DIOの娘がSCに混ざってお父様に会いに行く話 (チョモランマ)
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00 誕生

あらすじにもありますが、このSSは特にマイルドなディオが登場するOVER HEAVENを採用しています。もちろんOVER HEAVENを読まれていない方でも理解していただけるように配慮しますし、どうしてディオがこういう感じになったのかも後々描写していきますのでお待ちください。



 初めて感じたのは、柔らかく暖かな感触だった。

 生まれたばかりだからか、ぼやけている視界。その中央に写ったのは、黒い髪に青い瞳の女性。それが私の母だった。

 

「ほら、あなたにそっくりの黄金色の色彩の子よ」

「…ずいぶんと私の血が濃く出たらしいな」

「抱いてみる?」

「興味はないな」

「あら、そんな言い方。 …ほぉら、この人があなたのパパよ」

 

 声しか聞こえなかった男の姿が見える位置に移動させられる。依然としてはっきりとしない視界に入ってきたのは、黄金色の髪に、黄金色の瞳を持つ大男だった。

 彼はつまらなそうにしていたが、それはきっとポーズだ。

 体はこちらを向いていて、その口ぶりほど冷淡な心持ちであるようには見えなかった。これが私の父だった。

 

「興味があるから作った子供でしょう?」

「私が興味があるのは、君と私の血を引く子の存在そのものだ。我が子との触れ合いなど望んでいたわけでは…」

「本当にその程度の興味しかないのだったら、今ごろあなたはここには居なかったでしょう」

「………」

「大丈夫よ」

 

 戸惑う様子の父に対して、母は私の身体を差し出した。

 視界がぐいと動いた。

 

「あなたが思っているほどこの子はわけがわからない存在ではないし、あなたが少し触れたくらいのことでこの子はこわれたりはしないわ」

 

 しぶしぶといった様子で私を受け取った父の腕の感触は、先程に比べればいくぶんか固いけど、やはり暖かかった。

 

「………」

 

 父は難しい顔をして私を覗き込んでくる。

 

「生まれたての赤子を見るのは初めてだ。ましてや、触れるのは…」

 

 頬に何かが触れる。父の手だろう。

 

「…飛び出した目、歯のない口、シワっぽい顔。なんと美しくない生き物だ」

「ひどい。女の子なのよ?」

 

 そうか。私は女の子なのか。

 私は自分の手を持ち上げて、頬に触れるものを掴んだ。やはり父の手だった。それはとても大きくて、右手をいっぱいに使っても指の一本を握るのがやっとだった。

 父はピクリと眉を動かした。

 

「……不思議な感覚だ」

「不思議な?」

「私の手の中にあるこの生き物には、無限の"可能性"があるように感じる。どれだけ大きくなるのか。どれだけ強くなるのか。善悪、どちらの道を選ぶのか。あるいは、そのいずれにもなる前に幼くして命を落とすのか……! それを思うとたまらなく不思議な感覚になる…!!」

 

 父の言葉に母は、ふふ、と笑った。

 

「それは親の心というものよ」

「そうかな…」

 

 腑に落ちないような父から、母は私を受け取った。父の指を掴んでいた私の手もほどけた。なんだか、とても名残惜しかった。

 

「それで、名前は考えてきてくれた?」

「いや…男だとばかり思っていたからな」

「もう、どちらかなんてわからないじゃない。それじゃあ、今決めてよ」

「ふむ……」

「ふふ、こーいうのは"フィーリング"で決めればいいのよ」

 

 無責任な母の言葉である。

 父は、少しの間考えた後、おもむろに口にした。

 

「『ドリス』」

 

 口にしてから、父は少し「違ったかな」というような顔をした。この頃には私の視界はもうかなり鮮明になっていた。

 

「Doris! いい名前じゃない」

「いや、待て。これは口当たりを確かめてみただけで」

「いいえ、この子はドリス。最初に発せられた言葉には重みがあるのよ。うふふ、いい名前をもらったわね、DOLLY(ドーリィ)ちゃん」

 

 でも…、と母は続けた。

 

「苗字はどうしましょうか。私のものと、あなたのもの、どちらを名乗ればいいかしら?」

「名前はもう決まりか…」

 

 諦めたように呟いた父は、母の問いに答えずに、ふいにどこか宙を見つめた。その目は、遠くを見ているかのようだった。

 そして母に向き直る。その瞳はやはり黄金色だった。

 

「私は何者でもない。単なるディオさ」

 

 その子には君の「一条」という苗字をあげるといい。父はそう言った。

 その背後には、黄金色のオーラを纏う機械生命じみた「何か」…いうなれば「戦士」が立っていた。

 

 そいつの名を私はなぜだか知っていた。

 

"世界"ザ・ワールド

 

 



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01 高校入学

時間は飛んで現在。


 1987年 春 

 

 関東地方で一足早く3月のうちに咲いた桜は、どうにか4月の第一週目を持ちこたえ、多くの小中高校の入学式を彩った。この私、ドリスにとってもそうである。

 本日は、特に記念すべきでもない高校の入学式の日だった。

 

 家から距離が近いというだけの理由で選んだ、この地域ではそれなりに程度の低い公立高校。入学を記念するどころか「あーあ」とでも嘆息したくなるようなものだが、桜並木を花びらが舞う中新たな学び舎に向かうのだと思えばいささか風情も感じられる。(このドリス、5歳まではアメリカに暮らしていたものだが、流石にその後12年も日本に居ればこのような風流も解そうというものだ)

 いずれにせよ気温も丁度良く、なかなかに晴れやかな日である。

 試験を受けるために一度だけ通った高校への道を、私は一人歩いていた。

 

「おい」

 

 少し強めの風が吹いて、また桜が舞い、髪が乱れた。

 手鏡を取り出して整える。風で舞ったものが付いたのか、母譲りとされている私の黒髪に薄桃色の花びらがついていた。これもまた風流というものか。

 手鏡を懐にしまい、また歩き出す。

 

「コラ」

 

 と、その矢先。並木道の脇に立っていた大男が腕を伸ばしてきて私の頭をわしづかみにした。

 今整えたばかりの髪を乱され、私は気分を害した。

 

「何をする」

「何はこっちのセリフだ」

 

 180cmを超す上背に筋肉質な肉体を備えているその男は、それだけ見ると到底ミドルティーンには見えないが、一応私と同い年の、今年度から高校一年生になる男である。彼は私を学校までエスコートするという使命を与えられている。

 男は私の怒りを意に介さず、背をかがめて正面から私を睨み付けてきた。

 

「てめーわざとゆっくり歩いてんのか」

「別に?」

「ならとっとと歩け」

「いやだ」

「………」

 

 このやりとりは二度目だった。

 彼は歩く速さの違いを不満に思っているらしかった。大男の彼に対して、私は非常に遺憾な事に日本人の平均を下回る程度の身長しかないのだから、速度が変わってくるのは当然なのだが。

 

「いい加減にしやがれ…入学式についてくるってのをやめさせるだけでも相当手こずったんだ。これでお前と別行動だったってバレでもすりゃお袋がなんて言うか判ったもんじゃねー」

 

 彼は私のすぐ隣の家の住人で、いわゆる幼馴染という関係にあたる。母親同士が特に仲が良く、気をきかせた彼の母が、私の初登校を補佐するようにと息子に命じたらしい。

 その心遣いは私にとっては別にありがたくもなんともないんだがな。

 だいたいエスコートと言っても、実際のところ彼は私のしばらく前を一人で歩いているだけだ。そんなことだから私がついてきていないのに気付かないのだが、どうしても私の隣を歩くわけにはいかないらしい。

 「初日から女と二人っきりで登校なんてしてみろ。いい笑いもんだぜ」とのことである。いわゆる硬派というやつだ。実に下らぬ。

 こいつも図体はそれなりにでかくなったものだが、なかなかどうして、まだまだ幼稚な部分がある。

 

「じゃあ私の後ろをついてくればいいんじゃないかな?」

「なおさら冗談じゃねーぞ」

 

 彼は渋い顔をした。

 …この大男が私の歩く速さに合わせ、つかず離れずを維持して背後からついてくる。確かにその絵面は少し危険だった。私もごめん被る。

 

「もう諦めたらどう?」

「ふざけてんのか」

「承太郎の口からは否定の言葉しか出てこないね。生きてて楽しい?」

「一事が万事みたいに言うんじゃねえ!」

 

 近頃はアウトローぶって人を畏怖させるような言動を好むようになったが、根本的に律儀なところは変わりない奴である。

 昔からこの男はからかい甲斐がある。

 

「ははは。最近私は承太郎が笑っているところを見た覚えがないな。しかめっ面ばかりしていると幸運も友達も女も逃げていくよ?」

「………チッ」

 

 もう少し彼で暇つぶしができるかと思ったが 彼は私に口で勝つことを諦めたのか、あるいは軽口に飽きたのか「やれやれだぜ…」と言って学生帽を被りなおして歩き出してしまった。

 まったく気の短いことである。

 

 ふいに、彼が振り返る。

 

「おら、祥子(さちこ)。行くぞ」

 

 また一陣の風が吹いて桜が舞う。

 学ランのポケットに手を突っ込み、春風のなか振り返るその姿は、中々絵になっていた。

 見てくれのみに限って言えば、お父様ほどではないが、まあそれなりに良い男になったものである。

 

 

 

 このドリスには二つの名がある。

 お父様がくれたドリスという名と、母がくれた祥子という名だ。

 

 このドリスには1年間だけお父様と過ごした記憶がある。私が生まれてからお父様が失踪するまでの1年間だ。

 それは私にとって何よりも大事なもので、今なお忘れることのない輝かしい記憶である。

 

 このドリスは超能力を持っている。

 その副産物として、私は生まれたその瞬間から明確な意識を持ち、両親の会話をある程度理解できる知性を有していた。お父様のことを覚えていられるのもこのためである。

 いずれ、私はお父様を探すために旅に出るつもりだ。この超能力を使えば、それはさほど無理なことではない筈だ。

 本当は義務教育を終えてすぐに旅立ちたかったのだが、流石に15歳の身空で単身世界に出るとなると母が難色を示したので、もう3年間だけ日本で親孝行をする予定だ。

 

 この祥子・ドリス・一条は、そんな高校一年生だ。

 

 



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02 スタンド能力

 
今回主人公が自分の超能力にピンポイントで「スタンド」って名付けたのとか、スタンドに関する考察で正解ばかりを引き当てるのはちょっと強引ですが、その辺を丁寧に描写しようとすると、別に面白くもない話を長いことしないといけなくなるので省略します。どうかご容赦ください。
 


 この祥子・ドリス・一条には超能力が備わっている。

 これは大変特別なものである。しかし、私固有のものというわけでもない。

 この世の一部の人間には、この超能力を開花する才能のようなものがあるらしい。強靭な意思や、強烈なこだわりなど、何かしらのパワーが強い人間ほどその才能を有しており、その性向にふさわしい特殊な超能力を得るようだ。

 ちなみに、この超能力を有していると他者と会話する際に言語のギャップをある程度解消する効果があるようだ。私が生まれた時から両親の言葉を理解していたのは恐らくこのためだろう。(らしい、ようだ、というのは、私以外に超能力を発現させた人間を見た事が無いからだ。才能を持つ人間自体は身近にそれなりにいるのだが、その像(ビジョン)を視認できる人間すら未だに出会ったことはない…)

 私はこの超能力に、「スタンド」と名付けた。始めて見たスタンドの像が、お父様の傍に寄り添って立つ黄金の戦士だったからだ。

 

 

 高校生活は想像通りのものだった。

 

 私の進学した学校は学力が低く、そして非行少年が多い。

 学校には、喧嘩の相手を病院送りにして長期入院させるとか(承太郎のことだ)、気に入らない料理を出したレストランのコックの胸倉を掴んで500円玉を投げつけて帰ってくるとか(承太郎のことだ)、そういうのを貴ぶような、ケチなアウトロー気どりが山ほどいる。

 学問ができる環境ではないし、部活動はろくに機能していないし、見るべき人間が一人も居ないとまでは言わないがそれも私に利益をもたらすほどではなかった。

 しかし、それ故に私には自由になる時間がたくさんあった。この時間は、私にとって有益なものだった。

 

 退屈な授業の時間。

 妙な髪型の生徒が数人歩き回り、後ろでボードゲームに興じているものも数人。がやがやとした雰囲気に、教師もやる気が無い。

(ちなみにこの連中が授業を受けるつもりが無いのに学校に来ているのは、留年をしたくないからだ。これだけ好きなように振る舞っておいて留年は嫌だというのだからみみっちいものである。大っぴらに悪事を働くならば、報いを受けて地獄の底まで落ちる覚悟を決めるか、あるいは全てを思うがままにできる悪の帝王にまでのし上がるような決意をもってするべきではないか? さもなければ、私のようにうまくやるべきなのだ)

 …さておき。こんな環境では、私が少々不自然な動きをしたところで誰も気付くことはない。

 私の身体に隠れた机の中では、一人でに鉛筆が高速で動き、教室内の人間の似顔絵を量産していた。私以外には認識できないが、そこには物質を透過できるスタンドがいて、鉛筆を握っているのである。

 黄金の戦士「ザ・ワールド」。お父様のスタンドであり、大事な私のスタンドだ。

 

 彼について説明する前に、私自身の持つスタンド能力について説明しておく必要があるだろう。

 まず、私のスタンドは「金の錫杖"ゴールデン・ワンド"」という。これは私が名付けた。スタンドの像は、その名のとおり金色に輝く宝飾品のようなワンドである。

 能力は「ワンドで接触した相手のスタンドをコピーする」こと。

 生まれつきこのスタンドを発現していた私は、生まれたばかりでお父様に抱き上げられた時、無自覚のうちにこの能力を発動していたらしい。つまり、あの時お父様の傍に見えたスタンド「ザ・ワールド」は、私がお父様からコピーして作り上げた私自身のスタンドだったということだ。まだスタンドに目覚めていない相手からもコピーできるからこそ、私は自分以外のスタンド使いを知らないにも関わらずそれが己のみが持つ能力ではないと知ることができた。

 最初は1つしかコピーしたスタンドを保有できなかったが、15年間の修業の末に、現在では3つまでストックすることができるようになった。もちろんそのうちの一つは生まれた時から変わらずお父様の「ザ・ワールド」だ。

 「ザ・ワールド」は私の知る限り最も素早く精密で力強い、しかも多少私から離れても活動ができる素晴らしいスタンドだ。しかも、このスタンドは他のものよりも圧倒的に私に「馴染んだ」。

 そもそもスタンドとはいわば精神の具現であるからして、本人に適したものが発現するものだとこのドリスは考察している。それを考えれば、人のスタンドを私が急に手に入れたところで使いこなせるわけがないし、ものによっては全く扱えないことだってあるはずなのだ。

 しかし「ザ・ワールド」はそんなハンディキャップを感じさせないほどに私にとって扱いやすいスタンドだった。この事実は、私とお父様との間に確かな絆があることを感じさせた。

 

 私が考え事をしながらスタンドの精密動作の訓練をしているうちに、授業終了を知らせるチャイムが鳴った。

 

「……っと、チャイム鳴ったし終わりにするか。号令ー」

 

 だらだらと教壇で話していた教師は、その音が聞こえるやいなや話を中断して号令を促した。生徒達は起立の号令がかかる前に立ちあがり、日直の早口の号令は椅子がひかれる音でかき消されたまま、なんとなく煮え切らない感じで授業は終わった。いつものことだ。

 

 それから少し間をおいて、同クラスの女子が近づいてきた。中学校の頃から親交のある馴染みの顔だ。昼食の誘いだろう。

 

「祥子、今日も弁当?」

「うん、そうだよ」

 

 ちなみに私は日本では基本的に一条祥子と名乗っている。

 私に最初に与えられた名はドリスだが、両親がいろいろ話し合った結果、私にはもう一つ日本人名である祥子という名前も与えられた。ドリスはミドルネームになり、私は結局「祥子・ドリス・一条」になった。

 母はアメリカ人であったが、苗字から想像できる通り日本人とのハーフである。名前はアンジェリカ・一条という。私自身はイギリス2、アメリカ1、日本1と、一口には表現が難しい血が流れていることになる。

 ところでイギリス2をくれたお父様だが、彼は私が生まれて1年後に失踪している。母子二人だけとなった私たちは、それから数年後に母の父方の親戚を頼って日本に移住したのだった。

 母は私に決して言わないが、お父様は吸血鬼という超常の存在であり、それなりの悪事を働く者だったようだ。そしてそれゆえに、いずれお父様は私たちを置いてどこかへ消えてしまうのだろうという認識が、当初から夫婦ふたりの間で暗黙のうちに共有されていた。「一条祥子」という日本人名は、まさにその時のために私に与えられたものだった。(1歳の子供がまさか二人の会話と機微をここまで理解しているとは両親も思わなかっただろう)

 私もまた、アメリカで2番目に手に入れたスタンドを用いることで少しずつお父様譲りの金髪金目を黒く変えていった。このスタンドの詳細もまたいずれ紹介するが、とにかく、体色を多少変えるだけのことなので必要なスタンドパワーはほぼゼロであり、私はこれを常に維持している。

 日本で生活する都合により甘んじて黒髪黒目となっているが、これを解除したら、私は未だにお父様と同じ金髪金目のままだ。

 

 友人はへらへらと笑う。

 

「祥子は高校に入ってもマメだねぇー。毎朝早く起きて弁当作りとか、アタシ絶対耐えらんない」

「そんな大したことじゃないよ。確かにちょっと作ってはいるけど基本的には昨日の夕飯おかずだしね」

 

 私は卒業後の海外への渡航資金を貯めるため、節約しながら細々と貯金をしていた。弁当を作っているのもその一環だ。スタンドを使えば金を稼ぐ方法などいくらでも思いつくが、それらはいずれもリスクを伴うため、母のいる日本国内では自重しようと考えている。

 

「そのちょっとが朝の30分でしょ。無理無理~」

「ははは。それより買うなら早く買ってきなよ。私も待ってるから一緒に食べよう」

 

 私は特にためになるわけでもエンターテイメント性があるわけでもない会話を打ち切る。友人は私の言葉に納得してそそくさと教室を出て行った。

 卒業と同時に切れるであろう人間関係であっても、ある程度良好に保っておくのは無駄な事ではない。

 

 

 友人が昼食を買ってくるのを待つ間、私は教室の窓から外を眺めた。春の日差しは麗らかで、悪くなかった。

 お父様が息災であることを、私はなんとなくであるが感じて知っている。私の左肩の後ろにある星型の痣がそれを教えてくれていた。(同じ物がお父様にもあるのを私は記憶している。ゆえに私はこれも一応スタンドを用いて隠匿している)

 どの国にいるのかすら定かではないが、流石に地球上には居ることだろう。同じ空の下、吸血鬼であるお父様はいかにして過ごしているだろうか。私は思いを馳せた。

 

 




最初の導入と説明が終わって、次回から原作キャラクターの登場が多くなってきます。
 


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03 ジョセフ・ジョースター

このSSでは「スタンド使いは言語を問わず会話することができる」という説を採用しています。
付け加えて、そのために生まれついてのスタンド使いは稀に死神13(デスサーティーン)のマニッシュ・ボーイのような、生まれながらにして高い知能を発揮するような人物がいると解釈しています。主人公ドリスがこれにあたります。(飽くまでごく一部であって、生来のスタンド使いの全てがそのような状況にあるというわけではないです)



 ディオ。 DIO。

 

 なんと甘美な名だろうか。

 それこそがこのドリスの父の名である。

 

 最後にお父様と会ったのはもう15年近く前の事だが、大きく、逞しく、美しいその黄金の姿は私の脳裏に焼き付いている。

 私は未だにお父様の姿を夢に見る。そしてその夢の中でお父様は、かつてそうであったのと同じように、私の頬に触れて甘く優しく語りかけてくれる。

 …もちろん、彼がいわゆる悪人であるということは認識している。なんとなれば、殺人行為の是非について母と話しているのも見た事がある。吸血鬼というものがどういった存在なのかはよく知らないが、きっと人を殺めたことも沢山あるのだろう。

 しかし私にそっと触れたその手に籠ったものは、単なる興味だとか壊れやすいものを丁寧に扱う慎重さなどではなく、優しさであったと私は信じている。

 

 

 

 とある日、私が家に帰ると玄関に私と母のもの以外に二つの靴が並んでいた。一つは上品な女性もので、もう一つはあまり見ない大きなサイズの頑丈そうな男性ものだ。

 

「これは…」

 

 来客をもてなすために供されたであろう紅茶の香りが玄関にも香ってきているのを感じながら靴を脱いでいると、すぐに母がやってきて出迎えてくれる。

 ぱたぱたとスリッパで駆けてくる仕草や、満面の笑みを浮かべているのを見ると我が母ながら実に若々しいものである(母はまだ30代半ばなので事実若いが)

 母は実に機嫌よさそうに口を開いた。私はその理由に見当がついていた。

 

「ドーリィ、おかえりなさい!」

「ただいま。お爺ちゃんが来てるの?」

 

 私の問いかけに、母は頷いた。

 

 一応説明するが、血縁上私がお爺ちゃんと呼ぶべき人物は、日本筋である母の父方の曾祖父以外には居ない。しかし私は彼をそのような親しげな呼称で呼ぶつもりはない。だいたい、母の親戚にはそもそも私達母子が日本に移住するためにいっとき接触しただけで、それ以来交流らしいものは一切ない。

 まあ、親戚などいようがいまいが私にとってはどうでもよいことである。

 そんなことよりも…

 

 母の出てきた後ろから、女性と、格別大柄な男性が姿を現す。

 

「ホリィさんに、お爺ちゃん!」

「お帰りなさい祥子ちゃん。お邪魔してるわ」

「オーッ! ドリス! 大きくなったのォ!」

 

 気安く私の名を呼ぶ二人は、空条承太郎の母である空条ホリィと、その父であるジョセフ・ジョースターだ。

 ジョセフは初めて会ったときに比べればかなり白髪っぽくなったが、アメリカでも稀な長身と、木の幹のように隆々とした四肢は全く衰えていない。

 ずんずんと近寄ってきたジョセフは、ひょいと片手で私を抱き上げた。

 かつてお父様が私にそうしてくれたように。

 

「…ッ!」

「前に会ったときにはこぉーんなもんだったのにのォー フフフ」

「…お爺ちゃん、私は初めて会った時にはもうその10倍は大きかったよ。それに、残念だけど前から身長は3cmくらいしか変わってない」

 

 人差し指と親指で「こぉんなもん」のサイズを示してすジョセフ。

 私は少しの動揺を隠し、微笑んでみせながらその髭っぽい頬を引っ張ってやった。

 

「胸は5cmは大きくなったけどね」

 

 私がそのようなことを言うとは思ってなかったのか、ジョセフは赤面しながら「ウォッ!?」とたじろいで、私を床におろした。

 

「お、お前トシゴロの女の子がそういうことをじゃなァ~!」

 

 わたわたとしながら 私を諫める言葉を探すジョセフ。それを尻目に私は、どくどくと鼓動を刻む心臓を鎮めた。

 

 お父様はこんなにがさつではないし、もっと知的だ。だが、この男はどこかお父様を彷彿とさせるところがある。体格などまさにお父様と殆ど同じだし、私のことをドリスと呼ぶのも、お父様と母を除けばこの男だけだ。

 そのせいか、彼にはふとした瞬間にドキリとさせられることがある。今回もまさにそうだった。

 

「パパったら、年頃だとか言うなら、出会い頭に抱っこなんてするものじゃないわ。日本じゃそういうのはデリカシーがないって言うのよ?」

「い、いやぁ、わし等は全員アメリカ人じゃし」

「ここは日本です! それにパパ、もともとはイギリス人じゃない」

「まあ、そうじゃけど……10代のころからずっとアメリカに居るんだから、もうアメリカ人みたいなもんじゃろ?」

 

 …しかしまあ、承太郎と同じで、この男もからかい甲斐がある。こういうところはお父様とは全然違う。

 

 

 

 このドリスと母アンジェリカは、基本的にはアメリカ人である。

 そして母は、スタンドによって黒髪黒目を偽装している私とは違って容姿も完全に西洋人だ。母はもともとネイティブスピーカーと遜色ない程度に日本語を話せたが、それでもやはり最初は文化の違いも相まっていささか日本に馴染めない部分があった。そういった時に知り合い、母が意気投合したのが空条ホリィだった。

 奇しくもホリィのもとには承太郎という私と同年齢の子供が居たため、すぐに付き合いは家族ぐるみになった。ジョセフともその流れで知り合ったのだ。ジョセフは日本という遠い国に娘を送り出したことを(その当時既に10年近く経っていたのに未だに)快く思っていなかったらしく、娘の身近にいるアメリカ人ということで私たちをことのほか好意的に受け入れてくれた。そんな付き合いの中で、私はお父様を彷彿とさせるこの男に親しみを込め、当時の承太郎に倣って「お爺ちゃん」と呼ぶことにしたのだった。(承太郎は今では「爺ちゃん」だとか「ジジイ」と呼んでいる)

 ただ、基本的にアメリカでそれなりに多忙な生活を送っているらしいジョセフが来日する機会は年に何回もないし、彼が日本に来たとしても私達の方のタイミングが合わなければそれまでだ。私が彼と最後に会ったのはもう3年前。私と承太郎が中学校に入学した時以来である。

 

 

「それで、お爺ちゃんは今回どうして日本に?」

 

 一通り挨拶を終えて私達は居間へと移動した。ホリィとジョセフは、まだ私の家に居てのんびりとしていくつもりらしかった。

 そこで私は気になっていたことを尋ねた。するとジョセフはその質問を待っていたとばかりに不敵に笑った。

 

「フフフ、わしが日本に来るのに理由が必要かね?」

「いや、遠慮なく来てくれていいけど…でも理由もなく来るほど暇じゃないんでしょう」

「まあな。…孫に会いに来たんじゃよ」

「承太郎に?」

 

 私は首を傾げた。ジョセフの来日は不定期ではあったが、事前には予告があって、私にもそれが伝えられていた。今回はその予告が無かったから突発的なものだったのだろうと考えていたのだが、それにしては平凡な理由だった。

 私の言葉に、ジョセフは否定するように手を振った。

 

「んん? 違う違う。承太郎の顔もそりゃ見るが、今回は違うのう。…だいたいあいつはデカくなりすぎじゃッ。最近可愛げも無くなってきてわしゃ悲しいわい」

「ま、まあ、承太郎はそういう年頃だから… でも、孫って、お爺ちゃんの孫は承太郎しかいないでしょう?」

「チッチッチ」

 

 …それともまさか隠し子でもいてそれが発覚したとか? だとしたらなかなか不愉快だが。

 得意げに人差し指を揺らすジョセフを私は胡乱な思いで見たが、ジョセフは私の思いもよらないことを言った。

 

「今回はなドリス。お前さんに会いに来たんじゃよ。お前さんもわしの孫みたいなもんじゃ!」

「わ、わたしに?」

「うむ。聞けばなにやらわしに会いたいだとか、カワイイことを言っておったそうじゃないか! 他ならぬ孫からそんなことを言われたら、お爺ちゃんとしては会いに行かんわけにはゆくまいよ」

「!」

 

 ニンマリと笑って私を見るジョセフ。ホリィもその隣で茶目っ気のある笑みを浮かべた。

 

「祥子ちゃん、ずっとパパに会いたいって言ってたでしょう? それなのにここしばらく予定が合わないものだから、どうにかならないかって聞いてみたのよ」

 

 確かに私は2年ほどにわたって、ずっとジョセフと会いたいと主張していた。

 私は思わず両手を合わせて喜んだ。

 

「ありがとう…すごく嬉しいよ!」

 

 

 私は他人のスタンドをコピーして3つストックできる力を持っているが、そのストック数が3つにまでなったのはつい2年前のことだった。それまでは、ザ・ワールドと、もう一つの容姿を操作するスタンドに占有されていて、他のスタンドを取得する余地がなかったのである。

 私は以前から空条家の人間がスタンドの才能を持っているのではないかとにらんでいたから、新たなストックが空いたことを認識するなりすぐに二人に接触し、予想通り存在していた二人のスタンドを吟味した。

 それから試行錯誤を経て結局私はホリィのスタンドを第三のストックとして保有するに至ったが、ジョセフと会う機会はそれ以来なかったために彼のスタンドは確認ができていなかった。

 

 ホリィのスタンドはラズベリーの枝が茨になったような姿をしていて、その名を「"茜色の護符"マジェンタ・ペンタクルズ」という。

 傷や病を癒し、また生体に影響を与える物質を生産することもできるという能力を持つ、なかなか使いでのある便利なスタンドだ。

 私はいずれお父様を探しに旅立つつもりだが、おそらくそれはまっとうな旅行にはならないだろう。道中の安全や利便性のためにこのスタンドが非常に役立つのは明らかであり、ジョセフのスタンドがこれに匹敵するほどに有用である確率はあまり高くない。しかし、スタンドとは稀有なものである。確認すらせずにそれを捨てるのは愚かな事だった。

 

 ちなみに承太郎のスタンドはお父様のものとタイプがかなり似ていた。似ているのならお父様のザ・ワールドが優位であるのは明らかなので、これは軽く一通り研究してから破棄した。

 

 当然、私は今回の機会にこっそりとジョセフのスタンドをコピーした。(近所に住んでいるホリィのスタンドはいつでも再取得できるので、それと交換だ)

 ジョセフのスタンドもまた茨の姿をしていた。名を「"隠者の紫"ハーミットパープル」。使いこなせるようになるまでそれなりの修練を要するスタンドだった。

 

 

 このハーミットパープルが情報を司るタイプのスタンドであり、それを鍛えた末に、私が喉から手が出るほど欲しかった「お父様の居所」という情報と、「お父様が私達母子のもとから去っていった原因」を知ることができるとは、このときの私は思いもしなかった。

 

 




ドリス 「I'm 祥子」
ジョセフ「サッチーコォ」(マッカーサーと同じ発音)
ドリス 「ノンノン、祥子」
ジョセフ「サチコゥ?」(アップルと同じ発音)

ドリス 「ドリスでいい」


ホリィのスタンド能力の詳細は公式的には不明ですが、回復系のスタンドだというのは確かだそうですね。スタンド名も不明なので、このSSでの名前はオリジナルです。
次回から2回ほど閑話を挟んで原作本編開始になります。
 


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04 ディオ日記 1ページ目

くどいようですが、このSSのディオのものの考え方や幼少期の設定は、原作1、3、6部と、小説版の一つであるOVER HEAVENに基づいています。


 18th May 1972

 

 このディオは吸血鬼であり、これより永き時を生きる上で、様々な事物を目にするはずである。その情報量は莫大であり、いずれ記憶の中から失われていくものもあるはずだ。ゆえに、備忘録として、あった事柄とその時の私の考えをこのノートに記しておく。気が向けばもっとさかのぼった過去のことを書いてもいいし、思索を書き付けてもいいだろう。

 

 まずは、現在に至るまでの大まかな経緯を書くとしよう。

 

 ジョジョとの戦いに終止符が打たれ、私が棺の中に入ったのが1889年。棺が大西洋を漂った末、ついにアメリカのデラウェアの海岸に漂着し私が目覚めたのが1969年のことだった。その間、実に80年。80年の時を経て私はアメリカの地で復活を遂げた。

 最初にこのことについて記していこう。

 

 強い嵐の夜だった。それ故に、それなりの重量がある棺も海岸まで運ばれたのだろう。雷鳴と風と雨と波の音を聞きながら私は目覚めた。

 そして私は、それらのことから己の置かれたおおよその状況を理解していた。

 太陽の光から逃れる手段を得るため、そして空腹を満たすために、私はさっそく海岸付近を探索した。そして幸運にも近場にあった民家をいくつか見繕って、その家屋を住人の生命ごと奪った。この時私は、安易に屍生人(ゾンビ)を作ったりはせず、住人は痕跡の残らないように始末し、然る後に、己の入っていた棺を破壊して、荒れる海に流した。

 私は慎重だった。80年の時間が流れていようとも、このときの私にとってジョジョに「してやられた」のはつい昨日の出来事だった。

 後にわかったことであるが、この時の私の判断は正しかった。

 各家庭に一つずつ電話があり、そして何よりテレビジョンがある。1800年台では想像すら難しいレベルの文明が現在のアメリカには展開されていた。移動にも馬車よりはるかに高速で安定している自動車が用いられており、情報の伝達スピードとその正確性が私の常識とは全く異なっていた。仮に私が棺を海岸に残したままゾンビの群を生産などしていたとしたら、後の私の活動は全く異なるものになっていただろう。

 さておき、私はそれからしばらく情報収集を続けながらアメリカ国内を移動していった。先述の、この時代の情報伝達の特性もその中で気づいたものだ。

 そして、「協力者」の必要性を私が強く意識し始めた頃。

 私はフィラデルフィア郊外の小さな町で、アンジェリカ・一条という一人の女と出会った。

 

 アンジェリカは、いち協力者として見れば、あまり上等な存在ではなかった。

 父親の家系が日本の名家の血筋を引くらしく、それなりに金持ちの部類ではあった。だが、少なくともアメリカにおいて貴族のような特権階級に属している程ではなかった。その日本の家との繋がりも、私と出会う少し前に両親を交通事故で亡くしたのを境にほとんど途絶えていたという。

(ところで、この交通事故というのも80年前にはなかった概念だ。当時の交通にまつわる事故といえば、馬車に轢かれるとか、海難とか、汽車の脱線のような、稀にあるものであって、現代の「いわゆる交通事故」はもはやそれらとは別種のかなりメジャーなものだ)

 話を戻そう。当時まだ20歳そこそこだった彼女は、仕事も無く、遺産の整理を終えたばかりでぼんやりと日々を過ごしていた。そこに、私が現れたわけだ。

 

 当初、血液を搾取する対象として、という以外に私は彼女に何も期待していなかった。

 吸血鬼として考える時、協力者を得るために最も安全で効率的な手段は、悪党…より具体的に言うならばギャングやマフィアのような犯罪集団を恐怖と暴力と利益で支配することだろう。それを思えば、彼女は善良で無力な一個人でしかない。私の有力な協力者になりえるとは考えもしなかった。

 さらに言えば、私はその頃すでにアメリカから離れることを検討していた。国土こそ広大で潜む場所には事欠かなかったが、アメリカは最も先進的な国家の一つであり、国民も国内での犯罪も緻密に管理されていることが薄々わかり始めていた。アメリカは目覚めたばかりの私にとっては「やりづらい」国だったのだ。

 

 

 その夜もいつもと同じように、私は食事のために、適当に見繕った家屋を訪れた。そこがアンジェリカの家だった。日暮れから数時間後、夕飯時が終わり道に人気が少なくなって来た頃を狙う。インターホンを鳴らし、顔を出した相手に吸血鬼の催眠術をかけて家屋に侵入し、ことを成す。それが私のやり方だった。

 独り身のアンジェリカはさすがに全く無警戒ではなかったが、インターホンに答えて扉の小窓から顔を覗かせた。私は親しげに語りかけながらアンジェリカの目を見据え、催眠術をかけた。本来であれば、獲物はすぐに無条件で私を歓待してくれるようになる…はずだった。

 しかし、この時のアンジェリカはそうではなかった。彼女は私の催眠術を受けておきながら、平然と会話を続行した。

 

 これまで私の催眠術がはねのけられたことは一度としてなかったが、波紋戦士などのような特別の存在にまで通用するかは未知数だ。まさか間抜けにもこんなところでそれを引き当ててしまったのかと思い、私は焦りを感じた。

 

 玄関先の問答として不信ではない程度の短い間だったが、私はとっさにかなりの神経を注いで言葉を繋げるはめになった。その上で彼女に念入りに催眠術をかけ直したところで、やっとアンジェリカは扉を開いた。

 アンジェリカは丁寧に私をもてなした。だが、警戒心を忘れていなかった私は、表面上、友好的かつ紳士的な態度を維持した。催眠術はちょっとした刺激で解けることがあるからだ。

 そして私はアンジェリカの血を吸う前に、戯れに彼女と会話に興じることにした。多少手こずらせられた記念というと妙な話だが、もし彼女が催眠術に対する抵抗力を持っているのだとしたら、その原因が何なのかを知りたかったというのもある。

 

 アンジェリカと話していく中で、彼女がこのディオと十分に会話が成り立つインテリジェンスを有していることはすぐにわかった。私が海中にて過ごした80年間のブランクは非常に大きく、危険だった。それを埋めるために、それなりの学や見識を持っていそうな相手と出くわした場合には血をいただく前に対話することにしていたのだが、いつの間にか私はそれをアンジェリカ相手にしていた。

 会話は弾み……そして次第に私は気づいた。彼女のそのインテリジェンスは、十分な理性に基づいているものだと。

 そしていい加減時間が経過し、ようやく私は彼女が催眠術の隷下にないことに気づいた。

 私は確信した。彼女には催眠術の効果がない。これは私にとっては非常に由々しき事態だった。

 しかし翻って、十分な知能と警戒心を持っているはずのアンジェリカは、現に私という見知らぬ怪しい男を家の中に入れている。それが催眠術によってではないとするならば、いったいなぜ?

 思わず尋ねた私に、彼女はこう答えた。

 

「だって、あなたが困っているように見えたから」

 

 このとき、私はアンジェリカが「聖なる女」であることを直感的に察した。

 

 

 聖なる女。…すなわち聖女である。

 危機に瀕した時、他者を踏み台にして我が身を救うような狡さを持たず、何かのために己の命を擲つことのできる女のことを、私は密かにそう称している。例えばエリナ・ペンドルトンがそうだった。…ジョジョと結婚したから、エリナ・ジョースターと呼ぶべきか。

 

 私がジョジョに致命傷を与えた時、今際の言葉でジョジョはエリナに逃げるようにと伝えた。しかし、エリナはそれを拒み、伴に死ぬことを選んだ。

 彼女にとってジョジョとはそれほどまでに絶対的な存在だっただろうか?自らの「思し召し」とやらのままに殉教者を生み出す無責任な神、あるいは強烈なカリスマのもと生命すら差し出すことを他者に決断させる支配者のように。私にはそうは思えない。

 一緒に死ぬという事に一体なんの利点があろうか。夫の死に際だ。後ろ髪も引かれよう。だが、なぜ一緒に死ぬという発想に至る? しかもエリナはあまりの事態に生還を諦めたわけでも、訳がわからなくなって錯乱したわけでもなく、悲鳴もあげず、うろたえもしていなかった。ただ当然のように、ジョジョと伴に死ぬことを選んだ。

 その選択の正当性を私は理解できない。できないのだが、否定することもできない。

 

 私の母もまた、聖なる女だった。

 母の口癖は「善行を積めば天国に行ける」だったが、彼女はそうしきりに口にしながら、飲んだくれのろくでなしの夫、ダリオの面倒を献身的にみていた。そしてただでさえ飢えている彼女の食料を、より飢えている隣人たちに分け与えていた。そしてその挙句に死んだ。

 彼女が何を考えていたのか私には全く理解できない。あれが本当に善性の発露だったのか疑問を感じるくらいだ。エリナと違ってこれに関しては断言できる。母は愚か者である。明らかに間違っていた。狂気に陥っていたと言ってもいいだろう。

 しかし…彼女が最期の瞬間まで他者を貶めず悪徳に浸ることなく気高く生きたということもまた事実だった。

 

 

 エリナはジョジョに寄り添う聖女だった。母は、私以外のなにかを見ていた。少なくとも私自身にはそう感じられた。

 そして、アンジェリカ。

 アンジェリカは、初めて現れた、私に寄り添う聖なる女だった。

 

 アンジェリカが聖なる女であることを察した時、彼女をただ食料として消費しようという選択肢は私の中には無くなった。

 不思議な問答は夜更けまで続いた。夜明けが迫る時間になってからその事に気づいた私は、彼女に一晩泊めてほしいと申し出ていた。

「太陽アレルギー」だから、今から外には出たくないのだと説明した。

 

 彼女はしばし、きょとんとした後

 

「そう、それは大変ね」

 

 と言って私を、ゲストルームへと案内した。

 私はそうなることを予期していながらも、驚いた。彼女が何の躊躇もなく私の言うことを真に受けたことはもちろんだし、一見憐れむような彼女の言葉に、私が怒りを覚えなかったことにも。

 

 私は憐れまれたわけではなかった。アンジェリカはただ、私の現状に関して感想を述べただけで、その上で、不便をかこつ私に対して自分なりの協力をしてくれたのだった。

 そして、彼女の後ろ姿を眺めているうちに、私は気づいた。彼女の右手が、常に一定の範囲から出ないように動いていることを。

 そして気づいた。彼女が羽織ったジャケットの内側に、密かにピストルが隠されていたことを!

 後に私は確信するが、やはりアンジェリカは私の言うところの聖なる女であった。しかし、単なる善性の塊でもなかった。

 彼女は、私を歓迎し、私の言うことを信用した。その態度には少しも疑念やゆらぎが見えなかった。本当に私の言う事を鵜呑みにしていた。それはひとえに彼女の善性の為したことだろう。だが、同時に、もし私が彼女に嘘をついていて、あるいは途中で心変わりして彼女に無体を働こうとするようなことがあれば、その瞬間に懐に隠し持ったピストルで返り討ちにするつもりでもあったのだ!

 最初からだ。私が彼女の家を訪れたその最初のときからずっとそうだったのだ!!

 なんて面白い娘だろうと思った。

 彼女は聖なる女である。しかし、どこか現実主義者で虚無的なところがあった。

 今更ながら思うが、だからこそ、彼女がこのディオにふさわしいと私は思ったのかもしれない。

 

 私はそれから、アンジェリカの家にたびたび訪れるようになった。そのうちに私が吸血鬼であることは彼女にも知れたが、この事実もアンジェリカはためらいなく受け入れた。それどころか、私に血を提供することを提案してきた。まあ、もちろん女ひとりを殺さないで済ませる程度の血液では、私の生命を維持するくらいの効果しか見込めないので、依然、私の「夜の散策」は続いたが。

 

 彼女は私が人を手にかけていることに不満を感じているらしかった。

ある日、彼女は憂鬱そうに、吸血行為そのものは仕方ないにしても、人を殺すのはやめてほしいと言ってきた、

 もちろん私は依然として吸血の際に人を殺すことをやめるつもりは無かった。当然だ。状況が許せば命までは取らないでやるのもいいだろう。それは可能だったし、私にとって利点もある。しかし、必要ならばやはり殺すことに躊躇はない。

 そんなことを考えながらも、私はなんとなく、アンジェリカの要望に言葉の上では了承した。当然、馬鹿ではないアンジェリカは私のこの考えを察しているはずだった。それからしばらくののち、改めて私はアンジェリカに、私の殺人についての思いを尋ねた。

 アンジェリカは言った。

 

「仕方がないのでしょう?」

 

 不思議な気持ちだった。このときの私の気持ちは言葉では言い表せない。

 そう。実際、仕方がなかった。実際、私は悪意や野心などとは別のところで切実に血を必要としていた。

 首だけとなり弱り果てていたところに、やっとジョジョの肉体を手に入れたかと思いきやその直後に80年間の絶食だ。手下も居ない状況で私自身が身の安全を確保するためには、まだまだ大量の活力に満ちた血が必要だった。

 彼女は重ねて言った。一字一句違えず思い出せる。

 

「仕方がないのなら、私はあなたを責められないわ。責める相手がいるとしたら…神様か誰かかしらね」

 

 ただ、やっぱりあまり人を傷つけるようなことはして欲しくないわ。彼女はそう言った。

 

 決して、絶対に、このように紙に記すことさえ不愉快で許しがたいことであるが、あえて書く。

 その姿はまるで、悪徳の権化であった私の父ダリオを、それでも無条件に許し愛した、善性の権化であった私の母のようであった。

 

 その日以来、私は本格的にアンジェリカを手放したくなくなり、完全に彼女の家に住み着いた。そしてしばらくの後に、ドリスが生まれたのだった。

 

 …少し文章が乱れたので、続きはページを改めよう。

 



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