ベルがアークスなのは間違っているだろうか (さすらいの旅人)
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劇場版
オリオンの矢①


つい衝動で書いてしまった。


「うは~! ボクは神月祭なんて初めてだけど凄いねぇ~ベル君!」

 

「ええ、そうですね」

 

 遠征を終えて数日が発ち、【ヘスティア・ファミリア】はオラリオでまったりと過ごしていた。

 

 本当ならダンジョンに行ってるところだけど、神様から休息も大事だと言われて今も探索はしていない。と言っても、明日以降には再開するつもりでいる。いつまでも休んでいると身体が鈍ってしまうので。

 

 それはそうと、今日は神様と二人でオラリオのイベントである『神月祭』に参加している。お互い初めて見るお祭りに僕と神様は心を躍らせていた。

 

 この祭りを知ったのは、僕が【ロキ・ファミリア】の遠征中にアナキティさんから教えてくれた。神様達が降臨する前から行われている祝祭の日で、月を神様に見立ててモンスターの魔の手から無事を祈るらしい。聞いてて如何にも冒険者が集まるオラリオの文化だと思った。

 

 それを思い出して、神様に『神月祭』へ行こうと誘ってみた。『久々のベル君とデートだぁぁ~!』と大はしゃぎしたのは言うまでもない。

 

「ベル君、イカ焼き食べよ~!」

 

「か、神様、ちょっと、引っ張らないで下さい……!」

 

 完全にお祭り気分となってる神様が、僕の腕を引っ張って一つの屋台へ連れて行こうとする。

 

 小腹が空いていたので取り敢えずイカ焼き二本を注文した。この後も色々な屋台で食べ歩きツアーをするつもりでいる。

 

 因みにお金に関しては、【ロキ・ファミリア】から報酬を沢山もらっているのでお金には困っていない。とは言え報酬の大半は【ヘスティア・ファミリア】の資金として貯蓄してるので、あまり無駄遣いしないつもりでいる。

 

「そう言えば神様、誘った僕が言うのも今更ですけど……」

 

「ん?」

 

「こういったお祭りとかって、バイト先も稼ぎ時じゃないんですか?」

 

 神様がバイトしているのはジャガ丸くんの屋台だ。目の前にあるイカ焼きの屋台のように、神様のバイト先も当然営業している筈だ。

 

 屋台はお祭りなどのイベントでは一番に稼げる日なので、本当なら神様は祭りを楽しんでいる暇は無い。

 

「いや~、久しぶりにベル君と一緒にお祭り行きたかったから、店長に土下座して休みをもぎ取って来たんだよ」

 

「そ、そうですか……」

 

 神が人間に土下座するって……普通に考えて立場は逆なんだけどなぁ。気にしないでおこう。

 

 まぁ遠征中の間、寂しい思いをしていたとミアハ様が僕にコッソリと教えてくれた。だからその埋め合わせをする為に、今日のお祭りで神様にはめいっぱい楽しんでもらうつもりだ。

 

「じゃあ、今度は向こうにあるたこ焼きでも食べましょうか」

 

「お、良いね~! じゃあ行くぞベル君!」

 

「はい!」

 

 再び腕を引っ張る神様に、僕は言われるがまま付いて行こうとする。

 

 

「さぁさぁお立合い!」

 

 

「「ん?」」

 

 すると、どこかから大きな声が聞こえたので、僕と神様は足を止めて振り向いた。

 

 

「遠き者は音に聞け、近き者は目にも見よ!」

 

 

「この声は……」

 

 叫んでいる人の声の主を知っているのか、神様はそう呟いた。ちょっと気になったのか、声が聞こえる方へ向かう。

 

 僕も一緒に向かうと、そこには他の人達も集まっていた。そして簡易的に作られたステージの中央に男神様と思わしき人が立っている。

 

 

「そして腕に覚えのある冒険者ならば、名乗りをあげろ! さぁ! この槍を引き抜く英雄は誰だぁ!?」

 

 

「なにをやってるんだ、ヘルメスは……?」

 

 まるで僕達を試すように言ってる男神様の演説に、神様が呆れるように言った。

 

「お知り合いで?」

 

「彼はヘルメスで、天界時代では同郷の神だよ。ベル君は知らないと思うけど、以前に【アポロン・ファミリア】との戦争遊戯(ウォーゲーム)を始める前、【ヘスティア・ファミリア(ボクたち)】側に助っ人を提案してくれたんだよ」

 

「へぇ、そうだったんですか」

 

 と言う事は、あの方がいなかったらリューさんが助っ人として参戦してくれなかったって事か。となれば僕からすれば恩神だな。後でお礼を言っておかないと。

 

 僕がそう思っている中、ヘルメス様の演説はまだ続いている。

 

「これは選ばれた者にしか抜けない伝説の『槍』! 手にした者には、貞潔たる女神の祝福が約束だろう! 更に! 抜いた者は、豪華世界観光ツアーにご招待! 既にギルドの許可済だぁ!」

 

『うおおおおおおお!』

 

 予想外の内容に、周囲にいる冒険者達が喜びの雄叫びをあげた。

 

 あの水晶に刺さっている槍を抜いただけで豪華賞品が約束される、か。あんまり疑いたくないけど、何か妙に都合の良い感じがする。

 

 ストラトスさんだったら速攻で食いつくけど、キョクヤ義兄さんだったら胡散臭そうに見るだろうなぁ。ああ言う展開は必ずと言っていい程に裏がある筈だって。

 

「神様はどう思います? あの内容を聞いて」

 

「う~ん、あのヘルメスの事だから怪しいのは確かだね」

 

 僕の問いに神様も同じ事を思っていたみたいで、胡乱げな目で見ていた。けど、すぐにどうでもよさそうに笑顔となる。

 

「でもまぁ、面白そうじゃないか。一回やってみようぜ、ベル君!」

 

「あ、はい」

 

 楽しそうに言ってくる神様に僕は一先ずやる事にした。僕だけでなく、近くにもやろうとする人達もいる。

 

「ねぇねぇ、アタシ達もやってみよう! アイズ!」

 

「うん……いいよ」

 

「あ……」

 

 どこかで聞き覚えのある声がすると思って振り向くと、その先にはティオナさんとアイズさんがいた。

 

 そして向こうがこちらに気付いた瞬間――

 

「アルゴノゥト君だぁぁ~~!!」

 

「どわっ!」

 

「んなぁぁぁ~~!! アマゾネス君だけでなく、ヴァレン何某まで~~!」

 

「ベル……」

 

 ティオナさんは速攻で僕に抱き付いてきた。アイズさんの方は僕達がいる事に少し驚きながらもジッと見ている。

 

「ヘスティア様は久しぶり~」

 

「ああ、久しぶりだね! 取り敢えずベル君から離れるんだ!」

 

 僕に抱き付きながら挨拶をするティオナさんに、神様はそう返しつつも引き剥がそうとした。しかし、無理だった。神様では力強く抱き付いているティオナさんを剥がすのは無理なので。

 

 取り敢えず僕の方でどうにか引き剥がす事に成功するも、神様が彼女を威嚇する。ティオナさんは全く気にしてないのか、今度は僕とアイズさんの腕を引っ張ろうとする。

 

 因みにティオナさんとアイズさんが此処にいるのは『神月祭』に参加している。アイズさんがいるからレフィーヤさんも参加すると思っていたけど、あの人は現在本拠地(ホーム)で自粛中らしい。リヴェリアさん曰く、17階層の件で僕に多大な迷惑を被らせた罰だそうだ。

 

 だから参加出来ないレフィーヤさんの代わりに、ティオナさんがアイズさんと同行して今に至る。僕からすれば気の毒としか言えない。

 

「せっかくだからアルゴノゥト君も一緒にやろう! 行こう、アイズ!」

 

「う、うん……」

 

「ちょ、ティオナさん、そんなに引っ張らなくても僕もやるつもりですから……!」

 

「だからアマゾネス君! 僕のベル君を勝手に連れて行くなぁ~~!」

 

 僕と神様は完全にティオナさんのペースに巻き込まれ、アイズさんも少し困惑気味になりながらも槍を抜くイベントに参加する事となった。




時間軸としては、一応【ロキ・ファミリア】の遠征が終わった後です。

感想お待ちしています。あと、こんなの書いてる暇があるなら本編書けよってツッコミは無しで(;一_一)


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オリオンの矢②

 僕達が参加しようとステージ手前まで向かうも、他の冒険者達も参加して槍を抜こうと躍起になっていた。腕っぷしの強そうな人達でも、結局抜けず仕舞いの結果となっている。

 

 一人、また一人と挑戦するも、さっきまで強気になっていたステージに上がった冒険者達は、諦念の表情となってステージから下りていく。この繰り返しが続いている所為か、さっきまで興奮して見ている観客側も段々冷静になり始めている。

 

「さぁー! 次の挑戦者は誰だぁー!?」

 

 ヘルメス様が新たな挑戦者を求めるように言うと、今度は誰もすぐに立候補しなかった。

 

 それを見たティオナさんが空かさずに手を上げて叫ぶ。

 

「はいはーい! アタシやる―!」

 

「おぉー! 何と【大切断(アマゾン)】のティオナちゃんだぁー!」

 

 ティオナさんが出て来たと分かった瞬間、観客達からどよめきが起こる。

 

 挑戦するのが都市最大派閥の【ロキ・ファミリア】幹部だから、もしかすれば抜けるかもしれないと思っているんだろう。

 

 確かに他の冒険者と違って……女性に対して大変失礼だけど、相当な怪力の持ち主だ。軽く手合わせした僕も経験しているので。あの人が本気を出せば槍を簡単に引き抜けるかもしれない。

 

「むんっ!」

 

 意気揚々とステージの中央に立ち、両手で槍を強く握りしめて引き抜こうとする。

 

 しかし――

 

「ぐぎぎぎぎぎ……だぁぁ!! ダメだぁ~! 全然ピクリとも動かないよコレ!」

 

「おーっと、まさかのティオナちゃんがリタイアだぁ!」

 

 ティオナさんですら槍を抜く事が出来なかった。

 

 これには僕だけじゃなく、他の観客達も驚愕している様子。先日『Lv.6』にランクアップしたティオナさんが抜けないとなれば、コレは無理だと殆ど諦めている感じだ。

 

「さぁー、次は……おっと、これはー!」

 

 ヘルメス様が次の挑戦者を促している最中、スタスタとステージに上がるアイズさんに驚きの声を出した。

 

「今度は【剣姫】こと、アイズ・ヴァレンシュタインの登場だぁー!」

 

 挑戦しようとするアイズさんに、周囲から歓喜の声が上がった。

 

 ティオナさんと違い、オラリオで一二を争う有名な美少女剣士だから、観客達が騒ぐのは無理もない。

 

「さぁー! 力が入るアイズ・ヴァレンシュタイン!」

 

「がんばれ~、アイズ!」

 

 アイズさんが槍を手にして抜こうとすると、ヘルメス様が応援するような実況をしていた。ティオナさんもまるで自分の敵を取ってくれみたいな感じで応援している。

 

 そして数秒後、途端に槍から手を放すアイズさんに誰もが拍子抜けする事となる。

 

「だめ……抜けない……」

 

「嘘~!? アイズでも抜けないの~!?」

 

 ビックリするティオナさんの台詞に、僕も内心驚いていた。まさか『Lv.6』のアイズさんですら抜けないなんて。

 

 そう考えると、次に挑戦する僕がやっても無理そうな気がする。先日にランクアップしたとは言っても『Lv.3』だし。

 

「よし! ベル君、アマゾネス君とヴァレン何某を見返してやれ!」

 

「ま、まぁやるだけやってみます」

 

「がんばってね、アルゴノゥト君! アタシ達の敵を取って!」

 

 ティオナさんとアイズさんが抜けないから、僕が頑張ったところで無理な気がするなぁ。

 

 これはお祭りなので例え抜けなくても楽しもうと思いながら、僕はステージに上がろうとする。

 

「さぁ、次の挑戦者は……おっ!」

 

 僕が上がったのを見たヘルメス様が、今までと違った反応を示した。

 

「これはこれは! 一月ほど前に【アポロン・ファミリア】との戦争遊戯(ウォーゲーム)に大勝利して『Lv.2』にランクアップ後、先日には何と『Lv.3』にランクアップした【亡霊兎(ファントム・ラビット)】こと、ベル・クラネル君の登場だぁー!」

 

「ちょっ!?」

 

 何かいきなり僕の経歴を紹介してるんだけど!? って言うか、何か大袈裟過ぎない!?

 

 興奮してるヘルメス様が大袈裟な紹介をした所為で、周囲の観客達が再びどよめき始めている。

 

「嘘だろ!? もう『Lv.3』になったのかよ!」

 

「あの時の戦争遊戯(ウォーゲーム)を見て、とんでもなく強ぇのは知ってるけど、いくらなんでも早過ぎだろ!」

 

「そう言えば聞いた話じゃ、何でも【亡霊兎(ファントム・ラビット)】は【ロキ・ファミリア】の遠征に参加したらしいぞ」

 

「あと他にも、【大切断(アマゾン)】とデキてるって噂もあるぞ」

 

 観客達が僕を見ながら様々な事を言っていた。別に間違ってはいないけど、改めて言われると何か色々と来るなぁ……恥ずかしい意味で。

 

 言っておくけど、僕とティオナさんはそんな関係じゃない。

 

「ちょっと四番目の君ぃ! それは完全なデマだからねぇ!」

 

「いや~、アタシとアルゴノゥト君の間にそんな噂が立ってたのかぁ~」

 

「ティオナ、顔が凄く緩んでいるよ……」

 

 神様が速攻で否定していると、照れながら表情が緩んでいるティオナさんにアイズさんが突っ込みを入れていた。こっちもこっちでカオスな空間となっている。

 

 こんな状況の中、ヘルメス様は全く気にせずに槍を抜くよう促していた。

 

 色々と突っ込みたいところだけど、一先ずは目的を済ませようと後回しにして、槍を抜く為に両手で掴もうとする。

 

「さあ、【亡霊兎(ファントム・ラビット)】の挑戦だぁ~!」

 

 ヘルメス様の掛け声を合図に、僕は両手に力を入れて抜こうとする。

 

 すると――

 

 

 ……みつけた……

 

 

「えっ……!?」

 

 急に何処からか女性の声が聞こえた。

 

 戸惑いの様子を見せる僕を余所に、手にしている槍から見慣れない紋様が浮かび上がった直後、途端に水晶が粉々に砕け散る。

 

「わっ!」

 

『…………………』

 

 余りにも突然過ぎたので、槍を抜こうと力を入れていた僕はそのまま後ろに倒れ込むように尻餅を付いてしまった。手にしている槍を見ながら。

 

 これには僕だけでなく、ティオナさんとアイズさん、そして観客達も唖然としている。今まで誰も抜けなかった槍が急に抜けてしまったから、ああなるのは無理もない。

 

 しかし神様だけは違って、そのまま勢いよくステージに上がって僕に抱き付いてきた。

 

「やった! ベルくーん!」

 

『わぁぁぁぁぁぁ!!』

 

 神様が抱擁しながら叫んだ直後、観客達も凄い勢いで声を上げる。

 

「ベル……すごい……」

 

「すっごーい、アルゴノゥト君! ほんとに抜けたー!」

 

 拍手するアイズさんに、称賛するティオナさん。

 

 それを聞いた神様が即座に起き上がり、観客達の前に向かってこう叫ぶ。

 

「そうさ! ボ・ク・のベル君はとても凄いんだ! 君達なんて目じゃないぞ~!」

 

 自慢気に言う神様に対し、僕は未だに呆然としながら槍を見ていた。

 

 どうして槍が抜けたんだろう? 誰も抜けなかった筈なのに、何で僕が……?

 

 それに『みつけた』って……アレは誰なんだ? 声が女性なのは分かるけど、それだけで特定の誰かまでは全く分からない。少なくとも、僕の知っている人の声じゃないのは確かだ。

 

 そう思っていると、僕の眼前に誰かが手を差し伸べた。

 

「おめでとう、ベル・クラネル君」

 

「あっ、いや、僕もよく分からなくて……」

 

 相手がヘルメス様だと分かり、僕はその方の手を掴んで立ち上がりながら言い返した。

 

「それじゃあ、今回の旅のスポンサーのお出ましといこう!」

 

「スポンサー……?」

 

 ヘルメス様が見ている先に僕も合わせるように視線を向けると、その先には見知らぬ綺麗な女性……いや、女神様がいた。

 

 あの方がスポンサー、なのかな?

 

 すると、神様が見知らぬ女神様を見た途端に嬉しそうな声をあげる。

 

「アルテミス! アルテミスじゃないか!」

 

「ひょっとして、神様のお知り合いですか?」

 

 僕の質問に神様は振り向きながら答えた。

 

「天界で交流していた神友だよ! ボクのマブダチさ!」

 

 どうやら神様のお知り合いのようだ。

 

 だと言うのに、あの女神様――アルテミス様は(ヘスティア)様を見ても何の反応を示していなかった。本当にお知り合いなのかと疑いたくなる程だ。

 

「アルテミスーー!」

 

 神様は全く疑っていないのか、すぐさまアルテミス様の元へと駆け寄っていった。

 

 向こうもそれに倣って、久々に出会った神様と抱擁……しようとはせずに無視するどころか、そのまま僕の方へと向かってくる。

 

「見つけた! 私の『オリオン』!」

 

「へ? おわぁっ!?」

 

 見知らぬ女神様にいきなり抱き着かれた事で、僕は戸惑いながら再び尻餅を付いてしまった。

 

 相手がティオナさんならまだしも、初対面である綺麗な女神様に抱き付かれるなんて完全に予想外だ。

 

 他の人達が無言となっているも、アルテミス様は全く気にしてない様子で未だ僕に抱き付いている。

 

「なっなっなっ……ななななななな……なんじゃそりゃ~~~っっ!!」

 

 抱擁を無視された神様がこっちを振り向きながら固まっていたが、数秒後には信じられないような絶叫を上げるのだった。

 

 因みにティオナさんは何故か静かだった。相手が女神様なせいか、アイズさんと同じく未だ呆然とした表情となっている。

 

 余りにも予想の斜め上を行き過ぎている展開に、誰もが全く言葉が出ないまま、槍を抜くイベントがそのまま終わったのであった。

 

 そしてこの後、僕と神様はアルテミス様を本拠地(ホーム)へと連れて行こうとする。イベントの主催者であるヘルメス様も同行して。




ここまで劇場版と大して変わらないですが、感想お待ちしています。


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オリオンの矢③

「さっきのは、どーいうつもりだ! アルテミス!」

 

「……すまない。つい嬉しくて」

 

「嬉しいってどういうことだー!」

 

 新本拠地(ホーム)――『竈火(かまど)の館』にある応接室で少々怒った神様が問い詰めるも、上座のソファーに座っているアルテミス様は謝りながらも答えた。

 

 と言うか、嬉しくて僕に抱き付くって……それはそれでちょっと可笑しな話なんだけど。だけどそうしたって事は、何か特別な理由があるかもしれない。今はまだ分からないが。

 

 それにこの女神様、ちょっと違和感がある。この世界にいる神様達は『神威』を抑えても、無意識に垂れ流しているが、目の前にいるアルテミス様から殆ど感じ取れない。まるで残り少ない力を無駄にしないよう、可能な限り抑え込んでるように見える。

 

「あ、あのぅ、女神様。僕達、初対面ですよね?」

 

「……………」

 

 僕の問いにアルテミス様は無言でジッと見ている。何かを訴えかけているような目をしているからか、僕も思わず無言となってしまう。

 

「ヘルメスー!」

 

「ん?」

 

 見つめ合ってる事に神様は困惑しながら交互に僕達を見るが、埒が明かないと思ってヘルメス様に狙いを定めた。当の本人は全く聞いてない感じで鼻歌交じりに羽帽子を弄っているが。

 

 しかし、名前を呼ばれた事で振り返って漸く会話に参加しようとする。

 

「あれがアルテミスだって!? おかしいだろ!」

 

「いや~、アルテミスも下界の生活に染まっちゃったんじゃないかな?」

 

「そんなバカな!」

 

 再び帽子を頭に被りながら言い返すヘルメス様に、神様が否定するように叫んだ。

 

「あの、元々どんな方だったんですか? アルテミス様って……」

 

「ヘスティア様がここまで驚くってことは、なんか別神みたいな感じがするね~」

 

 すると、僕の近くにいるアイズさんとティオナさんがそう言ってきた。

 

 この二人がいるのは、アルテミス様を連れて行く僕達が気になって付いてきたからだ。

 

 本拠地(ホーム)に入る寸前に神様が『ロキ様の眷族だから』と言う理由で追い出そうとするも、僕がどうにか宥めて二人を招いた。

 

 アイズさんとティオナさんは、前の『遠征』で大変お世話になった人達なので無下にする訳にもいかない。もしもロキ様の耳に入れば、また神様と言い争いになる可能性がある。遠征前に『黄昏の館』の応接室で対面して早々に口喧嘩してたから容易に想像出来る。

 

 二人からの問いに、神様はアルテミス様の方へ視線を移す。 

 

「アルテミスは天界の処女神の一柱なんだ」

 

 確か(ヘスティア)様もそうだったと思いながら静かに聞く。

 

 アルテミス様は貞潔を司り、純潔を尊ぶ。そして不純異性交遊撲滅委員長であり、大の恋愛アンチだと。

 

「「「……恋愛アンチ……」」」

 

 僕、アイズさん、ティオナさんは揃って同じ単語を呟いた。

 

 神様の言ってる事が本当だとしたら矛盾してるな。恋愛を嫌うなら、初対面の僕を見て早々に抱き付く行為はしない筈なんだけど……。

 

「それが、どうしてこうなったぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 ああ、なるほど。だから神様は信じられなくて叫んでいたと言う訳か。過去のアルテミス様を知ってれば当然の反応と言えるだろう。

 

「でもさぁ、なんで恋愛アンチな神様がスポンサーなんかになったの?」

 

 ティオナさんの疑問にヘルメス様が答えた。

 

「実は、オラリオの外にモンスターが現れた」

 

「オラリオの外に?」

 

「ああ。【アルテミス・ファミリア】が発見したんだが、ちょっと厄介な相手でね。それでオラリオに助けを求めたんだ……」

 

 鸚鵡返しをするティオナさんにヘルメス様が頷きながら理由を話してくれた。

 

「じゃあ、観光ツアーっていうのは名ばかりで……」

 

「本当はアルテミス様が依頼した、モンスター討伐の冒険者依頼(クエスト)、なんですか?」

 

「さすが【ロキ・ファミリア】だ! するどい!」

 

 ジトッと少し睨み気味に言うティオナさんとアイズさんに、ヘルメス様は何の悪びれもなく正解だと言った。

 

 やっぱりそう言うことか。道理で話が上手すぎて、ギルドが許可証を出す訳だ。

 

 オラリオにいる冒険者は、レベルが高ければ高いほど簡単に外出できない仕組みになっている。例えば第一級冒険者であるアイズさんやティオナさんの場合、外出許可を得るのにはギルドで煩雑な手続きが必要で数日以上掛かってしまう。特に【ロキ・ファミリア】で有名な幹部二人なら、もしかすればそれ以上になるかもしれない。

 

 そんな手続きが絶対必要であるにも拘わらず、槍を抜いた冒険者が誰であるかを一切問わないまま、ギルドが易々と観光ツアーと言う名の外出許可を出す訳がない。上手い話には裏がある、とは正にコレだ。

 

 とは言え、真実を知ってしまった以上はもう簡単に断れないだろう。加えて、アルテミス様はさっきから僕の事をジッと見ている。

 

 すると、ソファーに座っていたアルテミス様は急に立ち上がり、近くに置いてあった槍を手にしながら僕に近付いてきた。

 

「私はずっと貴方を探していたんだ、『オリオン』」

 

「いや、僕はベル・クラネルといって……」

 

「いいや、貴方はオリオン。そして、私の『希望』でもある」

 

 僕が訂正するも、アルテミス様は即座に否定した。

 

 この方の仰ってる事が全く理解出来ない。と言うか、何でそこまでして僕に固執するんだろうか。

 

「どうして……僕なんですか? そこにいるアイズさんやティオナさんとか、僕より強い人はいっぱいいるのに」

 

「ベル、君も充分に強いから……」

 

「そうだよ~。アルゴノゥト君がいなかったら、アタシ達この前の遠征でやられちゃったかもしれないんだよ~」

 

 アイズさんとティオナさんが突っ込みを入れるも、無視するように話を続けるアルテミス様。

 

「この槍を持つ資格は強さではない。穢れを知らない純潔の魂」

 

「……………」

 

 槍を自身の大事な物のように扱うアルテミス様に、聞いていたアイズさんは何故か訝るように目を細めている。主に槍を見ながら。

 

「ヘルメス様、この槍は――」

 

「言っただろう、アイズちゃん。これは伝説の『槍』だって! ヘファイストスもお墨付きの武器だぜ! 君は槍に選ばれたんだよ、ベル君!」

 

 アイズさんからの問いを遮るようにヘルメス様は、僕を指しながら選ばれし者と言った。

 

 何だろう。まだ何か隠しているように思えるんだけど……気のせいかな?

 

「僕が槍に……選ばれた……?」

 

 そう口にしながらも、僕はいまいち実感が持てなかった。

 

 もしも自分がキョクヤ義兄さんの元でアークスの訓練を受けていなかったら、本で読んだ憧れの英雄になれると喜んでいただろう。

 

 さっき言った『上手い話には裏がある』内容に戻る訳じゃないけど、この槍に選ばれた理由が他にもあるんじゃないかと僕は思っている。

 

 僕が『穢れを知らない純潔の魂』を持っているから、何て理由だけで到底納得出来ない。アイズさんやティオナさんじゃなく、僕でなければならない理由が何か絶対にある筈。

 

 だけど改めて尋ねたところで、ヘルメス様だけでなくアルテミス様もすぐに答えてくれないだろう。このお二方は何かを隠している、と言う雰囲気を感じるので。

 

 そう思っていると、アルテミス様が僕の頬に手を添える。突然の行動に神様が狼狽していた。

 

「その白き魂を携え、私と一緒に来て欲しい、オリオン」

 

「えっと、僕は……」

 

 アルテミス様がまるで愛おしい者を見るような目をしながら懇願してくるので、僕はすぐに言葉が出なかった。

 

 思わずその瞳に吸い込まれそうになって見つめ合っている中――

 

「そぉーーいっ!」

 

 突然神様が割って入るように、そのまま突進しながら頭突きをしてきた。アルテミス様目掛けてゴチンッと物凄く痛そうな音をしながら。

 

「「う~~~~」」

 

『…………………』

 

 命中した二人の女神様は、お互いに両膝を付きながら、額を両手で覆いながら痛みに悶えていた。

 

 余りの光景にハッとした僕だけでなく、この場にいるアイズさん達も呆然としている。

 

「痛いぞ、ヘスティア」

 

「ボクだって痛いやい!」

 

「大丈夫か……?」

 

「あ、ありがとう……」

 

 頭突きをされたのに、アルテミス様は痛がってる神様の額を心配するように優しく擦っている。

 

 何だろうか、このちょっとズレた会話は。普通に考えれば、頭突きをした神様にアルテミス様が怒る筈なんだけど……。

 

「……って、違わぁーい!」

 

 数秒後に神様が立ち上がりながら突っ込みを入れた後、指しながらこう言い放った。

 

「アルテミス! その冒険者依頼(クエスト)、引き受けた!」

 

「えっ、神様?」

 

 予想外の返答をした神様に思わず驚いた。さっきまで別神と叫んでいたから、てっきり断ると思っていたが、どうやら僕の思い違いのようだ。

 

「神友が困っているなら、助けるのは当然だよ!」

 

「ありがとうヘスティア! 本当に、ありがとう!」

 

 アルテミス様は嬉しさの余り、すぐに立ち上がって抱擁する。

 

「そ、それに君とベル君を、ふたりっきりにするのは危険だからね」

 

 照れているのか、神様は取ってつけたように理由を言った。

 

 僕としても断る理由がない。何か裏があると言っても、純粋に僕の力を必要としているアルテミス様の頼みを無下にする訳にはいかない。

 

 今回は【ヘスティア・ファミリア】の冒険者依頼(クエスト)だから――

 

「それならアタシも行く!」

 

「私も。話を聞いた以上は見過ごせない」

 

 流石に【ロキ・ファミリア】に迷惑は掛けれないと思っていると、ティオナさんとアイズさんも行くと言い出した。

 

「ちょ、ティオナさんにアイズさん、流石にそれは不味いですよ!」

 

「そうだぜ。これは【ヘスティア・ファミリア(ボクたち)】の冒険者依頼(クエスト)なんだ。他所の【ファミリア】の君達を巻き込むわけにはいかないよ。それに、あのロキの事だからボクに協力なんて絶対許可しないのが目に見えてる」

 

 確かに神様の言う通りだった。神様とロキ様は険悪な仲だから、遠征などの交渉をしない限りは簡単に首を縦に振ったりしない。

 

 加えてティオナさん達が善意でこちらに協力しようとしても、問題が起きる可能性がある。オラリオの中で都市最大派閥の一つと呼ばれている【ロキ・ファミリア】が、未だに団員が僕一人しかいない零細の【ヘスティア・ファミリア】に無償で協力したなんて知られれば、世間体が悪くなってしまう可能性がある。主に【ロキ・ファミリア】側の方で。

 

「だいじょーぶ! ロキとフィンには上手く言っておくから!」

 

「こちらの事は気にしないで下さい、ヘスティア様」

 

「そうは言ってもねぇ……」

 

 絶対に後々面倒な事になると神様が難色を示していると、ヘルメス様がある事を言いだす。

 

「ところでアイズちゃんにティオナちゃん、ロキからあそこ(・・・)へ行くって話を聞いてないかい?」

 

「「……あ」」

 

『?』

 

 三人の会話に僕と神様、そしてアルテミス様が首を傾げた。

 

 話の流れからして、【ロキ・ファミリア】は何かやらなければいけない用事があるようだ。そう考えると、思い出した表情をした二人は今回の冒険者依頼(クエスト)に参加出来ないと見ていいだろう。

 

 しかし――

 

「でも大丈夫だ。そっちの手続きは暫く時間が掛かる筈だから、その間に冒険者依頼(クエスト)を終わらせれば問題無い。俺の方からもロキに口添えしておくよ」

 

「やったぁ~!」

 

「ありがとうございます」

 

 急遽覆って、ティオナさんとアイズさんの参加が決まる事となった。

 

 これには神様が口を出そうと割って入ろうとする。

 

「ちょ、ちょっと待つんだヘルメス! 何の話をしてるのかは知らないけど、そんな事を言って平気なのかい!? ロキが絶対に黙ってないぞ!」

 

「そこはヘスティアが気にしなくても問題無いよ。それに第一級冒険者の二人が来てくれるなら、こちらとしても大変ありがたい。戦力は多いに越したことはないからね」

 

「そうは言っても……」

 

「安心して、ヘスティア様。ロキが何か言っても、アタシ達の方でやるからさ!」

 

「厄介なモンスターならロキやフィン達も納得してくれますので」

 

 ヘルメス様だけでなく、ティオナさんとアイズさんも一緒に神様を説得している。

 

 まぁ、僕としても【ロキ・ファミリア】の幹部二人が加わってくれるなら寧ろ好都合だ。ティオナさんとアイズさんの強さを僕は遠征で充分に知っている。こんなに頼もしい味方は早々に見付からない。

 

「……はぁ、分かったよぉ。言っておくけど、ロキが何を言ってもボクは無視するからね」

 

 三人が説得した事で神様は結局折れる事となった。

 

 すると、ヘルメス様が僕の方へと視線を移して、ある事を聞いてきた。

 

「さて、ベル君。君の返事だけど……答えはもう決まってるんじゃないのかい?」

 

「分かりました。その冒険者依頼(クエスト)、お引き受けします」

 

 僕の返事を聞いた事に、アルテミス様は優しい笑みを浮かべた。

 

「ありがとう、優しい子どもたち。貴方達は私の眷族ではない。けれど、これからは旅の仲間。どうか契りを結んでほしい」

 

「えっ?」

 

 アルテミス様が手を差し伸べながら言ってたが、何の契りなのか分からない僕は戸惑ってしまう。

 

 それを察してくれたヘルメス様が、僕に教えてくれた。

 

「ベル君、キスだよキス」

 

「あっ」

 

 そう言われた僕は分かった。手の甲にキスをすると言う契りを。

 

「し、失礼します」

 

 何故か神様がジト目になっている中、恐る恐るとアルテミス様の手にキスをした。

 

 次にはアイズさん、ティオナさんと順番に行う。けど、何故かティオナさんがアイズさんに食って掛かっていた。ずるいとか間接とか言っているが、僕と同じく分からないアイズさんも首を傾げている。

 

 それらを一通り見たヘルメス様が、パンッと手を叩く。

 

「じゃ、話がまとまったところで出発しよっか♪」

 

『えっ!?』

 

 どうやら今すぐ出発することなりそうだ。

 

 これには流石にアイズさんとティオナさんが抗議した。防具はともかく、武器は現在整備中ですぐに用意出来ないと。

 

 今回は厄介なモンスターと言っていたから、いくら第一級冒険者の二人でも生半可な武器では不味いだろう。

 

 なのでここは仕方ないので――

 

「アイズさんとティオナさんが良ければ、僕が持ってる武器を貸しましょうか?」

 

「え、ホントに!? 寧ろ全然いいよ!」

 

「私もそれで構わない」

 

 安易に武器を貸さないよう言ったフィンさんには悪いけど、僕の方で武器を用意する事にした。

 

 物凄く喜んでいる二人を余所にヘルメス様は興味深そうに見ていたが、一先ず後回しにすると言った感じで出発の準備を進めようとする。




劇場版ではリリとヴェルフが行きますが、この作品ではアイズとティオナになります。

二人に貸す武器は当然アークス製になりますが、どんな武器かは次回のお楽しみに。

感想お待ちしています。


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オリオンの矢④

「どうだい、旅のスペシャリスト、このヘルメス監修のオーダーメイドの数々は!?」

 

 一通りの準備を終えた僕達は、オラリオの城壁にいた。

 

 ちょっと離れた所でヘルメス様が自慢気に叫んでいるのは、僕達が身に纏っている防具――戦闘衣(バトル・クロス)を指している。

 

「素材は厳選! 軽量性、伸縮性に富んでいるのは勿論! 生地にはレアメタルの欠片をふんだんに織り込み! 耐久性は従来の30パーセントアップ! バトルクロスでありながらも、鎧にも負けない防御力を秘めている! そのしなやかさは装着者の動きを妨げることはなぁーい! これほどの一品を数時間で揃えられるのは――」

 

「うわ、なんかこの武器凄そう! アタシの大双刃(ウルガ)と全然違うけど、こっちはこっちでカッコいいかも!」

 

「この剣、変わった形してるね。でも……凄い魔力を感じる……!」

 

 ヘルメス様の防具説明とは別に、ティオナさんとアイズさんは僕が用意した武器を見て驚愕しながらも喜んでいた。

 

 ティオナさんに貸したのは両剣(ダブルセイバー)――『セイカイザーブレード』。これは当然、僕がファイタークラスで使用した時の武器だ。形状としては、巨大な槍の矛先みたいに見えるが、それを変形接続する事で大双刃(ウルガ)と似た両剣(ダブルセイバー)へと変わる。

 

 僕が愛用していた武器でもあるから、特殊能力や潜在能力もある。特殊能力は『アクト・ジ・ソール』などの打撃力をメインに付けており、潜在能力――『希望の証』を開放させている。一定間隔で傷を回復させ、ダメージ上昇の他、受けたダメージを僅かに軽減させると言う便利な潜在能力だ。

 

 続いてアイズさんの方も両剣(ダブルセイバー)――『スキアブレード』。同じくファイタークラス時に使用した武器で、他の両剣(ダブルセイバー)と違って変わった特徴をしている。本来は一対になってる剣の柄先に繋げて両剣(ダブルセイバー)と呼ばれるけど、このスキアブレードはサーベル型の片手剣だった。ただの片手剣(セイバー)じゃないかと多くのアークスから突っ込みを入れられたが、それでも両剣(ダブルセイバー)の部類として扱われている。

 

 セイカイザーブレードよりランクが一つ落ちるけど、これには法撃力――この世界では魔力――が備わっている。アイズさんは攻防一体の風魔法を使えるから、もし発動すれば相当な威力を出せる筈だ。以前リヴェリアさんに『ゼイネシスクラッチ』を貸した際、法撃力が魔力として変換し、凄まじい威力を出した確証があるので。

 

 当然、スキアブレードにも特殊能力と潜在能力もある。特殊能力も打撃力メインで、潜在能力は隠しとして『飛天の崩撃』を開放済みだ。これは少々特殊な潜在能力で、空中で攻撃している時に三割近くのダメージを上昇出来る。分かりやすく言えば、アイズさんが『精霊の分身(デミ・スピリット)』に止めを刺す時、風魔法を使った突貫技を使えば威力が通常よりも上昇と言う訳である。

 

「お二人とも、お気に召しましたか?」

 

「うん! 持った途端に力が沸き上がってくるから、早く使ってみたい!」

 

「私も。使うのが楽しみ」

 

 満面の笑みを見せるティオナさん、無表情ながらも興奮しているアイズさん。どちらも気に入ってくれて何よりだ。尤も、この冒険者依頼(クエスト)が終わったら返してもらうけど。

 

 昂っている二人を見た神様が、不安そうな表情で僕に訪ねて来た。

 

「いいのかい? あんな凄そうな武器をロキの眷族(こども)達に貸しちゃって」

 

「向こうが協力してくれるんでしたら、これくらいはしないと割に合いませんからね。それにあの武器は、今の僕じゃ扱う事は出来ませんし」

 

「……ベル君がそう言うなら良いんだけど……」

 

 僕の言い分に取り敢えずと言った感じに納得してくれた神様。

 

「まぁそれよりも、ベル君のそれ、似合ってるぜ!」

 

「ありがとうございます。神様もお似合いですよ」

 

「へへへー、そうかい♪ やー、自分でもそうかなーって思ってはいたけど、やっぱりそうかなー♪」

 

 すると、話題を変えようと急に笑顔となって僕が纏っているバトルクロスについて言ってきた。僕も似合ってると返すと、神様は満面な笑みを見せる。

 

 僕のバトルクロスは、白を主体とした銀の胸当て付きの上着を着ていて、銀の膝当て付きの丈夫な黒いズボンと赤いブーツを履いている。欲を言えば全身黒が良かったけど、ヘルメス様が用意してもらったから文句は言えない。

 

 神様は、白と青の生地を使ったドレスを身に纏い、お馴染みの青い紐も巻かれている。男の僕から見ても凄くお似合いだ。

 

「ねぇねぇアルゴノゥト君、アタシは~?」

 

「私は、どうかな?」

 

「……ゴホンッ。お二人も、充分お似合いですよ」

 

 神様だけでなく、ティオナさんとアイズさんも感想を求めてきたので、僕は思っている事をそのまま言った。

 

 ティオナさんはアマゾネス故か、露出が目立つ衣装だった。分かりやすく言えば踊り子みたいな服だけど、ヘルメス様が言ったように、普通の防具以上の耐久性はあるだろう。ちょっと目のやり場に困るけどね。

 

 そしてアイズさんは……見惚れてしまう程に似合っている。お姫様風な赤い戦闘ドレスで、正に【剣姫】の二つ名に相応しい衣装だ。思わず声が上擦ってしまいそうになったが、それでも何とか平静を保つ事が出来た。

 

「ちょっとベルく~ん、なんかボクの時とは違う反応じゃないかい?」

 

「そ、そんな事ありませんよ。僕は思った事を言っただけですから」

 

「ふ~ん……」

 

 これは嘘じゃないので、神様の嘘センサーに反応しない。僕の言ってる事が本当だと分かってくれたみたいだけど、それでもまだ疑念が晴れてない様子だ。

 

「ところで、オラリオの外に出るのに、どうして外壁の上なんですかね?」

 

「さぁ……? アルテミスー、何か聞いてるかい?」

 

「いや、私はなにも……」

 

 神様もそれが気になっていたみたいで、僕達に背を向けてオラリオの外を眺めているアルテミス様に聞いた。

 

 向こうは声を掛けられて振り向くも、全く何も聞いてないと首を振った。

 

 依頼主(スポンサー)の筈なのに知らないって、どう言う事なんだろうか? 移動に関してはヘルメス様に一任してるのかな?

 

「ヘルメス、どうするんだい?」

 

 僕と同じ考えだったのか、神様はヘルメス様に問う。

 

「来た来た」

 

 ヘルメス様が空を見ながら言った瞬間、ふと空が暗くなった。

 

 思わず上に視線を見上げると、飛竜(ワイバーン)と思わしきモンスターが三匹飛んでいる。

 

「えっ!?」

 

「!」

 

 驚きの声を出す神様とは別に、アイズさんが即座に剣を構える。

 

「ハハハハーー!」

 

「わっわっ……!?」

 

「神様っ」

 

 すると、飛竜(ワイバーン)に乗っていると思われる誰かが飛び降りながら、僕達の方へと接近してくる。

 

 飛び降りてくる誰かに神様は驚きながら後退して躓きそうになったので、僕が即座に支えた。

 

 そして僕達の目の前に着地したのは、象の仮面を被っている人……もとい男神様だ。

 

「ガッ、ガネーシャ!?」

 

「そう! 俺がガネーシャだ!」

 

 どうやら神様が知っている男神――ガネーシャ様のようだ。

 

 確かこのお方は【ガネーシャ・ファミリア】の主神で、その【ファミリア】はオラリオの治安維持活動を行っている。以前にあった、ギルド公認の祭典である怪物祭(モンスター・フィリア)の主催・運営もしていると聞いた事がある。

 

 ガネーシャ様が名乗った後、空を飛んでいる三匹の竜も降下して着地する。

 

 深層で見た飛竜(ワイバーン)と違って、目の前にいる竜は僕達を見ても襲おうとしないどころかジッとしていた。それに凄く大人しそうな表情で澄んだ目をしている。

 

「これに乗っていくのかい?」

 

「ああ、前以てガネーシャに頼んでおいたんだ。陸路なら一ヵ月かかるが、こいつに乗れば十日で到着ってわけだ」

 

 神様の問いにヘルメス様が答えて、どうやら移動手段としてこの竜を使う事になるそうだ。

 

 だとするなら、アイズさんを少し落ち着かせる必要がありそうだ。未だに警戒を解いてないどころか、すぐにでも襲い掛かりそうな雰囲気を見せているので。

 

「アイズー、攻撃しちゃダメだよー」 

 

「……うん」

 

 僕が言う前にティオナさんが止めてくれた。近くにいて物騒な気配を感じていたからか、やんわりと止めようとするティオナさんにアイズさんは漸く剣を収める。

 

 遠征の時から気になってたけど、アイズさんって何か竜種のモンスターに対して並々ならぬ殺意を抱いている。何か深い事情があるんだろうけど、せめて移動手段として使う大人しい竜に攻撃しないで欲しい。

 

「それに早く戻らないと、アスフィに叱られちゃうからな~」

 

「えっ? ねぇヘルメス様、それってどういう……ひゃあっ!? ちょ、くすぐったいよ!」

 

 ティオナさんが尋ねようとする寸前、近くにいた竜が彼女に向かって鼻息を鳴らしながらペロペロと頬を舐め始めた。

 

 神様や僕が他の竜に近付いて触ったり撫でたりすると、気持ち良さそうな表情をしている。

 

「大丈夫だ! この竜は孵化した時からテイムを施してある! 誰の言う事も聞くぞ!」

 

 自信満々に答えるガネーシャ様。道理で人懐っこい訳だ。

 

 ただ、アイズさんだけは僕達と違って、竜と戯れようとはしない。

 

「……あの、竜の数、足りなくないですか?」

 

 アイズさんの問いに僕も確かにと思った。

 

 今回の冒険者依頼(クエスト)の目的地には僕、神様、アルテミス様、アイズさん、ティオナさん、ヘルメス様の計六人が向かう。普通なら竜は六匹用意される筈だ。

 

 三匹しかいないって事は――

 

「ぶっちゃけ、揃えられなかった!」

 

 ガネーシャ様の返答に納得した。

 

 まぁ見た感じ、こういう竜は凄く希少そうだから、揃えるのには相当な手間暇が掛かるだろう。寧ろ、三匹揃えただけでも凄いかもしれない。

 

「と言う訳で、二人乗りということで」

 

 竜の数の関係で、ヘルメス様の言う通り二人乗りが決定した。

 

 折角だから、アイズさんを――

 

「オリオン、一緒に乗ろう」

 

「え? ああ、はい……」

 

 誘おうと思っていたが、アルテミス様が声を掛けてきたので思わず承諾してしまった。

 

「ぶ~、アルゴノゥト君と二人乗りしたかったぁ~」

 

「…………」

 

 僕がアルテミス様と相乗りする事に、アイズさんと一緒に乗るティオナさんが不満そうに見ていた。アイズさんも何か含んだような目で僕を見ている。

 

 そして――

 

「まぁまぁ、ヘスティア」

 

「何でベル君がアルテミスと一緒に乗ってるんだぁぁぁーーー!!」

 

 ヘルメス様と相乗りする神様が何故か叫んでいた。

 

 全員が乗った事に、竜は飛翔して目的地へ向かおうとする。

 

「行ってらっしゃ~いっ!」

 

 オラリオに残るガネーシャ様は、大声を上げながら僕達を見送った。

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、場所は変わって【ロキ・ファミリア】の本拠地(ホーム)――『黄昏の館』。

 

「アイズたんとティオナが神月祭に出掛けてからまだ戻っとらんって、どういうことや!?」

 

「落ち着いてくれ、ロキ。僕も詳しい事はまだ知らないんだ」

 

 執務室にて、アイズとティオナが帰って来てないと報告を聞いたロキがフィンに問い詰めていた。

 

 フィンもそれしか聞いていない為、二人が今どこで何をしているのかなど全く分からない。寧ろこっちが知りたいぐらいだと。

 

 神月祭が終わって翌日になっても帰ってこない事に、ロキやフィンだけでなく、リヴェリアも苛立ちを募り始める。

 

「全く。港街(メレン)での調査が控えていると言うのに、あの二人は一体何をやっているんだ」

 

「そう怒るな、リヴェリア。あやつらはもう子供ではないんじゃ。何か理由があるんじゃないかと、ワシは思うぞ」

 

「例えそうでも、せめて一度戻ってから私達に事情を説明して欲しいな。子供じゃないなら、それくらいの事は出来る筈だ……!」

 

 ガレスが宥めようとするも、リヴェリアは苛立ちを抑えないどころか、沸々と怒りが込み上がっていた。

 

 本人は否定してるが、今の彼女は完全に母親(ママ)の顔になっていた。門限を過ぎても未だ却ってこない子供二人(アイズとティオナ)母親(リヴェリア)が怒っている、みたいな感じで。

 

 リヴェリアの言う通り、【ロキ・ファミリア】は後日に港街(メレン)へ行く予定になっている。ロキとしても個神的な事情で一刻も早くアレ(・・)を披露する準備をしている事もあって、対象のアイズとティオナがいない事にロキは不安を抱いていた。

 

「取り敢えず今日は二人が戻って来るのを待つ。だけどそうでなかった場合は、ティオネやベート達に二人を捜して貰う事にする」

 

「まぁ、せやな」

 

 フィンの案にロキは一先ずと言った感じで受け入れる事にした。

 

 すると、執務室の扉からノックする音がしたので、フィンは何事かと思いながらも入室を許可する。

 

 入って来たのはラウルで手紙らしき物を持っていた。

 

「団長、失礼するっす」

 

「何かあったのかい?」

 

「えっと、神ガネーシャが本拠地(ホーム)に突然来たんすけど、団長とロキに話があるって」

 

「ガネーシャ? 一体何の用や?」

 

 予想外の客神が来た事に、聞いていたフィン達だけでなくロキも意外そうに驚く。

 

 敵対していない派閥とはいえ、【ガネーシャ・ファミリア】の主神自ら他所の【ファミリア】の本拠地(ホーム)へ訪れるのは余程の事だ。

 

「それが、アイズさんとティオナさんに関係する話だと言ってるっす」

 

『!』

 

 神月祭に参加してから戻ってこない二名の名前が出た事に、ロキ達は目を見開いた。何故二人と大して関わりのないガネーシャが二人の事を知っているのだと。

 

 そしてガネーシャから一通りの話を聞いた後――

 

「何でうち等に相談しないで勝手に決めとるんや! 天然(おバカ)アイズたんにティオナぁぁぁぁ! あとヘルメスゥゥゥゥゥ! ウチ等に港街(メレン)へ行けと言っておいて、何やらかしとんのやぁぁぁぁぁ!」

 

「やれやれ、二人が戻って来ないのはベル絡みだったか……。何となくそんな気はしてたよ」

 

「アイズとティオナはベルにご執心じゃからのう。まぁ、仕方ないと言えば仕方ないか」

 

「まさかとは思うがあの二人、武器が整備中なのを良い事にベルの武器を借りている、何て事はしていないだろうな……?」

 

 主神と主要幹部三人はそれぞれ思った事を口にしていた。

 

 特にリヴェリアはベルの武器を使っているかもしれないアイズとティオナを内心羨ましがっていた。どうせなら、自分も一緒に連れて行って欲しかったと。




衣装については、ベルとヘスティアは劇場版の「特注装備」です。

アイズはダンメモの空想衣装「勇装鎧衣」、ティオナはダンメモの踊り子衣装「百華乱舞」を基にしています。

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オリオンの矢⑤

(はぁっ。何も起こらないのは良い事なんだけど、もう見飽きてきたなぁ……)

 

 飛竜に乗って遠出すると言う初体験に最初は戸惑ったが、あっと言う間に慣れた。と言うより、飛竜が僕に合わせてくれるように飛んでくれているから、慣れるのにそんな時間が掛からなかったと言う方が正しい。

 

 初めてアークスシップに乗った時の事を思い出してしまう。こんな大きな箱で本当に遠い星へ行けるのかと疑問を抱きながら乗船し、転送(ワープ)機能で何万キロ以上もある惑星ナベリウスへあっと言う間に辿り着いた時は本当に驚いた。傍にいたキョクヤ義兄さんから物凄く呆れられたけど。

 

 機械による乗り物は問題無いけど生き物、益してや竜に乗るなんて思いもしなかった。惑星アムドゥスキアにいる龍族とは探索時に何度も戦っていたけど、こんな風に乗った事は一度もない。飛竜と言えば龍族の巨大エネミー――磁晶龍(クォーツ・ドラゴン)と最初戦った時には物凄く苦戦した。両翼をジェット噴射するような素早い突進攻撃をしたり、口や翼からレーザーを放ってきたりと、攻撃どころじゃなくて避けるのに必死で初戦は散々な結果となって苦い思い出となっている。

 

 流石にこの世界でクォーツ・ドラゴンなんていないだろうけど、万が一にもいた場合は問題無く対処出来る。飛竜タイプは基本的に移動手段である翼を先に潰してしまえば、速度がガクンと落ちて倒しやすくなるのを身を以て経験しているので。

 

 それはそうと、オラリオを出てもう既に一週間も経っている。ヘルメス様が言った目的地――エルソスの遺跡はオラリオから遥かに離れた大陸の果てで、大樹海の秘境にあるらしい。今はもう半分以上進んでいるから、あと数日で到着予定となっている。

 

 因みに移動中の際、ちょっとした騒動が起きていた。特に夜の就寝時に。

 

 テントを建てた後にアルテミス様が僕と一緒に寝ようと誘おうとしたところを、神様が速攻で止めた。『アルテミスはボクと一緒に寝るんだ!』と言って。問題はその後で、今度はティオナさんが僕と寝ようと言い出した。神様が当然反応して当然却下しようとするも、テントは人数分しかないので仕方ないと諦めざるを得なかった。だから僕はティオナさんの他、アイズさんと一緒のテントで就寝する事となった。

 

 普通に考えれば男の僕はヘルメス様のテントで寝れば良いんだけど、他所の主神――神様曰くヘルメス様は怪しいから――と言う理由で無理だった。だから派閥は違えど、下界のヒューマン(僕とアイズさん)アマゾネス(ティオナさん)はギリギリセーフと言う事となった。

 

 まさか今回の冒険者依頼(クエスト)で女の子二人と一緒に寝るとは思いもしなかった。相手は僕の片思い中のアイズさんに、僕が好かれているティオナさん。どちらも凄く綺麗で可愛い女の子だから、最初は全然眠れなかった。二人揃って、それぞれ僕の腕に引っ付きながら寝ていたので。と言っても、何日か経てばもうすっかり慣れて普通に寝れているが。もしフィンさん達に知られたら絶対に不味いだろう。特にレフィーヤさんの場合、問答無用で強力な魔法を撃ってきそうな気がする。

 

「いや~、いい風だなぁ。いつまででも翔んでいられるねぇ~」

 

 後々恐ろしい目に遭いそうな事を考えている中、僕と同じく飛竜に乗って手綱を引いているヘルメス様の呑気そうな声が聞こえた。因みに相乗りしている神様は飛竜に慣れたのか、器用な体勢になって気持ち良さそうに寝ている。

 

「アタシもう見飽きたよ~。一週間もずっとこんなんだし。アルゴノゥト君もそう思わない~?」

 

「……ハハハ」

 

 僕と同じ気持ちになってるティオナさんはそう言って、アイズさんも口に出さずともかなり退屈そうな感じがした。

 

 流石の第一級冒険者二人も、ここまで何事も無いまま進んでる事に段々飽き始めたようだ。ダンジョンの遠征では問題無く進んでもモンスターと戦うが、今回はそれすらないので二人からすれば退屈極まりないだろう。

 

「あ~あ、また森だよ」

 

 再び大森林の光景となって嫌そうに呟くティオナさん。最初は興奮しながら見ていたけど、一週間も続けばそうなるのは無理もない。

 

 すると、僕の懐にしまっている小型携帯端末からアラームが鳴り出した。幸い僕にしか聞き取れない小さな音なので、相乗りしているアルテミス様には聞こえない。

 

 アラームには色々な音の種類はあるが、この音はエネミー出現の警鐘だった。僕達が乗っている飛竜の周囲にはエネミーらしき物が見当たらない。そうなると――

 

「下へ!」

 

「はっ、はい!」

 

 森にいるかと下へ視線を移す寸前、アルテミス様が突然降下するよう言ってきた。

 

 言われた通り僕は竜に地面ギリギリの低空飛行をするように指示をしている中、アルテミス様はいつの間にか弓を取り出して番える矢で何かを射抜こうとしている。

 

「あれは……!」

 

 矢の先にいる方へ視線を向けると、必死に逃げている母娘の後から無数のモンスターらしきモノが追いかけていた。

 

 母娘を追いかけているモンスターは大量の黒い(さそり)だった。僕が知る限り、ダンジョンであんなモンスターは見た事が無い。

 

 そんな中、アルテミス様が弓を引き絞って放たれた矢は木々の間を通り抜けるように、母娘を追っていた先頭にいる蠍型モンスターを見事に射抜いた。

 

 お見事だった。今の僕ではあそこまで正確に射抜けない。強弓(バレットボウ)を使うブレイバークラスにならなければいけない他、誘導性能が追加されたリング――バレットボウホーミングを使わなければ出来ない芸当なので。

 

「まだだ! そのまま回り込んで!」

 

「はい!」

 

 内心で称賛しているのとは他所に、アルテミス様が回り込むよう指示してきたので、僕は言われるまま飛竜を操作する。

 

 飛竜も僕の指示に従うように旋回すると、森の切れ目から母娘とモンスターの群れが出てきた。

 

 一先ずはあのモンスターの方をどうにかする必要があったので、僕は即座に長杖(ロッド)――カラベルフォイサラーを展開する。

 

「ラ・フォイエ!」

 

 フォトンを収束させて起爆し任意の場所に爆発を発生させる中級の炎属性テクニック――ラ・フォイエを放った。一匹に命中した後、近くにいた他の蠍型モンスターにも誘爆して連鎖爆発が起きる。本当は詠唱したかったけど、非常時なので敢えて割愛した。

 

 

 

 

 ベルとアルテミスに乗っている竜が降下した事に気付いていないヘスティア達が移動していると、突如連続の爆発音が響いた。

 

「なんだ!?」

 

「一体何の音だい?」

 

 何処かからした爆発音にヘルメスが困惑し、さっきまで寝ていたヘスティアも急に目覚めて困惑していた。

 

「大変だよ、ヘスティア様!」

 

「えっ!?」

 

 突如、ティオナの叫びにヘスティアが振り向くと、後方から火の柱らしきものが立っていた事に気付く。

 

「アルゴノゥト君がいない!」

 

「ベル君!」

 

 異変に気付いたヘスティア達は、すぐにベルとアルテミスの元へと向かおうとする。爆発したと思われる場所へ。

 

 

 

「くっ! 数が多過ぎる……!」

 

 再びラ・フォイエを使って一掃するが、モンスターの群れが余りにも多過ぎた。

 

 アレはまるで蟲型ダーカー種――ダガンみたいだ。しかも数で相手を追い詰めるタイプだから、今の蠍型モンスターが正にソレと同じだった。

 

 そんな中、母親に手を掴まれて走っていた少女が躓いて転んでしまった。それにより母親も足を止めて、少女を守るように力強く抱きしめている。

 

「アルテミス様、代わりにお願いします!」

 

「ま、待てオリオン……って、消えた!?」

 

 アルテミス様に手綱を渡した直後、僕はファントムスキルを使って姿を消した。

 

 足を止めている母娘に蠍型モンスターが接近して尖った尾で振るおうとする寸前、姿を現わした僕は抜剣(カタナ)――呪斬ガエンであっと言う間に斬り裂いた。

 

 同胞がやられた事に一瞬動きを止めるモンスター達を見て、僕はその隙を突くように再びファントムスキルで姿を消し、狙いを定めた二匹目の眼前に姿を現わして再度斬り裂く。

 

 消えては現れて斬撃の行為を何度も繰り返すも、一匹ずつ仕留めるには時間が掛かり過ぎた。なので今度はスライディングしながら剣閃を残しつつ敵をすり抜ける裏のフォトンアーツ――シュメッターリングで片付け始める。攻撃をされた事に気付いてないモンスター達は、あっと言う間にバラバラとなっていく。

 

 さっきと違って、今度は複数のモンスターを仕留めたから、裏のシュメッターリングを主に使いながら一掃する事にした。

 

 向こうも漸く攻撃をされてると認識したのか、僕の方へ集まり始めて狙おうとする。寧ろ、そうしてくれた方が好都合だ。足を止めている母娘から意識を逸らす目的だったので。

 

 今度は抜剣(カタナ)から別の武器に変更して一掃しようと――

 

「ふっ! やああ!」

 

「って、何でアルテミス様も戦ってるの!?」

 

 思っていた矢先、いつの間にか飛竜から下りて蠍型モンスターと戦っているアルテミス様を見て突っ込みを入れた。

 

 長銃(アサルトライフル)のフォトンアーツか長杖(ロッド)でのテクニック、もしくはフォトンブラストのヘリクス・ブロイで一掃しようと考えていたが、アルテミス様が急に参戦した事で却下となった。もし使えば巻き添えになってしまう可能性があるので。

 

 アルテミス様も戦っているから、今は抜剣(カタナ)で応戦するしかなさそうだ。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】!」

 

 すると、上空から詠唱らしき声と急な風が吹き荒れた。

 

 思わず見上げると、風魔法を展開しスキアブレードを持ったアイズさんが此方へ来る。

 

「はあぁっ!」

 

 攻防一体となってる風の鎧に加え、アイズさんが振るう斬撃によって多くの蠍型モンスターが一掃されていく。

 

 凄い。深層で見せた時と違って、彼女の身体から発している風がいつも以上に吹き荒れている。恐らくスキアブレードに搭載されている法撃力で、アイズさんの風魔法が強化されているんだろう。威力、スピード、何もかもが上がってる事にアイズさん自身も驚いているに違いない。

 

 僕だけでなく、母娘やアルテミス様ですらアイズさんの戦いに見入っていた。それだけ凄いと言う証拠だ。

 

「ベル、大丈夫?」

 

「見ての通りです。一先ずアレを全て片付けましょう」

 

「分かった。ベルはあの人達とアルテミス様を」

 

 そう言ってアイズさんは未だに森から湧いて出てくる蠍型モンスターを殲滅する為に突進していく。その瞬間、大量のモンスター達が細切れになって、大量の灰と魔石が出来ていく。

 

 やっぱりスキアブレードを貸したのは正解のようだ。打撃力だけでなく法撃力も備えた武器なら、アイズさんの攻撃力は上がると踏んでいたが、正にその通りだった。恐らくだけどティオナさんも、セイカイザーブレードを振るえば相当の威力を振るえるだろう。

 

 アイズさんが来てくれたから、ここからはもう焦る必要はない。抜剣(カタナ)のままで充分だ。アルテミス様と母娘を守りながら、残りのモンスターも倒すとしよう。

 

 そう思った僕は、少し残っているモンスターの殲滅に取り掛かろうとする。

 

 

 

 

「うひゃ~、あれだけのモンスターを瞬殺って……流石は【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインだね~」

 

「いいな~アイズ、アタシも一緒に戦いたかったのに~……!」

 

「……ふ、ふん! ヴァレン何某が凄いのは、ベル君が貸した武器のお陰だよ!」

 

「なぁヘスティア、良かったらベル君が貸した武器について教えてくれないか? アイズちゃんが使ってるあの剣、明らかにヘファイストスやゴブニュが作った物より凄いんだけど」

 

「教えないよ!」




劇場版と違って、ベルがファントムで強い上にアイズも加わったので、槍を使う展開は完全に無くなりました。

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オリオンの矢⑥

今回は少々短いです。


「申し訳ありませんでした!」

 

『……………………』

 

 地べたに土下座をするアルテミス様に僕達は無言となっていた。当然、これには訳がある。あの蠍型モンスターを倒した後だった。

 

 アイズさんの参戦もあって、蠍型モンスターは全て撃破。それによって地面には大量の灰がばら撒かれており、多数の魔石が転がっている。

 

 もう危険じゃないと判断した僕は、すぐさまアルテミス様に詰め寄った。それなりの実力がある女神だからって、一般人の女の子と大して変わらない神様がモンスターと戦うのは自殺行為だと。

 

 アルテミス様は僕の言葉にキョトンとした後、途端に笑い出した。『そんな風に言われたのは初めてだ』と言われ、目に涙を浮かべながら。その数秒後には駆け付けた神様からも無茶をするなと怒られたが。

 

 ティオナさんに僕達が助けた子供の相手を任せている中、お礼を言ってくる母親から一通りの話を聞かせてもらった。どうやらあの蠍型モンスターはいきなり出現したらしく、近隣の村を見境なく襲っているらしい。危険だと思った母娘が避難しているところを、あのモンスターに襲われて今に至ると。

 

 あのモンスターは初めて見たけど、戦って分かった事がある。アレは明らかにオラリオのダンジョンにいるモンスターに匹敵する強さだった。上層レベルどころか、明らかに中層レベルで、『Lv.1』の冒険者が倒せる相手じゃない。

 

 本来だったら地上に出現するモンスターはダンジョンで産み出されるのと違って、己の魔石を削って繁殖させているから能力が著しく衰退している。地上で中層モンスターがいても、強さは上層モンスター程度になっているから『Lv.1』でも充分に倒せる。以前【ミアハ・ファミリア】から地上向けの冒険者依頼(クエスト)で、下層クラスの強さを持つ筈のブラッドザウルスが、『Lv.2』になったばかりの僕でも簡単に倒せたのが何よりの証拠だ。

 

 しかし、あの蠍型モンスターは地上で繁殖したものじゃない。まるでダンジョンから生まれたんじゃないかと思う程に魔石が大きかった。アルテミス様は何か知っていそうな雰囲気だったけど、結局は分からず仕舞いとなってしまった。

 

 それはそうと、問題はこの後だった。助けた母娘と別れる際アルテミス様は人助けとして、パン以外の食料を全部渡してしまったんだ。これには流石にティオナさんが抗議し、当の女神様は自分は平気だと言うも――

 

『アルテミス様はよくても、アタシ達はもうすっかりお腹ペコペコなんだよ!』

 

 思いっきり叫ぶティオナさんの台詞に漸く理解して、アルテミス様は僕達の前で土下座をしていると言う訳である。

 

「もう何なの、このポンコツ女神様は~!」

 

「……確かにロキとは違う意味での、ポンコツな神様みたい……」

 

「お、お二人とも、相手は女神様なんですから……」

 

 憤慨するティオナさんに、ジト目になって呟くアイズさん。僕がフォローするも、二人の機嫌は直らなかった。

 

「はぁ~……なんでこうなったかなぁ……」

 

 これには流石の神様も、神友の行動を見て完全に呆れて嘆息していた。

 

「そんなに違うんですか? 確か前に恋愛アンチだと言ってましたが……」

 

 僕が思い出しながら問うと神様は頷く。

 

「ああ、怖いくらいに毅然として、女傑というか……。天界じゃ沐浴を覗かれただけで……」

 

 そう言って神様は天界にいた頃のアルテミス様について話そうとする。

 

 

『恥を知れ! この豚ども!』

 

 

 と、覗きを仕出かした男神様達に弓で制裁して捕らえた後、汚物を見るような目で罵倒していたそうだ。

 

 因みに――

 

『『『『『ありがとうございまーす!』』』』』

 

 捕らえられた男神様達は反省しないどころか、逆にお礼を言っていたそうだ。その中にはヘルメス様も混ざっていたらしい。

 

「いや~、そんな事もあったな……うんうん」

 

「……………」

 

 当時の事を懐かしむように頷くヘルメス様に、僕は呆れて何も言えなかった。加えてアルテミス様を除く女性陣から冷たい視線を向けられるが、当の本人は全く気にしてない様子。

 

「まっ、今日はもう日も暮れるし、ここに止まって明日の朝出発しよう」

 

「え~? じゃあ、食事は?」

 

 ヘルメスさまはこの話題はもうお終いと言わんばかりにこの後の事を話した途端、神様が焦ったように聞いた。

 

「今日は我慢だね」

 

「そんな~~。お腹空いたよ~~」

 

「す、すまない……」

 

 食料は先程の母娘に渡してしまった為、無情な返答をされたことで神様は両手両膝を地面に付いて情けない声をあげた。

 

 今の状況を漸く理解してくれたのか、アルテミス様は再び僕達に向かって謝り続けている。

 

「どうするアイズ? いっそ18階層みたいに食料調達してみる? 目の前に森があるから、それらしい食べ物は多分あると思うけど」

 

「そうだね。でも、それが本当に食べても大丈夫なのかは分からないけど」

 

 ティオナさんとアイズさんが少々不安そうに話していた。

 

 前の遠征で、二人はダンジョン18階層にある『迷宮の楽園(アンダーリゾート)』に留まっていた際に食料調達していた。勿論、その時は僕も加わってやっていた。

 

 しかし、此処はダンジョンと違って地上だ。アイズさんが不安になるのは無理もない。いくら二人が【ロキ・ファミリア】だからと言っても、オラリオの外に関する知識は殆ど無いも同然だった。益してや地上にある森の食べ物については猶更に。

 

 ふと見上げた時、リンゴみたいに大きな木の実があった。アレは食べれる筈だけど、確か調理法は……ダメだ、思い出せない。お爺ちゃんが生きていた時に聞いたけど、異世界でアークスになろうと沢山勉強してたから、この世界に関する地上の知識は殆ど忘れてしまっている。

 

 だから――

 

「では、今日のご飯は僕が用意します」

 

『えっ?』

 

 電子アイテムボックスに収納している、もしもの時の食料を出す事にした。

 

 皆が一斉に、期待を寄せるような感じで僕を見ている。

 

 

 

 

 

 

「うま~い!」

 

「アルゴノゥト君の作った料理すっごく美味し~!」

 

「いや~、まさか君に収納スキルがあったなんて驚いたよ。いつの間にそんな便利なものを身に付けたんだい?」

 

「あははは……そこは企業秘密と言う事で」

 

 現在焚火の周りに、僕達は夕食を食べていた。

 

 電子アイテムボックスから出したのは鍋一式と、オラリオ産の肉に野菜、そして塩と香辛料。鍋料理にする為、切った肉と野菜を下拵えしてから水が入ってる鍋に入れ、塩や香辛料も加えた後に蓋をして焚火で煮込む。約一時間後にグツグツと煮立って鍋料理は完成。

 

 温かい料理が出来た事に大変喜び、神様とティオナさんは幸せそうな顔をしながら食べている。ヘルメス様からの質問には答えられなかったので、言葉を濁してやり過ごしていた。

 

 あと、鍋料理以外にも用意しているのはあった。それは――

 

「はむはむ……! 久しぶりのジャガ丸くん……」

 

 アイズさんが夢中になって食べているジャガ丸くんだった。因みに食べているのは小豆クリーム味で、他の味もある。

 

 電子アイテムボックスに食料を積んでいるのには理由がある。以前に参加した【ロキ・ファミリア】の遠征を経験して、今後の為に食料も持っておこうと決めたからだ。

 

 毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の件があって、急遽18階層に留まる事となった際に食糧不足となっていた。あの時はあそこにあった森から調達とかしていたので辛うじて大丈夫だったけど、もしそれがなかったら本当に危うかった。

 

 その経験をした僕は今後また遠征に関するダンジョン探索の他、長期の旅になる時の事を考え、もしも用として電子アイテムボックスに食料を積む事にした。幸いコレは保存機能がある優れ物なので、そう簡単に腐ったりしない。その分、ドロップアイテムを収納するスペースが無くなっちゃったけど。

 

 オラリオに戻ったら買出しをしておこうと考えながら鍋料理を食べていると、アルテミス様が何故かジッと僕を見ている。

 

「オリオン。貴方は本当に凄いのだな。強いだけでなく、料理まで振るえるとは」

 

「いやぁ、まぁ、料理に関しては、ある人から教えてもらって……」

 

 僕が作った鍋料理を教えてくれたのは、アークス船団にいるフランカさんだ。キョクヤ義兄さんが食事を疎かにする事を知って、あの人は僕に健康的な物を食べさせるよう色々と教えてくれた。その一つが今食べている鍋料理のポトフだ。他にも手軽に作れる料理もあって、本拠地(ホーム)で神様にも披露している。

 

 すると、僕はふと気付いた。僕が用意したポトフやジャガ丸くんを、アルテミス様が先程から一口も手を付けてない事に。

 

「食べないんですか?」

 

「ああ……私は……」

 

 アルテミス様は途端に気まずそうな表情となって目を伏せた。

 

「そうですか……」

 

 敢えて深く聞こうとしない僕は訝るように見る。

 

 この一週間アルテミス様の傍にいたけど、神威が全く感じ取れなかった。前にも言った通り、可能な限り抑え込んでいるとしか思えない。

 

 やっぱり何かおかしいと疑念を抱いている中、突然目の前に肉が乗ったスプーンが差し出された。

 

「あ~ん」

 

「へっ?」

 

 僕が素っ頓狂な声を出しながらも、アルテミス様は僕にスプーンを差し出して食べさせようとしている。

 

「はい、あ~ん」

 

「えっ、いや……」

 

 アルテミス様は戸惑う僕に気にせず催促するも――

 

「そんなことさせるかぁ~~!!」

 

「アタシだってぇぇぇ!!」

 

 さっきまで美味しくポトフを食べている神様とティオナさんが動き出した。

 

「「くらえ~~!」」

 

「えっ、ちょ……ぐえ! むぐぅ~!」

 

 二人が揃って持っているスプーンを振りかぶって僕の口に突き入れた為、突然の不意打ちを受けた僕はそのまま後ろに倒れてしまった。

 

「ベル君が苦しんでいるじゃないか! 止めるんだ、アマゾネス君!」

 

「ヘスティア様こそ止めなよ~!」

 

「ベル、大丈夫?」

 

 苦しんでいる僕を余所に、ジャガ丸くんを食べていたアイズさんが僕に寄り添ってくれた。




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オリオンの矢⑦

「それにしても……あのモンスター、何だったのかなぁ? あたし初めて見たよ」

 

「ダンジョンで蠍型のモンスターは見た事あるけど、あれは見たことが無い」

 

「お二人も知らないんですか……」

 

 ちょっとした騒動は起きた夕食だったけど、少し離れたところで移動用の飛竜が寝ている中、僕達は蠍型モンスターについて話していた。

 

 【ロキ・ファミリア】のティオナさんやアイズさんですら、あのモンスターについて全く分からないようだ。

 

 僕よりも長くダンジョン探索している幹部二人が知らないとなれば、未知のモンスターと言う事になる。恐らくフィンさん達も知らないだろう。

 

「近くの村を襲っているって言ってたけど」

 

 神様は僕達が助けた母親から聞いた話を思い出しながら言った。

 

 話を聞いた限りでは、つい最近出現した感じだった。そうでなければ、あの母娘があんな風に追われたりしない。

 

 冒険者の僕達や神様が疑問を抱いていると、途端にヘルメス様が木の枝で焚火を突きながら口を開く。

 

「ことの始まりは、モンスターの異常な増殖が確認されたことだった……。原因を調べる為に多くの【ファミリア】が遣わされたが……全て消息を絶った」

 

 内容を聞いた僕達はヘルメス様の話を静かに聞いていた。僕や神様だけでなく、アイズさん達すらも初めて聞いたと少し目を見開いている。

 

「場所は彼の地エルソス。そこの遺跡には、ある封印が施されていた」

 

「封印……? 何をですか?」

 

 僕からの問いにヘルメス様は答えようと話した。

 

「陸を腐らせ海を蝕み、森を殺し、あらゆる生命から力を奪う」

 

「古代、大精霊達によって封印されたモンスター……アンタレス」

 

 ヘルメス様の台詞を引き継いで、アルテミス様がそう言った。

 

 初めて聞くモンスター『アンタレス』の名に僕は勿論のこと、【ロキ・ファミリア】の二人も知らない様子だ。

 

「だが、奴は長い時をかけて深く、静かに力を蓄え……遂に封印を破った」

 

 最後の台詞にアルテミス様が膝の上に置いている両手を静かに強く握った。

 

「封印を破ったって……」

 

「それじゃあ……」

 

 アイズさんとティオナさんが何かに気付いたように呟くと、ヘルメス様が頷いた。

 

「ああ、今回の件をオラリオも重く受け止めていてね……俺の【ファミリア】を派遣したんだ」

 

 僕は【ヘルメス・ファミリア】の事はよく分からないけど、オラリオから信頼されている【ファミリア】の一つなんだろう。

 

 けど、そのヘルメス様が真剣な表情で言ってるって事は、相当危険なモンスターと言う証拠だ。

 

 僕が内心そう思っていると、話はまだ続く。

 

「そこで同じ目的で赴いていたアルテミスと出会った。そして、援軍を呼ぶ為にオラリオに戻ったというわけさ……」

 

 だから神月祭のイベントを利用して、援軍を求めようとしていたって訳か。

 

 裏があるのは予想していたけど、まさかここまで深刻な事態だったとは……。そう考えると、何だか僕が段々場違いに思えてくる。

 

「あの……今更ですけど、何故もっと強い【ファミリア】に要請しなかったんですか? 別にあんな回りくどいやり方をしなくても良かったと思うんですが」

 

 例えば【ロキ・ファミリア】に事情を説明し、冒険者依頼(クエスト)を出せば解決するだろう。如何に相手が強大なモンスターでも、都市最高派閥が総動員すれば勝てる可能性はいくらでもある筈だ。

 

「無駄だ。あの槍でなければアンタレスは倒せない。そして、槍に選ばれたのは……貴方だ」 

 

「…………」

 

 アルテミス様は否定しながら、僕が近くの木に置いた槍を見ながら断言した。

 

 あの槍でなければって……。何故そこまで言い切れるんだ? 益々疑念が深まってしまう。

 

 確かに僕が抜いた槍から、今も不思議な力を感じ取れる。それが何なのかは未だに分からないけど、アルテミス様があそこまで言い切れるからには何か理由がある筈。

 

「――なぁに、大丈夫! 『槍』さえあれば、全て上手く行くさ! ほれ、明日に供えて、もう寝よう」

 

 僕が真実を問おうとする直前、ヘルメス様が途端に立ち上がってそう言った。

 

 何だかこれ以上は不味いから切り上げようみたいな感じに思えたが、この様子では無理だと諦めた僕は寝る準備に取り掛かる事にした。

 

 

 

 

 

 

「………アイズさん、まだ寝てませんか?」

 

「うん」

 

 いつものようにテントを張って、左からティオナさん、僕、アイズさんが川の字で寝ていた。

 

 因みにティオナさんは僕の片腕に引っ付きながら気持ち良さそうな顔で眠っている。それを見た僕は苦笑しながらも、隣で寝ているアイズさんに小さく声を掛けると反応した。彼女も僕の腕に引っ付いて寝ているが、今回はそうしてなかったのでもしやと思ったら、案の定まだ起きていた。

 

 僕とアイズさんはお互いに見つめ合って数秒後、すぐに上を向いた。普通ならドギマギしてもおかしくない展開だけど、生憎とそんな気分じゃない。

 

「さっきの話、どう思います?」

 

「……分からない」

 

 僕の問いにアイズさんはそう答えた。主語は抜けてるけど、彼女は僕の言ってる事は理解している。さっきの話とは、夕食後の時にヘルメス様とアルテミス様が語ってくれた内容の事だ。

 

「あの神様たち、まだ何か隠しているような気がする」

 

「そうですね……」

 

 僕だけでなくアイズさんも気付いていたようだ。ヘルメス様とアルテミス様のお二方が、全てを話していないと。

 

 でも例えあの場で問い詰めたところで、もうあれ以上は語ろうとはしないだろう。のらりくらりと躱されて、もう寝ようと言われるのが何となく分かったので。

 

 真実が分からない以上、あれこれ考えても余計に眠れなくなってしまうから、取り敢えず話題を変える事にした。

 

「ところで、僕が貸した武器の使い心地はどうでしたか?」

 

「凄く良かった。リヴェリアの気持ちが分かった気がする」

 

 僕が問うと、アイズさんは即座に返答をした。

 

「それに、私が使った魔法の威力も底上げしていた。あんな凄い剣、一体何処で手に入れたの?」

 

「あはは……それは内緒です」

 

 アイズさんのスキアブレードに対する評価は物凄く高いようだ。この様子から見て、絶対欲しがっているに違いない。

 

 すると、彼女は僕の方をジッと見てお願いしようとしてくる。

 

「ベル、この冒険者依頼(クエスト)が終わった後、もう暫く借りてもいいかな? 勿論、お金は払うから」

 

「ダメです。もしそうしたら、今度はリヴェリアさんからも催促されるのが目に見えてるので」

 

 もし僕がこのままスキアブレードの長期レンタルを了承すれば、リヴェリアさんが絶対に黙ってはいない。あの人も僕の長杖(ロッド)――ゼイネシスクラッチを未だに使いたがってるから。

 

 ついでに、【ヘファイストス・ファミリア】にいる椿さんからも強請られてしまう恐れもある。多分だけど――

 

『ほう? 「剣姫」やリヴェリアに武器を貸して、手前だけ貸さないと言うのは不公平ではないか?』

 

 と言ってくるかもしれない。

 

 椿さんのしつこさは、この前の遠征で身を以て経験した。なので隙を見せる訳にはいかない。

 

「………どうしても?」

 

 可愛く上目遣いで見てくるアイズさんに――

 

「…………ダメです」

 

「むぅ……」

 

 心の中で必死に戦った僕が何とか拒否を示すと、途端に膨れっ面となった。またしても可愛いと思ったのは内緒だ。

 

 すると、拗ねた表情になってるアイズさんは突然僕の腕にギュッと引っ付いて数秒後、そのまま寝てしまった。意識してやったのか分からないけど、アイズさんの柔らかい胸の感触が前以上に凄く伝わってくる。

 

「………僕も寝よう」

 

 美少女二人に挟まれてる僕は、何とか心を落ち着かせながらも眠る事にしたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 ベル達一行がオラリオを出て一週間以上経ち、オラリオでは不可思議な事が起きていた。

 

「なんやて! オラリオから出られへん!? それ、どういうことや!?」

 

「どうやらギルドの命令らしい。オラリオの中にいるように厳命されてしまったよ」

 

 ロキがフィンに問い詰めるも、執務室の椅子に座っているフィンは報告で聞いた内容を冷静に答えた。

 

 自分の知らない所で勝手にアイズとティオナを連れ出したヘルメスに憤っているに加え、オラリオから出られない事にロキは更に苛立ちを募らせていく。

 

「うちらは港に用があるっちゅうねん!」

 

「当然、中止だね……。まぁ、アイズとティオナがいなくなった理由を知った時点で、何となくそうなる気はしてたけどね」

 

「どういうことや、ギルドの連中! アホかーっ! どいつもこいつも、うちの邪魔をしおってーっ!」

 

 完全にアレ(・・)のお披露目が出来なくなった事にロキは叫ぶ。尤も、港に同行する女性団員達にとってはある意味幸運かもしれないが。

 

 そんな中、執務室の大きな窓が開いている先のバルコニーではリヴェリアがいた。二人のやり取りを気にせず、彼女はオラリオの外をジッと見ている。

 

「あの二人は今も大はしゃぎしているであろうな」

 

 ガネーシャから長期の冒険者依頼(クエスト)になると聞いたリヴェリアは、ベルに同行したアイズとティオナに嫉妬していた。自分以上に、ベルから借りた武器を使っているかもしれないと思いながら。

 

 以前の遠征でベルが愛用していた長杖(ロッド)――ゼイネシスクラッチを借り、それを使って『Lv.7』にランクアップした。その出来事があった為、使いたい衝動に駆られている。

 

 そんな中、アイズとティオナが自分達に無断でベルの冒険者依頼(クエスト)に同行した。恐らくベルから強力な武器を借りて、自分以上に長く使っているだろう。僅かな時間でしか使えなかったリヴェリアとしては羨ましいを通り越して、既に嫉妬の感情を抱いてしまっている。

 

「戻ってきたら覚悟しておくんだな……!」

 

 説教する気満々のリヴェリアを余所に、夜空にある三日月が地上に光を照らしていた。しかし、それが本来の月と異なる物である事を、オラリオの住民達の誰もが気付いていない。

 

 それとは別に――

 

「………アイズさんがいなくなって一週間以上経った。その間にベル・クラネルはアイズさんと寝泊まりをして………ふ、ふふふふふふ……まさかとは思いますがベル・クラネル、アイズさんと一緒に寝ていませんよね? もしそうだったらベル・クラネルをウィン・フィンブルヴェトルで氷漬け、いえヒュゼレイド・ファラーリカで串刺しにして――!」

 

「ねぇレフィーヤ、いい加減にブツブツ呟くの止めてくれない~?」

 

 恐ろしい事を呟いているレフィーヤに、ルームメイトのエルフィが物凄く鬱陶しそうに指摘していたのであった。




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オリオンの矢⑧

今回は短いです。


 再び飛竜での移動を再開した僕達は、前と違って地上を警戒していた。再び蠍型モンスターの群れが出てきたら即座に戦えるよう、僕とアイズさん、そしてティオナさんはそれぞれの武器を携えている。

 

 しかし、アレ等は全く出現しないどころか、それらしい気配も無いまま数日が経った。あの時の出現は一体何だったのかと疑念を抱いている中、岩山にある河道を沿って進んで大森林の光景を目にした途端に状況が一変した。

 

 昨日まで何の変哲もない緑に囲まれた大森林だったが、僕の視界には異なる風景が映し出されている。毒々しいと思う紫色に染まった木々が多数あるからだ。

 

「どういうこと……」

 

「なんなの、これ?」

 

 緑から紫の大森林と化している事に、飛竜に乗っているアイズさんとティオナさんが下を見ながら呟いていた。

 

 よく見ると、木が折れているのが何本かある。明らかに腐敗して折れたとしか言いようがない。だとすると、変色した草木は全て腐っている事になる。

 

「森が……死んでる……」

 

「アンタレスの仕業だ……」

 

 僕の呟きに反応するように、アルテミス様がそう言った。

 

 大森林をこんなにした元凶(アンタレス)は、相当危険なモンスターと改めて認識した。これはある意味、あらゆるモノを汚染させるアークスの天敵――ダーカーみたいなものだと。

 

「そして……あれがエルソスの遺跡……」

 

 前方を見ながら言うアルテミス様に僕も倣うように見ると、視界の先には建築物があった。

 

 あそこにアンタレスがいる……。そう考えるだけで、警戒心と緊張感が一気に高まってくる。

 

「くっ……!」

 

 逸る心をどうにか落ち着かせていると、途端にアルテミス様が胸に手をあてて苦しそうな声をあげた。

 

「アルテミス様、どうしました!」

 

「……来る……」

 

「えっ?」

 

 そう言ったアルテミス様に、突然何かが降り注ぐ音がした。思わず空を見上げると、無数の光の矢が僕達に襲い掛かろうとしている。

 

「よけてぇ~~!」

 

 ティオナさんの叫びに僕達はそれぞれ、操っている飛竜に回避行動をさせた。

 

 僕が長銃(アサルトライフル)で迎撃しようにも降り注ぐ光の矢が余りにも多すぎるどころか、向こうに先手を取られてしまった為に回避せざるを得ない。

 

 しかし、こちらの行動が一足遅かった為、回避出来ずに光の矢のシャワーを浴びる事となってしまう。

 

「ぐっ!?」

 

 僕はせめてアルテミス様に直撃しないよう、咄嗟に覆い被さるように引き寄せて盾役となり――

 

「うわわわわっ!」

 

「くっ……!」

 

 慌てるティオナさんに、どうにか回避しようとするアイズさん――

 

「うわぁぁぁぁぁぁ!」

 

「くそっ……!」

 

 悲鳴をあげる神様と必死に飛竜を操るヘルメス様。

 

 僕達を乗せている三匹の飛竜達も何とか回避してるが、降り注ぐ無数の光の矢の勢いに負けて、そのまま地上へ落下していく。

 

 

 

 

 

 

 

「くっ、大丈夫ですか、アルテミス様?」

 

「ああ」

 

 飛竜達が地上に落下して分散するも、僕は一先ずアルテミス様の安否を確認した。

 

 返事を聞いた僕は、次に神様達の元へ向かおうとする。

 

「神様ー! みなさーん!」

 

「なんとか無事だよ~!」

 

 走りながら叫ぶと神様が反応して無事な姿を見て安堵していると、ティオナさんの声がした。

 

「大丈夫~?」

 

「ティオナさん! アイズさん! ケガはありませんか?」

 

 僕が声を掛けると、二人はこちらへ振り向く。

 

「アルゴノゥト君! アタシ達は大丈夫だけど……竜が」

 

 ティオナさんとアイズさんが乗っていた飛竜を見ると、傷穴が出来た翼膜を痛々しそうに舐めていた。

 

 後で僕がレスタで治癒しておこう。もしかしたら他の飛竜も傷付いているかもしれないから、確認しておく必要がある。

 

「さっきの光は、一体……?」

 

「おそらく、私を……いや、彼が持つ槍を狙ったのだろう」

 

 アイズさんの疑問に付いてきたアルテミス様がそう答えた。

 

 思わず自分の背中に背負っている槍を見るが、突然ギチギチと嫌な音がした。しかも一つだけじゃなく無数の気配を感じる。

 

「「「!」」」

 

 それを聞いた僕、アイズさん、ティオナさんは即座に得物を取り出す。僕は抜剣(カタナ)――呪斬ガエン、アイズさんは両剣(ダブルセイバー)――スキアブレード、ティオナさんは両剣(ダブルセイバー)――セイカイザーブレードを。

 

「モンスター……」

 

「まずいなぁ、これは……」

 

 僕達を囲む蠍型モンスターの大群に、神様とヘルメス様が焦った声を出す。

 

「こいつら、あの時のモンスターだよね」

 

「……ううん、大きさも形も違う」

 

 確かにアイズさんの言う通り、前に戦った蠍型モンスターとは異なっていた。けど、アレと同種である事は間違いない。群れで襲い掛かろうとしているところがソックリだ。

 

「取り敢えず速攻で倒しましょう。お二人とも、準備は良いですか?」

 

「いいよ」

 

「オッケー! 今回はアタシも暴れるよー!」

 

 僕の問いにアイズさんが武器を構えており、前回戦えなかったティオナさんはいつも以上にやる気を見せていた。持っている武器を頭上に翳してブンブン振り回した後、好戦的な笑みを浮かべながら構えている。

 

「では神様達を守りながら各個撃破でお願いします!」

 

 僕が一足先にファントムスキルで姿を消してすぐ、一匹目のモンスターを斬りつけて真っ二つにする。

 

「あ! ずるいアルゴノゥト君! アタシだってぇ!」

 

「ベル、抜け駆けはダメ!」

 

 出遅れたティオナさんとアイズさんも、蠍型モンスターの群れに突っ込んでいく。

 

 数の多さに少々気後れしたけど、強さは変わらずダンジョン中層のモンスターと同等だった。これまで深層モンスターと戦っていたアイズさんとティオナさん、そして遠征で下層以降のモンスター達との戦闘経験を得た僕の敵じゃない。

 

「遅い!」

 

 僕は裏の技用のシュメッターリング+クイックカットで瞬く間に倒し――

 

「ふっ!」

 

 華麗な剣舞で次々と斬り裂いていくアイズさんに――

 

「うおりゃぁぁぁ!」

 

 セイカイザーブレードを豪快に振り回しながらも、蠍型モンスターの硬そうな甲殻を柔らかい物のように叩き斬っていくティオナさん。

 

 アークスの僕と第一級冒険者のアイズさんのティオナさんが戦闘を初めて数分もしない内に、先程まで周囲を埋め尽くしていた筈のモンスター達はどんどん駆逐される。

 

「は……はははは! まさか今度は間近で瞬殺劇を見る事になるとはね! しかもベル君が第一級冒険者のアイズちゃんとティオナちゃん以上の働きぶりじゃないか!」

 

「当然だよ、ヘルメス! 僕のベル君は強いんだ!」

 

「凄い、あのモンスターの群れをあんな一瞬で……流石は私のオリオン……!」

 

 僕達の戦いを見守っている神様達は、それぞれ思った事を口にしていた。

 

 どうでもいいんですけどアルテミス様、いつから僕は貴女様のものになったんでしょうか?

 

 一先ずは蠍型モンスターを倒しながらも、他の個体が神様達に狙いを定めないかと警戒を続ける。

 

 そして数分後、周囲の地面には大量の灰が撒き散らしており、多くの魔石が転がっていた。

 

「ふぅっ、漸く片付きましたね」

 

「大して強くなかったけど、あの数は非常に厄介だったね」

 

「この武器すっごいねぇーアルゴノゥト君! アタシの大双刃(ウルガ)より凄い威力だよ!」

 

 大して傷を負う事無く全て倒した僕達に、見守っていた神様達から安堵の息を漏らしていた。

 

「ッ! 誰ですか!?」

 

 すると、背後からモンスターとは違う気配を感じた僕は、即座に振り向いて再び武器を構えた。僕の行動に一同は再び警戒する。

 

 木々の影から出てきたのは――

 

「まさかこんな所でお会いするとは、クラネルさん」

 

「へ? リ、リューさん!?」

 

 オラリオにある酒場――『豊穣の女主人』でウェイトレスをしているエルフ――リュー・リオンさんの登場に僕は目を見開いた。




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オリオンの矢⑨

「リューさんこそ、どうしてここに?」

 

「厄介な冒険者依頼(クエスト)があると、同行を依頼されました。彼女達に」

 

 僕が問うと、戦争遊戯(ウォーゲーム)での時と少し違う戦闘衣(バトルクロス)に身を纏っているリューさんは答えながら後ろを振り向いた。同行している冒険者と思われる一団を見ながら。

 

 真ん中にいる水色髪の女性は顔を伏せてるけど、凄く怒った雰囲気を纏っているのが分かった。

 

「【ヘルメス・ファミリア】……」

 

 知り合いがいたのか、アイズさんが一団を見て派閥名を言った。【ヘルメス・ファミリア】って、この人達は僕達の後ろにいるヘルメス様の眷族か。

 

 直後、水色髪の女性が顔を上げながら此方を睨んでくる。と言うより、主にヘルメス様を。

 

「ヘルメス様ぁぁぁ……!」

 

「っ! や、やぁ、アスフィ……!」

 

 名指しをされたヘルメス様はビクッと震えながらも気兼ねに声を掛けるが、近づいてくる水色髪の女性――アスフィさんの剣幕に圧されていた。

 

「このスットコドッコイ! 遺跡の監視を私達に押し付けて一人で帰るなんて!」

 

「お、落ち着けアスフィ。だから槍の持ち主を捜しに行くためだって……」

 

「それでも勝手にいなくならないで下さい!」

 

 この会話から察して、【ヘルメス・ファミリア】の眷族達は自由奔放な主神に相当振り回されているようだ。

 

 僕が内心気の毒そうに思っていると、アルテミス様が会話に加わろうとする。

 

「アスフィ、ヘルメスを許してやってくれ」

 

「アルテミス様……っ!」

 

 振り向いたアスフィさんがアルテミス様を見た途端に先程の剣幕から一変し、ヘルメス様は助かったと息を吐く。

 

 すると、今度は僕の方を見て少々驚いたような表情となり、僕の背中にある槍を見て何かを察した。

 

「……【亡霊兎(ファントム・ラビット)】……槍を抜いたのは貴方ですか。貴方の強さは【アポロン・ファミリア】との戦争遊戯(ウォーゲーム)で知っていても……出来ればもう少し強い【ファミリア】を期待していたのですが」

 

「な、なんかすいません……」

 

「まぁ、【ロキ・ファミリア】の【剣姫】と【大切断(アマゾン)】が来てくれたのは、こちらとしても僥倖です」

 

 アスフィさんは僕が槍を抜いた事に不服でも、アイズさんとティオナさんと言う強力な助っ人が来てくれた事に安堵していた。

 

 因みに彼女の台詞に神様とティオナさんが、揃ってムッとした表情になっている。アイズさんも何か言おうとしていたが、それは遮られる事となった。

 

「で、アスフィ。状況は?」

 

「悪化する一方です」

 

 気を取り直したヘルメス様が問うと、アスフィさんは簡単に説明した。

 

 此処と同じく、別の森でも侵食が広まっており、モンスターも増殖中だと。更には近隣の村も、既に壊滅しているらしい。

 

「遺跡への侵攻(アタック)は?」

 

「門に阻まれ、全て失敗に終わっています」

 

「……そうか……」

 

 一通りの報告を聞いたヘルメス様は残念そうに呟く。まるでこうなる事が分かっていたような感じがするのは、僕の思い過ごしだろうか?

 

 しかし、会話の中に気になる事があった。

 

「あの、『門』に阻まれているってどう言う事ですか?」

 

 僕が恐る恐ると気になる内容を聞くと、リューさんが代わりに答えてくれた。

 

「その門の所為で、アンタレスの元へ辿り着けないのです」

 

「開けられないんですか?」

 

「我々の力では……」

 

 僕とリューさんの会話に、何故か分からないけどアルテミス様が俯いていた。

 

 あと、これは決してどうでもいい事じゃないが、あの時の光はアンタレスと言うモンスターが本当に放ったモノなんだろうか?

 

 森を浸食させる恐ろしいモンスターが、あんな強力かつ凄まじい光弾の雨を放ったとは想像しにくい。と言うかあの光、モンスターが使ったにしては凄く澄んで神聖な力を感じた。

 

 何だかまるで神様達が使う……いや、これ以上は止めておこう。これは何の確信も確証もない、僕の勝手な想像だ。モンスターが神の力(アルカナム)を使ったなんて馬鹿げた話なんか誰も信じないだろう。

 

 

 

 

 

 

 話を終えて、アスフィさんを先導に【ヘルメス・ファミリア】が拠点としている野営地(キャンプ)へ向かった。

 

 案内される前に、僕は三匹の飛竜を纏めて治療しようと、回復テクニック用のレスタを使った。と言っても、怪我をしていたのは僕が見た時の飛竜だけで、他の二匹は体力を回復した。

 

 治療してくれたと分かったのか、翼を負傷していた飛竜が感謝の意味を込めるように、人懐っこい笑みをしながら僕の頬をペロペロと舐めていた。ちょっとくすぐったかったけど。

 

 因みに僕が一度の回復魔法で複数治療が出来ると知った【ヘルメス・ファミリア】の人達が物凄く驚いていた。僕が以前戦争遊戯(ウォーゲーム)を終えた時、氷漬けとなったヒュアキントスさんを瞬時に治療したのは知ってるけど、複数同時に治療出来るのは予想外だったようだ。

 

 まぁそれよりも、案内されている最中に神様がアルテミス様と話しているのを見かけた。少し離れていた為に話の内容は聞こえなかったが、問い詰めている神様に僕は只事じゃないと分かった僕が近づこうとするも、ヘルメス様によって阻止されてしまった。女神同士の会話に割り込むのは野暮だと。

 

 そして辿り着いた先に、【ヘルメス・ファミリア】の紋章(エンブレム)がある複数の複数のテントが設置されていた。加えて、団員と思われる人達もいて武器の手入れをしている。

 

「ここはまだ正常ですが、じきに浸食されるでしょう。我々は、ここを拠点にして遺跡への侵攻(アタック)を続けています」

 

 三匹の飛竜を簡易的に作られた待機所へ預けた後、アスフィさんはそう言いながら、僕達をテントの一つへ案内する。

 

「お二人とも、長旅で疲れていませんか? この先に、水浴びが出来る泉がありますよ」

 

「本当!? 助かる~! アタシ水浴びしたかったんだ~!」

 

 小人族(パルゥム)の少女が、ティオナさんとアイズさんに水浴びの誘いをしていた。聞いたティオナさんは大はしゃぎしていて、アイズさんは口にしなくても参加する様子だ。

 

 二人は水浴びしなくても、僕の方でアンティを使って常に清潔な状態になっている。けど、いくらそうであっても身体を洗いたいのは当然だろう。特にティオナさんは水浴びが大好きなので、はしゃぐ気持ちも分かる。

 

「ねぇねぇ、良かったらアルゴノゥト君も一緒に水浴びしにいかない?」

 

「そ、それはダメですよ!」

 

 いきなりとんでもない事を言いだしたティオナさんに、小人族(パルゥム)の少女が即座にダメだと言った。

 

 僕は何も聞かなかったかのようにスルーして離れていると――

 

「ベ~ル君」

 

「え? ……あの、何してるんですか?」

 

 何故か茂みに隠れて顔だけ出しているヘルメス様がおかしな行動をしていた。

 

 向こうは気にしてないどころか、妙に嫌らしい笑みを浮かべている。

 

「聖戦の始まりだよぉ~?」

 

「?」

 

 言っている意味が全く分からなかった。

 

 不可解に首を傾げる僕を余所に、ヘルメス様は僕を何処かへ連れて行こうとする。

 

 

 

 

「今日、君達は伝説になる!」

 

 ヘルメス様が無理矢理連れて来た僕だけでなく、【ヘルメス・ファミリア】の男性団員達に向かって演説をしていた。

 

「いいか、よく聞け! この奥に広がるのは乙女の楽園! アスフィ達だけでなく、【ロキ・ファミリア】の有名な【剣姫】や【大切断(アマゾン)】までもが、今は産まれたままの姿で身を清めている。そして、アルテミス! 三大処女神に数えられる、彼女の一糸纏わぬ姿を見た者はいない! そう、神々でさえ! 俺の夢は一度破れた! だけど俺の心は言ってるんだ、諦めたくない! って! そして今、俺には君達が。志を同じくする仲間がいる! 我々の眼前に立ち塞がるは困難の頂だ! だがこれを乗り越えた時、君達は後世に名を残すだろう! 立ち上がれ、若者達!! 真の英雄となる為に!!」

 

 凄くカッコいい事を言っているけど、これはぶっちゃけ覗きをする為の演説だった。

 

 そう言えばオラクル船団に来る前、朧気だけど小さい頃にお爺ちゃんが言ってたなぁ。確か、『覗きは男の浪漫』……だったかな?

 

 因みにそれをキョクヤ義兄さんに教えた時、『下らん』の一言でバッサリ斬り捨てていた。もしもストラトスさんにも教えたら、『は、ハレンチです!』と真っ赤な顔をしながら説教してると思う。

 

『うぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおッ!!!』

 

 昔の事を思い出している僕を余所に、男性冒険者達は凄く盛り上がっていた。

 

 突っ込みどころが満載過ぎて、もう言葉も出ない状態だ。

 

 これ以上は付き合いきれないので、僕はヘルメス様達に気付かれないようファントムスキルを使って姿を消す事にした。

 

「天よ、御照覧あれ!! 誇り高き勇者たちに必勝の加護を!! 続けえーーー!!!」

 

 ヘルメス様を先頭に、覗き集団は一斉に女性陣が水浴びをしている場所へと向かっていた。

 

 僕はこう思った。覗きは絶対に失敗すると。

 

 アスフィさん達の実力は分からないけど、『Lv.4』のリューさん以外にも、第一級冒険者で『Lv.6』のアイズさんとティオナさんもいる。見た目は可憐でも相当な実力者揃いなので、気配を感じ取られた瞬間にぶっ飛ばされるだろう。

 

 

 

 

 

 

 ヘルメス達が覗きしに行って数分後――

 

「こんなことだろうと思いました」

 

「男ってバカだよな~」

 

「みなさんのエッチ」

 

「……………」

 

 ベルの予想通り、男性陣は全員ぶっ飛ばされた挙句、バカな事を仕出かさないよう縄で捕縛状態となっていた。

 

 女性陣のアスフィ、ルルネ、メリルが思った事をそのまま口にしており、リューは無言でありながらも汚物を見るような目で見下ろしている。

 

「アタシとしては一緒に水浴びをしたアルゴノゥト君なら良かったんだけどな~。アイズもそう思わない?」

 

「ティオナ、それは流石に……」

 

「ッ! 待ちなさい、【大切断(アマゾン)】。今の話はどう言う事ですか?」

 

 ティオナとアイズの会話に、無言だったリューが聞き捨てならないと言わんばかりに尋ねた。

 

「どういうことって、そのまんまの意味だよ。この前の遠征でアタシ達、変わったスキルを使って姿を消していたアルゴノゥト君が入ってるのを知らないで水浴びしちゃったんだ~。ああ言うのを、裸の付き合いっていうのかな?」

 

「なっ!」

 

『なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ!!!』

 

 驚愕するリューに加え、一緒に聞いていた男性陣が目覚めて絶叫した。

 

 あの【亡霊兎(ファントム・ラビット)】が、いつのまにか有名な【大切断(アマゾン)】のティオナだけでなく、【剣姫】のアイズと裸の付き合いをした事に誰もが驚いている。

 

 しかし、それとは別に――

 

(ベ、ベル・クラネルが【ロキ・ファミリア】の遠征に!? まさか、噂は本当だったのですか!)

 

 アスフィだけは違った反応をしていた。

 

「ベルく~~~~~ん! 便利なスキルを持ってる君が超羨ましいけど、それでも俺達の屍を越えて勝利を掴め~~!」

 

 覗きの主犯であるヘルメスは他の男性陣達と違って縄でグルグル巻きのミノムシ状態にされ、更には滝の前で逆さまに吊るされながらも必死に叫んでいたのであった。




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オリオンの矢⑩

 ヘルメス様達が覗きに失敗したと思われる叫びに僕は嘆息した。既に分かりきっていた結果だと。

 

 仮に成功したところで、どの道制裁される事に変わりない。加えてもし【ロキ・ファミリア】の方々に知られでもしたら大激怒するだろう。特にレフィーヤさん辺りが暴走して、特大魔法を使って殲滅させるかもしれない。

 

 そして肝心の僕は――

 

「貴方は運がいい。昔の私なら、即座に弓で射抜いていた」

 

「か、神様の話、本当だったんですね……」

 

 水浴びをしていたアルテミス様と話していた。理由は勿論ある。

 

 僕が近くの滝から少し離れた湖の所でファントムスキルを解除して姿を現わし、その眼前に全裸のアルテミス様と遭遇してしまった。

 

 突然の事に向こうが吃驚している中、僕は謝りながら去ろうとしたんだけど……待ってくれと言われて今に至り、こうして二人っきりで話している。

 

 因みにアルテミス様はもう全裸でなく、バスタオルみたいな長い布で身体を巻いている。それでも神秘的に思ってしまったのは内緒だ。

 

「さあ、どうだろう……」

 

 はぐらかすアルテミス様に、僕はある事を質問しようとする。

 

「あの……それじゃあ昔の神様……ヘスティア様も、今とは違ったんですか?」

 

「そうだな。私の知っているヘスティアは、結構ぐーたらで、面倒くさがり……」

 

「あー、そこは変わってないかもしれませんね」

 

 神様は誰にでも公平に接する御方だけど、私生活に関しては意外とだらしない。バイトの時間になっても起きようとしないし、僕がギルドで学んだ主神としての在り方を教えようとしても途中で飽きてしまう。

 

 天界にいた頃は凄く真面目だったのかもしれないと思っていたが、全く変わってない事にアレが神様の素なんだと改めて分かった。

 

「それから……よく神殿に引き籠もってたな」

 

「え? 引き籠もりですか?」

 

「ああ。私が行くと、それは嬉しそうで、まるで遊んで欲しい子犬のように、はしゃいでいた」

 

「なんだか想像出来ちゃいます」

 

 神様の意外な一面を知った事に内心驚いたけど、遊んで欲しい子犬と言うアルテミス様に僕は苦笑する。

 

「いつも一緒に泣いて、一緒に喜んで、笑顔を分けてくれるヘスティアに……慈愛を恵む彼女に、私は憧れていた」

 

「そうですね。僕もあの笑顔を見て、神様のファミリアに入りました。僕は神様が大好きです」

 

「……。すまない、巻き込んでしまって……」

 

「えっ?」

 

 神様について話していた内容から一変し、突然謝るアルテミス様に僕は振り向く。

 

「貴方には過酷を押し付けることになる」

 

「過酷って……僕にあの槍でアンタレスを倒させる事ですか?」

 

「………そうだ」

 

 僕の問いにアルテミス様は少し間があるも、コクリと首を縦に振って頷いた。

 

 モンスターを倒すだけで、何故この方はこんなに辛そうな表情をするのかが今も全く分からない。

 

 因みに槍は手元になく、神様に預けている。『少しの間、その槍をボクに貸してくれないかい?』と言われたので。

 

「あの、アルテミス様。貴女は数日前に『あの槍でなければアンタレスは倒せない』と仰っていましたが……何故そこまで断言出来るんですか?」

 

「それは……」

 

 核心を突かれたかのように、アルテミス様は再び辛そうな表情になりながら顔を背ける。

 

 そろそろ理由を教えて欲しかった。アンタレスは僕が抜いた槍でしか倒す事が出来ない理由を。

 

「………すまない、今はまだ言えないんだ」

 

「それはヘルメス様に問い質しても、ですか?」

 

「……そうだ」

 

 やはりヘルメス様もアルテミス様と同様に知っているようだ。僕が槍について疑問を抱いてる時、あの方は途端に話題をすり替えて誤魔化している事が多々あったので。

 

 ここまで頑なに教えようとしないって事は、相当深い理由があると見ていいだろう。そして、僕に途轍もなく重大な役割を与えられている事も含めて。

 

 だから、ちょっとだけ意地悪をさせてもらう。

 

「分かりました。其方が理由を仰ってくれないのでしたら、僕はあの槍を使わずにアンタレスを倒させてもらいます」

 

「なっ!」

 

 僕の台詞にアルテミス様は即座に此方へ振り向いて驚愕の表情となる。

 

「無理だ! あの槍でなければアンタレスは倒せないと言っただろう! あのモンスターは普通に戦って勝てる相手じゃない! どんなに優れた武器を使ったところで――」

 

「では、異世界から持ってきた武器(・・・・・・・・・・・・)で倒す事は出来ますか?」

 

「………………は?」

 

 素っ頓狂な声を出すアルテミス様。

 

 それは当然かもしれない。いきなり異世界なんて言われたら、流石の神様でもああなるだろう。

 

「い、異世界の武器って……それは一体どう言う事なのだ、オリオン?」

 

「さぁ? 自分でも一体何を口走ったのか分からなくて……」

 

「それは嘘だ!」

 

 うん。自分でも嘘を言ってるのは分かっている。

 

 そして流石は女神様と言うべきか、相手の嘘を問題無く見抜けるようだ。

 

「教えてくれ、オリオン。異世界の武器とは一体……? いや、それ以前にオリオンがまるで異世界に行ったような口振りじゃないか」

 

「知りたいのでしたら、先ずは僕の問いに答えて欲しいです。所謂、等価交換というやつで」

 

「だ、だからそれは……!」

 

「其方が教えないのでしたら、僕も教えません。それでも知りたいのでしたら、この冒険者依頼(クエスト)が終わった後にお話しします」

 

「こ、こら、オリオン! それは卑怯じゃないか!」

 

 話は終わりだと告げるも、アルテミス様は再び教えて欲しいと催促してきた。

 

 本当は(ヘスティア)様以外に、僕が異世界に行った事を話してはいけない決まりになっていた。でもアルテミス様は吹聴する女神様ではないと分かっていたので、敢えてポロッと口にした。

 

 その後、全く関係の無い話で盛り上がる事となった。恋についての話をした他、僕とアルテミス様が湖の上で楽しく踊り、思わず時間を忘れてしまいそうな程に。

 

 

 

 

 

「ずるいよ~、アルゴノゥト君。アルテミス様と裸の付き合いするなんて~」

 

「してませんから!」

 

「じゃあ、ベルはアルテミス様と何をしていたの?」

 

「あ、いや、それは、その……」

 

 僕がティオナさんとアイズさんに問い詰められている中、何故か神様はいなかった。

 

 こう言った展開は必ずと言っていいほど神様が出張ってくる筈なのに、それが無い事に違和感を覚えつつも、僕は何とか二人を説得していた。

 

 

 

 

 

 

 翌日の早朝。

 

 野営地は慌ただしく念入りの準備をしていて、誰もが緊迫感を漂わせていた。言うまでもなく、遺跡の侵攻(アタック)をする為に。

 

「皆も承知の通り、遺跡周辺はモンスターの巣窟と化している。アンタレスは今この時も、その力を蓄えている。疑うべくもなく、我々の前には困難が待ち受けているだろう。しかし臆するな! 恐れるな! 敗北は許されない!」

 

 集合している僕達や【ヘルメス・ファミリア】に、アルテミス様が士気を高めようと鼓舞していた。

 

 誰もが異論を挟む事無く聞き入っている。そして悟っていた。恐らくこれが最後の戦いになると。

 

「それでは作戦を伝える! 【ヘルメス・ファミリア】は敵の陽動! 引き付けるだけでいい、決して無理はするな」

 

『はい!』

 

 内容を伝えられた【ヘルメス・ファミリア】は力強く返事をしたのを見たアルテミス様は、虎人(ワ―タイガー)の青年へ視線を移した。

 

「ファルガー、指揮は貴方に任せる」

 

「分かりました」

 

 虎人(ワ―タイガー)の青年――ファルガーさんが頷いた。

 

 失礼な事を考えてはいけないと重々承知してるんだけど、昨日に覗きをしたとは思えない程の頼もしさを感じる。他の団員達も、ファルガーさんが指揮官となる事に何の不満も抱いていない様子だ。

 

 そんな中、アルテミス様は続いて僕達がいる隊列へ視線を向けた。

 

「そして陽動部隊が敵を引きつけている間に、我々は内部に突入! アンタレスを討つ!」

 

「我々?」

 

 アスフィさんが台詞の一部を鸚鵡返しをした。

 

 遺跡に突入するのは僕、アイズさん、ティオナさん、リューさん、そしてアスフィさんの五人だ。だからアルテミス様がさっき言った『我々』に、アスフィさんが疑問を抱いている。

 

「あの門は私の神威でなければ開かない。私も行く」

 

「アルテミス様も……!?」

 

 予想外の参加者に僕は思わず声を出してしまった。

 

 戦えるとは言え、そこまで期待出来るものじゃない。場合によっては足を引っ張ってしまう可能性だってある。

 

 けど、門を開く為にはアルテミス様の神威が必要であると言っていたので、どの道連れて行かざるを得ないんだろう。

 

 それに加えて、ここでダメだと言ったところで、このお方は絶対に撤回しないだろう。目を見ただけで、相応の覚悟を背負っている。 

 

「ボクも行くよ」

 

 すると、今度は神様が現れてそう言った。

 

 僕としては残って欲しいんだけど、アルテミス様と同様に絶対引き下がらないだろう。

 

「君を一人にさせるわけにはいかないからね」

 

「なら、当然俺も付いて行こう!」

 

 神様の次に、ヘルメス様も便乗してきた。

 

「ちょっとヘルメス様。また、そんな……!」

 

「ハハハ、こうなる事は分かってたくせに!」

 

「……もうやだぁ~」

 

 アスフィさんが止めようとするも、ヘルメス様がポンポンと彼女の頭に手を置きながら言われた為か、諦めの境地となっていた。

 

 それを見ていた【ヘルメス・ファミリア】の団員達が笑っている。まるでいつもの光景だと言うような感じだ。

 

 本当に大変苦労しているんだなぁ、アスフィさんって。普段からどれだけ貧乏くじを引かされているんだろう?

 

「いっちょ、やってやりましょう」

 

「特別報酬、期待してるぜ」

 

「我々は金にはうるさいですよ」

 

 ファルガーさんや、他の【ヘルメス・ファミリア】の団員達がそれぞれ言う。

 

 さっきまでの緊迫感が良い具合に解けている様子だ。

 

「アタシやアイズとしては特別報酬よりも、アルゴノゥト君が貸してくれたこの武器を貰えたら嬉しいんだけどな~」

 

「ティオナ、そう言う事はベルに言わないと」

 

「ダメですよ。後でちゃんと返してもらいますからね、お二人とも」

 

 予想通りと言うべきか、僕の武器を欲しがっているティオナさんとアイズさんに釘を刺しておいた。

 

 すると、僕達の会話に興味を引いたのか、犬人(シアンスロープ)の女性がアイズさんに声を掛けようとする。

 

「なぁ【剣姫】、その変わった形をした剣は【亡霊兎(ファントム・ラビット)】が用意したのか?」

 

「うん。この剣は凄く使いやすくて、特に私が使う魔法――」

 

「アイズさん、それ以上言うと今後貸しませんよ?」

 

「!」

 

 僕がちょっと脅すように警告すると、アイズさんはハッとして速攻で手を口で覆った。

 

 それを見た犬人(シアンスロープ)の女性は次に僕の方へと質問をしようとするが、アスフィさんから注意をされて引き下がっている。

 

 私語をしつつも、全員が戦いに赴く覚悟を見せている僕達にアルテミス様が感謝を告げる。

 

「ありがとう、子供達。苦しい戦いになるだろう。犠牲者も出るかもしれない。しかし、成し遂げてほしい。私達の愛する下界の為に!」

 

『うぉぉぉぉおお!』

 

 アルテミス様の言葉に全員の士気が最高潮に高まった。

 

 しかし、それとは別に僕はある物を感じ取って振り返った先にアレがいる。

 

「え? アルゴノゥト君?」

 

 隣にいたティオナさんが、突然姿を消した僕に戸惑いの声をあげた。

 

 しかし僕は気にせず――

 

「クーゲルシュトゥルム!」

 

『~~~~~~~!!!!』

 

 姿を現わしながら展開していた長銃(アサルトライフル)――セレイヴァトス・ザラで、奇襲を仕掛けようとしていた蠍型モンスターの群れを一掃しようとフォトンアーツを放った。扇状の掃射を3連続で行った為に、蠍型モンスター達の大半を一掃する。

 

 僕が敵の奇襲を阻止した事により、先程まで呆然としていたティオナさん達はやっと状況を呑み込めた。

 

「おいおい、何だよその魔剣は!?」

 

「モンスターの群れをあっと言う間に倒すって凄過ぎだろ!」

 

 【ヘルメス・ファミリア】の団員達が驚きの声を出すが、僕は気にせず再びクーゲルシュトゥルムで一掃していた。

 

 取り敢えず味方の損害はゼロだけど、更に後から第二波の群れが向かって来ようとしている。

 

「皆さん、この後はお任せしてもいいですか?」

 

「……ったく! 勝手に俺達の役目を奪うなよ、【亡霊兎(ファントム・ラビット)】!」

 

「そうだよ! 私達の報酬の取り分が少なくなっちゃうだろ~!」

 

 ファルガーさんと犬人(シアンスロープ)が不服そうに言い返すも武器を構えていた。

 

「行くぞお前等! このまま【亡霊兎(ファントム・ラビット)】に役目を取られたら、俺達の立つ瀬がないぞ! 道を開けぇぇぇぇぇっ!」

 

『うぉぉおおおおおッ!』

 

 指示を出して前へ進むファルガーさんに、【ヘルメス・ファミリア】の団員達も後に続いて蠍型モンスターの群れとの戦闘に突入した。

 

 陽動部隊は誰一人臆せず、モンスターを倒しながら遺跡へ目指そうとする僕達の道を開こうとしている。

 

「アスフィ、行け! お前の役目はここじゃない!」

 

 ファルガーさんからの台詞を聞いたアスフィさんは頷き、そのまま遺跡へ向かう道を進もうとする。




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オリオンの矢⑪

 ファルガーさんが指揮する陽動部隊にモンスターを任せた僕達は、アスフィさんを先導に遺跡へ向かっていた。

 

 彼等が引きつけているお陰もあって、これまで一匹も敵と遭遇しないまま難なく進んでいる。

 

 そして一本道となっている遺跡の入り口まで到達し、その中に入ると僕は思わず周囲を見回してしまう。風化されても荘厳に作られた建造物で見入ってしまいそうだ。

 

「こんな遺跡があったなんて……」

 

「でっかいね~……」

 

 アイズさんとティオナさんはそれぞれ思った事を口にしていた。

 

「歴史に忘れられた、古代の神殿……」

 

 遺跡内の出入り口前に辿り着き、そう呟いたリューさん。

 

 けれど僕は周囲を見回している最中、ある事に気付く。

 

「……静かですね。モンスターの気配が全く感じない」

 

 てっきり入って早々に蠍型モンスターが出てくると思って武器を構えていたが、一匹も出て来ない事に却って疑問を抱く。

 

 アンタレスの考えがいまいち理解出来ない。野営地に奇襲を仕掛けたと言うのに、自身の本拠地している遺跡に兵を置くつもりはないのかな?

 

「先程の奇襲のこともあります。油断しないで下さい」

 

 僕の呟きを聞いたアスフィさんは警告してきた。

 

 出てこないと思わせて再び奇襲を仕掛ける、等のそんな可能性は充分にある。

 

「行きましょう」

 

 そう言いながらリューさんは先頭に立って遺跡に足を踏み入れた。

 

 僕達も続いて内部に入って進むと、多少薄暗くてもハッキリと見えた。周囲にある壁や、進む道も全て。

 

 松明(たいまつ)などの明かりが一切無くても、内部の構造がよく分かる。周囲の壁にある隙間から青く淡い光が漏れているように照らしている為、今もぶつかる事無く進んでいる。

 

「あの、この光は?」

 

「封印の光だ」

 

 僕の問いにアルテミス様が答える。

 

「これを施したのは私に類する精霊達。いわば私の最も古い眷族だ」

 

「そんな昔から……」

 

 光の正体が分かった僕は驚くように呟いた。すると、女神が巨大な蠍に矢を射ろうとする壁画を見付ける。

 

 この壁画のモデルとなってる女神と蠍って……もしやアルテミス様とアンタレス、なのかな?

 

 足を止めてしまいそうになるも、アスフィさんが進むよう促してきたので一先ず気にするのを止めた。

 

「着きました。ここが、お話しした封印の門です」

 

 周囲を警戒しながらも奥へ奥へと進んでいくと、先頭のリューさんが立ち止まった。

 

 そして目の前には大きな石の扉がある。リューさんやアスフィさんが言っていたこの門によって、今まで進攻(アタック)出来なかった。それが出来なかったのは神の力によって封じられていたから。

 

「いよいよってわけだねー……」

 

「この奥にアンタレスが……」

 

 先程まで興味深そうに周囲を見渡していたティオナさんとアイズさんだったけど、途端に雰囲気が打って変わった。

 

 特に凄い反応を示しているのがアイズさんだ。無表情でありながらも殺気立っていて眼光も鋭い。

 

「すいません、ちょっと待って下さい」

 

「【亡霊兎(ファントム・ラビット)】、一体どう言うつもりですか?」

 

 この先から本格的な戦闘になりそうだと思った僕は、前に進み出ようとするアルテミス様を止めた。それを見たアスフィさんがまるで咎めるように問う。

 

「えっと、門を開けてもらう前に、補助魔法をかけておこうかと思いまして」

 

「補助魔法?」

 

「あ! アレをやるんだね、アルゴノゥト君」

 

 鸚鵡返しをするアスフィさんとは別に、気付いたティオナさんは速攻で僕の隣に立った。アイズさんも同様に。

 

 神様達は一体何をするのかが分からないみたいだけど、説明している暇はないから、一先ず僕の周囲に集まるよう促した。

 

 取り敢えずと言った感じで皆が集まったのを確認した僕は、すぐにテクニックを発動させようとする。

 

(あか)き炎よ! 我が内に眠りし力を熱く滾らせ! シフタ!」

 

『!?』

 

「おお~!」

 

「力が沸き上がってくる……!」

 

 攻撃力活性の炎属性補助テクニック――シフタを使った後、遠征で体験したティオナさんとアイズさんは力が沸き上がる事に高揚していた。

 

 周囲にいる全員の攻撃力を上昇させ――

 

(あお)き氷よ! 我が身を守る不可視の鎧となれ! デバンド!」

 

 次に防御力上昇の氷属性補助テクニック――デバンドで全員の防御力を上昇させた。

 

 シフタとデバンドを使った事により、二人を除いたリューさん達は信じられないように驚いた表情をしている。

 

「ク、クラネルさん、今の魔法は……?」

 

 リューさんが驚愕しながらも僕に質問してきた。

 

 遠征でダンジョン深層に潜ろうとしたフィンさん達と似た説明をすると、周囲から仰天した声が出たのは言うまでもない。

 

「こ、攻撃魔法や回復魔法だけでなく、まさか【ステイタス】を上昇(ブースト)させる魔法まで使えるって……」

 

 信じられないように呟くアスフィさん。尤も、これはあくまで保険程度の補助魔法だから、そこまで驚く必要はないんだけど。

 

「いや~凄いねぇベル君。戦争遊戯(ウォーゲーム)の時からずっと気になってたんだけど、君は一体いくつ魔法が使えるんだい?」

 

「ざっと四十以上です」

 

 ヘルメス様からの質問に答えた瞬間、アイズさんとティオナさんを除く皆が突然石みたいに固まった。

 

 あれ、何でリューさんも一緒に固まってるんだ? 僕が複数の魔法(テクニック)を使える事は戦争遊戯(ウォーゲーム)の時に……あっ、そう言えばまだ教えてなかったか。

 

「こらこらベル君、そう言う事は答えちゃダメだって前に言ったじゃないか」

 

「あ、そ、そうでしたね……すいません」

 

 神様は皆と違って固まらなかったけど指摘をしてきたので、思い出した僕はハッとして思わず口を手で覆った。

 

「あはは、ヘルメス様達がリヴェリアみたいな反応してるね」

 

「誰でもそうなると思う」

 

 ティオナさんとアイズさんは、まるで経験者が語るような感じで固まるヘルメス様達を見ているのであった。

 

 

 

 

 

「ご、ごほん。では気を取り直して……」

 

 皆が正気に戻った数秒後、アルテミス様が前に進み出る。

 

 扉に描かれている紋章に手を振れた途端、アルテミス様の全身が淡い光に包まれた。恐らく神威に反応しているんだろう。

 

 アルテミス様の神威によって、大きな石の扉がゆっくりと開かれる。

 

 封印された扉の先を見た直後……僕達は目を見開く事となった。さっきまでの石造りの神殿から一変して、肉の網が張り巡らされた悍ましくも醜悪なモノと化していたから。加えて、その壁の周辺には木の実と思わせるような楕円形の物体がある。

 

「なに、これ……?」

 

「神殿に寄生している……」

 

 余りの光景にティオナさんとリューさんが唖然としていた。

 

 これを見ていると嫌な思い出が蘇ってくる。僕がアークスとして活動していた際、地獄と呼べる『ダーカーの巣窟』へ強制転送された時の事を。

 

「……これ、あの時の食糧庫(パントリー)と少し似ている」

 

 アイズさんは何か心当たりでもあるのか、肉の網を見ながらそう言った。

 

 食糧庫(パントリー)は確か、オラリオのダンジョンでモンスターの食糧がある場所だ。この光景と似たような食糧庫(パントリー)でもあったんだろうか。

 

「そんな……」

 

「まさか、ここまでとは……」

 

 アルテミス様とヘルメス様は予想外と言うような反応を示していた。

 

 未だに何か隠しているお二方も、こんな状況になるとは思っていなかったんだろう。

 

「ッ! 出口が!」

 

 アスフィさんの叫びに僕達が振り向くと、さっき通った石の扉が突然肉の壁によって覆われていた。まるで僕達が侵入してきたのを見計らって閉じ込めたように。

 

 だけど、それだけでは終わらなかった。壁に張り付いている楕円形の物体が嫌な音をしながら割れると、その中から何かが出てきた。僕達の目の前に落ちたのは、あの蠍型モンスターだ。

 

「まさか……」

 

「あれが全部、卵!?」

 

 リューさんと僕の台詞が皮切りとなったように、他の卵も次々と孵化して産み落とされていく。

 

 この光景に、蟻型ダーカーの上位種『エル・ダガン』を思い出す。ダニ型ダーカーの『ブリアーダ』が『ダガン・エッグ』を放出させた後、それから多くのエル・ダガンが産み出されて襲われた経験がある。

 

「突破します!」

 

 内心またしても嫌な事を思い出したと眉を顰めながらも、リューさんの掛け声に全員が戦闘態勢に移った。それを見た蠍型モンスターの群れも動き出して、僕達に襲い掛かろうとする。

 

 

 

 

 

「おりゃぁ~!」

 

「ふっ!」

 

 一度に複数の蠍型モンスターを斬り裂くティオナさんに、確実に一匹ずつ仕留めていくアイズさん。

 

 前衛を務めている第一級冒険者二人の猛攻に敵は為す術がなかった。僕が貸した武器に加え、シフタで攻撃力を上昇させたから、産まれたばかりのモンスターが紙屑みたいに斬り裂かれていく。

 

 因みに僕は二人の援護をする為の中衛を務めており、武器も長杖(ロッド)――カラベルフォイサラーにしている。長銃(アサルトライフル)でも良かったけど、周囲にある卵が一斉に孵化したら、攻撃テクニックで一掃しようと考えたので。

 

 アイズさん達が倒し続けてる際、一匹の大きな蠍型モンスターが僕達の前に立ちふさがろうとする。

 

「【剣姫】、【大切断(アマゾン)】、下がって下さい!」

 

「「!」」

 

 指示を聞いた二人は即座に後退した。それを確認したアスフィさんは前に出ながら、懐から何かを出して放り投げる。二つの容器が蠍型モンスターに直撃し、液体が外の空気に触れた瞬間に爆発して炎の柱が立った。

 

 敵が悲鳴を上げて悶える中、包み込んでいく炎によって絶命したと思っていたが――

 

「まさか……」

 

「耐えきった……」

 

 予想外の展開になってる事で僕とアイズさんは驚きの声を出した。何故なら蠍型モンスターは死んでいなかったから。

 

 けど、驚くのはそれだけじゃない。何とモンスターは見る見る内に巨大化する上に、甲殻も強靭になっている。

 

「そんな、爆炸薬(バースト・オイル)が効かない……!」

 

「自己増殖、自己進化……。この中では、それすら異常なスピードで進むというのか……」

 

 アスフィさんが唖然とする中、ヘルメス様から余り知りたくない言葉が聞こえた。あのモンスターは僕達と戦いながらも進化していくと。

 

 それは非常に厄介だ。今はアイズさん達が善戦していても、時間が経てば経つほど不利になってしまう。そう考えると、一刻も早くアンタレスの元へ辿り着いて倒さなければならない。

 

 炎の柱が消えると、進化した蠍型モンスターは今以上に大きくなり、更には周囲の卵も孵化し、新しい個体が次々と出現して僕達の前に立ち塞がる。

 

「このままでは、ダンジョンを超える存在になってしまう……」

 

 僕と同じ考えに至ったのか、リューさんが恐ろしい事を口にした。

 

 こんな所で躓いている訳にはいかないと思い、一先ずアレ等をさっさと倒そうと決意する。

 

目覚めるがいい(フォトンブラスト)!」

 

「ッ! この魔法は……! 皆さん、すぐに下がって下さい!」

 

 僕が前に出て早々に詠唱の序盤を口にした瞬間、自身の周囲から大きな魔法陣が出現した。戦争遊戯(ウォーゲーム)で使った時のアレだと思い出したリューさんは、皆を下がらせるよう叫んでいた。

 

「漆黒の闇よりも暗き獣 地獄の道へと(いざな)う守護者 汝が下す裁きの鉄槌にて 黄泉に彷徨う哀しきも愚かなるものに 我と汝が力もて 我が意のままに 我が為すままに突き進むがいい!」

 

 早口で詠唱を紡ぎ、魔法陣はどんどん巨大化していき、透明化しているマグも幻獣と姿を現わそうとする。

 

「出てこい、我が愛しき闇の幻獣――一角獣の幻獣(ヘリクス)!!」

 

 詠唱を終えた直後、僕の頭上から巨大な一角獣の幻獣――ヘリクスが姿を現した。僕が『Lv.3』にランクアップしたのか分からないけど、ヘリクスの身体が一回り大きくなった気がする。

 

 少々大きいヘリクスの出現に蠍型モンスターは怯んだように動きを止めるも、僕は気にせず指示を出そうとする。

 

「蹂躙せよ! ヘリクス・ブロイ!」

 

『オォォオオオオオオオオ!!』

 

 僕が技名を告げた途端にヘリクスは雄叫びをあげ、フォトンを纏った大きな角を蠍型モンスターの群れへと突進していく。

 

 産まれたばかりの個体は勿論の事、アスフィさんの攻撃で進化したモンスターも、ヘリクスの突進を止めれずに角に刺されながら凄い勢いで轢かれていく。更にはフォトンによる衝撃波で、周囲の壁にあった卵は孵化されずに吹っ飛ばされた。

 

 さっきまでいた筈の蠍型モンスターの群れや、周囲の卵は全て無くなった。

 

『……………………』

 

「……は、はははは……流石はベル君、もうあっと言う間に倒しちゃったね」

 

 誰もが口を開きながら呆然としている中、ヘルメス様は頬を引き攣らせながらも思っていた事を口にしていた。

 

 目の前の脅威がいなくなったので、僕達はこの隙に奥へと進もうとする。




久しぶりに中二病詠唱を出しました。

感想お待ちしています。


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オリオンの矢⑫

今回はいつもより少々長めです。


 ベル達が遺跡の最奥部へ目指している頃、遠く離れているオラリオでも問題が発生していた。ダンジョンにいるモンスター達が暴走と言う異常事態(イレギュラー)が。

 

 ダンジョン探索をしていた冒険者からの報告に、ギルド職員――エイナはすぐに上層部へと掛け合い、第一級冒険者を抱える名高い【ファミリア】に援軍を要請しようと動き出す。

 

 しかし、異常事態(イレギュラー)が起きているのはダンジョンだけでなかった。夜空にしか現れない筈の三日月が、日が昇っている青空に現れている。これには当然オラリオどころか、各国も当然気付いていた。

 

「んなバカな、アレは……!」

 

「何か知っているのかい、ロキ?」

 

 黄昏の館にいる【ロキ・ファミリア】も、青空にある三日月の出現に気付いている。

 

 団員達の誰もが怪訝そうに見ている中、主神のロキだけは目を見開いて尋常ではない反応を示していた。近くにいたフィンが尋ねるも、ロキは何も答えようとはしない。

 

 そして――

 

「フィン、うちはちょいとフレイヤの所へ行ってくる。後は任せたで」

 

「……分かった」

 

 ロキはそう言った後、即座に本拠地(ホーム)から出て、バベルの塔の最上階へと向かう。

 

 途轍もなく真剣な表情で自らフレイヤに会おうとする主神(ロキ)の行動に、フィンは相当な異常事態(イレギュラー)かもしれないと察する。

 

 それが的中したように、突如ギルドから『ダンジョンで暴走している全てのモンスターを殲滅せよ』との強制任務(ミッション)が下されるのは、ロキがいなくなって少し経ってからであった。

 

 

 

 

 

 

 フォトンブラストで蠍型モンスターの群れを一掃した後、僕達は最奥部へ向かおうと全力疾走していた。 

 

 進みゆく所々に寄生している肉の網はあるが、そんな物に目もくれていない。アンタレスの元へ辿り着くのが最優先なので。

 

 その途中で『(アンタレス)の所へは行かせない』と言う意思表示なのか、後ろから再び蠍型モンスターの群れが追いかけてきた。

 

 向こうは分散せず、僕達が通った一直線の道をそのまま追いかけてきている。なので、僕はさっさと片付けようと――

 

「凍てつく氷柱よ 地を這いながら 命のぬくもりを奪え! バータ!」

 

 フォトンを媒介して大気を冷却し、射線上に氷柱を走らせる初級の氷属性テクニック――バータを使った。

 

 対象の一匹に氷柱が当たっても、それを貫通するように後方にいる蠍型モンスターの群れに当たり続ける。バータを使ったのは、モンスター達が縦一列を組むように追いかけて実に好都合だったからだ。

 

 しかし流石に一発だけでは無理なので、その後に無詠唱でニ~三発ほど発動させた。氷柱の餌食となった蠍型モンスターの群れは全て命中し、身体が氷漬けとなりながらも絶命し灰となって散り、魔石だけを残していく。

 

「はぁっ……はぁっ……」

 

 目の前の敵がいなくなり、僕は息を切らしながらも片膝を地に付けた。

 

 実はさっきまでの事を、連続でやっていた。これでもう五回目だ。走っているアイズさん達の足を止めないよう、僕が後ろから追いかけてくる敵を倒すと前以て言ったので。

 

 ファントムクラスは他のクラスよりも少ない時間で体内フォトンを回復してくれるが、流石に体力までは無理だった。全力疾走しながらテクニックで迎撃するなんて、常人がやればすぐにへばるどころか倒れてしまう。フォトンの恩恵を受けてアークスにならなければ、僕は今頃気を失っていただろう。

 

 一先ずレスタで体力を回復しようと思ったが、ティオナさんとアイズさんが駆け付けてくる。

 

「大丈夫、アルゴノゥト君。ほら、エリクサー飲んで」

 

「ありがとうございます、ティオナさん」

 

「ベルは無理し過ぎ。後は私達がやるから」

 

「いや、しかしそれでは……」

 

 二人と話ながら渡されたエリクサーを飲んでいると、途端にモンスターの叫び声が聞こえた。

 

 僕達はこの叫び声を頼りに進んで向かっていた。案の定と言うべきか、その途中で蠍型モンスターの群れが追いかけてきたから、向かっている先は間違いないと確信している。

 

 今回聞いたのはいつも以上に大きく響いて聞こえた。それは即ち、アンタレスに近付いているという証拠だ。

 

 それと、もう一つ気になる事もある。アンタレスが叫び声を上げる度に、何故かアルテミス様が胸を押さえながら苦しそうな表情をしていた。

 

 僕だけでなく、ティオナさん達も当然気付いていた。誰もが怪訝そうに見ていたが、結局は先へ進むしかなかった。

 

 その後からはモンスターの追撃もなく進み、漸く辿り着いた。広い空間の中央に、アンタレスと思われる巨大なモンスターがいる。

 

「あれが、アンタレス……」

 

 今まで戦った蠍型モンスターとは違っていた。アレより更に巨大で、人間の上半身と蠍を融合させたような醜悪極まりない姿だ。他にも、空間の上部にはいくつもの肉の管みたいなモノがある。全てアンタレスの身体に繋がっており、ドクンドクンと何かが流れ込んでいた。恐らく遺跡周囲にある自然等の養分をアンタレスに吸収させる為の気管だ。そして、森や周囲の町をダメにさせた原因でもあると。

 

 種族や規模は違えど、オラクル側から見たらアンタレスはダークファルスみたいな存在かもしれない。そして蠍型モンスターはアンタレス眷族の蟲系ダーカーと言う扱いで。ダーカー嫌いのラヴェールさんが見れば、忌々しいと思いながら殲滅しているだろう。

 

『オォォォォーーー』

 

 僕達に気付いたのか、アンタレスが此方を見るように叫んだ。同時に各部から紫と黒が混ざった煙が噴き出て、穴が開いている天井の先――三日月へと昇っていく。

 

「うっ……」

 

「アルテミス様! すぐに治療します!」

 

「その必要は、無い……」

 

「え?」

 

 突然苦しみだして膝を付いたアルテミス様に、僕は慌てながら駆け寄った。

 

 すぐにレスタで治療させようとするも、首を横に振ったから何故と疑問を抱く。

 

 僕の反応を余所に、アルテミス様はこう言った。

 

「討ってくれ……。お願いだ、オリオン……あれを……」

 

 その言葉と同時に、アンタレスの本体部分である上半身――正確には胸部辺り――が突然開いた。直後、内部にある巨大な水晶みたいな物が露わとなる。

 

「ッ……!」

 

 それを見た途端に神様は目を逸らした。まるで現実を認めたくないように。

 

 そして――

 

「これは……」

 

「……うそ……」

 

「なんで……」

 

「こんな事が……」

 

「どうして……」

 

 リューさん、ティオナさん、アイズさん、アスフィさん、そして僕は目を見開いていた。誰もが信じられないと。

 

 その中で僕は呆然と立ち尽くしながら凝視する。

 

「……どうして、アルテミス様があそこに!?」

 

 信じられなかった。何故なら水晶の中に……自分の隣にいる筈のアルテミス様がいるから。

 

『オォォォォォォーーーーー!!』

 

 アンタレスが咆哮した直後、急速に噴き出た紫黒の煙が凄い勢いで三日月へ向かっていく。

 

 次の瞬間、昨日に飛竜の移動中で襲われた光の矢が僕達どころか、遺跡の周囲目掛けて降り注いできた。

 

 もう一人のアルテミス様を見て呆然としていた僕達は何の対処も出来ないまま、光の矢によって足場が崩壊し、そのまま落下していくしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 光の矢によって足場が崩れ落ち、僕とアルテミス様だけは更に深く落下してしまい、神様達と逸れてしまった。

 

 アルテミス様を守る事しか出来なかった僕は、抱きかかえながら何とか着地に成功。未だに苦しそうな表情をしている女神様をそっと下ろし、僕はある事を聞き出す。

 

「そろそろ話して頂けますか、アルテミス様」

 

「……分かった」

 

 僕の言いたい事を察したアルテミス様は観念するように、コクリと頷いて漸く話そうとする。

 

「オリオンはもう気付いているのだろう? アンタレスが放ったアレが『神の力(アルカナム)』である事を」

 

「……何となく、ですがね」

 

 僕の推測は正しかった。あの光の矢は神の力(アルカナム)であったと。

 

 加えて、あの水晶の中にいたのは間違いなく本物のアルテミス様であり、あのモンスターがアルテミス様の神の力(アルカナム)を使っている。

 

「ならば、あそこにいたアルテミス様は……」

 

「ああ。アンタレスに喰われた私の本体(・・・・)だ」

 

 答えを聞いた僕は眉を顰めながら目を逸らす。辿り着いて欲しくなかった答えが現実のものとなってしまったので。

 

 すると、視界にあるモノが映った。その先にはアルテミス様の紋章(エンブレム)と思わしき折れた旗と、無残に殺されたと思われる女性冒険者らしき遺体が多数あった。

 

「オリオン、すまないが私をあそこまで運んでくれないか?」

 

 アルテミス様は知っているのか、僕に女性冒険者達の遺体の近くまで連れて行くよう頼んできた。

 

 拒む理由がない僕は、女神様を優しく抱きかかえて、その場所へと向かう。

 

「あの方達は?」

 

「……私の眷族(こども)達だ」

 

 移動しながら問うと、アルテミス様は自身の眷族だと答えた。

 

 遺体の近くへ辿り着いたのでそっと下ろすと、立ち上がるアルテミス様がゆっくりと歩き始める。

 

「私は見ているしかなかった……私を喰らった奴が眷族(こども)達を殺すところを……私自身の手で殺すところを……」

 

 そう言いながら一人の眷族に歩み寄って膝を付き、慈しむように頬を撫でる。

 

「……帰ってきたぞ……」

 

 その言葉に、どれだけの思いが込められているのか。それはアルテミス様とその眷族達にしか分からないだろう。

 

 本当なら邪魔してはいけないけど、今の僕は心を鬼にして再び問う。

 

「では、目の前にいる貴女は万が一の時に作られた思念体、ですか?」

 

「いや、それよりもっと酷い。私はそれ以下の残留思念……謂わば『残り滓』だ。オリオンが持っている、その『槍』に宿った残滓にすぎない」

 

 答えを聞いた僕は思わず背中に背負っている槍を見る。

 

 ……そう言うことだったのか。道理で目の前にいるアルテミス様は、神様が知っているアルテミス様じゃない訳だ。似て非なる別神と言う事になる。

 

 そして、この『槍』でしか倒す事が出来ないと断言していた理由は――

 

「正確に言うと、それは『槍』ではなく『矢』だ。アンタレスに取り込まれた後、本体(わたし)は残された微かな力で、その『矢』をこの地に召喚した。天界に存在する、神々をも殺す武器――その名は『オリオン』。神々の言葉で『射抜く者』を意味する」

 

 取り込まれたアルテミス様の本体を射殺さなければ、アンタレスを倒す事が出来ないと言う訳であると。

 

 最悪だ。色々な意味で最悪だ。槍、ではなく矢に選ばれた僕がアルテミス様を殺さなければならないなんて……本当に最悪だ。

 

 オラクル船団にいる憧れのあの人――守護輝士(ガーディアン)も最初はこんな気持ちだったんだろうか。全てのダークファルス因子を取り込んで『深遠なる闇』になりかけたもう一人の守護輝士(ガーディアン)――マトイさんを殺さなければいけないと思案していた時は。

 

 世界を救う為に一人の女の子を殺さなければならない。多くの人々から感謝されても、大事な人を殺してまで幸せになろうと、あの人は考えていなかった筈だ。

 

 僕はアルテミス様と会って間もないけど、それでも殺したくない。此処まで来る間、アルテミス様とよく話した。此処で残留思念だと判明してもそんなの関係無く、心の底から救いたいと思っている。

 

「今は動きを止めているが、アンタレスはすぐに、ここにやってくる。モンスターでありながら、『神の力』を手に入れたアンタレスは……矛盾を孕んだ災厄。葬るには理を捻じ曲げる、この矢で貫くしかない……」

 

 矢を手にしている僕に、アルテミス様はそう言った。

 

「……それ以外に無いんですか?」

 

「無い。アンタレスと完全に一体化する前(・・・・・・・・・)に、その槍で本体(わたし)を滅ぼすしか方法はない。頼む、オリオン。私が愛する下界を滅ぼす前に……殺してくれ」

 

 僕が顔を俯きながら問うと、懇願の如く返答をするアルテミス様。

 

 それを聞いた僕は――

 

「…………お断りします」

 

「えっ?」

 

 俯いていた顔を上げながらNoと言う返答を突きつけた。予想外の返答にアルテミス様が頓狂な表情となる。

 

 同時に僕が手にしている矢を電子アイテムボックスに収納すると、消されたと思ったアルテミス様は顔を青褪めた。

 

「何をしているんだ、オリオン!? あの矢はアンタレスを倒す唯一の希望で……!」

 

「安心して下さい。矢は僕の収納スキルで保管しています。但し、アンタレスに使う気は微塵もありませんが」

 

 例え使うとしても、自分ではもう如何しようもないと追い詰められた時の最終手段で使わせてもらう。まだ他の手段も試してないまま、使う気など毛頭無いので。

 

「私の話を聞いていなかったのか!? アレが無ければ――」

 

「生憎ですが、僕は異世界に渡ってアークスになった際、向こうにいる義兄さんから『最後まで諦めるな』と徹底的に教わりました。だから、最後まで悪足掻きをさせて頂きます」

 

「――え? 異世界? アークス?」

 

 聞き慣れない言葉を耳にしたアルテミス様は、さっきまでの表情が一変して困惑する。

 

 向こうがやっと真実を話してくれたので、僕も神様に内緒で真実を話す事にした。

 

「簡単に言います。僕は今から六年前、どう言う理由かは未だに分かりませんが、オラクル船団と言う異世界へ渡りました。右も左も分からなかった僕を拾ってくれた義兄(あに)と一緒に『アークス』と言う組織に入り、そして何故か再びこの世界へ戻ってきました」

 

「え? え? え?」

 

 アルテミス様は自分が嘘を言ってない事は分かっていても、余りにも唐突過ぎる内容に困惑する一方だった。

 

 だけど、僕は気にせず話を続けようとする。

 

「おかしいと思いませんでしたか? 僕が他の冒険者とは違う武器や、見慣れない魔法を使っていた事に」

 

「………た、確かに、下界の子供が使うにしては妙だと違和感はあったが……」

 

「実は僕がこれまで使っていた武器や魔法は、全て異世界から得た技術(もの)なんです。因みにアイズさんとティオナさんが使っている武器も、僕が貸した異世界製の武器です」

 

「………はぁっ!?」

 

 困惑しつつも、何とか頭の中を必死に整理して呑み込もうとするアルテミス様だったが、僕が披露していたのは全て異世界関連だと分かった途端に驚愕した。

 

「ま、待て、オリオン。その前に貴方はどうやって異世界に渡ったのだ? それは本来、神々ですら許される事では……」

 

「残念ですが、それは未だに分かりません。それはそうと――!」

 

 僕が真実を話している最中、突如上から巨大なモノが落下してきた。それによって衝撃波が襲ってきたので、僕は咄嗟にアルテミス様の前に出て盾となる。

 

 衝撃波が止んで落下してきたモノ――アンタレスは巨大な単眼を此方に向けていた。アルテミス様、もしくは僕がさっきまで手にしていた矢を狙って此処へ来たんだろう。

 

『ウォォォォオオオオオーー!』

 

 完全に狙いを定めているアンタレスは、そのまま前進して襲い掛かろうと動き出す。

 

 アルテミス様との話を中断した僕は迎撃しようと、ファントムスキルを使って姿を消した。

 

『?』

 

 僕が突然いなくなった事にアンタレスは動きを止めて、巨大な単眼をギョロギョロと見回していた。

 

 数秒後、姿を現わした僕が敵の眼前で空中に止まり、長銃(アサルトライフル)――セレイヴァトス・ザラで狙いを定めているのを認識する。

 

「闇の弾丸を受けよ、クーゲルシュトゥルム!」

 

『ギャァァァァァアアアアアアアアアア!!』

 

 ゴライアスの時に使った裏の技用クーゲルシュトゥルムを発動させ、銃口から連続で放たれる弾丸が全て巨大な単眼と周囲に命中する。

 

 放たれた弾丸で眼を潰されたアンタレスは、突然の激痛により痛々しい悲鳴を上げていた。

 

 しかし、それは束の間だった。潰した筈の単眼が突然元に戻るように再生し始めている。

 

 このモンスター、再生能力を持っているのか。【ロキ・ファミリア】の遠征で、ダンジョン59階層にいた『精霊の分身(デミ・スピリット)』よりも厄介な相手だ。

 

 未だに弾丸を撃ちながらそう思ってると、アンタレスは突然口を開いた。直後にそこから紫色の大きなレーザーが放たれる。

 

「くっ!」

 

 当たる直前に躱そうと僕は再び姿を消して、アルテミス様から少し離れた地面の上に姿を現した。

 

 向こうは完全に僕を敵として認識したようで、口から放っていたレーザーを止めて、突進しながら下半身の巨大な鋏を振り下ろす。

 

「甘い!」

 

 そう言って僕は既に長銃(アサルトライフル)から抜剣(カタナ)――呪斬ガエンに切り替え、アンタレスの攻撃を即座に真横へ躱し、裏の技(シフト)用フォルターツァイトを発動させた。

 

 ゴライアスに使ったフォトンアーツだが、前方を連続で斬りつける攻撃でなく、敵の間合いに踏み込んで即座に移動しながら居合切りの如く斬り返す。横一閃の居合切りを行った為、柔らかい関節部分を簡単に斬り裂いて一つの巨大な鋏を失わせた。

 

『アァァァアアアアアアアアアアアッ!』

 

 悲鳴を上げるアンタレスはさっき潰した単眼と同じく、斬られた部分が再生して元の巨大な鋏へと戻った。

 

「まだまだ!」

 

 しかし、そんなのは百も承知だった。僕はフォルターツァイトを放った直後にクイックカットを発生させ、ロックオン対象となる別の巨大な鋏へ急接近し、再び裏のフォルターツァイトで斬りつけた。

 

 裏のフォルターツァイト→クイックカット→裏のフォルターツァイト→クイックカット、と言う連続攻撃をやり、再生するアンタレスの各部位を何度も何度も切断し続ける。

 

『~~~~~~~~~!!』

 

「……嘘、アンタレス相手にあそこまで……」

 

 思わぬ展開になっている事に、アルテミス様が呆然と見ていた。

 

 何度も再生するアンタレスは痛みに耐えながらも、僕を殺そうと下半身の鋏や尻尾を振り回していた。更には上半身にある鋏も加えて。

 

 完全に僕が敵を翻弄して優勢のように思えるだろうが、実際そうではない。部位を斬っても即座に再生して、結局は振り出しに戻っている状態だ。一回ずつ切断したところで無意味とも言える。

 

 本当ならアンタレスから距離を取って長銃(アサルトライフル)、もしくは長杖(ロッド)で同時に狙うフォトンアーツやテクニックを使いたい。が、コイツから距離を取った瞬間、あのレーザーのような攻撃が来る。そうなればアルテミス様にも被害が及ぶ為、今は接近戦でどうにかするしかなかった。

 

 誰か一人でもいいから援軍として来て欲しい。前衛の誰かが惹きつけながら、僕も後ろから援護攻撃して同時に部位を潰せば、いくらアンタレスでも瞬時に再生出来ない筈だ。

 

 僕がそう考えてしまった為か、技の発動に一瞬遅れてしまい、それを見たアンタレスが上半身の鋏を振って僕の腹部に命中させた。

 

「がっ!」

 

「オリオン!」

 

 凄まじい勢いで吹っ飛ばされた僕は、そのまま壁に激突してしまった。

 

「ぐっ、くそっ……!」

 

 ヘルメス様が用意したバトルクロスの他、ステルス化させている僕の防具によってダメージはそこまで酷くなかった。けど、身体が壁にめり込んでしまった為、すぐに抜け出す事が出来ない。

 

『ウォォオオオオオオオッ!』

 

 するとアンタレスは最大の好機と見たのか、突然上半身の胸元を開かせてアルテミス様を取り込んでいる水晶を露わにさせた直後、それから神の力と思わしき神々しい光のレーザーを放とうとする。

 

 ふざけるな! 僕に見せびらかすように、アルテミス様の力を自分の物みたいに使うなんて……!

 

 アンタレスの行動に怒りを覚えるも、向こうはそれを嘲笑うかのように神の力のレーザーを撃ち放った。

 

「オリオーーーーンッッ!!」

 

 アルテミス様が叫びながら駆け付けようとするが、位置が離れすぎている為にもう間に合わない。

 

 何とかしてめり込んだ壁から抜け出そうとしても一足遅く、直撃が免れなかったので全てのフォトンを防御に回そうと――

 

 

「【目覚めよ(テンペスト)】!」

 

 

「え?」

 

 レーザーが当たる寸前、誰かが僕の前に現れて聞き覚えのある詠唱をしながら攻撃を防いでいた。

 

「ア、アイズさん!?」

 

「ベルは、殺らせない!」

 

 僕の目の前にいるのはアイズさんだった。そしてレーザーを防いでいるのは、あの風魔法――『(エアリエル)』だ。

 

 盾となっている風は分厚い壁の如く高出力状態となっていた。遠征で見た時より大違いだ。恐らくアイズさんが手にしている『スキアブレード』のお陰だろう。アレには法撃力が備わっているから、アイズさんの魔力を底上げさせているに違いない。その証拠にアレの刀身から青白い光が放っている。

 

「バカな! 下界の子供が私の神の力(アルカナム)を防ぐなんてあり得ない!」

 

 アイズさんが神のレーザーを防いでいる事に信じられないのか、アルテミス様は驚愕しながら叫んでいた。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

『!?』

 

 最大出力の風を展開するアイズさんが珍しく叫ぶと、アンタレスは競り負けるように一歩引いた。その瞬間にレーザーの勢いが弱まり、アイズさんは軌道を逸らそうと上に向けようとする。

 

 そしてレーザーは見事に軌道が逸れて、そのまま天高く昇っていった。



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オリオンの矢 幕間

今回はベル達と逸れたヘルメス達側の話です。


 時間は少し前に遡る。

 

 アンタレスが光の矢を放った事でベル達は神殿の下層に落とされた。その所為でティオナは打ち所が悪かった為か、未だに気絶している。

 

「ティオナ……ティオナッ」

 

「う、うう………あれ? ねぇアイズ――」

 

 何度も身体を揺すって起こそうとするアイズに、ティオナは漸く目覚めた。ゆっくり目を開けながら身体を起こし、周囲を見回してとある人物がいない事に気付く。自身の身体を支えられているアイズに問おうとしている中、第三者の会話を耳にした。

 

「どういうことですか!?」

 

「………………」

 

 アスフィは怒鳴るように自身の主神――ヘルメスに問い詰めていた。しかも凄い剣幕で。

 

 問い詰められているヘルメスは何も言い返そうともせず、ただ後ろを向いたまま無言を貫いている。

 

「あれは神の力、『アルカナム』! 何故モンスターがあの力を!?」

 

「………アルテミスが喰われたからだ」

 

 無言のヘルメスが漸く答えるも、信じられない内容に誰もが絶句していた。

 

 近くにいるヘスティアは察していたように、辛い表情をしながら顔を俯かせたままだ。

 

 因みに(アルテミス)がモンスターに喰われた事はアスフィも知らない。他のヘルメスの眷族達も同様だ。その驚愕な事実を知る者は今まで男神ヘルメス、喰われた女神アルテミスの二柱だけだった。そして女神ヘスティアは道中に気付き始め、アンタレスに取り込まれたアルテミスを見て確信している。

 

 そんな中、意識が戻ったばかりのティオナは呆然としながらも、再びある事を問おうとする。

 

「ねぇアイズ、アルゴノゥト君とアルテミス様は!?」

 

「ここにはいない。多分、もっと下にいると思う」

 

 アイズが首を横に振りながら答えた後、別の方へと視線を向ける。彼女の目の前には、自分達がいる更に下層へ続く大穴があった。

 

 ティオナはすぐに捜そうと大穴に飛び込もうとするが、一人で行くのは危険だとヘルメスに止められた。ベルがアルテミスと一緒に落ちたのを見たから多分大丈夫な筈だと言って。大好きなベルの元へ向かいたい気持ちを抑え、一先ずはと言った感じでティオナが踏み止まる。

 

 それを確認したヘルメスは全員でベル達の捜索をすると言った後、移動しながら真実を語ろうとする。アルテミスについての真実を。

 

「今まで俺達と一緒にいたアルテミスは『槍』に宿る思念体……謂わば女神の残滓。彼女はアルテミスであって、アルテミスじゃない」

 

「それじゃあ……」

 

「神の力を、その身に取り込んだアンタレスは――すべての理を曲げる」

 

 下界で使う事を許されない神の力を、アンタレスは行使出来る。本来であれば天界に送還されてもおかしくないが、神ではないモンスターのアンタレスには適応されない。

 

 モンスターに神の制約(ルール)なんて関係無い。それ故に今もこうして神の力を平然と使い続けている。しかもそれはあくまでアルテミスの力である為、アンタレス自身は何の危険(リスク)もなく、何か遭っても全てアルテミスが負うと言う物凄く都合の良いものとなっている。

 

「だったら、どうして神様達が何とかしないの? そういう関連はヘルメス様たちがどうにかするものなんじゃ……」

 

「ごめん……」

 

「えっ?」

 

 ティオナがヘルメスに質問している筈なのに、突然ヘスティアが自分に向かって謝ってきた。

 

 いきなりの事に戸惑いながら振り向くが――

 

「ごめん……」

 

 ヘスティアは再び謝った。双眸に涙を浮かべながら。

 

 それを見たティオナは察した。神達でも無理なのだと。

 

 もしも神達が対処出来るのなら、槍を抜いた冒険者《アルゴノゥト》に頼んでいないと、普段から頭が悪いと自覚しているティオナも理解する。

 

 すると、ヘルメスが再び口を開こうとする。

 

「アンタレスを倒す方法は、ひとつだけだ」

 

「あの槍ですか?」

 

 ここまでの話を聞いてずっと無言だったリューが尋ねると、ヘルメスはすぐに頷く。

 

「あれは正確には槍ではなく、矢だ。取り込まれる直前、いや後か……アルテミスは残された微かな力で、あの矢をこの地に召喚した」

 

神創(しんぞう)武器(ぶき)……?」

 

「え? アイズ、何それ?」

 

 アイズから聞き慣れない単語を聞いたティオナが訊くも、当の本人も朧気の様子だ。

 

「ゴブニュ様からほんの少し聞いた事がある程度だけど……天界に存在する、神々をも殺す武器くらいしか」

 

「そう。アイズちゃんの言う通り、あの矢は神創武器――『オリオン』。そして神々の言葉で『射貫く者』を意味する」

 

 ヘルメスは継ぐように、矢の名前と意味を告げた。

 

 話を一通り聞いたアスフィは突然、移動している歩を止める。

 

「待って下さい」

 

「アスフィ?」

 

 彼女が待てと言った事で全員も足を止め、ヘルメスが振り向く。

 

「それは世界の命運を【亡霊兎(ファントム・ラビット)】――ベル・クラネルひとりに背負わせるということですか?」

 

「……もう、これしかないんだ」

 

「……っ! それでも!」

 

 ベルに全てを託すしかないと答える返答に、アスフィは激昂してヘルメスの胸倉を掴んだ。

 

「それでも、ひとりの少年に押し付けるんですか! 神殺しの大罪を!」

 

 人間が神を手に掛けたら大罪となる。それは大昔に神が下界に降臨した時に作られた常識であり、下界の人間も当たり前のように受け入れている。

 

 神を殺した人間を誰かが知れば、その者は他の人間だけでなく、多くの神々から忌避される存在となってしまう。それは死後も背負わされるレッテルであり、未来永劫も責め続けられる。故に人間は神々を手に掛けようとはしない。それが例えどんな力や権力を持った人間でも絶対に。

 

「違うよ……違うんだ……。これは、そういう『お話』じゃない」

 

 しかしヘルメスは違うと否定する。これは決して神殺しなどではなく、モンスターに囚われた女神を救う物語であると諭すように。

 

 すると――

 

「多分だけど、アルゴノゥト君はやらないと思うよ」

 

「うん。ベルはそんなことしない」

 

 ティオナとアイズが突然そんな事を言った。

 

 二人の台詞に全員の視線が集中する。

 

「まだアルゴノゥト君との付き合いは短いけど、最後まで諦めようとしないのは分かる」

 

「前の遠征でフィンも含めた私達が諦めかけていたところ、一人で頑張ろうとしていた。あの子がいなかったら、私達は今頃こうして生きていない」

 

 第一級冒険者であるティオナとアイズの台詞に、ヘスティアを除く一同が驚愕していた。

 

 二人は思い出しながら語る。ダンジョン59階層での出来事を。

 

 強力な魔法を使った『精霊の分身(デミ・スピリット)』によって、【ロキ・ファミリア】の主力メンバーが半死半生で全滅しかけたところをベルが奮い立たせた。自分達よりレベルが低い筈のベルが一人だけで挑もうとするどころか、全員に発破を掛けるように挑発した。見事に刺激されて火が点いた先達たちは一斉に立ち上がり、団長のフィンも役目を奪われたと苦笑していた。

 

 それから先はベルが全員に強力な回復アイテムを使って完全回復させた他、リヴェリアに強力な杖も貸してくれた。そのお陰で自分達は勝利する事が出来たと。

 

 話を聞いていたヘルメスは余りにもぶっ飛び過ぎた内容に思考が停止寸前となり、アスフィやリューも呆然となったのは言うまでもない。ヘスティアはベルの強さを改めて知り、よく自分の眷族になってくれたなぁと改めて思った。

 

「だからベルはアルテミス様を助けようとするはず」

 

「もし手伝って欲しいって言われたら、アタシ達もそれに応える」

 

 アルゴノゥト君なら絶対にやってくれるって信じてるから、と付け加えるティオナ。

 

 そんな中、アンタレスの痛々しい悲鳴が聞こえた。

 

「う、嘘だろ……?」

 

「アンタレスを相手に、あそこまで……」

 

 信じられないように呟くヘルメスとアスフィ。

 

 辿り着いた先には、アルテミスから離れた所でベルがアンタレスと交戦している。神の力を使え、並みの冒険者では太刀打ちできない筈なのにベルは圧倒していた。手にしている抜剣(カタナ)で素早く移動しながら居合切りを行い、アンタレスの部位を何度も切断している光景が。

 

 しかし、状況はすぐに一変する。僅かに攻撃を緩めた瞬間、アンタレスがその隙を突くように上半身の鋏を振るって吹っ飛ばした。

 

 壁に激突して動けなくなったベルにアンタレスは胸元を開かせ、アルテミスを取り込んでいる水晶らしき物を露わにした瞬間、神の力を発動したレーザーを放とうとする。

 

「不味い! あの力はいくらクラネルさんでも!」

 

 すぐに加勢しようとするリューだが、突然大きな風が動いた。

 

 風の正体がアイズだと分かるも、認識した時点で既にベルの元へと辿り着いている。

 

 そして――

 

「【目覚めよ(テンペスト)】!」

 

 壁にめり込んで動けないベルの前に立ったアイズは『(エアリエル)』を発動し、放たれた神の力のレーザーを防いでいた。




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オリオンの矢⑬

「す、凄い……」

 

 流石はアイズさんだ。スキアブレードで魔力を底上げしてるとは言え、神の力を弾き飛ばすなんて。

 

 アルテミス様だけでなく、アンタレスも完全に予想外だっただろう。まさか人間の使う魔法だけで防がれたなんて初めての筈だ。アイズさんと一緒に駆けつけてきた神様達も含めて。

 

「ベル、大丈夫?」

 

「は、はい、何とか……」

 

 レーザーを弾いた後にアイズさんは構えを崩さず、首だけ振り向きながら僕の安否を確認した。彼女のお陰で壁にめり込んでいた身体はもう抜け出しており、いつでも戦える状態になっている。

 

「助かりました。まさかあの風魔法で神の力を弾くなんて」

 

「私も最初は無理だと思っていたけど、この剣が力を貸してくれた」

 

 刀身が今でも青白く輝いているスキアブレードを見せながら言うアイズさんに、僕はやはりと確信した。

 

 アークス製の武器は本来、クラスとそれに見合う力量(レベル)が無ければ使う事が出来ない。当然ファントムクラスの僕には使えない武器だ。例え無理して使ったところで、フォトンが適用されない(なまくら)武器へと成り下がってしまう。

 

 しかし、この世界にいる人達はそんな条件を無視するように使っている。今回の冒険者依頼(クエスト)に同行しているアイズさんやティオナさん、そして以前の遠征で強力な魔法を披露したリヴェリアさんが。

 

 フォトンを持っていない筈なのに、何故アイズさん達が使えるのかは未だに分からない。判断材料が一切無くて確証はないけど、『この世界と異世界の法則が異なっているから使えるかもしれない』程度の安直な推測だ。オラクル船団にいる管理者――シャオさんがいれば、もっと具体的な回答を得らえるだろう。

 

 でも、そんなの後回しだ。一先ずアンタレスに対抗出来る戦力が増えたと喜んでおくとしよう。

 

『オォォォォオオオオオオ!!』

 

 すると、アンタレスが激昂するように叫んだ。自慢の攻撃を人間如きに防がれて憤慨してる、と言ったところだろう。

 

 僕とアイズさんがお互いに武器を構え、接近戦を仕掛けようとするアンタレスを迎撃しようとするも――

 

「おりゃぁぁ~~~!」

 

 どこかから誰かの叫び声が聞こえたかと思いきや、ティオナさんがセイカイザーブレードを翳しながら飛び込んでくる。

 

 気付いたアンタレスは動きを止めて聞こえた方へ振り向いた瞬間、武器を振り下ろしたティオナさんの攻撃で巨大な単眼がある頭を切断された。

 

 流石に頭が失った為か即座に再生する気配がない。動きが止まったのを見たティオナさんが綺麗に着地しながら、僕達の方へと視線を向けてくる。

 

「見て見て二人とも! アンタレスを倒し――」

 

「まだです!」

 

「ティオナ、下がって!」

 

「え? おわぁっ!」

 

 僕とアイズさんが焦ったように言うと、頭を再生しながら下半身の鋏を振り下ろそうとするアンタレス。振り向いたティオナさんが焦りながらも回避して、僕達の所へ来て隣に並ぶ。

 

 アンタレスは警戒しているのか、今度はすぐに動こうとせずに僕達の様子を伺っている感じだ。

 

「嘘でしょ!? 首を斬られても生きてるなんてあり得ないよ!」

 

 信じられないように叫ぶティオナさんに僕も同感だった。

 

 どんな生物でも首を斬られたら生命活動は停止する。それはダンジョンにいるモンスターも同様だ。

 

 その常識を見事に破壊したアンタレスは、正に非常識なモンスターだ。どんなに切断しても、あの厄介な再生能力がある限り死なないと思った方がいい。

 

 だけど首だけは再生するのに少しばかり遅かった。身体を動かす為の頭脳は、他の部位と違って時間が掛かるのかもしれない。

 

 どうすべきか。身体や首を斬っても厄介な再生能力があり、攻撃方法は鋏と尻尾、そしてあの恐ろしいレーザー攻撃を持っている。アンタレスが口から放つのと、アルテミス様の力を使ったレーザーが。

 

 更に嬉しくない情報がある。この遺跡にいるモンスターは凄まじいスピードで自己進化と自己増殖をすると言っていた。だから長引いてしまえば確実に僕達が不利になってしまう。

 

 とは言え、アンタレスを確実に倒す方法が未だに無い以上、戦いながら分析するしかない。余り時間を掛けたくないが、戦闘中に倒せる活路を見い出すしか方法はない。

 

「アイズさん、ティオナさん、僕に力を貸して下さい!」

 

「最初からそのつもり」

 

「もっちろん!」

 

 頼む僕に二人はそれぞれ手にしている己の得物を持って構え始めた。

 

 流石は第一級冒険者だ。あんな恐ろしいモンスター相手でも諦めないどころか、更にやる気を漲らせている。

 

「ねぇアルゴノゥト君、あの『槍』……じゃなくて『矢』はどうしたの?」

 

「……今は僕の収納スキルで保管しています。あの武器の正体を知っているってことは……」

 

「うん。全部ヘルメス様から聞いたよ。あそこにいるアルテミス様も含めて」

 

 どうやら途中で逸れた際にヘルメス様も、ティオナさん達に話していたようだ。僕がアルテミス様から聞いた内容を。

 

 ティオナさんが僕に訊いてきたと言う事は、あの矢でしかアンタレスを倒せないと言う話も聞いたんだろう。同時にアルテミス様を殺さなければいけないと言う事も。

 

「確認するけど、ベルはあの神創武器を使うつもりなの?」

 

「少なくとも、今はまだ使うつもりはありません」

 

 問うアイズさんに僕は即座に答えた。

 

 あの武器は最終手段として使うつもりだ。自分達ではもうどうしようもないと追い詰められた時に。

 

「ほらねアイズ、やっぱり諦めてないよ」

 

「うん。ベルならそう言うと思ってた」

 

 僕の返答を聞いた二人は笑みを浮かべていた。どうやら既に予測していたようだ。僕が簡単に諦めない事を。

 

 すると、ティオナさんは表情を変えて問おうとする。

 

「で、どうする? あのモンスター、斬っても斬ってもすぐ元に戻っちゃうけど」

 

「だったら、再生が間に合わないほど斬り続けるだけ」

 

 安直な考えだけど、今はアイズさんの言う通りだ。いくらアンタレスが再生能力があっても、何度も斬られたら追い付かない可能性がある。

 

「ならその間、僕は魔法で二人の援護に回ります。色々と確かめたい事もありますから」

 

 そう言いながら僕は武器を抜剣(カタナ)から長杖(ロッド)――カラベルフォイサラーへと切り替える。ついでにシフタとデバンドでステイタスを上昇させるのも含めて。

 

 僕がテクニックを使ったのを見たアンタレスは、痺れを切らしたかのように漸く動き出そうとする。

 

「散開!」

 

 そう言った僕の指示に、アイズさんとティオナさんは何の異論もなく行動を開始した。

 

 

 

 

 

 

「あ、あははは……まさかここまで一方的な展開になるとは……」

 

「何だか、もしかしたらアルテミスが助かるかもしれないような気がするね」

 

 ヘルメス達が離れたところで、ベルとアイズとティオナの三人がアンタレスと交戦しているのを見ていた。

 

 現在は接近戦を仕掛けているアイズとティオナが得物で各部位を難なく切断しているところを、ベルが即座に魔法を使って追撃している。アンタレスが再生してしまうので、結局は振り出し状態に戻っているが。

 

 とは言え、ベルが一人で戦っている時と状況が全く違っていた。風魔法を展開しながら瞬く間に斬り裂くアイズに、持ち前の怪力と武器で部位を粉砕するティオナの攻撃を受けた所を、ベルが魔法を仕掛けている。それによってアンタレスは少しばかり再生に手間取っていた。第三者から見れば明らかにベル達が優勢だ。ついでに心なしか、アンタレスの巨大な単眼が涙目なっているような気がする。

 

「ま、まさかクラネルさんがここまで強くなっているとは……!」

 

「【剣姫】と【大切断(アマゾン)】が加わった時点で、もう完全に私達の出る幕はないですね……」

 

 アンタレスと言う強大なモンスター相手に、本来であればリューとアスフィも加勢すべきだった。しかし、三人が一方的な戦いを繰り広げている為、却って邪魔になってしまうと思い、ヘルメス達の護衛役として見守っている。

 

 端から見れば『アンタレスって本当は弱いんじゃないか?』と思う光景だろう。しかし、実際そんな事ない。アンタレスはアルテミスを取り込み、更には周囲の養分を吸い取り力を得て増殖と進化を繰り返している。それによって身体を覆う甲殻も並みの武器や攻撃魔法は簡単に通じないほどの堅牢な防御力を誇る。第一級冒険者でも苦戦は免れない。その甲殻をいとも簡単に斬り裂かれたり粉砕されているのは、三人が異世界の武器――アークス製の武器を使っているからだった。

 

 ベル以外は知らないが、アークス製の武器には『フォトン』と言う浄化エネルギーが使われており、この世界にとっては未知の力だ。その為いくら堅牢な甲殻で防御したところで、未知であるフォトンの力を理解してないアンタレスには全く無意味だった。

 

 当然、奴は防御を捨ててレーザーをメインにした攻撃に移ろうともしている。だがしかし、口を開いた瞬間にベルがテクニックを放って阻止される破目となっていた。これまでベルが使ったテクニックは、炎属性のラ・フォイエや光属性初級テクニックのグランツ。どれも任意の場所で発動するから、レーザーを撃とうとする寸前に不発となるどころか、口内に溜め込んでいたレーザーが暴発して余計にダメージを負っていた。それでも再生して元に戻っているが。

 

『オォォアアアアアアアアアッ!』

 

「やばっ!」

 

「「ティオナ(さん)!」」

 

 そんな中、アンタレスがやっとの思いでレーザーを放ってティオナに命中し、そのまま後方へと吹っ飛ばされた。

 

 アイズとベルが叫び、先ずは一匹仕留めたと咆哮するアンタレスだったが――

 

「いったぁ~~~……し、死ぬかと思った……!」

 

『…………え?』

 

 直撃して吹っ飛んだティオナが重傷であると思いきや、無傷どころか物凄くピンピンしていた。

 

 いくら『Lv.6』とはいえ、あのレーザーを受けたらタダでは済まない。それどころか下手をすれば死んでもおかしくない威力だった。

 

 これには当然理由がある。結論から言えば、ティオナが手にしている武器――セイカイザーブレードの潜在能力『希望の証』によって救われたからだ。与えるダメージを一割上昇、受けるダメージを僅かに軽減する他、一定時間で傷が完全に癒えると言う潜在能力が。

 

 ティオナはベルから武器を借りた時点で、その潜在能力による恩恵を受けている。武器を手にして力が湧き上がった事は認識していたが、傷が癒えている事までは気付いていない。これまでの戦闘で大した怪我をしていなく、本格的なダメージを受けたのは先程のレーザーだけだ。そして攻撃を受けた直後に一定時間となって傷が癒えて完全回復したと言う訳である。当のティオナは全く気付いていないが。

 

 因みにセイカイザーブレードの性能を知っているベルは一瞬焦るも、潜在能力が発動して良かったと内心ホッとしていた。アイズは今も不思議そうにティオナを見ているが、一先ず無事なら問題無いと再び戦闘に意識を向ける。

 

「よくもやってくれたなぁ~! すっごく痛かったから、百倍にして返してやる~~!」

 

 無傷になっている事よりも、不覚を取って攻撃を受けたティオナは再び戦場に戻り、アイズと共に武器を振るって部位粉砕を始める。

 

「馬鹿な……私の眷族(こども)達では手も足も出なかった、あのアンタレスが……」

 

 ヘルメス達とは違う位置で、アルテミスはもう完全に頭の処理が追い付かなくなっていた。

 

 ベル一人だけでも奮闘していただけでも充分に凄いと言うのに、第一級冒険者が二人加わった程度で更に状況が一変し、一方的にアンタレスを追い込んでいる。もしもアルテミスの眷族達が見たら完全に卒倒するだろう。

 

 この状況を見て誰もが思った。もしかしたら勝てるのではないかと。

 

 しかし――

 

「不味いな。これ以上アンタレスを追い詰めてしまったら……」

 

 ヘルメスだけは違った。それどころか逆に焦り始めていた。

 

「どう言う事ですか、ヘルメス様? 確かにベル・クラネル達でもあの再生能力の所為で倒しきれませんが……」

 

「アスフィ達も既に知っての通り、奴はアルテミスを取り込んでいる。もしベル君達に正攻法で勝てないと完全に理解した瞬間、『神の力(アルカナム)』を本格的に使おうとする筈だ。そうなったら最後、此処にいる俺達どころか下界すら滅びてしまう」

 

「「!」」

 

 それを聞いてアスフィとリューは理解する。ベル達がやっているのは、寧ろアンタレスに『神の力(アルカナム)』を使わせるように促している行為だと言う事に。

 

「ベル君、早くあの矢を使うんだ。アンタレスを確実に倒す方法は――」

 

「悪いけど少し静かにしてくれないかい」

 

「えっ?」

 

 叫ぼうとするヘルメスに、突如ヘスティアが割って入るように言い放った。いきなりの台詞で彼だけでなく、アスフィやリューも驚くように視線を向ける。

 

 肝心のヘスティアはさっきと打って変わり、ベル達の戦いを見守る姿勢だった。もう一切の口出しはしない感じとなっている。

 

「ベル君だって、君と同じ事を考えている筈だ。でもあの子は最後まで諦めようとしない。あのアマゾネス君やヴァレン何某も承知の上で、ベル君と一緒に戦い続けているんだ」

 

「そんな悠長な事を言ってる場合じゃないだろう、ヘスティア。アルテミスを救いたい気持ちは分かるが……」

 

 

 

『ギャァァァァアアアアアアアアアアッ!!』

 

 

 どうにか考えを改めるようヘルメスが説得を試みる寸前、途端にアンタレスがけたたましい悲鳴を上げていた。

 

 全員が思わず視線を向けると、そこには『神の力(アルカナム)』を使おうと胸元を開いてアルテミスを取り込んだ水晶を露わにしたアンタレスが、何故か上半身と下半身が見事に分離していた。

 

 そして――

 

「芽吹け、氷獄の(たね)!」

 

 ベルが詠唱を口にした瞬間、切断されたアンタレスの上半身を氷属性上級テクニックのイル・バータで即座に凍らせ、再生の進行を食い止めていた。




アンタレスが分離した理由は次回で分かります。

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オリオンの矢⑭

今回はかなりご都合主義とも言える、非常に勝手な解釈をした話となっています。


 アイズさんとティオナさんの参戦により、アンタレスは防戦一方となっていた。二人が使っている武器で立て続けに部位を斬られ続けているから。

 

 加えて口からレーザー攻撃をするのを見た瞬間、妨害しようと僕がテクニックで阻止している。火属性のラ・フォイエや、フォトンを結晶化して光の矢を生成後に目標へ向かって空から降らせる初級の光属性テクニック――グランツで命中させた瞬間、見事に暴発して怯んでいた。その隙を突こうとアイズさんからの鋭い斬撃を喰らう事となっている。

 

 アイズさんと言えば、彼女が使っている風魔法に変化が起きている。身に纏っている風の鎧がアンタレスに触れた途端、衝撃と斬撃を受けたような傷が出来ていた。まるで風の刃のように。当然魔法を使っているアイズさん本人も気付いている。攻撃していないのに、何故ダメージを与えているのかと疑問を抱いた表情をしたのが見えたから。

 

 僕には心当たりがあった。あれはファイタークラスで両剣(ダブルセイバー)で使う時に発生する攻撃スキル『カマイタチ』。旋風状のカマイタチを発生させて自身に纏い、それに触れた対象は傷を負う。威力は低いけど、多段ヒットすると相応の威力となる。両剣(ダブルセイバー)自体も連続ヒットする打撃武器の為、『カマイタチ』は更に攻撃の手数を増やす便利な威力追加スキルだ。

 

 まさかクラス専用スキルも発生させるとは思いもしなかった。それほどまでにアイズさんの風魔法と『スキアブレード』の相性が良かったと言うべきなんだろうか。よくよく考えると、あの武器には風属性が施されているのを思い出した。武器の属性にアイズさんの風魔法、それらが上手く組み合わさった事で『カマイタチ』が発生したのかもしれない。確証は一切ないけど。

 

 恐らくアイズさんはこの件が片付いた後、リヴェリアさんと同じくスキアブレードを簡単に手放さないかもしれない。愛剣(デスペレート)と同じく簡単に壊れない上に、魔法の威力上昇や性能もアップデートしている。自分と相性の良い武器を知った人間が、どんな行動に出るのかが容易に想像出来る。それは一先ず後回しにしなければならないが。

 

 そんな中、防戦一方となっていたアンタレスが反撃しようと、こちらの隙を突くように口からレーザーを放った。僕が別の部位に向けてテクニックを発動していた為、レーザーはティオナさんに直撃。それを受けた彼女は吹っ飛びながら壁に激突し、重傷かと思いきや全くの無傷だった。

 

 ああなった理由は分かっていた。運良くセイカイザーブレードの潜在能力『希望の証』が発動して、ティオナさんが完全回復したからだ。アイズさんや遠くから見ているアルテミス様達から見れば何故だと疑問視するだろうが、それは後で説明しておくとしよう。

 

 それよりも、この状況をいい加減にどうにかしないと不味い状況だ。

 

 僕とアイズさんとティオナさんが優勢でも、向こうが厄介な再生能力がある所為で、斬られた部位はあっと言う間に戻って繰り返し状態になっている。周囲に斬られたアンタレスの部位が沢山転がっている。

 

 戦い続けて分かったのは、アンタレスは絶命しない限り無限に再生し続ける。はっきり言って僕達がやっているのはイタチごっこも同然だ。このままやってもアンタレスは絶対に倒せないと確信する。

 

 同時に疑問も抱いた。いくら強大なモンスターでも大きな部位を何度も斬られて再生すれば、体力も相当消耗しておかしくないのに、何故あそこまで完全な状態に戻るのかと。

 

 完全回復して激高したティオナさんが戦線復帰し、再び武器でアンタレスの下半身部分である大きな鋏の片方を切断した。アンタレスは再び悲鳴をあげながらも再生して、結局元に戻ろうとしている。

 

(…………ん?)

 

 再生しているアンタレスに、僕はある物を見た。アレの上半身の胸元から青白い光が漏れ出ているのを。

 

 確かあの中には、アルテミス様を取り込んだ水晶らしき結晶がある筈だ。僕に止めを刺そうとした時、胸元を開いた途端にアルテミス様の力で青白いレーザーを放とうとしていた。

 

 青白い光を発したのは即ち、アルテミス様の力を使った事になる。アンタレスは口腔レーザーしか放ってない筈なのに、胸元に取り込んでいるアルテミス様の力を使ったと言う事は……まさか!

 

 僕がある確信に至ろうとする中、今度はアイズさんが武器に風を纏いながら、迫りくる下半身の巨大な尻尾を斬り落とした。その後はまたしても斬られた部分から尻尾が生えて再生すると言う見慣れた光景となる。

 

 けど、僕はそこを一切見ないでアンタレスの胸元を凝視した。すると――

 

(やっぱり、そう言うことだったのか!)

 

 そこから先程以上に青白い光が漏れ出ていた。しかもアンタレスが尻尾を再生している最中に。

 

 漸く確信を得る事が出来た。奴が無限に再生できる力の源は、取り込んでいるアルテミス様の力を使っているのだと。

 

 僕はてっきりアルテミスの『神の力(アルカナム)』は攻撃用でしか使えないと思っていた。しかしそれは間違いで、傷を再生する為にも利用していたと改めて認識する。

 

 どこまでも腹立たしいモンスターだ! 何から何までアルテミス様の力を利用するアンタレスのやる事に殺意が湧いてきた。気高く優しい女神様を踏み躙っているような行為は万死に値する!

 

 絶対に倒そうと意気込んでいる中、いつの間にかアイズさんがアンタレスから下がって僕の近くにいる。

 

「ベル、どうしたの? 援護が止まってる」

 

「っ……」

 

 声を掛けてきたアイズさんに僕はハッとした。

 

 いけない。殺意に囚われていた所為で、思わずテクニックの援護をしなくなっていたようだ。因みにティオナさんは今も果敢にアンタレスに挑んでいる。

 

 けど、アイズさんが来てくれたのは好都合だった。ある事をやってもらう為に。

 

「アイズさん、突然ですがアレの胴体を斬り離す事は出来ますか?」

 

「? ……出来るけど、ほんの少し剣に魔法(ちから)を溜めなければいけない」

 

「充分です。すぐにやって下さい」

 

「どうするつもり? ベルも知っての通り、すぐに再生するのが――――分かった。やってみる」

 

 疑問を投げかけるアイズさんに僕が懇願するように見ると、その熱意が伝わったのか頷いてくれた。

 

 そして突進しながら、彼女はスキアブレードの刀身に魔力を込めようとしている。それも凝縮された凄まじい風を。

 

『!?』

 

「え!? な、何!?」

 

 アイズさんの魔力に反応したように、アンタレスは途端に胸元を開いた。いきなりの事にティオナさんが戸惑うも、向こうは気にせずアルテミス様を取り込んだ結晶から、青白い光を発生させている。

 

 どうやら完全に理解したんだろう。このままやっても僕達に勝てないから、アルテミス様の『神の力(アルカナム)』を使って一気に決着を付けようと。

 

「それは使わせないよ! って、全然止まらない!」

 

 ティオナさんが阻止しようと再び部位を斬るも、向こうは全く気にせず発動させようとする。どうやらこちらの攻撃を無視してまで使うつもりだ。

 

 アルテミス様の力を使ったレーザーが全方位に放とうとするも、突進しながら武器に途轍もない魔力を込めたアイズさんは跳躍してアンタレスと対峙し――

 

「――行くよ」

 

『!』

 

 剣を両手で持って真横に振った瞬間………アンタレスの胴体を簡単に切断した。

 

 その瞬間―― 

 

『ギャァァァァアアアアアアアアアアッ!!』

 

「うっそ~……」

 

 身体が真っ二つとなったアンタレスから、けたたましい悲鳴を上げていた。部位が斬られるだけならまだしも、流石に上半身と下半身が分離されたらそうなるだろう。

 

 余りの光景にティオナさんが呆然と見ているが、僕は気にせずにテクニックを放とうとする。

 

「芽吹け、氷獄の(たね)!」

 

 氷属性上級テクニックのイル・バータを発動させた。その瞬間に斬り放された上半身の部分へと凍り付かせる。

 

 アンタレスは一旦体勢を立て直そうと再生しようとするも出来なかった。どうやら上半身の切断面が凍らさせているからか、もしくは異物が混じってる事で瞬時に再生出来ないんだろう。僕にとっては非常に好都合だ。

 

 そう思いながらも、地面に激突して倒れるアンタレスに僕は再び詠唱を紡ぐ。

 

「凍れる魂を持ちたる氷王よ! 汝の蒼き力を以って魅せるがいい! 我等の行く手を阻む愚かな存在に! 我と汝が力を以って示そう! そして咲き乱れよ、美しきも儚き氷獄の華!」

 

『~~~~~~~~~~~~~~~っ!?』

 

 一文ごとに詠唱を区切っている中、対象の身体の一部がどんどん凍っていく。六本ある上半身の鋏を順番ずつ地面に縫い付けるように。

 

 アンタレスは必死に抵抗して氷の呪縛から逃れようと暴れるが――

 

「イル・バータ!」

 

 頭に七発目のイル・バータを発動した瞬間、巨大な氷の華に包まれたアンタレスの氷像が出来上がった。胸元を開いている結晶だけを除いて。

 

「ティオナさん! 今の内にあの結晶を引き剥がして下さい!」

 

「任せてアルゴノゥト君!!」

 

 僕の指示にティオナさんは何の疑いもなく頷いた。

 

 氷漬けになってるアンタレスに近付いた後、武器を近くに置いて直ぐにアルテミスを取り込んでいる結晶を両手で持ち、引き剥がそうと踏ん張り始める。

 

「ぐぎぎぎぎぎ……! こ、これ、簡単に取れない……!」

 

「ティオナ、手伝う!」

 

 どうやらそう簡単に引き剥がせないみたいだ。『Lv.6』で力に特化している戦士タイプのティオナさんでも。

 

 それを見たアイズさんも手伝おうとするも、全然ビクともしない様子だった。恐らく僕も加わったところで結果は変わらないだろう。

 

 胸元さえ開いていればすぐに引き剥がせると思ったのは甘い考えだった。アンタレスにとって、取り込んだアルテミス様は大事な一部だから、そう簡単にはいかないか。

 

 かと言ってゆっくりと引き剥がす時間も無い。アンタレスが未だに抵抗を続けている所為で、氷漬けとなってる部分に段々罅が入り始めている。あと少しすれば氷の華が砕けて、即座に開いている胸元を閉じようとするだろう。

 

 この状況であの結晶を無理矢理取り出す方法は………仕方ない。アルテミス様には非常に申し訳ないけど、こうなったら一か八かだ。出来れば引き剥がした後にやりたかったけど、今はそうも言ってられない!

 

「二人とも、退いて下さい!」

 

「「!」」

 

 僕は即座にファントムスキルを使って姿を消しながらも、即座に氷漬けの辿り着いた。同時に長杖(ロッド)から抜剣(カタナ)――呪斬ガエンに切り替えて、アルテミス様を取り込んでいる結晶を突き刺した。

 

「ちょっ! アルゴノゥト君、何やってるの!?」

 

「そんな事したら、アルテミス様が……!」

 

 咄嗟に躱した二人は、結晶を突き刺した僕の行動に驚きながらも止めようとしていた。

 

 しかし、僕は気にせずに次の行動に移ろうとする。

 

「はぁぁぁぁぁぁっ!」

 

「え!? な、何これ!?」

 

「ベルの魔力が、結晶に注ぎ込んでる……?」

 

 僕の身体から発生している大量のフォトンが抜剣(カタナ)を通じて結晶に送り込んでる事に、戸惑いの様子を見せるティオナさんとアイズさん。

 

 フォトンは本来ダーカーの汚染を浄化する為のエネルギーなので、アンタレスには無意味だと思われるだろう。けれどコイツは、周囲の森や村を浸食して汚染させると言うダーカーみたいな存在だから、もしかしたらフォトンが通じるんじゃないかと思った。

 

 案の定、アンタレスと本格的に戦ってフォトンを扱う武器やテクニックが効いていた。恐らく未知のエネルギーであるフォトンの耐性が無い為か、簡単に防御力を貫いて浄化されているんだろう。

 

 そして僕は考えた。もしかすればフォトンを直接注ぎ込めば、取り込まれているアルテミス様を救い出す事が出来るのではないかと。

 

 アンタレスが胸元を開いたところを氷漬けにさせ、その隙にあの結晶を引き剥がし、フォトンで浄化を試みようとするが無理だった。それが思うように引き剥がせなかった為、急遽繋がったままフォトンを注ぐしかなかった。

 

『ッ!!』

 

 すると、未だに抵抗しているアンタレスの様子がこれまでと違う反応を示した。その証拠に、氷漬けとなっている胸元が無理矢理にでも蓋をしようとする。

 

 やっぱりコイツはフォトンが苦手のようだ。同時にこのエネルギーによって取り込んだアルテミス様が分離させられると危惧しているから、必死になって閉じようとしているんだ!

 

「ああああああっ!!」

 

 アンタレスの行動に、僕は持てるフォトンを全力で結晶に注ぎ込んだ。

 

 その瞬間に結晶の色が変色していくどころか、ビキビキと罅が入る音がする。そして―――砕けた。

 

『~~~~~~~~~~!!!』

 

「ベル!」

 

「アルゴノゥト君!」

 

「オリオ~ンッ!」

 

 同時に氷の華から逃れたアンタレスが、解放されたアルテミス様本体だけでなく僕ごと取り込もうとした。アイズさんとティオナさん、そして遠くから見守っている残留思念のアルテミス様の叫びと共に。




フォトンを使って取り込んだアルテミスを分離すると言う話にしました。

余りにも都合良過ぎるだろと言うツッコミは勘弁して下さい。

PSO2とコラボだからフォトンを活用したかったので。

それとは別に感想お待ちしています。


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オリオンの矢⑮

「まさか、彼女を救い出す方法があったなんて……!」

 

 ベルが氷の魔法を使ってアンタレスの動きを封じ、取り込まれたアルテミスを救おうとしていたヘルメスは言葉を失っていた。

 

 アルテミスを救う唯一の方法は神創武器の矢でアンタレスを倒すしかなかった。だと言うのに、ベルはそれを覆そうとしている。神である自分でさえも全く考えられなかった方法で。

 

 最初は無理だと思っていたのだが、ベルが手にしている武器でアルテミスを取り込んでいる結晶を突き刺した直後、彼の身体から魔力と思われる何かを流し込んでいた。すると、氷漬けになってるアンタレスが開いた胸元を無理矢理に閉じようとしているどころか、アルテミスを取り込んでいた結晶に異変が起こっていた。

 

「頼むベル君、アルテミスを……!」

 

 その光景にヘルメスだけでなくヘスティア達も驚愕した。そして希望を見出した。もしかしたらアルテミスが助かるかもしれないと。そして、罅が入っていた結晶が砕け散り、アルテミスが解放されて誰もが歓喜する。

 

 しかし、それは束の間で絶望へと変わっていく。結晶が砕かれた直後、氷漬けとなっていたアンタレスが解放されて直ぐに胸元を開いて再びアルテミスを取り込んだ。それどころか助け出そうとしていたベルも一緒に。

 

「間に合いませんでしたか……!」

 

 あと少し早ければとアスフィが口惜しそうに目を逸らしながら言った。それどころか更に不味い状況だと察する。頼みの綱であったベルが、アルテミスと一緒に喰われてしまった事で自分達ではどうしようもないと。

 

 それと同時に彼女は自己嫌悪する。先達である自分が率先して動かなければいけない立場である筈なのに、冒険者になって一年も満たしてない少年に全てを任せてしまっていた事を。

 

「……ッ! クラネルさんがあそこに!」

 

『!?』

 

 アスフィと同じく自己嫌悪していたリューだったが、途端に驚愕しながら指した。それを聞いたヘルメス達が視線を向けると、本体(アルテミス)をお姫様抱っこしているベルが残滓(アルテミス)の近くにいた。

 

 同時に――

 

『~~~~~~~~~~~!?』

 

 力の源(アルテミス)がいないと分かったアンタレスの身体にも変化が起き始めていた。

 

 

 

 

 

 

「……え? お、オリオン……?」

 

「ふぅっ。正に危機一髪だった……!」

 

 結晶から解放されたアルテミス様を抱えた瞬間、アンタレスの胸元が僕ごと取り込もうとしたのを見たので即座にファントムスキルを使った。僕と接触しているアルテミス様と一緒に姿を消して回避後、思念体のアルテミス様の近くで再び姿を現す。

 

 因みにアンタレスに取り込まれていた本体の彼女は完全に死んでいなかった。(全裸だから)体温を感じる上に呼吸もしている。恐らくアンタレスは『神の力(アルカナム)』を使う為に、生きた状態のまま結晶化させたんだろう。天界送還させない為の処置として。

 

 そして思念体のアルテミス様は呆然としているが、僕は気にせずこう言った。

 

「一先ずは貴女の本体を助けました。これで証明できましたね。あの矢以外で本体(あなた)を救える方法があったと」

 

「……」

 

 僕の台詞にアルテミス様は何も言い返せなかった。ついさっきまで、あの矢を使うしか方法が無いと断言していたから、それを僕が覆された事で言葉も出ないんだろう。

 

 抱えている本体の彼女をゆっくり下ろした後、僕は目の前の思念体(アルテミス様)に向かってこう告げる。

 

本体(からだ)は取り返しても、まだ貴女の(こころ)はアンタレスに縛られているから、僕がそれを断ち切ります。ここから先は一人の男として、僕が貴女を絶対にお守りすると約束します」

 

「へ?」

 

 アンタレスとの因縁を断つ為に倒すと宣言する僕に、アルテミス様は何故か顔を赤らめていた。変な事を言ったつもりはないけど、一先ずは気にしないでおく事にしよう。

 

 

『アァァァァァァァアアアアッ!』

 

 

 そして僕がアイズさん達の元へと向かっていると、上半身のアンタレスは悶えながらも下半身の再生をしていた。けれどアルテミス様がいない所為なのか、未だ完全な状態に戻っていない。

 

 どうやらアルテミス様の力がなければ、もう今までと違って瞬時に再生出来ないようだ。

 

「アルゴノゥト君! アタシてっきり喰われたと思って心配したよ!」

 

「私も……」

 

「すみません、御心配をお掛けしてしまって」

 

 そんな中、第一級冒険者の二人から文句を言われてしまった。いつもなら僕に抱き付いてくるティオナさんでも、流石に戦闘中にはやらないようだ。

 

 確かに回避したと言っても、あの状況では僕とアルテミス様がアンタレスに喰われたようにしか思えない。もし二人の立場だったら文句を言っているだろう。

 

「ところで、アンタレスは随分と再生に手間取っているようですね」

 

「うん。ベルがアルテミス様を引き剥がした後から様子がおかしくなってる」

 

「それに再生しても、なんかぐちゃぐちゃだねー」

 

 アンタレスの様子を見ていたアイズさんとティオナさんが教えてくれた。

 

 嫌そうな顔をしているティオナさんの言う通り、アンタレスの下半身は未だ甲殻を纏っていない肉塊状態だった。まるで自分だけでやるのは、これが精一杯のように思える。

 

 今までと違う様子を見せていた所為もあって、二人はすぐに動いて良いのか判断出来なかったんだろう。

 

 再生に手間取っているアンタレスは、それだけアルテミス様の力を頼っていた言う証拠だ。何か段々アンタレスが虎の威を借る狐のように思えてくる。まぁ実際、今までアルテミス様の力を使って散々やりたい放題していたが。

 

 言っておくけど、僕は許すつもりなんて毛頭ない。いくら向こうが見苦しい姿になったところで容赦はしないつもりだ。アルテミス様を悲しませ、その眷族達を殺した行いは万死に値する。ここまで殺意を抱かせるモンスターはダーカー以来だ。

 

『オオォォォォォオオオオオッ!』

 

 すると、アンタレスは再生している最中なのに何故か途中で止まった。肉塊で甲殻は纏っていないが、それでも何とか動ける状態のようだ。

 

 同時に対峙している僕達ではなく別の方へ視線を向けている。本体と思念体のアルテミス様の方へと。

 

 直後、僕達に目もくれないままアルテミス様達の所へ前進し始める。恐らく再び取り込んでから、完璧に再生しようと考えたのかもしれない。

 

 だけど――

 

「どこへ行くの?」

 

「アタシ達を無視するなんて良い度胸してるねー!」

 

『!?』

 

 即座に動いたアイズさんとティオナさんがそれぞれ手にしている得物で空かさず、再生しきってない複数の足を斬って動けなくした。

 

 バランスを崩したアンタレスは二人を追い払おうと口腔のレーザーを放ち、同時に再び足を再生させようとしている。レーザーに関しては相変わらずの威力だけど、アイズさんとティオナさんは既に見切っているのか簡単に躱していた。

 

 その間に僕は抜剣(カタナ)から長杖(ロッド)――カラベルフォイサラーへと切り替えていた。そして――

 

「来たれ、暗黒の門!」

 

 詠唱を紡ぐとティオナさん達が反応した。

 

「混沌に眠りし闇の王よ 我は汝に誓う 我は汝に願う あらゆるものを焼き尽くす凝縮された暗黒の劫火を 我が前に立ちふさがる愚かなるものに 我と汝の力をもって 等しく裁きの闇を与えんことを!」

 

『――!?』

 

 僕が詠唱をしている最中、アンタレスの腹部に大きな魔法陣が出現し、膨張している事に戸惑いの声をあげていた。

 

 アイズさんとティオナさんも、僕が魔法を使うと分かったようで、交戦していたアンタレスから既に離れて避難している。

 

 二人が充分に離れてくれたのを確認した直後――

 

「ナ・メギド!」

 

 臨界点を超えて膨張した魔法陣から強力な闇の爆発が起きた。ゴライアスに使った時よりも威力が上がっており、爆発も少々派手になっている。やはり僕がこの世界でランクアップしてる事で、威力もそれなりに上がっているようだ。

 

 直撃したアンタレスは腹部に大きな穴が開いて、余りの威力の激痛でピクピクと虫の息状態となって動けないでいた。

 

「すごっ……!」

 

「アレは確か、ベートさんに使おうとしてた魔法……」

 

 僕が放ったナ・メギドにティオナさんとアイズさんは驚愕している。

 

 そう言えばアイズさんは見た事ないんだったな。ベートさんの時は不発だったので、今回は初めて見るのか。因みにティオナさんはゴライアス戦の時に見ているが、威力が前と違ってる事に驚いているんだろう。

 

 それはそうと、虫の息状態となってるアンタレスには悪いけど、まだこれで終わりじゃない。

 

 ナ・メギドを撃ったのは、あくまで動きを止める為だ。まだまだ僕からの闇の洗礼を受けてもらう。

 

「集束せよ、闇の獄炎!」

 

 再び詠唱すると、地面から動けないアンタレスをまるで包むように大きな魔法陣が展開された。

 

「闇の静寂(しじま)を照らすもの 輝き燃える深淵なる炎よ 黄泉を君臨せし盟主の言葉により 我が手に集いて彼の地を煉獄と化せ!」

 

「えええっ!? あ、あの魔法って確か……!」

 

「ティオナ、今以上に離れて!」

 

 僕が次に使うテクニックを思い出したように、ティオナさん達は二人のアルテミス様を連れて更に遠くへ避難しようとした。

 

 【アポロン・ファミリア】の戦争遊戯(ウォーゲーム)で使ったコレは周囲に相当な被害が及んだから、あの二人の判断は正しい。

 

 僕がそう思いながらも、詠唱によって魔法陣がどんどん大きくなっていき――

 

「イル・フォイエ!」

 

 目標に向けて巨大な炎の塊を落として大きな爆発を引き起こす上級の炎属性テクニック――イル・フォイエを唱えた。

 

 大きな魔法陣はそのまま上空へと飛んでいくが、それは巨大な炎の塊となり、アンタレスに向かって落下していく数秒後に大爆発が起きる。

 

『~~~~~~~~~~~!?』

 

 ナ・メギドを喰らって虫の息状態だったアンタレスは、次にイル・フォイエを喰らった途端に悍ましい悲鳴を上げる事となった。

 

 因みにテクニックを発動させた僕にも爆発の炎が来て被害が及んでいるように思えるけど、術者本人が巻き添えにならないよう瞬時に纏ったフォトンの膜で守られているから大丈夫だ。

 

 イル・フォイエを使ったのは戦争遊戯(ウォーゲーム)以来だけど、やっぱりコレも威力が上がっていた。恐らく他のテクニックも全部威力が上がっていると見ていいだろう。

 

『ガ……グ……ギィ……!』

 

 爆発の炎と煙が晴れると、僕の目の前には黒焦げ状態となっているアンタレスがいた。しかもまだ生きている。

 

 アレを直撃しても生きてるなんて凄いな。アルテミス様達が恐れる強大なモンスターだから、それだけ生命力も相当なものなんだろう。

 

 だけど動く力がないどころか、再生出来る余力も既になさそうだ。恐らく次で決まるだろう。

 

 倒す方法はまだ他にもあるけど、ここは僕の最大の切り札――ファントムタイムで終わらせるか。

 

 そう思った僕はファントムタイムを発動させ――

 

「汝、その(ふう)()なる暗黒の中で闇の安息を得るだろう! 永遠に虚無の彼方へと儚く! 《亡霊の柱(ピラァ・オブ・ファントム)》!」

 

 長杖(ロッド)用のファントムタイムフィニッシュ――《亡霊の柱(ピラァ・オブ・ファントム)》を使って止めを刺した。

 

 僕が詠唱をした直後、アンタレスの頭上から複数のフォトンの柱が降り注ぐ。

 

『ガッ! グッ! ゴッ……ォオオオオオオオオッ!』

 

 降り注ぐフォトンの柱によって悲鳴を上げるアンタレスだが、もう既に何も出来なく、ただ受け続けるだけで悲鳴をあげるしかなかった。

 

 そして、最後に最大出力のフォトンの柱が落ちると――

 

『――――――――――――――――――――――――ッッ!?』

 

 凄まじい断末魔が炸裂し、アンタレスは漸く消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 一方、遠くから見ていた一同は……。

 

「た、倒した、のか? オリオンが、矢を使わずにアンタレスを……」

 

「ア、アハハハ………ねぇアイズ、アルゴノゥト君が倒しちゃったね」

 

「………あんな強力な魔法を連続で使うなんて、リヴェリアでも無理だと思う」 

 

 アルテミスは信じられないように見ており、苦笑するティオナと只管驚くアイズ。

 

 ついでに――

 

『……………………………』

 

 ヘルメス達は最早言葉すら出なく、全員揃って口を大きく開けながら呆然としていた。




呆気無い終わり方となりましたが、アンタレス戦はこれで終了です。

感想お待ちしています。


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オリオンの矢⑯

「………ふぅっ、やっと終わったぁ」

 

 アンタレスの本体が消滅した為か、今まで僕達が斬り落とした部位が全て灰となって霧散していた。念の為に周囲を確認するも、アンタレスや眷族の蠍型モンスターの気配が一切感じられない。全て終わったと認識した僕は安堵の息を漏らした。

 

 今まで月の女神様(アルテミス)を縛っていた諸悪の根源(アンタレス)から解放出来たと内心笑みを浮かべながら、コツコツと本体と思念体のアルテミス様の所へ向かう。因みにアイズさんとティオナさんは空気を読んでいるように、近づく僕に何も言わず見守っている。

 

 二人の気遣いに感謝しながらも――

 

「約束通り、矢を使わずにアンタレスを倒しました。これでもう貴女を縛るものはありませんよ、アルテミス様」

 

「あ、いや……その……」

 

 思ったままの言葉を告げると、アルテミス様は赤面しながら動揺していた。僕が本当に約束通りの事をしたから言葉が出ないんだろう。

 

「ぶ~……何か見てて面白くない~」

 

「……何だろう、この気持ち……」

 

 僕とアルテミス様の会話を見守っていた二人が、何故か面白くなさそうな表情をしていた。

 

 疑問を抱いた僕が声を掛けようとするも、途端にアルテミス様が両膝を付き、手を伸ばして横たわっている自身の本体に触れようとする。その直後、思念体のアルテミス様が光の粒子となって消えていく。

 

「アルテミス様!」

 

「「ッ!」」

 

 突然の事に僕達が焦るが、彼女は首を横に振りながら告げる。

 

「心配するな。役目を終えた残滓(わたし)は、本来在るべき本体(わたし)へ戻るだけ――」

 

 告げている途中に思念体のアルテミス様は消えてしまい、それらの粒子は全て本体のアルテミス様へと吸い込まれていく。

 

 彼女の本体から発している淡い光は徐々に弱まっていき、そして完全に失うと――

 

「ッ……ここは……?」

 

 アンタレスに取り込まれ、閉ざされていたアルテミス様の双眸がゆっくりと開いた。

 

 僕達が驚愕している中、朧げな表情で上半身のみ起こす。その直後、僕の方へと視線を向ける。

 

「……まさかこのような事になるとは思いもしなかった……アンタレスに喰われた私を……救ってくれる者がいたなんて……」

 

「アルテミス様……」

 

 思わず目線を合わせるように僕がそっと両膝を下ろすと、彼女は両腕を伸ばして……そのまま僕に抱き付いてきた!

 

「ちょっ! あ、アルテミス様……!?」

 

「ありがとう。私の愛しい英雄(オリオン)

 

 動揺する僕を余所に、アルテミス様は感謝の言葉を述べていた。

 

 って、すっごい今更だけど素っ裸だった! そのアルテミス様が僕に抱き付いている光景は物凄く不味い!

 

 ただでさえアイズさん達に見られているのに、こんな所を他の人達に――

 

「こらぁ~~~~! 僕のベル君に抱き付くんじゃないアルテミス~~~~!!」

 

 と思いきや、遠くで戦いを見守っていた神様達が此方へ向かってきた。特に神様が憤慨しながらも、アルテミス様を見ながらも涙を流すと言う器用な事をしている。

 

 

 

 

 

 その後は誰もが安堵していた。

 

 駆け付けた神様が僕ごとアルテミス様に抱き付き、わんわんと大泣きしていた。アルテミス様を助けてくれてありがとうと、僕にお礼を言って。

 

 ヘルメス様はアンタレスを矢以外で倒す事は全くの予想外だったみたいで、只管僕に感謝の言葉を送り続けていた。同時に僕のファンになったから、これからも応援させてもらうと。まぁその後、全裸のアルテミス様を見て夢が叶ったと僕に思いっきり感謝をした直後、アスフィさんからの強烈な一撃(ツッコミ)で成敗されたけど。

 

 そのアスフィさんは全裸のアルテミス様に自身が纏っているローブを着せた後、いきなり僕に謝罪してきた。理由は矢を抜いた僕が初めからアンタレスを倒せる訳がないと侮っていたそうだ。僕自身も不死身のアンタレスを倒すのは絶対無理だと思っていたのは内緒にしておく。

 

 最後にリューさんは力になれないで申し訳ないと謝った後、ちょっとした苦言を呈された。裸の女神様と抱き合うのは良くないと。そこは否定出来なかったので甘んじて受け入れている。

 

 駆け付けた方々の対応を終え、アンタレス討伐とアルテミス様救出を完遂した僕達は遺跡から出ようと地上へ戻る。本当は【アルテミス・ファミリア】の遺体を地上で埋葬する為に運びたかったが、人数が多かったので断念せざるを得なかった。後ほど【ヘルメス・ファミリア】の団員達に運ばせるとヘルメス様が仰ったので、取り敢えずは身形を正すだけに留めておいた。

 

 地上へ戻り、遺跡を出る途中に変化が起きていた。僕達がアンタレスの元へ向かってる道中、異界化していた元凶の肉網と楕円形の卵、そして残りの蠍型モンスターが全て無くなっていた。大量の灰と数多くの魔石だけを残して。アルテミス様曰く、『アレ等は全てアンタレスが創り出したものだから、その主が死ねば消える定め』らしい。それを聞いたヘルメス様やアスフィさんは安堵していた。【アルテミス・ファミリア】の遺体を、何の障害もなく運び出す事が出来ると。

 

 そして僕達が漸く遺跡から出ると、いつの間にか夜だった。この遺跡に入ったのが早朝だったけど、色々な事があり過ぎて時間の感覚がおかしくなっていたようだ。僕だけでなく、誰もが疲れ切った表情だった。特にアルテミス様はアンタレスに取り込まれた事もあって、未だに一人で歩く事が出来ない状態なのでリューさんに支えられている。

 

 一番辛いのはアルテミス様だと分かっている僕達は、一刻も早く【ヘルメス・ファミリア】の野営地に連れて行こうとするが、突如地面が揺らいだ。

 

「え、な、何!?」

 

「地震……!?」

 

 突然の事にティオナさんとアイズさんが驚きながらも周囲を見渡す。僕もアンタレスのモンスター残党が出現すると思って警戒するが、それらしきモノは一切なかった。

 

 でも、この地震と嫌な気配はなんだ? まるで何か起きそうな前兆の気がする。

 

「まさか……ッ!」

 

「アルテミス様? ………なっ!」

 

 すると、アルテミス様が夜空を見上げた。支えているリューさんも見上げた直後に驚愕の声を漏らした。

 

 その反応を見た僕達も倣って夜空を見上げた先には、三日月を模した巨大な弓矢が地上へ向けられている。しかも射る寸前みたく放たれようとしている。

 

「う、嘘だろ……何で……!」

 

「神様、アレは一体……?」

 

 驚く神様に僕が問うと――

 

「『アルテミスの矢』だ」

 

 ヘルメス様が代わりに答えた。驚愕な表情となりながらも更に教えようとする。

 

「純潔の女神であるアルテミスが放つ、天界最強の矢。アレが地上に放たれた瞬間、間違いなく下界が吹き飛ぶぞ……!」

 

 聞きたくもなかった最悪の展開を教えるヘルメス様に、この場にいる誰もが戦慄した。

 

「何で!? どうして!? 元凶のアンタレスはアルゴノゥト君が倒したのに、何でアレが発動するの!?」

 

 ティオナさんの叫びは誰もが疑問に思っていた。

 

 勿論僕もアンタレスを倒せば全て終わると思っていた。あの肉網や蠍型モンスターが全て無くなって終わったと確信したと思いきや、こんな展開になるなんて思いもしなかった。

 

 神様達も僕と似たような事を考えていた筈だ。そうでなければ、あんな驚愕した顔を見せたりはしない。

 

 誰もが驚愕している中、アルテミス様は何か気付いたようにハッとする。

 

「そうか。本体の私がアンタレスと分離した事で、私との繋がりが断たれたアルカナムは制御を失って完全に暴走しているんだ!」

 

「何だって!?」

 

 アルテミス様の発言に神様が再び驚愕した。同時に僕は後悔する事になる。

 

 それはつまり、アンタレスを取り込んだアルテミス様をフォトンで分離させた僕の失態だ!

 

 何て事だ! 僕のやった事は却って下界の人々を消滅する為の手順をだけじゃないか!

 

「アルテミス、あの『矢』を早く止めてくれ!」

 

「無理だ。アレはアンタレスによって作り出された力……既に繋がりが断たれている私に、もう止める事は出来ない……!」

 

 止めてくれと懇願する神様だったが、非常に申し訳なく口にするアルテミス様。

 

「不味い。あの完成された弓矢を見る限り、もう放たれる寸前だ……! このままだと……」

 

 再び最悪の展開を告げるヘルメス様に、誰もが打つ手は無いと徐々に諦観して顔を俯かせていく。

 

 しかし――

 

「いや、まだ止める方法はある!」

 

 アルテミス様の台詞に全員が俯いていた顔をあげた。途端に彼女はこう叫んだ。

 

「ヘスティア、ヘルメス、今すぐに私を送還するんだ! あの弓矢は元々私のアルカナムだから、私自身さえ送還されれば消滅する筈だ!」

 

「そ、そんなの出来るわけが……!」

 

「本当にそれで消滅するのか? 力の繋がりが断たれていると言ったのは君自身だ。俺達が送還させたところで、結果は変わらないんじゃないかい?」

 

 会話を聞いていた僕達は愕然とした。やっとの事で助け出したアルテミス様を、ここで送還させるなんて出来なかった。神様は勿論の事、最初は彼女を送還するしか方法はないと提案していたヘルメス様でさえも。

 

 アルテミス様が下界の人間の僕達でなく、神様達に送還させるのは、神殺しをさせない為の気遣いなのだろう。元々は『矢』で僕に殺させようと……ん?

 

 ちょっと待て。今更思い出したんだけど、僕が所持している『オリオン』と言う矢は、確か神々をも殺す武器と呼ばれていた。超越存在(デウスデア)である神を殺せるなら、『神の力(アルカナム)』である上空の『弓矢』をも止める事が出来るんじゃないかな?

 

 ………試してみる価値はありそうだ。このまま何もしなければ、あの矢が放たれて下界が吹き飛んでしまう。加えてアルテミス様を送還させたところで、本当に助かるなんて保証はない。ここはいっそ勝手ながら、最後の悪足掻きをさせてもらう。

 

 僕はそう思いながら、電子アイテムボックスに収納していた矢を取り出すと、途端にアルテミス様達が此方へ振り向いた。

 

「オリオン?」

 

「ベル君、一体何を?」

 

「! ベル君、君がやらなくても……!」

 

 ヘルメス様だけが何か気付いたように叫ぶも、察した僕は否定するように首を横に振った。

 

「違いますよ、ヘルメス様。僕は最後の悪足掻きをしに行くだけです」

 

「悪足掻き、だって?」

 

 鸚鵡返しをするヘルメス様に僕は頷いた。

 

「ええ。アルテミス様を送還するのは、僕の悪足掻きが失敗した時の最終手段にして下さい。では……」

 

「ベル君!」

 

「オリオン!」

 

「アルゴノゥト君!」

 

 僕が突然ファントムスキルで姿を消した事に、神様とアルテミス様にティオナさんが揃って叫んだ。

 

 本当に凄くどうでもいいけど、三人の呼び方って全部僕なんだよなぁ。

 

 

 

 

 

 

「この辺で良いか」

 

 遺跡の高い所へ移動し、ファントムスキルを解除した僕は姿を現す。

 

 下にいる神様達が僕に向かって何か叫んでいるけど、敢えて気にせずに上空へと視線を向ける。それと同時に、僕が手にしている矢にフォトンを注ぎ込む。

 

 すると、まるで感じ取ったかのように上空の弓矢が反応を示していた。矢の穂先が僕がいる方へと向けている。

 

 矢の存在、もしくはフォトンに反応したのかは分からないが、どちらにしても好都合だった。もし此処とは違う方角で矢を放たれたら、それを追うように狙わなければいけなかったので。

 

 心置きなく狙いを一点集中できると思いながら、僕は体内にある全てのフォトンを矢に注いだ。

 

 それに呼応するかのように、矢から穢れがない純白の光を輝かせている。まるで僕の力とアルテミス様の力が融合していくように。

 

「チャンスは一度だけ。この一撃に全てを賭ける……!」

 

 僕が投げる構えを取ると、矢から発せられる光の輝きがどんどんと強くなっていく。そして光が収束するように形付いて、巨大な矢へと変貌する。

 

 正直言って、本当にこれで上手くかなんて全く分からない。もしかすれば失敗するかもしれない。自分のやる事が無駄な抵抗かもしれない。そんな不安が僕の頭を何度も何度もよぎる。

 

 だけど、最後までやると決めた以上放り出すわけにはいかない。それはアークスとなった僕の誓い、と言うよりキョクヤ義兄さんの教えだ。

 

 この世界にいないキョクヤ義兄さん、そしてストラトスさん。勝手ではありますが、力を貸して下さい! 僕はどうしても、この生まれ故郷の世界を守りたいんです!

 

 

 ――全く、どこまでも困った奴だ。俺の闇が必要なら遠慮なく言え。命懸けで戦う義弟(おとうと)の願いに義兄(あに)が応えるのは当然だろう。

 

 ――恐縮です、ベル君! 私の憧れのあの人みたいに世界を救ってください!

 

 

 気のせいだろうか。どこからか二人の声が聞こえたような……取り敢えずは素直に受け取っておくとしよう。

 

 そして僕の体内フォトンを全て注ぎ終えると、矢も凝縮された力の塊となった。上空にある弓矢に対抗出来るかは分からないけど。

 

 直後、タイミングを計ったかのように上空の弓矢が放たれた。そのまま此方へと向かっていく。

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああッ!」

 

 放たれた巨大な矢に対抗する為に、僕はやり投げの要領で助走しながら叫び――

 

「いっっっっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」

 

 夜空に向かって矢を投擲した。

 

 フォトンで強化した巨大な矢と、アンタレスによって作られた巨大な矢が激突する。

 

 そして――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 




感想お待ちしています。


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オリオンの矢 後日談

これが劇場版の最終話です。


「俺からの報告は以上だ。冒険者依頼(クエスト)の詳細内容については、後ほど報告書に記しておくよ」

 

「分かった。ご苦労だったな、ヘルメス」

 

 アンタレス討伐の冒険者依頼(クエスト)が完了してから約三週間後。

 

 全ての事後処理を終えたヘルメスはオラリオへ戻り、真の依頼主であるギルドの主神――ウラノスがいるギルドの地下『祈祷の間』にいる。

 

 ウラノスは終始黙したまま一字一句逃さず報告を聞き入った後、冒険者依頼(クエスト)を委託したヘルメスに労いの言葉を掛けた。同時に感謝もした。この場にいない【亡霊兎(ファントム・ラビット)】ベル・クラネルに。

 

「まさか、このような展開になるとは予想だにしなかった。ベル・クラネルが『矢』を使わず、あの強大なアンタレスを倒すとは。それどころか喰われたアルテミスをも救い、天界最強と呼ばれる『アルテミスの矢』も退かせるとは考えもしなかった……」

 

「ああ、直接見た俺も本気で驚いたよ」

 

 神のウラノスやヘルメスですら、『矢』を使わなければアルテミスを取り込んだアンタレスを倒すしか方法はないと考えていた。しかし、それはベルによって完全に覆された。最早これは英雄以上の偉業だ。

 

 もしも【ロキ・ファミリア】団長の【勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナ、【フレイヤ・ファミリア】団長の【猛者(おうじゃ)】オッタルのどちらかが『矢』に選ばれたとしても、ベルと同じ事をやれと言われても不可能だ。オラリオ最強戦力と呼ばれる彼等でも、途中で断念せざるを得ないと。

 

 今回の冒険者依頼(クエスト)によって、ウラノスとヘルメスは【亡霊兎(ファントム・ラビット)】ベル・クラネルに対する認識と重要度を今まで以上に引き上げる事となった。万が一、ラキア王国にいる軍神アレスの傘下に入れられてしまえば、オラリオ最大の損失と言っても過言ではない。ベルが第一級冒険者でなくても、数多くのオラリオ冒険者達が次々と倒していくのを、【アポロン・ファミリア】との戦争遊戯(ウォーゲーム)で痛感しているので。

 

「ハッキリ言ってベル君の力は完全に異常だよ。彼が一体どうやってあれ程の力を得たのか知りたいね」

 

「確かに。ベル・クラネルの力は明らかに『神の恩恵(ファルナ)』で得たものではなさそうだ。天界に住まう神々(われわれ)ですら知らぬ力かもしれんな」

 

「俺もそう考えていた。あとこれは何一つ確証すらない俺の勝手な推測なんだが、もしかしたら彼……異世界に渡ったんじゃないかな。そうでも考えないと、あの出鱈目な力は到底納得出来ない」

 

「……かもしれんな」

 

 ヘルメスの推測にウラノスは難しい顔をしながらも頷いた。普通に考えて異世界に渡るなど神々ですら許される行為ではない。それは下界にいる人間も含めて。

 

 しかし、ベルが使う力は明らかに未知であり、異世界から得たものであるなら納得するしかない。そんな事を他の神々が知れば、どんな行動に出るのか容易に想像出来る。

 

「ヘルメス、間違ってもそのような推測を言い触らすでないぞ」

 

「分かってるって。折角アルテミスを救ってくれた恩を仇で返す気なんて微塵もない。さっきの推測は俺の心の内に留めておく」

 

 ウラノスは厳しい表情で釘を刺し、当然と言わんばかりに頷くヘルメス。万が一にそんな事をしてベルがオラリオからいなくなってしまえば、とんでもない総スカンを喰らう事になってしまう。特にベルに対して熱烈な感情を抱いているフレイヤから、送還覚悟の折檻が待っているので。

 

「とは言え、ベル君の力は物凄く気になるよ。アレ以外にも、四十以上の魔法が使えるって聞いた時は――」

 

「それは本当か、神ヘルメス」

 

「おわっ!」

 

 すると、どこからか第三者の声がした事でヘルメスが吃驚した。声がした方へ振り向くと、そこには全身を黒衣で包まれた者がいた。

 

 明らかに怪しい侵入者だと思われる存在だが、この場にいるヘルメスは良く知っている。目の前の人物は魔導師『愚者(フェルズ)』で、ウラノスに仕えている存在で多くの役目をこなしている。

 

「ベル・クラネルが使う魔法は戦争遊戯(ウォーゲーム)の時にも見せて貰ったが、四十以上も使えるのは全く初耳だ。あの【九魔姫(ナイン・ヘル)】が九つの魔法を使えると初めて知った時は驚愕したが、彼女の四倍以上の魔法を扱えるベル・クラネルに比べれば、まだ可愛い方だと改めて認識した。彼が使う魔法が異世界であろうが、私にとってはそんな事はどうでもいい。永く生きた私ですら知らない未知の魔法、あの時から私の好奇心を刺激され、これまで何度直接会いに行こうかと衝動に駆られてしまっていた。だが会うにしても、事前に一通りの魔法だけは知っておきたい。さぁ神ヘルメス、教えてくれ。そちらが見た魔法の内容を全て」

 

「ま、待つんだ賢者! 今の君ちょっと怖いから。一先ず落ち着こうじゃないか!」

 

 物凄く饒舌になりながら両肩を掴んでくるフェルズにヘルメスは恐怖した。フェルズの身体や顔は黒衣で覆われて見えないが、肉を覆っていない骸骨姿である事を知っている。それ故に目の辺りからギラリと赤い光を発しているので、ヘルメスはまるでモンスターに襲われるような恐怖の感覚に陥っていた。

 

「落ち着く? 何を言っているんだ、神ヘルメス。私は冷静だ。冷静でなければ、ベル・クラネルが使う魔法を知る事は出来ないだろう。あと今の私は『愚者』だ。さて、そんな事はどうでもいいから早く教えてくれ。貴方が見たベル・クラネルの魔法を!」

 

「ウラノス、助けてくれ! 賢者が乱心してる!」

 

「……すまないが、今のフェルズは私でも止められそうにない」

 

 そう言いながら視線を逸らすウラノス。どうやら助ける気はないようだ。

 

 その直後――

 

「さぁ神ヘルメス! 教えてくれぇ!」

 

「だ、誰か助けてぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 フードが取れて骸骨頭を晒すフェルズに、ヘルメスは更に恐怖が増して悲鳴をあげるのであった。

 

 

 

 

 

 

 場所は変わって【ロキ・ファミリア】の本拠地(ホーム)『黄昏の館』。

 

 ティオナとアイズ、そしてベルとヘスティアはヘルメスと違って一日早くオラリオへ戻っていた。

 

 二人が本拠地(ホーム)に戻ると、今まで心配していた団員達からの手厚い出迎えが待っていた。ロキとレフィーヤは涙を流しながらアイズの帰還を誰よりも喜び、ティオネは憎まれ口を叩きながらも暗に心配していた事を妹のティオナは察した。

 

 感動的なシーンとなったのも束の間で、我らが母親(ママ)こと副団長(リヴェリア)が恐い顔となってキツい説教を受ける破目となってしまったのは言うまでもない。執務室に連れられて早々、数時間以上の途轍もなく長~~い説教を。ガミガミと叱るリヴェリアにアイズとティオナは逆らえず、ただ只管正座したまま謝り続けるしかなかった。足が痺れるのを必死に我慢しながら。

 

 長い説教を終えた後、フィンは二人から冒険者依頼(クエスト)内容の報告に移った。

 

 まず最初にベルがアイズとティオナに貸した武器の形状、並びに武器に搭載されている能力について二人は語り始める。

 

 アイズの武器はサーベル型でありながらも、その剣自体に魔力が付加されている為、『(エアリエル)』が発動した瞬間に威力が段違いに上昇。更には防御用として鎧にした風が刃を帯びて、モンスターを何度も斬り裂く文字通り攻防一体と風に変化させた。

 

 ティオナの武器は魔力は無いが、アイズの武器と同じく手にした途端に力が沸き上がった。後になってベルから教えてくれたが、ティオナが使っていた武器は、装備している最中に一定時間経つと完全回復すると言うずば抜けた能力も持っているらしい。これを聞いたティオナは、アンタレスのレーザー攻撃を受けても平気だった理由が分かった。

 

 武器の話をして早々、フィンは物凄い頭痛に襲われた。本当に痛いわけではないが、ベルが二人に貸した武器が途轍もなく非常識極まりないモノだったので、敢えてフリをしているだけだ。ついでにこの場にいないベルに物凄く問い詰めたかった。いくら二人と仲が良いとは言え、他派閥の人間にそんな凄い武器をホイホイ貸してもいいのかと。

 

 因みにこれを聞いていたリヴェリアは内心非常に羨ましがっていた。自分の時は遠征でベルからあの杖――ゼイネシスクラッチをまともに使ったのは一回きりでの僅かな時間に対し、アイズとティオナはそれ以上に使っていた。もう少し説教の時間を長めにすれば良かったと後悔している。例えそうなっても、フィン達が流石に止めようとするが。

 

 序盤の武器話で既にお腹一杯気味になっていたフィン達だったが、続いて今回の冒険者依頼(クエスト)の目的――アンタレス討伐についての報告となる。本来であれば他所の【ファミリア】に口外しないようヘルメスから厳命されているが、流石に【ロキ・ファミリア】の幹部二人を連れて来た以上、ロキとその数名なら構わないと言われた。なので数名とは団長のフィンと副団長のリヴェリア、そして主要幹部のガレスだけのみである。

 

 アンタレスがアルテミスを喰らって『神の力(アルカナム)』を使っていた事にロキは察した。オラリオの空にあった『アルテミスの矢』はアンタレスの仕業であった事を。

 

 そんなチート同然の事を仕出かしていたモンスターをベルが倒しただけでなく、取り込まれたアルテミスを救出し、更には暴走した『アルテミスの矢』を退けた。これには流石のロキも度肝を抜かれるどころか、フィン達ですら言葉を失う始末。アンタレスに強力な魔法を連続で使って倒したとリヴェリアが聞いていた際、『……神ヘスティアは私を受け入れてくれるだろうか』と本気で改宗(コンバージョン)を考えていた。それも凄く真剣な顔で。その直後にロキが焦りながら『んなもん却下や!』と即座にダメ出しをされたが。

 

 それとは別に、フィンはベルに初めて嫉妬の念を抱く事になる。小人族(パルゥム)復興の為に誰もが認める英雄になろうとしてるフィンとしては、ベルの功績は非常に眩しかった。強大なモンスターを倒し、囚われの女神を救い、世界を滅ぼそうとした力を一人で退けた。正に自身が憧れる本物の英雄だ。それに比べて自分はオラリオにいて、ダンジョンで暴れるモンスターを追い払っただけ。余りにも天と地の違いがあり過ぎると、今のフィンは笑うしかなかった。

 

 余りにも濃密過ぎる内容に、ロキはヘルメスの意見に賛成するように、アイズとティオナに報告した内容を決して口外しないよう緘口令を敷いた。ベルの功績とは別に、今回の要因に神が大きく関わっている。下手に知れ渡れば色々と不味い事になると、ロキは改めて認識した。

 

 そして報告を終えたアイズとティオナは執務室から出て、フラフラしながらも部屋へ戻ろうとする。

 

「や、やっと解放されたね……あたしもうクタクタだよ~」

 

「私も……特にリヴェリアのお説教で……」

 

 (精神的に)瀕死状態となってる二人が移動している中、声を掛けようとしている者達がいた。

 

「アイズさん、大丈夫ですか?」

 

「リヴェリアに相当絞られたみたいね。遠くからでも聞こえてたわよ」

 

 心配するレフィーヤに、察したように言うティオネ。

 

 普段から仲の良い二人が来た事に、アイズとティオナは気が緩んだように笑顔を見せる。

 

「それで今回はどんな冒険者依頼(クエスト)だったの?」

 

「あ、ごめん。ロキやフィンから誰にも言うなって言われてるから無理」

 

「……そう。団長が指示したなら従うしかないわね」

 

 心配させた罰として事の顛末を聞き出そうとするティオネだったが、フィンの名前が出た事で引き下がった。普段からフィンに従順なティオネを知っているので何かと便利な言葉である。

 

 けど、ティオナとしては流石に全部教えない訳にはいかなかったので、ある事を教える前に問おうとする。

 

「ねぇねぇティオネ、あたしがいない間は一人で寝てたの?」

 

「はぁ? 当たり前でしょ。アンタがいなくて静かに眠れたわよ」

 

 と言ってるティオネだが、実は妹がいなくて寂しがっていた。最初の数日は問題無かったが、一週間以上経った後から段々と部屋の中がガランとしてる中、『さっさと帰って来なさいよ、バカティオナ』と何度も呟く程に。

 

 そんな姉の心情に全く気付いていないティオナは、得意気な表情でこう告げた。

 

「へっへ~ん。アタシね、今回の冒険者依頼(クエスト)で大好きなアルゴノゥト君と何度も何度も一緒に寝たんだよね~♪」

 

「………………………はぁ!?」

 

「ええ!?」

 

 何を言ってるのかと理解出来なかったティオネだったが、漸く頭が理解して叫んだ。その直後にはレフィーヤも一緒に。

 

「ベ、ベルと一緒に寝たって……それ本当なの? 嘘じゃないわよね?」

 

「本当だよ~。同じテントでアルゴノゥト君と一緒に寝てすっごく気持ちよかったよ~」

 

「!!!」

 

 ガーンとショックを受けるようにティオネは口を大きく開けながら石化した。同時に圧倒的な敗北感に襲われている。

 

 自分はティオネより先に恋を知り、必死に愛する団長(フィン)にアピールしている。これまで隙あらば子作りしようと何度も試みるも、フィンが一枚上手で何度も回避されて今に至る。

 

 だと言うのに、恋をしたばかりの(ティオナ)がいつの間にかベルと一緒に寝た。そして何度も子作りした。それに対して自分は未だにフィンと子作りをしていない。因みにベルの名誉の為に言うと、ティオナはベルと子作りなんか一切していない。単に抱き着いて寝ていただけで、ティオネが想像してる行為は一切していない。

 

 しかしティオネからすれば、『一緒に寝た=子作り』と言う方程式が成り立っていた。つまり勝手に飛躍して勘違いしているだけだ。そして――

 

「団長ぉぉぉぉぉおおおおおおおおお! 私達もティオナとベルに負けずに子作りををををぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

「ちょっ、どうしたのティオネ!?」

 

 一刻も早くフィンと子作りしようと、ティオネは全速力で執務室へと向かった。それを見たティオナは嫌な予感がしたのか、疲れた身体に鞭を打ちながらも暴走するティオネを追いかけて行く。

 

 因みにロキ達と会議をしているフィンは突然親指が疼きだし、更には全身から悪寒が走っていた。ティオネの叫びが聞こえた瞬間、物凄く嫌な予感がしたので速攻で執務室の窓を開けて逃走した。その直後、いきなりドアが開いてティオネが逃げたフィンの後を追う。それらを見ていたロキとリヴェリアとガレスは何となく察し、逃走するフィンの成功を願っていた。

 

 さて、それはそうと残されたアイズとレフィーヤの方も少しばかり問題が起きようとしている。

 

「あ、あの、アイズさん。さ、さっきの話は本当なんですか? ティ、ティオナさんが、ベル・クラネルと一緒に寝たって……!?」

 

「うん、本当だよ」

 

「はわわわわわ! な、何て破廉恥な!」

 

 事実を言うアイズに顔を赤らめるレフィーヤ。同時にこの場にいないベルをとんでもないケダモノだと内心罵倒する。

 

 しかし――

 

「私も一緒にベルと寝てたから」

 

「…………………へ?」

 

 再びアイズがとんでもない事を口にした事で、レフィーヤの思考が突如停止寸前となった。

 

 そこから先は色々と凄い事になるのだが敢えて伏せておく。敢えて言うのなら、レフィーヤがティオネ以上に暴走したとだけ記しておく。

 

 

 

 

 

 

 そして、一番の功労者である【ヘスティア・ファミリア】の本拠地(ホーム)竈火(かまど)の館】では――

 

「頼むヘスティア、この通りだ! 一年、一年だけで良い! どうかオリオン……ではなくベルを私のファミリアに改宗(コンバージョン)させて欲しい!」

 

「ダメだダメだぁ~~! いくら神友(マブダチ)のアルテミスでも、ベル君はボクの大事な眷族だ! こればっかりは絶対に認めないからね!」

 

「ちょ、お、お二人とも、どうか落ち着いて下さい……」

 

 必死に土下座して懇願するアルテミスにヘスティアは却下し、それを見ていたベルがどうにか宥めようとしていた。

 

 いきなりの展開に誰もが不思議に思われるだろう。

 

 簡単に説明すると、【ヘルメス・ファミリア】と一緒に事後処理を終えたアルテミスは再びオラリオへ訪れ、【ヘスティア・ファミリア】の本拠地(ホーム)へ足を運んだ。大事な神友の訪問にヘスティアは快く迎え入れて応接室へ案内し、アルテミスが来たと知ったベルも彼女を優しく出迎える。以前の冒険者依頼(クエスト)について語った後、そこから急変した。アルテミスが突然、ベルを自分の眷族にさせて欲しいと。

 

 そういう事が起きた為に、ヘスティアは頑なにアルテミスのお願いを拒否している。彼女としても未だに【ファミリア】がベル一人だけなので、例え期間限定でも漸く出来た眷族を手放したくないので。

 

 アルテミスがベルを眷族に迎え入れたい理由は当然ある。思念体の記憶を継承された事もあって、今まで経験しなかった恋を知った。その為に愛するベルと一緒なら、【アルテミス・ファミリア】を再建する事が出来ると。死んだ眷族達に対する償いではないのだが、新しい眷族を迎え入れる際は、恋と言う素晴らしいものを教えようと。

 

 しかしヘスティアからすればそんなの知った事ではなかった。自分だってベルの事が大好きだから、他の女に取られたくない。ただでさえティオナやヴァレン何某が急接近して厄介だと言うのに、これ以上ベルに迫る女は増えて欲しくないので。

 

 そんな中、一人の人間(おとこ)を巡る女神(おんな)達が争う光景に――

 

「中々面白い事をしているじゃない。オッタルもそう思わない?」

 

「……私にはお答えしかねます」

 

 バベルの塔の最上階でフレイヤが鏡を使って覗き見をしていた。

 

「あの恋愛アンチなアルテミスをあそこまで陥落(こうりゃく)するなんて、あの子ったら本当に凄いわね。でも……アルテミスに取られるぐらいなら、私が奪っても良いわよね?」

 

「フレイヤ様、まさか……」

 

「うふふふ……そろそろ私も、あの子にアプローチをして迫ってみようかしら」

 

 アルテミスの行動に少しばかり警戒するフレイヤが、本格的に動き出そうと考え始めていた。




劇場版『オリオンの矢』はこれにて終了です。次回からは本編更新となる予定です。

今までお付き合い頂いてありがとうございました。

因みにこの話は本編に一切影響しません。

感想お待ちしています。


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ダンメモシリーズ
グランド・デイ イヴ①


久々の更新です。

本編更新途中ですが、急遽ダンメモシリーズを載せる事にしました。


 それは少し昔の物語。

 

 それは尤も新しい、偉大な伝説。

 

 古の時代、地の底より現れし獣が、この地を滅ぼした。

 

 その体躯、夜の如く。その叫び、嵐の如く。大地は我、海は哭き、空は壊れゆく。漆黒の風を引き連れし、絶望よ。

 

 なんと恐ろしい、禍々しき巨獣(けもの)よ。訪るは永久(とこしえ)の闇。救いを求める声も、星無き夜に溺れて消える。

 

 そして、約束の地より、二つの柱が立ち上がる。光輝の腕輪をはめし雄々しき男神(おひと)。白き衣を纏いし美しき女神(めひと)

 

 雷霆(ひかり)(とき)が満ち、女王(おう)の歌が響く。立ち向かうは、導かれし神の軍勢。

 

 見るがいい。光輝の腕輪が止みを弾き、白き衣が夜を洗う。眷族の剣が突き立った時、黒き巨獣(けもの)は灰へと朽ちた。

 

 漆黒は払われ、世界は光を取り戻す。嗚呼、オラリオ。約束の地よ。星を育みし英雄の都よ。我らの剣が悲願の一つを打ち砕いた。

 

 嗚呼、神々よ。忘れまい、永久に刻もう。その二柱の名を――其の名はゼウス。其の名はヘラ。称えよ、彼等が勝ち取りし世界を。

 

 受け継ぐがいい、彼等が残した希望を。

 

 それは最も新しい神話であり、英雄譚。

 

 世界に希望をもたらした、偉大な日。

 

 そして、それは明日。

 

 今日は『グランド・デイ』の前夜祭(イブ)

 

 かつて二柱の神が遺したこの平和な世界を、そして英雄が生まれるこの街を――目一杯楽しむ日である。

 

 

 

 

 

「『グランド・デイ』かぁ……」

 

 どうも、ベル・クラネルです。

 

 今日はオラリオの最大イベント『グランド・デイ』の前夜祭(イブ)が開催されています。

 

 と言っても、この街に来たばかりの僕には今回のイベントについてよく分かっていない。神様――僕の主神であるヘスティア様曰く『凄いお祭り』だそうです。

 

 因みにその神様はバイトでいない。こう言ったお祭りは一番の稼ぎ時である為、休みを取ろうとした神様に店長さんが断固拒否し、強制的に連行されてしまったのだ。本当なら僕は神様と一緒に祭りを見に行きたかったけど、仕方なく一人で行く事にした。

 

 けれど一人じゃ味気ないからリリやヴェルフを誘おうとしたけど、二人も無理だった。ちょっとした事情がある為に今日は不参加だと。(※あくまで作者の都合です)

 

 だったら【ロキ・ファミリア】のティオナさん達ならと、つい先ほど本拠地(ホーム)へ訪れた。しかし間が悪く、もう既に出掛けていると言われ、結局諦める事となった。

 

 折角のイベントなのに、今日は何だか運の無い日だ。

 

 まぁ取り敢えず、沢山の屋台を回って色々な食べ物を買うとしよう。バイトから戻った神様と食べる約束をしてるので。

 

 よし、それじゃあ行ってみよう!

 

 

 

「い、いらっしゃい、いらっしゃい……」

 

 屋台にある美味しそうな食べ物を買っては電子アイテムボックスに収納、と言う繰り返しを行っていた際、知っている店員がいた。

 

 その人は【タケミカヅチ・ファミリア】の団長――桜花さんだ。とてもぎこちない接客をしている。

 

「桜花さん?」

 

「うっ……ベ、ベル・クラネルか。見ての通り、ジャガ丸くんを……ひとつ、どうだ?」

 

「は、はい……」

 

 余りにも買う気がしない接客な為に、僕はどうすればいいか判断に迷ったが、一先ず買う事にした。

 

 神様だったらハキハキと元気のいい接客をしてるけど、桜花さんは全くの正反対だ。

 

「何で桜花さんがバイトをしてるんですか?」

 

「タケミカヅチ様に頼まれてな……今日は稼ぎ時とか、なんとかで……」

 

 ああ、なるほど。

 

 『グランド・デイ』は稼ぎ時なイベントな為、タケミカヅチ様は団員の桜花さんもヘルプで頼んだのか。

 

「じゃあ、そのタケミカヅチ様は?」

 

「アルバイト先の屋台でも特売をすると言う話になって、そっちに駆り出されていった。今はヘスティア様の屋台と競っているところだ」

 

「そうでしたか……」

 

 確か神様のバイト先の店長さんも特売日にするって言ってたな。どこの屋台も似たような事をしてるようだ。

 

「と言う事は、この屋台はファミリアで店を出しているんですか?」

 

「ああ、今日はもう、なんだってアリらしい。ただ、そのせいで揉め事も起きたりするが……」

 

「揉め事?」

 

 桜花さんが気になる事を言った為、僕は思わずその単語を鸚鵡返しをした。

 

 それを聞いて頷いた桜花さんは、とある方へ指す。

 

 

「おい、アミッド……『グランド・デイ特性回復薬(ポーション)』って……普通の回復薬(ポーション)と何ら変わらないじゃない……!」

 

「その、一応、記念の粗品もつけるつもりです……」

 

 抗議してるナァーザさんだが、申し訳なさそうな表情で言い訳染みた事を口にする【ディアンケヒト・ファミリア】のアミッドさん。

 

「ふはははは! 豪華であろう! ではな、貧乏人どもぉ!」

 

 ディアンケヒト様が高笑いをしながら、悔しがるナァーザさんを尻目にアミッドさんを連れて何処かへ行ってしまった。

 

「クソジジィ……こうなったら、ベルに不評だったって噂を流してやろうかな……。今のベルは注目の【亡霊兎(ファントム・ラビット)】だから、かなり効く筈……」

 

「勝手にベルの名を使って利用するでない、ナァーザ。しかし、ディアンケヒトに逆らえず、アミッドも気の毒だな……」

 

「……なんで商売敵の心配、するんですかっ!」

 

「いたたたたたっ、つねるなっ、つねるなナァーザ!」

 

 ナァーザさんが何故か僕の名前を口にしていたけど、ミアハ様の台詞に反応して痴話喧嘩らしき事をしているのであった。

 

 …………取り敢えず、あそこに僕が加わったら面倒事になりそうだから、見なかった事にしておこう。

 

 

「本当に、揉めてますねぇ……」

 

「極東では、祭りに喧嘩はつきものと言うからな。ある意味、風物詩みたいなものだ」

 

 僕が思った事を口にすると、桜花さんがまるで見慣れた光景のように言った。

 

 この人の故郷ではそれが当たり前なんだろう。

 

 僕がアークス船団にいた頃、キョクヤ義兄さんやストラトスさんとお祭りを楽しんだけど、あんな事は全く起きなかった。もしも屋台で違法的な営業をしていたら、保安部に即座に取り押さえられる決まりとなっている。

 

 思い出してると、またしても二人に会いたい気持ちになっていく。ホームシックってやつかな。

 

「まあ、せっかくの祭りだ。楽しんだ者勝ちだろう」

 

「そうですね」

 

 確かに祭りは楽しんだ方が良い。だから此処は思考を切り替える事にしよう。

 

 それと大変失礼だけど、この屋台のジャガ丸くんの売れ行きが芳しくないような気がする。桜花さんの接客が改善されない限り。

 

 流石にそんな指摘は出来ないから、桜花さんには『頑張って下さい』と言って別れた。

 

 歩きながら思い出したけど、『豊穣の女主人』も何か売ってるのかな?

 

 あそこは屋台をやらなくても、ミアさんが作る料理で充分に売れるから――

 

 

「バカヤロー! こんなもん食えるか! 離せ、こらぁぁぁっ!」

 

 

 すると、男性冒険者が何かから逃げるように必死になっていたのが聞こえた。

 

 思わず振り向いた先には、ついさっき考えていた『豊穣の女主人』の屋台を発見する。

 

「うニャ~、逃げられたのニャ。せっかくのカモだったのにニャア……」

 

「むむ、新しいカモを見付けたニャ! お~い、少年! こっち来るニャ~!」

 

 逃げられた事に残念がるアーニャさんに、僕を見た途端に来いと言ってくるクロエさん。

 

 カモって何ですか? 何か絶対に良くない物を売ろうとしてるのが丸分かりなんだけど……。

 

 本当だったら素通りしたいけど、僕の行きつけな店となってるウェイトレスからのお呼びだったので、取り敢えず行く事にした。

 

「な、なんですか?」

 

「豊穣の女主人特別メニューを販売してるんだよ。さぁ買っていって! むしろ全部買って!」

 

 僕の問いにルノアさんが笑顔で僕に商品を買うよう催促してきた。

 

 全部買えと言う時点で既におかしい。こんな言い方をするって事は、絶対に何か裏がある筈。

 

 そう考えるのは、キョクヤ義兄さんから常に相手の言動の裏を読むようにと教えられてるからだ。この教えが無かったら、僕は絶対に何度か騙されているだろう。

 

「その前に特別メニューって、なんですか?」

 

「ふふふっ♪ よくぞ聞いてくれましたー。特別メニュー第一弾はこれです!」

 

 改めて問うと、今度はシルさんが僕に商品を見せようとする。

 

「がっつりいきたいあなたにお勧め! ベヒーモス丼でーす♪」

 

「ベ、ベヒーモス丼?」

 

 ………何コレ?

 

 真っ黒い米の上に、真っ黒い何かが敷き詰められているんだけど……。これって食べ物なの?

 

「滋養強壮にいいようです」

 

 何故か無表情でベヒーモス丼についての効能を言うリューさん。

 

 いやいや、とてもじゃないけど滋養強壮に良いとは全然思えない。

 

「他にもこちら! ホッとするひと時をあなたに! ベヒーモスティー!」

 

 僕の考えを余所に、シルさんは次の商品を出してきた。

 

 ……単なる真っ黒い飲み物だね、コレ。完全に汚水じゃないのかな?

 

「滋養強壮にいいようです」

 

 またしても同じ事を言うリューさんにツッコミを入れようとするも、シルさんが更なる商品を見せる。

 

「更にこちら! 小腹が空いた時の味方! ベヒーモスクッキー!」

 

「…………………」

 

 ベヒーモスクッキーとやらを見て、僕はもう完全に絶句していた。

 

 真っ黒い何かの欠片が真っ黒い袋に放り込まれて、真っ黒いリボンが結ばれている。

 

 明らかに消し炭としか言いようがない物を見せられたのだから、誰だって絶句する筈だ。

 

「………滋養強壮にいいようです」

 

「リューさん、それはもう言わなくて結構ですから」

 

 絶対嘘だと誰でも分かる。

 

 シルさん達には申し訳ないけど、買う気なんか毛頭無い。ついさっき男性冒険者が逃げ出した理由がよく分かったから。

 

「いいから買うニャ! 折角の新メニューなのに全然売れないニャ!」

 

「当たり前です!」

 

 アーニャさんの台詞に思わずツッコミを入れてしまった。

 

 と言うより、こんなの好き好んで買う人何か絶対いないと僕だって断言出来る!

 

「まぁわかるっちゃわかるけどねぇ。ベヒーモスだからって全部真っ黒にしなくてもさぁ」

 

「でしたら普通の商品にして下さいよ!」

 

 今度はルノアさんの台詞にツッコミを入れてしまう。

 

「食い物に見えないニャ! こんなのミャーでも買わないニャ! というわけで、少年が買うニャ!」

 

「そんなの嫌ですよ!」

 

 自分が買いたくない物を人に押し付けるなんて最悪にも程がある。

 

 もしキョクヤ義兄さんがいたら、確実にキレてるだろう。闇の洗礼を与えてやると言いながら。

 

「えぇ~、ベルさん、買ってくれないんですかぁ?」

 

「……因みにクッキーはいくらするんですか?」

 

 悲しそうな表情をするシルさんに、取り敢えずと言った感じで尋ねてみると――

 

「はい、ベヒーモスクッキーですね。お値段1800ヴァリスです♪」

 

「すみません。それでは失礼します」

 

 明らかにぼったくり同然の料金だったので、僕は笑顔のままファントムスキルを使って姿を消す事にした。

 

「あっ、ベルさん!?」

 

「ああっ! 白髪頭が消えたニャ!」

 

「忘れてたニャ! あの少年、幽霊(ゴースト)みたいに消えるスキルがあるんだったニャ!」

 

「ちょっとぉ~! 消える前に一つくらい買ってよ~!」

 

「………………………滋養強壮にいいようです」

 

 シルさん達が叫んでいたが、僕は敢えて無視してスキルを維持したまま去って行った。

 

 どうでもいいんだけど、何でリューさんは壊れた機械みたいに同じ事を言ってるんだろうか。

 

 




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グランド・デイ イヴ②

「はぁ……もう無茶苦茶だよ……」

 

 シルさん達から逃走する事に成功した僕は、人がいない場所で姿を現した。

 

 いくらなんでも、あんな真っ黒なクッキーで1800ヴァリスなんてバカげてる。ぼったくりも同然だ。お祭りだからって、やって良い事と悪い事くらいある。

 

 もしシルさん達がアークス船団で販売してたら、確実に営業禁止となってるだろう。あんな問題だらけの商品を高値で売ること自体間違っている。

 

 恐らくオラリオでは、そこまでの法が成り立っていないのだろう。でなければ、屋台の違法行為を見逃す筈がない。

 

 この世界の出身である僕から見て、オラリオとアークス船団では文明レベルが全然違い過ぎる。言うまでもなくオラリオの方が圧倒的に低い。こんな事を口にしたら、オラリオに住まう住民――特にギルド辺りが怒るかもしれないが。

 

 取り敢えず『豊穣の女主人』の屋台には近寄らないようにしておこう。また行ったら最後、今度は強制的に買わされそうな気がする。そうなったら最後、ミアさんに『今後はもうこの店に来ません』と別れの挨拶と理由を告げさせてもらう。

 

 さて、屋台で食べ物を買うのも良いけど、何かお祭り的なイベントは……ん?

 

「随分人が多いな……」

 

 僕が視界に入ってる先には、かなりの人数がいた。主に男性が。

 

 何かやっているのは確かなので、気になった僕は見に行ってみる事にした。

 

 

 

「まだか! 早く始めろー!」

 

「どんだけ待たせる気だぁ! どんだけ楽しみにしてたと思ってるんだぁぁ!」

 

 会場と思わしき建物に来ると、男性客達から凄い熱気を感じる。

 

 一体何のイベントなんだと疑問に思ってる中、看板を見つけたので読んでみた。

 

 え~っと、なになに……。

 

神会(デナトゥス)主催・グランド・デイ特別イベント オラリオで一番美しいのは誰だ!? 最強美女コンテスト!』

 

 ……神様が見たら絶対に下らないと言い放つイベントのようだ。と言うより、女性陣が見たら呆れるだろう。

 

 女性の立場で考えている僕を余所に、会場のステージから誰かが出てきた。

 

「待たせたな! 集まったオラリオ市民の皆! 俺がこの美女コンテストの司会を務める……ガネーシャだ!!!」

 

 登場したのはガネーシャ様で、相変わらず騒がしい登場の仕方をしていた。

 

「うるせー! ひっこめコラぁぁ!」

 

「さっさと美女を出せぇー!」

 

 どうやら客達にとっては単なる騒音としか思われてないようだ。

 

 神様にこんな失礼なことを言ってはいけないんだけど、僕も少しばかり五月蠅いと思っている。

 

「凄まじい声援! ガネーシャ大人気! これならいっそ、ガネーシャコンテストに変えるべきか!」

 

 罵倒されてた筈なのに、ガネーシャ様は凄まじくポジティブに捉えていた。

 

 何と言うか……色々な意味で凄い御方だ。

 

 あんな返しをした事で、客達から途轍もないブーイングの嵐が吹き荒れている。それは当然だから、弁護のしようもない。

 

 ガネーシャ様の勘違いに見るに見かねてか、今度は女神のデメテル様がイベントについてのルールを説明してくれる。

 

「これから各神によってプロデュースされた美女たちが、様々な扮装をして現れるから、一番の美女を決めるの。判定は観客の声援で行うから。お気に入りの子に声援を送ってあげてね~」

 

 デメテル様の説明を聞いた客達は頷くように一層盛り上がった。

 

 声援、か。大丈夫なのかな? そんな判定の仕方だと、絶対に騒動が起きそうな気がする。

 

 男のヴェルフがいてくれたら一緒にやっていたかもしれないけど、今はあんまりやろうって気がしない。

 

 完全に浮いてる僕は出て行くべきなんだが、生憎と観客が多くて動けない状態だった。

 

 ファントムスキルを使いたいけど、これほど多かったら確実に移動の妨げとなってしまう。やるにしても最終手段だ。

 

 此処へ来た以上は最後まで見守るしかない。それにもしかしたら、僕の知り合いが出てくるかもしれない。その人に声援を送れば一票になる筈だ。

 

 

 

 

 

 

 一方、会場の控え室では、コンテストに参加する多くの美少女・美女達が、大変見目麗しい衣装を身に纏って勢揃いしていた。

 

 各【ファミリア】から人選された者達が頑張ろうと意気込んでいる中――

 

「もー。なんでもいいから早くやろうよ~。あたしアルゴノゥト君と出店回りたい(デートしたい)んだってば~」

 

「アンタ、此処に来る前からずっとそればっかりね」

 

 美女コンテストに出る予定である【ロキ・ファミリア】のティオナが愚痴り続けている事に、姉のティオネが呆れるように言っていた。

 

 知っていると思うが、ティオナはベルに心底惚れている。本当ならこの場におらず、即行でベルがいる本拠地(ホーム)へ向かっていた筈だったのだ。

 

 けれど、ロキの命によって急遽美女コンテストに出場するよう言われてしまった為、渋々と仕方なく此処へ来ているのである。

 

「だってぇ~、こういったお祭りはアルゴノゥト君と一緒にいたいんだよ~。ティオネだってフィンとそうしたいんじゃないの~?」

 

「……まぁ否定はしないわ」

 

 ティオナの言い分にティオネはそう言い返した。気持ちは分かるほどに。

 

 自身も団長(フィン)に心底惚れている身である為、妹の言っている事は十二分に理解している。

 

 ティオネも本当だったらフィンと一緒にいたかったが、ロキの命によって以下同文。加えてフィンは別のイベント――大剣闘祭に出場している為、どの道無理だった。

 

 因みに見目麗しい踊り子姿になりながらもやる気が感じられないアマゾネス姉妹の他、【ロキ・ファミリア】側にはもう一人の参加者もいる。(ティオネバージョンの)アマゾネス衣装を身に纏っているエルフ――レフィーヤ・ウィリディスが。

 

「うぅぅ……恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい……。出たくない出たくない出たくない出たくない……」

 

 レフィーヤはエルフだから、本来は肌を露出する事を嫌っている。

 

 しかし、以前にとある一件によってアマゾネス衣装を着た為、今回の美女コンテストで再び纏う事となった。これは当然ロキの命によって。

 

「ほら自分ら! 気合いや! 気合いや! 気合いや! みんな、気合い入れて優勝するでぇ~~!」

 

 やる気のない彼女達に対し、物凄いやる気を見せている主神ロキであった。

 

 そして、【ロキ・ファミリア】とは別に――

 

「オッタル、どうだった?」

 

 此処には何故かフレイヤがいたのだった。しかも麗しいドレスを身に纏って。

 

 彼女は美の女神であるから、参加すれば優勝確実だった。当然フレイヤも分かっているから、初めから参加する気など皆無だ。

 

 けれど、とある男神からの頼みで来たのだ。勿論無償(タダ)で、と言う訳でない。彼女が纏っているドレスや食事や酒を男神が提供してくれたから、こうして足を運んでいる。

 

 少々退屈な時間になると思っている中、自身が最も信頼する眷族――オッタルが姿を現したのを見て確認しようとする。

 

「はい……イシュタル派の動向ですが、特に動きも無さそうとのことです」

 

「やっぱりね……暇な時間になりそうだわ」

 

 フレイヤが此処へ来たのには理由があった。

 

 今回の美女コンテストに自身と同じ美の女神――イシュタルが万が一に乱入して来る可能性を考慮したのだ。そう危惧したのはフレイヤでなく男神――ヘルメスからの頼みで来たと言う訳である。

 

 尤も、フレイヤとしては如何でも良い事だった。自分には全く関係の無い事だと思いながらも、単なる暇潰し程度にしか考えていない。

 

 取り敢えずと言う事で、オッタルを含めた眷族達にイシュタル側の状況を確認させた。けれど、返答を聞いた瞬間にフレイヤは詰まらなそうな表情となる。

 

「…………」

 

「あら、どうかした? 他に何か気になった事でもあったの?」

 

 すると、オッタルが何か言いたげでありながらも無言であったから、それに気付いたフレイヤが問う。

 

 敬愛する主神からの問いに、オッタルは答えざるを得ないと口を開く。

 

「いえ……今、会場の客席を通ってきたのですが……かの兎――【亡霊兎(ファントム・ラビット)】が客席に。神ヘスティアがいなかった為、恐らく一人で来てるかと」

 

「!」

 

 オッタルが【亡霊兎(ファントム・ラビット)】――ベルの二つ名を言った瞬間、フレイヤは先程までと打って変わる様に目を見開いた。

 

「……ふふっ」

 

 数秒後、途端に深い笑みを浮かべ始めようとする。

 

「ヘスティアに内緒でこんな所に顔を出しちゃうなんて、悪い子ね……」

 

 まるでいけない子をお仕置きするような言い方をするフレイヤの変貌に、オッタルは敢えて何も言わない。

 

 彼は知っている。敬愛する主神(フレイヤ)が現在、ベルを自分の眷族にしたいほど執着している事を。そして万が一にベルが死んだら、彼の魂を追おうと天界送還も辞さない事も含めて。

 

 美の女神からの寵愛を一身に受けているベルに、【フレイヤ・ファミリア】は心底嫌っている。本当ならすぐにでも強襲して亡き者にしたがっている程だ。だがそんな事をしてしまえばフレイヤが悲しむどころか、自ら送還(じさつ)行為をしてしまう為にそれが出来ないでいた。

 

 因みにオッタルはベルに対しての殺意は一切無い。それどころかフレイヤの隣に立つべき存在かもしれないと一目置いている。今のベルが『Lv.3』であっても、遥かに格上のモンスターや冒険者と真っ向から戦う姿を何度も見た。もし機会があれば、一度手合わせしてみたいと考えている程だ。

 

「オッタル……」

 

「はい」

 

「少し気が変わったわ。イシュタルの件じゃなくても、何かあれば会場に出て行くわね」

 

 ベルが絡むと人が変わったように言い放つフレイヤを見て、オッタルはやはりこうなったかと内心嘆息した。

 

 それでも命を出された以上、遂行する事に何ら変わりない。自分はフレイヤの眷族だからと。

 

「その際の警護はお任せを。大剣闘祭に出場しない団員を総出で張らせておきますので」

 

「分かったわ……。それにしても、どうしてギルドはあの子に声を掛けなかったのかしら?」

 

 フレイヤは疑問に思っていた。ベルほどの実力であれば大剣闘祭に出場してもおかしくないと確信している。

 

 もしも出場すると耳にした瞬間、今頃はヘルメスの頼みなんか無視して、真っ先に闘技場へ向かっていた。ベルが戦う勇姿を直接観る為に。

 

 階層主(ゴライアス)を単独撃破し、【アポロン・ファミリア】との戦争遊戯(ウォーゲーム)で大勝利をしたのだ。それと非常に気に食わないが、【ロキ・ファミリア】との遠征で『Lv.3』にランクアップした。

 

 こんな凄い偉業を成し遂げてるベルに声を掛けないなんてギルドはどうかしてると、フレイヤは心底疑問に思っていた。

 

「オッタルとしては、一度あの子と戦いたいと思っていたかしら?」

 

「…………」

 

「沈黙は肯定と受け取るわよ」

 

「……………………」

 

 言っても嘘だと見破られるから敢えて無言で通したオッタルだったが、まるでお見通しだと言わんばかりにフレイヤは指摘した。

 

 それが正解である為、オッタルはまたしても無言でいるのであった。




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グランド・デイ イヴ③

「さぁ、そろそろ時間ね。オラリオ最強美女コンテスト……」

 

「開催だああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 デメテル様とガネーシャ様の宣言により、美女コンテストが開催される事となった。

 

 その直後に観客達のテンションが一気に上がっていく中、一番目の女性が登場してくる。

 

 流石は美女コンテスト、と言うべきだろう。容姿だけでなく綺麗な服を着た女性達が順番に現れていく。

 

 登場してる人の中には僕の知っている人もいた。それは当然【ロキ・ファミリア】で、ティオナさんにティオネさん、そしてレフィーヤさんだった。

 

 ティオナさんとティオネさんは踊り子みたいな衣装を身に纏っているも、何だか余りやる気がないように見えた。多分だけど、ロキ様から参加するよう強要されたのかもしれない。

 

 因みにティオナさんは僕がいる事に気付いたのか、途端にキョロキョロと観客席を見回していた。目が合ったら絶対此方に来そうな気がした僕は、咄嗟に変装用の帽子を頭に被った。僕の白髪が見えないように。

 

 それと自分の着てる服はオラリオ用の普段着だ。戦闘着の『シャルフヴィント・スタイル』を纏っていたら簡単に見付かってしまうし、即行で僕だとバレてしまう。ダンジョンに行く訳でもない為、今は休日スタイルにしている。

 

 急に話は変わるが、アマゾネス姉妹とは別に、レフィーヤさんが凄い登場の仕方をしていた。別に派手な魔法を使って登場した訳じゃない。レフィーヤさんらしくない衣装を身に纏っていたのだ。ティオネさんが着てるアマゾネス衣装で。

 

 この世界のエルフは基本、肌の露出を嫌う習性がある。筈なのだが、レフィーヤさんは全く該当しないかのように、思いっきり肌を露出していた。もしかしてあの人、ニューマンじゃないだろうかと錯覚してしまう。それは勿論、僕がアークス船団にいた頃に見た種族だ。

 

 アークス船団にいるニューマンは、エルフと同じく耳が尖った特徴がある。他にもフォトンの感応力が高い為、フォースやテクターなどのテクニックを主体とした戦いを好む。けれどその反面、他の種族と比べて非常に打たれ弱い。特に打撃に関して強烈な一撃を受けてしまえば、すぐに立ち上がる事が出来ないほどに。

 

 エルフとニューマンに色々な共通点があるも、唯一違うとすれば肌を見せる事の抵抗が無い事だ。僕が知ってるニューマン女性のアークスは、この世界にいるアマゾネスみたいな衣装を着てる人もいた。大気中のフォトンと感応できるようにしてるとは言え、凄い刺激的な戦闘服だから。

 

 そう言った女性ニューマンを見た為、僕はアマゾネス衣装を着てるレフィーヤさんもニューマンじゃないかと考えてしまう。なんて、それはあくまで僕がそう思っただけに過ぎない。あの人は正真正銘エルフの筈。恐らくあんな格好をしてるのは、ティオナさん達と同じくロキ様に強要されたんだと思う。

 

 もしも僕が見ていたなんて知られたら、彼女の事だから絶対襲い掛かるだろう。真っ赤な顔をしたまま、『見た事は忘れなさい!』と言いながら杖で撲殺しようとする姿を想像しながら。魔導士は常に冷静にならないといけないのに、レフィーヤさんは何故か僕に関して感情的になるんだよなぁ。

 

 どうにかならないかと思いながら美女コンテストを見続けてる中、また僕の知ってる人が現れた。【タケミカヅチ・ファミリア】の千草さんと命さんだ。

 

「じゅ、十八番! 【タケミカヅチ・ファミリア】のヤマト・命です!」

 

 千草さんの次に命さんの紹介となっていた。

 

 意外だったな。まさかあの人達がこう言ったイベントに参加するなんて。てっきり桜花さんやタケミカヅチ様と同じく、何処かの屋台でバイトをしてると思っていた。

 

「ほ、本来ならば出場の予定はなかったのですが、弟が勝手に応募してしまい……」

 

 あれ、命さんに弟なんていたかな? 後でタケミカヅチ様に訊いてみよう。

 

「この場に立つこと自体、お恥ずかしい限りですが……少しでも声援を頂ければ嬉しいです!」

 

 緊張しながらも自分をアピールする命さん。

 

 ああいう人を見てると応援したくなってしまうから、今回は千草さんか命さんに声援を送るとしよう。ティオナさんが知ったら怒られるかもしれないが。

 

「というわけで、ここで特別審査員の話を聞いてみようと思う!」

 

 すると、ここでガネーシャ様がそう言ってきた。

 

「今回の美女コンテストの大会委員長にして、製作総指揮、そして『美女コンテスト製作委員会』会長! ヘルメスさん、何かコメントはありますか!?」

 

 三つの肩書きを持った男神――ヘルメス様が現れた。

 

 変だな。あの方は初めて見た筈なのに、どこかで会った気がするんだけど。(注:劇場版の話と繋がっていないので、このシリーズのベルはヘルメスと未だに会っていません)

 

 そう考えてる僕を余所に、登場したヘルメス様が勿体ぶるようなコメントをする。

 

「そうだなぁ。今回の大会はオレの完全ディレクションによる大会なわけだけど……自分に自信がある女性も、恥じらう姿を見せる女の子も、みんな美しくて、みんなイイ。なに一つ同じものはない、乙女という名の花……一番の花じゃなくていい、特別な一つの花ならそれでいい……。本当はこんな野暮なイベントなんて開くべきじゃないんだろう……。――でも」

 

 途端にヘルメス様が目を見開きながらこう叫んだ。

 

「見たいもんは見たいんだぁああああああああああああ!! そうだろう、みんなあああああああああああああああ!!」

 

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』

 

 ヘルメス様に賛同する様に、観客達も一斉に叫び出した。

 

「もっともっと盛り上がっていこうぜぇえええええええええ! オレ達の花のために!!」

 

『オレ達の花のために!』

 

 観客達がまるで人心掌握されたんじゃないかと、凄まじい叫びと熱狂を見せていた。

 

 モンスターの叫びとは全く異なっている為、僕の耳が少しばかり響いている。

 

 大会委員長のヘルメス様のお言葉が終わって、デメテル様が次に移ろうと思いきや――

 

「ちょっとストップやぁ~~~~~!」

 

 突如ロキ様が現れた事により、僕を含めた観客達が戸惑い始める。

 

「ロキ? どうしたの? みんな紹介はおわったはずでしょう?」

 

 デメテル様も僕達と同じく戸惑いながらもロキ様に尋ねた。

 

 確かこの後は声援による投票の筈。けれど、明らかにそれで終わりじゃないみたいな登場の仕方をするロキ様だから、何かやるんじゃないかと僕は推測する。

 

「ふっふっふ……今日はお祭りやろ? こんな特別な日に必要なのはサプライズやんか。うちらから、もう一人エントリーさせるでぇ!」

 

「なんだとぉ!? 飛び入りということか!」

 

 予想外だと驚くように叫ぶガネーシャ様。

 

 ティオナさん達以外の人をエントリーって……誰なんだろう?

 

 まぁ少なくとも、リヴェリアさんは出ない筈だ。あの人はこう言ったイベントには全く興味なさそうだから。

 

「だまくら……いや、説得にギリまで時間かかってもうたが、この子が出てきたら優勝は決まりや!」

 

 ちょっと待って。ロキ様が妙な事を言いかけたな。

 

 単語から察するに、何か騙したような感じがするのは僕の思い過ごしかな?

 

「さぁ、出ておいで~♪ うちの秘密兵器!」

 

 ロキ様はそう言いながら誰かをステージに登場するよう促していた。

 

 一体誰が出てくるのかと思っていたら……僕の予想を裏切り、登場したのは何と【ロキ・ファミリア】の副団長リヴェリアさんだった。まるで王女様みたいな衣装を身に纏っている。

 

「くっ……なんだ、この辱めは……」

 

「そら見ぃ! 大歓声や! 一度出てもうたらもう逃げられへんで~」

 

「ロキ、貴様……!」

 

「なははははは! 全てうちの(たなごころ)やー!! エルフ票はいただきやで~!」

 

 あ、会話で何となく分かった。リヴェリアさんはロキ様に騙されたと言う事に。

 

 どんな交渉をしたのかは知らないけど、言葉巧みに誘導させられたかもしれない。ロキ様はそう言う事に関しては長けてるって、前にラウルさんから聞いた。

 

 確かにリヴェリアさんが出たら優勝する可能性が非常に高い。確か王族(ハイエルフ)ってエルフ達に尊敬と敬意を抱かれてる筈だ。そう考えると、間違いなくこの場にいる観客のエルフ達はリヴェリアさんに声援を送るだろう。

 

 その為にロキ様は無理矢理参加させたのだろう。美女コンテストで【ロキ・ファミリア】が何としても優勝しようと。

 

 でも、果たしてそう上手く行くのかな? それどころか、騒動の火種が増したんじゃないかと思う。

 

 僕は観客側に立ってるけど、他の人達と違い冷静に見ている。

 

 周囲を見回すも、自分を除いた観客達――特にエルフがリヴェリアさんの登場で非常に興奮している最中。それ以外の観客達も似たり寄ったりだ。

 

 嫌な予感がしながら見守っていると、今度は別のエルフの女性が登場しようとする。

 

「フィ、フィルヴィス・シャリア……だ。【ディオニュソス・ファミリア】の……その……」

 

 見た事の無い綺麗な人だ。恥ずかしそうにしながらも奥ゆかしさを感じる。

 

 そんな彼女の登場に観客達だけでなく、ガネーシャ様達からも異様な盛り上がりを見せている。

 

 本当に大丈夫なのかな? 結果は見たいけど、何だか暴動が起きるんじゃないかと少しばかり不安だ。

 

 いざとなったら逃げる事を前提として構えておく。僕はそう考えながら最後まで見届けようとする。

 

「さぁ熱狂してきただろう、子どもたち! 次はいよいよ投票開始だあああああああぁぁぁ!!」

 

 そして全員の登場が終わった事により、投票に移る事となった。

 

 

 

「リヴェリア様ーーーー! やはりリヴェリア様が一番ですーーーー!」

 

「フィルヴィスちゃーーん! 君の新しい魅力に俺はメロメロ~~~~~!」

 

(思った通りだ……)

 

 僕の嫌な予感が的中したように、異様な盛り上がりを見せていた観客側は凄い事になっていた。

 

 エルフの人達はリヴェリア様を推しており、他の人達はそれぞれ別な人を推している。

 

 もう誰が何を叫んでいるのか全く分からない状況となり、完全に騒然と化していた。それどころか、喧嘩してる人達もいる。

 

 どうするんだろう、コレ。もう収拾が付かなくなっているよ。

 

 普通なら大会委員長であるヘルメス様が責任持って収拾すべきなんだけど……あの方はいつの間にかいなくなっていた。こっそりと逃げて行ったのを僕は目撃している。

 

 自分で企画しておきながら逃げるって……責任者としてあるまじき行為だね。無責任にも程がある。これがアークス船団側だったら、後で間違いなく捕縛され罰則(ペナルティ)が下されるだろう。

 

 これ以上此処にいたら、確実に自分も巻き込まれてしまうと危惧した僕は退散する事にした。周囲に沢山の人がいるけど、最終手段として考えていたファントムスキルで姿を消す。

 

 

「あれ?」

 

「どうしたのティオナ?」

 

「何か観客の一人が突然消え……って、さっきのアルゴノゥト君じゃん!」

 

 

 会場を出る際、ステージにいるティオナさんが何故か僕に気付いていた。

 

 勘が良いなぁと思いながらも、僕は敢えて気にせず抜け出す事に成功する。

 

 後から知ったけど、暴動寸前となっていた会場を有名な美の女神――フレイヤ様がどうにか収めたそうだ。

 

 

 

 因みにベルがいなくなった後――

 

「このチート! チート色ボケ女神! 自分はこの類のコンテスト永劫出禁や、出禁!」

 

(あら? あの子が観客席にいるってオッタルが言っていたのに……どこにもいないじゃない)

 

 ロキの抗議を無視しながらフレイヤは混乱を収拾したのだが、肝心の対象(ベル)が観客席にいない事に内心不満を抱く。

 

 話が違うと思いながら、先程からギャーギャー喚いているロキを困らせようとした。観客達に二番目は誰が良いのか、と。



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グランド・デイ イヴ④

「ふぅ……危なかったぁ」

 

 暴動が本格的になる前に、美女コンテストの会場から逃走するのに成功した僕は安堵の息を漏らす。

 

 今更言うのは何だけど、声援で決めるのは大きな間違いだった。人は熱狂してしまうと感情的になるほど自分を抑える事が出来なくなってしまう。異様な盛り上がりを見せていた観客達が正にソレだ。

 

 ヘルメス様はそこまで考えなかったんだろうか。まぁ、この世界にいる神様の大半は娯楽を求めてるから、多分どっちでも良かったのかもしれない。大会委員長でありながらも、無責任にもこっそり逃げ出したのだから。

 

 ああ言う無責任な神様とは関わらない方が良いと改めて理解した。僕が信用出来るの神様は、ヘスティア様にミアハ様、タケミカヅチ様とゴブニュ様、最後は……ロキ様ってところか。今のところは五柱だけど、今後も増えるといいな。

 

 そう考えながら街を回っていると、さっきまでと違う店がある事に気付いた。同時に見覚えのある猫人(キャットピープル)の女性がいる事にも気付く。

 

「アキさん?」

 

「あら、ベルじゃない」

 

 僕が猫人(キャットピープル)の女性――アキさんに声を掛けると、彼女は此方に振り向く。

 

「奇遇ね。君も屋台巡りしてるの?」

 

「ええ、まぁ。さっきまでちょっとした暴動に巻き込まれそうになってましたが……」

 

「暴動?」

 

 気になる様に鸚鵡返しをしてくるアキさんに、僕はついさっきあった美女コンテストについて軽く話した。

 

 あそこには【ロキ・ファミリア】の人達も参加してるから、当然この人も知ってる筈だと思いながら説明してる。

 

 僕が一通り話すと、アキさんはまるで予想していたかのように苦笑する。

 

「やっぱりそんな気がしてたのよねぇ。逃げて正解だったわ」

 

「逃げて、って。もしかしてアキさんも参加する予定だったんですか?」

 

「遠くからロキが凄く張り切ってたのが見えて嫌な予感がしたのよ。絶対に碌な事じゃないってね」

 

「あはは……」

 

 心底嫌そうに言うアキさんに僕は苦笑するしかなかった。

 

 都市最大派閥の主神であるロキ様は団員からの信用が余り無さそうだ。と言っても日常方面に関しては、だけど。

 

 そう考えるとリヴェリアさんはさぞかし苦労してるだろう。己の主神に騙された感じで美女コンテストに無理矢理参加させられていたからなぁ。

 

 慰めにはならないけど、僕の長杖(ロッド)――ゼイネシスクラッチを一時的に貸してあげた方が良いかな? 尤も、余程な非常時になった場合の話だけど。

 

「そう言えば、ラウルさんは一緒じゃないんですか?」

 

 一旦話題を変えようと、相方であるラウルさんの事を訊いた途端、アキさんは何故か嘆息している。

 

「何でベルまで私とラウルを一緒にしてるのよ」

 

「いえ、何となくそう思っちゃって……」

 

 遠征時には必ずと言っていいほど、ラウルさんとアキさんは常に行動していた。

 

 それを見た僕は思わず普段から一緒なんだろうと思っていたが、案外そうでもなさそうだ。

 

「この際だからベルにも言っておくけど、私とラウルは決して恋仲じゃないから。単なる同期で腐れ縁みたいなものよ」

 

「そ、そうなんですか……」

 

 本当に腐れ縁、なのかな? 

 

 僕から見ればラウルさんとアキさんはお互いに信頼し合ってるように思えてしまう。と言っても、第三者である僕の邪推に過ぎないから止めておこう。

 

「まぁ恋仲と言えば、君は君で大変よね。あのティオナにすっごく愛されてるんだから」

 

「あ、あははは……」

 

 途端に少々気の毒そうに言ってくるアキさんに僕は苦笑せざるを得なかった。

 

 本音を言うと、会場で暴動に巻き込まれる際、そのティオナさんから逃げたい気持ちもあったのだ。

 

 もしあのまま残っていたら、あの人は間違いなく凄い勢いでもう接近して僕に抱き付いてくるだろう。そう予感したから、こうして無事に避難した。

 

「ねぇベル、いっそのこと【ロキ・ファミリア(うち)】に改宗(コンバージョン)しない? ティオナの事は別としても、君が来てくれたら色々大助かりなんだけどね」

 

「折角ですけど、お断りさせて頂きます」

 

「そう。残念だわ」

 

 誘ってくれたアキさんには悪いけど、僕はどこの【ファミリア】にも改宗(コンバージョン)する予定は一切ない。

 

 尤も、この人も僕が簡単に首を縦に振る事は分かっていたみたいで、すぐに引き下がっている。

 

「だったら今度一緒にダンジョン探索でもどうかしら?」

 

「それでしたら喜んで」

 

 アキさんが僕をパーティに誘う理由は何となく分かる。恐らく帰還する際、ダンジョンによって身体に染みついたモンスター臭をアンティで消して欲しいんだろう。

 

 確かに体臭は女性冒険者にとって大変な悩みだ。常に清潔でありたい気持ちは僕も理解出来る。以前の遠征では、アキさんだけでなく【ロキ・ファミリア】の女性団員の殆どが清潔にして欲しいと頼まれたのだから。

 

「あ、言っておきますけど、探索中に僕の武器を貸して欲しいとかは無しですからね」

 

「分かってるわよ。別に私はそこまで求めてなんか……あっ」

 

 すると、何か思い出したかのような表情になるアキさん。

 

「ちょっと聞きたいんだけど、ベルは闘技場に行かなくて良いの?」

 

「闘技場って……。そこで何かやってるんですか?」

 

 アキさんの質問を逆に質問で返した。

 

「え? 『大剣闘祭(だいけんとうさい)』を知らないの?」

 

 僕の質問に物凄く意外そうな表情となるアキさん。

 

 聞いてみると、『大剣闘祭』はギルド主催である前夜祭(イブ)のメインイベントで、オラリオの上級冒険者が一堂に集まって、二つの集団に別れて戦うらしい。何とそのイベントにはフィンさんやアイズさん達のような有名冒険者達が勢揃いしてるようだ。

 

「へぇ~、そんなイベントがあったんですね。初めて知りました」

 

「私はてっきりベルにも声が掛かると思っていたんだけどね」

 

「いやいや、僕みたいな未熟な冒険者なんかに――」

 

「ベル、謙遜も過ぎると嫌味にしか聞こえないわよ?」

 

「――すみませんでした」

 

 冒険者になって一年も満たしてない僕が有名なメインイベントに参加出来る訳がないと言おうとしたが、アキさんが途中から睨んだので即座に謝った。

 

 この人、時々だけど怖いんだよなぁ。温厚な人ほど怒らせると怖い、と言うのは間違いなくアキさんに該当するだろう。

 

「別にそこまで謝らなくても良いんだけど」

 

「す、すいません。何か、つい……」

 

 ここ最近だけど怒った女性を見た途端に謝ってしまう。明らかに自分に非があると考えただけでそうなっちゃうんだよなぁ。理不尽に怒ってくるレフィーヤさんは別だけど。

 

「それよりも、その『大剣闘祭』には興味ありますね。僕、ちょっと行ってみようと思います。それでは」

 

「あっ、ちょ! 今から行っても……!」

 

 メインイベントが気になった僕はアキさんに別れを告げて去って行った。

 

 それと何故か分からないけど、此処から早く離れた方が良いと僕の直感が告げている。特に不安な事に関しては。

 

 

 

 

 

「あ~あ、行っちゃったわね……アレは大人気の催しだから、今から行っても席はないと思うんだけど……」

 

 止めようとするアキだったが一足遅く、ベルは既に去ってしまった。

 

 メインイベントである『大剣闘祭』は有名冒険者達が戦う際、観客の中には外国の大使も含まれている。周辺諸国にオラリオをアピールする物でもある為、本気で戦う事は出来ない。

 

 今更だけどアキは考えた。もしもベルが『大剣闘祭』に出場したら、実はとんでもない事になるんじゃないかと。特にベルと戦いたがってる節が見受けられる【剣姫(アイズ)】や【狂狼(ベート)】などの参加者が。

 

「まぁ、ベルは不参加だから大丈夫ね」

 

「アルゴノゥト君が何だって?」

 

「うわぁっ!」

 

 考え事をした所為か、背後から声を掛けてくる事に今更気付いたアキが思わず悲鳴を上げてしまった。

 

 振り向くと、自分の同僚であるアマゾネス姉妹――ティオナとティオネだった。

 

「び、びっくりしたじゃない、二人とも!」

 

「ちょっとアキ、私は何も言ってないわよ?」

 

 憤慨そうに言うアキにティオネが突っ込む。あくまで声を掛けたのはティオナなので。

 

 その突っ込みに敢えて気にせず、態とらしい咳払いをしながらもアキは尋ねる。

 

「そ、それよりも貴女達、コンテストの方はどうしたの?」

 

「収拾つかなくなったから勝手に出てきちゃったわ」

 

「面倒くさくなっちゃってさ~。最後の方はもうわけわかんなかった」

 

 アマゾネス姉妹から話を聞くも、要は主神(ロキ)がバカ騒ぎを起こしているそうだ。その為に収拾を付けようとしていたフレイヤも呆れて帰ってしまったと。

 

 ベルから一通りの話を聞いてはいたけど、やっぱり美女コンテストに参加しなくて良かったとアキは心底分かった。同時に本当に碌な事をしない主神だと思いながら。

 

 すると、ティオナは突然質問をしてきた。

 

「そんな事よりもさ、アルゴノゥト君見なかった?」

 

「アルゴノゥト……ああ、ベルの事ね」

 

 アキは何故英雄譚に出てくる名前なのかと一瞬疑問に浮かぶも、すぐにベルの事だと分かった。ティオナがベルにそう呼んでいたのを思い出したので。

 

「ついさっきまで一緒だったわ。話ついでに、一緒にベルとダンジョンに行こうって約束も取れて――」

 

「何ソレ! ちょっとアキ、それ詳しく説明して!」

 

(あっ、しまった!)

 

 迂闊な発言をした事に気付くも遅かった。

 

 ティオナはベルにゾッコン中であり、以前あった【カーリー・ファミリア】の件で一層惚れ込んでいた。他のアマゾネスがベルに迫ろうとしていた際、物凄い勢いで阻止していたのだから。

 

 アマゾネスの性と言うか、今のティオナはティオネと同様に恋愛真っ盛り中だ。その当人であるベル、ついでにフィンとしては非常に困っているが。

 

 因みにベルが何故かアキから逃げるように退散したのは、ティオナが来そうな予感がしていた為だった。あと少し遅かったら確実にティオナと遭遇し、即行で抱き付かれるだけでなく、ずっとくっ付いたまま行動する事になっていただろう。そうなれば姉のティオネが段々とフラストレーションが溜まり、フィンに猛アタックしていた可能性が充分に考えられる。

 

 根掘り葉掘り聞こうとするティオナに、アキは少々ウンザリしながらも正直に話している。同時に疚しい事は一切してないと証明する為に。

 

 ベルが闘技場に向かった事を訊くも、元から行く気が無かったティオナはどうしようかと迷うのであった。




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グランド・デイ イヴ⑤

今回はいつもより短いです。


 アキさんと別れ、『大剣闘祭』が行われる予定である闘技場へ早足で向かった。

 

 そこに辿り着いたのは良いんだけど――

 

「……頼まれたってダメなもんはダメなんだよぉ!!」

 

「そこをなんとか入れてくれよ! 端っこでもいいから見せてくれって!」

 

「ダメだダメだ! もう会場は満席だ! これ以上入れやしねぇんだよ!」

 

「そこをなんとか~! 上級冒険者同士の戦いを見てぇんだよ~!」

 

 さっきの美女コンテストとは比べ物にならないほど、出入り口付近で既に凄い人だかりだった。

 

 流石は前夜祭(イブ)のメインイベントだ。此処にいる人達はみんな殺気立っていて、不用意に近づけば危ないと感じるほどだ。

 

 それだけ観たいと言う証拠なのは一目瞭然である。何せオラリオで有名な上級冒険者達の戦いだから、熱狂するのは仕方ないとしか言いようがない。

 

 かく言う僕もそれを観たい一人だけど……この状況じゃ流石になぁ。無理にでも行けば揉みくちゃにされるのは確実だろう。

 

 あれ程の凄まじい人だかりを見てしまえば、後から来た僕は諦めざるを得ない。普通は誰でもそう考える。

 

 ………仕方ない。本当はやっちゃいけないんだけど、ちょっとばかり狡い手段を使うか。ファントムスキルで素通りさせてもらおう。

 

 僕が使うファントムスキルは戦闘で回避手段、日常では逃走手段として使っている。消えた瞬間、亡霊の如く身体を素通りして相手の攻撃を躱す事も出来て非常に便利だ。

 

 けれど、素通り出来るのは一瞬だから、例え姿や気配が消えてても、何秒か経てば相手の攻撃に当たってしまう恐れがある。キョクヤ義兄さんからも回避手段を決して過信するなと何度も言われた。

 

 その教えをちゃんと守っている際、僕はある事に気付いた。このファントムスキルをテクニックみたいに体内フォトンを使えば、ずっと素通りする事が出来るのではないかと。

 

 試しに体内フォトンを使ってファントムスキルを使ってみた結果、思った通り亡霊となってる時間が急激に伸びた。これなら充分に戦闘でも使えると思ったのも束の間、重大な欠点があったと判明する。亡霊時間を維持する際、体内フォトンが急激に消耗するという欠点が。こんなのは精々人混みを避ける手段にしか使えないと断念せざるを得なかった。恐らくこれはキョクヤ義兄さんも気付いているかもしれない。

 

 そんな断念した手段を僕はこれから使おうと思っている。体内フォトンの消費は激しいが、移動に専念すればどうって事ない。それにスキルを切れば体内フォトンが再び回復するのだから。

 

 周囲の目を確認するも、誰もが闘技場の方へ意識を向けていた。ファントムスキルを使って僕が消え、大勢の人混みを簡単に素通りしている事に誰も気付かないまま。

 

 

 

 闘技場の出入り口にいる人だかりをすり抜け、観客席に辿り着く事に成功。本当なら安堵したいけど、今の僕はそれどころじゃなかった。

 

 久々に使った消費型のファントムスキルを使うも、此処へ辿り着いただけで体内フォトンが残り少なくなってきている。

 

 これ以上の維持は不味いと判断した僕は、取り敢えず空いてる場所へ姿を現す事にした。この場にいる多くの観客達は席の取り合いで夢中になっている為、誰も気づく事は無いだろう。

 

 直後にスキルを切った瞬間、今まで亡霊状態となっていた僕の姿が現れる。

 

「きゃあっ!」

 

「あ……」

 

 間が悪かったみたいで、偶々観客の一人が丁度僕の目の前にいた。突然現れた僕の姿に悲鳴を上げている。

 

「な、何でいきなり人が現れ……って、あぁーっ!? 貴方は!?」

 

「レフィーヤさん!?」

 

 戸惑っていた観客は何と【ロキ・ファミリア】のレフィーヤ・ウィリディスさんだった。

 

 予想外の人物と出会った事に僕は互いに驚きの表情となっている。対して彼女は何故か目の敵みたいに僕を睨んでいるけど。

 

「どうしてここにいるんですか!?」

 

「いや、催しを見に来たからですけど……」

 

「それは分かってます! どうやってここへ来たのかときいてるんです!」

 

「ああ、そっちでしたか。ご存知でしょうが、僕には姿を消す手段(スキル)があるから、それを使って此処へ来ました」

 

 僕が素直に話した途端にレフィーヤさんは軽蔑の眼差しを送ってくる。

 

「さ、最低です! 此処にいる観客の人達が必死の思いで来てるのに、そんな狡い手を使うなんて……!」

 

「いや、確かにそうかもしれませんが……」

 

 自分でも理解出来るど、あんな殺気立った人混みに紛れたくなかった。

 

 アークスシップでやったら違反になるが、この世界ではスキルを使ってはいけないと言うルールなんかない。使える手段があれば有効に使うようキョクヤ義兄さんから教えられている。

 

「じゃあレフィーヤさんだったらどうしますか? 尊敬するアイズさんの戦いを観たくても観れない状況の中、僕みたいに姿を消すスキルを持っていたとしても、使わずに諦めて帰りますか?」

 

「うっ! そ、それは……」

 

 レフィーヤさんはアイズさんを尊敬してるのを知ってるから、その人の名前を出しながら問うと、途端に何も言い返せなくなった。

 

「だ、だとしてもですね……!」

 

 その後には人としての倫理観について述べるも、途中からああだこうだと説教染みた事を言ってくる。どうしてレフィーヤさんは僕に対してここまで敵視するんだろうか。遠征の時はそれなりに分かり合えたと思ったんだけどなぁ。

 

 こうなってるレフィーヤさんに何を言っても全然聞いてくれないから、まともに対応すれば無駄に疲れると悟った僕は適当に聞き流す事にした。

 

 本当なら移動したいところだが、既に周囲は多くの観客達でいっぱいであるから、此処に居らざるを得ない。

 

「ちょっとベル・クラネル! 私の話を聞いてるんですか!?」

 

「はい、聞いてます」

 

 キョクヤ義兄さん、僕はこの人と分かり合えるにはどうすれば良いかな?

 

 個人的には仲良くなりたいけど、こうも一方的に敵視されると難しいから教えて欲しい。

 

 

 

 

「……もう、動けないのはしょうがありません。隣で観るのは許可します」

 

 そして漸く気が済んだのか、レフィーヤさんはある程度落ち着いたようだ。

 

「ですけど! くれぐれも! 近づき過ぎないように!」

 

「分かってますよ」

 

 観客達が沢山いるから、一歩でも近づいたら確実にくっ付いてしまう。

 

 例え事故でぶつかる事になったら、この人の事だから絶対また言い掛かりを付けるかもしれないと思う。僕を敵視している事を考えれば。

 

 まぁ今のところは大丈夫だから、普通に話しかける位は問題無い筈だ。

 

「ところで、この『大剣闘祭』は多くの上級冒険者が戦うと聞きましたけど、大丈夫なんですか?」

 

 僕は知っている。【ロキ・ファミリア】の遠征に加わった際、第一級冒険者であるアイズさん達の実力をこの目で間近で見た。

 

 アイズさん達だけでなく、他の上級冒険者達も本気で戦えば、この闘技場はあっと言う間に周囲を巻き込むほどの戦場と化すだろう。

 

「……まぁ、戦うといっても、あくまで興行用のお芝居に近いですけどね」

 

「お芝居、ですか?」

 

 予想外の情報を耳にした事で、僕は思わず鸚鵡返しをしてしまった。

 

「知らないんですか? これはギルド主催の催しで、目的は他国へオラリオの強さを見せつけることです。友好国の大使も来てるみたいですよ。だから、そんな本気の戦いはしません」

 

「へぇ、そうなんですね」

 

 なるほど、『大剣闘祭』はメインイベントであると同時に、他国に対するデモンストレーションだったのか。

 

 オラリオの上級冒険者は他国と比べて圧倒的に強い。『Lv.5』などの第一級冒険者は滅多にいなく、殆どはオラリオを中心に存在している。

 

 そんな強者達が存在する都市に他国が真っ向から戦争を挑んだところで、敗北するのは言うまでもない。故に対立なんかせず、友好を結びたいと考えるのは当然の流れだ。

 

 オラリオ側としては、決して他国と無駄な戦いをさせない措置として、敢えて力を見せ付けようとしてるんだろう。戦っても無駄だと思わせる為に。

 

 と言っても、あくまで僕の個人的な推測に過ぎないし、実際向こうがどう考えてるかなんて全く分からない。と言うより、僕がそんな事を気にしたところで如何にか出来る物でもないから。

 

 けれど、オラリオ側の考えとは別に懸念してる事が一つあった。これが僕にとって一番気になる事だ。

 

「……あの、レフィーヤさん。一応確認したいんですけど、このイベントにベートさんって参加してますか?」

 

「勿論出てますけど、それが何か?」

 

 あちゃぁ……。何か段々不安な気持ちでいっぱいになってきたなぁ~……。

 

「僕の記憶が確かなら、ベートさんって相当気が強いですよね? あの人が素直にギルドの言う事を聞いて、ただのお芝居で満足するとは到底思えないんですけど……」

 

「それは……んん~……」

 

 いつもなら負けじと言い返す筈のレフィーヤさんだけど、今はとても悩んでいる表情となっていた。

 

 恐らく僕と同じ事を考えているんだろう。ベートさんの性格からして、絶対に言う事を聞かないどころか、好き勝手に暴れるかもしれないと。




ファントムスキルの素通りについては、自分が勝手に考えたオリジナルです。


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グランド・デイ イヴ⑥

 観客席でベルがレフィーヤと一緒に試合が始まるまで待っている中、控え室では『大剣闘祭』を行うメンバーが勢揃いしていた。

 

 今回のメインイベントに参加してるメンバーは以下の通りである。

 

 【ロキ・ファミリア】……フィン・ディムナ、ガレス・ランドロック、アイズ・ヴァレンシュタイン、ベート・ローガ

 

 【フレイヤ・ファミリア】……オッタル

 

 【ガネーシャ・ファミリア】……シャクティ・ヴァルマ

 

 【ヘルメス・ファミリア】……アスフィ・アル・アンドロメダ、ルルネ・ルーイ

 

 以上の上級冒険者達がこの後に試合をする予定となっている。

 

 加えて、二つの集団に分けて戦う事になっていた。それには当然リーダーがいる。

 

 方は【ロキ・ファミリア】のフィン・ディムナ。

 

 方は【ヘルメス・ファミリア】のアスフィ・アル・アンドロメダ。

 

 上記の二名がリーダーを務め、試合を円滑に終わらせるよう主催者――ロイマンから命じられている。

 

 友好国の大使が来賓として観戦する際、オラリオ冒険者の力を見せ付けるのだ。但し、一切本気でやらずに加減してやるようにと。

 

 因みに去年は本気でやり過ぎてしまった為、オラリオ上級冒険者達の出鱈目な強さに大使が泡を吹いて倒れたと言う失態を犯していた。それによって友好関係を結ぼうとしていた国が急遽ご破算になってしまい、ロイマンは散々な目に遭っている。

 

「いいか!? 絶対に! ぜーったいに、去年のような二の舞にはなるなよ!?」

 

 それによりロイマンは、口を酸っぱくしていた。もうあの時のような事は御免だと。

 

 強く念を押しながら控え室から去って行くロイマンを確認した後――

 

「絶対に上手くいく筈がないとわかりきっているのに、何故繰り返すのか……理解に苦しむなぁ」

 

「同感です。他国への示威行為としては非常に効果的、というのはわかりますが……」

 

 リーダー役を務めるフィンとアスフィは失敗すると確信していた。と言うより、自分の規則(ルール)で冒険者に期待する方が無理な話だ。

 

 特にソレを一番現しているのが、ベートとオッタルだ。この二人は既にロイマンの警告を無視してる。

 

「私としては、先日『Lv.3』にランクアップした【亡霊兎(ファントム・ラビット)】が参加してくれれば良かったと思うのですが……」

 

「んー……確かに彼なら、ロイマンの言いつけをちゃんと守るだろうね」

 

 ベルは礼儀正しくて目上の相手には必ず敬語で話し、とても好感が持てる人物だ。人が良過ぎるのは冒険者として少々致命的であるが。

 

 そんな彼が以前あった【ロキ・ファミリア】の遠征に加わり、色々と助けてくれた。同時に大きな借りも出来てしまった。団長のフィンとしては、それを清算したい事も含めて、今後もベルとは友好的な関係を結びたいと思っている。

 

 フィンはアスフィと違い、逆に参加しなくて好都合だと思っている。もしも出ていたら、とある団員二人がイベントそっちのけで真っ先にベルに挑もうとするのが容易に想像出来るから。姫君と狼人(ウェアウルフ)の幹部二人が。

 

「でも、今回彼は不参加だ。いない者に頼ってもしょうがない。お互い、善処はしよう」

 

(やっぱりベルは、参加しないんだ……)

 

 試合を待ち望んでいながらも、フィン達の会話に聞き耳を立てていたアイズは内心残念がっていた。今回の『大剣闘祭』にベルが参加しない事に。

 

 彼女としては、今もベルと本気の戦いをしたがっている。『大剣闘祭』に出場していたら、絶対に全力でやってくれると期待するも、当の本人がいない為に叶わなかった。

 

 その他に、とある狼人(ウェアウルフ)は何故か舌打ちをしていたが、それは誰も気にする事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 闘技場のステージに多くの有名上級冒険者達が勢揃いしていた。僕が見知ってる人達がいれば、知らない人もいる。

 

 と言っても、僕が知ってるのは【ロキ・ファミリア】の人達だけだ。他のファミリアの人達と会った事は一切なかった。

 

 あの中で一番の実力者は見ただけで分かる。会った事はないけど、猪人(ボアズ)のオッタルさんだ。確か【フレイヤ・ファミリア】の団長であり、現在オラリオ冒険者で唯一の『Lv.7』。二つ名は【猛者(おうじゃ)】。

 

 アークスの僕でも今のままじゃ勝てないだろう。そう思わせる程にあの人は強い。

 

 もし勝てる人がいるとしたら、僕が今も憧れてる守護輝士(ガーディアン)のあの人か、六芒均衡のレギアスさんかマリアさん、と言ったところか。

 

 因みにキョクヤ義兄さんは、僕がストラトスさんと同じく守護輝士(ガーディアン)のあの人に憧れてる事を知った際、何故か凄く不機嫌そうな表情になっていた。今も全く分からないけど。

 

 そう思ってると、闘技場では上級冒険者達が二組に分かれて戦いが始まった。

 

「確かにレフィーヤさんの言う通り、本気で戦っていませんね……。フィンさんやアイズさんの動きはいつもより遅いですし」

 

「な、何で他所のファミリアである貴方が、まるで分かってるみたいに言ってるんですか!?」

 

 僕の台詞が聞き捨てならなかったのか、隣にいるレフィーヤさんが不服そうに声を荒げていた。

 

 分かってるも何も、この前の遠征で一緒に戦ったんだけどなぁ。51階層の進攻(アタック)で僕も加わったのは、レフィーヤさんも当然憶えてる筈なんだけど。

 

 アイズさんとは何度も手合わせしてるから、動きを見ただけで本気じゃないのが分かる。敢えて力を抑えて戦っているのが丸分かりだ。

 

 フィンさんや他の人達はともかく、あの集団の中で一番の不穏分子とも言える上級冒険者――ベートさんも本気で戦ってはいない。今のところは、ね。

 

 このまま何事も無く終わればいいなと見守ってる最中――

 

 

『おらあぁぁぁっ!!!』

 

 

 ベートさんの叫びと同時に強烈な衝撃音が聞こえた。

 

 それを聞いた僕が振り向いた先には、ベートさんとオッタルさんが対峙している。

 

 見た感じではベートさんの蹴りをオッタルさんが防いだ、のだろうか。

 

 二人は何か話してるみたいだけど、その直後――本気と思われる戦いが始まろうとする。

 

 その光景に観客達は興奮する一方だった。ベートさんとオッタルさんの戦いに魅入られるかのように、凄まじい熱狂を見せている。

 

 それとは別に、闘技場のステージにいるフィンさんたち【ロキ・ファミリア】側が呆れた視線を送っている。と言うより、もう諦めたみたいな感じだ。恐らくだけど、こうなる事を予想していたかもしれない。

 

 すると、アイズさんも我慢が出来なくなったかのように、ベートさん達の下へ向かっていた。知ってはいるけど、やっぱりあの人も根っからの戦闘狂(バトルジャンキー)のようだ。

 

「あの、レフィーヤさん、これって不味くないですか? アイズさんも本気になってますし」

 

「…………………」

 

 いつもなら反論する彼女も、今の状況を見て何も言い返さなかった。と言うより、反論出来ないんだろう。僕と似たような事を考えてるから。

 

 まぁ、これは本当に不味い状況と見て良い。その証拠に、来賓席側にいる大使と思われる人達が泡を吹いて倒れてる他、ギルドの人と思われる太っちょなエルフの男性が嘆き叫んでいた。

 

 これは凄く如何でも良いけど、僕が知ってるエルフって男女問わずに容姿端麗なのに、あそこにいる太っちょのエルフの男性は全く正反対だ。体系とか全く気にしてないのかな?

 

 すると、闘技場のステージにいる他の上級冒険者達の雰囲気が変わった。まるでアイズさん達の戦いを見て火が点いたかのように、全力で戦い始めている。

 

 よく見れば、本気で戦っているのは【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】だ。他の【ファミリア】は彼等の戦いにドン引き状態になってて、何だか巻き込まれないよう避難していた。

 

 完全に収拾が付かない状況に陥っている。こうなったらもう誰にも止められない。普段纏め役であるフィンさんですら、熱き戦いに興じている状態だ。

 

 僕がアークスじゃなかったら、本気で戦ってるアイズさん達の姿を見て感動していたかもしれない。そして――

 

「「………強くなりたい」」

 

 ――そう願いながら。

 

 あれ? 何かレフィーヤさんと台詞が被ったような。

 

「な、なにを言ってるいるんですか!? いきなり口を揃えてきて!」

 

「いえ、別に真似したわけじゃあ……。偶然同じ事を言っちゃっただけで……」

 

 台詞が揃った事で、いつものように噛み付く感じで声を荒げるレフィーヤさんに、僕は単に偶然だと主張した。

 

 そんな中、誰かが僕達の近くにある壁にぶつかった。

 

「なんなんだよもー! なんでみんな本気になってるんだ!?」

 

「あ、あれ? ルルネさん?」

 

 イベントに参加してる獣人女性の上級冒険者を見たレフィーヤさんが、見覚えがあるように名前を呼んでいた。

 

 その声に反応した獣人女性――ルルネさんは此方へ視線を向けてくる。

 

「ああっ! レフィーヤ! 頼む、ちょっと客席に引っ張り上げてくれ!」

 

「ええっ!? だってルルネさんは参加者でしょう? 中にいないとまずいんじゃ……」

 

 ルルネさんが客席に避難したいと懇願するも、レフィーヤさんは困惑の表情となっていた。

 

 参加者であるこの人が勝手に抜け出したら色々と不味いだろう。

 

「そんなの知るもんか! あんな化け物の中で私にどうしろっていうんだ!?」

 

「そ、それは……」

 

 ルルネさんの言い分にレフィーヤさんは反論出来なくなったようだ。

 

 確かにあんな状況で逃げ出したくなるのは当然かもしれない。下手をすれば巻き添えを喰らって、怪我どころじゃすまなくなるのは確実だ。

 

「わ、わかりましたよっ。じゃあ手を伸ばして……ちょっと、貴方も手伝ってください!」

 

「ええっ、いいんですかね? こんなことして……」

 

「良いんだってば! 早くしないとぉ……」

 

 僕が困惑してるのを気にせず、ルルネさんが早く引き上げてくれと催促してる最中、突如凄まじい衝撃が僕達に襲い掛かって来た。

 

「きゃぁぁっ!?」

 

「うわわぁぁぁっ!?」

 

 その衝撃によってレフィーヤさんだけでなく、気を抜いていた僕も落ちてしまった。

 

 不覚を取ってしまったと思いつつも、どうにか両足で地面に着地しようとする。

 

 ……ん? あれ? ここって、まさか……。

 

 

『おいおいおい! 【亡霊兎(ファントム・ラビット)】が飛び入り参戦してきたぜぇぇ!?』

 

 

 誰かが僕が参戦したと声高々に叫んだ事で、観客達が一層興奮する様に叫んでいた。

 

 えっ……? えっ…………? 

 

「し、しまったっ! 僕、闘技場に……!?」

 

 落ちたのが闘技場であった事に今更気付くも遅かった。

 

 

『おい! あっちは【千の妖精(サウザンド・エルフ)】じゃねぇか!? なかなか面白い組み合わせじゃねぇかよおぉぉぉ!』

 

 

「こ、これは……!?」

 

「レフィーヤさん!? レフィーヤさんも落ちちゃったんですか!?」

 

 観客の叫び内容を聞いて思わず周囲を見ると、僕の近くで倒れていたレフィーヤさんがいて起き上がろうとしている。

 

「落ちちゃったって……嘘、そんな!?」

 

 この人も完全に予想外だったようで、僕と同じく困惑した様子だ。

 

 ど、どうしよう。僕達は単に事故で落ちちゃっただけなのに、観客達は飛び入り参戦だと完全に勘違いしている。

 

 それは当然、闘技場で今も戦っている上級冒険者達の耳に入っている。

 

 

 

 

 

 

「【亡霊兎(ファントム・ラビット)】……か」

 

 本気で戦っているオッタルが突如止めて、ベルの方へと視線を向けていた。

 

 今回の『大剣闘祭』に【亡霊兎(ファントム・ラビット)】が出場しない筈である事を知っている。当然、飛び入り参戦するなんて話も聞いていない。

 

 恐らく不意の事故で闘技場に落ちてしまった。普段のオッタルならそう考えるのだが――

 

(丁度良い。フレイヤ様の隣に立つ資格があるか、今この場で確かめるとしよう)

 

 却って好都合であると考えた。この機にベルの本当の力を探る事が出来ると。

 

 以前から敬愛する主神(フレイヤ)がご執心である存在が目の前にいるのだから、彼女の傍に立つ資格があるかどうかと前々から試したかった。

 

 実力は知っていても、今まで直で戦った事は無い。オッタルとしては、こんな機会は滅多に訪れないものだ。故にベルと戦おうとする。

 

 だが、それはオッタルだけではなかった。

 

「あのノロマはともかく、兎野郎(ベル)が来やがったか……!」

 

 ベート・ローガは以前にベルに敗北した苦い経験(きおく)がある。あれは油断したが故の敗北だが、それは如何でも良い事だった。

 

 雑魚と侮っていた相手に負けた。これはベートにとって一番許せない事だった。と言っても、ベルにではなく己自身に対してだ。

 

 あの敗北を払拭する為のリベンジではないが、今度は本気で戦って勝つ。そう考えながら、機会が訪れるのを待っていた。

 

(もし『Lv.3』にランクアップして調子乗ってんなら、此処でぶっ飛ばしておくか……)

 

 そう考えながらベートは動こうとする。ベルと戦おうとする口実を作ろうと。

 

(ベルが来た。今なら本気のあの子と戦える!)

 

 ついでと言ってはいけないが、この闘技場にはもう一人いる。ベルと戦いたがってる戦闘狂かつ【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインが。

 

 以前から手合わせしている彼女だが、これまでベルとは本気で戦った事は無い。遠征が終わった以降も手合わせをしてるが、51階層で見せた武器を使ってくれない為、アイズとしては不本意だった。

 

 今やってる【大剣闘祭】は本気でやってはいけないのだが、既に殆どが全力で戦っている。この状況ならベルも本気で戦ってくれるかもしれないと、アイズはそう考えている。尤も、それは彼女の一方的な思い込みに過ぎないが。

 

(この機を、逃さない……!)

 

 今の内にベルと合流し、本気で戦うようにお願いしようとアイズは動き出した。

 

 【猛者(おうじゃ)】オッタル、【凶狼(ヴァナルガンド)】ベート・ローガ、【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。

 

 有名冒険者三名が揃いも揃って、己が目的の為に【亡霊兎(ファントム・ラビット)】――ベル・クラネルの下へ向かおうとしている。




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グランド・デイ イヴ⑦

 ど、どうしよう。何かもう完全に僕とレフィーヤさんが飛び入り参加した雰囲気となって盛り上がってるんだけど……。

 

 本当なら気付かれる前にファントムスキルを使って姿を消し、レフィーヤさんと一緒に観客席に戻る筈だった。けれど、今それをやってしまえば大ブーイングになるのは目に見えてる。折角参戦したのに逃亡したとなれば、冷や水を浴びせられた観客達が何をするか分からない。

 

 とは言え、ここで僕が誰かと戦えば、主催者側であるギルドは絶対に許さないだろう。声を掛けていない冒険者が勝手に参戦するなんて以ての外だ。

 

 観客達の期待に応えなければ不味い。勝手に戦ってしまったらギルドに怒られてしまう。今の僕は完全に板挟み状態となっている。

 

 僕は一体どうすれば――

 

「手合わせ願おうか、【亡霊兎(ファントム・ラビット)】」

 

「え? な、何で……!」

 

 良いのかと悩んでる最中、誰かが僕に声を掛けて来た事に、近くにいるレフィーヤさんが信じられないように驚きの声を発していた。

 

 相手は【フレイヤ・ファミリア】の団長、【猛者(おうじゃ)】オッタルさんだ。余りにも予想外の大物冒険者が僕達の目の前にいる。

 

「あの、オッタルさん。お分かりかもしれませんが、僕とレフィーヤさんは飛び入りで参加したんじゃなく、観客席から落ちただけでして……」

 

「強者達が集う舞台(ここ)に足を踏み入れた以上、そのような言い訳は通じない。それに――」

 

 僕を見ながらオッタルさんは更に続ける。

 

「お前に資格があるかを見定めたいと思っていたところだ」

 

「へ?」

 

 資格? 見定めたい?

 

 オッタルさんは一体何を言ってるんだろうか。意味が全く分からないんだけど。

 

 因みに近くで聞いているレフィーヤさんも僕と同様、向こうの言ってる事が分からない様子だ。

 

 此方の疑問を余所に、オッタルさんは片手で持っている大剣の切っ先を僕に向けてくる。

 

「武器を出すがいい。それ位は待ってやる」

 

「いや、ですから……っ!」

 

 有無を言わせない迫力と威圧をしてくるオッタルさんに僕は戸惑いながらも、どうやって断ろうかと必死に考えていた。

 

 ……あれ? あの人が持ってる武器って……以前の遠征でミノタウロスが持っていたのと全く似ているな。

 

 単なる偶然なんだろうか。でも、余りにも酷似してるから、ついつい目が行ってしまう。

 

 因みにミノタウロスが持っていた大剣は僕の電子アイテムパックに入っている。遠征が終わった後、ゴブニュ様に依頼の際に修理と調整をしてもらって、僕専用の武器となっている。尤も、アレは僕の鍛錬用にしか使ってない。あくまでランクアップ後の調整をするだけだ。今はもうすっかり身体が馴染んでいるから使う必要はない。

 

 う~ん………どの道、オッタルさんに目を付けられた以上は逃走なんて出来ないか。それに……一度戦ってみたいと思っていた【猛者(おうじゃ)】が態々僕の前に現れたのだ。折角の機会だから、これを機に利用させてもらう!

 

「……分かりました。レフィーヤさんは少し離れて下さい」

 

「え? ベ、ベル・クラネル、貴方まさか……なっ!」

 

「!」

 

『ウオォォォォォォォ!』

 

 彼女に離れるように言った後に右手を伸ばした直後、電子アイテムパックに収納してる抜剣(カタナ)――『フォルニスレング』を出現させた。同時に身に纏っている普段着から、戦闘服『シャルフヴィント・スタイル』+不可視(ステルス)状態の防具『クリシスシリーズ』に切り替えている。

 

 僕が瞬時に武装した事にレフィーヤさんだけでなく、オッタルさんも目を見開いていた。ついでに観客達も騒いでいる。

 

 この人は見て分かる通り生粋の戦士である他、純粋にパワーで押してくるタイプだ。そんな人相手に抜剣(カタナ)で挑むのは愚かに等しい。

 

 手段を選ばずに戦うのがファントムクラスのやり方であると、キョクヤ義兄さんから教わっている。本当なら抜剣(カタナ)でなく、長銃(アサルトライフル)長杖(ロッド)のどちらかを使うべきだろう。

 

 だけど、今回の『大剣闘祭』はあくまでイベント。決して相手を倒す戦いではない。いくら本気同然の戦いをやっているからって、自分の手の内を晒す事はしたくなかった。

 

 僕は戦争遊戯(ウォーゲーム)で多くの手段を披露してるから、これ以上は流石に不味い。もしここで観客達の前で呪斬ガエンの他、この前覚えた複合テクニックを見せたらとんでもない事になってしまう。故に必要最低限の措置として、フォルニスレングを出した。

 

「来い、【亡霊兎(ファントム・ラビット)】」

 

 抜剣(カタナ)を見た事でオッタルさんは、途端に構えを取った。

 

 まるで僕の攻撃なんか簡単に防げると言いたげな感じだ。普通なら不快に思われるだろうが、僕からすれば至極当然だと思っている。

 

 あの人が『Lv.7』に対し、僕は『Lv.3』。これだけのレベル差があるのだから仕方ない。真っ向勝負したところで勝てないのは既に分かっていた。

 

 だから――

 

「あっ、消えた……!」

 

「……………」

 

 ファントムスキルで姿と同時に気配も遮断し、背後から奇襲を仕掛けさせてもらう。

 

 僕が消えた事にレフィーヤさんは驚きの声を発するも、オッタルさんだけは一切表情を変えずに構えを解かないでいる。

 

 音を出す事も無く背後から出現し、既に鞘から抜いていた抜剣(カタナ)で斬りつけようと――

 

「ふんっ」

 

「っ!」

 

 オッタルさんがまるで僕の奇襲などお見通しのように振り向きながら、手にしてる大剣を振るってきた。

 

 抜剣(カタナ)と大剣の刃がぶつかる事で金属音が発するも、力の方は完全に僕が負けている。その為、抜剣(カタナ)と共に吹っ飛ばされそうになるも、体勢を崩す事なく両足で地面に着地。

 

 それでも僕はめげずに再び奇襲を仕掛けようと姿を消した。

 

「無駄だ」

 

「くっ!」

 

 一撃、二撃、三撃、四撃。何度も死角を突いた攻撃を仕掛けるも、オッタルさんは悉く防いでいた。

 

 同じ事を繰り返していた事で、抜剣(カタナ)を持ってる僕の手が少し痺れている。それでも表情(かお)には出さず、敢えて冷静を維持しながらも距離を取った。

 

「温い、軽い。だが、姿だけでなく気配も遮断しての奇襲は見事だ。そこらの暗殺者(アサシン)より遥かに優れているだろう」

 

「……それはどうも」

 

 称賛してくれるオッタルさんだけど、僕としては余り嬉しくなかった。あそこまで涼しい顔をして防がれると、亡霊(ファントム)としてのプライドが少しばかり傷付く。

 

 それは既に分かっていた事だ。今の僕の剣技だけで絶対に勝てないと断言出来る。アイズさんと同様、この人も剣に特化してるから。

 

「本気を出せ、【亡霊兎(ファントム・ラビット)】。俺を倒したいなら、そんな生半可な剣技だけでは無理だ」

 

「そうでしょうね。ですがオッタルさん、僕がただ奇襲を仕掛けたと思ってるなら大間違いですよ。その大剣は使い物にならなくなります」

 

「何を言って……っ!」

 

 僕の台詞に訝る表情となるオッタルさんだが、自身の大剣に異変が起きてる事に気付いた。

 

 それには刃の真ん中の部分に印が記されている。ファントムを象徴する刻印(マーカー)が。

 

 ファントムクラスはファントム武器で攻撃を当てるとマーカーが蓄積され、武器アクションを発動させると起爆可能になる。

 

 ついさっきまで攻撃をしたと認識した事により、オッタルさんの大剣にマーカーが蓄積されていたのだ。

 

「黄昏の果て、(つく)()の闇に消滅(きえ)よ」

 

「!」

 

 僕が詠唱を口にしながら抜剣(カタナ)をキンッと鞘に納めた瞬間、マーカーが起爆した。小規模な威力であるが、それでもオッタルさんの大剣は見事に折れていた。刀身の半分が地面に落ちている。

 

 本来ならファントムマーカーは武器アクションを当てて発動させるけど、キョクヤ義兄さんから別な方法で発動させる条件を教えてもらった。詠唱と同時に鞘に納めれば亡霊の印(ファントム・マーカー)が発動出来ると。

 

 自身の得物が折れた事を理解したオッタルさんは目を見開いていた。まさかこうなるとは予想だにしなかっただろう。

 

 

『おおおおおおおおお!! 【亡霊兎(ファントム・ラビット)】が【猛者(おうじゃ)】の剣を折っちまいやがったぞ!』

 

『すげぇぇぇぇぇええ!』

 

 

 観客達から凄まじい声援の嵐が吹き荒れていた。声が枯れるんじゃないかと思うほどに。

 

「俺とした事が、不覚を取ったか……!」

 

 自分の油断に歯軋りをしているオッタルさん。

 

 出来ればこれで戦意喪失してくれれば良いんだけど――

 

「【亡霊兎(ファントム・ラビット)】、先程までの非礼を詫びよう。此処から先は俺も全力でやる事を約束する」

 

 しないどころか、物凄くやる気に溢れていた。大剣が半分に折れていても、そのまま使う気でいる。

 

 普通は自身の得物が使い物にならないと分かれば破棄する筈なんだけどなぁ。だけどオッタルさんからすれば、刀身が残っていれば最後まで使い潰すのだろう。

 

 さて、どうするか。

 

 オッタルさんが全力でやる以上、僕も当然タダでは済まないだろう。このまま抜剣(カタナ)だけで挑むのは愚行だから、いっそ武器を変えて――

 

「何勝手に()ってやがんだぁ!」

 

「「!」」

 

 すると、誰かが僕に奇襲を仕掛けてきた。

 

 あからさまに叫んでいたのが分かったから、僕はすぐにファントムスキルを使って回避した後、距離を取ってから出現する。

 

「チッ。本当に幽霊(ゴースト)みてぇな野郎だ」

 

「ベートさん!?」

 

 奇襲を仕掛けたのは【ロキ・ファミリア】の狼人(ウェアウルフ)――ベート・ローガさんだった。

 

「【凶狼(ヴァナルガンド)】、今は取り込み中だ。そこを退け」

 

「知るか! テメエこそ退いてろ、猪野郎。俺はベルに用があるんだよ」

 

「え? ぼ、僕ですか?」

 

 何故か分からないけど、ベートさんは僕に用があるみたいだった。

 

 一体何なんだろう? でも、何だか非常に嫌な予感がする。

 

「おいベル、最近調子に乗ってるみてぇじゃねぇか」

 

「はい?」

 

 調子に乗ってるって……僕、何かベートさんの気に障るような事でもしたかな?

 

「今すぐ此処でテメエの鼻っ柱を折っとくのも――」

 

「ベートさん、抜け駆けはダメ」

 

「あぁ?」

 

 戦闘態勢に移ろうとするベートさんが言ってる最中、またしても誰かが割って入って来た。

 

 聞き覚えのある声だなぁと思いながら振り向くと――

 

「「アイズさん!?」」

 

 今も片思い中の女性――アイズ・ヴァレンシュタインさんだった。僕だけでなく、少し離れてるレフィーヤさんも驚きの声を発していた。

 

「何だよアイズ、邪魔すんじゃねぇ」

 

「ベルは私が戦います」

 

 何とアイズさんも僕と戦いたがっていた。

 

 一体何なの? 事故で闘技場の舞台に落ちただけなのに、どうして僕はオッタルさんだけでなく、ベートさんやアイズさんと戦わなければならないんだろうか。

 

 

『何だ何だ!? 【凶狼(ヴァナルガンド)】だけじゃなく、【剣姫】も【亡霊兎(ファントム・ラビット)】と戦おうとしてるぞ!』

 

『【亡霊兎(ファントム・ラビット)】はどんだけ人気あんだよ!?』

 

 

 第一級冒険者達が挙って僕と戦いたがってる事に観客達は更に盛り上がっていた。

 

 いやいや、僕は戦う気なんてないですから。あくまでオッタルさんだけで、ある程度戦い終えたら退散する予定だったのに。

 

 すると――

 

「ふんっ!」

 

「「!」」

 

 突如、アイズさんとベートさんの間にオッタルさんが折れた大剣を振り翳した。

 

 それに気付いた二人は咄嗟に回避した後、揃って睨んでいる。

 

「邪魔をするな。これ以上俺と【亡霊兎(ファントム・ラビット)】の戦いに茶々を入れるなら、先ずは貴様等から始末するぞ……!」

 

 先程まで蚊帳の外だったオッタルさんは痺れを切らしたのか、ベートさんとアイズさんを障害のように睨んでいた。

 

「あぁ!? 上等じゃねぇか! おいアイズ、先ずはこの鬱陶しい猪野郎を片付けるぞ! ベルと()るのはその後だ!」

 

「そうですね」

 

 何で二人はもう勝手に決めちゃってるんだろうか。僕は戦うと了承した憶えはないんだけど。

 

 オッタルさんもベートさん達と戦う気満々みたいで、僕と戦った時以上の威圧感を放っていた。

 

 完全に本気となってる第一級冒険者達の戦闘が本格的に始まろうと――

 

 

『何をやっておるんだぁぁぁぁ!! もう中止だ馬鹿者ぉぉぉぉぉ!! さっさと止めんかぁぁぁああ!!!』

 

 

 する瞬間、突如大きな声が闘技場全体に響き渡った。

 

 観客達が大ブーイングとなるも、『大剣闘祭』が強制的に終了する事となるのであった。



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グランド・デイ イヴ⑧

 不満を露わにしてる観客達が闘技場から去って行き、『大剣闘祭』は漸く本当の意味で終わる事となった。飛び入り参加となった僕とレフィーヤさん、そしてオッタルさん達は未だに舞台に残っているが。

 

「誰が殺し合いをしろと言ったぁぁ!!」

 

 ギルド長――ロイマンさんが大層お怒りで怒鳴り散らしていた。

 

 僕とレフィーヤ以外、全く反省した様子を見せていない。それどころか如何でもいいように聞き流している。

 

「単なる手合わせだ。殺し合いではない」

 

「糞真面目な顔で言うな!」

 

 一応オッタルさんが否定するも、即座に突っ込み返すロイマンさん。

 

 【猛者(おうじゃ)】相手にそこまで言えるギルド長はある意味凄かった。普通の人ならそんな度胸は無いだろう。

 

「お前等が考えなしに暴れた所為で、大使殿が泡を吹いて倒れたんだぞ!?」

 

 まだまだ言い足りないのか、ロイマンさんが立て続けに状況の悲惨さを教えてきた。この人からすれば、非常に不味い事態だったんだろう。

 

「オラリオの力を見せるのが目的だったんじゃろ? 何も問題ないではないか」

 

「見せすぎているのだ、大馬鹿者!」

 

 文句を言われる筋合いは無いとガレスさんは反論するも、ロイマンさんがまたしても突っ込み返した。

 

 話を聞いてない僕は察した。恐らくイベントに参加していたこの人達に本気でやらないよう強く念を押したのかもしれない。

 

 それが叶わなかったどころか、最悪の事態に陥ってしまい、ギルド長にとっては目も当てられない大失態なんだろう。

 

「意識を刈り取ってどうする!! 止めろと散々命じただろうが!」

 

「では、次からはご自分で参戦して止めて下さい。我々の苦労が少しは分かる筈です」

 

「それが出来たらやっておるわ!!」

 

 怒鳴るロイマンさんに段々嫌気が差したようで、水色髪の女性が自分でやれと言い返した。

 

 確か【ヘルメス・ファミリア】団長のアスフィさん、だったかな? この人からラウルさんみたいな苦労人気質を感じられる。美女コンテストの主催者であるヘルメス様が平然と逃げ出す行為をしたから、相当貧乏くじを引かれてるのかもしれない。

 

「何故加減というものが出来んのだ、お前達はぁ!?」

 

 僕から言わせれば人選を間違えているんじゃないかと思う。いくら強くて有名であっても、最初からルールを守らない人にきつく言ったところで意味が無い。特に自分勝手に動いていたベートさんが正にソレだった。

 

「あー、うるせぇうるせぇ。戦えもしねえ、雑魚でもねえ野郎がごちゃごちゃと。仕方ねえだろ?」

 

「私達は……冒険者だから」

 

 鬱陶しそうに言うベートさんと、苦しい言い訳をするアイズさん。

 

「体のいい言い訳に使うんじゃなぁぁーーい!!」

 

 それは確かに。

 

 この時ばかりは僕もロイマンさんの激しい突っ込みに内心同意する。

 

 そう思ってると、今度は僕に視線を向けてきた。

 

「あとベル・クラネル! お前は何故勝手に参戦した!?」

 

「いや、僕は巻き込まれただけでして……」

 

 オッタルさん達が本気で戦おうとしてる最中、突然の衝撃によって観客席から落ちてしまった事を説明した。

 

 けれど、ロイマンさんは聞いても納得してくれない。それどころか更に激昂している。

 

「だったらさっさと退場すれば良かったではないか!」

 

「そうしようと思ってましたけど、戦わざるを得ない状況になってしまいまして……」

 

 観客達からの声援以外に、僕が逃げれなくなった元凶へ視線を向けるも、当の本人――オッタルさんは全く素知らぬ表情のままだ。

 

「んなこたぁ如何でも良い。おいベル、続きやるぞ」

 

「はい?」

 

 すると、ベートさんの発言に僕は戸惑いの声を出した。

 

「猪野郎と()ったなら今度は俺の番だ」

 

「いや、もう『大剣闘祭』は終わったんですから……!」

 

「ダメです、ベートさん。私がベルと戦います」

 

「何でアイズさんまで!?」

 

 イベントが終わったにも関わらず、ベートさんとアイズさんは僕と戦いたがっていた。

 

 いや、僕としては願ってもないですけど、この状況でそんな事を言ったら――

 

「いい加減にしろぉぉーー!」

 

 ロイマンさんの怒鳴り声が闘技場に響き渡ってしまったのは言うまでもない。

 

 因みにフィンさんとガレスさんがどうにか二人を抑えた事で、何とか止める事が出来たのであった。

 

 

 

 

 

 

「はぁっ……。急にどっと疲れた」

 

 やっと闘技場から出れた事に僕は安堵の息を漏らしていた。今は自身の本拠地(ホーム)へ向かっている最中だ。

 

 フィンさん達はイベントの後処理があるとかで、まだ残っている。関係者じゃない僕とレフィーヤさんは、ロイマンさんから小言を言われた後、こうして解放されたと言う訳である。

 

 因みにレフィーヤさんとは既に別れている。寄るところがあると言って。尤も、それは僕と早く別れたい為の口実なのかもしれないが。

 

 まだ前夜祭(イブ)なのに、ここまで疲れる事になるなんて……。本番である明日はそれ以上に大変な事にならなければいいんだけど。

 

 そう思いながら歩いていると――

 

「ベルくーーーーん!」

 

「ん? あ、神様」

 

 僕の主神であるヘスティア様の声がした。

 

 気付いて振り向くと、ポフンと僕に抱き付いてくる。凄い勢いで突進してくるティオナさんと全然違うから、容易に受け止める事が出来た。

 

「ゴメンよぉベルく~ん! 本当は今日一緒に回る予定だったのに~!」

 

「仕方ないですよ。今日は稼ぎ時だったんですから」

 

 少々涙目になってる神様を僕はどうにか宥めていた。

 

 知っての通り、バイト先であるジャガ丸くんの屋台は大忙しだった。無理言って休みを取ろうとしていた神様に、店長さんが容赦無く仕事優先と言われてしまい、強制的に連行されてしまった訳である。

 

「明日はどうなんですか?」

 

「そこは大丈夫! 今日みっちり働きまくったから、どうにか店長からOKを貰えたよ!」

 

「流石です、神様」

 

 てっきり明日も強制連行されるかと予想したが、神様の頑張りで明日は一緒に行けるようだ。

 

 神様だけでなく、リリとヴェルフも一緒だ。だから明日は四人で行動する事になる。

 

「ところでベル君。どうして君、その格好になってるんだい?」

 

「ああ、これはですね……」

 

 普段着姿であった筈の僕が、戦闘服『シャルフヴィント・スタイル』を身に纏ってる事に神様は疑問を抱いていた。

 

 それを聞いた僕は闘技場で起きた事を説明をしようとする。【フレイヤ・ファミリア】のオッタルさんと戦わざるを得なかった状況も含めて。

 

 

 

 

 

 

(とんだ茶番に付き合わされたな……)

 

 ベルとレフィーヤが闘技場から出て少し経った後、『大剣闘祭』の後処理を漸く終えた関係者達は解散した。

 

 イベントに付き合わされた【フレイヤ・ファミリア】の団長オッタルは、用が済んで早々に主神(フレイヤ)の下へ向かっている。【亡霊兎(ベル・クラネル)】と手合わせした報告をしようと。

 

 ほんの短い時間であったが、今回の手合わせは非常に驚かされた。不覚を取ったとは言え、まさか自身の得物を破壊されるとは思いもしなかったのだ。

 

 一応言っておくと、『Lv.7』のオッタルが使う大剣は相応の業物である。妙な技を使ったとはいえ、それを現在『Lv.3』のベルが折ったのは充分称賛に値する。レフィーヤを含めた他の『Lv.3』の冒険者に出来るかと問われたら、『出来ねぇよ!』と即座に否定されるだろう。

 

(コレを見せれば、フレイヤ様はさぞかしお喜びになるだろう)

 

 オッタルは未だに折れた剣を手にしていた。ベルがやったと言う証拠を見せる為に。

 

 普段から使ってる武器が折られた事で不快になるのだが、今回ばかりは別だった。寧ろ喜ぶべき事であろうと思っている。

 

(何れは奴の本気を見てみたいものだ)

 

 今度はちゃんとした手合わせで、本気のベルと戦いたいとオッタルは考える。フレイヤの隣に立つ資格があるのかとは別に、一人の武人として戦ってみたいと。

 

 そう思いながらバベルに辿り着き、そのまま最上階へと向かう。

 

 因みに『女神の付き人』と呼ばれる侍女頭(ヘルン)にフレイヤがいるかを確認するも、予想通りいるみたいだ。何故か自分を見て気の毒そうに見ていたが。

 

「ただいま戻りました」

 

「お帰りなさい、オッタル」

 

 オッタルが相応の礼儀作法で部屋に入室すると、椅子に座っていたフレイヤが途端に立ち上がった。

 

 そして彼女と目が合った瞬間――恐怖が走った。

 

(何故フレイヤ様がお怒りに……!?)

 

 ツカツカと近づいてくるフレイヤは笑みを浮かべているが、目は全く笑っていなかった。

 

 嘗てない非常時にオッタルは困惑している。何故こうなっているのかが全然分からないのだ。

 

 何か不快な事をしたと言うのなら、甘んじて罰を受ける。しかし、オッタルには全く心当たりがないので只管戸惑うばかりだった。

 

 頭の中で心当たりがないかと必死に思い浮かべるも、接近してきたフレイヤがオッタルの頬に触れる。

 

「聞いたわよ。『大剣闘祭』であの子と戦ったみたいね」

 

(それだったか!) 

 

 フレイヤが怒っていた理由をオッタルは漸く理解した。自分がベル・クラネルと戦っていた件である事に。

 

 しかし、そうしたところでもう遅い。今はこのお方に何を言っても無駄だろうと悟ったから。

 

「どうしてあの子が闘技場に来てた事を報せなかったのかしら?」

 

「………失礼ながら、私が気付いたのは催し物の真っ最中でしたので……」

 

「ふ~ん、そう……」

 

 気付いてもすぐに報告出来なかったと暗に伝えるが、それでもフレイヤの表情は全く変わらない。

 

「だとしても、貴方だけ楽しめて羨ましいわねぇ。思わず嫉妬しちゃいそうなくらいに、ね」

 

「…………………」

 

「うふふ。ねぇオッタル、今夜は此処で私とOHANASHIしましょう。ジックリと聞かせてもらうわよ♪」

 

「…………はい」

 

 【猛者(おうじゃ)】オッタルは敬愛する主神の命ならば、どんな苦難な事が起きても平然と立ち向かうだろう。

 

 だが、今の彼はほんの少しばかり逃げ出したい気持ちになっていた。この後に行われるフレイヤとのOHANASHIは、肉体でなく精神的にとことん追い詰められるだろうと既に予測していたから。

 

 因みにオッタルがこうなる事をアレン達も知っている。いつもなら普段フレイヤの隣にいる事に気に食わないと常々思っているのだが、今回ばかりはほんの僅かながらも同情していた。それを口にする事は絶対に無いが。




取り敢えず『グランド・デイ イヴ』はこれで終了です。

感想お待ちしています。


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本編
前編


以前に活動報告で書いた内容が頭に浮かんだので、思い切って書いてみました。

これは短編なので、あと1~2話出したら終わります。


 初めまして。僕の名前はベル・クラネルです。

 

 田舎でお爺ちゃんと二人暮らしだったんだけど、現在オラクル船団にいます。どうして僕が見知らぬ場所に飛ばされたのかは、何年経っても未だに分かりません。

 

 色々な経緯はあれど、見知らぬ僕を家族として引き取ってくれた人がいた。その人は後に僕の義兄――家族となってくれたキョクヤ義兄さん。

 

 キョクヤ義兄さんは凄く優しくて頼れる人なんだけど――

 

「ベル、今のお前は《亡霊》になる資格はない。故に俺の対となる“白き狼”の名も与えられん」

 

「え……? どう言う事なの、キョクヤ義兄さん? 僕も一応、ファントムクラスにはなれる筈なんだけど……」

 

「お前の抱える闇は未だ脆く儚い。そんな脆弱な奴に《亡霊》を語るなど笑止。俺の影を蝕むほどの闇を見出せぬ限りな」

 

「え~っと……つまり、『今の僕だとファントムになるには実力不足だから腕を磨くように』って言いたいの?」

 

「ほう。未だ脆弱な闇を見せても、理解は出来ているようだな。その理解力に免じて、《亡霊》の力の一部を使用する事を認めよう。それでお前の抱える脆弱な闇から、何もかも蝕む暗黒の闇へと染めてみせよ」

 

「……ごめん、キョクヤ義兄さん。必死に理解しようとしてるんだけど、もう途中から何を言ってるのか分からなくなってきた」

 

「何だと? 何たる事だ、ベル。俺と血の盟約を結んで我が半身となっておきながら、六年の歳月が経っても未だ理解出来ないとはどういうことだ? 嘆かわしいにも程があるぞ」

 

「え、えっと、それは……僕がまだファントムの事をまだ理解してないかと………じゃ、だめかな?」

 

「……ふん、まあいい。力の一部とは言え、お前が《亡霊》を使えば今後は理解出来る筈だ。それまで待つとしよう」

 

「う、うん、頑張るよ。じゃあ僕、この後にストラトスさんと訓練をやるから――」

 

「待て。何故あの正義に囚われた『ヒーロー』と馴れ合おうとする?」

 

「え? だってキョクヤ義兄さん、この後にクエスト行くんでしょ?」

 

「――予定変更だ。これから《亡霊》になろうとする我が半身に、余計な光を混濁させる訳にはいかん。そうならないよう、今日は俺が闇を染める術を教えてやろう。ほら、行くぞ」

 

「ちょ! 僕はストラトスさんと訓練やるって……!」

 

 ――嘗て大きな事件が起きた影響なのか、今は義弟の僕でも理解出来ない程の高度過ぎる言葉を好んで使う人となってしまった。

 

 キョクヤ義兄さんから数々の特訓を受けた結果、晴れてメインクラス『ファントム』になれたと同時に“白き狼”の異名を授かる事が出来た。キョクヤ義兄さん曰く『まだまだ俺には届かぬ闇だが、更なる闇を見せてくれる事を期待しよう』だって。どう言う風に見せれば良いのかは分からないけど。

 

 そして訓練を兼ねたクエストをやろうと惑星へ向かう際、緊急事態が発生した。クエスト中に突然、オラクル船団へ来る前に住んでいた田舎へ戻れたという緊急事態が。

 

 僕が帰って来た事に村の人達は驚くも、その中にはお爺ちゃんはいなかった。聞いた話だと、僕が行方不明になった数年後、事故で亡くなったらしい。

 

 それを聞いた僕は酷く悲しみ、そして申し訳ない気持ちになった。やっと田舎に帰って来たのにお爺ちゃんが亡くなっていた事に。自分の所為でお爺ちゃんを死なせてしまった事に。

 

 そんな中、自分の家に戻った際に手紙を見付けた。お爺ちゃんが書いたと思われる共通語(コイネー)の手紙が。

 

 手紙の内容は自分を心配している事についてたくさん書かれていたが、最後の辺りには気になる内容が綴られていた。『迷宮都市オラリオには、数多くの冒険者がいる。もしもお前が出会いを求めるなら、そこへ行ってみるといい』と。

 

 お爺ちゃんを死なせる原因を作ってしまった僕としては、せめてもの親孝行としてオラリオへ行く事へした。本当ならキョクヤ義兄さん達がいるオラクル船団に戻らなければいけないが、通信が全く出来ない今の状況ではどうしようもなかった。

 

 

 

 

 

 

 迷宮都市オラリオに来たのは良いんだけど――

 

「出てけ! お前みたいなひょろいガキに用はねぇ!」

 

「あっち行きな! 何の役に立ちそうもない穀潰しなんざ邪魔なだけだよ!」

 

「掃除係としてなら雇ってもいいぜ? ギャハハハ!」

 

「お前みたいな怪しい奴を入れる訳がないだろう! さっさと立ち去れ!」

 

 誰も僕をファミリアに迎えようとしてくれなかった。

 

「……はぁっ。やっぱり僕って弱そうに見えるんだね」

 

 冒険者になるには神様のファミリアに入る必要があるって聞いた。だから僕は冒険者になろうと、求人を出しているファミリアの人達に片っ端から声をかけてチャレンジした。

 

 どの人達も僕を見た目だけで判断したのか、どんなにアピールしても全然ダメ。挙句の果てには怪しい奴だと思われたし。

 

 僕はこれでも巨大エネミーを一人で倒せる自信はある。例えば龍族のヴォルドラゴンとかクォーツ・ドラゴン、更にはドラゴン・エクス等々と。尤も、キョクヤ義兄さんから序章に過ぎないと言われたけど。

 

 でもまぁ、キョクヤ義兄さんはこう言ってたね。

 

『お前の影に潜む闇の力を感知しないのは、愚者の烙印を押された憐れな雑兵だ。それすら理解出来ぬ者は即刻捨て置け』

 

 何を言ってるのかは分からないと思うけど、要するに外見だけで判断する人はまともに相手をするなって事らしい。

 

 確かにそうかもしれない。もし無理言ってファミリアに入ったところで、碌な扱いをされないのは何となく分かっていた。

 

 しかし、有名なロキ・ファミリアにまで断られるとは思いもしなかった。あそこはどんな相手でも入団テストを受けれると聞いたのに、まさか門前払いされるなんて。これには僕も流石にショックだった。

 

 オラリオで冒険者になれないなら、この都市から少し離れた港町へ行ってみるのも良いかもしれない。もうオラリオに対してのイメージが崩れてきてるし。

 

 だけど、田舎の家に残された僅かな路銀が無くなりかけている。オラリオから出ていくにしても、先ずはどこかのお店でアルバイトをして稼がないといけない。

 

 そう考えながら街中を歩いていると――

 

「ねぇ君ぃ! 良かったらボクのファミリアに入らないかい!?」

 

 神様と思われる人からの勧誘によって、アルバイトをする必要がなくなってしまった。

 

 その神様の名はヘスティア様で、どうやらファミリアに入ろうとする冒険者候補の人達に悉く断られていたらしい。

 

 この時に僕は思った。僕と目の前にいる神様の状況が凄く似ていると。

 

「分かりました。僕で良ければ、喜んで入ります」

 

「本当かい!? やったぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

 

 けど、それはそれとして僕からすれば渡りに船だった。僕を迎え入れてくれる神様に敬意を示す為に、快くファミリアに入ると返事をした。

 

 神様は凄く嬉しそうだ。いつものように断られると思ったらしい。

 

 そして神様に案内された先は古い教会だった。どうやらこの教会が神様の住居らしい。

 

 色々と突っ込みどころがあるけど、今の僕には贅沢な事を言える立場じゃない。僕をファミリアとして迎えてくれた神様の役に立つ為、たくさんお金を稼げばいい話だから。

 

 そして僕が神の恩恵(ファルナ)を与えられた事により、ヘスティア・ファミリアが結成された。言うまでもなく、最初に入った僕が一人目の団員だ。

 

 因みに――

 

「ええっ!? な、何なんだい、このスキルは!?」

 

 眷族になった直後、いきなりスキルが発現していたみたいだった。

 

 多分だけど、それは僕のクラス――ファントムに関する事かもしれない。

 

 

 

 

 

 

 神様がいるヘスティア・ファミリアに入団して半月が経った。今はダンジョン探索をしていて、モンスターと戦っている。

 

 初日にはファミリアに入った後、ギルドへ行って冒険者登録をした。その時の担当者はニューマン、じゃなくてハーフエルフのエイナ・チュールさんで、冒険者としての講習が特に凄かった。

 

 冒険者としての必要事項や、ダンジョンの危険性についての話がメインだった。そこで一番に言われたのが『冒険者は冒険しちゃダメ』と言う矛盾した名言だ。

 

 尋ねてみると、どうやら冒険者の生存率を上げるためらしい。ダンジョンに行く冒険者は、モンスターの襲撃や罠によって命を落とすのが当たり前の状況になっているらしい。冒険をした冒険者の末路だと。

 

 だから新人冒険者達に早まった真似をさせないよう、エイナさんは口を酸っぱくしながら言っている。せめて自分の担当冒険者には、必ず生きて帰って来てもらうようにと。

 

 エイナさんの言ってる事は間違ってはいないと思うので、僕は言う通りにやる事にした。

 

 と、思っていたんだけど――

 

「よ、弱過ぎるよぉ~……」

 

 遭遇したダンジョン上層のモンスター――ゴブリンやコボルドと戦った結果、物の見事に瞬殺だった。素早く間合いを詰める格闘攻撃を行うファントムカタナのフォトンアーツ――シュメッターリングの攻撃中に。

 

 余りにも弱過ぎて拍子抜けだった。警戒して全力で行こうと決心した結果がこれだ。虚しいにも程がある。

 

 最初は弱いモンスターだから仕方ないと、自分に言い聞かせる事にした。きっと更に奥には強いモンスターがいる筈だと。

 

 エイナさんの教えを守りながら半月経って、何とか5階層まで到達する事が出来た。歯応えのあるモンスターに少しばかり期待するも……またしても期待外れだった。

 

 今度は大勢だったので、抜剣(カタナ)以外の武器でやってみる事にした。前方広範囲に掃射を行うファントムライフルのフォトンアーツ――クーゲルシュトゥルムを撃った瞬間、これもあっと言う間に終わってしまう。

 

「もっと下に降りてみようかな? こんなんじゃ準備運動にもならないし」

 

 エイナさんに申し訳ないけど、ここまで弱過ぎるモンスターじゃ訓練にすらならない。嘗て演習で惑星ナベリウスにいる原生種と戦っていた方がマシだ。

 

 もしやばいと分かれば、全力を出して逃げれば良いだけの事だ。よし、本当は行っちゃダメだけど、6階層より下まで進んでみよう!

 

 そう思った僕は6階層へ向かう階段を探していると――

 

 

「ヴヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」

 

 

「ん? あれって確か……」

 

 ダンジョン中層で現れる代表のモンスター『ミノタウロス』が何故かいた。しかも何か焦った感じがする。

 

 どうしてあんなモンスターが上層にいるのかは分からない。けれど、これは僕にとってチャンスだった。

 

「これは……やっと本気を出せるかもしれない……!」

 

 柄にもなく僕は高揚した。強いモンスターと戦う事が出来る事に。不謹慎に思いながらも抜剣(カタナ)――フォルニスレングを出して構える。

 

 構えを見たミノタウロスは、僕に向かって威嚇の唸り声をあげる。どうやら向こうも僕を敵として認識してくれたようだ。

 

「来い。僕の影に潜む闇の力を見せてやろう!」

 

 思わずキョクヤ義兄さんみたいな事を言って駆け出すも――

 

「ヴォ!? ヴォオオオオオオオオオオオオッ!?」

 

「なっ……!」

 

 すると、何故かミノタウロスの身体が斬り裂かれていた。

 

 言うまでもなく僕は何もしていない。でも原因は分かる。何故ならミノタウロスの背後からサーベルと思われる剣先が見えたから。

 

 その剣はあっと言う間にミノタウロスの身体をバラバラにしていく。僕から見ても凄い速さだ。

 

 速い斬撃に思わず見惚れてしまった所為で、僕は身体を斬り裂かれて吹き出しているミノタウロスの血を浴びてしまう。

 

「……あの、大丈夫ですか……?」

 

 そしてミノタウロスがバラバラになると灰と化していき、目の前には女性が立っていた。腰まで届いている金髪の綺麗な女の人が。

 

 僕が彼女の余りの美しさに見惚れていると――

 

「えっと、影に潜む闇とか聞こえたんですけど……もしかして呪詛(カース)にかかっていますか?」

 

「っ!」

 

 その問いをされた瞬間、僕の心が羞恥心でいっぱいになってしまった。

 

 き、聞かれてしまった! よりにもよって、いつもキョクヤ義兄さんが言ってた恥ずかしい台詞を……!

 

 そして僕は次の瞬間――

 

「ほあああああああああああああああああああああっ!!」

 

 あまりの気恥ずかしさに、その場から逃げ出した。

 

 最悪だぁぁぁぁ~~~~~~~~!!!!!!!!!!




中二病の台詞を考えるだけで大変です。


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中編

久しぶりに長く書きました。と言っても内容はグダグダですが。


「アイズ・ヴァレンシュタイン氏の情報を教えて欲しい? どうしてなの?」

 

「えっと……それは、その……」

 

 金髪の女性冒険者――アイズ・ヴァレンシュタインさんに恥ずかしい台詞を聞かれて逃走した僕は、すぐさまダンジョンから出てギルド本部へと向かった。

 

 因みに此処へ来た時、上半身にベットリと付いていたミノタウロスの返り血は既に落としている。偶々ギルド本部の出入り口前にいたエイナさんからシャワーを浴びるようにと言われたので。

 

 そして今、ロビーから少し離れた面談用の椅子に座っている僕は、向かいの椅子に座っているエイナさんに情報を聞き出そうとしている。アイズ・ヴァレンシュタインさんについて。

 

「ろ、6階層へ行こうとしたら偶々お会いして――」

 

「ちょっと待って、ベル君。いま、6階層って言わなかった?」

 

 僕が言ってる最中、突然エイナさんがこめかみをピクピクしながら遮る様に質問してきた。

 

 ……あっ、しまった。今の僕は6階層へ行っちゃいけないんだった。エイナさんから何とか5階層へ進むのを許可してくれたのに、それを平然と破る事をしてしまったから。

 

「ご、ごめんなさい! 分かってはいたんですけど、倒したモンスターが余りにも弱過ぎて……」

 

「そう言う問題じゃないの! ダンジョンのモンスターを甘く見たら簡単に命を落とすって、講習の時に何度も言ったじゃない!」

 

 はい、言ってました。今のエイナさんには信じてもらえないと思うけど、僕から見たら上層のモンスターは本当に弱過ぎるんです。

 

 惑星ナベリウスの原生種やアムドゥスキアの龍族に比べたら、物凄く優しくて可愛いんです。勿論、実力的な意味で。

 

 けれど、もし僕がアークスとしての戦闘経験がなければ、エイナさんの言う通り死んでいたかもしれない。上層のモンスターを弱く見えるのは、無理行って僕をアークスに入団させてくれたキョクヤ義兄さんのお陰だ。

 

「とにかく! これも何度も言ってるけど、冒険者は冒険しちゃダメ! 良い?」

 

「は、はい。気を付けます……」

 

 そう思いながらエイナさんのお説教を一通り聞き終えると、漸く本題に入ってくれた。

 

「それで、アイズ・ヴァレンシュタイン氏の情報なんだけど……ギルドとして教える事が出来るのは、公然となってる情報だけよ?」

 

 と言って、エイナさんは親切に教えようとしてくれる。

 

 ギルドとしては相手の個人情報は教えれない決まりになってるけど、ギリギリの範囲で教えてくれるエイナさんに感謝だ。

 

「アイズ・ヴァレンシュタイン。ロキ・ファミリアの所属で、現在は『Lv.5』。剣の腕はオラリオでも一~二とされ、神々から授かった称号は『剣姫』」

 

「あ、その位は僕でも知ってます」

 

 冒険者になって半月の間、ヴァレンシュタインさんの噂は何度も耳にした。だからエイナさんが言った内容は既に知ってる。

 

 その人と手合わせしてみたいなぁって思ったんだけど、ロキ・ファミリア所属と聞いた途端に複雑な気持ちになった。あのファミリアのホームへ行った際、怪しい奴だと言われて門前払いされたから。

 

「出来れば、どんな人なのか……主に性格とかを。例えば、相手を外見で判断して見下すとか、人のミスを嘲笑うとか……」

 

「ちょっとベルくん、それはいくらなんでもヴァレンシュタイン氏に失礼よ」

 

 僕が具体的な性格を例えてると、エイナさんは気分を害するように顔を顰める。

 

「彼女はそんな無礼な人じゃないわ。物静かで、どんな相手にも礼儀正しい人よ。もしそんな事をヴァレンシュタイン氏を慕う人が聞いたら怒られるわよ」

 

「そ、そうでしたか。失礼な事を言ってすいませんでした」

 

 僕はすぐに謝罪しようとエイナさんに頭を下げる。

 

 エイナさんがここまで言うって事は、どうやらヴァレンシュタインさんはかなり良い人のようだ。そう考えると、あの時ダンジョンで聞いた僕の失言を言いふらす事はしないだろう……と思いたい。

 

「それにしても、ベル君にしては随分と変わった質問ね。ヴァレンシュタイン氏の性格を知りたいなんて。もしかして彼女と何かあったの?」

 

「え!? あ、いや、別に深い意味はなくてですね……!」

 

 言えない。『僕の影に潜む闇の力を見せてやろう!』、なんて恥ずかしい台詞を聞かれたからなんて絶対に言えない!

 

 この時ばかりはキョクヤ義兄さんに対して文句を言いたかった。いつも僕に印象付ける言動を当たり前のように言ってたから、思わず自分も口にしてしまった。

 

 聞かれたのが身内なら問題無い。しかし赤の他人に聞かれた瞬間、物凄く恥ずかしい衝動に駆られた。しかも見惚れてしまった相手に。ハッキリ言って拷問に等しい。

 

「………まぁ、敢えて訊かないでおくわ。ギルド職員として、これ以上は不味いし」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 流石はエイナさんだ。根掘り葉掘り聞こうとはせず、ちゃんと公私の区別をつけている。エイナさんのこう言うところが、色々な冒険者から人気あると他の職員が言っていた。

 

「私はてっきり特定の相手がいるのか、とか訊かれると思ったんだけど」

 

「え? い、いるんですか!?」

 

「あ、そこも気になってたんだ」

 

 さっきまではずっとヴァレンシュタインさんの性格が気になっていたけど、それもそれで気になる。

 

 あんな綺麗な人だから恋人はいるかもしれないが、僕の個人的な思いとしてはフリーであって欲しい。尤も、彼女が僕相手に見向きもしないだろうけど。

 

「う~ん、今までそういう話は聞いた事ないなぁ……。でもベルくん、現実的に考えて難しいと思うよ。神ヘスティアから恩恵を授かった君では、ロキ・ファミリアで幹部も務めてるヴァレンシュタイン氏とお近づきになるのは、色々と問題が起きるわ」

 

「ですよね~………はぁっ」

 

 はい、そこは何となく分かっていました。今の自分とヴァレンシュタインさんではファミリアどころか、立場が全く違う事に。

 

 しかし、お近づきになれないのは分かってはいても、それでも手合わせ位はしてみたい。アークスでファントムクラスになっている僕が『剣姫』であるヴァレンシュタインさんと、どこまで戦う事が出来るのかを。

 

 取り敢えず話は一通り終わった。ギルドから出る前に換金所へ行き、魔石の欠片を換金した結果――八千ヴァリスだった。いつもの僕だったら一万ヴァリス以上は稼いでいる。けれど、今回はヴァレンシュタインさんと遭遇した為にいつもより少なかった。

 

 それと――

 

「ベルく~ん、どうしてそんなに稼いだのかを教えてくれないかな~?」

 

「え、あ、これは、普通にモンスターを倒しただけで……!」

 

 今までエイナさんに黙っていた事をすっかり忘れていた。

 

 ソロの新人冒険者が一人で稼ぐ本来の額は平均で二千ヴァリスだけど、僕の場合は既に倍以上。なのでエイナさんに知られたら面倒になると思って敢えて黙っていたんだけど、それをすっかり忘れてしまった。

 

 因みに僕が倒した上層のモンスターは全て抜剣(カタナ)長銃(アサルトライフル)長杖(ロッド)の攻撃一発だけで即死。もはや戦闘じゃなくて作業も同然だった。

 

 そしてこの後、エイナさんに面談室へ連れて行かれて尋問が始まったのは言うまでもなかった。

 

 何度も言ってるけど、僕は全然無茶をしてないし、過信もしていない。本当に上層のモンスターが弱過ぎて相手にならないだけなんです。

 

 

 

 

 

 

 

「はぐはぐはぐ!」

 

「……え、え~っと……。楽しんでますね、ベルさん」

 

 エイナさんからの尋問が終わった翌日の夕方。僕は『豊穣の女主人』と言う酒場でご飯を食べている。

 

 あの後は予定外の事は起きたけど、そこから先はいつも通りだった。神様がいる本拠地(ホーム)の教会へ戻ると、僕を迎えてくれる心配性の神様がいた。神様曰く、やっと初めて出来た眷族に何か遭ったと思うだけで今も心配らしい。

 

 大袈裟な反応だと思いながらも、優しい神様の気遣いに感謝しつつ、いつもの日を過ごした。

 

 今朝も日課同然となってるダンジョン探索へ行こうとしてる際、奇妙な事が起きた。遥か上空にいる誰かが僕に強い視線を送っていた、と言う奇妙な事が。

 

 突然の事に僕は咄嗟に長銃(アサルトライフル)を展開し、視線を感じた方へ銃口を向けるも、そこには誰もいなかった。

 

 しかし、もう一つの予想外な事が起きてしまう。見知らぬウェイトレスに長銃(アサルトライフル)の銃口を向けてしまったと言う予想外が。

 

 視線に気を取られてしまった所為で、ウェイトレスに迷惑を掛けてしまった事に僕は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。けれど、向こうは何でもないように振舞い、今夜自分が働いている酒場に来て欲しいと言われた。

 

 勧誘だと分かりつつも、それでウェイトレスさんが許してくれるならと思って、今はこの酒場に来ている。ウェイトレス――シルさんがさり気なく、お店の店主さんに僕が大食いだと言ってたみたいだ。それによって僕は大盛りサイズの料理を食べている。

 

 シルさんは給金目的で当てずっぽうを言ったかもしれないけど、僕が大食いなのは概ね当たっている。オラクル船団でアークスとして活動していた頃、ご飯はなるべくたくさん食べるようにしていた。向こうにいた料理人――フランカさんが、『アークスは身体が資本だからたくさん食べるように』と言われたので。

 

 それに久しぶりのご馳走でもあったから、僕の胃袋がいつも以上に食事を欲していた。少し行儀が悪い食べ方だけど、がっつくように食べている。

 

 因みに本当だったら神様も誘おうと思ったけど、バイトの打ち上げがあるみたいで不参加だ。次の機会に誘ってくれと。

 

「ええ。此処はいいお店ですね。料理も凄く美味しいですし」

 

「それならお誘いした甲斐がありました」

 

 笑顔で言うシルさん。すると急に僕の隣に置いてある丸椅子に座る。

 

「ベルさん。今だから言いますけど、今朝のアレは凄く恐かったんですよ?」

 

「だ、だからあの時、すぐに謝ったじゃないですか……!?」

 

 何かこの人、僕を困らせるのを楽しんでいるような気がする。その証拠に、怯えたように言いつつも口元が笑っているし。

 

 あざと可愛いシルさんに翻弄されていると、団体客と思われる人達が酒場に入店してきた。

 

 思わずその団体に横目で見てみると――

 

「あ………」

 

 見覚えのある人がいた。昨日、僕の恥ずかしい発言を聞いたアイズ・ヴァレンシュタインさんが。

 

 またしても予想外な展開が起きてる事に、僕は思わず硬直してしまう。

 

「? ベルさん、どうかしましたか?」

 

 シルさんが声をかけるも、硬直した僕は気にする余裕が無かった。

 

 因みに僕以外にも、あの団体を見た他の冒険者達も様々な反応をしていた。まるで恐れ多い存在を見ている感じで。

 

 それは当然かもしれない。ヴァレンシュタインさんを含めた団体客は、有名なロキ・ファミリアなのだから。向こうは気にしてないのか、何事もなく宴会を始めようとしている。

 

 シルさんは僕が硬直した原因が分かったのか、ヴァレンシュタインさんがいる方へと視線を向ける。

 

「あそこにいるロキ・ファミリアさんは、うちのお得意様なんです。彼等の主神――ロキ様がここをいたく気に入られたみたいで」

 

「そ、そうなんですか……」

 

 偶然とはいえ、またしてもあの人と会うなんて思いもしなかった。

 

 と言う事は、ここに来ればヴァレンシュタインさんに会えるかもしれない。本当だったら今すぐに話しかけて誤解を解くべきなんだろうけど、今回は止めておく事にする。何の準備もなく話しかけて失敗したら、それはそれで余計な誤解を招く事になるかもしれないし。

 

 次の機会に会って話そうと思っていると――

 

「よっしゃあ! アイズ、そろそろ例のあの話、皆に披露してやろうぜ!?」

 

「あの話?」

 

 突然、ロキ・ファミリアと思われる獣人の青年がヴァレンシュタインさんに話をもちかけた。見た目はカッコいい人だけど、口が悪そうな感じだ。

 

「アレだって。帰る途中で何匹か逃したミノタウロス。最後の一匹にお前が5階層で始末したろ? そんでホラ、その時にいたトマト野郎の。如何にも駆け出しのヒョロくせえ冒険者(ガキ)が、逃げたミノタウロスに戦おうとしてたんだぜぇ!」

 

 ちょっと待って下さい。それってまさか昨日のアレの話ですか?

 

 と言うか、トマト野郎って……間違いなく僕の事だろう。あの時の僕はミノタウロスの返り血を浴びていたから。あと、ヒョロくさいって……やっぱり僕は弱そうな外見なんですね。

 

「笑っちまうよなぁ! 自分と相手の力量差も測れないド素人の分際で!」

 

 失礼な。これでも僕は巨大エネミーと戦った経験はあります。もしあのミノタウロスが僕より遥かに強かったら、とっくに逃げていますし。

 

 獣人の青年は僕を嘲笑うように、面白可笑しく話を続けている。ロキ・ファミリアが様々な反応をしている中、ヴァレンシュタインさんだけは無表情だった。聞くに堪えない話みたいな感じで。

 

「いい加減にしろ、ベート。そもそも十七階層でミノタウロスを逃がしたのは、我々の不手際だ。恥を知れ」

 

「あぁ!? ゴミをゴミと言って何が悪い!?」

 

 女性エルフの人が咎めるように叱咤するが、獣人の青年は聞く耳を持たないどころか言い返した。

 

 これが有名冒険者の認識だと思うと、いい加減僕もウンザリしてきた。特に、人を見た目で判断して勝手にゴミと決めつけている獣人の青年に。

 

 その時、ふと思い出した。キョクヤ義兄さんの言葉を。

 

『お前の力を感知出来ぬ雑兵は即刻捨て置け。但し、度し難い愚者なる道化には、黄泉へと誘う禍々しき闇の洗礼を与えろ』

 

 要するに、僕を外見だけで侮っている人には力を見せてやれと言う意味だ。

 

 だけど、そんな事をしたらお店にいる人達に迷惑が掛かってしまう。更には、この場にいない神様にも。

 

 此処は僕が大人になって、話を聞き流すしかない。多分だけど、あの人はお酒を飲んでいる為にタガが外れて――

 

「アイズ、お前はもしもあのガキに言い寄られたら受け入れるのか? そんな筈ねぇよな!? 自分より弱くて軟弱なザコ野郎に! お前の隣に立つ資格なんてありゃしねぇ! 他ならないお前自身がソレを認めねぇ! ザコじゃ釣り合わねぇんだよ、アイズ・ヴァレンシュタインにはな!」

 

 それを聞いた瞬間、僕の頭の中にある何かがキレた。

 

「シルさん、僕から少し離れてて下さい」

 

「え?」

 

 思わず空のジョッキを手に持ち――

 

「がっ!」

 

『ッ!?』

 

 獣人の青年に向かって思いっきり投げると、彼の額に見事クリーンヒットしてそのまま倒れてしまった。飛んできた方向を見たロキ・ファミリアの面々や他のお客さん達が、一斉に僕の方へと見る。

 

 ただこれだけは言える。反省はしているけど、後悔はしていない。僕がそれだけ頭に来たって事だから。

 

「君は……!」

 

 僕を見たヴァレンシュタインさんは、さっきまでの無表情が嘘のように目を見開いていた。

 

「~~~~~~!! 誰だぁ!? 俺にジョッキを当てた奴は!?」

 

「僕ですが、何か?」

 

「! テメエかぁ!!」

 

 投げたのは僕だと名乗った直後、獣人の青年は恐い顔をしながらズカズカと歩いてくる。

 

 シルさんは既に退避していて、今は離れたところから他のウェイトレス達と一緒にいる。

 

「おいガキ! 一体何のつもりだ!?」

 

 あれ? この人はてっきり問答無用で殴り掛かって来るかと思ったんだけど、意外と大人だった。

 

「人を外見だけで判断する貴方に、僕から闇の洗礼を与えようかと」

 

「……おい、なに訳の分かんねぇ事を言ってやがる?」

 

 しまった! 思わずキョクヤ義兄さんの言葉を使ってしまった!

 

「……ゴホンッ。要するに、貴方をぶっ飛ばす為の挑戦状です。受けてもらえますか?」

 

『…………………』

 

 咳払いをして言い直すと、獣人の青年は途端にシーンと無言になった。同時に、お店にいる人たち全員も含めて。

 

「………それは本気で言ってんのか? どこの馬の骨とも知らねぇ雑魚の分際で」

 

「でなければジョッキを投げてませんよ。それに………犬畜生にも劣る貴方の言葉は不愉快極まりないですから」

 

「テメエ、今……なんつった……?」

 

「犬畜生にも劣る貴方の言葉は不愉快極まりない、ですよ。その犬耳は飾りですか?」

 

 我ながら随分と酷い言葉を言ってしまった。

 

 僕の言葉が引き金となったのか、獣人の青年は憤怒の表情となる。

 

「ぶっ殺す!!」

 

「ベート! 止めろ!」

 

 小人族(パルゥム)の人が叫ぶも、獣人の青年は僕に向かって拳を振り下ろしてくる。

 

 僕は攻撃を躱そうと、ファントムクラス特有の回避をして一旦姿を消す。

 

「き、消えただと!? あのガキ、何処に……!」

 

 姿を消した僕に獣人の青年だけじゃなく、お店にいる人達も一斉に驚いている。

 

「ここですよ」

 

「なっ!」

 

 背後を取られたと気付いた彼が振り向くも、僕は気にせず――

 

「浄化せよ、アンティ」

 

 フォトンの浄化効果で状態異常を治療するテクニック――アンティを使った。すると、柔らかく淡い光が僕と獣人の青年を包み込む。

 

「テメエ、俺に一体何しやがった!?」

 

「単なる酔い醒ましのテクニック、じゃなくて魔法ですよ。さっきまで飲んでいたお酒はもう抜けていますよね?」

 

 飲んだ酒が原因だと言い訳にされないよう、僕も含めたこの人の状態を通常に戻した。

 

 アンティの使い方としては間違っているけど、こうして酔い醒ましとしても使える。

 

「……マジで酒が抜けてやがる」

 

「まぁ、本来なら毒などの状態異常を瞬時に治療するものなんですけど」

 

「馬鹿な!? 短文詠唱で治療する魔法など聞いたこともないぞ!」

 

 すると、突然僕達から少し離れているところから驚きの声が聞こえた。思わず振り向くと、ロキ・ファミリアの綺麗な女性エルフの人が立ち上がりながら僕を凝視している。

 

 何をあんなに慌てているのかは分からないけど、僕は一先ず獣人の青年へ視線を向き直す。

 

「……まさかテメエは魔導士、いや治療師(ヒーラー)か?」

 

「そんな事は如何でもいいです。さて、これでお互い元の状態に戻りました。酒の所為で負けたとの言い訳も通用しません。とは言え、流石にお店の中でやるつもりはありませんから、一先ず外へ行きませんか?」

 

 

 

 

 

 

 店の外で、僕と獣人の青年による決闘が始まろうとしている。

 

 周囲にはヴァレンシュタインさんも含めたロキ・ファミリアの有名冒険者達だけでなく、お店の客やそれ以外の人達も集まって野次馬と化している。

 

「おいガキ! さっさと得物を抜け! 先手は譲ってやる!」

 

 獣人の青年は僕に対しての警戒はしつつも、それでも侮っている様子だ。

 

 さっき彼が僕を治療師(ヒーラー)と言ってたから、それ関連の魔法しか使わないと思ってるんだろう。

 

 なら、その思い込みが命取りだと言う事を教える必要がありそうだ。

 

 そう思った僕は開いた片手を伸ばすと、僕のメインウェポンの内の長杖(ロッド)――カラミティソウルを展開する。

 

「! 何だ、その不気味な大鎌は!? どっから出しやがった!?」

 

 カラミティソウルの形状を見た獣人の青年が叫ぶ。

 

 そう。彼の言う通り、僕が持っている武器の形状は大鎌だった。一応コレは正式な長杖(ロッド)なんだけど、見た目としては死神とかが使いそうな大鎌だ。

 

 キョクヤ義兄さん曰く――

 

『これは《亡霊》が持つに相応しい武器。だが、既に闇の力を極限にまで引き出す事が出来る俺には無用の長物。故にベル、これをお前に授けよう。さすればお前の中に眠る暗黒の闇を引き出す事が出来よう』

 

 要は僕への贈り物だ。

 

 周りから見ればキョクヤ義兄さんのお下がり武器だけど、僕としては結構気に入ってる。

 

 さて、今はそんな事を思い出してる場合じゃない。折角向こうが先手を譲ってくれたんだから、ここは……あのテクニックで終わらせてやる!

 

 そう思った僕は構えて、こう叫ぶ。

 

「来たれ、暗黒の門!」

 

「詠唱だと? あのガキ、まさか攻撃魔法も……っ! 何だこりゃあ!?」

 

 僕がテクニックの詠唱に入ると、獣人の青年の腹部辺りから魔法陣らしきものが浮かび上がる。

 

「混沌に眠りし闇の王よ 我は汝に誓う 我は汝に願う あらゆるものを焼き尽くす凝縮された暗黒の劫火を」

 

「っ! 形成されている魔法円(マジックサークル)が膨張しているだと!?」

 

 更なる詠唱を続けると、獣人の青年の腹部にある魔法陣らしきものは徐々に大きくなるどころか膨らんでいく。まるで爆発するように。

 

 あと、僕の詠唱を見ていた女性エルフがまたしても信じられないように驚愕の声をあげている。

 

「我が前に立ちふさがる愚かなるものに 我と汝の力をもって 等しく裁きの闇を与えんことを! ナ・――」

 

「ベート! 死にたくなければ今すぐにソイツを止めろ! その魔法は不味い!」

 

「ババアに言われなくても、そのつもりだぁ!!」

 

 僕が使うテクニックを阻止しようと、獣人の青年が即座に此方へ急接近してきた。それと同時に強烈な跳び蹴りをやろうとしてくる。

 

「! ちぃっ!」

 

 特殊な領域内でフォトンを凝縮させ続け臨界点で強力な爆発を発生させる上級の闇属性テクニック――ナ・メギドをやろうとするが、向こうが一足早かったので中断せざるを得なかった。なので、僕は即座に躱して、再び彼から距離を取る。言うまでもなく、ナ・メギドが発動する予定だった魔法陣は既に消えていた。

 

 本当なら詠唱なんて必要無いんだけど、キョクヤ義兄さんが詠唱をすれば威力が上がると言っていた。やってて恥ずかしいけど、最大出力でやるにはどうしても詠唱が不可欠……なのかは正直言って怪しい。

 

「酷いですね。そちらが先手を譲るって言ったのに、アレは嘘だったんですか?」

 

「っ……はっ。テメエが放つ魔法がノロマ過ぎて、そっちのターンはとっくに終わってんだよ」

 

 僕の皮肉に獣人の青年は一瞬顔を歪めるも、すぐに気持ちを切り替えるように言い返す。

 

 多分だけど、女性エルフの助言を聞かなくても止めていたと思う。僕が放とうとしたナ・メギドの威力を本能的に恐れて。尤も、僕は相手を殺すほどの威力を最初から出すつもりはなかった。いくら気に食わない相手でも、そこまでの事はしない。

 

「だが、もうお遊びは終いだ。テメエの底はもう見えた。魔法の詠唱さえさせなければ、テメエはそこらへんの雑魚と大して変わらねぇ」

 

「またそうやって決めつけるんですね。僕が見せた魔法は、まだ()()()()()()()なのに。それで底が見えただなんて心外です」

 

「…………何、だと?」

 

 僕の発言が予想外だったのか、獣人の青年は急に眼を見開いている。

 

 どうしたんだろう。二つだけテクニックを見せてないとしか言っただけなのに、どうしてあんな反応をしているのかな? 僕、おかしな事を言ったつもりはないんだけど。

 

「本当でしたら、他の魔法もいくつか披露しようかと思いましたが……これで決着をつけます」

 

 そう言った僕は得物を構えると、一歩先から青白い球体が出現する。

 

「ッ! だから、魔法をさせなければ雑魚だって言ったじゃねぇかぁ!!」

 

 再び僕の行動を阻止しようと突進し、さっきと同様に飛び蹴りをやろうとしてくる。

 

 よし、かかった!

 

「フェルカーモルト!」

 

「がっ!」

 

 突撃してくる獣人の青年に、僕は自分の周囲に衝撃波を放つ長杖(ロッド)ファントム用フォトンアーツ――フェルカーモルトを発動させた。

 

 回転しながら得物を振るった途端、さっきまであった青白い球体が爆発すると、獣人の青年はその爆発と衝撃波を受けて吹っ飛ぶ。吹っ飛んだ獣人の青年は勢いよく地面に激突し、当たり所が悪くて気絶してしまったのか、すぐに起き上がろうとしなかった。

 

『……………………』

 

 その光景に誰もが信じられないように驚愕し、そして沈黙する。

 

「言うまでもありませんが、貴方の敗因は僕を最後まで侮っていた事です。最初から全力で戦っていれば、こんな結果にならずに済んだんですから」

 

 獣人の青年が聞こえているかは分からないけど、言うべき事を言わせてもらう。

 

 そう言えば、あの人の名前を聞きそびれちゃったな。戦う前に聞けばよかった。

 

 名前を聞かなかった事に少し後悔しながら彼に近付き――

 

「傷を癒せ、レスタ!」

 

 体力を回復させるテクニック――レスタを使うと、僕と獣人の青年は光に包まれていく。さっきのアンティとは違って、何度も光を発している。

 

 未だ気絶している彼の治療を終えたので得物を背中に収め、次にロキ・ファミリアの代表と思われる小人族(パルゥム)と神様がいるところへ歩み寄った。

 

「治癒の魔法を使いましたので、完全回復している筈です。それと……」

 

 二人に向かって頭を下げて――

 

「今回はロキ・ファミリアの皆様に多大なご迷惑をお掛けしまして、誠に申し訳ありませんでした。そのお詫びとして、少ないですが慰謝料をお受け取り下さい」

 

 僕は謝罪しながら、懐から有り金が全部入っている袋を出して渡そうとする。

 

「その前に確認させてくれないかい? 君がこんな事を仕出かした理由を」

 

「もう察しは付いているかと思いますが……彼がお店で面白可笑しく話した『トマト野郎』は僕です」

 

「………やはりね」

 

 理由を聞いた小人族(パルゥム)の少年は、納得したように嘆息しながら首を横に振る。

 

「ならばそれは受け取れないね。元はと言えば、こちらが君を侮辱してしまったんだ。先に喧嘩を売ったのはベートだから、君はそれに応えただけにすぎない」

 

「まぁ、せやな。もし自分が何の理由もなくベートに喧嘩吹っ掛けたんなら、速攻でふん縛った後に自分の主神に送り届けて抗議しとるところやったわ」

 

 でしょうね。僕のやった事はハッキリ言って、有名ファミリアの看板に泥を塗る行為も同然だ。けれど今回は獣人の青年――ベートさんが仕掛けた。なので向こうは強く非難する事は出来ない。

 

 ついでに向こうがお金を受け取らないと分かった僕は、すぐに袋を懐へしまった。余り人に見せる物じゃないし。

 

「それにしても自分、一体何もんや? 『Lv.5』のベート相手に勝つやなんて、普通はあり得へんで」

 

 あ、このロキって神様、さり気なく僕の事を調べようとしている感じがする。下手に答えると、色々な情報を持っていかれそうだ。

 

「……いくら相手が神様でも、そこは黙秘させて頂きます」

 

「え~? ちょっとくらいええやないか~。ちょ~っとでええからさ、教えてぇ~な?」

 

 急に馴れ馴れしく話しかけてくるロキ様は、おねだり姿勢で近づいてくる。

 

「申し訳ありませんが、教えられません。それにベートさんの事とは別に、ロキ・ファミリアに対して余り良い印象は持ってないんで」

 

「? 何でや?」

 

「僕は半月ほど前、ロキ・ファミリアに入団しようとそちらの本拠地(ホーム)へ行ったんです。けれど、門前払いされてしまいまして」

 

「へっ? 門前払いやって? それはどういうこっちゃ?」

 

 ロキ様は全く初耳だと言わんばかりの様子だった。

 

「僕を外見だけで判断した門番の人が、怪しい奴だと言って追い出したんですよ。ロキ・ファミリアはどんな人でも入団テストを受けれると聞いたのに、正直ショックでした」

 

「ま、マジで!?」

 

「はい、マジです」

 

 きっぱりと答える僕に嘘はないと分かったのか、ロキ様はショックを受けたような顔になった。小人族(パルゥム)の少年も呆れた顔をしながら、顔に手を当てている。

 

 更には――

 

「あの馬鹿者共が……! よりにもよって、未知の魔法を使う逸材を追い出したと言うのか……!」

 

 何故か分かんないけど、さっきから女性エルフの人が凄い反応をしているんだよね。あの人、一体何なんだろうか。まぁ取り敢えず気にしないでおこう。

 

「と言う訳で、僕はこれにて失礼します。僕の所の神様も心配してるでしょうし」

 

「な、なぁ、これだけは教えてくれん? 自分とこの主神は誰なんや?」 

 

 僕が帰ろうとすると、ロキ様はまたしても調べようとしてくる。何というか、ここまで来ると執念深い。

 

 まぁ、主神の名前くらいは大丈夫か。もうギルドに情報公開されているんだし。

 

「ヘスティア様です」

 

「……ちょお待ちいや、自分いま何て言うた?」

 

「ですから、ヘスティア様だと」

 

 ロキ様はどうしたんだろうか? 主神の名前を教えたのに、また聞いてくるなんて。

 

「……なぁ、もう一回確認させてくれへん? 自分が言うたヘスティアっちゅうのは、黒髪のツインテールで、背がごっつう低いドチビのくせに憎たらしい大きな胸を持っとる、ロリ巨乳のヘスティアの事か?」

 

「ええ。その方に間違いありません。と言うかロキ様、随分と具体的に当ててますね。ひょっとしてお知り合いですか?」

 

 僕がさり気なく聞いてみると――

 

「嘘やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! 何で自分がドチビんとこのファミリアにおるんやぁぁぁぁぁぁ~~~~!!!!!!」

 

 ロキ様は急に悪夢を見ているように慟哭の如く叫んでいた




中二病の詠唱も考えるの大変です。

補足としまして――

「来たれ、暗黒の門 混沌に眠りし闇の王よ 我は汝に誓う 我は汝に願う あらゆるものを焼き尽くす凝縮された暗黒の劫火を 我が前に立ちふさがる愚かなるものに 我と汝の力をもって 等しく裁きの闇を与えんことを ナ・メギド」

と言う中二病的な詠唱でした。


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後編

注)PSO2を知らない人はスルーして下さい。

ファントムは本来チャージテクニックを使うと、ステルステックチャージで透明化になります。

しかし、この作品でのベルはテクニックのチャージ中に透明化にならない仕様になっています。


 獣人の青年――ベートさんとの決闘を終えた後、お店に代金を払ってすぐに本拠地(ホーム)へ戻った。神様にロキ様の事について尋ねようかと思ったけど、バイトの打ち上げで疲れたのか、僕が帰って来た時にはもう眠っていた。

 

 明日に訊けばいいかと思った翌日、僕は再び作業同然であるダンジョンの上層探索を行った。早くエイナさんに中層進出許可を貰いたいなぁと思いながら探索を終えて、ギルドで換金しようと思ったんだけど……予想外な事が起きた。ギルド本部へ入って早々、エイナさんに面談室へ連れて行かれたからだ。

 

 いきなりの事に僕が困惑しながら訪ねると、偶然耳に入った噂について聞きたい事があったらしい。『豊穣の女主人』の前で新人冒険者がロキ・ファミリアの幹部と決闘をしたと言う噂を。僕は内心、もう広まったのかと他人事のように内心聞いていた。

 

 奇妙な衣服をまとった白髪の新人冒険者と聞いたエイナさんが、すぐに僕だと予想したみたいだ。奇妙な衣服とは、僕が着ている『シャルフヴィント・スタイル』の事だろう。確かにこの世界の住人から見たら、奇妙と思われても仕方ない。尤も、コスチューム制作したキョクヤ義兄さんが知れば絶対に抗議していると思う。

 

 因みに僕もキョクヤ義兄さんとお揃い。唯一違いがあるのは、僕が黒のインナーシャツも着ていると言う点だ。それが無ければ、キョクヤ義兄さんみたいに胸元が開いた状態になる。

 

 とまあ、それはどうでもいいとして。エイナさんに問い詰められた僕は、取り敢えず全て答えた。それを聞いたエイナさんから物凄く怒られてしまったけど。

 

 その際にベートさんの事も聞く事が出来た。彼のフルネームはベート・ローガさん。ロキ・ファミリアの幹部で『Lv.5』。『凶狼(ヴァナルガンド)』と言う二つ名を持った有名な第一級冒険者。

 

 確かにあの人は二つ名通りの外見の人だ。僕も一応『白き狼』の異名はあるけど、それはまだ公表していない。いずれベートさんと会った時には自己紹介をしておくとしよう。当然、異名も含めて。

 

 それと僕がベートさんに勝った事で、オラリオ中が凄い大騒ぎになっているようだ。『Lv.1』が『Lv.5』に勝つのは絶対にあり得ないと。

 

 だから真相を確かめようと、他の冒険者達や神々が僕の事を調べようとギルドへ来ているらしい。言われてみればギルド本部へ来た時、受付にはかなりの人数がいた。って事は、あの人たち全員が僕について調べていると言う事なんだろう。

 

 因みにその中にはロキ・ファミリアの人もいたみたいだ。一応、あそこの団長――フィン・ディムナさんには軽い自己紹介はした筈なんだけど。一体何を調べようとしていたんだろう? ギルドは基本、公開している情報しか教える事は出来ない筈なのに。

 

 ついでにエイナさんから忠告された。暫くの間はダンジョンに行かない方が良いと。それはエイナさんとの面談を終えた後に理解した。僕がギルド本部から出ようとしたのを目撃した多くの神様達が、こぞって僕を勧誘しようと接近してきた事に。如何にも下心が見え見えな顔をして。当然僕はそれに付き合う気はないので、早々に姿を消して本拠地(ホーム)へ戻った。

 

 以前まで僕の事を弱そうだと見向きもしなかったのに、噂を知った途端に勧誘をするなんて……もう不快を通り越して呆れるばかりだった。もしキョクヤ義兄さんがいたら――

 

『綺麗事ばかり並べる愚者共の言葉に耳を貸すな。今まで培ってきた闇の力が穢されてしまうぞ』

 

 如何にも不愉快だとしかめっ面で言い放つだろうね。

 

 なので僕は暫くエイナさんの忠告通り、ダンジョンには行かない事にした。その事を神様に報告したら、憤慨しながらも了承してくれた。神様が憤慨してたのは、身勝手な振る舞いをした他の神様達の行動に対してだ。

 

 あと、ロキ・ファミリアと一悶着あった事を教えた際、物凄く心配もされた。更にはロキ様の事について尋ねると、さっきまでとは打って変わるように不機嫌な顔となり、『今度ボクのベル君にちょっかいを掛けたら成敗してやる!』と言って。ロキ様と過去に何か遭ったのかとさり気なく訊いてみると、どうやら天界時代の頃から不仲だったみたいだ。神様にも色々な事情があったんだろう。

 

 そんな事があって数日の間、僕は主に本拠地(ホーム)で過ごしたり、都市の散策をしていた。散策時には、周囲から僕だと分からないように変装をして。と言っても、服装をオラリオで買った人間(ヒューマン)用の普段着に変えただけなんだけど。

 

 けれど、変装の効果はあった。何故なら『シャルフヴィント・スタイル』がよっぽど印象的だったのか、誰も僕だって事に気付かれなかった。『豊穣の女主人』にいるシルさんと会った時、僕だと気付くのに数秒掛かっていたし。シルさんから見たら、僕の衣装はとても印象強くて忘れられないみたいだ。それによって、僕がオラリオ産の普段着を纏ってるから、すぐに僕だと分からなかったと。

 

 シルさんとの話をしてる時、興味深い話を聞いた。明日には年に一度行われるオラリオのイベント――怪物祭(モンスター・フィリア)が開催されると。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほらベル君! 早く行かないとお祭りが終わっちゃうぜ!」

 

「神様、そんなに慌てなくても大丈夫ですから……」

 

 翌日。僕は神様と一緒に街を歩いている。ハイテンションになっている神様を宥めるのに一苦労だ。思わずキョクヤ義兄さんの幼馴染――ストラトスさんを思い出す。

 

 怪物祭(モンスター・フィリア)が今日だと知っていた神様は、僕と一緒に行こうと誘われたので同行する事になった。因みに今日のバイトはお休みにしてもらっているらしい。今日みたいなお祭りとかは書き入れ時だと思うんだけど、休んで大丈夫なのかなぁ?

 

 今回のお祭りはガネーシャ・ファミリアが年に一度主催している。そのメインとなるのが、ダンジョンから連れ出した怪物を調教師(テイマー)調教(テイム)する見世物らしい。と、シルさんが一通りの事を教えてくれた。

 

 僕としても興味はある。出現したら問答無用で襲い掛かってくるダンジョンのモンスターを、どうやって調教(テイム)するのかを。

 

「ちょっと落ち着いて下さい、神様。僕はシルさんを探さなきゃいけませんし」

 

「そんなのデートしながら探せばいいじゃんか! ほら、行こう行こう!」

 

「ですから……!」

 

 だけど、その前に僕は人探しをしなければいけなかった。僕達と同じく祭りに行ったシルさんを。

 

 事の発端はつい先程で、西のメインストリートにある『豊穣の女主人』の前を横切ろうとした時だ。僕を見た猫人(キャットピープル)のウェイトレス――アーニャさんと、エルフのウェイトレス――リューさんから頼まれた。シルさんが忘れた財布を届けて欲しいと。

 

 それを聞いた神様が最初断ろうとしていたけど、僕としてはこの前やらかした騒動の件もあって引き受けた。その所為で神様は剥れ気味になってしまったけど、そこは妥協してもらいたい。

 

 神様を宥めながらメイン会場となってる闘技場前に着くも、たくさんの人でいっぱいだった。それでも何とか探そうと闘技場周辺をグルリと回るも、結局シルさんらしき人影は全然見付からなかった。

 

「なぁベルくん、探すのは一旦止めて何か食べないかい? ボクもうおなかペコペコだよぉ~」

 

「あ、そ、そうですね」

 

 言われてみれば確かに僕もお腹が空いていた。今日は朝から何も食べず、そのままお祭りに来たんだった。

 

 取り敢えず神様の言う通り、腹ごしらえをしようと近くの屋台へ向かう事にした。そこは偶然にも屋台が集中しているエリアなので、神様に迷惑を掛けたお詫びとして多めに買うとしよう。

 

 エイナさんに言われてからダンジョンには行ってないけど、今のところ生活に支障はない。お金も未だに20万ヴァリス以上は残っている。

 

 とは言え、いい加減にダンジョンに行かないと身体が鈍ってしまう。なので明日以降は再びダンジョンに行くつもりだ。遅れた分を取り戻す為に、今度は思い切って10階層以降へ進んでみようと思っている。いつまでも弱過ぎるモンスターと相手をしても、自分の訓練にもならないので。

 

 そう思いながら食べたい物を一通り注文して、神様と一緒に食べている。ちょっと値段は高かったけど、美味しいので気にしない事にした。

 

「シルさん、大丈夫かなぁ……?」

 

「むっ! ちょっとベルくん、デート中に女の子の名前を出すのはマナー違反だよ!」

 

「で、デートって……」

 

 おかしいな。今日はお祭り見物と人探しの筈なのに、いつの間に神様とデートになったんだろうか?

 

 神様の発言に思わず突っ込みを入れようとしていると、どこからか不穏な気配を感じた。まるでダンジョンにいるモンスターみたいな……。

 

「まさか……」

 

「ん? どうしたんだい、ベル君?」

 

 僕の呟きを聞いた神様が気になって問おうとしてると――

 

 

「も、モンスターだぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

 大勢の悲鳴が聞こえ、さっきまでの平和な一時が即座に凍り付いた。

 

『ガァァァァァァァッ!!』

 

『ッ!?』

 

 雄叫びがした方へ振り向くと、大勢の人たちが円を描くようにしている中心にモンスターがいた。真っ白な体毛を全身に生やし、筋骨隆々と呼べる体付きをした巨大な猿型のモンスターが。

 

 あのモンスターには見覚えがある。確かエイナさんの講習時に、中層手前に出てくるモンスターだと言ってた。シルバーバック……と言う名前だったな。何となくだけど、アレは惑星ナベリウスの凍土エリアにいる『キングイエーデ』と似た感じがする。

 

 そんなのが此処にいるのは、アレも今回の怪物祭(モンスター・フィリア)調教(テイム)される予定の筈だ。そう考えれば闘技場にある檻とかで待機状態にさせていたと思うけど……それがどうして抜け出しているんだろうか。

 

 って、今は悠長な事を考えている場合じゃない。状況から考えて、この場で戦えるのは……どうやら僕しかいないようだ。シルバーバックを見ている人達は腰を抜かしたり、呆然としているのが殆どだった。

 

 僕の方へ引き付ける方法がないかと必死に模索してる中、シルバーバックがグルリと周囲を見渡している。すると、急にピタリと止まった。僕達の方を見ながら。

 

「ね、ねぇベル君。何かあのモンスター、ボクを見てないかい?」

 

「みたいですね」

 

 シルバーバックは一歩、二歩と大きく進みながら神様を凝視している。まるで、神様以外は眼中にない感じで。大勢の人達も、この隙にと言わんばかりに逃げ出している。

 

 何故かは分からないけど、僕としては実に好都合だ。態々向こうが此方へやって来るんだから。

 

 そう思いながら愛用の抜剣(カタナ)――フォルニスレングを出して構える。

 

「べ、ベル君……?」

 

「神様、そこから動かないで下さい」

 

 不安そうに尋ねる神様に、僕は安心させる為にいつもの調子で言う。

 

 本当なら今すぐ『シャルフヴィント・スタイル』に変えたいけど、生憎と着替え直す時間はない。神様に狙いを定めているシルバーバックが、もう今にも襲い掛かりそうな雰囲気だから。

 

 それじゃあ……やるか!

 

『ルガァァァァァァァァッ!!』

 

 僕が動き出した事に反応したのか、シルバーバックが力強く一歩を踏み出しながら駆け出す。

 

 キングイエーデより素早いなと思いながらも、僕は居合の構えを取る。その直後にスライディングしながら剣閃を残しつつ、敵をすり抜けるフォトンアーツ――シュメッターリングを発動させた。

 

 シュメッターリングは既にダンジョンで使用したけど、今回はシフトフォトンアーツとして発動させた。性能は当然異なっている。

 

 ファントムクラスは他のクラスと異なって、一つのフォトンアーツに二つの性能がある。キョクヤ義兄さん風に言えば、謂わば『表の技』と『裏の技』が存在する。僕がさっきシルバーバックに使ったのは裏の技だ。

 

 当然、シュメッターリング以外のフォトンアーツにも裏の技が存在する。それらを説明すると長くなるので割愛させてもらうが。

 

『?』

 

「素早い割には鈍いんだね。斬られている事にすら気付きもしないなんて」

 

 対象を見失ったシルバーバックが不思議そうに周囲を見渡しているので、背後にいる僕がそう言いながら既に抜いていた抜剣(カタナ)をキンッと鞘に納めた直後――

 

『グギャァァァァァァァァ!?』

 

 全身が斬り裂かれたように血を吹き出した。シルバーバックは悍ましい悲鳴をあげつつも、力尽きるように倒れる。

 

「僕に出逢った己の運命を呪うといい。そのまま無様に朽ち果てるんだね」

 

 思わずキョクヤ義兄さんの決め台詞を言うと、死んだと思われるシルバーバックが灰となって消滅した。核となる魔石を残して。

 

「す、す、す……凄いじゃないかぁベルくぅん!! 今の君はすっごくカッコイイよぉぉぉぉおおおお!!!」

 

「うわっ! ちょ、神様……!?」

 

 神様が感動しながら僕に近付いて抱き着いてきた事により、先程までの悲鳴が歓声となった。

 

 

「お、おい! よく見るとあのガキ、前に酒場で『凶狼(ヴァナルガンド)』とやりあった奴じゃないか!?」

 

「でもあの子、魔導士の筈なのに剣を使ってたわよ!?」

 

「ねぇちょっと君ぃ~! 良かったら私のファミリアに入らない~!?」

 

「いや待て! 君は是非とも我がファミリアに入るべきだ!」

 

 

 あっ! 誰かが僕に気付いた! 一般人や冒険者の中に神様と思われる人もいて、僕を勧誘しようと近づいてくる!

 

 やっと落ち着き始めたのに、この前の面倒事が再発してしまった。こんな事ならシルバーバックと戦わずに逃げればよかった!

 

「な、何を言ってるんだ!? ベル君はボクのだぞ!」

 

 周囲の叫び声を聞いたことに反応した神様が憤慨しながら思いっきり抗議していた。

 

「か、神様! この場は一先ず退散しましょう!」

 

「え? わひゃあ!」

 

 惚ける神様に気にせず、僕はすぐ抱き抱えながらこの場を離脱する。お姫様抱っこの要領で。

 

 ふと見ると、神様は僕の腕の中で顔を真っ赤にしていた。

 

「すまない、ベル君! ボクはこんな状況なのに、心の底から幸せを感じてしまっている……!」

 

「何を訳の分からない事を言ってるんですか神様ぁ!?」

 

 自分の生まれた世界とは言え、この世界の神様って全く分からない。取り敢えず気にしないでおこう。

 

 そう結論しながら離脱している中、もういつの間にか闘技場から結構離れていた。もう追っては来ないだろうと安心し、お姫様抱っこしてる神様を降ろしていると――

 

「んな、なな、なんじゃありゃぁぁぁあああ!!??」

 

「神様? 一体何を………え?」

 

 突然神様が奇怪な叫び声を出した。思わず僕も見ると、少し離れた先から花みたいな植物モンスターがいた。口と歯がある悍ましい植物モンスターが、倒れている女性へゆっくりと向かっている。

 

 大きな口を開きながら倒れている女性にって……あのモンスター、ひょっとして食べるつもりなのか!?

 

「神様、ここから動かないで下さい!」

 

「ちょ、ベル君!?」

 

 神様に動かないよう言った僕は、即座に全速力で走り出した。展開中の抜剣(カタナ)から長杖(ロッド)――カラミティソウルへと切り替えながら。

 

 そしてある程度の位置についた僕は足を止めて―― 

 

「芽吹け、氷獄の(たね)!」

 

『ッ!?』

 

 ダメージを与えつつ、同じテクニックの威力を増幅させる氷の紋章を刻み込む上級氷属性テクニック――イル・バータを発動させた。

 

 イル・バータはナ・メギドと同様に射程範囲内なら任意の場所に発生させる事が出来るテクニック。ベートさんと戦った時は充分範囲内だったけど、今回は射程範囲内ギリギリだった。

 

「ちょっとティオナ、あそこにあの子がいるわ!」

 

「え!? じゃあ、あのモンスターが急に凍ったのって……!」

 

 僕が植物モンスターに攻撃したと気付いたのか、アレの蔦に絡まって身動きが取れなくなっている女性二人が凝視している。あの二人は確か、酒場で見たロキ・ファミリアの人達だ。褐色肌から見てアマゾネスで、顔立ちがそっくりだから多分姉妹だろう。

 

 けれど、僕は気にする事なく詠唱を続けようとする。

 

「凍れる魂を持ちたる氷王よ! 汝の蒼き力を以って魅せるがいい! 我等の行く手を阻む愚かな存在に! 我と汝が力を以って示そう! そして咲き乱れよ、美しきも儚き氷獄の華!」

 

「何なのよ、あの魔法は!? さっきから詠唱しながら魔法を六回も発動させてるわよ!?」

 

「って言うか、発動してる度に規模が大きくなってきてない!?」

 

 一文ごとに詠唱を区切っている中、イル・バータを連続で受け続けている植物モンスターは既に動きを止めていた。けれど僕は気にせずに最後まで続ける。

 

 因みに植物モンスターの蔦に絡まって動けなかったアマゾネス姉妹は既に避難していた。恐らく僕がイル・バータを発動させてる時に、難を逃れる事が出来たんだろう。

 

 そして――

 

「イル・バータ!!」

 

 連続で撃ち続けてる七発目のイル・バータを植物モンスターの花の中心部に当てると、その瞬間に大きな氷の華が出来上がった。

 

 花の中心部が本体なのか、氷漬けとなった植物モンスターは完全に動きが止まっている。

 

「これで……終わりだ!」

 

 僕は止めを刺そうと、敵に素早く接近して武器を振り下ろすファントム用長杖(ロッド)のシフトフォトンアーツ――シュヴァルツカッツェを発動させる。

 

 カラミティソウルを振り下ろした僕の一撃は、氷の華を真っ二つにした。それにより植物モンスターは死んだのか、割れた氷の華ごと消滅していく。

 

「ふぅ……。大丈夫ですか?」

 

「あ、あなたは、あの時の……?」

 

 植物モンスターがいなくなったのを確認した僕は、傷を負って倒れている女性エルフに声を掛ける。

 

「すぐに治療した方がいいですね。傷を癒せ、レスタ!」

 

「えっ、ちょっ……!」

 

 向こうは何か言おうとしてたが、僕は気にせずにレスタを発動させた。

 

 ……あれ? よく見たらこの人も前の酒場にいた女性エルフだ。さっき向こうにいたアマゾネス姉妹も此処にいるって事は……もしかして僕、邪魔をしちゃった?

 

「君、あの時の……」

 

「へ?」

 

「あ、アイズさん!?」

 

 レスタの治療が完了した途端、僕の背後から話しかけてくる声が聞こえた。僕が振り向いたその先には……アイズ・ヴァレンシュタインさんがいた。

 

 僕が治療した女性エルフも彼女を見て驚愕している。

 

 こ、この人も此処にいるって事はまさか……!

 

「あ、あのぅ……つかぬことをお聞きします。さっきのモンスターは、貴女が倒す予定でしたか?」

 

「…うん。レフィーヤを助けようと来たんだけど……」

 

 ………やばい。僕、本当に有名なロキ・ファミリアの邪魔をしちゃった!

 

「代わりに助けてくれてありがとう。あと、出来れば教えて欲しい。君は『Lv.1』の筈なのに、どうしてそんなに強いのかを……」

 

「ちょっ、アイズさん! そのヒューマンに顔を近付き過ぎですよ!?」

 

「あ、あたしも知りたーい!」

 

「出来れば私にも教えてくれないかしら? 詠唱中に魔法を発動させるなんて聞いたこともないわ」

 

 すると、ロキ・ファミリアの女性陣が何故か僕を問い詰めるみたいな感じで近づいてきた。

 

 取り敢えず此処は――

 

「お、お邪魔してすいませんでした~~~~!!!!!」

 

『消えた!?』

 

 すぐに退散しようと、ファントムの回避スキルを使ってこの場から離脱する事にした。その後に神様も連れて、ロキ・ファミリアからの逃走に成功する。

 

 因みに、これは翌日以降に知ったんだけど、僕が離脱した後に三匹の植物モンスターが現れていたみたいだ。そこから先はヴァレンシュタインさん達が始末したのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 怪物祭(モンスター・フィリア)でモンスターの脱走や食人花の出現などの騒動は起きたが、一人も死者を出す事なく集結した。

 

 再びオラリオに平穏が戻って一夜を過ごそうとする中、とある一団は緊急会議を開いている。

 

「とまあ、そんな事があったっちゅう話や。あとコレは直接見た内容やないが、どうやらあの小僧は剣も扱えるみたいや。目撃者の話によると、脱走したシルバーバックを瞬殺しおったらしいで」

 

「んー……。聞いた僕としては俄かに信じがたい話だね。ベートを倒したから只者じゃないのは分かってはいたけど、三種類以上の魔法だけじゃなく、まさか剣までも扱える万能型だったなんて……。ウチのファミリアに正式加入出来なかったのが、非常に悔やまれるよ」

 

「全くだ。そう考えるだけで、あの馬鹿者共を再び説教したくなってくる……!」

 

「もうそこまでにしておけ、リヴェリア。あの後にお主がこっ酷く叱ったではないか。ただでさえ謹慎させておると言うのに、これ以上は酷じゃろう」

 

 その一団はロキ・ファミリア。今は本拠地(ホーム)にある執務室で、主神ロキを含めた主要幹部のフィン、リヴェリア、ガレスが会議をしている。議題は当然、怪物祭(モンスター・フィリア)の騒動に活躍したベル・クラネルについてだった。

 

 因みにリヴェリアが言った馬鹿者共と言うのは、以前ロキ・ファミリアに入団しようとしたベルを追いだした門番達の事だ。宴会が終わった翌日、門番達はロキやフィン達からによるお説教をされた。その中で特に凄かったのはリヴェリアで、鬼の形相と化している彼女の説教によって門番達のライフは殆どゼロとなっていた。その場にいたロキ達が気の毒と思ってしまうほどに。

 

 そして門番達は暫しの間、冒険者活動が出来ないよう謹慎処分を下された。『入団希望者は必ず通すように』と命じられた事をせず、独断で追い出したのは見過ごせなかったから。例えそれがベル以外の入団希望者に対しても。

 

「にしても、詠唱中に魔法を発動させたとは聞いたことないのう。念の為に確認するがリヴェリア、『九魔姫(ナイン・ヘル)』のお主としてはどう見る?」

 

「訊くまでもないだろう。そんな馬鹿げた魔法があるなら、寧ろ私が真っ先に知りたい位だ。教えを請いたい程にな」

 

 ガレスからの問いに、リヴェリアは割と本気な返答をする。

 

「やれやれ、君の魔法に対する探究心は相変わらずだね」

 

「頼むから間違ってもドチビんとこに改宗(コンバージョン)したいなんて言わんといてぇな。あ、これ冗談やなくてマジやから」

 

 リヴェリアの返答を聞いたフィンは苦笑するも、ロキは若干ドン引きしながらも改宗(コンバージョン)するなと警告する。

 

 もしも魔法目的の為にヘスティア・ファミリアへ期間限定の改宗(コンバージョン)をするとリヴェリアが言ったら、ロキは絶対に許可を出す事はしないだろう。天界時代から不倶戴天とも呼べる程に不仲のヘスティアに、自分の眷族(こども)を取られるのはとても我慢出来ないから。

 

「まぁ、それはともかくとしてだ。今後ヘスティア・ファミリアの動向に注意を向けておく必要があるね。『Lv.1』でもベートを倒す実力を持ち、更には未知の魔法や剣を扱うとなれば、他のファミリアも放ってはおかない筈だ」

 

「せやな。場合によっては、どこぞの神が引き抜こうとするかもしれへん。仮にそないな展開になれば最悪……業腹やけど、ドチビのファミリアごとウチの傘下にしたるわ」

 

「ロキがそこまで考えているって事は、それだけ本気だって事だね。まぁ僕も同感だけど」

 

 自分達のファミリアが敵が多いのをフィンは重々承知している。万が一にベルがもう一つの最大派閥フレイヤ・ファミリアに引き抜かれてしまえば、それだけで一気にパワーバランスが書き換えられてしまう恐れがある。ロキやフィンとしては到底見過ごす事は出来ない。

 

「あ、そう言えば、ベートはどないしとるんや? 最近、姿を見かけんが」

 

「今もダンジョンに籠っておる筈じゃ。雑魚だと侮っていた小僧に負けたのが相当ショックだったんじゃろうな」

 

「一応昨日戻って来たが、あの顔を見る限りでは、もう暫く荒れてるだろうな」

 

 思い出したように呟くロキに、ガレスとリヴェリアはありのままを話した。

 

 それを聞いたロキは難しそうな顔をするも、一先ずは放置しておこうと結論する。

 

 

 

 

 

 会議が未だに続いている中、別の部屋で――

 

(……知りたい、あの子の力を。どうして、あれ程の強さを見に付いているのかを……! 今度、あの子がいるホームに行ってみようかな?)

 

 アイズ・ヴァレンシュタインはベルの力が気になっていたのであった。

 

(あ、でもその前に……壊れた剣の代金を何とかしないと……)

 

 けれど、食人花との戦闘で壊れてしまった代剣をすぐに思い出し、一旦後回しとなった。




今回の詠唱内容

「芽吹け、氷獄の(たね) 凍れる魂を持ちたる氷王よ 汝の蒼き力を以って魅せるがいい 我等の行く手を阻む愚かな存在に 我と汝が力を以って示そう そして咲き乱れよ、美しきも儚き氷獄の華 イル・バータ」

本当に中二病的の詠唱ネタを考えるだけで大変です。



一先ずこれで終了となります。

お付き合い頂きまして、ありがとうございました!


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番外編 戦争遊戯①

活動報告で番外編希望と出てましたので、急遽更新しました。

今回はフライング更新とします。


 怪物祭(モンスター・フィリア)での騒動が起きた三日後。オラリオはいつも通りの日常となっている。

 

 僕も僕で再びダンジョン探索を行っていた。尤も、一昨日はお祭りの翌日と言う事もあって、敢えてダンジョンに行かなかった。僕がシルバーバックや植物モンスターを倒したのを知った神々が騒いでいたから。なので仕方なく本拠地(ホーム)で大人しくする事となった。

 

 因みに神様は用事があって、一日も本拠地(ホーム)を空けていた。帰って来た時は凄く不機嫌そうな顔をしてたので、思わず尋ねてみるも『ベル君は気にしなくていい』の一点張り。何が遭ったのかは気になるが、神様が言いたくないならと僕は引き下がる事にした。

 

 そして二日経つと僕の噂がある程度落ち着いた。なので今日は今朝から久々のダンジョン探索を開始した。僕が本拠地(ホーム)を出ようとする際に神様が――

 

『ベル君、今日はいつも以上に気を付けるんだよ』

 

 と、凄く真面目な顔で言われた。僕は内心不思議に思いつつも、神様からの言葉に『はい!』と力強く返事をした。

 

 ダンジョンについて早々、僕は今までの遅れを取り戻そうと、襲い掛かってくる上層モンスターをひたすら倒し続けた。それが作業同然だと分かってても。

 

 半日以上もダンジョンに籠ってモンスターを狩り続けた結果としては、中層手前の12階層まで進んだ。『決して6階層以降は進まないように』と言われたエイナさんの約束を破っている。

 

 相変わらず上層モンスターは弱かったけど、10階層以降はそれなりの訓練が出来た。あそこはモンスターがかなりの集団で来るので、ファントムクラスの真価を漸く発揮する事が出来た。長銃(アサルトライフル)長杖(ロッド)のフォトンアーツ、更にはテクニックで殲滅したから。

 

 本気で戦えるモンスターがいなくても、僕の訓練には丁度良かった。暫くの間は中層手前の階層でお世話になろうと。

 

 本音を言えば中層に行きたいけど、ただでさえエイナさんの約束を破ってる状態だ。なのでエイナさんから中層進出許可を出すまでは行かないと自己完結する。

 

 久々のダンジョン探索でモンスターを狩り続けた事により、大量の魔石を得る事になった。持ち運ぶのは凄く大変だけど、生憎僕にはアークス専用のアイテムボックスがある。なので全て収納した後、大して苦も無くダンジョンから帰還した。

 

 魔石を換金しようとギルドへ行くと、そこには運良くエイナさんがいなかった。もし鉢合わせたら絶対に問い詰められるので、僕は彼女と会う前に早く済ませようと換金所へ向かった。魔石を換金したら………何と5万ヴァリス以上だ。5~6階層で稼いだ額とは格段に違う額だった。

 

 予想外の金額に思わず舞い上がりそうになるも、エイナさんの姿を確認した直後、僕はすぐに退散する事にした。僕が稼いだ金額を知ったら、尋問と言う名のお説教をされるのを分かっていたので。

 

「~~♪」

 

 エイナさんから逃れる事に成功した僕は、鼻歌交じりで神様がいる本拠地(ホーム)へ戻っていた。

 

「今日は久々だったから遅くなっちゃったな……。そうだ、明日は神様に恩返しをしよう」

 

 いつもより帰宅する時間が遅くなったので、豪華な食事が出来るお店に行こうと決めた。神様はきっと喜んでくれるはずだ。でも先ずは遅くなった事を謝らないとね。

 

 そう思いながら僕と神様が住んでいる本拠地(ホーム)へ辿り着くと――

 

「……………………え?」

 

 僕は言葉を失い、呆然と立ち尽くした。

 

 何故なら、僕の目の前には……本拠地(ホーム)である筈の古びた教会が半壊状態となっているから。破壊されているところは既に瓦礫の山だった。

 

「………か、神様………神様ぁぁ!!」

 

 立ち尽くしていた僕だったが、すぐにあの中にいると思う神様を救おうと駆け付ける。

 

 神々は下界へ来る時には神の力を制限されてしまい、ほぼ普通の人間と変わらない状態になっている。だから非力な神様が本拠地(ホーム)の中にいたら……そこから先は言わなくても分かる。

 

 即座に瓦礫の山を払おうとする僕は――

 

「ベル君! ボクはここだよ!」

 

「っ!」

 

 すると、少し離れた場所から神様と思わしき声が聞こえた。思わず足を止めて振り向くと、そこには無傷な神様がいた。

 

「ご無事でしたか、神様!?」

 

「それはこっちの台詞だよ! 君がいきなりあの中に入ろうとしたんだからさ!」

 

 本拠地(ホーム)から神様がいる方へ駆け付けた僕に、少し怒った感じで言い返してくる神様。

 

「ご、ゴメンなさい! 神様がいると思い込んで、すぐに助けようと……!」

 

「……そ、そうか。ボクを助けようとしてたんだね」

 

 僕の台詞に神様が妙に嬉しそうな顔をしている。僕、何か変なこと言ったかな?

 

「それより、一体何が起きたんですか? 本拠地(ホーム)へ戻ったら壊されてましたし、誰がこんな事を……!」

 

 僕は無残な姿となっている本拠地(ホーム)を見る。それを聞いた神様は、途端に顔を顰める。

 

「おのれ、よくも僕とベル君の愛の巣を……!」

 

「? 何の事ですか?」

 

 愛の巣とか訳の分からない発言をする神様に僕は首を傾げる。神様って時々おかしな事を言うから、少しついていけない。

 

 僕の問いに神様はハッとしたのか、咳払いをしながら気を取り直すように話す。

 

「あ~……もう犯人の目星は付いているよ。証拠は無いけど間違いなくアポロンと、そのファミリアの仕業だ」

 

「アポロン?」

 

 神様の言い方からして、恐らく相手は神々の一人だと思う。

 

 自分の生まれ育った世界に帰って来たとは言え、僕はオラリオに住まう神々の事はまだ把握してない。

 

 だけど、神様の顔を見ると分かる。凄く不快そうな顔をしながらアポロン様の名を言うって事は、ロキ様と同様に仲がよろしくない神だと。

 

「そのアポロン様が、どうしてこんな事をしたんですか?」

 

「ベル君を欲しがってるんだよ、あの変態は」

 

「………………はい?」

 

 いきなり意味不明な事を言う神様に僕は再び首を傾げる。そんな僕の反応を余所に、神様は理由を説明する。

 

 一昨日に神様が本拠地(ホーム)を開けていたのは、他の神様から呼び出しをされたからだ。神の宴に参加するようにと。

 

 神の宴は数日前、【ガネーシャ・ファミリア】主催で行われていた。普通に考えて、一週間も経っていないのに神の宴をやるのは余りにも早過ぎる。

 

 けれど、怪物祭(モンスター・フィリア)中に捕獲していたモンスターが脱走した件もあって、神の宴を急遽やる事になったそうだ。騒動に巻き込まれた神々を癒す為として。

 

 主催したのは【アポロン・ファミリア】で、その主神である男神アポロン様が神様に招待状を送ったらしい。必ず参加するようにと。神様は欠席するつもりみたいだったけど、相手の神様と知り合いだったのか、仕方なく参加する事にしたそうだ。

 

 神様が食事に専念してる最中、アポロン様が声を掛けたようだ。『ベル・クラネルをくれないか?』と。説明を聞いてる最中、僕は何故か悪寒が走ったのは気のせいだろうか。

 

 速攻で断る神様に、アポロン様はそれを予想していたのか――

 

『ならば仕方ない! 我が『アポロン・ファミリア』は君に戦争遊戯(ウォーゲーム)を申し込むッ!!』

 

 と、声高々に申込宣言をしたそうだ。更にはその場にいた他の神々は一切止めず、面白可笑しく見ていたと神様が言っていた。

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)はエイナさんからの講習で知った。ファミリアの間でルールを定めて行われるファミリア同士の決闘だと。

 

 けれど、それは双方の主神の同意を得なければ開始する事が出来ない戦いでもある。神様は当然知っているので再度断ると、アポロン様はそれすらも見越していたようにアッサリと引き下がった。

 

 アポロン様の不可解な行動を神様は不審に思いながらも、速攻で会場を後にした。どうやらこの前の本拠地(ホーム)から帰って来た時の不機嫌顔は、それが原因のようだ。

 

 その翌日である今日、アポロン・ファミリアと思われる多くの冒険者達が、僕達の本拠地(ホーム)を襲撃して破壊したそうだ。幸い、神様はバイトで帰るのが少し遅かったみたいで難を逃れていた。その時に本拠地(ホーム)を破壊していた襲撃者達に向かって抗議するも、向こうは即座に退散したらしい。

 

「そんな……! 戦争遊戯(ウォーゲーム)を断っただけで、こんな酷い事を仕出かしたんですか……!?」

 

 神様からの説明を一通り聞いた僕は、怒りを露わにして荒々しく言い放つ。

 

「ボクもまさかここまでやるとは予想もしなかった。でも思い出したよ。アポロンが物凄く執念深い性格だって事をね」

 

「執念深い?」

 

「ああ。ボクが天界にいた頃、アポロンにしつこく迫られた事があってね。他の神達もアポロンに迫られて凄くウンザリ気味だったんだ。あっ! 言っておくけど、今のボクとアポロンは何の関係は持ってないから決して誤解しないように!」

 

「は、はぁ……」 

 

 後半部分を矢鱈と強調している神様に、僕は取り敢えず頷いておくことにした。

 

「その執念深い性格は下界に来ても大して変わらなかったみたいだね。ベル君が欲しい為に、ファミリアの子供達を使ってまでやるなんて……!」

 

「えっと、一つお聞きしたいんですが……そもそもアポロン様はどうして、僕を狙っているんですか? もしかして、他の神様達と同様に、僕の力目当てですか?」

 

 この前のモンスター脱走時に、僕がシルバーバックを倒したのを目撃した神々がこぞって勧誘をやろうとしていた。恐らくアポロン様もその一人と見ていいだろう。

 

「それもあるね。でも一番の理由は……ベル君に一目惚れしたそうだ」

 

「…………はい?」

 

 おかしいな、耳が変になったかな? 僕の記憶が確かなら、アポロン様は男性の筈じゃ……。

 

「さっきも言ったけど、アポロンは変態なんだ。惚れた相手が同性の男相手でも構わず愛の告白をする重度の変態でね」

 

「いぃ!?」

 

 アポロン様の性癖を聞いた瞬間、僕は悪寒が走ると同時に鳥肌が立った。さっきまでの怒りも一気に霧散している。

 

 亡くなったお爺ちゃんの手紙には『出会いを求めるならオラリオへ行ってみろ』と言われて来たけど、僕としては流石にそこまでは求めてない。僕は普通に女の子が好きなノーマルだ!

 

「じょ、冗談じゃありません! 僕にそんな趣味は無いですし、大好きな神様以外のファミリアに移る気なんか微塵もありません!」

 

「はにゃっは!?」

 

「か、神様!?」

 

 いきなり神様がダメージを受けたみたいに倒れたので、僕はすぐに介抱する。

 

「大丈夫ですか!? もしかして怪我をしてましたか!? すぐにレスタで――」

 

「べ、ベル君が……大好きって……。やっぱりボクとベル君は、相思相愛だね……ウヘヘヘ……」

 

「神様、何をブツブツ言ってるんですか!? 聞こえませんから!」

 

 一体神様はどうしたんだ? 今の僕はキョクヤ義兄さんみたいな難しい言葉を使ってないのに……。

 

 

 

 

 

 

 本拠地(ホーム)を破壊された翌日。僕と神様はギルドへ向かった。

 

 昨日は後ろめたい事があってエイナさんに会い辛かったが、僕の代わりに神様が昨日の事を話してくれた。襲撃者はアポロン・ファミリアも含めて。

 

 一連の話を聞いたエイナさんは信じてくれたのか、すぐに上層部へと掛け合ってくれた。しかし、結果としてはダメだった。アポロン・ファミリアが襲撃した決定的な証拠が無いからと。

 

 神様がこの目で見たと目撃証言をするも、ギルドは動いてくれないみたいだ。いくら相手が神でも、第三者からの証言でなければ成立しないらしい。

 

 それに加えて、僕たちヘスティア・ファミリアは結成されたばかりなので、ギルドからの信用は無いに等しい。益してや大して名を上げてない零細ファミリアだから、他所のファミリアを陥れる為の狂言だと逆に疑惑を掛けられている。

 

 ギルド上層部の判断を聞いた神様は当然憤慨した。だけど向こうは聞く耳持たずで、取り合ってもくれない始末。その場にいたエイナさんは非常に申し訳ないと言わんばかり表情で、何度も何度も僕と神様に謝ってくれたのが救いだ。

 

 もう此処は当てにならないと判断した僕達はギルド本部を去り、神様はある場所へと行く事にした。アポロン・ファミリアがいる本拠地(ホーム)へ。

 

 

 

 

 

「やあヘスティア、君が此処へ来るなんて珍しいね。一体何の用かな?」

 

「白々しい! そっちから僕達の本拠地(ホーム)を襲撃しておいて、よくそんな台詞が言えるもんだ!」

 

「止めて欲しいなぁ。何の証拠も無いのに我々を疑うとは」

 

 アポロン・ファミリアの本拠地(ホーム)の門を通り、僕と神様は豪邸前にいた。目の前にはアポロン様、そして周囲にアポロン様の眷族達が勢揃いしている。

 

 僕達が訪れた事をまるで分かっていながらも、突然の来客を持て成すように言ってくる。神様がすぐに言い返すも、アポロン様は素知らぬ顔だ。

 

「それで、用件は何だい? 見ての通り私は多くの子供達を抱えてて、色々と忙しい身なのだ。たった一人の眷族しかいない暇神の君とは違ってね」

 

「っ……」

 

 自分の戦力をまるで見せ付けるように言うばかりか、神様をバカにした発言をするアポロン様。それに反応するように、アポロン様の眷族達の中には嘲笑しているのがいる。けれど、嘲笑しないどころか何故か凄く恐れているような感じがする髪の長い女性がいた。しかも僕の方を見ながら。

 

 不機嫌な顔をしてる神様は更にムッとするも、すぐに切り替えて抗議しようとする。

 

「アポロン、君は今後もちょっかいを掛けるつもりなのかい? ベル君を手に入れる為に」

 

「先程から何を言ってるのか全くもって分からないなぁ。こちらは全く身に覚えが無いと言うのに。嘗て君と愛を囁き合った仲とは言え、一方的に言われるのは流石に心外だ」

 

「何が愛を囁き合った仲だぁ! ボクは既に断っているのを知ってる筈だろ!?」

 

「か、神様、落ち着いて下さい……!」

 

 アポロン様の言葉が癪に障るのか、神様は再び冷静さを失って怒鳴り散らしていた。

 

 神様を宥めている僕に、アポロン様は興味深そうに見てくる。

 

「ほう、君は冷静だね。そこのヘスティアとは大違いだ。こんな可愛い子がヘスティアの眷族とは、さぞかし苦労が絶えないだろうねぇ。私の所へ来れば、思いっきり可愛がってあげるのに」

 

 嫌らしい笑みを見せながら悍ましい発言するアポロン様に、僕は思わず身震いしてしまった。神様の言う通り、この方は相手が自分と同じ男でも本当にお構いなしのようだ。

 

 この場にキョクヤ義兄さんとストラトスさんがいたら、確実にドン引きと同時に幻滅するだろう。全知全能の神が、こんな変態だったなんてみたいな。

 

「もう君に何を言っても無駄だって事が良~くわかったよ、アポロン。ボクは決めたよ」

 

「決めた? 一体何をだい?」

 

 鸚鵡返しをするアポロン様に、神様は気にせず近くにいる男性小人族(パルゥム)へ視線を向ける。

 

「そこの小人族(パルゥム)君、手袋を貸してくれないか?」

 

「え? は、はい……」

 

 突然の名ざしに男性小人族(パルゥム)は戸惑いつつも、言われた通り片方の手袋を神様に差し出した。

 

 神様は彼の手袋をふんだくる様に取った後――

 

「ふんっ!」

 

「お?」

 

『っ!?』

 

 アポロン様に向かって思いっきり投げた。そしてそのままアポロン様の顔に直撃する。

 

 神様の行動にアポロン様の眷族達は驚いた顔をしている。けれど相手が神様なのか、誰も文句を言おうとはしない。

 

「上等だ! この前言ってた戦争遊戯(ウォーゲーム)をやってやろうじゃないか!」

 

「フフフフ……」

 

 その発言を待っていたと言わんばかりに、アポロン様は得意顔となる。

 

「今ここに、神双方の合意は成った! 諸君、戦争遊戯(ウォーゲーム)だ!」

 

 

『うぉぉおおおお! 待ってました~~~!』

 

『ギルドに戦争遊戯(ウォーゲーム)を申請しろ~~!』

 

『臨時の神会(デナトゥス)の召集だぁ~~!』

 

『漲ってきたぁぁ~~~!!』

 

 

 アポロン様の発言を聞いた他所の神々が急に現れた。

 

 と言うかこの神様達、一体どこから現れたんだ?

 

 突然現れた神々に僕が呆れながら周囲を見渡している中、アポロン様は気にせず戦争遊戯(ウォーゲーム)の準備に取り掛かろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

「すまない、ベル君! ボクの勝手な判断で、君を巻き込んでしまって……!」

 

「謝らなくていいですよ。僕としては、いきなり押し掛けたミアハ様に申し訳ないですし」

 

「気にするでない。困った時はお互い様だ」

 

「本当なら団長の私が追い出してるところだけど……お金さえ払ってくれるなら、何日でも滞在して構わない」

 

 用件を済ませた僕と神様は、現在ミアハ・ファミリアの本拠地(ホーム)――『青の薬舗』にいる。

 

 僕達の家は既に半壊して住める状態じゃないので、どこかの安い宿で一時的に仮拠点とするつもりだった。ソレを探している際、神様の神友であるミアハ様と遭遇した。

 

 事情を説明した後、ミアハ様は戦争遊戯(ウォーゲーム)が終わるまでの間、自分の本拠地(ホーム)を提供してくれた。ミアハ様には感謝の言葉しかない。

 

 しかし、流石にタダで住まう訳にはいかないから、僕が滞在費として1万ヴァリスを渡した。そんな大金は受け取れないとミアハ様がやんわり断ろうとする中、彼の眷族で女性犬人(シアンスロープ)――ナァーザ・エリスイスさんが横から掻っ攫うように受け取った。

 

 それを見たミアハ様が咎めようとするも、ナァーザさんは強引な説得で引き下がる事となった。お店の経営が大変だからと言われてしまって。

 

「それはそうと、此度の戦争遊戯(ウォーゲーム)に勝算はあるのか? ベルがいくら腕が立つ冒険者とは言え、百名以上の眷族がいるアポロン・ファミリアが相手では、限りなく低いと私は見ているが」

 

 確かにミアハ様の言う通り、端から見れば無謀も同然だ。僕一人だけで、百人以上いるファミリア相手に勝つのは絶対無理だろう。

 

 だけど、僕としては問題無い。ファントムクラスである僕にとって、それこそ真価を発揮出来る戦いが出来るから。当然、一対一の戦いも出来るけど。尤も、今の僕が言っても神様やミアハ様はすぐに信じてはくれないだろう。それが嘘じゃないと分かってても。

 

「ではお聞きしたいんですが、アポロン・ファミリアで一番強い人は誰ですか? その人との一騎打ちならば、何とかなるかと」

 

「う~ん……僕は結構前から下界にいるけど、他のファミリアの事については分からないからなぁ。ミアハは知ってるかい?」

 

「ふむ。私の記憶が確かであるなら、あそこのファミリアはヒュアキントスと言う男の人間(ヒューマン)が団長を務めている筈だ。現在は『Lv.3』だったな。故にその者がアポロン・ファミリア最強だ。因みに残りの団員の殆どが『Lv.1』や『Lv.2』らしい」

 

 ミアハ様が思い出しながら口にすると、一緒にいたナァーザさんもコクコクと頷いている。

 

 あそこの団長は『Lv.3』かぁ。僕が戦った『Lv.5』のベートさんより格下なのは確かだろう。しかし、あの人は戦う前から僕を侮っていたので、本来の実力を出していないから何とも言えない。元より油断する気は無いので、僕はただ全力でやるだけだ。

 

「情報提供ありがとうございます。神様、もし出来るなら代表同士の一騎打ちでお願いします」

 

「ああ、分かった。そこは任せてくれ! ボクの交渉術で何とかしてみせるぜ!」

 

 僕の要望に神様は力強く返事をしながら、親指をグッと上に立てた。

 

 代表同士の一騎打ちが出来るならそれに越した事はないけど……本当に実現出来るか分からない。僕はまだアポロン様の事をよく分からないけど、神様の提案を簡単に受け入れてくれるとは到底思えないから。

 

 なので、もしも今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)が総力戦となった場合の事を考えて……本格的な訓練をする必要がある。ダンジョン中層をメインに。そして、中層にいる巨大エネミーの階層主――ゴライアスと戦う事も含めて。




短編なので、もう飛ばし飛ばしでやってます。

今回のベルに中二成分は大してありませんが、戦闘になったら思いっきり出す予定です。


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番外編 戦争遊戯②

今回は神会(デナトゥス)メインの話です。

あと、いつもより少し短い内容ともなっています。


「今回の勝負は代表同士の一騎打ちだ! それで決着を付けようじゃないか!」

 

「はっ! 何を言うかと思えば……そんなの認めるわけないだろう!」

 

 翌日の午前。ヘスティアとアポロンはある場所で対面している。

 

 そこはバベル30階の大広間。神会(デナトゥス)を行う会場であり、現在ヘスティア・ファミリアとアポロン・ファミリアの戦争遊戯(ウォーゲーム)についての会議をしていた。

 

 もう既にお互いに勝利した時の要求は決まっていた。アポロンの場合は当然ベル・クラネルを頂く権利。ヘスティアの場合、敗者となったアポロンに何でも要求出来る権利。明らかにヘスティアの方が旨味があり過ぎる要求だが、これはアポロン自身が決めたのだった。自分が敗北する事は断じてあり得ないと絶対の自信を持っているから。

 

 そして、会場に来ているのはヘスティアとアポロンだけでない。二人の周囲には今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)を聞きつけた他の神々も参加している。彼等は別に神としての義務とか、戦争遊戯(ウォーゲーム)をやろうとする二人を心配して参加している訳ではない。面白そうだから、と言う理由で来ているだけに過ぎなかった。

 

 神々は娯楽を求める為に下界へ来ている。娯楽を知った為に味を占めてしまったのか、神々の大半は自分勝手で自由奔放なキチガイと化している。真面目で良識な考えを持っていた神ですらも恐ろしく変貌している。尤も、今も良識を持った神物もいれば、下界に降りた事によって良い方向へ変わった神格者もいる。

 

 神会(デナトゥス)に参加している神々の中で、ヘスティアを心配しているのは複数いる。

 

 一人目は男神ミアハ。ヘスティア・ファミリアの状況を知り、すぐに自身の本拠地(ホーム)を仮宿として提供した善神。

 

 二人目は男神タケミカヅチ。極東の神でヘスティアと接点は無いと思われるが、彼はヘスティアと同じバイト仲間であり、今回の件を知って非常に心配していた。

 

 三人目は女神ヘファイストス。彼女は以前まで下界に降りたヘスティアの保護者だった。しかし、自分の所で何もせずにぐうたらな生活を送っていたヘスティアに堪忍袋の緒が切れて追い出した。古びた教会を住まい場所と提供した後、一応はそれっきりとなっている。そして今回の襲撃を聞いて最初は凄く心配だったが、神会(デナトゥス)で無事な姿を見た時には内心安堵していた。

 

 ヘスティアと接点のある神三名の他に、面白そうだという理由以外で参加している神が他にもいた。

 

(アポロンめ、ウチのベートがベルに負けたのを知っておきながら……マジでええ度胸しとるやないか)

 

 その神は女神ロキ。ヘスティアとは天界にいた頃から不仲で喧嘩ばかりの日々を送っている。ヘスティアの本拠地(ホーム)が襲撃されたと耳にした時、ざまあみろと内心愉快そうな顔をしていた。しかし、それは一瞬で一変する。ロキは知っていた。自分が今一番に注目しているベル・クラネルを、アポロンが我が物にしようとしてる事を。

 

 自分が最初に目を付けたと言うのに、それを横からベルを掻っ攫おうとするアポロンの行為に酷く腹が立った。『ファミリアごと潰したろか』と、恐ろしく物騒な事を考える程に。

 

 本当だったらロキはすぐに主要幹部を集めて緊急会議をする予定だったが、フィンとリヴェリアが不在なので叶わなかった。主要幹部のガレスがいても、二人だけでは会議にならないので。因みに肝心の主要幹部二人は現在、幹部のアイズやヒリュテ姉妹、そしてレフィーヤを連れて資金調達の為にダンジョンへ行っている。彼等がダンジョンから帰還したらすぐに話すつもりだ。

 

 と言った感じで、ロキだけが一番にベルの本当の実力を知っている事になる。……だが、実はそうでもなかった。この会場にもう一人、ロキと少し似た理由で参加している人物がもう一人いる。

 

(アポロンったら、もう自分の物のように言うなんて……不愉快ね。あの子は私が頂く予定なのに)

 

 その名は女神フレイヤ。フレイヤ・ファミリアの主神で、都市最高派閥のロキ・ファミリアと並ぶ最強の一角。そんな女神が此処に来ている理由はベル絡みだった。

 

 フレイヤもロキと同様にベルを狙っている。実は彼女、以前の怪物祭(モンスター・フィリア)でモンスターを魅了させ、更には脱走させた真犯人でもある。

 

 そんな大それた事をした理由は……ベルに惹かれたからだ。けれど彼女はアポロンと違い、ベルの容姿以外にもあった。ベルの持つ魂の色を。

 

 神々の中で唯一、フレイヤのみが人間の魂を見る事が出来る。それによって彼女は時折、住まいとしてるバベル最上階から暇潰しとして人間の魂を観察していた。

 

 そんな時、彼女は偶然ベルを見つけてしまった。他の人間とは全く違う、透き通っていながらも綺麗で純粋な色をしたベルの魂を。

 

 フレイヤは心の底から歓喜した。あんな魂は今までに見た事がないと。そして決心した。あの子は何が何でも自分の物にすると。

 

 ベルに目を付けた彼女はもう日課となってしまったのか、ベルの魂を確認しようと何度も覗き見している。時折、自分の視線に気付いたのか、ベルが突然警戒するように自分の方へ物騒な武器を向けた事が何度もあった。美の女神である自分に武器を向けるのは、自身の眷族からすれば大罪だと激昂するだろう。尤も、フレイヤは不快どころか逆に嬉しかった。今まで自分に気付いた事なんて一度も無かったから。

 

 更にはロキ・ファミリアの幹部――ベート・ローガとの決闘も覗き見ていた。ベルが『Lv.5』のベート相手に勝ったのも含めて。

 

 しかし、アレがベルの全力だとフレイヤは思っていない。まだ力を隠している筈だと。

 

 そんな時に思い付いたのが、怪物祭(モンスター・フィリア)だった。あそこにいるモンスターを使って、ベルの実力を測ってみようと。

 

 結果は上々と言うべきか、捕獲したモンスター――シルバーバックを瞬殺したのを見て、思った通りだと確信した。ベルには他の冒険者達とは違う異質な力を持っていると。予想外に出現した食人花をあっと言う間に倒したのも含めて。

 

 次はどんな風に驚かせてくれるのかと思って再びベルを覗こうと思った矢先、思わぬ邪魔が入った。アポロンが騒動の慰安を兼ねた『神の宴』を主催するとの招待状が送られたから。

 

 自分の楽しい時間を邪魔された事に、彼女は参加する気など毛頭無かった。しかし招待状には『美の女神として是非とも参加して欲しい』と、アポロンからの強い要望があったので、仕方ないと言った感じで参加する事にしたのだった。

 

 退屈でありながらも、一通りの時間を過ごすフレイヤだったが、ここでまたしても予想外の事を知った。アポロンがベル・クラネルを我が物にしようと、主神のヘスティアに戦争遊戯(ウォーゲーム)を申し込もうとしている不愉快極まりない事を。

 

 アポロンの不愉快極まりない行動に苛立ちを抑えつつも、フレイヤは終始見守る事に徹した。ベルの実力を考えれば、アポロン・ファミリア程度なら問題無いと。

 

 ところが、臨時の神会(デナトゥス)に参加しているフレイヤの機嫌は最高潮に悪くなっている。ベルをもう我が物気取りで発言しているアポロンを見て。それでも全く気にしてないように、終始笑顔で見守っているが。

 

 ロキとフレイヤが共通している事は……アポロンに対する怒りだった。そして、どうやって消そうかと物騒極まりない事も考えている。

 

「それに団員が少ないのはヘスティアの怠慢だろう? それを理由に一騎打ち、何て都合のいい理由は罷り通らない」

 

「くっ……!」

 

 アポロンの言い分にヘスティアは言い返す事が出来なかった。自分がベルを眷族に成功して以降、勧誘を全くしなくなってしまったから。

 

 本当ならヘスティアは、ベル以外の新しい団員も勧誘するつもりだった。けれど、『大好きなベルと二人っきりの生活を過ごすのも悪くない』、と言う欲望も優先してしまった。その結果が今の有り様だ。

 

 それを知っているアポロンは、敢えてヘスティアの提案を却下した。自分が負けるなど微塵も思ってないが、万が一に向こうの都合に合わせて負けたとなれば本末転倒になると。

 

 しかし、だからと言って全て拒否する等と、流石のアポロンも鬼ではない。それ故に――

 

「では、こうしようじゃないか。この場に参加している皆の意見を募り、その提案の中からくじ引きで決めると言うのは。それならヘスティアとて文句はないだろう?」

 

「…………分かったよ。でも、そのくじは一体誰が引くんだい? 仮にボクとアポロンのどっちかが引くとなれば、お互い不公平だと文句を言うのが目に見えてるんだけど」

 

 例えばヘスティアがくじを引いて、万が一にも一騎打ちとなればアポロンが文句を言うだろう。逆にアポロンが引いて、殲滅戦となればヘスティアが文句を言うだろう。

 

 そんな分かり易い光景を予測しているから、ヘスティアは暗に自分達でくじを引くのはダメだと伝える。

 

「うむ、それは尤もだな。なのでここはいっそ、我々の息がかかっていない中立の神に引いてもらうとしよう。それならばお互い納得する」

 

 アポロンもヘスティアに賛成みたいで、この場に参加している一人の神に引かせようと提案した。ヘスティアもそれに同意の意を示している。

 

「せやったらウチが引くで~。ウチなら文句ないやろ~?」

 

 そんな時、今までずっと見守っているロキが挙手してきた。

 

「却下だ! 君みたいな無乳の疫病神にくじを引かれたら、こっちは堪ったもんじゃないよ!」

 

「なんやとこらぁぁぁぁ!!! 胸は関係ないやろドチビぃぃぃ!!!」

 

 名乗り出るロキにヘスティアが即座に指をさしながら却下と同時に罵倒した。それを聞いたロキは両手でバンッと机を叩きながら立ち上がる。

 

 神々も最初は挙手したロキなら問題無いだろうと思った。しかしへスティアと不仲だった事を思い出したので、ロキをくじ引き候補から外す事となったのは言うまでもない。

 

「それじゃあ、俺はどうかな?」

 

 すると、今まで沈黙のまま見物に徹していた一人の男神が挙手をした。

 

 その男神は普段から旅をしており、滅多にオラリオにいない。名はヘルメス。ヘルメス・ファミリアの主神で、今回は一旦旅を終えてオラリオへ戻ってきた矢先、今回の神会(デナトゥス)を知って急遽参加した。

 

「う~ん……まぁ、君ならいいか」

 

「そうだな。ヘルメスならば問題無いだろう」

 

 ヘスティアは勿論のこと、アポロンも彼とは何の接点も無い中立の神だ。お互いにヘルメスのくじを引く事を同意する事となった。ヘスティアは内心、『何でヘルメスが?』と疑問に思っていたが。

 

 そして用意された箱に、神々が意見が書かれた投票用紙が全て入り準備は万端となった。

 

 因みにヘスティアは投票用紙に『一騎打ち』と書いたのは言うまでもない。同時に当たりますようにと、目の前にいるヘルメスに向かって強く願っている。

 

「じゃあ引くよ。どんな結果になっても、恨まないでくれよ?」

 

 そう言うヘルメスに、ヘスティアとアポロンは頷く。もう恨みっこなしだ。

 

 ヘルメスは内心、どっちからも恨まれるような内容にならない事を密かに願いながらくじを引く。

 

 誰もが見守っている中、ヘルメスがくじを引いた内容は――

 

「げっ! ご、ごめんヘスティア。『攻城戦』だって」

 

「はあっ!?」

 

「ははは! これは良い! 公正な抽選だ! 異論は認めないぞ、ヘスティア?」

 

 攻城戦だと知った途端、ヘスティアは口を大きく開けて驚愕し、アポロンは愉快と言わんばかりに高笑いをする。

 

「数ある中からソレを引くとは……」

 

「よりによって、一番人数が物を言う対戦形式だぞ……」

 

「もう最悪な展開ね……」

 

 ミアハ、タケミカヅチ、ヘファイストスは思った事を口にする。明らかにアポロンが有利な戦いだと言う事を分かっているから。

 

「しかし、団員がたった一人しかいないヘスティアの所では、城を防衛するのは無理だろう。せめてもの情けとして、攻めはヘスティアに譲るとしよう」

 

「ぐぬぬぬぬぬ……!」

 

 情けをかけられても、ヘスティアが断然不利である事に変わりはないのは言うまでもない。

 

 ヘスティアは内心この場にいないベルに謝った。心の底から本当に申し訳ないと。

 

「あの~、ちょっと良いかな?」

 

 そんな中、くじを引いたヘルメスが途端に意見を申し立てるように手を上げた。

 

「くじを引いたから文句を言う訳じゃないんだが……これは余りにも差があり過ぎる。ヘスティア側に助っ人を認めたらどうだろうか?」

 

「ダメだ! 戦争遊戯(ウォーゲーム)はファミリア同士の戦い。助っ人など認めれば、神聖なルールを穢す事になる!」

 

 こればかりは譲れないと頑なに拒否するアポロンに――

 

「恐いのかしら、アポロン?」

 

「何をそんなにビビっとるんや?」

 

 突如、フレイヤとロキが口を挟んできた。

 

「フレイヤにロキ、それは一体どう言う意味だ?」

 

「別に。私はただ、助っ人くらいで自信が無くなるのかと思っただけよ」

 

「せやせや。なぁアポロン、自分とこの眷族(こども)に対する愛情はその程度なんか? もしウチがドチビと戦争遊戯(ウォーゲーム)やるんやったら、助っ人ぐらいは認めるでぇ」

 

 

「おう! そうだそうだ!」

 

「助っ人ぐらいは良いだろう!?」

 

「まさかマジで恐いんじゃないだろうなぁ!?」

 

 

 

(フレイヤはともかく……ロキは一体なんのつもりだ?)

 

 最高派閥の主神であるフレイヤとロキからの思わぬ擁護に、ヘスティアは困惑気味だった。特にあのロキが自分を擁護するなんて、全くといっていい程に意外過ぎるから。

 

 他の神々からも二人に賛成なのか、何度も『助っ人!』と声高に叫んでいる。

 

「ば、バカにするな! 分かった、助っ人は認めよう」

 

 アポロンがヘスティア側の助っ人参戦を了承した事に、提案したヘルメスはしてやったりとほくそ笑む。

 

「但し、人数は一人だ! そして、オラリオ以外のファミリアに限る事! これでどうだぁ!?」

 

 助っ人の条件を提示するアポロンに、この場にいる誰もがこう思った。

 

『せこい……』

 

 と、物凄く呆れた顔をしながら。

 

 色々と思うところはあれど、これにて戦争遊戯(ウォーゲーム)の内容は決まった。

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)の開始予定日は一週間後。これはヘスティアの希望だったが、それなら問題無いとアポロンも了承した。その一週間後でヘスティア・ファミリアとアポロン・ファミリアの全てが決まる。

 

 しかし、ミアハを除くこの場にいる神々は誰一人とて疑問を抱かなかった。ヘスティアが何故一週間にしたのかと言う疑問に。

 

(ベル君がダンジョンから戻ってきたら速攻で謝らないと! でもベル君、ちゃんと戻って来るのかなぁ? 訓練をする為に暫くダンジョン中層に籠るって言ってたけど……これで戻って来なかったら、それはそれで心配だよぉ)

 

 指定した日までに戻って来るとベルは言ったが、ヘスティアは凄く不安だった。

 

 流石のヘスティアでも、冒険者になったばかりのベルがいくら強くても、中層へ行くのはまだ早過ぎるだろうと。




今回はロキとフレイヤの心情がメインでした。

この作品では、両名ともベルを狙っていますので。


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番外編 戦争遊戯③

 戦争遊戯(ウォーゲーム)に向けての訓練をしようと、ダンジョンに籠って数日が経つ。既に中層に進出している僕は――

 

「吹き荒れよ、闇の風! ヴォルケンクラッツァー!」

 

『ギィッッ!』

 

 自分を取り囲んでいる複数のアルミラージに、衝撃波を伴う落下攻撃を行う抜剣(カタナ)ファントム用フォトンアーツ――ヴォルケンクラッツァーで仕留め――

 

「貫け、闇の弾丸! クーゲルシュトゥルム!」

 

『キャイィィィイイイインッッッ!!!』

 

 前方から炎を吐き出そうとする10匹以上のヘルハウンドを阻止しようと、前方広範囲に扇状の掃射を3連続行う長銃(アサルトライフル)ファントム用フォトンアーツ――クーゲルシュトゥルムで一掃し――

 

「斬り裂け、闇の衝撃波! ルーフコンツェルト!」

 

『ブモォォォォォオオオオオオオッ!!!』

 

 以前に戦い損ねたミノタウロスに、連撃を繰り出して衝撃波を飛ばす長杖(ロッド)ファントム用フォトンアーツ――ルーフコンツェルトで胴体を斬り裂いて真っ二つにした。

 

 他にもライガーファングなどの違うモンスターも現れたけど、さっき使ったフォトンアーツの他に、通常攻撃やテクニックで一掃している。

 

「はぁっ……はぁっ……はぁっ…………すぅ~~~、はぁ~~~~………ふうっ」

 

 襲ってくる大量のモンスターを一通り片付けた僕は周囲に誰も無い事を確認した後、途端に息が上がった。しかしそれも束の間で、深呼吸で整えると一通り落ち着く。

 

 中層に留まってかれこれ三日以上経ち、誰もいないエリアで休憩を挟みながら中層のモンスターを片っ端から倒し続けている。この期間で小型や大型のモンスターを合わせて、もう百匹以上は確実だろう。その証拠に、僕が持っているアイテムボックスには魔石やドロップアイテムでいっぱいだ。

 

 流石は中層と言うべきか、上層なんかより断然良い。僕の実力では中層モンスターもそこまで強くはない。だけど、出現頻度が上層とは全然違う。今までは倒した後に出現するのに少し時間が掛かってたけど、此処ではいつも以上に早く出現している。休む間もなく、という感じで。

 

 思わず前の世界で戦ったアークスの宿敵――ダーカーを思い出した。アレは倒しても倒してもキリが無いと思う程に、何度も出現していた。ダーカー討伐に参加していた女性キャスト――リサさんは楽しそうに終始笑顔のままで、ダーカー相手に長銃(アサルトライフル)で撃ちまくっていたな。正直言ってドン引きする程に。

 

『どうしたんですかぁ、ベル君? 休んでいる暇なんてありませんよぉ。だってあそこにダーカーがまだまだい~っぱいいるんですからぁ、撃ち放題ですよぉ~、うふふふふ』

 

 と、暗に休むんじゃないと脅し染みた事を言ってきたなぁ。あの人は味方だと頼もしいけど、敵に回ると凄く恐ろしい人でもある。

 

 って、今はリサさんの事を考えてる場合じゃない。過去の事を思い出してるんじゃなくて、今は戦争遊戯(ウォーゲーム)に勝つ為の訓練をしているんだ。

 

 現在は16階層でモンスターを倒し続けているけど、ここ最近の出現頻度が格段に落ちてきた。多分だけど、僕が一人でたくさんのモンスターを倒し続けているのを見て警戒しているんだと思う。

 

 僕がふと感じたモンスターの気配に視線を向けると、一匹のライガーファングがいた。普通だったら即座に襲い掛かってくるんだけど、向こうは僕を警戒しているどころか恐れている感じがした。物の試しに一歩近づくと、ライガーファングはビクッとしながら一歩下がる。それどころか、僕に背を向けて逃げてしまった。

 

「………う~ん、ちょっとやり過ぎたかな?」

 

 昨日までは獰猛に襲い掛かってきたライガーファングが、今や情けない姿となった事に僕は自分を顧みる。僕が派手にやり過ぎた所為で、あのモンスター以外も警戒している筈だと。

 

 この階層でやるのはもう無理だから、更に下の階層まで進みたいところだけど、流石に難しかった。これ以上進んでしまったら、神様と約束した指定日に遅れてしまう。

 

 まだ指定日には余裕がある。だけど、この辺りで訓練をやり続けるのはもう限界だ。モンスター達が僕に怯えているから、もう戦いにもならない。そう考えると、残された選択はたった一つだ。

 

「……もう一度行ってみようかな、17階層に」

 

 その階層には巨大モンスターの階層主――ゴライアスがいる。だけど、昨日行ってもゴライアスと遭遇する事が出来なかった。

 

 聞いた話だと、ゴライアスなどの階層主は一度倒したらすぐに復活しないらしい。再出現する為に二週間の出現間隔(インターバル)があると。僕が17階層へ行っても現れなかったって事は、恐らくその出現間隔(インターバル)が過ぎていなかったんだろう。

 

 出来れば戦争遊戯(ウォーゲーム)をやる前にゴライアスと戦いんだけど、もしかしたら無理かもしれない。指定日に余裕があると言っても、今の僕にはダンジョンに長く留まれる時間が限られているし。

 

「う~ん……ゴライアスが出てきますように」

 

 この場にいない神様に、ゴライアスが出てくるよう神頼みをした。

 

『止めるんだベル君! 君一人だけでゴライアスに挑むなんて無茶にも程があるよ!』

 

 ……あれ? なんか僕を引き留めようとする神様の声が聞こえた気が……多分、気のせいだろう。

 

 そう簡潔した僕は襲い掛からずに遠目で見ているモンスターを気にせず、17階層へと行く事にした。

 

 

 

 

 

 

 場所は変わりダンジョン18階層。そこには地上へ帰還する一団が17階層へと向かっている。

 

「ねぇフィン~、本当にアイズとリヴェリアだけ残して良いの?」

 

「やっぱり、私達も残った方が……」

 

「あのねぇアンタ達、もういい加減にしなさい。もうソレ何回も言ってるわよ?」

 

「あはは……。何度も言うけど、リヴェリアがいるから大丈夫だ。何か遭っても責任はリヴェリアに取ってもらうからね」

 

 その一団はロキ・ファミリアの主要メンバーだった。

 

 未だ深層に残っていると思われる仲間を心配するティオナとレフィーヤに、ティオネが窘めようとする。同じ光景を何度も見ている団長のフィンは苦笑しながら再度返答する。

 

 彼等は“とある事件”に遭った後、資金調達をしようとダンジョン深層へ向かっていた。一通りの魔石やドロップアイテムも集まったので、フィンは帰還しようと思っていた。しかし、幹部のアイズが深層に残ると突然言い出した。

 

 最初は渋るフィンだったが、リヴェリアの要望により許可を出す事にした。なので、フィン達は二人を残して地上へ帰還している。その途中、ティオナとレフィーヤが未だに心配して戻るべきだと何度も言っているが。

 

「もうアイズとリヴェリアに関しての話は無しにしてちょうだい。もし次言ったら本気で殴るわよ?」

 

「わ、分かったよ~。もう言わないから」

 

 拳骨の仕草をするティオネに、本気でやると分かったティオナは苦笑いをしながら従う。

 

 それを見たフィンも内心安堵していた。彼も少しばかりウンザリ気味だったので。勿論、それは顔に出さないでいる。

 

「あ、そう言えばさ!」

 

「今度は何よ?」

 

 思い出したように言うティオナに、ティオネは内心マジで殴ろうかと思いながらも確認した。

 

「あの子、今どうしてるのかな~?」

 

「あの子って?」

 

 一先ずアイズ達じゃないと分かったティオネは拳を収める事にした。ティオネの言うあの子が誰なのかを考えながら。

 

「ほら。前にベートに勝って、フィリア祭でレフィーヤを助けた白兎みたいな白髪の子だよ。名前は確か――」

 

「ベル・クラネルだね」

 

「団長……?」

 

 ティオナが思い出そうとしてると、フィンが名を告げた。珍しく割って入る様に言ってくるフィンに、ティオネが意外そうに彼を見る。

 

「そうそう、そんな名前。そのベルって子だけど、ダンジョンで全然見かけなかったよね。あんなに強いんだから、てっきり中層辺りで会えるかな~って思ってたんだけど」

 

「確かに彼の実力だけを考えれば、恐らく中層でもやっていけるだろうね。だが、彼が中層へ行くのはまだ早過ぎる」

 

「え~、どうして? ベートのこと以外でも、あの新種のモンスターを見た事ない魔法であっと言う間に倒したのに? 中層に行ってもおかしくないじゃん」

 

 『LV.1』のベルが『Lv.5』のベートに勝つのは、普通に考えてあり得なかった。如何にベートがベルを侮っていたとは言え、レベルやステイタスが余りにも差があり過ぎるから、良くて傷を負わせるのが精々だ。それは最早オラリオの常識になっている。

 

 だと言うのに、その常識をベルによって一瞬で壊されてしまった。更には『Lv.1』で絶対に太刀打ちできない食人花も、ベルが倒してしまった。それにより、ロキ・ファミリアはベルを既に『Lv.1』とは名ばかりの強者と見ている。

 

 ティオナもその一人だから、ベルの実力なら中層に来ても問題はないと言っていた。

 

「それはあくまで僕達の基準に過ぎない。如何に彼が強いからと言っても、未だ新人冒険者で何の功績も無い身だ。あのギルドがそう簡単に中層進出なんて認めはしないだろう」

 

「ええ!? 何で何で~? あの子、この前のフィリア祭で強いって証明されたじゃん! 何でギルドが認めないのさ~!」

 

「馬鹿ティオナ、少し考えれば分かるでしょう」

 

 フィンの言い分に納得出来ないティオナが抗議するも、ティオネが呆れ顔で嘆息しながら説明する。

 

「フィリア祭で起きたモンスターの脱走や例の新種モンスター出現は、ガネーシャ・ファミリアとギルドの失態でもあるのよ。それをギルドが秘密裏に処理してるのに、新種の一匹をベル・クラネルが倒したって何の功績にもならないのよ」

 

「あ、そっか……」

 

 ギルドの裏事情をロキから聞いたのを思い出したティオナは漸く理解した。

 

「まぁ、そう言う事だ。代わりに説明してくれてありがとう、ティオネ」

 

「いえいえ! これ位の事は団長の手を煩わせる必要はありませんので!」

 

 フィンの感謝にティオネは満面の笑顔を見せた。明らかに自分をアピールしている事にフィンは気付くが、敢えてスルーしている。

 

「けれど、それを抜きにしても、もし会った時には礼を言わないといけない。彼にはレフィーヤを治療してくれた恩があるからね。そうだろう、レフィーヤ?」

 

「は、はい。仰る通りです……」

 

 確認するように問うフィンに、レフィーヤは複雑な顔をしながら返事をする。

 

 傷を治療してくれた事に恩を感じているレフィーヤだが、自分が尊敬するアイズがベルに興味を抱いている。なので素直に礼を言う事が出来ない状態だった。それでも助けてくれた事には変わりないので、一通りの礼をしなければならない立場であるのだから。

 

「さて、ここからは休み無しで一気に地上へ戻るよ」

 

 17階層へ戻る通路へ足を踏み入れた途端、フィンはティオネ達に帰還の速度を上げるよう指示する。

 

 その直後――

 

 

『■■■■■■■■■~~~~~~~ッッ!!!!!!』

 

 

 通路の先からモンスターの雄叫びらしきものが聞こえた。それを聞いたフィン達は思わず足を止める。

 

「え、ちょ、今のって……!」

 

「ゴライアスじゃない! こんな時に……!」

 

 雄叫びの正体――階層主ゴライアスにに気付いたティオナとティオネは驚愕する。予想外のモンスターだと言わんばかりに。

 

「で、でも確か、前にリヴィラの人達が退治したって団長が言ってた筈じゃ……!」

 

 17階層へ訪れた際、そこにはゴライアスとの戦闘の跡があったのをレフィーヤは思い出す。

 

「恐らく、ゴライアスを退治した後の出現間隔(インターバル)が過ぎたんだろうね。それを考えると『リヴィラ』にいるボールス達が動く筈だけど……彼等は街の復興ですぐに動けない有り様だからね」

 

 先日に『リヴィラの街』で殺人事件と同時にモンスター襲撃もあった為、『リヴィラの街』は壊滅状態となっていた。だが、街の顔役であるボールスを筆頭に、住民達の迅速な行動により『リヴィラの街』は早々に復興されている。

 

 フィン達も一度リヴィラに立ち寄ったが、取り敢えずだが拠点として活用出来る状態になっている。しかし、それでも未だに復興作業に追われている状況でもあった。なので現在復興作業中のボールス達に、ゴライアスを退治する余裕がない。

 

「ボールス達が動けない以上、ここは僕達が退治するとしよう。どの道、このままゴライアスと遭遇する事になるからね。ティオネ、ティオナは戦闘準備を。レフィーヤはいつでも魔法を撃てるように詠唱の準備をしておくように」

 

「はい!」

 

「オッケ~!」

 

「わ、分かりました!」

 

 フィンは自身の得物を持ちながら、ティオネ達に指示を下す。準備を終えた彼女達を確認したフィンは前進する。

 

 そして17階層にある大広間――嘆きの大壁に到着する。

 

 

「■■■■■■■~~~ッッ!!!」

 

「はぁぁぁぁああああっ!!」

 

 

 しかし、到着するもゴライアスは既に誰かと交戦中だった。すぐに交戦している冒険者達に加勢しようとするも――

 

「なっ……!」

 

「どうして……!」

 

「う、嘘でしょ!?」

 

「な、何で、彼が此処に……?」

 

 フィン、ティオネ、ティオナ、レフィーヤはゴライアスと交戦している冒険者を見た途端、走っている足を止めていた。まるで信じられない物を見ているような目で。

 

 それは当然と言えば当然だった。彼等の目の前でゴライアスと交戦しているのが、つい先程まで話してた新人冒険者のベル・クラネルだったから。

 

「ねぇフィン! どう言う事なの!? あの子、中層に来てるよ!? ゴライアスと戦ってるよ!? 何で!? どうして!?」

 

「ちょっと落ち着きなさいティオナ!」

 

 ベルを見たティオナはもう完全に慌てており、フィンに向かって怒鳴り散らしながら捲くし立てる。それを見たティオネが窘めるが、彼女も彼女で内心冷静ではなかった。

 

 因みにレフィーヤは口を開きながら呆然としている。と言うより、もう固まっていると言った方が正しいだろう。

 

「……そんなのは僕が知りたい位だよ。だけどそれ以前に……どうして()()()()()()()()()()()()()しかいないんだい?」

 

 新人冒険者のベルが中層に行くのはまだ早いと言ったばかりなのに、その予想を見事に裏切られた。それだけでも充分過ぎる程に驚く事なのだが、今のフィンにはもっと信じられない光景を目にしている。彼の言う通り、ゴライアスと交戦しているのがベル一人だけしかいないから。

 

 本来、ゴライアスなどの階層主は冒険者達が総出で退治するモンスターだ。それはオラリオ冒険者の常識となっている。なので階層主と戦う際、決して単身で戦う愚かな事をしないのが冒険者としての鉄則(ルール)でもある。現段階でオラリオ冒険者最強である『猛者(おうじゃ)』オッタルなら、単身で挑んでも問題はないが。

 

 だがしかし、その鉄則(ルール)を物の見事にぶち壊したのが目の前に存在している。冒険者になったばかり且つ『Lv.1』のベルが、単身で中層にいる階層主のゴライアスと戦っているから。

 

 もしもベルがどこかの冒険者達とパーティーを組み、ゴライアスと戦っているならギリギリだが納得しよう。負傷した冒険者達を守る為に一人だけで戦っているのなら何とか納得しよう。

 

 フィンは必死にその可能性に賭けていたのだが………それらしき形跡が全く見当たらなかった。彼の仲間がいるのなら、その人影が全く見付からない。負傷した仲間がいるなら、その負傷者はどこにもいない。その瞬間にフィンが考えていた可能性は、無残な形で切り捨てられる事となる。

 

「……はぁっ。ベル・クラネルに色々と言いたい事はあるけど、それは一先ず後回しだ。本当なら、他の冒険者が戦っている獲物を横取りするのはルール違反だけど……今回ばかりは別とさせてもらう」

 

 フィンの言う通り、冒険者の得物を横から奪うのはルール違反なのは周知の事実だ。ギルドに知られれば(ペナルティ)を課せられる事となる。しかし、『Lv.1』の新人冒険者が、単身で階層主と戦うとなれば状況は変わる。

 

 ベルにどんな事情があって単身でゴライアスと戦っているのかは知らないが、最大派閥であるロキ・ファミリアとして放っておくことなど到底出来ない。加えて、ベルは現在ロキ・ファミリアが注目している冒険者でもあるから、こんな所で彼を死なせるわけにもいかない。

 

 

「■■■■■■■~~~ッッ!!!」

 

「っ! しまっ……ぐっっ!!」

 

 

 そんな時、ベルが剣でゴライアスの足に舞うような斬撃を繰り出していた。しかし斬撃が浅かったのか、ゴライアスは反撃と言わんばかりに開いた大きな手で振り払う。反応が遅れたベルは躱す事が出来ず、見事に直撃した。

 

「がはっ……!」

 

 ゴライアスの反撃をもろに直撃したベルは吹っ飛んでいき、そのまま大広間にある壁に激突する。




今回はベルの特訓+ロキ・ファミリアの遭遇でした。


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番外編 戦争遊戯④

執筆が思うように進んでいるので、連続投稿しました。




 17階層に着いて、階層主であるゴライアスと遭遇した僕は驚いた。自身の予想外な運の良さに。

 

 余りにも嬉しい誤算だ。これでアポロン・ファミリアとの決戦に備えた、第二段階の訓練が出来る!

 

 気持ちが昂るのを何とか抑えながら、目の前のモンスターを観察する。エイナさんから受けたモンスター講習を思い出しながら。

 

 17階層の階層主ゴライアス。全高7(メドル)近い灰褐色の巨人のモンスター。能力は推定で『Lv.4』相当。前に戦った『Lv.5』のベートさんより下だけど、僕からすれば充分に格上の存在。

 

 僕が前の世界で戦った巨大エネミーを代表するなら……惑星ナベリウスにいる『ロックベア』、もしくは惑星ウォパルの『オルグブラン』。いや、アレ等はゴライアスより小さいか。とすると同じ大きさとするなら……余り例えたくないけど、ダーカー種の巨大亀形エネミー――ゼッシュレイダか。

 

 例としてあげた巨大エネミー達だけど、見た目とは裏腹に素早い攻撃を繰り出す強敵ばかりだ。油断なんかしたら、あっと言う間に殺されてしまう。ゴライアスはどれ程の実力なのかは分からないけど、決して油断しないように挑まなければならない。アレはこれまで戦ってきたモンスター達とは桁が違う。

 

 そう思いながら僕は抜剣(カタナ)――フォルニスレングを展開し、此方を視認したゴライアスとの戦闘を開始する。

 

 最初はすぐに攻めようとせず、回避しながら攻撃を繰り出してすぐに退避する一撃離脱(ヒットエンドラン)戦法をやった。格上の相手がどういう戦い方をするのかを観察すると言う、キョクヤ義兄さんから教わった戦法だ。

 

『相手の手段も理解せず、闇雲に挑むのは愚者のやる事だ。既に暗黒の闇を得て、未熟ながらも《亡霊》となった我が半身は当然理解しているであろう?』

 

 と言う、キョクヤ義兄さん風のありがたいアドバイスをされた事がある。

 

 それはそうと、一撃離脱(ヒットエンドラン)戦法は思っていた以上に効果的だった。ゴライアスは完全に翻弄されている様子だ。動きも緩慢になって手や足を使った攻撃が遅い。

 

 この様子なら本格的に攻めても大丈夫かもしれない。その際、あの太い片足を重点的に攻めて一時的に動きを止めるとしよう。

 

 そう考えた僕は様子見から攻めに転じようと、速攻で接近してゴライアスの足へ辿り着く。

 

「闇の剣舞! フォルターツァイト!」

 

 すぐに前方を連続で斬りつける攻撃を行う抜剣(カタナ)ファントム用フォトンアーツ――フォルターツァイトで斬り裂こうとする。

 

 素早い五連続の斬撃後に、フィニッシュの斬り上げを行う連続攻撃はかなりのダメージを与える事が出来る。いくらゴライアスでも激痛の余りに動けなく――

 

「■■■■■■■~~~ッッ!!!」

 

「っ! しまっ……ぐっっ!!」

 

 しかし、僕の予想とは裏腹にゴライアスは攻撃を喰らいながらも反撃しようとしていた。

 

 反応が遅れてしまった僕は、振り払おうとするゴライアスの大きな手を回避出来ずに直撃してしまう。

 

「がはっ……!」

 

 咄嗟にガード姿勢を取ったが、凄まじい衝撃が僕に襲い掛かって吹っ飛んでしまい、そのまま後ろにある壁に激突した。

 

「~~~~~~………ごほっ……ごほっ!」

 

 痛い……! 言葉だけでは表現出来ない程に痛い……!

 

 背中は勿論の事、壁に激突した所為で全身の骨に罅が入っているんじゃないかと思うほどの激痛が走っている。

 

 それ以外にも、僕の内臓もかなり衝撃をくらっている。その証拠に、胃から何かが込み上がって来たので思わず吐き出した。出てきたのは僕の血だった。他にも此処へ来る前に口にした、消化寸前の僅かな食べ物も含めて。

 

「はっ……はっ……なんて、事だ……!」

 

 久しぶりの痛みだった。前の世界でアークスとして活動していた頃は、こんな痛みは日常茶飯事だ。巨大エネミーとの戦闘だけでなく、六芒均衡マリアさんの地獄の訓練も含めて。

 

 いや、そんな事なんかどうでもいい。僕が今一番に思ってるのは――

 

「僕は……大バカだ……! とんでもない思い違いをしていた……!」

 

 この世界のモンスター程度なら問題無く倒せるだろうと言う、僕の思い上がりに酷く腹が立った。

 

 僕が今まで戦ってきたダンジョンのモンスター達は余りにも弱過ぎた。本気を出す事なく、殆ど一撃で終わっている。その時に僕は思った。この世界のモンスターは大して強くないんじゃないかと。

 

 それでも警戒を緩めてはいけないと何度も何度も自分を戒めた。しかし上層で過ごし続けている内、徐々にソレが無くなっていった。まるで自分がダメになっていくような感じで。

 

 そんな時、突如本拠地(ホーム)が破壊された。アポロン・ファミリアの襲撃によって。そして更には戦争遊戯(ウォーゲーム)を急遽やる事に。

 

 僕も神様と同じ気持ちで怒っていたけど、それと同時に不謹慎な事を考えていた。今回やる予定の戦争遊戯(ウォーゲーム)なら、自分の全力を最大限に出せるのではないかと。

 

 しかし、弱い上層モンスターしか倒していない今の僕では身体が鈍り過ぎていたので、それを解消しようと今回中層へやってきた。訓練をする為に。結果としてはダンジョン中層のモンスターも思ったほど強くなかったが、訓練の相手には丁度良かった。

 

 そして目的のゴライアスと戦い、予想外の手痛い反撃を喰らって今はこのザマだ。失態にも程がある。

 

 こんな僕の情けない姿をキョクヤ義兄さんが見たら――

 

『何だ、その酷く情けない姿は? いつからそんな脆弱な闇を見せるようになった? 俺はそんなものを見る為にお前を《亡霊》にしたわけではないのだぞ。ベルよ、お前がその程度の存在であったと言うのならば、今すぐに《亡霊》を止める事だ。そして、「白き狼」の名も捨てよ。今の無様なお前には過ぎたるものだ』

 

 酷く失望した顔をされた上に、ファントムクラスをやめろと言われるだろうな。

 

 キョクヤ義兄さんはファントムを誇りに思ってるから、今の僕を見たら怒るのは当然だ。あの人は義弟の僕をファントムにする為に、厳しく指導していたんだから。

 

 もし今この状況でオラクル船団に帰れる展開になったとしても、僕は即座に断っているだろう。こんなみっともない僕の姿は……とても恥ずかしくてキョクヤ義兄さんに見せたくない!

 

「僕は……僕は……!」

 

「■■■■■■■~~~ッッ!!!」

 

 激痛が走る身体を鞭打つようにユラリと立ち上がる僕を見たのか、ゴライアスは止めを刺すと言わんばかりに、屈むように体勢を低くしながら拳を向けてくる。

 

 自分自身に怒っている僕は抜剣(カタナ)を持ち構えなすと――

 

「うおりゃぁああああああ!!」

 

「やらせないわよ!」

 

「っ!?」

 

 突如ゴライアスの攻撃を阻止しようと誰かが割って入ってきた。

 

 ゴライアスが僕に向かって伸ばしている腕の間接辺りに、二人の女性が攻撃を仕掛けようとしている。

 

 一人目は褐色肌の短髪な女性で、両剣(ダブルセイバー)と思わしき武器を振るう。二人目は褐色肌の長髪な女性で、双小剣(ツインダガー)らしき武器を持っている。

 

 あの二人には見覚えがある。怪物祭(モンスター・フィリア)で会ったロキ・ファミリアのアマゾネス姉妹だ。

 

「■ッ!?」

 

 二人が仕掛ける斬撃をゴライアスは当たる前に腕を引っ込めた。腕を切り落とされると直感したのだろうか、引っ込めるのが意外と素早い。それと同時に警戒をしているのか、さっきとは打って変わるように攻撃を仕掛けようとしない。

 

 そんなゴライアスの行動を予測していたのか、二人のアマゾネス姉妹は僕を守ろうと前に出ている。

 

「大丈夫、白兎君!?」

 

「ここからは私達がやるわ。アンタは怪我してるんだから、下がってなさい!」

 

「え……?」

 

 もしかしてこの二人、僕を助けようとしたのかな……? それは素直に嬉しいんだけど……。

 

「無事のようだね、ベル・クラネル。ティオネ達の助太刀が無かったら、危ないところだった」

 

「フィ、フィンさん……?」

 

 ロキ・ファミリア団長の『勇者(ブレイバー)』フィン・ディムナさんも何故かいた。近付きながら僕の姿を見たフィンさんは安堵の表情を浮かべている。

 

 それと、少し遅れながら此方へ向かってくるのがもう一人いる。あの人は確かエルフのレフィーヤさん……だったか。

 

 ……え~っと、何で有名なロキ・ファミリアがこんな所にいるのかな? 出来れば説明を求めたいんだけど。

 

「色々と疑問がありそうな顔をしているけど、それは後回しにさせてもらうよ。取り敢えず君は下がるんだ。後は僕達に任せて、前に使った治癒魔法で傷を治す事に専念してくれ」

 

「えっ、ちょっ……」

 

 何か勝手に話を進められている。それどころか、いきなり出てきたロキ・ファミリアの人達が勝手にゴライアスを倒そうとしているんだけど……何故?

 

 僕の記憶が確かなら、戦ってる最中に他の冒険者が得物を横取りするのはルール違反だった筈じゃ……。僕、間違ってないよね?

 

「あ、あのぅ……。アレは僕と戦ってる最中ですので、助太刀は――」

 

「貴方、何馬鹿な事を言ってるんですか!? 早く下がって下さい!」

 

「ええ!?」

 

 レフィーヤさんが僕を無理矢理下がらせようと、片腕を掴んで強く引っ張ってくる。

 

 そうされてる事に痛みが走った僕は、一先ず傷を治療しようとレスタを使って治療した。取り敢えず完全回復だ。

 

「ちょ、何で私にまで治癒魔法を使ってるんですか!? 私は怪我なんてしてませんよ!」

 

「あ、すみません! 僕の使うテクニック……じゃなくて治癒魔法は、自分の一定範囲内にいる人も対象となって完全回復するんですよ。それが例え無傷な人でも」

 

「………え?」

 

 完全回復した僕が光属性テクニックのレスタについて軽く説明すると、レフィーヤさんは途端に信じられないような目となる。

 

「そ、それってつまり……その治癒魔法は貴方の範囲内にいれば何人でも治癒できる、という事ですか?」

 

「は、はい、そうなりますね。因みに僕の気力次第で何回も出来ます。あと、前にベートさんに使った状態異常を治療する魔法も同様に」

 

「………嘘」

 

 ついでに光属性テクニックのアンティも同様の治療範囲魔法だと教えた。

 

 すると、レフィーヤさんが急に押し黙ってしまう。呆気にとられた表情となって。

 

 それと同時に掴んだ腕を放したので、僕はその隙に再び武器を構えながら前に出る。幸い、ゴライアスがアマゾネス姉妹に警戒しているのか、戦いは未だに再開していない。

 

「ベル・クラネル!? 何をしている! 下がれと言っただろう! それに傷は――」

 

「治癒魔法で治りました! もう既に完全回復してます!」

 

「――は?」

 

 僕が前に出た事にフィンさんが咎めるも、自分はもう元気だと証明した。それを聞いたフィンさんは何故か目が点になっている。

 

 だけど僕は気にせず、更に前へ出てアマゾネス姉妹の先に立つ。

 

「ちょ、白兎君!?」

 

「アンタ、さっきまで重傷だったのに、何でもう治ってるの!?」

 

「お二人とも! 助太刀には感謝しますが、僕がやられるまで一切手を出さないで下さい! アレは僕の獲物です!」

 

 後ろから言ってくるアマゾネス姉妹に、僕は手を出すなと力強く言い放つ。

 

「馬鹿な事を言ってんじゃないわよ! 『Lv.1』のアンタがゴライアスに勝てるわけないでしょうが!」

 

「そうだよ! ここはあたし達に任せて――んなっ!」

 

 アマゾネス姉妹が言ってる最中、僕は手にしている抜剣(カタナ)で居合切りをした。僕とアマゾネス姉妹の間の地面に向かって。

 

「その線から一歩でも先に進めば………僕は貴女達を敵と見なします。良いですね? フィンさんやレフィーヤさんも同様です」

 

 僕が本気だと言う事を証明させようと、途中から敢えて声を低くすると同時に殺気を出しながら力強く睨み付けた。キョクヤ義兄さんなりの、闇の殺気と睨みを。

 

「「………………」」

 

 僕の思いが届いたのか、先程まで騒いでいたアマゾネス二人は押し黙った。

 

「ご理解頂けて何よりです。それでは……」

 

 そう言って僕は更に先へと進み、佇んでいるゴライアスと再び対峙する。そして武器を構えて、こう言い放つ。

 

「待たせて悪かったね。さぁ、続けようじゃないか。ここから先は僕の力――暗黒の闇を全て見せてやる! そしてお前を黄泉の国へと誘おう!」

 

「■■■■■■■~~~ッッ!!!」

 

 そして再び開始された。僕とゴライアスとの第2ラウンドが。

 

 

 

 

 

 

「団長、止めなくて良いんですか!?」

 

「ん~……。本当なら止めるべきなんだが……今の彼に何を言っても無駄だろうね」

 

 ベルとゴライアスとの戦いが再開されて数分後、ハッとしたようにティオネがフィンに進言する。けれど、フィンは止める様子を見せなかった。それどころか黙って見守ろうとしている。

 

「それにベル・クラネルはロキ・ファミリア(僕たち)に向かって、あそこまで啖呵を切ったんだ。後の責任は彼に負ってもらう」

 

「しかし、だからと言ってこのまま見殺しにすれば……!」

 

 普段ならフィンの指示を遵守するティオネだったが、今回ばかり流石に従うのは無理があった。

 

 ここでもしベルがゴライアスに敗北し、更に死亡したとなれば面倒な事になってしまう。ロキ・ファミリアが黙って見殺しにしたと、ギルドや他のファミリアの耳に入れば信用問題になるだろう。

 

 本来は余所のファミリアの冒険者を見殺しにしても、他のファミリアが責任を負う必要は一切ない。だが、ロキ・ファミリアはオラリオを代表する都市最高派閥だ。それに加えて善のファミリアでもある。敵対しているファミリアが多くても、オラリオに住まう人達の信頼は厚い。

 

 数々の実績と信頼を積み重ねているファミリアなので、汚点が一つでも表に出たらロキ・ファミリアの名に傷が付いてしまう。なのでティオネはそれを警戒して、こうしてフィンに進言している訳である。

 

 無論、フィンもそれは分かっていた。例えベルがどんな文句を言っても、彼の命を最優先して助けるべきだと。

 

「ティオネの言いたい事は勿論分かっている。だから……いつでも動けるようにしておいてくれ」

 

「え?」

 

「彼がもう戦えないほどの重傷を負っていると僕が判断したら、そこから先は此方でゴライアスを始末する。例えベル・クラネルがどんな抗議をしてもだ」

 

 ベルの意を酌んだフィンだが、次は無いと決断する。これ以上の譲歩は、ロキ・ファミリアを束ねる団長として許す事は出来ないと。

 

「……分かりました。団長の指示に従います。聞こえたわね、二人とも? レフィーヤはいつでも魔法が撃てるように詠唱の準備をしておきなさい」

 

「は、はい!」 

 

「……………」

 

 フィンに従うティオネはすぐに他の二人に指示を下すと、さっきまで呆けていたレフィーヤは何とか返事をする。しかし、ティオナからの返事はなかった。

 

「ちょっとティオナ、聞こえなかったの? 早く準備しなさい!」

 

「へ? あ、う、うん……」

 

 少し声を荒げるティオネに、ティオナは漸く反応した。それでも様子は変だが。

 

「あんた、どうしたの? 何か変よ」

 

「な、何でもないから……何でも……」

 

「「「?」」」

 

 いつもなら元気よく返事をするティオナが妙に大人しい。

 

 余りの変わりようにティオネだけでなく、フィンとレフィーヤも揃って不思議そうに見ている。

 

 

「ぜぁぁぁああああっ!!」

 

「■■■■■■■~~~ッッ!!!」

 

 

「………はぁっ」

 

 大人しい返事をしたティオナは再び前方の戦いを見る。さっきまでとは打って変わるように荒々しい表情で、回避しながら素早い攻撃をしているベルの方を。

 

 その戦いにティオナは熱い吐息を漏らすと同時に、熱い視線を送っている。それはまるで、恋する乙女のように。

 

「あの子、あんな顔するんだぁ……」

 

「……ティ、ティオナ、あんたまさか……」

 

 ティオナの発言を聞いたティオネは何となくだが気付いた。もしかしたらティオナは……ベル・クラネルに惚れてしまったのではないかと。




 本当だったら3話程度の番外編で済ませるつもりだったのに……何でこんなに長くなっちゃってるんだろうか?


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番外編 戦争遊戯⑤

「アァァァァァッ!」

 

「■■■■■■~~~~ッッ!!」

 

 ゴライアスと再戦時に、一切の慢心や油断を捨てた僕は全力を出していた。目の前の相手を難敵のダーカーの如く、情けなど一切掛けない攻撃を仕掛けている。

 

 僕の様子がさっきまでとおかしいとでも思ったのか、ゴライアスは気迫に押されるように若干怯んでいる。抜剣(カタナ)による攻撃で何度も何度も斬られている所為か、時折動きを止めている節が見受けられる。

 

 だが、それは僅か数秒に過ぎず、すぐに僕の攻撃を阻止しようと反撃してくる。さっきと同じく、大きな手で払おうとして。

 

 それの所為で手酷い目に遭った僕は、その失態を糧に回避に専念した。向こうが反撃する際、すぐに距離を取ろうと一旦後退する。さっきまでやっていた一撃離脱(ヒットエンドラン)戦法だ。

 

 確かにそのお陰でダメージを受けていない。ゴライアスにはそれなりのダメージを与えている。だけど、それでは意味が無い。

 

 このまま一撃離脱(ヒットエンドラン)戦法を続けていれば、ゴライアスを倒す事は出来るかもしれない。しかし、それは余りにも時間が掛かり過ぎる。ハッキリ言って時間の無駄に等しい。すぐに倒すには先ず決定的な一撃を与える必要がある。

 

 更に付け加えるなら、僕の戦いを見守っているフィンさん達が長々と待つつもりなんて無い筈だ。時間が掛かるようであれば、自分達で倒すと言うのが目に見えている。

 

 抜剣(カタナ)以外で戦う方法はあるが、この状況で武器を切り替える時間をゴライアスが与えるとは思えない。今の現状だと抜剣(カタナ)でやるしかない。だが、隙さえ出来れば即座に切り替えるつもりだ。

 

「はぁっ……はぁっ……」

 

「~~~~~~~」

 

 一旦距離を取った僕は身構えながら動きを止めると、ゴライアスも倣うように足を止めた。僕がどう出るかを警戒しているつもりなんだろう。

 

 だけど、ゴライアスの顔を見て相当苛ついているのが分かった。さっきから僕が足を攻撃し続けているから、それによってかなりストレスが溜まっている筈だ。

 

 ゴライアスの足は何度も何度も斬りつけたので、それなりのダメージを与えている。あれだけ当て続ければそろそろ……よし。あのマーカーが出ている。これなら……行ける!

 

「■ッ!?」

 

 確信した僕が真っ直ぐ突進するのを見たゴライアスは迎撃しようと、途端に巨大な片足を浮かせた。あの足で僕を踏み潰そうとしているんだろう。

 

 来るがいい。その攻撃がお前の失態だと言う事を教えてやる!

 

「っ! ベル・クラネルが動きを止めた!?」

 

「馬鹿! 何考えてるの!? 早く避けないと踏み潰されるわよ!?」

 

 僕が咄嗟に動きを止めて構えるのを見たフィンさんが驚きの声をあげ、アマゾネスの長髪女性がすぐに叫ぶ。

 

 しかし、僕はその叫びを気にしない。凄い勢いで踏み潰そうとしてるゴライアスの巨大な足を、居合の構えをしながら紙一重で躱し――

 

「弾けよ、亡霊の印(ファントムマーカー)! はぁっ!!」

 

 僕はファントムカタナの武器アクションで前方中距離までの斬撃を飛ばした。それが当たった瞬間、ゴライアスの片足の内部から爆発した。

 

「■■■■■■~~~~!!??」

 

 爆発した事によりゴライアスの片足を失った。それと同時にかなりの激痛が襲い掛かっているゴライアスは、泣き叫ぶような悲鳴をあげている。

 

「嘘……ゴライアスの足が、吹っ飛んで……」

 

「やられたね……。ベル・クラネルは、最初からこれを狙っていたのか……」

 

 信じられないように呟いているアマゾネスの長髪女性に、一本取られたと苦笑しているフィンさん。それほど僕の反撃がそれほど予想外だったんだろう。

 

 僕が起爆させたファントムマーカーは、ファントムスキルの一つ。ファントム用の武器で攻撃を当てると対象に紫色のマーカーが蓄積し、さっき僕がやった抜剣(カタナ)の溜めの武器アクションで起爆可能になる。

 

 さっきまでやってた一撃離脱(ヒットエンドラン)戦法の繰り返しを行った事により、ファントムマーカーがゴライアスの片足に蓄積された。それを確認した僕は起爆させようと、ゴライアスの油断を誘って実行に移した。

 

 そして見事に成功し、今のゴライアスの片足は吹っ飛んだ。片足が無くなったゴライアスは、もう片方の足で何とか立っている。あれ程の巨体で片足でバランスを維持するのは大変だろう。

 

 そんな状態となっているゴライアスは、言うまでもなく隙だらけだった。即ち、攻撃のチャンスだ。当然、僕がその好機を見逃す訳がない! 

 

 今の内に武器を切り替えようと、抜剣(カタナ)から長銃(アサルトライフル)――スカルソーサラーを出現させた。

 

「闇の弾丸を受けよ、クーゲルシュトゥルム!」

 

「■ッ!!!」

 

 ファントム用のビットを射出し、スカルソーサラーの銃口をゴライアスのもう一つの片足へ向ける。その直後、銃口部分にある骸骨頭部の口が開くと禍々しい弾丸が放たれる。連続射出で。

 

 クーゲルシュトゥルムは前方広範囲に掃射を行うフォトンアーツだけど、これにも当然『裏の技』であるシフトフォトンアーツがある。これは体内のフォトンが切れるまで、一か所へ連射し続ける事が出来る。

 

 因みにファントム用の長銃(アサルトライフル)抜剣(カタナ)と違い、銃口から放たれる弾丸によって相手を貫く。そんな攻撃を何度も浴びせ続けられているゴライアスの片足は――

 

「ご、ゴライアスの足首が、抉られるように無くなってる!?」

 

「何なんだ、彼の持っているアレは魔剣……なのか? だとしても、さっきから撃ち続けているのに壊れる気配が無いなんて……!」

 

 アマゾネスの長髪女性の言う通り、ゴライアスの足首が無残な状態となっている。既に足首の骨が剥き出しだ。

 

 両足が使えなくなってしまったゴライアスは完全に立つ事が出来なくなり、そのまま前に倒れようとする。両膝と両手を地面に付けながら。

 

 それを確認した僕は次の手段に移ろうとする。今度は長銃(アサルトライフル)から長杖(ロッド)――カラミティソウルへ。

 

「来たれ、暗黒の門!」

 

「ッ!?」

 

 闇属性上級テクニックであるナ・メギドの詠唱をすると、ゴライアスの顔の辺りから魔法陣が浮かび上がった。突然の事にゴライアスは戸惑った顔をしている。

 

「あ、あの詠唱はまさか……!?」

 

「ベートに使おうとしてた魔法じゃない!」

 

 僕の詠唱に気付いたのか、レフィーヤさんとアマゾネスの長髪女性が叫ぶ。 

 

「混沌に眠りし闇の王よ 我は汝に誓う 我は汝に願う あらゆるものを焼き尽くす凝縮された暗黒の劫火を 我が前に立ちふさがる愚かなるものに 我と汝の力をもって 等しく裁きの闇を与えんことを!」

 

 詠唱の最中、ゴライアスは痛みを気にしている余裕が無くなったのか、魔法陣を両手で取り払おうとしている。だけど、それはすり抜けて消えようとはしない。僕が詠唱をしている事で更に魔法陣が大きく膨張していく。

 

 魔法陣が消えないと判断するゴライアスは、発生源である僕を見る。すぐに阻止しようと此方に向かって片手で振り払おうとする。今更気付いたところでもう遅い!

 

「ナ・メギド!!」

 

 既に詠唱が完了し魔法陣が臨界点を超えたので、僕がテクニック名を口にした途端に強力な闇の爆発が起きる。

 

 その爆発によってゴライアスの首から上は見事に無くなった。同時に僕を振り払おうとする動作を止めて、そのままうつ伏せとなって倒れていく。しかし、頭を失ったに筈なのに、ゴライアスの身体はまだピクピクと動いていた。

 

「あ、頭を失ってもまだ生きてるなんて……ん?」

 

 ゴライアスの凄まじい生命力に本気で驚いていると、頭を失っている部分を凝視した。正確には首の根の辺りを。

 

 そこにはモンスターの核と思われる、大きな魔石が薄気味悪い光を発している。恐らくアレがゴライアスの命を何とか繋ぎとめているんだろう。

 

 要はアレを壊せば良いって事か。なら、丁度ギアのストックが溜まっているアレで決めてやる!

 

 再び武器を切り替えようと、長杖(ロッド)から抜剣(カタナ)――フォルニスレングを展開する。

 

「行くぞゴライアス! これで最後だ!」

 

 そう言って僕はファントムスキル――ファントムタイムを発動させた。このスキルの効果時間は二十秒で、発動中に無敵となる時間が五秒、更にはフォトンアーツの消費も少し抑える事が出来る。

 

 止めを刺す状況で使っても無駄だと思うだろうけど、このスキルにはもう一つの意味がある。ファントム用の武器に応じた強力な攻撃を繰り出す――ファントムタイムフィニッシュと言う一撃が。

 

 短い効果時間を無駄にしないよう、すぐにゴライアスの魔石へと接近する。そして――

 

「この闇の一撃、手向けとして黄泉の国へ旅立つが良い! 《亡霊の刃(ファントムエッジ)》!」

 

 キョクヤ義兄さんが命名したフィニッシュ技を口にしながら発動させた。その瞬間、剣閃でゴライアスの魔石に複数回の攻撃を与え、最後に巨大なフォトンの刃で斬りつける。その一撃によって魔石は砕け散った。

 

 モンスターの核となる魔石が砕かれた事により、ゴライアスは今度こそ完全に動かなくなった。残った体も灰となって霧散していく。

 

「ティオネさん、団長……私は……夢でも……見てるんでしょうか……?」

 

「………か、勝った……。あの子……『Lv.1』なのに……ゴライアスに、勝った……」

 

「………は、ははははは。どうやら僕達は、歴史的瞬間を目の当たりにしたようだね……」

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 バベル最上階にて――

 

「あ、ああ……! アハハハハハハハハハハ! 美しい! なんて美しい光景だったの! アハハハハハハハハハ!!」

 

「フレイヤ様?」

 

「凄いわよ、オッタル! あの子、たった一人でゴライアスに勝ったわよ! もう素晴らしいとしか言いようがないわ! アハハハハハハ!」

 

「それは………失礼ですが、それは真ですか?」

 

「本当よ! この私の目で確と見たわ! 透き通っていながらも、あんなに気高く美しい魂をこの私に魅せるなんて! もう最高よ、あの子は! ハハハハハハハハハハハ!」

 

「………………」

 

 狂ったように笑い出す美の女神が、ダンジョン中層でベルとゴライアスの戦闘を覗き見していた。

 

 そんな事をされているなど、当のベル達が知る由もないのは言うまでもない。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「ふぅ……。ありがとう、ゴライアス。お陰で自分を見つめ直す事が出来たよ」

 

 今度こそ倒したのを確認した僕は、抜剣(カタナ)をキンッと鞘に納めた。強敵(ゴライアス)に対しての礼を言いながら。

 

 次にフィンさん達がいる方へと歩き出す。

 

「すみませんでした、皆さん! 僕の勝手な我儘でご迷惑をお掛けしてしまいました!」

 

 彼等と対峙した直後、即座に頭を下げて謝罪した。

 

 有名ファミリアに向かって口答えしただけでなく、邪魔をするなと高圧的な態度を取ってしまった。新人冒険者の身でありながら、そんな行為をするのはロキ・ファミリアに対する侮辱行為だ。

 

 許される行為ではないと分かっていながらも、僕は誠心誠意の謝罪をする。もし罵倒されるのなら甘んじて受け入れよう。もし殴られるのなら罰として受けよう。今の僕には彼等に何をされても文句を言えない状況なのだから。

 

「ん~……確かに僕としては色々言いたい事はあるけど、一先ずそれは無しにしよう。今の僕が送る言葉はこれしかないからね」

 

「え?」

 

 予想外な事を言ってくるフィンさんに、僕は思わず下げていた頭を上げた。すると、彼は僕の肩に手を置いてくる。

 

「見事だったよ、ベル・クラネル。ゴライアスと戦っていた時の勇気ある君は、物語に出てくる英雄その者に見えたよ。僕が昔読んだ英雄譚の主人公――アルゴノゥトにね」

 

「は、はぁ……」

 

 英雄譚かぁ。僕がオラクル船団に来る前、お爺ちゃんに本を読ませてもらったな。アルゴノゥトは読んだ事はあるけど、結構前だからもう殆ど憶えていない。

 

 それでも『勇者(ブレイバー)』であるフィンさんの言葉は嬉しかった。こんな凄い人から称賛されるなんて、思ってもみなかったし。

 

「ちょっと、団長が褒めてるのにその態度は何よ!? もっと嬉しそうにしなさい!」

 

「え!? あ、ご、ごめんなさい!」

 

 アマゾネスの長髪女性が不機嫌な顔で言ってきたので、僕は咄嗟に謝ってしまう。何か僕って、女性が強く言ってきたら咄嗟に謝っちゃうんだよなぁ。

 

「こらこら、ティオネ。その言い方はあんまりだよ」

 

「あ……すみません、つい……」

 

 フィンさんからの指摘に、アマゾネスの長髪女性はやってしまったと気付いて謝った。あ、そう言えば……。

 

「えっと、今更失礼な事を聞いて申し訳ないんですが、お名前をお聞きしてもよろしいですか? 僕、貴女たち姉妹の名前をまだ知らなくて……」

 

「へ? ………ああ、そう言われてみれば、まだ名乗ってなかったわね。私はティオネよ。ティオネ・ヒリュテ。見ての通り双子の姉だから、呼ぶんならティオネでいいわ」

 

 僕に言われたアマゾネスの長髪女性――ティオネさんは思い出したように自己紹介をしてくれた。それを終えると、彼女は短髪女性の人へ視線を向ける。

 

「で、あれが私の双子の妹で……ちょっとティオナ。いつまで突っ立ってるの? 自己紹介ぐらい自分でやりなさい」

 

 ティオネさんが少し怒る感じで言った直後――

 

「ア、ア………アルゴノゥトく~~~~~ん!!!!」

 

「へ? おわっ!!」

 

 アマゾネスの短髪女性――ティオナさんが何故か突然僕に向かって突進しながら、そのまま抱き着いてきた。ティオナさんの勢いが凄かったので、僕は倒れてしまう。

 

「すっごくカッコよかったよ~~~~! もう君のことを好きになっちゃった~~~~!」

 

「え? え? …………えええぇぇええええええ!!??」

 

 す、好き? 誰が? 誰を? い、一体何を言ってるんだ、この人は!?

 

「ちょ、てぃ、ティオナさん、でしたか?」

 

「そうだよ! ティオナ・ヒリュテ! よろしくね、アルゴノゥト君!」

 

「ちょ、ちょっと待って下さい! 僕はアルゴノゥトじゃなくて、ベル・クラネルでして!」

 

「知ってる! だけど君はアルゴノゥト君! ゴライアスと戦ってる時は英雄譚で読んだアルゴノゥトとそっくりだから、アルゴノゥト君って呼ぶ事にしたの!」

 

「はい!?」

 

 何なの、この人。言ってる意味が分からないんですけど!? 誰か、僕に分かるよう説明を!

 

「あ~……予想はしてたけど、やっぱりそう言う事だったのね」

 

「あわわわ……! ティオナさん、会ったばかりの殿方に抱き着くなんて破廉恥な真似を……!」

 

「ん~、何というか……ベル・クラネル君とは今後仲良くなれそうな気がするね」

 

「ちょっと皆さん! 見てないで、この人を何とかして下さ~い!!」

 

 僕はティオネさんにレフィーヤさん、そしてフィンさんにティオネさんをどうにかするように叫ぶしかなかった。

 

「ねぇねぇアルゴノゥト君! 良かったらこの後、ウチの本拠地(ホーム)に来ない!? あたし、君のこともっと知りたいから教えて!」

 

「いやいやいやいや! 僕とティオナさんは違うファミリアなので無理ですよ!」

 

 誰か助けて~~~!! さっきからティオナさんが僕を抱き締めてる腕の力が強くて離れられないよ~~~!!!

 

 

 

 

 

 

 場所は変わりロキ・ファミリアの本拠地(ホーム)――『黄昏の館』の執務室。ダンジョンから帰還したフィンは、主神ロキに事の顛末を事細かに報告していた。

 

 因みにフィンはベルが戦争遊戯(ウォーゲーム)をやろうとしている事は知っている。ベルから聞いた時には内心驚いたが、それはそれで何となく予想していた。ロキ以外の神がベルを欲してもおかしくないと。

 

「以上が、僕からの報告だよ。何か質問はあるかい?」

 

「あ~、うん……すまんなぁ、フィン。な~んかウチの耳が急におかしくなってしもうたわ。途中から意味不明な内容ばかりでチンプンカンプンや。もっかい説明頼むわ」

 

「そんな事をしたところで結果は同じだよ、ロキ」

 

 再度説明を求めるロキに、フィンは呆れ顔で嘆息しながら言い放つ。

 

「ロキが信じられない気持ちは僕にも痛いほど分かる。だけどこれは全て事実だ。現実を受け入れてくれ」

 

「………アホかぁぁぁぁぁぁ~~~!!! んなもん出来るかぁぁぁああああああああ!!!」

 

 やれやれと首を振りながら言うフィンに、ロキは我慢出来なくなったのか思わず力強く叫んだ。本拠地(ホーム)全体に響くほどの大絶叫で。

 

「ドチビんとこにおる一月も経っとらん新人冒険者のベル・クラネルが! 戦争遊戯(ウォーゲーム)をやる前に訓練をしようと中層へ行き! 三日以上も籠ってモンスターを倒しまくった挙句! 一人だけで階層主のゴライアスを倒した! 戦いを見ていたティオナがベル・クラネルにベタ惚れ! 更にベル・クラネルはディアンケヒトの所におる、『戦場の聖女(デア・セイント)』アミッドたん以上の治療魔法を何度も使える歩くエリクサーで! メインの攻撃魔法や回復・補助も含めて計四十以上の魔法を使う事が出来るんや! こんな非現実的で超非常識な内容聞いて簡単に受け入れるわけないやろぉぉぉぉぉぉおおおおおお!!!」

 

「うん。あの時、聞かなければよかったって今でも凄く後悔してるよ」

 

 ベルがゴライアスとの戦闘後、フィンは彼に良い物を見せてくれたお礼と称して、彼の本拠地(ホーム)へ送り届けると言った。と言うより、ティオナがずっとベルから離れなかったので、そうせざるを得なかったのだが。

 

 地上へ帰還中、フィンはベルの素性を調べようと情報収集を行った。ベルは『勇者(ブレイバー)』のフィンと話せる事に舞い上がっていたのか、疑う様子を一切見せる事なく答えていた。尤も、オラクル船団やアークスの組織についての内容は流石に伏せていたが。

 

 自分の問いに少し間がありながら答えるベルに、フィンは聞いてる途中から頭痛がしてきた。余りにも信じられない内容に。一緒に聞いているティオネとレフィーヤは、途中から真っ白になるほどだ。一応ティオナも聞いていたが、ベルにベタ惚れ状態の為に殆ど上の空だった。

 

「聞いてるワシも全く信じられんのじゃが……最早あの小僧はビックリ箱を通り越して、爆弾も同然じゃわい。それも最大級のな」

 

 ロキと同様に聞いていたガレスも聞いてて意味不明状態だったが、それでも主要幹部として必死に受け入れようとしていた。

 

「此処にリヴェリアが居なくて助かったわい。もし彼奴が魔法について聞いた瞬間……確実に発狂しておるじゃろう」

 

「「……ああ、うん」」

 

 ベルが四十以上の魔法を使えると言う非常識な内容を聞いた瞬間、『もう立場など知った事か!』と言わんばかりにベルの所へ向かっているだろう。ベルの非常識極まりない未知の魔法を調べようとする為に。

 

 ガレスの台詞に、フィンとロキは揃って頷いた。リヴェリアの発狂した姿を思い浮かべながら。

 

 因みにリヴェリアはガレスの言う通り、この場にいない。彼女は深層に残っているアイズの付き添いとしているから。

 

 二人が本拠地(ホーム)へ戻ってくる日は分からないが、それでも後二日と言ったところだろう。戻ってきたらリヴェリアにも一連の報告はするつもりだが、フィン達は教えるのに躊躇いがあった。報告したら確実に発狂するのが目に見えてるので。

 

「どうする、ロキ? 何度も言うけど、僕が報告した内容は事実である事に変わりない。最終的な判断を下すのは貴女だ。僕は貴方がどんな決断をしようと、それに従うまでだ」

 

「……なぁフィン。かっこええこと言うとるつもりやろうが、さり気なく全部ウチに押し付け取らんか?」

 

「そこはノーコメントで」

 

 神に嘘は吐けないのをフィンは分かっているので、敢えて言葉を濁した。そうしたところで丸分かりだが。

 

 フィンの発言に思わず頬を引き攣らせるロキであるが、結局のところは自分が決めるしかないのは重々分かっていた。

 

「はぁっ……正直に言うが、今は何とも言えん。アポロンとこの戦争遊戯(ウォーゲーム)が終わるまで、一旦保留や」

 

「ロキにしては随分と珍しく悠長な判断だ。もしもベル・クラネルが負けたら、神アポロンに奪われると言うのに」

 

「ほんなら逆に訊くで、フィン。自分は一人で階層主(ゴライアス)に勝ったベルが、アポロン・ファミリア如きに負けると本気で思っとるんか?」

 

「………思ってないさ。もし賭けるんなら、迷いなくベル・クラネルを選ぶよ」

 

 フィンは頭の中で、ベルVSアポロン・ファミリアの戦いを想像する。同時に一方的で圧倒的に蹂躙するベルの勝利を。

 

「尤も、彼は真っ直ぐ過ぎるから心理戦や頭脳戦などの戦術を使われたら負けるだろうね。アポロン・ファミリアがそこまで用心していたらの話だけど」

 

「あ~無い無い。アポロンはもう勝ったつもりでおるのか、思いっきりアホ面しとったわ。多分やけど、眷族(こども)達の方もアポロンと似たような考えの筈や」

 

「おやおや、勝負は最後まで気を抜いてはいけないと言うのに」

 

「お主ら、もう確実にあの小僧の勝ちが揺ぎ無いと思っておるのう……」

 

 フィンとロキの会話に思わず突っ込みを入れるガレス。尤も、ガレスも似たような事を考えているが。

 

 もう戦争遊戯(ウォーゲーム)の勝敗は決まったと確信してるのか、ロキは次の話題に移ろうとする。

 

「そういや、ティオナは今どないしとるんや? ベルに惚れてると言うてたけど、いくらなんでも無理やろ。相手は他所のファミリアなんやから、ティオナも流石にそこは弁えてると思うんやが……」

 

「ああ、それなんだけど……」

 

「?」

 

 とても言い辛そうな顔をしているフィンに、思わず首を傾げるロキ。

 

「ベル・クラネルの主神である神ヘスティアにご挨拶をしようと、彼がいる仮の本拠地(ホーム)へ行ってしまったみたいで」

 

「…………はぁぁぁぁぁ!!??」

 

「やれやれ……。ティオナもとうとうティオネみたいな事をするようになってしまったか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、その頃――

 

「と言う訳でヘスティア様、あたしは今日からアルゴノゥト君とお付き合いする事になったからよろしく~♪」

 

「何がと言う訳なんだい!? そんなもん認めるかぁぁ~~~~!! ベル君はボクのだぞぉぉおおおお!!! 大体アルゴノゥトって何だい!? 訳が分かんないよ! と言うかベル君! これは一体どう言う事なんだい!? やっとダンジョンから戻って来たかと思えば、ロキのところのアマゾネス君と浮気とは良い度胸じゃないかぁぁぁ!!!」

 

「で、ですから! ティオナさんが一方的に言ってるだけで、僕は一切認めてはいませんから!」

 

「え~~~? アルゴノゥト君はあたしの事が嫌いなの?」

 

「い、いえ、別に嫌いとかそういう意味ではなくて……!」

 

「じゃあ両想いって事だね♪」

 

「コラァァァァァアアアアア!! いつまでベル君に引っ付いているんだ君はぁぁぁぁぁああああああ!!?? 離れろぉぉぉおおおお!!!」

 

 

「……物凄くうるさい。やっぱり追い出そうかな?」

 

「これこれ、ナァーザ。一週間分の宿泊料を受け取っておいて、今更それはないだろう。しかし、ヘスティアやロキの所の子供も困ったものだ。何故あそこまで張り合っているのかが、全くもって分からん」

 

「……あの二人がベルに好意を抱いているのは一目瞭然なのに……。ミアハ様は本当に鈍感」

 

「ん? 何か言ったか、ナァーザ? 小声でよく聞き取れなかったのだが」

 

 ミアハ・ファミリアの本拠地(ホーム)――『青の薬舗』では珍しく大騒ぎとなっていた。




次回はやっと戦争遊戯(ウォーゲーム)に入ります。


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番外編 戦争遊戯 幕間

すいません。戦争遊戯(ウォーゲーム)入る前の幕間とさせて頂きます。

あと、今回はかなり短いです。


 ベルが訓練中にちょっとした一騒動は起きたが、準備は戦争遊戯(ウォーゲーム)が開始される前日まで着々と進んでいた。

 

 訓練をしているベルとは別に、アポロン・ファミリアも準備を進めていた。戦争遊戯(ウォーゲーム)を行う開催地――『シュリーム古城跡地』に、開始予定の数日前から到着している。

 

 アポロン・ファミリアはベルと違って訓練などしておらず、所々崩れている城の修繕や物資の輸送を行っているだけだ。普通なら戦争遊戯(ウォーゲーム)が始まる前、誰もが緊張していてもおかしくない。しかし、開催地にいる団員達にはそんな様子が微塵も感じられなかった。

 

 団員達は知っている。今回行う戦争遊戯(ウォーゲーム)の相手は、たった一人の団員しかいないファミリアが相手だと。しかも団員は一ヵ月すら満たしてない『Lv.1』の新人冒険者。そんな相手に緊張しろと言うのは無理な話だった。

 

 対して自分たちアポロン・ファミリアは百名以上の団員がいる。『Lv.3』の団長ヒュアキントス・クリオを筆頭に、多くの『Lv.2』の上級冒険者、更には末端でありながらも『Lv.1』の下級冒険者達を揃えている。相手と比べる必要もない程、圧倒的な戦力差だ。

 

 たった一人しかいない零細のヘスティア・ファミリア如きに、自分達が負ける筈は無い。誰もがそう確信している。

 

「……ふんっ。籠城して敵を待つだけとは、随分とつまらないゲームだ」

 

 大将を務めるヒュアキントスは別室にある窓から、多くの作業をしている団員達を眺めながら呟く。

 

 彼も今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)で負けるとは微塵も思っていない一人だ。けれど、他の団員とは少し違う所がある。

 

「ベル・クラネル。奴の剣技を偶然目撃したアポロン様が見初めた忌々しい冒険者……!」

 

 今回の出来事は全て、あの怪物祭(モンスター・フィリア)から始まった。主神アポロンが珍しく調教(テイム)を見に行くと、ヒュアキントスを護衛として闘技場へ行った時の話だ。

 

 調教(テイム)を観ていると、ヒュアキントスが密かにモンスターが脱走したという情報を耳にした。周囲の客達が調教(テイム)に釘付けとなってる中、アポロンは早々に退散しようと決断して闘技場を後にする。

 

 闘技場から出たその時、脱走したモンスターであるシルバーバックを目撃した。更にはそのモンスターと戦おうと、剣を持った兎を連想させる可愛い少年も含めて。

 

 その直後、少年はほんの数秒にも満たない時間で瞬殺し、周囲の人からも称賛されている。それを見たアポロンは少年に心を奪われながら思った。これは運命だ、私とあの少年が出会う為の運命なのだと。尤も、それはアポロンの一方的な思い込みだが。

 

 それからのアポロンは、シルバーバックを瞬殺した少年――ベル・クラネルの事ばかり考える事となった。たった数日経っただけで、もう我慢が出来なくなったのか、アポロンは怪物祭(モンスター・フィリア)の騒動を利用して急遽『神の宴』を開催しようと。そして、参加するよう呼び出したヘスティアからベル・クラネルを頂く為に、戦争遊戯(ウォーゲーム)を仕掛けようと。

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)も行う事が決定し、全てがアポロンの思惑通りに動いている。神会(デナトゥス)から帰って来たアポロンは既に勝利を確信し、今も自室でベル・クラネルをどんな風に可愛がろうかと考えている。

 

 アポロンの一連の流れを見守っていたヒュアキントスは終始不機嫌だった。彼はアポロンに深く心酔しているが、ベル・クラネルを見初めたアポロンに対して不機嫌になっているのではない。アポロンが見初めたベル・クラネルに対してだ。

 

 自分より格下で『Lv.1』である新人冒険者の分際で、アポロンに見初められることがヒュアキントスにとって気に入らなかった。たかがシルバーバックを瞬殺した程度で粋がっているベル・クラネルが。

 

 本当なら即座に殺したいところだったが、アポロンの命に背く訳にはいかない。命令通り、今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)で勝った後、ベル・クラネルを我がアポロン・ファミリアの一員に加える手筈となっている。

 

 主神の命令を遵守するヒュアキントスだが――

 

「アポロン様の寵愛を頂く前に躾けておかねばならんな。例え手足は切れようが、後で治せば問題無いだろう」

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)で徹底的にベルを痛めつけようと考えていた。自分がどれだけ身の程知らずなのかを思い知らせる為に。

 

 第三者から見れば完全に逆恨みな嫉妬だが、ヒュアキントスは正当な躾だと言い返すだろう。今のヒュアキントスはそれだけベルに対する醜い嫉妬の炎を燃やしているのだから。

 

 さて、ここで話は変わる。

 

 ついさっき、団員達の誰もが負けないと確信していると説明したが――

 

「ねぇダフネちゃん、もう逃げようよ……!」

 

「いい加減にしなさい、カサンドラ! ウチに何回同じ事を言わせれば気が済むのよ!?」

 

 実は一人だけ例外がいた。

 

 長髪垂れ目の美少女――カサンドラ・イリオンは、別の場所で団員達の作業を見守っている短髪吊り目の美少女――ダフネ・ラウロスに懇願していた。今すぐ戦争遊戯(ウォーゲーム)を止めるべきだと。

 

「本当に逃げた方がいいのよ! 暗黒の闇を纏った白き狼が……可愛い白兎の皮を被った狼がやってくるの……! 全員その狼にやられちゃう……!」

 

「例の妄想でしょ? と言うか、何その表現は。兎の皮を被った狼って、色々とおかしすぎるわよ」

 

 おかしな事を言っているとダフネは呆れ顔だった。けれど、それはいつもの事なので毎度の如く大して気に留めていない。

 

 他の団員達からもカサンドラの言ってる事は妄想だと思っている。彼女は妄想ではなく予知夢だと言っているんだが、誰も信じてくれなかった。

 

 これまで何度も妄想だと相手にされずに諦めていたカサンドラだったが、今回ばかりは別だった。予知夢が正しければ、今度の戦争遊戯(ウォーゲーム)は負けてしまうと。

 

 その事を主神アポロンや団長ヒュアキントスに何度も進言した。彼には手を出したら、何もかも失ってしまうと。アポロンとヒュアキントスは、いつもの妄想かと呆れながら聞き流したのは言うまでもない。

 

 誰もがカサンドラの進言を無視している中、作業は終了に差し掛かっている。後は待機して勝ったも同然の戦争遊戯(ウォーゲーム)を待つだけだった。

 

 この場にいるアポロン・ファミリアは知らなかった。ベル・クラネルがダンジョン中層に籠り、17階層の階層主(ゴライアス)を単独撃破した事を。もしそれを事前に知っていれば、団員達の中には考えを改めたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)が始まる二日前。一人の男神――ヘルメスは『豊穣の女主人』に来ていた。

 

「頼むミア! 今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)に、リューちゃんを助っ人として参加させてくれ!」

 

「いきなり呼びつけておいて、何を言ってるんだい。というか、何でよりにもよってウチなんだい? 旅をしているヘルメス様には他にも伝手がある筈だろう?」

 

 ヘルメスからの頼みに店主ミアは遠回しに断ろうとしていた。他を当たれと。

 

「此処しか頼めないんだよ。オラリオ以外のファミリアで手練れな助っ人を呼べるのは」

 

「それ以前に、何でヘルメス様はあの坊主の為にそこまでやろうとするんだい?」

 

「いや、まぁ……色々あってね。言っておくけど決して疚しい事じゃない。それは断言する」

 

「……アンタも知っての通り、ウチの娘達は色々と訳ありだ。戦争遊戯(ウォーゲーム)に参加させたら不味いのは知ってる筈だよ」

 

「そこは大丈夫。俺の方で正体がバレないようにしておくから。なぁ頼むよミア、この通りだからさ!」

 

「………そう言われてもねぇ」

 

 必死に頼んでくるヘルメスに、ミアはチラリとエルフのウェイトレス――リュー・リオンの方を見た。彼女からの視線に、リューも困ったような顔をしている。

 

「いくらヘルメス様でも、今の私が戦争遊戯(ウォーゲーム)に出る訳には――」

 

「リュー、私からもお願い!」

 

「シル?」

 

 断ろうとしているリューに、突然現れた別のウェイトレス――シル・フローヴァが懇願してきた。

 

 シルはベルとの付き合いは未だ浅いが、初めて彼と会った時に好意を抱いた。更には『Lv.5』のベート相手に挑み、可愛い年下の少年でありながらも男らしい一面を見て猶更に。

 

 それが今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)でベルが負けてしまう。しかも相手が男相手でも愛を囁くアポロンに好き放題されると考えるだけで、シルは物凄く嫌な気分になった。あんな変態に取られたくないと。

 

 滅多に見ないシルの強い説得に、リューだけでなくミアも意外そうに見ていた。それだけベルの事が気に入ったのかと思いながら。

 

 過去に救われた恩があるリューとしては、シルからの頼みを無下にする事は出来ないので、今回は引き受ける事にした。店主ミアの承諾も得て。

 

 そして助っ人として参戦するリューは戦争遊戯(ウォーゲーム)を気に間近で知る事になる。シルの想い人であるベル・クラネルが、明らかに自分以上の強者である事を。




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番外編 戦争遊戯⑥

 次回こそは、次回こそはと言ってるのに、全然戦争遊戯(ウォーゲーム)が始まらない……!

 必要な部分だと思って書いた筈が、予想外に長くなってしまいました………(涙)


 戦争遊戯(ウォーゲーム)開始する前日。訓練を終えた僕はオラリオから出ていた。戦争遊戯(ウォーゲーム)をやる開催地――『シュリーム古城跡地』がオラリオの都市外にあるから。

 

 迷宮都市(オラリオ)は諸事情によって、入るのは簡単だけど逆に都市外に出るのは難しい仕組みになっている。本当ならギルドに煩雑な手続きをして通さなければいけない。しかし、今回都市外で行う戦争遊戯(ウォーゲーム)を行う際には特例として簡略されているようだ。

 

 なので僕はギルドから戦争遊戯(ウォーゲーム)を参加する為の通行許可証を受け取った後、既に話をつけてある隊商(キャラバン)の馬車に乗って指定の町へ向かった。その町には臨時のギルド支部が作られているので、町にいるギルド職員の指示に従って待機するようにと。

 

 オラリオから出る前、途中でシルさんと遭遇した。彼女は息を切らしながらも必死に走って僕が乗っている馬車に来た。僕に首飾り(アミュレット)を渡す為に。それは涙型の金属に美しい緑の宝石が埋め込まれた物だ。最初はこんな高価な物は受け取れないと思ったけど、シルさんが必死になって僕に渡そうとしていたので受け取る事にした。

 

 その後に彼女はこうも言った。またお店に来て下さい、お弁当を作って待ってますと。その言葉を聞いた僕は嬉しい気持ちになった。何だかシルさんが、僕の勝ちを心から望んでいる勝利の女神のように見えたから。

 

 勝とう。今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)は絶対に勝とう。神様だけでなく、応援してくれているシルさんの激励に何としても応えようと僕は強く決心した。

 

 そしてオラリオから出て指定の町――アグリスの町に降りた。僕は臨時ギルド支部の職員からの指示によって、指定の宿へと向かう。そこには今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)で僕達ヘスティア・ファミリアの助っ人参加者と会う為に。

 

「お久しぶりです、クラネルさん」

 

「驚きました。神様から聞いた助っ人が貴女だったなんて……」

 

 今回の助っ人が余りにも意外な人物だった。僕の目の前にはシルさんがいる『豊穣の女主人』のエルフのウェイトレス――リュー・リオンさんだ。今はウェイトレス姿じゃない。戦闘服らしき衣装と緑の外套(マント)を身に纏い、更には顔の下半分を覆う覆面(マスク)もしていた。更には武器と思わしき二振りの短刀と木刀も持っている。

 

 シルさんを除く、店主のミアさんやウェイトレスの人達は強そうな気はしてた。とても只のウェイトレスとは思えない実力者揃いだと。

 

 参加してくれたのは、どうやらヘルメス様と言う神様に頼まれたらしい。更には親友のシルさんからにも。

 

 シルさんに感謝すると同時に、リューさんには申し訳ない気持ちとなってしまった。僕らの勝手な都合で助っ人として参加させてしまったから。

 

「すみません。今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)にリューさんを巻き込んでしまって」

 

「気にしないで下さい。シルの頼みとなれば、断る訳にもいきません。それに、貴方が今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)で負けてしまったらシルが悲しんでしまう。なので私は全力で貴方をカバーします、クラネルさん」

 

「っ! ありがとうございます!」

 

 リューさんはシルさんの事を大切に思ってるんだなぁ。大して知り合ってもない僕の為に、助っ人として参加してくれるし。

 

 これは負けられない理由が更に増えた。リューさんが止む無く参加してくれたんだから、僕としても彼女に無様な戦いを見せるわけにはいかない。

 

「では、時間がありませんので、すぐに打ち合わせを始めましょう」

 

 そう言ってリューさんは明日の戦争遊戯(ウォーゲーム)についての話を始めようとする。

 

「クラネルさんは前に第一級冒険者の『凶狼(ヴァナルガンド)』に挑んで勝っています。ですが、それは向こうが全力で戦わなかっただけの話。気を悪くさせるようですみませんが、運良く勝てたものだと誰もが思っています」

 

「まぁ、そうですね……」

 

 リューさんの言う通り、僕が『Lv.5』のベートさんに勝てたのはマグレも同然だった。あの人が一切油断する事無く全力を出していたら、僕は負けていたかもしれない。それはロキ・ファミリアの人達も口に出さずとも思っていた筈だ。

 

「更には怪物祭(モンスター・フィリア)での騒動で、脱走したシルバーバックを剣で瞬殺したそうですね。あとコレは噂でしか分からないのですが、あのロキ・ファミリアの幹部ですら梃子摺っていた新種のモンスターをクラネルさんが倒したと聞きました。それは本当ですか?」

 

「ええ、まぁ……。と言っても、隙を狙って倒しただけに過ぎませんが」

 

「やはりそうでしたか」

 

 あの時に遭遇した食人花みたいなモンスターは、ロキ・ファミリアのレフィーヤさんを食べようと口を大きく開けていた。僕はそうさせないと咄嗟にイル・バータの七回連続使用で氷漬けにさせ、速攻で止めをさした。向こうが僕に意識を向けていなければ、あそこまで氷漬けにされてはいなかったと思う。

 

「クラネルさん、更に敢えて大変失礼な事を言わせて頂きます。貴方は確かに強いかもしれませんが、これまでの戦いは運良く勝てただけに過ぎません」

 

「……………」

 

 リューさんの言ってる事は事実である為に、何も言い返せない。それは僕もそう思っていたから。

 

 確かに格上の冒険者やモンスターを倒せたのは、何から何まで運良く倒せただけだ。決して僕の実力で倒した訳じゃない。

 

 だけど、今度の戦争遊戯(ウォーゲーム)はそうな都合の良い展開にならない。相手は僕より格上のファミリアである上に、圧倒的とも言える多くの団員達がいる。ベートさん程ではないにしても、団長のヒュアキントスさんが『Lv.3』だから、当然僕より格上の相手だ。

 

 誰がどう見ても、新人冒険者の僕がアポロン・ファミリアに勝つのは無理だと思うだろう。けど、いくら不利だからと言っても、僕とてそんな簡単に負けるつもりなんか微塵もない。勝つ為にダンジョンで訓練をした。思い上がっていた自分を改める為に。

 

「相手はクラネルさんより多少実力の劣る『Lv.1』の冒険者は何人かいるかもしれません。ですが、それでも貴方より実戦経験は上です。ダンジョン上層で戦うモンスターよりも遥かに厄介でしょう。そしてそれ以上に『Lv.2』の上級冒険者達も同時に襲い掛かって来ます」

 

「はい。その為に僕は此処へ来るまで訓練をしました」

 

 ファントムが複数の集団相手に真価を発揮出来るクラスとは言え、訓練前の僕は腕が錆びかけている他に勘が鈍っていた。とても戦争遊戯(ウォーゲーム)で勝てるわけがない。

 

「なのでダンジョン中層に三日以上籠り、休む間もなく襲い掛かってくるモンスター達を倒し続けました」

 

「そうですか。それは何より……ん?」

 

 僕の訓練内容を聞いたリューさんは感心そうに頷いていたけど、途中で何か聞き捨てならないような感じで眉をひそめる。

 

「ちょっと待って下さい、クラネルさん。私の聞き違いだったかもしれないのですが……先程とんでもない事をさらりと言いませんでしたか?」

 

「え? とんでもない事って何がです?」

 

「ですから、ダンジョン中層に三日以上も籠ったと……。私の記憶が確かならば、貴方は実力があろうと未だ一月も満たしていない新人冒険者の筈です。お一人だけで中層に行くのは、とても無理だと思うのですが……?」

 

「ああ、そう言われればそうでしたね」

 

 確かに今の僕じゃ中層に行くのは許されないし、ギルド職員エイナさんからの許可も当然貰っていない。エイナさんに頼んでも絶対ダメだと言われるのが分かっていたから、今回はギルドの許可を求めずに無断でダンジョン中層へ行った。

 

 本来ダンジョンから帰還した冒険者は、ギルドに報告しなければいけない事になっている。だけど僕はそれをしていない。今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)が終わってからやるつもりだった。エイナさんからの特大級の雷が落ちるのを覚悟の上で。

 

「出来れば、僕がオラリオへ戻るまでの間は内緒にしてもらえますか? ここにいるギルド職員の耳に入られたら流石に不味いので」

 

「いえ、そう言う事ではなく……どうしてお一人で中層へ行ったのかを聞いているのです」

 

「えっと……決して己惚れている訳じゃないんですが、ダンジョン上層のモンスター相手じゃ僕の訓練にならなかったんです。だからワンランク上のモンスター達と戦おうと中層へ行ったんですよ。実を言うと、中層のモンスターも大して強くなかったんですが、それでも結構な数がいたので相手としては充分でした。怪物の宴(モンスター・パーティー)で三十匹近く現れたアルミラージやヘルハウンドはともかく、ライガーファングやミノタウロスの群れが僕一人に襲い掛かって来た時は、流石にちょっと焦りましたけど」

 

「………………………」

 

 あれ? 何かリューさんが急に無言になった気が……。

 

「その後は17階層にいる階層主(ゴライアス)とも戦いました。流石は階層主と言うべきか、今まで戦ったモンスターとは桁違いでしたよ。あの時ほど自分がどれだけ己惚れていたのかを酷く痛感しました。その所為で手痛い反撃を受けましたけど、何とか持ち直して倒す事が出来ました。偶然ダンジョンにいたロキ・ファミリアのフィンさんからも、お褒めの言葉を頂きましたし」

 

 あっ、フィンさんで思い出したけど、あの後は何か様子が変だったよなぁ。僕が一人でゴライアスを倒したお礼として、ロキ・ファミリアと一緒にダンジョン帰還した時の事だ。フィンさんが色々と質問したから、僕が答えられる内容を一通り話すと、物凄く困ったような顔をしていた。僕は別におかしな事を言ったつもりはないんだけどね。まぁ僕としては一番大変だったのが、ずっと引っ付いてたティオナさんだけど。

 

 すると、さっきまで無言だったリューさんが両手でガシッと強く僕の両肩を掴んでくる。

 

「え? え? どうしました、リューさん?」

 

「………クラネルさん。私から少し言いたい事があるので、そこの椅子に座って頂けますか?」

 

「へ?」

 

 す、座るも何も、今の僕はリューさんに両肩を掴まれてて動けないんですが……。

 

 それに僕の気のせいだろうか、何だかリューさんの顔がどんどん怖くなってきたような気がする……! 何で? どうして?

 

「だがその前に、これだけは先に言わせて頂きたい。クラネルさん、貴方って人は……一体何を考えてるんですかぁぁぁぁぁああああああ!!!!!!??????」

 

「ひぃぃぃぃぃ! ご、ごめんなさあぁぁぁぁぁぁぁい!!!!!!!」

 

 何で怒鳴られてるのかは分からないけど、一先ず謝る事にした。その後からはリューさんからのお説教が始まったのは言うまでもない。

 

 それとリューさん、打ち合わせは!? 今そんな事をしてる暇は無いんですけど!? と言うか、何で僕は怒られてるんですか!? 確かに許可してない中層へ行ったのは問題ですけど、どうしてギルド職員じゃないリューさんがエイナさんみたいなお説教をするんですかぁぁ!?

 

 

 

 

 

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)の当日。オラリオは街の殆どが賑わいを見せている。先日に騒動が起きた前の怪物祭(モンスター・フィリア)以上に凄まじい盛況振りだった。

 

 以前の騒動を知っている当事者はいるだろうが、オラリオにいる住民達にそんな不安は微塵も見せていない。何しろ今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)はオラリオから遠く離れている場所で行うので、自分達がすぐに巻き込まれる事はないと安心している。

 

 更には今回は大イベントでもあるのか、朝早くから全ての酒場が開店しており、多くの出店が路上に展開されている。酒場の中には当然『豊穣の女主人』も含まれている。

 

『皆さん、おはようございます! いよいよ戦争遊戯(ウォーゲーム)当日がやってまいりました!』

 

 どこも盛り上がっている中、ギルド本部の前には一際目立ったステージが設置されていた。そこには褐色肌の青年が実況するように拡声器(マイク)を片手に声を響かせている。

 

『今回の実況を務めるのは私、【ガネーシャ・ファミリア】所属のイブリ・アチャーでございます。二つ名は【火炎爆炎火炎(ファイヤー・インフェルノ・フレイム)】。以後お見知りおきを。解説は我らが主神、ガネーシャ様です! ガネーシャ様、それでは一言を!』

 

『俺が、ガネーシャだ!』

 

『はい、ありがとうございましたー!』

 

 実況者イブリは自分の主神の一言が分かっていたのか、すぐに終わらせようとして次の説明に移ろうとする。

 

「おー、盛り上がっとる盛り上がっとる。この前の怪物祭(モンスター・フィリア)以上やなー」

 

 場所は変わって白亜の巨塔『バベル』三十階で、ロキが賑わっている地上を見下ろしている。

 

 ロキ以外にも多くの神々もいるが、全ての神々がいるわけではない。中には冒険者と同じく酒場にいったり、本拠地(ホーム)で眷族達と一緒に見守る者もいる。

 

戦争遊戯(ウォーゲーム)はオラリオにとって、一種の興行だものね。ま、見世物にされる眷族(こども)達には堪ったもんじゃないけど」

 

 ロキと同じくバベルに来ている一人の女神――ヘファイストスが盛り上がっている理由と、眷族側の不満を表すように言う。

 

 多くのお金や人が動く戦争遊戯(ウォーゲーム)ではあるが、結局のところは神々が求める娯楽に過ぎない。ヘファイストスはそれを知っているから、神々の娯楽に付き合わされる眷族を気の毒に思っているところがある。

 

「まぁ、それは言わんお約束や」

 

 ロキもヘファイストスと同様に知ってはいるが、敢えて口に出さなかった。娯楽だとは分かってても、楽しい事に変わりないものだと思っているので。

 

「それにしても、アポロンは随分とヘスティアの眷族(こども)にご執心みたいね。既に分かりきってる戦争遊戯(ウォーゲーム)をさせてまで、そんなにベルって子を奪いたいのかしら?」

 

 アポロンが入場してきたのに気付いたヘファイストスは、彼を不愉快そうに見ている。嘗て居候していた神友が一人の眷族をやっと得たと言うのに、それを平然と奪おうとする行為が気に食わない。

 

 もう既にヘスティアの眷族は自分の物だと思っているのか、アポロンは今も余裕の笑みを浮かべている。臨時の神会(デナトゥス)で見た時からも、ずっとあんな感じだった。助っ人参加の許可を出す時なんかも、オラリオの外で一人だけという明らかにせこい条件を付けて。

 

 今のヘファイストスはアポロンに対する評価が既にガタ落ちだった。尤も、彼に対する評価は元々高く無いが、一人しか眷族のいない神友(ヘスティア)をどこまでも追い詰めようとする行為がそうさせた。

 

「ファイたんも知っとるやろ? ドチビの眷族()がウチんところのベートに勝って、更にはこの前のフィリア祭で脱走したシルバーバックを瞬殺した。おまけにアポロン好みの容姿や。あの変態が狙わん理由はないで」

 

「……確かにそうね。でも、ロキにしては随分と冷静じゃない。『凶狼(ヴァナルガンド)』が決闘で負けたと言うのに、ヘスティアに何の報復も一切しないなんて」

 

「まぁ、思うところは確かにあるで。せやけど、アレは元々酒で酔ったベートが原因を作ってしもうたんや。ホンマならドチビに色々言いたい事はあるが、仕掛けたのはこっち側やからなぁ。手ぇ出したくても出せん立場っちゅう訳や」

 

 これで何の理由も無くベートが負けたとなれば、ロキは苛烈な報復措置をしているだろう。だが、先に侮辱したのは眷族のベートだから、主神であるロキとしては一切文句が言えない立場になっている。いくら自分が嫌いなヘスティア相手でも。

 

 加えて、今のロキはそれ以上に気になる事もあった。言うまでもなく『Lv.1』のベルだ。いくらベートが油断していたとは言え、ベルが『Lv.5』のベートを倒すのは普通に考えてあり得ない。見た事もない魔法や剣技も含めて。

 

 そして数日前にフィンからの報告で、ベルを最大限に警戒しなければならない相手だという事も理解した。もしも敵対したら必ず厄介な相手になると。

 

「そうだったの。でも、それを抜きにしても、貴女の性格を考えれば、必ず何かしらの事をやると思っていたんだけど……」

 

(それが普通の冒険者相手やったらなぁ……。ファイたんは知らんからそんな事を言えるんやで……)

 

 ヘファイストスの言葉にロキは内心そう呟く。ベルの実力と最近の実績も含めて。

 

「ヘスティア、ベル・クラネルとの別れは済ませてきたかい?」

 

 そんな中、席に座っているヘスティアにアポロンが声を掛けていた。

 

「この戦争遊戯(ウォーゲーム)に勝利し、彼が私の物になったら、君にはオラリオから、いや、下界から去ってもらうからね」

 

「ふんっ!」

 

 自分の勝利を一切疑ってないのか、アポロンはヘスティアが負けた後の内容を告げる。当のヘスティアは無視するようにそっぽを向いているが。

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)が間もなく始まろうとする所を、ヘルメスがウラノスに『力』の行使を求めた。

 

 許可が下された瞬間、バベル以外にも地上の酒場や街角から、虚空に浮かぶ『鏡』が出現する。映し出されたソレには、戦争遊戯(ウォーゲーム)の開催地である『シュリーム古城跡地』が表示されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 『鏡』が出現した事により、どこもかしこも更に盛り上がっていた。

 

 街の多くにある酒場では、それ以前に盛り上がっている。何故なら今、商人と結託した冒険者主導で賭博を行われているから。

 

「アポロン・ファミリアに三万!」

 

「俺はアポロン・ファミリアに五万だ!」

 

「おいおい、アポロンしかいないんじゃ賭けになんねぇぞ!?」

 

 とある酒場では、客の全員がアポロン・ファミリアの勝利に賭けていた。

 

 しかし、それはある意味当然とも言える。たった一人しか団員のいないヘスティア・ファミリアが、百名以上いる団員のアポロン・ファミリアに勝てるなど微塵も思っていない。

 

 他の酒場でも似たような感じだが、それでもヘスティア・ファミリアに賭けているのもいた。と言っても、大穴狙いの神が殆どだが。

 

 因みにヘスティア・ファミリアの予想配当(オッズ)は五十倍以上だった。大穴狙いの神が賭けていたとしても、かなり少ないみたいだ。

 

 神と違って、人間側は誰一人としてヘスティア・ファミリアに賭けようとするのはいないかと思いきや――

 

「へ、ヘスティア・ファミリアに十万っす!」

 

『ぶっ!!』

 

 何と一人の冒険者がいた。しかもとんでもない大金を出して賭けようとしている無謀な冒険者が。

 

 その冒険者の名はラウル・ノールド。ロキ・ファミリア所属で『Lv.4』の男性人間(ヒューマン)。二つ名は『超凡夫(ハイ・ノービス)』。一応有名な冒険者なのだが、極々普通な青年で真面目な性格故か、いつも貧乏くじを引かされて気苦労が絶えない日々を送っている。

 

「おいおい『超凡夫(ハイ・ノービス)』、何考えてんだ?」

 

「いくら凡夫から卒業したいからって、カモになるのとは全く別物だぜ!」

 

「ほっといて欲しいっす! 自分だって好きで賭けてる訳じゃないんすから!」

 

 客達からの言われようにラウルは言い返すも、内心全く同意していた。同時に何故こんな事をしなければならないのかと。

 

(うう~……ロキ~、今回ばかりはマジで恨むっすよ~。って言うか、何で()()()がこんな事しなきゃならないんすか~?)

 

 そもそもラウルは本拠地(ホーム)戦争遊戯(ウォーゲーム)を見物するつもりだったが、とある指令が下された。主神ロキから『酒場で賭博しとったら、ヘスティア・ファミリアに多く賭けるんや』と。

 

 この指令は他の団員達にも指令が下されていた。彼と同様に今頃は他の団員達も疑問を抱きながらも、各酒場でヘスティア・ファミリアに賭けているだろう。客達からの嘲笑付きで。

 

「はぁっ……本気で改宗(コンバージョン)しようかな……?」

 

 そう言いながらラウルは近くにある席に座って、『鏡』を観ようとする。この時のラウルは自分の今後を考えていたが、後になってからロキに感謝するなど微塵も予想していなかった。

 

 

 

 

 

 

 場所は変わり、ロキ・ファミリアの本拠地(ホーム)『黄昏の館』。とある一室に出現した『鏡』で、戦争遊戯(ウォーゲーム)を見ている幹部達がいる。

 

 そんな中――

 

「ううう~~~! あたしがアルゴノゥト君の助っ人として参加したかったのにぃ~~!!」

 

「何度も言ってるでしょうが。アンタは助っ人の参加条件に入らないって」

 

 ベルに絶賛ゾッコン中のティオナが椅子に座りながら地団太を踏んでいた。隣で座っているティオネが呆れ顔で何度も同じ事を言っている。

 

 ヘスティア・ファミリアが戦争遊戯(ウォーゲーム)をする際、助っ人の参加可能と聞いたティオナはロキに頼もうと真っ先に志願した。大好きなアルゴノゥトことベルの力になりたいと。

 

 助っ人は『オラリオの外』からと言う条件なので、当然オラリオ内にいるティオナが除外されるのは言うまでもない。尤も、ヘスティアに手助けをするなど、不仲であるロキとしては絶対に断固お断りだった。それが分かりきった勝負だとしても。

 

 参加出来ない事で未だ地団太を踏むティオナとは別に、ロキ・ファミリアには他にも手を焼いている者達がいた。

 

(この戦争遊戯(ウォーゲーム)が終わったら、絶対あの子に会いに行く……!)

 

 先ず一人目はアイズ・ヴァレンシュタイン。一昨日にダンジョンから帰還し、37階層の階層主――ウダイオスを単独撃破した事によって『Lv.6』へとランクアップした。

 

 アイズのランクアップに【ステイタス】更新をしたロキは当然歓喜している。だが、今回は妙に大人しい喜び方だった。前に『Lv.5』にランクアップしたときは本拠地(ホーム)全体に響くほどの大絶叫をしたと言うのに、今回はそんな様子を全く見せなかった。

 

 強さを求めている自分も大して喜んでいないのは自覚していたが、ロキが余りにも不審だったので思わず聞いてみた。いつもと様子が違う、と。

 

 そして、それが漸く分かった。ロキの様子がいつもと違う原因を作ったのが、ベル・クラネルであった事に。

 

 ベル・クラネルが以前に『Lv.5』のベートに勝ち、剣でシルバーバックを瞬殺し、更には新種の食人花をも倒した。それらでもアイズがベルに興味を抱くには充分過ぎるのだが、フィンからの報告を聞いた時は目を見開く内容ばかりだった。

 

 一ヵ月も満たしていないのに一人でダンジョン中層へ進出し、そこで三日以上も籠ってモンスターと戦い続けた。更には17階層にいる階層主(ゴライアス)を単独撃破した。こんな内容を聞いて、普段物静かなアイズが感情を露わにするのは無理もない。

 

 数日前まで『Lv.5』だったアイズでも、ウダイオスより弱いゴライアスなら単独で挑んでも勝てるだろう。多少梃子摺ったところで勝てる相手だと誰もが思う筈だ。だが、それは『Lv.5』と言う恩恵があっての話だった。

 

 それに対してベルは『Lv.1』の新人冒険者だ。もしも自分がベルと同じ立場だったら、絶対に勝てないどころか殺されている。モンスターを殺す為に強くなろうと必死だった昔の自分なら、果敢に挑んでいるだろうが。

 

 ベルが『Lv.1』だった頃の自分と違い、かなりの実力者である事は認めている。他の冒険者とは違う未知の力や魔法があるのを知っている。だがそれでも、一人でゴライアスに勝つのは無理だと思っていた。いくらベルが強くても、階層主は他のモンスターとは違う別格の存在だから。

 

 なのにベルは見事に達成した。自分では絶対出来なかった事を達成させた事に、思わず嫉妬してしまう程だった。当時の自分にもそれだけの力があれば、と悔やむほどに。

 

 フィンが未だに報告をしている中、アイズは居ても立ってもいられなかった。どうしてそんなに強いのか、どうやってそこまでの強さを得る事が出来たのかを知りたいとの衝動に強く駆られていた。

 

 報告を聞いたら真っ先にベルのいる本拠地(ホーム)へ行こうと考えた矢先、フィンから『戦争遊戯(ウォーゲーム)が終わるまで、本拠地(ホーム)から一切出ないように』と厳命されてしまった。フィンは最初から予想していたのか、慌てる様子を一切見せる事なく命じていたのは言うまでもない。

 

 納得出来ないと言わんばかりにアイズが怒った顔をするも、フィンは素知らぬ顔をしていた。今のアイズにベルと会わせたら、絶対に戦争遊戯(ウォーゲーム)どころではなくなると分かっていたから。

 

 報告を聞いていたアイズの他に、フィンを困らせた人物がもう一人いた。

 

「見せてもらうぞ、ベル・クラネル。お前が一体どんな魔法を使うのかを……!」

 

「り、リヴェリア様、目が凄く恐いですよぅ」

 

 レフィーヤの隣に座っているハイエルフでありロキ・ファミリアの主要幹部――リヴェリア・リヨス・アールヴが『鏡』を凝視している。彼女がフィンを困らせたもう一人だ。

 

 彼女もアイズと同様にフィンからの報告を聞いていた時、これでもかと言わんばかりに驚愕していた。ベルの中層進出やゴライアス単独撃破は勿論だが、それとは別の事でリヴェリアを驚かせていた。

 

 ベルが三種類以上の魔法を使えるのが判明した事と、更には攻撃・補助・回復を含めて四十以上の魔法も使えるのも含めて。それらを聞いたリヴェリアはフラリとしながら倒れた。弟子のレフィーヤに支えられている中、同時に頭の中で魔法に関しての常識を粉々に打ち砕かれながら。

 

 オラリオ最強の魔導士は誰かと訊かれたら、誰しもリヴェリアだと答えるだろう。当然それはリヴェリア本人も自負している。自分以外に強力な魔法を使ったり、攻撃・防御・回復を含めた計九つの魔法を使える魔導士は存在しないと。

 

 だが、リヴェリアの頭の中ではソレは既に捨て去った。もう自分はオラリオ最強の魔導士ではない。それはもうベル・クラネルに譲渡していると。尤も、ベル自身はリヴェリアの心情なんて全く知らないが。

 

 考えてみて欲しい。魔導士は元来、魔法スロットが限られているので、どんなに頑張っても三つまでしか習得する事しか出来ない。リヴェリアの場合は攻撃・防御・回復の三種類の魔法を習得し、それぞれ三段階の階位を含めた魔法を詠唱連結によって計九つの魔法を使いこなす。それ故にリヴェリアが『九魔姫(ナイン・ヘル)』との二つ名が付けられている。

 

 三種類の魔法しか使えない通常の魔導士と違い、その三倍の魔法を使う事が出来るリヴェリアが最強の魔導士だと謳われるのは必然と言えよう。

 

 だがしかし、だがしかしだ。誰もが現段階でリヴェリア以上の魔法を使う事は出来ないだろうと思っている中、突然現れた。あろう事か、九つの魔法を使えるリヴェリアを超える存在が。軽く四倍以上の魔法を扱う事が出来るベル・クラネルが現れたのだ。

 

 九つの魔法を習得するのに弛まぬ努力と研鑽を積んだリヴェリアを嘲笑うように、『四十以上の魔法を使えます』とベル・クラネルがあっさり答えたとフィンから聞いた瞬間、これまでの自分は一体何だったのかと思わず挫折してしまう程に。因みにリヴェリアはベルに嫉妬していない。それどころか、魔法に関する視野が余りにも狭かった己を酷く恥じていた。

 

 故に彼女は決断した。自分がロキ・ファミリアの主要幹部だろうが、エルフとしての誇りや面子だろうが、相手が他所のファミリアだろうが、もうそんなの如何でも良い。ベル・クラネルが四十以上扱う未知の魔法を知りたいと。あわよくば教えてもらいたいと。

 

 そんなリヴェリアの考えは既にお見通しだったのか、主神ロキや主要幹部のフィンとガレスが速攻で引き止めた。アイズ以上に厄介な相手だと分かりながらも、ロキ達は必死に思い止まらせた。エルフの誰もが神聖視し、冷静で頼れるロキ・ファミリア副団長のリヴェリアにそんな事は絶対させまいと。

 

 二人の反応とは別に、ベルの報告を聞いた幹部はもう一人いる。

 

(兎野郎、てめえを侮っていたとは言え、曲がりなりにも俺に勝ったんだ。これでアポロンのとこにいる雑魚共に負けてみやがれ。その時は……俺がぶっ殺してやる!)

 

 その幹部は『凶狼(ヴァナルガンド)』ベート・ローガ。以前ベルとの決闘で負けた狼人(ウェアウルフ)だ。

 

 ベルに負けた翌日、ベートは憎悪を燃やすかのように物凄く荒れていた。それは自分に勝ったベルにではなく、ベルを雑魚だと決めつけ侮っていた自分の不甲斐無さを恥じる程に。

 

 それからのベートはダンジョンへ行っていた。まるで鬱憤を晴らすようにダンジョンにいるモンスターを片っ端から片付けていた。しかし、どんなにモンスターを倒してもベートの心は晴れなかった。それどころか、こんな事を続けても意味が無いと思い始める程に。

 

 ダンジョンに行く日々を送っている中、一報が届いた。ベル・クラネルのいるファミリアがアポロン・ファミリアと戦争遊戯(ウォーゲーム)すると言う一報を。

 

 どんな理由で戦争遊戯(ウォーゲーム)をする理由になったのかは知らないが、調子に乗るからそんな目に遭うんだとベートは思った。更には自業自得だと。

 

 しかし、フィンからの報告を聞いた時、ベートはまたしても己を恥じた。調子に乗っていた筈のベル・クラネルが、戦争遊戯(ウォーゲーム)に勝つ為の訓練だからと中層に向かってモンスターを倒し続けた挙句、一人でゴライアスを倒した事に。

 

 いくら自分に勝ったとは言え、『Lv.1』のアイツがゴライアスを倒せる訳がないと最初は疑った。しかし、フィンの言ってる事は嘘ではない。フィンは前以て、これは全て事実だと前以て言っていたから。

 

 身の程知らずの『Lv.1(雑魚)』だと思っていた奴が、とんでもない偉業をやった。それを知った時のベートは、もう何もかも叫びたい気分だった。自分は如何に惨めな事をしていたのかと。

 

 故にベートは決めた。この敗北を雪ぐ為に、先ずは今の自分を超える必要があると。アイズと同じく『Lv.6』にならなければいけないと。

 

 ロキ・ファミリア幹部達の誰もがベルを注目している中、戦争遊戯(ウォーゲーム)は始まろうとしていた。




 ダラダラと無駄話を書いている不甲斐無い私をどうかお許しください。

 m(_ _)m


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番外編 戦争遊戯⑦

今回は戦争遊戯(ウォーゲーム)の序盤です。なのでいつもより少し短いです。


 時間は正午丁度。開始時刻となった為、ヘスティア・ファミリアとアポロン・ファミリアの戦争遊戯(ウォーゲーム)が漸く始まった。

 

 今回は三日間の戦闘期間を用意されている。攻城戦と言う事もあり、どうやって城を落とすか、どうやって城を守りきるかとの戦争その物の内容となっている。それ故に三日と言う期間が与えられていた。

 

 三日もやり続けなければならないと言う緊張感を襲う戦いだが、古城にいるアポロン・ファミリアからは大して感じられない。それどころか士気が下がっている様子だ。

 

 仕方ないと言えば仕方ないかもしれない。何故なら自分達が戦う相手のヘスティア・ファミリアは、『Lv.1』の団員と外部助っ人の二人だけ。これで緊張感をずっと持てと言うのが無理な話だった。

 

 こちらが集中力が最も低下している最終日に城攻めをしてくるだろう、と言うのがアポロン・ファミリアの予想だった。二人が分断しようが、揃って突撃してこようが、見張りの目と堅牢な城壁があれば問題無いと思っている。

 

 分かりきった勝負に緊張感の欠片を一切見せないのは、城内で待機している者達も同様だった。

 

「けっ。何でオイラが見張りをしなきゃいけないんだよ……!」

 

 そんな中、一人の小人族(パルゥム)が城門が設置されている城壁の上から前方を見回している。彼はルアン・エルペルで、アポロン・ファミリアの構成員。『Lv.1』で子供じみた外見から、ファミリア内では下っ端扱いされている。

 

 先程まで城内で待機していたが、一人の同僚から見張りをしてこいと言われた。碌に戦えないからと言う理由で雑用を押し付けられたのだ。

 

 ルアンとしては本当なら断りたかった。しかし、自分が他の同僚達と比べて格段に弱いと理解しているので、不満を表しながらも渋々従っている。いつか目にもの見せてやると、心の内でそう思いながら。

 

「ん?」

 

 すると、前方を見ている彼の視界に二つの人影が映る。

 

 目を凝らして見てみると、それは今回の相手であるベル・クラネルと、緑のマントを羽織っている助っ人だった。しかも二人は身を隠そうともせずに堂々と、城門へ向かおうと走っている。

 

「お~~い! もう来やがったぞ! しかも二人揃ってだ!」

 

 ルアンの叫びに、見張りをしていた弓兵(アーチャー)達の何名かがやってくる。

 

「ほ、本当だ!」

 

「何考えてんだアイツ等は!?」

 

「自分から狙ってくれって言ってるようなもんじゃねぇか!」

 

 勝てないと分かっての特攻だと思ったのか、弓兵(アーチャー)達の誰もが呆れ顔だった。もっと他にやりようがあるだろうと。

 

 それでもやる事は変わりない。発見したら即座に射止めるのが自分たち弓兵(アーチャー)としての役割だからと。

 

「おい、さっさと仕留めろよ!」

 

「言われなくてもそのつもりだ。さて……どう言うつもりか知らねぇが、これで終わりだ」

 

「悪く思うなよ。恨むなら、無策で此処に来た自分(てめえ)を恨む事だ」

 

 ルアンの叫びを軽く聞き流し、ゆっくりと矢を構えながら狙いを定めようとする弓兵(アーチャー)達。同時に自分達の愚かさを反省しろとの言葉をベル達に送っていた。

 

 しかし、ルアンや弓兵(アーチャー)達は大して気にも留めなかった。こちらへ向かってくるベルが既に大鎌を手にしている事に。

 

 そして走っているベルと助っ人が、城門から少し離れた場所で一旦足を止める。途端にベルが持っている大鎌をまるで掲げるように、弓兵(アーチャー)達へと向けている。

 

「ん? 何だあのガキ、魔法でも使う気か?」

 

「バカか、アイツは。今更そんなもん使おうとしたところで遅いんだよ」

 

 既に射る寸前となっている自分達に向けて魔法を放とうとしているベルに、弓兵(アーチャー)達は呆れる一方だ。もうどうしようもない馬鹿だと。

 

 あんな馬鹿な事をしかしない相手はさっさと仕留めて終わらせようと、矢を放とうとする瞬間――自分達の近くでいきなり爆発が起きた。しかも連続で

 

 

 

 

 

 

 

「な、何だァ!?」

 

 城壁の正面から突如襲い掛かる衝撃に、城内にいる団員達は一瞬で混乱状態に陥った。

 

 連続する爆発音と爆風に周囲は騒然となっている。それと同時に爆発で吹っ飛ばされたと思られる弓兵(アーチャー)たち数名が地面に激突していた。

 

「お、おい、大丈夫か!?」

 

「あぢぃぃぃぃい! いでぇぇぇえええ!!」

 

 団員達が駆け寄るも、弓兵(アーチャー)の殆どが、上半身が火傷状態となっている。更には爆発をまともに喰らった所為か、火傷と衝撃による激痛に悶え苦しんでいる状態だ。

 

「い、一体何なんだよ、この爆発はぁ!?」

 

 凄まじい爆発が何度も起きている事によって、別の弓兵(アーチャー)も吹っ飛んで続々と落ちてくる。そんな光景に一人の団員が思わず叫んでしまう。

 

 そんな時、運良く爆発から逃れたルアンが、城壁の階段から転げ落ちるように戻って来る。それを見た団員達がすぐに問い詰めた。

 

「おいルアン! 何だこれは!? どいつの仕業だ!?」

 

「べ、ベル・クラネルだよ! アイツがやったんだ! しかも()()()()()()()()()()()()()()!」

 

「………は?」

 

 詠唱もしないで魔法を撃ったと言うルアンの発言に、団員達が耳を疑った。けれどルアンは気にせず怯えながらも続ける。

 

「いきなり大鎌みたいな武器を出して、オイラ達がいる方へ向けてきたんだ! たったそれだけの動作で魔法を撃ったんだ!」

 

「……ば、バカを言うな! 詠唱もしないで攻撃魔法を放つなんて聞いたこともないぞ!」

 

 真に迫るルアンの言葉に誰もが驚愕するも、一人の団員が否定するように言い返す。

 

「本当なんだよ! 信じられないなら、あそこでぶっ倒れている奴等に聞いてみろ!? オイラと同じ事を言う筈だから!」

 

 倒れている弓兵(アーチャー)達を指して言うルアンだが、生憎それは無理だった。彼等は爆発を受けた事によってまともに会話が出来る状態ではないから。

 

 すると、先程までの爆発が嘘のように止んでいた。いきなり静かになった事により、団員達が余りの不気味さにゴクリと喉を鳴らす。

 

 

 

 

 

 

「まさか、詠唱もせずにあれ程の魔法を撃てるなんて……!」

 

「よし、先ずは奇襲成功だな」

 

 古城の城門前付近にいるリューさんと僕は、それぞれ思った事を口にしている。

 

 昨日の打ち合わせで戦争遊戯(ウォーゲーム)を開始して早々、僕達は堂々と正面突破する事にした。僕と助っ人のリューさんだけしかいない状況で、どんなに策を弄しても余りにも時間が掛かり過ぎる。

 

 最初はリューさんが自ら囮になって敵を誘き寄せると言っていた。その隙に僕が城に潜入して大将のヒュアキントスさんを倒して欲しいと。

 

 だけど、僕は速攻で反対した。いくら相手が油断しているとは言っても、分断して攻めて来る事も予想している筈。益してや此方が二人しかいないのを分かっているから、リューさんが囮で先行してもすぐにバレてしまう。なので却って無駄に警戒させてしまう結果となる。

 

 なので僕はリューさんに言った。向こうが最も気を抜いている時に、二人で正面から奇襲をかけようと。それを言った瞬間にリューさんから物凄く呆れられたけどね。

 

 僕に奇襲する方法を考えてるので任せて下さいと強く頼んだ結果として、リューさんは渋々と承諾してくれた。もし失敗したら一時撤退すると条件を付けて。

 

 そして現在、僕は奇襲する事に成功した。正面の城壁にいる弓兵達をテクニックで一通り一掃できたから。

 

 さっき使ったのは、フォトンを収束させて起爆し任意の場所に爆発を発生させる中級の炎属性テクニック――ラ・フォイエ。このテクニックは以前使ったイル・バータと同様、対象が射程範囲内にいればどこでも発動させる事が出来る。

 

 ラ・フォイエが発生した爆風で、対象の近くにいる敵も巻き込む事が出来る。その為、並ぶように立っていた他の弓兵達も見事に直撃出来た。更にこれは凄い事に、対象者が近ければ近いほどに連鎖爆発を起こす。なので近くにいた他の弓兵も爆発対象になる。

 

 因みに僕はさっき使ったラ・フォイエは、リューさんの言う通り詠唱はしていない。本当なら詠唱したいところだけど、向こうがそこまで待ってくれるとは思えないので、今回は省略して普通にチャージして撃つことにした。一応補足しておくと、『爆炎の華よ 紅蓮の如く咲き誇れ』と言う詠唱がある。

 

 前にも言った通り、僕が使うテクニックは本来詠唱なんて必要無い。キョクヤ義兄さんからの教えにより、敢えて詠唱をしているだけだ。僕としては詠唱すると、いつもより威力が高い感じがするから。

 

 さて、それはそうと向こうは多分大慌てだろうね。いきなり仲間の弓兵がやられたとなれば、すぐに別の所に配置している弓兵を集めさせると思う。

 

 けれど、そんな簡単には来ないだろう。さっき見た小人族(パルゥム)らしき人にラ・フォイエが当たらなかったから、今頃は城内にいる仲間に知らせている筈だ。それを聞いた弓兵達はすぐに行けば、ラ・フォイエの餌食にされるのではないかと判断に迷っている筈だ。

 

 その弓兵がまだ来ないって事は、未だ判断に迷っているんだろうね。ならば、その隙に城門を突破させてもらう。僕の近くで常時ステルス化してるマグ(・・)にも、そろそろ出番を与えないとね。

 

「ではリューさん、次はとっておきの魔法で城門を壊しますので、すぐに詠唱を行います。敵の弓矢に備えながら下がってて下さい」

 

「それを言うなら、クラネルさんが一旦下がるべきなのでは……?」

 

「大丈夫です。詠唱中に矢が来たとしても、僕には絶対当たりませんから」

 

「は?」

 

 僕の台詞にリューさんが訝しげな表情をしていた。覆面をしてても分かる。

 

 すると、城壁の上から顔を出した団員が此方を見ていた。

 

 

「ベル・クラネルが動きを止めてるぞ!」

 

 

 あ、僕を見てすぐに知らせたか。これは早く発動させないと不味い。

 

「リューさん! 今は僕の言う通り下がっていて下さい!」

 

 僕はそう言った後、すぐにカラミティソウルを背中に収め、両腕を伸ばしながらこう叫ぶ。

 

目覚めるがいい(フォトンブラスト)!」

 

「なっ、これは……!」

 

 詠唱の序盤を口にすると、僕の周囲から大きな魔法陣が出現した。言われた通り下がってくれているリューさんから驚愕の声を出している。

 

「お、おい弓部隊! 早くしろ! 詠唱を始めたぞ!」

 

 リューさんと同様に見ていた団員が慌てた様子で大声で叫んだ途端、即座に弓兵達が此方へ来た。そしてすぐに阻止しようと弓兵達が大量の矢を放つ。

 

「クラネルさん!」

 

 下がっていたリューさんだけど、動かずに魔法陣(サークル)を出現させている僕を見て我慢出来なくなったのか、すぐに前へ出ようとする。

 

 しかし――全ての矢は僕に当たる事無く通り越していた。

 

 その光景を見ていた弓兵達は動きを止めている。ここから少し離れているけど、弓兵達の唖然とした顔をしているのが分かる。多分、後ろで足を止めているリューさんも似たような反応をしているだろう。

 

「漆黒の闇よりも暗き獣 地獄の道へと(いざな)う守護者 汝が下す裁きの鉄槌にて 黄泉に彷徨う哀しきも愚かなるものに 我と汝が力もて 我が意のままに 我が為すままに突き進むがいい!」

 

 僕が詠唱をしている最中、弓兵達は再度矢を放つも、さっきと同様に当たっていない。 

 

 当たらないのは当然だ。僕が発動させているスキル――フォトンブラストは魔法陣(サークル)が展開中の間は無敵状態になっているので、僕に当たる事はない。尤も、僕が詠唱している間だけにすぎないけど。

 

 因みにフォトンブラストを発動するには、マグと言うアークスをサポートする機械生命体がいなければならない。この世界に来て以降、誰かに見られたら不味いと思ってステルス化させていた。唯一知っているのは神様だけだ。これを知った神様からは、他の冒険者や神達に見せるのは不味いから常に透明化しておくようにと言われているので。

 

「さあ現れたまえ、我が愛しき闇の幻獣――一角獣の幻獣(ヘリクス)よ!!」

 

 詠唱を終えた直後、僕の頭上から巨大な一角獣の幻獣――ヘリクスが姿を現した。

 

 これは僕がマグに命じて変身させた姿だ。マグにはエサを与える事で攻撃支援、防御支援、回復支援が決まる。個人的に打撃武器用のエサばかり与えたので、結果として僕のマグは戦闘支援型となっている。

 

 よって打撃依存の戦闘支援型になった事で、僕のマグが使うフォトンブラストの姿が一角獣の幻獣――ヘリクスとなった訳だ。因みに詠唱に関しては、キョクヤ義兄さんが考案してくれた。こういった召喚魔法みたいな詠唱を以前から考えていたみたいだ。

 

 ヘリクスの出現により、誰もが目を奪われるように動きが止まっていた。だけど僕は気にせず、城門に向かって告げる。

 

「蹂躙せよ! ヘリクス・ブロイ!」

 

『オォォオオオオオオオオ!!』

 

 僕が技名を告げた途端にヘリクスは雄叫びをあげ、フォトンを纏った大きな角を城門に向けながら突進していく。

 

「く、来るなぁぁぁああああ!!!」

 

 荒々しい蹄の音と、脱兎の如く駆け出すヘリクスの速度に団員が叫ぶ。しかし、そんな叫びを無視しているヘリクスが城門に激突するが、何の障害とも思わないように吹っ飛ばした。

 

 一度足を止めるヘリクスだが、今度は城内の奥へともう一度突進する。

 

 

『うわぁぁぁああ~~~!!!!』

 

『何だこのモンスターはぁぁぁぁぁぁ!!!???』

 

 

 城内にいる団員達の叫び声が聞こえる。まさか僕が召喚したなんて夢にも思ってないだろう。

 

 

 

 

 

 

『ええええええええええええぇぇぇぇぇぇ!!!!????』

 

『こ、これは何と言うことだぁぁぁ~~~!? 【ヘスティア・ファミリア】団長のベル・クラネルが、まさかの短期決戦かと思いきや! 何と詠唱もせずに爆発魔法を使ったぁぁ! 更には巨大な魔法陣を展開させ、見た事もないモンスターらしきものを出現後に城門へ突撃させたぞぉぉぉ!!!』

 

 既にオラリオでは興奮と驚愕、目が飛び出るほどの大絶叫を上げている。

 

 宙に浮いている『鏡』には、ベルが大鎌を突如出現させ、それを敵に向けた途端に爆発魔法が発動し、多くの弓兵達を続々と倒していく。それだけでも多くの観衆は充分に驚いていた。

 

 しかし、それを遥かに上回るように、ベルが新たな魔法を使ったかと思いきや、魔導士達の誰もが知らない召喚魔法を使った。ユニコーンとは似て非なるモンスターが出てきたかと思いきや、ベルの指示に従うように突撃して城門を軽く突破していく。更には荒らすように走り回ってる事で、城内にいる多くの上級冒険者達を大混乱に陥らせている。

 

 最早『鏡』を見ている観衆達は、完全にベルを注目しているのは言うまでもない。

 

『ガネーシャ様、ベル・クラネルが放った魔法は一体何だったんでしょう!?』

 

『あれは――まさかガネーシャか!?』

 

『解説する気がないんなら帰ってくれませんかねぇガネーシャ様!! こっちはただでさえ、俺のお株である炎魔法を奪われそうなんですから!!』

 

 ギルド前にいる実況と解説もハイテンションになっており、拡声された声が都市に響き渡っている。

 

 誰もが大絶叫を上げている観衆の中で――

 

「どういう事だ!? 何故ベル・クラネルは詠唱もせずに魔法を使った!? あれ程の威力を出すには相応の詠唱が必要な筈だ! なのに何故発動させる事が出来る!? いや、それだけじゃない! ユニコーンと思わしき魔法生物を召喚させる魔法など、私は見た事も聞いた事もないぞ!! フィン! ベル・クラネルがあのような魔法を使えるなんて、私は一切聞いてないぞ!」

 

「落ち着くんだ、リヴェリア。僕も今知ったところだよ」

 

 ベルの非常識極まりない魔法を見たリヴェリアは完全に崩壊した。言うまでもなく彼女の魔法に関する常識を。発狂寸前になりながらも、フィンに問い詰めようとしていた。

 

 リヴェリアの変貌振りにフィンだけでなく、他の幹部達も信じられないように見ている。だが、同時に納得もしていた。魔法の知識が豊富なリヴェリアが、ベルの召喚魔法を見てああなるのは無理もないと。

 

「すっごぉぉぉい! アルゴノゥト君、あんな魔法使えるんだぁ!」

 

 ティオナは気にしてないのか、魔法で敵を倒すベルの雄姿を見て更に興奮していた。

 

 そんな中、『鏡』に映し出されているベルは、助っ人のリューを連れて堂々と城内へ侵入していく。ヘリクスが吹っ飛ばした城門を通って。




先ずはベルが先制攻撃を仕掛けました。それによってリヴェリアが発狂しかけてますが。

次回もベル無双が続きますので。


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番外編 戦争遊戯⑧

 リューさんと一緒に既に破壊された城門を通ると、中は壁や建物の一部が破壊されている状態だった。怪我をしている団員達も数名いる。

 

 それは当然だ。ついさっき僕がフォトンブラストで召喚したヘリクスが城門を突破した後、中で暴れ回るように指示したんだから。それを聞いたヘリクスは僕の指示通り、僅かな時間で辺りを走り回って壊していた。同時に敵側の団員達の数名がそれの巻き添えとなって負傷しているんだろう。因みに役目を終えたヘリクスは既に消えて、再びマグの姿となって僕の近くで浮遊している。尤も、今はステルス化してるので、認識している僕以外は誰にも見えない。

 

 アポロン・ファミリアは百名以上の団員がいるから、ここまで僕が倒した数は未だ一割ってところか。ヒュアキントスさんの元へ辿り着くまでに八割以上の団員達を倒しておかないと厄介だね。

 

「おい! ベル・クラネルが入り込んできたぞ!」

 

 すると、小人族(パルゥム)の少年が僕の侵入に気付いて叫ぶ。それを聞いた他の団員達が一斉に僕の方を見てくる。

 

 目の前にいる団員達は考えを改めたのか、警戒を強めながら一斉に武器を構えている。

 

「さっきまで暴れ回っていたユニコーンらしき幻獣は貴様の仕業か!?」

 

「ええ、そうです。アレは僕の可愛いペットみたいなものです」

 

 マグは僕達アークスに様々なサポートしてくれる戦闘支援型の機械生命体で、使い魔と似た存在でもある。僕からしたら可愛いペットも同然だ。

 

 エルフの青年の問いに答えた直後、その人は凄まじい敵意と殺気を出しながら僕を睨みつけてくる。

 

「この薄汚い蛮族が……! ユニコーンは我等エルフにとって神聖な存在だと言うのに、人間(ヒューマン)がペット扱いするなどと断じて許さん!」

 

「ええ~……」

 

 何だかよく分からないけど、どうやら僕の返答はエルフの青年からしたら許せない内容みたいだ。

 

 それと、さっきのヘリクスはフォトンによって形成されユニコーン姿となったマグだから、この世界のユニコーンとは一切関係ない。本当ならそれを伝えたいけど、激昂している今のあの人に言ったところで無駄だろう。

 

「クラネルさん、あの同胞(エルフ)の相手は私が――」

 

「いえ、ここは僕がやります」

 

 あのエルフの青年の様子からして、リューさんが相手になろうとしても、速攻で無視して僕に襲い掛かって来ると思う。あの怒りに満ちた目を見るだけで、もう手に取る様に分かる。

 

 以前にキョクヤ義兄さんがこう言っていた。

 

『真実を知ろうともせず、底の浅い目先の憎悪に囚われる愚者ほど救いようがない』

 

 要は、表面的な内容だけで全てを決め付けようとする人には何を言っても無駄だと言う事だ。

 

 ヘリクスをこの世界にいるユニコーンだと勝手に決めつけた挙句、勝手に激怒しているエルフの青年みたいに。

 

「リューさんは残っている弓兵をお願いします。戦ってる最中に、いきなり横槍を入れられると堪ったものじゃありませんので」

 

「そう言われても……」

 

「まぁ、すぐに従えないのは当然ですね。だからここで、僕が前衛でも充分に戦えるところをお見せします」

 

 ダンジョン中層にいるモンスター達と戦っていたと言う証拠をリューさんに見せようと、僕は前に出て背中に収めているカラミティソウルを手にして構えようとする。()()の準備をしながら。

 

「来るがいい! 数でしかモノを言わせる事しか出来ない雑兵共よ! 我が闇の力の一端を見せてやろう!」

 

『あぁ!?』

 

 僕が敵を誘き寄せる為の挑発をすると、向こうは雑兵と聞いて頭に来たのか、エルフの青年みたいに思いっきり顔を歪ませた。

 

「この、新人冒険者の分際で……!」

 

「言うに事欠いて、俺達が雑兵だァ……!?」

 

「クソ生意気なガキがぁ!」

 

「ぶっ殺してやる!」

 

 エルフの青年よりプライドがかなり傷付いたのか、剣や槍を構えている前衛型の団員達が激昂して僕に襲い掛かろうとしてくる。数はざっと十数名ってところだ。

 

 僕みたいな子供に言われて相当頭に来たんだろう。ましてや『Lv.1』の新人冒険者から言われて猶更に。僕の挑発は冒険者に対する侮辱もいいところだ。

 

 でも、自分が僕より格上の冒険者だと思っているんなら、こんな見え透いた挑発なんか乗らないで冷静になるべきだ。僕みたいな格下の冒険者が、何の備えもないまま挑発する筈がないとね。

 

 襲い掛かってくる団員達の距離を確認した僕は――

 

「はぁっ!」

 

『がはっ!』

 

 カラミティソウルを思いっきり横に振った。その直後に敵の団員達は、急に現れた横斜めの斬撃をまともに喰らってしまい、そのまま気絶し倒れてしまう。

 

 僕がやったのはファントム長杖(ロッド)用の武器アクションだ。長杖(ロッド)を構えた数秒後にチャージが完了して武器を振るうと、前方広範囲を刈りとるように攻撃する事が出来る。

 

 やられた側にしてみれば、僕以外からの攻撃に思うだろう。魔法(テクニック)の動作をせずに、ただ構えているだけの僕を見ていれば。

 

「な、何だ! 一体何が起きた!? 貴様、いま何をした!?」

 

 さっきまで激昂していたエルフの青年だったが、僕が一瞬で十数名の団員を倒したのを見て困惑していた。他の団員達も含めて。

 

 と言うか、どうして敵の僕に答えを求めるんだろうか。僕は自分でもお人好しだって自覚はしてるけど、自分から敵に種を明かすつもりなんてない。

 

「いくら僕でも、敵相手に教えませんよ。ところで、今度は此方から仕掛けさせてもらいますから」

 

 この人達は本当に僕より格上の冒険者なのかと疑問を思うほど、動きが余りにも緩慢過ぎだった。もし彼等がアークスだったら、六芒均衡のマリアさんが見れば、もう失望を通り越して完全に呆れているだろう。

 

 僕はそう思いながら武器を切り替えようと、カラミティソウルから抜剣(カタナ)――フォルニスレングへと変わる。

 

 その直後に僕はファントムの回避で一旦姿を消し――

 

「き、消えただと!? 今度はどこへ行った!?」

 

「此処ですよ」

 

「っ! がっ!」

 

「リッソスぅ!」

 

 エルフの青年の背後から出現して、即座に背中を斬りつけた。それによりエルフの青年――リッソスさんは突然の激痛に反撃しようとせず、そのまま倒れて気絶してしまう。

 

 この人が倒れた事に他の団員達が驚いている様子だ。見た感じ、指揮官の一人がやられたってところか。これは思わぬ収穫と見ていいだろう。

 

 僕は内心面倒な相手を倒せて良かったと思いながら、剣を鞘に納めながらこう言い放つ。

 

「さあ、ここからは愉しい時間の始まりです。“白き狼”ベル・クラネル、いざ参る!」

 

 

 

 

 

 

(私は、とんだ思い違いをしていた。クラネルさんは明らかに強者だ……!)

 

 目の前で起きている戦闘にヘスティア・ファミリアの助っ人――リュー・リオンは驚愕するばかりだった。たった一人で多くの敵をバッタバッタと倒し続けているベル・クラネルを見て。

 

 ベルが手にしている抜剣(カタナ)でアポロン・ファミリアの団員達に向かって攻撃を仕掛けた事により、状況は物凄い勢いで一変していた。

 

 消えたかと思いきや、いきなり敵の前や背後に現れて斬りつけ、また消えて……と言う繰り返しを行い続けている。今までに見た事のないベルの剣技に、城内にいるアポロン・ファミリアはもう完全に浮足立っている。

 

 更には居合切りみたいな構えで剣を抜いた瞬間、風を斬るような斬撃らしきものを飛ばしていた。それを受けた敵は信じられないような顔をしながら倒れていく。

 

 それだけでなく、時々自分の目でも追えない速度で、一瞬で敵を斬り伏せていた。まるで自分の二つ名である【疾風】のように。

 

 相手を翻弄するように凄まじい速度で敵を斬り伏せる剣技、そして城門前に見せた二つの魔法。とても『Lv.1』とは思えない実力を披露しているベルに、リューは内心猛省していた。同時に恥じていた。

 

 昨日の打ち合わせの時、ベルに『これまで格上の相手を倒せたのは運が良かった』と偉そうな事を言った。もしも過去に戻れるなら、昨日の自分を思いっきり殴りたいと思う程に。

 

 ベルが中層でモンスターを倒し続け、更に階層主(ゴライアス)を倒したと言っていた。それを聞いていたリューは半信半疑で、ベルに説教しながらも、恐らく偶然同行したロキ・ファミリアの助力があって出来たのだろうと判断した。

 

 しかし、今の光景を見てその判断は誤りだったと気付いた。ベルの言った事は全て事実であったと。その証拠に、明らかにベルより格上である『Lv.2』の上級冒険者達を梃子摺る様子を見せる事なく、殆ど一撃で倒し続けているから。ベルに倒された相手も思わず『ば、バカな……!』と口にするほどだ。

 

(クラネルさんがこんなに強いのであれば、私が助っ人として参加する必要はなかったのでは……?)

 

 余りにも実力差があり過ぎる光景を見ている事に、リューは思わず疑問を抱いてしまう。明らかに自分は場違いだと。

 

「ん? あれは……」

 

 思わず思考を放棄してしまいそうなリューだったが、ふと気付いた。戦闘しているベルの後方から、先程まで唖然としていた数名の弓兵(アーチャー)がベルを狙撃(スナイプ)しようとしている。ベルは弓兵(アーチャー)狙撃(スナイプ)に気付いていないのか、眼前にいる敵との戦闘に集中している。

 

 今から倒しに行こうにも距離があって間に合わない。向こうはもう射る寸前だった。自分がやる事は唯一つ。

 

「やらせません!」

 

「え? リューさん?」

 

 リューは疾風の速さでベルの元へ辿り着き、手にしている木刀で弓兵(アーチャー)が放った幾本の矢を叩き落す。

 

「あっ、くそっ!」

 

「しまった、助っ人もいたんだった……!」

 

 ベルの狙撃(スナイプ)に失敗した事により、弓兵(アーチャー)達が舌打ちをしている。今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)でヘスティア・ファミリアには助っ人が参加している。それはアポロン・ファミリアも当然知っている。

 

 だが、ベルが派手な戦闘を行い続けている事により、向こうは助っ人の存在を完全に失念していた。

 

「ってか何なんだよ、あの助っ人は!」

 

「あんなに速く矢を全部叩き落すなんて、とても外部の冒険者とは思えないぞ!」

 

 一瞬でベルの元へ辿り着いたかと思いきや、持っている木刀で全ての矢を叩き落す動作は尋常ではなかったと弓兵(アーチャー)達は疑問を抱く。とても『Lv.1』や『Lv.2』が見せる芸当ではないと。

 

 もしかしたら団長のヒュアキントスより強い助っ人じゃないかと思っている最中――

 

「闇の風よ 竜巻となりて吹き荒れよ サ・ザン!」

 

「うわぁぁぁぁ~~~!!」

 

「今度は風魔法だと~~~!?」

 

「なっ!?」

 

 突然、詠唱と魔法名が聞こえた瞬間に弓兵(アーチャー)達の周囲に竜巻が発生した。それにより集まっていた弓兵(アーチャー)が、暴風の風によって吹き飛ばされていく。

 

 リューが思わず振り向いた先には、いつの間にか大鎌に持ち構えていたベルが此方を向いていた。

 

「助かりましたよ。リューさんがいなかったら、危うく狙撃されているところでした」

 

「あ、い、いえ、私はクラネルさんの指示に従ったまでで……」

 

 予想外な風魔法を見た事により、リューは混乱しつつも言い返す。見た事のない爆発魔法や召喚魔法だけでなく、風魔法を使うなんて完全の予想外だったから。

 

「と言う事は、僕の力を認めてくれたってくれた事ですか?」

 

「……ご、ゴホン。こんな状況を見せられて、従わない訳にはいきません」

 

 少しズレた問いをしてくるベルに、リューは少々呆れてしまった。如何にベルが強くても、やはり少しばかり幼いようだと。ベルが見せた笑みに一瞬見惚れてしまったなどと、口が裂けても言えないが。

 

「そうですか。では改めてリューさん、僕の背中を任せてもいいですか?」

 

「ええ、お任せ下さい。私は助っ人らしく、クラネルさんの背中をお守りしましょう」

 

 リューは決意した。自分はベルを守る為の盾に徹しようと。そして、シルの想い人であるベルを絶対に守ろうと。

 

 今ここに、急造でありながらも息の合った名コンビが誕生しようとしていた。攻撃のベルと、防御のリューによる攻防コンビが。

 

 

 

 

 

 

『な、何と言う事でしょうかぁぁぁぁ~~!!?? ベル・クラネルが魔法を使うので魔導士かと思いきや、とても「Lv.1」とは思えない攻撃速度の剣技を見せているぞ~~~!! もう既に【アポロン・ファミリア】が半分以上やられている~~~!!』

 

 場所は変わってオラリオ。実況役のイブリがハイテンションな声で響き渡るも、オラリオ中は完全に熱気に包まれていた。ベルが一人でアポロン・ファミリアの団員達を相手に圧倒しているから。

 

「な……な……! 何なのだ、これは! 何故ベル・クラネルに、あれ程の魔法と力があるのだ……!?」

 

 神々が観戦している『バベル』にて、アポロンは口をあんぐりと開けながら目が点になっている。自身の陣営が一方的に蹂躙する筈が、全く逆の展開になっている事によって。

 

 無論、それはアポロンだけでない。他の神々ですらも驚愕する一方だった。詠唱無しの魔法や、見た事のない魔法生物を召喚する魔法、更には敵を圧倒するほどの剣技。もう誰もがベルを『Lv.1』とは思えない実力者だと改めて認識する瞬間でもある。

 

「おいおい、なんだよコレは!?」

 

「ヘスティアの所の眷族(こども)が、あんなに強いなんて聞いてないぞ!」

 

「可愛い顔をしてえげつない魔法を使うかと思えば、何かカッコいい台詞を言いながら敵を倒し続けていくベル・クラネル……!」

 

「あんな子に斬られるなら私……本望かも」

 

 他の男神達が驚愕する一方、女神はベルの強さに惹かれるように顔を赤らめている。

 

「ほえ~~……ベル君が強いのは分かっていたけど、まさかこれほどだったなんて……」

 

 これにはベルの主神であるヘスティアですらも驚愕していた。シルバーバックを瞬殺したのだから強いのは知ってても、多くの敵を簡単に倒すのは完全に予想外だった。今更ながらもヘスティアは、ベルがよく自分の眷族になってくれたなぁと思ったのは秘密だ。

 

「凄いわね、あのベルって子。あんなに凄い子が、よくヘスティアの眷族(こども)になろうと思ったわね。あれ程の強さなら、ロキだったら大歓迎じゃなかったの?」

 

「ああ、せやな。あの時の門番達が追い出さなければ、今頃ウチのファミリアに入団しとった筈だったのに……!」

 

 圧倒的な力を見せるベルに驚愕し続けるヘファイストスに対し、既にベルの力を知っているロキは歯噛みしている。

 

 改めて確認したベルの凄さに、ロキは非常に残念がった。ベルが色々と厄介で非常識な事をしたのを抜いたとしても、あれ程の力を持った存在がヘスティアなんかの眷族になるのは余りにも勿体無さすぎると。

 

 もしもベルがロキ・ファミリアに入団していれば、遠征時には様々な手助けが出来ていただろう。一番に助かるのは治療師(ヒーラー)としての役割だった。多くの負傷者が出たとしても、エリクサー並みに回復させる事が出来る治癒魔法、更には毒などに対する状態異常の治療魔法を瞬時に使う事が出来る。加えて前衛で戦えるだけでなく、見た事のない攻撃や補助魔法も行使してサポートする事も。あんな逸材を門番が追い出してしまった事に、ロキは今でも非常に惜しく思っている。

 

 それが今やヘスティアの眷族になってる事に、ロキは非常に腹立たしい気持ちでいっぱいであった。もしもベルがヘスティアでない他のファミリアに入っていたら、ここまで怒らなかっただろう。

 

「あと、あの子が使っている剣は……見た事ないわね。特に刀身なんかが、まるで炎を形にしている感じがするわ」

 

 ヘファイストスはベルの実力より、ベルが使う抜剣(カタナ)に興味を抱いていた。見た事のない形状をした剣であり、刀身も普通の剣とは異なっているから。

 

「んあ? ファイたんも知らん武器なん? ちゅう事は、ゴブニュが作ったとか?」

 

 ロキの問いにヘファイストスが首を横に振っている。

 

「いいえ、ゴブニュはあんな形状の武器は作らない筈よ。多分だけど、私の所にいる椿も気になってるでしょうね」

 

 そう言いながらヘファイストスは自身のファミリア団長、椿・コルブランドの事を考える。あんな未知の武器を見たら、絶対に興味を抱く筈だと。あわよくばベルに会って武器を見せて欲しいと懇願するかもしれない。

 

「へ、ヘスティア! ベル・クラネルがあそこまで強いのは、まさか【神の力(アルカナム)】を使ったんじゃないだろうな!?」

 

「はぁ?」

 

 すると、アポロンがいきなりヘスティアに向かって叫んだ。それを聞いた他の神々は思わずヘスティアを見る。

 

「何を言うかと思えば、ボクがそんな事をするわけないじゃないか。仮に【神の力(アルカナム)】を使ったとしたら、僕は今頃下界(ここ)にいないよ」

 

「ぐっ……」

 

 神は下界へ降りる際に厳しい条件が課される。それは【神の力(アルカナム)】を殆ど制限され、普通の人間と大して変わらなくなると言う条件が。

 

 それでも【神の力(アルカナム)】を無理矢理使ってしまえば、ヘスティアの言う通り下界にいられなくなってしまう。もし使えばルール違反とみなされてしまい、天界へと強制送還されてしまう。益してや能力強化などは完全に違反なので、もし使えばヘスティアは既にいなくなって戦争遊戯(ウォーゲーム)が中止になっている。

 

 なのでアポロンの発言は完全に的外れだった。違反をしていないヘスティアは勿論の事、ベルも同様に。紛れもなくベルの実力は【神の力(アルカナム)】で施されたものじゃない。

 

 そんな話をしている中、映っている『鏡』にはベルが城内にいる一人の小人族(パルゥム)――ルアンと対峙していた。仲間を圧倒されているのを見ていたルアンが逃げようとした際、ベルは逃がすまいと即座に彼の前に現れていた。しかし、流石に逃げる相手に情けをかけたのか、ベルは持っている鞘で峰打ちをしてルアンを気絶させた。ベルに同行していた助っ人のリューもルアンの余りの弱さに、憐れむような目で見ていたが。

 

 その光景を見ていたオラリオの観衆はルアンを見てこう思った。あんなに弱いんじゃ相手が悪すぎる、と。

 

 

 

 

 

 

 

 一方、『黄昏の館』では――

 

「ねぇティオネ! アルゴノゥト君が剣だけでも相手を圧倒してる! すごいすごい!」

 

「あ~もう、うるさいわね。アンタに言われなくても分かってるわよ!」

 

 ティオナがまるで自分の事みたいに大はしゃぎしていた。自分が惚れているベルだから猶更に。

 

(凄い、あの子の剣技。あれで本当に『Lv.1』なの……?)

 

 ベルの華麗とも言える剣技にアイズは思わず見惚れそうになっていた。尋常ではない攻撃速度で翻弄させ、多くの上級冒険者達を殆ど一撃で倒している。

 

 アイズは決めた。ベルの力を知る以外にも、絶対に必ず手合わせをしようと。そうすれば、もしかしたら自分は強くなるかもしれないと。

 

(ううう~~~! アイズさんがベル・クラネルに熱い視線を送ってるなんて~~~! あの子が強いのは知ってますけど、アイズさんを独占するなんて許せない~~~!)

 

 ベルの戦いを見逃すまいと凝視しているアイズに、それを見ていたレフィーヤが嫉妬の炎をメラメラと燃やしていた。




ベルの強さを改めて認めるリューでした。


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番外編 戦争遊戯⑨

この話も段々終わりに近づいてきました。


「もう既に半分以上もやられた!? しかも殆どはベル・クラネルが倒してるって、どういうことなの!?」

 

 玉座の塔内にある空中廊下で待機しているダフネは、戦況を知った途端に声を荒げた。

 

「確かベル・クラネルは『Lv.1』の筈よ! そんな相手にどうして、味方がそんなにやられているの!?」

 

「そ、それが……。詠唱せずに魔法を撃ったり、ユニコーンらしき幻獣で城門を突破させて……」

 

「はぁ!?」

 

 やってきた伝令からの信じられない報告に大声で短髪を揺らしながら、吊り目を見開くダフネ。

 

 報告をしている伝令は彼女の剣幕に気圧されそうになるも、報告をしている。自身も信じられない結果になっていると分かっていながらも。

 

 余りにも非常識な内容に激昂しているダフネだが、伝令が嘘を言ってないのは確かなのは分かった。唇を噛みながらも、状況の確認を簡潔かつ素早く行おうとする。

 

「城内にいる小隊長(リッソス)達はどうなったの?」

 

「ぜ、全員やられたようだ。ベル・クラネルは魔法だけじゃなく、あの【剣姫】に勝るとも劣らない剣技と速度で圧倒されて……」

 

 アイズ・ヴァレンシュタインの二つ名を聞いた瞬間、ダフネや他の団員達が息を呑んだ。最強の剣士とも呼べる彼女を比較対象にされたのだから、こうなるのは無理もない。

 

 自分達はとんでもない相手に戦争遊戯(ウォーゲーム)を仕掛けたんじゃないかと思い始めた。開始されてまだ一刻も経っていないのに、半数以上の味方がたった一人の相手に倒され続けている事に。助っ人もいるだろうが、ベル・クラネルが獅子奮迅の勢いで奮闘している事により、助っ人――リューの存在は殆ど頭から抜けている。

 

 ダフネは呪った。そして後悔した。相手が雑魚だからと侮って高みの見物をしているヒュアキントスの采配と、城壁から聞こえた爆発音が聞こえた時に逡巡した自分の行動を。

 

「ダフネ、敵が来た! ヒューマン一人とエルフらしき助っ人……敵大将(ベル・クラネル)だ!」

 

「……ここで何としても止めるわ」

 

 仲間の報告にダフネがすぐに指示を出した。伝令には玉座の間にいるヒュアキントスの報告と、控えている弓兵(アーチャー)と魔導士には迎撃の指示を。

 

 ダフネはベルの進撃を食い止めようと陣を敷く。一本道となっている空中廊下でベルが来たところを弓矢と魔法で仕留めようと考えていた。彼女の指示に従う魔導士は詠唱を始め、弓兵(アーチャー)は前に出て矢を射る準備をする。

 

 そんな中、前方から敵大将が物凄い速度で此方へと向かってきた。見た事のない禍々しそうな武器を手にしながら。

 

「慌てるな! 敵がどんなに速く来ようが、此方は狙い放題だ! 弓部隊、放て!」

 

 動揺している団員達にダフネが喝を入れながら指示をすると、弓兵(アーチャー)がすぐに弓を引き絞って射ようとする。

 

 すると、高速移動しているベルが持っている武器の穂先――口が開いた骸骨頭部を此方へ向けた。制動(ブレーキ)するように足を止めながら、大型の青い魔力弾らしきものを二発連射した。

 

「うわぁ!」

 

「な、何だありゃ!?」

 

「ぐあぁぁ!」

 

 突然の事に弓兵(アーチャー)達は困惑する。何とかギリギリで躱すも、詠唱をしている魔導士達が数名被弾して吹っ飛んでいく。

 

 予想外な奇襲を受けた事により、ダフネは困惑しながらも慌てまいと必死に押し殺そうとする。

 

「ひ、怯むな! 奴は動きを止めている! 早く掃射しろ!」

 

 弓兵(アーチャー)と魔導士達に迎撃するよう指示するも――

 

「遅い! クーゲルシュトルム!」

 

『うぎゃぁぁぁ~~~!!!』

 

『た、助け……!』

 

 ベルが持っている武器で、先程とは比べ物にならない数の魔力弾を自分達に撃ってきた。弓兵(アーチャー)は弓を射てなくなり、既に詠唱が終わっていた魔導士も不発に終わってしまう。ダフネを除く空中廊下で待機している団員達が、ほんの数秒程度で倒されてしまった。ベルが持っている見た事のない魔剣らしき武器によって。

 

「そ、そんな! 弓部隊と魔導士達をこんな簡単に……!?」

 

「ふぅ~……。用心して()()()()に変えておいて正解でしたね」

 

 余りの展開に頭が処理しきれずに驚愕するばかりのダフネに、敵の迎撃を予想していたように安堵の台詞を言うベル。

 

 すると、ベルの後方からエルフらしき助っ人が現れる。

 

「クラネルさん、いくらなんでも突出し過ぎです。こう言う事をするなら事前に言って下さい」

 

「ご、ごめんなさい、リューさん」

 

 窘めている助っ人の発言にベルが、さっきとは打って変わるように彼女に視線を向けて謝っていた。

 

 

 

 

 

 

『な、何だあの武器はぁぁぁぁーーー!!??』

 

 観戦しているオラリオ市民は、ベルが見せた新たな武器を披露した事によって再び驚愕の絶叫をしていた。

 

 ギルドの前庭で、実況役のイブリが市民の代表のように悲鳴に近い叫び声をあげている。

 

『悍ましい骸骨の口から魔力らしき弾を出したかと思いきや、今度は一気に弓兵(アーチャー)と魔導士達を瞬殺だぁぁ~~~!! 弓や魔法よりも早くて連射するアレはもしや魔剣なのかぁぁぁ~~~!!??』

 

 この世界には銃と言う武器を知らないのか、ベルが持つ長銃(アサルトライフル)――スカルソーサラーを魔剣と誤認識していた。後から聞いたベルにとっては非常に好都合だと思うだろう。

 

 だが――

 

「おいおい、あんな強い魔剣があるのかよ!?」

 

「一体どこで手に入れたんだ!?」

 

「これは是非とも入手先を聞いておかねば!」

 

「いや、もしかすればクロッゾが作ったかもしれん!」

 

 弓兵(アーチャー)と魔導士を一瞬で倒せる強力な魔剣だと思われてしまった。それにより、多くの冒険者や商人が良からぬ事を考えていた。アレさえあれば冒険者としての名が上がり、多くの利益を得る事が出来る等々と。

 

 更にはクロッゾが作った魔剣かもしれないと言うのもいる。あんな強力な魔剣を作れるのは有名なクロッゾしか思い浮かばないのだろう。

 

「おいヴェル吉、あの武器は本当にお主が作った魔剣ではないんだな?」

 

「んなわけあるか。それに俺は、あんな趣味の悪いモノなんか作らねぇよ」

 

 とある工房にて、二人の鍛冶師が『鏡』を見ながら観戦していた。

 

 一人は【ヘファイストス・ファミリア】団長の椿・コルブランド。黒髪と褐色肌で、眼帯が特徴的な女性。ヒューマンとドワーフのハーフでもある。神を除けばオラリオを誇る最高の鍛冶師でありながら、武器の試し切りを行い続けた事によって『Lv.5』の実力者でもある。

 

 そんな彼女が今日、一緒に戦争遊戯(ウォーゲーム)を観ようともう一人の男性人間(ヒューマン)の鍛冶師――ヴェルフ・クロッゾの工房へ来ていた。彼も【ヘファイストス・ファミリア】だが、椿と違って『Lv.1』だった。

 

 だがそれと別に、ヴェルフは主神ヘファイストスが目を掛ける程の鍛冶師としての腕前はある。更にはスキル――魔剣血統(クロッゾ・ブラッド)があり、椿以上の魔剣を作る事が出来る。それは椿本人も認めていた。自分以上の魔剣を作れるなら大歓迎だと。だが、当の本人が魔剣を作る事を嫌っているから、椿は疑問を抱きながらも可愛い弟のように接している。

 

「よもや、お主の身内が作ったという線は?」

 

「それもねぇ。身内(クロッゾ)の中で魔剣を作れるのは、今も俺しかいねぇ筈だ。仮にあんなの作れたら、アイツ等が今も俺を血眼になって探さねぇだろ?」

 

「ふむ……そうだな」

 

 ヴェルフの台詞に椿は頷きながら納得する。彼の家族については色々と複雑な経緯があるので省かせてもらう。

 

「しかし、それを抜きにしてもだ。あのベル・クラネルと言う小僧が扱う武器は、どれも見た事ないものばかりだ。手前としては、ベル・クラネルの剣が一番気になる。まるで燃え盛る炎を刃にしたような形状だ。あの武器を一度ジックリ見てみたいのう。ヴェル吉もそう思わぬか?」

 

「……まぁ、それは確かに」

 

 ベルが扱う抜剣(カタナ)に椿だけでなく、ヴェルフも同様に気になっていた。派手そうな外見でありながらも斬れ味が抜群な刃で、その武器を己の一部のように使いこなしている。鍛冶師としては是非とも見てみたい心情だった。

 

「もし万が一にあのベルって奴と会う機会があったら、聞いておいたほうが良いかもな。武器以外にも、あの魔剣の事とか」

 

「おお、それはいい。もし会えたら手前にも声を掛けてくれ」

 

「やなこった」

 

 椿からのお願いにヴェルフは即座に断る。絶対に碌な事が起きない事を本人が身をもって経験しているので。

 

「何~? お主、随分と可愛げのない事を言うようになったではないか。手前の為を思っての事をしてくれんのか~?」

 

「っておい、止めろ椿!」

 

 生意気な事を言うヴェルフに椿が少しお仕置きをしてやろうと、胸を押し付けながらヘッドロックをかましていた。他の男から見れば羨ましい光景だろうが、ヴェルフ本人としては心底傍迷惑な行為だと思っている。

 

 

 

 

 

 

「さて、貴女だけになってしまいましたが、どうします?」

 

「くっ!」

 

 城内にいる敵を一掃した僕とリューさんは、玉座の間にいる敵大将のヒュアキントスさんがいる塔へと向かった。塔の中はまるで迷路みたく上がるのに少し大変で、思わぬ時間を食ってしまった。

 

 その途中、塔の連絡橋とも呼べる渡り廊下を見付けた矢先、敵の団員達が配置されていた。あの先には恐らく玉座の間があるだろうと判断した僕は、武器を抜剣(カタナ)から長銃(アサルトライフル)――スカルソーサラーに切り替えて奇襲をする事にした。

 

 一緒にいるリューさんに先行すると言った後に突撃した。体内フォトンを消費しながら走り続け、足を止めて制動をかけながら大型の貫通弾2発を連射するシフトフォトンアーツ――ナハトアングリフを発動させて。

 

 それを使った僕は通常の走行以上の速さを出せる上に、即座に貫通弾を出す事が出来る。弓兵(アーチャー)達が弓を射ようとする寸前、僕が一足先に早く貫通弾を撃ったから見事に阻止できた。相手が困惑している隙を狙おうと、前方広範囲に掃射を行うフォトンアーツ――クーゲルシュトゥルムで残りの弓兵と魔導士達の一掃に成功。後は指揮官と思われる短髪の女性だけだ。

 

 僕からの問いに短髪の女性は歯軋りしながらも、腰に携えている短剣を抜いて構えようとする。

 

「その魔剣を使って強気になってるみたいだけど、余り調子に乗らない事ね。あれほど撃ち続ければ、もうその魔剣は使えない筈よ。違うかしら?」

 

「へ?」

 

 短髪の女性の発言に、僕は思わず首を傾げてしまった。

 

 魔剣って何のこと? 僕が使ったのは長銃(アサルトライフル)って言う武器で、剣の類じゃないんだけど。それにこれ、僕のフォトンがある限り無限に撃てるのに、何でもう使えないような言い方をするんだろうか。

 

 あ、考えてみれば、この世界には銃関連の射撃武器が無かったんだった。主に弓をメインとした射撃武器で、自動で撃てるのはボウガンが限界ってところだ。

 

 それに加えて僕が持っているスカルソーサラーは普通の銃より強力で、フォトンの弾丸が魔力弾みたいに見える。短髪の女性は多分それを見て魔剣だと判断したんだろう。

 

 本当なら真実を教えたいところだけど、流石に戦争遊戯(ウォーゲーム)中は無理だ。今戦っている相手に喋ってしまえば、物凄く警戒されてしまう。

 

「クラネルさん、彼女の相手は私がやりましょう」

 

「え、リューさん?」

 

 すると、僕の隣にいるリューさんが前に出て、持っている木刀を構えながら短髪の女性と戦おうとする。

 

「その武器については私も分かりませんが、彼女の言う通りなら、もうそれ以上は使わない方がいい。残りは敵大将にぶつけるべきだと」

 

「あ、いや、コレはですね……」

 

 せめてリューさんには本当の事を教えたいんだけど……流石に今は無理か。仕方ない、此処は敢えて合わせておくことにしよう。後でリューさんには真実を教えておくのを忘れずに。

 

「は、はい、使わないでおきます。でも、彼女の相手なら僕一人でも大丈夫ですよ」

 

「そうでしょうね。まぁ、敢えて言うなら……そろそろ私も前に出ないと、助っ人として参加した意味が無くなってしまいそうな気がしまして」

 

 ………ああ、確かに。

 

 リューさんがずっと盾役に徹してくれたから、僕は周囲を気にせず前に出て敵を倒し続けていた。

 

 このまま僕が一人で戦っていれば、折角助っ人として参加してくれているリューさんの立つ瀬が無い。

 

 それに、僕としても玉座の間へ行く前にやっておきたい事もある。短髪の女性の相手はリューさんに任せる事にしよう。

 

「分かりました。ではリューさん、その人の相手は任せます」

 

「ええ、クラネルさんは先に……え?」

 

「………は?」

 

 僕がリューさんに言った後、短髪の女性の先にある塔の中に入らず、後方へ向かって走って行く。そのまま跳躍して柱に着地し、そして更に跳躍し、玉座の間がある向かいの塔の天辺に着地する。

 

「……うん、この距離なら大丈夫だな」

 

 リューさんと短髪の女性が呆けた顔で此方を見ているけど、僕は気にせずに長銃(アサルトライフル)から長杖(ロッド)――カラミティソウルへと切り替える。

 

 さて、玉座の間で待ち構えているであろうヒュアキントスさんには申し訳ないけど、先手を打たせて頂きます。キョクヤ義兄さんから、『目標が悠長にその場で留まっているなら、可能な限りの奇襲を仕掛けろ』と教わっているので。

 

 僕は正面の塔にある最上階へ向けて、最も破壊力のあるテクニックを撃つ為の詠唱をやろうとする。

 

「集束せよ、闇の獄炎!」

 

 

「この場で詠唱だと? それに何故魔法陣があの塔に……っ! まさか!」

 

 

 僕が詠唱し、向かいの塔の周囲に展開している魔法陣を、少し離れた所から見ている短髪の女性が何か気付いたような声を出した。

 

 

「そんな魔法をウチが撃たせると――」

 

「させません!」

 

「ぐっ!」

 

「暫しの間、私に付き合って頂きましょう」

 

「そこをどけぇ!」

 

 

 リューさんも僕が塔の最上階に向けて魔法を撃つ事に気付いたのか、短髪の女性を行かせまいと阻止していた。

 

 二人が剣劇を繰り広げている中、僕は更なる詠唱を続けようとする。

 

「闇の静寂(しじま)を照らすもの 輝き燃える深淵なる炎よ 黄泉を君臨せし盟主の言葉により 我が手に集いて彼の地を煉獄と化せ!」

 

 詠唱によって魔法陣がどんどん大きくなっていき――

 

「イル・フォイエ!」

 

 目標に向けて巨大な炎の塊を落として大きな爆発を引き起こす上級の炎属性テクニック――イル・フォイエを唱えた。

 

 

「………? な、何だ? もしかして失敗、なのか?」

 

「!? 違う! これは失敗じゃない!」

 

 

 その直後に魔法陣はそのまま上空へと飛んでいき、何事も無かったかのような静寂が訪れる。さっきまでリューさんと戦闘をしていた短髪の女性は、余りにも拍子抜けしたような顔をしている。

 

 だけど、リューさんが塔の更に上空を見て気付いた。その上空から巨大な炎の塊が塔の最上階へ向けて落下していく。

 

 そして………それは塔の最上階にある玉座の間へと直撃した途端に大爆発が起きた。

 

 

 

 

 

 

 ~ベルが魔法を放つ数分前~

 

 

 

 場所は本丸である塔の最上階。

 

 玉座に腰かけているヒュアキントスは、伝令からの報告によって怒り心頭だった。

 

「くっ、何たる醜態だ! このままではアポロン様に顔向け出来んぞ!」

 

 先程までのヒュアキントスは詰まらなそうな顔をしながら待っていた。しかし、突如やってきた伝令から、ベル・クラネルが破竹の如く勢いで城を攻めていると聞いた事で状況が即座に一変した。

 

 彼以外にも、玉座の間にいる他の団員達も同様だ。誰もが信じられないと驚愕して大慌てとなっている。

 

 ヒュアキントスは当初、シルバーバック程度を瞬殺する程度の実力なら問題無く勝てると踏んでいた。だが、現実は大きく異なっている。

 

 ベル・クラネルが魔法を使って弓兵(アーチャー)達に奇襲を仕掛け、ユニコーンらしき生物を使って城門を突破。更には城内にいる多くの団員達を剣技と魔法で撃破。そして空中廊下では見た事のない魔剣を使って、弓兵(アーチャー)と魔導士の混成部隊を瞬時に壊滅。

 

 これらの報告にヒュアキントスだけでなく、他の団員達も呆然と目が点になっていた。余りにも非現実的過ぎる内容ばかりだったので。

 

 余りにも信じられない内容に、ヒュアキントスは『一体何の冗談だ?』と思わず口にしてしまった。だが、伝令が真剣な顔で嘘偽りないとハッキリ言った為、彼は漸く理解した。報告の内容は全て事実なのだと。

 

「団長様っ、団長様!? これでやっと分かった筈です、早くここから逃げて下さい!?」

 

 最初からベル・クラネルの恐ろしさを知っていた団員の少女――カサンドラが進言する。

 

 彼女は伝令からの報告を聞かずとも、こうなる事は既に分かっていた。だから何度も何度も、ヒュアキントスに玉座の塔から離れるよう進言していた。

 

 だが、この状況になってもヒュアキントスはカサンドラの言葉を無視している。それどころか、何度も同じ事を進言する彼女に対して不快が更に募るばかりだった。

 

「どうか聞いて下さい! お願いですから早く逃げて――」

 

「いい加減にしろ、カサンドラ!」

 

「うっ……!」

 

 我慢の限界と言わんばかりに、腕を振り払って激高しながらカサンドラを引き離す。

 

 ベル・クラネルの強さを漸く理解したとは言え、主神アポロンに大将を任された自分が無様に逃げる訳にはいかない。助っ人がいるとは言え、此処に辿り着いたとしても、今頃は相当疲弊していると彼は踏んでいる。だから自分が負ける筈が無いとカサンドラの訴えをはねのけたのだ。

 

「今のベル・クラネルは助っ人と共に体力(スタミナ)精神(マインド)がかなり消耗している筈だ。奴等が入った瞬間、一気に叩け! 但し、ベル・クラネルだけは殺すな! 私が止めを刺す!」

 

 一切の油断はするなと団員達に指示をするヒュアキントス。

 

 如何にベルが魔法や実力を持っているとは言っても、多くの兵達を相手にすれば消耗して全力が出せなくなる。いくら個人の実力が優れようとも、数の差で勝敗を決める攻城戦では無意味な物。だからヒュアキントスは負けはしないと確信している。

 

 だが、彼は見誤っていた。いや、知らなかったと言った方が正しいだろう。ベルが戦争遊戯(ウォーゲーム)を行う前日までに、訓練と称して単身でダンジョン中層に籠ってモンスターを狩り続け、更にはゴライアスと戦えるだけの体力(スタミナ)があると事を。

 

 すると、カサンドラは急に泣きそうな顔を浮かべ、恐る恐る天井を見た。

 

 天井を見上げる彼女は、まるで耐えきれないように自分の身体を両手で抱く。

 

「あ……あぁ」

 

 顔を蒼白にさせ、とうとう怯え始めるカサンドラ。

 

 更に苛立つヒュアキントスが口を開こうとすると――

 

「太陽が……」

 

「太陽だと?」

 

 妙な事を呟くカサンドラに鼻を鳴らした。

 

「何を馬鹿な事を言っている? 我ら【アポロン・ファミリア】を照らす太陽が……」

 

 ヒュアキントスが顔を横に向け、玉座の間に張り巡らされた窓の外を見た途端に言葉を失い始める。

 

 彼の発言に他の団員達も向けると、巨大な炎の塊が玉座の間へ目掛けて落下していく。

 

「太陽が……落ちてくる!」

 

 カサンドラの言葉を最後に、玉座の間へ落下する巨大な炎の塊が衝突した。大爆発が起こったのは言うまでもない。




あと一~二話で終わるかもしれません。


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番外編 戦争遊戯⑩

「ふざけるなぁぁあああああああああ~~~~!!」

 

 ロキ・ファミリアの本拠地(ホーム)――『黄昏の館』の一室で怒号が響き渡った。その発生源はリヴェリアで、この場にいる誰もが彼女の怒号に目を見開く。

 

「あんな短い詠唱であれほどの威力は釣り合っていないだろう! それにあの魔法を撃つまでの間、見た事のない魔法を他にも使っていた筈だ! なのに何故未だに精神(マインド)疲弊(ダウン)が起きていない!? もう倒れてもおかしくないと言うのに、どうして今もあんなに涼しい顔をしている!? 一体どうやって急速に魔力を回復させているんだ!? もう理不尽にも程があるだろう! これ以上は私の頭がおかしくなる!!」

 

「り、リヴェリア様、落ち着いて、どうか落ち着いて下さいぃ! 皆が引いてますからぁぁ~~!」

 

 椅子から立ち上がって頭を抱えながら叫んでいるリヴェリアに、弟子のレフィーヤが必死に宥めていた。ベルが余りにも非常識極まりない魔法ばかり使っている事によって、今のリヴェリアは幹部を除く団員達にとても見せられない状態となっていた。

 

 因みにこの場にいるフィン達は、見なかった事にしようと敢えてスルーしている。誰もがリヴェリアの心情を察しているから。普段から反抗的な態度を取っているベートですらもだ。

 

「アルゴノゥト君の魔法も凄いけど、さっき使ってた魔剣も凄かったよね~! 一瞬で弓部隊と魔導士達を倒してたし!」

 

「うん。あんな強力な魔剣、私は見た事ない」

 

 絶叫しているリヴェリアを気にしてないのか、ティオナは相変わらずベルの活躍を見て喜んでいる。まるで自分の事のように。それだけベルに惚れている、と言う証拠なのかもしれないが。

 

 アイズもベルの活躍を見て何度も何度も驚きながらも、見た事のない武器を凝視していた。ベルが使っていた長銃(アサルトライフル)を。

 

「そう言えば団長、ベル・クラネルが使っていた魔剣って……」

 

「ンー……確かにティオネの言う通り、アレは間違いなく彼がゴライアス戦の時に使っていた物と同じだね」

 

 ふと疑問を抱いたティオネが尋ねると、フィンも同様の事を考えていた。

 

 ベルが階層主(ゴライアス)の足を抉る様に撃ち続けていた魔剣と、今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)で使った魔剣は同じ物だった。フィンの目で見ても、正しく同一の武器だと判断している。

 

「ゴライアスの時にも数え切れないほど撃っていたから、もうあの魔剣は使えないだろうと僕は判断した。だけど、彼は今回もあの魔剣を使っていた。本来の魔剣だったら既に砕け散っている筈なのに、彼の使っている魔剣はそんな状態に一切なっていない。そう考えると、もしかして……」

 

「もしかして、何ですか?」

 

 急に無言になったフィンにティオネが尋ねるも――

 

「……いや、気にしないでくれ。これは僕の勝手な想像に過ぎないから」

 

 彼はすぐに何でもないと返答した。

 

 その想像とは、あの魔剣はもしや回数制限なんか一切無い強力な武器なのではないかと。だが、フィンは即座に却下した。この世界、益してや最高峰の武器が揃っている迷宮都市(オラリオ)でさえ、そんな都合の良い魔剣なんか存在しないと。強力な魔剣を作れるクロッゾ家でも無理な筈だと。

 

 フィンの想像は半分間違いで半分正解だった。ベルが持っているのは魔剣ではなく、スカルソーサラーと呼ばれる長銃(アサルトライフル)であり、この世界で作られていないオラクル製の武器。その武器には回数制限などなく、対象者の体内フォトンがある限り無限に撃ち続ける物でもある。それをフィンが、いや、この世界の冒険者や鍛冶師が知ればどんな反応を起こすかは言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

「何だあの魔法はあああああああああああああーーーーーーーッ!?」

 

 場所はバベル。此処もこれまで何度も絶叫に包まれた。

 

「あんなに短い詠唱であれ程の威力とかー!!」

 

「一体どれだけの魔法を持っているんだよ!? もう三種類以上の魔法使ってるじゃないか!?」

 

「あのヒューマン超欲しいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!?」

 

「ねぇヘスティアぁぁぁぁぁ! あの子を私に頂戴いいいいいいいいいいいいっ!!」

 

 広間の中で湧きに沸く全ての神々が思った事を叫ぶ。

 

 ベルが使った長銃(アサルトライフル)以外にも、短い詠唱で放たれた大砲撃に、驚愕と歓声が入り乱れていた。

 

 そんな神々の反応とは別に、アポロンは既に開いた口が塞がらない状態だった。どうして、何故こんな事になっているのだと。

 

「誰がやるかぁ! ベル君はボクのだぁぁぁぁ!!」

 

 ヘスティアはベルの活躍に目を見開きながら『鏡』にかじり付いている中、他の女神からの発言を即座に却下と言い返していた。

 

「一体何やねん!? 見た事ない魔法使うわ、アイズたんに劣るけど剣の腕は立つわ、見た事のない魔剣を使うわで、もう反則(チート)にも程があるやろうが~~~!? あ~~~、マジでドチビんとこには勿体ない眷族(こども)やないか~~~!!」

 

「まさかヘスティアの眷族(こども)に、あれ程の実力があったなんてね」

 

 本気で嘆いているロキとは別に、ヘファイストスはベルの実力に心底驚いていた。どうしてあんなに強い子が、ヘスティアの眷族になったのかと疑問を抱くほどに。

 

 そんな中、『鏡』に投影されている光景では、崩壊した塔の瓦礫の中から現れるヒュアキントスの姿があった。

 

 

 

「はぁーっ、はぁー……くそっ!」

 

 瓦礫を払いのけたヒュアキントスは怒りと困惑に満ちている。

 

 窓の外を見た途端、太陽らしき巨大な炎の塊が落下して激突した。その瞬間に大爆発が起きた事により、玉座の塔にある上半分が消失していた。【アポロン・ファミリア】の象徴とも言える太陽が突然降りかかった事により、ヒュアキントスの心情はかなり乱れていた。

 

「なぜ、なぜ太陽が落ちてきたのだッ!? 何故だッ!?」

 

 マントの裾がボロボロになり、汚れた髪を振り乱しながら喚くヒュアキントス。

 

 本来であれば既に重症となっておかしくないのだが、カサンドラの機転によって救われた。咄嗟に体当たりをされて、窓を割って宙に放り出された為に。

 

 覆われていた煙が晴れると、瓦礫に埋もれた片腕や上半身があり、それを見たヒュアキントスは喚くのを止めて凍り付いた。自分以外が全滅していると。

 

 すると、背後からふと気配を感じた。まるで亡霊みたいに近寄ってくる不気味な気配が。

 

 ヒュアキントスは咄嗟に携えている波状剣(フランベルジュ)を抜いて、後ろを振り向きながら構えた。その直後、誰かが自分に向けて剣を振り下ろそうとしている。

 

「き、貴様は……!」

 

「っ!?」

 

 攻撃を防いだヒュアキントスは敵の顔を見た途端に驚愕した。その相手は奇妙な衣装を纏った白髪の新人冒険者――ベル・クラネルだったから。

 

 ベルもベルで、背後からの奇襲を防がれた事に驚いていた。誰にも気付かれないよう気配を消していた筈なのに、と。

 

 奇襲に失敗したベルは即座に離れようと、ヒュアキントスから一旦距離を取る為に下がった。一定の距離を取り、ベルとヒュアキントスは面と向かい合って対峙する。

 

「残念です、さっきの奇襲で終わらせるつもりだったんですが」

 

「ベル・クラネル、奇襲とはふざけた真似を……!」

 

 非常に残念そうに呟くベルに、ヒュアキントスは怒りに満ちた表情をする。両者の反応は正に対照的だ。

 

 加えて、今のヒュアキントスは怒りと同時に屈辱もあった。団員がたった一人しかいない零細ファミリア如きによって、これ程までの泥を塗られている事に。彼自身のプライドも殆ど打ち砕かれている。今あるのは、ベル・クラネルに対する憎悪と、辛酸を嘗めさせられている恥辱の極みであった。

 

 対し、ベルは冷静でありながらも疑問を抱いている。イル・フォイエによる爆発を受けた筈なのに、どうして彼だけが殆ど無傷に近い状態なのかと。

 

「それにしても驚きました。僕はあの魔法で倒せたと思っていたんですが……それとは裏腹に、貴方だけが無事だったのは完全に予想外でした。流石は僕より格上の『Lv.3』と言うべきでしょうか」

 

「っ!」

 

 本心で称賛しているベルだが、ヒュアキントスにしてみれば皮肉にしか聞こえない。それによってヒュアキントスの怒りが更に募っていく。

 

 同時に彼は気付いた。ベルの台詞に『あの魔法で倒せた』と聞いた瞬間に。

 

「まさか先程、我々を襲った太陽は貴様の仕業なのか!?」

 

「アレを太陽と呼ぶのは流石に無理はありますが……」

 

 ベルとしてはイル・フォイエを闇の獄炎としてのイメージで撃ったから、太陽と呼ばれるのには些か抵抗があった。もしこの場に義兄のキョクヤがいたら、『あれは闇を照らす獄炎だ!』と真っ先に否定するだろうと思いながら。

 

「取り敢えず、さっきのアレは僕がやったと言っておきましょう。僕の助っ人は、今も残った敵の対処をしてる最中ですから」

 

「……そう、か。あの太陽は、やはり……」

 

「?」

 

 ベルの返答を聞いたヒュアキントスがさっきと打って変わるように、急に落ち着いた声で言う。その事にベルが思わず訝る表情をする。

 

「ゆ、許さん、貴様だけは、絶対に………許さんぞぉぉおおおお!!」

 

「やはりそう来ますか」

 

 その直後、ヒュアキントスは急に憎悪を込めた目で睨みながら叫ぶ。聞いたベルとしても、彼の怒りは至極当然かと思いながらも武器を構える。あんな奇襲をされて仲間がやられたとなれば、怒らない筈が無いと。

 

 だが――

 

「【アポロン・ファミリア】は太陽を象徴し、私には【太陽の光寵童(ポエブス・アポロ)】の二つ名を与えられている! なのに、よりにもよって……この私に向けて太陽を落とすとは万死に値する!!」

 

「………はい?」

 

 怒りの内容がズレている事にベルは思わず首を傾げてしまった。

 

「私だけでなく主神(アポロン)様をも侮辱する貴様の所業、最早生かしてはおけん! この場で殺してくれる!!」

 

「ちょ、ちょっと待って下さい、ヒュアキントスさん。なんか怒りの矛先が、変な方向に向いているんですけど?」

 

 思わず宥めようとするベルだが、怒りに身を任せて襲い掛かる彼にはそんなの知った事ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 イル・フォイエで玉座の間を破壊した僕は、崩壊した塔へと向かった。リューさんには相手をしている短髪の女性以外に、爆発を聞きつけた残りの敵を任せようと頼んでいる。勿論、それは了承済みだ。

 

 崩壊した塔の上半分が無くなっている状態だったので、態々塔の中に入る必要は無かった。ついさっきやった跳躍(ジャンプ)をすれば、一気に近道(ショートカット)する事が出来るから。

 

 跳躍(ジャンプ)して塔の最上階に着くと、中は完全に瓦礫の山状態だった。向こうがまさか僕が玉座の間に来る前に、魔法による奇襲を仕掛けるだなんて微塵も考えなかっただろう。そうでなければ、今頃は瓦礫の下敷きにはなっていない筈だ。僕が見るだけで、玉座の間にいたと思われる何人かの団員が倒れている。

 

 敵大将であるヒュアキントスさんも彼等と同じ状態になっている筈だと思いきや――

 

 

「なぜ、なぜ太陽が落ちてきたのだッ!? 何故だッ!?」

 

 

 と、少し離れた場所から大声が聞こえた。

 

 その方へ視線を向けると、煙が晴れた先にはヒュアキントスさんらしき人物を発見する。彼と直接会った事はないけど、戦争遊戯(ウォーゲーム)をやる前に、ギルドのエイナさん経由で資料を見せてもらった。と言っても、公然となっている資料だけど。その時に似顔絵も見せてもらった。ヒュアキントスさんの似顔絵を。

 

 だから目の前にいる人物と、似顔絵を見た人物と僕は一致した。彼が敵大将であるヒュアキントスさんで間違いないと。

 

 確認した僕は速攻で決着を付ける為、気配を消して背後から奇襲を仕掛ける事にした。だけど、それは失敗に終わってしまう。僕の奇襲にヒュアキントスさんが見事に防いだから。

 

 奇襲が無理なら真っ向勝負で挑むしかないかと思い、距離を取って対峙したまでは良かった。その後に――

 

「殺す! 貴様は絶対に殺す! 私に太陽を落とした貴様だけは何としても殺す!」

 

「だから怒りの矛先が違いますから!」

 

 ヒュアキントスさんの怒りの猛攻に、僕は抜剣(カタナ)で応戦していた。変な方向に向かって怒っているヒュアキントスさんの行動に呆れながら。

 

 しかしこの人、本当に『Lv.3』なんだろうか。確かに攻撃の重さや速度もあるから、相当強いのは分かる。だけど……余りにも技量がいまいちだった。恐らく怒りによって我を忘れているんだろうが。

 

 僕は神様から【神の恩恵(ファルナ)】を与えられ、眷族になってまだ日が浅い。それに対し、【アポロン・ファミリア】の冒険者達は熟練の集団で、【神の恩恵(ファルナ)】によって僕よりかなり強い筈……だった。

 

 今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)で【アポロン・ファミリア】の冒険者達と戦って分かった事がある。前衛の相手が殆ど力任せな攻撃がメインだった。

 

 最初は僕を雑魚の『Lv.1』だから、油断しているんじゃないかと思っていた。僕が城内で剣技を披露して、向こうがやっと本気を出してくれるかと思いきや、思っていた以上に呆気無かった。これが本当に僕より強い上級冒険者なのかと疑問を抱いたほどだ。

 

 だけど最後まで油断はせず、『Lv.3』のヒュアキントスさんと剣で真っ向勝負してるんだけど……さっきも言ったように、技量が本当にいまいちだ。

 

 これは僕の推測に過ぎないけど、この世界の冒険者って【神の恩恵(ファルナ)】に頼り過ぎているんじゃないかと思う。いくら【ステイタス】更新で強くなったとはいえ、それに見合うほどの技量が無ければ宝の持ち腐れじゃないかと。

 

 嘗て僕がアークス時代で修行していた頃――

 

『ベル、お前はフォトンの力に頼り過ぎている節がある。その所為でお前の抱えている闇が脆弱になるのだ。己に見合う技量がなければ、《亡霊》になるなど笑止千万。もう一度、自分と向き合う為に一から鍛え直せ』

 

 キョクヤ義兄さんからもこう指摘された。だから僕はファントムクラスになる前、一度自分を見つめ直して徹底的に鍛え直して今に至る。

 

 それを考えると、この世界にいる冒険者の大半は技量不足が目立っているんじゃないだろうか。ロキ・ファミリアみたいな高レベル冒険者の人達も含めて。

 

 となれば、怒りに身を任せているヒュアキントスさんも同類かな。さっきから力任せの攻撃しかやってないし。

 

 しかし、だからと言って油断するつもりは微塵もない。僕は全力で戦争遊戯(ウォーゲーム)に挑むと決めている。途中で勝負を放り出す事をすれば、相手に対する侮辱も同然だ。

 

 故に僕は――

 

「貫け、闇の牙! ローゼシュヴェルト!」

 

「ぐぅっ!!」

 

 距離を取って強力な突き攻撃を行う抜剣(カタナ)ファントム用フォトンアーツ――ローゼシュヴェルトを使った。

 

 僕の技にヒュアキントスさんが辛うじて長剣で受け止めた直後、パキィンと折れた音が聞こえた。それは言うまでもなく、相手の長剣が両断された音だ。

 

「ば、馬鹿な!?」

 

 自分の剣が折れた事が信じられないのか、ヒュアキントスさんは驚愕の表情をしながら僕から距離を取る。

 

「――何者だっ、お前はっ!? 『Lv.1』ではないのか!? 『Lv.3』の私より弱い筈なのに!?」

 

「……僕は正真正銘『Lv.1』で、“白き狼”ベル・クラネルです。こちらも念の為に訊いておきますが、降参しませんか?」

 

「この私に降参、だとッ!?」

 

 プライドが高いと思われるヒュアキントスさんにとって挑発だと分かりつつも、僕は一応降参を勧める事にした。

 

 言っておくけど、コレは本当に彼を思っての事だ。さっきまで多くの敵と戦っていたけど、僕にはまだまだ余力がある。

 

 このまま抜剣(カタナ)のフォトンアーツを使えば倒せるし、長杖(ロッド)でフォトンアーツやテクニックでも倒せる。更には長銃(アサルトライフル)で一定の距離を取りながら連射するだけで終わらせる事も出来る。

 

 それに対してヒュアキントスさんは折れた長剣以外に、腰に携えているもう一つの短剣がある。魔法を持っているのかは分からないけど、攻撃手段が限られている彼では僕を倒しきれない。仮に仕留めようとしても、僕はすぐに距離を取ってレスタで回復させる事が出来る。

 

 だからこの状況であの人が僕を倒す確率は余りにも低い。それを踏まえたが故に、僕は降参を勧めた。

 

「『Lv.1』風情が、この私に降参を勧めるなど………ふざけるなぁぁあああ~~~!!!」

 

 最初から降参する気が無いヒュアキントスさんは、短剣を持って再び僕に襲い掛かる……と思いきや、急に全力の跳躍で矢のように後方へ下がった。

 

「――【我が名は愛、光の寵児。我が太陽にこの身を捧ぐ】!」

 

 どうやらここで魔法を使うようだ。てっきり激昂して襲い掛かって来るかと思ったけど、意外と冷静だった。

 

 あんなに大きく離れたのは、詠唱をする為なのは間違いない。それと同時に、あれだけ離れても僕に当てれる魔法だと言う事だ。

 

「【我が名は罪、風の悋気。一陣の突風をこの身に呼ぶ】!」

 

 距離を取って、長そうな詠唱をすると言う事は、それだけ僕を倒せる自信がある魔法なのだろう。

 

「【放つ火輪の一投――】!」

 

 紡がれる詠唱に僕は抜剣(カタナ)から長杖(ロッド)――カラミティソウルへと切り替える事にした。

 

 僕が武器を変えた事にヒュアキントスさんが驚いた顔をするが、それでも気にせず詠唱を続けようとする。

 

 だけど――

 

「芽吹け、氷獄の(たね)!」

 

「っ!?」

 

 遠く離れたところで、僕が使うテクニックの射程距離内だった。

 

 イル・バータの詠唱を開始した直後、ヒュアキントスさんが掲げてる右腕が凍る。

 

「凍れる魂を持ちたる氷王よ! 汝の蒼き力を以って魅せるがいい! 我等の行く手を阻む愚かな存在に! 我と汝が力を以って示そう! そして咲き乱れよ、美しきも儚き氷獄の華!」

 

「~~~~~~~~~~~~~~~っ!?」

 

 僕が一文ごとに詠唱を区切っている中、ヒュアキントスさんの身体の一部分がどんどん凍っていく。左腕、右足、左足、腰部、胸部と順番ずつに。

 

 予想外の攻撃を喰らっている事によって混乱している様子だった。詠唱をやろうとしても、何故自分の身体が凍っていくのかと疑問を抱いているから。

 

 最後に残った頭を狙おうとすると――

 

「やぁー!?」

 

「ん?」

 

 突然、瓦礫の中から這い出た長髪の少女が僕に向かって奇襲を仕掛けた。

 

 どうやらあの人もヒュアキントスさんと同様に無事だったようだ。思わぬ真横からの渾身の体当たりをしてくるけど、僕は慌てる事無くファントム回避で一旦姿を消し――

 

「あ、あれ? 消え……?」

 

「残念。奇襲をかけるなら、声を出さずにやるべきですよっと」

 

「あうっ!」

 

 戸惑う長髪の少女の背後に現れて、アドバイスをしながら首筋に手刀で当てて気絶させた。流石にカラミティソウルで攻撃するのは気の毒だと思って。

 

「くそっ、どこまでも役立たずな女だ!」

 

 この状況で仲間――しかも女の子に対して口汚い罵倒をするヒュアキントスさんに少しムッと僕は、容赦なく決める事にした。

 

「イル・バータ!」

 

 彼の頭目掛けて七発目のイル・バータを発動した瞬間、氷の華に包まれた彼の氷像が出来上がった。

 

 本当だったら、以前戦った植物モンスターみたく真っ二つにしたいところだ。しかし、敵とは言え僕と同じ人間相手にそれは不味いので、これ以上の攻撃はやらないでおく事にした。

 

「ああ……やっぱり、団長様が、氷の檻に囚われてしまった……!」

 

 僕の手刀で気絶しなかった長髪の少女が、ヒュアキントスさんの氷像を見て奇妙な事を言っていた。まるで、こうなる事を分かっていたように。

 

 思わず何で分かったのかと聞いてみたかったけど、取り敢えずこれで幕を下ろすとしよう。

 

「ヒュアキントスさん、貴方の敗因は僕と出逢った事です。呪うなら、己の運命を呪って下さい」

 

 どうやら僕の発言により、【ヘスティア・ファミリア】の勝利が決定したようだ。

 

 後でアンティを使って、氷漬けとなってるヒュアキントスさんを治療しておかないと。




やっと決着がつきました。呆気ない終わり方かもしれませんが、どうかご容赦ください。

あと、次で最終話となる予定です。


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番外編 戦争遊戯⑪

フライング投稿です。

あと今回は最終話と言いましたが、ゴメンなさい嘘です。


 ベルの勝利が決定した事により、オラリオでは大歓声が打ち上がった。『鏡』に映っているベルを見た多くの観衆が興奮の叫びを飛ばしている。

 

「凄いよエイナ! あの子、本当に勝っちゃったよ!?」

 

「ベル君……!」

 

 ギルド本部前庭で、ずっと見守っていたエイナが同僚のミィシャに横から抱き着かれていた。

 

 エイナはベルに大して手助けを出来なかった事で非常に申し訳ない気持ちだったが、ベルの勝利を見て立場を忘れて大いに喜んでいる。周囲のギルド職員達の中、主に上層部は少々複雑そうな顔をしていた。『Lv.1』でありながら、あれ程の強者を冷たくあしらってしまった事に。

 

『戦闘終了~~~~~~~~ッ!? 助っ人がいながらも、殆どたった一人で終わらせました~~~~ッ!! 正にっ、正に階層主(きょじん)殺し『ロキ・ファミリア』のお株を奪う特大の大番狂わせ(ジャイアント・キリング)!! 戦争遊戯(ウォーゲーム)の勝者は、【ヘスティア・ファミリア】だぁーーーーーーーー!!』

 

 ステージでは、実況者イブリが最高潮となっている興奮を振り切る様に拡声器へ叫び散らす。

 

 

『『『ヨッシャァァアーーーーーーーーッッ!!』』』

 

 

 酒場では、ヘスティアに賭けていた少数の神々が勢いよく立ち上がって勝利の大歓声を上げる。

 

 

『『『『うそだぁあああああああああああああああああああああっ!?』』』』

 

 

 そして、殆どアポロン達に賭けていた冒険者達は絶望の悲鳴をあげていた。

 

「うおおおおぉぉーーー! ま、マジで勝っちゃったッス~~~~!!!」

 

 その中には例外の冒険者がいた。ヘスティアに賭けていた『超凡夫(ハイ・ノービス)』――ラウル・ノールドが。絶望の悲鳴をあげている冒険者達とは違い、神々と一緒に大歓声をあげている。

 

 最初は笑い者にされる為の指示を出された事にロキを恨んでいたが、今はもう感謝しまくっていた。超が付くほどの大穴である【ヘスティア・ファミリア】が勝利して、一人勝ちして大量の配当金を得る事が出来たから。

 

「くそぅっ! とっとと持っていきやがれ、『超凡夫(ハイ・ノービス)』! 今日からお前を脱凡夫って呼んでやるよ!」

 

「その呼び方は全然嬉しくないっす!」

 

 ヤケクソで叫ぶ客にラウルが叫ぶも、向こうは全く聞いていなかった。それでも嬉しそうな顔をしながらお金を受け取っているが。

 

 冒険者達が殆どアポロンに賭けていたので、ラウルが受け取った配当金は予想以上だった。並みの冒険者が単身ダンジョンで稼いだ額より遥かに上だから。

 

(あっ、もしかしてロキはこうなる事を予想して、自分達を酒場に行かせたんじゃ……)

 

 配当金を受け取っている時にラウルは、ロキの思惑に気付いた。自分を含めた各団員達に酒場で大穴狙いの賭けをさせ、多くの配当金を独占しようと。恐らく他の酒場でも、ロキ・ファミリアの団員達が一人勝ちしまくっているだろう。

 

 更に、今回得た配当金を他の酒場も含めて合計すれば……数千万ヴァリス以上は確実だ。予想外な臨時収入にも程がある金額だった。

 

(全てはロキの思惑通りの展開だったんすね)

 

 ラウルはロキに感謝しながらも少し恐ろしいと内心思ってると、自分以外にも配当金を貰っている女性を見た。

 

「あれ? ひょっとして貴女も自分と同じく勝ったんすか?」

 

 酒場が阿鼻叫喚に包まれてる中、自分と同じく配当金を受け取っている少女に声を掛ける。

 

 彼が尋ねると、尻尾をブンブンと振る犬人(シアンスロープ)――ナァーザは、笑みを浮かべながらグッと親指を上げた。

 

 

「ベルさん……良かった」

 

 西の大通りにある『豊穣の女主人』にて、シルは喜びのほほえみを浮かべている。

 

 自分の想い人があそこまで強い事に驚いていたが、それによっていっそう惚れ直した。敵を倒して決まった台詞を言うベルの凛々しい表情を見て猶更に。

 

 同時にリューにも感謝した。自分の我儘で戦争遊戯(ウォーゲーム)に助っ人として参加してくれた事に。

 

「ふふ……ベルさんが戻ってきたら、お弁当を用意しないと♪」

 

 そう思いながら、彼女は賭けに負けて自棄酒に走り始める冒険者の対応をしようと、ぱたぱたと弾むように店内を駆け回った。

 

 

 

「わ~~~い! アルゴノゥト君が勝った~~~~~!!」

 

 本拠地(ホーム)の外から響いてくる大歓声とは別に、ティオナも同様の大歓声をあげている。まるで自分の事のように。

 

「……ちっ。あれ位で喜んでんじゃねぇ」

 

 忌々しそうに舌打ちをするベート。彼としてはベルが勝つのは当然だと思っていた。曲がりなりにも自分に勝ったんだから、たかが『Lv.3』で粋がっている雑魚程度に負ける筈がないと。

 

 ベルの勝利を確認すると、今度は背を向けて歩き出そうとする。

 

「どこに行く気じゃ、ベート?」

 

「どこだっていいだろ」

 

 ガレスの問いにまともに取り合わずに姿を消すベート。

 

「間違いなくダンジョンじゃのう。以前の荒れた時と様子が全く違っておる」

 

「だね。それに加えて、完全にベル・クラネルを強敵(ライバル)と見ている目だったよ」

 

 ガレスとフィンが苦笑を浮かべながらも、ベートがベルに対する認識を改めたと気付く。

 

 そんな二人の会話を余所に、ティオナはある事を言おうとする。

 

「アルゴノゥト君がオラリオに戻ってきたらお祝いしなきゃ! この前約束したしね!」

 

「いつそんな約束したのよ?」

 

「えへへ~、この前アルゴノゥト君の仮本拠地(ホーム)に行った時にだよ~」

 

 確かにティオナは約束した。その時にベルは苦笑しながらありがとうございますと言ったが、主神のヘスティアは即座に拒否した。『勝手にそんな事を決めるなぁ~!』と敵意を丸出しにしながら。

 

 しかし、ヘスティアの拒否を押し切る事に成功する。お祝い場所は『豊穣の女主人』で、費用は自分が払うと言ったので。タダ飲みとタダ飯が出来る事に、貧乏生活を送っているヘスティアとしては嬉しい事だったので、仕方なくお祝いを許可する事にしたのである。

 

「さ~てと、今からお店に行って三人分の席を予約してこよ~っと」

 

「……ティオナ、そのお祝いは私も参加する」

 

「あ、アイズさん!?」

 

 ベルと接触出来る機会を逃さまいと、アイズが進んでお祝いに参加しようとする。言うまでもなく、ベルの強さを知る他に、あわよくば手合わせの約束もしようと。

 

 積極的に参加しようとするアイズにレフィーヤが驚くのは、ある意味当然だろう。

 

「アイズも? 良いよ~。じゃあ四人分で――」

 

「待て、ティオナ。そのお祝いには私も参加させてくれ。あと費用は全て私が支払う」

 

「ちょ、リヴェリア様! 本気で参加する気ですか!?」

 

 アイズだけでなく、何とリヴェリアも加わろうとした。突然の事にレフィーヤが再び驚いている。

 

 彼女は遠征帰りの宴や極稀にファミリアの付き合いで飲みに行くが、余所のファミリアのお祝いに自ら参加する事はしない。それも主神と人間(ヒューマン)の二人しかいない零細ファミリアのお祝いに参加するなど猶更あり得ない。

 

 この場にいるフィン達は既に察している。リヴェリアが自分から行こうとする理由は、アイズと同じくベルと接触する為であり、戦争遊戯(ウォーゲーム)で見た未知の魔法について問い質す為だと。

 

 リヴェリアとしても、ベルと接触する機会を絶対逃したくないので、自ら参加すると言い出したのだ。弟子(レフィーヤ)や他の同胞(エルフ)達に何を言われようが。

 

 

 

 場所は変わって神々が集うバベル。戦争遊戯(ウォーゲーム)の結果に彼等は様々な反応を示している。殆ど単身で戦いきったベルを褒め称え、反則(チート)だと批評し、好き勝手な事を云々と。

 

「そ、そんな……!」

 

 そんな中でアポロンだけが顔を青褪めるどころか、真っ白となって立ち尽くしていた。

 

 新人冒険者である筈のベルが、単身で己の子供達を殆ど倒した。頼みの綱であったヒュアキントスでさえ、ベルに敗北してしまった。そんな結果に、彼は必死に現実から逃避したい気持ちでいっぱいだった。こんな筈では無かったと。

 

 そして――

 

「ア~ポ~ロ~ンッ」

 

 ゆらりと立ち上がる女神ヘスティアが、ゆっくりとアポロンの方へと視線を向ける。

 

「覚悟は出来てるだろうなぁ?」

 

 ギラリと目を光らせるヘスティアに、アポロンはたじろぐ。

 

 今の彼女はアポロンを絶対に許しはしないどころか、一切の慈悲なんて与えるつもりも毛頭無い。

 

 ベルを寄越せと言ったり、戦争遊戯(ウォーゲーム)を仕掛けたり、更には留守中に本拠地(ホーム)を破壊され、悉く見下す等々。

 

 散々身勝手極まりない事をしてきたアポロンに、ヘスティアの怒りは爆発寸前だ。

 

「ま、待ってくれ! ただの出来心だったんだっ! 君の子供が可愛かったからつい……!」

 

「だ・ま・れ」

 

 言い訳なんか聞きたくないと、怒髪天を衝いているヘスティア。その証拠に、彼女のツインテールがヒュンヒュンっと揺らしている。

 

「負けたら要求は何でも呑むと約束したなぁ?」

 

「あぁぁぁぁ……」

 

 臨時神会(デハトゥス)の際、アポロンは確かに豪語した。ヘスティアが言った内容を。

 

 アポロン本人としては敗北するなど微塵も思っていなかったので、あくまで演出のつもりで言ったに過ぎない。だが、現実は違う。本当に敗北してしまったのだから。

 

 勝者のヘスティアと敗者のアポロン。例えるなら、審判(ヘスティア)咎人(アポロン)に罪状を叩きつけると言った感じだ。

 

 その光景を見ている神々は、心底面白そうにニヤニヤと笑みを浮かべながら見ていた。

 

(ウヒヒヒヒ、あんがとなぁ~アポロン。ガッポリ稼がせてもろうたで~♪)

 

(同情なんか一切しないわ。諦めてヘスティアからの罰を甘んじて受け入れる事ね)

 

 ベルの勝利を最初から分かっていたロキは、道化を演じてくれたアポロンに感謝していた。色々な酒場でやってる賭けで、殆ど一人勝ちして喜んでいる団員達を想像しながら。

 

 ロキとは別に、ヘファイストスはアポロンを冷めた目で見ていた。神友の眷族を奪う為に散々追い詰めた結果、無様に負けてしまっている。こんな相手に同情をするのは無理な話だ。益してや、一応ヘスティアの為に用意した本拠地(ホーム)を平然と破壊したのだから。

 

 そして、ヘスティアは瞳をカッと見開いて、怒りの咆哮を上げた。

 

「全財産は全て没収、【ファミリア】も解散! 君は永久追放! 二度とオラリオの地を踏むなぁーーーーーーーーッッ!!」

 

「ひぃぎやぁぁぁぁぁあああああああああああああああああっっ!?」

 

 ヘスティアの容赦ない罰則に、全てを奪われる事となったアポロンは絶望の余りに泣き叫ぶのであった。

 

 

 

 

 

 

「リューさん。今回は戦争遊戯(ウォーゲーム)に参加してくれて、本当にありがとうございました」

 

 戦いが終わった僕は、リューさんに頭を下げてお礼を言った。ウェイトレスである筈の彼女が無理して戦争遊戯(ウォーゲーム)に参加してくれたから、お礼を言うのは当然だ。

 

「気にしないで下さい。私はシルに頼まれて来ただけに過ぎませんので。だからお礼はシルに言って下さい」

 

「それでも、リューさんにお礼を言いたいんです。僕みたく未熟な新人冒険者の為に――」

 

「クラネルさん。謙遜するのは結構ですが、それは嫌味に聞こえてしまいます。貴方みたいな途轍もない強さを持った人が未熟だと言ってしまえば、私や他の冒険者達がそれ以下になってしまう」

 

「あっ、ご、ごめんなさい!」

 

 この世界で冒険者になったばかりなので相応の態度を取ったつもりが、却って失礼な事を言ってしまったようだ。なのでリューさんからの指摘に、僕は再び頭を下げて謝った。

 

「謝る必要はありません。私も私でクラネルさんに謝らなければなりませんから」

 

「え? 僕に?」

 

 どうしてリューさんが謝るんだ? 何も失礼な事を言われてはいない筈なんだけど。

 

「私は最初、昨夜にクラネルさんから聞いた内容を疑っていました。ダンジョン中層に籠り、ゴライアスを倒せたのはロキ・ファミリアがいたからではないかと。ですが、今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)でクラネルさんの戦いを見て、自分はとんでもない大間違いをしたと恥じる程に。加えて昨日は偉そうな事を言ってしまい、本当に申し訳ありませんでした」

 

「いやいやいや! リューさんの言った事は事実ですから!」

 

 ベートさんに勝てたのも、新種の植物モンスターに勝てたのは本当に運が良かった。だからリューさんの言ってた事は間違っていない。それに僕がやった訓練内容を、リューさんが疑うのは無理もない事だと今更分かったし。

 

 そんな中、僕はふと気付いた。リューさんの両腕や両脚に傷らしきものがあった事に。

 

「リューさん、その傷は?」

 

「ああ、これですか。場内でクラネルさんの盾役をやっていた時、複数の弓兵(アーチャー)が放った矢に掠ってしまっただけです」

 

 弓兵(アーチャー)って……言われてみれば、場内で予想外に残っていた弓兵達が一斉に矢を放っていた。その時にリューさんは防ぎ続けてた。僕に矢が当たらないように。

 

 リューさんの言葉に、僕は非常に申し訳ない気持ちとなってしまった。

 

「でしたら、僕が治します。傷を癒せ、レスタ!」

 

「これは……!」

 

 僕が回復用のテクニックを使うと、僕とリューさんは光に包まれて治癒される。僕は別として、さっきまでリューさんの両腕と両脚にあった傷が瞬時に消えていく。

 

「クラネルさん、この程度の傷で態々治癒魔法を使わなくても……」

 

「そう言う訳にはいきませんよ。リューさんみたいな綺麗な人の身体に傷付いていたら、シルさんやミアさんに怒られてしまいますから」

 

「なっ……!」

 

 すると、リューさんの顔が急に真っ赤になった。熟れたトマトみたいに。

 

「い、いきなり何を言い出すんですか!? そういう台詞は私にではなく、シルに言って下さい……!」

 

「え? 僕から見て、リューさんも凄く綺麗な女性ですよ。仕事中に見せる凛々しい顔をしている時は、思わず一目惚れしてしまいそうな程に」

 

「~~~~~~~~~!」

 

「って、リューさん。どうして後ろを向くんですか?」

 

「こ、こっちを見ないで下さい!」

 

 真っ赤な顔が更に赤くなったリューさんは何故か後ろを向いてしまった。僕が回り込もうとしても、彼女は再度反対の方を向いてしまう。

 

 と言うか、リューさんは一体どうしちゃったんだろう? 僕、何かおかしなことを言ったかな?

 

 ちょっとしたやり取りの後、僕とリューさんは古城跡地を発った。もう此処にいる必要はないから。

 

(あ、そう言えば……)

 

 移動している最中、僕は思い出した。首に回してある、シルさんから貰った首飾り(アミュレット)の事を。

 

 確かとある冒険者がシルさんに譲ったと言っていた。それが誰なのかは分からない。

 

 どんな効果があるアイテムだったのかは分からないけれど、戻ったらシルさんに返すとしよう。それと同時に、お礼としてブレスレットを贈る事を考えながら。




次回で本当に最終話となります。


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番外編 戦争遊戯⑫

これで最終回です。


 【アポロン・ファミリア】との戦争遊戯(ウォーゲーム)が終わってから二日後。

 

 勝者である【ヘスティア・ファミリア】は新しい本拠地(ホーム)を得て、いつもの日常を過ごし、唯一の団員である僕も再びダンジョン探索の日々を送る………筈だった。

 

「いや~、ここの魚料理は美味しいね~。オラリオでは輸入物しか食べれなかったけど、メレン本場で食べる魚料理がオラリオ以上に美味しいだなんて思いもしなかったよ~」

 

「ええ、そうですね。活きが良くて、食べ応えも最高です」

 

 現在、僕と神様はオラリオの本拠地(ホーム)にいない。オラリオから少し離れた港町メレンにある宿泊施設で、魚料理を美味しく堪能している。

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)を終えた僕は、リューさんと一緒にオラリオへ戻った。古城跡地から一日をかけて漸く都市に帰還する直前、門の前で神様と会った。

 

 最初は迎えにきたのかと思いきや――

 

『ベル君、今すぐ港町メレンに行くよ! 色々と言いたい事はあるだろうけど、今は何も聞かずにボクの言う通りにしてくれ! あと助っ人として参加してくれたエルフ君、ベル君を手伝ってくれてありがとう! 君はこのままオラリオへ戻っても大丈夫だから!』

 

 と、神様が有無を言わずに急遽、進行方向をオラリオから港町メレンへ向かう事になってしまった。

 

 因みに一緒にいたリューさんとは既に別れている。僕と同様に事情を呑み込めないまま、呆然と見送る事になってしまっていた。

 

 そしてメレンに着いて早々、神様は目的地と思われる宿泊施設へと向かい、少し広い二人部屋用の個室に泊まる事となった。あと、宿泊料に関しては問題無いと神様が言っている。それがどうしてかは今も分からないけど。

 

 取り敢えず僕は神様に言われた通り、メレンにある宿泊施設で過ごす事にした。翌日となった今は、朝食として魚料理を堪能している。

 

「あのぅ、神様。出来ればそろそろ教えてくれませんか? どうして僕達がオラリオに戻らず、ここにいるのかを」

 

「ん?」

 

 残っていた魚の切り身を食べ終えた神様は僕の問いを聞いた途端、コップに入っている水を飲み干そうとする。

 

「んぐんぐ……ぷはぁ~~。そうだね、取り敢えず一段落ついたところだし、そろそろ説明しないといけないね」

 

「一段落?」

 

 水を飲み切って気になる単語を言う神様に、僕は思わず鸚鵡返しをしながら首を傾げる。

 

「話せばちょっと長くなるんだけど、戦争遊戯(ウォーゲーム)が終わった直後の事だ」

 

 説明が長くなると分かった僕は、料理を食べるのを止めて神様の話を聞く事に集中する。

 

 先ずは【アポロン・ファミリア】についてだった。僕たち【ヘスティア・ファミリア】が勝利した事によって、何でも要求する権利を得た。それを神様がアポロン様に全財産没収にファミリア解散、そしてオラリオ追放の要求をした。

 

 神様の要求を絶対に受け入れなければいけない立場となったアポロン様は、号泣しながらも全て承諾。それにより【アポロン・ファミリア】が解散となり、眷族達との別れと退団の儀式が決定となった。アポロン様は今頃、儀式を終えて都市を発っている頃だろうとの事だ。それと、儀式によって無所属(フリー)となった元団員達の今後は、彼等の各自判断で決めてもらうとの事だ。

 

 アポロン様たちの今後を聞いた僕は、ほんの少しだけど罪悪感を感じてしまった。向こうが仕掛けた戦争遊戯(ウォーゲーム)とはいえ、僕の所為で彼等の生活を奪ってしまったから。恨まれるのは当然だと思う。

 

「ベル君がアポロン達の事で気に病む必要なんか一切ないよ。軽い気持ちでボク達に戦争遊戯(ウォーゲーム)を仕掛けたアポロンや、絶対に負けはしないと高を括っていたアポロンの眷族(こども)達が招いた結果だ。君に一切の非は無い。それは断言する」

 

 僕の考えを見抜いていたのか、神様は気にしないようにと言い切った。本当に、神様は何でもお見通しなんだなぁ。アポロン様達の話を終え、次は僕たち【ヘスティア・ファミリア】の話題となる。

 

 神様はすぐに結論を言った。今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)で、僕は派手にやり過ぎてしまったようだ。オラリオ中から大注目されるだけじゃなく、更には各国の商人にも知れ渡ったと。

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)終了後、バベルにいた神様は他の神々から猛烈なアプローチを仕掛けられていた。主に僕に関しての事で。引き抜きは勿論の事、自分のファミリアと同盟を結ばないか等々。

 

 更には神々以外にも、多くの冒険者や商人達からも同様のアプローチもあったと言う。冒険者側は僕をパーティに加えたい為の専属契約をしたいとか、商人側は自分の顧客になって欲しいと。他にも魔法関連を扱う人達から、僕が使っている未知の魔法について詳しく教えて欲しいと懇願されたらしい。更には弟子にして欲しいと言う人もいたそうだ。

 

 神様の話を聞きながらも、確かに僕はやり過ぎてしまったようだ。向こうからすれば、僕のファントムクラスとしての力は未知なる物だ。それを多くのテクニックやスキル等を湯水の如く使ったから、見ていた彼等がそんな行動を取るのは無理もない。

 

 今思えば、ダンジョン中層で遭遇したフィンさん達が妙な反応をしていたのは、そう言う事だったんだろう。僕が教えた内容は、彼等にとって自分達の予想を遥かに超えたものだったと言う事を。そしてリューさんや、【アポロン・ファミリア】があんなに驚いていたのも含めて。

 

 様々なアプローチを仕掛けられている事にウンザリした神様は、暫くはオラリオから離れて身を隠そうと決心した。戦争遊戯(ウォーゲーム)のほとぼりが冷めるまでの間として、一週間ほどの休みを取ろうと。

 

 その為に神様はギルドにいる僕の担当アドバイザーであるエイナさんに事情を話したところ、すぐに承諾してくれた。どうやらギルド上層部が、僕達にお詫びをしたいと自ら申し出て、こうしてメレンの宿泊施設を手配してくれたと。

 

 理由としては、【アポロン・ファミリア】に本拠地(ホーム)を破壊された件を突っぱねた事に対してお詫びをしたいとの事だった。神様がオラリオから出る煩雑な手続きや、メレンにある宿泊施設の手配と宿泊料は全て請け負ってくれるとも言ってた。その代わり、自分達が先日に【ヘスティア・ファミリア】の申告を突っぱねた事を言い触らさないで欲しいとの条件付きで。

 

 ギルドの手厚い対応内容を聞いた僕はすぐに察した。戦争遊戯(ウォーゲーム)で大活躍した僕は現在注目の的だ。もしも、あの件が知れ渡ればギルドの評判に傷が付いてしまうのを恐れたのだと。だからそれを隠す為に、色々な根回しをする事にしたんだろう。どこの世界の組織も、都合の悪い事は全て闇に葬るのがお決まりのようだ。

 

 因みに神様もギルド上層部の態度に物凄く呆れてたみたいだけど、願ってもない事だったので受け入れる事にした。エイナさんや神様と同様に、上層部の変わり身な対応に呆れた視線を送り続けていたらしい。

 

「とまあ、こう言う訳だよ。これで分かったかい、ベル君?」

 

「ええ、納得しました。僕達がメレンに滞在するまでの間、宿泊施設の費用は全てギルドが出すと言ってましたが、それ以外はどうなんですか? 例えば観光費用とかは」

 

「それは僕達で支払えだってさ。向こうはあくまで衣食住の提供のみで、娯楽用品の購入までは認められないらしい。全く、ギルドは妙なところでケチ臭いったらありゃしないよ」

 

「あはは……」

 

 確かにギルドとしては、いくら後ろめたいからと言って、そこまでの面倒は見切れないだろう。多分だけど、ギルド上層部は神様がメレンで色々な物を買いまくるのを予想して、宿泊施設の費用のみにしたんだと思う。

 

「ま、この施設が無料で使えるんなら、思う存分利用させてもらうよ。ここは前の本拠地(ホーム)と違って、かなり寝心地が良くて食事も最高だからね♪」

 

 神様も神様で、この施設を最大限に寛ぐようだ。前向きと言うか何というか、色々な意味で逞しいお方だね。

 

「とは言ったけど、折角メレンに来たんだ。観光も楽しまないとね。よ~しベル君、朝食を終えたら早速出掛けようじゃないか」

 

「そうですね。あ、その前に此処にあるギルドに寄っても良いですか? この前のダンジョン中層で得た大量の魔石やドロップアイテムを換金したいんで。それを観光費で使おうと思ってますけど、どうでしょうか? ついでに、進出したダンジョンの報告と昨日の【ステイタス】更新でランクアップした件も含めて」

 

「おっと、そうだったね。じゃあベル君。観光の前に、ギルドで換金と報告しに行くぜ!」

 

「はい、神様!」

 

 僕と神様はオラリオに戻るまでの間、観光をしようとメレンで一通り楽しむ事にした。

 

 

 

 

 

 

 数時間後、オラリオにあるギルド本部では騒然としていた。メレンにあるギルド支部からの報告によって。

 

 ギルドの案内掲示板にある張り紙には、とある人物の似顔絵と一緒に説明文が書かれている。

 

 

『ヘスティア・ファミリア――ベル・クラネル。戦争遊戯(ウォーゲーム)前にダンジョン十八階層で階層主ゴライアスを単独撃破。そして戦争遊戯(ウォーゲーム)後に「Lv.2」へランクアップ。所要期間は一ヵ月。尚、ゴライアスの単独撃破についてはロキ・ファミリア団長――フィン・ディムナと一行が目撃したと証言。疑うのであれば、ロキ・ファミリアの本拠地(ホーム)へ問い合わせを願う』

 

 

「ですから、掲示板に書かれている内容は事実ですので!」

 

「ダンジョン中層進出やゴライアス撃破については、ロキ・ファミリアにご確認ください!」

 

 注目の的となっているベル・クラネルがとんでもない偉業を成し遂げていた事に、多くの神々や冒険者達がギルド職員達に問い詰めていた。この情報は確かなのかと。

 

 ベルが強い事は戦争遊戯(ウォーゲーム)で知ったが、『Lv.1』のまま単身でダンジョン中層進出やゴライアス撃破をしていたなど寝耳に水だった。尤も、それはギルド本部にいる職員達も同様である。

 

 メレンのギルド支部から通信を聞いた職員も、思わず耳を疑ったほどだ。何故そんな情報が今になって入って来たのかと混乱する程に。

 

 現在メレンで身を隠しているベル・クラネル本人からの報告だと言っている。更にはロキ・ファミリアのフィン・ディムナと複数の幹部が目撃していると。いきなり都市最高派閥と【勇者(ブレイバー)】の名が出た事に、その職員は仰天していた。

 

 一応確認しようと、一人のギルド職員――エイナ・チュールがロキ・ファミリアの本拠地(ホーム)へ訪れた。ベル・クラネルの報告に間違いがないかと。

 

 対応したフィンは即座にハッキリと答えた。その報告に一切の偽りはなく、自分や幹部数名が間違いなく目撃したと。それを聞いた直後、エイナは気絶してしまいそうになるも、すぐに踏みとどまる事に成功する。そして彼女は誓った。ベルが戻って来たら、じっ~~~くりとOHANASHIをする固い決意をして。

 

 

 

 

 

 

 場所はオラリオから遠く離れた場所。そこには仮面を付けた幼い女神が愉快な笑みを浮かべている。

 

「ほんの気まぐれで『鏡』を見たが、中々に面白いものを見せてくれた」

 

 女神の名はカーリー。【カーリー・ファミリア】の主神でありテルスキュラの長。

 

 偶々外の世界から入手した情報の中に、オラリオで久々に戦争遊戯(ウォーゲーム)を開催すると知った。

 

 レベルの低いファミリア同士の闘争に興味が無いカーリーだったが、特にやる事がなくて暇だった為、手慰みとして見物する事にした。弱者共の闘争だと思いながら。

 

 そんな時、彼女は目を見開いた。戦争遊戯(ウォーゲーム)が開始して早々、『Lv.1』である筈の最弱な雄が、カーリーですら知らぬ未知の魔法を行使し、たった一人で多くの強者たちを圧倒したのを見て。

 

「あれが『Lv.1』だと? はっ! オラリオにおる連中の目が腐っておるのではないか? あの雄は明らかに『Lv.5』に匹敵しておる。雄でありながら、あれ程の実力……実に興味深い!」

 

 カーリーは雄――ベル・クラネルに物凄い興味を抱き始めて笑みを浮かべる。あれ程の雄なら、さぞかし優秀な兵士(アマゾネス)を量産する事が出来るかもしれないと。

 

「よし、久しぶりに観光として外の世界へ赴くとしよう。そして運良くあの雄を見付けたら――すぐに捕獲だ!」




今までお付き合い頂き、ありがとうございました。

これ以上書くと、他の作品が滞ってしまうので本当に終了です。


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番外編 戦争遊戯 後日談

 終わるつもりが更新してしまった。

 出来れば未練がましい奴だと罵らないで下さい。


 戦争遊戯(ウォーゲーム)の関係上、ほとぼりが冷めるまで港街メレンに滞在と観光、そしてあるファミリアからのクエストを受けて一週間。

 

 僕と神様は少し名残惜しくもメレンを後にして、迷宮都市オラリオへと戻っていた。一週間経ったとは言え、僕に関する事で完全に冷めてないのは予想していた。なので変装用の服と外套を纏ってオラリオへ入ると、周囲からは誰も気付かれる事なく仮の本拠地(ホーム)――『青の薬舗』へと戻った。

 

 僕達の帰還にミアハ様とナァーザさんは笑顔で迎えて、少し遅めの戦争遊戯(ウォーゲーム)の祝勝会をやってくれた。どうやらナァーザさんが戦争遊戯(ウォーゲーム)の賭けで【ヘスティア・ファミリア】に全財産を賭けた事により、かなりの金額を得る事が出来たようだ。たんまりと稼ぐことが出来たお礼も含めての祝勝会だと。まぁ、その翌日以降には新薬開発用に素材調達の冒険者依頼(クエスト)をやらされる事になったけど。しかもオラリオの外にある『セオロの密林』で。

 

 またしてもオラリオの外に出なければいけなくなった為にギルド本部へ行くと、そこには怒気のオーラ全開で恐い笑みを浮かべているエイナさんと遭遇した。その直後に僕は応接室へ強制的に連行され、特大級の雷が落とされたと同時に長いお説教をされたのは言うまでもない。あと、物凄く心配もしていたと。

 

 エイナさんからの長いお説教から解放され、漸く手続きを終えて再びオラリオを出た。今回は【ヘスティア・ファミリア】と【ミアハ・ファミリア】の総出だ。因みに冒険者依頼(クエスト)の内容は、『セオロの密林』に住まう地上に生息するモンスター――肉食恐竜(ブラッドザウルス)の卵を採取をすると。

 

 ブラッドザウルスは本来ダンジョン30階層に出現する凶暴なモンスターだけど、ナァーザさん曰く『地上のモンスターは迷宮のモンスターと比べて弱い』らしい。地上に住まうブラッドザウルスは、ダンジョン上層にいる『オーク』より少し強い程度だと。

 

 実際に戦ってみると、本当に大して強くなかった。ナァーザさん達が卵を採取する為に、僕が囮となって何匹か引き付け、ある程度の数になった際に長銃(アサルトライフル)で一掃した。扇状掃射用のクーゲルシュトゥルム一回だけで。遠くから見ていた神様とミアハ様、そしてナァーザさんはアッサリと片付ける僕に呆然としていたけどね。

 

 そんなこんなで卵を調達し終えた僕達は、すぐにオラリオへ戻る事になった。その後には僕と神様は、ミアハ様とナァーザさんの新薬開発――『二属性回復薬(デュアル・ポーション)』作成の助手と雑用を務める為に。正直言って、モンスターと戦闘するより遥かに大変だった。

 

 因みに僕達が採取したモンスターの『卵』の他に、『ブルー・パピリオの翅』の材料が必要みたいだった。けれど、後者の材料は他の【ファミリア】に依頼していたらしい。【タケミカヅチ・ファミリア】と言う零細ファミリアらしい。そこの主神とは神様やミアハ様とも親交もあると言っていた。

 

 それらの材料が揃ったので、体力と精神力(マインド)を回復する『二属性回復薬(デュアル・ポーション)』の作成は見事に成功し、借金の支払い先である【ディアンケヒト・ファミリア】へ納める事になった。借金については色々と長くなるので、ナァーザさんが関係している、とだけ省略させてもらう。

 

 相応の利益を上げられる新薬に、灰色のかかった髪と髭を蓄える初老の男神――ディアンケヒト様は悔しい顔をしながらも買い取る事となった。この男神様はミアハ様と折り合いが悪いみたいだけど、利益が上がる物を提供すれば文句は言わないようだ。去る時には悔し紛れの悪態を吐いていたけど。

 

 用件が済んだ僕達が大豪邸から出ようとした矢先――

 

「お待ちを。もしや貴方はベル・クラネルではありませんか?」

 

「え? あ、はい」

 

 【ディアンケヒト・ファミリア】の女性団員――アミッドさんが突然僕に声を掛けてきた。

 

 僕が思わず返事をした途端、目の色が変わったように僕に近付いてくる。

 

「先日の戦争遊戯(ウォーゲーム)を観させて頂きました。余りの素晴らしい大奮闘に、私を含めた他の団員達も驚くばかりでした」

 

「ど、どうも……。それで、僕に何か御用ですか?」

 

 何だろうか。この人は丁寧な口調で僕を称賛しているけど、妙な迫力があるような気がするんだけど。

 

「貴方が戦争遊戯(ウォーゲーム)の後でお使いになられた治癒魔法は、とても興味深いものでした。短文詠唱の治療魔法で氷漬けとした敵を一瞬で治し、更には瞬時に完全回復させる治癒の魔法。あのような魔法を私は見た事がありません。なので教えて頂きたいのです。無論無料(タダ)ではなく、相応の対価を用意します。もしくは、その治療魔法を活かして、是非とも【ディアンケヒト・ファミリア】に――」

 

「ちょっと待ったぁぁあああ! ベル君を引き抜くなんて僕が認めないぞぉぉぉぉおおお!」

 

「……アミッド、私の顧客を奪おうとするなんて、いい度胸している……!」

 

 物凄く饒舌となっているアミッドさんに、神様とナァーザさんが待ったをかけようとする。神様はともかく、ナァーザさんが物凄く睨んでいる。聞いた話によると、ナァーザさんとアミッドさんは凄く仲が悪いみたいだ。

 

 予想外な騒動が起きるも、取り敢えず【ミアハ・ファミリア】の冒険者依頼(クエスト)は無事に終了。ナァーザさんから、いくつか二属性回復薬(デュアル・ポーション)を貰って。

 

 

 

 

 翌日。ミアハ様とナァーザさんに住まわせてもらった礼を言った後、僕と神様は『青の薬舗』を後にした。目的の場所へと向かう為に。

 

 着いた場所には、広い庭の中に巨大な屋敷が建っていた。と言うか、物凄く見覚えのあるところだ。

 

「じゃーん! どーだベル君? メレンにいた時に教えたけど、これが今日からボク達の本拠地(ホーム)だ!」

 

「おお~~っ」

 

 神様が示す屋敷を見て僕は感嘆する。以前住んでいた古びた教会とは全然違う。正に住居の段階上昇(ランクアップ)とも言える。

 

 見上げる程の三階建ての大きな邸宅で、神様が言うには中庭と回廊までも備わっているようだ。しかも敷地は背の高い鉄柵に囲まれていて、花や庭木が植えられた広い前庭も備わっている。

 

「まさか、本当に【アポロン・ファミリア】の本拠地(ホーム)を乗っ取っていたんですねぇ……。僕はてっきり、前の本拠地(ホーム)を新築するものだと思っていたんですが……」

 

「流石にこんな広い豪華な屋敷を、空き地にするのは勿体ないからね」

 

「それでも、僕と神様が住むには広すぎませんか?」

 

「まぁ今はそうだけど、いずれ新しい団員を募集するから、広いに越した事はないぜ」

 

 確かに神様の言う通りだ。新しい団員を迎えるには、部屋を用意しないといけない。こんな豪華な屋敷なら快適に過ごせる筈だ。

 

 因みに今は団員を募集する気はない。戦争遊戯(ウォーゲーム)に勝った際、僕が余りにも目立ち過ぎたから、暫くは現状維持にする予定だと神様が言っているので。

 

 僕としても、僕の力が目当てで入団されたら色々と困る。信頼関係を築く事が出来る仲間が欲しいので。

 

「その為には先ず、趣味の悪い彫像やらの撤去も含めて屋敷全体は改築だ! アポロンからの賠償金(おかね)もたっぷりあるからね!」

 

「あ、彫像でしたらある程度は残しておいてくれませんか? 鍛錬用の的として使いたいので」

 

「…………ベル君、君って意外と容赦無いね」

 

「え? 的を斬ったり撃ったり、魔法の試し撃ちで使うのには絶好の道具だと思うんですが」

 

「……はぁっ。もしここにアポロンがいたら、果てしない慟哭をするのが目に浮かぶよ。ほんの僅かながらも同情するね」

 

 アポロン様に対して気の毒そうに言っている神様だけど、すぐに頭を切り替えようとする。

 

「さて、新しい本拠地(ホーム)の下見は終えた。次は【ゴブニュ・ファミリア】の所に行くよ」

 

「あれ? あそこって確か、鍛冶系のファミリアでは?」

 

 ヘファイストス・ファミリアに知名度こそ劣るけど、質実剛健の武具を制作するファミリアだと僕は聞いた。だから僕はどうしてそこへ行くのかと疑問を抱く。

 

「ああ、ベル君は知らなかったか。ゴブニュは鍛冶と建築を司る神でね。あの派閥は依頼があれば建設作業も受け持ってくれるんだよ」

 

「へぇ~、そうなんですか」

 

 僕はオラリオに来て日が浅いから、未だに他のファミリアについて知識不足だ。今度エイナさんに頼んで、公開されている各有名ファミリアの情報を学んでおかないと。

 

 ダンジョン探索の他に、オラリオの知識を広める必要性を感じながら、一旦屋敷から出ると――

 

 

「アルゴノゥトくぅぅぅうううううんっっっ!」

 

 

「ん? この呼び方はどわっ!!」

 

「んなぁっ!? き、君は……!」

 

 突然、何かが物凄いスピードで僕にぶつかった。その衝撃によって倒れてしまう。

 

 神様が驚いた声を出してたので、僕は気になってぶつかった何かを確認すると……何とティオナさんだった。しかも涙目で。どうやらぶつかったと言うより、突進と同時に抱き着かれてしまったようだ。

 

「てぃ、ティオナさん!? どうして貴女が此処に!?」

 

「それはこっちの台詞だよぉ! アルゴノゥト君ってばオラリオに戻ってこないから、あたしすっごく心配したんだよ! 今までどこにいたの!? お祝いするって約束したのに!?」

 

「す、すみません! ちょっと色々と理由(わけ)がありまして……!」

 

 そう言えば、仮の本拠地(ホーム)でティオナさんが戦争遊戯(ウォーゲーム)で勝ったらお祝いをするって約束されたんだった。色々とあり過ぎてすっかり忘れてた。

 

「こらアマゾネス君! いきなり会って早々ベル君に抱き着くとは何事だぁ! 離れろぉぉぉ!!」

 

 ティオナさんが僕に抱き着いてるのを見た神様が、引っぺがそうとするも無理だった。彼女が凄い力で僕に抱き着いているので。

 

「てぃ、ティオナさん、取り敢えず離れてくれませんか?」

 

「ヤダ! あたしを心配させたんだから、暫くこうする!」

 

「そ、そんなぁ~!」

 

 何とかティオナさんから逃れようとするも、向こうが全然離れてくれない。それどころか更に力を込めている。もうついでに段々苦しくなってきた。

 

「ちょっとティオナ! いきなり走り出したかと思えば、こんな所で何を……って」

 

「ああ~~~! べ、ベル・クラネル! どうして貴方が此処に!?」

 

「へ? ティオネさんに、レフィーヤさん!?」

 

 ティオナさんを追いかけてきたと思われる、ティオネさんとレフィーヤさんとも遭遇した。

 

 そして――

 

「…やっと、見付けた」

 

「ヴァ、ヴァ、ヴァレンシュタインさんも!?」

 

 何とアイズさんも一緒だった。しかも何故か僕を探していたような感じで凝視している。

 

「うがぁぁぁぁ~~!!! 何だって今日はロキの眷族(こども)達に会うんだよ~~~!!??」

 

 これでもかと思う程に絶叫する神様だったが、今の僕には気にする余裕がなかった。




 実はこの話、数時間で出来上がりました。他の作品は苦戦中だと言うのに、何でこうも早く出来るんだろうか……。


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ロキ・ファミリアの遠征①

 サブタイトル通り、ベルはロキ・ファミリアの遠征に参加させる話です。

 あと、今回もフライング投稿です。


「先程、ティオネから報告があった。メレンで身を隠していた【ヘスティア・ファミリア】が、漸くオラリオへ戻って来たらしい」

 

『!』

 

 時間は真夜中。

 

 【ロキ・ファミリア】の本拠地(ホーム)――『黄昏の館』にある執務室ではフィンが主神ロキと主要幹部二名を呼んで緊急会議を開いた。

 

 遠征の準備中にガレスとリヴェリアはいきなりの召集に眉を顰めていたが、【ヘスティア・ファミリア】と聞いた瞬間に目を見開いている。特にリヴェリアが。

 

「漸くドチビ達が戻って来おったか。ホンマに待ちくたびれたで。普段からアホのくせに、こういう時には頭を働かせるとは思いもしなかったんやからな!」

 

 フィン達の主神ロキはしかめっ面になりながらヘスティアに毒を吐いていた。普段からヘスティアを嫌っているロキだが、ここまで言うには理由がある。

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)終了後、ヘスティアが他の神々や冒険者達から熱烈なアプローチをかけられているのを知ったロキは、バベルから去ってすぐフィン達に一通り話した。その結果、【ヘスティア・ファミリア】を自分達で保護する事にしたのだった。ベルが厄介なファミリアと組まれてしまう前に。

 

 その翌日、ベルがオラリオに戻ってヘスティアと合流したら、傘下に加える為の算段をする予定だった。しかし、ベルが戻ってこないどころか、ヘスティアすらも行方不明となっていた。

 

 これには流石のロキも予想外だったようで、至急団員達に【ヘスティア・ファミリア】の捜索を命じる事となった。その中で躍起になっていたのが、ティオナとアイズ、そしてリヴェリアだ。

 

 特にティオナは大好きなベルが戻ってこない事を心配し、全速力でオラリオ中を探し回っていた。仮の本拠地(ホーム)としていた【ミアハ・ファミリア】の主神ミアハに会って訪ねた際、『場所までは分からぬが、戦争遊戯(ウォーゲーム)のほとぼりが冷めるまでオラリオに戻ってこない』と判明する。

 

 それを聞いた彼女はすぐにロキに報告し、今度はオラリオを出てベル達を探しに行くと進言した。どこにいるのかも分からないのに探しに行くのは無理だと、ロキやフィンがすぐに却下したのは言うまでもない。

 

 ベルとヘスティアがオラリオにいない事が判明したロキは捜索を打ち切り、彼等が戻って来るのを待つ事にした。その時には絶対ヘスティアに文句を言おうと決意をして。

 

 数日後、ギルド職員のエイナ・チュールが本拠地(ホーム)にやってきた。【ロキ・ファミリア】に確認したい事があると。

 

 確認内容はベル・クラネルがダンジョン中層進出と、階層主(ゴライアス)の単独撃破についてだ。フィンがエイナと対応してる最中、さり気なく尋ねてみた。証言するから、出来ればベル達の居場所を教えて欲しいと。

 

 当然、エイナは答えれないと拒否する。だがロキやフィンの巧みな話術の他、母親と付き合いのあるリヴェリアの前では形無しとなってしまった。特にリヴェリアからの懇願が一番に効いたようだ。結果として、条件付きで【ヘスティア・ファミリア】が港街メレンにいる事が判明。

 

 所在を掴んだロキはすぐに数名の団員をメレンに向かわせようとするが、ここでエイナからの条件が発生した。適当な理由でメレンに赴き、ベル達と接触したら(ペナルティ)を課すと。更には情報を漏らした責任を取る為に、エイナがギルドに辞職届を出すとまで言い切った。

 

 (ペナルティ)はともかく、エイナがギルド職員を辞職する事はロキ達にとっては非常に困る。自分達の所為でエイナが辞職したと周囲に知れ渡ってしまえば、【ロキ・ファミリア】の評判に傷が付いてしまう。益してや、リヴェリアは彼女の母親と親交がある相手でもあるので、リヴェリアとしても避けたかった。エイナの母親――アイナに申し訳が立たないと。

 

 結局、エイナの条件によってロキ達はメレンで【ヘスティア・ファミリア】と接触出来ず、戻って来るのを待つ事となった。それが今に至ると言う訳である。

 

「それでフィン、どうするつもりじゃ? あの小僧や神ヘスティアを此処へ呼び寄せるのか?」

 

「もしそうするなら、私がすぐに連れて来るが」

 

「とか言うて、ホンマは未知の魔法について問い質す気やろ?」

 

「………そんな事は無いぞ」

 

 副団長のリヴェリアが自らベルに会いに行こうとする事に、ロキにはお見通しだった。未知の魔法について知ろうという魂胆を。

 

 ロキからの問いにギクリとしたリヴェリアは、若干目を泳がせながら否定した。しかし、その行動によってフィン達が苦笑する。

 

「リヴェリア、君が他の誰よりも魔法の探求心が強いのは分かっている。だけど焦りは禁物だよ」

 

「全くじゃ。もしまたあの時みたいに暴走しおったら、他の団員や同胞(エルフ)達に示しがつかぬぞ」

 

「……分かっている」

 

 フィンとガレスからの指摘に、苦い顔をしながらも自省するリヴェリア。彼女自身も思うところがあるのだろう。

 

 それもその筈。リヴェリアは戦争遊戯(ウォーゲーム)を観戦してる時、ベルが見せた魔法で暴走状態になって、副団長らしからぬ醜態を晒していた。弟子のレフィーヤでさえもドン引きする程に。

 

「なら私が行くのは止めておこう」

 

「懸命な判断に感謝するよ」

 

 行動を控えるリヴェリアに礼を言うフィン。副団長としての立場を自覚してくれたと彼は内心安堵する。

 

「さて、リヴェリアが自粛してくれたから話を戻そう。以前ロキが言ってた、【ヘスティア・ファミリア】を傘下に加えると言う話だけど……すぐに行動を移さない方が良いと僕は思っている」

 

「それはどう言うこっちゃ? 戦争遊戯(ウォーゲーム)の後、すぐにドチビ達を保護するって決めたのはフィンやで」

 

 フィンが言うには何かある筈だと分かったロキは、すぐに却下しないで理由を尋ねる。元々言い出したのはフィンだったので、急に方針を変えてる事に疑問を抱いているから。

 

「正直に言わせてもらう。あの時の僕は焦っていた。女神フレイヤを含めた厄介な神々や他の【ファミリア】が、ベル・クラネルを本格的に狙う前に早急に手を打つ為に保護しようと。だけど、それは却って不都合になると思ってきてね」

 

「不都合じゃと?」

 

 鸚鵡返しをするガレスにフィンが頷く。

 

「ああ。ベル・クラネルが今どう思っているかは分からないけど、彼は冒険者になる前に色々な【ファミリア】の本拠地(ホーム)へ訪れて入団しようとやってきた。知っての通り、【ロキ・ファミリア(うち)】も他のファミリアと同様に門前払いした経緯があるから、余り良い印象は抱かれていない。以前に酒場で本人が言っていたからね。それなのに、考えを改めて保護しようという掌を反すような態度を取れば、向こうはどうなると思う? ティオナのお陰で辛うじて首の皮一枚で繋がっている関係を、すぐに壊してしまうんじゃないかと僕は考えているんだが」

 

『…………………』

 

 フィンの説明に、ロキ達は反論出来ずに押し黙った。寧ろ、言われてみればそうだったと逆に納得している。

 

 確かにフィンの言う通り、ベル・クラネルは【ロキ・ファミリア】に対しての評価が、門前払いされた他のファミリアと同じく低い状態だ。他にも宴会の時に酔っていたベートの暴言も含めて。しかし、彼が予想以上にとんでもない実力者だったと知って、すぐに考えを改めて保護しようと都合の良い事をすれば、間違いなく余計に悪化するだろう。門前払いされた他の【ファミリア】以上に。

 

 ティオナがベルに好意を抱いて気兼ねなく接する事もあって、今のところは何とか関係を保っている。しかし、先程言った事をやれば、幹部のティオナからも大反感を喰らう事になってしまう。下手をすれば彼女が【ヘスティア・ファミリア】に改宗(コンバージョン)する可能性もあると。

 

 普通に考えてそれはあり得ないのだが、ティオナはアマゾネスだ。アマゾネスと言う種族は、自分がこれだと思った(おとこ)に一度惚れてしまえば、その(おとこ)の為に何でもやろうとする習性がある。

 

 ティオナの姉であるティオネが正にそれだった。フィンに対する熱烈なアプローチを【ロキ・ファミリア】全体に知れ渡っているから、『ティオネの前でフィンの恋愛話に関して極力話してはいけない』と言う暗黙のルールを決めている程に。フィン本人としては非常に頭を悩ませているが。

 

 それ故に妹のティオナも今はティオネと近い状態だ。なので、もし自分達の所為でベルとの関係が拗れてしまえば……未練はあれど、間違いなくベルに付いて行こうとするだろう。フィン達からの猛反対を無理矢理押し切ってでも。

 

 ティオナは【ロキ・ファミリア】の大事な団員であると同時に『Lv.5』の幹部。そんな彼女がいなくなってしまえば、【ロキ・ファミリア】の戦力流出どころか大打撃となってしまう。加えて今は遠征も控えている状態だ。大事な家族であると言うのが一番の理由だが、貴重な戦力を失わせる訳にはいかないと言うのも含まれている。

 

 だからフィンは、ベルをすぐに保護しては不味いと考えを改めた。辛うじて繋ぎとめている関係を壊すのは早計どころか、自分達に大きな痛手を被ってしまうかもしれないと。

 

「すまんなぁ、それは完全に失念しとったわ。確かにフィンの言う通りや。せやけど、ウチ等がそれを踏まえて後手に回っとったら、他の連中に先を越されてしまうのは確かや。フィンでも、それくらいは分かってる筈やで?」

 

「勿論だ。先ず僕達がやる事は、ベル・クラネルおよび神ヘスティアと良好な関係を築く事だ」

 

「……あ~~、やっぱそうなるかぁ。ベルはともかく、あのドチビとマジで仲良うせなあかんとは……!」

 

「そこまでは言わないが、せめて必要最低限な連携をして欲しい」

 

 ロキがヘスティアと不仲なのをフィンは前以て聞いていた。だけど急に仲良くなれと言うのは無理な話なのは重々承知している。よって、フィンはロキにある程度の妥協をするようにお願いする事にした。

 

「あと、他の団員達も彼の事をよく知っておく必要がある」

 

 ベルの実力を認めているロキや一軍メンバーはともかく、二軍以下のメンバーはそうでもない。フィンが知っている中で、ベルを認めている者達もいれば、戦争遊戯(ウォーゲーム)で大活躍している事に嫉妬している者達もいる。特に後者の方を危惧しているのだ。

 

 フィンは彼等の態度を咎めようとはしない。団長として、様々な考えを持っている多くの団員達の心情を察しているから。彼等の考えを無視してまで、ベルと良好な関係を築こうとは思っていない。

 

「かと言って、彼等に気を回し過ぎて悠長な事をする訳にもいかない。先ずはラウル達との交流をメインにする」

 

「ラウル達をか? あの子達は今も遠征の準備で大忙しやぞ。そんな暇なんかどこにも……っ! おいフィン、まさか自分……」

 

「流石はロキだ。察しが早くて助かるよ」

 

 ロキが今は無理だと言ってる最中に気付いた。二軍メンバーのラウル達と交流出来る手っ取り早い方法を。

 

 二人のやり取りにリヴェリアとガレスも薄々と気付き始める。フィンの考えに。

 

「ベル・クラネルや神ヘスティアが、果たして承諾してくれるかどうかは賭けに等しい。けれど、向こうが乗ってくれれば、ラウル達も彼の必要性を理解出来るはずだ」

 

「本気なのか、フィン? いくら実力があるとはいえ、奴はまだ『Lv.2』になったばかりだぞ? 担当アドバイザーであるエイナとて、それは絶対に認めないと思う」

 

「そうじゃぞ。まだ新米同然である小僧に――我々の遠征に参加させようなどと、気が早過ぎにも程があるわい。ワシ等と一緒に最前線で戦わせるなど以ての外じゃ」

 

 こればかりはリヴェリアとガレスが咎めた。ガレスの言う通り、ベルはオラリオに来たばかりの新米冒険者なので、いきなりロキ・ファミリアの遠征に参加させるなどとは無理な話だった。

 

 二人からの反論にフィンは苦笑しながらも、すぐに弁明しようとする。

 

「早とちりしないでくれ。いくら僕でも、流石にそこまで求めてはいないから。さっき言っただろう? ラウル達との交流をメインにするって。僕が考えている内容はこうだ。『ベル・クラネルに後方支援を担当して貰う際、ラウル達との交流を図りたい』ってね」

 

「……それでも危険である事に変わりないんじゃが?」

 

 やはり反対だとガレスは再度反論するも――

 

「そうかもしれないけど、彼は階層主(ゴライアス)を単独撃破した実力者だ。アイズに匹敵する剣技に未知の魔法、そしてあの謎めいた魔剣。後方支援をやれるだけの力量は充分にある。加えて【戦場の聖女(デア・セイント)】のアミッドに近い治療師(ヒーラー)としての役割も出来るから、是非とも彼には参加してもらいたい。ガレスやリヴェリアだって、治療師(ヒーラー)が如何に重要であるかを分かっているだろう?」

 

「むぅ……」

 

「……短文詠唱のみで完全回復出来る治癒魔法に、毒などの異常を治せる治療魔法。……アミッド並みの治療師(ヒーラー)は確かに必要だな」

 

 ベルを治療師(ヒーラー)として担当させる事に、多少は危険でも悪くないかもしれないと考えを改め始めてきた。

 

「尤も、これはあくまでベル・クラネルが承諾してくれた場合の話だ。無論、相応の報酬は用意するつもりだけど、向こうが頑なに断ればそれまでの話となる。断られた場合は、ティオナを通じて出来るだけ良好な関係を築き上げていく」

 

 ティオナを利用する事に心苦しく思うフィンだが、ベルとの僅かな繋がりを断ちたくない。だから敢えて自ら泥を被る事にした。例えそれが最善の方法だとしても。

 

 それを理解しているロキ達は口に出さず、無言で頷いた。もしもの時は自分も何らかの責を負うと。

 

「と言う訳で、明日の昼頃には僕自ら【ヘスティア・ファミリア】と交渉しに行く。リヴェリアとガレスは引き続き、遠征の準備を頼む」

 

「ロキは連れて行かないのか?」

 

「それは交渉が成功した時だ。もし交渉前に連れて行けば、ロキと神ヘスティアが喧嘩する恐れがある。それは避けたいからね」

 

「ぐっ……! くそぅ、否定出来んわい」

 

 リヴェリアからの問いにフィンが答えると、内容を聞いたロキは反論出来なかった。自分でも、最後までヘスティアと喧嘩せずに交渉出来る自信が無かったので。これが他の神なら、上手く相手を丸め込む事が出来るのだが、相手がヘスティアだと如何せん上手く行かない。自分より小さいのに、あのでかい胸を見た後に挑発されると殺意を抱いてしまうので。

 

「しかし、何故明日の昼頃なのじゃ? あと少しで遠征が始まるのじゃから、なるべく早めにした方が良いのではないか? 朝方でも適した時間があるじゃろうに」

 

「ああ、それは無理だと思うよ。向こうは明日の朝方、色々な意味で忙しいと思うから」

 

『?』

 

 フィンの台詞にロキ達は首を傾げる。

 

 ティオネからの報告に他の内容を聞いた。アイズがティオナやレフィーヤに知られないよう、こっそりとベルに約束らしき密談をしていたと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の早朝。

 

 オラリオの市壁上部にて一組の男女が対峙している。

 

「えっと、アイズさん……。一応最後の確認ですが、本当に本気でやって良いんですか?」

 

 男の方はベル・クラネル。彼は持っている抜剣(カタナ)を持ちながらも確認をしていた。

 

「…うん。本気を出す君と戦いたいから」

 

 女の方はアイズ・ヴァレンシュタイン。彼女は愛剣《デスぺレート》を構え、全身から待ちきれないと言わんばかりの闘気を発している。

 

「…この時をずっと待っていた。もう、誰にも邪魔はさせない……!」

 

「……あ、アイズさんって、相当な戦闘狂(バトルジャンキー)なんですね」

 

 自分の一目惚れした相手が、とんでもない女性だったと気付くベル。

 

 だが、ベルとしても願ってもない事だった。本気を出せた相手は、今のところゴライアスだけだ。戦争遊戯(ウォーゲーム)での時は、最後まで全力を出し切る相手がいなくて不完全燃焼も同然だったから。

 

 加えて彼女は先日『Lv.6』とランクアップして、更なる格上の強者となっている。嬉しい事この上ない展開でもあった。

 

 そう思ったベルは、途端に目を瞑った。その数秒後には目を開けると、さっきまでと打って変わるように戦士の目となる。まるで嘗てアークス時代に強敵のダーカーと戦うような目だ。

 

「ならば、本気でやらせて頂きます。僕の闇の力、ご覧に入れましょう」

 

「…うん」

 

 抜剣(カタナ)を構えるベルに、アイズも応えるように愛剣を両手に持ち構える。

 

「“白き狼”ベル・クラネル。いざ参る!」

 

「アイズ・ヴァレンシュタイン。行く!」

 

 ベルの名乗りに倣ってか、アイズも自ら名乗った。その直後に二人は突進する。

 

 レベル差はあれど、二人の激闘が始まろうとしていた。




 初っ端からフィン達の会議話がメインとなってしまいました。

 流石にいきなりベルが遠征に参加させるのは無理だったので、諸事情の理由があって妨げられている内容にしました。

 いくらベルが強くても、オラリオ基準では『Lv.2』の扱いなので。


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ロキ・ファミリアの遠征 幕間

今回はベルとアイズの手合わせする昨日の話です。

あと今回はフライング投稿+内容が短いですのでご容赦を。


 ~時間は昨日に遡る~

 

 

 ティオナさん達との予想外な遭遇によって、僕と神様は彼女達を連れて【ゴブニュ・ファミリア】へ行く事となった。と言うより、ティオナさんがずっと僕から離れようとしないので。神様が何度も離れろと言っても、ティオナさんは聞く耳持たずで僕の腕に引っ付いていた。

 

 それに加えて、アイズさんも僕に用があるのか、何かある度に話しかけようとしてくる。同行しているレフィーヤさんから何故か睨まれているけど。一緒に同行しているティオネさんは、彼女達の行動に終始呆れたような目で見ている始末だった。

 

 【ゴブニュ・ファミリア】の本拠地(ホーム)へ着いて早々、僕達を見たファミリアの人達は色々な理由で驚いていた。戦争遊戯(ウォーゲーム)で勝った僕以外に、同行しているティオナさん達も見て驚いていた。特にティオナさんを。

 

「おい【大切断(アマゾン)】! まさかまた大双刃(ウルガ)を作れとか言わねぇだろうな!?」

 

「違うよ! もう何であたしを見た途端にそんな事言うのかな~?」

 

「前科があるから言ってんだろうが!」

 

 怒鳴ってくる鍛冶師さん達に心外だと言い返してくるティオナさん。どうやら此処はロキ・ファミリアが利用しているようだ。

 

 聞くところによると、ティオナさんとティオネさん、そしてアイズさんは【ゴブニュ・ファミリア】に愛用の武器を任せているらしい。けれど、ティオナさんとアイズさんは相当な鍛冶師泣かせで、その中で特にティオナさんが酷いようだ。以前に愛用の武器――大双刃(ウルガ)を戦闘中に溶かしてしまった事により、鍛冶師達はショックの余り絶叫しながら倒れたとか。

 

 鍛冶師達がティオナさんを見た途端に煙たがる理由が良くわかった。まるでオラクル船団にいる、六芒均衡マリアさんと刀匠ジグさんみたいな感じだと。マリアさんがメイン武器を壊した事を笑顔で謝りながら修理依頼する事に、それを見たジグさんが肩を落としながら嘆息していたのを何度も見た事がある。正にそんな感じだった。因みにアイズさんはティオナさんほどではないけど、ゴブニュ様から苦言を呈されているらしい。武器を大切にしろと。

 

 僕が彼女達の意外な一面を知って内心驚いている中、神様は新本拠地(ホーム)の改築依頼を出していた。それを聞いた初老の老神――ゴブニュ様は厳しい顔をしつつも、『準備が出来たら職人たちを向かわせる』とすぐに了承してくれた。

 

 神様と話し終えたゴブニュ様は、急に僕の方へと視線を向ける。

 

「ベル・クラネルだな。先日の戦争遊戯(ウォーゲーム)で【アポロン・ファミリア】を相手に、たった一人で獅子奮迅の活躍をするとは、実に見事だったぞ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 何かこのやり取り、昨日の【ディアンケヒト・ファミリア】にいるアミッドさんと同じだ。

 

 まさかとは思うけど、ゴブニュ様も僕を勧誘する気なのだろうか?

 

 僕の疑問を余所に、神様だけでなくティオナさん達が、少し笑みを浮かべているゴブニュ様を意外そうに見ている。他の鍛冶師さん達も含めて。

 

「見た事のない多様な武器を使っているようだが、大事に扱うのだぞ。そこの【剣姫】や【大切断(アマゾン)】ように、決して鍛冶屋泣かせにはならんようにな」

 

「あはは……き、気を付けます」

 

 ゴブニュ様からのアドバイスに僕は苦笑しながらも頷く。因みに二つ名を呼ばれたアイズさんとティオナさんは、視線を逸らして明後日の方を向いていた。如何にも身に覚えがあると言った反応だ。

 

「余計なお世話だと思うが、整備や新しい武器を求めるのであれば、此処へ来るといい。尤も、対応出来るのは剣ぐらいしかないがな」

 

 では、と言ったゴブニュ様は奥の部屋へと入っていった。

 

 アミッドさんと違って勧誘をしなかった事に僕がキョトンとしてると、神様達は少しばかり驚いていた。

 

 疑問に思った僕が尋ねてみると、ゴブニュ様が笑みを浮かべる顔をするのは滅多にないみたいだ。しかも会ったばかりの人に対して、あそこまで褒めるのは更に意外だと。

 

 ここで武器の世話をしてもらっているティオナさん達も初めて見たと言っていた。それだけ貴重なシーンだったんだろう。

 

 

 

 

 

 

 【ゴブニュ・ファミリア】での建築依頼を終えた他にも、色々な店で生活用品の買出しをした。ティオナさんとアイズさんも付き合うと言ったので、レフィーヤさんとティオネさんも同行したのは言うまでもない。

 

 僕たち【ヘスティア・ファミリア】の買出しが漸く終えた夕方頃、ティオナさんが少し遅めの祝勝会をしようと言ってきた。けれど、すぐにティオネさんが却下した。どうやら【ロキ・ファミリア】が遠征を控えているらしく、それが終わるまでの間はやらないよう言われているらしい。

 

「とにかくもう帰るわよ!」

 

「いいじゃん、祝勝会くらい! ヘスティア様も良いよね!?」

 

「ちょ、アマゾネス君!? ボクを巻き込まないでくれ!」

 

「お、お二人とも、こんなところで騒いだら目立ちますから……」

 

 アマゾネス姉妹の言い争いに神様が巻き込まれ、レフィーヤさんは何とか宥めようとしている。

 

 僕は僕で口を挟む事が出来ないので、敢えて静観させてもらっている。女性陣の中に、男の僕が口を出すのはとても無理なので。

 

「…ちょっと良いかな?」

 

「え? ヴァレンシュタインさん?」

 

 すると、アイズさんが僕に話しかけてきた。さっきまで僕と話しかけようとしていたけど、神様やレフィーヤさん達によって遮られてた事もあって、これまでまともに話す事が出来なかった。

 

 その神様達は向こうで言い争いをしているので、アイズさんはこれを機に話しかけたんだろう。

 

「アイズで良いよ。私も君の事をベルって呼んでいい?」

 

「それは構いませんが……ところで、僕に何か?」

 

 ま、まさか彼女から名前で呼んでも良いって許可をもらえるとは……。これは思いがけない幸運だった。僕の心がハイテンションになりつつも、何とか押し殺しつつ尋ねる。

 

「本当は色々と訊きたい事があるんだけど、その前に………明日の早朝は空いてる?」

 

「へ? あ、明日の早朝ですか?」

 

 もしかしてこれはデートのお誘い……な筈がない。アイズさんが真剣な顔をして、僕を見つめる目から闘志を感じる。とても浮ついたお誘いじゃないのは確かだ。

 

 僕が鸚鵡返しをしながら問うと、アイズさんはコクンと頷く。

 

「まぁ、空いてはいますけど……。まさかとは思いますが、僕と手合わせしたいから……ですか?」

 

「……よく分かったね」

 

 大当たりだ! やっぱりそうだろうと思った! 残念です! もしこれが一目惚れしたアイズさんからのデートとかだったら、僕は色々な意味ではっちゃけていたよ!

 

 ………まぁ、それはそれとして。まさか本当にアイズさんが僕と手合わせしたいなんて完全に予想外だった。

 

 メレンにいた時、ギルド支部でアイズさんが『Lv.6』にランクアップしたのを聞いた。それを聞いた僕は思わず震えた。『Lv.5』でも充分に凄いのに、更なる高みへと昇っていく彼女の強さを知って。

 

 『Lv.2』にランクアップしたばかりの僕では、『Lv.6』へランクアップしたアイズさんとの実力差は天地の差があるだろう。

 

 だというのに、どうしてアイズさんは僕と手合わせをしたがるんだろうか。もしかして、前の戦争遊戯(ウォーゲーム)を見て闘志に火が点いたのかな?

 

「それで手合わせだけど……良いかな?」

 

「え、ええ、僕は構いません」

 

「…ありがとう」

 

 僕が了承すると、アイズさんは無表情でお礼を言いながらも喜んでいる感じがした。

 

「場所は――」

 

「くおらぁ、ヴァレン何某! ベル君と何を話してるんだぁ!?」

 

「アイズさん、いくらなんでも近過ぎですから!」

 

 場所を言おうとするアイズさんに、こちらに気付いた神様とレフィーヤさんが急に接近してきた。神様は僕を、レフィーヤさんがアイズさんを引き離しながら。

 

 でも、僕は聞こえた。明日の早朝に『都市北西の市壁上部】へと。

 

「アイズ~、アルゴノゥト君と何を話してたの~?」

 

「ってかアマゾネス君! 何で君は当然みたくベル君に引っ付くんだぁ!?」

 

 ティオナさんが再び僕の腕に引っ付くと、それを見た神様が噛み付くように抗議する。因みに僕は引っ付いてくるティオナさんの行動に何も言わない事にしている。と言うより諦めた。

 

「……後で団長に報告ね」

 

 何かティオネさんが呟いていたけど、僕には聞こえなかった。



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ロキ・ファミリアの遠征②

今回はいつもより短い上に、少しいまいちな内容です。


 朝。迷宮都市(オラリオ)は未だに寝静まっている時間帯。

 

 だと言うのに、都市北西の市壁上部では二人の男女がいた。手にしている剣で、相手を倒そうとしている真剣勝負を。

 

「はぁっ!」

 

 男――ベル・クラネルは、構えている剣を居合切りの如く抜刀する。その直後に斬撃が飛んできたのを見た女――アイズ・ヴァレンシュタインは咄嗟に身を躱した。

 

 飛ばした斬撃を躱された事を気にせず、ベルが次の行動に移す。抜いていた剣を鞘に収めた直後、ベルは忽然と姿を消した。まるで亡霊の如く。

 

「………………」

 

 アイズはベルが姿を消した事に驚かないどころか、今まで以上に警戒をしながら周囲を見回している。彼女は知っていた。ベルが姿を消して逃げたのではなく、此方の隙を突いて襲撃してくる事を。以前にベルが戦争遊戯(ウォーゲーム)で、【アポロン・ファミリア】の敵大将――ヒュアキントスに仕掛けた手段だと思い出しながら。

 

(私だったら、背後から仕掛ける……)

 

 自分が向こうの立場を考えながら、背後を一番に警戒するアイズ。

 

 未だに気配を捉えてないアイズだが、背後から攻撃の気配が感じた瞬間に迎撃しようと身構えている。

 

 すると、背後から殺気を感じた。予想通り背後から仕掛けてくると思ったアイズは――

 

(っ! 避けなきゃ!)

 

 即座に迎撃しようと思った直後、己の直感を信じて回避に専念する事にした。全力の跳躍で後方へ回避した瞬間、剣の突き刺す音と、何かが壁にぶつかる衝撃音が聞こえた。思わず見てみると、先程アイズが立っていた場所では、地面に剣を突き刺したベルがいる。更には彼が立っている地面や、左右の市壁が凹んでいる。

 

(危なかった……!)

 

 アイズは自身の直感に内心感謝する。もし回避に変更してなければ、確実に傷を負っていたかもしれないと。

 

 その傷を負わせようとしていたベルは、突き刺した剣を抜いて彼女を見ている。少し悔しそうな顔をしながら。

 

「まさか、この技を避けられるとは……流石はアイズさん。やはり『Lv.6』の前では、たかが『Lv.2()』程度の奇襲攻撃はお見通しだったようですね」

 

「……そんな事ない。今のは本当に偶然」

 

 謙遜しながら自身を称えてくるベルにアイズはすぐに否定した。さっきの攻撃は明らかに格上相手でも充分に通用する威力だったと。それに何故か、あの風を受けたら何か不味い予感もしていたので。

 

 加えて、アイズは既にベルの事を『Lv.2』の冒険者とは見ていない。自分に近い、もしくは匹敵する強さだと確信している。

 

 ベルと手合わせをして既に二時間以上経っている。開始してから一時間までの間、相手の戦いを観察しようと互いに様子見をしていた。更に一時間後には一切技を使わずとも、殆ど全力に近い通常攻撃だけでの速い攻防を繰り広げていた。

 

 アイズはベルが『Lv.2』だからと最初は手加減していたが、攻防を繰り広げてる最中に認識を改めた。ベルの攻撃が速く、且つ威力が込められているモノだと知って。更には自分の攻撃を簡単に回避するどころか、すぐに間合いを把握して反撃をしてくる。

 

 以前に、【ロキ・ファミリア(じぶんたち)】の失態で取り逃がしたミノタウロスがベルと遭遇した時があった。その時に自分が対処したが、もし間に合わなくても当時『Lv.1』だったベルなら問題無かったと確信する。

 

 中層にいる階層主(ゴライアス)を単独撃破出来る実力者だとアイズは前以て知っていたが、直に手合わせをした事によって認識した。戦争遊戯(ウォーゲーム)で見た魔法や技を使えば、ゴライアスを倒せる実力は充分にあると。

 

 ベルが思っていた以上の強者だと認識したアイズは、もう手加減をせずに本気を出し始めた。それ位やっても大丈夫だろうと。

 

 同時にアイズは疑問を抱く。何故『Lv.2』なのに、これ程の強さを持っている。何故『Lv.2』で、これ程の強さを持つ事が出来る。何故『Lv.6』にランクアップした自分相手に、ここまで食いつく事が出来るのかと。

 

 疑問を抱けば抱くほど、ベルに対する興味がどんどん深まっていく。あれ程の強さを得たのには、何かきっと秘密がある筈だ。それを知れば自分は更に強くなる事が出来るのではないかと。

 

「…ベル。君の力、もっと私に見せて……!」

 

「あはは……何かさっき以上に、やる気満々になったような気が……」

 

 更に闘気を発しながら構えるアイズに、ベルは苦笑しながらも少しドン引きになりつつあった。

 

 ベルもベルで、『Lv.6』となったアイズと手合わせして、相当な実力者だと改めて認識していた。失礼ながらも、以前に運よく倒せた『Lv.5』のベート以上の強者だと思っている。

 

 最初はすぐに手の内を見せずに通常攻撃のみでやるも、アイズの振るう斬撃が段々速くなっている。もう既に本気でやっているんじゃないかと思う程に。アイズが手にしているのはサーベル状の剣である筈なのに、まるで大剣(ソード)のように錯覚する程だった。もしあの斬撃が全力で振るって、生身に直撃したら軽く吹っ飛ばされるんじゃないかと。

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)で戦った冒険者達と違って、アイズは【神の恩恵(ファルナ)】に頼りつつも、それに見合った技量を持っている。前に戦ったヒュアキントスなんかとは比べ物にならない強さだ。彼女の攻撃を受け止め、回避するのにも一苦労だとベルは内心思っている。

 

 これ以上手合わせを続けると、殺し合いに発展してしまうかもしれないとベルは不安を抱く。二時間以上経っても、今以上に闘気を増しているアイズを見て猶更に。

 

 彼女に本気を出されたら負けてしまうと思ったベルは、先手を打とうと奇襲攻撃を仕掛ける事にした。一旦姿を消して彼女の背後から、衝撃波を伴う落下攻撃を行うフォトンアーツ――ヴォルケンクラッツァーで動きを止めさせる為に。

 

 もしもアイズがヴォルケンクラッツァーを剣で防御しても、発せられた衝撃波を受けたら一時的な行動不能(スタン)状態になる。そう考えたベルは実行した。

 

 だが、ベルの予想を裏切る様にアイズは防御でなく回避をした。まるでヴォルケンクラッツァーの特性を見抜いた感じで、全力で後方へと跳躍をして。

 

 運が良かった、もしくは剣士としての直感が働いた。どちらかと問われれば……ベルは後者を選択する。前者もあると思っているが、あの思い切りの良さは間違いなく直感が強く働いた筈だと。

 

(思った通り、やっぱり抜剣(カタナ)だけじゃ勝てないか……)

 

 ここまでの手合わせでベルは確信した。今のままでアイズに勝つ事が到底出来ないと。

 

 純粋な剣士であるアイズと違い、ファントムクラスのベルは抜剣(カタナ)以外に長銃(アサルトライフル)長杖(ロッド)を扱う。それ故に、特定の武器だけを極める事が出来ない。

 

 アイズみたく純粋に剣で極めた強者と戦うには、剣だけで挑むのは自殺行為も同然。だが他の武器を使えば勝てる可能性は充分にある。剣が無理なら距離を取って狙撃か魔法、狙撃や魔法が無理なら距離を詰めて斬撃、と。

 

(勝てないけど、アイズさんの戦い方は凄く参考になる……)

 

 しかし、ベルは敢えて剣のみで挑んでいる。戦う際には手段を選ばず、相手の隙を突いて戦うのがファントムクラスの常識だと義兄のキョクヤからの教えだと言うのに。

 

 それもその筈。彼はアイズの剣技を観察して、自分の物にしようとしている。これもキョクヤから教わった事だった。

 

『ただ俺の闇に照らされるだけでは、お前の奥底に眠る暗黒の闇を引き出せん。故に、相手が持つ闇の力を奪う事により、お前の暗黒の闇は一層輝きを増す。それを忘れるでないぞ』

 

 義兄キョクヤからの意味不明な中二病発言を聞いて、ベルは当初全く意味が分からず思わず首を傾げた。けれど、後になってから漸く分かった。自分に教わるだけじゃなく、参考になる相手の戦い方を観察して盗むのだと。故にベルはそれを実践していた。アイズの戦い方を盗む為に。

 

 しかし、それはベルだけではなかった。

 

(この子の戦い方は凄い独特。けど、全く隙がない。それどころか、逆にこっちの隙を突かれる)

 

 アイズもアイズで、ベルの戦いを観察していた。過去に色々な剣士タイプの冒険者を見てきたが、ベルはそれに全く該当しない未知の相手だった。

 

 特に回避の仕方が一番に気になっている。攻撃を仕掛けてベルの身体に当たったかと思いきや、素通りの如く躱されている。まるで実体の無い幽霊(ゴースト)を相手にしているような感じだと。

 

 ついさっきは姿だけでなく、気配までも消していた。幽霊(ゴースト)同然に消え、暗殺者(アサシン)の如く背後からの奇襲攻撃。こんな相手は今まで見た事が無いとアイズは少しばかり戦慄する。もしベルに関する情報を一切何も知らずに初見で戦っていたら、以前のベートと同じく負けていたかもしれないと。

 

「「………」」

 

 両者はお互いに構えながら相手の出方を窺っている。特にベルは相手がアイズだからか、これでもかと言う程に慎重だった。一目惚れした女性が自分の予想以上に強く、途轍もない戦闘狂(バトルジャンキー)でもあるから。

 

 どうやって攻めようかと考えてる最中――突然、クゥ~~ッと言う音がした。ベルの腹部から。

 

「あっ………」

 

「………」

 

 空腹の音がした事にベルは固まってしまい、アイズは予想外の音を聞いてキョトンとする。

 

 ベルがそうなった理由は言うまでもないが補足しておく。一目惚れしたアイズと手合わせする事を知った翌日の早朝、緊張の余り朝食を食べずに此処へ訪れた。手合わせをして時間が経ち、緊張感も僅かに静まった事もあって、ベルの胃袋は限界だと空腹音を鳴らした。以上が理由である。

 

 空腹音をアイズに聞かれてしまったベルは、恥ずかしさの余りに構えを解いて顔を赤らめている。

 

 そして――

 

「えっと……アイズさん。非常に情けなくて申し訳ないんですが、一旦中断しても良いですか? さっきの音を聞いての通り、ここに来るまでの間は何も食べてなくて……」

 

「………うん。ご飯は大事だからね」

 

 ベルからの提案に、アイズは心情を察して受け入れる事にした。

 

 

 

 

 

 

 手合わせを中断した僕は、恥ずかしながらもアイテムボックスに入っている大き目の保存用タッパーと飲み物専用のボトルを出していた。中には当然、朝食が入っている。

 

「本当にすいません。水を差すような事をしてしまって……」

 

「…大丈夫。私も休憩しようと思ってたから」

 

 市壁に寄りかかって座っている僕に、市壁の上に座っているアイズさんは気にしてないと言う。それでも僕としては勝手に中断した罪悪感が残っているけど。

 

「ところで、ソレってどこから出したの?」

 

「え? ……ああ。僕のちょっとした収納スキル、みたいな物なので気にしないで下さい」

 

「…便利なスキルだね」

 

 流石に電子アイテムボックスから取り出した、なんて言えない。だから僕のスキルと言う事で誤魔化しておくことにした。アイズさんは疑ってないのか、羨ましそうに言い返す。

 

 彼女と話していると、手合わせによって乱れた呼吸がある程度落ち着いた。なのでタッパーの蓋を開けて、今日の朝食――ジャガ丸くんサンドに手を付けようとする。あとは付け合わせとして、神様が持ってきた売れ残り用のジャガ丸くんも一緒に。

 

「! それ、ジャガ丸くん……」

 

「へ?」

 

 僕がジャガ丸くんサンドにかぶりついていると、僕の朝食を見たアイズさんが座っている市壁から下りて、僕の隣に着地する。

 

「ベルはジャガ丸くんを食べるんだね」

 

「ええ、まぁ。神様がジャガ丸くんの屋台でバイトしてて、その時にいくつか売れ残りを貰ってるんです。そのお陰で僕と神様のメインになってまして」

 

「……ジャガ丸くん食べ放題、ちょっと羨ましい」

 

 タッパーに入っているジャガ丸くんを見ながら呟くアイズさん。

 

「もしかして、アイズさんもジャガ丸くん食べるんですか?」

 

「食べる。私の好きな食べ物だから」

 

 僕からの問いにアイズさんはすぐに答える。

 

 【剣姫】と呼ばれているこの人の好物が、まさかジャガ丸くんだったとは……。意外な事実を知った事に僕は内心驚いている。僕はてっきり、もっと良い物を食べてるかと思ってたから。

 

「…ベル、そのジャガ丸くんは何味?」

 

「えっと、ソース味と塩味です」

 

 サンドを食べながら問いに答えると、アイズさんが何故か急に少し残念そうな顔をする。

 

「小豆クリーム味は食べないの?」

 

「へぇ~、そんな味があるんですか。初めて知りましたけど、多分食べないですね。甘い味は流石に……」

 

 ジャガ丸くんは主にソース味や塩味で食べ慣れたから、今になって甘味系で食べるのは無理だ。

 

 僕はボトルに口を付けながら答えてると――

 

「ベル、食わず嫌いは良くない……!」

 

「っ! ゴホッ、ゴホッ……!」

 

「あっ、ごめんなさい……。大丈夫?」

 

 いきなりアイズさんが顔を近づけて言ってきたので、飲み物が器官に入った事により咽てしまう。口の中に入っていた飲み物を、アイズさんの顔にぶちまけなかったのは僥倖だった。

 

 咽たのを見た彼女は謝りながら、僕の背中を擦ってくれている。

 

 その後、朝食を終えた僕とアイズさんは――

 

「やっぱり小豆クリーム味は是非とも食べるべき。アレは私のお勧め」

 

「アイズさんはそうでしょうけど、僕としてはやっぱり塩味が良いですね。素材本来の味と、塩のしょっぱさで味を引き立てますし」

 

 急遽、ジャガ丸くんについての味議論をする事となった。しかも一時間近くも。

 

 因みにアイズさんは、僕が用意したジャガ丸くんを残さず食べていたのはご愛嬌である。

 

 取り敢えず、アイズさんとの手合わせは一先ず終了だ。けれど、アイズさんは僕との手合わせが不完全燃焼だったのか、明日も付き合って欲しいと言われた。僕としては願ってもないので、断る理由もなく承諾した。




 手合わせからジャガ丸くん議論になるという、ちょっとしたギャグ展開になりました。

 色々と突っ込みのある内容だと思いますが、どうかご容赦を。

 感想と評価をお待ちしております。


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ロキ・ファミリアの遠征③

今回はちょっとした寄り道話で、いつもより短いです。


 アイズさんとの手合わせを終えた僕は、明日の約束をした後に彼女と別れた。デートじゃないけど、またあの人と手合わせ出来るのは嬉しい事この上ない。

 

 でも、大丈夫だろうか。あの人は僕と違って有名なロキ・ファミリアの幹部だから、僕みたいな零細ファミリアと会ったら色々と不味いんじゃないかな? もし発覚したら、アイズさんはフィンさんから何らかの厳罰を下されるような気がする。

 

 アークス側だったら、有名な六傍均衡の一人が新人アークスと密会後に発覚すればスキャンダル扱いになるだろう。尤も、今の六芒均衡は()()()()によって、以前のような堅苦しいイメージは無くなっているから、そこまで大事にはならない。僕が今も憧れている英雄――守護輝士(ガーディアン)の功績によって。

 

 そう言えば、アークスで思い出したけど、キョクヤ義兄さんやストラトスさんはどうしてるんだろう? キョクヤ義兄さんは僕が行方不明になって凄く心配……はしてないか。と言っても、多少の心配はしてると思う。キョクヤ義兄さんは、いつどんな時でも冷静(クール)だから、僕がいなくなっても大して慌てる事はしないだろうし。

 

 ……何か思い出した途端、オラクル船団が恋しくなってきたな。あそこは生まれ故郷じゃないけど、それでも第二の故郷だ。キョクヤ義兄さんと血の繋がりはないけど、僕の大事な家族である事に変わりはない。もしもオラクル船団へ戻れる機会があれば……僕はまたこの世界とお別れするんだろうか。この世界とオラクル船団が行き来する事が出来れば……何て、そんな都合の良い展開にはならないか。

 

「――ベルさん!」

 

「ん? あ、シルさん」

 

 考えながら道を歩いている最中、突如横から誰かが僕の名前を呼んできた。振り向くと、薄鈍色の髪を揺らしたシルさんが走り寄っている。

 

 あ、確かシルさんとは戦争遊戯(ウォーゲーム)前に首飾り(アミュレット)を貰って以降に会ってなかった。オラリオへ戻ってきても、予定があった所為で『豊穣の女主人』に顔を出さないままだ。

 

 僕が内心申し訳ない気持ちになってると、シルさんが何の前触れもなく僕の腕に引っ付いてくる。

 

「ちょ、シルさん、いきなり何を……!?」

 

 ティオナさんと違って突進はしてこなかったけど、それでも突然引っ付くのは勘弁して欲しい。男としては嬉しいけど、ティオナさんみたいに胸を押し付けるように引っ付くの流石にちょっと困る。

 

「どうしてお店に来てくれなかったんですか!? 私、ずっと待ってたんですよ! 折角お弁当を作ったのに!」

 

「ご、ごめんなさい! ちょっと理由がありまして……!」

 

 若干涙目になって訴えてくるシルさんに、僕はすぐに謝った。僕とシルさんのやり取りに、周囲の人達が何事かと見ている。

 

「でしたら今すぐお店に来て下さい! そこで理由を聞かせてもらいますから!」

 

「ええ!? お店でしたら、今日行きますよ!?」

 

「ダメです! 一週間以上も私をほったらかしたんですから!」

 

「そんな誤解を招くような言い方は止めて下さい!」

 

 シルさんの発言によって、周囲の人達が何やらヒソヒソと話し始めている。と言うか、もう逃げられない空気だ。

 

 もしかしたら、シルさんはこうなる事を予想して言ったのかもしれない。僕を逃がさない為に。

 

 逃げられないと悟った僕は、シルさんに言われるがまま急遽『豊穣の女主人』へ連行される事となった。

 

 

 

 

 

 

「……あのぅ、コレは一体どういう事ですか?」

 

 シルさん連行された僕は何故か厨房に連れて来られ、流し台に置かれている大量のお皿を洗っていた。

 

 この状況からして、罠に嵌められたと見ていいだろう。皿洗いをさせる為に。

 

「すみません。溜まっていたお仕事をさぼっ……いえ、休んでしまったら、ミアお母さんのお叱りを受けてしまって、罰として雑用を……」

 

「今『さぼった』って言いましたよね!? 僕完全にとばっちりじゃないですかぁ!? 僕このまま帰っても良いですよね!?」

 

 忙しい気持ちは分かりますけど、それを人に押し付けるのはどうかと思いますよ!?

 

 僕の叫びを無視しているのか、シルさんは笑顔で――

 

「ごめんなさい、ベルさん。よろしくお願いします」

 

 そう言ってすぐにぱたぱたと走り回っていく。

 

 すると、店員であるアーニャさんとクロエさんが此方へやって来る。

 

「これくらいは大目に見るニャ、白髪頭」

 

「シルはこの前まで、オラリオに戻ってこない少年を本当に心配してたニャ。その罰として受け入れるニャ」

 

「う……」

 

 確かに理由も言わずに心配させた僕にも非がある。

 

 だからと言って有無を言わさず皿洗いさせるのは釈然としないけど……ここは甘んじて受け入れるしかないか。

 

 それに、さっきまでのホームシックを誤魔化すのには丁度良いし。

 

「そう言えば少年。リューから聞いたけど、オラリオに戻る直前にメレンに行ったのは本当ニャ?」

 

「ええ。戦争遊戯(ウォーゲーム)のほとぼりが冷めるまでの間、そこに滞在しようと神様が言い出したので」

 

 皿洗いに集中してると、クロエさんが思い出したように質問してきた。今はもう答えても平気だから、すぐに滞在していた理由を言う。

 

「成程ニャ。まぁ確かにあの後、神々や他の冒険者達が少年を探すのに躍起になってたニャ。メレンに隠れてたのは正解ニャ」

 

「僕らがメレンにいる間、そんな事があったんですか?」

 

「そうニャ。この前までオラリオ中が、戦争遊戯(ウォーゲーム)に勝った白髪頭の事で話題になってたニャ。【ロキ・ファミリア】の連中も、白髪頭を探してたみたいニャ」

 

 僕の問いにアーニャさんが割って入り、クロエさんの代わりに答えた。

 

 そう言えば、昨日ティオナさんが僕を探してたって言ってたな。あの時はティオナさんとアイズさんだけだと思っていたけど……まさか他の団員達も僕を探していたなんて。

 

 もしや、ティオナさん達に僕を探すように命じたのはフィンさんかな? 僕が以前にゴライアスを倒した後、あの人からの質問にある程度答えて、僕の力をある程度知ってるし。まさか戦争遊戯(ウォーゲーム)で改めて僕の実力を知って、他のファミリアに引き抜かれないように手を打とうとした? 同盟関係、もしくは傘下に加えようとする為の。

 

 そうだとしたら……流石にそれは勘弁して欲しいな。確かに【ロキ・ファミリア】は誰もが憧れる有名な派閥だけど、僕としては多くのファミリアに門前払いされたところの一つだ。その件があって、今更歓迎されても素直に喜べない。もし門前払いされてなければ、印象の悪いファミリアとしては見てなかったと思う。

 

 僕が今のところ出会った(神様を除いて)印象の良いファミリアと言えば、ミアハ・ファミリアと……メレンで出会った【ニョルズ・ファミリア】だな。

 

 メレンで観光してた時、【ニョルズ・ファミリア】の主神――ニョルズ様と会った。神様とすぐに意気投合して、僕にも良くしてくれた上に新鮮で美味しい魚を用意してくれた。(ヘスティア)様やミアハ様と同様に眷族思いで、凄く優しいお方だ。もし僕がオラリオじゃなくてメレンに来たら、ニョルズ様の眷族になって漁師になっていたかもしれない程に。

 

 二人から話を一通り聞いた後、僕はシルさんの雑用である皿洗いをしていた。目の前にある大量のお皿を磨こうと、今は黙々とやっている。

 

「この量は凶悪だ。私も手伝いましょう」

 

「え? あ、リューさん」

 

「先日振りですね、クラネルさん」

 

 僕の隣に並んだのは、以前に戦争遊戯(ウォーゲーム)で助っ人として参加してくれたエルフ――リュー・リオンさんだ。

 

「あ、この前はすいませんでした。何も理由も言わずに別れてしまって」

 

「お気になさらず。確かにあの時は戸惑いましたが、後からメレンへ向かった神ヘスティアの判断は正しいと納得しましたので。アーニャとクロエが言ってたように、クラネルさんはかなりの脚光を浴びていましたから」

 

「あはは……」

 

 どうやらリューさんは僕とクロエさん達との話を聞いていたようだ。

 

 あっ。折角リューさんに会ったから、今の内に済ませておこう。

 

「そうだリューさん、ちょっと良いですか? 渡したい物がありまして」

 

「渡したい物?」

 

 皿洗いを一旦中断した僕は、彼女に見えないよう電子アイテムボックスから小さな包みを取り出した。リューさんも僕と同じく皿洗いを一旦止めると、不可思議な顔をしながら此方を見ている。

 

「これは?」

 

「どうぞ、受け取って下さい。大した物じゃありませんが、戦争遊戯(ウォーゲーム)に参加してくれたお礼です。リューさんみたいな綺麗な人には、装飾品(アクセサリー)が良いと思いまして」

 

「なっ……!」

 

 包みの中には水晶(クォーツ)を加工したネックレスが入っている。メレンで観光してる時、アクセサリー店で購入した物だ。

 

 すると、リューさんは以前みたいに顔が真っ赤となって、急にしどろもどろになる。

 

「く、く、クラネルさん! こ、これは私にではなく、し、シルに渡して下さい……!」

 

「え? シルさんの分は勿論ありますよ。これはリューさん用です」

 

「で、ですから、私にそのような物は――」

 

「ああ~~~! 白髪頭がリューにプレゼントしてるニャ!」

 

 リューさんが顔を真っ赤になりながら狼狽えてると、アーニャさんが僕達を見ながら指をさして叫んだ。

 

「何ニャ? 少年はシルからリューに乗り換えたニャ?」

 

「おミャーという奴は、シルに散々貢がせといてもうポイしたのかニャ?」

 

「はぁ!?」

 

 乗り換えた? シルさんに貢がせた? クロエさんとアーニャさんは何を言ってるんだ?

 

 僕はただ戦争遊戯(ウォーゲーム)に参加してくれたリューさんにお礼をしてるだけなのに!

 

「べ、ベルさん! さっき聞こえたんですけど、リューにプレゼントって本当ですか!?」

 

「って、今度はシルさんも!?」

 

 此方へやって来たシルさんが、何か慌ただしい様子で僕に問い詰めた。と言うかシルさん、仕事は良いんですか?

 

 他のウェイトレスやシェフの人達も気になる様に僕を見ている。

 

「あ、貴方達、何を勘違いしてるんですか!? 私とクラネルさんはそんな関係じゃありません! それとシル、プレゼントについては貴女の分もあるとクラネルさんが――」

 

 リューさんは顔が赤いままで必死に誤解を解こうとしている。と言うか、僕がプレゼントしただけで、どうしてここまで大事になるんだろう?

 

 すると――

 

 

「さっきから仕事中に何騒いでんだい馬鹿娘共ぉぉぉおおおおおお!!」

 

 

 騒ぎを聞いて堪忍袋の緒が切れたと思われるミアさんが厨房へ来た直後、シルさん達に向かって怒鳴った。

 

 因みに僕には一切お咎めは無い。けど、僕がいたら仕事の邪魔になると言われて、すぐに店から出された。客として店に来いと。

 

 あと、リューさんとシルさんのプレゼントを代わりに渡すよう頼んだ。リューさんに渡せれなかった経緯も言い含めて。

 

「はぁっ……。本当なら本人達に直接渡せと言いたいところだが……分かった。アタシの方から渡しておくよ」

 

「ありがとうございます!」

 

 二つの包みを受け取ったミアさんが承諾してくれたのを聞いた僕は、礼を言った後に『豊穣の女主人』を後にした。

 

 因みに僕が後ほど客として店に訪れた際、水晶(クォーツ)のネックレスとしたリューさんと、水晶(クォーツ)のブレスレットをしているシルさんを見たのは言うまでもない。特にシルさんが僕を見た時には、見惚れてしまうほどに可愛い満面の笑みだった。




寄り道話は良いから、早く本編を書いてくれってツッコミは無しで。

感想お待ちしています。


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ロキ・ファミリアの遠征④

 いまいちな内容ですが、取り敢えずどうぞ!


「ベル君って本当に不思議よね」

 

「へ? エイナさん、いきなり何ですか?」

 

 シルさんの雑用を解放された僕は、担当アドバイザーのエイナさんに会おうとギルド本部へ来ていた。以前に籠ったダンジョン中層の構造把握やモンスターについての復習をする為に。既に中層へ行ったのに今更だと思われるけど、自分の知らない場所やモンスターがいないかの確認も必要なので。

 

 僕が講習を受けに来たと聞いたエイナさんは最初驚いていたけど、快く引き受けてくれた。彼女としても、是非とも講習はやるべきだと言っているので。

 

 エイナさんの講習は他のアドバイザーから比べると、物凄く厳しいらしい。ダンジョンについての危険性などを重点的に教えている事もあって、他の冒険者からは講習関連になると嫌がれるようだ。それでもエイナさんはギルド職員でも人気があるので、それが逆に良いと言う人もいるらしい。

 

 僕も初めて受けた時、思わずアークスになる前の研修を思い出したなぁ。あの時の僕は全くと言っていい程に学力が低くて、覚えるのに物凄く大変だった。キョクヤ義兄さんやストラトスさんの助力があったお陰で、何とかギリギリ合格点でアークスになれたし。必死に僕を支えてくれたキョクヤ義兄さん達には今でも感謝している。

 

 以前の事を思い出しながら久しぶりの講習をしている最中、エイナさんが急に変な事を言いだした。なので僕は疑問に思って顔を上げている。

 

「君が冒険者になる前はダンジョンについて全く知らない筈なのに、初めて講習をした時に経験者みたいな感じがしたのよ。今日の講習だって、中層の危険個所を重点的に確認したり、中層モンスターの戦い方や弱点などの要点を上手く纏めているんだもの」

 

「え、えっと、ダンジョンで生きる為には、これくらいは当然かと」

 

「はぁっ。その台詞は講習を疎かにしている冒険者(ひと)達に聞かせてあげたいわ。ベル君は強くても、こうして講習に来てくれてるんだから」

 

「あはは……」

 

 他の冒険者達に苦言を呈しているエイナさんに、僕は苦笑するだけだった。

 

 エイナさんは以前の戦争遊戯(ウォーゲーム)で、僕の実力が中層でもやれると認識済みだ。だからもう既に中層進出の許可は問題無く取れている。

 

 すると、彼女が急に心配そうな顔をして僕を見る。

 

「ベル君、君が強いのはあの時の戦争遊戯(ウォーゲーム)で分かったけど、やっぱり一人で中層に行くのは危険よ。せめて何人かパーティを組んで行った方が良いと思うわ」

 

「パーティ、ですか……」

 

 僕はこれまでダンジョン探索してる際はいつも単独(ソロ)だった。今のところ中層までモンスター達は僕一人でも対処出来る。けど、もし下層へ行く事になれば、一人でやるにしても限度がある。確かにエイナさんの言う通り、誰かとパーティを組んで行く必要がある。

 

 とは言え、僕とパーティを組んでくれる冒険者は、大抵僕の力を当てに接触してくると思う。神々や冒険者が、僕を探して自分の陣営に引き抜こうとしていたってクロエさん達が言ってたし。

 

 善意でパーティを組んでくれるとしたら……【ロキ・ファミリア】のティオナさんかアイズさんかな。あの二人は僕が以前門前払いされたファミリアの人達だけど、それと別に友好的に接する事が出来る。

 

 未だに理由は全然分からないけど、ティオナさんは何故か僕に対して物凄く好意的に接している。それを見た神様が怒るも、ティオナさんは聞き流すように僕の腕に引っ付いているんだよなぁ。

 

 だけど一番に分からないのはアイズさんだった。あの人は僕より強い筈なのに、他の冒険者達と違って何故か矢鱈と(色々な意味で)僕に興味を抱いている。他の冒険者や神々と違い、一目惚れした事もあって対応に困る事があるのは内緒だ。

 

 あの二人なら僕がパーティに誘ったら組んでくれると思う。尤も、他の【ロキ・ファミリア】の面々がそれを認めてくれるかは別だ。一時有名になっても僕みたいな零細ファミリアの冒険者が、都市最強派閥の幹部を務める第一級冒険者達と組むなんて殆ど無理だろう。『身の程知らずにも程がある』と言われて。

 

「確認ですけどエイナさん、もし僕が【ロキ・ファミリア】のティオナさんやアイズさんにパーティを組むよう誘ったらどうなると思います?」

 

「……あのねぇ、ベル君。いくら有名になったからと言っても、それは流石に無理があるわよ。都市最高派閥で【ロキ・ファミリア】の幹部相手にそんな大それた事をすれば、他のファミリアから顰蹙(ひんしゅく)を買う事になるわよ」

 

「ですよね~」

 

 呆れた顔で返答してくるエイナさんに、既に分かりきっていた僕はそう返した。

 

 どうやらやっぱり無理みたいだ。僕がランクアップして強くなるか、もしくは団員を集めてファミリアを大きくしなければ、ティオナさん達とパーティを組む資格は無いってところか。

 

 そして昼近くまで講習を行った僕は、エイナさんにお礼を言ってギルド本部を後にしようとすると――

 

「やぁ、ベル・クラネル。久しぶりだね」

 

「フィンさん! どうしてここに?」

 

 【ロキ・ファミリア】の団長で【勇者(ブレイバー)】のフィン・ディムナさんがいた。

 

 彼の登場に僕だけでなく、エイナさんも驚いた顔をしている。都市最高派閥の団長がギルド本部へ来るのは余程の事だから。

 

「君に少し話があって……いや、ここは率直に言おう。ベル・クラネル、僕は君と交渉する為に会いに来た」

 

 

 

 

 

 

 予想外な展開が起きるも、僕はフィンさんと話をしようと場所を変えた。今いるのはギルド本部にある応接室だ。エイナさんも僕と同じく驚いていたが、周囲の目もあるからと気を利かせてくれて、僕達を応接室へと案内してくれた。

 

「君に僕たちの遠征に是非とも加わってもらいたい」

 

「ぼ、僕が【ロキ・ファミリア】の遠征にですか!?」

 

 いきなりフィンさんがとんでもない事を言ったので、僕は仰天してしまった。

 

 僕の個人的な事情で印象が悪いとは言え、有名な【ロキ・ファミリア】の団長から直々のお誘いだ。これが仰天しない訳がない。

 

「本当なら神ヘスティアも交えて話したいところだけど、生憎と僕達は遠征の準備で時間が惜しくてね。今更だけど、そちらの都合を無視して申し訳ない」

 

「い、いえ。僕はこの後フリーなので問題ありませんから……!」

 

 久々に一人でダンジョン探索しようと思った矢先にフィンさんが現れたので、それはもう完全に後回しとなっている。

 

 公然な情報で聞いた限りだけど、【ロキ・ファミリア】は遠征で現在ダンジョン58階層まで到達済。現在オラリオにいる探索系【ファミリア】の中で最高記録を保持している。過去にそれ以上に到達した二大【ファミリア】は既にいなく、今は【ロキ・ファミリア】が記録を塗り替えようとしてる最中だ。

 

 だと言うのに、そんな大物ファミリアがどうして僕に遠征に加えようとするかが分からない。いくら僕がこの前の戦争遊戯(ウォーゲーム)で有名になったからって、最重要な大イベントである遠征に加わる理由にはならない筈だ。何か裏があると見ていいだろう。

 

「そ、それはそうと、どうして【勇者(ブレイバー)】のフィンさんが自ら僕にそんな話を持ち掛けるんですか? 有名な【ロキ・ファミリア】から見れば、僕みたいな一介の新人冒険者なんかに――」

 

「ベル・クラネル。謙遜するのは結構だけど、それは他の新人冒険者達からすれば嫌味に聞こえてしまうよ。たった一人で階層主(ゴライアス)を倒した君を目撃した僕としては猶更にね」

 

「す、すみません!」

 

 あれ? 何かこのやり取り、リューさんとやったような気が……。

 

 僕が以前の事を思い出してると、フィンさんはすぐに本題に入ろうとする。

 

「まぁ確かに、疑問を抱くのは当然だね。では遠回しに言わず、この場で理由をはっきりと言おう。ベル・クラネル、僕は階層主(ゴライアス)を一人で倒せる実力がある君を誰よりも高く買っている。君が扱う未知の魔法も含めて。本音を言えば、君をウチのファミリアに歓迎したい程に」

 

「っ!」

 

 アポロン様みたいな考えを持っていると知った僕が思わず警戒するも、フィンさんは話を続けようとする。

 

「だけど、君は以前僕たち【ロキ・ファミリア】に門前払いされた経緯があるから、余り良い印象を持っていない。僕もそれは重々承知しているから、今更引き抜こうだなんて都合の良い事は一切しないから安心してくれ。と言ったところで、此方に前科がある以上はすぐに信用する事は出来ないだろうね。その前科を払拭したいと言うのは大変図々しいけど、【ロキ・ファミリア】に対する認識を改めて貰いたいから、君に僕達の遠征に参加してもらおうと思ったんだ。先に言っておくと、今回の遠征で君には後方支援の治療師(ヒーラー)として雇いたい。君が扱う治療魔法はとても魅力的だからね。無論、遠征に参加してくれれば【ロキ・ファミリア】から相応の報酬を出すつもりだ。それに加えて、僕からの個人的な報酬も用意する。さて、ここまでで何か質問はあるかな?」

 

「…………………」

 

 理由を説明したフィンさんが今のところ僕を勧誘する気はないと理解しても、それでも未だに納得出来ないところはあった。

 

 前科があるからとは言っても、結局は僕の力目当てで遠征に参加させようとする事に変わりはない。だけどフィンさんはそれを一切隠そうとしないどころか、僕の力を大いに期待しているようにハッキリと言い切った。

 

 なので、僕は失礼なのを承知の上で尋ねてみる事にする。

 

「一応確認したいんですが、僕がこの場で『断る』と言ったらどうするつもりですか?」

 

「ンー……そうだね。本当なら粘り強く交渉したいところだけど、君が断ればそれまでだ。『また今度』と言って、すぐに立ち去るよ」

 

「……意外な返答です。てっきり無理矢理参加させるのかと警戒していたんですが」

 

「それは無いよ。仮にそんな愚かな事をして君と敵対するような事になれば、僕はティオナやアイズに嫌われてしまうからね」

 

「え? ティオナさんとアイズさん?」

 

 フィンさんが予想外な人物の名前を言ったので、僕は思わず首を傾げてしまった。

 

「あの二人は君に夢中だからね。特にティオナは熱烈とも言えるほどの好意を抱いているし。聞いた話では、昨日はティオナと会って早々大変だったみたいだね」

 

「あ、あはは……」

 

 確かに昨日、ティオナさんが僕を見て早々に抱き着いて大変だった。神様も憤慨していたし。

 

 と言うか、どうしてティオナさんは男の僕相手に平気で抱き着いてくるんだろうか。しかも胸を押し付けてくるから流石に困る。

 

「まぁぶっちゃけ彼女の事もあって、君とはなるべく事を荒立てたくないんだ。アマゾネスと言う種族は惚れた相手の事となると、時に暴走する傾向があるからね」

 

「えっと、何だかまるで経験しているように聞こえるんですが……。もしかしてティオネさんがフィンさんに、ですか?」

 

「……ふぅっ。僕には何の事かさっぱり分からないなぁ」

 

 敢えて誤魔化してるけど、フィンさんの返答を聞いた僕はすぐに理解した。ティオネさんがフィンさんに惚れているから、何かしらの事で苦労していると。

 

 僕はティオネさんの性格を把握してないけど、フィンさん関連だと感情的になるのは知っていた。恐らくそれでフィンさんは色々と苦労しているんだろう。

 

「取り敢えず僕の事は置いといて、だ。ティオナはティオネ程でないにしろ、もし暴走すれば厄介事を起こしてしまう可能性があるという事だ。お互いに苦労する程にね」

 

「それは、まぁ……」

 

 確かにティオナさんが暴走すれば【ロキ・ファミリア】だけじゃなく、僕も確実にとばっちりを喰らってしまうだろう。それは絶対に嫌だ。無関係な神様を巻き込んでしまう恐れもある。

 

「ついでにアイズとしては、ティオナとは違う意味で君にご執心だよ。本拠地(ホーム)で君が階層主(ゴライアス)を単独撃破したのを聞いた際、真っ先に手合わせしに行こうとしていたからね。止めるのに一苦労だったよ」

 

「あのアイズさんがそんな事を……」

 

 僕と手合わせしたかったのは、そう言う事だったのか。

 

「とまあ、彼女達の事もあって事を荒立てたくないと言う訳だ。他に質問はあるかい?」

 

 なるべく遠征に参加して欲しいのか、フィンさんは質問に全て答えようとする姿勢だった。

 

 僕がこの後に数々の質問をするも、答えられる範囲内で全て答えてくれた。それだけ本気だという熱意が伝わっている。

 

 フィンさんからの要請に僕は――。




 今回はエイナの講習+フィンの交渉話でした。


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ロキ・ファミリアの遠征⑤

「はぁ!? ロキの所の眷族(こども)から遠征に誘われたぁ!?」

 

「ええ、まぁ……」

 

 フィンさんとの話を終えた夕方頃。仮の本拠地(ホーム)――『青の薬舗』に戻った僕は、神様に昼頃にフィンさんと話した内容を報告をしていた。

 

 因みに新しい本拠地(ホーム)は現在【ゴブニュ・ファミリア】が改装中の為、僕達は再びミアハ様の本拠地(ホーム)に住まわせて貰っている。勿論、ミアハ様とナァーザさんも了承済みだ。前回と同じく滞在費を支払い済みだが、それは神様の方で出してくれた。アポロン様から頂いた賠償金(おかね)が沢山残っているので。

 

「まさかとは思うけどベル君、すぐに了承したんじゃないよね?」

 

「いえ、取り敢えず『少し考えさせて下さい』と返答しましたので」

 

 確かに有名な【ロキ・ファミリア】の遠征に加わる事が出来るのは嬉しい。だけど、いくらフィンさんからのお誘いでも、そんな簡単に受け入れる事は出来なかった。

 

 もしも何も考えずに遠征に参加してしまえば、色々と厄介事が起きてしまう。その厄介事はいくつかはあるけど、その内の二つが主な要因となる。

 

 先ず一つ目は、【ロキ・ファミリア】に所属する団員達からの反感だ。あそこは都市最高派閥と呼ばれている一角のファミリアだから、団員達の多くはそれを誇りに思っている筈だ。今回やる予定である遠征に対して、【ロキ・ファミリア】の看板を背負って挑もうとしている。

 

 そんな中、戦争遊戯(ウォーゲーム)で有名になったとは言え、今も零細同然の【ヘスティア・ファミリア】である新人冒険者の僕が参加したらどうなるだろうか。言うまでもなく、【ロキ・ファミリア】の団員達は僕に対していい気分はしない。団長のフィン・ディムナさんから直々の推薦を貰ったとしても。

 

 以前、僕を追い出した門番の人達も誇り高い感じだった。尤も、あの人達の場合は度が過ぎて傲慢になっていたけど。フィンさんから聞いた話だと、その門番二人は副団長の女性ハイエルフ――リヴェリアさんからキツイお説教を受けたみたいだ。更には謹慎処分も下して、暫くは冒険者活動が出来なかったらしい。

 

 普通に考えれば、ファミリア内の失態を絶対に公開なんてしない筈だ。だけどフィンさんが敢えて教えたのは、僕の【ロキ・ファミリア】に対する印象を改めさせようとしたんだろう。まぁ僕としても、その人達に対するちょっとした恨みが晴れた半面、気の毒に思ってしまった。僕が【ロキ・ファミリア】の本拠地(ホーム)へ行かなければ、そんな目に遭わずに済んだかもしれないと。

 

 と、話が少し脱線してしまったけど、僕が誇り高い【ロキ・ファミリア】の遠征に加わったら不味い理由の一つ目である。

 

 次に二つ目は、オラリオにいる他所の探索系【ファミリア】から反感を抱かれてしまう恐れがある。

 

 さっきも言ったように、【ロキ・ファミリア】は都市最高派閥だから、オラリオの住民や冒険者達から羨望の的となっている。中には今でも、そのファミリアに入りたがっている冒険者希望者達が後を絶たない状態だ。

 

 くどいけど、僕が遠征に参加した事を周囲に知られれば確実に面倒な事が起きてしまう。他のファミリアから妬まれて、場合によっては敵対視される可能性が充分にある。

 

 とまあ、以上が二つの理由である。要約すれば、僕が遠征に参加してしまったら、【ロキ・ファミリア】や他所の【ファミリア】冒険者達から妬まれてしまうと言う事だ。

 

 何でここまで予想出来るのかと疑問を抱かれると思うけど、僕は嘗てアークス時代に似たような経験をされた事があったからだ。

 

 僕は最年少でアークスに入り、フォトン適正率が高い事もあって色々と注目されていた時期があった。と言っても、それはあくまで研修時代の頃だけど。

 

 その時に注目されてる僕が気に入らなかったのか、同期の数人から度重なる嫌がらせをされていた。偶々それを知ったキョクヤ義兄さんが激怒して、その人達に苛烈な制裁を下したと後から分かり、それ以降から嫌がらせは無くなった。

 

 だから僕は【ロキ・ファミリア】の遠征は安易に参加したら不味いと考えている。人間の嫉妬と言うものを、身を以て経験したので。

 

 僕がすぐに参加しないと聞いた神様は安堵の息を吐きながら、意外そうな顔をしている。

 

「ベル君にしては随分と曖昧な返答だね。僕だったらすぐに断るのに」

 

「まぁ、これ以上目立つのを避けるなら断るべきなんですが……」

 

 確かに神様の言う通り、すぐに断るべきだろう。しかし、そうしなかったのは僕の個人的な理由がある。

 

 もし彼等の遠征に参加すれば、当然僕がダンジョン探索した中層より更に奥――下層や深層に行く事になる。後方支援担当となる僕が戦う事はないけど、それでも僕とまともに戦えるモンスターと遭遇出来るチャンスでもある。

 

 今の僕は上層や中層のモンスターと相手をしても、簡単に倒せるから作業となってしまう。中層は数が多かったから、戦争遊戯(ウォーゲーム)前の訓練には最適だったけど。今のところ、僕が本気で戦った相手は17階層の階層主――ゴライアスしかいない。

 

 だから下層や深層へ行けばゴライアス並み、それ以上のモンスターと戦えるだろう。いつまでも自分より弱いモンスターと戦い続けていたら、戦闘の勘が確実に鈍ってしまう。そんな状態のままで万が一にオラクル船団に戻れた場合、キョクヤ義兄さんに怒られてしまう。場合によってはファントムクラスを止めろと言われるかもしれない。

 

 それ故に僕は遠征参加の返答を一時保留にさせてもらった。フィンさんは僕の返答に察してくれたのか、『遠征が始まる二日前までに返答を待っている』とギリギリの期限を設けてくれた。

 

 向こうの遠征が始まる二日前。つまり今日を含め、五日後までに返答しなければならない。

 

 期限の事を教えると、神様は難しい顔をしながらも言う。

 

「主神のボクとしては断って欲しいけど、最終的に決めるのはベル君だ。どうするかはベル君に任せるよ」

 

「ありがとうございます」

 

「但し! 返事をする前には必ずボクに前以て言っておくように! 良いね!?」

 

「はい、勿論です」

 

 今回の件について神様は寝耳に水の話だった。だから僕に念を押してくるのは当然だ。

 

 その後はミアハ様とナァーザさんが用意してくれた夕食を食べようと、僕達は部屋から出る事にした。

 

 因みに僕は遠征に参加する気は――。

 

 

 

 

 

 

「――無いだろうね。今のところは」

 

 場所は変わって『黄昏の館』の執務室。緊急会議を行っているフィンは、ベルの心情を言葉で表してていた。

 

「ホンマか? ウチはてっきり、フィンの交渉術で上手くいって参加すると思ったんやが」

 

 フィンの台詞に主神ロキが意外そうに言った。フィンは彼女と同様、相手を上手く引き込めるほどの交渉術がある。だから今回はベルが遠征に参加すると踏んでいた。

 

 主要幹部のリヴェリアとガレスも、フィンからの思わぬ発言に少し目を見開いている様子だ。

 

「僕も最初は参加してくれると思っていたんだが……どうやらベル・クラネルは、他の新人冒険者と違って中々に思慮深いようだ」

 

 ベルからの予想外な質問や返答にフィンは面を喰らっていたが、内心かなり感心していた。あの若さで、あそこまでに慎重だった事に。もしも他の新人冒険者であれば、第一級冒険者の【勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナから直々の要請に驚きながらも喜んで参加の返事をしていただろう。たとえ後方支援でも、有名な【ロキ・ファミリア】の手伝いが出来ると。

 

 だが、ベルはすぐに参加の返答をしないどころか、考える時間が欲しいと返答した。これを聞いたフィンは、ベルに対する認識を再度改めた。彼は他の新人冒険者とは明らかに考え方が違うと。

 

「これはあくまで僕の推測だけど、彼は僕らの遠征に参加した時のデメリットを一番に考えたと思う。そうでなければ、時間が欲しいなんて言わない筈だ」

 

「デメリットか。それは、あの小僧が多くの冒険者達からのやっかみを買う事を恐れている、という事か?」

 

 推測を聞いたガレスがデメリットの内容と言うと、フィンはすぐに頷く。

 

「ああ。彼は間違いなく、それを危惧しているだろうね。【ロキ・ファミリア(ぼくたち)】だけじゃなく、他所の【ファミリア】の事も含めて」

 

「確かにそれは一番に厄介だな。冒険者、と言うより人間の嫉妬ほど、恐ろしいものはない」

 

 少し忌々しい感じで言うリヴェリアに、フィンやガレスも頷いている。

 

 彼等は知っていた。当時無名だった頃に活躍して注目された際、他所のファミリアから妬まれた経験がある。その中には陰湿な手段で【ロキ・ファミリア】を陥れようとした者もいた。

 

 それらを身を以て経験した彼等はこうして、有名な第一級冒険者として恐れられている。下手に手を出せば、自分達が潰されてしまう程に。

 

「せやなぁ。けど、それが人間っちゅうもんや。寧ろそれは当然の感情でもある。まぁ神々(ウチら)にも言える事やけど」

 

「そうだな。どこかの主神は、とある女神に嫉妬して今も不仲だからな」

 

「うぐっ! そ、それは言いっこなしやで母親(ママ)ぁ~」

 

「誰が母親(ママ)だ」

 

 リヴェリアからの痛い指摘に、思いっきり心当たりがあるロキは反論せずに泣き縋る。

 

「まぁとにかくだ。ベル・クラネルは冒険者達からの嫉妬を恐れているから、すぐに返答はしないという事だ。取り敢えず彼には、遠征が始まる二日前までに返答するように言ってある」

 

「おいおい、そんなに待って大丈夫なのか? もう既に遠征の準備真っ最中じゃと言うのに。そんなギリギリまで待っておったら、ラウル達に支障をきたすかもしれんぞ」

 

「もしもベル・クラネルが参加する場合、僕が責任を持って対応するよ。けれどさっきも言ったように、彼が遠征に参加する可能性は低い。今のところはね」

 

 フィンとしての予想では、ベルが遠征に断る確率は七割で、参加は三割と見ていた。なので次回の遠征に参加してもらうよう、次の手を考えている。尤も、彼が遠征に参加してくれれば、それはそれで好都合だった。その際には、ガレスに言ったように責任を持ってラウル達を説得するつもりでいるので。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、その頃――

 

(明日もベルと手合わせ出来るから楽しみ。……でもあの子、まだ全力を出していなかった)

 

 アイズは自室で明日の事を考えていた。ベルとの手合わせを考えながら。

 

(戦ってみたい。全力を出すベルと……。いっその事、全力を出してもらうよう頼んでみようかな?)

 

 ベルが戦争遊戯(ウォーゲーム)の時に使っていた剣以外に、魔法や魔剣の事を思い出していた。

 

 もうついでに――

 

(よし! 遠征も近いから、明日は早起きしてアイズさんと訓練しよう!)

 

 レフィーヤは少し邪な事を考えながら、明日の予定を考えていたのであった。

 

 この時のレフィーヤは知らなかった。アイズが既にベルと手合わせしている事に。そして、明日の早朝には苛烈な手合わせを目撃する事に。




 今回はベルの葛藤と、ロキ・ファミリア側の話でした。


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ロキ・ファミリアの遠征⑤.5

 今回は幕間的な話で短いです。


(アイズさん、こんな朝早くに一体何処へ……?)

 

 エルフの少女――レフィーヤ・ウィリディスは、肌寒い冷気が漂う街路を走っている。ホームから出たアイズを追う為に。

 

 憧れる金髪金眼の剣士(アイズ・ヴァレンシュタイン)と二人きりの時間を過ごそうと……ではなく、訓練をする為にレフィーヤは朝早くから起床した。中庭で朝の訓練をしているアイズに会おうと。

 

 準備を一通り終えたレフィーヤが中庭へ行くも、そこには誰もいなかった。来るのが早過ぎたかと周囲を見渡している最中、アイズの姿を視認した。門を通らず、館を囲む高い塀を飛び越えてホームを抜け出すアイズを。

 

 不審な行動を目撃した事に紺碧の瞳をぎょっとしたレフィーヤだったが、すぐに後を追おうと彼女に倣ってホームを抜け出す。別にそのような事をしなくても良いのだが、団員に知られたら不味いのではと思って真似ただけである。

 

 追跡をするも既に見失った為、今は路上に転がって泥酔している僅かな冒険者達から情報を聞き出しながら探している最中だった。北西の区画へ向かっている事は分かっているので、そこを中心に探している。と言っても、その部分も充分に広いので簡単には見付からなかった。

 

「ぜ、全然見付からない……」

 

 完全に見失って闇雲に探しているレフィーヤだが、一向に対象者(アイズ)が見付からず、数十分以上も迷路のように枝分かれした道と格闘状態だ。

 

 ずっと走り続けていたのか、彼女は息を切らしつつある。けれど走るスピードを遅くしつつも探していると、曲がり角から飛び出してきた影と衝突した。

 

「きゃっ!?」

 

「うわっ!?」

 

 ぶつかったレフィーヤは、その衝撃によって尻餅を付いてしまう。相手の方は彼女と違って、ぶつかっても倒れずに立ち止まっている。

 

 この時にレフィーヤは恥じた。『Lv.3』であるにも拘わらずにとんでもない醜態を晒してしまい、アイズの事しか考えなかった自分に対して。

 

「ご、ごめんなさい!」

 

「す、すいません! 大丈夫ですか……って、レフィーヤさん?」

 

「え?」

 

 ぶつかった二人がお互いに謝っていると、相手が手を差し伸べてる最中に自身の名前を呼んできた。

 

 聞き覚えがある声だと思いながら顔を上げると、そこには白髪で真紅(ルベライト)の瞳をした少年――ベル・クラネルがいた。

 

「べ、ベル・クラネル!? どうして貴方が此処に!?」

 

 ぶつかった相手がベルだと分かったのか、レフィーヤは彼が差し伸べた手を取らず、自力で立ち上がろうとする。まるで敵の施しは受けないと言わんばかりに。

 

 彼女が攻撃的な態度を取っているのは、ちょっとした理由がある。アイズがベルに興味を抱いているからだ。

 

 そうなった原因も当然ある。事の発端は【ヘスティア・ファミリア】と【アポロン・ファミリア】の戦争遊戯(ウォーゲーム)の時だった。ベルが殆ど一人で【アポロン・ファミリア】の団員達と戦ってる最中、アイズはずっと彼に熱い視線を向けていた。それを目撃したレフィーヤはベルに嫉妬し、その時点で自分の敵だと認識する事になったのだ。

 

 階層主(ゴライアス)を単独撃破出来る実力があると同時に注目されてるとは言え、他所のファミリアである冒険者がアイズに興味を抱かせるのは頂けない。加えて、その相手が異性であり、アイズと同じ剣を扱う事で猶更に。

 

 レフィーヤは魔導士で、アイズは剣士。剣を使えない自分ではアイズの隣に立つ事が出来ないが、それでも魔法による援護で憧れであるアイズの役に立とうと日々奮闘している。アイズから自分こそが唯一無二の相棒(パートナー)だと認められる為に。

 

 そんな中、ベル・クラネルと言う存在が現れた。その男は新人冒険者の筈なのに、自分と同じ魔導士で未知の魔法を行使し、あろう事か剣までも扱える。加えて相当な実力者で、先日知り合った同胞のエルフ――フィルヴィス・シャリアに匹敵、もしくはそれ以上の。

 

 ベル本人がどう思っているかは知らないが、団長のフィン、そして副団長かつ師であるリヴェリアも彼に注目している。もしも【ロキ・ファミリア】へ改宗(コンバージョン)、または傘下に入れば必然的にアイズと接触する事になる。ただでさえアイズはベルに興味を抱いているから、余計に不味いとレフィーヤは危惧していた。もしかすればベルが自分を差し置いて、アイズの相棒(パートナー)になってしまうかもしれないと。

 

 故にレフィーヤはベルを危険視していた。憧れのアイズを奪うかもしれない毒牙的な存在のように。尤も、それはあくまでレフィーヤの個人的な想像に過ぎないが。

 

「いや、僕はちょっと用事がありまして……。と言うか、レフィーヤさんも何で此処に?」

 

「わ、私がどこにいようと貴方には関係ありません! 女性のプライベートを詮索するなんて失礼ですよ!」

 

「は、はぁ……。それはすいませんでした」

 

 人に聞いておきながら自分はダメだと、少々身勝手な発言をするレフィーヤ。もしもリヴェリアがいたら確実に叱咤しているだろう。

 

 レフィーヤも本来だったら、そんな失礼な事を言わない。相手はベルだからか、思わず攻撃的な態度になっている。

 

 ベルはベルで、悪い事を聞いてしまったと思ったのか、自分に非がある様に謝っていた。

 

「それじゃあ、僕はこれで。さっきはぶつかって本当にすいませんでした」

 

 自分が原因で彼女を不機嫌にしてしまったと勘違いしているベルは、取り敢えず別れようとした。加えて、待ち合わせ場所へ早く向かおうとする為に。

 

 すると、レフィーヤは思い出したように引き留めようとする。

 

「あっ、ちょっと待ちなさい! 一応確認したいんですが、貴方はアイズさんを見かけませんでしたか!?」

 

「…………え?」

 

 レフィーヤからの質問に背を向けているベルは思わずピタッと固まった。そのまま上半身のみをギギギッと人形のように、ゆっくりとレフィーヤの方へ向ける。

 

「も、もしかして……レフィーヤさんは、アイズさんと約束があって探してるんですか?」

 

「べ、別に約束とかはしてませんが……ん?」

 

 アイズと二人っきりで訓練したいからと言えないレフィーヤが誤魔化してると、何か違和感があったのか途端に訝った表情となる。

 

「ちょっと待って下さい。どうして貴方がアイズさんの事を名前で呼んでるんですか? この前に会った時は『ヴァレンシュタインさん』と呼んでた筈なのに」

 

「え? ああ、アイズさんから名前で呼んでいいって言われ――」

 

「んなっ―――!?」

 

 ベルから予想外の返答を聞いたレフィーヤは思わず仰天した。

 

 アイズがベルに興味があるとはいえ、まだ出会って間もない異性相手に早くも名前で呼ばせるなんてあり得ない。【ロキ・ファミリア】の団員はともかく、他所のファミリア相手にそんな大それた事をするなんて猶更に。

 

 因みにレフィーヤはアイズから名前で呼んでいいと言われるまでに、それなりの時間が掛かっていた。にも拘らず、アイズがベルと出会って、たったの数回で名前呼びを許可した。余りにも自分とベルの差があり過ぎる。

 

「う、嘘です……。アイズさんが、殿方相手に会って早々、名前で呼ばせるなんて……」

 

「…………じゃあ、今度こそ僕はこれで」

 

 レフィーヤの反応を見たベルは、何か面倒な事になりそうだと危惧したのか、すぐに去ろうとする。

 

 すると――

 

「はっ! ま、まさかとは思いますが、アイズさんがホームから抜け出したのは、名前で呼ばせている貴方と何か関係が!?」

 

「っ!?」

 

 気が動転しているレフィーヤは全く見当違いな事を口走っていた。

 

 しかし、その内容は殆ど正解だった。アイズが誰にも気付かれずにホームから出たのは、目の前にいるベルと手合わせをする為だから。故にベルはレフィーヤの台詞にギクリと再度固まっているのである。

 

 これ以上答えるわけにはいかないと思ったベルは…………脱兎の如く走り出した。

 

「ああっ!?」

 

 突然逃走したベルを見たレフィーヤは素っ頓狂な声を出すも確信する。あの反応は絶対に何か知っている筈だと。

 

 逃げ出すベルに、レフィーヤが落とした杖を拾った直後に矢のように駆け出す。

 

「待ちなさーーーーーーーいっ!!」

 

「いいいいいいいっ!?」

 

 猛烈な追いかけっこが始まるかと思いきや――

 

「ごめんなさい、レフィーヤさん!」

 

「あっ、消え……!」

 

 途中でベルがファントムスキルを使って姿を消したのであった。

 

 だが、それでもレフィーヤは諦めようとしない。消えたとしても、必ずどこかで姿を現す筈だと。




 今回はレフィーヤの心情をメインとした話でした。


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ロキ・ファミリアの遠征⑥

 アイズさんとの『手合わせ』二日目。フィンさんへの『返答』まであと五日。

 

 レフィーヤさんと急遽追いかけられる事になるも、すぐに撒いて北西の市壁に着いた。少し遅れちゃったけど。

 

「あ……おはよう、ベル」

 

「お、おはよう、ございます……。はぁっ、はぁっ……」

 

「……どうしたの? 昨日と比べて少し遅かったけど」

 

「すみません……。ちょっとばかり森の妖精に、追いかけられて……」

 

「よう…せい?」

 

「すごく綺麗なんですけど、すごく恐ろしいというか……。まぁ取り敢えず、手合わせ前に少し休ませてもらって良いでしょうか……?」

 

「…うん」

 

 予想外の出来事で少しばかり体力を使ってしまった僕は、アイズさんの許可を貰って休憩させてもらった。

 

 息が整った十数分後、昨日と同様に再びアイズさんと対峙する。

 

「それじゃあ、始めましょうか」

 

 抜剣(カタナ)――フォルニスレングを持ち構えている僕がそう言うと――

 

「待って。その前にお願いがある」

 

「へ?」

 

 急にアイズさんから待ったが掛かった。

 

 思ってもみなかった発言に、僕は目をキョトンとしてしまう。

 

「今回は剣だけじゃなく、他の武器や魔法も使って欲しい。戦争遊戯(ウォーゲーム)の時に使っていたのを」

 

「え゛? あ、アレも一緒に、ですか?」

 

 アイズさんが指しているのは、恐らく長杖(ロッド)長銃(アサルトライフル)、そしてテクニックの事を言っているんだと思う。

 

 彼女は剣士だから、僕が持っている抜剣(カタナ)しか興味無いと思っていた。僕は僕で、抜剣(カタナ)のみでアイズさん相手にどう戦おうかと考えていたので。

 

「一応お聞きしたいんですが、何故そのような事を?」

 

「昨日手合わせをして、違和感があったの。あの時は全力じゃないって。ベルが全力を出すのは、戦争遊戯(ウォーゲーム)で使っていた武器も含めてじゃないかと」

 

 ………驚いた、流石はアイズさんだ。まさかたったあれだけで、僕の全力じゃないと分かったなんて。更には抜剣(カタナ)以外に、長銃(アサルトライフル)長杖(ロッド)を使ってこそが全力だと見抜くとは。

 

 因みに僕が使っていた3種類武器の他に、もう一つの武器がある。ソレは銃剣(ガンスラッシュ)。一応問題無く使えるんだけど、ファントムクラスでは大して使う事のない武器だ。と言っても、僕自身としてはファントムクラス以前から重用していたので、今も使えるように装備(セット)してはいる。

 

「だから、お願い。ベルの本当の全力を見せて」

 

「………う~ん、アイズさんたってのお願いは断れないんですが……。すいません、それは流石に無理です」

 

「!」

 

 僕からの拒否に、アイズさんはガーンと強いショックを受けたような表情になる。それを見た僕は少し慌ててしまう。

 

「あ、いや、別に意地悪とかじゃないですからね! ただ、僕とアイズさんはお互いに違うファミリアですから、手の内を全て明かすのは流石に、と思いまして。例えるなら……アイズさんも『Lv.6』になれたのは、ファミリアにいる人から戦闘技術を学んだ筈です。それをアイズさんが他所の人に勝手に教えてしまえば、どうなると思います?」

 

「………バレたら、すっごく怒られる」

 

 どんな想像をしたのかは分からないけど、アイズさんは顔を青褪めると同時に身体を震わせながら答えた。多分アイズさんに教鞭を振るった人の事を思い浮かべたのかな?

 

「まぁ、そんなところです。なので全力を出す訳には……」

 

「………………」

 

「うう……」

 

 僕が断りを入れてると、アイズさんは次にシュンとして凄く悲しそうな顔をしている。見てるだけで罪悪感が沸き上がってしまいそうだ。

 

 だ、ダメだ! いくら一目惚れした女性だからって、手の内を晒すような事をしたら……キョクヤ義兄さんに怒られてしまう! 

 

『ベルよ。《亡霊》となったお前が、女に現を抜かした挙句の果て、暗黒に染まった闇の力を全て曝け出すとは……。この愚か者が! 我が半身でありながら、何たる体たらくだ!?』

 

 ってな感じで怒られそうな気がする!

 

 とは言え、手合わせしているアイズさんからのお願いを無下にする訳にもいかないし。何か良い案は……あっ、そうだ!

 

「アイズさん。全力を出す……と言う程じゃないんですが、フィンさん達に見せてない複合した武器を披露しようと思います」

 

「…複合? どういう事?」

 

「分かり易く言えば、僕が戦争遊戯(ウォーゲーム)で使っていた3つの武器性能を併せ持った武器、ですね。まぁ口で言うより、実物をお見せします」

 

「……見た事ない武器……」

 

 僕はフォルニスレングから銃剣(ガンスラッシュ)――ブリンガーライフルに持ち替えた。それを見たアイズさんは見た事のない形状に、少しばかり驚いている様子だ。

 

 ブリンガーライフルは僕が今まで使った武器と比べて、1~2段階ランクの高い武器だ。しかし、残念ながらファントムクラスでは威力が格段に劣る武器となってしまう。何故ならファントムクラスは抜剣(カタナ)長銃(アサルトライフル)長杖(ロッド)をメイン武器として使用するクラスだ。銃剣(ガンスラッシュ)も使えるけど、あくまでサブ武器だ。

 

 ファントムスキルの中には、ファントム用武器の威力を増加するスキル――『ウェポンボーナス』がある。しかし、その効果はメイン武器にしか与えられない。それ故に銃剣(ガンスラッシュ)は僕が扱っていた武器に比べて威力が低い。一応『オールアタックボーナス』と言うスキルで、打撃・射撃・法撃の威力を上げてくれるスキルがあるから、付け焼き刃程度の威力は上がっている。

 

 けれど、僕が手にしているブリンガーライフルは後者のスキルに全ての威力を上げてくれる。打撃と射撃は勿論、法撃も含めて。

 

 銃剣(ガンスラッシュ)は本来、打撃と射撃のみ併せ持った複合武器だ。けれど、その中にはブリンガーライフルのように、法撃も備わった銃剣(ガンスラッシュ)も存在する。だから打撃と射撃だけでなく、法撃――つまりはテクニックも相応の威力を出す事が可能だ。

 

「その武器が本当に、この前使っていた3つと併せ持っているの?」

 

「手合わせをすれば分かります。けど、その前に……」

 

 些か疑問を抱いているアイズさんだけど、僕は気にせずに構えようとする。

 

 そして僕はハンドガンタイプに切り替えて、その銃口をアイズさんに向けた。

 

「っ!」

 

 銃口を向けられた事でアイズさんが咄嗟に身体をずらした直後、僕は銃弾を撃ち放った。その弾丸はアイズさんの後ろにある壁に当たって、貫通した丸い穴が出来上がる。

 

「…今のは、あの時使っていた魔剣……?」

 

「ご明察です」

 

 アイズさんに銃弾を当てるつもりは毛頭無かった。さっきのは単に戦争遊戯(ウォーゲーム)で使っていた長銃(アサルトライフル)と似たような事が出来るという、ちょっとした演出だ。

 

 銃剣(ガンスラッシュ)長銃(アサルトライフル)と違って連射が出来ない。一定の数で撃ち放った後、リロードしなければいけない物となっている。尤も、リロードに関しては長銃(アサルトライフル)にも言える事だけど。

 

 因みにこの世界の人達は、どうやら僕が使っている長銃(アサルトライフル)を魔剣扱いしているようだ。本当なら銃だと教えたいところだけど、この世界ではソレ等が普及してないから、敢えて魔剣と言う事にしておいた。

 

「もうついでに……闇の炎よ 炎玉となりて突き進め フォイエ!」

 

 フォトンを熱量変換し火の玉として放出する初級の炎属性テクニック――フォイエを上空に向けて撃った。少し大き目な火の玉は上空へと進み、そのまま霧散して消えていく。

 

「一応お見せしましたが、これで分かりましたか?」

 

「…………」

 

 アイズさんは無表情でありながらも驚いている様子だ。

 

「最後の剣につきましては……直接手合わせをすれば分かる筈です」

 

「……うん、そうする」

 

 すると、さっきまで驚いていたアイズさんは、急にやる気に満ち溢れた顔をする。昨日と同じく全身から闘気を発している。

 

「やっぱりベルは凄い……。君と戦えば、私はもっと強くなれる気がする……!」

 

「えっと、それとこれとは話が違うと思うんですが……」

 

「ベルばかり悪いから、私も少し手の内を見せる」

 

「へ?」

 

 アイズさんからの予想外な台詞を聞いた僕が思わず驚いていると――

 

「【目覚めよ(テンペスト)】」

 

「うおっ!?」

 

 突如、風が吹いた。しかもそれはアイズさんの周囲を覆っている。まるで身を守る鎧みたいに。

 

「それが、アイズさんの魔法ですか……?」

 

「…うん。ベルと違ってこの魔法しか使えないけど」

 

「いや、その魔法は僕から見ても充分に凄いですから」

 

 例えて言うなら風の鎧と言ったところだ。アレは生半可な攻撃じゃ通じないどころか、弾かれてしまうだろう。加えて、その風をアイズさんが持っている剣に纏わせれば攻撃力も上がる筈。正に攻防一体の魔法だ。

 

 まさか『Lv.6』のアイズさんが自分から手の内を晒すとは……。銃剣(ガンスラッシュ)を見せてくれたお礼、なんだろうか。

 

 まぁ兎に角、あの風を破るとすれば、打撃と射撃、更にはテクニックをフル活用しないと無理みたいだ。サブウェポンの銃剣(ガンスラッシュ)でやれるかどうかは分からないけど。

 

「それでは改めて……行きます!」

 

「私も……行く!」

 

 昨日と違う戦い方をやろうとする僕と、アイズさんは即座に突進する。

 

 僕とアイズさんの第2ラウンドが始まった瞬間、今までと違って少し派手な音が聞こえる事となった。

 

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ……!?」

 

 レフィーヤは、全速力で走り続けていた。見失ったベルを探す為に。

 

 しかし、もう既に一時間以上立っていて一向に見付からなかった。

 

 本当なら一時間走っても『Lv.3』であるレフィーヤの体力はまだ残っているのだが、相手がベルだからか、もう既にヘトヘトの状態だった。

 

 大きな要因は、ベルがアイズと会っているかもしれないと考えてしまっているからだ。その所為で焦りが生じており、いつも以上に体力を消耗させている。

 

「ベル・クラネル、一体どこに……!?」

 

 全力で悔しがっているレフィーヤ。

 

 ヘトヘトになりながらも、諦めずにベルとアイズを探し出そうとしている。 

 

 すると、上から何やら音が聞こえた。何かがぶつかり合う音を。

 

「今の、まさか……」

 

 レフィーヤが視線を向けると、そこにはオラリオを覆う巨大な壁があった。そしてその市壁の上から音が聞こえる。

 

 今すぐにその場へ行こうと、レフィーヤは近くにある螺旋階段を使って昇っていく。

 

 そして辿り着いて早々身を隠し、こそっと顔を覗かせた先には――

 

「はぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「くっ……!」

 

 探していたアイズとベルが己の得物を手にして戦っていた。しかもお互いに本気を出した真剣勝負のように。

 

(えっ―――あ、アイズさんが、ベル・クラネルと本気で戦ってるぅぅぅぅぅぅぅぅ!?)

 

 余りの光景にレフィーヤは目を疑い、信じられないように驚愕を露わにしていた。何故『Lv.6』のアイズが、『Lv.2』であるベル・クラネル相手に本気を出して戦っているのかと。

 

 普通に考えてあり得ない光景だった。いくらベルが階層主を倒し、戦争遊戯(ウォーゲーム)で【アポロン・ファミリア】に勝って『Lv.2』にランクアップしても、『Lv.6』であるアイズが本気を出すに値しない相手の筈だ。

 

 なのに何故、アイズは本気を出しているのだろうか。今のレフィーヤには全く以って分からない様子だ。

 

 因みにそうなった要因はいくつかある。

 

 一つ目は、アイズはベルの使っている銃剣(ガンスラッシュ)が初見である為だ。これまで多くの武器を見てきたアイズだが、今回の武器は全く初めてだった。剣と銃とテクニックを使い分けた攻撃をされている為に、今のアイズはかなり翻弄されている。

 

 二つ目は、武器の相性の悪さ。剣での近接戦は対応出来るが、問題はその後だった。ベルが距離を取った瞬間、銃による射撃と、テクニックによる法撃を使って近づけまいとしていた。近接戦を主体とするアイズにとって、近付くだけでも一苦労だ。

 

 三つ目は、銃剣(ガンスラッシュ)を使うベルの戦闘スタイル。二つ目の理由と同じだが、戦争遊戯(ウォーゲーム)で使用していた武器の攻撃内容が全く異なっている。テクニックは同じなので対応出来るが、剣と銃が交ざった攻撃をする事によって攻めあぐねていた。時折、ベルが剣状態で戦う際にはリーチが伸びている事もあって、間合いを取るのに一苦労しているが。

 

 以上の要因から、アイズがベルに本気を出さざるを得ない状況となっているのである。尤も、ベル本人としては、本気を出しているアイズに必死だった。下手に攻撃を直撃したら不味いと。

 

 アイズ本人としては、やり難い武器を相手に苦戦しつつも、内心ベルに感謝している。この手合わせは大変良い勉強になるからと。

 

 レフィーヤが二人の戦いを見守ること、約三十分ほど経った。すると、二人は手合わせを一旦中断しようとする。

 

 その後に――

 

「アイズさん。今日もジャガ丸くん持ってきましたけど、食べますか? 小豆クリーム味はありませんけど」

 

「食べる」

 

(なぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああ!?)

 

 ベルが用意したご飯をアイズも食べようとしていた。

 

 二人っきりの仲睦まじい食事光景を目撃したレフィーヤは、さっきとは違う意味で驚愕していた。

 

 余りの光景にショックを受けた所為か、全身が硬直して真っ白となっている。

 

 一方で、軽い朝食中のベルとアイズは昨日と同じく、再びジャガ丸くんについての味議論をしていたとさ。




 銃剣(ガンスラッシュ)についてですが、本当でしたら☆13以下の武器にする予定でした。

 ☆12のリグジエンザーやクイーンヴィエラだとファントムで使うと弱過ぎるし、かと言って☆13のアスカルドロプは見た目がアレでしたので……。

 法撃力を兼ね備えた銃剣(ガンスラッシュ)を探した結果、☆14のブリンガーライフルにせざるを得ませんでした。

 ☆13のスカルシュクターに法撃が付いていたら嬉しかったんですが。


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ロキ・ファミリアの遠征⑦

 更新するたびに内容が短くなっていく……。まぁ、更新しないよりはマシですけどね。

 それではどうぞ!


 時間は少し遡り、【ヘスティア・ファミリア】がオラリオへ戻った翌日。

 

 オラリオ中央、白亜の巨塔の最上階に『美の神』フレイヤと、従者の【猛者(おうじゃ)】オッタルがいた。

 

「ああ……やっと、やっとあの子がオラリオへ戻って来た。たった一週間なのに、とても長く感じたわ……。ここまで私を焦らすなんて、本当にいけない子ね……。そう思わない、オッタル?」

 

「フレイヤ様を不快にさせるのは重罪に値します。ベル・クラネルに、相応の報いを与えますか?」

 

「……別に不快じゃないわ。だからそんな事してはダメよ」

 

 従者の物騒な考えを聞いたフレイヤは間を置いて、頑なに却下した。

 

「失礼しました」と詫びるオッタルを咎めず、彼女は窓の外に目を向ける。

 

 オラリオの最も高い位置から見張らせる空を少し見つめた後、フレイヤは流し目でオッタルを見る。

 

「ねぇ、オッタル。あの子は私の傍にいる資格はあるかしら? あくまで貴方の考えよ。何を言ったところで一切咎めないから、ありのままに言って頂戴」

 

「……畏まりました」

 

 個人としての考えを率直に聞きたいフレイヤは、前以て自分に気を遣った返答をさせないよう命じる。

 

 その命にオッタルは少し間があるも、頷いて返答をしようとする。

 

「では僭越ながら申し上げます。ベル・クラネルを、フレイヤ様の傍にいる資格は不充分だと思っております」

 

「あら、どうして? あの子はたった一人で階層主(ゴライアス)を倒した上に、この前の戦争遊戯(ウォーゲーム)でも大活躍したのよ。それでもまだ足りないの?」

 

階層主(ゴライアス)はともかくとして、【アポロン・ファミリア】如きに勝利した程度では足りません。それに……ベル・クラネルは階層主(ゴライアス)相手に真の全力を見せていません」

 

「真の全力? あんな凄い戦いでも、あの子は本気じゃなかったの?」

 

 予想外とも言えるオッタルからの返答に、フレイヤは訝りながら再度問う。

 

 因みにオッタルはフレイヤから、『鏡』を使ってベルと階層主(ゴライアス)の戦いを見せてもらっていた。『鏡』に記録させた内容を再現させて。少々反則な力な為に、もうソレを使う事は出来ない。もし再度行った場合、フレイヤが天界へ強制送還される恐れがあるので。

 

「あくまで私の見立てに過ぎないのですが、ベル・クラネルは普段から全力で戦える相手がいないかと思われます。それによって陰りが生じ、階層主(ゴライアス)との戦いでは一度深手を負ったのではないかと」

 

「陰り、ねぇ」

 

 フレイヤは以前の階層主(ゴライアス)の戦いを思い出す。あんな凄い戦いを見せたベルが、真の全力を見せていない。自分にはとてもそう思えないが、武人であるオッタルが言うなら間違いないだろう。

 

 疑問を抱くどころか、寧ろ興味が湧いてきた。ベルの真の全力がどれほどの物なのかと。そう考えるだけで笑みを浮かんでしまう程に。

 

「何だか見たくなって来たわね。貴方が言う、あの子の“真の全力”とやらを」

 

「では、如何致しますか?」

 

 この後の返答を予想しながらも確認するオッタルに――

 

「そうねぇ。取り敢えずは相応の相手が必要ね。やり方は全て任せるわ、オッタル」

 

「畏まりました」

 

 フレイヤは命じた。ベルが全力で戦うに値するモンスターを用意しろと。

 

 美の神からの命令(オーダー)に、オッタルは準備をしようと退室する。

 

 ベルの与り知らぬ所で、【フレイヤ・ファミリア】が密かに動き出そうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 アイズさんとの手合わせを終えた後、一通りの準備をして久しぶりに単独(ソロ)のダンジョン探索を行った。

 

 上層から中層までのモンスターと久しぶりのように戦闘するも、以前より更に弱く感じていた。モンスター達の動きが一段と遅い。

 

 理由は簡単。アイズさんと実戦同然の手合わせをしていたからだ。あの人のお陰で、少々鈍り気味だった僕の戦闘感覚が元に戻ってきている。

 

 そう考えるだけで感謝しなければならない。【ロキ・ファミリア】の幹部で忙しい筈なのに、あんな朝早くから格下の僕と手合わせしてくれてるし。

 

 因みに遠征が始まるまでの間、アイズさんと朝の手合わせをする事となっている。当然それは僕じゃなく、彼女から言ってきた。僕との手合わせは凄く勉強になるから、色々と経験を積んでおきたいと。

 

 向こうからの頼みに、僕は断る事もなく了承した。一目惚れした女性からが、僕の為に時間を作ってくれるんだから、それに応えなければ男じゃない。尤も、流石に全力を出す訳にはいかないけど。

 

 アイズさんは【ロキ・ファミリア】の幹部なんだけど、裏表が無いから悩む事無くその場で返答出来る。ただ純粋に僕と手合わせしたいと言う思いが伝わっている。本当は他所のファミリアだから、そんな簡単に返事してはいけないんだけど。

 

 前に会ったフィンさんの場合、遠征参加の返答はせずに未だに保留状態だ。別に男だからと言う訳じゃない。あの人もアイズさんと同様、純粋に僕を遠征に参加させたい気持ちで言ったんだろうけど、何だか打算的に聞こえた。僕を遠征に参加させた時、どれだけ戦果を挙げ、どれだけ被害を抑える事が出来るような感じで。

 

 だけど、僕はそれに対して嫌悪感を抱いていない。寧ろ当然の考えだと思っている。あの人は都市最大派閥と呼ばれる【ロキ・ファミリア】を纏める団長だ。団長(リーダー)として義務を果たそうと考えた結果、僕に遠征の参加要請を出しているに過ぎない。

 

 僕が以前までいたオラクル船団は、嘗て()()()()が起きる前まで、六芒均衡の長――レギアスさんが責任者として君臨していた。尤も、あの人は()()()()()の傀儡に過ぎなかった。それでもレギアスさんは市民やアークスの事を考えて擁護したり、時には重い決断を下し、僕達を導いてくれていた。

 

 スケールは違うけど、フィンさんもレギアスさんと似たような事をしている。周囲から何を言われようと、ファミリアの今後や団員の身を案じて動いているのだと。本当にそう考えているのかは分からないけど。

 

 とは言え、いくらフィンさんがそう考えたとしても、僕としてはすぐに『はい』と答えられない。それはあくまで【ロキ・ファミリア】の事情に過ぎないから、【ヘスティア・ファミリア】にいる僕としては全く関係無い事なので。

 

 もしも僕がアークスになっていなければ、ここまで深く考える事はしないだろう。オラクル船団でキョクヤ義兄さんや、アークス研修時に色々学んだので今の僕がいる。まぁその分、どうすべきかと色々と悩んでしまうのが難点だけど。

 

「ん? あれ、モンスターがいない……?」

 

 考え事をしながら戦っている最中、さっきまで多くいた筈のモンスターがいつの間にかいなくなっていた。代わりに地面に大量の魔石が転がっている。

 

 中層モンスターが思っていた以上に弱くて余裕があったので、ついつい考え事をしてしまった。これが僕の悪い癖だと、キョクヤ義兄さんから指摘されている事もある。

 

「う~ん……。アイズさんと手合わせする時は、考える余裕なんて無いんだけど……ん?」

 

『ブモォォオオオオオオ!』

 

 そう呟きながら魔石を回収してると、突然背後からミノタウロスらしき雄叫びが聞こえた。

 

 振り向くとソレは持っている武器で僕に向かって振り下ろすも――

 

『?』

 

「奇襲をするなら、気配を消して仕掛けるべきだ」

 

『ッ!?』

 

 ファントムスキルで姿を消した事にミノタウロスが疑問を抱くも、背後から出現した僕はフォルニスレングで斬りかかろうとする。

 

 僕の反撃にミノタウロスは咄嗟に動いたので、斬撃が片腕のみ斬るだけになってしまった。

 

『ヴォオ!』

 

「っ! 浅かった!」

 

 予想外の回避によって、僕はすぐに気を引き締める事にする。今までのミノタウロスは僕の攻撃であっと言う間に終わってたから、つい気が緩んでしまっていた。

 

 少し離れたミノタウロスを見ながら、今度は確実に仕留めると構えるも――

 

『………ッ!』

 

「え?」

 

 向こうが斬られた腕を片手で押さえたまま、踵を返して奥へと進んでしまった。早い話、逃走したという事だ。

 

「……ミノタウロスでも逃げるんだ」

 

 余りにも意外な展開に僕は呆然と立ち尽くしてしまう。

 

 ミノタウロスは他のモンスターと違って、不利な状況になろうとも戦い続けていた。例えそれが死ぬような事になろうとも。

 

 けれど、僕が戦っていたのは明らかに違う。あれは勝てないと理解して逃走した。表情も少しばかり怯えていた感じもしていたし。

 

 本当ならすぐに追いかけて倒さなければいけないけど、放っておくことにする。片腕を斬られてしまえば、もうまともに戦う事は出来ない筈だ。

 

 それに……何故か分からないが、ミノタウロスの逃げた方向から危険な存在と思わしき何かを感じる。今の僕では太刀打ちできない何かが。尤も、それはあくまで僕の勘に過ぎないけど。

 

 あっ、早く魔石回収をしないと。ずっと魔石を放置していたら、急に現れたモンスターが食べてしまう可能性があるってエイナさんが言ってた。もしモンスターがソレを食べてしまったら強化種になってしまうって。

 

 僕としては強化種と戦ってみたいけど、貴重な収入源である魔石を失いたくない。生活費として貯めなきゃ、ファミリアを維持する事が出来ないので。

 

 他のモンスターが現れる前に、急いで落ちている大量の魔石を確保しようと行動を開始する事にした。

 

 

 

 

 

 

『ヴゥゥゥゥゥ……!』

 

 ミノタウロスは逃げていた。白い兎と思わしき強者(ニンゲン)から。

 

 多くのモンスターを簡単に屠り続けているのを見て、最初は戸惑っていた。幽霊(ゴースト)のように姿を消したかと思いきや、急に現れた直後にモンスター達を斬り裂いていくのを。

 

 その時、強者(ニンゲン)が気を抜いたのか、得物を腰に納めて魔石を回収していたのを確認。それを見たミノタウロスは好機と言わんばかりに襲い掛かろうとした。

 

 だが、攻撃を仕掛けても向こうは慌てる様子を見せなく、再び消えてしまった。奇襲に関する指摘をしながら手痛い反撃を喰らって。

 

 今更ながらも、ミノタウロスは己を恥じていた。強者(ニンゲン)相手に怯えてしまい、あろう事か逃げだしてしまった事に。次に会った時は絶対に最後まで戦おうと決意する。例え死ぬような展開になろうと。

 

「ほう、かの兎から逃げ(おお)せたか」

 

『ッ!?』

 

 逃げている先から、感心するような声が聞こえた。ミノタウロスは思わず止まると、目の前には自分より少し小さき者がいた。腰のところで交差させている二本の大きな双剣を、頭部に猪耳を見せる逞しい体躯の獣人――オッタルが。

 

「運が良かったか、もしくは……倒す価値が無いと判断して見逃されたか」

 

『ヴッ!?』

 

 相手が喋っている内容は分からないが、侮辱されたと認識するミノタウロス。そのまま突進し、持っている武器を目の前に振り下ろす。

 

 だがオッタルは迫ってくる目の前の武器に慌てる事無く、片手を前に出して造作もなく受け止めた。

 

「成程、他のと違ってそれなりの力はあるか。……よし、お前に決めたぞ」

 

 そう言ってオッタルは笑みを浮かべながら、受け止めている武器を握りしめて粉砕した。

 

『ヴォウッ!?』

 

 得物を破壊された事に怯むミノタウロスは理解した。目の前の相手はさっき戦った強者(ニンゲン)以上の存在だと。

 

 すると、オッタルは腰にある双剣の一つを抜き取り、そのまま放り投げた。

 

『……ヴォ?』

 

「かの兎に勝ちたければ、使いこなしてみせろ」

 

 目の前に突き立った大剣にミノタウロスは首を傾げるも、オッタルの発言を聞いて考えを改める。目の前の強者(ニンゲン)に逆らえば殺されるし、何より……白い兎と思わしき強者(ニンゲン)と戦える機会を与えようとしているので。

 

 恐る恐る手を伸ばし、刺さった大剣の柄をしっかりと握りしめたミノタウロスにオッタルは再度笑みを浮かべる。

 

(ベル・クラネル、貴様は既にあの御方の寵愛を受けている。この程度の試練ならば問題無い筈だ)

 

 自分からフレイヤを焚き付けた返答をしたのは分かっている。しかしどの道、フレイヤがベルに目を付けている時点で遅かろうが早かろうが、試練を与える事は決定だった。

 

 それ故にオッタルは実行する。神フレイヤからの試練を行う前に、目の前のミノタウロスを極限にまで強くさせようと。

 

『ヴォオオオオオオオッ!!』

 

「……ほう、思っていた以上にやる気だな。ならば俺も相応に応えるとしよう」

 

 そして始まった。目の前にいるミノタウロスの役割を全うさせる為、オッタルからの苛烈とも言える教育の時間が。




 今回はフレイヤ側メインの話でした。


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ロキ・ファミリアの遠征⑧

 久しぶりの更新ですが、内容をかなり端折っているので凄く短いです。


 あれから数日。僕は今も【ロキ・ファミリア】の遠征参加について考え中だった。日が経つにつれて、どんどん深く考え込んでしまっている。遠征に『参加する』か『参加しない』か、どれを選択するかだけなのに。

 

 一度、神様には相談した。神様としては参加して欲しくはないそうだけど、最終的な判断は僕が決める事だ言われた。例え、どんな選択をしても、神様は僕の意思を尊重すると。

 

 神様以外の誰かも相談しようかと思ったけど、そう言った相手は全然いない。ミアハ様は神様と同じ考えで無理だ。ナァーザさんからは『自分はもう冒険者じゃないから、そう言う相談は遠慮する』と言われてしまった。

 

 僕と同じ現冒険者で尚且つ相談出来る相手としては……アイズ・ヴァレンシュタインさんとティオナ・ヒリュテさんしかいない。だけど、僕はすぐに却下した。その二人は参加要請をされたフィンさんと同じ【ロキ・ファミリア】だ。相談なんか出来る訳がない。

 

 辛うじて他に相談出来るとすれば……『豊穣の女主人』にいるリュー・リオンさんだ。あの人はナァーザさんと同じく元冒険者だけど、この前の戦争遊戯(ウォーゲーム)で助っ人として参加してくれた。今のあれだけ強いのに、どうしてウェイトレスをやっているのかは未だに分からない。何か事情があるんだろうけど、そこは僕が如何こう言える立場じゃないから。

 

 それとは別に、アイズさんとの手合わせも未だ継続中だった。遠征が始まるまで暫く付き合って欲しいとアイズさんに頼まれたので。僕としては願ってもない頼みだったので、すぐに了承した。ダンジョン探索でモンスターと戦うより良いし、アイズさん相手だと深く考え中の遠征について一時忘れる事が出来る。

 

 とは言ったものの――

 

「…ベル、やっぱり変。このところ、動きが鈍くなっている。いつもの君なら、すぐに反応する筈なのに」

 

「す、すみません」

 

 フィンさんからの返答期限が近付くにつれて、手合わせ中にも考えてしまっている。

 

 この前は考え事をしていた所為で、アイズさんから強烈な回し蹴りを頬に当たり、そのまま気を失ってしまった。目覚めたら、何故かアイズさんから膝枕をされていたけど。しかも何回もあった。アイズさんの太ももが柔らかかったのは内緒だ。

 

 そんな事は如何でもいいとして、動きが鈍くなってる僕にアイズさんも流石に疑問を抱いている。何度も同じ事が起きれば、そうなるのは当然だ。

 

「もしかして、何かあったの?」

 

「あ、いや、そんな大した事では……」

 

 訊いてくるアイズさんに、僕は何でもないように振舞う。けれど、それは悪手だったと後悔する。何故なら、アイズさんがどんどん不機嫌そうな顔になっていくから。

 

「……大した事じゃないなら、動きが鈍くならない筈。そうなるのは、何か大きな悩みを抱えている」

 

「うっ!」

 

 図星とも言えるアイズさんからの正論に、僕は言い返す事が出来なかった。

 

 僕の反応を見た事で、彼女はズイッと顔を近づけてくる。

 

「私で良かったら、相談に乗るよ」

 

「え、え~っと、ほ、本当にアイズさんからしたら、本当に大した事じゃ……」

 

 流石にこればっかりは言えない。【ロキ・ファミリア】の遠征参加について悩んでいるなんて。

 

 それにフィンさんからも口止めされている。今回の件について知ってるのは、主神のロキ様、そしてフィンさんと同じ主要幹部だけ。アイズさんを含んだ他の幹部勢や団員達には知らされていない。僕が遠征に参加を表明するのが分かった時点で周知する手筈になっていると。

 

 だからアイズさんに言えない。もしここで言ってしまえば、彼女から他の団員達に教えてしまう可能性があるので。

 

 すると、さっきまで不機嫌そうだったアイズさんが、今度は少し悲しそうな表情になる。

 

「……ベル、私じゃ力になれないの?」

 

「け、決してそう言う訳では……!」

 

 どうしよう。ここで言えないと拒み続けたら、アイズさんがショックを受けて悲しませてしまう。女性相手にそんな事をする訳にはいかないし……。あ~もう、どうすれば……!

 

 ………仕方ない。少しばかり内容を濁して相談する事にしよう。

 

「……わ、分かりました。じゃあ、アイズさん。少しばかり相談に乗ってくれますか?」

 

「っ!」

 

 僕が頼むと、アイズさんは悲しそうな顔から一変して、コクコクと強く頷いた。アイズさんって普段から無表情で冷静(クール)な印象はあるけど、案外そうじゃないのが何となく分かった。感情を表に出すのが苦手な人なのだと。

 

 

 

 

 

 

「…私だったら、是非とも参加して欲しい。ベルがいてくれれば、凄く心強いから」

 

「そ、そうですか」

 

 相談内容を話し終えると、アイズさんは僕が【ロキ・ファミリア】の遠征参加に肯定的だった。

 

 勿論、そのままの内容を言ってはいない。内容を濁して、どうすれば良いかと訊いた。

 

 まぁ濁したとは言っても――

 

『実はとあるファミリアの人から、パーティーを組んで欲しいとのお誘いがありまして。何でも高難度の冒険者依頼(クエスト)を受けるから、是非とも僕とパーティーを組んで欲しいって言われたんです。だけど、僕が行けば迷惑になるんじゃないかと色々と悩んでいまして……。もしも、もしも何ですが、アイズさんがそのファミリアの団員でしたら、どう思いますか? 僕がそのファミリアと人達と一緒に、冒険者依頼(クエスト)を受ける事に……』

 

 少し言い換えれば、殆ど【ロキ・ファミリア】の遠征参加についての内容そのものだ。

 

 アイズさんは何の疑問を抱く様子を見せる事なく、思ったままの返答をしてくれた。濁したとは言え、アイズさんに嘘を吐くのは少し心苦しい。

 

「その人はベルの実力を知った上で頼んだと思う。でなければ、君にそんな誘いはしない」

 

「やっぱり、そう思いますか……」

 

 アイズさんの言ってる事は正解だ。フィンさんは僕が階層主のゴライアスを一人で倒したのを目撃してるので、遠征に参加して欲しいと要請した。前衛をカバーする為の後方支援役を。

 

 僕が遠征に参加する事にアイズさんは賛成みたいだけど、今も現状は不参加寄りに変わりない。いくらアイズさんが【ロキ・ファミリア】の幹部だからと言っても、他の団員達の考えは違う。賛成の人もいれば、僕に対して否定的な人もいるだろうし。

 

 と言っても、アイズさんが賛成してくれたのは嬉しい。凄く心強いって言われた途端、内心凄く舞い上がっていたし。抑えるのは大変だったけど。

 

「ありがとうございます。完全とは言えませんが、アイズさんのお陰でスッキリしました。もしまた何かあれば、相談しても良いですか?」

 

「…うん。いつでも言って」

 

 頼られるのが嬉しいのか、アイズさんはコクコクと頷いている。

 

 気の所為なのか分からないけど、彼女の隣に幼女アイズさんが何故かいた。こっちは凄く感情豊かで、僕に満面の笑顔を見せている。目を合わせた途端、すぐに消えちゃったけど。

 

「…ベル、私も聞いてもいい?」

 

 すると、アイズさんはさっきと打って変わるように真剣な表情になった。

 

「ずっと前から気になってた。どうして君はそんなに強いの?」

 

「つよ…い……?」

 

 アイズさんからの予想外な問いに、僕は思わず目を白黒させてしまう。

 

 何て言うか……そんな質問をしてくるのは完全に予想外だ。アイズさんは僕より強い筈なのに、何でそんな事を聞くんだろう?

 

 けれど、流石にこればっかりは答えられない。僕が異世界でアークスになった事によって力を得た、と言ったところで誰も信じないし。益してや、アークスの事について教える訳にもいかない。

 

「もし、君の強さが【神の恩恵(ファルナ)】以外で得たなら教えて欲しい。一体どこで……」

 

「えっと、それはですね……!」

 

 教える事が出来ない僕は、必死に誤魔化す事に専念した。僕が教える事が出来ないと分かったのか、アイズさんは一先ず諦めてくれたけど、表情を見る限りでは何度も聞き出そうとすると思う。顔に出さなくても、目でそう訴えているから。

 

 一通りの話を終えて手合わせ再開と思ったけど、急遽昼寝の訓練をする事となった。無論僕じゃなくて、アイズさんからの提案だ。

 

 僕がさり気なく眠いのかと訊くも、彼女は訓練と言い張っている。その反応に僕は察した。やっぱり眠いんだと。

 

 取り敢えずアイズさんに合わせる事にしようと、言われた通り昼寝をする事にした。どうでも良いんだけど、男の僕と一緒に昼寝する事にアイズさんは何の抵抗もないのかな? 

 

 そして昼寝をした数時間後に目覚めると、いつの間にか起きていたアイズさんが、僕の頭を撫でながら膝枕をしていた。何でだろう?

 

 

 

 

 

 

 場所は変わってバベル最上階。

 

「あの子の陰りを無くそうとしてくれるのは嬉しいけど……距離が近いのは、困るわ」

 

 いつものように外を見下ろしながらベルを眺めているフレイヤ。けれど、彼と手合わせをしているアイズを見て、どこか嫉妬のような声音を落とす。

 

「少し『警告』が必要ね」

 

 そう言いながらフレイヤは銀の瞳が細まる。

 

「アレン」

 

「はい」

 

 フレイヤからの呼び声に、背後に控えていた小柄の青年が反応する。

 

「多少荒事になってもいいから、彼女に『警告』しなさい」

 

「かしこまりました」

 

「それと」

 

 猫の尾と耳を持つ青年が慇懃に礼を取ると、フレイヤは更に命じようとする。

 

「今のあの子がどれだけの力を見せてくれるか、試してくれるかしら?」

 

「……本当に宜しいのですか?」

 

「ええ、多少の怪我を負わせても構わないわ。但し、殺すのは絶対にダメよ。良いわね?」

 

 念を押すように命じるフレイヤに、青年は再度礼を取った後に退室する。




 次回は【フレイヤ・ファミリア】との戦闘になります。その際に、活動報告で掲載したベルの新しい長杖(ロッド)を出す予定です。


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ロキ・ファミリアの遠征⑨

 このところ、調子が悪くて短いです。

 前話の後書きで書いた通り、ベルの新しい長杖(ロッド)が出ます。活動報告に返信してくれた妄猛総督さん、CITRINEさん、ありがとうございました。


「すいません、こんな遅くまで付き合わせてしまって」

 

「…ベルが謝る必要は無い。私が言い出した事だから」

 

 アイズさんとの手合わせを続けた結果、もう既に夜は更けていた。今は市壁内部にある石造りの階段を下りている。

 

 今日は朝からぶっ続けで手合わせをしていて、僕からすればとても充実した一日だ。ダンジョン中層の弱いモンスターと違い、僕より格上で強いアイズさんとの相手は凄く勉強になる。尤も、アイズさんも僕との手合わせで色々と勉強になっているらしい。どうやらお互いに利益があるようだ。

 

 僕としては、アイズさんが【ロキ・ファミリア】の団員達に僕の手の内を公開するのか心配だった。けれど、彼女は絶対に言い触らさないと約束している。加えて、今回の手合わせについては団員には言ってないようだ。仲の良いティオナさんやレフィーヤさんにも。

 

 数日前の朝方にレフィーヤさんと遭遇した事を話してみたら、案の定と言うか、やはりバレていたみたいだ。レフィーヤさんが口止めする条件として、自分もアイズさんと特訓させて欲しいようだ。それを承諾したアイズさんは、僕との手合わせを終えた後に、レフィーヤさんの特訓に付き合っているらしい。あの人は明らかに後衛の魔導士タイプだから、剣士のアイズさんと特訓しても大して意味が無いんじゃないかと思う。魔導士と剣士では戦い方が全然違うし。まぁ、そこは僕が如何こう言える事じゃないから、何か意味があって特訓してるんだろう。

 

 そんな事を思いながら市壁最下部の扉をくぐると、都市の端っこ、北西部の裏通りに出た。

 

「あの、アイズさん。本当に良いんですか? 夕飯でしたら、僕が出しますよ?」

 

「…ううん。今日は私が出すって決めてるから」

 

 不安そうに尋ねるも、アイズさんは気にしないように言ってくる。

 

 今日は朝から夜までぶっ続けで手合わせをしたから、夕飯は『豊穣の女主人』で食べる予定だった。勿論、神様からも了承済みだ。

 

 すると、手合わせが終わった後にアイズさんが自分から夕飯を奢ると言い出した。僕が用意した朝食と昼食のお礼をしたいと。

 

 手合わせに付き合わせて貰っている僕は全然気にしてないんだけど、アイズさんとしては自分だけ食べていては申し訳ないみたいだ。

 

 ただでさえアイズさんと手合わせして貰ってる上に、夕飯まで一緒なんて【ロキ・ファミリア】の人達に知られたら……殺されるかもしれない。彼女はファミリア内でも凄く人気があるから、僕みたいな新人冒険者と食事してると知ればスキャンダル並みの騒ぎになるのは確実だ。場合によっては、【ロキ・ファミリア】が総出で僕を殺しに来るかもしれない。

 

 ……もし仮にそんな展開になったら、僕はもう今後【ロキ・ファミリア】に関わらないようにする。アイズさんやティオナさんの個人的な付き合いは良いとしても、【ロキ・ファミリア】全体に関係する事――遠征や同盟などの誘いがあってもキッパリと断る。ただでさえ悪感情を抱かれているのに、それでも上手く付き合おうなんて器用な事は僕には出来ないので。と言っても、あのフィンさんがそう簡単に諦めるとは思えないけど。

 

 まぁとにかく、夕飯を食べるとしたら『豊穣の女主人』では不味い。あそこは【ロキ・ファミリア】が常連になってるので、どこか適当なお店で食べに行った方が良いだろう。なるべく、余り噂にならないヒッソリとしたお店を。

 

「ところで、夕飯はどこで食べる予定なんですか?」

 

「…『豊穣の女主人』、かな? あそこはお酒だけじゃなく、ご飯も凄く美味しいし」

 

「……そ、そうですか」

 

 アイズさんは決して悪意があって言ってない。ただ純粋に善意で、美味しい夕飯場所のお店を選んだだけだ。

 

 あはは……何故か分からないけど、シルさんやリューさんに怒られそうな気がする。特にシルさんが笑っていながらも、凄まじい威圧感と怒気を放ってるのが容易に想像出来るんだよなぁ。本当に何でだろう?

 

 最悪な展開を想像しながら暗い裏通りを歩いている中、妙な違和感を感じた。それは僕だけじゃなくアイズさんも同様に、周囲を見回している。

 

 ここは道幅がある裏通り。今は僕とアイズさんしかいないので、閑散としている。

 

 けれど、これは余りにも静か過ぎる。本来であれば閑散としてても、一般人の姿や気配まで途絶えていたりはしない。

 

 それに加え、通りの脇にある洒落たポール式の魔石街灯が照らしている筈が、鈍器を叩き込まれたかのように破砕されている。

 

 以上の状況を踏まえて、この周囲は明らかに違和感があると言う訳だ。だから僕とアイズさんは足を止めている。

 

「アイズさん、これは……」

 

「うん。間違いなく……()()

 

 僕の発言にアイズさんが頷く。

 

 警戒しながら周囲を見渡してると、通りの一角から誰かが歩み出てきた。

 

猫人(キャットピープル)……)

 

 視線を向けた先には、僕とは違う闇に溶かしたような服装の猫人(キャットピープル)の男性がいた。暗色の防具、暗色のインナー、そして暗色のバイザー。闇を好むキョクヤ義兄さんが見たら、あの防具を見て絶対に称賛するだろう。

 

 と、そんな事は今どうでも良い。問題はあの人から感じる殺気と、右手に持っている得物だ。

 

 僕より少し背の低い人だけど、右手には2(メドル)以上あるだろう銀の長槍を持ち、バイザー越しからでも分かる程に感じられる殺気。それらは全て僕へと向けていた。

 

(この人、見ただけでもかなりの実力者だ……!)

 

 彼が持っている武器と殺気で僕は理解した。隣にいるアイズさん並みの実力者だと。

 

 僕の心情を気にせず、猫人(キャットピープル)の男性は此方へ近づこうとする。

 

「狙いは……僕か」

 

「ベル?」

 

 向こうの標的が分かった以上、僕も彼と同じく歩を進める。アイズさんの呼び声を気にせずに。

 

 猫人(キャットピープル)の男性は僕の行動に口元を歪めるも、距離が約20(メドル)になった瞬間、トンッと軽い音を残す。

 

 その瞬間、相手は凄まじい速度で僕との距離を詰めるだけじゃなく、携えた槍の穂先で突こうとする。

 

 けど、生憎僕は何もせずに歩いている訳じゃない。向こうが動いた瞬間、即座にファントムスキルで姿を消した。

 

「!?」

 

 僕が姿を消したのか、それとも避けられた事に驚いたのかは分からないけど、向こうはとにかく驚愕の声を漏らしている。

 

 しかし、今の僕にはそんなの関係無い。向こうが強襲したのなら、こっちも『敵』として倒させてもらう。暗黒を漂う闇夜となっている時こそファントムの力を発揮する、と言うキョクヤ義兄さんの名言だ。

 

 気配を消しながら相手の背後を取った瞬間、攻撃に移ろうと姿を現す。勿論、既に翳している大鎌の長杖(ロッド)――カラベルフォイサラーを振り下ろしながら。

 

 いつも長杖(ロッド)を使う時はお気に入りのカラミティソウルだけど、今回は別だった。正体不明の強襲者で、僕より遥かに格上の相手なので使わざるを得ない。

 

 だったらベートさんの時でも使えば良かったんじゃないかと思われるだろう。別に手を抜いていた訳じゃない。カラベルフォイサラーはあんまり人目につかせて良い武器じゃないし、何より今の僕では分不相応な物だから敢えて使わないでいた。因みに長杖(ロッド)だけでなく、抜剣(カタナ)――フォルニスレングや長銃(アサルトライフル)――スカルソーサラーより、更にもう一段階上の武器もある。理由はカラベルフォイサラーと同様、今の僕には分不相応な為に使っていない。

 

「ッ!」

 

 姿を現した僕に反応したのか、猫人(キャットピープル)の男性は素早く真横へ跳躍して躱す。

 

 凄いな。あの一瞬で僕の奇襲攻撃を簡単に躱すとは……やはり上には上がいるようだ。しかもさっきの速度はアイズさんに匹敵、いやそれ以上かもしれない。

 

「ベル!」

 

 少し離れた所でさっきの攻防を見たアイズさんが剣を抜いて、すぐに加勢しようと僕の方へ駆け付けようとする。

 

 すると、それを阻むように新たな気配が感じた。アイズさんの頭上から、四つの気配が。

 

 僕が思わず視線を向けた先には、剣、槌、槍、斧、それぞれ四つの得物を持った小柄の黒い影がいた。それら全員は一斉にアイズさんへと強襲しようとする。

 

「アイズさん!?」

 

「てめぇはこっちだ!」

 

 四つの黒い影に襲われているアイズさんに加勢したかったが、猫人(キャットピープル)の男性が再び僕に襲い掛かろうとする。

 

 僕はすぐに加勢を諦め、目の前の敵に集中しようと意識を切り替える事にした。

 

 今度はさっきと違い、突いてくる槍の穂先を、青い炎を纏っているカラベルフォイサラーの刃で弾く。

 

「何だと!?」

 

 攻撃を弾いたのが予想外だったのか、猫人(キャットピープル)の男性は再び驚愕の声を出した。

 

「はぁぁぁ!」

 

「ッ!?」

 

 僕がお返しと言わんばかりに反撃に移ると、向こうも即座に構えて迎撃しようとする。

 

 ギィンッ、ギィンッと僕の大鎌と敵の長槍による刃のぶつかり合いを繰り広げる。けど、お互いに決定打にならなかった。

 

 それどころか、僕の方が押され気味だ。このまま続ければ、僕が押し負けるのは時間の問題だ。

 

「どうした、クソ兎。てめぇの力はこんなもんなのか?」

 

 互いに刃の部分が激突して交差してる中、猫人(キャットピープル)の男性がそう言った。

 

 どういう事だ? 今の明らかに、僕の実力を測っているような言い方だ。

 

 それに攻撃も全力を出しているような感じもしない。さっきの速さを兼ねた全力攻撃をすれば、僕に大きな痛手を与える事が出来る筈。

 

「それに……。どこで手に入れたかは知らねぇが、そんなゲテモノ武器は、とても主神(あのかた)には見せられねぇな。悍まし過ぎて、主神(あの方)の寵愛が穢れてしまいそうだ」

 

「……何だと?」

 

 見るに堪えないと言わんばかりの猫人(キャットピープル)の台詞に、僕の頭の中にある何かが切れそうになった。

 

 キョクヤ義兄さんが薦めてくれた武器をゲテモノ? 悍ましくて穢れる? ………随分良い度胸をしてるなぁ。それってつまり、キョクヤ義兄さんを侮辱してるって事だよね?

 

 ………よし、決めた。この人には、僕の全力を持って倒すとしよう。そして教えてやる。ファントムクラスの本当の恐ろしさを。




 ベルは義兄のキョクヤを誰よりも尊敬しているので、アレンの何気ない台詞にキレました。


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ロキ・ファミリアの遠征⑩

 目の前の敵を全力で倒そうと決めた僕は一旦距離を取ろうと、刃によるぶつかり合いのままファントムスキルで姿を消す。

 

「ちっ、またか……」

 

 僕が姿を消した事に、猫人(キャットピープル)の男性は忌々しそうに舌打ちをしていた。しかしそれを気にせず、少し離れた所から姿を現して対峙する。

 

「さっきから消えたり現れやがって……!」

 

「……混沌の闇に絶望せし者よ 闇の(かいな)となりて その鋭き爪で障害を斬り裂け イル・メギド!」

 

「ッ!」

 

 悪態を無視して僕が詠唱をしながら長杖(ロッド)を振るうと、凝縮されたフォトンで闇の腕となり次々と目標へ向けて襲いかかる上級の闇属性テクニック――イル・メギドを放った。そしてそれは目標である猫人(キャットピープル)の男性へと向かっていく。

 

 オラリオに来て初めて撃つイル・メギドに向こうは驚いた様子を見せるも、慌てていないどころか――簡単に躱されてしまった。突進してくるイル・メギドを、素早く横へ一歩移動しただけで。アレはそれなりの速度が出てる筈だけど、相手はそれ以上の敏捷があるようだ。

 

「初めて見る魔法だな。だが、そんな遅い魔法(もの)で俺に当たりは――」

 

「後ろから魔法が来てるぞ!」

 

「なっ!?」

 

 さっきまで余裕そうに言っていたけど、現在アイズさんと交戦している小柄の黒い影の一人が叫んだ。それを聞いた猫人(キャットピープル)の男性は即座に再び躱すも――

 

「この魔法、追尾性能があるのか……!?」

 

 イル・メギドも再び狙おうと旋回し、対象に向かって突進していく。躱しては追尾の繰り返し状態だった。

 

 僕が放ったイル・メギドは対象に当てようと追尾する性能がある。尤も、効果時間があるから、何度も躱され続ければイル・メギドは徐々に消えていく。

 

 なのでその隙に僕は再び姿を消し、違う場所から現れて、もう一度イル・メギドを放とうとする。

 

「舐めんじゃねぇ、クソ兎がぁ!」

 

 一度目のイル・メギドは効果が切れて消えたの違い、二発目に放ったイル・メギドは猫人(キャットピープル)の男性が武器で振り払った。手に持っている槍で、勢いよく横に振った瞬間にイル・メギドが消えていく。

 

 凄いな。僕が放ったテクニックを、何の障害とも思わないように振り払うなんて。

 

「ふざけた真似をしやがって!」

 

「おっと」

 

 僕が放ったイル・メギドがお気に召さなかったのか、猫人(キャットピープル)の男性は槍を突きながら僕に向かって突進していく。

 

 当然、向こうの攻撃を躱そうと姿を消したのは言うまでもない。

 

「ちっ、今度はどこだ!?」

 

 僕みたいな相手と戦うのは初めてなのか、猫人(キャットピープル)の男性は不愉快極まりないと声を荒げる。

 

「そこかぁ!」

 

 また違う位置から出現すると、向こうは即座に僕を捉えて動こうとする。

 

 テクニックを撃たせまいと接近してくるのは既に予測済みだ。なので僕は既にカラベルフォイサラーから抜剣(カタナ)――呪斬ガエンへ切り替えている。

 

 呪斬ガエンもカラベルフォイサラーと同様、今の僕に分不相応な武器だけど、今は敵を全力を持って倒すので非常時として使っている。因みにこの呪斬ガエンには面白い能力が付いているけど、それは今回省かせてもらう。

 

 既に構えていた僕は真上に跳び上がり、その場に持続する斬撃を設置するシフトフォトンアーツ――ローゼシュヴェルトを発動させる。

 

「! くっ……!」

 

 目の前に空間が切れるように出現した斬撃の跡を見た猫人(キャットピープル)の男性は、即時急ブレーキするように止めた。

 

 脚を止めた彼の判断は正しい。もしそのまま突き進んでいれば、槍や身体が真っ二つになっているところだ。

 

 因みにローゼシュヴェルトはヒュアキントスさんに使った時は刺突技だけど、裏の技(シフト)で使うとかなり異なる技となる。ファントムクラスのフォトンアーツの表と裏は、全く異なる性能を持っているから、使いこなすには今も苦労している。

 

 動きを止めたのを確認後、僕は更なるフォトンアーツ――ヴォルケンクラッツァーを放つ為にもう一度構える。そして斬撃の跡を跳び越え、そのまま敵目掛けて斜め下へフォトンの斬撃を飛ばす。

 

 アイズさんに使った物とは違い、シフト用のヴォルケンクラッツァーは斬撃を飛ばす裏の技。射程距離もそれなりにある。ファントム用の抜剣(カタナ)ならではの遠距離攻撃だ。

 

「次から次へと――なっ!?」

 

 僕が飛ばしたフォトンの斬撃を物ともせずに躱すも、僕が一瞬で接近して来る事に再び驚愕する猫人(キャットピープル)の男性。

 

 敵と僕の間合いは少し離れているのに一瞬で接近出来たのには勿論理由がある。

 

 ファントム用の抜剣(カタナ)には、通常攻撃やフォトンアーツの特定のタイミングで構えると、高速で移動するスキル――クイックカットがある。僕はそれを使って、一瞬で猫人(キャットピープル)の男性の懐まで移動する事が出来た。

 

「はぁっ!」

 

「この、さっきから……!」

 

 懐に入った僕は鞘に納めてた抜剣(カタナ)を抜いて斬撃を仕掛けるも、相手も即座に反応して槍で防ごうとする。

 

 さっきと似ているが、今度は抜剣(カタナ)と槍による攻防を繰り広げている。とは言え、やはりと言うべきか、接近戦では僕の方が圧倒的に分が悪い。長杖(ロッド)による長物から、リーチが短い抜剣(カタナ)に変えた事によって、あの時以上に攻め辛い。

 

「いつまでも、調子に乗ってんじゃねぇ!」

 

「ぐっ!」

 

 すると、猫人(キャットピープル)の男性は僕の攻め方に苛ついてきたのか、振るっている槍の速度と重さが急に上がった。

 

 何とか抜剣(カタナ)で防ぐも、今まで以上の衝撃を受けた為に下半身の体勢を崩してしまう。それを見た猫人(キャットピープル)の男性は、空かさず追撃をしようと僕目掛けて槍で突進しようとする。

 

 しかし、僕は慌てる事無く、槍の穂先に当たる寸前にファントムスキルの回避を使って再び姿を消す。

 

「くそがっ!」

 

 絶好のタイミングだと思ったのか、猫人(キャットピープル)の男性は悪態を吐いていた。

 

「チッ! やり辛ぇったらありゃしねぇ……! あの幽霊(ゴースト)兎が」

 

「出来れば幽霊(ゴースト)ではなく、亡霊(ファントム)と言って欲しいですね」

 

「また後ろ……がっ!」

 

『!』

 

 相手が後ろを振り向いて攻撃する瞬間、凄い勢いで吹っ飛ばされて建物の壁に激突する。その事に、少し離れた場所で交戦しているアイズさんと黒い影四人が一斉にこちらへ視線を向ける。

 

 吹っ飛ばされた理由は、僕が抜剣(カタナ)から長銃(アサルトライフル)――セレイヴァトス・ザラの銃身から放たれた貫通弾に命中したから。右肩に命中して貫通しただけでなく、その衝撃によって同時に吹っ飛んだという訳である。

 

 もう言うまでもないけど、セレイヴァトス・ザラも普段使わないので非常時の武器だ。コレも当然、スカルソーサラーより威力は断然上である。頼もしい潜在能力だけでなく、他の武器とは違う特殊能力も備わっている。それについては、いずれ紹介するので今回は省かせてもらう。

 

「ぐっ……クソが! この俺が、あんなガキの攻撃如きで……!」

 

 攻撃が当たってしまった事が予想外だったのか、猫人(キャットピープル)の男性は右肩を貫かれて、激痛を負いながらも狼狽気味だ。

 

 僕はその隙に相手の距離を確認し、長銃(アサルトライフル)から再び長杖(ロッド)――カラベルフォイサラーへと切り替える。

 

 そして――

 

「闇の混沌にて 重苦に藻掻き蠢く(へき)(れき)よ 彼の者に(らん)()の如く叩きつけよ! 零式ゾンデ!」

 

「! がああぁぁぁぁぁぁああ~~~!!!!」

 

 フォトンを極限まで励起させ任意の場所に雷の嵐を発生させるカスタムテクニック――零式ゾンデを放った。

 

 ゾンデは本来、フォトンを励起させて放電現象を作り任意の場所に一つの落雷を落とす初級の雷属性テクニック。しかし、テクニックをカスタマイズした事により、性能が大きく異なる零式カスタムとなった。その為に、さっき撃ったゾンデは初級とは比べ物にならない威力になっている。

 

 僕がテクニックを発動させたのを見た猫人(キャットピープル)の男性はすぐに回避しようとするも、既に捕捉された為に直撃だった。

 

「お、おのれ、またしても……ぐっ!」

 

 零式ゾンデを受けたにも拘わらず、相手は未だに立てるようだ。けれど、立てるからと言ってすぐには動けないようだ。その証拠に、彼の体中からバチバチと電気が纏っている。

 

 アレはショック状態と言う、身体に纏わり付いている電気によって行動妨害が起きる状態異常だ。動いている最中、数秒に一回には必ず動きが止まってしまう。スピードを重視した攻撃をする猫人(キャットピープル)の男性にとっては致命的な状態だ。

 

 状況を見て不味いと思ったのか、アイズさんと交戦している小さな黒い影がこちらへと駆け付けてきた。

 

「無様だな、アレン」

 

「油断しているから、そんな目に遭うんだ」

 

「折角あの方に任せられたと言うのに」

 

「とんだ失態だな」

 

 とても仲間とは思えない発言だ。四人からの暴言に、猫人(キャットピープル)の男性は殺気立って睨み付けている。

 

「そういうてめぇ等の方こそ、あの【剣姫】にちゃんと警告したんだろうな?」

 

「勿論だ」 

 

「お前とは違う」

 

 彼からの問いに、四人の内の二人がキッパリと答える。

 

 【剣姫(アイズさん)】に警告って……一体どういう事だ?

 

 僕が疑問を抱いていると、猫人(キャットピープル)の男性は舌打ちをしている。

 

「本当なら此処で幽霊(ゴースト)兎を痛めつけたいところだが……ぐっ!」

 

 仲間と話し終えた彼は、再び僕を見るもショック状態によって苦しそうに口元を歪めていた。

 

「ここまでだ、退くぞ」

 

 そう言って彼だけじゃなく、他の四人も指示に従ってすぐに散った。

 

 本当なら何故こんな事をしたのか問い詰めたいところだけど、格上揃いの強襲者相手に深追いはしない。チラッとしか見てないけど、あの小さな四人は息の合った連携攻撃によってアイズさんを相手に互角の戦いを繰り広げていた。なので彼等も明らかに、僕より格上の存在だ。

 

「ベル……」

 

 すると、いつのまにか僕の近くへ来たアイズさんが僕に声を掛けてきた。

 

「ア、アイズさん、お怪我はありませんか?」

 

「私は平気。それより君の方こそ怪我はない?」

 

 自分の事より僕の事を心配してくれるアイズさん。

 

「はい、僕も平気です。あの人達、何だったんでしょう。僕達をいきなり襲ってきて……」

 

 全く心当たりのない僕がアイズさんに尋ねると、彼女はこういった。

 

「闇討ちは、よくあるよ」

 

「あるんですか!?」

 

 オラリオが意外と物騒な所だったことに、僕は思わず驚きの声をあげる。

 

「ダンジョンの外で仕掛けるのは珍しいけど……」

 

「そ、そうなんですか……。一応確認ですが、アイズさんは闇討ちをしてくる相手に心当たりがあるんですか? さっきの人達は、アイズさんに警告とか何とか言ってましたが」

 

「……ありすぎて、逆に」

 

 僕の確認にアイズさんは何か知っていそうな感じはするも、曖昧な返答をしてきた。

 

 すると、彼女が急に不機嫌そうな表情となっていく。

 

「それと全く別な話だけど……ベル、さっきは全力で戦っていた。それに見慣れない武器も使って……」

 

「それはまぁ、僕より格上の襲撃者でしたし、そうせざるを得ない状況だったので」

 

「……さっきの襲撃者には全力を出して、どうして私には出さないの?」

 

「へ?」

 

 な、何だ? アイズさんから段々と怒気が増しているような気が……。

 

「何だか不公平。だからベル、明日の手合わせの時には全力を出して」

 

「え、あ、いや、その……それとこれとは話は別で」

 

 襲撃者の話から一変して、アイズさんが僕に全力を出すように強く求められる事となってしまった。

 

 何と言うか、さっきまでのシリアスな空気が急に無くなってしまったんだけど。




 今回のアレンとの戦闘と言うより、PSO2についての説明文でした。


 中二病の詠唱ですが――


「混沌の闇に絶望せし者よ 闇の(かいな)となりて その鋭き爪で障害を斬り裂け イル・メギド」

「闇の混沌にて 重苦に藻掻き蠢く(へき)(れき)よ 彼の者に(らん)()の如く叩きつけよ! 零式ゾンデ!」

 となりました。

 特に二つ目の詠唱に関しては、見覚えがある詠唱かと。


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ロキ・ファミリアの遠征⑩.5

久しぶりの投稿です。


 バベルの最上階。

 

 アイズへの警告、そしてベルの力試しを命じられた【フレイヤ・ファミリア】の眷族の代表――アレン・フローメルが膝を付き、頭を垂れながら報告をしていた。

 

「驚いたわ。本気では無いとは言え、まさかあの子があなたを退ける程の実力を持っていたなんて……」

 

「……申し訳ありません」

 

 報告を聞いていた主神フレイヤが心底驚いていた反応に、アレンは己を酷く恥じた。己の情けない姿を、誰よりも敬愛する主神に見せられていた事に。

 

 フレイヤから直々の勅命を受けられた際にアレンは感謝していた。一つは敬愛するフレイヤに任せられた事。そしてもう一つは、現在フレイヤが夢中になっているベル・クラネルを痛めつける機会を得られた感謝を。

 

 オッタルを除く【フレイヤ・ファミリア】の眷族達、と言うより幹部勢はベル・クラネルを心底気に入らなかった。その中でも一番にアレンが激しい嫉妬を抱いている。理由はただ一つだけ。敬愛している主神フレイヤが、ここ最近ずっとベルに寵愛を与え続けているから。

 

 主神の眷族でもないのに、フレイヤからの寵愛を授かるのは万死に値する。それが【フレイヤ・ファミリア】の掟であり、暗黙の了解であった。尤も、それはフレイヤを心の底から敬愛している幹部達が勝手に決めているだけだ。主神フレイヤはそんな事を全く知らないが、例え知っていたとしても気にせず放置しているだろう。

 

 しかし、フレイヤがベルを注目する気持ちは分からなくもなかった。『Lv.1』でありながらも階層主(ゴライアス)を単独撃破し、前回の戦争遊戯(ウォーゲーム)で【アポロン・ファミリア】を殆ど一人で壊滅させた実力を持っている。更にはベルが見た事も無い魔法や技、そして武器。これには流石の【フレイヤ・ファミリア】も警戒せざるを得なかった。

 

 とは言え、如何に警戒しても主神の寵愛を与えるのは別だった。もし機会があれば、幹部達は即座にベルを会いに行こうとするだろう。少し叩きのめすついでに警告をしておこうと。

 

 アレンが内心ベルを少しばかり痛めつけようとした結果、無様な姿をフレイヤに見せる事になってしまった。もし自害しろと命じられたら、アレンは何の躊躇いもなく即座に実行しているだろう。それだけにアレンの心情は失意のどん底に近い状態なので。

 

 そんなアレンの心情を知ってか知らずか、フレイヤは彼に手を差し伸べようとする。

 

「頭を上げなさい、アレン」

 

「はっ……」

 

 言われた通りにやるアレンに、フレイヤは優しい笑みを見せながら片手を彼の頬に触れる。

 

「ごめんなさいね。副団長の貴方にこんな雑用みたいな事をさせてしまって」

 

「い、いえ! そのような事は……!」

 

 いきなり謝罪するフレイヤにアレンは戸惑う。本来なら責められてもおかしくない失態を犯したのに、何故主神が謝るのかは分からなかった。

 

 敬愛する主神の考えに【フレイヤ・ファミリア】は未だに理解出来ていない。それは当然幹部達のアレンやオッタルでさえも。元より、眷族風情が敬愛する主神の深淵な考えを理解するなど烏滸がましいと思っている。

 

「お詫びと言う程じゃないけれど、暫く私の傍にいてもらえないかしら? オッタルは未だにダンジョンにいるからね」

 

「っ! ……か、かしこまりました!」

 

 思いもしない事にアレンは歓喜に心を震わせながらも、力強い返事をした。

 

 護衛をする事はお詫びにならないのだが、フレイヤを敬愛しているアレンからすれば最高の褒美であり名誉に等しい。なので舞い上がった心を抑えるのに必死だった。

 

 そんなアレンとは別に、彼の後ろに控えているガリバー兄弟は心底面白くないと言わんばかりの表情だった。

 

((((あの猫、ベル・クラネルにやられておきながら……!))))

 

 ガリバー四兄弟の心情は揃って同じ事を考えていた。流石は兄弟と言ったところだ。

 

 そして同時に、天国を味わった後に地獄を見せてやると、頭の中でアレンを密かに殺そうと考え始めている。尤も、例えそうなってもアレンはそう簡単に殺されはしないが。

 

 そんなアレンやガリバー兄弟の考えとは別に――

 

(ああ……楽しみだわ。あの子の輝きを再び私に見せてくれる日が……)

 

 フレイヤはベルの事で頭がいっぱいだった。

 

 目の前にいるアレンやガリバー兄弟、そして多くの眷族達をフレイヤは大事に思っている。

 

 しかし、今の彼女はベルの魂に魅了されているのか、アレンが犯した失態を大して気にも留めていない。それどころか、ベルを本気にさせた事に感謝していた。

 

 そしてこうも考えている。今回の件が終わった後、眷族達には内緒でベルに直接会いに行こうと。今のフレイヤはベルに対する想いがどんどん強くなって、我慢の限界に達する寸前に近い状態なので。

 

 

 

 

 

 

「警告、だと? 確かに、【女神の戦車(ヴァナ・フレイア)】と【炎金の四戦士(ブリンガル)】だったのだな?」

 

「うん」

 

 場所は変わり、【ロキ・ファミリア】の本拠地(ホーム)――「黄昏の館」の応接室。アイズは目の前の椅子に座っているリヴェリアと話していた。

 

 ベルに全力を出して欲しいと言っていた彼女は、【フレイヤ・ファミリア】の事もあって夕飯は急遽キャンセルにした。その後にベルと別れ、自身の本拠地(ホーム)へ戻ってリヴェリアや隅っこで変な体操らしき事をやっているロキに報告している。

 

 アイズからの報告にリヴェリアは真面目な表情をしながらも眉を顰め、ある事を話そうとする。

 

「……実は、気になる情報もある。オッタルが中層に現れて、モンスターを狩っていたのが目撃された」

 

猛者(おうじゃ)が……?」

 

 予想外な情報を聞いてアイズが少し目を見開く。

 

 【フレイヤ・ファミリア】の団長、【猛者(おうじゃ)】オッタルは常にフレイヤの護衛として傍にいる。最強と呼ばれる『Lv.7』の彼がフレイヤの傍から離れ、ダンジョン中層程度に留まっている事がおかしいとアイズは怪訝していた。

 

「謀を好まない奴の事だ。遠征の障害にはならないだろうと判断したが……少し話が変わってくるな。……………もしやベル・クラネルの件で――」

 

「リヴェリア、何か言った?」

 

「いや、何でもない。ただの独り言だ。それでロキ、お前はどう思う?」

 

 最後に呟いたリヴェリアの言葉が聞こえなかったアイズが問うも、何でもないように答えてロキに問う。

 

 彼女に合わせようとロキは、変な体操をしながらも答えようとする。

 

「まぁ、あのフレイヤの事や。大方何か別の目的があるんやろな。そこまでは分からんけど、少なくともうち等の邪魔はせえへんやろ。けどまぁ、あの色ボケ女神が動くっちゅう事は恐らく……」

 

「……恐らく、何?」

 

 ロキが珍しく言葉を途切れる事に不思議に思ったアイズは問う。

 

「アイズたんは気にせんでええ。これはウチの勝手な想像やから」

 

「……何か隠してない?」

 

 いつものロキらしくない事に訝るアイズだったが――

 

「ウチが可愛いアイズたんに隠し事なんて……あ、そやアイズたん。隠し事で思い出したけど、何やここ最近朝早くから出掛けとるそうやないか」

 

「!」

 

 突然の質問に焦り出した。

 

 アイズの表情を見たロキはニンマリとしながら追求しようとする。

 

「お~、やっぱり出掛けとるのはホンマみたいやな。で? どこに行っとるんや? 良かったらウチに教えてぇな」

 

「…………報告は終わったから、部屋に戻る」

 

 神に嘘は吐けない事を知っているアイズは、質問には答えず逃走する事にした。内緒にしているベルとの手合わせを知られたくないので。

 

 アイズがそそくさと応接室から出る事に、ロキとリヴェリアは不思議に思いながらも敢えて見過ごした。

 

「……ロキ、【フレイヤ・ファミリア】が警告をしたと言う事はまさか……」

 

「ああ、恐らくベル絡みやろうな」

 

 ロキは気付いていた。フレイヤが自分と同じくベル・クラネルに目を付けている事に。

 

 それが判明したのは、先日の戦争遊戯(ウォーゲーム)開始前に行った神々の会議の時だ。有利過ぎる【アポロン・ファミリア】に男神ヘルメスが異議を唱えた際、フレイヤが彼に便乗したのを見て。

 

 内心面倒な奴に目を付けられたかもしれないと危惧するロキだったが、それでも敢えて気付いていないように振舞っていた。そして戦争遊戯(ウォーゲーム)が終わった後、【フレイヤ・ファミリア】が動き出したとなればベルを狙っているかもしれないとロキは考えた。

 

 アイズは隠しているつもりだが、ロキやフィン達はもう知っていた。ファミリアに知られないよう密かにベルと手合わせをしている事を。

 

 本来であれば咎めなければいけない。しかし、ロキ達はベルとの繋がりを断ち切りたくないので敢えて見逃している。

 

 そして案の定と言うべきか、アイズがベルとの手合わせしている時に【フレイヤ・ファミリア】が此方に警告をしてきた。アイズから『余計な事をするな』と聞いた時、ロキは『ベル・クラネルに余計なちょっかいを掛けるな』とフレイヤからの警告だと察した。

 

「どうするつもりなのだ、ロキ? 我々としては、遠征を控えているこの状況で【フレイヤ・ファミリア】と敵対するのは不味いが……」

 

「一先ずは放置や。いくらあの色ボケ女神でも、今ウチ等と敵対したらタダでは済まん事を分かっとる筈や」

 

「だといいがな……。フィンとガレスにも報告しておくか」

 

 ロキはフレイヤの思惑に気付いていながらも、敢えて放置しておくことにした。リヴェリアも多少の不安を抱きながらも賛同し、遠征の準備をしているフィン達に会おうと応接室から出ようとする。




今回は【フレイヤ・ファミリア】と【ロキ・ファミリア】側のお話でした。


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ロキ・ファミリアの遠征⑩.75

 フライング投稿となります。

 前回は【フレイヤ・ファミリア】と【ロキ・ファミリア】側のお話でしたが、今回はベル側のお話しです。


 アイズさんと別れた後、僕は神様に報告をしようと本拠地(ホーム)へと戻った。

 

 けど――

 

「えっ、闇討ちされた!?」

 

「お怪我はありませんか、クラネルさん?」

 

「大丈夫ですよ。そうでなかったら、僕は今頃此処にはいませんから」

 

 今は『豊穣の女主人』にいて、カウンター席で僕の両隣にそれぞれ座っているシルさんとリューさんに教えていた。

 

 本当なら此処に来る予定じゃなかった。けれど、店を素通りする直前、偶然僕を見付けたシルさんが入店せざるを得ない状況にさせてしまったから。

 

 仕方なかったんだ。だって断ろうとしてもシルさんが僕の腕に引っ付き、涙目で訴えてくるし。更にはこんな事も言われた。

 

『どうしても……ダメですか? ベルさんが来るのを楽しみに待っていたのに……』

 

 凄く悲しそうな顔で言われてしまったのだ。完全に演技なのは分かっていたんだけど、それを見た周囲の人がヒソヒソと話していたので、居た堪れない気持ちとなった僕は入らざるを得なかった。その直後、シルさんはコロッと表情を変えて営業スマイルに早変わりだ。

 

 そしてシルさんに案内されてカウンター席へと座り、さっきまでの事を話していた。僕が入店したのを見たリューさんもいつの間にか加わって。途中で仕事は大丈夫なのかと聞くも、二人はミアさんの許可をちゃんと貰っているらしい。二人を貸してあげるから、ついでにお金も使えと言う伝言付きで。もう店を出られないと悟った僕は、此処で夕飯を済ませるしかなかった。

 

 闇討ちしてきた襲撃者の正体が分からないので、シルさん達には詳しい内容を話していない。一緒にいたアイズさんの事も伏せている。彼女は今回の闇討ちについては心当たりがあり過ぎて逆に分からないと言ってたけど、何か知っている感じがした。それでも僕に言わなかったのは、何か理由があっての事だと思って追及しなかったけど。

 

 因みに二人は僕がプレゼントした水晶(クォーツ)製のアクセサリーを今日も付けている。シルさんはブレスレット、リューさんはネックレスだ。プレゼントした僕としては嬉しい。

 

 そんな中、僕がシルさん達と話しているのを見た他の男性客数名がこっちを見ていた。

 

 

『……おい、あのガキまさか』

 

戦争遊戯(ウォーゲーム)で【アポロン・ファミリア】を壊滅させた野郎か……』

 

『その前には、たった一人で階層主(ゴライアス)を倒したとか……』

 

『しかも最速で『Lv.2』にランクアップしやがった……』

 

『ってか本当なのか? 階層主(ゴライアス)を倒したって。もしかしてデマじゃねぇのか?』

 

『だったとしても、百人以上いたあの【アポロン・ファミリア】相手に一人で勝ったのは間違いねぇ。助っ人付きでな。てめぇは同じ条件でやれんのか?』

 

『ひひっ、んなこと出来るかよ』

 

 

 男性客が言ってる内容は明らかに僕についてだ。この前に僕がやった事とランクアップした内容を話している。

 

「……あの、何かさっきから周りの人達、僕の事を警戒してませんか?」

 

「まぁ、名を上げた冒険者の宿命みたいなものですね。ベルさん、この前まで大活躍してましたから」

 

 僕の問いにシルさんが答えてくれる。

 

 名を上げた冒険者、か。まぁ確かに言われてみれば、僕は派手にやっていた。

 

 この前の戦争遊戯(ウォーゲーム)で勝った後、神様が港街メレンに避難するよう手を打ってくれなければ、危うい事になっていたかもしれない。多くの神さまや冒険者達からの勧誘の嵐で。

 

「でも、ベルさんがそこまで気にする必要はありません。人気者になったと思えばいいんですよ」

 

「はぁ……」

 

 つまりは軽く聞き流して、前向きに考えるようにって事かな?

 

 まぁ確かに、周囲の事を気にし過ぎて神経質になったら身がもたない。多分だけど、有名なアイズさんや【ロキ・ファミリア】の人達もそんな風にしてるかもしれない。

 

「そう言えばベルさん、ちょっと聞きたいんですが」

 

「何ですか?」

 

「ミアお母さんが早朝にベルさんを見かけたと言ってましたが」

 

「え゛……」

 

 シルさんの発言に思わずドキッとする僕。別に疚しい事はしてないけど、何故かシルさんに言われるとそう感じてしまう。

 

 僕の反応を見た彼女は、少し含んだ笑いをしながら言ってくる。

 

「どうやら本当みたいですね。そんな朝早くからどこへ行ってたんですか?」

 

「あ、あはは。ま、まぁ、色々とありまして……」

 

 言えない。此処で【ロキ・ファミリア】のアイズさんと手合わせしてるなんて言ってしまったら、色々と不味い事になってしまう。

 

 アイズさんからも、なるべく秘密にして欲しいと言われてる。僕としても賛成だった。有名になったからとは言っても、未だ団員が僕だけしかいない弱小ファミリアだ。有名な【ロキ・ファミリア】の幹部と手合わせしてるなんて知れ渡れば、色々なところから反感を喰らってしまうかもしれないので。

 

「ベルさん、教えて下さいよ~。もしかして、私に言えない事なんですか~?」

 

「で、ですから……!」

 

「シル、そこまでです」

 

 更なる追及をしようとするシルさんに、リューさんが待ったをかけてくれた。

 

「いくらシルでも、そうやって根掘り葉掘り聞き出そうとするのは感心しません」

 

「え~、リューは知りたくないの?」

 

「クラネルさんは冒険者なのですから、冒険者でない私達が聞くのは野暮だと言ってるのです」

 

「……もう。そう言われたら、聞けなくなっちゃうじゃない」

 

 そう言ってシルさんは嘆息しながら僕の追及を止めてくれた。リューさんには感謝だ。

 

 彼女は事情があってウェイトレスをしてるけど、この前の戦争遊戯(ウォーゲーム)で助っ人として参加してくれた元冒険者だ。恐らく僕が冒険者としての活動をしてるかもしれないと思って、フォローしてくれてるんだと思う。

 

「と、ところでリューさん、僕は今度ダンジョン中層18階層に行こうと思ってまして……」

 

「18階層、ですか」

 

 リューさんに内心感謝しながら話題を変えた。それを聞いた彼女は少し真剣な顔になる。

 

「ふむ………。確かに戦争遊戯(ウォーゲーム)で見せたクラネルさんの実力を考えれば問題無いですね」

 

 酒場で観戦したような言い方をしてるリューさん。けれど実際は間近で僕の力を見ており、前以て中層に三日も籠り、更にはゴライアスを単独撃破した事も教えたから、問題無いと判断してくれた。

 

「それを聞いて安心しました。あと、そこには冒険者達が作った『リヴィラの街』と言うのがあるみたいですね。一度行ってみようかと思ってるんですが」

 

「あそこは……正直言って、余り個人的にはお勧めしません。特にクラネルさんのような方は」

 

「え?」

 

 さっきとは打って変わるように、眉を顰めながら言った。

 

 そう言えば講習の時にエイナさんも似たような事を言ってたな。僕一人で『リヴィラの街』へ行くのは危険だって。

 

「どうしてです? ギルドの講習で、『リヴィラの街』は冒険者にとって補給地点だと知りましたけど、実は違うんですか?」

 

「間違ってはいません。ですがリヴィラは地上の店と違って、法外な価格で取引されています。例えば……一番安価なポーションでも倍以上の値段で販売されてます」

 

「ば、倍以上!?」

 

 余りの高さに僕は思わず吃驚した。

 

 ミアハ様の本拠地(ホーム)――『青の薬舗』で売られてるポーションは安くても五百ヴァリス。それが『リヴィラの街』では倍以上って……ぼったくりにも程があるんじゃないかな?

 

「更には『魔石』や『ドロップアイテム』などを売る換金所では、安定しているギルドの半額以下の金額で買い取られます」

 

「え、ええ~……。そんな問題だらけな街なのに、どうしてギルドは取り締まらないんですか?」

 

「向こうは地上の運営で手一杯だからです。クラネルさんもご存知でしょう? ギルドの職員達が地上にいる冒険者達の対応に四苦八苦しているのを」

 

「ええ、それは……」

 

 エイナさんが他の冒険者達の対応に忙しくて、前の講習では大した時間が取れなかった。

 

「リヴィラの冒険者達もギルドの目が届かないの知っているから、平然と違法行為を行っていると言う訳です。なので、クラネルさんみたいな正直な方が一人で行くのは危険でしょう」

 

「な、なるほど……」

 

 道理でエイナさんが行かない方が良いと言う訳だ。

 

 確かに僕はキョクヤ義兄さんや周囲からかなりのお人好しだって言われてる。もし何も知らずに『リヴィラの街』に行ったら、店側の冒険者達から色々と騙されているかもしれない。

 

 リューさんに訊いといてよかった。やはり事前に知っておかないと、後悔してしまう事になる。

 

「と、少し危険な場所のように説明しましたが、確かにあそこは冒険者にとって重要な補給地点である事は間違いありません。限界以上の魔石やドロップアイテムを所持していても邪魔なので、先へ進む為には売らざるを得ません」

 

 ふむふむ。じゃあ僕の電子アイテムボックスが満杯状態になったら、そこで売るしかないって事か。アレは一応それなりに入るけど、万が一の事を考えておかないといけないかもしれないな。僕一人だけで売りに行こうとすれば、リューさんが言ったように安く買い取られてしまうけど。

 

「クラネルさんがどうしてもリヴィラに行くと言うのであれば、仲間を連れて行った方が良いですね。あそこでの知識を持っている冒険者を」

 

「仲間ですか……」

 

 確かに僕一人で行くより、誰かと一緒に同行してくれる方が良いかもしれない。けど問題は……誰が僕とパーティを組んでくれるかだ。

 

 今のところ、僕がまともに話せる冒険者は【ミアハ・ファミリア】のナァーザさん、【ロキ・ファミリア】のアイズさんとティオナさんにフィンさん等の幹部勢ぐらいだ。

 

 ナァーザさんは理由があってダンジョンに行けないから無理だ。アイズさん達は言うまでもなく、都市最高派閥の【ロキ・ファミリア】相手にそんな事は出来ない。

 

 アイズさんとティオナさんだったら、個人的な善意で手伝ってくれると思うけど後が怖い。周囲から反感を喰らってしまうかもしれないので。けれど、現場での知識も知っておきたい。

 

 ……………あ、待てよ。ちょっと忘れかけてたけど、確か明日はフィンさんに【ロキ・ファミリア】遠征参加の返答をする日だった。

 

 僕の中では既に断るつもりでいた。しかし、『リヴィラの街』だけでなく、ダンジョンでの経験と知識が豊富な【ロキ・ファミリア】なら……。

 

 今まではデメリットばかりしか考えてなかったけど、充分なメリットもある事に漸く気付いた。【ロキ・ファミリア】と同行する事で、彼等が培った経験と知識を盗めるかもしれない。アイズさんとの手合わせで、彼女の戦い方を盗む為の観察をしたように。

 

「う~ん……やってみる価値は充分にあるかも。だけどなぁ……」

 

「ベルさん?」

 

「急に考え込んで、どうされたのですか?」

 

 僕が頭の中で【ロキ・ファミリア】の遠征参加に傾き始めて考えてると、シルさんとリューさんが不可解そうに声を掛けてきた。

 

 声を掛ける二人に気にしないで考え込んでいると――

 

「はっはっ、パーティのことでお困りかあっ、坊主!?」

 

「へっ?」

 

 突然の大声に僕は素の声を出しながら振り向く。

 

 その先には此処のお客――冒険者の男だった。後ろには仲間と思われる二人がこっちを見ている。

 

「仲間が欲しいんなら、俺たちのパーティに入れてやろうかぁ? 俺達は坊主と同じく『Lv.2』だ。中層にも行けるし、『リヴィラの街』についてもよ~く知ってるぜ」

 

「え、えっと……」

 

 人を外見で判断してはいけないんだけど、どう見ても信用出来ない感じがする。

 

 それにこの人、物凄くお酒臭い! これだけ酷いって事は、相当酔っているんだと思う。

 

「けどその代わり……このえれぇ~別嬪なエルフの嬢ちゃん達を貸してくれよ!?」

 

 ……うわぁ、うわぁー。酒に酔ってる所為で本音を言っちゃったよ、この人。

 

 それを聞いたシルさんは凄いしかめっ面で、リューさんは………完全に無表情となっていた。僕には分かる。リューさんがあんな顔をするのは、相当怒っている証拠だ。

 

 僕が止めようとするも、ずっと黙っていたリューさんが口を開く。

 

「失せなさい。貴方達は彼に相応しくない」

 

「……お、おいおい、妖精さんよぉ? このガキが前の戦争遊戯(ウォーゲーム)で勝ったのは知ってるが、俺達じゃあ足手纏いだって言いたいのかい?」

 

「ええ、理解しているのなら帰りなさい」

 

 リューさん、何もそこまで言わなくても……。

 

 完全に立ち上がる機会を失ってしまった僕は言葉を挟めなかった。今はどうしようか判断に悩んでいる。

 

「ひでぇことを言うなよぉ? こんなひょろそうなガキに俺が――」

 

 一歩近づいた冒険者の男は、自分の左手をリューさんの肩に置こうとした。

 

「触れるな」

 

 その瞬間――電光石火の如く動いた。

 

 リューさんは持っていた空のジョッキを、ガポッと男の手を容器の中に収めた直後、そのままひねった。

 

「いっ、でででででででででぇぇっ!?」

 

 すごっ……。体格差があっても、リューさんはものともしない様に捻じ伏せ、床に尻餅をつかせた。

 

 ジョッキから手を放した後に彼女は告げる。

 

「私の友人を蔑む事は許さない」

 

「こ、このアマッ! 女でも容赦しないぞ!」

 

 完全に激昂した男は物凄い剣幕でリューさんに襲い掛かろうとする。

 

 すると、僕の後ろから大爆発が起きた。

 

(ええっ!? こ、今度は何っ!?)

 

 またしても予想外な展開に、半ば混乱して振り向くと……今度こそ言葉を失った。

 

 少し先にある奥のカウンター……水平だった細長い(テーブル)が、Vの字に変形してしまっている。向こうに座っていた客達は口を半開きにしていた。

 

 それもその筈。何故ならそこには、握り拳を振り下ろしたミアさんの姿があるからだ。

 

「騒ぎを起こしたいなら外でやりな。ココは飯を食べて酒を飲む場所さ!」

 

 ミアさんの剣幕に店内は静まり返っていた。当然それは僕も含まれている。

 

「ひっ……お、おい行くぞ!」

 

 対象となってる男は怯み、仲間を連れて店から出ようとするも――

 

「アホタレエェ、ツケはきかないよぉ!!」

 

「は、はいぃっ!!」

 

 ミアさんの怒号に男は有り金を全て置いていき、そのまま逃げて行った。

 

 店を後にした冒険者達が消えた後、客達は何事も無かったかのように飲み直そうとする。

 

 凄いな。『Lv.2』である筈の冒険者達相手に睨みと怒号だけで追い出すなんて……やっぱりミアさんは只者じゃない。相当な実力者と見て間違いないだろう。

 

 僕がミアさんの恐ろしさを認識してると、シルさんが立ち上がってぱんっと両手を鳴らす。

 

「それじゃあ、仕切り直しをしましょうか?」

 

 ……この人も強いなぁ、別の意味で。

 

 新しく飲み物をたのんでそれぞれにグラスを渡す笑顔のシルさんに、僕は苦笑せざるを得なかった。

 

 それから僕は、彼女達と一緒に美味しい夕飯を興じる事となった。同時に、リスクはあっても【ロキ・ファミリア】の遠征に参加する決心もして。




 漸くベルの遠征参加に持っていくことが出来ました。と言っても、少し無理がある参加理由ですがご容赦ください。


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ロキ・ファミリアの遠征⑪

連日更新です。


「ベル君、もう一度確認するよ。本当にいいんだね?」

 

「はい。僕だけで探索するにも限界があります。なのでここは危険を承知で、行ってみようと思います」

 

「…………はぁっ。本当なら行って欲しくないけど、ベル君がそう決めたならボクは見守るしかないね」

 

「っ! それじゃあ」

 

「但し! 明日の返事にはボクも同行させてもらうよ! ロキには色々と言っておきたい事があるからね!」

 

「は、はぁ……」

 

「ところで、場所はどこなんだい?」

 

「ええと、参加するんだったら【ロキ・ファミリア】の本拠地(ホーム)に来て欲しいと」

 

「よ、よりにもよってロキのところか……」

 

「そう言えば、神様。以前から気になってたんですが、どうしてロキ様と仲が悪いんですか?」

 

「ふんっ! 向こうが喧嘩を売ってくるからだよ!」

 

「そう、なんですか……?」

 

「ああ。この際だからベル君に教えてあげるよ。ロキの性格の悪さや、平べったい胸並みの小さな器とか――」

 

(何だろう。物凄く長くなりそうな気がする……)

 

 

 

 

 

 

 翌日の昼。

 

 僕と神様こと、【ヘスティア・ファミリア】は【ロキ・ファミリア】の本拠地(ホーム)――「黄昏の館」へ訪れた。

 

 以前見た時と同じく、まるで城のような外見をした建物だ。高層の塔がいくつもある。あの本拠地(ホーム)には多くの熟練冒険者達がいるから、思わず背筋がブルッとしてしまう。

 

 当然、あの中にはアイズさんが生活している。一目惚れした女性の家に行くと考えると緊張してしまうのは内緒だ。

 

 因みに今朝はアイズさんとの手合わせはしていない。昨日に前以て、今日は用事があるから手合わせ出来ないと伝えているので。それを聞いたアイズさんは少し残念がっていたけど。

 

「ふんっ! 僕の新しい本拠地(ホーム)の方が立派だね」

 

「神様、対抗意識を燃やしてどうするんですか」

 

 忌々しそうに不機嫌な顔をする神様を僕は宥める。これから会いに行こうとするのに、来て早々不機嫌になられるのはちょっとなぁ。

 

 何とか宥めながら門に辿り着くと、そこには以前に会った門番の人達がいた。

 

「っ! お、お前は、ベル・クラネル!?」

 

「ど、どうも。お久しぶりです……」

 

 僕を見た門番の一人が驚いた顔をしていた。

 

 思わず挨拶をした僕に、神様が怪訝そうに見る。

 

「何だいベルくん。この門番君とは知り合いなのかい?」

 

「え、ええ、まぁ……ちょっと訳ありと言うか」

 

 目の前にいる門番達が【ロキ・ファミリア】に入団しようとする僕を追い出したんです。なんて流石に言えない。

 

 フィンさんから聞いた話だと、副団長のリヴェリアさんからのキツイお説教+謹慎処分を下されていた。再び門番をしていると言う事は、謹慎処分が解除されたんだろう。

 

 言葉を濁した僕の返答に神様が首を傾げてると、門番の一人がすぐに口を開く。

 

「よ、用件は何だ!?」

 

「えっと、【ロキ・ファミリア】の団長フィン・ディムナさんにお話しがあって参りました。お取次ぎを願います」 

 

「団長に話だと!? そんな話は聞いて――」

 

「お、おいバカ! もうこの前の事を忘れたのか!?」

 

 僕の台詞に激昂する門番に、もう一人の門番がすぐに止めた。

 

 それを言われてハッとしたのか、激昂していた門番はすぐに落ち着こうとする。

 

「………そ、そこで少し待っていろ。団長に確認してくる」

 

 フィンさんに確認をしようと、門番の一人が本拠地(ホーム)の中へ向かっていった。

 

 一連の流れを見ていた神様は顔を顰めている。

 

「ちょっとベルくん、何なんだいあの失礼な門番君は? と言うより、向こうの団長君が言ってた場所は本当に此処で合ってるのかい?」

 

「ええ、その筈なんですが……」

 

 神様に言われて僕は少し不安になってきたので、思わずもう一人の門番の人へ視線を向ける。

 

「あのぅ、僕が此処に来る事をフィンさんからは……?」

 

「……すまんが、団長からそう言った話は一切聞かされていない。今は確認中だから、もう少し待て」

 

 どうやら門番の人達には何も知らされていないようだ。もしかしてフィンさん、言うの忘れていたのかな?

 

 かれこれ待つこと数分後、門番の人が戻って来た。そして、初めて見る黒髪の男性が僕と神様を中に招いて案内しようとする。

 

 

 

 

 

 ~ベルとヘスティアが門の前で待っている間~

 

 

 

「ん~、今日が返答の最終日だけど……やはり不参加、か」

 

「どうやらお主が予想した通りの結果じゃな」

 

「まぁ、仕方あるまい。ベル・クラネルと話す機会を失ったのは非常に残念だが、今回は諦めるとしよう」

 

 執務室に設置されてる椅子に座っているフィンが呟くと、別の椅子に座っているガレスと立ちながら両腕を組んでいるリヴェリアがそう言い返した。特にリヴェリアは本気で残念がっていた。彼女としては、四十以上扱うベルの魔法について物凄く知りたかったので。

 

 因みにロキはこの場にいない。現在、団員達の【ステイタス】更新を行っている最中だ。遠征前により、多くの団員達が更新して欲しいと詰め寄って来ている為、ロキは今朝からずっと大忙しである。

 

「じゃあ今回の遠征は予定通りに進め――」

 

 フィンが前回と同じく未到達領域に進むプランを決定しようとする直前、執務室の扉からコンコンとノックする音がした。突然の事に、フィン達は思わず扉へと視線を向ける。

 

『団長、少しよろしいでしょうか?』

 

「ああ、構わない。入ってくれ」

 

『失礼します!』

 

 扉越しから先日に謹慎処分を解除した門番の声が聞こえたので、フィンは一旦話を中断して入るよう促す。

 

 許可が下りると扉が開き、門番の一人が入った途端に緊張した様子を見せる。リヴェリアはベルを追いだした件もあってか、彼の顔を見た途端に少し目を鋭くなっている。

 

「どうした? 外で何か問題でも起きたのか?」

 

「い、いえ! 決してそう言う訳では……!」

 

 少し低い声で尋ねるリヴェリアに、ビクッと怯えた。彼女から直々にキツイ説教をされた門番は、今でも軽いトラウマになっているので。

 

 門番の心情を察したフィンがすぐにリヴェリアを落ち着かせようとする。

 

「まぁまぁ、リヴェリア。それで、何があったんだい?」

 

 フィンが優しく問うと、門番はすぐに答える。

 

「じ、実はベル・クラネルと、主神らしき方が来ておりまして……」

 

「何だって?」

 

「「ッ!」」

 

 門番からの予想外な返答にフィンだけでなく、ガレスとリヴェリアも目を見開く。

 

「確認するが、それは本当かい?」

 

 さっきまでベルが遠征に不参加だと思っていたので、フィンは聞き間違えじゃないかと念押しをした。

 

「は、はい。ベル・クラネルが団長にお会いしたいと言ってまして……。私は何も聞かされていないので、その確認をしに来ました」

 

「……成程ね。そうかそうか」

 

 ベルが遠征に参加するのがかなり低いと見ていたから、フィンは門番に言うのを忘れていた。……ではなく、敢えて話さなかったのだ。

 

 既に知っての通り、目の前の門番は以前にベルを追い出した前科がある。更には勝手な判断で、これまでの入団希望者達を追い出した事も含めて。その為にリヴェリアからの説教と謹慎処分を下した。

 

 門番が心から反省していると分かったフィンはガレスと一緒にリヴェリアを説得し、先日に漸く謹慎を解除させた。説得をされたリヴェリアは多少の不満はあれど、門番に『次は無いぞ』と言って解除を了承している。

 

 と言っても、フィンは彼を完全に信じた訳ではない。時間が経てば、また同じ事をするんじゃないかと少し不安に思っていたので。そこで少し試してみようと考えた。『もしもベル・クラネルが僕に会いたいと言われたらすぐに通してくれ』と言う内容を通達してない状態で、彼等が一体どんな対応をするのかを。これでもし再び門番としての仕事を真っ当せず、また勝手な判断で追い出そうとしたら、最終的な処分を下そうとフィンは考えていた。

 

 だが、門番達は見事な対応をした。ベルが来てもすぐに追い出そうとしなかった事に、フィンは瞑目しながら笑みを浮かべた。これなら安心して仕事を任せられると。

 

 試されていた事を今も全く知らない門番は、フィンの反応を見て思わず不安そうな顔になる。

 

「あ、あの、私は何か、間違ってしまいましたか?」

 

「いや、何でもない。ただの独り言だよ。それで、そのベル・クラネルと彼の主神はどうしているんだい?」

 

「今は門の前で待たせています。本当に団長と話があるのか判断に迷いまして……」

 

(出来れば中に入れて応接室へ案内して欲しかったんだけど……まぁ、追い出さなかっただけ良しとしよう)

 

 フィンは門番の行動に対して少し評価を落とすも、それでも及第点と言う事にしておいた。

 

「分かった。ではすぐに通してくれ。言うまでもなく丁重にね。それと、ラウルも連れて二人を応接室へ案内するよう言ってくれ」

 

「了解しました。では、失礼します!」

 

 指示を聞いた門番は即座に了承した後、執務室から出た。

 

 彼がいなくなったのを確認すると、フィンは安堵の息を漏らす。

 

「ふぅっ。どうやら彼はちゃんと仕事をしてくれたようだね。安心したよ」

 

「お主にしては随分と意地の悪いやり方じゃのう」

 

「これで奴が懲りずにまた同じ事をしたら、私は本気で見限っていたぞ」

 

 門番が試されていた事を、ガレスとリヴェリアは当然知っている。なので敢えて口出しをしなかった。

 

「まぁ、取り敢えずは合格だから良しとしよう。それより今は、お客様の対応を優先しないとね」

 

 そのお客様とは、勿論ベルとヘスティアの事だ。それを聞いたリヴェリアはさっきと違う表情をする。

 

「フィン、彼等と対応するのはお前とロキだけか? もしよければ私も一緒に――」

 

「すまないが、此処でガレスと一緒に待機してもらう。君が一緒にいたら、途中で彼の魔法についての話になってしまうからね」

 

「……そんな事はないぞ」

 

「その台詞で充分に信用出来んわい」

 

 少し間を置いて目を逸らすリヴェリアに、ガレスはすぐに突っ込む。

 

 フィンとガレスは今もよく鮮明に記憶している。戦争遊戯(ウォーゲーム)の時に、ベルが使っていた数々の魔法を見て発狂しかかっていたリヴェリアを。

 

 あれは本当に酷かった。とても団員達に見せられるものじゃなかったと思う程に。

 

 その後、フィンはベル達に会う前にロキを連れてこようと、一旦執務室から出て行った。

 

 けれど――

 

「…………やはりここは副団長の私も一緒に話をした方が」

 

「じゃから止めいと言うておろう。お主は本当に昔っから魔法の探求心があり過ぎるわい」

 

 数分後に考えを改めて応接室へ行こうとするリヴェリアに、ガレスが即座に止めていた。

 

 リヴェリアを執務室に待機させ、彼女が暴走しないようガレスも待機させたフィンの判断が正解だったのは言うまでもない。



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ロキ・ファミリアの遠征⑫

最近、ベルの中二病シーンが書けていない。

戦闘になったら書くと決めてるんですが、中々進めれませんね。

端折る事が出来ない自分が恨めしいです。


 門番の人が戻ってきた後、僕達はすぐに【ロキ・ファミリア】の本拠地(ホーム)へ招かれている。

 

「どうぞ、ここが応接室っす。ロキと団長が来るまで、そこの椅子に座って待って欲しいっす」

 

「はい、分かりました」

 

 案内している黒髪の男性――ラウルさんは最初、僕達を見て少し驚いた顔をしつつも丁寧に挨拶をして招き入れてくれた。彼が傲慢な態度を取る門番と違って、優しい人である事に内心安堵しながら。

 

 応接室へと案内されてる僅かな間だったけど、話してる際にやっぱり優しい人だと思った。もしあの時、この人と会っていたら【ロキ・ファミリア】に入団していたかもしれない。今となっては、もう過ぎた話だけど。

 

 中に入った僕と神様は、内装も綺麗な作りだと思いつつも椅子に座る。中々に座り心地の良い椅子だと思いながら。

 

「全くっ、ロキのくせにこんな贅沢な椅子を……!」

 

「ですから神様ってば……」

 

 椅子の座り心地に何故か神様は不服そうな顔をしていた。ロキ様と不仲なのは既に知ってるけど、何でもかんでも悪態を吐くのは勘弁して欲しい。

 

 すると、いつの間にか紅茶入りのカップを用意していたラウルさんが目の前のテーブルに置いてくれる。

 

「粗茶っすが、どうぞ」

 

「あ、別にそこまでしなくても……」

 

「団長のお客様なんすから、これくらい持て成すのは当然っす」

 

「そうだよベルくん。ボク達はお客様なんだから、もっと堂々とするんだよ」

 

 ラウルさんの台詞に神様が頷きながらカップを手にして、そのまま口に運んで紅茶を飲もうとする。

 

 僕も恐る恐ると言った感じで神様と同じく紅茶を飲む事にした。あっ、美味しい。あんまり紅茶は飲まないけど、上品な味わいがあって何杯も飲めそうだ。

 

 美味しい紅茶を味わって飲んでいると、応接室の扉が開く。神様と一緒に振り向くと、先日会ったフィンさんの他にもう一人いた。以前、『豊穣の女主人』でお会いした【ロキ・ファミリア】の主神ロキ様だ。

 

「いやーお待たせや! おう坊主、久しぶりやなぁ! この前の戦争遊戯(ウォーゲーム)見たでぇ~! 凄かったやないか~! 元気しとった?」

 

「こらロキぃ! ボクへの挨拶はどうしたぁ!? ボクも客なんだぞ!?」

 

 僕だけ挨拶をするロキ様に、神様がすぐに抗議をした。

 

「ああん? ドチビはおまけやろうが! 此処に招いとるだけありがたいと思えや!」

 

「何だとぉ!?」

 

 ロキ様が神様と顔を合わせて早々、互いに睨み合いながら口喧嘩が始まった。突然の展開に僕だけじゃなく、ラウルさんやフィンさんも唖然としている。

 

 どうやら本当に聞いた通り仲が悪いようだ。普段から笑顔を見せる優しい神様が、まさかロキ様相手にここまで言うなんて……。

 

 多分だけどフィンさん達も似たような事を考えていると思う。自分の主神がいきなり喧嘩腰になるなんて、みたいな感じで。

 

「か、神様、どうか落ち着いて下さい! 喧嘩する為に来たんじゃないんですから!」

 

「彼の言う通りだよ、ロキ。貴女が神ヘスティアと不仲である事を聞いているが、此処でみっともない喧嘩は勘弁してくれないかな?」

 

 僕とフィンさんが宥めると、二人は一先ず落ち着いてくれた。その後にフィンさんとロキ様も椅子に座る。因みにラウルさんは既に退室済みだ。

 

 此処まで来るのにちょっとした一悶着はあったが、【ヘスティア・ファミリア】と【ロキ・ファミリア】の会談が始まろうとする。

 

「今回は【ロキ・ファミリア】の皆様が遠征の準備でお忙しい中、急な訪問をしてすみませんでした」

 

「謝罪は結構だよ。此処へ来るように言い出したのは僕だからね。さて、時間も惜しいから早速本題に入ろう。ベル・クラネル、一応確認させてくれ。君が此処へ来たのは、先日に話した件の返答をしに来たと言う事でいいんだね?」

 

 さっきまでと違って、フィンさんは真剣な表情だった。先日は人の好さそうな笑みを浮かべながら僕に遠征の話を持ち掛けたが、今回は全く違う。【ロキ・ファミリア】団長のフィン・ディムナとして僕に尋ねている。

 

 ロキ様は空気を読んでいるように、僕の返答を聴く姿勢だ。神様は僕の対応を見て驚いているも、何も言わないでいる。

 

「はい。今日は神様を連れて、【ロキ・ファミリア】の遠征参加の返答をしに参りました」

 

 それを分かっている僕も、彼と同じ表情で返答する。

 

 アークスになる前の僕だったら、こう言った礼儀作法はせずにガチガチに緊張していただろう。

 

 けれど今の僕は、オラクル船団で様々な研修だけでなく、キョクヤ義兄さん達からも学んだので、一通りの事を学んだ。それがまさか、自分の世界に戻って実践するとは思いもしなかったけど。

 

「なら訊こう。返答は?」

 

「今回の遠征は………謹んで参加させて頂きます。冒険者としては未だ経験の浅い若輩者ですが、【ロキ・ファミリア】の足手纏いにならないよう、精一杯努めさせていただきます」

 

「承った。急な話でありながらも承諾してもらい真に感謝する。【ロキ・ファミリア】を代表して君を歓迎しよう」

 

 僕の返答にフィンさんは一瞬笑みを浮かべるも、すぐ平静になって感謝の言葉を言う。

 

 すると、さっきまで黙っていたロキ様が急に立ち上がる。

 

「ちゅうわけで、堅っ苦しい会話はここまでや! よろしゅうなぁ~。ウチもフィンと同じく歓迎するで~! ウチは自分のこと、ベルって呼ばせてもらうが構わんか~?」

 

「え、ええ。勿論構いません」

 

「そうか。ならよろしゅうなぁ~」

 

「こ、こちらこそよろしく……」

 

 にっこりとした顔で言うロキ様に、僕は少し戸惑いながらも言い返す。神様は少し不愉快そうな顔をしてるけど。

 

「にしても自分、まだ若いのに礼儀作法も出来とるやないかぁ~」

 

「えっと、目上の方々と話すには必要な事だと学びましたので」

 

「ほう、そうなんか~」

 

 流石に別の世界で学んだとは言えないが、言ってる事は嘘じゃない。

 

 下界に来た神々は能力を色々と制限されているけど、下界の人間が嘘を吐いているかどうかを見抜く事が出来ると神様が前以て教えてくれた。

 

 僕が嘘を言ってないから、ロキ様は表情を一切変えずに話を続けようとする。

 

「自分みたいな子がドチビの眷族(こども)やなんて……ほんまに勿体ないなぁ~」

 

「こらロキぃ! それはどう言う意味だぁ!?」

 

 神様は聞き捨てならなかったのか、すぐさま立ち上がってロキ様を睨みながら叫ぶ。またしても喧嘩になりそうな気がしたので、僕とフィンさんは再び宥めようと座らせる。

 

「ロキのところの団長君。一応言っておくけど、もしボクのベル君を扱き使うような事をしたら承知しないからね」

 

「勿論です、神ヘスティア。既に聞いているとは思いますが、今回の遠征で彼には後方支援の治療師(ヒーラー)として活動して頂くつもりです」

 

 フィンさんの言う通り、僕は前線で戦わない事になっている。中層以下のモンスターと直接戦う事が出来ないのは残念だけど、それでも参加出来るだけの意味はある。

 

 中層以下のモンスターと戦えるかもしれないけど、今の僕にはそれに関する情報が全くない。だから、今回の遠征でリヴィラの事や、ダンジョン下層についての知識を得る事に専念する。知識があるのと無いのとでは、下層に行く時の心構えが全く違うので。

 

 とは言え、もし不測の事態が起きた場合は僕も戦いに参加させてもらう。いくら後方支援でも、戦える術があるのに黙って見過ごすわけにはいかないので。フィンさんもそれは充分に理解している筈だ。ダンジョンが自分達の思惑通りに事が運べると思っていないと。

 

「あと、彼が遠征に参加する際の報酬ですが――」

 

 フィンさんが神様に話してる最中、応接室の扉が突然バンッと開いた。

 

 僕達が思わず振り向くと――

 

「やっぱりアルゴノゥト君だぁぁ!」

 

「てぃ、ティオナさん!?」

 

「また君かぁ!」

 

 そこには【ロキ・ファミリア】の幹部ティオナさんがいた。彼女の予想外な登場に僕と神様だけじゃなく、フィンさん達も驚いた顔だ。

 

「ちょっとティオナ! アンタ何やってるのよ!? しかも団長の前で!」

 

 その後にはティオナさんの姉――ティオネさんも現れた。けれどその人は、ティオナさんの行動を咎めている様子だ。

 

「すみません、団長! このバカをすぐに下がらせますので!」

 

「ちょっと放してよ、ティオネ! アルゴノゥト君が来てるのに!」

 

「いいから今は大人しく言う事を聞きなさい! これ以上、団長に恥をかかせるんじゃねぇ!」

 

 前と同じく僕に接近しようとするティオナさんを、ティオネさんが必死になって止めている。更には口調も悪くなって。

 

 そしてティオネさんは強制的に応接室の扉を閉めた。扉を閉ざされた向こうからは二人の言い争いが聞こえるけど。

 

「……あ~、すまない、ベル・クラネル。ティオナ達には、君が此処に来る事を教えてなくてね」

 

「そ、そうなんですか……」

 

 すると、フィンさんは急に取り繕うように言ってきた。

 

「団長君、あのアマゾネス君は極力ベル君に近寄らせないでくれるかな?」

 

「な、なるべく善処はしますので……」

 

 苦笑しながら答えるフィンさんだけど、あまり自信がない感じだ。

 

 多分、自分に好意を抱かれてるティオネさんの事もあるから、強くは言えないと思う。この前さり気なく訊いた時、凄く遠い目をしていたのを今でもハッキリと憶えている。あれは相当苦労しているんだと悟ってしまう程に。

 

 神様は一応信じてくれたみたいで、確認したフィンさんは話を戻そうとする。

 

「ゴホンッ。では話を戻しますが、僕たち【ロキ・ファミリア】からの報酬は――」

 

 そう言ってフィンさんは報酬の額――1000万ヴァリス以上を提示した。

 

 それを聞いた僕は余りの多さに目を見開くも、神様だけは違った反応をする。

 

「団長君、ボクの大事なベル君を行かせるんだからもう少し上げてくれ!」

 

「調子に乗んなドチビぃ! これでも適正以上過ぎる報酬額なんやぞ!」

 

 もう一声と要求する神様にロキ様が抗議した。

 

 確かにロキ様の言う通り、フィンさんが提示した報酬は相当な金額だった。有名になったとは言え、結成したばかりの弱小ファミリアにしては余りにも大金だ。加えて新人冒険者である僕一人だけの報酬だから、余りにも破格すぎる。

 

「申し訳ありません、神ヘスティア。【ロキ・ファミリア】として、報酬の増額を承る事は出来ません。なので、僕からの個人的な報酬で上乗せするつもりでいます。どうかそれでご納得頂けないでしょうか?」

 

「むぅ……分かったよ。但し、個人的な報酬だからって安く済ませようとしたら承知しないからね!」

 

「勿論です」

 

 フィンさんは神様の発言を予想していたのか、すぐに頷いた。

 

 上乗せと聞いた神様はこれ以上の要求する姿勢は見せない様子だ。

 

「では報酬についてご納得頂けたようなので、次に――」

 

 今度は遠征に行く際、僕が治療師(ヒーラー)として行動する際の予定についての話を始める。

 

 詳しい事は現地でも説明されるけど、今回の遠征で主にラウルさんと行動するよう言われた。あの人も【ロキ・ファミリア】の幹部で、フィンさんが信頼出来る人のようだ。

 

 フィンさんからの説明に僕は何の反対も無かった。僕と神様に優しく対応してくれたラウルさんなら問題無い。神様も僕と同じ考えだったのか、フィンさんの説明に一切文句を言わなかった。

 

 因みに僕の遠征参加については、他のメンバーには教えていないようで、後で説明するようだ。僕が参加する事に難色を示す人はいるんじゃないかと訊くが、そこはロキ様とフィンさんが対応すると言った。面倒な事にならなければいいんだけど。

 

 そして、明後日に行われる遠征についての一通りの説明が終わった。

 

「以上だが、ベル・クラネルから何か質問はあるかい?」

 

「質問と言うより確認なんですが……もしも不測の事態が起きた場合、僕も戦闘に参加していいんでしょうか?」

 

「ああ、構わない。寧ろ参加してくれた方が、こちらとしては非常に助かる」

 

「そうですか、では次に……僕が倒したモンスターの魔石やドロップアイテムは?」

 

「ん~、君一人だけで倒したら君の物になるね。けれど僕達と共闘した場合は要相談かな」

 

「ならダンジョンで見つけたアイテムも同様ですか?」

 

「そこは君の判断に任せるよ」

 

 ふむふむ。遠征に参加するから色々と制限されるけど、何かあったら臨機応変に動けるようだ。これでもし勝手に動いて契約違反とか言われる心配は無いだろう。

 

 組織や派閥と言うのは大きければ大きいほど規則に縛られがちになる。多くの人員を纏めるには、どうしても規則が必要なのだ。アークスも多くの規則を守り、必要な基準に達する事が出来なければならない。

 

 そう考えると、【ロキ・ファミリア】と言う都市最高派閥はそんなにガチガチ思考じゃない。まぁフィンさんが僕を遠征の参加話を持ち込む時点で、柔軟な思考の持ち主だと初めから分かってはいたけど。

 

「あぁ、そうだ。君の参加については僕とロキが団員達に説明するとは言ったが、ウチの副団長と主要幹部には前以て紹介しておこうか」

 

「副団長と主要幹部、ですか?」

 

「憶えてるかい? 以前酒場で、僕の近くにいた女性エルフと男性ドワーフの二人を」

 

「えっと……」

 

 フィンさんに言われて思い出してみると……確かにいた。長い緑髪をした凄く綺麗な女性エルフと、厳つい顔をした初老の男性ドワーフが。

 

 その二人はギルドで既に知っている。【ロキ・ファミリア】の副団長――リヴェリア・リヨス・アールヴさんで、その主要幹部――ガレス・ランドロックさんだったな。

 

 リヴェリアさんはオラリオでも最強の魔導士と呼ばれているとエイナさんも言ってた。恐らくだけど、僕が使うテクニックなんかよりも強力な魔法を使うだろう。次にガレスさんは種族に見合った力と耐久に特化して、前衛をメインとした戦士。言うまでもなく、僕が力勝負しても絶対に勝てないだろう。

 

 ファントムクラスの僕は魔法による後衛や、剣での前衛は出来る。けれど特化型の二人と違うので、その分野だけの勝負を挑まれたら絶対に勝てない。昨日まで手合わせをしていた、剣に特化したアイズさんのように。ファントムクラスなどの上級職は状況に応じた戦いは出来るけど、一つの分野に特化した相手には勝てない。尤も、前衛特化のハンタークラス、後衛特化のフォースクラスなら話は別だけど。

 

 そう言えば話は変わるけど、確かリヴェリアさんだったかな。僕が使うテクニックに凄い反応をしていたのって。

 

「その顔を見ると思い出したようだね。副団長が女性エルフのリヴェリアで、主要幹部が男性ドワーフのガレスだ。特に、そのリヴェリアが君の扱う魔法に物凄く興味を持っていてね」

 

「僕の魔法に?」

 

「四十以上の魔法を扱う事が出来る君と是非とも話をしてみたいと言っててね。この前の戦争遊戯(ウォーゲーム)を観戦してる時には、食い入るように見ていたんだ」

 

「へぇ、そうなんですか。僕程度の魔法にそこまで……」

 

「いやいやベル、うちから見ても自分が使こうてた魔法は驚愕もんやからな」

 

「そうだよ、ベル君。戦争遊戯(ウォーゲーム)が終わった後は本当に大変だったんだからね」

 

 フィンさんと僕の話にロキ様と神様がそう言ってきた。

 

 確かに二人の言う通りだ。もしも神様が僕を連れてメレンに避難しなければとんでもない事になっていたかもしれない。

 

「と、ところでフィンさん、そのリヴェリアさんはどうしてるんですか? その人が副団長なら、此処でフィンさんと一緒にいる筈なのでは?」

 

「……最初はそのつもりだったんだが」

 

 僕が話題を変えると、フィンさんは急に答え辛そうな感じだ。

 

「ベル・クラネル。先に言っておくが、君も知っての通り、リヴェリアはオラリオの中でも屈指の魔導士とも呼ばれている。それもあってか、魔法に対する探求心が人一倍強くてね。もしも此処に連れてきたら、遠征そっちのけで君の魔法について延々と談議をするかもしれないと思って、敢えて連れて来てないんだ」

 

「そ、そう、なんですか……」

 

 僕のテクニックについて延々と談議するって……それは流石に勘弁して欲しいかも。

 

「遠征時にはそうならないよう僕やガレスが目を光らせておくけど、もしも捕まった場合は覚悟しておいた方がいい」

 

「な、なんか聞けば聞くほど、段々そっちの副団長君があのアマゾネス君並みに危険な気がするんだけど……大丈夫なのかい?」

 

「安心せい、ドチビ。リヴェリアはティオナと違って常識のある副団長や」

 

 神様の発言にロキ様がリヴェリアさんを擁護する様に言い返した。

 

 ついさっき突然現れたティオナさんの事もあるから、擁護したくなるのは分からなくもない。

 

 あ、今更だけどティオナさんはどうしてるのかな? ティオネさんに無理矢理連れて行かれたけど、あの人がそう簡単に諦めるとは……これ以上は止めておこう。下手に考えてるとまた現れそうな気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、その頃――

 

「そこを通してよティオネ!」

 

「ダメだって言ってんだろうが!」

 

 強制的に中庭へ連れて来られたティオナは、ティオネと激しい口論をしていた。それを遠巻きに見ている団員達は訝っているも、今の二人に関わると碌な事が無いと思ってスルーしている。

 

 因みにティオナがベルとヘスティアが応接室にいるのを知ったのは、応接室から出たラウルから聞いたのだった。『ベル・クラネルが本拠地(ホーム)に来ている』と。それを聞いた瞬間、ティオナはベルに会おうと応接室へ駆け付けるも、ティオネによって無理矢理中庭へ連れて行かれたのであった。

 

 そんな中、口論している二人に声を掛けようとする者がいる。 

 

「ティオナ、ティオネ、どうしたの?」

 

 声を掛けたのは【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインだった。

 

 それを聞いた姉妹は一旦口論を止めて、彼女の方へと振り向く。

 

「あれ、アイズ?」

 

「珍しいじゃない。貴女が今も本拠地(ホーム)にいるなんて」

 

 ティオナとティオネが不思議そうにアイズを見ている。

 

 いつものアイズであれば、予定が無ければ遠征の準備期間ギリギリでもダンジョンに行こうとする。しかも帰ってくるのは夕方、もしくは夜中頃に。

 

 そんな彼女が昼過ぎになっても本拠地(ホーム)にいるから、ティオナとティオネが不思議に思うのは当然だ。

 

「本当は今日も出掛ける予定だったけど、急に無くなっちゃって……」

 

 アイズの言う通り、今日は本来であればベルと手合わせをしている予定だった。けれど昨日、ベルから『明日は大事な用事があるので、手合わせはお休みにさせて下さい』と言われた。

 

 彼からの急なお休み発言に、アイズは内心凄いショックを受けた。ダンジョンでモンスターと戦うより有意義に感じていたアイズとしては、思いも寄らない不意打ちだったので。

 

 それにベルにはこうも言われた。

 

『アイズさん。余計なお節介かもしれませんが、明日は本拠地(ホーム)で一日過ごしてみたらどうですか? 強くなりたいのでしたら、身体を休めるのも必要な事ですし』

 

 ベルのアドバイスを受けたアイズは言われた通り実践しようと、今日はダンジョンに行かないと決心する。

 

 本拠地(ホーム)で過ごすのは余りにも暇だったので、遠征の準備をしている団員達の手伝いをする事にした。けれど、準備をしている団員達に話しかけてもやんわりと断られる始末。

 

 やっぱりダンジョンに行こうかと考えるも、ベルからのアドバイスを無下にする訳にはいかないと踏み止まり、今もこうして本拠地(ホーム)で退屈な時間を過ごしているのであった。

 

 因みに本拠地(ホーム)にレフィーヤはいない。ベルに対抗心を燃やしてアイズと特訓したがってる彼女だが、今日は別の予定がある為に朝から出掛けていた。もし彼女が今日のアイズは一日中、本拠地(ホーム)にいると知ったら状況は変わったかもしれないが。

 

「ところで、ティオナ達はどうして大声を上げていたの?」

 

「あ、そうだ! 聞いてよアイズ! 今、応接室にアルゴノゥト君が来てるんだよ!」

 

「……ベルが?」

 

 ティオナからの予想外な発言にアイズは目を見開く。

 

「どうしてあの子が此処に?」

 

「分かんないよ。だから会いに行こうとしたんだけど、ティオネが――」

 

「当たり前でしょう! 団長の前だったのよ!?」

 

 当然だと言い返すティオネの台詞を聞いてアイズはすぐに納得した。ティオナとティオネが此処にいる訳を。

 

 常識的に考えれば、普通に考えて客人のベルが団長と話してる最中に入ったティオナの行動は完全なマナー違反だ。ティオネは分かっているのだが、フィンを第一優先にしている為、それについて指摘をしていない。

 

「とにかく! 団長が話を終えるまで、誰であろうと此処から先は一歩も通さないわよ!」

 

「何でよぉ!?」

 

 門番同然な台詞を言うティオネだが、アイズはティオナと同様ベルに会いたがっていた。何故今日の手合わせを休みにして、自分達の本拠地(ホーム)へ来ている理由を問う為に。

 

 すると―― 

 

「るっせぇぞ、馬鹿ゾネス共! さっきから何ゴチャゴチャ騒いでいやがる!?」

 

 今度はベートが現れた。

 

 朝から誰にも知られないよう自主練をしているベートだったが、小休止をしようと部屋に戻ろうとしていた。そんな時に中庭でティオナとティオネが騒いで耳障りだった為、黙らせようと態々やって来た。

 

 けれど、ティオナとティオネは聞こえてないのか、今も口論を続けている。アイズは聞こえたのか、すぐにベートの方へと振り向く。

 

「ベートさん」

 

「あ? 何でアイズが……まぁいい。おいアイズ、何でアイツ等は此処で騒いでいやがんだ?」

 

 ベートもティオナ達と同様、アイズが本拠地(ホーム)にいる事を疑問に思うも後回しにした。

 

 無駄に騒いでいるアマゾネス姉妹の理由を尋ねると、アイズはすぐに答えた。

 

「はぁ!? 何で兎野郎が本拠地(ここ)に来てやがるんだよ!?」

 

 ベルがいると知った途端、ベートもアマゾネス姉妹と同様に叫ぶのであった。

 

 中庭で(アイズを除く)【ロキ・ファミリア】の幹部勢が騒いでいる光景に、遠巻きから見ている他の団員達は疑問を抱く一方だ。しかし、誰一人注意する者はいない。あそこに入ってまで注意をする度胸が無い為に。




ベルが【ロキ・ファミリア】の本拠地(ホーム)にいる事で過敏に反応する幹部勢でした。


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ロキ・ファミリアの遠征 幕間②

久しぶりの更新ですが、今回は短いです。

内容が内容なので、フライング投稿にします。


 【ロキ・ファミリア】団長のフィンさんと主神ロキ様に遠征参加の表明後、一通りの話を終えた僕と神様は【ロキ・ファミリア】の本拠地(ホーム)を後にした。ティオナさん達と鉢合わせないよう、裏門からコッソリと脱出して。フィンさんがこの後、ティオナさん達に僕が遠征に参加する事を説明するようだ。

 

 次に会うのは明後日の朝方で、場所は中央広場(セントラルパーク)。そこでフィンさんが【ロキ・ファミリア】の団員達に僕を紹介する予定になっている。その時に僕も挨拶の一言をするよう言われてるから、当日までに考え中である。

 

「ほう、【ロキ・ファミリア】の遠征に参加とは。ベルも随分と思い切った決断をしたのだな。大変だと思うが、頑張るのだぞ」

 

「……ベル、私も応援してる。だから遠征中に薬草を採って来て欲しい」

 

 既に僕と神様は仮の本拠地(ホーム)――『青の薬舗』へと戻っており、ミアハ様とナァーザさんに先程までの事を話していた。

 

 ミアハ様は優しい笑みを浮かべながら応援し、ナァーザさんも同様だけどアイテム採取を頼まれた。聞いた話によると、ダンジョンに『大樹の迷宮』というのがあって、ポーション等の原料となる薬草があるそうだ。

 

「君は相変わらずちゃっかりしてるねぇ、ナァーザくん」

 

 ナァーザさんの台詞に神様は呆れながら言ってると、僕はある事を思い出した。

 

「そう言えば神様、新しい本拠地(ホーム)の改装はそろそろ終わると聞いてましたが」

 

「ああ、それなら昨日ゴブニュから連絡があったよ。明後日頃には終わるってさ」

 

「明後日、ですか」

 

 その日は僕が遠征に行く日だ。出来れば遠征前に神様と一緒に見てみたかったけど、こればっかりは仕方ないか。

 

 すると、神様は僕に向かってこう言った。

 

「安心しな、ベルくん。君が遠征中の間、新しい本拠地(ホーム)に行かないよ。ボクとしては君と一緒に見ようと思ってるから、それまではミアハの本拠地(ホーム)にいるよ」

 

「え? でも、それじゃミアハ様達にご迷惑じゃ……」

 

「私は全然構わないぞ。こちらとしては、そなた達がいるお陰で色々と助かっているからな」

 

「……その代わり、宿泊料は頂くから。出来れば採ってくる薬草も多めに頼む」

 

「これこれ、ナァーザ。いくらなんでも欲張り過ぎだ」

 

 どうやらミアハ様とナァーザさんは、神様がもう暫く滞在する事に反対してないようだ。ナァーザさんからの要求にミアハ様が窘めようとするも、彼女はお店の為だと言い返した。

 

 【ミアハ・ファミリア】は『二属性回復薬(デュアル・ポーション)』の作成で今月分の借金を返せたけど、それでもまだ多く残っているのが現状だ。なのでナァーザさんは早く借金を返す為に心を鬼にして………いるのかは分からないけど、お金に関して厳しい人だ。

 

 まぁ、それは別に良い。今もお世話になっているミアハ様達に宿泊料を支払うのは当然だと僕は思っている。遠征中に神様を滞在させる分の宿泊料は出すつもりだ。あと彼女の要望通りに、薬草も採ってくるつもりでいる。と言っても、遠征で後方支援の治療師(ヒーラー)として活動する僕に、薬草を採れる機会があれば良いんだけど。

 

 あ、そうだ。【ロキ・ファミリア】の遠征に参加する事をエイナさんにも言っておかなきゃ。フィンさんから、遠征を行う際はギルド本部に報告する必要があると言っていた。

 

 神様達にギルド本部へ行く事を言った後、僕は再び出掛けようと仮本拠地(ホーム)を出た。

 

 

 

 

 

 

 

「アルゴノゥト君があたし達の遠征に参加!? それホントなの!?」

 

「おいフィン、説明しろ! 何であの兎野郎を連れて行くんだ!?」

 

 場所は変わって、【ロキ・ファミリア】の本拠地(ホーム)――『黄昏の館』。

 

 ベルとヘスティアがいなくなった後、フィンはすぐに幹部達を部屋に集めて説明していた。因みにロキは、再び団員達の【ステイタス】更新を再開したので、この場にはいない。当の本人は遠征間近で更新は勘弁して欲しいと愚痴っていたが。

 

 予想通りの反応と言うべきか、ベルの遠征参加にティオナが喜ぶようにはしゃいでいる。大好きなベルと一緒に遠征に行ける事を喜んでいるから。

 

 次に反応したのはベート。ティオナと違ってフィンに説明を求めた。ベルの実力を(一応)認めてはいるものの、遠征に参加させる事に納得していないので。

 

「落ち着くんだ、二人とも。ちゃんと説明するから」

 

 こうなる事を前以て分かっていたフィンは慌てる様子を見せず、ベルを遠征に連れて行こうとする理由を説明する。

 

 因みにティオナやベートだけでなく、一緒に聞いていた他の幹部達も充分に驚いていた。ティオネやラウルは勿論の事、そして聞いていたアイズも。

 

(ベルが、私達の遠征に……)

 

 フィンが説明してる最中、アイズは声に出さずともティオナと同じく喜んでいた。ベルの事をもっと知る事が出来て、更に強くなれるかもしれないと。

 

 アイズとしては、ベルが遠征に同行しても問題無いと思っている。この数日の間、何度もベルと手合わせをして実力をある程度理解しているので。尤も、彼女としては未だにベルが全力を見せない事に不満を抱いているが。

 

(あ、そう言えば……)

 

 そんな時、ふと思い出した。手合わせ中にベルの動きが鈍かった時の事を。

 

 いつもだったら自分の攻撃を問題無く回避していたベルが、急に当たってしまったのが何度もあった。更には気絶してしまった事も含めて。

 

 ベルが気絶してる時に膝枕をさせて、彼の頭を撫でながら疑問を抱いていた。何故急に動きが鈍くなったのかと。

 

 思い切って理由を聞いた結果、悩みがあるとベルは教えてくれた。ある【ファミリア】からパーティの誘いがあってどうしようかと悩んでいたらしい。

 

 ベルの悩みを聞いたアイズは参加すべきだと答え、一体どこの【ファミリア】なのかと思っていた。けれど、フィンの話を聞いて漸く合点がいった。ベルが【ロキ・ファミリア(じぶんたち)】の遠征に参加するかしないか悩んでいたのだと。

 

(もしかして……私が後押ししたから参加しようとしたのかな?)

 

 その時のアイズは思った通りの事を言っただけだが、自分達の遠征に関わっていたなんてアイズは微塵も考えなかった。今となっては、我ながら良い返答をして良かったと前の自分を誇らしげに思っている。

 

 ベルの遠征参加は自分の功績かもしれないと、内心ガッツポーズを決めるアイズ。

 

「以上が、ベル・クラネルを参加させようと思った理由だよ。それに君達も、治療師(ヒーラー)がいかに重要であるかを理解している筈だ」

 

(あ……)

 

 そんな中、フィンが幹部にベルを遠征に参加させる理由を話し終えていた。アイズは不味いと思いつつも、何とか誤魔化そうとする。

 

「チッ……」

 

 説明を聞いていたベートは未だに不満気だが、舌打ちをしながら押し黙った。ベルがそれなりの実力者であると同時に、自分では出来ない治療師(ヒーラー)としてやれる事も知っていたので。

 

「ラウル、遠征中はベル・クラネルと行動してもらうよ」

 

「じ、自分がっすか?」

 

「ええ~!? 何でラウルとなのぉ!? あたし達と一緒でもいいじゃん!」

 

 自分が指名されるとは予想しなかったラウルに対して、ティオナが速攻で抗議した。彼女としては、大好きなベルと一緒に戦えると思っていたので。

 

 こうなる事も予想してたように、フィンは宥めようとする。

 

「流石にそれは無理だよ、ティオナ。いくら彼が中層まで行ける実力があるとは言っても、まだ冒険者になったばかりでダンジョン探索の経験が浅い。下層や深層に対する知識のないまま彼を前線に出してしまったら、却って僕達の足手纏いになってしまう」

 

「だったらそこはあたし達がフォローすれば――」

 

「いい加減にしなさい、ティオナ!」

 

 文句を言い続けるティオナに、姉のティオネが痺れを切らしたようにきつい口調で言い放つ。

 

「団長の決めた事に文句言ってると、私がぶっ飛ばすわよ?」

 

「う……そ、それでもさぁ!」

 

 フィン絡みになるとティオネが誰であろうと容赦しない事を知ってるティオナは、彼女から発する怒気に少し押し黙る。

 

 しかし、ベルと一緒に戦いたいティオナも負けじと言い返そうとしていた。このままだと姉妹喧嘩になりそうな雰囲気の中、リヴェリアとガレスが止めようとする。 

 

「そこまでにしろ、お前達」

 

「ティオナ、お主の気持ちは分からんでもないが、これはもう決定事項なんじゃ。それにお主は【ロキ・ファミリア】の幹部として遠征に行くのだから、あの小僧ばかり見てる訳にもいかんじゃろうに」

 

「ぶ~……」

 

 二人からの台詞に、ティオナはさっきまでの勢いが徐々に失われつつあった。

 

 普段から天真爛漫で誰とでも笑顔で接する彼女だが、【ロキ・ファミリア】を代表する幹部。少しおバカな所があるティオナでも、それくらいの自覚はしている。

 

 漸く落ち着いたティオナを見たフィンは、ラウルに指示を出そうとする。

 

「それじゃあラウル、君にはベル・クラネルと行動する際にやってもらいたい事がある」

 

「何をっすか?」

 

「それは――」

 

 色々な指示を出してくるフィンに、これはまた忙しくなりそうだと内心嘆息するラウルであった。

 

 そんな中――

 

(明日はベルと最後の手合わせ……あ、そう言えばレフィーヤの訓練もあった)

 

 アイズは手合わせ最終日に意気込むも、その日には別の訓練もある事を思い出していた。

 

 因みにそのレフィーヤだが、本拠地(ホーム)に戻った後にベルが遠征に参加する事を聞いて思いっきり叫んだのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 一方、そのベルは――

 

「ねぇベル君、もう一回言ってくれないかな? 私、聞き間違えたかもしれないから」

 

「ですから、【ロキ・ファミリア】の遠征に参加しますと」

 

「………ねぇベル君、ちょ~っと向こうの部屋でお話をしようか」

 

「え?」

 

 ギルド本部でエイナに報告していた。

 

 しかし、聞いていたエイナは余りにも非現実的な内容だったのか、少しばかりベルとOHANASHIをしようと強制的に応接室へと連行させた。




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ロキ・ファミリアの遠征⑬

 エイナさんと何故か説教染みたお話をされた翌日の朝。

 

 並びに『遠征』前日。そしてアイズさんとの鍛錬最終日。

 

 昨日は【ロキ・ファミリア】に遠征の参加表明をしようと早朝の鍛錬は休みにした。その反動なのかどうか分からないけど、いつもの場所へ来るとアイズさんが物凄くやる気満々な感じで待ち構えていた。

 

 いざ始めようと武器を構えた途端、アイズさんは全力で戦って欲しいとお願いしてきた。一応理由を尋ねてみると、フィンさんから僕が遠征に参加するのを聞いて、遠征前にどうしても僕の全力を知りたいそうだ。

 

 僕としてもアイズさんと全力で相手をするのは吝かではない。けれど、遠征前日にそれをやってしまったら、確実に支障が出てしまう程の負傷をしてしまう。なので僕は全力を出さない理由を述べながら丁重に断った。

 

 とは言え、惚れた女性からのお願いを無下にするのは僕の信条に反するので、ちょっとした妥協案を出す事にした。闇討ちの時に戦った猫人(キャットピープル)の男性に使った抜剣(カタナ)――呪斬ガエンのみで手合わせをする、と言う妥協案を。

 

 僕が全力で戦う時に使っていた武器の一つだと思い出したのか、アイズさんは不満気な様子でありながらも何とか折れてくれた。手合わせをする前に少し疲れたのは内緒だ。

 

 手合わせを開始して早々、僕とアイズさんが繰り出す剣戟の音が鳴り響く。

 

 真正面から攻めるアイズさんに対し、僕は主に側面や背後から攻める。

 

「はあっ!」

 

「っ!」

 

 僕の斬撃を、アイズさんが自身の剣で防ぐ。ほんの僅かだけど、彼女の表情が少し歪んでいた。多分だけど、斬撃の威力が前より重くなってる事でああなっていると思う。

 

 呪斬ガエンの打撃力は、前までの手合わせで使っていたフォルニスレングと違って結構高い。武器の打撃力が高ければ高いほど、斬撃を受け止める衝撃も強くなる。

 

 けれど、僕が今使っている抜剣(カタナ)は打撃力が高いだけじゃない。他にも面白い潜在能力――『呪斬怨魂・改』が備わっている。

 

 『呪斬怨魂・改』は威力が上がる他に、通常攻撃性能も強化される。その強化とは、通常攻撃をした時に黒い玉の追撃が発生するというものだ。分かりやすく言えば、自分の斬撃+黒い球の追撃での二回同時攻撃が出来る。

 

 しかし、この潜在能力は本来であればブレイバークラスに相応しい。ファントムクラスの僕が使っても、追撃の威力が少し落ちているので。とは言え、多少の威力が落ちても充分に使える武器だ。僕としても結構気に入ってるし、キョクヤ義兄さんから勧められた武器でもあるので。

 

 まぁ、それは置いておいて。もしこれがモンスターとの実戦だったら、僕はもうとっくに『呪斬怨魂・改』を発動させている。生憎とこれは手合わせなので、敢えて発動させないようオフにしている。もしやれば、アイズさんは今まで以上に警戒するどころか、恐ろしい魔剣だと思われてしまうので。

 

 後々になってアイズさんに色々と文句を言われるかもしれないけど、そこはどうにか納得してもらうしかない。いくらアイズさんでも、おいそれと手の内を明かす事は出来ないから。

 

「これで、終わりだね」

 

 そして一時間以上の手合わせが終わると、アイズさんは凄く名残惜しそうに言った。

 

「ありがとうございます、アイズさん。遠征前で忙しいのに、こうして手合わせしてくれて」

 

「……ううん。寧ろこっちこそありがとう。私のわがままに付き合ってくれて」

 

 僕がお礼を言うと、アイズさんも同様に言い返した。

 

 昨日を除いたこの一週間、僕としては結構有意義なものだった。

 

 『Lv.6』の【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインさんと言う格上の相手と手合わせし続けた事で、少し鈍り気味だった戦いの勘が完全に戻っている。と言っても、またある程度の日数が経てば前みたいに戻ってしまうかもしれないが。

 

 遠征前に勘を取り戻す事が出来て本当に良かった。もし下層や深層の強いモンスターと戦う事になったとしても、即座に対応して迎撃する事が出来る。後方支援の治療師(ヒーラー)として活動する僕に、それらのモンスターと戦う機会があればの話だけど。

 

 まぁそれでも、警戒をしておくに越した事はない。いくら【ロキ・ファミリア】がいるからと言っても、ダンジョンでは常に異常事態(イレギュラー)が付き物となってる。だから僕も、常に戦える状態にしなければならない。

 

「ねぇベル、遠征が終わった後なんだけど……。時々でいいから、手合わせしてもらって良いかな?」

 

「え? そ、それは僕にとっては願ってもない事ですけど……本当に良いんですか? 僕は他所の【ファミリア】で、貴女より格下の冒険者なんですが」

 

「ベルは格下なんかじゃないよ。私から見ても充分に強い。それに……君と手合わせする方が、私はもっと強くなれる気がするから」

 

 僕相手にそこまで思ってくれてるなんて……。嬉しい事は嬉しい。でも、何となくだけど、アイズさんの考えが何となく読めた。

 

 恐らくだけど、アイズさんは全力の僕と手合わせしてみたいと今も思ってるかもしれない。今回は諦めて貰ってるけど、アイズさんの性格と戦闘狂(バトルジャンキー)なところを考えれば、何が何でも全力の僕と戦ってみたいと容易に察する事が出来る。

 

 フィンさんみたいに計算高い事を考えてる人だったら丁重にお断りするけど、純粋に全力の自分と戦いたいと思ってるアイズさんだと無下に出来ないんだよなぁ。別に相手が一目惚れした女性だからと言う訳じゃない。

 

 一先ず『機会があれば、またお願いします』と了承の返事はしておいた。それを聞いたアイズさんはありがとうと凄く可愛い笑みをしながら言った事に、僕が思わず見惚れてしまったのは内緒だ。

 

「それじゃあ、明日の遠征で」

 

「うん」

 

 最後の早朝手合わせを終えた僕はアイズさんと別れ、明日の遠征に備えて準備をしようとする。

 

 

 

 

 

 

 凄い勢いですっ飛ばしたように思える翌日。

 

「では神様、行ってきます!」

 

「気を付けるんだよ、ベル君」

 

「ベルよ、決して無理をするでないぞ」

 

「……無事に帰って来てね」

 

 準備を終えた僕に神様とミアハ様、そしてナァーザさんがそう言いながら見送ってくれた。

 

 『青の薬舗』を後にした僕は集合場所へ行く途中、『豊穣の女主人』を通るとシルさんとリューさんがいて――

 

「ベルさん、今日はいつもと違って腕によりをかけたお弁当です。それと……無事に戻って来て下さいね?」

 

「クラネルさん、シルにこう言われた以上はちゃんと帰って来て下さい。では、御武運を」

 

 (シルさんの)手作りお弁当を受け取りながら帰って来るようにと言われた。

 

 僕は元より帰ってくるつもりでいる。だからシルさんとリューさんを決して悲しませたりはしない。

 

 お弁当を収納してすぐ、集合場所である中央広場(セントラルパーク)に辿り着く。

 

 そこには道化師(トリックスター)が刻まれた団旗の周囲に多くの冒険者達がいる。あの団旗は【ロキ・ファミリア】のエンブレムであり、周囲にいるのは当然【ロキ・ファミリア】の団員達だ。

 

「やあ、ベル。待っていたよ」

 

「あ、フィンさん」

 

 僕が来た事に気付いたのか、フィンさんが真っ先に声を掛けてきた。それに反応したのか、【ロキ・ファミリア】の団員達が一斉にこっちへ視線を向けてくる。

 

「まさか集合時間の三十分前に来るなんてね」

 

「すいません。初めての遠征ですから、遅れないようにと用心しすぎてしまって……ひょっとして、早く来たのは不味かったですか?」

 

 不安そうに尋ねる僕に、フィンさんは笑顔で答える。

 

「いいや、そんな事はないから安心してくれ。一昨日言ったように、時間になったら君を紹介するから、その時に一言頼むよ」

 

「は、はい!」

 

 フィンさんが確認を込めたように言ってきたので、僕はすぐに返事をした。

 

 取り敢えず僕の一言は『若輩者ですが、皆さんの遠征の足を引っ張らないよう頑張ります』と、無難な事を言うつもりだ。

 

 すると、僕とフィンさんが話している際に、女性エルフと男性ドワーフの二人が此方へ来る。

 

「待っていたぞ、ベル」

 

「ベルよ、一昨日ぶりじゃのう」

 

「あ、はい。一昨日はどうも」

 

 一昨日にフィンさんから紹介されたハイエルフのリヴェリアさんと、ドワーフのガレスさんが僕に声を掛けてきた。因みに二人からはフィンさんと同様に、名前で呼んでいいと許可を貰っている。それは当然、向こうも僕の事を名前で呼ぶ事となった。

 

 僕が返しの挨拶をした後、リヴェリアさんが妙に迫ってくるような感じで言ってくる。

 

「遠征の間だが、困った事があればいつでも言ってくれ。ところでベル、もしもお前が魔法を使わざるを得ない事態になった場合、その時は近くで見ても構わないか?」

 

「え? ま、まぁ別に見るくらいでしたら……」

 

「そうか。ではその魔法についての質問もして――」

 

 不穏な空気を察したのか、フィンさんとガレスさんがすぐに止めに入ろうとする。

 

「はいはいリヴェリア、ちょっと落ち着こうね」

 

「遠征前に何をやっとるんじゃ、お主は」

 

 二人に止められると、リヴェリアさんはハッとしたような表情となった。途端に誤魔化すような咳払いをしている。

 

「す、すまなかった。私とした事が、ついお前の魔法が気になってしまって……」

 

「はぁ……」

 

 前にフィンさんが言ってたけど、リヴェリアさんって本当に魔法に対する探究心が人一倍強いようだ。何かこの先、隙あらば僕のテクニックについて根掘り葉掘り聞き出してくる予感がする。

 

 これ以上僕といるのは不味いと思ったのか、フィンさんは『では後で』と言ってガレスさんと一緒にリヴェリアさんを連れて離れた。

 

 いきなりの事に僕が呆然としてる中、【ロキ・ファミリア】の団員達が何やらヒソヒソと小声で話していた。何やらエルフらしき人達が少しばかり僕に対して睨んでいるような……気のせいと言う事にしておこう。

 

 もしかして早まったかもしれないと少しばかり後悔してると、見知らぬ黒髪の女性が僕に声を掛けてきた。

 

「お主、もしやベル・クラネルか?」

 

「え? ああ、はい。そうですが、貴女は?」

 

 その人は僕よりちょっと背が高く、片眼用の眼帯を付けた美人な女性だった。アマゾネスなのかは分からないけど、健康的な褐色肌をしている。

 

「ふむ、やはり手前の事は知らぬようだな。ならば自己紹介をしよう。手前の名は椿・コルブランド。【ヘファイストス・ファミリア】の団長を務める鍛冶師だ」

 

「えっ!?」

 

 女性の自己紹介に、僕は思わず驚愕の声を出した。

 

 確か【ヘファイストス・ファミリア】はオラリオの中でも有名な鍛冶師系ファミリアで、一級品の武具を製作しているって神様が言ってた。そして目の前にいるのが、まさか有名【ファミリア】の団長なんて完全に予想外だ。

 

「し、失礼しました! 僕はまだ、オラリオに来たばかりでしたので……!」

 

「よいよい! そのような事で怒ったりなどしないから、安心するがいい」

 

 無知な僕にコルブランドさんは気にしないどころか、豪快に笑い飛ばした。

 

「そ、そうですか。それで、コルブランドさん――」

 

「おっと、手前の事は遠慮せず『椿』と呼んでくれ。家名より、名前で呼ばれる方が良いのでな」

 

「は、はぁ。では椿さん、で良いですか?」

 

「うむ」

 

 コルブランドさん、じゃなくて椿さんは頷いた。

 

 まさかいきなり有名な人と会って早々に名前で呼ぶ事になるとは……。

 

「まぁ、それはもう良いとしてだ……。ベル・クラネル、この前の戦争遊戯(ウォーゲーム)を見せてもらったが、素晴らしい活躍であったな」

 

「ど、どうも……」

 

 どうやら椿さんが僕に声を掛けたのは、以前の戦争遊戯(ウォーゲーム)関連のようだ。

 

 知っての通り、僕は【アポロン・ファミリア】との戦争遊戯(ウォーゲーム)で凄く目立つ事となった。神様が咄嗟に機転を利かせて、メレンに一週間滞在した事で今は一通り落ち着いている。

 

 しかし、今でもそれ関連で僕に声を掛けてくる人はいた。今のところ【ディアンケヒト・ファミリア】のアミッドさんに、【ゴブニュ・ファミリア】の主神ゴブニュ様だ。そのお二人は揃って僕の事を称賛していた。

 

「お主が使っていた武器を見て、年甲斐もなく魅入ってしまった。もし良ければ、あの時に使っていた剣を見せてくれぬか?」

 

「え? 剣を……ですか?」

 

 この人が言う剣とは、僕が戦争遊戯(ウォーゲーム)で使った抜剣(カタナ)――『フォルニスレング』の事だろう。

 

「うむ。あの燃え盛る炎を刃にしたような形状は全く見た事がなくてな。機会があればお主に会って見せてもらおうと思っていたのだが……どうやら今は持っていないようだな」

 

「あ、いや……」

 

 先程まで笑顔で言っていた椿さんだが、僕が抜剣(カタナ)を持ってきてないと思ったのか、少し残念そうな表情になった。

 

 因みにフォルニスレングを含めた全ての武器は、全て電子アイテムボックスに収納してて、すぐに展開して取り出す事は出来る。

 

 けれど、今それを出してしまったら、椿さんは間違いなく食いついてくるので止めておくことにした。

 

「昨日にフィンから聞いたのだが、お主は今回の遠征で後方支援の治療師(ヒーラー)として活動するそうだな」

 

「ええ、まぁ……」

 

「手前としては、お主が前線で戦うところを近くで見たかったが……まぁ、致し方あるまい。またの機会にするか」

 

 どうしよう。何かこの人、もう勝手に僕の武器を見る事を決定してる感じだ。と言うより、僕はまだ『見せてもいい』と言った憶えはないんですけどね。

 

 椿さんと話してる最中、僕の後ろから誰かが近づいてくる気配を感じた。振り向くと、以前に戦った狼人(ウェアウルフ)――ベート・ローガさんがいた。

 

「えっと……お久しぶりですね、ベート・ローガさん」

 

「…………………」

 

 僕が挨拶をしても、ベートさんは黙って僕を見ている。しかも凄く不機嫌そうに。

 

 この人がそうなる気持ちは分かる。僕が運良く勝った件の事があって、今も凄く気に食わないんだろう。

 

「どうしたのだ、ベート・ローガ。何やら不機嫌そうな面をしておるが」

 

 椿さんはベートさんを知ってるのか、気兼ねなく声を掛けている。しかし、当のベートさんは彼女を無視していた。

 

 その直後、漸く口を開いて僕に話しかけようとする。

 

「おい、兎野郎」

 

「は、はい!」

 

 低い声で言ってくるベートさんに思わず姿勢をビシッとする僕。

 

 兎野郎とは僕の事なんだろうけど、せめて名前で呼んで欲しかった。と言っても、今のベートさんにそう言っても聞いてはくれないだろうけど。

 

「足手纏いになったら承知しねぇからな」

 

「ど、努力します!」

 

「……チッ」

 

 不機嫌そうに言った後、今度は舌打ちをしながらどこかへ行ってしまった。

 

「? ベート・ローガの奴、何やら不機嫌であったが、いつもと様子が変だったな。お主、彼奴と何かあったのか?」

 

「まぁ、ちょっと色々とありまして……」

 

 ベートさんが以前に僕と戦って負けたから、なんて言えやしない。もし言ったら最後、絶対にキレて襲い掛かってくるだろう。

 

 どうやって誤魔化すかを考えてると――

 

「アルゴノゥトくぅぅぅぅんっっ!!」

 

「! この声はっ!?」

 

 聞き覚えのある声を聞いた瞬間、すぐ両足に力を入れた。その直後、何かが僕とぶつかった。

 

 幸いと言うべきか、僕が両足に力を入れて踏ん張った事で倒れていない。

 

 そして――

 

「久しぶりぃ、アルゴノゥト君!」

 

「お、お久しぶりです、ティオナさん……」

 

 ぶつかった……と言うより僕に思いっきり抱き着いてきたティオナさんが満面の笑みで挨拶をしてきたので、僕は苦笑いをしながら言い返した。

 

 予想外の光景だったのか、呆けた椿さんだけでなく、周囲にいる人達も目が点になっている。

 

 と言うかティオナさん、両剣(ダブルセイバー)らしき大きな武器を持ったまま抱き着くのは勘弁して下さい。

 

 しかし、僕の思いは通じなかったのか、ティオナさんは離れようとしなかった。それどころか、僕に抱き着く力を更に強めている。

 

「ちょっとティオナ! アンタ、こんな公衆の面前でいきなり何やってるのよ!?」

 

「良いじゃん別に! この後は暫くアルゴノゥト君と別行動になるんだから!」

 

 姉のティオネさんが来てくれたお陰で、僕は何とか開放される。だけどティオナさんが、時間になるまでは離れたくないと再び抱き着く。

 

 ティオナさんの言う通り、僕は彼女達と別行動になる予定だ。

 

 【ロキ・ファミリア】の遠征は大人数で行動するので、部隊を一班と二班の二つに分ける事となっている。そして18階層で合流した後、そこから一気に50階層へ移動するらしい。

 

 一班はフィンさんとリヴェリアさんで、二班はガレスさんが指揮を執る。治療師(ヒーラー)として活動する僕は、ガレスさん側の二班に組まれている。幹部勢のティオナさん達は一班なので、僕と別行動になる。

 

 如何でもいいんだけど、遠征前なのに何故か疲れた気がする。それに周囲の訝るように見てくる目も少し辛い。

 

 【ロキ・ファミリア】の幹部勢だけじゃなく、【ヘファイストス・ファミリア】の椿さんなどの大物冒険者達が、一介の新人冒険者である僕に声を掛けてくる。それは普通に考えてあり得ない光景だから、周囲が訝るのは当然だ。

 

 もうこのまま何事もなく集合時間になってくれと祈ってると――

 

「ベル、待っていた。今日はよろしくね」

 

「アイズさん……出来ればもう勘弁して下さい」

 

「?」

 

 無情な仕打ちと言わんばかりに、僕を見付けたアイズさんが親しみを込めた挨拶をした事で、一部を除く周囲からの視線が一気に厳しくなった。特に少し離れた所でずっと見ていたレフィーヤさんが、急に殺気立つように睨んでいる。

 

 あぁ、まだ遠征前の筈なのになぁ……。どうしてもう、こんなに疲れてるんだろう。




グダグダな内容ですが、遠征前でいきなり疲れてしまうベルでした。


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ロキ・ファミリアの遠征⑭

 ちょっとした騒動が起きるも、漸く遠征の時間になった。

 

 団長のフィンさんが今回の遠征を行う目的――未到達領域ダンジョン59階層の到達と、【ヘスティア・ファミリア】の僕と【ヘファイストス・ファミリア】の鍛冶師(スミス)達が同行する事を説明した。その後に僕に一言の挨拶をするように促されたので、前以て考えた内容を言ってる最中、様々な視線で見られながらも言い切った。

 

 それらが全て終わった後、一班のフィンさんとリヴェリアさん達が先行し、僕がいる二班はもう少し後になってから行く予定となっている。

 

「ベルくん、遠征の間は自分と一緒に行動してもらうっすよ」

 

「はい。よろしくお願いします、ラウルさん」

 

 ダンジョンに行く前に、僕はラウルさんと一通りの確認をしている。

 

 本当だったらラウルさんは一班として向かう予定だったけど、僕が遠征に参加した事で二班に変更となったようだ。それを聞いた僕は申し訳ない事をしたと謝るも、彼は『全然気にしてないっすから』と笑いながら言ってくれた。

 

 他にも、女性猫人(キャットピープル)のアナキティさん(以降はアキさん)、男性犬人(シアンスロープ)のクルスさん、女性人間(ヒューマン)のリーネさんとも少し話が出来た。

 

 その中で特にリーネさんが僕に話しかけてきた。主にベートさん関連で。さっき僕がベートさんと話していた内容を気になっていたみたいで、僕がそのまま教えると、何故か羨ましがられた。何でだろうか?

 

「そう言えばベル君、アイズさんと仲良さげに話してたっすね」

 

「あ、それ私も気になってた。君、いつの間にあの子と仲良くなったの?」

 

「え!? あ、いや、それはですね……」

 

 ラウルさんの発言に、アキさんが興味津々な感じで聞いてきたので答えるに答えれなかった。

 

 言える訳がない。昨日までアイズさんと手合わせしていただなんて言えば、僕は【ロキ・ファミリア】から総スカンを喰らってしまう。

 

 僕がどうやって誤魔化そうかと考えてる中、突然レフィーヤさんが此方に近付いてきた。

 

「ベル・クラネル! アイズさんと仲が良いからって調子に乗らないで下さいね! 貴方はあくまで他所の! 【ファミリア】なんですから!」

 

「そ、そうですね、レフィーヤさん」

 

 他所の【ファミリア】と矢鱈と強調するレフィーヤさんに、僕は取り敢えず頷いておいた。

 

 この人は僕がアイズさんと手合わせしている事を【ロキ・ファミリア】の中で唯一知っているから、色々と思うところがあって注意したんだろう。

 

「レフィーヤ! これから遠征に行く同行者に失礼な事を言うでない!」

 

「はうっ!」

 

 僕を注意した彼女の行動を見て頂けないと思ったガレスさんが叱った。それによってレフィーヤさんは涙目となる。

 

 因みにレフィーヤさんの台詞に同感だったのか、僕達の会話を聞いてる人達もうんうんと頷いている。やっぱりと言うか、アイズさんって【ロキ・ファミリア】内で人気あるんだと分かった。

 

 そしてある程度の時間が経った後、僕たち二班もダンジョンへ侵攻する事となった。今は何の問題もなくダンジョン7階層まで進んでいる。

 

 何度も言ってるけど、今回僕は後方支援の治療師(ヒーラー)として活動するので、前線に出て戦う訳にはいかない。

 

 それでもいつでも戦えるように武器は展開する。ファントム用の武器ではなく銃剣(ガンスラッシュ)――ブリンガーライフルを。

 

「ベルくん、その武器は何すか?」

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)で使ってない武器だと分かったのか、隣にいるラウルさんが訊いてくる。

 

 遠征に参加する以上、どの道は僕の手の内を明かす事になってしまう。なので、ある程度の情報を公開する予定だ。

 

 とは言え、武器の性能について細かく教えるほど、僕はそこまでお人好しじゃない。質問をしてきたラウルさんには悪いけど、後方支援用の武器とだけ答えておいた。

 

 因みに周囲にいる人達も、僕の武器が気になるのかチラチラと此方を見ていた。確かにこの世界の人から見れば、ブリンガーライフルの形状はとても変わっているから、周囲の人達が気にならない訳がない。けれど、僕は敢えて気にしないでいる。アークスとしての心構えの中に、どんな状況でも冷静になるようにと教えられているので。

 

 道中、上層のモンスターと出くわすも、【ロキ・ファミリア】の団員達が対処していた。なので僕の出番は一切無く、後方で大人しくしている。それでも油断はせず、周囲の警戒は怠っていない。以前、気を抜いて歩いてる最中、突然モンスターが現れて不意を突かれた事があるので。

 

 結果としてダンジョン上層では何の問題も起きなく、このまま中層へと向かう。

 

 この時の僕は全くと言っていいほどに予想してなかった。中層であのモンスターと再会する事を露知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 場所は変わって、ダンジョン中層内。

 

 とある【ファミリア】の二人が広間(ルーム)で話し合っている。

 

「オッタル、そろそろあの幽霊(ゴースト)兎がやって来るぞ。準備は出来てるんだろうな?」

 

「無論だ。既に仕上がってる。まさかお前が伝令として来るとはな、アレン」

 

「うるせえ。俺が来たのはあの方の命だ。誰が好き好んでテメエに会いに行くかよ」

 

「……まあいい。では、かの兎が来たなら奴を解き放つか」

 

「待て。幽霊(ゴースト)兎の周囲には【ロキ・ファミリア】の連中がいやがる。聞いた話ではあのクソ兎、奴等の遠征に参加しているそうだ」

 

「遠征だと? ………ならば引き離す必要があるな」

 

「フレイヤ様もそう仰られていた。あまり気は進まねぇが、俺の方で誘導させる。その間にテメエは奴等の足止めをしてろ」

 

「良かろう」

 

 

 

『ヴゥゥゥゥゥゥ………』

 

 二人から少し離れている所で何かが呻いていた。

 

 ソレは向こうが会話してる内容など全く分からないが、以前に見逃された相手――あの強者(ニンゲン)と再戦出来る事は何となく分かった。

 

 

 

 

 

 

 ダンジョン中層へ侵攻するも、今のところはコレと言って問題は起きなかった。

 

 上層と違ってモンスターの強さや数が格段に上がってる中層だけど、【ロキ・ファミリア】の前では大した障害になっていない。椿さんも含めた【ヘファイストス・ファミリア】の鍛冶師(スミス)達も相当な実力者揃いで、中層モンスターを難なく撃退していた。

 

 ラウルさんから聞いた話だと、椿さんは『Lv.5』の実力者らしい。鍛冶師(スミス)なのに、どうしてそこまで強いのかは分からないみたいだけど。

 

 未だに誰も負傷しておらず、後方支援の僕は相も変わらず何もする事がなくて暇も同然だった。隣にいるリーネさんはハラハラしながら周囲を見ている。

 

 すると、近くの壁がいきなり罅が入ったと思いきや、そこから一匹のヘルハウンドが僕とリーネさんに襲い掛かろうとする。

 

「トライインパクト零式!」

 

 素早く前方を切りつけ更に斬撃を飛ばす遠近両用の銃剣(ガンスラッシュ)フォトンアーツ――トライインパクト零式でモンスターを切り刻んだ。

 

 これは本来斬撃を飛ばす事が出来ないものだけど、フォトンアーツの性能や動作を変化させるカスタマイズ――PAカスタマイズによって使用出来るようになっている。

 

 他にも武装エクステンドやテクニックカスタマイズ、更には時限能力インストールなどのクラフトがあるけど、それを説明すると色々と長くなるので省かせてもらう。

 

『ガッ!?』

 

 上半身と下半身が見事に分かれたヘルハウンドは倒れて、上半身のみジタバタしてたけど、数秒後には動かなくなった。本来の武器じゃない銃剣(ガンスラッシュ)でも、やっぱり簡単に倒せるようだ。

 

「…………………」

 

 僕が一瞬でモンスターを倒したのが予想外だったのか、リーネさんは呆然としていた。

 

「リーネさん、怪我はありませんか?」

 

「っ! は、はいっ!」

 

 声を掛けると、彼女はハッとしながらも返事を返してくる。

 

「そ、それにしても、その魔剣も凄いですね」

 

「へ? 魔剣って何の事ですか?」

 

「ですから、その手に持ってる魔剣でヘルハウンドを……」

 

「ああ、さっきのは魔剣の力じゃなくて、僕の技ですよ」

 

 どうやらリーネさんはブリンガーライフルを魔剣と思い、それの力で倒したと勘違いしていたようだ。

 

「わ、技……? あの風の斬撃みたいなものが、ですか?」

 

「ええ。と言っても、戦争遊戯(ウォーゲーム)で使ってた技と比べたら――」

 

「今のが技と言うのは真か、ベル・クラネル?」

 

 話してる最中、いつのまにかこちらに来た椿さんが割って入ってきた。

 

 彼女が来た事に僕は内心驚き、リーネさんもビクッとしながら驚いた顔をしている。

 

「椿さん、ガレスさん達と前線で戦っている筈では……?」

 

「お主がその奇妙な武器でヘルハウンドを倒したのが()()目に入ってのぉ」

 

 偶然って……。僕の思い過ごしでなければ、戦闘中でもチラチラと僕の方を見ていたような気がするんですが。

 

「それよりもだ、ベル・クラネル。さっきのは本当に魔剣の力でなく、お主の技なのか?」

 

「え、ええ。仰る通り、僕の技でして――」

 

「椿! 戦闘中じゃと言うのに、いきなり持ち場を離れるでない! 早く戻らんか!」

 

 言ってる最中に前線で戦ってるガレスさんの怒鳴り声が聞こえた。それは勿論、椿さんに対してだ。

 

 しかし、怒鳴られた対象の椿さんは、邪魔が入ったみたいに少し煩わしそうな表情となってる。

 

「全くガレスの奴め、大事な所だと言うのに……」

 

「いやいや椿さん、今は戦闘中ですから戻りましょうね」

 

 気分を害してる椿さんを宥めるように言う僕に、彼女は仕方ないと言った感じで持ち場に戻る。

 

 僕とリーネさんは苦笑しながら見守ってる中、モンスターの戦闘はあと少しと言った感じで終わりとなりそうだ。

 

 それにしても、やはり【ロキ・ファミリア】は相当な実力者揃いばかりだ。ラウルさんが指揮してる中核メンバーの人達は、何度も出現する中層モンスターに慌てる事無く迎撃しつづけている。

 

 僕はもう既に中層へ進出してるけど、仲間と一緒に戦った事はない。この前やった戦争遊戯(ウォーゲーム)でリューさんと組んでもらっただけだ。なので、ああして仲間と一緒に戦うところを見てると羨ましく思う。

 

 リーネさんと一緒にラウルさん達の戦いを見守ってる最中、ふと気配を感じた。僕達が進んでいるルートとは別の道から、僕に対する敵意と殺意が込められた気配が。

 

「少し離れてて下さい、リーネさん」

 

「え?」

 

 キョトンとしてる彼女に気にせず離れるように言ってると、僕が凝視している暗闇の先から誰かが現れた。

 

 現れたのは……以前に闇討ちをしてきた猫人(キャットピープル)の男性だった。僕が認識した直後、彼は手にしてる銀の長槍を構えて即座に突進してきた。

 

「ぐっ!」

 

「よう。久しぶりだな、幽霊(ゴースト)兎」

 

 僕が咄嗟に銃剣(ガンスラッシュ)から本来の武器である長杖(ロッド)――カラベルフォイサラーへ切り替えて防御するも、向こうは防がれても気にせず声を掛けてきた。

 

「あ、貴方が何故、此処に……!?」

 

「この前の借りを返しに来た、とでも言えば分かるか?」

 

 どうやらこの人は闇討ちで手傷を負われた時の恨みを晴らす為に来たようだ。しかし、何でよりにもよって遠征中の時に……!

 

「ぼ、僕は今、【ロキ・ファミリア】の遠征に来てるんです!」

 

「んなもん知った事か」

 

 長杖(ロッド)と長槍の鍔迫り合いをしてる中、僕が都市最大派閥である筈の【ロキ・ファミリア】の名を出しても、猫人(キャットピープル)の男性は怯まない。それどころか、全く意に介してない反応だった。

 

 今はリーネさんと少し離れているけど、ここであの時の戦いを始めてしまったら確実に被害を被ってしまう。今は何とかこの人を別の場所へ誘導させないと。

 

 しかし、誘導させるにしても、猫人(キャットピープル)がちゃんと僕の後を追ってくれるか分からない。もし僕がこの場から離れても、リーネさんの安全が保障される訳でもない。

 

「ベルくん、大丈夫っすか!?」

 

「加勢するぞ、ベル・クラネル!」

 

「お主、そこで何をしておるか!?」

 

 すると、此方に気付いたラウルさんと椿さん、そしてガレスさんが向かってくる。三人を見た猫人(キャットピープル)の男性は忌々しそうに舌打ちをしながら、僕に向かって言い放つ。

 

「場所を変えるぞ、幽霊(ゴースト)兎。付いてこい」

 

 そう言って猫人(キャットピープル)は僕から離れ、さっき現れた道へ戻ろうとする。

 

 本当ならこの状況で追ってはいけないけど……あの人がまた不意打ちを仕掛けてくる可能性が充分にあるので、ここは敢えて向こうの誘いに乗る事にした。

 

「待て!」

 

「ダメっす、ベルくん! 深追いしちゃ!」

 

 ラウルさんが止めようとするも、僕は彼の制止を振り切って後を追おうとする。

 

 猫人(キャットピープル)の男性は素早く奥の道へと進み、僕は彼の姿を見逃すまいと追跡を行う。

 

 彼を追って数分経つと、少し狭い道から見渡せる程の広間(ルーム)に着く。

 

「あれ? あの人、急に姿が……」

 

 広間(ルーム)に辿り着いた途端、追っていた筈の猫人(キャットピープル)の男性の姿が見当たらなかった。周囲を見渡しても気配が一切感じられない。

 

 自分で場所を変えると言った本人が姿を消す……と言う行動に、何か裏があるんじゃないかと僕は考える。

 

 だとしても、あの如何にプライドが高そうな猫人(キャットピープル)の男性が、何故そんな事をするんだろうか。僕に恨みを晴らすより優先させたい事があるとしても、あの人の行動が全く分からない。

 

 ………取り敢えず、今この場で考える事じゃない。一旦、ガレスさん達の所へ戻って、独断行動してしまった事を謝らないと。

 

 そう思って引き返そうと思った直後――

 

 

『――ヴ―――ォ』

 

 

 何かが聞こえたので、僕は足を止めた。

 

 今のは……何か聞き覚えのある音だ。

 

「………………………」

 

 ゆっくりとした動きで首を動かす。

 

 音源の方角は広間(ルーム)の奥にある一本道からだ。あの通路の奥に、何かがいる。

 

 僕が警戒しながら目を凝らす中、何かが此処へ来ようとしていた。

 

 そして――

 

『……ヴゥゥ』

 

 モンスターが現れた。

 

 ここはダンジョン中層なので、モンスターが出てくる事に何の違和感もない。

 

 けれど、僕は()()()に見覚えがあった。

 

『オオオオオオオォオオォオオォオオオ……』

 

 ミノタウロス。

 

 以前から何度も倒しているモンスターだが、アイツはそれとは全く違う。

 

 頭部にある二本の角の内、片方が折れている。更には……大剣を手にしている片腕には()()()()()()があった。

 

「まさか、あの時のミノタウロス……!」

 

 あの傷跡に僕は見覚えがある。僕が前にダンジョン中層へ来た時、不意打ちを仕掛けてきたミノタウロスを迎撃した際に与えた傷だ。そして僕が唯一逃がしてしまったモンスターでもある。

 

 しかし、目の前のミノタウロスは以前と違う。片方の角を失い、片腕に傷跡はあって負傷した姿であっても、明らかに通常のミノタウロスとは比べ物にならない威圧感を発していた。

 

『ヴヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』

 

 驚愕している僕を余所に、向こうは途端に咆哮した。

 

 圧倒的とも言える威圧とド迫力。並みの冒険者の戦意を簡単に挫かせる大音塊。

 

「ッ! ………こんなデカい雄叫びは、階層主(ゴライアス)以来だな」

 

 不意を突かれてしまった僕は思わず気圧されそうになるも、すぐに武器を長杖(ロッド)から抜剣(カタナ)――フォルニスレングに切り替える。

 

 あのミノタウロスは僕が倒さないといけない。

 

 どうやってあれ程まで強くなったのかは分からないけど、もし遠征中の【ロキ・ファミリア】と遭遇したら多大な被害を被ってしまう。

 

 僕が逃がしてしまったから、責任を持って倒さないとダメだ。今度は絶対に逃がさず、必ず仕留めて倒す。

 

 もしまた逃がしてしまえば最後、僕は一生取り返しのつかない恥を背負う事になる。

 

 故に、今度は油断なんか一切しないで倒す。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』

 

 構える僕を見た途端、ミノタウロスは弾丸になった。

 

 恐ろしい速度でルームを突っ切り、僕との間合いを喰らいつくす。

 

 眼前に迫った巨牛が、その大剣を袈裟に振り下ろした。

 

『ヴォッ!?』

 

 その寸前に僕の姿と同時に気配も消した。

 

 戸惑いの声を出すミノタウロスに、僕は背後から出現し、一気に勝負を付けようと首を斬り落とそうとする。

 

『ヴヴォォオオオオッ!』

 

「何っ!?」

 

 しかし、突然後ろを振り向いたミノタウロスが大剣を振るった。

 

 僕が咄嗟に刀を盾代わりにすると、ぶつかった大剣の衝撃によって吹っ飛ばされる。

 

「ぐっ!」

 

 ミノタウロスの攻撃力の高さに僕が顔を歪めながら吹き飛ばされるも、何とか態勢を立て直しながら両足を地面に着地させた。

 

「アイツ、僕の攻撃を読んでいたのか……?」

 

 予想外の反撃を喰らった僕は驚愕していた。

 

 以前と同じく姿と気配も消した筈なのに、まるでお見通しと言わんばかりに反撃をした。

 

 モンスターが相手の戦い方を学習する。そんなのはギルドの講習でも一切無かった。

 

 この世界にいるダンジョンのモンスターは、冒険者(にんげん)を見たらすぐに襲い掛かる。策などは一切使わず、己の本能に従って自分の持ってる固有技と膂力で冒険者(にんげん)を殺そうと。

 

 けれど、目の前にいるミノタウロスは違う。さっきのは明らかに学習した反撃だった。僕が背後から仕掛けると分かっていて、反撃に移っていた。

 

 それにアレをよく見てみると、角や傷以外に体毛が赤黒い。何だかまるで進化、もしくは強化したように思えるような変貌だ。

 

 あくまで僕の個人的な考えに過ぎないが、アレは明らかに普通のミノタウロスとは比べ物にならない程に強い。

 

 そう結論した僕は、言葉が通じないのが分かっていながらも言い放つ。

 

「すまなかった。どうやら僕は心のどこかで甘く見ていたようだ。故に謝罪する」

 

『ヴ?』

 

 ミノタウロスは不可解そうな声を出しているが、それでも僕は気にせずに続ける。

 

「ここから先は、僕の闇の力を全て出すと誓おう。冒険者ではなく、一人のアークスとして……全力でお前を倒す!」

 

『!』 

 

 フォルニスレングから呪斬ガエンに切り替え、アイズさんとの手合わせで見せなかった潜在能力――『呪斬怨魂・改』を開放する。

 

 呪斬ガエンから発生する闇の力を見たのか、ミノタウロスは警戒しながら持っている大剣を構える。

 

「“白き狼”ベル・クラネル。いざ参る!」

 

『ヴオオオオオオオオオオオッ!』

 

 僕の名乗りに、ミノタウロスが呼応するように再び弾丸となって突撃してきた。

 

 

 

 

 

 

 ベルがミノタウロスと戦う少し前に時間を遡る。

 

 襲撃者を追跡するベルを連れ戻そうと、ガレスは二軍メンバーのラウルとクルス、そしてレフィーヤを連れて捜索していた。

 

 因みに二班の部隊はアナキティと椿に任せていた。椿もベルの捜索をしたがっていたが、戦闘中に勝手な事をした為にアナキティと共に待機するようガレスに命じられているので。

 

 本当であれば部隊を纏めているガレスも待機しなければならない。しかし、ベルが【フレイヤ・ファミリア】に所属する『Lv.6』の【女神の戦車(ヴァナ・フレイア)】――アレン・フローメルに襲撃されたと目撃者のリーネが言っていたので、急遽ガレスも捜索する事となった。

 

「それにしてもベルの奴、まさか【女神の戦車(ヴァナ・フレイア)】の攻撃を防いだとは大したもんじゃのう!」

 

「いやいやガレスさん、感心してる場合じゃないっすから!」

 

「でも、意外だったな。ベル・クラネルがラウルの指示を無視して追跡するなんて」

 

「全くですよ! 何考えてるんですか、あの人間(ヒューマン)は! 今は遠征中でラウルさんに従わなければならない決まりだと言うのに、勝手な事をして!」

 

 感心するガレスに突っ込むラウル。意外そうに言うクルスに、同調しながらも憤慨するレフィーヤ。

 

 思った事を口にしながらも追跡する四人だったが、広間(ルーム)に辿り着く寸前に一人の猪人(ボアズ)が現れた。

 

『!』

 

 ガレス達は一斉に足を止めて警戒する。

 

 それもその筈。目の前にいる猪人(ボアズ)は【フレイヤ・ファミリア】の首領――【猛者(おうじゃ)】オッタルなのだから。

 

 オッタルの登場にガレスは勿論、ラウル達もこれ以上ないほどの緊張感が走っていた。

 

 しかし、悠然と佇んでいるオッタルは向こうの反応を気にする事なく、ガレスに話しかけようとする。

 

「久しぶりに手合わせ願おうか、ガレス」

 

「何じゃと? それは一体どう言うつもりじゃ」

 

「敵対する積年の派閥(かたき)と一人、ダンジョンで(あい)(まみ)えた。殺し合う理由には足りんか?」 

 

「……ワシ等四人相手に手合わせとは、随分と思い切った事を言いよるのう」

 

 大剣を構えながら言い放つオッタルに、ガレスは呆れたように言い返す。

 

「用があるのはお前だけだ、ガレス」

 

「「「ッ!」」」

 

 オッタルの発言にラウル達は顔を顰める。自分達など眼中にないと言われているも同然だったので。

 

 しかし、それはほんの束の間で、言い返そうとはしなかった。

 

 目の前にいる相手は都市唯一の『Lv.7』の第一級冒険者であり、『Lv.4』のラウルとクルス、『Lv.3』のレフィーヤでは全く歯が立たない相手だと理解しているから。

 

 リヴェリアに匹敵する魔法を撃つ事が出来るレフィーヤであれば何とかなるかもしれないが、あのオッタルが易々と見逃すはずがない。もし魔法を使おうとしたら、真っ先に妨害されているのが目に見えている。

 

「ほう? それはつまり、ラウル達は見逃すと思っていいのじゃな?」

 

「……………………」

 

「ふむ…………。ラウル、クルス、レフィーヤ、お主等は先に行け」

 

 少し考える仕草をするガレスだが、何かを決断したみたいで、ラウル達に行けと命じた。

 

 その指示にラウル達は驚愕しながらもガレスに申し立てようとする。

 

「ガレスさん、相手は【猛者(おうじゃ)】っすよ!?」

 

「いくらガレスさんでも、お一人で相手するなんて危険過ぎです!」

 

「わ、私も魔法の援護ぐらいは出来ます!」

 

「その気持ちだけは受け取っておく。じゃが今はベルを連れ戻す事が先決じゃ」

 

 まだ始まったばかりの遠征に、ここでラウル達にもしもの事があれば先行してるフィン達に申し訳が立たない。故にガレスは被害を最小限に抑えようと、ラウル達をベルの捜索に向かせようとする。

 

「早く行かんか、ヒヨッコ共! ワシに気を遣っとる暇があったら、さっさとベルを連れ戻してこい!」

 

 ガレスの指示に、ラウル達は行こうと武器を構えているオッタルを横切ろうとする。

 

 念の為にと武器を構えながら警戒していたが、本当に眼中に無かったのか、オッタルは横切るラウル達を気にせずそのまま通していた。

 

 警戒する価値は無いと見なされている事に内心憤るラウル達だが、相手が相手な為に何も言えなかった。自分の無力感を必死に押し殺しながらも、先へと進んでいく。

 

「行ったか……さて」

 

 ラウル達が行ったのを確認したガレスは、手にしている斧を両手で持ち構える。【重傑(エルガルム)】の名に相応しい闘気を発しながら。

 

「戦う前に訊いておく。【女神の戦車(ヴァナ・フレイア)】も含め、これは派閥の総意、ひいてはあの女神の神意と受け取ってよいのか? ワシ等【ロキ・ファミリア】と全面戦争を望んでおると?」

 

「……いや、これは俺達の独断だ」

 

 ガレスの問いにオッタルは少し間がありながらも答える。

 

 それが本当であるかは分からないが、少なくとも全面戦争をするつもりはないとガレスは判断した。

 

「そうか。ならば粋がっておる小僧共の独断(わがまま)に、ほんの少しばかり付き合ってやるとしよう!」

 

 斧を構えながら突撃してくるガレスに、オッタルは慌てる事無く武器を構え続ける。

 

「ぬぅん!」

 

 振り下ろすガレスの斧に、オッタルの剣と衝突した直後、周囲に凄まじい衝撃波が広がった。

 

 『Lv.6』のガレスと『Lv.7』のオッタル。ダンジョン中層で、二つの都市最高派閥の戦いが始まろうとする。




ベルが遠征に加入するだけで、原作路線と全く異なっています。


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ロキ・ファミリアの遠征⑭、5

今回はいつもより凄く短いです。


 ガレスに命じられて先へ進んでいるラウル達だが、三人の表情は暗かった。武器を構えてる【猛者(おうじゃ)】オッタルが、通ろうとする自分達を一切歯牙にもかけないと見なされていたから。

 

「くっ……自分が情けないっす」

 

「言うな、ラウル。俺だって同じ気持ちなんだ……」

 

「……とにかく今は、ベル・クラネルを何としてでも連れ戻しましょう……!」

 

 移動しながらもラウルとクルスが歯軋りしながら言ってると、レフィーヤは悔しく思いながらも目的を果たそうと思考を切り替えていた。

 

 後でベルに文句を言わないと気が済まない。遭遇したオッタルの件は別としても、ベルが隊を乱した事に変わりない。自分達には怒る権利はある。

 

 今のレフィーヤはベルに対する怒りでいっぱいだった。それ以前に、遠征前から元々不機嫌だったと言うべきか。

 

(あのヒューマン、ここ最近調子に乗り過ぎです! 何度も何度も朝からアイズさんと手合わせしてるだけじゃなく、二人っきりでお食事までして……!)

 

 アイズがベルと手合わせをしているのをレフィーヤは知っていた。けれど、アイズから口止めをされているから、その条件として自分も二人っきりで特訓して欲しいと頼んだ。

 

 尊敬するアイズと特訓してる中、遠征が始まる前日に、思いも寄らない情報が突如耳に入った。ベル・クラネルが【ロキ・ファミリア(じぶんたち)】の遠征に参加すると。

 

 最初は一体何の冗談かと思っていたレフィーヤだったが、今朝に集合場所でベルが現れたので、本当に参加するのだと嘆くほどに。更には何日も手合わせした事によってか、アイズがベルに対して親しげに話しかけていた。これによりレフィーヤのベルに対する嫉妬心が更に高まったのだが、本人は未だに気付いていない。

 

 ベルが新人冒険者でありながらも、相当な実力者である事をレフィーヤはそれなりに認めている。たった一人で階層主(ゴライアス)を倒し、戦争遊戯(ウォーゲーム)で【アポロン・ファミリア】に勝利した等、自分には到底出来ない事をやった。

 

 しかし、だからと言ってアイズと仲良くなる事は別だった。ベルは他所の【ファミリア】であり、【ロキ・ファミリア】の幹部である【剣姫(アイズ)】と手合わせする事自体あり得ない。寧ろ烏滸がましい。いくら強いからって、しかるべき手順も踏まずにアイズと親しくなるなんて無礼極まりない事だと。

 

 そう思いながらも遠征が始まって中層まで進んでいる際、ベルが独断行動に走った。ラウルの指示に従わなければならない筈なのに。遠征が始まって早々、完全な命令無視だ。

 

 だからレフィーヤは決断した。ベルを連れ戻した後、絶対に文句を言おうと。これに懲りて勝手な事をせず、アイズとは今後不用意に話しかけないようにと。前者はともかく、後者は明らかにレフィーヤの私怨だが。

 

 そう思いながらルームに辿り着き、ここで戦っていると思われるベルを探そうとする。

 

 しかし――

 

「な、なんすか、この広間(ルーム)は……!」

 

 ラウルが信じられないと言わんばかりに驚愕しながらも口にした。

 

 それは当然とも言える。辿り着いたルームの周囲にある地面や壁、多くある氷柱(つらら)石が食い散らかすように破壊されているから。

 

「ここへ来る途中に凄い音がしてたが……」

 

「ま、まさかこれって、ベル・クラネルがやったんですか……?」

 

 大きな音が聞こえてた事にクルスとレフィーヤが思った事を口にした直後、少し離れた所から再び大きな音がした。

 

 それを聞いたラウル達はすぐに向かい、漸くベルを見付けた。

 

「やっと見つけたっすよベルくん! 一体何が……って」

 

「あれって、ミノタウロスじゃないか!?」

 

「ど、どうして、ベル・クラネルがミノタウロスと……?」

 

 いつの間にか武器を構えているベルの先に、大剣を持っているミノタウロスがいた。ベルが戦争遊戯(ウォーゲーム)で使った剣でなく、それよりも禍々しい形状をした刀である事に、ラウル達は疑問を抱いている。

 

 しかしそれとは別に、あのミノタウロスはラウル達が知っているものとは明らかに違う。体毛が赤黒く染まっており、手にしている物も天然武器(ネイチャーウェポン)でなく、冒険者が使う大剣を装備している。

 

 ラウル達が来た事に気付いていないのか、ベルは目の前にいるミノタウロスに向かって剣を振るった。

 

「はっ!」

 

『ヴ!』

 

 ベルが連続で刀を振るった直後、彼の周囲から黒い玉のような物が出現し、それが真っ直ぐ向かっていく。

 

 それを見たミノタウロスが、持っている大剣を振り回して次々と弾き飛ばす。

 

「え? え? べ、ベルくんって、あんな魔剣も持ってたんすか?」

 

「それに反応して弾き飛ばすミノタウロスって何だよ!」

 

「って言うか、一体何なんですかこの状況は!?」

 

 魔剣らしき武器を振るうベルに、それを弾き飛ばすミノタウロス。

 

 状況を全く呑み込めていないラウル達は混乱する一方だった。

 

『ヴオオオオオッ!』

 

「ッ! ちぃ!」

 

 そんな中、ミノタウロスは反撃しようとベルに向かって素早く突撃して大剣を振り下ろす。

 

 反応に少し遅れてしまったベルが、舌打ちをしながらも刀でいなそうとする。

 

 防御するベルにミノタウロスは何度も大剣を振るうも、途端に両手で持ち構え、力を込めて振り下ろす。

 

 それを見て不味いと思ったベルは回避しようと、ファントムスキルで姿を消した。その直後、ミノタウロスが振り下ろした大剣が地面に当たると、爆発するように弾け飛んだ。

 

「ちょ! み、ミノタウロスって、あんなに強かったっすか!?」

 

「まさか、このルームにある周囲が破壊されてたのは、あれの仕業なのか?」

 

「そ、それにあのミノタウロス、明らかに普通じゃありません。……まるで、強化されてるような……」

 

 思った事を口にするラウル達。その中でレフィーヤの言ったのは正解だった。

 

 ベルと交戦しているミノタウロスは、オッタルによって鍛えられている。大剣を使いこなす特訓の他に、魔石を喰わせて『強化種』となっている。

 

 加えて、アレは以前ベルに負かされて逃げた事もあって、それを雪ごうと限界以上の強さを得ている。その悔しさ故に、ベルと交戦しているミノタウロスは『Lv.4』に匹敵する強さとなった。

 

「まさか、これ程までとは」

 

 すると、いつの間にか攻撃を回避したベルがそう言った。

 

『ヴゥゥゥゥゥ……』

 

 対してミノタウロスは彼の声に反応したように、振り向くも直ぐには攻撃を仕掛けない様子だ。まるで、ベルを警戒しているように。

 

 ベルもベルで、今まで倒してきたミノタウロスとは全く違う別格の存在であると改めて認識していた。同時に凄く厄介なモンスターでもあると。

 

(これ以上は不味いな。ラウルさん達も来てる事だから……)

 

 ベルは戦闘中にラウル達が駆け付けた事に気付いていた。ミノタウロスは未だ自分(ベル)に集中しているのか、ラウル達に気付いている様子は見せていない。

 

 本当なら強敵となってるミノタウロスとジックリ戦いたいベルだが、今は遠征中である為に、そろそろ決着を付けようと決断する。

 

 そう思いながら、ベルは抜剣(カタナ)から長杖(ロッド)――カラベルフォイサラーへと切り替える。同時に以前ゴライアスを倒す時に使ったファントムスキル――ファントムタイムをいつでも発動させる準備をしながら。




いまいちな内容だと思いますが、次回でミノタウロスとの決着がつきます。


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ロキ・ファミリアの遠征⑮

今回は久しぶりに中二病詠唱を出しました。


 驚いた。もう何もかもが完全に予想外で本当に驚いた。

 

 この前戦って逃げた筈のミノタウロスが、以前とは比べ物にならない程に強くなってる上に、僕の戦い方を学習していた。それどころか、僕と抜剣(カタナ)で渡り合える程だ。

 

 それにあの剣技、とてもモンスターの動きとは思えない。まるで誰かの剣技を見て真似ているみたいな感じだ。もしかしてあのミノタウロスは、強い誰かと戦って強くなったんだろうか? そうとしか考えられないぐらい、アイツは物凄く強い。

 

 僕と戦ってるミノタウロスは中層で留まっているモンスターじゃない。あれだけの強さなら、僕がこれから向かおうとしてる下層や深層のモンスターでも充分に通用するだろう。

 

 正直言って、あんなに強いモンスターは階層主(ゴライアス)以来だ。僕がこれまで全力を出したモンスターは階層主(ゴライアス)だけで、それ以外は殆ど一撃で終わらせている。

 

 こんな時に不謹慎だけど、全力を出せるモンスターが再び現れた事に少しばかり高揚している。

 

 ついさっきまでやってた抜剣(カタナ)での近接戦闘では、ミノタウロスは悉く僕の攻撃を防ぎ、または回避していた。これが高揚せざるにはいられない。

 

 僕が今まで倒してきたダンジョンのモンスター達は、そんな事をする事無く簡単に倒されたから、いつも物足りない感じで終わっていた。もう少し骨のあるモンスターはいないのかと。

 

 けれど、僕と戦っているミノタウロスは違う。階層主(ゴライアス)と同じく、全力でぶつかっても簡単には倒れない。僕の内に眠る闇の力を存分に引き出せる相手に相応しい。

 

 僕の抜剣(カタナ)の戦い方を学習しているミノタウロスには悪いけど、そろそろ決着を付けさせてもらう。お前が未だに知らない長杖(ロッド)――カラベルフォイサラーから奏でる旋律(しらべ)、そして闇の安息を与えてやろう。

 

 そして僕はカラベルフォイサラーを翳しながら、詠唱を紡ごうとする。

 

(あか)き炎よ! 我が内に眠りし力を熱く滾らせ! シフタ!」

 

『!』

 

 フォトン励起を利用して攻撃力活性フィールドを生みだす初級の炎属性補助テクニック――シフタで自身の攻撃力を上昇させた。僕がテクニックを発動させた事に、ミノタウロスは少し驚いた様子を見せる。

 

 シフタは僕だけじゃなく、自身の周囲にいる人達にも攻撃力を上げる事が出来る。しかし、今回は僕だけしか戦っていないから、上昇したのは自分のみだ。

 

「レフィーヤ、今の魔法って……」

 

「……分かりません。でも、詠唱の内容とベル・クラネルに発動したのを見て……恐らく力を上昇させる魔法、としか」

 

 少し離れたところでは、尋ねるラウルさんにレフィーヤさんが推測を立てていた。彼女の言ってる事は概ね正解だ。

 

 そんな会話を余所に、僕が次の動作に移るのを見たミノタウロスが再び突撃してくる。

 

『ヴオオオオオオオッ!』

 

 突撃しながら両手で大剣を持ったまま翳しているミノタウロス。端から見れば、迫りくる死の恐怖と言ったところか。

 

 抜剣(カタナ)で戦っていた時の僕なら、すぐに迎撃するか回避するかの選択をしている。けれど、今はそんな事をせずにカラベルフォイサラーを構えながら佇んでいる。

 

「バカ野郎! 避けないと死ぬぞ!」

 

 叫んでいるクルスさんに僕は気にせず佇んでいると、間合いを詰めたミノタウロスが好機と言わんばかりに大剣を振り下ろそうとする。

 

 引っ掛かったな、ミノタウロス!

 

「反撃の盾となれ! 零式ナ・バータ!」

 

『!』

 

 突如、僕の目の前に氷塊が出現した。

 

 だがミノタウロスは、その氷塊ごと僕を叩き切ろうと勢いを殺す事なく大剣を振り下ろす。

 

 しかし――

 

『ヴギャアアアアアア!』

 

「「「ええっ!?」」」

 

 大剣が氷塊に接触した瞬間、それは急に砕けてミノタウロスに襲い掛かった。ラウルさん達も驚愕の声をあげている。

 

 零式ナ・バータは唯一のカウンター系のカスタムテクニックであり、氷塊を攻撃したらカウンターが発生する。けれど、このテクニックは凄く燃費の悪いものでもある。

 

 さっきはタイミングよく出したけど、もしあの氷塊をずっと出し続けていたら、僕の体内フォトンはガンガン消費してしまう。だから無駄な消費を抑える為にタイミングを見計らって出現させた。そうすれば、攻撃してる最中にまとめて砕こうとする敵が引っ掛かってくれるので。

 

 因みにカウンターをモロに喰らったミノタウロスは、下半身が凍結(フリーズ)状態になっている。運良く状態異常になった事で動けないようだ。

 

 当然、そんな好機(チャンス)を見過ごす気などない僕は、凍り付いているミノタウロスにカラベルフォイサラーを向けて――

 

「凝縮されし闇の風よ 荒れ狂う獣の如き咆哮となれ ナ・ザン!」

 

『ヴォッ!?』

 

 凝縮した風を操者の前方に生みだす上級の風属性テクニック――ナ・ザンを放った。

 

 ナ・ザンは自分の目前に強烈な風の衝撃波を発生させるものであり、それを受けた凍結(フリーズ)状態のミノタウロスは思いっきり吹き飛んだ。勢いが強い余り、その先にある大きな氷柱石と激突し、そのまま落下して倒れた。直後、罅割れた氷柱石の多くの残骸も落ちて、その粉塵により姿が見えなくなっている。

 

「あ、あのデカいミノタウロスを魔法で吹っ飛ばした、だと……!」

 

「……えっ~と、因みにレフィーヤはああいう魔法使えるっすか?」

 

「ラウルさん、それって私に喧嘩売ってます? 売ってますよね? 出来るわけないでしょう!」

 

 驚愕してるクルスさん、何故かレフィーヤさんに問うラウルさん、自棄になって叫ぶレフィーヤさん。

 

 三人の反応を聞きながらも、僕はミノタウロスに意識を向けている。今は粉塵で姿は見えないが、それでもいるのは分かる。

 

 すると、その粉塵と氷柱石の残骸が吹き荒れた。

 

『ヴヴォォォオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!』

 

 言うまでもなく、吹き荒れた原因はミノタウロスだ。今の奴の身体に纏わり付いていた氷は既に無くなっている。

 

 それ以外に、物凄く怒り狂っていた。その証拠に、広間(ルーム)全体に響くほどの咆哮を響かせている。

 

 余りの響きに、離れているラウルさん達が少し怯んでいた。僕も聞いてて鼓膜に響き、少しばかり表情を歪めるほどだ。

 

 ミノタウロスがあそこまで怒るのは当然と言えば当然かもしれない。僕に攻撃が当たるかと思いきや、零式ラ・バータでカウンターを喰らって凍り付き、更にはナ・ザンで吹っ飛ばされた。そんな目に遭わされて怒らないモンスターはいない。

 

『フゥーッ、フゥーッ……!? ンブゥゥゥゥゥオオオオオオオオッ!』

 

 怒り狂っている所為か、ミノタウロスは持っている大剣を放り投げた。血迷った行為かと一瞬思ったが、それは大間違いだ。

 

 アイツは目を真っ赤に染めながらも、両手を地面に振り下ろした。 

 

 そして両手が地面を踏み締め、頭は低く構えている。臀部の位置は高く保たれ四つん這いになる姿は、猛牛そのものだった。

 

 確かアレは追い込まれたミノタウロスの突撃体勢で、己の最大の(ぶき)を用いる切り札。と、ギルドの講習で学んだ。

 

 更には進行上の障害物を全て粉砕してのける強力無比なラッシュでもあると。

 

 そんな切り札を出すって事は、さっきのテクニックでかなりのダメージを受けて相当追い込まれているって事か。

 

 ならば此方も切り札を出すとしよう。ファントムタイムを。

 

 だけどその前に、ミノタウロスの動きを止める必要があるな。

 

 そう思いながら僕は咄嗟に、テクニック起点となるタリスを放つ長杖(ロッド)ファントム用フォトンアーツ――アイゼンフリューゲルを放った。

 

「雷よ 闇を纏う磁場となれ!」

 

『! ヴヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

 

 更に僕が詠唱をした事に気付いたミノタウロスは、テクニックを撃たせまいと勢いよく突っ込んだ。

 

 けれど、ミノタウロスの突撃に詠唱してる僕は動こうとしない事に、ラウルさん達が焦った声を出す。

 

「何してるんすか、ベルくんッ!」

 

「詠唱してる場合じゃないだろッ!」

 

「早く避けなさい、ベル・クラネル!?」

 

 避けろと叫ぶラウルさんとクルスさん、そしてレフィーヤさん。

 

 響き渡る三人の声が加速剤になったように、ミノタウロスの突進が更に早く感じる。

 

 僕とミノタウロスの距離が数(メドル)となり、タリスが交差した直後――

 

「ゾンディール!」

 

『ヴッ!? ヴ、ヴ、ヴヴォ!?』

 

 目標を吸い寄せる電磁場を発生させる初級の雷属性補助テクニック――ゾンディールが発動させた。

 

 その瞬間、さっきまで突進していたミノタウロスの体勢がガクンと変わって、タリスに吸い寄せられている。

 

「「「と、突進を止めたぁ!?」」」

 

 余りにも予想外だったのか、ラウルさん達は揃って同じセリフを言っていた。

 

 ゾンディールは見ての通り、エネミーを吸い寄せる吸引フィールドを発生させる補助テクニック。しかもその吸い込みは相当なもので、ミノタウロスの突進を止めさせるほどだ。

 

 今回はアイゼンフリューゲルのタリスで発動しているが、もしそれを使わなければ僕を中心としてエネミーを吸い寄せる事になる。流石にミノタウロスの突進を受けたくないから、あのタリスを代用として動きを止めさせた。

 

 そしてゾンディールによって吸い寄せられているミノタウロスは、完全に隙だらけとなっている。再び得た好機に僕は――

 

「闇の混沌にて 重苦に藻掻き蠢く(へき)(れき)よ 彼の者に(らん)()の如く叩きつけよ! 零式ゾンデ!」

 

『~~~~~~~~~~~~~!?』

 

 フォトンを極限まで励起させ、任意の場所に雷の嵐を発生させるカスタムテクニック――零式ゾンデを放った。

 

 以前猫人(キャットピープル)の男性に使ったテクニックだが、今回はそれだけじゃない。吸い寄せていたゾンディールの電磁場が起爆して、ミノタウロスに追加のダメージを与えている。

 

 エネミーを吸い寄せるゾンディールの電磁場に同じ雷属性テクニックを当てると、一定回数の持続ダメージを発生させるフィールドに変化する特別な仕様がある。攻撃用テクニックに比べれば威力は低いが、それでも充分に有効なテクニックだ。

 

『ヴ、ヴヴ……ヴオッ! ヴッ…!』

 

 零式ゾンデとゾンディールによる二重テクニックを受けてもミノタウロスは立っている。けれど、アイツの体中からバチバチと電気が纏っているショック状態となっていた。

 

 しかし、僕はまだまだ攻撃を緩めるつもりはない。

 

「忌まわしき美徳の名をもつ偽善に満ち溢れた光の使徒よ 深淵のふちへ還れ! イル・グランツ!」

 

 フォトンを結晶化し、光の粒を生成後に目標を追尾して炸裂する上級の光属性テクニック――イル・グランツを放った。

 

 カラベルフォイサラーの先端から光が拡散すると、帯状の軌跡を描きながら(ミノタウロス)に向かって誘導する十発の光弾が襲い掛かる。

 

『ヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォ!』

 

 ショック状態となって動けなかったミノタウロスが、十発の光弾に直撃した。

 

 この光属性テクニックはキョクヤ義兄さんだったら絶対使わないけど、僕は結構気に入っている。その為、詠唱は僕のオリジナルだ。

 

 以前キョクヤ義兄さんに披露したんだけど――

 

『ふんっ、下らん。俺の半身であり、暗黒の闇を照らすお前が、下らぬ光に現を抜かすとは。だが……光の使徒が偽善であるのは確かだな』

 

 痛烈な辛口コメントを頂くも、理に適った詠唱であると評価してくれた。

 

「……クルス、ベルくんってここまでで何回魔法を使ったっすか?」

 

「六回、だな。しかも全部見た事の無い魔法ばかりだが……魔導士のレフィーヤとしてはどう見る?」

 

「もうやだ、あのヒューマン。一体どれだけ魔法の常識を壊してるんですか……!」

 

 何かラウルさん達が疲れ切ったような会話をしてるような気がするけど、一先ずは気にしないでおこう。

 

「ミノタウロス! これで最後だ!」

 

 瀕死状態で動けなくなっているミノタウロスに、僕は最後の一撃としてファントムタイムを発動させた。当然、ファントムタイムフィニッシュを使う為に。今回は長杖(ロッド)用で。

 

「汝、その(ふう)()なる暗黒の中で闇の安息を得るだろう! 永遠に虚無の彼方へと儚く! 《亡霊の柱(ピラァ・オブ・ファントム)》!」

 

 最後の詠唱をした直後、ミノタウロスの頭上から複数のフォトンの柱が降り注ぐ。

 

『ガッ! グッ! ゴッ……ォオオオオオオオオッ!』

 

 降り注ぐフォトンの柱によって悲鳴を上げるミノタウロスだが、もう既に何も出来なく、ただ受け続けるばかりだ。

 

 そして、最後に最大出力のフォトンの柱が落ちると――

 

『――――――――――――――――――――――――ッッ!?』

 

 凄まじい断末魔が炸裂し、ミノタウロスは消滅する。

 

 対象はいなくなったが、巨大な魔石の他に、角と思われるドロップアイテムが落ちていた。

 

「えっと……か、勝っちゃったっすね」

 

「……ああ。勝っちまったな。最後は途轍もない強力な魔法で……」

 

「………何か私、もう魔導士としてやっていく自信が……」

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 バベルの最上階にて、再び『鏡』を使って見ていたフレイヤは感嘆していた。

 

「……成程、あれがオッタルの言っていた真の全力なのね。確かに素晴らしいわ」

 

 ベルが以前戦った階層主(ゴライアス)と違い、今回は一切陰りを見せる事なく戦った。

 

 それどころか、オッタルの特訓によって強化種となったミノタウロスを相手に圧勝した。

 

「でも、やっぱりミノタウロス程度では無理だったみたいね。だってあの子、まだ全力を出し切っていなかったもの……」

 

 『鏡』に映っているベルの表情はやりきったと言う様子を見せないどころか、まだまだ余力を残しているとフレイヤは見抜いた。その証拠に、以前の気高く美しい魂の輝きを発さなかったから。

 

 別にベルが悪い訳でもないし、特訓を施したオッタルにも一切の非はない。悪いのは素材(モンスター)が不甲斐なかったからだと。

 

「本当ならまだまだ見たいところだけど……流石にこれ以上は無理ね」

 

 そう言いながらフレイヤが『鏡』に視線を外した途端、映っている筈のベルの姿が消えた。

 

 実はこの女神、天界へ強制送還寸前の危険な状態だった。

 

 フレイヤが使っていた『鏡』は本来、催し以外の私的な流用は固く禁じられている。露見すれば即刻天界へ強制送還となる。

 

 それでもフレイヤは、あの手この手を使って『鏡』の使用許可を貰い、何とかベルの戦闘を見ていたのだ。

 

 だが、もう彼女は今後『鏡』を使う事は出来なくなった。これ以上使えば、本当に天界へ強制送還されてしまうので。

 

「それにしても、まさかあの子がロキのところへ行くなんて……」

 

 ベルが【ロキ・ファミリア】の遠征に参加すると聞いた時、フレイヤは不機嫌となった。自分が目を付けていた(ベル)が、ロキに掻っ攫われたみたいに不快だったので。

 

「うふふっ。ロキ、今回はあの子に戦いの機会を与えてくれたから見逃してあげるわ。けれど……あの子は私のモノよ。貴方なんかに絶対渡さないわ」

 

 もしも万が一ベルが【ロキ・ファミリア】に改宗(コンバージョン)した瞬間、フレイヤは動こうとする。それが例え、オラリオを巻き込んでの全面戦争になっても揺るがない。

 

 フレイヤはそれだけベルに惚れ込み、自分の傍にずっと置いておきたい大事な存在と見ているから。尤も、当の本人は全く気付いていないが。




今回出した詠唱は以前出したのを抜かして

(あか)き炎よ 我が内に眠りし力を熱く滾らせ シフタ」

「反撃の盾となれ 零式ナ・バータ」

「凝縮されし闇の風よ 荒れ狂う獣の如き咆哮となれ ナ・ザン」

「雷よ 闇を纏う磁場となれ ゾンディール」

「忌まわしき美徳の名をもつ偽善に満ち溢れた光の使徒よ 深淵のふちへ還れ イル・グランツ」

「汝、その諷意なる暗黒の中で闇の安息を得るだろう 永遠に虚無の彼方へと儚く 《亡霊の柱(ピラァ・オブ・ファントム)》」

計六つでした。

最後のはヴァルキリープロファイルを知っている人でしたら分かる詠唱です。


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ロキ・ファミリアの遠征⑮.5

ミノタウロス戦後の幕間的な話です。


 ベルが『強化種』のミノタウロスを倒した後、第二班はどうにか18階層へ到達。合流した第一班とそのまま『深層』深部へ向かう予定だったが、第二班が途中で異常事態(イレギュラー)が起きた事を報告する為に一旦小休止する事となった。

 

「ンー……まさかオッタルと鉢合わせるどころか、その場で戦闘に突入とはね」

 

「あのオッタルを相手に、よく無事でいられたものだな」

 

「まぁの。と言っても、彼奴が何故か急に戦いを止めたから、そこまで大事にはならんかった」

 

 小休止をしてる中、少し離れてる場所でガレスがフィンとリヴェリアに先程までの経緯を話していた。

 

 【女神の戦車(ヴァナ・フレイア)】アレン・フローメルがベルを襲撃し、そしてそのベルがラウルの指示を無視して独断行動に走り、連れ戻そうとした際に【猛者(おうじゃ)】オッタルと遭遇。【フレイヤ・ファミリア】の団長と副団長の出現に、【ロキ・ファミリア】に全面戦争を仕掛けてもおかしくない内容で、フィンとリヴェリアの胸中は穏やかではない。

 

 オッタルがガレスと戦闘前に『主神(フレイヤ)の神意ではなく独断で動いている』と返答していたので、それを聞いた二人は取り敢えずと言った感じで安堵していた。

 

 【フレイヤ・ファミリア】の行動に疑念を抱く主要幹部二人だが、他にも気になる事があった。

 

「ベルがリーネを守る為に態とアレンの誘いに乗ったけどミノタウロスと戦闘、ねぇ」

 

「そして連れ戻そうとしたガレス達の前にオッタルが現れた、か。どう考えても仕組まれたとしか思えんな」

 

「恐らくそうかもしれんが、ワシ等やロキが何を言ったところで無駄じゃろう」

 

 これをロキに報告してフレイヤを訴えたとしても、当の女神が知らぬ存ぜぬと白を切るのが容易に想像出来るフィン達。

 

 女神フレイヤもロキと同様に上手く立ち回る事が出来る策士な面もある。明確な証拠を突き出さない限り、のらりくらりと躱されるだろう。それどころか、逆に言い掛かりだと反撃してくるかもしれない。

 

 【フレイヤ・ファミリア】と全面戦争したり、主神フレイヤを訴えるにしても、相応の準備と時間が必要になる。現在遠征中の【ロキ・ファミリア】には無理だ。益してや今回は地上でなくダンジョン内で起きた事なので、そう簡単にはいかない。

 

 その結果、フィン達は『オッタル達が主神の神意は一切無く独断で動いて、その目的は一切不明である』と言う事で片付ける事となった。尤も、遠征後はロキに報告するつもりでいるが。

 

 オッタルの件は一先ずこれで終わりだが、他にも気になる事があった。遠征中に独断行動をしたベルについてだ。

 

「それにしても、遠征開始して早々にベルがラウルの指示を無視とはね」

 

「まぁ余り責めないでくれ。あの小僧はリーネを守ろうとしたのじゃからな」

 

「分かっているさ、ガレス。ウチの団員を守ってくれたベルには感謝しているよ。咎める気は一切無い」

 

「しかし、そのベルがミノタウロス相手に相当苦戦したようだな」

 

 格上殺しの実力を持っているベルが中層のモンスターに苦戦したと聞いたリヴェリアだけでなく、フィンも内心驚いていた。ベルと戦ったミノタウロスは明らかに尋常じゃないと。

 

「これはベルから聞いたのじゃが、どうやらそのミノタウロスは前に取り逃がしてしまったそうじゃ。そして再び会った時には、比べ物にならないほど強くなっておったらしい」

 

「つまり……『強化種』となってベルと再戦したのか」

 

「そうなったのは魔石の味を覚えたか、もしくは……()()()()()()か」

 

 リヴェリアの推測にフィンとガレスは、その犯人が誰なのかは何となく思い浮かべる。もしかしたら【フレイヤ・ファミリア】の仕業ではないかと。しかし、何の証拠も無いので、真実は闇の中へとなってしまった。

 

「それは置いておくとしよう。『強化種』となったミノタウロスは、ベルが使う剣の戦い方を学習していたようじゃ。それ故にかなり梃子摺ったらしく、ベルは武器を切り替えて魔法で倒したそうじゃ。魔導士のレフィーヤ曰く、全く非常識かつ強力な魔法を使っておったらしい」

 

「詳しく聞かせろ、ガレス。ベルは一体どんな魔法を使ったのだ?」

 

 魔法と聞いた瞬間、リヴェリアの目の色が変わってガレスを問い詰める。

 

 リヴェリアとしてはベル本人に直接問い質したいところだが、遠征中にやらないようにとロキやフィンから厳命されているので出来ない。尤も、フィンやガレスの目が届いてない隙を狙ってやるかもしれないが。

 

「落ち着かんか。全くお主は、魔法と聞いた瞬間すぐに目の色を変えおって」

 

「まぁまぁ。僕も気になるから、教えてくれないかな?」

 

 相変わらずベルの魔法にご執心である事に呆れるガレスだが、フィンは割って入るようにフォローをした。

 

「魔法に関してはあくまでレフィーヤから聞いたのじゃが、ベルが今回使った魔法は七つらしい」

 

 ガレスはレフィーヤから聞いた魔法をそのまま二人に伝える。

 

 自身の力を上昇(ブースト)させる補助魔法。

 

 出した氷塊を敵が触れた瞬間に砕けて攻撃する氷の反撃(カウンター)魔法。

 

 ミノタウロス等の体格の大きな相手を簡単に吹き飛ばす強烈な風の攻撃魔法。

 

 敵の攻撃を止めるどころか、吸引して動けなくさせる妨害系の補助魔法。

 

 嵐雨のような雷を発生させて敵に叩きつける雷系の攻撃魔法。

 

 拡散した光の粒が、無数の光弾となって敵に炸裂させた光の攻撃魔法。

 

 降り注いだ大きな光の柱で、敵の肉体を一瞬で消滅させる光の攻撃魔法。

 

 それらの魔法全てが短文詠唱であり、最後の魔法は余りに短すぎて威力と釣り合わないほど強力な魔法であったとレフィーヤの見解らしい。魔導士の常識を簡単に壊すだけでは飽き足らず、物凄く非常識極まりない魔法でもあると。

 

「ンー………それはまた、随分と凄い魔法だね。僕としては攻撃魔法じゃなく、力を上昇させる魔法が気になるかな」

 

「そうじゃな。もしその魔法が他の者にも出来るのであれば、ワシのような前衛にとっては大変心強い」

 

 聞いていたフィンは頬を引き攣らせながらも、ベルの魔法の凄さを改めて理解した。

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)で何種類もの魔法を使い、それとは別に四十以上の魔法を扱えるのを事前に知っているフィンだったが、それを簡単に使いこなすベルの評価が更に上がっている。

 

 そして――

 

「……ふ、ふふふふふふ」

 

 一緒に聞いていたリヴェリアが何故か笑っていた。

 

 その行動にフィンとガレスが思わず見ると、彼女はこう言い放つ。

 

「聞けば聞く程、私の知らない魔法ばかりではないか。力を上げる補助魔法? 反撃(カウンター)魔法? 妨害系の補助魔法? 攻撃魔法も勿論気になるが、私としてはそのような補助魔法など聞いた事もない。奴は四十以上の魔法を使えるから、他にも補助魔法がいくつかある筈だ。ならばこれは是非とも、ベル本人に直接詳細を聞きだす必要があるな……!」

 

「そうすると思っていたよ、リヴェリア」

 

「今は遠征中じゃろうが」

 

 動き出そうとするリヴェリアに、フィンとガレスが速攻で彼女を止めようとする。

 

「止めないでくれ、二人とも。ベルが使う未知の魔法に、もう私は居ても立ってもいられないんだ……!」

 

「気持ちは分からなくもないけど、今の君は副団長として遠征に参加している事を忘れないように。ベルに【ロキ・ファミリア】の印象が悪くなる行為を、団長の僕は見過ごす事なんか出来ないよ」

 

「そうじゃぞ。そんなに気になるのであれば、直接見ていた弟子のレフィーヤに聞けばよかろう」

 

 早まった行動を取ろうとするリヴェリアを阻止しようと、二人は何とか落ち着かせようと説得する。

 

 一方、話題の中心となっているベルは――

 

 

 

 

 

 

「アルゴノゥト君、今度はあたしと一緒に行こうね!」

 

「ちょ、ティオナさん、僕は後方支援の治療師(ヒーラー)ですから……!」

 

 18階層に着いて早々、来るのを待っていたティオナと目が合った途端に引っ付かれていた。

 

 ティオナの行動に奇異な目で見られるベルは居た堪れない気持ちになるも、何とか我慢しながらも対応している。

 

「地上で見た時から気になってたが、随分とベル・クラネルの事を気に入ってるみたいだな」

 

 そんな中、ベルとティオナの会話に割って入ろうとする者がいた。【ヘファイストス・ファミリア】の団長――椿・コルブランドが、ベルの腕に引っ付いてるティオネを見ながら。

 

 彼女の台詞にティオナが言い放つ。

 

「あたし、アルゴノゥト君とお付き合いしてるの!」

 

「ほう。姉の【怒蛇(ヨルムガンド)】ではなく、まさか【大切断(アマゾン)】からそんな台詞を聞く事になるとはな。ベル・クラネルといつの間にそう言う仲になったのだ?」

 

「いやいや椿さん、本気にしないで下さいね!? 僕とティオナさんはそう言う関係になってませんから!」

 

 椿が信じてしまいそうになったので、ベルが即座に違うと否定した。そうしなければ、地上にいるヘスティアに何故か怒られてしまうので。

 

「何でよ~? アルゴノゥト君はあたしの事が嫌いなの~?」

 

「あ、いや、別に嫌いとかじゃなくてですね!」

 

 悲しそうに言うティオナにベルが慌てながらも、どうやって説得しようかと必死に考えている。

 

 そんな二人を見て椿は何となくだが、アマゾネスのティオナが何か理由があってベルに惚れたのだと察した。姉のティオネとフィンみたいな関係だと思いながら。

 

「まぁ、手前にとってはどっちでも良い事だ。それよりもだ、ベル・クラネル。ラウル達から聞いたぞ。お主、この前の戦争遊戯(ウォーゲーム)で使ってなかった魔剣を披露したそうではないか」

 

「え? 魔剣ですか?」

 

 全く身に覚えがないように問うベルに椿は頷く。

 

「うむ。禍々しい形状をした刀を振るった際、黒い魔力の塊を放っておったそうではないか」

 

「………ああ、呪斬ガエンの事ですか」

 

 内容を聞いたベルは、自身がミノタウロスに使っていた抜剣(カタナ)を思い出しながら言う。

 

「ふむふむ、呪斬ガエンか。メモメモ……と。何とも興味深い()だ」

 

「って、何でメモを?」

 

「気にするな。さてベル・クラネル、お主の武器を手前に見せて――」

 

「ちょっと椿! アルゴノゥト君はあたしのなんだから、勝手に約束しないでよ!」

 

「って、ティオナさん!?」

 

 自分の惚れている男が他の女と親しげに話すのを見て気に食わなかったのか、ティオナはさせまいと割って入った。

 

 グイッと腕を引っ張られるティオナの行動にベルが困惑していると、椿は呆れた感じで言う。

 

「別に良いではないか。手前はベル・クラネルの武器について話しているだけなのだから」

 

「ダメ! どうせ椿の事だから、アルゴノゥト君から色々と訊き出すつもりだよね? そうはいかないから!」

 

「むぅ……」

 

 ベルに手を出したら許さないみたいな牽制をするティオナ。

 

 今は下手にティオナの機嫌を損ねたら面倒な事になると判断した椿は、一先ず引き下がる事にした。まだ遠征は始まったばかりなので、訊く機会はまだあると思いながら。

 

「分かった分かった。ここは【大切断(アマゾン)】に免じて止めておくとしよう。ではベル・クラネル、また後ほどな」

 

「は、はぁ……」

 

 椿はベルとティオナから離れて、鍛冶師が集まっている場所へ戻っていった。

 

 彼女がいなくなると、ティオナはすぐにベルに向かって言う。

 

「気を付けてね、アルゴノゥト君。椿って武器の事になると凄くうるさいから」

 

「み、みたいですね……」

 

 ベルも椿が自分の武器に興味津々だと言うのは分かっていた。もしかしたら、この遠征中に隙あらば聞き出してくるかもしれないと。

 

 自身のテクニックについて非常に興味を持っているリヴェリア、そして武器に興味を抱いている椿。どちらも厄介な相手だとベルは内心戦慄する。

 

 すると、ベルとティオナの会話に加わろうとする者がいる。

 

「ちょっと良いかな……」

 

「あれ、アイズ? どうしたの?」

 

 話しかけてきたのはアイズなのか、ティオナは椿と違って普通に話しかけた。

 

「ティオナ、さっきからティオネが呼んでたよ」

 

「え~、何でこんな時に~」

 

 相手が姉だからか、ティオネは文句を言いながらもベルから離れようとする。ベルに後でねと言いながら、ティオネがいる所へ向かっていく。

 

 ティオナがいなくなり、今度はベルとアイズの二人となった。先程からチラチラと見ていた団員達が、アイズだからか今度は気になるようにジッとみている。

 

「えっと、アイズさん。僕に何か御用ですか?」

 

 ベルがそう訊いた直後、アイズは急に不機嫌そうな表情になった途端に顔を近づける。

 

「ラウルさんから聞いた。ベル、私と手合わせの時で使っていた剣……魔剣と思わしき特殊な力もあったみたいだね」

 

「あ……」

 

 アイズの台詞にベルは思い出した。

 

 ミノタウロス戦で使った呪斬ガエンの潜在能力――『呪斬怨魂・改』を発動させていた事を。

 

 恐らくアイズは、手合わせの時にそれを使わなかった事について言っているのだろうとベルは推察する。

 

 ベルがどうやってアイズを納得させようかと必死に考えている中――

 

「何をしてるんですかぁ、ベル・クラネル!?」

 

 顔を近づけながら話しているのを目撃したレフィーヤが断固阻止すると言わんばかりに、二人の間に割って入って来たのであった。

 

「そ、そうだ! 僕、ラウルさんと確認する事があるんでした!」

 

 アイズからの詰問を逃れる事に成功したベルは、適当な言い訳をしながらすぐにラウルの元へと向かった。

 

 その直後、話を終えたフィン達が遠征を再開しようと、50階層へ向かうと休憩中の団員達に指示を下す。

 

 ベルは未知の領域へ進む事に少しばかり緊張しながらも、知識を得ようとする為の行動に移ろうとしていた。




必要無いと思われる内容かもしれませんが、【ロキ・ファミリア】が予想外の襲撃を受けたので、一旦足を止めさせることにしました。

感想お待ちしています。


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ロキ・ファミリアの遠征⑯

「ベルくん、自分は改めて君がとんでもなく規格外な強さだって知ったっすよ」

 

「そうですか? 僕としては、『Lv.4』で経験豊富なラウルさんやアキさんに比べたら大した事ないかと」

 

「ちょっとベル、それ私たちに喧嘩売ってるのかしら?」

 

「え? あ、いや、アキさん。別にそんなつもりで言ったんじゃ……」

 

「うう……。ベル君は私より強いのに、一人で怪我をした人達を一瞬で治すって……。ベル君から見たら、私って役立たずな治療師(ヒーラー)だよね?」

 

「いやいやリーネさん! 僕はそんな風に思ってませんから!」

 

 18階層から『深層』へ向かって六日後。僕を含めた【ロキ・ファミリア】はダンジョン50階層へ辿り着いて、ラウルさん達と一緒に話ながら野営の準備に取り掛かっていた。

 

 50階層はモンスターが生まれない安全階層(セーフティポイント)で、灰色に染まった木々の群れが周囲を埋め尽くしている。僕達は樹林を見晴らせる巨大な岩の上にいて、此処が野営や休息(レスト)には絶好の場所だとラウルさんが教えてくれた。

 

 この六日の間に色々な事を知る事が出来た。中層の19階層~24階層の『大樹の迷宮』。下層の25階層~27階層の『巨蒼の滝(グレートフォール)』に『水の迷都(みやこ)』。深層の37階層の『白宮殿(ホワイトパレス)』と『闘技場(コロシアム)』。深層49階層の『大荒野(モイトラ)』。現段階で僕がギルドの講習で得られない情報が盛りだくさんだった。僕が事前に持ってきたメモ用の冊子(ノート)でペンで多くの情報を書き記している姿勢にラウルさんだけでなく、主要幹部のフィンさん達から感心された。因みに僕が持っている携帯端末で、ダンジョンのマップを記録している事は内緒である。

 

 情報を得ている僕は当然のこと、椿さんたち【ヘファイストス・ファミリア】の鍛冶師達も50階層に来るのが初めてらしい。その中で一番はしゃいでいたのは椿さんだった。

 

 レアモンスターを発見しては武器素材(ドロップアイテム)を狙おうと一人部隊から外れるだけでなく、更には情報をメモしている僕も無理矢理連れて一緒にやろうと付き合わされた。まぁ、僕としては未知のモンスターによる戦闘経験を得れたので、却って好都合だった。何度もやった事で椿さんは散々注意されるも全然懲りてなく、リヴェリアさんに杖で殴られて漸く大人しくなった。因みに僕は椿さんに無理矢理連れて行かれたと言う事もあって、一切咎められなかった。その代わり、ティオナさんがずっと僕の傍にいる事になったけど。僕を勝手に連れて行こうとする椿さんに対する威嚇として。

 

 それはそれとして、18階層以下のモンスターはそれなりに強かった。僕が今まで戦った中層モンスターと違って()()しぶとくて、変わった特殊能力を持ったのも何体かいた。椿さんに連れて来られた時、24階層の『大樹の迷宮』にいた木竜(グリーンドラゴン)とも戦った。レアアイテムの宝石樹を守っているモンスターで、ゴライアスと同じく『Lv.4』に匹敵する階層主最強のモンスターらしい。それを聞いた僕は奇襲を仕掛けようと、寝ている時に(七回連続の)イル・バータで頭ごと凍らせた後、呼吸出来ないまま苦しんでいる木竜(グリーンドラゴン)に太刀を装備してる椿さんが追い打ちをかけて一気に倒した。椿さんから、『いつもだったら少し梃子摺る相手だが、今回は拍子抜けするほど簡単に倒せた』と少し複雑そうに言った後、宝石樹を僕に渡してくれた。手伝ってくれたお礼であり、自分が求めていた物じゃないからあげると。

 

 他にも、僕が木竜(グリーンドラゴン)や下層や深層のモンスター相手でも戦える事を知った幹部のアイズさん達が、何故か積極的にモンスターを撃破していた。本来であれば、この遠征中に余程の異常事態(イレギュラー)が起きない限り、幹部以下の団員達が成長目的としてメインで戦う事が【ロキ・ファミリア】の方針になっているようだ。しかし、その方針を無視するように幹部勢のアイズさん達が戦っていた。他にもラウルさんやクルスさん、更には魔法で援護しようとレフィーヤさんも頑張っていた事に、フィンさんやリヴェリアさんが感心しながら見守っていた。

 

 この世界に来て最大の刺激とも言えるダンジョンの遠征だけど、50階層に来ても【ロキ・ファミリア】にとってはまだ通過点に過ぎない。本番は明日予定してる51階層以下の進攻(アタック)だ。【ロキ・ファミリア】の遠征目的は、未到達領域のダンジョン59階層へ目指す事なので。

 

 聞いた話じゃ51階層からはサポーターと言えど最低限の能力を持った者でなければ連れて行けないそうだ。パーティの身軽さを重視する為に、【ファミリア】の精鋭達で進むと。僕も行ってみたい気持ちはあるけど、残念ながら無理だ。他の『Lv.2』の冒険者より()()の実力があるからと言っても、未だ一ヵ月半しか経ってない新人冒険者の僕が同行出来る訳がない。なので僕が以降にやる事は、精鋭のパーティで51階層以降に進むフィンさん達の帰りを待つ間、キャンプに残ってモンスターが出現した時の防衛する事だ。

 

 僕はそう思いながら野営地の設置を終えた後、ラウルさん達と一緒に食事を始める。しかし、後でフィンさんからとんでもない発言を聞いた事に仰天するのを、この時の僕は知らずに食事を楽しんでいた。

 

 

 

 

 

 

「ちょ、ちょっと待って下さい、フィンさん! ぼ、ぼ、僕も参加って本気ですか!?」

 

 食事を終えて、最後の打ち合わせでフィンさんが51階層へ進攻(アタック)を仕掛けるメンバーを発表した中で、最後に(ベル)の名前が入っていた。

 

 余りの事に驚いたのは僕だけじゃなく、この場にいる【ロキ・ファミリア】の団員や【ヘファイストス・ファミリア】の鍛冶師達も同様の反応を示している。

 

「ああ、本気だよ。君には一隊(パーティ)治療師(ヒーラー)として、僕達に同行してもらう」

 

「いやいやいや! 無理ですってば! 僕はまだ『Lv.2』になったばかりですし、皆さんの足を引っ張るだけの未熟者で――」

 

「ベル、この50階層へ来るまでの間、『Lv.2』の未熟な君がどれだけ凄い事をしたと思ってるんだい?」

 

「え?」

 

 僕がキョトンとしてる中、フィンさんは淡々と此処へ来るまでの経緯を話す。

 

 無理矢理連れて行かれた椿さんと二人で木竜(グリーンドラゴン)と戦って完勝。下層や深層のモンスターと戦っても無傷で撃破。モンスターとの戦闘による複数の怪我人を、一度の治療魔法だけで即座に完全回復。モンスターの奇襲に慌てる事無く数々の魔法で一掃。

 

 などと、まるで僕のやって来た事が偉業みたいに言うフィンさんに、聞いていた椿さんだけでなく、アイズさんやティオナさんもうんうんと頷いてる。他の人達は何も言い返さないどころか、ただ苦笑いをしているだけだった。

 

「いやいや、それ位でしたら、【ロキ・ファミリア】の皆さんでも容易く出来るんじゃ――」

 

『出来るか!!』

 

「ひっ!」

 

 僕が言ってる最中、幹部勢を除く【ロキ・ファミリア】の団員達から一斉に揃って同じ台詞を叫んだ。

 

「おいクラネル! お前、それ俺達に対する嫌味か!? 嫌味だよな!?」

 

「ちょ、ク、クルスさん!?」

 

 クルスさんが僕に詰め寄り――

 

「貴方、自分がどれだけ非常識な事をしてるか分かってないでしょ!?」

 

「ちょっとエルフィさん! お、落ち着いて!」

 

 エルフィさんが何故かキレながら言って――

 

「魔法を何度も平然と使ってるのを見て、未だに精神疲弊(マインドダウン)になってないのはどう言う事ですか!?」

 

「何でアリシアさんまで!?」

 

 アリシアさんが嫉妬染みた感じで叫び――

 

『ちったぁ自覚しやがれ! この歩く非常識が!』

 

「ちょっと皆さん! それは余りにも酷くないですか!?」

 

 更には他の団員達から不名誉な罵倒をされる始末だった。

 

 結局のところ【ロキ・ファミリア】の団員達は、僕が51階層の一隊(パーティ)参加に多少の不満はあっても納得していたようだ。因みにベートさんは思うところはありそうな感じだけど、舌打ちだけで済ませていた。

 

「そう言う訳だからベル、君も参加だからよろしく頼むよ」

 

 そして周囲の罵倒を無視するようにフィンさんが、僕に参加するように言ってきた。

 

 ………僕に拒否権はないだろうか?

 

「あの、フィンさん。もしも此処で僕が拒否したら、どうなりますか?」

 

 念の為に断った時の選択肢を確認するも――

 

「ンー……そうなった場合は――」

 

「おい、ベル・クラネル。てめえ、団長に恥を掻かせる気じゃねぇだろうな?」

 

「謹んで参加します!」

 

 ティオネさんが指の骨をポキポキと鳴らして睨んできたので、それに負けた僕は参加する事にした。

 

 

 

 

 

 

 打ち合わせが終わり、解散した僕は皆に気付かれないよう気配を消して、キャンプから少し離れた所でボーっとしていた。

 

「はぁっ……。てっきりキャンプの防衛だと思ってたのに」

 

 そう呟きながら天井を見上げている僕。

 

 僕が【ロキ・ファミリア】の遠征に参加したのは、ダンジョンに関する知識と経験を得る為だ。彼等に協力しながらも、知識は冊子に書き記し、下層以下のモンスターとの戦闘経験も充分に得ている。なので僕の目的は約七~八割ほど達成させている。残りはキャンプの防衛に徹した後、地上に戻る計画(プラン)だった。

 

 しかし、フィンさんが予想外な発言をした為に、僕の計画(プラン)は大きく狂う事となってしまった。まさか僕も51階層の進攻(アタック)に参加なんて、誰が予想していただろうか。

 

 いくら【ロキ・ファミリア】団長フィンさんが決めたからって、未だ新人冒険者である僕に重要な役割を任せるだなんて常軌を逸している。普通に考えて、僕よりレベルが高くてダンジョン経験豊富な人を選ぶべきだ。フィンさんは一体何を考えているんだろうか?

 

 まさかとは思うけど、僕を【ロキ・ファミリア】に改宗(コンバージョン)させる為の算段とか。……いや、それはないか。もしあの人が、そんな下心があって僕を遠征に誘ったなら、『黄昏の館』の時に同行した神様が嘘を見抜いていた筈だ。でもあの人が話した内容に、神様は嘘を吐いてないと判断して、何の疑問も抱かないで話していた。

 

 そう考えると、フィンさんは純粋に僕の力を頼りにしていると言う事になる。だとしても、やっぱりフィンさんの考えは常軌を逸してる。いや、余りにも柔軟過ぎると言った方が正しいか。

 

 まぁ、今はこんな事を考えたって仕方ない。僕が一隊(パーティ)に選ばれた以上は――

 

「やっと見つけたぁ!」

 

「おわっ!」

 

 突然、聞き覚えのある声と共に誰かが僕の背中に張り付いてきた。前のめりになるが、僕は何とか踏ん張って倒れずに済んだ。

 

 こんな事をする犯人が分かっていた僕は、振り向かずにこう言う。

 

「ティオナさん、もういきなり抱き着くのは止めてくれませんか?」

 

「何さ~、アルゴノゥト君が勝手にいなくなったじゃん。あたしは悪くないよ~」

 

 僕が勝手にいなくなった事が悪いと言い返すティオナさんに少し反論出来なかった。確かに何も言わないでいなくなった僕が悪いだろう。けれど、だからと言って急に抱き着かれるのは勘弁して欲しい。

 

「わ、分かりましたから、取り敢えず離れて下さい。その手に持ってる大剣が怖いんで」

 

 ティオナさんが手にしてる大剣を見ながら僕は言う。

 

 彼女の持ってる武器は、打ち合わせの時に椿さんが用意した『不壊属性(デュランダル)』と言う属性を持った武器の内の一つだ。文字通り壊れない武器だが、激しい戦闘を続けると切れ味と言う攻撃力が低下するそうだ。

 

 他にもフィンさんは長槍、ガレスさんは大戦斧、ベートさんは双剣、ティオネさんは斧槍(ハルバード)と、計五つの武器を椿さんが作成したらしい。

 

 因みに椿さんが用意した武器の説明をしてる最中に――

 

『手前としては、お主の持ってる武器と比べてみたいのう。特に炎を形にした刀と、戦争遊戯(ウォーゲーム)で使っていた魔剣、あと「呪斬ガエン」と言う大変興味深い魔剣の性能を』

 

 僕の方を見ながらそう言ってきた。如何にも僕の武器を見たいと言う魂胆が見え見えだったが、フィンさんが注意した事で事無きを得た。

 

 すると、渋々僕から離れてくれたティオナさんが言ってくる。

 

「アルゴノゥト君ってさ、何か不思議だよね~」

 

「? 不思議って、何がですか?」

 

「これから51階層に行く事になっても落ち着いてるよね? あたしが言うのはなんだけど、アルゴノゥト君は全然緊張してない感じがする」

 

「そんな事はないですよ。今も凄く緊張してますから」

 

 初めて行う深層の進攻に緊張はしている。けれど、アークスは常に冷静になるようにと教わっているから、それを表面上に出していないに過ぎない。

 

「と言うか、ティオナさんは休まなくていいんですか? フィンさんから言われた筈ですよね?」

 

「いやー、今じっとしてられないんだ。こう……体が昂っちゃってるんだよね。アルゴノゥト君に抱き着けば落ち着くかなーと思って」

 

 抱き着くにしても、急にやるのだけは勘弁して欲しい……と言っても、今のティオナさんには無駄か。

 

「じゃあ、もう落ち着きましたか?」

 

「全然。大好きなアルゴノゥト君に抱き着いちゃったら、もっと昂っちゃった!」

 

「それって逆効果じゃないですか!?」

 

「だからさ、ちょっとあたしと手合わせしてくれないかな?」

 

「へ?」

 

 思いも寄らないティオナさんの発言に、僕は思わず素っ頓狂な声を出す。

 

「少し体を動かしたいんだよね。それにこの武器を少しでも馴染ませたいんだ」

 

「いや、何も僕と手合わせするより、他の人がいいんじゃないですか?」

 

「ううん、アルゴノゥト君がいい。それとも、あたしと相手するのは嫌?」

 

「………はぁっ。分かりました」

 

 ティオナさんからのお願いに僕はどうしようかと悩んだが、女の子からのお願いを無下にする訳にはいかないので了承する事にした。

 

 その直後、僕は片腕を伸ばして、電子アイテムボックスに収納している物を展開させる。

 

「え!? ちょっとアルゴノゥト君、いまどこから出したの!?」

 

「それは企業秘密です」

 

 驚くティオナさんに僕はそう言い返しながら、武器の柄を握りしめる。

 

 僕が展開した武器はファントム用の武器じゃなく、銃剣(ガンスラッシュ)でもない。無骨な大剣(ソード)だ。

 

 これは中層で戦ったミノタウロスが使っていた武器で、倒した後に僕が回収した。休息(レスト)の時、椿さんに頼んで整備してもらったが、切れ味と強度を完全に戻すにはかなりの時間が必要らしい。今は綺麗になってるけど、あくまで応急処置程度しか修復されていない。椿さんみたいな有名な鍛冶師に頼むのは非常に図々しいけど、無理矢理付き合わされた件もあって無料(タダ)でやってくれた。

 

 椿さんから、『本格的な整備をしない限り、使い物にならない大剣』と言われている。この大剣(ソード)の切れ味はかなり落ちており、攻撃力が殆ど無い頑丈な大剣(ソード)だそうだ。

 

 ティオナさんとの手合わせには丁度良い武器なので、そこまでの心配はない。

 

「ではティオナさん。ほんの少しの間だけですが、始めましょうか」

 

「うん! 行っくよー!」

 

 僕が構えた事により、ティオナさんも質問を止めて自身の武器を持ち構える。

 

 大剣(ソード)を使うのは久しぶりだな。近接戦闘の基本を学ぶ為に、最初はハンタークラスで大剣(ソード)を振るっていた時を思い出す。

 

「やぁっ!」

 

「ふっ!」

 

 勢いよく大剣を振り下ろすティオナさんに対し、僕は大剣(ソード)を真横へ振りきる。

 

 お互いの武器がぶつかった瞬間、激しい激突音が響く。

 

「おわっ!」

 

「と、とととっ!」

 

 お互いに大剣を力強く振って激突した所為か、余りの衝撃に僕とティオナさんがそれに負けるようにバランスを崩しながら後退する。

 

「へぇ、アルゴノゥト君って『Lv.2』の筈なのに凄い力だね。あたしが押されるなんて思ってもみなかったよ」

 

「あはは……それはどうも」

 

 涼しい顔で言うティオナさんに対し、僕は少しばかり手が痺れていた。

 

 前衛の戦士タイプで『Lv.5』のティオナさん相手に力で挑むのは自殺行為に等しい。しかし、これは単なる軽い手合わせで殺し合いじゃないから、敢えて力で挑んでみた。

 

 思った通りと言うべきか、やはり力はアイズさんより上だ。あの人は僕と同じく技とスピードを主体で戦うけど、ティオナさんは力を主体としている。ファントムクラスの僕がティオナさんに力で挑む事が間違っている。

 

 だけど、ハンタークラスの経験があった為に、そこまで押されたりはしない。この人相手に一切の小細工は抜きで、ひたすら力勝負で挑ませてもらう!

 

「今度は僕から行きますよ、ティオナさん!」

 

「いいよ! 思いっきり来て!」

 

 僕とティオナさんは純粋な力勝負をしようと、何度も何度も大剣を振るい、大きな激突音を響かせる。

 

 手合わせが五分近くやっていると――

 

「お主等、いつまでやっておる!? さっさと休まんか!」

 

 激突音を聞きつけたガレスさんがやってきて、速攻で注意されてしまった。

 

 因みに戻ろうとする際、ティオナさんが僕と一緒に寝ようと言ってきたが、丁重に断りながら自分が宛がわれてる天幕へと向かう。

 

 

 

 

 

「調子に乗るな」

 

「あだっ!!」

 

 天幕のカーテンを開けた瞬間、何故かラウルさんがリヴェリアさんに杖で頭を殴られていた。

 

 ……えっと、これは一体どう言う事?

 

 笑い声が広まってる天幕に入りながらも、状況が掴めてない僕は首を傾げている。

 

 その直後、僕が入って来た事に気付いたのか、ラウルさんが此方に視線を送ってきた。

 

「ああ、ベルくん。戻って来たっすね。今までどこに行ってたんすか?」

 

 ラウルさんの台詞に反応したように、天幕にいる人達も一斉に僕を見てくる。

 

「いや、僕としては何でラウルさんがリヴェリアさんに殴られていたのかが気になるんですが」

 

「気にするな、ベル。この馬鹿者が調子に乗った発言をしたので、私が灸を据えただけだ」

 

「はぁ……」

 

 リヴェリアさんが軽く説明してくれるが、それでも全く掴めない為に未だ分からないままだった。

 

 すると、僕の様子に何か思うところがあったのか、リヴェリアさんは僕に問おうとする。

 

「見たところお前は緊張していないようだが、大丈夫か?」

 

「はい。ついさっきティオナさんと一緒でしたが、あの人のお陰である程度(ほぐ)れました。なので明日は精一杯頑張ります」

 

「そうか。それは何よりだ」

 

 僕の返答に満足そうな表情をするリヴェリアさんだが――

 

「ラウル、ベルがこんなに頼もしい事を言ってるぞ。ここは先達としての威厳を見せるべきではないか?」

 

「うぐっ!」

 

 何故かラウルさんに容赦のない言葉を浴びせていた。当の本人はグサッと何かが刺さったように胸を押さえている。

 

 見てて気の毒に思った彼に、僕は近付いて話しかける。

 

「えっと、ラウルさん。良かったら治療魔法(アンティ)でもかけましょうか?」

 

 僕がテクニックの名称を言った途端、リヴェリアさんがピクリと反応していたが気にしないようにする。

 

「うう……ベルくんの優しさが染み渡るっす。でもその魔法って確か、酔いや毒などを治す魔法っすよね? 自分は普通に健康だから必要ないっすよ」

 

「ああ、それはですね。治療魔法(アンティ)は状態異常の他にも治してくれる効力があるんですよ」

 

「その効力とは一体何なのだ?」

 

 僕がラウルさんに教えてると、リヴェリアさんが会話に割って入るように質問してきた。

 

 気のせいだろうか。この人の目が途端に変わった感じがするんだけど……。

 

 確か僕のテクニックに凄く興味津々だとフィンさんが言ってたけど、本当のようだ。

 

 まぁ、アンティはそこまで凄いものじゃないので、ここは一つ軽く教えるとしよう。

 

「口で説明するより体験した方が分かります。では早速……ゴホンッ。浄化せよ、アンティ」

 

 僕がアンティを使うと、柔らかく淡い光が僕とラウルさんとリヴェリアさんを包み込む。今回はノンチャージで放ったから、範囲はそこまで広くない。

 

「? 見たところ、何も変わってないようだが。ラウル、お前はどうだ?」

 

「自分もっす。ベルくん、さっきの治療魔法で一体何が治ったんすか?」

 

 リヴェリアさんとラウルさんが全く気付いていないみたいなので、僕は答えを教えようと自身の服装を指す。

 

「ラウルさん、ちょっと自分の服の臭いを嗅いでみてくれませんか?」

 

「服の臭いを嗅ぐ? そんなの普通に………あれ? 臭いが無くなってるっす!」

 

「!」

 

 ラウルさんの台詞に、リヴェリアさんもすぐに自身の身の回りを確認しようとする。

 

「た、確かに。私もそれなりに手入れをしてある程度は消臭してるが……完全になくなって、地上にいる時と全く同じだ!」

 

『ええ!?』

 

 確認したリヴェリアさんが驚愕しながら言うと、今度は周囲にいる女性団員達が驚きの声を発していた。

 

「ベル、まさかあの治療魔法は……!」

 

「お察しの通りです。僕のアンティは状態異常を治す他に、身体を健康な状態へと引き戻す為に嫌な臭いも取り払ってくれるんです。なので今の僕達三人の身体と服は、清潔な状態に戻っています」

 

「も、もしや、お前が今まで水浴びをしなくても全然臭わなかったのは……」

 

「はい。アンティを使って常に清潔な状態でしたので、そんな必要は全くありませんでした。流石にダンジョン内で裸になるのは抵抗があったので……」

 

 少し恥ずかしそうに答える僕に、リヴェリアさんだけでなく周囲の女性団員達も呆然としていました。

 

 因みにアンティは便利なテクニックだけど、地上では使っていない。ちゃんと本拠地(ホーム)のシャワーで身体を清めてる。いくら僕でもお風呂に入りたいし、シャワーも浴びたいので。

 

「以上が治療魔法(アンティ)についての説明です。って事で、僕は明日に備えて休みますから――」

 

「ちょっと待ちなさい」

 

 僕が寝る為の準備をしてると、突然アキさんがガシッと僕の両肩を掴んできた。

 

「え? な、何ですか、アキさん? 僕はもう休むんですが……」

 

「ねぇベル、ちょっと確認させて。君は治療魔法で常に清潔な状態みたいだけど、私達と話してる時……やっぱり今も臭ってるのかしら?」

 

「え゛……」

 

 アキさんの質問に僕は固まってしまった。それに答えてしまったら、僕はアキさんや他の女性達を傷付けてしまう事になるので。

 

「あ、いや、それは、その……」 

 

「自分でも非常に答え辛い質問をしてるのは重々承知してるわ。だけど本当の事を言って。私は絶対に怒らないから。貴女達も当然怒らないわよね?」

 

 アキさんが周囲に確認をすると、リヴェリアさんを除く女性団員達は一斉に頷いていた。

 

「さぁベル、確認を取ったから教えて」

 

「えっと……」

 

「お・し・え・て」

 

 有無を言わさないアキさんの迫力に僕は負けてしまい――

 

「………は、はい。皆さんが水浴びをしても……僕と違って、それなりに臭っていました」

 

『~~~~~~~~~~~~!』

 

 思ったままの返答をした直後、アキさんたち女性団員達が一斉に頬を赤らめていた。熟れたトマトみたいに。

 

 そして――

 

「ベル~~~~~~~~!! アンタどうしてそんな(女性にとって)重要な魔法を私達に今まで黙ってたのよぉぉおおおおおお!!??」

 

「わ! ご、ごめ、ん、なさ、いぃぃ……!」

 

 アキさんが爆発したように叫びながら、僕を思いっきり前後にガクガクと揺すってきた。それによって僕は言葉が繋がらず、片言みたいになっている。

 

 彼女だけでなく、他の女性団員達も一斉に僕へ詰め寄ってくる。

 

「自分だけ常に清潔だなんてズルいわよ!」

 

「私達がどれだけ体臭に気を遣ってたのを知らないで!」

 

「今すぐにその魔法を私たちにもかけて下さい!」

 

「その魔法は一体どうやって習得するの!?」

 

「お金はいくらでも出すから教えて!」

 

「ちょ! み、みな、さん! ど、どうか、お、おち、ついて、くだ、さい!」

 

 アキさんに思いっきり揺すられ、他の女性団員達からの詰問に僕は完全パニックだった。

 

 ラウルさん達も黙って見てないで下さいよぉぉ! と言うか誰か助けてぇぇぇぇぇ!!!! 

 

 そして数分後、騒ぎを聞きつけた団長のフィンさんが来てくれたお陰で、何とか収まった。

 

 加えて、フィンさんから自分の所で休むと良いと言われたので、僕は喜んで団長用の天幕へと移動したのは言うまでもない。




最後辺りは完全ギャグとなってしまいました。


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ロキ・ファミリアの遠征⑰

活動報告で載せたアンケートの結果、ベルを正規ルートへ行かせる事にしました。


 女性団員達に絡まれた翌日。

 

 僕を含めた【ロキ・ファミリア】精鋭パーティは野営地を発つ。

 

 キャンプに残っている団員達と()()()達に見送られながら、一枚岩を下りて灰の大樹林を進んでいる。

 

 戦闘員七人、サポーター五人、()()()一人、治療師(ヒーラー)一人、総勢十四名のパーティ。僕は言うまでもなく治療師(ヒーラー)の枠組みだ。

 

 前衛にはティオナさんとベートさん、中衛にはアイズさんとティオネさんに、そして団長のフィンさん。後衛にはリヴェリアさんとガレスさん。

 

 【ロキ・ファミリア】の第一級冒険者が揃ってる主力メンバーの布陣と言える。各配置(ポジション)に武器とアイテムを所持するサポーター二名ずつ加わっての隊列になる。客人かつ治療師(ヒーラー)の僕は後衛で、整備職扱いのの椿さんは中衛になる。

 

 そんな僕たちパーティ一行は50階層西端にある大穴へ目指していく。

 

「もー! 何でベートと前衛なのー。アルゴノゥト君と一緒が良かったー」

 

「うるせぇ、馬鹿アマゾネス。いちいち兎野郎の名前を出すな」

 

 これから51階層へ向かおうと無言になってる中、肩に大剣を担いだティオナさんが不満を口にすると、双剣以外にもいくつかの武器を装備してるベートさんが言い返す。お互いに視線を合わせる事無く騒ぎ立てようとしている。

 

「はっはっは、いつだって賑やかなことだなぁ、【ロキ・ファミリア】は」

 

「恥ずかしい所を見せる」

 

 呵々と笑う椿さんに対し、苦笑しながら言うフィンさん。

 

「レフィーヤさん、呼吸が浅いので、体から力を抜いて一度深呼吸した方が良いですよ」

 

「は、はいっ! ……って、何で貴方が私に指摘するんですか、ベル・クラネル!?」

 

「すいません、ガチガチに緊張してるレフィーヤさんに僕なりのアドバイスをしようと思いまして。それと、ラウルさんも力を抜いて下さい」

 

「りょ、了解したっす!! ってかベルくん、どうして君はそんなに冷静なんすか!? 確か君、遠征は初めての筈っすよね!?」

 

「まぁ、何と言いますか……。冒険者になる前、色々と危険な目に会った所為で度胸が付いてしまって」

 

 言っておくけど嘘は吐いていない。

 

 僕が再びこの世界へ戻る前、アークスとして活動し、キョクヤ義兄さん達と一緒に数々のクエストを受けてきた。

 

 その中で恐ろしい目に遭ったが、クエストで目的地の惑星へ向かう途中に起きた異常事態(イレギュラー)――ダーカーの巣へ強制転送された時だ。あそこは本当に地獄も同然とも言える場所で、どの道へ進もうともダーカーの群れが襲い掛かって来た。

 

 一緒にいたキョクヤ義兄さんだけは常に冷静で、途中で泣き出した僕に『泣いてる暇があるなら、この凄惨な地獄から帰還する事だけ考えろ!』と厳しく叱咤された。キョクヤ義兄さんがいなかったら、僕はもうとっくに死んでいただろう。今思えばあの地獄の経験をしたからか、多少危険なクエストを受けても大して慌てる事は無くなり、常に冷静でいられるようになった。

 

「レフィーヤ、先達である筈のお前が後進のベルに指摘されるとは情けないぞ」

 

「す、すみません、リヴェリア様っ」

 

「ラウル、お前もじゃ。またベルに指摘されないよう、今度はどっしり構えておれ!」

 

「は、はいっすっ!!」

 

 僕が二人に指摘したのを見たリヴェリアさんとガレスさんが嘆息していた。

 

 そんなこんなで移動してる中、灰の大樹林を抜けると大穴へ辿り着く。

 

 あ、そうだ。効果時間は短いけど、念の為にアレをやっておくとしよう。

 

「皆さん、ちょっと待って下さい」

 

 フィンさん達が急斜面の坂となっている大穴の前で戦闘準備をするのを見た僕が引き止めた。

 

「何だい、ベル? 出来ればここからは無駄口は無しにして欲しいんだが」

 

「すいません。これから皆さんに僕から、ちょっとした保険程度の補助魔法をかけておこうかと」

 

「補助魔法?」

 

 僕が補助魔法と言った瞬間、リヴェリアさんが昨日みたいにまたピクリと反応した。

 

 少しばかり睨んでいたフィンさんも気になったのか、「続けてくれ」と促す。

 

「説明する時間も惜しいので、一先ず僕の周りに集まって下さい」

 

「分かった。総員、ベルの近くに集まるように」

 

 フィンさんの指示に全員がそれに従って集まろうとする。因みにティオナさんはフィンさんが言う前に、いつの間にか僕の隣に立っている。

 

 様々な視線を送られながらも、僕は気にせずにテクニックを発動させようとする。

 

(あか)き炎よ! 我が内に眠りし力を熱く滾らせ! シフタ!」

 

『!?』

 

「え! 何か急に力が沸き上がってる!?」

 

 全員が驚きながらもミノタウロス戦で使った攻撃力活性のシフタを使った後、ティオナさんが思った事を口にしていた。

 

 周囲にいる全員の攻撃力を上昇させた次に――

 

(あお)き氷よ! 我が身を守る不可視の鎧となれ! デバンド!」

 

 フォトン励起を利用して防御力活性フィールドを生みだす初級の氷属性補助テクニック――デバンドで全員の防御力を上昇させた。

 

 シフタとデバンドを使った事により、フィンさん達は信じられないように驚いた表情をしている。

 

「まさかとは思うけどベル、今の魔法は?」

 

「はい。皆さんの攻撃力と防御力を一時的に上昇(ブースト)させる補助魔法です。【ステイタス】で言うのでしたら、僕を含めた皆さんの『力』と『耐久』、そして『魔力』のアビリティが約二割ほど上昇している筈です」

 

『…………はあっ!?』

 

 フィンさんからの問いに僕が簡単に説明すると、全員が一時無言となった後に仰天した声を出す。

 

「あ、さっきも言いましたが、これはあくまで保険程度です。効果時間は短いので余り期待しないで下さい」

 

 シフタとデバンドの効果時間は短い。テクタークラスだと効力だけじゃなく効果時間も伸ばせるけど、ファントムクラスの僕ではそれが出来ない。なので僕の補助魔法は本当に保険程度だ。

 

 僕が大した補助魔法じゃない事を簡単に説明するも、リヴェリアさんだけが頬を引き攣らせていた。

 

「…………ベル、僕達に補助魔法を使ってくれたのは感謝するよ。でも、出来ればそう言う事は事前に行って欲しかったね」

 

 困ったように言うフィンさんに、僕はすぐに謝ろうとする。

 

「すいません。てっきり魔導士のリヴェリアさんが、僕以上の補助魔法を使うかと思ってたんですが」

 

「ッ!」

 

「待てリヴェリア! 落ち着けぃ!」

 

 すると、僕の台詞に反応したリヴェリアさんが動こうとする直前、何故かガレスさんが止めていた。

 

「放せ、放すんだガレス……! 一度ここでベルに魔法についての常識を叩き込まなければ……!」

 

「止めんか! 今はそんな事をしてる場合ではないじゃろうが!」

 

 えっと……リヴェリアさんはどうしたんだろう? 僕、何か変な事を言ったかな?

 

「あの、ベートさん。あれは一体……?」

 

「………知るか」

 

 近くにいるベートさんに尋ねるも、少し間がありながらも一人だけ準備をしようとする。

 

「取り敢えず、あたし達に補助魔法かけてくれてありがとう、アルゴノゥト君♪」

 

「あ、はい。どういたしまして」

 

 ティオナさんは気にしてないのか、僕に引っ付きながら礼を言ってきた。

 

 

 

 

 

 

 何故かリヴェリアさんが暴走しかけるも、フィンさん達がそれを無かったように気を取り直していた。

 

 僕を含めたパーティ一同が静かに武器を構える中、長槍を携えるフィンさんが告げる。

 

「行け、ベート、ティオナ」

 

 発進するベートさんとティオナさんは風となって、急斜面を駆け下りる。

 

 僕達も二人に続き、未到達領域の進攻(アタック)が開始となった。

 

 51階層へ進んで早々にモンスターが出現するが、先行したベートさんとティオナさんが装備している武器で瞬く間に終了させている。

 

「予定通り正規ルートを進む! 新種の接近には警戒を払え!」

 

 フィンさんの指示通りに動く【ロキ・ファミリア】の団員達。

 

 聞いた話だと、51階層から57階層は迷路構造となっているそうだ。しかも途轍もない規模と広さで、道を誤ると二度と戻る事が出来ない程であると。

 

 だからフィンさんは59階層へ目指す為には余計な戦闘をせず、余計な消耗をしないように高速で駆け抜けている。

 

「先の通路から生まれる」

 

「前衛は構わず進路を開け! アイズ、ティオネ、対応しろ!」

 

「はい!」

 

 中衛のアイズさんの発言を聞いたフィンさんがすぐに激を飛ばすと、ティオネさんが力強く返事をする。

 

 その直後、前衛のベートさん達が素通りした通路左右から亀裂が生じ、アイズさんの言う通り壁面を破って犀みたいなモンスターの群れが出現した。だけど、既に予測済みのアイズさんとティオネさんが武器を振るった事で一瞬にして解体されていく。

 

「集団から振り落とされるでないぞ、お主等!」

 

 追い縋るモンスターを斧で粉砕するガレスさんが、後衛の最後尾から叫ぶ。

 

「どうですか、ガレスさん? 僕の補助魔法の効果は」

 

「問題無い。それどころか力が沸き上がってる事で、簡単に倒せてしまうから寧ろ拍子抜けじゃ。恐らく、前で戦ってるアイズ達も似たような事を思っておるじゃろうな」

 

 ガレスさんの台詞に僕が戦っている前方を見てみると、前衛のベートさん達は勿論の事、中衛のアイズさん達も殆ど素早い一撃で斬り伏せていた。

 

「ベル・クラネルの補助魔法とやらは凄いなぁ! 今戦っておるモンスターの皮膚は固い筈なのに、まるで柔らかい物を斬ってる感触だ!」

 

「もう本当にベルくんって何でもありっすね!」

 

 ついでに中衛で戦っている椿さんは、モンスターを紙屑みたいに斬りながらドロップアイテムを獲得している。それを近くで見ているラウルさんは僕に対して何か言ってるけど。

 

 前衛も前衛で、ティオナさんがいつの間にか本来の装備である両剣(ダブルセイバー)らしき武器に交換して、モンスターを斬りつけている。

 

「ガレスさん、僕も戦闘に参加しましょうか? 援護ぐらいでしたら大丈夫ですが」

 

治療師(ヒーラー)のお主が余計な気遣いをしなくていい。ここはワシ等に任せておけ!」

 

 手伝おうとする僕にガレスさんが万一の時に備えておけと言われた。

 

 因みに今の僕は銃剣(ガンスラッシュ)――ブリンガーライフルを展開して銃形態にしている。なのでいつでも援護射撃出来るけど、確かに今のところは必要ないみたいだ。

 

「――来た、新種!」

 

 問題無く進んでいると、何かを察知したティオナさんが叫んだ。

 

 それを聞いた僕は前方へ視線を向けると、今までとは違うモンスターが此方へ向かってきた。

 

 通路を埋め尽くすような黄緑色の塊。

 

 敢えて表現をするとしたら、『平たい腕が生えてる巨大な芋虫』。

 

 どうやらアレが【ロキ・ファミリア】が警戒しているモンスターのようだ。フィンさんから聞いた話によると、あの芋虫型モンスターの体内には何でも溶かす腐食液が溜めこまれている。だから近接武器で攻撃すると、その腐食液によって溶かされ失ってしまうらしい。

 

 遠征中に、ティオナさんが前にあのモンスターと戦って自慢の武器を溶かされたと教えてくれた。それを聞いた僕は内心、もし遭遇したら抜剣(カタナ)で戦うのは絶対に止めておこうとメモ済みだ。

 

「隊列変更! ティオナ、下がれ!」

 

 芋虫型モンスターの出現にフィンさんが即行で指示すると、中衛のアイズさんが飛び出して後退するティオナさんと入れ替わる。

 

 そしてアイズさんは以前僕との手合わせで使った風魔法を展開し、ベートさんと共に芋虫型モンスターを蹴散らしていく。

 

 よく見ると、ベートさんのブーツがアイズさんの風を吸収していた。しかもそれを纏って攻撃している。

 

 まさかこの世界で、魔装脚(ジェットブーツ)と似たような武器があったなんて驚いた。けれど、流石に滞空を維持したり、空中での移動は出来ないみたいだ。

 

 もしも僕がバウンサークラスで魔装脚(ジェットブーツ)を披露したら、ベートさんは一体どんな反応をするんだろうか。何か張り合って勝負しろと言いそうな気がする。

 

「【閉ざされる光、凍てつく大地。吹雪け、三度の厳冬――我が名はアールヴ】!!」

 

「総員退避!」

 

 そう思ってると、僕の近くで移動しながら詠唱をしているリヴェリアさんの魔法が完了しようとしていた。

 

 フィンさんが即座に前衛と中衛が左右に割れ、まるで砲口の如く部隊が展開している。

 

 その直後――

 

「【ウィン・フィンブルヴェトル】!!」

 

 リヴェリアさんが魔法名を告げると、三条の吹雪が通路を突き進んだ。

 

 蒼と白が混ざった砲撃は、前方にいる芋虫型モンスターを凍結させるだけでなく、一直線に伸びる通路の最奥まで氷の世界と化した。

 

 リヴェリアさんの凄い魔法を見て僕は驚くばかりだ。前に講習でエイナさんが、リヴェリアさんの事をオラリオ最強の魔導士と力説していたけど、実際に見て確かにその通りだと改めて認識した。僕の氷属性テクニックなんかとは比べ物にならない威力だと思う程に。

 

「凄い魔法ですね、リヴェリアさん」

 

「……そんな事はない。私から言わせれば、数多の魔法を使いこなすお前の方が凄いさ」

 

 何だろう。リヴェリアさんの台詞が妙に刺々しく感じたのは僕の気のせいだろうか。そう思いながらも、僕はフィンさん達と一緒に先へ進む。

 

 いきなり凍土になった為か、氷で覆われてる壁面からモンスターが出現しなくなっていた。そのお陰であっさりと52階層へ進む連絡路の階段に辿り着く。

 

「いよいよ52階層に降りる。ここからはもう、補給できないと思ってくれ」

 

 そう言ってフィンさんは僕たちパーティ一同に振り返る。

 

 真剣な顔で言う彼の言葉を聞いた僕は再びシフタとデバンドを発動させる。再び攻撃力と防御力が上昇するも、アイズさん達は何の反応もせず、張り詰めた表情のまま先を見ている。

 

(何だ? アイズさん達が今まで以上に警戒してるけど、この階層には一体何が……)

 

 【ロキ・ファミリア】でない僕と椿さんは、彼等の表情を怪訝そうに見ているだけだ。

 

「いくぞ」

 

 フィンさんの短い命令と共に、僕達は52階層へと進出する。

 

 さっきの51階層と全く同じ黒鉛色の迷路だけど、フィンさん達は速まったペースで疾走している。

 

「戦闘は出来るだけ回避しろ! モンスターは弾き返すだけでいい! けして()()されるな!」

 

 絶えないフィンさんの指示の中に不可解なものが混ざっていた。

 

 狙撃って……この52階層のどこかにいるモンスターが既に捕捉しているんだろうか?

 

「ベル、もっと急ぐのじゃ!」

 

「は、はい! でもガレスさん、狙撃って一体どう言う事なんですか?」

 

「今はとにかく走る事だけを考えておれ!」

 

 僕の質問を一蹴するガレスさんは急かしてきた。

 

 よく見ると、ガレスさんの表情がこれまで以上にないほど危機感にあふれている。

 

 言われた通りに走りながら周囲を見渡すも、僕達を狙う不審な影が全く見当たらない。しかし、他のサポーターの人達は死に物狂いで走っている。

 

 誰もが無言で走り続けている中―――急に響いた。まるで地の底から昇ってきたかのような、禍々しい雄叫びが。

 

「フィン」

 

「ああ――捕捉された」

 

 アイズさんが声を掛けると、フィンさんの台詞に全員の緊張感が更に高まっていた。

 

「走れ! 走れぇ!!」

 

 更にペースを速めろと促してくるフィンさんに、僕はいつでも銃剣(ガンスラッシュ)を撃てる準備をしていた。

 

 一体どこからと思いながら警戒してるが、不意にある疑問を抱いた。

 

 僕と椿さんを除く全員が雄叫びを聞いた瞬間、さっき以上にペースを速めている。周囲の事なんか気にせず、ただひたすら必死に走っているだけだ。

 

 と言うよりさっきから聞こえるこの雄叫び、周囲から聞こえるんじゃなく――まさか、下から?

 

 僕がそう思った直後、中衛のアイズさんが呟いた。

 

「ベート、転進しろ!」

 

 アイズさんの呟きを聞いたフィンさんが指示を出し、先頭のベートさん、遅れてティオナさんと僕たちパーティは横道へ飛び込んだ。

 

 次の瞬間――地面が爆砕した。

 

 

『~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッッ!!』

 

 

 突き上がる巨大な爆炎の柱に、紅蓮の衝撃波。

 

 それにより周囲にある物が全て真っ赤に染まっている。

 

(これが狙撃だったのか!)

 

 余りにも予想外過ぎる狙撃に、僕は目を見開いていた。そして理解した。フィンさんが言っていた狙撃の意味が。

 

「迂回する! 西ルートだ!」

 

 激しいフィンさんの指示に従う僕達は全力で走った。

 

 そしてすぐに、さっきと同じ大爆発が轟く。

 

 移動しながらもフィンさんはリヴェリアさんに防護魔法を使うよう指示し、アイズさんに敵の数を確認している。

 

 まさか、こんな恐ろしい狙撃が待ち受けていたなんて……さっきまで呑気に周囲を警戒していた自分が非常に腹立たしい!

 

 自身の無知と能天気振りを恥じてる最中、僕の瞳はある物を視認した。

 

「ラウルさん、避けて下さい!!」

 

 僕が咄嗟に避けろと言ったが、ラウルさんは通路の横穴から迫りくる太い糸の束に反応出来なかった。

 

「ラウルさんっ!」

 

 すると、僕と同じく気付いていた後方のレフィーヤさんが、咄嗟にラウルさんのバックパックに体当たりをして突き飛ばした。

 

 ラウルさんはつんのめる事で回避したが、代わりにレフィーヤさんが太い糸に腕を絡め取られた。

 

 捕縛されたレフィーヤさんが隊列から引き剥がされる。

 

「レフィーヤさん!?」

 

 僕が叫んでる中、レフィーヤさんを横穴へ引き摺りこんでいるのは巨大蜘蛛のモンスターだった。

 

 捕食しようと顎を大きく開けるのを見た僕は、装填済みの銃剣(ガンスラッシュ)で狙いを定めようとするが……すぐに燃え尽きた。膨れ上がった地面が爆炎を吹き、巨大蜘蛛を消滅させてしまったから。

 

 糸に釣られたレフィーヤさんが助かったかと思いきや、最悪な事に狙撃で空いた大穴へ落下していった。

 

「「レフィーヤッ!!」」

 

「ちっ! あのバカ!」

 

 レフィーヤさんが落下したのを見たティオナさんとティオネさん、そしてベートさんが後を追うように大穴へ飛び込んだ。

 

「【ヴェール・ブレス】!」

 

 そして駆け付けたリヴェリアさんが、大穴に向かって防護魔法らしき魔法名を告げていた。

 

(くっ! 僕がもっと早く動いていればレフィーヤさんは……!)

 

 判断に遅れた僕は責任を取る為に、大穴へ飛び込もうとすると――

 

「アイズ、ベル、行くな!」

 

「「!」」

 

 フィンさんが僕を制止した。しかも僕だけじゃなくアイズさんもだ。

 

「ラウル達が縦穴に落ちれば全員は守りきれない! 僕達は正規ルートで58階層を目指す! それとベル! レフィーヤを助けたい気持ちは分かるが、此処は堪えて僕達と行動してくれ!」

 

「……っ!」

 

「……分かりました」

 

 サポーターのラウルさん達の身を案じるフィンさんの指示に、アイズさんと僕は従った。

 

 僕はともかくとして、アイズさんがいないと芋虫型モンスターの対処が難しい。フィンさんはそれを分かった上でアイズさんを引き留めたんだ。

 

「ガレス、ベート達を頼む!」

 

「おう、任せておけ!」

 

 二振りの斧を装備したガレスさんは、レフィーヤさん達の後を追おうと大穴へ飛び込んだ。

 

「ご、ゴメンっす、ベルくん!」 

 

「え?」

 

 移動を再開してると、ラウルさんが突然僕に謝ってきた。

 

「ベルくんが避けろと言ったのに、自分が反応しなかったせいでレフィーヤが……」

 

「あ、いえ、僕も判断が遅れたから――」

 

「お前が謝る必要はないぞ、ベル。さっきのは明らかにラウルのミスだ」

 

 僕が言ってる最中、リヴェリアさんがそう言ってきた。

 

「ラウル、お前にはこの後で私達が嫌と言うほど罰を与えてやる。今はもう油断しないよう気を引き締めろ」

 

 リヴェリアさんからの誅罰宣言に、さっきまで震えながら僕に謝っていたラウルさんの顔が蒼白となった。聞いていたサポーターのクルスさん達が気の毒そうに彼を見ている。

 

 ラウルさんに同情しながらも、僕はある事をフィンさんに進言しようとする。

 

「フィンさん、僕を前衛に出して下さい!」

 

「何だって?」

 

 僕の進言にフィンさんは訝り、聞いたアイズさん達もこっちに視線を向けてきた。

 

「それは僕としては願ってもないが………本当に良いのかい?」

 

 フィンさんの言いたい事は分かっている。

 

 僕が後方支援の治療師(ヒーラー)として雇って情報を公開しており、更なる情報を自分達に晒してしまっても良いのかと確認しているんだ。

 

「構いません。【ロキ・ファミリア】の遠征で命を預け、こんな状況になってしまった以上、もう一切の出し惜しみはしません」

 

「……分かった。ならばアイズと一緒に前衛で戦ってくれ」

 

 僕の熱意が伝わったのか、フィンさんは隊列変更の指示を出した。

 

 それを聞いた僕はすぐ前に出て、アイズさんの隣に立つ。

 

「アイズさん、よろしくお願いします!」

 

「うん。あ、その武器……」

 

 僕が銃剣(ガンスラッシュ)から抜剣(カタナ)――呪斬ガエンに切り替えたのを見て、アイズさんはジッとそれを見る。

 

「お? それが例の『呪斬ガエン』と言うやつだな」

 

 すると、僕の抜剣(カタナ)を見た椿さんが目を光らせた。

 

「しかしベル・クラネルよ、此処でその魔剣を使ってもよいのか? あと何回か使えば壊れるのであろう?」

 

「壊れる? 何を言ってるのか分かりませんが、この抜剣(カタナ)は刀身が物理的に折れない限り無限に使えますから、そんな心配はありませんよ」

 

「………………は?」

 

 椿さんの疑問を不可解に思いながらも、僕は呪斬ガエンが欠陥品でない事を教えた途端に何故か表情が固まっていた。更には聞いていたフィンさん達も一緒に。

 

 どうしたんだ? 僕、何かおかしなこと言ったかな?

 

 この時の僕は知らなかった。この世界の魔剣というものが、何回か使ったら壊れてしまう消耗品である事を。



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ロキ・ファミリアの遠征⑱

今回はフライング投稿です。


「アイズさん、行きます!」

 

「う、うん」

 

 何故か表情が固まっていたアイズさんだったけど、僕の掛け声に反応して前方に現れるモンスターを倒そうとする。

 

 この前の手合わせのお陰とも言うべきか、僕とアイズさんは阿吽の呼吸みたく連係プレーであっと言う間に倒していく。

 

「ベル、右!」

 

「はい! アイズさんは左を!」

 

 お互いに声を掛け合って、対象のモンスターを次々と斬り裂いていくアイズさんと僕。、

 

「何でベルくんはアイズさんとあんなに息ピッタリなんすか!?」

 

「と言うか、なんであんなに強いの!?」

 

 後ろにいるラウルさんとナルヴィさんが叫んでいる中、僕は気にせず解放済みである呪斬ガエンの潜在能力――『呪斬怨魂・改』で斬撃と追撃の同時攻撃を繰り出している。

 

「あれが壊れない魔剣の力だと!? 手前が作る魔剣とは比べ物にならないではないか! これは是非ともじっくり見せてもらわなければ!」

 

「椿、今は58階層へ向かわなければならないから止めようね」

 

「全く。ベルは魔法だけでなく、武器までも我々の常識を壊すとは……」

 

 椿さんがモンスターと交戦しながらも僕の抜剣(カタナ)を見ており、フィンさんが窘め、リヴェリアさんは呆れたように言ってきた。

 

 僕としては色々と突っ込みどころのある会話だけど、今は早く58階層へ行かないといけない。未だに下からの狙撃に狙われ続けているから、一切の予断は許されない。

 

 アイズさんと一緒にモンスターを倒し続けてるとは言っても、それは最低限の数でしか倒していない。倒されなかったモンスターが追いかけて来ても、階層無視の狙撃によって掃滅されるので。

 

 移動している中、突如僕達の身体が緑色の光に包まれた。恐らくリヴェリアさんがレフィーヤさん達に使った防御魔法だと察した僕は、内心助かったと思った。丁度デバンドの効果が切れていたから、支援をしてくれたリヴェリアさんに感謝だ。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!』

 

 僕達の移動を阻もうと、(サソリ)や蛇などの大きなモンスターがいた。

 

 直接戦って分かったけど、やはり僕がこれまで戦ってきた上層や中層、そして下層のモンスターは桁違いの戦闘能力だった。同時に僕が全力でやらなければ死んでしまうほどの相手でもある。

 

 不謹慎なのは重々承知している。やっと全力で戦えるモンスター達と相手している事に、僕の気持ちがどんどん昂ってくる!

 

「フィン、敵九!」

 

「ここは突破する! アイズ、一気に叩け! ベルは下がるんだ!」

 

 指示を出すフィンさんにアイズさんは飛び出し、僕は一旦後退する。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】!」

 

 アイズさんが以前に僕との手合わせの時に使った魔法を発動し、身を纏う風が鎧となってモンスターの攻撃を弾く。その間に風を纏ったアイズさんの斬撃が振るった直後、瞬く間に九匹のモンスターを蹂躙した。

 

 これまで何度も見ているが、あの攻防一体と化してる風魔法は本当に厄介だと警戒させられる。手合わせの時に披露した際は手加減してたみたいだけど、もし最大出力できていたら、僕は全力を出して挑まなければならない。勿論、全ての武器を使う意味での全力だ。

 

 モンスターを倒した直後、アイズさんの纏ってる風に若干綻びが生じていた。

 

「ラウル、精神回復薬(マジック・ポーション)を用意しろ」

 

「は、はいっす!」

 

 フィンさんがアイズさんの風を見て、ラウルさんに回復薬を出すよう指示していた。精神(マインド)が尽きかけていると判断したんだろう。

 

 一旦補給しなければならないなら、今度は僕がアイズさんのカバーをするとしよう。

 

 そう思ってると、新たなモンスターが再び現れて此方へと向かってくる。

 

「フィンさん! 今度は僕が一気に纏めて蹴散らします!」

 

「ダメだ! いくらその魔剣が強いからと言って君一人で……って、何だいその武器は!?」

 

 前に出る事に反対するフィンさんだったけど、僕が抜剣(カタナ)から長銃(アサルトライフル)――セレイヴァトス・ザラへ切り替わったのを見て驚愕の声を発する。

 

「僕の遠距離用武器です! 行きます!」

 

 そう言って僕は下がったアイズさんと交代するように前に出て――

 

「クーゲルシュトゥルム!」

 

 前方広範囲に扇状の掃射を三連続行う長銃(アサルトライフル)ファントム用フォトンアーツ――クーゲルシュトゥルムを放った。

 

 銃身から連続で撃ち続けた弾丸は、目の前のモンスター達に体中を貫通させ、瞬く間に蹂躙した。

 

「今度は別の魔剣かよ!」

 

「むっ! アレは以前、戦争遊戯(ウォーゲーム)で使っていた魔剣と同じではないか!?」

 

 信じられないように叫ぶクルスさんに続き、椿さんが急に前の戦争遊戯(ウォーゲーム)の事を言ってきた。

 

 恐らく椿さんは、僕が【アポロン・ファミリア】の戦争遊戯(ウォーゲーム)で、魔導士と弓兵(アーチャー)を一掃した時の事を思い出しているんだろう。

 

 しかし、あの時と違って今回は殺傷全開だ。もしもあの戦争遊戯(ウォーゲーム)で殺傷する為に撃ったら、無残な姿となった大量の死体となっていた。僕としては、そんな事をする気は微塵も無かったので、手加減に加えて非殺傷に設定(セット)していた。

 

「な、なぁベル・クラネル。まさかとは思うが……その魔剣も、さっきの刀と同様に壊れたりしない魔剣なのか?」

 

「………敢えて答えるのでしたら、前の戦争遊戯(ウォーゲーム)で使ってた武器と、今使ってるコレも制限無しで使える武器です」

 

「ふぁ!?」

 

『ええっ!?』

 

 質問に一応答えると、椿さんはいきなり変な声を出した。サポーターのラウルさん達も驚いており、フィンさんとリヴェリアさんは頬を引き攣らせている。因みにアイズさんは無表情だけど、それでも驚いている感じがした。

 

「…………一先ずは移動に専念だ」

 

 何か僕に言いたげなフィンさんだけど、目的を忘れないようにと移動を速める指示を出した。

 

「フィンさん、下からの狙撃が止んでいますが……もしかしてガレスさん達ですか?」

 

「だろうね。今の内に急ごう。だけどベル、けして気を抜かないでくれ。狙撃の代わりとなるのが、そろそろ来るから」

 

「代わり?」

 

 僕の質問にフィンさんは答えながら、警戒は怠るなとも言ってきた。

 

 思わず鸚鵡返しをしていると、狙撃によって出来た縦穴から何かが這い上がってくる。

 

「な、アレは……!?」

 

飛竜(ワイヴァーン)だ。ベル、悪いがアレをその武器で狙う事は出来るかい?」

 

「勿論です!」

 

 長銃(アサルトライフル)は飛行するエネミーを撃ち落とす事が出来る武器だ。なので――

 

「あの飛竜(ワイヴァーン)の群れは僕がやりますから、アイズさんは前方のモンスターを頼みます!」

 

「分かった」

 

 すぐに役割分担をしようと提案する僕に、アイズさんは何の反論もする事なく了承した。

 

 頭上から飛び掛かってくる飛竜(ワイヴァーン)に、僕はすぐにセレイヴァトス・ザラの銃口を向けて撃つ。その弾丸が敵の頭に貫通すると、飛竜(ワイヴァーン)は事切れたかのように落下していく。

 

「先ずは一匹目!」

 

「……嘘だろ? たった一発で仕留めやがった」

 

「しかも正確に狙ってましたわ。あんな恐ろしい魔剣があったなんて……」

 

 飛竜(ワイヴァーン)を仕留めた事に、サポーターのクルスさんとアリシアさんが目を見開きながら言っていた。

 

 しかし僕は気にせず、さっきのとは距離が離れてる三匹の飛竜(ワイヴァーン)を視認する。それぞれに狙いを照準して一発ずつ撃つと、三匹の敵は順番に落下して地面に激突する。特に三発目の威力が高かった事もあって、頭が半分ほど抉れるように無くなっていた。

 

「あんなに離れたところから狙い撃てるのか……!?」

 

「やれやれ。今は僕たちの味方だから非常に頼もしいけど、これでもしベルが敵に回ったら……そう考えるだけで恐ろしくなるよ」

 

「あ~、これが遠征でなければ、ベル・クラネルの武器を見ていると言うのに……!」

 

 僕が引き続き押し迫ってくる飛竜(ワイヴァーン)を撃ち落としている最中、リヴェリアさんとフィンさんが何故か恐ろしげに言っていた。椿さんはさっきから悔しそうに僕の武器を見ているが、敢えて無視させてもらう。

 

 と言うかフィンさん。僕は【ロキ・ファミリア(あなたたち)】と敵対する気なんか、これっぽっちもありませんからね。

 

 

 

 

 

 僕とアイズさんがそれぞれモンスターを倒しながら移動してると、下部へ続く階段を発見した。

 

「もう53階層……! ベルくんのお陰でずっと早いっすよ……!」

 

 ラウルさんが予想外みたいに息を吐きだしながら言った。

 

 どうやら僕が飛竜(ワイヴァーン)を駆除してる事でいつもより早く到達したようだ。

 

 だと言うのに、フィンさんは何か考えるように目を細めながら周囲を見渡している。

 

 僕も倣って周囲を見ると、さっきまで襲い掛かってきたモンスターとの遭遇がバッタリと途絶えていた。しかも凄く静かだ。

 

「あの、フィンさん。こういう嫌に静寂なのは……異常事態(イレギュラー)の前兆と見ていいんでしょうか?」

 

「ンー……出来ればそうなって欲しくないと思いたいね。さて、一体何が来るかな?」

 

 僕からの質問にフィンさんは同じ事を考えていたのか、親指をペロっと舐めながら言ってきた。

 

 癖なのかどうかは分からないけど、この人って親指を舐める癖があるんだな。まぁ、人の癖に僕がああだこうだと言うべきじゃない。

 

 静寂となってる53階層を進んでいると、進路上にドドドっと何か音がした。それの発生源は、51階層で見た芋虫型モンスターの群れだ。

 

「しっ、新種っす!」

 

「いや待て、あれは……!」

 

 声を上げるラウルさんに対し、リヴェリアさんが何かを指すように言った。

 

 通路を埋め尽くす芋虫型の群れの中に、一番巨体な大型の上に、紫紺の外套を身に纏ってる何かが乗っていた。

 

「24階層の……!」

 

 アイズさんは知ってるのか、対象を見た途端に驚愕している。

 

 全身を布で覆い不気味な文様の仮面を被った存在と何があったのかは気になる。だが少なくとも、あの芋虫型モンスターに乗って現れたアレは敵である事は確かだ。

 

 移動している僕らに対し、外套の人物は右手を突き出した。

 

 それに合わせるように芋虫型モンスターが列を作って整っている。

 

 思わず嫌な予感がすると危惧した次の瞬間、芋虫型モンスターの口腔から、夥しい腐食液が放出された。

 

「転進! 横穴に飛び込め!!」

 

 津波と思わせる大量の腐食液が此方へ押し寄せるが、フィンさんが咄嗟に出した命令に僕たちパーティは横穴へ離脱する。

 

 間一髪と言うべきか、最後尾のラウルさんとリヴェリアさんの背後から、汚泥とも呼べる腐食液が流し込まれる光景が広がった。腐食液によって通路が瞬く間に壁を溶かし、ジュウウッと言う腐食音と共に、嫌な異臭と煙を発生させている。

 

「ちょっとリヴェリアさん、あの人一体何なんです!?」

 

「早い話、調教師(テイマー)だ」

 

「ええ!? あの恐ろしいモンスターを操れるんですか!」

 

 リヴェリアさんからの端的な回答に、僕は驚愕しながら叫ぶ。

 

 確か調教師(テイマー)って、前に怪物祭(モンスターフィリア)の時に聞いた単語だ。モンスターを調教(テイム)して従わせるのが、怪物祭《モンスターフィリア》一番の見ものだと。

 

 けど、あんな恐ろしい芋虫型モンスターを操るって明らかに普通じゃない。それは確信持って言える。

 

 そう思ってると、進路方向から再び芋虫型モンスターの群れが出現する。

 

「待ち伏せ!?」

 

「右前方! 二つ目の横道に入れ!」

 

 アリシアさんの悲鳴を気にせずにフィンさんが指示を出す。

 

「ま、また現れたっす!」

 

「三時の方角からも来ます!」

 

「左横穴! 入ってすぐ右斜め、前方を進め!」

 

 何度離脱しても芋虫型モンスターが現れるが、フィンさんは的確な指示で僕達に逃走ルートを示している。

 

 こんな状況でも常に冷静であり、広大と思われる迷宮を知っている記憶力には大変恐れ入る。正に団長(リーダー)と呼ぶに相応しいフィンさんの采配に、僕は凄いとしか言いようがない。

 

 だけど、それとは別に気になる事がある。

 

「フィンさん、何か僕たち誘導されてませんか!?」

 

「勘が良いね、ベル! 僕もそう思っていたところだ!」

 

 モンスターが戦術を使っている事に、フィンさんも気付いていたようだ。

 

 何が目的なのかは分からないけど、外套の人物がこんな事をしてくるのには何か理由があると僕は見ている。

 

「フィン、このままだと追い詰められるぞ!」

 

「………」

 

 張り詰める声を出すリヴェリアさんに、フィンさんは何か考え込むように思考している。

 

 その数秒後、突如顔を上げて前方のアイズさんに向かって指示を出す。

 

「左折しろ、アイズ!」

 

 指示を聞いたアイズさんが言われた通り左に曲がり、僕達も彼女の後を追う。左折した先は長大な通路の一本道だった。

 

 僕達が通路の半場まで移動した直後、フィンさんが大声を上げる。

 

「迎え撃つ! 反転!」

 

 ラウルさん達が準備してる間、指示を聞いた僕は前衛のアイズさんと共にすぐに迎撃体勢に移る。

 

「アイズさん、ここは僕に任せて下さい!」

 

「っ!」

 

 風魔法を使って突進しようとするアイズさんに、僕が待ったを掛けながら長銃(アサルトライフル)から長杖(ロッド)――カラベルフォイサラーへと切り替えた。

 

 切り替えて早々、カラベルフォイサラーを背中に収めて――

 

目覚めるがいい(フォトンブラスト)!」

 

 僕が詠唱の序盤を口にすると、僕の周囲から大きな魔法陣が出現した。驚いた反応をしてるフィンさん達だけでなく、前方にいる外套の人物も反応するように肩を揺らしている。

 

「出てこい、闇の幻獣――一角獣の幻獣(ヘリクス)!!」

 

 しかし、僕は気にせずにヘリクスを出現させようとする。本当なら詠唱をしたいところだけど、今はそんな急いでいるから省略させてもらう。

 

 僕の呼び出しに応じるように、頭上から一角獣の幻獣(ヘリクス)が出現し――

 

「突き進みながら敵を蹂躙しろ! 行けぇ!」

 

『オォォオオオオオオオオ!!』

 

『!?』

 

 僕の指示に従うようにヘリクスは雄叫びをあげ、フォトンを纏った大きな角を芋虫型モンスターの群れへと突進していく。

 

 逃げ場のない一本道にから、迫りくるヘリクスの突進に外套の人物が叫び声をあげようとする。

 

巨蟲(ヴィルガ)!!』

 

 迎撃しようと、芋虫型モンスターが腐食液の一斉砲火をする。

 

 けれど、ヘリクスは物怖じしないどころか、それに当たってもダメージを負う事なく更に突進のスピードを上げる。

 

『―――』

 

 砲撃が全く効いてないヘリクスの姿を見て、外套の人物は緊急回避した。

 

 跳躍した外套の人物の下では、芋虫型モンスターの大群が幻獣の突進により巻き込まれる。

 

 縦一列に並んでいたモンスターが纏めて蹂躙され、そして貫かれて一掃。

 

『馬鹿ナッ……!?』

 

「随分と余裕ですね」

 

『ッッ!!』

 

 外套の人物が驚きの声を出してる最中、僕はカラベルフォイサラーを力強く振るう。いきなり僕が出現した事に、外套の人物が驚愕しながらもメタルグローブでガードする。

 

 因みにヘリクス・プロイで芋虫型モンスターを蹂躙する直前、僕はファントムスキルで姿を消していた。その間に跳躍して相手の目の前に出現し、不意打ちを食らわせたと言う訳である。

 

「貴方が何者かは知りませんが、僕達の行く手を阻む以上は倒させて頂きます!」

 

『……ッ!』

 

 壁面を蹴りつけて着地した僕と外套の人物。

 

食人花(ヴィオラス)ッ!』

 

「なっ!」

 

 すると、近接戦をやろうとする僕に、外套の人物が叫んだ。その瞬間、地面や壁面から、以前怪物祭(モンスターフィリア)で見た植物モンスターが数体現れた。

 

「ベルッ!」

 

「不味いっ!」

 

「くっ、助けに行きたいのだが……!」

 

 外套の人物と出現した植物モンスターが一斉に僕に襲い掛かるを見て、アイズさんとフィンさん、そして椿さんがすぐに駆け付けようとする。

 

 けれど、植物モンスターは僕だけじゃなくアイズさん達のいる所にも出現していた。なので交戦中の三人はすぐに駆け付ける事が出来なかった。

 

 しかし――

 

「舞え! 堕落した光の剣よ!」

 

『ッ!?』

 

 僕が慌てる事無く詠唱を紡いだ瞬間、自分の中心に回転する光の剣が展開された。現れる光の剣により、仮面の人物がすぐに攻撃を止めるが、襲い掛かる植物モンスターの他に、地面から現れる無数の触手も斬り刻まれていく。

 

「汝、久遠(くおん)の絆を断たんと求めるなら 我が言の葉は穢れに満ちた一つの聖剣となり 汝らを斬り刻ませよう!」

 

「何と! 移動しながら詠唱してるのに、剣が未だに回り続けておるとは!」

 

 まるで解説するように言ってる椿さんに僕は気にせず、後退する外套の人物を追うように移動しながら詠唱してる僕は――

 

「零式ギ・グランツ!」

 

 光の剣展開状態で移動を可能とし、一定時間後に巨大な光の剣で一閃を見舞う光属性カスタムテクニック――零式ギ・グランツを放った。

 

 そして回っていた複数の光の剣が消えると、今度は巨大な剣が出現した直後にグルンと一回りする。

 

「クッ!」

 

 突然攻撃範囲が広くなった事で、僕に襲い掛かる無数の触手は全て斬り伏せられ、植物モンスターも真っ二つとなって絶命する。外套の人物にも当たったが、回避に専念した事もあってか、致命傷になるダメージを与えれなかった。

 

 向こうは不利だと悟ったのか、少し離れていながらも僕に背を向けて逃げようとしていた。

 

「逃がしませんよ!」

 

『何ッ!?』

 

 敵に素早く接近して武器を振り下ろすファントム用長杖(ロッド)のシフトフォトンアーツ――シュヴァルツカッツェを発動させる。

 

 前は氷漬けにした植物モンスターに止めを刺す為に使ったけど、これは相手が逃亡するのを阻止する為にも使える技でもある。

 

 背を向けてる外套の人物に僕は、カラベルフォイサラーを死神の鎌みたいに、命を奪うよう一気に振り下ろす。

 

『グッ―――ァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?』

 

 躱せないと判断したのか、外套の人物は咄嗟に右腕で防御しようとする。けれど、僕の刃が右腕ごと切断した為に、敵は悍ましい絶叫をあげる。

 

 外套の人物は舞い上がった右腕をすぐに回収する中、僕は更に追い打ちを仕掛けようとする

 

『喰ラエッ!!』

 

 だが、叫んだ直後に、いつの間にか呼び寄せた植物モンスターが口を開けたまま外套の人物を確保した。

 

「しまった!」 

 

 外套の人物に意識を集中していた所為で、モンスターの接近に気付かずに逃走を許してしまった事に僕は歯噛みする。

 

 すぐに追いかけようとするが、突然フィンさんが『待つんだベル!』と言ったので僕は思わず足を止めた。思わず後ろを振り向くと、その先には詠唱を終えて魔法を放とうとしているリヴェリアさんの姿が見えたので、僕は巻き添えを喰らわないように避難する。

 

「――【ウィン・フィンブルヴェトル】!」

 

 リヴェリアさんが魔法名を口にした直後、三条の吹雪が撃ち放たれた。

 

 奥の突きあたりまで凍てつかせる氷結魔法に、逃走中の植物モンスターも一瞬で凍り付かせ、51階層で見た氷の世界が再び出来上がった。

 

 何度見ても凄い魔法だ。本当に僕のテクニックなんかとは桁違いの威力――

 

「ベルゥゥゥゥゥゥ!!」

 

「? リヴェリアさん、どうかしましっ!?」

 

 突然大声を出したリヴェリアさんに反応して振り向くと、その人は凄い形相をしながら僕に近付いて両肩を力強く掴んできた。

 

「さっきの召喚魔法は詠唱しないで使っていたな!? それだけでは飽き足らず、詠唱している間に光の剣で敵を斬り刻む魔法なんて私は見た事も聞いた事もないぞ! 一体お前の魔法は何なんだ!? 完全に未知の魔法ばかりではないか! そこを私に詳しく説明しろぉぉぉ!!」

 

「ちょ、リ、リヴェリアさん!? と、取り敢えず落ち着いて下さい!!」

 

「これが落ち着いてなどいられるかぁぁぁ!!」

 

 何か分からないけど、リヴェリアさんが物凄く恐い! 一体何なの!? 何が一体どうなってるの!?

 

「止めるんだ、リヴェリア!」

 

「リヴェリア様、どうかお心を鎮めて下さい!」

 

「放せお前達! 私は、私はぁ……!」

 

 フィンさんとアリシアさんが止めようと、すぐにリヴェリアさんを僕から引き離してくれた。

 

 リヴェリアさんの暴走(?)らしき行動を止める為に、フィンさん達は少しばかり時間を要するのであった。

 

 その間――

 

「ベル、一人で頑張り過ぎ。私もいるから頼って欲しい」

 

「す、すいません、アイズさん」

 

「ベル・クラネルよ、この遠征が終わったら手前と専属契約を結ばぬか?」

 

「ちょっと椿さん、いきなり何言ってるんですか?」

 

 僕はアイズさんと椿さんに絡まれて、色々と大変な目に遭っていた。

 

 ついでと言うのはなんだけど、逃走していた植物モンスターごと凍らせた筈の外套の人物はいつの間にか姿を消していた。ローブと仮面を残して。




今まで我慢してたリヴェリアがついに暴走してしまいました。


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ロキ・ファミリアの遠征⑱.5

今回は短いです。


 53階層で色々な騒動が起きた後、僕達は再び58階層へ向かおうと進攻を再開する。

 

 階層無視の狙撃がなく、芋虫型モンスターの群れによる襲撃がない為に、問題無く進む事が出来た。前衛を務める剣メインのアイズさん、抜剣(カタナ)長銃(アサルトライフル)を交互に使う僕が援護する事で、あっと言う間に57階層へ到達する事が出来た。

 

 しかし、連絡路を突き進んでる際、またしても芋虫型モンスターの大群と遭遇する事となった。アイズさんの風魔法と僕の長銃(アサルトライフル)で一掃しながらも、リヴェリアさんが再び氷結魔法――【ウィン・フィンブルヴェトル】で奥の広間(ルーム)にいるモンスターの大群を凍らせた。

 

 漸く58階層に辿り着くと、目の前には巨大なドラゴンの氷像があった。リヴェリアさんの魔法で氷漬けとなったんだろうと思いながら、呪斬ガエンに切り替えながら疾走し、ドラゴンの氷像を打ち砕く。

 

 僕の斬撃と同時に武器の潜在能力による追撃の同時攻撃により、竜の頭部を断ち切り、そのまま粉々となった氷の塊が轟音を立てて地面に落下していった。

 

「アルゴノゥト君!!」

 

 真っ先に現れた僕を見たティオナさんの歓呼が飛んだ。

 

 その後にアイズさん達が現れると、今度はレフィーヤさん達からの喜びの声が上がっている。特にティオネさんはフィンさんの姿を見た途端に、凄く元気が出たような大声を出して彼を呼んでいる。

 

「喜ぶのは後だ! 残存するモンスターを掃討する!」

 

 フィンさんの力強い声に、58階層で戦っていたティオナさん達は僕達と協力して残った敵の処理に当たる。

 

「ベル、行くよ!」

 

「はい!」

 

 アイズさんと僕が再び前に出て一緒に戦っている際――

 

「あ! アイズずるい! 何でアルゴノゥト君と一緒に戦ってるのさ!?」

 

「って言うか、何でベル・クラネルがアイズさんとあんなに息ピッタリな戦いをしてるんですか!?」

 

 ティオナさんとレフィーヤさんが何故か物凄く不服そうな声を出していたけど、敢えて気にせず処理を続ける事にした。

 

 そしてモンスターを一通り片付け終えると、周囲にはモンスターの死骸だった灰の山がいくつか散見される事となる。

 

「って言うか、何でアルゴノゥト君が前衛(まえ)に出て戦ってたの!?」

 

「まぁ、色々と理由がありまして。それよりティオナさん、いきなり抱き着くのは流石にちょっと……」

 

 モンスター達を掃討後、58階層に沈黙が訪れた事により誰もが安堵してる中、ティオナさんが早速と言うべきか僕に抱き着いてきた。

 

 前衛に出た理由を話すと、ティオナさんは納得しながらも頬を膨らませていた。どうせなら自分と一緒に戦いたかったと。

 

 彼女の言い分に苦笑しながらも、サポーターのラウルさん達がバックパックを下ろして補給アイテムを配ってる中、僕もすぐに治療師(ヒーラー)としての活動を始めようとする。

 

 しかし、流石は【ロキ・ファミリア】と言うべきか、58階層に辿り着いても全員殆ど無傷だった。椿さんは椿さんで、灰の中にある数多のドロップアイテムを見て大はしゃぎしていて、それを見たフィンさんが後にしてくれと対応している。

 

 僕の出番は殆どないかと思われたが――

 

「あれ? ティオナさん、身体の所々に火傷がありますね。大丈夫ですか?」

 

「平気だよ。リヴェリアの防御魔法のお陰で大した事ないから。と言っても、でっかい炎を防ぐのは痛かったけどね」

 

 今も腕に引っ付いてるティオナさんを見て気付いた僕が問うけど、当の本人は問題無いと言い返してきた。

 

 だけど、流石に見過ごせなかった僕は、すぐに治療しようとアンティをかける。

 

「はい、これで火傷が消えた筈です」

 

「別にこれくらい大した事ないよ?」

 

「火傷を甘く見てはいけません。放っておいたら痕になってしまいます。ティオナさんは可愛い女の子なんですから、そういうところは少し気にした方が良いですよ」

 

「……え、えっと。あたしって、可愛いの?」

 

 何故か頬を赤らめながら訊いてくるティオナさんに――

 

「はい。僕から見て、ティオナさんは凄く可愛くて魅力的な女性だと思ってますよ。けど、流石にいきなり抱き着くのは勘弁して欲しいですが」

 

「………そ、そっか。あたしって可愛いんだ。えへへ~」

 

 僕が思った事をそのまま答えると、何故か今度は猫みたいに甘えるような感じで引っ付き始めた。

 

「ティ、ティオナさんがあんな表情してるなんて初めて見たっす……!」

 

 端から見ていたラウルさん達が驚きの声を出してる中――

 

「何て事……! このままじゃティオナに先を越されてしまいそうだわ! 団長、私達もあの二人に負けないように――」

 

「あ~、ベルとティオナ。今は休憩(レスト)中だからって、そう言う事は人のいないところでしてくれないかな? あとティオナ、そろそろベルから離れておくように」

 

 ティオネさんの発言にフィンさんが危険を感じたのか、すぐに僕達に注意してきた。

 

 団長のフィンさんからの注意に、ティオナさんが凄く不満そうな顔をしながらも、取り敢えずと言った感じで引っ付いてる僕から離れる。

 

 そうだ。折角だから、さっきまで使っていた武器のメンテをしておこう。ティオナさん達と合流して再び治療師(ヒーラー)に戻るからって、また戦闘になる可能性はある。

 

 万一の事を考えながらメイン武器の軽いメンテをする為に、先ずは長銃(アサルトライフル)のセレイヴァトス・ザラを出した。

 

「うわっ、何か凄そうなのが出た……!」

 

 近くにいるティオナさんが驚くように言うと、休憩中のベートさん達が怪訝そうに見てくる。

 

「ねぇアルゴノゥト君、何なのそれ?」

 

「そう言えばティオナさんは知らないんでしたね。これはついさっきまで使っていた遠距離用武器です」

 

 遠くにいる相手を狙撃する武器である事を簡単にしながら、これで飛竜(ワイヴァーン)を倒していた事も教えた。

 

 そんな中、セレイヴァトス・ザラのメンテ中に突然、僕の身体が光り出した。

 

「って、どうしたの!? 何か急に光ったよ!?」

 

「大丈夫ですよ。単にこの武器の特殊能力が発動しただけですから」

 

「その特殊能力とは一体何なのだ?」

 

 ティオナさんを安心させるように言ってると、いつの間にか椿さんが僕の所へ来ていた。

 

「あの、椿さん。いつからそこに? さっきまで武器の整備をしていた筈では?」

 

「細かい事は気にするでない。それでベル・クラネル、その魔剣の特殊能力とは?」

 

 僕の問いを無視する椿さんは答えを催促してくる。フィンさん達も気になってるのか、休憩をしながらも此方に聞き耳を立てている感じだ。

 

 う~ん……。ティオナさんだけには教えても良いけど、椿さんに教えるのはちょっとなぁ……。

 

 このセレイヴァトス・ザラには潜在能力の他に、S級特殊能力を三つ備える事が出来る。

 

 因みにS級特殊能力には様々な効果があって、傷を自動的に回復、体内フォトンの自然回復を早める、攻撃力や防御力アップなどと沢山ある。

 

 僕が付けている一つ目は時流活与で、一定時間ごとに体力と傷を四割ほど回復。二つ目は時流の護で、一定間隔で自身にデバンドを自動的に発動。そして三つ目は時流の勇で、一定間隔で自身にシフタを自動的に発動。

 

 簡単に言えば、僕がセレイヴァトス・ザラを展開しているだけで、時間経過の度に回復と補助が同時発動すると言う事だ。武器を切り替えてしまえば発動しなくなってしまうけど、長銃(アサルトライフル)メインで戦うには凄く便利で頼もしい。

 

 そんな能力を椿さんに教えたら……凄く嫌な予感がする。

 

 ただでさえ、この武器が制限無しに撃ち続ける事が出来る武器だと答えた時に凄い反応をしていた。これ以上教えてしまうと、大金出してでも欲しがるんじゃないかと危惧してしまう。

 

「すいませんが、そこは黙秘します」

 

「おいおい、それはないだろう。別に良いではないか、減るもんでもあるまいし。この通りだから、どうか教えてくれないかのう?」

 

 教えないと言った途端、再び催促してくる椿さんがメンテしてる僕に近付こうとするも――

 

「ちょっと椿! これ以上アルゴノゥト君に近付くのはダメだからね!」

 

「むぅ……」

 

 ティオナさんがさせないと阻止してくれた。

 

 前に牽制された事もあってか、椿さんは僕に対する追求の勢いが弱まる。

 

 58階層で休憩してる最中、59階層へ繋がる連絡路を見つめてるフィンさんがある事を言いだした。それによって一気に緊張を灯す事となり、僕も急いで武器のメンテを終えようと手の動きを早める。




ティオナメインで、ベルのS級特殊能力の説明でした。

特殊能力については、活動報告でコメントしてくれた睦月透火さんの案で行く事にしました。


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ロキ・ファミリアの遠征⑲

 休憩(レスト)で食事と回復、そして装備の確認を終えた僕達は59階層へ向かう連絡路の階段を下りていた。

 

「寒いどころか……」

 

「……蒸し暑いですね」

 

 移動中にティオナさんとレフィーヤさんが口にする。レフィーヤさんの言う通り、この場は蒸し暑くて湿った空気な為、近くにいるラウルさんが額から出てくる汗を腕で拭っている。

 

 ならどうしてティオナさんが奇妙な事を言っているのかと疑問を抱くだろう。それはつい先程、この連絡路を降りる前にフィンさんがある事を言っていたから。

 

 【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】が都市最強派閥になる前、嘗て【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】の両派閥がいた。僕はオラリオに来たばかりなので詳しい事は分からないけど、その二つのファミリアは既に解体されて、二柱の主神もオラリオから追放されているらしい。

 

 因みにゼウス様と聞いて、僕は思わず前に住んでいた田舎のお爺ちゃんの名前と同じだと思った。だけど、亡くなったお爺ちゃんは人間なので、恐らく名前が偶然似ていただけだろうと自己完結する。

 

 少し話が逸れてしまったけど、【ゼウス・ファミリア】が残した記録には、59階層から先は『氷河の領域』と記されていた。そこは至る所に氷河湖の水流が流れて進み辛く、極寒の冷気が身体の動きを鈍らせると。更には第一級冒険者の動きを凍てつかせる程の恐ろしい寒気でもある。

 

 そんな記録が記されていた筈なのに、現在僕達が進んでいる59階層の先からは冷気が全くと言っていいほどに伝わっていない。今は物凄く蒸し暑い空間で、寒さなんか微塵も感じない。

 

 だからティオナさんが疑問を抱きながら口にしていたのだ。全く寒くない事に。

 

 59階層へ向かう際は、【ロキ・ファミリア】が用意した防寒装備用の『火精霊の護符(サラマンダー・ウール)』を身に纏う予定だった。だけどフィンさんは冷気が伝わってこない事を考慮して、『火精霊の護符(サラマンダー・ウール)』は無しで進むと決断した。

 

 その結果として、フィンさんの判断は正しかったと僕達は改めて認識した。もしこんな蒸し暑い所で纏ったら、確実に大汗を掻くどころか脱水症状を起こしてしまうから。

 

「フィン、これは……」

 

「ああ、今から僕達が目にするものは」

 

 声を掛けるリヴェリアさんに、フィンさんが頷く。

 

「誰もが、神々でさえも目撃したことのない――『未知』だ」

 

 そして僕達は光の先へ到達する。【ロキ・ファミリア】が目的としていた未到達領域59階層へ。

 

『……………………………』

 

 59階層へ着いて早々、僕を含めた全員が無言となる。

 

 氷河など存在していない。フィンさんが言ってた【ゼウス・ファミリア】の記録とは全く異なっていた。

 

 僕達の瞳に映っているダンジョン59階層は、不気味な植物と草木が群生する密林みたいな所だ。

 

「ぜ、【ゼウス・ファミリア】が記録した内容と全然違うっす……!」

 

 周囲を見渡していると、近くにいるラウルさんが狼狽えながら驚愕の声を出している。彼だけじゃなく、他のサポーターのクルスさん達も同様の反応だった。

 

 僕としては、てっきり以前に強制転送されたダーカーの巣みたいな地獄同然の場所だと勝手に想像していた。だけど、あんな恐ろしい所とは全く違う事に少し拍子抜けであった事は僕の心の内に留めておく。

 

 しかし、だからと言って気を抜いてはいない。58階層へ来る前までは、数多くのモンスター達と交戦し、あの恐ろしい狙撃を味わった。ここはそれ以上の事が待ち受けている筈だと、僕はあの時以上に警戒をしている。

 

 そんな中、正面から音が聞こえた。まるで咀嚼してるような奇怪な音響が。

 

「前進する」

 

 それを聞いた僕達は思わず音がした方へ意識を向けるも、フィンさんが僕達にそう命じた。

 

 周囲を警戒し、聞こえてくる音を頼りにしながら密林を進んで数分後、樹木が途端に途絶えて視界が一気に広くなった。

 

「……なに、あれ」

 

 大剣を携えているティオナさんの唇から、声が零れ落ちた。それもその筈だ。

 

 現在進んでいる灰色の大地の先には、夥しい量の芋虫型と植物型のモンスターがいる。

 

 極めつけは、それらの怪物が囲んでいる中心には巨大植物の下半身を持つ、女体型のモンスター。

 

「『宝玉』の女体型(モンスター)か」

 

「寄生したのは……『死体の王花(タイタン・アルム)』なのか?」

 

 ガレスさんとリヴェリアさんは見覚えがあるのか、それぞれ思った事を口にする。

 

 未だこちらの接近に気付いてないみたいで、芋虫型モンスターは口腔から舌みたいな器官を出して、その先端にある魔石らしき物を差し出していた。植物型モンスターも巨大な顎を開いて、口内にある魔石を露出させている。

 

 それらを見た女体型モンスターは、魔石を貪欲に取り込んでいた。

 

 魔石を失った芋虫型と植物型のモンスターは、吸収された側から続々と灰へと朽ちていく。

 

 周囲にある灰の山を見て僕は察した。これらは全て魔石を喰われたモンスターの死骸である事に。

 

「不味いっ……!」

 

 僕と同じく察したのか、フィンさんが顔を歪める。

 

「『強化種』か!」

 

 同じく顔を歪めるベートさんも呻く。

 

 『強化種』と聞いて僕は如何でもいい事を思い出した。六日程前、中層で僕が戦ったミノタウロスの事を。

 

 あの戦いの後、駆け付けてくれたガレスさん達から教えてくれた。ミノタウロスが予想以上に強かったのは、モンスターの核である『魔石』を大量に食べた事で『強化種』になったからだと。

 

 そして眼前にいる女体型モンスターが、芋虫型と植物型の魔石を大量に取り込んでいる。だからアレもベートさんが言ったように、『強化種』の部類となる。言うまでもなく、あのモンスターはミノタウロスなんかとは比べ物にならない程に強いだろう。

 

 これは予想以上の強敵となりそうだ。治療師(ヒーラー)の僕も、再びフィンさん達と一緒に戦わなければ不味いと思うほどに。

 

 そう思いながら僕は密かに銃剣(ガンスラッシュ)から長銃(アサルトライフル)――セレイヴァトス・ザラに切り替えてると、女体型モンスターから変化が起きた。

 

『―――ァ』

 

 周囲にいるモンスターの魔石を一通り取り込んだ女体型モンスターが、醜い上半身を起こしながら、醜怪な頭部から微かに声を漏らした瞬間――

 

『――ァアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァッ!?』

 

 突如、鼓膜が破壊されるような凄まじい叫びに、アイズさんを除く僕たち冒険者が両耳を塞いでいた。

 

 アークス時代から、巨大エネミーの咆哮は聞き慣れているけど、アレはそんな生易しいものじゃない。まるで全てを破壊する高周波だ。

 

 女体型モンスターが叫び終えると、醜い上半身が蠢き、一気に肉が盛り上がって塊となる。

 

 そして僅かな時間で、肉の塊は殻を裂き、その中から女性の上半身が生まれた。

 

 綺麗な長い髪、女神にも劣らない美貌。瑞々しい両腕、胸や腰と言ったなだらかな上半身を覆う極彩色の衣。

 

 変わったのは上半身だけでなく、異形の下半身も変貌していた。組成を変容させた上に、巨大な花びらや無数の触手を出現させている。

 

 怪物の下半身に対し、天女の如く美しい上半身を持つ巨大モンスターが、僕達の目の前で誕生した。

 

「なっ……何だって言うのよ、アレ……!?」

 

 信じられないと言わんばかりに呻くティオネさん。

 

「……うそ」

 

 正体不明の存在に、誰もが戦慄の眼差しを向けている中、アイズさんだけが違った反応をしていた。

 

 あの高周波みたいな叫びを聞いても耳を塞がず、愕然と立ち尽くして身体が震えている。まるで、あの存在を知ってるような感じで。

 

 すると、女体型モンスターは漸く気付いたのか、首をグルリと回す。此方に視線を向けると、アイズさんを見た途端に歓声を上げる。

 

『アリア――アリア!!』

 

 アイズさんに向かって『アリア』と嬉しげに叫ぶ女体型モンスター。

 

 ……えっと、アリアって誰? 女体型モンスターと僕達が見ている人物はアイズさんの筈なんだけど、アレは誰かと間違えているんだろうか?

 

 けれど、アイズさんは向こうの呼び方を気にしてないのか、震えている唇を開く。

 

「『精霊』……!?」

 

「……え?」

 

 アイズさんが予想外の単語を口にした事に、僕は思わず女体型モンスターを凝視した。

 

 僕がオラクル船団がある異世界へ飛ばされる前、うろ覚えだけど幼少時にお爺ちゃんから聞いた事がある。

 

 『精霊』は神様達が下界に現れる前まで、神に代わって英雄を助けてくれる存在であると。

 

 けれど、目の前にいる存在はとても『精霊』とは言い難い。ついさっきまで巨大なモンスターであり、同じモンスターの魔石を大量に取り込んでいた。

 

 いくら上半身が美しい女性型でも、嫌悪感を伴う醜い下半身を見て、神々しい『精霊』だなんて誰が言うだろうか。僕だけでなく、ラウルさん達も似たような事を考えている筈だ。

 

「『精霊』って……あんな薄気味悪いのが!?」

 

 アイズさんの発言に、視線の先にある存在に向かって叫ぶティオナさん。

 

 僕も叫んだ彼女と同じ気持ちだけど、アイズさんは何も言い返そうとしなかった。ただ只管、目の前の女体型を凝視している。

 

「……新種のモンスター達は触手に過ぎなかったか。女体型をあの形態まで昇華させる為の……!」 

 

 フィンさんの推測を聞いて、僕も内心納得した。

 

 ついさっき芋虫型と植物型モンスターの群れは、あの女体型に魔石を捧げていた。そして魔石をアレに取り込ませた結果、モンスターだった女体型があのような姿になっている。

 

『アリア、アリア! 会イタカッタ、会イタカッタ!』

 

 まるで子供みたいにアイズさんを『アリア』と呼び続ける女体型。

 

『貴方モ、一緒ニ成リマショウ』

 

 アイズさんに向ける言葉の羅列に、聞いていた僕は察しながら長銃(アサルトライフル)の銃弾を装填する。

 

 そして――

 

『――貴方ヲ、食ベサセテ?』

 

 女体型は不気味に三日月の笑みを浮かべながら、聞くに堪えない内容を口にした。

 

 ……あんなのが『精霊』だなんて、僕は絶対に認めない。いや、断じて認めたくない。

 

 それにアイズさんを食べさせてって……何をふざけた事を言っているんだ、あの存在は?

 

 僕が一目惚れした女性に向かってそんな悍ましい事を口にするのは………万死に値する!!

 

「! ベルくんが消えたっす!」

 

『?』

 

 久しぶりにキレた僕は、即座にファントムスキルを使って姿を消した。

 

 ラウルさんが反応するも既に遅く、アイズさんを凝視していた女体型は突然僕が消えた事にキョロキョロと周囲を見渡している。

 

「消えて下さい。穢れし存在よ」

 

『!』

 

 少し距離はあるも、自分と同じ目線の位置から出現し、長銃(アサルトライフル)を構えている僕を見た女体型は驚愕した。

 

 向こうの反応に僕は気にする事なく、シフト用のフォトンアーツ――クーゲルシュトゥルムを放とうと、空中に留まったまま女体型の顔面目掛けて無数の弾丸を連射する。

 

『ギャァァアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』

 

 一〇〇(メドル)以上離れてても僕の遠距離攻撃の銃弾が命中した事に、女体型の顔は抉られながらも悍ましい悲鳴をあげる。

 

 向こうも反撃をやろうとしてるのか、女体型の下半身から数本の触手が僕目掛けて襲い掛かろうと撃ちだしてきた。

 

 これ以上は無理だと判断した僕は、迫ってくる触手から躱そうと姿を消した後、フィンさん達がいる地面の上に姿を現わす。

 

「ベル、僕の指示前に勝手に動くのは困るんだけど」

 

「すみません。あのモンスターがアイズさんに対して凄く不快な台詞を言ったので、我慢出来ずに不意打ちを仕掛けさせてもらいました」

 

「……………」

 

 少し呆れながらも注意してくるフィンさんに僕が謝ってると、聞いていたアイズさんはジッとこっちを見ていた。

 

 そんな中、僕の銃弾で顔を抉られていた女体型は、まるで巻き戻しするかのように再生していく。

 

『オ前! オ前! オ前ェェェェェェエエエエエエ!!』

 

 再生が終わって元に戻るも、その美貌は思いっきり歪ませて憎々しげに僕を睨みながら叫ぶ。

 

「どうやら、僕の攻撃がお気に召さなかったようですね」

 

「いやいやベルくん! あんな事されたら誰だって怒るっすよ!」

 

「と言うより手前としては、あれだけ離れた所から攻撃を当て続けたその魔剣の凄さに改めて驚いたぞ!」

 

 僕の台詞にラウルさんと椿さんがそれぞれ突っ込む。

 

『殺ス! 殺ス! オ前ヲ殺シテヤルゥゥゥゥゥ!!!』

 

「総員、戦闘準備!」

 

 僕に対する明確な殺意を向ける女体型に、フィンさんが即座に指示を出そうとする。

 

 それを聞いたティオナさん達は武器を構えると、向こうからも大量の芋虫型と植物型が此方へ進行してくる。

 

「フィン! ワシも前衛に上がるぞ!!」

 

「兎野郎に先を越されたのは気に食わねぇが、どうせいつもとやる事は変わらねぇ! ブッ殺す!!」

 

 後衛のガレスさんが急遽前衛に出て、ベートさんと一緒に迎撃を開始しようとする。

 

「レフィーヤ、狙いは女体型、詠唱を始めろ! ラウル達は『魔剣』でアイズ達を援護!」

 

「わ、分かりました!」

 

「はいっす!」

 

 サポーター役のレフィーヤさん達にフィンさんが指示を出した直後――

 

「ベル、君は罰として僕達と同じく前衛に出るように! 勝手に動いた責任は取ってもらうからね!」

 

「勿論そのつもりです!」

 

 僕にも前衛行きの指示を下す事に何の反対もする事なく、前衛で戦ってるアイズさんとガレスさんとベートさんの援護をしようと銃弾を撃ち、迫ってくる芋虫型を倒し続ける。

 

 モンスターの他に、ついさっき僕に襲い掛かって来た触手群は、ティオナさんとティオネさんが疾走しながら迎撃している。

 

 僕たち前衛組が迎撃してる最中、さっきまで顔を歪めていた女体型が途端に微笑んだ。

 

 

『【火ヨ、来タレ――】』

 

 

 距離があるにもかかわらず、女体型からの詠唱が聞こえた。

 

 僕を含んだ全員の驚愕が重なり合う。

 

「詠唱!? モンスターがじゃと!?」

 

 僕が知る限り、この世界にいるモンスターは魔法を使う事は出来ない。ただ己の本能に従って相手を破壊する存在だと。

 

 なのに、あのモンスターは魔法を使おうと詠唱している。だからガレスさんが信じられないと叫ぶのは無理もなかった。

 

 誰もが驚愕しつつも、女体型の下半身から広大な魔法円が展開されていく。

 

「リヴェリア、結界を張れ!!」

 

 フィンさんがさっきまでと違って、全く余裕のない叫びで命令を下す。

 

 それを聞いたリヴェリアさんは、焦った表情をしながらも詠唱を開始した。

 

「砲撃っ、敵の詠唱を止めろ! ベルも一緒に!」

 

 続けざまに放たれる指示に、サポーターのラウルさんとレフィーヤさん、そして既に銃口を女体型に向けてる僕は咆哮をあげる。

 

「せっ、斉射ッ!」

 

「【ヒュゼレイド・ファラーリカ】!」

 

「クーゲルシュトゥルム!」

 

 ラウルさん達の魔剣による一斉射撃、レフィーヤさんの数百発にも及ぶ強力な火矢の魔法、僕がさっき使ったクーゲルシュトゥルムの弾丸連射が女体型に殺到する。

 

 僕が撃ってる銃弾は主に女体型に命中し、他の攻撃はそれ以外にも芋虫型や植物型にも当たって一掃される。

 

 こちらの一斉砲火に無数の爆発音が起きた後、それによる煙が発生して目の前の敵は見えない。

 

 ………数秒後、女体型だけは全く無傷であった。理由は、無数の花弁を盾代わりにして防いでいたから。

 

 

『【猛ヨ猛ヨ猛ヨ炎ノ渦ヨ】』

 

 

 花弁がゆっくり開くと、女体型は詠唱を続けていた。

 

「ははっ……。あれが効かないというのか……!?」

 

 無傷な女体型を見た椿さんが呟く。

 

 僕がもう一度弾丸を連射するも、花弁が反応するように女体型を守って防いでいた。

 

 どうやらアレはもう、僕の長銃(アサルトライフル)に対して完全に警戒しているようだ。さっき顔に何発も弾丸が当たって抉られたから、そうするのは無理もないか。

 

 そして女体型とリヴェリアさんが詠唱してる中、僕はある事に気付いた。あの女体型は長文詠唱をしながらも、リヴェリアさん以上の詠唱速度で紡いでいた。あの人も当然それに気付いていながらも、自身の魔法を完成させようと詠唱を続けている。

 

 何とか向こうの詠唱を阻止しようと僕や前衛側のアイズさん達も攻撃を仕掛けていた。しかし、あの花弁の他に、モンスターや触手が阻んでいる所為で女体型に直接攻撃する事が出来なかった。

 

「――総員! リヴェリアの結界まで下がれ!」

 

 向こうの魔法を阻止する事が出来ないと判断したフィンさんが、僕達に退避を命じた。

 

 前衛の僕達がすぐにリヴェリアさんの元へ駆け付けて辿り着いた瞬間、まるで示し合わせたようにリヴェリアさんの魔法が完成しようとする。

 

「【ヴィア・シルヘイム】!」

 

 リヴェリアさんが魔法名を口にした直後、地面にあった魔法陣(サークル)が光を放ち、そのままドーム状となって、僕たち全員を包み込んだ。

 

 防御魔法が展開されたのとは別に、女体型も詠唱を終えたのか魔法名を口にしようとする。

 

 

「【ファイアーストーム】」

 

 

 その瞬間、世界が紅に染まった。

 

 前方から押し寄せてくる炎の津波にリヴェリアさんの防御魔法で何とか防ぐが、光の壁にビキッと罅が入った。

 

「ガレスッ! アイズ達を守れぇ!!」

 

「ッ! デバンドッ!」

 

 リヴェリアさんの台詞を聞いた僕は咄嗟にデバンドで全員の防御力を上げさせるが、光の壁は甲高い音と共に砕け散った。

 

 その直後に紅蓮の濁流がリヴェリアさんを呑み込むも、ガレスさんが大盾を構えながら僕達の前に立つ。

 

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 

 咆哮を上げながら僕達を守るガレスさんを嘲笑うのか、炎が猛威は大盾を溶かすどころか、ガレスさんが纏う鎧すら融解させた。

 

 それでもガレスさんは僕達を守ろうとするが、次には大爆発が起きた。




原作と大して変わらない流れですが、どうかご容赦ください。


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ロキ・ファミリアの遠征⑳

先に申し上げます。

感想でアークス用の武器は、この世界の冒険者で使えないと返信しましたが……嘘です、ごめんなさい。

あと、今回は殆どPSO2側の説明がメインとなっています。


「はぁっ……はぁっ……!」

 

 女体型が放った炎魔法の大爆発によって、全員は後方に吹き飛ばされた。

 

 しかし、その中で唯一僕だけが彼等と違って吹き飛ばされず、未だ倒れないで両足で立っている。

 

 理由はいくつかある。

 

 一つ目はデバンドによって防御力を上げていたとは別に、僕が纏ってる不可視(ステルス)状態の防具で炎をある程度防いでいた。女体型やフィンさん達には見えてないが、ちゃんと装備している。

 

 アークスには武器だけでなく、背部(リア)腕部(アーム)脚部(レッグ)の三か所に防御ユニットを装備する事が出来る。それを纏う事で防御力を上げる他に、各種耐性やステータスを上昇させる事が出来る。

 

 僕が装備しているのは『クリシスシリーズ』と呼ばれる防具。リア/クリシスキブス、アーム/クリシスリット、レッグ/クリシスセルブの三つ。キョクヤ義兄さんが、暗黒の力を引き出してくれる防具だと勧めてくれた。

 

 この三つの防具は元々『イブリダシリーズ』でクリシスと比べて若干性能が低かったが、キョクヤ義兄さんが集めた『クリシスブースター』と言う強化用の素材を使ってアップグレードしてくれた。僕がファントムクラスをある程度使いこなす事が出来た褒美として。

 

 『クリシスシリーズ』の各防具にはそれぞれ打撃、射撃、法撃の耐性が備わり、炎属性と闇属性の耐性もある。加えて体力や体内フォトン、攻撃、射撃、法撃のステータス上昇も備わっている。

 

 防具には特殊能力も付属する事が出来て、アレス・ジ・ソール、ウィンクルム、スタミナⅢ、スピリタⅢ、アビリティⅢ、オールレジストⅢなどでステータスや各耐性を更に上昇できる。言うまでもなく、三つの各防具にそれぞれ全ての特殊能力が付属されているから、僕の防御力は()()()()にある。

 

 『クリシスシリーズ』に元来備わってる防御力に法撃耐性と炎耐性、そしてオールレジストⅢによってダメージはある程度抑えられている。

 

 そして二つ目が、僕が展開しているセレイヴァトス・ザラにある潜在能力のお陰で、僕が吹き飛ばされなかった要因だった。

 

 セレイヴァトス・ザラの潜在能力――『不朽の鼓動』には、最大時吹き飛ばし無効のバリア展開の他に、攻撃力上昇、最大二割の被ダメージ軽減が備わっている。その吹き飛ばし無効バリアとダメージ軽減によって、僕は他の人達と違ってダメージが低くなっている。さっきの防具とは当然別の為、この潜在能力の防御も加算されているので、僕の防御力は更に上がっている。

 

 かなり便利な潜在能力かと思われるだろうが、これには発動させる条件がある。その条件は、攻撃の必要ヒット回数を数十発以上敵に当てなければならない事だ。さっきまで僕は女体型や他のモンスターに弾丸を当て続けた事もあって、運良くバリアを展開する事が出来たのだ。

 

 以上の理由が、僕が女体型の魔法を受けてもダメージは抑えられた上に、吹き飛ばされなかった訳だ。

 

 しかし、吹っ飛ばされて倒れてるフィンさん達とは違うと言っても、僕もかなりのダメージを負っている。もし防具と武器の特殊能力が無かったら、僕は今頃とっくに死んでいた。

 

「くっ……み、皆は……っ!」

 

 女体型が放った魔法によって周囲が焼け野原となってるが、気にせずに後ろを振り向いた。彼等はダメージを負いながらもなんとか立ち上がろうとしている中、予想外の光景が映っていた事に僕は驚愕した。ボロボロになった杖と共に倒れるリヴェリアさんと、防具を失い全身が焼かれて仰向けに倒れているガレスさんが。二人は立ち上がろうとする気配が一切ない。

 

 僕だけでなく、ラウルさん達も同様の反応をしていた。あの二人が再起不能となってる姿を見た事によって。

 

『【地ヨ、唸レ――】』

 

 そんな中、声が聞こえた。

 

 僕は思わず視線を移すと、女体型は微笑みを浮かべながら詠唱を始めている。

 

 あんな高威力の魔法を放った後に更なる魔法って……最悪だ!

 

「やらせるかぁぁぁぁぁああ!!」

 

 僕がすぐに詠唱を阻止しようと、セレイヴァトス・ザラの銃身を女体型に狙いを定め、即座にクーゲルシュトゥルムの弾丸を掃射する。

 

『【来タレ来タレ来タレ大地ノ殻ヨ黒鉄ノ宝閃(ヒカリ)ヨ星ノ鉄槌ヲ――】』

 

「くっ! やっぱりダメか……!」

 

 しかし、僕の弾丸を女体型はさっきの花弁で防ぎながらも詠唱をしていた。まるでもう効かないと、僕を嘲笑うように。

 

「だったらコレで――」

 

「ベルとラウル達を守れぇえええ!!」

 

「アルゴノゥトくぅぅんっっ!!」

 

 僕は長銃(アサルトライフル)用の武器アクションのチャージした貫通ショットを放とうとするが、フィンさんが阻止出来ないと判断して守りに徹した命令を出した。

 

 その直後に、ティオナさんが僕の所へ駆け付けて直ぐに飛びつき、自分の盾になろうとしていた。

 

「てぃ、ティオナさん!?」

 

「アルゴノゥト君はあたしが守るから!!」

 

 戸惑う僕にティオナさんが固い決意をするように力強く抱きしめながら言った直後――

 

『【メテオ・スウォーム】』

 

 女体型が詠唱を終えて魔法名を口にした瞬間、広大な魔法陣が直情に打ち上がった後、黒光の隕石群が降り注いだ。

 

「「ああああああああああああああああああああああああああああッ!?」」

 

 爆砕する岩盤と爆風の嵐に、僕とティオナさんは吹き飛ばされながら悲鳴を上げていた。

 

 因みに僕はセレイヴァトス・ザラでの潜在能力で一応守られてはいるが、女体型が放った魔法の威力が余りにも強力だった為に防げれなかった。

 

 

 

 

 

 

 ~?????~

 

 

「ッ!」

 

「ど、どうしたんですか、キョーくん? いきなり恐い顔になって」

 

「………何でもない。さっさと我が半身を探しに行くぞ、ストラトス。あと、俺はキョクヤだ。いい加減にその呼び方は止めろ」

 

「ちょっ! ま、待って下さいよ、キョーくんってばぁ!」

 

「………ベルよ。俺と血の盟約を結んで我が半身となっておきながら、勝手にいなくなった挙句………理想の《亡霊》にならないまま潰えてはいないだろうな?」

 

 

 

 

 

 

「はっ!」

 

 どこからかキョクヤ義兄さんの声が聞こえた僕は思わず両目を開けた。けれど、自分の思い過ごしだったようでどこにもいない。

 

「アル、ゴ、ノゥト君、だい、じょうぶ……?」

 

 それとは別に、僕を庇っていたティオナさんが痛々しい姿になりながらも、笑みを見せながら安否を確認していた。

 

「ティオナさん、僕なんかの為に……!」

 

 自分より強い第一級冒険者とは言え、女の子に守られた自分が酷く情けないと恥じた。

 

 僕がムキにならず、防御と回避に専念してれば、ティオナさんがこんな目に遭わなかったのに……!

 

 彼女だけでなく、他の第一級冒険者のアイズさん達も似たような状況だった。半死半生となってるサポーターのラウルさん達と一緒に、何とか立ち上がろうと身じろぎをしている。

 

 そんな中、女体型は両腕を広げながら、怪物の下半身に存在する二つの蕾を開花させた。

 

「ま、まさか……!」

 

「『魔力』を、吸ってる……!?」

 

 火の粉のような赤い粒子が、花開いた大輪によって吸い寄せられていた。

 

 ティオナさんの言う通り、あの女体型はさっきの魔法で使った力の源――『魔力』を補充している。

 

 もしアレを一通り吸い終えたら、再び恐ろしい殲滅魔法を使って来るだろう。

 

 けれど、それだけではなかった。

 

『ラァーーーー……』

 

 女体型が歌うような旋律を口ずさむと、アレの背後から無数の影を招いていた。

 

「余計な物まで……!」

 

 出て来たのは大量の芋虫型と植物型のモンスターだ。あの声に反応して此処へ来たのだろう。

 

 憤る僕とは別に、ティオナさんだけでなく、第一級冒険者の誰もが諦めた様子を見せている。 

 

 圧倒的な殲滅魔法を使う女体型、その女体型を補助する大量の芋虫型と植物型モンスター。これらの存在に【ロキ・ファミリア】は悟ってしまったようだ。『死』と言う名の敗北を。

 

 だが――

 

「ふざけるなぁぁああああああああっ!」

 

『!?』

 

 アークスの僕は諦めるつもりなど毛頭無かった。

 

 ティオナさんから離れながら立ち上がり、少し歩いた後に咆哮した僕に誰もが反応した。あの女体型も一緒に。

 

「この程度で諦めると思うなよ! 僕はこんな状況を何度も味わってきたんだ!!」

 

 ダーカーや巨大エネミーと言う恐怖の存在を嫌と言うほど戦い続けた。心が折れそうになるも、キョクヤ義兄さんのお陰で立ち直らせてくれた。

 

 キョクヤ義兄さんは此処にいない。だけど、僕の心に訴えていた。『この程度の地獄で屈するな!』と。

 

 だから僕は諦めない。あのモンスター共を倒し、必ず生還すると。

 

 そう心の中で強く決意しながら、僕は周囲にいるティオナさん達に向かって叫ぶ。

 

「いつまでそんな情けない顔をしてるんですか! 貴方達は第一級冒険者なんでしょう!? 立てないと言うなら、そこで黙って見て下さい! 腰抜けの貴方達がいなくても、僕一人でやりますから!」

 

 そんな僕の叫びに――

 

「あぁ!? ふざけんじゃねぇぞ兎野郎ぉぉぉぉおおおお!!」

 

 ベートさんが反応して、すぐに立ち上がった。

 

「誰が腰抜けだぁ!? ブッ殺すぞテメェ! 兎野郎一人でやらせる訳ねぇだろうがぁぁぁ!」

 

「私に向かって良い度胸してるじゃない、ベル・クラネル!」

 

「アルゴノゥト君! あたしは腰抜けじゃないからね!」

 

「……ベル、その言葉を撤回させる……!」

 

「調子に乗らないで下さい、ベル・クラネル! 私を腰抜け扱いした事を後悔させますからね!」

 

 立ち上がったのはベートさんだけでなく、ティオネさんにティオナさん、そしてアイズさんとレフィーヤさんもさっきと違って奮起した様子だった。

 

 勿論彼等だけでなく、サポーターのラウルさん達や椿さんも同様の反応を見せている。どうやら僕の発破に相当プライドが刺激されたようだ。

 

「全く。僕の役目を奪わないで欲しいなぁ、ベル」

 

 立ち上がったフィンさんがゆっくりと前に進み、転がっている長槍を拾いながら僕の隣に立った。

 

「君一人だけで戦わせる訳にはいかないよ。そんな事をしてしまったら、【ロキ・ファミリア(ぼくたち)】の名に傷が付いてしまうからね」

 

「そうですか。それを聞いて安心しました」

 

 頼もしい台詞を言うフィンさんに僕が笑みを浮かべてると、彼は後ろにいるラウルさん達に指示を出そうとする。

 

「ラウル達は後方に残って支援しろ! 僕とアイズ達で女体型に突撃する!」

 

「はいっす!」

 

「レフィーヤ! 君も来るんだ!」

 

「はい!」

 

 指示を出した後、今度は隣にいる僕に向かってフィンさんは言う。

 

「ベル! 僕達にあそこまで大口を叩いたからには、一緒に付き合ってもらうよ!」

 

「言われなくてもそのつもりです!」

 

 力強く返事をする僕は、武器を長銃(アサルトライフル)から長杖(ロッド)――カラベルフォイサラーに切り替えた。あの女体型の花弁をどうにかしない限り、長銃(アサルトライフル)でやっても無駄だから、同じ遠距離攻撃としてのテクニックで戦うと決めた。

 

 サポーターのラウルさん達が突撃準備をしている最中、倒れ伏しているリヴェリアさんとガレスさんは未だに目覚める気配が無い。

 

「フィンさん、あのお二人は……」

 

「先へ行く。ベルに何も言い返さずに寝ている腰抜け二人は、ここまでみたいだからね」

 

 フィンさんの台詞に反応したのか、ガレスさんの指がピクリと動く。

 

「誰が……腰抜けじゃ……ッ。このっ、クソ生意気な小僧共めッ……!」

 

 息を吹き返したように体を持ち上げ、悪態を吐きながら笑みを浮かべるガレスさん。

 

 その後、倒れているリヴェリアさんの方へ向かって叫ぶ。

 

「おい! いけ好かないエルフ! そこに寝とる場合かぁ!? ワシ等を腰抜け呼ばわりした小僧共の台詞が聞こえんかったかぁ!?」

 

「……黙れ、野蛮なドワーフ……! それとお前達、ちゃんと聞こえていたからな……!」

 

 ガレスさんと同じくリヴェリアさんも笑みを浮かべながら、杖を立てて起き上がる。

 

 ふむ、どうやら全員その気になってくれたようだ。しかもさっきと違って、もうアレを倒す気満々だ。

 

 だけど、彼等は相当なダメージを負っている。いくら士気が高まったと言っても、戦闘中に力尽きては困る。

 

 なので僕はある物を出そうと、長杖(ロッド)を持ってない片手から、あの回復アイテムを出した。

 

「? ベル、それは一体何だい……?」

 

 僕が回復アイテム――コスモアトマイザーを手にしている僕にフィンさんが気付く。

 

「こうする為の物ですよ」

 

 そう言いながら僕は起動スイッチを押してすぐ、それを上に向かって放り投げた。

 

 起動したコスモアトマイザーは、自分も含めたフィンさんたち全員に光が行き渡った。その範囲に入ってる全員に柔らかな光が包み、僕達を傷を癒し始める。流石に防具や服までは修復出来ないけど。

 

「き、傷が……!」

 

「完全に、癒えている……!?」

 

「しかも全員じゃと……!?」

 

 状態異常治療も含めて完全回復した事にフィンさん、リヴェリアさん、ガレスさんが驚愕の言葉を発している。三人の他にも、完全回復しているアイズさん達も同様の反応だ。

 

「ベル、まさかさっき放り投げたのは……」

 

「お察しの通り、僕の貴重な回復アイテムを使いました。先程まで重傷だった皆さんは完全回復して、もう万全な状態に戻っている筈です」

 

『…………………』

 

 簡単に説明する僕に全員が絶句していた。

 

 コスモアトマイザーは広範囲に及ぶ完全回復剤で、使用した者と周囲にいる味方を完全な状態まで回復する。当然、これはアークスが使う回復アイテムの中でも凄く貴重で、簡単に手に入る代物じゃない。

 

 他にも状態異常用の治療薬――ソルアトマイザー、復活薬――ムーンアトマイザー、広範囲用の回復剤――スターアトマイザーがある。しかし、その三つの性能を併せ持ち、それ以上の性能を持っているのがコスモアトマイザーだ。故に貴重な回復アイテムである。

 

「………ふ、ふふふ……あっはっはっはっはっはっは!」

 

「フィンさん?」

 

 突如、フィンさんが急に笑い出した。僕だけでなく、リヴェリアさん達も彼を見て怪訝そうに見ている。

 

 一通り笑った後、彼は僕を見て言葉を送る。

 

「ベル、君は本当に凄いね! こんな状況でも僕達を驚かせるとは恐れ入ったよ! やはり君を今回の遠征に連れて来て正解だった! 全員、何が何でもあのモンスターを討つぞ!」

 

 僕に称賛の言葉と同時に選択が正しかった事を言った後、自身の【ファミリア】に喝を入れるように命令をする。

 

 完全回復した第一級冒険者全員はやる気満々で武器を手にし、後方にいるのラウルさん達や椿さん達はいつでも動けるように構えている。

 

 彼等を一通り見て、ふと気になる事があった。リヴェリアさんの杖の先がボロボロになって、とても魔導士の武器として使い物にならない状態だった。

 

 あの杖じゃ力をまともに発揮出来ないかもしれないと思い、僕はある事を試そうとリヴェリアさんに近付く。

 

「リヴェリアさん、ちょっと良いですか?」

 

「どうした。話なら後に……って、何だその杖は!?」

 

 僕が開いてる片手を伸ばして、カラベルフォイサラーとは違う長杖(ロッド)――ゼイネシスクラッチを展開した。武器としてでなく、一つのアイテムとして出している。

 

 ゼイネシスクラッチは僕がファントムクラスになる前、法撃職メインのフォースで使っていた時の武器だ。これはファントムクラスでも使えるけど、今の僕はカラミティソウルやカラベルフォイサラーを好んで使っているので、殆どお蔵入り同然となっている。

 

 新たな杖を出した事にリヴェリアさんは当然驚き、フィンさん達も凝視している。

 

「この杖を貸しますので、手にしてくれませんか? 少しでも勝率を上げる為として、貴女にこれが使えるかどうか確かめたいので」

 

「なっ! リ、リヴェリア様に向かってなんて不敬な!」

 

「ベル・クラネル! 貴方、いくらなんでも調子に乗り過ぎ――」

 

「お前達は黙っていろ!」

 

 僕の台詞を聞いて怒りを露わにするアリシアさんとレフィーヤさんに、リヴェリアさんが口を挟むなと睨みながら二人を静かにさせた。

 

 二人が押し黙った後、リヴェリアさんは再び僕へ視線を移す。

 

「確認するが、本当に私が使っても良いのか? それはお前の大事な武器なのだろう?」

 

「構いません。勝率を上げる為なら、僕は何でもしますので。と言っても、これはあくまで貸すだけですので勘違いはしないで下さいね」

 

「……ふっ、良いだろう。丁度私の杖が使い物にならなかったところだから、喜んで使わせてもらおう!」

 

 リヴェリアさんは笑みを浮かべながら、持っている杖をアリシアさんに向かって放り投げた後、すぐにゼイネシスクラッチを手にした。

 

 その直後、手にしたリヴェリアさんに反応したのか、ゼイネシスクラッチから淡くも神々しい緑色の光を発する。

 

「な、何だこれは……!? 杖を手にした途端、力が沸き上がってくる……!」

 

 どうやらゼイネシスクラッチはリヴェリアさんにも使えるようだった。本来だったらフォトンを持ったアークスでしか使えない武器だけど、この世界の冒険者でも何らかの理由で使えるみたいだ。

 

 もし使えなかったら何の機能も持たない邪魔な杖でしかないけど、リヴェリアさんから発してる光から見て、恐らくは潜在能力――錬成開花も発動している筈だ。あの能力は威力を1割以上も上昇させる他、付随してる特殊能力を二倍に変化させる。

 

 なので今のリヴェリアさんの『魔力』は、シフタなんかと比べ物にならないほど格段に上がっている筈だ。実験台にして申し訳なかったが、使えることが出来て何よりだと胸の内に閉まっておくとしよう。

 

「どうやら使えるみたいですね。リヴェリアさん、その杖を使っての魔法もいけますか?」

 

「ああ、いけるとも。お前が貸してくれたこの杖で、私の魔法を存分に披露してやろうじゃないか!」

 

 ゼイネシスクラッチを持ってる事でハイテンションになってるのか、リヴェリアさんは力強い返事をしながらも魔法を撃つ準備に移っている。

 

「リヴェリア、ずるい」

 

「そうだそうだ~! あたしもアルゴノゥト君が持ってる武器使ってみたい~!」

 

「全くだ! ベル・クラネルよ、出来れば手前達にも使える武器を貸してくれぬかのう!?」

 

 不服なのか、アイズさんとティオナさんと椿さんが抗議していた。しかし、リヴェリアさんは聞いてないのか無視している。椿さんの発言に、僕も当然無視させてもらう。

 

 戦える準備が整ったと見たのか、フィンさんは僕たち全員に大きく叫ぶ。

 

「全員! ベルのお陰で万全な状態となった今、この突撃を持って奴を貫く! 出し尽くせ、全てを!!」

 

 未だに魔力を吸収し続けている女体型に、僕達は第二ラウンドと言う名の最終決戦(ラスト・バトル)の幕を開けた。

 




ベルの防具については、活動報告してくれた方々の意見を参考にして決めました。

睦月透火さん、妄猛総督さん、黒鳥さん、ありがとうございます。



折角防具を出しましたので、今回ベルが使ってる防具と一部の武器性能を開示します。


クリシスシリーズの防具性能

打撃防御+344×3 射撃防御+344×3 法撃防御+344×3

HP+90×3 PP+10×3

打撃力+40×3 射撃力+40×3 法撃力+40×3 

打撃耐性+4×3 射撃耐性+4×3 法撃耐性+4×3 

炎耐性+3×3 闇耐性+3×3




防具性能と特殊能力の合計

アレス・ジ・ソール、ウィンクルム、スタミナⅢ、スピリタⅢ、アビリティⅢ、オールレジストⅢ

HP+85×3 PP+7×3 

打撃力+60×3 射撃力+60×3 法撃力+60×3 

技量+15×3 

打撃防御+15×3 射撃防御+15×3 法撃防御+15×3 

打撃耐性+3×3 射撃耐性+3×3 法撃耐性+3×3

炎耐性+3×3 氷耐性+3×3 雷耐性+3×3 風耐性+3×3 光耐性+3×3 闇耐性+3×3


合計


打撃防御+1077 射撃防御+1077 法撃防御+1077

HP+525 PP+51 

打撃力+300 射撃力+300 法撃力+300 

技量+45 

打撃耐性+21 射撃耐性+21 法撃耐性+21 

炎耐性+18 氷耐性+9 雷耐性+9 風耐性+9 光耐性+9 闇耐性+18


プレイヤー側から見ればショボい性能ですが、ダンまち側からしたら超高性能の防具と見るでしょう。

次に、ベルが出した長杖(ロッド)です。



長杖(ロッド):ゼイネシスクラッチ

打撃力+1209 射撃力+0 法撃力+1636

潜在能力:錬成開花(威力が14%上昇+特殊能力のステータス変化を2倍)

特殊能力:マギー・ジ・ソール、センテンス・トリプル、マザー・ファクター、スティグマ、アビリティⅢ、テクニックⅢ、スピリタⅢ

HP+20×2 PP+13×2

打撃力+55×2 射撃力+55×2 法撃力+130×2

技量+35×2

打撃防御+15×2 射撃防御+15×2 法撃防御+15×2


特殊能力の錬成開花による合計値

打撃力+1319 射撃力+110 法撃力+1896

HP+40 PP+26

技量+70

打撃防御+30 射撃防御+30 法撃防御+30


以上、防具と武器の性能でした。

納得が行かない内容かと思われますが、どうかご容赦ください。


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ロキ・ファミリアの遠征㉑

今回はいつもより短いです。並びにまだ決着は付きません。


「アイズ、力を溜めろ! 全力の一撃で君が決めるんだ! 他の者はアイズを守れ!」

 

 【ロキ・ファミリア】と共に一直線に突き進む僕――ベル・クラネルは、フィンさんの指示を聞いた瞬間、全力で支援に徹する事にした。

 

 女体型との距離は約二百(メドル)。僕達が突き進んでいる最中、アレの下半身にある二つの蕾は未だに『魔力』を喰らい続けている。

 

 魔力の補充が完了した直後、あの女体型は即座にさっきの殲滅魔法を使おうと詠唱を紡ぐだろう。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】!」

 

 フィンさんの指示に頷いたアイズさんは、魔法を発動させて気流の鎧となった風に身を包ませる。

 

 彼女の魔法を見た僕達は隊列を変えて、フィンさんを先頭にした鏃型となる。

 

「レフィーヤ、『平行詠唱』を始めろ! 『魔法』の選択は君に任せる!」

 

「はい!」

 

「ベル、ここからはあらゆる手段を使っても構わない! 好きに戦ってくれ!」

 

「了解しました!」

 

 レフィーヤさんに魔法の援護、僕に遊撃の指示を出すフィンさん。

 

 59階層へ来るまでの間、僕は【ロキ・ファミリア】に様々な戦い方を見せた。抜剣(カタナ)での近接戦、長銃(アサルトライフル)での遠距離戦、そして長杖(ロッド)での数多くの魔法(テクニック)戦闘と支援戦。

 

 恐らくフィンさんは、状況に合わせた戦い方をさせようと遊撃指示を出したんだろう。限定させるより、多くの手段を用いて戦わせる方が効率が良いと。

 

 僕としても、それは大変好都合だ。なので此処から先はファントムクラスの力を存分に振るわせてもらう。

 

 そう思った僕は先ず最初に、あの鬱陶しいアレを潰そうと――

 

「爆炎の華よ 紅蓮の如く咲き誇れ ラ・フォイエ!」

 

『~~~~~~~~~~~ッ!?』

 

 以前【アポロン・ファミリア】との戦争遊戯(ウォーゲーム)で使った炎属性テクニック――ラ・フォイエを連続で放つと、女体型の下半身にある二つの蕾が爆発した。蕾が無残な物となった事により、女体型は痛覚があるのか悍ましい悲鳴をあげている。

 

 すると、無残な姿となった二つの蕾は吸っていた『魔力』を急に途絶えたどころか、逆に漏れ出し始めた。更には修復しようとする様子が全く見受けられない。

 

 確証は無いけど、怪物姿の下半身は精霊型の上半身と違って再生出来ないようだ。あの蕾は周囲の魔力を吸い取り、上半身に供給させる為の貯水タンクみたいな役割と見ていいだろう。

 

「でかした、ベル! これでアレの供給源は断てた!」

 

 フィンさんも僕と同じ事を考えていたのか、先に一番面倒な物を潰せて良かったと思っているようだ。

 

 とは言え、魔力を断ったとしても、僕達が未だに不利な状況である事に変わりはない。あの女体型がまた広大な殲滅魔法を放ったら終わりなので。

 

『マタオ前カァァァァ!? ヨクモヨクモヨクモォォォオオオオオオオッ!』

 

 あの爆発は僕の仕業だと分かったのか、ついさっきまで余裕の微笑みを見せていた女体型は、再び怒りの表情となって僕を殺すと言わんばかりに睨み付ける。

 

 女体型の叫びに呼応するように、アレの周囲にいるモンスターの群れが一気に進撃してくる。

 

 あの群れ相手にはやはり長銃(アサルトライフル)で――

 

「【()(そう)よ、血を捧げし我が額を穿て】」

 

 倒そうと考えていた矢先に、フィンさんが走りながら詠唱をしていた。魔力と思われる光が集まってる右の親指を、自らの額に当てている。

 

「【ヘル・フィネガス】」

 

 魔法名を告げた瞬間――

 

「――うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」

 

 常に冷静沈着であったフィンさんが、まるで別人みたく狂戦士の如く雄叫びを放った。

 

 だがそれだけでなく、手にしている二振りの長槍を振るいながら、迫ってくるモンスターの群れを蹂躙、または虐殺していく。

 

 見た感じだと、フィンさんが使った魔法は恐らく能力を大幅に上昇させる魔法だろう。自分よりも何倍も体積のあるモンスターを長槍を振るって簡単に吹っ飛ばしているのが何よりの証拠だ。

 

 しかし、それを今まで使わなかったと言う事は、何かしらの代償(リスク)があると予想する。そうでなかったら、51階層辺りでとっくに使っていた筈だ。

 

 能力上昇の引き換えに関しては、アークスにも似たスキルがある。一時的に打撃威力を爆発的に上昇させ、耐久力を四分の一までに減らすファイタークラスの専用スキル――リミットブレイクと言うスキルだ。

 

 アレは巨大エネミーを相手にここぞと言う時に使うもので、敵に攻撃が当たればかなりのダメージを与えられる。だけど、もしそれが出来ずにエネミーから強烈な攻撃を受けてしまえば、あっと言う間に戦闘不能となってしまう。攻撃さえ当たらなければ大丈夫だけど、殆ど賭けに等しいスキルだ。

 

 そのスキルと似た魔法をフィンさんがこの場で使ったと言う事は即ち、アイズさんに全てを託すために突破しようとしていると言う事だ。ならばそれを無駄にする訳にはいかない!

 

『――ムダダ』

 

 フィンさんの猛攻を見ていた女体型は、怒りの表情から途端に嘲笑を浮かべた。

 

 もう魔力の吸収を諦めたのか、次の行動に移ろうとしている。

 

『【火ヨ、来タレ――】』

 

 女体型は詠唱している際、僕の銃弾を防いでいた花弁で自身の身を包むように守りを固めていた。

 

「守りを固めた上での砲撃(まほう)!?」

 

「さっき兎野郎が放った魔法を警戒してやがる!」

 

 ティオネさんとベートさんが驚くように叫ぶ。

 

 ベートさんの言う通り、僕が下半身にある二つの蕾を破壊した事を警戒して、上半身へ防御を集中させたんだろう。

 

 認めたくはないけど、あの女体型の判断は正解だ。僕が撃ったテクニックは対象を認識しなければ当てる事は出来ない。もしラ・フォイエを撃ったとしても、上半身本体には当たらず花弁で防がれてしまう。

 

 目標まで百(メドル)を切り、未だ女体型に辿り着かないまま、走り続けている僕達は顔を歪めている。

 

 ここでいっそ、あの花弁を潰す為に長杖(ロッド)用のファントムタイムフィニッシュ――《亡霊の柱(ピラァ・オブ・ファントム)》をやるしかない。幸い、既に射程距離内だから当てる事は出来る。

 

 そう思ってファントムタイムを発動させようとするが、モンスターの群れを蹴散らしていたフィンさんが女体型に向かって行動していた。

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」

 

 片方の槍を使って身体を弩砲のように渾身の投擲をした、フィンさん全力の槍投げ。

 

 獣の如く咆哮と共に撃ちだされた黄金の槍が、一条の閃光となって花弁で守られている女体型へ向かっていく。

 

 豪速の槍は花弁の隙間を縫うように通過すると、女体型に命中したのか、花弁が開いて上半身を背後に反らしていた。同時に展開させていた魔法陣が暴発し、霧散していく。

 

魔力暴発(イグニス・ファトゥス)! 今よ!」

 

 いつもならフィンさんが言う筈だが、ティオネさんが代わりに答えていた。

 

 けれど、僕達は何の疑問も抱かずに疾走する。

 

 ベートさんの双剣、ティオナさんの大剣で芋虫型、植物型を蹴散らした事により、モンスターの大群を抜ける事が出来た。

 

 女体型へ向かう一本道を進んでいる中、レフィーヤさんが僕と同じく移動しながら詠唱をしている。

 

「【どうか力を貸し与えてほしい】――【エルフ・リング】」

 

 詠唱と魔法名を告げると、彼女の足元から小さな魔法陣が展開された。しかも意思があるように、レフィーヤさんの歩調を合わせながら移動している。

 

 それとは別に、魔力暴発した女体型にも動きを見せる。顔に刺さっているフィンさんの槍を触手が掴み、勢いよく引き抜いた後にバキッと折っていた。

 

 槍が地面に落下していく中、顔を破損させている女体型の上半身は魔力を使っての自己修復をし、あっと言う間に穴を塞いで微笑んでいた。

 

「【突キ進メ雷鳴ノ槍代行者タル我ガ名ハ――】」

 

 さっきの詠唱と違って、女体型はあっと言う間に魔法陣を展開させていた。

 

「短文詠唱!?」

 

「不味い!」

 

 女体型の使う魔法が完成した事にティオナさんとティオネさんが驚倒する。

 

 僕がテクニックで阻止しようとするも、向こうの方が早くて間に合わなかった。

 

「そこをどきなさい、ベル・クラネル!」

 

「っ!?」

 

 すると、僕の後ろにいたレフィーヤさんが叫んだ。何かやろうとしたのを分かった僕は、咄嗟にテクニックを解除して道を開けた。

 

 その直後、魔法を放とうと女体型が魔法名を唱えようとする。

 

「【サンダー・レイ】」

 

 雷の大矛。

 

 思わず武器名に例えた強大な砲撃魔法が、轟きと共に僕達を呑み込まんとしていた。

 

「【盾となれ、破邪の聖杯(さかずき)】!」

 

 しかし、やらせまいとレフィーヤさんが先頭に出て詠唱を叫んだ後、魔法陣が変化しながらも魔法名を告げる。

 

「【ディオ・グレイル】!」

 

 突如、僕達の前に出現した純白の円形障壁。

 

 間髪入れず、白の大盾と雷が衝突する。

 

「~~~~~~~~~~~ッ!」

 

 両手を突き出した杖ごと、レフィーヤさんの体が沈み込みながら苦悶の叫びを散らせる。

 

 それもその筈。何とか強大な雷を盾で防いでいるけど、徐々に亀裂が走って甲高い音響を響かせていた。

 

「シフタッ!」 

 

 僕が咄嗟にレフィーヤさんの手助けをしようと、シフタを使った。彼女の魔力を上昇させれば何とかなるかもしれない。

 

「ぐっ……! こ、このままでは……!」

 

 と思っていたが、どうやら焼け石に水みたいで、このまま壊れるのが時間の問題だった。

 

 どうする? 僕が出来る事は、デバンドでフィンさん達の防御力を上げてダメージを僅かに抑えるしか――

 

「アルゴノゥト君! あたしとティオネにあの時の防御魔法をかけて!」

 

「今は何も言わずに早く!」

 

 すると、ティオナさんとティオネさんがいきなりそう言ってきた。

 

「で、デバンドッ!」

 

 僕はすぐにデバンドを発動させ、周囲にいる彼女達の防御力を僅かに上昇させた。

 

「レフィーヤァッ!」

 

「ふんばれぇぇえええッ!」

 

 その瞬間、ティオネさんとティオナさんが飛び出して、円形障壁に体当たりをした。

 

 二人は手にしている武器を交差させ、自分達の全身ごと盾へ押し付けている。

 

「ティオナさんっ、ティオネさんっ!」

 

 僕が叫ぶも姉妹二人は気にせず続けている。

 

 無茶だ! いくらデバンドで防御力が上がったからって、あの雷を防ぐ事なんか出来やしない!

 

 その証拠に、彼女達の肌が焼かれていた。迫ってくる雷の温度は凄まじく、少し離れている僕達からも熱風が届いている。

 

「二人とも、もうこれ以上は!」

 

「ぐぐっ……! ア、アルゴノゥト君に、何から何まで助けてもらってるのに……!」

 

「このままだと【ロキ・ファミリア(わたしたち)】の立つ瀬がないだろうがぁぁぁぁ!」

 

 僕の台詞に二人は叫びながら更に押し続ける。

 

「わ、私……だって……! もう、貴方にこれ以上の借りは作りたくないんですよぉぉぉぉぉぉおおおお!!」

 

「レフィーヤさん!?」

 

 ティオナさん達に反応したのか、さっきまで態勢が沈みかけていたレフィーヤさんが息を吹き返したように咆哮した。

 

 彼女の咆哮と共に純白の障壁が光を放ち、雷の砲撃を押し返し、そして爆散した。

 

 女体型とレフィーヤさんの魔法が消滅し、衝撃波と光の破裂が生じる。障壁に体当たりしていたティオナさんとティオネさんが当然吹っ飛び、防御魔法を使っていたレフィーヤさんも凄まじい勢いで真後ろへ飛ぶ。

 

 本当なら三人をレスタですぐに治療したいところだけど――

 

「足を止めるんじゃねぇ兎野郎! 行くぞ!」

 

 ベートさんの言う通り、今の僕達はやらなければならない事があるので出来なかった。

 

 大地に転がっているであろうティオナさん達に僕は振り返らず、そのまま前へ進んでいく。

 

 女体型との距離は約五十(メドル)を切ろうとする中、後で絶対に治療をしようと固く決意した。




 本当ならまだ続けるつもりでしたが、区切りが良いから、残りは明日以降に更新します。


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ロキ・ファミリアの遠征㉑.5

すいません。

今回で終わらせるつもりでしたが、まだ終わりそうにはありません。


 ベル達から遥か後方、女体型から二百(メドル)離れた位置でも、苛烈な戦闘を繰り広げていた。

 

 サポーターのラウル達が、自分達に迫ってくる芋虫型と食人花のモンスターの群れと応戦中だ。

 

 女体型の元へ向かっているベル達を襲わず、モンスターの群れが来る理由をラウル達は知っている。自分達の背後で魔法を完成させる為の詠唱をしているリヴェリアに反応している事を。

 

 芋虫型と食人花は『魔力』に反応するモンスターである情報を既に得ているので、彼等はリヴェリアを必死に守っている。

 

「ラウル! 後ろからモンスターが!」

 

「!?」

 

 ナルヴィの叫びにラウルが振り向くと、またしても芋虫型モンスターの群れが集まってきた。前方には芋虫型や食人花も多く残っており、完全に挟まれてしまったとラウルは内心舌打ちする。

 

「あれは手前が何とかしてやろう。その代わり、こいつを借りるぞ」

 

「椿さん!? いくらなんでも無茶っすよ!」

 

 いつのまにか褐色肌を晒しているハーフドワーフ――椿が持っていた太刀を地に捨てて、ラウル達のバックパックから不壊属性(デュランダル)の斧、更に大双刃(ウルガ)を装備した。

 

 いくら自分達よりレベルが高い椿でも、一人でモンスターの群れと戦うのは無茶だとラウルが言う。加えて、ガレスの大戦斧とティオナの大双刃(ウルガ)は最重量武器なので、力のあるハーフドワーフの椿でも二つの武器を同時に扱いきれないと。

 

 しかし、それを嘲笑うかのように椿は、芋虫型が射出した腐食液を回避し――振るった大戦斧で三体ほど解体した。

 

「戯け! 手前がどれだけの武器を作ってきたと思っておる。あらゆる得物を散々試し切りしてきたわ。それにな!」

 

 そう言いながら左手だけで大双刃(ウルガ)を回転させ、放たれた触手ごと食人花を断った。

 

「手前は地上に戻ったらやる事があるからのう。ベル・クラネルが扱う未知の武器を無断で借り、もとい見せてもらう為の交渉をするつもりだ」

 

「ちょっと椿さん! いま『無断で借りる』って言おうとしたっすよね!?」

 

「細かい事に一々反応するな! それよりお主、ベル・クラネルの為に報いる事はせんのか?」

 

「え?」

 

 いきなり何を言い出すのかとラウルは一瞬戸惑うも、椿は気にせずに言い放つ。

 

「あの小僧は手前達を万全な状態で戦えるようにしてくれたのだ。その恩に報いる為にも、ここは先達としての意地を見せるべきではないのか?」

 

「!」

 

 ラウルは思い出した同時に恥じた。自分がどれだけ年下のベルに甘えていたのかを。

 

 ベルが遠征に同行し、余りにも非常識な行動を何度もしていた事で諦めていた。余りのデタラメ振りに常識的に考えるのはもう止めようと。

 

 しかし、よくよく考えてみると、ベルが第一級冒険者に匹敵する実力を持ち、様々な役割をこなせている。更にはバックパックを持ってない筈なのに、入手した筈のアイテムはどこかに消えたかと思いきや、本人曰く『ちゃんと収納している』と言いながら見せて、サポーターとしての活動もしていた。

 

 治療師(ヒーラー)やサポーター、更には前衛・中衛・後衛に応じた武器や魔法を使ってオールレンジの戦闘が出来るベル。サポーターとして同行してる自分達がいなくても、ベル一人で充分じゃないかと今更ながらもラウルは改めて思った。

 

 更には椿が言った通り、つい先程ベルが自分達を完全回復させる為に、エリクサー以上の性能を持った大変貴重な回復アイテムを使ってくれた。

 

 普通に考えれば、いくら命を預けてるとは言っても、他所の【ファミリア】がそこまでやる義理はない。もしやってしまえば、自分達【ロキ・ファミリア】に有益な情報を得てしまうだけでなく、そのアイテムの入手先や製造元を知ろうと探りを入れる事になる。今後の遠征で必要になるから、自分達も確保しておこうと。

 

 冒険者は他の【ファミリア】に有益な情報を与えてはいけない。それは誰もが知っている冒険者の常識である。

 

 なのに、ベルはそんな事を全く気にしてないのか、今回の遠征で自分達【ロキ・ファミリア】に多くの情報を公開した。戦争遊戯(ウォーゲーム)の時で得た内容よりも、遥かに有益な情報を。

 

 端から見れば、お人好しを通り越した愚者(バカ)だと内心嘲笑うだろう。同時にベルが齎してくれた情報を全て自分の物にしようと、あの手この手を使って更に情報を得る為に。

 

 そんな危険が付き物だと言うのに、ベルは自分達を信用していたのか、多くの情報を齎した。自分達を助けてくれた。そして極めつけは、自身の大事な武器を現在も詠唱している我らが副団長リヴェリアに貸している。魔導士でなくても分かる程に、途轍もない魔力が籠っている神々しい杖を。

 

(ベル君が自分達にここまでしてくれたんだ! もう腹を括るっす!)

 

 ここまで手助けされておいて自分がいつまでも弱腰でいたら、ベルの信用を裏切ってしまう事になる。

 

 故にラウルは決断した。椿の言う通り、ベルに恩に報いる為に、自分が出来る事を最大限にやろうと。

 

「後方は椿さんに! 自分らは前方に集中するっす! これが出来なかったら、自分らを回復してくれたベル君に申し訳が立たないっすからね!」

 

 決断したラウルの指示に、他のサポーター達も力強く頷く。

 

「おう! クラネルばかりいいカッコしてたら、俺達の立つ瀬がないからな!」

 

「分かってます!」

 

「ラウル、なんかちょっと団長みたいね!」

 

 ベルに対抗心を燃やしているクルスとアリシア、少しからかうように言うナルヴィ。

 

 三人共、手にしている武器を改めて持ち構え、前方の敵に集中しようとする。

 

「『魔剣』構え! 狙いは芋虫型! 絶対に外すな! 残りの食人花は――殴ってでも止めるっす!!」

 

 団長(フィン)を彷彿させる声音でラウルは指示を出す。

 

 

 

 

「【終末の前触れよ、白き雪よ。黄昏を前に(うず)を巻け。閉ざされる光、凍てつく大地】」

 

 モンスターの大群を迎撃するラウル達、孤軍奮闘をする椿に囲まれながら、瞑目しているリヴェリアは詠唱を進めている。

 

 詠唱をしながらもリヴェリアはある事に気付いていた。手にしている杖――ゼイネシスクラッチから発せられる神々しい緑色の光が、自身に更なる魔力を与えようとしている事に。

 

(ベルの奴め、いくら私が魔導士だからとは言え、このような杖を平然と貸すとは……)

 

 内心呆れつつも、リヴェリアは感謝していた。自身を信用して大事な武器を貸してくれた事に。

 

 加えて、詠唱が完了しようとしてる極寒の氷結魔法――【ウィン・フィンブルヴェトル】を放てば倒せるのではないかと錯覚してしまう。ゼイネシスクラッチが自身の魔力を爆発的に上昇し、地面に展開している魔法円(マジックサークル)が倍以上の大きさになっているので。

 

「【吹雪け、三度の厳冬――終焉の訪れ】」

 

 完了したかと思いきや――

 

「【間もなく、()は放たれる】」

 

 詠唱は繋がれた。

 

 浮かび上がっていた巨大な翡翠色の魔法円(マジックサークル)の紋様が様変わりし、更なる輝きを増す。

 

 ゼイネシスクラッチを装備していたリヴェリアは詠唱中に舞い上がるも、すぐに考えを改めていた。こんな中途半端ではなく、最大の威力で放とうと。

 

 彼女は約束していたのだ。杖を貸してくれたベルに、自身の魔法を存分に披露しようと決めているから。

 

 それと同時に少し恥じていた。まさか自分より遥かに年若い少年から、武器を借りる事になるのは完全に予想外だったので。

 

 だが、今の彼女は恥を捨てている。同時に己の未熟さを痛感しながらも、ベルに報いる為に自身が放つ最強の魔法を放つ為に、更なる詠唱を紡ぐ。

 

 次の魔法に繋げる為の『詠唱連結』をしていると、ゼイネシスクラッチが突然発している光の輝きが更に増した。

 

(な、何だ!? まだ、まだ更に魔力が上がると言うのか……!?)

 

 リヴェリアは詠唱しながらも、ゼイネシスクラッチが自身に更なる力を与えようと魔力を送り込まれてる事に驚愕する。

 

 因みにゼイネシスクラッチには、こんな説明文がある。『幻創の主より生まれた大樹の長杖(ロッド)。恥を捨て未熟さと対峙した時、真理と何にも勝る叡智を得る』と言う説明文が。

 

 なので、恥を捨て未熟さを痛感するリヴェリアに、ゼイネシスクラッチが反応したのだ。加えて、王族(ハイエルフ)で魔力に特化したリヴェリアだからこそ、力を貸したと言ってもいいだろう。それが持ち主でないベルでなくても。

 

(感謝するぞ、名も知らぬ杖よ。主のベルでなく、こんな私にも力を貸してくれる事を!)

 

 ゼイネシスクラッチが力を貸してくれた事をリヴェリアは何となくだが察した。同時に感謝しながらも、全ての精神力(マインド)を捧げると決める程に。

 

 決心を固めるリヴェリアは、思わず力強く詠唱を紡ごうとする。

 

「【至れ、紅蓮の炎、無慈悲の猛火。汝は劫火の化身なり。ことごとくを一掃し、大いなる戦乱に幕引きを】!」

 

 一つの魔法に全ての精神力(マインド)を注ぎ込んだ『魔法』が凄まじい咆哮を上げる。

 

『!?』

 

 リヴェリアから巨大な魔法円(マジックサークル)が展開され、遠くにいる女体型は思わずベル達からリヴェリアへ視線を向ける。その先には自身に近い、もしくは匹敵する魔法ではないかと女体型は戦慄した。

 

 向こうが反応するも、リヴェリアは気にせずに莫大な『魔力』を解き放つ。

 

「【焼き尽くせ、スルトの剣――我が名はアールヴ】!!」

 

 閉じていた翡翠の瞳を開き、詠唱が完成する。攻撃魔法第二階位、最長最大射程を誇る全方位殲滅魔法が。

 

 遥か前方でレフィーヤが展開した障壁魔法で雷を相殺してる中、足元の巨大な魔法円(マジックサークル)が全戦域に展開される。

 

 冒険者達、モンスターの大群、そして女体型。全ての者達の足場に魔法円(マジックサークル)が広がる。

 

 仲間――特にベルを意識し、陣の中を知覚、照準しながら、リヴェリアは魔法名を告げる。

 

「【レア・ラーヴァテイン】!!」

 

 その瞬間に大地、魔法円(マジックサークル)から巨炎とも呼べる無数の火柱が射出された。

 

(感謝するぞ、ベル! お前のお陰で、私は更なる領域へ踏み入れる事が出来そうだ!)

 

 余りにも予想外で途轍もない魔法の威力を見て、強力な杖を貸してくれたベルに感謝の念を送るリヴェリア。

 

 そして後日にリヴェリア、もとい【ロキ・ファミリア】は驚愕の事実を知る事となる。




今回は必要ないかと思われますが、ラウルとリヴェリアメインの心情話にしました。

次回で何とか終わらせたいです。


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ロキ・ファミリアの遠征㉒

やっと戦闘が終わりました。


 僕達が女体型へ向かってる最中に突如、地面全てを覆いつくす魔法陣が展開された。一瞬、敵が発動させた殲滅魔法かと思ったが、肝心の女体型も驚愕の表情をしている。

 

 そして――

 

『――――アアアアアッ!!』

 

 女体型が咄嗟に全力で防御しようと、触手や花弁の盾で全身を包み込んだが、巨大な魔法陣から射出された極炎の巨大な柱には無意味だった。女体型から苦しそうな悲鳴をあげている。

 

 炎の柱は一つだけじゃない。立て続けに十回、計十本の柱が女体型を襲っている。それにより、触手や花弁が全て焼き尽くされた。女体型の上半身は辛うじて無傷だが、下半身の方は使い物にならない程ボロボロだった。

 

 正に地獄の業火と呼ぶに相応しい熱量と威力に僕は戦慄する。僕が放ったクーゲルシュトゥルムの弾丸、レフィーヤさんの殲滅魔法、ラウルさん達が斉射した魔剣でも傷一つ付けれなかった強固な花弁を、全て焼き尽くしたのだから。

 

 こんな凄い魔法を放った誰かはすぐに分かった。

 

「リヴェリア……!」

 

 そう、あの人だった。アイズさんの呟きを聞いた僕は思わず、流石はオラリオ最強の魔導士だと改めて認識した。

 

 あれ程の魔法を僕は勿論の事、オラクル船団にいるアークスのテクニックでは対抗出来ない。もし出来るとしたら、テクニックに優れている守護輝士(ガーディアン)のマトイさん、六芒均衡のクラリスクレイスさんぐらいだろう。

 

 けれど、今はそんな事を考えている暇はない。リヴェリアさんの援護を無駄にしない為に、僕達は疾走の速度を上げた。

 

『……!』

 

 強固な盾である花弁を失った為か、女体型から焦りの色が見え始めた。

 

 僕が隙を突いてダメージを与えて何度も怒りの表情を見せていたが、自分を守る花弁があった事で冷静に戻っていた。

 

 それが無くなったと言う事は即ち、僕の長銃(アサルトライフル)が当て放題になる上に、テクニックも確実に命中する。

 

 しかし、何も僕だけが好機を得たわけじゃない。近接武器を持っているフィンさんにベートさん、そしてアイズさんも最大の好機を得ている。

 

 残り約三十(メドル)。僕達があと少しで到達する事に、突如女体型が叫ぶ。

 

『――アアアアアッ!』

 

 さっきの悲鳴とは違って、何か助けを求めるように聞こえた。

 

 すると、地面から夥しい緑色の触手が出現する。

 

「なっ!」

 

 全く予想外な展開に声を出す僕だけでなく、フィンさん達も似たような反応をしている。

 

 現れた無数の触手は束となり、まるで女体型を守る円形の壁となった。

 

 その壁を壊そうと、フィンさんとベートさんが加速して、銀の槍と双剣で攻撃を繰り出す。

 

「「っ!?」」

 

 しかし、突き破れなかった。余りの硬さに表面を軽く削っただけだ。

 

 フィンさんとベートさんの渾身の一撃でも破壊出来ないと言う事は、鉄壁となった触手の束の防御力が途轍もない事が充分に伝わった。

 

 本当ならテクニックの中で最高威力を誇る上級闇属性テクニック――ナ・メギドを使って破壊したいけど、あれは詠唱とは別に発動するのが若干遅い。女体型に詠唱の隙を与えてしまう。

 

 だから此処は丁度()()()()()()()()()()()()()内の一つを解放しようと決めた。

 

「退いて下さい!」

 

「あぁ!?」

 

「ベル、いまさら魔剣に変えたところで……!」

 

 僕が長杖(ロッド)から抜剣(カタナ)――呪斬ガエンに切り替えながら、ゴライアスに止めを刺した時に使ったファントムスキル――ファントムタイムを発動させた。

 

 鉄壁の触手の束に辿り着いた直後――

 

「《亡霊の刃(ファントムエッジ)》!」

 

 抜剣(カタナ)用のファントムタイムフィニッシュ――《亡霊の刃(ファントムエッジ)》を発動させ、剣閃で何度も斬り刻んだ後、最後に巨大なフォトンの刃で斬りつけた。

 

「コレは……ゴライアス戦の時に使った技か!」

 

「あの兎野郎! 一体どんだけ隠し玉を持ってやがんだぁ!?」

 

「………………」

 

 フィンさんは思い出すように見ており、ベートさんが何故か悪態を吐き、アイズさんは驚愕しながらも僕を凝視している。

 

 そしてフォトンの刃が霧散すると………残念ながら触手の防壁は破壊出来なかった。

 

 しかし、全くの無傷ではない。僕が攻撃をした箇所に亀裂が入り、深く抉られているから、あと何回か攻撃をすれば突破できそうだ。

 

「皆さん! ここを一斉に攻撃すれば――!」

 

 僕がフィンさん達に破壊するように叫んでいる最中、背後から急速に突進する何かを感じた。僕が咄嗟に離れた直後、高速回転する刃が防壁にぶち当たった。

 

(これは――斧!)

 

 壁に深く食い込む刃――斧を見た僕が驚いてる暇もなく、ドワーフの戦士――ガレスさんがそのまま壁に突っ込んだ。

 

「その役目はワシが頂くぞフィンッ!?」

 

 僕の台詞を聞いていたのか、ガレスさんが獰猛な笑みを浮かべながら、食い込んでいた斧を引き抜き、もう一度破砕の一撃を叩き込む。

 

 フィンさんとベートさんと違い、今度は更なる亀裂が生じていた。そんな中、フィンさんがガレスさんに苦笑しながら言う。

 

「……来ると分かっていたからガレスに譲ったんだよ。態々言わせないでくれ」

 

「抜かせぇっ!!」

 

 ガレスさんは再び笑いながら再度斧を打ち込む。

 

 地を揺るがすほどの轟音に壁は一層罅割れるも、斧が耐え切れなくなったのか壊れてしまう。

 

 だけど、壊れた斧を途端に放り投げたガレスさんは次に拳を硬く握り始める。

 

「邪魔じゃあッ!!」

 

 斧以上の攻撃力ではないかと思うほどの大拳打に、壁がとうとう砕かれた。

 

 すると、砕かれた壁から無数の触手が槍のように突き出され、ガレスさんの全身を串刺しにする。

 

「ガレスさんッ!」

 

「待つんだ、ベル!」

 

 僕はすぐに助けに行こうとする直前、フィンさんが僕の肩を掴んで足を止めさせた。

 

 何故止めるのかと僕が睨むも、彼は何かを信じているようにガレスさんを見ている。

 

 そして――

 

「温いわぁあああああああああああああああああああああああッ!?」

 

 血塗れになって吐血してる筈のガレスさんが、猛々しく笑いながら大音声で砕いた壁に両手を突っ込み、左右に引き裂いた。

 

「行けぇぇえええええええッ!」

 

「っ!」

 

 ガレスさんの叫びに僕は察した。フィンさんはガレスさんが必ず壁を開いてくれると信じ、余計な事をやろうとしていた僕を止めたのだと。

 

「ベート、ベル、アイズ!!」

 

 フィンさんの叫びに押されるように、ベートさんとアイズさんも続いてガレスさんが開けた防壁の隙間へ飛び込んだ。

 

 彼等と一緒に僕も飛び込もうとするが………一瞬考えた。

 

 僕達が触手の壁を破壊している間、あの女体型は何をしていた? 壁が出て来た事に安堵し、そのまま見守っていただけなのか?

 

 否。決してそんな筈はない。ほんの僅かとはいえ、あの触手の壁で足止めされている最中に詠唱が出来た筈だ。もし僕が女体型の立場だったら、相手に気付かれないよう密かに詠唱をする。そして、追い詰められた土壇場で魔法を放つと。

 

 ……………フィンさん達には悪いけど、万が一の事を考えた僕は一旦ファントムスキルで姿を消した。

 

 僕が姿を消しながら移動していると、フィンさんとベートさんが風を纏っているアイズさんを守るように、荒れ狂う無数の触手をそれぞれの武器でことごとく斬り払っている。

 

「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」」

 

 咆哮をあげるフィンさんとベートさんは、無数の触手相手に全てを出し尽くそうと迎撃に徹底抗戦している。

 

 それが叶ったのか、二人を襲い掛かってた触手は無くなり、守りが完全に失った女体型は隙だらけだった。

 

「「行け!」」

 

 全てを使い果たし、防具を失って全身に裂傷を負って倒れるフィンさんとベートさんがアイズさんに向かって叫ぶ。

 

 僕が姿を消している事に全く気付いていないのか、駆け抜けたアイズさんは女体型と対峙する。

 

「――ああああああああああああああああッ!」

 

 そして辿り着いたアイズさんは跳躍し、暴風を纏いながら突貫する。全力の一撃で決める為に、両手で強く握りしめてる愛剣で叩き込もうと。

 

 対して女体型は打つ手なしと追い詰められた表情になるも――直前に笑った。

 

(思った通りだ!)

 

 女体型が突然笑ったのを見て確信した僕は、既に移動しながら切り替えていた長銃(アサルトライフル)――セレイヴァトス・ザラの銃口を定める。

 

 笑みを浮かべながら口を開いて勝利を確信する女体型に、誘い込まれたと相貌を凍り付かせるアイズさん。

 

 立場が一気に逆転したように見えるも――

 

『【アイシクル……ガッ!?』

 

「っ!」

 

 小さな魔法陣から大きな氷の柱を放つ直前、姿を現わしながら僕の放った弾丸が女体型の頭に命中した。その衝撃で照準が横にずれてしまった事で、氷の柱はアイズさんに当たらず真横へ通り過ぎていく。

 

 アイズさんは理解してくれたのか、身に纏っていた暴風を剣に収束させ、風の剣を振り下ろそうとする。

 

『――イヤァ!!』

 

 頭を撃ち抜かれても未だに生きている女体型は、残している触手を射出してアイズさんを上に向かって弾き飛ばした。

 

「アイズさん!」

 

 59階層の天井に激突するアイズさんに僕が叫ぶと、反応した女体型が此方へ視線を向ける。

 

『許サナイ!! オ前ダケハ絶対ニ許サナイィィィイイイイイイッ!!』

 

 何度も僕が邪魔をした事で完全にキレたのか、途轍もない殺気を放ちながら顔を悍ましく歪める女体型。

 

 どうやら完全に怒らせてしまったようだ。今のアレはアイズさんを一先ず放置し、僕を最優先に殺そうと詠唱を紡ごうとする。

 

『【閃光ヨ駆ケ抜ケヨ闇ヲ斬リ裂ケ――】』

 

 短文詠唱であろう魔法を放とうする女体型に僕は――

 

「芽吹け、氷獄の(たね)!」

 

『ッ!?』

 

 長銃(アサルトライフル)から長杖(ロッド)――カラベルフォイサラーに切り替えて、植物型モンスターやヒュアキントスさんに使ったイル・バータを放つ。

 

 僕が詠唱しながら一発目のイル・バータで頭を凍らせた事に、女体型は戸惑いながらも詠唱を止めた。

 

「凍れる魂を持ちたる氷王よ! 汝の蒼き力を以って魅せるがいい! 我等の行く手を阻む愚かな存在に! 我と汝が力を以って示そう! そして咲き乱れよ、美しきも儚き氷獄の華!」

 

『~~~~~~~~~~~~~~~っ!?』

 

 一文ごとに詠唱を区切っている中、女体型の身体が順番に凍っていく。上半身の左腕、右腕、胸部、腹部、腰部を。

 

 身体を凍らせている筈なのに、砕こうと必死に抵抗して足掻こうとする女体型に――

 

「イル・バータ!」

 

 再び上半身に七発目のイル・バータを発動した瞬間、巨大な氷の華に包まれた女体型の氷像が出来上がった。と言っても、あくまで上半身だけだが。

 

 これで終わりだと思われるだろうが、生憎と氷の華はすぐに壊れそうでピシリと罅が入り始める。途轍もない生命力を持っている女体型は、あと数秒経てば氷の華を砕いて息を吹き返すだろう。

 

 だけど、問題はない。何故なら――

 

「今ですアイズさん!!」

 

 天井に張り付いて魔法をチャージしていたアイズさんが、絶対に決めてくれると分かっていたので。

 

 僕の叫びに反応した彼女は、凄まじい暴風となって氷像となってる女体型へ愛剣を突き出しながら突貫していく。

 

 女体型は何とか氷から逃れようとするも一足遅く、そのままアイズさんの攻撃を受けて身体を貫かれた。

 

『ア……アリ、ア……!』

 

「何て奴だ……!」

 

 上半身の胸部を貫かれ、下半身を半分以上失ってる筈なのに、女体型は辛うじて生きていた。

 

 肝心のアイズさんは地面に激突したまま何の反応もない。煙で見えないが、恐らく全ての力を使い果たしてすぐに動けない状態かもしれない。

 

 女体型は最後の力を振り絞って、残り一本となった触手をアイズさんに向けて射出しようとしている。恐らくアレでアイズさんを捕らえ、そして食べようとするんだろう。

 

 しかし、生憎と僕はそんな事を見逃す気は微塵も無い。既に発動させているファントムタイムで――

 

「汝、その(ふう)()なる暗黒の中で闇の安息を得るだろう! 永遠に虚無の彼方へと儚く! 《亡霊の柱(ピラァ・オブ・ファントム)》!」

 

 長杖(ロッド)用のファントムタイムフィニッシュ――《亡霊の柱(ピラァ・オブ・ファントム)》を使って止めを刺した。

 

 僕が詠唱をした直後、女体型の頭上から複数のフォトンの柱が降り注ぐ。

 

『アガッ! グッ! ギィ……オ、オ前サエ……オ前サエイナケレバァァァ!』

 

 連続で降り注ぐフォトンの柱によって女体型は、僕に向かって怨嗟の叫びをあげていた。

 

 そして、最後に最大出力のフォトンの柱が落ちると――

 

 

『――――――――――――――――――――――――ッッ!?』

 

 

 凄まじい断末魔が炸裂し、女体型は漸く消滅する。

 

 対象がいなくなった途端に静寂が訪れた。まるでさっきまでの戦闘が無かったかのように。

 

「……………やっと終わった、か」

 

 念の為に周囲を確認するも、モンスターは一匹もいない。巨大エネミーである女体型が消えた為か、植物型や芋虫型のモンスターが現れる気配が一切無かった。

 

 安堵の息を漏らしながら、地面が抉れている一つの巨大な窪地(クレーター)へとゆっくり向かう。

 

「ハァ……ハァ……ハァ……」

 

 そこへ着いた中心には剣を地面に突き立てて、何とか立ち上がろうとするアイズさんがいた。

 

「ベル……あっ」

 

「アイズさん!」

 

 こっちを見たアイズさんが立ち上がった瞬間、バランスを崩して倒れようとする。

 

 僕がすぐに倒れそうになる彼女を咄嗟に抱き留めた。

 

「大丈夫ですか!?」

 

「うん、大丈夫……。ごめんね、止めを刺せなくて」

 

 動けない自分が情けないと思ってるのか、アイズさんは僕に謝ってきた。

 

「そんな必要はありませんよ。僕だってアイズさんの攻撃を喰らってまだ生きてるなんて思いもしなかったんですから」

 

「……でも、やっぱりあの時は私がちゃんと決めてれば」

 

 僕が擁護しても納得してないのか、未だに申し訳ない感じだった。

 

 う~ん、これ以上言っても自分のミスだと責め続けるかもしれないな。アイズさんって結構ガンコな所があるから。

 

「でしたら、今回のミスは反省点の一つにしましょう」

 

「反省点?」

 

「はい。そう思えば、次の戦いで活かせると思います。僕も色々な失敗を経験したから、今の僕がいますので」

 

 僕の失敗談は色々あるけど、今回の戦いは全く同じものだった。僕が惑星ナベリウスで巨大エネミー――ロックベアに止めを刺したと思い込んで気を抜いた瞬間、実はまだ生きていたと言う失敗談と似ている。

 

 同行していたキョクヤ義兄さんのお陰で事無きを得たけど、その後に滅茶苦茶怒られた。『倒したのを確認せずに気を抜くとは何事だ!?』と。

 

 その経験があって、僕は敵がちゃんと倒したかどうかの確認をするまで気を抜く事を一切しなくなった。

 

 まさか異世界で学んだ経験が、ここで活かせる事になるとは思いもしなかった。本当にキョクヤ義兄さんには頭が上がらないよ。

 

「……ベル、何か言い方がフィンみたい」

 

「え!? あ、す、すいません! 生意気な事を言ってしまって……!」

 

 第一級冒険者のアイズさんに向かって無礼な発言をしてしまったと後悔する僕に、アイズさんは大して気にせず笑みを浮かべていた。

 

「ちょっとアイズーーゥ! いつまでアルゴノゥト君に抱き着いてるのさ~~!!」

 

「あらあら、もしかしてお邪魔だったかしら?」

 

 すると、傷だらけのティオナさんとティオネさんが此方へ向かってきた。

 

 あ、そうだ。この後に彼女達を治療しないといけないんだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~おまけ~ 

 

 

「あの、リヴェリアさん。そろそろ手を放して頂けませんか?」

 

「う、うむ。分かっている、分かっているんだが……なぁ、ベル。知っての通り、私の杖は使い物にならないから、もう暫くの間は――」

 

「ダメです。僕はあの女体型との戦闘で勝率を上げる為、一時的貸しただけに過ぎませんので」

 

「リヴェリア。その杖を手放したくない気持ちは分からなくも無いけど、取り敢えず一度彼に返すんだ」

 

「全くじゃ。ベルより年長なのに子供みたく駄々を捏ねおって」

 

「ぐっ……!」

 

 ベルがレスタとアンティを使ってアイズ達を再び万全な状態に戻した後、リヴェリアに貸した長杖(ロッド)――ゼイネシスクラッチを返してもらうのに少しばかり時間が掛かっていた。

 

「ねぇねぇアルゴノゥト君、あたしにも武器を貸して~。アルゴノゥト君の武器使ってみたい~」

 

「私も。リヴェリアだけ使うのは不公平」

 

「手前もだ! 出来れば刀の方の魔剣を貸してもらいたい!」

 

 更にはティオナさんにアイズさん、そして椿さんからも武器を貸してくれと言われて、50階層へ戻るのに色々と手間取ってしまったのは言うまでもない。




感想お待ちしています。


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ロキ・ファミリアの遠征㉓

今回は戦闘後の話です。

あとフライング投稿ですが、どうぞ!!


 59階層到達、そして女体型撃破により僕達一隊(パーティ)は【ロキ・ファミリア】が野営地としてる50階層へ戻った。

 

 野営地に着いて早々、向こうは僕達が戻って来た事を察知したのか、アキさんや回復薬を持った複数の団員が僕達を治療しようとする。

 

 しかし――

 

「あ~……僕達を治療してくれるのは非常に嬉しいんだけど、ベルが殆どやってくれたから大丈夫だよ」

 

『……へ?』

 

 団長のフィンさんが物凄く申し訳なさそうに必要無い理由を言いながら謝罪すると、アキさん達は途端に目が点になって固まった。

 

 更には回復魔法で皆を完全回復させた事を聞いて、色々と複雑そうな表情でジッと僕を見ていたのは言うまでもない。それと、リーネさんが何故か涙目となっていた事に、僕は一体何でそうなってるのかは全く分からなかった。

 

 しかし、傷が既に癒えてるとはいっても、59階層を達成した疲れが今も身体に残っている。なので帰還した僕達はこの後にやる予定の宴の前に、用意されてる天幕で一旦身体を休めようとする。

 

「ねぇねぇアルゴノゥト君、よかったらあたしと一緒に水浴びしようよ~」

 

「そうだな。治療してもらったとは言え、一先ず身体を洗いたい気分だ。ここは裸の付き合いをしようではないか、ベル・クラネル」

 

「椿はダメ! アルゴノゥト君はあたしと水浴びするんだから!」

 

「あのぅ、僕は眠いので天幕で休もうかと思ってるんですが……」

 

 一休みする前にティオナさんと椿さんが一緒に水浴びしようと誘ってくるが、僕は丁重に断らせてもらった。と言うか、男の僕と一緒に水浴びをする事自体がおかしいんだけど。

 

 それに加えて、今の僕達はアンティで清潔状態になってるから、態々水浴びする必要なんてない。まぁ。それでも女性からすれば身体を洗いたいんだろう。

 

 ティオナさんはともかく、椿さんの事だから、水浴びしてる最中に『武器を貸してくれ』としつこく強請ってくるのが目に見えていた。50階層へ戻るまでの間、何度もしつこく貸してくれと言ってきたので。

 

「ふぅ……疲れたぁ」

 

 彼女達から逃げるように僕は一足早く天幕へ入った瞬間に安堵の息を漏らすしながら、思った事を口にする。

 

 僕は【ヘファイストス・ファミリア】と同様【ロキ・ファミリア】の遠征に参加している客人扱いの為、別々の天幕で休む事になっている。ティオナさんが一緒に寝ようと言ってるけど、フィンさんからダメだと何度も注意しているので、此処へ来てはいけない決まりだ。

 

 フィンさんの気遣いに内心感謝しつつ、一先ず着替えようと電子アイテムボックスから地上用の普段着を出した。流石に戦闘着――『シャルフヴィント・スタイル』のままで寝たくないので。

 

 そしてオラリオ用の普段着に着替えた後、次にある物を出した。アークス用の小型携帯端末を。

 

「どれどれ……よし、全部記録してる……!」

 

 携帯端末を操作すると、ディスプレイから地図上の立体映像が出現する。

 

 その映像には地図が映っていた。ダンジョン51~59階層へ進む為の正規ルートが描かれている。それ以外にも、18~50階層のルートも当然記録済みだ。

 

 今回の遠征で僕はダンジョンに関する知識を現場で得ただけでなく、この端末にもダンジョンのルートを記録させていた。この世界にいる人達は機械関連は全く分からないけど、それでも見られないよう密かに端末を使っていた。

 

 本来の予定では50階層までの記録で充分だった。しかし、フィンさんが僕を51階層以降の進攻メンバーに加えたから、急遽変更となって51~59階層までのルート内容も記録する事となった。流石に鋭いフィンさんでも、僕が端末を使って密かに情報収集をしていたのは予想外だろう。

 

 命懸けの作業で物凄く大変だったが、それでも得る物は多く得られた。正規ルートだけでなく、51階層以降のモンスターの情報は非常に有益だ。もし何も知らずに来ていたら、僕はあっと言う間に死んでいたかもしれない。階層無視の砲撃をするヴォルガングドラゴンの狙撃で。アレは本当に恐ろしかったと、思い出すだけでも身震いするほどだ。

 

 とは言え、僕が深層へ行くにしても当分先の話だ。流石に一人で行こうだなんて微塵も思ってないので。

 

「取り敢えずは情報整理しておくか」

 

 立体映像で表示されてる内容は、ダンジョンのルート以外にもモンスターの情報も載っていてバラバラだった。逐一記録するよう設定していた上に、整理する時間なんか全く無かったから。

 

 本拠地(ホーム)に戻って整理すべきだけど、それでもダンジョン用とモンスター用に分けておきたい。一眠りする前に簡単な整理をした後、電子アイテムボックスに端末を収めた僕は宴が始まるまで眠りについた。

 

 

 

 

 

 

「えへへ~、アルゴノゥトく~ん♪」

 

「てぃ、ティオナさん、ちょっと飲み過ぎでは……?」

 

「……ティオナ、ちょっとベルにくっ付き過ぎ」

 

 一眠りして数時間後。宴に参加してる僕は【ロキ・ファミリア】が用意した食事や飲み物を美味しく頂いていた。

 

 フィンさんが宴を始める音頭を取った後、酒を飲んでいる事もあって、今はもう軽いどんちゃん騒ぎとなっている。

 

 進攻(アタック)に参加していたラウルさんは、51~59階層まで進んだ内容をアキさんやリーネさん達に説明していた。自慢気に語っている中、僕に関しての事も言ってたから、少しばかり恥ずかしい気持ちだった。

 

 本当なら止めて欲しいと言いたかったけど、今の僕はそんな余裕がなかった。何故なら、隣に座っているティオナさんが甘えるように抱き着いているので。更にはもう一人、僕の隣に座ってるアイズさんが何故か不機嫌そうにティオナさんを睨んでいる。

 

「全くティオナったら、あんなだらしない顔をして。団長もそう思いません?」

 

「ティオネ、君が言っても全く説得力が無いんだけど……」

 

 お酒を飲みながらもフィンさんを抱き寄せているティオネさんの姿に、周囲は分かっていながらもスルーしていた。

 

 僕と似たような感じになってるフィンさんと目が合った瞬間、共感するように嘆息した。お互いに苦労してるなぁと思いながら。

 

 何だかんだで皆が宴を楽しんでいる中、僕はふと気付いた。59階層へ進攻(アタック)した一隊(パーティ)の一人――ベートさんが、この宴に参加していない事に。

 

 さり気なくティオナさんにベートさんの事を聞いてみるも、どうやら彼はこう言った宴は余り参加したがらないようだ。今は何処かで一人寂しく酒を飲んでいるだろうと。

 

(この機会に、ちょっとあの人と話してみるか……)

 

 そう思った僕は、ティオナさん達と一通り話し終えた後、適当な理由を言ってこの場を離れる事にした。

 

 

 

 

(あ、見付けた)

 

 宴で騒いでいる野営地から少し離れた場所で、地面に仰向けで身体を横にしているベートさんを発見した。手を枕代わりにして、脚を組んでいると言う、如何にも寝ていますと言うスタイルだ。

 

 僕が気配を消さずに近付くと、突然ベートさんの耳がピクリと反応している。

 

「……何の用だ、兎野郎」

 

「凄いですね。見てもいないのに、よく僕だって分かりましたね」

 

 振り返りもせず、僕だと言い当てたベートさんに思わず驚く。

 

 そう言えばベートさんみたいな獣人は五感が鋭いんだったのを思い出した。恐らくにおいで僕だと分かって言い当てたんだろう。

 

「えっと、ベートさんが宴に出てなかったから少しばかり気になりまして……」

 

「そんな事で態々俺に会いに来たのか? んな下らねぇ理由で来んな」

 

 用が済んだならさっさと失せろと言ってくるベートさん。

 

 けれど、僕は他にも用があるのでまだ戻る気は無い。

 

「ベートさんにお訊きしたいんですが」

 

「あ?」

 

「今も僕を不愉快そうに見てますけど……ひょっとして、あの時の勝負が原因ですか?」

 

「!」

 

 僕が問うと、ベートさんはさっきとは打って変わるように凄い反応をして、ギロッと僕を強く睨んでくる。

 

 今、彼の頭の中では前に僕と戦った時の事を思い出しているだろう。そして、油断した事で僕に敗北した事も含めて。

 

「テメェ……!」

 

「あの勝負に納得してないと言うのでしたら、ここで再戦しても――」

 

「ざけんな。誰がいつ、んなこと言った」

 

 すると、ベートさんは立ち上がって僕に近付き、そのまま僕の胸倉を掴んできた。

 

「アレは俺がテメェを侮って負けた。ただそれだけの事だ。今度また俺に下らねぇ気遣いしてみろ。その時は本気でブッ殺すぞ……!」

 

「………………」

 

 どうやら僕は余計な事を言ってしまったようだ。本当ならすぐに謝りたいけど、そうしたらベートさんは余計に怒ると思い、敢えて何も言わなかった。

 

「兎野郎、勝者(テメェ)敗者(オレ)の事は気にせず、ただ黙って前を歩いていやがれ。だがこれだけは覚えておけ。俺に勝ったと思い上がるのはテメェの自由だが、もし俺より弱い奴に負けたその時は……マジでブッ殺すからな」

 

「………分かりました」

 

 言いたい事が分かった僕は一先ず頷いた。

 

 それを聞いたベートさんは僕の胸倉を掴んでいる手を放し、野営地から更に離れた奥へと向かっていく。

 

「あ、ベートさん。そんなに離れたら……!」

 

「うるせぇ、俺の勝手だ! それと()()、今の俺は機嫌が悪いんだ。今度また声を掛けたら承知しねぇからな!」

 

 そう言って、ベートさんは森林へと向かって姿を消した。

 

 どうやら余計な事をしてしまったと少しばかり後悔している中――

 

「………あれ? ベートさんがさっき僕の事を名前で呼んだような気が」

 

 急に名前で呼ばれた事に気付くも、当の本人がいなくなった為に訊く事が出来なかった。

 

 そして翌日、ベートさんが僕を名前で呼んだ事にやっぱり気の所為じゃなかった改めて認識する。

 

 周囲から不思議そうに見られていると――

 

「ベルくん! いつの間にベートさんと仲良くなったの!?」

 

「リ、リーネさん、取り敢えず落ち着きましょう」

 

 しかし、それと同時にリーネさんが何故か物凄い勢いで僕に問い詰めてきたのは未だに謎だった。




今回はベートとの会話メインとなりました。

取り敢えず一段落しましたから、次回の更新は暫く遅くなります。

感想お待ちしています。


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異常事態(イレギュラー)

久々の更新です!


 遠征で未到達領域59階層に辿り着き、そこで遭遇した女体型――改め『穢れた精霊』こと『精霊の分身(デミ・スピリット)』を撃破。これにより【ロキ・ファミリア】の目的は見事に達成された。

 

 そしてダンジョン50階層で休息を取った翌日、団長のフィンさんからの指示により、野営地(キャンプ)を解体して即時帰還行動に移った。まるで急いで戻る必要があるみたいに。

 

 そこまでする事に疑問を抱きつつも、僕は指示通りに動いて行動していた。その際、帰還中に後方支援の治療師(ヒーラー)として活動するようにとフィンさんから言われている。

 

 フィンさん達はもう僕の力をある程度理解している筈なのに、何故また後方支援に移るのかと思わず訊いた。フィンさん曰く『(ベル)がこれ以上頑張り過ぎると、団員達の士気が下がりかねない』だそうだ。それと余程の異常事態(イレギュラー)が起きない限り、極力僕は戦闘に参加させないつもりらしい。

 

 自分だけ楽をする訳にはいかないと反論するも、治療師(ヒーラー)も充分に重要な役目だと言われたので、僕は渋々了承した。まだまだ充分に戦えるけど、遠征に飛び入り参加した僕が我儘を言う権利は無いので。

 

 後方の僕と違って、前衛メインのアイズさんたち第一級冒険者達は前面に出ている。ティオナさんが僕と一緒に戦いたいと言ってたけど、そこをフィンさんからダメと反対されて不満顔になっていたのは言うまでもない。

 

 更には僕と一緒に行動している筈のラウルさんも前面に配置されている。第二級冒険者のクルスさん達もだ。

 

『ベル君には色々と助けられたから、今度は第二級冒険者(じぶん)達が頑張る番っす』

 

『お前はゆっくり休んでおけ、クラネル』

 

『後輩にばかり良い顔をさせる訳にはいかないからね』

 

『後は私達に任せて下さい』

 

 ラウルさん、クルスさん、ナルヴィさん、アリシアさんがそれぞれ僕にそう言った後、意気揚々と前面に向かっていった。頼もしい先輩達の言葉に思わず、【ロキ・ファミリア】に入団したかったのは内緒だ。

 

 しかし、僕としてはやはり前面に配置して欲しかったと今でも思っている。

 

 何故なら――

 

「なぁなぁベル・クラネル、一時で良いからお主の魔剣を貸してくれぬか?」

 

「お断りします」

 

 ずっと椿さんに付き纏われて、僕の抜剣(カタナ)を貸して欲しいと何度もせがまれているから。

 

 何度断っても、再びせがんでくる事に少々参っていた。それを見たフィンさん達が諫めてくれるけど、椿さんはいなくなった隙を狙ってくるからなぁ。

 

 深層から下層に進んでいる今もこれだから、この先も同じ事が続くのを考えると頭が痛くなる。

 

「そこを何とか頼む。無論、無料(タダ)で貸してくれとは言わぬ。手前が作った武器を代用品として用意するつもりでいる」

 

「いくら最高鍛冶師(マスター・スミス)の椿さんでも、ダメなものはダメです。愛用してる武器を、そう簡単に貸せませんから」

 

「ほう。では何故あの時リヴェリアに貸したのだ? あの杖も愛用してる武器の一つであろう?」

 

「そ、それは……」

 

 痛い所を突いてくる椿さんに思わず口ごもってしまった。

 

 リヴェリアさんに貸した長杖(ロッド)――ゼイネシスクラッチは嘗て僕がフォースクラスで使っていたけど、ファントムクラスになった今はお蔵入りとなっている。前にも言った通り使おうと思えば使えるけど、キョクヤ義兄さんから僕の暗黒(やみ)を妨げる武器は極力使うなと言われているので。

 

 まぁ、ゼイネシスクラッチ以外にもお蔵入りしてる武器はいくつかある。それ等を椿さんに貸せば問題はない。だけど、ラウルさんが僕にコッソリとある事を教えてくれた。あの人は僕の武器を無断で借りようとしているって。その内容を聞いた瞬間、僕は絶対に貸さないと決めた。もしも貸してしまえば最後、二度と僕の元に戻らなくなってしまう可能性があると。

 

 因みに椿さんだけでなく、ティオナさんやアイズさんにも武器を貸して欲しいとせがまれていた。そこはフィンさんが窘めてくれたから、何とか事無きを得ている。それでも時折お願いするような仕草をする事はあるけど。

 

 お願いと言えば、リヴェリアさんも同様だった。『精霊の分身(デミ・スピリット)』を倒した後に何とかゼイネシスクラッチを返してもらったけど、あの顔を見た限りでは今も未練があると思う。途中で自分の杖を見た後、チラッと僕を見てる事が何度もあったので。

 

「と、とにかく、ダメなものはダメです。と言うか椿さん、ご自分の持ち場を離れて良いんですか?」

 

 僕がいる後方部隊の更に後ろに、【ヘファイストス・ファミリア】の鍛冶師(スミス)達がいる。椿さんを含めた彼等も戦えるけど、武器の整備メインのサポーターだから戦闘には極力参加させない事になっている。

 

「問題無い。ウチの連中は手前と同様、何か遭ってもそれなりに戦えるから――」

 

 

「うわぁぁぁぁああああああああああああ!!」

 

 

『!』

 

 椿さんが自信持って行ってる最中、鍛冶師(スミス)達がいる後方から悲鳴が聞こえた。僕や椿さんだけでなく、後方部隊にいる全員が一斉に振り向く。

 

「ポ、『ポイズン・ウェルミス』……!」

 

 近くにいたリーネさんが驚きながらモンスター――『毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)』の名を口にする。

 

 彼女の言う通りアレはダンジョン下層に生息している。数日前に僕も遠征中に遭遇した。

 

 あのモンスターの事はラウルさんから聞いた。毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)は『毒』の『異常攻撃』を行う種族の中でも、最上位の危険度を誇るモンスターだ。口から放出、もしくは体皮から分泌される劇毒は上級冒険者の『耐異常(アビリティ)』を貫通させる。一匹の戦闘能力は極めて低いけど、群れで現れると非常に脅威で、冒険者達からは『毒の墓場』と形容されるほど恐れられているらしい。

 

 そして今この時、そんな恐ろしい群れのモンスターが僕達の目の前にいる。

 

「も、もう群れじゃなくて、大量発生と言うべき数ですね……」

 

「ちっ、こんな時に『異常事態(イレギュラー)』とは……!」

 

 頬を引き攣らせながら言う僕に対し、舌打ちしながら鬱陶しそうにぼやく椿さん。

 

 毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の毒により、既に何名かの鍛冶師(スミス)達が戦闘不能になっていた。被害を免れている他の仲間の背後から、百以上は確実であろう悍ましいモンスターが通路を侵すように天井や壁を這いながら押し寄せてきている。

 

 この状況は当然緊急事態なので、僕も参加すべきだ。椿さんは既に急行しているが――

 

「浄化せよ、アンティ!」

 

 僕は一先ず、毒になって動けない人達の治療に専念する事にした。

 

 治療用テクニックのアンティを使うと、周囲にいた負傷者達の体が柔らかく淡い光に包まれた後、すぐに元の状態へと戻った。

 

「わ、悪い、助かった!」

 

「毒を受けた人達は僕の所へ連れて来て下さい! すぐに治療させます!」

 

 礼を言ってくる鍛冶師(スミス)達に僕は気にせず、負傷者達を治療すると叫んだ。僕が治療魔法を使える事を知っている団員達は、即座に負傷者達を連れてこようとする。

 

「ベル! 毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)はワシ等がやるから、お主は治療に専念するんじゃ!」

 

「分かりました!」

 

 殿(しんがり)を務めているガレスさんは迎撃しながら、僕に毒の治療をするよう言ってきた。

 

 本当は僕も一緒に戦いたいけど、負傷している人達を放ってはおけないから、ここは治療師(ヒーラー)としての仕事を全うする事にする。

 

「フィン! 部隊を走らせろ! 『毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)』じゃ!」

 

 すると、ガレスさんが前面に向かって凄まじい怒号をダンジョン全体に響き渡せた。それは勿論、前面にいるフィンさん達に知らせる為だ。団員の誰かに伝えさせるより手っ取り早い方法なので。

 

 その怒号が伝わったみたいで、フィンさんやアイズさん達が此方へ急行してくる。

 

「アンティ! 次!」

 

 彼等に毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)を任せている最中、僕は団員達が連れて来た負傷者の治療に専念していた。

 

 モンスターが大量発生している為、僕がアンティで治療させても毒の負傷者が出てくる。しかし、僕のやる事は決して無駄ではないので、モンスターと戦っているフィンさん達を信じるしかない。

 

「アルゴノゥト君、ラクタ達がヤバイッ、早く治療させて!」

 

「はいっ! アンティ!」

 

「団長、今はベルのお陰で瞬時に治療させてますが、ここは一旦『下層』の安全階層(セーフティポイント)に行った方が……!」

 

「ダメだ! 大量発生(イレギュラー)の規模がわからない! 下層域全体に毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)が増殖しているなら下層(ここ)に閉じ込められる!」

 

 苦痛に呻いている兎人(ヒュームバニー)の女性団員や男性団員を抱えるティオナさんが僕に治療をするよう頼んでいる中、ティオネさんが訴えるも、先頭で槍を振るっているフィンさんがダメだと叫んだ。

 

 僕以外にも治療している人達も当然いる。だけど、毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の毒が相当厄介なのか、他の治療師(ヒーラー)達は思うように治療出来てない様子だった。今は解毒用のアイテムで何とかしているが、もう尽きかけて既に危うい。

 

「ベル、治療は一旦中止だ!」

 

「え!? で、でもまだ負傷者が……!」

 

 フィンさんが突然治療を止めろと言った事に、僕は思わず意見を申し立てた。しかし、彼は僕に気にせずこう叫んだ。

 

「18階層まで行く、動けない者は引き摺って来い! 総員、走れ!」

 

 あ、そうか。ここで治療するより18階層でやらせた方が良いんだ。僕とした事が、それに気付かないなんて……!

 

 フィンさんの指示が正しい事に、僕は内心恥じりながらも従った。

 

 毒を受けていない団員達が、毒の餌食となって動けなくなった負傷者達の腕や足を掴んで、ずるずると引き摺って逃走に専念している。そんな彼等を第一級冒険者のアイズさん達が支援するように散らばっていた。

 

 因みに僕は――

 

「邪魔だぁぁぁぁ!」

 

 負傷者を運んでいる団員達に被害が及ばないよう応戦し、長銃(アサルトライフル)――セレイヴァトス・ザラで毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)を倒していた。

 

 クーゲルシュトゥルムによる連続掃射で、迫ってくるモンスター達の進行を止めて殲滅していく。

 

「な、何だよ、あの武器は!?」

 

毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の群れを瞬殺してるぞ!」

 

「本当に何でもありだな!」

 

「僕の事は気にしないで早く逃げて下さい!」

 

 毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)を簡単に倒していく事に、驚いている団員達が思わず足を止めていた。僕がすぐに逃げろと言うと、ハッとした彼等は再び逃走に専念する。

 

 けれど、何度倒し続けても次々とモンスターが現れるのでキリが無い。僕のやってる事は殆ど焼け石に水も同然だった。

 

 それでも向こうの進行を止めている事に変わりはないから、アイズさん達と同じく支援に徹していた。

 

 掃討に専念していると、団員を抱えながらも逃げ遅れているリーネさんに、複数の毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)が口から毒を放出しようとしているのを目撃する。

 

「不味いッ!」

 

 僕はすぐに彼女を助けようと動くが、毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)が毒を吐く寸前だった。

 

「リーネさん!」

 

「え? きゃあっ!」

 

 咄嗟にリーネさんを突き飛ばすと、負傷者と一緒にモンスターが放出した毒を回避するが――

 

「あああああああああああああっ!!!」

 

 彼女の代わりに僕が一身に受ける事となってしまい、触れた瞬間に凄まじい激痛が走った。

 

「アルゴノゥト君!」

 

『ベル!?』

 

 毒を受けながらも眼前のモンスターを長銃(アサルトライフル)で始末するも、激痛に耐え切れなくなった僕は不覚にもそのまま倒れてしまった。

 

 ティオナさんやフィンさん達が驚きの声をあげている中、僕の意識は薄れていく。




以前あった活動報告でのアンケートにより、今回はベルが負傷する話となりました。


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異常事態(イレギュラー)

 活動報告でベルが負傷して寝たきり状態の予定と書きましたが……ちょっとばかし内容を変更させて頂きました。最後まで読めばわかります。


「う、うう……」

 

「アルゴノゥト君……」

 

 50階層から出発して六日後。【ロキ・ファミリア】は未だにダンジョン18階層『迷宮の楽園(アンダーリゾート)』に留まっていた。

 

 本来であればもう既に地上へ帰還している。だが、団員だけでなく【ヘファイストス・ファミリア】の鍛冶師(スミス)達も、毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)が吐いた毒の餌食となってしまった。その為、18階層の『夜』の時間帯に18階層へ到着したフィン達は、負傷者達を看護する野営地を大急ぎで設営した。そしてベートに毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)体液(ドロップアイテム)を原料にした解毒薬――『特効薬』を入手してもらうよう、一足先に地上へ向かわせている。指示されたベートは文句を言いながらも、既に昨夜の内に出発済みである。

 

 今回毒を受けた負傷者の中にはベルも含まれていた。今も【ロキ・ファミリア】が用意した一人用の天幕で休ませている。

 

 ベルが負傷した事により、多くの団員達の誰もが愕然としていた。特に第一級冒険者達が。その中で一番に反応したのがティオナだった。ベルが負傷して倒れたのを見た途端、即座に駆け寄って介抱していたので。

 

 そして彼女は今も天幕にいるベルの看病をし続けている。ずっと寝ずに付きっきりで。

 

 いつも元気で笑顔を振り撒くティオナだが、今回は違う。苦しそうに呻き声をあげているベルを見てる事で、ずっと悲しそうな表情となっている。

 

 つい先程までリヴェリアが解毒系の治療魔法を使っていたが、それでも全快にはならず毒性を緩和させる程度の効果だった。

 

 見ていたティオナはベルの治療魔法は一瞬で治していたと言うも、自分ではここまでが限界だと凄く悔しそうな表情となった。フィンに経過を報告してくると行ってリヴェリアが天幕から出た後、ティオナはずっとここに残っている。

 

 すると、誰かが天幕のカーテンを開けて誰かが入ろうとしているが、ティオナは気にしないでいた。

 

「ティオナ、入るよ」

 

「全くもう、アンタは。さっきから人が呼んでるのに無視してんじゃないわよ」

 

「あ、ごめん……」

 

「「……………」」

 

 天幕に入って来たのはアイズとティオネだった。不機嫌そうに文句を言う姉のティオネに、ティオナが今気付いたみたいに振り向きながら謝る。

 

 いつもと違う反応をするティオナの様子に、二人は何とも言えない表情となる。ずっとベルの看病をしているのを知っているから。

 

 (ティオナ)が戻ってこない事に気付き、(ティオネ)はベルを心配してるアイズを連れて天幕に来た。しかし、ティオナの余りの変わりように、別人じゃないかと一瞬思った。

 

 その気持ちは分からなくもないとティオネは理解している。自分だって、もし愛する団長(フィン)がベルと同じ状況になってたら、今のティオナと同じ事をしているかもしれないと。

 

 しかし、だからと言って放ってはおけない。いつも騒がしい妹が、こんな弱々しい姿になっていたら見ていられないので。

 

「ティオナ、この後ラウルがその子の看病をするわ。だからアンタはその間に少し休みなさい。それと水浴びもした方が良いわ」

 

「……いいよ。アルゴノゥト君が苦しんでいるのに、そんな事する訳にはいかないし」

 

 ティオナは18階層にある森の泉で水浴びをするのが好きだ。けれど、ベルが負傷している事で、とても水浴びをする気分になれなかった。

 

 そんな彼女の返答に――

 

「アンタがそうじゃなくても、私が困るのよ!」

 

「わっ、ちょ! 何するのティオネ!?」

 

 ティオネが急に首根っこを掴んで無理矢理連れて行こうとする。

 

「少しは身嗜みに気を付けなさい! 今のアンタは目の下に隈があって、髪もボサボサな上に臭ってるのよ! もしベル・クラネルが目覚めた途端に『臭い』って言われても大丈夫なの!?」

 

「う……」

 

 ジタバタと暴れるティオナだったが、ティオネの台詞を聞いて大人しくなった。

 

 彼女の言う通り、今のティオナはとても不健康な状態だった。18階層に着いても寝ないで看病したので両目の下に隈が出来ており、髪も手入れせずにボサボサで、身体にも異臭がこびり付いている。これは非常に不味い状態だ。

 

 故に一度水浴びをさせようと、ティオネは無理矢理連れて行こうとする。姉としてではなく、女性として色々と問題があり過ぎる為に。

 

「わ、分かったよぉ。水浴びするから引っ張らないでよぉ……」

 

「全くもう、手間をかけさせないで欲しいわ。アイズ、ラウルが来るまで此処を頼むわね」

 

「うん、分かった」

 

 渋々と行こうとする妹を見た後、ティオネはアイズに一時的な看病をするよう頼んだ。断る理由が一切ないアイズはコクリと頷いた。

 

 アマゾネス姉妹が天幕から出て行くと、アイズとベルだけの二人だけとなる。尤も、今も眠っているベルはアイズと二人っきりだと言う事を知らないが。

 

「ベル……」

 

 アイズはベルの近くで腰を下ろして座り、心配そうな表情をしながら頬を撫でるように手で触れた。

 

 彼女もティオナと同様にベルの心配をしていた。本当だったら自分もティオナと一緒に看病したかったが、フィン達からの指示で色々とやる事があった為に無理だった。

 

 ラウルが来るまでの間だが、それまでは自分が責任を持ってベルの看病をしようとアイズ。

 

「うう………すぅ、すぅ……」

 

 すると、さっきまで苦しそうに呻いていたベルが途端に穏やかな表情となって眠り始める。

 

 それを見たアイズは笑みを浮かべ、今度は頭を撫で始める。

 

「少しの間、辛抱してて……」

 

 ベートが特効薬を持ってくるのは、どんなに急いでも二日は掛かるとフィンが言っていた。

 

 毒を浴びた者達にとって苦しい時間ではあるが、リヴェリア達が解毒作業を続ければ悪化する事はない。

 

 だからそれまでの間、可能な限り自分もティオナと同じく看病しようと決意する。

 

 しかし後ほど、アイズがベルを献身的な看病をしていると知った【ロキ・ファミリア】の団員達は嫉妬と殺意を抱く事となる予定だ。特にアイズを慕っているレフィーヤが筆頭になるのは言うまでもない。尤も、当のアイズはそれに全く気付く事はないが。

 

「………キョクヤ義兄さん……会いたいよ……」

 

「え?」

 

 ベルが突然小さな寝言を呟いた事で、アイズは頭を撫でている手を急に引っ込めた。しかし、この後からは何事も無かったかのように再び寝息を立てて静かに眠っている。

 

「……今のって」

 

 小さく聞き取れない寝言でも、アイズは間違いなく聞こえた。明らかにベルの家族である名前を。

 

 そして――

 

「いつか……オラクル船団が……この惑星を……発見して……」

 

「? オラクル、船団? わくせい?」

 

 再びベルが寝言を呟くも、今度は意味不明な単語だった。それを聞いたアイズは首を傾げている。

 

(船団って……もしかしてベルは船乗りだったのかな? それに『わくせい』って何だろう?)

 

 ラウルがこの天幕に来るまで、アイズは只管ベルが呟いた単語の事を考え続けていた。

 

 そして――

 

 

 

 

 

 場所は変わって本営の天幕。

 

 ベルの治療を一通り終えたリヴェリアが、首領のフィンに報告しようと本営に戻っていた。

 

「リヴェリア、ベルの治療は?」

 

「正直に言って、余り芳しくない。今は何とか毒を緩和するだけで精一杯だ」

 

 フィンからベルの治療を最優先で命じられたリヴェリアだが、毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の毒が相当厄介である為に治療しきれなかった。時間を置いて治療魔法をかければ、悪化を阻止する事は出来る程度だ。

 

 今のリヴェリアは精神力(マインド)が尽きかけている為、『精癒(アビリティ)』で回復させている。尤も、それは僅かに回復するものだから、精神力(マインド)が全快になるのは相応の時間を要するが。

 

「ベルや毒を受けた全ての者を回復させるには、どうしても専用の特効薬が必要になる」

 

「ンー、やっぱりベートを待つしかないか」

 

 リヴェリアからの報告を聞いたフィンは諦めるように言った。

 

「まさかベルも毒で負傷したとはね。本当だったら、彼に負傷者の治療を頼もうとしたんだが」

 

「あの厄介な毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の毒までも治療するのを見て、ワシは本当に驚いたぞ」

 

 毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の毒を治療するのは特効薬が必要なのだが、ベルはそれを無視するように治療魔法であっと言う間に治した。

 

 それを目撃したガレス、後になって急行したフィンやリヴェリアは一瞬目が点になっていた。【ディアンケヒト・ファミリア】の【戦場の聖女(デア・セイント)】――アミッド・テアサナーレ並み、もしくはそれ以上ではないかと。

 

 しかし、その当人までも負傷したのでフィンの予定が狂う事になった。

 

 今回の遠征で一番に活躍していた功労者(ベル・クラネル)の負傷が、【ロキ・ファミリア】にとって最悪な異常事態(イレギュラー)と言っても過言ではない。

 

「リヴェリア。ベートが来るまで、君は引き続きベルのみ治療を続けてくれ。他の団員達には悪いが、最優先で頼む」

 

「ああ、分かっている」

 

 自身の眷族(ファミリア)より余所【ファミリア】を最優先で治療を優先する事に、団員達が聞けば難色を示す者もいるだろう。

 

 例え抗議したところで、フィン達はこう問う。『自分がベルと同じ役割をこなす事が出来るのか?』と。

 

 遠征中にベルが偉業も同然の結果を出している。それを見ていた団員達は自分では到底出来ないと痛感された。だからもし問われたら何も言い返す事が出来なくなってしまう。

 

 そうなる事を考えながら、フィン達はベルを最優先している。あんな貴重な逸材を失わせる訳にはいかないと。

 

「しかし、ベル以外の事でも頭を悩ます事があるのう」

 

 途端にガレスが話題を変えるように言ってきた。彼の言う通り、現在【ロキ・ファミリア】の財政が少しばかり苦しくなっているから。

 

「椿に作らせた不壊属性(デュランダル)に、『魔剣』が三十振り以上、止めに特効薬の買い占め……。【ヘファイストス・ファミリア】に武器素材(ドロップアイテム)を譲らんといかんし。以前の戦争遊戯(ウォーゲーム)で得た予備資金が、もう完全にすっからかんとなってしまったわい」

 

「……確かに手痛い出費だね。まぁ、辛うじて火の車にならずに済んだけど」

 

 以前、ベルが【アポロン・ファミリア】と戦争遊戯(ウォーゲーム)をした際、各酒場で賭博があった。どちらの【ファミリア】が勝つのか、と言う賭けを。

 

 その時にロキが、酒場で賭博していたら【ヘスティア・ファミリア】に賭けろと団員達に指示をした。その結果、殆ど【ロキ・ファミリア】の一人勝ちで多くの配当金を得ている。【ヘスティア・ファミリア】の予想配当(オッズ)が高かったから、本拠地(ホーム)に戻って稼いだ合計額が一億ヴァリスを軽く超えていた。

 

 だから予想外の臨時収入を得た事により、【ロキ・ファミリア】は遠征の予備資金として蓄えておいたのである。ガレスの言った通り、もう既に使い切ってしまっているが。

 

 ベルに何から何まで助けられており、フィンは頭が下がるばかりだった。地上に戻った際、ベルに約束していた報酬額を上乗せする必要があると再度検討し始めている。

 

「今度『遠征』をやる時は資金集めをしなきゃならないね。けど、今はベルを何としてでも治療しなければならないが」

 

 後の事よりも、目の前の事を優先しなければならない。ベルの治療と言う重大な案件を。ベートが特効薬を持ってこない限り、ベルの安全は確保できないので。

 

 リヴェリアとガレスもフィンと同様の事を考えている。特にリヴェリアとしては、あの杖(・・・)に対して色々と思うところがある。もし機会があれば、再び貸して欲しいほどに。

 

「ああ、そう言えばリーネはどうしているんだい?」

 

 ふと団員の事を問うフィンに、リヴェリアが思い出しながら答えようとする。

 

「どうやら相当の責任を感じているようだ。今もアキ達が必死に擁護しているみたいだが……様子を見た限りだと、暫くは掛かりそうだ」

 

 リーネがそうなっている理由は当然ある。

 

 毒で負傷した団員を運んでいる最中、別の道から毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)が現れてリーネに当たる寸前、ベルが咄嗟に突き飛ばして無事だった。しかし、その代償としてベルが毒を受けてしまった。

 

 自身が気付かなかった所為でベルを負傷させてしまった事に、彼女は酷く落ち込んでいた。もし気付いていれば、彼は今頃無事で毒の治療に専念する事が出来たと。

 

「確認するがフィン、お前はリーネをどうするつもりだ?」

 

「んー、団長として(ペナルティ)を与えなければいけないけど……僕がそうしたところで、何の解決にもならないだろうね」

 

「確かにのう。リーネの性格を考えれば、元に戻るには相当の時間が――」

 

 フィン達がリーネの今後をどうするかを話している中、突如誰かが本営に無断で入って来た。

 

「だ、団長、大変っす!」

 

 入って来たのはラウルだった。しかもかなり慌てた様子で。

 

「どうしたんだい、ラウル? いきなり入ってくるなんて、君らしくないね」

 

 不作法に入ってくる次期団長候補(ラウル)を不思議に思いながらも、フィンが用件を尋ねた。リヴェリアとガレスも何か遭ったと見て、敢えて何も言わないでいる。

 

「ベ、ベル君が、意識を取り戻して……!」

 

「何だって?」

 

 思いがけない朗報にフィンは声が弾んだ。

 

 まだ予断を許さない状態とは言え、ベルが目覚めた事は不幸中の幸いだった。リヴェリアが治療をしても、ずっと意識が無いままだったので。それは当然、治療していた彼女としても嬉しい情報だ。

 

「今、ベルと話す事は出来るかい?」

 

「え? あ、いや、それが……」

 

 フィンの問いにラウルが急に落ち着いて、どう言おうか迷っている状態となった。

 

「どうした? 話せる状態じゃないのか?」

 

「もしやまた眠り始めたのか?」

 

 今度はリヴェリアとガレスが問うも、ラウルの態度は未だに変わらない。

 

「ラウル、早く言ってくれ。ベルは一体どんな状態なんだい?」

 

 流石のフィンも少しばかり業を煮やして、不機嫌そうに再度問い直した。

 

 これは不味いと思ったラウルは、一度咳払いをして、緊張しながらも答えようとする。

 

「えっと、その……多分言ってもすぐに信じられないと思うんすが、ベル君………起きてすぐに自分で治療魔法を使って解毒した後、今は他の負傷者達に治療魔法を使って治してるっす」

 

『……………………………………………………は?』

 

 余りにも順序を吹っ飛ばし過ぎている内容に、流石のフィン達も思考を停止して、再起動するのに少しばかり時間が掛かった。

 

 もうついでに本営の外からは――

 

 

『アルゴノゥトくぅぅぅぅぅぅぅんっ!!!!!!!!』

 

 

 ティオナの叫び声が野営地全体に響いていた。




今回は活動報告内容を変更して、ベルをあっと言う間に復活させる事にしました。

理由は次回で分かります。


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異常事態(イレギュラー)

  ~ラウルがフィン達に報告をする前に少し遡る~

 

 

 

 ――身よ―――きろ――

 

 ……あれ? 誰かが僕を呼んだような……。それに、凄く久しぶりに聞いた声だ。

 

 ――我が半――ルよ―――るんだ――

 

 まただ。誰なのか分からないけど、僕は知っている。この声は、オラクル船団で引き取られた時に……。

 

 ――さっさと起きろ――ベル――

 

 あ、そうだ。身寄りのない僕を引き取ってくれたキョクヤ義兄さんの声で――

 

 ――いつまで寝ている!? さっさと起きろ!

 

 へぁ!?

 

 ――貴様と言う奴は……! 俺と血の盟約を交わした我が半身でありながら、その体たらくは何だ!?

 

 ちょ! ま、待ってキョクヤ義兄さん!? 何でそんなに怒ってるの!? いきなり怒鳴られても分からないんだけど!

 

 ――それすらも分からぬか!? あの程度の毒如きで寝てるお前の体たらく振りに、俺がどれだけ嘆いておるのかも知らぬとは!

 

 ど、毒って……あっ! ご、ごめんなさい! 僕が受けた毒は思っていた以上に厄介で……!

 

 ――言い訳は無用だ! ベル、お前には再度教育が必要だ! その腑抜けた暗黒の闇を今一度、徹底的に鍛え直してやる!

 

 待って待って! 僕、まだ毒が抜けてないから! せめてアンティで解毒を……!

 

 ――俺と同じ《亡霊》なら、そんな毒などお前の内に眠る暗黒の闇で染めろ!

 

 いくらなんでもそれは無理だよぉ、キョクヤ義兄さん!

 

 ――つべこべ言わずにとっとと行くぞ、我が半身ベルよ!

 

 

 

 

 

 

 

「だから解毒ぐらいさせてよ!」

 

「おわっ!」

 

 キョクヤ義兄さんが余りにも無茶苦茶な事を言ってる為に反論してると、何故か僕の近くにラウルさんがいた。

 

 ………………あれ? ここは、一体何処……?

 

 僕は思わず自分の周囲を見渡す。

 

 先ず今の僕は上半身だけを起こしていて、簡素な寝床の上で毛布をかけられていた。服は『シャルフヴィント・スタイル』のままだけど、ブーツと上着がない。と言っても、それ等は僕の近くに置かれている。

 

 近くには驚いた顔をしているラウルさんがおり、天幕の中にいると認識する。

 

 さっきまで話していたキョクヤ義兄さんの姿は当然ない。それは即ち……夢と言う事になる。

 

 ……どうやら僕はさっきまで夢を見ていたようだ。夢とは言え、久しぶりに見て早々義兄さんからの厳しい言葉を受ける事になるとは……。

 

「ビックリしたじゃないっすか、ベル君! 思わず心臓が飛び出るかと思ったっすよ!」

 

「す、すいませ……あれ?」

 

 憤るラウルさんに僕はすぐに謝って頭を下げようとした瞬間、身体が急にふらついてきた。

 

「っ! だ、大丈夫っすか!?」

 

 ふらついて倒れそうになる僕にラウルさんが支えてくれた。

 

「ま、またしてもすいません。ところでラウルさん、此処は一体……? 何で僕、こんな姿になってるんですか……?」

 

「ベル君、あの時の事を憶えてないんすか?」

 

 再び僕を横にしながら、ラウルさんは状況を簡単に説明しようとする。

 

 ダンジョン下層で毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の大量発生により、【ロキ・ファミリア】は予想外の襲撃を受けた。そのモンスターによって放出された毒の所為で、負傷者達を18階層まで運び、今はこの場に留まって治療に専念しているようだ。

 

 因みに僕はリーネさんを突き飛ばし、毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の毒を受けてしまい、一日近く意識を失っていたと。

 

 ……そっか。僕、あのモンスターの毒で気絶してたんだ。しかも一日近くって……道理でキョクヤ義兄さんが夢に出てまで僕を叱った訳だ。

 

 アークスなら毒を受けても体内フォトンで中和されながらも意識を失わず、即座に治療用テクニックかアイテムで完全解毒、もしくは毒が消えるまで耐えきっている。それなのに一日近くも意識を失うのは致命的だ。

 

「そうだったんですか。すいませんでした、色々とご迷惑をお掛けしまして」

 

「いやいや、謝る必要なんてないっすよ」

 

 僕は【ロキ・ファミリア】の足を引っ張っていた事を謝るも、ラウルさんは全く気にしてないように言った。

 

 向こうは必要無いって言っても、コッチとしては非常に申し訳ない。自分の不甲斐無さでこうなってしまったから。

 

 しかし、ラウルさんは優しくて余り厳しい事は言わない人だ。後でフィンさん辺りに怒られるかもしれない。

 

 って、自分の事よりも気になる事があるんだった。

 

「そう言えばラウルさん、リーネさんは無事ですか?」

 

「大丈夫っす。ベル君のお陰で毒の被害は免れてるっすから」

 

「そうですか。良かったぁ……」

 

 彼女の無事を聞いた僕はすぐに安堵するも、ラウルさんが途端に何か言い辛そうな表情になる。

 

「ただ……結構落ち込んでるんすよ。自分の所為でベル君が毒を受けさせてしまった事に」

 

「え? 僕は別に気にしていませんよ。寧ろ被害は僕だけで済んで良かったかと思うんですが」

 

「ベル君が良くても、本人が許せないんすよ。リーネは自分以上に真面目っすから」

 

「そう、ですか……」

 

 確かにリーネさんは真面目な人だ。まだ会って間もないけど、凄く真面目な人なのは僕も分かる。

 

 だったら後で僕が直接会いに行く必要がありそうだ。リーネさんがそこまで責任を感じる必要はないって。

 

 けれど、あの人を庇った僕の判断は間違ってないと思う。毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の毒は非常に厄介で、リーネさんが受けたらとんでもない事になっていた。

 

 直接受けた僕としては、本当に普通の毒とは大違いだったと認識した。アークスのクエスト中にエネミーから毒攻撃を受けた事は何度もあるけど、あそこまで激痛の走る猛毒は経験した事はない。

 

 もしも体内フォトンが無かったら、ずっと寝込んでいる破目になっているだろう。今はある程度中和されているが、それでも完全に抜けきっていない。アンティさえかければすぐに解毒を……って、そうだ!

 

「あの、話を急に変えてすいませんが、僕以外に毒を浴びた負傷者はどうなってるんですか?」

 

「え? 今もベル君と同じく寝込んでいるっすよ」

 

 寝込んでいる!? 不味い! フィンさんから治療を任されたのに、僕がいつまでも寝てる訳にはいかないじゃないか! 早く負傷者達の治療をしないと!

 

 そう決断した僕は再びガバッと起き上がると、まだ残っている毒の所為か、身体が怠くなってフラフラしてくる。

 

「って、急に何してるんすかベル君!? 今は寝てるっす! 解毒用の特効薬を持ってくる二日の間は絶対安静っすから!」

 

「ふ、二日間もですか!?」

 

 解毒の特効薬と聞くも、余りにも時間が掛かり過ぎるじゃないか! やはり僕が治療しないとダメだ!

 

「浄化せよ、アンティ!」

 

「え? その魔法ってまさか……!」

 

 僕が治療用テクニックのアンティを使うと、僕の他にラウルさんも柔らかい光に包まれた。

 

 光を包まれた数秒後――

 

「はい、治りました!」

 

「え……ええぇぇぇぇぇぇぇえええ!?」

 

 毒が完全に無くなったので、僕は元気よく立ち上がった。ラウルさんが信じられないように仰天しているけど。

 

 すると、誰かが天幕のカーテンを開けようとしている。

 

「ラウルさん、騒がしいけど一体何が……え?」

 

「あ、アイズさん」

 

 入って来たのはアイズさんで、僕を見た途端に目が点になっていた。

 

「……え? え? ……ベル、さっきまで寝てた、よね……?」

 

「はい、ついさっき起きました」

 

「……えっと、毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の毒は、どうしたの?」

 

「もう自分で治しました」

 

「……そう、なの?」

 

 僕の言ってる事が理解出来てないのか、何故かアイズさんは全く分からないような表情で首を傾げていた。

 

 しかし、今はそんな事を気にしている場合じゃない。負傷者達がいる所へ案内してもらおう。

 

「それはそうとアイズさん、毒を受けた負傷者の皆さんはどこにいるか案内してもらえますか?」

 

「う、うん。案内するから、付いてきて」

 

「お願いします」

 

 今だ困惑中のアイズさんだけど、一先ずと言った感じで要望に応えようと移動した。僕はすぐにブーツを履き、上着を羽織ってすぐに天幕から出ようとする。

 

「だ、だ、団長に報告しないと……!」

 

 すると、呆然としていたラウルさんが数秒後に天幕から出てどこかへ行ってしまった。

 

 慌ただしく走る彼を見て気付いたのか、【ロキ・ファミリア】の団員達が一斉に僕を見てくる。

 

 

「……え? あれ? クラネル?」

 

「ちょ、ちょっと待って、あの子は確か毒を受けて寝込んでる筈よね……?」

 

「何でもう起きてるどころか、あんなにピンピンしてるんだ?」

 

「ど、どういう事なの? 一体何がどうなって……?」

 

 

 皆が信じられないように僕を凝視していた。それは当然か。ついさっきまで天幕で寝込んでいたから、驚くのは無理もないだろう。

 

 しかし、今はそんな事を気にしてる場合じゃない。早く負傷者の治療をしないと。

 

 誰もが僕を見る度に固まっている中、アイズさんの案内で少し大き目の天幕につく。

 

「あれ? どうしたんですか、アイズさん……って、ベル・クラネル!?」

 

「ど、どうも……」

 

 看病をしているレフィーヤさんが、多くの負傷者が寝具で横になっているにも関わらず、僕を見た途端に大きな声をあげた。

 

 うなされながらも眠っていた人達は何事かと思って、彼女の方を見ている。

 

「ア、アイズさん。これは一体、どう言う事なんですか? 何でベル・クラネルが貴女と一緒にいるんですか? と言うか、この人間(ヒューマン)毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の毒で寝込んでいましたよね?」

 

「えっと……自分で治したらしいよ」

 

「……へ?」

 

 アイズさんの返答を聞いた途端、レフィーヤさんは目が点になった。

 

 さっきから気になってるんだけど、僕が自分で解毒する事に何かおかしいのかな?

 

 確かに毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の毒は凄かった。正直言って、もう二度と喰らいたくない激痛だったが、決して治せない毒じゃない。

 

 けど、それは一先ず後回しだ。早く負傷者の解毒をしないと。

 

「すみません、レフィーヤさん。すぐに治療しますので、ちょっと退いてもらえますか?」

 

「え? あ、ちょっ! 貴方、毒を治したって言っても、すぐに治療魔法を使える訳が――」

 

「浄化せよ、アンティ!」

 

 止めようとするレフィーヤさんを無視するように、中央に立っている僕は再び治療用テクニックのアンティを放った。その直後には僕の周囲にいる負傷者達は一斉に柔らかい光に包まれていく。

 

 そして――

 

 

「あ、あれ? 何か急に身体が……」

 

「軽く、なった……?」

 

「さっきまでの苦しさが無くなってる……?」

 

 

「……嘘」

 

 この天幕内にいる負傷者達の治療は一先ず完了し、僕は自身のテクニックに問題無い事を確信した。レフィーヤさんが何故か急に呆然としているけど。

 

 しかし、治ったとは言っても一日近く寝込んでいた為か、全員が治療されてもすぐに動ける状態じゃなかった。暫く寝ていれば元に戻るだろう。

 

「凄い。たった一回の魔法だけで全員治してる」

 

「…………もうヤダ、この人間(ヒューマン)。余りにも非常識過ぎて、もうどこからどう言えば良いのか……」

 

 感心するアイズさんに、何故か複雑そうに僕を見ているレフィーヤさん。

 

「よし、ここは一先ず大丈夫だな。アイズさん、この人達で全員ですか?」

 

「ううん、まだ他にもたくさんいる」

 

「では、その人達の所へお願いします」

 

 どうやら負傷者はこの天幕だけじゃなく、他にもいるようだ。ならば一人残らず全員治療しないと。

 

 レフィーヤさんを置いて新たな天幕へ移動していると――

 

 

「アルゴノゥトくぅぅぅぅぅぅぅんっ!!!!!!!!」

 

 

 ティオナさんの叫び声が聞こえた。しかも野営地に響くほどの大声だ。

 

 このパターンだと、また急に抱き着かれるなと思って身構えながら振り向くと……って!

 

「ちょっ、ティオナさん!? 何て格好をぐほっ!」

 

「うわぁぁああああんっっっ!」

 

 何故か分からないけどティオナさんが全裸だったので僕が指摘するも、彼女は全く気にせずそのまま突撃しながら抱き着いてきた。その所為で僕は倒れ、彼女に押し倒されてしまう。

 

 アイズさんや周りにいる人達も完全に予想外だったみたいで、仰天しながら見ている。男女関係無く、ティオナさんが全裸であることに顔が赤い。

 

「良かった! 本当に無事で良かったよぉぉぉおおお!」

 

「ティ、ティオナさん! その前に服! 服を着て下さい!」

 

 僕が指摘しても、当の本人は全く気にしないで抱き着いたままだった。

 

 誰か助けてぇぇぇぇ! このままだと僕が色々な意味でやばいんですけど~~~~!!!

 

「ちょっとティオナ! アンタ何やってるのよ!?」

 

 すると、僕の願いが通じたように、後から来たティオネさんがやって来た。

 

「さっさと離れて服を着なさい!」

 

「やだ! アルゴノゥト君から離れたくない!」

 

 ティオネさんが引き剥がそうとしても、ティオナさんは一向に僕から離れようとせず更に抱き着く力を強めていた。

 

「お、お願いですからティオナさん、早く服を着て下さい!」

 

「その子の言う通りよ! てかいい加減にしろゴラァ!!」

 

 慌てふためきながら離れるように頼む僕と、無理矢理引き剥がそうとキレ気味になってるティオネさん。

 

 しかし、それでもティオナさんは一向に離れようとせず、柔らかい胸や身体を強く押し付けてくる一方だった。

 

 本当にお願いだから離れてぇぇぇぇぇぇぇ!!!!! このままだと僕が性犯罪者扱いされてしまうんですけどぉぉぉぉぉ!!!!!!!!




色々と突っ込みどころ満載でしょうが、感想お待ちしてます。


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異常事態(イレギュラー) 幕間

今回は凄く短いです。


「全く、君には本当に驚かされるばかりだよ」

 

「あ、あはは……。この度は、御迷惑をお掛けして誠に申し訳ありませんでした」

 

 場所は急に変わって本営。呆れた顔をしながら言うフィンさんに僕は謝っていた。

 

 全裸のティオナさんに押し倒されて力強く抱き付かれた後、ティオネさんのお陰でどうにか引き剥がしてくれた。そして嫌がるティオナさんを、一旦人のいない所へ無理矢理連れて。

 

 僕はその隙を突くように、呆然としていたアイズさんに再び案内して貰うよう声を掛け、負傷者達がいる場所へと向かい、再び治療を再開する。僕が予想していた以上に人数は多かったけど、一人残らず全員の治療を終わらせた。各場所で看護していた人達は、僕が来た事に呆然としていたけど。

 

 しかし、解毒出来ても負傷者達はすぐに起き上がる事が出来ない状態だった。一日以上も毒に侵され続けた事で、体力がかなり奪われていたようだ。一応レスタも使ってみたが、思っていた以上に衰弱してたので、もう僕ではどうしようもない。と言っても、時間さえ経てば元に戻る筈だから、安静にしてれば問題無い筈だ。

 

 治療を一通り終えると、ラウルさんが現れた。フィンさん達がいる本営に来て欲しいと指示されて、今に至るという訳である。

 

「いや、別にそこまで謝る必要はないよ」

 

「そうじゃぞ、ベル。お主には色々と助けられたんじゃ。誰も迷惑とは思っておらん」

 

 気にしてないように言うフィンさんと同じく、ガレスさんも同様に返してきた。リヴェリアさんも同感だと言って頷いている。

 

「しかし、ラウルから聞いた時は自分の耳を疑ったぞ。お前もあの毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の毒を受けた筈なのに、それが今はこうして元気な姿を見せるとは」

 

「えっと……まぁ、何とか……」

 

 驚くように言っているリヴェリアさんに、僕は誤魔化すように言った。

 

 僕の体内にあるフォトンのおかげで中和する事が出来たから、とは流石に言えない。もし教えれば、絶対に問い詰められるのが目に見えている。

 

 三人はそれに気付いたか分からないけど、敢えて何も触れようとしなかった。恐らくだけど、他所の【ファミリア】の僕に余計な詮索はしないでおこうと気を遣ったかもしれない。

 

「ところで、毒を浴びた負傷者達の治療をしてるとラウルが言ってたけど」

 

「ああ、それでしたら――」

 

 話題を変えるフィンさんに、僕はすぐに報告をした。治療は完了済みだが、衰弱した身体が元に戻るまで時間が掛かると。

 

 それらを一通り聞いた三人は、何故か凄く複雑そうな表情をしていた。特にフィンさんが、何かまるでこの後の対応が面倒そうな感じで。

 

「あのぅ、フィンさん? もしかして、僕が治療したのは不味かったですか?」

 

「いや、そんな事は無いよ。うちの団員達の治療を専念してくれたのは、こちらとしては非常に助かってるからね」

 

 アハハハハと笑いながら言い返すフィンさん。

 

 何か誤魔化されてる感じがするけど、僕も人の事は言えないので流しておくことにしよう。ここはお互い様という事で。

 

 取り敢えず指示が出るまで自由にしてて良いと言われたので、フィンさん達に一礼して本営を後にした。

 

 

 

 

 

 

「リヴェリア、ガレス。二日後に戻って来るベートに僕はどうすればいいかな?」

 

地上(オラリオ)で特効薬の調達以外に、遠征中で得た『情報』をロキに渡しにいったのだ。だから決して無駄ではないとだけ言っておく」

 

「じゃが、知れば確実に憤慨するじゃろうな。同時にベルに食って掛かる光景が目に浮かぶわい。もしそうなれば、ワシが抑えておこう」

 

 ベルがいなくなった後、三人はベートが戻って来た後の事について悩んでいた。

 

 ついでに――

 

「それと別に、ベルは一体何者なのかと問い詰めたい気分だよ」

 

「全くじゃ。毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の毒を受けたと言うのに、特効薬も使わずに自力で立ち上がり、他の負傷者達をあっと言う間に治療したんじゃからな」

 

「もしもアミッドが知れば確実に問い詰めるだろうな。【ディアンケヒト・ファミリア】に改宗(コンバージョン)すべきだと」

 

 ベルが余りにも優秀どころか、それを通り越して異常過ぎる事により更に頭を悩ませるのであった。

 

 そして三人は再度思った。もしもあの時、門番達がベルを追い出していなければと沸々と殺意を抱く程に。もう過ぎた事だと頭では分かっても、逃がした魚は余りにも巨大過ぎたと改めて認識したので。

 

 冒険者としての常識を(ことごと)く壊すばかりだけでなく、非常に頭を悩ませる存在ではあるが、それでも今回の遠征で色々と助けられたのは事実だった。

 

 これによりフィン達は、今後もベルがいる【ヘスティア・ファミリア】との繋がりを大事にしようと決意する。他の【ファミリア】に目を付けられたら、絶対に狙われてしまうと確信したので。更には【フレイヤ・ファミリア】の動向にも警戒しておく必要があると。

 

 

 

 一方、本営から出た後のベルは――

 

「ごめんなさい、本当にごめんなさい! 私の所為で、君を酷い目に遭わせちゃって……!」

 

「そこまで謝らなくても良いですよ。リーネさんみたいな可愛い女性が、あんな目に遭って欲しくなかったですし」

 

「か、かわっ……! 私なんか可愛い訳が……!」

 

「そんな事ありませんよ? もしリーネさんが僕の彼女だったら、周りの人に自慢したくなりますね」

 

「~~~~~っ!!」

 

 謝ってくるリーネに、自覚のないナンパ(?)行為をしていた。

 

 因みにこの後、服を着たティオナがやってきて、ちょっとした波乱が……と言う展開になったとだけ記しておく。

 

 

 

 ここで更に、非常にどうでも良い事を補足しておく。

 

「? ねぇラウル、いつのまに水浴びして着替えたの? 何か妙に清潔な感じがするんだけど」

 

「ああ、これはっすね。ベル君が治療魔法を使った時、自分も範囲内にいたんすよ。水浴びや着替えの手間が省けて良かったっす。本当にベル君の治療魔法は万能で助かるっすよ。アハハハ――」

 

「ちょっとちょっとちょっと~! 何で男のアンタが女性団員(わたしたち)達より先に抜け駆けしてるのよ~~~~!?」

 

「わっ! ちょ、アキ!?」

 

 食糧調達に行ってたアキや他の女性団員達が戻った時、ラウルが余計な事を言った為に憤慨していたのであった。

 

 その後に彼女達が揃ってベルがいる所へ全速力で向かい、治療魔法で清潔にして貰うよう頼んだのは言うまでもない。いきなりの事にベルは非常に戸惑っていたが、それでも快く引き受けてアンティを使っていた。

 

 また、多くの女性団員達が一斉にベルに迫った事で一種のハーレム状態な光景だったのか、男性団員達が嫉妬の炎を燃やしていた。『クラネルの野郎、調子に乗りやがってぇぇ!』と言う感じで。




後半のリーネやアキ達の事を書くと長くなるので、敢えて短くする事にしました。


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異常事態(イレギュラー)

 今回も短いです。


 あれから二日。今の僕は色々とあって少々疲れ気味だ。

 

 先ずは一人目にティオナさん。あの人は服を着て以降ずっと僕の傍にいた。食料調達や水汲みなどで別行動しても、時間が経ったら再度僕の元へ戻っている。更には僕と一緒に寝るつもり満々だったけど、そこはティオネさんが何とか引き剥がしてくれたから大丈夫だった。

 

 二人目は椿さん。僕が毒で負傷中の時、フィンさん達の許可を得ないまま下層で色々な物を採取していた。モンスターのドロップアイテムは勿論の事、下層でしか取れない素材や食料も採取していたらしい。その後はフィンさん達から怒られていたとか。ここまでは僕に関して関係無いけど、僕が元に戻ってからはずっと絡まれた。勿論、僕の武器を貸して欲しいと。何度断っても全然諦める様子を見せなかったけど、ティオナさんが牽制したお陰で今も何とか事無きを得ている。

 

 三人目はレフィーヤさん。暇な僕と違って負傷者達の看病をして忙しいから接点はないと思われるけど、僕がアイズさんと話している時に何度も割って入りこんできた。それと同時に、『アイズさんに変な真似をしたら許さない』と言う無言の圧力をかけられて。何であそこまで嫌われているのかは分からないが、流石に何度も同じ事をされて少し参り気味になっている。

 

 四人目はアイズさん……と言っても本人は全く無関係で、主に周囲の人だ。僕が一人で行動している時に必ずと言うべきか、あの人は僕に話しかけてきた。『身体に問題はない?』とか、『この前の戦いについて』等々と。しかし、アイズさんの行動によって、僕は【ロキ・ファミリア】の方々から嫉妬の目を向けられる事があった。周りからアイドル扱いされてる為、積極的に話しかける僕に団員達が気に入らないんだろう。

 

 女性陣の中で少し(・・)大変だったのは以上の四人だ。それとは逆に、男性のラウルさんと一緒にいる時は凄く気が楽だった。

 

 嫉妬してた人達と違って、ラウルさんだけは僕と普通に接していた。思わずアイズさんの事を訊いてみたけど、『尊敬している』と言う返答で、アイドルという風に見てない感じだ。もっと色々聞いてみようと思った矢先、戻って来たティオナさんに抱き付かれた為にそれは叶わなかったが。

 

 とまあ、この二日の間は戦闘をしてない筈なのに、色々と疲れ気味となっている訳である。

 

 そんな時、僕はある事を思い出した。一度あの街(・・・)へ行く為に、一度本営に向かった。

 

 

 

「『リヴィラの街』に行きたいだって?」

 

「はい。今後の為に行っておこうと思いまして」

 

 本営には団長のフィンさんだけしかいなかった。けれど、僕にとっては別に問題無いから、『リヴィラの街』へ行く許可を貰おうと頼んでいる。

 

 折角18階層にいるから、冒険者の補給地点にも一度行ってみたいと思っていた。けど、色々と遭って忘れていたから、今の内に行っておこうと決めた。

 

 しかし、僕があの街へ行く事にフィンさんは少し困った表情を見せている。

 

「んー……正直に言って、ベル一人で行くのは危険だね。あそこは冒険者にとっての補給地点だけど、色々と問題があるところだから」

 

 以前にリューさんが言ったように、僕が行く事に難色を示していた。思った通りと言うべきか、リヴィラの街は僕が行くのは危険みたいだ。

 

 だけど、それは既に承知済みだ。何も僕一人で行くつもりはない。

 

「勿論それは分かっています。なので、向こうの対応に慣れている団員の方をお連れする許可も貰いたくて」

 

 ラウルさんと一緒に行こうかと思ったけど、あの人は今も団員達を纏めているから野営地から離れる事は出来ない。だから手の空いている人に声を掛けるつもりでいる。まぁ、一人は確実に付いて行こうとすると思う。

 

「成程ね。なら許可しよう。但し、間違っても一人で行かないように」

 

 団員と一緒なら問題無いと思ったフィンさんは、すぐに許可を出してくれた。僕一人で行くよりは安心だと。

 

「ありがとうございます」

 

「本当なら僕が案内(エスコート)したいところだが……」

 

「そうなったら、ティオネさんが確実に付いてきますね」

 

 これまでの遠征で分かったけど、ティオネさんってフィンさん絡みの事となると真っ先に食いついてくる。もしも僕がフィンさんと二人だけで『リヴィラの街』へ行こうとすると、絶対に鉢合わせて無理矢理同行するだろう。

 

「あはは、君もティオネの事がよく分かってきたようだね」

 

「そりゃまぁ、アレだけフィンさんにアピールしてたら流石に……。あの人ってどう言う経緯でフィンさんに惚れたんですか?」

 

 ゴライアスを倒した後、妹のティオナさんに何故か一目惚れされた事がある。もしかしたらフィンさんも僕と似たような事があったんじゃないかと、少しばかり気になっていた。アマゾネスは強い男を求める種族だから、何か劇的な出来事が起きない限り、あそこまでのアピールはしない筈だ。

 

 僕の問いに、フィンさんは急に嘆息しながら遠い目となって明後日の方向を見る。

 

「色々と遭った、とだけ言っておくよ」

 

「……そ、そうですか」

 

 何だろう。一言だけの筈なのに、フィンさんの回答が凄く重みがあるように聞こえる。何だかまるで、今も大変苦労して疲れているような気が……。

 

 ……取り敢えず、もうこれ以上訊かないでおくとしよう。何故か分からないが、これ以上はティオネさんが現れそうな気がするので。

 

 『リヴィラの街』へ行く他、団員も連れて行って良い許可を貰ったから、僕はフィンさんにお礼を言った後に本営から出た。

 

「さて、誰か僕と一緒に来てくれそうな人は……」

 

 周囲にいる人達を見れば、誰もが忙しそうにあちらこちらへと移動していた。他所【ファミリア】の僕と違って、【ロキ・ファミリア】は色々とやる事があるようだ。

 

 僕と同じ余所である【ヘファイストス・ファミリア】は、今も武器の整備等で忙しい。椿さんも当然含まれている。

 

 先に言っておくと、僕は椿さんを誘う気は無い。声を掛ければ勿論付いて行こうとするだろうが、途中で絶対に僕の武器についての話をするのが目に見えている。故に間違って自分から声を掛けたりしない。

 

 因みにティオナさんとアイズさんは……野営地にいなかった。周囲の人に聞いてみると、どうやら二人はついさっき食糧調達に行ってるようだ。

 

 どうしよう、僕の予想ではアイズさんが無理でも、ティオナさんなら絶対に付いてくると予想した。けれど、当の本人がいなくては『リヴィラの街』には行けない。他の人達は忙しいし、僕と一緒に行ってくれるとは思えない。

 

 このままでは、折角フィンさんから許可を貰った意味がない。せめて僕と普通に話してくれる団員は――

 

「どうしたの、ベル? 難しい顔をしてるけど」

 

「あ、アキさん」

 

 僕が悩んでいる中、猫人(キャットピープル)のアキさんが話しかけてきた。

 

 因みにこの人は二日前、他の女性団員を連れていきなり頼まれた。自分達の身体を治療魔法(アンティ)で清潔状態にして欲しいと。

 

 鬼気迫るように言ってきて僕は少しばかりドン引きするも、それでもアンティを使った。その直後、アキさん達から物凄く感謝され、何か困った事があれば遠慮なく言って欲しいと。

 

 う~ん、今この場でアキさんに言っても大丈夫かな? この人もラウルさんと似たような立場だから、同行してくれるとは限らないし。まぁ取り敢えず、言うだけ言ってみよう。

 

「え、えっと、『リヴィラの街』へ行こうと思ってるんですが……」

 

「リヴィラに?」

 

「ええ。だけどフィンさんから『必ず誰かと一緒に行くように』と言われて……。もしアキさんが宜しければ、僕とご一緒して頂けますか?」

 

「へ? 私と?」

 

 予想外だったのか、アキさんは少し驚いた顔をしていた。

 

 まぁ確かに、いきなりリヴィラに同行して欲しいと言われたら戸惑うだろう。

 

「う~ん……まだ仕事があるんだけど」

 

「あ、忙しいならいいですよ」

 

 アキさんの反応を見て無理そうだと思った僕は諦めるも――

 

「良いわ。君にはお礼をしたいと思ってたところだし、案内してあげるわ」

 

「ええっ!?」

 

 予想外な返答だった事に思わず驚きの声をあげた。

 

「い、良いんですか? アキさん、仕事があるんじゃ……」

 

「大丈夫よ、そこまで急ぎの仕事じゃないわ。それに、ベルには今後も治療魔法のお世話になるかもしれないから、これはこれで大事な事だしね」

 

「は、はぁ……」

 

 治療魔法のお世話って……もしかしてアキさん、また僕にアンティを使って欲しいと頼む気かな? 治療とは別に、身体を清潔な状態にしてもらう為に。

 

 まぁ確かに、その気持ちは分からなくもない。ダンジョンにいると、必ずと言っていいほど臭いが身体にこびり付く。だから僕はそれを消す為にアンティで清潔にしている。アキさんからすれば凄く羨ましいんだろう。

 

 色々と考えてるなぁと思いつつも、同行してくれるなら別に構わない。仕事で忙しいアキさんに僕が無理行って誘ったんだから、ここはお互い様だ。

 

「それじゃあ早速『リヴィラの街』へ行くわよ、ベル。分からない事があったら、お姉さんが教えてあげるから」

 

「はい、お願いします」

 

 もう支度が済んでいたのか、アキさんは『リヴィラの街』へ向かおうとした。

 

 この人ってラウルさんとは違う頼もしさを感じる。何だか『頼れるお姉さん』みたいだ。

 

 因みに、僕がアキさんと一緒に街へ行った後、食糧調達から戻ったティオナさんやアイズさんから文句を言われた。『どうして自分を誘わなかった』のだと。




 ティオナやアイズだとありきたりだったので、今回のリヴィラ行きに二軍メンバーのアキと同行させました。

 感想お待ちしてます。


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異常事態(イレギュラー)

 『リヴィラの街』へ行った結果、リューさんやフィンさんの言う通り、本当に僕一人で行くのは不味い所だったと心底理解した。

 

 出入り口前に建てられてる看板には共通語(コイネー)で、『ようこそ同業者、リヴィラの街へ!』と書かれ、凄くいい所じゃないかと思っていた。けれど、アキさんが『見てくれに騙されないように』と言われ、街にある店を見た後に僕は理解する。地上と比べて、値段が倍以上であったと。武器屋や道具屋、宿屋や酒場の全てだ。余程の事がない限り利用する事はないと改めて思った。

 

 この街は本来ギルドが拠点として設けようとしていたみたいだけど、色々な理由があって計画が頓挫し、そこを冒険者達が勝手に引き継ぎ造り上げたらしい。自由、と言うより好き勝手な商売を営んでいると。

 

 直接見て知れば知るほどゲンナリするも、それでも補給地点として重要なのはある程度理解した。前にリューさんが言ってたように、限界以上の魔石やドロップアイテムを所持していても邪魔だから、先へ進む為には売らざるを得ないのは確かなので。

 

 その際、とある疑問を抱いた。いくら魔石やドロップアイテムを安く買い取られるとは言え、大量に売れば相当なお金を得る。だから探索中に大量のお金があっても却って邪魔になるだけだ。そこをアキさんに訊いてみると、親切に教えてくれた。どうやらリヴィラの街では、買物は全て物々交換、もしくは証書で行われているそうだ。

 

 迷宮探索の際、荷物がかさ張る金貨を持ち運ぶのは先ずあり得ないので、相手の名に加え、【ファミリア】のエンブレムから印影を取っておくのだと。そして後日、ダンジョンから帰還した店の人が証文を持って所属派閥へ料金請求に向かうらしい。逆に買取り所は、店側が証文を発行し、自派閥へ請求させると。だからリヴィラの街では、身元がはっきりしない、もしくは怪しい人間は取引が出来ない仕組みになっているようだ。

 

 僕がいる【ヘスティア・ファミリア】は団員が自分しかいなく、結成されて間もない零細ファミリアだ。当然、エンブレムなんて物は作っていない。後々の事を考えて、神様に作って貰うよう頼む必要がありそうだ。

 

 アキさんに案内されている途中、とある冒険者に絡まれた。その人は以前酒場で会った、額や頬に傷跡のある強面の人だ。リューさんに叩き伏せられた後、ミアさんの剣幕と怒号で店から追い出されたのは今も鮮明に憶えている。モルドさんと言う人で、他の二人もいたけど名前は分からない。

 

 そんな彼が僕を見て以前の事を根に持ってるのか、早々に掴みかかろうとするも、【ロキ・ファミリア】のアキさんが側にいた事もあって事無きを得た。もし戦いを挑まれたら、キョクヤ義兄さん流の撃退方法でやるつもりでいた。ファントムスキルで姿を消しながら、相手の不意を突く戦い方を。

 

 撃退や戦いで思い出した。18階層に留まって二日以上経ち、身体を休めて正常な状態に戻っている。と言ってもダンジョンだから、地上と違って精神的な疲れは完全に取れてはいないけど。主にティオナさん達との絡みで。

 

 身体を休めながら待機するようフィンさんから言われてるけど、ダンジョンにいる以上そう簡単に気を抜く事は出来ない。モンスターの襲撃が絶対にないとは限らないが、何かしらのトラブルが起きたら、いつでも動ける状態にしないといけないので。

 

 そう考えると、少しばかり身体を動かす必要がある。流石にこんな場所でアイズさんと手合わせなんて出来ないから、どこか人のいないところで素振りでもしようと考えている。『ミノタウロスの大剣』を使えば良い運動になるし。

 

 街で一通りの情報をメモしながらアキさんに感謝した後に野営地へ戻ると、何故か分からないけど、ティオナさんとアイズさんが不満そうに待ち構えていた。

 

 

 

 

「やぁっ!」

 

「ふっ!」

 

 一撃、二撃、三撃。その度にティオナさんの大剣と僕の大剣(ソード)による激突音を響かせる。

 

 いきなりの展開に、何でどうしてこうなっているのかと疑問を抱かれると思うだろう。

 

 先ず僕は現在、野営地から少し離れた場所でティオナさんと手合わせしている。勿論、身体を動かす運動程度の手合わせだ。

 

 リヴィラから戻った後、ティオナさんとアイズさんが不機嫌だった。『何で自分を誘ってくれなかったか』と。

 

 二人も街に行きたかったのかと内心思いながら、僕は理由を説明しながら謝った。アイズさんは許してくれたけど、ティオナさんだけは膨れっ面のままだった。

 

 何となくだけど、このまま謝ってもティオナさんの機嫌は直りそうにないと思った僕は、ある事を提案した。『この後、身体を動かしたいので手合わせしてくれませんか?』と。

 

 それを聞いた彼女は、すぐに満面の笑顔を見せながら速攻で了承。けれど、【ロキ・ファミリア】の幹部相手に無断で手合わせする訳にはいかないから、前以てフィンさんには話を通している。なるべく周囲に迷惑を掛けない場所でやるよう言われたので、野営地から少し離れた場所で、こうしてティオナさんと手合わせしている訳だ。今はもう三十分近くも続けている。

 

 因みにティオナさんが使っている武器は、50階層で使った時の大剣だ。てっきり大双刃(ウルガ)を使うと思っていたが、手合わせするならコレが良いと彼女が言ったので。

 

「なんのぉ!」

 

「まだまだっ!」

 

 お互いに大きな得物を振るいながらも、未だに闘志を燃やす僕達。

 

 ティオナさんと手合わせして分かった事はある。この人の武器を通して、裏表が一切無い純粋な思いが伝わる。まるで僕との手合わせを心の底から楽しんでいる感じだ。

 

 ファントムクラスとなってる僕は相手の隙を突いて攻撃するタイプだけど、そんなのは全くやらないで彼女に合わせて己の得物を振り続けていた。こんなに楽しい手合わせは新鮮なので。

 

「でやぁっ!」

 

「! くっ!」

 

 僕が渾身の一撃を振るうと、ティオナさんが初めて防御の姿勢を取った。その直後に僕の大剣(ソード)がティオナさんの大剣に激突すると、音が鳴り響きながらも彼女は尻餅を付きそうになるも、何とか踏ん張って立っている。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……やるね、アルゴノゥト君!」

 

「はぁ……はぁ……そう言ってもらえると嬉しいです」

 

 息が上がりながらも笑みを見せるティオナさんに対し、一旦距離を取ろうと後退してる僕は称賛を受け取る。

 

 柄にもなく手合わせがこんなに楽しいなんて久々だ。アイズさんの時は、自分の糧にしようと観察しながら手合わせをしていたが、今はそんなの微塵も考えていない。ただ単にティオナさんに勝ちたい、と言う事しか頭になかった。

 

 とは言え、彼女は純粋なパワータイプで『LV.5』だから、力勝負で挑んだところで勝てないのは明白だった。それを分かっていながらも、僕は勝ちたいと思っている。

 

 そう考えてると――

 

「ティオナ、交代。今度は私の番」

 

「え~~~!?」

 

 手合わせを見守っていたアイズさんが割って入り、ティオナさんに交代と宣告した。

 

 この人が此処にいる理由は当然ある。僕がティオナさんと手合わせをすると聞いて、自分もやりたいと同行したから。一応フィンさんからの許可も貰っている。

 

 しかし、流石に僕が幹部二人と手合わせすると、【ロキ・ファミリア】の団員達に知られれば色々と問題になる。その為になるべく周囲に知られないよう、野営地から少し離れた場所にいる。

 

 それに加えて、手合わせするのは一時間以内だと厳命されている。余りにも長引くと、他の団員達に知られてしまう恐れがあるので。

 

 時間制限の為に、三十分ずつと言う事で決めた。だからアイズさんが交代と割って入って来た訳である。

 

 我ながら本当に贅沢な事をしていると思う。遠征に参加してるとは言え、『Lv.5』のティオナさん、『Lv.6』のアイズさんと手合わせなんて、他の【ファミリア】から知られれば驚愕ものだ。今更だけど、フィンさんは何であんなアッサリと手合わせする事を承諾したのかと些か疑問を抱いてしまう。あの人曰く、『今回の遠征で色々と助けられたお礼』と言ってたが……何か他にも理由があるんじゃないかと疑ってしまう。

 

「も、もうちょっと! もうちょっとだけやらせて、アイズ!」

 

「ダメ。時間は時間」

 

「うぅ~~~~~………。はぁっ、わかったよぉ」

 

 相手がアイズさんだからか、しょんぼりとした顔でティオナさんは引き下がった。

 

 さて、ここからは頭を切り替えないといけないダメだ。

 

 アイズさんはティオナさんと違って、何も考えずに力のみで挑んではいけない。隙を突いた戦いをしなければ、あっと言う間にやられてしまう。

 

 だから大剣(ソード)で挑まず、別の武器に切り替える必要がある。今回の手合わせで使うのは銃剣(ガンスラッシュ)――ブリンガーライフルだ。

 

「……ベル、『呪斬ガエン』は使わないの?」

 

「えっと、これは真剣勝負じゃなくて、単に身体を動かす程度の手合わせなので」

 

「………………」

 

 僕が理由を告げるも、如何にも不満と言う無言の視線で訴えてくるアイズさん。

 

「そんな顔をしても全力は出しませんからね。と言うか、もしやったらフィンさんが絶対に黙ってないと思いますし」

 

 不謹慎ながらも可愛いなぁと思いながら、絶対にやらないと僕はキッパリと言う。

 

 それが伝わったのか、アイズさんは剣を構えようとする。

 

「分かった。今回は諦める」

 

今回は(・・・)、ですか」

 

 どうやら彼女は未だに僕と全力で戦いたがっているようだ。

 

 もし仮にそんな事態になるとしたら……【ロキ・ファミリア】と戦争遊戯(ウォーゲーム)をやるか、もしくは何らかの理由で敵対でもしない限り叶わないと思う。僕としてはそんなの御免だし、何よりアイズさん達とは敵として戦いたくないので。

 

 そんな未来が訪れないで欲しいと願うも、僕はファントムスキルで姿を消す。

 

「!」

 

「アルゴノゥト君が消えた!」

 

 姿を消した僕に、少し離れて見ているティオナさんが声を出すも、アイズさんは慌てずに構えを解かないでいる。

 

 そして――

 

「そこ!」

 

「ぐっ!」

 

 真横から仕掛ける僕の奇襲に、いち早く気付いた彼女は反応して剣を振るった。咄嗟の攻撃に防御すると、違いの武器が激突する。

 

「よく、分かりましたね。僕が横から攻めてくるのを」

 

「仕掛けるのは背後からとは限らない。それに、僅かにだけど君の気配を感じた」

 

「そうですか」

 

 完全に気配を消したつもりだったけど、どうやらお見通しだったようだ。流石はアイズさん。

 

 これは気を引き締めないといけないな。やはりこの人相手に絶対気を抜ける相手じゃないと改めて認識したので。

 

 此処から先は、戦い方を徹底的に観察させてもらう。尤も、それは向こうにも言える事だけど。

 

 ティオナさんとは違う手合わせを開始する僕に、アイズさんもそれに応えるように攻撃を仕掛けようとする。

 

「うわっ、すごっ! アルゴノゥト君、アイズの動きに付いて行ってる!」

 

 ティオナさんは目をキラキラしながらも、僕とアイズさんの手合わせを観戦していた。

 

 

 

 

 

 

 それとは全く別に――

 

(な、何でベル・クラネルが、アイズさんとまたお手合わせをしてるんですか!? 他所の【ファミリア】のくせにぃぃぃぃ!!)

 

 偶然にもベルとアイズの手合わせを目撃したレフィーヤが、遠くから物凄く悔しそうに見ていたのであった。




次回はベルが再びラッキースケベな展開と同時に、とある人物と再会します。もう予想はついているかもしれませんが。


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異常事態(イレギュラー)

内容の都合上、今回はラッキースケベだけです。


 アイズさんとの手合わせを終え、僕達は野営地に戻った。手合わせ後は野営地に戻るようにとフィンさんから言われてるので、今は天幕で一休みしている。途中でレフィーヤさんと遭遇して、何故か物凄く睨まれたけど。

 

 さっきまで体や服が汗まみれだったけど、そこはアンティを使った事により元の状態に戻っている。勿論、一緒に手合わせをしたティオナさんとアイズさんも一緒だ。汗まみれの状態で戻るのは非常に良くないので。

 

 しかし、常に清潔な状態を保たせているとは言え、少しばかり体を洗いたい気分となっていた。遠征に参加して以降、僕は一度も身体を洗う為の水浴びをしていない。だからもう二週間近く身体を洗ってない事になる。

 

 本拠地(ホーム)に戻ったら真っ先にシャワーを浴びるつもりだ。しかし、余計な事を考えてしまった為、一度水浴びをしたいと身体が疼き始める。けど、ついさっきまで手合わせする為に出掛けたから、また出掛けるのは気が引ける。それに、僕が水浴びをしたいとティオナさんが知ったら絶対付いてきそうだし。

 

 …………よし。もう一度フィンさんに言ってみるか。もしダメと言われたら諦めよう。

 

 そう考えた僕は天幕から出て、そのまま本営に向かった。これ以上の我儘は通じないだろうなぁと思いながら頼んでみると――

 

「構わないよ。但し、なるべく早めに済ませておくように」

 

 と、簡単に許可が下りてしまった。

 

 我儘を言う事に申し訳ないと謝るも、フィンさんがそんな必要は無いと言われる。この程度は我儘の内に全然入らないからと。

 

 取り敢えず許可を貰ったので、僕は再び野営地から離れて、とある場所へ向かった。昨日、ティオナさんと食糧調達をしてる時に見付けた泉があったから、そこで水浴びをしようと。

 

 しかし、この時の僕は何も知らなかった。そして色々と後悔する事に。

 

 

 

 

 

「ねぇアイズ、水浴びに行かない? アルゴノゥト君に治療魔法かけてもらったけど、やっぱり水浴びしないと落ちつかなくてさぁ」

 

「うん、良いよ」

 

「あ~あ、ほんとだったらアルゴノゥト君も連れて行きたいんだけどなぁ~」

 

 

 

 

 

「あ~~気持ちいぃぃ~~~」

 

 全裸になっている僕は現在、泉の奥にある滝を利用して身体を洗っている。

 

 此処に来たのは二度目だけど、改めてみると本当に綺麗な場所だった。透き通るほどの澄んだ水に、それを映すように周囲の水晶が煌めいている。思わず入るのを躊躇ってしまいそうな程に。

 

 周囲に誰もいないのを確認した後、脱いだ服を電子アイテムボックスに収納し、恐る恐ると泉に入った。

 

 最初は少し冷たかったけど、慣れると段々涼しく感じて、思わず泳いでしまいそうだ。そんな事をしたら長居してしまうので、すぐに頭を切り替えて身体を洗う事を専念した。

 

 とは言ったものの、身体を洗っている最中に再び泳ぎたい気持ちになっていた。それに加えて、この泉に入ってると、色々と疲れが取れたような感じがする。まるでこの綺麗な泉が僕の身体を清めているように。

 

「このままもう少し……っ!」

 

 お風呂やシャワーとは違う気持ちよさを堪能している中、誰かが泉に近づいてくる気配を感じた。それに話し声もしてる。

 

 僕は咄嗟に気配を消すと同時に、ファントムスキルを使って姿を消した。今の僕は全裸なので、誰かに見られるわけにもいかない。

 

 こうしておけば誰も僕の姿を見る事無く――

 

 

「ひゃっほー!」

 

「だから、いきなり飛び込むな馬鹿ティオナ!?」

 

「やっぱり、気持ちいい」

 

 

 ――え?

 

 数(メドル)先で誰かが泉に入ってきた。知っている声だったので、姿を気配を消しながらも僕が振り向くと、そこには泉に飛び込んでるティオナさんや、彼女を窘めるティオネさんがいた。しかも二人とも全裸である。

 

 けれど、更に驚く事にアイズさんもいた。当然、彼女も全裸で泉に入っている。余りの美しいプロポーションに思わず見惚れてしまいそうだ。

 

 ……何で? 何で? どうしてここにティオナさん達が来てるの? 野営地で待機してたのを確認した筈なのに……!

 

 …………あ、そっか。彼女達も僕と同じく水浴びをしようと此処に来たのかもしれない。治療魔法(アンティ)で清潔にしてもらっても、やはり身体を洗いたいみたいな感じで。

 

 不味い! 非常に不味い! 姿と気配を消したのが却って仇になった! もしこのまま僕が姿を現わしたら、確実に覗きに来たと誤解される! そして殺される! とにかく、彼女達に見付からないように退散しないと!

 

 

「ん?」

 

「ティオナ、どうしたの? いきなり周りを見ながら犬みたいに嗅いでるけど」

 

「何か、アルゴノゥト君のニオイがするんだよね。もしかして水浴びに来たのかな?」

 

「はぁ?」

 

 

 ティオナさんの発言に、僕は思わずギクッと動きを止めてしまった。それを聞いたティオナさんやアイズさん、そして警護してるレフィーヤさん達が周囲を見渡している。

 

 に、ニオイって……。ティオナさんの嗅覚は獣人並みなのかな?

 

 因みにファントムスキルを使っている際、姿や気配だけでなく、身体から発するにおいも遮断される。普通に考えてにおいは一切しない筈だ。

 

 ……あ、もしかしたら身体を洗う時に使った泉から嗅ぎ取ったかもしれない。流石に身体から出たモノまでは消せないので。

 

 

「ベルが此処にいる訳ないでしょう。あの子は私達がここに来る事なんか知らない筈よ。それに態々水浴びなんかしなくても、治療魔法で常に清潔になれるんだから」

 

「あ、それもそっか。でも案外、姿を消したまま今もここにいたりして♪」

 

「も、もしそうだったら、私が魔法でベル・クラネルの身体ごと消滅させます! アイズさんの裸体を見た罪は万死に値します!」

 

「ちょっとレフィーヤ、あたしのアルゴノゥト君にそんな事したら許さないからね~?」

 

 

 

 ティオナさん、大正解です。僕は此処にいます。だけど僕が皆さんより先に来て水浴びをしてるんです。

 

 あと、ごめんなさい。誠に不謹慎なのは分かっていますが、ティオナさん、ティオネさん、そしてアイズさん。皆さんの裸を見てしまいました。

 

 本当ならこの場で現れて謝罪したいところだ。だけどレフィーヤさん物騒な台詞を言ってたから、姿を現わした途端に本気で魔法を撃つ感じがする。だから後で必ず謝罪しよう。本当にごめんなさい。

 

 あと少しで泉から出ようとすると――

 

「あっ……」

 

『……え?』

 

 最悪な事に、ファントムスキルが途中で切れてしまい、全裸の僕が現れてしまった。

 

 僕が突然出現した事で、この場にいる誰もが振り向き――

 

「いたぁ~~~!」

 

「おわっ!」

 

 途端にティオナさんが凄い勢いで接近して抱き付いてきた。

 

「やっぱりいたんだねアルゴノゥト君! なになにっ!? 君も裸になってるけど、水浴びしに来たの!?」

 

「驚いたわぁ。まさかティオナの言う通り、本当に姿を消していたのね。でも大人しい顔してやるじゃない、あんたも」

 

「あわわわわわっ!」

 

 抱き付いてるティオナさんを余所に、ティオネさんは予想外と言うように驚いていた。

 

 この二人、恥じらいと言うものがないのだろうか。僕と同じ裸の筈なのに、全然狼狽えてないんですけど!?

 

 あとティオナさん、お互いに裸なんですから、そんなに密着しないで下さい! ティオナさんの柔肌だけじゃなくて、柔らかい胸も当たって色々と不味いんですよぉ!

 

「…………ベル」

 

 その声を聞いた僕が思わず振り向くと、頬を赤らめ、恥じらうように両腕を抱き、胸を隠すアイズさんがいた。

 

 何故だろう。ついさっきまで裸を見た筈なのに、アイズさんがあんな仕草や表情をしてると更に艶めかしく感じる。

 

「あ―――あなたというひとはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

「ッ!」

 

「あっ! 待ってアルゴノゥト君!」

 

 顔を赤くしているレフィーヤさんの叫びにハッとして、僕は抱き着いてるティオナさんから速攻で離れ、この場から脱出しようとする。

 

 逃げる最中、彼女が59階層で戦った『精霊の分身(デミ・スピリット)』並みの高速詠唱をしているのが聞こえたので、咄嗟に再びファントムスキルを使って再び姿を消した。

 

「うあうあうあうあうあ~~~~~~~!!」

 

 レフィーヤさんの大咆哮が森全土に響くも、僕は逃げる事に集中していた。




すいませんが、とある人物との再会は次回になります。

原作と違って、ベルが先に水浴びをした事でラッキースケベな展開となりました。

よくよく考えたら、ベルのファントムスキルは覗きをしたい男からすれば羨ましい物でしたねぇ……。

姿を消せるファントムスキルが欲しい人は手を上げて下さい!


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異常事態(イレギュラー)

「………よし」

 

 ファントムスキルで姿を消しながら我武者羅になって逃走してると、後ろからレフィーヤさん達が追ってくる気配がしなくなった。一先ず安堵した僕はスキルを切って再び姿を現わす。勿論全裸のままだ。

 

 周囲を見渡すと、見覚えのない折れた大木に水晶の畑があり、野営地近くの森と違って木々の屋根は薄く、白い光が差し込む一帯は明るい。

 

 食糧調達の時に18階層を探索したけど、全てを把握していない。僕が探索したのは北部と東部だ。そう考えると、ここはそれ以外の所と見ていいだろう。

 

 携帯端末が再び自動記録していると思うから、後で確認しておくとしよう。っと、その前にいい加減服を着ないとダメだ。モンスターはともかくとして、こんな格好を冒険者の誰かに見られたら変態と思われてしまう。

 

(あれ、誰かいる?)

 

 どこか着替えれそうな所はないか探していると、さっきとは違う泉を発見した。同時に、どこか見覚えのある妖精も。

 

 今の僕と同じく一糸纏わない姿で、雪のような白い素肌を――ほっそりとした背中を此方に向けて水浴をしている。両手で水を掬っては、こぼさずにゆっくりと、自分の髪へ塗り込むように洗っていた。

 

 凄く不謹慎だけど、『妖精の水浴び』と言う小さい頃に読んだ御伽噺を思い出した。森の中を彷徨った先で偶然に巡り会う、泉水の美しい乙女の内容を。

 

 えっと、確か美しい妖精の水浴びを目撃したその人物は、この後に問答無用で矢を射られ――

 

「――何者だ!」

 

「ッ!」

 

 向こうがこちらに気付いたのか、鶴の一声と共に何かを投擲した。迎撃されたと思った僕は、咄嗟にファントムスキルで再び姿を消す。

 

 直後、投擲された小太刀は僕の近くにあった木に刺さるも、ズドンッと凄い音がして抉れている。

 

「……いない? 確かに気配がした筈なのに……」

 

 妖精は左腕で胸を隠しながら、こちらを振り向くも不可思議そうな表情で周囲を見渡していた。

 

 あれ? あの人はまさか……!

 

「リューさん!?」

 

「え? クラネルさん……って、きゃあっ!」

 

 水浴びをしていた妖精がリューさんだと分かった僕は、スキルを解除して姿を現した。突然目の前に僕が出現した事に驚いた顔をしていたリューさんだが、途端に何故か顔を赤らめて再び後ろを振り向く。

 

「な、何で裸なのですか!? 服を着て下さい!」

 

「え? 服? ………わぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 彼女の台詞に僕は全裸になってる事を思い出して、すぐに両手で股間を隠した。

 

 そうだった! 僕、レフィーヤさん達から逃げる事に集中して服を着なかったんだ!

 

「ご、ごめんなさいリューさん! これには色々と理由(わけ)がありまして……!」

 

「あ、後で聞きますから、とにかく服を!」

 

 お互いに慌てている僕とリューさんだったが、それぞれ別の場所に向かって漸く服を着る事となった。

 

 

 

 

 

「――と、言う訳でして……」

 

「成程、そう言うことでしたか」

 

 着替え終えて数分後、『シャルフヴィント・スタイル』を纏っている僕は正座しながら、リューさんに経緯を説明していた。水浴びをしてる最中、知らずに来た女性団員達に見付かって逃走した事を。

 

 それと僕が【ロキ・ファミリア】の遠征に参加してるのは知っているので、現在は遠征帰還中にトラブルが起きて18階層に留まってる事も簡単に話している。

 

 因みにリューさんは、以前の戦争遊戯(ウォーゲーム)で纏っていた時の戦闘衣(バトル・クロス)だ。更に緑の外套(マント)も纏ってるが、顔の下半分を覆う覆面(マスク)はしていない。

 

「だから決して貴女を覗きに来た訳では――」

 

「事情は分かりました。ですが金輪際、いきなり……は、裸で現れるのは止めて下さい。私としても心臓に悪いので」

 

「い、以後気を付けます……」

 

 一通りの説明を聞き終えたリューさんは、咎めずに軽い注意だけをしてきた。途中で顔を赤らめているが、僕は敢えて気にせず反省の意を示している。

 

 彼女がもうこの話はお終いですと言ってきたので、僕はある事を問おうとする。

 

「ところで、リューさんがどうして18階層に? 地上で何か遭ったんですか?」

 

 リューさんは訳ありの冒険者としか知らないけど、普段『豊穣の女主人』のウェイトレスとして働いている。だからダンジョンに来たと言う事は、僕が戦争遊戯(ウォーゲーム)で急遽助っ人として参加してくれたみたいに、余程の事情があってダンジョンに来たのではないかと。

 

「いえ、今回は私の個人的な野暮用で休みを貰ってダンジョンに来たのです」

 

「野暮用、ですか」

 

 どうやら僕の早とちりだったようだ。

 

 しかし、野暮用とは言えダンジョンに来るのは相当込み入った事情ではないかと勘繰ってしまう。

 

 思わず聞いてみたい衝動に駆られるも、それは余計な詮索だとすぐに振り払う。僕も色々と聞かれて欲しくない事もあるので。

 

 本当ならもう少しリューさんと話したいけど、野暮用で来ている以上は此処で別れた方が良い。話ならお店でいくらでも出来るし。

 

「クラネルさん、よろしければ少し付き合って頂けますか?」

 

 一通りの話を終えた僕は別れを告げようとするも、突然リューさんがそう言ってきた。

 

 いきなりの誘いに戸惑いつつも、特に断る理由はないので付いて行く事にした。このまま野営地に戻った直後、恐ろしい顔をしているであろうレフィーヤさんが待ち構えていると思うし。

 

 リューさんは脱装していた、刀を始めとした武器を回収した後、森の奥へと進む。当然僕の後を追って付いて行く。

 

 この森の地理を知り尽くしているのか、確固とした足取りで木々と水晶の間を進んでいった。そして約ニ十分ほど進んだところで、リューさんの目的地へと辿り着いた。

 

「リューさん、ここは……?」

 

「私の仲間達の墓です」

 

 辿り着いた場所の先には、少し盛られた土の上に幾つもの武器が突き刺さっていた。

 

 僕の問いにリューさんが答えた後、進んでいる途中で摘んだ花を一つの武器の前に供えている。

 

「クラネルさん、これから私が話す事は独り言だと思って聞いてもらえますか……」

 

 その後に自分から色々と話し始めた。

 

 彼女はギルドの要注意人物一覧(ブラックリスト)に乗ってる犯罪者で、冒険者の地位も既に剥奪されていること。

 

 既に存在してないが、嘗て所属していた【アストレア・ファミリア】で、正義と秩序を司る女神アストレア様の眷族であったこと。

 

 フルネームはリュー・リオンで、二つ名は【疾風】であること。

 

 敵対していた【ファミリア】にダンジョンで罠に嵌められ、リューさん以外の団員を失ったこと。

 

 生き残ったリューさんが、自身の主神をオラリオから去らせた後、仇である【ファミリア】に一人で仇討ちして壊滅させたこと。

 

 彼の組織に与する者、関係を持った者、更に疑わしき者全てに報復行為を行ったが故に、ギルドに要注意人物一覧(ブラックリスト)に乗って、多くの者から恨まれるようになったこと。

 

 復讐をやり遂げて力尽きるところを、シルさんが彼女の手を取って助け、『豊穣の女主人』の一員として迎え、今もウェイトレスとして働いていること。

 

 正体がばれないよう、本来地毛だった金髪を強引に染められて薄緑色になったこと。

 

 僕が話を一通り聞いた僕は一切口を挟まずに黙って聞き続けてると、リューさんは現在の自分に至るまでの話を締めくくった。

 

「……耳を汚す話を聞かせてしまって、すいません」

 

「何故、僕にそのような話を……?」

 

「知ってもらいたかったんです。貴方は前に戦争遊戯(ウォーゲーム)に参加してくれたお礼としてアクセサリーを渡そうとした際、私の事を綺麗だと言ってましたが……本当の私は恥知らずで、横暴なエルフなのです。だから本来、私にあのようなアクセサリーを付けるなど以ての外で――」

 

「そんな事はありません!」

 

 冷静な表情のまま自嘲気味に言うリューさんに、思わず声を荒げながら否定した。

 

 その台詞に向こうは驚いた顔をするも、僕は気にせずに彼女の手を握る。

 

「く、クラネルさん!?」

 

「リューさん、自分を貶めるのは止めて下さい。貴女の過去を知ったからって、僕は軽蔑なんかしません」

 

「え……」

 

 手を握られた事に戸惑いの表情を見せるリューさんだったが、僕の台詞を聞いた途端に唖然とした。

 

「その気持ちは分かる……なんて図々しい事は言えません。僕だって、もし自分の大事な人が誰かに殺されたと知ったら、簡単に許す事なんか出来ません」

 

 リューさんと似た境遇の人を僕は知っている。それはオラクル船団にいるニューマンのラヴェールさんだ。

 

 その人とは余り話した事はないけど、聞いた話では仇敵――ダーカーに家族を皆殺しにされた過去がある為、ダーカーに対する敵愾心が相当強い。戦ってる姿を見て、あれは復讐も同然だった。

 

 当時のリューさんは恐らく、相当な敵愾心を燃やしていたと思う。ラヴェールさんみたいにダーカーを容赦なく殺すほどの怒りと殺意に染まった状態で。

 

 だけど、シルさんが手を差し伸べてくれたお陰で、彼女は本来の自分を取り戻し、今は一人のウェイトレスとして生きている。

 

 リューさんのやった事は決して許される事じゃないけど、その覚悟を背負って生きている彼女に僕は尊敬する。

 

「僕は否定しません。だけどもし、誰かが糾弾するのでしたら、僕がリューさんを守ります。一人の男として」

 

「へ?」

 

「だから、リューさんも僕を頼って下さい。こんな年下の僕でも、貴女を守る盾にはなれますので」

 

「~~~~~~~~ッ!」

 

 僕が言い切った後、リューさんが突然顔を真っ赤となった。熟れたトマトみたいに。

 

 一体どうしたんだろう? 僕は別に、誰かがリューさんを狙ったら迎撃する意味で言ったんだけど。

 

「ク、クラネルさん! その台詞は私にではなく、シルに言うべきです!」

 

「どうしてですか? 僕はリューさんだからこそ言ったんですが」

 

「で、ですから……!」

 

 しどろもどろになり、完全に混乱しているリューさん。

 

 

 

『うわっ、リオンが私達の前で年下の男の子にプロポーズされてる!』

 

『ほほ~う、あの堅物エルフを落とすとはやるではありませんか、あの少年』

 

『ったくリオンの奴、眠ってる私達の前で見せ付けんじゃねぇよ』

 

 

 

「ん?」

 

 あれ、僕の気のせいかな? 何か墓から、赤髪の女性と黒髪の女性、そして桃髪の女性小人族(パルゥム)が見えるような……。三人が共通しているのは、意味深な笑みをしながらリューさんを凝視している。

 

 気になった僕は視線を向けるも、三人の女性は急に姿を消した。どうやら本当に僕の気のせいだ。ここにいるのは僕とリューさんしかいないので。

 

 そしてリューさんとやり取りを終えた後、【ロキ・ファミリア】の野営地に戻ったのは、18階層が『夜』の時間帯に切り替わる頃だった。




とある人物の再会はリューでした。

そして原作と違って、ベルのプロポーズ(?)に困惑しています。

感想お待ちしています。


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異常事態(イレギュラー)

今回はいまいちな内容です。


「リューさん、本当に良いんですか? フィンさんに事情を話せば、多分泊めてくれると思いますよ」

 

「そうはいきません。例えそうであっても、彼等とダンジョン(ここ)で接触するのは色々と不味いので。ではクラネルさん、私はこれで」

 

 階層の天井が暗くなって『夜』の時間帯となり、僕はリューさんと一緒に【ロキ・ファミリア】の野営地へと戻っていた。

 

 しかし、その寸前で彼女は別れを告げて、再び森の奥へと戻っていく。

 

 女性をあんな暗い森へ行かせるのは色々と不味いが、リューさんは『Lv.4』の元冒険者なので、そう簡単に後れを取られたりはしない。以前の戦争遊戯(ウォーゲーム)で実力を知っているし、この階層にいるモンスターにやられる事はないだろう。

 

「アルゴノゥトく~~~んっ!」

 

「ぐっ!」

 

 僕が残念そうに思いながら野営地へ到着して早々、僕を見付けたティオナさんが突撃してそのまま抱き着かれた。

 

「どこ行ってたの!? 全然戻らないから心配したよ!」

 

「す、すみません。ちょっと森の中を迷ってしまいまして……」

 

 プンスカと怒っているティオナさんに、僕は謝りながら理由を話した。

 

 森の中を迷ったのは嘘じゃないが、リューさんと会った事は内緒だ。彼女から、自分の事はなるべく言わないで欲しいと言われているから。

 

 すると、抱き付いているティオナさんは何故かクンクンと僕の臭いを嗅ぎ始めている。

 

「ティオナさん、何してるんですか?」

 

「何か、アルゴノゥト君から女性のニオイがするような気がする」

 

「ええっ!?」

 

 ニオイって……リューさんと一緒に歩いた程度なのに、どうしてティオナさんはそんなに鼻が良いんだろうか。

 

「まさか、あたしがいながら浮気してたの?」

 

「ちょっ! 浮気って何ですか!?」

 

 と言うより、僕達いつからそんな関係になったんですか? 大体僕はお付き合いするって了承してませんからね!

 

 不機嫌顔になってるティオナさんに少しばかり反論しながら戻ると、待ち構えていたと思われるレフィーヤさんはいなかった。どうやら看病に専念しているようだ。無表情にやっていたと聞いて、途轍もなく嫌な予感がする。

 

 それとは別に、知らなかったとは言え、女性の裸を見てしまった事に対する謝罪を始める。ティオナさんは全然気にしてないどころか、寧ろあのまま一緒に水浴びしたかったと言ってた。後半部分は敢えて聞き流しておこう。

 

 ティオネさんも大して気にしてないと笑い飛ばしていた。もしもフィンさんだったら……と言う事をぼやいていたが、その部分は聞かなかった事にしておく。

 

 そして最後にアイズさんは、顔を合わせた瞬間に顔を赤らめていた。アマゾネス姉妹と違って正常な反応だと失礼な事を思いながらも謝るも、気にしてないからと恥ずかしそうに言い返される。お互いに気まずそうな雰囲気を出してる事に、傍にいたティオナさんが少しばかり面白くなさそうな顔をしていたが。

 

 他に、水浴びを警護していたレフィーヤさんを除く女性陣にも会ったが、フィンさんから事情を説明された事もあってお咎めなしとしてくれた。今度は前以て話しておくように、と軽い注意程度で。

 

 更に驚く事に、【ロキ・ファミリア】の団員達が凄まじい嫉妬と殺意で襲い掛かって来た。しかも男女関係無く。どうやらアイズさんを尊敬している方々で、僕が彼女の裸を見た事が許せなかったようだ。思わず武器を構えそうになるも、アイズさんが必死に対処してくれた上に、フィンさんたち首脳陣も一緒に止めてくれた事で事無きを得た。

 

 取り敢えず謝罪を終えたので、僕は一旦ティオナさんと別れて天幕に戻ろうとする。夕餉前に端末機が記録されているかを確認したかったので。

 

 そう思いながら戻っている最中、背後から急に感じた。凄まじい凶悪な気配が。

 

「………えっと、まだ貴女とは話していませんでしたね」

 

「…………………………」

 

 思い出したように言いながら振り向くと、そこには杖を両手に持った妖精――レフィーヤさんがいた。

 

 僕以上にドス黒い暗黒の瘴気を両肩に背負い、無言で俯いている状態だ。

 

 見た目は可憐な妖精だけど凄まじい恐怖感を全身から放たれている。以前戦った17階層の階層主(ゴライアス)以上かもしれない。しかも彼女の背後から、52階層で戦った飛竜(ワイヴァーン)並みの魔竜が見える気がする。

 

 そんなどうでも良い事を考えていると、レフィーヤさんは、ゆっくりと顔を上げた。

 

「許セナイ、許サナイ、許サレナイ」

 

(あ、これ無理だ)

 

 不気味な眼光を放ち、壊れた人形のように殺意の言葉を連ねるレフィーヤさんを見て確信した。まともな話し合いが出来ない状態だと。

 

 今の彼女はダーカー因子に侵食されているんじゃないかと錯覚する程、恐ろしい形相になっている。キョクヤ義兄さんも見たら、僕と同じ事を考えると思う。

 

 身体を深く沈みこんだレフィーヤさんを見た直後、僕は背を向け――

 

「待ちなさぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーいッ!!!」

 

「それは無理ですぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅッ!!」

 

 即座に逃走すると、向こうが凄まじい速度で追いかけてくるのであった。

 

 勿論ファントムスキルで姿を消して、どうにかやり過ごそうとするも――

 

「そこぉッ!」

 

「うわっ!」

 

 位置が分かるのか、レフィーヤさんが即座に捕捉して杖を振り下ろしてきた。

 

 恐らくだけど、僕が焦っている事によって気配が駄々漏れとなってしまい、怒り状態となってるレフィーヤさんは本能的に僕の位置を察知したかもしれない。

 

 もうついでとして、彼女が杖を振るった事で地面に直撃した地面は少しばかり陥没していた。魔導士とは思えない程の腕力で、もし頭に当たったら決して軽傷では済まないだろう。

 

 前衛の戦士としてもやっていけるんじゃないかと一瞬考えるも、取り敢えず逃走と回避に専念する。勿論、向こうも負けじと必死に僕を追いかけてくるが。

 

 しかしこの時、僕達は完全に失念していた。『夜』の時間となってる森が大変危険である事を。

 

 

 

 

 

 ~少し時間を遡る~

 

 

「うるせぇな……何の騒ぎだっての」

 

 ベルが水浴びをしてるアイズ達を覗いたと知った【ロキ・ファミリア】の団員達が騒いでいる中、それに混ざっていない一人の団員――ベート・ローガは煩わしそうに、団長のフィンがいる本営に向かっていた。

 

 大量の試験管が入ったバックパックを持ちながら入ると、そこにはフィンの他、リヴェリアとガレスがいる。ベートが入って来た事にフィン達は一瞬固まったが、当の本人は気にせずバックパックを渡そうとする。

 

「ほらよ、特効薬だ」

 

「あ、ああ。ご苦労だったな、ベート」

 

(ん? 何かババアの様子が変だな……)

 

「なんじゃ、随分と服が汚れているではないか。休憩もろくに取らんかったのか?」

 

 受け取る事にリヴェリアは一瞬躊躇うも、それをさり気なく誤魔化しつつ礼を言う。

 

 その仕草にベートが一瞬怪訝そうに見るが、咄嗟にガレスが話題を逸らそうと質問をしてきた。

 

「うるせぇババア、ジジイ。おいフィン、俺は寝るからな」

 

「分かった、ゆっくり休んでくれ。………すまない、ベート」

 

(あ? 何でいきなり謝ってるんだ?)

 

 用は済んだと言うように本営から出る狼人(ウェアウルフ)の青年に、フィンは頷きながらもさり気なく謝罪の言葉を述べた。

 

 明らかにおかしいと気付くベートだが、超特急で特効薬を運んで来た疲れている事もあって、一先ずは後回しにしようと別の天幕へと向かう。

 

「本当だったら僕が此処ですぐに言うべきだったんだが……」

 

「いや、言わなくて正解だったと私は思うぞ」

 

「そうじゃな。あんな状態になってまで特効薬を届けに来たベートに言うのは、余りにも不憫過ぎる」

 

 彼が本営からいなくなった事に、三人は大きな溜息を吐いている。

 

 毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の毒を受けて寝込んでいたベルが意識を取り戻し、更に自分で治療魔法を使って解毒した後、残りの負傷者達も治した事をベートは未だに知らない。

 

 それをフィンが言う予定だったが、頑張ったベートの姿を見た事で言うに言えなかった。この場で言ってしまえば、ベルに対する殺意が最高潮に高まって襲い掛かるのではないかと危惧する程に。

 

 流石に嘘を吐く事が出来ないから真実を告げるつもりでいるが、一先ずは彼が目覚めた後にしようと決断する。

 

 それとは別に、野営地では団員達がベルをぶちのめそうと躍起になっているとラウルからの報告があったので、それを諫めようとフィン達は本営から出た。下らない理由で【ヘスティア・ファミリア】との繋がりを断たせる訳にはいかないと。



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異常事態(イレギュラー)

 怒り状態となったレフィーヤさんにずっと全力疾走で追われたが、漸く向こうの息が上がった事で足を止める事が出来た。

 

 僕も僕で予想外の追いかけっこで心身共に疲労が溜まるも、少しばかり安堵した。さっきまで彼女から発していた暗黒の瘴気が消えていたので。

 

 しかし、それとは別の問題が起きていた。

 

「完全に道に迷ってしまいましたね……」

 

「わ、私のせいだって言うんですか!?」

 

 僕とレフィーヤさんが森に迷い込んでしまっているから。

 

 それに気付いたのは数分前で、周囲を見た時は自分の知らない位置だ。しかも夜の森となっている為、完全に遭難状態だ。

 

 18階層の『迷宮の楽園(アンダーリゾート)』はモンスターが発生しない安全階層(セーフティポイント)と呼ばれているけど、絶対に安全と言う訳ではない。別の階層からモンスターがやってきて、この階層に住み着いているとギルドの講習で知った。

 

 住み着く場所に一番適しているのが、この大森林だった。ここは広大であり、隠れるのにも絶好の場所だ。他にも食料も豊富だから、冒険者だけでなくモンスターにとっても楽園(リゾート)と言われている。

 

 モンスターが潜んでいる大森林に、こんな夜中に迷うのは大変危険だ。もし夜目の利くモンスターに襲われたら堪ったもんじゃない。

 

 フィンさんやラウルさんからも、『夜』の時間帯には決して森に近付くなと警告されていた。だけど、怒り状態となったレフィーヤさんが問答無用で襲い掛かってくるから、森へ逃げざるを得なかった。

 

「も、元はと言えば、貴方が逃げ出したのが悪いんじゃないですか! よりにもよって、こんな森の奥まで!」

 

「殺す気で襲い掛かって来たんですから、逃げるのは当然かと……」

 

「そんなわけないじゃないですか! ちょっと酷いことするつもりだっただけです!」

 

「どの道酷いことするつもりだったんですね……」

 

 あんな恐ろしい形相で『ちょっと酷いことをする』と言われても、全くと言っていいほど信用出来ない。

 

 それに加え、魔導士なのに地面を陥没させるほどの一撃を振るってたから、とてもちょっとで済まないと僕は思う。

 

「そもそも貴方は図々しいんです! どうしてまたアイズさんとお手合わせしてもらってるんですか!? 今日もしてましたよね!? 貴方は他の【ファミリア】なんですよ!? いくら団長が決めたと言っても、貴方は本来治療師(ヒーラー)として雇われた筈です! なのにアイズさんとお手合わせするなんておかしいじゃないですか!?」

 

「いや、あの時はティオナさんと手合わせするつもりだったんですが、アイズさんも参加したいと言ってましたので……」

 

「だとしても、【ロキ・ファミリア】の幹部にそんなお願いすること自体間違ってます! 特にアイズさんは第一級冒険者、あの【剣姫】なんです! ちょっと強くて有名になったからと言って、上級冒険者になったばかりの貴方がお手合わせしてもらえる人じゃないんです! 非常識極まりありません!」

 

「非常識も何も、僕はちゃんと相手方の了承を貰った上で手合わせしたんですが……」

 

 レフィーヤさんの言う通り、僕みたいな一年も満たしてない冒険者が、経験豊富な冒険者のアイズさんやティオナさんと手合わせをする事は大変烏滸がましい事だと理解している。けれど、向こうが了承してくれたので、これに乗らない訳にはいかない。自分としても経験を積んでおきたいので。

 

 僕が反論しても、彼女は顔を真っ赤にしながら詰め寄ってくる。

 

「お手合わせするだけでなく、この二日の間はアイズさんと一緒にいて、何て羨ましいっ、じゃなくて厚かましい!」

 

「何かそれ、もう完全にレフィーヤさんの個人的な嫉妬のようにしか聞こえないんですが……」

 

 さり気なく突っ込んでみるも、彼女は無視するように続ける。

 

「挙句の果てにアイズさんの、は、はっ、裸まで覗いてぇぇぇぇ……! 人として恥ずかしくないんですか!? 姿を消して隠れていたなんて、もう最低です! 貴方はっ、最っ低なヒューマンです!」

 

「えっと、裸を覗いた事は事実なので認めますが……」

 

 もしもあの時、ティオナさん達があの泉に来るのを知ってたら覗いたりしない。僕はてっきり誰も使ってないと思って水浴びをしただけに過ぎないので。

 

 何もかも全部僕に非があるような言い方だったので、僕が思わずムキになって反論しようとするが……突如ぐぎゅるるると、僕の腹部が音を鳴らした。

 

 余りの不意打ちで居た堪れない気持ちになっている中、空腹の音を聞いたレフィーヤさんがきょとんとしている。

 

「あ、貴方、お腹空いているんですか?」

 

「それは、まぁ、夕飯前だったので……」

 

 レフィーヤさんがあんな事をしなければ、野営地で夕飯を食べている予定だった。

 

 しかし、今は遭難しているので夕飯を気にしている場合じゃない。

 

 とは言え、こんな空腹の状態でいるのは色々とよろしくなかった。だから少しでも腹の足しになる物を食べないと……仕方ない、アレを出すか。

 

 思い出した僕は、電子アイテムボックスに入っているある物を出した。

 

「し、仕方ありませんね。余りお腹は膨れないかもしれ……って、それは一体何処から出したんですか! さっきまで持ってなかった筈ですよね!?」

 

 レフィーヤさんが胸ポケットから何かを出して渡そうとしてたが、僕が大き目の保存用タッパーを出した事に突っ込みを入れた。

 

「企業秘密です」

 

 もうお決まりの台詞になっていると思いながらも、タッパーの蓋を開けた。その中には……残り数個のジャガ丸くんが入っている。

 

 遠征へ行く前、神様から『非常食用で持って行くと良い』とジャガ丸くんを多めに貰った。アイズさんが知ったら絶対に欲しがるかもしれないから、【ロキ・ファミリア】に知られないようコッソリと食べていた。

 

 普通に考えれば、既にジャガ丸くんの賞味期限はとっくに過ぎていた。けど、僕が使ってる電子アイテムボックスは食べ物も長期保存出来る優れ物の為、遠征が始まって半月過ぎても問題無く食べる事が出来る。

 

「こんな状況ですから、レフィーヤさんも一緒にどうですか?」

 

「なっ! け、結構です! 貴方と違ってお腹は空いてなんか――」

 

 僕がもう一つのジャガ丸くんを渡そうとするが、レフィーヤさんはいらないと突っ撥ねた。しかし、途端に彼女のお腹からくぅっと可愛い音が聞こえた。

 

「…………………」

 

「……………うぅ」

 

 無言になってる僕に、恥ずかしそうに耳まで赤くなりながらそっぽを向くレフィーヤさん。

 

 内心やっぱりお腹空いていたんだと思いながらも、もう一度ジャガ丸くんを渡そうとする。

 

「あの……決して誰にも言いませんから、どうぞ」

 

「…………はい」

 

 今度は渋々と言った感じで受け取るレフィーヤさん。

 

 その後、僕達は身体を休める為に木の根元に座り込み、ジャガ丸くんを食べ始める。因みに保存用のタッパーは既に電子アイテムボックスに収納済みだ。

 

 お互いに無言のままである所為で、何とも居た堪れない空気だ。と言っても、そこまで険悪と言う訳じゃない。

 

『――オオオオォォ』

 

「「!」」

 

 不意に、どこからかモンスターと思われる雄叫びが響いた。それを聞いた僕達は一気に緊張感が走り始める。

 

 丁度ジャガ丸くんを食べ終え、体もある程度休めることが出来たから、いつでも迎撃出来る状態だ。

 

 それに今いる所は安全ではない。もしずっと留まっていたら、間違いなくモンスターに襲われるだろう。

 

「ベル・クラネル。私達は何とかしてキャンプに戻るか、安全な場所を見付けなければいけません」

 

「はい、分かっています」

 

 レフィーヤさんの言葉に僕は頷いた。

 

 とは言え、僕達は遭難している状況だ。野営地の位置は分からないし、安全な場所がどこにあるかなんて分からない。

 

 僕達が大きな音を放つ魔法を撃てば、野営地にいるフィンさん達が気付いてくれるだろう。

 

「レフィーヤさん、ここはいっそ魔法を使ってみませんか? そうすれば向こうが気付いて探してくれるかもしれませんし」

 

「そ、そうですね。だったら私が……っ! だ、ダメです! それは最終手段にしましょう!」

 

「え? 何でですか?」

 

「た、確かに私が魔法を使えばアイズさん達は気付くかもしれませんが、そうすると目覚めたモンスター達が襲い掛かって来るので、余りにもリスクが高過ぎます」

 

「ああ、成程……」

 

 言われてみればそうだった。『夜』の時間帯で眠っているモンスターがいるから、もし魔法などの大きな音を出せば一斉に目覚めるのは確実だ。そうすれば森中がパニックとなってしまう恐れがある。

 

 彼女の言う通り、魔法で知らせるのは最終手段にしておこう。となれば、ここは自力で何とかするしかない。

 

 だけど、何かレフィーヤさんの様子が変だったな。まるで色々と不味い感じで焦っていたような……僕の思い過ごしと言う事にしておくか。

 

 となると、自力で戻るにしても手段は物凄く限られて、かなり時間を使う事になるだろう。

 

 出来る事なら使いたくなかったけど……ここは確実に戻る為としてアレ(・・)を使うか。

 

「レフィーヤさん、急なお願いですいませんが、今から僕がキャンプに戻る方法をフィンさん達に言わないで貰えますか?」

 

「え? ……ま、まぁ、戻る方法があるのでしたら」

 

 一先ず了承を貰ったのを確認したので、僕は電子アイテムボックスから携帯端末機を取り出す。その直後に片手でキーボードをピピピッと打つと、ディスプレイから地図の立体映像が出現する。言うまでもなく18階層の地図だ。

 

 流石に18階層全体までは表示できないが、僕が辿って来た道を記録しているので、野営地の位置は確実に分かる。

 

「ふぇ!? ベ、ベル・クラネル、な、何ですかコレは!? もしや魔法ですか!?」

 

「違います。そんな事よりも………っと、どうやら僕達がいる位置は此処みたいですね」

 

 地図の立体映像で表示されている赤い点が僕達がいる位置だ。そして【ロキ・ファミリア】がある野営地は……此処から結構離れているな。それだけレフィーヤさんとの追いかけっこで、相当走ったと言う証拠だが。

 

 レフィーヤさんに位置を教えるも、彼女はポカンとしていて聞いているのかが怪しい状態だ。

 

 しかし、そこを突っ込むと端末機に関する追究をされてしまう恐れがあるので、僕は敢えて無視させてもらう。

 

「取り敢えず、ここから向こうへ進めばキャンプに戻れるでしょう。それじゃあ行きましょうか、レフィーヤさん」

 

「え、あ、は、はい……」

 

 レフィーヤさんは未だに混乱しているが、取り敢えずと言った感じで僕の後について来ようとする。

 

 さて、野営地に戻るルートは分かったけど、必ずしも安全に戻れる訳じゃない。モンスターの襲撃に備えて、いつでも武器を出せるようにしておかないと。

 

 地図の立体映像を一旦消した僕はレフィーヤさんを連れて、最短で戻るルートを進むのであった。




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異常事態(イレギュラー)

「ベル・クラネル、その魔道具(マジックアイテム)は一体何なんですか? さっきは地図らしき物を出していましたが」

 

「すいませんが、内緒です。それに僕はレフィーヤさん曰く『他の【ファミリア】』なので」

 

「うっ……」

 

 先頭を歩いている僕は、魔石灯を手にしながら、もう片方の手では端末機を持っている。それに表示されてる地図(マップ)を頼りに野営地へ戻っている最中、ある程度歩いて冷静となったレフィーヤさんから詰問されていた。

 

 当然答える気が無ければ、教える気も毛頭無い。遠征に連れて行ってくれたとは言え、他の【ファミリア】にアークスの機密情報を教えるほどお人好しじゃない。

 

 僕の返答にレフィーヤさんは何も言えなくなっていた。少し前に彼女が僕を他の【ファミリア】とキッパリ言った事を思い出しているから。

 

 すると、端末機からエネミーと思わしき表示がされたのを視認する。僕は咄嗟に灯りを消し、端末機も一旦懐に仕舞い、すぐにレフィーヤさんの腕を掴んで木の陰に隠れようとする。

 

「ちょっ!? い、いきなり何をするんですか!?」

 

「静かに。ここから百(メドル)先にモンスターが二匹来ます」

 

「え?」

 

 腕を引っ張られた事に文句を言うレフィーヤさんだけど、僕が理由を告げた途端静かになった。

 

「百(メドル)先にモンスターって……本当に来るんですか?」

 

「もう少し待てば分かります」

 

 隠れながらこっそりと前方を見てもモンスターが現れない事にレフィーヤさんが疑問を抱いていた。

 

 彼女が胡散臭そうに見ていた一~二分後、僕の言った通りバグベアーと思われるモンスター二匹がノソノソと歩きながら現れる。

 

 僕が見事的中した事により、レフィーヤさんは信じられないと言わんばかりに驚いているが、声は一切出していない。そのお陰でモンスター二匹は隠れている僕達に気付かず、戦闘を避ける事が出来た。

 

 本当だったら僕が長銃(アサルトライフル)で狙撃すれば良かったけど、倒した直後にもう一体が雄叫びをあげたら確実に面倒な事になる。森に潜んでいる他のモンスターが、ここに集まってくる可能性があるので。

 

「それじゃあ、行きましょうか」

 

「え、ええ……」

 

 モンスター二匹が僕達に気付いていない内に移動しようとする僕に、レフィーヤさんが驚いた顔をしたまま頷いていた。

 

「あ、あの、モンスターの接近が分かったのは、やはりさっきのアレを使ったからですか?」

 

「ですから内緒です。……まぁ、いきなり腕を引っ張ったお詫びとして、『そうです』とだけ答えておきます」

 

「嘘……。地図だけでなく、モンスターの索敵まで出来るなんて……そんな魔道具(マジックアイテム)聞いたことありません」

 

 でしょうね。と言うより、僕が使っているのは異世界にあるオラクル船団で作られた最新の機械だ。けして魔道具(マジックアイテム)ではない。

 

 僕も初めて機械に触れた時は魔道具(マジックアイテム)じゃないかと思っていたけど、向こうの教育のお陰で使いこなせている。異世界の技術の凄さに、アークスになった時の僕は本当に驚いた。

 

 まぁ今はそんな事より、野営地に戻る事が先決だ。今のところモンスターの反応は無くても、いつまた現れるか分からないので。

 

「………………」

 

「どうかしましたか?」

 

 移動を再開すると、レフィーヤさんがさっきと違って急に大人しくなっているので不意に尋ねた。

 

 僕からの問いに俯いている彼女は口を開こうとする。

 

「……どうして、貴方は……私には無い物をたくさん持っているんですか?」

 

「え?」

 

「貴方は私よりレベルが低いのに強くて、多くの魔法を使えて、剣も使えて、見知らぬ魔剣も持って、更にさっきの魔道具(マジックアイテム)で位置の把握やモンスターの索敵も出来て………私なんか全然必要ないじゃないですか……!」

 

「…………………」

 

「どうせ貴方はこう思ってるんでしょう? 私みたいな役立たずな魔導士は邪魔だって……。そうはっきり言ってくれた方が気が楽だと言うのに……!」

 

 声が小さくても充分に聞き取れた。けれど、自身を卑下する内容の為に僕は思わず無言となってしまう。

 

 持っている杖を握りしめ、わなわなと身を震わせているレフィーヤさん。

 

 何と言うか、以前の僕を思い出すな。

 

 嘗て僕がアークス訓練生だった頃、いつも完璧にこなしているキョクヤ義兄さんを見て、自分は無理なんじゃないかと諦めかけていた事があった。

 

 それを思わず言ってしまい、バッチリ聞こえていたキョクヤ義兄さんから――

 

『下らん。他者と比較する時点で、自ら堕落の道へ進んでいるのも同然だ。そうやって僻む余裕があるのなら、少しは己を見直して腕を磨き続けろ』

 

 遠回しな言い方だったけど、『相手の事を気にせずに自分の道を進め』と激励を頂いた。

 

 そのお陰で僕は晴れてアークスとなり、キョクヤ義兄さんからも正式に血の盟約を結ぶ事が出来た。

 

 だから僕もそれに倣って、今のレフィーヤさんに敢えてこう言わせてもらう。

 

「レフィーヤさん、貴女は――ッ!」

 

 言おうとしてる最中、突然端末機からピピピッとレーダー反応を示していた。

 

 思わずソレのディスプレイへ目を向けると、二つの生命反応を探知している。エネミーやモンスターとは違う表示だ。

 

 もしかしたら冒険者かもしれない。なので僕は一旦話を止めて、この二人に接触しようと考える。

 

「取り敢えず話は後です。この先に人らしき反応があります。急ぎましょう」

 

「え? ちょ、ちょっと……!」

 

 人と聞いたレフィーヤさんは俯いていた顔を上げ、先へ進む僕の後を追いかけてくる。

 

 端末機に映っている生命反応を頼りに進んで数分後、思った通りモンスターじゃなくて人がいた。ローブや頭巾で全身を身に纏っている二人組が。

 

「ッ! 灯りを消して下さい!」

 

「え? あ、はい……」

 

 レフィーヤさんが二人組を見た瞬間、緊張感が走ったように眉を顰めながら、突然僕に指示してきた。

 

 何か危険な感じがすると察した僕は言われたまま灯りを消す。ついでに端末機も懐にしまって。

 

 次にモンスターと遭遇したように隠れながら、レフィーヤさんが二人組を観察し始める。

 

 彼女の様子から察して、あの二人組は冒険者の僕達と友好的に接してくれる相手じゃないと見ていいだろう。そうでなければ、こんな焦ったように隠れる真似はしない筈だ。

 

「すみません、ベル・クラネル……勝手なお願いですが、このまま私に付いてきてください」

 

 さっきまでとは打って変わるように、何かを決断したレフィーヤさんが同行を求めてきた。

 

 僕にお願いをしてくると言う事は、あの二人組は【ロキ・ファミリア】からすれば相当逃がしたくない相手なんだろう。

 

 そんな彼女に僕は文句を言わずに頷いた後、すぐ二人組の尾行を始める。

 

「念の為に聞きますが、レフィーヤさんはあの人達が誰なのかご存知なんですか?」

 

「……簡単に言ってしまうと、私達と敵対している組織です」

 

「【ロキ・ファミリア】と?」

 

 二人組に気付かれないよう尾行しながら訊くと、思いがけない内容だった。

 

 まさか僕の端末機で捉えた二人組が【ロキ・ファミリア】と敵対している人達だったとは。これは全くの予想外だ。

 

 もう少し詳しく訊きたいところだけど、余計な詮索はしないでおこう。他所の【ファミリア】事情を僕が訊くわけにはいかないので。

 

「こ、これ以上の詮索はしないで下さいねっ」

 

「分かっています」

 

 小声で警告してくるレフィーヤさんに、僕は即座に返事をした。

 

 付かず離れずの尾行をしてる事で野営地へ戻る道からどんどん離れるも、僕達は気にせず後をつけている。

 

 二人組は周囲を気にしながらも東の端まで移動し、水晶の林となっている一本道へ何の躊躇なく進んでいた。

 

 一応レフィーヤさんの方を見ると、彼女はこのまま追跡を続けると言う意思表示を見せる。

 

 ここまで分かったなら一旦野営地に戻って、フィンさんに報告した方が良いと僕は思う。これ以上深追いをすると、却って取り返しが付かない事になる可能性だってある。

 

「レフィーヤさん。場所もある程度分かったんですから、ここは一度戻ってフィンさん達に報告すべきじゃありませんか?」

 

「そうしたいのは山々ですが、ここで一度見失ったら、もう一度彼等を見付けるのは無理です。せめて目的地を明確にしてからでないと」

 

 確かに必要な情報を入手すべきかもしれない。でもだからと言って、こんな戦力が整ってない状態で追跡を続けるのは自殺行為だ。

 

 レフィーヤさんも重々分かっている筈だと思うんだけど……それだけ【ロキ・ファミリア】にとって、あの二人組が所属してる組織の情報を欲しているって事か。

 

 だったらこの際、僕も出来るだけ協力しよう。尤も、危険だと判明した瞬間、レフィーヤさんを強制的に連れて撤退させてもらうが。

 

「追いますよ」

 

 レフィーヤさんがそう言った後、僕はいつでも武器を出せるようにしながら二人組の後を追う。

 

 その途中、僕はある事に気付く。

 

(あれ? 何であそこだけに草地が……?)

 

 水晶の林を通っている際、地面にある草地が急に途切れていた。けど少し先には何故か円形の草地がある。

 

 僕が草地に違和感を覚えている最中、先に進んでいるレフィーヤさんがそこへ足を踏み込んだ瞬間――

 

 

 がぱっ、と地面が割れた。

 

 

「なっ―――!?」

 

(や、やっぱり落とし穴!)

 

 罠だと今更気付いても既に遅かった。

 

 僕とレフィーヤさんは突然の浮遊感に襲われるも――

 

「「――ぅああああああああああああああああああああっ!?」」

 

 そのまま落下して叫喚するのであった。




次回は久々の戦闘です。


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異常事態(イレギュラー)

 落とし穴に嵌って落下していく僕とレフィーヤさん。

 

 急な落下をしていく中、僕が咄嗟に頭上を振り仰ぐと、開口していた筈の穴が、再び音を立てて閉じようとしていた。

 

 やっぱり(トラップ)だったかと思いながら、地下の夜空が完全に遮断された瞬間、穴の終点に到着する。

 

「「――ぐっ!?」」

 

 僕とレフィーヤさんが何とか両足で着地する事に成功すると、薄い紫色の液体に浸かると同時に飛沫が舞い上がる。

 

 脛ほどまである液体溜まりを見て、泉にあった綺麗な水とは全く違う事は確かだった。

 

「熱っ……!」

 

 すると、レフィーヤさんがいきなり声をあげた。

 

 それを聞いて咄嗟に彼女を見ると、僕と同じく液体に浸かっている彼女の服の上から、ジュウウッと足の肌が焼けていた。

 

 いや、違う。焼かれているんじゃない。溶かされているんだ。

 

 よく見ると液体の底には人の骨だけでなく、剣や防具、更には冒険者達の遺骸や、怪物の骨(ドロップアイテム)と思われるモノが多数ある。

 

「まさかこれ、溶解液ですか……!?」

 

 そう、レフィーヤさんの言う通り、僕達が浸かっている液体は溶解液だった。この底にある無数の骸骨は、溶解液によって溶かされた末路と言う事である。あった筈の皮や肉、そして臓器を失って骨だけを残している嫌な末路が。

 

 因みに僕の両足は溶解液に溶かされていない。纏っている服には酸の耐性がある他、ステルス化している防具がフォトンの膜を張っている事で、僕の両足は酸による被害を免れている。ダーカーの巣にあった毒の侵食液に比べれば全然大した事は無い。

 

 とは言え、この溶解液にずっと浸かり続けていれば、いずれ服や防具が溶かされる事になるだろう。

 

 その為には何としてでも戻らなければいけないと考えながら見上げると、僕は思わず目を見開いてしまう。

 

「一体ここは……!?」

 

「レフィーヤさん、今はそんな事より上を」

 

「えっ?」

 

 僕に言われた通りレフィーヤさんが振り仰いだ。

 

 その先には、張り付いていた肉壁からゆっくりと身を引き剥がし、上体を持ち上げる巨大なモンスターがいた。

 

『――――――』

 

 閉ざされた穴の根元に、人型の上半身を象るモンスターが、上下逆様の態勢で僕達を見下ろしている。

 

 両腕部分は長く太い触手……と言うより触腕があり、垂れ下がりながら揺らめいている。下半身以降は肉壁と一体化してるのか、上半身だけしかない。

 

 あと頭部には、巨大な目玉と冠みたいな器官がある。あの単眼は首と繋がっているのか、冠の器官で囲われていた。

 

 加えて身体が黄緑色という、毒々しい極彩色だった。

 

 あのモンスターの色には見覚えがある。先日ダンジョン51階層以降で見た、芋虫型と植物型モンスターの色と全く同じだった。

 

 それはつまり、あの悍ましいモンスターもアレと同様の新種と言う事になる。

 

「極彩色の、モンスター……!」

 

 隣でレフィーヤさんが全てを悟ったかのように言った。

 

 液体に浸かっている冒険者の遺骸が多数あり、その天井に触腕型モンスター。恐らく彼等は落とし穴に嵌った後、あのモンスターによって殺されたに違いない。

 

『――』

 

 ギョロギョロと蠢く巨大な単眼が僕達を捉えたのか、向こうは動き出そうとする。

 

 次の瞬間、触腕型モンスターは己の触腕を僕達目掛けて振り下ろした。

 

「「っっ!?」」

 

 僕とレフィーヤさんは同時に地を蹴って分散した。

 

 直後、鞭となった触腕が溶解液ごと底の中央に炸裂する。同時に衝撃によって、溜まっていた溶解液が周囲に飛散する。

 

「レフィーヤさん!」

 

「私のことはいいから、あのモンスターに集中して下さい!」

 

 腕を使って飛散する溶解液が目に当たらないようにしてるレフィーヤさんが叫ぶ。

 

 彼女を見て分かった事がある。この溶解液は以前戦った芋虫型モンスターが放つ腐食液より弱い。服はともかくとして、魔導士の彼女でも暫く耐えられる筈だ。

 

 一先ず僕のやる事は決まった。あの触腕型モンスターを一刻も早く片付けるという目的が。

 

 とは言え、あのモンスターに関する情報が全くない。迂闊に接近して攻撃するのは自殺行為だ。

 

 そう考えて、アレに対抗するのは長銃(アサルトライフル)の射撃、もしくは長杖(ロッド)のテクニックの遠距離攻撃となる。

 

 どちらも最適な武器だけど、なるべく一番有効な方を選びたい。あのモンスターの事だから、触腕を鞭みたいに振るって相手の攻撃を妨害するのが目に見えてる。射撃で狙いを定めたり、テクニックでチャージしてるのを見たから必ず動く筈だ。

 

(ん? このモンスター、まさか……)

 

 敵の攻撃を躱しながら観察している最中、僕はある事に気付いた。

 

 触腕型モンスターの得物は鞭のように振るっている触腕は、恐ろしい威力と速度があっても攻撃自体は単調だった。

 

 あの巨大な単眼は、相手を捉えた瞬間に攻撃へと移る。だけど、それは必ず一人だけ狙っている。レフィーヤさんに攻撃して躱された後、ギョロッと単眼を動かし、僕を捉えた瞬間に鞭を振るう。

 

 恐らくだけど、あのモンスターは一度に複数の対象を同時攻撃出来ないかもしれない。僕とレフィーヤさんが分散して距離がある為、あの単眼は一人ずつしか狙う事が出来ないんだろう。もしも目が二つあれば、同時攻撃していたかもしれないが。

 

「ベル・クラネル、目を狙って下さい! あのモンスターの視線の先に、必ず攻撃が来ます!」

 

 レフィーヤさんの叫びを聞いて、僕の推測は間違っていなかったと確信した。

 

 魔導士の彼女が確信を突いたように言ったので、僕はそれに応えようと長銃(アサルトライフル)――セレイヴァトス・ザラを展開する。

 

 銃口で狙いを定めるのは……あの巨大な単眼だ!

 

 触腕型モンスターは現在レフィーヤさんを狙っているから、僕はその隙にフォトンの銃弾を装填し、そして撃った。

 

『ッッ!』

 

 銃弾は対象に命中するも、単眼には当たらなかった。その理由は、あの単眼が当たる寸前に覆われている膜みたいな物がある為、それで防がれてしまった。

 

 流石に衝撃までは防げれなかったのか、触腕型モンスターの動きが止まって怯んでいた。レフィーヤさんを狙っている鞭も同時に止まっている。

 

「やっぱりそう簡単には倒せないか……!」

 

 弱点と言うべきものを晒しておいて、何の対策も施していないとは思っていなかったが、それでも貫いて欲しかった。

 

 僕が使うファントム用の長銃(アサルトライフル)から放たれる銃弾は、ある程度の障害があった所でも貫通する威力がある。だけど、それを防ぐと言う事は、あの膜の防御力は相当高いと言う証明になる。異世界で戦ったダーカーやエネミー並みに厄介な相手だ。

 

『~~~~~~!』

 

「うわっ!」

 

 単眼を当てられた事で怒り状態となったのか、触腕型モンスターの単眼が僕に狙いを定めて、二つの鞭を一斉に振るう。

 

 凄まじい速度と威力を持った二つの鞭が僕に襲い掛かり、溶解液ごと撒き散らす。

 

「ベル・クラネル!」

 

 レフィーヤさんが心配そうに叫ぶも――

 

「何処を狙ってる!」

 

『ッ!?』

 

 別の位置から突然現れ、長銃(アサルトライフル)を構えている僕を見た触腕型モンスターが反応した。

 

 僕が再び単眼を狙い撃ちするも、またしても膜によって防がれた。

 

『ッ!』

 

「おっと!」

 

 向こうも同様に鞭を振るって攻撃するも、今度は溶解液が当たる瞬間にファントムスキルで姿を消して回避する。

 

『!!』

 

 僕が姿を消したのが予想外だったみたいで、触腕型モンスターは単眼をギョロギョロと忙しなく動かして探している様子だ。

 

 この場にレフィーヤさんだけしかいないと判断したのか、再び彼女に狙いを定めようとするも――

 

「行け、我が闇の分身! シュトラーフェ!」

 

 僕は触腕型モンスターの死角から姿を現わし、標的を攻撃し続けるビットを放つ長銃(アサルトライフル)ファントム用フォトンアーツ――シュトラーフェを放った。

 

 両肩、腹部、そして巨大な単眼にマルチロックオンしたビットは所定の位置に設置され、それから一斉に青白いレーザーが発射される。

 

『~~~~~~~~!!!』

 

 四発同時発射によるレーザー攻撃が効いているのか、触腕型モンスターから痛々しい悲鳴をあげていた。

 

 触腕の鞭でビットを叩き落そうとするも、四つのビットは意思を持っているように躱し、そのままレーザーを発射し続けている。

 

 このまま倒してくれると思うだろうが、レーザー程度で触腕型モンスターは倒せない。あのレーザーは命中率が高くても、放たれる一発の威力は低くて、時間が経てば消えてしまう。それまでは撃ち続けてくれる便利なフォトンアーツだが、確実に仕留めるには威力不足だ。

 

 現に各ビットが攻撃してる箇所はダメージを与え続けても、それを不能にするまでの威力じゃない。おまけに単眼を守ってる膜の方も、当たってはいても貫通出来ていないので。

 

 この大型モンスターを僕一人で倒すのには時間が掛かるけど、ここにはレフィーヤさんと言う魔導士がいる。彼女から放たれる強力な魔法を放てば、一気に仕留める事が出来る筈だ。

 

「レフィーヤさん、今の内に呪文を!」

 

「………………」

 

「?」

 

 僕が魔法を使うように叫ぶも、レフィーヤさんは何故か無反応だった。

 

「本当に、貴方は私と違って一人で何でもやれて……」

 

「レフィーヤさん?」

 

「私なんかいなくても、充分に戦えるじゃないですか……!」

 

「なっ、何を言ってるんですか!? 早くしないとモンスターが!」

 

 こんな時に彼女がどうしてあんな事を言っているのかは分からないが、出来れば後回しにして欲しかった。

 

『―――』

 

 そんな中、触腕型モンスターはビットを叩き落す事を諦めたのか、巨大な単眼をギョロギョロと鳴りながら僕だけでなく、レフィーヤさんも交互に捕捉していた。

 

 直後、冠型の器官が青く発光させる。

 

「? 一体何を……っ、まさか!」

 

 触腕型モンスターの行動を不審に思っていた僕だったが、直後に気付いた。さっきのあれは何らかの攻撃の『兆し』だと言う事に。

 

 僕がそれを阻止しようと長銃(アサルトライフル)を構えるが一足遅かった。

 

『アァァァァ―――――――――――――――――――――――――――――――!!』

 

 文字通り耳をつんざく音の蹂躙と呼べる絶叫を周囲に響かせた。

 

「「~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!?」」

 

 この世の音とは思えない怪音波に、僕だけでなくレフィーヤさんも耳を塞いでいた。だけど、そうしたところで意味は無く、平衡感覚を失いかけて、思わず膝を折ってしまう。

 

『!!』

 

 僕達が動けなくなった事に、触腕型モンスターは見逃さなかった。

 

 好機と見なして、二つの触腕を振るおうとしている。

 

 因みにビットは時間が経って既に消えていた。だから攻撃に移ろうとしている。

 

「! くそっ!」

 

 触腕型モンスターの狙いはレフィーヤさんだった。てっきりさっきから攻撃していた僕を狙うかと思っていたが、完全に予想外だ。

 

 二つの鞭は一斉に動き出し、彼女へと向かっていく。僕も即座に動き、何とか辿り着いて守る為に抱き付く勢いで覆った瞬間――

 

「がはっ!」

 

「きゃあっ!」

 

 鞭が僕の背中に当たり、そのままレフィーヤさんと一緒に吹っ飛ばされて肉壁に激突した。




 見ての通りですが、この作品のレフィーヤはベルに対する嫉妬が原作以上に強くて足手纏いとなっています。

 次回以降で何とか挽回させます。


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異常事態(イレギュラー)

「っ~~~~~~……い、今のは効いたぁ~……。だ、大丈夫ですか、レフィーヤさん?」

 

「ど、どうして、私なんかを……?」

 

 ステルス化してる防具の性能や特殊能力のお陰で鞭の打撃力を抑えてくれたとは言え、それでも相当の痛みが僕の背中に走った。地味に結構痛いが、決して動けない程ではない。

 

 痛みを堪えながらもレフィーヤさんの安否をするも、彼女は僕に抱き抱えられながらも信じられないように見ていた。

 

「どうしてって……仲間を助けるのは当然じゃないですか」

 

「仲間? で、でも、私と貴方は違う【ファミリア】で……」

 

「そんなの――っ!」

 

 違う派閥だからって関係と言おうとするも、触腕型モンスターが再び二つの鞭を振るおうとしたので、僕はすぐに離れた。

 

 すぐに長銃(アサルトライフル)から長杖(ロッド)――カラベルフォイサラーに変えて、向かってくる鞭を――

 

「斬り裂け、闇の衝撃波! ルーフコンツェルト!」

 

 二度の連撃で叩き落した後、三撃目に×字の衝撃波を放って弾き飛ばした。

 

「まだまだ!」

 

 更にルーフコンツェルトの裏技を発動させ、今度は斬撃の輪を一発発射させた。

 

 それは弾き飛ばした二つの鞭の先端を簡単に斬り裂く。

 

『~~~~~~!!』

 

 自身の一部を斬られた事で、怪音波とは違う痛々しい悲鳴をあげる触腕型モンスター。

 

 まるで生まれて初めて痛みを味わっているような感じだ。もしかしたら、此処に落ちた冒険者達やモンスターは、アレにまともなダメージを与える事が出来ずにやられたかもしれない。

 

 触腕攻撃と、対象の動きを止める怪音波。これまでの相手をそれだけでずっと倒し続けたんだろう。そして今回落ちてきた僕とレフィーヤさんに対しても、今まで通りやれば問題無く勝てると高を括ったんだろう。

 

 けれど、僕から予想外の反撃を喰らい続けてる事により、触腕型モンスターは痛みを受けながらも混乱している様子だ。こんな筈では、みたいな感じで。

 

 さて、向こうが混乱している隙に、早くレフィーヤさんも戦闘に参加してもらわないと。

 

「レフィーヤさん」

 

「え? あ……」

 

 僕が即行で触腕型モンスターに反撃をした事が予想外だったのか、レフィーヤさんは少し呆然気味になっていた。

 

 そんな彼女に僕は気にせず言葉を続ける。

 

「さっきの返答ですが、他所の【ファミリア】だからって関係ありません。僕達は遠征に参加した仲間なんですから、助け合うのは当然です。貴女を見捨てるなんて選択肢は一切ありません」

 

「………………」

 

「レフィーヤさんが僕に対して、何らかの負の感情を抱いているのは何となく分かります。ですが、今はそれを抜きにしてどうか力を貸して下さい。この状況ではどうしても貴女の魔法が必要なんです」

 

 僕一人であの触腕型モンスターを倒せるけど、かなりの時間を要してしまう。それを一気に短縮する事が出来るのは、レフィーヤさんの魔法だ。

 

 ラウルさんから聞いた話だと、レフィーヤさんはリヴェリアさんの直弟子と言ってた。更にはあの人に次ぐ魔力を持ち、複数の強力な魔法を使う事が出来るが故に【千の妖精(サウザンド・エルフ)】と言う二つ名で呼ばれていると。

 

 ダンジョン59階層で『精霊の分身(デミ・スピリット)』と戦った時、レフィーヤさんが撃った魔法はアレに効かなかったけど確かに凄かった。リヴェリアさんの弟子であるので、僕以上に強力な魔法を使える事を改めて認識した。

 

 故に僕は頼ろうとしてる。この状況を一気に打破する事が出来るのは彼女しかいないと確信しているので。

 

「大切な仲間であるレフィーヤさんを、僕が全力でお守りする事を誓います!」

 

「! い、いきなり何を言ってるんですか貴方は!?」

 

 ん? 何で突然顔を赤らめて焦った声を出しているんだ?

 

 僕はただ、レフィーヤさんに襲い掛かる敵の攻撃を防ぐ意味で言っただけなのに。

 

『――――!!』

 

 すると、混乱状態から戻ったのか、触腕型モンスターが痺れを切らしたように動き始めようとした。

 

 先端は斬られようとも、まだまだ充分な長さのある鞭を振るう仕草をしている。

 

 思っていた以上に早かったな。レフィーヤさんに決断して欲しい時に……!

 

「はぁっ!」

 

 交互に襲い掛かってくる鞭をカラベルフォイサラーで叩くように振り払うが、向こうは負けじと再度振るい始める。

 

 鞭を防がれた事に埒が明かないと思ったのか、触腕型モンスターの動きが変わる。

 

 途端に頭部の冠を発光させた。

 

 あの仕草を見て動きを止める『怪音波』を放たれるのを既に分かっている僕は――

 

「ラ・フォイエ!」

 

 炎属性テクニック――ラ・フォイエを使った。

 

 僕がテクニック名を告げた瞬間、アレの頭部から突然爆発が起きた事により『怪音波』の発動を許さず、光冠に炸裂する。

 

『~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ァッ!?』

 

 一先ず撃てるだけ撃とうと爆発の数は八。

 

 テクニックによる連続法撃全て命中し、触腕型モンスターの光冠が炎上する。

 

 頭部の器官が焼け落ちた為か、先程まで準備していた怪音波を放つ気配がなかった。やはり器官が怪音波を出す発生源のようだ。

 

 手段を潰した事によって、触腕型モンスターの攻撃は鞭だけとなった。

 

「レフィーヤさん! 早く呪文を!」

 

 呆然としている彼女に僕は叫ぶ。

 

 ラ・フォイエの炎に悶え苦しんでいる触腕型モンスターは、完全に怒りと殺意の眼差しを僕達にそそいでいた。

 

 もっと威力のあるイル・メギドで単眼を狙えば倒せるかもしれないが、アレは詠唱を除いても発動するのに時間が掛かる。向こうが最大の隙を見せなければ使う事が出来ない。

 

 その為には、どうしてもレフィーヤさんの協力が必要だ。

 

 だけど肝心の彼女が未だに動こうとする気配が無くて――

 

「……私、貴方のこと、嫌いです」

 

 ――え?

 

 何かぽつりと呟いていたが、小さくて聞き取れなかった。

 

「でも、こんな私を信じてくれている。だから――いきます!」

 

 そう言いながら彼女はさっきまでの雰囲気とは打って変わって、魔法を撃つ為の詠唱準備をしようと構えた。そして彼女から大きな魔法陣が展開される。

 

 やっとその気になってくれた。となれば、僕のやる事は決まっている。

 

「アレは『魔力』に反応します! その間は詠唱している私を守って下さい!」

 

「はい!」

 

 そう、僕の役目は彼女を守ることだ。強力な魔法を使うレフィーヤさんの盾として。

 

「【解き放つ一条の光、聖木(せいぼく)弓幹(ゆがら)】」

 

 詠唱を口ずさんだ瞬間、それに反応した触腕型モンスターが彼女に向かって二本の鞭を振るう。

 

 レフィーヤさんの細い体を粉砕しようとする鞭を、僕は難なく叩き落す。 

 

(本当にレフィーヤさんの言う通り、魔力に反応しているな。おまけに攻撃もかなり単調どころか、雑になっている)

 

 さっきまでの攻撃は明確な殺意を持った攻撃をしていたのに、今の触腕型モンスターは全く何も考えていないように見える。僕が防いでいるにもかかわらず、ただ只管レフィーヤさんを狙っているだけだ。まるで僕に対する怒りと殺意を忘れているように。

 

 もしかしたらこのモンスター、魔力に反応し続ける限り、他の事は一切考えられないかもしれない。芋虫型や植物型も同様に。

 

「【狙撃せよ、妖精の射手】」

 

 詠唱を聞きながらも何度も敵の鞭を叩き落しながら考えている中、向こうは突然やり方を変えた。

 

(同時攻撃!?)

 

 触腕型モンスターの鞭が交差して放たれる事に、僕は思わず目を見開いた。

 

 確かに一回ずつやるより同時に振るえば、威力も倍増する。

 

 意外にも考えていたと驚くも、僕はやらせまいとカラベルフォイサラーと共に突撃する。

 

「ぐっ!?」

 

 側面を叩くが、さっきより衝撃が強かった為に、僕の身体が吹き飛んだ。

 

 だけど、防ぎ切った事に変わりない。

 

「【穿て、必中の矢】!!」

 

 そして、レフィーヤさんの詠唱が完了した。

 

 次の瞬間、触腕型モンスターの真下に向かったレフィーヤさんは、両手に持っている杖を頭上に突き出す。

 

 大きな魔法陣を全域に広め、魔法名を口にした。

 

「【アルクス・レイ】!!」

 

 レフィーヤさんの杖から放たれる光の砲撃。

 

 明らかに僕が使う光属性テクニックよりも威力は上だろう。

 

 フォトンを結晶化して光の槍を生成後、前方に向かって発射する中級の光属性テクニック――ラ・グランツと少しばかり似ている。尤も、威力は向こうの魔法と全然違うけど。

 

 それは別として、突き進む光柱は触腕型モンスターの鞭を軽く蹴散らされ、そのまま本体へと向かって直撃する。

 

『~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッッ!?』

 

「なっ!?」

 

 アレは悲鳴を上げながらも、レフィーヤさんの魔法を両腕を使って受け止めていた。

 

 並みのモンスターが直撃したら確実に倒せる威力の筈なのに、それを受け止めている触腕型モンスターの防御力は尋常じゃない。

 

 もしかしたら、魔法に対する防御力が高いモンスターかもしれない。

 

 当然レフィーヤさんも気付いている筈だ。しかし、彼女はそんな事を気にせず押し切ろうとしている。

 

 その直後、周囲の肉壁がボコボコと動き出した。

 

「これは……!」

 

 肉壁が隆起してる事にレフィーヤさんが驚きの声を発した。

 

 こんな状況を作っているのは恐らく触腕型モンスターの仕業だろう。このまま魔法に押し負けるのは時間の問題だと悟り、僕達を道連れにしようと。

 

 焦り出すレフィーヤさんが何とか押し上げようとするも、迫りくる肉壁に表情を歪ませている。

 

 しかし――

 

「来たれ、暗黒の門!」

 

「ッ!?」

 

 僕が詠唱を紡いだことにレフィーヤさんは反応した。

 

「混沌に眠りし闇の王よ 我は汝に誓う 我は汝に願う あらゆるものを焼き尽くす凝縮された暗黒の劫火を 我が前に立ちふさがる愚かなるものに 我と汝の力をもって 等しく裁きの闇を与えんことを!」

 

『――!?』

 

 僕が詠唱をしている最中、触腕型モンスターの単眼に魔法陣が出現し、膨張している事に戸惑いの声をあげていた。

 

 だけど、僕は気にせず闇属性テクニックを発動させる。

 

「ナ・メギド!」

 

 臨界点を超えて膨張した魔法陣から強力な闇の爆発が起きた。その直後、レフィーヤさんの魔法を抵抗していた筈の触腕型モンスターの動きが止まって一気に押されていく。更には押しつぶそうとしていた肉壁も止まっている。

 

「今ですレフィーヤさん!」

 

「ッ! 魔力全開ぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいッ!!!」

 

 僕の叫びにレフィーヤさんが空かさず、全ての魔力を解き放った。

 

 極大となった光柱は触腕型モンスターを跡形もなく吹き飛ばす。

 

 そしてそのまま地面だけでなく森の屋根も突き抜け、水晶の夜空が僕達の視界に飛び込んでくる。

 

 同時に、モンスターを失った所為か、周囲の岩盤が一気に崩壊し始める。

 

「レフィーヤさん!」

 

「えっ! ちょっ!?」

 

 全開で魔法を放ったレフィーヤさんを、武器を収納した僕は即座にお姫様抱っこの要領で抱きかかえ、膝を思いきり屈めた後に跳躍する。

 

 アークスの脚力をもって高く飛び上がり、崩れ落ちる岩を利用しながら脱出した。

 

「は、放して下さい! こんなところをアイズさんとティオナさんに見られたら……!」

 

「ちょっ! あ、暴れないで下さい!」

 

 非常時だと言うのに、レフィーヤさんが暴れるので脱出するのに凄く一苦労するのであった。




久々にナ・メギドを出しました。

中二病的なナ・メギドの詠唱を見て思わず読んだ方はいるでしょうか?

感想お待ちしています。


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異常事態(イレギュラー)

 レフィーヤさんが暴れるも、何とか穴から脱出する事が出来た。

 

 彼女が使った魔法の影響を受けていたようで、水晶の柱は罅割れては横に傾き、倒壊している。更に真上では森の天蓋が巨大かつ綺麗な丸穴を開けていて、そこから天井水晶の無数の破片がパラパラと降り注いでいた。

 

「全くもう、危うく落ちるかと思って焦りましたよ」

 

「あ、貴方がいきなり抱きかかえるからじゃないですか……!」

 

 粉雪と思わせる水晶片を浴びながらも、僕が少しばかり文句を言うも、お姫様抱っこされているレフィーヤさんは反論してきた。

 

 だって仕方ないでしょう。魔力全開で撃ち終わった途端にガクンと膝を折って倒れそうだったんだから。どう考えても僕が抱えて脱出するしかない。

 

 まぁ、脱出できたからもう良いとしてだ。本当にレフィーヤさんの魔法には恐れ入る。流石はリヴェリアさんの直弟子であって、触腕型モンスターを倒すだけでなく、地形や周囲の物を崩壊させる威力を出すのは僕でも無理だった。

 

 恐らく野営地にいる【ロキ・ファミリア】も聞きつけた筈だ。極大な光柱によって盛大な破壊音がした筈だから、何れ誰かがここへ駆け付けてくれるだろう。

 

 取り敢えず、この場から一旦離れる事にしよう。レフィーヤさんは未だに少し暴れて元気そうに見えても、魔力を使い果たしてる事で相当疲弊しているのが分かっているので。

 

「何だ、これは!?」

 

 その時、叫び声が響いた。

 

 振り向くと、森の奥へ進んで姿を消したローブを纏った二人組が戻って来た。あれだけの騒音で気付かない訳がなかったから、早く退散しようと思っていたが、向こうが一足早かったようだ。

 

 僕達を見付けた事に、二人が頭巾や覆面を纏っても、目を見るだけで驚愕してるのが分かる。

 

「【千の妖精(サウザンド・エルフ)】……【ロキ・ファミリア】だけでなく、噂の【亡霊兎(ファントム・ラビット)】まで!?」

 

巨靫蔓(ヴェネンテス)を倒したのか!?」

 

 ………………え? 今なんて?

 

 僕の聞き違いかなぁ? 何かさっき、僕の事を【亡霊兎(ファントム・ラビット)】って呼んだ?

 

 亡霊(ファントム)はともかくとして、(ラビット)って何? もしそれが異名だったら嫌なんですけど。

 

 ……あ、そう言えば遠征に行く前日、神様が――

 

 

『ベル君、君が遠征に言ってる間、三ヵ月に一度開かれる「神会(デナトゥス)」が行われる。暇な神達の会合だけど、それで【ランクアップ】した者の称号(ふたつな)を決める。「Lv.2」になった君も当然決まる予定だ』

 

 

 ――って言う事を僕に言ってたな。

 

 その時に僕が「是非とも【白き狼】で!」と推したけど、神様から生暖かい目で見られた。その時は無難な二つ名を勝ち取ると言って話は終わったが。

 

 恐らく、あの二人組が言った【亡霊兎(ファントム・ラビット)】とは、僕の二つ名と見て間違いないだろう。

 

 神様ぁ……せめて【亡霊(ファントム)】だけにして欲しかったです。周囲から兎と呼ばれているのは自覚してますが、それでも二つ名には入れて欲しくなかったです。

 

「おのれっ……!? 食人花(ヴィオラス)!」

 

 僕が自身の二つ名で不満を抱いている中、二人組の一人の男が叫んだ。その直後、奥から植物型モンスターがずるずると這い寄って来た。

 

 数は……十体か。

 

「ベル・クラネル! ここは私が抑えますから、貴方は一刻も早くアイズさん達に……!」

 

「そんなこと出来ませんよ!」

 

 自分を置いて逃げろと言ってくるレフィーヤさんに僕は即座に却下した。

 

 不味いな。僕一人だけならまだしも、彼女を守りながら戦うのは正直難しい。

 

 すぐに離脱すべきだけど、あのモンスターがこちらに狙いを定めた以上は無理だ。かく乱させる為に逃げたところで、あれだけの数を解き放ったら不味い。今後の為に倒さなければならなかった。

 

「今ここで死んでおけ! 冒険者ども!」

 

 二人組がいつの間にか離脱している中、植物型モンスターの群れの一体が襲い掛かろうとする。

 

『―――オオオオオオオオオオオオオオオオッ!』

 

 くっ、やるしかないか!

 

 守りながら戦うしかないと決めた僕は彼女をすぐに下ろし、破鐘(われがね)みたいな雄叫びをしながら向かってくるモンスターを相手にカラベルフォイサラーを構える。

 

『ガッッ!?』

 

「え?」

 

 その直後、誰かが割って入って来た。

 

 襲い掛かって来た一体のモンスターが薙ぎ飛ばされ、周囲の植物型モンスターを巻き込んで横転していた。

 

 余りの出来事に僕だけでなくレフィーヤさんも呆けており、強烈な一撃を見舞った強襲者は草地に着地する。

 

「不穏な騒ぎを聞きつけてくれば……新種のモンスター、ですか」

 

 右手に長い木刀、薄手の戦闘衣(バトル・クロス)、そして深く被ったフードに覆面をした女性――リューさんだった。

 

「あれ? あの人、確か前に……」

 

 僕の近くにいるレフィーヤさんが思い出しながら言っていた。

 

 以前僕が【アポロン・ファミリア】と戦争遊戯(ウォーゲーム)した時、助っ人の冒険者を思い出しているんだろう。目の前にいる覆面の冒険者が全く一緒なので。

 

「クラネルさん、後は私がやります」

 

「え、良いんですか? 僕も戦えますが」

 

「貴方はそこの同胞(エルフ)を守って下さい。それに……私一人でも充分なところをお見せします」

 

 リューさんがそう言った直後、空かさず姿を消し、植物型モンスターの群れに向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結論から言わせてもらうと……あっと言う間に終わった。

 

 最初は通常の攻撃が通じない事に少し梃子摺っていたけど、レフィーヤさんからのアドバイスを聞いてすぐに状況が一変。

 

 詠唱をしながらもモンスターの攻撃を躱し続け、それが完了して魔法名を告げた瞬間……強力な風の攻撃魔法が解き放たれた。十体いた植物型モンスターは魔石と一緒に爆砕し、全て灰と化したのは言うまでもない。

 

 余りの無双っぷりにレフィーヤさんは顔を痙攣させていた。同胞が自分とは全く違う戦闘スタイルである事に色々とビックリした、みたいな感じだ。

 

 僕も僕で改めてリューさんの実力を知った事に、あんな凄い人がよく戦争遊戯(ウォーゲーム)で助っ人をやってくれたなぁってつくづく思う。

 

 因みに二人組は既に逃げだしている為、もう何かしてくる気配はないので戦闘は終了している。

 

 取り敢えずは此処に向かってくるであろう【ロキ・ファミリア】の救援を待ちながら、僕はレフィーヤさんの治療をする事にした。溶解液によって火傷状態となった彼女にアンティで治し、更にレスタで体力を回復させた。

 

 一応リューさんにも回復させようとしたけど、怪我はしてないので必要無いと言われた。

 

「さて、クラネルさん……これは一体どういう事ですか? 事情は分かりませんが、今回ばかりは流石に私も失望しかけています」

 

「あ~……」

 

 非難の眼差しを向けるリューさんに、僕はどう言おうかと悩んだ。

 

「私の記憶が正しければ、森で迷子になっていた貴方を野営地に送り届けたばかりなのですが……」

 

「えっと、それはですね……」

 

「いくら貴方が強いと言っても、夜の森は危険だと伝えた筈です」

 

 怒り状態となったレフィーヤさんに追いかけられました、なんて流石に言えなかった。それを口にした瞬間、リューさんは次に彼女を責めるだろう。

 

「まっ、待って下さい!」

 

 すると、レフィーヤさんが割って入るように言ってきた。

 

「私のせいなんです。全部、私のせいで……この人を巻き込みました」

 

「……」

 

「この人は何も悪くない……。だから、誤解しないで下さい、同胞の人。……私を助けてくれました」

 

 ………一瞬、この人は本当にレフィーヤさんなのかと失礼な事を考えた。

 

 僕の心情を余所に、リューさんは微笑んでいる。

 

「貴方のような同胞に会えて私は嬉しい」

 

 喜びの文句にレフィーヤさんが頬を赤らめていた。

 

 リューさんは僕の方へと向き直り、軽く頭を下げた。

 

「申し訳ありません、クラネルさん。早まった真似をしてしまいました」

 

「い、いえ……お気になさらず」

 

 僕は色々と突っ込みたい衝動を我慢しながらも、一先ずはこの話はここまでにしようと終わらせる事にした。

 

「レフィーヤ! ベル!」

 

 すると、自分達から離れている場所から僕達を呼ぶ声が聞こえた。

 

「アイズさん!?」

 

 その声に振り向くと、僕とレフィーヤさんが安堵していると――

 

「アルゴノゥトく~~~ん!!」

 

「どわっ! ティ、ティオナさん!?」

 

 突然、アイズさんの横を凄い勢いで通り過ぎたティオナさんが僕を見てすぐに突進してきた。

 

 予想外の不意打ちだった為、僕は態勢を崩してそのまま押し倒されてしまう。

 

「大丈夫!? ケガはない!?」

 

「あ、は、はい……。見ての通り、大丈夫です……」

 

 一番のダメージはティオナさんの突進ですと言いたかったけど、心配して駆け付けた彼女にソレは不味いと思って濁す事にした。

 

 アイズさんとレフィーヤさんはいつもの光景だと思って見ていたが――

 

「クラネルさん、これはどういう事ですか?」

 

「え゛?」

 

 事情を知らないリューさんが、さっきまでとは違う目をして見下ろしていた。何か殺気も感じる。

 

 しかし、それは一瞬だった。

 

「あ、いや、リューさん、これは……!」

 

「………色々と訊きたい事はありますが、地上に戻ってからにしましょう。私は気になる事もあるので、これで失礼します」

 

 考えを切り替えたのか、リューさんは僕にそう言って、すぐに二人組が逃げたと思われる方向へ去って行く。

 

 ティオナさんとアイズさんが来た後、ティオネさんとリヴェリアさんも到着した。

 

 因みにレフィーヤさんが経緯について話している際――

 

「レフィーヤ、お前には後で話があるから覚悟しておけ」

 

「は、はいぃ……」

 

「すまなかったな、ベル。私の弟子がお前に多大な迷惑を被ってしまって。この馬鹿者には私から厳しく言っておく」

 

「あ、いや、僕は別に……」

 

 鬼の形相となったリヴェリアさんがレフィーヤさんに死刑宣告も同然の判決を言い渡した事に、僕は内心気の毒に思ったが何も言えなかった。

 

 その後、ティオナさんとティオネさん、そしてリヴェリアさんが二人組やこの周辺を調査する事になる。アイズさんが僕とレフィーヤさんと一緒に戻る事にティオナさんが不満そうな顔をしていたけど。

 

 武器を持ってきている彼女達を見て、僕はある事に気付く。

 

「あれ、リヴェリアさん。その杖……」

 

「ん? ああ、コレか。見ての通り壊れかけだが、使うには問題無い」

 

 リヴェリアさんが持っている杖の先端部分に付けられている石に罅が入っていた。

 

 …………あのモンスターの事も考慮して、ここは貸しておいたほうがいいかもしれないな。

 

 そう思った僕は、カラベルフォイサラーとは違う別の長杖(ロッド)――ゼイネシスクラッチを展開する。

 

「! ベル、その杖は……!」

 

「万が一の事もありますので、この杖をもう一度お貸しします。但し、後でちゃんと返して下さいね」

 

 リヴェリアさんの目の色が思いっきり変わることにスルーしながらも、警告をしながら貸す事にした。

 

 その光景に――

 

「リヴェリアだけズル~い! ねぇねぇアルゴノゥト君、あたしも君の武器使いた~い!」

 

「アンタは自分の武器が問題無く使えるから必要無いでしょう」

 

 ティオナさんが僕に強請ってきたが、即座にティオネさんが窘めてくれた。

 

「……私も使ってみたい」

 

 ついでに、アイズさんが羨ましそうにリヴェリアさんを見ていたけど、そこも敢えてスルーしておくことにする。




今回の話で、ベルの二つ名を出しました。


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異常事態(イレギュラー)

 触腕型モンスターとの戦闘を終えた翌日の朝。

 

 食事と休息を終えた僕は、調査を終えて野営地に戻って来たリヴェリアさんに杖の返却を求めた。前みたいに物凄く名残惜しそうに返すのを躊躇っていたが、ガレスさんがいてくれた事で何とか事無きを得る。

 

 その光景を目撃した椿さんが自分にも貸して欲しいと言ってくるも、僕がいつものように断っていると、再びガレスさんが釘を刺してくれた。その直後、今までしつこかった筈の椿さんがあっと言う間に引き下がった事に僕は内心驚く。

 

 どうやら僕が野営地から離れている間、フィンさん達から色々と注意されたようだ。これ以上ベルにしつこく強請るのは止めるように、と。僕としても本当に勘弁して欲しかったから、注意してくれたのは本当に感謝だ。フィンさん達が他所の【ファミリア】である筈の僕にそこまでしたって事は何か魂胆があると思うが、そこは敢えて何も気付いていない事にしておこう。

 

 そんな事よりもだ。今の僕は申し訳ない気持ちになっている。

 

「てんめえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!! 俺のやった事を無駄にしやがってぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

「ごめんなさい! ごめんなさい! 本当にごめんなさい!」

 

 現在、物凄く怒っているベートさんに謝罪していた。

 

 僕や()()()、【ロキ・ファミリア】の団員達が毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の毒で寝込んでいた二日前。ベートさんはフィンさんから解毒薬を調達するよう命じられ、それを大急ぎで済まして昨夜に戻って来た。

 

 翌日の朝、僕が解毒薬を使わずに目覚めて自分で治した後、他の負傷者達を治療したとベートさんが聞いて今に至る。

 

 彼のやった事を無駄にしてしまった事に僕がずっと謝罪するも、怒りは未だに収まらない状態だ。

 

「ベート、うるさーい」

 

「アンタが怒る気持ちは分からなくもないわ」

 

「放せバカゾネス共ぉ!」

 

 ベートさんの心情を考えれば僕の胸倉を掴んでいるが、ティオナさんとティオネさんが抑えていた。ジタバタと暴れる彼の腕をそれぞれ掴んで、僕に近寄らせまいとしている。

 

「え、え~っと、ベートさんのお怒りはご尤もです。なのでお詫びとして――」

 

「んなもんいるかぁ! 一発殴らせろ!」

 

 ベートさんに使えそうな武器をお貸ししますと言おうとしたが、途中で遮られてしまった。

 

 どうやら怒りは相当のようだ。僕がファイタークラスでやっていた頃の双小剣(ツインダガー)――ジュティスシーカを使う気はないか。リヴェリアさんがアークス用の長杖(ロッド)を使えたから、ベートさんも使いこなせると思っていたが……止めておこう。これじゃある意味実験みたいな感じがするし。

 

「それとベル! 水浴びしてるアイズを覗いたみたいだな!?」

 

「いいっ!」

 

 よ、よりにもよって此処でそれを言いますか!?

 

 ベートさんの叫びに、出発の準備をしている【ロキ・ファミリア】の団員数名が僕を睨んでいた。

 

 僕の反応を見て本当だと思ったのか、彼は更に怒りのボルテージを上げようとする。

 

「ベルゥゥゥゥゥゥゥゥ! 俺でもできねえことを易々とやりやがってぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

「あ~もう、うるさいな~! それはもう終わったことなんだよ!」

 

「ベル、このバカ狼は私達が何とかしておくわ。アンタは気にせず帰り支度してなさい」

 

「テメエらもいい加減に放しやがれぇぇぇぇぇぇ!」

 

 いい加減に鬱陶しく思い始めたのか、ティオナさん達は更に暴れて騒ぎ立てるベートさんを物ともせずに別の場所へと連れて行こうとする。

 

 あの様子じゃ、僕は暫く睨まれる事になるだろう。折角あの人とは名前で呼ばれるほどの距離になったんだけどなぁ……。

 

「ベル君、ちょっといいっすか?」

 

 そう思いながら帰り支度をする為に天幕に戻ろうとする中、ラウルさんが声を掛けてきた。

 

 フィンさんからの伝言で、僕は【ヘファイストス・ファミリアと一緒に、部隊を二つに分ける後続隊に加わるようとの事だ。更にはラウルさんも引き続き僕と同行すると。

 

「あ、そうだラウルさん」

 

「何すか?」

 

「まだ遠征は終わってないですが、僕と一緒に同行してくれてありがとうございます。ラウルさんのお陰で、色々と勉強させてもらいました」

 

「あ、いや、自分はそんな大したことはしてないっすよ……!」

 

 僕が感謝の言葉を述べる事に戸惑い気味のラウルさん。

 

 大した事は無いと言っても、僕からすれば非常に有意義だった。ダンジョン19階層以降の(ルート)や、モンスターについての情報提供など、僕からの質問を親切丁寧に教えてくれた。

 

 遠征に参加した際、ラウルさんは終始僕の面倒を見てくれたから感謝しきれない。だから僕としても何かしらのお礼をしたいと思っている。

 

「そんな事はありません。これをお礼と言うのは烏滸がましいですが」

 

 そう言いながら僕はラウルさんに――。

 

 

 

 

 

 

「ではラウルさん、早速使ってみましょうか」

 

「は、はいっす!」

 

 フィンさんや、アイズさんたち幹部勢を含めた【ロキ・ファミリア】先鋒隊が17階層へ突入後、ある程度の時間が経ったので後続隊も出発した。

 

 しかしその途中、中層モンスターの群れと遭遇したので、治療師(ヒーラー)役の僕も急遽参戦する。

 

 折角の機会が訪れたので、同行しているラウルさんに僕が所有している武器を即座に渡した。受け取るラウルさんは少し緊張しているが、それでも構えようとする。

 

 彼に渡した武器は、僕が以前ブレイバークラスで使っていた抜剣(カタナ)――ノクスサジェフス。ゼイネシスクラッチと同様お蔵入りとなっていた武器だ。

 

 アークス用の武器をリヴェリアさんが使えたから、恐らくラウルさんも使える筈だ。その証拠に、彼が手にした瞬間に抜剣(カタナ)が反応している。

 

「何なのだ、その武器は!? 是非とも手前にジックリと見せて――」

 

「椿、お主は引っ込んでおれ」

 

「我々の注意を忘れたとは言わせないぞ」

 

 僕がラウルさんに武器を渡したのを見た椿さんが割って入ろうとするも、ガレスさんとリヴェリアさんが即座に止めた。

 

 主要幹部二人には前以て説明していて、当然ラウルさんに武器の使用許可も貰っている。リヴェリアさんが羨ましそうに見ていたのは無視させてもらったけど。

 

 中層のモンスター相手に呪斬ガエンを使う必要がないので、久々にフォルニスレングを展開して構える。椿さんが反応するも、僕は敢えて何も気にしない事にする。

 

 そして――

 

「何すかこの武器の斬れ味は!? 皮膚が硬い筈のミノタウロスを簡単に斬れたっすよ!?」

 

「流石はラウルさん、お見事です!」

 

 ミノタウロスを一撃で斬り裂いたラウルさんを称賛しながら、僕はヘルハウンドの群れを裏の技用のシュメッターリングで片付けていた。

 

 リヴェリアさん達に凝視されながらも、僕とラウルさんは次々と襲い掛かってくるモンスターを難なく倒し、何のトラブルもなく着々と地上へ辿り着こうとする。

 

 

 

 

 

 

「フィンさん、今回の遠征は大変勉強になりました。もし次がありましたら、また声を掛けて下さい」

 

「ありがとう、ベル。こちらとしても、君には色々と助けられたよ」

 

 漸く地上に戻り、久しぶりに見た夕焼け空を感動的に見ながら集合場所となってる中央広場(セントラルパーク)北部へ来て早々、またしてもティオナさんからの抱擁を受ける事となった。

 

 フィンさんと握手を交わし、僕は【ロキ・ファミリア】と別れる。抱き付いているティオナさんやアイズさんが名残惜しそうに見ていたが、僕は「また会いましょう」と言いながら去った。【ヘファイストス・ファミリア】の椿さんに絡まれる前に。

 

「ふうっ。やっと帰れる……」

 

 神様がいるミアハ様の本拠地(ホーム)――『青の薬舗』へと向かう。

 

 ダンジョンに長くいた所為か、ほんの少し道を迷いそうになったが、それでも問題無く辿り着いた。

 

 そして出入り口の扉を開ける。

 

「神様~、ミアハ様~、ナァーザさ~ん、ただい――」

 

「――おかえりベルくぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅんっ!!!!!!!」

 

「どわっ!」

 

 入って早々、神様からの突進と抱擁を受ける事となってしまった。

 

「ベル君、ベル君、ベル君だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

「ちょ、か、神様! お、落ち着いて下さい……!」

 

 心底嬉しそうな顔をしながら、僕の胸辺りに顔をグリグリとしながら叫ぶ神様に戸惑う僕。

 

「これこれ、ヘスティア。何をやっておる。ベル、よく帰って来てくれた」

 

「……おかえり、ベル。予定より随分遅かったね」

 

 ミアハ様とナァーザさんも迎えてくれて、相変わらず対照的な反応だと内心思った。

 

「ただいま帰りました」

 

 取り敢えず皆が出迎えてくれたので、僕は言いたかった事を告げた。

 

 その後、神様達が遠征に戻った僕のお祝いをすると言って、今日の夕飯は豪華な物となった。

 

 因みに――

 

「……ところでベル、お土産の薬草は?」

 

「勿論ありますよ」

 

 お土産を催促してきたナァーザさんに、僕は約束通り出そうと、電子アイテムボックスから『大樹の迷宮』で入手した薬草入りの大袋を出した。

 

 相当の量である事に予想外だったのか、彼女がホクホク顔となったのは言うまでもない。




 漸く【ロキ・ファミリア】の遠征編はこれで終わりです。

 後は後日談のみとなります。


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異常事態(イレギュラー) 番外

後日譚として更新するつもりでしたが、内容が番外的な物ですので変更しました。

今回はフライング投稿です。


 遠征から戻って来たベルは、ヘスティアにある事を問い質そうとしていた。

 

「神様、僕の二つ名が【亡霊兎(ファントム・ラビット)】になったみたいですが……」

 

「え、何で知ってるんだい?」

 

「遠征中の時に偶然知ったんです」

 

「ほほう、それは凄い偶然だね」

 

「そんな事より、何で(ラビット)が入ってるんですか? 僕としては【亡霊(ファントム)】だけで充分なんですけど」

 

「あ、あ~……一応ベル君のリクエストも言ってみたんだけどね。実はあの時――」

 

 説明を求める事に、先日にあった出来事をヘスティアは話そうとする。

 

 

 

 

 

 

 ベルを加えた【ロキ・ファミリア】が『遠征』に出発して四日目の頃に遡る。

 

 場所は地上で、オラリオの中央にそびえ立つ白亜の巨塔『バベル』。

 

 その三十階の大広間に多くの神々が足を運んでおり、三ヵ月に一度開かれる神の会合――『神会(デナトゥス)』が開かれていた。

 

 下界に娯楽を求めて降臨した神々の大半がいい加減な性格と化している為、殆どが不真面目でふざけた内容が多くを占めている。

 

 しかし、その中には冒険者の一生に関わる称号の進呈『命名式』などが含まれている。他にも大事な内容も含まれているが、そこは割愛させてもらう。

 

(こ、ここまで狂っているなんて……!)

 

 今回の『神会(デナトゥス)』にはヘスティアも参加している。理由は当然、ベルの称号(ふたつな)を決める為だ。

 

 隣に座っている神友――ヘファイストスからは聞いてはいたものの、予想以上の酷さにドン引きしていた。

 

 しかし、ヘスティアはめげていない。大事な愛しい眷族であるベルの為にも無難な二つ名を何としてでも勝ち取ろうと決心しているので。

 

 因みに彼女はベルから『白き狼』や『亡霊(ファントム)』等の二つ名を要望されている。それを聞いて思わず、遠い目となってしまった。どんなに強くても、やっぱりそう言うのに憧れているんだなぁと。

 

 ヘスティアがそう思いだしてる最中、『神会(デナトゥス)』は命名式に進んでいた。

 

 対象冒険者の名前が出た瞬間、恩恵を与えた主神がビクッと身体を震わせる。そして、いやらしい笑みを浮かべる神々が痛恨の二つ名を考案し、決定した直後に絶望の雄叫びをあげる。

 

 それが二人目、三人目、四人目と、痛々しい称号を与えられて主神が慟哭し続けるも、他の神々はその不幸を嘲笑っていた。下界で言うなら『人の不幸は蜜の味』と言ったところだろう。

 

 その中にはヘスティアのもう一人の神友――タケミカヅチも含まれていた。彼の眷族である女性冒険者――『ヤマト・命』に無難な称号をしようと決めていた。

 

 だが――

 

「じゃあ、命ちゃんの称号は【絶†影】に決まりで」

 

『異議なし』

 

「うわぁ、うわぁあああああああああああああああああああああっ!?」

 

 結局は他の冒険者達と同様、途轍もなく痛々しい称号となってしまい、タケミカヅチは慟哭を迸らせていた。

 

(タケ、本当にすまない!)

 

 止める事が出来ない事にヘスティアは心の中でタケミカヅチに只管謝り続けていた。

 

 本当であれば自分が二つ名を決めたかったが、『神会(デナトゥス)』に初参加である為に何も出来ない。ただあくまで提案をするだけだ。例え提案しても、他の神々が即座に却下するのがオチなので。

 

 次に【ロキ・ファミリア】のアイズ・ヴァレンシュタインも出た。彼女は階層主(ウダイオス)を一人で倒して『Lv.6』になった為、命名式の対象となっている。

 

 これらを知った神々はその偉業に戦慄するも、調子に乗って【神々(おれたち)の嫁】とふざけた二つ名を提案した。

 

 だがしかし、すぐに却下された。司会進行役かつ主神ロキが鶴の一声による一睨みで一蹴されてしまったから。

 

 ふざけていた神々は相手が都市最大派閥の主神だからか、即座に平伏しながら心からの謝罪をした。誰もがロキの報復を恐れ、強制天界送還されたくないので。

 

「さて、最後はドチビ……ヘスティアんところのベル・クラネルやな」

 

(きた……!)

 

 他の神達とは違う扱いにヘスティアは内心差別だと歯軋りするも、ベルの名が出た瞬間に緊張が走る。

 

「待ってましたぁぁーーー!」

 

「やっと来たぜぇーー!」

 

「この時をどれだけ待ち望んだ事か!」

 

 すると、他の神々からも凄まじい反応を示していた。

 

 それは当然と言うべきかもしれない。何しろベルは『神会(デナトゥス)』が始まる前に、『Lv.1』でありながらもオラリオ中を轟かせる程の偉業を成し遂げていた。そして『Lv.2』にランクアップしたのだから、神々が気にならない訳がない。

 

 冒険者になって一ヵ月未満である筈なのに、中層に進出して階層主(ゴライアス)を単独撃破。その後に百名以上の眷族がいた【アポロン・ファミリア】と戦争遊戯(ウォーゲーム)をやり、助っ人を一人付けて、たった二人だけで『攻城戦』に勝利。更には未知の武器や魔剣、数々の魔法を披露。

 

 余りにも異常で、余りにも反則染みた強さを持つベル・クラネルに、オラリオにいる神々はあの手この手を使って引き抜こうと考えていた。しかし、戦争遊戯(ウォーゲーム)終了後にヘスティアがベルを連れて行方不明になってしまった事で頓挫してしまう。故に決めた。この『神会(デナトゥス)』で、ヘスティアからベル・クラネルについて根こそぎ情報を頂いた後、積極的に動いて引き抜こうと。

 

「なぁなぁヘスティア。あの少年、一体何者なんだ?」

 

「あんなに可愛くて強い子を独り占めなんて酷いじゃない」

 

「と言うか、なんでヘスティアの眷族になったんだ?」

 

「俺の所に来てくれれば大歓迎だったんだけどなぁ~」

 

「教えろよ。ベル・クラネルについて知ってるのお前だけなんだからさ」

 

「あの武器や魔剣、そして三種類以上の魔法。全て吐いてもらおうか」

 

「言っておくが拒否権はないぜ♪ 全部吐くまで返さないからな♪」

 

『さぁ! さぁ! さぁ!』

 

「ぐっ……! い、今は命名式なんだぞ! 称号を決めるのが先だろう!?」

 

 多くの神々から速攻で問い詰められる事にヘスティアは気圧され気味となるも、何とか抵抗するも無駄だった。

 

「いやいや、そんなの後回し」

 

「先ずはベル・クラネルについての情報だ」

 

「こっちは知りたくてウズウズしてるんだ。教えてくれなけりゃ称号は決めん!」

 

「早く教えてくれよ~! あの少年の全てを知りたいんだよ!」

 

「俺達から逃げようたってそうは行かないぜ♪」 

 

「さぁ吐け! お前の持つ情報を全て!」

 

『吐け! 吐け! 吐けぇぇ!』

 

「………………」

 

 もう完全にベル・クラネルの情報公開を求められていた。

 

 ヘスティアは思わず隣のヘファイストスを見るも、彼女は嘆息しながらも首を横に振った。自分ではもう如何にも出来ないと言うように。

 

 因みにヘファイストスも内心ベルの事を知りたがっていた。申し訳ないと思いつつも、魔剣について自身の眷族――椿やヴェルフが凄く気になっていたので。

 

 完全に命名式とは別物の空気になっている中――

 

「よし、もう一回黙れ!」

 

『…………………』

 

 すると、司会のロキが突然一喝した。

 

 その直後には先程まで騒いでいた神々が急に静まり返り、何事も無かったかのように無言となる。

 

 予想外の展開にヘスティアは一瞬戸惑うも、ロキは気にせず続けようとする。

 

「自分らがドチビからあの子について訊きたがってるのはよ~く分かった。けど止めときぃ。今は命名式の最中や。それは却って自分らの首を絞める事になるで」

 

「おいおいロキ、それはないだろぉ!?」

 

「ってか、ベル・クラネルについて知りたがっているのはロキじゃなかったか!?」

 

「お前らしくないぞ! 何でここで水を差すんだ!?」

 

 他の神々は当然反発する。いくら都市最高派閥の主神だからとは言え、自分達が知りたがっている情報を遮らせる事は流石に我慢出来ないと。

 

 こうなる事を分かっていたのか、ロキは嘆息しながらも理由を告げようとする。

 

「しゃ~ないなぁ。これはあんまり言いたくないんやけど、ベル・クラネルはドチビの【ファミリア】に入団する前、自分らの【ファミリア(ところ)】へ行って、全部門前払いされたらしいで。うちの【ファミリア】も含めてな」

 

『………へ?』

 

 全く初耳だと言わんばかりに、神々が目が点になっていた。

 

 【ファミリア】の主神は下界の子供が自身の所に入団希望者がいれば通す事になっている。その者を見定めて入団する資格があるかを確かめる為に。【ロキ・ファミリア】も当然その内の一つだ。

 

 しかし、ベルは各ファミリアの主神と会って話しをする事もなく、その眷族達の独断によって門前払いされてしまった。外見が弱そうな子供、怪しい奴だという勝手な理由で。

 

 それを知ったロキは最初、勝手な事をした団員にお仕置きをしようかと考えていた。けれど、自分以上に怒っていた団員(リヴェリア)がいた事により、一先ずは収める事にする。

 

 門前払いされたベルの心情を考えて、無理矢理引き抜く事はしないでおこうと決めている。これ以上の悪印象を抱かれれば色々と不味いので。

 

 同時にロキは他の神々にも警告をしておこうとする。自分達の眷族が独断で追い出したのに、それを手のひら返しすれば却って最悪な事態になると。

 

「……待て待て、そう言えば以前、俺に会おうとしていた怪しい子供を追い出したって話を聞いたような……」

 

「俺の所も似たような話が……」

 

「まさか、門番やってたアイツ、ベル・クラネルを追い出したんじゃ……」

 

「あれ? まさかあの子……!」

 

『後でアイツ等に確認しないと!』

 

 何か思い当たる節でもあったのか、神々の中には自分の眷族がやらかしたんじゃないかと不安を抱き始めていた。

 

 先程まで問い詰められかけていたヘスティアは、敢えて何も言わなかった。ベル君を外見で判断しておいて、今更何をしたところでもう遅いと。

 

 ロキはそれと別に――

 

(取り敢えずは一応釘をさせたみたいやな。つっても、それを分かっていながらも諦めとらん奴もおるな。問題は……)

 

 周囲の神々の反応を見て、暫くベルを無理矢理引き抜こうとする神は大半いなくなったと観察していた。

 

 フィン達が今後ベルと友好的な関係を築こうとしている為、自分は他の神達が余計なちょっかいを掛けないよう釘を刺しておいた。

 

 けれど、そうしても全く気にしていない神が複数いた。その中でロキが一番に警戒しているのが、銀髪の女神――フレイヤだ。彼女はロキからの警告に一切表情を変えず、ただ面白そうに眺めているだけ。ベルの話題になった瞬間、待ってたと言わんばかりに更に笑みを浮かべていた。

 

「そうね。ロキの言う通り、最初は勝手な理由で門前払いした後、実はとんでもない実力者だと知って根掘り葉掘り問い質そうとするのは良くないわ。ヘスティアやこの子の心情を考えれば、さぞかし嫌な気分でしょうね」

 

(この色ボケがうちに賛同して、ドチビやベルを擁護するっちゅう事は………やっぱり狙っとるな)

 

 フレイヤがベルを狙っているとロキは既に予想していたが、今回の『神会(デナトゥス)』で確信した。あの女神が誰かの為に動くと言う事は即ち、その人物を見初めていると知っている。

 

 厄介な相手に目を付けられたと改めて内心舌打ちするも、敢えて何も言わない事にしておいた。ロキはとある個神的な事情で、フレイヤに口出しする権利がないので。

 

 因みにフレイヤの言い分に、自分の近くにいた男神――ヘルメスが先程から妙だった。ベルのプロフィールを見て何か思うところがあったように笑みを浮かべた後、フレイヤの言い分に支持すると少し気色悪いモーションをしている。

 

 その後、漸くベルの二つ名を決める事になるも――

 

「なら、【美神の許婚(ヴァナディース・フィアンセ)】なんてどうかしら?」

 

「却下だぁぁぁぁ! いつからベル君が君の許婚になったんだぁぁぁ~~!?」

 

 フレイヤがいきなり如何にも自分の物と言うような二つ名を候補に挙げ、主神のヘスティアが即座に却下したのは言うまでもない。

 

 これには流石のロキも口を出し、ベルとの今後の付き合いも考慮しようと(非常に気に食わないが)大嫌いなヘスティアを擁護する。

 

 他にも【死兎(デス・バニー)】、【幽霊兎(ゴースト・ラビット)】、【強化兎(ストロング・アルミラージ)】等々と……。ベルの外見故か、殆どが兎を連想させる二つ名ばかりだった。

 

 このままだとおかしな二つ名になりそうなので、一応ヘスティアがベルの希望で【白き狼】はどうかと尋ねるも――

 

『ないない。狼と呼ぶには無理があり過ぎる』

 

 と、一斉に却下される事となった。

 

 ヘスティアもやっぱりなぁと思っていたのか、もう一つの候補として【亡霊(ファントム)】も出した。

 

 これには神々も何かピンと来たようで、それを踏まえた二つ名を考慮しようとする。その結果……【亡霊兎(ファントム・ラビット)】となった。

 

 結局は兎が入った二つ名だが、一応ベルの要望には入っているとヘスティアはこれ以上何も言わない事にしようと完結させる。

 

 ベル・クラネルの二つ名が決まった中――

 

(フレイヤがあそこまでベル・クラネルを気に入るとは……。目的のついでに私が魅了して(とりこ)にすれば、あの女は一体どんな顔をするだろうねぇ……)

 

 もう一人の美神――イシュタルが良からぬ事を考え始めようとする。

 

 しかし、それを本当に実行して【ファミリア】どころか己の身を滅ぼしてしまう事態になると、この時のイシュタルはまだ理解していなかった。




ベルの二つ名決定の経緯でした。

感想お待ちしています。


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遠征の後日談① 【ヘスティア・ファミリア】

 神様から二つ名の経緯を聞いた後、僕は遠征に起きた出来事を全て話している。

 

 とても長い報告でも神様は最後まで聞いてて、その途中で何度もビックリしていた。治療師(ヒーラー)で雇われた筈なのに、中層で強化種のミノタウロスと一人で戦ったり、【ヘファイストス・ファミリア】の椿さんから武器を貸してくれと強請られたり、【ロキ・ファミリア】と一緒に共闘したり等々と。極めつけにはダンジョン51階層進出の一隊(パーティ)に加わり、第一級冒険者のフィンさん達と一緒に前線で戦った事に神様が気絶していた。一緒に聞いていたミアハ様やナァーザさんは何故か頭痛がするように手を頭の上に置いていたが。

 

 因みにミアハ様の本拠地(ホーム)に、元【アポロン・ファミリア】の女性団員――ダフネさんとカサンドラさんもいる。何故いるのかと思うだろう。聞いた話によると、僕が遠征に行った後に『青の薬舗』へ訪れたみたいだ。何でも、僕達【ヘスティア・ファミリア】の新本拠地(ホーム)にカサンドラさんが失くした枕があるらしい。『予知夢』でそこにあると言うお告げがあったと。あそこは元々【アポロン・ファミリア】の本拠地(ホーム)だったから、確かにあってもおかしくはないだろう。ダフネさん曰く、カサンドラさんのソレはただの妄想だと言っていたが。

 

 神様は二人の言い分に困惑しつつも、一先ずは僕が戻って来るまで待つようにとお達しを下した。新本拠地(ホーム)は僕と一緒に行く事が決定事項だからと。その為、ダフネさんとカサンドラさんはミアハ様の本拠地(ホーム)でご厄介になっていると言う訳である。

 

 それとは別に、彼女達は【ヘスティア・ファミリア】に入団希望をしているようだ。【アポロン・ファミリア】が解散して以降、未だに別の【ファミリア】に改宗(コンバージョン)せず路頭に迷っていると二人が言っていた。しかし、今は無理だと丁重に断った。

 

 確かに団員が増える事は願ってもないし、僕や神様にとっては凄く嬉しい。でも、そうすれば僕が二人を纏める団長となってしまう。神様やダフネさん達も是非とも僕が団長になるべきだと言っていた。

 

 【ヘスティア・ファミリア】は新興したばかりである上に、僕自身も団長としての心構えが出来ていない。いくらアークスとしての戦闘経験があると言っても、この世界の冒険者としてはまだまだ未熟の身だ。せめてもう少しダンジョンの知識や、パーティの経験を積んでからにしたい。【ロキ・ファミリア】の遠征で充分学んだけど、【ヘスティア・ファミリア】だけでやっていく事を考えれば全く別なので。

 

 理由を言いながら断ると、カサンドラさんがションボリと凄く残念そうな顔になり、ダフネさんからは何故か物凄く呆れられた。ナァーザさんが『……あれだけ強いのに未熟って凄い嫌味だよ』と言われる始末。

 

 何を言われようが僕の考えは変わらない事を伝え、神様も僕の意見に従うと言って話しを終わらせてくれた。その後に『……もう暫くベル君と二人っきりの時間を楽しめる……!』と小声で呟いていたが、僕は敢えて聞こえなかった事にしておく。

 

 以上が、遠征に戻った後の話だ。

 

 それらの話を終えて、僕は別部屋で神様に【ステイタス】更新をお願いし――

 

 

「ベル君がもう『Lv.3』になったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

 

 

 どうやら予想以上に早くランクアップしていた。

 

 確か『Lv.2』になったのって約一ヵ月前だったかな? そう考えると、余りにも早過ぎるかもしれない。

 

 だけどまぁ、【ロキ・ファミリア】の遠征に参加して深層まで進出したから、もしかしたらと大体の予想はしていた。例えランクアップしてなくても、熟練度も結構上がっている筈だと思っていたので。

 

 神様の叫び声がリビングに届いていたようで、ミアハ様やナァーザさん、ダフネさんとカサンドラさんも凄く驚いていたようだ。

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 

 約束通り、僕は神様と一緒に新本拠地(ホーム)へ向かった。

 

 嘗て【アポロン・ファミリア】だった館は改装され、神様曰く趣味の悪い外観から質素に、けれど品がよく、そして新築同然の邸宅となっていた。三階建ての建物は石造りで、奥行きもあって、豪邸と言って差し支えない。

 

 余りの素晴らしくて僕は本当に感動した。神様も立派な新居に、目元を腕で押さえ泣いている程だ。

 

 外観だけでなく、内部も品の良い作りとなっている。部屋は勿論のこと、浴室も改良されて立派な『お風呂』化していた。

 

 神様がバイト仲間の神友――タケミカヅチ様の意見を参考にして、極東式の(ひのき)風呂(ぶろ)にしたそうだ。後日、タケミカヅチ様とその【ファミリア】を招待して驚かせる予定らしい。

 

 そして新本拠地(ホーム)の中を確認した後、僕はカサンドラさんに頼まれた件を思い出し、失くしたと思われる枕を探してみた。時間は掛かるかと思ったけど……予想以上に早く見つかった。彼女が言っていた薄紅色の枕が、一つ目の空き部屋の隅っこにポツンと置かれていたので。

 

 拍子抜けするほどに早く見つかったので、僕は枕を持ってミアハ様の本拠地(ホーム)にいる彼女に渡しに行こうとするも、神様が代わりに届けに行くと言われた。その間にギルドへ行って、遠征とランクアップの報告をするようにとも言われて。

 

 すっかり忘れていた僕は了承し、神様に枕を渡して新本拠地(ホーム)を一旦出る。しかし、ギルドへ行く前に寄りたい所があった。

 

「ゴブニュ様。僕が不在の間に本拠地(ホーム)を改築して頂き、ありがとうございました」

 

「態々それを言う為に此処へ来たのか。随分と律儀だな」

 

 現在、【ゴブニュ・ファミリア】の本拠地(ホーム)へ来ている。

 

 僕が来た事に鍛冶師(スミス)の人達は驚くも、すぐにゴブニュ様のいる場所へと案内された。

 

 ゴブニュ様は気にしてないと言い放つも、僕はそれでもお礼を言いたかった。あんなに立派な館にしてくれたので、お礼を言わないと罰が当たりそうな感じがしたので。

 

 しかし、用件はそれだけじゃない。

 

「いえ、他にもありまして」

 

「何? ……………おい、その大剣は何処から出した?」

 

 僕が大剣(ソード)を出す事にゴブニュ様は怪訝そうに問うも、そこは『企業秘密です』と言って用件を言おうとする。

 

「えっと、この剣は【ロキ・ファミリア】の遠征中に入手しまして……」

 

「……お前、あの者達の遠征に参加したのか」

 

「ええ、まぁ……」

 

 これでもかと言わんばかりに目を見開いているゴブニュ様。

 

 僕が頷いた後、すぐに元の表情に戻って大剣(ソード)を受け取ろうとする。

 

「良かろう。どう言う理由でそうなったのかは敢えて問わぬ。お前は整備を依頼しにきたのだからな」

 

「ありがとうございます」

 

「三日経ったら此処へ来い。あと整備代は通常の半額以下にしておく」

 

「え? いや、それは流石に……!」

 

「気にするな。以前の戦争遊戯(ウォーゲーム)を見せてくれた礼だ」

 

 そう言ってゴブニュ様は僕に整備代が書かれた請求書を渡した。この世界での整備額は分からないけど、半額以下と言ってるので相当安くされているんだろう。

 

「しかし、解せんな。お前は【ロキ・ファミリア】の遠征に参加したのだから、当然【ヘファイストス・ファミリア】も一緒だった筈だ。あそこの鍛冶師――椿に整備依頼しようと思わなかったのか?」

 

「あ~、それは……」

 

 ゴブニュ様の疑問に僕は思わず言い淀んだ。

 

 遠征中に椿さんが僕にした行動を説明すると――

 

「……そう言う事だったのか。同じ鍛冶師として気になる気持ちは分からなくもないが、確かに整備依頼したくもないだろうな」

 

 物凄く呆れながら同調してくれた。

 

 その時さり気なく僕に【ゴブニュ・ファミリア】の専属契約を結ぶかと誘われるも、申し訳なく思いながら丁重に断った。僕が整備に出した大剣(ソード)は、単なる練習用の武器に過ぎないので。

 

 そしてゴブニュ様に整備依頼を終えた後、次にギルド本部へ足を運ぶと――

 

「ん? ベルじゃないか」

 

「あ、フィンさん」

 

 途中で偶然にもフィンさんとバッタリ会った。




次回はロキ・ファミリア側をお送りします。


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遠征の後日談② 【ロキ・ファミリア】前編

今度はロキ・ファミリアです。

『ロキ・ファミリアの遠征㉑.5』の最後に書いてある驚愕の事実が判明します。

フライング投稿です。


 ベルと別れた【ロキ・ファミリア】は、【ヘファイストス・ファミリア】の団長椿にも同行の感謝と別れを済ませた。その直後に椿はベルの所へ向かおうとしたが、【ヘファイストス・ファミリア】の()()()達が即座に拘束して阻止される。彼等はフィン達から前以て椿を止めるよう事前に頼まれていたので、叫ぶ彼女の声を無視して自身の本拠地(ホーム)へと戻っていく。

 

 後はもう大丈夫と判断し、彼等も自身の本拠地(ホーム)――『黄昏の館』へと戻ろうと足を運ぶ。

 

 以前にベルを追い出した門番を見た途端にフィンは咄嗟に思い出すも、そこは団長としての仮面を崩さずに対応する。しかし、他はそう言う訳にはいかなかった。主に女性団員の殆どが。

 

 リヴェリアはあの杖(・・・)に対する思いが強い事もあってか、思わずギロリと睨んだ。それを知らない門番達は以前説教された件が蘇るも、自分が犯した失態をまだ怒っていると判断して甘んじて受け入れた。………この時までは。

 

 遠征に参加した女性団員の殆どが門番達に軽蔑の眼差しを送っていた。理由は当然ある。ベルが身体に染みついた体臭を消し、清潔にしてくれる治療魔法――アンティの件だ。

 

 ダンジョンへ行って帰還した際、必ずと言っていいほどにモンスター臭が身体に染みついてしまう。女性冒険者にとって、それは一番嫌な事である。それが体臭とならないよう、帰還してすぐ念入りに身体を清めるほどだ。

 

 けれど、遠征中の間にそれは無理だった。体臭を消すにも安全階層(セーフティポイント)で水浴び、もしくは身体を拭く事しか出来ないので。【ロキ・ファミリア】の女性団員達は、何とか工夫しつつも体臭を消していた。尤も、それで完全に体臭を消す事は出来ないが。

 

 今回の遠征もいつも通りのようにやっていた中、治療師(ヒーラー)と雇われたベル・クラネルが(女性にとって)重大な事実を明かした。彼が使う治療魔法は毒などの異常だけでなく、身体に染みついた体臭を消して清潔にしてくれると。

 

 その事実を知って、アキを筆頭にした女性団員達は一斉に頼んだ。直後、ベルの治療魔法によって今まで悩まされた体臭は一瞬で無くなり、地上にいる時の清潔な状態になった。と言っても、ダンジョン内を移動している間は再びモンスター臭が身体にこびり付くが。

 

 もしもベルが【ロキ・ファミリア】に入団していれば、ダンジョン探索や遠征でも体臭問題は解消されていただろう。しかし残念な事に、その彼は門番によって門前払いされてしまった為に、別の【ファミリア】へ入団する事になってしまった。

 

 それ故に【ロキ・ファミリア】の女性冒険者の殆どが殺意を湧かせた。『余計な事をしなければ、女性にとっての体臭問題(なやみ)を一気に解決できた筈なのに』と、恨みを込めた軽蔑の眼差しを送るほどだ。事情を知らない門番達は、一体何故睨まれているのかを知らずに戸惑っていたが、後にベル関連だと判明して更に肩身が狭くなる日々を送る事になる。

 

 閑話休題(それはさておき)

 

 本拠地(ホーム)に戻って解散した団員達はそれぞれの部屋に戻った後、一気に疲れと眠気が襲いかかり、即行で寝台(ベッド)に倒れ込んで泥のように眠り込んだ。

 

 

 

「そんでフィン、ベルは無事なんやろな?」

 

 多くの団員達が眠りに付いている中、主要幹部達はある報告をしようと執務室へ訪れていた。

 

 既に入っているロキからの問いにフィンが答えようとする。

 

「ああ、すっかり元気になって自力で本拠地(ホーム)に戻ったよ」

 

「さよか、それは何よりや」

 

 返答を聞いたロキは一先ずと言った感じで安堵の息を漏らした。

 

「ベート経由で手紙を見た時はマジで肝が冷えたわ~。もし解毒の特効薬を用意出来ずにベルが重傷のままやったら、ドチビに色々と文句言われるところやった」

 

「………確かに、神ヘスティアが黙っていなかっただろうね」

 

「「………………」」

 

 数日前にロキはベルが毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の毒で負傷したと知って、本拠地(ホーム)に待機してる団員にベートの手伝いをするよう指示した。

 

 大嫌いなヘスティアに頭を下げる事にならないかと焦っていたが、ベルが元気になった報せを知って漸く肩の荷が下りた。これで文句を言われても、自分達はちゃんとベルを治療をしたとの言い訳が出来るので。

 

 だが、この時のロキは知らない。ベルが用意した特効薬で回復せず、自力で治療した事を。

 

 フィンは思わず真実を言いそうになったが、それは後にした。この場にいるリヴェリアとガレスも複雑な表情をしていたが、フィンと同様に敢えて何も言わないでいる。

 

「ま、無事で何よりなら結果オーライや。そんで、遠征の内容についてはフィンの手紙で粗方知ったが、何でベルについて書かなかったん? 『ベル・クラネルについては、自分が戻ってから直接報告する』とか書いてあったが」

 

「今回の遠征では、またしてもベルに色々と本気で驚かされてね。手紙で書くには内容が余りにも多すぎる上に、見せたところでそう簡単に受け入れられないだろうから、敢えて書かなかったんだ」

 

「? 何や、その凄く勿体ぶった言い方は。ベルが凄いのは既に知っとるわ。こちとら、ゴライアス単独討伐や戦争遊戯(ウォーゲーム)で散々驚かされた身なんや。ベルがどんな凄い事をしたのか聞いたところで、今更驚いたりせぇへんわ」

 

『……はぁっ』

 

 もう驚きはしないと言い切るロキの発言に、フィン達は思わず嘆息した。同時に内心こう思った。そう言っていられるのは今の内だと。

 

「ロキ、その言葉忘れるなよ」

 

「後でワシ等に八つ当たりは無しだからな」

 

「リヴェリアにガレスまで、ホンマに一体何なん?」

 

 警告をするリヴェリアとガレスにロキは更に不可解な表情となった。

 

 二人の言い分を軽く流し、一先ずはと言った感じでロキは問おうとする。

 

「まぁええわ。そんで、ベルは今回の遠征でどんな活躍したん?」

 

「では報告しよう。治療師(ヒーラー)として雇ったベルがダンジョン中層以降での活躍を――」

 

 長い内容だと分かっていながらも、フィンは語り始める。

 

 最初にベルが強化種のミノタウロスと戦闘時に強力な魔法を使って倒した内容についてだが、ロキはこれと言って驚かなかった。ミノタウロス以上に強いゴライアスを一人で倒したから、内心とんでもない奴だと驚いた程度だ。

 

 中層以降では【ヘファイストス・ファミリア】の椿と二人で木竜(グリーンドラゴン)と戦って完勝。下層や深層にいるモンスターと戦っても殆ど無傷で撃破。モンスターとの戦闘で発生した複数の怪我人を、一度の治癒魔法だけで即座に完全回復。モンスターからの奇襲に慌てず、後方から数々の魔法で一掃。『Lv.2』とは思えない活躍だが、ロキはそれでも冷静さを保っていた。だが、ここから一変する。フィンの判断でベルをダンジョン深層51階層の一隊(パーティ)に加わった後から。

 

 突入前にベルが保険と称して、一隊(パーティ)全員に【ステイタス】を上昇(ブースト)させる魔法を行使。進行中にトラブルが起きて、後衛に配置していたベルが急遽前衛に移り、回数制限の無い複数の魔剣を披露して深層モンスターを撃破――の内容でロキが待ったを掛けるも、フィンはそれでも続ける。

 

 『精霊の分身(デミ・スピリット)』の強力な魔法で全滅しかかったところを、ベルがエリクサー以上の回復アイテムを使用して一隊(パーティ)全員を完全回復。その後、ベルが所有している強力な杖をリヴェリアに一時的貸与。その杖によってリヴェリアが放つ魔法が普段以上の威力を解き放って、『精霊の分身(デミ・スピリット)』の防御を貫通。アイズが止めを刺し損ねたモンスターを、ベルが決めて戦闘終了。

 

 その後、毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の大量発生による異常事態(イレギュラー)でベルが毒で負傷して気絶するも、ベートが地上へ戻っている間に目覚めてすぐ治療魔法を使って自力復活。早々に他の負傷者達に治療魔法を駆使し、ベートが戻って来た翌日に地上へ帰還。余談として、ベルがラウルに付き添ってくれたお礼として、地上へ戻るまでの間、自身の武器をラウルに貸与。

 

「――とまあ、こんな所だ。内容は少々省いているが、詳しい事は明日以降に話すよ。ここまでで何か質問は――」

 

「ふざけんなぁぁぁああああああああああああああああああああ!」

 

 フィンが一通りの報告を終えて質問を問おうとしてる最中、我慢出来なくなったロキが力強く叫んだ。前回(番外編 戦争遊戯⑤)と同じく、本拠地(ホーム)全体に響く程の大絶叫で。

 

 因みにロキの怒号が聞こえたのか、本拠地(ホーム)で泥のように眠っている団員達が一瞬目覚めるも、またしても夢の中へと戻っていく。主に驚いたのは、遠征に参加しなかった団員達の他、入り口前にいる門番達だけだ。まだ眠ってない遠征に参加した団員もいるが、ロキの叫びは恐らくベル絡みだろうと思って、何事も無かったかのように眠りに付こうとしている。

 

「静かにしろ。今は遠征で疲れた団員達が寝ているんだぞ」

 

「こんな時間に叫ぶのは非常識じゃぞ」

 

「やかましい! ベルの方が一番非常識やないか!」

 

「「………………」」

 

 リヴェリアとガレスが突っ込むも、ちょっとズレた返しをするロキ。それに関して思うところがあるのか、二人は何も言い返そうとしなかった。

 

「突っ込みたいところは山ほどあるが、うちが一番言いたいのは主に最後の方や! 毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の毒を受けても自力で治した!? その後に他の負傷者達に治療魔法を施した!? 何やそれは!? ちゅうことは何か! ベートや本拠地(ホーム)におるウチ等が大至急で用意した解毒薬が無駄になったやないかぁ!」

 

「うん、まぁ平たく言えばそんなところだね」

 

 ロキの叫びにフィンは一切否定せずにアッサリと答えた。

 

「ベルゥゥゥゥゥ! 何で早く目覚めなかったんやぁぁぁぁぁぁ!?」

 

「仕方なかろう。ワシ等とて、彼奴(あやつ)が目覚めて早々に治療するなど予想しなかったんじゃ」

 

「その通りだ。それにベルは善意で団員達を治療したんだから、我々が責める理由などない」

 

 ベルを訴えそうな雰囲気を見せるロキに、ガレスとリヴェリアが空かさず彼を擁護する。

 

 毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の毒は非常に厄介な毒なので、いくらベルでも一筋縄ではいかないと判断していた。それを覆して自力で目覚め、更には他の負傷者達も治療したと誰が予想出来るだろうか。

 

「ロキは納得しないと思うが、ここは穏便に済ませてくれ。結果として、彼は僕達【ロキ・ファミリア】の恩人でもあるんだ」

 

「ぐっ……た、確かにな」

 

 二人の擁護に加え、フィンも責めてはいけないとロキを宥めた。

 

 確かに最後の部分さえ除けば、ベルは今回の遠征で【ロキ・ファミリア】に多大な貢献をしてくれた。それに用意した解毒薬が無駄になったとは言っても、本拠地(ホーム)でストックすれば良いだけの話だ。もしもベルがいない時、団員の誰かが毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の毒で負傷した時に使えば良いので。

 

 そう考えたロキは大人になろうと怒りを抑え込む為、一旦深呼吸をする。

 

「取り敢えずは理解したわ。ベルがあの時以上にとんでもない奴っちゅう事は。余りにも非常識過ぎて突っ込みどころ満載やけど………それでもベルが門前払いされた件は物凄く痛いわぁ~!」

 

「悪いがそれは口にしないでくれ。今の私はあの馬鹿者共に対する怒りが再発しているんでな」

 

「……さ、さよか」

 

 門番の話題になった途端、リヴェリアから凄まじい怒気を発する事にロキは一気に大人しくなった。

 

 酒場で初めてベルに会った際、門前払いされたと知った彼女は恐ろしいと思う程の説教をした。あの時ほどリヴェリアが凄く恐ろしかったとロキは今も思っている。

 

「そんな事よりもだ。ロキ、すまないが【ステイタス】更新をしてくれないか?」

 

「は? 更新? それは明日やるって言うたやろ?」

 

「少し確かめたい事があってな」

 

 リヴェリアがそう言うには理由がある。フィンの報告の中で、彼女はベルから武器を一時的に借りていた。それを手にして自身の魔力が沸き上がり、更には魔法詠唱中に更に魔力が増大した。

 

 あの杖が自分を認めて力を貸してくれた事に、もしかすればアビリティ上昇、何かしらのスキルが発動したのではないかと思索していた。更なる領域へ踏み入れると確信はしているのだが、結局分からず仕舞いなので【ステイタス】更新で確かめる事にした。

 

 明日にやれば良い事はリヴェリアも充分に理解している。他の団員達に申し訳なく思いつつも、早く確認したい欲求を優先してロキに頼み込んでいた。

 

「……まぁええわ。そんじゃ予定よりちと早いが、付いてきぃな」

 

「分かった。二人とも、すまないが先に上がらせてもらう」

 

 そんな彼女からのお願いにロキは意外そうに思いながらも、特に断る理由がないから急遽【ステイタス】更新をやる事にした。と言っても、それをやるにはロキの神室に行かなければならないが。

 

 主神と副団長が退室して、今の執務室はフィンとガレスだけとなった。

 

「珍しいのう。あのリヴェリアが我先にと【ステイタス】更新をしたがるとは」

 

「まぁ、見当はついてるよ。ガレスだって分かっているだろう?」

 

「ベルから借りたあの杖、か」

 

 フィンからの問いにガレスは分かったように答えた。

 

 二人は知っている。リヴェリアが今もベルから借りた強力な杖――ゼイネシスクラッチを欲しがっている事に。

 

 魔導士でないフィンとガレスでも、あの杖の凄さは分かっていた。リヴェリアがあの時に放った魔法が、以前よりも途轍もない威力であった事を。

 

 もしかすれば、嘗てオラリオ暗黒期時代に戦った元【ヘラ・ファミリア】眷族で『Lv.7』の魔導士――【静寂】のアルフィア以上の魔法ではなかったかと思う程に。

 

 思わず7年前を思い出した二人が、懐かしそうに当時の事を話していると――

 

 

『リヴェリアがついに「Lv.7」になったわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!』

 

 

「「ッ!」」

 

 再び本拠地(ホーム)全体に響くロキの絶叫だったが、今度は本気で驚いた。リヴェリアが自分達よりも先にランクアップして、【フレイヤ・ファミリア】の『猛者(オッタル)』と同じ領域へ踏み込んだ事に。

 

 これには他の団員達――特にエルフ達が一気に覚醒して彼女を褒め称える。そして後日、オラリオに住まうエルフ達は勿論の事、都市外のエルフ達も知れ渡って大騒ぎになるのは言うまでもなかった。




思った以上に長くなりそうだったので、前編で区切りました。

次回は翌日の話になります。

感想お待ちしています。


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遠征の後日談③ 【ロキ・ファミリア】後編

 翌日の朝、【ロキ・ファミリア】の本拠地(ホーム)『黄昏の館』は騒然となっていた。

 

 物資や装備、戦利品の整理を居残り組の団員達が進めている他、遠征に参加した者達はロキの神室へ行って【ステイタス】更新をしている。

 

 三十名以上の長蛇の列と化して大変骨の折れる作業であるが、主神のロキは苦と思わずにわくわくしながら捌いていた。遠征に参加した大事な眷族(こども)達が、どれだけ成長したのかを見るのが楽しみでもあるので。

 

 しかし、それとは別の騒ぎも起きていた。主にエルフ達が、あの出来事を知って。

 

「リヴェリア様がついに『Lv.7』に!」

 

「これほど喜ばしい事は未だ嘗てないですわ!」

 

「流石はリヴェリア様!」

 

「他の同胞達を差し置いて申し訳ありませんが、改めてあのお方と同じ【ファミリア】に入れて良かったです!」

 

 団員のエルフ達が、この場にいないリヴェリアを激賞していた。

 

 それは当然の行動と言える。自身が崇拝している王族妖精(ハイエルフ)のリヴェリアが、今回の遠征で『Lv.7』にランクアップしたと知れば黙ってはいられない。益してや、彼女と同じ【ファミリア】に所属していれば猶更に。

 

 まるで自分の事のように大きく騒ぐエルフ達に、他の団員達は注意していない。もしあんな空気の中に入ってそんな事をすれば、間違いなく理不尽な目に遭わされると確信しているから。向こうが落ち着くまで無視するしかないと。

 

 因みに騒いでいるエルフ達の中にはアリシアも含まれている。彼女も当然喜んでいる一人だが、他のエルフ達から色々問い詰められていた。主にリヴェリアが遠征中にどんな大活躍をしたのかを聞く為に。

 

 尤も、喜んでいるのは何もエルフ達だけではなかった。

 

「『Lv.6』ー! アイズに追い付いたー!」

 

「しゃあッ! ようやくだっての!!」

 

 幹部のティオナやベート達からも喜びの叫び声を轟かせた。

 

 【ステイタス】更新で【ランクアップ】したからだ。今回の遠征で上位の【経験値(エクセリア)】を得て、『Lv.5』から『Lv.6』に至った。

 

 ティオナは当然はしゃぎ、ベートも珍しく他団員達の目も憚らずに笑みを浮かべてガッツポーズをしている。

 

「見て見て、アイズ! ほら、『Lv.6』になったよ!」

 

「うん……おめでとう、ティオナ」

 

「えへへっ。これでアイズにも負けないもんねー! ううん、このまま追い抜かしちゃうから!」

 

 興奮が冷めないティオナはアイズに抱き付いていた。彼女からの抱擁に嫌な顔を一切しないアイズは、ランクアップの報告を聞いて称賛する。

 

「アイズはどうだった? もしかして、リヴェリアみたいに『Lv.7』になっちゃった?」

 

「それは、ちょっと……無理かな。だけど――」

 

 そう呟いたアイズは手に持っている【ステイタス】更新した用紙へ視線を落とす。

 

 

『アイズ・ヴァレンシュタイン

 

 Lv.6

 

 力:I30→H128 耐久:I39→H105 器用:I58→H123 敏捷:I57→H133 魔力:I45→G202 

 

 狩人:G  耐異常:G  剣士:H  精癒:I』

 

 

 ランクアップせずとも、熟練度の上昇値がトータル460オーバーしている。

 

 余りにも圧倒的と言える数値の上昇に、アイズは思わず信じられないと驚愕していた。

 

『な、なんやコレ!? 今までとは比べ物にならんほど上昇しとるやないか!』

 

 更新していたロキですらも、これには驚いていた。

 

 今回の遠征で深層域『竜の壷』攻略に加え、『穢れた精霊』との死闘をしたからと言っても、ここまで上昇するとは思えなかった。

 

 何か他にも要因があるのではないかとロキが考えている中、アイズはある事に気付いた。遠征とは別の事をしていた。遠征が始まる一週間前、朝方にベルと手合わせした事を。

 

 アイズにとって、ベルとの手合わせは非常に有意義な物であった。他の冒険者達とは違う独特の戦闘スタイルで相手を翻弄し、ダンジョン深層域のモンスター以上に困難な相手であり、今も全力のベルと戦いたいと思っている。

 

 確証はないが、恐らくそれのお陰で熟練度が飛躍的に上昇した要因かもしれない。これからもベルの手合わせを続ければ、熟練度上昇だけでなくランクアップも早まる事が出来るかもしれないと。

 

 故にアイズは決めた。今後も時間があれば、ベルに手合わせをしてもらおうと。尤も、それが出来るとすればフィン達に内緒でやらなければならないが。

 

「アイズのも見せて! ……って、何これ!? 熟練度すごい上がってる!」

 

 ティオナがアイズの更新用紙を見て驚愕していた。自分でも過去にここまで飛躍的に上昇した経験がなかったので。

 

「ナルヴィにエルフィ、あんた達はどうだったの?」

 

「この顔を見て察して下さいよぉ」

 

「私達は、まだまだ道が険しそーです。アキさんやクルスさん、アリシアさんも『Lv.4』のままらしいです」

 

 同じく『Lv.6』にランクアップしたティオネが尋ねるも、ナルヴィとエルフィは肩を竦めながら苦笑していた。

 

 第一級冒険者の幹部達がランクアップするも、第二級冒険者のアキ達は誰一人ならない結果となっている。

 

 だが、それは少し違った。今回の遠征でアキ達の中で大きな変化をした者がいる。

 

「ちょっとちょっとラウルーー! 何でアンタだけなのよ~!?」

 

「どういう事だぁ~!?」

 

「あ、アキにクルス、落ち着くっす!」

 

 別の所で、第二級冒険者のアキとクルスがラウルに詰め寄って問い詰めている。何故こうなっているかと言うには当然理由がある。

 

 先ず結論から言うと、ラウル・ノールドは【Lv.5】へランクアップ可能となっていた。

 

 けれど、あくまでランクアップ可能(・・)であって、実際のところラウルは【Lv.4】のままで保留済みとなっている。

 

 今すぐにでも『Lv.5』に至りたかったが、そこを【ステイタス】更新したロキにストップをかけられた。出来ればアビリティをもう少し上昇させてからランクアップした方が良いと。

 

 【ステイタス】はそれなりに上がっているも、ランクアップさせるには余りにも中途半端だったのだ。ラウルを次期団長候補に挙げていると以前にフィンから聞かされたロキは、それを踏まえて見送ろうと提案した。もっと場数を踏ませた方が今後の為になると説得をして。

 

 ロキに説得されたラウルは少しばかり残念がっていたが、きっと深い考えがあるからと結論して保留する事を受け入れる事にした。

 

 それをアキとクルスに説明しようとするも、『ランクアップ可能』と言う単語を聞いたアキとクルスが、信じられないと言わんばかりに問い詰めている訳である。

 

 因みに、現在【ステイタス】更新を終えたレフィーヤもランクアップ可能状態となっているが、ラウルと同様の説得をされている最中だ。他にもリヴェリアから、遠征でベルに多大な迷惑を被った事によるキツイ説教を受けた際、自省の意味も兼ねて己を見つめ直す為の精進をしろと言われていた。よって、レフィーヤはランクアップ保留と言う形で終わらせている。

 

 それとは別に――

 

「あっ! そう言えばラウル、聞いたよ! 昨日、アルゴノゥト君から武器を貸してもらったって!」

 

「ラウルさん、それは本当ですか?」

 

「え!? 何でそれを!?」

 

 今朝方、他の団員からラウルがベルの武器を使わせてもらった事を聞いたティオナが問い詰め、聞き捨てならないと言わんばかりにアイズも加わった。

 

 予想外の問いに思わず問い返してしまった為、彼はアキとクルスだけでなく、ティオナとアイズにも問い詰められるのであった。四人に詰問されている事に、端から見ていた他の団員達は、『気の毒に……』と思いながら心の中で合掌していたのは言うまでもない。

 

 

 

 

「やれやれ。ワシとフィンはまたお預けか。どこかのエルフだけは、ワシ等を差し置いてランクアップしおってからに」

 

 神室にして団員達の【ステイタス】更新を粗方終え、最後となった首脳陣のガレスが腕を組みながらぼやいていた。リヴェリアを睨みながら。

 

「ああ。こればっかりは僕も、流石に文句の一つも言いたくなるなぁ」

 

「……そのような事を言われても困るのだが」

 

 苦笑しながら抗議の視線を送るフィンに、嘆息しながらも瞑目するリヴェリア。

 

 昨日の夜にランクアップしたリヴェリアとは別に、フィンとガレスは未だ『Lv.6』のままであった。その結果に二人は如何にも不満そうな表情だ。

 

 子供染みた嫉妬である事を二人は重々承知している。とは言え、同期(リヴェリア)が自分達より先にランクアップしたので、一緒に遠征で戦ったフィンとガレスからすれば、思わず不公平だと口にしたくなってしまう。

 

「まぁまぁ。自分らの気持ちは分からんでもないが、ここは『Lv.7』にランクアップしたリヴェリアを祝おうやないか」

 

 ロキは心情を察しながらも、主神(おや)らしく宥めた。

 

 そうする事に、フィンとガレスは取り敢えずと言った感じで頭を切り替えようとする。

 

「リヴェリア、念の為の確認だ。君がランクアップした最大の要因は何だと思ってる?」

 

「訊くまでもないだろう。59階層でベルが私に貸してくれた、『あの杖』しか心当たりがない」

 

 さも当然のように言い放つリヴェリアに、フィンは分かっていても「やっぱりか」と言い返す。それは当然ガレスも分かっていた。

 

 あの強力な杖で凄まじい威力の魔法を放ったのは今でも鮮明に覚えている。しかしまさか、威力だけでなく【ランクアップ】の要因があったのは完全に予想外だ。

 

 ベルが遠征に参加した事により、これまで自分達が持っていた冒険者の常識を何度も粉々に破壊されていた。余りの非常識っぷりに、団長のフィンですら思考放棄したくなる程に。

 

 遠征が終わって漸く一段落したかと思いきや、リヴェリアのランクアップの要因が例の杖だ。この場にベルがいなくても再び冒険者の常識を破壊された事に、フィンはまたしても頭が痛くなってきた。もはやこれは呪詛(カース)じゃないかと、一瞬本気で考えた。

 

「全く。ベルには本当に驚かされるわい。彼奴は一体どこまでワシ等を驚かせれば気が済むのやら」

 

「うちは報告でしか聞いとらんが、ベルはホンマに歩く非常識やな。いや、【常識破壊者(クラッシャー)】か?」

 

「それが彼の二つ名だったら、僕は何の違和感も無く受け入れてたね」

 

「まぁ、そのお陰で私はランクアップする事が出来たがな」 

 

 思った事をそれぞれ口にするフィン達。

 

 冒険者としての常識を散々破壊されたとは言え、ベルに色々と助けられたのは事実でもあるので。

 

 そう割り切ろうと、フィンは話題を変えようとリヴェリアに話しかける。

 

「リヴェリア。よかったら立場を交換しないかい? 君が団長で、僕は副団長だ。オッタルや彼と同じく、世界最高位の『Lv.7』になった君が副団長のままだと、他のエルフ達から色々と文句を言われそうだし」

 

「悪いが遠慮させてもらう。私は副団長の方が性に合っているのでな。立場まで変えるつもりはない」

 

「それは残念」

 

 フィンからの提案にリヴェリアは即座に辞退する。自分が団長の役割を果たす事が出来ないと最初から分かっている他、他のエルフ達から何を言われても無視すると決めている。余りにもしつこい場合は、相応の手段で黙らせようと考えているが。

 

「あと君がランクアップした要因については、後ほど緘口令を敷いておかないとね。うちの【ファミリア】を除くエルフ達に知られたら、色々と面倒事を起こしそうだ」

 

「だろうな。ベルに多大な迷惑な行動をするのが容易に想像出来る」

 

 リヴェリアが『Lv.7』にランクアップしたのは、ベルが所持している杖のお陰であるとエルフ達に知られてはいけない。それが発覚すれば、間違いなくエルフ達はベルの所に押し掛けるだろう。『リヴェリア様に例の杖を献上せよ!』と、あたかも当然のような振る舞いをして。

 

 そんな事態になれば、ベルは【ロキ・ファミリア】との関係を完全に断つ事になってしまう。それどころか、オラリオから去ってしまう可能性もある。今回の遠征でベルと友好的な関係を築き上げている最中に、他のエルフ達によって台無しにされるのは非常に困る。だからフィンは緘口令を敷こうとしている。勿論、後ほどベルにも言う予定だ。

 

「せやな。後でレフィーヤやアリシア達にも言っとかんとな」

 

「まぁそこはリヴェリアが言っておけば問題無いじゃろう」

 

 ロキとガレスも緘口令を敷く事に何の異論も無かった。寧ろ賛成の様子だ。

 

 そして一通りの話を終えた後、遠征の後処理をしようと動き出そうとする。

 

 

 

 ~おまけ~

 

 

「そうや。折角やし、今夜の遠征お疲れ様会にベルも誘ってみたらどうや?」

 

「ロキ、それだと神ヘスティアにも声をかけないといけないんだが」

 

「あ、せやった。……………すまん、やっぱなしで頼むわ。ドチビに酒奢るのだけは絶対嫌や……!」

 

「そうかい。じゃあその宴会とは別に、僕が後ほど個人的な宴会で彼を誘うとしよう」

 

「待てフィン、それなら私も参加させてもらう。ベルに礼を言いたいからな」

 

「当然ワシも行くぞ」

 

「やれやれ。僕としては、出来ればベルと二人だけで話したかったんだけどなぁ」

 

「そないな事をしたら、あのアマゾネス姉妹が絶対黙っとらんやろ。特にティオナの方が」

 

「………………」




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遠征の後日談④

「なるほど。遠征の後処理としてギルドの報告に来たんですか」

 

「まぁね。他の団員達も戦利品の換金や何やらで、今は大忙しだよ」

 

 フィンさんと偶然に鉢合わせた僕は、思わずその場で話し込んでいた。僕からの問いにフィンさんは嫌な顔をせずに対応してくれている。

 

 やはり『遠征』は通常のダンジョン探索と違うと改めて認識する。僕は今回【ロキ・ファミリア】に治療師(ヒーラー)として雇われただけに過ぎないから、向こうの事後処理とは全く分からない。けど、アークス視点からすれば、どれだけ忙しいかは理解出来た。

 

 アークスはクエストが終わった後、上に提出する報告書を作らなければいけない。他にも武器が破損すれば修理依頼、現地で入手した素材(ドロップアイテム)をショップで換金、もし素材調達の依頼があれば依頼主へと渡す等々と。アークスの事後処理は本当に大変だ。

 

 …………あ。考えてみれば、この世界の冒険者もアークスがやっている事と大して変わらないな。

 

「それはそうとベル、折角だし一緒に報告しにいかないかい? 君の成果報告を聞いてもギルドは簡単に信じないと思うから、僕が証言すれば円滑に進めれる筈だ」

 

「え? お忙しいのに、良いんですか?」

 

 確かにフィンさんがいれば、僕の報告が真実だと理解してくれるだろう。『Lv.2』の僕が【ロキ・ファミリア】の遠征で主力メンバーと一緒にダンジョン59階層まで進出した、なんて報告しても疑われるのは目に見えてる。

 

 とは言え、都市最大派閥の団長であるフィンさんは忙しいのに、零細派閥である僕の為に付き合うのは流石に気が引ける。

 

 僕の問いに、彼は何でもないように言い放つ。

 

「遠慮なんか必要無いよ。君には色々と恩があるからね。こんな程度で恩返しとはいかないけど、僕に出来る事なら喜んで手伝うよ」

 

 おお、流石は大物ファミリアの団長だ。こういう寛大な所があるから、【ロキ・ファミリア】の人達はフィンさんに付いてきているというのがよく分かる。

 

 向こうがああ言ってる事だし、ここで遠慮する訳にはいかない。なので僕は了承して、フィンさんと一緒にギルド本部へと向かう事にする。

 

 因みにギルドの報告が終わった後、『黄昏の館』へ来て欲しいと言われた。報酬を渡したい他、大事な話もあると。特に断る理由がない僕は了承した。

 

 

 

 

 

「【ロキ・ファミリア】フィン・ディムナだ。事前に知らせていた通り『遠征』から帰って来た」

 

「『遠征』に同行した【ヘスティア・ファミリア】ベル・クラネルです。フィンさんと同じく『遠征』から帰ってきました」

 

 各【ファミリア】の代表として振舞う僕達に、目の前にいるギルドの受付嬢は凛として対応する。

 

「お待ちしていました、ディムナ氏、クラネル氏。今回はエイナ・チュールが担当させて頂きます。お帰りなさいませ」

 

 対応する受付嬢は僕の担当アドバイザーであるエイナさんは、僕達の帰還報告を受け入れて笑みを浮かべた。

 

 僕だけの時は親しげに接してくれるが、今回はフィンさんと一緒なので流石に無理だ。だからエイナさんは私事を一切抜きにした接し方をしている。

 

「団員達のランクアップも含め、遠征結果はこの報告書にまとめてある。ロイマン達と共有しておいてくれ」

 

「僕は口頭での報告です。今回の遠征で【ロキ・ファミリア】のフィンさん達と一緒にダンジョン59階層へ進出し、並びに『Lv.3』にランクアップしました」

 

「分かりました。報告書は頂戴します。クラネル氏の報告については後ほど………ん?」

 

 エイナさんがフィンさんからの報告書を受け取りながら対応している中、途中で動きが止まった。

 

 それとは別に、僕が『Lv.3』にランクアップした事にフィンさんが驚いた表情をしている。

 

「ク、クラネル氏? い、今何と仰い――」

 

「あ~、59階層進出については確かだよ。そこは【ロキ・ファミリア】団長の僕が証言する。彼には治療師(ヒーラー)として参加するよう頼んだんだ」

 

「……そ、そうですか」

 

 今すぐにでも問い詰めようとしてくるエイナさんに、フィンさんが空かさず擁護してくれた。

 

 良かった。これで僕だけだったら、僕は間違いなく以前みたいなOHANASHIをされるところだった。フィンさんには本当に感謝しないと。

 

 相手が相手だからか、エイナさんは頬を引き攣らせながらも一先ずと言った感じで信じてくれたようだ。

 

 僕の事は後で対応すると言った後、フィンさんから受け取った報告書へ目を移し――

 

「ええええええええええええええええええぇ!? 『Lv.6』が三人!? しかもリヴェリア様が『Lv.7』!?」

 

「ほぁ!?」

 

 エイナさんが絶叫をし、聞いていた僕も思わず驚きの声をあげた。

 

 これによって建物内にいる職員だけでなく、冒険者達も一斉に此方へと視線を向けたのは言うまでもない。それとエルフと思われる人達が物凄い反応をしていた。

 

「さてベル、報告は済んだから行こうか」

 

「え!? 僕は魔石の換金が……!?」

 

 フィンさんが僕の腕を掴んで逃げるようにギルド本部から出ようとしてると――

 

 

「今の話は真か!?」

 

「リヴェリア様が『Lv.7』ですって!?」

 

「そこを詳しく聞かせろ!」

 

「これは大事ではないか!」

 

「お、落ち着いて下さい! 私もついさっきこの報告書を読んで知ったばかりでして……!」

 

 

 ギルドに来てる冒険者――特にエルフの人達が一斉にエイナさんに詰め寄っていた。

 

 ……成程。フィンさんはこれを予想して一刻も早く退散したかったのか。遠征に参加した僕達に狙いを定められないように。

 

 確かにこんな空気で魔石の換金なんか出来ないな。仕方ない。魔石換金は後日にしよう。

 

 意図を察した僕は、フィンさんと一緒に素早くギルド本部から退散する事にした。

 

 因みに後日、僕が再びギルド本部へ訪れた際、エイナさんが色々な意味で疲れ果てていたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、本当に驚きましたよ。ティオナさんとティオネさんとベートさんが『Lv.6』、そしてリヴェリアさんが『Lv.7』にランクアップするなんて……」

 

「僕から言わせれば、僅か一ヵ月で『Lv.3』にランクアップする君も充分に驚いたよ」

 

 場所は変わって【ロキ・ファミリア】の本拠地(ホーム)『黄昏の館』。今は客人を迎える応接室にいる。ティオナさんと鉢合わせるかと思っていたが、アイズさん達と一緒に遠征の後処理として今は出払っているようだ。殆どの団員達も同様に。それを聞いた瞬間、突進を兼ねたティオナさんの抱擁が無い事に安心したのは心の内に留めておく。

 

 ギルド本部から退散した後、ここへ訪れる事となった。あそこは今も多くのエルフの人達が騒いでいるだろう。

 

 それとは別に、フィンさんが僕のランクアップに驚いているとは言ってたけど、予想はしていたようだ。僕がダンジョン下層以降で戦った事を考えれば、ランクアップしてもおかしくはないと。

 

「さて、君とゆっくり話したいのは山々だが、ティオナ達が戻って来る前に用件を済ませておこうか」

 

 そう言ってフィンさんは本題に入ろうとする。

 

 先ずは報酬の話だった。前に話した際、【ロキ・ファミリア】から一千万ヴァリス以上の提示をされた。更にはフィンさんからの個人的な報酬も含めて。

 

 神様から金額はちゃんと確認するようにと言われているので聞いてみると――

 

「ご、ごご、五千万ヴァリス!? そ、それは何かの間違いじゃないですか!?」

 

 余りの金額に僕は仰天してしまった。

 

「いや、間違ってはいない。今回の報酬額は正直言って余りにも安過ぎるぐらいだ。最低でも一億ヴァリス以上出すべきだと僕は思っている」

 

「一億以上!?」

 

 待て待て待て待て! 余りにもぶっ飛び過ぎにも程がある! いくらなんでも高過ぎて頭の処理が追い付かないんですけど!

 

 混乱している僕にフィンさんが理由を説明しようとする。

 

「君の事だから、未熟な自分には余りにも分不相応な額だと思っているだろう。だけど遠征で活躍した君の功績は、それだけ大きいと言う意味でもある。特に深層の進攻(アタック)では、君に凄く助けられた。更にはエリクサー以上の貴重な回復アイテムを僕達に使ってくれて、リヴェリアに強力な武器を貸してくれた。リヴェリアも凄く感謝していたよ。君のお陰でランクアップ出来たからね」

 

「はぁ………」

 

 何とか心を落ち着かせながら話を聞くも、内容が内容だったので聞き流す状態に等しかった。

 

 だけど、気になる点があった。リヴェリアさんのランクアップの理由が。

 

「あの、リヴェリアさんのランクアップと僕に一体何の関係が……?」

 

「それなんだが――」

 

 僕の問いにフィンさんが、さっきまでと打って変わるように凄く真面目な表情となって話し始める。

 

 どうやら僕がリヴェリアさんに貸した長杖(ロッド)――ゼイネシスクラッチを使った事でランクアップしたようだ。本人曰く、『あの杖が自分を認めてくれたように反応し、凄まじい威力の魔法を放つ事が出来た』と。

 

 まさかアークス用の武器を使ってランクアップするとは夢にも思わなかった。しかし、そう考えると色々と面倒な事になる。万が一にも他の冒険者達の耳に入ってしまったら、僕に武器を貸してくれと言ってくるかもしれない。

 

 けど、フィンさんはそれを察していたみたいで、今後は不用意に他の冒険者に自身の武器を貸さないようにと警告された。神々や冒険者達に狙われ続ける日々を送る事になると。

 

 僕としても、特に反対する理由はないから警告に従う事にした。と言っても、絶体絶命の状況になった場合は流石に無理だけど。

 

 話は報酬について戻り、(フィンさんから見れば)安い理由については理由があるそうだ。

 

 もしも僕が『Lv.5』だったら迷わず一億ヴァリス以上出しているそうだが、昨日まで『Lv.2』だった僕にそんな大金を出すのは体裁が悪い。だから今回は仕方なくギリギリとして五千万ヴァリスにしたと。

 

 因みに報酬の上乗せはリヴェリアさんの所持金から主に出してくれたらしい。あの人としてはもっと出すべきだと文句を言ってたみたいだが。

 

 あと、もしも困った事があれば【ロキ・ファミリア】を頼って欲しいとも言われた。そうしてくれると、足りない分の報酬を賄う事が出来ると。

 

 それを聞いて何か裏がありそうな気はしたが、取り敢えずと言った感じで受け入れる事にする。

 

 

 

 

 

 

 

「ベル君、随分と帰ってくるのが遅かったね。と言うか、その袋は何なんだい?」

 

「えっと、ギルドへ行く途中フィンさんと会いまして。その後に【ロキ・ファミリア】としての報酬を渡されまして……」

 

「おいおい、ボク抜きであそこの団長君と話したのかい? まさかとは思うけど、報酬の額は値切られていないよね?」

 

「いえ、値切られていないどころか、結構な額です。この袋に………五千万ヴァリス入ってます」

 

「………………………ベル君、急にボクの耳が遠くなったようだ。もう一回言ってくれないか」

 

「ですから、五千万ヴァリスです。フィンさんとしては、僕の功績を考えて一億ヴァリス以上出したかったみたいですが」

 

「………それってマジかい?」

 

「僕が嘘を吐いていると思いますか?」

 

「……ご、五千万ヴァリスで、本当は一億以上出したかったって………はぁぁぁ……」

 

「ちょ!? 神様、しっかりして下さい!」




いまいちな内容だと思われるでしょうが、一先ずこれで遠征編は終わりです。


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遠征の後日談⑤

久々の更新です。

今回は各ファミリアの内容です。


 ①【ヘファイストス・ファミリア】

 

 

「あの子が壊れない魔剣を数本持っている!? 本当なの!?」

 

「それだけではない。詳しい話は残念ながら聞けなかったが、ベル・クラネルの扱う魔剣には、何と特殊能力とやらも備わっておるらしい」

 

 (()()()達から強制的に)本拠地(ホーム)へ戻って来た椿は、自身の主神ヘファイストスに一通りの報告をしていた。

 

 前々から【ロキ・ファミリア】が目的としていたダンジョン59階層達成と聞いてヘファイストスは内心称賛していたが、椿がベルの話題に切り替わった直後に豹変した。特にベルが遠征中に使用していた魔法だけでなく、椿ですら知らない未知の武器で。

 

 特に驚かされたのは魔剣に関してだ。物理的に破壊されない限り何度でも使用可能な魔剣と聞いた瞬間、最初は信じる事が出来なかった。しかし、団長の椿が嘘偽りなく答えているので、それは真実と受け止めたヘファイストスは仰天している。

 

 魔剣は本来、一定回数以上の使用によって砕け散る消耗品である。冒険者が扱う魔法より威力は弱いが、誰でも速攻で魔法を使用出来るので、消耗品と言えど重宝される。これは冒険者だけでなく、制作する鍛冶師としての常識だ。

 

 しかし、遠征中にベルが壊れない魔剣を持っていると知った椿は、一瞬でその常識を粉々に破壊されてしまった。しかも数本所持しており、思わず研究用として欲しい衝動に駆られる程に。更には魔剣に備わっている魔法以外の特殊能力と聞いて、彼女の好奇心を刺激して止まない状態となる。しかし、遠征中だからと言って【ロキ・ファミリア】から厳重注意を下されてしまい、結局はベルから壊れない魔剣を借りる事が出来なくなって、物凄く不満そうに本拠地(ホーム)へ戻る破目となってしまったが。

 

「特殊能力って……壊れない魔剣でも充分過ぎるほど凄いと言うのに、一体どんな物が備わっているのよ……鍛冶師として凄く気になるわね」

 

「そうであろう? だから手前は明日にベル・クラネルと会って、是非とも借りる為の交渉をしようと思ってな」

 

「止めなさい。どうせ貴女の事だから、何度もしつこく強請るのが目に見えてるわ」

 

 ヘファイストスとしてもベルが所持してる壊れない魔剣には非常に興味はある。だが相手の主神が神友のヘスティアである上に、世界クラスの高級ブランドを背負っている【ヘファイストス・ファミリア】としては色々と問題がある。新興して一年未満の【ヘスティア・ファミリア】にいる新人冒険者の少年に武器を貸してくれと言う交渉などすれば、余りにも世間体が悪くなってしまう。

 

 一人の()()()として知りたい欲求を抑えつつも、椿には【ヘスティア・ファミリア】の本拠地(ホーム)へ行ってはならない他、ベル・クラネルと接触しないようにと厳しく言っておくのであった。当人としては物凄く不服だが、後日に【ロキ・ファミリア】から渡される予定の武器素材(ドロップアイテム)で我慢しておこうと、一先ずと言った感じで収める事となる。

 

 

 

 

「全く、本当は主神様も知りたいくせに見栄を張りおってからに……ん?」

 

「椿、遠征から帰って来ても相変わらず元気だな」

 

 報告を終えた椿が自身の工房へ戻っている最中、視線の先には同僚の()()()の男――ヴェルフ・クロッゾがいた。

 

「何じゃヴェル吉、団長の手前が漸く戻って来たと言うのに随分な言い草だな。心配の言葉の一つくらい言うべきであろうに」

 

「アンタが簡単にくたばる奴じゃないのは最初から分かってるんでな。んで、どうだったんだ? 今回の遠征にアイツ(・・・)がいたんだろ?」

 

 如何でもよさげに言い返しながら、早くも本題に移ろうとするヴェルフ。

 

 因みにアイツとはベル・クラネルの事を指している。以前の戦争遊戯(ウォーゲーム)でベルが使用した武器について非常に気になっている一人でもある。特に魔剣について知りたがっていた。

 

 ヴェルフからの問いに、椿は笑みを浮かべながら彼に近寄っていつものヘッドロックを仕掛ける。

 

「おいおいヴェル吉~、それが人に聞く態度ではなかろう~?」

 

「って、いきなりかよ! てめ、ふざけろ!」

 

 端から見れば仲の良い姉弟みたいなやり取りだった。しかし、残念ながらこの場にそれを突っ込む者は誰もおらず、ヴェルフは椿に良いように遊ばれる破目となった。

 

 その後、ヴェルフは何とか椿からベルが扱う魔剣を聞けることになるも、ヘファイストスと同様に仰天していた。自身が作る魔剣とは全く異なるどころか、特殊能力を備えた壊れない魔剣をどうやって作れるのかを非常に興味を抱く事となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ②【ディアンケヒト・ファミリア】

 

 

 遠征を終えた翌日、【ロキ・ファミリア】は団員総出で本拠地(ホーム)を出ている。戦利品の換金をする為の後処理として。

 

 ティオナ、ティオネ、レフィーヤ、そしてアイズたち四人の少女は、【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院へ足を運んでいた。治療薬の原料を取引する他、友人であるアミッド・テアサナーレに会う為に。と言っても主に後者の方が強く、彼女達は回復薬を出してくれたアミッドに感謝しているので。

 

「そう言えば、そちらの遠征でベル・クラネルを治療師(ヒーラー)として同行させたみたいですね」

 

「あら? アミッドはベルの事が気になるの?」

 

 予想外な質問だったのか、ティオネは少し驚いた顔をしていた。彼女だけでなく、アイズ達も同様の反応を示している。ティオナが少しばかり睨んでいるが。

 

「ええ、それなりに。何しろ彼は以前の戦争遊戯(ウォーゲーム)で、負傷者を瞬時に治癒する回復魔法を披露していましたので。同じ治療師(ヒーラー)である私としても、ベル・クラネルの魔法は非常に興味深いので」

 

「だそうよ、ティオナ」

 

「あ~良かった」

 

 非常に安堵した顔になるティオナの反応に、訳が分からないアミッドは首を傾げる。

 

「あの、何故ティオナさんが安心しているのですか?」

 

「この子ったら、ベルに心底惚れているのよ。私達が呆れるほどに熱烈なアピールをしてて、もう嫌になるくらいよ」

 

「……そ、そうですか」

 

 理由を言うティオネにアミッドは何か言いたそうになるも必死に押し留めた。

 

 彼女は知っている。目の前にいるアマゾネスの姉が、自身のファミリアにいる団長(フィン)に心底惚れている事を。時折、店を訪れる時にその団長を困らせる程の熱烈なアピールを目撃した事があるので。

 

 だからアミッドとしてはティオネの台詞に、『貴女がそれを言いますか?』と危うく言い返してしまいそうになった。何とか無表情を装って何でもないように言い返すのが、少しばかり大変だったと。

 

 しかし、それとは別にティオナが誰かに恋をする事に驚いていた。恋愛事に余り興味がないように見ていたが、そうなるほどの出来事が起きたのだろうと推測する。人の恋路にああだこうだと口出しする気もなければ、目の前のアマゾネス相手に藪を突く気も無いから。

 

「ところで、ベル・クラネルは今回の遠征で、どのような活躍をなされたのですか? 彼の事ですから、貴方達を驚かせるほどの事をされたかと思いますが」

 

 アミッドは話を戻そうと、ベルの活躍を聞き出そうとする。

 

 本来は他所の【ファミリア】が行った遠征の詳細内容を聞くのはご法度である。向こうもそれは分かっているだろうが、友人である彼女達なら、ある程度の内容を譲歩してくれるかもしれないと踏んで聞いている。

 

 ティオネはどこまで言おうかと悩んでいると――

 

「うん、凄かったよ! アルゴノゥト君ってば、この前毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の毒を受けても自力で治して、他の皆にも治療魔法を使って、全員あっと言う間に治したんだから!」

 

「………え?」

 

 ティオナから信じられない情報を齎してくれた事に、アミッドは思わず固まってしまった。

 

 因みに、その情報に関しては誰にも言わないようフィンから言われていた。理由は言うまでもなく、特効薬を用意してくれた【ディアンケヒト・ファミリア】に申し訳がないからと。

 

「ちょ、ちょっとティオナさん!」

 

「バカ! それは言っちゃダメだって団長が言ってたじゃない!」

 

「え? ………あ、やば!」

 

 空かさずレフィーヤとティオネが注意すると、ティオナが今思い出したみたいな顔になって口を手で押さえるも遅かった。

 

「……ふ、ふふふふふ」

 

「ア、アミッド?」

 

 突如、アミッドがらしくない笑い声を出した事に、アイズが恐る恐ると尋ねた。

 

 そして――

 

「そのお話、とても興味深いので詳しくお聞かせ願えませんか? 勿論、無料(ただ)ではなく相応の報酬も用意しますので。さぁ、教えてくれますよね?」

 

「「「「…………………」」」」

 

 ニッコリと営業スマイルとなるアミッドであるが、物凄く迫力がある事に四人の少女は気圧されていた。

 

 結局話さざるを得なくなってしまったので、一通り話す事となった。

 

 四人から情報を得た後、彼女はこう呟く。

 

「やはり彼は冒険者でなく、治療師(ヒーラー)として活動すべきですね。瞬時に負傷者を治癒する魔法に、毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の毒を一瞬で治療する魔法……そんな優秀な治療師(ヒーラー)は、是非とも【ディアンケヒト・ファミリア】に来るべきです」

 

 

 

 

 

 ③【フレイヤ・ファミリア】

 

 

「はぁっ、やっと遠征から戻って来たみたいね。オッタル、あの子について何か情報はないかしら?」

 

 白亜の巨塔の最上階にいるフレイヤが、調べに行かせたオッタルにベルの情報を聞き出そうとした。

 

 使い走り同然の事をされているオッタルは特に気にする事なく、淡々と事実を告げようとする。

 

「今しがたギルドからの公開情報にて、かの兎が『Lv.3』にランクアップしたとの報告が入りました」

 

「もうそこまで至ったのね。まだ『Lv.2』になって一ヵ月も経ってないのに……ウフフフフ」

 

 予想を遥か斜め上の展開になっている事に、フレイヤは非常に満足そうな笑みを浮かべていた。それどころか、益々ベルに対する思いが強くなっているばかりだ。

 

 しかし、急に不機嫌そうな表情と豹変する事になる。

 

「でも、ロキの所で強くなるのは少し頂けないわね。全く、あの子を遠征に行かせるなら私に言って欲しいわ」

 

「……………」

 

 ベルを自分の物であるような言い方しているが、それはベルや【ロキ・ファミリア】には知った事ではない。あくまでフレイヤの勝手な主張に過ぎないので。

 

 普段から主神の為に尽くしているオッタルも流石に突っ込もうとするが、何とか堪えて無言を貫く。

 

「フレイヤ様、その【ロキ・ファミリア】側にも情報が入っております」

 

「何かしら?」

 

「【狂狼(ヴァナルガンド)】、【大切断(アマゾン)】、【怒蛇(ヨルムガンド)】の三名が【Lv.6】に至り、更には【九魔姫(ナイン・ヘル)】が私と同じ領域――【Lv.7】に至ったようです」

 

「……へぇ、中々面白いじゃない」

 

 ベルの時には恋する乙女の如き笑みだったが、今度は不敵な笑みを浮かべた。

 

「ロキの所にいる眷族(こども)の誰かもランクアップするとは思っていたけど、まさか【Lv.7】になるなんて思いもしなかったわ。ヘディンやヘグニも、さぞかし驚いているでしょうね」

 

「恐らくは」

 

 フレイヤに報告しに行く前、オッタルと同じくギルドから情報を入手していたエルフ二人は、リヴェリアのランクアップを聞いて他の同胞達と同じく絶賛するも押し殺していた。【ファミリア】は違えど、王族(ハイエルフ)を尊敬しているエルフとしては当然かもしれない。

 

 もしも【ロキ・ファミリア】との確執が無ければ、ヘディンとヘグニだけでなく、他のエルフの団員達もリヴェリアに対して心から絶賛しているだろう。

 

「まぁいいわ。ロキ達が何をしようが、私には関係の無い事だし」

 

 ロキ側の戦力が増強されたと言うのに、フレイヤは途端に興味を失ったように言い放った。今の女神はベルに夢中の他、大して気にする事じゃないと見ている。尤も、【ロキ・ファミリア】がベルを手に入れたとなれば絶対に黙っていないが。

 

「フレイヤ様、もう一つ気になる情報があります」

 

「まだあるの?」

 

 もうこれ以上はどうでもいいように言い返すも、オッタルはもう一つの情報を伝えようとする。

 

「神イシュタルが眷族達を連れて、観光を理由に港町(メレン)へ足を運んでいるそうです」

 

「………あのイシュタルがメレンに、ねぇ。ギルドは何の疑問も抱かずにイシュタル達を通したの?」

 

「以前の出来事があった所為か、今も変わらず静観しているそうです」

 

「使えないわね。何の為のギルドなんだか」

 

 普段から中立を主張しているギルドが、【イシュタル・ファミリア】に弱みを握られて言いなりになっている。

 

 これほど滑稽な話はないとフレイヤは不快を通り越して嘲笑するのであった。

 

 その【イシュタル・ファミリア】が、実は【フレイヤ・ファミリア】を襲撃する為に外部の【ファミリア】から協力を得ようとする為に動き始めている。だが、その目論見は【ロキ・ファミリア】によって潰されるのは翌日以降となる。




感想お待ちしています。


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【ヘスティア・ファミリア】の休日

明けましておめでとうございます。

今回は幕間的なお話で、フライング投稿です。

それではどうぞ。


「リューさん、戻っているかなぁ……」

 

 ギルドの報告と【ロキ・ファミリア】からの報酬を受け取った翌日の夕方。僕は『豊穣の女主人』へ向かっていた。

 

 遠征が終わり、数日の休暇を取って身体を休めるよう神様から言われているから、久しぶりの休日を満喫している最中だ。

 

 新本拠地(ホーム)に移り住んで一日しか経ってない事もあって、まだ馴染めなかった。改装したとは言え、元々は【アポロン・ファミリア】の本拠地(ホーム)だったから、他人の家に上がり込んでいる感があった。神様は『時間が経てば気にしなくなる』と言っていたが。

 

 改装と言えば、極東式の檜風呂は凄く良かった。広い浴槽に入っている暖かいお湯に入浴した瞬間、全身の疲れが取れてしまう程に気持ちよかった。水浴びやシャワーとは全然違う快感が走り、身体が蕩けてしまいそうな程だ。入浴中に、お風呂を作ってくれた神様に凄く感謝したよ。

 

 因みに翌日、神様のバイト仲間である男神タケミカヅチ様と【ファミリア】一行を招待する予定だ。勿論入浴もさせるつもりでいる。極東出身じゃない僕でも感動したから、絶対に大喜びする筈だ。

 

 それと、【タケミカヅチ・ファミリア】は僕が以前に入団しようとした探索系【ファミリア】の一つだった。当然断られたが、あそこは他と違ってタケミカヅチ様が対応している。

 

『悪いが俺の【ファミリア(ところ)】は、極東出身者以外の誰かを受け入れるほどの余裕は無いんだ。あとこれは決して差別ではないのだが、今は極東側(こちら)の事情を知らない者を受け入れない事にしている。すまないが、他の【ファミリア】に当たってくれ。本当にすまない……!』

 

 あそこまで真摯な対応をされた上に頭も下げられたら、諦めざるを得なかった。

 

【ロキ・ファミリア】にいる門番の人達もああ言う対応をしてくれたら、悪印象を抱く事はなかったんだけどね。まぁ遠征に参加させてくれた恩があるから、もうそこまで悪く思っていないけど。今のところは、ね。

 

「っと、着いた」

 

 考え事をしながら歩いている中、いつのまにか目的の場所に辿り着いた。

 

 話は脱線したが、今回ここへ来たのはシルさんから借りたお弁当箱を返す他、夕飯を食べる為だった。

 

 本当は神様も連れて行きたかったけど、今日はバイトの時間がいつもより遅くなると言われた。なので今回も僕一人だ。

 

 前と同じく、店の中から楽しんでいると思われる客の声が聞こえている。今も繁盛して店主のミアさんや、ウェイトレスのシルさん達は大忙しだろう。

 

 そう思いながら店に入ると、思った通り多くの客がいて賑わっていた。

 

「いらっしゃいませ。お席は……って、ベルさん!?」

 

 客の対応をしているウェイトレス――シルさんが僕を見た途端に驚愕した表情となるも、すぐに喜色満面となって近付いてきた。

 

「どうも、シルさん。お久しぶりです」

 

「お久しぶり、じゃないですよ! 一昨日に遠征が終わったんでしたら、どうして昨日お店に来てくれなかったんですか!?」

 

 僕の挨拶にシルさんは急に表情を一変させ、憤慨するように頬を膨らませて文句を言ってきた。

 

 彼女がそれを知っているのは恐らく、一昨日に【ロキ・ファミリア】が遠征から戻って来たという情報を聞いたんだろう。もしくは諸事情でダンジョンに行ったリューさんから聞いたとか。

 

「す、すいません。後処理が色々とありまして……」

 

「もう。昨日は【ロキ・ファミリア】のみなさんが来たから、ベルさんも一緒に来ると思って待っていたのに」

 

 フィンさん達は既に来ていたのか。そう言えばラウルさんが言っていたな。遠征が終わった翌日には、ロキ様が団員達を労う為に宴会をするって。

 

 僕も同行するとシルさんが予想していたようだが、流石にそれはないと思っていた。いくら何でも、他所の【ファミリア】である僕を誘う事はしない筈だ。

 

 そう思っていると、店の奥にいるミアさんが叫ぶ。

 

「シル! いつまでも話してないで、早く席に案内しな!」

 

「は、はい!」

 

 ミアさんの怒号にシルさんがビクッと震えたが、すぐに僕をカウンター席へと案内する。

 

「あの、シルさん。お仕事は良いんですか?」

 

 席に着いて早々に何故かシルさんが空いてる隣の席に座っていた。

 

「ベルさんを接客するのも大事なお仕事ですから♪ そこはミアお母さんも分かって――うきゅぅ!?」

 

「あたしはそんな許可出してないよ、この不良娘。とっとと出来た料理を運びな」

 

 お盆で頭を叩かれたシルさんが可愛い悲鳴をあげるも、叩いたミアさんは仕事をするよう言ってきた。

 

「で、ではベルさん、後で絶対に来ますので……」

 

 逆らう事が出来ないのか、痛そうに頭を抱えながら泣く泣くと席を立って仕事に専念する。

 

 気の毒だけど、同情はしない。仕事をさぼるような事をしたらミアさんが怒るのは無理もないので。

 

 取り敢えずお弁当箱を返すのは後にして、夕飯を食べよう。客が食べている料理を見た所為で、僕の胃袋から空腹のお知らせが鳴り響いている。

 

 今日のお勧め料理と飲み物(ジュース)を注文すると、ミアさんは「あいよ。すぐに作るからちょいと待ってな!」と言って料理に取り掛かろうとする。

 

「お飲み物をどうぞ」

 

 料理を待っている中、一人のウェイトレスが此方へとやってくる。

 

「あ、リューさん。この前は――」

 

「クラネルさん。出来れば此処で言わないで頂けますか?」

 

 ダンジョンで会った事を言おうとする寸前、ウェイトレスー―リューさんが飲み物(ジュース)を僕の近くに置きながらそう言ってきた。

 

 そうだった。この人は冒険者の資格を剥奪されて、ギルドの要注意人物一覧(ブラックリスト)に載せられている犯罪者、と言う事になっている。

 

 迂闊な発言だったと気付いた僕は咄嗟に口を手で覆いながら周囲を見渡していると、リューさんが苦笑している。

 

「そこまで大袈裟にしなくても大丈夫ですよ」

 

「す、すいません。つい……」

 

 何か僕、この店に来て早々二回謝っているな。まぁ自分に非があるから謝っているんだけどね。

 

「本当でしたらクラネルさんにお訊きしたい事があるのですが、今は御覧の通り大変忙しい状態ですので、後ほど伺います。それでは」

 

「へ?」

 

 訊きたい事って、一体何だろう?

 

 …………まさかとは思うけど、僕とティオナさんの関係について問い質す……じゃないよね?

 

 この店に来てしまった事を少しばかり後悔し始めるも、料理を作り終えたミアさんが直々に運んで来た。しかも大盛りで。

 

「はい、できたよ!」

 

「えっと、あの……何か量がいつもより多くないですか?」

 

「坊主が大食いなのは前から知ってるからね。それと今日はあたしからのお祝いだよ」

 

「お祝い?」

 

 はて、僕はお祝いをされるような事を何かしたかな?

 

 疑問を抱いていると、ミアさんはすぐに答えてくれた。

 

「この前の遠征でランクアップしたんだろ? 【ロキ・ファミリア】の所にいる妹の方のアマゾネスが叫んでいたのが聞こえてね」

 

 うわぁ、それティオナさんじゃないか。

 

 恐らく昨日の宴会中にフィンさんが『Lv.3』にランクアップした事を話した直後、ティオナさんが大きな声を出して驚いていた光景が容易に想像出来る。

 

 ………まぁ、ギルドに報告したら僕のレベルは公開される事になるから別に良いんだけどね。

 

「坊主のランクアップには色々と疑問はあるが、あたしには関係の無い事だ。今日はたらふく食いな。ついでに金もじゃんじゃん使ってくれよ」

 

「あ、あはは……」

 

 うわぁ、お祝いと言っておいて結局はそう言う事か。何だかんだ言って、この人ちゃっかりしてるなぁ。

 

 まぁ良いか。今回の遠征で【ロキ・ファミリア】から報酬をたくさん手に入ったし、ちょっとした贅沢をしても罰は当たらないだろう。

 

 他にもギルドで魔石やドロップアイテムを今日換金しようと思ってたけど、リヴェリアさんが『Lv.7』にランクアップした件が未だに騒いでる状態で無理だった。特にエルフの人達が一斉に物凄い勢いで、エイナさんや他のギルド職員が大変気の毒と思える程に。

 

 取り敢えずは目の前にあるご馳走を頂くとしよう。早く食べないと料理が冷めちゃうので。

 

 僕が頂きますと言って熱々の料理を頬張り始めると、ミアさんは笑顔で「後で追加を出しておくよ!」と言って厨房に戻った。

 

 頼んでもいないのに追加を出すって、これはもう強制的にお金を出させられる展開のような気がしてならない……。美味しいから文句は無いんだけど。

 

 その後、一品目の料理を食べ終えて食休みとしてジュースを飲んでいる途中に、シルさんとリューさんが約束通り来た。今度はちゃんとミアさんからの許可を貰ったみたいで、僕のお祝いをする為に来たらしい。

 

「ベルさ~ん、リューからちょっと面白い話を聞いたんですよね~。何でも、【ロキ・ファミリア】のティオナさんって言うアマゾネスの人と抱き合っていたとか」

 

「え゛?」

 

「私もそれが一番気になっていました。クラネルさん、貴方はあの【大切断(アマゾン)】と一体どう言う関係なのですか? シルと言う者がいながら、あんな不埒な事をしておいて」

 

「ちょ、お二人とも何かちょっと恐いんですけど……!」

 

 笑顔のシルさんと少し睨み気味のリューさんは、どちらも凄い威圧感を醸し出していた。

 

 もうこれはお祝いじゃなくて取り調べじゃないかな? 僕は別に何も悪い事はしてない筈なのに。

 

 まるで浮気を追及されているされるような感じになるも、以前ゴライアスを倒したのを目撃したティオナさんから一方的に熱烈な好意を抱かれている事を説明する。

 

「あ~、確かにアマゾネスは強い男性に惹かれますからね~」

 

「成程。そう言う事でしたか」

 

 アマゾネスの習性を知っていたのか、シルさん達はすぐに理解してくれた。

 

 説明した事で二人は追及の姿勢を解いて、今度は純粋に僕のランクアップを祝ってくれた。その途中、遠征当日に借りた弁当箱もちゃんと返している。

 

 すると、シルさんが急に何か思い出したような仕草をして、僕に話そうとする。

 

「あ、そう言えば昨日、小耳に挟んだんですけど……何でも【ロキ・ファミリア】は今日、慰安旅行として港街(メレン)へ行ったみたいですよ」

 

港街(メレン)へ、ですか?」

 

「はい。まぁ、あのロキ様の事ですから、慰安旅行とは別に何か深いお考えがあるんじゃないかと私は思いますが」

 

「…………………」

 

 ………僕の思い過ごしかな? シルさんが笑顔のまま意味深な事を言ってるような気がする。まるでロキ様の考えを見抜いているんじゃないかと思う程に。

 

 それに、何と言うか……この人から感じる気配が奇妙だった。僕と同じ人間(ヒューマン)の筈なのに、ほんの僅かに(ヘスティア)様やロキ様のような神威(ふんいき)が――

 

「どうかしましたか、クラネルさん?」

 

「え? あ、いや、何でも無いです。あはははは……」

 

 僕が無言となった事にリューさんが不可解そうに声をかけたから、何でもないように笑顔で誤魔化す事にした。

 

 今度は前みたいに酔った冒険者達に絡まれる事無く、楽しい夕飯の時間を過ごす事となって何よりだった。

 

 

 

 ~おまけ~

 

 

 

 時間は少し遡り、港街(メレン)では騒動が起きていた。

 

 シルが予想していた通り、【ロキ・ファミリア】がとある目的で調査をしている最中、外部の【ファミリア】が入港してきた。嘗てティオナとティオネが所属していた【カーリー・ファミリア】が。

 

 主神カーリーは眷族達を連れてロキ達に観光目的で来たと一通り話し終えた後、ある事を思い出して聞き出そうとする。

 

「おお、そうじゃ。肝心な事を忘れておった。オラリオにおるヒューマンの雄――ベル・クラネルとやらは今も息災か?」

 

『!』

 

 カーリーから予想外な人物の名を上げた事に、ロキだけでなくロキの眷族達も目を見開く。何故外部の【ファミリア】である筈のカーリーが、そんな事を尋ねるのかを疑問を抱いている。

 

「おいドチビ二号、何で余所者の自分がベルの事を知っとるんや?」

 

「知っておるも何も、以前にお主等が戦争遊戯(ウォーゲーム)をしたではないか」

 

「……さよか」

 

 理由を告げたカーリーにロキは納得した。

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)はオラリオ内の興行(イベント)であるが、外部でも神さえいれば一部許可された『神の力(アルカナム)』を行使して閲覧出来るようになっている。

 

「弱者共の遊戯には興味など毛頭無かったが、暇潰しで『鏡』を見て思いも寄らぬ展開に心を踊らされてのう。あの雄を『Lv.1』だからと油断しておった弱者共の間抜け面が傑作じゃったわ! あれほど笑わせてくれる道化は久しぶりに見せて貰った」

 

 カッカッカと笑うカーリーだが、誰一人同調しなかった。

 

 そんな中、ティオナが問おうとする。

 

「ねぇカーリー、アルゴノゥト君の事を聞いてどうするの?」

 

「アルゴノゥト? 何じゃティオナ、あの雄を以前に読んだ本の英雄の名前で呼んでおるのか。まぁ良い。そんなの決まっておろう。あの雄を是非とも我がテルスキュラに迎えようと――」

 

「ダメ! アルゴノゥト君はアタシのなんだから! カーリーに絶対渡さないよ!」

 

「…………は?」

 

 嘗て自身の眷族だったティオナの発言に、先程まで余裕綽々としていたカーリーが思わず目が点になっていた。

 

 公衆の面前で堂々とベルの自分の物だと宣言した事で、シリアスな雰囲気に少し罅が入っているのをロキ達は感じ取っていた。




次回は【タケミカヅチ・ファミリア】との会合です。


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【ヘスティア・ファミリア】の休日②

連続更新です。


「どうだい、タケに眷族(こども)達! これが極東風の檜風呂だぁ!」

 

『おおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!』

 

 雲一つない快晴の昼頃。

 

 神様はバイト仲間とタケミカヅチ様の他、【タケミカヅチ・ファミリア】の人達を本拠地(ホーム)へと招待した。

 

 本来だったら、他所の主神や【ファミリア】の人達を安易に本拠地(ホーム)の中へ招いてはいけない事になっている。例えば【タケミカヅチ・ファミリア】が間謀(スパイ)だったら、【ヘスティア・ファミリア】の情報が丸裸にされてしまう恐れがある。それどころか、他のファミリアにも知れ渡ってしまうだろう。

 

 ……とまあ、そう言う事があるから迂闊な行為をしないようにとエイナさんから教わった内容だ。尤も、タケミカヅチ様達は、そんな事をする気は毛頭無いのは既に分かっているから心配はない。この方達は純粋に、僕達の本拠地(ホーム)にあるお風呂を見に来ただけなので。もしも本当に億に一つの事が起きた場合、僕が一人残らず叩きのめす事になるが。

 

 それはそうと、極東式の衣装を身に纏っている主神と眷族達は、凄く緊張した様子だった。特に長い黒髪を結わえてる女性――ヤマト・命さんが暴走寸前と思われるように鼻息が荒く、それを前髪で瞳を隠している女性――千草さんが宥めていた。

 

 最初はお風呂ぐらいで緊張するのはどうかと思った。けど彼等はオラリオに渡ってから、一度もお風呂に入っていなかったそうだ。殆どがオラリオ式のシャワーで済ませているとか。それが今回久々に見る極東式の檜風呂を見れるから、風呂好きの彼等としてはテンションが高くなるのは無理もないかもしれない。

 

 そして現在、僕と神様がタケミカヅチ様達を檜風呂(男湯)へ案内し、お湯が入った広い浴槽と設備を見て物凄く感動している。

 

「これは正に俺の知っている檜風呂だ! 凄いぞヘスティア!」

 

「ああ、これが俺達が見た理想の檜風呂か……!」

 

「おおおおおおおお! 素晴らしい! 檜風呂が私の目の前にぃぃぃぃぃ!」

 

「み、命、落ち着いて……!」

 

 感動しているタケミカヅチ様と巨漢の男性――桜花さん、ハイテンションになってジャンプしている命さんを必死に宥める千草さん。他の眷族の人達も同様に感動していた。

 

 極東出身者から見れば、ここのお風呂は彼等が知っている物と同じのようだ。これだけ感動したところを見れば、それだけでよく分かる。

 

「ボクこそ感謝しているよ、タケ。君が教えてくれなければ、この檜風呂の素晴らしさを味わう事が出来なかったからね」

 

 感謝しながらも自慢気に言う神様に、タケミカヅチ様達は羨ましそうな顔をしていた。

 

「ヘスティア様!」

 

「おわっ! な、何だい?」

 

 すると、命さんが前に出て早々、神様の前で跪きながら頭を下げて懇願しようとする。

 

「おい命、お前何を……!」

 

「大変厚かましいお願いなのは重々承知していますが、後生の頼みです! どうか、どうかこの檜風呂にタケミカヅチ様を入浴させて下さい!」

 

「へ?」

 

 タケミカヅチ様が止めようとするも、命さんがまるで己の犠牲覚悟で真剣なお願いをしてきた。

 

 神様も神様で、いきなりの事で目が点になっている。他の人達も命さんの行動に何が何だか分からない状態だ。

 

「勿論、それなりの代価も用意します! タケミカヅチ様を入浴させて頂けるなら、私の全てを支払ってでも――」

 

「止めないか、命!」

 

 とんでもない事を言いだそうとする命さんに、見てられないとタケミカヅチ様が割って入りながら阻止した。

 

「申し訳ありません、タケミカヅチ様! 私はどうしても貴方様に入浴して頂きたく……!」

 

「だからそんな事をする必要は無い! ヘスティアがこの檜風呂を俺達に見せた後、入浴を楽しむよう招いたんだ!」

 

「………はい?」

 

 タケミカヅチ様が注意した後に理由を言うと、命さんはさっきと打って変わって石みたいに固まった。

 

「命、やっぱり途中から聞いてなかったな」

 

「昨日タケミカヅチ様が言ってたよぉ。ヘスティア様が新しい本拠地(ホーム)に招待する際、檜風呂に入る事も出来るって」

 

 呆れながら手を頭に当てる桜花さんに、恥ずかしそうに昨日の内容を言う千草さん。

 

 そして――

 

「~~~~~~~~~!」

 

 物の見事に顔を真っ赤にする命さんだった。

 

 とんだ勘違いと大恥を掻いてしまった事により、【タケミカヅチ・ファミリア】は非常に気まずい雰囲気となっていた。

 

 

 

 

 

 

「さっきは本当にすまなかったな。ウチの命が失礼な事をして」

 

「いえ、そこまで謝る必要はありませんから」

 

 あの後、暴走寸前となる命さんを止めた僕達は、漸く檜風呂に入浴出来るようになった。

 

 因みに男湯と女湯で別々になっている。当然、男湯には僕、タケミカヅチ様、桜花さんと二人の男性眷族が入浴中。女湯は神様、命さん、千草さんと一人の女性眷族が入浴中。男女別でも檜風呂は一つの室内になっており、隣にある壁は女湯と繋がっている構造だ。

 

「どうだい命君、久しぶりに入ったお風呂は?」

 

「か、感激です、ヘスティア様! くぅ~~っ……!?」

 

 その為、隣の女湯から話し声が聞こえる。因みにさっきのは神様と命さんの会話だ。

 

 幸せそうな声を出している命さんに、本当お風呂好きなんだと改めて知った。

 

 だけど彼女だけでなく、タケミカヅチ様や桜花さん達も同じだ。お湯に浸かっている彼等は揃ってリラックスしている。

 

「ああ~、やっぱり風呂は最高だな~。桜花もそう思わないか?」

 

「ええ、全くです。身体の疲れが癒されます」

 

 幸福の吐息をつくように思った事を口にするタケミカヅチ様と桜花さん。他の二人も幸せな表情だ。

 

 僕も最初、このお風呂に入った時は本当に癒される気持ちとなっていた。だから彼等がこうなるのは当然だと思っている。

 

 お湯に浸かって数分後、心に余裕が出来たのか、タケミカヅチ様が僕の方へと視線を向けた。

 

「しかしまぁ、以前俺の【ファミリア】に入ろうとしていたお前が、よもやたった二ヵ月程でオラリオにいる誰もが注目する冒険者になるとはな。しかもついこの前、『Lv.3』にランクアップか。そう考えると、あの時お前の入団を断らなければと後悔しそうになるな」

 

「タケミカヅチ様、それは……!」

 

 桜花さんが急に顔を顰めながら言おうとするも、タケミカヅチ様が彼にこう言った。

 

「冗談だ。例えベルの強さを事前に知った所で、俺はどの道断っていたよ。とは言え、失言である事に変わりはないか。度々すまんな、ベル。どうか神の俺に免じて、さっきのは聞かなかった事にしてくれ」

 

「いえ、お気になさらず。僕もそちらの事情は知っていますから」

 

 あの時は何も知らずに【タケミカヅチ・ファミリア】に入団しようとしていた。けれど、極東ならではの事情がある故に無理だと丁寧に断られたから、僕もそれに納得して諦めている。

 

「助かる。よし、折角だから、ベルの背中を流そうじゃないか」

 

「い、いや、別にタケミカヅチ様がなさらなくても……!」

 

「そう気にするな。極東では、こうやって風呂で裸の付き合いをする際、背中を流すと言う心の触れ合いがあるんだ」

 

 タケミカヅチ様が笑顔でそう言うも、僕としては恐れ多かった。他所の神様にそんな事をしてもらったら、とても居た堪れない気持ちになってしまう。

 

「俺達に気を遣う必要はないぞ、ベル・クラネル。タケミカヅチ様は一度言ったら曲げない御方だからな」

 

 僕の心情を察した桜花さんの台詞に、二人の男性眷族もうんうんと頷いていた。

 

 この人達がこう言うって事は、そんなに気にする必要はなさそうだ。

 

 ………よし、不敬かもしれないけど、ここはお言葉に甘えるとしよう。

 

「で、ではお願いします、タケミカヅチ様」

 

「おう、任せろ。誠心誠意を込めて背中を流そう」

 

 使っていたお湯から出るように立ち上がると、タケミカヅチ様もそれに倣い、場所を移動して背中を流す準備を始めた。

 

 すると――

 

「ベ、ベル殿! タケミカヅチ様に背中を流してもらうなど羨ま、ゴホンッ、いくらなんでも見過ごせません! 私だってされたこと無いと言うのに!」

 

「ちょ、命、何やってるの!?」

 

「おいおい命君、そのまま男湯に突入なんてしないでくれ!」

 

 隣の女湯から、命さん達の叫び声が聞こえた。内容からして男湯に突入しようとする命さんを、千草さん達と神様が必死に止めているようだ。

 

 再び暴走状態となっている命さんの行動に、タケミカヅチ様達は眉を顰めている。

 

「あ~……ベル、どうか命の事は気にしないでくれ」

 

「本当に何度もすまない、ベル・クラネル。命の奴はタケミカヅチ様の事となると、何故か分からんが凄く過敏に反応する性質でな」

 

「そ、そう、ですか……」

 

 代表して謝ってくる桜花さんに、僕は何とも言えない表情となってしまう。

 

 さっきから思ってたんだけど、命さんってタケミカヅチ様の事に関してやけに献身的な気がするな。大事な主神様だからか、もしくは……タケミカヅチ様の事を異性として愛しているとか? いや、流石に神様相手にそれはないか。僕は一体何おかしな事を考えているんだか。

 

 

 

 

 

 

 ~おまけ~

 

 

 

 

 

 

 港街(メレン)にある地下の宿屋にて、二つの【ファミリア】が会合していた。

 

 一つ目は昨日に入港したばかりの【カーリー・ファミリア】。主神カーリーの他、闘衣を纏った戦士(アマゾネス)達が勢ぞろいしている。

 

 二つ目は【イシュタル・ファミリア】。美の神と呼ばれる主神イシュタルの他、『戦闘娼婦(バーベラ)』と呼ばれるアマゾネスの精鋭を連れている。

 

 外部とオラリオの【ファミリア】がこうして顔を合わせているのには当然理由がある。目的はイシュタルの仇敵――【フレイヤ・ファミリア】に戦争を仕掛ける為だった。戦争遊戯(ウォーゲーム)ではなく、本物の全面戦争をだ。

 

 フレイヤにバベルの塔の最上階で見下ろされている事で、イシュタルは当初から気に食わなかった。同じ美の神である筈なのに、何故こうも扱いが違うのだと不満を抱いている。その結果、イシュタルは憎い余りフレイヤを引き摺り下ろそうと動き始めた。

 

 しかし、相手は『Lv.7』の【猛者(おうじゃ)】オッタルや、【Lv.6】の第一級冒険者を揃えている。いくらイシュタルでも、自身の【ファミリア】や切り札があると言っても確実に勝てるとは思っていない。その為、彼女は外部の協力者として【カーリー・ファミリア】に依頼をした。向こうは闘争を求めているから丁度良いと、『依頼』をして今に至る。

 

 そして一通りの話を終え、イシュタルが去ろうとする所をカーリーが待ったを掛けた。

 

「待つのじゃ、イシュタル。妾にはもう一つ訊きたい事がある」

 

「何だと? アマゾネスの双子以外にも、まだ他に強請るものがあるのか?」

 

「早とちりするでない。あの子供(むすめ)達とは別件じゃ」

 

 これ以上の手助けは無理だと言おうとするイシュタルに、カーリーは用件を言おうとする。

 

「オラリオにおる冒険者の雄――ベル・クラネルの居場所を教えて欲しい」

 

「ベル・クラネル? ……ああ、あの【亡霊兎(ファントム・ラビット)】か。何故お前が知っている?」

 

「【ロキ・ファミリア】の連中にも話したのじゃが……まぁ良い。もう一度説明しよう」

 

 カーリーは【ロキ・ファミリア】に話した内容を、そのままイシュタルに説明する。そしてベルをテルスキュラに迎える為に捕獲すると言う内容も含めて。

 

 それらを聞いたイシュタルは意外に思いながらも納得した。『Lv.1』である筈なのに、戦争遊戯(ウォーゲーム)で化け物染みた強さを持つベル・クラネルを、カーリーが興味を持つのは当然かもしれないと。

 

 彼女としてはベルを自分の虜にする予定だったが、フレイヤの悔しがる顔を見れるなら構わないと了承した。但し条件して、最初のアマゾネス姉妹の件が片付いてから情報を教えるという前提だった。カーリーも即座に了承する。

 

(ククク、ティオナの奴はベル・クラネルを渡さんと言っておったが、彼奴も一緒にテルスキュラへ連れて行けば問題無かろう)

 

 ティオナがベルに恋をしていると知って物凄く驚いたカーリーだったが、それは却って好都合だと思っていた。ベルが傍にいれば何の文句も言わない筈だと確信して。




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【ヘスティア・ファミリア】の休日③

「ま、待ってくれ子兎ちゃん!」

 

「せめて話だけ! 話だけでいいから頼む!」

 

「弱小【ファミリア】はすっこんでろ! 俺はベル・クラネルに謝らなきゃいけないんだ!」

 

「ベルきゅん、君を追い出した門番のバカは既に追放したんだ! だから今度は神の俺と正式な話し合いを!」

 

(本当にしつこいなぁ、この世界の神様達は……。ウチの主神(ヘスティア)様やタケミカヅチ様とは大違いだ)

 

 昨日の楽しいお風呂の団欒とは別に、僕は現在追われていた。さっきまで囲まれていた数人の神様達(・・・)から。

 

 経緯について簡単に言うと、休日なので久しぶりに街を見て回ろうと散策していた。ついでに未だ中途半端な状態となっているオラリオの地理を記録しようと。

 

 散策時には『シャルフヴィント・スタイル』ではなく、オラリオ用の普段着を身に纏っていたが、僕を見た神様達が速攻で取り囲んだ。どうやら普段着の僕を認識していたようだ。

 

 相手は一応神様だから取り敢えず用件を訊くと、思った通りの答えが返って来た。遠回しに言いながらも、結局は僕についての自分の【ファミリア】へ改宗(コンバージョン)させる為の交渉だった。他にも僕が持つ武器やスキル、魔法(テクニック)についても知りたいと言っていた。

 

 丁重に断っても、向こうはまるで聞いてないように勝手に話を進めていた。それどころか、もう決定事項のように催促してくる。嫌だと言っても、「あれ? ゴメン、ちょっと何て言ってるのか分からなかった~」と言い返される始末。

 

 これがもしキョクヤ義兄さんだったら――

 

『口で言っても理解出来ぬ莫迦共に、俺から闇の洗礼を与えるとしよう。そして知るがいい。己の愚かさを絶望の果てまで後悔させてやる!』

 

 そう言いながら得物を出して痛めつけようとするだろう。尤も、物凄く手加減して驚かせる程度で終わらせると思うけど。

 

 僕の場合は流石に無理だった。異世界にいるキョクヤ義兄さんと違って、僕はこの世界の人間だ。天界に住まう神様に手を出してしまえば大問題なので。

 

 だけど、ここまで粘着質かつ横暴な神様達に絡まれるのは嫌だ。ゾンディールを使いたいと思う程に。アレは目標を吸い寄せるテクニックでダメージはないが、僕がそれを使って跳躍した瞬間、吸い寄せられた神様達は顔をぶつけ合う事になるだろう。最悪の場合、男神同士でキスする破目になると言う悍ましい事故も起きる。

 

 何とか心を落ち着かせ、どうやって撒こうかと考えた結果……ファントムスキルで姿を消す事にした。

 

 姿を消すスキルを持っている事を戦争遊戯(ウォーゲーム)で知っていた神様は、僕が逃げたと分かって捜そうとしていた。でも分かったところで気配までは掴めていないから、神様達は見当違いな所へ向かって行ったので、簡単に撒く事が出来た。

 

 取り敢えず撒く事に成功したからオラリオの散策を再び行う。

 

「ベルではないか」

 

 歩いている最中、誰かが僕に声を掛けてきた。思わずさっきの神様かと思って警戒しながら振り向くと、カフェテラスの椅子に座っているミアハ様と、燃える赤い髪で眼帯をしている女神様がいた。

 

「ミアハ様! それと……」

 

 僕の知っている善良な神様であった事に安堵するも、一緒に座っている女神様が誰なのかが分からなかった。

 

「ああ、そう言えば君とはまだ初対面だったわね。私はヘファイストス。【ヘファイストス・ファミリア】の主神をやっているわ」

 

「ヘファイストス様!?」

 

 その名前はよく憶えている。神様が神友(マブダチ)と呼ばれるほどの仲である他、【ロキ・ファミリア】の遠征で同行した()()()の主神だ。

 

「す、すみません。一度もお会いした事が無いとは言え、大変失礼しました……!」

 

「気にしないで」

 

 頭を下げながら謝罪する僕に、ヘファイストス様は必要無いと言ってきた。

 

 それを見ていたミアハ様は苦笑しつつも、時間があれば自分達の話し相手に付き合って欲しいと、空いている椅子に座るよう頼んできた。

 

 しつこく迫って来た神様達とは違って、ミアハ様は凄く紳士な対応だ。僕としては断る理由が全くないから、お言葉に甘える事にした。

 

 今は一つのテーブル席に僕、ミアハ様、そしてヘファイストス様が囲むように座って談笑をしている。話をして分かったが、ヘファイストス様はミアハ様と同様に善良な女神様だ。神様と気が合うのがよく分かる。

 

「そう言えば、遠征の時は悪かったわ。椿の事だから、遠征中に何度も何度も武器を貸して欲しいってせがまれたでしょ?」

 

「え、いや、まぁ、あははは……」

 

 本当にしつこくてうんざりしました、なんて流石に言えなかった。目の前にいるのは主神だから、団長である椿さんの行動を堂々と批判すれば怒りを買う事になる。

 

 だけど、僕の考えがお見通しだったみたいで、ヘファイストスは苦笑しながら言う。

 

「私が主神だからって、そんな気を遣う必要なんかないわよ。もし私が君の立場だったら、遠慮なく言ってるわ。ま、さっきの返答でもう充分に分かったけどね」

 

「あの、その……」

 

「これこれ、ヘファイストス。そうやってベルを困らせるでない」

 

 思った事をそのまま言うヘファイストス様に僕がしどろもどろになっていると、ミアハ様が助け船を出してくれた。

 

「そなたとて、そちらの団長と同じく気になっているのであろう? つい先程まで、私にベルの事について聞いていたではないか」

 

「ちょっとミアハ!」

 

「え?」

 

 椿さんと同様に気になるって……。

 

 僕が聞いてしまった為か、ヘファイストス様はミアハ様に悪態を吐きながら観念するように嘆息する。

 

「はぁっ……。実を言うと、君の使う武器が今も気になってるのよ。私も一人の鍛冶師として、ね」

 

「そう、ですか」

 

 思わず警戒してしまう。椿さんだったら速攻で断るけど、相手は神様だ。下手に断って機嫌を損ねてしまうと、神様との付き合いに支障をきたしてしまうかもしれない。

 

 すると、途端にヘファイストス様が両手を上げて、首を横に振った。

 

「安心なさい。私は椿と違って、武器を貸してくれなんて厚かましい事は言わないし、君を問い質す気なんかないわ。そんな事をすれば、ヘスティアに申し訳が立たないからね。だけど……」

 

 椿さんみたいな事はしないと言った後、僕に質問をしようと真剣な顔になった。

 

「ベル・クラネル、せめてこれだけは確認させて。椿から聞いた際、君が使う魔剣は制限無しで使えると言ってたけど、それは本当なのかしら?」

 

「……ええ、そうです。物理的に壊れない限りは」

 

 僕は間を置きながらも取り敢えず答える事にした。この世界の神様は相手の嘘を見抜けるけど、今更嘘を吐く気はない。椿さんに教えた事は本当なので。

 

 返答聞いたヘファイストス様は、「……そう」と言って僕に警告しようとする。

 

「なら今後、その壊れない魔剣の事を他の神達や【ファミリア】、あと商人達の前で決して言わないようにして。君の知っての通り、魔剣は――」

 

 そう言いながら、魔剣についておさらいするように説明を始めた。この世界の魔剣というものが、何回か使ったら壊れてしまう消耗品である事を。

 

 椿さんや【ロキ・ファミリア】の幹部達が、あそこまで驚いたのがよく分かった。僕の使ってる武器が途轍もない物だというのが。

 

 フィンさんも僕に警告する筈だ。リヴェリアさんに貸した長杖(ロッド)――ゼイネシスクラッチを他の人に見せないようにと真剣な顔で言ってきたのが、今になって改めて理解した。

 

「もし知られれば最後、誰もが君の武器を喉から手が出るほど欲しがろうとするわ。どれだけの大金を叩いてでもね。最悪の場合、君を殺してでも奪おうとする筈よ」

 

 やっぱりそうなるだろうな。どうやらこれは今以上に気を付けないといけないようだ。

 

 今の僕はただでさえ『Lv.3』にランクアップして、オラリオの人達から注目されている。この状況で団員募集すれば、誰もが僕の事や武器について調べる目的で入団してきそうな気がする。神様には悪いけど、もう暫く団員募集しないように言っておかないと。

 

「警告ありがとうございます。鍛冶神のヘファイストス様に言われると、改めて気を付けなければいけないと認識し、て……」

 

 あれ? 鍛冶神って思い出したけど、僕はこの前、【ゴブニュ・ファミリア】のゴブニュ様に大剣の整備依頼をしていたような……。

 

 確かゴブニュ様が三日経ったら来いって言われ……って!

 

「ああ~~~~~~~!!!」

 

「ど、どうしたの?」

 

「まるで何か大事なことを思い出したような叫びだな」

 

 僕が立ち上がりながら叫んだ事でヘファイストス様が吃驚し、ミアハ様は察したように言い当てた。

 

「す、すいません! 僕、整備依頼した【ゴブニュ・ファミリア】の所へ行かなきゃならなくて……! 申し訳ありませんが、今日はこれで失礼します!」

 

 二柱の神様に謝りながら理由を言い、僕はすぐに【ゴブニュ・ファミリア】の工房へ向かおうと走り出す。

 

 

 

 

 

 

 

「まさか、あの子がゴブニュのところに整備依頼してたなんてね……。一応あそこは私の商売敵なんだけど」

 

「大方、遠征中に何度も強請ってきた椿に辟易して、ゴブニュに依頼をしたのであろう」

 

「でしょうね。全くもう、椿ったら……。これじゃもう、あの子と交渉出来ないじゃない……!」

 

「おや? ベルの前であのような事を言っておいて、実は密かに狙っていたのか?」

 

「人聞きの悪い事を言わないでよ、ミアハ。私はただ単に、あの子が持っている壊れない魔剣を含めた武器を狙う不逞の輩が迂闊に手を出さないよう、私から保険を提示しようとしただけよ」

 

「遠回しに言ったところで、結局はベルの武器を自分の目の届く所に置いておきたいのだな?」

 

「………後で椿に文句を言っておかないとね」

 

「うむ、見事に誤魔化したな」

 

 

 

 

 

 

「すいません、ゴブニュ様。今日が約束の日だって事を忘れてしまって……!」

 

「そこまで謝る必要は無いぞ。俺は『三日経ったら来い』と言っただけだ。時間の指定までは言っておらん」

 

 ミアハ様達に別れを告げた後、僕は急いで【ゴブニュ・ファミリア】の工房へ向かった。

 

 鍛冶師の人に整備依頼の件について話すと、いきなりゴブニュ様の元へと案内された。どうやら僕が来たら案内するよう言われたようだ。

 

 そして【ゴブニュ・ファミリア】の主神ゴブニュ様と三日ぶりに会ってすぐ忘れていた事を謝るが、向こうは気にしていないと返された。

 

 この話はもう終わりだと言った次に、整備依頼をした大剣を渡してきた。以前見た時と違って、刃が鋭くなっている。

 

「あれ? この大剣、なんか軽くなった上に、刃の部分も少し小さくなってるような気が」

 

「お前の体格に合わせるよう、俺が少しばかり調整させてもらった。その大剣は本来、体格の大きな者が扱う武器だからな」

 

 成程。前に戦ったミノタウロスは片手でも軽々と振り回していたけど、僕からすれば両手で持たないと満足に振るえない大剣だ。今はとても馴染んで片手でも持てる軽さになっている。

 

 もし僕がハンタークラスだったとしても、この武器は非常に扱い辛いだろう。でも、ゴブニュ様が調整してくれたお陰で、今ならファントムクラスとか関係無く軽々と振り回せる。

 

「態々調整までしてくれて、ありがとうございます。あ、でしたらお金も多めに支払った方が……」

 

「気にするな。これはあくまで俺が勝手にやっただけだ。お前は請求書に書いてある通りの代金だけ支払えばいい」

 

「そ、そうですか。では、料金は此方です」

 

 厳しい表情のままで追加料金は必要無いと言ってくるゴブニュ様に、僕は苦笑しながらも電子アイテムボックスからお金が入った袋を出して渡そうとする。

 

「うむ、確かに受け取ったぞ」

 

「えっと、整備してもらって言うのも何ですが、もしこの大剣が壊れたら場合に修理依頼をしても良いですか?」

 

「構わん。それが鍛冶師の仕事だからな。だが使って早々に壊すなよ? 出来れば大切に扱って欲しい」

 

「分かりました」

 

 念を押すように言ってきたので、僕は首を縦に振りながら頷いた。

 

 すると、ゴブニュ様が突如質問をしようとする。

 

「確認したいのだが、その大剣は一体どうやって入手したのだ? 遠征中に手に入れたと言っていたが……」

 

「ああ、これはですね――」

 

 簡潔に説明しようと、ミノタウロスと戦った件について説明する。

 

 聞いているゴブニュ様は厳しい表情でありながらも、僕の話を一字一句逃さない感じで聞いていた。

 

「……成程な。まぁ、確かにそのような武器を放置するのは勿体ないな。拾った以上は最後まで責任を持って使うのだぞ」

 

「はい!」

 

 力強く返事をした後、僕はゴブニュ様に再び整備をしてくれたお礼を言った後、工房を後にした。

 

 

 

 

 

「ゴブニュ様。【亡霊兎(ファントム・ラビット)】が帰りましたけど、向こうから依頼が来た場合はどうすればいいんですかい?」

 

「【剣姫】と同様、必ず俺を通すようにと団員達に言っておけ」

 

「わかりやした。にしても、あの坊主が持ってきた大剣って……確かゴブニュ様が作った武器じゃないですか? それにアレは【フレイヤ・ファミリア】の所にいる【猛者(おうじゃ)】が使ってるのと同じ――」

 

「余計な詮索は不要だ。用が済んだなら早く仕事に戻れ」

 

「へ、へい、失礼しました!」

 

「…………ミノタウロスを倒して手に入れたと言っていたが、オッタルは一体どういうつもりで……いや、この場合フレイヤと言った方が正しいか。あの女神は一体何を考えているのやら……」

 

 

 

 

 

 

 

 ~おまけ~

 

 

 

 場所は変わって【ロキ・ファミリア】の本拠地(ホーム)『黄昏の館』の執務室。

 

「……ガレス、今日も平和だね……」

 

「……そうじゃのう」

 

 フィンとガレスが黙々と執務を行っている最中だ。

 

 慰安旅行と言う名目で港街(メレン)に向かった筈の団長(フィン)主要幹部(ガレス)が、本拠地(ホーム)にいるのは当然理由があった。

 

 今の本拠地(ホーム)にフィンとガレス以外に、【ロキ・ファミリア】の男性陣は全て待機している。港街(メレン)に行ったのは女性陣だけだ。ロキがギルドに外出許可をもらう際、取引として半分残す約束をした。その結果、女性団員しか連れて来ていない。尤も、女好きなロキの個神的な理由でそうなっただけだが。

 

 以上の理由で、男性陣はロキの指令があるまで待機と言う事になっている。とは言え、オラリオ内でもやる事はあった。ロキはフィン達に同盟相手であるディオニュソスとヘルメスの動きを見張るように頼んでいるので、決してやる事が無い訳じゃない。因みにベートは最初からやる気がなく、本拠地(ホーム)から出て早々に出掛けているが。

 

「神ディオニュソス達はどうなっている?」

 

「団員達の報告では、今のところ何もなさそうじゃ。」

 

 頼まれた事をやっている二人だが、何の音沙汰もないから殆ど暇に等しかった。

 

 ロキ達が港街(メレン)に向かって数日経っても報告が無いから、ただの旅行で終わってしまうかもしれないとフィンは考え始める。

 

 すると、執務室の扉の奥にある廊下が慌ただしい足音が聞こえた。

 

「団長、失礼します!」

 

「アキじゃないか。君が此処へ来たって事は、もしや向こうで何か遭ったのかい?」

 

 慰安旅行に行った筈の女性団員――アナキティ・オータムが本拠地(ホーム)へ戻って来たのを見たフィンは、何かしらのトラブルが起きたと推測した。ガレスも同様の事を考えている。

 

「はい、それが――」

 

 執務室に入って早々、アキはフィン達に港街(メレン)で起きた経緯を簡潔に説明する。

 

 【カーリー・ファミリア】が入港し、引き起こした経緯と状況。

 

 女性団員達の得物も含めて装備を揃える指示。

 

 【ロキ・ファミリア】を全員集結させ、港街(メレン)へ殴り込みに来いというロキからの伝令。

 

 全てを聞いたフィンは即座に了承し、アキに指示を命じようとする。

 

「アキはラウル達に同様の説明をした後に準備を手伝ってくれ」

 

「分かりました」

 

 頷いたアキはすぐに執務室から出て行動に移した。

 

 先程まで静かだったのが、急に騒がしくなった事にフィンは内心苦笑する。

 

「ではワシもアキの手伝いをするか。にしても、まさかオラリオの外で大暴れする事になるとは思わんかったわい」

 

「僕もだよ。まぁ、ガレスにとっては丁度良いんじゃないかい?」

 

「まぁの。ずっと執務ばかりしてた所為か、鈍ってたところじゃ」

 

 座っていた椅子から立ち上がり、まるで固まっていた身体を解すようにストレッチをするガレス。

 

「フィンはどうするんじゃ?」

 

「ガレス達には悪いけど、僕は少しばかり出掛けさせてもらう」

 

「? こんな時に何処へ行くつもりだ?」

 

 フィンが無駄な事をしないのは分かっているが、ガレスはそれでも問わずにはいられなかった。

 

とある冒険者(・・・・・・)冒険者依頼(クエスト)を出そうと思ってね」

 

「とある冒険者じゃと?」

 

「ああ。アキからの報告で現在行方知れずの団員二人いるけど、引き留めるのは僕だけじゃ無理だ。だから万が一の事を考えて、もう一人の適任者を連れて来ないとね」

 

「……おい、まさかお主」

 

「大丈夫、この件についての全責任は僕が負うから」

 

 ガレスはフィンの目的が分かったのか、少しばかり眉を顰めていた。




さて、フィンの言う冒険者とは誰の事を指しているでしょうか?

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【ヘスティア・ファミリア】の休日④

「うわっ、もうこんな時間か。早く本拠地(ホーム)に帰らないと……」

 

 ゴブニュ様から整備依頼をした大剣を受け取り、工房から出て少し歩いた後、空にある光が沈みかけていた。

 

 近くにある設置された大型時計を見ると午後四時を示している。今日の散策は色々とあり過ぎて、結構時間が経っていたようだ。

 

 ニ~三時間経ったら、神様がバイトを終えて戻って来るだろう。それと今日はジャガ丸くんの売れ残りを持ってくると言ってたから、夕飯はジャガ丸くんパーティーをやる事となっている。と言っても、単にジャガ丸くんメインの夕飯だけど。

 

 夕飯の事を考えていたら、お腹が空き始めて来た。オラリオの散策はここまでにして、本拠地(ホーム)へ帰るとしよう。ついでにお風呂に入って身体をさっぱりさせたいし。

 

 歩く進路を本拠地(ホーム)へ向け、帰る場所を間違えそうになるも、無事に戻る事が出来た。すると、門の前に小人族(パルゥム)と思われる金髪の男性が立っている。

 

「フィンさん!?」

 

 予想外にも、その小人族(パルゥム)の男性は【ロキ・ファミリア】団長のフィン・ディムナさんだった。僕が声を荒げながら近づくと、それに気付いたフィンさんが振り向く。

 

「やぁ、ベル。ティオナ達が言った通り、やはり此処が新しい本拠地(ホーム)のようだね」

 

「え、ええ。前の所は壊されましたから引っ越しを……って、そんな事より!」

 

 笑顔で言うフィンさんに僕はつい返答してしまったが、すぐにハッとなって確認する。

 

「どうしてフィンさんがこんな所にいるんですか? まさかこの前の遠征関連で、僕が何か不手際でも起こしましたか?」

 

「いやいや、そんなんじゃないから。……まぁ取り敢えず、場所を変えてもいいかな? ちょっと君に依頼をしたい事があってね」

 

 真面目な顔をしながら言ってくるフィンさん。この人が僕に依頼って……一体何なんだろう?

 

 

 

 

 

「ええ!? ティオナさんとティオネさんが!?」

 

「ああ。身内の恥を晒すようで非常に情けないんだけど、その二人が相当厄介な【ファミリア】に目を付けられてね」

 

 フィンさんを本拠地(ホーム)の応接室に招いた後、一通りの話を聞いた。因みに神様はまだ帰ってないので、今は僕一人だけで対応中だ。

 

 現在、港町(メレン)へ行ってる【ロキ・ファミリア】の女性陣が旅行中に、外部の派閥――【カーリー・ファミリア】と一悶着が起きたらしい。

 

 外部の【ファミリア】については良く知らないけど、そこはアマゾネスの聖地と呼ばれ、嘗てティオナさんとティオネさんが所属していたようだ。そして主神カーリー様が港町(メレン)に訪れて、アマゾネス姉妹にちょっかいを掛けていると。

 

 向こうの挑発に乗ってしまったティオナさん達は、けじめを付ける為にロキ様達の前から姿を消して今も捜索中であると。同時に後ほど、港町(メレン)で【カーリー・ファミリア】と全面戦争をするようだ。

 

「……取り敢えず、そちらの事情は分かりました。ですが、何故僕にそんな話を? 本来でしたら【ファミリア】間の争いに、第三者(よそもの)の僕が口出し出来ない筈なのでは?」

 

「確かにベルの言う通り、これはあくまで【ロキ・ファミリア(ぼくたち)】と【カーリー・ファミリア(むこう)】の争いで、【ヘスティア・ファミリア(きみたち)】は全く無関係だ」

 

 けど、と言ってフィンさんは話を続ける。

 

「今回の相手は非常に厄介な【ファミリア】だから、僕としては万全を期したいんだ。もしかしたらこの争いで、大事な幹部二人(ティオナとティオネ)を失ってしまう可能性があるからね。ベルとしてはどう思うかな? 特にティオナがいなくなった時の事を考えたら」

 

「そ、それは……」

 

 派閥は違えど、僕にとってティオナさんは大事な仲間だと思っている。

 

 一方的に好意を抱かれているとはいえ、この前の遠征では彼女に守られた事があった。だから、いつかその恩に報いる為の事をしようと考えている。

 

 加えて、もしも突然いなくなってしまう事を考えると、とても悲しい気持ちになってしまう。僕としては、あの人の天真爛漫な可愛い笑顔を見るのが好きだ。好きと言っても、異性としてではない事を付け加えておくが。

 

「まぁ、その返答は敢えて聞かないでおくよ。ではここから本題だ。僕達がメレンへ行く際、前回の遠征と同様に君をサポーター並びに治療師(ヒーラー)として雇いたい。勿論これは冒険者依頼(クエスト)だから、報酬も用意するつもりでいる。と言っても、これはあくまで僕個人の依頼だ。報酬に関しては僕のポケットマネーで支払う事になるが、相応の額を用意すると約束する。急な依頼で申し訳ないけど、今は一刻を争う事態だから、この場で即座に諾否をして欲しい」

 

「………………」

 

 フィンさんが【ロキ・ファミリア】団長の顔となって僕にそう依頼してきた。本当だったら、以前の遠征の同行依頼の時みたいに考える時間が欲しい。だけど、それは無理だ。向こうの言う通り、そんな時間は一切無い。

 

 恐らく、この人は僕とティオナさんが友好関係である事を考慮した上で話を持ち掛けたかもしれない。彼女が失いたくない筈だから、必ず受けてくれるだろうと計算して。

 

 遠征に参加して、フィンさんの事は大体理解した。戦術を考えるだけでなく、その場で即座に決める判断力、自分が何をすべきかと一瞬で考える頭脳があるからこそ、【ロキ・ファミリア】と言う巨大派閥を束ねる団長を務めているのだから。

 

 そして万が一の事を考慮した結果、僕と言う戦力を予め確保しておけば誰一人欠ける事無く達成出来るという答えを出したに違いない。出なければ、今頃この人が僕に会いに来ないと思う。

 

 さて、どうすべきか。本当は神様と相談したいところだけど、未だバイトが終わらずに帰って来てない。だからここは僕一人で決断するしかない。

 

 他所の【ファミリア】である僕としては断るべきだろう。いくら報酬を貰える冒険者依頼(クエスト)だからといって、安易に受けてしまえば色々と面倒な事になる。かと言ってフィンさんの言う通り、もしティオナさん達が失う事になれば……僕は自分を許せなくなってしまう。助ける力があった筈だったのに、と。

 

 なので神様には非常に申し訳ないけど――

 

「分かりました、お引き受けします。但し、後でちゃんとフィンさんから神様に詳細を説明して下さい。それと今回は急な冒険者依頼(クエスト)ですから、報酬もそれなりに弾んでもらわなければ割に合いませんので」

 

「勿論だ。君が了承してくれれば、僕が責任を持って対応する他、君達が満足する報酬も必ず用意する」

 

 緊急の冒険者依頼(クエスト)を受ける事にした。

 

 返答を聞いたフィンさんは満面の笑みを見せ、手続きや後処理については全て自分に任せて欲しいと力強く言ってくる。

 

 だけど、僕としては何点か確認したい事もあった。

 

「ところで、引き受けるのは良いんですが、僕がオラリオの外に出たら不味いんじゃないですか? メレンへ行ける手筈を整えてる【ロキ・ファミリア(そちら)】と違って、僕の場合は先ずギルドに申請しなければならないんですが」

 

 オラリオ、と言うよりギルドは第一級冒険者を始めとした都市戦力流出をさせないようにしている。もしも他国の【ファミリア】に改宗(コンバージョン)すれば、非常に厄介な事となるとギルドは恐れている。だからオラリオで有名な【ファミリア】が外出するとなれば、許可を得る為の煩雑な手続きが必要となる。場合によって長い時は数日の時間を要する事もある、と言う事を(エイナさん講師で)ギルドの講習で学んだ。

 

 それに加えて、僕は先日『Lv.3』にランクアップしているから、オラリオから出るのに当然手続きが必要となる。

 

 以前に【ミアハ・ファミリア】の冒険者依頼(クエスト)を受けた際にオラリオの外へ出たが、その時は僕が『Lv.2』にランクアップしたばかりと言う事もあって、そこまでの時間は要さなかった。けれど『Lv.3』となれば話は別で、外出許可の手続きを終えるのは最低でも一日以上は掛かる。

 

 不安そうに問う僕に、フィンさんが問題無いように答えようとする。

 

「ああ、それに関しては問題無いよ。既にアキがギルドに『魔法の手紙』を渡している筈だからね」

 

「『魔法の手紙』?」

 

 鸚鵡返しをしながら首を傾げる僕だが、フィンさんは気にしないように立ち上がる。

 

「けれど、アレに君の事は一切書かれてないから、内容を付け足す必要がある。だからベル、今すぐギルドへ行くよ」

 

「ええっ!? い、今からですか!?」

 

 僕がオラリオを出る為に『魔法の手紙』の内容を付け足すって……もしや、ギルドに何かしらの脅迫内容が書かれているんじゃ。

 

 あそこまで自信持って答えるから、フィンさんは絶対通ると確信しているんだろう。

 

「さっき言っただろう? 今は一刻を争う事態だって。早く済ませないとティオナ達が危ない」

 

「……そ、そうでしたね」

 

 確かに今は急いでいる状態だから、すぐに行かないとダメだ。僕と言う予定外の冒険者が急遽参加する為、ギルドに行って手っ取り早く許可を貰わなければならない。

 

 一先ずフィンさんの言う通りにするが、どうしてもやっておかなければならない事がある。

 

「けどその前に、せめて置き手紙ぐらいは書かせてもらえませんか? もし神様が何も知らずに帰って来て、僕がいないと分かった途端に大慌てすると思いますから」

 

「ああ、それは確かに」

 

 必要最低限の事をしておきたい事を言うと、フィンさんは了承してくれた。

 

 そして僕は用意したメモ用紙を用意して簡潔に書いた後、本拠地(ホーム)を後にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

「たっだいまベルく~~ん! さあ今日は約束通りジャガ丸くんパーティーを……あれ?」

 

 本拠地(ホーム)に戻って多くの売れ残り(ジャガ丸くん)を持ってきたヘスティアだったが、ベルの部屋には誰もいなかった。

 

 リビングにいなかったからてっきり自室にいるのかと思って直行するも、結局はいなかったので肩透かしを食らってしまう。

 

「おかしいな。もうベル君は戻ってきている筈なんだけど……ん?」

 

 まだ散策をしているのかと考えながら、ヘスティアは再びリビングへ戻った。

 

 取り敢えず持ってきたジャガ丸くんをテーブルの上に置くと、メモ用紙らしきものを発見する。

 

 メモを手にしたヘスティアは、書かれている内容を口に出して読み始める。

 

「『神様、【ロキ・ファミリア】から急な冒険者依頼(クエスト)が入ったので、本拠地(ホーム)をあけさせてください』……は?」

 

 途中で一瞬止まってしまうヘスティアだったが、気を取り直して再び読む。

 

「『帰って来るのは明日になるかもしれませんが、心配しないで下さい。行き先については、【ロキ・ファミリア】の団長フィン・ディムナさんからの強い要望により帰って来てから説明します。決して後ろめたいことではありません。それでは、行ってきます』」

 

 読みながらどんどん不機嫌になるも、今度は追伸の部分に目を通す。

 

「『追伸:冒険者依頼(クエスト)が終わったら、お土産を買ってきます。どんなものかは楽しみに待っていてください』」

 

 メモ用紙に書かれている内容を全て読み終えたヘスティア。

 

 そして――

 

「ロキィィ~~~~~~~~~~~!!! どういう事だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」

 

 一目散に本拠地(ホーム)から出て、【ロキ・ファミリア】の本拠地(ホーム)へ全速力へ向かうのであった。

 

 ヘスティアは全ての元凶は糸目無乳(ロキ)の仕業だと思い込んでいるが、全くの見当違いだ。そのロキですらベルが参加する事を全く知らない。それどころか、港町(メレン)で再び会うなんて予想もせず逆に驚く事になるから。




ベルがロキ・ファミリアと一緒にメレンへ行く事となりました。

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【ヘスティア・ファミリア】の休日⑤

 神様への置き手紙を書いて本拠地(ホーム)を出た後、フィンさんに連れられてギルド本部へと向かった。

 

 運が良いのか悪いのか分からないけど、対応する職員がエイナさんだった。至急港街(メレン)へ行く為にオラリオを出たいと言うも、当然それは無理と却下されたのは言うまでもない。外出許可を出す為の手続きがどうしても必要だと。

 

 けど、そこをフィンさんが出た事で状況が一変する。「例の『手紙』を、そちらの上層部は読んでくれたかな?」と言った瞬間、エイナさんの表情が凍り付いた。

 

 あの人があんな表情をするとなると、フィンさんが言ってた『魔法の手紙』に書かれてる内容は、ギルド側にとって相当不味い案件だったんだろう。それも表沙汰にしたくない程の。

 

 フィンさんはエイナさんの表情を察して、すぐに僕の外出許可を求めようとした。【ロキ・ファミリア】はともかく、部外者である【ヘスティア・ファミリア】の僕だと話は別ですとエイナさんが反論するも――

 

「彼は今回の件に、どうしても必要不可欠なんだ。これは寧ろギルド側の為でもある。それとも『手紙』に書かれている内容が公になっても、ギルドは平気な顔をしていられるかな?」

 

 まるで痛い所を突くようなフィンさんからの指摘に撃沈する事となった。

 

 思わず同情したくなりそうだが、僕は敢えて何も言わない。ここで下手に口を出してしまえば、色々と突っ込まれてしまいそうなので。

 

 エイナさんがギルド長に話してくると奥へ行った数分後、あっと言う間に僕の外出許可が下りる事となった。

 

 中立を主張しているギルドでも、弱みを握られたら従わざるを得ないんだと改めて思った。まぁそれだけ後ろめたい事をしていたと言う証拠でもあるんだけど。真面目に働いている職員のエイナさん達は別としてね。

 

 しかしまぁ、【ロキ・ファミリア】の手腕には恐れ入る。そして自らの主張を通す為に用意周到な手筈を整え、相手が強く出れない情報を入手して叩きつける大胆さも含めて。

 

 ちょっと勉強になったなぁって思ってると――

 

「ベル君は絶対に真似しちゃダメだからね!」

 

 僕の心を読んだのか、エイナさんが真剣な顔になって思いっきりダメ出しをしてきた。

 

 

 

 

 

 

 ギルドからの外出許可を取った後、今度はオラリオ都市南西部の市壁上へと案内された。

 

 そこには準備を終えているのか、【ロキ・ファミリア】のメンバーが勢揃いしていた。と言っても、殆どが男性団員ばかりで、女性団員は猫人(キャットピープル)の女性――アナキティ・オータムさんだけだった。

 

 向こうは僕とフィンさんに気付いた途端、一斉に驚愕の表情となる。主に僕を見ながら。

 

「おい待てフィン! 何でソイツが此処にいやがるんだ!?」

 

 皆の代表としてベートさんが問い詰めた。ガレスさんは前以て知っていたのか分からないけど、フィンさんを見て嘆息している様子だ。

 

 こうなる事を予想していたように、フィンさんは団員達に僕が急遽参加となった事情を説明する。今回は自分の独断であり、全ての責任は自分が持つと。

 

 相手が自分達【ロキ・ファミリア】の団長だからか、特に異を唱えることをしない様子だ。ベートさんだけを除いて。

 

「ざけんな! 遠征はともかく、こんな小競り合いなんかで余所者(ベル)に頼るんじゃねぇ! テメエには誇り(プライド)ってもんがねぇのか!?」

 

大事な家族二人(ティオネとティオナ)を失うぐらいなら、僕は即座に捨てるよ。それにベートだって分かっているだろう? ティオネはともかく、ティオナを引き留めるにはベルが一番適任だと言う事を。それとも、君が代わりにベルの役割をやってくれるかい?」

 

「死んでも御免だ!」

 

 ティオナさんを引き留めるのを凄く嫌がるベートさんが速攻で拒否すると同時に、僕の参加に文句を言わなくなった。

 

 結果、僕の参加を【ロキ・ファミリア】が認める事となった。ついでに、僕がギルドに外出許可を出した際は建前上として、『サポーター並びに治療師(ヒーラー)として同伴する』とフィンさんが補足する。

 

 前回の遠征の時と同様、再びラウルさんと行動する事となった。それを聞いたラウルさんは少しばかり嬉しそうな表情だ。

 

「ラウルさん、また宜しくお願いします」

 

「こちらこそ宜しくっす。この前の遠征は本当に助かった上に、色々と感謝してるっす」

 

 準備の最終段階に移っている際、僕とラウルさんは再会の挨拶をしていた。と言っても、ほんの数日しか経ってないけど。

 

 感謝とは一体何の事かと聞いてみると、こっそりと教えてくれるみたいで声を潜めながら彼は教えてくれた。

 

「実は自分、ランクアップしてないんだけど、いつでも『Lv.5』になれるんすよね」

 

「え!?」

 

 ラウルさんのランクアップに思わず驚いた。

 

 遠征の後処理として行うギルド報告の時には彼の事について一切触れていなかった。正式にランクアップしていたら報告しなければならないが、ラウルさんはそれをしてないから報告をしなかったんだろう。

 

 けど、冒険者はランクアップ出来るなら即座にやろうとする筈だ。何かやらない理由でもあるのかな?

 

「あのぅ、どうして『Lv.5』にならないんですか?」

 

「それはまぁ……色々と事情があるって事で勘弁して欲しいっす」

 

 疑問を抱いた僕が聞いても、流石にそこまで詳しく教えられないようだ。

 

 やっぱり内部の事まで訊くのは無理か。まぁそれは当然だろう。

 

 一先ず「おめでとうございます」と祝福の言葉を送ると、ラウルさんは照れた様子だった。

 

 すると、彼は意を決したように何か頼もうと僕に言ってくる。

 

「あの、ベル君。自分は今度ダンジョン探索するんすけど、もし良かったらベル君も一緒に――」

 

「ちょっとラウル、なに抜け駆けしようとしてるのかしら?」

 

「げっ、アキ……!」

 

 ラウルさんが言ってる最中、耳を立てながらこっちに来たアキさんが睨んでいた。

 

 僕としては嬉しいお誘いだったけど、結局ダンジョンのお誘いは叶わず、何故か怒ってるアキさんに耳を引っ張られてるラウルさんは連れて行かれてしまう。

 

 そんな中、フィンさん達がこの場にいないアイズさんやリヴェリアさん達の武器について話していた。

 

 どうやら港街(メレン)へ行く際に置いていったようだ。遠征で消耗した為、整備に出していたと。

 

 アイズさんの剣はベートさんが、リヴェリアさんの杖はフィンさんが、ティオナさんとティオネさんの武器がラウルさんが運ぶ事になる。特にティオナさんの武器は大重量なので、ラウルさんは完全に貧乏くじだ。

 

「あの、ラウルさん。ティオナさんの武器は僕が持ちましょうか? 知ってると思いますが、僕には収納スキルがありますから」 

 

「うう……本当なら頼みたいんすけど、ベル君は他所の【ファミリア】だから無理っす……!」

 

 言われてみれば、確かに。もしも僕が【ロキ・ファミリア】に所属していたら、ラウルさんは即行で頼むだろう。無理だと分かった僕は引き下がる事にする。

 

 因みに今回はリヴェリアさんに長杖(ロッド)――ゼイネシスクラッチを貸したりはしない。あの人が本来使う杖は整備済みとなっているので、態々僕が用意する必要はなかった。もし未だに整備中で使えなかったら話は別だったけど。

 

 そして【ロキ・ファミリア】の準備が完全に終わると、団長のフィンさんが振り向いた。

 

「さて、みんな。これからお騒がせな姉妹を迎えにいく。念の為に確認するがベル、準備はいいかい?」

 

「いつでも行けます」

 

 他所の【ファミリア】である問うので、僕はコクリと頷く。

 

「なら結構。では総員、行くぞ!」

 

 何の躊躇もなく駆け出すフィンさんに、僕や【ロキ・ファミリア】の団員達が一斉に巨大市壁を飛び降りる。

 

 壁を蹴って問題無く着地を決める僕達が目指す先は、現在光が消えている港街(メレン)

 

 【ロキ・ファミリア】+【ヘスティア・ファミリア】の共同冒険者依頼(クエスト)は、この時をもって開始される事となった。

 

 

 

 

 

 ~おまけ~

 

 

 

 ベルが【ロキ・ファミリア】と共に港街(メレン)へ向かっている間、オラリオ内ではちょっとした事が起きていた。

 

「門番君、今すぐロキを連れてくるんだ! もしくはそちらの団長君でもいい!」

 

「ですから、どちらも外出していると先程から言ってるでしょう!」

 

 現在、『黄昏の館』の門前で一柱の女神が騒いでいた。その女神はヘスティアで、目の前にいる門番にロキを出せと何度も言っていた。

 

 しかし、残念な事にロキとフィンは本拠地(ホーム)にいない。ロキは港街(メレン)にいて、フィンはそこへ向かっている最中だ。

 

 因みに門番はヘスティアが何故此処へ来て、主神と団長に会いたがっている理由は分からない。フィンがベルに冒険者依頼(クエスト)を出しているのを全く知らず、ヘスティアが一体何の用で来ているのかも全然見当がついていないので。

 

「むむむ……嘘じゃないのは分かるけど、どうしてどっちもいないんだ!?」

 

「申し訳ありませんが、他所の主神である貴女様には一切お答え出来ません」

 

「そっちがベル君に冒険者依頼(クエスト)を出したじゃないか! だから僕は無関係じゃない!」

 

「……え?」

 

 ヘスティアの叫びを聞いた門番は疑問を抱く。

 

 どういう事かを聞こうとするも――

 

「何だい、その反応は? もしかして冒険者依頼(クエスト)の事を、君はロキや団長君から何も聞かされてないのかい?」

 

「うぐっ!」

 

 突如、女神の台詞が門番の心に深く突き刺さった。

 

 補足しておくと、彼は以前にベルを追い出した門番の一人だ。逸材であった筈のベルを独断で門前払いした為、首脳陣(特にリヴェリア)からの評価がガタ落ちとなっていた。

 

 門前払いした事をリヴェリアから酷く咎められた上に謹慎処分を下され、彼は深く反省をした事で仕事を再開している。真面目にやっている事で今は何とか許されている……筈だった。

 

 先日の遠征から戻って来た際、多くの女性団員達から軽蔑の眼差しを送られた。何故と疑問を抱いた彼は一人の男性団員に聞いてみると、ベルが女性冒険者の悩みを解消する魔法を使えると知って、今度は彼女達から恨まれる要因を作ってしまったと再び後悔する事となった。

 

 更に肩身が狭くなってしまった事により、門番はこれまで以上に自粛している。別の【ファミリア】に改宗(コンバージョン)しようかとも考えたが、同僚の男性団員からのフォローにより、今もこうして【ロキ・ファミリア】に留まっている。

 

 ヘスティアから冒険者依頼(クエスト)の事を言われて、何も聞かされてない事実を知った彼は両膝を付いた。団員達にある程度は周知される筈だが、自身の耳には全く入っていない。それはつまり、自分に教える必要がない無価値な団員にまで成り下がったと。

 

 その直後――

 

「う、うぉぉぉぉおおおおおおおお!」

 

「!? と、突然どうしたんだい!?」

 

 ついに門番は号泣してしまった。

 

 いきなりの事に、さっきまで詰問していたヘスティアは戸惑いの表情だ。

 

「俺は、俺は……! どうしてあんな事をしちまったんだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「いや、だから何で泣いているんだい!?」

 

「ベル・クラネルを門前払いをした後、副団長に怒られ、更には同僚達から蔑まされて、俺は、俺はぁぁぁぁぁ!!」

 

「……あ、ああ~……何となく分かってきたよ」

 

 ヘスティアは泣いてる門番の話を聞いて察した。

 

 以前に彼女はベルから【ロキ・ファミリア】に門前払いされた話を聞いた。その門番は副団長(リヴェリア)から説教を受けて謹慎処分を下されたと。

 

 自身の眷族がとんでもなく強いと分かった事で、門前払いした門番は肩身の狭い日々を送っているだろうなとヘスティアは予想していた。

 

 それが的中したように、目の前にいる彼が号泣しているから、改めてベルの凄さも分かったと認識する。

 

「え、えっと、門番君。ボクは君の主神じゃないけど、愚痴くらいなら聞いてあげるよ?」

 

 ヘスティアは両膝をついて彼の肩にポンと手を置いた後、親身な気持ちで相談相手になろうとしていた。

 

 こう言ってるが、今の彼女はとても複雑な気持ちになっている。もし門前払いしてくれなければ、自分はベルと出会うことなく今も眷族募集している日々を送っていた。だから彼には非常に感謝している。けれど、号泣しているのを見た途端、ヘスティアは非常に申し訳なく思い始める。

 

 取り敢えずは聞くだけ聞いてあげようと、ヘスティアは別の門番が来るまで、彼の愚痴に口を挟む事無く傾聴するのであった。




今回のおまけは【ロキ・ファミリア】門番の話メインでした。

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【ヘスティア・ファミリア】の休日⑥

いつもより長めです。

それではどうぞ。


 全速力で港街(メレン)へ向かった僕達は、大して時間を要する事無く早々に到着する。

 

 久しぶりに訪れた事で、以前世話になったニョルズ様の事を思い出すも、それは一旦後回しにした。この件が片付いたら、もう一度会おうと決めて。

 

 先頭を行く【ロキ・ファミリア】は、見張り役と思われる女性――アマゾネス達を一瞬で蹴散らし、あっと言う間に港街(メレン)奥の貿易港区画へ辿り着く。

 

「フィン、来てくれ……って、ベル! 何故お前がいるのだ!?」

 

「すまない、リヴェリア。彼については後で説明する。それより状況は?」

 

 他のアマゾネス達と戦闘を繰り広げる【ロキ・ファミリア】の男性団員達とは別に、僕はリヴェリアさんと合流した。

 

 僕も一緒にいる事で当然驚いて問い詰めるも、一緒にいるフィンさんが後回しにして欲しいと言いながら、現在の状況を聞き出そうとする。

 

 どうやら現在、行方不明となっているティオナさんとティオネさんは分断されているようだ。ティオネさんは大型船に乗っており、ティオナさんは街外れの西にある(かい)(しょく)(どう)へと向かってるようだ。

 

 (かい)(しょく)(どう)には憶えがあった。以前メレンで滞在していた時に偶然見つけた。その時は危険だから入らないようにと、僕と一緒に探検しようとした神様がニョルズ様に注意されたが。

 

 リヴェリアさんから一通りの話を聞き終えたフィンさんは、ガレスさんに指示を出そうとする。

 

「ガレス、ベルとラウルを連れて街の外れに行ってくれ! 西の方角だ! ティオナとロキが向かったらしい、ベートは?」

 

「あやつなら、もうとっくに港に突っ込んでしまったぞ!」

 

「いや、いい! あっちはベートに任す!」

 

「フィンさん達はどうするんですか?」

 

 二人の会話に僕が割って入って問うと、フィンさんはリヴェリアさんに彼女専用の長杖(ロッド)を渡していた。

 

「僕等はこれから船の方へ向かう。君はティオナを頼むよ」

 

「分かりました。では僕は――」

 

「ま、待ってくれないか、ベル」

 

 僕がガレスさん達と一緒に西へ向かおうとするも、リヴェリアさんが急に待ったをかけた。

 

「? どうしました、リヴェリアさん?」

 

「あ~、その……今は非常事態だから、出来ればお前が持っているあの杖(・・・)を貸してはもらえないだろうか?」

 

「いやいや、もう杖が直ってるんですから必要無いかと思いますが」

 

「ぐっ……!」

 

 僕が当たり前の事を言うも、リヴェリアさんは痛い所を突かれたような表情となった。

 

 多分だけど、ゼイネシスクラッチに認められたから再び使いたい衝動に駆られているんだろう。その気持ちは僕も分からなくもない。

 

 しかし、そんなホイホイと貸してしまえば、リヴェリアさんが持っている長杖(ロッド)には申し訳がたたない。悪いけど、ここは諦めてもらう。

 

「リヴェリア、ベルの持っている杖を使いたい気持ちは分からなくないけど諦めようか」

 

「全くじゃ。早く行くぞベル。こやつに構っておったら、また駄々を捏ねてしまうかもしれんぞ」

 

「おい待てガレス、私を何だと思って――!」

 

 リヴェリアさんが何か言おうとするも、僕はガレスさんと一緒に西へ向かった。同行しているラウルさんは重い武器を背負いながらも、必死に僕達の後を追い続けている。

 

 

 

 

 

「ガレスめ……! 後で覚えていろ……!」

 

「まぁまぁ、取り敢えず僕達は早く船へと向かおう」

 

「それとフィン、何故ベルまで連れて来たのだ!? ロキはこの事を知っているのか?」

 

「いいや、まだ知らない。今回は僕の独断だ。後ほど説明するつもりでいる」

 

「……ロキが何を言っても、私は一切口出ししないからな」

 

「分かっているさ。おっと、どうやら他のアマゾネス達がまだ残っているようだね」

 

「すまないが、アレは全部私一人でやる。つい先程まで、魔法が無ければ何も出来ない魔導士と侮られていたからな」

 

「了解、君に任せるよ。………………もう完全に八つ当たりだね」

 

「何か言ったか?」

 

「いいや、何にも言ってないよ」

 

 

 

 

 

 

「お二人とも、こっちです!」

 

 僕はガレスさんとラウルさんと一緒に街外れの西へ向かい、造船所へと辿り着いた。

 

 一見すると(かい)(しょく)(どう)は見当たらない。僕が先頭で進んで裏手に回り、雑多な部品群が置かれた一角を越えて、湖岸が近い雑木林へと入る。

 

 真っ直ぐ突っ走って林を抜けた先に、目的の(かい)(しょく)(どう)の出入り口を発見する。

 

「メレンにこのような洞窟があったのか……!」

 

「ベル君、よく知ってたっすね」

 

「以前、メレンで世話になった時に偶然見つけまして……」

 

 驚くガレスさんとラウルさんに、僕は苦笑しながら理由を言った。

 

 けど、移動してる最中に違和感があった。移動している最中、妙な臭いがして思わず顔を顰める程に。例えるなら、カビの臭いの中に交じる強い鉄の異臭みたいなものがしていた。

 

『――――!』

 

 すると、奥からアマゾネスらしき人達が出現する。

 

 共通語(コイネー)じゃないから何を言っているのかは分からないけど、少なくとも僕達を歓迎していないのは確かだ。武器を構えて襲い掛かろうとしている。

 

「こ、此処にもアマゾネスが……!」

 

「ふむ。あやつ等がここにおると言う事は、ティオナとレフィーヤがおるのは間違いなさそうじゃな」

 

「ですね」

 

 驚くラウルさんとは別に、僕達は向こうの出現に確信した。ティオナさん達がいると言う事を。

 

 武器を出そうとするも、必要無いと言わんばかりに前へ出るガレスさん。

 

「あの小娘共はワシがやる。ベルは武器を運んでるラウルを頼む」

 

「良いんですか? 僕も一緒に戦った方が……」

 

「そんな心配は無用じゃ。それにこのところ、ずっと執務をやってて身体が鈍り気味でな。少しばかり運動しておきたいんじゃ」

 

 どうやらガレスさんはデスクワークの日々で身体を持て余していたようだ。この人は見て分かるように根っからの前衛者なので、執務等のデスクワークをやっていたら身体が鈍るのも当然だろう。

 

 他所の【ファミリア】である僕が口出しする訳にはいかないので、ここはガレスさんに任せようとした。

 

「分かりました。では僕とラウルさんは後から追います」

 

「おう。ベルは物分かりが良くて助かるわい」

 

「ベル君、もうガレスさんとすっかり馴染んでるっすね。もしウチに改宗(コンバージョン)したら、あっと言う間に幹部の一人になってるかも」

 

 僕とガレスさんの会話に、ラウルさんが妙に真剣な顔をして言っていたが敢えて聞き流した。【ロキ・ファミリア】に改宗(コンバージョン)する気は最初から無いので。

 

 直後、襲い掛かってくるアマゾネス達が武器を翳して攻撃するも、斧を持ってるドワーフの一振りであっと言う間に吹っ飛ばした。 

 

 先へ行くと言って敵を撃退し続けるガレスさんに、僕とラウルさんは気を失っているアマゾネス達を無視して進んでいく。

 

「どうした小娘共ぉ! そんな物でワシは倒せんぞ!」

 

『―――――!?』

 

 運動出来る事に張り切っているのか、瞬く間に奥へ奥へ進んでいくガレスさん。このままだと出番は無さそうに思えてしまう。

 

 敵を倒せばティオナさん達の元へと辿り着くかもしれないが、僕としては本当にそれで問題無く行けるかと疑問を抱く。

 

 一応確認してみようと、僕は足を止めてアレを出す事にした。けど、その前に。

 

「ラウルさん、今から僕がやる事をガレスさん達には内緒にしてくれませんか?」

 

「え? 何をするんすか?」

 

「その前に約束して下さい。ランクアップ可能を密かに教えてくれたラウルさんだから頼んでいるんです。もう一度言います。内緒にして貰えませんか?」

 

「…………」

 

 僕が真剣な顔をしてお願いする事に、ラウルさんは無言となった。

 

 恐らく必死に考えていると思う。自分は【ロキ・ファミリア】だから、気になる情報を入手したらフィンさん達に報告すべきか黙っているかを。

 

 あの人達の事だから、僕に関する情報は絶対に欲しがる筈だ。けど僕がそれを前以て阻止するから、ラウルさんに命令を背くよう頼んでいる。

 

 無言で考えている彼の返答を待っていると――

 

「了解。この後に何があっても、自分は団長達に何も言わないっす」

 

 内緒にする事を承諾してくれた。

 

「ありがとうございます。僕の我儘を聞いてくれて」

 

「ベル君には色々と助けられたっすからね。恩返し、と言う事にしておくっす」

 

 ラウルさんに感謝しながら、僕は懐から端末機を取り出した。

 

 それを起動している最中、彼は気になるように見ていると、突如ディスプレイから立体映像が出現する。

 

「おわっ! な、何すかコレは!?」

 

「ふむ………っ! やっぱり!」

 

 立体映像には(かい)(しょく)(どう)の構造だ。けど、一度も入った事がないので具体的な順路は映っていない。

 

 だけど、それでも分かった事がある。ガレスさんが向かっている先には【ロキ・ファミリア】のレフィーヤさんが示す反応があるも、そこにはティオナさんの反応は無かった。その場所とは反対にティオナさんの反応がある他、複数の生命反応が示す丸い点がいくつも表示されている。

 

 用心の為に端末機で確認して正解だった。危うくティオナさんを見捨てるところだったと、僕は安堵の息を漏らす。

 

「ラウルさん。レフィーヤさんの救出はガレスさんに任せて、僕達はティオナさんの元へ向かいましょう」

 

「え? ど、どう言う事っすか? と言うかその地図みたいな物は一体……?」

 

「コレはですね――」

 

 ラウルさんを連れて、急遽進路を変えながら簡単に説明しようとする。

 

 遠征の時はレフィーヤさんに内緒で済ませたが、今回は少しばかり教える事にした。流石に機械については分からないから、敢えて魔道具(マジックアイテム)と言う事にした。相手の位置を探知できる便利なアイテムであると。

 

 それを聞いて仰天するラウルさんだけど、僕の約束を思い出したのか、何も聞かないというジェスチャーをする。理解してくれて何よりだ。

 

「凄いっすね、そのアイテム。一体どうやって手に入れたんすか?」

 

「流石にそこまでは教えられません」

 

 異世界のアークス船団から支給された物です、何て言える訳が無い。

 

 そう思いながら立体映像を見ると、ティオナさんを示す丸い点と別の丸い点が衝突していた。この様子から見て、恐らく戦っていると思われる。戦っている相手は分からないけど、多分フィンさんが言っていた【カーリー・ファミリア】のアマゾネスだろう。

 

 移動している最中に思ったが、僕とラウルさんが進んでいる道にアマゾネスは一人もいなかった。見張りらしき人影も見当たらない。レフィーヤさんの方を集中的に見張りを配置している可能性が高い。

 

 そして僕達とティオナさんの距離が約1.5(キルロ)だが、この先には敵は一切いない。ティオナさんがいる場所に複数の(アマゾネス)がいるだけだ。

 

「ラウルさん、周囲に敵はいませんから大丈夫です。ここからは先に行かせてもらいます」

 

「え? ベ、ベル君!?」

 

 言うべき事を言った僕はファントムスキルで姿を消して、ラウルさんより早く先へ向かう事にした。

 

 

 

 

 

 

「ハァ、ハァ……!」

 

 筒状の空洞に、ティオナは戦って勝利した。嘗て戦いを教わった師である『Lv.6』のアマゾネス――バーチェ・カリフに。

 

『――汝こそ真の戦士(ゼ・ウィーガ)! 汝こそ真の戦士(ゼ・ウィーガ)! 汝こそ真の戦士(ゼ・ウィーガ)!』

 

「見事だティオナ。お主が『儀式』の勝者じゃ」

 

 周囲には観客と思われる【カーリー・ファミリア】のアマゾネス達が興奮して叫喚し、その主神であるカーリーも称賛するように拍手をしていた。

 

 その後に『儀式』を完遂させようと、倒れて気を失っているバーチェを殺せとカーリーが命じる。しかし、ティオナは誰も殺さないと拒否した事で状況は一変した。

 

 女神が片手を上げたのを機に、周囲で観戦していたアマゾネス達が一斉に立ち上がって包囲しようとする。満身創痍となっているティオナを闘国(テルスキュラ)へと連れ帰る為に。

 

「お主を闘国(テルスキュラ)連れ帰る。安心するがいい。お主を知っておる例の雄も一緒に――」

 

 

「残念ですが、そうは行きません」

 

 

『!!!』

 

 突如、どこからか聞き覚えの無い第三者の声がした。しかも若い男の声が。

 

 ティオナや【カーリー・ファミリア】のアマゾネスだけでなく、カーリーですら驚愕して周囲を見回している。

 

「い、今のって……」

 

 しかし、ティオナだけは違った。港街(メレン)に来てない筈なのに、自分が知っている大好きな人の声が耳に入った事で疑問を抱いている。

 

「どこにおる!? いい加減に姿を現わせ!」

 

 神の自分ですら第三者(オス)の接近に気付けなかったのが屈辱だったのか、カーリーは歯軋りしながらも喚き立てる。とても先程まで優位に振舞っていたのとは別神のように。

 

 その言葉に反応するように、ティオナの目の前に突如現れようとする。見知らぬ衣装を身に纏った、白髪の少年が。

 

「!? お、お主は、まさか……!」

 

「……え? アルゴノゥト、君……?」

 

 まるで死神の如く、不気味な大鎌を手にしながら姿を表す少年――ベル・クラネルの存在に誰もが驚いた。

 

 ティオナだけは他のアマゾネス達やカーリーと違い、呆然と彼を見ている。すると、ベルは彼女の方へと視線を向け、優しい笑顔になってこう言い切った。

 

「ご無事……とは言えませんが、ティオナさんの姿を見て安心しました。もう大丈夫です。ここから先は、僕が貴女の盾となってお守りします。一人の男として」

 

「ほへ……?」

 

 いきなりプロポーズ紛いの台詞を言われた事で、ティオナは頭の処理が追い付かずに停止する。顔を真っ赤にしたまま。

 

 そうなってる事に全く気付いていないベルは、戦闘のダメージで動けなくなったのだと判断した後、表情を切り替えながらカーリーの方へ視線を向ける。

 

「お初にお目に掛かります。貴女が女神カーリー様、で宜しいのですか?」

 

「…………ク、クククク……」

 

 挨拶をするベルに、無言だったカーリーは急に笑みを浮かべる。

 

「如何にも。妾こそが【カーリー・ファミリア】の主神であり、テルスキュラの主よ。まさか、お主が自ら此処へ来るとは思いもしなかったぞ、ベル・クラネルよ」

 

「? 僕をご存知なんですか?」

 

 自己紹介をしながら自身の名前を言った事にベルは訝った。会っていない筈なのに、何故自分を知っているのだと疑問を抱いている。

 

 問いに答えるカーリーは愉快そうな笑みのまま教える。

 

「当然じゃ。以前にオラリオでやった戦争遊戯(ウォーゲーム)を観戦させてもらったからのう。あの時から、お主の事が気になって気になって仕方ないのじゃ……!」

 

「………成程」

 

「『Lv.1』と侮っていた【アポロン・ファミリア】が次々に倒されるのは愉快痛快じゃった! あれ程の道化振りをさらした阿呆(ざこ)共は真に滑稽で、見ててもう笑いが止まらなかったわ……!」

 

 既にいない【アポロン・ファミリア】を嘲笑う事に、ベルは少しばかり眉を顰める。

 

 以前の本拠地(ホーム)を壊した恨みがあったとは言え、ただ観戦していただけの第三者が好き勝手言う事は不快だった。

 

 しかし、相手は【ロキ・ファミリア】が厄介だと警戒する派閥。それだけ実力者揃いのアマゾネスがいるから、この女神は平気で嘲笑っているのだとベルは推測する。

 

 以前の話題から変えようと、カーリーは獰猛な笑みをしたまま再びベルを見下ろす。

 

「さて、そなたについての話はこれまでとしよう。お主もティオナと一緒に闘国(テルスキュラ)へ来てもらうぞ」

 

「どう言う事ですか?」

 

 下ろしていた手を再び上げるカーリーを見ながらベルは問う。それとは別に、主神からの指示を提示されたアマゾネス達が構えようとする。今度はティオナではなくベルの方へと。

 

「言ったであろう? 妾はベル・クラネルの事が気になって仕方ないと。お主の子胤(こだね)を使えば、そこで倒れておるバーチェや、ここにおらんアルガナ以上の戦士(アマゾネス)を量産出来るやもしれん。故に、お主を捕獲じゃ! 手荒でも構わん、その雄を即刻捕らえよ!」

 

 理由を言いながらカーリーが命じた瞬間、ベルとティオナを取り囲んでいたアマゾネス達が一斉に動き出した。

 

「! アルゴノゥト君、逃げ――」

 

 突然の強襲を見てハッと意識を取り戻したティオナが逃げるように言うも、その必要は無かった。

 

 ベルは自分に襲い掛かるのを既に予測していた。なので既に迎撃出来る準備は完了済みだ。ベルが持っている大鎌――カラベルフォイサラーの先端から青白い球体を出現させている。

 

 そして―― 

 

「フェルカーモルト!」

 

『ガッ!』

 

 自分の周囲に衝撃波を放つ長杖(ロッド)ファントム用フォトンアーツ――フェルカーモルトを発動させた。

 

 ベルが回転しながら得物を振るった途端、さっきまであった青白い球体が急に爆発した瞬間、その衝撃波によってアマゾネス達が一斉に吹き飛んで壁に激突する。

 

 因みにティオナも攻撃の範囲内に含まれていたが、ベルは彼女の位置を把握して当たらないようにしている。それ故に無事だった。

 

 このフォトンアーツは初めてベートと決闘した際に使った。その時も本気でやったが、『Lv.3』にランクアップしている今では、当時と比べて威力が一段と上がっている。

 

 その為、直撃したアマゾネス達は壁に激突しただけでなく、思いっきり壁にめり込んでいた。一部は上半身ごと壁に埋まっているアマゾネスもいる。そうでない者は余りの威力に立ち上がれないどころか、完全に気を失っている。

 

「……嘘」

 

 ティオナも驚きながらも呆然としていた。ベートに使った時とは威力が全然違うと。

 

「バ、バカな! 一撃じゃと……!」

 

 カーリーも当然驚いているが、ここまで一方的な展開になるとは思っていなかった。

 

 倒れているバーチェより遥かに弱い『Lv.3』や『Lv.4』のアマゾネス達なので全滅するが、それでも手傷を負わせる事ぐらいは出来ると踏んでいた。が、無傷な上に一撃で終わってしまった事で痛恨の誤算となる。

 

「『Lv.1』でも相当の実力者と見ていたが、まさかこれ程であったのか……!?」

 

「その情報はもう古いですよ、カーリー様。僕はもう『Lv.3』です」

 

「何じゃと!?」

 

 ベルからの情報に、これには流石のカーリーも度肝を抜かれた。

 

 以前の戦争遊戯(ウォーゲーム)が終わって、まだ一ヵ月程度しか経っていない。

 

 ベルが『Lv.2』にランクアップしていたら大して驚きはしない。一人であれだけの戦いをこなせば『神の恩恵(ファルナ)』が偉業と見なし、更なる高みへ昇華してもおかしくないと。

 

 だがしかし、ベルが『Lv.3』にランクアップするのは完全に予想外の範疇だった。一ヵ月程度で更にランクアップするのは到底あり得ない。

 

 命懸けの殺し合いをして、過酷な環境から高レベルの実力者を多く生み出している【カーリー・ファミリア】でも無理だった。短期間で【Lv.2】から【Lv.3】へ至らせるのは、それなりの時間を要するので。

 

「………………ク、ククククク………ハハハハハ…………ア~ッハッハッハッハ!!」

 

「「?」」

 

 明らかに異常だとカーリーは思わず戦慄するも、それは一瞬だった。途端に立ち上がりながら高笑いをする。

 

 突然の奇行にベルだけでなく、ティオナも思わず訝ってしまう。

 

「何たる事じゃ! お主は神である妾の予想を遥かに超える素晴らしき雄ではないか! 今決めたぞ、ベル・クラネル!」

 

 そう言ってカーリーは全身から『神威』を発動させようとする。

 

「こうなれば妾の『神威』を開放し、お主の自由を奪ってでも必ず闘国(テルスキュラ)へ連れて行く! 覚悟せよ!」

 

「「!」」

 

 いかにベルが強くても下界に住まう人間である為、神に手を出せなかった。そして『神威』を発動させれば打つ手はない。カーリーもそれを分かっているからこそ、ベルを動けなくしようとする。 

 

「逃げて、アルゴノゥト君! カーリーの『神威』はいくら君でも!」

 

「もう遅いわ、ティオナ! この場で二人纏めて――」

 

「させるかボケェ!」

 

「がぁっ!」

 

 逃げるように促すティオナより一足早く発動させる瞬間、突如背後から現れたロキが飛び蹴りをかました。

 

 ロキの足がカーリーの後頭部に直撃して悲鳴を上げ、そのまま床に這いつくばる姿勢となって無様に倒れる。

 

「床の味は美味しいか? クソチビィ」

 

「ロキ……! 何故お主が此処に……! さてはニョルズから聞き出しおったか……!?」

 

 頭を踏まれているカーリーが辛うじて後ろを向き、ロキの他にニョルズも一緒にいた事で察した。抜け道を利用して此処へ来たのだと。

 

「ケンカを売る相手を間違えたなぁ、このダァホゥ。それと……」

 

 朱色の瞳を薄っすらと開け、唇を吊り上げて邪神の如く表情で邪笑するロキだが、すぐに別の方へと視線を向ける。

 

「何でベルがおるんや!?」

 

 さっきとは打って変わるように、驚愕しながら下にいるベルに突っ込みを入れた。

 

「あ、ありがとうございます、ロキ様。お陰で助かりました」

 

「礼はええから、うちの質問に答えんか! どないしてオラリオにおる筈の自分がメレンにおる!?」

 

 カーリーよりもベルの事が最優先みたいで、彼女の頭を踏みながらも聞き出そうとするロキ。

 

「あれ? フィンさんから聞いてないんですか? 僕はあの人からの冒険者依頼(クエスト)で、急遽【ロキ・ファミリア】に同行してるって」

 

「んなもん初耳や! そないな話は全然聞いとらんわぁ!」

 

「そ、そうでしたか……」

 

 ベルはてっきり既にロキの耳に入っていると思ってたみたいだが、実はそうではなかったと認識した。

 

「よう、ベル。まさかお前も来ていたとはな」

 

「あ、ニョルズ様」

 

 憤慨しているロキとは別に、ニョルズがひょこっと顔を出して声を掛けた。

 

 港街(メレン)で世話になっていた男神の顔を見た事で、ベルは思わず口元を綻ばせる。

 

 その直後、ティオナさんの背後にある空洞の壁が突如破壊され、一陣の風が突入してきた。

 

 この場にいる者達が全員そこへ振り向くと、金髪金眼の女剣士――アイズが着地する。

 

「………え、ベル?」

 

「アイズさん!?」

 

 ティオナを救出する為に全速力で来たアイズだったが、ベルがこの場にいる事に困惑した表情となる。

 

「ええい! 【剣姫】などどうでもいいから、いい加減にその足を退かぬか! 神を足蹴にするなど不敬じゃぞ!」

 

「うちも神やボケェ!」

 

 観念しているカーリーだが、いつまでも頭を踏まれている事に憤慨するも、ロキが速攻で返した事で未だ踏まれるままとなっていた。

 

 ついでとして、大型船に乗っているティオネは手遅れだと苦し紛れに一矢報いようとするが、それも解決するとロキは一蹴する。一番強い騎士様(ナイト)が助けに行ったと、してやったりな笑みをしながら。

 

「全く、ワシに何も知らせずティオナの方へ行くとはのう」

 

「どうして貴方が此処にいるんですか、ベル・クラネル!」

 

「あ、ガレスさんに、レフィーヤさん……」

 

 その後、別の穴からガレスとレフィーヤが現れ――

 

「ひ、酷いっすよベル君、自分を置いてくなんて……」

 

「あっ、ラウルさん! ごめんなさい!」

 

 大重量の武器を持ってきたラウルに、すっかり忘れていたベルは謝るのであった。




連日更新はここまでになります。

それと感想お待ちしています。


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【ヘスティア・ファミリア】の休日⑦

 カーリー様を捕縛した事により、ティオナさんの方は無事解決となった。ティオネさんについても、フィンさんの方で解決してるから問題無いとロキ様が断言しているので大丈夫だろう。

 

 その際、僕は戦闘によって負傷したティオナさんの怪我を回復魔法(テクニック)で治療した。猛毒状態をアンティで、怪我と体力をレスタで。その間に何故か分からないけど、ティオナさんが凄く大人しかった。いつもだったら喜びながらお礼を言うのに、今回は全くそんな素振りを見せなかったから訝るも、何でもないからと言われる始末。赤い顔をしたまま、何故か僕から距離を取っている状態だ。

 

 他にラウルさんの治療も施した。戦闘をしてないから必要無いと思われるだろうが、凄く重い(ティオナさんの)武器を背負ったままずっと移動していたので、腰が参っている上に体力がかなり消耗していた。なのでアンティで元の健康状態に戻し、レスタで体力を回復させる事となる。戦闘はもう終わったので、また持ち運び続ける破目になる為、後ほど再び治療する予定になっている。

 

 それとは別に、僕が港街(メレン)に来た事を全く知らなかったロキ様や女性団員達に思いっきり詰め寄られた。フィンさんが全て対応すると言う旨を伝えると、取り敢えずと言った感じで一旦収まる。

 

 (かい)(しょく)(どう)を出て港へ戻り、そこで再びリヴェリアさん達と合流すると、海の上に大きな氷の橋があった事に僕は驚いた。けど、大体の予想はついている。アレはリヴェリアさんの魔法によって出来た物だと。氷の橋の先には大型船があったから、恐らくフィンさんはそれを使って移動したんだろう。

 

 予想が的中したように、氷の橋を渡って岸へと戻って来たフィンさんとティオネさんを視認した後、僕は再び傷の治療をしようと駆け寄った。てっきりティオネさんも僕の登場に驚くと思っていたが、そこはフィンさんから既に聞かされたようだ。『戻ったら一緒に連れてきた(ベル)に治療してもらうように』と。

 

 これで【ロキ・ファミリア】と【カーリー・ファミリア】との戦いは終結した。ティオナさんとティオネさんが顔を合わせ、共に笑顔になった途端、まるで狙っていたかのように夜が明けて、雲一つない青空と太陽が昇ってきた。まるでアマゾネス姉妹の心が晴れたかのように。

 

 全てが一件落着かと思いきや、もう一つ別の案件が残っていた。それは勿論、他所の【ファミリア】である僕をどうして港街(メレン)に連れてきた事だ。ロキ様が代表して訊き出すと、フィンさんは『自分の独断で連れてきた事を含め、全ての責任は自分が持つ』と一通り説明した。ティオナさんを連れ戻すには、どうしても僕が必要であった事も含めて。

 

 ロキ様は納得するも、『ドチビに借りを作ってしもた~!』と叫んだ。と言っても、神様にはフィンさんがオラリオに戻った後、誠心誠意を込めて対応する予定になっているが。

 

 そしてここから先は事件の収束をさせる為の事後処理となる。尤も、それは【ロキ・ファミリア】がメインとしてやるから、僕は一切関わらない事になっている。その為、用件が済んだ僕は一足先へオラリオへ戻る事になった。向こうがオラリオへ戻って来た際、フィンさんから改めて僕達の本拠地(ホーム)へ来て報酬を渡す予定となっている。

 

 だけど、それとは別にやって欲しい事があるとフィンさんから頼まれた。僕がオラリオへ戻る際、ロキ様とフィンさんが(したた)めた手紙をギルド本部へ届けて欲しいと。内容については【カーリー・ファミリア】が起こした騒動や、その他諸々の案件だそうだ。

 

 本当は『その他』について何なのかを訊きたい衝動に駆られるも、部外者が首を突っ込んではいけない案件だと何となく察した。流石に港街(メレン)へ来て早々戻るのは悪いというのもあって、【ロキ・ファミリア】が用意してくれた宿で一休みと同時に、短い時間だけど観光を済ませた。観光内容は当然、神様へのお土産を買う為だ。

 

 観光の間、てっきりティオナさんが付いてくるかと思っていたんだけど――

 

「そのお魚を買うの?」

 

「ええ。メレンのお魚は美味しいので、神様にまた食べてもらおうと」

 

 何とアイズさんだった。部外者の僕が【ロキ・ファミリア】から得た情報を港街(メレン)の住民に漏らさないかの監視、と言う建前らしい。

 

 ティオナさんの事を訊いてみるも、どうやら戦いで疲れているから休んでいるらしい。いつも元気な姿を見せる彼女らしくない行動に疑問を抱くも、そう言う日もあるかと思って気にしないでいた。

 

「それにしても驚いた。ベルが来るなんて思ってもいなかったから」

 

「僕も最初フィンさんから声を掛けられて、再びメレンに来るなんて思いもしませんでしたよ」

 

 目当てのお魚や他のお土産を一通り買った後、このまま宿に戻って帰る準備をする予定だ。

 

 すると、アイズさんは急に話題を変えて話しかけようとする。

 

「この前の遠征はありがとう」

 

「いえいえ、僕も色々と勉強させてもらいました。それにランクアップも出来ましたし」

 

「………一つ、聞いていいかな?」

 

 ランクアップと聞いた瞬間、アイズは唐突に真剣な顔となって訪ねてきた。

 

「君が強いのは分かってるけど、どうやったら早く『Lv.3』にランクアップできるのっ?」

 

「どうやったら、って聞かれても……」

 

 遠征中に多くの下層や深層のモンスター、他にも『精霊の分身(デミ・スピリット)』を倒したから。としか言いようがない。僕としてもランクアップを意図して戦った訳でもないし。

 

 フィンさんも、あれ程の戦いをすれば『神の恩恵(ファルナ)』が偉業と見なして昇格(ランクアップ)したかもしれないと言っていた。神様も似たような見解だったし。

 

「僕は遠征中で必死に戦っただけですし、早くランクアップする方法なんて分かりません。ただ……」

 

「ただ?」

 

「……いえ、何でもありません」

 

 危うく、『僕が所持しているアークス用の武器を使えばランクアップするかもしれない』と言ってしまう所だった。それを口にすれば、アイズさんがどんな行動に出るか容易に想像出来る。以前の椿さんみたいに『武器を貸して欲しい』って只管お願いしてくるのが。

 

 リヴェリアさんが正にその体現者でもある。僕がゼイネシスクラッチを貸して、アレがあの人を所有者と認める事をしたから、『Lv.7』にランクアップしている。恐らくアイズさんにも相応の武器を貸せば、同様の事象が起きるかもしれない。

 

 だけど、フィンさんから絶対に教えないようキツく言われたので貸さない事になっている。数日前、『黄昏の館』でフィンさんと話した時――

 

『もうベルも察してると思うけど、アイズは他の誰よりも強さを求めようとしている。君の武器を使ってランクアップ出来るのを知った瞬間、どんな事をしてでも欲しがる筈だ。最悪の場合、【ヘスティア・ファミリア】に改宗(コンバージョン)するだろうね。だからそんな事態にならないよう、あの子には伏せて欲しい。お互いの為にね』

 

 と、深く釘を刺された。僕も反対する理由はないので承知している。

 

「ベル、何か隠してない?」

 

 何でもないと言った僕にアイズさんが不審に思ったのか、ジーッと凝視していた。

 

「別に隠してなんかいませんから」

 

「…本当に?」

 

「ちょ、近い、近いですよアイズさん……!」

 

 まだ疑惑が晴れてないみたいで、彼女は凝視しながらも顔を近づけていた。

 

 お願いだから止めて! さっきから僕の心臓がバクバクしてるんですけど……!

 

 ああ、でも改めてよく見ると、アイズさんって本当に綺麗な人だなぁ。髪もサラサラしてるし、ダンジョンじゃないから凄く良い匂いもして――

 

「何してるんですかぁ!?」

 

「!?」

 

 すると、明らかに僕達に言ってる叫び声がした。振り向くと、そこには顔を真っ赤にして憤慨と言わんばかりの表情をしてるレフィーヤさんだった。

 

「ベル・クラネル、人がいないのを良い事にアイズさんに何て破廉恥な真似を……!」

 

 いや、僕は何もしてないです。アイズさんが迫ってきたんですが……。と言ったところで、今のレフィーヤさんは絶対信じてくれないだろう。

 

 だけど、これはチャンスだ。あの人の事だから、僕に狙いを定めて襲い掛かって来るだろう。なので――

 

「リヴェリア様から凄く怒られたけど、今やってる貴方の行いは非常に目に余るから……って、消えた!?」

 

「あ……」

 

 ファントムスキルで姿を消して逃げる事にした。

 

 アイズさんレフィーヤさんから逃走に成功した僕は、宿に戻ってオラリオに帰還する準備をする。

 

 その後にはニョルズ様と会ったけど、事件の関係者という事もあって大して話せなかった。また港街(メレン)に寄る機会があったら、ロッドさんと一緒にゆっくり話そうと。

 

 事後処理中のフィンさんと会った際、ギルドに渡す約束の手紙を受け取り、僕は【ロキ・ファミリア】より早く港街(メレン)を後にした。

 

 オラリオに戻って早々――

 

「ベ~ル~く~ん~、詳しく説明してもらおうかな~♪」

 

 神様が爽やかな笑みで僕を出迎え、即刻問い詰めようとしていたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 ベルが一足先に港街(メレン)へ去って翌日、事件は漸く収束を迎える事となる。

 

 昨日にギルド上層部はベルから渡された手紙を読んだ後は、とても迅速に動いていた。手紙に書かれた内容の一部には、港街(メレン)のギルド支部にいる総責任者であり支部長――ルバート・ライアンが密輸していた件が詳しく書かれていたからだ。

 

 この汚点が世間に知られたら最後、ギルドは盛大な非難を浴びる事になり、他の【ファミリア】からもつけ入る隙を晒してしまう。そうならない為の処置として、ルバートを懲戒免職させ、事件の騒動となった原因は全て【カーリー・ファミリア】に責任があると押し付けた。他にも共犯者がいたが、余計な騒動が起きないようにと有耶無耶にしている。

 

 他にもベルと同じく既に港街(メレン)から姿を消しているが、【イシュタル・ファミリア】も【カーリー・ファミリア】と関わっていた。が、ギルドはその【ファミリア】に手痛いしっぺ返しを食らった件もあり、敢えて追及する事はしなかった。それを知ったロキは不服だったが、『イシュタルには、いずれ落とし前を付けさせたる』と密かに誓うだけに留まる。

 

 そんな中、【カーリー・ファミリア】は凄まじい変化が起きていた。一人を除いたアマゾネス達が全員恋愛真っ盛りとなって、【ロキ・ファミリア】の男性陣に迫っていた。因みにラウルは含まれておらず、一人泣きしているところをアキが慰めていた。

 

 だが、アマゾネス達は【ロキ・ファミリア】の男性陣にだけ迫っている訳ではなかった。

 

 それは――

 

「ベル・クラネル~! どこにいるのぉ~!?」

 

「貴方の子供を孕ませてぇ~!」

 

「私と子作りを~!」

 

「聞いた話だとオラリオにいるそうよ!」

 

「だったら今すぐにそこへ行くわ!」

 

 ベルに倒されたアマゾネス達もいたからだ。今は既に港街(メレン)から去ったベルを必死に探している。

 

「コラ~~~~!! アルゴノゥト君はアタシのなんだから、アンタ達にはぜぇ~~ったい渡さないからね!!」

 

姉さん(アルガナ)だけでなく、ティオナも本当に変わったな」

 

 憤慨して阻止するティオナの行動を見たバーチェは、余りの変わりように驚くばかりだった。尤も、それは良い意味の方で。

 

 それとは別にロキは現在、事件の首謀者であるカーリーと、共犯者であるニョルズの三柱と話をしていた。

 

 カーリーに事件の関係者である【イシュタル・ファミリア】と結託した理由を尋ねるも、教えられないと突っ撥ねられて下手糞な口笛を吹かれる始末。ロキは大体の想像をしたが、結局はこれ以上聞き出すのは無理だと結論して諦める事にした。

 

 しかし、それとは別に是が非でも確認したい事があった。

 

「おいクソチビ、ずっと前からベルを狙っておったみたいやが、もしメレンに来てなかったらどうするつもりやった?」

 

「そんなの決まっておろう。もしもこの件が片付いた後、オラリオに潜入して捕獲する予定じゃったわい」

 

 結局は阻止されたがな、と付け加えるカーリー。

 

「はっ、そんな事やろうと思ったわ」

 

「何故お前がそこまでベルを付け狙ってたんだ? 事情を知らない俺には全然分からないんだが」

 

 ニョルズが疑問を抱きながら問うも、カーリーは答えようとしなかった。同じ事を何度も説明するのが面倒なのだろう。

 

 そこをロキが代わりに教えると、ニョルズは納得した。彼も以前に戦争遊戯(ウォーゲーム)を見ていたので、『Lv.1』であの強さなら付け狙うのも仕方ないと。

 

「クソチビ、これだけは言っておくわ。仮にベルを捕獲したところで、【カーリー・ファミリア】は全滅どころか、自分も天界送還されとったで」

 

「何?」

 

「ベルを気に入ってるのは【ロキ・ファミリア(うちら)】だけやない。実はあの色ボケ(フレイヤ)もベルにお熱なんや。自分の眷族にしたがる程にな。もし捕獲されたと知れば、周囲の制止を無視しながら【ファミリア】ごと動かして闘国(テルスキュラ)を確実に潰そうとする筈や」

 

 ロキはフレイヤがどう動くかを頭の中で想像しながら話した。【猛者(おうじゃ)】オッタルを含めた第一級冒険者達がアマゾネス達を蹂躙し、フレイヤがカーリーを徹底的に追い詰めた後に天界送還させる内容を具体的に。

 

 カーリーとしては【フレイヤ・ファミリア】と戦うのは吝かではなかったが、天界送還されるのは流石に勘弁して欲しかった。あの退屈極まりない天界に戻らされるのは嫌だったので。

 

「……成否に関係無く、妾が動いた時点で詰みだったという訳か」

 

「そう言う事や。良かったなぁ、戦った相手がウチ等で」

 

「確かにフレイヤの性格を考えれば、本気でカーリー達を潰しそうだな」

 

 ニョルズはフレイヤの事を知っているのか、どう言う行動に出るのかを容易に想像出来た。

 

 しかし、カーリーはそれでもベルの事を諦めきれないようだった。

 

「だったらせめて、ベルに惚れたアマゾネス達に子胤(こだね)だけでも授けて――」

 

「んなもん却下や! ティオナがガチ切れするわ!」

 

 ロキは即座にダメだと却下した。こう焦るのには当然理由がある。

 

 そうなったら最後、ベルからプロポーズ紛いの事を言われて更に惚れ込んだティオナが、ティオネ以上に暴走する可能性が非常に高い。それどころか、ベルの貞操を守ると言うバカバカしい理由で【ヘスティア・ファミリア】に改宗(コンバージョン)するかもしれない。ロキとしては絶対に避けたい道である。大嫌いなヘスティアに自分の大事な眷族を渡すのは絶対に嫌なので。

 

 一悶着が起きそうな会話だったが、一先ずはこれにて事件は収束する事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~????~

 

 

「ん………んぅ……あれ? ここは……」

 

 メイド服を纏った一人の少女が目覚めると、周囲は薄暗い場所であった。

 

 自分は先程まで、メイド修行をする為に探索シップで惑星アムドゥスキアへ向かう筈だった。なのに何故こんな場所にいるのだと。

 

「一体何が……。ルコット様もいないし……ん? 何か見覚えがあるような場所ですね……」

 

 少女は考えながら、この薄暗い場所を見て深く思い出そうとする。訳あってアークス船団に来る前の事を。

 

 そして思い出したのか、ハッとなって周囲を再度見渡す。

 

「まさか此処は……オラリオのダンジョン?」

 

 

『キィ……』

 

 

「ん?」

 

 どう言う訳かは分からないが、自分は再び元の世界に戻ったのではないかと一人で結論に至ろうとしている中、どこからか呻き声が聞こえた。

 

 少女が振り向くと、異形の姿をした大型虫――キラーアントがいた。しかも大量にいて、少女を今にも襲い掛かろうかと取り囲んでいる。

 

「……はぁ。昔のリリだったら何も出来ずに諦めていたでしょうね」

 

 そう言いながら少女は、どこからか得物を取り出して構えようとする。

 

「モンスターに言葉は通じないでしょうが、ルコット様より教わったメイド作法を、お教えしましょう」

 

『―――!』

 

 少女の言葉が合図になったように、モンスター達が喰らいつくそうと一斉に襲い掛かって来た。

 

 しかし、一分後には全て倒されてしまう事を、モンスター達は知る由もなかった。




 最後辺りに出て来たキャラはもう予想は付いてるでしょうが、次回のシリーズに登場予定です。


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予想外の出会い①

活動報告で書いたコメントの結果、①の内容を載せる事にしました。

これ見て分からない人は、私が書いた最新の活動報告を参照願います。

今回はプロローグみたいな話で短いです。

それではどうぞ!


「すいません、フィンさん。何から何まで対応して頂いて……」

 

「気にしないでくれ。元はと言えば、神ヘスティアに無断で君をメレンに連れて行ったからね」

 

 現在、とある酒場で僕はフィンさんと飲み会をしていた。これには当然理由がある。

 

 昨日の昼頃、【ロキ・ファミリア】が港街(メレン)から帰還した後、団長のフィンさんが一人で【ヘスティア・ファミリア】の本拠地(ホーム)――『竈火(かまど)の館』へ訪れた。

 

 招いてすぐに神様は速攻で文句を言うも、彼はそうなる事を予想していたように謝罪し続けていた。同時に報酬は迷惑料も兼ねてと言う事で、一千万ヴァリス渡された瞬間に神様が仰天したのは言うまでもない。

 

 これは僕も流石に高過ぎると言ったが、フィンさんから告げた理由を聞いて納得する。これは神様に対する迷惑料の他に、港街(メレン)で起きた事件を口外しない為の口止め料でもあると。

 

 今回、フィンさんから【ロキ・ファミリア】のサポーター並びに治療師(ヒーラー)として雇われ、港街(メレン)に同行した。その際に冒険者依頼(クエスト)中で知った情報は、ギルド側からすれば非常に都合の悪い物らしい。それ故に今回の報酬は高額と言う訳である。

 

 僕はそこまで知らされてはいないが、思い当たる事はあった。【カーリー・ファミリア】が起こした事件の中には、ニョルズ様も関連していたのも知って少しばかり動揺した。神様と同様に善神なあの方がと最初は信じられなかったけど、裏取引をしなければいけない程に思い詰めていたようだ。部外者である僕が、以前世話になったニョルズ様にとやかく言う筋合いは無い。なので僕は【ロキ・ファミリア】に事後処理を任せてオラリオへ戻った。

 

 フィンさんが神様の謝罪と報酬を渡した後、僕にコッソリとある事を言ってきた。『良かったら明日の夕方、二人で飲みに行かないかい?』と。

 

 流石に【ロキ・ファミリア】の団長と行くのは不味いと断るも、そんな肩書きは抜きで男二人で行こうと言われた為、僕は結局承諾する事になった。尚、飲みに行く酒場は『豊穣の女主人』じゃない。別の酒場で飲みに行くのもいいと言う事で、フィンさんが偶にお忍びで行ってる店を案内すると。

 

 以上の経緯で、僕はフィンさんと二人で飲み会をしている訳である。と言っても端から見れば、【ヘスティア・ファミリア】代表の僕と【ロキ・ファミリア】団長のフィンさんが、何かしらの密会してると勘違いされるかもしれないが。

 

「そう言えば、ティオナさんは大丈夫ですか? 治療した後、結構疲れてたみたいですけど」

 

「んー……まぁ元気だよ。と言うより、僕としてはちょっと気になる事があるんだよね。ベル、君はティオナに何か変な事を言わなかったかい?」

 

「? いえ、何も……」

 

 フィンさんが妙な事を訊いてくるので、僕は首を傾げながら答えた。

 

 僕がティオナさんの前に姿を現わした後に、負傷している彼女を敵から守ると言っただけだ。別に何もおかしな事は言ってない。

 

「なら良いんだけど。ああ、そうそう。今後は【カーリー・ファミリア】のアマゾネス達に会ったら気を付けるように」

 

「何故ですか?」

 

「君が女神カーリーと会った際、向こうのアマゾネス達とも交戦して倒したそうだね。それが原因で、彼女達が君に心底惚れて子作りしたがってたよ」

 

「え゛?」

 

 いきなり恐ろしい事を言ってきたフィンさんに僕の頬は引き攣った。そして同時に思い出した。アマゾネスの習性を。

 

 確かアマゾネスは強い雄に負かされたら心底惚れこんで、その雄の為に尽くそうとするって。なので僕は失態を侵したと言う事になる。もし神様に知られたら一大事だ。只でさえティオナさんの対応で精一杯なのに、これ以上他のアマゾネス達に迫られたら色々な意味で不味い。

 

 僕が不安がっていると、フィンさんは次にこう言ってきた。

 

「と言っても、ベルがそこまで心配する必要はない。君に惚れたアマゾネス達はティオナが全部抑えてくれたから、向こうからオラリオに来る事はないよ」

 

「そ、そうですか……」

 

「だけど、君の方はまだマシだよ。僕なんか、【カーリー・ファミリア(むこう)】の団長に目を付けられてね。しかもティオネより厄介なアマゾネスときた」

 

「そ、それは、また……」

 

 ティオネさんがフィンさんに仕掛けるアプローチは知ってるけど、あの人以上に厄介って……。

 

「フィ、フィンさんは結婚のご予定とか無いんですか? 余計なお世話でしょうけど、厄介なアマゾネスに追われるぐらいなら、早く結婚すれば良いかと……」

 

「そうしたいのは山々だけど、今は【ロキ・ファミリア】の団長としての仕事で忙しい上に、相手も中々見付からなくてね……」

 

「え?」

 

 意外だった。この人はティオネさん以外に、他の女性達に人気もあると知っていたので、すぐに結婚出来る相手も見付かると思っていた。

 

 見付からないと予想外な事を聞いて僕が驚いている中、理由を話そうとする。

 

「僕はね、結婚する相手は同族の女性と決めているんだよ」

 

「同族って……貴方と同じ小人族(パルゥム)の女性を、ですか?」

 

 確認するように問うと、フィンさんはコクリと頷いた。

 

「理由については省かせてもらうけど、どうしても小人族(パルゥム)じゃなければいけなくてね」

 

「因みにティオネさんには?」

 

「じゃあ逆に訊くよ。僕がそれを話して、彼女が諦めてくれると思うかい?」

 

 その問いに僕は何も答える事は出来なかった。

 

 他所の【ファミリア】だけど、僕にも分かる。ティオネさんが例えフィンさんに断られたとしても、絶対に諦める性格じゃないって事を。

 

「……え、えっと、いつか良い人が見付かるといいですね」

 

「その機会が訪れれば良いんだけどね」

 

 そう言いながらフィンさんはグラスに入っているお酒を呷るように飲んだ。

 

 因みに僕は酒でなく、果実水(ジュース)にしてもらってる。お酒は一応飲めるけど、アークス船団にいた頃は未成年だから飲むなとキツく言われたから、二十歳になってから飲むと決めている。尤も、アークスの僕がお酒を飲んでも体内フォトンでアルコールが消化されるから酔う事はないけど。

 

「ふぅっ。若い君と酒を飲んで語り合うのも良いものだね。思わず昔の自分を思い出しそうだよ」

 

「若いって、フィンさんも充分に若いじゃないですか」

 

「おや? ベルは【ステイタス】の副次作用は知らなかったのかい?」

 

 ………あ、そう言えばギルドの講習で学んだな。

 

 『神の恩恵(ファルナ)』を与えられた冒険者は、ランクアップをする事で『器』は衰えにくくなって全盛期の期間が長くなる。そしてその度合いはレベルが上昇するにつれて顕著になる……だったな。

 

 となればフィンさんは見た目と違って、僕より結構年上なんだろう。

 

「あ、あの、失礼ですけどおいくつなんですか?」

 

「もう四十は過ぎたかな?」

 

 四十過ぎって……道理で僕を若いと言う訳だ。

 

 けどフィンさんの年齢から考えて、もうとっくに結婚してもおかしくない筈だ。なのに未だ独身だから、小人族(パルゥム)の結婚を早く望んでいるかもしれない。

 

「もし良かったら、ベルの方でいい小人族(パルゥム)がいたら紹介しておくれ」

 

「え、遠慮しておきます。ティオネさんに殺されたくないので」

 

「それは残念」

 

 と言ってるフィンさんだけど、僕が断るのを初めから分かっていたのか、既におかわりを注文したお酒を再び呷った。

 

 しかし、この時の僕は全く予想してなかった。フィンさんが望んでいる小人族(パルゥム)の女性を見付けて、【ヘスティア・ファミリア】に迎え入れる事を。

 

 

 

 

 

 

「やはり此処はオラリオ、でしたか」

 

 キラーアントの群れを片付け、魔石を一通り回収したメイドの少女は地上へ辿り着いた。

 

 そして同時に思った。嘗て自分をどん底に追い詰めた冒険者(ひとでなし)共が跋扈している迷宮都市(オラリオ)に再び帰って来たと。

 

 そう考えるだけで少女は非常に最悪な気持ちとなっている。今までいた場所は凄く大変でも、此処に比べれば遥かに良かった。そして自分を一人前のメイドにしようと鍛えている、少し考えがズレたキャストの女性には自分が補佐しなければならないと。

 

「……取り敢えず移動しますか」

 

 オラリオの風景を見渡していた少女だったが、周囲にいる冒険者達から奇異な目で見られた事に気付いたので場所を変える事にした。

 

 今の時刻は夜で、バベルの塔周囲にそこまで人はいない。だが彼女はメイド服を着ているので、ダンジョンから帰還したばかりの冒険者達から見れば訝るのは当然だ。

 

(本来でしたら、あそこへ戻らなければいけないのですが……止めておきましょう)

 

 少女は嘗て所属していた【ファミリア】の本拠地(ホーム)を思い出すも、すぐに却下した。何しろそこにいる眷族(れんちゅう)から散々虐げられたので、戻ったところで同じ事をされるだけだ。今更戻って生存報告をする義理など無い。

 

 だが、オラリオへ戻って来た以上はどこかで寝泊まりしなければならない。今の自分にはオラリオで通用する通貨は持っていなかった。アークス用の武器やアイテムを売ればお金になるが、異世界の物を売ったら色々と面倒な事になるので即座に却下した。

 

 なので少女は考えた結果――

 

(お世話になったお爺さんのお店に行ってみますか。向こうが覚えてくれてれば良いんですが)

 

 自分を匿ってくれた質屋へ行く事にした。

 

 久しぶりに戻った所為か、彼女は少し迷い気味になりながらも何とか辿り着こうとする。

 

 そんな中、二つの出来事が起きていた。

 

 一つは、彼女が所持している携帯端末機からアークスの反応を示している。しかし、それに全く気付いていないのか、今の彼女がそれに気付くのは質屋の主人と再会した翌日となる。

 

 そして二つ目は――

 

「ん? あのメイド服を着たガキ……どっかで見たような」

 

 偶々通りかかった冒険者の一人が、少女の顔に見覚えがあったように立ち止まっていた。




感想お待ちしています。


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予想外の出会い②

久しぶりの本編です。

短いですがどうぞ!


 フィンさんと飲み会をした翌日以降。僕は久々に単身でダンジョン探索をしていた。

 

 単身なのは知っての通り、【ヘスティア・ファミリア】の団員が未だに僕一人だ。立派な本拠地(ホーム)もあるから募集すれば良いだろうと思われるけど、生憎もう暫くはしないつもりだ。

 

 色々な意味で注目されている事もあって、未だに僕の能力や武器目当てで入団してくるかもしれないからとフィンさんからアドバイスをもらった。それを聞いた僕は勿論、後から相談した神様も了承済みである。

 

 この数日の間、未だにしつこく勧誘してくる神々だけでなく、僕が使っている武器の入手先を知ろうと他所の冒険者や武器商人達が声を掛けてくる事が多数あった。街を散策してる僕だけでなく、バイト中の神様も同じ目に遭ってるそうだ。だからこの状況で団員募集しても、下心丸見えな人達しか来ないと容易に想像出来た。

 

 なので今のところは、僕が『この人なら大丈夫だ』と見付けたら神様に相談するスタンスになっている。悠長かもしれないが、一人目だけは信用出来る人を迎え入れたいので。

 

 さて、それはもう良いとして。

 

 ダンジョン探索をしている僕は現在7階層にいる。そして目の前にいるのは――

 

『ギギッ』

 

 キチキチキチッ、と口をもごもごと動かし歯を鳴らしているキラーアントだ。

 

 冒険者になって間もない頃に遭遇したが、あの時は色々と警戒してた事もあって全力に近い状態で瞬殺した。それによってこのモンスターの行動を目にする事なく素通りしてしまったが。

 

 因みにキラーアントは下級冒険者からすると非常に厄介なモンスターだ。6階層にいる『ウォーシャドウ』と並んで『新米殺し』と呼ばれているようだ。

 

 身に纏った頑丈な甲殻と、コボルドやゴブリンなどの低級モンスターとは比べ物にならない攻撃力。身体の表面を覆っている外皮は鎧みたいに硬く、半端な攻撃を簡単に弾かれる防御力がある故に大変手こずる相手だ。

 

 極めつけは腕先にある発達した四本の鉤爪だ。湾曲した歪な突起は不気味な光沢をちらつかせていて、かなりの斬れ味があるように思えてしまう。

 

 硬い外皮によって防御を攻め崩せない間に鉤爪で致命傷をもらうと言う、キラーアントにやられるパターンと化されている。低級モンスターに慣れ切った上級冒険者が油断して餌食となるが故に、『新米殺し』と呼ばれる謂れとなっていた。

 

 けど、そんな恐ろしいモンスターも――

 

「――ふっ!」

 

『――ギッ?』

 

 僕が一瞬で動いて、両手で持っている大剣(・・)で真横に振るうとキラーアントの首は宙を飛ぶ。

 

 何が起きたのか分からないような目をしながらも、モンスターの頭部はそのまま地面に墜落。そして首を失った体は漸く理解したように脱力し、地面に崩れ落ちた。

 

「流石はゴブニュ様だ。前と違って凄く使い易い」

 

 片手に持ち直しながら刀身を振るって付着した体液を飛ばしながら、僕は『ミノタウロスの大剣』を見た。

 

 以前と違って刀身が若干短くなったが、その代わり軽くて振りやすくなっている。加えて刃も鋭くなりかなりの斬れ味だ。硬い筈のキラーアントの外皮をあっさり斬れたのが何よりの証拠。

 

 今まで鍛錬用の練習武器として使ってなかったものだけど、こうして立派な武器と変わった。非常に嬉しい気分だ。

 

 僕が上層(ここ)に留まっているのは、この大剣を使う為の練習として来た為である。もしもアークス用武器なら中層でやるが、今回はフォトンが一切使えない武器なので、どこまで通用するかの基準を確認しようと上層からスタートしている。今のところは何の問題もなく簡単に倒せているから、恐らくもっと下へ進んでも大丈夫だろう。

 

 それに加えて、僕自身も調整の必要があった。『Lv.3』になって強化された能力(ステイタス)を慣らす為に。

 

 この前メレンであった【カーリー・ファミリア】との戦闘で、違和感があった事に気付いた。襲い掛かってくるアマゾネス達を迎撃する為にフェルカーモルトを発動させた時だ。

 

 確かに威力は上がっていたけど、それでも不安定だった。いつもの僕だったら威力を調整して放つが、あの時は全く出来なかった。まぁ襲い掛かって来たアマゾネス達を全員一撃で倒せたから結果としては良かったが。

 

 神様に相談したところ、どうやら僕はランクアップの急激な強化によって感覚のズレが起きていたらしい。それが原因で思った威力が思うように出せなかったと。

 

 冒険者は本来ランクアップするのには相当な時間を要する。地道にアビリティを上昇させ、偉業を達成するには数年もしくはそれ以上掛かってしまう。場合によっては一生そのままと言う冒険者もいて途中で引退、もしくはサポーターになる人もいるとか。

 

 だけど僕の場合は二ヵ月僅かで『Lv.3』へランクアップしたので、通常の冒険者と違って身体能力が激変したようだ。『Lv.2』の時は問題無かったけど、流石に『Lv.3』だと身体の処理が追い付かなくなってしまったようだ。

 

 神様から与えられた『神の恩恵(ファルナ)』が凄いモノだと改めて認識した。今思うと【アポロン・ファミリア】にいた『Lv.3』のヒュアキントスさんが、力任せな攻撃ばかりしていたのが分かる気がする。この世界にとって『神の恩恵(ファルナ)』が最大の武器だから、どうしても身体能力に頼った戦いになってしまうんだろう。

 

 そう考えると、『Lv.3』になった僕は一度基本に戻らなければならない。こんな不安定な状態のままで調子に乗って中層へ行ってしまえば、下手をするとモンスターに殺されてしまうかもしれない。キョクヤ義兄さんからも、慢心は命取りになると教わったので。その為に僕はこうして上層にいると言う訳だ。

 

「さて、今日はここの探索に専念するか。練習相手もたくさんいるし」

 

『『『『ギギギギッ!』』』』

 

 キラーアントはピンチに陥ると仲間を呼ぶ為にフェロモンを発散する。それを嗅いだ同族達が駆け付けて協力し、冒険者に襲い掛かると言う最悪な展開が待ち受ける。

 

 どうやら僕がさっき倒したモンスターは既にピンチだと察していたみたいで、いつの間にか仲間を呼んでいたようだ。その為に数匹のキラーアントが僕を取り囲んでいた。

 

 端から見れば絶体絶命の状況だろう。そう思った直後、背後にいる一匹が隙を突くように接近して鉤爪を振るうも――

 

『ギ?』

 

「遅いよ」

 

 僕がファントムスキルによって姿を消した事でキョロキョロしていたが、直後に頭部が宙を飛んだ。

 

 同族(なかま)の死に動揺するキラーアント達を余所に、僕は引き続き大剣で一匹残らず全て斬り伏せた。

 

 

 

 

 

 

「アークス反応なし、ですか。ああ~、あの時ちゃんと見ていれば……!」

 

 翌日以降、メイドの少女は携帯端末機を見ながら今も後悔していた。自身と同じくこの世界に来ている同業者(アークス)を見過ごしてしまった事に。

 

 それとは別だが、嘗て世話になった質屋の主人――ボム爺さんと久しぶりの再会を果たしていた。てっきりもう憶えていないと思っていたが、彼は戸惑いの表情を見せるも、今はこうして受け入れるどころか匿ってくれている。

 

 メイドの少女は異世界のオラクル船団にいた内容は伏せ、訳あって身を隠していたと誤魔化す事にした。向こうはそれに気付いてるのかどうかは分からないが、『生きていたなら良い』とだけ言って深く訊こうとはしなかった。

 

 ボム爺さんの気遣いに感謝しながらも、彼女は暫くの間、ここを拠点として活動しようとする。所属していた【ファミリア】の連中が嗅ぎつけたら、迷惑にならないようすぐに去るつもりだ。万が一ここを潰すような事をしたら、犯罪者になるのを覚悟で、アークスの力を最大限に使って壊滅(ぶっころ)してやると。

 

 再会話を終えて用意された部屋で寛いだ翌日、携帯端末機を見た際に履歴があった。アークスが近くにいたと言う反応履歴が。

 

 それを見たメイドの少女は慌てながらもすぐに確認したが、結局は発見出来なかった。向こうが所持してる端末が故障、もしくは電源を落としているのかは分からない。どちらにしても、ちゃんと携帯端末機を見ていれば、こんなドジを踏む事はなかったと非常に後悔する破目となったのだ。

 

「こうなったら、もう直接捜すしかないですね」

 

 携帯端末機に通信しても未だ反応も示さないので、このままでは埒が明かないと思った彼女は動く事にした。

 

 下手すると嘗ての【ファミリア】に見付かってしまい、ボム爺さんに迷惑を掛けてしまうかもしれない。しかし彼女としては、絶対にいないと思っていた同業者(アークス)を見過ごす訳にもいかなった。その人物が自分にとって味方ならば非常に頼もしいが、もし敵になってしまえば非常に厄介な存在となってしまうから。

 

 アークスはこの世界にいる冒険者と対抗出来る力があるどころか、簡単に蹂躙して他の【ファミリア】から危険な存在と危険視されてしまう恐れがある。現に自分も昨日、ダンジョンにいたキラーアントを簡単に倒した。嘗て一人では絶対に倒せなかったモンスターが、アークス用の武器を使って簡単に倒せている。この世界の事情を知らないアークスが力を振るってしまえば非常に面倒な事になるので、彼女は何としても見付けなければならなかった。

 

「でもその前に……ルコット様には申し訳ないですが、別の服を用意しないと」

 

 この世界にいない師に対して謝罪しながらも、彼女は変装する為に自身が身に纏っているメイド服を脱ぐことにした。

 

 そして翌日、彼女は動き出す。嘗てやっていた専業――サポーターとして扮する為に。




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予想外の出会い③

今回は寄り道みたいな話となっています。


「7階層? この前『Lv.3』にランクアップしたベル君にしては珍しいわね」

 

「まぁ、ちょっと基本に戻ろうと思いまして」

 

 意外そうに言ってくるエイナさんに僕は苦笑していた。

 

 本日7階層の探索を終えた僕は、大剣の使い心地に満足しながらギルド本部へ訪れた。魔石やドロップアイテムを換金し終えた後、僕のアドバイザーであるエイナさんのもとへ顔を出したついで、控えめな近況報告をしようと足を運んだ。ランクアップによる感覚のズレを修正する為と説明し、エイナさんは納得の表情をする。

 

「そう言うことだったの。確かに基本は大事ね。ベル君はちゃんと自分の事を理解しているようで、逆に安心したわ」

 

「何かその言い方だと、他の人はあまりそうでない感じがしますね」

 

 少しばかり引っ掛かったので、僕が思わずそう言ってみると、エイナさんは眉を顰めながらも頷いた。

 

「ランクアップした冒険者の大半はどうしても気持ちが舞い上がってしまうの。そうなっちゃうのは分からなくもないんだけど、その所為で基本を疎かにしてしまう人がいるのよ」

 

「なるほど……」

 

 その後にエイナさんは他の冒険者に対する苦言と言うか、不満や愚痴を述べるように説明し始める。

 

 少しばかり聞き流しながらも、僕も身に覚えがあった。

 

 アークスに正式採用されて更に強くなったと認識した際、これで多くのダーカーを倒せると自信過剰になっていた。その後にキョクヤ義兄さんから『そんな脆弱な闇で己惚れるな!』と、慢心気味だった僕に喝を入れられて認識を改めたが。

 

 どうやら僕の推測通り、この世界の冒険者はランクアップするほど慢心気味になるようだ。と言っても、【ロキ・ファミリア】の人達は自分の力量をちゃんと把握している。あそこは団長のフィンさんや、幹部のアイズさん達と言う第一級冒険者の存在があって戒められているんだろう。

 

 エイナさんの話を聞いて僕は改めて決心した。再びランクアップした際は必ず基本に戻ろうと。もしくは己の慢心を打ち消す為に、強い誰かと手合わせするのも良い。と言っても、僕と相手してくれるとなると……ティオナさんかアイズさんぐらいだな。だけどあのお二方は有名な【ロキ・ファミリア】の幹部だから、そう簡単に手合わせしてくれないだろう。加えて世間体の目もあるし。

 

 あ、そういえば【ロキ・ファミリア】で思い出した。

 

「ベル君はこれからも基本を大事にするように、良いわね」

 

「勿論です。ところで、この前あった遠征でリヴェリアさんのランクむごっ!?」

 

 言ってる最中にエイナさんが片手で僕の口を塞いできた。余りの不意打ちだったので僕は避ける事も出来ずにされるがままだ。

 

 当然これは周囲の人達も凝視している。絶対にやらないであろうエイナさんの奇行に冒険者だけでなく、職員の人達も驚くように見ていた。

 

「あっ……ベ、ベル君、ちょっと向こうへ……!」

 

 自分の行動を理解したのか、エイナさんは手を放した後、顔を赤らめながらも場所を変えようと僕を連れて行った。

 

 お互いに気まずそうに席を立ち、空間のゆとりがある部屋の隅に向かう。付いて早々、途端にエイナさんが謝ろうとする。

 

「ごめんっ! いきなりあんなことしちゃって!」

 

「いや、何もそこまで謝らなくても」

 

 両手を合わせて頭を下げてくるエイナさんに僕は少し戸惑い気味だった。

 

 けど、この人がそうしてきたって事は今も尾を引いているんだろうか?

 

「リヴェリア様のランクアップについての詳細を知ろうと、情報開示を求めようとするエルフ達がいるのよ。『Lv.7』って言う世界最高峰に至ったから猶更に」

 

「詳細って……フィンさんが提出した報告書で公開されたんじゃないんですか?」

 

 この前の報告で遠征の詳細が書かれた報告書をエイナさんは受け取って確認している筈だ。その内容には当然、リヴェリアさんのランクアップも含まれている。

 

 因みに59階層で戦った『精霊の分身(デミ・スピリット)』は極秘扱いされている為、強大な未確認モンスターとして処理されている。同行した僕もフィンさんから『決して他派閥に口外しないように』と厳命されていた。僕としても、あんな恐ろしく悍ましい存在を不用意に言い触らしたりしないつもりだ。

 

「そうなんだけど、リヴェリア様だけはそこまで具体的に書かれてなかったの。『深層にいたモンスターを倒した事でランクアップした』ぐらいとしか。『Lv.6』にランクアップした三人はまだしも、『Lv.6』のディムナ氏やランドロック氏を差し置いて、リヴェリア様だけが『Lv.7』に至ったのがどうにも腑に落ちなくて」

 

 ……成程。どうやら僕がリヴェリアさんに長杖(ロッド)――ゼイネシスクラッチを貸した事は伏せているようだ。それを使った事でランクアップしたなんて知られたら最後、神々や冒険者達に狙われ続ける日々を送る事になるのは確定となる。フィンさんはそれを考慮して、敢えて報告書に記さなかったんだろう。

 

 あの人の気遣いに内心感謝してると――

 

「ねぇベル君、確か君は治療師(ヒーラー)としてディムナ氏達に同行したよね? 答えられる範囲内で構わないから、どうか教えてくれないかな? 誰にも話さないって約束するから」

 

「え゛?」

 

 エイナさんが物凄い真剣な顔で、僕に当時の遠征内容について訊きだそうとしてきた。こればっかりはフィンさんとの約束もあるので誤魔化さざるを得ない。

 

 さり気にリヴェリアさんの事を何故そこまで知りたがるのか話題を逸らしてみると、思いも寄らない情報が入った。

 

 どうやらエイナさんのお母さんとリヴェリアさんは親交があり、エイナさん自身も色々とお世話になっていたようだ。家族ぐるみの付き合いがあるなら、知りたいのは当然か。

 

 けれど、だからって教える訳にはいかない。悪いけど今後の生活に影響してしまうから、申し訳ないと思いつつも誤魔化す事に専念させてもらった。

 

 

 

 

 

 

 あれから一日経った。

 

 エイナさんからの追究を何とか逃れ、今日も再びダンジョン探索……はしなかった。

 

 向かっている方向はダンジョンだけど、今回僕が行くのはダンジョンの上にある『摩天楼(バベル)』だ。

 

 バベルはダンジョンの蓋をするように築かれた超高層の塔であり、摩天楼施設となっている。ダンジョンの蓋と述べたように、バベルはダンジョンの監視と管理の役割がある。加えてギルドが保有しており、冒険者にとって最も馴染みの深い建物だ。

 

 僕がそこへ行くのには理由がある。バベルに武具系統のお店があるからだ。今回はそこで防具を見ようと思っている。

 

 今は基本に戻る為にこの世界の大剣を使っているので、いっそ防具も揃えてみようと考えた。勿論アークス用の防具は今もステルス化して装備している状態になってる。

 

 とは言え、流石に重苦しそうなものを使う気は無い。あくまで自分が纏ってる防具と重なっても問題無い物を身に付けるつもりだ。

 

 今回は【ヘファイストス・ファミリア】が経営してるお店に行こうと思ってる。本当なら【ゴブニュ・ファミリア】へ行こうと思っていたけど、神様が『【ヘファイストス・ファミリア】は防具も凄いから』と豪語していたので、その勢いに負けた僕は変更する事にした。

 

 流石にいないとは思うけど、万が一に椿さんと遭遇したら即行退散するつもりだ。鉢合わせて捕まったら最後、遠征の時みたいに武器を貸してくれとしつこく強請って来るのが目に見えてる。

 

 どうか椿さんと会いませんようにと祈りながらバベルの門をくぐり、ダンジョンがある地下でなく上へと向かった。

 

(へぇ、この世界でもエレベーターがあるんだ。作りは全然違うけど)

 

 失礼な事を考えながら、魔石を利用した昇降設備(エレベーター)を使ってバベルの四階へと到着する。

 

 神様から聞いた話だと四階から八階のテナントは全て【ヘファイストス・ファミリア】のものらしい。それを聞いて【ロキ・ファミリア】とは違う意味での凄さが物語っている。

 

 ふと店先に陳列窓(ショーウィンドウ)があったので、思わずそこにあった銀の全身鎧(フルプレートメイル)の価格を見てみると……何と五千万ヴァリスだ。前の遠征で得た報酬でもギリギリ買えるが、生憎と僕には興味の無いものだった。アレはどう見ても僕が装備してる防具と重ね着が出来ないから。

 

 重ね着が出来る軽防具も当然あるが、余りにも高過ぎるので買う気にはならなかった。明らかにダンジョン上層で利用していいものじゃない為、僕は高額な防具を一通り見た後に、バベルの八階へと向かう。その途中、()()()と思われる人が僕を凝視していたが、敢えて気にしない事にしている。

 

 再びエレベーターを利用して、時間を掛けて八階へと昇っていく。

 

 到着早々、八階にある店へ入ると、先程の四階と同じような光景が映る。

 

 武器は勿論の事、その他防具も多々あるが違う点があった。それらの値段は四階と違って凄く安く売られていた。今見ている槍の値段は一万二千ヴァリスだ。

 

 安い理由は当然ある。この階にある武装は全て末端の職人が作ったものだ。故に値段が安価となっている。色々と経験を積ませ、有名になるであろう上級冒険者と繋がりを構築する場だと、これも神様から聞いた。

 

 ダンジョン上層で使うなら、ここにある防具で充分だと思った僕は値踏みするように見始める。

 

「っ! お、おい! あそこにいるのって、【亡霊兎(ファントム・ラビット)】じゃないか……!?」

 

「はぁ? 何言ってんだよ。この前『Lv.3』になった第二級冒険者がこんな所に来る訳が……ってマジでいた!」

 

「う、嘘だろ!? ってか、あんな熱心に見てるのって……もしかして此処で買う気なのか?」

 

「マジでか! だとしたら……!」

 

 ん? 何か大勢の()()()達が僕を見た途端、いきなり静かになったな。

 

 何か気に障る事でもしたのかと疑問に思ってると――

 

「い、いらっしゃいませ! 良かったらうちの武器を見に行きませんか!?」

 

「あ、コラ! ずりぃぞ! 【亡霊兎(ファントム・ラビット)】、私が作った武器はどうでしょうか!? 勿論お安くしますよ!」

 

「よかったら自分の武器も是非!」

 

「ちょ!? な、何で皆して僕に詰め寄って来るんですか!? それに僕は武器が欲しいんじゃなくて……!」

 

 多くの()()()達が押し寄せて来て、僕に武器を買って欲しいと熱烈なアピールをしてきた。

 

 この時は知らなかった。『Lv.3』にランクアップした僕は【ロキ・ファミリア】ほどじゃなくても、それなりに有名となって椿さん以外にも多くの()()()達が僕と専属契約を結びたがっている事を。




次回はアークスの彼女と会う前に、とある人物と出会う予定になります。

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予想外の出会い④

久しぶりの投稿です。

今回は短めですがご容赦ください。


「つ、疲れた……」

 

 ()()()達からの熱烈なアピールを盛大に受けてしまい、非常に疲れて参っていた。

 

 向こうが必死に武器を売り込もうとするも、『僕は防具が欲しいんです!』と言って分かった瞬間、即座に自作の鎧や盾を出して結局何も変わらない始末。

 

 折角出してくれたので取り敢えず一通り手にして見てみたが、これと言ってシックリくる物が無かった。悪く言うつもりじゃないんだけど、僕に合わないどころか、防具自体の作りがいまいちで使う気にはならなかった。

 

 キョクヤ義兄さんから教わった事がある。『純粋な暗黒の闇を穢れた不純物で混ざらぬよう、必ず己に相応しいと見定めた闇の防具を纏え』と。要は自分がコレだと納得出来る防具を見定めろと言う意味だ。

 

 今回見た防具は残念だけど、とても買う気にはなれなかった。脆い箇所があったり、武器を使う際に支障が出てしまうという、脇が甘い部分がかなり目立っていた。作ったのは新人()()()だから、それは仕方ないかもしれない。

 

 折角頑張って作った新人()()()にそんな事は言えないので、敢えて『今回は遠慮します』と言うだけに止めて断った。キョクヤ義兄さんだったら、僕と違って容赦なくズバズバと指摘するだろう。精度が低すぎる、俺の闇を纏う資格はない、等々という文句を。

 

 一人目、二人目、三人目と、僕に売り込みをしてくる新人()()()の対応に結構時間を要した。因みに熟練と思われる()()()もドサクサに紛れていたが、そこは敢えて気付かない振りをして丁寧に断った。値段が新人()()()と全く違っていたので。

 

 まだ途中だったけど、もしかしたら椿さんがこの騒ぎに嗅ぎつけて来るかもしれないと危惧した僕は、適当な理由で退散する事にした。今は大して人がいない少し寂れた感じのする防具店にいる。隠れるには絶好の場所だったからだ。

 

(やっぱりどれも同じ物ばっかりだな……)

 

 アーマー系統の防具を見ているが、自分に合いそうな物はなかった。それなりに良い値段のした甲冑はあるが、僕の体型に合わないどころか、今もステルス化して装備してる僕の防具――クリシスシリーズとぶつかる恐れがある。

 

 出来れば軽装――ライトアーマーが良いと思ってる。それなら重ね着しても問題はないと思って探してるけど、そう簡単に見つからないのがお決まりだった。

 

「……?」

 

 探してる最中、不意に僕の足は止まった。

 

 数々あるボックスの中で、ある防具の塊があって、僕はそれに目を奪われている。

 

 純粋な白い金属光沢の鉄色で、彩色が何も施されていない素材のままの姿だ。

 

 その防具は僕が探しているライトアーマーだった。

 

 膝当てや、僕の身体にフィットしそうなブレストプレート。肘、小手、腰部などの最低限な箇所だけ保護する構造だ。

 

 確認する為に持ち上げてみると、かなり軽い。しかも強度は……さっきまで新人()()()が用意したライトアーマーと比べて硬い。

 

 もしかすると掘り出し物かもしれないな。サイズも恐らくピッタリだろう。

 

 それに何と言うか……この防具に惹かれている感じがする。基本に戻る時にしか使わないとは言え、これなら安心出来そうだと。

 

 よし、コレにしよう。何か明日のダンジョン探索が楽しみになってきたなぁ~。

 

 製作者を見ようと、プレートをひっくり返してみたら【ヴェルフ・クロッゾ】と言う製作者のサインがあった。

 

 この店は【ヘファイストス・ファミリア】のお店だから、作った物に【Hφαιστοs】がある筈だけど……どうやらそのブランド名はまだ許されてない()()()のようだ。

 

 今更気付いたけど、この防具の名前が色々な意味で凄かった。『(ピョン)(キチ)』と言う、凄い独特なネーミングセンスだ。まさかとは思うけど、僕の二つ名が【亡霊兎(ファントム・ラビット)】だから導かれた……な訳無いか。うん、僕の思い違いだろう。

 

 取り敢えず製作者(ヴェルフ・クロッゾ)の名前を覚えた僕は、対象のボックスを持ってカウンターへ向かう。

 

「だから、何でいつもいつも、あんな端っこに……!」

 

 さっきまで静かだった筈だったのが一変し、既に見えてるカウンターから怒鳴り声がした。

 

 カウンターで【ヘファイストス・ファミリア】の店員と、客らしき人と揉めごと、ではなく言い争っている感じだ。

 

「こちとら命懸けでやってんだぞ! もう少しマシな扱いをだなぁ!」

 

 目前まで来ると、弱り果てた店員の前にいる男性のヒューマンが怒鳴っていた。

 

 その人は着流した黒衣を着流し、炎を連想させる真っ赤な短髪で、身長も僕より少し高くて中肉中背だ。

 

 恐らく何かしらの苦情だろう。内容までは分からないけど、深く関わる気はない。なので早く買って退散するつもりでいる。

 

「いらっしゃいませ。お買い上げですか?」

 

 青年の対応に辟易したのか、その人を無視するように後ろにいる僕に声を掛けてきた。

 

 早く買いたい僕としては好都合だったので、持っているボックスをカウンターの上に置く。

 

「はい、この防具を買おうと思いまして」

 

「! お、おまっ、その防具……!」

 

「え?」

 

 すると、さっきまで店員に怒鳴っていた青年が僕が購入しようとする防具を見て驚愕していた。

 

 中身を確認するようにジッと見た後、今度は僕の方を見てくる。

 

「おい、本当にこの防具を買うのか? まさかとは思うが、返品する気はないだろうな?」

 

「え~っと……。どなたかは存じませんが、僕はヴェルフ・クロッゾさんが作った防具を気に入ったので、最後まで使うつもりですよ」

 

 ランクアップによる感覚のズレが無くなるまでは。

 

 最後の一言を内心だけに留め、返答を聞いた青年は――

 

「ふ……うっはははははははははははは!? ざまぁーみやがれっ! 俺にだってなぁ、顧客の一人くらい付いてんだよ!!」

 

 いきなり高らかに笑い始めた後、さっきまで食ってかかっていた店員の方に向き直って得意気になった。

 

 店員は何も言い返せず、とても居心地悪そうに視線を左右にやっていた。

 

「?????」

 

 一体何がどう言う事なのか全く理解出来ない僕は只管戸惑って首を傾げていた。

 

 そして青年は僕の方を見て、清々しい笑みを見せる。

 

「ありがとな、冒険者。俺の防具を買ってくれて」

 

「えっ? 俺のって……ま、まさか貴方が……!?」

 

「おうよ。その防具の製作者はこの俺、ヴェルフ・クロッゾだ」

 

 まさか製作者本人だったとは思いもしなかった。

 

 驚く僕を余所に、目の前の青年――ヴェルフ・クロッゾさんは面倒見のいい兄貴分のように笑っている。

 

 そして後ほど、僕が自己紹介した瞬間に今度は向こうが驚愕する事となる。




皆さんの予想通り、とある人物はヴェルフでした。

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予想外の出会い⑤

原作とは違う流れになってます。


「って、お前よく見たら【亡霊兎(ファントム・ラビット)】じゃねぇか!? 冒険者の常識では測れない非常識兎(クラッシャー)で、記録を塗り替えた世界最速兎(レコードホルダー)!」

 

「こ、声大きいですっ……って、非常識兎(クラッシャー)世界最速兎(レコードホルダー)って何ですか?」

 

 慌てながら、対面してるクロッゾさんに声を抑えるよう言う。

 

 場所は変わって、八階に設けられた小さな休息所。エレベーターの近くにある空間で、僕とクロッゾさんは話を交わしている。

 

 防具を購入した後、僕と話をしたいと誘われた。

 

 この人が()()()なので、恐らく何らかの交渉をする為だと僕は気付いたので断ろうと思った。けど、相手は自分が気に入った防具の製作者だから、それだと礼儀に反してしまう。

 

 そして僕が二つ名と同時に自己紹介をした瞬間、クロッゾさんは仰天しながら意味不明な単語を叫んで今に至る。

 

 どうやらクロッゾさんは戦争遊戯(ウォーゲーム)で見たコスチューム――『シャルフヴィント・スタイル』が相当印象強くて、普段着姿の僕を見て最初は気付いていなかったみたいだ。結構目立つ衣装なので、オラリオで買った普段着はある意味変装として今も活躍している。

 

「まさか今オラリオ中が注目してる噂の【亡霊兎(ファントム・ラビット)】が、俺の防具を買いに来るとはな」

 

「僕もまさか製作者のクロッゾさんにお会い出来るとは思いませんでした」

 

 一通りの世間話を済ませ、お互いに会うとは思っていなかったと苦笑するクロッゾさんと僕。

 

 すると、彼の表情から少しばかり陰りがさす。

 

「なぁ、その『クロッゾさん』っていうのは止めてくれないか? そう呼ばれるのは嫌いなんだ」

 

「え……んじゃぁ、ヴェルフさん?」

 

「さん付けか。まぁ、今はいいか」

 

 一先ずと言った感じで妥協しているクロッゾさん、じゃなくてヴェルフさん。その途端に右足を急に曲げて左膝の上に乗せ、そのまま隣に置かれているボックスに寄りかかった。

 

「なぁ、【亡霊兎(ファントム・ラビット)】! お前はついさっきまで多くの()()()達から勧められても断っていたのに、端っこに置かれてた俺の作品を買ってくれた!」

 

 ? 何でさっきまで話してた事を声を大きくして言っているんだろう?

 

 何だかまるで周囲の人達に態と聞かせるように………ああ、成程。そう言う事か。

 

 ヴェルフさんの意図がやっと分かった。この人は周囲にいる人達に宣伝し、僕と契約するところを目撃させようとしている事を。

 

 今になって気付いたけど、僕が彼と話している間、多くの人達が立ち止まってチラチラと此方を伺っていた。その中には僕に武器や防具を勧めた()()()達もいる。

 

 視線を向けた瞬間、向こうは何でもないように振舞いながら去って行くけど、結局は戻って再び様子を見ている。

 

「そしてお前は俺にこう言った。『ヴェルフ・クロッゾが作った防具を気に入ったから、最後まで使う』とな! これは即ち、もうお前は俺の顧客だ! 違うか!?」

 

「え、えっと……」

 

 どうしよう。このまま合わせて答えた瞬間、僕はもうこの人の顧客になっちゃうんですけど。

 

 でも、言ってる事は強ち間違っていないから否定できない。

 

 僕が初めて此処に来て、多くの()()()達から勧められても、自分に見合う物じゃなかったから全部断っていた。そんな中、ヴェルフさんの作品を一目で気に入って使おうとする。

 

 そして今後もヴェルフさんが作った防具を買おうとするだろう。他の()()()達が作った物よりも良いからと言う理由で。

 

 ………まぁ、椿さんに会う度強請られるのを考えたら案外悪くないかもしれない。まだ会って間もないけど、ヴェルフさんは椿さんと違い、今も僕の武器について問い質す事はしていない。

 

 恐らく自分の防具を買ってくれて嬉しさの余り一時的に忘れ、後になってから思い出すかもしれない。でも、最初にそれをやらなかった事を考慮すれば、偉そうに思われるけど充分に評価出来る。

 

 だからいっその事、ヴェルフさんと契約しても良い。尤も、防具に関してだけど。

 

「そ、そうですね。今後も良ければ、貴方の作品を買おうと思ってますから」

 

「おお、そうかそうか! って事は契約成立だな! 今後も! よろしくな!」

 

 直後、周囲にいる()()()達が舌打ちをし、中にはヴェルフさんを思いっきり睨んでいる人もチラホラいた。

 

 当の本人はそれに全く意に返さないどころか気を良くして、僕の手を取り力強く握手をしてブンブン振っていた。

 

 もう完全に諦めたのか、僕達を見ていた人達は段々いなくなっていく。

 

「悪かったな、ベル。縄張り争いついでに、いきなり猿芝居までさせちまって」

 

「ああでもしないと向こうは簡単に諦めないだろうなぁって、何となく分かりましたので」

 

 もし契約を断れば最後、一斉に他の()()()達から交渉される破目になっただろう。それも回避する為に契約をした理由でもある。

 

「でもヴェルフさん。折角のところ水を差すようで非常に申し訳無いんですが、僕が買うのは――」

 

「ああ、それ以上は言わなくていい」

 

 僕が言ってる途中、ヴェルフさんは遮るように片手を前に出した。

 

「あの強力な武器や魔剣があるからな。俺みたいな下っ端()()()が、アレに並ぶようなすげぇ武器を作れねぇって最初(はな)っから分かってる」

 

 けど、と言って話しを続ける。

 

「今後も俺の防具を使うなら、俺はお前専用の防具を作ろうと思ってる。【亡霊兎(ファントム・ラビット)】で【Lv.3】のベルが使ってくれるなら願ったり叶ったりだ。それだけで充分過ぎるほどのお釣りが出るからな」

 

 全く気にしてないと笑顔でキッパリ言うも、本当は武器も作りたいんじゃないかと一瞬思った。

 

 ()()()が契約を結ぶ以上、その冒険者に合わせる為の武器や防具を作る事になっている。謂わば中途半端な契約と言ってもいい。

 

 だけど武器に関しては全く困っていない。アークス用の武器防具がある他、訓練用としての大剣もある。唯一訓練用の防具がないから、そこを彼が作る防具で穴埋めとなった。

 

 ヴェルフさんには申し訳ないと思いつつも、武器はまたの機会にさせてもらう。万が一大剣が壊れて使い物にならなくなったら、もしかすれば頼むかもしれないが。

 

「分かりました。では防具が破損した場合、いつでも修理出来るようお願いします」

 

「おいおい、買って早々に壊す気か? 大切に使ってくれよ……と言いたいところだが」

 

 そう言いながらヴェルフさんはボックスに入ってる防具を取り出し、まるで調べるように見ていた。

 

「……ちっ、やっぱりか」

 

「何がですか?」

 

「この防具、全然売れなくて放置状態だったって話したろ? その所為で所々少しばかり劣化しちまってるんだよ」

 

「劣化?」

 

 僕では全然分からないけど、()()()が言うならそうなんだろう。

 

 でもずっと使わず放置されていたら、確かに劣化してもおかしくないか。

 

「ベル、折角買ってくれたところを悪いが、この防具を少しばかり俺に預からせてくれ。修理の他に補強もしたい」

 

「え? 補強もですか?」

 

「ああ。【Lv.1】が使うなら修理までで問題無いが、使い手が【Lv.3】のベルだと話が全く違う。防御力が足りなさすぎる」

 

 下っ端()()()なりの解釈だがな、とヴェルフさんは付け加える。

 

 修理と一緒に補強もやる事で、どうやら数日の時間が必要らしい。僕としても、本人が納得するまで是非やって欲しい。

 

 その間に感覚のズレは解消してるかもしれないが、僕の事を考えてやろうとしてるから、ちゃんと使う予定でいる。

 

 一先ず防具の購入後、ヴェルフさんとの防具のみの直接契約を結び、修理と補強が終わるのを気長に待つ事にした。

 

 

 

 

 

 

 ~ヴェルフがベルと別れた後~

 

 

「よし! 戻ってすぐに開始だ!」

 

「意気込んでるところ悪いが、ちょいと良いか?」

 

「ん? げっ、椿……!」

 

「何だ? 団長の手前がいて何か不味いのか、ヴェル吉?」

 

「べ、別に不味くねぇよ。で、俺に何か用なのか?」

 

「つい先程興味深い話が耳に入ってな。何でも【亡霊兎(ファントム・ラビット)】のベル・クラネルが手前達の店に来て、とある()()()と直接契約を結んだらしいぞ」

 

「………へ、へぇ~。それはまぁ、随分と運が良い()()()じゃねぇか……」

 

「そうだな。その()()()はさぞかしご機嫌であろう。契約をすれば、あわよくばベル・クラネルが持っておる武器について色々と聞けるかもしれないからなぁ」

 

「………………………」

 

「因みに契約をしたのは、黒い襤褸衣(ぼろそ)を身に纏い燃えるような赤髪の男らしい。手前の目の前におる奴とそっくりな男がな。しかも其奴は周囲におった()()()達の前で『ヴェルフ・クロッゾ』と高々に名乗っておったらしいぞ」

 

(やべぇ、もう完全にバレてる……!)

 

「全くしょうがない奴だ。手前を差し置いてベル・クラネルと契約を結ぶとはのぉ~。主神様から絶対行くなと厳命されて今も必死に我慢しておると言うのに」

 

「ま、待て椿、話せばわかる! それに契約つっても、アンタが思ってるようなものじゃ……!」

 

「それは手前の工房でジックリと聞かせてもらおうか」




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予想外の出会い⑤.5

今回は平行した内容です。


 ベルがバベルでヴェルフと会う前まで時間は少し遡る。

 

 場所はダンジョン。多くの冒険者達はモンスターを倒し、魔石やドロップアイテムと言った戦利品を獲て一稼ぎしようと探索している。

 

 突然だが、既に知っての通り『サポーター』と言うダンジョンの探索時における非戦闘員もいる。

 

 主に魔石やドロップアイテム等の戦利品を回収し、地上に無事運び届ける事が役目だ。

 

 前線でモンスターと戦う冒険者達に負担を掛からないよう、支援全般を担う裏方役でもある。

 

 ベルが【ロキ・ファミリア】の遠征に参加した際、治療師(ヒーラー)と同時にサポーターとしての役割を担当した事がある。頑張って得た戦利品を無事に運んで貰う大切さを大変理解していた。

 

 だが生憎、それは都市最大派閥(ロキ・ファミリア)の視点でしかない。彼等は重要性を理解してるが故に、サポーターも貴重な戦力と見ている。

 

 別の【ファミリア】では……と言うより、多くの冒険者達はサポーターを単なる荷物持ちとしか見ていない。

 

「遅ぇぞ! いつまで掛かってやがる!」

 

 ダンジョン探索中に、一人の冒険者が罵声を浴びせた。

 

 大きく膨らんだ大荷物を背負いながら、回収に少し遅れただけで、冒険者である男は遅いと責めた。

 

 迷宮の中である為に、蔑みを隠さない声が酷く反響していく。

 

「申し訳ありません。遅くなりました」

 

「たかが魔石回収にちんたら手間取ってんじゃねぇ。ったく、能無しが!」

 

 素早く回収しても、冒険者からすれば遅く感じたのだろう。

 

 傲慢な言葉に憤ってもおかしくないが、罵られたサポーターはそうしないどころか事実と受け入れるように頭を下げるばかりだ。

 

 これがもう一つの視点だった。冒険者はサポーターの重要性を全く理解しないどころか、単なる役立たずな存在としか見ていない。

 

 何一つ文句を述べず、預かった荷物を持ち運び、言われた通り回収をしている。凄く頑張ったとアピールしても、それが当たり前だと言わんばかりに侮蔑の叱責が飛んでくる始末。

 

 それでもサポーターは耐えらなければいけなかった。戦えない自分に代わって冒険者が頑張っているのだと必死に言い聞かせて。

 

 けれど、冒険者はサポーターに更なる仕打ちを平然と行う。探索前に約束した少ない報酬を減額、もしくは反故にして命懸けのタダ働きをさせる事がよくある。所詮は口約束に過ぎないので。

 

 そうする理由としてはいくつかある。自分達が満足出来る仕事をしなかった、そんな約束をした覚えはない等々と。他にもあるが、自分達が必死で頑張って得た報酬を、戦闘の役に立たないサポーターに払うのが我慢出来ない。要するに身勝手な言い分で誤魔化してるだけに過ぎないのだ。

 

「いいか、今度またやらかしたら報酬(かね)はやらねぇからな!」

 

「はい」

 

 冒険者の警告に、サポーターは頷くしか選択肢はなかった。

 

 サポーターが冒険者に逆らえば命はない。危険なダンジョンで命を預けている以上、従うしか方法がないから。

 

「ああ、そうだ。もしモンスターに囲まれた時はしっかりと仕事をしろよ――役立たず(サポーター)?」

 

 なの筈なのに、冒険者はモンスターの囮にすると言い放った。

 

 死刑宣告も同然であるが、サポーターは絶望に打ちひしがれながらも言われた事を実行しなければならなかった。

 

 弱者(サポーター)強者(ぼうけんしゃ)に逆らう事は出来ない。それはオラリオにいる冒険者達が決めている、表沙汰にしてない暗黙の(ルール)だった。

 

 しかし――

 

(はぁっ。今も変わらないですね、この世界の冒険者は。アークスのルコット様が見たら、徹底的に矯正される対象確実ですね)

 

 言われた当人は全く気にしてないどころか、相手の身勝手な言い分に只管呆れるばかりだった。

 

 このサポーターの正体は、先日までオラクル船団でアークスの活動をしていたメイドの少女だ。今はメイド服を脱いで、オラリオで仕入れた服とローブを身に纏っている。

 

 彼女がサポーターとして活動しているのは、携帯端末機に反応した同業者(アークス)を捜す他、オラリオに関する知識の復習だった。

 

 同業者(アークス)を捜すのが一番の目的だが、復習も優先しなければならなかった。何せ自身は数年振りにオラリオへ戻って来た為、この世界に関する記憶が風化気味だ。ある程度憶えていても、当時いた頃の知識や情報は今のオラリオで通用しない。たった数年とは言え、常に多くの情報を行き交うオラリオからすれば既に時代遅れだろう。

 

 なので少女は情報収集も行っている。サポーターの仕事をしながらも、一応この冒険者(ひとでなし)から今のオラリオに関する情報を入手してる最中でもあった。尤も、さり気なく訊いても自分に対する罵倒がメインで、全く得られない状態だった。

 

(ええ、仕事はしっかりやりますよ。寧ろそうなって欲しいです。こっちからすれば、もう既に貴方様は用済みですから)

 

 大した情報も得られないだけでなく、自分を罵倒する事しか出来ない冒険者に彼女は辟易していた。

 

 この冒険者の実力を見ていたが、それほど強くなかった。キラーアントの大群に囲まれたら間違いなく殺されるだろうと既に見切りを付けている。

 

 好き勝手に罵倒されていた昔の自分を思い出すだけで、(はらわた)が煮えくり返ってくる。アークスとなった今だと、その気になれば瞬殺出来てしまう。

 

(この方をリリが愛用してる『スプレッド』で蜂の巣と針鼠か、もしくは『ブラスター』で爆殺か殴殺……おっと、いけませんね。つい本音が出てしまいました)

 

 電子アイテムボックスに収納してる武器を取り出し、どんな風に殺してやろうかと考えるも、すぐに己を戒めた。この男を殺すのは簡単だが、色々面倒な事になってしまうと思いながら。

 

 加えて、メイドの師であるルコットにも申し訳が立たなかった。今は別世界にいても、彼女からの教えを無下にする愚かな行為はしたくないと彼女は考えている。

 

(それにしても、全く反応がありませんね。今日はダンジョンにいないんでしょうか)

 

 後を追いながらも、コッソリと携帯端末機を確認していたが、今も全くアークスの反応が無かった。

 

 そして冒険者が雑魚モンスターを倒した後――

 

「ちっ、俺もあの【亡霊兎(ファントム・ラビット)】みたいな強い魔剣があれば、今頃はもっと有名に……」

 

(【亡霊兎(ファントム・ラビット)】?)

 

 何やら聞き覚えの無い単語を言っていた。

 

 少女が嘗てオラリオにいた頃、そのような二つ名を持った冒険者は記憶にない。【ロキ・ファミリア】や【フレイヤ・ファミリア】の有名冒険者は辛うじて憶えてるが、それらに全く該当しなかった。

 

 目の前の自分勝手な冒険者(チンピラ)がその人物を羨むように言うとなれば、今のオラリオで相当有名になった冒険者なのだろう。

 

「あの、【亡霊兎(ファントム・ラビット)】とは?」

 

「あ?」

 

 今度はさっき以上に素早く回収し、さり気なく質問をしてみた。

 

「なんだよ、知らねぇのか? 能無しな上に馬鹿なのかよ」

 

「……申し訳ありません、冒険者様。この愚かで無知なサポーターにどうかご教授を」

 

 見下しながら蔑む冒険者の言葉に、少女は頭を下げながらどうか教えて欲しいと乞う。

 

 すると、冒険者(チンピラ)は良い事を思い付いたかのように嫌な笑みを浮かべる。

 

「だったら情報料として、報酬(かね)は半分に減らす。等価交換だ。文句はねぇだろ?」

 

「ええ、問題ありません」

 

 まともに払う気もないのに何が等価交換だか、と少女は内心呆れていた。

 

 別に報酬額を下げてまで態々聞く必要はないのだが、こんな奴でも一応冒険者だ。もしかすれば一般人と違う視点で聞けるかもしれないので。

 

 再び移動しながらも、モンスターが現れない限り冒険者(チンピラ)は少女に教えた。【亡霊兎(ファントム・ラビット)】――ベル・クラネルの事について。

 

 オラリオにいる一般人でも知っている情報なのだが、少女にとっては非常に有益なものだった。聞いた内容の所々に、アークスらしき情報が多々あったので。

 

 そして、地上へ帰還した際に約束通り、ただでさえ少ない報酬が半分となった。自分にとって都合の良い事はちゃんと記憶してるんですねぇ~と思いながら。

 

 少女は有益な情報を教えてくれた冒険者(チンピラ)に一応感謝した。もしも大袈裟に出鱈目な事をほざいた瞬間、これまでずっと抑えていた我慢(ストレス)を発散させる為に『クレイジースマッシュ』をかましてやろうと考えていたので。




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予想外の出会い⑥

今回は短いです。


 ヴェルフさんと(防具のみ)直接契約を結んだ翌日の朝。僕はダンジョン探索する準備をしていた。

 

 本当だったら昨日購入した防具を使う予定だったけど、製作者から修理と補強が必要と言われて預けている。なので今回はいつも通りのコスチューム――『シャルフヴィント・スタイル』で行く。勿論、ステルス化してるアークス用の防具もちゃんと装備済みだ。

 

 以前まで物珍しそうに見られていたが、【Lv.3】にランクアップした為に違う意味で注目されていた。今はもう慣れてるけど、それでも警戒するように見るのは正直言って勘弁して欲しい。

 

 そう思いながらも準備を終えた僕は私室を出て、隣の部屋の扉をノックし、少し開いてこう言う。

 

「神様、じゃあ行ってきますねー!」

 

「う~ん、いってらっしゃぁ~い……」

 

 僕の声に反応した神様が返事をする。

 

 言うまでもなく、隣の部屋は神様の私室。完全に扉を開けてないから見えないが、恐らく今もベッドに沈んだまま返事をしたんだろう。

 

 聞いた話だと、昨日のバイトは凄く大変で疲れたそうだ。僕がいなくなった後、確実に二度寝をすると予想する。

 

 確か今日もバイトがある筈だから、そろそろ起きた方が良いと思うんだけど……そこは神様の自己責任と言う事で。

 

 言うべき事を終えたので、扉を静かに閉めた後に本拠地(ホーム)を出発した。

 

(いい天気だ……)

 

 本拠地(ホーム)から出た途端に雲一つない青空が晴れ渡っていた。

 

「さあ、今日も頑張るか!」

 

 そう意気込みながら、ダンジョンがあるバベルの塔へ向かっていく。

 

 目的地へ近づいていくにつれて、僕以外の多くの冒険者達もそこへ向かっていた。当然、彼等もダンジョン探索をする為だ。

 

 

「おい、【亡霊兎(ファントム・ラビット)】だぞ……」

 

「何か聞いた話だと、このところ上層に籠ってるらしいぞ」

 

「マジかよ。もう『Lv.3』になってるのに、何で今更そんなところに……」

 

「あんなすげぇ魔剣持ってんのに、どう言うつもりなんだか……」

 

「ふざけやがって、普通は中層に行くべきだろう。俺達に対する当てつけか?」

 

 

 ………どこからか、僕に関する話し声が聞こえた。主に敵視とか嫉妬の。

 

 別に僕は他の冒険者達への当てつけとか、何の理由もなくダンジョン上層にいたりしない。あくまでランクアップによる感覚のズレを修正する為だ。

 

 けど、向こうからすれば知った事ではないんだろう。例え説明したところで、どの道は中層以降でやれと言い返されるオチであるのが分かってる。

 

 それに、ああいう人達に関してはキョクヤ義兄さんより無視しろと言われてる。

 

 思えば【ロキ・ファミリア】のフィンさん達も同様、こんな風に見られているんじゃないだろうか。有名に成れば成るほど、敵視や嫉妬されるのが、一種の宿命であるので。

 

 僕がオラリオへ来たのは、死んだお爺ちゃんに対する親孝行だった。有名な冒険者になろうと来た訳じゃない。オラクル船団へ戻る手段がない為、このオラリオで自分がどこまでやれるか程度の事しか考えてなかった。

 

 その結果、僅かな期間で注目されるどころか、オラリオで有名な都市最大派閥(ロキ・ファミリア)と遠征に参加と言う名誉も同然な事をやっている。有名な第一級冒険者達からも様々な理由で僕と接触しているのも含めて。

 

 はぁっ………。この世界へ戻ってからもう二ヵ月以上、か。今更だけど、キョクヤ義兄さんやストラトスさんに会いたくなってきたなぁ。あの二人、今頃どうしてるんだろうか。

 

 そう言えば、もう一人いたなぁ。アークスでありながらもメイドの仕事もしていた、少々変わった二人の幼馴染が。

 

 オラクル船団に来たばかりの僕を親身になって接してくれたのは良いんだけど、何故かメイドの作法も教わりそうになっていた。そこはキョクヤ義兄さんが、『俺の義弟に要らん事を教えるな!』と言って止めてくれたから事無きを得てる。

 

 今も会いたいと思ってるけど、生憎もういない。五年前のある出来事の後、行方不明となった後に死亡確認と判明したので。

 

 でも、死亡と言っても遺体は未だに見付かってないから、ストラトスさんはどこかで生きているかもしれないと言ってる。キョクヤ義兄さんはもう既に諦めていて、僕は……どちらかと言うとストラトスさん寄りだ。

 

 その人の名前はルコ――

 

「お兄さん、お兄さん。白い髪のお兄さん」

 

 すると、自分だと思わしき少女の呼び声に、思い出そうとしていた名前を中断された。

 

「えっ?」

 

 声のした方向に振り向くも、巨大なバックパックがあった。

 

 気のせいか……何て言うのは冗談だ。下へ目を向けると、僕に声を掛けたと思わしき人物がいた。

 

 身長は凄く小さく、クリーム色のゆったりとしたローブを身に纏い、深く被ったフードから栗色の前髪がはみ出ている。背には、僕の視界に映った巨大なバックパックを背負っていた。

 

 見た感じ小人族(パルゥム)と思わしき少女だ。当然、会った事は一度もない初対面でもある。

 

「えっと、君は?」

 

「初めまして、お兄さん。突然ですが、サポーターなんか探していたりしていませんか?」

 

 そう言いながら、少女は人差し指を僕の背へ向けた。指してる方向には僕のバックパックだ。

 

 単独(ソロ)で活動する冒険者はモンスターを倒した後、魔石回収も当然一人で行い、自身のバックパックに収納する。

 

 しかし、生憎このバックパックは周囲の人達を誤魔化すだけのフェイクだ。僕が使っているのはアークス用の電子アイテムボックスで、通常のバックパックと違って大量に収納する事が出来る。それの存在がバレないよう、この世界の冒険者に合わせるようバックパックを持ってるだけに過ぎない。

 

 多分彼女は僕が単独(ソロ)だと判断し、サポーターはいらないかと声を掛けたんだろう。

 

「あ~、その……ん?」

 

「もしかして迷惑ですか? 冒険者さんのおこぼれにあずかりたい貧乏なサポーターが、自分を売り込みに来ているのが……」

 

「いや、そんな事は思ってないから!」

 

 どうやって断ろうかと考えるも、サポーターの少女が悲しそうに言ってきたので、思わず慌ててしまった。 

 

 でも、何だろう? 見るだけで明らかにこの世界の住人である筈なのに……この妙な違和感は一体何なんだ?

 

「だったらどうでしょう、サポーターはいりませんか?」

 

「ええっと……まぁ、丁度いいかな、とは思ってたところだから……」

 

「本当ですかっ! なら、リリを連れてってくれませんか、お兄さん!」

 

 押しの強いサポーターの少女に僕はタジタジとなりながらも、それに負けてしまう事となった。

 

 しかし、だからと言って簡単に認めるわけにはいかない。

 

「出来れば、君の事を教えてもらえないかな? 流石に名前も知らない君と同行するのはちょっと……」

 

「あっ、これは失敬。まだ自己紹介すらしていませんでしたね」

 

 少女は一歩後ろに下がり、朗らかな笑みを浮かべながら洗練された動作でペコリと頭を下げる。

 

「リリの名前はリリルカ・アーデと申します。以後お見知りおきを」

 

 ………あれ? あの動作、どこかで見た事があるような……。どこで見たんだろうか?

 

 新たな違和感が浮上した事に、僕は記憶の奥底から引っ張ろうとするも全然思い出せなかった。




やっと出会う事が出来ました。

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予想外の出会い⑦

 サポーターのリリルカさん、もといリリ――向こうからリリと呼んで欲しいと言われたので――を雇う事になった僕は妙な違和感を抱えたままダンジョンへと向かう。

 

 ダンジョンで誰かと一緒に行くのは【ロキ・ファミリア】の遠征以来だ。少しばかり緊張する。

 

 けど、今回はサポーターだけ。あの時と違って多くの冒険者達と一緒ではない。だから僕一人だけで彼女を守りながらモンスターと戦う事になる。

 

 ギルドの講習や【ロキ・ファミリア】の遠征で知っての通り、サポーターは後方支援が中心の役割となっている。戦闘には極力参加せず、倒したモンスターの後処理や、所持してるアイテムを使って冒険者のケアを重点的に行う。更には魔石や戦利品(ドロップアイテム)を多く持ち運ぶ事が出来る。

 

 と言っても、それは相手を信頼しての話だ。会ったばかりの人を全面的に信頼する事は出来ない。いくら僕がお人好しと言われても、それくらいの警戒感くらいは持ち合わせている。

 

 必死に自分を売り込もうとしてるリリには申し訳ないけど、今回の探索は少し控えめにさせてもらう。彼女が信頼に足る相手を見極める為に必要な措置として。

 

 それはそうと、僕とリリは現在ダンジョン7階層にいる。【Lv.3】にランクアップした感覚のズレを治す他、基本のおさらい中だ。

 

『ジギギギギギギギッ!』

 

「よっ、と!」

 

『ビュギ!?』

 

 上空から降下してきた『パープル・モス』を往なし、片手で軽く振った大剣で叩き斬る。

 

 羽ごと頭を失った巨大蛾は絶命しながら、そのまま地面に強く叩きつけられた。

 

「次ぃ!」

 

 僕が向かう場所には二匹のキラーアントがいる。

 

 大剣を構えながら突進していく僕に、モンスター達は反応に遅れた。

 

『『――ガッ!?』』

 

 一気に距離を詰めて連続攻撃を加えるハンター用の大剣(ソード)フォトンアーツ――ギルティブレイクの真似事として横薙ぎの一閃をすると、二匹のキラーアントは揃って胴体を食い破られるどころか、そのまま真っ二つとなった。

 

 上半身だけジタバタと暴れる二匹のキラーアントだったが、徐々に弱まって動かなくなり絶命する。

 

「ベル様お強い~!」

 

 モンスターを蹴散らした僕とは別に、リリは手慣れているように僕が倒した死骸を一か所に纏めていた。

 

 サポーターならではの手慣れた動きだった。称賛しながらも周囲に注意を払い、モンスターとの鉢合わせは引き起こしてない。加えて僕の邪魔にならないよう、死んだモンスターの手足を遠慮なしに掴んで地面を引き摺っている。

 

 正直ああ言う支援はありがたい。足場に不自由しなくて楽に戦える。そう考えると、やはりサポーターがいるのといないのでは全然違う。

 

『キュー!』

 

 リリの行動に内心感謝していると、一匹の『ニードルラビット』が額に生えてる鋭い角を僕に向けながら突進してくる。

 

 大剣を持ってる僕の間合いに入り込んでくるが――すぐに片手で掴んで阻止した。

 

「甘い!」

 

『ギュッ!?』

 

 僕が即座に横の壁に強く叩きつけると、勢い余って掴んでいる鋭い角を折ってしまった。壁にめり込んだニードルラビットは自身の血で塗れながらピクピクとしていたが、すぐに動かなくなって絶命する。

 

 ランクアップによるおかげか、素手だけでも上層のモンスターを簡単に倒せるようになっている。それだけ僕の身体能力が上がっている証拠だ。

 

『――グシュ……ッ! シャアアアアアアアアアア!』

 

「わああっ! ベ、ベル様ーっ、また生まれましたぁー!?」

 

 キラーアントの禍々しい産声と、リリの叫びを聞いた僕はすぐに振り向いた。

 

 残っていたモンスターをすぐに片付け、壁から這い出ようともがいているキラーアントを見て、僕は片手で持ってる大剣を急遽逆手に持ち直す。

 

「ふんっ!」

 

『グヴュ!?』

 

 距離は約一〇(メドル)だから問題ないと判断した後――大剣を標的に向かって直線的に投げつける。

 

 その直後にスドンッと壁に突き刺さる音が響き渡り、大剣で上半身を貫かれたモンスターはぐったりと力を失った。

 

「………あの、ベル様? このキラーアント、大剣ごと壁に埋まっちゃってますよ?」

 

「ゴメン。リリの近くで出現したから、投げた方が手っ取り早いと思って……」

 

 壁から抜け出す前に仕留めたキラーアントに、僕は少しばかり汗を流した。己の身長より高い位置にあるモンスターに向かってピョンピョン飛び跳ねていたリリは、謝る僕を見て少しばかり苦笑していた。

 

「ま、まぁリリを守る為にやったのでしたら……」

 

 取り敢えず助かったと言った感じで納得するリリだった。

 

 その後は漸くルームに静寂が訪れて一段落を終えた僕達は、魔石の回収作業に取り掛かろうとする。

 

 けど、リリがサポーターのやる事だからと言ったので、僕はモンスターの襲撃を警戒するだけとなった。

 

「上手いもんだねぇ。僕とは大違いだ」

 

「これくらいしか取り柄がありませんから。リリとしては、さっきまでのモンスター達を簡単に倒したベル様の方が凄いですよ。特に素手のみで一撃で倒したのもありますし」

 

 そう言いながら、自前のナイフで綺麗に魔石のみを切り抜くリリ。洗練されていた技術に僕は見てて勉強になると思った。

 

 僕の場合だと四苦八苦しながら魔石を取り出してるので、彼女みたいに上手く出来ない。こればかりは経験の差、と言うべきだろう。

 

「しかしベル様、今更ですけど【Lv.3】になった貴方様が、どうして上層に留まっていらっしゃるんですか? 中層へ行くと思っていたのですが……もしかしてリリがいたから――」

 

「いや、違うから。ランクアップを機に、ちょっと基本に戻ろうと上層にいるだけだからね」

 

 アークス用の武器を使えば話は別だけど、と内心付け加えながら。

 

「そうでしたか。では例の魔剣や魔法を使わないのも、それに関係してですか?」

 

「まあ、ね。余程の事が起きない限り、この上層で使ったりはしないよ。そうじゃないと練習にならないからね」

 

 この世界でアークス用の武器やテクニックを使って基本に戻ったところで大して意味も無い。何かしらのハンデを背負った事をしなければ、ランクアップによる感覚のズレを修正する事は出来ないので。

 

「成程。もしよろしければリリに見せてくれませんか? 【亡霊兎(ファントム・ラビット)】と呼ばれる魔剣や魔法は以前から興味がありまして」

 

 作業をしながらも頼んでくるリリに、僕はどうしようかと悩んだ。

 

 この前フィンさんやヘファイストス様から、他所の冒険者に見せないよう警告されている。だから見せる事はしない。

 

 と思ってるんだけど、何故か分からないがリリに見せても問題無いような気がする。何と言うか、まるで僕の同僚みたいな感じが有るような無いような……。

 

 まぁ取り敢えず、ここは断っておこう。まだ出会って間もない人に易々と見せる訳にいかない。

 

「ゴメンね、リリ。僕としてはあんまり人に見せびらかす事はしたくないんだ。出来ればまた今度で」

 

「……分かりました」

 

 少々残念そうに言うリリだが簡単に引き下がった。向こうも『流石に他所の冒険者相手に手の内は見せられないか』と思って諦めたんだろう。

 

「ところで、あのキラーアントをそろそろ降ろしてくれませんか? ベル様が大剣で壁ごと突き刺した所為で魔石が採れませんから」

 

「え? あ、そ、そうだったね……!」

 

 リリに言われるまで気付かなかった僕は、すぐに大剣を引き抜いた。直後に死骸となってるキラーアントもズルズルと落ちていく。

 

「因みに、その大剣はどこで手に入れた物なんですか? リリが見ただけでも、かなりの業物と見受けられますが」

 

「ああ、コレは――」

 

 大剣なら問題無いと思った僕は、リリに入手経路を教えた。【ロキ・ファミリア】の遠征中に遭遇したミノタウロスを倒して手に入れた後、鍛冶系【ファミリア】に整備してもらったと。

 

「ベ、ベル様、あの有名な派閥の遠征に参加されたのですか!?」 

 

 聞いていたリリは物凄い顔をして驚いていた。確かに彼女が驚くのは無理もないかもしれない。何たって都市最大派閥の【ロキ・ファミリア】だし。

 

 その後、一通りの回収作業を終えた後、僕達は地上へ帰還する事にした。

 

 ついでに今回の探索で、リリは信頼に足る相手であると判定を下している。まだ油断出来ないけど、回収作業はとても勉強になるから、そのやり方は存分に学ばせてもらう。

 

 

 

 

 

 

 

「う~ん、ベル様は見た感じアークスっぽいですが……どうも断定出来ませんね。せめてテクニックだけでも披露してくれれば良かったんですが……はぁっ。暫く様子を見ますか。この前の冒険者(ろくでなし)とは比べ物にならないほど紳士でお優しい方ですし」




まだお互いに疑問を抱いているアークス二人でした。

感想お待ちしています。


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予想外の出会い⑧

今回は連続投稿です。


「へぇ、他所の【ファミリア】のサポーターを雇ったんだ。うーん……」

 

「と言っても上層限定ですけどね。やっぱり不味いですか?」

 

 ダンジョン探索を終え、ギルド本部の面談用ボックスで、僕はエイナさんにリリの事を相談していた。彼女と別れ、アンティで消臭して換金所へ寄り、真っ直ぐここへ足を運んだ。

 

 因みに今回リリに報酬は無しとなっている。僕としては普通に山分けするつもりだったけど、向こうから回収した魔石とドロップアイテムを渡された。今回は報酬よりも信用を得られたので問題無いって。

 

 どうやら僕が信頼に足る相手なのか見極めている事に気付いていたようだ。けれどそれは僕に限った話でなく、他の冒険者達にも言える話らしい。

 

 そう言う訳もあって、報酬は全て僕の懐に収まり、信用出来るリリを今後も雇う事となった。いつもバベルにいるから、いつでも会えますと言っていたので。

 

「アドバイザーの私があれこれと口出し出来る立場じゃないんだけど……ベル君から見てどうなの、そのリリルカさんっていう子は?」

 

「いい子でしたよ。サポーターならではの支援も出来てて凄く助かりましたし」

 

 仕事ぶりも含めて、僕のリリへの心証はそんなに悪くない。

 

 それに……何かあの子はどこかで見覚えがある。と言っても彼女本人は全く知らないけど、あの洗練された動作が今でも引っ掛かっていた。思い出せそうで中々思い出せない状態に陥っている。

 

 何とか解消するには、暫くリリと同行すれば思い出すかもしれないと様子を見る事にしている。でも、これは本当に一体何だろうか。

 

 一応探索中にさり気なく訊いてみたが、あの子は【ファミリア】から仲間外れ、孤立していると語っていた。僕は神様じゃないけど、嘘を言ってる感じはしなかったと思う。本当にありのままの事をいっただけ、そんな感じがしたので。

 

「その子の所属している【ファミリア】とか分かる?」

 

「確か、【ソーマ・ファミリア】だと言ってました」

 

「【ソーマ・ファミリア】か……んー、正直言って余りベル君にお勧めできないところが出て来たなぁ」

 

「え? 【ソーマ・ファミリア】って、何か問題がある【ファミリア】なんですか?」

 

 尋ねる僕にエイナさんが「ちょっと待って」と口にして、既に用意していた大型のファイルをパラパラとめくり出した。直後にポケットから取り出した眼鏡をかける。

 

 正確な公式情報を詳しく教えてくれようとしているみたいだ。僕としても非常に助かる。

 

「【ソーマ・ファミリア】は【ロキ・ファミリア】と同様に典型的な探索系【ファミリア】。他の【ファミリア】と少し違うのは、ちょっとだけで、商業系にも片足を突っ込んでいることかな」

 

「商業系? ということは、何か商品を出しているんですか?」

 

「うん、お酒を販売しているの」

 

「お酒って……宴会とかで飲むお酒ですか?」

 

「そう、それ。品種や市場に回す量自体は少ないんだけど、味は絶品だっていう話だよ。しかもオラリオの中でも需要はかなり高いみたい」

 

 商業活動を本格的にやっても充分通用する、とエイナさんは付け足す。

 

 ダンジョン探索する冒険者は死と隣り合わせだから、それが嫌な場合は安全な商業を選ぶ人もいる。と言っても商業は成功するか失敗するか、ある意味ギャンブル的要素がある。その商品でお客の心を掴まなければ売れる物も売れない。

 

「【ファミリア】の中でも実力は中堅の中堅だね。前にベル君が戦争遊戯(ウォーゲーム)で戦った【アポロン・ファミリア】ほどじゃないけど、あそこの冒険者はみんな平均以上の力を持ってる。構成員の数が凄いけど……まぁ一人で何十人もバッタバッタと倒すベル君からすれば、大した事無いかな」

 

「エイナさん、何も僕を引き合いに出さなくても……」

 

「それだけあの時の戦争遊戯(ウォーゲーム)は凄く印象に残っているって証拠なの。あ、ごめん。話を戻すわね。主神である神ソーマは、信仰はされているみたいね。噂の良し悪しは、全くと言っていいほどないわ」

 

「良し悪しが無い? それはつまり、ソーマ様って他の神様達と全く関わり合いがないって事ですか?」

 

「むしろ神ソーマはそっちの話で有名みたいね。神達の開く催しには一度も出てないらしく、交友もさっぱり。浮世離れも同然で、逆に神ソーマと面識ある神がいるのか? って言われるぐらいね」

 

 随分と極端と言うか何と言うか。人付き合いの良い神様やタケミカヅチ様と全く正反対だ。加えてロキ様も。

 

 でも分からないな。そんな可もなく不可もない【ファミリア】相手にお勧め出来ないんだろうか。

 

「エイナさん、話を聞く限りですと【ソーマ・ファミリア】はそこまで評判の悪いところとは思えないんですが」

 

「確かに【ファミリア】自体に問題はないっていう感じかな。……ただ」

 

「ただ?」

 

 言い難そうに眉を曲げていたエイナさんだが、決断するように口を開いた。

 

「これはあくまで私の主観なんだけど、【ソーマ・ファミリア】の冒険者達は、普通の【ファミリア】の冒険者とは雰囲気が違うの。仲間内でも争っていると言うか、死に物狂いっていうか……」

 

「……生き急いでいる、とか?」

 

「そういうんじゃないんだけど、何て言えばいいのかなぁ。………とにかく必死なんだよね、あそこの【ファミリア】に所属する人、全員が」

 

 全員って……それは当然リリも入っているけど、僕が見た感じとてもそんな風に見えなかった。何だかまるで、【ファミリア】の事なんかどうでも良いように聞こえたけど。

 

 リリの言ってた事と、エイナさんからの情報が食い違っている所為で、【ソーマ・ファミリア】が一体どんな組織なのか全く分からなくなった。

 

 これは少しばかり調べてみた方がいいかもしれないな。

 

「あ、でもねベル君、私はその彼女をサポーターとして雇うのは反対してないわ。むしろ賛成するよ」

 

「え?」

 

「確かに【ソーマ。ファミリア】にはきな臭いところもあるけど、ベル君が心配してるような揉め事は起きないと思うから」

 

「そう、ですか」

 

「それに、ベル君に喧嘩を売る行為なんてしたら、【アポロン・ファミリア】と同じ目に遭うと思うし」

 

「仮にもし向こうが仕掛けてきたら、それなりのおもてなしはさせてもらいますが」

 

 キョクヤ義兄さんからも、『仕掛けてきた愚者には相応の闇を照らすがいい』とキツく言われている。

 

「それはそれで不安だけど……。まぁとにかく、ベル君なら心配はなさそうね。そうだ、良かったらサポーターの名前を教えてくれないかな? 今後も雇うなら、アドバイザーの私としても知っておきたいから」

 

「あ、はい。リリルカ・アーデって言います」

 

 そして一通りの話を終えた僕は、ギルド本部を出ようとエイナさんと別れた。

 

 

 

 

 

 

(う~ん……。ああは言ったけど、やっぱりちょっと不安かなぁ……)

 

 エイナは早まった返答をしたのではないかと少し後悔し始めていた。

 

 ベルに公開情報を確かに教えたが、先日に起きた事を敢えて話さなかった。少し前に【ソーマ・ファミリア】の冒険者が、換金所で揉めていた事を。

 

 リヴェリアが『Lv.7』にランクアップした事で、都市外も含めた多くのエルフ達が頻繁にギルド本部へ訪れて少しばかり鳴りを潜めていた。だが、それが漸く収まりつつあるところを、再び換金所で【ソーマ・ファミリア】との諍いが再開される事となった。

 

 また面倒事が起きている事にギルド職員達、と言うより換金所の鑑定員達は辟易している。もう相手にしたくないと思うほどに。

 

 簡単に説明すると、【ソーマ・ファミリア】の構成員達は「もっと金を寄こせ」と一点張りの要求をしてくる。向こうが用意した魔石やドロップアイテムに見合う額を出しても必ず難癖をつけるから、鑑定員達が揉めるのは当然であった。

 

 その光景を目にしていたエイナや同僚のミィシャ、職員達は彼等の行いを見て寒気を感じていた。何故あそこまで金に執着し、あんな醜い行為を平然と行うのであろうかと。

 

 そう考えると、ベルが雇ったサポーターも過去に似たような事をしているのではないかとエイナは不安を抱く。もしも金欲しさに、ベルが持っている武器や魔剣を売り捌くんじゃないかと。

 

 エイナの視点から見ても、ベルの武器は他の冒険者からすれば喉から手が出るほど欲しい代物揃いだった。特に戦争遊戯(ウォーゲーム)で使っていた、不気味な形状をした魔剣――正しくは長銃(アサルトライフル)――を誰もが欲しがっている。魔導士の魔法よりも速く威力のある魔力弾を放ったから、冒険者だけでなく武器商人も狙うほどだ。

 

 一応ベルにも気を付けるよう言っているが、お人好しな面が結構あるから、もしかすれば……等と言う事態が起きてもおかしくない。

 

(確か名前は『リリルカ・アーデ』だったわね……)

 

 万が一の事を考えたエイナは、ベルに【ソーマ・ファミリア】の公開情報を教えた大型のファイルを再度開いた。見ているのは人数でなく、構成員の名前が載ったリストの方を。ダンジョン探索する際は登録が必要となので、冒険者だけでなくサポーターも当然含まれている。

 

(あ、あった。え~っと、『リリルカ・アーデ』。『Lv.1』のサポーターで、種族は小人族(パルゥム)。現在は……え!?)

 

 パラパラと(ページ)を捲ると、対象の名前を見付けた。が、それに書かれている単語を見たエイナは信じられないように驚き、思わずもう一度読み返す。

 

(『現在消息不明』って……これもう数年前の内容じゃない!)

 

 エイナは詳細内容をじっくりと読み込む。

 

 同じ【ソーマ・ファミリア】の冒険者とパーティを組んで探索中の際、突如発生した怪物の宴(モンスター・パーティ)で分散されて消息不明となる。地上へ帰還した冒険者の報告でそう書かれていた。

 

(どういうこと? ベル君の話と、このファイルに書かれている彼女は間違いなく同一人物のはず。でも、どうして……)

 

 ダンジョンで消息不明、それはもう『死亡』を意味する。18階層などの安全階層(セーフティポイント)でずっと隠れ潜んでいたなら辛うじて納得出来るが、生憎と彼女が消息不明となったのはダンジョン7階層。非力同然のサポーターが到底18階層まで行ける訳がない。

 

 それが何故今になって彼女が地上でベルと遭遇したのだろうか? 【ソーマ・ファミリア】は彼女が生きている事を知っているんだろうか? もしくは冒険者がギルドに虚言の報告をしたんだろうか?

 

 エイナはもう完全に混乱状態となっている。けど、これを機に彼女は決心した。一度【ソーマ・ファミリア】について密かに調べてみようと。中立を保つギルド職員がやってはいけない越権行為だが、数年前とは言え【ソーマ・ファミリア】がギルドに虚偽の報告をした事に変わりないので、何を言われてもそれなりの対抗が出来る。

 

 

 

 

 

 

「はぁ? リリルカ・アーデが生きているだと? 何寝ぼけたことを言ってやがる。あのガキは数年前、俺がモンスターの群れに放り込んだのをお前も見たじゃねぇか」

 

「そ、そうなんですが、でも俺見たんすよ。この目で死んだ筈のアーデを」

 

「………確かなんだろうな?」

 

「へ、へい。間違いありません。確かにアーデのガキでした。それに小綺麗なメイド服を着てたから、今はどっか裕福な家にいるんじゃないかと思いますが」

 

「ほう。暫く見ねぇ間にいい暮らしをしてるのか。同じ【ファミリア】の俺達にまで内緒とは、いけねぇなぁ」

 

「カヌゥさん、探すのかい?」

 

「ああ。これはちぃっとばかしアーデにお仕置きをしねぇとなぁ。裕福な暮らしをしてるってんなら、今まで散々世話になった俺達への礼をしてもらわねぇと割に合わねぇからな」




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予想外の出会い⑨

今回は幕間的な話です。


「う~ん……」

 

 ギルド本部から出て僕は北西のメインストリートを歩きながら考えた。リリが所属している【ソーマ・ファミリア】について。

 

 エイナさんは問題の無い【ファミリア】と言っても、少々濁していた部分が見受けられた。多分他にも何かあるんじゃないかと僕は予想している。それが何なのかは今のところ分からないが。

 

 やっぱり少し調べた方が良いかもしれない。別にリリを疑っている訳じゃないんだけど、評判の良し悪しが全くない【ファミリア】と言うのは怪しい。表向きは良くても裏側で実は凄いあくどい事をしている……等と言うお決まりのパターンが存在する。嘗てのオラクル船団をルーサーが裏で支配していたように。

 

「お酒関連での情報だったら、やっぱり酒場かなぁ……」

 

「でしたら今夜はウチに来ませんか、ベルさん」

 

「いや、偶には違う酒場に行こうかと……え?」

 

 独り言の筈が会話となった事に気付いた僕が思わず振り向くと、『豊饒の女主人』のウェイトレス――シルさんがいた。

 

「シ、シルさん、どうして貴女が此処に?」

 

「今日はリューと一緒に食材の買出しです。ところで、ちょっとばかり聞き捨てならない台詞を――」

 

「シル、いきなりいなくならないで下さい! 貴女にもしもの事があったら――クラネルさん?」

 

「あ、リューさん」

 

 シルさんが言ってる最中、慌てるように路地から姿を現したリューさん。

 

 彼女は僕を見た途端、先程までの様子が打って変わるように少々驚き気味だ。

 

「ゴメンね。遠目でベルさんらしき人を見付けたから、つい」

 

「つい、ではありません。クラネルさんが本当にいたから良かったものの、もし人違いだったら……」

 

「もう! リューは心配性なんだから!」

 

 小言を言うリューさんに言い返すシルさん。

 

 よし、この隙に姿を消して――

 

「ベルさ~ん、どこへ行くんですかぁ~?」

 

 逃がさないと言わんばかりにシルさんが僕の左肩を掴んできた。

 

「あ、いや……! 食材の買出しと言ってましたから、お邪魔したら悪いと思いまして……」

 

「そんな事はありませんよ。これからお店に戻るところですから。それはそうと、先ほどミアお母さん以外の酒場へ行こうとしていたみたいですね」

 

「え゛?」

 

「ほう、それは私も聞き捨てなりませんね」

 

 シルさんが話を戻した所為により、今度はリューさんも加わって僕に詰め寄ろうとしてくる。

 

 何なんだろうか。この二人、別に怒ってはいないんだけど、途轍もない威圧感が……!

 

「貴方はもう既に『豊饒の女主人(うち)』の常連です。なのにシルを放っておいて、別の店で浮気とは私も到底見過ごせません」

 

「ちょ、浮気って……!?」

 

 リューさんの言ってる事がおかしい。確かに僕はあの店の料理が好きで行くけど、別の店に行くだけで浮気って極端過ぎませんか!?

 

 それと前々から思ってましたけど、僕っていつからシルさんの付き合ってる事になってるんですか!? そこを是非とも教えて欲しいです!

 

 取り敢えずどうにか誤解を解こうとするも、シルさんだけでなくリューさんも僕の右肩を掴んでくる。

 

「な、何でリューさんまで!?」

 

「折角ですので、このままお店に行きましょう。私達が戻ったら夜の営業時間開始ですので。じゃあ行きましょ、リュー」

 

「了解しました。では参りましょうか、クラネルさん」

 

「ですから……ってお二人とも、僕の意見は無視ですか!?」

 

 訳ありだと説明しても、シルさんとリューさんは全く聞いてないように僕の肩を掴んだまま『豊饒の女主人』へ連行される事となってしまった。

 

 はぁっ、何でこんな目に……。僕はただ、【ソーマ・ファミリア】のお酒を販売してると思われる酒場から情報を聞き出そうと思っただけなのに……。

 

 一応その気になればファントムスキルを使って逃げれるんだけど、そうしたところで後日、二人から色々と言われる破目になりそうなので諦めた。

 

 まぁ『豊饒の女主人』も酒場だから、もしかしたら何かしらの情報はあるかもしれない。この際、ウェイトレスのシルさん達や店主のミアさんに訊いてみるとしよう。

 

 

「【亡霊兎(ファントム・ラビット)】の野郎、見せ付けやがって……!」

 

「俺達に対する当てつけかよ……!」

 

「クソガキがっ! 有名になったからっていい気になってんじゃねぇ!」

 

 

 因みに僕が可愛いウェイトレス二人に挟まれて移動してる事に、道を歩いている男性陣からめちゃくちゃ睨まれる破目となっていた。

 

 多分だけど、強制連行されているんですと言ったところで絶対信じてくれないだろうなぁ。あんまり考えたくないけど、もし此処でティオナさんと遭遇したらとんでもない事になりそうだ。

 

 

 

 

 

 

「【ソーマ・ファミリア】の酒? 生憎だけど、ウチにあんなクソ高い酒なんか仕入れちゃいないよ」

 

「そうですか」

 

 シルさんとリューさんに『豊饒の女主人』に連行された僕は、カウンターにいるミアさんから【ソーマ・ファミリア】の酒があるか訊いてみた。注文したジュースを飲みながら。

 

 けど、やはりこのお店には扱っていないようだ。メニュー表でもそれらしきお酒は無いのが分かっていたので。

 

 もうついでに、僕を強制的に連れて来られたウェイトレス二人は今も接客中だった。僕がお店に入った直後、急にドッとたくさんのお客が入って忙しくなった為、二人は(特にシルさんが泣く泣く)諦める感じで仕事に専念している。

 

「そのお酒ってどれくらい高いんですか?」

 

「販売してる店によって値段はまちまちだが、少なくとも一本だけ5万ヴァリス以上は確実だよ」

 

「ご、五万ヴァリス以上!?」

 

 余りにも高額なお酒であった事に、僕は思わず吹き出しそうになった。

 

 五万ヴァリス以上って……僕が今飲んでるジュースの値段は五十ヴァリス未満だ。額が全然違い過ぎる。酒一本だけで宴会並みの料金に匹敵してるじゃないか。

 

 僕の質問に答えていたミアさんが怪訝そうな目で見ている。

 

「ってか、何で坊主がそんな事を知りたがるんだい? ここは情報屋じゃなくて、飯を食べて酒を飲む所なんだけどねぇ」

 

「あ、す、すいません。他の酒場で訊いてみようと思ってたんですが、シルさん達に無理矢理連れて来られて……」

 

「ほう? 常連になった坊主はアタシの店以外の所に行こうとしてたのかい? そいつは聞き捨てならないねぇ」

 

 あ、やばい。今この店にいるのに、店主の前で他の店の事を言うのはタブーだったのを忘れてた。

 

 けどもう時すでに遅しで、ミアさんは段々と不機嫌そうに目を細めていく。

 

「じゃあ今日は坊主が他の店に目移りしないよう、アタシ自慢の料理で腹いっぱい食って貰おうか」

 

「ええ~、そんなぁ~……。ではその代わり、ミアさんの知ってる範囲内で構いませんから、【ソーマ・ファミリア】のお酒について教えてもらえませんか?」

 

「………まぁそれくらいは良いだろう。言っとくが、残したら承知しないからね」

 

「分かりました。では本日のお勧め料理一品目からお願いします」

 

「あいよ、ちょいと待ってな」

 

 こうして僕はお勧め料理三品を頼む事となった。しかも全部大盛りで。おかげで合計金額は約二千ヴァリスと、少々高い情報料となってしまった。

 

 美味しい料理を食べながら、ミアさんから聞いた情報は結構興味深い内容ばかりだった。

 

 リリが所属してる【ソーマ・ファミリア】の酒は、大衆向けの酒場じゃなく、静かな雰囲気とした高級志向の酒場で売られているようだ。前にフィンさんの誘いで行った酒場みたいなところと思えば良い。

 

 しかし、残念だけど僕にはとても合わないどころか、とても一人で行く店じゃない。フィンさんに頼めば連れてってくれるかもしれないけど、あの人は【ロキ・ファミリア】の団長で色々と忙しいだろうから、簡単に承諾してくれるとは思えない。

 

 けど、更に興味深い情報も聞けた。酒場が仕入れているであろう【ソーマ・ファミリア】の酒を販売してる店をいくつか教えてもらった。機会があれば行ってみようと思う。

 

「ベルさん、ミアお母さんと何を話していたんですか?」

 

 すると、丁度話を終えたミアさんがいなくなった直後、いつの間にかシルさんが僕の隣の席へちゃっかりと座っていた。

 

「逆に問いますけど、シルさん。お仕事は良いんでしょうか? リューさん達がとても忙しそうですけど」

 

「大丈夫です。少しくらいは抜けても――うきゅぅ!?」

 

「人が目を離してる隙にサボってんじゃないよ、不良娘!」

 

 以前の再現と言うべきか、厨房から戻って来たミアさんがお盆でシルさんの頭を叩いた。

 

 結局注意された事で、またしても泣く泣くと席を立って再び仕事をするシルさんだった。

 

 

 

 

 

 

「お爺さん、用意したご飯はちゃんと食べましたか?」

 

「勿論じゃとも。リリちゃんの料理はとても美味しいから、(じじい)今日の夕食を楽しみに待っておったわい」

 

「そうですか。ではすぐに作りますので、もう少し待ってて下さい」

 

「……なぁリリちゃんや、何でまたサポーターなんぞ始めたんじゃ? リリちゃんが良かったら、(じじい)の店で働いても良いんじゃぞ?」

 

「………嬉しい申し出ですが、そうしたらお爺さんに多大なご迷惑をお掛けしてしまいます。こうしてリリを匿ってくれるだけで充分ですので」

 

「そうかい。先に言うておくと、(じじい)はリリちゃんがいないとダメかもしれん。掃除や料理や洗濯をしてくれるから、もう依存してしまいそうじゃわい」

 

「でしたらリリ以外のメイドを雇ってみてはどうでしょうか?」

 

「それは無理な相談じゃ。リリちゃんみたいに出来たメイドじゃなければ、(じじい)は満足出来んからの」

 

「そうですか……(まさかルコット様から教わったメイド作法が、これほど役に立つなんて思いもしませんでしたね)」

 

 この時のリリは再度誓っていた。もしも万が一に【ソーマ・ファミリア】の連中が嗅ぎつけて、大切な場所(ここ)を破壊する行為をした瞬間、絶対に【ファミリア】ごと壊滅(ぶっころ)してやると。




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予想外の出会い⑨.5

今回はフライング投稿です。


 ベルがサポーターのリリルカ・アーデを雇って数日経った。

 

 未だ思い出せない状態のままのベルに対し、リリルカはベルがアークスであるか確信を持てないままである。

 

 さり気なく情報を聞き出そうとするも、お互いが警戒してる事によって適当にはぐらかしたり誤魔化したりと、全く進める事が出来ないでいた。端から見れば、腹の探り合いをしてるように思われるだろう。

 

 二人が分かった事と言えば、お互いに所属してる【ファミリア】についてだった。主に表向きの情報についてだが。

 

 ここで話を変えさせてもらう。ベルは現在、オラリオでかなり注目されている有名冒険者だ。つい最近、ギルドから【ロキ・ファミリア】の遠征に参加したと情報公開されて更に注目の的となっている。多くの冒険者や商人、神々が様々な目的で接触しても拒否され逃げられる始末。

 

 そんな有名になったベルが、大して名も知らぬサポーターと契約したと言う情報を他の【ファミリア】が知ったらどうなるだろうか。ついでに某赤髪の()()()と契約した事も含めて。

 

 

 

 

「あの子にしては、らしくない寄り道をしているわね。どう言うつもりなのかしら?」

 

 そう呟く美の女神――フレイヤ。

 

 巨塔バベルの最上階でいつもの日課をしようと、遥か下方に見える白い影を見てる中、もう一つの影と一緒に歩いていた。

 

 彼女は白い影――ベルを愛しいものみたいに熱い視線を注いでいる。しかし、その日課の中で白い影は奇妙な動きをしている事が分かった。

 

 一番に驚いたのは、ベルがバベルに来た時の事だ。ダンジョンに行くのかと思えば、何と上へ向かっていたのだ。その時のフレイヤは、もしや自分の視線に気付いて会いに来たのではないのかと少々舞い上がっていた。が、結局は【ヘファイストス・ファミリア】の末端()()()と契約した事で一気に気落ちする破目となった。

 

 次はその翌日、名も知らぬ少女(サポーター)を雇ってダンジョン探索している。これを見ていたフレイヤは一瞬、ほんの一瞬だけ殺意を抱いた。何処の馬の骨とも知らない小娘風情が私のベルに近付くなんて、と言う殺意の嫉妬を。

 

 何とか抑えつつも、フレイヤはベルの行動を覗見(みまもり)続けるが、数日経っても未だに分からない。あの子は一体何をしたいのかと疑問が募るばかりだった。

 

「……まぁいいわ。あの子が無駄な事をしないのは確かだから、もう少し様子を見てみましょう。でも……」

 

 絶対無いとは言い切れないが、万が一にあの少女(サポーター)がベルを我が物にしようと分かった瞬間、裁きの鉄槌を下すと決めている。

 

 思考を切り替えようと、フレイヤは一旦ベルから視線を逸らす。こうでもしないと、一日中見てしまう。入り口で佇んでいるオッタルが声を掛けない限り。

 

「オッタル」

 

「はっ」

 

 突如、彼女はオッタルを近くへ呼び寄せる。

 

「聞いた話だと、あの子はここ最近上層に留まっているみたいね。実力を考えれば、あんな所で満足出来る相手がいるとは思えないのだけど」

 

「恐らく、ランクアップによる感覚のズレを修正する為ではないかと」

 

「修正? ああ、そういうこと」

 

 オッタルの推測を聞いたフレイヤは理解したと言うより思い出した。冒険者がランクアップすると、身体と感覚が合わなくて一時的にズレが生じる事を。

 

 ベルが『Lv.2』になった際、そう言ったズレは全く見受けられなかったから問題無さそうだと思っていた。けれど『Lv.3』で漸くソレが現れたんだろう。

 

 考えてみれば前代未聞の異例だ。彼は冒険者になって一年どころか半年も経っていないのに、たった数ヶ月で『Lv.3』にランクアップするのは普通にあり得ない。【ロキ・ファミリア】の【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインでさえ、『Lv.2』にランクアップするのに一年掛かった。それでも異例な最短記録なのだが、ベルはそれを更に超えて異常だ。もはや非常識でもある。それ故にベルは非常識兎(クラッシャー)と呼ばれている。

 

 今まではどこまで自分を楽しませてくれるのかと見ていたフレイヤだが、オッタルに言われるまですっかり忘れていた。それだけ自分はベルに夢中になっていたと改めて認識する。

 

 しかし、それとは別に面白くない事があった。今回ベルが『Lv.3』にランクアップしたのは【ロキ・ファミリア】の遠征によるものだった。本当だったら自分が与えた試練で強くさせるつもりだったが、オッタルが強くさせたミノタウロスがあっさり敗れてしまった為、大した成果もなく無駄骨となってしまった。そこを【ロキ・ファミリア】が横取りするように彼を深層まで連れて行き、そして強くさせた。フレイヤからすれば非常に腹立たしい結果となっている。

 

 フレイヤは既にベルは自分のものだと認識してる。そこを【ロキ・ファミリア】が接触してる事に、最初は勝手にベルを遠征に許可無く連れて行くなとロキに直接警告したかった。尤も、それはあくまでフレイヤが勝手に決めてるだけで、ロキからすればそんなの知った事ではない。「うち等は別に強制なんてしとらんわ。あくまでベルに参加の有無を提示しただけや」と反論するだろう。

 

 事実であっても、彼が【ロキ・ファミリア】との繋がりが一段と強くなったのは頂けない。出来れば自分も何かしらの繋がりを持ちたいと考えていた。とは言え、今のフレイヤは影ながら見守ると言うスタイルを取っている為、直接会う訳にもいかないと少し自省する。

 

 ではどうしようかと思考を巡らしている最中、ふと部屋の隅に鎮座している本棚が視界に入った。彼女の体を容易に覆いつくす程、幅が広くて高い本棚が。

 

「これがいいわね」

 

 本棚に近付いた彼女は細い指を中段に伸ばし、ある分厚い本の背表紙に引っ掛ける。コトンと音を鳴らして倒れ込み、そのまま彼女の手の中に収まった。

 

 念の為に中身を確認するも、フレイヤは問題無さそうに頷いた。

 

「オッタル、この本を……」

 

「?」

 

 あの子に渡してきてと言い出すフレイヤだったが、途中で言葉を切った。

 

 呼ばれたオッタルは言葉を待つも、彼女は考える。オッタルが目の前に現れて無言で本を差し出し、ベルが簡単に受け取ってくれるだろうか?

 

 否。断じて受け取らないだろう。それどころかオッタルだけでなく自身(フレイヤ)も警戒されてしまう恐れがある。いずれ自分のものにするからと言って、悪印象を抱かれる訳にはいかない。

 

 万が一、それが【ロキ・ファミリア】の耳に入りでもしたら面倒な事になってしまう。彼の為に全面戦争をするのは吝かではないが、今はまだその時期じゃないから面倒事は避けたかった。

 

 再度考えを改めた。直接手渡さなくても、向こうが手にするだけでいいと。

 

 そして、あそこへ置いてこよう。あの娘がいるあの店へ。そうしておけば、後はどうにでも愛するベルのもとへ渡るだろう。

 

「フレイヤ様?」

 

「いえ、何でもないわ。今のは忘れてちょうだい」

 

「は」

 

 若干放置気味だったオッタルに謝るフレイヤは、クスクスと笑みを漏らしながらも動き始めた。




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予想外の出会い⑩

 リリをサポーターとして雇い何日か経っても、僕は相変わらず思い出せない状態だった。

 

 そんなモヤモヤのまま、いつもの如くダンジョン探索しようとした矢先、今日は急遽お休みとなってしまった。リリが突然そう言ってきたので。

 

 理由を尋ねると、どうやらリリが現在下宿でお世話になってる家主さんが、転んだ際に腰をぶつけてしまって寝たきり状態になったそうだ。誰かがいないとまともに動けないほど酷いとも言っていた。薬などを使ってどうにか容体は回復したけど、二~三日は付きっきりで看ないといけないらしい。

 

 そう言う事情の為、今日のダンジョン探索は無しになってる。僕だけでいくのは別に問題無いけど、リリを除け者にするような気分になったからダンジョンに足を運ばなかった。未だに感覚のズレは解消されてないけど、焦らずにゆっくりやろうと自分に言い聞かせて。

 

 今日は家事に専念しようと、新本拠地(ホーム)の掃除でもしようかと思った際、ある事を思い出した。この前受け取ったシルさんお弁当入りのバスケットを返してない事に。

 

 それを思い出した僕は昼頃に返しに行こうと思い、午前中は掃除の時間に費やす事にした。と言っても今の本拠地(ホーム)は広い屋敷だから、一人でやるのは一日以上掛かってしまう。なので自室とリビングとキッチン、後は普段使う廊下のみと言う必要最低限の簡易的な掃除で済ませる。流石に神様の部屋は無理だから、そこは神様自身でバイトが休日の時にやってもらう事にしよう。

 

 

 

 

 

 

「う~ん、思わず借りちゃったけど……」

 

 本拠地(ホーム)に戻った僕はリビングにあるソファーに座りながら両腕を組み、テーブルの上に置いてある物体と睨めっこしていた。

 

 午前中に掃除を終えた後、バスケットを返すついでに昼食を済ませようと『豊饒の女主人』へ向かった。訪れた僕にシルさんは吃驚しながらもバスケットを受け取り、彼女と談笑しながら昼食を取っていた。仕事中である筈のシルさんが僕と談笑してはいけない筈だけど、丁度休憩を言い渡されていたみたいだ。なんか意図的な休憩だなぁと思いながらも、敢えて口にしなかった。そこで突っ込めば最後、色々と不味いかもしれないと思ったので。

 

 それはさておき、昼食を終えて本拠地(ホーム)に戻ろうとした際、シルさんから――

 

『ベルさん、今日お休みでしたら読書なんていかがですか?』

 

 と言われて、分厚い本を渡された。

 

 談笑してる時に僕がダンジョン探索はお休みにしてると聞いたシルさんは、折角の機会だからと言って本を用意したのだ。

 

 お店にある本かと思って確認するも、お客さんの誰かがお店に置き忘れていた本だと聞いた僕は断ろうとした。いくらなんでも、人様の本を無断で借りる訳にはいかないと。

 

 しかし、結局借りる事となってしまった。理由は勿論ある。言うまでもなくシルさんだ。

 

『本は読んだからと言って減るものではないし、ちゃんと返して頂ければ問題ありません。これは恐らく冒険者様のものですから、同じ冒険者のベルさんのお役に立つ事が載っているかもしれません』

 

 聞いていた僕は、矢鱈と熱意がこもった説得だと思いながらも、結局は押しに負けて今に至る。

 

 それにもし無理にでも断ろうとしたら、後々に面倒な事になる予感がした。涙目になったシルさんを見たリューさんが烈火の如く怒りそうな気がしたので。

 

 とまあ、そう言う訳で僕はこうして本と睨めっこしている。読むべきか止めておくべきかと。

 

 あの時は状況が状況だったから受け取ってしまったけど、やはり勝手に読むのは些か抵抗がある。こうしてる間にも、もしかしたらこの本の持ち主が店に置き忘れたと気付いて回収しに来てるんじゃないかと考えてしまう。

 

 帰る前に僕はそう懸念した際、『大丈夫です。その時は私が責任持って対応しますから』とシルさんが答えた。何故あそこまで自信をもって言い切ったのかは不明だけど。

 

「………まぁ読むだけ読んでみよう」

 

 シルさんから感想を聞かれるかもしれないと思った僕は、この本の持ち主に申し訳ないと思いながらも読む事にした。

 

 少し緊張しながらも片手で本を持ち、もう片方の手で題名の記されていない表紙をパラりと捲る。

 

『ゴブリンにも分かる現代魔法!』

 

 いやいや、ゴブリンに魔法教えちゃ駄目でしょ……。もしかしてこれって『バカでも分かる』的な意味合いのタイトルかな?

 

 やっぱり読むんじゃなかったと後悔するも、取り敢えず耐えることにした。

 

 最初はアレな題名だったが、中身は割と健全だったのでそのまま読み始める。

 

 内容については、この世界で使う魔法についてだった。先天系と後天系に大別する事について細かく書かれている。

 

 魔法の単語を見た瞬間、リヴェリアさんの魔法を思い浮かべてしまう。【ロキ・ファミリア】の遠征時、深層で見せたあの人の魔法は途轍もない威力だった。大量の新種モンスターや、非常に厄介な『精霊の分身(デミ・スピリット)』に深手を負わせた。後者は僕が長杖(ロッド)を貸したが、それでも充分過ぎるほどに凄かった。

 

 発動する際に超長文詠唱が必要で無防備になると言う欠点はあるが、あの凄まじい威力を見て納得せざるを得なかった。『精霊の分身(デミ・スピリット)』戦の時に使ってなければ、あそこまでの大逆転は出来なかったと今でも断言出来る。

 

 対して僕が扱うテクニックは、(本来詠唱は必要無いけど)僅かな時間さえ発動出来る。上級テクニックは一番威力があると言っても、リヴェリアさんの魔法に比べれば児戯に等しいだろう。

 

 比較をするならリヴェリアさんの魔法が戦略兵器に対し、僕のテクニックは戦術兵器。どちらもメリットやデメリットはある。フォース至上主義のマールーさんが知れば、テクニックの方が魔法より一番優れていると長々と説明するかもしれない。

 

 僕があの人の魔法に対抗出来るとしたら……複合テクニックだろう。その名の通り、複数の属性を組み合わせたテクニックであり、僕が使えるテクニックとは比べ物にならない威力を持っている。

 

 嘗てフォースクラスで修行してた際に使用した事があった。風と雷の複合属性テクニック――ザンディオン、炎と闇の複合属性テクニック――フォメルギオン、氷と光の複合属性テクニック――バーランツィオン。他にも略式複合テクニックもあるが割愛する。

 

 その中で特に使っていたのがフォメルギオンだ。合わせた両手から炎と闇の力を放ち、捕らえた目標を獄炎に包みながら全てを焼き尽くすテクニックに、キョクヤ義兄さんが一番に勧めていた。アレこそが僕の闇を一番に照らす力であると豪語する程に。尤も、ザンディオンやバーランツィオンも状況に応じて何度か使った事もある。それを知ったキョクヤ義兄さんは苦々しい顔をしていた。特にバーランツィオンを使った事に対して。

 

 ファントムクラスでも使えれば非常に心強いけど、複合属性テクニックはフォース、もしくはテクターのクラスにならなければ発動しない条件がある。故に使うことが出来ない。

 

 本を読みながら、複合属性テクニックについて思い浮かべながら頁を捲る。

 

『貴方は魔法よりも、こちらを望むか』

 

 ……………え?

 

 突然、知らない女性の声が聞こえた。

 

 しかし、僕はその声に対する警戒感が全くない。知らない筈なのに、何故か酷く懐かしく感じる。

 

 一体誰なんだろうと思いながらも、更に頁を捲る。

 

『私が貴方の人生を引き裂いた元凶であるにも係わらず、それでも私を恨まず求める事に謝罪と感謝を』

 

 僕の人生を、貴女が? 

 

 何でそう言ってくるのか分からないけど、僕は恨んでなんかいません。

 

 お爺ちゃんと別れても、あそこにはキョクヤ義兄さん達がいてくれたから今の僕がいる。不謹慎だけど、逆に感謝しています。

 

 頁を捲る。

 

『それでもありがとう。私の気紛れで無理矢理付き合わせてしまったことに変わりないのだから。償いとして、何か私に出来る事があれば言ってほしい』

 

 何か凄い義理堅い人だなぁ。

 

 と言うか僕、今話してる女性の声が誰なのか全く分からないんだけど。そんな人から償いと言われても、逆に此方が申し訳ない気持ちになる。

 

 まぁ無理だとしても、言うだけタダなので言ってみるとしよう。

 

 じゃあ……フォースやテクターでしか使えない複合属性テクニックを、ファントムクラスでも使えるようになりたいです。

 

『受諾した。本来今の貴方では許されざる力であるが、償いとして、その(ことわり)を一部書き換えよう』

 

 え? それってつまり、今の僕でも複合属性テクニックを使えるようにするって事ですか?

 

 頁を捲る。

 

『然り。だが非常に申し訳ないが、これには代償を必要とする。本来無用だが、貴方の背中に刻まれし恩恵により阻まれており、私でも手の施しようがない』

 

 恩恵って、もしかして『神の恩恵(ファルナ)』の事かな? それによって何らかの代償を必要としているのかな?

 

 どんな代償かは分からないけど、それでも複合テクニックが使えるなら構わない。流石に寿命が縮むとかだったら勘弁して欲しいけど。

 

『安心するがいい。貴方が思っているような危険な代償ではない。私やアークスにとって非常に不要で理解しがたいものだ』

 

 それって一体何なんですか?

 

 気になりながら頁を捲る。

 

『それは―――』

 

 女性が言おうとしてるが、突如僕の意識は暗転してしまった為に聞けなくなった。

 

 

 

 

 

 

 見知らぬ女性の声の話を聞けないまま、僕は目を覚まして身体を起こした。

 

 その先にはバイト帰りの神様がいて、既に夜七時となっている。

 

 寝惚けた頭をどうにか覚醒させ、夕食の準備に取り掛かった。その際に神様も手伝おうとして、二人でキッチンに並ぶ事を頬を染めて嬉しがっていた事に、釣られて笑ってしまったのは内緒だ。

 

 食事を済ませてシルさんから借りた本の事を教えた後、久々の【ステイタス】更新をする事にした。『Lv.3』にランクアップし、感覚のズレを自覚してから控えていたが、神様がやっておいて損は無いと言われたので。

 

 現在、神様の部屋にあるベッドを拝借して更新してると――

 

「な、何だこの魔法はぁぁぁ!?」

 

「え?」

 

 突然頓狂な声を出す神様に僕は思わず振り向いた。

 

 

《略式複合テクニック》

 

 発動条件 

 

 ・長杖(ロッド)装備時

 

 【レ・フォメルギア】

 

 ・詠唱式【虚無の狭間を焦がす黒炎の槍よ、全てを闇に還して貫け】

 

 【レ・ザンディア】

 

 ・詠唱式【風雷の天地鳴動、今ここに現れる。天災は此処に汝らを穿つ】

 

 【レ・バーランツィア】

 

 ・詠唱式【沈黙の審判者よ。虚構なる光と氷の理にて翼となり、永久(とこしえ)の静寂を下せ】

 

 

《複合属性テクニック》

 

 発動条件 

 

 ・長杖(ロッド)装備時

 

 ・テクニックによる法撃のみで与えたダメージで蓄積

 

【フォメルギオン】

 

 ・詠唱式【深淵に燻りし黒炎は、二度(ふたび)の覚醒と闘争を呼び覚ます。闇の炎に抱かれて眠れ】

 

【ザンディオン】

 

 ・詠唱式【荒れ狂え、暴風と迅雷よ。不浄なる者を蹂躙せよ】

 

【バーランツィオン】

 

 ・詠唱式【無慈悲なる光と葬送の氷。織り成すは審判の剣。汝、罪あり】

 

 

 

 

「ちょっ! か、神様、これは一体……!?」

 

 神様に手渡された用紙を両手で持ちながら、目が点になってる僕は思わず質問をした。

 

「知らないよ! 寧ろボクが知りたいぐらいだ! 何で一気に魔法が六つも発動してるんだい!? もうこれおかしいよ異常だよ!」

 

 余りにもぶっ飛び過ぎた内容だったのか、神様はうが~っと叫んで発狂寸前に陥っている。

 

 恐らく魔法について博識なリヴェリアさんが見たら完全に発狂するかもしれない。神様ですら、既にこんな状態だから。

 

 そして僕と神様がどうにか落ち着くのに、かれこれ三十分掛かってしまう事になってしまった。




余りにもご都合主義だと思われますがご容赦下さい。

見知らぬ女性に関しては、PSO2に出てきたキャラクターです。

活動報告で詠唱内容を書いてくれた

ZXZIGAさん、

ニンニクソルジャーさん、

本当にありがとうございます。

感想お待ちしています。


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予想外の出会い⑩.5

今回は所々区切って短い内容になっています。


 翌日の朝。

 

 昨日は六つの複合テクニック習得で大騒ぎとなって疲れてしまい、取り敢えず続きは明日にして今日はもう寝ようと神様が言ったので、僕も何の異論もなく就寝した。

 

 そして朝食を済ませた後、検証を始めようとする。因みに神様は今日のアルバイトのシフトが午後からと言ってたので、それまでは暇だから検証をやろうとしているのだ。

 

 僕は神様に複合テクニックを覚えたかもしれない要因と思われる分厚い本を見せていた。

 

「……この本、よく見たら魔導書(グリモア)じゃないか」

 

「グリモア、ですか?」

 

 耳にした事の無い単語だが、神様の様子から察するに凄いモノだと言うのが何となく伝わった。

 

「簡単に言っちゃうと、魔法の強制発現書だよ……」

 

「じゃあ僕がその本を読んで複合テクニックが発動、したんですか?」

 

 確認するように問うと、神様はコクリと頷く。

 

「そう。魔導書(グリモア)は『発展アビリティ』の『魔道』と『神秘』っていう希少スキルを極めた者だけにしか作成できない、著述書なんだよ……」

 

 あ、それちょっと前にギルドの講習で軽く知りました。

 

 二種類の『発展アビリティ』習得者……最低でもLv.3以上の【ファミリア】構成員が、そこら辺の冒険者より遥かに強い人が執筆する魔導書があるって教わった。グリモアって言う単語までは知らなかったけど。

 

「ちなみにベル君、この魔導書(グリモア)は一体どう言う経緯で入手したんだい?」

 

「知り合いの人から勧められて、借りました……。聞いた話だと誰かの落とし物らしい、です……」

 

「………ごめん、ボクちょっとばかり頭痛がしてきた」

 

 ですよね~。落とし物だからって貴重な本を借りたなんて普通はありえない。そして知らなかったとは言え、それを勧めたシルさんの行動も含めて。

 

「一応確認したいんですが、お値段は?」

 

「【ヘファイストス・ファミリア】の一級品装備と同等、あるいはそれ以上だよ」

 

 高額な品だと分かってはいても、そこまでだとは流石に思わなかった。

 

「ちなみに、一回読んだら効能は消失する。使い終わった後はこの通りになって、ただ重いだけの奇天烈書(ガラクタ)さ」

 

 神様はそう言いながら本を開いて僕に見せるも、昨日に僕が読んでいた筈の内容が綺麗さっぱり消えて完全な白紙状態となっていた。

 

 ああ、ヤッテシマッタ……。

 

 えーと、現在【ヘスティア・ファミリア】の資産はそれなりの蓄えはあるけど、魔導書(グリモア)の弁償をしたら半分以上は確実に失ってしまう。

 

 折角貯めた資金が、まさかこんな形で失ってしまうなんて……ちょっとばかり鬱になっちゃいそうだ。借金よりは良いかもしれないと前向きに考えても、大打撃であることに変わりない。

 

 神様も僕と同じ事を考えてるのか、両手で頭を抱えながら「お金が~」と嘆くように呟いている。

 

 でもその前に……シルさんとちょ~っとばかりお話しないといけない。

 

 

 

 

 

 

「……それは、大変なことをしてしまいましたね、ベルさん」

 

「ちょっとシルさん、何でさも他人事みたいに言ってるんですか? 元はと言えば、この本を読むよう強く勧めたの貴女ですよね?」

 

 神様と一通り話をした後、僕は即座に酒場『豊饒の女主人』へと向かった。僕が来た事に店員の誰もが驚いていたが、それを気にせずシルさんを呼ぶよう頼んだ。

 

 シルさんが来たのを確認した僕はすぐに詰め寄って事のあらましを説明すると、話を聞いていく内に顔色を変えだして、最後にはそっと目を逸らされた。

 

 余りにも無責任過ぎる態度に、こればかりは僕もちょっとばかり怒りが込み上げてきた。

 

 もしキョクヤ義兄さんだったら、『貴様……覚悟は出来ているんだろうな?』と言いながら殺気を放っているだろう。流石に女の子相手には手を挙げる行為をしないけど。

 

「やっぱり、ダメですか?」

 

「……シルさん、僕もう今後は別の酒場の常連になろうと考えてるんですが」

 

「ごめんなさいっ!」

 

 あんまりやりたくなかったけど、暗にもう二度とこの店に来ないという脅しをすると、それを理解したシルさんは速攻で謝った。

 

 クロエさんやアーニャさんが言ってたように、この人本当にいい魔女してるなぁ。

 

「うっとおしいよ、坊主。人様の店で、朝っぱらから」

 

 そんな中、騒ぎを聞きつけた女将のミアさんが姿を現した。

 

 魔導書(グリモア)について一通り話した後……何と不問になってしまった。ミアさんが『店へ置いていったヤツが悪く、どの道誰かが目を通す事になっていた。気にするだけムダだから、得したと思って忘れろ』と、僕に一切の非が無いように堂々と言い切ったので。

 

 後味の悪い言い分に僕が複雑な顔をしてると、そこをミアさんがジロリと大きな横目で睨んできたので何も言えなくなった。

 

 まぁ、取り敢えず弁償の心配はないだろう。例え持ち主が抗議しても、そこは女将が有無を言わせない迫力を見せて黙らせると思うので。

 

 結果として魔導書(グリモア)の所有権は僕の物となったので、その事を神様に報告すると、ミアさんの機転に感謝しながら安堵していた。

 

 ついでに僕が店を出る前、前回と同じくシルさんから弁当入りのバスケットを受け取る事となった。気のせいだろうか、僕が受け取る度にシルさんは本当に嬉しそうな顔をしてて、まるで普段とは違う素のままの喜びを滲ませてるような気がする。何でそう思ったのかは分からないが。

 

 

 

 

 

 

「此処でいいかな」

 

 場所は変わってダンジョン5階層にある西端『ルーム』。当然リリはおらず、僕一人だけの探索だ。

 

 此処へ来た目的は、魔導書(グリモア)を使って習得した複合テクニックを試すため。幸いと言うべきか、現在この『ルーム』に冒険者は僕一人だけしかいない。

 

 僕にとって非常に好都合な展開で、試すにはもってこいだ。まるで思い通りのように、単身で佇んでいる僕をモンスターの大群が此方へ向かってくる。

 

 モンスターは『フロッグ・シューター』。『Lv.1』相当のモンスターで、近接の体当たりの他、遠距離の舌撃をしてくる少々厄介な相手だ。と言っても、それはあくまで『Lv.1』の冒険者から見ればの話だが。

 

 余りにも数が多いので、ここはアレを使って片付けるとしよう。

 

 そう思った僕は長杖(ロッド)――カラミティソウルを展開したまま始めようとする。

 

「【風雷の天地鳴動、今ここに現れる。天災は此処に汝らを穿つ】! 」

 

 複合テクニックを発動させる為に詠唱を口にした途端、前方の地面から魔法陣が浮かび上がってきた。

 

 それを確認した僕は、こちらへ向かってくるフロッグ・シューターの群れが魔法陣の中心まで進んだ直後――

 

「【レ・ザンディア】!」

 

『!?』

 

 風と雷の略式複合テクニック――レ・ザンディアを発動させた瞬間、雷をまとった竜巻が発生した。

 

 そのテクニックを直撃したフロッグ・シューターの群れは一匹残らず吸い寄せられ、竜巻で斬り裂かれながら、落雷を受けると言う悲惨な目に遭っている。

 

 最後の仕上げの仕草をすると、竜巻の中心に大きな落雷が発生した。それによりモンスター達は全て黒焦げとなって絶命したのは言うまでもない。

 

「う~ん、威力に関しては問題無いか」

 

 相手が弱くても、レ・ザンディアの威力と性能を試すのには充分だった。フォースクラスで使っていた時と全く変わらなく、雑魚を纏めて片付けるには最適なモノだと改めて認識した。

 

 そう考えると、炎と闇の略式複合テクニック――レ・フォメルギアや、氷と光の略式複合テクニック――レ・バーランツィアも同様の結果を示す筈だ。

 

 とは言え、検証は必要だ。ちゃんと確認しないと、いざ戦う時に威力や性能が異なってたら目も当てられない事態に陥ってしまう。覚えた技やテクニックを確認するのはアークスとして当然の事なので。

 

 さて、じゃあ次はレ・フォメルギアを試してみるか。その後にはレ・バーランツィアで、更にはメインの複合属性テクニックも試す予定である。

 

 どうでも良いけど、此処に僕だけしかいないのは本当に良かった。もし【ロキ・ファミリア】の誰かが目撃されたら、間違いなく問い詰められて――

 

「ベ、ベル君! 今の魔法はなんすか!? 初めて見たっすよ!」

 

「ラウルさん!?」

 

 何という凄い偶然か、探索に来たであろうラウルさんに僕の略式複合テクニックを目撃されてしまった。




久々にラウルを登場させました。

感想お待ちしています。


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予想外の出会い 幕間

今回は別ファミリアの話です。


「のう、フィン。ベルの奴がここ最近らしからぬ行動をしているようだぞ」

 

 都市北端、【ロキ・ファミリア】本拠地(ホーム)の執務室。

 

 とある調査をしている彼等だが、未だに進展がない状態だった。

 

 加えて港街(メレン)で起きた事件に【イシュタル・ファミリア】が関わっているのは判明しても、明確な証拠が無い為に踏み込む事が出来ないでいる。

 

 それでも地道に何とかやっているも、不意にガレスがベルの話題を出してきた。

 

 話しかけられたフィンだけでなく、リヴェリアも同様に反応して振り向いている。

 

 何の尻尾も掴めてないから気分転換代わりとしてガレスが振ったから、二人も敢えて乗ろうとした。

 

「彼がどうしたんだい?」

 

「『Lv.3』になったベルが何故かダンジョン上層に留まっているようだ。それを目撃した冒険者達から疑問視されとるらしい」

 

「んー……多分ランクアップ後に起きる感覚のズレを修正してるんじゃないかな。ベルは普通の冒険者と違って、一年も経たずにランクアップしてるからね」

 

「それを理解してるから上層にいるんだろう。賢明な判断だな」

 

 他の冒険者達は自分達に対する嫌味と思っているが、フィン達は逆に理解してるどころか賞賛していた。寧ろそれは当然の事だと言わんばかりに。

 

 第一級冒険者の彼等はそう言う経験をしているからこその視点と言えよう。未だランクアップをしてない下級冒険者からすれば知った事ではないのだが。

 

 話を振ったガレスも当然、フィン達と同じ考えでいる。しかし、次の話題はすぐに答えが出ないだろうと思いながら口にした。

 

「その上層におるベルが、何とサポーターを雇ったようだぞ。しかも小人族(パルゥム)らしき娘っ子を」

 

「え?」

 

 小人族(パルゥム)と聞いたフィンが途端に反応した。さっきと違ってすぐに答えが出ないようだ。

 

「確かベルには収納スキルがあった筈だ。態々雇う必要性などないと思うが……」

 

 リヴェリアもすぐに答えが出なかった。以前の遠征でベルがバックパックが必要無いスキルがあると聞いたから、何故今になって雇ったのかが分からない様子だ。

 

「今後パーティを組む際の経験として雇ったのではないのか? あの小僧は腕が立つとはいえ、まだまだヒヨッコな部分があるからのう」

 

「我々に言ってくれれば喜んで手伝うのだが。もう知らぬ仲ではないと言うのに」

 

「お主の場合はそれを口実に、あの杖を貸してくれと強請るのが容易に……冗談じゃリヴェリア、そう睨むな!」

 

 リヴェリアが眉を顰めながら睨んできたから、からかっていたガレスは降参の意を示すように両手を軽く上げる。

 

「まぁまぁ二人とも。しかし、ベルがサポーターを雇ったのは意外だけど、それもまさか小人族(パルゥム)とはね……」

 

 フィンは宥めながらも思い出す。ロキや団員達に内緒でベルと二人で飲みに行った時の事を。

 

 その際に『結婚する相手は小人族(パルゥム)の女性と決めている』と教えた。更には『いい小人族(パルゥム)がいたら紹介しておくれ』と冗談交じりで。

 

 もしや本当に自分の為に嫁探しをしてくれている……何て事を微塵も考えていない。ただの偶然だとフィンは結論する。仮にそんな事をすれば、ベルは間違いなくティオネに命を狙われる破目になる。言うまでもなく本気(ガチ)で。

 

 フィンとしてもそんな命知らずな行為はして欲しくないし、ベルと決裂する事は避けたい。前回の遠征で漸く友好的な関係を築き上げたのに、こんな私事交じりの出来事で断たれてしまっては堪ったものじゃない。

 

 そうなれば未だあの杖に執着してるリヴェリアが本気で怒る上に、ベルにベタ惚れのティオナが【ヘスティア・ファミリア】に改宗(コンバージョン)すると言い出しかねないので。前者はともかくとして、後者は本気で不味い。

 

 それはそうと、フィンはリヴェリアとガレスとは別の視点で考えていた。ベル側にではなく、そのサポーターについて。

 

(他の冒険者達とは違う理由があってベルに接触した、としか今は考えられないね)

 

 これまでベルが今まで他の冒険者達からパーティを組もうとしてるのを断っているのを知っている。ベルの武器や魔法目当てという理由も含めて。

 

 そんなのが今も後を絶たないと言うのに、雇ったサポーターはそれに該当しないかのようにベルと行動している。だから何か別の目的があって接触したのではないかとフィンは予測したのだ。それが何なのかまでは流石に分からないが。

 

 もしも出し抜く行為をしても、あの用心深いベルから簡単に逃れる事は出来ないと踏んでいるが、それでもフィンとしては少しばかり不安だった。彼は強くても結構お人好しなところがあるので、そこを上手く利用されるんじゃないかと危惧している。

 

 と言っても、例えそうなったところでベルの自己責任になってしまう。他派閥の【ファミリア】に隙を見せてはいけないのがオラリオの常識となってるから、それを知らずに隙を見せたベルが悪いという事になるので。

 

(まぁ結果はどうあれ、僕達が口を挟む事じゃないんだけどね……)

 

 いくら繋がりがあるとは言え、正式な同盟をしていない【ファミリア】相手に口出しをする権利はない。尤も、向こうから助けを求められたら喜んで手を差し伸べる。

 

 そんな中、執務室の扉からノックする音がした。それを聞いたフィンは入室を許可すると、入って来たのはラウルだった。

 

「団長、失礼するっす」

 

「何かあったのかい? 君は確か明日までダンジョン探索すると聞いたはずだが」

 

 今は既に夕方だが、彼は今朝からダンジョンに行っていた。調査が思うように進まない事もあって、フィンは団員達に気分転換をさせようと自由時間を与えていた。本拠地(ホーム)で鍛錬、もしくはダンジョン探索をしてもよいと。

 

 目の前にいるラウルは『Lv.5』にいつでもランクアップ可能だが、それに見合う為のアビリティを上昇させようと、珍しく単身でダンジョン探索をしようと出掛けていた。

 

 本当なら明日に帰って来る予定だったのだが、一日も経たず夕方に帰って来たので、話を聞いていたフィンが疑問を抱くのは当然だ。

 

「急遽報告する事があって……団長、悪いっすけど場所を変えて貰っていいっすか?」

 

「それは何故だい? 報告ならここで問題無いと思うが」

 

「いや、その……出来れば先ずは団長だけに話しておきたくて」

 

「………分かった。なら別室で聞くとしよう」

 

 訝るフィンにラウルが段々と言い難そうな表情となる。主にリヴェリアの方をチラチラと見ながら。

 

 取り敢えずは向こうに合わせておこうと思い、執務室から出ようと席を立った。

 

「どうしたんだ、ラウルは? 何故か私を見ていたが、訳が分からないぞ」

 

「さぁのう」

 

 ラウルの行動を不審に思いながらも、リヴェリアとガレスは後で分かるだろうと思い、再び本日の情報整理を再開する事にした。

 

 そして、別室に案内されたフィンは――

 

「……………えっと、もう一回言ってくれないかい?」

 

「信じられないと思うけど事実っす。ベル君が、二つの属性を合体した強力な魔法(・・・・・・・・・・・・・・・)を放ったのをこの目で見たっすから。しかもベル君曰く、昨日覚えたばかりらしいっす」

 

「……………リヴェリアが暴走してもおかしくない内容だね」

 

 ラウルからの報告を聞いて久々の頭痛に襲われていた。ベルの非常識極まりない行いに対して。

 

 そして納得した。何故自分だけにその報告をしたのかを。もしも執務室でそんな事を話したら、一緒に聞いていたリヴェリアが速攻でベルがいる本拠地(ホーム)へ突撃する光景が目に浮かんだので。

 

 俄かに信じ難い内容極まりないが、ラウルが嘘を言うとは思えないし、あの非常識兎(クラッシャー)ならやってもおかしくないと思った。

 

 いずれ自分達も直接目にする事になるだろうが、それまで誰にも喋らないようフィンはラウルに箝口令を敷いた。特にリヴェリアやレフィーヤなどの魔導士達には絶対口外しないようにとキツく厳命して。




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予想外の出会い⑪

「はぁっ……まさかあそこでラウルさんに遭遇するなんてなぁ……」

 

 夕日が落ちようとする時間帯。ダンジョン探索を終えた僕はトボトボと歩きながら本拠地(ホーム)へ戻っている最中だ。

 

 ダンジョン5階層でレ・ザンディアを試し撃ちした後、仰天しながら詰問してきたラウルさんと遭遇したのは全くの予想外だった。

 

 でも、相手がラウルさんだったのは却って良かったかもしれない。もしあそこでリヴェリアさん、もしくはレフィーヤさんだった時の事を考えたらあの程度では決して済まないだろう。特にリヴェリアさんの場合、何が何でも知ろうと詳細を訊きだしていたかもしれないので。

 

 あの後の事を簡潔にすると――

 

『ラウルさん、お願いです。さっき見た魔法はどうか内密に……!』

 

『いや、それは流石にちょっと……』

 

『ならせめて、報告するんでしたら先ずはフィンさんだけにして下さい。リヴェリアさんに知られたら、お互い面倒になると思いますから……!』

 

『……ひ、否定できないっすね』

 

『その代わりと言ってはなんですが、僕が持ってる武器をお貸しします。これでどうでしょうか?』

 

『え? 中層の時に使った武器っすか!? そ、それならお安い御用っす!』

 

 リヴェリアさん達への口止め料として、以前ラウルさんに使わせた抜剣(カタナ)――ノクスサジェフスを貸す事にした。と言っても一日貸すとかじゃなく、僕が同行してる限定的な貸し出しだけど。

 

 以前メレンで端末機の事を内緒にするよう頼んだが、あの時はラウルさんが僕にコッソリとランクアップ可能と教えてくれた事で何とかなった。けど、今回はそれに見合う条件が無いから、僕の武器を貸すという妥協案を吞んでくれて取引成立となった。

 

 これが僕の武器目当ての人だったら、条件を呑む振りをして騙そうとしてるだろう。しかし、ラウルさんは誠実で義理を果たしてくれる人だと知ってる。あの人だからこそ出せた条件だ。と言っても、フィンさんが団長命令で強制的に吐かせようとしたら話は別だ。もしそんな展開になれば、【ロキ・ファミリア】との今後のお付き合いを考えさせてもらうが。

 

 そのフィンさんだけど、恐らく報告を聞いた後に緘口令を敷くかもしれない。リヴェリアさんが暴走するかもしれないと思いながら。

 

 レ・ザンディアを見たラウルさんの反応は尋常じゃなかったので、僕がさり気なく『そんなに凄いんですか?』と訊いてみたところ――

 

『あんな短文詠唱であれ程の威力のある合体魔法は見た事ないっすよ! リヴェリアさんやレフィーヤも見たら同じ反応するっす!』

 

 ――と言っていた。

 

 もしもあそこで、他にも5つの合体魔法があると知ったら更に仰天してるだろう。

 

 たった一つだけでも魔導士でないラウルさんがあんな反応をしてたから、リヴェリアさんなら仰天を通り越して発狂するかもしれない。ただでさえ僕のテクニックに異常なほど興味を抱いているから。ついでに僕の武器である長杖(ロッド)――ゼイネシスクラッチも狙っている節がある。

 

 ………あ、武器で思い出した。この前買った防具――『(ピョン)(キチ)』は製作者のヴェルフさんが補強すると言って今も預かっている。確か別れ際に何日か経ったら工房へ来てくれと言いながら、簡単に書かれた地図を渡されている。

 

 具体的な日数は言われなかったけど、折角だから明日行ってみよう。リリは明日も家主さんの看病してる為、僕の野暮用を済ませるのには丁度いい。

 

 

 

 

 

 

「えっと、あの角を曲がって……」

 

 翌日の午前。朝食を済ませ、本拠地(ホーム)から出た僕は前に渡された地図を頼りにヴェルフさんの工房へ向かっていた。

 

 北東のメインストリートを歩み、大通りの両端に軒を連ねる大小の商店の他、奥には箱形の工場がいくつかあった。この辺りは工業区だから、工具などを取り扱う専門店や、魔石製品を扱う工場があるのは当然だ。

 

「ここかな……」

 

 少々迷いながらも目的地と思われる、小ぢんまりとした平屋造りの建物を見つけた。

 

 見るからに鍛冶屋と言う雰囲気を醸し出している。屋根の上には煙突が一本伸びていて、思わず愛嬌みたいなものを感じてしまった。

 

 確かヴェルフさんから聞いた話だと、この一帯は職人たちの縄張りで、更には【ヘファイストス・ファミリア】の本拠地(ホーム)もすぐ近くにあるらしい。

 

 だからこの近くには当然あの人――椿さんがいてもおかしくない。言うまでもないが、遭遇したらファントムスキルを使って即行退散しようと思ってる。端末機に接近してきたら(僕だけにしか聞こえない)アラームが設定してある。椿さんは【ロキ・ファミリア】とは別に要注意人物で情報登録済みだ。

 

 前回行ったバベルの塔と違って、ここは本格的な【ヘファイストス・ファミリア】の領域(テリトリー)だから、相応の警戒をしなければいけない。契約した鍛冶師に会いに行くだけなんだけど、椿さんと言う名の(ある意味)猛獣から執拗に狙われてる身なので。

 

「すいませ~ん、ヴェルフさんいますか~? ベル・クラネルですけど~」

 

 いくつかの工房から金属の打撃音が響いてる中、ヴェルフさんの工房と思われる建物の扉にノックしながら声を掛けた。

 

 しかし、何の反応はなかった。もう一回呼び掛けてみるも、結果は変わらず。

 

 周囲に誰もいないのを確認して、端末機で確認してみると……工房の中に生命反応がある。ヴェルフさんとは契約を結んだから情報登録をしてあるから、特定の色で示すように設定済みだ。と言っても、これは僕が勝手にやった事だけど。

 

 生命反応があっても静かって事は……ひょっとして寝てるのかな? もしかして防具の補強が思った以上に梃子摺る余りに徹夜が続いて、今はぐっすり寝込んでいるとか……。

 

 そう考えると、却ってお邪魔だったかも。今は椿さんがいないから絶好の機会(チャンス)とは言え、寝ているヴェルフさんを起こそうとしてまで会う気はない。

 

『え? ベル……!?』

 

 また明日に出直すかと思って退散しようとする直前、途端に工房の中からドタバタと慌ただしい音が聞こえた。それを耳にした僕は足を止めて振り向く。

 

 その数秒後に工房の扉がバタンと開いて、今起きたばかりと思われるヴェルフさんが出てきた。

 

 

 

 

 

「悪かったなぁ、ベル。お前がそろそろ来てもおかしくないのに寝ちまってて……」

 

「いえいえ、お気になさらず」

 

 謝りながら工房へ招かれた僕は思わず周囲を見渡した。

 

 入った瞬間に強い鉄の匂いがする。()()()からすれば至って普通だろうが、素人の僕からしたら凄く新鮮な感じだ。

 

 それとは別に、沢山の鉄器が壁に吊るされていた。槌や鋏など、今まで目にすることのない道具ばかり揃っている。

 

 オラクル船団にいた頃、刀匠ジグさんの工房を見た事はある。あそこも専門的な道具はあったけど、此処は全く別と言っていい。

 

 思い出しながら見回してると、ヴェルフさんはある物を持って僕に見せようとする。

 

「見てくれ。これが新しく生まれ変わった『(ピョン)(キチ)Mk(マーク)II(ツー)』だ」

 

「おおっ……」

 

 僕は受け取りながらも防具――『(ピョン)(キチ)Mk(マーク)II(ツー)』を手にする。

 

 マークツーと言っても、そこまでの変更点はない。あるとすれば小さな紅玉が埋め込まれた手甲が手首から肘関節の直前まで及んでいて、ちょっとお洒落になったと言ったところだ。

 

 鎧自体の軽さは大して変わってないが、前と違って装甲が厚めになっている。念の為に硬さを確認しようとノックするように指でコンコンッと軽く打つと、硬い音が返って来た。

 

 今もステルス化した防具を装備してるけど、大して邪魔にならず重ね着出来そうだ。と言っても、流石に『シャルフヴィント・スタイル』を着た状態では流石に無理で、今僕が来ている普段着なら問題無い。

 

「どうだ? 俺の出来る限りの補強と改良を重ねてみたが、お前さんのお眼鏡に叶いそうか?」

 

「問題ありません。寧ろこんないい防具を僕が使っても良いのかと思うほどに素晴らしいです……!」

 

 前に見た時に安心出来そうだと買ったが、こうして新たに生まれ変わった防具を見て、改めて買って良かったと思う。前以上の出来栄えになって感動するほどだ。

 

「ありがとよ。『Lv.3』のベルにそこまで言われると、()()()冥利に尽きる」

 

「これ、今此処で着てもいいですか?」

 

「勿論だ」

 

 ヴェルフさんから了承を貰った僕は、少し離れたところで普段着の一部である上着を脱ぎ、『(ピョン)(キチ)Mk-II(マークツー)』を身に纏おうとする。

 

 採寸は既にバベルでしたけど、違和感があればすぐに言ってほしいと聞きながら装備するも、サイズに問題無くピッタリと収まった。

 

「ど、どうでしょうか?」

 

「おう、良いねぇ。作った自分が言うのもなんだが、まるでお前の為にある防具のようで凄く似合ってるぜ」

 

「あはは……」

 

 その言葉を聞いた僕は思わず照れてしまい、片手で後頭部を掻いた。

 

 防具について一通り話した後、突然ヴェルフさんはまるで意を決したかのように聞いて来ようとする。

 

「……なぁベル。椿から聞いたんだが、何でもお前さんは壊れない魔剣を持ってるらしいが」

 

「っ……」

 

「ああ、安心してくれ。俺は椿(アイツ)と違って『ベルの武器を貸してくれ』だなんて図々しい事を言うつもりはない」

 

 咄嗟に警戒した僕を見たヴェルフさんは、片手を前に出して首を横に振りながらそう言った。

 

 見た感じ、本当に椿さんみたいな事をする気がないと分かった僕は内心安堵しながらも警戒を解く。

 

「まぁ、一切興味が無いと言ったら噓になるがな。俺の作る魔剣に比べれば――」

 

「え? ヴェルフさんって魔剣を作れるんですか?」

 

 遠征中に椿さんから、魔剣を作る際は『鍛冶』の発展アビリティが必須と聞いた事がある。失礼ながらもヴェルフは『Lv.1』だから、そのアビリティは習得してない筈だ。

 

 僕の台詞を聞いたヴェルフさんは凄く意外そうな表情になっている。

 

「お前、ひょっとして知らないのか? 俺が魔剣鍛冶師の一族だって事を」

 

「あ、いや、その…………はい」

 

 どう言い返そうかと悩んだが、結局浮かばなかったので素直に答える事にした。それを見たヴェルフさんは虚を突かれるも、すぐに苦笑する。

 

「すいません、何も知らない世間知らずで……」

 

「いやいや、別に謝る必要はねぇよ」

 

 そう言いながらヴェルフさんは自身の一族――『クロッゾ』について語ってくれた。同時に彼が魔剣嫌いな理由も含めて。

 

 

 

 

 

 

「さて、早く戻ってご飯を作らないと」

 

 夕日が沈みかけるのを見たリリルカは、一刻も早くボム爺さんのいる質屋へ戻ろうと移動を速めた。

 

 腰を打った彼を看病して二日経ち、無事に回復してるので、明日になれば問題無く動けて営業再開出来るだろうと確信した。その時にはボム爺さんが大好きな料理を出すと言った際、凄く喜んでいたのが今でも目に浮かんでいる。

 

 今日も昨日と同じく病人食を作ろうと思いながら移動してると、途端に前方から誰かが現れる。

 

「っ! 貴方は……!」

 

「よう、久しぶりだなぁアーデ。元気そうじゃないか」

 

 目の前に現れた獣人――カヌゥ・ベルウェイにリリルカは目を見開いた。

 

 そして同時に思い出す。嘗てダンジョンでモンスターの群れに放り込まれた時の事を。

 

 あの出来事で自分はオラクル船団に行く事になったが、それとは別にリリルカはカヌゥを殺したいほど憎んでいる。自分が本格的なサポーターをやっていた際、この男を含めた冒険者達から散々虐げられ搾取された忌々しい記憶が今でも残っているから。

 

 相変わらず人を見下す笑みを浮かべていますねと思いながらリリルカは察した。この男は数年経っても全く変わっていない冒険者(ひとでなし)だと。

 

「これはカヌゥ様、本当にお久しぶりですね。てっきり死んだリリの事をもうお忘れかと思っていたのですが」

 

 あんなのでも一応自分が所属してる【ファミリア】の団員だから、リリルカは取り敢えずと言った感じで挨拶をした。

 

「おう、俺もアイツ等から報告されるまで死んだと思ってたぜ」

 

 カヌゥがそう言いながら後ろを見るよう促したので、リリルカが振り向くとそこには見覚えのある二人の男がいた。当然彼女は知っている。あの二人もカヌゥと同じく自分を虐げていた連中だったから。

 

 今はもう完全に挟まれていた。恐らく自分が逃げるまねをさせないよう、後ろにいる二人を見せたんだと推測する。

 

「まぁ今はそんな事どうでもいい。アーデ、今も忙しい冒険者の俺が、態々こうして時間を作ってお前に会った理由は分かってるよな? さっさと出しな」

 

「………言っておきますけど、今のリリは殆ど文無しです。貴方様が思ってるような物は何一つ持っていませんよ?」

 

「惚けんじゃねぇ。報告では小綺麗なメイド服を着ていたそうじゃねぇか。俺達に黙ってさぞかし裕福な暮らしをしてたんだろ?」

 

 それを聞いたリリルカは内心嘲笑する。相変わらずお目出度い頭をしていると思いながら。

 

 確かに以前と比べてそれなりに暮らしは良かったが、それとは別に厳しい訓練と地獄同然の戦いをしていた。ダンジョンで弱いモンスターと戦っている冒険者とは比べ物にならないほどの。

 

 教えたところで、この男は絶対に信じないだろう。それどころか逆に笑い飛ばされるのがオチだ。後ろにいる二人の男も含めて。

 

「ですから、貴方様が思ってるような物は一切ありません」

 

「ほう? この状況でもまだしらばっくれる気か。どうやら数年会わない内に忘れちまってるようだ。ならこれは久しぶりに痛い目に遭わせないと無理そうだ」

 

 そう言ってカヌゥはポキポキと指の骨を鳴らしながらリリルカに近寄ろうとする。同時に後ろの二人も一緒に。

 

(自分より弱い相手を甚振ろうとするのは相変わらずですね)

 

 リリルカは思った。弱者から金を搾取する事しか考えていないクズ共に何を言っても無駄だと。

 

 幸い、現在この裏路地に人は自分達以外を除いて誰もいない。仮にもし一般市民がいたとしても、冒険者に巻き込まれないよう見て見ぬふりをするか、もしくはそのまま何処かへ立ち去るだろう。

 

 だから、此処で自分が長銃(アサルトライフル)――『スプレッドニードル』、もしくは大砲(ランチャー)――『D-A.I.Sブラスター』を使って迎撃しても何ら問題無い。と言っても、それらを使ってこのクズ共が悲鳴を上げたら些か面倒な事になってしまう。

 

(ああ、銃剣(ガンスラッシュ)も良いかもしれませんね)

 

 もう一つの武器である銃剣(ガンスラッシュ)――『セレラウィール・ザラ』でも充分にやれるだろうと考える。

 

「アーデェ! テメエにはもっかい教育しねぇとなぁ!」

 

 リリルカがどうやって迎撃しようかと考えてる事を全く気付いていないカヌゥ達は襲い掛かろうとした。




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詠唱一覧

タイトル通り、ファントムベルがこれまで放ったテクニック+その他の詠唱一覧です。


 炎属性テクニック

 

 

 ・フォイエ

 

 【闇の炎よ 炎玉となりて突き進め】

 

 

 ・ラ・フォイエ

 

 【爆炎の華よ 紅蓮の如く咲き誇れ】

 

 

 ・イル・フォイエ

 

 【集束せよ、闇の獄炎 闇の静寂(しじま)を照らすもの 輝き燃える深淵なる炎よ 黄泉を君臨せし盟主の言葉により 我が手に集いて彼の地を煉獄と化せ】

 

 

 ・シフタ

 

 【(あか)き炎よ 我が内に眠りし力を熱く滾らせ】

 

 

 

 氷属性テクニック

 

 

 ・バータ

 

 【凍てつく氷柱よ 地を這いながら 命のぬくもりを奪え】

 

 

 ・イル・バータ

 

 【芽吹け、氷獄の(たね) 凍れる魂を持ちたる氷王よ 汝の蒼き力を以って魅せるがいい 我等の行く手を阻む愚かな存在に 我と汝が力を以って示そう そして咲き乱れよ、美しきも儚き氷獄の華】

 

 

 ・零式ナ・バータ

 

 【反撃の盾となれ】

 

 

 ・デバンド

 

 【(あお)き氷よ! 我が身を守る不可視の鎧となれ】

 

 

 

 雷属性テクニック

 

 

 ・零式ゾンデ

 

 【闇の混沌にて 重苦に藻掻き蠢く(へき)(れき)よ 彼の者に(らん)()の如く叩きつけよ】

 

 

 ・ゾンディール

 

 【雷よ 闇を纏う磁場となれ】

 

 

 

 風属性テクニック

 

 

 ・サ・ザン

 

 【闇の風よ 竜巻となりて吹き荒れよ】

 

 

 ・ナ・ザン

 

 【凝縮されし闇の風よ 荒れ狂う獣の如き咆哮となれ】

 

 

 

 光属性テクニック

 

 

 ・零式ギ・グランツ

 

 【舞え 堕落した光の剣よ 汝、久遠(くおん)の絆を断たんと求めるなら 我が言の葉は穢れに満ちた一つの聖剣となり 汝らを斬り刻ませよう】

 

 

 ・イル・グランツ

 

 【忌まわしき美徳の名をもつ偽善に満ち溢れた光の使徒よ 深淵のふちへ還れ】

 

 

 ・レスタ

 

 【傷を癒せ】

 

 

 ・アンティ

 

 【浄化せよ】

 

 

 

 闇属性テクニック

 

 

 ・ナ・メギド

 

 【来たれ、暗黒の門 混沌に眠りし闇の王よ 我は汝に誓う 我は汝に願う あらゆるものを焼き尽くす凝縮された暗黒の劫火を 我が前に立ちふさがる愚かなるものに 我と汝の力をもって 等しく裁きの闇を与えんことを】

 

 

 ・イル・メギド

 

 【混沌の闇に絶望せし者よ 闇の(かいな)となりて その鋭き爪で障害を斬り裂け】

 

 

 

 フォトンブラスト

 

 

 ・ヘリクス・ブロイ

 

 【目覚めるがいい(フォトンブラスト) 漆黒の闇よりも暗き獣 地獄の道へと(いざな)う守護者 汝が下す裁きの鉄槌にて 黄泉に彷徨う哀しきも愚かなるものに 我と汝が力もて 我が意のままに 我が為すままに突き進むがいい さあ現れたまえ、我が愛しき闇の幻獣――一角獣の幻獣(ヘリクス)よ 蹂躙せよ】

 

 

 

 ファントムタイムフィニッシュ

 

 

 抜剣(カタナ) 

 

 《亡霊の刃(ファントムエッジ)

 

 【この闇の一撃、手向けとして黄泉の国へ旅立つが良い】

 

 

 長杖(ロッド)

 

 《亡霊の柱(ピラァ・オブ・ファントム)

 

 【汝、その(ふう)()なる暗黒の中で闇の安息を得るだろう 永遠に虚無の彼方へと儚く】

 

 

 

 略式複合テクニック

 

 

 【レ・フォメルギア】

 

 ・詠唱式【虚無の狭間を焦がす黒炎の槍よ、全てを闇に還して貫け】

 

 

 【レ・ザンディア】

 

 ・詠唱式【風雷の天地鳴動、今ここに現れる。天災は此処に汝らを穿つ】

 

 

 【レ・バーランツィア】

 

 ・詠唱式【沈黙の審判者よ。虚構なる光と氷の理にて翼となり、永久(とこしえ)の静寂を下せ】

 

 

 

 複合属性テクニック

 

 

 【フォメルギオン】

 

 ・詠唱式【深淵に燻りし黒炎は、二度(ふたび)の覚醒と闘争を呼び覚ます。闇の炎に抱かれて眠れ】

 

 

 【ザンディオン】

 

 ・詠唱式【荒れ狂え、暴風と迅雷よ。不浄なる者を蹂躙せよ】

 

 

 【バーランツィオン】

 

 ・詠唱式【無慈悲なる光と葬送の氷。織り成すは審判の剣。汝、罪あり】

 




新しいテクニックなどが出たら随時更新します。

時期を見て並べ替える予定です。


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予想外の出会い⑫

久しぶりの更新ですので短いです。


 カヌゥ達に襲われてから一時間後――

 

「どうしたんじゃリリちゃん、帰って来るのが遅かったじゃないか。(じじい)ちょっと心配したぞ」

 

「ごめんなさい。ちょっとばかり寄り道してしまいまして」

 

「……まぁリリちゃんも女の子じゃから、寄り道の一つや二つするのは当然か。じゃけど、今度から前以て言ってくれ」

 

「はい、気を付けます。なのでご心配を掛けたお詫びとして、今日は急遽お爺さんが食べたいご飯を作ろうと思います」

 

「本当か? 今日は病人食の筈なのに」

 

「お爺さんの様子を見る限りもう大丈夫そうですから、一日早くする事にしました」

 

「ほほう、それは朗報じゃわい。急に夕飯が楽しみになってきたのう」

 

「あ、だからと言って急に身体を動かさないで下さいね」

 

「分かっとる分かっとる。リリちゃんの料理が出来るまで、(じじい)大人しく待っておるわい」

 

「それを聞いて安心しました。では早速作りますから、暫しお待ちを」

 

「うむ」

 

 ――リリルカはボム爺さんの質屋へ戻っていた。それどころか全くの無傷で、何事もないように料理を作る準備に取り掛かろうとしている。

 

(………フフフフフフフ。カヌゥ様たち、明日どうなるか楽しみですねぇ~♪)

 

 調理中に待ち遠しいと言わんばかり、凶悪な笑みを浮かべていた。

 

 何故彼女がそうなっているのか、それは本人にしか分からない。

 

 

 

 

 

 

 ヴェルフさん……いや、ヴェルフから『クロッゾ』の家系について、そして魔剣嫌いの話も聞いた。

 

 神々が下界に降り立ち人々に『神の恩恵(ファルナ)』を施すのが主流となった神時代よりも前、人々が『神の恩恵(ファルナ)』無しにモンスターと戦った古代。モンスターに襲われていた精霊を助けた初代クロッゾは、お礼として与えられた精霊の血によって魔剣を造る事が出来た。初代以降の血縁者も、その身に宿した精霊の血の恩恵で強力な魔剣を造る事が出来た事から「魔剣鍛冶師の一族」と呼ばれるようになった。

 

 強力な魔剣を王家に売り込んで地位を得た事により戦争で敵知らず、更には称賛の声と褒美も引っ切り無しだったようだ。それで味を占めたクロッゾは段々思い上がるようになって、殆どが私利私欲の為だけに、魔剣を安易に量産し続けた結果……悲劇が起きてしまった。

 

 どうやら王国は戦争中に暴れ回っていた際、エルフの里までも焼いてしまったようだ。言うまでも無く、クロッゾの魔剣を使い続けた事によって。その所為でエルフ達は『クロッゾ』に憎しみを抱き、今でも恨んでいるほどの魔剣嫌いがいるとか。

 

 しかし、エルフだけじゃない。初代に血を与えた精霊達からも恨みを買ってしまった事により、そこで悲劇が起きてしまった。

 

 精霊は自然豊かな土地に好んで住み着く。そこを魔剣の力で山は抉れ、湖は干からび、森は燃えてしまった為、精霊達も居場所を追われただろうとヴェルフはそう見解していた。

 

 正に恩を仇で返されるような結果になってしまい、『クロッゾの魔剣』から大切なものを奪われた精霊達が怒りを示すのは当然であった。

 

 その報いなのか、王国が戦場で使おうとしていた全ての魔剣が、何の前触れもなく破砕したみたいだ。使用する前に木端微塵となってしまい、王国軍はあっと言う間に惨敗。いかに魔剣に頼りきりだったのが僕でもよく分かる。

 

 今まで常勝無敗であった王国はその後も連戦連敗と言う悲惨な結果が続き、その責任を『クロッゾ』に全て負わせた挙句、地位も剥奪されてしまった。いわゆる没落貴族となってしまい、ヴェルフが生まれた頃には家は完全に廃れ切っていたようだ。

 

 キョクヤ義兄さんが知れば、絶対に侮蔑の言葉を送っているだろう。魔剣に頼り切っていた王国と、精霊の血を自分の力だと思い上がったクロッゾに対し、『堕落し力に溺れきった醜く愚劣極まりない莫迦共だ』と。

 

 僕も似たような気持ちだけど、王国に対して嫌悪感を抱いている。散々他人の力を借りておきながら、負けた理由を他人の所為にした挙句、責任転嫁して平然と切り捨てる行為に。

 

 そう言った個人的感情を別として、『クロッゾ』は魔剣が作れなくなったけど、ヴェルフだけが何故か打てるようだ。それは当の本人も全く分からないまま、今も理由がはっきりしてないと言っていた。

 

 打てると知った彼の家族は魔剣を作るように強要し、嘗ての栄華を取り戻すと聞いた事で、嫌気が差したヴェルフは故郷を飛び出してオラリオに流れ着き、ヘファイストス様に拾われ今に至っている。

 

 他にも魔剣が嫌いだと語ってくれた。如何に強力無比でも、使い手を残して必ず砕けていくのが嫌だから絶対に打たないと。そんな中、彼の魔剣に対する認識が変化したようだ。僕が『壊れない魔剣』を持っていると知った事で。

 

 尤も、それで完全に認識を改めた訳ではない。あくまで僕の持ってる武器に興味を抱いただけに過ぎなく、未だ壊れる魔剣を嫌っているままだった。

 

 それ等の話を一通り聞いた僕は、思わずある事を訊いてみた。「壊れない魔剣を作る事は出来ないんですか?」と。

 

 一瞬面を喰らったような表情になるヴェルフだったが、即座に無理と言う答えが返ってきた。魔剣と言うのは本来、刀身に魔力が籠められている物で、それを使い果たしてしまえば砕け散ってしまう代物であると、前に説明してくれたヘファイストス様と全く同じ内容だった。

 

 だから、どうして僕の魔剣が今も壊れずに維持出来ているのかと疑問を抱いているらしい。これは彼だけじゃなく、椿さんやヘファイストス様、そして他の魔剣鍛冶師達も相当気になっているようだ。 

 

 直接契約を結んだとは言え、いくらヴェルフでも流石に異世界の武器を教える訳にはいかない為、僕は(ぼか)すようにこう答えた。フォトンを魔力と置き換えて、「僕が使ってる魔剣は、自身や周囲の魔力を吸収する事で壊れる事はない」と。

 

 言っておくが別に嘘は吐いていない。アークス製の武器は、体内にあるフォトンエネルギーを利用するのが条件となっている。例えそれが尽きようとしても、大気中に存在してる魔力(フォトン)を取り込む事で、アークスの僕は武器を使い続ける事が可能なのだから。

 

 その直後、何故か分からないがヴェルフは途端にポカンとした表情になり、僕が帰るまでずっと上の空だった。

 

 

 

 

 

 

 騒がしいギルド本部で、多くの冒険者達がロビー内を行き来している。

 

 そんな中、僕は受付に向かっていた。

 

「え? いないんですか?」

 

「ゴメンねぇ~。エイナは今日視察に行ってるのよ」

 

 受付にいるエイナさんの同僚――ミィシャさんに訊ねるも、少しばかり面を食らっていた。いつも待機してる筈のエイナさんがいない事に。

 

 昨日にヴェルフの事を報告するつもりだった。ダンジョン探索だけでなく、()()()と直接契約を結んだ事を報告するのも必要であったから。

 

「ギルドが視察するなんて、何か遭ったんですか?」

 

「【ソーマ・ファミリア】が問題行動を起こしたのよ」

 

 え? 確かそこはリリが所属してる【ファミリア】の筈じゃ……?

 

 僕が彼女の事を思い出している中、ミィシャさんは話を続けようとする。何でも昨夜に【ソーマ・ファミリア】に所属する男性冒険者数名がとんでもない事をしていたそうだ。

 

 通報者の話によると、酒で酔い潰れた男達が重傷になるほどの大喧嘩をして倒れた挙句、強臭袋(モルブル)を周囲に撒き散らしていたらしい。それを聞いた【ガネーシャ・ファミリア】が出動し、彼等を即座に幽閉して尋問した結果、【ソーマ・ファミリア】に所属する冒険者達だと判明。これを聞いたギルドは、流石に看過出来ないと判断して視察する事を決定したそうだ。

 

 中立であるギルドが【ファミリア】の本拠地(ホーム)を訪れるのは不味い。けれど【ソーマ・ファミリア】は今回起きた件以外にも問題行動を頻発してるらしく、エイナさんも含めたギルド職員達が、調査も兼ねて視察しに行ったとか。

 

「そう言う訳で、視察が終わるまでエイナは戻ってこないのよ」

 

「分かりました。では明日にもう一度伺います」

 

 エイナさんがいないと分かった以上留まる理由が無いから、僕はギルド本部を後にした。

 

(リリ、大丈夫かな?)

 

 歩きながら僕は考えていた。

 

 ギルドが【ソーマ・ファミリア】の本拠地(ホーム)へ視察に行ってるなら、間違いなくリリも其処にいる筈。だから明日に予定してるダンジョン探索に支障を来たすどころか、延期になってしまう可能性が充分ある。

 

 どんな結果になるかは分からないけど、今の僕に出来るのは、リリの身が無事である事を祈るしかないか。



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予想外の出会い⑬

連日更新です。


「どこもかしこも売り切れだなぁ……」

 

 エイナさんが視察に行っている為、相談する予定が潰れてしまった僕は【ソーマ・ファミリア】の酒が売っている店を訪れていた。けれど、人気がある為か売り切れ状態になっていて、今のところお目に掛かれてない状態だ。

 

 以前に『豊穣の女主人』の店主ミアさんが情報を教えてくれたのを思い出して、散策も兼ねて調べてみようと足を運んでいるのだが、さっきも言ったように今のところ全て空振りに終わっている。

 

 あちこち歩き回っていた為、いつの間にか夕日が照らしていた。調べる店はあと一つとなっているから、これでまた売り切れだったら諦めて本拠地(ホーム)へ帰ろうと、一縷の望みをかけながら向かう。

 

「此処か……」

 

 辿り着いたの先には、ごつごつとした加工石で構築された二階建ての道具屋(アイテムショップ)。掲げられている店名の看板は『リーテイル』。

 

 ミアさんが教えてくれた最後の店で、此処は【ソーマ・ファミリア】の酒以外のも数多くあると言っていた。初めからこの店に行けば良いんじゃないかと思うけど、他の店が近かった為に最後となってしまったのだ。

 

 道具屋(アイテムショップ)へ入ると、他と違ってかなり品揃えしていた。

 

 防犯ガラス並みの強度と思われる透明のクリスタルケースが、店内の中央を陣取るように縦横に並んでいる。

 

 丸底フラスコに溜まるポーション、細い試験管の解毒薬、洒落たデザインのボトルに入っているエリクサーなど、全て商業系【ファミリア】が製造した商品を仕入れたものだ。因みにあの中に、【ディアンケヒト・ファミリア】製と思われる回復アイテムもあった。

 

 って、僕が見たいのは冒険者用の道具(アイテム)じゃなくて酒だ。此処には無いから、食料雑貨(グロサリー)と矢印で表示される店の隅へ向かう事にした。

 

(ん? あ、コレだ!)

 

 ボトルが並ぶ酒棚の中で、【ソーマ・ファミリア】のラベルを見付けた僕は思わず喜びそうになる。今まで全部空振りと終わっていた為に。

 

 酒棚に入っているのは大して飾り気のない硝子瓶であり、中身も透明だった。この世界でも無色の酒があったとは少々驚きだ。オラクル船団にいた頃は酒を飲んだ事なんてないけど、成人してるアークスが美味しそうに飲んでいたのを見た事がある。

 

 他の酒が数多く置かれている中、【ソーマ・ファミリア】のものは残り一つしかなかった。他の店と同様、それだけ需要が高いのだろう。

 

(え? 『ソーマ』って……)

 

 主神と同じ酒の銘柄である事に、まったくやる気の感じられない白紙のラベルを見た事に瞬きしてしまう。

 

 少々脱力しながらも値札を目にすると……六万ヴァリス。ミアさんの情報通り、かなり高額な酒だった。

 

 嗜好品である筈の酒が、相場の高い冒険者専用の道具(アイテム)や装備品に匹敵、もしくはそれ以上の価格だなんて、どう見ても一般人がおいそれと手を出せる代物じゃない。余りにもレベルが違い過ぎて、相当なお金持ちの人じゃなければ買えない。

 

 一応僕の所持金はそれなりにある。ダンジョン探索の他、この前あった【ロキ・ファミリア】の遠征、更にメレンでの冒険者依頼(クエスト)を受けた事でかなり貯まっていた。かと言って無駄遣いする気は無い。

 

 とは言え、こんな高いお酒を買うのには少しばかり勇気がいる。一本の酒で六万ヴァリスだなんて、『豊穣の女主人』で何日分も食事する以上に高い。

 

 神様にプレゼントする為に買ったと言っても、最初は嬉しがったところで後から疑問を抱かれる事になってしまう。加えて僕は未成年だから飲む気にはなれない。

 

 向こうでキョクヤ義兄さんから、『お前が闇の儀式を迎えるまで、酒に溺れるなど以ての外だ』と言われていた。『僕が成人(はたち)になるまで飲むな』と言う意味だと補足しておく。

 

 ……って冷静に考えれば、これを買っても何の意味も無い事に気付いた。いくら調べる為だと言っても、飲もうとしない酒を購入したところで無駄遣いも同然だ。

 

 なので今回は情報通り高額な酒であったと分かっただけで良しとしよう。他に調べれるとしたら、【ソーマ・ファミリア】に詳しい人に聞くしか――

 

「お? やっぱりベルやった」

 

 すると、聞き覚えのある声が僕の名前を呼んだ。

 

 反応して振り向くと、【ロキ・ファミリア】の主神ロキ様がいる。

 

「あ、どうも。お久しぶりです、ロキ様。港街(メレン)以来ですね」

 

「そういう堅っ苦しい挨拶は無しでええから」

 

 頭を下げながら挨拶をする僕に、ロキ様は面倒臭そうに手を振っていた。

 

「にしても珍しいもん見たなぁ。ベルは酒を飲まんってフィンから聞いとったが……」

 

「まぁ、ちょっと気になる事がありまして」

 

 神相手に嘘は吐けない為、敢えて濁すような返答をした。本当のことを言わず、嘘も言わない言い回しをすれば誤魔化す事が出来ると理解したから。

 

「何や、随分と遠回しな言い方やな。ベルも随分賢くなったやないか」

 

「他の神様達から色々と学ばせて頂きましたので」

 

 僕を勧誘してくる神様達は今も多数いて、しつこく絡まれている事もある。今日も何度か遭遇したが、そこはファントムスキルで退避させてもらった。

 

 だけど、ロキ様は別だった。この方は他と違ってかなり頭が切れるから、下手な事を言ってしまえば言葉巧みに誘導されてしまう。

 

「ほーん。んで、自分がさっきまで見とったのは……って神酒(ソーマ)やんか!」

 

 右の糸目を開きながら、僕がさっきまで見ていた酒を目にした瞬間に叫んだ。

 

 え? もしかしてロキ様、【ソーマ・ファミリア】の酒について知っているのかな?

 

「ま、まさかベル、この酒を買うつもりやったんか?」

 

「最初はそのつもりだったんですが……」

 

 ついさっき買う必要が無かったと分かったから、このまま帰ろうとしていた。

 

 すると、ロキ様が表情を変えたかと思いきや、突然僕にすり寄ろうとしてくる。

 

「なぁなぁベル~、神酒(ソーマ)買ってぇなぁ~。これ、うちの好物(オキニ)なんや」

 

「何故僕が買わないといけないんですか? そう言う事はフィンさんかリヴェリアさんに頼んで下さい」

 

「勿論言ったで。でもなぁ、うちのママ(リヴェリア)が『こんな物で無駄遣いしたくない』って言われてなぁ。うち主神なのに、酷いと思わん?」

 

「いや、それはご尤もかと」

 

 リヴェリアさんの言い分は正しいから、ロキ様に対する同情は微塵も無かった。

 

「頼むわぁベル~、この通りや~。タダでとは言わんからぁ~」

 

「ですから僕は買うつもりは……」

 

 ……あ、そうだ。

 

「ロキ様、突然ですが【ソーマ・ファミリア】についてご存知ですか?」

 

「んあ? ソーマんとこ? あのアホとは別に仲いいわけでもないが、多少の内情ぐらいなら知っとるで」

 

 内情か。それは僕が今一番知りたい情報だ。

 

 仕方ない。凄く高い情報料になってしまうけど、此処はロキ様に頼るとしよう。

 

「では内情も含めた情報を僕に全て教えて下さるのでしたら、このお酒を買います。それで手を打ちませんか?」

 

「マジか!?」

 

 僕が買うと言った瞬間、ロキ様の目が途端に変わった。

 

「ええでええで! それで神酒(ソーマ)を飲ませてくれんならお安い御用や! もう言質は取ったから、撤回はさせんで!」

 

「分かってますって」

 

 頷きながらも店員を呼んで【ソーマ・ファミリア】の酒の購入手続きをする。

 

 そして購入した酒を手にしながら店を出て行く。当然、ロキ様も一緒に。

 

 ついでにこれは非常に如何でも良い事なんだけど、遥か上空から感じる視線がいつもと違って妙に殺気立っていたような気がした。僕の傍に居るロキ様は全く気付いておらず、手にしてる酒の方へと視線を向ける一方だった。

 

 

 

 

 

 

「…………今から全面戦争しに行くわよ」

 

「どうか心をお鎮め下さい。そんな事をしてしまえば迷宮都市(オラリオ)が大混乱に陥ります」

 

「そう言うけどね。ロキがあの子を、まるで自分の眷族(こども)みたいに寄り添ってるのよ。あんな非常識な光景を見せられて、黙っていられないわ」

 

「…………貴女様がそれを言いますか」

 

 

 

 

 

 

 ベルがロキから【ソーマ・ファミリア】について情報を得ている頃。

 

「あの馬鹿共め……! 此方にとんだとばっちりを受けさせやがって……!」

 

 場所は【ソーマ・ファミリア】の本拠地(ホーム)にある私室。そこには一人の男が苛立ちを隠せないまま毒を吐いていた。

 

 名はザニス・ルストラ。『Lv.2』の上級冒険者で、二つ名は【酒守(ガンダルヴァ)】。この者が団長を務めており、並びに【ソーマ・ファミリア】を主神ソーマの代わりに運営している。

 

 こうまで苛立っているのは、本日ギルドから突然の視察に対応していたからであった。

 

 最初は越権行為を理由に追い出そうとしたのだが、此方の団員達――カヌゥ・ベルウェイとその仲間二人が失態を犯した事によって本拠地(ホーム)に招くしかなかった。

 

 カヌゥ達が仲間達と金を取り合う為の大喧嘩をした挙句、街中で強臭袋(モルブル)を撒き散らしていたとの事だ。それを聞いたザニスは最初『何の冗談だ?』と疑ったが、連中が住民に被害を与えた確固たる証拠があった為、対応する選択しかなかったのである。

 

 けれど、これだけで済まなかった。ギルドは【ソーマ・ファミリア】が過去に仕出かした問題点も追及して(ペナルティ)を下した他、団員に関して無関心の主神ソーマにも酒造りの没収と言う警告を食らってしまった。因みに唯一の趣味を奪われてしまったソーマは、今も神室の隅から動かなくなっているままだ。

 

「クソがッ!」

 

 何から何まで最悪な結果となってしまったから、ザニスは近くに置かれてるテーブルに八つ当たりするように蹴り上げた。『Lv.2』だからか、高級そうなテーブルが無残な物になってしまった。

 

 八つ当たりしたところで、ドジを踏んだカヌゥ達に対する怒りは収まらなかった。何故ならオラリオの住民に被害を与えた罰金も下された他、現在幽閉されている彼等を解放させる為の保釈金も支払う破目になっている。本来は【ソーマ・ファミリア】の資産で賄うのだが、団長のザニスが殆ど私物化している為、実際は彼の所持金から支払ったと言う事になる。

 

(暫くは鳴りを潜めるしかなさそうだ……)

 

 あと少しで戻ってくるであろうカヌゥ達に相応の罰を下してやると決意しながらも、ザニスはこれからの事を考え始めようとソファに座る。

 

 非常に気に食わない最悪な結果とは言え、今の自分ではギルドや【ガネーシャ・ファミリア】に対抗する力はないと自覚していた。それ位の理解力を持っていなければ、今頃は団長をやっていない。

 

 酒造りしか能のない主神(ソーマ)が使い物にならなくなったとは言え、神酒(ソーマ)在庫(ストック)はそれなりにあるから、今のところ金儲けに支障は来たさない状況である。

 

 だが、団員達にはギルドで換金する際は大人しくさせる必要があった。奴等は神酒(ソーマ)を飲みたいから必死に金を搔き集めているから逆らうかもしれないが、神酒(ソーマ)を理由にすれば問題無いと踏んでいる。明らかに矛盾しているが、これが【ソーマ・ファミリア】なのだ。

 

(そう言えば、ギルド職員の一人が私に妙な事を訊いてきたな)

 

 段々と頭が冷静になり始めたからか、ザニスはふと急に思い出す。ハーフエルフであるギルド職員――エイナ・チュールからの質問を。

 

『突然ですがルストラ氏、現在も行方不明中のリリルカ・アーデ氏は、その後どうなったのですか?』

 

 あの質問にザニスは今も全く不可解だった。

 

 数年前の話である為にうろ覚えだが、アーデ(あのガキ)はダンジョン探索中に死んだと報告を受けていた。今回ドジを踏んだカヌゥ本人から。

 

 流石に『アレはもう用済みだったから、モンスターを誘き寄せる為の囮にさせた』と当然言えなかった為、全く知らないと誤魔化しておいた。それでも彼女は何故か執拗に訊いて辟易していたが。

 

 何故今になってあんな質問を自分にしてきたのかと、ザニスは疑問を抱き始める。

 

(ん? 待てよ。ここ最近カヌゥ達がダンジョンに行かず、街で何かを調べてると言う報告があったな)

 

 それは偶然神酒(ソーマ)を飲む為に必死に搔き集めている団員の一人から聞いた話だった。何でも小綺麗なメイド服を着た小人族(パルゥム)の女を捜しているとか。

 

 ザニスからすれば非常に如何でもいい内容であった為に軽く聞き流していたが、運良く記憶に残っていた。

 

小人族(パルゥム)と言えば、確か数年前に死んだリリルカ・アーデも……ッ!)

 

 リリの種族を思い出した途端、ザニスはすぐに顔をあげた。

 

 エイナ・チュールが質問してきたリリルカ・アーデの所在、そしてカヌゥ達が捜していると思われるメイド服を着た小人族(パルゥム)

 

 確証は未だに無いザニスであるが、それでも合点がいくと疑問が氷解していく。

 

(カヌゥ達が戻ってきたら問い質さねば! だが、その前に!)

 

 そして行動を開始しようと動き出そうとする。

 

 あと少しでカヌゥ達が戻ってくるのだが、ザニスはある確認をしようと、今も神室の隅で固まっている主神(ソーマ)の下へ向かった。



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予想外の出会い⑭

久しぶりの更新か、ダラダラ感がある内容です。


 ロキ様から【ソーマ・ファミリア】の内情も含めた情報を一通り聞いて色々な意味で愕然とした。

 

 まず最初に、僕が六万ヴァリスで買った神酒はソーマ様にとって『失敗作』らしい。それを聞いた瞬間に僕は『これが失敗作!?』と思わず叫んでしまうほどだ。僕の反応にロキ様は『まぁそれは当然の反応やな』と苦笑していたが。

 

 それとは別に『完成品』の神酒があって、市場で売られている物とは全く異なると言っていた。一口飲んだだけで心から酔いしれるほどにヤバいと。分かり易く言えば、酒によって心身を掌握されてしまうという事だ。

 

 僕は思わずゾッと寒気に襲われながら、ある意味『魅了(チャーム)』より性質が悪い代物だと内心思った。そんな物を飲んでしまったら正気でいられなくなる他、悪い方向に性格が変わってしまいそうであったから。

 

 その懸念が的中した訳ではないが、【ソーマ・ファミリア】の眷族達は完成品の神酒を飲んだ事で酔いしれただけでなく、それをもう一度飲みたいが為に必死でお金を搔き集めているそうだ。僕は直接見てはいないが、ギルドで換金する際に相当揉め事になっているとか。

 

 まだ他にも向こうの内情について色々教えてもらうも、その団員の一人であるリリが気掛かりだった。あの子も完成品の神酒を飲みたい為にお金を集めているのかと。

 

 今まで一緒にダンジョン探索をしていた際、酒に溺れた感じはしなかったどころか、お金を沢山欲しがる素振りも一切無かった。僕にそう気付かせない為の演技をしていると言えばそれまでだが。

 

 気になる点があるとすれば、あの子は何故か僕が使う魔剣や魔法について知りたがっていた。正確にはアークス製の武器とテクニックをだけど、ね。因みに今はまだランクアップの感覚のズレを修正してる最中である為、ミノタウロスの大剣しか使っていなく、次の探索ではヴェルフが用意した防具を使う予定だ。自分が考えていた以上に感覚を修正するのは大変だと認識させられる。

 

 そして情報を全て聞いた僕は、約束通り失敗作の神酒をロキ様に渡した後、自身の本拠地(ホーム)へと戻った。

 

 帰ってる途中で――

 

「よっしゃ~! ベルに買ってもらったこの酒で一杯やるでぇ~!」

 

 ロキ様が周囲に自慢するかのように叫びながら去って行くのを見て、少しばかり嫌な予感がしたのは僕の杞憂であって欲しかった。もしティオナさんの耳に入ったら絶対面倒な事になりそうな気がしたから。

 

 

 

 

 

 

 情報を教えて貰った翌日の午後、僕はバベルの門の前へやって来た。

 

 今日は午後からリリとダンジョン探索を再開する予定となっている。

 

 前回と同じく感覚のズレを修正をする為に上層に籠るので、いつもの大剣を使うのだが、ヴェルフが補強してくれた防具『(ピョン)(キチ)Mk(マーク)II(ツー)』を身に纏っている。

 

 ヴェルフの手前だったから敢えて何も指摘しなかったけど、ネーミングセンスが非常に残念だった。キョクヤ義兄さんがいたら、絶対ボロクソ言った後に訂正してるだろう。僕としても『(ピョン)(キチ)』じゃなく『(ラビット)(アーマー)』が無難かと思う。

 

 まぁ向こうが本気で考えたから、下手にケチを付けたら関係が悪化してしまいかねない。取り敢えずは『(ピョン)(キチ)』で通すけど、もし新たな防具を作ってくれた際、余りにも酷い名前だったら流石に訂正するつもりでいる。

 

「ベル様」

 

「!」

 

 思考が打ち切られる。

 

 僕の名前を呼ぶ声に、ヴェルフの防具から意識が舞い戻った。

 

「リリ、おはよう」

 

 考え事をしていたのを気付かれないよう、僕はすぐに返事をする。

 

 リリは僕の格好が気になるのか、少々興味深そうな目をしていた。

 

「おはようございます、ベル様。この度はリリの都合に合わせて頂き申し訳ございませんでした」

 

「気にしてないから大丈夫だよ。こっちも色々やる事があったからね」

 

 実際それは本当だ。この二~三日の間、驚く事が起きていた。特に略式複合テクニック、複合属性テクニックの計六つを習得出来たのが一番の驚きだ。

 

 ファントムクラスは本来、それらのテクニックを使用する事が出来ない制限となっている。けれど、魔導書(グリモア)によって何故か強制発動して今も原因が分からない。もし僕と同じアークスが知れば絶対に驚くだろうと断言出来る。尤も、この世界に僕以外のアークスなんていないから、そんな展開は絶対に起きたりしない。

 

 他にも【ソーマ・ファミリア】の内情について、ロキ様のお陰で一通り判明している。色々と問題行動を起こしていた事も含めて。

 

 午前中にギルドへ寄って聞いてみたところ、今まで彼等が換金所でやらかした問題点を突いたそうだ。そして今回起きた住民に迷惑を被った件が決定打となった事で、【ソーマ・ファミリア】には(ペナルティ)を下したらしい。数々の迷惑行為を仕出かしたと言う理由で、多額の罰金を科した以外にも、警告も兼ねてソーマ様が酒造りをする為の器材も没収したとか。

 

「あ、ところでギルドが昨日、【ソーマ・ファミリア】の本拠地(ホーム)へ視察しに行ったみたいだけど、リリは大丈夫だった?」

 

「ご心配には及びません。主に対応していたのは団長様でしたから」

 

「そっか」

 

 良かったぁ~。もしかしたらと懸念していたけど、どうやら僕の思い違いみたいだ。てっきり目を光らせたエイナさんが厳しく追及してるかと失礼な事を考えていたが、これは僕の心の内に閉まっておく。

 

 あ、そう言えばエイナさんから妙な事を訊かれたな。僕がサポーターとして雇っているリリについて。

 

 質問の意図が全く分からなくて戸惑うも、エイナさんはダンジョン探索を終えてギルドに寄る際、リリも連れて来れてきて欲しいと言われた。どうしてなのかを訊いても、ギルドへ来た時に説明するとの事だ。

 

「ねぇリリ、今日は探索を終えたら一緒にギルドへ行こうか。そこにいる僕の担当アドバイザーが顔合わせしたいみたいで」

 

「っ……」

 

 あれ? 急に顔色が変わったけど、何か不味い事を言ったかな?

 

「そうですか。アドバイザー様には大変申し訳ないんですが、リリは今日の探索を終えたら、すぐにお爺さんの様子を診なければいけませんから、またの機会にして下さい」

 

 すぐ元に戻ったリリは今日は無理だと言ってきた。

 

 お世話になってるお爺さんの腰が回復したと言っても、まだまだ予断を許さない状況らしい。

 

「でもそこで換金もするから、報酬を分け合わないと」

 

「それは明日で大丈夫です。普通は当日にやるのが当たり前ですけど、ベル様は他の冒険者様と違って誤魔化したりしないのは分かってますから」

 

 僕を信用している、って事で良いのかな? 

 

 と言うより、リリの言う他の冒険者達ってそんなに信用出来ないのだろうか。報酬を誤魔化すだなんて、それは冒険者以前に人として問題があると思うんだけど。

 

 けどまぁ、事情があるんだったら次の機会にしよう。他人の事を余り詮索すべきでないし、別に急いでギルドへ連れて行く必要なんてないから。

 

 それはそうと、久しぶりにリリとのダンジョン探索なので、一先ずそっちに意識を向ける事にした。今日は『大型級』のモンスターがいる10階層まで行く予定になっている。そこへ行く前に、途中で肩慣らしや、初めて纏う防具でどこまで動けるかを確かめなければならない。

 

「ベル様、先程から気になっていたのですが、その軽鎧(ライトアーマー)はリリがいない間に購入したのですか?」

 

「うん。同時にコレを作ったヴェルフって言う()()()と会って直接契約した後、補強もしてくれてね。今日初めて使うんだよ。因みに名前は『(ピョン)(キチ)MK(マーク)(ツー)』って言う銘だよ」

 

「……ベル様、大変大きなお世話だと重々承知して言わせてもらいますが、その()()()との契約を考え直した方が良いですよ」

 

「何で!? これ結構良い出来なんだよ!?」

 

「それ以前の問題です! 何ですか『(ピョン)(キチ)』って!? そんなダッッサ過ぎる名前を付けられた軽鎧(ライトアーマー)が逆に可哀そうですよ!」

 

「そこまで言う!?」

 

 確かにリリの言ってる事は分からなくもない。

 

 やっぱり他の人からしても、ヴェルフのネーミングセンスは残念にも程があるようだ。

 

 

 

 

 

 ここで時間は昨日に遡る。

 

 

 

「成程、そう言う事だったのか」

 

「も、申し訳ありやせん……」

 

 ザニスは保釈金を支払った事で戻って来たカヌゥ達を呼び出し、一連の経緯を聞いた。

 

 どうやら仲間が偶然にも数年前に死んだ筈のリリを目撃して、それを知ったカヌゥは捜すついでに金を頂こうと考えていたようだ。小綺麗なメイド服を身に纏っていたから、さぞかし裕福な暮らしをして金もたんまり持っている筈だと。

 

 そして帰ろうとしている最中に逃げられないよう挟み込もうとした。数年経っても所詮は貧弱な小人族(パルゥム)だから、此方が軽く脅せば出してくれるだろう。抵抗したところで、力の差を教える為に少し痛めつければ良いとも考えながら。

 

 カヌゥ達はそう高を括って襲い掛かったが、そこで予想外な事態が起きてしまう。リリが突然見た事の無い武器を出した瞬間、それを仲間の一人に向けた瞬間に倒れた。余りの痛みに悶え苦しむ姿を見せていて、死なずに済んでいる。

 

 それを見て魔剣かと思って警戒するも、リリが空かさず今度は自分達にソレを向けて何かを放った。足に当たった瞬間に途轍もない激痛が走って悶えているところを――

 

『どうです? 弱者だと思っていた相手にやられる気分は』

 

 その台詞にカヌゥはふざけんなと怒り狂った。お前が強気になってるのは魔剣があるからだろうと。

 

 だが、その叫びを無視するようにリリは容赦無く撃ち続けた。何度も喰らった事で意識を失ってしまう程に。

 

 意識を取り戻すも、自分達は何故か【ガネーシャ・ファミリア】に連行されていた挙句、住民に迷惑行為を仕出かしたという事で幽閉されていた。それは俺達じゃないと否定するも、【ソーマ・ファミリア】は以前から問題行動が頻発してる事もあって全く信用されなかったのは言うまでも無い。

 

 あのガキ(アーデ)に罪を擦り付けられたのだとカヌゥ達は気付くも、結局は団長のザニスが保釈金を支払うまで牢屋から出れず仕舞いで、そして今に至る。

 

(コイツ等に聞く前から既に確認済みだが、生きていたのは間違いないようだな)

 

 カヌゥ達に話を聞く前、主神(ソーマ)に確認していた。数年前に死んだリリルカ・アーデに刻まれた恩恵(ファルナ)の状況を。

 

 唯一の趣味を奪われたソーマは抜け殻のようになっていながらも、今も繋がっていると答えてくれて、やはり自分の推測は正しかったとザニスは確信に至った。

 

 しかし、リリがカヌゥ達を簡単に倒す事が出来る魔剣を持っていたのは予想外だった。いくら『Lv.1』の雑魚(クズ)共とは言ってもそれなりの実力は持っている。同じ『Lv.1』である筈の小人族(パルゥム)程度なら簡単に倒す事が出来る筈。

 

(アーデが魔剣を持っているなら厄介だな)

 

 ザニスは『Lv.2』だから、実力だけなら問題無く倒せると考えている。けれど、魔剣となれば話は別だった。それの有無で勝率が大きく変わってしまう。

 

 カヌゥ達の言ってる魔剣が相当危険な物であれば、間違いなく自分もあっと言う間に倒されるだろう。魔剣の恐ろしさを理解しているが為に。

 

「一先ず話は分かった。とは言えお前達が私に多大な迷惑を被り、剰え保釈金まで支払わせたのだ。暫く私の言う通りに動いてもらう。文句は言わせないぞ」

 

「も、勿論でさぁ。団長が助けてくれなかったら、俺達はこうして助かってませんから」

 

 カヌゥ達としては本当なら断りたい。普段から金や神酒(ソーマ)を独り占めしてるクソ野郎なんかに従いたくないと叫びたい程だ。尤も、それは他の団員達にも言える事だが。

 

 だが彼に大きな借りが出来たのは事実である為、ここは大人しく従う選択しかなかった。

 

「なら結構。さて、生きていたアーデの話に戻るが、奴の居場所はもう分かっているのか?」

 

「へ、へい。どうやら『ノームの万屋』と言う質屋に隠れ住んでいるみたいでして」

 

「そうか」

 

 嘘を言っていないと分かったザニスは考え、そして命じる事にした。

 

 

 

 

 

「さぁ~今日は飲むで~!」

 

 突然話は変わって、【ロキ・ファミリア】の本拠地(ホーム)

 

 ベルから神酒を受け取ったロキはハイテンションのまま、神室へ向かおうとしていた。

 

「ねぇロキ、どうしたの? 何か凄く機嫌良いみたいだけど」

 

 途中で一人の女性団員と遭遇するも、ロキは振り向きもせず自慢気にこう言った。

 

「いやなぁ~、今日偶々会ったベルに神酒(コレ)買ってもろうたんや~♪」

 

「…………………………はぁ!?」

 

 本当は情報を提供する事で神酒を貰えたのだが、ロキからすれば無償(タダ)でプレゼントされたも同然だった。

 

 それを聞いた女性団員――ティオナが無言となったが、すぐ正気に戻って詰め寄ろうとする。

 

「ちょっとロキ、それどういう事!?」

 

「んあ!? って、ティオナやったんか!」

 

 いきなりの事にロキは困惑するも、よく見たらティオナだと判明して不味いと焦り出した。

 

 知っての通りティオナはベルに絶賛ベタ惚れ中で、ベル関連の話になると物凄い勢いで食いつく事がよくある。加えてここ最近会えてない為、フラストレーションが溜まっている一方でもあった。

 

「ロキだけずる~い! って言うか何でアルゴノゥト君にお酒買って貰ったのさー!」

 

「ま、待てティオナ、落ち着かんか! これにはちょいと理由(わけ)があるんや!」

 

 両肩を掴まれ思いっきり揺さぶられてるロキだが、どうにか神酒を落とさないようにしながらもティオナを宥めていた。

 

 因みにこの光景を他の団員達も見ているも、下手に関わりたくないと思っているのか、敢えて素通りしている。




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予想外の出会い⑮

 数日前までは8~9階層までだったが、今日は久しぶりの10階層へ訪れた。

 

 今までいた上層と違い、ルームの数が多くて広い。それの間を繋ぐ通路は短いものばかりで、伴って三(メドル)から四(メドル)が精々だった天井の高さが十(メドル)近くになっている。

 

 地面には短い草が無数に生えて草原となっていて、葉と枝を失っている枯木が辺りに点々と立っている。並びに視界を妨げるには十分な白い霧が、まるで朝霧を連想させるようダンジョン中に立ち込めていた。

 

 初めて訪れる新人冒険者が見れば、未知の光景だと驚いているだろう。けれど僕は既に訪れており、もうとっくにこの階層を理解している。

 

 冒険者になって半年も経っていない僕が、サポーター(リリ)がいるとは言っても一人で来る所じゃない。けれど、オラクル船団でアークスとなって戦う手段を得ている為、今の僕には大して問題無い階層だった。

 

 とは言え、それはアークス製の武器を持っている場合の話。今回の僕はオラリオ製の武器――『ミノタウロスの大剣』と防具――『(ピョン)(キチ)MK(マーク)(ツー)』で戦うつもりだ。だからある意味、本当のオラリオ冒険者として初めて訪れる事になる。

 

 もし余りにも不利な状況になったり、リリの身が危ないと判断すれば、即時アークス製武器に切り替えさせてもらう。『確実に敵を倒せる手段がありながら、下らん意地を張って命の危険を無暗に晒すのは三下の莫迦がやる事だ』とキョクヤ義兄さんに教わったから。

 

 こんな広い場所で仲間を意識しながら戦うのは【ロキ・ファミリア】の遠征以来だ。正直言って少しばかり緊張している。

 

 今後はパーティを組んでダンジョン探索する事も考慮した方が良いかもしれない。単独(ソロ)探索の経験はあっても、集団(パーティ)探索の経験だけ殆ど不足しているから。

 

 僕と縁のある【ロキ・ファミリア】であれば、アイズさんやティオナさん、そしてラウルさんなら喜んで僕とパーティを組んでくれるだろう。だけど、それはそれで色々面倒な事になってしまう。

 

 既に知っての通り、あそこは他の【ファミリア】とは比べ物にならない都市最大派閥。傘下でもなければ、同盟を結んでいない【ヘスティア・ファミリア】が親しげに接するような事をすれば、周囲から色々なやっかみを受ける事になるだろう。

 

 加えて、フィンさん達は僕の事を探ろうとしてる節が見受けられる。特にリヴェリアさんが僕のテクニックについて今も知りたがっているから、余り下手に頼り過ぎてしまうと、僕の真実を明かされてしまいかねない。僕が異世界でアークスになった経緯とかを。

 

 武器やテクニック、そしてアイテムを見せておいて今更かと思うかもしれないが、異世界でアークスになった情報に関しては絶対秘匿しなければならない。唯一僕の正体を知っている(ヘスティア)様が、『絶対に口外しちゃダメだ!』と口を酸っぱくさせていたから。

 

 おっと、考え事はここまでにしておこう。今いるのは地上じゃなくダンジョンなので、下手をすればモンスターの奇襲を受けてしまう。僕一人だけ狙われるならまだしも、傍に居るリリの事を考えなければならない。

 

 そのリリだけど、10階層に来るのは久しぶりのようだ。今まで同行した殆どの冒険者達は9階層までが限界だったとか。

 

 だとすれば、今回は前回以上に意識を向けておかなければならない。上層と言えど、此処は広いルームな上に霧が立ち込めているから、下手に意識を逸らすと見失ってしまう可能性だって充分にあり得る。仮にそうなったら端末機を使ってリリを捜すつもりだ。

 

「リリ、離れないでね」

 

「了解です」

 

 僕が用心するように言うと、隣に歩いてるリリはすぐに頷いた。

 

 その直後、まるで此方の声に反応したかの如く、耳を打つ大きな足音と、絶え間なく続く地面の振動が靴を通って全身に伝わって来た。

 

 早速来たかと思いながら、僕は片手で背中に携えている大剣の柄を掴む。

 

『ブグッゥゥゥゥ……』

 

 低い呻き声とともに大型級のモンスター『オーク』が姿を現した。

 

 茶色い肌に豚頭。ずるずる剥けた古い体皮が腰の周りを覆っていて、まるでボロ衣のスカートを履いているようだ。

 

 中層で何度も見たミノタウロスの引き締まった筋肉質の体に対し、オークは丸く太っているずんぐりとした体型。

 

 俊敏性が無いとは言っても、筋力はそれなりにある。僕達が視界に入った途端、オークの巨腕は一本の枯木を引き抜いて、ブンブンと力強く振り回して無骨な棍棒へと成り代わっている。もし『LV.1』の冒険者が直撃したらタダでは済まないだろう。

 

 この10階層は『迷宮の武器庫(ランドフォーム)』と呼ばれており、迷宮内を徘徊するモンスター達に提供する天然武器(ネイチャーウェポン)がある。オークが持っている枯木が正にソレだ。

 

 いつも素手や生身で挑んでくるモンスターが、このダンジョンからの支援を受け取る事によって厄介な敵へと変貌してしまう。

 

 完全武装したオークと、大剣を手にしてる僕はもう僅かの距離を残して対峙する。

 

「………」

 

 本気でやると言う目になると、先程まで飛び掛からんと醜悪な瞳がギラギラと輝いていたオークが途端に怯えた。

 

 気迫に負けた一瞬の隙が命取りである事を教えるよう、僕はすぐに駆け抜けた。

 

『ブゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

 

 オークが雄叫びを上げた事で戦闘開始の合図となる。

 

 けど、もう遅かった。

 

 棍棒を持ってるオークの懐に入っている僕は――

 

(遅い!)

 

 即座に横薙ぎの一撃を繰り出した。

 

 分厚い胴体を食い破られ上半身と下半身が分かれてしまった事で、オークが数秒後に絶命したのは言うまでも無い。

 

「ふぅっ」

 

「流石です、ベル様!」

 

 この大剣でも大型モンスター相手に充分やれると少しばかり安堵している際、一撃でオークを倒したのを見たリリが拍手をしながら称賛してくれた。

 

 だけど、こんな程度で気を抜いてはいけない。まだ始まったばかりなのだ。

 

「もう来たか」

 

 今度は僕達のやって来た通路の逆方向から現れた二体のオークを視認する。さっきの雄叫びを聞きつけたのか、既に興奮しながら霧の海をかき分けて来て、周囲の天然武器(ネイチャーウェポン)を装備しようともしない。

 

 大して知能が無さそうなモンスターだけど、冷静を失った相手ほど御しやすい。リリが狙われないよう誘き寄せるように動くと、向こうは僕だけしか視界に入っていないのか、真っ先に此方へ向かおうとしている。

 

 走ってくるオークが突進しながら拳を振り下ろしてくるも、真横にステップしながら簡単に躱した直後、僕は反撃をしようと相手の横っ腹に大剣を突き刺す。

 

『ブゴッ!?』

 

「せいやぁ!」

 

『ブギャッ!』

 

 横っ腹に刺された事でオークが襲われた激痛で悲鳴を上げるが、僕が力強く持ち上げて投げ飛ばすと、もう一体のオークが仲間の巨体を受けた。

 

 今のはハンタークラスが使う『クルーエルスロー』を真似たもの。目標を刃で突き刺し、そのまま任意の方向へと投げつけるフォトンアーツだ。あくまで真似ただけに過ぎないから、まだ完全に倒しきれていない。

 

「はぁっ!」

 

 オーク達が重なるように倒れている中、僕は空かさず走りながら跳躍し、その勢いを利用して大剣を真下へと振り下ろす。

 

 大剣の刃が切り裂いた場所に魔石があったのか、二体のオークの身体が灰となって霧散していく。

 

「あっ、ちょっとやり過ぎちゃった」

 

 リリを守る為とは言え、いつも以上に力み過ぎてしまった。

 

 今は感覚のズレを修正中でも僕は『Lv.3』だから、上層にいるオークを倒すなんて造作も無い。武器を使わずとも、素手だけで簡単に倒せてしまう程だ。

 

 もう少し加減しながら、効率良く相手を倒さなければならない。大型モンスター相手にあんな力任せな戦い方をしていれば、無駄に体力を消費してしまうから。

 

「ベル様! 今度はオークだけじゃなく、インプも来ました!」

 

 リリの叫びに僕が振り向くと、天然武器(ネイチャーウェポン)を持ったオークの他、地面からインプが這い上がるように現れていた。

 

 丁度良い。今度は無駄に力まず、効率良く倒してみよう。

 

 僕が使ってる大剣は、ゴブニュ様が調整してくれた事で片手でも軽く振るえるようになっている。だから本来、無駄に両手で力強く振る必要なんて無いのだ。

 

 もう暫くこの武器の世話になりそうだと思いながらも、僕は此方へ向かってくるモンスター達を迎撃しようとする。

 

 

 

(やはりベル様の戦い方は、どう見てもアークスっぽいですね。それもハンタークラスの戦い方……)

 

 リリはモンスターの魔石を回収しながらも観察していた。

 

 大剣を使ってるベルの戦い方は、自分がオラクルにいる頃に見たハンタークラスのアークスの動きに似ている。

 

 自身はハンタークラスじゃないが、ハンターの戦い方やフォトンアーツは知っている。自分を鍛えてくれた(ルコット)の上司であり六芒均衡――マリアによって。その時は死んだ方がマシと思われるような特訓に何度も付き合わされ、リリとしては二度と会いたくない人物にランクインしている。その事もあって、リリはマリアからの特訓(しごき)により、ハンタークラスについて熟知していた。

 

 単なる偶然かと思い過ごすも、改めて見るとやっぱりアークスではないかと疑問を抱いてしまう。つい先ほど、大剣(ソード)のフォトンアーツと思われる『クルーエルスロー』にそっくりだったから。

 

(もうここはいっそのこと、思い切って訊いてみた方が良いかもしれませんね)

 

 今までは魔剣や魔法を見せるように催促していたが、ベルはまるで警戒するように一切見せなかった。更には遠回しに情報を引き出そうとするも、それもお見通しと言わんばかりに回避される始末。

 

 このままだと埒が明かないから、今度はストレートに訊こうとリリは考え始める。

 

 けれど、流石に今日は遠慮しておく事にした。ベルが教えたのかもしれないが、死んだ筈の自分が実は生きているのではないかとギルドが気付き始めている為に。

 

 既に【ソーマ・ファミリア】のカヌゥ達にバレてしまったが、奴等は自分が通報した事により牢屋でお世話中だから暫く問題無い。あの連中は色々問題を起こしている派閥の眷族である為、どんなに否定したところで全然信用されないと踏んでいるから。

 

 とは言え、余り悠長に事を構える訳にもいかなかった。カヌゥ達が自分に気付いたのであれば、隠れ蓑にしている『ノームの万屋』やボム爺さんを狙う可能性は充分にあり得る。そうすれば、今度は前回の迎撃で使用した銃剣(ガンスラッシュ)と違って、長銃(アサルトライフル)もしくは大砲(ランチャー)の餌食になってもらうが。

 

(しかしベル様が本当にアークスなら、どうして端末機に何の反応が無いんでしょうか……?)

 

 普通に考えて、アークスであれば常に携帯端末機をONにしている筈であった。なのに此方が何度も通信しても全く反応が無い為、ベルがアークスか否かと判断に迷っている。

 

 もし此方の端末に通信を入れてくれたら真っ先に自分はアークスだと教えていた。その展開にならない為、リリは今もこうして動けないのだ。

 

 因みにそのベルが端末機を使ってないのは、アークス武器を使わない制限を掛けている他、緊急時の時にしか使わないよう電源をOFFにしていたからであった。




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予想外の出会い⑯

 オークやインプだけでなく、蝙蝠型のモンスター『バットバット』も群れで出現する事もあったが、苦戦する事も無く大剣だけで全て倒した。

 

 戦ってる最中、霧によって時々リリを見失いかける事はあったけど杞憂で済んでいた。付かず離れずの距離を維持していただけでなく、戦闘してる僕の妨げにならないようモンスターの死骸を運んでいたのだ。お陰で凄く戦いやすく、効率良くモンスターを倒す事が出来た。

 

 やっぱりサポーターがいると非常に戦いやすいとつくづく思う。冒険者の事を考えながら動いてくれるから、僕としては今後も雇い続けたい程だ。と言っても、それはあくまで上層限定だけど。

 

 僕がメインで行ってる中層は『Lv.1』のリリを連れて行けない。あそこは今いる上層と違ってモンスターの強さだけでなく、出現頻度も全く異なっている。アークス製の武器を使えば問題無いけど、大剣だけで戦う今の僕でも正直厳しい。

 

 もし行くなら他の冒険者も連れて行くのが理想だけど、【ロキ・ファミリア】を抜きにして、この前僕が直接契約をしたヴェルフぐらいしかいない。彼は()()()だけど、僕と似たような大剣で戦う事も出来ると教えてくれた。だから僕が前面に出て中層モンスターと戦ってる際、ヴェルフはリリを守りながら戦ってくれると非常に助かる。

 

 と、それはあくまで僕の希望的観測に過ぎない。勝手に役割を押し付けられるヴェルフとしては堪ったモノじゃないだろう。加えて『Lv.1』だと教えてくれたから、中層に同行させるのは無理がある。

 

「ベル様、そろそろ戻りませんか?」

 

 残り一体のオークを大剣で仕留めると、リリが帰還しようと言ってきた。

 

 モンスターの群れを一通り倒した後に休憩――リリはその間に魔石回収――を何回も繰り返した事で、このルーム周辺の地面はモンスターの灰が散らばっている。代わりに魔石は全てリリが回収済みで、大きなバックパックが満杯と言わんばかりに膨らんでいた。

 

 上層にいるモンスターの魔石は余り大きくないと言っても、数多く積もればそれなりに稼ぐ事だって出来る。他の冒険者からすれば獲物を狩られた事で不満を言うかもしれないが、幸いにも此処は僕達以外の冒険者はいない。なので僕は現れるモンスターを遠慮無く狩りつくしていた訳である。

 

 その際、大型であるオークとの戦いは好都合であった。今まで小型モンスターばかりだったから、感覚のズレを修正するには大型モンスターも一緒に戦わなければならない。だから今日はとても良い経験になった。

 

「そうだね。じゃあ戻ろう」

 

 時間も時間だったので、僕はリリの言う通りにしてダンジョンを出ようと地上へ向かう。

 

 

 

 

 

 

「え? アーデ氏はもう帰っちゃったの?」

 

「はい。下宿でお世話になってる人を診なければいけないと言われまして」

 

 ダンジョンから帰還して早々、リリは探索する前に言った通りすぐに僕と別れた。さり気なく少しでも良いから顔合わせしに行こうと言っても、リリはお爺さんを優先したいと断られている。何だかまるでギルドに行くのは不味いみたいな感じで。

 

 その後に僕はギルドへ足を運び、向こうが用意してくれた魔石入りの大袋を換金所に渡した後に約四万ヴァリスとなって返ってきた。塵も積もれば山となるって、正にこの事を言うだろう。

 

 換金を終えて今度は受付にいる担当アドバイザーのエイナさんに会って、今日の成果を報告して今に至る。

 

「そうなの。出来れば今日会いたかったんだけど……」

 

「?」

 

 僕の返答を聞いたエイナさんは何故か凄く残念、と言うより疑問が解決出来ないように嘆息していた。

 

 前から気になってたけど、何だかリリに対して凄く気になってるような気がする。午前に此処へ来た時にも、エイナさんから探索を終えたらリリを連れて来るよう僕に念を押していた。

 

「あの、エイナさん。どうしてそこまでリリに会いたいんですか?」

 

「…………………」

 

 僕の質問にエイナさんは途端に無言となった。まるで何か言い辛そうな感じがする。

 

 一体何なんだ? 逆に物凄く気になってしまうんだけど。

 

 僕が益々疑問が深まっていく中、無言だったエイナさんは意を決したかのように口を開く。

 

「ベル君、ボックスに行こうか」

 

「えっ……」

 

 きょとんとしてる僕だが、エイナさんは気にせず連れて行こうとする。

 

 

 

「エ、エイナさん、これって……!?」

 

 先程まで打って変わるように、僕は驚愕していた。手元にある資料用のファイルを見て。

 

 場所は面談用ボックス。冒険者と担当官が打ち合わせをする遮音性の高い一室で、エイナさんが此処へ来る前に持って来たファイルを渡された。

 

 ファイルの中身は【ソーマ・ファミリア】に関する資料であり、本来は冒険者の僕が見てはいけないけど、今回は事情があって見せてくれた。一人の構成員に関する情報を。

 

 目にしてる情報内容はサポーターの『リリルカ・アーデ』で、今日一緒に探索した小人族(パルゥム)のサポーターだ。

 

 どうして僕に見せてくれるのか疑問を抱きながらも目にすると、信じられない内容が記載されていた。リリは数年前からダンジョンで消息不明になっていると。

 

 最初は一体何の冗談だと思っていたが、エイナさんが何の意味も無く僕にファイルを見せたりしない。益してやコレはギルドが調書した内容だから、決して虚偽ではない筈だ。もし違っていたら、それは【ソーマ・ファミリア】がギルドに虚偽報告をしたと言う事になる。

 

「あ、あの、これって本当なんですか……?」

 

「ベル君が疑いたくなる気持ちは分かるわ」

 

 ギルドを疑っているような言い方をする僕に、エイナさんは不快にならないどころか同意するように頷いていた。

 

「ソレを確かめる為、私は昨日【ソーマ・ファミリア】を視察しに行ったのよ」

 

 ファイルに書かれた内容が事実であるか確認する為に、受付嬢である筈のエイナさんも同行したと言う訳だったのか。

 

 僕も知っていたら、間違いなく【ソーマ・ファミリア】について調べてもらうよう頼んでいただろう。行方不明中になってる筈のリリが生きているのは一体どう言う事なのかと。

 

「結果はどうだったんですか?」

 

「何か誤魔化してるような感じはしたけど、少なくとも生きている事は全く知らない様子だったわ」

 

 彼女が本物のリリルカ・アーデ氏であれば、エイナさんはそう付け加えた。

 

(どう言う事だ? 僕が今まで会っていたリリは偽物、なのかな?)

 

 死んでいた人物に成りすまして冒険者に接触するのは、正直言って危険な行為だ。それは【ファミリア】だけでなくギルドからも問題視されるから、もし発覚すれば懲罰は免れない。

 

 だけどリリが本当に生きているのであれば、どうして態々僕とサポーター契約を結んだのだろうか。そんな事をすれば自分の存在が周囲に知れ渡ってしまうと言うのに。加えて【ソーマ・ファミリア】も絶対に黙っていない筈だ。何か理由があるにしても、それはリリ(と疑わしき人物)に問わなければ分からないが。

 

 話を聞いた以上、リリの事を確かめなければならないようだ。明日もダンジョン探索する予定になっているから、その時に訊けば良いのだが、生憎今の僕はとても悠長にしていられる気分じゃない。

 

 

 

 

 

 

 エイナさんとの話を終えた僕はギルドを後にして、リリが下宿先でお世話になっている所へ向かう事にした。

 

 確か『ノームの(よろず)()』だったか。流石に場所までは分からないから、まだ完全じゃないが端末機に登録してる地図を頼りに行ってみよう。

 

 こういう時にオラリオを散策して良かったと思いながら、僕は人のいない場所で端末機を取り出して起動する。

 

「え……」

 

 僕は思わず言葉を失ってしまう。端末機を起動して早々、誰かが僕に連絡したと思われる通信ログが表示されていたのだ。しかもそれは昨日だけでなく、ログを遡れば一週間以上も前から続いていた。

 

 それはつまり、僕と同じアークスの誰かがこの世界にいるという事になる。しかも一週間以上も前から。

 

(何で僕は電源を切っていたんだよ!?)

 

 僕以外のアークスはいないと高を括っていた自分に腹を立てながらも、リリの事を一旦後回しにして、通信ログの内容を確認しようと中身を開いた。

 

 そして今まで僕に通信をしていたアークスの名前は――リリルカ・アーデだった。

 

(ど、どうして……?)

 

 またしても予想外な人物の名前が出た事に、僕はもう完全に混乱する一方だ。

 

 だけど、今はもうそんなの如何でも良かった。通信ログの中身には『ノームの(よろず)()』と思われる場所が表記されていたので、僕は急いでそこへ向かう事にした。

 

「ん? 何だ?」

 

 目的の場所へあと少しという所で駆け付けるも、何やら野次馬と思わしき人が集まっていた。

 

 僕は不可解に思いながら『ノームの(よろず)()』に辿り着くと……人が集まっていた原因がすぐに分かった。その店の建物ごとが半壊状態であったから。

 

「あの! ここで一体何が遭ったんですか!?」

 

 建物の惨状を見た僕は状況を確認しようと、近くにいる人に訊ねた。

 

 直接見た訳じゃないみたいだが、何でもガラの悪い冒険者達が突然店に押し入って暴れたそうだ。そして店の品物や売り上げを奪うだけでなく、店主であるノームのお爺さんも連れて行ったと。そしてつい先ほど、その店の関係者と思われる小人族(パルゥム)の女の子が急いで建物の中を調べた後、すぐに出て行って何処かへ向かったらしい。

 

(間違いなくリリだ! でも一体何処へ……?)

 

 情報を得た僕は小人族(パルゥム)の女の子はリリだと判明するも、向かった場所までは分からなかった。恐らく建物を破壊した犯人達がいる所へ向かったかもしれない。

 

 出来れば現場検証をしたいが、関係者じゃない僕が店の中に入る事は出来ない。下手をすればガラの悪い冒険者達の仲間だと怪しまれてしまう。

 

 リリの向かった場所を確認する方法は……端末機しかない。あの子が本当にアークスであるなら、それで居場所が判明出来る筈だ。

 

 そう考えた僕は一旦場所を変えようと、再び人目のつかない場所で端末機を使い、地図を表示させながらも、オラリオに来て使う事の無かったアークス用の探知モードをONにする。

 

(此処か!)

 

 地図には登録していない筈のリリの情報だけでなく、居場所もすぐに判明した。そこはあの子の所属先である【ソーマ・ファミリア】の本拠地(ホーム)

 

 僕は他所のファミリアだから門前払いされるのがオチかもしれないが、それでも行かなければならない。リリが僕と同じアークスであるなら、冒険者と互角に戦えるどころか、簡単に倒す事だって可能な筈だ。

 

 アークスのクラスは多数ある。通常クラスにはハンター、レンジャー、フォース、ファイター、ガンナー、テクター、ブレイバー、バウンサー、サモナー。そして後継クラスにはヒーロー、ファントム、そして(余り知らないけど)エトワール。どんなクラスでも、冒険者を簡単に倒せる力を持っているのは確かだ。

 

 リリが一体何のクラスになっているかは全然分からない。サポーターであるならテクターが無難かもしれないが、見た目だけで判断出来ない。身体が小さいサポートパートナーがレンジャーで大砲(ランチャー)をメインで使ってる光景を見た事がある。見た目とは裏腹に凄く恐ろしいと何度思った事か。

 

(取り敢えず急がないと!)

 

 早く向かおうと、僕は再び全速力でリリがいると思われる【ソーマ・ファミリア】の本拠地(ホーム)へ向かう事にした。




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予想外の出会い⑰

 ダンジョン探索を終えたリリが、ギルドへ行こうとしてるベルと別れたところまで時間は遡る。

 

 

 

(もしかしたら気付いたのかもしれませんね)

 

 下宿先である『ノームの万屋』へ戻っている中、リリはベルの言動を思い返していた。

 

 自分は用事があるからギルドへ行かないと言った筈なのに、別れ際に言ってきたベルの発言に疑問を抱く。何故あそこまで執拗に自分をギルドへ連れて行こうとしているのかと。

 

 一度断ったら簡単に引き下がる筈の彼が、諦めず再度言ってきたのは何かあるとリリは推測する。付き合いが短いとは言っても、ダンジョン探索中に会話をしてる事で性格がある程度分かるのだ。【亡霊兎(ファントム・ラビット)】はお人好しと言われる程の善人であると言う事くらいは。

 

 これまで自分が出会ってきた冒険者達の殆どは、サポーターを役立たずだとぞんざいに扱うクズ同然の連中だった。約束した筈の報酬を勝手に値切られるのは当たり前で、一方的な理由で無かった事にもされる始末。散々良い様にサポーターを利用しておいて平然と騙す冒険者(ろくでなし)共に尊敬の念を誰が抱くだろうか。

 

 挙句の果てには同じ【ファミリア】でありながら、平然と自分をモンスターの(おとり)に使われた糞野郎(カヌゥ)達に何度呪詛を吐いた事か。尤も、モンスター達に襲われる寸前に何故かオラクル船団にいて辛うじて助かり、女性キャストのルコットに拾われた後、メイドの作法を教えられると同時に強くなる手段としてアークスの道を進んだ。

 

 あそこも色々な意味で地獄を散々味わったが、冒険者(ろくでなし)共が蔓延ってるオラリオの劣悪な環境に比べれば遥かにマシだった。このままオラクル船団に永住したいと願うほどに。そんな矢先、ひょんな事から再びオラリオのダンジョンへ舞い戻って今に至る。

 

 自分がいなくなって数年経ったオラリオは今も全く変わってなかった。特にサポーターを蔑ろにする冒険者達は全く改善されていない。思わずギルドの役立たずと罵りたくなるほどに。

 

 同業者(アークス)を捜す目的で再びサポーターに戻り、それと思わしきベル・クラネルと接触するも、これまでの冒険者達とは全く違った。騙され易そうな感じがするとは言っても、ああ言う紳士な所はあの冒険者(ろくでなし)共も見習って欲しいぐらいだ。

 

 だが、その肝心の彼は全然尻尾を出さずに警戒し、自分の素性に対して疑い始めている。もしかしたらボム爺さんを診てる数日の間、自分の事を調べたかもしれない。

 

 ベルがアークスであると判明したらすぐに打ち明けたいのだが、何一つ確証が無い。明日に思い切って尋ねようと考えるも、今の状況では要らぬ誤解を招かれてしまう為に踏み止まっている。

 

(暫くの間、彼との接触は控えた方が……。いや、でもそれだと)

 

 疑われているとは言っても、ベルは他の冒険者達と違って話を聞いてくれるから、誤解を招く覚悟で打ち明けた方が良いかもしれないと考えを改めようとする。

 

 一時は控えるか、もしくは思い切って打ち明けるか。どちらを選択しようか頭の中をフル回転させている中、途端にザワザワと話し声が聞こえた。

 

(これは一体……?)

 

 今歩いているのは裏道で、人通りが少ない筈。だと言うのに、何故こんなに人だかりがあるのだろうか。

 

 そして自身の下宿先へ辿り着くと――

 

「なっ……!?」

 

 何故か『ノームの万屋』が半壊状態となっていた事にリリは絶句した。

 

 そして納得した。こんなに人だかりがあるのは、目の前にある建物が無残な状態になっているからだと言う事に。

 

「お爺さん!」

 

 リリは周囲の目を気にせず、急いですぐに建物の中に入る。

 

 予想通りと言うべきか、外観だけでなく室内もかなり荒らされていた。それ以外に品物も壊されているだけでなく、少々値が張る装飾品(アクセサリー)や宝石類が根こそぎ無くなっている。恐らく此処を荒らした連中が盗んだに違いない。

 

(一体誰が……!?)

 

 こんな馬鹿げたことを仕出かした連中は必ずブチ殺すと決めながらも、リリは店主であるボム爺さんを捜そうとする。

 

 荒らされたのは店だけでなく、居住スペースとなってる場所も滅茶苦茶に当然の如く荒らされている。そこでボム爺さんが大事に保管してる金庫がある筈なのだが、奴等はソレすらも奪っているようだ。

 

 今のリリはそんな物よりもボム爺さんが一番の気掛かりで、建物内を必死に捜していた。けれど、何処にもいない結果となる。

 

 もしかしたら、此処を荒らした連中が品物や金庫と一緒にボム爺さんも攫ったかもしれない。治りかけとは言っても、腰を打った彼は下手に動く事が出来ない状態だから、何処にもいないとなれば連中に連れて行かれたとしか考えられないのだ。

 

(リリの拠り所だけじゃなく、お爺さんも攫うなんて……絶対許さない!!!)

 

 誰がやったかは知らないが、自身が持っている長銃(アサルトライフル)大砲(ランチャー)の餌食になる刑は確定だった。そして地獄の底から後悔させてやろうと。

 

「ん?」

 

 すると、足の近くに手紙と思わしき物が落ちていた。先程までボム爺さんを捜すのに必死で気に留めなかったが、それには共通語(コイネー)が書かれていた。

 

 リリはソレを拾って目を通すと、予想だにしない内容が書かれてる事に驚愕する。

 

 

『リリルカ・アーデ

 

 我が【ソーマ・ファミリア】の一員でありながら、団長である私に多大な迷惑と損害を被った罪は重い。

 

 【ソーマ・ファミリア】団長ザニス・ルストラが命ずる。我々に対する謝罪並びに、相応の賠償を支払って貰う為に本拠地(ホーム)へ来たし。

 

 追伸 今までお前を匿い続けた「ノームの万屋」にいた店主は現在此方で保護している』

 

 

「あのクソ野郎の仕業か!」

 

 犯人が分かった瞬間に手紙を即座にグシャっと握り潰すリリ。

 

 数年経ったとは言え、リリは手紙を書いた人物――ザニスの名は今でも鮮明に憶えている。奴こそが【ソーマ・ファミリア】を牛耳っており、リリの人生を滅茶苦茶にした一番の元凶。

 

 自分が生きている事をどうやって知ったのかは分からないが、向こうから喧嘩を売ってきた以上は相応の報いを受けさせてやる。どうせ今でも自分の事を『Lv.1』の弱小小人族(パルゥム)としか見てないから、この惨状を自分達がやったと簡単に教えてくれたのだ。

 

 アークスの力をフルに使えばザニスを瞬殺し、【ソーマ・ファミリア】の本拠地(ホーム)を破壊するのは造作も無い。だが、今あそこにはボム爺さんが捕らわれている為、それをすぐに実行する訳には無理だった。店の品物や金を奪っただけでなく、態々療養中のボム爺さんも攫ったのは、恐らく万が一に自分がバカな真似をさせない為の人質かもしれない。

 

 ザニスは短絡的なカヌゥ達とは違って用心深い性格をしている。あんなのでも一応【ソーマ・ファミリア】を纏める団長であるから、それなりに頭が回る。

 

 なので先ずはボム爺さんの安全を確保しなければならない。すぐに奇襲を仕掛け追い詰めてしまえば、即座にボム爺さんを盾にし、優位に立とうとするのが目に見えている。

 

「とにかく今は……!」

 

 どちらにしても【ソーマ・ファミリア】の本拠地(ホーム)へ行かなければ分からない為、リリは握り潰した紙を証拠品(・・・)とする為に電子アイテムボックスへと収納する。そして同時に万が一の事を考え、自身が持っている端末機にはある機能(・・・・)をONにしておいた。

 

 

 

 

 

 

「久しぶりだな、アーデ。まさか本当に生きていたとは嬉しいよ」

 

「……よく心にも思ってない事を言えますね」

 

 久しぶりの古巣へ訪れて早々、理知的を気取ったクソ眼鏡団長ザニスからの歓迎にリリは吐き捨てるように言い返した。

 

 リリの皮肉に彼は大して気にしておらず、今も余裕な笑みを浮かべている。

 

「そんな事は無いさ。大事な仲間が無事に帰ってきたのだ。団長として歓迎するのは当然じゃないか」

 

「……どうやってリリが生きている事を知ったのですか? それと――」

 

 上っ面だけな言葉を聞きたくないリリは、優雅そうに振舞っているザニスに問おうとした。同時に、彼の背後にいる連中も見ながら。

 

「そこのカヌゥ様達は【ガネーシャ・ファミリア】に連行された筈なのに、何故此処にいらっしゃるのですか?」

 

「なに、私が仕方なくコイツ等の為に尻拭いをしただけだ。その際、偶然にアーデが生きている事を知る事が出来たのだよ」

 

 お金に汚い筈のザニスが団員を助けるなど信じられないと耳を疑うも、カヌゥ達が此処にいる以上は真実なのだろう。尤も、この男が善意で助けるとは微塵も思っていないが。

 

「そう言う事だ。アーデェ! テメェにはキッチリ落とし前を――」

 

「黙っていろ、カヌゥ。余計な口出しをするな」

 

「す、すいやせんでした、団長……!」

 

(やはりパシリ扱いでしたか)

 

 指の骨を鳴らしながら襲い掛かってくるカヌゥに、ザニスが鶴の一声で黙らせた。

 

 団長に対して微塵も敬意を払ってないこの男が従順な態度を見せているのは、恐らく助けられたのを条件にザニスの手駒になっているのだろうと結論する。ついでに手下の二人も含めて。

 

 すると、五月蝿い男を黙らせた団長が再びリリの方へと視線を向ける。

 

「さて、アーデ。先ほど話した通り、コイツ等の尻拭いをした際に私は保釈金だけでなく、ギルドから罰金も支払われたのだよ。手紙に書いた通り、相応の代償を支払って貰わなければ割に合わない。元はと言えば、今回起きた騒動の原因はお前なのだからな」

 

「カヌゥ様達を罠に嵌めた事に関してなら謝罪しますが、ギルドの罰金なんてリリは無関係ですよ。普段放置していた貴方様の自業自得ではないんですか?」

 

 リリは以前から知っている。主神ソーマがファミリアを運営しないことをいいことに、上納金が上位の者にだけ神酒(ソーマ)を報酬とするシステムを作り上げ、ザニスは【ソーマ・ファミリア】を私物化していた。その下らないシステムの所為でソーマの眷族達はギルドや他の店で換金する際に揉め事を起こしているのに、ザニスは一切関知せずに放置していた。

 

 そして今回起きたカヌゥ達の件を機としてギルドは視察し、【ソーマ・ファミリア】の冒険者達がこれまで起こした数々の問題行動を指摘する事となった。ザニスがちゃんと対処すれば、罰金何て支払う事は無かったとリリはそう考えている。

 

 リリの返しにザニスは少しばかり頬を引くつかせるが、それでもまだ余裕を見せている。

 

「暫く見ない間に随分口が回るようになったな。どちらにしろ、お前が面倒事を起こした事には変わりない。だから今後は私の為にキッチリ金を支払ってもらおうか」

 

「お金ならもう既に奪ったのでしょう? リリが潜んでいたお店を散々荒らした際、そこにあった金目の物を沢山奪ったじゃありませんか」

 

 後で返して貰いますが、と内心付け加えながら再度皮肉を込めるリリ。

 

「違うな。アレは単なる【ソーマ・ファミリア】の慰謝料に過ぎない。お前が私に支払う賠償金とは全く別の話なのだよ」

 

 先程自分に対して口が回ると言っていたが、この男も充分に口が回る。【ソーマ・ファミリア】の慰謝料なんて、結局は私物化しているコイツの懐に入ると言うのに。

 

 単に慰謝料を賠償金に言い換えただけで、更に欲を走らせるザニス。久しぶりに見ただけでも反吐が出そうだとリリは眉を顰めている。

 

「先に言っておきますが、リリには貴方様を満足させるお金なんて持ってません」

 

「嘘は良くないな、アーデ。カヌゥ達から聞いているぞ。お前は小綺麗なメイド服を着ていた他、見た事の無い魔剣も持っているそうじゃないか」

 

 魔剣と聞いてリリは一体何の事だと疑問を抱くも、それはすぐに解消した。恐らくカヌゥ達を迎撃する時に使った銃剣(ガンスラッシュ)の事であると。

 

「それを此方へ渡して貰おうか」

 

「嫌です、と言ったら?」

 

「ふっ。おい、連れてこい」

 

 敢えて断る選択肢を提示するリリに、ザニスは未だに余裕の笑みを浮かべながらカヌゥ達に指示を出した。

 

 その内の一人が老人――ボム爺さんを連れて来る。しかも無理矢理歩かせて。

 

「お爺さん!?」

 

「いつつ……す、すまぬ、リリちゃん……」

 

 先程までと打って変わるように焦った表情となって叫ぶリリに、ボム爺さんは非常に申し訳ない表情で謝っていた。自分の所為でリリの足枷になってしまう事に彼は非常に心苦しく思っているのだ。

 

「私は手紙にちゃんと書いた筈だぞ。このご老人は我々が保護しているとな」

 

 太々しい表情で言い放つザニスにリリは殴りたい衝動に駆られるも必死に我慢していた。保護とは名ばかりで、実際は自分に対する人質なのだと見抜いているから。

 

「お爺さんはリリと無関係です! 今すぐ解放して下さい!」

 

「そうはいかない。このご老人は今まで我々に一切報告せず、大事な仲間(・・・・・)をずっと密かに匿い続けた諸悪の根源なのだ。お前を騙し、脅し、今日まで利用してきたご老人には、相応の罰を与えねばならん」

 

(よくも抜け抜けと……!)

 

 ボム爺さんの店を荒らして金品を強奪した挙句、リリを密かに匿った諸悪の根源扱いするザニスの言い分に、アークス製の武器を使って殺してやりたい衝動に駆られてしまう。

 

 しかし、それは出来なかった。今使ってしまえば下手をすると彼に当たってしまう為、ダメだと必死に自分を言い聞かせて押し留めている。

 

「だが流石の私も、こんな老人を甚振る趣味は無いから、暫くは牢屋で反省してもらうとしよう」

 

「お爺さんはまだ腰が治りきっていません! 牢屋なんかにいさせたら悪化してしまうではありませんか!?」

 

「そんなの私の知った事ではない。ある意味自業自得だろう」

 

 今も療養中のボム爺さんに対する冷淡な扱いにリリは憤るも、当の本人は罪悪感の欠片も感じさせないように言い放った。

 

「そこまで心配なら、お前も一緒に牢屋で過ごすと良い。尤もお前が介護したところで、この死にぞこないが勝手にくたばるのは時間の問題だが」

 

「―――――――」

 

 余りの暴言にリリは怒りや殺意を通り越し、どんどん冷静になっていく。後で絶対に容赦無く痛めつけてやると固く誓いながら。

 

「だがその前に、さっさと例の魔剣を渡してもらおうか。お前がそうやって強気でいられるのは、魔剣があるからなのだろう?」

 

「ひぃっ!」

 

 そう言いながら再びリリに武器を寄越せを催促してくるザニス。

 

 今度は本気で脅す為に、背後にいるカヌゥが嫌な顔をしながらナイフを取り出してボム爺さんに突き付ける。

 

 大の男達が少女相手に老人を人質にする行為に、善人なベルが見れば絶対激昂するだろうとリリは思った。そんな関係無い事を考えながらも、リリは苦渋の決断をするように、向こうに見えないよう片手を背後に回し、電子アイテムボックスに収納してる銃剣(ガンスラッシュ)――『セレラウィール・ザラ』を出す。因みにこの武器は本来リリからすれば非常に大きなサイズなのだが、ルコットがオーダーメイドした事で小人族(パルゥム)でも扱えるように小さくされている。

 

「おっと。それは地面に置いた後、少し下がってもらおうか」

 

「……はい」

 

 武器を出した瞬間に使われる事を警戒したのか、ザニスはそう指示を下した。

 

 逆らいたい気持ちを抑えながらも、リリは言われた通りに『セレラウィール・ザラ』を地面に置いて数歩下がる。

 

 確認したザニスはカヌゥの仲間の一人に取りに行かせるよう促すと、向こうはすぐにリリが置いた武器を回収した。そしてそのままザニスに手渡す。

 

「ほう、随分変わった形をした魔剣だな。おいカヌゥ、お前が見たのはコレか?」

 

「へ、へい。間違いありやせん!」

 

「そうか。ならばアーデ、これ以外の魔剣は?」

 

「持っていません。いっそのこと、身体検査でもしますか?」

 

 武器を持っていない事を証明する為、リリは自ら身に纏ってるクリーム色のローブを脱いだ。

 

 本当は電子アイテムボックスに武器やアイテムを収納しているが、それを態々ザニスに教える気は毛頭無い。尤も、教えたところで向こうは信じようとしないだろうが。

 

「どうやら本当に無いみたいだな。だがコレさえなければ、今のお前はザコ同然だ。言っておくがこの魔剣はお前が下手な事をしないよう、私が責任持って預かっておく。文句は言わせないぞ」

 

「どうぞご自由に」

 

 預かると言いながらも、自分の懐に収めたいのが見え見えだった。

 

 だが、リリとしては非常にどうでも良い事だ。どうせ後ですぐに取り返せば良いだけだから。

 

 その態度が気に障ったのか、先程まで余裕な笑みを見せていたザニスが段々と不快になっていく。

 

「アーデ、手元に魔剣が無いと言うのに随分と余裕じゃないか。まさかとは思うが、本当はまだ武器を隠し持っているんじゃないだろうな?」

 

「ありませんよ。リリの大事な魔剣が貴方様に取られた以上、もう開き直っているだけです」

 

「………まぁ良い。取り敢えずお前には、暫くこの老人の介護も兼ねて牢屋で過ごしてもらおうか」

 

 そしてザニスはカヌゥ達にリリとボム爺さんを牢屋へ連れて行くよう命じた。

 

「おい、抵抗すんじゃねぇぞアーデ。すぐにでも暴れたらぶっ殺すからな」

 

(後で覚悟しておく事ですね、ザニス様)

 

 念の為の措置としてカヌゥ達に両腕を後ろ手に縛られているが、リリはまるで如何でも良い様に後の事を考えていた。

 

 大人しく従うフリをして牢屋に入れられた後、この本拠地(ホーム)ごと破壊するように暴れてやると。




申し訳ありません。

この話でリリを暴れさせるつもりだったんですが、その段取りがどうしても必要だったので次回以降に持ち越しになります。

それまでどうかお待ちください。


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予想外の出会い⑰.5

今回はリリが暴れる前の下準備となる話です。


「すまん、すまんのぅ、リリちゃん。爺の所為でこんな事に……!」

 

「そんな事よりも、腰の方は大丈夫ですか?」

 

 牢屋に連行された後、ボム爺さんは自分の目の前に座ってる少女に向かって只管謝り続けている。自分が足枷になっていたどころか、武器まで奪われてしまったのを間近で見ていた為に負い目を感じているのだ。

 

 対してリリは全く気にしてないどころか、逆に彼の身の心配をしていた。治りかけとはいっても油断出来ない状態であり、ザニス達が無理矢理歩かせて悪化したのではないかと不安視している。

 

 二人がいる場所は劣悪かつ陰湿な牢獄。それもその筈で、此処は派閥内での懲罰、または『神酒』によって理性を失って行き過ぎた物を幽閉する地下牢なのだ。そして下手に暴れさせない為の措置として、『恩恵(ステイタス)』を授かった下級冒険者でも引き千切れない極太の鋼線で手首を結ぶ事になっている。リリだけでなく、派閥内でもないボム爺さんも同様に。

 

 自分(リリ)はともかく、ボム爺さんにとって最悪だった。いまだ病人である上に鋼線を手首に結び、こんな地下牢へ放り込むなど完全に老人を虐待してるとしか言いようがない。そんな鬼畜な所業を平然とやるザニスは絶対ブチ殺す、とリリは固く誓っている。

 

(とにかく今は……!)

 

 彼をこんな場所に居させたくないと、リリはすぐに周囲を確認する。

 

 現在見張りどころか、自分達と同じく牢屋に入れられている者達はいなかった。

 

 ごつごつとした石造りの牢屋はよく冷えた。アークスのリリには問題無いが、ボム爺さんはとても寒いだろう。

 

 自分達を閉じ込める鋼鉄の格子の外では、魔石灯の灯りが蝋燭みたいに揺らめいている。

 

 逃げ出すなら今が好機(チャンス)だろう。武器を持ってない自分やボム爺さんが逃げ出すのは無理だと思って、こうして見張り役を付けていないのだから。

 

 だが、それはそれで不味かった。見張り役がいないと言う事は即ち、誰かが此処へ来て何をされても咎められない。ザニスが後から知ればそれまでだと言っても、今も自分に恨みを抱いてるだろうあのバカ(カヌゥ)達がいつまでも大人しくしていない筈だ。

 

 団長に助けられて恩があると言う理由で素直に従っているとは言っても、所詮は形だけだ。普段から自分勝手で横暴な振る舞いをする奴が、恨みを抱いてる奴を前にして手を出すなと命令されても素直に従ったりしない。典型的な面従腹背であるカヌゥの事だから、少し経てば再び此処へ来て、リリに思う存分恨みを晴らすのが目に見えてる。

 

 だからさっさと抜け出す為、リリは肌に強く食い込んでいる鋼線を――体内にあるフォトンを解放しながら――無理矢理引き千切った。

 

「リ、リリちゃん!?」

 

「ふぅっ。全く、随分と痛い縛り方をしてくれましたね」

 

 驚きを見せるボム爺さんとは別に、鋼線によって食い込んだ肌を手で擦りながら口にするリリ。

 

 彼女には培った盗賊の(わざ)で縄抜けの技術は持っているが、時間が惜しい為に強引な手段を使った。アークスになった際に与えられた力――フォトンの力で。

 

 フォトンは本来『ダーカーを倒すことのできる唯一の手段』で、ダーカーの汚染をフォトンの浄化によってダーカー化を防ぐことができるものとなっている。だがそれ以外に、自身の身体能力を強化する役割も備わっていた。先程リリがフォトンアーツやテクニックを解放する要領で解放すれば、身体の表面にフォトンが瞬間的に纏い、その一瞬を狙って強引に鋼線を断ち切ったと言う訳である。それを知らないボム爺さんからすれば、リリが見た目とは裏腹に途轍もない怪力で引き千切ったようにしか見えないが。

 

「お爺さん、すぐに鋼線(それ)を解きますね」

 

「あ、ああ……」

 

 今も驚愕したままのボム爺さんの後ろに回って、自分と同じく縛られていた鋼線を解こうとするリリだが、突如カツン、カツン、と響いてくる音がした。

 

(まさか、もう来たのですか……!?)

 

 音がする方は通路の奥、地上への階段からだった。

 

 来たのは恐らくカヌゥだろう。知っての通りあの男は一昨日、自分にやられた上に謂れのない罪で【ガネーシャ・ファミリア】に連行された恨みがあるのだ。それを存分に晴らそうとザニスの目を盗んだに違いない。

 

(仕方ありませんね)

 

 出来ればもう少し後に来て欲しかったのだが、それはもう無理だと分かったリリは一旦ボム爺さんから離れる事にした。

 

 彼に被害が及ばないように戦うとなれば、長銃(アサルトライフル)――『スプレッドニードル』で仕留めるしかないと考える。因みにその武器の潜在能力には『古の針散弾・改』があり、範囲攻撃追加の他、確率でスタン付与、一定距離内のエネミーに威力上昇と言う効果が備わっている。

 

 自分を痛めつけようとするカヌゥが牢屋の檻を開けて自分に近付いた瞬間、即座にソレを展開してぶっ放すつもりだった。流石に殺す気は無いから非殺傷にするとは言っても、針散弾が当たれば相当な激痛が襲い掛かって悶え苦しむ事になるだろうが。

 

 リリはそう考えながら、所定の位置に立って視線を通路の奥へ向ける。やって来たのは――カヌゥでなく、面倒そうな顔で大柄なドワーフだった。

 

「あ、貴方は……!」

 

「何だ? ザニスからの話で、両腕を縛られている筈じゃなかったのか?」

 

 自前の瓢箪(さけ)を煽りながら見てるドワーフの男性は、鋼線を解いてるリリの姿を見て言った。

 

 うろ覚えであるが、彼はザニスやカヌゥ達と同様に知っていた。

 

 このドワーフの名はチャンドラ・イヒト。ザニスと同じ『Lv.2』の上級冒険者。

 

 オラクル船団に来る前、当時孤独であった自分が同じ派閥(ファミリア)の連中に苦しめられていた時、助けてくれたわけでもなく、そして同時に害にもならなかった人物。端から見れば薄情な男にしか見えないが、平然と弱者を甚振る【ソーマ・ファミリア】の中では珍しかった為、リリはその当時の記憶が今でも残っていた。

 

 どうしてこのドワーフが来たのかとリリは最初疑問に思うも、先程の台詞でザニスの名が出たから、多分見張りとして来たのかもしれない。

 

 だが、リリとしてはどうでも良い事であった。来たのがカヌゥでないにしても、向こうが邪魔立てをするのであれば、例え害の無い人物であっても容赦はしないとリリはそう決めている。

 

「確かチャンドラ様、でしたね。リリの事は憶えていますか?」

 

「一応な」

 

 リリの問いにチャンドラは答えながら座り込んだ。

 

「ザニスから死んだ筈のお前の事を聞いて耳を疑ったが、まさか本当に生きていたとはな」

 

「運良く生き延びる事が出来たんですよ」

 

 本来ならリリはダンジョンでカヌゥ達にモンスターの餌になるよう放り投げられ、そして死ぬ予定だった。けれど、自分は何故かオラクル船団に渡って生き延びる事が出来て今に至っている。流石にそれを言う気が無い為、敢えて運良く生き延びたと誤魔化す事にした。

 

「そうかよ。ま、俺には如何でも良い事だ」

 

「まぁ、そうでしょうね」

 

 ザニスやカヌゥ達と違って、チャンドラは冷淡な反応だった。リリもそれが分かっているから、彼の返答を聞いても憤る気は無い。

 

「それはそうと、お前の様子から見て、その爺さんを連れて此処から出そうな感じがしたな」

 

「だったらどうしますか?」

 

 思わず挑発するように返すと、今も全く如何でも良い様に立ち上がるチャンドラ。

 

 リリは思わず長銃(アサルトライフル)を展開しようとするも、それはすぐに止めた。何故なら彼は通路の階段前に引っ掛けてる鍵を持ち出した直後、そのまま自分達がいる牢へ放り投げたから。

 

「出たきゃ、爺さんを連れてさっさと出ろ」

 

「……何のつもりですか?」

 

 いきなりの展開に困惑し驚愕するリリ。

 

 そして彼女からの問いをチャンドラは再び座り込む。

 

「俺はあいつが嫌いだ」

 

 無愛想なドワーフは淡々と答え、更に続ける。

 

「最高に美味い神酒(さけ)があると聞いて俺はオラリオにやって来た。そしてこの派閥に入った。だが、今の派閥(ここ)はほぼザニスが私物化している。主神の神酒も満足に飲めん」

 

 話を聞いたリリは成程、と納得する。

 

 確かに今の【ソーマ・ファミリア】はザニスが原因で、ソーマの神酒を簡単に飲む事が出来ないでいる。そして酒好きのドワーフである彼がザニスの命令に逆らうのは当然だった。

 

「目を瞑ってやる。後は好きにしろ」

 

 そう言って目を瞑りながら、瓢箪の酒を飲むチャンドラ。

 

 彼は本当に逃がしてくれるとリリは確信した。自分は神ではないが、美味い酒だけを求めてやってきたと言う朴訥な言葉は本当であると分かったのだ。

 

 故にリリは考えた。もしかしたら交渉に乗ってくれるかもしれないと。

 

「でしたらチャンドラ様、取引しませんか? リリがこれからあのクソ野郎共をぶっ殺す際、お爺さんの身を守って欲しいんです」

 

「はぁ?」

 

「リ、リリちゃん?」

 

 いきなりの事にチャンドラはすぐに目を開けて、不可解そうな表情でリリを見た。彼女の近くにいるボム爺さんも同様に。




次回でどうにかリリを暴れさせたいです。


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予想外の出会い⑰.75

本当ならこれは前話と同時に出したかったのですが、個人的な都合で分ける事にしました。


「さて、それでは行きますか」

 

 牢屋を出たリリは、ゆっくりと地下牢の階段を上がっていく。

 

 石造の建物の一階に出て、先程までいたザニスの所へ向かおうとする。

 

「やっぱり抜け出してやがったか、アーデ」

 

 その途中、自分の名前を呼ぶ声がして振り向くと、ザニスと一緒にいたカヌゥ達がいる。

 

 台詞から察するに、恐らく自分が牢屋から抜け出す事を考慮して見張っていたかもしれないとリリは推測した。それはつまり、見張り役であるチャンドラを余り信用してなかったと言う事になる。

 

 あの男は同じ派閥の団員を信用していないどころか、単なる自分の都合のいい手駒程度にしか見ていない。万が一に反抗された場合は、神酒を盾に無理矢理従わせている。

 

 しかし、チャンドラだけは別だった。『Lv.2』で神酒の耐性もある為、下手に脅すような事をすれば返り討ちにあってしまう。故にザニスは彼に対して脅迫行為は出来ず、指示を出す程度で済ませている。

 

 それでも万が一の事を考え、ザニスはカヌゥ達に二重の見張り役をするように命じていた。その読みは正しく、今はこうしてリリが牢屋から抜け出しているのだから。

 

「態々そちらから来て頂けるとは、捜す手間が省けて良かったです」

 

「あ?」

 

 普通なら見付かれば焦ってもおかしくない筈なのに、何故かリリは自分達を見て笑みを浮かべていた。その事を不審に思うカヌゥだが、地下牢に幽閉されて頭がおかしくなったかもしれないと結論する。

 

「団長からは手を出すなと命令されてるが、アーデが無断で地下牢から出たら、俺達が止めねぇといけねぇよなぁ」

 

 そう言いながらポキポキと手の指の骨を鳴らし、仲間二人と共に嫌な笑みを浮かべながら彼女に近付こうとするカヌゥ。

 

 前回は妙な魔剣を持っていた為にやられてしまったが、それはザニスが持っている為、今のリリは一切武器を持たない丸腰状態。あの時の分も含めて、きっちり落とし前を付けさせようと痛めつける気満々だった。

 

 カヌゥ達のやろうとしてる事は充分に命令違反となるも、勝手に抜け出したアーデが悪いと言う名目にすれば、多少叱責される程度で済む。加えてチャンドラが抜け出す手引きをしたと言えば、流石に反論出来なくなるだろうとも踏んでいる。

 

「二度と馬鹿な真似をしねぇよう、きっちりお仕置きしてやるぜ。恨むなら、脱走した自分(テメェ)を恨むんだなぁ!」

 

「はぁ……」

 

 まず最初に自分がやると仲間二人に前以て言ってある為、カヌゥは腕を振りかぶりながら襲い掛かろうとしていく。対して丸腰である筈のリリは、大の男が襲い掛かろうとしても全く慌てる様子を見せず、ただ呆れるように嘆息していた。

 

 両者の距離があと僅かとなる瞬間、状況がすぐに一変した。

 

 武器を持っていない筈のリリが突然構えるような仕草をした直後、明らかに彼女の体格以上ある大きな黒い筒型の武器と思われるような物が出現し――

 

「ふんっ!」

 

「$%#’$%’&#)#$!!!!!?????」

 

 それを思いっきりスイングした事で相手に命中し、そして真っ直ぐに吹っ飛んだ。

 

 身長さがあった所為か、黒い筒状の武器が運悪く股間にクリーンヒットした為、カヌゥは言葉にならない悲鳴を上げていた。

 

 そして真っ直ぐ吹っ飛んだ彼は、勢いよく仲間二人を通り越して大きな音を立てながら壁に激突。男の大事な急所に命中したのか、それとも壁に激突した痛みの所為かは分からないが、カヌゥは起き上がれずにピクピクと虫の息状態だ。リリ達からの位置では見えないが、彼が穿いてるズボンの股間辺りからからジワジワと血が滲み出ている。

 

「……………え?」

 

「カ、カヌゥ、さん……?」

 

 いきなりの展開にカヌゥの仲間二人は理解出来ないように、吹っ飛ばされたカヌゥの惨状に困惑する一方だ。

 

「うげっ、よりによって汚い所に当たっちゃいましたか……」

 

 吹っ飛ばした張本人であるリリは、当たった個所が分かったのか、少々嫌そうな表情だった。だが、それはほんの僅かであった。

 

 後で念入りに消毒(ていれ)しようと考えながら、吹っ飛んだカヌゥの方へと視線を向ける。

 

「あの様子では暫く無理そうですね。なら残りのお二方は、此方の餌食になって貰いましょうか」

 

「「!?」」

 

 半死半生となったカヌゥを確認したリリは、仲間二人へと狙いを定める。それを聞いてハッとしたのか、二人はすぐに彼女の方を見る。

 

「お、お前、何で……!?」

 

「武器は、持ってない筈なのに……!」

 

 さっきの黒い筒状の武器とは別に、またしても見慣れない形状をした武器が自分達へ向けていた。

 

 完全に逃げ腰状態となっている二人は、カヌゥを見捨ててすぐに逃走を図ろうとする。あの武器は以前の魔剣みたいに自分達を狙ってくるのだと直感したから。

 

 その判断は決して間違ってはいないのだが――

 

「逃がしませんよ♪」

 

「「ギャァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!」」

 

 リリが逃がさないと口にした瞬間、カヌゥの仲間二人は突如背後から何かが突き刺さって途轍もない激痛が襲い、そして酷く悶え始める事となった。

 

 それが引き金となったように、本拠地(ホーム)全体が慌ただしくなる事となったのは言うまでも無かった。

 

 因みに先程まで起きた事を補足しておく。

 

 カヌゥが虫の息となったのは、リリは一瞬で大砲(ランチャー)――『D-A.I.Sブラスター』を出現させた直後、武器自身の圧倒的な重量を活かし全力で殴りつけるフォトンアーツ――『クレイジースマッシュ』を使ったのだ。

 

 本来は射撃専用で打撃武器ではないのだが、クレイジースマッシュのような近接戦用のフォトンアーツもある。だが大砲(ランチャー)は見ての通り重量がある武器なので、その重さを利用して鈍器としても使用可能であった。尤も、射撃を好むレンジャーは自ら接近戦をする事はしないが。

 

 次にリリはカヌゥを仕留めた後、大砲(ランチャー)から長銃(アサルトライフル)――『スプレッドニードル』に変えて、その通常攻撃で彼の仲間二人を仕留めた。と言っても、非殺傷用にしている為に殺していないが、ある意味針鼠化した対象等は悶え苦しんでいる。

 

 以上が一連の流れであった。

 

「さて、行きますか」

 

 個人的な恨みはまだ完全に晴れていないのだが、今のリリは三下(カヌゥ)達など如何でも良かった。今の彼女の頭を占めるのは、自分や死んだ両親の人生を大きく歪ませた元凶(ザニス)であったから。

 

 あのクズ野郎だけは絶対許さない。例えどんな命乞いをしたところで慈悲を与える気は無い。今まで散々好き勝手やってきたのだから、相応の報いを与えてやる。

 

 一見リリは冷静にカヌゥ達を倒したように思われるが、実はそうでもなかった。もう既にブチ切れており、ザニスの非道な言動によって、いつ火が付いてもおかしくない状態であるのだ。

 

「な、何だこれは!?」

 

「あのガキはまさか……!」

 

 先程までの激しい激突音や叫び声が聞こえたのか、【ソーマ・ファミリア】の団員達が大慌てで駆け付けてきた。

 

 それを見たリリは――

 

「テメェらみたいな三下(クソ)共に用はねぇんだよ! ザニスのクズ野郎を出しやがれぇぇぇぇ!!!!」

 

「「「「「ウギャァァァァァァァァァァ!!!!!!」」」」」

 

 もう感情のタガが外れてしまったのか、長銃(アサルトライフル)から大砲(ランチャー)に切り替えて、本拠地(ホーム)内であるにも拘わらずにぶっ放し始めた。

 

 一応補足しておくが、リリはキレていても『D-A.I.Sブラスター』の出力をある程度下げている他、ちゃんと非殺傷にしている。それでも喰らった【ソーマ・ファミリア】の団員達の多くは重軽傷を負って、段々と本拠地(ホーム)がボロボロになっていく事に変わりないが。

 

 小人族(パルゥム)の少女がたった一人で【ソーマ・ファミリア】を壊滅状態にさせたこの出来事は、後にオラリオ中に大きく広まる事となる。とある目的を掲げている某金髪の男性小人族(パルゥム)が、彼女に興味を抱くのは当然の流れでもであった。




カヌゥ達を(死んでないけど)始末した直後、ここでリリが完全にブチ切れました。

次回はベル視点になります。

感想お待ちしています。


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予想外の出会い⑱

「あと少しで……!」

 

 端末機に表示されてる地図を頼りに【ソーマ・ファミリア】の本拠地(ホーム)を目指していた。

 

 行き先は都市南東部の第三区画。この辺りはまだ散策してない為、少しばかり手間取っている。

 

 リリの位置は探知出来ても、来た事の無い場所であるから、中々思うように辿り着く事が出来ないのだ。それでも僕の端末機はルートを自動的に登録してくれるから、今後道に迷う事は無い。今は少々迷っているが、それでもある程度の道順は理解している。

 

 四苦八苦しながら進んでいる中、気になる事があった。と言っても、これは僕だけじゃなく周囲の住民も含めて。

 

 それは音。最初は何か爆発したかのような小さな音だったのだが、【ソーマ・ファミリア】の本拠地(ホーム)へ近付いていく度にどんどん大きくなっていく。

 

 何となくだが僕は直感した。もしかしたら、この音の発生原因はリリかもしれないと。彼女がアークスであれば、何かしらのクラス専用武器を使って暴れている可能性がある。

 

 さっきまで連続で爆発していたから、それが可能な武器と言えば……一番に考えられるのは射撃武器の大砲(ランチャー)だ。法撃武器のテクニックと言う線も捨てきれないが、何故か大砲(ランチャー)を思い浮かんだ。

 

 まさかとは思うけど、リリが扱ってるクラスの中にレンジャーが含まれているんじゃないだろうか。それがメインクラスかサブクラスなのかは分からないが。

 

 リリがなってるかもしれないレンジャーは通常クラスである為、メインクラスの中にサブクラスを組み込む事が出来る。一人で二つのクラスを同時に扱う事は出来て凄い様に思えるが、サブクラスには色々制約がある為にそこまで便利じゃない。それを語るには色々と長くなるので割愛させてもらう。

 

 因みに僕がなっている『ファントム』はサブクラスを扱う事が出来ない。ファントムは打撃・射撃・法撃を同時に扱える後継クラスである為、サブクラスを必要としないのだ。

 

 通常クラスは打撃・射撃・法撃の特定武器を扱う特化型で、後継クラスは各武器を同時に扱える万能型。全てのクラスはそれぞれに得手不得手があるから、必ずしも特定のクラスが優れている訳ではない。

 

「やっと着いて……なぁっ!?」

 

 少々迷っていたが、漸く辿り着いた【ソーマ・ファミリア】の本拠地(ホーム)を見た瞬間――建物内から大きな爆発音が響いた。

 

 僕が驚いたのはそれだけじゃない。目の前にある館の所々に爆撃を受けたかのような形跡があって、荘厳なイメージとして造られていた筈の建物は今無惨な姿となっている。

 

「おいおい、何なんだよぉ、この爆発は!?」

 

「一体あの中で何が起きてるの!?」

 

「どうなってんだよぉ!? 俺はあの酒が飲みてぇのに……!」

 

「うわっ、まただぁ!」

 

 館の門付近には『ノームの万屋』みたいに多くの野次馬と思わしき人達がいる中、再び爆発音が鳴り響く。

 

 あそこにいる門番達は中で何が起きているのかは分かっていない様子だが、それでも駆け寄ってくる野次馬達を追い出そうとしている。

 

 派閥の本拠地(ホーム)内で起きているとは言っても、憲兵を務めてる【ガネーシャ・ファミリア】が出動してもおかしくない。けれど、まだ来てないと言う事は知れ渡ってないのか、もしくは向かってる最中のどちらかになる。

 

 僕としては、今【ガネーシャ・ファミリア】が此処に来られたら不味い。この爆発の原因が、アークスのリリだと何となく分かっているから。

 

(本当はやっちゃダメなんだけど……仕方ない!)

 

 正面から入る事が出来ないと分かった僕は、周囲に咎められるのを覚悟でファントムスキルで姿を消し、すぐに跳躍して簡単に塀を乗り越えて侵入した。

 

 

 

「こ、これは……」

 

 リリが所属する【ソーマ・ファミリア】の本拠地(ホーム)に侵入に成功し、ファントムスキルによる透明状態のまま、中央にある館へ向かう。

 

 遠目からでも分かっていたが、改めて敷地内から見てみると館が無残な姿となっていた。

 

『ぎゃぁぁぁあああ!』

 

『た、助けてくれぇぇぇ!』

 

 爆発が起きる度、建物内から眷族と思われる悲鳴も聞こえた。恐らくそれを直撃、もしくは巻き添えによるものだろう。

 

 普通なら助けに行くべきなんだが、今の僕は不法侵入している上に、リリを見付けなければいけない。目的を達成させる前に別の事で気を取られてしまってはいけないと、キョクヤ義兄さんからキツく言われているから。それでも目の前に怪我人がいたら、レスタを使って治療くらいはさせてもらうけど。

 

「いつつ……す、スマンのぉ、こんな爺を背負わせてしまってからに……」

 

「気にすんな。俺はアーデとの取引で、アンタを安全な場所へ避難させてるだけだ」

 

 すると、爆発が起きてる別の所から、お年寄りのお爺さんを背負ったドワーフと思わしき男性が出てきた。

 

 さっきの会話の中にアーデ――リリのファミリーネームが聞こえた。もしかしたらあの人達は……!

 

「あの、ちょっと良いですか!?」

 

「ッ! な、何だお前は!?」

 

「いきなり目の前に人が現れたわい!」

 

 僕がファントムスキルを解除しながら声を掛けるも、ドワーフの人とお爺さんは目を見開いていた。

 

 事情を説明したいけど、今そんな暇は無い。

 

「さっきリリ、じゃなくてリリルカ・アーデさんの名前が聞こえましたが、もしかしてアレは彼女がやってるんですか!?」

 

「あ、ああ。アーデの奴がザニス達をぶっ殺す為に……って、お前よく見たら【亡霊兎(ファントム・ラビット)】じゃねぇか」

 

 僕の事を知ってるのか、ドワーフの人は自分の二つ名を口にする。

 

 すぐにでもリリの所へ向かいたいが、この人達は明らかに事情を知ってそうだったので、僕は一旦足を止めて手短に話す事にした。

 

 

 

 

 

 

「た、助けてくれぇ……!」

 

「どうか、どうか命だけは……!」

 

(……はぁっ。何だか虚しくなってきました……)

 

 感情のタガが外れて大暴れしているリリは、大砲(ランチャー)のD-A.I.Sブラスター、長銃(アサルトライフル)のスプレッドニードルを使って本拠地(ホーム)内で大暴れしていた。

 

 カヌゥ達だけでなく、他にも過去に自分を虐げていた三下(クソ)共もいたから、その報いを受けさせる為に倒し続けている。けれど、倒していく内に怒りが段々と鎮まり始めてきた。殆どが(非殺傷による)通常攻撃で終わっているから。

 

 ソーマの神酒に溺れているとは言え、腐ってもそれなりの実力を持っている冒険者達が、こうも簡単にやられるなんて思っていなかったのだ。遠距離用の射撃武器を使ってるからと言って、手加減した攻撃で無様な姿を晒し、極めつけには見苦しい命乞いをしてくる団員達を見て萎えていく。

 

 こんな情けない連中に虐げられていた事を考えるだけで、リリは当時の弱い自分が情けなくなってきたと自嘲的に笑っていた。

 

 それによって先程まで囚われていた怒りの感情は段々消え失せていき、もう雑魚共の相手は止めてザニスに狙いを定めようと決意する。奴の顔を見れば再び怒りの感情に囚われる可能性はあるが、その時になって考えようとリリは結論する。

 

 無様な命乞いをしてる団員達に向けていた大砲(ランチャー)を下ろし、そして背を向けて去って行くと――

 

「このクソ小人族(パルゥム)がぁぁぁぁ!!」

 

「ば、バカ止めろ!」

 

 その内の一人が隙有りだと言わんばかりに、武器を振り翳しながら襲い掛かろうとした。

 

 リリはそうなる事を想定していたのか、すぐに後ろを振り向きながらカヌゥを吹っ飛ばしたクレイジースマッシュを使う。

 

「%$#&$%#!!!???」

 

『ヒィッ!』

 

 襲い掛かって来た団員はカヌゥと同様股間に命中した直後、そのまま勢いよく吹っ飛んで壁に激突する。そして倒れたまま、虫の息状態になってピクピクとしか動かず、股間から血が滲み出る。

 

 その無惨な姿を見た事に、止めようとしていた団員だけでなく、少し離れて倒れていた他の団員達も揃って顔を青褪めながら戦慄する。股間にある大事な所を潰されるしまう瞬間を見てしまえば、青褪めてしまうのは男として当然だろう。

 

 因みにそれをやったリリは、自分の大事な武器にまた汚い部分に当たってしまったと嫌そうな表情になりながら、絶対に消毒(ていれ)をしようと固く誓っている。

 

「一応訊いておきますが、まだやりますか?」

 

 笑みを浮かべながら問うリリに、団員達は一斉に揃ってブンブンと首を横に振っていた。抵抗する気は既に無いどころか、さっき無謀な事を仕出かした団員(バカ)の二の舞になりたくないから。

 

 降参の意を示すように、団員達が武器を投げ捨てたのを見た彼女は、ザニスの場所へ向かおうとする。

 

「……いるみたいですね」

 

 あっと言う間に特定の部屋に辿り着き、リリは中に人がいるかを確認しようと端末機を使う。

 

 ザニスの情報は登録していないが、中に人と思わしき生命反応があった。間違いなく此処に奴はいると確信する。

 

 その瞬間、リリは無駄に豪華そうな扉を容赦無く蹴り飛ばした。アークスによる訓練によって、彼女は見た目とは裏腹に相当な身体能力を持っている為、固定してる立て付けは蹴りの衝撃で剥がされ、そして扉は罅が入りながら無様に倒れていく。

 

「なっ! アーデ、何故……!?」

 

「またお会いしましたね、ザニス様」

 

 驚愕の表情となって困惑してるザニスとは別に、先程のやり取りを思い出したかのように段々と怒りの感情が膨れ上がっていくリリ。

 

「先程までの大きな爆発はお前の仕業だったのか!?」

 

「そうでなければリリは此処へ来てませんよ」

 

 ザニスが元凶を発覚したかのように叫ぶも、対してリリはそんなの今更だと呆れるように言い返した。

 

 因みに今の彼女は持っていた大砲(ランチャー)を持っていない。この部屋を蹴破る寸前、ザニスを油断させる為に電子アイテムボックスへ収納したのだ。

 

「どうやったのかは知らんが、お前には相応の仕置きが必要みたいだな!」

 

 丸腰と勘違いしてるザニスは引っ掛かりながらも、机の上に置かれているリリの銃剣(ガンスラッシュ)を手にして構える。

 

「自分の武器でやられるんだな、アーデェ!」

 

 そう言ってザニスは銃剣(ガンスラッシュ)を振り回した。カヌゥ達を簡単に倒した魔剣ならリリを倒せる筈だと確信しながら。

 

 しかし、手にしてる武器から何の反応もしない。 

 

「は? ど、どういう事だ? これは、魔剣じゃないのか……?」

 

「ザニス様に言い忘れてましたが」

 

 戸惑うザニスを余所に、リリはいつの間にかスプレッドニードルを展開する。

 

「な、何だその武器は! 一体何処から出した!?」

 

「ソレはリリ以外の者が使えないように細工を施してありますから、貴方様には一切使えませんよ」

 

 ザニスの言葉を無視するようにリリは使えない理由を教えた。

 

 今の銃剣(ガンスラッシュ)は剣モードになっている他、銃モードにしない為のセーフティも施している。だからザニスが魔剣と勘違いしてる銃剣(ガンスラッシュ)を振るったところで何も出ない他、リリから見れば彼のやってる事は道化に過ぎなかった。

 

「き、貴様、私を騙したのか!?」

 

「騙したとは人聞きが悪い。其方が勝手に魔剣だと勘違いしただけですよ。それはそうと――」

 

 人を騙すのはそちらの得意分野だろうと思いながらも、リリは長銃(アサルトライフル)を構え――

 

「楽には殺しませんよ、ザニス様♪」

 

「ギャァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 そして引き金を引いた。手加減していた団員達と違い、出力を強めにして。

 

 スプレッドニードルの潜在能力『古の針散弾・改』による範囲攻撃で、ザニスの身体に無数の針が突き刺さった事で、部屋全体に大きな悲鳴が響き渡るのであった。




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予想外の出会い⑲

最近、内容が短くてすいません。


 手短な内容だったけど、ドワーフの男性――チャンドラさんとお爺さん――『ノームの万屋』の店主さんから一通りの話を聞いた。同時にリリが数年前にダンジョンで行方不明であった事も含めて。

 

 どうやらリリは数年前、同じ派閥である【ソーマ・ファミリア】の冒険者達と一緒にダンジョン探索をしていた際、怪物の宴(モンスター・パーティ)発生時に囮として利用されたようだ。因みにチャンドラさんはリリが数年前に死んだ事は知っていたけど、囮にされた事は全く知らず、ごく最近知ったばかりと言っていた。

 

 そして数年後、死んだ筈の彼女が実は生きていて、約一週間以上前から『ノームの万屋』に隠れ潜んでいた。店主さんはリリの事を前々から知っていたようで、久しぶりに再会し、メイドとして雇う形で寝床を提供していたとの事だ。

 

 二人の話を聞いて、僕はこう考えた。断言出来ないけど、リリはダンジョンの中で突然オラクル船団がある世界に飛ばされたかもしれない。そしてそこでアークスとなり、再びオラリオのダンジョンに戻ってこれたのだと。

 

 端から聞いたら荒唐無稽な話だけど、僕は現にオラクル船団と言う名の異世界へ渡ったのだ。リリがアークスであれば、必ずそうなっていないと辻褄が合わないから。

 

 リリの経緯を知った以上、もう一度話さなければならない。今度は冒険者としてでなく、アークスの一人として。

 

 だけどその前に、今も行われているリリの破壊行動を止める事が先決だった。もう既に【ソーマ・ファミリア】の本拠地(ホーム)は半壊状態となっており、このままだと此処にいると思われるソーマ様の身が危うい。今のところ爆発は起きてないけど、それでも危うい状況であるのは確かだ。

 

 もしあの館が崩壊によってソーマ様が死ぬような事になれば、その原因を作ったリリは神殺しを犯した事になってしまう。この世界で人間の神殺しが禁忌とされていて、それをやってしまえば大罪となり、死後も咎を背負う事になる。

 

 いくらリリが【ソーマ・ファミリア】を恨んでいるとは言っても、アークスの力を使ってソーマ様を殺そうとするのはダメだ。例え戦う事になっても、同じアークスの僕が全力で止めないといけない。

 

 だから僕は今、チャンドラさん達との話を終えた後、再びファントムスキルで姿を消し、館の中に入ってリリがいると思われる場所へと向かっている。

 

 その途中で明らかに被害を被った人達がいて、殆どは怪我はしててもそこまで酷くなかった。と言うより、何やら恐怖によって怯えている感じがする。

 

 治療したいのは山々だけど、今の僕は無断侵入している身である為、心を鬼にしながら敢えて放置するしかない。今は一刻も早くリリを止めなければならないから。

 

 二階まで進んでいるが、リリは此処にいない。端末機には館の更に上の三階と思わしき場所にいる。そして新たな上への階段を見付けてすぐ駆け上がり、とうとう三階へと辿り着く。

 

 さっきいた一階や二階と違い、この三階は通路を除いて丸々一室だった。恐らく此処に【ソーマ・ファミリア】の主神に充てられた神室なのだろう。

 

「あそこか!」

 

 両開きの大扉が開かれてる状態であるから、恐らくそこにリリがいる筈だ。

 

「リリ!」

 

 周囲に誰もいないから、僕はすぐにファントムスキルを解除して――

 

 

「本当に分かってんのかクソワカメ!?」

 

「はい、反省してます。ソーリー、ごめんなさい」

 

 

 室内に入った瞬間にあり得ない光景が目に映っていた。

 

 キレてるのか分からないけど、リリはソーマ様の髪を引っ張っていて、顔を近づけながら容赦のない罵倒を浴びせていた。

 

 対してソーマ様は痛みに耐えながらも、眷族である筈のリリに逆らう事はせず、ただ只管謝り続けている。

 

「こ、これは一体……?」

 

 明らかに説教しているようにしか見えないが、来たばかりの僕は全く状況が呑み込めない為に呆然と立ち尽くすしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 ザニスに思う存分恨みを晴らした後、銃剣(ガンスラッシュ)も回収したリリは団長室を後にした。

 

 今いるのは管理棟の最上階。記憶はうろ覚えでも、此処には一番の元凶――ソーマがいる筈だと確信している。

 

 そしてリリは辿り着いた両開きの大扉の前に立って、無言のまま開けようとする。団長室の時は容赦なく扉を蹴破ったが、相手は腐っても神である為、敢えて普通に入る事にした。ノックはせずに無断で入ろうとするのは充分失礼だが、そこまでの気遣いなんか必要無いと切り捨てていた。

 

「勝手ながら入らせて頂きました。そしてお久しぶりです、ソーマ様」

 

「………」

 

 予想通りソーマはいた。

 

 広いバルコニーが備わった部屋の奥にある作業机の上で、乳鉢を用いて何かを混和させている。恐らく酒造りに関する事だろうと、リリは思い出す。

 

 先程まで大砲(ランチャー)を使って派手に周囲を破壊し、そして無断で入室したと言うのに、この神は無関心と言わんばかりに自分の趣味に没頭している。

 

 数年経っても相変わらずの趣味神だと思いながら、リリは再び口を開く。

 

「ソーマ様、リリの事は憶えていますか?」

 

 背を向けている主神に、リリは確認するように問う。

 

 声を掛けても作業を行っているソーマは、煩わしそうに振り返る。

 

「やかましい。雑事は全てザニスに任せている。用件はソイツに言え」

 

 数年振りに会った眷族を歯牙にもかけていない主神に、リリは必死に己を押し殺す。

 

 この神はそう言う奴なのだと言い聞かせながらも、ツカツカと近づいていく。

 

「残念ですが、ザニス様は現在お休み中(・・・・)で対応出来ません」

 

 リリの言っている事は決して嘘じゃない。ザニスは今も激痛に苛まれている状態で、まともに話せる状態ではないのだ。

 

「お願いがあります、ソーマ様。少し前にザニス様は仲間を使い、リリがお世話になっている質屋へ押し掛け、強盗並びに破壊行為、そして店主のお爺さんを誘拐しました。ザニス様達に対する処罰の他、お爺さんへの謝罪と弁償をして下さい」

 

 淡々と告げるお願いに、ソーマは緩慢な動きでリリと向き直る。

 

 それはもう面倒そうな感じで、口を開いた。

 

「簡単に酒に溺れる、薄っぺらい子供の言葉に何の意味がある?」

 

「……は?」

 

 この神は一体何を言っているのだとリリは唖然とした。

 

 アークスになる前の幼い頃、リリや両親は一度だけ『神酒』を飲んだ事がある。その所為で人生が破滅の道を辿る事となってしまった。

 

 因みにそれは自分達だけでなく、【ソーマ・ファミリア】の眷族達も同様だ。彼等はそれを飲んで溺れてしまい、我先に得ようと躍起になり、挙句の果てには、お互いを蹴落とす醜い争いまで始めた。

 

 自分も嘗て神酒を飲んで溺れかけ、どうにか正気に戻って酷く惨めな生活をしていたというのに、ソーマは何も知らず勝手に失望している。端から聞けば勝手な言い分だと憤慨してもおかしくない。

 

 ソーマの言葉に悪意が無ければ、害意も無い。それどころかリリ達には興味すら無いから、こうも無関心なのだ。

 

 余りの言葉にリリが無言となっている中、ソーマは壁に作り付けされた棚、そこから白い酒瓶を取り出す。

 

 そして彼女に近付き、杯を手渡してこう言った。

 

「これを飲んで、また同じ事を言えるのなら、話を聞こう」

 

 ―――ブチッ。

 

 頭の中で切れた。必死に守り続けていた理性(かんじょう)の糸が。

 

 受け取ったリリは杯に注がれている液体を一瞥した後、グイッと勢いよく『神酒』をあおった。

 

 彼女が飲んだ数秒後、動かない彼女を見て溺れたのだと思ったソーマは踵を返そうとするも――

 

「―――不味い」

 

「……何だと?」

 

 あり得ない言葉を聞いた為に動きが止まった。

 

 今さっき、リリから『不味い』と言う単語が聞こえた。それはソーマにとって信じ難いのだ。

 

 (じぶん)が作る酒は美味い筈。不味いなんて決してあり得ない。

 

 そう言い聞かせているソーマだが、リリは再び口を開く。

 

「聞こえなかったのか? クソ不味いって言ったんだよ、クソワカメ!」

 

 今度は聞こえるように大きく叫びながら、リリは片手で持っている杯を強く握りしめて地面に投げつける。

 

 彼女が全く酔わずに罵倒しているのは勿論理由がある。『神酒』によって身体が浸食されるところを、体内にあるフォトンエネルギーで浄化されたからだ。それによってリリは、『神酒』を飲んでも平然としている訳であった。

 

「く、クソ、不味、い……?」

 

 改めて確認したソーマだが、今度は両膝と両手を床について固まってしまう。最高傑作である筈の神酒を不味いと言われた事にショックを受けているのだ。

 

 だが、そんな事は如何でも良い様に、リリは彼の髪を思いっきり引っ張る。

 

「黙って聞いてれば、勝手に失望した上に、クソ不味い酒を飲めば話を聞いてやるだぁ!? テメエどんだけ自分勝手なんだよ! 眷族(こっち)の事は何も見ずに全部ザニスのクズ野郎に人任せ! そんなんだからテメエはクソ不味い酒しか造れねぇんだよ!」

 

「!!!???」

 

 髪を引っ張られて痛がるも、クソ不味い酒と連呼し続ける事で再度ショックを受けるソーマ。

 

 痛みと罵倒によるダブルパンチで打ちひしがれてしまいそうになるが、感情が爆発しているリリはそう簡単に許すつもりは毛頭無い。

 

 ベルが此処へ来るまであと数分経ってからだが、それまで彼女は主神にありとあらゆる不満をぶつけるのであった。




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予想外の出会い⑳

最近内容が短くてすいません。

ドラクエ10オフラインに嵌っちゃいまして。


「た、大変見苦しいものを見せてしまい、申し訳ありませんでした……!」

 

「あ、いや、まぁ……。リリが凄く怒っていたのは伝わっていたから……」

 

 リリが顔を真っ赤になりながらも只管謝罪してる事に、僕はただ苦笑するしかなかった。

 

 さっきまで本当に凄い光景を見せられたけど、今はソレを微塵も感じられない。

 

 少しばかり説明しよう。

 

 僕が無断でソーマ様の部屋へ入った瞬間、凄い剣幕で主神の髪を引っ張りながら罵倒するリリを見た瞬間、呆然とする以外の選択肢が無かった。

 

 言いたい事を全て言い終えたリリは、此方に気付いて顔を向けた直後、「ベ、ベル様……?」と言いながら、一気に頭が冷えたかのように石化した。まるで知り合いに恥ずかしい所を見られてしまったような感じで。

 

 その後から凄い迅速だった。髪を引っ張っていたソーマ様を放り投げて、すぐさま僕に「これには理由(わけ)があるんです!」と弁明してきたのだ。

 

 因みにソーマ様の方はさんざんやられたのか、今も完全に打ち(ひし)がれている。主に『クソ不味い』と言う単語を呟いていて、見てて気の毒としか言いようが無いほど酷い状態であった。そしてそれをやらかした当のリリは全く見向きもせず、今もずっと僕に事情の説明と謝罪をしている。

 

 とまあ、簡単だけど事情はこう言う訳であった。

 

「……一先ず、リリの謝罪はここまでにします」

 

 そしてリリは落ち着いついて、漸く本題に入ろうとする。

 

「本当なら他派閥であるベル様が、どうして此処へ来たのか疑問を抱くところですが……」

 

 確かに【ヘスティア・ファミリア】の眷族である僕が、【ソーマ・ファミリア】の本拠地(ホーム)へ来ること自体おかしい。益して無断侵入してるから、咎められてもおかしくない状況だ。

 

 けれど、リリはそんな素振りを全く見せていない。その直後に片手を開いた状態のまま、突如物が出現する。

 

「この端末機に予め施していた発信機能を頼りに、この本拠地(ホーム)へ訪れたのでしょう? そうでなければ来れない筈です」

 

「……うん」

 

 本当なら僕はここで何を言っているのかと惚けなければいけないが、既に確信している僕は彼女に倣い、電子アイテムボックスから端末機を出した。

 

 リリの言う通り、発信機能が無ければ僕は此処まで簡単に辿り着く事が出来なかった。もしあの時に端末機を使わないでいたらと考えると、リリがアークスだと一生分からなかっただろう。

 

 端末機を出した瞬間、それは即座にデータを受信して、ディスプレイにはアークスの情報が表示された。僕の端末機にはリリの情報が、リリの端末機には僕の情報が。

 

 お互いにアークスだと判明し、僕は内容を一通り見た後に彼女の方へと視線を向ける。

 

「全く。ベル様が端末機の通信を一度でも使ってくれれば、こんな事にならなかったと言うのに」

 

「ご、ゴメン。ちょっと訳ありで使ってなかったんだ……」

 

 後からになって分かったとは言え、まさか本当に僕と同じアークスがこの世界にいたなんて思いもしなかった。

 

 リリはどう見ても小人族(パルゥム)だから、恐らく僕と同じくオラクル船団へ渡ったのだろう。向こうには小人族(パルゥム)と言う種族はいないから。

 

 身長だけで言うなら機械生命体(サポートパートナー)の可能性はあるかもしれないが、違うと断言出来る。仮に彼女がそうであれば、初めて僕と会った時点で周囲の目を気にせず、すぐ本題に入る筈だ。人間と同じ会話が出来ても、基本はお手伝いロボットである為に柔軟な対応が出来ない。

 

「って、リリ! ソーマ様の前で見せたら……!」

 

 今更だけど、此処には僕達だけでなくソーマ様もいた事に気付いて焦り始める。

 

 ヘスティア様は良いとしても、僕達の目の前にいる方はアークスの事なんて知らない筈だ。異世界の情報を知られたら非常に面倒な事になってしまう。

 

「ああ、それは大丈夫ですよ。あのお方は今、此方の会話なんて全然聞いてませんから」

 

「え?」

 

「ほら、見て下さい」

 

 僕と違って冷静なリリはそう言いながら、自分の主神に向かって指をさす。

 

 思わず視線を向けると――

 

「俺の酒……クソ不味い……俺の、酒が……クソ、不味い……」

 

 リリの罵倒が物凄く聞いていたのか、確かに此方の会話に耳を一切向けずに上の空状態だった。

 

 ロキ様から聞いた話では、ソーマ様が作る神酒は色々問題があるけど、たとえ失敗作でも最高級品と呼ばれるほどの凄く美味しいお酒と言われている。

 

 しかし、自分の眷族である筈のリリからクソ不味い酒と大きな声で否定された。あの姿を見る限りソーマ様にとっては非常にショックであり、今まで培ってきたプライドが粉々に打ち砕かれたかもしれない。

 

「とは言え、確かに此処で話す内容じゃありませんね。一応これだけは確認したいのですが、ベル様の所にいる主神様はご存知なのですか?」

 

「う、うん。一通り話した後、他の神々には絶対言わないようにって……」

 

 ヘスティア様に僕が異世界へ渡った事を説明した際、とんでもない事を知ってしまったと言わんばかりの反応を示していた。

 

「賢明な判断ですね。ならば今の件が一通り片付いた後、その神様も交えて話しましょう」

 

 そう言いながらリリは端末機を収納して、今も打ち拉がれているソーマ様へと近づいていく。

 

「さてソーマ様、じゃなかったクソワカメ。約束通り神酒を飲んだんですから、ちゃんと話を聞いてくれる約束でしたよね?」

 

「ちょ、ちょっとリリ! 呼び方が逆だよ!」

 

 僕は即座にツッコミを入れるも、リリは全然聞いてないように話を続けていた。

 

 憎んでいるとは言っても、神様相手にそこまでしたら不敬罪を通り越して重罪になるんじゃないかと不安になってしまう。

 

 すると、外から何やら騒がしい音がした。

 

 

『我等は【ガネーシャ・ファミリア】だ! 市民の通報により馳せ参じた! 【ソーマ・ファミリア】の眷族達よ、今すぐに抗争を止めてもらおうか!』

 

 

 窓が開いているとは言え、今いる場所が三階でありながらも、凛々しくもハッキリした大きな声が届いていた。

 

「ああ、もう来ましたか。元凶の一つが」

 

 僕だけじゃなく、リリも当然聞こえている。

 

 だけど、【ガネーシャ・ファミリア】だと分かった瞬間、何故か煩わしそうな気がしたのは僕の気のせいだろうか。

 

 と言うより元凶って一体……?




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予想外の出会い㉑

またしても短くてすいません。


 都市の治安維持を務めている【ガネーシャ・ファミリア】が出動した事により、【ソーマ・ファミリア】の本拠地(ホーム)内で起きてる騒動は収束される。尤も、主犯であるリリが憎い連中を(殺してはいないが)始末したから、もう既に後の祭りであったが。

 

 その際、リリは部外者であるベルに、『後の事は此方でやります』と言って密かに退散するよう促した。自分が端末機を使って来るようにしたとは言え、今回の騒動に他派閥のベルを巻き込む訳にはいかなかったのだ。下手に関わってしまえば【ヘスティア・ファミリア】にも余計な疑いを掛けられてしまう為に。

 

 本当は自分だけ逃げる事に抵抗を感じてるベルだったが、無断侵入してる事を自覚していた為、やむを得ないとファントムスキルで姿を消して退散。それを見たリリは彼が後継クラスのファントムだと判明したことを補足しておく。

 

 その間に【ガネーシャ・ファミリア】が本拠地(ホーム)に立ち入って調べると、重軽傷を負ってる団員達からの証言で、たった一人の小人族(パルゥム)の少女にやられたと知って困惑していた。一番酷かったのは【ソーマ・ファミリア】団長の【酒守(ガンダルヴァ)】ザニス・ルストラ、団員のカヌゥ・ベルウェイとその他数名。

 

 ザニスは全身に針が刺さって針鼠のようになって全身骨折、カヌゥ達は股間にあるモノが使い物にならないかと思うほどに血だらけ状態。前者は当然酷いのだが、後者の方に関しては【ガネーシャ・ファミリア】の男性眷族達が顔を青褪めたのは言うまでもなかった。

 

 最後に主神ソーマの部屋へ訪れるも、そこで犯人が【ソーマ・ファミリア】所属のリリルカ・アーデだと判明。彼女は何だか呆れた表情をしていたが、一切抵抗せずに捕縛となった。武器を持ってない筈なのに、一体どうやって連中を倒したのかと疑問を残したまま。

 

 

 

 

 

 

 リリルカ・アーデを捕縛した後日、ギルドも動く事となった。本来は派閥内のゴタゴタであるのだが、ほんの数日前に【ソーマ・ファミリア】の団員数名が街で問題を起こした前科があるにも拘わらず、再発してしまった為に動かざるを得なかったのだ。『またアイツ等か!』と多くのギルド職員が憤慨しながら。

 

 どんな手段を使ったのかは分からないが、リリのやらかした事は、とても見て見ぬ振りが出来ない案件となっていた。団員や団長だけでなく、挙句の果てには主神であるソーマにすら手に掛けようとしていた。未遂とはいえ神殺しは禁忌である為、【ガネーシャ・ファミリア】の主神ガネーシャ、そしてギルド職員のエイナ・チュール、その両名が自ら取り調べをする事となった。

 

 派閥の主神とギルド職員がそうするのには相応の理由がある。

 

 ガネーシャは人間(こども)を愛する神として、何故手に掛けようとしたのかと真意を聞きたいのだ。団長のシャクティ・ヴァルマは難色を示しつつも、万が一と言う理由で護衛を付けている。

 

 エイナには別の理由があった。今まで行方不明であったのに、何故密かにサポーターを行っていたのかを。

 

 神とギルド職員の取り調べによってリリは――

 

「この際だから言わせてもらいますけど、今回リリが起こした騒動の元凶は其方なんですからね」

 

 あたかも自分達は無関係みたいな振る舞いをする事に憤ったから、此処で一気にぶちまける事にした。

 

 数日前に捕らえた【ソーマ・ファミリア】の団員達を捕縛しておきながら、保釈金を支払って解決させたのが間違いであったと糾弾する。

 

 ソイツ等は釈放された翌日、団長(ザニス)の命令で自分が世話になっている『ノームの万屋』を襲撃し、店の破壊と強盗行為、挙句の果てには店主を誘拐した件も全て話す。

 

 因みに自分が行方不明になった事に関しては、数年前に捕縛した連中が自分が役立たずと言う理由でモンスターの餌にさせられたが、運良く生き延びて密かに隠れ潜んでいたと暈している。

 

 一通りの話を聞いたガネーシャとエイナは寝耳に水であった。それと同時に後悔している。向こうの団長に責任を負わせる為に下した措置が、またしても一般市民に被害を被る結果になってしまったのだと。特に人間の嘘を見抜く事が出来るガネーシャは、それが真実だと瞬時に理解していた。

 

 今回の騒動で、襲撃を指示したザニスとカヌゥ達数名が相当な重傷となっていたのは、誘拐された店主を助ける際、リリが報復したのだと察した。それは後ほど、『ノームの万屋』店主――ボム・コーンウォールからもちゃんと証言を得ている。

 

 ガネーシャが突然立ち上がった直後、リリに「すまなかった!」と言いながら即座に頭を深く下げた。しかも、眷族(シャクティ)やギルド職員のエイナがいる前で何の躊躇いも無く。

 

 だが、その二人も彼と全く同じ気持ちであった為に一切何も言わなかった。それどころか非常に申し訳ない気持ちになっている。リリとしては内心『何を今更』と言いたいが、これ以上蒸し返すと面倒なので、敢えて何も言わず神の謝罪を素直に受け止めていた。

 

 本当はリリに相応の重い(ペナルティ)を与える予定であったのだが、【ガネーシャ・ファミリア】とギルドにも責任があると言う事も踏まえた結果、微罪と言う判決が下された。その結果を聞いたギルド長のロイマン・マルディーニが納得行かないと文句を言うも、そこはガネーシャが抑えた為に問題無かった。

 

 微罪になった一番の決定打は、『ノームの万屋』襲撃の詳細をリリが教えた事によって、首謀者達を捕縛する事が出来たからだ。指揮をした【ソーマ・ファミリア】団長ザニス・ルストラは勿論の事、実行したカヌゥ・ヴェルウェイを含めた数名の団員達も再捕縛。一般市民に手を出し、剰え金品を強奪したのは冒険者以前に大問題である為、治療後には長い牢屋生活が待っていると同時に、最大級の厳罰として恩恵(ファルナ)封印の判決も下された。

 

 取り調べが終わった後、ガネーシャとシャクティはリリが世話になっているボム爺さんに償いをする為、建物修理の費用は全て此方で負担すると願い出たが――

 

「ああ、それは結構です。お金に関しては簡単かつ確実にガッポリ稼ぐ方法がありますから。その際ギルド側にも協力してもらいますけど、勿論良いですよね?」

 

 その台詞にエイナは首を傾げるも、彼女もガネーシャ達と同様に申し訳ないと思っている為、協力することに一切反対しなかった。

 

 一体どんな方法で稼ぐのかと訊いた瞬間、全く想像しなかった為にガネーシャ達すらも目を見開いていた。完成品である『ソーマの神酒』をオークションで売ると言い出したから。




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予想外の出会い㉒

今回は前回と違ってちょっと長めです。それでも短い事に変わりませんが。


      ~緊急企画 ギルド認定オークション~

 

 開催日時:(現代で言うと三日後の正午)

 

 場  所:ギルド本部前庭

 

 主 催 者:【ソーマ・ファミリア】

 

 対象商品:完成品『ソーマの神酒』×2 失敗作『ソーマの神酒』×2

 

 進行内容:①失敗作『ソーマの神酒』×2 一般人+下級冒険者限定オークション

 

      ②完成品『ソーマの神酒』   上級冒険者限定オークション

 

      ③完成品『ソーマの神酒』   フリーオークション(神々も可)

 

 参加資格:上記の内容に書かれている通りだが、15歳以下厳禁。偽った場合は即強制退場。

 

 注  意:あくまで購入した者が飲む為のオークションであり、転売目的での購入は一切認められない。【ガネーシャ・ファミリア】主神ガネーシャより、購入時に嘘偽りが無いかを確認させて頂きます。

 

 備  考:オークション開催前に、販売商品が偽物でない事を証明する為、参加者の中から抽選で一名だけの試飲を予定しております。お金に余裕のある方、『ソーマの神酒』を飲みたい方、この機会に是非とも奮ってご参加下さい。

 

 

 

 

 リリが作成したチラシはギルド本部の掲示板に貼られただけでなく、ギルドが販売許可を出してる屋台や飲食店にも配布された。

 

 補足ではないのだが、今回やるオークションにギルド長のロイマンが色々と口出しをしてきた。会場提供による場所代や人件費、オークションで得た売上の一部を税として納めさせてもらう等々、特にお金に関する事ばかりだった。

 

 ザニスにも劣らない金の亡者みたいな発言をした事に――

 

「そもそも其方が罰金だけでなく、保釈金欲しさに犯罪者達を釈放させた結果、『ノームの万屋』で悲劇が起きたのをもう忘れたんですか?」

 

 ふざけたこと抜かすとテメエ等の失態を世間にバラすぞ、みたいな遠回しに言った結果、ロイマンが即座に大人しくなったのは言うまでもない。

 

 ギルドはその気になれば事件を揉み消す事など造作も無いのだが、当事者であるリリの前に強く出れなかった。もしも彼女に手を出せば、オークション主催に全面協力している【ガネーシャ・ファミリア】が黙っていない。下手をすれば彼等との関係が拗れてしまうから、ギルド側としては絶対避けたいのだ。

 

 そんな中、オークション開催日が近づいていく際、参加者達は早く始まって欲しいと願っていた。

 

 一部の【ファミリア】では――

 

「ガレス! 明日のオークションでは絶対に完成品の神酒(ソーマ)をうち等で頂きや!」

 

「言われるまでもない。こんな事もあろうかと思い、金を貯めておいたのじゃ!」

 

「普段ダンジョンで稼いでるガレスはともかく、ロキは参加して欲しくないんだが……」

 

「あはは……。でもまぁ、僕も思い切って参加してみようかな。少しばかり気になる同胞もいる事だしね」

 

 酒豪のドワーフと主神以外にも、とある小人族(パルゥム)の団長が参加する気満々であり――

 

「フフフ……中々面白そうね」

 

「参加されるのですか、フレイヤ様」

 

「勿論そのつもりよ。退屈しのぎには丁度良いし、それに……」

 

「?」

 

「あくまで私の勘だけど、これに参加すると良い事がありそうな気がするの」

 

 とある美神は護衛を連れて必ず参加しようと決意する。

 

 神々の中には【ファミリア】の蓄えを持って行こうと画策しており、その眷族達は主神の行動に目を光らせているのであった。

 

 

 

 

 

 

 リリが【ソーマ・ファミリア】の本拠地(ホーム)を半壊させた数日後、僕は会場となってるギルド本部の前庭にいた。

 

 何でこんな所にいるのかと問われたら――

 

『お待たせしました。本日はお忙しい中、お時間をいただきありがとうございます。今回行われるオークションの司会進行を務めさせて頂きます【ソーマ・ファミリア】所属、リリルカ・アーデと――』

 

『え、えっと……【ヘスティア・ファミリア】所属、ベル・クラネルが助手を務めさせて頂きます』

 

 端末機にリリからの通信で、オークションの手伝いをして欲しいと頼まれたのだ。

 

 今の僕は彼女と一緒にステージに立ち、魔石製品の拡声器を片手に声を響かせていた。そして目の前には大勢の参加者達がいて、そうでない人達も詰め掛けている。

 

 オークションの事は知っていたが、まさか助手役をやるなんて思いもしなかった。【ガネーシャ・ファミリア】やギルドの協力があるとは言え、リリとしては一番信用出来る護衛として、アークスの僕を自分の近くにいて欲しいとの事だ。一応これは依頼であり、ちゃんと報酬も受け取る事になっている。話を聞いた神様は何故か胡散臭そうに、ちょっとばかり難色を示していたけど。

 

 でもまぁ、僕がいる事で少しばかり空気が変化しているのは確かだ。さり気なく周囲を見渡してると、参加している一部の人達が若干気後れしているのが見えた。

 

 参加者の中には、僕の知っている人達も当然いる。【ロキ・ファミリア】のロキ様とフィンさんにガレスさん、【ヘファイストス・ファミリア】の椿さんとか。

 

 あと他に気になる事と言えば……単なる思い過ごしかもしれないが、見知らぬ銀髪の女神様が何故か助手の僕に熱い視線を送っている。目を合わせたら不味い気がしてる僕は、敢えて気にせず助手に専念することにした。

 

 僕の考えとは他所に、司会役のリリは進行を続ける。

 

『では先ずチラシに書いてあった通り、オークション開催前に『ソーマの神酒(さけ)』が本物であるかを確かめる為の試飲を行います。ですが完成品は一般の方々が飲んでしまうと問題が起きる危険性がある為、それを考慮した結果、今回は敢えて失敗作の方を試飲して頂きます。ですが失敗作であっても、美味しい極上なお酒に変わりない事は保証します』

 

 試飲するのは一名となっており、助手役の僕が抽選する事になっている。

 

 やり方は簡単。参加者が座っている椅子にはそれぞれ番号が割り振られており、僕はそれを無作為(ランダム)で選ぶ為のくじ引きをすると言う単純明快なモノ。

 

 益してや他所の【ファミリア】である僕が引けば、誰も文句が言えない。もし誰かがイカサマをしてると訴えれば、それはつまり【亡霊兎(ファントム・ラビット)】の僕に喧嘩を売っているも同然の行為だから。恐らくリリは、それも考慮して僕にくじ引きをさせたかもしれない。

 

『さぁベル様、お願いします』

 

『は、はい!』

 

 リリが参加者達に抽選方法を説明した後、僕にくじを引くよう促す。

 

 くじが入ってる箱に手を入れた瞬間、物凄い強烈な視線を送られている。自分に当たれと言わんばかりの表情だ。

 

 と言うかロキ様、貴女は以前に僕が失敗作の神酒を買って飲みましたよね? 別に抽選で選ばれなくても、オークションで完成品を購入すれば良いだけだと思うんですが。

 

 少しだけ呆れながらくじを引いた僕は、書かれている紙を公表する。

 

『えっと、***番の方はいらっしゃいますか?』

 

 僕が拡声器を通して番号を告げると、参加者達は一斉に自分が座ってる椅子の番号を確認し始めた。

 

 因みにもし此処で番号を誤魔化した人がいても、会場全体を見張っている警護役の【ガネーシャ・ファミリア】が確認する事になっている。嘘だと判明した瞬間、その人はオークションの参加権を失うと同時に強制退場となる流れだ。なので不用意な出任せが出来ないと分かっているから、参加者達は念入りに番号を確認している。

 

 そして選ばれたのは――

 

「はいは~い、俺で~す! 番号の確認お願いしま~す!」

 

 橙黄色の髪をして羽帽子を被った旅人風の男性、いや男神様だった。

 

 すぐに【ガネーシャ・ファミリア】の人が確認すると、間違いないとの判定が返って来た後、その方は僕達がいる舞台(ステージ)に立つ。

 

「いや~ありがとう、ベル・クラネル君。俺は【ヘルメス・ファミリア】の主神ヘルメス。以後お見知りおきを。実を言うと俺、君のファンなんだよ。良かったら握手しても良いかな?」

 

『は、はぁ……』

 

 試飲会である筈なのに、この男神――ヘルメス様は何故か凄く親しげな感じで僕に自己紹介をしながら握手を求めてきた。

 

 思わず手を伸ばしてしまうと、向こうは力強い握手をする。と言っても、アークスの僕には大した事は無いけど。

 

 すると、僕とヘルメス様が握手をしてる光景に、神々の方からブーイングが響く。

 

 

「おいヘルメス~! 試飲で選ばれたんやから、さっさと飲んで退場せんかボケェ!」

 

 

「おっと、そうだったね」

 

『ではヘルメス様、此方をどうぞ』

 

 ブーイングをしてる中で、ロキ様が一番に叫んでいた。因みに銀髪の女神様が、何やら怖い笑みを浮かべているのは何故だろうか。

 

 言われたヘルメス様は僕との握手を止めて、リリが用意しておいた神酒(失敗作)が入った杯を受け取り、すぐにグイッとあおる。

 

「美味い! これは確かに『ソーマの神酒(さけ)』だ! 失敗作でありながらも、極上の味が俺の舌を唸らせる! 今回商品として出される神酒(さけ)は、間違いなくソーマが作った物だと、このヘルメスの名に誓おう!」

 

 試飲するだけの筈なのに、何故か役者みたいに演説めいた事をするヘルメス様。

 

 けれど、それは却って好都合だったかもしれない。この方のお陰で、会場の空気が大きく盛り上がっているから。

 

『ではヘルメス様の試飲が終わりましたので、これよりオークションを開催します!』




ヘルメスが試飲で選ばれた理由は、今後関わる為の伏線としてです。

感想お待ちしています。


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予想外の出会い㉓

いつもより長めに書けました。


「二〇〇万!」

 

「くそっ、二五〇万!」

 

「ウォォォ! 三〇〇万!」

 

「くっ……それなら思い切って四〇〇万だぁ!」

 

 リリがオークション開催宣言し、一般人と下級冒険者限定である失敗作『ソーマの神酒』二本から始まったが、もう既にかなりの金額となっている。

 

 最初に設定した金額は十万から始まるも、参加者達は周囲を警戒してか、一万単位ずつ競り上げていた。けど小刻みのように上がっていくのを見ていたリリが、少しばかり発破を掛けようと、上手い事を言って金額を上げるように言っていた。

 

 主に競り上げていたのは下級冒険者が中心だったが、リリの言葉を聞いた一般人達も動き出す。一万単位から十万単位、そして百万単位に変わって行った。

 

 一般人と言っても、その人達は貴族や王族と思わしき綺麗な服を着ている人たちばかり。ダンジョンで日々稼いでいる下級冒険者の人達とは違い、既に裕福である為、高額の値段を平然と言うのは当然である。

 

 余りにも高額な値段である為か、さっきまで躍起にやっていた下級冒険者達は、段々諦めるように消沈していた。それを見た僕としては、少々気の毒のように思えてしまうが、そこは顔に出さないよう助手役に専念していた。

 

 もしかすれば、リリは最初にやるオークションは貴族・王族をターゲットにしたかもしれない。こう言ったイベントは高額で競り落とすのが目的だから、低額で落とす下級冒険者じゃなく、高額で落とす貴族・王族が百万単位で落としてくれる筈だと。

 

『さぁ四〇〇万が出ましたぁ! まだおりませんかぁ!?』

 

 それが的中してるかのように、リリは笑みを浮かべながら進行進行している。まるで幸先の良いスタートだと言わんばかりに。

 

 もしどこかのお店で交渉しても、ここまで高く売る事は出来ない筈。僕が以前に買った失敗作の神酒が六万だったから、それが二本あっても、良くて二~三〇万ヴァリスと言ったところだろう。

 

 だけど、今やってるオークションであれば、通常の買取価格とは目じゃないほどに多くのお金を得る事が出来る。今回みたいな希少品である『ソーマの神酒』なら猶更で、それが失敗作であっても極上なお酒に変わりないから。

 

「ならば五〇〇万!」

 

『おっとぉ! ここで五〇〇万とは素晴らしい!』

 

 ずっと悩んでいた貴族の一人が覚悟を決めたように、最高額を叫んだ瞬間、リリは驚きの声を出した。

 

 五〇〇万が出た事で、先程まで競り合っていた人達の雰囲気が変わった。それどころか、もう手が出せない状態みたいになっている。

 

『はい、では五〇〇万で落札となります!』

 

 リリも貴族の人達の雰囲気を見て察したように、失敗作『ソーマの神酒』二本の値段は五〇〇万と決断し、一般人と下級冒険者限定オークションを終了させた。

 

 因みに商品の手渡しや料金の支払いは、今回のイベントが終わった後日行う事になっている。流石にこの場でそんな手続きをすれば、参加者だけでなく、見物している人達が何を仕出かすか分からないからと言う理由で。希少品な神酒、並びに大金を見せびらかす訳にはいかない。

 

 それはそうと、落札した貴族の人がステージに上がり、リリは一通りの話を済ませていた。嘘を吐いていないかをガネーシャ様の確認もちゃんとやっている。

 

 確認と手続きを終えて、今度は上級冒険者限定オークションとなった。

 

 僕は思わず【ロキ・ファミリア】の方へ視線を向けると、予想通りと言うべきか、さっきまで何事も無いように見ていたガレスさんが、まるで戦場(ダンジョン)に行くような気迫を込めていた。ロキ様も頑張れと肩を叩きながら応援しており、フィンさんは苦笑しながらも宥めている。

 

 ガレスさんとロキ様はともかく、フィンさんにしては珍しい。酒を飲むと言っても、そこまで神酒が欲しいのかと疑問を抱いてしまう。

 

 考えられるとしたら………まさかとは思うけど、リリに会うのが目的なのかな? 以前酒場で『結婚する相手は同族の女性』と言っていたけど、それがリリに該当していたりして。まぁそれは本人に聞かなければ分からないけど、ティオネさんに殺されたくない僕としては外れて欲しい。

 

『では次に、完成品「ソーマの神酒」は一〇〇万ヴァリスからスタートです!』

 

 失敗作と違って、今度はいきなり一〇〇万からのスタートだった。

 

 僕は飲んだ事無いから分からないけど、ロキ様曰く『一口飲んだだけで心から酔いしれるほどにヤバい』と言っていた。それが原因で【ソーマ・ファミリア】の人達が争いの原因となったほどに。

 

 こんな物を売りに出して僕は最初懸念するも、リリが教えてくれた。一般人や下級冒険者はそうなっても、上級冒険者の発展アビリティ『耐異常』があり、神々も初めから相応の耐性があるから一口飲んでも問題無いそうだ。

 

 それを知ってるリリは今回のオークションで、それぞれ失敗作と完成品を区分けした。初めから耐性のある人じゃなければ、完成品『ソーマの神酒』は出せないと分かっていたから。

 

 先程の失敗作みたいに、またしても一万単位で小刻みに値段を上げる――

 

「四〇〇〇万!」

 

 予想をしていたのに反して、ガレスさんがいきなり凄い金額を提示してきた。一回目にやった時の金額とは、文字通り桁違いだ。

 

 最初に設定した価格の四十倍となったから、これには僕だけでなくリリも驚きの表情となっている。

 

 因みにあの金額は、第一級品装備並みの金額に匹敵してる。それをポンと出そうとするのは流石は第一級冒険者、と言えば良いのだろうか。完成品の神酒とは言え、酒一本の為にそこまで出すのはどうかと思うが、そこは僕が口出しする事じゃないから何も言わないでおく。

 

『ま、まさか四〇〇〇万とは驚きましたが、他にいらっしゃいませんか!?』

 

 リリとしては此処で落札しても問題無いと思っている筈だけど、いくら高額でもすぐに落札する訳にはいかなかった。

 

 でもまぁ、いくら上級冒険者だからと言って、流石に四〇〇〇万以上出してくる人は――

 

「四五〇〇万!」

 

 っていたぁ! しかも椿さんだ!

 

 そう言えば椿さんは『Lv.5』な上に、ドワーフの血が流れてる事もあって相当な酒豪だったのも思い出した。(僕の武器も含め)武装や鍛冶以外に興味無いかと思われるけど、お酒も結構大好きな人だ。

 

 以前【ロキ・ファミリア】遠征の合間、自前の酒で沢山飲んでいた事があった。同じ酒豪であるガレスさんと飲み合おうとしていたけど、あの人は【ロキ・ファミリア】を束ねる立場上断らざるを得なかったとか。

 

「椿、一体どう言うつもりだ!? 四六〇〇万!」

 

「どうも何も、手前もガレスと同じく神酒(ソーマ)を飲みたいだけだ! 四七〇〇万!」

 

 凄い。あのお二人、怒鳴るように会話しながら値段を競り上げている。

 

 何だかもう、ガレスさんと椿さんの一騎打ちなんじゃないかと思われる程の雰囲気だった。その証拠に、他の上級冒険者達が値段を競り上げようとしていない。

 

「ここは年長であるワシに譲れ! 四九〇〇万!」

 

「それを言うなら、遠征前に特注武器を超特急で仕上げてやった手前の苦労を察して欲しいな! 五〇〇〇万!」

 

 前の遠征で、最高鍛冶師(マスタースミス)の椿さんが不壊属性(デュランダル)の武器を大急ぎで作成していた。恐らくソレの事を指しているに違いない。

 

 確かにあの武器が無かったら、(僕を除いて)深層で戦ったフィンさん達は芋虫型モンスターとまともに戦えなかっただろう。そこは椿さんに感謝しなければならない。

 

 それはそうと、金額が五〇〇〇万に突入していた。このままだと、一回目にやった時の十倍以上になるかもしれないが、他の参加者達が手を出さない以上はここで止めておいた方が良い。

 

「ねぇリリ、僕はもう充分だと思うけど」

 

「そ、そうですね……」

 

 僕は拡声器が拾われないようリリに小声で話しかけると、彼女も賛成の意を示すように頷いていた。

 

 此方の会話を余所に、ガレスさんと椿さんはまだ続けている。ついでに値段もいつの間にか六〇〇〇万を超えている。

 

「ええい、いい加減に諦めんか! 六六〇〇万!」

 

「それは手前の台詞だ! 七〇〇〇万!」

 

 って、もう七〇〇〇万! 完成品とは言え神酒一本でそこまで出すんですか!?

 

『はい! 七〇〇〇万で落札となります! これ以上はもう受け付けません!』

 

「待たんかぁ! まだ勝負は付いておらんぞぉ!」

 

「せやせや! もうちょっと続けんかい!」

 

 リリがそう宣言した直後、ガレスさん(とロキ様)が抗議してきた。

 

 あの様子からして、完成品『ソーマの神酒』は絶対に欲しかったに違いない。

 

『え~、ガレス・ランドロックさんとロキ様。これ以上司会者に納得いかないと抗議をするのであれば、最後に予定してるフリーオークションの参加権を失う事になります』

 

「「ぐっ……!」」

 

「ほら二人とも、彼の言う通りにしないと次は無いよ」

 

 助手役である僕が警告をすると、さっきと打って変わるようにガレスさんとロキ様はたじろぎ、そこをフィンさんが即座に宥めてくれた。

 

 その結果、完成品『ソーマの神酒』は【ヘファイストス・ファミリア】団長の椿さんが得る事となった。

 

「久しぶりだなぁ、ベル・クラネル」

 

『そうですね。僕に何か?』

 

「聞いたぞ。お主、手前を差し置いて、ヴェル吉と直接契約を結んだそうだの~?」

 

『ヴェル吉?』

 

 ステージに上がって一通りの確認を終えると、椿さんは僕に近付きながら話しかけてきた。

 

 ヴェル吉とは最初誰の事か分からなかったけど、恐らくヴェルフの事だろう。

 

 だけど生憎、今回のオークションとは全く関係無い話である為、椿さんが即座にステージから降ろされたのは言うまでも無い。

 

『それでは最後、神々も参加可能なフリーオークションに移りたいと思います!』

 

『待ってたぜぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!』

 

 残りはフリーオークションとなり、リリがそう宣言した直後、今まで見物に徹する神様達が雄叫びを上げていた。

 

 あの様子からして、ガレスさんや椿さん並みの金額を提示するに違いない。いや、もしかしたら億単位になるんじゃないかと予想する。

 

 一回目と二回目のオークションで、合計金額が七五〇〇万ヴァリス。『ノームの万屋』と、【ソーマ・ファミリア】の本拠地(ホーム)を立て直す費用にしては充分過ぎる。

 

 言い忘れてたけど、リリが神酒をオークションで売っている目的は、さっき言った二つの建物を修理する費用を得る為だった。

 

 本来ならどちらも【ソーマ・ファミリア】が全ての費用を賄う事になるんだけど、またしても事件を起こしてしまった為、ギルド側から再度多額の罰金を支払う事になってしまった。団長のザニスさんと言う人が主犯である事も含めて、相当なお金を取られてしまったとか。

 

 それを知ったリリは、【ノームの万屋】の修理費用だけでなく、【ソーマ・ファミリア】の本拠地(ホーム)の修理費用も纏めて稼ぐ事にした。後者は主にリリが大砲(ランチャー)を使って破壊していたから、せめて別れる前に(・・・・・)ケジメを付けておこうと決めたらしい。

 

 だから今回稼いだお金で【ゴブニュ・ファミリア】に依頼すれば、新築同然に修理してくれるだろう。それでも充分過ぎる程のお釣りが来ることになるが、まぁ残ったお金はオークションに協力したギルドや【ガネーシャ・ファミリア】にも、謝礼金として支払う事になるから問題無い。

 

『取り敢えず一〇〇万ヴァリスからスタートです! けれどもういっその事、ベル様がこれ位の金額で良いと決めちゃって下さい!』

 

『ちょっ、リリ!?』

 

 そんな事をするって全然聞いてないよ! 明らかに今考えましたって顔してるし!

 

 ほら! リリが言った所為で参加者達が一斉にコッチを見て、明らかに何か良からぬ事を考えているじゃないか!

 

「六〇〇〇万!」

 

「俺は七〇〇〇万だぁ! 頼む【亡霊兎(ファントム・ラビット)】!」

 

「その程度の金額じゃ無理に決まってるでしょ! 私の思いを込めて八〇〇〇万よ! チュッ!」

 

『いやいや皆さん、僕に言っても困るんですけど!?』

 

 男女問わずに神々が僕を見ながら金額を競り上げて来る。女神様なんて、まるで僕に愛の告白をするような感じで言ってきてるし。

 

『おお~、ベル様は神様達に大人気ですねぇ~』

 

 ちょっとリリ、何他人事みたいに言ってるの! 元はと言えば君が余計な事を言った所為でこうなったんだよ!?

 

 僕が少しばかり抗議しようと――

 

「ならば私は一億だ! ベル・クラネル! もし私を選んでくれたら、お前に歓楽街利用し放題の無料パスを進呈しよう!」

 

『はぁ!?』

 

『何ぃぃぃぃぃいいいいいい!!!???』

 

 か、かかか歓楽街!? 凄い格好をしてる褐色肌の女神様は何で僕にそんな物をあげようとしてるんだ!? 僕はまだ未成年だから行けませんよ! あとリリは何で僕に軽蔑の眼差しを送るのかな!?

 

 あの方のトンデモ発言によって、男神様達が物凄く羨ましそうに叫んでいたが、他の女神様達から凄いブーイングの嵐が来ている。如何でもいいけど、銀髪の女神様から恐ろしい殺気が……。

 

「おいコラ待てやイシュタルゥゥゥゥ!! んなことしたら戦争になるやろがぁぁぁぁ!!」

 

 ロキ様は他の女神様と違って何やら物凄く焦っていた。それはフィンさんやガレスさんも一緒に。

 

 と言うか戦争って何ですか? いくらなんでも大袈裟過ぎじゃありません?

 

「だったらうちは一億二〇〇〇万やぁ! ベル~~! 前に【ロキ・ファミリア(うち等)】と遠征に行った仲やから、うちを選んでくれる筈やぁ~!」

 

 何で此処で自分達の関係を強調するんですか、ロキ様。褐色の女神様――イシュタル様が睨んでいるんですけど。

 

 確かに【ロキ・ファミリア】は他と違って友好的で、団員達ともそれなりの交流も深めましたが、オークションで依怙贔屓なんかしませんから。

 

 だけどこれ以上値段を上げられたらとんでもない事になりそうだから、此処はロキ様に――

 

 

「ならば私は、これからのお付き合いも込めて、二億でどうかしら?」

 

 

 ――誰かが今とんでもない値段を提示した事によって、僕やリリだけじゃなく、参加者全員が一斉に無言となった。

 

 …………に、にに、二億? 余りにもぶっ飛び過ぎて、もう何をどう言えばいいか分からないんだけど……。

 

 大声じゃない筈なのに、何故か分からないけど耳にハッキリと聞こえていた。

 

 因みに二億と言い出したのは……オークションが始まる前から気になっていた銀髪の女神様だ。

 

 あの方とは間違いなく初対面なのに、実はそうでない感じがする。視線と言うか、つい最近何処かで会ったような気が……。一体これはどう言う事なんだろうか。

 

「ちょっとベル様、もうあの女神様で良いですから、早く落札して下さい!」

 

「え? あ、ああ、そうだね……」

 

 肘で軽く小突きながら、落札宣言するように促してくるリリに僕は頷いた。

 

 リリからすると嬉しい誤算であっても、流石に二億より更なる値段を出されたら不味いと思ったんだろう。

 

『で、では、二億を提示して頂いた女神様で落札致します』

 

「嘘やぁぁぁ! そりゃないでベルゥゥゥゥゥ!!」

 

 僕が落札宣言をした瞬間、ロキ様が絶望するような叫びをするも無視させてもらった。それとイシュタル様も、銀髪の女神様に向かって何故か忌々しそうに睨んでいる。

 

「ありがとう。私を選んでくれて」

 

 そんな中、いつの間にかステージに上がって、リリじゃなく僕の方へと近づいてくる銀髪の女神様。

 

「一応自己紹介しておくわね。私は【フレイヤ・ファミリア】の主神フレイヤよ」

 

『ど、どうも……』

 

 銀髪の女神様――フレイヤ様は手続きもせず僕に話しかけてくる。神酒を競り落としたから、其方を優先して欲しいんだけど。

 

「出来れば今夜、私に夢を――」

 

「フレイヤ! そこまでにしてもらおうか!」

 

 僕の頬に触れようとするフレイヤ様に、手続きの為に来ていたガネーシャ様が間に入って止めようとした。

 

「いくらお前でも、他所の眷族(こども)に手を出すなど言語道断! これ以上はルール違反と見なし、落札を撤回する!」

 

「……そうね。今回はオークションの参加者として来たのだから、其方のルールに従うわ」

 

 ガネーシャ様の言葉が効いたように、フレイヤ様は残念そうにしながらも僕から離れようとする。

 

「機会があれば、また会いましょう」

 

 離れる寸前にフレイヤ様がそう言って、あっと言う間に手続きを済ませた。

 

 最後の最後まで予想を超えた展開が起きて、今回のオークションで計二億七五〇〇万ヴァリス得た。リリもリリで、まさか此処まで得るとは予想だにしなかっただろう。

 

「うがぁぁぁぁぁぁぁ! 結局一本も神酒(ソーマ)が手に入らんかったぁぁぁぁぁ!」

 

「くっ、無念……!」

 

「まぁまぁ二人とも、今回は相手が悪かったって事にしようじゃないか」

 

 オークションが終了しても、ロキ様とガレスさんは当然残念がっており、その二人を宥めるフィンさん。

 

 如何でもいいけど、フィンさんはオークションに参加しても、全くやる気が無かったな。ずっとリリばかり見ていたような気が……頼むからティオネさんにバレませんように。

 

 既に僕が失敗作の神酒を買ったロキ様は別として、ガレスさんは少しばかり気の毒だった。椿さんと競り合ってる時は本気で欲しがっていたのが分かったから。

 

 出来ればガレスさんには何か………あ、そうだ。確か今回リリからの報酬で――。




二億以上はやり過ぎだろうと思うかもしれませんが、ファントムベルがいたからこその結果です。

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予想外の出会い㉔

 オークションが終わった後から色々大変だった。

 

 競売に出した『ソーマの神酒』の金額が合計二億七五〇〇万ヴァリスなんて、リリは全く予想だにしなかったようだ。余りにも凄い金額に頭がおかしくなりそうだと言っていたから。

 

 これにはギルド長のロイマンさんが、余りにも高額だからと言う理由で何割かを徴収させてもらうと言っていたところ、ガネーシャ様が即座に抑えてくれた。

 

 とは言え、会場提供(ギルド)他派閥(【ガネーシャ・ファミリア】)が協力もしてもらったのだ。今回得た売上の取り分を決めなければならないのは自明の理だった。

 

 因みにその取り分は、

 

 ギルド……一〇〇〇万ヴァリス

 

 【ガネーシャ・ファミリア】……四〇〇〇万ヴァリス

 

 僕……二五〇〇万ヴァリス+オマケ有

 

 【ソーマ・ファミリア(リリ)】……二億ヴァリス

 

 と言う結果となった。

 

 だけど、依頼とは言え助手役をやった僕がそんな大金を受け取るのは少しばかり気が引く。リリ曰く、急なアドリブをやらせたお詫びだとか。

 

「ふ、ふざけるな! 何故ギルド側の取り分が一番低いのだ! 不当にも程があるだろう!?」 

 

 ロイマンさんが取り分に納得行かないと即時抗議してきた。確かに僕や【ガネーシャ・ファミリア】より取り分が低いのだから、その抗議は至極尤もだろう。

 

 僕も少しばかり気になったが――

 

「ガネーシャ様が『あの時の件』について謝罪したのに対し、ギルド長(あなた)は完全に他人事どころかお金を取る言動ばかり。差が出るのは当然でしょう」

 

 リリの言い分を聞いて僕は納得した。どうやら『ノームの万屋』襲撃の件は今もご立腹のようだと。

 

 詳しい事は知らないけど、どうやらあの事件の裏側にはギルドと【ガネーシャ・ファミリア】が深く関係しているらしい。ガネーシャ様は既に謝罪したけど、ギルド側は未だ謝罪の一つも見せていないとリリが愚痴っていた。

 

 ロイマンさんは結局のところ、謝罪せずに歯軋りしながら、渋々と言った感じで引き下がった。謝罪するだけで正当な取り分を得られるのに、どうしてやらないんだろうか。

 

 

 

 

 

 

 翌日。僕はある場所へ向かっていた。

 

 因みに神様は一緒じゃない。あの方は昨日に続いてバイトで忙しく、開発した新商品のジャガ丸くんが結構売れているようだ。聞いた話だとアイズさんは最近、神様がいる屋台へ行って常連客になり始めているとか。

 

 あと他にも、昨日あったオークションでの売上を教えた瞬間――

 

神酒(ソーマ)で二億七五〇〇万ヴァリス!? 何だいそのバカげた金額は!』

 

 と言う仰天っぷりを見せてくれた。その後にジャガ丸くんが何百万個買えるとか言ってたけど。

 

 神様の行動を思い出しながら歩いていると、いつの間にか目的の場所へ辿り着く。

 

「すいません」

 

「……【亡霊兎(ファントム・ラビット)】か。今日は団長だけでなく、副団長も所用でいないぞ」

 

 僕を見た門番の人が間がありながらも、フィンさんとリヴェリアさんがいない事を教えてくれた。

 

 前に会ったのは【ロキ・ファミリア】との遠征前だけど、会う度に反応が違う気がする。今日はいつもと違って大人しいと言うか、反応が控えめと言うか……まぁそこは気にしないでおこう。

 

「いえ、今日はガレスさんに会いに来たんです。宜しければお取次ぎを」

 

 

 

 

「珍しいのう。お主がワシに会いたいと聞いて、少しばかり耳を疑ったぞ」

 

「あはは……」

 

 門番の人がすぐに取次いでくれて、僕は早々に応接室へと案内してくれた。その数分後、【ロキ・ファミリア】首脳陣の一人であるガレスさんが来て、すぐに向かいの椅子に座って対面となる。

 

「ところで、ロキ様もいないんですか?」

 

「いや、今は部屋で寝ておる。何せ昨日のオークションでは散々な結果になったから、ワシと一緒に適当な酒場でしこたま飲んでな」

 

 自棄酒してたのか。道理で来れない訳だ。

 

 と言うかガレスさんも一緒に飲んだと言ってるのに随分と元気そうだ。まぁこの人は第一級冒険者で、酒に強いドワーフだからなのだろう。

 

 因みにサラッとティオナさんの事を訊いてみたが、フィンさん達と同じく所用で出かけているらしい。まぁいないのは何となく想像していた。もし本拠地(ホーム)にいたら、間違いなく応接室(ここ)に来て、即行で僕に抱き付いてくる筈だから。

 

「まぁそんな事よりも、今日は一体どのような用件で来たのじゃ?」

 

 ロキ様がいない理由を教えて、すぐ本題に入ろうとするガレスさん。

 

「えっと、ガレスさんにこの前のお詫びも兼ねて……」

 

「詫び? 一体何の話じゃ?」

 

 いきなりの事に首を傾げるガレスさんに、僕はすぐに説明する。

 

 以前に港街(メレン)の件で、僕は本来ガレスさんの言う通りに行動しなければいけない立場だった。けれど、その時にティオナさんが別の所にいると分かり、ラウルさんと一緒に別行動をしてしまうと言う命令違反を犯した。

 

 終わり良ければすべて良しと言って流してくれたから、向こうが気にしてないのにお詫びをするのは逆に失礼となる。でも僕としては、何かしらの詫びをしなければ気が済まない。

 

 だから今回、オークションで目的の『ソーマの神酒』を得られずに残念そうなガレスさんを見て、僕はコレを機にお詫びをしようと決めたのだ。

 

「まさかそんな話を持ち掛けるとは……お主は律儀と言うより、真面目過ぎないか?」

 

「僕としては、そうしないと気が済みませんので」

 

「……まぁ良かろう」

 

 ガレスさんは苦笑しながらも、僕のお詫びを受け入れてくれるようだ。

 

「ベルの事だから、恐らく相応の品を持ってきたと睨んでおるが、どうなのじゃ?」

 

「取り敢えずコレを受け取って、開けてみて下さい」

 

 僕は用意している紙袋を前に置かれてるテーブルの上に置く。

 

 手にしたガレスさんは言う通りにして、紙袋を開けた瞬間――

 

「ッ!? ベ、ベル、これはまさか……!?」

 

 信じられないように目を見開いていた。

 

 それもその筈。目にしているのは、昨日のオークションで出していた品――『ソーマの神酒(さけ)』だから。それは失敗作じゃなく完成品の方だ。僕がこれを持っているのは、リリから報酬ついでのオマケで受け取ったから。

 

 最初はいらないと拒否するも、【ヘスティア・ファミリア】に改宗(コンバージョン)する為の礼金代わりだそうだ。

 

 あの子は今も【ソーマ・ファミリア】所属だけど、今後は僕と行動を共にしたいと言っていた。僕としても同業者(アークス)がいてくれると心強いから、是非とも加わって欲しいと承諾している。

 

 だからリリは神様に【ヘスティア・ファミリア】の改宗(コンバージョン)を認めて貰う為、完成品『ソーマの神酒』を手土産として献上したのだ。

 

 けれど――

 

『こ、こんなのボクに献上されても困るよ! ベル君と同じアークスなら、君の改宗(コンバージョン)は認めるから!』

 

 神様が即了承してくれたので必要無い物となってしまった。

 

 その為、適当に処分しておいてくれと言われたが、僕は酒を飲まないから誰かにあげようかと思っていた中、ガレスさんにあげようと決めた訳である。

 

「はい、完成品の『ソーマの神酒』です。これが僕からのお詫びの品になります」

 

「……………………」

 

 オークションで手に入らなかった品物が目の前にある事に、ガレスさんはソレを凝視していた。

 

「ベルよ、本当にコレを、ワシが貰っても良いのか?」

 

「勿論です。僕や神様は飲みませんから、それを美味しく飲めるガレスさんなら良いと思いまして」

 

「……………………」

 

 ガレスさんが僕と神酒を交互に見ながら悩むような表情になっている。

 

 僕は一切嘘を言ってないけど、向こうからすれば何か裏があるんじゃないかと疑ってるかもしれない。

 

 そして考えが纏まったのか、ガレスさんは意を決するように口を開く。

 

「あい分かった。お主からの詫びは有難く頂戴しよう。だが、こんな貴重な酒を無償(タダ)で渡されると、逆にワシが申し訳無いわ」

 

 どうやらガレスさんにとっては大きな借りのように思われてしまった。

 

 別にそんなつもりは無くて断ろうとしたけど、余りにデカい借りだと言われてしまった為、結局僕は受け取らざるを得なかった。

 

 もし困った事があれば、自分を頼って欲しいとの事だ。例えば僕がダンジョンでパーティーを組んで欲しいと頼まれたら、報酬は一切不要のボランティア活動をしてくれるらしい。

 

 

 

 

 

 

「おい聞いたでガレスゥゥ! ベルがここに来て完成品の神酒(ソーマ)を貰ったそうやないかぁ! 何でそないな大事な情報を黙っておったんやぁぁぁ!?」

 

「アレは港街(メレン)の件でワシに対する詫びの品じゃから、ロキには関係の無い話じゃ」

 

「関係無く無いやろぉぉ! うちも当事者なんやから飲む権利はある筈や! 今すぐ出して飲ませんかぁ!」

 

「断る。と言うかお主、この前ベルに神酒(ソーマ)を奢って貰ったんじゃから、そっちを飲めば良いじゃろうに」

 

「ティオナがアホやらかした所為でとっくに無いんや!」

 

「そうか、それは気の毒じゃのう」

 

「んな事どうでもええから、さっさと完成品の神酒(ソーマ)をうちにも飲ませろぉぉ!」

 

 

 

「昨日は泥酔するほど飲んでおいて、まだ飲み足りないのか。本当にどうしようもない主神だな」

 

「アハハ……。にしてもまさか、僕やリヴェリアがいない間に、ベルが此処へ来たのは予想外だったね」

 

「全くだ。ところでフィン、今も気になってる事があるのだが」

 

「何だい?」

 

「前にラウルが場所を変えてまで、お前だけに報告したアレの詳細内容はまだなのか?」

 

「……内容整理中だから、もう少し待って欲しい」

 

 

 

「ねぇアイズ。もういっそのこと、フィン達に内緒でアルゴノゥト君の本拠地(ホーム)に行こっか」

 

「うん、私もそう思ってた。久しぶりに手合わせしたいし」

 

「じゃあ決まりだね~」




取り敢えず、「予想外の出会い」シリーズはこれにて終了です。

感想お待ちしています。


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予想外の出会い 後日談

前話で「予想外の出会い」シリーズ終了と言いましたが、今回の内容は明らかに後日談であった為、続きとして載せる事にしました。


 オークションが終わった後、オラリオは再び平穏の日常を過ごしている。

 

 それとは別に、リリは色々な後処理を行っていた。【ソーマ・ファミリア】脱退手続きの他、本拠地(ホーム)と『ノームの万屋』の修理を【ゴブニュ・ファミリア】に依頼など大忙しだった。

 

 彼女一人でやるには流石に手が回らない事もあって、チャンドラ・イヒトが【ソーマ・ファミリア】の団長を急遽務める事となり、一緒に手伝っている。当の本人は乗り気で無いのだが、リリとの取引で神酒を数本受け取った事により、渋々やらざるを得なかった。

 

 オークションで得た合計金額が二億七五〇〇万と聞いた瞬間、チャンドラは放心していた。今まで上納金と言うシステムで金を集めていたより、文字通り桁が違っていたのだから無理もない。ザニスが知れば絶対驚くだろうが、生憎今も意識不明であり、治療後に長い牢屋生活を送る予定になっている為、その情報が耳に入るのは当分先の話となる。

 

 ギルドや各派閥に謝礼金を払う為に差し引いても二億ヴァリスであり、【ソーマ・ファミリア】に脱退金+修理費用として一億ヴァリス渡す予定となっている。チャンドラからは「余りにも多過ぎる」と遠慮していたのだが、リリがケジメを付けたいと言う理由で受け取るしかなかった。

 

 そして残りの一億ヴァリスは主に『ノームの万屋』の修理費用の他、店主の迷惑料として支払うに事なる。

 

 後から聞いたボム爺さんは――

 

「爺としては建物を直してくれるだけで充分じゃ」

 

 修理費用だけで満足していて、残りは全て自分の世話をしてくれたメイドに寄付する事にした。そのメイドであるリリとしては断りたかったが、相手が相手だけに強く出れず、受け取らざるを得なかったようだ。

 

 

 

「はい。こちらが、脱退金並びに本拠地(ホーム)の修理費用になります」

 

 金貨が詰まった二つの大袋が、リリの両手から差し出される。

 

 それらを見たソーマは、無言で受け取った。

 

 オークションから二日後。一通りの手続きを終えたリリは【ソーマ・ファミリア】の本拠地(ホーム)へ訪れていた。

 

 因みにリリはつい先程『改宗(コンバージョン)』の儀式は済ませていた。後はヘスティアに頼み、彼女の神血(イコル)を背中に垂らせば【ヘスティア・ファミリア】への移籍が完了となる予定だ。

 

 大金を渡したら手続きは終了となり、これで完全に【ソーマ・ファミリア】と決別する事になる。

 

「……」

 

 派閥の主神である為、ソーマは大人しく脱退金を受け取っていた。

 

 リリを信用しているのか、一億ヴァリスが入っている大袋の中の金額など一切確かめていない。

 

 主神の自室であっさりと最後の手続きを終えたリリは、最後の挨拶をした。

 

「数年の間は留守にしていましたが、今までお世話になりました」

 

 今の彼女はソーマに対する敬いなど一切無く、完全に事務的な態度であった。

 

 ザニスの所為でまともに話す事も出来なかった主神といざ話したら、勝手な理由で人間(こども)に失望してるスタンスを見せたのだ。リリが事務的になるのは無理もないと言えよう。

 

 それでも最後のケジメとして、小さな体で礼を取り、碌に視線も合わせないまま、ソーマの前から辞する。

 

「……」

 

 背を向けて部屋の扉に向かって行くメイド姿の少女に、立ったままでいるソーマは意を決するように声を掛けた。

 

「リリルカ・アーデ……本当に、本当にすまなかった」

 

 その台詞に、リリはぴくりと反応して扉の前で立ち止まる。

 

 思わず振り向くも、長い前髪のせいで全く表情が窺えない男神は、最後にこう告げた。

 

「……俺にこんな事を言う資格は無いが……体には、気を付けなさい」

 

 今までとは全く違う、本心である主神(かみさま)の言葉。

 

 自分は神でなくても、嘘でない事が瞬時に分かった。

 

 先ほど事務的に済ませた筈なのに、段々と俯いていく。

 

 同時に、何故か双眸から涙が零れてしまう。

 

「………お気遣い、感謝します」

 

 自分を必死に押し殺しながらも、リリは再び頭を下げた。

 

 今度こそ、部屋を後にした。

 

 彼女が発破を掛けた事もあって、【ソーマ・ファミリア】の派閥状況は少しずつ改善されていく事になる。

 

 因みに余談ではあるが、リリが【ヘスティア・ファミリア】に移籍後、稀にチャンドラと会っては古巣の状況を聞いているらしい。




次からは本当に新しい話となります。

次はクノッソス編ですが、主にベル側がメインのオリジナル話になる予定です。

感想お待ちしています。


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二人のアークス①

他の作品を執筆してる最中ですが、思わずこっちを書いてしまいました。

今回は今までのおさらいみたいな内容になっています。


 現在、オラリオは大騒ぎとなっている。

 

 そうなった原因はギルドの掲示板で公開されてる情報であった。

 

 

『リリルカ・アーデ――【ヘスティア・ファミリア】入団』

 

 

 正確に言うと、リリは【ソーマ・ファミリア】から【ヘスティア・ファミリア】へ改宗(コンバージョン)した。

 

 冒険者は様々な理由で他所の【ファミリア】へ移転する為、そこまで珍しいものではないのだが、今回ばかりは少々違う。移転先の【ファミリア】が少しばかり特殊であるから。

 

 【ヘスティア・ファミリア】は、組織されてから数ヵ月しか経っていないダンジョン探索系の新興勢力。団員も駆け出しの冒険者一人だけで、とても注目を浴びる要素は一つも見当たらないだろう。

 

 主神であるヘスティアは初めて出来た団員――ベル・クラネルと一緒に苦楽を共にし、どれだけ時間が掛かっても頑張ろうと決意していた。のだが、彼女の思惑とは全く異なる展開が起き始めようとする。

 

 注目される一番の切っ掛けは、ベルが冒険者になって約半月後、怪物祭(モンスター・フィリア)で脱走したモンスター――『シルバーバック』を瞬殺したことから始まる。その光景を偶然目にした当時の【アポロン・ファミリア】の主神アポロンがベルに見惚れてしまい、我が物にしようとヘスティアに戦争遊戯(ウォーゲーム)を仕掛けた。

 

 団員が一人だけの【ヘスティア・ファミリア】に対し、【アポロン・ファミリア】は百人以上の団員がいる。それを知ったオラリオにいる誰もが、最初はアポロン側の勝利を疑っていなかった。主神アポロンも勝負する前から勝利したも同然のように、眷族にしたベルを愛でようかと考えている始末。

 

 しかし、戦争遊戯(ウォーゲーム)が開始された直後、全く予想外の事態が起きてしまう。特例として一人の助っ人を連れているにも拘わらず、ベルが見た事もない魔法や武器を披露し、【アポロン・ファミリア】の団員達を簡単に蹴散らす光景を繰り広げて大勝利を飾った。それによって観戦していた(神々も含む)オラリオの住民達は何度も驚き、何度も大絶叫を響かせているほどに。アポロンだけでなく、ベルの主神であるヘスティアですらも。

 

 【ヘスティア・ファミリア】が【アポロン・ファミリア】に大勝利した数日後、大変な事実がギルドで明かされた。戦争遊戯(ウォーゲーム)前に階層主ゴライアスを単独撃破の他、所用期間一ヵ月で『Lv.2』にランクアップしたと言う情報が。色々手順をすっ飛ばしているんじゃないかと思われる程、ベルの偉業にオラリオは大混乱に陥る事になるのは、ある意味仕方ないと言えよう。

 

 だと言うのに、またしてもギルドからとんでもない情報が入った事で大騒ぎとなった。『Lv.2』になったベルが約一ヵ月で、今度は『Lv.3』にランクアップしたのだ。そうなった要因は【ロキ・ファミリア】の遠征に参加し、ダンジョン59階層まで進んだと言う内容付きで。冒険者としての常識を悉く壊しまくっているベルの偉業の数々に、冒険者の二つ名とは別に『非常識兎(クラッシャー)』の異名が付いてしまうのは当然の流れであった。

 

 そんな大活躍をしている事で、神々や冒険者達、そして多くの商人や魔法関係者はベルに接触しようと動いている。しかし【ヘスティア・ファミリア】は注目されているのに団員募集しないどころか、周囲のコネクションすら築こうとすらしない。加えてベルも他所から勧誘の他、一切の交渉すらも受け付けない始末。

 

 これによりベルはオラリオから注目されていながらも、肝心の情報を掴む事が出来ない未知の派閥と言う扱いになっていた。それでも諦めずに接触しようと試みる者達は未だにいるも、結局は空振りの結果になっているが。

 

 そんな状況の中、リリが【ヘスティア・ファミリア】へ改宗(コンバージョン)した為、周囲は何故なのかと疑問を抱くのだが、それを吹き飛ばすほどの情報がオラリオを騒がせていた。

 

 今までの流れからして、非常識兎(クラッシャー)のベルがまた何かやらかしたかと思われるのだが違う。今回は改宗(コンバージョン)したリリの方だった。

 

 

『【ヘスティア・ファミリア】――リリルカ・アーデ。『Lv.1』→『Lv.3』へランクアップ』

 

 

 リリが改宗(コンバージョン)して早々、【Lv.2】ではなく一気に【Lv.3】にランクアップしたと言う、前代未聞の情報が公開された事で大騒ぎとなっている訳である。

 

 本当に二段階のランクアップをしたのかと真意を問い合わせるほど、ギルド本部では多くの冒険者達が殺到し、(エイナも含めた)職員達は対応に困り果てているのであった。

 

 ついでに、これはベルと大きく関わっている【ファミリア】の本拠地(ホーム)でも同様に。

 

 

 

 

 

 

 

 場所は【ロキ・ファミリア】本拠地(ホーム)の執務室。

 

 いつものメンバーが【ヘスティア・ファミリア】側でランクアップの情報を耳にした為、緊急会議を開く事となった。

 

「一体何やねん! ベルがま~た昇格(ランクアップ)したかと思っとったのに、改宗(コンバージョン)した小人族(パルゥム)眷族(こども)が一気に『Lv.3』やと!? どういうことなんやドチビぃぃぃ!!」

 

「静かにしろ、ロキ」

 

「まぁ、そうなるのは分からんでもないがのう」

 

 集まって早々、ギルドからの報せが書かれている用紙を目にするロキが叫んだ事で、リヴェリアは嘆息しながらも指摘していた。ガレスは煩わしく思うも、気持ちは理解してる様子だ。

 

 だが、ロキがそうなるのも無理もないと言えよう。今まで『Lv.1』だった女性小人族(パルゥム)が急遽『Lv.3』に昇格(ランクアップ)したのだから。

 

 本来であれば、【神の恩恵(ファルナ)】を得た眷族は、多くの【経験値(エクセリア)】を得て能力を引き上げ、神々が認める偉業を成し遂げることで器を昇華する仕組みになっている。そして更に上を行くには、それ以上の苦難を乗り越えなければならない。

 

 しかし、誰もが必ずしも到達できる道ではない。長い年月を掛けて漸く至る者や、どれだけ頑張っても至る事が出来ずに諦めてしまう者だっている。昇格(ランクアップ)とは冒険者にとって、試練を乗り越える最大の壁であり最も険しい道であるから。

 

 だと言うのに、今回の報せにあったリリルカ・アーデは明らかに異常だった。『Lv.2』に昇格(ランクアップ)するならまだしも、それをすっ飛ばして『Lv.3』になるのは、普通に考えてあり得ないのだ。小人族(パルゥム)である彼女であれば猶更に。

 

 偏見になってしまうかもしれないが、小人族(パルゥム)と言う種族は貧弱で中々レベルが上がり辛い為、大半は冒険者を諦めてサポーターに転向してしまう。だがそれでも最後まで諦めずに冒険者として活動しているのもいるから、決して弱い訳ではない。【勇者(ブレイバー)】のフィン・ディムナ、【炎金の四戦士(ブリンガル)】のガリバー兄弟は、小人族(パルゥム)でありながらも畏怖されている。

 

「はぁっ。こんな事になるなら、もっと早めに彼女と接触すれば良かったかもね」

 

 ロキの叫びを全く聞いてないように、フィンは報せが書いてある用紙を見ながら嘆息していた。

 

 己の同胞が偉業を為しているのは勿論大変嬉しく思っている。一族復興を野望としている彼としては、実に喜ばしい報せでもあった。

 

 だが、それとは同時に複雑な気持ちにもなっていた。彼女の改宗(コンバージョン)先が【ヘスティア・ファミリア】である為に。

 

「恐らくこの小人族(パルゥム)の少女は、ベルが雇っていたサポーターと見て間違いなさそうだな」

 

「だろうね。まぁこの前あったオークションで、彼がいる時点で既に見当は付いていたけど」

 

 リヴェリアの推測にフィンは頷きながらも、数日前にあった出来事を思い出していた。

 

 【ソーマ・ファミリア】主催である販売オークションにて、何故か他派閥である筈のベルが助手として進行していた。

 

 会場提供したギルド、警護として【ガネーシャ・ファミリア】が協力するのは当然である。なのに【ソーマ・ファミリア】と全く関わり合いが無い筈の【ヘスティア・ファミリア】が協力するのは、普通に考えてあり得ないのだ。

 

 参加客として見ていたフィンは、それに一早く気付くと同時に、司会を務めていた彼女が、今までベルと行動していた小人族(パルゥム)のサポーターに間違いないと察した。そしてその予想が的中したかのように、リリは【ソーマ・ファミリア】を抜けて、【ヘスティア・ファミリア】へと改宗(コンバージョン)している。

 

「オークションで思い出したが、これが行われる前、【ソーマ・ファミリア】は色々やらかしていたな」

 

 以前から【ソーマ・ファミリア】は度々問題行動を起こしていると知っているガレスであったが、このところ一層際立つ事件を起こしていた。

 

 街中で酒で酔い潰れた男達が大喧嘩した挙句、強臭袋(モルブル)を撒き散らしていたのが【ソーマ・ファミリア】の冒険者だったと後ほど判明し、ギルドは(ペナルティ)を執行した。

 

 翌々日、今度はノームが経営している質屋に強盗が入り、その犯人はまたしても【ソーマ・ファミリア】の冒険者であり、しかも首謀者はその団長の【酒守(ガンダルヴァ)】ザニス・ルストラである事も判明。立て続けに問題行動を起こした事によって、ギルドは完全に権限を行使して、犯人と首謀者に最大級の厳罰を与える事となった。冒険者の資格を剥奪させる為に、恩恵(ファルナ)封印の判決を。

 

 それとは別に、【ソーマ・ファミリア】の本拠地(ホーム)内で爆発が立て続けに起きる大きな騒動があった。被害者は当然、その中にいるソーマの眷族達であり、多くの重軽傷者がいたそうだ。その中で一番酷かったのは団長のザニスで、治療するには相応の時間を要するほどの重傷らしい。通報を受けて出動した【ガネーシャ・ファミリア】が犯人を捕縛し、後から知ったギルドは犯人に厳罰を与えてもおかしくないのだが、何故か余り大事にならなかった。原因は【ソーマ・ファミリア】の眷族達が酒欲しさに暴動を起こしたのだと、それだけ公表して処理されている。

 

 本拠地(ホーム)で起きた事件の処理については、明らかに不審な点があった。先の事件二つは人物を公表しているのに、最後だけはソーマの眷族達と言う不特定な処理をしている。あきらかにおかしいと、此処にいるロキやフィン達は当然気付いていた。

 

「うちもギルドに行ってちょいと探りを入れてみたが、やっぱりソーマんとこの本拠地(ホーム)の件に関しては、ギルドが何かを隠しとるのは間違いなさそうや」

 

「あのルバート・ライアンと同様、(おおやけ)にしたくない程のか?」

 

 リヴェリアが口にする人物は、以前まで港街(メレン)のギルド支部にいる総責任者であり支部長を務めていた。立場を利用して密輸を行っていた事が判明した為、ギルドは世間から非難を浴びない為に彼を懲戒免職と言う形で有耶無耶にしている。

 

「かもしれんな。流石にそれが何なのかまでは分からんかったが」

 

 今回は【ロキ・ファミリア】と一切関わっていない為、ロキは強く出ることが出来なかった。

 

 港街(メレン)の件を盾にして詳しく調べる事も出来たのだが、こんな程度でカードを切るのは無駄であり、却って藪蛇になるかもしれないと断念している。

 

「もしかしたら、リリルカ・アーデが一連の事件に関わっているかもしれないね」

 

 フィンの発言に、ロキ達は興味深そうに振り向く。

 

「どういう事なのじゃ、フィン」

 

「僕も少々気になってロキと同じく独自に調べてみたんだけど、今まで起きた事件に彼女と思わしき情報があったんだよ」

 

 同じ小人族(パルゥム)として気になったのか、フィンはちょっとした気分転換という名目で度々出掛けていた。因みにティオネがそれに感付いて同行しようとするも、結局は回避されてしまう結果となったが。

 

「最初の事件はともかくとして、『ノームの万屋』は強盗事件が起きる前から、店主の世話をしている小人族(パルゥム)の少女が出入りしてるらしい」

 

「その少女が、リリルカ・アーデだと?」

 

「恐らくね。そして強盗事件が起きて、戻って来た少女は荒らされた質屋の中に入って間もなく、すぐにどこかへ行ってしまったんだ。その後に【ソーマ・ファミリア】の本拠地(ホーム)で、大きな騒動が起きたとなれば……」

 

 フィンが途中で言葉を切っても、リヴェリア達は既に察していた。リリがそこで大暴れしたのだと。

 

「だとしても、娘っ子がどのような手段で爆発が起きる騒動を起こしたんじゃ?」

 

「そこまでは流石に分からない。だけど【ソーマ・ファミリア】の本拠地(ホーム)へ戻って、大きな騒動を起こしたにも拘わらず、ギルドは彼女について一切公表しなかった。間違いなく当事者である筈なのに、ギルドだけでなく、出動した【ガネーシャ・ファミリア】すらリリルカ・アーデの名前を一切挙げていない。これには何か理由がある筈だと僕は踏んでいる」

 

『…………………』

 

 口にしてるのはフィンである故か、穴だらけな推測でも否定する事が出来なかった。と言うより、確かにそう考えらないと筋が通らないのだ。

 

 【ロキ・ファミリア】の頭脳とも言える彼だからこそ、主神であるロキも真っ向から否定出来ないのであった。

 

「寧ろそう考えなければ、ギルドや【ガネーシャ・ファミリア】が、【ソーマ・ファミリア】の販売オークションに手を貸す訳がない」

 

「つまりその二つの組織は、事件の当事者である娘っ子に何かしら大きな弱味を握られている為に、協力せざるを得なかったと言うことか」

 

「ああ。誠実な神ガネーシャは別として、あの強欲なロイマンの性格を考えれば、簡単に許可なんて出す訳が無いからね。もしくはロイマンだけにオークションで得た利益の大半を引き換えに、とかもあり得る」

 

「確かにな」

 

 リヴェリアは推測を立てるフィンに同感だと頷いていた。

 

 ギルドの最高権力者であるロイマン・マルディールはエルフでありながら、世俗にまみれたことで非常に強欲な性格になっていた。その所為で彼は同族のエルフから『ギルドの豚』という仇名で忌み嫌われるほど、性格にもかなり問題がある人物だ。

 

 そんな欲塗れの男が【ソーマ・ファミリア】主催のオークションを、ギルドの前庭を開催地として簡単に許可するなんて、普通に考えればあり得ない。フィンの言う通り弱味を握られているか、多額の賄賂を提供しない限りは。

 

「まぁどっちにしろ、もうこの件は終わった事になってるし、今更僕達が考えたところで何の意味も無いけどね」

 

「せやな。うちらには関係のないことや。けど、敢えて言うなら……あのオークションの後にガレスがうち等に内緒で、ベルから完成品の神酒(ソーマ)をタダで譲ってもらったのは今も納得出来んが……!」

 

「さて、ワシには何の事かさっぱりじゃのう」

 

 ロキが途中から恨めしげな眼になって睨むも、ガレスはしらばっくれるように素知らぬ顔になっていた。

 

 因みにガレスはベルから受け取った神酒(ソーマ)をロキに奪われないよう、自室で厳重に保管している。仮に侵入されたところで、部屋の主にしか分からないところに隠しており、一切の抜かりはない。

 

「それはそうと、彼女が一体どうやって、『Lv.1』から『Lv.3』へランクアップしたのかが気になるな」

 

 ここでまたロキが突っかかるかもしれないと思ったリヴェリアは話題を変えようと、最初に話していたリリの昇格(ランクアップ)へ戻そうとした。

 

「流石にコレは不断の努力だけでなく、未確認の『発展アビリティ』や『レアスキル』で片付けられるものじゃない」

 

「ンー、確かにそうだね。もしかしたら彼も関係してるんじゃないかな」

 

 フィンが言う『彼』とは、態々言わなくても分かっていた。それはベル・クラネルであると。

 

 今まで『Lv.1』だったリリが、ベルにサポーターとして雇われ、そして改宗(コンバージョン)した直後に異常な昇格(ランクアップ)をした。これでベルとの関わりを疑わない方が無理な話である。

 

「考えられる要因としては、彼女がサポーターとして同行してる最中、彼が持ってる武器を何度も借りたとか」

 

「!」

 

 武器と聞いた瞬間にリヴェリアが、過敏に反応を示すのは当然であった。

 

 以前の遠征で『精霊の分身(デミ・スピリット)』を倒す際、ベルから神秘的な長杖(ロッド)――『ゼイネシスクラッチ』を使った事で、見事『Lv.7』に昇格(ランクアップ)した。それ以降から、リヴェリアは再び手にしたい衝動に駆られ、我慢する日々を送り続けている。

 

「フィン、それは流石に飛躍し過ぎではないか? ベルが持っておる武器が非常識とは言っても、そう簡単に昇格(ランクアップ)出来る訳がなかろう」

 

「確かにそうなんだけど、現にその経験者が僕達の目の前にいるからね」

 

 ガレスの発言にフィンはリヴェリアの方へと視線を移していた。

 

 因みに経験者とは言うまでもなくリヴェリアで、本人ですら信じられない経験だと語っていた程である。

 

「もしくは、彼女は初めからベルと似た武器を持っている、と言う線もあるかもしれない」

 

「何じゃそれは。まるでこの娘っ子も非常識な塊のように聞こえるではないか」

 

「一気に『Lv.3』へ昇格(ランクアップ)すること自体、非常識だと僕は思うけどね」

 

「……まぁ、確かに」

 

 先程まで疑問視しているガレスであったが、今更になってリリがベルと同じく非常識なことをしていると改めて認識することとなった。

 

 まぁそんな事よりも、と言ってフィンは話題を変えようとする。

 

「この異常な昇格(ランクアップ)とは別に、出来ればリリルカ・アーデとは、少しばかり話してみたいね」

 

「やはりそれが一番の理由か」

 

「まぁ、私達はお前のやることに口出しする気は無いが……」

 

「出来ればなるべくティオネにバレんよう頼むで」

 

 フィンがリリに興味を抱いてる他、彼の野望も理解してるガレス達は少々呆れながらも静観するだけであった。

 

 それと同時に、あの恋する狂戦士(バーサーカー)ことティオネが暴走する展開にならないように祈りながら。

 

 

 

 

 

 一方、大食堂でもリリの昇格(ランクアップ)について大騒ぎとなっている。

 

「はっ! 団長がこのメスを見初めてるような気が……!」

 

 野生の勘でも働いたのか、ティオネは用紙に描かれているリリの似顔絵を見ている際、途端に憎き恋敵のように恐ろしい眼で睨み始めていた。

 

「なに訳の分からないこと言ってるのよ……」

 

「あの人、団長関連になると異常なほど勘が鋭いっすからね」

 

 ティオネの豹変に呆れるように眺めるアキと、フィンの身が少々心配な気持ちになるラウル。

 

 ああなった彼女に関わると面倒になると理解してるのか、すぐに距離を取り始めようとしている。それは他の団員達も同様に。

 

「っていうか、何でこの小人族(パルゥム)ちゃんが、アルゴノゥト君のところに行ったのかなー?」

 

(……この子が【ヘスティア・ファミリア】の所に行ったってことは、この凄いランクアップはもしかしてベルが関係している?)

 

 ぶーぶーと納得いかないように文句を言うティオナに対し、一気に『Lv.3』へ昇格(ランクアップ)したことに大変興味を抱きながら無言で見続けるアイズ。

 

 二人は同時に決意した。やはり一度【ヘスティア・ファミリア】の本拠地(ホーム)へ行こうと。

 

(ん? このガキ、どっかで見たような……)

 

 リリの顔を見て何か思い出したような顔になるベートだったが、その記憶は掘り起こす事は出来なかった。

 

 だがそれでも見覚えがあるのは確かである。嘗て自分が見限ったあの【ファミリア】に入っていた頃に……という記憶までだが。

 

(な、何でよりにもよってベル・クラネルがいる【ファミリア】へ改宗(コンバージョン)するんですか!)

 

 レフィーヤは自分と同じ『Lv.3』に至ったリリに驚愕するも、改宗(コンバージョン)先が【ヘスティア・ファミリア】だと知った途端に不満を表す。

 

 ただでさえ憎き白兎は出鱈目な強さを持っているのに、新たな戦力と言うべき相棒を手にしたことが彼女にとって非常に気に食わないのだ。

 

 そして他の団員達も信じられないと言わんばかりに騒ぎ続けており、フィン達が来るまで続くのであった。




活動報告でアンケートを取った結果、リリを『Lv.3』にランクアップすることにしました。

感想お待ちしています。


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二人のアークス②

久しぶりの更新です。


 リリが【ソーマ・ファミリア】と決別後、【ヘスティア・ファミリア】へ改宗(コンバージョン)して新たな団員として迎えられる事になった。

 

 改宗(コンバージョン)して早々、神様が【ステイタス】を更新した際、とんでもない事態を目にしてしまった。【Lv.1】から一気に【Lv.3】へ昇格(ランクアップ)と言う前代未聞な出来事に。

 

 これには流石の神様もビックリしていた。僕が約一ヵ月前後でランクアップするのに対し、リリは一気に二つもランクアップと言う、普通の冒険者では考えられない記録を作ってしまった。

 

 肝心のリリはそんなに驚いた様子を見せず、妙に納得したような表情だった。理由を尋ねると、自分は既に恩恵(ファルナ)を与えられた身のままアークスになり、オラクル船団(むこう)で死んだほうがマシと思われる地獄の特訓を数年もやらされたから、こうなるのは当然だと言っていた。

 

 その理由を聞いた僕も、確かにそうかもしれないと頷いた。オラクル船団でアークスになった僕も、キョクヤ義兄さんが一緒にいてくれたからとは言え、過酷な日々を送っていた。確かに色々辛かったけど、それでも僕としては新しい家族や仲間と過ごす事が出来て良かったと思う。

 

 と、僕の個人的感情は置いといて。リリのランクアップとは別に、新たな発展アビリティやスキルも発現している。

 

 発展アビリティはレベルが上昇する事で発現が可能な能力。基本アビリティとは異なって、特殊または専門的な能力を開花・強化することが出来る。けれどランクアップ以外に、特筆すべき経験値(エクセリア)が無ければ、発展アビリティは発現しないと言う少々厳しい条件があるとの事だ。因みにこれはエイナさんからの講習で知った知識と補足する。

 

 本来なら一度のランクアップで得られる発展アビリティは一つのみだけど、リリの場合は一気に二つもランクアップした為、二つの発展アビリティを選択する事が出来るようになった。

 

 その結果、リリが選んだのは【狙撃】と【護法】。二つ目の護法は僕も持っている。

 

 【狙撃】は、文字通り目標に狙いを定めて撃つ。同時に間接武器などを使って威力が上がるものであり、長銃(アサルトライフル)大砲(ランチャー)に勿論該当しており、レンジャーのクラスを持ってるリリに最適な発展アビリティだった。

 

 【護法】は、あらゆる状態異常の症状を防いでくれる。リリとしては信用の置ける【耐異常】が欲しかったみたいだけど、それが無かった為、ダンジョン探索をする以上は仕方ないと割り切って選んだ。

 

 最後にスキルだけど、これも発展アビリティと同じく二つ習得している。

 

 一つ目のスキルは【船団住民(オラクル・アークス)】で、僕と全く同様のモノ。名前から察しての通り、異世界のオラクル船団でアークスとして活動していた事に関係している。内容としては冒険者になる恩恵(ファルナ)を刻まれても、アークスの力を常時発動する事が出来る。僕が初めて冒険者になった時、ファントムクラスを失う事なく使えてるのが何よりの証拠でもある。

 

 二つ目のスキルは【冥怒聖女(バーサク・フィアナ)】。正直言って、僕が語るのは少々(はばか)りたいスキルだった。簡単に言えば、リリの怒りが頂点に達した時に発動して、別人になるかのように口調も変わると同時に全アビリティが一時的に急上昇するらしい。本人は大変不名誉なスキルだと哀愁を漂わせるほど嘆く程だった。

 

 まぁとにかく、リリが【Lv.3】にランクアップした事で、冒険者として大きく成長したのは確かだった。アークスの力も使える事も含めて、僕にとっては一番頼りになる相棒的存在と言っても過言じゃない。射撃武器による攻撃を主とし、中距離の戦闘を得意としたレンジャークラスをメインにしてるだけでなく、圧倒的な防御力を誇るエトワールクラスをサブにしているから。

 

 最初はエトワールクラスと聞いて疑問を抱いていたけど、そのクラスはキョクヤ義兄さんのファントムクラス、ストラトスさんのヒーロークラスと同様の後継クラスで、打撃攻撃と味方の支援を特化したモノらしい。しかしそれはあくまでメインクラス前提によるもので、サブクラスにすると打撃武器や支援スキルは使えなくなり、他の攻撃力や防御力の上昇スキル、(微量な)体力自動回復のスキルは普通に使えるようだ。

 

 僕も中距離用の武器である長銃(アサルトライフル)は使えても、あくまで汎用として使用できない。中距離戦闘に関しては、特化型のレンジャーに軍配が上がる。他にもその専用のスキルがあって、他のクラスから見ても非常に役立つモノもある。加えてレンジャーは司令塔の役割も果たしてくれるから、常に前に出て戦う僕としては非常にありがたい。この世界の冒険者で言うなら、フィンさんみたいな人を指す。

 

 とは言え、それはもうちょっと先の話になる。ランクアップしたリリには、感覚のズレを修正させなければならない。【ステイタス】の更新で身体能力が激変したから、恐らく僕以上に大変なことになっている筈だ。なので暫くの間はダンジョン上層のモンスターと戦わせて身体を慣れさせなければ、強いモンスターとの戦闘で足手纏いになってしまう恐れがある。当然それはリリも承知済みで、今後は僕と一緒にダンジョン上層でお世話になる。流石にアークス製の武器で戦わせても意味が無いから、僕と同じくオラリオ側の武器を使ってもらうしかない。

 

 最初は【ゴブニュ・ファミリア】にリリ専用の武器製作依頼をしてもらおうと考えたけど、とある()()()を思い出したので、彼がいる工房へ行ってみる事にした。

 

 

 

 

 

「嫌です。リリはこんなダサい武器使いたくありません」

 

「はぁ!? おい待てリリスケ、いくら何でもそれは聞き捨てならねぇぞ!」

 

 リリに僕が直接契約を結んだ()()()――ヴェルフを紹介した後、彼が作った武器をいくつか見繕ってもらったんだけど、思いのほか上手くいかなかった。

 

 さっきまでは問題無く互いに自己紹介を終えて、リリはヴェルフ様、ヴェルフはリリスケと呼び合っていた。本当にそこまでは良かったんだよね。

 

 いざ武器の話になって短剣やボウガン等を用意し、上層のモンスターなら問題無くやれるほど良い出来だとリリは評価していた。けど数秒後、すぐに嫌そうな表情になるどころか、ダサい武器と言って今に至る訳だ。

 

 ダサいと言った理由は勿論ある。短剣はキラーアントの素材を利用した『虫短剣(キラたん)』、ボウガンは普通の素材なんだけど『(ピュン)(ピュン)(まる)』。その銘を聞いてリリだけでなく、僕も流石にソレは無いだろうと内心突っ込んでしまう。僕が使ってる防具の『(ピョン)(キチ)』より酷いネーミングセンスとしか言いようがない。

 

「そんなダサい名前をした武器を使うくらいなら、そこら辺にある名無しの棒切れを使った方がまだマシです!」

 

「おまっ、ふざけろ! おいベル、何なんだよコイツは!? 失礼にも程があるぞ!」

 

「あ、いや……」

 

 リリに自分の作った武器を貶されて憤慨するヴェルフが、今度は僕に向かって怒鳴ってきた。

 

 本当はヴェルフを擁護(フォロー)すべきなんだけど、正直に言ってちょっと無理。僕も武器のネーミングセンスについて、指摘したい気持ちだったから。

 

 だけど、それじゃ非常に申し訳が立たないし、リリを説得するしかない。

 

「リ、リリ。ヴェルフは他の()()()より腕は立つし、武器自体も結構良い出来だから、僕は使うべきだと思うよ」

 

 敢えてネーミングセンスに触れず、武器の性能を強調させてもらった。

 

「いくら性能が良くても、こんなダサい武器を使ってダンジョンに行きたくありません! もし誰かに知られたらリリはもう恥ずかしくて二度と外に出られなくなっちゃいます!」

 

「なんだとコラァ!」

 

 僕の擁護(フォロー)が無意味になってしまい、リリは此処で更に貶してしまった事により、ヴェルフは完全にキレてしまった。

 

「さっきから黙って聞いてりゃ、言いたい放題抜かしやがって!」

 

「事実を言っただけです! ベル様の『(ピョン)(キチ)』を聞いてから思ってましたが、貴方様はネーミングセンスが壊滅的に酷すぎます! そんなダサい名前を付けられた武器や防具が余りにも不憫です!」

 

「不憫だぁ!?」

 

 ギャーギャーと怒鳴るように言い争うリリとヴェルフ。

 

 まさか二人の相性が此処まで悪かったのは、完全に僕の誤算だった。こんな事になるなら、最初から【ゴブニュ・ファミリア】の方へ行けば良かったかもしれない。

 

「ちょ、二人とも、落ち着いて……あっ!」

 

 このままじゃ不味いと思った僕は割って入ろうとするが、不意に立て掛けていた武器が肘に当たってしまい、そのまま落としてしまった。

 

 倒れてしまった武器――綺麗な装飾が施された長槍からカランと音を立てた事で、言い争っていたリリとヴェルフの耳に入って此方へ振り向く。

 

「ご、ごめんヴェルフ! 大事な武器を倒しちゃって……!」

 

「いや、そこまで謝る必要はねぇよ。それは単に練習用として作った試作品で――」

 

「これは……」

 

 僕の謝罪にヴェルフは全く気にしてないように言ってる最中、突然リリが倒れてる長槍を凝視しながら手で拾う。

 

 いきなりの行動に僕だけでなく、ヴェルフも訝るように見るも、当の本人は全く気にせず拾った長槍をマジマジと凝視している。

 

 長槍の穂先や柄をじっくりと見終えたリリは、すぐに制作者への方へ視線を向ける。

 

「ヴェルフ様、この槍に銘はありますか?」

 

「あ? …………まぁ、あると言えばあるが」

 

 リリが質問してきた事で顔を顰めるヴェルフだったが、真剣な表情であった為に間がありながらも答えようとした。

 

「つっても、俺が決めた訳じゃねぇがな。とある御伽噺に登場した聖女の武器を、俺なりに模倣して作ってみたんだ」

 

 あくまで見せかけに過ぎないが、と付け加えながら少々自虐気味に言うヴェルフ。

 

 けれど、リリは全く気にする事なく耳を傾けている。

 

「経緯は全く知らないが、その槍の銘は『聖女(フィアナ)の槍(・スピア)』って呼ばれてるらしい」

 

「フィアナ……」

 

 槍の銘を聞いた途端、リリは再び長槍を目にする。

 

 その名前は僕も知っている。僕がオラクル船団へ飛ばされる前、お爺ちゃんが『フィアナ騎士団』と言う絵本を僕に読ませてくれた。

 

 内容はもう殆ど憶えてないけど、神々が地上へ降臨する前までフィアナを女神として崇拝されていたが、実際は存在しない架空の女神だと判明した事で、小人族(パルゥム)は廃れてしまったとか。それは当然同じ小人族(パルゥム)のリリも知っているはず。

 

 そう言えば、以前にフィンさんと酒場で飲み会をした時、『お嫁さんにするのは小人族(パルゥム)じゃなければいけない』と言っていた。もしかしたらだけど、一族を復興させる目的の一つとして、同族の女性をお嫁さんにしようとしてるかもしれない。

 

 今この場で全く関係無い事を思い出している僕とは余所に、槍の銘を聞いて見定めていたリリは、途端にヴェルフを見て決意するように言い放った。

 

「ヴェルフ様、宜しければこの槍をリリが購入しても良いですか?」

 

「はぁ? お前、何言って――」

 

 先程まで武器を散々貶していたリリが購入したいと懇願するも、当然ヴェルフは断ろうとしていた。

 

 しかし、突然大きなヴァリス入りの袋が目の前に現れた事で状況が一変する。

 

「先程まで無礼な発言をしたお詫びとして、百万ヴァリスお支払いします」

 

「ひゃ、百万……!?」

 

 予想外と言える購入価格に、ヴェルフの目が点になっていた。

 

「リ、リリ。本当にその金額で良いの?」

 

「勿論です、ベル様。リリはこの槍を大変気に入りましたので」

 

 恐る恐る尋ねるボクに、リリは全く問題が無いと言わんばかりの表情で言い切った。

 

「待て待てリリスケ! そんな槍に百万ヴァリスは高過ぎだ! いくら見かけは良くても、ソレは一万どころか、千ヴァリスにも満たない安物なんだぞ!?」

 

「気にしないで下さい。百万出すほどの価値があると、リリが勝手にそう決めただけです。例えすぐに壊れてもヴェルフ様を一切責めたりしません」

 

「いや、そう言う問題じゃねぇんだよ……!」

 

 お詫びを含めたと言っても、()()()としてのプライドが許さないのか、自分の作った試作品を百万ヴァリスで受け取りたくないようだ。

 

 今のヴェルフはもう完全に怒りの感情が消えてるどころか、それすら通り越して凄く申し訳ない様子だった。流石にこれは僕が割って仲裁するのは正直微妙だから、判断に困ってしまう。

 

「とにかくその槍を返してくれ。そんな試作品じゃなくて、ちゃんとした槍を作るから!」

 

「結構です。それじゃリリはこれにて失礼します」

 

「あ、おい!」

 

 ペコリと頭を下げたリリは、長槍を持ったままスタスタと工房を後にした。

 

 素早く退散されてしまった為、今此処には僕とヴェルフだけになり、少しばかり無言となっている。

 

「…………ベル、一体何なんだアイツは? 自分で言うのもなんだが、あんな安物の槍に百万ヴァリス出すなんておかしいだろ」

 

「あ、あははは……」

 

 何とも言えない僕はただ苦笑するだけしかなかった。

 

 因みにこの後、ヴェルフは僕にお金を押し付けようとしてきたが、リリの決めた事に余計な真似をする訳にはいかないと思って、ファントムスキルで退散する事にした。




今回はリリの発展アビリティ・スキルの発言内容と、オラリオ側の武器を購入する話でした。

以前の活動報告でコメントしてくれたルートフクロクさん、高町司さん、ボーダレスさん、ありがとうございます。


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ステイタス一覧

ベル・クラネル

 

Lv.3

 

力:??? 耐久:??? 器用:??? 敏捷:??? 魔力:??? ??:G 護法:I

 

《魔法》

 

【レ・フォメルギア】

 

・炎・闇属性攻撃魔法

 

・詠唱式【虚無の狭間を焦がす黒炎の槍よ、全てを闇に還して貫け】

 

 

【レ・ザンディア】

 

・風・雷属性攻撃魔法

 

・詠唱式【風雷の天地鳴動、今ここに現れる。天災は此処に汝らを穿つ】

 

 

【レ・バーランツィア】

 

・氷・光属性攻撃魔法

 

・詠唱式【沈黙の審判者よ。虚構なる光と氷の理にて翼となり、永久(とこしえ)の静寂を下せ】

 

 

 

《スキル》

 

船団住民(オラクル・アークス)

 

・常時発動型。

 

・異世界で得たアークスの力を継続利用。

 

・緊急事態が起きれば多くの経験値、またはアイテムを得られる。

 

 

【????】

 

・????

 

 

【補足】

 

約六年前にひょんな事からオラクル船団へ転移する事になった原作主人公。見知らぬ世界で彷徨っていた際、ニューマンのキョクヤに拾われて義弟となり、共にアークスとして活動していく。そしてまたしてもひょんな事から、嘗ての生まれ故郷である元の世界へ帰還。自分を育ててくれた祖父が亡くなったと判明後、祖父の遺言に沿ってオラリオへ赴き、【ヘスティア・ファミリア】へ入団。普通の冒険者とは全く異なる非常識極まりない大活躍をする事によって、オラリオはベルの話題が全く尽きない状態になっている。色々悩まされる主神のヘスティアだけでなく、都市最大派閥【ロキ・ファミリア】も困惑し、更にはギルドからも別の意味で問題視されている。

 

 

 

 

 

 

 

 

リリルカ・アーデ

 

Lv.3

 

力:??? 耐久:??? 器用:??? 敏捷:??? 魔力:??? 狙撃:I 護法:I

 

 

《魔法》

 

 

《スキル》

 

船団住民(オラクル・アークス)

 

・常時発動型。

 

・異世界で得たアークスの力を継続利用。

 

・緊急事態が起きれば多くの経験値、またはアイテムを得られる。

 

 

冥怒聖女(バーサク・フィアナ)

 

・怒りが頂点に達すると、全アビリティ一時的急上昇。

 

 

【????】

 

・????

 

 

【補足】

 

数年前にダンジョンでカヌゥ達にモンスターの餌にされたが、突然オラクル船団へ転移する事になった原作キャラ。ベルと同じく彷徨っていたが、キャストのルコットに拾われて、共にアークス活動とメイド修行に明け暮れる。単身任務中に突然意識を失い、目が覚めたら何故かオラリオのダンジョンへ帰還。本当は【ソーマ・ファミリア】に気付かれないようひっそりと姿を消す予定だったが、元の世界に同業者(アークス)がいると判明し、危険を覚悟で再びサポーターをやりながら情報収集し、ベルと出会う事になる。以降は【ソーマ・ファミリア】から【ヘスティア・ファミリア】へ改宗(コンバージョン)し、ベルの相棒役として活動していく。




?の部分に関しては未公開です。

物語が進むにつれて内容を更新する予定です。


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二人のアークス③

久しぶりの更新です。


 ヴェルフの造った武器『聖女(フィアナ)の槍(・スピア)』を購入した翌日、僕とリリは探索しようとダンジョンへ向かう準備をしている。

 

「リリ、今日の探索は本当にその槍だけで良いの?」

 

「勿論です」

 

 確認の意味も込めた僕の問いに、リリは当然と言わんばかりに頷いた。

 

 今日もダンジョン上層で感覚のズレを修正する為、アークス製の武器を使わずに大剣のみで探索する予定だ。けど今回は僕だけじゃなく、リリも一緒に戦う事になっている。

 

 リリは数年前にオラクル船団でアークスとして鍛えられ、充分な戦闘能力も備わっている。【ヘスティア・ファミリア】に改宗(コンバージョン)したのを機に、僕と同じく冒険者側として一緒に戦う事にした。戦闘スタイルは長銃(アサルトライフル)大砲(ランチャー)等の中・遠距離攻撃をメインとして、他にはレンジャースキルを利用した後方支援もやってもらう。

 

 その予定だったんだけど、今回行うダンジョン探索でその戦闘スタイルは一切やらない。それどころか僕と同じく前衛で戦う事になっている。昨日購入した長槍のみで。

 

 既にオラリオで周知されてるとおり、リリは『Lv.1』から『Lv.3』へと昇格(ランクアップ)している。一気に二段階も上がった事による反動なのか、リリは身体に凄い違和感を感じると言っていた。

 

 身体の違和感を聞いた僕はすぐに思い至った。どうやらリリも僕と同じく、ランクアップによる反動で感覚のズレが生じていると。

 

 それを解消する為には一度基本に戻る必要がある。この世界の冒険者で言えば、ダンジョン上層のモンスターを倒しながら感覚のズレを修正しなければならない。

 

 僕が今も上層にいる理由を知ったリリは納得してくれた。何故アークス製の武器を使わず、上層(あんなところ)に留まっていたのかが全くの謎だったみたいだ。確かに事情を知らないアークスであれば、そう言う風に疑問を抱くのは当然かもしれない。

 

 それが判明した事で、リリも僕に倣って身体のズレを修正しようと、長槍のみでダンジョン上層のモンスターを倒そうと決めた。遠距離攻撃メインであっても、修正しないと照準が狂ってしまうかもしれないから、一刻も早く解消したいそうだ。同じ長銃(アサルトライフル)を使う僕としても、リリの言う事は大変理解出来る為に反対する理由が無い。その結果、今回の探索でリリは僕と同じく前衛で戦う事にした訳だ。

 

「じゃあ、行こうか」

 

「はい」

 

 準備を終えた僕達は本拠地(ホーム)を出ようとする。

 

 因みに神様は既にバイト先へ向かっていた。何でも午前を担当する人が休みになったみたいで、それを神様が急遽やる事になったらしい。当の本人は『何でボクが……』と少々愚痴っていたけど。

 

 リリと一緒に本拠地(ホーム)の門を開けて、今日もダンジョンへ――

 

 

「アルゴノゥトくぅぅぅうううううんっっっ!」

 

 

「ッ! こ、この声はどわぁっ!」

 

「へ?」

 

 向かおうと思った直後、物凄く聞き覚えのある声がしただけでなく、途轍もないスピードと衝撃が襲い掛かってきた。突然の事にリリは目が点になっている。

 

 声を聞いたことで無意識に身構えた事もあって、どうにか倒れず踏ん張る事に成功してる。僕に突進、もとい抱き着いてきた人は誰なのか既に分かっていた。

 

「お、お久しぶりですね、ティオナさん」

 

「ああ~~久しぶりのアルゴノゥト君だぁぁぁ~~!」

 

 僕が挨拶をするも、抱き着いてるティオナさんはまるでマーキングするかのように、僕の胸にグリグリと顔を埋めていた。それとは別に、両腕に力入れ過ぎでちょっと痛い。

 

「あの、ベル様。このお方は?」

 

 状況が全く飲み込めていないリリだが、一先ずと言った感じで僕にティオナさんの事を訊いてきた。

 

「えっと、この人は【ロキ・ファミリア】の――」

 

「あっ! 君が例の小人族(パルゥム)ちゃんだね!」

 

「はい?」

 

 すると、僕に抱き着いているティオナさんが突然離れて、今度はリリに近付く。

 

「あたしティオナ! よろしくー!」

 

「ど、どうも。リリはリリルカ・アーデと申します」

 

 自己紹介をするティオナさんに、リリは困惑しながらも彼女と同じく名乗り返した。

 

「えっと、ティオナ様」

 

「‶様″なんて付けなくていいよー。普通にティオナでいいからさー」

 

「すいません、これがリリの性分なのでお気になさらず。それとリリの事はリリと呼んで結構ですので」

 

「そうなの? じゃあ『リリちゃん』って呼ばせてもらうね」

 

 いつもの笑みを見せながらフレンドリーに話しかけるティオナさんは、あっと言う間にリリとの距離を縮めようと親しげな名前で呼んでいた。

 

 凄いな、この人。リリとはこの場で会ったばかりなのに、こうまで仲良くなろうとするなんて。これはある意味、一種の才能かもしれない。

 

「ところでティオナさん、今日は一体どのようなご用件で?」

 

 取り敢えず彼女が此処に来た理由を聞こうと、僕は改めて尋ねる事にした。

 

 第一級冒険者が来たとなると、場合によっては今日の探索は中止になる可能性がある。この人であれば猶更に。

 

 僕からの問いにティオナさんが振り向いて答えようとする。

 

「久しぶりにアルゴノゥト君と会うついでに、リリちゃんに聞きたい事があってね」

 

「僕はともかく、リリもですか?」

 

 ティオナさんが僕に会いに来るのは分かるけど、リリに関して全く分からなかった。

 

 リリの『ランクアップ』について、もしくは【ヘスティア・ファミリア(ここ)】へ改宗(コンバージョン)した理由を聞く。その可能性が高いだろう。

 

 もしかしてフィンさんが、ティオナさんを通じて情報を聞き出そうと送り込んだのだろうか。でも以前港街(メレン)の件では、あの人さんが直々に来て僕に直接依頼したから、今更そんな回りくどい方法を取るとは思えない。

 

「ティオナ、急に置いて行かないで」

 

「あ、アイズ」

 

「って、アイズさん!?」

 

 僕の考えとは余所に、今度はアイズさんが現れた。

 

 ティオナさんだけじゃなく、何でこの人まで?

 

「ゴメンねー。アルゴノゥト君の匂いがしたから、つい先走っちゃったー」

 

 匂いってティオナさん、貴方の嗅覚はどれだけ凄いんですか?

 

 僕はこの本拠地(ホーム)から出て間もない筈なのに、一体どこら辺で嗅ぎつけたのかを聞いてみたい衝動に駆られたが、そこは敢えて聞かないでおくとする。

 

 リリも同様の事を考えたのか、少々引いたように彼女を見ているが気にしないでおく。

 

「ベル、久しぶり」

 

「え、ええ。会ったのは港街(メレン)以来ですね」

 

 ティオナさんと同様、この人に会うのは本当に久しぶりだ。相変わらず綺麗な人だと見惚れそうになるも、それは僕の心の内に仕舞っておく。

 

 すると、アイズさんは僕の近くにいるリリの方へ視線を向ける。

 

「ティオナ、この人が……」

 

「うん。【ヘスティア・ファミリア】に改宗(コンバージョン)したリリちゃんだよ」

 

「ど、どうも。リリルカ・アーデです」

 

 ティオナさんが軽く紹介すると、リリはすぐにフルネームを名乗った。

 

 アイズさんも改めて自己紹介をした後――

 

「ねぇ、貴女は一体どうやって『Lv.1』から『Lv.3』にランクアップしたの?」

 

「え?」

 

 いきなり本題に入った事でリリは困惑した。

 

 この問いを聞いた直後、僕はすぐにフィンさん思惑とは一切関係無い物だとすぐに察した。

 

 今回二人が来たのは、単なる個人的な理由で僕達に会いに来たのだと。




久しぶりに書いた為、今回は短いです。

感想お待ちしています。


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二人のアークス④

「ア、アイズさん、それはちょっと……」

 

 アイズさんの質問はリリだけでなく僕も少々困った。フィンさんの思惑とは別に、ソレは色々と不味いモノなのだ。

 

 一緒にいるティオナさんも興味があるように返答を待つようにジッと見てるだけで、やはり知りたいのだとすぐに分かった。

 

「……アイズ様、でしたね。逆に問いますが、貴女様は何故それを知りたいんですか?」

 

「え?」

 

 先程まで困惑していたリリだけど、今は打って変わるように冷静な表情となって逆に問い返した。

 

 アイズさんも予想外だったみたいで、すぐに言葉が出ない様子だ。

 

「えっと……私は、強くなりたいから」

 

 何とか自身の答えを示したアイズさん。

 

 それを聞いたリリは――

 

「そうですか。でしたら、どうかこのままお帰り下さい」

 

 答える気が一切無いと言わんばかりに、爽やかな笑顔でアイズさんに帰るよう促していた。

 

「え……」

 

「ちょ、ちょっとリリちゃん! いくら何でもそんなバッサリ言わなくても……!」

 

 ポカンとした表情になるアイズさんに対し、ティオナさんは思うところがあって少々抗議していた。

 

 僕としてもこんなにハッキリと否定するのは意外だった。二人は有名な第一級冒険者だから、下手に気分を害してしまえば色々不味い事になる。と言うのがオラリオの常識、と言うより暗黙のルールに等しい。

 

 リリは僕と違ってアークスになる前からオラリオのサポーターとして活動していた時期があるから、そのルールは当然知っている筈だ。

 

「今のアイズ様は『Lv.6』でありながらも、もっと強くなりたいその向上心は確かにご立派かもしれませんが、ご自分よりレベルが低い相手にそんな質問をすること自体間違っています。加えてリリは【ヘスティア・ファミリア】の眷族でして、【ロキ・ファミリア】の貴女様に答える義理なんか微塵もありません。そもそも冒険者に関する情報は本来派閥(ファミリア)内の機密扱いなので、それを他派閥の方に教えるなんて以ての外です。アイズ様は【ロキ・ファミリア】を代表する幹部の一人であり、オラリオから【剣姫】と畏怖されている第一級冒険者です。そんな御方が【ファミリア】に関する常識やルールを知らない筈がありません。だと言うのに、他派閥の冒険者に関する情報を平気で訊こうとするのは一体どう言う事なんですか? もしこれが其方の団長様のご命令でしたら、リリは訴えさせてもらいますが」

 

「………ごめんなさい。私が勝手にやったことです」

 

「「……………」」

 

 冷静かつ正論を捲し立てるリリの勢いに、アイズさんは段々と顔を青褪めながらも頭を下げて謝罪した。

 

 その光景を見ている僕とティオナさんは無言になっている。と言うより、口出しできないのだ。

 

「この際なので言っておきますが、いくら貴女様が有名だからってやって良いことと悪いことが――」

 

 リリが如何にも怒ってますと段々説教染みた言い方になっていく事で、アイズさんはもう完全に縮こまってしまいペコペコと頭を下げるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

「リリ、さっきのあれはいくらなんでも言い過ぎじゃ……」

 

「事実を言ったまでです。ベル様も機密情報の重要性について、オラクル船団(むこう)で教えられたでしょう?」

 

「うっ、それを言われると……」

 

 ダンジョンにいる僕とリリは、先程についての話をしていた。

 

 あのお説教の後、精神的に打ちのめされてしまったアイズさんはフラフラとしながら自身の本拠地(ホーム)へ戻った。余りにも不安定な歩き方だった為、ティオナさんが支えなければいけない不味い程に。

 

 余りの姿に僕は不憫な気持ちになってしまうも、取り敢えずはリリのランクアップについて何とか回避出来たという事にしておく。くどいけど、ションボリしていたアイズさんの姿は本当に不憫だった。

 

 でも、リリの言ってる事は決して間違ってないどころか、常識的に正しいから否定出来ない。正直言ってアイズさんのあの質問は本来やっちゃいけない同然の行為だから。

 

 この世界の冒険者とは別に、アークスとなる為の研修を受ける際、情報を漏洩させてはいけない事を教えられた。もし流出してしまえば、場合によってはアークスの資格を剥奪されてしまう恐れがある。尤も、それはオラクル船団で活動してる際にやらかした場合になるけど。

 

「まぁ第一級冒険者様にあんな態度を取るのは確かに問題かもしれませんが、あの場はキッパリ言っておかないとダメです。特にああいうお子様思考みたいな御方には注意しておかなければ、また懲りずに訊きだそうとするかもしれませんから」

 

 ああ、言われてみれば確かにそうかも。

 

 遠征の時には僕が何度も遠回しに教えれないと言っても、アイズさんは諦めずに訊きだそうとしていたことがある。僕の武器を無断で借りようとする【ヘファイストス・ファミリア】の椿さんとは違って、あの人に関してはどうも甘くなってしまう。決して惚れた弱味という訳じゃない。

 

「確かベル様は【ロキ・ファミリア】の遠征に加わった事があったみたいですね。その時にアイズ様や他の方々から色々詮索されてたでしょう?」

 

「ッ!」

 

 リリの鋭い質問に僕は内心『ギクッ!』となってしまった。

 

「その表情(かお)を見ると大当たりみたいですね」

 

「あ、あははは……肝心な部分は喋っていないから大丈夫だよ」

 

「……まぁ、今後はリリがしっかりサポートすればいい話です」

 

 若干ジト目をしてるリリだけど、何だかちょっとばかり諦めるように言われた。

 

 僕ってそんなに信用無いのかな?

 

 信用度が低いみたいな感じがして少しばかり落ち込む僕とは別に、周囲に異変が起きようとする。

 

 壁が突然罅が入り、割れた先からモンスターが出現する。

 

 現れたのは複数の『ウォーシャドウ』。6階層から出現する『新米殺し』のモンスター。

 

 それ等を視認した僕達は先程まで会話していた雰囲気とは打って変わり、即座に武器を構える。

 

 大剣だけを取り出す僕、バックパックを一旦収納してメインウェポンとして使う長槍を取り出すリリ。

 

「ベル様、手筈通り先ずはリリ一人だけでやらせて頂きます」

 

「うん。でもリリ、もしやばそうになったら僕も参加するからね」

 

「ええ、分かっています」

 

 今回の探索では主にリリが戦う事になっている。勿論僕も戦うけど、もし彼女が一人で手に負えなくなった時に参加する手筈だ。

 

 前以てリリに槍を扱えるのかを聞いた際、すぐに納得した。オラクル船団にいる六芒均衡のマリアさんから地獄の特訓を受けた際、ハンタークラスで長槍(パルチザン)の扱いを徹底的に学んだと死んだ目をしながら言っていたから。

 

 まさかあの人がリリにも会っていたのは心底驚いた。知っていたなら僕にも教えてくれれば……あ、無理だ。

 

 リリはオラクル船団にいた頃は秘密扱いされてて、小人族(パルゥム)という種族自体が存在してない為、もし公に知られたら大騒ぎになっていただろう。僕は人間(ヒューマン)でも、キョクヤ義兄さんの助力もあってオラクル船団の住人と偽っていたから、リリの事を知るのは絶対無理だ。

 

 おっと、今はそんな事を考えてる場合じゃない。戦闘に集中しないと、目の前にいる『ウォーシャドウ』が襲い掛かってくる。

 

 僕は一応控えだけど、それでもリリが戦いやすいように周囲を警戒しなければならない。ダンジョンはまるで意思を持ってるかのように、冒険者の隙を突こうと急にモンスターを出現させる事があるから。

 

「行きます!」

 

 そう言ってリリはモンスターの群れに自ら突撃していった。

 

 

 

 

 

 

 場所は変わって【ロキ・ファミリア】の大食堂。

 

 夕食の時間となって団員達が集まっている。

 

 いつもなら周囲がワイワイと和やかになるのだが、今回はいつもと違って静かだった。

 

「……………………」

 

 非常に落ち込んだ様子で黙々と食事をしているアイズを見ている団員達は、一体何事だと思いながら無言のまま視線を向けている。

 

「ア、アイズさん、どうしたんですか?」

 

「……………………」

 

 グループになっているレフィーヤは大変心配そうに訊ねるも、当の本人が何も答えない為に全く分からない。

 

「ちょっと、一体何があったの?」

 

「あ~……色々あってね……」

 

 アイズに聞いても埒が明かないので、ティオネは一緒に同行した(ティオナ)に事情を聞く事にした。

 

 普段のティオナであればすぐに教えてくれるのだが、今回は珍しく歯切れが悪い返答であり、それで余計に困惑する破目になる。

 

「何よその言い方、アンタらしくないわね。さっさと教えなさいよ」

 

「いや~、こればっかりはちょっとね……」

 

 大好きなベルと会った自分とは別に、アイズがリリルカに『Lv.1』から『Lv.3』にランクアップした方法を聞いて怒られた。何て素直に言えるわけがないと、流石のティオナも理解してる為に大変困っている。

 

 ガミガミと説教していたリリルカの言い分が至極真っ当な正論であった為、ティオナは擁護(フォロー)することが出来なかった。寧ろ自分も改めて諭されたように聞いていたので、余計何も言えなくなっていたのだ。

 

 我等がリヴェリア(ママ)に説教される風景は見かけた事はある。しかし彼女以外の人物、益してや他派閥の者にそんなことをされた憶えはない。

 

 アイズも初めての経験だったからか、一切何も言えずペコペコと謝るしかなかった。しかもズバズバと鋭い指摘もされた事でクリティカルヒットして、彼女の精神(メンタル)ライフが一気にゼロとなって再起不能に陥ってしまう。説教したのが自分より年下だと思われる小人族(パルゥム)の少女だから猶更に。

 

 そして少し経ってから、アイズの様子がおかしいとの報告を聞いた首脳陣のフィン達が頭を痛める事になるのであった。




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二人のアークス⑤

 長槍を使ったリリの初陣の結果としては良好だった。

 

 ランクアップによる感覚のズレや打撃系武器を久しぶりに使うブランクを差し引いても、リリは上層のモンスター相手に多少苦戦しそうになったが、慌てる事無く倒していた。マリアさんの地獄の特訓によって身体が染みついていたのか、戦い方が完全に長槍(パルチザン)を扱うハンタークラスそのモノ。僕と全く同じで、やっぱりリリはアークスだと改めて認識させられる。

 

 因みに苦戦しそうになった点は、7階層のキラーアント戦の時。6階層のウォーシャドウを簡単に倒せたから、その下にいるキラーアントも試そうとしたんだけど、ちょっとしたアクシデントが起きた。一撃で仕留める事が出来なかった所為で、瀕死になったキラーアントのフェロモンが仲間を呼び寄せてしまった。思わず僕も参戦しようとするが、リリから『これはリリの失態なので、責任は自分で取ります!』と言って、本当に一人で全部倒してしまった。長槍(パルチザン)のフォトンアーツに似た技を披露しながら。

 

 それとキラーアントの甲殻はそれなりに硬い為、リリが使ってる槍は大丈夫なのかと思って確認したところ、然して問題無いと言っていた。無意識の内にフォトンを纏わせていた事で、武器に大した損傷は見受けられなかったようだ。僕が使っている大剣の運用方法と全く同じやり方だと内心思いながら。

 

 試しに作った安物の槍とヴェルフが言ってたけど、リリは凄く馴染むように使いこなしていた。何だかまるで御伽噺に出てくる聖女フィアナが現れたみたいな感じがしたのは、僕の思い過ごしという事にしておく。

 

 まだ初日だけど、リリがアークス製の武器を使わずとも上層のモンスターと充分に戦える事を知ったから、明日以降から思い切って10階層へ行ってみようと思う。その時は当然僕も一緒に戦う予定だけど、リリの戦い次第では再度控えに戻る事になる。

 

 今日はリリが頑張ったご褒美として、僕の奢りで外食に行く事にした。ちょっと高いけど凄くボリュームがあって美味しいご飯を作ってくれる『豊穣の女主人』へ。

 

 

 

「あっ、白髪頭と噂の小人族(パルゥム)ニャ!」

 

 僕とリリが『豊穣の女主人』に辿り着くと、店内は相変わらず沢山のお客で賑わっていた。

 

 つい先程まで対応していたと思われる猫人(キャットピープル)のアーニャさんが此方を見た途端、すぐに駆け寄ってくる。

 

「おミャー、このところ店に来る回数減ってるニャー。此処の常連なんだから毎日来るんだニャ」

 

「あはは、そんなに来たら僕の財布がすっからかんになっちゃいますよ」

 

 常連だからと言っても毎日来るなんて決まりはない筈なのに、あたかも当然のように言ってくるアーニャさんに苦笑してしまう。

 

「そんなこと無いニャ。おミャーはダンジョンで沢山稼げる実力を持ってるから、そのお金をミャー達の店で使うニャ」

 

 流石にソレは横暴じゃないかと思いながらアーニャさんの台詞を軽く流して、僕とリリは運良く空いていたテーブル席に座る。

 

 取り敢えず常連らしく振舞おうと今日のお勧め料理を頼む事にした。相変わらずちょっと高いけど、今日はリリのご褒美だから奮発したい。

 

「宜しいのですか、ベル様。リリも少々出そうと思いますが」

 

「気にしないで。この前のバイトで僕の懐はそれなりに温まってるからさ」

 

 僕が言ったバイトとは、リリが以前所属していた【ソーマ・ファミリア】主体のオークションで臨時の助手役をやったアレの事を指している。その時にお礼として二五〇〇万ヴァリスと言う凄く高いバイト料を貰って、僕の懐は本当に余裕があるから問題無い。

 

 他にオマケとして貰った完成品『ソーマの神酒(さけ)』は、お詫びの意味も兼ねて【ロキ・ファミリア】のガレスさんにあげた。多分ロキ様はもう知ってると思うけど、ガレスさんの事だから絶対飲ませないよう上手く隠してるだろう。

 

 ……そう言えば、アイズさん大丈夫かな。本拠地(ホーム)前とは言え、外で物凄く怒られた彼女は打ちのめされていた。あの表情を思い出すだけでも、相当精神的に参っていたのがよく分かる。

 

 今頃『黄昏の館』はどうなっているんだろうか。もしレフィーヤさんが知れば、絶対憤慨して抗議の準備をするかもしれない。明日の朝方に僕達の本拠地(ホーム)へ来て、『アイズさんを説教するなんて何考えてるんですかぁ~!?』とか言いながら突撃する光景を容易に想像出来てしまう。まさかそれで【ヘスティア・ファミリア】と敵対する事になったら、まだ短いながらもフィンさん達と築き上げた関係が切れてしまうのはちょっとなぁ。

 

 【ロキ・ファミリア(むこう)】がどう出るかを内心不安に思ってると、顔馴染みになってるウェイトレス二人が此方へ向かって来る。

 

「もう、ベルさんったら。来たなら私に声を掛けて欲しかったです!」

 

「クラネルさん、常連の貴方が来ないとシルが不機嫌になります」

 

 料理と飲み物を運んできたウェイトレス二人は僕に向かってそう言った。

 

 抗議するように少々頬を膨らませているシルさん、僕に指摘をしてくるリューさん。

 

 二人は料理と飲み物を置いた後、何故か僕達の席に座ろうとする。僕の隣にシルさんが、リリの隣にリューさんが。

 

「あの、何でシルさん達も座ってるんですか……?」

 

 よく見たら飲み物が四人分あった。僕とリリとは別に、残りの二つは明らかに目の前にいるウェイトレス二人が飲もうとしてる。

 

「常連客を持て成す為に私達を貸してやるから存分に笑って飲めと、ミア母さんからの伝言です。ついでに金を使えと」

 

「それってぼったくりの手口じゃないんですか?」

 

 リューさんの落ち着いた声に、リリが思わず突っ込みを入れるも、まるで無視するように流されてしまった。

 

 僕が苦笑いをしながら振り向くと、カウンターの奥にいるミアさんは不敵な笑みを浮かべながら手をぱっぱっと振っている。久しぶりに来たんだから羽目を外せ、ということなのだろう。

 

 まぁこの店は本当に料理が美味しいから、それなりに楽しむとしよう。

 

 そう考えた僕は、リリ達に乾杯とそれぞれのグラスをぶつけ合った。

 

 僕とリリは果汁(ジュース)で、シルさんは柑橘色の果実酒、そしてリューさんはお水。と言うかシルさん、仕事中にお酒飲んで大丈夫なんですか?

 

 お勧めの料理に舌鼓を打ちながら、僕達はこの時間を楽しんだ。

 

 リリは初めて来たにも拘わらず、シルさん達に笑顔で対応している。聞いた話でオラクル船団ではメイドとしての作法を学んだとか言ってたけど、それに関係して上手くやれてるかもしれない。

 

「リリルカさん。貴女は【ヘスティア・ファミリア】に改宗(コンバージョン)したみたいですけど、ベルさんとはどう言う関係なんですか?」

 

「前までは単なるサポーターと冒険者の関係でしたが、今後はベル様を支える相棒(パートナー)としてやっていきます」

 

「クラネルさん、まさかとは思いますがアーデさんの言う相棒(パートナー)とは、伴侶としての意味ではありませんよね?」

 

「な、何でそうなるんですか!?」

 

 リリとシルさんの会話の中で聞き捨てならない単語が入ったかのように、リューさんが少々怖そうな目で睨んでいた。

 

 と言うか、僕って未だにシルさんの伴侶扱いされてるだね。どうしてそんな事になってるのかが全く理解出来ないんだけど。

 

「ところでクラネルさん、今後はどうするのですか?」

 

「今後、ですか?」

 

「ええ。今までソロで活動してた貴方が、アーデさんを新しい眷族(なかま)として迎えたので、私はいささか気になっています」

 

 談笑をしてる最中、リューさんが少々真剣な表情で訊いてきた。彼女の質問に、僕は差し障りのない返答をする。

 

「えーと、もう暫くの間は上層で活動しようと思ってます。僕だけじゃなく、ランクアップしたリリも一度基本に戻りたい(・・・・・・・・・)と言ってますので」

 

「……成程、それは賢明な判断です。特にアーデさんはそうしたほうがいい」

 

 僕の返答を聞いて理解したのかのように、リューさんは一切疑問を抱かなかった。

 

 どうやら彼女もランクアップによる感覚のズレの事を知ってるようだ。チラッとリリを見ながら言ったのは、一気に『Lv.3』にランクアップした事で、普通の冒険者以上にズレが酷い事を察してくれたと思っていいだろう。

 

「クラネルさん、余計なお世話なのは重々承知してますが、出来ればもう一人仲間を増やすべきです」

 

 何らかの考えが至ったか、リューさんは僕にそう進言してきた。

 

「今後もパーティで行動するのでしたら、三人一組(スリーマンセル)を知っておいた方が良い。ダンジョン攻略はそれが基本ですから」

 

「やっぱりそうなりますよねぇ……」

 

 それは僕も分かっている。

 

 いくらアークスの力を振るえるからと言っても、やはり仲間は必要だ。

 

 かと言って、僕が信用出来る仲間と言えば【ロキ・ファミリア】くらいしかいない。フィンさん達なら協力してくれるかもしれないが、流石に有名な派閥に大それたことは出来ない。

 

 それ以外で信用に値するのは今のところ【ヘファイストス・ファミリア】にいる()()()のヴェルフぐらいしか……。あれ、確かあの人も戦えるって言ってたような気が……確認も含めて、後で明日の探索に参加出来ないか声を掛けてみよう。




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二人のアークス⑥

「やってきたぜ、10階層!」

 

 腰に手を当てたヴェルフが、自分の得物を肩に担ぎながら快活に言い放った。

 

 昨日『豊饒の女主人』で外食を終えてから、一旦リリと別れた後にヴェルフの工房へ向かった。突然の訪問に向こうは驚くも、僕がダンジョン探索しないかと誘った直後、即座に快諾してくれて今に至る。

 

 僕達がいるのは枯木が所々にある草原の10階層。何度も足を運んでる場所だけど、今回は三人一組(スリーマンセル)で行くのは初めてで若干緊張してる。アークスの頃には既に何度も経験してるとは言え、この世界の冒険者としてはやるのは初めてだから。

 

「ごめんね、ヴェルフ。僕の我儘を聞いてもらって」

 

「いやいや、気にすんな。寧ろ俺の方から礼を言いたい位だぜ、ベル」

 

 謝る僕にヴェルフは全く気にしてないどころか逆にお礼を言ってきた。

 

 どうやら以前から自分をパーティに加えて貰いたいと冒険者を探していたらしく、直接契約を結んだ『Lv.3』の僕に頼もうかどうか悩んでいたそうだ。そこを僕が声を掛けたから渡りに船となったから、こうして元気よく同行してくれている。

 

 余り期待させないように『探索するのは上層まで』と言ったけど、ヴェルフとしてはパーティでやれるなら全然構わないみたいなので一先ず安心した。

 

 戦えるとは言え、()()()がどうしてパーティ探索したがるのかを聞いたところ、発展アビリティ『鍛冶』を獲得したいと言っていた。

 

 そのアビリティの有無で()()()としての能力は大分変わるようで、それどころか()()()としての一生を左右すると言っても過言ではないとか。それに加えて同時期に【ヘファイストス・ファミリア】へ入団し【ランクアップ】した同僚とはかなり差を広げられてしまったと、ヴェルフは悔しそうに語っていた。

 

 本来であれば、どこの派閥もダンジョン探索するのは仲間内でパーティを組むのは基本なんだけど、ヴェルフ曰く『のけ者扱い』されてるそうだ。

 

「ま、あいつ等が俺をのけ者にしなかったら、俺はこうしてベルとダンジョンに行けなかったからな……椿には内緒にしないと不味いが」

 

 派閥内で仲間外れにあっても、ヴェルフは結構前向き(ポジティブ)な考えを持っている。最後辺りに呟いていた台詞中に僕が一番警戒すべき名前があったけど、そこは何も聞かなかった事にしておく。

 

 それはそうと、親交のある同僚達とダンジョン探索する筈なのに、ヴェルフが例外的に仲間外れにされている理由は判明してない。恐らくだけど、この前僕に話してくれた『魔剣』に関係してるんじゃないかと思う。

 

 前にも言ったけど、魔剣を作る際は『鍛冶』の発展アビリティが必須だと椿さんから聞いた。にも拘らずヴェルフはそれが無くても強力な魔剣を作れるから、同僚達から仲間外れにされてるような気がする。

 

 僕がそう考えてるとは別に、髪をかいていたヴェルフは眉を下げながら笑ってみせた。

 

「感謝するぜ、ベル。お前とパーティを組めるなんて、他の冒険者からすれば自慢みたいなもんだからな」

 

「自慢って……別に僕は皆が思ってるほど凄い冒険者じゃないんだけどね」

 

 今まで僕の武器や魔法について探ろうする人や全く懲りない神様達ばっかりで、ヴェルフが裏表のない笑みを向けて来るから悪い気はしない。

 

「ヴェルフ様の装備を見たところ、ベル様と似ていますね」

 

 と、会話を交わす僕達の隣で、冷静に分析する声が発せられる。

 

 それを聞いて思わず振り向くと、リリが昨日使った長槍を手にした状態で、こちら(特にヴェルフ)を見つめていた。

 

 今日も昨日と同じく感覚のズレを修正する為の探索だから、リリは前衛(まえ)で戦う予定でいる。今回は10階層に来てる事もあり、僕も大剣を使って一緒に戦うつもりだ。

 

「ベル様、いっそのこと今日はテク……魔法を主体とした後衛をやってくれませんか? 三人とも前衛だと偏りすぎて非効率です」

 

「やっぱりそうなるよねぇ」

 

 リリの言う通り、実は僕もそれを考えていた。

 

 三人一組(スリーマンセル)のパーティで戦うとなれば、役割が全く異なる。

 

 前衛、中衛、後衛の役割をするのが理想だ。けど今回、僕達は三人とも前衛向けの武器しか持っていない。

 

 因みにヴェルフが担いでいる得物は大刀。僕の扱う両刃の大剣と違って、大刀は片刃のみになっている。片刃は両刃と違って肩に担ぐことが出来るから、ちょっとだけ良いなぁと思ったのは内緒にしておく。

 

 だから三人が前衛をやればバラバラに戦ってしまうから、誰か一人が状況を把握出来る為の後衛を務めなければならない。それを考えると魔法(テクニック)を扱える僕になる。

 

 僕としても全然構わないんだけど、それだと法撃力を備えたアークス製の武器を使う事になる。使わなくても発動出来るとは言っても、威力が全く異なるから少々不安だ。

 

 ファントムクラスは抜剣(カタナ)長銃(アサルトライフル)長杖(ロッド)等のメイン武器を装備する事で真価を発揮する後継職だから、それ以外の武器でテクニックやフォトンアーツを使えば格段に威力が落ちる。僕が時折サブとして使っている銃剣(ガンスラッシュ)のブリンガーライフルは打撃・射撃・法撃が全て備わってるとは言っても、メイン武器に比べてかなり低い。所持してる大剣は法撃力が一切無いどころかアークス製の武器ではない為、ブリンガーライフルより格段に落ちた威力しか出せないのは言うまでもないだろう。

 

 けどまぁ、確かに僕が後衛をやらないと不味い。だから今回は二人を援護する為のサポートに回ろうと決めた。

 

「それじゃあ、今日は後衛をやるよ。先に言うけどリリ、僕がこの武器を持った状態(・・・・・・・・・・)での魔法の威力は余り期待しないでね」

 

「ええ、分かってます」

 

「?」

 

 僕が念を押して言うとリリは頷くも、ヴェルフだけ不可解そうな表情になっていた。

 

 けれど詮索はしないみたいで、今度はリリの持ってる長槍を見ている。

 

「ところでリリスケ。昨日ベルから聞いたが、その槍を使いこなしていたみたいだな」

 

「はい。まだ不慣れですけど、かなり扱いやすいです。リリにとって大変良い買い物でした」

 

「……そ、そうか」

 

 質問をされたリリが嘘偽りなく答えても、それでもヴェルフは複雑な様子だった。

 

 本人曰く『試しに作った安物の槍』だから、百万ヴァリス支払われた上に高評価されるとそうなるのは無理もないかもしれない。

 

「なぁ、もしその槍を使って少しでも違和感があったら――」

 

 ヴェルフがそう言ってる最中、僕達の耳にビキリ、と言う音が届く。

 

 それを聞いた僕達は一体何の音か、と考える必要もなく既に察していた。

 

 ダンジョンからモンスターが産まれる音だ。

 

「う、わぁ……」

 

「……でけえな」

 

「あの腕は『オーク』ですね」

 

 僕達の視線の先ではダンジョンの壁が罅割れて、破れようとしていく。

 

 そこから出てきたのは左腕で、今度は右手、その次には巨大な豚頭。

 

『ブギッ……ォオオオオオオ……!』

 

 潰れた産声を上げたオークは完全に姿を現す。

 

 壁からモンスターが産まれるのは知ってるけど、オークがあんな風に誕生するのは初めて見た。

 

 以前に見たゴライアス程じゃないとは言え、ああいう大型級モンスターが壁を破る光景はちょっとばかり驚く。

 

 だけど、出てくるのはオークだけじゃなかった。更に周囲から同じ音がいくつも鳴り響き、四方八方、ルームの壁から一斉にオーク以外のモンスター達が突き破っていた。

 

「まぁ、こうなる事は既に予想していましたし、リリにとっては大変好都合です」

 

「お、随分頼もしい台詞じゃないか、リリスケ」

 

 中々肝が据わっていた台詞を聞いた事で、ヴェルフは少しばかり対抗するようにこう言ってきた。

 

「よし、オークは俺に任せろ」

 

「えっ、いいの?」

 

 ヴェルフの申し出に僕は思わず訊いてしまう。

 

 オークは見た目通り怪力だ。『Lv.3』になった僕やリリと違ってヴェルフは『Lv.1』だから、直撃を受ければ戦闘不能に陥る可能性がある。

 

「アレの動きはトロイし的はでかい。俺の腕でも楽勝に当てられるさ」

 

 どうやらヴェルフからすればオークは与しやすい相手のようだ。

 

 【ヘファイストス・ファミリア】は鍛冶の派閥でありながら戦える()()()がいる。前の遠征で同行した椿・コルブランドさんがその代表格で、僕と同じく深層へ進攻(アタック)する実力者だ。ヴェルフはあの人ほどの実力が及ばないとは言っても、『Lv.1』の中でも上位に位置するのだろう。

 

「ならばベル様はヴェルフ様を中心に援護して下さい。リリは勝手ながら一人で好きに動かせていただきますから」

 

「おいおい、いくらリリスケが『Lv.3』だからって、一人でやるのは不味くねぇか?」

 

「お気遣い感謝します。ですがリリとしては、一刻も早く感覚のズレを修正したいので、思いっきりやりたいのです」

 

 にっこりとリリはヴェルフに向かって満面に微笑むから、僕は苦笑いするしかなかった。

 

 確かに『Lv.3』になったとはいえ、小人族(パルゥム)の女の子が一人で戦うなんて少しばかり無謀な行為だろう。もし【ロキ・ファミリア】のフィンさんが知ったら、一体どんな反応をするのやら。その時にティオネさんが一緒だったら恐ろしい事になりそうだけど。

 

 まぁ取り敢えず今はリリの好きにさせるとしよう。殆ど感覚のズレが修正されてる僕と違って、彼女は昨日やり始めたばかりだから、一人でやりたい気持ちは分からなくもない。

 

「向こうがそろそろ痺れを切らしそうなので、リリは先に行かせてもらいます」

 

「って、本当に行きやがった!」

 

「あはは……。ヴェルフ、僕達もやろうか」

 

 先行するリリの姿に僕は苦笑するも、一先ずヴェルフの援護に専念するのであった。

 

 

 

 

 

 

 場所は変わって『ダイダロス通り』。

 

 オラリオ南東に存在する広大な住宅街と謳われてるが、その構造は複雑怪奇も甚だしくて、周囲からは『地上のダンジョン』と称されるほど猥雑な道が隅々まで氾濫している。

 

 そんな所に現在【ロキ・ファミリア】が赴いており、今は分断して女性陣が中心となっている。

 

「………………………」

 

「ちょっとアイズ、まだ落ち込んでるのー?」

 

 昨日の件を未だに引き摺っているのか、アイズは調査に同行しても殆ど上の空状態だった。

 

 事情を知ってるティオナは彼女がそうなるのは無理もないと分かっていても、そろそろ立ち直って欲しいと思っている。

 

 因みに首脳陣のフィン達はアイズが昨夜から落ち込んでる理由を既に知っていた。本当ならリヴェリアが説教するつもりだったが、余りの落ち込みように何も言えなくなってしまう程であった為に何も言えなくなっている。その結果、フィンは調査の件が片付いたら、【ヘスティア・ファミリア】の本拠地(ホーム)へ足を運ぼうと決めたのである。団員のリリルカ・アーデに謝罪する為に。

 

「本当に一体何があったのかしら?」

 

「さ、さぁ……?」

 

 流石に内容が内容だから、他のメンバーには一切知らされていない。それ故に今いるティオネやレフィーヤ達は未だに落ち込んでいる理由が全く分からないまま、不可解そうに見ているだけだ。




アイズは未だにリリのお説教が聞いて引き摺ってる状態です。

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二人のアークス⑦

久しぶりの更新です。


「おいベル、アイツ本当に凄いな」

 

「あ、あははは……」

 

 僕がテクニックを主体で援護している中、ヴェルフは少々呆然とするように別の方へ視線を向けている。

 

 ヴェルフの言うアイツとは、当然リリの事を指している。その台詞に僕も内心同意で少々苦笑気味だった。

 

 何しろ、僕達が見ている先には無双の如き光景が目に映っている。

 

「ふっ!」

 

『ギギャッ!』

 

 僕達が見ている視線の先には、長槍を振るっているリリがインプの群れを殆ど一撃で倒していた。

 

 彼女は小さな体を最大限に活かすように、素早いスピードでモンスター達を翻弄させている。小柄なインプ達は同じ目線である冒険者(てき)を迎撃しようにも、リリの速さに付いて行けず頭を貫かれ、もしくは首が宙に飛ばされているのが殆どだ。

 

 スピードだけでなく跳躍(ジャンプ)も凄い。まるで背中に羽根でも付いているんじゃないかと思う程のジャンプ力を披露して、少々高めに飛んでいるバットバットに接近して仕留めている。さり気なく2段ジャンプ可能なアークスのクラススキル――ネクストジャンプを使ってる事は気にしないでおく。

 

 あそこまで機敏に動いて一撃でモンスターを倒す小人族(パルゥム)は滅多にいないだろう。『Lv.3』だから当然と言われればそこまでになっちゃうけど、それはあくまで恩恵(ファルナ)の話に過ぎない。あそこまで戦えるのは、オラクル船団でアークスの戦闘訓練を受けた賜物だ。同時に鬼教官と呼ぶに相応しい六芒均衡のマリアさんからの地獄の特訓を受けて生き延びたからこそ、リリは並の冒険者以上の強さを得た。必死で培った努力を恩恵(ファルナ)だけで済ませて良い訳がない。

 

 もし此処に【ロキ・ファミリア】のフィンさんがいれば、絶対に称賛の言葉を口にするのが目に浮かぶ。同時にティオネさんからの嫉妬が籠った視線を送るどころか、リリに対して敵視しそうな気がするのは僕の思い過ごしであって欲しい。

 

 僕が少し如何でもいい事を考えていると、リリは次の行動に移ろうとしている。

 

「ヴェルフ様、いつまでも余所見してると獲物を頂きますから!」

 

『ブゴッ!』

 

 バットバットを倒して綺麗に着地したリリは、呆然と見ている僕達を見て言った後、一気に突進して次のモンスターを仕留めた。戸惑い気味になっているオークにあっと言う間に接近し、インプみたいに脳天を貫いて絶命させながら。

 

 未だに生き残っているインプは頼りにしていた筈の仲間が一撃で倒された事で、段々と怯え始めている。逆に他のオーク達は激昂して、手にしてる棍棒を振り回しながら、鈍足の突進をしていく。

 

 怒り状態となっているオークにリリは一切慌てる事無く、まるで掛かって来いと言わんばかりに迎撃の構えを見せている。

 

「って、おいおい! オークは任せろって言っただろう!?」

 

「だから余所見しないで戦って下さい! 早くしないとリリが全部倒しますよ!」

 

「じょ、冗談じゃねぇ! ベル、俺達も行くぞ!」

 

「そ、そうだね」

 

 確かにこのままリリ一人だけでモンスターを倒したら、ヴェルフが同行した意味が無くなってしまう。魔法で援護する僕としても、このまま何もせず黙っている訳にもいかない。

 

 僕達(主にヴェルフ)も負けじと、大型級モンスターのオーク達に挑もうとするのであった。

 

 

 

 

 

 

「しかし、とんでもなく速かったな、リリスケ。いくら『Lv.3』だからって、あんなに凄い動きするなんて思わなかったぞ」

 

「ああ言う数の戦いは、一撃で倒せる相手はすぐに片付けるように教えられましたからね」

 

 大群だったモンスターとの戦闘を終えた僕達は今、小休止を取っている。

 

 場所は変わらず10階層のルーム。戦いの後が残る草原はモンスターによって砕けたダンジョン壁面の一部が転がっていたり、オークが引き抜いた枯木が所々に散乱していたりと、割と凄い光景になっている。

 

 主に戦っていたのはリリとヴェルフだから、僕はサポーターみたいに魔石の回収を行っている。それを見たリリが自分もやると言ったが、今回の僕は余り戦ってないからと言う理由を出して、彼女を休ませていた。

 

「ってか、リリスケだけでなく、やっぱりベルも凄いな。戦争遊戯(ウォーゲーム)で見たが、あんな凄い魔法を使ってたら、そこら辺の魔導士達が形無しに見えちまいそうだ」

 

「そうかな? 【ロキ・ファミリア】のリヴェリアさんに比べたら、僕なんかまだまだだと思うけど」

 

「……あの【九魔姫(ナイン・ヘル)】を比較対象にする時点で既におかしいんだがな」

 

 思わず以前に遠征の時に見せてくれたリヴェリアさんの魔法より劣ると言ったけど、ヴェルフから何故か凄く呆れられてしまった。

 

 と言うより僕、他所の【ファミリア】で知ってる凄い魔導士はエルフのリヴェリアさんやレフィーヤさんしか知らない。あの二人以外に凄い魔導士がいるなら、ぜひ会ってみたいものだ。

 

「けどまぁ、改めてお前等はやっぱりどっちも凄ぇな。念願のパーティを組んでもらってくれたとは言え、正直言って今回の俺は完全に足手纏いだった」

 

「ヴェルフも充分に戦っていたよ」

 

 急に自虐な台詞を口にするヴェルフに僕はすぐにフォローするも、彼はすぐに首を横に振っていた。

 

「そんな気遣いはしなくて良いぞ、ベル。俺の活躍なんてリリスケに比べたら大したことはねぇからな。そうだろ、リリスケ?」

 

「確かに結果論から見ればそうかもしれません」

 

 僕と違ってリリはバッサリと言い切った。

 

「もしこれが他の冒険者様でしたら、事実を受け入れないどころか、物凄く下らない言い掛かりを付けるでしょうね。以前に同行した、あのどうしようもないクズ共と来たら……!」

 

「「………………」」

 

 淡々と言っていたリリだったけど、急に何か怨念が籠ったように語り始めようとする。その所為で僕やヴェルフが何も言えなくなるどころか、少々引き気味になってしまう。

 

 余り詳しく聞いてないけど、何でも彼女がアークスになる前の頃は相当悲惨な目に遭っていたらしい。横暴な冒険者達から暴行を受けるのは当たり前で、今もそう言う連中がサポーターを平然と虐げているとか。

 

 もしアークスの組織内にそんな問題行動をする人物がいれば、間違いなく厳罰に処されている。それどころかアークスの資格を剥奪してもおかしくない程に。

 

 この世界では冒険者を統括してるギルドがそう言う事をすべきなんだけど、それを指摘する暇がないのか、もしくは敢えて黙認してるのかは分からない。リリがアークスになって数年以上経っても現状が改善されてないと言う事は、もしかしたら後者なのかもしれない。キョクヤ義兄さんが知れば、『堕落に貪るギルドの職務怠慢だ』と間違いなく批判するだろう。エイナさんや真面目なギルド職員の人達を悪く言うつもりは無いんだけど、上層部が積極的に動かないと一生改善する事は無いかもしれない。

 

「ヴェルフ様、貴方様はあのクズ共と違うって信じています」

 

「お、おう……!」

 

「ベル様は問題ありませんが、決してリリ以外のサポーターを蔑ろにしてはいけませんからね」

 

「も、勿論だよ……!」

 

 若干恐い目になりながら念を押してくるリリに、ヴェルフと僕は頷くしなかった。もしこれで否定した瞬間、物凄く不味い事態が起きると分かっているから。

 

 ちょっとした小休止の筈が、少々重苦しい会話になってしまっていたが、それはすぐに途切れる事になった。

 

 

「お、おい、あそこにいるの【亡霊兎(ファントム・ラビット)】じゃないか!?」

 

「そ、そうだ! 間違いない!」

 

 

 名前も知らない冒険者達が何か焦ってるように走りながら僕達、と言うより僕を見た途端に足を止めた。

 

 直後、今度は此方へ向かって来ようとする。いきなりの事に僕だけでなく、リリとヴェルフも怪訝な表情になっていた。

 

「【亡霊兎(ファントム・ラビット)】、悪いがすぐに11階層へ来てくれ!」

 

「はい?」

 

 冒険者の一人からの突然な発言に、僕は目が点になった。

 

「おいおい、いきなり何言ってるんだ?」

 

「何故ベル様にそのような事を仰るのですか?」

 

 これにはヴェルフとリリも黙っていられないようで、すぐに割って入るように言ってきた。

 

 いくら同業者と言っても、ダンジョンの中では他所のパーティに干渉しない事になっている。下手に関わってしまえば要らぬ諍いが起きるどころか、向こう側が起こした問題に巻き込まれてしまう。と言う事を、前にギルド職員のエイナさんからの講習でそう学んだ。

 

 この人達も当然それを理解している筈の他、僕とは何の接点も無い冒険者だから、いくらお人好しと言われてる僕でもすぐに頷く事は出来ない。

 

「じゅ、11階層で俺達の仲間が、怪物の宴(モンスター・パーティー)に巻き込まれたんだ!」

 

「身勝手なお願いなのは重々分かってる! どうか助けてくれ!」

 

怪物の宴(モンスター・パーティー)って……お前等が逃げるほどなのか?」

 

 ヴェルフがまるで信じられないように問う。

 

 確かに僕から見ても、目の前にいる冒険者達は上層のモンスター程度でやられるとは思えない装備をしている。

 

 11階層は今いる10階層と違って『ハード・アーマード』や『シルバーバック』と言う強いモンスターがいても、パーティを組んでるこの人達が逃げてまで僕達に助けを乞うとは思えなかった。となれば、何か他の事情があるかもしれない。

 

「イ、『インファント・ドラゴン』が突然現れたんだよ……!」

 

「しかも二体同時に出て来た上に、他のモンスターも呼び寄せて来たんだ……!」

 

「「「!」」」

 

 名前も知らない冒険者達が助けを乞う理由が分かった僕は、ヴェルフとリリと一緒に、彼等の案内で至急11階層へ向かうのであった。




原作と違ってインファント・ドラゴンが二体出現と言うイレギュラーの他、10階層にいるファントムベルに冒険者が助けを求める流れにしてます。

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二人のアークス⑧

「くそっ、一体どうなってんだよ!?」

 

「倒しても倒してもキリがねぇ!」

 

 11階層で留まっている男性冒険者二人はモンスターを倒し続けていた。既に『Lv.2』と至っている彼等からすれば上層にいるモンスター程度など問題無く処理出来るのだが、今回ばかりは手に負えない事態に陥っている。先程までオークやインプの群れを倒したかと思いきや、今度はシルバーバックやハード・アーマードの群れなど、次から次へと新たなモンスターが出現し続けている。

 

 その原因を作っているのが、彼等から少し離れた先にいる二匹の小竜。体高は約一五〇(セルチ)、体長は四(メドル)を超すオレンジ色の竜種の稀少種(レアモンスター)――『インファント・ドラゴン』。

 

 強力な部類に入る竜種のモンスターであり、高い戦闘力を誇っている。ダンジョン上層に階層主は元々存在しない為、希少種でありながらもインファント・ドラゴンが実質的に階層主扱いされている。

 

 硬質な鱗に包まれた強靭な肉体は、上層にいる大型モンスター達を圧倒する潜在能力を秘めているだけでなく、他のモンスターを呼び寄せて物量で戦うこともしている。現に今も新たな同胞達を呼び出して、今も交戦中の男性冒険者達を嗾けている。

 

 本来であれば小竜と遭遇(エンカウント)するのは、稀有を通り越して幸運とも言える。だが二匹となれば幸運ではなく、逆に不運と言ってもおかしくない。ただでさえ一匹だけでも厄介である筈の小竜が二匹となれば、呼び出すモンスターも倍となっているから。

 

 どうにかしたい男性冒険者達だが、インファント・ドラゴンが呼び出した大量のモンスター達に阻まれている事で先へ進む事が出来ないでいた。それどころか倒し続けてる事で体力が消耗していくばかりだ。

 

「あの二匹、全く動こうとしてねぇ!」

 

「高みの見物のつもりかよ!」

 

 同胞を倒し続けてる彼等を見ている小竜は動こうとする気配が無い。まるで気を窺ってるようにジッと嫌な笑みを浮かべている。

 

 モンスターは冒険者(てき)を見れば本能で暴れるが、あのインファント・ドラゴンはそのような素振りを一切見せていない。明らかに自分達が指揮官だと言わんばかりに、他のモンスター達を統率している。

 

「クソが! こんな事ならアイツ等と一緒に逃げりゃよかったぜ!」

 

「そんなのは今更だろ!」

 

 悪態を吐きながらも、少し前に撤退させた『Lv.1』の同期(なかま)達の事を考えていた。

 

 余りにも異常事態(イレギュラー)である為、地上にいるギルドに報告して至急援軍を要請するよう指示させ、今いる二人は足止めをしているのだ。機を見たら自分達も撤退するつもりだったが、余りにも数が多過ぎる為にそれが無理な状況になっていた。

 

 もしも無理して撤退すれば応戦してるモンスター達だけでなく、高みの見物をしてるインファント・ドラゴン二匹も絶対に追って来るだろう。そうなれば上で活動している多くの新米下級冒険者達に甚大な被害を受けてしまうのが目に見えている。

 

「って、また呼び出しやがった!」

 

「俺達を逃がす気ねぇってのかよ!」

 

 一匹のインファント・ドラゴンが、いつの間にか新たなモンスターを呼び出していた。先程彼等が倒したオークとインプの群れを倍以上となって連れてきている。

 

 これ以上足止めを続ければ完全に体力が尽きてバテてしまうどころか、あの小竜二匹もそろそろ動くかもしれない。

 

「不味い!」

 

「完全に囲まれちまった!」

 

 完全な物量作戦に男性冒険者二人は絶体絶命な状況となった。

 

 小竜が途端に叫んだ事で、モンスター達が一斉に動き出そうとするが異変が起きた。

 

『ブゴ?』

 

『ギ?』

 

 オークとインプの数体が斬り裂かれた。突然の事だったのか、疑問の声を上げながら意識を失い絶命しながら灰と化していく。

 

「え?」

 

「な、何だ?」

 

 モンスターの群れの一部が突然倒された事で、男性冒険者達も困惑していた。

 

 すると、目の前から冒険者と思わしき少年が出現する。

 

「大丈夫ですか!?」

 

「おわっ!」

 

「お、お前……【亡霊兎(ファントム・ラビット)】か!?」

 

 男性冒険者達は目の前の少年と面識は無いが知っている。以前あった戦争遊戯(ウォーゲーム)で、亡霊(ゴースト)のように消えたり現れたりと相手を翻弄させて倒し続けた【ヘスティア・ファミリア】の少年――ベル・クラネルの存在を。

 

 同時に思い出した。【亡霊兎(ファントム・ラビット)】は【Lv.3】にランクアップしたにも拘わらず、未だダンジョン上層に留まって活動している事を。ついさっきまでの自分達は何を考えているんだかと疑問視していたが、今となっては上層に留まってくれていた事で助かったと内心非常に感謝している。

 

「この11階層で足止めをしていると、貴方達の仲間と思われる冒険者の二人から聞きましたが、相違ありませんか?」

 

「! そ、そうだ!」

 

 恐らく撤退した同期達が、偶然彼を見付けてすぐに助けを求めたのだろうと予想するも大当たりだった。

 

 一人の男性冒険者が即座に返答した事で、ベルは腰に携えている剣を手にして――

 

「なら後は任せて下さい!」

 

 そう言った直後にモンスターの群れに突撃して、剣を抜いていないのに、何故か一瞬で前方にいるインプとバットバットが斬り裂かれている。

 

 まるで瞬間移動でもしているんじゃないかと思うような速さで、自分達を取り囲んでいた筈のモンスター達が次々と倒されていく。鈍重なオーク、機敏なシルバーバック、外殻が硬いキラーアント等々、まるで一切の区別を付けること無くベルの剣で平等に斬られていた。

 

「………なぁ、俺達は一体何を見せられているんだ?」

 

「……アイツ、本当に『Lv.3』なのか?」

 

 自分達の身が助かったと安心する二人だったが、今の光景を呆然と眺めているのであった。ベルが駆け付けてから一分も経たない内に、先程までいた筈のモンスターの群れが段々と消え失せていき、もう残り半分となっていたから。

 

 

 

 

 

 

 僕達が11階層へ来て目にしたのは、夥しいと言う表現が相応しいモンスターの群れがいた。

 

 その中で一際目立つのが、モンスターの中で一番大きな竜種のモンスター二匹、『インファント・ドラゴン』だった。

 

 初めて見る希少種は、まるでリーダーみたいな立ち振る舞いをしていた。上層モンスターを呼び出して指示をするように叫んでいたのが見えて、あんな事も出来るのかと内心驚いた程だ。

 

 インファント・ドラゴンの行動に驚きながらも、僕はすぐに大剣を電子アイテムボックスに収納して、抜剣(カタナ)――フォルニスレングを取り出した。11階層にいる冒険者達をすぐに救援しなければいけない為、今回は緊急事態と言う理由で使わざるを得なかった。

 

 リリも同行させたいけど、ヴェルフと一緒に冒険者達の護衛に付かせている。遠・中距離をメインとする長銃(アサルトライフル)大砲(ランチャー)を持つリリならあっと言う間に片が付くと言っても、万が一救援に向かう冒険者二人が巻き添えを食らう恐れがある。本人もそれを理解しているから問題無い。

 

 僕が一人で先行して、久しぶりに振るう抜剣(カタナ)でモンスター達を倒しながら、救援対象の冒険者二人をすぐに発見した。その人達は僕の登場に驚きながらも、此方の問いに嘘偽りなく答えたので、取り敢えず一つ目の目的を果たした。

 

 次に二つ目の目的であるモンスターの群れを全て片付けようと、敵をすり抜ける裏のフォトンアーツ――シュメッターリングで軽く数匹を倒した。

 

 その後には裏のシュメッターリング→クイックカット→裏のシュメッターリング→クイックカット、と言う連続攻撃を繰り返した事で、ついさっきまでいた大量のモンスターの群れは既に半分ほど消えている。

 

『――――――ッッッ!!』

 

 すると、インファント・ドラゴンが雄叫びを上げた。僕が一人で多くの群れを倒した事で脅威と見なしたのか、二匹の内の一匹が動き出そうとする。

 

 以前に中層で戦った猛牛(ミノタウロス)に劣るとは言え、それでも『Lv.2』にカテゴライズされてもおかしくない強力なモンスターに間違いないだろう。

 

 此方へ向かって来るモンスター達に、僕は慌てる事無く抜剣(カタナ)から長杖(ロッド)――カラミティソウルへ持ち替える。

 

「【風雷の天地鳴動、今ここに現れる。天災は此処に汝らを穿つ】! 」

 

 以前に魔導書(グリモア)で習得した複合テクニックを使おうと、詠唱した直後、前方の地面から魔法陣が浮かび上がる。

 

 それを視認した僕は、こちらへ向かってくるインファント・ドラゴンが魔法陣の中心まで進んだ直後――

 

「【レ・ザンディア】!」

 

『!?』

 

 風と雷の略式複合テクニック――レ・ザンディアを発動させた瞬間、雷をまとった竜巻が発生した。

 

 直撃したインファント・ドラゴンだけでなく、周囲にいたモンスターの群れも吸い寄せられ、落雷を受けると言う悲惨な目に遭っている。

 

 ある程度経ってから最後に仕上げの動作をすると、竜巻の中心に大きな落雷が発生した。それによって小竜だけでなく、他のモンスター達も全て黒焦げになって絶命したのは言うまでもない。

 

「「………えええぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええええええええ!!??」」

 

 略式複合テクニックを見た冒険者二人が絶叫を響かせるも敢えて気にせず、僕は残りの一匹であるインファント・ドラゴンの方へ視線を向けている。

 

『ッ!?』

 

「なっ! モンスターが逃げただと!?」

 

「嘘だろ!?」

 

 すると、小竜が思いもよらない行動を取った。最強と呼ばれる筈の竜種のモンスターが呼び寄せたモンスターを見捨てて逃走を図ったのだ。これにはさっきまで絶叫していた冒険者二人も信じられないと言わんばかりに驚いている様子だ。

 

 リーダーであるからか、もしくはそれなりに知性があるのか、僕には勝てないと悟って逃げたのかもしれない。まるで以前に中層で取り逃がしたミノタウロスを思い出してしまう。

 

 だけど生憎、今回は逃がす気など毛頭無い。あんな知恵のあるモンスターがダンジョンで徘徊してると、他の冒険者達からすれば非常に迷惑な存在になるだろう。そう思いながら、僕は次の動作に移ろうとする。

 

「【深淵に燻りし黒炎は、二度(ふたび)の覚醒と闘争を呼び覚ます。闇の炎に抱かれて眠れ】」

 

 詠唱をしながら右手に闇の力、左手に炎の力が出現してチャージがすぐ間に完了し――

 

「【フォメルギオン!】」

 

 合わせた両手から炎と闇の力を放ち、捕らえた目標を獄炎に包みながら全てを焼き尽くす炎と闇の複合属性テクニック――フォメルギオンを撃ち放った。

 

 ビーム状となって放たれた巨大な闇の炎は、逃走してるインファント・ドラゴンだけでなく、他のモンスター達にも命中している。炎に貫かれて焼かれるだけでなく、闇の爆発も受けると言う二段属性の法撃によって。

 

 さっき使った略式複合の【レ・ザンディア】は体内フォトンをかなり消費するのとは別に、複合属性テクニックの【フォメルギオン】は一切消費しない。テクニックによる法撃のみで与えたダメージで蓄積する事が条件となっている為、簡単に使えない切り札の一種でもある。一度使うと再度発動させるのに少し時間を置かなければならないけど、条件さえ満たせば強力な複合属性テクニックが使用可能になるから、他のテクニック等でダメージを与えれば何度だって発動出来る。

 

 闇の炎が放射されて約五秒ほど経った後、僕の両手から放たれていたフォトンが霧散していく。その先には、僕のテクニックによって悲惨としか言いようがない光景が目に映っている。

 

 11階層にいた筈のインファント・ドラゴンや他のモンスターは全て絶命して倒れた後、魔石を残しながら灰となっている。それ以外にも【レ・ザンディア】や【フォメルギオン】によって、大量に生えてる雑草や枯木が燃え尽くされていた。

 

 ……………う~ん、これはちょっとやり過ぎたかな? 思わず全力で放ってしまったけど、まさか【フォメルギオン】にあそこまでの威力があるとは思わなかった。もしかしたら僕が『Lv.3』になった事で威力が上がってるかもしれない。

 

「何じゃこりゃぁぁぁぁああああああああああああああ!!!」

 

「ベル様! いくら緊急事態だからって、これはやり過ぎです!!」

 

 すると、この光景を見たであろうヴェルフとリリが周囲に響かせるような大声を発していた。

 

 此処にリヴェリアさんがいなくて良かったと心底思う。多分あの人の事だから、僕のテクニックについて絶対問い詰めるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 その夜、【ロキ・ファミリア】の本拠地(ホーム)『黄昏の館』にある執務室では――

 

「フィン、言い訳は一応聞くぞ」

 

「落ち着いてくれ、リヴェリア。僕は別に隠していた訳じゃない。調査が一通り終わってから話す予定だったんだ」

 

 怒気のオーラを醸し出している副団長のリヴェリアを宥めようと、団長のフィンが必死に宥めているのであった。

 

 彼女がこうなっているのは、ある話を偶然に聞いてしまったからだ。とある【ファミリア】の冒険者達がベルに助けられた際、二つの属性を合体させた強力な魔法を使って大量のモンスターを一瞬で倒したと。

 

 一緒に聞いていたラウルが『え? ベル君アレを使ったんすか』と思わず呟いてしまった事で、それをばっちり耳にしたリヴェリアが即座に問い詰めた後、こうして今度はフィンに問い詰めている訳である。

 

「せめて副団長の私にも情報共有して欲しかったな」

 

「だからそれをやる前に、内容を整理してから話すつもりで――」

 

 

「全く、明日は地下水道の調査が控えておると言うのに……。ベルもベルでとんでもない事をやらかしおったのぅ」

 

「二つの属性を合体させる魔法なんて、神のウチでも聞いた事ないわ。ほんまに非常識兎(クラッシャー)と呼ぶに相応しいことしとるわ」

 

 少し離れたところでリヴェリアとフィンの遣り取りを見ながらも、ガレスとロキはベルの非常識な魔法について深い嘆息をするのであった。




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二人のアークス⑨

活動報告で書いた通り、久しぶりに更新しました。


「ベル様、あの時は緊急事態だったとは言え、もう不用意に使わないで下さいね」

 

「分かってるって」

 

 他所の冒険者(どうぎょうしゃ)を救出した翌日。

 

 準備を終えた僕は、リリと一緒に再びダンジョン探索をしようとバベルへ向かっていた。

 

 昨日は色々な意味で大変だった。非常事態だったとは言え、僕が放った魔法(テクニック)の【レ・ザンディア】や【フォメルギオン】の所為で、ダンジョン11階層がとんでもない事になっていたから。救出した冒険者達だけでなく、後から駆け付けたヴェルフが驚きの絶叫を上げていたほどに。他にも地上へ帰還しようとしていた他の冒険者達も、11階層の光景を見て困惑していたとか。帰還した後、リリに物凄く怒られたのは言うまでもない。

 

 だけどそれとは別に、フォースやテクターでしか使えない筈の略式複合や複合属性のテクニックを、ファントムクラスの僕が発動させた事にリリはかなり驚いていた。事前に教えたとは言え、本当に使えるのかと疑問視していたらしい。それはアークスとして当然であり、僕も当初疑っていた程なので無理もなかった。

 

 取り敢えず今後の方針として、ダンジョン上層で使用禁止になった。威力が高過ぎて上層のモンスター達は簡単に終わってしまうだけでなく、『Lv.1』などの下級冒険者達の目に入れば非常に良くないと言う理由で。

 

 因みに救助した冒険者達には地上で口外しないことを了承してくれたけど、正直言って余り期待出来ないとリリは言っていた。人の口には戸が立てられないから、広まってしまうのは時間の問題かもしれないって。

 

 だとすれば、以前僕が遠征でお世話になった【ファミリア】のあの人達も知る事になるだろう。特にオラリオで有名な王族妖精(ハイエルフ)妖精(エルフ)の魔導士の二人から、色々追求される光景が目に浮かんでしまう程に。

 

「にしてもまぁ、昨日は本当に凄かったな。ベルが強いのは前から知ってたが、あんな凄い魔法使えるなんて」

 

 途中で合流したヴェルフが、昨日の光景を思い出したように言ってきた。

 

 直後、リリはすぐに指摘しようとする。

 

「ちょっとヴェルフ様! こんな公衆の面前で言わないで下さい!」

 

「大丈夫だって。周りに誰もいないだろう?」

 

 ヴェルフの言う通り、確かに僕達の会話を聞こうとしている人達はいない。

 

「それでもです! 人通りが多い所で言えば、聞き耳を立てなくても情報が漏れてしまう事があるんですから!」

 

「分かった分かった。もう言わねぇよ」 

 

 リリの指摘(ちゅうい)にヴェルフは少々ウンザリ気味になりながらも、根負けしたかのように頷いていた。

 

「まぁまぁ、落ち着いてよリリ。と言うか、そんな事を大声で言えば余計目立つから」

 

「………すいません」

 

 少々神経質になっていたと、リリは僕達に謝罪する。

 

 これ以上この話題は余り良くないと思った僕は、話題を変えることにした。

 

「ところで、今日の探索も僕は昨日と同じく後衛で良いのかい?」

 

 僕の台詞に、二人はすぐに反応してすぐに頷いた。

 

「そうですね。リリはまだ感覚のズレがありますので、是非ともお願いします」

 

「俺もだ。ベルの援護は俺としても非常に助かる」

 

 リリとヴェルフは後衛をやる僕に何一つ異論は無いどころか賛成していた。

 

 前から言ってるように、僕のテクニックはアークス専用の武器を持つ事で威力を発揮するから、それを持たずに使えば威力は激減する。回復用のレスタやアンティ、補助用のシフタとデバンドは全く別だけど。

 

 ダンジョン探索する前の確認を終えると、丁度良くバベルに辿り着いた為、僕達三人は11階層を目指そうとする。

 

「ねぇヴェルフ。合流した時から気になってたんだけど、大刀以外に背負ってるソレって……」

 

「ん? ああ、コレはちょっとした保険(・・・・・・・・)だ。昨日の件でヘファイストス様から心配されて、万が一の為に持って行けってしつこく言われてな」

 

 僕は少し気になるも、ヴェルフから余り触れて欲しくなさそうな感じがしたので、それ以上何も言わない事にした。

 

 

 

 

 

 

「流石はダンジョンだ。もう元に戻ってやがる」

 

 ダンジョン11階層へ来て、ヴェルフの呟きを聞いた僕とリリも同感だと思いながら見回している。

 

 僕が放ったテクニックで惨状とも言うべき光景になっていた筈が、何事も無かったかのように枯木が所々にある草原に戻っていた。

 

 ダンジョンに修復機能があるのを知っているとは言え、ここまで完璧に戻せるのは改めて凄いと認識してしまう。

 

 それらを一通り確認した僕達は、モンスターの出現に警戒しながら辺りを散策する事にした。

 

 途中で当然モンスターが出現したので、後衛の僕はテクニックで前衛のリリとヴェルフを援護する。

 

(何か妙だな)

 

 威力の低いラ・フォイエで『オーク』を怯ませると、隙有りとヴェルフが大刀で両断していた。

 

 リリの方はいつもの長槍で複数の『インプ』だけでなく、『シルバーバック』も一撃で仕留めている。あの勇姿をフィンさんが見たら絶対驚くかもしれない。

 

 だけどそれとは別に違和感があった。モンスターが出現しているとは言え、余りにも出現する数が少なすぎる。僕だけでなく、戦っているヴェルフやリリも当然気付いている筈だ。

 

 もしかして、昨日の怪物の宴(モンスター・パーティー)に関係してるのかな? あの時は『インファント・ドラゴン』が二体出現しただけでなく、多くのモンスターも呼び寄せていた。その後に僕が一気に殲滅しただけでなく、11階層その物にも大きな被害を与えた。それによってダンジョンは修復に集中する余り、モンスターを出現する余力が無い状態に陥っている……とか。まぁ、そんな事はあり得ないか。

 

 モンスターの数が少ない事もあって、リリとヴェルフはいつもより早く戦闘を終わらせて戻ってきた。

 

「二人とも、今日も調子が良いみたいだね」

 

「と言うより、モンスターの数が少なくて物足りないです」

 

「俺もだ。少ないのは有難いが、パーティで戦うには何か拍子抜けっつうか……」

 

 10階層で戦ったリリとヴェルフもやはりと言うべきか、モンスターの少なさに違和感がある事に気付いていたようだ。

 

「それにモンスターだけでなく、10階層と比べて霧も薄い気がします」

 

 確かにそうだった。

 

 リリの言う通り、11階層は本当だったら深い霧に包まれている。だけど今は全く違って、霧があってもダンジョンの壁が見えるほど薄い。僕達が今いる位置からでも、ダンジョンの壁が見えるほどだ。

 

 これは僕達だけでなく、他の冒険者達も違和感を抱いているだろう。加えてモンスターの数も少ないとなれば、魔石も大して得られないのも明白だった。

 

「どうする? モンスターがあんまり出なけりゃ、いっそのこと12階層へ……ん?」

 

 ヴェルフが周囲を見渡しながら言ってる最中、途端に止まった。

 

「おい、あそこ……」

 

「え?」

 

「何かあるんですか?」

 

 指をさした方へ僕とリリも視線を向けた先には、罅だらけになってるダンジョンの壁があった。別に何ともないモノだけど、そこだけ妙な違和感がある。あの罅が入っている壁だけ、他と違って未だに修復されてる感じが見受けられない。

 

 ちょっとばかり気になった為、僕達はすぐにヴェルフが指していた壁へ向かおうとする。

 

「確かこの辺りは、昨日ベル様があの魔法によって大きく被害を受けていましたね」

 

 リリの発言に少し心が痛くなりかけるも、敢えて気にしない事にした。

 

 すると、丁度修復に取り掛かろうとすると言わんばかりに、罅の入った壁は元に戻ろうとするが……またしても罅が入る事になった。

 

「な、何だ? 修復されたかと思えば、また罅が入ったぞ」

 

「これは妙ですね」

 

 余りにもおかしな光景にヴェルフだけでなく、リリも訝りながらダンジョンの壁を調べようとする。

 

 僕も妙だと思いながら壁を凝視している中、リリは長槍で壁を突き刺していた。もしかしたら何かあるんじゃないかと思って確かめているんだろう。

 

「これは、まさか……」

 

 壁に槍を突き刺したリリは、何かを確信したような台詞を口にしていた。

 

「リリ?」

 

「どうしたんだ、リリスケ?」

 

「すいませんがベル様、この壁に向かって【ラ・フォイエ】を使って下さい」

 

 僕とヴェルフはリリの反応を見て訝るも、途端に彼女は刺した槍を戻した後にそう言った。

 

「良いけど、何か分かったの?」

 

「まだ確証はありませんが、もしかしたらこの壁の先に通路があるかもしれません」

 

「通路? 何でそんな事が分かるんだ?」

 

「槍を刺してる最中、突如何の障害もなく一気に突き刺せましたので」

 

 リリは僕とヴェルフの問いをスラスラと答えていた。

 

「って事は、この罅が入った壁を壊した先に未開拓領域があるかもしれないのか?」

 

「それを確かめる為、ベル様にやって頂きたいのです」

 

 改めて確認してくるヴェルフに、リリは僕に向かってそう言った。

 

「ベル様、そのままだと壁が壊せませんので、本来の武器を使って下さい」

 

「分かった。リリとヴェルフは下がってて」

 

 了承した僕は電子アイテムパックから長杖(ロッド)のカラミティソウルを取り出してから――

 

「爆炎の華よ 紅蓮の如く咲き誇れ ラ・フォイエ!」

 

 チャージした炎属性テクニック――ラ・フォイエを放った瞬間、罅の入った壁は突如大きく爆発した。

 

「すっげぇな! さっきまでとは威力が桁違いじゃねぇか!」

 

「……あのテクニックに本来詠唱は必要無い筈ですが……」

 

 驚くヴェルフとは別に、リリは僕のテクニックに対して小声で何か言ってたけど聞き取れなかった。

 

 そんな中、爆発によって罅の入った壁が無くなった先には――未開拓領域と思われる通路を発見する。

 

 だけど、この時の僕達はまだ知らなかった。この先は本来のダンジョンと全く異なる領域であることを。




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二人のアークス⑩

今回は前回より短いです。


 壁を壊した先の通路に、僕達は足を踏み入れた。

 

 今回は未開拓領域に入る為、先程までの前衛を務めていたリリから僕に変更している。それは当然向こうも了承済みだ。

 

 しかし、石板で覆われた通路を進んでいる事に妙な違和感を感じていた。

 

「ここ本当に迷宮(ダンジョン)なのか? 何と言うか、妙に造り方が人工的な気がするな」

 

 そう。ヴェルフの言う通り僕達が進んでいる未開拓領域は、天然の迷宮(ダンジョン)とは言い難い光景だった。

 

 以前僕が【ロキ・ファミリア】の遠征で、フィンさん達と一緒に進攻(アタック)した51階層に少しばかり似ている。だけどあそことは違って、不気味な怪物を象った彫像が散見しており、壁面には植物の彫細工(レリーフ)が刻まれており、壁に埋め込まれた青い魔石灯など一切無かった。

 

 余りにも違和感だらけな光景だと思いながら進んでいると、突如足を止めざるを得なかった。

 

「何だ? この扉は」

 

「行き止まり、ですね」

 

 僕が見る先には、分厚そうな扉があった。しかも随分と人が造ったと思われるデザインの凝った扉が。

 

 ヴェルフが気になるように調べている最中、リリは僕達に背を向けて何かを取り出していた。それが小型端末機だと分かっている僕は敢えて何も気にしないでいる。

 

「ッ!? まさか、こいつは……!」

 

「どうしたの、ヴェルフ?」

 

 扉を調べていたヴェルフが驚きの声を上げたので、それが気になった僕は声を掛けた。

 

「俺の知識が確かなら、目の前にある扉は『最硬金属(オリハルコン)』で出来てるぞ……!」

 

「え? オリハルコンって……」

 

 ティオナさんの『大双刃(ウルガ)』は超硬金属(アダマンタイト)で作られているが、オリハルコンはそれ以上の硬さを持つ金属だと言う事を知っている。因みにアイズさんが使っている片手剣『デスペレート』に不壊属性(デュランダル)があるのは、オリハルコンで出来ているからと教えてくれた。

 

「確か凄く貴重で高価だから、()()()でも簡単に手に入らない金属だよね?」

 

「その筈なんだが、こんな分厚い扉一つだけに丸々使うなんざ、とても正気じゃねぇぞ……!」

 

 ()()()であるヴェルフからしたら、オリハルコンと言う希少金属(レアメタル)を扉の為だけに作られたのは全くの予想外だったんだろう。

 

 僕も気になってコンコンとノックするようにやると、確かにかなりの硬さを感じられた。僕が持つ大剣で斬ろうとしても、余りの硬さに大剣の方が折れてしまうのが容易に想像出来る。

 

 尤も、フォトンを纏う事が出来るアークス製の武器なら話は別だった。流石に抜剣(カタナ)は難しいけど、長銃(アサルトライフル)長杖(ロッド)を使ってのテクニックなら何とか破壊できるかもしれない。とは言え、こんなに分厚いオリハルコン製の扉を壊すには、相応の体内フォトンを消費する事になる。

 

「どうする、リリ。一旦引き返してギルドに報告した方が良いかな?」

 

「そうですねぇ……」

 

 リリは小型端末機を見終えたのか、僕達と同じく扉の方を見ていた。

 

「ヴェルフ様が仰るオリハルコン製の扉があると言う事は、この先に何かとんでもないモノがあるかもしれません」

 

 ですが、と言いながらリリは続ける。

 

「未開拓領域を発見しておいて、このまま戻るのは癪なので、もう少し進んでみましょう。何一つ収穫が無かったことを、あの強欲なギルド長が知れば嫌味を言われそうですし」

 

 そう言えばリリは、この前あったオークションの件でギルド長のロイマンさんに睨まれているんだった。エイナさんから聞いた話だと、リリがもしダンジョン探索中に何かしらの不手際が発覚したら報告しろと言われたらしい。

 

 確かに未開拓領域を見付けただけで帰還して報告すれば、あの人はここぞと言わんばかりに嫌味を言うかもしれない。冒険者であれば更に調査すべきとか、何の収穫も無いのは冒険者としては如何なものとか、みたいな事をネチネチと(なじ)る可能性がある。

 

 多分リリはそうなることを回避しようと考えているのだろう。でなければ、普段から慎重なリリが自ら更に進もうと言い出したりしない筈だ。

 

「進むって、こんな分厚いオリハルコン製の扉をぶち破る方法でもあるのか?」

 

「ええ、ちょっとばかり手荒なやり方ですが……ベル様、今からとっておきの魔剣(・・・・・・・・)を使いますので、ヴェルフ様と一緒に下がって下さい」

 

 そう言いながらリリは長槍を背中に背負った後、何も無い筈の両手から大きな黒い筒型の武器が出現する。

 

「お、おいリリスケ、一体何処からそんなデカい武器を出した!?」

 

「ヴェルフ、気になるのは分かるけど、取り敢えず下がろうか」

 

 リリが出現した大砲(ランチャー)――『D-A.I.Sブラスター』について訊こうとするヴェルフに、僕がすぐに彼の腕を引っ張りながら下がろうとする。

 

 すると、チャージしているのか彼女の武器が青白く光り出している。大砲(ランチャー)でチャージするフォトンアーツと言えば……あっ!

 

「ヴェ、ヴェルフ! もう少し下がるんだ!」

 

「は? 一体何を言って――」

 

「いいから早く!」

 

 ヴェルフが全く分からないと不可解な表情をするも、僕は有無を言わさず再度腕を強く引っ張って再度強引に下がらせようとする。

 

 そしてすぐに耳を塞ぐように言った直後、チャージを終えたリリがフォトンの砲弾を発射した直後――大きな爆発音と爆風が起きるのであった。

 

 

 

 

 

 

「これは……!」

 

 少々薄暗い広間にある石造りの台座の前に、一人のヒューマンの男が立っていた。

 

 台座には月の光を思わせる青白い水膜が張られており、それには人造迷宮(クノッソス)に侵入した【ロキ・ファミリア】の眷族達が映し出されていた。罠に嵌められた事で、殆どが焦燥に満ちた表情で苦戦を強いられている。

 

 このまま順調に進めば連中を倒せると見ている中、予期せぬ事が起きてしまう。水膜には【ロキ・ファミリア】ではない者達が人造迷宮(クノッソス)に侵入しているどころか、オリハルコン製の扉を破壊していた。

 

「一体誰だ? 我々の『作品』を傷付ける愚か者は」

 

 ヒューマンの男――バルカ・ペルディクスは激昂した。第三者が土足で侵入しただけでなく、大事な作品の一部を破壊するなど許される事ではないと。

 

 侵入者は白髪の男性ヒューマンと赤髪の男性ヒューマン、そして小人族(パルゥム)と思われる少女の三名。扉を壊したのは小人族(パルゥム)だと分かった瞬間――

 

「あの小娘、生きては返さんぞ!」

 

 既にバルカは監視している【ロキ・ファミリア】の事など如何でも良くなっていた。『作品』を壊した小人族(パルゥム)の少女――リリに憎悪の目を向けている為に。




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二人のアークス⑪

 突然の爆発音と爆風が収まると、先程まであった筈のオリハルコン製の扉は見事に破壊されていた。芸術と思わしき面影は一つもないどころか、無惨な姿と言うべきモノになっている。

 

 ここまでの破壊力がある大砲(ランチャー)のフォトンアーツと言えばアレしかない。チャージすることでより破壊的な一撃を放つことが可能で、説明不要の強力なグレネード弾を装填、発射するPA――『ディバインランチャー零式』。大砲(ランチャー)の中で最大一撃火力があり、複数のエネミーを一気に倒すのに最適なフォトンアーツだ。他にも強力なモノは当然あるが、ここで語る必要はないので省略させてもらう。

 

「~~~~~! おいリリスケ、今のは一体……って、何だこりゃァァァァァァァ!!」

 

 僕と違って衝撃に耐えられなかったヴェルフは倒れていて、立ち上がりながらリリに文句を言おうとしたが、扉が無残な姿になってるのを視認した瞬間に驚愕の叫び声を上げていた。

 

「ふぅっ、もう少し加減して撃った方が良さそうですね」

 

 肝心の壊した張本人は何でもないどころか、『D-A.I.Sブラスター』を収納しながら威力の調節について考えていた。

 

 レンジャークラスは移動射撃可能で単体への火力に優れる長銃(アサルトライフル)と、非常に隙は大きいものの攻撃範囲に優れる大砲(ランチャー)を専用武器としている。ファントムクラスの僕は長銃(アサルトライフル)しか使えないから、探索中に時々大砲(ランチャー)があればなぁと思ってしまう。男にしか分からないロマンがあるけど、効率重視のキョクヤ義兄さんから、『闇の力を得たお前にロマンなど不要だ』と問答無用で切り捨てられてる。

 

 まぁ、僕の個人的な事情は如何でも良いからここまでにしよう。

 

 この世界で最硬金属と謳われてるオリハルコンでも、リリが使う大砲(ランチャー)の前では形無しのようだ。と言っても、ディバインランチャーに匹敵する威力じゃなければ破壊は不可能だけど。

 

 だけど破壊したのは扉だけでなく、周囲の壁も巻き添えを食らったかのように破壊されていた。確かにリリの言う通り、威力を加減しないと不味いだろう。

 

 僕も内心同感だと思っていると、リリは破壊した扉の近くに寄ってしゃがんだかと思いきや、残骸の一部を回収していた。

 

「リリスケ、お前何やってんだ?」

 

「何って、証拠品の回収です。それにコレの素材はオリハルコンですから、()()()の貴方にとっては欲しい代物じゃないんですか?」

 

「え? ………あ、ああ、そうだったな。まぁ下級()()()の俺には過ぎたモノだが」

 

 ヴェルフはそう言いながらも、リリと一緒に扉の残骸を集めようとする。なるべく傷が付いていないモノを中心に。

 

 僕も一緒に手伝おうと思って二人に近付こうとする際、思わず壁の方を見ると、予想外な物を発見する。

 

「ヴェルフ、ちょっとコレ見て!」

 

「ん? 何か見付けたのか?」

 

 僕が慌てるように声を掛けると、オリハルコンの残骸を回収してるヴェルフはすぐに止めて近付いてきた。

 

「こ、この石板の奥に、超硬金属(アダマンタイト)らしき金属が……!」

 

「はぁ? オリハルコンだけじゃなく、そんな希少金属(レアメタル)がある訳……ってマジかよ!」

 

 僕が指した方を見るヴェルフは、石板の奥から露出する鋼色の金属を見た瞬間に目を見開いた。

 

「おいおい、ふざけろッ! もしかしてこの壁の中に全部アダマンタイトが仕込まれてるのか……!?」

 

「そうみたいですね」

 

 周囲を見渡しながら叫ぶヴェルフに、僕達とは反対側の壁を見ているリリもアダマンタイトがあるのを確認していた。

 

最硬金属(オリハルコン)の扉だけでなく、超硬金属(アダマンタイト)で構築されている通路。これはどう考えてもダンジョンの未開拓領域とは大きく異なります」

 

 リリの言う通り、確かにダンジョンでは普通に考えてあり得ない。明らかに人工的の通路や扉が希少金属(レアメタル)で作られている時点でおかしいのは僕も同感だ。

 

「もしかして此処は、誰かが秘密裏に造った隠し拠点用の通路かな?」

 

「その可能性は否定出来ません」

 

 リリは僕の推測を否定せずに頷いていた。

 

「とは言え、入手困難な筈の希少金属(レアメタル)を、これだけふんだんに使うなんて……此処を作った方は余り良い趣味の持ち主とは思えませんね」

 

「「………………」」

 

 浪費家の度が過ぎていますと、リリは違う方向で憤慨していた。

 

 だけどねリリルカさん、そう言いながらオリハルコンだけでなく、アダマンタイトの残骸も回収するのはどうかと思うよ。ヴェルフも「コイツ、意外とがめついんだな」と呆れるように小さく呟いているからね。

 

 僕とヴェルフの視線に気付いたのか、リリは途端に咳払いをしながら、破壊された扉の先の方へ視線を移す。

 

「さぁお二人とも、そろそろ先へ行きましょう。調査は始まったばかりですからね!」

 

 明らかに有耶無耶にしようとしてるリリの言動に、僕とヴェルフは苦笑しながらも先へ進むのであった。

 

 

 

 

 

 

「急にダンジョンみたいになってきたな」

 

 先へ進んでる最中、ヴェルフの台詞に僕とリリは同感のように頷く。

 

 さっきまで一本道の通路だったけど、進んでから複雑な迷路に成り代わったのだ。二股道に四つ辻、いくつもの横道など、通路から枝分かれする道が増えている。

 

 余りにも道が複雑過ぎて、確認の意味も込めて僕は斥候役をやる事にした。小型端末機に経路(ルート)を自動記録するのも忘れずに。後でリリの端末にも情報を送る事も補足しておく。

 

 進んでは『行き止まり』の報告をして、残された正解の道を手探りで探る僕達は、今のところ問題無く進んでいる。

 

「人工的な造りの所為なのか分からないけど、此処はダンジョンより、凄く冷たい感じがするね」

 

 僕は思わずそう呟いた。

 

 ダンジョンは『生きている』。それは冒険者としての常識であり、周知の事実でもある。気を窺うように『異常事態(イレギュラー)』が襲い掛かるから、それで冒険者達を苦しめる。

 

 以前あった遠征の帰還中、『毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)』の群れに襲われたのが僕としても大変苦い経験の一つだった。僕が不覚を取ってしまった所為で、毒を受けた人達の治療が遅くなってしまったから。

 

 あの時みたいな不覚は取らないと周囲を警戒するも、この迷路からダンジョンの『息遣い』というモノが感じられない。

 

 それが無いなら安心、なんて出来る訳がない。寧ろ余計な不安感に襲われる気分だった。

 

 リリやヴェルフは口に出していないけど、不気味な静寂と、仄暗(ほのぐら)い重圧の所為か、段々と口数が少なくなっている。

 

「なぁリリスケ、そろそろ戻った方が良いんじゃねぇか? これ以上俺達が調査しても、逆に迷っちまいそうだぜ」

 

 ダンジョンとは違う不気味さがある所為か、ヴェルフはいつもと違って少しばかり不安気に提案してきた。

 

 ソレに関しては僕も同感だ。いくら経路(ルート)を記録出来ているとは言え、大した準備も無いまま更に進むのは危険極まりない。ハッキリ言ってこれ以上は手に負えない案件(もの)だと、僕はそう思っている。

 

 調査を続けるにしても、僕達三人だけでは余りにも無謀過ぎる。リリだって、まさかここまで複雑な迷路だとは思っていなかった筈だろう。

 

「リリ、僕もヴェルフの意見に賛成だよ。これだけ複雑な迷路になってる事を報告すれば、ロイマンさんも流石に文句は言えないと思うよ」

 

「……そうですね。此処をリリ達三人で調査するには、余りにも無謀過ぎると今更ながら痛感しました」

 

 リリは考える仕草をしながらも、僕達の脱出案に了承した。

 

「ベル様、経路(みち)記録し(おぼえ)ていますか?」

 

「大丈夫だよ。ちゃんと(端末機に)入ってるから」

 

「?」

 

 リリと僕の会話にヴェルフは何か違和感を感じたかのように不可解な表情になるも、口出しする様子は無かった。

 

 進んだ道を戻るとは言え、迷路になっているから一苦労だ。一応頭に入ってても、こう言った場所は地図などが必要不可欠になる。

 

 僕が再び先頭で進むと、リリとヴェルフは後に続くように付いてくる。

 

 思った通り、戻る道も分かり辛くて道に迷いそうだった。ヴェルフには見えないよう端末機のディスプレイに地図を表示させながら、迷うことなく進む。

 

「すげぇな、ベルは。こんな複雑な迷路なのに、ホントに憶えてるとは恐れ入るぜ」

 

「まぁ、そうですね」

 

 関心の声を出すヴェルフとは余所に、リリは敢えて合わせるように同調していた。

 

 すると、先程まで問題無く進んでいた道が、突如オリハルコンの扉によって閉ざされてしまう。

 

「「ッ!?」」

 

「おいおい、マジかよ!」

 

 突然の異常事態(イレギュラー)に僕とリリは目を見開き、冗談じゃないと言わんばかりに叫ぶヴェルフ。

 

 だが、これだけでは終わらなかった。別の方向から、今まで出現しなかったモンスターが大量に出現して、確実に僕達の方へ向かってきている。

 

「何だあの蜘蛛みたいなモンスターは!?」

 

「あっちからは花と蛇が合わさった気色悪いモンスターが来ます!」

 

 ヴェルフが見ている方には、一つ目の蜘蛛の様な外見をしたモンスター。

 

 リリが見ている方には、巨大な花の様な姿をした植物モンスター。

 

 前者は蜘蛛型モンスターともかく、後者の植物モンスターには物凄く見覚えがある。以前の怪物祭(モンスター・フィリア)、並びに【ロキ・ファミリア】の遠征でダンジョン深層で遭遇したのと全く同じだ。

 

 アレがいるって事は、もしかして此処にはダンジョン深層で遭遇した外套の人物がいるのかな。だとしても、今はそんな事を気にしてる場合じゃない。

 

「リリ、ヴェルフ! あの植物モンスターは僕がやるから、二人は蜘蛛型モンスターの方を頼む!」

 

「了解しました!」

 

「わ、分かった!」

 

 僕の咄嗟の指示に二人は反対する事無く即了承した。

 

 今は完全に緊急事態だから、この状況でリリは何一つ文句を言わないだろう。

 

 そう決意した僕は背中に背負ってる大剣を収納させた直後、ヴェルフが作ってくれた防具から『シャルフヴィント・スタイル』とアークス製の防具一色へ、武器も僕の得物の一つである抜剣(カタナ)――『呪斬ガエン』に切り替わる。

 

「!」

 

 アークス製の武具に切り替えるのを見たリリは驚愕してるけど、僕は気にせず植物モンスターの群れと戦う為に駆け抜ける。

 

 

 

 

 

 

「どこの下級冒険者共かは知らないが、晶黽(ヴァルグ)食人花(ヴィオラス)の餌になるがいい」

 

 ベル達が戻ろうとしているのを見たバルカは、即座に最硬金属(オリハルコン)の『扉』を落下するように操作した後、その場に配置しているモンスター達を一気に解放した。

 

 クノッソスに配置させているモンスターは、『Lv.1』の下級冒険者では絶対に勝てない。

 

 晶黽(ヴァルグ)は小型で単体としての戦闘力は高くないが、集団で襲撃すれば『キラーアント』とは比べ物にならないほど厄介な存在になる。

 

 食人花(ヴィオラス)晶黽(ヴァルグ)と異なり、第一級冒険者でも無ければ単独でまともに戦うのは危険な程の戦闘力を備えている。

 

 下級冒険者程度なら食人花(ヴィオラス)一体だけでも殲滅する事は充分可能だが、バルカはリリがクノッソスの一部を破壊したのを見た事で、楽には殺さないと決意していた。深層クラスのモンスター共に襲われる悪夢(ゆめ)を見せようと、過剰とも言える戦力を投入したのだ。

 

 大事な作品を壊した報いとして、絶対勝てない深層クラスのモンスターに襲われる下級冒険者達の苦しむ表情(かお)を見れば、バルカの溜飲が下がる。そんな悪意極まる陰湿なやり方に、彼の異父兄弟が見れば虫唾が走ると吐き捨てるだろう。

 

 すると、白髪の少年が突如武装が変わった。その直後には単身で食人花(ヴィオラス)の群れに向かっていき……瞬く間に斬り伏せていく。

 

「何だ、あの小僧は」

 

 下級冒険者の筈なのに、食人花(ヴィオラス)を倒すなど普通に考えてあり得ない。そんな事実にバルカは困惑している。

 

 彼はクノッソスに籠っている為、外の情報について全く無関心で知らなかった。白髪の少年が現在オラリオの住民達から注目されている大型ルーキーの冒険者ベル・クラネルである事を。僅か数ヵ月で『Lv.3』に至り、【亡霊兎(ファントム・ラビット)】の二つ名も授かった事も含めて。

 

 自身が想像していた展開とは全く異なって困惑するバルカに、別の方でも予想外な事態が起きていた。

 

 クノッソスを傷付けた小人族(パルゥム)の少女――リリが突然メイド服になっただけでなく、見たことが無い魔剣を出して、襲い掛かろうとする晶黽(ヴァルグ)の群れを一気に殲滅していた。仕留め損なった一体が彼女の元へ辿り着こうとしても、赤髪の男性ヒューマン――ヴェルフが大刀で斬り伏せている。

 

「一体どうなっている。何故奴等如きに深層クラスのモンスターがああも簡単に倒されているのだ」

 

 今のバルカは、苦戦している【ロキ・ファミリア】の事など如何でも良くなっていた。

 

 それどころか――

 

「ッ! 止めろ小娘、それ以上壊すな!」

 

 リリがいつの間にか武器を長銃(アサルトライフル)から大砲(ランチャー)に切り替えてモンスターを倒しているどころか、周囲の壁や扉を平然と破壊する光景を目にして、更に憎悪が増す一方だった。




次回はファントムベルとレンジャーメイドリリの戦闘になります。

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二人のアークス⑪.5

すいませんが、今回はリリ側の幕間話になります。


(ベル様がアークス製の武器に切り替えた!?)

 

 突如ファントムクラス専用の武装に切り替え、植物型モンスターの群れに向かっていくベルにリリは驚愕していた。緊急事態とは言え、武器だけでなく防具すらもアークス製に切り替えると言う事は即ち、本気で戦わなくてはいけない相手と言う事になる。

 

 ベルが迷いなく選択したのは、アレ等の事を知っているのだとすぐに察した。そうでなければ数が多い蜘蛛型モンスターを最初に選んでいる筈だと。

 

(となれば、リリもこの状況で出し惜しみしてる場合じゃありません!)

 

 他派閥(ヴェルフ)の目がある理由もあって、リリはなるべくアークス武器は使わないと決めていた。先程は道を進む為の措置として、オリハルコンの扉やアダマンタイトの壁を壊す際に大砲(ランチャー)を使ったが、魔剣と誤魔化してすぐに収納している。

 

 しかし、こんな異常事態(イレギュラー)が起きてしまった以上、もうそんな事を気にしている場合ではない。ヴェルフには後でキッチリ口止めをしようと固く誓いながら、本来の武装に切り替えようとする。

 

「来るぞ、リリスケ……っておい、何だその格好は!?」

 

 隣にいるヴェルフが大刀を構えながら声を掛けていたが、リリの変化に驚愕する。クリーム色のローブから一変して、上級貴族の傍にいそうな清楚と言うべきメイド服に変わったから。

 

 端から見ればふざけた格好だと言われてもおかしくないだろう。しかし、これこそが彼女本来の戦闘服なのだ。メイドキャストのルコットによる教育により、そうなってしまった為に。

 

 メイド服とは別に、武装は全てアークス製になっている。現在彼女が持っている武器は長銃(アサルトライフル)――『スプレッドニードル』。

 

 防具は不可視(ステルス)状態であり、オラリオ製の防具より高性能だ。因みに装備している防具は次世代型の『ユニオンセット一式』。リア/サーキュユニオン、アーム/サーカユニオン、レッグ/サークユニオンの三つで、ルコットが全て用意してくれた。

 

 『ユニオンセット一式』の各防具はそれぞれ打撃、射撃、法撃の耐性の他、体力や体内フォトン、攻撃、射撃、法撃のステータス上昇も備わっている。性能はベルの『クリシスシリーズ』より若干劣るとは言っても、最前線で戦う現役のアークスが使うには充分な性能を持つ。

 

 これには当然特殊能力も備わっており、アストラル・ソール、ウィンクルム、スタミナⅣ、スピリタⅣ、アビリティⅢ、オールレジストⅢ、ガード・ブーストがあり、主に防御面を中心にしたステータス上昇させている。サブクラスに鉄壁の防御力を誇るエトワールクラスをしていても、小人族(パルゥム)のリリは耐久や防御力が心許ないと、心配性で少々過保護なルコットが少々無理をしてカスタム強化させた程だ。

 

「ヴェルフ様、コレを撃ってる最中に決してリリの前に出ないで下さい!」

 

「はぁ? お前何を――」

 

 いきなりの台詞にヴェルフが戸惑う中、リリは蜘蛛型モンスター目掛けて長銃(アサルトライフル)を放った瞬間、

 

『ギギイィ!?』

 

 銃口から円錐状として放たれた無数の針散弾が、いっぺんにモンスター達を貫いた。

 

 二撃、三撃と撃ち続ける事で、先程まで襲い掛かろうとしていた大半の蜘蛛型モンスター達はあっと言う間に死骸となっていく。

 

 リリは以前にスプレッドニードルの潜在能力『古の針散弾・改』を【ソーマ・ファミリア】の団員達に使っていたが、あの時は手加減をしていただけに過ぎない。もし本気でやれば目の前にいる蜘蛛型モンスター達の死骸と同様、針が貫通して即死すると言う無惨な光景を目にしていただろう。

 

「おいおいリリスケ! 何だその魔剣は!?」

 

 あっと言う間にモンスター達が倒された光景を目にしたヴェルフは、情報処理が多過ぎて混乱気味になっていた。これが【ロキ・ファミリア】の幹部達であれば、(ベルのお陰で)何とか耐えれたかもしれないが、それでも突っ込みたい衝動に駆られているだろう。

 

「気を抜かないで下さい! まだ来ます!」

 

「お、おう!」

 

 リリの発言にヴェルフはすぐに再び大刀を構えた直後、周囲の横道からわらわらと再び現れる蜘蛛型モンスターを意識する。

 

 後方でベルが植物モンスターをあっと言う間に両断している最中、リリもスプレッドニードルの通常射撃で倒し続けていた。

 

 すると、運良く躱した一匹の蜘蛛型モンスターが、リリに接近して口腔らしき箇所から液体らしきモノをを吐き出した。

 

「危ねぇリリスケ!」

 

「ッ!?」

 

 咄嗟に前に出たヴェルフは大刀を盾代わりにして防いだ。その直後、彼は一匹の蜘蛛型モンスターに接近し、翳した大刀を一気に振り下ろして両断した。

 

「ありがとうございます、ヴェルフ様!」

 

「気にするな。俺だってこれくらい――お、俺の武器が……!」

 

 ヴェルフの大刀に異変が起きていた。刀身が何故か溶かされているから。

 

 既に半分以上が無くなっており、あと少しで柄も溶かされそうなところを、ヴェルフはすぐに放り投げた。そして今も溶け続けている彼の大刀は完全に消失していく。

 

(あのモンスターが吐き出したのは、もしや溶解液!)

 

 もしヴェルフが自分を守ろうと前に出てくれなかったら、リリは攻撃を止めざるを得なかっただろう。

 

 鉄壁の防御力を誇るエトワールクラスをサブにしてるからと言っても、武器を簡単に溶かす溶解液を受けたらタダで済まないのは容易に想像出来た。如何にフォトンが万能であっても、激痛を完全に防げるものではないから。

 

 ヴェルフに大きな借りが出来てしまったリリは、後で必ず清算することを誓う。

 

 その後には、またしても蜘蛛型モンスターの群れが出現して此方へ接近してくる。

 

「おいおい、まだ来るのかよ!」

 

「ああもう!」

 

 倒しても次から次へとモンスターの群れが出てくることに苛立ちを隠せなくなったリリは、長銃(アサルトライフル)から大砲(ランチャー)の『D-A.I.Sブラスター』へ切り替えた。直後、武器の砲身が青白く光り始める。

 

「おいおいおいソレってまさか……!?」

 

 ヴェルフは途端に顔を青褪めた。あの武器は青白く光り出した後、オリハルコンの扉を簡単に破壊出来る光弾を撃ち放ったのを今でも鮮明に憶えている為に。

 

「テメエ等いい加減にしろ!」

 

 チャージを終えたリリは大砲(ランチャー)のフォトンアーツ『ディバインランチャー零式』を放ち、凝縮された光弾は十(メドル)先にいる蜘蛛型モンスターに当たった瞬間に大爆発を起こし、その先にあった壁や扉もろとも吹き飛ばすのであった。因みにヴェルフは咄嗟に彼女から離れて耳を塞ぎながら伏せて何とか事なきを得るも、丁度食人花の群れを倒し終えたベルが突然の衝撃と爆風に怯んでいたのは仕方のない事だった。

 

「まだまだぁ!」

 

 ディバインランチャー零式で蜘蛛型モンスターの群れを片付けたリリだが、後続が来る事も警戒してか通常の砲弾を撃ち続けるのであった。そのせいで更に他の扉や壁が破壊されるのは言うまでもない。




リリの防具を紹介しておきます。


ユニオンセット一式の各防具性能

打撃防御+320×3 射撃防御+320×3 法撃防御+320×3

HP+75×3 PP+9×3

打撃力+25×3 射撃力+25×3 法撃力+25×3 

打撃耐性 計8 射撃耐性 計8 法撃耐性 計8 




特殊能力の性能

アストラル・ソール、ウィンクルム、スタミナⅣ、スピリタⅣ、アビリティⅢ、オールレジストⅢ、ガード・ブースト

HP+170×3 PP+13×3 

打撃力+70×3 射撃力+70×3 法撃力+70×3 

技量+50×3 

打撃防御+85×3 射撃防御+85×3 法撃防御+85×3 

打撃耐性+3×3 射撃耐性+3×3 法撃耐性+3×3

炎耐性+3×3 氷耐性+3×3 雷耐性+3×3 風耐性+3×3 光耐性+3×3 闇耐性+3×3



防具性能と特殊能力の合計


打撃防御+1215 射撃防御+1215 法撃防御+1215

HP+735 PP+66 

打撃力+285 射撃力+285 法撃力+285 

技量+150 

打撃耐性+17 射撃耐性+17 法撃耐性+17 

炎耐性+9 氷耐性+9 雷耐性+9 風耐性+9 光耐性+9 闇耐性+9


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二人のアークス⑫

 アークス用の武装に切り替えて早々、先制攻撃を仕掛けた僕は一瞬で植物型モンスターの群れの一匹目を斬り伏せた。

 

 同胞がやられても、他のモンスターは僕目掛けて鋭い牙と歯がある大きな口を開けながら接近しようとする。初見だったら戸惑うかもしれないが、既に経験してる僕はその単調な攻撃を躱した後、居合切りの如く斬り返す裏の技(シフト)用フォルターツァイトでもう一匹目を仕留めた後、クイックカットで別の植物型モンスターに接近し、再度裏のフォルターツァイトで斬りつけた。

 

 裏のフォルターツァイト→クイックカット→裏のフォルターツァイト→クイックカット、と言う連続攻撃をやった事で、先程までいた筈の植物モンスターの群れは全て斬り伏せられている。

 

「ふぅっ、次は――うわぁっ!」

 

 植物型モンスターの群れを片付けたので、蜘蛛型モンスターと交戦してるリリとヴェルフの加勢に行こうと思いきや、突然の衝撃と爆風が襲い掛かってきた。思わず倒れそうになってしまいそうになるも、何とか堪えながら振り向くと、その先には耳を塞ぎながら伏せているヴェルフと、大砲(ランチャー)『D-A.I.Sブラスター』を両手に持ってフォトンの弾丸を撃ち続けるリリがいた。

 

 さっき僕に襲い掛かった凄まじい衝撃と爆風は、大砲(ランチャー)のフォトンアーツ『ディバインランチャー零式』だとすぐに分かった。此処へ来る前にオリハルコンの扉を破壊した時と全く同じだったから。

 

 今は通常の射撃で撃っているからそこまで酷くはないが、それでもアダマンタイトが埋め込まれてる壁が次々と破壊されている。どうやらフォトンアーツを使わなくても、出力最大で撃てば簡単に壊せるようだ。

 

 ――って、そうじゃなくて!

 

「ちょ、リリ! もう(モンスター)はいないから!」

 

「え? ……あっ」

 

 既に蜘蛛型モンスターがいないにも拘わらず、未だに撃ち続けているリリを見た僕はすぐに止めようとした。

 

 僕の声に反応したリリはすぐに止めて、漸く新手のモンスターが来ない事を理解してくれる。

 

「す、すみません。余りの数の多さに、思わず苛々してしまって」

 

「それは、まぁ……」

 

 リリの言いたい事は僕も分かる。

 

 オラクル船団でアークスとして活動していた時、ダーカーの群れに襲われた事があり、何度倒しても減らない状況に陥った経験がある。一緒にいたキョクヤ義兄さんが、諦めない姿勢を見せてくれたお陰で如何にかなったけど。

 

 もしかしたらリリも僕と似たような経験をした事があるかもしれない。そうでなければ大砲(ランチャー)で撃ちまくるなんて事はしない筈。と言っても、あくまで僕の予想に過ぎないが。

 

「ど、どうやら収まったみたいだな……」

 

 恐る恐ると言った感じで立ち上がるヴェルフの声に、僕はすぐに振り向いて話し掛けようとするが、ある事に気付いた。

 

「あれ? ヴェルフ、武器はどうしたの?」

 

 さっきまであった筈の大刀が無いので聞いてみると、途端にヴェルフが罰が悪そうな表情になる。

 

「蜘蛛みたいなモンスターの所為で溶かされちまってな」

 

「正確に言うと、あのモンスターの口から吐いた溶解液らしきモノの所為で、ヴェルフ様の武器があっと言う間に溶かされたんです」

 

「ッ!」

 

 ヴェルフの返答にリリが補足するように付け加えてくれた事で、僕は思わず目を見開いた。

 

 溶解液って……まさかあの蜘蛛型モンスターは、ダンジョン深層で見た芋虫型と似たモンスターだったのか?

 

 さっき戦った植物型モンスターの群れがいたって事は、もしかして此処にダンジョン59階層で戦った『精霊の分身(デミ・スピリット)』がいたりして……そんな訳無いよね?

 

 もしそれ等をこの場で口にすれば(アークスの)リリはともかく、ヴェルフが絶対混乱すると思うから、僕の心の内に留めておこう。

 

「……出来れば僕の思い過ごしであって欲しいんだけど」

 

「ベル様?」

 

「おいベル、何ブツブツ言ってんだ?」

 

「あ、いや、気にしないで」

 

 小声を聞いたリリとヴェルフが怪訝な表情になったので、僕はすぐに誤魔化すように振舞った。

 

「取り敢えず今は、一刻も早く此処を出よう」

 

 僕の台詞に二人は何の文句も無く頷いたので、閉ざされた扉を再びリリに大砲(ランチャー)で壊してもらう事にした。

 

 そんな中、僕達が戻る筈の反対側の通路から、何かが呼びかけてくる。

 

(今のは風……え、風?)

 

 ここに来てから風らしきモノは全く感じなかった筈なのに、その音が段々と近付いてくる。

 

「ん? この音は……」

 

「何だ、風か?」

 

 聞こえたのは僕だけでなく、ヴェルフやリリも当然耳にしている。

 

 次の瞬間――ドッッ! と波濤の如く、風が凄まじい勢いで轟いた。

 

「うわっ!?」

 

「どわぁっ!?」

 

「おわっ! っと、ととと!」

 

 通路の奥から一気に吹きわたった疾風に、僕とヴェルフは仰け反って踏鞴を踏み、リリはバランスを崩しそうになっていた。

 

 大砲(ランチャー)の砲身が此方に向けられそうになるも、辛うじてフォトンの弾丸が消失し事なきを得ている。

 

「何ですか今の風は!? 危うく誤射するところでしたよ!」

 

「もしかして何かしらの(トラップ)か!?」

 

「――いや、違う」

 

 風に対して抗議するリリと警戒するヴェルフだけど、僕だけは違った。

 

 この澄み切った風には憶えがある。

 

 同時に感じられる魔力から――金髪の女性の姿を連想させられる。

 

「アイズさんの『風』だ!」

 

「え!? ちょ、ベル様!」

 

「お、おいベル! 何処に行くんだよ!?」

 

 届いた風からアイズさんのSOSを感じ取った僕は、それを頼りに進むのであった。

 

 

 

 

 

 

「ふざけるなふざけるなふざけるなぁ!!」

 

 クノッソス11階層が所々破壊される惨状を目にした事で、バルカは怒りを通り越して混乱を極めていた。ダンジョン深層クラスのモンスターを送り込んで下級冒険者達を殺す筈の算段が、物の見事に覆されてしまったどころか、更にクノッソスが破壊されてしまう破目になってしまったから。

 

 本当なら今すぐにでも大事な作品を破壊し続けた小人族(パルゥム)小娘(リリ)を殺しに行きたい。しかしバルカは主神タナトスの命令で操作を命じられており、加えてリリ達に目を離すと何を仕出かすか分からないから動くに動けなかった。

 

食人花(ヴィオラス)晶黽(ヴァルグ)だけでなく、毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)も送り込めば今度こそ確実に仕留めれるかもしれないが、それをやったらあの小娘にまた破壊されてしまう!」

 

 クノッソスを操作している彼なら新たなモンスターを送り込むのは容易いが、先ほどまで見せられた惨状を再び目にする事を恐れていた。

 

 もし主神タナトスがこの場に居れば早急に手を打ってくれただろう。しかし、肝心の彼はとある出資者(スポンサー)の対応をしている為に無理だった。

 

(確か奴等は来た道を戻ろうとしていた。となれば、此方が何もしなければ……)

 

 バルカは混乱しながらも、リリ達が引き返すのなら放置すれば良いのではないかと考えを改める。このまま逃がすのは業腹だが、これ以上破壊される光景は見たくない為、彼は敢えて見逃すと言う決断を下した。奴等が地上に帰還した後、闇派閥(イヴィルス)を使って密かに拉致し、その時に思う存分恨みを晴らせば良いのだと。

 

 すると、台座の水膜に映し出される小娘達とは違う場所で、予想外な光景を目にする。金髪の少女(アイズ・ヴァレンシュタイン)が放った『魔法』により、クノッソス内を縦横無尽に走り抜ける『風』が【ロキ・ファミリア】の冒険者達を集結させる事になったから。

 

「! 小娘と一緒にいる小僧が……!」

 

 11階層にも『風』が届いたのか、リリ達がいる方でも動きがあった。先程たった一人で食人花(ヴィオラス)を倒した少年(ベル)が、導かれる『風』の元へ向かったのだ。

 

 ベルの予想外な行動に、リリとヴェルフも当然追いかけている。それを見たバルカは『扉』を閉じようとするも――

 

「駄目だ! あの小娘がいる以上、またしても我々の作品に大きな傷が……!」

 

 平然と『扉』をぶち破る事が出来るリリを警戒してか、彼は操作するのを躊躇うのであった。

 

 しかしその後、主神タナトスと出資者(スポンサー)がとんでもないモノを解放する事で、またしても予想外な出来事と同時に更なる悲惨な光景を目にしてしまう。




何とか【ロキ・ファミリア】に合流する展開に持って行きました。

感想お待ちしています。


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二人のアークス⑬

話数だけで言えば、丁度150話行きました。

話は一気に精霊の分身(デミ・スピリット)まで飛びます。


『アハッ、アハハハハハハハハハハハハハハハハ!』

 

 人造迷宮(クノッソス)の数多くある大広間の一つに、『精霊』の笑い声が響かせている。

 

 その声の主は異形とも言える存在だった。

 

 巨大な脚、巨大な双角、緑色に蝕まれた鋼色の対皮をした巨躯の『闘牛』らしき頭部の額辺りに、女体の上半身。

 

 見た目からして明らかにモンスターなのだが、この存在の正体を知る者はこう呼ぶ。『精霊の分身(デミ・スピリット)』と。

 

 アイズの『風』により、今まで分断していた【ロキ・ファミリア】の眷族達が集結するも、この巨大な存在の登場と言う異常事態(イレギュラー)の所為で撤退せざるを得なかった。

 

 此処へ辿り着く前に団長のフィンを含む多くの負傷者が既にいた為、第一級冒険者(Lv.6)のガレス、ティオネ、ティオナが殿(しんがり)をしようと『精霊の分身(デミ・スピリット)』と交戦する事を決意。同時に第二級冒険者(Lv.4)のラウル、クルス、ナルヴィも残り後衛を務める事に。

 

 ガレス達の決意とは別に、『精霊の分身(デミ・スピリット)』は単なる遊び相手のように蹂躙していた。笑い声を響かせていたのは、動かなくなった彼等を見てそうしていたから。

 

 その光景に台座を通して見ていたとある美神の出資者(スポンサー)は歓喜し、『フレイヤに勝てる!』と哄笑しながら、青年従者を連れて去るのであった。もうこれ以上は見るまでもないと言わんばかりに。

 

『フフ……バイバイ』

 

 先程まで地面や壁、『精霊の分身(デミ・スピリット)』は瓦礫に叩きつけて動けなくなったティオネにそう言った後――

 

「なっ、これは……!」

 

『?』

 

 大広間を出ようとするところ、別の通路から第三者の声がした事で動きを止めた。

 

 耳にした『精霊の分身(デミ・スピリット)』が振り向く先には、先程まで遊んでいた冒険者とは違う白髪の少年(ニンゲン)。また新しい『玩具』が来たと、彼女は再び笑みを浮かべる。

 

「ガレスさんにティオナさん!? それに、ティオネさんにラウルさん達まで!」

 

 白髪の少年が無残な姿で倒れているガレス達を見て驚愕の声を上げている中、『精霊の分身(デミ・スピリット)』は小さき存在に向かって声を掛ける。

 

『アナタモ、遊ビタイノ?』

 

「ッ! まさか、『精霊の分身(デミ・スピリット)』……!?」

 

 まるで自分を知っているような口振りで此方を見る少年(ニンゲン)に、『精霊の分身(デミ・スピリット)』は益々笑みを深める。

 

「ベル様! 勝手に進んでは……って、何ですかこの状況は!?」

 

「おいおい! 何か凄ぇデカいモンスターがいるぞ!」

 

 白髪の少年が現れた通路から、新たな者達が現れた。物凄く小さい幼女(ニンゲン)と赤髪の少年(ニンゲン)の二人が。

 

 新しい玩具がまた増えたと喜ぶ『精霊の分身(デミ・スピリット)』とは別に――

 

「アルゴ、ノゥト、君だぁ……!」

 

「ベル、じゃと……!?」

 

「ど、どうして……ベル君が……!?」

 

 白髪の少年『ベル』の声に真っ先に反応して目覚めたティオナ、その後に目覚めるガレスやラウル達は予想外な人物の登場に目を見開いていた。

 

(またフィンの奴が……いや、それはない)

 

 以前にあった港街(メレン)の一件みたく、フィンがベルに援軍の要請をしていたのかとガレスは一瞬考えるも、それはないと即座に却下する。今回の探索で【亡霊兎(ファントム・ラビット)】の力を借りるつもりは無い、と本人がそう断言したのだ。敵を欺くにはまず味方からと言う策を、あの(さか)しい生意気な小人族(パルゥム)であれば絶対やりそうだが。

 

 とは言え、今の危機的状況でベルの登場は非常に嬉しい誤算だった。自分より二回り以上年下の若造とは言え、少し前にダンジョン59階層で、『精霊の分身(デミ・スピリット)』を倒す為に貢献してくれた仲間(パーティ)の存在は非常に大きいから。その証拠にティオナやラウルが満身創痍でありながらも、ベルを見た途端非常に嬉しそうな顔になっている。

 

 そんな中、小人族(パルゥム)の少女が妙な武器を持っており、『精霊の分身(デミ・スピリット)』の前脚に向けて何かを放った。

 

『?』

 

 何かが当たった感覚に、『精霊の分身(デミ・スピリット)』は自身の足元を見下ろした。

 

 見れば、赤色の印らしきモノが前脚に付いている。それをやったのは、変なモノを持ち構えている自身より遥かに小さい幼女(ニンゲン)だとすぐに分かった。

 

「ベル様! 状況は全く分かりませんが、取り敢えずあのデカブツをさっさと倒しましょう!」

 

「う、うん!」

 

「ヴェルフ様! ここはリリとベル様がアレの相手をしますので、あそこに倒れている方達を頼みます!」

 

「わ、分かった!」

 

 小人族(パルゥム)の少女――リリは『精霊の分身(デミ・スピリット)』を見ても怯えないどころか、ベル達に的確な指示を出していた。

 

 まるで指揮官と思わせる彼女の佇まいに、ガレス達は思わず凝視してしまう。

 

(何じゃ、あの思い切りの良い娘っ子は?)

 

 もし此処にフィンがいたら勇気ある同胞として見るだけでなく、絶対目を付けるんじゃないかとガレスは思わず考えた。もし口にしたらティオネ辺りが絶対に黙っていないだろうが。

 

「ベル様、前脚に撃ったマーカー(・・・・)を重点的に狙って下さい!」

 

「勿論だよ!」

 

 リリの発言に頷くベルは幽霊(ゴースト)のように姿を消したかと思いきや、彼女とは正反対の位置に現れながら、以前に使った遠距離攻撃用の魔剣を手にして――

 

「喰らえ!」

 

『イダァァァァァァアアアアアアアアア!!』

 

 連続で放った直後、前脚が抉れるように被弾する『精霊の分身(デミ・スピリット)』は痛々しい悲鳴を上げていた。

 

(ど、どう言う事じゃ!? ワシとティオナの時には、大してビクともしなかった筈なのに!)

 

 つい先程、ガレスとティオナが脚に渾身の一撃を振るっても『イタイッ』と言っただけなのに、今はその時とは比べ物にならない程のダメージを与えていた。

 

 敵の体皮は超硬金属(アダマンタイト)の硬度なのに、ベルの攻撃がああも簡単に貫く事にガレスは疑問視している。

 

『オマエェェェェェェェェェェッ!!』

 

 自身に盛大な痛みを与えたベルに『精霊の分身(デミ・スピリット)』は笑みから一転し、怒りの表情となってベルに襲い掛かろうと突進する。

 

「ベル様だけではありませんよ!」

 

『ギャァァァァァアアアアアアアアアア!!』

 

 次にリリからの攻撃を受けた『精霊の分身(デミ・スピリット)』は、突然の大きな痛みにまたしても悲鳴を上げていた。ベルの時と違って、敵の前脚は無数の針状のようなモノが沢山突き刺さっている。

 

(何じゃあの武器は!?)

 

 遠距離用の魔剣だと判明するガレスだが、『精霊の分身(デミ・スピリット)』の前脚が針だらけになっているのを見て再度驚愕した。ベルに続いてリリもダメージを与えている事に、先程まで苦戦していた自分達は一体何だったのだと思ってしまいそうな程に。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』

 

 予想外な強敵が現れた所為か、暴牛の咆哮が大広間を撒き散らながら暴れ始めようとする。

 

 それを見たベルは次の行動に移ろうとする。

 

「リリは下半身の脚を中心に狙って! 僕は本体の上半身をやるから!」

 

「了解しました!」

 

 頷いたリリが次の脚を狙い始めている中、ベルは武器を切り替えようとする。不気味な形状をした大鎌らしき魔導士用の武器へ。

 

「【沈黙の審判者よ。虚構なる光と氷の理にて翼となり、永久(とこしえ)の静寂を下せ】!」

 

 詠唱をするベルに、リリを除く誰もが視線を向けると――

 

「【レ・バーランツィア】!」

 

 魔法名を告げた瞬間、ベルは突如上昇しながら背中から翼らしきモノが生えただけでなく、そのまま飛翔しながら光と氷の弾丸を『精霊の分身(デミ・スピリット)』の上半身に狙い撃ちしていた。

 

「ちょっ、ベル君!? 前に自分が見た合体魔法とは全然違うじゃないっすか!」

 

 ラウルは立ち上がりながらも、ベルが以前に使っていた魔法とは全く異なる事に思わず声を上げるのであった。




負傷するガレス達と合流するベル一行でした。

次回はベル視点でやります。

感想お待ちしています。


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二人のアークス⑭

 アイズさんの『風』が途中で途絶えるも、自身の経験と勘を頼りに辿り着いたと思いきや、途轍もなく恐ろしい存在と遭遇してしまった。

 

 闘牛と思わしき巨大モンスターは初めて見るが、その東部の額辺りにある女体の上半身には物凄く見覚えがあった。以前に【ロキ・ファミリア】の遠征でダンジョン59階層で戦った存在――巨大植物の下半身を持ち、天女の如く美しい上半身を持つ巨大モンスター『精霊の分身(デミ・スピリット)』。醜怪と美貌を同時に持ち合わせながらも、非常に厄介な強敵は今でも鮮明に僕の記憶に残っている。

 

 戦闘で負傷したと思われるガレスさん達を至急治療したかったけど、リリがアレを最優先で倒すべきだと判断が正しかったから、僕は反対する事無く応戦する事にした。

 

 『精霊の分身(デミ・スピリット)』の片方の前脚に赤いマーカーがあるのは、エネミーの防御力を低下させる脆弱化弾を装填するレンジャークラス専用の長銃(アサルトライフル)スキルスキル――『ウィークバレット』。これを撃ち込んだ部位に赤いマーカーが付き、その部位に与えるダメージが上昇する。そのお陰で見るからに硬そうな前脚を、僕が長銃(アサルトライフル)用のフォトンアーツである裏のクーゲルシュトゥルムで連射した結果、『精霊の分身(デミ・スピリット)』の前脚は放たれたフォトンの弾丸で抉れるように被弾していた。リリの方も通常攻撃とは言え、『スプレッドニードル』で放った針状の弾丸も簡単に突き刺さっているのが良い証拠だ。

 

 硬そうな身体をしてる闘牛の方をリリに任せるとして、僕は女体型の上半身に標的を変更した。自身の背中に氷と光の翼を発生させ、飛行しながら弾丸を撃ち続ける氷と光の略式複合テクニック――『レ・バーランツィア』で当てる事にした。ラウルさんが何か突っ込むように叫んでいたが、今は気にしてる暇など一切無いので無視させてもらう。

 

『グゥゥゥゥゥゥゥッ!!??』

 

 女体型は両腕を交差しながら光と氷の弾丸によるテクニックを防いでおり、闘牛の方は銃弾によって何度も脚を撃たれている。僕とリリの二段攻撃を同時に受けている『精霊の分身(デミ・スピリット)』は、どちらを攻撃すべきかと迷っている様子だ。

 

「ベル様! リリはこのまま脚を狙い続けますから、一気に勝負を決めて下さい!」

 

 移動しながら射撃しているリリは僕に聞こえるように大きな声で言った。

 

 一気に勝負を決めるのは僕も賛成だった。ここには負傷してるガレスさん達がいるから早く治療しなければならない。

 

 それに複合テクニックを撃ち続けている事で、丁度アレ(・・)も使えるようになった。

 

 未だに怯んでいる『精霊の分身(デミ・スピリット)』を見た僕は、一旦レ・バーランツィアを解除して、降下しながら次の動作に移る。

 

「【無慈悲なる光と葬送の氷。織り成すは審判の剣。汝、罪あり】!」

 

 詠唱をしながら右手に氷の力、左手に光の力が出現してチャージがすぐ間に完了し――

 

「【バーランツィオン!】」

 

 合わせた瞬間に氷と光で作られた刃を両手に持ち、突撃を行い標的に華麗なる剣舞を見舞う氷と光の複合属性テクニック――バーランツィオンを発動させた。

 

 本当ならフォメルギオンを使いたかったが、此処にはリリやヴェルフ、そして負傷してるガレスさん達がいる。いくら大広間でも炎の拡散や闇の爆発によって味方まで巻き添えを食らう恐れがあるから、それを避けようと違う複合属性テクニックを使う事にした。

 

 バーランツィオンは単体向けの近接攻撃をする複合属性テクニックだから、フォメルギオンと違って周囲に被害を齎す事はしない。今のように『精霊の分身(デミ・スピリット)』だけであれば、問題無く使う事が出来る。

 

 加えて、あの『精霊の分身(デミ・スピリット)』は魔法を放つのには、必ずと言っていいほど超長文詠唱を必要とする。仮に短文詠唱があったとしても、今のヤツはすぐに発動させる魔法は――

 

 

「ダメっすベル君!」

 

「ソイツに接近してはならん!」

 

 

「ッ!?」

 

 突如、ラウルさんとガレスさんからの声に僕が反応するも、それはすぐに理解する事になった。

 

『【(スサ)(テン)(イカ)リヨ】』

 

 僕が接近した事で『精霊の分身(デミ・スピリット)』は悍ましい無垢な笑みを浮かべながら、たった一節の詠唱をしただけで『魔法』が発動した。

 

『【カエルム・ヴェール】』

 

(超短文詠唱!?)

 

 僕の視界には『精霊の分身(デミ・スピリット)』の全身から夥しい雷の膜が張られていた。

 

(これは――アイズさんの【エアリエル】と似た付与魔法(エンチャント)!)

 

 気付いた僕だが、それはもう今更だった。

 

 

『【放電(ディステル)】』

 

 

 次の瞬間、凄まじい電撃が僕に向かって展開された。

 

「アァァァァァァアアアアアアアアアアアアアッッ!?」

 

 

 

 

 

「ベル様ァ!」

 

 『精霊の分身(デミ・スピリット)』から電流を放射したことで、それを直撃したベルは絶叫を上げ、弧を描いて吹き飛ばされた。

 

 それを見た事でリリは思わず射撃を止めてしまい、吹っ飛ばされたベルの方へ視線を向けてしまう。

 

「アルゴノゥト君ッ!」

 

「ベル君がッ!?」

 

「抜かった! ワシとした事が……!」

 

 リリと同じく吹っ飛んでいくベルを見て悲しみの声を上げるティオナとラウルとは別に、ガレスだけは凄まじい自己嫌悪に陥っていた。

 

 以前の遠征でベルは『精霊の分身(デミ・スピリット)』の存在を知っているから、戦う前にあの精霊が放つ魔法についてすぐ教えるべきだったのだ。それをやらなかった結果、ベルは自分達の二の舞を演じる事になってしまった。

 

『アハッ!』

 

 鬱陶しい一人がいなくなったと認識したのか、未だに雷鎧を纏い続けてる『精霊』は次にリリの方へ突進していく。

 

「ガッ!?」

 

 すぐに回避に移ろうとするリリだが、向こうの方が一足早かった所為で突進攻撃を受けてしまう。

 

 未だに帯電させている『精霊の分身(デミ・スピリット)』は邪悪な笑みを浮かべたまま追撃を仕掛けようと、倒れているリリに向かって大巨躯を棹立ちにさせた。

 

 そして――

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

 まるで今までの恨みを晴らすかのように、雷光を纏った牛蹄を何度も振り下ろしていた。

 

 リリが倒れている位置が爆砕する。

 

 大広間に衝撃と雷震が起きるも、ガレス達の時と違ってそこまで酷くはなかった。だがそれでも、その中心にいるリリは一溜まりもないだろう。

 

 余りの光景に誰もが絶句し、何も出来ない状態になっている。

 

 闘牛が踏み荒らしていた地面は完全に破壊されて瓦礫状態と化しており、粉塵が舞っていた。そこにリリがいるかもしれないが、大量の粉塵によって見えない。

 

『アハッ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!』

 

 自分の前脚を傷付けていた物凄く小さい幼女(ニンゲン)が死んだと認識したのか、『精霊の分身(デミ・スピリット)』は高らかに笑っていた。

 

「ベルだけじゃなく、リリスケまで、嘘だろ……?」

 

 先程まで負傷してるガレス達を運んでいたヴェルフだが、ベルとリリがやられた事に呆然と突っ立っていた。

 

 『Lv.1』の自分と違って二人は『Lv.3』の実力者であり、先程まで優勢に戦っていたと言うのに、一気に逆転された事で信じられない気持ちになっている。

 

 そんな中、『精霊の分身(デミ・スピリット)』はリリとベルによって傷付いていた前脚に『自己再生』を行っていた。まるで先程までの負傷が無かったかのように。

 

「ふざけろ……一体何なんだよお前はぁ!?」

 

 ヴェルフは『精霊の分身(デミ・スピリット)』について知らないが、自分より強いベルとリリを簡単に倒す恐ろしい存在だと言うのは理解している。

 

 だがそれでも叫ばずにはいられなかった。やっと一緒にパーティを組んだ仲間が目の前で殺されてしまった所為で。

 

 叫びが聞こえたのか、『精霊の分身(デミ・スピリット)』はヴェルフの方へと視線を向ける。

 

『貴方モ、遊ビタイノ?』

 

「ッ!」

 

 目が合った事で凄まじい恐怖に駆られるヴェルフだが、それでも自身を奮い立たせながら、背中に背負っているもう一つの武器を取り出す。

 

 飾り気が一切無い柄と剣身だけの長剣。まるで岩から削り出されたような無骨な外見にも拘わらず、まるで炎を凝縮したかのようにたけだけしく、そして美しかった。

 

『? ソレッテ、マサカ……』

 

 『精霊の分身(デミ・スピリット)』はヴェルフが持つ長剣を見て、何か気になるような表情になるも、すぐに悍ましい邪悪な笑みを浮かべる。

 

『貴方モ一緒ニ――ギッ!』

 

 ヴェルフに突進しようとする『精霊の分身(デミ・スピリット)』だったが、突如後脚に痛みが走った。

 

「何処を見ている? 僕はまだやられていないぞ」

 

 闘牛の後脚に攻撃をしたのは、先程電撃を受けて吹っ飛ばされた筈のベルだった。感電している筈なのに全く無傷な状態で長銃(アサルトライフル)を構えている。

 

『ベルッ!』

 

「アルゴノゥト君!」

 

 ベルが生きていた事にヴェルフ達やティオナは歓喜の声を上げていた。

 

『オ前……ッ!』

 

 逆に『精霊の分身(デミ・スピリット)』は忌々しいと言わんばかりに歯軋りしている。一点集中として放った電撃を受けながらも、生きていたのが予想外だったのだろう。

 

「お前の相手は僕達(・・)だ! それとリリ! 君があの程度でやられる訳がない筈だ!」

 

「ベ、ベル、お前何を……?」

 

 いきなりベルが不可解な事を言った事でヴェルフは混乱するも――

 

「フ、フフフフ……リリとした事が、久しぶりに強烈な攻撃を食らいましたよ」

 

『ッ!?』

 

 もう一人の聞き覚えがある声がしたかと思いきや、粉塵が晴れた先には少々傷を負ったメイド姿のリリが立っていた。

 

 驚愕するヴェルフだけでなく、ガレス達も同様に信じられないと言わんばかりに目を見開いている。あの闘牛の巨大な蹄で何度も踏まれた筈なのに、何故あの程度のダメージしか受けていないのかと。

 

『マダ、生キテル……!』

 

 確実に仕留めた筈のリリも生きていた事に、『精霊の分身(デミ・スピリット)』は再度不快な表情になる。

 

 だけど、その彼女は何やら様子がおかしかった。顔を俯かせてる事で、前髪によって目が見えないまま笑っているから。

 

 その直後――

 

「このクソ牛がぁ! その澄ました顔を今すぐグチャグチャにしてやるから覚悟しやがれぇ!!」

 

「………え?」

 

 リリが怒りの表情となりながら、途轍もなく口が悪くなるのであった。

 

 余りの変わりように、ベルも頬が引きつってしまうのは無理もないと言えよう。




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二人のアークス⑮

 リリルカ・アーデは怒りが頂点に達した事で冒険者としてのスキル――【冥怒聖女(バーサク・フィアナ)】が発動していた。一時的に全アビリティ一時的急上昇すると言うモノで、発動したと言う証拠がある。それは瞳の色だった。

 

 彼女の瞳は髪と同じく栗色なのだが、今は全く異なる色になっている。鮮やかな赤を示した紅眼(こうがん)となり、まるで『憤怒』を象徴させている感じだ。

 

 因みに、もしこの場にフィン・ディムナがいたら、間違いなくリリを凝視していただろう。自身が使う奥の手の魔法【ヘル・フィネガス】に類似していると同時に、魔法も使わずに発動させた彼女は女神『フィアナ』の生まれ変わりではないかと。そんな事になれば、勘付いたティオネが絶対黙っていないかもしれないが。

 

「楽に死ねると思うなよ!」

 

 ベルが頬を引き攣らせている中、リリは声を荒げながら持ち構えてる長銃(アサルトライフル)『スプレッドニードル』の銃口を『精霊の分身(デミ・スピリット)』に向けていた。同時に全身が青白く光り始めている。

 

『!?』

 

「不味い!」

 

 それを見た『精霊の分身(デミ・スピリット)』は何か嫌な予感が過ったのか、すぐに阻止しようと再びリリ目掛けて突進しようとする。

 

 またしてもリリを狙おうとする巨牛を見たベルはすぐに此方へ引き付けようと弾丸を撃つが、後脚に当てても怯む様子を見せなかった。当然『精霊の分身(デミ・スピリット)』は痛みを感じるも、そんな事は気にしてられないと言わんばかりの様子で突進の速度を上げようとする。

 

 だが、リリの方が一足早く、長銃(アサルトライフル)の銃口から弾丸が発射されると同時に、全身から発してる青白い光も消えた。そして弾丸は巨牛の喉元辺りに命中し――

 

『ギャァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』

 

 途轍もない激痛が『精霊の分身(デミ・スピリット)』に襲い掛かった所為で、リリに向けて突進していた脚を止める事になってしまい、大広間全体に大絶叫を響かせていた。

 

 リリが放ったのは、チャージする事でとっておきの一弾となり万物を撃ち貫くレンジャー専用の長銃(アサルトライフル)フォトンアーツ――『エンドアトラクト』。フルチャージで放った事で大型のフォトン貫通弾となり、威力は言わずとも桁違いになる。

 

 エンドアクラクトは一撃必殺と呼ぶに相応しいフォトンアーツだが、対象が大きければ大きいほど真価を発揮する。小型モンスターであればあっと言う間に弾丸が身体を貫通して終わりになるが、『パワー・ブル』に寄生して巨大化した『精霊の分身(デミ・スピリット)』であればダメージが更に大きくなる。大型フォトンの貫通弾は超硬金属(アダマンタイト)並みの硬度を持つ体皮を貫きながら体内に侵入し、内臓器官を抉るように真っ直ぐ進んでいくのを考えれば、『精霊の分身(デミ・スピリット)』が激痛に苛まれながら大絶叫を上げるのは当然であった。アークス視点で言うのであれば、海岸エリアに生息する長い体を持つ巨大な海王種『バル・ロドス』に、エンドアクラクトを放つような光景と言えば理解出来るだろう。

 

(そうか! 確かにあのフォトンアーツならアレ相手に有効だ)

 

 『精霊の分身(デミ・スピリット)』が激痛に苛む姿に、エンドアクラクトであれば打って付けのフォトンアーツだとベルは即座に理解した。

 

『………………』

 

 対してヴェルフやガレス達は、リリが放った弾丸で絶叫するようなダメージを与えてる『精霊の分身(デミ・スピリット)』を見て言葉を失っていた。

 

 すると、巨牛の背中から弾丸らしきモノが飛び出るように天井へ向かうも、まるで役目を終えたかのように霧散していく。

 

『ウ、アア……』

 

 自身の体内に侵入し、内臓器官ごと抉るように突き進んでいた異物がやっと無くなった安堵する『精霊の分身(デミ・スピリット)』だが、それでも激痛は未だ残っている。負傷したなら即座に魔力を使っての『自己再生』をするのだが、生まれて初めて味わう超激痛だった所為もあって思うように行動出来なかった。

 

 完全に隙だらけとなっている敵を、リリは見逃しはしない。

 

「お次はコイツだぁ!」

 

 リリはそう言いながら長銃(アサルトライフル)から大砲(ランチャー)『D-A.I.Sブラスター』へと切り替えた。同時に砲弾を装填する仕草をする。

 

「な、何じゃあの武器は!?」

 

「何かアルゴノゥト君みたいに武器が変わってるんだけど!」

 

「「ッ!?」」

 

 武器が切り替わった事でガレスとティオナが驚きの声を発するも、ベルとヴェルフだけは異なる反応をする。リリが放とうとする武器を見て顔を青褪めたのだ。

 

「皆さん! 今すぐ耳を防ぎながら伏せて下さい!」

 

「アンタ等今すぐベルの言う通りにするんだ!」

 

 ガレス達は疑問を抱くも、ベルとヴェルフが本気で言ってるのが伝わったので、二人の指示通りにした。未だに意識を失っているティオネを除いて。

 

 そんな中、リリは大砲(ランチャー)の砲口から大きな球状型と思われるフォトンの弾丸が放たれた。しかも何故か超低速で。

 

『ッ! コ、コンナモノ……!』

 

 リリが放った弾丸を見た『精霊の分身(デミ・スピリット)』は痛みを堪えながらも、自分に向かって来る遅い弾丸を踏み潰そうと棹立ちになる。

 

 巨牛の蹄を振り下ろしてフォトンの弾丸に触れた瞬間――爆発が起きた。

 

『――――――――――――――――――――――――――ッッッッッッ!!!』

 

 巨牛の全身を丸ごと包み込むように爆発している事で、『精霊の分身(デミ・スピリット)』は再び大きな絶叫を響かせている。

 

 これは当然大砲(ランチャー)の通常攻撃ではなくフォトンアーツだった。

 

 超低速の高威力グレネード弾を発射するレンジャー専用の大砲(ランチャー)フォトンアーツ――『コスモスブレイカー』。若干ではあるが追尾性のある低速のグレネード弾を発射し、それに触れる、もしくは一定距離を進むと爆発を起こす。弾速が遅くて大砲(ランチャー)の中では遠距離の攻撃手段に向かないフォトンアーツだが、一定の距離で複数の敵を一気に片付ける事が出来る。

 

「うぉぉぉぉぉ! 今までと違う爆発じゃねぇかぁぁぁ!?」

 

(な、何か僕が知ってる『コスモスブレイカー』の威力とは違う気が……!)

 

 凄まじい爆風が襲い掛かってる事で伏せているヴェルフは何とか耐えるも、ベルはリリが放ったフォトンアーツに何やら疑問を抱いていた。

 

 それは当然であった。リリは『Lv.3』になっただけでなく、【冥怒聖女(バーサク・フィアナ)】が発動していて全アビリティ上昇の他、発展アビリティの【狙撃】によって威力も上がっているのだから。ソレ等が重なってる事でコスモスブレイカーの威力は本来の倍以上となり、巨牛を包み込むほどの大きさにまでアップデートされている。ついでに先程使った長銃(アサルトライフル)の『エンドアクラクト』も同様に強化されてる事も補足しておく。

 

「何なんじゃあの娘っ子はぁぁぁぁ!?」 

 

「もうアタシ訳わかんないよぉぉぉぉ!!」

 

「あの子もベル君みたいに普通じゃないっすぅぅぅ!!」

 

 因みに負傷しているガレス達はリリが信じられない方法で『精霊の分身(デミ・スピリット)』に大ダメージを与えてる事で混乱の極みに陥っていた。もしラウルの失礼な台詞をベルが聞いていたら絶対抗議してるかもしれないが。

 

 

 

 

 

 

「……………ねぇ、あの小人族(パルゥム)の女の子は一体何者なの?」

 

 薄暗い部屋の中心にある台座に映し出されてる光景に、タナトスは困惑している。『天の雄牛』が【ロキ・ファミリア】を圧倒していたところまでは良かったのだが、予想外な人物達が現れた事で状況が変わってしまったから。

 

 タナトスは普段クノッソスに籠ってるバルカと違い、現れた三人の内の二人について知っていた。

 

 一人目のヒューマンは【亡霊兎(ファントム・ラビット)】ベル・クラネル。現在オラリオの中で最も注目されている冒険者であり、闇派閥(イヴィルス)としては充分警戒しておくべき存在。

 

 二人目の小人族(パルゥム)はリリルカ・アーデ。未だ二つ名は無いが、『Lv.1』から『Lv.3』に異例のランクアップをした前代未聞の少女。

 

 異例な存在であるヒューマンの少年と小人族(パルゥム)の少女が加わった事で、もしかしたら一気に逆転されるかもと危惧していたタナトスだったが、すぐに安心した。接近戦で挑もうとしたベルに『天の雄牛』が雷魔法で迎撃し、その後にリリも倒したのを見たことで。

 

 だが、またしても状況が変わった。再び起き上がったリリが憤怒の表情になりながら、『天の雄牛』が今までとは比べ物にならないほどの大ダメージを与えてるのを見て、タナトスは困惑する事になってしまった訳である。

 

「タ、タナトス様ぁ!? バルカ様が人造迷宮(クノッソス)を破壊してる小人族(パルゥム)の小娘を見た途端再びご乱心にっ……!」

 

「あ、ごめん、ぜーんぜん聞こえなーい」

 

 再び入ってくる眷族達の報告に、タナトスはまたしても聞こえない振りをする事にした。




本当はこれで戦いを終わらせようとしましたが、区切る事にしました。

感想お待ちしています。


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二人のアークス⑮.5

すいませんが、今回は短い幕間です。


『ア、ガ……』

 

 リリが放ったコスモスブレイカーの爆発が晴れると、まるで黒焦げ二~三歩手前状態の『精霊の分身(デミ・スピリット)』が苦しみ悶えていた。下半身の巨牛も同様に。

 

 並みの攻撃や魔法では通用しない筈の硬さがある筈の存在が、こうまで無残な姿にされるなど誰が想像しただろうか。益してや、たった一人の小人族(パルゥム)の少女がやったなど断じてあり得ないと否定されるかもしれない。

 

 だが、間近で見ている者達は別だった。アークスのベルはともかく、ヴェルフやガレス達は紛れもない事実だと認識しているから。

 

(俺の作る魔剣なんかとは比べ物にならねぇ……!)

 

 リリがオリハルコンの扉を壊す際、見た事の無い形状をした魔剣で破壊したのを見てから、ヴェルフは色々な意味でショックを受けていた。

 

 彼は以前に『魔剣が嫌いだ』と語っていた。如何に強力無比でも、使い手を残して必ず砕けていくのが嫌だからと言う理由で。

 

 魔剣は必ず砕けるのが常識なのに、例外中とも言える例外が現れた。あり得ない筈の壊れない魔剣をベルとリリが持っている為に。

 

 ベルについては【ヘファイストス・ファミリア】団長の椿・コルブランドよりある程度聞かされているが、リリの扱う武器は全く予想外だった。如何に魔剣が強力であっても、最硬金属(オリハルコン)超硬金属(アダマンタイト)を一撃で破壊するなど不可能なのに、リリが扱う魔剣は全て一撃で破壊していた。しかも連続で使い続けているにも拘わらず、未だに壊れる前兆を見せていない。

 

(何で、何で俺はこんな時に……!)

 

 リリが壊れない魔剣で『精霊の分身(デミ・スピリット)』を圧倒するのを見てるヴェルフは、捨て去った(と思い込んでいた)魔剣鍛冶師の矜持(プライド)が何故かズタズタになるほど傷付いていた。同時に敗北の気持ちになっていた。自分が作る魔剣ではあの巨大なモンスターにダメージを与える事は出来ても、途中で壊れてしまえばそこまでになってしまうから。

 

 これまでのヴェルフは魔剣の力に頼らず、最高の武器を作ろうと【ヘファイストス・ファミリア】で研鑚を積んでいるが現実は甘くなかった。どんなに頑張って作っても結果は実らないどころか、今もずっと『Lv.1』のままで燻ぶり続けており、例え自分なりに出来た良い作品を出しても新米の下級冒険者達から避けられる始末。諦めずに頑張れば必ず結果が出ると前向きに考え、知らず知らずの内に心をすり減らしながら。

 

 そんな中、予想だにしない出来事が起きた。下級冒険者からも避けられていた自作の防具を、現在オラリオで大注目されている冒険者が買ってくれた。【亡霊兎(ファントム・ラビット)】の二つ名で呼ばれ、たった数ヵ月で『Lv.3』にランクアップしたベル・クラネルが、自分の作った防具を大変気に入ったから買うと言ってくれたのだ。更には防具だけの直接契約もしてくれた事で、ヴェルフは少々複雑でも、有名な冒険者との繋がり(パイプ)を得た事で嬉しい気持ちでいっぱいになった。

 

 だが、再び予想外な事態に直面する事になった。『Lv.1』から一気に『Lv.3』へランクアップし、【ヘスティア・ファミリア】に改宗(コンバージョン)した女性小人族(パルゥム)のリリルカ・アーデが、試しに作った筈の武器を(一方的に)高額で購入したのだ。その時のヴェルフの心情は色々な意味で複雑な気分になっていたとか。

 

 そして更に嬉しい事に、ベルからダンジョン探索する為のパーティを組んでくれないかと誘ってくれて、願ってもない事だとヴェルフは今まで以上に舞い上がって了承した。『Lv.1』の自分では足手纏いになるかもしれないが、それでも何とか頑張ろうと思いながら。

 

 こんな幸運な日が長く続けば良いなと思いながら探索するも、偶然発見した未開拓領域を調べる事で大きく変わってしまった。リリが自身の魔剣とは比べ物にならない威力を何度も見せられ続けた事で、一気に激変してしまった為に。

 

 リリはこの未開拓領域に来てから、ダンジョンで使っていた筈の長槍を使わず、自前の魔剣を使っていた。それはつまり、ここにいるモンスターは自身が作った武器だと太刀打ちできない相手だと言う事になる。ヴェルフとしては内心悔しかったが、明らかに上層にいるモンスターではないから仕方ないと割り切っている。

 

 だと言うのに、巨大モンスター相手に戦っている勇敢な女性小人族(パルゥム)を見て激変する。あんな凄い魔剣を見て、どうして自分は今まで対抗する気持ちになれなかった。魔剣は嫌いな筈なのに、どうしてまた急に作りたくなってしまっているのだと。

 

 非常事態なのは勿論分かっているも、今のヴェルフは工房に籠って新しい魔剣を作りたい気持ちで一杯になっている。自分もベルやリリに負けない壊れない魔剣を作って、憧れである鍛冶神(ヘファイストス)に認めてもらいたいと真っ先に思い浮かべていた程に。

 

 今まで『魔剣は嫌いだ』と自ら豪語していたのに、急に考えを改めるなんて虫が良すぎるのは本人も当然分かっていた。だがそれでも、もう偽る事が出来ない。今更になって、これまでの自分は都合の良い事ばかり考えているクロッゾ一族と何ら変わりないと気付いてしまったから。

 

 その為には一度、ケジメを付ける必要がある。自身が力強く握りしめている魔剣を見ながら。

 

(こんなバカな製作者(おれ)だが、頼むっ――お前を砕かせてくれ!!)

 

 直後、ヴェルフの念が届いたかのように、鍔のない中央部に嵌まる紅の宝珠が輝く。燃えるような光を放つその武器に、ベルだけでなくガレス達も目に入る。




活動報告で書いた事もあって、急遽ヴェルフメインの心情話にしました。

次回で何とか戦闘を終わらせたいです。

感想お待ちしています。


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二人のアークス⑯

すいません、また短いです。


「あと一息!」

 

 一方、リリは瀕死状態になっている『精霊の分身(デミ・スピリット)』を見て、とどめを刺すのに相応しいとっておきで仕留めようとする。通常のフォトンアーツでは比べ物にならない解式フォトンアーツを。尤も、実力と条件によって今の彼女では消費ストックが二つまでだが。

 

 仕留める為に一本目のストックを使おうとする中、異変が起きた。コスモスブレイカーで黒焦げに近い状態の『精霊の分身(デミ・スピリット)』が突如全身輝き出したのだ。

 

 いきなりの事でリリは動きを止めてしまうも、光はすぐに止んだ。その直後、巨牛や女体型の身体が無傷の姿となって。

 

「テメェ、一瞬で回復を……!」

 

『ハァッ、ハァッ………!』

 

 苦しそうに息が上がっている『精霊の分身(デミ・スピリット)』は、今までと全く異なる表情となっていた。無邪気で残酷な笑顔ではなく、怒りと殺意に満ちてリリを睨んでいる。

 

 既にリリを遊び相手ではなく、絶対に殺さなければならない非常に厄介な天敵と認識している。自身の身体を簡単に傷つけ、更には死ぬ寸前まで追い詰められていた為に。

 

 本当であれば『アリア』を追う為に大量の魔力を温存していたが、一気に使おうと自己再生を使用した。その結果、体内に溜め込んだ魔力の半分以上を失ってしまうも、天敵(リリ)を倒すにはまだ充分に残っている。

 

 故に今の彼女は――

 

「【突キ進メ雷鳴ノ槍代行者タル――】」

 

「もう魔法を……ッ!?」

 

 慢心など一切抜きで全力で倒そうと、短文詠唱の魔法を早口で唱えようとしていた。

 

 それを見たリリは急いで阻止しようとするも、向こうが速い。

 

「不味いッ!」

 

 ベルは放とうとしている魔法を知っている。以前の遠征で交戦した『精霊の分身(デミ・スピリット)』が、【サンダー・レイ】と言う雷の大矛を放ったのを身を以て経験している為に。

 

 あの時はレフィーヤが放った純白の障壁魔法で防げたが、今この場に彼女がいない。

 

 自身が持つ長銃(アサルトライフル)で照準を合わせて頭を狙おうとするも――

 

「やらせるかぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「ッ! ヴェルフ!?」

 

 突然巨牛に向かって走っていくヴェルフを見た事で引き金の指を引く事が出来なかった。

 

「止すんじゃ! お主が勝てる相手ではない!」

 

 ベルと同じく見ていたガレスが叫ぶも、当の本人は全く聞いてないままある程度の距離で立ち止まる。

 

「何で――ッ!」

 

「【我ガ名ハ雷精霊(トニトルス)(イカズチ)の――】」

 

 此方へ向かって来るのはリリも当然気付いており、『精霊の分身(デミ・スピリット)』は分かっていながらも詠唱を続けていた。寧ろ、足手纏いが態々来た事で天敵(リリ)の動きを止める事が出来て好都合だと内心笑みを浮かべている程だ。

 

 だが、この後一気に覆される事になった。

 

『【燃え尽きろ、外法の(わざ)】!」

 

 ヴェルフが片手を『精霊の分身(デミ・スピリット)』に向けながら短文詠唱をして、

 

「【ウィル・オ・ウィスプ】!」

 

 魔法を発動させた。

 

『【サン――アガァァァァァァァァァァァ!!!』

 

 直後、詠唱を終えて魔法を発動させようとしていた『精霊の分身(デミ・スピリット)』に異変が起きた。口当たりに溜め込んでいた魔力が突如暴発してしまったから。

 

 ヴェルフが放った【ウィル・オ・ウィスプ】は、『魔法封じ』と呼ばれる対魔力魔法(アンチ・マジック・ファイア)。敵が魔法および魔法属性の攻撃を発動する際、タイミングを合わせて発動する事で魔力暴発(イグニス・ファトゥス)を誘発させる。威力は対象の魔力量によって大きく異なるが、特に魔法系の攻撃を放つモンスターや魔法種族であるエルフにとっては天敵だ。膨大な魔力で強力な魔法を放つ事が出来るリヴェリアやレフィーヤであれば、相当な魔力暴発(イグニス・ファトゥス)が起きると言えば分かるだろう。

 

 それは当然、『精霊の分身(デミ・スピリット)』にも言える事だった。短文詠唱の魔法とは言え、かなりの魔力を消費して放とうとしていた【サンダー・レイ】が暴発した事で、術者である彼女に相当なダメージを負っていた。

 

「精霊の魔法を暴発させたっす!」

 

「あの小僧、とんでもない魔法を持っておるようじゃのう!」

 

 ラウルやガレスだけでなく、この場にいる者達も当然驚愕していた。『精霊』が放とうとする魔法を暴発させる魔法など初めて見たから。

 

 これだけでも充分に凄いのだが、ヴェルフは次の行動に移ろうとする。

 

「リリスケェ! 死にたくなかったら離れろぉおおおおおおおおおお!!」

 

「ッ!」

 

 いきなり何を言い出すのかとリリは疑問を抱くも、ヴェルフが炎を凝縮したような猛々しい長剣を振るうのを見た瞬間、即座に大砲(ランチャー)を電子アイテムボックスへ収納後に全速力でその場から離れた。

 

 未だに暴発する魔力で苦しんでいる『精霊の分身(デミ・スピリット)』に、ヴェルフは両手で握っている長剣を翳す。

 

 溜め終えたのか、覚悟を決めたように眼差しを鋭く、雄々しく一撃を放とうとする。

 

 たった一撃の為に名付けられた『魔剣』の真名を、ヴェルフは大きく叫んだ。

 

火月(かづき)ぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」

 

 その瞬間、この場にいる誰もが目を炎の色に焼かれた。

 

 振り下ろされた剣身から真紅の轟炎が放たれ、一直線に『精霊の分身(デミ・スピリット)』を呑みこむ。

 

 先程まで見せたリリのコスモスブレイカーと同様、巨牛を余さず覆いながら蹂躙していく。

 

『ギャァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?』

 

 まるで地獄の業火に焼かれるかの如く、『精霊の分身(デミ・スピリット)』の全身が燃え盛る。

 

 すぐに魔力を使って自己再生をしたいのだが、先程の魔力暴発(イグニス・ファトゥス)で思うように使う事が出来ずに巨牛と『精霊』は同時に悶え苦しむ。

 

「まさかあれって、『クロッゾの魔剣』……!」

 

「あの口煩いエルフが見れば騒ぎそうじゃわい!」

 

 凄まじい火焔の大渦に、離れて見ているティオナやガレスは戦慄していた。『海を焼き払った』とまで言われていた伝説の魔剣が、自分達の眼前に顕現してる事で改めて認識する。因みにドワーフが口にした口煩いエルフとは、某副団長の事を指しているとだけ補足しておく。

 

 そんな中、『魔剣』に亀裂が生じる。

 

 瞬く間に入った罅は全身を走り抜け、ヴェルフの手の中で、あっと言う間に砕け散っていく。

 

(すまねぇ。だが、これで――)

 

 甲高い別離の音を鳴らす無数の破片に、ヴェルフは俯きかけるも、すぐに首を横に振って決意表明した。

 

 使い手を残さず壊れない魔剣を必ず作ってみせる。同時に、今のままでは無理だから恥を忍んで、あの【ファミリア】へ改宗(コンバージョン)しようと。




ケジメを付けて決意するヴェルフでした。

どこのファミリアへ行くかは、もう既に予想してると思いますが。

感想お待ちしています。


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二人のアークス⑰

 僕だけでなく、ガレスさん達も予想外と言わんばかりに驚愕していた。あの『精霊の分身(デミ・スピリット)』を倒す寸前まで追い詰めていたから。

 

 女体型が使おうとしていた魔法をヴェルフが魔力暴発(イグニス・ファトゥス)を誘発させる魔法で阻止した後、保険と言っていた武器――正しくは『魔剣』――を振るい、巨牛の全身を覆うほどの深紅の炎が出るなど誰も予想出来なかっただろう。

 

 これは当然リリも同様で、余りの威力に言葉を失っている程だ。もしかしたら自分が使う大砲(ランチャー)に匹敵していると考えているかもしれない。

 

『オ前エエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッッ!!』

 

 そんな中、『精霊の分身(デミ・スピリット)』は燃え盛る炎に包まれながらも、先程の悲鳴とは違った雄叫びをあげてヴェルフに狙いを定めていた。

 

 ダンジョン59階層で戦ったアレと違って、魔力が無くなっても暴れるだけの力は残っているようだ。

 

 ヴェルフに向かって突進しようとする巨牛に――

 

「往生際が悪いんだよ!」

 

『ヒギャァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!』

 

 突如、女体型の頭上から一本の青白い光が降り注いだ。

 

 それを見た僕は、思わず別の方へ視線を向けると、そこにはいつの間にか長銃(アサルトライフル)を構えたリリがいた。その瞬間に僕はすぐに理解する。

 

 あの青白い光はフォトンのビームであり、リリが放ったフォトンアーツ。照射位置と範囲を特定後、目標の上空から強力な射撃を行うレンジャー用フォトンアーツ――『サテライトカノン』。2段階チャージで範囲は縮小するが、その分威力が増加する強力なビームを放つ事が出来る。ヴェルフの魔剣で倒れなかった時の事を考えて、事前に準備とチャージしていたんだろう。

 

 エンドアクラクトの時と違って、ビームは本体である女体型の頭上から発射された為、当然それは一気に貫いているので串刺し状態になっていた。もしビームが消えたら空洞が出来上がっているだろう。

 

 因みにこの光景は当然僕だけでなく、ヴェルフやガレスさん達も当然見ている。だけど、もう彼等は何度も驚い続けた事で完全に言葉を失っているみたいで無言状態だ。

 

『カ、カカ………』

 

「チッ、あのクソ牛まだ生きてやがる……!」

 

 ビームが消えて大ダメージを与えたにも拘わらず、予想通りと言うべきか『精霊の分身(デミ・スピリット)』は辛うじて生きていた。それを見たリリは忌々しいと言わんばかりに舌打ちをしているけど、女の子なんだからそんな口調はしないで欲しい。

 

 だけど、『精霊の分身(デミ・スピリット)』は魔力が尽きているみたいで、先程見せた自己再生を使う素振りは見せていない。恐らく次の攻撃で完全に仕留める事が出来る筈だ。

 

 ヴェルフやリリには申し訳ないけど、ここは僕が決めさせてもらう。実は既にファントムタイムを発動させていたから。

 

「汝、その(ふう)()なる暗黒の中で闇の安息を得るだろう! 永遠に虚無の彼方へと儚く! 《亡霊の柱(ピラァ・オブ・ファントム)》!」

 

 僕が長杖(ロッド)用のファントムタイムフィニッシュ――《亡霊の柱(ピラァ・オブ・ファントム)》を発動させた瞬間、『精霊の分身(デミ・スピリット)』の頭上から複数のフォトンの柱が降り注ぐ。僕が『Lv.3』にランクアップした為なのか、以前使った時より柱が大きくなった気がする。

 

『ヒギィ! ガッ! ギィ……オ、オ前モカァァァァァ!』

 

 リリの時とは違って連続で降り注ぐフォトンの柱を放ったのが僕だと分かったのか、『精霊の分身(デミ・スピリット)』は怨嗟の叫びを上げていた。

 

 そして、最後に最大出力のフォトンの柱が落ちると――

 

 

『――――――――――――――――――――――――ッッ!?』

 

 

 凄まじい断末魔が大広間に響き渡った後、『精霊の分身(デミ・スピリット)』は完全に消滅した。

 

 

 

 

 

 

「……………何あの子達、正直言って【ロキ・ファミリア】よりマジヤバいんだけど」

 

 切り札として使った筈の『天の雄牛』がヴェルフ、リリ、そしてベルによって倒された事でタナトスは冷や汗を流しながら頬を引き攣らせていた。

 

 特にタナトスが驚いたのはヴェルフが使う『魔剣』だった。『精霊』にあそこまでのダメージを負わせる魔剣を見たのは初めてだから。

 

 因みに台座には負傷しているガレス達の傷を治癒する為に、ベルがレスタやアンティを使っている。治癒を終えたティオナが、途端にベルに抱き着いていたのはスルーしておく。

 

「あれほどの威力を放つ魔剣……もしかして『クロッゾの魔剣』だったりして」

 

 並みの攻撃ではビクともしない筈の『天の雄牛』が、単なる魔剣で動きを止めたりしない。そうなれば、嘗て猛威を振るっていた噂の『クロッゾの魔剣』しかあり得ないとタナトスは予想した。

 

「となれば、あの小人族(パルゥム)の少女や【亡霊兎(ファントム・ラビット)】が持ってるあの魔剣は、クロッゾが作ったモノとなれば納得出来るけど……」

 

 あの赤毛の青年がクロッゾの一族であれば、すぐにでも捕らえるべきだ。上手くいけば闇派閥(イヴィルス)は強力な魔剣を信者達に持たせて戦力が充実するが、そう言う訳にはいかない。今の彼に手を出そうとすれば、間違いなく【亡霊兎(ファントム・ラビット)】と小人の少女が絶対黙っていないだろう。特に後者は超硬金属(アダマンタイト)最硬金属(オリハルコン)を簡単に破壊可能な恐ろしい魔剣を持っているから、人口迷宮(クノッソス)が大変な事になってしまうどころか、バルカが今まで以上に乱心する光景が目に浮かぶ。

 

「イシュタルに頼めば……いや、それは不味いかも」

 

 フレイヤと同じ美神であるイシュタルが『魅了』を使ってくれれば引き込めるかもしれないが、その前に『天の雄牛』が倒されてしまった事を説明しなければならない。アレには大量の投資を手伝ってくれた事もあるから、【亡霊兎(ファントム・ラビット)】達に倒されたなど知れば絶対お冠になるのが目に見えている。

 

 だが、タナトスは知らなかった。イシュタルは近い内に【亡霊兎(ファントム・ラビット)】を虜にしようとしている事を。もし今回の件を知れば確かに機嫌を悪くするかもしれないが、それでもベルを魅了で虜にしようと引き受けていただろう。フレイヤの口惜しがる顔を見る為に。

 

 

 

 

 

 

「リーネ、しっかりして!」

 

 ベル達が『精霊の分身(デミ・スピリット)』を撃破し、【ロキ・ファミリア】と一緒に大広間を後にしている中、落命しようとする団員がいた。

 

 無残に殺されている団員達の中で、リーネ・アルシェの命が尽き果てようとしている。迷いながら必死に仲間に激励の言葉を重ねている中、突如禍々しい笑みを浮かべた女によって、赤い『呪い』の刃によって斬り裂かれた為に。

 

 もう手遅れだと分かっていながらも、捜索していたアイズは必死に呼びとどめようと声を掛けている。

 

「ざまぁーねぇな。だから言っただろう、雑魚は足手纏いだってな」

 

 リーネがあと少しで事切れそうになるところ、ベートから発した言葉にアキだけでなく、アイズや他の団員達も愕然とする。

 

「じゃあな。もう二度と俺の前に現れんじゃねーぞ。二度と、巣穴から出てくんな」

 

 ベートの嘲笑が石室に強く反響する事で、団員達は彼を仇のように睨んだ。

 

 アイズは思わず掌を頬に叩きつけようとするも、最後に呟かれた言葉を聞いた事で何故か動きを止めている。

 

「…………ぁ」

 

 死ぬ寸前のリーネも聞こえていたのか、最後の笑みと思われるかすかな微笑を浮かべる。

 

 そしてそのまま涙を浮かべ、安らかな表情を残して――事切れる寸前に異変が起きた。彼女の全身が突如輝き始めている。

 

「え? な、何なの!?」

 

 突然の事に困惑するアキだけでなく、リーネの近くにいるアイズやベートも同様だった。

 

 そして輝きが消えた後――

 

「ゴホッ、ゴホッ……! え? あれ、私……」

 

『!?』

 

 死んだ筈のリーネが急に息を吹き返しただけでなく、何事も無かったかのように起き上がるのであった。

 

 誰もが困惑している中、リーネが所持している道具(アイテム)にも異変があった。以前ベルから渡されたお守りは役目を終えたように、罅が入ってボロボロになっている。

 

 お守りは『スケープドール』と呼ばれ、所持者が戦闘不能になった際に一度だけ身代わりになってくれる自律起動の自己復活用アイテム。本来アークスが使うモノだが、ベルは万が一の為に持っておくよう彼女に渡していた。その万が一が起きた事で、リーネは死の淵から蘇る事になったのを、渡した当の本人は後から知る事になる。




原作と違って、死亡する筈だったリーネが生存しました。

何故リーネが『スケープドール』持っているかについては、次回以降で分かります。

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二人のアークス⑱

今回はシリーズの区切りを付けるため、内容を短くすることにしました。


 『精霊の分身(デミ・スピリット)』を倒し、負傷してるガレスさん達にレスタとアンティで回復させた。

 

 本当なら元の道に戻るべきなんだけど、思いがけない話を聞いた。【ロキ・ファミリア】はオラリオの地下水路を通じて此処へ来たみたいで、僕だけでなくリリやヴェルフも驚きの表情を示す程だ。対して僕達がダンジョン11階層で発見した未開拓領域を通じて来た事を話すと、調査目的で来ていたガレスさん達も予想外と言わんばかりの反応だった。

 

 互いに交換した情報に驚きながらも、(ヴェルフも含めた)僕達【ヘスティア・ファミリア】はガレスさん達と一緒に同行する事にした。ヴェルフや向こう側の装備が心許ない状況の他、一緒に行動した方が安心するから。決してティオナさんが僕に引っ付いて『一緒に戻ろう』と言われて折れた訳じゃない。

 

 モンスターや扉の罠に警戒しているのだが、それらが全く無いまま地下水路の入口へ辿り着くことが出来た。余りにも拍子抜けな展開に何か別の狙いがあるのかと勘繰ってしまいそうになったけど、戻れたのに変わりないので一先ず安堵している。

 

 そこにはガレスさん達以外の【ロキ・ファミリア】がいて、一緒にいる僕を見て早々――

 

「何でベルがおるんや!?」

 

「ガレス、これは一体どういう事だ!?」

 

 予想通りと言うべきか、ロキ様とリヴェリアさんが揃って驚愕の表情になっていた。

 

 僕達三人がダンジョン11階層から来た後、『精霊の分身(デミ・スピリット)』を倒した事を説明すると、これもまた予想外と二人は揃って驚きの連続だった。一応ガレスさん達が目撃しているから、嘘ではないとちゃんと証言している。

 

 取り敢えずと言った感じで納得したロキ様は、背に腹は代えられないと言わんばかりに突然僕に頼んだ。【ディアンケヒト・ファミリア】のアミッドさんが来るまで、負傷した仲間達を治療して欲しいと。

 

 いきなりの頼みに戸惑うも、どうやら此処の調査中に毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の毒や呪詛(カース)で負傷してる団員達がいるらしい。それを聞いた僕は即座に了承し、その人達の元へと向かう。

 

 負傷した団員の中に、何とフィンさんも含まれていた。何でも敵が持つ『呪剣(カースウェポン)』で斬られてしまい、死の淵寸前で酷い重傷を負っている。その人以外にも、毒や呪詛(カース)を負っている負傷した団員達も含めて。

 

 毒は何とかなるとして、問題は呪詛(カース)が治るかのか一番の不安だ。アンティは身体の異常を取り払って健康な状態へと引き戻す状態異常を治療するテクニックとは言え、この世界の呪いが適用するかが分からないから。

 

 とは言え、ロキ様に頼まれた以上何としてもやらなければならない。もしもフィンさんが死んでしまえば、ティオネさんが一番悲しむだけでなく、【ロキ・ファミリア】全体が不味いことになってしまう。この前の遠征で、フィンさんがどれだけ大きな存在かを理解している為に。

 

 一刻も早く治療しようと、僕は気合いを入れてアンティを使用した結果――――成功した。毒は勿論のこと、不安だった呪詛(カース)も取り払うことが出来た事で、苦悶に満ちた表情は消え、今はすやすやと安らかな寝顔を浮かべている。それを見た僕は安堵しながら、体力の回復と傷を癒すレスタを使ったけど、流石に目覚めさせるのは無理だった。一番重傷だったフィンさんが癒えたことで、いの一番に喜ぶティオネさん、そしてロキ様やリヴェリアさん達から物凄く感謝された。

 

 その人達とは別に、既に死亡していた団員の数人は非常に残念だけど無理だった。治療する前から既に事切れていた為、いくら僕のテクニックでも死んだ人を蘇らせるのは不可能だった。ロキ様も理解していたのか、死んだ団員達に別れの言葉を送っている。

 

 そんな中、新たな情報が入った。他にも帰還していない六名の団員達を発見するも、その内の四名が死亡したと。

 

 しかし、予想外な事態が起きていたらしい。リーネさんが事切れる寸前、全身が輝いた後に突如何事も無かったかのように生き返ったと。

 

 それを聞いた僕は瞬時に思い出した。以前の遠征でリーネさんに『スケープドール』を渡していた時の事を。

 

 

 

 

 

 

 時間は【ロキ・ファミリア】の遠征帰還中まで遡り、ベルが毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の毒で負傷した団員達をアンティで治療した後の話になる。

 

「ベル君、コレを持っているだけで良いの?」

 

「はい、特に今回みたいな遠征やダンジョン探索では持ってて下さい。僕からのちょっとした保険です」

 

「保険って……もしかして貴重なアイテムじゃ」

 

「いや、(この世界では)そんな大したモノじゃありませんから」

 

 ベルは万が一の事を考えて、リーネに自律起動の自己復活用アイテム――『スケープドール』を渡していた。毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)のように毒で負傷した場合の事を考えながら。

 

 本来はアークス専用のアイテムだが、『コスモアトマイザー』でフィン達が完全回復したのを見た事で、他のアイテムも通用するのではないかと思って渡す事にした。彼女は【ロキ・ファミリア】の貴重な治療師(ヒーラー)なので、もし失えば後々不味くなるかもしれないと思って。

 

「で、でも私……」

 

 最初は断ろうとするリーネだったが、結局はベルに押されて持つ事になってしまった。




これで『二人のアークス』シリーズは終了です。

次回は『オラリオの歓楽街』シリーズになります。


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