人間だもの。あんたみたいな才能がある人から見たら、気をつかう意味なんてないんでしょ!」

 

 くっ、さっきからだけど話を聞く気がない。コンプレックスが爆発しちまってやがる。まあそりゃ日神からすれば、自分が欲しい能力を持ってる奴がそれに気づいてない振りをして自分を馬鹿にしてると思ってるわけだもんな。

 

 ……俺、日神に割と悪いことをしたのでは?

 

「とりあえず話をしよう。ホント、悪かったと思ってる。でもお前は確実に思い違いをしてる。だから少し」

「うるさい!あんたの話なんか──」

 

 俺が声をかけると、更に後退していく日神はとうとうフェンスにまで辿り着いた。気づかずにフェンスにぶつかる日神。

 

 そしてさっきまでの紙たちの攻撃の余波か、フェンスはいとも簡単に崩れ去った。

 

「──え?」

 

 そしてそれと一緒に、日神の体も屋上から下へと落ちていった。

 

 

 

 



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俺まで厨二に飲み込まれちゃったんだけど助けて

 

 

 そもそも、無理があったんだ。こんな狭くてボロっちい屋上で火とか水とか電気を容赦なくぶっ放して、壊れない方がおかしい。というか誰も来てないのが奇跡だ。日神が何か細工でもしてたんだろうか。

 

 日神の軽そうな体重にも耐えられずに傾き、根元からフェンス。それにただ驚いたような顔を見せる日神。

 

 そしてその直後、日神は何かを掴もうと手を前に伸ばしながら俺の視界から消えていった。

 

 それを見た俺は、一瞬の硬直のあとにすぐさま走り出した。クソ、日神がもう少し冷静になって俺の話を聞いてくれればこんなことしなくて済んだのに!それより先に俺が日神の話をまともに受け止めていれば……?

 

 考えるのはやめよう。今はその時じゃない。決して責任逃れじゃない。

 

 数歩で日神が落ちたところに辿り着く。地上までだいたい十五メートル。日神は十二メートル。これなら追いつける。

 

 屋上のヘリを蹴り、速度をつけて日神を追う。途中で壁を走るように蹴って加速だ。日神が落ちたのが校舎の窓のない側面で助かった。人目もないし。中の人たちには少しうるさいかもしれないが、人命のためだ。我慢してほしい。

 

 あと地上まで十メートル。日神とは一メートル。よし、ここまで来れば大丈夫だろう。日神だって助かりたいならこっちに手を伸ばすはずだ。

 

 そう思い日神に声をかけようとすると、日神の表情が落ちた時から変わってないことに気づいた。

 

「日神?おい日神!手ぇ伸ばせ!」

 

 日神に叫びかけるも、日神は目線をこっちにやるだけで体を動かすことをしなかった。くそ、頭が反応してないのか。もっとがっつけよ!命にしがみつけよ!

 

「ああ、もう!」

 

 俺はもう一段階ギアを上げ、気合を入れて校舎を蹴り飛ばした。ミシッて音は聞こえなかったことにする。

 

 加速は十分で、俺はそのひと蹴りで日神に追いついた。しかし地面までもう残り七メートルほど。安全な着地には圧倒的に時間が足りない。

 

 仕方ない。文句はは後で受け付けよう。

 

 俺は正面から日神を抱き止める。日神から息を止めるような音が聞こえてきた。どうやら意識はまだあるらしい。

 

 俺は目で地面との距離を確認し、クルリと回転して日神を上に、俺の背中を下に向けた。残念ながら足を下に向けて日神を姫抱きする余裕はなかった。

 

 まあ俺の体なら多分耐えてくれるだろ。落下の速度なんてそんなに大したことにならないはずだ。まあ俺の場合はそれに加えて校舎を蹴った分の加速があるわけだけど。

 

 ………………。

 

 ちょっと無理がありません?

 

 地上まであと三メートルくらいか?。俺に残ってるできることと言えば…………。

 

「地面の柔らかくあれ柔らかくあれ柔らかくあれ柔らかくあれ柔らかくあれ!!!」

 

 神頼みくらいしかないよね。オワタ。下がプールとかならまだ希望はあるのに。

 

 そんなことを考えながら、俺は背中を丸め全身に力を込めた。

 

 そしてその次の瞬間、俺は地面に叩きつけられるのではなく、なぜかバシャンと大きな音を立てて水中に沈んでいっていた。

 

 え?

 

「ちょ、何この池ゴパァッ!」

 

 わけが分からず口を開くと、当然入ってくる水。控えめに言って死にそう。というか日神は大丈夫か!?

 

 俺は慌てて口を閉じ、片手で水を掻き水面に向かった。

 

「……プハァ!ゲホッ、ゴホッ……おい日神、大丈夫か?息できてるか?」

「ゴホッ、え、ええ。ゲホッ、一応は」

 

 日神を池から引き上げ、姫抱きの格好になりながら俺はそう声をかけた。よし、とりあえずは大丈夫みたいだな。

 

 というかこの池は何なんだ。あれか、さっき俺がプールなら希望があるとか考えたからか。どうなってるんだ現実。そしてどうなってるんだ俺の能力。

 

「ちょっと、今の音は何だ?」

「水に何か叩きつけられたみたいなのが聞こえたぞ」

 

 そんなことを考えていると、校舎や校舎を挟んだ向こう側から小さくそんな声が聞こえてきた。ふと自分たちを見てみれば、ズブ濡れでお姫様抱っこをしている状態。

 

 マズイな。この場面を見られるのは非常にマズイ。具体的には俺の社会的生命が瀕死の危機だ。

 

「悪い、少し揺れるぞ」

「ゴホッ、ちょ、待っ」

 

 日神の返事を無視し、俺は敷地と裏山を区切るフェンスを飛び越えて裏山へと向かった。

 

 

 

 

「さて、と。ここまで来ればとりあえず大丈夫だろ」

 

 しばらく走った俺は、裏山の中の開けた草原で立ち止まった。日神をゆっくりと腕から下ろし、芝の上に横になる。

 

 いやー、疲れた疲れた。今日の俺、ちょっと頑張りすぎでは?今度あの山に行ったら存分にハクを愛でるとしよう。

 

「で、だ。あの、日神さん?お加減はいかがでしょうか。大事はないですかね?」

「……最悪よ。最悪」

 

 俺が癒しを心に浮かべつつ日神に声をかけると、日神は小さな声でそう言った。

 

 え、どうしよう。せっかくあんなに頑張ったのに、結局何か内臓とかダメージいっちゃったのか?学校から逃げ出した時のがダメだったのか?でもああしないと、俺の社会生命があそこで潰えてたし……。

 

「……何まともに受け取ってオロオロしてんのよ。嫌味に決まってるじゃない。ついさっきまで何聞いても流すような感じだったのに。調子狂うわね」

 

 そんなこと言われましても。まあとにかく大丈夫ならいいや。

 

「えー、で、その、話し合いたいことがありまして。具体的には俺が持つ能力とやらに関することなんですけど」

 

 俺がそう言うと、日神は俺と同じく寝そべったままピクリと肩を動かした。

 

「何と言いますか、こちらとそちらで大きな認識の齟齬があるんじゃないかなぁ、と思いまして」

「……その言葉遣いは辞めなさい。内容が入ってこないくらいには不快よ」

 

 ひ、ひでぇ。

 

「それで、何が言いたいの?言っておくけど、私がどれくらい弱かったかなんて言ったらキレるわ」

 

 キレるわってあなた、さっき滅茶苦茶キレてたじゃないですか。というか被害妄想がすぎる。

 

「そんなのじゃなくてさ、俺の能力に関する認識の話だよ」

「は?そんなの分かりきってるじゃない。あんなバカみたいな身体能力してて、しかも使い魔持ちで能力を自覚できないなんて、まさにバカよ。あり得ないわ」

 

 何気ないまさにバカの一言が涼也師匠を傷つけた。ヘヘッ、グサッと刺さっちまったぜ。俺のハートによ……。

 

「はい、バカだったんです。本当に気づいてなかったんです。俺って運動神経いいよな、くらいにしか思ってなかったんです。使い魔だって、仲のいい友達感覚だったんです」

「……へ?本当なの?本当に分かってなかったの?」

 

 俺がそう言うと、日神はガバッと体を起こしてこちらを向いて聞いてきた。そう言ってるじゃないですか。

 

「え、でもおかしいじゃない!大蜘蛛倒したのってあんたなんでしょ?あんなの、誤魔化しや現実逃避が通じる相手じゃないじゃない!」

「夢の中の出来事だと思ってて……あの、ホント、自覚あるんで、その目はやめてくれないっすかね」

「信じられない……そんな、フィクションの言い訳の最終兵器みたいなのを現実に使う人がいただなんて」

 

 俺の言葉に、目を大きく開けてそう言う日神。くそぅ、何も言い返せないや。

 

「じゃ、じゃあさっきの水たまりを作ったのは?能力を自覚しないで使ったって言うの?というか、使い魔がいるってことは覚醒してるんでしょ?覚醒しててなお気づかなかったの?ああもう、わけ分からない!」

 

 芝生の上に座り込みながら、日神はそう言って頭を抱えた。あの夢の中の少女(色々な話を総合すると、多分ハクの変化した姿だろう)の話によれば、俺はまだ覚醒してないんだけどな。

 

「いや、そんなこと言ってる場合じゃないわよね……」

 

 俺があの夜のことを軽く思い返していると、日神はそう言って頭を軽く振った。そして何やら神妙な表情で立ち上がり俺の方に向き直った。

 

 何だ、何だ。何をやる気なんだ。俺、もう今日ロクにエネルギー残ってないからこれ以上は無理なんだけど。

 

「ごめんなさい!私が勝手に被害妄想して、キレて、挙句の果てに式で攻撃なんかし始めて。本当にごめんなさい」

 

 軽く身構えていた俺に、日神はそう言って勢いよく頭を下げてきた。

 

 うん?

 

「どうすれば許してもらえるかしら……いえ、許してもらおうなんて厚かましいわよね。でも、私としてもあなたと関係を切るわけにはいかないの。こっちの都合で悪いんだけど……えっと、私にできることなら何でもするわ!さっきも助けてもらったわけだし、今までも随分な態度を取ってきたわけだし」

 

 俺が少し話を飲み込めてない間も、日神はどんどんと言葉を繋いでそんなことを言ってきた。

 

 ……なるほど、日神はここ最近の一連のことで謝ってきてるんだな?まあ確かに、火とか雷とかちょこっとビビったしな、うん。謝られるのも分からんでもない。

 

 分からんでもないが、そこまで言われると逆に引け目を感じてしまう。何でだろうね。日本人だからかな。違うな、姉さんと綾乃妹に身体に染み込まされてるからだろうな。

 

 ……家、帰りたくねえなあ。厨二ウイルスが存在しないのは分かったけど、それとは別に帰りたくねえなあ。

 

 まあそれは後で考えるとして。

 

「いいんだな?本当に何でもいいんだな?」

「え?え、ええ、勿論よ。日神に二言はないわ。……えええ、えっちなことも、許容するわ……っ!」

 

 マジか。

 

「ごめん、俺実は巨乳派で」

 

 パチンと。

 

「あ。ご、ごめんなさい。つい」

「……いや、いいよ。今のは俺が悪かった」

 

 思わずといった感じで俺の頭を叩き慌てて謝ってきた日神に、俺はそう答えた。今のセクハラ社会、言った方が負けだ。つまり男が負けだ。我が家はセクハラ関係なしに俺が負けだ。

 

 ……やっぱり今日も家出を継続した方がいいのでは?

 

「それで、何が欲しいのよ。私にできる範囲で言いなさい」

 

 俺の言動に、少しいつもの調子を取り戻したような日神がそう言った。しおらしいよりそっちの方がこっちとしても接しやすいし、できればそのままでいて欲しい。

 

「いや、そういうのはいいって。気にすんな。というか無自覚とはいえ、俺がやったことを見たら完全に煽りだしな。あれだよな、天翔が『僕、ブサイクでさ』とか言ってきたら殴る蹴るじゃ足りないもんな」

 

 実に腹立たしい。想像しただけで殴りたくなってきた。

 

「……そんなのと一緒にして欲しくないんだけど。まあいいわ、あんたがそう言ってくれるなら気にしないことにするわ。ありがとう」

 

 仮想天翔を頭の中で蹴り倒していると、日神はホッとしたように微笑んでそう言ってきた。おっと。

 

「お前、そういう顔できるんだな。いつもムスッとしてないでそうしてりゃ可愛いのに」

「は、はぁ!?か、かわ……何よ急に!というか、普段は可愛くないって言うの!?」

「だって今まで俺には基本的に怖い顔しか向けてこなかったじゃん」

「そ、そりゃそうだけど……」

 

 しかしあれだな、褒めたつもりだったのに怒られるとは。難しいものだな。

 

「あ、でもさっきの照れた顔もよかったぞ」

「う、うっさい!忘れなさい!」

 

 そう、まさにそんな顔だ。怒り以外の感情が出てる表情ってのは、美少女がやれば基本的に可愛いよな。

 

 怒りも可愛い時は可愛いが、俺の周囲に生息する女性の生態からしてそれどころじゃないことが多いからな。怒りの表情だけは判別できない。

 

「まあまあ。そんなことより」

 

 俺は軽く日神を諌めながら立ち上がり、言った。

 

「とりあえず、これからよろしく」

 

 俺がそう言うと、日神はそれまでのこっちに突っかかってくるような態度をやめて言った。

 

「うん、こちらこそ。よろしくね」

 

 そうして、俺と日神の長かったようで短かったようでやっぱり長かったかもしれない放課後の騒動は、ひとまず幕を閉じた。

 

 



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美少女二人に看病されてるんだけど助けなくていいよ

 

 

 さて、これからどうしようかな。荷物は学校だし、一旦戻らなくちゃいけないんだけど。能力に関する話は……まあ、また追い追いでもいいし。というか母さんか姉さんにでも聞けばいいし。

 

「っくしゅん」

 

 そんなことを考えていると、日神が小さくくしゃみをした。そう言えば、今はまだ五月。全身濡れた状態でいれば流石に風邪をひく。でも俺の服も濡れてるし……。

 

 あ、こういう時に能力使えばいいんじゃん。俺の能力ってあれだろ、必要なものを作り出したりできるみたいな感じなんだろ?上着みたいなのをイメージすりゃ、なんかいい感じのが出てくるはず。

 

 そう思い、俺は服よ来いと念じた。

 

 服は来なかった。

 

「あれ?」

「どうしたのよ」

 

 俺が思わず声を漏らすと、日神は俺にそう聞いてきた。

 

「いや、俺の能力を使って上着を作ろうとしたんだけどなぜかできなくてさ。俺の能力って、必要なものを作り出すみたいな能力なんだろ?」

 

 そんな日神に俺がそう言うと、日神は首を横に振った。

 

「いいえ、違うわ。あんたの能力は、『現実を歪め、想像を本物にする』っていう夜留の能力をそのまま発現させたものよ。だからそんな使い方もできるけど、鍛えればそんなのとは比にならないくらいの能力になるわ」

「ふーん」

 

 なるほど。

 

 分からん。

 

「あとさ、能力が扱いきれてないのは大して力入れてないからじゃない?まだ能力に気づいたばかりなんだから、何となくじゃダメなんじゃないかしら」

 

 俺が服をつくろうとしては失敗しを繰り返していると、そんな俺を見てか日神がそう言ってきた。なるほど。今度は分かった。

 

 俺は一度大きく呼吸をし、腹に力を込めた。

 

 上着上着上着上着上着上着上着上着!

 

 ……なんかバカっぽいなとか思ってはいけない。

 

 俺がそうして心の中でユニクロ!君の出番だ!みたいなことをしていると、目の前にふわっと二着のジャンパーが出てきた。よし、とりあえずはこれでどうにかなるな。

 

「ほら、これ着……」

 

 現れた二着のうち一着を掴み日神に渡そうのとそう言ったところで、不意に視界がぐらついた。

 

 そして頭の中にガチンという音が響き、自分が倒れたことに気づいた。

 

「あれ、何で……」

 

 体に力が入らない。目がチカチカする。頭が回らない。急に寒くなってきた。

 

「ちょ、あんたどうしたのよ!」

 

 そんな俺に、日神はそう言いながら焦ったように近寄ってきた。俺の体を揺さぶってそんなことを言う日神に、俺は言った。

 

「日神……」

「何!?どうしたの!?」

「お前の叫び声、うるさい……」

 

 俺の言葉に日神はハッとしたような表情になった。そんな日神を見て、フッと鼻で笑う俺。真に受けおって。愛いやつよのう。

 

「あんたねぇ……心配させておいてそれはないんじゃないのかしら。聞いてんの?ちょっとあんた、聞いてんのって聞いてるじゃない。……夜留?夜留!?何か言いなさいよ!」

 

 うるさいのは嘘じゃなかったからやめてほしいんだけど、まあいいや。

 

 そんなことを考えながら、俺の意識は遠のいていった。

 

 

 

 

 柔らかいものを後頭部に感じる。そして口元にも柔らかいものを感じる。口元というか、口の中の浅いところに感じる。

 

 ……………………?

 

 !!!

 

 何かに気づいた俺が急いで目を開けると、そこに俺の口を塞いでいる美少女の姿はなく、代わりに真上から俺の顔を覗き込んでいる日神がいた。

 

「あ、よかった。起きたわ」

 

 なぜに真上?そんな日神の俺への目線に疑問を残しつつ目を下に向けて口を確認すると、俺は俺の真横に座っている和服姿の女の子の指を咥えていた。なんだ、指か……。

 

 指?

 

「起きられましたか。ご無事で何よりです、主様」

 

 そんな俺に気づいたのか、その女の子は自分の指を俺の口から引き抜きながら俺に向かってそう言ってきた。なぜ指を咥えられていたことに何も言及しないんだ。

 

 というか。

 

「主様ってお前、もしかしてハクなのか……?」

 

 見てみれば、あの蜘蛛の事件の折に助けてくれた女の子と全く同じ見た目だ。日神の艶やかな黒髪とは対照的な白い髪に、青い瞳。服だって同じような柄だった気がする。

 

 俺のそんな問いに、女の子はゆっくりと微笑んだ。

 

「ええ、私はハクにございます。主様に遊んでいただいていた白宵山が蛇の本体、それがこのハクです。改めてよろしくお願いいたします」

 

 本当に、ハクだったんだな。何か感無量というか。まさかこうして、ハクと直接話せるなんてな。

 

 俺も改めて挨拶をしようと上半身を起こそうとすると、日神とハクの二人に肩を軽く押さえられた。

 

「あんた、まだ回復してないんだからもう少し寝てなさい」

「そうですよ、主様。せっかく葵様に膝をお貸しいただいているのですから」

 

 なるほどなるほど、膝を借りてるなら仕方ないな、うん。

 

 膝?

 

「ああ、これはいわゆる膝枕ってやつだったのか」

「何だと思ってたのよ」

 

 俺が頭に触れる柔らかさと日神との距離から名推理を披露すると、日神は呆れるように少し笑ってそう言った。どうやら名推理とは認められなかったらしい。

 

 しかしなるほど、道理で後頭部が気持ちいいわけだ。女の子ってすごいな。なんか柔らかいし、いい匂いがする。さっきまで色々あって汗とかかいてるはずなのに。これはハマる人の気持ちも分かるわ」

「そ、そう。ありがと」

 

 俺がそう思っていると、日神がなぜか顔を赤らめてそう言ってきた。どうやら口に出ていたらしい。セクハラで訴えられないかが心配だ。

 

「これで見通しがもう少し悪ければ完璧なんだけどな。残念ながら素晴らしき平野、綺麗に顔まで見通せてしまう」

 

 心配だったが、どうせならともう一言言っておくことにした。

 

「あんたはどうして一言多いのよ!どう考えたってその一言要らないじゃない!」

 

 そんな俺に、日神は照れ顔から一転しそう言ってきた。そして少しだけ動いた日神の右手は、しかし押し止まった。おお。

 

「成長したな」

 

 ビシッとね。

 

「成長したな、じゃないわよ。あんたは常に余計なこと言ってなきゃいけない病気かなんかなの?」

「そんな病気あるわけないじゃないか。バカだなあ」

 

 バシッとね。

 

「暴力反対!」

「あんたが変なこと言わなくなったら考えるわ」

 

 考える→やめるとは言っていない。

 

 俺の未来は暗い。

 

「……え、もしかしてけっこう痛かった?ごめんなさい、軽くのつもりだったんだけど。どうしよう……ハク!」

「ああもう、すぐに狼狽えんなよ!別に大丈夫だから!」

 

 やり辛いったらありゃしねえ。お前に真に受けられたら俺はどうすればいいんだ。おふざけ発言は人生の彩りなんだぞ。

 

「葵様、主様の言う通りです。主様は頑丈ですから、葵様はいくらでもビシバシやっちゃって大丈夫です」

「あら、そう。よかったわ」

 

 おいハク。

 

「主様、女の子に平野とか言ってはいけません。私も女ですから、主様がそんなことを言っているのは見れば誰に対してであれ悲しくなります」

「お、おう。そうだな。今度から気をつける」

 

 ハクにそう言われ、俺は少し虚を突かれた。ハクから自分は女だと言われるとは。いやそりゃ、分かってるけどさ。改めて言われるとなんかビビってしまう。

 

 そんなことを思いながら、俺はハクを何となく眺めた。

 

 ……ハクもちょっとした丘くらいだから怒ったんかな?

 

「主様?」

「何でもないです。いや、ホントに」

 

 そんなことを思う俺に、ハクはどこか気迫を伴ってそう聞いてきた。そして平謝りする俺。何で分かったんだろう。俺、何も言ってないのに。

 

「まあいいや。それよりさ、俺は何でハクの指を咥えてたんだ?教えてくれ。気にしないようにしてたが、そろそろ限界だ」

 

 ちょっとあれだけは何があってそうなったのかわけが分からない。あれか?もしかして俺が寝てる間におしゃぶりでも要求したのか?そんなバカな。

 

 ……ないよな?

 

「?何も不思議なことはないじゃない。ハクがあんたに妖力の供給をしてただけよ。あんたが妖力欠乏で倒れたから」

 

 俺がそんなことを考えていると、日神がそう言ってきた。妖力欠乏?ゲームのMP切れみたいなもんか?

 

「主様が何やら力を多用されているのを感じまして、私の山からバスでこちらに来ていたのです。そしてついでにこの山にも加護を施そうとして来てみれば、偶然主様が倒れているのを見つけまして。常より妖力をいただいている身ですから、このような折には私がとさせていただきました」

 

 いまいち理解できていない俺に、日神に続いてハクが言った。常より?

 

 俺のそんな疑問を察したのか、ハクは説明を付け足した。

 

「いつも我が分身の蛇が主様に噛み付いていましたよね。あの時、実は主様の妖力を分けていただいていたのですよ」

 

 ああ、なるほど。ハクがいつもやってたあれにはそんな意味があったのか。単なる甘噛みとかじゃなかったんだな。

 

 ……別に寂しくなんて思ってないよ?懐かれてるのは(多分)事実だし。うん、大丈夫。俺は大丈夫。

 

「ハクに聞いてびっくりしたわよ。あんたまだ覚醒してないんだって?だからあそこで倒れちゃったのね。私、てっきり覚醒してるからもっともっと思ってたのよ。気づけなくてごめんなさいね」

 

 俺が心の中で自分を慰めていると、日神がそんなことを言ってきた。

 

「よく分からないけど別に気にすんな。俺が把握してなかったのが悪いんだし。それよりハク、今後は俺はハクに指を舐めさせればいいのか?本体で会いにきてくれるようになったわけだし」

 

 覚醒とか覚醒じゃないとかよく分からんしな。そう思いながら、俺はハクにそう言った。

 

 しかし今まで何でハクは人間の姿で会いにきてくれなかったんだろう。あれか?俺が能力なんか信じないスタンスだったからか?

 

 俺、能力を信じないせいで色々と損とかしなくていい苦労とかしてない?

 

「い、いえ。この度は緊急でしたからこの姿にて供給させていただきましたが、通常時はやはり分霊の蛇の姿にて妖力を受け取れればと思います」

「あ、そう。でもいいのか?指から供給するのが正しいやり方なんだろ?」

 

 せっかく人の姿で会いに来るのを解禁してくれたんだから、できればしばらくそのままでいてほしい。蛇フォルムももちろん好きだが、会話ができるのはやっぱり大きい。

 

「主様、そう心配せずともハクはこのように分霊の白蛇と同時に存在できます。ハクがこの口で主様より妖力をいただけば、ハクは何も言えません。ハクは主様とお話がしたいです。それに、さっきの方法だって正しいわけではありませんから」

 

 そんなことを考える俺に、どうやってか俺の思考を読み取ったハクがいつもの蛇を近くに出現させながら言った。なるほど、そういやその姿が本体って言ってたもんな。そりゃそうか。

 

 しかしハクは可愛いこと言ってくれるなあ。お話がしたい、か。もちろん俺もだ。今すぐ頭を撫でたくなったが、今の姿だと流石に危ない気がしたので自重した。蛇の時に思う存分撫でまわそう。

 

「ん?あれ、指を舐めるのって正しいやり方じゃないのか」

「ええ、あくまで次善の策です。正しいというか一番効率のいいやり方は、その、今この場でやるにはハクの準備が足りなくて」

「ふーん。で、その効率のいいやり方ってどんなのなんだ?」

 

 準備が足りなかったってことは、本当は何かの儀式の準備が必要なんだろうか。魔法陣みたいな。

 

「あー、えっと、そのですね……」

 

 そんなことを考えていると、ハクがどこか顔を赤らめて何やら言いにくそうに口ごもっていた。視線を向ければ目をそらすし。どうしたんだろうか。

 

 説明を求めて日神を見ると、日神は冷たい視線を向けてきた。

 

「変態」

「いや、それはおかしい」

 

 言いがかりとかいうレベルじゃない。

 

「あのね、妖力供給の一番効率的な方法っていうのは、その、粘膜接触なのよ」

 

 あまりにも唐突な変態扱いに戦慄していると、日神は俺と目を合わせないようにしてそう言ってきた。

 

「なるほど、つまりセッ「それ以上は言わせないわ。自重しなさい。ハクが顔真っ赤にしてるの分からないの?というかキスで十分な粘膜接触になるんだけど、何でそっちが出てきたのかしら?ねえ?」ばっか違えし。脳内ピンク色とかじゃねえし」

 

 別に、実は女性なアーサー王がヒロインのゲームとか思い出してたわけじゃないんだからね!

 

 そんなしょうもない言い訳兼自白をしながらハクの方に目を向けると、確かにハクは傍目にも分かるほどに顔を赤くして何かを言おうとしては失敗していた。

 

「い、いえ葵様、初心うぶなハクが悪いのです。手を口に添えるだけでは効率が落ちるのも確かですし、く、口づけの覚悟ができていなかったハクが悪いのです」

「いや、私の膝の上で粘膜接触レベルのキスする覚悟なんてしないでほしいんだけど」

 

 動揺しているのか何やらすごいことを言うハクに、冷静に一言入れる日神。一瞬いらないこと言いやがってと思ったが、考えてみればハクはそういうのとはちょっと違うな。

 

「というか夜留、ちゃんと喋れてるしもう大丈夫でしょ?そろそろ学校に荷物取りに戻らない?」

 

 そうしていると、日神がスマホで時間を確認しながらそう言ってきた。腕時計を見てみれば、もう五時半。俺はそれなりの時間ねてたらしい。

 

「そうだな、そうしよう。ハクも来るか?」

 

 蛇の姿とかなら入れそうだけど。

 

「いえ、ハクはこの山に加護を施す仕事がありますのでこれにて失礼させていただきます。また今度、会いにいらしてくださいね」

「もちろん。そんじゃ、行くか」

 

 そうして、一連の騒動は幕を閉じた。

 

 ……家、帰りたくねえなあ。

 

 

 



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スパルタ勉強会に強制参加なんだけど助けて

 

 

 

 俺が能力を認めた日から、早くも一週間が経っていた。意外にもというか何というか特に変化はなく、能力を認めたことを家族に言っても、それよりあの家出は何だと姉に関節を極められただけだった。寂しかったの?と聞けば、その返事は力二倍コースへの突入だった。

 

 十代後半の体に関節を新しく作り出そうという姉さんの取り組みは結局失敗に終わった。本当に良かった。

 

「夜留?手が止まってるわよ。何か分からないところがあるの?」

 

 まあ変化といえば、日神が刺々しくなくなったっていうのはあるな。ある程度吹っ切れたとか何とか本人は言っていた。俺が学校で能力を使う度に目を細めてるからコンプレックスはまだあるんだろうが、どうやら割り切ってくれたらしい。

 

 名家に生まれた無能力者っていうのは大変だろうが、俺の人生のバイブルたるマンガたちによれば、そういう人は大概主人公っぽい人間に助けてもらえるから気長に待っていてほしい。

 

 ちなみにその変化は俺以外に対しても出ていて、天翔からの日神への呼び方が次女様から日神さんになったり、クラスメイトとも楽しげに会話するようになってたりしている。感じは良好といったところだろう。

 

「涼也、分からないところがあったら言いなよ。勉強会の意味がないじゃないか」

 

 あとはハクだな。ハクとは前より頻繁に会えるようになった。何でも使い魔としての能力とやらで、呼べばすぐに側に来れるらしいのだ。それを使って数日に一回自室に呼び、膝の上に乗せて一緒にゲームとかをしている。素直に幸せです。

 

「涼也、本当に大丈夫?何かボーッとしてるけど」

 

 という感じで、俺は何も変わったこともなく日々を過ごしていた。

 

「夜留、いくら現実逃避しても中間テストは逃げないわよ」

「現実逃避してるって分かってるなら現実を突きつけるなよぉぉぉ!」

 

 嘘です。ただ今、勉強地獄の真っ只中にいます。誰か助けて。

 

 

 

 

 始まりは昨日の帰りのホームルーム、先生の告知だった。

 

「みなさん、今日から中間テスト前一週間ですので部活動は基本的に停止です。みなさんもそろそろ進路を考え始める頃ですが、いざ行きたいと思っても過去の成績が低くて内申で通らないこともあります。ぜひ、しっかり勉強してくださいね」

 

 もうね、すっかり忘れてましたよ、ええ。試験とか。この世で蚊の次に要らない存在だろ。蚊が何番目かって?常識を使いなさい。試験の一つ前に決まってるでしょう。

 

 まあいいや、今回も平均点切るくらいでよかろ。どうせ勉強しても試験当日に頑張れる気しないし。

 

 そう思いながらホームルームの終わりを確認して席を立ち帰ろうとすると、日神が「ねえ夜留」と呼び止めてきた。

 

「暁から聞いたんだけど、あんたって毎試験平均点にも届いてないんだって?」

 

 プライバシーの侵害で天翔を訴えたら勝てるだろうか。

 

「どうなの?」

「はっはっは、まっさかそんなことがあるわけ……それじゃ」

「待ちなさい」

 

 テストの点を問い詰めてくる日神にそう言って横をすり抜けようとすると、日神がストップをかけてきた。

 

「あんたその反応、本当に平均ないのね」

「何のことやら。というか、もし俺が平均を割ってたとしても仕方ないだろ。学力が低いんだから」

「ふーん」

 

 俺がそう言うと、日神は俺を見ながらそんな声を出した。無表情が不気味だ。何を考えているんだ。久しぶりに怖いぞお前。

 

「そんな学力の低い夜留は、家に帰ってちゃんと勉強するのかしら?」

「もちろん」

 

 やらない。

 

 俺のそんな言葉に、日神は拍子抜けしたような顔になった。俺の「もちろん」を勉強するという意味に捉えたらしい。はっ、バカめ!サボる日本語研究歴十年のこの俺を舐めるなよ!

 

「あら、そう。ならよかったわ。ところで夜留、私が以前から綾乃ちゃんと連絡を取り合ってるの知ってる?」

「そんなどうでもいいこと知ってるわけ……うん?」

 

 勝ちを確信していた俺は、日神の話に引っかかりを感じた。何でこいつは今その話をした。

 

 ……まさか、うちの妹に密告をさせようとしてるのか?

 

 日神の意図を読み取ろうと顔を見つめる俺。そして童貞特有の照れで顔を背ける俺。そんな俺に不思議そうな顔をする日神。

 

 いや、違うんだよ。別に日神がどうこうじゃなくて、単に俺が女の子慣れしてないだけなんだ。……余計情けなくなってる気がする。

 

 くそ、この前は膝枕されながら普通に話せてたのに。まあ、あの時は他に色々あったしな。気持ちいいこと以外頭が回らなかったんだろう。

 

「どうしたの?家に帰って勉強するんでしょう?ほら、早く行けばいいじゃない」

 

 そうしてその場に留まる俺に、日神はそう言ってくる。その表情からは俺の行動を不思議がってる以外に何も読み取れない。くっ、俺はどうしたらいいんだ……っ!

 

「……すみません、嘘です。帰ってゲームするつもりでした」

 

 結局日神の意図を掴みきれなかった俺はそう言って白状した。

 

 何で俺は、勉強しないことを同級生に謝ってるんだろう。

 

「ま、そうよね。分かってたわ。じゃああんた、一緒に図書館来なさい。勉強会するわよ」

 

 俺が自分の現状に頭の上にはてなマークを浮かべていると、日神がそんなことを言ってきた。

 

 …………What?

 

「なぜ?」

「なぜって、成績がよくないんでしょ?じゃあ勉強するしかないじゃない」

「いやまあ、そりゃそうなんだけどさ」

 

 ほら、現実ってそんな単純じゃないじゃん?正論だけじゃまかり通らないわけよ。というか人の成績を心配するとか、お前は俺の母さんか。

 

 よく考えたら母さんにも気にされたことなかったわ。我が家が放任主義すぎる件について。

 

「とにかく行くわよ。暁が先に行ってるはずだから、早く行かないと。綾乃ちゃんたちから頼まれてるし、何よりあんたは広義で私の身内みたいなものなんだから平均以下なんてそんなの許さないわ!」

 

 日神はそう言いながらそんな俺の肩を掴み、半ば引きずるようにして歩き始めた。仕方ない、付いていこう。

 

 別に私の身内という言葉にざわつき始めた教室から逃げたいからじゃない。全然違う。

 

 ……智樹の目、怖いなあ。明日、学校来たくねえなあ。

 

 そんなことを考えながら俺は教室を出たのだった。

 

 

 

 

 

 それが昨日のできごと。そして今日、俺は地獄を見ていた。

 

 いやね、最初はそんなにスパルタじゃなかったんすよ。別に満点目指せとか言われてなかったんすよ。日神も優しい感じで教えてくれてたし。こう、丁度いい塩梅の実力に見えるようにしてたんすよ。

 

 天翔に見破られちゃった……。

 

 そりゃそうだよな。去年・今年と違うクラスだったとはいえ、小さい頃からの付き合いだもんな。手を抜いてることくらい分かるよな。でもさ、わざわざ日神が俺の学力に納得してきた頃に言わなくてもいいじゃん。お陰で日神からの嘘つき……っていう視線が痛いんだよ。

 

 俺の自業自得?はい、その通りです。甘んじて受け入れます。はい、すみません。

 

「全く、これだけできて何で試験では点が取れないのかしら。もしかして本番でも手を抜いてるの?」

 

 そんなことを考えていると、日神が俺の解いた問題の丸つけをしながらそう言ってきた。ちなみに日神や天翔は頭がよく、かつ努力家だ。俺よりずっと多くの問題を見てきている分、当然俺より問題集の出来はいい。

 

 日神はともかく天翔に頭で負けると、もう俺がどうしようもない存在に見えてくるからできればその現実は直視したくなかった。顔で負け、爽やかさで負け、頭で負け、性格で負け、コミュ力で負け、学校での地位で負け……。俺にあと残ってるのは何だ?能力くらいか?

 

 ……能力育成、がんばろ。そろそろ覚醒とやらくらいはしないと。

 

「夜留?」

「あ、はい。何でもありません。試験の話ですね。いやあ、ほら、テストの日ってテンション上がらないじゃないですか。やる気が出なくて」

 

 それに我が家が特別な家って分かったしな。大学とか会社行かなくても、家を継ぐとか言っておけば大丈夫だろ。不労所得サイコー!

 

 俺がそんなことを考えながらそう言うと、日神は大きくため息をついた。

 

「はぁ……あんた、大丈夫なの?進路だって考えないといけない時期なのよ。言っておくけど、夜留の家はお姉さんの沙也香さんが継ぐことになってるからあんたは普通に就職しなきゃいけないわよ」

「分かってる分かって……え?マジ?」

 

 不労所得、ゲットできないの?

 

「そんな、そんなのってない。おかしいよ。何でだよ。俺の実質ニート暮らしプランはどうすればいいんだ!」

「知らないわよ。というかそんな計画練ってたのね。無理しかないから諦めなさい」

 

 俺の心からの叫びに呆れたような顔でそう言う日神。お前はそうやって簡単に言うけどなあ、ネット越しに知らないお兄さんからニートの存在を教わった日からニートは俺の夢なんだぞ!?

 

「くそぅ……家に縋って生きていけばいいかなとか思ってたのに……俺はどうやって生きていけばいいんだ」

「どこまでも他人をアテに生きていく気だったのね」

 

 こうなったら……!

 

「日神、養ってくれ!」

「はぁ!?」

 

 最後の手段だ!

 

 俺がしっかりと日神と向かい合ってそう言うと、日神は急にアワアワしだした。

 

「え、ちょ、どう言う意味よそれ。そんな目で私を見てたの?確かに、私は将来日神家でそれなりの位置で動くことになるから余裕はあると思うけど……というか、だって、まだ会ってから一ヶ月も経ってないじゃない。そりゃ、屋上から落ちたのを助けてくれた時とか、無理して上着を作ってくれた時とか、正直胸にくるものはあったけど、まだ流石に」

「何言ってるんだ?夜留家が無理なら日神家で働かせてほしいって話なんだけど」

 

 コネがあるなら使う。基本だよな。わざわざ頑張って就活した挙句にブラック企業とか行きたくないもんな。

 

 俺がそう言うと、顔を赤くしてわちゃわちゃしてた日神は動きを止めた。

 

「……え?そういうこと?」

「他に何があるんだ」

 

 だって俺、一応男だぞ?さすがに直接日神に養われようなんて思わないって。

 

 そんなことを考えている俺に日神は叫ぶように言ってくる。

 

「あ、あんたはいちいち紛らわしいのよ!何で養ってくれなんて遠回りな言い方なんてしたの!」

「なんかノリで。というか、もしかして恋バナ方向に勘違いしちゃったのか?」

「え?も、もちろん違うわよ?分かってたわ。分かってた上で騒いでただけよ」

 

 俺の言葉に、日神は俺から顔を背けてそんな支離滅裂な誤魔化し方をした。なんか面白いな。追い討ちでもかけてみよう。

 

 そう思い、俺はポツリと言った。

 

「自意識過剰ちゃん」

「はぁ!?う、うるさいわよ!というか今のは絶対にあんたの方が悪いわ。100人の女の子に聞いたら絶対に100人とも賛成してくれるわ」

「無意識に統計を偏らせないでくれない?」

 

 男子に聞いたら答えを言う前に俺をボコる奴が出てくるかもしれないが。

 

「まあまあ二人とも、そこら辺にしておきなよ。人が少ないとはいえ、さすがに声が大きいよ」

 

 そうしていると、天翔がそう言ってたしなめてきた。その声に日神は慌てて周りを見回し、あちこちに頭を下げていた。

 

「全く、日神は落ち着きがないな」

「そろそろぶっ飛ばしていいかしら?」

「日神さん、落ち着いて。涼也も煽らない」

 

 えー。

 

「というか天翔だって、仲裁役みたいな顔してるけど面白そうに俺たちのことを見てたの知ってるんだからな。一通り楽しんでから止めただろお前」

「ははっ、何のことやら」

 

 俺の言葉を天翔は軽く笑みを浮かべて受け流した。この非常に胡散臭い笑顔だが、女子どもには爽やかと人気だ。お前らの目は節穴かと言うと、返ってくる言葉は基本的に「お前は存在が胡散臭いけどな」だ。そんな日の夜はだいたいうつ伏せで寝てる。別に枕に涙してるとかじゃない。

 

「それと、ちょっと用事があるから僕はこの辺りで先に帰ることにするよ。頑張ってね」

 

 そんなことを考えている俺をよそに、机の上を片付けてバッグを担いだ天翔がそう言ってきた。

 

「用事って?というか昨日もこの時間だったわよね。何かあるの?」

「いや、大したことじゃないから気にしないで。それじゃ」

 

 日神の質問もそう言って流し、天翔は図書室を出て行った。

 

「用事って何なのかしらね。まあいいわ、勉強しましょ。夜留、もう変なことは言うんじゃないわよ」

「別に変なことを言ったつもりはないんだけど」

 

 そんな変なことだったかなあ。

 

 と、それより。

 

「日神、今日の勉強会はここまでにしないか?」

「サボろうとしてもダメよ。あんたは地頭でどうにかなってるけど、さすがにこの状態だと100点は取れないわよ」

 

 俺の提案にそう言ってくる日神。それくらい分かっとるわ。というか本気で俺に満点取らせる気なのかお前。

 

「いや、そうじゃなくてさ」

 

 そう思いながら、俺は日神に言った。

 

「天翔の後、尾けてみない?」

 

 

 



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なんかやばい子がいるんだけど助けて

 

 

 

 天翔が図書館を出てからだいたい十分後、俺と日神は天翔を追って学校を出ていた。ただいま尾行中。能力で周囲から見えなくなると言う破格のステルス機能が付いている俺たちに死角はない。堂々と後を尾けてやるぜ!

 

 誓って言うけど、能力を覗きとかに使ったりしてないからな。天翔とか日神が学校にいる以上、バレる危険性があるし。……もちろんバレなかったとしても使いませんよ?

 

「ねえ、やっぱりやめておきましょうよ。暁に悪いわ」

「何を今更。お前だって天翔の彼女がどんなのか気になるって言ってたじゃないか」

「違うわ。気になるんじゃなくて、知らなきゃいけないの。悪い人を掴んでたら暁家がマズイかもじゃない?あくまで家の事情を考えてよ。別に私が気になってるんじゃないわ」

 

 俺の言葉に、そんなよく分からない強がりをする日神。お前は何にツンデレをしてるんだ。

 

 ちなみに日神は、この天翔が切り上げたのは最近彼女が出来て一緒に帰るからだという俺の仮説を信じてここにいる。正直俺の説明には今日の天翔の髪型だの昼食だのと占いレベルの無理のある解釈がけっこうあったんだが、日神は違和感をスルーしてその説を飲み込んでいた。やっぱり女子ってこの手の話に弱いんだなって。

 

 女子の扱いが分かってるとか、俺ってばイケメンすぎる。もしかして俺モテようと思えばモテることくらいできるのでは?え、無理?そうですか……。

 

 あ、俺がここにいる理由はあれだよ。勉強会を終わらすためだよ。完全下校までまだあと一時間以上あったからな。二日連続で勉強漬けになるわけにはいかない。

 

 帰ったら日神に俺の成績を頼んだ綾乃と姉さんに説教だな。具体的にはアイス持参で土下座して頼み込んでやろう。え、情けない?というか説教できてない?ハハハ、そんなまさか。

 

「まあ何でもいいけどさ。あ、そこ曲がったぞ。ひと気のない方だ。やっぱり彼女との密会っぽいぞ」

「なんで彼女と会うのに密会しなきゃならないのよ。やっぱり勘違いじゃないの?」

「バッカお前、天翔レベルまで行くと秘密にしておかないと学校の女子たちに彼女がイジメられちまうんだよ。そんなことも分からないのか?」

「そんなマンガじゃあるまいし……」

 

 俺の言葉にそんなことを言ってくる日神。マンガじゃあるまいしってお前、自分の家のこと分かってる?君も十分マンガに出てきそうな子だよ?

 

 そんなことを考えながら、俺は天翔の曲がった曲がり角で止まりこっそりと天翔の行った方向を覗いた。こっそりなのは天翔を警戒してのことだ。決してノリで意味のないことをしてるわけじゃない。

 

 そんなことを考えながら覗いてみると、そこにはうちの学校の制服を着た女子と話している天翔の姿があった。

 

 マジか。お前、マジで彼女との密会だったのか。

 

「ちょっとあんた、何を見たのよ……あっ」

 

 一旦覗くのをやめた俺にそんなことを言いながら道を覗いた日神も、そんな声を漏らした。そしてこちらを振り返り言った。

 

「……本当に彼女と会ってたわね。暁に彼女がいるなんてあんたに言われるまで全然気付かなかったし、今の今まで半信半疑だったわ。だって彼、今まで一回も彼女作ったことなかったんでしょ?」

「ああ、そのはずだ。正直な話、俺もビックリしてる」

 

 というか俺だって気づいてたわけじゃないし、なんなら九割違うと思ってた。

 

 しかし、ほー、あの天翔に彼女か。

 

「いくらで女子に売れるかな……いや、それより相手の子も調べた方が情報価値は上がるな」

「何あんた、この話を売るつもり?本当にそんなことしたら沙也香さんに言っておくからね」

「ウソウソ、冗談ですよ日神さん。もうやだなあ、本気にしちゃうだなんて」

 

 俺の呟きをキャッチした日神は、汚いものを見るような目でこちらを見ながらそう言ってきた。くそっ、小遣い稼ぎになると思ったのに。非リアはリア充を僻むことしかできないというのか……っ!

 

「ってあの子、杏果ちゃんじゃない」

 

 俺が負け組の無力さを嘆いていると、もう一度道を覗き込んだ日神がそう呟いた。

 

「知り合いなのか?」

「ええ、先週あたりに図書館でちょっとね。確か一年生だったかしら。いい子だったわよ」

 

 俺の質問に、日神は通りを覗いたままそう言った。一年生ってお前、まだ入学して二ヶ月じゃねえか。そんな短期間で天翔はその杏果ちゃんとやらと付き合い始めたのか。俺なんか十七年で一回も付き合ったことも、それどころか告白もされたことないのに。

 

 ……イケメンなんて滅びちまえ。

 

「まあいいわ。暁の交際相手も確認できたことだし、私たちは帰りましょうか。これ以上はさすがに悪いわ」

 

 そんなことを考えていると、日神は俺にそう言ってきた。

 

 いやいや。

 

「まあ待てよ。まだ確認は終わってないだろ?まだ日も全然沈んでない時間帯だ。多分天翔は大変妬ましいことに今から制服デートをする。なら、それも見てどんな交際をしてるのか知るべきじゃないか?日神家として」

「あんた、もしかして日神家としてって提案すれば全部誤魔化せると思ってるわね?」

「そそそ、そんなことないですよ?」

 

 なんでバレたし。

 

「はぁ……まあ最初にそれで誤魔化された、というか大義名分にした私も私だけどさ。とにかく、帰るわよ」

「あ、ちょ、一旦待てって。俺がまだって言った理由はちゃんとあるから。ほら、杏果ちゃんの足元と天翔の足元を見比べてみ」

 

 そうやってため息をつき俺に帰宅を促してくる日神に俺はそう言った。

 

「は?足元?……え、ちょっと。なんで杏果ちゃんの影があんなに薄いのよ」

 

 そんな俺の指示に訝しみながらも再度天翔たちを見た日神は、少し焦ったようにしてそう呟いた。

 

 影が薄いっていうのは、別に悪口で言ったわけじゃない。本当に、言葉通りの意味で影が薄いのだ。

 

 普通に考えたら、同じ場所にいる二人の影の濃さが違うはずがない。ということは、普通じゃないことが起きているというわけだ。

 

「そういえば巧妙に隠してるからかこの前は気づかなかったけど、妖力の質も量もだいぶおかしなものになってるわね。明らかに一般人のものじゃない……ねえ夜留、もしかして杏果ちゃんは」

「まあ十中八九、何かに取り憑かれてるんだろうな」

 

 請われない限りそういう話には関わらないようにしようとしてたんだけどなあ。まさかの自分から突っ込んでしまったとは。しかも案件は天翔のリア充化関連。なんてテンションが上がらない話題だ。

 

 いや、嘆いてないで一旦状況を整理しよう。用事があると勉強会を抜けて、それを不思議がって尾行したら天翔に人生初彼女が出来ていて、その彼女は何かに取り憑かれてた。

 

 めんどくせえ……。帰っていいかな。

 

 でもそうもいかねえよなあ。多分今日見張って、明日事情を天翔に聞いて対策練る感じになるんだろうな。なんか最近父さんも母さんも出張だのなんだので忙しそうだし、天翔関連なら姉さんじゃなくて俺だろうし。

 

「夜留、暁たちが動いたわ。私たちも行くわよ」

 

 仕方ない、俺も気張るか。あれだ、まだ杏果ちゃんとやらが天翔の彼女と決まったわけじゃないし。天翔リア充説で落ち込むのはまだ早い。

 

 自説で落ち込むとかバカじゃんとか思ってはいけない。

 

 真剣そうな顔で暁たちを目で追う日神をよそに、俺はそんなことを考えていた。

 

 

 

 



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なんか初めての仕事が重いんだけど助けて

 

 

 翌朝、少し早めに学校に来た俺は教室で日神といつ何と言って天翔に話しかけるかの相談をしていた。目下の課題は俺たちが小鳥遊(※杏果ちゃんの苗字)がマズイのを知っていることをどう説明するか。

 

 正直に話そうという日神の案に対して、俺は何も話さず上手くボカそうと考えていた。だって本当のこと言ったら、九割俺の罪だって分かっちゃうじゃん。そんなの嫌だ。

 

 ちなみに母さんに電話で話をすると、やっぱりと言うか何と言うか俺が対処するよう言われた。クソが。

 

 というわけで、俺は今日絶対に天翔に話を聞かなければいけない。何せ失敗したら尻拭いをさせられるであろう姉さんからの折檻が待ってるからな。え?何で家が隣なのに昨日のうちに聞かなかったかって?聞き辛かったからですが?彼女持ちだって確定するのをできるだけ先延ばしにしたかったからですが?

 

 ……何だよ、そんな目で俺を見るなよ。俺を責めるなよぉぉぉ!

 

 そんなしょうもないことを考えていると、ガラガラと教室の扉の開く音がして覚えのある気配がクラスに入ってきた。

 

 天翔だ。

 

「あ、よかった。二人とも来てたんだね。話があるんだけど、ちょっと屋上に来てもらっていいかな」

 

 教室に入ってきた天翔は何人かにおはようと言いながら真っ直ぐ俺たちの席に来てそう言った。その顔にはいつもの胡散臭そうな爽やか笑顔はなく、真剣そうな表情をしていた。そんないつにない天翔に、俺と日神は素直に頷き席を立った。

 

 多分小鳥遊の話だろう。何で昨日の今日で俺たちに話す気になったかは分からない。もしかすると、もう時間がそんなにないからかもしれない。影の具合から見ると、それなりに同化は進んでたようだし。

 

 ……あれ?もしそうなら俺、リア充憎さに相当酷い判断してね?昨日のうちに天翔に話聞いとくべきだったんじゃね?

 

 俺は廊下を歩きながら、そんなふうに珍しく自分の行動を真剣に振り返っていた。

 

 

 

「涼也に日神さん、昨日僕のことを尾行してたよね」

 

 屋上に着き俺たちの他に誰もいないことを確認した天翔は、開口一番そう言った。

 

 俺は固まった。

 

「あら、気付いてたの」

「うん、まあね。姿は見えなかったけど、僕は妖力反応とかにはそれなりに鋭い感覚持ってるからね。昨日は気も立ててたし、そりゃ気付くよ」

 

 マジかお前、妖力反応とか分かるのか。俺分からないのに。そういえば日神も昨日小鳥遊の妖力がどうこうとか言ってたな。これが覚醒してるやつと覚醒してないやつとの違いか。

 

「なるほど、そう言えば昨日は夜留も視覚面でしか能力を使ってなかったわね。私もちょっと注意力がおざなりになってたし……それより、その、悪かったわね。尾行なんかして」

「いや、別にいいよ。一回目だしね。次からやらなければ」

 

 そう思っている俺をよそに、日神と天翔がそんな話をしていた。どうやら許された模様。やったぜ。

 

 と、それより。

 

「なあ天翔、お前はとうとう彼女を作っちまったのか?初であんないい感じな子をゲットしたのか?俺を置いていくのか?俺を一人残し、童貞を卒業したのか?つまりヤったのへぶっ」

「自重しなさい。今はそんな場合じゃないでしょう」

 

 はっ。俺は今何を。

 

 ついさっき真剣に振り返ったばかりなのについついやってしまった。だって仕方ないじゃん。改めて思い出してみると、小鳥遊ってけっこう可愛かったんだ。

 

 茶髪の明るくて楽しそうな子でさあ。昨日も時々いい感じの笑顔見せてたし。人懐っこそうでまさに、こう、後輩!みたいな。胸も高一にしてはそこそこあって……あ、いや、何でもないです。キモかったですね。

 

「はぁ……何というか、君は能力こっちの世界を覗いても変わらないね。君のモチベーションにも影響するだろうし言っておくけど、あの子──小鳥遊杏果ちゃんって言うんだけど──は僕の彼女じゃないよ。バスケ部の後輩を通して相談を受けてただけさ。最近意識がおかしい時があるって。僕は今も昔も彼女を作ったりしてないよ」

 

 俺がそんなことを考えていると、天翔はため息混じりにそう言ってきた。

 

 ほう?ほほう?ほほほう?

 

「なるほど?いやー、なんだか知らないけど急に元気になったわ。いや別に?天翔の異性遍歴とか関係ないけど?」

 

 まあ後輩から友達の、しかもバスケに関係のない相談をされるほど信頼されてるのは少し思うところがあるが、そんなことは小さなことだ。俺の心はとても晴れている。

 

「それは無理があるんじゃ……」

「いいわよ、放っときましょう。それよりも天翔、わざわざ朝から屋上まで来て話すってことは気づいてるのよね。杏果ちゃんのこと」

 

 日神が冷たい。

 

「もちろん。というか日神さんも気付いてたんだね」

「まあね。気付いたのは私じゃなくて夜留だけど」

「へえ、涼也が」

「まあな。昔何かのアニメで見てから、つい習慣で人の影には目をやるようになってるんだ」

 

 いつまでも拗ねてても仕方ないので、俺は二人の話に加わった。何のアニメだったかな。けっこう小さい頃に見たやつなんだけど。

 

 俺がそう言うと、天翔はなんだか微妙そうな顔になった。

 

「なんというか、その、僕が言うのも変な話なんだけど……その習慣、痛々しいね」

 

 そしてそんなことを言ってきた。

 

「ぶっ飛ばすぞ。お前が言うなや」

「ごめんごめん。でもそれ、昔から習慣になってたんでしょ?能力を知る前から。ってことはそれって」

「ま、いわゆる厨二よね」

 

 日神、お前までそんなこと言うのか。確かに何も反論できないけど。正直自分でも厨二っぽいなとか思ってたけど。

 

「んんっ。ほら、それより小鳥遊について話せよ。昨日母さんに話したら担当を俺にしてきたんだ。お前もその件で俺たちを呼んだんだろ?」

 

 そんな思考を咳払いで一旦止め、俺は天翔に言った。

 

「うん、そうだね。じゃあ僕がここ何日か調べて分かったことを話すよ」

 

 そうして、天翔は俺たちに話し始めた。

 

 

 天翔が調べて分かったのは、次のようなものだった。

 

 まず、小鳥遊に取り憑いているのは吸血鬼。かの有名なドラキュラとのことだった。実在するんだ、吸血鬼。そう呟いた俺のために補足してくれた日神によると、日本にはあまりいないらしい。主にヨーロッパで昔から人類と戦いが続いていて、今でも郊外では被害はあるとのこと。生まれたのが日本で本当によかった。

 

 そしてそんな吸血鬼だが、彼らは通常生き血を飲み食事としている。しかし吸血鬼として次の段階へとレベルアップする時に人間の体に憑いて同化し、同化の完了後に生命力を根こそぎ奪い取ってポイ捨てするらしい。ちょっとシャレにならない。

 

 ちなみに、小鳥遊に取り憑いている吸血鬼の強さは、並みの吸血鬼より少し上程度らしい。絶対姉さん連れてきた方がいいと思うんだけど。怪物には怪物をぶつけるべきだって。俺まだ覚醒もしてないのにそんなのとぶつけないでよ母さん。

 

 取り憑いた吸血鬼、というか怪異を取り憑かれた人から引き剥がすには、取り憑かれた人に妖力を流して強引に怪異を洗い流さなければならないらしい。

 

 妖力供給と違い強引に流すのが重要だから、皮膚同士の接触程度がベストなんだそうだ。性犯罪者にされなくてよかった。やり方に関してはよく分からないが、まあどうにかなるでしょう。うん。

 

「ここまでが、小鳥遊さんに憑いている怪異について分かったことだ」

 

 そんなことを考えながら聞いていると、天翔はそう言って一旦話を切り上げた。

 

「対策とかはもう練ってるのか?」

「うん。吸血鬼は共通して水……特に妖力の通った水を嫌うからね。そういう札は用意してあるよ」

 

 俺の質問に天翔はそう言い、制服のブレザーの内側に手を突っ込んだ。そして数枚の古びた紙を取り出して見せてきた。

 

「その紙って術が封印されてる感じ?」

「まあ、だいたいその認識で合ってるかな。それで引き剥がすのに関してなんだけど、日神さんには妖力洗浄の時に吸血鬼の抵抗をさせない陣を描いてもらいたい。僕にそこまでの知識はないし、覚醒もまだな涼也じゃ少し不安だからね」

「私は陣に妖力の吹き込み口を作れないから陣の効力はだいぶ落ちちゃうけど、大丈夫かしら?」

「それはもちろん。あくまで保険だからね」

 

 その調子で打ち合わせを続ける天翔と日神。俺は妖力を小鳥遊に注ぎ込むのと、吸血鬼が暴れ出した時に抑え込むのを担当するとのこと。そして何でも吸血鬼は特殊な怪異で封じ込めの陣を作るためには個体情報が必要らしく、その情報が書かれた紙を天翔が日神に渡していた。

 

「まあこんな感じかな。それと、作戦の決行は今日の昼休みにしよう」

 

 打ち合わせも終わったようで聞いた話を反芻しながら教室に戻ろうとすると、天翔がそんなことを言ってきた。

 

「え?何で?早くない?」

「君も見たろ、小鳥遊さんの影。だいぶ同化が早くて、もうそんなに時間は残ってないんだ。最初に会った数日前はそうでもなかったのに、昨日には侵食は相当進んでた。あともう二、三日で完全に同化すると思う。そうなると、僕たちには彼女を救えなくなってしまうんだ」

 

 俺が聞くと、天翔はそんなことを言ってきた。お、重い。俺、初仕事なのに重すぎる。マジで責任重大なんですけど。

 

「それに吸血鬼は日光の強い昼に一番弱くなる。同化が進んでるから効果は薄いと思うけど、少しでもそういうのは使った方がいいからね」

 

 そんな俺に、天翔はそう補足してきた。

 

「日神さんは戦えないし、僕だって能力が戦闘向きじゃなくて術を使った攻撃くらいしかできないし、それじゃあ小鳥遊さんの身体を傷つけないように戦うのは難しい。涼也は潜在能力の高さでどうにかできると思うけど、未覚醒。念には念を入れよう」

 

 なるほど。まあ話からするとまだ小鳥遊に意識はあるっぽいし大丈夫だろうけど、弱いのに越したことはない。

 

「というかお前、戦闘向きじゃないってどんな能力なんだ?」

「あれ、言ってなかったっけ」

 

 そう思いながら俺が聞くと、天翔はそう返してきた。そしていつぞやの姉さんと同じようなことを言い始めた。

 

「暁が象徴するのは夜明け。世界を照らす叡智。転じて、僕は知りたい情報を対象から読み取れる能力を持ってるんだ。まあまだ未熟で時間も短くない時間かかるけどね」

「大蜘蛛の一件も、暁があんたが関わってるって調べたのよ」

 

 そんな天翔の言葉に、日神が吸血鬼のことが書かれた紙から目を逸らさずにそう言ってきた。なるほど、確かにあの時も調べて分かったって言ってたな。

 

「まあ分かった。準備はしとく」

「うん。頼んだよ」

 

 そうして、俺の初仕事は幕を開けた。

 

 

 



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ちょっとマズイかもしれないんだけど助けて

 

 

 その日の昼休み。カ○リーメイトで簡単な食事を取った後に俺たちは屋上へ向かった。屋上には椅子が一つ用意されており、その下に日神の書いた魔法陣が広がっている。それを見ながら小鳥遊を呼び出す天翔に、俺は何となく自分の中で準備を始めた。

 

 天翔によると、今朝の話し合いのあとに小鳥遊と会ったらしい。同化の進行は思ったよりも早く、もしかすると余裕はあと一日ほどしかないかもしれないとのこと。初仕事が人命救助でしかも対象は危険な状態とか。現実がいじめてくるんだけど、どうしたらいいかな。

 

 ちなみにハクに今回のことは話してないし、呼んでもいない。ハクの力は守神としての役割が所以らしく、あの山以外ではうまく力を発揮できないのだそうだ。例えば、例の蜘蛛を食らった蛇を呼び出すこともできないらしい。

 

 まあそんなことに関係なくハクに戦わせたくないだけだけど。

 

 だってさあ、ハクって見た目はただの女の子なんだぜ?蜘蛛の時は助けてもらったけど、それでも俺が命令して戦わせるとかは、なんか嫌じゃん。どう見ても鬼畜じゃん。まあそれに、予定通り行けば危険はないわけだしな。大丈夫だろう。俺がすることは小鳥遊の身体のどこかに触れて魔力を無理やり流すだけだし……あれ?

 

「なあ、よく考えたら俺って初対面の後輩女子の体に触らなきゃいけないのか?小鳥遊に通報されない?大丈夫?」

「え、今更?」

 

 俺の言葉に、天翔がそう答えた。え、こいつ俺が通報されそうなの無視してたの?もしかして俺の敵って吸血鬼なんかじゃなくて天翔なのか?

 

「どうやら俺はまずお前を倒さねばならないようだな」

「何言ってるのか分からないけど、午前中のうちに日神さんと涼也を強力に呼んでるのは小鳥遊さんに伝えてあるし、洗浄する時には拒絶反応を考えて眠っててもらうから、通報なんかされないよ」

 

 俺がファイティングポーズを取っていると、天翔は呆れたようにそう言った。なんだ、そうなのか。そういうことは早く言えよ。

 

 ……いや、それはそれで危なくないか?

 

「というか日神さん、小鳥遊さんと知り合いだったんだね。小鳥遊さんに聞いて少しビックリしたよ」

「この前ちょっとね。話が合ったから時々LI○Eで話したりしてるのよ。ただでさえ転校生な上に部活にも入ってないから、積極的に話さないと校内に知り合いが極端にいないことになっちゃうし」

 

 俺がホッとしていると、日神と天翔がそんなことを話していた。そして日神の言葉に心配そうな顔でこちらを見る天翔。

 

「何だよ天翔」

「いや、涼也って一年以上この学校にいるのに智樹と他何人かくらいとしか話してるの見たことないなと思って」

 

 ………………。

 

「ゃぉっ!ぃ、あゅ、れあえ゛!」

「うわっ、ビックリした。そんな無理やり声出そうとしなくても。……いやちょっと、睨まないでくれない?その声と相まって普通に怖いんだけど。というか気にしてたんだね。てっきりわざとそうしてるのかと。なんかごめんね」

「……暁、あんたよく今のそのまま会話を続けられたわね。普通引くわよこんなの。あんたも、そんな声出すほどキツイならもう少し社交性出しなさいな」

 

 なんとか反論しようと声を絞り出そうとするも、逆に天翔からは謝られ、日神からは可哀想なものを見る目で言われた。お前らはイケメン・美少女だから気軽にそんなことが言えるんだ!顔良しはその場にいるだけで好感度が上がるからな!(偏見)

 

「こんにちはです、暁先輩、日神先輩。そちらは夜留先輩ですか?」

 

 そんなことを考えていると、屋上の扉が開いて昨日の子が入ってきた。やべ、まだ切り替えできてないんだけど。

 

「こんにちは、杏果ちゃん。先週ぶりね」

「うん、合ってるよ。夜留涼也、今日君の問題の解決に協力してくれる一人だ」

 

 そんな俺に対し、日神と天翔はキリッとした顔で小鳥遊に向かっていた。お前らさっきまで微妙な表情で俺のこと見てなかった?その切り替えの早さは何なの?

 

「そうですか。初めまして、私は小鳥遊杏果です。今回はよろしくお願いします」

「あ、うん。こちらこそよろしく」

 

 そうしていると、小鳥遊が天翔の言葉を受けてこちらに挨拶してきた。思わず腑抜けた返事をしてしまう俺。ごめんな。

 

 しかし何というか、意外だ。まさにJKっぽい雰囲気だし、もう少し砕けた感じだと思ってた。何かこう、渋谷でハロウィンやってそうというか、新大久保で韓国関連の店を回ってそうというか。まあ何にせよ思ったより礼儀正しそうな子でよかった。

 

「暁先輩、本当に夜留先輩って頼りになるんですか?何かすごい頼りないんですけど」

 

 そう思っていると、小鳥遊が天翔に近寄って小さくそんなことを言っていた。前言撤回。ぶっ飛ばすぞ。聞こえてるんだからな!

 

「確かにぱっと見へにゃっとしてるけど、何だかんだ頼りになるから安心していいよ」

「そうですか。正直不安ですが、暁先輩が言うなら信じましょう……夜留先輩、今日はよろしくお願いします!」

「お、おう」

 

 天翔と話した後に元気にそう言ってくる小鳥遊。お前ら、俺に聞こえないようにするつもりがあるならもっと小さな声で話してくれよ。よろしくが素直に受け取れないだろうが。

 

「それじゃ小鳥遊さん、そこに座ってくれる?時間もないし、ぱっぱと済ませよう」

 

 そんなことを考えている俺をよそに、天翔が小鳥遊に声をかけた。

 

「……あの、本当に最近私が変な原因ってお化けなんですか?未だにちょっと信じられてないところがあるんですけど」

「残念だけど本当だよ。気のせいとかお医者さんが治せるものだったら僕としてもよかったんだけど、君のその症状は間違いなく取り憑かれてる人のもの。超常がこの世界に確かにあるのは、今朝見せたよね?」

「ええ、まあそりゃ見せてもらいましたけど……」

 

 どうやら小鳥遊はある程度は天翔から話を聞いているらしい。そして俺と同じく、あまり素直に認められてないようだった。ナカーマ!俺の小鳥遊への好感度が少し回復した。

 

「まあ、暁先輩が言うことだし信じます。日神先輩もいますしね」

 

 あ、割と簡単に認めた。ナカーマじゃなかった……。というか省かれた……。まあ俺だって実質初対面の小鳥遊の信頼を得てるとは思わないけどさ。

 

「ありがとう。それじゃあ、その椅子に座ってくれるかな。少しの間眠ってもらうけど大丈夫?」

「ええ。日神先輩もいますし、暁先輩は変なことしない人だって分かってますから。夜留先輩は分かりませんけど、二人の友達ですからきっといい人なんですよね」

 

 天翔の確認に、小鳥遊はそう言いながらこっちを向いた。

 

 くっ、眩しい!先輩の友達というだけで初対面の人を信じられるその陽キャ感が眩しい!そして「この感じってなんかエロマンガの導入っぽいよな……日神がレズだったら完璧だったな」とか考えててごめんなさい!

 

 そう思っていると、天翔が近寄ってきて耳打ちしてきた。

 

「涼也、さっきは言ってなかったけど同化が思った以上に進行してる。ここまで進行した同化を剥がす事例は少なくとも僕の記憶にはない。何が起こるか分からないから注意して妖力を流してくれ」

 

 は?え、ちょ、そんなこと言わないでくれよ。怖いよ。というか今確認したけど、本当に薄くなってるじゃん。大丈夫なの?もう手遅れとかじゃない?もしそうなったら俺、ショックで潰れるよ?

 

 ……いや、ふざけてる場合じゃないか。そろそろ気合い入れよう。人ひとりの命がかかってるわけだし。

 

 小鳥遊の態度を見る限り、天翔は事態の深刻さをきっちりとは伝えてない。まあ本人にできることがあるわけじゃないし伝えない方が合ってるんだろうが、その分解決する俺たちがちゃんとやらないとな。

 

 そう気持ちを切り替えがながら小鳥遊を見ていると、椅子に座った小鳥遊はすぐに意識を失った。多分そういう術式なんだろう。

 

 それを見て、俺は妖力を流し込むべく小鳥遊に近寄り、座っている小鳥遊の後ろから肩に触れた。まあこの辺りでいいんじゃないだろうか。あんまり抵抗なく妖力が流れ込む場所だと憑依してる吸血鬼に力を与えるだけだって日神も言ってたし。

 

 そして万一のために準備をしている天翔と陣を確かめるように見つめる日神を傍目に、俺は体内で妖力を循環させはじめた。

 

 強制的に吸血鬼を引っ剥がすためには、妖力は一定以上の量を一定以上の強さで流さないといけない。一番大事なこの部分を天翔ではなく俺がやるのにはそこにも理由があって、天翔では量はよくても出力が足りないのだそうだ。

 

 しかし俺だって出力はよくても量を一瞬で出せるほど慣れているわけでもなく、こうして妖力を確認しているわけだ。まだはっきりと妖力を感じ取れるわけではないのでいまいち上手くいっていないが、ある程度の量は確保できた。とりあえず始めよう。

 

「!夜留、下がりなさい!」

 

 俺が妖力を流そうとした循環、日神が叫んだ。反射的に小鳥遊から距離を取ると、俺がいた場所をドス黒いエネルギーの塊のようなものが通り過ぎていった。

 

 は?

 

「おっと、失敗か。厄介なのから倒そうかと思ったのだがな。気付かれたか。見たところ能無しのくせに、猪口才な真似をする」

 

 俺が急な出来事に対応できずにいるなか、小鳥遊からそんな言葉が聞こえてきた。声は小鳥遊のものだが、その口調、雰囲気は明らかに違う。まさか。

 

 俺や天翔、日神が見つめるなか小鳥遊は椅子からゆっくりと立ち上がった。

 

「我が名はユルド。新たなる力を得た吸血鬼にして、いずれこの国を支配する者。手始めに貴様らを食らってやろう」

 

 そう言って俺の方を振り返る小鳥遊。その瞳は紅く、さっきまでとは全く違う好戦的な表情を浮かべていた。

 

 

 





 連続投稿ですので、次話も続けてどうぞ。


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初仕事のくせにキツイんだけど助けて

 二話連続投稿ですので、読んでない方は前話からどうぞ。


 

 

「小娘の体は頂いた。残念ながら貴様らはこの小娘を救うことはできなかったわけだ。まあ劣等種たる人間にこの我に先んじることができるわけないのだがな」

 

 昼休みの屋上。俺たちはユルドを名乗る吸血鬼が憑依した小鳥遊と対面していた。そしてユルドによると小鳥遊との同化は完全に済んでおり、その証拠に小鳥遊の足元には影が無くな……ん?

 

 ……影、普通にあるんですけど。

 

 え、あれ?さっきユルドとやらが体は頂いたとかなんか言ってたよな?頂けてなくね?まだ同化しきってなくね?

 

「くっ……あり得ない!今朝確認した時はまだ小鳥遊さんはお前に抵抗できていた!この短時間はいくらなんでもおかしい!」

「フッ、人間のの予測など当てにならん。また貴様らが劣等種であることが証明されてしまったな」

「杏果ちゃんを返しなさい!」

「バカなことを」

 

 テンパっているのか、影に気付かずユルドに向かって叫ぶようにして言う二人。何だろう、大変な状況には変わらないんだけど変に冷静な自分がいる。

 

「あー、ちょっといいっすかねユルドさん」

「我に敬称を使うとはよい心がけだな、人間。しかし半端だ。我を呼ぶ時はユルド様と呼ぶがいい。まあ貴様に残された時間はあと数分だがな」

 

 ドヤ顔でそんなことを言ってくるユルドの言葉を無視し、俺は言った。

 

「影消えてないんだけど、なんで?」

 

 楽しそうにドヤ顔をしていたユルドの顔が固まった。そして同時にその場の空気も固まった。

 

 何も言えずにいるガイル。そして「あれ、本当だ」「吸血鬼が同化したら影って完全に消えるわよね。まだ杏果ちゃんは無事なのかしら」と二人で確認をする天翔と日神。距離があるとは言え、仲間はずれは悲しいから二人の会話に入れて欲しい。

 

 なんか暇だなと思い始めた頃、ようやくユルドが口を開いた。

 

「あー、人間よ。貴様には分からないかもしれないが、この世界には近似というものがあってだな?我はあと一日足らずでこの小娘を取り込むことができる。我ほど寿命が長い存在だと、一日などないに等し」

「つまりまだ同化してないんだな?」

 

 再び固まるユルド。そんなユルドに俺は畳み掛けた。

 

「あれだ、つい見栄を張っちゃったんだよな?分かる分かる、分かるぜ。そんな時もあるよな。でもさ、命に関わる時にそれはちょっと反省だよな?見栄はTPOを弁えような?」

「ええい、うるさい黙れ!なぜそんな暖かい笑顔を我に向ける!やらかした幼子にするような態度で我を諭すな!」

 

 俺の言葉に叫んでくるユルド。まあまあ、とりあえず落ち着こうぜ。

 

「もういい!貴様からぶっ潰してやる!」

 

 そうしていると、ユルドはそう叫んで俺の方に突っ込んできた。それを俺は手でいなし迎え撃ち、戦闘が始まった。

 

 ……逆ギレで始まるとか、締まらねえなあ。

 

 

 

 

 そんなこんなで始まったユルドとの戦いだが、始まりのグダグダっぷりの割に俺たちはだいぶ苦戦していた。なんせユルドは小鳥遊の中に入ってるのだ。迂闊に攻撃なんかできない。

 

「くっ、奔流ながれよ!」

「フン!なんだ貴様、暁の名を持つにしては随分と軟い術を放ってくるではないか」

 

 特に厳しいのは天翔だ。

 

 天翔は俺と違って身体能力がズバ抜けているわけじゃない。自前で校内トップレベルほどには持っていっているが、もちろんそんなものでドラキュラなんぞに挑めるわけもない。しかし術を使ったものは攻撃性が高く、天翔は聖水を飛ばすくらいしかできてないわけだが、同化しきってないせいか変に抵抗できていて効果があまりない。

 

 日神も戦闘のなかで刻一刻と変わるユルドの妖力及び生体情報に必死で食らいつき魔法陣を書き換えているが、いかんせん陣に妖力が通っていない。書き換わるたびに一瞬ユルドが鬱陶しそうな顔をするから効いてないことはないんだろうが、効果は微々たるものだ。ちなみに式神は俺がゴミにした後だから補填が間に合ってないらしい。なんかすまん。

 

 というわけで俺が頑張るしかないのだが。

 

「クソッ……!」

「フハハハ、さっきの威勢はどうした!我をバカにした罪は重いぞ!」

 

 その俺も苦戦していた。それも当然で、俺とて能力を使えばできるはずの遠距離攻撃をできないのだ。それに小鳥遊を全力でぶん殴るわけにもいかない。だって女の子だし。こう、なんか越えちゃいけない一線がある気がする。野郎ならぶっ飛ばせるんだけどな。彼女持ちならなおさら。

 

 それに加えて、ユルドには俺にはない遠距離攻撃がある。不意打ちで撃たれたエネルギー弾だ。ユルドが魔弾と呼ぶそれだが、小鳥遊の体を考えると最高速度で距離を詰めれない俺にとってその攻撃手段はあるだけで有効に働く。簡単にこちらから攻められないわけだ。

 

 現に今も、脚に力を入れた瞬間に魔弾を撃たれた。こちらの動きを見て使っているのだろう。実に腹立たしい。腹立ち紛れに硬化させた腕で魔弾を打ち返すも、ユルドは簡単にそれを避けた。クソが。

 

「ああもう、イラつく!いいところで邪魔するなや!そんでもって避けるな!そっちだけ無遠慮に遠距離撃てるのズルだろ!」

「ズルはそっちだバカが!何だ貴様、我の魔弾を打ち返すとか。我の魔弾舐めてるのか!?これでも数々の退魔師を退けてきた代物を貴様!」

 

 俺がそう言うと、ユルドは逆にそう叫んできた。え、マジ?その弾ってすごいやつなの?

 

「……ふっ」

「勝ち誇るなこのゴミが!」

 

 鼻を鳴らす俺に気炎を吐きながら突っ込んでくるユルド。それを見て天翔が聖水の弾幕を張るが、ユルドはそれを器用に避けて逆に魔弾を数発、天翔の方向に放った。そしてそれを回り込んで蹴り飛ばす俺。

 

「サッカーやろうぜ!」

「調子に乗るな貴様ァ!」

 

 実はこっちは割といっぱいいっぱいなんだがな。当てどころを間違えたら俺の足、魔弾で爆散しそうだし。まあそんな弱みなんてもの、見せようものなら冷静に攻めてきそうだし極力余裕ぶろう。

 

「というかお前男だろ?なんで男に憑依しなかったんだ?そんなに女子高生が好きなのか、この変態が!」

「変態などではない!何だそのいちゃもんは!そもそも我ら吸血鬼が同化に使う人間は異性の処女か童貞だ!我のせいではない!」

「うわっ、一族総変態じゃねえか」

「どこまで我を愚弄すれば気が済むのだ貴様はぁぁぁ!」

 

 そう言いながら今度こそと俺に殴りかかるユルド。かかってくるなら好都合だ。うまくいなしてどこかで羽交い締めにしてやろう。

 

「ぐぁッ!」

 

 そんな考えで待ち構えていると、ユルドが途中で急に倒れ込んだ。そして小さく身体を震えさせながら胸の辺りを手で掴み、悶え始めた。

 

「ぐっ……くっ、貴様か日神ィ……!」

「正解よ。どう?能無しと侮った私に動きを止められるのは。これが積み上げた知識の力よ。私だって日神の端くれ。切り札くらいは持ってるわ」

 

 まあドンピシャで止めるこの精度の陣を作るのにはなかなかの時間と予測が必要だったけどね、と続ける日神。お前マジか。お前の魔法陣って確か、妖力なしでだいぶ効果は薄れてるんだろ?何、それでも吸血鬼を抑えられるほどの完璧な魔法陣作っちゃったの?時間ごとに変わっていく妖力・生体情報の予測とか未来人かな?

 

「というわけで、大人しく杏果ちゃんから出ていきなさい。それなら苦しみはしないでしょう。それが嫌なら夜留に流されて消えるがいいわ」

 

 か、かっけえ。さすがは名家の令嬢。こういう時は格が違うな。

 

「くっ……誰がそんなことを」

「そう。なら夜留、お願いするわ」

「お、おう」

 

 日神の言葉に俺はふと我に返り、膝を折って地面にうずくまっているユルドに近づいた。いやー、しかしすごいな日神。今のって今回の仕事で一番理想的な解決法だったんじゃないか?小鳥遊の体に傷一つ付けずに拘束したわけだし。

 

 そんなことを考えながら、俺は何の警戒もせずにユルドの方へと歩いた。身体を硬くするとか何もせずに。らだから、ユルドが小さく笑ったことにも気付かなかった。

 

 先に気づいたのは天翔だった。

 

「!涼也、避け」

 

 しかし口に出した警告が形になる前に、俺は背中に何か刺さったのを感じた。そして俺が避ける間も無く左脇腹にまで貫通した。

 

「ガハッ!なん、これ……っ!?」

 

 体の中から灼けるような感覚。それを無視して腹を確認すると、俺の身体を貫いたのは一本の剣だった。

 

「涼也!!」

「夜留!?」

 

 聞こえてくる二人の悲鳴に近い叫び。

 

「はっ、切り札を持つのは自分だけとでも?それに拘束は集中し続けてなんぼ。我から意識を逸らしたのは下策も下策だったな」

 

 そしてユルドのドヤ顔が見えてくるかのような言葉。

 

 それを聞きながら、俺は自分の腹に意識を集中させていた。

 

 痛みは我慢、流血は無視だ。特にこの大怪我だ、痛覚なんて半分麻痺してる。血は……まあ後で考えよう。この世は便利だ。輸血パックなんてのがあるしな。

 

 重要なのは、剣が突き刺さった瞬間に俺の全身に走った感覚。電気が流れるようにして伝わったそれは、痛みとは別に確かに存在した。そしてそれを、俺は掴まなきゃいけない気がする。

 

「まずは貴様からだ夜留!死ぬがいい!」

 

 目を閉じ、意識を身体と周囲の空気に集中させる。痛みのことを考えるな。今は治癒よりもこっちを優先だ。

 

「魔弾よ!」

 

 遅くなる時間の進むスピード。少しずつ感じてくる自身の鼓動、身体を循環する血流。周囲の音、温度、風。──そして、それら全てを巡る妖力。

 

 自分の中で、掴んだその感覚を回す。頭、胸、腹、腰、腕、脚。身体の隅々まで行き渡らせ、俺を形作る妖力を感じ取る。なるほど、こういうことか。天翔や姉さん、母さんに父さんたちはこんな感覚だったのか。これを十二歳で。そりゃ、能力の世界に疑問なんか持たないわな。

 

 そしてその感覚を完全に自分のものにしたとき、すぐ側に迫る四つのエネルギーの塊を感じた。ユルドの魔弾だ。さっきまでは注意して打ち返さなければいけなかったが、もうその必要はない。

 

 俺は手をそちらに翳した。イメージするのは強固な妖力の障壁。

 

 そしてそのイメージ通り、魔弾は俺の手の少し前の空間で止まり、消えた。

 

「なっ!先ほどまではそんな力、毛ほども……いや、それより貴様、剣で身体を貫かれたはずだ!そんなことをしている余裕は……!」

 

 それを見て、ユルドはそんな声を上げながらこちらを見て絶句した。

 

 なぜなら、俺が手をかざした循環剣が消え、身体に空いた穴も綺麗に塞がったのだから。

 

「貴様、今何を」

「ちょっとコツを掴んだだけだ。今の俺なら、妖力も何も篭ってない剣の傷くらいは治せる」

 

 まあ何か特別な剣だったらその効果を多少は知ってなきゃ俺の能力は十全に使えないが、わざわざドラキュラの本拠地たるヨーロッパを離れて日本に来たくらいだ。この吸血鬼は本当に強い個体ではないんだろう。本物・・に勝てないからこっちに来た、多分そんなところだ。

 

「夜留!大丈夫なの!?」

「見ての通り問題ない。それより、俺を運ぶ準備をしておいてくれ」

 

 え?と声を漏らす日神をスルーし、俺はユルドの背後に一瞬で回り込んだ。そして後ろから身体に抱きついた。さすがにセクハラに気を回す余裕はないし、こいつの中身は今は男だ。つまり緊急避難かつそもそも無罪だ。裁判ではそう主張しよう。

 

 少しぼーっとしてそんなことを考えてしまう頭に鞭打って目の前の現実に集中する。さあ、最後の仕上げだ。今ならちゃんと分かる。妖力が見える。どこにどう流せばいいかを全て教えてくれる。

 

「じゃあな。俺を覚醒させてくれたことくらいは感謝してやる」

「なっ!貴様、覚醒せずにあのような力……ぐがっ、ガァァァァァ!」

 

 その感覚に従って妖力を勢いよく流し込む。手足などの末端部分に残っている小鳥遊の気配を飛ばさないように、しかしユルドのものは全力で流し飛ばすように。一応影を確認すると、さっきよりも少し濃くなっている。うまくいっている証拠だ。

 

「グッ、ガァ!アアアアア!」

 

 叫び声を上げて苦しむユルド。肉体と魂が剥がされようとしてるんだ。そりゃ辛いだろう。でも肉体を食って養分にしようとしたんだから仕方ないよな。因果鳳凰だ。違う。因果応報だ。

 

「……あれ?なんでこんな態勢……え!?暁先輩!?ちょっと、何してるんですか!?」

 

 そうしていると、とうとう意識がユルドから小鳥遊に切り替わった。しかし依然としてユルドの妖力は小鳥遊に残っている。このまま行くしかない。ユルドもここだけはもう少し頑張って欲しかった。

 

「悪いな、小鳥遊。今は少し余裕がない。気持ち悪いと思うが耐えてくれ……っ!」

「え、先輩、何が起こって……というかこの感覚は、先輩の」

 

 そこから先の小鳥遊の声はシャットアウトした。覚醒で余裕が生まれたとはいえ、それまでのユルドとの戦いでだいぶ力を消耗してる上に身体に空いた穴を塞ぐというのは体力的にも妖力的にもそれなりのものを要したようで、残っている力はもうそんなにない。あとは気合でどうにかしよう。

 

「ヴボォァァァ!グルォォォォ!」

 

 残り滓で狂ったように叫ぶユルド。小鳥遊の口からではなくどこからともなく響いてきたその不気味な叫び声は、ほとんど小鳥遊の中にユルドがいない何よりの証。

 

「大丈夫だ小鳥遊、もうすぐ終わる。安心しろ」

 

 ビクッとなる小鳥遊にそう声をかけ、最後の追撃をかける。体の中心だけではなく手足の先、隅々まで妖力を巡らせ、ユルドの痕跡を洗い流す。

 

「っっっらあ!後は頼んだぞ天翔、日神!」

 

 最後の力を振り絞って、俺はユルドの残滓を最後の一滴まで飛ばし去った。はぁはぁ、ハハ、なんとかやり遂げたぜ。最初の仕事としてはあまりにハードだったが、及第点だろう。

 

 俺は満足しながら身体を地面に倒し、意識を遠のかせていった。

 

「ぐへっ」

 

 ……身体を地面に倒した影響でそんな声が出たのはご愛嬌だ。具体的には小鳥遊を抱きしめてるのを忘れてた。うつ伏せに倒れなくてよかったと思おう。

 

 そうして、俺は一旦現実世界からフェイドアウトした。

 

 

 



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