宇宙招来体がダンジョンに潜るようです。 (チノパン)
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第一章 綺羅星! 宇宙からやってきた!
宇宙将来体


 本日、東松山に隕石が落下。

 墜落現場には米高校の学生手帳が落ちており、所有者の安否の確認は取れていません。

 

 

「ここは何処だ」

 気がつくと森の中に寝転がっていた。

 俺は確か空から爆発音がして見上げたらそこに火球があって。

「俺死んでんなぁ」

 なのに何故今こうやって意識があるのか。さっぱりわからない。

 

 手を視界に入れてグーパーしてみるとやはり感覚がある。

 取りあえず立ち上がって歩き出す。すると幸いにも山道に出た。

 

 しゃがみこんで地面を凝視する。

「蹄の彫りは向こう向きのほうが深い。逆方向は浅いな。つまり向こう側に何かを運んでる? なら都市があるな。少なくとも生産側ではないはずだ」

 適当な予想をして自分を納得させて歩き出す。しばらくすると大きな壁が見えた。

 

 壁には門があって、そこ予想通り馬車が列をなしていた。

 とりあえず並んでみる。

「坊っちゃんは冒険者志望かい?」

「冒険者?」

「なんだ違うのか? ならなんでこのオラリオに来たんだ?」

「死んだはずなのに生きてるから並んでます」

「よく分からねぇな」

 

 俺だってわからない。

 なんでアンタが中世の人のような服装をして馬車に乗っているのかという疑問もある。

 あれか? もしかして今流行の異世界転生物?

「おいおいおい。異世界か? ここ」

 

 取りあえず門番の質問にすべてYESと答えて中に入った。かなり雑な警備だ。

 街の中に入ると雰囲気ががらっと変わった。歩いている人間はファンタジー作品のような服装をしていて、鎧や武器を身に着けている人たちもいる。

 

 褐色肌の女や耳の尖った男、異様に小さいが大人びている人など色々な人がいる。

 そして街の中心には黒い塔がそびえ立っていた。

「よう。お前この街に来たばっかだろ? 教えてやろうか?」

 

 後ろから髭面の男が声かけてきた。

 歩きながら色々と教えてもらう。

「それじゃあどこかの派閥に所属して冒険者になるのがいいんですね」

「そうそう。でもなぁ派閥に加入するには持参品がいるんだが、お前ないみたいだな」

 

「ええ、無一文です」

 いい人そうな男が方をポンポン叩く。

「特別に俺の派閥に入れてやるよ。顔が効くからな」

(話がうますぎないか?)

 だがまぁ乗ってやるかと思い髭の男についていく。

 

 連れて行かれた先は結構大きな建物だった。

「ここが俺のファミリア。ソーマ・ファミリアだ」

 ファミリアに入るには神様から恩恵をもらわなければならない。

 今日は特別な日らしく直ぐに恩恵を刻んでもらえた。

 

「今日は新しい仲間が増えた!! 宴だ!」

 団長と名乗る男が盃を振り上げた。

 団員たちは一斉に酒を飲み始める。

 

「自己紹介しろよ新人!」

「ニッタ クイナといいます。よろしくお願いします」

「よろしくなニック!」

 

 早速名前を略された。

 酒は飲めないので飲むふりをして食べ物だけ食べる。

 最初は楽しい宴だったのだが。途中からそれは凄惨さを極めて行った。

 

「リリルカ呼んでこい!」

 しばらくすると縄で縛られたリリルカという小さな女の子が運ばれてきた。

 運んできた大男はリリルカを天井に向かって投げた。天井にある梁を中心には2、3回転したあと宙ぶらりんにぶら下がった。

 

「なにを」

 と呟いたのと同時に一人の男が、ぶら下がった少女を殴った。殴られた勢いで飛んでいくが紐に繋がれているのでまた戻ってくる。それを殴るを繰り返す。

 

「いいぞやれやれ!」

「はっはあ! ど真ん中!」

 殴られて少女が血を撒き散らす。だが鳴き声も悲鳴もあげようとしない。

 

 ニックが動けないでいると少女を吊るしていた縄が切れて地面に落ちる。

 ドタッという音を立てて地面に落ちた。

「何だつまらねぇな。吐きもしねぇ」

 

 男は少女の長い赤色の後ろ髪を掴み上げる

「サポーターが! てめぇこの前俺たちの金くすねたよなぁ! 殺さないだけありがたく思え!!」

 殴っていた男が少女の髪を掴んだ。

 

「おう! 新入り!」

 ニックは体をビクッと震わせる。

「まだ殴ったことないんだろ? 殴らせてやるよ」

 そういうとリリルカをニックの前に連れた。

 

 リリルカは机の上に乗った。殴りやすいように。

 目は怯えも恐怖も憎しみもない。光も闇もない。感情もない。そこには穴があった。

 

「どうした?」

「いや」

 髭面の男が渋るニックを見てリリルカに顎で促した。

 心の中で何かが切れる音がした。

 

「殴り方を知らないのか?」

「知ってる」

 殴らなければ、俺も同じ目にあう。

 甘い話には裏があるというが裏どころじゃない。

「殴り方なんざ知ってるさ」

 

 ニックは拳を振りかぶる。

「いいぞ! やっちまえ!」

「今だ! なぐっぶふぉ!?」

 

 ニックは側で囃し立てていた髭面の男の頭を掴んでスパゲティの乗ったさらに顔を叩きつけた。

 ソースや皿の破片が飛び散って音を立てて地面に落ちる。

「殴り方なんざ知ってるさ。殴る相手の選び方もなぁ!!」

 

 団員たちは一斉に武器を抜く。

「いたいけな女の子を痛めつけるクズ野郎共。お天道様がオメェらを許してもオラァてめぇらを許さねぇ!」

「殺せぇ!」

 飛びかかってきた。

 

「あ……あな……あなた……」

「心配すんなちびっ子。俺はな。神ソーマいわくイレギュラーらしい」

 ニックは上着を脱ぎ捨ててワードを口にした。

「"デオキシス ノーマルフォルム"」

 

 それを口にした瞬間体がぐにゃぐにゃとゆがみ始める。

 体色が肌色から赤と緑に変わっていく。

 異常な光景に襲いかかろうとした者達は踏みとどまった。

 腕が触手に変わってまた腕に戻った。

 

「来いよ」

 手招きする。

「それとも新入り一人が怖いのか?」

 怒声を上げていっせいに襲いかかってきた。

 ニックは右手を振り上げると部屋中の机と椅子が空中に浮かび上がる。

 

 これは魔法ではない。スキル【宇宙招来体-デオキシス-】の効果。内容はつまりデオキシスのちからを得ることができる。

 これは魔法ではない。念力だ。

 机や椅子を砕いて木片へと変えて嵐のように回転。冒険者達を吹き飛ばす。

 

「だ、団長!」

「団長はレベル2だ! 格が違うんだ!」

「"アタックフォルム"【サイコブースト】!」

 フォルムチェンジで姿をアタックフォルムに変えて魔法を唱える。

 四本の触手から出た念力の力が凝縮される。そしてそれを打ち出した。

 その念力の塊は団長へと直撃して大爆発。

 壁に突き破って敷地内の土地に大きな音を出して激突した。

 

 それを見た全員が固まる。

 ニックは姿をもとに戻して降り立った。

 そしてリリルカに上着をかぶせて抱きかかえる。

「この女は俺がもらう! 次俺たちに手を出してみろ。お前ら全員星にしてやる」

 

 それだけ言い残してニックはホームをあとした。ついでに転がってる金の入った袋と武器も強奪しておいた。



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冒険の準備

 奪い取った金は結構な額があったので、取りあえず宿を取った。

 ベッドは一つ。リリルカをその上に寝かして奪ってきたポーションを飲ませる。

 嘔吐しそうになったがなんとかリリは飲み込んだ。

 

「俺は外で寝るからお前はここで過ごせ」

「え? でも」

「冒険者。嫌いなんだろ」

 

 図星だった。冒険者はリリにとって憎悪の対象であり侮蔑の対象でもあり、恐怖の象徴でもあった。

 それを察していたニックは鍵をおいて部屋を出る。向かう先は宿の屋根。

「隕石に消し飛ばされて転生した。そのせいか? この力は」

 

 肉体の形状を変化させる。

 ソーマ曰く、ニックのステータスは異常だそうだ。裏ポケットに入れていたステータスの写し紙を眺める。

 基本ステータスは至って普通なのだが。問題はスキルと魔法。

 

 

スキル

 

『デオキシス』

常時発動

デオキシスの力を使用できる。

『フォルムチェンジ』

・ノーマルフォルム

全体的にステータスがあがる

・アタックフォルム

力・魔力がぐーんとあがる

耐久ががくっとさがる

・ディフェンスフォルム

耐久力がぐーんとあがる

・スピードフォルム

俊敏・器用がぐーんとあがる

 

魔法

『サイコブースト』

魔力の塊を打ち出す

『じこさいせい』

傷を修復する

『はかいこうせん』

超火力の魔法攻撃

必ずマインドダウンする

 

 ほとんどデオキシスで埋まってんじゃねぇか。隕石に消し飛ばされた影響なのか?

「ま。強いし別にいいか」

 女と金と武器を手に入れることができた。もしこのスキルと魔法がなかったら俺は殺されていただろう。

 

「ふわあ……ああ……あ……」

 欠伸が出た。

 寝ることにする。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 翌朝日差しで目が冷めた。煉瓦に背中を預けていたせいで体が痛い。

 枕の一つでも借りてくればよかった。

「窓を開けて飛び込むフライアウェイ」

「うわ」

 気持ち悪がられた。割と心に来る。

 

「あの」

「ん?」

「あなたはどうするんですか?」

「冒険者だぞ? 戦うだけ」

「あの! 私はサポーターです。きっとお役に立てます!」

 

 呆れた顔で見下ろす。

「冒険者は嫌いなんだろ?」

「それでも私は冒険者に頼らないと生きていけません」

 サポーターとはそういうものだ。

 サポーターになることを申し出たのは恩を返すためではない。この人物と一緒にいて、取り入る事ができれば他の危険を排除できるという打算的な考えのもと申し出た。

 

 取り入るためなら、この体を使ってもいいとまで考えている。

(外見からしてこの街に来たばかり。カモになると思われて入団させられたに決まってる。なら私にとってのカモにもなる)

「良いぞ」

 リリは内心ガッツポーズをした。

 

「じゃあ何をすればいいのか教えてくれよリリルカ」

「リリとお呼びくださいニック様」

「まぁ。なんでもいいか」

 奪い取った武器と巾着を腰に巻き付けて宿をあとにした。

 取りあえず先に冒険者用の鞄を購入してギルドへと向かう。

 

 大通りはかなり人が多い。ニックはリリの前を歩くようにした。

 ギルドの受付に行って冒険品登録をしたいと申し出た。

「派閥は?」

「ソーマ。エンブレムもある」

 ニックは証拠にステータスの写しを手渡した。

「ああニック様! それは渡しちゃだめです!」

「なんで」

「ステータスは隠さないと!」

 

「だってこれ証拠に」

「エンブレムの刻まれたアイテムを持ってるでしょう! それを出してください!」

 紙をしまって代わりのものを出した。

 応答してくれているエルフの女性は苦笑いをしている。

 

 冒険者登録を済ませて今度は装備やポーション類の調達に向かった。

 主戦力の武器はこの奪った剣で良いとして、他にも採集用予備用の武器。最低限の防具が必要だ。

 店主とリリの協力の元購入した。

 

 次はポーションだ。

 何処の店で買うのが良いとか話しながら歩いていると突然声をかけられた。

「そのピカピカの装備! 今日初めてダンジョンに潜るのか? ならこれをあげよう」

 ミアハを名乗るイケメンな神様がポーションをくれた。

 

「ミアハをよろしく頼む!」

 宣伝らしい。

「ミアハ本店行ってみるか」

「行くだけですよ」

 本店兼ホームに向かう。

 外見はボロい。客足も全くない。ガラッガラだ。閑古鳥が鳴いている。

 

「やめておきましょうか」

「失礼します」

「言ってるそばから」

 騙しやすいと思ってついてきたが、それ以上に面倒くさい人間かもしれない。

 リリは急いでニックの後を追う。

「いらっしゃい」

 やる気のなさそうと言うか眠たそうな犬人の女性がいた。

 片腕がアガートラムだ。

 

「カッコいい」

「見世物じゃない。買わないのなら帰って」

 客? に対して結構ないい草だ。

「さっきミアハ様にポーション貰ったから興味持ってきてみたんだ」

「またタダで配り歩いて……!」

「取りあえずポーションを」

「お待ちください」

 

 1ダース購入しようとしたニックを止める。

「いいですかニック様。こういう店ではまずどんなポーションを売っているのかを確かめなければなりません。店によって効果や味、濃度が変わります。酷い店なら水でかさ増しをしてる店もありますからね」

 

 ポーションは冒険者の命綱。信頼できる店からしか買わない、使わないが大原則。

 この店はリリにとっても初めての店なので見極めなければならない。 

「これだよ。このの店で一番安いポーションは」

 リリは手にとって蓋を開け匂いを嗅いだ。

 

「……薄めてはないようですね」

「当たり前。お客様にウソツカナイ」

「よし1ダース」



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ダンジョンむずかしくね?

 回復薬も装備も揃えたのですぐにダンジョンに潜った。

 冒険者はダンジョンから生まれるモンスターを倒して魔石を手に入れてそれを売る事で生計を立てる。

 地下に行けば行くほど敵は強くなるが魔石も大きくなり売ったときの値段も上がる。

「あの姿は使わないのですか?」

「モンスターに間違われない?」

「……否定はできませんね」

「でしょ」

 アレは奥の手の奥の手。

 ダンジョン内を探索していると壁から何かが生えてきた。

 

「あんな感じに生まれるのか?」

「ええ」

「……気持ち悪」

 頭が出てきたところを切って首を落とした。

「きっも! 無理無理無理! うっわ血がダラーなってるやん!」

 ドン引きするニックに代わってリリが魔石を抜いた。魔石と首を失ったモンスターは塵になって消える。

 

「モンスターを倒して魔石やドロップアイテムを手に入れて金に変える。こうやって冒険者は生活します」

 初日にしてニックは生きていけるかどうか疑問を抱いた。

 それでもリリの指導の元戦っていると、だんだん俺天才なんじゃないか? と思い始め。

 リリとの相談で少し下の階層に踏み込んでみることにした。

 だが、すぐにやめとけばよかったと思うことになる。

 

「うぉぉぉおおお!!」

「きゃあああああ!!」

「うああああああ!!」

 三人は赤い人間の体に牛の頭の生えた怪物。ミノタウロスに追われていた。

 リリよりも歩幅の関係でニックのほうが早い。なのでリリは今ニックに抱きかかえられている。

 そしてその二人の横には。

 

「誰だお前!?」

 全く名前も何も知らない少年が走っていた。

「ニック様フォルムチェンジは!?」

「無理! 変身する前にやられるわ! 人間状態だと色々脆いんだよ!」

 デオキシスモードならコアさえ残っていればなんとかなるが、人間状態なら普通に死ぬ。と思う。あのステータス説明不足なんだよ!

 

「あー! あー! 死ぬぅ! リリ! 愛してるぞ!」

「あなたそれ言いたいだけでしょ!!」

 リリはボウガンに矢を込めて肩越しに狙う。

「刺され!」

 放たれた矢はミノタウロスの右目に直撃した。

 

「……」

「……」

「……」

『ブオオオオオオ!!』

「「「怒ったぁ!」」」

 

 ミノタウロスは怒りのあまり速度を上げる。

「あ、駄目だ。片腹痛くなってきた」

「ちょっ……!?」

 片原抑えながら走っていると、隣を走っている謎の少年が口を挟む。

「あ、間違えたぁ!」

「何を間違えたんだ名前をしらぬ人!」

「この先……行き止まり……」

「「…………ふざけるなぁ!」」

 

 そう叫んだ二人の目の前に壁が迫ってきた。

 行き止まり。逃げられそうもない。

 ミノタウロスは息き絶え絶えの三人を完全に沈黙させるべく丸太のように太い腕を振り上げた。

「慈悲を! 慈悲をくれ!」

「ああ。幸せになりたかった」

「終わった」

 

 三人が死を覚悟したその時、ミノタウロスに一線走る。

 動きを止めたミノタウロスは血を吹き出して真っ二つに切り裂かれた。

 血飛沫が上がり三人に降り注ぐ。

 ミノタウロスを斬ったのは美しい女性だった。

「う、うあああ!!」

 謎の少年は走り去っていった。

「大丈夫?」

「ひ、ひい」

「だ、大丈夫です」

 

 立ち上がって頭を深く下げる。

「せめて! お名前だけでも!」

「ニック様、結構余裕ありますね」

 女性は振り返って名乗った。

「アイズ」

 それだけ言うとアイズは立ち去っていった。

 二人も直ぐに帰路につく。

 

「風呂風呂風呂風呂!」

 今すぐにでもこの気色悪い体を洗い流したい気分だったのでリリとギルドのシャワーに行って時間を決めて落ち合うことにした。

 時間一杯水を浴びて、血を洗い流した。

 最後の方は慣れてきたが、やはり生き物を一匹たりとも殺したことのない生活を送ってきたので突然"モンスターだ! 殺せ!"と言われても無理がある。

 その上ミノタウロスとか言う怪物に襲われて死にかけた。

 

「飯食えるのかな俺」

「申し訳ありません。待たせてしまって」

「良いよ。俺も時間いっぱい水浴びたから」

「それじゃあ打ち上げにでも行きましょうか?」

「良いぞ」

 忘れよう。そんで明日ダンジョンの手前で思い出そう。



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兎と小人と半宇宙人

 夜食は一番早くに店を開けていた"豊穣の女主人"という店で取ることにした。

「邪魔するでー」

「邪魔するなら帰ってニャー」

「はいニャー」

「何やってるんですか。入りますよ」

 ノリが悪いなぁと呟きながら入店して一番端っこのカウンターに座った。リリが壁側だ。

 

「いやぁ」

 ウェイトレスを眺める。

「常連になろうかな」

 リリは下心を隠そうとしないニックに侮蔑の視線をくれた。

 しかしリリ自身この店のウェイトレスはかなりレベルが高い方ではないか? と思う。

 先程謎のやり取りをしていた猫人の女性も笑顔は素敵だし。

 リリが店内を眺めていると。

「いたたたた!」

「何やってるんですか!?」

 隣でニックが関節技を決められていた。腕を組み伏せられていて身動きが取れない状態にある。

 

「違う違う違う。待て待て待て待て!」

 技をかけているのは人間で、その後ろではエルフの女性が蔑んだ目で見下していた。

「誤解誤解ごかいいいっっ!」

「それ以上いけない!」

 リリが急いで止めにいる。

「何したんですか!」

「知らないソースあったから何だろうと思って手を伸ばしたら、そこのお姉さんと手があたって気がついたらこうなってた」

 そこのお姉さんというのはエルフの女性だろう。

 相手がエルフと知ってリリは納得した。

 エルフは親しいもしくは同種族以外の者たちとの接触を嫌う傾向がある。

「いったぁ。爪が刺さって血が……治った」

 治癒能力がこんな所で役に立つなんて。

 

 それを見て技をかけていたウェイトレスが驚く。

「すごい傷が消えた」

「おい。そこの猫! フォークを構えるな!」

 アーニャと呼ばれる猫人の女性が持っていたフォークを後ろに隠した。

「エライ店だ。まぁ……美人の柔肌に触れられたから許」

 エルフにお盆で頭を殴られる。

「しまいにゃ心折れるよ?」

「早く注文をしてください」

「芋料理」

「スパゲティ」

 

 料理が運ばれてくる間水を飲んで暇を潰す。

「ごめんね。リューは触れられるの好きじゃないから」

 先程関節を破壊しようとした女性が隣に座った。

「いいっすよ。それよりもいい匂いしたけどシャンプーは「お客様お帰りになりますー」

 すぐさま謝罪する。

「あまり慣れてないでしょこういう場所」

「よく分かりますね」

「冒険者向けの料理店のウェイトレスですよ? 観察眼も育ちますよ」

 名前はシルというらしい。

 魔性の女だろうという事を直感で感じ取ったニックは少し心の距離を取る。

「初めての仕事の帰りの料理で芋って事は。少し気分悪くしたのかな?」

「あんたエスパーか?」

 心の中を読まれているんじゃないかと疑ってしまうほど当てられる。

 街のことや冒険者のことを雑談混じりに話していると料理が運ばれてきた。

 時間を忘れさせる話術に相手のポイントを見つける観察眼、そして美貌。やはり魔性だなと生唾を飲み込んだ。

 

「魔性だなんて。私は尽くすタイプ」

「リリ! あの人怖い!」

 抱きつくと離せとフォークで頭を刺された。

 芋料理を食べていると続々と客が入ってきた。全員が冒険者らしく屈強な肉体をしている。

 店内がさっきまで打って変わって騒がしくなってきた。

「芋うまい」

「お肉食べませんか?」

「今日はいいかな」

 リリは慣れているので肉を平然と食べる。それは後から入店してきた他の冒険者たちも同じようで肉類を中心に食べている。

「お酒飲みます?」

「酒はいいかな。理性失ったら怖いし」

 ソーマの連中は皆そうだった。酒を飲んで、ああなるのなら、この世から酒なんて消え去った方がいいんじゃないか。

 

「あ! ベルさん!」

 シルさんがベルと呼ばれた少年の方に向かう。その少年は目が紅くて髪は白い。兎のような印象を受ける外見をしていた。

「線が細いな。本当に男か?」

「ベルさんカウンターにどうぞ」

 ベルはカウンター席に座った。

「よう」

 右手を上げて挨拶する。

「え!? あ、はい。こんにちは? こんばんは」

「この店は初めてか? まぁ。ゆっくりしてけよ」

 ベテラン風の態度を取る。

 ベルは「は、はい!」とかしこまった。

「ベルさん騙されないでください。この人冒険者歴はベルさんの後輩ですよ」

 速攻でバラされた。

「……あれ」

「もしかしてあの時の?」

「ああ。あのとき逃げた人ですか」

 リリの言葉聞いてベルはあからさまに凹んで項垂れた。

 シルは三人のやり取りを聞いてわけがわからないといった反応を示す。

 

「ま。お互い命あってよかったじゃねぇか。俺の名前はニッタ クイナ。ニックって呼んでくれ」

「私はリリルカです。リリとお呼びください」

「僕はベル・クラネル。よろしくね」

 お互い握手を交わして友好を深めた。同じ出来事で命を失いかけた仲だ。

「え? 一目惚れしたのか?」

 ベルはわかり易いほど顔を真っ赤にした。

 ニックはにやにやする。

 人の色恋ほど面白いものはない。

 ただベルの隣に座っているシルはあまり面白そうにしていない。

「それはそれとして。二人はどういう仲なの?」

「俺とリリか? そりゃあお互いの黒子の数まで知った仲よ」

「ただの冒険者とサポーターです」

「どっちがホントなの……」

「ベルの信じられる方を信じたらいいよ。なぁリリ」

 これでシラフなのだから恐ろしい。

 

 リリは取り入るつもりで一緒にいるのだが、ちょっと辞めたくなってきた。

 単純にウザい。

 くだらない話をしていると店内を包んでいた笑い声が止まった。

「おい。あれロキのファミリアだ」

「マジかよ。先頭に立ってる奴ら全員レベル5以上の怪物だ」

 店内がざわめき出したのでニックも興味を持って振り返った。

 そこにはただならぬ雰囲気をしている者達が続々と店に入ってきていた。

「おい。アレ!」

「あ……」

 その中にはあの女が。アイズが居た。

「【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインだ」

「なぁリリ。そんなに凄いのか? ロキってのは」

「都市最強の一角です。そこらのファミリアとは天と地との差があります。ソーマなんて一息で吹き飛ばされる」

 そこまで戦力差があるのか。

 ロキって言うと北欧のトリックスター。神々の戦争を駆け回って引っ掻き回した狂った神。

 

 他の神々とは一線を凌駕する逸話を持つ。

「ふ〜ん。あれが都市最強の派閥……ね。ベル声かけてきたらどうだ?」

「……や、やめとく……」

 「そうか」と返しながらニックはミルクを仰いだ。

 ロキが来て店内は静寂に包まれていたが次第に活気を取り戻し始めた。

 ニック達も食事に戻る。

 二人は今後の方針や宿など相談をしていたので他に意識を割く余裕がなかったのだが。ベルは違った。ベルだけがロキ達の会話に耳を傾けていた。

「だから……まだ私達は上の方で」

「でもそれだといずれ金がなくなるぞ」

「浪費を押さえればなんとか」

 と話している時突然大きな声が店内に響き渡った。

「アイズ・ヴァレンシュタインに雑魚は釣り合わねぇ!」

 その声が店内に響き渡ったと同時にベルは突然立ち上がり店を飛び出した。

 そして追いかけるようにアイズも飛び出した。

 二人はそれを呆然として見送る。

 

「んあ? さっきのはあの赤トマト野郎じゃねぇか! ははは! 何も言い返せずまた逃げたのか!?」

「ベート!」

「おいおい。あそこにいんのは他の二人じゃねぇかよ」

 ベートはニックとリリに侮蔑の視線を向けた。

「話が読めない。何があったんだ?」

「馬鹿だなあ。俺達がお前らのことを馬鹿にしてたら、アイツが何も言い返せずに逃げ出した。ただそれだけだ」

「ああ。成る程。そりゃベルが悪い」

 ニックはまさかの言葉を口にした。



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戦わないという戦い方

 ベートの言葉を聞いたニックは当然と言わんばかりに「ベルが悪い」と言った。

 ニックは悪口を言うやつも悪いが、言われる側も少なからず非はあると考えている。

「はははっ! オメェ等も逃げるか?」

「はぁ」

「ミノタウロス如きにピーピー喚きながら逃げ惑ってよお。それを詰られたら泣いて逃げ出す。雑魚が冒険者やってんじゃねぇよ。なぁ? お前らもそう思うだろ?!」

 ベートは店内の冒険者に叫びかけた。

「クズがムカつくんだよ。雑魚のくせに。なあそこの小人はサポーターか? サポーターも嫌いなんだ俺は。ヘイコラ頭下げて金魚の糞をして金を稼いでるのを見ると吐き気がする」

 リリはこの言葉を聞いて歯軋りをしながら、ニックの服の袖を掴んだ。

 これは悔しさのあまり掴んでしまったわけではない。

 ニックが後ろ腰に装備している武器に手を伸ばそうとしたからだ。

 もし武器を抜いたらただの喧嘩では済まない。それこそ派閥の戦争に発展する。

 それだけは避けたい。

「リリ」

 ニックがリリの方を見ると、リリは悔しそうな顔をしながら顔を横に振った。

 馬鹿にされた当事者が「やめてくれ」と言うのだ。

 

(なら。俺にすることは無い)

「なぁ。リリ」

「はい」

「手は出さない。でも仕返しはする」

「ちょっと」

 ニックはベートの方を向き直る。

「お前は弱い奴が嫌いなんだな」

「ああ! 嫌いだ! 弱いやつが群れてたかってそれでモンスターを倒して喜んで。馴れ合い集団が気色悪いんだよ」

「シルさん芋」

「あ、はい」

 

 ニックはベートに見せつけるように料理を注文した。

 ベートは無視されたと思い腹を立てる。

「馴れ合って勝って喜んでよ。ちょっとでも強いやつが出てきたら逃げて逃げて逃げて泣きやがる!」

 ベートは蛇口をひねったかのように文句を言い始めた。

 それを見たシルがミアに止めるべきかを聞く。だがミアは腕を組んで首を振った。

「止めなくていい」

「でも。他のお客様の」

「駄目ですよシル。あれがあの男の戦い方です。見直しましたよ。立派な戦い方だ」

「え?」

 シルはリューにわけがわからないといった顔を向ける。

「ほら。あのベートという男が」

 

 

 

 

「雑魚は生きてる価値がねぇ! 冒険者をやる価値がねぇ! 俺達冒険者の品格を落とすだけだ!」

 

 

 

 

「滑稽に見えるでしょう? つまり。あのニックという男はベート・ローガと戦っているわけではない。都市最強派閥ロキ・ファミリアのエンブレムの品格を陥れているんですよ」

 シルがニックの方を見ると、ニックは満足げに笑みを浮かべていた。煽るように芋を頬張りながら。

 そしてもう一つ気がついた。

「あれって」

「ええ。あくまで自分一人ということでしょうね。小人は後ろに隠して相手に見えないようにしている」

 ニックは手を腰に当てるふりをしてコートを広げてリリがベートの視界に入らないようにしていた。

 元々リリは「やめてくれ」といったのだ。これは全部自分の勝手。巻き込んじゃいけないという意識がそこには現れていた。

 ベートが怒鳴り続けて、ニックが余裕の笑みでそれを眺めるという状況を最初に壊したのはロキだった。

 

「ベート」

「あ? なんだ」

「やめぇ」

「なんでやめなけりゃぁあ!」

「これ以上うちの名前にドロ塗る気か? ああ!?」

 机が軋むほどの神威を含んだその言葉にベートは押し黙った。

 ロキは席を立ち上がる。

 二人も応えるように立ち上がった。

「うちの子がすまんかった。もう二度とないよう言いつけとくわ」

「ここの支払いお願いします」

「ああ。わかった」

 ロキは黙って見送る。

 見送るときにリリの装備についているエンブレムを確認する。

「ロキ。あの子は」

「ソーマのエンブレムや。……彼処にあんな大物おったか? うちは聞いたことないで」

 僕もだよ。とフィンもうなずいた。

 

 

 

 

 帰り道。傍から見れば完全勝利を収めたニックだが心境は重かった。

「……ごめんなリリ」

「はあ?」

「お前は冒険者と荒事が嫌いなのにな。俺はお前を助けたつもりが危険に晒してる」

 リリはその言葉を聞いて相手の背中を睨みつけた。

 やめろと言ってもやめない。こうしろと言ってもこうしない。格上に喧嘩は売る。イレギュラーに巻き込まれて死にかける。

 確かにコイツに助けられたのは確かだ。でもコイツのせいで危険な目にあってるのも確かだ。

 取り入ろうとして関わっているがあまりにもリスクが高すぎる。

 何よりその自信過剰な性格が気に食わない。直ぐに激情に至る人間性が気に食わない。

「そう思うなら。私の言うことをちゃんと聞いてくださいよ」

「うん」

「ふん。私は他の宿屋に泊まりますから」

「じゃあまた明日」

 噴水の広場で二人は別れた。

 

 ニックは宿屋を探して歩いていると脇道から突然現れた人物とぶつかってしまった。

 その人物が倒れてしまいそうになったので腕を引いて抱きとめる。

「申し訳ない」

「良いわよ」

 何かいい匂いがする。

 頭がくらくらするような匂いだ。

「ふふ」

 その女性は両手でニックの顔を挟み込んで、フードの下から銀色の瞳で目を覗き込んだ。

「良い色ね。夜空の色の瞳。銀河のように煌めく魂。ねぇもっと見せて」

「あ、これ以上は駄目。俺は女慣れしてないからね」

 ニックは女性の手を優しく顔から外してそのばをあとにした。

 余りにも軽い対応にフードをかぶった女性は呆気にとられる。

 少ししてから微笑みを浮かべてフードを外した。

 

 銀色の髪、銀色の瞳。この世すべてを魅了する美貌を備えた女。

 女神フレイヤ。

 ロキと同格。都市最強派閥フレイヤ・ファミリアの主神。

「私の魅了が微塵も効かなかった? ふふふ。欲しい。あの魂に宇宙を孕んだあの子が欲しい」

「小人の方はどうしますか?」

「いらない」

 褐色肌の大男にフレイヤは言った。



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『無』

 ニックはバベルにある装備屋が立ち並ぶ階層に居た。ここにいる理由は唯一。使っていた主戦力装備である"強奪した剣"がハードアーマードを斬ったときに砕けたから。

 奴の甲殻は硬いとエルフのギルド職員から指南を受けていたがあそこまで硬いとは思わなかった。 

「……パッとしないな」

 どうもコレといったものが見つからない。

 大剣や大太刀小太刀、直剣やレイピア。ガリアンソードなんかもあった。

「お困りかな?」

 振り返ると小人の優男が立っていた。

「宗教には興味ないので」

「違う違う。この前君に迷惑をかけたからね」

「何処かでお会いしましたか?」

 

 俺の知り合いにこんなイケメンはいないはずだ。

「自己紹介がまだだったね。僕はロキの団長。フィン・ディムナだ」

 この前揉めた相手か。

 少し眉をひそめそうになったが自制して笑顔を繕った。

「ソーマの下っ端。ニッタ クイナです」

「武器を探しているみたいだね」

「はい。ですがこれといったものは見つからず」

 フィンはそれならと提案する。

「僕のところにある倉庫に装備が眠っているんだ。そこから選んでみないか?」

「おいくら万円」

「タダでいい。この前のお詫びだよ。君と同胞に対する失礼を詫たい」

 リリから他派閥との関わり合いは極力避けたほうがいいと言われた。なぜなら相手は抗争相手であるから。

 

 注意を受けていたが今回は大丈夫だという自信があった。

 相手は酒場でやらかし派閥の評判を下げている。それも完全に自分に非がある形で。

 大派閥ほど評判は気にしなければならないものだ。だからここは相手の顔を立ててやれば悪いことにはならないだろう。

「お言葉に甘えたいのですが。俺は冒険者になって一週間も満たないのです」

「なら。こっちで指南もしよう」

 美味しい話だ。

「じゃあ行こうか」

「行きましょ……」

 

 ニックが振り返るとそこには両手を腰に当ててムスッとした表情であからさまに怒っているリリが立っていた。

「お願い」

「……」

「今度飯奢るから」

「……」

「貰わないと次の探索素手で行くことになっちゃう」

 三秒ほどムスッとしたあと頭を抱えつつため息をついた。

「この前の。私の言うことを聞くという約束を早速破りましたね。……軽蔑します」

 この男にはへりくだっている予定だったリリの中で堪忍袋の緒が切れた。

 本気でゴミを見る目で見る。

「私も行きますから。あなた一人で行かすのは危なすぎます」

 ニックは頷いた。

 内心結構傷ついている。

 でも必要なんだ。仕方ないじゃないか。

「行くからには1000万ヴァリス以上はするものを2、3個強奪しますよ。ええ」

 かなり不機嫌だ。正直かなり怖い。

 フィンも冷や汗流して苦笑いをしている。

 

 生きた心地がしない時間を過ごしロキのホームへとたどり着いた。

 フィンは館の窓からこっちを見ているロキに目配せをした。

「よう来たなぁ」

 ロキがやってきてニックとリリは深く一礼した。

「ええよええよ。かしこまいらんでも」

 ロキはニックの袖を引っ張って囁く。

「なんや、すごい目してるやん。何したん」

「言うこと聞かずに他派閥のホームに行こうしとしたから」

 成る程なと納得する。

 リリは表面上笑っているが、怒りは目に現れていた。かなり物騒な目つきをしている。笑顔なのが逆に怖いほどに。

「ほ、ほな行こか」

(フィン。やばいやつ連れてきたなあ)

(正直事故った)

 四人はホームの裏にある武器倉庫に向かう。その間何人かの冒険者とすれ違った。ほぼ全員がニックの顔を見てぎょっとする。

 

 それもそのはずこの前トラブルを起こした相手かホーム内にいるのだから。

「鍵鍵鍵っと。よし」

 重たそうな扉が開かれるとそこには大量の武器が眠っていた。

 剣や槍、盾、ボウガンetc……。

 同じ種類でも素材や職人が違うせいでそれぞれ特徴がある。

「武器の種類。武器の重さ。重心の位置。リーチ、切れ味、刃の流れや装飾。ありとあらゆる部分が武器に差異を与える。だから細かい調整が必要になるんだ」

 確かに似たような形の剣でも持ってみると感覚が違う。

「よし。取りあえずは直感で"気になる"と思ったものから試していこうか」

「じゃあこれとか」

 気になるものを選んで袋に詰める。

 本当に気になるものを選んだので「これ実践で使えるのか?」と言ったものも含めて選択した。

 修練場に向かい武器を下ろす。

 サブもメインも含めて持ってきたのでかなり重かったがリリは軽々運んでいた。

 やはりステータス差があるのだろう。

「さあ。やろうか」

 

 次々に武器を試していく。

 そうしていると窓から見たのだろう。

 何かやってるなあ。とロキの冒険者達が降りてきた。

「あ。アイズさん」

「久し振りだね」

「あの時はお世話になりました」

 改めてお礼をする。

「いいよ。所で何してるの?」

「武器を見てもらっているんです」

「でも。しっくり来てなさそうだね」

 何を降ってみても使ってみてもなかなか合わない。

「想像しているスタイルに問題があるのかもしれないわ」

 胸の大きなアマゾネスが言った。

 露出がかなり多い。露骨に目を背ける。

「うぶ」

「童貞には酷」

 

 今まで女性に無縁で生きてきたのだ。

 気取った立ち振る舞いをしているが、そこらあたりはさっぱりなれていない。

 ハッキリ言って二の腕を見るだけで少し緊張するレベル。

「あれ? 私のお腹を見たときそんな感じはありませんでしたが」

「アウトオブガンチュー」

「……こっちから願い下げですよ」

 だがここ迄魅力がないと言われるとそこそこ頭にくる。

「僕は綺麗な見た目をしていると思うよ」

「団長……?」

「はは。武器を収めてくれるかな?」

「それなんですか?」

「これ? これはククリ刀っていうのよ」

 へー。かっこいいな。

「私のの武器はこれ」

 胸の無い方のアマゾネスが大きな武器を出してきた。

「何それ! かっこいい!」

 ニックも男の子。目を輝かせる。

 

 思った以上の反応にティオナもご機嫌に武器の説明をしだしたが大雑把で役に立たない。が、ニックは興味津々に聞いている。

「お二人そっくりですね」

「私達は姉妹なのよ。私が姉のティオネ」

「私はティオナだよ」

 リリは心の中で「紛らわしいな」と思った。

「紛らわしいな」

(思っても言わないでくださいよアホニック!)

「どうにか覚えやすい方法を探してるんだけどね」

「あるじゃないですか。胸が無いからティオ無」

 それを行った途端空気が凍った。そして次の瞬間。

 ニックの頭上にウルガを構えたティオナが居た。

「ティオナ!」

「危なっ!」

 ニックは体をそらしてかわした。

「無いっていうなぁ!」

「気を害したなら謝罪します!」

 飛びつこうとするティオナをティオネが羽交い締めにする。

 

(ニック……だっけ。あれ何で避けれたんだろ。レベル1には見えない速度だったのに)

 アイズは疑問に抱く。それはロキもフィンも同じだった。

 あの速度はレベル1が反応できる速度じゃない。なのに軽々と避けた。

「はーはー。わかった。許す」

 胸をなでおろした。

「ニックはどうやっても武器がしっくりこないんだよね。そこで一つ思いついたことがあるんだけど」

「何ですか?」

「実践形式でやってみない?」

「やっぱり怒ってますよね!?」

「うるせぇー! 斬らせろぉー!」

 そのやり取りにロキが口を挟んだ。

「ええやん。実践形式でやってみようや」

「「え?」」

 二人してロキを見る。

「その方が早いやろ」

 それを良しとしなかったのがリリだ。

「だ、駄目です! ニック様は冒険者になって五日にもなってないんですよ!? それなのにティオナ様と実践なんて絶対にだめです!」

「ええやないか。やろうや」

 

 だから言ったんだ。他派閥に関わりを持たないほうがいいって。

 神なんて自己中の存在。関わったら破滅するだけ。なのになぜあの人はその危険に飛び込んでいくのか。

「ああー。辞めておいていいですか?」

「なんでや?」

「俺はリリの言う事を聞かないといけないので」

「逃げるのかこのやろうー!」

「せやったらこうしようや。ティオナの武器は刃を潰したものを使う。そんでそっちが勝ったら賞金を渡す。でもこっちが勝っても何もとらん。ええ話やろ?」

「そんなの」

 神相手にこれ以上反抗したら大変なことになる。相手は都市最強派閥だ。

 しかも気まぐれなトリックスターのロキ。

「ニック様。やってください」

 リリは折れた。



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デオキシスVSティオナ

 修練場で皆が見守る中二人は向かい合った。

「ニック様!!」

「ひゃい!!」

「勝ってくださいよ?」

「何やっても勝ちます!」

 めちゃ怖い。

 目の前でハッスルしてウルガを振り回す化物女よりも数倍怖い。

 だから。ニックは先手を打った。

「貧乳の何が悪いんだ!」

「悪いなんて言ってません! というか俺は正直のところティオナさんの外見は好みです!」

「……騙されるかぁ!」

 馬鹿と言われるティオナだが、さすがにこんな騙されるほどではない。

「嘘じゃない。髪型も素敵ですし。服だって可愛いし。何より自分の好きな武器を自慢してるときの笑顔はとても眩しくて……。見ていると恥ずかしくなってしまって。ついあんな事を」

 かなりの演技を混ぜながら口説き文句を言い放つ。

 ちらっとティオナの反応を伺ってみると。

「そ、そこまで言われると……」

 

 精神的攻撃は成功した。

 周りの人達は純情を弄んでも勝とうとするニックを睨んだ。

「それじゃあ。はじめ!」

「胸借ります!」

「こい!」

 スタンダードに近くにあった剣を握り駆け出す。上段から振り下ろすとティオナはそれをウルガで防いだ。

 剣がくだける。

「試しぶりもクソもないじゃねぇか!」

 なれる前に砕けたら意味ないだろ!?

「いくよー」

 今度はティオナが超速で飛び込んで振る。それを後ろっ飛びになりながらよけて、口説いている間に隠し持ったチャクラムを投げつける。

 案の定弾かれるが追撃を防ぐことはできた。

「器用。戦いなれしてる? そんなわけ無いか。動きがド素人だし」

「ははっ。そこまでハッキリ言われると」

「言われると?」

「頭にくる!」

 

 ククリ刀と二本のナイフを両手に持って再度走り出す。途中二本の短剣を投げ飛ばしてククリ刀で切りかかった。

 ティオナはナイフを避けてククリ刀を受け止める。

 そして空いている右足を上げて、蹴りを顎に打ち込もうとしたが、それをニックは避けた上で左足を払った。

 ひっくり返ったティオナは武器を手放し、両腕を広げて裏拳を地面に叩き込む。地面がひび割れ大きく揺れた。ティオナは反作用で起き上がり武器を掴んで攻撃を仕掛けようとしたが、右に飛び退いた。

 飛び退いた直後、自分の頭があった位置に飛んでいったはずの短剣が戻ってきていた。

 ティオナが「何故?」という疑問を抱く前にニックは帰ってきた短剣を再度ティオナに向かって投げつける。

「っ!」

 ティオナは体をひるがえしてかわしたが。

「……」

 頬を掠めて血がたれた。

「先手は俺が取りました。100ポインツ!」

 

 

 

 周りで見ていたフィン達は目を見開いた。

 ティオナ渾身の蹴りをまたもかわしたのだ。

 そしてニックが投げた短剣が空中で突然停止して、回転し逆向きに戻ってきた。

 完全死角からの攻撃を避けたティオナも異常だが、それ以上に異常な事態。

「何をやった」

 

 

 

 ニックのスキルは2つある。

 一つはフォルムチェンジ。

 そしてもう一つがデオキシスの力を手に入れる。

 今使ったのはデオキシスの念力。

 投げ飛ばした短剣を念力で操作して戻したのだ。

 ティオナの攻撃をかわしたのは電磁波を見る力。体に合わせて動く電磁波を察知して、それから動きを予測。避けたのだ。

 この能力は視覚ではなく第六感として覚醒している。だから見えないところや見えない速度でも直感でわかる。

 

「ド素人にしてはやるでしょ」

 ティオナは頬からたれた血を指で救って舐めた。

 ヒリヒリする。ゾクゾクする。

 あの時後ろから攻撃が来ているとわかったのは、ニックの目を見たときに視線が一瞬自分の後ろの方に行ったから。だから察知できた。

 後方に視線がそれたあと、戻ってきた目を見て、ティオナはニックの目の奥に秘められた野生、暴力性を垣間見た。

「ふふ」

 アマゾネスの本能が告げている。

 目の前にオスが居ると。

「あは。アハハハ!! 楽しい! 楽しいよ! えーっと名前なんだけっけ」

「ニック」

 

「ニック! 久しぶりに楽しくなってきた。ねぇ責任とってよ。私の全力受け止めてよ!?」

「いいぜ。胸を借りるだけじゃない! この戦いの間。お前の体は俺のものだ。責任とって喜ばしたらぁ!」

 野生の怪物と宇宙からの怪物がお互いに全力で向き合った。

「殺す」「殺す」

 お互い死線を踏み潰す。

 ティオナは武器を振り。

 ニックは武器を振りながら落ちている武器や地面を操作して攻撃を仕掛ける。

 ニックもすでにボロボロ。逆にティオナはほとんど無傷。

「すごい。すごいよ!」

 ティオナの双眼には四方八方から飛んで迫ってくる刃と的確にすきをついて致命傷を狙ってくるニックが写っていた。

 ニックは最初のちぐはぐさが消えて、進化している。

(私が作ったんだ、私が育てたんだ)

 今目の前にいる男は。私だけ見てここまで成長したという事実が、またティオナをたぎらせた。

 

「でも」

 終わらせなきゃ。

 楽しすぎて。

 このままだと喰ってしまうかもしれない。

「終わらせる」

 一気に懐まで飛び込んで脇腹をえぐりあげるように潰れた刃を差し込む。

 ニックは自分にナイフを突き刺してむりやりそれを回避したが、ティオナの拳が顔面に迫ってくる。

 それを右腕で受け止めたが、吹き飛ばされ壁に激突して血を吐き出す。

(おれたな)

 腕の感覚がない。

 ニックは左手を地面について立ち上がった。

 

「わかった」

「なにが?」

「やっと。手が届く」

 ニックが手を伸ばすとそこら中の武器が空中に浮き上がった。

「同じことを」

「同じじゃない」

 左手を握ると武器が次々に砕けていく。

 何度も何度も砕けて最終的に金属の砂になった。

 その砂がニックの周りに集まっていく。

「これなら。手足と同じように扱える」

「ねぇニック。聞きたいことがあるんだけど」

「なんですか?」

「なんで。傷が全部癒えてるの?」

 見てみると傷口が全てでふさがっていた。そして腕の骨折も緩和しつつある。

 これはデオキシスの再生能力。

「【じこさいせい】」

 魔法を唱えると右腕が音を立てて再形成されていく。そして完全に復活した。

「悪い」

「体力があるのはいい事だよ。だからもっと私を惚れさせて!」

 高速と圧倒的なステータスを持つティオナと自在に操り縦横無尽の攻撃と相手の動きを予測できる能力、そして自然治癒を持つニックは渡り合う。

 ウルガを砂で受け止めて弾き飛ばす。

 そしてニックは右手を振り上げる。すると砂が右手を中心に集まって形を変えてブレードを作り上げた。

 それを使って打ち合う。

 激しい金属音と火花が舞い散る。

 

 

 

「互角?」

「いや。わずかながらティオナがおしている!」

 金属砂の防護壁を突き破りウルガが地面を殴った。爆発のように地面が飛び散って砂煙を生じさせる。

「うおお!」

 視界が悪い中有利なのはニック。

「馬鹿! 読んでるにきまってるでしょ」

 ティオナの一撃がニックに突き刺さる。

 そしてニックはふっとばされた。

「私の勝」

 直後ティオナが頭の側面を殴られて地面に膝をついた。

 

 

 

 ロキ達は一瞬、目の前にある光景が意味不明すぎて理解が追いつかなかった。

 砂煙の中に5人のニックが立っていた。

「何あれ」

「何が起きとるんや」

 そうこう話しているとさらに異変が起きる。

 ティオナの一周りの地面が隆起してそこから手が現れ、ティオナを組み伏せようとする。

 膝をつかされたティオナは、自分を見下ろしているニックを見上げた。

「なにをやったの」

「増えただけ。多人数プレイもできるぜ」

 これはデオキシスの自己複製能力。

 グッと地面から伸びてきた腕がティオナを組み伏せようとする。

「……やるね。これなら私も全力の全力。100%中の100%でいける」

「何?」

「う……お……うぉぉおおおお!!」

 拘束を腕力で引きちぎった。

 そしてウルガを掴み回転をしながらニックに迫る。

 ニックが生み出した影はティオナに次々に斬られて塵に帰っていく。

 砂を使って動きを止めようとするが、圧倒的ステータスに生み出される破壊に耐えきれず蹴散らされる。

 砂が全て散ってしまって念力が及ばなくなってしまった。

 ティオナがそこまで来ている。

 ニックは奥の手を切るしかないと口を開いたが、少し口を開いた後閉じた。

 そして上空高く打ち上げられ、地面に墜落した。

 

「勝者ティオナ!」

 勝ったはずのティオナは少し不満げな顔をしていた。

「何かしようとしたよね。なんで途中でやめたの?」

「……」

「私は使うに値しないから? なんでわざと負けたの?」

 あれだけ楽しかったのに、最後の最後で出し惜しみをされた。

 消化不良だ。

「もういいよ」

 それだけ言い残すとティオナはホームへと戻っていった。

 

 

 ロキ達が治療をしなくちゃと駆け寄る。

「大丈夫かい?」

「折れた」

 ハイポーションをかける前に、フィンは気づく。 

 傷がどんどん自然に塞がっていっていることを。

「それでも重症はかけておかないとね」

 ハイポーションが染みる。

「ティオナもやりすぎよ。ボロボロじゃない」

 治療をして休ませてもらった。

 リリも包帯を巻くなどをして手伝った。

「それで。武器はどうする」

「全部潰してしまいましたから。でもしっくりくるもの見つけましたよ」

 鉄の砂。自在に動かせてとても使い勝手が良かった。

 

「……あれは魔法なんか?」

「え?」

「詠唱なんて唱えてなかったやろ」

「企業秘密のトリックですよ。魔法ではありません」

 魔法じゃない。やっぱりスキルなんか。

 物体を操作するのも。自己治癒するのも。相手の動きを察知するのも。自分を増やすのも。

(多岐に渡りすぎやろ)

「いやあ。楽しかった。最後の最後にやらかしましたけど……」

「割とナイーブなんやな」

 その後。もう使いみちのない武器をすり潰させてもらい金属の砂を貰った。

 お礼を言ってホームをあとにする。

 

「ごめん負けた」

「……もし。もしアレを使っていたら勝ててましたか?」

 アレというのは初めてリリとあった時に使った姿を変える術。

 あのときの圧倒的な力。

 アレを使えば勝てていたんじゃないのか。

「勝てたとしてもロキに情報を渡し過ぎになる。少しくらい謎を残しておいたほうがいいだろ? お前だってステータスは秘匿しろって言ってたし」

 あの約束は守ってくれたのか。とリリは少し驚いた。

「あれだけ口説き合ってたのに。こっちの約束を優先してくれるんですね」

「そう。だから慰めてリリ」

「ご褒美に頭を撫でるくらいならしてあげますよ」

「やったあー! っとその前に飯ね」

 二人は豊穣の女主人に足を向けて歩き始めた。



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STOP悪酔い

 豊穣の女主人で今日の出来事を話すと、リューさんにお盆で頭を引っ叩かれた。

「あなた喧嘩をした相手ファミリアの敷地内で模擬戦をするなんて、普通ありえませんよ」

「お前もよくやるにゃー。【大切断】相手に五体満足で帰ってこれただけでもマシにゃ

 猫人のアーニャちゃんが隣に座って言う。接待に来たのか? と思ったがどうやら仕事をサボりに来たらしい。

「何見てるにゃ」

 ニックはゆーらゆーら動く尻尾を凝視する。

「アーニャちゃん。今度プライベートであったら触らせて」

 そっぽ向かれてしまう。

 一度だけでいいから触ってみたい。

 

「ティオナ様を口説いたかと思えば次はアーニャ様ですか。見境がないですね」

「自分に無いから触りたいんじゃないか。……薬局の犬人に頼んでみようかな」

 彼女を作ったほうが速いんじゃないかと指摘する。

「でも作ったらその人しかさわれないでしょう。俺はたくさん触りたい」

「最低なことを言い出したにゃよこいつ」

「リューさんに触ったら、また他の誰かに組み伏せられて間接的に」

 悪知恵働かせようとした瞬間お盆で頭を叩かれる。

「ほんと……馬鹿になったらどうするの!」

「元から馬鹿なのでは?」

 こう見えてナイーブなのでかなり落ち込む。

 

「じゃあ。こうするにゃ。お前がレベル2にったら触らせてやるにゃ」

「アーニャ!」

 ミアがアーニャを怒鳴る。アーニャは口を手で塞いだ。

 リューも二人のやり取りを咎める。

「だめですよニッタさん。あなたにランクアップは早すぎる」

「そ、そうだったにゃ。やっぱり辞めとくにゃ」

「大丈夫ですよ。1上げるくらいなんともないですって」

「私達はこの店を長くやってきたのにゃ。その間何人もの冒険者がランクアップしようとして帰ってこなかったのを知ってるのにゃ」

 ランクアップするには格上を倒さないといけない。しかも1と2の間には大きな壁がある。

 徒党を組んでも超えられるかどうかわからない壁が。

「ふ〜ん」

「ニック様。格上というのはこの前私達が死にかけた相手。あのミノタウロスのような存在です」

「……あんなの勝てるわけ無いだろ」

「わかったかにゃ。私が言い出したことにゃがやっぱりやめるにゃ」

「でも尻尾触りたいしなあ」

「そこまでコレに執着するのかにゃ!?」

 ついでに耳も触りたいと言い出す。

 

 手をわきわきするニックを見てアーニャは深いため息をついたあと言った。

「また……気が向いたら触らせてやるにゃ」

「なんかトーンが重い!」

「処女をくれてやると同じくらいの決心にゃよ!」

「そんな決心するくらいなら触らない!」

「触るにゃ! 据え膳食わぬのか!」 

 カウンターの端っこで触らせようとするアーニャと触らないと言いはるニックがニャーニャー争っている。

「いつの間にか逆転してるね」

 アーニャは愚痴愚痴詰る。

「酒場なのに酒は飲まないし。触りたいというから触っていいと言うと臆病になる。何がしたいのにゃ!」

「重いつってんの!」

「酒は?」

「俺はソーマの人間だからな。俺もリリも酒で酷い目にあってる。だから飲まない」

 リリは深くうなずく。

「そうですよ。酒は飲まれない程度にしか飲んではいけまけん。自信がないうちは一滴も飲まないほうが良い」

 と言いながらアーニャ達の方を向くと。

 

「飲めっ!」

「んぐっ!?」

 ニックが酒瓶を口に突っ込まれている光景があった。

「ちょっと!?」

 リリの叫びが遠くなっていく。意識も遠くなっていく。そしてそこから記憶が完全になくなった。

 

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 目を覚ましたきっかけは全身で感じた寒さ。

 とても寒い。めちゃくちゃ寒い。

 その上、頭が痛い。

 起き上がろうとして手足を伸ばすとバシャバシャと音がなった。

 これはおかしいと思い寝返りを打つと鼻に水が入ってくる。

「げぶっ!? がはっ! ごぼぉ!」

 バタバタしても岸につかない。このまま溺れて死ぬのか。

 そんなのはイヤだ。なのに力が抜けて。意識がスッーッと。

「誰かー! 噴水で人が溺れてるぞー!」

「嘘だろおい!?」

 ああ。もう駄目だ。

「動かなくなったぞー!」

 

 その後街の住民に救出されて息を吹き返した。

 事情を話すうちに思い出してきた。

 そうだ。俺は酔い潰されたんだ。

「なんかやらかしてないよな」

 怖くなってきた。16にしてはじめて飲んだ酒で落とされた。やらかしている気がする。

 急いでおぼつかない脚で酒場の方に走り始めた。

「シルさん? アーニャちゃん。リューさん。誰かいますか?」

 扉をノックしてみるが返事はない。

 というか今何時だ?

 太陽を見るにおそらく昼前。買い出しに行っているのだろうか。

 

「あ、ニック君」

 

「シルさん!」

 シルさん達が紙袋いっぱいの食べ物を持ってきた。

「さっき向こうで噴水で溺れ死にかけてた冒険者がいたらしいよ」

 シルは目の前にいるのがその本人だと知らずに言った。

「俺なんかやらかしてませんでしたか!?」

「あ、それなら」

「一夜の過ちを犯したのにゃ」

「へ」

「まさか。あんなに肉食なんて思わなかったのにゃ」

 アーニャは頬を赤らめて照れながら言った。

 ニックは逆に顔を青ざめさせていく。

「へ……え……?」

「責任とってよ?」

 上目遣いで迫った。

「う……うわああああ!!」

 ニックは現実が受け入れられず叫びながら走り出した。

 

「アーニャ」

「お灸を据えただけにゃよ。後でちゃんと訂正しておくにゃ」

「もう。にしてもやり過ぎだよ」

「だってほら。首にキスマークつけられたにゃよ!」

 首に巻いていたマフラーを解くと赤く咲いた肌が見えた。三ヶ所熱烈に咲いている。

「まんざらでも無かったくせに」

 マフラーを上げて頬を隠す。

 昨日のアプローチはかなり情熱的でからかっていたアーニャも流されそうになっていた。

「ああいうのは酔ってないときにやってほしい」

「酔わせたくせに!?」

 

 

 ニックはその勢いのまま都市の門を突き抜け、森の中を駆け抜ける。

「どうしよぉぉおお!!」

 ひとしきり走り回って、責任を取るためにホームにある黒い礼服をパクって酒場に行ったところ。全てをネタバラシをされて、キスマークをつけたことをバラされて、恥ずかしさのあまりまた駆け抜けるのは今夜の話。

「二度と酒なんて飲まねぇからなあー!!」

 未成年飲酒駄目絶対。と書かれたポスターが頭の中に浮かんで消えていった。



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一夜の間違い

 ダンジョン生活にもかなり慣れてきて、モンスターの相手も魔石の採集も恐れずに行えるようになった。

 今では中層の一歩手前の階層まで踏み込んでいる。

「怪物祭り?」

「はい。モンスターを地上に連れて上がるんです」

「危なくね?」

「そこはテイムを十八番にしているガネーシャ・ファミリアとギルドが主催にやりますから安全ですよ」

 お祭りか。お金に余裕はあるし行ってみるのも悪くないか。

「ソーマもお酒売ったりするのか?」

「するでしょうね」

「酒か……リリ見てたんだよな。俺ヤバかった?」

「誰が噴水に捨てたんでしょうね」

「お前がやったのか」

 噴水に捨てられるほどのことを俺はやったのか。

 ニックは改めて禁酒を心に刻みこんだ。

「よし祭りに行くぞ!」

「やめておきます」

「祭りだぞ? 小銭たくさん落ちてるぞ?」

「ダンジョンに籠もるほうが稼げますよ」

 それもそうか。

 魔石の採取を終えてナイフから血を布で拭いてから仕舞う。こうしないとすぐに錆びて駄目になってしまう。

 

「それよりも鉄の粉は使わないんですね」

「散り散りになると操作できなくなるからな。いざというとき以外は使わないことにする」

 塊の操作や大雑把になら操れるが一粒一粒となると厳しい。

「リリもロキ様にボウガンもらったんだろ?」

「ええ。かなり威力も上がりました」

 ハードアーマードの外殻を貫けるほどに火力が上がった。上層ではオーバーウエポンのレベル。

「そろそろ夜です。あがりましょうか」

 上層に上がっていくと荷車の集団に遭遇した。 

 そのすぐ側に知った顔がいた。

「ベルじゃないか。久し振りだな」

「あ。ニックとリリ。久し振りだね」

「お久しぶりですベル様」

「あれは?」

「怪物祭りに使うモンスターを入れてるんだって」

 よく聞くと檻の中からモンスターの鳴き声が聞こえてきた。

 その声だけで自分より格上の存在だということがわかる。

 

「ミノタウロスも居るのかね」

「さあ」

「考えたくないなあ」

 その荷車の後ろにつくように歩く。荷車の護衛をしているガネーシャの冒険者がモンスターを倒してくれるので帰りは楽して帰れた。

「明日はアーニャ様をデートに誘ったらどうです?」

「いやあ。勘弁してくれ」

「聞いたよ。その。やっちゃったんだって?」

「あれ深刻に伝わってない? その反応」

 ベルには訂正される前の情報で伝わっていたようで誤解を解くのに時間がかかった。

「そう言えばベルの神様どんな人か知らないな」

「ヘスティア様でしたか? それならたまに見かけますが」

「何処で?」

「じゃが丸君販売店でアルバイトをしているのをたまに見かけますよ」

「へー」

「でもそれが」

 

 ベルは困った顔をした。事情を聞く。

「神様が行方不明?」

「一大事じゃないですか」

「俺も知り合いに聞いてみるわ」

「知り合いって」

「豊穣の女主人とミアハ薬局」

「共通の知り合いだね」

 意味がなかった。

 世間は狭いというがこんな事もあるんだな。

 三人は豊穣の女主人で飯を済ませてホームへと戻った。

 このとき知ったがベルはシルさんにお弁当を作ってもらっているらしい。リア充め。

 

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 翌日かなり早くに目が覚めた。

 正直祭りと聞いてテンションが上がっている。

 武器を装着して中身を可能な限り減らした鞄を持って出る。

 いつもより大通りを歩いている人が多く街全体が活気にあふれている。

 街路には露天が立ち並んでいて人を呼び込んでいた。

「じゃが丸君の店はっと」

 見つけた。

「あ、どうも。塩味を一人分」

 袋に包んでもらっている間に店主に質問した。

「最近ヘスティア様が来てないと聞きましたが」

「ああ。あの子なら別のアルバイトに移ったよ」

「あ、そうなんですか」

「看板娘が居なくなってねぇ」

「ははは。それでも結構並んでますけど」

「味に自信はありだからね」

 確かに食べてみるとめちゃくちゃ美味しかった。もう一袋買っておくべきだったな。

 リリにもなにかお土産を買っておこう。

 要らないと言われるだろうが、やはりこういうのは気持ちが大切だと思う。

 置物は邪魔になるだろうから、そこそこに保存が効きそうで美味しそうなものを買っておいた。

「彼処が闘技場か」

 ニックはクレープを食べながら歩いて向かう。

 

「だーれにゃ」

 突然何かに後ろから飛びつかれ、目の前が真っ暗になった。

 急にかけられた重さにニックは崩れる。

「情けない」

「あんたが重いんだろ猫……」

「アーニャ早くどきなさい。起き上がれないでしょう」

 ニックは最初にステータスをもらってから一度も更新をしていないので未だに初期値。ALL1だ。

 だから女の子一人でも一苦労。

「二人共何をしているんですか?」

「そうだ。お前シルかベルかどっちか見なかったかにゃ?」

「いや。見てないですけど。何かあっ……まさかデートか!?」

 ついに一歩踏み出しやがったかあの野郎。

(リア充め)

「リア充め!」

 思わず心の声が出てしまった。

「リューさん悔しいからデートに行きましょうよ」

「嫌です」

「ベルとシルの恋路気になるでしょう? ほらほら想像してください。ゴンドラに乗った二人が顔を合わせぶっ!?」

 頭を踏みつけられる。

 

「不謹慎ですよ」

 両手塞がってるからってひどくないか?

「俺なんか女の人に嫌われまくってる気がする」

「にゃはは。やっと気づいたかにゃ」

「何が悪い」

「顔と性格と言動と所業」

 リューの加減のない言葉が次々に心に突き刺さる。

 しかしなぜだろう。踏まれるというのもなかなかいいかもしれない。

「仕方ないか。俺はもう行きますね」

「待つにゃ。なぜ私を誘わないのかにゃ」

「……いや。普通誘えないでしょ」

 気まずすぎるわ。

「だからといって最初から候補にすらかすらないのは頭にくるにゃ」

「何その意地!?」

 

 リューはアーニャから袋を受け取って言う。

「行ってきたらどうですか? あの日から妙に意識しているじゃないですか二人共。この際ハッキリさせたらどうです?」

「あれ。もしかして俺がシルさんとベルの関係をいじったの怒ってますか?」

 そっぽ向いていってしまった。

 どうやら怒っているらしい。

 そりゃあ、友達の恋路を茶化されたら怒るのも当たり前か。

「行くかアーニャちゃん」

「お、おう」

「アンタが緊張したら駄目だろ!」

 

 二人は売店を回ったりゲームをしたりする。

「……撃つにゃ」

 ボウガンで吸盤のついた矢を打って当てるという射的ゲームなのだが。一向に撃つ気配がない。

 少ししてニックはボウガンを下ろした。

「すまん。目が悪くてまず的が見えん」

「何故やったのにゃ!」

 等と割と楽しんで回っていたのだが。二人はほぼ同時に気づいた。

 これはデートなのか? と。

 ただ友達同士が遊んでるだけじゃないのか? と。

「よし」

「ん?」

「行くぞアーニャ」

「にゃ?」

 ニックは突然アーニャの手を掴んだ。

「どうした」

「い、いきなりだにゃ」

 酒を飲んだときもこんな風に積極的になった。

(こっちが本性なのかにゃ)

 手を通して伝わってくる相手の鼓動が鐘を打つように早いのでお互い少し緊張する。

 

「興奮しすぎにゃよ」

「アーニャだって心臓バクバク言ってるが」

 急にぎこちなくなる二人。

 その後もいろいろと回ってみた結果。

「うん。わかった」

「私達の間にはそんなことはなかったにゃ」

 多分空気や突然のお互いの行為にドキドキ来ていただけで好意なんてものはお互いの間には無いという結果を共通として得られた。

「それじゃあ。また店で」

 二人は別れる。

 そこら辺りを歩き回っていると何処からか吠える声と男の叫び声が聴こえた。

「モンスターが脱走したぞぉー!」

 何匹もの野生の鳴き声が聞こえてくる。

 その聞こえてきた方向と男が示すモンスターが逃げ出した方向は。

「アーニャが歩いていった方向じゃないか!」

 それに気がついたニックは駆け出した。



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トラウマ

 アーニャが「本当に一晩の過ちだった」と歩いていると建物が破壊されてそこからモンスターが現れた。

 そいつは赤い肌をしていて角を持った怪物。

「み、ミノタウロス……」

『ゔぉぉぉぉ!!』

 ミノタウロスはアーニャに向かって襲いかかる。

「届けぇ!!」

 声とともに現れた人物にアーニャは押し倒される。

 その人物はアーニャを庇うようにミノタウロスとの間に入って、鉄の粉で攻撃を受け流しながらミノタウロスの双眼を睨みつけた。

「に、ニック!」

「アーニャ早く逃げろ!」

 アーニャがニックの腕を見ると微かに震えているのがわかった。

 相手はミノタウロス。ニックが殺されかけた相手。トラウマでもある。

 背中しか見えないからわからないが、顔は青ざめているのに違いない。

「駄目にゃ。お前も逃げるにゃ!」

「俺が逃げたら。二人とも追いつかれて終わりだ……誰かが気を引かないと」

 震えた声で言って、震えた右手で武器を手に取り、震えた脚で立ち上がった。

「早く逃げろアーニャ!!」

「でも! 怖いにゃろ? 立ち向かうなんて無理」

「それでも!! ……男にはやらないといけない事があるんだよ。通さないといけない物があるんだよ。俺はお前をデートに連れ出した。なら最後までエスコートするのが俺の役目だ。だから逃げろ。……恥かかせてくれるな」

 

 それだけ言い残すと「こい牛野郎!!」と叫びミノタウロスに一太刀浴びせて走り出した。ミノタウロスもそれを追いかける。

「絶対。絶対に助けを呼んでくるからにゃ!」

 

 

 かっこつけたが内心ションベン漏らしそうな状態だった。

「お前が怖い……」

 ミノタウロスは凶悪な微笑みを浮かべている。

「あの時から。ダンジョンに潜るたびにお前の顔がチラついて……駄目なんだよ……」

 あの叫び声が暗闇の中から聞こえてくる気がして、ダンジョンの中にいる間いつも気が気じゃなかった。

 夜道でも幻聴で聞こえてくることがある。

 あれ以来。闇がひたすら怖い。

「だから。だからこそ。今! おまえを超える!!」

『ゔぉぉおおおお!!』

 ミノタウロスが答えるように吠える。怯みそうになったが、それを大声で紛らわせて攻撃を仕掛けた。

 

 鉄の粉を蠢かし攻撃を仕掛ける。

 ミノタウロスは腕で受け止める。

 ニックはヤスリの様にして相手の皮膚を削ろうとする。

 だが、傷一つどころか薄皮一つ剥げない。

 あまりにも硬すぎる。

 東京グールに出てくる鱗赫の赫子を想像して扱うがやはりあそこまでの火力は出ない。

 ならやり方を変えなければ。

 と考えている間にもミノタウロスは接近してきて殴る蹴るの嵐。

 予測して避けようとするがかわしきれず少なからずのダメージを受ける。

 軽い傷は自然治癒で間に合うが、大きなダメージは間に合わない。

 

「……くそっ!!」

 止まれよ!! 止まれよ!!

「【サイコブースト】」

 右手に魔法球を生み出して投げ飛ばす。

 ミノタウロスの顔面にヒットしたが大したダメージにならない。

 恐怖が煽られる。

「勝つって決めたんだろ……。あれだけ虚勢を張っただろ……」

 止まれよ。止まれよ。

 なんで止まってくれないんだよ。

「止まれよ俺の脚!! なんで後ろに下がっていくんだよ!!」

 トラウマが無意識に逃げを選ばせようとする。立ち向かうと決めたのにも関わらず。

「逃げるわけに行かないんだよおお!」

 ニックは鉄を操って自分の左脚を4箇所切り裂いた。震えが止まる。後ろに進もうとしていた脚の動きも止まった。

 ミノタウロスも目の前の男の意味不明な行動に動きを止める。

「もう逃げない」

 服を引きちぎって髪が視界に入らないように纏める。

 上着を脱ぎ捨てて隠し持っていた投擲武器やナイフを念力で空中に浮遊。

 鉄の砂を両者を取り囲むように配置。

 

「行くぞ!!」

 砂を打ち付ける。ミノタウロスは右手でそれを防ぐ。

 ニックは右手を上に上げたことでできた脇腹にナイフを飛ばす。

 ナイフは刺さらないがその上に砂を固めた鉄のボックスを投げてめり込ませる。

 ほんの少しだけ血が漏れた。

 ミノタウロスは左手で鉄のボックスを破壊。思い切り踏み込んで前に飛び出す。

 角を使った突進。圧倒的な破壊力で迫る。

「【サイコブースト】!!」

 魔法球を地面に投げて爆発させ、煙を生じさせる。

 煙を突き抜けたミノタウロスはニックを串刺しにしたが、それは塵に消えた。

 慌てて周りを見渡すとニックが複数に増えている。

『……』

 にぃとミノタウロスは笑った。

 一人だけ左足がボロボロの人間がいると。

 ミノタウロスの認識は間違っていない。ニックの能力は万全の状態の影を増やす。傷までも同じにはできない。

『ぶぉぉ!!』

 再度突進を仕掛ける。影たちが飛びかかって阻止しようとするが次々に蹴散らされる。

 

「来るとわかってた」

 だから罠を張った。

 ミノタウロスの体にワイヤーが思い切り引っ張られる。ワイヤーにはナイフが巻き付けられていた。

「自分の力で自分を締めろ!!」

 鉄線と刃が赤い筋肉にめり込んでいく。

『ぶぉぉ……』

 だんだん血がにじみ始めた。

『ぶぉぉ……おおおおおおお!!!』

 だがミノタウロスは勢いを殺さず、更に上げた。

 ナイフが砕けて紐が引きちぎられる。

 その勢いのままミノタウロスが迫る。

 右に避けようとしたニックだが。

『オオオオオオオオオ!!』

 ミノタウロスの【咆哮】で身動きが取れなくなった。

 無防備な体にミノタウロスが迫る。

 急いですべての鉄の砂を集めて防護壁を作るが、全て突き破られてニックは吹き飛ばされた。

 文字通りバラバラになった。

 衝撃で腕や脚が胴体から千切られ、バラバラに飛び散って。血や肉、内臓が撒き散らされる。

 落ちてきたニックの頭をミノタウロスは果実を踏み潰すかのように潰した。勝利の咆哮を天に放った。

 面白いくらい簡単にニックは死んだ。

 その血肉が雨のように飛び散るのを見ていた人物がいた。

 

「ニック様?」

 リリだった。

 街の散歩中に、騒ぎを聞きつけて逃げようと思った矢先。アーニャにあって話を聞いてやってきたのだ。

 なのについた途端ニックが消し飛ぶなんて想像もしなかった。

 リリの中でニックは強い人間として認識されていた。地獄を一瞬で蹴散らしてくれた強い男の冒険者。だからリリはついてきた。なのにこんな簡単に殺されるなんて。

「ウエイトレスを助けて死んだ………………だから言ったのに…………危険に飛び込むなって………!」

 リリはボウガンを構えた。

 蛮行。自分でもなぜこんな事をやるのかが理解ができない。でも自分を止めることができない。

「一人で……私をおいて死んだ……!」

 ミノタウロスはリリの方を向いて歩み寄ってくる。

「許さない……殺してやる!!」

 矢を撃つが肌に当たって刺さることなく弾かれる。

「うあああああああ!!」

 わざとらしくゆっくり歩いてくるミノタウロスに矢を何度も放つ。

 しかし意味はなかった。

 

 ミノタウロスは腕を振り上げた。

(ニック。貴方は最後まで私の言うことを聞きませんでしたね)

「待てよ」

「へ?」

 顔を上げるとミノタウロスの後ろにニックが立っていた。

 ニックは体の再生が間に合っておらず、体を形成している最中。右腕と右足の修復が追いついていない。

「【じこさいせい】」

 三回目の【じこさいせい】でやっと完治した。だがもう【じこさいせい】は使えない。

 魔力消費が多すぎて、決め手を使えなくなってしまう。

 振り返ったミノタウロスは、噛みごたえのある抗争者の出現に喜びの笑みを浮かべた。

「リリ。今日の俺とお前はパーティじゃない。だからお前の言うことは聞かない」

 リリは馬鹿の主張に呆れる。

「なら私もこのミノタウロスを狩ります。どちらが速いか勝負としましょう」

 口実がないと行けないのでしょう? と心の中でつぶやいた。

(相変わらず面倒な人です)

 でも生きてて良かった。



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必殺技

 二対一の攻防戦が繰り広げられる。

 縦横無尽な念力の攻撃と組み合わせての攻撃。そして的確な援護。

「今です! 腕を上げさせて!」

 右腕にブレードを纏わせて、ミノタウロスの両腕をかちあげた。

 ガラ空きになったミノタウロスにリリが矢を打ち込む。

 飛んだ矢は左目を突き刺した。

 ミノタウロスは悲鳴を上げて矢を抜く。

「よし! あとはどこに攻撃を」

「右目! それから」

「それから? どこですか?」

「ケツの穴だ!」

「最低です!」

 流れはこっちにある。状況は互角。

 そのはずだった。

 

 突然建物が破壊されて他のモンスターが四匹乱入してきた。

「まずっ……え?」

「嘘でしょう」

 ミノタウロスがそのモンスターを瞬殺して魔石を捕食した。

 傷が塞がっていき、身体の所々がまばらに黒くなった。

「はやっ!?」

 一瞬で間を詰められる。なんとか避けたが、ミノタウロスの拳が地面にあたると大きく地面がひび割れた。

「何この力」

『オオオオオオオオオ!!』

 咆哮を上げる。

 重厚な殺意が二人の身体に降り注いだ。

 赤く光る双眼。

「ヤバイってかヤヴァイ」

「一撃でも食らったら終わりですね」

 ミノタウロスはニックに狙いを定める。

 ニックも分身を生んで対抗する。

 太い腕が分身を紙のようにちぎる。

 地面を砕く余波で投げ飛ばされた。

 追撃を許さないように大量の分身がミノタウロスに殺到する。

「ニック様!」

「はあ……はあ……」

「勝機がないですよ」

「いや。時間さえ。あとタイミングさえあれば……」

「……ニック様。私のことで話しが」

 

 

 分身が全滅した頃には二人は会話を終えて、その4つの瞳に勝利の確信を宿していた。

 ミノタウロスはそれに憤る。

「行くぞ!」

「はい!!」

 二人は同時に駆け出して別れた。

 前からニックが迫り、背後にリリが回る。

 それを見たミノタウロスはニックのみに目標を定めた。小人の針など気にする必要ない。

「影共!!」

 三十体に近い影を生み出して、その影達が落ちている武器や壊れた刃を手に握って飛びつく。

 次々に消されるがそのうち五体が顔にしがみついて視界を邪魔した。

「【サイコブースト】!!」

 影ごと顔を爆撃した。

 ミノタウロスが煙を払っていると、その真後ろにニックが現れた。

「【サイコブースト】」

 ミノタウロスは振り返ってニックに拳を打ち込む。

「【響く十二時のお告げ】!」

 その声が突然女の子に変わった。

 リリの前に立っていた影が身代わりになってリリを逃がす。

『ゔお!?』

 煙の中、声で相手を判断したミノタウロスは、完全に声帯をコピーしていたリリに騙された。

 

「俺の相棒を甘く見過ぎなんだよ!」

 鉄の砂でミノタウロスの足を掴んで空高く投げ上げる。

 そして鉄の砂を上空に飛ばして、段々飛びにミノタウロスへと迫る。

 ミノタウロスも撃墜しようと右手を振り上げたが。

「SHOT!」

 リリの撃った二本の矢が両目を直撃。

 視界を失う。

「これで終わりだ!! 最後の【はかいこうせん】!!」

 ミノタウロスの胸に両手を押し当てて魔法を唱える。

 最強最大最後の一撃が至近距離からミノタウロスの体を打ち抜き、魔石を完全に破壊した。

 魔石が破壊されたミノタウロスは塵になり、風に溶けて消えていった。

「やりましたねニック様! ニック様?」

「……」

 返事がない。よく見るとマインドダウンを起こしている。

「そんな!?」

 受け止めないと。でも私のステータスじゃ!

 

「私に任せてください」

 その隣をウエイトレスが疾風のごとく駆け抜けていった。

 ウエイトレスは飛び上がりニックを抱きかかえて地面に着地した。

「急いで離れましょう。あんな目立つことをやったのですから。すぐに他派閥が来てしまう」

 リューとリリは急いでその場から離れた。

 

 

 

 

 二人は開店準備中の豊穣の女主人の二階に運び込まれた。

 クロエやアーニャ。シルの手当と自前の自然治癒で二人は回復したが、ニックはマインドダウンで意識を失ってしまっている。

「リリルカさんも一晩止まっていったら?」

「いいんですか?」

「動かせないでしょう。それにアーニャも助けられたみたいだしね」

「じゃあお言葉に甘える事にします」

 翌日。ニックは目を覚ました。

 腹の辺りが重たい。

 頭だけ起こして腹の方見ると女性の頭があった。髪の色と猫の耳があることからアーニャだということがわかる。

「起きれん」

「……」

 気配を感じて横を見るとリリがこっちを見ていた。何故か不機嫌そうにしている。

「おはようリリ」

「おはようございます。朝からごきげんですね」

「ははは。良かったのか?」

「何が」

「スキルを俺に教えて。秘匿すべきなんだろ」

「あの状況でしたから」

 しばらくするとアーニャが目覚めた。

 アーニャはニックが目覚めているをみると抱きついてきて「よかった」と繰り返した。

「……ふんっ」

 リリは先に階段を降りていく。続いてニックもアーニャを引き剥がして下に降りた。

 

「すいません。お世話になりました」

「良いんだよ。こっちこそアーニャが世話になったみたいじゃないか。飯があるよ」

 がっついて食べる。それはリリも同じ。

「生きててよかったあ」

「ホントですね。ご飯がこんなに美味しいなんて」

 たらふく食べさせてもらった。

「……さっきからアーニャが離れないんだけど」

 食べてる間もずっと抱きつかれている。

「しばらく我慢してやっておくれ。坊主が心配で夜ずっと付き添ってたんだよ」

 そうなんですか。と顔を覗き込むと頬を赤くして目を背ける。

「いでっ」

 すねを蹴られた。

「お世話になり過ぎるのもあれですし。そろそろ行きますか」

「ああ。本当にお世話になりました」

 ミアさんに頭を深く下げてお礼した。

「あんま無茶やるんじゃないよ。引き際をわきまえな。命あってのものだねだからね」

「はい!」

 

 二人はソーマのホームへと向かった。

 団員達があからさまに避けていく。

「おい団長」

「ああ!? 何しに来た!?」

 明らかに嫌悪感をむき出しにしてくる。

「徴収の金を早めに納めるから神様に通してくれ」

「ふざけんな! ソーマが決まった日にち以外で動くかよ!」

「二倍払うから通せよ」

「ちっ。わあったよ。聞いてくれるかわかんねぇぞ」

 二人は扉をノックして部屋に入った。

「今取り込み中だ。出ていけ」

 酒を作る計画を立てているらしい。

「ミノタウロスを倒した。更新してください」

 それを聞いたソーマが羽ペンの動きを止めて立ち上がる。

「横になれ」

 

 

 また数日後。ギルドの掲示板に信じられない紙が貼り付けられた。

 その紙の話は都市中に広がり冒険者たちを、神たちを騒然とさせる。

 その内容は。

『ソーマ・ファミリア所属 

ニッタ クイナ

ミノタウロスの討伐によりレベル2にランクアップ

所要期間7日間

世界記録保持者に認定』

 

 

 豊穣の女主人でもこの話で持ちきりだった。

「ありえないだろ!? 7日間だぞ7日!」

「ソーマにそんなやついたか!?」

 この話を当事者はいつものカウンター席で黙って聞いていた。

 フードを被って全身を隠している。

「良かったですね。噂になって」

 リリはランクアップしなかったので少し不服らしい。

 二人は見つかったら面倒なので全身を隠している。

 店員たちもそれを気遣って名前で呼ばないよう気をつけていた。

「ま。祝いです! パーっと行きましょう」

「そだなぁ! 乾杯!」

 林檎ジュースの入ったジョッキを打ち鳴らした。

 二人で飲んでいると、ニックの隣にアーニャが座った。

 アーニャは尻尾でニックの腕を叩く。

「ん?」

 今度は耳を動かした。

「ん?」

 しばらくして思い出したニックはアーニャの尻尾を触ったあと、猫の耳をアーニャの頭を触った。手を離そうとすると尻尾が腕に巻き付く。とても可愛らしい。

 それと思った以上に触り心地が良かった。



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第二章 根無し草
割とハードな現状


 あの後ミノタウロスを倒した現場に戻ってみたが、もうチャクラム等は片付けられていて。鉄の粉もなくなってしまっていた。

 これは困った。メイン武器がない。

「新しく探さないと」

 しかしあれだけの投擲武器やナイフを集めようとすると相当な金がかかってしまう。

 そして一番の問題は。

「鍛冶職人は自分の武器に自信を持って送り出してるんだよな」

 その自信を持って送り出した武器が戦いに使われる前に砕かれて粉にされる。

 そんな事がやっていいのか?

 気が引けるというのが正直な心境だ。

 だから少しでも気が楽になるように今は武器の中古売店を訪ねていた。

 しかし中古と言うだけあって砕いても使い物にならなさそうなものが多い。

 中々うまく行かず、フードを深くかぶって階段に腰掛けて溜息をついた。

「うまくいかないなあ」

 わざわざ壊させるために武器を作る人なんていないだろう。

 そんなの本末転倒だ。

 

「ん? ニックか」

 フードを抑えて逃げようとする。

「祝だ。ポーションはいらないか?」

 ミアハ様だとわかってニックはフードを外した。この人はいい神様だ。だからフードを被る必要はない。

「そこまで信頼してもらえると嬉しいな」

「心が読めるのですか?」

「神の勘はするどいぞ。気をつけろ」

 相変わらずのミアハ様だ。この人は側に居るだけで何故か心が落ち着く。これも心優しい神格がなせる技なのだろうか。

「そう言えばポーションが切れたんだった。今から買いに行ってもいいですか

「ああ。私も今から帰るところだ」

 ミアハ様に色々なことを話しながら薬局へと向かった。

 途中茶菓子とお茶を買っていく。

 

 店の中に入ると相変わらず無愛想に椅子に座るナァーザが居た。

「ナァーザよ。ニックが来たぞ」

「お茶とお菓子持ってきました」

 安全地帯に一息つく。

「しかしは話を聞いていたが無理をし過ぎではないか?」

「うん。急ぎ過ぎだよ。少し腰を落ち着かせたほうがいい。まず何故逃げなかったの。危険な相手なら、勝てるかどうかわからないのなら挑むべきじゃない」

 ナァーザのトーンがかなり低くて本気の声だったのでニックは生唾を飲んだ。

 鬼気迫った顔をしている。

「ごめん。空気が重くなった」

「しかしナァーザの言うとおりだ。危なすぎる」

「よく言われます。リリにも言うことを聞けと言われますし」

 だがあのときは通したい筋があったのと、生来の意地っ張りの性格もあって逃げるという選択肢はなかった。

 

「それで死んだら意味がない。死んだら悲しむ人はいるでしょ」

 居るのだろうか。

 リリとか悲しむのかな。

「……悲しむのか? あいつ」

 全くその姿が想像できないけど。

 無理矢理身の回りの人で想像すると少しこそばゆいし現実味がない。

「リリが死んだらどうする?」

「泣く」

 大切な人だもの。そりゃ死んだら泣くよ。

「リリだってきっとそうだよ」

 それはどうだろう。

 最近怒られてばっかりだからな。

 俺が死んで泣いたりしてくれるのだろうか。

「神様も眷属に無関心だし。仲間はそもそも少ないし」

「ニックよ。少なくともお主が死んだら私は悲しむぞ」

「それ目の前で言うのは卑怯ですよ」

 真っ向から言われるとこっ恥ずかしい。

「そんなだから女の子に勘違いされるんですよミアハ様」

「されるか?」

「されてる」

 ナァーザは頭を抱えた。

 こちらも苦悩をしているらしい。

 

「そう言えば大丈夫なの? 神々とか冒険者は大騒ぎだけど」

「ああ。容姿については嘘の情報を流しました」

「嘘?」

 長身で金髪青目のツンツン頭。武器はバスターソード。という嘘の情報を流した。

 神がソーマの構成員に聞けば真実がわかるだろうが問題ない。真実の白が多少あったとしても、偽りの黒が大きければ黒に染まる。 

 どんな真実でも嘘を信じる人のほうが大きければあまり問題にはならない。

 その上、住所不定なので追跡もし辛い。

 注意を払いに払って払いまくれば、かろうじて日常生活を送っていられた。

 

 という説明をしていると扉がノックされた。

 そしてミアハ様が返事をする前に扉は開かれる。

「ミアハ邪魔するぞー!」

「邪魔するなら帰ってや~」

「なら変えるわ〜って帰るかぁ!」

 ノリのいいおっさんが入ってきた。

 その隣には美女が立っている。

「むむ! 美人がいるぞ!」

「俺に注目しろ!」

 神様を名乗るおっさんが乗り込んできてミアハは顔をしかめる。

「客がいるんだぞ」

「何処に?」

「俺」

「誰だお前」

「今世紀最大級の大型ルーキーニッ……!」

 ナァーザに足を踏まれる。

 

 危ない。思わず名乗るところだった。

 

「にっ……ニクラス・ケイジ」

 勿論嘘と見抜かれて、鼻で笑われた。

 この神様はディアンケヒトと言うらしい。

「今月の払いはまだの筈だ。なじりに来ただけなら帰ってくれ」

 ディアンケヒトはニックに近寄って方に右手をおいた。

「こっちの店に来ないか? 安くしとくぜ。少なくともこっちのファミリアみたいにポーションを水で薄めたりはしない。なぁ?」

 その手を払いのける。

「ミアハ様達がそんなことするわけ無いでしょう。俺はお二人に絶大の信頼をおいています。お帰りください。あとお嬢さんの下着は何色ですか?」

 ナァーザは少し眉をひそめた。

「はっ。そうやって騙されてな」

 おっさんと美人が立ち去る。

「まてっ! お嬢さんのスリーサイズを」

 扉は閉じられた。

 

「さすが俺。追い払ってやったぜ」

「セクハラしてただけ」

「すまなかったなニック。見苦しいところを見せた」

「良いですよ。お互い色々ありますね」

「と言うと何かあるの?」

「ええ。ファミリアの団員に殺意を持たれてます」

 二人はぎょっとした。

 お互い色々あるなぁとミアハは苦笑いをする。

 お茶飲んでニックは店を出る。

 

 ポーションなどは忘れずに買っておいた。ミアハ様は礼に金はいらないといったがちゃんとお支払いはする。

「また。来てね」

「いつでも来い」

 フードをかぶり直して笑顔で「また来ます」と言って立ち去る。

 やっぱりあそこは落ち着く。

 行ってよかった。



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やはり林檎は蜜入り

 露店で特売になっていた果物を買い込んだ。道中袋から林檎を取り出して丸かじりする。甘くていい味だ。

 世界で一番おいしい果実は林檎だと思うね。

(青森の林檎食べたいなあ。蜜があるやつ)

 甘くて美味しかったなあ。それと比べると今かじってる物が物足りなくなってきた。

「……一度思い浮かんだら駄目だな」

 林檎を飲み込んで次の果物に手を出そうとしたとき。それは目に入った。

 路地裏の方で小さな女の子が数人の男に絡まれている。

 よく見るとそれはリリだった。

 さらによく見るとリリと冒険者の間に少年が立っている。ベルだ。

 足早に近寄る。

「そいつをよこせってんだ!」

「嫌だ!」

「ベル様。もういいですから私を置いてく逃げてください!」

「何やってんのお前ら」

「ニック!」

「俺の女と知ってやってんのか?」

「チッ。行くぞ」

 うん。このミカンは甘い。これは向こう側の物よりは好みだな。

 

「すまんベル。うちの団員が世話かけた。いろいろな意味で」

「気にしないで」

「……それで何があったんだ?」

 カクカクシカジカ四面楚歌。

 どうやら俺の躍進が気に食わない奴等がリリに当たろうとしていたらしい。

 何故リリにやるのかがわからない。

「最初私を連れ出すときに"この女は俺がもらう"って言ったじゃないですか。だから私はあなたの大切な人とされているみたいで」

「ならハッキリ言えよリリ。なんも関係はないって」

「それが駄目なんです。すでにヘイトは買ってますから。今の私はあなたの名前に守られてます」

「成る程。関係がないって言うと逆に狙われちゃうんだ」

 そういう事ですとリリは項垂れる。

 面倒なことになってるな。

 俺の女だから報復の対象になるが、俺の女じゃなくなったら普通に命狙われる。

「あなたの女じゃないですからね」

「しかしなぁ。俺今武器無いからなあ」

「え!? 武器ないの!?」

 全部失っている。しかも調達が難しい。

 潜る階層を下げるどころか、今までの階層でも難しいかもしれない。

 

「じゃあ。僕も一緒に行動すればいいんじゃないかな。数は増えるよ」

「……でもなあ」

「僕じゃ力不足かな……」

「いやそう言うわけではないのです。ただ……これはソーマの問題なので」

 他派閥のベルを巻き込みたくない。こんなドロドロした危険に関わらせたくない。

「でも。力になりたいんだ!」

 何この聖人君子。超カッコいい。

「じゃあお言葉に甘えるか」

「明日からよろしくお願いします」

 これによりパーティは二人と一人が合体。三人の仮パーティを結成した。

 

 

 

 

 宿屋の二階。二人部屋。

 二人はしばらく同じ宿に泊まることにする。流石に家までベルに頼るわけには行かない。

「そう言えばニック様はスキル何をとったのですか?」

「なんかよくわからんスキルだった」

「よくわからんスキル?」

「ソーマが"これでいいやろ"と勝手に取ったから」

「あの神は本当に……」

 あまりにもだらけ過ぎだ。人生を分けるスキル選択を独断で適当にやるなんて。

 ふざけている。

「【極光】っていう名前」

「どんなのができるのですか?」

「こんなの」

 両手を合わせて力を込めると虹色の光が漏れ出してきた。

 手を広げると虹色の光が部屋を包んだ。

「これは」

「オーロラだ。知ってる?」

「本で読んだ程度ですが。これがオーロラ……綺麗です。で、これが何なんです?」

「これだけ」

 首を傾げる。

「オーロラを出すだけ」

 

 実際ステータスの写しにはそんくらいのことしか書いてなかった。何故こうもステータスは説明をしてくれないのか。

(あれか? 俺本来の力じゃないからか?)

「つ、使えますか?」

 心当たりはある。

「やってみてください」

 数分。頑張ってみたが、ボヤーとしただけで上手く行かない。

 その上オーロラを消す方法が分からなくて消すのに手間取った。

 使えないわ消すのに時間かかるわとソーマの独断で取らされたスキルは散々。

 本人は「練習したらできる!」と言い張っていたがリリには無駄にしか見えなかった。

 

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 三人は時間通り集まる。

 ニックはまだ目をしょぼしょぼさせているが、ベルは快活。

 現代暮らしと田舎暮らしの差だろう。

 圧倒的にベルの方が朝は強かった。

 ニックは結局ソーマのホームから要らない武器を強奪した物を使っている。

 だがやはり、ロキのホームから貰ったものよりかは劣化していた。

「使い勝手わっる! 切れ味ざっこ!」

 試しに使ってみたが全然駄目。

 役に立たない。

 ゴミクズめ! と浮かべた金属の砂をポスポス殴るニックを尻目に二人は周りを見張りながら会話する。

(居るね。一人)

(はい)

(ニックに伝えとく?)

(アレは原理は不明ですが高性能の感知能力があります。気づいているでしょう)

 気づいていた。二人以上に。

(んー二人居るなあ。モンスターパレードでも無さそうだ。様子見か?)

 

 

 

 二人の冒険者は様子を見ていた。

「旦那。アイツメイン武器がないようですぜ」

「みたいだな。だがそれでも奴を倒すのは無理だ」

 髭面がにたりと笑う。この男こそニックをファミリアに加入させた張本人。

 こき使ってやろうと思ってたら一瞬でやられた上に武器まで奪われた男。当然強い殺意を抱いている。

「一人増えてるし」

「逆にチャンスでは?」

「は?」

「俺たちは結構前から見張ってたんでね。リリルカの奴がステータスを秘匿しろと教え込んだせいで、どんな窮地に陥ってもスキルを使わないんですよ」

「成る程な」

「俺に策を立たせてくれればあいつらを陥れてやれますよ」

「じゃあ任せる」

 二人は闇の中へと消えていった。

 

 

 

 二人が居なくなったのを確認してニックはいざというときの為に広げていた鉄の砂を集めて袋に戻す。

「もう行ったぞ。二人だけだから多分様子見だな」

「二人……ですか」

「もう一人は気が付かなかったね」

「そっちのが闇討ちの経験が豊富なんだろうよ。何するかわからないが、武器が本調子でないとなると不安になるな」

 頭の後ろをかきながら言った。

 レベル2になったが武器がないと自身が持てない。自分がどれだけ武器に頼り切っているかがわかる。

「私のこの魔剣だって微妙ですからねえ」

「でもすごいよ! 魔法だよ魔法!」

「俺もそういうカッコいいのがいいなあ」

 あなたのも便利でしょうと言いながら魔剣をしまった。

 ベルは魔法がほしいようだ。

 その気持ちもわかるが、魔法を持つと余計に金がかかる。ポーションとかで。

 

「本とか読んだらどうですか? 魔法の発現がしやすくなるようですよ」

「シルさんに聞いたらどうよ。あの人って本とか読むんじゃないか」

「ニックは読まないの?」

「学区の図書館でちょっと借りる程度だな。家がないから買えないし」

 ニックはホームのように固定した場所を持っていない。だから本や家具のようなかさばるものは一切保有できない。

「いつか欲しいなあ。マイホーム。リリは金をためてどうしたい?」

「私は……」

 言い淀んだ。

 下を向いて何か思いつめている。

「帰り飯どうする!?」

 話題を変える。

 

 久し振りに豊穣の女主人に顔を出すことになる。あれ以来一度も行っていない。 

 酒場に行くと少なからずいる顔と名前を知る人間に遭遇する可能性があるからだ。主にソーマ。

 鉄砂で鉄仮面を形成して被っていこうとしたら逆に目立つと言われ、リリが持っていたマスクとサングラスをかけていく。

「スーパースターみたいにならないこれ」

 ハワイ芸能人取材とかで見る光景なのだが。

「初見さんごあんなーい」

「初見さんのテンションじゃないですよね」

 あくまで初見を装って店内に入る。

「ベルさんいらっしゃい。そちらの人達は?」

 シルさんが乗ってくれた。正直滑ったかと思ったが救われた。

「初めての人ですか。わかりましたカウンター席にどうぞー」

 他の人達も空気を読んでニックの名前は出さない。

 聞き耳を立てると未だに自分の話をしているのが聞こえたがどうやら嘘の噂がカモフラージュになっていて正確な容姿は広がっていないようだ。



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割ときにする小さな男

 いつもの通り林檎ジュースと芋を注文する。

「肉や他の野菜も食べたらどうですか? 偏りますよ」

「いつ死ぬか分からないんだから好きなのだけ食べる」

「そんなのだといざという時に実力発揮ができませんよ。ミア様お肉をお願いします」

 偏食家のニックの代わりにリリが料理を注文した。

「ほら。好き嫌いをしない」

「リリは面倒見がいいね」

「ほっとくとトラブル起こしますからね」

「ほうかなあ。ほういやベル。シルさんに本きかないのか?」

 忘れてた。とベルはシルさんに相談を持ちかけている。

 少しすると見たこともないよくわからない本を持ってきた。

「店に誰かが忘れていったみたいなんだけど。借りちゃった」

「良いと思いますよ。こんな所に忘れていくやつが悪いですから」

 ニックが顔がバレないように気をつけながらチラチラと後ろの方に視線をくれている。

 

「気になりますか? アーニャ様が」

「いや? そんなことねぇけど」

 アーニャは普通に接客をしている。

 気にし過ぎのようだな。

 俺たちの間には何もなかったんだし。

「お久しぶりです」

 リューが座る。

「お久しぶりです! 相変わらずお美しい!」

「改めてランクアップおめでとうございます」

「いやあ。どうです? 今世紀最大のルーキーとデートにでも」

 リリが脇腹をつねる。割と痛い。

「これから方針はどうするのですか?」

「今はこの三人でパーティを組んでいます。ただ」

「ただ」

「武器が無いんですよ」

 ニックの言葉に眉を寄せる。

「調達が難しい上に質のいいものは無いですから……中層に通用しないんですよねぇ」

 ロキの倉庫の物でもミノタウロス相手に全く歯が立たなかった。あれでもかなり上等な物のはずだ。あれ以上の物の調達は難しい。

「武器を変えることも視野に入れたほうがいいのでは? まだ冒険者になって間もないですから今なら間に合いますよ」

 それも考えないといけないか。

 しかししっくりくる武器がなかなか見つからず、やっと見つけたのがあれだ。

 無理矢理使いなれるしかないのだろうか。

 

「そう言えばニッタさん」

「何ですか? 麗しき乙女」

 リリにスネを蹴り上げられた。

「ガネーシャが逃げ出したモンスターを倒した人に恩賞を渡しているようです。ミノタウロスやその他を倒したのですから名乗り出たらどうですか?」

 初めて聞いた美味い話だ。 

「リリどうする」

「ガネーシャは信頼のできるファミリアです。事情を話せば名乗り出たことを大きく扱わないでくれるでしょう」

「え? ミノタウロスの討伐って地上での話だったの?」

 頷く。

「僕もヘルメットゴリラを倒したんだけど」

「名乗り出たら貰えるんじゃないか?」

 今度三人で行くかという話になった。

 これで武器を買うための資金になる。

 金というとあの時のリリの反応は何だったのだろうか。

 気になるが聞かないほうがいいよな。

「そういや。ベル武器変えたのか?」

「そう! 神様が買ってくれたんだ!」

 銘柄を見てみるとヘファイストスと書かれている。

 

「かなりの品だ。クラネルさん。大切に扱ってください」

 リューがベルから受け取り鑑識した。その内容にリリも同意する。

 ヘファイストスは都市最高の鍛冶ファミリア。その銘柄なんだからかなりの品質だ。少なくとも駆け出し冒険者が手に持つものじゃない。

 ニックだって身元不明のよくわからない武器を使っている。

「買わないの?」

「宿ぐらしは贅沢言えねぇのよ。ホームがあるのが羨ましいわ」

 一番宿が金かかる。

 いっその事ソーマのホームを強奪してやろうかな。

「金かあ。僕のところも貧乏な零細だからなあ。もっと僕が稼げて神様を楽させてあげられたらいいのに」

 親孝行すぎるだろ。

 こんな眷属を持てて神様も幸せものだな。

「はあ。ニック様もこれくらい立派だったら良かったのに」

「最近リリの言葉が刺さる刺さる。リューさん慰めて」

「貴方は甘やかすと駄目なタイプに見える」

「少し御手洗いに」

「あちらを曲がったところです」

 リリは椅子から飛び降りて歩いていった。

 

「……嫌われてるなあ」

 頬杖ついてこぼした。

「どうしたの」

「この前にさ。言うことを聞かないって言われてから対応が辛辣なんだよね……はあ……」

 この間というのはロキの模擬戦の事だ。

 あの時からリリのニックに対する対応が塩対応になっている。

「そうかな。僕はそう思わないけど」

「ええ。私もそう思いますよ」

「たまにプライベートのリリと合って話すんだけど、やっぱり壁がある感じがする。でもニックと話してるときはそういうの感じないよ」

「本当に嫌いなら。貴方がミノタウロスと戦っていると聞いてその場に駆けつけませんよ。そんな無謀に付き合う必要はないわけですから」

 確かに。俺がミノタウロスと戦っていることを知って駆けつけてくれた。

 キツイ言い方なのもある程度信頼してくれてるからなのかも知れない。

「だと良いなあ」

「結構気にする人なんだね」

「野郎はともかくレディには好印象でありたいし」

 リリが帰ってきた。

「お帰り」

「はい、ただいま。何か他に注文しますか?」

「芋」

「偏食はやめてください」

 

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 営業時間が過ぎて豊穣の女主人は片付けをしている。

 アーニャはサボっていたところリューに見つかって急いで店内を箒ではき始めた。

 皿洗いを終えたリューとシルが厨房から出てくる。

「アーニャ。ニックに声掛けなくてよかったの?」

「今行って身元がバレたら大変だからにゃ。もうすこし噂が落ち着くまで待つ」

「大丈夫? 他の人に手を出しそうな勢いだったけど。リューだって声かけられてたし」

「気にしないにゃよ。ちゃんと面倒見てくれるなら」

 都合が良すぎないか? と二人はアーニャを心配した。もっと欲張りにわがままになってもいいんじゃないかと。

 だがアーニャは窓に腰掛けて外を見上げながら言った。

「今は片思いで我慢するにゃ。帰ってきてくれるだけでいいにゃ。それに……」

「それに?」

「あれは一箇所に落ち着く人間じゃないにゃよ」

 確かにと。各人同意した。



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私の名前を呼ぶな

 ガネーシャの所に行って名乗り出たところ報酬をもらえた、それもかなりの額を。

 話の通じる人で公にしないでほしいと頼んだところその通りにしてくれた。

「賑やかな人だったね」

「だな。ああいう神様の所なら楽しそうだよな」

「ホームの外見はアレだけどね……」

 股間の部分がオープンザプライスした入り口には面食らった。

 でもかなり大きくて清潔感があってソーマとは大違いのホームをしていた。

 同じ神様で何故ここまで差が出るのか。

「いつかああ言う大きなホームに住みたいな。二人はどういう家に住みたい?」

「具体的には何も決まってないな」

「私は平和なところですね」

 リリの元々の境遇を知るニックは、その言葉をしみじみとした感情になる。

「それでは。私は行く所があるので」

「おう。気をつけろよリリ」

「……はい」

「なんか。元気がなさそうだったね」

「そうか?」

「うん。何かあるのかな」

「わからねぇな」

 確かに最近何か考え込んでいることが多い。何かあったのだろうか。

 

 

 

 リリは何時もの場所にお金を保管した。

 元々かなりの額があったがニックと組んで以来今までとは段違いの速度で溜まっていっていた。それに加えて今回の恩賞。

「…………」

 もうすぐでファミリア脱退の為のお金が貯まる。

 ずっとあのファミリアを抜けるためにお金をため続けてきた。やっと目標額が現実味を帯びてきた。

 なのに。やっとあのファミリアから解放されるっていうのに。

「……本当にやめていいのでしょうか」

 頭にあるのはニックの事だ。

(何を。あれはタダの冒険者でサポーターを虐げてきた奴等と同じ。いつあの人が私を裏切って捨てるとわからない。それに元々取り入って裏切る為だけにパーティを組んだんだ。何度危険な目に合わされた? 何度言うことを聞かずにため息をついた? 早いところパーティを解消しよう。あと少しで貯まるんだ)

 貯金している額の書かれた紙を眺めながらずっと考え込む。

 今まで何人もの冒険者を騙してきた。

 それと同じだ。騙しやすいカモを食って稼ぐだけ。それで脱退して地獄から抜け出すだけだ。

 あの人もカモなんだ。

 

「よう」

「あ」

 ニックが相変わらずの間抜けな顔をして帰ってきた。

「何かあるなら相談してくれよ。俺やベルだってお前の力になりたいぜリリ」

 名前を呼ばないで。お願いだからそうやって優しい声で私の名前を呼ばないでください。

「リリどうした?」

 あなたに呼ばれる度に決意が揺るぎそうになる。その度にあなたの欠点を思い浮かべて何とかあなたを嫌いにならないといけない。

 身を刻むように、それが辛い。

 お願いだから。それ以上その見返りを求めない優しさを私に向けないでください。

「外に出てきます」

 耐え切れずリリは外に出た。

 

 向かうのは都市を囲む防壁の上。

 彼処はいつも誰もいない。だからゆっくりできる。

 腰掛けて膝を抱える。

 風が灰色のフードをひっくり返して髪を露出させた。

 空を見上げると澄んだ青空が広がっている。

 後ろめたくなって再度顔を膝に埋めた。

 私はどうしたらいいんだろう。

「私はどうしたらいい」

 返事なんて無いのを知っているのも関わらず、リリは虚空に問いかけた。

 

「俺達の餌になればいい」

 返事なんて無いはずなのに返事が帰ってきて驚いて顔を上げるとそこには。

 髭面のおっさんを筆頭に見たことのある顔がいた。

 散々自分をいたぶった相手。ベルが守ってくれた時迫ってきた奴ら。

「そんじゃあ。来てもらうぜリリ」

「私の名前を呼ぶな!!」

「愛しのダーリンじゃなくて嫌か?」

 そんな仲じゃないと否定しようとしたところで口と鼻に布を当てられ気を失った。

 男達は気を失ったリリのフードを掴んで引きずりながら運ぶ。

「あとは手はず通りだ。いいな」

「わかってますよ旦那」

 団長には手を出すなと言われたがそれで納まっていられるかってんだ。

 それにあいつ等を殺したらファミリア内で評価はうなぎのぼり。幹部だって目じゃないぜ。

「がははははは!!」

 

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 キザな台詞を言ったせいで気を悪くさせちゃっただろうか。

 もう少し大人な言葉遣いをした方がいいのかと後悔の念にニックはくれていた。

 リリは冒険者にひどい目に合わされていた。だから冒険者の自分もあまり好きでは無いのかもしれない。

 暴力の象徴としてあるのなら同じ部屋にしたのも間違いだったもしれないな。

 せめて同じ宿でも部屋は別にするべきだった。

 

 というか女の子と同じ部屋ってよく考えると不味くないか?

 下の宿屋の親父は俺たち二人をどう見ているのだろうか。

 やばい恥ずかしくなってきた。

 ちょっと聞いてこようかな。

 でも怖いよなぁ。

 だって話を聞きに行ってよ。"ここ最近はお楽しみでしたね"なんて言われてみろ。もうリリと顔合わせられないよ。

 小人の女連れ込んで数日間お楽しみとか変な噂が立つわ。というか同じ部屋に泊まってる時点で変な噂が立つか。

(あれ。ならホームから隠れて潜伏しても同じ部屋にいるってことで、俺のロリコン噂が広がったら潜伏にならないんじゃないか?)

 この同じ部屋に泊まって安全を確保しながら潜伏するってのは破綻してるんじゃないだろうか。

「変な噂が立つ上に居場所バレバレって……。じゃあ。まずくない? ソーマの中で俺の噂とんでもないのが出回ってんじゃないの?」

 アイツはリリの枕をスーパースーパーしてるとか。

 

 宿屋で毎日やってるとか。

 これは不味い。非常に不味い。

 冬に学校でストーブの消し忘れに気がついた時くらい不味い。

「やっべぇ……ひゃっべぇ……」

 わざとらしく掠れた声を漏らす。

「……ベルは大丈夫だよな?」

 ピュアなあいつの事だ。変な見方はされてないだろう。

 多分大丈夫だ。の筈だ。

 じゃなきゃお前どんな顔すればいいんだよ。

 笑えばいいと思うよ?

 いやお前。リリみたいな小さな女の子と同じ部屋に寝泊まりしてる男がニヤつきながら宿屋から出てきてみろ。完璧変態じゃん。

 即で裁判所行有罪確定懲役15年だよ。

「ニック!!」

「ひゃい裁判長! 俺はロリコンじゃありません!! 可愛い子が好きなだけです!!」

 

 扉が突然開かれて変な声と言葉が出た。

「なんか大変そうだけど、こっちも大変なんだ!」

 ベルが何か紙を手渡してきた。

 握りしめていたせいでくちゃくちゃになっている。しかも文字が汚い。

「はーなになに」

『お前の女の身柄は預かった』

「シルさん攫われたんじゃないのか?」

 ベルは。顔を赤くして否定する。

 名宛はニックになってると。

「俺の女は否定しな……はいはい急いで読みます」

『霧の深い階層で待っている。兎小僧と二人でこい』

「ふん。雑魚共が。数字でなく霧の深いってだけなのが学のなさを感じるわ」

 最後にご丁寧にソーマの印が押されていた。 

「てかまて。俺の女ってことはリューさん攫われたか」

「リリでしょ!」

「いずれものにしてみせる!」

 ついに怒ったベルにエメラルドグリーンの盾で頭を殴られた。

「急ごう!」

 人混みを駆け抜けて行く。

 

「どうしたの二人共!?」

 途中エイナさんに遭遇した。

「人助け!」

「皆殺し!」

 意味不明な三文字を残して走り去る背中に向かって落ち着くように呼びかけたが二人は行ってしまった。

「どうしよう……あ」

 エイナは少し離れたところにアイズがいるのを発見した。



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踏み入れる

 二人は全力で駆け下りていく。

「どけどけー! 邪魔だ邪魔だどけどけー!」

 そして直ぐに霧の濃い階層に辿り着いた。

 実はこの階層はあまり好きでは無い。

 元々目が良くないのにこんなに深くて薄暗いから本当に見えない。それに

「キラーアント嫌いなんだよな」

 一体ならいい。だが数十体となったらそりゃ悪夢ですよ。

 人間の胴体ぐらいある蟻が大群でカチカチ言いながら来たらトラウマになる。

「俺が来たぞー! 今世紀最大級の大型ルーキーニック様が来たぞー!」

 その声を聞いた者達は作戦を開始した。

 

 

 

 リリが目を覚ますと全身を縛られ轡を口に入れられて、硬い地面に転がされていた。

 周りの暗さを見るにダンジョンに居るらしい。

 目の前には、あの自分を眠らせた男が立っていた。

「起きたか」

「お前にはあの二人を呼び出すための餌になってもらうぜ」

 轡を外される。

「あの二人があなた方にやられるわけがない!」

 それはどうかなと男は笑う。

 

「メイン武器がない上に『あの姿』も封じられてる。だってお前が刷り込んだんだろ? "他派閥には秘匿しろって"よ。あれ以来どんな窮地でも他の派閥がいるかもしれないところでは使ってないんだろ?」

「それじゃあ。ベル様はただの抑止に……。そ、それでも負けるわけが」

「これなんだ」

 男はビンを見せびらかせる。

「蟲毒っていう手法で作られた毒だ。加えて瀕死のキラーアント。あの男は苦手らしいなあ大量のキラーアントが」

 嫌らしい。あまりに嫌らしすぎる。

「さらに……」

「何ですか?」

「血だらけにしたお前の服を吊るしておいた。精神に来るだろうよ。冷静を保てるか?」

 駄目だ。ニックは確実に冷静を保てないだろう。毒をくらってモンスターに囲まれ冷静さを失う。最悪のパターンだ。

 

「なあ。リリ……取引がある。お前が溜め込んでいる金を全額よこせ。そうすりゃあ、あの二人の命は助けてやる。あの髭は殺すことに執着してるみたいだがな……俺は別だ。金さえあればいい」

「……わ……わかりました話します。だから止めてください!」

 リリは隠し場所を吐いた。

 男はメモを取ってリリの首に刃物を押し当てる。

「な、何を」

「キラーアントに始末させるのは不確定が多すぎるからなあ。俺の手で終わらせてやる」

 

 リリは気づいた。冷静さを失っていたのは自分の方だったと。

 普通考えてこいつが約束を守るわけがない。なのに信じてしまった。

「終わりだリリルカ・アーデ」

 刃を喉仏に向かって振り下ろそうとする。

 悔しさのあまり涙がこぼれた。

 

「待ってくださいよう旦那あ」

「あ?」

 闇から血に濡れた髭面の男が戻ってきた。だらんと無気力に手足を垂らした2つの遺体を両脇に抱えている。

 ニックとベルだ。

 

「もうすみやしたぜ。一瞬でパニックに陥って矢で打たれてこのざまですよ」

 持ち上げられた二人の顔は苦悶に歪んでいた。

「いくら強くても。闇討ちは俺たちが上ですからね旦那」

「やるじゃねぇか」

「旦那。なぜその女を殺すんです? 貴族のマニアにでも売りゃあ高く付くじゃないですか」

 旦那と呼ばれる男は上機嫌に笑ってリリから刃を離した。

 リリは二人の遺体を見て涙をボロボロと流す。

 

「ねえ。旦那……?」

「何だ」

「俺って演技派じゃね?」

「は?」

「【ファイアボルト】!!」

 髭の後方から火炎が飛んできて男の顔面に直撃。吹き飛ばされる。

 

 困惑するリリを見て髭は嫌らしく笑った。

「可愛い顔してらあ。売る前に操を貰っとこうかねぇ」

「もういいでしょ。早くときなよそれ」

 髭はゲラゲラ笑いながら自分の顔に手を当てて、仮面を取るような動作をとった。

 すると姿形がゆらゆら蠢いて、オーロラの七色のカーテンが形を変えて別人に変わっていく。

 

「どうもー! 今世紀最大級の大型ルーキーニックです。もしかしたらハリウッドも狙えるかもねん」

 ニックがヘラヘラ笑いながら現れる。

 これは意味がないと思われていたスキル【極光】の力だ。ニックはデオキシスがポケスペでオーロラの幻影を使うことを知っていた。だからこそ有用性があるといったのだ。

 

 吹き飛ばされた男が顔を抑えながら叫ぶ。

「何でだ!? キラーアントは!? 毒は!?」

「キラーアントは何か知らないけど次々死んでったぞ」

 実際二人にはよくわからなかったが何故か死んでいった。

「毒は!?」

「俺場所によっては毒食らってもいみないし」

「へ!?」

 ニックはナイフを腕に挿して抜く。抜いたから傷が塞がる。

「食らったら回る前に削ぎ落とす。その後再生させれば問題なし」

 そんなことできるわけが無い。人間は蜥蜴とは違う。

「まあ激痛はある。けどよお前らに好きやられるのを考えたら楽だわ」

 顔は引きつっていた。必要であればリスクを犯すことをためらわないニックだが、今回は流石に堪えた。

 

「これ以上は好きにさせない! リリを返せ!」

 男は後ずさろうとして、床に転がされているリリに足があたった。

 男は突発的にブチ切れリリを蹴ろうとする。

「【ファイアボルト】!」

 ベルの新魔法が駆け抜けて男の脇腹に着弾した。

(俺の魔法より早いな)

 速度は【サイコブースト】の遥か上を行っている。簡易発動可能でかなりの速度を誇るベルの魔法に思わず舌を巻いた。

 

(っとそんな事より)

「なあ。お前の目的は俺か? それともリリか」

「俺の目的は金だよ」

 男は脇腹を抑えながら立ち上がった。右手にはまだ剣が握られていた。

「そいつはなあ! 俺達とパーティを組んで報酬をちょろまかしたんだ! その盗まれた金を奪って何が悪い! 取り返して何が悪」

 ニックは男の口を封じるように顔を掴んで壁に叩きつけた。

 

「おまえが……お前らが……お前らが正当性を訴えんじゃねぇよ!!」

 二度三度と壁に叩きつける。

「お前ら……あの時何やってた?」

 思い浮かべるのは最初の日のこと。あの凄惨で残虐な悪魔の所業。人間の悪意が蔓延る地獄の魔宴。

「何が盗まれただ。何が騙されただ。その仕返しがあの私刑か? ふざけんじゃねぇぞ!」

 十二回叩きつけて、壁も床も血で濡れている。

 

 ニックは反対の手を振りかぶって、金属のグローブを作った。

「お前らが!! 正当性を口にするんじゃない!!」

「んー! んんんー!!」

 男は抵抗するが逃れられない。

 目の前にあるのは、闇と言っていいほどに深い深い負の感情を写したニックの両目。

 本能で理解する。殺す気だと。

「地獄で焼かれて悶え死ね」

 ニックはこぶしを振り下ろす。男は目をつむった。

 

「んーーーー!! んーー……。ん?

 一向に痛みが来ない事を訝しんで男が目を開けると、振りかぶった手を掴んで止めるベルが居た。

「離せよ……」

「駄目だよ」

「離せっていってんだ!!」

「ニックがそっちにいったら! 誰がリリを守るの」

 殺したら、こいつらと同じになってしまう。同じ穴の貉だ。

 ニックは奥歯を強くかんだ。顎が軋んで音を立てる。興奮しているせいで、獣の様な粗い息が漏れ出した。

 

「そっちに行ったらだめだ……!」

「ニック様やめてください」

 縄が解けたリリもニックの行動に静止を呼びかける。

「お願いします……あなたに……貴方にそんな目をして欲しくない!」

 ひときわ強く顎に力を込めたあと、両手の力を抜いた。

 男は地面に落下した。

「ニック」

「もう……大丈夫だ」

 息を整える。

 

「ふ、ふざけんなボケ! サポーターが何だってんだ!! 冒険者にもなれない脱落者が偉そうに!! お前ら小人なんてステータスもろくに伸びないゴミだろうが! 雑魚は雑魚らしく奴隷になって言う事聞いてれば」

「【ファイアボルト】」

 顔の真横に着弾してこめかみを焦がす。

「次なんか言ったら僕が怒る」

 男は尻もちを付いて気絶した。

 三人はその場から立ち去る。

 地上に登って、ベルに礼を言ってから別れた。本当にいい仲間を持った。

 

「リリ」

 帰り道。リリはニックに背負われていた。

「お前ソーマを脱退するために金をためてたんじゃないか?」

 リリは息を呑んだ。

「な、なぜそれを」

「団長から聞き出した」

 この前武器を強奪しに行ったときに一応脱退の方法を聞いておいたのだ。

「俺はもう一人でも冒険者やっていける。だからお前はお前の自分の道を進んだらいいんだぞ」

 リリはぎゅっと腕を締める。

 

「ニック様は。なにか欲しいものとかやりたい事とかあるのですか?」

「俺は家が欲しいな。……正直言うよ。ベルがちょっと羨ましい」

 家があって。只今って言えて。お帰りって言われる。そんな場所がほしい。

 ニックだって化物じみた力を持っているが、元はただの一般人。

 

 咳をしても怪我をしても一人。色々な意味で周りからの目を気にしないといけない生活。根無し草の生活は正直かなり辛いところがある。

「……」

 少し沈黙してリリは腕を解いて、ニックの背中から降りた。

 突然のことに振り返るとリリが両手で袖を握りしめて、何か意を決した顔をしていた。

「ニック様。私は。私は___

 

 

 二人はあの宿屋に二度と戻ることは無かった。



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結末

 廃墟の地下。

 ボロボロで埃っぽいけど、ここが一番落ち着く場所。つまり僕のホームだ。

 僕はここで神様と二人で暮らしている。

「おはようベル君」

「おはようございます神様」

 ヘスティアは目をこすりながら立ち上がり、コップに水を注いで一気に飲み干し眠気を覚ました。

 昨日残しておいた食べ物に手を伸ばす。

 

「そういやベル君。君とパーティを組んでいた二人はどうしたんだい? 君が一緒に住んでいいかと聞いていた二人だよ」

 実は一緒に住まないかと誘って二人に断られたあと、ベルはヘスティアに相談だけはしていたのだ。

 

 事情を聞いたヘスティアは最初渋ったが最終的に良いと言った。

「ああ。実はですね」

 ベルは地下で何があったのかを全て話した。

「そうか。僕の知らないところでそんな事をやっていたなんてね。大変ご立腹だよ」

「ご、ごめんなさい」

「それで。二人は結局どうしたんだい?」

 それはですね……。

 

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 とある通りの一角。そこにあるちょっとボロい四階建ての建物の最上階の一番狭い角部屋。

「ん……ぐ……」

 窓から差し込む日が顔を刺激する。

 瞼を通して入ってきた光が眩しくてニックは背筋を伸ばして起き上がった。大きく欠伸をしながら腕を上げて体を伸ばす。背中がバキバキと音を立てた。

 

 周囲がはっきり見えるようになってきたところで、部屋を見渡すとリリが椅子に座ってボウガンの手入れをしていた。

 リリはニックが起き上がったのに気がついて声をかけた。

「おはようニック。もう朝ですよ」

 伸びた日差しがリリの笑顔を照らした。

 栗色の髪と稚げのある笑顔にニックは少し見惚れて、恥ずかしげに笑顔を返す。

 

「おはようリリ。ごはんある?」

「昨日買い置きしたパンがありますよ」

 二人はあの宿屋に二度と戻ることはなく、新しく部屋を借り二人で暮らしていた。

 どうして二人で暮らすことになったのか。それはあの夜がきっかけだった。

 

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 「ニック様。私は。私は___私は悪党です。悪人です。今まで何人も騙して奪って盗んで生きてきました。やってきたことで言えばあいつらと変わりはありません」

 リリは袖を強く握りしめる。

「私は……私は……! 貴方も騙そうとしました! 貴方は冒険者になりたてだから……騙せると思って取り入ろうと思ってあなたに近づきました! 自分を守る盾にしようと思って近寄りました!」

 

 自分の負い目を一気に吐き出す。その声はとても痛そうな声だった。喉が裂けそうな悲痛な声だった。

「貴方は勘がいい、気づいてなかったわけがない! どうして私を助けたのですか!? どうして……こんな私を……命の恩人を騙そうとしていたリリを……」

 リリはニックを赤く晴れた目で見上げた。

 

「理由か」

 ニックは困る顔をする。

「無い」

「は?」

「無いよ。……強いて言うならリリが俺の大切な人だからになるのか? うん。多分これ。これって事にしとこう。美談になるしな」

 目の前の男の発言があまりにアホらしくて心の中が空っぽになった。

 私の悩みは何だったのか。

 

「いちいち行動に理由探してたら苦しいだけだぞリリ。そうやって理由をつけて自分を不幸にするな」

 ニックはしゃがみ込んでリリの涙を拭う。

「ほんと……貴方は根っこが馬鹿ですね……」

 リリは思わず笑ってしまった。

 

「馬鹿で結構。大切な人を守れるのなら、いくらでも馬鹿にでもアホにでもなってやるよ。だから泣くな、俺は笑ってるお前が好きだぞ」

「口説いてますか?」

「ドキッとした? ほれ」

 リリ持ち上げてお姫様だっこする。

「このまま一緒に暮らしちゃう? 小さな女の子にはお兄さん優しくするぞー」

 ふざけた調子で抜かすニックに、リリはクスクス笑って顔を耳に近寄せる。

 

「今夜は長くなりそうですね」

「へ?」

 突然耳元で低い色っぽい声で囁かれたニックは不意を突かれて間抜けな声を出し、顔を赤くして固まってしまう。

 リリは意地悪く笑って飛び降り先に走っていってしまった。

 

「ちょ待てよ。ちょ待てよ! お前実年齢何歳よ!?」

「一緒に暮らすのですよね? 家どこにしますか?」

「お前何歳よ!? 10とかじゃないのか!? 年上!?」

 余裕を失って追いかけるニックを後目に見る。

「ヒント! ヒントくれ!」

(多分本当はニック、貴方より年下ですよ。でも貴方がそれで私を意識するのなら…………)

「秘密です!」

 リリは向日葵のような明るくお茶目な満点の笑顔をした。



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