強キャラ系勇者と復讐系少女はコミュ障である。 (金木桂)
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プロローグ:勇者と勇者志望


落書き短編。
実はファンタジーは初めて投稿します。


 

 

 勇者。

 それはこの国、この大陸において非常に栄光ある肩書である。

 魔王を倒す職業である勇者は吟遊詩人の影響で、今では屈指の流行職業だ。

 男に産まれたならば誰もが勇者に憧れ、志す。

 勇者になるには強くなくてはならない為、勇者志望の人間は老若男女問わず挙って研鑽に研鑽を積んでいる。 

 

 勇者はとにかく強くなくてはならない。大陸で一番の強者にこそその威光が相応しいと国王が判断したからだ。

 そんな勇者になる方法はとても簡単。学の無いスラムの子だろうが聞けば一発で理解できるだろう。

 

 

 俺は血に濡れた剣を振るい、刀身に付いた血痕を降り落とす。

 

 目の前には絢爛な装備に身を包んでいた、貴族然とした青年が一人。剣を切られ、鎧を切られ、峰打ちで足を折ったからか立つことも儘なならず此方を睨んでいる。

 

 そんなんじゃ勇者はなれないぞ?魔王幹部の部下にも負けるから辞めとこ?

 そういう意味を込めて、最大限配慮した言葉を目の前で倒れる彼に送る。

 

 

「……弱いな、お前」

 

 

 ───とまあ。

 現勇者を殺して首を国王へと持っていく。それが勇者になる為の唯一無二の条件。

 この国は端的に、蛮族みたいなクソ国家だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────

 

 

 

 

 

 

 

「よ、勇者サマ。また殺ったって?」

 

 行きつけの酒場の扉を開くと、早々にマスターに絡まれた。

 

「殺してない。ヤツが弱かっただけだ」

 

 最近はあんまり挑まれることは無かったけど、それを差し引いても彼の武は箱入りだった。

 型ばかりで実戦などやって来なかったのだろう。ただそれを考慮すればあの場で剣を振れたのは中々だが、それだけだ。地力も無いからして、勇者となってもその肩書きに潰されてしまっただろう。

 

「シカメよぉ、お前が強すぎるんだって。今年で勇者2年目だろう?」

 

「……弱いからな」

 

「冗談言うなよ!お前に負けた奴の殆どが自信無くして勇者になるのを諦めてるんだぜ?」

 

「強くて……すまない」

 

 こういう時自分の口下手が恨めしい。

 本当なら俺の加減が上手く出来ずに力が強く入り過ぎて申し訳ないと言いたかったんだが……長く喋るのは苦手だ。

 マスターは「何言ってんだ、この国じゃ力がルールだ。だろ?」と丸太みたいに太い腕の上腕二頭筋にコブを作った。

 ……いつ見ても凄まじい、圧迫感すらあるマスターだ。

 正直武器を捨ててタイマンでこのマスターと戦えば確実に勝てないだろう。そのくらいの巨漢だ。

 図体は筋肉で盛り上がってさながら岩。黒い肌に張り付いたタトゥーは物凄い威圧感がある。

 正直、怖い。

 俺、こいつにだけは強いとか言われたくない。

 

「んで注文は?」

 

「アレを頼む」

 

「また果物ジュースかよ?ここは酒場だぜ?良い加減酒を頼め酒を」

 

 たっくよぉ、とかボヤきながらも手早くジュースをコップに注いでマスターはカウンターへと置いた。

 

「ほらよ、いつものだ」

 

 軽く手を上げて俺はガラスに口を触れる。

 ……美味い。

 慣れ親しんだ、甘い味。

 

「良い仕事だ」

 

「市場で買ってきた既製品を注いでるだけで褒められてもしょうが無いんだがな。まあ良い」

 

 俺が更にグラスを傾けると、呆れたようにマスターは頬杖を付いた。

 

「知ってるか?最近のこの街に勇者殺しが出たって話」

 

「……いつもの事だろう」

 

 勇者殺し。

 文字通り、勇者や勇者になろうとしている有望な剣士を殺している人間の事だ。

 その目的は大抵金だ。実行犯は依頼主と契約を結んで金を得るために殺している。しょうもない話だ。

 

「それが違ってな?どうにもその勇者殺しはこの街に入ってから3人の勇者志望の剣士を下したが、殺してないらしい」

 

「……何故?」

 

「さあな。勇者殺しなのに殺さない、理由は分からんがどうせロクなもんじゃないだろうな」

 

 同意するように頷く。

 勇者殺しになる人間の経歴は黒い。とんでも無い犯罪に身を染めた過去があったり、或いは薬物に依存していたりと、マトモな人間はいない。

 ここは弱肉強食な国だが腐っても法治国家、無意味な殺人が許される道理はない。

 ……それでも正当な勇者に関しては殺しても問題無しってのは本当に頭湧いてる国だ。おかげで俺とか超狙われてる訳だし。

 

「襲われた中にここの常連も居てな、何でもその勇者殺しはチビだったらしいぜ。しかも相当の。子供かもしれねえとまで言ってたな」

 

「子供に負けたのか」

 

「背丈の話だぜシカメ。それに見た目は強さの指標にゃならねえ、勇者のお前なら分かってんだろ?」

 

「……多分な」

 

 俺は同年代の中でも背はそこそこ大きい方ではあるが、その半分ちょっとの少年でも馬鹿みたいに剣の腕が立つ場合もある。天才ってやつだ。そういうのを見ると落ち込む。俺の15年の修練の意味が荒野に帰したような感覚さえある。天才、この世から滅びねえかなぁ。

 

「まあお前なら大丈夫だと思うが一応な?」

 

「……これからは剣をもう2本持って歩こうと思う」

 

 俺も今日一人下したが、勇者志望という肩書きは本来勇者に及ばずとも重い。何せ自分で「俺強いですよ〜!」と自己賛辞してるのと同じ意味を持つからだ。

 だから俺が全く勝てない相手もいるはすだ。

 剣も折れるかもしれない。戦闘中に剣が無くなるというのは即ち死を意味する、後2本くらい持っておいた方が無難だろう。

 

 マスターは隠しもせずニヤリと笑った。

 

「3本……な。もしかしたら、そいつならお前の三刀流(ホンキ)を出させてくれるかもしれないねえな」

 

 反射的に声を上げようとするが、他の客からの注文に背を向けるマスターに俺は手を下ろす。

 

 ……あの、三刀流なんて出来ないんですけど。

 俺、過去から今までずっと一刀流なんですけど。

 

 俺の訴えは吐き出された掠れた声に流れて霧散した。

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミエルが勇者、シカメと出会ったのは1年半も前の話だった。

 当時のミエルは酒場など開いていない、ましてやマスターでもない。普通の勇者志望の剣士だった。

 それ即ち、勇者の首を獲る為に彼は勇者の前に現れたのだ

 

 寂れた街の広場。

 500人は収容できそうな広場は石畳が敷き詰められ、他にベンチが並んでおり柵の向こう側は海に面している。市民の憩いの場なのだろう。

 しかし、今は剣士の殺し合いの場となっていた。

 ミエルは巨体に見合った大きな両手剣を持って勇者に向き合う。

 

「お前が勇者だな?」

 

 獣が唸るような低い声を出しつつ、ミエルは勇者を睨む。

 勇者の見た目は飄々としたものだった。

 この地域では珍しい黒髪は背中の半分を隠すほどに長く生え、勇者とは思えない細い身体は顔を隠せば女にも見える。

 刀は腰に3本刺さっており、3刀流なのかとミエルは思いつつもベルトで背中に固定していた剣を外し、下段に構えた。

 

「……勇者志望か」

 

 中性的な、心の通った声音が広場に響いた。

 しわがれた老人の声でもないのに、その肉声には年月を経た威厳みたいなものが含まれている。

 ミエルは気圧されつつ、鼓舞するように声を張った。

 

「ああ。俺はミエル。まあそんなのは覚えてくれなくても構わねえ。勇者と勇者志望の人間が出会ったやる事は1つ、そうだろ?」

 

「そうだな……」

 

 勇者は右の腰に付けていた剣を一本抜くと、左手を刀身に添えて中段に構える。

 …………一本だと?

 じゃあ残りの二本は何だ、予備ってか?

 そんなはずがない。そんなの、動くのに邪魔なだけだ。

 クソ、ナメやがって……!

 

「それで、良いんだな?」

 

 手加減しているつもりなのか、一向に二本を鞘に入れたままの勇者に再確認する。

 勇者は否定も肯定もしない。微動だもしない。

 まるで、抜かせてみろと言うかのようにミエルに視線を送る始末。

 

「……容赦はしねえぜ?」

 

 その言葉が合図になった。

 下段から上段に振り上げ、ミエルは地を思い切り蹴り飛ばした。

 一気に距離を詰める……!

 星明りに煌めくミエルの大剣は死神の鎌みたいに振り下ろされた。

 我ながら鋭い一撃だ、ミエルはそう評価する。

 弾丸のように詰め寄り、その慣性に加えて剣の重量、更にミエル自身の腕力に物言わせた縦斬りは空を滑空する鳥のようなキレがあった。

 かくして、人間一人分にも値する大剣の重量によって酷たらしく勇者は殺される。

 

 ……はずだった。

 

 ミエルの太刀筋から紙も挟めないくらいの位置に勇者はスライドしていた。

 

 避けた?あの至近距離でか?

 

 掠り傷一つない、と確認する前に勇者の剣の輪郭がスッと消失する。

 ブレるでも無く、正に消失だった。

 

「早く振れば、切れる」

 

 勇者は言い聞かせるように呟く。

 この間合いでは分が悪い、ミエルが咄嗟に判断して大剣を振り下ろしたままバックステップしようとして。

 

 ───ゴトン、と。

 大剣の刀身の半分が、地面へと落ちる。

 石と金属のぶつかる鈍い音。

 数歩分ほど後退り終えたミエルは、漸く状況を認識する。

 

 剣が、半分に切られていた。

 丁度半分の位置で剣はその刀身が無くなっている。厳密にはその刀身は地面へと落ちていた。

 切られた断面は熱した包丁でホールケーキでも切ったかのように滑らかで、思わず呆然と見つめてしまう。

 

 ……負けた?

 しかも剣士の命である剣を真っ二つにされて?

 

「……満足なら、俺は行く」

 

 いつの間にか剣を鞘へと仕舞い込んでいた勇者はつまらなそうに背を向けた。

 

 ……とんでも無い実力差だ。

 地元じゃ最強で、これなら勇者になれると各地を回りながら武者修行をして挑んだは良いが、どうやら間違いだったようだ。

 世の中にはとんでもねえ化け物がいる。

 天才なんて生温いもんじゃねえ、これじゃ次元が3つも4つも違う。今まで勇者に勝てると思っていた自分が恥ずかしいくらいだ。

 

 

 

 

 

「懐かしいなぁ」

 

 閉店時間、酒場でグラスを磨いていたミエルはポツリと呟いた。

 それを機に勇者志望を、剣士を辞めたミエルにとってシカメはある種台風の目のような存在だった。

 人生における目標を僅かな時間で木っ端微塵に砕かれてしまったと言うのだから、そう思ってしまうのもしょうがないだろう。

 

 ミエルは馴染みの街に戻り、もともと酒に興味があったのが通じて自分の酒場を開店。現在、町内ではそこそこの評判を獲得するまでに成長した。

 

 

 それでも。

 新しい人生を歩み始めても、大剣を店のインテリアにしてしまっても、未だに時折心中で燻る熱があった。

 

「見たかったぜ。シカメの三刀流」

 

 不意に仕舞ってあったグラスを一つ、取り出して棚から酒瓶を適当に見繕うと静かに注いだ。

 杯を上げて、一気に飲む。

 

 舌に染みるアルコールの味に、頭が酸で溶かされるような多幸感。度数が強い。最もミエルにとってはそのくらいが丁度良いらしいが。

 

 願わくば、彼に好敵手を。

 

 誰もいない店内で、ミエルはグラスを鳴らした。



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コミュ障勇者は弟子を取る

 

 マスターと駄弁って、酒場を出た俺は連泊している宿を目指しつつ広い大通りを歩いていた。

 

 ……見られてるな。

 確信を深めた俺は足を早める。しかし追跡者もそれに合わせてきた。

 悟られないタイミングで小さく振り返ると、追跡者は黒い外套を全身を包むかのように羽織って疎らに歩く人々を避けて歩いていた。腰には無骨そうな身の丈に合わない剣を一本付けている。

 身長はとても小さい、10年も生きてないと言われても信じてしまうくらい小さい。

 

 一言で言って、目立つ。超目立つ。

 怪しさが爆発していた。小さな家一軒くらいならぶっ飛びそうなほど爆発していた。

 

 噂をすれば何とやら、多分アイツが勇者殺しなのだろう。

 流石にあんだけ異質な容姿なら違いない。ちっちゃいしな。

 と、なれば。

 やる事は決まっている。

 

 俺は敢えて道を逸れる。追跡者もそれにピタリと距離を保って追ってくる。

 そのまま幾許か歩き、街の外まで出ると俺は振り返った。

 

「……勇者殺しだな?」

 

 我が口ながらぶっきらぼう過ぎる。

 こう、もうちょっとあったでしょ?

 こんにちわ、とか。その外套暑くないんですか?とか。

 

 気にする様子も無く、追跡者は頷いた。

 

「……貴方は、勇者?」

 

 ……驚いた。

 その声は小さく鈴を鳴らしたかのような幼い声色で、なのに世の酸いも甘みも知ったかのような冷徹さを内包していた。

 とは言え、子供が勇者を目指すのは別に珍しいことでもない。

 

「……そうだ」

 

「そう。なら死んで」

 

 言葉数少なく、幼い勇者殺しは突如粉塵と共にその場から消えた。

 いや、消えたんじゃない。

 ただ走ってコチラへと来ているだけだ……!

 

「……速いな」

 

 キン、と鉄と鉄がぶつかる甲高い金属音が鳴り渡る。

 二回、三回、四回。

 俺は冷静に、向かってくる刃を受け止める。

 その齢にしてはその刃は速く、鋭い。身のこなしも風に流れる木の葉みたいな迅速さだ。

 勇者志望を3人も倒しただけはある、それだけの力量は持ってるようだ。

 

 ───だが、それでも遅い。

 俺でもその動きは、見える。剣筋も愚直だ。

 今までは剣を防ぐだけだったが、そろそろ此方も動き始めよう。

 

 彼に勇者の称号は担えない。

 

 確かにその速さは凄まじい。俺がそのくらいの背の頃だったらそんな真似は出来ない。大した出来だ。天才児ってやつだろう。滅びればいいのに。

 

 俺は勇者殺しの何回目かの剣戟に合わせ、即座に足捌きを変える。右足を前に、左足を半歩後ろに。持った剣の切っ先を後ろに向け。さながら抜刀斬りのような構えに変更して。

 本気で振るった。

 空圧すら起こさない太刀筋。振るった俺ですら視認は困難な一太刀。

 

 きっと将来的に俺より伸びるだろう。

 だがそれでも時間の差異はどうにもならない。

 

「……弱いな」

 

「……え」

 

 勇者殺しの掠れるような、現実を理解出来ないみたいな朧気な吐息。

 相手の剣は、根本から先が消失していた。

 柄を残して、斬り飛ばした。

 残りの刀身はと言えば、クルクルと頭上で回りながら少しして勇者殺しの目の前の地面へと突き刺さる。

 

 彼はもう戦闘不能だろう。

 剣が無くなれば、剣士は無手だ。

 無手の剣士ほど哀れで悲しいものは無い。剣に魂を掛ける剣士にとって、死んだも同然だからだ。

 だからこそ俺は剣を3本も差して、今この場に立っている。

 

「……まだ!」 

 

 その掛け声に、咄嗟に俺は身を引いた。

 勇者殺しはまだ諦めていなかった。

 拳を振り上げ、その素早い動きで俺の右頬を殴りつけようと飛びかかったのだ。

 

「お前の、負けだ」

 

「……貴方を殺せば、勇者」

 

 繰り出される軽やかな拳や蹴りを見切って避けながら、思い出す。

 失念していた。

 勇者は別に剣士じゃなくても良いのだ。

 魔法使い(マジックマン)だろうが、槍使い(スピアラー)だろうが、死霊使い(ネクロマンサー)だろうが、果てには一介の商人だろうが。

 勇者を殺して国王に首を持っていけば誰でも良い。

 勝者が勇者、弱者は塵。

 それがこの国の勇者制度だった。

 

 俺は避けながら剣を仕舞い、無手にした。

 剣で拳を相手にしたら殺してしまう。自分の実力は十全に理解している。こんな若い子供を殺すのは、惜しい。

 勇者殺しは右拳を放つ。胴体を狙った牽制のつもりだろう。

 俺はその手首を掴むと、一気に引き寄せ腰へと乗せる。そのまま落としてひっくり返すように地面へと投げた。

 ケホッ……!と苦しそうな声を出した勇者殺しに身体を抑えつつ俺は目を向ける。

 

「諦めろ。お前は勝てない…………!?」

 

 外套のフードで隠れていた頭部。それが今の勢いで外れ、顕わになった。

 

 …………1つの燻みもない銀髪を持った勇者殺しは、良く見れば明々白々と少女だった。

 太陽に負けんと映し返す肩まで掛かった銀の髪に、まだ幼いながらも整った顔立ち。まるで神が自分好みの少女を作ろうと目や鼻、口を取って付けたような、そんな錯覚すら覚えてしまう。

 加えてだ。

 少年ならいざ知らず、少女でこの実力。

 天才に変わりは無いが、驚いてしまうのは無理も無い。

 

「離して……!」

 

「……お前は、何の為に勇者を殺す?」

 

 暴れる少女に、俺は問った。

 剣の道に楽など無し。

 俺の師匠が常日頃から言っていた、座右の銘のようなものだ。当時はそんなの当然とばかりに聞き流していたが。

 だが、その言葉は至極剣の真理だ。

 剣の鍛錬で楽をすれば強くはならない。楽を捨てれば楽に剣が強くなれるかと言えば、本人の素質次第。一つ一つの動きでさえ楽をすれば隙が出来て相手に突かれる。

 剣に生きるならば、剣に殉じる覚悟を持ってして挑まねばならない。それほど剣という武器は、重い。

 

 少女は暫く暴れるが、敵わないと悟ったようで自然体になると漸く口を開いた。

 

「仇を……討たなくてはならない」

 

「仇か。それは誰のだ」

 

「親、兄弟。皆勇者のせいで死んだ。躙られた」

 

 そう言うと、口を噤んだ。

 ……先代の勇者の行いが原因だろう。

 

 先代の勇者はロクでも無い奴だった。

 勇者という立場は社会的にほぼ天辺に近い。国王にすら迫る。

 だから税を増やし、強制労働を敢行し、贅の限りを尽くすのは簡単だった。人差し指一本差せば反逆罪によって私刑も執行される、気に入った女が居れば問答無用で連れていく。

 

 少女の話は本当だろう。

 アイツならやる。人間のクズだったアイツならば、そのくらい行っても屁でもないと思っていただろう。

 

「……そうか」

 

「だから、殺す。勇者は死ね」

 

 俺がやった訳ではない。

 そう口に出すのは容易だ。

 しかし口下手な俺ではこの少女を説得することは出来ないだろう。

 今もなお彼女は全身を恐怖に震わせ、涙で眼を湿らせ、それでも気概だけは失っていない。触れれば肌を刺すような殺意を放っている。

 

 だからといって。

 復讐は無意味だ。

 そう諭してもきっと聞き入れはしない。

 彼女は漆黒の炎で燃え滾っている最中で、復讐に価値がないなど一寸も思ってはいない。

 復讐を果たした先に何かがある、そう信じて疑わない目だ。例えその先が空虚と知っても止まることは無い。

 確信できる。

 何故なら、俺も一度通った道だからだ。

 

 言葉で聞かない、だったら行動で示せば良いだけだ。

 

「ならば、俺の指南を受けるか?」

 

 俺は力を入れて抑え込んでいた手を空けて、その手を目の前に差し伸べた。

 

「……意味不明」

 

「弟子になるか、と聞いている」

 

「私は貴方を殺したい」

 

「……弟子になれば鍛錬を付けてやる。実力さえあれば何人でも俺を殺せるだろう。実力さえあれば、だが」

 

 もし弟子になれば、何れ俺をも超えるだろう。

 流派は分からないが、その剣が独学なら尚更だ。才能の塊、そんな陳腐な単語ですら収まらない器。

 こんな原石が勇者殺しをやってるなんて、世も末だな。

 少女の青い瞳と視線が交錯する。その色からは戸惑いを感じた。

 

 それから少女は立ち上がって、服に付いた土を払うと背を向けた。

 

「……今度こそ殺す」

 

 …………振られてしまったようだ。

 まあ良い。

 どうせ俺が目的だ、いつかまた会えるだろう。

 俺は少女の背を追うように歩き始めた。

 ……俺の宿もそっちなんだよなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 連泊している宿は石造りで重厚な作りになっている。

 この小さな街に似合わずセキュリティもしっかりとしていて、扉は木製のものと鉄格子のものとで二重構造、窓も一階は鉄格子で覆われている。その代わり値段も張るが、まあ地方としてはってレベルだ。王都や栄えてる街などの低級の宿よりもまだ安い。

 

 ギィ、と鉄格子を開き木製の扉を開ける。

 扉の上部に付いていた鈴がカランカランと鳴り渡り、丁度カウンターで暇そうにしていた店主がこちらを見た。

 

「何だ君か。これ、鍵ね」

 

 カウンター下を弄ると、21と書かれたタグの付いた鍵が投げ渡された。反射的にキャッチする。毎回思うがこの受け渡し、止めてくんないか?

 

 特に用も無い、部屋に戻るか。

 そのまま2階への階段を上がる。2階には廊下が伸びており部屋が4つほど並んでいる。

 1番手前の扉の鍵穴に渡された鍵を差し込んで、回す。

 

 この宿は全室同じグレードの部屋で、中は質素ながら機能的だ。

 ベッドに机、光を取り込む為の窓も1つ、汎用魔法を使用することで使えるトイレにシャワーも付いている。それになんと言ってもベッドに座る少女は外せない。

 

 ───は?少女?

 

 俺はガチャリと一度扉を閉め、目を擦った。

 おかしい。俺に幼女誘拐の前歴は無い、現行犯でも無い。齢18だから子供もいない。

 

 何かの間違いかもしれない。もう一回再挑戦だ。

 扉を開けると、やはり少女は無表情でベッドの上に座っていた。

 しかもつい最近見た記憶のある顔だ。

 そう、例えばさっき「勇者は死ね」と感情の死んだ顔付きで襲いかかってきた少女もこんな顔だったような。

 

「何してるの。勇者の部屋なら早く入るべき」

 

「……ああ」

 

 何故か家主みたいに諭されて、俺は部屋に通される。

 おかしい。俺の借りている部屋にこの少女がいるのもおかしいし、そもそも「今度こそ殺す」と言って去って行ったのにまたこうしてすぐ再開してくるのもおかしい。

 ……今度こそ?

 良く考えればこの少女、時期は言ってなかったし弟子になるならないも言っていなかった。

 

「お前、弟子になる気があるのか?」

 

「……最初からそう言ってる」

 

 言ってないから……!口下手過ぎるだろ……!

 俺は内心溜息を吐きつつ、少女の隣に座った。

 

 




続けて欲しい声とかあれば感想とかでお願いします。
初めてファンタジー小説投稿で、自分だと面白いか分からないのでそういう感想があると助かります。


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コミュ障とコミュ障

 

 

「……分かった」

 

 弟子なんて初めて取る。

 何せ幼い頃から剣を握ってきたとは言え、18歳。まだまだ剣士としては修行の足りない年齢だ。

 鍛錬の時間を削ってまで弟子を取ろうだなんて思う若い剣士も殆どいないだろう。普通は老熟してから初めて募るものだ、こういうのは。

 

 しかし、少女の名前を聞いていなかったな。

 いつまでも勇者殺しと呼ぶのは些か面倒が残る。

 名前を聞かなきゃならないだろう。

 

「……お前は誰だ?」

 

 ……はぁ。

 分かってたよ。分かってましたよ。

 自分の口の不出来さに密かに苛立ってしまう。何でこう、強い語調になってしまうのか。

 少女は首を傾げて、言った。

 

「……私は私」

 

 え?哲学か何かか?

 普通そこは名前を返すところじゃないの?

 確かにお前はお前しかいないよ。認めてるよお前の存在は。でもそういう話じゃないんだ。

 

「それと……私は勇者を殺す勇者。勇者になったものを滅する勇者」

 

 続けて少女は言う。

 もう良く分かんない。お手上げです。白旗上げるから翻訳しろ誰か。

 よし、一旦匙を投げよう。この際名前はもう少女でいい。

 他にも師として聞くことはある。

 

「今までの食い扶持は?」

 

 このシビアな国では割と重要だった。

 師として、弟子がスリや窃盗などの犯罪で生きていたのならば修行の前に贖罪から始めなくてはならない。

 

「……山で適当に見つけたもの、食べてた」

 

「へ……?」

 

 納得出来たようで、出来ない。

 大丈夫なのか、それは。いやまあ知識さえあれば問題無いが。

 貴族みたいな可憐な顔立ちをしているからイマイチ想像出来ない。

 

「勇者、お腹空いてない?」

 

 懐を弄りながら少女は何かを取り出した。

 突然なんだ?

 空いてると言えば空いてるけど。

 

 少女が取り出したのは小さな青い果実だった。

 

「……くれるのか?」

 

 左手を腰に添え、右手で差し出しながらコクリと頷いた。

 復讐とか物騒な事を目的にしている女の子だが、根は優しいのかもしれない。

 俺は受け取ると、躊躇なく口入れる。

 うん、苦いのにじょりじょりしてて噛めば噛むほどそれがブヨブヨ感へと変化していく。

 

「……ホントに食べた」

 

 少女は目を大きくして、年相応に驚いたみたいにぽかーんと口を開ける。

 それも当然だ。

 

「不味いな……。初めて食ったが、食えるものじゃない」

 

 スヌギ。

 今俺が口で咀嚼する、毒の成分が含まれた実の名前だ。森の中で自生する木になる実で、普通の人間が食べれば8時間は燃えるような、締め付けられるような喉の痛みで苦しむことになる。

 これだけで死に至る事はない。だがこの少女もそれは承知の様子だった。

 もしここで俺が苦しむようなら、太腿にベルトで固定されていたナイフを左手で取り出し迷わず殺しにくるつもりだったのだろう。現に木の実を渡す時に左手は腰元に据えられていた。

 

 まあ耐毒の心得もある俺には無駄な小細工だ。

 その辺は師匠に殺されるほど食わされて鍛え上げられている。

 

「勇者……人間?」

 

「……俺は人間だ」

 

 ナイフをチラつかせながら疑うように首を傾げた少女に俺は断言する。

 決して魔物の類でも死霊の類でもないんだよなぁ。全部その辺りも死ぬほど辛い鍛錬の賜物で。

 

 そんなことよりこの少女、流れるように俺を殺そうとしてたよな?

 しかも毒まで態々使って。

 殺意係数高くない?ちょっと怖い。

 流石に師匠への仕打ちじゃないってコレ。

 

 指導しようと思い口を開く。

 

「殺すならば、相手を深く知れ。弱点を探れ。そして強くなれ。さもなければ俺を殺すなど不可能だ」

 

 ───ちょっと俺の口、何煽ってんの?

 これじゃあまるで俺が殺されたがってるみたいだろ。死にたくないんだけど。せめて彼女見つけて結婚して50年平和に暮してから死にたい。勇者だから平和に暮らすとか無いんだけど。落ち込む。

 

「……なるほど。分かった。次はもっと上手く殺す」

 

「それで良い」

 

 良くない!良くねえよアホ!

 今日ほど自分の会話力に殺意を抱いたことはない。

 完全に乗り気になっちゃってるからこの少女!

 どうすんの俺。どうしてくれんの俺……!

 

「勇者、強くなる方法。分からない……」

 

 少女はナイフを再び太腿に仕舞い込むと、少し落ち込んだ風に溢した。王城の外壁みたいに白い顔に影が落ちる。

 ……一旦、俺を殺そうとしているという事実は置いておこう。

 何だかんだ言っても、彼女は幼い。

 心構えなど出来ていない。自律心も完全に成っていなければ、剣と殺意さえ無ければ普通の村娘の少女だったに違いない。

 

「……お前には剣の才能が宿ってる。弛まぬ修練さえ熟せれば、確実に俺など簡単に超える」

 

「勇者を殺せるくらい?」

 

「数年やれば分かる」

 

「ならやる」

 

 少女は僅かな俊巡すら見せず即答した。

 師匠として俺に出来ることはそう多くは無い。

 彼女に教えれるのは剣と、剣士の心得。それに戦い方くらいだ。

 でも本当に必要なのはきっと彼女の心に真に寄り添える親役だ。復讐に囚われた少女に与えるべきは温かい心だ。だが俺にはそれが出来ない。

 

 俺は少女の決意を秘めた表情に、苦いものを噛みしめたような気分になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから、一週間経った。

 もう泊まってる宿にもう一つ部屋を取り、そこに少女を押し込んだ。出費は増える事になるが俺は勇者、金ならある。特段痛手でもない。

 少女の鍛錬の方は今は基礎的な物だ。短距離と長距離を交互に走せたり山道を走らせたり、終われば木刀の素振りをさせたり。俺はそれを監督しながら自分の鍛錬に励んでいた。

 少女はそんな地道な修行に文句を言わず打ち込んでいる。時折「絶対殺す」と呟いてるのは気になるが多分弱い自分のことだろう、うん。

 恐らくこれまでこう言った鍛錬はやってこなかったらしい。少女は鍛錬が終わればいつもブッ倒れて気絶してしまう。一応ギリギリ熟せる量に調整してるはずなのにだ。本当ならもうちょっとメニュー増やしたいんだが……と横で剣を振りながら思うが、この感じだと当分先の話になりそうだ。まあそのおかげで積極的に殺しに掛かってくる事はないから安心と言えば安心なんだが。

 

 そんな感じで、鍛錬の方は順調と言えるだろう。

 問題は、コミュニケーションの方だった。

 

「……勇者、どうしたの」

 

「気にするな、お前には関係ない話だ」

 

「……そう」

 

 宿のテーブルで向き合って朝食を摂りながら考える。

 俺は自他共に認めるコミュ障だ。だから言葉が詰まることも、足らないことも多くある。

 少女の方もこの数日で俺程には無いにせよコミュ障であることが分かった。言葉数は少ないし、基本自分の中で完結させるタイプだからか話が一気に飛躍する時もある。

 

 1人なら良い。

 2人共にコミュ障。

 これは流石に不味いのではと思う。

 

「……剣はいつやるの」

 

「今の鍛錬が身に染み付いたらだ」

 

「今が良い」

 

「無理だ」

 

 今こうして交わしている会話にだってすれ違いがあるかもしれない。

 由々しき問題だ。

 やはり、どうにかしてコミュ障を治さなくてはならない。

 いや、治す必要は無い。

 意思疎通さえ出来れば良いのか。

 

「今日は何する……聞いてるの」

 

「ああ。今日も同じだ」

 

「つまらない」

 

「だろうな。耐えろ。後食器で遊ぶのは止めろ」

 

 眼球に飛んできたフォークを親指と人差し指で受け止めながらパンを齧る。

 意思疎通の方法……か。

 難しい議題だが、一応。1つ思い付いたことがある。

 

「……いや。今日は趣向を変える。走らなくて良いぞ」

 

「言って正解。やる」

 

 少女は少し頬を緩めながら、何とかベーコンをスプーンで掬って食べる。

 弟子も乗り気なようだし、やってみる価値はあるな。

 

 

 

 

 

 

 

 普段から稽古場としている空き広場に来ると、早速少女に剣を渡した。

 

「……何をするの」

 

「乱取りだ」

 

「乱取り……?」

 

「剣で自由に攻めて来い。殺す気で良い」

 

 実践稽古みたいなものだ。

 互いに致命傷になる直前で剣を止めるまで打ち合い、切磋琢磨し合う。弟子同士で良くやったものだ。

 昔、師匠は剣を合わせれば自ずと相手の考えが読めると言っていたのを聞いたことがある。剣士が剣を交えること即ち会話であると。

 正直今も良くわからないが、一縷の希望を賭ける価値はある。多分。

 

「分かった」

 

 受け取った瞬間、少女は柄に両手を当て突きを繰り出した。

 危ないだろ!不意打ちとか人間のやることじゃないだろうが!

 

「……まだ甘いな。意識が俺の胴体に行き過ぎて、俺の足元を見ていない」

 

 それに何余裕でお喋りしてるんだ俺は!

 何とか足捌きで避けれたけど今の本気で危なかったんだからな!?分かれよな!?

 

「殺す」

 

 おどろおどろしいつぶやきと共に縦斬りが俺の真横で空を切る。そのまま袈裟斬りに繋げた少女に俺は剣を合わせ、冷徹に捌くと鍔迫り合いすることなく少女はそのまま後ろに退いた。

 

「熱に浮かれるな」

 

 仕切りに間合いを詰めて薙ぎ、不利になれば離れるを繰り返す少女に俺は感心する。

 明確な殺意を放ちながらも、自分が相手より力で劣っていることを良く理解している。鍔迫り合いは絶対に挑まず、不意を突くように攻め込んでくる。

 スタンスは固まってるようだ。非力の型と言うべきか。この年齢で誰の師事も得ず基軸となる動きを作っているのは素直に天才だと思う。

 だからこそ、惜しい。

 まだ体術も剣術も蕾の段階。

 それにこの戦い方では、上を目指せない。

 

「腰を引かすな。間合いを視ろ」

 

 斬撃を大きく避ける少女の行動を読んで一歩踏み込む。その踏み込みで地と平行に一閃。

 逃げられないと悟ったのだろう、少女は剣を盾にする。鈍い金属音が奏で上げられ、言葉にならない苦悶の声が少女の固く結ばれた口から溢れる。

 

 加減した力でも少女は対抗出来ずに剣を弾かれてしまう。そのまま俺は首元に剣を当てた。

 

「弾かれても剣を離さなかったのは上出来だ」

 

「もっ……かい!」

 

 少女は一旦距離を開けると、剣を構え直し、肉食動物のような鋭い目で俺の手先を凝視する。

 何度やっても無駄だ。これが何かの訓練になるかと言えば怪しい。だが、今日くらいは実践形式でも良いのかもしれない。

 少女は前傾姿勢から飛び出して、喉頸を掻っ切らんと刃先を煌めかした。

 





書きづらさ満点。何なんだこのキャラ達は。


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