鉄砲百合は嫁に来た (物語の魔法使い)
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1話

オーベルシュタインが普通に?結婚してます。
スパロボ的イベント圧縮と救済により、ロイエンタール、オーベルシュタイン、ラインハルトなどが元気に生きてます。
スパロボ的クロスオーバーにより『コードギアス』のブリタニアが銀河帝国と同じような規模で在ります。
で、ラインハルトとルルーシュが同じような時期に即位し、無駄だから長期に渡った両国間の戦いを終戦した後の話。
この話に出てくるリリーシャは公式で名前だけ出ていた、ジェレミア卿の妹。
ちらっとどこかに出ていたルルーシュと瓜二つの容姿という設定を膨らませ、実はルルーシュの双子の妹となっています。
他にも書かなきゃいけない設定はあるのですが、衝動を抑えられずに書きました。
誰得と言えば俺得としか(-_-;)
それでもよろしければお目汚しですがどうぞ。



 ブリタニアという国がある。

地球時代にイギリスと呼ばれた国が基盤となった大国で、数ある国の中で唯一銀河帝国と同規模の国土と人民を抱えていた。

神聖ブリタニア帝国と銀河帝国との関わりはそのまま戦争の歴史だ。

今に至るまで停戦や休戦はあったが、終戦は一度もなかった。

 しかし国家にとって永遠の敵も永遠の味方も存在しないという言葉が示す通り、遂に戦争状態が終わりを迎えた。

 それは偶々ルルーシュ新皇帝の即位とローエングラム王朝の成立時期が近かったため、先進的な思想を持つふたりの若き皇帝の話し合いが可能となったためだ。

合意はなされ数百年の長きに渡った戦争は終わった。

課題は山積みだが、両国間の平和は成されたのである。

そんな歴史的出来事から少し時が流れ、舞台は銀河帝国の首都フェザーン。

 

 

 

 「オーベルシュタイン夫人が可哀想だ!!」

ビッテンフェルトの大声が酒場に響き、勢いよくテーブルに振り下ろされたジョッキが重い音をたてる。

呑んでいる面子の酔いが大分まわり、話題がループし始めた時だった。

最近の彼らの話題は大体同じで、まずオーベルシュタイン批判が始まり、散々悪口を羅列した後、最終的に『オーベルシュタイン夫人が可哀想だ』と着地する。

ちなみにこの場合悪口を言ったらオーベルシュタインの細君に悪いという意味ではなく、あんな悪口のネタが尽きないような男に嫁いだのが可哀想という意味だ。

「ルルーシュ皇帝も実の妹にひどいことをする!両国の融和の象徴とはいえなんでオーベルシュタインになんぞ嫁がせたのだ!」

そうだそうだと部下の同意が輪唱のごとく飛んだ。

 まあ、この意見は別に的外れないちゃもんではなく、むしろ一般見解とすら言える。

何せオーベルシュタイン夫人ことリリーシャは現在二十二歳。

夫であるオーベルシュタインとは15離れている。

親子ほどとまではいかないが、年若い娘からしたらかなりの年の差に感じられることだろう。

さらに相手があの冷徹、厳格なオーベルシュタインだ。

箱入りで蝶よ花よと育てられただろうリリーシャ姫にはなかなかきついのではないだろうか。

 彼女が遠く離れたかつての敵国=ブリタニアから銀河帝国に嫁いできた理由は普通に政略結婚だ。

両国の国交が回復した際、互いの国同士で姻戚関係になることが提案された。

古くからある外交手段であるそれは、ふたつの国の長すぎた戦いの歴史から考えれば別段不思議ではない提案だ。

ここまではいいとして、問題は誰と誰が結婚するかだった。

真っ先に考えられるのはどちらかの国の皇帝の親族がどちらかの皇帝に嫁ぐということである。

この場合ラインハルトは既婚なので、独身のルルーシュにアンネローゼが嫁ぐのが一番自然だろう。

だがこの案にはラインハルト自身が猛反対した。

アンネローゼはラインハルトにとって唯一の家族であり、姉であると同時に母のような存在だ。

頻繁に会えないどころか、片道だけでもかなりの日数がかかるブリタニア首都に嫁に行かせるなど出来るはずはない。

ブリタニアから皇族の入り婿をとるパターンも提案されたが、姉を政治に絡めたくないと却下されている。

そこまで直球に言われたわけではないが、そのようなことを婉曲に説明されたルルーシュも何か察するところがあったのか、特に反論することなく頷いたという。

ではブリタニアから嫁をもらう場合はどうか。

幸いにというかブリタニアは前皇帝が非常にたくさんの子宝に恵まれたため皇族の人数は豊富だ。

ルルーシュの即位前に起きた内戦で多少人数は減っても、直系だけで三桁はいる。

だが銀河帝国とは違い、女性軍人の人数が半数を占めるブリタニアは女性皇族でも要職についているケースがほとんどだ。

まだ国内が安定していないのに、上の人間がいなくなるのは思わしくない。

そこで白羽の矢がたったのが、現皇帝ルルーシュと双子の妹であり、生まれてすぐに事情があって内密にゴッドバルト辺境伯爵家に引き取られていたリリーシャだった。

彼女は公式では皇族と認められていないため新政府には特にかかわっていないし、義理の兄がいるためゴッドバルト家を継ぐこともない。

血筋は現皇帝に誰よりも近いが、血筋が明かされたのが最近であったため、皇帝本人と関わりが薄い親族だ。

そのような非常に微妙な立場ゆえにブリタニアでも扱いに困っていたらしい。

ここで普通ならば皇帝ラインハルトのところに嫁にくるはずなのだが、ラインハルトが側室をとることを嫌がった。

さらに友好関係を築こうとしている国の姫を側室に迎えるのもいかがなものかという話になり、議論は誰に嫁がせるのが良いかという議題に移行した。

この時点で皇家同士の姻戚関係という案が明らかに破たんしているが、嫁は決定しているため今更白紙に戻せなくなったのだろう。

ブリタニア側から、元帥などの重鎮達の独身者の誰かに嫁ぐのはどうかという案が出されたのだ。

 何故最終的選ばれたのがオーベルシュタインなのかは本当にわからない。

 ラインハルトは初対面の相手と結婚というのは可哀想だと、終戦記念という名目のパーティーを開いて幹部達とリリーシャの顔合わせをさせている。

会った中で一番彼女が気に入った幹部と話を進めようということになったのだ。

当然ビッテンフェルトも選ばれる可能性はあった。

自分の嫁くらい自分で選びたいが、勅命であるため選ばれた場合断るという選択はない。

もし選ばれたならば、お互い様なのだし出来るだけ優しくしようという気持ちもあった。

そのように色々思うところはある状態でパーティーに出席し、初めてリリーシャ姫と会った。

皇帝ラインハルトも絶世の美貌だが、彼とよく容姿に関して比較されるルルーシュ帝と瓜二つと称させる彼女も勝るとも劣らない。

傾国の美貌とでも言えば良いのだろうか。

艶やかな黒髪は絹糸のように流れ、逆卵型の顔には美しく見えるように計算されたかのごとく大きな紫水晶の瞳や花びらの唇が鎮座している。

さらには輝くように白いきめ細かな肌、ブリタニア人特有のすらりと長い手足に、緩急に富んだ曲線。

宝石を縫いこまれたドレスが添え物にしか見えないほどの美しさだ。

性格は穏やかで、媚を売ってくることもなく、自然な笑顔でビッテンフェルトと話した。

幼い頃から体が弱く、領地から出たことがないどころか、このような公の場に出るのもほとんど初めてで緊張していると言っていた。

こんな純朴で大人しそうな娘が政略に使われるのかとかなり苦く感じ、他のブリタニア人_皇帝も来ていたため一緒にいた皇帝の私兵=ナイトオブラウンズへの態度が硬くなったものだ。

勢いでナイトオブワンであり、リリーシャの義理の兄であるジェレミア・ゴッドバルト卿に皮肉めいたことを言ってしまったのだが、彼は怒るどころか不快に思った様子もなく猛将の言葉を受け止めた。

ゴッドバルト卿は国境ラインに領地を持つ生粋の貴族でかなりの武闘派のはずなのだが、彼自身も男性的に非常に整った顔立ちをしており、腰が低く穏やかな好人物だ。

今まで散々『野蛮なスズメバチ』(彼らが戦艦による戦闘ではなくKMFを用いた戦術を得意と し、戦闘員がひとりでも艦内や基地内に侵入してくると被害が甚大となったため)と悪罵を浴びせた相手の代表がまさかこんな優し気な男だとは知らなかった。

このような男が、今まで何千隻もの銀河帝国の戦艦を鹵獲、もしくは沈めてきたのか。

内心で驚いていたが、彼の針金を限界まで引き絞ったような体を見て、納得もした。

飾るために鍛えられたものではないことがすぐにわかったからだ。

「ビッテンフェルト提督はお優しいのですね。ついこの前まで殺し合いをしていた国の姫のことをそこまでご心配いただけるとは思いませんでした」

微笑む顔は裏表なく好意に満ち、思わずビッテンフェルトも笑い返してしまったほどだ。

なんとなく気安さを感じた銀河帝国の猛将は、その後もジェレミアと話をした。

あまりに盛り上がり過ぎて、気付けば会話に加わってくる提督たちが何人もいたくらいだ。

「あの子・・いえ、リリーシャ様には幸せになってほしいのです」

会話の中でふと祈るように呟かれた言葉には、血の繋がらぬ妹への愛情が溢れていた。

なら政略結婚などさせるなと言ってやりたいが、そうはいかない事情もあるのだろう。

その時、会話の輪に加わっていたロイエンタールが視線を逸らしたが見えた。

薄々察してはいたが、この男はパーティーが始まってからずっとリリーシャの視界に入らないように動き続けている。

今だって彼女からは顔が見えないような角度を確保していた。

普段のビッテンフェルトならばもっと堂々とすべきだと主張するだろうが、今回は何も言う気がなかった。

漁食家として名高い智将の気遣いだと判断したからだ。

結婚後に浮気をする男だとは思わないが、異国から嫁いで夫に色目を使う女がいっぱいいるのを見せられるのは可哀想だろう。

単純にひとりの女に縛られたくないだけかもしれないが、それをここで言ったらとんでもないことになることくらいは予想が出来た。

 その後も楽しく話をしていると会場がざわめいた。

皆の視線が注目する先にはリリーシャがおり、彼女はひとりの男とダンスを踊っている。

その相手がオーベルシュタインだ。

「ああ。オーベルシュタイン軍務尚書ですね。・・・・彼が婿になるのかな」

さらっと呟かれた言葉に周囲の人間がぎょっとした顔でブリタニアの騎士筆頭を見た。

見つめられた青年は気にした様子もなく、柔らかな笑みを絶やさない。

「大変優秀な方と聞いています。真面目そうですし、品がある方ですね」

「ゴッドバルト卿。知り合ったばかりの卿にこんなことを言うのもどうかと思うが、止めた方が良い。というよりあのオーベルシュタインがどんな男か知らないのか?」

「さすがに存じてますよ。有名な方ですし。ですが、最終的にはラインハルト帝の御配慮でリリーシャ様がお決めになりますので」

ジェレミアの笑顔は絶えない。

その間も軍務尚書と異国の姫は優雅に踊り続けている。

リリーシャが小声で何やら話しかけ、オーベルシュタインもそれに応じているようだった。

「・・・妹君を説得した方が良いぞ?」

不思議なことに容姿で釣り合いが取れないということはないようだが、他にも問題が山積みだ。

主にオーベルシュタインの性格の問題で山積みだ。

ビッテンフェルトも含む話が聞こえていた周囲の人間が一斉にオーベルシュタインの問題点を列挙したが、ゴッドバルト卿は苦笑するだけで動こうとはしない。

それは他のナイトオブラウンズやルルーシュ皇帝も同じようで、徹底した傍観の構えだ。

姫の義兄は鍛えられた首を傾げ、穏やかに提案した。

「そんなにリリーシャ様を心配してくださるのでしたら、婿に立候補していただけませんか?」

言われて姫を救おうと話しかけに行った勇者達が多数いたが、姫当人のやんわりとしたお断りに敗走してきた。

そして戦局は覆らぬまま、婿選びパーティーは終わったのである。

 その後オーベルシュタインがラインハルトから『彼女がお前が良いと言ったから結婚しろ(要約)』と命ぜられ頷き、結婚する運びとなった。

 本人達は嫌がった豪奢な結婚式の後、オーベルシュタイン夫人となったリリーシャは本当によく頑張っていると思う。

仕事場と家の循環くらいしかしない夫に弁当(ブリタニアの文化らしいランチボックスの中身を妻が作って持たせる文化)を持たせたり、時折夫の仕事場に差し入れをしたり。

特に夜会で遊ぶこともなく、浪費することもなく、家の外を歩いていても散歩や買い物程度。

ミュラーの話ではオーベルシュタインと一緒に犬の散歩をしているのが目撃したらしいが、新婚旅行にも行ってない夫婦の外出がそれだけというのは酷過ぎる。

そのような憐れな異国の姫に邪心を抱き、ストレートに浮気に誘ってくる輩もかなり多いと聞いた。

幸いまだ何も起きていないが、ただでさえ夫が恨まれまくっているためいずれ彼女が辛い目に遭うだろうことは容易に想像がつく。

だがオーベルシュタインは夫人に護衛などはつけておらず、自身も今までと生活も変えていない。

わざわざ異国からお前なんぞのところに嫁にきてくれたのだから、ちゃんと守ってやれ!大切にしろ!と、他元帥達も再三言っているのだが、オーベルシュタインは変わらない。

常に職務を優先し、夫人は蔑ろだ。

フェルナー准将の話では夫人は気丈にも気にしていないと笑っていたそうだが、それがまた周囲のオーベルシュタイン憎しを上げている。

 散々夫人への同情とオーベルシュタインへの苛立ちをあげつらった後、いい時間になったため部下の勧めもありビッテンフェルトは多少おぼつかない足取りで酒場を出た。

部下達が自動運転の地上車や徒歩で帰宅していくのを見送り自身も車に乗ろうとしたところ、ふと視線をやった離れた場所で意外な人物を見た。

艶やかな黒髪に紫水晶の瞳の華人。

先程散々話題に上がっていたオーベルシュタイン夫人がいた。

ひとりではない。

10人ほどの男に囲まれ、怯えたような顔をしている。

その細腕が無理矢理引かれて、路地裏に連れ込まれた。

酔いが一瞬で醒め、ビッテンフェルトは慌ててそちらに走る。

オーベルシュタインのことは大嫌いだが、夫人に罪はない。

それ以前に女性が暴行されるのを見過ごすなど男として出来るはずはない。

銀河帝国きっての猛将はあっという間に距離をつめ、路地裏に飛び込み、一瞬固まった。

「・・え?」

思わず間の抜けた声が出る。

その反応も仕方のないことだろう。

彼の目に飛び込んできたのは、オーベルシュタイン夫人が素手で悪漢共を殴り倒している雄姿だったのだから。

 

 

 

 「たまたま近くにいらしたビッテンフェルト様が助けてくださらなかったら・・・どうなっていたか」

オーベルシュタイン夫人は涙ながらにそう語り、呼ばれた憲兵隊の隊員達は心底同情していた。

しきりに夫人を気遣い、彼女の窮地を救ったビッテンフェルトを褒めたたえる。

しかし当のビッテンフェルトは微妙に顔を引き攣らせ、曖昧な回答を繰り返すしかなかった。

助けに入ったのは事実なのだが、彼自身は何もしていない。

呆然としている間に、夫人は全員を徒手空拳で片づけ、

「申し訳ございませんが、憲兵隊を呼んでいただけますか?」

と返り血に汚れた顔で笑いかけてきたのだ。

その迫力に気圧されて、言われるままに呼ぶと、夫人は通報を受けた憲兵隊員達に男達に襲われそうになったところをビッテンフェルトが助けたと証言した。

ここで夫人がひとりで倒しましたとも言いづらく、とりあえず頷けば、勝手に憲兵隊と夫人が英雄譚を作っていく。

夫人は体が弱いのではなかったのか?

政治にも軍にも関わったことがない深窓の令嬢ではなかったのか?

もう何がなんだかわからない。

情報の整理が出来ず内心で頭を抱えていると、不意に周囲の空気が緊張する。

見ればそこには軍務尚書がフェルナー准将を伴って立っていた。

どうやら連絡を受けて、仕事場から直接きたらしい。

双方軍服のままだ。

「あなた!!」

見慣れた痩身が確認出来た瞬間、夫人が心底安堵したように声を上げ、夫に抱き付く。

その薄い胸でしゃくりあげる夫人を受け止めた後、オーベルシュタインはいつも通りの無表情でビッテンフェルトを見やった。

「・・・妻が世話になったと聞いた」

「・・・・・・ああ」

全く何もしていないがひとまず頷く。

「礼を言う」

平坦過ぎて欠片も心が感じられない礼の言葉が流れた。

普段ならそれに盛大に噛みつくところだが、夫人が再度大袈裟なまでに礼を言って来たので、出かけた言葉を飲み込んだ。

「日を改めてお礼に伺います。本日はこれで」

再び丁寧に頭を下げてから、夫人は夫の細腕に自身のそれを絡ませる。

オーベルシュタインは抵抗はしない。

いつもどおり背筋を伸ばしたまま、夫人を伴って去って行く。

それに続くフェルナーが一瞬何か含む笑みを浮かべたのが見えた。

ビッテンフェルトは直感的に奴は事情を知っていると思ったが、問いただす前に三人は夜の闇に消えていた。

 

 

 

「憲兵隊から連絡があった時は何事かと思いましたよ」

地上車に乗り込み、完全に人目がなくなってからフェルナーが笑い交じりに呟いた。

まだ何も詳細な説明はなされていないが、そこにあるのは事情を全て知った共犯者の笑みだ。

「ごめんなさい。まさかビッテンフェルト提督が近くにいると思わなくて」

そう笑うオーベルシュタイン夫人=リリーシャは先程までの涙は完全に消えている。

笑みにしても、他の彼女を知っていると思っている人間達には見せない不敵なものだ。

だがすぐにそれは気づかわし気なものに変わり、隣の夫に向けられる。

「お仕事中だったのでしょう?邪魔をして申し訳ございませんでした」

「・・・構わない。あの場をすぐに治めるならば出向いた方が効率が良い」

「もういい加減ばらしても良い気がします。そもそも代々武官の家系で育ったのにおしとやかというのにも無理があるような」

夫の平坦な声に、リリーシャは小さな頭を傾げ、何やら考えるような仕草をとる。

ブリタニアの国是は『弱肉強食』。

現皇帝によって見直されつつあるものだが、建国当時から続くそれは容易には変わらない。

その中でも国境ラインに領地を持ち、外敵からの攻撃に真っ先にさらされる場所で育った彼女は今まで戦場で生きてきた。

KMFとの付き合いはブラジャーよりも長い。

海賊などを相手に毎週のようにやってきた白兵戦と銃撃戦の力量は、ブリタニア内でも指折りだ。

そんな生粋の武闘派の彼女が、智で皇帝を支えるオーベルシュタインに惚れたのだから、面白いものである。

「そうでもない。君の国と違い、ここでは女性が前線に出ることはまずない。大人しくしていた方が自然だ」

「・・・・でもこのままだと貴方が余計なやっかみを受け続けますよ?か弱い妻に護衛もつけない酷い夫だと」

リリーシャとしても中途半端な護衛は邪魔なので助かってはいるが、夫がそのことで批判されるのは聞いていて楽しいものではない。

実際はリリーシャが非常に優れた戦士であることを加味した上での判断だ。

もしオーベルシュタインにとってこの妻が縁もゆかりもないただの敵だったとしても、暗殺してこいと命ぜられたらおそらく断るに違いない。

彼は出来ないことを出来るとはけして言わないからだ。

妻の心配にオーベルシュタインはいつも通り淡々と答える。

「嫌われるのは構わん」

「そうおっしゃると思っていました。・・・貴方は本当にお強いですね。・・わかりました。これまで通りか弱く振舞います。明日にでもビッテンフェルト提督を口止めしませんと。彼の性格上言い広めることはないでしょうが、納得させておかないと面倒なことになりそうですので。そうですね・・。『夫にはか弱い女だと思われたいんです』とか言っておきましょうか」

「君に一任しよう。結果報告を待っている」

「はい、あなた」

色気はないが、仲睦まじい夫婦の会話である。

このやりとりを聞いていたフェルナーは思わず吹き出してしまった。

最初彼らの結婚の話が出た時はどうなることかと思っていたが、この夫妻は存外気が合う。

しっかりとお互いを尊重している。

「”どんな鍋にも合う蓋がある”とはよく言ったものだ」

そんな楽し気な感想は、続いている夫婦の会話の中に溶けていった。

 

 

 



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2話

 地球時代から続く古帝国であるブリタニアには、国の歴史と同じくらい古い迷信がある。

皇族に産まれた男女の双子は男は国を栄えさせるが、女は国を亡ぼす原因となる。

だから女児はすぐに殺さなければならない。

そんな根拠など欠片もない、それどころかいわれすらも残されていない迷信だ。

銀河帝国や自由惑星同盟などの別な国の人間が聞けば一笑にふすだろう。

そもそもその双子の女児が原因でブリタニアが亡びたことなど一度もないではないかと。

確かにそうなのだ。

理屈として成り立たない、馬鹿な話だ。

だが、問題はそれを当たり前のように信じてる人間が大勢いたことである。

その条件にたまたま該当し、性別がわかった瞬間から処分されることが決まっていた憐れな子がいた。

彼女はリリーシャ。リリーシャ・ゴッドバルト。

今はリリーシャ・フォン・オーベルシュタインという。

 

 

 軍務尚書=パウル・フォン・オーベルシュタインの朝は、妻による組み付きからの脱出で始まる。

まだ朝日が昇りきる前の寝室。

結婚を機に購入したキングサイズベッドは長身の夫婦が寝てもかなり余裕がある広さを確保していた。

現在オーベルシュタインの頭は妻の胸に横抱きにされており、ちょうど彼女の心臓の上あたりに耳があるような状態だ。

頬に感じる温かく柔らかな塊の感触に、頭頂部感じる寝息、そして何より耳に流れてくる心音が妻の健やかな生存を示す。

前回は背後から抱き付いてきていたが、今回は体勢を変えたらしい。

適当に妻を軽く叩くと、拘束は解かれ、幼さが残るあくびが聞こえた。

「おはようございます。パウル。よく眠れましたか?」

「毎度のごとく拘束されて眠れていると思うのかね」

言いながら起き上がり、ベッドの脇の義眼を装着する。

振り返れば妻が紫水晶の瞳の瞳を細めて笑っていた。

「でも今回は魘されていらっしゃいませんでしたよ。やはり他人の心音を聞くと落ち着くというのは本当のようでございますね。色々試してみましたが、今回の体勢が一番安眠出来ているようです」

彼女がこちらに移り住んできて以来続けられた実験の結果がついに出たらしい。

これからも共寝をする時はあの細さに見合わない剛腕に拘束されることになるようだ。

おそらく彼女に拒否を示せばやめるだろうが、今のところそうするつもりはない。

彼女が言ったように、酷い夢を見なくて済むのはありがたいことだったからだ。

 オーベルシュタインは時折悪夢を見る。

それはもうこの世にいない兄の夢で、時々両親も出てきた。

具体的にどのような内容であるかは起床と同時に消え去るのだが、なんとも重苦しい後味だけはいつまでも残る。

しかし彼女がいるようになってからは滅多に見なくなった。

彼女の試行錯誤の成果だろう。

 リリーシャはベッドを下りて、手早く身支度を整えると、夫に笑顔を残して駆けていく。

オーベルシュタインの昼食を作るためである。

食事は今までラーベナルト夫人が担当してきたし、リリーシャ自身もブリタニアからメイドを連れてきているため、作る必要はないと何度も言っているのだが、彼女は夫の弁当を作り続けていた。

ちなみに本当は朝食と夕食も作りたがったが、ラーベナルト夫人の仕事をなくすことになると諦めさせたのだ。

オーベルシュタイン自身は別に妻が料理をしようと、格闘技をしようと気にしないが、使用人の仕事を奪うのは好まない。

だが彼女の要望を完全に退けるのもどうかと考え、無理矢理弁当作りをやめさせるようなことはしていない。

『私の花嫁修業を無駄にさせないでくださいな』

栄養バランスが考えられた彩り鮮やかな昼食を夫に持たせながら、リリーシャはいつもそう笑っているのだ。

聞けば嫁入りが決まった時点で、彼女の義姉(義兄であるジェレミアの妻)が料理を含めた様々な技術を全力で取得させたらしい。

料理以外にどういう項目があるのかは不明だが、かなり厳しい修行だったことは彼女の言葉の端々から察せられた。

修行の成果である美味しさを毎日味わっている身としては、わざわざ別な場所に食べに行く時間を省くことが出来る点も含めて感謝している。

副官であるフェルナーが毎度の如く副菜の一部譲渡をねだってくるのが最近の日課と化していた。

 朝食を共に食べ、妻のキスで見送られ出仕する。

朝一番に出席した帝国軍三長官会議で、美貌の男=ロイエンタールが何故か楽しそうな顔でオーベルシュタインを眺めていた。

「卿には存外結婚生活が合っているとみえる。死人のようだった顔色が生者のそれに見えてきたぞ」

「夫人の努力の結果だろう。異国にひとりで嫁いできて心細いだろうに・・」

この男ときたらと、言外に憤るのは愛妻家のミッターマイヤーだ。

おそらくふたりは昨日あったいざこざを知っていて、それでわざわざ絡んできたのだろう。

確かに他人から見れば、夫が妻を守らなかったせいで、あわや惨劇が起きそうだったのだからその認識は正しい。

しかし実際に惨劇が起きたのはリリーシャにではなく襲って来た男達にである。

比較的口が聞けた者を尋問して吐かせた結果、あの連中はオーベルシュタインによる軍内の規律強化で素行不良により除隊させられた元軍人で、職を失ったことへの恨みを軍務尚書の妻であるリリーシャにぶつけるつもりだったらしい。

一撃で再起不能な怪我を負わされた彼らは、自分が飢えた熊に素手で襲い掛かるくらいの愚行を犯したことに気付いているだろう。

今更気付いたところで取り返しはつかないが。

「ビッテンフェルト提督がその場にいなければ大変なことになっていたと聞いたぞ。卿は国家を代表してブリタニアの姫君を娶った自覚がないのか」

「護衛をつけるように言ったが本人が嫌がった。こちらでまで監視されたくないとのことだ。彼女の境遇から考えれば無理からぬことだろう。陛下の許可もいただいている」

実際はブリタニアで監視などされていなかったし(学校などには通えなかったようだが)、彼女は自分が実の親に捨てられたという事実を一切気にしていない。

実の両親のことを好いてはおらずむしろかなり嫌っているが、それは別に愛情の裏返しなどではなく、『実子を躊躇なく処分出来る』という人間性を嫌悪しているだけだ。

リリーシャは捨てられたことを気にする必要がないほど、養父母と義兄に心から愛されて育った。

彼女が画像を見せながら語る家族は、笑顔に溢れる幸せの具現のような存在だった。

  ちなみに最初は皇帝ラインハルトも護衛をつけるように言っていたが、彼女が素手でコンクリートブロックを叩き割ったり驚異的な射撃技術を持っているのを見せてご納得いただい た。

時々連絡をよこすゴッドバルト卿も義妹の実力を知り尽くしているため、「ご迷惑だと存じますが、リリーシャ様の好きにやらせた方が敵の排除効率が良いかと」と他人が聞いたら驚愕するようなことを言っていた。

遠方に嫁に出した妹を囮に使うことを勧めるとは何事かと思われるに違いないが、実際効率が良いのだから仕方がない。

 彼女を害そうと狙う輩は夫であるオーベルシュタインに引けを取らないほど多い。

オーベルシュタインへの恨みなどをぶつけようとする者、ブリタニアと銀河帝国の和解を快く思わない者、ブリタニアの皇族信仰者、彼女の義兄や実兄に恨みをもつ者、単純に彼女の美貌に惹かれた者etc。

これらの最終的に国家に仇なすだろう不穏分子を全排除というのは現実的ではないが、放置というわけにもいかない。

だからわざとリリーシャの警備を手薄にしておびき出し、消している。

昨日の一件は偶々露見しただけで、今までに何十件も同じようなことがあり、その全てを彼女が撃滅してきた。

彼女は強い。

とても強い。

オーベルシュタインが不幸にすることがないほど強い。

それゆえに彼女の申し出を受けて結婚したのだが、それはここで語るような話ではない。

 オーベルシュタインの答えが納得いかなかったのだろう。

ミッターマイヤーが明らかな怒りを滲ませて、義眼を睨む。

「・・・・・まさかとは思うが、噂は本当ではないだろうな?」

「噂とは?」

「ブリタニアとの次の戦争の火だねにするために卿が夫人を死ぬように仕向けているという噂だ」

オーベルシュタインの人工的な双眸が細められる。

 これは以前から囁かれていた噂だ。

ブリタニア側はリリーシャを厄介払いとして銀河帝国に送り込んで殺し、それを銀河帝国の責任として再度戦争を仕掛けてこようとしている。

軍務尚書のオーベルシュタインはそれを逆手にとり、ブリタニア側がリリーシャを殺したと(真偽は別として)すぐ公表しブリタニアに 先手を打って攻め込む大義名分にしようとしているという噂だ。

もちろんそんな事実はない。

大体数百年続いた戦争がようやく終わり、国交を結んで双方の経済を発展させていこうという時にわざわざむしかえす理由がない。

国土拡張のために戦争を再開させるにしても、もっと互いに回復して戦力を整えてからだろう。

少し考えればわかりそうなことだが、その噂がまことしやかに囁かれているのには理由がある。

まず元々皇帝ラインハルトの野望は宇宙を全て統べることだったため。

それとこちらの方が比重が大きいのだが、あのオーベルシュタインならば自分を慕ってくる妻を生贄に捧げるくらいやりそう、という認識のせいだ。

この噂についてはリリーシャ自身も知っており、『ルルーシュ皇帝も昔同じようなことされましたからね。メジャーな戦略なのでしょう』と受け流していた。

 「彼女をわざわざ死なせる利がない」

ここで『何故妻を死なせてまで戦争を起こなければならないのか』ではなく利という言葉を使うのがオーベルシュタインだ。

案の定両元帥の表情がさらに厳しくなる。

「利があれば死なせるということか」

オーベルシュタインはミッターマイヤーの言葉に珍しく即答出来ず、一瞬間を空けた。

彼女を死なせなければならない状況というのもおそらくあるのだろうし、その時がきたら自分はいつも通り決断するだろう。

だが、何故か彼女を亡くすことが想像出来ず思考が鈍る。

しかしそれもあくまで一瞬で、是と示そうとした時、ラインハルトがやってきた。

三人が起立し出迎え、再度着席した後、議題に入る前に皇帝は軍務尚書を面白そうに見て、

「案外夫人とうまくやっているようだな、オーベルシュタイン。大分健康に近づいてきたではないか」

と、ほぼロイエンタールと同じようなことを言い、会議はなんとも微妙な空気で開始された。

 

 

 

 「まあ、ビッテンフェルト様」

オーベルシュタインの仕事場、軍務省の建物に似つかわしくない華やかな女声がビッテンフェルトに声をかけてきた。

振り返ればオーベルシュタイン夫人が笑顔で近づいてくる。

普段着ているようなドレスではなく、動きやすいパンツスーツ姿だ。

それがかえって彼女の緩急豊かな曲線や手足の長さを強調し、美貌も相まって非常に眩しい姿となっている。

ビッテンフェルトについて来ていた部下達が、驚きと興奮混じりに彼女を見ていた。

 ビッテンフェルトが軍務省にわざわざやってきたのは、昨日の一件でオーベルシュタインを問い詰めたかったからだ。

しかしあいにくオーベルシュタインは三長官会議でおらず、ならば待たせてもらおうとしていた時に、リリーシャが通りかかったのである。

「ちょうどお礼に伺おうと思っていたところですわ。入れ違いにならなくて良かった」

「あ、ああ。フラウ。ところで何故貴女がここに?」

「夫の仕事の手伝いですわ。と言っても、書類を渡しに行ったり、お茶を出したりしかしてませんが」

ふふっと少女のように笑うオーベルシュタイン夫人に、ビッテンフェルトは納得して頷いた。

要するにオーベルシュタインに直接書類を渡したくない連中の代行をやっているらしい。

確かにこの夫人はフェルナー准将と同じく、軍務尚書に耐えられる胃の持ち主だった。

オーベルシュタインのせいで胃薬の減りが他よりずば抜けて早いと噂される軍務省において、かなり重宝される仕事だろう。

 リリーシャは笑顔を崩さず、何かを思いついたように手を打った。

「そうだ。ビッテンフェルト様。立ち話もなんですので夫が戻るまでよければお茶でもいたしませんか?お礼の品もお渡ししたいですし」

「いや、礼など・・・あー。了解した。ありがたく受け取ろう」

遠回しにふたりで話そうと言われていることに気付いたビッテンフェルトは了承し、部下達に休憩室で待っているように命じる。

さすがに女性と私的な話をするのに護衛は野暮だろう。

さらには他の者がいれば、昨日の話をしてもかわされるに違いない。

異国の姫君はさらに笑顔を輝かせると、偶々近くにいたフェルナー准将にどこの応接室を使いたいといったような希望を出した

 案内された部屋はなかなかの広さで、普段はあまり使われていないらしく清掃こそいきとどいていたが空気が冷えていた。

リリーシャはビッテンフェルトにソファーを勧め、自分で紅茶を淹れてテーブルに出し、自分も対面に座る。

そして型通りに礼を述べ、有名店の菓子を一箱渡してきた。

この店のチョコレートは一粒でランチが二回くらい食べられる値段ではなかったか。

それがこんな大きな箱となるとかなりの数が入っているだろう。

「・・・・受け取る理由がない」

「お礼というのは本当ですよ。私の嘘を否定しないでくれましたから。誰にも言わないでくださったのですね。ありがとうございます。貴方様はお金は受け取ってくださらないと思って食べ物にしました」

「何故弱いふりをしている?」

まだ続きそうなリリーシャの言葉を遮り、率直に尋ねればリリーシャは困惑した顔になった。

「・・・夫に嫌われたくないので。こちらではおしとやかな女性が好まれるのでしょう?」

故郷ブリタニアでは性別など関係なく、力を示せば相応の地位に就くことが出来るし女性軍人も約半数に上るが、銀河帝国での女性の地位はかなり低い。

程度の違いはあれど男に従属する女性が好まれる。

変に悪目立ちして、夫の心証を悪くしたくなかったのだと異国の姫は語ったが、ビッテンフェルトは納得しない。

「あのオーベルシュタインがそんなこと気にするとは思えん。それに奴も知っているだろう!フェルナー准将も知っているくらいなのだ!」

「フェルナー准将が?」

まだとぼける夫人に、ビッテンフェルトの声がさらに大きくなる。

「奴は明らかに全部知っている顔をしていたぞ!・・なあ、夫人。別に小官は貴女やオーベルシュタインの弱みを握りたくてこんなことを聞いているわけではない。単純に気になるから聞いているだけだ」

「大した弱みにはなりませんしね」

そう答えたリリーシャの声や笑みの種類が切り替わる。

今までの温かな木漏れ日のようなものが、鋭さが混じる不敵なものへと一瞬で変化した。

あまりの変わりように銀河帝国の猛将もぎょっとするが、リリーシャは笑みを絶やさない。

「というより大方予想はついておられるのでしょう?今日はその答え合わせにいらしたと考えてよろしいですか?」

首を傾げる仕草も幼さが拭い去られ、一種の老獪さすらもにじみ出ている。

一般男性ならばそれを見ただけで萎縮しそうだが、もちろんビッテンフェルトは違う。

むしろようやく本音を言う気になったかと、逞しい腕を組んで鼻を鳴らした。

「予想はつく。強いのを隠していた方が敵は油断して寄ってくるからだろう」

「大正解です。それがわかってらっしゃるのに何故わざわざいらしたんです?」

「ひとつ!どうやってあそこまで強くなったのか知りたい。あそこまで綺麗なアッパーや掌底は初めて見た。ふたつ!どれだけ強くとも妻を囮にするオーベルシュタインの策が気に食わん」

「・・・・・そんなことで?」

本気で戸惑っているリリーシャに、ビッテンフェルトは力強く言った。

「そんなことではない!陸戦部隊の連中でもあそこまで鮮やかに戦える奴はいないだろう。それにいくら強くとも不死身ではあるまい。わざわざ異国から嫁いできてくれた嫁を危険にさらしてどうする」

「・・・褒めていただけるのも心配していただけるのも嬉しいですが・・。別に私は夫に言われて仕方なく従っているわけではありません。むしろ私が夫に頼んで護衛を外してもらっているのです」

リリーシャはその後ひたすらあくまでも自分の意思で、そうしたいから囮をやっているのであって夫が強制しているわけでは断じてないと強調した。

それでもまだオーベルシュタインの責任を問うビッテンフェルトにとうとうリリーシャが怒り、

「私の話を聞くつもりがないのでしたらもうお帰りいただけますか!!」

と声を荒げることとなった。

「貴方方は勝手に私を憐れな姫君にしたがりますが、私は自分で決めてパウル・フォン・オーベルシュタインの元へ嫁いで参りました!私は夫を愛しています!宇宙全てが敵に回ろうと私は彼の味方です!それを錯覚だの無理矢理言わされているだの失礼極まりない!!私の気持ちを最初から決めてかかって自分の都合が良い答えを言わせたいだけなら話しかけないでください!!」

彼女にしてみれば、なんでも夫が悪いと言われるのは不快だし、それと同じくらい自分の考えを決めつけられるのが嫌いだ。

リリーシャはオーベルシュタインを愛している。

それを周囲に認めてもらう必要などないが、勝手に否定されるのは腹が立つ。

彼の何がわかるというのか。

わかろうともしないくせに。

適当なことを言わないでほしい。

ふざけるな。

言葉の中に押し込められた激しい怒りが伝わったのだろう。

「申し訳ない。オーベルシュタイン夫人。悪かった」

ビッテンフェルトは即座に非礼を詫び、オーベルシュタインの方針についての話題はそこで打ち止めになった。

 

 

 「もう一度戦っているところを見せてほしいと言われて、受けてしまったと?」

サイズがあっていない訓練服に着替えてきたオーベルシュタイン夫人に、フェルナー准将が半笑いで囁きかけてきた。

どうやら訓練室が騒がしいので野次馬としてやってきたようだ。

ちなみに野次馬は彼だけではなく、色んな部署からやってきていて人だかりができている。

夫が帰ってくるまでに執務室に戻らないと大変なことになるだろうが、そこは自己責任でお願いしよう。

「戦いません。ちょっと提督の部下の人を蹴るだけです」

リリーシャはどうにも乗り気でない様子で長い髪をまとめて、ため息をついた。

あれから夫に対する批判は封殺したが、それとは別にリリーシャの戦闘能力に関して質問攻めをされた。

話していて約束を違う人ではないことはわかったので、内密にしてほしいと念押しした後素直にブリタニアでの戦歴を説明したのだが、それがいけなかったらしい。

是非もう一度技を見せてほしいと熱望されてしまったのだ。

戦えば絶対に手加減していることがばれるため、蹴り一発で勘弁してもらうことにした。

周囲やビッテンフェルトの部下達には、『昔兄(ジェレミア)に格闘技を教わったことがある』と非常にぼかして伝えてある。

この場で真実を知っているのはフェルナーとビッテンフェルトだけだ。

フェルナーは面白い催しでも見るかのように楽し気だし、ビッテンフェルトの方はミットを構える部下に『油断はするな』とアドバイスしている。

忠告された部下は上司が大袈裟に言っていると余裕そうだが、それでも一応ミットを顔の前に構えた。

リリーシャの準備はとうに出来ている。

「ではいきます。いいですか?」

「どうぞ」

油断しているのだろう。

構えがゆるい。

だが、リリーシャも鬼ではない。

ガードを割るようなことはせず、ちゃんとミットの上にハイキックを叩き込み、受け手を横倒しに床へ叩きつけた。

一瞬訓練場が静まり返る。

やり過ぎただろうか。

リリーシャは顔だけ驚いたように作り、内心で困る。

しかし直後、フェルナーが

「夫人凄い!!軍務尚書のボディーガードになれますよ!」

と大袈裟に拍手し、続いてビッテンフェルトが笑って

「派手に倒れ過ぎだ。夫人はどれだけパワーがあるんだ」

と茶化すように唖然として倒れている部下を起こしたため、周囲にはビッテンフェルトの部下がわざと大袈裟に倒れてみせたと認知される。

職員からの歓声を浴びて、リリーシャが照れ笑いをしていると、

「何事だ」

大きくはない、だが聞き逃すことはない耳慣れた声が響いてきた。

訓練室の広い出入口。

そこには灰色のケープを身に着けた長身が佇んでいる。

「あら、あなた。おかえりなさい」

リリーシャがそう夫に微笑みかけるのと、野次馬職員達が蜘蛛の子を散らしたように去るのはほぼ同時だった。

 

 

 

 

 



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3話

結婚前のパーティーでの話です。


 煌びやかな終戦記念パーティー。

その中心を身を添いあって回っているのはそこまで長時間ではない。

しかしその間に、彼女はオーベルシュタインに告白し、オーベルシュタインはそれを受けた。

受けたことに告白した本人がひどく驚いていたが、それと同時に何故かとても喜んでいた。

宝石のような紫の瞳は光に満ち、白く滑らかな頬が上気して桜色に染まっていた。

「嬉しい。まさかすぐ受けてもらえると思っていませんでした」

「私が断ったらどうするつもりだったのです?」

「受けてもらえるようにプレゼンを練り直します」

「・・・左様で」

他を探すという選択肢はないらしい。

 彼女と会うのはこれで二度目だ。

逆に言うとたったそれだけしか会っていない。

しかし、彼女はどういうわけかオーベルシュタインに本気で思いを寄せているらしい。

思い返せば多少の心当たりはあるが、それで納得出来るほどオーベルシュタインの自己評価は高くない。

だが彼女自身になんらかの裏やオーベルシュタインを陥れようとする意図があるとも思わなかった。

事前情報と前回の会話や行動で、彼女は多少向こう見ずなところはあるが、かなり義理堅く誠実な性格の持ち主だとわかっている。

そんな彼女が恩人と認識しているオーベルシュタインを害すことを目的で近づくとは考えづらい。

 誰かが彼女の気持ちを利用しようと画策しているのではないかと疑い、周囲をさりげなく見渡すと、彼女の実兄であるルルーシュと目が合った。

そのリリーシャと瓜二つの美貌にあるのは、『可愛がっていた妹に彼氏が出来、デート現場を偶々目撃してしまった兄』の表情であり、一般の悪意とは方向性が違う。

次にビッテンフェルト提督達と楽し気に話していたリリーシャの義兄ジェレミアを見れば、花嫁を見守る父のような温かい視線を送ってきていた。

彼らがオーベルシュタインでも見抜けないほどの演者でない限り、彼らの差し金でないことは確定した。

 ダンスの相手の視線の動きに気付いたのだろう。

リリーシャが困ったような、悲しそうな微笑みを浮かべる。

「・・・・やっぱりいきなり告白しても信じていただけませんよね。順序は逆になってしまいますが・・・私が本気であることを時間をかけて証明していきたいと思っています」

「・・・・・・」

物好きなとは言えなかった。

少なくとも彼女が真剣であることは伝わってくる。

「・・・・・私は貴方を幸せに出来ない」

むしろ不幸にするだろう。

オーベルシュタインは言外にそう言って、人工の目を細める。

帝国の影であり、国内全ての策謀を主導していると考えられている軍務尚書には敵が非常に多い。

毎日のように命を狙われ、同僚にも罵倒される。

一般に言われる幸福とはかけ離れた生活だが、自身で選んだ道なので特に後悔はない。

後悔はないが、彼女に何も言わず期待をさせるのは気が引けた。

今更こんな気遣いめいたことを口にするくらいなら最初から断れば良いものを、何故彼女の申し出を受けたかと言えば_打算である。

リリーシャは公式では認められていなくとも、現皇帝の実妹であり、ブリタニア帝国最強と謳われる騎士の義妹だ。

その美貌や悲劇的な境遇から国内外に影響力があるし、彼女と婚姻を結ぶことにより、彼女の兄弟姉妹とパイプを得られるチャンスを逃すわけにはいかない。

だがそれと同時に自身の名誉を汚してでもオーベルシュタインを救おうとした彼女が冷めてくれたらと思う気持ちもある。

 リリーシャは微かに気配を重くするオーベルシュタインをマジマジと見つめ、くすりと花開くように笑った。

「ご安心ください。私は貴方くらいで不幸になるような女ではございません。貴方が私ごとどこかを消し飛ばす決断をしたとしても勝手に生き残ってみせます。子供が出来たなら私が子供を守ります。どうぞ、思うままにお進みくださいませ」

「・・・・・・・・」

「あ、それとも年の差のことを心配されているのですか?確かに15歳違いますが、私は気にしません。確率的に私の方が長生きしますので貴方をいつか看取りますよ。ひとりにしません」

「・・・・・・・・」

「・・・・・やっぱり駄目ですか?」

ここにきて不安になってきたのか、リリーシャは美貌を不安に染めて上目遣いになる。

「駄目なら受けません」

「・・そうですね。撤回しちゃ嫌ですよ」

非常に素っ気ないきっぱりとした正論に、異国の姫君は今度はほっとしたように笑う。

曲の終わりが近い。

この後彼女のプロポーズをオーベルシュタインが受けたことが各位に伝達され、後日皇帝ラインハルトから正式に通達されるような流れとなるだろう。

おそらく結婚式やらの準備が業務の中に加わり、さらに多忙になるだろうが、特に気が重くなるようなことはなかった。

ほとんど諦めていたオーベルシュタイン夫人の誕生に、オーベルシュタイン家に長く仕えているラーベナルト夫妻は泣いて喜ぶだろう。

飼っているダルマチアンは彼女に懐いてくれるだろうか。

彼女の私室はどこにすべきだろうか。

懸案事項はいくつでもあがる。

帝国随一の頭脳が激しく稼働し始めた中、不意に耳に彼女の唇が寄せられた。

「ご自宅に戻られましたら、寝室にてひとりでお待ちください。窓を開けておいていただけると助かります」

ダンスの終わりに、リリーシャはそう囁いた。

何故と疑問を挟む前に異国の姫君は、オーベルシュタインから離れ、礼儀正しく一礼して去って行った。

そんな彼女に何人もの勇者達が果敢に話しかけに行くが、会話こそ聞こえないが見事玉砕したのは雰囲気で伝わってくる。

 最後に残された言葉にオーベルシュタインの眉が寄った。

内密にしかも早急に話し合いたいという意味だと察することが出来るが、彼女がオーベルシュタインの私邸の場所を知っているということも問題だ。

 オーベルシュタインが脳内で様々なことを巡らせている時、彼に声をかけた人物がいた。

「良かったではないか、オーベルシュタイン。永久凍土が多少なりとも溶ける時がきたな」

「・・・・・陛下」

非常に含みのある笑顔を浮かべた皇帝ラインハルトが、軍務尚書の細い肩を叩く。

オーベルシュタインは瞬時に悟った。

彼はどうやらおよその事情を知らされているらしい。

おそらく皇帝ルルーシュとの一対一での会談の中で話しあわれたことなのだろう。

「宇宙は広いものだ。帝国内では見当たらない類の女性があっさり見つかることもある」

明らかに悪戯を楽しんでいる子供のような表情の君主に、痩身の参謀は微かに視線を砥ぐ。

どうやらこのまだ少年の心を残す皇帝は、いつも言いたいことを臆せず言い放つ軍務尚書を少なからず揺らすことが出来てご満悦らしい。

その思惑の中には、オーベルシュタインが結婚することで僅かでも人間性を表に出すことへの期待もあるだろう。

「彼女が珍しい類の女性であるということは同意いたします。彼女のような出自の人間は宇宙広しといえどそういないでしょう」

あえて求められていない回答を渡し、皇帝がまだ人の悪い笑みを消さないことに内心でため息をつく。

オーベルシュタインは素直に諦めると、主君の遠回しな文言を選んだ問いに大人しく答えることにした。

夜会はまだしばらく終わりそうにない。

 

 

 

 帰宅後、オーベルシュタインはリリーシャの指示に従って寝室でひとりでいた。

執事夫妻を休ませ、屋敷内で起きているのは現在屋敷の主人だけだろう。

窓を開けておいてと言われたので、おそらくそこから入ってくるつもりなのだろうが、特に警備を甘くしたりなどはしていない。

陸戦のエキスパートである彼女ならば問題なく侵入出来るだろうという確信があったからだ。

おそらくは、何かの理由をつけてこの近辺まで来て、こっそり寄るに違いない。

ここは三階だが問題ないだろう。

暗殺の警戒も特にしていない。

わざわざ襲撃を予告して暗殺するメリットも、このタイミングでオーベルシュタインを殺す理由もないからだ。

ただそこまで早急に話したい内容も検討がつかなかった。

 わからないことだらけで待つこと1刻ほど。

不意に窓枠の下側に手がかかった。

手が大きい。

明らかに成人男性の手だ。

オーベルシュタインは軍人らしく素早い動きでブラスターを構える。

すぐさま撃とうとするが、下から登って来た顔を見て思いとどまった。

「夜分遅くに申し訳ありません。こうでもしないと貴方としっかり話す機会を持てそうになかったので」

しなやかな動きで室内に降り立ったのは、長身で非常に引き締まった体躯の男。

銀河帝国ではありえないブリタニア人特有の翡翠色の髪に、橙色の双眸。

神聖ブリタニア帝国ナイトオブラウンズ筆頭=ジェレミア・ゴッドバルト卿がそこにいた。

その広い背中に何やらたくさんのものを背負っている。

内心で驚くオーベルシュタインをよそに、さらに驚く事態が発覚した。

「ジェレミア。下ろせ」

「はっ!」

ジェレミアは『荷』の命令に従い跪くと、丁寧に下ろす。

背負われていたのは華奢な青年。

おそらく来るだろうと思っていた女性と瓜二つの美貌。

オーベルシュタインの寝室に、神聖ブリタニア帝国皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが御入来された。

 

 

 

「改めまして、ナイトオブワン_ジェレミア・ゴッドバルトでございます。お疲れのところ申し訳ありません」

そうジェレミアは丁寧に頭を下げた。

オーベルシュタインが座るベッドに向かい合う形に移動された三人掛けソファに座り、同じく間に移動されたテーブルに持ち込んだ酒類を並べた後の言葉だ。

この騎士は、主君と酒つまみ類を背負った状態で、登れるとっかかりが何もない三階の窓枠に手をかけたらしい。

噂には聞いていたが、まさに人を逸脱した運動能力の持ち主である。

彼の戦闘力などを表す逸話はいくらでもあるが、おそらくそれらは全て真実なのだと今わかった。

「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだ。すまん。もっと早く来る予定だったんだが、思ったより警備を抜けるのに時間がかかった」

抜けないでくれ。

どこか不遜な皇帝の言葉に、オーベルシュタインは心からそう思ったが、口には出さなかった。

 ブリタニア側を招くにあたって、警備は両国合同で行われている。

その警備を抜けてきたということは、今大騒ぎになっているのではないか。

警備担当責任者の首どころか命が危ない事態だったが、懸念に気付いたジェレミアが慌てた様子で首を振る。

「あ、ご安心ください。影武者を残して参りましたので陛下も私もいないことはばれておりません。警備を抜ける際も誰にも気付かれませんでした。警備の者を怪我させたり、眠らせたりもしておりません」

オーベルシュタインは警備内容の見直しを検討しなければならないと内心で頭を抱える。

しかしそれよりも確認しなければならないことがあった。

「そうまでして何をなさりに来たのです」

目の前に敷き詰められた酒瓶とつまみに嫌な予感を覚えながら、怜悧冷徹と評される軍務尚書は尋ねた。

酒を飲みに来たのはわかるが、問題は理由である。

ジェレミアはオーベルシュタインの問いに、最初から伸びていた背筋をさらに伸ばし、表情を引き締めた。

「はい。実はブリタニア、いえ、ブリタニアの日本地区には娘が結婚する前に父親と婿が酒を酌み交わす『腹を割って話す』という習慣がございます。互いの心を吐露して、家族としての信頼関係を築く第一歩とする儀式です。本来でしたら父親が参るはずなのですが、あいにくすでに鬼籍に入っているため、私とルルーシュ様が代理として参りました」

「本当ならこんなこそこそしないで、堂々とやりたかったんだが、警備やスケジュールの関係上時間がとれなくてな。いくらあいつが惚れてる相手でもどんな奴かわからないのに嫁に出すのは抵抗がある」

言いながらルルーシュは用意させたグラスに酒を注ぎ、オーベルシュタインに押し付ける。

そして自身とジェレミアの分も手早く作ると、大きく息を吐く。

「嫌だとは言わせんぞ、パウル・フォン・オーベルシュタイン。打算があろうがなんだろうがお前は俺の妹のプロポーズを受けたんだ。ならお前は俺達の義弟。俺達はお前がどんな男か見極める義務がある」

言いながら乾杯の一言すらなく、ルルーシュは酒を一息で空ける。

ジェレミアもそれに続いた。

「・・御意」

オーベルシュタインは普段通りに平坦に応じると、琥珀色の液体を喉に流し込んだ。

パウル・フォン・オーベルシュタイン生まれて初めての親族飲み会の幕開けである。

 

 

 

 

「あいつ嫁に行くの早すぎだろう。ようやく仲良くなったと思ったらこれだよ。薄情だ。俺の分の運動神経根こそぎ持って行ったくせに何が不満なんだ。しかもなんで嫁ぎ先銀河帝国なんだよ。ワープやゲート使いまくってもかなり遠いのに。オーベルシュタイン。もうお前が婿に来い。パウル・ゴッドバルトだと語呂が悪いが気にするな。ジェレミアの実家のオレンジは美味いぞ。栄養とれ、栄養」

一時間後、神聖ブリタニア帝国の皇帝は顔を真っ赤にして未来の義弟に絡んでいた。

元々酒自体飲み慣れていないため、ペースも何もわかっていなかったのだろう。

途中から隙をみてジェレミアが酒を水やノンアルコールにすり替えているため、急性アルコール中毒は防げている様子だが、大分呂律が怪しい。

 この結婚話が出る前から、オーベルシュタインはブリタニア皇族の人間関係などは把握していた。

その際リリーシャとルルーシュは何度も言い争っていた(正確にはリリーシャがルルーシュに冷たかった)との目撃談があったため、最初仲が悪いと考えていたのだが、夜会での視線のことも含めてどうやら違うらしい。

いや、話の内容からすると最初仲が悪かったが、話し合うなどして打ち解けたということだろう。

 自国の首都に大量破壊兵器=フレイヤを撃ち込み、億単位の人間を大虐殺した『ブリタニア史上最悪の悪女』こともうひとりの妹=ナナリーを自ら処刑した後だったため、もう血縁内で争うことに嫌気が差していたのかもしれない。

「あいつてっきり、ジェレミアみたいな武闘派選ぶと思ってたんだけど、まさか参謀タイプにするとは・・。いや、お前に不満はないぞ?度胸あるし、いちいち騒がないとこが良い。それでももっとなんていうか・・・・早すぎるだろ、嫁ぐの」

 最初の方はオーベルシュタインの私生活やら、仕事に対する方針やら、考えなどをかなり真剣に聞きたがり、オーベルシュタインも真面目に答えていた。

国の方針の違いも大きいだろうが、オーベルシュタインの考えを聞いてもふたりのブリタニア人は特に不快がることはなかった。

むしろ当たり前じゃないかと驚かれることに、こちらが驚いたくらいである。

 おそらく聞きたかったことを聞いたため、気が抜けて酔ったと思われる皇帝は、途中からひたすら未来の妹婿と忠臣に愚痴のようなことを呟いていた。

それでも機密情報はもらしていないあたりさすがと言うべきか。

「聞き流してください」

「御意」

対照的にジェレミアやオーベルシュタインは特に酔った様子はない。

ふたりともそれなりの量を胃に収めているはずなのだが、平生となんの変化もなかった。

 ルルーシュは酒(ジンジャーエール)を飲み干し、勢いよくグラスをテーブルに置く。

「ジェレミア!ていうかお前のうちなんなんだ!秘密ありすぎだろ!あいつのことといい、幼馴染みのことといい!いや、あいつがあんないい子に育ったのはお前の両親やお前が可愛がって育てたからなのは・・わかってるが」

話に脈略がなくなってきた。

かなり眠いのだろう。

上下の長い睫毛が先程から何度も離れがたいと主張している。

「オーベルシュタイン・・・あいつを、リリーシャを幸せにしなかったら許さないぞ」

「・・・・・・」

幸せに出来ないことは了承済みですとは言えなかった。

オーベルシュタインの沈黙をどのように受け取ったのか、ルルーシュはうとうとしだす。

ジェレミアは笑って自身の上着を脱ぐと、ソファの肘掛けを枕に眠る主君にかけた。

そして正面に座るオーベルシュタインに頭を下げる。

「真剣に質問に答えてくださいましてありがとうございます。あの方を、リリーシャ様をどうかよろしくお願いいたします」

「・・・・最初から思っていたのですが、何故貴方方は私と彼女との結婚を反対しないのです?」

オーベルシュタインはリリーシャより15年上で、国内外で評判が悪い。

妹の幸せを祈るならば、ビッテンフェルトやミュラーあたりを勧めるべきだろう。

しかし何故かこの兄ふたりは結婚自体をとりやめさせようとはしていない。

見極める云々以前に、結婚の理由が打算だと読んでいるならば普通は反対するはずだ。

 その問いにジェレミアはきょとんと眼を丸くし、すぐに破顔した。

「あの子は母に似て男を見る目があるので私はその点について心配しておりません。あの子が良いというのならば貴方が私と陛下の義弟です」

「それを盲信と言うのでは?」

「いいえ。ルルーシュ様はその根拠を求めに今宵こちらにいらっしゃいました。そしてこうして納得されてお休みになっておられます。私は元々あの子の目を疑っておりません。貴方もあの子がお嫌いではないでしょう?」

「・・・・・・・」

なんとも答え難く沈黙する。

ジェレミアは義妹とそっくりな笑い方で、オーベルシュタインの顔を覗き込んだ。

その暖色の双眸は色彩通りの温度を湛えている。

「両親もきっと喜んでいると思います。貴方に逢わせられないのが本当に残念でなりません」

「五年前のテロで亡くなられたとか」

ジェレミアがテロリストゼロのリリーシャを(この時は皇族だと世間には知られていなかった)盾に取った脅迫により皇族暗殺未遂事件の犯人を故意に逃がした。

その行為を皇族への背信だと、皇族信奉者が先代ゴッドバルト辺境伯爵夫妻を狙ったテロを敢行。

ゴッドバルト夫妻は娘を庇い、父=シェルビー・ゴッドバルトは即死、母=ヘルミーネ・ゴッドバルトは再起不能になるほどの重症を負い、後にその怪我が原因で死亡したと報道されている。

明らかにマスコミを使った情報操作が含まれていたため、どこまで本当かはまだ判断がつかないが、娘を庇って夫妻が亡くなったのは本当のようだ。

ジェレミアは当時を思い出したのか、精悍でありながら穏やかに整った面差しを悲痛に歪めて呻く。

「・・・・・ええ。私が不甲斐ないばかりに・・・。あの子には辛い思いばかりさせてしまいました。なので勝手な話ですが、あの子が愛する人を見つけて、嫁ぐことになったのはとても嬉しいのです。寂しくもありますが」

言葉通り寂し気に目を伏せながら彼はオーベルシュタインの酒杯と自分のものに酒を注ぐ。

「あの子との出逢いの経緯も聞いております。遅くなりましたが本当にありがとうございました」

イゼルローンであったことの詳細を聞いているのだろう。

言葉だけでない感謝の念が伝わってくる。

オーベルシュタインはきっぱりと首を振った。

「・・・いいえ。礼を言われるようなことは何もしておりません。私は規則を守り、巻き添えをくわせないために鍵を開けた。それだけです」

「それがあの子には何より嬉しかったのです。こちらに戻ってからもずっと貴方のことを心配しておりました。ご無事で良かった」

「・・・今回の結婚の理由はそれですか?」

むしろそれしか考えられなかった。

まさかと思うが、彼女にしてみれば遠国から絶対零度の剃刀に嫁いでくるだけの理由になるらしい。

ジェレミアは困ったように苦笑する。

「それもあるとは思います。ですがそれだけではないでしょう。気になるのでしたら結婚後本人に聞いてみてはいかがです?あ、もっと早く確認出来ますね」

「?」

不意にジェレミアが開け放たれたままの窓を見やる。

すると今度は窓枠に白く小さな手がかかっていた。

飛び込んできたのは黒づくめの覆面をした女だ。

「来ちゃいました。いやぁもっと早く来たかったんですが、警備躱すのに時間がかかってしまって」

そう言い訳じみたことを言いながら女が素顔をさらすと、そこにはソファで寝ている皇帝と同じ顔がある。

オーベルシュタインは警備内容の見直しを密かに決定した。

そして今日の睡眠を諦めた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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凍らぬ百合

オーベルシュタインとリリーシャの馴れ初めです。
舞台版ではオーベルシュタインには腹違いの兄がおり、兄=シュテファンをイゼルローンの折りに亡くしています。



 

 

 

 ほとんどの人間が知らない事実だが、現夫妻であるリリーシャとオーベルシュタインの出逢いはイゼルローンだ。

 神聖ブリタニア帝国の忌み姫と銀河帝国の義眼の大佐。

本来まず交わらないはずのふたりは、主にリリーシャの軽率かつ浅慮かつ自暴自棄(散々指摘されたし、本人にも自覚がある)な行いによって出逢った。

今でこそ安定して暴れているリリーシャだが、当時は精神的にかなりまいっていた。

愛情を惜しみなく注いでくれた両親をテロで失い、唯一遺された家族である兄のジェレミアは戦場で行方不明。

一年近くの間半死人のように過ごしていたが、兄の生存がテレビの映像でわかり、リリーシャは喜びに喜んだ。

しかし兄と再会した後、衝撃の事実に打ちのめされたのだ。

自身がどの皇族かまでは知らないが、一応皇族なのはかなり前から知っていたので驚くところではない。

なんと現皇帝である実兄のルルーシュはテロリストのゼロで、ジェレミアを悪戯に陥れ生来の体を失わせ、両親を奪う遠因となった男だったのである。

一番の被害者であるジェレミア自身は『自分の力不足ゆえのこと』と主君の責任ではないことを主張したが、リリーシャは到底納得出来るものではない。

この男さえいなければ両親は死なず、兄は変な組織に連れていかれて改造などされなかったはずなのだ。

ルルーシュさえいなければ、自分は今も幸せだったはずなのだ。

実際はそんなことはなかったかもしれないが、その時はそうとしか思えなかった。

必死に実の兄妹の仲を取り持とうと心を砕くジェレミアに気を使って、言葉にしないよう態度に出さないよう神経を張っていたが、伝わるものなのだろう。

初顔合わせからしばらくしても、ルルーシュとリリーシャはぎくしゃくし続けていた。

そんな時、ふとしたきっかけからジェレミアがメイド長の小夜子と恋仲であることを知ったのだ。

兄まで自分を置いていくのか。

リリーシャは絶望でおかしくなりそうだった。

いや、その時はすでにおかしかったかもしれない。

頭ではジェレミアは結婚しようと子供が出来ようとリリーシャを邪険にしたりしないし、愛し続けてくれるとわかっている。

きっと両親が生きていれば、多少拗ねたり嫉妬したりしながら祝福出来ただろう。

でも両親はもういない。

このままでは自分の残された支えが、幸せが連れていかれてしまう。

なら兄であるジェレミアとは血が繋がっていないのだから、自分が結婚すればずっと一緒にいられる。

後から振り返るとかなり異様な発想だが、リリーシャはその時本気でそう思っていた。

 その後ジェレミアに告白して振られ、ますますどうすればいいのかわからなくなっていた _意外なことにリリーシャには戦友や部下はいるが、通常の友人がひとりもいない。家族以外に相談相手すら思いつかない_時、転機が訪れた。

両親を殺したテロリストどもの居場所がわかったのである。

ずっと捜索させ続けていたが(最初は自ら行っていたが、根詰めすぎるためジェレミアに止められていた)、それがようやく実を結んだのだ。

行き場のない様々な感情のぶつけ先がわからずに押し潰されかけていたリリーシャは、その情報に飛びついた。

兄達が止める間もなく無理矢理持ちだした量産型のKMFを駆って、報告されたアジトに襲撃をかけたのである。

その襲撃でテロリストの半分以上を屠ったが、生き残った連中の脱出を許してしまい、リリーシャは連中の航路から相手の目的を察して追いかけた。

 ここで銀河帝国とブリタニアとの行き来の手段について触れる。

このふたつの国々は別な星系にあり、ゲートで行き来可能だ。

ゲートとは宇宙空間内に自然発生した孔であり、空間と空間を繋ぐトンネルだ。

これを使えば極端な話、数分でオーディンへ行けるくらいの大移動が可能となる(実際はオーディン近くに出るゲートは確認されていない)

ゲートごとに繋がる先も移動距離も千差万別であり、全部が全部往復出来るタイプというわけではなく、一方通行のものもあれば、電波だけが通るものもあり、大きさも様々ある。

銀河帝国領内にはほとんどないが、ブリタニア側には無数に点在している現象であり、古くから使われてきた。

ブリタニアの戦艦は別として、宇宙船でワープ機能がついていないものが多いのはゲートの存在のせいである。

 その数少ない銀河帝国領内に繋がっているゲートの一つがイゼルローン要塞の近海_船乗りの墓場_にあった。

テロリストどもはそこから要塞に助けを求めて、銀河帝国に亡命するつもりだろう。

そうなれば復讐の機会は二度と訪れない。

絶対に逃がしてなるものか。

報いを受けさせてやる。

備え付けの薬物を使うことも厭わずに、何日も追い続け、ようやく相手の艦を射程距離におさめたのはゲートを抜けて銀河帝国領内に入ってからだった。

その頃にはリリーシャも疲弊しきっていたが、仇を消すことに問題はなかった。

何隻もあった戦艦を次から次へと撃ち落とし、最後の一隻となった時こう吐き捨てたのだ。

「もっと時間をかけて殺せないのが残念だ」

 仇を全て宇宙の藻屑に変え終えた後、リリーシャは大きくため息をついた。

薬の効果が切れたのか、さらに凄まじい疲労が押し寄せてきた。

ようやく最愛の両親の仇をうてた。

ひとりでここまで来たことは怒られるだろうが、連中を堕としたことは褒めてもらえるに違いない。

大きな瞳から零れる涙がどういうものなのかわからないまま、拭うこともせずに放っておいていると、覚悟していた現実が警報として鳴り響いた。

やはりというかイゼルローンに駐留している艦隊が、こちらに向かって来たのだ。

どうやら先程消した連中が救難信号を送っていたらしい。

さらにこちらに投降するようにとの通信が送られてきた。

どうするべきか。

普通そこは悩むところではないはずだが、その時のリリーシャは悩んだ。

逃げるのは論外だ。

後ろから集中砲火を喰らって消し飛ぶ。

相手がすくないならば避けられるが相手の艦は万を超える。

どうやっても無理だろう。

逃げられないならいっそ立ち向かって旗艦だけでも堕とすか。

それが良いかもしれない。

銀河帝国はそもそも敵国で、現在も戦時中だ。

ならば多少の武勲を遺して逝って問題あるまい。

このまま死ねばもう自分の居場所に悩むこともないのだしちょうどいいかもしれない。

そこまで疲れた思考が到達して、ジェレミアが今も必死に自分を追ってきているだろうことを考えた。

兄達を悲しませたくない。

でもこのままでも辛い。

その後もしばし悩んだが、結局投降することにした。

ブリタニアから捕虜になる人間はあまりいないため、ひどい目にあうだろうが、いきなり銃殺もされないだろう。

生きてさえいれば脱出も出来る。

リリーシャはため息をつきながら相手の誘導に従った。

この決断が後の自身の人生を決定づけることとなることは、この時知る由もなかった。

 

 

 

 正直拷問されるくらい覚悟していたリリーシャだったが、イゼルローン駐留艦隊の取り調べの大雑把さに逆に驚いた。

セクハラめいたことは散々言われたが、実兄と瓜二つの顔を誰も指摘しないし、いつも使っている偽名や所属を確認され撃ち落とした連中のことを軽く聞かれただけで、後は艦内の牢獄に放置だ。

イゼルローン基地内に連れていかれるかと思っていたが、基地のトップと艦隊のトップが仲が悪いらしく連絡すら取りたくないらしい。

階級を大尉と名乗り、平民出身としたからかもしれないが、普通ならもっと色々聞いてくるものだろう。

聞かれても答えるつもりはさらさらなかったが、あまりの雑さに呆れてしまった。

一応次の連絡船でオーディンに移送されて、追加尋問を受ける予定だが、それも実行されるか怪しいと睨んでいる。

どこかで隙を見て逃げ出した方が良さそうだ。

 リリーシャは牢屋でひとりになった段階でかなり冷静になっており、自分がやったことを思い返していた。

ちなみにひとりでテロリストどもを殲滅したことは後悔も反省もしていない。

捕まったことも自業自得なので仕方がない。

あそこで誰かを連れて来たり、報告したり指示を仰いだりしている余裕などなかったし、連中を皆殺しにするという目的はきちんと果たしていた。

 自分は一応血筋的には皇族だが、皇族自体が三桁いるため別に希少価値はないし、現皇帝の実妹だが公式で認められてもいない。

大体リリーシャという名前は両親がつけてくれたもので、前帝やマリアンヌ皇妃は知りもしないのだ。

皇族のリリーシャ・ヴィ・ブリタニアなど今も昔も存在しないのである。

ジェレミア・ゴッドバルトの妹のリリーシャ・ゴッドバルトは病弱設定でこんなところにいるはずはないため、現在の自分は平民出身騎士のリリー・エバンズ大尉だ。

もし脱出に失敗したとしても、本当のことなど絶対に言わない。

しかしそうなると心配なのは兄ジェレミアだ。

兄は絶対にリリーシャを心配し、助け出す手立てを考えているに違いない。

兄には本当にすまないことをしたと思っている。

両親を失ったのは自分だけではないことにどうして思い至らなかったのか。

自分の感情ばかりで、どうして兄のことを労ってやれなかったのか。

考えだすと泣きたくなるほどの自分勝手さだ。

再び会えるならば謝りたかった。

そして義姉との関係を改めて祝福したかった。

 リリーシャが独房で静かに家族を思っていると、不意に牢の外に複数の気配が近づいてきた。

食事の時間ではないし、巡回の時間でもない。

何か状況に変化があったのか。

訝しく思って待っていると、鍵が外される音と共に扉が開き兵士達が入って来た。

「何か?」

この時かなり油断があったとリリーシャは後に振り返っている。

さらに言うなら拘束衣を着せられていたため、普段のような動きが出来なかった。

だからにやついた男6人がかりで、粗末な寝台の上にいきなり押さえつけられることを許してしまった。

リリーシャは無知ではない。

今から何をされようとしているかくらい察しがつく。

拘束衣の適当な場所を破くつもりなのか、兵士達の手にはナイフがあった。

だが大人しくやられてやる筋合いはない。

力任せに体を跳ね上げ、正面にいた相手に強烈な頭突きを見舞ってやった。

悲鳴すらも残さず、牢の外へ吹き飛んだ男は鼻が潰れて意識を失ったようだ。

「なっ!?このくそ女!!」

「しっかり押さえてろ!」

思わぬ反撃に苛立った他の男にのしかかられる。

やはり手足が使えないと全員を倒すのは難しい。

負けるものか。

リリーシャが食いちぎってやると内心で意気込んでいると、思わぬ助けの手が差し伸べられた。

「何をしている」

とても素敵な声(後のリリーシャ談)が、場の空気を一瞬で凍結させた。

扉の前に立っていたのは背の高い、細身の佐官_確かあの階級章は大佐_だ。

その手にはブラスターが握られている。

「捕虜への虐待と判断する。即時銃殺も許される案件だ」

淡々とそう告げると、極寒の視線で凍り付いた男達が何かを言いかけたが、それは未遂に終わった。

「逃げようとは思わないことだ。貴官らの顔は覚えた。部屋で謹慎していたまえ。この場で撃ち殺されたくなければな」

実質の死刑宣告に、男達は怯えた顔で走り去った。

残されたのは彼とリリーシャのみだ。

まだ多少息を乱している捕虜を見た彼はブラスターを下ろし、丁寧な所作で起き上がらせてくれた。

顔を近くで見ると彼が義眼であることに気付く。

「怪我は?」

「いえ。助けてくださってありがとうございます」

「こちらこそ詫びねばならない。捕虜への虐待は重罪だ。今回が初めてか?」

普通もっと躊躇して聞きそうなことを無表情かつ直球に尋ねてきた。

緊張が解けたせいか、不快に感じることもなくなんだか面白く思えて笑ってしまった。

「ええ、何度も来ていたらさすがに騒ぎになったでしょう」

視線を廊下で昏倒している男に向けると、痩身の大佐はそちらを確認もせずに頷いた。

そのまま去ろうとしたので、リリーシャは慌てて声をかける。

「お名前を伺ってもよろしいですか?」

恩人の名だ。

覚えておきたかった。

大佐は振り返りもせずに平坦に答えた。

「君が本名を名乗る気になったら教えよう」

すぐに返された言葉にぎょっとした。

その驚きを見もせずに、扉は閉まり、施錠がなされた。

残されたリリーシャはしばし呆然としたが、また笑う。

どこまでかわからないが、自分のことは少なくとも彼にはばれているらしい。

そしておそらくは彼は誰にもそのことを話していないようだった。

真意は不明だが、悪意はないと思う。

銀河帝国にも優しくて頭が良い人がいるのだ。

何故だかそれが嬉しくて笑ってしまう。

心から笑えたのは本当に久しぶりだった。

「いつか名乗れれば良いのですが。素敵な大佐さん」

いつかがわりはすぐにくることを、その時のリリーシャは当然知ることはなかった。

 

 

 

 捕虜になってからさらに数日は何も起こらなかった。

しかしその数日の後にとんでもないことが起きた。

戦闘だ。

窓などあるわけがない独房では詳細はわからないが、とりあえずこの艦がどこかと戦っていることはわかる。

おそらくブリタニアではない。

これはどさくさに紛れて逃げることが出来るだろうか。

下手したらこの艦が沈むのでのんびりはしていられない。

リリーシャは起き上がると、力任せに拘束衣を破れるかどうか試してみた。

だが当然破れるはずはない。

さて、どうしたものか。

悩んでいると、規則正しい足音がこちらに近づいて来て、扉が開いた。

「・・・・あ、貴方は」

一瞬鏡を見たのかと思った。

入ってきたのはリリーシャを助けてくれた大佐だ。

前に助けてくれた時も顔色は良くなかったが、今はさらに悪い。

彼とは当然性別も何もかも違う。

だが何故か鏡を見たような気がした。

その理由はすぐにわかった。

彼の目だ。

作り物の双眸。

その目は兄が戻ってきてくれる前のリリーシャの目だ。

大切な誰かを喪った人間の目だ。

リリーシャには兄が戻ってきてくれた。

だが、きっと彼の大切な人はもう戻ってこないのだ。

そのことが頭ではく心でわかり、リリーシャは不意に泣きたくなった。

「出たまえ。この艦は沈む」

大佐は端的にそれだけ告げると、手早く拘束衣を脱がせ捕虜の手を引く。

リリーシャは一瞬躊躇した。

どこでもそうだが捕虜を逃がすことも、敵前逃亡も重罪だ。

彼が何故そこまで自分を気遣ってくれるのかはわからないが、恩人である彼にそんな迷惑はかけられない。

リリーシャは一瞬逡巡したが、すぐに紫水晶の双眸に決意の光を宿した。

細い手が痩身の大佐の腰からブラスターを引き抜き、そして彼の腕を掴んで走り出した。

出会う兵を時々脅し、時には撃ち、長身の男を引きずっているとは思えない速度で駆け抜けていく。

さして激しい妨害には合わず、なんとか救命シャトルへたどり着き発進させた。

「貴方は逃げたんじゃない」

シャトルが艦を離れ、トールハンマーが多くの命を絶つのを見ている大佐に、リリーシャはそう話しかけた。

リリーシャはじっと男の仮面のような顔を見つめる。

宝石がはめ込まれたような双眸は、何か激しい感情を湛えて潤んでいた。

「貴方は逃げたんじゃない。私が貴方を人質にして無理矢理この船を出させた。だから貴方は逃亡兵じゃない。私の人質」

「・・・・・・」

「報告ではそう言ってください。都合が悪いことがあったら全て私のせいにしてかまわない」

こうして生き延びることが出来たのは、目の前の無愛想な彼が助けてくれたからだ。

命を救ってもらったのだから、これくらいの申し出はしたかった。

銀河帝国の軍法では敵前逃亡は極刑のはずだ。

この後の予定としては、このままシャトルでオーディンまで行って、その前に自分は大佐に捕縛されたことにしようと考えていた。

向こうでかなりひどい目にあうだろうが、どうせあのままだったなら消し飛んでいたはずの命だ。

別にかまわない。

多分殺されはしないだろう。

生きてさえいれば脱出のチャンスはある。

それに彼には生きていてほしかった。

彼はきっとひとりになってしまった。

このままひとりきりで死んでほしくなかった。

 ブリタニアの姫は、胸の奥に流れる甘く、苦しい感情の正体がわからず、ただただ彼の人工の双眸を見つめる。

鋭い光を放つ瞳が薄く驚きを含有させたように見えた。

「・・・助けてくれてありがとう。本当に嬉しかった」

語尾が震えていた。

その後長い沈黙があった。

おそらく一時間以上無言だったと思うが、実際はもっと短かったかもしれない。

リリーシャはただ男の言葉を待った。

「・・・・貴官、いや、君の国と連絡をとりたい。とれるか?」

無愛想な大佐は相変わらず淡々とそんなことを聞いてきた。

 

 

 

 

 

「本当に来てくださらないのですか?」

リリーシャは何度目かになる問いを投げるが、彼はまた首を縦に振ってしまった。

 イゼルローン近海に潜んでいたリリーシャ捜索部隊との連絡がとれ、彼らと合流する間際のことだ。

大佐はリリーシャをブリタニアに帰すと言い、断固として連れて行ってはくれなかった。

彼が罪に問われることを気にして散々粘り、ならば一緒に来ないかと誘ったがそれも拒否された。

彼はどうしても銀河帝国でなさねばならないことがあるのだという。

その目的については教えてもらえなかったが、死刑になる危険をおかしてでもやりたいことなのだろう。

「気が変わったらいつでも連絡してくださいね。歓迎します」

その言葉にも無言の首肯。

きっと本気ではないと思っているに違いない。

「・・・私の名前はリリーシャ・ゴッドバルト。貴方の名前を教えてください」

「パウル・フォン・オーベルシュタイン」

今度は答えが返って来た。

それが嬉しくてにっこりと笑いかける。

「綺麗な名前ですね、オーベルシュタイン大佐。どうか、お元気で。貴方が私に何をしてくれたか、一生忘れません」

 

 

 この後、ふたりは歴史に残る国際結婚をすることになった。

公式での出会いは終戦記念パーティーであり、それ以前の面識については少数の人間の胸の中にのみ収められている。

 

 

 

 

 

 



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