転生した仮面の者 (きつつき)
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プロローグ〜託すもの〜

初めまして、きつつきと申します!
最初の話は偽りの最後の場面となります。偽りの仮面をプレイしていない方はネタバレとなりますのでご注意を。


「汝ハ……何故動ケル……オシュトル、マサカ汝ハ――」

 

「ヴライィィィィィィ!!」

 

 某の全ての力をこの拳に込め、ヴライの腹を貫いた。すると、ヴライは後ろへとよろめき、某の名を叫びながら奈落の底へと落ちていった。

 

「オシュトルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」

 

 ヴライとの闘いに勝つ事が出来た。某は元の姿へと戻り、ハクとネコネの方へと振り返る。

 

「ネコネ……ハク……」

 

 もう某に残された時間は僅かだ……消える前に、友に言っておかねばならん事がある。

 

「兄さまっ――あぅ……」

 

「お? どうしたネコネ、もしかして腰を抜かして動けないのか?」

 

 ハクがそう言うとネコネは杖でハクの頭を叩いていた。ネコネがハクに戯れているのを見るのもこれで最後になるな……。

 すると、ハクはネコネに手を差し伸べる。

 

「ほれ、捕まれ。オシュトルの所に行くんだろ?」

 

「ハクさんの手を借りるのは癪ですが……これも兄さまのためなのです……」

 

 ハクとネコネの元へ行こうとするが足が言うことを聞かず、その場で膝をついてしまった。某の心配をしたネコネはこちらに駆け寄ろうとするが、足元がふらついて転んでしまう。

 

(……始まった)

 

「あ、兄……さま?」

 

「お前…どうしたんだよ、その体……?」

 

 見ると、体がまるで鱗粉を纏っているかのようにきらきらと輝いていた。その体は徐々に崩れ、塩と化しているのだ。

 

「覚えているか? 我らが初めて出会った刻の事を……確か、其方と初めて肩を並べて戦ったのも、このような場所だったな……」

 

「あ…兄……さま?」

 

「こうして目を閉じれば、あの楽しかった日々が、まるで昨日のように思い浮かぶ……」

 

「な、何を言ってるんだよ! 今はンな話をするよりも早く手当てを……」

 

 もはや左足の感覚が無い。某の体からは塩が出ており、命が消えるのは時間の問題だろう。

 

「お前……その足……」

 

「不思議な男だ……いい加減で、お調子者で、楽ばかりしようとする……」

 

 崩れていく体を引き摺りながら続けて言う。

 

「だがな、何があっても其方が何とかしてくれる……そう思わせてくれる……心地よい陽だまりのような男……其方の周りにはいつも仲間がいて、いつの間にか賑やかになっていったな……」

 

「や、やめてくれ!」

 

「其方が日に日に将として成長していくのが、何よりの楽しみだった……」

 

「…ぁ…兄…さま?」

 

「其方と供にあった日々は、本当に楽しかったぞ……ああ……楽しかった……」

 

 初めてハクやクオン殿と出会ったこと、共にギギリを退治したこと、デコポンポの船に乗り込んだことや一緒に酒を飲んで男同士で大騒ぎをしていたこと……これまでハクやマロロ、ミカヅチ達と過ごしていた刻を思い出す。もっとハク達と過ごしたかった――もはやそれも叶わぬ。

 とうとう脚が無くなり、その場で動くことが出来ない体になってしまう。ネコネはそんな某に駆け寄り、涙を流していた。

 

「嘘……なのです……こんなの…兄さまぁ…」

 

(ネコネ……すまぬ)

 

 突然の別れに泣いているネコネを某は微笑みながら、ネコネの双眸から出てくる涙をまだ感覚が残っている右手で拭った。

 

「泣くな、ネコネ……これは仮面の者(アクルトゥルカ)の定め……某に悔いはない」

 

「オシュトル……お前、まさか……」

 

 ハクは察しているのだろう。某がここで朽ちるということを。ならば某も最後で無茶振りな願いをハクに頼むとしよう……。

 

「ヤマトの国と民を、そして姫殿下を……頼む……」

 

 仮面を外し、我が友に仮面(アクルカ)を未来を、全てを託す。ハクなら…アンちゃんなら……また何とかしてくれると、そう信じて。

 

「頼んだぜ、アンちゃん……」

 

 最期に、ネコネにも今生の別れを告げる。今思えば、ネコネには辛い思いをさせてきたな……そして、これからも。

 

「ネコネ、幸せにな……アンちゃんを……助け……てやって……く……」

 

 

 最後まで言う前に、オシュトルは塩となり消滅した。ネコネはオシュトルだったものに縋りつき、涙を流す。

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ! イヤァ、イヤァァァ!! 兄さまぁ!! 兄さまぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「オシュ…トル……お前は……」

 

 オシュトルから仮面を託されたハクはある決断をした。それは自分がオシュトルとなって皆を導く(・・・・・・・・・・・・・・・・)ことだった――

 

 

 仮面の者《アクルトゥルカ》同士の人智を超えた闘いの末、ヴライを退けたオシュトル。

 だが……根源への扉を開いた代償、それはオシュトルの命そのものだった。彼の体と魂は、塩となり大気に溶け、この世界の一部と化した……筈だった。

 これは……彼の新たな閃乱と、新たな長い旅路の始まりでもあったのだ。




偽りをプレイしてオシュトルが死んだのは悲しかったです…
次の話からカグラのキャラを出していきます!
作者は、少女達の選択しかプレイできていないのでオリジナル展開で進めます。ご勘弁を。


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来訪者

アトゥイと雪泉の声優さんって同じなんですね!声の感じが全然違うので驚きました笑


「ヌ……ここは……」

 

 気がつくと某は見知らぬ部屋で寝ていた。見渡してみると、至って普通の部屋だ。畳みに敷かれている布団に某は眠っていたようだ。

 いや、それ以前に……。

 

(此処は常世……ではないみたいだ。だが、だとしたら何故、某は生きている? 某は死んだはず――)

 

 ハクに仮面を渡して、某の魂は消滅した――それは確かに覚えている。一体何が起こっているというのか……?

 

「気がついたみたいですね」

 

 部屋に入ってきた女性……いや、少女に目を向ける。その少女は雪のように白い肌と水色の透き通った目をしており、どこか惹きつけるような容姿をしている。

 

「ここは……其方は何者であるか?」

 

「ここは私の家です。そうですね……まずは自己紹介をしておきましょうか。私は雪泉と申します、あなたのお名前は?」

 

「……某はオシュトルと申す」

 

「オシュトル様……ですか? 珍しいお名前なのですね」

 

 雪泉と名乗った少女は自分のことを知らない――それはつまり、少なくとも此処はヤマトではないということだ。部屋にはヤマトで見た事のない物も多々あった。一つ挙げるとすれば……あのカチカチと二本の針が中央で動いている物だ。中には数字が書いているがあれは何の意味があるのだろうか?

 すると、雪泉殿もそんな某の様子を不審に思ったのか、声をかけてきた。

 

「時計がどうか致しましたか?」

 

「時計? あれは時計というのか?」

 

「そうですけど……まさか時計を知らないなんてことは……」

 

(もしや……某もハクのように……)

 

 おそらくだが……ここはもしや、別の世界ではないか……? ハクのように某も突然、この世界に現れたのではないか? そういう考えが頭に過ぎる。

 そして、起き上がろうとした瞬間、キシリと体が悲鳴を上げた。

 

「ぐッ……」

 

「い、いけません! まだ動かれては!」

 

 痛みが全身に襲ってきた。おそらくヴライと戦ったときの傷が癒えていないのだろう。

 

「まだ安静にしていてくださいまし。オシュトル様の傷は深いのですから……」

 

「ぬ……すまぬ……だが、其方に迷惑をかけるわけには……」

 

「困ったときはお互い様です。今はごゆるりとお眠りになっていてください」

 

 雪泉殿は半ば無理矢理、某を寝かせる。今はこの子の言う通りにしよう。起きたらまた……聞けばよいことだ。

 

 

「そういえば、この仮面のこと……聞くの忘れていましたね」

 

 雪泉が持っているそれは、彼が最期に友に託した筈の仮面だった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 それから数日後……。

 なんとか自分で起き上がれるくらいに回復していた。流石にこのまま寝ていては体が鈍ると思い、外へ出る。

 すると、見慣れぬ光景が某を驚かせる事となった。

 

(これは……)

 

 聖廟とまではいかぬが、それでもかなり大きな……高いと言った方がいいか、建物がある。

 

 キィィン――

 空を見上げると、何やら大きな物体が飛んでいた。

 

(あれは鳥……ではないな。もっと別の……鉄で出来た船か?)

 

 某は未だに驚きを隠せずにいた。ネコネが此処に居れば喜ぶのではないか?

 そんな事を考えていると、背後に気配を感じた。

 

「お前さんが、雪泉の言っていたオシュトルかい?こりゃなかなかの美形じゃのう。だがまあ、半蔵の若い頃には負けるがの」

 

 声のする方へ向くと、赤い布を首に巻き、黒い眼鏡(?)をかけた老婆が立っていた。よく見ると、杖ではなく大きな煙管を杖代わりにしている。

 この者は一切の隙が無い……ヴライやミカヅチと同じくらいの力量を感じつつ、只者ではないと警戒をする。

 

(色々と気を取られていたとはいえ気付く事が出来なかった……この者は一体……)

 

「そう警戒せんでいい。あたしはお前さんの様子を見に来ただけじゃよ。もう怪我は大丈夫なのかい? 雪泉からは酷い怪我と聞いておったのじゃが……」

 

「……この通り、雪泉殿のおかげで動くことができるくらいには、回復しました故」

 

「ふえっふえっふえっ。そうかい、そりゃよかった。雪泉に感謝しておくことだねぇ、森で倒れていたお前さんを甲斐甲斐しく介抱しておったからの」

 

 雪泉殿はこの数日間、自分を介抱してくれていたのか。感謝してもしきれぬな。これは後でお礼を言わねばなるまい。そう思っていると丁度、雪泉殿が帰ってきたところだった。

 

「小百合様、頼まれていた物を……オ、オシュトル様!? もう歩いても大丈夫なのですか?」

 

「おや雪泉、帰ってきたのかい。今ちょうどこの男と話をしていたところじゃ。どうやらもう動きまわれるそうじゃぞ?」

 

「ええっ!? もう回復なされたのですか……あんなに酷い怪我でしたのに……」

 

 たった数日で回復するとは思わなかったのだろう。雪泉殿は驚いた表情でこちらを見る。

 

「雪泉殿、この数日の間、介抱していただき感謝致す」

 

 雪泉殿に深々と頭を下げる。思えばこの子が某を助けてくれたのだ。礼を言わないのは失礼というものだ。

 

「そんな……頭を上げてください。それに、オシュトル様の看病をしていたのは私だけではありません。月閃の皆さんと交代しながら診ていたのです」

 

(む? つまり、某を看病していたのは雪泉殿だけではないということか)

 

「そういえば、月閃の連中とは一緒じゃないのかい?」

 

「もうすぐ来る頃だと思います。皆さんも修行の前に、お見舞いに来るとおっしゃってましたので」

 

「ふむ……どうやらあたしはどこかに行った方が良さそうだね。後は若い者同士で楽しみな」

 

「さ、小百合様!///」

 

 小百合と呼ばれた人は一瞬で消えていた。やはりこの老人……只者ではない。仮面の者(アクルトゥルカ)と戦っても勝てるのではないかと思うくらいにあの者には気力が感じられた。

 次いで雪泉殿を見ると、心なしか顔が赤くなっているように見えた。

 

「如何なされた、雪泉殿。具合でも悪いのか?」

 

「い、いえ……心配は無用です……あ、そういえばこの仮面はオシュトル様の物でしょうか?」

 

「……ッ!? なぜ仮面(アクルカ)が……」

 

 雪泉殿が取り出したのは、かつて帝より賜りし仮面(アクルカ)だった。思わず困惑してしまう……何故ならその仮面は……某が死ぬ前に友に託した筈の物だったからだ。

 

「えっと……オシュトル様が森の中で倒れていたときに、この仮面を握りしめていたのです。今お返し致しますね」

 

「……そうであったか。感謝致す」

 

 まさかこの仮面を再び被ることになろうとは思いもしなかった。どうも神様は運命の戯れとやらが好きらしい――そう思いながら、雪泉殿から手渡された仮面(アクルカ)を額に付ける。

 

「雪泉ちゃーん! みのり、クッキー焼いてきたよー! 一緒に食べ…あ! その人、目が覚めたんだ!」

 

「ありがとうございます、美野里さん。それに怪我も回復したそうですよ」

 

 両方に髪を結んだ、元気いっぱいで可愛らしい少女がやって来た。どうやら美野里と言うらしい。

 

「初めまして! 美野里だよー! お菓子作りが得意なの、よろしくねー!」

 

「雪泉殿から話は聞いている。此度は某の介抱をしていただき、誠に感謝致す」

 

「別にいいよ! 助け合うのは当然だもん!……ところで、どうしてお面なんかしてるの?」

 

「み、美野里さん!」

 

「……某の敬愛していたお方の形見である故、この仮面をしている」

 

 そう。帝から直々に賜わった仮面(アクルカ)であるからこそ、帝都でも殆ど外すことはなかった。ウコンになっていた時は別だが…

 空気が重くなってしまったため、3人ともしばらく黙っていたが先に口を開いたのは美野里殿だった。

 

「そ、そうだ! みのり、クッキー焼いてきたんだった! 皆で一緒に食べよ!」

 

「ふふっ、そうですね。ではいただきましょうか」

 

「いっただっきまーす!」

 

 雪泉殿と美野里殿がクッキーという焼き菓子を食べている最中(さなか)、某は少し困っていた。理由は、某は甘いものが得意ではないからだ。帝からの褒美で貰った菓子や果物も、ネコネに殆どあげていた。

 

「オシュトル様、どうかしましたか?」

 

「……」

 

「みのりの作ったクッキー……食べてくれないの…?」

 

「む……いただこう」

 

 美野里殿が涙目でこちらを見てきたので、食べざるを得ない。今にも泣き出しそうな表情をしていたため、無理にでも食べることにした。

 

「どう? 美味しい?」

 

「う、うむ……美味である」

 

「よかった! このクッキー、みのりの自信作なんだよ!」

 

 えっへん、と胸を張る美野里殿。とにかく喜んでくれて何よりである。

 その後しばらく、仮面をつけた男と可愛らしい少女達三人のお茶会が続いた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

「すまん、漫画を描いていたら遅くなった……」

 

「ごめん雪泉ちーん、ブログネタを探してたら遅くなっちゃったー」

 

「わしも料理の味見をしてたら遅れてしまいました……」

 

 お茶会も終わり、三人で色々話していると、般若のお面をした身長の高い少女と見た目が派手な少女、おかっぱ頭に桜の髪飾りをつけた少女が現れた。

 般若のお面をつけた少女がこちらの存在に気づく。

 

「そこの仮面の男、もう動いても平気なのか?」

 

「其方達のおかげで、この通り怪我も回復した。感謝致す」

 

「あはは! オシュトルさん、さっきから感謝してばっかりだねー!」

 

「ふふ、そうですね」

 

「ふっ、確かにそうであるな」

 

 美野里殿の指摘に、雪泉殿と思わず苦笑する。

 

「あれー? 美野里ちん達、随分と仲良くなってる?」

 

「わし達のいない間に何があったんじゃ?」

 

「ふむ…気になる……そういえば我達、自己紹介をしていないな」

 

 名前を言うのをすっかり忘れていた三人の少女は、某に自己紹介をする。

 

「我は叢……趣味は漫画を描くこと」

 

「わしは夜桜です! こう見えて料理には自信があります! よろしくお願いしますね、オシュトルさん」

 

「あたしは四季! よかったらブログも見てね♪」

 

 叢殿達は適当に自己紹介を終えると、美野里殿の作った残りのクッキーに手に取り、口に運ぶ。三人とも幸せそうな表情をしており、それは美野里殿のクッキーが絶品だということを裏付けるのに充分だった。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

「それでは皆さん、遅くなりましたが修行を始めましょうか」

 

「えー、雪泉ちゃん! 今日はお休みにしよーよー! オシュトルさんもそう思うよね?」

 

 美野里殿は某に同意を求めるようにしてこちらを見た。

 

「某に言われてもな……」

 

「そうだ! あたし良いこと思いついちゃった♪」

 

「いいことって何? 四季ちゃん!」

 

「……悪い予感しかしないんじゃが」

 

「我も同じく……」

 

 今の四季殿の表情は、悪戯を企んでいる子どものような顔をしていた。美野里殿以外の皆は、四季殿の言っている『いいこと』が碌でもないことに違いないと悟っている。

 

「オシュトルちんって、ちょー強そう! ということであたし達と勝負しない?」

 

「某が……其方達と?」

 

「い、いけません! オシュトル様の怪我は、完全に治ってはいないのです! もし傷が開いたりでもしたら……」

 

 四季殿の提案に雪泉殿は反対する。おそらくだが、某がまだ万全の状態ではないからであろう。激しく動けば、塞がりかけている傷が開いてしまうかもしれない。体を動かしたいという気持ちこそあるものの、ここでまた傷を悪化させると元も子もない。そう思い、やんわりと四季殿の提案を断る。

 

「すまぬな四季殿。怪我が治り次第、いつでもお相手致そう」

 

「約束だよー? 破ったら許さないんだからねー」

 

 四季殿は渋々納得したようだ。

 結局、この日は大人しく雪泉殿らの修行を見学していたのだがその夜、こっそりと剣の稽古をやっていたところを雪泉に見つかり、プリプリと怒られたのは別の話である。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 そして十日後……。

 仮面(アクルカ)をつけていたので傷の治りが早くなり、すっかり怪我が治った。怪我も治り、これからどうしようかと考える。いつまでもあの子達に世話になるわけにはいかない。そう思い、一旦外へ出る。

 

「うむ……どうしたものか……」

 

 それ以前に問題があった、今は右近衛大将という称号がないのだ。つまり……今の某には職がない、俗に言う無職である。

 

「これじゃあ、アンちゃんのこと言えねぇな……」

 

 周りに誰もいないことを確認しつつ、ウコンの口調に崩す。はぁ、と溜息をついてしまう。

 

「おや? 何かお困りのようだね、どうかしたかい?」

 

 声のした方に目を向けると小百合殿がいた。どうやら某の様子を見に来たようだ。

 

「小百合殿、実は……」

 

 口調を戻し、小百合殿に職のことについて相談する。

 

 

 

 

「ふむ……職が無くて困っておる、と」

 

「雪泉殿達に世話になりっぱなしでは、申し訳ないのでな……いつまでも、ぐうたらとしているわけにはいかぬ」

 

「なるほど……良い心掛けじゃ」

 

「溝浚いでも(ギギリ)退治でも構いませぬ。力仕事も致します故」

 

 今までは隠密としてハクに汚れ仕事をさせてきたのだ。今度は某がそれをする番でも構わない。

 

「ほぉ……それなら」

 

 小百合殿が何かを言おうとしたが、それは一人の少女の声によって掻き消された。

 

「はぁ、はぁ……小百合お婆ちゃん、大変だよ! 鎮魂の森に妖魔が出たの!」

 

 声の主は美野里殿だった。見ると彼女の服は所々破れており、怪我もしている。聞くと、雪泉殿達と森で修行していたところを妖魔という怪物に襲われたらしい。

 

「数が多くて……雪泉ちゃん達がまだ戦ってるの! お願い助けて! 雪泉ちゃん達が死んじゃう…!」

 

 放っておくわけにはいかない。某は雪泉殿達を助けに行くことを決意した。

 

「無論。美野里殿、案内を頼めるか?」

 

「オシュトルさん……うん! こっちだよ!!」

 

 

 

 急ぎ、森へ向かっていく二人に対し、森へ行くオシュトル達を見送る小百合。

 

「さてオシュトルや、仮面の者(アクルトゥルカ)の力……どれほどのものか見させてもらおうかの」

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 森の中。

 雪泉達は、ひたすら妖魔を倒していた。しかし、倒しても倒してもキリがなく、いつまで持つかわからない、それだけ多いのだ。もはや倒れるのも時間の問題かもしれない。

 

「くっ……数が多いですね……」

 

「今は耐えるのじゃ! 美野里が助けを呼んで来てくれる筈です!」

 

「で、でも……このままだとあたし達、ちょっとヤバいかもね……」

 

「信じるのだ……美野里は必ず来ると……あ、あれは?!」

 

 叢の目線にはゾロゾロと歩いてくる妖魔の大群があった。その中には巨大妖魔の姿もあり、月閃の皆は絶望感しかなかった。

 

「巨大妖魔まで……きゃあっ!!」

 

「雪泉ちん!? くっ!」

 

 巨大妖魔に気を取られていたのか、雪泉は目の前の妖魔に吹き飛ばされてしまう。これを機に、他の妖魔が雪泉にとどめを刺そうと振りかぶる。

 

「おじい……さま……!」

 

 雪泉は思わず目を閉じてしまう。しかし、いつまで経っても痛みがない。目を開けてみるとそこには……

 

「雪泉殿、他の皆も無事であるか! 助太刀いたす」

 

「オシュトル様(ちん、殿、さん)!」

 

「な、なんとか間に合った……美野里も戦うね!」

 

 

 オシュトルの剣さばきは見事なものだった。少し斬撃をしただけで何十体、何百体の妖魔が一斉に倒れていき、雪泉達もそれに続く。だが、妖魔の増援はまだまだ続いた。

 そこであることに気がつく。そう、仮面(アクルカ)の力だ。仮面(アクルカ)の力であれば奴等を殲滅できる。例え、またこの身が果てようと彼女達を護れるのであれば本望だ。

 

「皆、下がっていろ。ここからは某が奴等の相手を致す」

 

「む、無茶です、オシュトル様。いくらなんでも危険です!」

 

「危険なのは其方達の方だ。巻き込まれれば、怪我だけでは済まぬ」

 

 額の仮面(アクルカ)に手を当てる。仮面(アクルカ)の力を解放するのは、ヴライ戦以来だ。

 

仮面(アクルカ)よ、扉となりて……根源への道を開け放てっ!!」

 

 その瞬間、オシュトルは異形の体に姿を変える。

 後ろから見ていた雪泉達は驚きを隠せなかった。なぜなら、人が巨体に変身したからだ。

 

「オ、オシュトル……様……?」

 

「雪泉殿、皆ト後ロニ下ガッテイロ……」

 

 言われた通り、雪泉達は後ろに下がる。

 

「オオォォォォォォォォッ!! 某ノ拳、受ケテミヨッ!」

 

 本気を出したオシュトルの戦いは凄まじいものだった。あの妖魔達がまるで、ドミノ倒しのように次々と倒れていったのだ。

 そして一瞬のうちに妖魔を全て薙ぎ倒し、残りは巨大妖魔だけになった。オシュトルは間髪入れずに、巨大妖魔に練気豪掌を喰らわす。

 

「コレデ……終ワリダッ!」

 

「ゥ……ァァァァァァ!!!」

 

 巨大妖魔は悲鳴を上げて倒れ、ついに妖魔達との戦いは終わった。オシュトルも雪泉達の元に向かう。

 

「なんと……お美しい……」

 

「オ、オシュトルさんは一体何者なんじゃ……?」

 

「なんかあたし、夢でも見てるのかな……」

 

「ふむ……良い漫画が描けそうだ」

 

「みのり、あり得ない光景を目にしてるよー……」

 

 まだ起きている状況の理解が追いついていないのだろう。雪泉達は未だに唖然としていた。

 

「皆、無事カ?今、傷ノ手当テヲシヨウ……」

 

 そう。オシュトルには周りにいる仲間達の傷を癒す能力があるのだ。流水の癒しを発動させ、雪泉達の怪我をみるみるうちに治していく。

 

「コレデ……イイダロウ……」

 

 雪泉達の傷を治し、オシュトルの体は元に戻る。

 戻った瞬間、彼は倒れ、深い眠りについたのだった……。




オシュトルと言えばやっぱり仮面なのでつけさせちゃいました(笑)
次の話も是非読んでいただけると嬉しいです!


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陽だまりの中で

オシュトルって文武両道で清廉潔白なので、女の子にモテモテなのは間違いないですね!

オシュトルはこの世界の文字を読める設定にしています。
ハクオロさんも最初から読めていたようですがウィツ補正ってことなんですかね?


「う……」

 

 妖魔の襲撃から翌々日――

 オシュトル様が部屋にて目を覚ます。前にも思いましたが、本当に回復の早い人です。普通の人ならまだ眠っているままでしょう。

 オシュトル様は私に気付くと申し訳なさそうな顔をしながら言いました。

 

「すまぬ……また、雪泉殿に世話を焼かれてしまったな」

 

「いえ、気にしないでください。あの日……オシュトル様の助けがなければ、どうなっていたか……」

 

 あの日のことを思い出す。

 彼が助けに来てくれなければ、妖魔に全員殺されていたかもしれなかった。間一髪のところでオシュトル様が来たから良かったものの、もう少し遅ければ確実に私は殺されていました……。

 

「とにかく、雪泉殿が無事で何よりである。某の命の恩人なのでな」

 

 そう言って、オシュトル様はにこやかに笑う。自分の事より私の事を心配してくれるなんて……。

 

(何故でしょう……彼を見ているとドキドキします……)

 

 顔も熱くなり、今まで抱いた事の無かった感情に少し戸惑う。

 私はオシュトル様に悟られないよう普段通りの口調で言った。

 

「オシュトル様も私の命の恩人ですよ。傷まで治してくださいましたし」

 

「お互い様というわけか……それは何とも、可笑しなものであるな」

 

「ふふっ、そうですね」

 

 二人で思わず苦笑する。

 そういえばまだ彼にお礼を言ってませんでしたね。そう思い、オシュトル様と向き合う。

 

「あの……私達を助けてくださり、本当にありがとうございました」

 

 改めてオシュトル様にお礼の言葉を述べ、座ったままお辞儀をする。

 

「気にせずともよい。某は其方達を死なせたくなかっただけなのだ。故に、礼を言われるようなことはしておらぬよ」

 

「……オシュトル様は謙虚なのですね」

 

「某の性分なのでな。気に障ったのであれば謝罪しよう」

 

 なんとお堅い殿方なんでしょう……それだけでなく謝罪までされてしまいました。私も頑固だの、融通が利かないだの、よく皆さんに言われるのですが、オシュトル様はそれを上回っています。

 

「では、オシュトル様。私に何かできることがあれば、遠慮なくおっしゃってくださいね。なんでも(・・・・)致しますから」

 

 殿方は『なんでも』という言葉に弱い。それを知ったのは花嫁修行をしている際、小百合様に教えてもらいました。なので、私はあえて『なんでも』の部分を強調して言った。

 清廉潔白とはいえ、オシュトル様も男の人です。少しはなびくと……思いたいです。

 

「ふむ……では雪泉殿に頼みがある」

 

「は、はい! なんなりとお申し付けくださいっ」

 

 

 

 

「この街の案内をして頂けるか?」

 

「………………はい?」

 

 私が期待していた反応とは全然違いました。

 

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 翌日。

 私とオシュトル様は町に出掛けることになりました。昨夜のことを月閃の皆さんに話し、皆さんもどうですかと誘ったのですが、逆に『二人で行っておいで』と見送ってくれました。美野里さんだけは、一緒に行くと最後まで言っていましたが、夜桜さん達の必死の説得をへて事なきを得る。

 そして今、私達は浅草寺の通りを歩いていた。

 

「オシュトル様、随分と目立っていますね……」

 

「おそらく、この仮面(アクルカ)が原因であろうな」

 

 道行く人の殆どがオシュトル様に注目していました。しかし、その視線は好奇な目で見ているのではなく、どちらかと言うと羨望の眼差しと言った方がいいでしょう。

 

「……多分、仮面のせいだけではないと思います。オシュトル様は、この辺りで有名になってますから」

 

「む……そうなのか?」

 

 そう。オシュトル様は、この前の妖魔事件ですっかり有名になってしまっていたのです。たった一人で大群の妖魔を殲滅する……それは誰にでもできることではありません。つまり、若い忍や子ども達にとってオシュトル様は憧れの存在になっています。

 

「あ! 雪泉ちゃん!」

 

 後ろを振り返ると、そこには私のライバルであり友達でもある半蔵学院のリーダー……飛鳥さんが立っていました。

 

「飛鳥さんではないですか。今日はどうなされたのですか?」

 

「ばっちゃんに大福買ってきてって頼まれちゃったんだ〜、ん? 雪泉ちゃんの隣にいる人って……」

 

 飛鳥さんは私の隣に立っているオシュトル様に目を向けた。すると、オシュトル様は飛鳥さんに自己紹介をした。

 

「飛鳥殿と言ったか、お初にお目にかかる。某はオシュトルと申す」

 

「やっぱりオシュトルさんだったんだ……ばっちゃんから聞いた通りだったよ」

 

「ばっちゃん?」

 

「オシュトル様、飛鳥さんは小百合様のお孫さんなんですよ」

 

「なんと、そうであったか」

 

 すると、オシュトル様は飛鳥さんの顔を見る。小百合様のお孫さんと知って興味が出ているんでしょうか。

 

(……ちょっと見過ぎじゃないですか? あと、どうして飛鳥さんも満更では無さそうなんですか?)

 

 そんなことを考えていると、飛鳥さんが意地の悪そうな顔をしてこちらを見ていた。

 

「ところで、雪泉ちゃんとオシュトルさんって付き合ってるの? なんだか、仲良さそうに見えるけど」

 

「わ、私とオシュトル様が……ですか?」

 

 チラりとオシュトル様を見る。しかし、彼は動揺しておらず、むしろ和かな表情で返した。

 

「確かに、雪泉殿は魅力的な女性である。故に、某のような無骨者では釣り合わぬよ」

 

「え…? 魅力的な……女性……///」

 

 オシュトル様にそう言われ、体が熱くなる。

 

「ふふ、雪泉ちゃんってば顔真っ赤だよ? 可愛い!」

 

「あ、飛鳥さん……からかうのはやめていただませんか?」

 

 流石に恥ずかしくなり、飛鳥さんにやめるよう懇願する。ですが、私の反応が面白くなってきたのか、飛鳥さんはやめてくれません。

 それを見兼ねたのか、オシュトル様は助け舟を出してくれました。

 

「時に飛鳥殿、其方は掲示板のある所を知っているか?」

 

「掲示板? それならあそこの門を右に曲がったらあるけど……」

 

「感謝致す。では雪泉殿、行くとしよう」

 

「は、はい……では飛鳥さん、また」

 

「う、うん……なんだろう、この敗北感」

 

 

 

 

 飛鳥さんの言った通りの道順で行くと、本当に掲示板がありました。

 掲示板には、様々な募集があった。溝浚いや屋根の修理、荷運びに妖魔退治なんてものもあり、報酬金はかなり弾んでいる方です。

 オシュトル様が私に案内を頼んだ目的は、職を探すためのようでした。

 

「もしかしてオシュトル様、働くのですか?」

 

「ああ、いつまでもぐうたらとしているわけにはいかぬからな」

 

「……別に、ぐうたらしていたわけではないと思いますが」

 

 思わずツッコみを入れる。オシュトル様は怪我を治すことに専念していただけなのに、それをぐうたらと言うのです。ぐうたらではなく、療養と言った方が正しいと思います。

 

「一つ申し上げてもよろしいでしょうか?」

 

「構わぬ。申してみよ」

 

「オシュトル様は、この町の有名人なのですよ? 皆さん、萎縮してしまうのではないでしょうか?」

 

 オシュトル様は有名になっているため、働こうにも働けない可能性があります。ひょっとすると町中で勝負を挑みに来る輩もいるかもしれません……そうなって来ると、オシュトル様はもちろん町や住人に危害が出てしまわないか心配です。

 ですが、オシュトル様には考えがあるようでした。

 

「そのことについてだが、某に考えがある。心配はいらぬよ」

 

「考え……ですか?」

 

 そう言いながら首を傾げる。

 

「うむ、実際に見てもらった方が早いか。暫しの間、そこの長椅子(ベンチ)で座って待っていてくれまいか? すぐに戻って来る故」

 

「は、はい……わかりました」

 

 オシュトル様の考えとは何でしょうか。私は言われた通り、ベンチに腰をかける。

 

 

 

*********

 

「いよう! 待たせたな」

 

 暫く待っていると知らない男の人がやって来た。

 

「あ、あの……貴方は?」

 

 目の前にやって来たのは、顎髭をたくわえ、ボサボサの髪をした男の人でした。なんだか態度も垢抜けて、サバサバとしている。

 

「俺かい? 俺は、しがない風来坊のウコンってモンだ。よろしくな」

 

「は、はぁ……」

 

 これが俗に言うナンパでしょうか?

 人生で初めてナンパをされたのでどうすればいいのか判りません……。

 

「そんじゃ、腹も空いたし、どっか食いにでも行くとしようぜ。俺が奢ってやっからよ!」

 

「す、すみません……人を待っているので……」

 

「なんでぇ、まだわからねぇのかい? 意外と薄情な娘だねぇ」

 

「え?」

 

 男はニヤリと笑うと人が見ていないのを見計らい、付け髭を取り、髪を整える。するとそこには、見た事のある男の姿がありました。

 そう、目の前にいた男はオシュトル様だったのです。

 

「雪泉殿、某だ」

 

「オ、オシュトル様?!」

 

「雪泉殿にもバレなかったということは、某の変装も捨てたものではないな」

 

 口が塞がらないとはこの事です。あのお堅いオシュトル様が、サバサバとした言動をとり、雰囲気も全然違っていたので、まったく判りませんでした……。

 すると、私の表情があまりにも面白かったのか、オシュトル様は再びウコンに変装する。

 

「どうでぇ、驚いただろ?」

 

「えっと……何からおっしゃっていいのか……」

 

「おっと、この姿の時はウコンって呼んでくれよ?オシュトルってバレると変装の意味がねぇからよ」

 

 ウコン様……元い、オシュトル様はニッと笑い、こめかみを掻く。その仕草がオシュトル様の時とあまりにもギャップがあったため、思わずドキッとしてしまっていた。

 

「……」

 

「ん? もしかして、幻滅しちまったか?」

 

「い、いえ……そんなことはありません。オシュ――ウコン様……」

 

「そうか。んじゃ、何か食べて帰るとしようぜ……と思ったが、夜桜のネェちゃんが作ってくれるんだったな。真っ直ぐ帰るとすっか」

 

「はい、そうですね」

 

 オシュトル様の変装に驚きましたが、話しをしていくうちに慣れていった。

 このあと私達は寄り道せずに、色々と話しながら帰宅したのですが、オシュトル様はウコン様の姿のままで帰ってしまい、夜桜さん達に不審者扱いをされて追い出されそうになったのはまた別の話です。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 三週間後。

 某は色々な仕事をこなしていた。もちろん、オシュトルとしてではなくウコンの姿でだ。溝浚いや屋根の修理、賊を捕まえたり、妖魔討伐等をしていたのでお金は直ぐに貯まった。

 彼女らに恩を返すため、半分は雪泉殿達に給付した。雪泉殿達は、某が稼いだのだから要らないと遠慮していたのだが、『某をここに住まわせてくれているせめてものの礼だ』と、半ば無理矢理渡した。少なくとも、美野里殿や四季殿は喜んでくれていた。

 そして、今日は休日である。

 

「オシュトルちーん、あたしとどっか出掛けなーい?」

 

 外で剣の稽古をしていると四季殿がやって来た。雪泉殿達も今日の修行はお休みで自由行動らしい。一旦稽古を中断し、四季殿に目を向ける。

 

「出掛けるのであれば、某ではなく雪泉殿や美野里殿らを誘えばよいではないか。なぜ某なのだ?」

 

「相変わらず堅いなぁ、オシュトルちんは。あたしとデートしたいとか思わないの?」

 

(デートとは……確か異性と出かけることであったな)

 

「四季殿、某のようなつまらぬ男を相手にしても楽しくはならぬよ。デートをするなら、某よりも良い男としてはどうだ?」

 

「いやいや! オシュトルちんは強くてイケメンで、あたし達のことを想ってくれてるしで……まさにあたしの理想の男の人なんだけど……///」

 

 何故か四季殿は顔を赤くし、段々と声が小さくなる。よく聞こえなかったため、『何か言ったか?』と言おうとしたが、後ろから聞こえてくる元気な声に遮られた。

 

「オシュトルさーん!」

 

 声の主は美野里殿であった。美野里殿は勢いよく某の背中にギュ〜ッと抱きつき、その身を擦り寄せる。

 

「おっと……どうしたのだ、美野里殿?」

 

「えっとね! みのりと一緒にお菓子作らない? オシュトルさんの分は多めにするから!」

 

「ちょっと美野里ちん? あたしが先に声掛けたんだケド?」

 

 見ると明らかに不機嫌そうな表情をしていた。すると、四季殿は某の腕を引いた。

 

「どっちが先とか関係ないもん! オシュトルさんは、みのりとお菓子作りするんだから!」

 

 その時、もう片方の腕を美野里殿がより強くギュッと掴んでいた。言うなれば、綱引き状態である。

 

「あたしとデートするの〜!」

 

「みのりとお菓子作りするの〜!」

 

「ぬ……」

 

 ギチギチ……と軋むような音が聞こえた。それは服が引っ張られて上げる悲鳴だった。もはや服が破けてしまうのは時間の問題かもしれない。そう思っていると……。

 

「オシュトルさん、わしの料理の味見をして――なんじゃこの状況は!?」

 

「オシュトル殿、我の描く漫画の参考に――これは……」

 

 そこへタイミングが良いのか悪いのか、夜桜殿と叢殿がやって来た。困ったことに、どうやらこの二人も某に用があるらしい。

 

「む? 夜桜殿と叢殿か」

 

「こ、これは一体?」

 

「どういう状況だ?」

 

 

 今起こっている状況について話す。四季殿と美野里殿も夜桜殿らが来たことに気付き、引っ張っていた手をピタッと止めて事情を話す。そこで、黙って聞いていた叢殿が口を開いた。

 

「なるほど……二人でオシュトル殿の取り合いをしていたわけか」

 

「でもでも、あたしが先に声掛けたんだよ? 美野里ちんは引くべきだって思わない?」

 

「そんなのずるいよ! みのりだって、オシュトルさんと一緒に過ごしたいのに!」

 

「はいはい、やめやめ」

 

 再び喧嘩が始まりそうになり、夜桜殿が二人の間に割って入る。

 

「ふむ……しかし困った。我もオシュトル殿の動きを参考に、漫画を描きたかったのだが……」

 

「わ、わしだって料理の味見を頼みたくて……その……」

 

 四人はそれぞれ、顔を合わせる。

 気のせいか空気が重くなったような気がした。そこで四季殿は某に目を向け、口を開く。嫌な予感しかしないのだが……。

 

「こうなったら……オシュトルちんに決めてもらうしかないね!」

 

「は?」

 

 いきなり起こった急展開に、思わず素の声が出てしまっていた。見れば他の三人もハッ!と気づいたようにこちらに目を向けている。

 

「そうじゃな! 四季の言う通り、ここはオシュトルさんに決めてもらいましょう!」

 

「我も依存はない」

 

「みのりもそれでいいよ!」

 

「さあ、オシュトルちん! 誰と過ごすの?」

 

 四人は同時にこちらに詰め寄る。この状況を回避するため、某は素早くウコンの姿に変装する。

 

「おいおい、俺はオシュトルじゃなくてただのしがない風来坊のウコンだぜ? あのような男前と一緒にされるのは光栄だねえ」

 

「「「「………」」」」

 

 わざとらしく時計を見るフリをしながら、誤魔化すことにした。

 

「おっと、もうこんな時間か。じゃあ娘さん達! また会おうぜ!」

 

 考えが甘かった。四人は即座にこちらの両手両足をガシッと掴んでいたのだ。なんという早業……その表情は絶対に逃がさないという獲物を狙う目だった。

 

「うおッ!?」

 

「ウコンちんに変装しようが関係ないよー? もちろん、あたしとデートするよね?」

 

「逃さぬぞ……我の漫画のためにも」

 

「一体誰と過ごすんですか? 早く決めてください」

 

「当然、みのりだよね? 一緒にお菓子作ろ!」

 

 彼女達は逃してくれるなんてことはなかった。

 某は既視感を感じつつも、おそるおそる彼女達に問いかける。

 

「な、なぁ? 俺に拒否権は……」

 

「「「「ない(です)!!!!」」」」

 

 どうしてこうなった……この既視感にようやく気付いた。この状況はハクと全く同じだ。

 

(アンちゃんの気持ちが判った気がするぜ……)

 

 

 

 結局、四人全員と過ごすことになった。

 四季殿に服を買うのに付き合わされ、美野里殿には甘い菓子をたくさん食わせられ、さらに夜桜殿の料理を二十品も食べさせられた。その後、腹がいっぱいだったところを叢殿に剣技を披露してくれと言われ、某にとって散々な休日だった。

 この後、雪泉殿に胃薬を貰ったので次の日の仕事には支障がなかった。

 




早めにウコン登場させました!その方が都合が良いので笑
そろそろ他のキャラも出していきたいのですが、どの子を出そうか悩みますね……。


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熱き想いを胸に

こんな拙い文章にお気に入りが22件ですと!?
これは頑張って書くしかないですね……

今回は、焔紅蓮隊のあの子が登場です!


 朝、自室。

 いつもの起床する時間に起きる。今日は休みなのだが、習慣がついているせいで、早めに起きてしまった。

 

「ん?」

 

 布団の中で違和感があるのを感じた。そっと布団をめくってみると、そこには気持ち良さそうに寝ている美野里殿がいた。

 

「むにゃむにゃ……」

 

「……またか」

 

 思わず頭を押さえる。

 美野里殿が某の部屋に忍びこんできたのは今日だけではない。実は一週間前から何度も忍び込み、布団の中に潜り込んでいたのだ。一度注意をしたのだが、それでもやめないので殆困っている。

 美野里殿を起こさないようにそっと部屋を出る。廊下を歩いていると雪泉殿と鉢合わせた。

 

「あ、オシュトル様。おはようございます」

 

「おはよう、雪泉殿」

 

 いつものように朝の挨拶をする。

 

「あの……今日もお仕事に?」

 

「今日は休みなのだが、早く起きてしまってな。習慣が身についているのやもしれぬ」

 

「オシュトル様は真面目な殿方なのですね。お休みの時くらい、ゆっくりと寝ていらしてもいいと思います」

 

「いや、完全に目が覚めたのでな。これから町にでも出かけ――」

 

 最後まで言う前に、目元を誰かに覆い隠される。このような事をするのはあの子しかおらぬ。某は自身の目を覆っている者の正体の名を呼んだ。

 

「……四季殿、何をしておられるか?」

 

「えぇー! なんで『だーれだ?』って言う前に、あたしだってわかんのー!?」

 

「四季殿の気配がしたのでな」

 

 パッ、と四季殿は某の目から手を離す。四季殿は不満そうな顔をしていたが、すぐに笑顔になると、某の腕に抱きついた。

 その様子を側から見ていた雪泉殿は鋭い視線でこちらを睨みながら言った。

 

「……四季さん? オシュトル様が困っています。そろそろ離れてはどうですか?」

 

「なになにー? 雪泉ちん妬いてるのー?」

 

「なっ! ち、違います! 私はただオシュトル様に迷惑をかけてはいけないと思って……///」

 

 みるみる雪泉殿の顔が赤くなっていくとともに、ニヤニヤと意地の悪い表情を浮かべる四季殿。そこで四季は、思い出したかのように某に聞いた。

 

「そう言えばオシュトルちん、今日は休みなんだよね? だったらあたし達と一緒に修行しない?」

 

「ふむ……確かに、其方達と鍛錬に励むのも悪くはない。某も同行させて頂こう」

 

「決まりね♪」

 

 他にすることもないので四季殿らの修行に付き合うことにした。この子達と手合わせをするのは初めてだ。決して怪我をさせぬよう、力加減を考えねば――

 

 

 

 山にある修行場。

 先程四季殿が言っていた通り、雪泉殿らの相手をしていた。結果は某の勝ちだったのだが、油断をしていると足元を掬われるところだった。

 

「うぅ……オシュトルちんマジ強すぎ……」

 

 四季殿――自身より大きな鎌を回転させながら振り回す戦法だ。それもかなり扱い慣れており、並程度の兵では受けるのは困難だろう。

 

「くっ……我等五人でも勝てぬとは……」

 

 叢殿――大きな包丁と波打った槍を用いて素早い攻撃を仕掛けてくる戦法。一つ気になったのが、彼女も面を付けて戦っていたことだ。某の仮面と同じく付けていたら強くなれるというそんな類の物だろうか。

 

「妖魔を一瞬で葬ったのも納得じゃ……」

 

 夜桜殿――手甲を武器としており、打撃を得意とする戦法。彼女の攻撃をまともに受ければ体が吹き飛ぶことだろう。しかも手甲の大きさが変わったりするので、一体どんな仕組みだろうと気になっている。

 

「みのり、オシュトルさんに触れることすらできなかったよ……」

 

 美野里殿――手に持っているバケツと呼ばれるものから色んな物が出て来たり、背負っている物からも出して来たりしてきたので対応に困った。正直、この子が一番何をしてくるか判らなかった。

 

「まさか隙を作ることもできないなんて……なんとお強い」

 

 雪泉殿――得物は扇子で氷の術を使いながら、まるで舞うような戦い方をする。その様は美しく、某も少し見惚れてしまった程だ。遠近とどちらも対応出来るので、味方であれば心強いことだろう。

 

「皆、大事ないか? どこか痛むところは……」

 

「平気ですよ。だってオシュトルさん、わし達が怪我をしないように戦ってくれたじゃありませんか」

 

「やはり、気付いていたか」

 

「オシュトル殿が本気を出せば、我達など一捻りだろうからな」

 

 流石に気付いていたようだ。叢達は破けた忍装束についた砂埃を払いながら立ち上がる。

 

「でもさっすがオシュトルちんだよー! イケメンの上に強いなんて『天は二物を与えず』って言うけど嘘だねあれは」

 

(……前から気になっていたのだが、いけめんとは何だ?)

 

 聞き慣れない単語に思わず困惑する。町行く人によくイケメンと言われているが、未だ意味までは判っておらぬ。

 

「そんなことより、早く帰ろ! みのり、お腹が空いてきちゃったよー!」

 

「もうそんな時間ですか。よし、帰ったら皆にわしのデカ盛り料理を食べさせてあげましょう!」

 

「夜桜ちんの料理、ちょー美味いんだよねー!」

 

「うむ、我も楽しみだ」

 

「ふふっ、では皆さん帰りましょうか」

 

 次々とこの場を後にしていく雪泉殿達の後ろ姿をじっと見送っていたその時だった。

 

『オシュトル……』

 

 誰かに呼ばれたような気がして振り返る。そこには、かつての友の姿があった。

 

「ッ!!」

 

『どうした、オシュトル? さっさと飲みに行くぞ。もちろんお前の奢りでな』

 

「ハ、ハク……」

 

 目の前で笑っているハクに思わず身を動かし、手を伸ばした。

 

「オシュトル様!! いけません!」

 

 崖に落ちそうだった某を雪泉殿が手を掴んで引き留めていた。もう少し遅ければ今頃、崖から落ちていたことだろう。

 

「す、すまぬ……雪泉殿のおかげで、落ちずに済んだようだ……」

 

「……どうしたのですか?」

 

「いや……何でもない。どうやら少し疲れているのやもしれぬ」

 

 己の弱さが招いた幻覚か、それとも未練なのか。自分の不甲斐なさにこめかみを押さえてしまう。

 雪泉殿はこちらの手を握っていることに気付き、慌ててパッと離す。その顔は、夕陽に照らされているせいもあり、赤く染まっているように見えた。

 

「雪泉殿?」

 

 心配になり雪泉殿の顔を覗き込もうとするが、逸らされてしまった。何かあったのだろうか?

 

「熱でもあるのか?」

 

「……いえ、なんでもございません!///」

 

 タタタッ――

 雪泉殿はそそくさと逃げるように皆のところに戻る。さっきの雪泉殿の様子は明らかに可笑しかった。顔が赤いようにも見えたが、彼女が体調を崩さぬよう祈るとしよう。

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 翌日。

 ウコンとなり、いつものように仕事をこなす。今のところ便利屋をやっているため、様々な依頼を頼まれる。今日の依頼は、森の奥に出たギギリを退治するというものであった。

 そして今、森の中にてギギリと対峙していた。

 

「さぁて、いっちょやっちまうかね」

 

 ギギリに一太刀を浴びせる。その瞬間、ギギリは胴体が真っ二つになっていた。ボロギギリではないため、容易に斬れる。

 

「どこに行っても、懲りねぇ奴等だな」

 

 一閃、二閃、と斬撃を繰り返し、たくさんのギギリを斬っていく。すると目の前に巨大な蠍の姿があった。そう、ボロギギリである。

 

「こいつを倒せば、この依頼は終わりだぜ!」

 

 

 

 

「ありがとな、アンちゃん。今日の報酬だ」

 

「なあに、俺にとっちゃ容易いことよ!」

 

 依頼人からお金を受け取る。巾着袋の中には結構な額が入っていた。

 

「おやっさん、こんなに貰っていいのかい?」

 

「ダハハハ、アンちゃんはいつも働いてくれているからなぁ。偶にはこのくら――いッ!?」

 

 後ろを振り向く。そこには、依頼人の奥さんと思しき人がいた。見る限り、気が強そうだった。

 

「アンタぁ! 畑仕事もしないで何やってるんだい! 今日という今日は勘弁ならないよ!」

 

「カ、カァちゃん!? 待ってくれ俺はただ、このアンちゃんに――いねぇ!」

 

 依頼人の目線の先にウコンの姿は無かった。忍の如く、静かに去っていったようだ。

 

 

 

 昼下がり。

 依頼も順調に片付き、一息を入れる。町を歩いていると腹ごしらえしていないことに気付き、うどん屋の近くで止まる。店前の献立表(メニュー)にあるうどんは、どれも美味しそうだった。

 

「うどん屋か。俺も腹が空い……ん?」

 

 目を向けた先には、献立表とにらめっこをしている金髪で緑色のジャージ姿という個性的な少女がいた。その少女は、お腹をグゥ〜と鳴らしており、どうやら空腹のようだった。

 

「うぅ……新メニューのもやしうどん、食べてみたいですわ……」

 

 グゥ〜……。

 腹の虫の音がここからでも聞こえてくる。まるで壊れたおもちゃのように、少女の腹の音がどんどんと大きくなっていく。

 

(それにしても……随分と音のでけぇ虫を飼ってるな)

 

「でも、ここは我慢ですわ……この絵を見て、もやしうどんを食べたつもりになれば……あら?」

 

 金髪の少女と目があった。いや、あってしまったと言った方がいい。あってしまったものは仕方ないので、目の前の少女に気さくに声をかける。

 

「よ、よう……ネェちゃんも、うどん食いに来たのかい?」

 

「ち、違います! 私、このもやしうどんを食べたいなんて全然思っていません! うどんにもやし……これは贅沢ですわ!」

 

(いや、さっき『食べたい』って言ってたよな……)

 

 喉から込み上げてきたツッコミたい気持ちをなんとか抑える。このまま放っておくのも何なので誘うことにしよう。

 

「しょうがねえ、俺が奢ってやるよ。このもやしうどん、食いたいんだろ?」

 

 あまりにも少女の腹の虫が鳴き止まないので、奢ることを提案するも断られてしまう。

 

「け、結構です! 忍である私が贅沢なんて……」

 

 意外と強情である。ならばこちらにも考えがある。

 

「へぇ、んじゃ俺がネェちゃんの分まで食べてやるか」

 

「えっ?」

 

「安心しな。ちゃんと味わって食ってくるからよ」

 

 そう言って店に入ろうとする……が、少女に服の袖を掴まれていた。グゥ〜とお腹の音を鳴らしながら、物欲しそうな目でこちらを見つめている。

 

「やっぱ食べたいんじゃねえか。遠慮すんなって」

 

「……では、ご馳走になります」

 

 暖簾をくぐり、うどん屋に入る。店の人から指定された席に座り、それぞれうどんを注文する。

 しばらく待っていると少女がこちらの方をじっと見つめているのに気付き、声をかける。

 

「はは、そうまじまじと見られると照れるじゃねえか。俺の顔に何かついてるかい?」

 

「もしかして、あなたはウコン様でして?」

 

 意外なことに、彼女は某のことを知っているようだ。はて、この子とは初対面のはずだが。

 

「へぇ、俺のこと知ってんだな」

 

「はい、ウコン様の活躍はこの辺りで話題になって……あ!」

 

 パンッ――

 ふと何かを思い出し、少女は両手を叩いた。

 

「申し遅れました。私、詠と申しますわ。以後お見知りおきを」

 

「あ、ああ、よろしくな。詠のネェちゃん」

 

「私のことは詠とお呼びください、ウコン様」

 

 詠という少女は笑顔でそう言いつつ、相変わらずお腹を鳴らしていた。笑顔を意地してはいるがそろそろ限界が近いだろう……あと、もうすぐだ、それまで辛抱してくれ。

 しばらく待っていると、注文したうどんが運ばれてきた。

 

「お待たせ致しましたー。きつねうどんともやしうどんになります。ごゆっくりどうぞー」

 

「んじゃ、頂くとするか。ん?」

 

 詠殿の方を見ると、器に山盛りに乗っているもやしに感激しているように見えた。

 

「これが、特製のもやしを使ったうどん……!! 生きていてよかったですわー!」

 

 詠殿は瞬く間にうどんを食べ始める。見た目からは信じられない程の箸の速さだ。

 

(よく見ると美人なネェちゃんなんだが……ちと変わってんな)

 

「はぁ、美味しゅうございますわ……。あら?ウコン様、食べないんですの?」

 

「オメェさんの食いっぷりに、つい箸が止まっちまったよ。そんなに美味いのかそれ?」

 

「もしかしてウコン様、もやしを食べたことがありませんの!?」

 

 ガタッ!と思わず席を立つ詠殿。どうやら、某がもやしを食べたことがないのを知って衝撃を受けているらしい。

 

「ふぅ……いいでしょう」

 

 詠殿は再び席に座ると、こちらに向き直る。何故だろう……嫌な予感しかしない。

 

「ネ、ネェちゃん?」

 

「私が、もやしの素晴らしさをその体に教えて差し上げますわ!」

 

 

 

 

 一方、ウコンが詠にもやしのなんたるかを力説されている最中、雪泉は小百合の元で花嫁修業をしていた。どうやら、肉じゃがを作っている様子で小百合が味見をする。

 

「ほぉほぉ、味付けも悪くない。やるようになったのう雪泉」

 

 雪泉の作った料理を褒める小百合。

 

「ありがとうございます。これも小百合様のおかげです」

 

「ふぇっふぇっふぇっ。これなら、オシュトルもお前さんにメロメロになるに違いないわい」

 

「オ、オシュトル様が……///」

 

 オシュトルの名前を出され、顔が赤くなる。雪泉のオシュトルへの好意は小百合には御見通しのようだった。

 

「いいかい雪泉。男を落とすには、胃袋を掴むことが大事なのじゃ。あの男(オシュトル)を落としたいのなら、夜桜に負けないよう精進することじゃな」

 

「わ、私にオシュトル様を落とすことなんて……出来るのでしょうか? それに……私の料理では夜桜さんの料理には敵いません……」

 

「弱気になるんじゃないよ! オシュトルを他の忍に取られてもいいのかい?!」

 

「そ、それは……」

 

 雪泉は他の忍とオシュトルが、腕を組んだり、楽しそうにしているところを想像する。すると、段々と胸が締めつけられるような感覚に陥ってしまった。

 

「嫌じゃろう? 忍の道を極めるのも大事だが、女としての幸せを掴むのも大事なことじゃ」

 

「はい、精一杯頑張ります!」

 

「その意気じゃ。どれ、今回も少し揉んでやろうかの。もみもみっと」

 

 小百合は雪泉の胸を鷲掴みにし揉みしだく。もはや、これは恒例と言ってもいいだろう。

 

「い、いや〜〜ん!」

 

 

 

 

 既に日が落ち、ひとまず帰宅する。

 なんだか疲れた……あれからずっと詠殿によるもやしの力説を何時間にも渡って聞かされていたのだ。他の客にも注目され、目立ってしまった……しばらく、もやしは見たくも聞きたくもない。

 

「オシュトル様、入ってもいいですか?」

 

「雪泉殿か。構わぬよ」

 

「失礼します」

 

 雪泉殿は襖を開け、部屋に入る。

 

「此処は其方達の家なのだ。遠慮せずともよいと思うのだが」

 

「ふふっ、それを言うならオシュトル様の家でもあります。オシュトル様こそ遠慮なんてしないでくださいね」

 

「雪泉殿の心遣いは嬉しく思う。だが、某は居候の身である故、そうはいかぬよ」

 

「……」

 

 それを聞いた雪泉殿は少し、しかめっ面になる。何か機嫌を損ねるようなことを言ってしまっただろうか?

 

「雪泉殿?」

 

「……そういえば、今日のオシュトル様は些か疲れているように見えますが、何かありました?」

 

 雪泉殿は急に話を変える。某も今のやや気まずい空気を変えようと、その話に便乗する。

 

「ああ、少々変わった女子と会ってな。なんでも、もやしが如何に素晴らしいかを教えられた」

 

 ピクッと雪泉殿の体が動く。

 

「それって……詠さんのことでしょうか?」

 

 急に、部屋の空気が冷たくなったように感じる。心なしか、雪泉殿の目が怖い。某は平然を装いつつ、雪泉殿に言った。

 

「そうだが、詠殿とは知り合いなのか?」

 

「ええ、まあ。それで……どうしてそういう状況になったか、私に教えてもらえないでしょうか?」

 

 冷たい波動を放ち、一見笑顔に見えるが、目が笑っていない雪泉殿。その姿は禍日神(ヌグィソムカミ)と化していた。

 嘘を付く理由も無いので、昼下がりに詠殿と一緒にうどん屋で昼食を済ませたことを雪泉殿に言う。

 

「一緒にお食事を、ですか……」

 

「あまりにも詠殿の腹の虫が鳴いていたのでな。それを見兼ねたのだ」

 

「そうですか……詠さんと……むぅ」

 

 雪泉殿の表情はあからさまに不機嫌そのものだった。

 

「さっきから様子が変だが、どうしたのだ?」

 

「別に何でもありませんよ。オシュトル様の気のせいじゃないですか?」

 

 そう言って、プイッ――とそっぽを向く雪泉殿。何でもないと言ってはいるが、どう見ても怒っているようにしか見えぬ。

 

「……某は、其方の気分を損ねるようなことをしただろうか?だとすれば謝罪する。すまない」

 

 雪泉殿の目の前に正座し、頭を下げる。その様子を見た雪泉殿は逆に慌てていた。

 

「えっ! いや、あの……本当に何でもありませんから! 頭を上げてください!」

 

 その時、スターンと大きな音を立てて部屋の襖が勢いよく開かれた。入って来たのは満面の笑みを浮かべた四季殿だった。

 

「オシュトルちーん! ブログのアクセス数稼ぎたいから、あたしと写真を……オシュトルちんが雪泉ちんに正座で頭下げてる!?」

 

 四季殿は何か面白いネタを見つけたかのような顔をして、スマホと呼ばれる物をこちらに向ける。すると、カシャリとスマホから音が鳴った。

 

「これはブログのネタゲットだね♪ アクセス数も伸びそうだよ♪」

 

「し、四季さん! ちょっと待ってください!」

 

 部屋を後にする四季殿を雪泉殿は急いで追いかけた。二人がドタドタと廊下を走るその光景を見ていた某は、ハク達と共にしていた頃を思い出していた。

 

「ふっ、雪泉殿らも相変わらず賑やかであるな」

 

 

 

 

 この後、四季がブログにアップしようとしたが、雪泉の必死な懇願により事なきを得る。しかし、四季はその代わりのネタに『あたしとツーショット写真撮って!』とオシュトルにせがんだ。どうやら、『彼氏とデートなう♪』と書き込むつもりだったらしいが、雪泉が凄い勢いで猛反対した。もしこのままアップすれば、雪泉に氷漬けにされかねないので四季はブログにアップするのを諦めたのだった。

 

 

 




詠ちゃんの登場!詠ちゃんと言えばやっぱりもやしですよね!贅沢させたらどうなるんでしょう?笑
個人的に雪泉は好きな人には嫉妬深いと思うんですよ!


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乱世の到来

戦闘描写って難しいですね……上手く描けるコツとかあるんでしょうか?


「揃っているようだな」

 

「オシュトル様、私達に用件とは何でしょうか?」

 

 ある日の夜のこと。

 雪泉殿らに折り入って頼み事があり、自室に呼び出した。居候の身でありながら、頼み事など烏滸がましいとは思う。もしこの子らが断るのであればその時は素直に諦めよう。

 

「実は、貴族の者に屋敷の蔵を見張ってて欲しいと頼まれてな。最近、賊に入られ困っているとのことだ」

 

「賊? それなら検非違使に頼めばいいんじゃないかな?」

 

 美野里殿はそう提案する。

 確かに、泥棒や賊となれば検非違使の出番だ。某になど依頼は来ないだろう。

 

「いや、どうやら逃げるのに長けている賊らしく、検非違使も手を焼いているという話だ」

 

「成程……それで我達にも手を貸して欲しいということか」

 

「ああ、話が早くて助かる。そこでだ」

 

 雪泉殿達に目線を合わせる。

 

「明日の夜、某と賊を捕まえるのに協力してほしいのだ。だが、無理にとは言わぬ。誰も行かないと言うのであれば某だけで行こう」

 

「だったらあたし行くー!」

 

 一番に協力するのを名乗り出たのは四季殿だった。

 

「四季殿、念の為に言っておくが荒事になるやもしれぬ。それでも協力してくれるか?」

 

「もっちろんだよー! それに賊相手にあたしが負ける筈ないじゃ〜ん♪」

 

 フフン、と胸を大きく張る四季。それに感化されたのか、他の四人も決心したようだ。

 

「私も行きます。人数は多い方がいいでしょうから」

 

「みのりだって行くよ!」

 

「わしもオシュトルさんに協力します」

 

「無論、我もだ。オシュトル殿には世話になっているからな。少しでも恩を返そう」

 

 次々と名乗り出たため、少し驚いていた。何故なら、全員が名乗り上げるとは思わなかったからだ。てっきり断られると思ったが、そんな事は無く、嬉しい気持ちになる。

 頭を下げ、雪泉殿達の協力に礼を言った。

 

「其方達に感謝致す。夜に見張りを始める為、それまで休息はしっかりと取るように」

 

「はい! オシュトル様」

 

「おっけ〜い!」

 

♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 そして翌日の夜。

 依頼人の屋敷で貴族の者と面会をしていた。

 

「遅いにゃも! 儂を待たせるとはいい度胸をしてるにゃも!」

 

 依頼人はでっぷりとした身体に奇抜な髪型で、語尾に『にゃも』とつけている特徴的な男であった。

 初めて会った時は自分の目を疑ったが、その男は某を知らなかった為、別人とすぐに理解した。

 そう、忘れようにも忘れられないその依頼人の名は……

 

「このデコポンポ様が貴様を見込んでいるにゃも。もちろん報酬はたっぷりやるにゃも。儂をガッカリさせるでないにゃもよ?」

 

「心得ている」

 

 デコポンポなどに見込まれても微塵も嬉しくない。

 

「それにしても……」

 

「な、何でしょう?」

 

 デコポンポは雪泉殿の方を見ていた。その目線は何処と無く厭らしい視線だった。

 

「にゃぷぷ……おみゃあ中々可愛いにゃもな。儂の部屋で色々と――」

 

 デコポンポが雪泉殿に駆け寄ろうとする。某は雪泉殿の前に立ち、それを制した。

 

「デコポンポ殿、ここは某達に任せ、貴公はゆっくりと休んでは如何か?」

 

「そこを退くにゃもオシュトル! 貴様に用はないにゃも!」

 

「では、此度の件は無かったことになるが……それでもよろしいか?」

 

「お、おみゃあ……! 報酬が要らないのかにゃも?!」

 

 デコポンポは顔を真っ赤にしてこめかみ辺りの血管が浮き出ていた。やれやれ、どうやらヤマトに居た時と全く変わらないらしい。

 

「雪泉殿に不埒な真似をするようであれば、報酬など要らぬよ。別件を探せばいいだけの話であるからな」

 

「オ、オシュトル様……///」

 

 すると、何故か雪泉殿の顔が赤くなっていた。その様子を見ていたデコポンポは気分を害していた。

 

「ぐぐぐ……仮面なんぞ付けおって、いけ好かん奴にゃも! しっかりせんと承知しないにゃもよ!!」

 

 デコポンポは屋敷に戻っていった。さっきまで某を見込んでいると言っていたのに、この有り様である。別に構わぬのだが。

 四季殿らはデコポンポの態度に不満を持っていた。

 

「オシュトルちんに向かってなんなのあの態度! 信じられないんですケド!?」

 

「我もあまり良い気分ではなかったな。それにしても、あれの蔵を守らねばならんのか……」

 

「あの人、みのり達のことを厭らしい目で見てた!」

 

「色々と最悪じゃのう……あの男は」

 

 この世界でも随分の嫌われようである。

 一方、雪泉はぶつぶつと何かを呟いており、顔は未だに赤いままだ。

 思わず心配になり、声をかける。

 

「雪泉殿、顔が赤いが具合でも悪いのか?」

 

「い、いえ……心配は無用です///」

 

「はぁ……オシュトルちんは乙女心を学んだ方がいいと思うよー?」

 

「こればかりは、わしも四季と同意見です」

 

 四季殿と夜桜殿がジトっとした目付きでこちらを睨んでおり、何故か某が責められていた。なんとか話題を変えるべく、今回の件を皆に確認する。

 

「兎に角、某達の目的はこの屋敷の蔵を狙う賊を捕らえることだ。皆、気を引き締めよ」

 

「大丈夫! みのり、賊なんかに負けないもん!」

 

「ああ、むしろ賊より妖魔の方が手強い」

 

 すると、四季殿が突然声を上げた。

 

「あ! 皆、ちょっと集まって! オシュトルちんも!」

 

 四季殿の言った通り、某を含めた皆が集まる。すると、四季殿はこちらの肩に腕を組みながら言った。

 

「円陣組もうよ、やる気出るようにさ!」

 

「円陣……ですか?」

 

「わーい、楽しそう! みのりもみのりもー!」

 

 美野里殿もこちらの方に手を伸ばそうとするも、身長差のせいで肩まで届いておらず、某は姿勢を前屈みにした。

 

「これでどうだ?」

 

「ありがとう、オシュトルさん!」

 

「「「……」」」

 

「ほら三人とも早くしなよ!」

 

 四季殿がそう言うが、雪泉殿らは不服そうな表情をしていた。

 

「待ってください、四季さん。その配置に納得がいかないんですが?」

 

「雪泉の言う通りじゃ。あまりにも不公平だと思います」

 

「ああ、ここは公平な指スマで決めないか?」

 

 五分くらいが経過した。某は見ていただけであったが、あまりの真剣さに言葉を失っていた。何が彼女らをそうさせているのだろうか……。

 時計まわりで某、四季殿、叢殿、雪泉殿、美野里殿、夜桜殿といった順になった。四季殿と夜桜殿以外、なんだか盛り下がっていたがあえて気付かないふりをした。

 

「それじゃオシュトルちん、号令よろしく!」

 

「某がか?」

 

「他に誰がいんの? さあ、早く!」

 

 四季殿に急かされ、某は一呼吸を置いて、ハキハキとした声で言った。

 

「必ず賊を捕まえるぞ!」

 

「「「「おー!」」」」

 

 

 

 それから一時間程が経過した。

 

「ちょーヒマ〜……てか飽きた」

 

「四季殿、警戒を怠ってはならぬ。いつ侵入してくるかわからんからな」

 

「わかってるよ、オシュトルちん……」

 

 しばらく経っても賊が現れないため、四季殿達は暇を持て余していた。さっきまでのやる気は何処へやら……。

 美野里殿はというとこちらの肩に凭れ掛かり、気持ち良さそうに寝ていた。このまま寝かせるわけにもいかないので、某は美野里殿を起こすことにした。

 

「美野里殿、起きられよ。賊が襲いかかってくるやもしれんぞ」

 

「うぅ〜……ねむい……」

 

 美野里殿は手でゴシゴシと瞼を擦る。

 次いでに叢殿の方を見ると一切動いていなかった。そのままの姿勢でピクリとも動かず、まるで柱のように立っている。

 

「……」

 

「叢さん、そちらはどうですか?」

 

「……」

 

 雪泉殿が叢殿に声をかけるが返事がない。

 

「叢さん?」

 

「……ハッ!? なんだ!? 賊が出たのか!?」

 

 そう言って武器を構える叢殿。般若のお面をしていて判らなかったが、どうやら寝ていたようだ。

 雪泉殿はジトっとした目付きをしながら呆れたように言った。

 

「……寝ていたのですね」

 

「す、すまん……昨日遅くまで漫画を描いてて、つい……」

 

(昨夜、休息を取るように言ったのだが……)

 

 思わず溜息を吐きそうになるも、今度は夜桜殿の方を見る。彼女はきちんと見張りをしているようで、安心した。

 

「夜桜殿、そちらはどうだ?」

 

「未だに賊の気配はありませんね。本当に来るんでしょうか?」

 

「ふむ……」

 

 既に三時間は見張っているが、賊は来ない。夜桜殿の言う通り、本当に来るのだろうか。腕を組み、思考を巡らせていると裏の方からガシャン!、という音が聞こえてきた。おそらく、賊が侵入して来たのだろう。

 雪泉殿達に呼びかけ、裏の門へ急ぐ。

 

「皆、行くぞ!」

 

「「「「「はい(うん、ああ)!!」」」」」

 

 裏の門に行ってみるとそこには予想通り、賊が侵入していた。それぞれ武器を構え、六人の賊と対峙する。

 

「お前達がこの屋敷の蔵を狙っている賊か」

 

「へっ、だとしたら何じゃんよ?」

 

 賊の頭と思われる男は、左目に傷があり如何にもチンピラという風情だった。ちなみに、この男も以前見た事があった。しかし、今は余計なことは考えず、賊を捕らえることだけに集中する。

 

「大人しく投降せよ。そうすれば手荒な真似はせぬ」

 

「はぁ? いきなり出て来て何言ってるじゃん? 大人しくすんのはそっちじゃんよ!」

 

 賊の頭はこちらに斧で襲いかかるが、寸前のところで刀で受け止める。一振り、さらに一振りと斧を振り回す度にこちらも受け止める。

 賊の頭は即座に後ろに引き、某から距離を取った。

 

「お前、中々やるじゃんよ……」

 

「もう一度言う、投降せよ」

 

「う、うるさいじゃんよぉ! お前らやっちまえ!」

 

「「「「「へい、頭ぁ!」」」」」

 

 子分が次々とこちらに襲いかかろうとするが、雪泉殿達がそれぞれの武器で受け止めてくれていた。

 

「我達がいることを忘れるな、下衆ども」

 

「オシュトル様に手出しはさせません。悪を断罪致します」

 

「やっと体を動かせるよー……とりま、やっつけちゃえばいいんだよね?」

 

「まあ、程々にしておきましょう」

 

「よーし! みのりも頑張っちゃうぞー!」

 

 雪泉殿達は子分達と交戦になり、某は賊の頭との一対一になる。雪泉殿らは忍であるため、子分達に遅れを取ることはなく、むしろ圧倒している。

 

「な、なんじゃんよ、あの小娘共はよぉ……」

 

「あの子達は忍だ。賊であるお前達では歯が立たぬだろう」

 

「ま、待つじゃん! わかった! 投降するじゃん――なわけねえだろぉ!!」

 

 隙をついたつもりか賊の頭は再び、斧で振りかぶる。こう言った者の思考は実に読みやすい。

 

「遅い!」

 

「なっ!?」

 

 一瞬の間に背後を取り、賊の頭の得物である斧の刃の部分を斬る。相手の手元に残ったのは刃のない斧……というかただの棒になっていた。

 某は賊の頭の喉元に刀を向ける。

 

「こ、降参じゃんよ……」

 

 

 

 こうして、賊を倒し、無事検非違使に引き渡したのだった。

 それを聞いたデコポンポは約束通り報酬を支払い、無事依頼を達成した。やはり貴族なだけあって、結構な量であった。

 早速家に持ち帰り、その多額なお金を眺めていた。

 

「この金は其方達が好きに使うと良い。これは某に付き合ってくれた礼だ」

 

「そ、そんな……オシュトル様に悪いです……」

 

「そうだよオシュトルちん! あんな奴に頭まで下げたんでしょ? だったら一番多く貰うのはオシュトルちんだよ!」

 

「うむ、オシュトル殿が引き受けた依頼でもあるからな。妥当なところだろう」

 

「わし達は好きで手伝ったわけですから。だから、オシュトルさんにも貰う資格はあります」

 

「みのりもそう思う!……でも、ちょっとはくれると嬉しいかな〜」

 

 皆が、次々と某にも受け取って欲しいと言っている為、素直に受け取ることにした。

 

「ふむ……其方達の為に受けた依頼でもあったが、そこまで言うのなら、某も少しだけ貰っておくとしよう」

 

 そう言って、少しだけお金を受け取る。それを見た雪泉殿らは目を丸くしていた。

 

「そ、それだけですか?」

 

「ああ、残りは其方達が使うといい。某は酒さえ買えればよいからな」

 

 

 

 この人には欲というものが無いのか、月閃の皆は揃って同じことを思っていた。

 この後、雪泉達はお金を分け合ったのだが、なんだか納得していない様子だった。

 

♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 休日の朝。

 今日は仕事がない為、暇を持て余していた。帝都にいた頃は右近衛大将という役職があったので、忙しい日々が続いていたが、この世界に来てからはちゃんと休みがあるので暇な時間も訪れる。

 着替えを済まし、また剣の稽古でもしようかと思っていると部屋の外に雪泉殿の気配を感じた。

 

「雪泉殿、用があるなら入ってきてはどうだ?」

 

「し、失礼します」

 

 雪泉殿は襖を開け、部屋に入る。

 

「某に何か?」

 

「その……オシュトル様は、お遊戯はお好きでしょうか?」

 

「遊戯か。此処に来てからは、やってなかったな……」

 

 故郷であるエンナカムイに居た頃は、ネコネや友人と歌留多や貝合わせをよくしたものだ。

 そんな思いにふけっていると、雪泉殿は歌留多より少し小さい札を取り出した。その札には様々な絵柄が描かれていた。

 

「……それは?」

 

 雪泉殿は某の正面に座り、手にしている札を広げる。

 

「歌留多……にしては文字が書いておらぬが?」

 

「これは花札というものです。今やり方を説明しますね」

 

 

****

 

「ほう、それぞれの絵柄に意味があるのか」

 

「はい、札をただ集めるのではなく、こうして札を揃えて役を作らないと意味がありません。例えば、萩に猪・紅葉に鹿・牡丹に蝶の三枚で『猪鹿蝶』となり、五点入ります」

 

「ふむ、成程……」

 

「更に、ここで勝負をかけず『こいこい』をして、役の追加を狙えば……これで『花見酒』です」

 

「つまり、高い点を取れば形成逆転も出来るというわけだな」

 

「オシュトル様は飲み込みが早いのですね。流石です」

 

 雪泉殿の説明が一通り終わり、とりあえずそれぞれの札の法則や役を覚える事は出来た。

 花札を始める。こちらは初心者なのだが、必死に喰らい付いていくとしよう。

 

*****

 

 

「ふふっ、また私の勝ちですね」

 

「む……今度は五光か」

 

 あれから花札を始めたのはいいものの、雪泉殿に一度も勝てていなかった……いや、勝てないのだ。それだけならまだいい……役を作ることすら出来ぬのは情けないとさえ思った。予め言っておくが、これは雪泉殿が強いだけで、決して某が弱いわけではない……と思う。

 雪泉殿の場の方を見ると、五光の札がしっかりと揃っていた。

 

「雪泉殿はこのような遊戯も得意なのだな。某の完敗だ」

 

「いえ、ルールを覚えたばかりの初心者とは思えない程の腕でした。もし油断していれば、こちらが負けていましたね」

 

(いや……それはないと思うが?)

 

 むしろ、経験を積まないと油断している雪泉殿にも勝てぬだろう。次に雪泉殿と花札をする時までに、勝てずともせめていい勝負ができるようにしておこう。

 

「雪泉殿、感謝する」

 

「えっ?」

 

「日々依頼をこなしている某に気を遣ったのであろう? だから、景気付けるために某と花札を行った――違うか?」

 

「……」

 

 雪泉殿はこちらから目線を逸らし、下を向く。どうやら肯定と捉えていいだろう。

 しばし黙っていた雪泉殿は、再び某に目を向けて口を開く。

 

「最近のオシュトル様、私達の為に根を詰めていましたから……こんなことしか出来ない自分が嫌になります……!」

 

 そう言って雪泉殿は、自分の拳を握りしめていた。

 

「雪泉殿の優しさに某も心救われている。いや、雪泉殿だけではない……夜桜殿、四季殿、叢殿、美野里殿にもな。某は恩を返しているだけに過ぎぬ」

 

「オシュトル様……」

 

「ふっ、雪泉殿と夫婦(めおと)の契りを結ぶ男は幸せであろうな」

 

「な、なななななっ!?///」

 

 雪泉殿は顔を赤くし、取り乱していた。最近の彼女は顔を赤くする事が多く、体調が悪いのかそれとも悩みでもあるのか――

 

「どうしたのだ?」

 

「ど、どうかお気になさらないでください……! 失礼します!///」

 

 雪泉殿はそう言うと、部屋から一目散に出て行った。

 某は一人、先程雪泉殿と遊んでいた花札を片付ける。

 

(はて、某は何か気に障るようなことを言っただろうか?)

 

 

 彼が雪泉の気持ちに気付くのはまだまだ先のようだ。

 




デコポンポと賊のあの人登場させました笑
え?デコポンポ出すくらいならさっさと別のカグラのキャラ出せ?ごめんなさい……次こそは出すので!

ハクがノスリに花札のルール教えたんだから、オシュトルが雪泉に教えてもらうという展開もありだと思いませんか!?


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月光花

オシュトルにラッキースケベをさせるか否か迷っている今日この頃です。


「某の好物?」

 

「はい」

 

 厨房で皿洗いを手伝っていると、雪泉殿が某の好きな食べ物は何かと聞いてきた。特に知られて困るものではないので、答えることにした。

 

胡桃(クルコ)饅頭(マムトゥ)が某の好物だ」

 

「………はい?」

 

 キョトンとしている雪泉殿を見て思い出す。ここは自分の住んでいた世界ではないのだ。それに気が付き、言い方を変える。

 

「此処では胡桃饅頭だったな。よく母上が某の為に作ってくれていた……」

 

 甘いものが得意ではない某でも、母の作る胡桃饅頭だけは数少ない好物だった。最後に食べたのは、エンナカムイを出る前だ。

 父と母、そして妹と一緒に過ごしていた時を思い出す。

 

「胡桃饅頭……ですか」

 

「急に某の好物など聞いて、どうしたのだ?」

 

「いえ、深い意味はないです。ただ、オシュトル様の好きな食べ物が気になったので……」

 

 雪泉殿はそう言いながら後ろを向く。チラリとだが、小さな白い紙に何かを鉛筆で書いているような気がした。

 

 

 

 翌日の夜。

 縁側で月を酒菜にしつつ盃を呷っていた。仕事から帰宅し、夜に酒を飲むのは日課になっている。

 

(今宵の月は綺麗であるな……)

 

 ヤマトであっても、此処であっても……月は何処に行っても変わらない――実に感慨深いものだ。

 

「オシュトル様、お酌してもよろしいでしょうか?」

 

 声をした方に目を向けると、そこには雪泉殿が立っていた。月に照らされているのもあり、その姿は美しく見えた。

 

「雪泉殿か、では頼む」

 

「はい、どうぞ御一献」

 

 雪泉殿は瓶を持つと、空になった盃に酒を注ぐ。

 

「すまぬな、雪泉殿もどうだ?」

 

「私は未成年ですので……すみません」

 

 聞けばこの世界では、二十歳になるまで酒を飲んではいけないらしい。向こうでは、キウルやネコネでも飲むことが出来るというのに実に難儀なものだ。

 

「其方とも盃を酌み交わしたいものだな。某だけでは味気ない」

 

「後二年経てば、私も飲むことが出来ます。それまで待ってはもらえないでしょうか?」

 

「ああ、その時を楽しみにしておく」

 

 そう言って、盃に入った酒を飲み干す。

 大人になると月日が経つのは早く感じる。なので、二年くらいあっという間に過ぎるだろう。

 

「あの、オシュトル様……これを、どうぞ……」

 

 雪泉殿が取り出した物は、某の好物である胡桃饅頭だった。だが、形がどうもぎこちない。どうやら彼女の手作りのようだ。

 

「これは……」

 

「一応、胡桃饅頭です……すみません! やっぱり食べなくて――」

 

 雪泉殿の作った胡桃饅頭を手に取り、口に運んでいた。

 

「あ……」

 

「ふっ、懐かしい味だ。形はともかく、母上の作った胡桃饅頭と味が似ている。雪泉殿の優しさは某を元気付けてくれるな」

 

「オシュトル様……///」

 

「これで明日も仕事に力を入れることができる。感謝致す、雪泉殿」

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 翌日。

 早速依頼をこなしに町に出かけようとすると、雪泉殿が一緒に行くと言い出した。なんでも、『オシュトル様の仕事をしているところを直に見たい』とのことらしい。最初は躊躇ったが、雪泉殿の真剣な眼差しに負けてしまい、一緒に行くことにした。

 そして今、某と雪泉殿は八百屋の店主――おやっさんことテオロ殿と話していた。

 

「へぇ〜、雪泉ちゃんって言うのか。俺のことは親父って呼んでくれていいぜ? ダハハハハ!」

 

「よ、よろしくお願いします……」

 

 雪泉殿がテオロ殿に萎縮している。どうやら呼び込みは初めてなようで緊張しているらしい。

 

「雪泉殿、心配はいらぬよ。テオロ殿のことは某も信頼しているからな」

 

「つーか、初めはびっくりしたぜ? アンちゃんがあのオシュトルだって聞いた時はよ。雰囲気が違いすぎるし」

 

 テオロ殿にはあえてウコンの正体を明かしている。先程、某の言ったように信頼を寄せているからだ。この者は信頼していい――某の勘がそう告げている。

 

「テオロ殿、あまり大きな声でそれを言われると困るのだが……」

 

「おっとすまねえ! 約束だったな。雪泉ちゃんも呼び込み頼むぜ?」

 

「は、はい! 精一杯頑張ります!」

 

 ちなみに何故オシュトルのままで呼び込みをするのかというと、テオロ殿にそう頼まれたからだ。テオロ殿によるとこちらの姿の方が女性客が多く来るのだそうだ。本当かどうかは判らぬが……。

 某は疑心暗鬼になりつつも、呼び込みを始める。

 

「見て! オシュトル様が八百屋さんで呼び込みしてるよ!」

 

「あのオシュトル様が!? これは買わなきゃ!!」

 

「はぁ〜……やっぱりカッコいいなぁ……」

 

「もしかしたら一緒に居る子、彼女なのかな?」

 

「だとしたらなんて羨ましいの……許すまじ」

 

 何故か八百屋はとても繁盛していた。次から次へと、若い女子からおばさん層の女性客が押し寄せ、大忙しだった。中には写真を撮る人も出てくる始末だ。これでは見せ物ではないかと思うが、そうも言っておられぬ。

 

「ちょいと兄さん、このトマトいくらだい?」

 

「オシュトル様ー! こっち向いてー!!」

 

「こりゃ重畳重畳♪ アンちゃんには感謝だな、ハハハ!」

 

「アンタもオシュトルに負けてられないねえ。私達も頑張って売り出すよ!」

 

「判ってるって、カァちゃん!」

 

 一方、オシュトルが女性客の相手をしている最中、雪泉は雪泉で頑張って呼び込みをしていた。大きな声を出すのに慣れていない為、苦労している。それ以前に、何故かオシュトルのファンの女性達から質問攻めを受けていた。

 

「あなたはオシュトル様とどういう関係なの?」

 

「オシュトル様と付き合ってるの?」

 

「正直に答えなさい!」

 

(うぅ……オシュトル様、助けてください……)

 

 

 

 夕刻。

 八百屋の仕事を終え、雪泉殿と街にある飯屋で夕食も兼ねて休んでいた。

 

「ふぅ……呼び込みというのは疲れますね」

 

「今日は特に客が多かったな。変装していた姿で呼び込みをしていた時は、あんなに来ることはなかったのだが……」

 

「……」

 

 テオロ殿の言っていた通り、客がたくさん来たのは良いことなのだが……不思議なこともあるものだ。そう言えば今日は安売りをしていた野菜があったから繁盛したのではないか? そう思いながら茶を啜る。

 

「あ! 雪泉ちゃんが男の人と一緒にいるー!」

 

「あら? どこかで見たような仮面男ね……」

 

 突然、二人の少女がこちらに近寄り、話しかけてきた。どうやら雪泉殿の知り合いらしい。二人とも左右で目の色が違うので、おそらく姉妹であろう。

 

「雪泉殿、この者達は?」

 

「この人達は蛇女子学園の……」

 

「両奈でーす! 両奈ちゃんは痛いことが大好きなの!」

 

「両備よ。元々は雪泉達と同じ学校だったんだけど」

 

 二人の少女は両奈殿と両備殿と言うらしい。なんだか個性的な姉妹だ。

 

「両奈殿と両備殿か。某は――」

 

 名を言おうとした刹那、両備殿の声に遮られる。

 

「思い出したわ! 妖魔の大群、そして巨大妖魔を一人で倒した仮面の男……オシュトル。忍業界では有名になっているわ」

 

「確か、剣の実力もあるんだよね!? 両奈ちゃんも知ってるよ!」

 

 どうやら二人ともこちらのことは知っているらしい。一応、某は忍ではなく武士なのだが……それは些細なことか。

 

「ところで! 雪泉ちゃんとオシュトルさんって恋人同士なんでしょ?雪泉ちゃんいいなー!」

 

「そういえばそんな噂もあったわねぇ。実際のところどうなの?」

 

 急に何を言い出したかと思えば、両奈殿の隣にいた両備殿もその話題に食いついた。二人に話をふられた雪泉殿は困っている様子だ。

 

「え、えっと……私とオシュトル様は……///」

 

「ははは、そのようなことは有り得ぬよ」

 

「……」

 

 雪泉殿ほどの素敵な女性が某と釣り合うわけがない。某は両奈殿達に、恋人ではないとはっきり返した。

 冷たく鋭い視線が突き刺さり、雪泉殿の方を見てみると、心なしか睨まれているような気がした。

 

(はて……某は何か対応を間違えただろうか?)

 

 雪泉殿は暫しこちらを睨むと、そっぽを向かれてしまう。おかしい……雪泉殿のためを思って言ったことなのだが……何か勘に障るようなことを言っただろうか。

 気まずい空気の中、両奈殿が口を開いた。

 

「ねぇねぇ! 両奈ちゃん、オシュトルさんにお願いしたいことがあるんだけどいいかな?」

 

「お願い?」

 

 この状況でお願いとはもしかして奢って欲しいのだろうか……そんな事を考えていると予想外の返答が返ってきた。

 

「うん! 両奈ちゃんの体をその刀で切り刻んで欲しいの!」

 

(……今、なんと言ったのだ?)

 

 両奈殿の発した言葉に、某は自分の耳を疑っていた。戦場で、会った敵兵でもそんな者は一人もいなかった。きっと自分の聞き間違いだと思い、もう一度聞き直すことにした。

 

「すまぬが、もう一度言っては貰えぬか? よく聞こえなかった故……」

 

「だから、オシュトルさんの剣術で両奈ちゃんの体を痛め――」

 

「いきなり何言ってんのよこのメスブタ!! 少しは自重しなさい!」

 

 バシッ――

 両備は両奈の後頭部をおもいっきり叩いた。店内にいい音が響き渡り、店の人が思わず注目している程だ。正直、こちらとしてはどちらとも自重してもらいたい。

 

「はぅ〜〜ん! もっと苛めて〜!」

 

「なんならあんたの××××を××××してやるわよ!」

 

「……」

 

 しばらく、二人の漫才のような盛り上がりが続いた。それは別に良いのだが、某と雪泉まで同じ目で見られるのは辛いものを感じた。世の中には変わった姉妹もいるものだ。

 この後、某は一日中雪泉に無視され続け、頭を下げることになったのだが、それはまた別の話である。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

「むにゃむにゃ……」

 

「はぁ……」

 

 朝、自室にて。

 目覚めるとやはり、布団の中に美野里が潜りこんでいた。正直、もうこれが何度目なのか判らない。眠っている本人は、実に気持ち良さそうな寝顔である。しかも、現在進行形で某を抱き枕のように抱きついている状態だ。

 

(何故、毎度毎度某の布団の中に入ってくる……)

 

 思わずこめかみを押さえながら、溜息を零す。未だに雪泉殿達にバレていないのが奇跡だ。もし見つかれば、鬼のような形相をしながら某は加害者として責められることになるだろう。

 そんなことを考えていると美野里も欠伸をしながら起床していた。

 

「ふぁ〜……おはよう、お兄ちゃん」

 

 ちなみに『お兄ちゃん』というのは某の事だ。何故、お兄ちゃんと呼ばれているのかと言うと、美野里曰く、『親しみ』を込めてそう呼ぶことにしたらしいが、兄という存在が欲しかったようにも見えた。

 実の妹がいた某にとっては『お兄ちゃん』と呼ばれるのは複雑な気分であったが、しばらくしていくうちに、某も美野里のことを妹のように思い始めるようになっていった。

 

「おはよう、美野里。とりあえず、某から離れてくれると助かるのだが……このままでは着替えもできぬ」

 

 そう、美野里はまだ某に抱きついているのである。こちらとしてはそろそろ離れて欲しいところだが……。

 

「えへへー! まだ離れないもーん♪」

 

 ギュ〜と抱きつく力が強くなる。

 

「む……前々から言おうと思っていたが、何故、某の布団の中に潜り込んでくるのだ? まさか、部屋を度々間違えているわけでもあるまい」

 

「え? だってお兄ちゃんと義兄妹になったでしょー? だったら、みのりがお兄ちゃんの布団に入っても問題は無いよね!」

 

(何故そうなる……その理屈はおかしい)

 

 邪険にしたくなかったので今まで目を瞑ってきたが、これ以上は不味い。そう思った某は美野里に注意をすることにした。

 

「美野里、『親しき仲にも礼儀あり』という言葉があってだな――」

 

「お兄ちゃん……みのりのこと、嫌い?」

 

 ウルウルと上目遣いでこちらを見る美野里。その目は反則ではないか……?

 

「美野里を嫌うわけがないだろう。某の義妹なのだからな」

 

 美野里の髪を優しく撫でる。某に撫でられている美野里は蕩けた表情をしていた。

 

「ふにゃあぁ……///」

 

 

 結局、まともな注意も出来ずに美野里を甘やかしてしまい、今後も布団に入ってくることになったのは言うまでもない。

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

「……」

 

「どうしたのだ、夜桜殿?」

 

 夜。

 皆で夜桜殿の作った食事を食べていると、夜桜殿がこちらの方を食い入るように見ていた。

 

「いえ、相変わらず食事の作法が完璧だと思いまして……」

 

「ははーん? それで思わず、オシュトルちんに見惚れてたってわけだねー?」

 

「なっ! わ、わしはただ……!///」

 

「そっかそっかー。オシュトルちんはイケメンだから、夜桜ちんが見惚れるのも無理はないよ♪」

 

「じゃ、じゃからわしはオシュトルさんの食事作法をっ!///」

 

「あはは! 夜桜ちゃん顔が真っ赤だよー!」

 

 意地の悪い笑みを浮かべる四季殿と純粋に笑っている美野里とは対照的に、夜桜殿の顔は赤くなっていた。その様子を見ていた某は思わず笑みがこぼれる。

 

「オシュトルちんってなんでも出来る感があるよねー。この前のオシュトルちんの作った手料理もさ、ちょー美味しかったし!」

 

「うんうん! みのりもお兄ちゃんのお料理、また食べたいな!」

 

 そう言いながら隣に座っていた美野里は某に近寄り、その身をすり寄せる。

 

「気に入ってくれて何よりだ。あんなもので良ければ、またいつでも作ろう。最も、夜桜殿の食事には到底及ばぬがな」

 

「そ、そうですか? なんだか照れますね……オシュトルさんの料理も美味しかったですよ」

 

「……」

 

 視線を感じて今まで黙ってこちらを見ていた雪泉殿は、如何にも不機嫌そうな表情をしていた。なんだか目が怖い。

 そんな雪泉殿に四季殿がツツッ――と近づき、そっと耳打ちするように囁いた。

 

「オシュトルちんのことが好きなのは、雪泉ちんだけじゃないよー? あたしだって狙ってるし♪」

 

「……それは見ればわかります。夜桜さんや美野里さんも、オシュトル様のことが好きなようですね」

 

 雪泉殿の視線が気になり、某は声をかける。

 

「雪泉殿、某の顔に何かついているか?」

 

「ッ!? え、えっと……仮面がついてます!」

 

 時間が止まったかのように感じた。

 とっさに話しかけられた雪泉殿はこう返すしかなかったのだろう。しかし、雪泉殿でなくとも、某に『顔に何かついてるか?』と聞かれれば、殆どの者が『仮面(アクルカ)』と答えるに違いない。

 雪泉殿の慌てぶりに某はニヤニヤと笑ってしまう。

 

「ふむ、仮面か。確かに間違ってはいない」

 

「うぅ……オシュトル様……すみません」

 

「謝らずともよい、それに某は気にしてなどおらぬよ。本当のことであるからな」

 

 そう言うと、お吸い物の入った器を持ち、口に流し込んだ。

 目の前には雪泉殿を元気づけている夜桜殿、先程雪泉殿の言ったことを面白いと言っている四季殿と美野里の姿があった。なんだか微笑ましい光景だ。

 

(このような時間が、ずっと続けばよいのだがな)

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 その頃、鎮魂の森の奥深く……。

 

「ぬ……うぅぅぅぅ――」

 

 顔の右部分に仮面をつけた巨漢の男が目を覚ます。近くに身を潜めていた動物達も男が目を覚ましたのに気付き、蜘蛛の子を散らすようして逃げ出した。

 

「我は……何故、生きている……」

 

 男は巨漢の身を起こす。自分の手足があることを確認すると、男は嬉々とした表情で笑っていた。

 

「まあいい、これでまた彼奴と死合いをする事が出来る……待っていろ、オシュトルぅぅぅ!!」

 

 男が声を上げていることに気付いたのか、そこには妖魔の大群が押し寄せ、男の回りを囲んでいた。しかし、男は怯えることなく、妖魔達を鋭い眼差しで一瞥していた。

 

「我に戦いを挑もうと言うのか。仮面(アクルカ)の力を使うまでも無し……消えろッ!!」

 

 その瞬間、男は回りにいる妖魔を完膚なきまでに焼き殺していた。ジリジリと燃えている妖魔の死体が転がっている。しかし、男は最初から妖魔がいなかったのかのように、仮面に手を当てていた。

 

「感じるぞ……仮面(アクルカ)の息吹が。フフッ……フハハハハハハハハ!!! オシュトルぅぅぅぅ!!! 我は、まだ戦えるぞォォォ!」

 

 男はオシュトルの名を叫びながら、天を掴むようにして拳を握る。

 そう、この者はオシュトル(ハク)との戦いに敗れ、塩になった筈の男……『豪腕のヴライ』だった。

 

 

 




他のキャラも出したいのに月閃の子達(特に雪泉)に集中してしまっている…なんとかせねば…

まさかのヴライも転生させてしまいました!果たしてこれからどうなるのか……(作者は自分ですけど笑)


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天喜楽 前編

偽りのアニメの前半は風呂に入ってたイメージしかないと思うんですが気のせいでしょうか?というわけで今回は温泉回です!


「せい! はぁ!」

 

(ん? この声は……雪泉殿か?)

 

 廊下を歩いていると中庭の方から雪泉殿の掛け声が聞こえてきた。どうやら一人稽古をしているようだ。

 某は雪泉殿の声に引き寄せられるように中庭に出る。

 

「朝早くから鍛錬に励むとは。精が出るな、雪泉殿」

 

 声をかけると、雪泉殿は慌てた様子でこちらに気付き、稽古を中断する。

 

「オ、オシュトル様! すみません……せっかくのお休みなのに、起こしてしまいましたか?」

 

 その表情は、なんだか申し訳なさそうだった。稽古の邪魔をしたのは某の方だが、雪泉殿は自分が悪いと思っているようだ。

 某は当たり障りなく応えた。

 

「いや、今ちょうど顔を洗ってきたところだ。ところで、某も一緒に稽古をしてもよいか? 一人でするより二人の方が良いと思うのだが」

 

「オシュトル様と、二人きりで稽古……はい! 是非お願いします!」

 

 すると、雪泉殿は笑顔になり、こちらの申し出を受けた。やはり一人では退屈だったのだろう。

 

「某の方こそ、よろしく頼む」

 

 

 

 こちらは刀、雪泉殿は扇子を持ち、互いの方を向き合っていた。互いに段々と距離をジリジリと詰め、構えを変えていく。

 

「遠慮はいらぬ、全力で参られよ」

 

「では、参りますっ!」

 

 次の瞬間、雪泉殿は扇子を氷で覆わせ、こちらに攻撃する。雪泉殿の攻撃を悉く刀で受け流す。すると、雪泉殿はこのままでは攻撃をしているうちに隙を突かれてしまうと思ったのか、某から距離を取った。

 

「流石はオシュトル様です。このような攻撃では受け止められてしまいますね……黒氷!」

 

 効かないと踏むと、雪泉殿は遠くから大きな氷の塊をこちらに向かって放つ。

 

「フンッ!」

 

 素早く向かってくる氷の塊を、一閃、二閃と切り刻む。しかし、雪泉殿はそのほんの僅かな隙を見逃さなかった。

 雪泉殿が構えを取ろうとした瞬間、某は一気に雪泉殿に距離を詰め、両手に持っている扇子を刀で弾いた。

 

「きゃあッ!?」

 

 悲鳴とともに弾かれた二つの扇子は宙を舞い、地に落ちた。勝利を確信して某は刀を鞘に納める。

 

「勝負、あったな」

 

「まさか……隙を突いたつもりが、こちらが隙を突かれていたなんて……」

 

 雪泉殿は尻餅をつき、その場でへたり込んでいた。怪我を負わせぬよう戦ったのだが、それでも少し心配だ。

 

「雪泉殿、怪我はないか?」

 

「大丈夫です。やっぱり、オシュトル様はお強いですね……」

 

「其方も氷を使う術の数々、見事であった。腕を上げたようだな」

 

 そう言いながら雪泉殿に手を差し伸べる。差し伸べた際に雪泉殿の顔が、少し赤く見えたような気がしたが気のせいだろう。某はそう思い、雪泉殿の手を強く握り締めて、彼女を立ち上がらせる。

 

「だが、其方の攻撃は素直すぎる。これではいつか、敵に足元を掬われ――ん?」

 

 気がつくと、雪泉殿はまだ某の手をギュッと握っており、全く離そうとしていなかった。むしろ握っている力がより強くなっている気さえする。

 完全に上の空な雪泉殿に、もう一度声を掛ける。

 

「雪泉殿、もう離してもよいと思うのだが……」

 

 ハッ!――と気がついたように、雪泉殿は慌てた様子で某の手をパッと離した。

 

「す、すみません! 私ったら何を……」

 

「別に構わないが。もし、日々の鍛錬で疲れているのであれば――」

 

「朝から、何の騒ぎー?」

 

「一体何事じゃ……」

 

「ふあぁ〜……」

 

 最後まで言いかけたその時、叢殿を除く他の皆がやってきた。夜桜殿達は少し眠そうな顔をしている。おそらく、お互いの武器を交えた音で目を覚めたのだろう。

 

「皆さん……」

 

「すまぬ、雪泉殿と共に稽古をしていたのだ。責めるのであれば、雪泉殿に一緒に稽古をしないかと誘った某だけにしてほしい」

 

 深々と夜桜殿達に頭を下げた。それを後ろで見ていた雪泉殿は慌てて声を上げる。

 

「オシュトル様は少しも悪くありません! 悪いのは朝早くから鍛錬をしていた私です!」

 

「まあまあ、二人とも。わしらは別に怒ってるわけじゃないから気にしないでください。それに……」

 

 夜桜殿は一呼吸おいて、続けて言った。

 

「朝ごはんを食べる前に、鍛錬というのもいいですね。わしも一緒にしてもいいですか?」

 

「あたしもー! 雪泉ちんだけに良い思いさせないから!」

 

「みのりもお兄ちゃんに稽古をつけてほしいなー!」

 

 続けざまに稽古をすると言い出した。無論、断る理由がないので、今度は皆も交え鍛錬に励むことにした。

 

「ああ、では皆も一緒に稽古をするとしよう。雪泉殿もそれでよいか?」

 

「はい!もちろんです!」

 

 結局、朝食を食べることなく、昼間まで稽古を続けたてしまい、後から来た叢殿も、四季殿の誘いにより昼間まで付き合わされるのであった。

 

 

 

 昼下がり。

 朝食……ではなく、昼食を食べ終えた某達は稽古でかいた汗を流すため、温泉街に出掛けていた。風呂に入りに行くだけでは味気ないため、今日は新しく出来た旅籠屋で泊まることになった。

 今、こちらの左腕には美野里、右腕には四季殿が抱きついており、二人の大きな双方の膨らみの感触が伝わってくる。

 

「美野里、四季殿、こうもくっつかれると歩きにくいのだが……どうか離れては貰えぬか?」

 

「やだよ! みのり、お兄ちゃんの腕に抱きつくの大好きだもん!」

 

「ふふん♪ 鈍感なオシュトルちんには、これくらいしないとわからないっしょ?」

 

 さらにギュ〜と抱きついている力が強くなる。すれ違う者達の視線が痛い。振り解くこと事態は造作もないのだが、この子らにはそんな事など出来るはずもなく……。

 

「モテモテだな。オシュトル殿は」

 

 さも他人事のように言っている叢殿。お面をしていて表情が見えないが、どうやら内心面白がっているようだ。

 

「ふ、二人とも! 卑猥なことは今すぐやめんかっ!///」

 

「オシュトル様……不潔です……不潔です」

 

 二人を注意する夜桜殿。彼女の反応が某にとって唯一の救いである。

 一方、雪泉殿は瞳を濁らせ何やらブツブツと呟いており、某を道端に落ちている生ゴミを見るような目で見ていた。どことなくその表情が怖い。

 

(これは、一刻も早く着かねば……)

 

 できるだけ早く着きたいので、早足で歩くことにした。

 

 

 十分後――

 ようやく目的地である新しく出来た旅籠屋に到着した。暖簾をくぐり、中に入る。見る限り、結構広そうな旅籠屋だ。

 

(まるで白楼閣のような所であるな)

 

 昔のあの日々を思い出していた。友であったハクと、よくこのような所で盃を酌み交わしたものである。そんな思いに耽っていると、雪泉殿に声をかけられた。

 

「オシュトル様、どうかなさいましたか?」

 

「いや、なんでもない。それより、ここは某が出そう」

 

 懐に手を入れ、金の入った巾着袋を取り出す。日々の依頼をこなしているおかげで、結構な額が貯まっている。

 

「そんな……オシュトル様に申し訳ないです……せめて私達の分は私達で払いますから」

 

「雪泉殿、ここは某の顔を立てるつもりで今回は出させて貰えぬか? 某はこの金を、其方達の為に使いたいのだ」

 

「……ずるいです、そんな言い方……」

 

 雪泉殿は下を向き、ポツリと呟いていた。

 

「何か言ったか?」

 

「いえ、ではお言葉に甘えさせて頂きますね。オシュトル様」

 

「ありがとう、お兄ちゃん!」

 

 

 

 

 皆の分のお金を支払い、女官に今日泊まる部屋を案内してもらった。しかし、どこの部屋もいっぱいで雪泉殿達と一緒の部屋になってしまったのだ。六人一緒に寝られる広さはあるのだが、男一人に女五人、果たしてこれはいいのだろうか……?

 

(まさか、部屋が一つしか空いておらぬとはな……)

 

 頭を押さえていると、自分の所に荷物を置いた四季殿が話しかけてきた。

 

「どうしたのオシュトルちん? こめかみ辺りを押さえてさ」

 

「思ったのだが、某はいない方が――」

 

「いやいや! せっかく来たんだし、帰るなんてもったいないって!」

 

 そう言いながら、四季殿に某の腕を掴まれる。帰ろうとしていたのがバレてしまった。

 

「しかし……皆も良いのか? 其方らは年頃の娘なのだ。某がいては、ゆっくりできぬだろう?」

 

 そう思い、皆に問いかける。すると、皆は『何を言っているんだ』というような表情で某に言った。

 

「わし達は、オシュトルさんは絶対に変なことはしないって信じてます。だから全然大丈夫ですよ」

 

「ああ、我もそう思う。オシュトル殿は清廉潔白な人だからな」

 

「うんうん! むしろお兄ちゃんも一緒じゃなきゃイヤ!」

 

「まあ、オシュトルちんになら何されてもいいけどね♪雪泉ちんもそう思わない?」

 

「し、四季さん! 私にそういう話を振らないでくださいっ///」

 

(皆、某を信頼してくれているのだな)

 

 某と一緒の部屋であることに不満の声は一切無かった。

 ならば某も、その信頼に応えねばなるまい――そう思いながら隅の方に荷物を置いた。

 

 

 

 

 早速風呂に入りに行こうとしていると、途中で飛鳥殿と鉢合わせた。彼女もこの旅籠屋に来ていたらしい。

 

「あ! オシュトルさん! それに雪泉ちゃん達も」

 

「飛鳥殿か、久しいな。浅草寺で会った時以来だったか」

 

「飛鳥さんも来ていたのですね」

 

「じっちゃんとばっちゃんが誘ってくれたんだ。かつ姉や斑鳩さん達も来てるよ?」

 

「おーい飛鳥、風呂入りに行くぞ――お? 月閃の奴らじゃん、それに……」

 

 やってきたのは、如何にも熱血と言う言葉が相応しそうな金髪の少女だった。どうやらこの少女達も雪泉殿らの知り合いのようだ。他にも、長い黒髪に真面目そうな雰囲気の少女、白髪で右目に眼帯をした少女、桃色の髪の可愛らしい少女三人が近くの部屋から出て来ていた。

 

「どうしたのです? 葛城さん――あ、貴方は……」

 

「待ってよ、かつ姉〜! あれ? この人って……」

 

「仮面をした男……」

 

 三人ともこちらを見て驚いた表情をしていた。この少女達も某のことを少なからず知っているようだった。

 

「確か……オシュトルだよな?」

 

「オシュトルさんって変身できるんでしょ!? 凄いなー! ひばり見てみたいなー!」

 

「そうか。おい、お前、雲雀が見たがっているぞ。早く変身してくれ」

 

(無茶を言わないでほしい……)

 

 こんなところで仮面の力を解放したら旅籠屋が壊れてしまう。それを判って言っているのだろうか? 騒ぎにもなる故、今は変身するわけにもいかないので、やんわりと断ることにした。

 

「他の客に迷惑がかかる故、いずれな……」

 

「そっかー……あ、そういえばまだ名乗ってなかったね!」

 

 すると、少女達は自己紹介を始めた。

 

「雲雀だよ、よろしくね!」

 

「柳生だ。オレの雲雀に手を出したら殺すからな」

 

(別に手を出すつもりはないが、まさか初対面で殺すと言われるとは……)

 

 それも年下の少女に、である。次いでに、先程の金髪の少女も自己紹介を始めた。

 

「アタイは葛城! 趣味は女の子達にセクハラすることだ! よろしくな」

 

(はて、『せくはら』とはなんだったか……同胞(はらから)と似たような意味だろうか?)

 

 セクハラの意味は何かと考えていると、葛城と名乗った少女はニッとした表情で、手を差し出していた。無下に断る理由もないので、葛城殿と握手を交わすことにした。

 

「葛城殿か。某の方こそ、よろしく頼む」

 

「おう! いつかアタイとも勝負しろよ?」

 

「某で良ければ、受けて立とう」

 

「それなら、その時は私ともお手合わせ願えますか?」

 

 葛城殿の後方で見ていた黒髪の少女が、某の前に出る。

 

「其方は?」

 

「私は斑鳩と申します。貴方と同じ、剣の道を歩む者です。貴方とは一度、剣を交えてみたいと思っていました」

 

 斑鳩と名乗った少女は真っ直ぐな瞳でこちらを見ていた。

 そこで、痺れを切らしたのか今まで黙っていた美野里が口を開く。

 

「ねえ、みのり、そろそろお風呂行きたいなー」

 

「あたしも美野里ちんにさんせーい。積もる話は、お風呂に入ってからでもいいんじゃない?」

 

 四季殿らの言う通り、まずは風呂に入ってからでもいいかもしれない。飛鳥殿達もそれでいいようだ。

 

「四季ちゃんの言う通りだね。斑鳩さんもそれでいい?」

 

「そうですね。では行きましょうか」

 

 

 

 男湯と女湯の入り口前。

 皆で風呂桶を持って入り口の暖簾前で立っていた。

 

「では皆、また」

 

「はい、オシュトル様もゆっくりとお湯に浸かって来てくださいね」

 

「気遣い痛み入る。そうするとしよう」

 

 男湯の暖簾をくぐり、中に入る。

 

 

「またねー、雪泉ちゃん達!」

 

「「「「ちょっと待ったぁぁぁぁ!!!!」」」」

 

 美野里を除く女性陣が、揃えて声を上げる。その理由は、美野里もオシュトルと同じ男湯に行こうとしたからだ。何故皆が止めたのかわからない美野里だけは、首をキョトンと可愛く傾げていた。

 

「どうしたの、みんな?」

 

「み、美野里さんっ! あなたはこっちです!」

 

「そ、そうだよ美野里ちん! 美野里ちんは女の子でしょ!?」

 

 雪泉と四季が美野里の腕を掴み、自身の方へ引っ張る。腕を掴まれている美野里はジタバタと暴れていた。

 

「二人とも離してー!! みのりもお兄ちゃんと入るのー!」

 

「ダメじゃぞ美野里! オシュトルさんと一緒にお風呂なんて羨ま……いけないのじゃ!」

 

「……夜桜、本音が出かけていたぞ」

 

 呆れたように夜桜に突っ込む叢。

 飛鳥達は、意外そうな目で月閃のメンバーの様子を見ていた。

 

「雪泉ちゃん達、なんか変わったね……前はあんな感じだったっけ?」

 

「これもオシュトルさんの影響でしょうか」

 

 

 

 女湯。

 中はとても広く、何人もの人数が入れるような風呂だった。美野里は中のなみなみとお湯をたたえた湯船の光景を見るとさっきまでのことは、すっかり忘れたようだった。

 湯船は大人が両手両足を伸ばせるくらいには広かった。

 

「広ーい!」

 

「ふふっ、走ったら危ないですよ美野里さん」

 

 走っている美野里に雪泉は優しく注意した。以前の真面目で厳しい彼女からしたら考えられないことだろう。

 そんな中、葛城は叢に徐々に迫っていた。その顔はなんだか、邪気が感じられる。

 

「なあ叢〜?」

 

「……な、なんだ?」

 

「せっかくの風呂なんだからさ。お前の可愛い顔を、アタイに見せとくれ!」

 

 そう言って、葛城は素早く叢のお面を奪い取った。すると彼女は挙動不審になり、言動も変わっていた。

 

「わ、わわわわわわ! かかかか返してくださいっ!」

 

 そう。彼女は恥ずかしやがりなのでお面がないと、緊張して上手く言葉が喋られないのである。

 

「と、言うわけで♪」

 

「な、何ですかその手は!?」

 

 葛城はワシワシと手を動かしていた。その動きから推測される行動はやはり……

 

「叢のおっぱい揉ませろー!」

 

 

 

 一方その頃、男湯。

 人があまりいない中、オシュトルが体を洗っていると隣の女湯の方から声が聞こえた。

 

『ひゃうぅっ!? か、葛城さん……やめ……』

 

『よいではないかよいではないか〜』

 

(向こうは随分と盛り上がっているようだな)

 

 女性陣の賑やかな声が聞こえてくる。随分と仲が良いようだ。

 湯舟に浸かる前に体をゴシゴシと洗って風呂桶の中に入っていたお湯で泡を流す。

 流石に風呂に入ってまで仮面(アクルカ)をつけているのはどうかと思ったので、今は外している。

 

(ん?)

 

「うひゃひゃひゃ……こりゃええわい」

 

 視界に映ったのは、壁に耳をピタッとくっつけている灰色の長い髪に髭を生やした老人だった。なんだか、やらしい顔をしている。

 老人は見られていることに気付くと、こちらの方へ向き、声をかける。それもニヤニヤした表情で。

 

「そこの若いの、一緒にどうじゃ? お前さんも男なら、興味があるじゃろう?」

 

「はて? 某には何のことかわかりませぬ」

 

「惚けても無駄じゃ、儂には分かっておる。お主も女体の神秘に興味がある筈。そうじゃ! 儂と共に女湯を覗き見するのじゃ」

 

(……この者は何を言っておるのだ?)

 

 どうやらよくいる欲の逞しい老人のようだ。覗きをするような趣味はないので、老人の提案を断ることにした。

 

「すまぬが、そこまでする程に飢えてはおらぬ故。某は遠慮させて頂こう」

 

「なんじゃ、堅い男じゃのう……こうなったら儂一人で女の子達の柔肌を――」

 

 トン――

 一瞬の隙をついて、老人の背後を静かに忍び寄り、頭を軽く突いた。

 

「な……?」

 

 すると老人はよろめいたかと思うと、そのまま床に倒れ込み、気絶した。

 

「不埒な真似をしようとする輩を、見過ごすわけにはゆかぬのでな。しばしの間、眠ってもらおう」

 

 老人は白目を向いて気絶している。このまま放置するわけにもいかないので、背負って一緒に出ることにした。

 この時、某は知らなかった。この老人が、飛鳥殿の祖父で伝説の忍と呼ばれている半蔵殿だと言うことを。

 

 




話が長くなりそうなので2話に分割することにしました。

オシュトルVSヴライを期待していた方々、すみません……もう少し後になります……

それにしても閃乱カグラのキャラが多すぎる……


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天喜楽 後編

前回の続きです!

夜桜の見た目って完全に谷口柑n…おっと、誰か来たようだ。




「ふぅ〜……気持ち良いですね」

 

 再び魅惑の女湯。

 雪泉は湯船の縁に寄りかかりながら満足気に呟いた。そばでは美野里がパシャパシャと湯船の中を泳いでいる。

 

「四季ちゃん! 雲雀ちゃん! 一緒に向こうまで競争しよ?」

 

「いいねー! 負けたら一発芸ね♪」

 

「よーし、雲雀負けないぞー!」

 

「雲雀が泳ぐなら、オレも一緒に泳ぐ!」

 

 そこへ、四季と雲雀と柳生も加わり、四人で競争することになった。その様子を見た夜桜は、四人に注意することにした。

 

「よ、四人とも! お風呂は泳ぐ所ではなくて入るものじゃ!」

 

「夜桜ちゃんも一緒に泳ごうよー? 楽しいよ!」

 

 笑顔で夜桜も誘おうとする美野里。見る限り本当に楽しそうだった。

 

「じゃ、じゃあ……ちょっとだけ」

 

「わーい! これで五人だね!」

 

 結局、夜桜も美野里達と一緒に泳ぐことになった。内心では、どうやら彼女も泳ぎたかったようである。

 一方、湯船で気持ち良さそうに浸かっている雪泉に飛鳥がツツッ――と近づき、話しかける。

 

「ねえ、雪泉ちゃんはオシュトルさんと一緒に暮らしてるんだよね?」

 

「はい。それがどうかいたしましたか?」

 

「オシュトルさんがどういう人なのか教えて欲しいなって思って――あ! 別に深い意味は無いから安心して!」

 

「そうですね……」

 

 雪泉はしばらく考える素振りをすると、顔を上げて言った。

 

「凛々しくて強く、真面目で優しい殿方。それに……自分の事よりも、私達の事を考えてくださっています///」

 

 雪泉の表情はまさしく、恋する乙女そのものだった。顔だけでなく耳まで真っ赤になっている。

 その表現を見て、飛鳥は確信していた。確実に雪泉はオシュトルのことが好きなのだと。

 

「そっか。雪泉ちゃんはオシュトルさんのことが本気で好きなんだね」

 

「……はい。そしていつかは……オシュトル様のお嫁さんになりたいと思っています///」

 

「雪泉ちゃんならきっとなれるよ! 私が保証する!」

 

「飛鳥さん……ありがとうございます」

 

 

 

 

 今座っている長い椅子に老人(浴衣は着せている)を寝かし、しばらく待っていると、雪泉殿達が女湯の暖簾から出てきた。仄かに漂う石鹸の香りが鼻をくすぐる。

 

「オシュトル様、待っていてくれたのですか?」

 

「いや、某も今上がったところだ」

 

「あれ? じっちゃん!?」

 

 飛鳥殿が傍らで寝ている老人に駆け寄り、老人の体を揺らした。

 

「ど、どうしたのじっちゃん? 返事してってば!」

 

「もしや……この者は飛鳥殿の?」

 

「はい、この方は飛鳥さんの祖父。半蔵様です」

 

(……某はどうやら、とんでもない事をしてしまったらしい)

 

 飛鳥殿にさっき男湯で起こった事を説明する。すると雪泉殿達は『やはりそうですか……』と呆れているようだった。どうやら半蔵殿は常習犯らしい。

 飛鳥殿は気絶している半蔵殿の体を支え、その場で立ち上がる。

 

「もう、後でばっちゃんにお仕置きしてもらうからね」

 

「手伝うぜ、飛鳥」

 

 葛城殿も半蔵殿を支えるのに協力し、彼女達は一足先に自分達の部屋に戻っていったようだ。その際に、雲雀殿がこちらに手を振っていたのでこちらも振り返したが、柳生殿に睨まれてしまった……何故だろうか?

 そう考えていると、四季殿が悪戯っぽい笑みをしながら話しかけてきた。

 

「ところでオシュトルちんはさ、覗きたいとか思わなかったわけ?」

 

「そのような下卑た行為はせぬ。断じてな」

 

「えぇー、あたしらそんなに女としての魅力無い? あたしの繊細な乙女心が傷付けられたよー……しくしく」

 

「いや、だからそうではなく……」

 

 四季殿はこちらをチラチラと見ながら泣いているフリをしており、某の反応を楽しんでいた。

 話を変えるべく、某は売店にある乳の入った瓶に目を向けた。

 

「それよりも皆、喉が渇いているだろう? 各々、好きなのを頼むといい。某が奢ろう」

 

「あ、誤魔化した!」

 

「ほんとに!? お兄ちゃんだーい好き!」

 

 美野里はこちらに凄い勢いで抱きつき、頬をすり寄せる。途端にそれを見た雪泉殿は、一見にこやかな笑みを浮かべているが不機嫌な波動を放っていた。

 

「……美野里さん? 人目もありますし、そういうのは控えてはどうでしょう?」

 

 穏やかな口調だが、目は全く笑っていない。しかし、美野里は気にした様子もなく、まだ抱きついている。

 

「雪泉ちん、怖いって……」

 

「喉の渇きを忘れさすような、そんな感じですね……」

 

「雪泉は怒ると怖いからな……」

 

 三人ともが寒気……というか悪寒を感じてるみたいだ。どうやら彼女を怒らせるのは不味いらしい。

 

「ねぇ、オシュトルちん……ちょっと」

 

 四季がツツツ――と近づいてくると、雪泉に気づかれないように背後に目配せする。

 

「雪泉ちんの機嫌を取ってくれる? 今にも『氷王』を発動しそうだよ……」

 

「機嫌を取れ、と言われてもな……どうすれば良いのか」

 

「おや? 本当にオシュトル達が来ておるとはの。飛鳥の言う通りじゃったわい」

 

 声をする方を向くと、風呂桶を持った小百合殿が立っていた。実に丁度良いタイミングだ。

 

「あ! 小百合お婆ちゃん!」

 

「これは小百合殿、息災であったか」

 

「あたしを年寄り扱いするんじゃないよ。今度、年寄り扱いしたら、例えオシュトルでもぶっ飛ばすからねえ」

 

「む……」

 

 鋭い殺気を放っていると同時に、小百合殿は眉間に皺を寄せてそう言った。本当に怒らせてはいけないのは、小百合殿かもしれない――

 

「だがまあ、半蔵の企みを止めてくれたのには感謝じゃ。どうしようもないスケベじいさんであたしも困っておるよ。この前なんか孫の体と入れ替わって悪行を働いていたからの」

 

「あの時は、半蔵様が飛鳥さんと入れ替わっていたとは私も気づきませんでした……」

 

 どうやら雪泉殿も半蔵殿の被害者らしい。本当にどうしようもない御仁のようだ。

 

「ふむ……だが、少しやりすぎたやもしれぬ。半蔵殿が目覚めた時には『申し訳ありませぬ』とお伝え願いまする」

 

 そう言って小百合殿に頭を下げる。

 

「いいんじゃよ、半蔵にはあれくらいやらんとこりんからの。まあ、オシュトルがそこまで言うのなら、伝えておくとするかの」

 

「小百合殿、感謝致す」

 

「じゃ、あたしは風呂に入ってくるから。後は若い者同士で楽しみな」

 

 小百合殿はそう言うと、女湯の暖簾をくぐり、中に入っていった。あの人は本当に何者だろうか。

 

(小百合殿は仮面の者(アクルトゥルカ)すら凌駕するやもしれん。ふっ、いつか手合わせを頼みたいものだ)

 

「ねぇ、お兄ちゃん。そろそろいい?」

 

 気がつくと、ちょんちょんと美野里が某の裾を引っ張っていた。どうやら早く牛乳を飲みたいようだ。

 

「おっと、そうであったな。雪泉殿らも好きなのを選ぶといい」

 

「わーい!」

 

「オシュトルちん太っ腹〜! ほら夜桜ちん、早く行くよ♪」

 

 四季殿は夜桜殿の手を掴み、半ば無理矢理連れて行った。

 

「ちょ、ちょっと四季さん!?」

 

「オシュトル殿、忝い。我もお言葉に甘えるとしよう」

 

 美野里、四季殿、夜桜殿、叢殿の四人は売店でそれぞれ好きな物を選びに行った。仲良く選んでいるのがここから見ていてわかる。

 一方、雪泉殿は遠慮しているようで、某は雪泉殿にも選ぶようにと促した。

 

「其方も遠慮することはない。選びに行くといい」

 

「で、ですが……宿代まで出して貰いましたのに……」

 

 あくまで食い下がる雪泉殿に、ニヤニヤと笑みを浮かべ、雪泉殿にだけ聞こえるような声の大きさでウコンの口調に崩した。

 

「へぇ〜、ネェちゃんは俺に奢られるのは嫌だと――そう言いてぇんだな?」

 

「え?」

 

 いきなりウコンの口調になったため、雪泉殿は目を丸くしている。

 

「そんな風に思われてたなんてねぇ。俺ぁ悲しいぜ……」

 

 落ち込んでいる素ぶりを見せるが、もちろんこれは演技だ。しかし、雪泉殿の目には演技に見えないようでオロオロとふためいていた。その姿は、なんだかいじらしかった。

 

「そ、そんなことはありません! むしろオシュトル様には感謝しています!」

 

「そいつはホントかい? だったら皆と一緒に選びに行ってきな。俺の気が変わらねぇうちによ」

 

「わ、わかりました……ありがとうございます、オシュトル様」

 

 雪泉殿はそう言い、オペコリとお辞儀をすると、売店でまだ何にするか迷っている皆の元に駆け寄った。

 

(ふむ、此処では『乳』ではなく『牛乳』と言うのだな。慣れてきたつもりではあるが、某の知らぬ事がまだ多い……)

 

「お兄ちゃーん! 早くー!」

 

 腕を組み、考え事をしていると売店の前にいる美野里に声をかけられた。どうやらそれぞれ選び終わったらしい。

 

「ああ、今行こう」

 

(だがまあ、これから知れば良いだけの事か)

 

 売店に行き、六人分の牛乳を買う。ちなみに、皆の選んだ牛乳はと言うと、四季殿と美野里はフルーツ。夜桜殿と叢殿はコーヒーで、某と雪泉殿は普通の牛乳だ。

 牛乳瓶の蓋を開け、雪泉殿達は腰に手を当てて一気にグッと飲み干す。もはやこれはお約束と言っても過言ではない。

 

「っはぁ〜!やっぱこれだね〜♪」

 

 四季殿が飲み干した瓶を持って満足そうに呟いた。

 

(ふっ、これは何処でも恒例なのだな)

 

 

 

 夕刻――

 夕食の時間になり、皆で食堂に集まっていた。目の前にあるのはどれも美味しそうな料理ばかりで、思わず目移りしてしまう。この旅籠屋が、白楼閣並みに割高な理由がわかった気がする。

 部屋には小百合殿や飛鳥殿達の姿もあり、随分と賑やかな集まりになっていた。ちなみに半蔵殿はまだ部屋で気絶しているらしい。

 

「さて、どれから――ん?」

 

 一番左端にある座布団の上に座り、早速食事にありつけようと思っていると、雪泉殿達は部屋の隅の方でゴソゴソとしていた。五人は両手を組んだかと思いきや、何やら真剣な表情で手の中を覗き込むように見ていた。あれは、まじないか儀式の類だろうか。

 

「よし、見えた!あたしはこれでいくよっ」

 

「……わしも見えましたッ!」

 

「絶対に負けません……!」

 

「お兄ちゃんの隣はみのりが勝ち取ってみせる……!」

 

「いや、我が勝ち取る……せーの」

 

「「「「「じゃん、けん、ぽん!!!!」」」」」

 

 隅の方から『あいこでしょ!』という言葉が、部屋中に度々響き渡る。それと同時に、先程のまじないのような動きも繰り返し行っていた。なんだか見ていて少々気味が悪い。

 向かい側に座っている飛鳥殿達もその様子を見ており、心なしか若干引いているようだった。

 

「あの真面目な雪泉ちゃんが必死にじゃんけんやってるよ……」

 

「まさか夜桜さんまでやるとは……」

 

「ふぇっふえっ、若いってええのう」

 

「おーおー!憎いねオシュトル、このこのっ♪」

 

 小百合殿は他人事のように笑っており、葛城殿はこの状況を見て、肘でこちらをつつくような動作を取っていた。

 

(はて?何のことかさっぱり分からぬのだが……)

 

「やったー!みのりがお兄ちゃんの隣〜♪」

 

 ボフッと隣に美野里が座ってくる。どうやら奇妙な儀式のようなものは終わったらしい。

 ちなみに座っている順番はというと、美野里、雪泉殿、四季殿、夜桜殿、叢殿の順だ。何故か美野里以外はムスッとした表情をしており、特に雪泉殿からは禍々しい気が滲み出ていた。それも黒いオーラが見える程に。

 

「……雪泉殿、如何なされた?」

 

「……」

 

 プイッ――

 雪泉殿に声をかけるが、顔を逸らされてしまった。他の者にも声をかけたが、顔を逸らされるばかりだった。

 

「おいし〜!お兄ちゃんもこれ食べてみてよ!」

 

「あ、ああ……美味いな」

 

 某の隣に座っている笑顔で料理を食べている美野里だけが、唯一の癒しだった。

 

 

 

 夕食を済まして部屋に戻り、皆で布団を敷いていた。流石に雪泉殿達の近くで寝るわけにはいかないので、離れた隅の方に布団を敷く。

 雪泉殿達がまだ布団を敷いている中、四季殿が話しかけてきた。

 

「オシュトルちん、ちょっと遠くない?」

 

「近くに、というわけにもゆかぬだろう。四季殿は某が目の前に寝ていたらどう思う? 気が休まらぬであろう」

 

「んーと……」

 

 四季殿は指を頬に当てながらこちらを見る。

 

「た、確かに破壊力ヤバい……///」

 

「四季殿? 顔が赤いが、熱でもあるのか?」

 

 四季殿の顔を覗き込む。それに気づいた四季は顔が真っ赤になっていた。一体どんな想像をしたのやら。

 

「へ、平気だって! 熱なんかないし!///」

 

 四季殿は逃げるように雪泉殿らの方に行った。

 

(ふむ、女心は難しいものだな……)

 

 

 それぞれ布団も敷き終わり、某達は遊戯をしていた。その遊戯とはヤマトでも流行っていた『将棋』である。今は某と叢殿が勝負をしており、中盤で某が有利だった。

 そして最終局面……勝ったのは――

 

「王手、これで詰みだ」

 

「ぐっ……我の負けか……」

 

「オシュトルさん凄い……これで五連勝ですよ!」

 

「雪泉殿、次は某と花札で勝負せぬか? この前の雪辱を晴らしたいのでな」

 

「ふふっ、花札ならオシュトル様にも負けませんよ?」

 

 雪泉殿は不敵な笑みを浮かべる。相当自信があるのだろう。某の成長したところを見せるときだ。

 

「よーし! あたしも雪泉ちんと花札で勝負するよー!」

 

「我もリベンジだ」

 

 この後、某だけでなく、他の四人も雪泉に花札でこてんぱんにやられたのだった。

 

 

 

 

『兄さま、兄さま!』

 

『ネコネ? どうした、こんな夜更けに』

 

 オシュトルは夢を見ていた。それも故郷であるエンナカムイに居た頃の夢だ。

 

『その……一緒に付いて来て欲しいのです……///』

 

 ネコネはモジモジと脚を動かしていた。

 

『さては、厠に行きたいのだな?』

 

『うぅ……母様には内緒ですよ! もし言ったら、兄さまでも許さないのです!///』

 

『案ずるな。言われなくとも、母上には言わぬよ』

 

 

『漢ノ戦イヲ、ヨクモ穢シテクレタナァァ!! 消シ炭ミニシテヤルゥゥゥッ!!』

 

『あ……兄……さま……ごめんな……さい……』

 

『ネコネ!!』

 

 岩陰からハクが飛び出し、ネコネを庇うように護る。二人を助けようとするが動けなかった。

 

『ッ!? 何故、体ガ動カヌ……! ネコネ! ハク!! 逃ゲヨ――』

 

『消エ去レィッ!! 小蟲供ォォォォ!!!』

 

 大きな火の玉が二人に襲いかかる。庇うことも出来ず、二人が消し炭にされるのを見ることしかできなかった。

 

『ヤメロォォォォォォッ!!』

 

 

「――ッ!! はぁ……はぁ……」

 

 夜更け。

 目を覚ますと、額には大量の汗が流れていた。この夢を見るのは果たして何度目だろうか……。

 

(ネコネ……ハク……)

 

 あの時、某はヴライと戦い、そして塩となり砕け散った。だが、場所は違えど生きているのは確か。しかも仮面(アクルカ)まであるという……某が何故、此処に居るのか未だにわからぬままだ。

 

「すぅ〜……すぅ〜」

 

 雪泉殿達の寝息が聞こえる。彼女達の方を見ると、きちんと布団を掛けてぐっすりと眠っているようだった。

 

(目が冴えてしまったな……露天風呂にでも入るとしよう)

 

 いくら混浴である露天風呂でも、流石にこの時間帯に入る者はいないだろう。今は一人で落ち着きたいので丁度良い。

 某は、雪泉殿達を起こさないようにそっと静かに部屋を出た。

 

「ん……オシュトル様?」

 

 

 露天風呂。

 雲があまりないので空が良く見え、とても綺麗な星空だった。いつか友と初めて盃を交わしたのも、このような星の綺麗な夜だった。

 

(ハク……其方は某を恨んでいるか? 其方に全てを託し、其方の前から居なくなった某を……)

 

 某は夜天に浮かぶ月を眺めながら、感傷に浸っていた。ハクに託したことに後悔はしておらぬ。某が認めた漢なのだからな。

 だが――悔やむとすれば、ネコネには辛い思いをさせてしまった事だ。自責の念に駆られるなという方が無理やもしれぬが、それでもネコネ、其方が気に病む必要は無いのだ。

 

(ゆかぬな。某がこれでは、ハクに笑われてしまう)

 

 今は自分に出来ることを精一杯やろう――そう思い、盃を呷っていると、ガララッ――と入口の開く音がした。

 

(某以外にも、この時間帯に入る者がいるとは……)

 

「あの……オシュトル様」

 

 聞き慣れた声に思わず振り向く。そこには、恥ずかしそうな表情をして、手拭いを体に纏う雪泉殿の姿があった――此処ではバスタオルだったか。

 

(何故、このような時間に……)

 

 某は雪泉殿を直視せぬよう、視線を違う方向へ向けながら、話しかける。

 

「雪泉殿も入りに来たのか?」

 

「は、はい……」

 

「そうか。では某は、そろそろ出るとしよう」

 

 いくら露天風呂が混浴であろうと某がいては、気も休まぬだろう。もう少し入っていたかったのだが、仕方あるまい。

 立ち上がり、湯船から出ようとすると、雪泉殿に呼び止められた。

 

「あの……! 私のことはお気になさらず、そのまま入っててくださいっ」

 

「む……しかし……」

 

「その、オシュトル様とお話がしたくて……」

 

 まるで迷い子のような目をして食い下がる雪泉殿に、某は折れることにした。

 

「……雪泉殿がそう言うのであれば、構わぬよ」

 

「……隣、失礼しますね」

 

 某は再び湯船に浸かる。見ると雪泉殿は、本当に某の隣で湯船に浸かっていた。顔を赤くするくらいなら、わざわざ隣に来なくてもよいと思うのだが……いや、水を差すのはよそう。

 しばし、沈黙の時間が続き、先に某が口を開く。

 

「月が綺麗であるな、雪泉殿」

 

「え!? ええぇぇぇっ!! そ、それって……///」

 

 珍しい。雪泉殿が声を荒げるとは。某はただ、『月が綺麗』としか言っておらぬのだが……。

 

「急に大きな声を出してどうしたのだ?」

 

「あぁ……おじいさま……! 私は、私は……どうすれば良いのでしょう……///」

 

 雪泉殿に問いかけるが、完全に上の空だ。今度は何やら小さな声でブツブツと呟いている。何かあったのだろうか。

 

「そ、そんなっ……! あのオシュトル様が……ですが私、まだ心の準備が出来ておりませんっ///」

 

 雪泉殿はあたふたとふためいており、何故か頬をポッと赤く染めている。

 

「雪泉殿?」

 

「ひゃいっ!」

 

 某の問いかけに、ようやく我に返ったようだ。すると雪泉殿はこちらをしばし見つめ、軽く御辞儀をしていた。

 

「不束者ですが、どうぞ宜しくお願いします…… オシュトル様///」

 

(ん? それは、『これからも宜しく』という意味であろうか?)

 

「ああ、某の方こそ、宜しく頼む」

 

「は、はいっ!!///」

 

 雪泉殿は、何やら嬉しそうな表情をしていた。

 この件以来、雪泉殿の某に対する距離が物理的に近くなったのは、某の気のせいだと思いたい。

 

 




いくらオシュトルが完璧超人でも、感傷に浸ることくらいはあると思うのです。

そして二人の白皇がとうとうアニメ化!!!!めちゃくちゃ嬉しいんですが!!?


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風ふかば

もうすぐ11月ですね〜

二人の白皇の夢幻ステージの還らざる戦いでネコネとウコンが再会した時は、思わず泣きそうになりました…

今回も日常編をお届けします。


「帰ったぜぇ」

 

「「「「おかえり(なさい)!」」」」

 

 夜。

 それは、オシュトルが、仕事から帰って来て部屋に戻った時だった。仕事時のウコンの変装を解き、着替えを済ませると襖の向こうから雪泉の声が聞こえてきた。

 

「オシュトル様……入ってもよろしいでしょうか?」

 

「ああ、構わぬよ」

 

「失礼します」

 

 雪泉はオシュトルの部屋に入り、襖を閉める。

 

「あの、今日もお仕事お疲れ様です。お茶が入りました……後、これ……どうぞ」

 

 雪泉はさっきまで仕事をしていたオシュトルを労う為に、お茶と彼の好物である胡桃饅頭を持ってきていた。初めの頃と比べると、見た目も段々と綺麗な形になっている。

 オシュトルは出された胡桃饅頭を手に取り、口に運んだ。

 

「雪泉殿の淹れてくれた茶と胡桃饅頭は、まるで疲れを癒す薬のようであるな。今日も美味しく出来ている」

 

「ありがとう……ございます///」

 

 雪泉はそのままオシュトルに近づき、甘えるように隣にしなだれかかった。そして、オシュトルの肩に頭を預ける。

 

「オシュトル様……///」

 

(この頃、雪泉殿がこうして甘えてくるようになった。某に心を開いてくれているのだな)

 

 雪泉がこのようにしているのは、前にオシュトルが愛の告白(しかも無自覚)をしたからだが、本人は全く気付いていない。

 オシュトルはお茶を飲み、何かを思い出したように言った。

 

「そういえば、依頼先で差し入れとして菓子を頂いたのだ。雪泉殿、食べるか?」

 

 オシュトルは机に大量の菓子を紙袋から出した。紙袋は一つだけでなく、数え切れない程の量であった。

 

「……これって、女性からですか?」

 

「確かに今思えば、女子(おなご)達に譲り受けたような気もする」

 

「そう……ですか。ウコン様のお姿でも随分とモテるんですねぇ……」

 

 それを聞いて、雪泉の機嫌が一気に悪くなった。しかも部屋の温度も下がり、オシュトルは寒気ではなく悪寒を感じていた。

 

「……オシュトル様」

 

「な、何か?」

 

 オシュトルは今の雪泉に、少しばかりたじろいでいた。既に彼女は、禍日神(ヌグィソムカミ)と化している。数々の(いくさ)を乗り越えてきたオシュトルを怯ませたのは、小百合以外で彼女が初めてかもしれない。

 その時、部屋の襖が勢いよく、パァーン!と開かれた。

 

「お兄ちゃんの部屋からお菓子の匂いがするー! あ!雪泉ちゃんもいたんだ!」

 

「み、美野里さん……」

 

 美野里が来て雪泉はオシュトルからパッと離れた。どうやら二人きりの時以外では、自重するタイプのようだ。

 

「ふっ、菓子の匂いに釣られて来たようだな」

 

 雪泉は美野里が部屋に入ってきて少々不満そうな顔をしていたが、オシュトルの方は、二人に悟られないように安堵していた。仮面(アクルカ)を付けているので表情が分かりにくい。

 美野里は机に並べられているお菓子に目を輝かせていたと思いきや、急に頬を膨らませた。

 

「みのりには内緒で二人だけで食べるつもりだったんでしょー!ずるいよ!」

 

 プンプンと怒っているが、別に怖くなく、むしろ可愛いまである。

 

「某と雪泉殿だけで、これだけの量を食べられるわけがなかろう。後で美野里や四季殿らにもあげようと思っていたところだ」

 

「本当!? わーい!お兄ちゃんだーい好き!」

 

「……」

 

 あまりの嬉しさに美野里は、オシュトルに思いっきり抱きついた。美野里はオシュトルに頭を優しく撫でられ、されるがままになっていた。

 

「お兄ちゃんの撫で撫で…気持ちいい……」

 

「むぅ……」

 

 その様子を見た雪泉はヤキモチを妬いてしまい、より不機嫌になってしまった。しかし、ヤマトの右近衛大将ともあろうオシュトルはやはり気付いていない。

 見られていることに気づいた美野里は、雪泉に声をかける。

 

「もしかして、雪泉ちゃんもお兄ちゃんに撫でて欲しいの?」

 

「え!?///」

 

 雪泉はいきなりで言葉を失っていた。まさか美野里に悟られるとは思ってなかったのだろう。

 

「ねえお兄ちゃん、雪泉ちゃんに撫で撫でしてあげて!」

 

「む……」

 

 美野里にそう言われてオシュトルはしばし考えると、雪泉の方を向いて口を開いた。

 

「雪泉殿が撫でて欲しいと言うのであれば、別に構わぬが?」

 

 雪泉に優しい笑みを浮かべながら、そう答えるオシュトル。

 

「オ、オシュトル様…そのお顔は反則です……///」

 

「何か言ったか?」

 

「い、いえっ!それでは……お願いします///」

 

 再びオシュトルに近づき、雪泉は彼の肩に頭を預けた。奥手の彼女が、ここまで勇気を振り絞っている姿はなんとも健気である。

 

「雪泉殿、体が震えているが……もしや無理しているのではあるまいな?」

 

「だ、大丈夫です!ですから……私の頭を撫でてくださいまし///」

 

「……では、失礼する」

 

 ガタッ――

 オシュトルが雪泉の頭に手を伸ばそうとしたその時だった。

 

『押さないでよ夜桜ちんっ。今いいとこなんだからさ』

 

『そ、それはこちらの台詞です!』

 

 ガララッ――

 オシュトルが部屋の襖を開けると、そこには四季と夜桜の姿があった。見つかった二人はなんだか罰が悪そうだった。

 

「……四季殿、夜桜殿、そこで何をしておられる?」

 

「あ、あはは……あたし達、オシュトルちんに用があったんだけど入りづらくてさ」

 

「なんで入りづらいの?」

 

「あの雪泉が勇気を出して頑張ってましたからね……ここで入ったら無粋かと思いまして……」

 

「し、四季さん! 夜桜さん! 見ていたのですか!?///」

 

 雪泉の顔は真っ赤になっていた。

 

「いや〜、あたしは止めたんだよ?でも夜桜ちんがどうしてもって言うからさ〜」

 

「人のせいにしないでください!大体、四季さんが『面白そうだから見てよう♪』って言ったんじゃないで――」

 

「二人とも……そこに正座なさい!!!」

 

 気づくと、『氷王』になっている雪泉の姿があった。見る限り、かなり怒っているようだ。

 

「「ひぃっ!?」」

 

 

 この後、四季と夜桜は三時間に渡る雪泉の説教を聞かされ続け、足が痺れてしばらく歩けなかったという。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

「これで全部、ですね」

 

 夕方――

 学校の帰りに私は、街でアマムニィの材料を買いました。実は夜桜さんに、今日は私が作りますと無理を言ってお願いしたのです。

 

(オシュトル様も今日は早めに帰るとおっしゃってましたし、私も早く帰りましょう)

 

「あら?雪泉ちゃんじゃな〜い」

 

 真っ直ぐ家に帰ろうとしていると、後ろから声をかけられました。振り向くとそこには春花さんがいました。この時間帯からするに、おそらくアルバイトの帰りでしょうか。

 

「こんにちは、春花さん」

 

「こんにちは、お買い物の帰り?」

 

「はい。今日の夕食は私が作りますので」

 

「いいわねえ、年上でイケメンの彼氏がいる雪泉ちゃんは」

 

「え、えっと……はい///」

 

 春花さんにそう言われて、私は思わず顔が赤くなってしまいました。オシュトル様に告白された時の事は、まだ脳裏に焼き付いています。ですが、告白される以前から『オシュトル様は私の彼氏』と噂が流れていましたが、果たして広めたのは誰でしょうか? ふふっ、その方に会ったら、まずはお礼を言わないといけませんね。

 思考を巡らせていると、春花さんは怪しげな瓶を手に持っていました。また片言になる薬でも開発したのでしょうか……。

 

「そんな雪泉ちゃんに、この私の開発した超強力惚れ薬をあげるわ。これを飲ませれば、オシュトルさんは貴女を獣のように求め続けるでしょうね〜♪」

 

「あ、あのオシュトル様が……私を……///」

 

 今思えば、オシュトル様は私達と話す時にきちんと目を見て喋っておりました。自分で言うのも何ですが、街を歩いていると、殿方に胸をチラチラと見られているのがよくわかります。ですが、オシュトル様はちらりとも見ていないのです……そんなに私には魅力がないのでしょうか。

 私は、気がつくと春花さんの持っている瓶に手を伸ばしていました。

 

(その薬を飲ませれば……オシュトル様は獣のように…?)

 

「どう?欲しいでしょ?」

 

「ハッ!? べ、別に欲しくなんてありません!」

 

 ふと我に返り、私は手を引っ込めました。そんなものに頼りたくはありませんからね……。

 

「その割には、さっきまで手を伸ばしてたじゃない? ふふ♪ 私にもオシュトルさんを紹介してくれたら、この薬をあげてもいいわよ?」

 

 春花さんは意地の悪い笑みを浮かべ、ニヤニヤと私を見ています。なるほど……そういうことですか。

 

「つまり、春花さんはオシュトル様とお近づきになりたいと……」

 

「流石は雪泉ちゃん、話が早くて助かるわ♪」

 

「……何を企んでいるのですか?」

 

「人聞きが悪いわねえ。何も企んで無いって♪」

 

(本当でしょうか? いまいち信用ができません)

 

 私はすっかり疑心暗鬼になっていました。春花さんのことです、何か裏があるとみていいでしょう。今までそうでしたし。

 

「見て雪泉ちゃん!あそこにいるのってオシュトルさんじゃないの!?」

 

「え!?」

 

 春花さんの指差す方に向いたその時――春花さんは、サッと私の手に瓶を握らせ、上機嫌で去っていってしまいました。

 

「じゃ、よろしくねー!」

 

「ちょっと!春花さ――」

 

 一人ポツンと残され、そこにはもう、春花さんはいませんでした。

 

(どうしましょう……これ)

 

「いよう。雪泉のネェちゃんじゃねえか」

 

 声のする方に振り向くと、そこにはオシュ――ウコン様のお姿が。私は慌てて瓶を買い物袋の中に隠します。

 

「んお?今なんか隠してなかったか?」

 

(さ、流石はウコン様……よく見ていますね……)

 

 これでもバレないようにしたつもりですが、ウコン様には通用しないようです。ですが……正直に言うわけにもいかないわけでして……仕方がありません、ここは誤魔化しましょう。

 

「そ、それよりウコン様!お仕事の方はもういいのですか?」

 

「おうよ、ちゃっちゃと終わらせてきた。ところで、ネェちゃんは買い物の帰りかい? こりゃあ随分と買い込んだようだが」

 

「え、ええ、まあ……」

 

「どれ、貸してみな。ちょいと持ってやンよ」

 

 ウコン様はそう言って、私の手に持っている買い物袋に手を掛ける。

 

「あ……///」

 

(ウコン様の……オシュトル様の手///)

 

 買い物袋を持っていた私の手が、ウコン様の手と当たって……///

 

「おっと悪りぃ、そんなつもりじゃなかったんだ。不快にさせちまったなら謝る!すまねぇ!」

 

 ウコン様は慌てた様子で、私に頭を下げていました。

 

「い、いえ…私は気になんていませんよ。ですから、頭をお上げください」

 

「ネェちゃんは優しいな。きっと、将来は良い嫁さんになるに違ぇねえ! いんや〜、ネェちゃんのような美人と結婚する男は羨ましい限りだぜ」

 

「……え?今、なんと……?」

 

「ん?だからよ、ネェちゃんのような美人と結婚する男は羨ましいって……」

 

(も、もしかして……)

 

――月が綺麗であるな、雪泉殿。

 

(私の……勘違い……?)

 

 確かにあの時、満月で綺麗な月でした。つまり、オシュトル様は……そのままの意味……で?

 

「顔色が悪ぃが大丈夫か?」

 

「う、うわあああぁぁん!!!!///」

 

「ど、何処に行くんだネェちゃん!?」

 

 

 雪泉は勘違いしていたことに気づき、あまりの恥ずかしさにその場から逃げ出してしまったのである。この後、雪泉は三日三晩、熱を出してしまい、寝込んでしまった。

 熱が下がった後も、雪泉はしばらくオシュトルと近付くことも顔を合わせることも出来なかったという。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

「オシュトル殿、折り入って頼みたいことがある」

 

 それは、休日の昼すぎのことであった。某が自室で書冊を読んでいると、部屋に入って来るなり、叢殿はそう言った。思えば、叢殿が頼み事など珍しい。

 某は読みかけの書冊を一旦置き、叢殿に向き合う。

 

「それで、某に頼みとは?」

 

「単刀直入に言う。我の漫画の主人公のモデルになってもらいたい」

 

「もでる、とは何だ?」

 

 はたまた聞き慣れない単語に、某は困惑する。ちなみに『漫画』については、以前叢殿から教えてもらった――いや、語ってもらったと言った方が正しいか。あの時の叢殿の熱弁は、今でも忘れられぬ。

 あの日の事を思い出していると、叢殿が口を開いた。

 

「む……説明するとなると難しいが……簡単に言えば、絵や書物の被写体の事だ」

 

「ふむ、それは別に良いのだが、何故某なのだ?」

 

(被写体であれば、雪泉殿らの方が良いと思うが……)

 

 某のような者が被写体など、見劣りもいいところだ。

 叢殿は、某の問いかけに答える。

 

「いや、オシュトル殿でなくてはいけない。我の漫画の主役は」

 

 叢殿は一呼吸置いて、さらに続けた。

 

「オシュトル殿は強い。その上、あのような巨体に変身することができる」

 

(もしや、仮面(アクルカ)の力のことを言っておるのか?)

 

「改めてお願いする。モデルになってもらいたい」

 

 叢殿は、深々と頭を下げた。叢殿の必死さが伝わってくる。

 ふむ……ここまでお願いされれば、断るわけにもいかぬか。

 

「わかった。某で良ければ、其方の漫画の主役の被写体となろう」

 

「オシュトル殿……忝い!」

 

 叢殿はもう一度、某に頭を下げた。この者達の頼みとあれば、某も断れぬからな。

 

「それでは早速……」

 

 叢殿がゴソゴソと取り出したのは、紙と鉛筆だった。もしや今から始める気だろうか……。

 

「オシュトル殿、すまないが立ってはくれないか? これも必要な材料だからな」

 

(やはりか……叢殿は行動が早い)

 

 引き受けると言ってしまったので、致し方ない。某は言われた通りにその場で立った。

 

「そのまま動かないでもらえると助かる」

 

「ああ……承知した」

 

 

 ――それからどれだけ時間が経っただろうか。叢殿は見ては描き、見ては描きを繰り返していた。某を描くのに、随分と集中しているようだ。

 真剣に描いてくれるのは嬉しいが、こうも見られるとなんだか面映ゆいものを感じる。

 

「ついに描けた……!」

 

 どうやら描き終わったらしい。某は叢殿の所へ行き、出来上がった絵を見せてもらうことにした。

 

「ほう、なかなか上手いではないか」

 

 見ると、かなりの出来であった。これなら漫画の方も心配ないだろう。しかし、叢殿は自分の描いた絵を見て何やら小さな声でブツブツと呟いていた。

 

「やはり……オシュトル殿はかっこいい……モデルを頼んで正解だった……」

 

「叢殿?」

 

 呼びかけるが返事がない。考え事でもしているのだろうか。もう一度呼びかけてみると、今度はこちらに気づき、何かを思い出したように言った。

 

「すまないがオシュトル殿、今度は刀を構える姿態(ポーズ)をしてくれないか?」

 

「何?まだ終わってなかったのか?」

 

「ただ、立っているものだけでは足りない。せめて、あと四、五枚は描かなければ」

 

「……」

 

(これは……長くなりそうだ)

 

 某は叢殿に言われた通り、鞘から刀を抜いて手に持ち、構える。すると叢殿は再び、某を描くのに没頭していた。そこで、あることに気づく。

 

「ふと思ったのだが、スマホとやらで写真を撮るのではならぬのか?」

 

 そのままの姿勢で叢殿に問いかける。以前、四季殿にパシャパシャと撮られていた事を思い出す。初めて写真をこの目で見た時は驚いた。何故なら、そのままの風景が写っていたからだ。これも神代の御業というものだろうか。

 

「写真と実際に見るのでは、全く違うからな。我はオシュトル殿を直に見て描きたい」

 

 そう言って、叢殿はせっせと鉛筆を動かしていた。

 ただ黙っているのもどうかと思ったので、某は叢殿の漫画について聞くことにした。

 

「それで、其方の漫画はどのような物語にするのだ?」

 

「まだ企画の段階だが……一人の男が記憶を失って幾人の仲間と出会い、共に戦い、共に成長する……という物語だ」

 

 集中しながらも、叢殿は素直に答えてくれた。

 はて、何処かで聞いたことがあるような……いや、気のせいであろう。

 そして、長い時間をかけ、なんとか終わった。彼女は満足したようにこちらに礼を言うと、部屋から出ていった。

 

(仕事をするより疲れた気がする……)

 

 

 




ロストフラグが早くしたいですね〜!オシュトルとネコネはパーティに入れる予定です!

個人的に雪泉ちゃんの旦那さんは、オシュトルが相応しいと思ってます。


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異界からの襲撃

どうも、偽りの仮面を何回も周回して二人の白皇でヌエドリが流れた瞬間に、エンディングと思ってしまったきつつきです。

戦乱パート突入です。


 昼下がり。

 ウコンは偶然会った詠とうどん屋で昼飯を食べていた。彼女はまたしても、外の看板の前でお腹を鳴らしていたので、ウコンは以前のようにもやしうどんを奢ることにした。

 実は、仕事のある日は結構な頻度で詠と食事に行っている。

 

「相変わらず凄え食いっぷりだなぁ。普段ちゃんと飯食ってんのか?」

 

 凄い勢いでズルズルとうどんを啜っている詠に、ウコンは心配そうに聞いた。

 

「ご心配なく。きちんともやしを毎日食べてますわ」

 

(もやしだけじゃ腹膨れねぇだろ……)

 

 笑顔で答えた詠に、ウコンは口には出さずに心の中でそうツッコむ。

 

「はぁ……アルバイトの休憩中に食べるもやしうどんは美味しいですわ。いつもありがとうございます、ウコン様」

 

(あるばいと? ああ、仕事のことか)

 

「まあ、別にいいんだがよ。ネェちゃん、初めの時と違って、あっさりと俺に奢られてるよな」

 

 そう。初めの頃は『人に食べ物を恵んでもらう程、惨めなことはありません!』と言っていたのに、今ではすんなりと受け入れている。

 

「だって、会う度に私に意地悪するんですもの。それにウコン様になら恵んでもらってもいいと思いまして」

 

「へぇ、そいつは光栄だねぇ。要するに、ネェちゃんは俺に段々と心を開いてくれてるっつう事でいいんだな?」

 

「ふふっ、否定はしませんわ」

 

 詠とたわいもない話をしていると、後ろの席の方から話し声が聞こえてきた。ウコンは少しだけ気になり、耳を傾ける。

 

「聞いたかよ!?月閃女学館の敷地内で、如何にもやばそうな獣が出たらしい!」

 

「俺も聞いた!なんか堅そうな甲羅を覆っていて、顎からでっかい角が生えてる獣らしいな」

 

(何!?月閃女学館って確か、ネェちゃん達が通ってる所じゃねぇか!)

 

 しかもそれは間違いなくガウンジだ。彼女達であれば心配はいらないと思うが、最悪の事態が脳裏をよぎる……。

 

「こうしちゃおれねぇ、悪りぃ! 詠のネェちゃん、勘定ここに置いておくぜ!」

 

「えっ!ウコン様――」

 

 ウコンは二人分のお金をテーブルに置き、すぐさまうどん屋から出た。彼は全力疾走で月閃女学館へと駆け抜ける。

 

(ネェちゃん達、無事でいてくれよッ――)

 

 

 

「グオォォォォン!!」

 

「怪我の無い人は負傷者を抱えて逃げてください!ここは私達で食い止めます!!」

 

 死塾月閃女学館前――

 雪泉達選抜メンバーは他の生徒を逃がすために、囮になっていた。生徒の中には怪我を負った者も多いが、幸い死者は出ていない。

 だが、ガウンジの相手をしている雪泉達の体は既に満身創痍に対し、ガウンジの方はまだまだ衰えていなかった。

 

「なんて硬い甲羅じゃ……わしの拳でも効かんとはの……」

 

「修行をしていたと思ったら……まさかこんな恐竜みたいな奴と出くわすなんてね……マジないわ」

 

「遠くからの攻撃では効かないとなると、少々厄介ですね……」

 

 むしろ遠くから攻撃をする事にガウンジは段々と硬くなっているような気さえする。しかし、距離を詰めればそれはガウンジの間合いに入ってしまう。

 

「だがどうする?このまま相手をしていると、我達は奴の胃袋の中だぞ」

 

「みのり達、ここで死んじゃうの……?」

 

「グオオォォォォォォン!」

 

 けたたましいガウンジの咆哮が響き渡る。ガウンジは腹が空いているのか、雪泉達から視線を外すことはない。

 

「ひっ……」

 

 美野里はガウンジの咆哮に腰を抜かしてしまい、目に涙を浮かべてブルブルと震えていた。その反応からして、ガウンジは美野里を獲物だと思い、襲いかかる――

 

「美野里さん!!」

 

「はああぁぁぁぁぁ!」

 

「グオオォォッ!?」

 

 横から十字の衝撃波が飛んできて、ガウンジは吹き飛ぶ。その衝撃波を飛ばした者の姿を見て、雪泉達は安堵していた。

 

「ふぅ……間一髪、てぇところか」

 

「オシュトル様……来てくれたのですね」

 

「オシュトルさん……」

 

「マジかっこよすぎだよ、オシュトルちん……」

 

「我達の危機を察知してくれたのか……流石だ」

 

 最悪の事態になる前に、なんとか間に合った。ウコンは雪泉達の元へ駆け寄り、彼女達の怪我を治すため『流水の癒し』を発動させる。すると、美野里が思いっきり抱きついてきた。

 

「お兄ちゃんっ……怖かったよぉ〜!」

 

「……悪りぃな、遅くなっちまってよ」

 

 胸板に顔をうずめている美野里の頭を優しく撫でる。

 

「グルルルル……」

 

「チィッ! 浅かったか……」

 

 見ると、機嫌の悪そうな表情をしたガウンジが近づいて来ていた。獲物を前に邪魔をされたので、怒っているのだろう。

 

「皆、距離を取れ! 体勢を立て直してから、全員で一斉にかかるぞ!!」

 

「で、でもオシュトルちん、あいつ……ちょー硬いよ!?」

 

「ああ、だからよ、一点に集中して攻撃すんだ。どんなに硬くても、一点だけを攻め続けりゃ……」

 

「いつかはあの甲羅を破ることができる……そういうことですね?」

 

「流石は雪泉のネェちゃんだ。さあ……やるぞ!! 奴の顔を重点的に叩け!!」

 

「「「「「応っ!!!」」」」」

 

 ウコンの号令に、雪泉達は再びガウンジに攻撃を仕掛ける。

 

「俺が奴の気を逸らす! ネェちゃん達は隙を突いて奴の顔に攻撃しろ!」

 

 ウコンはガウンジの視界に入る。すると、ガウンジは先程の事もあってか、ウコンの方に突撃してきた。

 

「グォォォォン!」

 

「「はあぁぁぁぁ!!」」

 

 夜桜と美野里は地面を蹴り、高く跳躍すると、上からガウンジの頭を互いの武器で叩き込み、怯ませる。それに続き、叢と四季は武器を構え、ガウンジの脳天に複数回攻撃する。そして等々ガウンジに隙ができた。

 

「オシュトル様!!」

 

「ああ、合わせろよネェちゃん!」

 

 雪泉は氷の剣、ウコンは水を纏った剣を構えていた。

 

「貫きます!」

 

「くたばりやがれぇぇ!!」

 

 二人の剣がガウンジの脳天に突き刺さる。その額からは血が流れていた。雪泉とウコンは剣が刺さっているのを確認すると、ガウンジから静かに距離を取った。

 

「グ、グオオ……」

 

 ガウンジは二、三歩よろめいたかと思いきや、大きな音を立ててそのまま倒れた。

 その様子を見たウコンは、複雑な表情をしてポツリと呟いた。

 

「まさか……『此処』にもガウンジがいるたぁな……」

 

「オシュトル様はさっきの獣を知っているのですか?」

 

 ウコンは倒れているガウンジを一瞥する。

 

「こいつはガウンジ。村や集落に降りられた日には、人っ子一人も居なくなるって噂だ。ネェちゃん達は見た事ねぇのか?」

 

「こんなの見たことも聞いたこともないよ? あたし達も今日初めて見たし……」

 

「……死者が出なかっただけ、まだマシな方ですね。オシュトルさんが来てくれなければ今頃どうなってたか……」

 

 今のオシュトルはウコンの姿なのだが、皆、切羽詰まっているせいか『オシュトル』と呼んでいる。

 それに気づいたウコンはつけ髭を取り、ボサボサの髪を整え、オシュトルの姿に戻る。

 

「これは……誰かの謀やもしれぬな」

 

「はかりごと?」

 

 美野里が首を傾げて言ったその時だった。

 

「その獣は、私が仕掛けました。異界でも凶暴と言われている獣を倒すとは、流石ですね……」

 

 背後から物静かな声が聞こえる。振り向くと、そこには黒髪黒目で雪のように真っ白な肌をした女性が佇んでいた。

 

(……この者は一体?)

 

「貴女は……誰ですか?」

 

「お初にお目にかかります。私は、雪不帰と申します……貴方がオシュトルさん、ですね?」

 

 雪不帰と名乗った女性は、オシュトルの方を見てそう言った。

 

「雪不帰…さん……? 何処かで…」

 

「……某のことを知っているようだな」

 

「お噂はかねがね……そして、貴方が『仮面の者(アクルトゥルカ)』だと言うことも知っています……」

 

「其方は何者だ?少なくとも、普通の人とは違うようだが」

 

「そう、ですね……」

 

 雪不帰は含みのある笑みを浮かべ、懐からある物を取り出した。彼女が取り出した物を見て、オシュトル達は思わず目を見開く。

 

仮面(アクルカ)……だと?」

 

「私は人と妖魔の間から生まれた子であり、貴方と同じ仮面の者(アクルトゥルカ)です」

 

 カチャ――

 雪不帰は顔全体を覆う仮面を被った。その瞬間、オシュトルの仮面から甲高い音が鳴り響く。

 

「くっ……これは」

 

仮面(アクルカ)よ、全ての罪を……原初へ還しなさい」

 

 その言葉と同時に、雪不帰は仮面(アクルカ)の力を解放させる。彼女は黒く禍々しい異形の体に変貌した。

 

「オシュトル様と同じ……力」

 

「コレハ余興デス……サァ、貴方ノ力ヲ私ニ見セテクダサイ……」

 

 雪泉達などまるでいなかったかのように、雪不帰はオシュトルだけに視線を向けている。

 

「コノ狂気ニモ似タ高揚感、我ガ命サエモ些細ニ思エテキマス……」

 

(この禍々しい気……こうなってしまっては、某も仮面(アクルカ)の力を使わねばならんようだな)

 

 オシュトルは、覚悟を決める。

 

「皆……下がれ」

 

「オシュトル様っ!! 私達も一緒に戦わせてください!」

 

「そうだよオシュトルちん! 皆で迎え撃った方がいいって!」

 

「その通りだオシュトル殿…!」

 

「みのりも一緒に戦う!!」

 

「わしもまだ戦えます!! 重症を負った生徒達の為にも…!」

 

 雪泉達はそう言うが、彼女達の体はもはやボロボロだ。『流水の癒し』を受けたとは言え、十全の状態ではない。

 オシュトルもそれに気付いており、彼は冷淡な口調で雪泉達に向けて言う。

 

「……ならぬ。先のガウンジとの戦いで、其方達は満身創痍……その体では満足に戦えぬだろう」

 

「ですが……」

 

 食い下がる雪泉達に、オシュトルは優しく諭すように言った。

 

「心配はいらぬよ。必ず戻る故、雪泉殿らは出来るだけ後ろに下がっているといい」

 

「……必ず、帰って来てくださいませ」

 

 オシュトルは雪泉達が離れていくのを確認すると、雪不帰の前に歩み寄り、額の仮面に手を当てる。

 

仮面(アクルカ)よ、扉となりて…根源への道を開け放て!」

 

 オシュトルも仮面の力を解放し、異形の体に変える。

 

「イザ、参ルッ!!」

 

「「アアァァァァァァァァッ!!」」

 

 突進した両者が激突し、踏みしめた地面が揺れる。

 次の瞬間、オシュトルと雪不帰は互いに大きく後ろへ跳び、距離を取った。

 

(この力……ただの仮面(アクルカ)ではない。ヴライのものでも、ミカヅチのものとも違う……ん?)

 

「ハァ……ハァ……」

 

 見ると、雪不帰は息が上がっていた。

 オシュトルは雪不帰の様子を伺っていると、ある事に気付いた。

 

(もしや……力を使いこなせていないのか?)

 

 あれだけの強大な力なのだ。使いこなすには慣れが必要だろう。となると、彼女はまだ仮面を使い始めて間もないのかもしれない。

 気づくと、雪不帰は地面に膝をつき、元の姿に戻っていた。それを見たオシュトルも元の姿に戻る。

 

「オシュトル様! ご無事ですか!?」

 

「さっすがオシュトルちんだよ〜!」

 

 後ろで見ていた雪泉達がオシュトルの元に駆け寄る。

 

「グッ……仮面の力がこれほど負荷をかけるとは……」

 

「雪不帰殿…といったか。聞かせてもらおう。何故、雪泉殿らの通う月閃女学館にガウンジを仕掛けた?」

 

 オシュトルは冷ややかな目で、膝をついている雪不帰を一瞥しながら言った。その目には『答えねば斬る』と言っているように見える。彼は、雪泉達を傷つけられたことに怒っているのだ。

 

「……攻撃を仕掛けたのは月閃女学館だけではありません」

 

「何?」

 

「私の配下に、半蔵学院と蛇女子学園を襲撃させました……もうすぐ戻る頃でしょう……」

 

「――ッ! オシュトルさん危ないです!!」

 

 夜桜の一声に、何者かがオシュトルに刀を振り回した。オシュトルはそれを、なんとか間一髪で受け止める。

 

「ぐっ……!」

 

「ほぅ……咄嗟である某の攻撃に対応するとは、なかなかやりますな」

 

 オシュトルを斬りかかったのは、右目に眼帯をしている老人であった。しばし、オシュトルと老人の鍔迫り合いが続く。

 

「ぐ、貴公は……何者だ?」

 

「某、『ゲンジマル』と申す武人(もののふ)に御座います。聖上である雪不帰様の直属の配下でもありまする。其方は、オシュトル殿とお見受け致しますが?」

 

 そう言って、オシュトルから距離を取るゲンジマル。

 

(この漢……只者ではない……)

 

「あのお爺さんなんか強いよ!? お兄ちゃんが押されてる……」

 

 雪泉達はあのオシュトルと渡り合っていることに驚きを隠せなかった。

 すると、膝をついていた雪不帰は立ち上がり、ゲンジマルの背中に向けて声をかけた。

 

「意外と早かったですね……報告をしなさい」

 

 ゲンジマルは雪不帰の前で膝を折り、恭しく頭を垂れる。

 

「ハッ、半蔵学院の生徒及び教師達は一人も殺めておりません。皆、峰打ちで御座います……校舎の方も少々壊してしまいましたが…」

 

「なっ!! 飛鳥ちん達がやられたの!? 何者よあいつ……」

 

「そう……ご苦労様です……後は、蛇女に向かったハウエンクアですね」

 

「聖上、僕がどうかしたかい?」

 

 声のする方を向くと、水色の長髪をしている男がそこにいた。おそらく先ほどの言っていたハウエンクアで間違いないだろう。

 ハウエンクアの服には、返り血がところどころに飛び散っていた。

 

「僕の力を蛇女子学園の奴らに、ちゃんと知らしめてきたよ。まあ、撤退する時にあまりにもしつこかったんで何人か殺しちゃったけど」

 

 ハウエンクアは笑みを浮かべ、自分の獲物である、三つの鋭い刃が付いている籠手を雪不帰に見せる。その籠手も、血で真っ赤に染まっており、ポタポタと血が滴り落ちている。

 

「構いません……ハウエンクアもご苦労様でした……」

 

「アハハ!まあ、選抜メンバーを殺し損ねたのは残念だけどね。聖上もガウンジを放つなんて、なかなか恐ろしいことをなさる……」

 

 所々崩れている月閃女学館の校舎に目をやるハウエンクアに、雪不帰は淡々と言った。

 

「目的は忍に私達の存在を知らしめる事です……では二人とも、行きますよ……」

 

「「御意ッ!」」

 

「待て――」

 

 歩き出した三人はオシュトルの方に振り返り、足を止める。

 

「『忍に自分達の存在を知らしめる』と言ったな。一体、何を企んでいる?」

 

「……」

 

 しばらく黙っていた雪不帰であったが、やがて口を開いた。その表情には殺意がこもっていた。

 

「……全ての忍を抹殺することです」

 

「何だと?」

 

「布告します。私達は、全ての忍を滅ぼすと……その為にはまず、貴方を始末しないといけませんね……」

 

 そう言いながら、傍らにいるハウエンクアに目を向ける雪不帰。その意味は『オシュトルを殺せ』という事だろう。ハウエンクアは嬉々とした表情で、瞬く間にオシュトルに得物を向け、襲いかかる――

 

「アハハハ! 死ねぇぇぇぇ!!!」

 

「「オシュトルちん(殿)!」」

 

 オシュトルを守ろうと、四季の鎌と叢の包丁がハウエンクアの籠手と交える。さらに、夜桜が手甲の放つ衝撃波でハウエンクアを弾き飛ばし、距離を取らせる。

 邪魔されたのにもかかわらず、ハウエンクアは不敵な笑みを浮かべていた。

 

「へぇ、僕と殺ろうってのかい……じゃあ、お前らから死んでもらおうかな」

 

「ふん、月閃の選抜メンバーであるあたし達を舐めないでよね!」

 

「ああ、オシュトル殿には触れさせない」

 

「わしもこの男は許さんのじゃ」

 

「ふふ……流石は月閃女学館の選抜メンバーだ…なかなか面白いじゃないか。気が変わった、ちょっとだけ遊んであげるよ…」

 

「其方ら……今助太刀を――」

 

「余所見をしている暇がお有りですかな? 其方の首は某が貰い受ける所存」

 

 注意を取られているオシュトルに、ゲンジマルが即座に近づき、刀を振り回す。その速さは一瞬のものであったが、オシュトルもなんとかゲンジマルの一閃を受け止める。

 

「――お兄ちゃん!」

 

「オシュトル様っ!!」

 

「グッ……そこを退け! お前の相手をしている暇はない!!」

 

「退けませぬな。聖上の命であります故、嫌でも某の相手をしてもらいましょうぞ……む?」

 

 ドーンッ!――

 その時、オシュトルとゲンジマルが交戦している所の近くに何者かが頭上から落ちて来た。砂煙が立ち、思わず二人はその場から離れ、めり込んでいる地面を見た。

 そこにいたのは、大きな煙管を持った若い女性であった。

 

「月閃はまだ無事か…どうやら間に合ったようじゃのう」

 

 

 




この作品のコンセプトは『うたわれ風』なので、今回は急展開の連続となりました。

念のために言っておきますと、雪不帰の仮面を解放した姿はライコウと同じです。

ちなみにハウエンクアはアヴ・カムゥ並みの戦闘力があります。ゲンジマルは……言わずもがなでしょう。




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戦火の狼煙

ロストフラグ配信されましたね〜
オシュトルもネコネもまだ実装されていないとは……




 突如現れたのは、大きな煙管を振り上げている若い女性であった。某はその女性の服装に覚えがあり、雰囲気もある御仁と同じものを感じ取った。

 

「もしや、小百合殿……なのか?」

 

「よくわかったね。だが、この姿の時は『ジャスミン』とお呼び。今は詳しく説明する暇はない。目の前の敵に集中しな」

 

(……確かに、今はこの漢をなんとかすることを優先するべきだろう)

 

 小百合殿――ジャスミン殿はこちらに近づき、隣に立つ。

 そして、ジャスミン殿はゲンジマルの方へと視線を向き、キッと睨んだ。

 

「飛鳥達が世話になったな。この仮はきっちりと倍にして返してやるよ……!」

 

「某は聖上の命に従っただけの事。半蔵学院を襲撃したのも、某にとっては些細なことに過ぎませぬ」

 

「……遺言はそれだけかい?」

 

「貴女こそ、死ぬお覚悟はよろしいか?」

 

 二人が武器を構え、今にも飛びかかろうとしたその時、雪不帰殿がゲンジマルを制した。

 

「武器を納めなさい、ゲンジマル。ハウエンクアもそこまでです……」

 

「ぬ? 聖上?」

 

「何故です? ここでこいつらを始末した方が、後々楽になりますよ?」

 

 納得をしていなさそうな二人に、雪不帰殿は表情を変えずに淡々と言った。

 

「これは勅命です。一旦、引きますよ……」

 

「……御心のままに」

 

「ちっ、良かったね…命拾いしてさ……」

 

「最後に伝えておきます。私達と忍はこれからも戦場で相見えることとなるでしょう……」

 

 雪不帰殿がそう言い残すと、三人は風のように去って行ってしまった。ジャスミン殿は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 

「……逃げられたか」

 

(いや、『見逃してもらった』と言った方が正しい。雪泉殿らも満身創痍……このまま奴等と戦っていたら危うかっただろう)

 

「三人とも無事ですか!?」

 

「夜桜ちゃん達…大丈夫……?」

 

 雪泉殿と美野里が、先程ハウエンクアと武器を交えていた夜桜殿らに寄り添い、傷の手当てをしていた。

 

「痛た……あのハウエンクアって奴、超強いんだけど……」

 

「今覚えば、三人でかかっても余裕な顔をしていましたね……」

 

「ああ、むしろ笑っていたな…我達を舐めるように……」

 

 見ていて悔しそうにしているのがわかる。某はかける言葉が見つからず、ただ黙っていた。自分が情け無く思う。

 某もあの御仁……ゲンジマルの剣戟にひたすら受け流すしか無かった。夜桜殿らがハウエンクアの相手をしてくれていなければ、確実に押し切られていただろう。

 

(某も所詮、この程度か……)

 

 なんという体たらく。

 それだけであれば良いのだが、雪不帰殿の持っていた仮面――顔全体を覆っていたが、あのような仮面は見たことがない。しかも、あの禍々しい姿――ただの仮面ではないことは確かだろう。

 

 某も雪泉殿らの元へ向かい、夜桜殿らの傷の手当をすることにした。

 

「すまなかったな……某が未熟者故、其方らに怪我をさせてしまった……そしてハウエンクアの相手をしてくれたこと、礼を言うぞ。其方らには仮が出来てしまったな」

 

「気にしないでよオシュトルちん! そうだなあ、今度あたしとデートしてくれたらこの仮はチャラに――痛い痛い!! 雪泉ちん痛いって!!!」

 

「すみません、手が滑りました」

 

「嘘だよね!? 今完全にあたしの頬抓ってたよ!?」

 

 ギュ〜……

 

「いたたたたたたっ!?」

 

「四季さん、雪泉の前でそういうことを言うのはやめておいた方がいいですよ」

 

「フッ、雪泉の嫉妬深さは知っているだろう」

 

「今の雪泉ちゃん怖い……」

 

 あれだけ沈んでいた空気が、和んだものに変わる。やはり、この子達には笑顔が一番似合う。

 果たして某は、この子達の期待に応えれているのだろうか。

 

「和んでいるところちょっといいかい?」

 

 そんな思いに耽っていると、背後からジャスミン殿に声をかけられた。振り返ると、彼女は何やら神妙な面持ちをしていた。

 

「オシュトル、此処で何があったか…一から聞かせな」

 

 某は、この場であったことを一通り説明した。

 月閃女学館がガウンジに襲われ皆で対峙したこと、雪不帰殿が某と同じ仮面の者だったこと、その側近であるゲンジマルとハウエンクアが只者ではないこと――などを話した。

 ちなみに小百合殿が、何故若返っているのかというと、『絶・忍転身』とやらで全盛期の姿になっているためらしい。

 ジャスミン殿は、某の説明に頭を抱え、溜息を吐いた。

 

「……仮面の者、か。それは厄介じゃのう……」

 

「あの、仮面の者とは一体……」

 

 仮面の者(アクルトゥルカ)――帝に認められ、仮面(アクルカ)に選ばれし武人のみがその力を解放し、大いなる姿に変貌を遂げる。あらゆる者を殺し尽くす根源の力……何人たりとも通さぬ破滅の領域……だが、仮面の力は諸刃の剣故、使い過ぎれば命を落とす。某もヴライと対峙したあの時、本当は死んだ筈だった。

 

「お前達は『カグラ』より上の位があることを知ってるかい?」

 

「なっ! カグラより上の称号があるのですか!?」

 

「我も聞いたことがない……まさか――」

 

 雪泉殿らは度肝を抜かれているようだった。

 カグラは確か、忍の最高位だったか。雪泉殿らもそれを目指していると、以前から聞き及んでいる。

 ジャスミン殿がこちらを真っ直ぐ見て、続けて言った。

 

「ああ、そのまさかさ。仮面の者が、カグラより上の称号さね。これを知っているのは、ごく一部の忍だけじゃ」

 

 雪泉殿達が一斉にこちらを見る。この世界ではそういうことになっているのか。

 

「お兄ちゃん凄い! カグラより上なんて!」

 

 美野里が前から抱きついてくる。そんなに凄いことなのだろうか……

 

「今思ったんだけど、ジャスミン様は仮面の者じゃないの?」

 

「仮面が主を決めるからね。あたしには相応しくなかった、ということだろうさ」

 

「ジャスミン様でさえ、なれなかったなんて……わしでは一生かかっても無理でしょうね……」

 

「しかも、仮面の者は五人の選ばれし忍にしかなれない。その一人がオシュトルだ」

 

 皆、今度は羨望の眼差しでこちらを見ていた。雪泉殿らの視線に耐えかねなくなり、思わず額の仮面に手を当てる。

 

(此度の戦……仮面の力が必要になってくるな)

 

「なんだかオシュトル様が、遠い存在に思えてきました……」

 

「カグラより上の称号……ということはあの雪不帰って奴もそうなのか?」

 

 叢殿がジャスミン殿に問う。

 

「ああ、間違いない。まさか、よりにもよって一番強力な仮面が妖魔の手に渡っていたなんてね……話を聞いた時は驚いたよ」

 

 雪不帰殿だけならともかく、あの側近であるゲンジマルという漢――かなりの手練れであった。あの漢には特に気をつけた方がいいだろう。

 ハウエンクアの方も人を殺すことに躊躇が無かった。四季殿らが死なずに済んだことが唯一の救いか。

 

「ここで話していても仕方ない。お前達、あたしについてきな。避難している月閃の生徒も一緒にな」

 

 

 

 

「着いたよ」

 

 ジャスミン殿についていくこと数時間――

 某達は、山中を越えて城の前に来ていた。どうやらここが、目的地の場所らしい。中庭の方も広く、まるでエンナカムイにある屋敷のようだった。

 

「これから先、妖魔と本格的な戦になる。半蔵学院、蛇女子学園、月閃女学館の忍達の協力が必要だろう」

 

 背を向けていたジャスミン殿が、こちらに振り返る。

 

「そして、仮面の者であるオシュトルにもな」

 

 是非もない。この子達を守るためであれば、この命賭してでも戦おう。例えまた、塩となり砕け散ろうとも……

 

「このオシュトル、最後まで貴公らと共に戦いましょうぞ」

 

 そして深く頭を下げる。

 その光景を目にしたジャスミン殿は、何やら戸惑っているようだった。

 

「……いや、別に頭を下げる必要はないぞ? 早く上げてはくれんか?」

 

「も、申し訳ない……」

 

 つい昔の癖が出ていた。聖上に仕えていた頃の記憶が体に染み付いてしまっている。

 

(ここは帝都ではないのだ。気をつけねばな……)

 

「とにかく、この屋敷の広間まで案内しよう。ついてきな」

 

 

 広間に案内されるまで、某は屋敷の所々に目を追っていた。見る限り、部屋がいくつもあり、忍達が暮らすにはもってこいのようだ。

 そして広間まで行くと、見慣れた顔触れがそこにはいた。

 

「雪泉ちゃん……」

 

「皆さん……その、お体の方は大丈夫でしょうか?」

 

「私達は大丈夫、けど……霧夜先生や雅緋ちゃん達が重傷で、医務室で治療受けてる……」

 

 見ると、飛鳥殿らは体のあちこちに包帯を巻いている。

 

「くそっ! アタイ達が無力なばかりに……!」

 

 葛城殿は拳をつくり、床に叩きつけた。この者の悔しさが、見ていて伝わってくる。

 

(そういえば、ゲンジマルは言ってたな。半蔵学院の皆は峰打ちにしたと……)

 

 そんなことを考えていると、それまで黙っていたジャスミン殿が某の方を見て口を開いた。

 

「オシュトル、お前には『忍大将』としてこいつらの統括をして貰いたい」

 

「「「「「ええっ!?」」」」」

 

 皆が一斉にこちらに振り向く。驚いているのは某自信もだ。右近衛大将の次は忍大将か。

 こちらの考えを読み取ったのか、ジャスミン殿が続けて言った。

 

「そうだ。この中で一番強く頭が回るのはお前じゃ。なら、お前に任せるべきだと思わないか?」

 

「し、しかし……某が統括をすることに異議をとなえる者も出てくると思いますが――」

 

「その心配はありません」

 

 雪泉殿に声をかけられる。その表情からは安心しろと言っているように見えた。

 

「私達忍にとって、オシュトル様は憧れの存在です。少なくとも、死塾月閃女学館の忍はオシュトル様についていくでしょう」

 

「ああ、我達もその一人だからな」

 

「うん! お兄ちゃんなら別にいいよ!」

 

「知らないだろうけど、オシュトルちんは月閃で選抜メンバーであるあたし達より大人気なんだよ? それも写真が出回るくらいの」

 

「し、四季さん! それはオシュトルさんには内緒だったはずです!」

 

「あ……しまった」

 

 夜桜殿の指摘に、四季殿がやってしまったとばかりに口に手を当てる。某の写真に価値など無いと思うが……もしや、城までの道中、ガヤガヤと騒いでいたのはこのことではないであろうな?

 某は腕を組み、そんなことを考えていると、飛鳥殿らにも声をかけられた。

 

「オシュトルさんの武勇は半蔵の方でもよく聞いています! 私も異議はありません! そうだよね、みんな?」

 

「おう! アタイも構わないぜ! オシュトルは頭も良いみたいだしな!」

 

「私も異論はありません。私達の命、貴方に託します」

 

「雲雀もオシュトルさんが統括するのでいいと思う!」

 

「雲雀がそれでいいなら、俺もそれでいい。だが、俺の雲雀には手を出すなよ?」

 

 皆が某に一目置いてくれている。なら、某も覚悟を決めよう。

 

「皆の思い。確かに聞いた。このオシュトル、忍大将として其方らを勝利に導かん!」

 

 鞘から刀を抜き、皆の前で刀を掲げる。これから先、長い戦になるだろう。某は皆の矛となり、盾となろう――

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 そして次の日の昼過ぎ。

 某は朝から、政務室で雪泉殿らのことを書している書類を検めていた。小百合殿曰く、まずは忍達のことをよく知ることが大事とのことだ。書類を見ると、戦い方、好きな食べ物のこと等が記してある。

 

(誕生日は十二月三十一日……これは重要なことなのだろうか? ん? なんだこの数字は?)

 

「オシュトル様……あの、入ってもよろしいですか?」

 

 一通り書類に目を通していると、扉の向こうから雪泉殿の声が聞こえてきた。

 

「ああ、構わぬよ」

 

「失礼します」

 

 扉を開け、湯呑みを乗せた盆を持った雪泉殿が入ってきた。わざわざ茶を淹れてくれたことに感謝しつつ、雪泉殿に向き合う。

 

「すまぬな。気を遣わせたか」

 

「あまり根を詰めすぎないようにしてくださいね? もしオシュトル様がお倒れになられたら困りますから……」

 

「このような事には慣れている故、心配は要らぬよ。だが、某が倒れると皆に迷惑がかかるのは事実か。気をつけるとしよう」

 

「いえ…そのような意味で言ったのではなく……」

 

「そういえば、飛鳥殿らの調子はどうだ?」

 

「まだ安静にしてもらっています。動くと傷に障りますからね」

 

「そうか」

 

 雪泉殿の用意された茶を飲み、一息入れる。見たところ、飛鳥殿らの怪我は重傷ではなかった。あと数週間くらい経てば、完治するだろう。

 

「ああそうだ。雪泉殿に聞きたいことがあるのだが」

 

「私に、ですか?」

 

 某は雪泉殿の事を書いている書類を出し、ある部分に指を差す。

 

「この三つの数字は、何のことを指しているかわかるか?」

 

「三つの数字――こ、これって!?///」

 

 次の瞬間、雪泉殿が顔を赤くし、バッ!と手に持っていた書類を奪われる。

 

「ゆ、雪泉殿?」

 

「オ、オシュトル様はこの数字の意味をわかっていますでしょうか?///」

 

 雪泉殿はこちらに背を向け、問いかけた。

 

「いや、知らぬから其方に聞いたのだが……九十二、五十六、八十四という数字は何か意味があるのか?」

 

「う、ううぅぅぅぅ……///」

 

 ペタン――

 雪泉殿はその場で縮こまってしまった。

 なんだか心配になり、立ち上がろうとすると、夜桜殿が入ってきた。

 

「オシュトルさん、お食事をお持ちしま――何じゃこの状況は……」

 

 この状況を見た夜桜殿は、何やら引きつった顔をしていた。いらぬ誤解をしなければいいが……

 

「雪泉もどうしたんです? そんな所でうずくまったりして」

 

「……」

 

 夜桜殿が雪泉殿に声をかけるが、完全にうわの空のようだ。夜桜殿は、一体何があったのかという目でこちらを見ている。

 

「実は、皆のことが書いてある書類に三つの数字があってな。それが何かと雪泉殿に聞いてみたのだ」

 

「三つの数字ですか? ハッ!?///」

 

「確か、夜桜殿のには九十、五十三、八十二と記されていたな」

 

「んなっ!?///」

 

「オ、オシュトル様は殺生です!! いけずです!!///」

 

 そう言って雪泉殿は顔を真っ赤にして、こちらを睨んでいた。某はその様子にたじろいながらも二人に問いかける。

 

「む……もしや、聞いてはならぬ事だったのか?」

 

「「……///」」

 

 スターン――

 

「お兄ちゃん! お菓子作ったから食べてー!」

 

 勢いよく開け放たれた扉の方を見ると、大量のお菓子の入った皿を持っていた美野里の姿があった。美野里は某に無邪気な笑顔を向け、こちらに歩み寄ってくる。

 

「みのりの自信作! このお屋敷の厨房を借りてパンケーキ作ったの! お兄ちゃん食べて食べて!」

 

「うぐっ……」

 

 まるでこの空気を打ち消すかのように、美野里が某の口にパンケーキを放り込んでくる。以前食べた時より、口の中がとても甘く感じた。

 

「どう? 美味しい?」

 

「むぐ……あ、ああ」

 

(甘いものは得意ではないのだがな……)

 

「良かったー! 疲れている時は甘いものを食べると良いんだよ! 雪泉ちゃんと夜桜ちゃんも食べてみて!」

 

 美野里が大輪の花のような笑顔を見せ、二人に『どうぞ』とパンケーキの乗った皿を差し出す。このような笑顔を向けられては、二人は断れぬだろう。

 そんな美野里に雪泉殿と夜桜殿は微笑み返した。

 

「では、美野里さん。いただきますね」

 

「相変わらず美味しそうなパンケーキじゃ。わしもいただきます」

 

 二人はパンケーキを手に取り、口に運ぶ。

 ある意味、美野里が来てくれたのは良かった。次に町に出かけた時には、美野里の好きなものを買っておくとしよう。

 いつの間にか、隣に来ていた美野里が某の腕に抱きついており、ぐいぐいと引っ張られる。

 

「ねえお兄ちゃん! みのりと一緒に鬼ごっこしよ!」

 

「……生憎だが、まだ政務が残っていてな。いずれまた遊ぼう」

 

 遊んでやれない代わりに、美野里の頭をそっと優しく撫でた。

 

「約束だよ? お兄ちゃん……」

 

 美野里は瞳をきゅっと細め、ただされるままにしていた。

 

「「……ましい」」

 

「ん?」

 

 視線を感じ、雪泉殿らに目を向ける。どうやら、某ではなく美野里を見ているようだった。

 

「どうした、二人とも」

 

「……いえ、なんでもありません」

 

「わしもオシュトルさんに、頭を撫でてもらいたいとか全く思ってませんから!」

 

「そ、そうか……」

 

(あまり深く考えぬようにするとしよう……)

 

 

 この後、残っている書簡に目を通そうとしたが、雪泉殿と夜桜殿に全て没収されたため、政務がまともにできなかったのは言うまでもない。

 

 

 

 




右近衛大将から忍大将になったオシュトル!
偽りの本編でオシュトルはハクに『人を惹きつける何かがある』と言っていましたが、オシュトルにもあると自分は思います(色んな意味で)。



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焔紅蓮隊

この作品内で人気投票したらオシュトルが一位になりそうですね(おい)

ところで、オシュトルって性欲あるんですかね。



 妖魔の襲撃があって二週間後。

 怪我の治った忍には、早速鍛練に励んでもらっている。しかし、負傷した忍の中には重傷を負っている者も少なくはなく、動ける忍はまだほんの少ししかいない。

 今動ける忍は月閃、半蔵の限られた者達だけだ。もし、このままの状況で妖魔が襲って来れば、間違いなく勝ち目はないだろう。襲撃される度に仮面の力で蹂躙してもよいのだが、それではあの子達が巻き込まれてしまう危険もある。

 

(どうすればよいのだ……今は少しでも戦力が欲しい。何処かに良い人材はいないだろうか……)

 

「オシュトルさん、入ってもいいですか?」

 

 そんなことを考えながら事務仕事をしていると、外から飛鳥殿の声が聞こえてきた。

 

「ああ、入るといい」

 

「えっと…失礼します!」

 

 飛鳥殿はそう言うと、扉を開け、部屋に入る。その様子から緊張しているように見えた。

 

「そう堅くならずともよい。楽にするといい」

 

「は、はいっ! すみません……」

 

(まあ、あまり親しくのない男と一緒で、緊張するなと言う方が無理な話か……ならば――)

 

「飛鳥殿、しばしの間、此処で待っててはくれないか? すぐに戻る故」

 

「え? は、はい……」

 

「では、失礼する」

 

 

 しばらくして――

 

「いよう! 待たせたな」

 

「……誰?」

 

 ウコンの姿で部屋に戻ると、飛鳥殿が警戒の目でこちらを見ていた。どうやらバレてはいないらしい。

 

「俺かい? 俺はしがない風来坊の――」

 

「オシュトル様、お茶をお持ちしまし……」

 

 声のする方へ振り向くと、雪泉殿がお茶の入った湯呑みを持って政務室に入ってきていた。こうして気遣ってくれるのは嬉しく思う。

 某は雪泉殿に『まだ正体を言うのは黙っていてくれ』と目配せをする。

 

「ウ、ウコン様…ではありませんか」

 

「おう。久しいな、雪泉のネェちゃん」

 

「ね、ねぇ雪泉ちゃん……この人と知り合いなの?」

 

 飛鳥殿は、ウコンとなった某と雪泉殿を交互に見ていた。

 

「知り合いっつうか、俺もオシュトルの旦那に誘われて此処に来たのさ。そんときに顔を合わせたってわけよ」

 

「ふ、ふふ……」

 

 見ると、雪泉殿はクスクスと笑っていた。どうやらこの状況を楽しんでいるようだ。

 

「改めて自己紹介するぜ。俺はしがない風来坊のウコンってモンだ。これからよろしく頼むぜ?」

 

「飛鳥さん、ウコン様は悪い人ではありませんから安心してください」

 

「雪泉ちゃんがそういうなら信じようかな……よろしくお願いします!」

 

「おう!」

 

 飛鳥殿に右手を出し、握手をする。意外と素直に信じたな。こういう真っ直ぐなところが彼女の良いところなのやもしれぬ。

 

「あっ! むぅ……」

 

 その際に、雪泉殿に睨まれたような気がしたが、きっと気のせいだろう。

 すると、飛鳥殿は思い出したかのように言った。

 

「そういえば…オシュトルさん遅いなぁ。すぐ戻るって言ったのに」

 

 今此処で正体を明かしてもよいのだが、それでは面白くない。それに、飛鳥殿がそう言うのは想定済みだ。

 

「実はな、オシュトルの旦那から言伝を預かってきてよ。急な用事が出来ちまって、しばらく戻れないらしいぜ」

 

「そ、そうなんですか?」

 

「くすっ……」

 

「それで、だ」

 

 どかりと部屋の中央に座り、二人に目線を向ける。

 

「オシュトルの旦那が言うには、『重傷の怪我を負っている忍が多く、このままでは戦力が足りない』だそうだ」

 

「戦力、ですか?」

 

「現在、雅緋さん達蛇女の忍が動けないとなると、そうとう厳しい戦いになるでしょうね……」

 

「ああ、しかも今の面子だけじゃどう考えても戦力差に開きがある。何処かに良い人材はいないもんかねぇ」

 

「それなら……焔ちゃん達はどうでしょうか?」

 

「焔ちゃん?」

 

 初めて聞く名だ。飛鳥殿が言うには、その『焔ちゃん』という者が腕の立つ忍らしい。

 

「焔さん達ですか。確かに、実力は申し分ありませんね……」

 

「でしょでしょ! きっと焔ちゃんも事情を聞いたら協力してくれるかもしれない!」

 

 その案を聞いて、某はパンと膝を叩いて答えた。

 

「なら、早速その『焔ちゃん』とやらに、協力を願おうとするかい。で、飛鳥のネェちゃん。そいつは何処にいるんだ?」

 

 そういえば、月閃、半蔵、蛇女の忍のことを書かれていた書簡には『焔』という忍はいなかった。彼女は何処にも属していないということだろうか。

 

「焔ちゃんなら洞穴にいると思います! それか今はバイトしてるかのどっちかですね」

 

「洞穴?」

 

「ウコン様、焔さん達は訳あって洞窟で暮らしているのです」

 

「成程な……ん? 『達』っつうことは、他にも複数人いるのか?」

 

(だとすれば、かなりの戦力補強になる。これは是が非でも引き立てたい)

 

 そんなことを思っていると、雪泉殿が答えた。

 

「はい。焔さんの他にも、春花さん、未来さん、日影さん……そして、詠さんの四人です」

 

 合わせて五人か。だが、いないよりかはマシか……ん? 聞き覚えのある名があったような気がする。そうだ、詠殿だ。

 

「詠のネェちゃんもその一味の仲間か。成程ねえ」

 

「ウコン様?」

 

 その場で立ち上がり、雪泉殿らに背を向けて言った。

 

「うし、ならちょいと行ってくらぁ。ネェちゃん達は他の忍の稽古をつけてやってくれ」

 

 人の住みやすそうな洞穴に関しては、既に目星がついている。ウコンとして害虫駆除の依頼を受けていた時に偶然見つけたのだ。おそらく其処にいるであろう。

 某が政務室から出ようとすると、雪泉殿に呼び止められた。

 

「ウコン様っ! わ、私も行かせてください!」

 

「ゆ、雪泉ちゃん!?」

 

 振り返ると、そこには真剣な眼差しでこちらを見ている雪泉殿の姿があった。雪泉殿は早足で扉の前に移動し、その表情からは、『連れていかなければ退かない』と言っているように見えた。

 

「はぁ…しゃーねえ。飛鳥のネェちゃん、悪ぃが、後のことは頼めるか?」

 

「はい! 斑鳩さんや皆と協力して、他の忍に稽古をつけますので任せてください!」

 

「飛鳥さん……ありがとうございます」

 

 雪泉殿は飛鳥殿に頭を下げる。

 

 こうして、某と雪泉殿は詠殿らの元に向かうことにした。なんの問題もなく済むとよいのだがな……

 

 

 

 目的地である洞穴までの道中。

 隣で歩いていた雪泉殿が口を開いた。

 

「そういえば、オシュ――ウコン様は詠さんと親しい仲とお聞きしておりますが……どうなんでしょうか?」

 

(な、なんだ? 急に寒気が……)

 

 見ると、一見にこやかな笑みを浮かべているが、目が笑っていない。時々、発せられる雪泉殿のこの波動……ここは下手な事は言わぬ方が良いだろう。

 

「詠のネェちゃんとは、よくうどん屋で昼飯を食べる間柄ってやつだな。それ以上でもそれ以下でもねぇぜ」

 

「……随分と親しいのですね。それもよく(・・)、ですか……」

 

「あ、いや、その……だな」

 

(可笑しい……俺、何か不味いこと言ったか?)

 

 心なしか雪泉殿の機嫌が、段々と悪くなっているように見える。

 以前、母上から『女の子は繊細だから、扱いには気をつけなさいね』とよく教えられた事を思い出した。確か、クオン殿にもネコネのことでよく言われたな。あの頃が懐かしく思う。

 

 そんな昔の事を思い耽っていると、詠殿らの住んでいるであろう洞穴に辿り着いた。

 

「あ……着きましたね」

 

「ああ、入るとするかい」

 

 某達は意を決して洞窟の中に入った。雪泉殿の方を見ると、少し名残惜しそうな表情をしているように見えたが、おそらく気のせいだろう。

 

「ウコン様!!」

 

 突然、雪泉殿が声をあげたその時だった。どうやら何者かに背後を取られてしまっているようだ。

 

「あんさん誰や? ここは、あんさんみたいな人が来るもんやないで?」

 

 声の主の方を振り返ろうとするも、喉元に刃物を突き立てられ、動けそうにない。その気になれば相手の刃物を奪い、捻じ伏せることくらいはできるのだが、無闇な戦闘は避けるべきだろう。

 

「おっと、こっちは戦う気は無いんでね。そこのネェちゃん、その物騒なモノをしまっちゃあくれねぇかい?」

 

 両手を上げ、戦う意志がないことを示す。

 

「戦う気はない……か。何や、あんさん。その割には随分と余裕があるみたいやな」

 

 喉元に向けられている刃物が近くなっている。このままでは喉を切られてしまうかもしれない。

 

「見たところタダモンやなさそうやし、此処で始末するんもええかもな」

 

(こいつは……ちと不味いか?)

 

「ひ、日影さん! ウコン様の言うことは本当です! 話を聞いてください!」

 

「ん? 雪泉さん?」

 

 日影と呼ばれた少女は雪泉殿の方を見ると、某からスッと離れた。どうやら雪泉殿に助けられたようだ。出会ったあの時から、この子に助けられてばかりであるな。

 

「なんで雪泉さんまでここに? まさか、わしらを討伐しに来たん?」

 

「ち、違います! 私達はただ……日影さん達に協力をお願いしたくて……」

 

「協力やて?」

 

「そういうわけだ。俺たちは、ネェちゃん達に協力を頼みに来たんだ。妖魔を倒すためにな」

 

「ふーん、わしは別にええけど焔さんはなんて言うかやな。焔さんがええって言うたらええで」

 

「あの、焔さん達は何処に……アルバイトでしょうか?」

 

「せやで。もうすぐ帰ってくるんちゃう? あ、帰ってきたわ」

 

 入り口の方を見ると、四人の少女達がいた。少女達はこちらを見るなり、何やら警戒をしている。

 

「誰だお前? 如何にも怪しい男だな。もしかして、私達を討伐しに来たのか?」

 

 後ろに髪を結んだ少女が得物を構え、こちらに近づいてきた。そんなにこの姿が、怪しく見えるのだろうか。自分で言うのもなんだが、この変装には自信があるのだがな……

 

「あー……別に俺は怪しいモンじゃ――」

 

「ああ! ウコン様ではありませんか!?」

 

 皆が一斉に、声をあげた金髪の少女に目を向ける。そう、その金髪の少女は詠殿だった。

 

「よう、詠のネェちゃん。元気そうで何よりだ」

 

「元気そうで何より、ではありませんわ! 私、ウコン様に会えなくて……ずっと(もやしうどんを食べるのを)我慢してたんですのよ! 正直言って、もう我慢の限界ですわ!」

 

 詠殿はこちらに近づき、顔をずいっと近づけてきた。

 

「ダハハ、悪ぃな。今度(うどん屋に)連れてってやるから、それで勘弁な」

 

「もう……約束ですよ?」

 

「……ウコン様?」

 

 パキ……パキ……パキ……

 突如、冷たい風が頬を撫でた。

 

「お、おい雪泉! こんな狭いところで術なんか使うなって! 洞窟が大変なことになるだろ!?」

 

「不味いわね……雪泉ちゃんが禍日神(ヌグィソムカミ)と化してるわ」

 

「ど、どうするの春花様!?」

 

「なんや? こないな雪泉さん、初めて見るわ」

 

 皆が呑気に感想を次々と零しているが、こちらとしてはそれどころではない。

 すると、雪泉殿が続けて口を開いた。

 

「ウコン様? 本当は詠さんと何をしてらしたのですか?」

 

 光を失った瞳で、こちらを見て徐々に近づいて来る雪泉殿に、某は思わず後退ってしまう。

 

「ま、待て雪泉のネェちゃん! 何か誤解してるぞ!」

 

「ひどいですわウコン様! 長い時間しっぽりと(もやしの事について)語りあった仲ではありませんか!」

 

「しっぽりと、ですか……!」

 

「話をややこしくすんじゃねェェェ!!!」

 

 

 

 雪泉殿に必死に弁明をしたところ、なんとか事なきを得た。幸い、被害者も出ずに済んだので本当に良かった。某の言葉が足りなければ、今頃大惨事になっていたやもしれぬ。

 適当に自己紹介を終わらせ、某は此処に来た目的を思い出し、話を戻していた。

 

「――ってぇわけだ。頼む、協力してくれねぇか?」

 

「皆さん……どうか、お願いします」

 

「成程な。それで私達『焔紅蓮隊』の力を借りたいわけか。しかも、あのオシュトル直々に……」

 

「オシュトルって確か、凄く強いんでしょ? あたしネットで見た」

 

「私も聞いた事がありますわ。たった一人で妖魔の大群を殲滅したと……」

 

「しかも素顔はなかなかのイケメンらしいじゃない? 私はそのお城に行ってもいいわよ?」

 

「わしもオシュトルさんに手合わせしたいもんやな。ま、それを決めるのは焔さんやけど」

 

「……わかった、手を貸そう。ただし!」

 

 焔殿は、こちらにビシッと人差し指を向け、続けて言った。

 

「ウコンと言ったな。私を……いや、私達を飛鳥達に負けないくらいに強くしろとオシュトルに伝えろ! それが条件だ」

 

 そう言うと、焔殿は真っ直ぐな瞳でこちらを見ていた。そう言えば、この子はなんだか飛鳥殿に似ているな。おそらく、この者と飛鳥殿は好敵手なのだろう。

 

「ああ、オシュトルの旦那にそう伝えとく。そうと決まれば、城まで案内するぜ。ネェちゃん達、俺についてきな」

 

 焔殿らに背を向け、洞穴から出ようとすると、後ろから声をかけられた。

 

「その前にウコン、荷造りをしてもいいか? いきなりで何の準備もできていないからな」

 

「わかった。終わったら言ってくれ。外で待ってるからよ」

 

 某は、焔殿達の荷造りが終わるまで雪泉殿と外で待つことにした。

 

 

 待つこと数十分――

 どうやらまだ荷造りは終わらないようだ。女子の準備には時間がかかると言うが、この世界でもそうらしい。

 一緒に待っている雪泉殿に目線を向けると、何やら考え事をしているようだった。

 

「どうしたい、雪泉のネェちゃん。考え事か?」

 

「オシュトルさ――」

 

「おっと」

 

 某は人差し指を雪泉殿の口元に置き、雪泉殿に笑いかけながら言った。

 

「この姿ではウコンな?」

 

 雪泉殿がコクコクとうなずくのを確認すると、某は人差し指を離した。

 

「す、すみません……ウコン様」

 

「わかってくれりゃいいんだ。それで、何を考えてたんだ?」

 

「え?」

 

「とぼけんなって。さっきから様子が変だったぜ」

 

「……ふふっ、ウコン様にはお見通しのようですね」

 

 某の指摘に、雪泉殿は苦笑した。雪泉殿とは長い付き合いであるからな。このくらいはわかるというものだ。

 

「お前さんは俺にとって命の恩人であり、大切な人だ。だからよ、俺なんかで良かったら、いつでも頼ってくれな」

 

「ウコン様……私も、貴方の事を――」

 

「悪い! 遅くなってしまった!」

 

 見ると、そこには荷物を持っている焔殿らの姿があった。

 そんななか、春花殿はこちらを見てニヤニヤと笑みを浮かべていた。

 

「フフ、私達が荷物を纏めてる間に、二人して何を乳繰りあってたのかしら? ひょっとして、二人はイケない関係だったりするの?」

 

「ち、ちちっ!?///」

 

 傍らでは、雪泉殿が顔を赤くしていた。

 

「ダハハ、そんなんじゃねぇよ。てか、俺みたいな奴と雪泉のネェちゃんじゃ釣り合わねぇって」

 

 これは事実だ。というよりも、某のようなつまらぬ男とそのような関係と言われ、雪泉殿に申し訳がない。

 再び雪泉殿の方を見ると――

 

「………」

 

 何故かまた睨まれてしまった。今日で雪泉殿に睨まれるのは何度目だろうか……?

 

(可笑しい……俺は何も間違ってねぇよな……?)

 

 

 

「ここがお前の言っていた屋敷か。見た感じ設備も整っているし、なかなか悪くない」

 

「中庭の方も広いですし、もやしの栽培が捗りそうですわね!」

 

「詠さんは相変わらずやな」

 

 道中、賊や忍グレに襲われることなく、なんとか無事に屋敷まで辿り着いた。

 焔殿らの方を見ると、どうやら目の前にある屋敷に目移りしているようだ。

 

 チョンチョン――

 

「ん?」

 

 袖に違和感を感じ、見下ろすと、未来殿がこちらの袖を引っ張っていた。

 

「ね、ねぇ、ウコン。あたし達、本当にここで寝泊りしてもいいの?」

 

「おうさ。そのために誘ったんだからな」

 

「ひょっとしてインターネットも使えたりする?」

 

「い、いんたー……? よくわからねぇが、使えるんじゃねえか?」

 

「半蔵や月閃、蛇女の忍もいるのよね? ふふ…これから楽しみだわ……」

 

 春花殿の方を見ると、気味の悪い笑みを浮かべていた。あれは何かを企んでいる笑みに違いない。

 某は焔殿らに気取られぬよう、雪泉殿に小声で呼びかける。

 

「それじゃあ、ネェちゃん。俺は先に政務室に行ってくっから、あの子達の案内頼むぜ?」

 

「はい、わかりました」

 

「おい、二人とも何を話している?」

 

「悪ぃ、ちと用事があったのを思い出した。ネェちゃん達は先に行っててくれ」

 

「ま、待てよウコン!」

 

 

 

 政務室でボサボサの髪を整え、ウコンの変装を解き、再び仮面(アクルカ)を被ったその時だった。扉の外でコンコンと叩く音が聞こえてきた。

 

「オシュトル様、焔さん達をお連れしました」

 

「入るといい」

 

「失礼します」

 

 雪泉殿は扉を開け、皆を連れてきていた。随分と早い。もう少しかかると思っていたのだがな。変装を解いたのは、まさにギリギリといったところか。

 某は焔殿らと向き合い、話を進めることにした。

 

「仮面……こいつがオシュトルか」

 

「雪泉殿から聞いていると思うが、改めて名乗るとしよう、某はオシュトル。色々と思うところはあるだろうが、まずは、座ってもらえるか」

 

「……わかった」

 

 焔殿らは、座布団の敷いてあるところに腰を下ろした。

 すると、春花殿らはこちらまで聞こえないような小声でコソコソと話をしていた。

 

「ふーん、なかなか噂通りの良い男じゃない♪ ……でも、ちょっと堅すぎるのが難点ね〜」

 

「そう? あたしはカッコいいと思うけど……」

 

「まあ、只者やないことは確かやな。噂に聞く仮面の者の力が、どんなものか知りたいもんや」

 

「……あら?」

 

 皆が口々に話している中で、詠殿だけはこちらの顔をジッと観察するように見ていた。

 

(……もしや、詠殿は某の正体に気付いておるのか?)

 

「オシュトル様、以前何処かでお会いになりました?」

 

「はて、某の知る限りでは、其方と初めて顔を合わせたが」

 

「……そうですか。私の気のせいですわね……」

 

 詠はそう自分に言い聞かせていたが、心の中ではまだ納得していないように見えた。ウコン時によく会っていたので、違和感を感じるのも無理はないだろう。

 

「あの、皆さん……そろそろオシュトル様のお話を聞いてください……」

 

「おい雪泉、私はちゃんと聞いてたぞ」

 

 焔殿はそう突っ込んだが、雪泉殿の言うことも一理ある。ここはいい加減、本題に入るとしよう。

 

「焔殿、春花殿、未来殿、日影殿、そして詠殿、此処に来たということは、『某達に協力する』と受け取ってもよいのだな?」

 

「ああ、もちろんだ。妖魔を倒すためなら、焔紅蓮隊も力を貸そう! ん? まだ私達名乗ってないよな?」

 

「失礼ながら、そちらの調べはついているのでな。飛鳥殿も貴公らの力を絶賛していたよ」

 

「ふふん、当然だ。私はあいつの好敵手(とも)だからな」

 

 焔殿はそう言いながら胸を張っていた。

 

「で、ちなみに飛鳥はどこにいるんだ?」

 

「飛鳥殿なら修練場で忍学生達の指南をしている。行ってみてはどうだ?」

 

「よし、そうと決まればこれから飛鳥と一勝負だ! ついでに雪泉、お前も来い!」

 

「えっ、焔さん!?」

 

 焔殿は雪泉殿を無理やり連れて、颯爽と政務室から出て行った。それほど彼女と一戦交えるのが楽しいのだろう。焔殿の後ろ姿がそう語っている。

 

(さて、これから先、どうなることやら)

 

 

 




雪泉ちゃんの嫉妬のオーラはウコンの状態でも気圧される程です。

ウコンの姿でもあえてオシュトルとしての地の文にしてるんですけど、ウコンの時はウコンがよかったりしますかね?


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烈火の如く

前半はヴライの話です。しばらく出ておりませんでしたが、ヴライの存在を思い出してくれたでしょうか。



 深い山奥――

 その男はただ一人、佇んでいた。男の周りには、獣の死骸が転がり落ちていた。彼を獲物だと思い、返り討ちにあったのだろう。今でもバチバチと、その死骸は燃えている。

 

「オシュトル……今度こそ、貴様の首を取ってやる」

 

 ヴライはそう言って不敵な笑みを浮かべる。この身がある限り、奴と何度でも死合おう。次こそは――負けん。

 

「お、今日も燃えてるねー! ヴライのおじちゃん!」

 

「……」

 

 ヴライは目の前にいる無邪気な笑顔の幼女に目を向ける。その少女は、四つの赤い手絡を頭に結んでいる可愛らしい幼女だ。幼子は、あのヴライを前にしても、臆することなく何故か普通に接している。

 

「良い感じに焼けてる! これって今日のごはん?」

 

「……」

 

 幼子は、香ばしい匂いのしている丸焦げの獣を前に、キャッキャとはしゃいでいる。

 

(……何故、我はこの小娘を助けたのだ。自分でもよくわからぬ……)

 

 

 

 時は一週間前に遡る――

 それは、ヴライが一人、宿敵を倒すために鍛錬に励んでいる時だった。

 

「もうすぐ陽が落ちるな……ん?」

 

 ヴライの視線の先には、大群の妖魔に追いかけられている幼子がいた。

 

「はぁ……はぁ……来ないで……!」

 

 必死になって逃げてはいるが、子どもの体力では逃げ切れるものではないだろう。

 

(我には関係ない。たかがか弱き小蟲の命など――)

 

 ――もしも、あなたが娘を残して死地に赴くなら……最期に何を伝えますか?

 

「……」

 

 

「い、いや……」

 

 幼子が逃げた先は行き止まりの場所だった。妖魔は幼子に距離を徐々に詰める。

 そして、妖魔は次々と幼子に襲いかかった――

 

「誰か……助けて……!」

 

「ぬゥん!!」

 

 突如、幼子の目の前にヴライが現れた。ヴライは妖魔の攻撃を軽々と受け止めている。他の妖魔も攻撃をしているが、ヴライには虫に刺された程度にしか効いていないようだ。

 

「我を阻む者は死あるのみ……身の程を知れィ!」

 

 次の瞬間、幼子を追い回していた妖魔の大群が消し炭となって残らず灰になっていた。まだまだヴライの力は衰えていないようだ。

 

「所詮は数だけか。これでは、鍛錬にもならぬ」

 

 灰になっている妖魔供を一瞥する。

 

「あぁ……」

 

 幼子の方を見ると、涙を流して腰を抜かしていた。ヴライは目の前にいる幼子に、懐からある物を取り出して放り投げた。

 

「肉だ、食え」

 

「……へ?」

 

「それを食らって、里にでもおりるがいい。もう会うことも無いだろう、さらばだ」

 

 それだけ言うと、ヴライは幼子に背を向けて歩みだした。

 

 

「……」

 

 気配を感じ、ヴライはその場で立ち止まる。後ろを振り返ることなく、ヴライはつけている者に声をかけた。

 

「小娘、何故我についてくる」

 

「え、えっと……」

 

 つけていたのは、さっき妖魔から助けた幼子だった。ヴライはゆっくりと振り返った。

 

「さ、さっき助けてもらったから……お礼言わないとって……」

 

「笑止。貴様を助けたのではなく、ただ我の視界に入った蛆どもを掃除しただけのこと。故に、礼を言われる筋合いなどない」

 

 ヴライはそう言って、幼子をしばらく見下ろすと、再び歩み出した。

 

「待ってよ!」

 

「……」

 

 幼子はヴライにしがみついた。昔のヴライであれば、ここで相手を燃やし尽くしていたが、そうしなかった。振り払おうともしなかった。

 

「私、帰る家もないし……お願い! 今はあなたと一緒に居させて!」

 

「……」

 

 涙目で懇願する幼子。腕を一振りでもすれば壊れてしまうような、目の前の幼子をヴライはただ見下ろしていた。

 

「……好きにしろ。ただし、我の邪魔をするようであれば、ただでは済まさぬぞ」

 

 それを聞いて、幼子は顔をパァァと輝かせた。日輪花のような笑顔をヴライに向けていた。

 

「うん! 私、かぐらって言うの! あなたは?」

 

「ヴライ」

 

「……それだけ? 趣味とか……」

 

「強いて言うならば、戦が我の趣味よ」

 

「あはは、それは見た目通りだね! あ! おじちゃん怪我してる!?」

 

 見ればヴライの腕に微かな擦り傷があった。攻撃を凌いでいるときに負った傷だろう。かぐらはハンカチを出して、ヴライの腕の傷を優しく押さえている。

 

「大したことはない。この程度の傷、唾でもつけとけば治る」

 

「ダメだよ! バイ菌が入っちゃう!」

 

「……」

 

 

 そして、現在に至る。

 あれ以来、かぐらはヴライによく懐いている。御飯を食べる時も夜寝る時も、ずっとくっついているほどだ。

 

「ほらほら、おじちゃんも食べて!」

 

「ぬぅ……」

 

 かぐらは強引に、ヴライの口に肉を入れた。

 

「腹が減っては戦はできぬ! だよ?」

 

「フン……妙な知識ばかり言いおって」

 

「ふふ〜ん♪ こう見えて私、物知りだからね〜」

 

 かぐらは得意気に、『どうだ!』と言わんばかりに胸を反らした。

 自分で言うなとヴライは言いそうになったが、思いとどまった。

 

(この小娘といると調子が狂う……)

 

「お肉美味しいな〜、そこにあるお肉食べないなら貰っていい?」

 

 たくさん食べたはずなのにまだ食べたいと言っているかぐら。それを聞いて、ヴライは少し呆れていた。

 

「貴様、遠慮や慎みという言葉を知らぬのか?」

 

「だって美味しいんだもん。それと、貴様じゃなくて『かぐら』だよ! 間違えないでね!」

 

 かぐらは、指をビシっとヴライに突きつける。

 

「……そこで待っておれい。また獲物を仕留めてきてやる」

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 机に詰まれていた大量の書簡に一通り目を通した後、某は修練場に行き、皆の鍛錬の様子を見に来ていた。雪泉殿や飛鳥殿は、しっかりと忍学生への指南役を務めている。どうやら某の出る必要はなさそうだ。

 

「そこ! 爪が甘いです! それでは隙をつかれてしまいます!」

 

「これじゃあ妖魔にやられちゃうよ! もう一回!」

 

 忍学生達の方も、必死に雪泉殿らの指南を受けている。

 もしや雪泉殿と飛鳥殿は、将としての才があるのかもしれぬな。某がまだヤマトの右近衛大将をしていれば、彼女らを引き入れていたことだろう。

 

(もっとも、彼女達が了承してくれればの話だがな)

 

「オシュトルじゃないか。なんだ、お前も見に来たのか?」

 

 そんなことを思っていると、偶然会った葛城殿に声をかけられた。

 

「ああ、政務も一区切りついたのでな。『お前も』ということは其方も見に来たのか?」

 

「当然だろ! 見ろよあの揺れ! あの揺れを見るためにアタイは此処に来たのさ!」

 

「揺れ? 地震は今のところ来ておらぬが……」

 

 そんな疑問を投げかけると、葛城殿は何故かニヤニヤしながらこちらの肩に手をポンと置いた。

 

「わかってる、わかってるさ。アタイは一応女だが、オシュトルは男だもんな。本当は大好きだけど言いにくいだけだもんな!」

 

「何の話だ?」

 

 さっきから葛城殿の言っている意味がさっぱりわからぬが、これは某の理解力が足りていないだけだろうか……

 

「だから、アレだよアレ」

 

 葛城殿は雪泉殿らの方に指を差した。やはり、言っている意味がわからない。

 

「『アレ』、と言うと?」

 

「本当にわからないのか? これだよこれ」

 

 そういうと、今度は自分の胸の方に指を差した。

 

(胸? ああ、そういうことか)

 

「やっとわかったか」

 

「できれば、分かりたくなかったがな」

 

「なあに言ってんだオシュトル。お前だって、女の子の大きいおっぱい大好きだろ?」

 

(面と向かって何を言っておるのだ、この子は……)

 

 思わずこめかみ辺りを押さえてしまう。なるほど、これがセクハラというものか。葛城殿のことがよくわかった気さえする。

 

「それじゃあ早速……」

 

「待て、何をする気だ?」

 

 今にも身を乗り出しそうな葛城殿を某は制した。某の直感が告げている、『この者を行かせてはならぬ』と。

 

「ええい、離せオシュトル! あそこに沢山のおっぱいがあるんだ! 今揉まずしていつ揉むって言うんだ!」

 

「今は稽古の最中であろう……! 抑えるのだ、葛城殿!」

 

「……わかった」

 

 やっと諦めたのか、葛城殿は抵抗をやめた。どうやら某の言うことを聞いて――

 

「隙ありぃ!」

 

「なっ……」

 

 くれるはずもなく、彼女は雪泉殿らの方に一目散に駆けて行った。しまった……考えが甘かったか……

 

「わわっ!? ちょっとかつ姉!」

 

「ああ〜、やっぱ飛鳥のおっぱいは良いなぁ♪」

 

 目の前の光景を見兼ね、某も雪泉殿らの方に駆け寄る。

 

「見て! オシュトル様だわ!」

 

「もしかして、オシュトル様が私達に手取り足取り稽古を……///」

 

「はぁ〜…やっぱり写真より生の方がカッコいい……」

 

 忍学生達(主に月閃の生徒)が何やら黄色い声で騒いでいたが、気にしないことにしよう。それより今は、葛城殿の悪行を止めることが大事だ。

 

「いい加減にせぬか」

 

 拳をつくり、葛城殿の頭を軽くコツンと叩く。

 すると、彼女は不満そうな顔をして、飛鳥殿から離れた。

 

「無粋だぞオシュトル。アタイの至福の時を邪魔するなんてさ!」

 

「其方が至福でも、他の者は不快に思っている。もう少し、時と場所を考えるのだな」

 

「つまり、時と場所さえ考えればセクハラし放題ってわけだな!」

 

「いや、決してそういうわけでは……」

 

「オシュトルさん、かつ姉に何言っても無駄ですよ。それに、私は慣れてますから」

 

 飛鳥殿は苦笑しながら言った。慣れてるということは、いつものことなのだろう。

 そんなことを思っていると、それまで黙っていた雪泉殿が口を開いた。

 

「えっと……葛城さんはともかく、オシュトル様はどうして此処に?」

 

「わかったぜ、オシュトルは仕事を抜け出して、雪泉のおっぱいを揉みに来たに違いない! このむっつりめ!」

 

「えぇっ!?///」

 

「そうなんですか、オシュトルさん!?」

 

「待て、何故そうなる……」

 

 恩人である雪泉殿にそのようなことをするはずがないだろう。流石に恩を仇で返すような真似はせぬ。

 

「葛城さん! また訓練をサボってセクハラですか!」

 

「あ、やべ……」

 

 声のする方に振り向くと、斑鳩殿が怒った表情でこちら……というより、葛城殿に近づいてきた。

 

「こうなったら……逃げるが勝ち!」

 

「逃がすものですか! 今日という今日は許しませんよ!」

 

 逃げる葛城殿を、必死に追う斑鳩殿。ここは彼女に任せた方がいいだろう。

 

「二人とも、鍛錬の邪魔をしてすまぬ。某もこの辺で失礼するとしよう」

 

 雪泉殿らに頭を下げ、この場を後にしようとすると、飛鳥殿に声をかけられた。

 

「待ってください。せっかくだから私、オシュトルさんとも訓練したいです!」

 

「某と?」

 

「はい! 雪泉ちゃんもいいよね?」

 

「……」

 

「雪泉ちゃん?」

 

 飛鳥殿が声をかけるが、雪泉殿は完全にうわの空で、心ここにあらずといった感じだ。やはり、鍛錬を邪魔されたので怒っているのだろうか。

 

(雪泉殿は真面目であるからな。怒るのも無理はないか……ん?)

 

 気がつくと、雪泉殿は何やら小声でぶつぶつと呟いていた。本当に小声なので、ここからでは全く聞き取れない。

 

「オシュトル様が私の胸を……いけませんっ、オシュトル様……! そのような破廉恥なこと……ですが、オシュトル様になら私……」

 

「雪泉殿」

 

「ひゃいっ!?」

 

 雪泉殿は、某の呼びかけに我に返ったようだ。

 

「其方、怒っておるのか?」

 

「そうなの? 雪泉ちゃん」

 

 某と飛鳥殿の問いかけに、雪泉殿は慌てた様子で返した。

 

「わ、私は怒っていませんよ! 少しぼうっとしていただけです……」

 

「ふむ、見れば顔も赤いが……もしや、熱でもあるのか?」

 

 某は熱があるのかを確かめるべく、雪泉殿の額に手を添えた。

 

「……え? あ…ぁ……!///」

 

 プシュ〜……

 触れた途端、雪泉殿の額から熱さが伝わってきた。それもかなりの熱だ。今すぐ医務室に連れて行った方がいいだろう。

 

「お、オシュトル…さま……? ああ……///」

 

 次の瞬間、雪泉殿が倒れそうになるもなんとかその体を支えた。見ると、雪泉殿は気を失っていた。

 

「大丈夫か雪泉殿! 雪泉殿!!」

 

 その様子を一部始終見ていた飛鳥殿はため息を零し、ポツリと呟いた。

 

「……間違いなくオシュトルさんのせいだね」

 

 

 雪泉殿を医務室に連れて行った後、某は皆の様子を観察していた。

 まず、四季殿や夜桜殿、叢殿、美野里の四人は互いに競い合うように鍛錬をしていた。四季殿らの様子から、先の戦でのことを思い出しているかのように思えた。

 飛鳥殿らも、四季殿らに負けず劣らず、息の合った連携を見せてくれた。おそらく、互いを信じ合ってこその連携だろう。そうでなければ、息の合った連携などできるわけがない。

 

(某も、彼女達に遅れを取らぬよう、より強くならねばな)

 

 そうやって考え事をしながら一人稽古をしていると、不意に後ろから声をかけられた。

 

「誰やと思ったらオシュトルさんか。あんさん、ホンマにええ太刀筋しとるな」

 

「日影殿か。此処での暮らしに不自由はないか?」

 

「まあ、洞穴よりかは居心地はええな。わしとしては、できるだけ此処に長くおりたいくらいや」

 

「それは良かった。某も其方に期待している」

 

 すると、日影殿は何か思い出したかのような感じで言った。

 

「せや、オシュトルさんに聞きたいことがあるんやけど、ウコンさん何処におるか知らへん? いくら探してもおらんのや」

 

(『ウコン』か……)

 

 いくら探してもいないはずだ。ウコンは某の変装した姿であるからな。そういえば、雪泉殿ら月閃の選抜者以外には、正体を明かしていなかった。

 某は心中で思っていることを気取られぬよう、平然とした口調で答える。

 

「いや、見なかったが……ウコンに何か用事でもあるのか?」

 

「この前、ウコンさんが洞穴に入ってきたときに刃を向けてしもうてな。今度()うたら謝ろうと思てる」

 

(成程。あの時のことか……)

 

「某も次にウコンを見かけたら、日影殿が謝っていたと伝えておこう」

 

「ありがとうな。でも、知らせてくれるだけでええ。直接会って謝りたいんや」

 

「そうか、わかった」

 

「ほなまたな。オシュトルさん」

 

 日影殿はこの場を後にし、立ち去っていった。某は稽古を続け、日影殿の姿と気配がなくなるのを見計らい、誰の目にも入らぬよう木の陰に隠れる。それは、何故か。ウコンの姿になるためだ。

 某は仮面(アクルカ)を外し、付け髭をつけ、ウコンの外套を羽織る。

 

(これでよし、日影のネェちゃんの跡を追うか!)

 

 

「おーい」

 

 ウコンとなった姿で日影殿に追いつく。こちらの声に気がついた日影殿はこちらの方に振り向いた。

 

「ん? ウコンさん?」

 

「オシュトルの旦那から聞いたぜ? 俺を探してたんだってな」

 

「せやけど……あんさん、オシュトルさんに会うてたんか?」

 

 どうやらバレてはいないらしい。唯一この変装を見抜いたのは、今のところクオン殿だけであるな。

 

「おう、ついさっきな。ネェちゃんが俺を探してるって聞いてネェちゃんのところまで来たわけよ」

 

「ふーん、入れ違いやったってわけやな。でも丁度ええわ。わし、あんさんに謝らなあかんことがあんねん」

 

「んぉ? 何のことでい?」

 

「初めて会うた時のことや。誤解とは言え、あんさんの喉元に刃物向けてしもたやろ? すまんかったな」

 

 日影殿は頭を下げた。

 

「いや、勝手に入った俺の方にも問題があったからな。見知らぬ男が突然入ってきたら、襲うのは当然だと思うぜ」

 

 今思えば、何故あの時、入る前に声を出さなかったのだろう。そうすれば、誤解は生まれなかったかもしれぬというのに。

 

「だからよ、俺も悪かったから五分五分ってところだな」

 

 そう言いながら、某は日影殿に笑ってみせた。

 

「ウコンさんって意外とええ人やな」

 

「そうか? 大したことじゃねぇし、当たりめぇのことだと思うぜ」

 

「わし、感情ないけど、あんさんはええ人やってわかるで」

 

 気のせいだろうか。あの能面な彼女が、ふっと笑っているように見えた。

 

「せや、謝りついでにあんさんに頼みがあるんやけどええ?」

 

「なんでもいいぜ。ただし、俺にできる範囲でな」

 

「なら、わしと勝負せえへん? あんさんってタダモンやないんやろ? わしにはわかるで」

 

 そう言うと、日影殿は得物である刃物を構え、こちらを見ていた。

 

(勝負か。俺もネェちゃんの実力が気になるな)

 

「構わねぇぜ。負けた方は、勝った奴に晩飯のおかずを寄越すってことで!」

 

「乗った……!」

 

 

 夕暮れまで日影殿と稽古を行った。彼女は軽い身のこなしでこちらを翻弄したが、なんとか勝てた。勝てたのはいいのだが、夕餉の後の、小百合殿から追加された政務が大変だったのは言うまでもない。

 

 




大男と幼女の図ってなんか良くありません? なのでヴライに神楽を引き取らせました!

次回はネコネ登場です!


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オシュトルの妹

えー皆さま、あけましておめでとうございます。
今年もこの二次創作を、何卒よろしくお願いしますm(_ _)m

待ちに待ったネコネ登場です!
ところで、戦闘始まったときのネコネのキリポン出すときの踊り可愛くありません?


 ある日のこと。

 ネコネは学士になって初めての依頼を受けていた。それは、クジュウリの近くにある遺跡の中を調査することだった。遺跡の中で時々、大きな音が聞こえてくるという不可解な真相を確かめるべく、ネコネは現在、遺跡の中を調べていた。

 そして、ネコネはある広い場所へ出た。

 

(ゲート)……どの部屋にも異常がないということは、此処しかないのです」

 

 そう。大いなる父の遺産……彼方と此方を繋ぐ扉『門』である。

 

(もう起動はしていないと思ったですが、もしかしたら……)

 

 ゆっくりと台座へ近づいていく。

 すると、中心に光球が現れ、広間を明るく照らし出す。光球はさらに輝きを放ち、まばゆい純白の空間が、虚空に姿を現した。

 

「マスターキーも無いのにどうして……」

 

 ネコネは魅入られたかのように、さらに門へ近づく。徐々に近いていくと、ウイーンウイーンという音が部屋中に鳴り響いた。

 

(やはり、音の正体は門だったのです。まずは護衛の人達に知らせて――)

 

 ウイーン! ウイーン!!

 

 そう思い、外で待たせている兵達に知らせようとしたその時だった。門の発する音はさらに激しいものになり、純白に光っていた門も赤黒く染まった。

 

(急いで此処から出た方がいいのです…! なんとなくそんな気が――え?)

 

 気づいた頃には既に遅かった。ネコネは赤黒く染まった光に包み込まれてしまう。それも門に入ってもいないのに、だ。

 

(私は一体…どうなってしまうですか……)

 

 ネコネはそこで、意識がプツリと切れてしまった。

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

「ん、んん……」

 

 目が覚めると、そこは城の前だった。私は疑問に思いながら、その身を起こす。

 

「此処は……エンナカムイのお城? いえ、そんなわけがないのです。私はクジュウリ近くの遺跡の調査に来てて……」

 

 周りを見渡すと、この中庭で鍛錬に励んでいる女性達が幾人も見かける。ある点を除けば、見慣れた光景なのです。

 

(……可笑しいのです。どうして女の人ばかりいるのです? 普通、男の人のはずじゃ……)

 

 そう。此処には女の人しかいなかった。しばらく、その辺を歩いて見ても、女の人ばかりだ。むしろ全員女と言った方がいい。

 そんなことを思っていると、遠くから誰かの怒鳴っている声が聞こえてきた。

 

「こら美野里ー! お菓子は一日一個だと約束したはずじゃ!」

 

「一日一個じゃ足りないもん! 夜桜ちゃんのけち!」

 

 どうやらこの二人は喧嘩をしているようだ。まるで姉妹同士の喧嘩を見ているようだった。

 

「あ! お兄ちゃん!」

 

(お兄ちゃん? ちゃんと男の人も居て――えっ!?)

 

 思わず目を見開いてしまう。何故なら、私の目に映ったのは――

 

「どうしたのだ、二人とも」

 

「お兄ちゃん聞いてよ! 夜桜ちゃんがね、みのりのこと虐めるの!」

 

「人聞きの悪いことを言わないでください! わしは決まり事を守らない美野里を叱っていただけです!」

 

「ぶー! お菓子を一日一個しか食べられないなんて虐めだよ!」

 

(ぁ……ぁぁ……どうして)

 

 見慣れた仮面、聞き慣れた声――

 目頭が熱くなり、思わず涙が溢れてしまった。そこには、もういないはずの兄さまの姿があった。もう二度と会えないと思っていた、私の大好きな兄さま……

 私のせいで――私のせいで死なせてしまった兄さまが……そこにいる……もう、他のことなんて考えられないのです……

 

「あ……兄さまぁぁぁぁッ!!!」

 

 気がつけば、私は目線の先に立っている兄さまの元に駆け寄っていた。兄さまも私を見て、驚いているようだ。

 そして、目の前にいる兄さまにギュッと強く抱きつく。

 

「もしや……ネコネ……なのか? 何故、此処に……」

 

「あ、兄さま……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」

 

「……ネコネ」

 

 兄さまも、私を優しく抱きしめてくれた。この温もり…懐かしいのです……

 

「え、えっと、オシュトルさん?」

 

「なにがどうなってるの?」

 

 

 

 それからどれだけ時間が経っただろうか。

 私は兄さまの胸の中でずっと泣いていた。おかげで兄さまの服が私の涙で湿ってしまっている。

 

「美野里、夜桜殿、それぞれの選抜の者を広間に集めてくれるか?」

 

「う、うん! みのりは雪泉ちゃんや飛鳥ちゃん達を呼んでくる!」

 

「わしは焔さん達を呼んで来ます。オシュトルさん、しっかり説明してもらいますからね」

 

「ああ、約束しよう」

 

 兄さまがそう言うと、二人はこの場から去っていった。

 

「兄さま……」

 

 兄さまは私に微笑むと、私の頭を優しく撫でながら言った。

 

「ところでよネコネ、しばらく見ねぇうちに随分と大人っぽくなったようだが……兄ちゃん嬉しいぜ……」

 

「なっ、なー! 何勝手に妄想を膨らませてるですか……!」

 

 

 

 広間までの道すがら、私は兄さまに色々なことを聞いた。何故兄さまが生きているのか、ここは何処なのか、今はどういう状況なのかを――

 まず、何故兄さまが生きているのか――それは兄さま自身にもわからないらしい。あのヴライと戦い、果てたと思ったら見知らぬ部屋で目覚めた、と兄さまは言っていました。

 

(でも、兄さまが生きているだけで……私はそれでいいのです!)

 

 そして、ここは何処なのか――ここはヤマトでも帝都でもない国で、武人はおらず、代わりに『忍』というものがいるという。忍には善忍、悪忍、抜忍の三つの集団がいるらしい。私の知らないことばかりなのです……

 最後に、今はどういう状況なのか――どうやら妖魔という化け物がそれぞれの忍のいる学校を襲い、宣戦布告をしたと……それで兄さまは忍を纏める将となり、忍達に指南をしている。この世界でも、戦はあるのですね……せっかく会えたのに、また兄さまが消えたら、私……

 

「……」

 

 チラッと兄さまの方を見る。すると、兄さまも私の視線に気づき、私に笑いかけた。

 

「心配いらぬ。此度の戦、必ず終わらせてみせる」

 

「……私も兄さまを支えるですっ」

 

(今度は……絶対に離れないのです)

 

 ヴライと戦い、私のせいで兄さまが消えてしまったあの時のことを思い出しながら、私は心の中でそう固く誓った。

 

 

 兄さまと一緒に広間に行くと、そこには見慣れない人達がいた。しかも皆が皆、女性ばかりだ。

 広間まで行くとき、城の中を所々見てわかったことがあるのです。エンナカムイのお城と殆ど似ているですが、見事に女の人しかいないことに。まさか兄さまに限って……いえ、私の兄さまが不埒な考えをするはずがないのです!

 そんな考えを一人振り払っていると、後頭部に手絡(リボン)を結び、白い着物を着た女性が兄さまに近づいてきた。

 

「あの、オシュトル様。その子は一体?」

 

「ふむ、皆に紹介しよう。某の妹のネコネだ」

 

「「「「ええっ!? 妹!?」」」」

 

 兄さまの言葉に、皆さんが驚いた表情で私と兄さまを交互に見ていた。

 

「オシュトル殿の妹か。確かに、その眉毛と泣き黒子……間違いないな」

 

「まさかオシュトルちんに妹が居たなんて……これは大スクープだよ!」

 

「ネコネちゃん! みのりのことは『お姉ちゃん』って呼んでいいよ!」

 

(何言ってるですかこの子は……)

 

 この『みのり』と名乗った子は、おそらく私と同じくらいだろう。この子を姉と呼ぶのは少し抵抗があるのです。

 すると、先程の白い着物を着た女性が私に目線を合わすようにしゃがみ込み、微笑みながら言った。

 

(綺麗な方なのです……)

 

「ネコネさんとおっしゃいましたか。私は雪泉です。よろしくお願いしますね」

 

「は、はいです。こちらこそなのです!」

 

「ネコネ、ちなみに雪泉殿はさっき言っていた某の命の恩人なのだ。この子には感謝してもしきれぬ」

 

「そ、そんな……大袈裟です、オシュトル様///」

 

「兄さまの……命の恩人……」

 

 それなら私もお礼を言わないといけないのです。

 

「あ、あの、雪泉さ――」

 

 私が雪泉さんにお礼を言おうとしたその時だった。見るからに熱血そうな女性が私の前に立ち、観察するように見ていた。

 

「ほぉ〜、オシュトルの妹か〜。ふ〜む……」

 

「な、なんなのです?」

 

「アタイか? アタイは葛城! 半蔵学院の三年生だ!」

 

「ちょっと葛城さん? まさかオシュトルさんの妹であるネコネさんにまで毒牙をかける気ですか?」

 

「おいおい斑鳩……流石のアタイでもこんな貧相な体の子にセクハラなんてしないって」

 

「んなっ! 誰が貧相な体ですか!」

 

「かつ姉……ネコネちゃんに失礼だよ」

 

「ごめんねネコネちゃん、かつ姉っていつもこんなだから……」

 

「よく見れば……雲雀の次に可愛いな……」

 

「柳生ちゃん、それは私も思ったわ。ネコネちゃんに色々な事を教えてあげたいわねぇ」

 

(な、なんだか寒気がするのです……)

 

 

 それぞれ自己紹介を終え、それまで後ろで様子を見ていた兄さまが口を開いた。

 

「よい機会だ。それぞれの選抜者である其方達に、教えておかねばならぬことがある……と言っても、雪泉殿ら月閃の選抜者は知っているだろうが」

 

「あ! オシュトルちん、もしかしてあの事?」

 

「わしも今のでなんとなくわかりました」

 

 見ると雪泉さん、叢さん、美野里さんも頷いている。

 それを見ていた焔さんが首を傾げて言った。

 

「まさかオシュトル。私達には内緒にしてたということか?」

 

「別に内緒にしていたわけではない。ただ、言う機会がなくてな」

 

「もったいぶらずに早く教えてもらえるかしら?」

 

「そうさせてもらおう。ところで詠殿」

 

「え? 私ですか?」

 

 どうやら意外だったのだろう。詠さんは自分が呼ばれたことに驚いているようなのです。

 

「其方はよくうどん屋で、もやしが如何に素晴らしいかを力説していたな。あの時の事はよく覚えている」

 

「……え? どうしてオシュトル様がそれを? 殿方にもやしの話をしたのはウコン様にしか……」

 

「ふっ……」

 

 すると、兄さまは雰囲気を変え、含みのある笑みを浮かべた。まるで、あの人に初めて正体を明かした時のように。

 

「なんでェ、まだわからねぇか? あれだけもやしの話を聞いてやったってぇのに、薄情な娘だねえ」

 

「え、えっと……オシュトル様? 急にどうなされ――」

 

 兄さまは整えていた髪をボサボサにし、付け髭をつける。最後に額に被っていた仮面を取った。

 

「つまり、こういうことだ!」

 

「え……えぇぇぇぇッ!?」

 

「な、なんということでしょう……」

 

「雰囲気が違いすぎるだろ……アタイはてっきり、ウコンはオシュトルが誘ったのかと……」

 

「お、オシュトルがウコンだっただと……!」

 

「あたし、全然わからなかった……」

 

「これは……わしも気がつかんかったわ」

 

「あら、オシュトルさんは変装の名人でもあったのね……」

 

 飛鳥さんや焔さん達は、兄さまの変装に度肝を抜かれているようだった。詠さんの方を見ると、信じられないと言った表情をしていた。

 

「え、え? ウコン、様? ですがオシュトル様が……ウコン様になって…え?」

 

 どうやら彼女は混乱しているようだ。

 一方で、雪泉さん達は知っていたようで、落ち着いている。

 

「詠さん、かなり動揺していますね……」

 

「そりゃ混乱するよね〜、あたし達もオシュトルちんの変装わからなかったし」

 

「ふふ、なんだかあの頃を思い出すのう」

 

「だが詠、これがオシュトル殿の変装した姿なのだ。いい加減、現実を受け入れろ」

 

「あはは、詠ちゃんあたふたしてて面白〜い!」

 

 皆さんが盛り上がっている中、私は隣にいるウコンとなった兄さまに疑問に思っていたことを投げかけた。

 

「あの、兄さま、一つ聞いてもよろしいです?」

 

「なんだ? 急に改まってよ」

 

「……どうして此処のお屋敷には女の人しかいないのです?」

 

「んなこたぁねぇだろ。男だって――」

 

 兄さまはそう言いかけると、途中で口をつむぐ。その様子から察するに、自分でも気付いていなかったようなのです。

 

「……言われてみれば、女子ばっかだな」

 

(つまり、兄さまは意図して女の人ばかりにしたわけではないというわけなのですね……安心したのです)

 

 そう胸を撫で下ろしていると、兄さまが思い出したかのように、皆さんに声をかけた。

 

「ああ、そうそう。言っておくが、ネコネはオシュトルではなくウコンの妹ってことにしておいてくれ。オシュトルの妹だってバレた場合、ネコネを利用する輩が出るかもしれねぇからな」

 

 兄さまの言葉に、皆さんは次々と頷いた。

 

「よし、これで解散だ。俺はまだやらにゃならん仕事があるんでこの辺で失礼するぜ」

 

「あ、兄さま!」

 

「ネコネ、話なら後でたくさん聞いてやるからよ」

 

「で、ですがっ!」

 

 食い下がろうとしない私に、兄さまは私の頭を撫でた。

 

「俺はよ、ネコネには此処にいるネェちゃん達と仲良くしてもらいたいのさ。わかってくれるか?」

 

「あ、兄さま……」

 

(な、仲良くって……どうすればいいのです……)

 

「それじゃあネェちゃん達、これからネコネと仲良くしてやってくれ。だが、ネコネが可愛いからってあまり虐めんなよ?」

 

 兄さまは皆さんにそういうと、そのまま広間から出て行った。

 

(本当に行ってしまわれたのです……)

 

 途方に暮れていると、背後から声をかけられた。

 

「ねぇねぇ、ネコネちゃん! お菓子食べる?」

 

 振り向くと、美野里さんがこちらに近づき、見たことのない板状の包み紙を差し出していた。

 

「なんなのです? これは」

 

「あれ? ネコネちゃんってチョコレート食べたことないの?」

 

「ちょこ、れぇと?」

 

「うん! とっても甘くて美味しいよ!」

 

「甘くて、美味しい……」

 

 その言葉を聞いて、思わず唾を飲みこんでしまう。私は包み紙からチョコレートと言われるお菓子を取り出し、口に運んだ。

 

「どう?」

 

「お、美味しいのです!」

 

 口の中でとろけ、甘い風味が広がる。今まで食べたことのないお菓子だった。

 

「……美野里、まだお菓子を隠し持っていたんじゃな」

 

「よ、夜桜ちゃんっ、これはネコネちゃんにあげようとして……」

 

「はぁ……そういうことなら、わしは何も言えませんね……今日だけじゃぞ?」

 

「夜桜ちゃん……ありがとう!」

 

(二人とも本当に仲が良いのですね)

 

 美野里さんと夜桜さんのやり取りを見ていると、白楼閣で姉さまやあの人と過ごしていたときのことを思い出す。

 そんなことを思っていると、今度は雪泉さんに話しかけられた。

 

「ネコネさん、わからないことがあれば、なんでも聞いてくださいね。私で良ければ力になりますから」

 

「は、はい……あの、雪泉さん」

 

「何でしょう?」

 

 先程、お礼を言いそびれたため、私は頭を下げながら言った。

 

「兄さまから、雪泉さんには世話になっている、と……ですから私も感謝するのです。本当に、ありがとうございますです」

 

「ネコネさん、頭を上げてください。私が好きでした事ですから」

 

 雪泉さんのこの優しい雰囲気……まるで姉さまのような……

 

「……………姉さま」

 

「え?」

 

「――ハッ!? 私ったら何をっ! ごめんなさいです!」

 

 慌てて雪泉さんに謝る。雪泉さんに変な奴と思われたかもしれないのです……しかし、どうやら雪泉さんは気を悪くした様子もなく、ただ微笑んでいた。

 

「ふふっ、別に構いませんよ。どうかお気になさらず」

 

「うぅぅ……」

 

(顔から火が出るくらい恥ずかしいのです……)

 

「あら、ネコネちゃんたら赤くなっちゃって可愛いわね♪ それも食べちゃいたいくらいに」

 

「ひうっ!」

 

 身の危険を感じ、春花さんから距離を取る。

 そして、私は思わず雪泉さんの背中に隠れてしまった。

 

「……春花さん? ネコネさんを怖がらせないでください。先程、ウコン様にも虐めるなと言われたばかりでしょう?」

 

「ごめんごめん、可愛いからついからかってみたくなったの」

 

「確かに、ネコネさんが可愛いということは否定しません。語尾にプリをつければ、より一層可愛くなるでしょう」

 

「ゆ、雪泉ちん、なんか話がずれてない?」

 

「おーい、詠〜、しっかりしろー」

 

「ウコン様がオシュトル様でオシュトル様がウコン様で……」

 

 詠さんはまだ混乱しているようだった。

 

 

 夕餉の時間になり、私は雪泉さん達と食堂に向かった。久しぶりに兄さまと一緒に食べたかったのですが、まだ政務が残っているという。それなら私も終わるまで待つと言ったのですが――

 

 ――いや、ネコネも腹が空いているだろう。皆と一緒に食べてくるといい。某も一区切りつけば行くとしよう。

 

 と、言われ、私に食べてくるように促した。兄さまはこの世界でも働き者なのです。

 皆でお話をしながら食事をしている中、美野里さんは不満そうな表情をしていた。

 

「ぶー……みのり、お兄ちゃんと食べたかったなぁ……」

 

(どうやら私と同じこと思って――お、お兄ちゃん?)

 

「お兄ちゃんって、兄さまのことですか?」

 

「そうだよ? みのり、お兄ちゃんと兄妹の契りを交わしたからね! だから、ネコネちゃんはみのりの義妹ってことになるのかな?」

 

「うなっ!? どうして私が義妹なのですか!」

 

「だって、みのりは十五歳だもん。ネコネちゃんは十三歳くらいだよね?」

 

「そ、それは、そうなのですが……」

 

「だから、みのりのことは『お姉ちゃん』って呼んでいいよ!」

 

「……それは遠慮するのです」

 

 まさか彼女が私より歳上とは思わなかった……てっきり私と同じくらいだと思っていたのですが……何故、兄さまはこの子と兄妹の契りを……後で徹底的に問い詰めてやるのです。

 目の前にある食事を口にしながら、私はそう考えていた。

 

(このエビフライという料理、かかっているタレも相まって美味しいのです……)

 

 ちなみにこのタレはタルタルソースという名前らしい。一見変わった名前ですが、味に関しては文句のつけようがないのです。

 

「あっ! ネコネちん、口のまわりにタルタルソースついてるー! 可愛いから一枚撮っとこっと♪」

 

「うなっ! 見ないで欲しいのです!///」

 

 

 ちょうどネコネ達が盛り上がっているその時、入り口の前でニヤニヤと笑っているオシュトルの姿があった。

 

(どうやら、仲良くやっているようだな。一時はどうなるかと思ったが、ネコネが楽しそうにしていて何よりだ)

 

 あの人見知りだったネコネが、雪泉殿らと楽しそうに話している。ネコネがどういった経緯で、この世界に来たのかはわからぬが、それは後で聞くとしよう。

 

 

 




ネコネはオシュトルや雪泉ちゃん達に甘やかされるべき……


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木漏れ日

早く…ロストフラグでオシュトルの実装を…!(実装されても当たるかどうかは別ですが……)

オシュトルもなんだかんだ言ってお人好しなところありますよね〜


 ネコネがこの世界に来てから一週間が経った。

 あれ以来、雪泉殿達は、ネコネと仲良くしてくれている。ネコネも満更ではないようで、あの子達と一緒にいるのが楽しいみたいだ。兄としては少々、複雑な気分ではあるが……ネコネが幸せなら某はそれでいい。

 そんなことを思いながら、書簡をまとめていると、扉の向こうから気配を感じた。

 

「兄さま……その」

 

「ネコネか。遠慮することはない、入るといい」

 

「し、失礼するです」

 

 ネコネは扉を開けて政務室に入ってきた。

 

「ご、ごめんなさいです。兄さまは今日もお忙しいのに……邪魔したですか?」

 

「そんなことはない。ちょうど一息つこうと思っていたところだ」

 

 書簡をまとめている手を止め、ネコネと向き合う。そこで、あることに気付いてしまった。よく見ると、ネコネの口元に菓子を食べた痕跡があった。

 

(このまま眺めるのも悪くはないが、指摘してやるのも兄としての務め……悪く思うな、ネコネ……)

 

「さては其方、先程まで美野里の作った菓子を食べていたな?」

 

「えっ! どうしてわかったのです!?」

 

「口元を触ってみるといい」

 

「口元――ッ!///」

 

 食べた菓子はおそらくケーキだろう。ネコネは口元を確認すると、生クリームがついているのに気付き、手拭いで口元を慌てて拭いていた。

 拭き終わると、ネコネは顔を赤くしてこちらを睨んでいた。

 

「そ、そういうことは早く言って欲しいのですっ!///」

 

「ふふ、すまぬな。某も今気付いたのだ」

 

「うぅ〜……」

 

「時にネコネ、某に何か用があったのではないか?」

 

「ハッ! そうだったのです……兄さま、私に何かできることはないですか?」

 

(成程、ネコネも誰かの役に立ちたいというわけか)

 

 ネコネはこちらの目を真っ直ぐに見つめている。

 気持ちはわからなくもない。そういえば、帝都でいた時はよく某の手伝いをしてくれていたな。この世界に来たばかりだというのに、随分と殊勝なものだ。だが、それ故にネコネはまだこの世界の事をあまり知らない。言うならば、空っぽの状態だ。今のネコネに執務を手伝わせるのは、流石に無理がある。となると……一から教えるしかないだろう。

 

「……やっぱり、私は兄さまにとって邪魔にしかならないですか? あの時も……私が出しゃばったから兄さまは……」

 

 目に涙を浮かべ、ネコネは俯いてしまった。

 

(ネコネ……まだ引きずっているのか)

 

 ヴライと対峙したあの日のことを、ネコネは未だに負い目を感じている。しかし、それはお前のせいではない。

 泣いているネコネを優しく抱きしめた。

 

「ネコネ、其方にも辛い思いをさせてしまったな。だが、今度は簡単に死ぬつもりはない。だからもう、泣くのはやめて笑ってほしい。ネコネには笑顔が似合う」

 

「あ、兄さまぁ……兄さまぁぁ!!」

 

 

 それから一時間が経過した。

 泣き疲れたのか、ネコネは某の腕の中で眠ってしまっている。

 

「すー……すー……」

 

(ここで寝かせて風邪を引かせるわけにもいかぬ。部屋まで運ぶとしよう)

 

 ネコネを起こさないよう、おんぶする。

 

(こうしていると、昔に戻ったみたいだな。そういえば、まだ幼かったネコネを、よく背負っていたな)

 

 

 ネコネを部屋まで運び、布団を被せた後、某は静かにネコネの部屋を出た。

 

(ふむ、気晴らしに少し歩くとしよう。この世界の執務も慣れてきて順調であるからな)

 

 そんなことを思いながら、しばらく歩いていると、中庭で詠殿の姿を見かけた。

 

「ふっふ〜ん♪ もやし〜♪ もやし〜♪」

 

 どうやら、この中庭でもやしの世話をしているようだ。相変わらず、彼女のもやし好きは舌を巻く。

 上機嫌で歌を歌っている詠殿に、某は声をかけた。

 

「詠殿、もやしの栽培の調子はどうだ?」

 

「あら、オシュトル様! もちろん順調ですわ! 私、もやしの収穫が今から楽しみでなりません!」

 

 ウコンとオシュトルが同一人物だと知りつつも、詠殿は態度を変えずに接してくれている。某としては嬉しいことだ。今でも時々、もやしのことについての熱弁を聞かされているという点を除けばだが……

 

「見てくださいまし! これが今日収穫したもやしですわ!」

 

「ほぅ、これはまた見事な量であるな……」

 

 詠殿が籠いっぱいの量のもやしを見せつけてくる。今までどれくらいのもやしを栽培したのだろうか。

 

「オシュトル様、今お時間よろしいでしょうか?」

 

「? 何をするつもりだ?」

 

「ふふふ、一緒にもやし料理を作りませんこと? オシュトル様の手料理、私も口にしたいですわ」

 

「予め言っておくが、女官達のように大したものは作れぬ。それでもよいのであれば、構わぬが」

 

「ありがとうございます! それでは早速、厨房に向かいましょう!」

 

 詠殿はそういうと、こちらの手を掴み、引っ張るように歩き出した。

 

(前から思っていたのだが、見た目とは裏腹に、詠殿は少々強引なところがあるな)

 

 

 二人で厨房に行き、それぞれもやしを使った料理を作った。

 そして今、某は厨房で詠殿の作った『もやし炒め』を口に入れ、咀嚼する。

 

「オシュトル様、私のお皿はどうでしょうか?」

 

「ふむ……もやしの良さを十分に引き立てている。流石だな、其方は」

 

「そ、そうですか? ありがとうございます///」

 

「さて、次は某の番だ。其方の期待に添える品かどうかはわからぬが……」

 

 そう言って、今度は詠殿に某の作った品を出す。

 

「こ、これって……もやしうどんではありませんか!?」

 

「またうどん屋に連れてってやると言いながら、結局行かず仕舞いであったからな。あの店主の味には程遠いが、不味くはないと思う」

 

 無論、しっかりと味見はしてある。某が味音痴でもない限り、不味い品ではないはずだ。

 

「それでは……いただきます!」

 

 詠殿は某の作ったもやしうどんを食べ始めた。自分で作った品を人に食べてもらうと言うのは、少し緊張するものがある。

 

「……んん〜! オシュトル様の作ってくださったもやしうどん……とても美味しいですわ!」

 

「そうか。それなら良かっ――」

 

「ふぅ〜、御馳走様でした♪」

 

 見ると、器にあったもやしうどんが綺麗に食べられていた。

 

「……そんなに腹が空いていたのか?」

 

「ハッ!? 実は私、このもやしが収穫できるまで野草しか食べてなかったので……」

 

(そういえば、飯時に詠殿の姿を見かけたことがない。此処に来てからもずっと野草を食べていたと言うことか?)

 

 そんな生活をしていたら、体に良くないだろう。何だか詠殿の体が心配になってきた。

 

「詠殿、もしも今から戦が始まったらどうするつもりだ? 無理をして戦場に向かうつもりなのか?」

 

「そ、それは……」

 

「其方らは実戦はあまり経験したことがないのであろう? そのような生活をしていては、真っ先に戦場で死ぬことになる」

 

「うぅ……ですが、贅沢は――」

 

 あくまで引き下がらないつもりらしい。ならば、こちらも考えがある。

 

「ならば、其方の飯は某が作ることにしよう」

 

「え?」

 

「さっき、某の作った品を其方は食した。ということは、詠殿にとって某の料理は贅沢に入らないはずだ」

 

「え、あ、あの……」

 

 詠殿の前に立ち、真っ直ぐ詠殿の目を見る。

 

「某は、其方に死んで欲しくないのだ。どうか分かってくれ」

 

「あ、え……///」

 

 この子も今は仲間なのだ。早死をせぬよう、栄養価のある物を食べてもらう。

 心なしか詠殿の顔が赤いような気がする。やはり、栄養が足りていないのか……こんなになるまで詠殿をほっておいた自分を情けなく思う。

 

「そ、それではオシュトル様の負担が増えるだけですわ! ただでさえ、いつも夜遅くまで仕事をしていますのに……それに、私もオシュトル様には死んでほしくありません……」

 

「詠殿……」

 

「……わかりました。私も今度からは食堂に行くことにします」

 

 その言葉を聞いて、思わず頬が緩んでしまった。

 

「ありがとう、詠殿」

 

「い、いえっ! 別にお礼を言われるようなことは///」

 

(これで詠殿が倒れるという事はないだろう。本当に良かった)

 

「あ、オシュトル様、今となっては言いにくいのですがその……」

 

「どうした?」

 

「もやしうどんのおかわり、よろしいでしょうか?///」

 

「ああ、構わぬよ。其方が満足するまで、いくらでも作ってやろう」

 

 この後、某はもやしうどんを五回作ることになった。詠殿の食欲に少々驚いたが、彼女が幸せそうに食べていたのでよしとしよう。

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

「今日はここまで――皆、良く頑張った」

 

 今日の稽古が終わり、皆がその場で崩れた。今回の鍛錬は特に厳しいものにしたが、しっかりと雪泉殿達はついてきていた。皆も最初の頃と比べると、成長しているのがわかる。

 ちなみにネコネも鍛錬に出ており、一生懸命に頑張っていた。

 

「ふぅ〜……疲れたのです……」

 

「ネコネちんの術、マジで凄かったよ! あたしも負けてらんない!」

 

「そ、そうですか? 四季さんの動きもキレがあったですよ」

 

「嬉しいこと言ってくれるじゃん♪ 月閃に入って欲しいくらいだよ〜」

 

「うむ、流石はオシュトル殿の妹……月閃に入れば選抜メンバーも夢ではない」

 

「うんうん! ネコネちゃんが入れば百人力だね!」

 

「わしもそう思います。でもそうなると中等部からになりますね……」

 

「どちらにせよ、その頃には私は卒業していますね……残念です」

 

 月閃の選抜者達がネコネと話している中、飛鳥殿と焔殿が硬い握手を交わしていた。

 

「今日のところは引き分けだな。次こそは決着をつけてやるぞ、飛鳥!」

 

「それは私の台詞! 絶対に負けないからね!」

 

(この二人を見ていると、一兵卒の頃にミカヅチと剣を交えていた時のことを思い出すな)

 

 好敵手――

 飛鳥殿と焔殿にぴったりだ。なんだか羨ましく思う。どうやら半蔵と焔紅蓮隊の皆にはそれぞれ色々あるようだ。

 すると、焔殿は今度はこちらに目を向けて指をビシッと差しながら言った。

 

「おいオシュトル! 今日は負けたが、いつかは必ず私が勝つ!」

 

「ああ、その時を楽しみにしている。某も精進せねばな」

 

「いやいや……今でさえ強いのに、これ以上オシュトルさんが強くなったら勝てる気がしない……」

 

「うるさいぞ飛鳥! 私の好敵手がそんなんでどうする!」

 

(本当に仲が良いな、この二人は)

 

 

 

 今日の訓練でかいた汗を流すべく、女性陣は早速、皆で風呂に入っていた。

 

「わ〜い! みのり、いっちば〜ん!」

 

「あ、美野里ちゃんずるい! 雲雀も雲雀も〜」

 

「こら二人とも! 湯船に浸かる前にちゃんと体を洗わんか!」

 

「……」

 

 皆さんが風呂ではしゃいでいる中、私の視線は皆さんの体のある部分に注がれていた。

 

(どうして皆さんそんなにも大きいのです……?)

 

 自分の胸と雪泉さん達の胸を交互に見る。その差は圧倒的だった。なんと美野里さんまでもが大きいので、思わず気にしてしまう。

 すると、不意に後ろから肩に手をポンと置かれた。

 

「ネコネ、あたしはあんたの味方だから! 仲良くやりましょ!」

 

「み、未来さん……」

 

「ほんと世の中不公平よね。神様ってのがいるならあたしは運命に抗ってやるわ! あたしだっていつかは――」

 

「ふふ♪ だったら私のとっておきの秘薬があるけどどう?」

 

 私と未来さんの話を聞いていた春花さんが、怪しげな笑みを浮かべてこちらにやってきた。

 

「秘薬って……春花さんは薬師なのですか?」

 

「薬師、なんか良い響きね〜。そう、私は薬師なの。私に作れない薬はないわよ♪」

 

「春花様はマッドサイエンティストよ! ネコネも気をつけて! 変な薬を飲まされて――」

 

「ま、まっど……?」

 

「……未来? ちょっと話があるんだけどいいかしら?」

 

 春花さんはにこやかに笑っているが、その表情はどことなく怖かった。未来さんもすっかり怯えてしまっている。

 

「ひっ! いや〜!」

 

 ずるずるずる……

 未来さんは春花さんに引きずられ、何処かに行ってしまった。今の私にできることは、未来さんが無事なのを祈るだけなのです。

 

 私は体を洗い終わり、湯船に浸かっている雪泉さんに声をかけた。

 

「あの、雪泉さん」

 

「なんでしょうか、ネコネさん」

 

「その……隣、いいですか?」

 

「はい、構いませんよ」

 

「あ、ありがとうございますですっ」

 

 雪泉さんは笑顔で了承してくれた。やはり、この人は優しい方なのです。兄さまの命の恩人が、雪泉さんで本当に良かったのです。

 お湯に浸かり、雪泉さんの隣に座る。

 

(もし兄さまが雪泉さんとお付き合いすることになれば、雪泉さんは私の姉さまに……)

 

 すると、私の視線に気がついた雪泉さんが、こちらに話しかけてきた。

 

「ネコネさん? 私の顔に何かついてますか?」

 

(……思い切って聞いてみるのです!)

 

 私はこの人にあることを聞く決心をすることにした。

 

「雪泉さんは兄さまの事、どう思ってますか?」

 

「えっ! お、オシュトル様の事をですか……?///」

 

「はいなのです。正直に答えて欲しいのです!」

 

 私は思わず、雪泉さんににじり寄る。

 

「う、うぅ……///」

 

「あれ? 二人ともどうしたの?」

 

 声のした方に振り向くと、飛鳥さんがこちらにやってきていた。

 隠しても仕方がないので、私は飛鳥さんに事情を説明することにした。

 

「ふ〜ん、そっかぁ。ネコネちゃんだから言うけど、雪泉ちゃんはオシュトルさんの事が――」

 

「わーわーわーわー!! 言ってはいけません、飛鳥さん!///」

 

「むぐっ!?」

 

 雪泉さんは慌てた様子で、飛鳥さんの口を手で塞いだ。雪泉さんの顔が心なしか赤い。意外とわかりやすい人なのです。

 

「……成程、今の反応で雪泉さんは兄さまに恋愛感情を持っているということがわかったのです」

 

(流石は兄さま……この世界でもモテモテなのですね……)

 

「ね、ネコネさん……? もしかして……気を悪くしましたか?」

 

「いえ、雪泉さんなら……兄さまとお付き合いしても良いと思うです///」

 

「そ、それって……どういう?」

 

「私も兄さまの事は大好きなのです。ですが、貴女になら……兄さまを任せられるのです」

 

「ネコネさん……」

 

「お願いします……兄さまをどうか、支えてあげて欲しいのです」

 

 私はその場で雪泉さんに頭を下げてお願いした。今言ったことは私の本心なのです。兄さまに悪い虫がつくより遥かに良い。

 すると、雪泉さんは神妙な面持ちで言った。

 

「……確かに私は、オシュトル様のことをお慕いしております。ですが、オシュトル様の方は私をどう思っているか……」

 

「雪泉さんは十分、素敵な女性なのです! 私が保証するのです!」

 

「ふふ、ありがとうございます、ネコネさん。では二人で支える、というのは如何でしょうか?」

 

「それは良い考えなのです! 雪泉さん――いえ……雪泉姉さま(・・・)! これからも一緒に兄さまを支えるですっ!」

 

「はい! ネコネさん! お互い頑張りましょう!」

 

「――ん〜! ――んむ〜っ――!!」

 

「あ、飛鳥さんっ!? すみません……忘れていました」

 

 そう言うと、雪泉姉さまは飛鳥さんの口を抑えていた手を退けた。飛鳥さんの顔が違う意味で赤い。

 

「ぷはぁ! なんだか良い話をしてたけど、先に手を退けて欲しかったよ……すごく苦しかった……」

 

「私もすっかり忘れていたのです……ごめんなさいです、飛鳥さん」

 

「ううん、ネコネちゃん気にしないで! そうだ! 雪泉ちゃんがどれだけオシュトルさんの事が好きか聞きたい?」

 

「飛鳥さん、一体何を言うつもりですか!?」

 

 飛鳥さんはニヤニヤした表情で私に聞いてきた。これは是非とも聞きたい内容なのです!

 

「聞きたいのです! 聞かせてください!」

 

「これはね、このお屋敷に来る前のことなんだけど――」

 

「飛鳥さんっ!!///」

 

 それから私は、飛鳥さんから色々な話を聞いた。話を聞いていた最中、傍らでは雪泉姉さまが顔を赤くしていた。どうやら雪泉姉さまは、飛鳥さんと会う度に兄さまのことばかり話していたようで、飛鳥さんは苦笑しながら聞くしかなかったらしい。想像するだけで笑みが溢れてしまうのです。

 このあと、飛鳥さんは雪泉姉さまに正座でお説教をさせられていた。怒った時の雪泉姉さまはとても怖かったのです……

 

(怒ると怖いのは姉さまだけではなかったのです……)

 

 

 




書いてて思ったんですが、そろそろウルサラ枠が欲しいところですね〜
閃乱カグラで双子(ご奉仕要員)と言ったらあの子達しかいない!(いつ出せるかはまだ未定)


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武略 前編

今回は戦パートです。
自分の力量的にうたわれ本編の様な戦は書けておりませんが、どうか暖かい目で読んでください……

ネコネピックアップで今まで貯めてた石(120連)を注ぎ込んだ結果……得た物はウルサラと特効鏡でした。
もしオシュトルピックアップが来ても当たらないと確信しましたね。


 異界のとある場所――

 雪不帰は妖魔から報告を受けていた。

 

「ご報告します。どうやら忍達は少しずつ、戦力を増やしているそうです」

 

「……そうですか。ご苦労様です、下がりなさい……」

 

「はっ」

 

 妖魔の姿は消え、再び雪不帰は一人となった。

 奴らが戦力を増やしている……それはわかりきったことだ。そんな情報より、自分と同じ仮面の者であるオシュトルの情報の方が欲しい。あの男はただの人間ではない――

 雪不帰はつけている仮面に手を当てた。

 

(オシュトル……あの男さえ倒せば、忍など脅威ではない)

 

「聖上」

 

 そこに現れたのはゲンジマルだった。妖魔の中で一二を争う実力の持ち主である。

 

「どうか某に出陣命令を。あの忍供を一網打尽にしてご覧に入れましょうぞ」

 

 雪不帰の前で膝を折るゲンジマル。

 

「ゲンジマル……貴方の実力は私も認めています。ですが、ここに羅刹がいない今、貴方を出撃させるわけにはいきません……貴方は私のお側付きなのですから」

 

「……承知仕りました。このゲンジマル、貴女様にお褒め頂き、感激の極みでございます。某の命を懸けて聖上をお護り致しまする」

 

「期待していますよ、ゲンジマル……」

 

 仮面から覗く瞳はゲンジマルを一瞥している。それは嘘偽りのない言葉なのだろう。雪不帰は仮面の奥で微かに微笑んでいた。

 

「まったく……雪不帰様の為に動こうにも動けないとは。あんたも苦労してるわね、ゲンジマル」

 

「む、其方は……スオンカスか」

 

 ゲンジマルに話しかけたのは、紫と赤の衣を纏い、オネエ口調で話す男だった。頭にも赤いバンダナを巻いている。

 スオンカスと呼ばれた男は、雪不帰の前で膝を折った。

 

「雪不帰様、ゲンジマルの代わりに、このスオンカスめにお任せを。必ずや貴女のために勝ってみせます」

 

「ふむ……」

 

 雪不帰はしばし考える。

 そこへ、また新たな雪不帰の配下が現れた。妖魔の中でも危険な性格をしているハウエンクアである。

 

「あー駄目駄目、ここはやっぱり僕じゃないとね。あいつらの首を土産に持ってきてやりますよ」

 

「……雪不帰様は今、私と話をしているの。引っ込んでなさい、この不浄な雄が! 雪不帰様に馴れ馴れしくすんじゃないわよ!!」

 

「……あ? お前、僕と殺るつもりかい?」

 

「ふふ、あんたを殺して――その死体を花の苗床にしてやるわ……」

 

 二人はそれぞれ得物を持った。惨事が起こると思ったその時、見兼ねた雪不帰が二人の間に入った。

 

「やめなさい、二人とも……」

 

 キシリ――

 

「う……」

 

「ふ、雪不帰様……」

 

 ハウエンクアとスオンカスは、雪不帰の放つ圧力にたじろいだ。仮面から見える黒い瞳は二人を睨んでいる。

 

「どうしてもと言うのであれば、私が相手になります。仮面の力も上手く扱えるようになってきたところですしね……」

 

 そう言って、顔全体を覆っている仮面に手を当てる雪不帰。これ以上、不毛な争いはやめるべきだろう。

 スオンカスは再び、雪不帰の前で膝を折り、頭を下げる。

 

「雪不帰様……貴女の目を汚してしまい、申し訳ありません――ハウエンクア! いつまでも突っ立ってないで、あんたも謝罪しなさい!」

 

「ちっ……申し訳ありませんでした、聖上」

 

 スオンカスに言われ、ハウエンクアは渋々雪不帰に頭を下げた。その態度は、見ていてあまり良いものではない。

 

「判れば良いのです。本当なら羅刹に言うところですが……今回は目を瞑りましょう。スオンカス」

 

「は、はっ!」

 

 呼ばれたスオンカスは尽かさず返事をする。

 

「此度の戦、貴方に任せます。よい報告を待っていますよ……」

 

「有難き幸せで御座います! このスオンカス、雪不帰様に勝利を捧げましょう……必ずや、オシュトルとその一味の首を取って参ります」

 

 シュタッ――

 そう言うと、スオンカスは瞬時に姿を消した。

 すると、それまで黙って見ていたゲンジマルが口を開いた。

 

「宜しいのですか? 某が手を貸さなくとも」

 

「構いません。それに言ったでしょう? 貴方は私のお側付きだと……」

 

「ハァ……聖上のお考えは、僕には全然判らないよ」

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 政務室。

 某は雪泉殿からある報告を受けていた。

 

「――これで、朝の忍学生達による調練の報告は以上になります。何か気になる点はありますか?」

 

「ふむ……忍達は力をつけているようだな。最初の頃とは大違いだ」

 

「はい、これもオシュトル様のおかげですね」

 

 そう言うと、雪泉殿は笑顔でこちらに返した。

 確かに、指示をしたのは某だが、皆が頑張ったからこその結果だ。そのことを雪泉殿にも伝えよう。

 

「忍学生達が実力をつけたのは、其方達選抜者が一心不乱に、皆を鍛えたからであろう。其方と違い、某は大したことはしておらぬ」

 

「……そんなことはありません、オシュトル様。少しは自分を誇ってもよいと思います」

 

 雪泉殿はどこか、呆れたような目でこちらを見ていた。某は話を変えるべく、咳払いをし、別の事を聞くことにした。

 

「では、次は門の補強について聞きたいのだが」

 

「はい、そのことについてですが、オシュトル様の指示通りに動いています。戦も近いですし、皆さんも――」

 

「兄さまぁぁ!!」

 

 急にネコネで部屋に入ってきた。それも目に涙を浮かべながら。

 

「ね、ネコネさん?」

 

「どうしたネコネ、何があった?」

 

「匿って欲しいのです……! 助けてください……」

 

「待ってくれよネコネ〜、お前の柔らかほっぺ、もっと触らせろよ〜」

 

「別に危険な薬じゃないって、安心しなさい♪」

 

「ひうっ!」

 

 ネコネを追ってきたであろう、葛城殿と春花殿が部屋に入ってきた。ちなみにネコネは某の文机の下に隠れてしまっている。

 

(すっかり人気者だな、ネコネは。しかし、ここは兄として妹を守るべきだろう)

 

「どうしたのだ、二人とも。何か用事でもあるのか?」

 

「別に用事ってわけでもないぞ。なあ、オシュトルと雪泉、ここにネコネが来なかったか?」

 

「ネコネちゃんにスキンシップしてたら逃げられちゃって」

 

(スキンシップ……確か、肌と肌との触れ合いによる心の交流、であったか)

 

 それが過度すぎたということだろう。ネコネは机の下でぶるぶると震えている。ネコネと仲良くしてくれるのは嬉しいが、流石に限度がある。

 

「いや、此処には来ておらぬ。広間の方にでも行ったのではないか?」

 

「それか、厨房の方かもしれませんね……」

 

 どうやら雪泉殿も話を合わせてくれたようだ。

 

「そっかー、なら二手して探すとするか」

 

「そうね。その方が早いでしょうし」

 

 葛城殿と春花殿は、部屋を出て行った。

 某が『二人は行った』と告げると、ネコネが机からゆっくりと這い出た。

 

「ありがとうなのです、兄さま、雪泉姉さま……」

 

「ネコネさん、一体何をされたのですか?」

 

「聞いてください雪泉姉さま! あの二人、私を手込めにしようとしてきたのです! 葛城さんに頬を満遍なく触られ、春花さんは怪しげな薬を飲ませようとしてきたのです……」

 

 そう言うと、ネコネは雪泉殿の胸に顔をうずめた。その様子から、ネコネは彼女に心を許していることがわかる。ハクやクオン殿以外で、ここまで懐いているネコネを見たことがない。

 雪泉殿は安心させるかのように、ネコネの頭を優しく撫でていた。

 

「雪泉姉さま……」

 

「ふふ、ネコネさんは本当に可愛いですね」

 

(あのネコネが此処まで心を許すとはな。雪泉殿にも人を惹きつける何かを持っているやもしれん)

 

「お兄ちゃーん!」

 

 と、今度はもう一人の妹である美野里が部屋に入ってきた。美野里は某がいるのを確認すると、勢いよくこちらに抱きついた。

 

「おっと……」

 

「お兄ちゃん! みのりと一緒に忍ごっこして遊ぼ!」

 

 美野里が無邪気な笑顔でこちらを見上げた。

 

(そう言えば最近……執務ばかりで美野里と遊んでやれておらぬな)

 

 政務やら鍛錬やらで、今は忙しい日々が続いているせいか、全くと言って言いほどに美野里の相手を疎かにしていた。これでは兄失格だ。

 

「そう、だな。今やっているのが終われば、久しぶりに遊ぶとしよう」

 

「ほんとに!? わーい! お兄ちゃんだーい好き!」

 

 美野里がすりすりと某の顔に頬擦りしてくる。

 前に夜桜殿に『オシュトルさんは美野里を甘やかしすぎです!』と言われたが、今回は別に良いだろう。それに、妹を大事に思わぬ兄など存在しない。

 

「「……」」

 

 視線を感じ、その方に向いて見ると、ネコネと雪泉殿がジトっとした目でこちらを見ていた。

 

「な、何か?」

 

「……別になんでもないのです」

 

「はい。なんでもありません」

 

 心なしか、二人とも不機嫌に見える。何故かと考えてみるが、全く思い当たらない。これは真面目に仕事をしろという意味だろうか。

 某は膝の上に乗っている美野里の頭を撫でながら言った。

 

「美野里、すぐに終わらせる故、退いてもらえぬか」

 

「ん〜……わかった。約束だよ?」

 

 渋々ながらも、美野里は某から離れた。

 

「うむ、約束しよう」

 

「わーい! ネコネちゃんと雪泉ちゃんも一緒に遊ぼうね!」

 

「うなぁ! 危ないのです!」

 

 今度は、美野里は雪泉殿とネコネに抱きついた。こういうスキンシップであれば、ネコネも嫌がらないだろう。その証拠に、ネコネも満更ではない様子のようだ。

 

「ふふっ、美野里さんは相変わらずですね」

 

「まったく……私より年上とは思えないのです」

 

 ネコネ達三人が仲良くしているその時だった。

 

「オシュトルは居るかい!」

 

 突如、血相を変えたジャスミン殿が入ってきた。どうやらただ事ではないことが見て取れる。

 

「ジャスミン殿、いかがされた?」

 

「城下町で、妖魔の襲撃があった! 伝令によると、既に町にいた斑鳩と詠が交戦しているらしい」

 

「――ッ! 何だと!?」

 

「兄さま……」

 

「お前達、急いで皆を集めな。戦になるとな」

 

 

 皆が集まり、すかさず今の状況について説明した。

 

「詠のやつ……なんと間の悪い。私が妖魔を一匹残らず倒してやる!」

 

「ヒーローショーに行くって言ってたけど、まさかホンマに妖魔が出てくるなんてな」

 

「早く詠お姉ちゃんを助けに行かなきゃ! 早く行かないと!」

 

「未来、大丈夫よ。あの子が簡単にやられるはずがないわ」

 

「斑鳩さんも心配だよ……オシュトルさん!」

 

「ひばりも、斑鳩さんの実力なら問題ないと思うけど……けどっ!」

 

「ああ、斑鳩達は俺達で助ける」

 

「そうだな、あいつらを助ける為に、アタイも全力で力を貸すぜ!」

 

 詠殿や斑鳩殿と同じ組である者たちが、妖魔との戦に出る覚悟を決めていた。いや、半蔵や焔紅蓮隊だけではない――ネコネ、雪泉殿ら月閃の者達も戦を目前にして、目の色を変えている。

 

「兄さま! 私も行くのです! 詠さんや斑鳩さんもですが、民のことも心配なのです……」

 

「オシュトル様、私達月閃も助太刀致します。もはや無関係ではありませんから」

 

「みのりも! 妖魔なんかに負けてたまるか!」

 

「ああ、奴等を殲滅してやる。それに、詠とは幼馴染だからな」

 

「オシュトルちんに鍛えてもらったし、あたし達ならやれるって! 夜桜ちんもそう思うよね!」

 

「四季さん、一瞬の油断が命取りになります。気を抜かぬようにしないと足元を掬われますよ?」

 

 皆がそれぞれ、思いを口にしてる中、ジャスミン殿がこちらに近づいてきた。

 

「あたしも出よう。戦力は少しでも大きい方がいいだろう」

 

「ばっちゃんも出てくれるんだ! これは百人力だよ!」

 

「いや、ジャスミン殿には此処に残ってもらいたい」

 

「む、何故じゃ?」

 

「某達が出陣すると城が手薄になる。それに、此処には戦を経験していない忍学生達もいるのだ。ジャスミン殿の実力は、某もご存知です。だからこそ、貴女にはこの城の守りと忍学生達の指揮をしてもらいたい」

 

 某とそれぞれの選抜者が一斉にいなくなるのだ。このままでは不安が残る。しかし、妖魔が攻めてきたとしても、ジャスミン殿の実力を持ってすれば忍学生達の方も心配ないだろう。

 それを聞いたジャスミン殿は、少し考えていたが、了承してくれた。

 

「ふっ、やはりお前に総大将を任せて正解だったな。よし、ここはあたしに任せな。オシュトル、飛鳥を……皆を頼んだよ」

 

「心得た」

 

 改めて皆の顔を見て、某も覚悟を決める。

 

「皆、出陣るぞっ!!」

 

「「「「応っ!!」」」」

 

 歩き出しながら、顔を覆っている仮面を指でなぞる。

 すると、仮面がほんのわずかに甲高い音を立てた。

 

(某はまた、戦場に赴く……ハク、某に力を貸してくれ――)

 

 

 同刻、城下町――

 広場で詠と斑鳩が妖魔の大群と戦っていた。

 

「グィギァゥェァィヌェァァェィ!」

 

 今回の妖魔はいつもの鬼や蛇のような姿ではない。その歪な口から吐き出す耳障りな音色の吐息が、辺りに響く。

 

「くっ……! 次から次へと!」

 

「はぁ、はぁ、いくら倒してもキリがありませんわ……」

 

 詠と斑鳩が妖魔を次々と剣で切っていくが、妖魔の数は増えていくばかりだ。しかも、一体一体が手強くなってきている。

 逃げようにも逃げられない――なぜなら、斑鳩達の後ろにはまだ小さな幼子がいるからだ。

 

「こ、怖いよ……」

 

「う、うええん……」

 

「大丈夫ですわ、私達が必ず守りますから!」

 

「はい! あなた達は絶対に守ります!」

 

 詠と斑鳩が子供達に笑いかける。それは、この子達を安心させるためであった。

 

(必ず、オシュトル様や焔ちゃん達が救援に来てくれますわ! それまで、なんとか持ち堪えなくてはっ……!)

 

「はぁぁ!」

 

 詠は得物である大型剣を振り回し、妖魔を斬っていく。もはやどれだけ斬ったのかわからない。それだけ多いのだ。

 

(ですが……所詮は数だけ、ここさえ踏ん張れば――)

 

 詠がそう思ったその時だった。

 

「グガァァァァァ!」

 

 詠の相手をしている妖魔が白く光り、ガタガタと震え出した。

 そして――

 

「キィゥァァグァィィ!」

 

「くっ!?」

 

 大型剣で妖魔の咄嗟の攻撃を受け止めるが、さっきとは桁違いの力に詠は押されてしまう。受け止めていなければ、今頃彼女の頭部が吹き飛んでいたことだろう。

 ただでさえ、手強い妖魔が凶暴化してしまい、状況は芳しくない。

 

「きゃあっ!?」

 

「詠さん! 大丈夫ですか!?」

 

 妖魔の攻撃に、とうとう詠は吹き飛ばされてしまった。彼女の体は宙を舞い、地面に打ちつけられる。

 起き上がろうとするも、目の前に妖魔が立っていた。彼女の中にあるのは絶望感だった。

 

「あ……ぁ……」

 

「グギィィァェィ!」

 

 妖魔が腕を振り下ろそうとしたその時!

 

 

「むんっ!」

 

「ガアァァァ!?」

 

 まさに間一髪。詠殿に振り下ろそうしたその腕を斬り落とす。さらに、頭部、足、全ての部位を斬り落とした。

 

「オシュトル……様?」

 

「遅くなってすまぬ。二人とも、無事のようであるな」

 

「斑鳩さん! 詠さん! 傷の手当てをするのです!」

 

 ネコネが呪法で二人の傷を癒していく。

 

「ありがとうございます、ネコネさん……」

 

「助かりますわ……」

 

「二人とも、よくぞ持ち堪えた。ここは某達に任せ、子供達を安全な所に避難させるのだ」

 

「は、はい! 判りましたわ!」

 

「オシュトルさん、この恩は必ず……」

 

 二人は、子ども達を連れて、此処から離れて行った。

 

「半蔵、焔紅蓮隊の皆は、斑鳩殿と詠殿の援護と民を頼む」

 

「ええっ!? それじゃあオシュトルさんと雪泉ちゃん達が――」

 

「心配はいらぬ。某は――某達は負けぬよ。其方らは気兼ねなく、民達を守ってくれ」

 

「そうか……行くぞ飛鳥。手遅れにならない内に」

 

「焔ちゃん……うん、そうだね! 行こう、皆!」

 

 半蔵、焔紅蓮隊の選抜者達が離脱し、某とネコネ、そして月閃の者だけになった。

 

「被害を少なくするために、なんとしてでも此処を抑えるぞ! ネコネ」

 

「援護は任せて欲しいのです!」

 

「雪泉殿」

 

「参りましょう。私達の正義のために……」

 

「叢殿」

 

「ああ、我は負けん」

 

「夜桜殿」

 

「後ろは任せてください!」

 

「四季殿」

 

「おっけー! あたし達の力、見せてあげよう!」

 

「美野里」

 

「うん! 準備万端だよ!」

 

 某は目の前の妖魔供に目を向け、得物を構える。

 

「行くぞ!」

 

 




この二次創作では
ノロイ=妖魔
という認識でお願いします。

いつかネコネに「ネコネ、鎮魂の夢に沈むのです!」って言わせたいな〜(´ω`)


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武略 後編

更新遅れてしまい申し訳ありません……
一応これでも完結までは書きたいと思ってます!


「ヌィァキヌィィキェェアァァ!」

 

「此処を通すわけにはゆかぬッ!」

 

 ブンッ――

 気を高め、こちらに向かってくる妖魔の群れを刀で一閃する。すると、妖魔の体は真っ二つとなって、そのまま崩れ落ちた。

 先程まで斑鳩殿と詠殿が奴等の相手をしていたおかげで、数もそれほど多くなく、苦戦を強いられずに済みそうだ。

 

 その時、一匹の妖魔がネコネに突進していた。

 

(このままではネコネが危ない……!)

 

「ネコネッ!!」

 

「こっちに来るななのです! ぶち転がしてやるです…!」

 

 ボォォ……

 

「グギィィェィイァァ!?」

 

 ネコネの呪法で妖魔は黒焦げになり、その場で倒れた。どうやら某の心配は杞憂に終わったようだ。

 

(ネコネ……成長したな)

 

「フフン、こんがり焼けたです♪」

 

「おおっ! ネコネちんやる〜♪」

 

「四季、よそ見をするな。戦の最中だぞ」

 

「ご、ごめん、むらっち……ここが踏ん張りどころだよね!」

 

 そう言うと、四季殿は目の前の妖魔達に得物を向ける。

 

「残る妖魔は十八体……皆さん、気を引き締めていきましょう」

 

「えーと……十八だから一人三体倒せばいいんだね!」

 

「じゃが、無理は禁物じゃ。ここにいる妖魔を片付けたら、すぐに斑鳩さん達の元へ向かいましょう!」

 

 

「はぁ……はぁ……今回の妖魔は手強かったですね」

 

「いきなり強くなるんだもん……マジでチートだったんだけどあれ……」

 

「ああ、オシュトル殿やネコネ殿が居なければ危なかったな……」

 

「そうですね……わし達だけだったらどうなっていたことか……ともかく、凌ぐことができてよかったです」

 

「皆さん! 傷の手当ては任せて欲しいのです!」

 

「ありがとう、ネコネちゃん……」

 

 皆で一斉に妖魔の相手をし、なんとか片付けることができた。しかし、ネコネや雪泉殿らは既に満身創痍だった。

 奴らを蹴散らすことができたのは良い事だが、そこにあるのは達成感ではなく、違和感だった。それは、まだこの妖魔の群れを率いている親玉がいないことだ。これだけ相手をしているにもかかわらず、未だに姿を現せていないのはおかしい。

 

(いや、今も何処かで某達を見ているのではないか? だとすれば、出てくるとしたら……)

 

 視線を妖魔の死骸から雪泉殿らの方へ向ける。その時だった――

 

「!!」

 

 真正面の建物の上で何かが光る。その光の正体は刃物だった。

 そして、何者かがその刃物を四季殿のいるところへ投げつけた。

 

「四季殿ッ!!」

 

「えっ! な、何!?」

 

 咄嗟に四季殿を押し倒し、直後に四季殿のいた場所に刃物が刺さっていた。

 

(危なかった……もう少し気付くのが遅ければ、この子は刺されていた)

 

 チラッと四季殿を見る。なぜか顔を赤らめていた。

 

「オ、オシュトル……ちん? あたしとしては嬉しいんだけどさ、せめて二人きりの時に……///」

 

「あーら惜しい、もうちょっとで殺せたのに」

 

 皆が声のした方へ向く。そこには、紫と赤の衣を纏った男がいた。どうやらこの男が親玉のようだ。

 某は四季殿から離れ、立ち上がる。

 

「お前が妖魔にこの城下町を襲わせた首謀者か。お前は何者だ?」

 

「私はスオンカス、雪不帰様に仕える者よ。私の妖魔ちゃん達はお気に召してもらえたかしら?」

 

「……何故、忍である私達ではなく、民達を襲ったのですか? 民達に罪は無い筈です」

 

「あんたは確か、黒影の孫で月閃のリーダーの雪泉だったかしら? いいわ、答えてあげる」

 

 スオンカスは不気味な笑みを浮かべる。そして、雪泉殿を挑発するかのように言った。

 

「貴方達を誘き寄せるちょうどいい餌が大量にあったから……では駄目かしら?」

 

「――ッ! あなたは、人の命を何だと思っているのですか……!」

 

 雪泉殿は拳を握りしめ、怒りをあらわにしていた。今の雪泉殿は、いつもの冷静さを失ってしまっている。

 

「全てはあの方の為……多少の犠牲は仕方ないの。あなただって、悪忍は滅ぶべきだとかそう思っているのでしょう? あなたと私のどこが違うって言うのよ?」

 

「………黙りなさい」

 

 すると、雪泉殿の髪が白に変わり、水色の瞳が赤色になった。どうやら本気でスオンカスを殺すつもりのようだ。

 ただ一つ言えるのは、今の雪泉殿は奴の挑発に乗ってしまっているということだ。

 

「落ち着くのだ雪泉殿。奴の言葉に耳を傾けるな!」

 

「雪泉姉さま! 危険なのです!」

 

 某とネコネの声は届かず、雪泉殿はスオンカスに距離を詰める。

 

「貴方だけは……絶対に許しません!!」

 

「最近の忍は恐いわねぇ。なら、こちらにも考えがあるわ」

 

 そう言うと、スオンカスは指を鳴らした。すると、建物の影から妖魔がワラワラと出てきた。妖魔はスオンカスを守るように、雪泉殿に立ちはだかる。

 

「グガァァァッ!」

 

「くっ!?」

 

「穢らわしい忍の女が、私の肌に触れないでもらえるかしら? 私に触れていいのは、雪不帰様だけ……それを判らせてあげないと」

 

 スオンカスは懐から数本の刃物を取り出し、妖魔と交戦している雪泉殿に狙いを定める。

 

「さぁ! これでも喰らうがいいわ!」

 

「雪泉殿ッ!」

 

 キンッ、キンッ――

 某は雪泉殿へ向かっていく刃物を刀で弾いた。

 

「す、すみません、オシュトル様……私……」

 

「今の其方は冷静さを失っている。しばし後ろへ下がれ、ネコネと共に援護にまわるのだ」

 

「……はい」

 

 雪泉殿が言われた通り、後ろへ下がる。

 すると、舌打ちをする音が聞こえた。

 

「チッ、本当に貴方って邪魔ね……お前達、まずはオシュトルを殺しなさい!」

 

「ンキィェアァァェェゥギェァァ!」

 

「おっと、させないよ!」

 

「お兄ちゃんをいじめるな!」

 

 四季殿、美野里、夜桜殿、叢殿が某の前に立ち、妖魔の攻撃を受け流している。

 

「スオンカスと言いましたっけ? わし達がいるのをお忘れなく!」

 

「妖魔の相手は我達に任せろ。オシュトル殿はあの男の相手を頼む」

 

「オシュトルちん! 美味しいところは任せたよ♪」

 

「くっ……取り巻きの女共が、どこまでも邪魔を……! 絶対に殺してやるわぁぁぁ!」

 

 スオンカスはそう叫ぶと、こちらに刃物を投げつける。しかし、それを難なくと跳ね除ける。

 このままでは拉致が開かないと思ったのだろう。スオンカスは建物から降りて、こちらまで来た。

 

「オシュトル……あなたを殺して、雪不帰様に褒めてもらうわ!」

 

「……いや、残念だが、そうはさせぬ。某はまだ死ぬわけにはいかぬのでな」

 

 スオンカスを一瞥し、続けて言う。

 

「其方の首、貰い受ける」

 

「そうはさせ――」

 

 スオンカスが刃物を持った瞬間に、某は一気に間合いを詰め、刀で奴の手から刃物を払い除ける。

 そして、某は刀をスオンカスの首に向けた。

 

「わ、私が……負けたですって……」

 

「オシュトルさん! こっちも妖魔を片付けましたよ!」

 

「苦戦したが……我もなんとか無事だ」

 

 夜桜殿らがこちらに駆け寄る。

 

「そんな馬鹿な……! 私の妖魔ちゃん達が全滅……これでは雪不帰様に合わせる顔がないわ……」

 

「へへーんだ! あたし達のチームワーク舐めないでよね!」

 

「みのり達、小さい時からずっと一緒だったもんね!」

 

「くっ……こいつらを甘く見ていたわ」

 

「言っておきますけど、逃げようとしても無駄なのです。貴方は完全に包囲されているです」

 

 その様子をみて、スオンカスは苦渋の表情をしていた。

 そんな中、雪泉殿が冷ややかな目でスオンカスを見ている。

 

「……オシュトル様、その男の処分、私にさせて貰ってもよいでしょうか?」

 

「ひっ……」

 

 彼女なりに蹴りを付けたいのだろう。奴の、民の命をなんとも思っていない言動を取ったことに憤りを感じているようだ。

 だが――

 

「……それはできぬ」

 

「ど、どうしてですかっ!」

 

「某は其方の手を穢したくはないのだ。わかってくれ」

 

「オシュトル様……」

 

 この時、何か悪寒を感じた。胸に不安が残るこの感覚……何かが、こちらに近づいて来ている――

 

「オラァッ! 死にやがれェ!!」

 

(!? 間に合えッ――!)

 

 左目に眼帯をした男が現れ、雪泉殿に襲いかかる。某は咄嗟に雪泉殿を抱き寄せ、男の斬撃から庇う――

 

「――がはっ」

 

 しかし、急所は外れたものの、脇腹を刺されてしまう。刺されたところから血がポタポタと流れ落ちている。正直、立っているのがやっとだ。

 

「ぁ……オシュトル…様――」

 

「良かった…雪泉、殿……」

 

「あ、兄さまぁぁぁぁ!!」

 

「オシュトルちん! しっかりして!」

 

「お兄ちゃん……死んじゃ、やだよぉ……」

 

「心配、するな……ただの擦り傷にすぎぬよ…」

 

 心配させないよう、痛みに耐え、皆に笑顔を見せる。

 

「――クソッタレが。自分の命よりもその女の方が大事か? それともただの馬鹿なのか?」

 

 男がそう言うと、膝をついていたスオンカスが立ち上がった。

 

「……あなたのおかげで助かったわ、ヒエン」

 

「ハッ! 勘違いするんじゃねぇ。お前に手を貸せと大老(タゥロ)に言われたから助けた、ただそれだけのこと」

 

 ヒエンと呼ばれた男は、某の血で真っ赤になっている刀をこちらに向けた。この男は……かなりの手練れだ。

 

「クククッ、確実に仕留めたと思ったが……なかなかやるじゃねえか。その月閃の女を庇いながらも急所を外させたか」

 

「ふ……これでもギリギリだったがな……」

 

 某はよろめきながらも、眼帯をしている男に剣を向ける。

 

「ハハハ! その怪我で俺と殺り合おうってのかよ! 俺は怪我人相手でも容赦しないぜ?」

 

「い、いけません! オシュトル様は下がっていてください!」

 

「そうだよオシュトルちん! その怪我じゃ無理だってば!」

 

「わかっている……だが…!」

 

「アハハハハ! 安心しろ、纏めてあの世に送ってやるからよォ!」

 

(来る――!)

 

「はあぁぁ!」

 

「何!?」

 

 ヒエンの背後から何者かが脇差を振りかぶっている。それは某の見知った顔だった。

 ヒエンは攻撃を避け、距離を取った。

 

「助けに来たよ、オシュトルさん!」

 

「飛鳥殿か……!」

 

「飛鳥だけじゃないぞ! 私達もいる。ちゃんと民は全員避難させたぞ」

 

 見れば、飛鳥殿だけではなく、焔殿らの姿があった。どうやら、いち早く駆けつけてくれたのだろう。

 

「クク……ここにいる奴等全員と殺り合うのもやぶさかではないが、少々分が悪いな」

 

「逃すとでも思っているのか?」

 

「ここからは私達が相手になります。覚悟してください」

 

 焔殿と斑鳩殿が得物を構えながら、キッとヒエンを睨む。

 すると、ヒエンは余裕そうに笑いながら言った。

 

「ハハハッ! 本当は俺だってお前らを皆殺しにしてぇよ。だがな、大老からスオンカスを回収したら退くように言われてん、だよ!」

 

 ヒエンはそう言うと、何かを地面に叩きつけた。煙が上がり、視界を奪われる。

 そして、煙がなくなり、周りを見渡すも二人の姿はなかった。

 

(……逃げられたか)

 

「グッ――」

 

 刺された箇所から痛みが出てきた。思ったより深く刺されていたらしい。思わず某はその場に倒れてしまった。

 

「オシュトル様!? しっかりしてください!」

 

「退いて雪泉ちゃん、今止血するわ! ネコネちゃんも手伝って!」

 

「は、はいです、春花さん! 兄さま……」

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

「む、ここは……?」

 

「あら、オシュトルさん。目が覚めたのね」

 

 うっすらと目を開ける。目の前には見慣れた天井があり、春花殿の姿があった。

 どうやら某の部屋のようだ。

 

「……あれから、何日経った?」

 

「三日よ。貴方が倒れてから、ほんと大忙しだったわ」

 

「……すまぬ」

 

 布団から出ようと身を起こそうとするも、春花殿に無理やり寝かされる。

 

「はいはい、まだ安静にしないとダメよ? 傷が開いたら元も子もないじゃない」

 

「む……こんなときに寝ている場合ではないと思うが」

 

「ふーん、ならそれを隣で寝ている子にも言ってあげたらどうかしら?」

 

「隣で寝ている?」

 

 チラリと顔を隣に向ける。

 

「……すぅ…すぅ」

 

「雪泉、殿?」

 

 そこには、毛布を被って眠っている雪泉殿の姿があった。おそらく、春花殿が毛布をかけたのだろう。何故、この子が某の部屋で寝ているのだろうか。

 

「雪泉ちゃんね、ずっとオシュトルさんの看病していたのよ? 自分のせいだって責任を感じていたみたい」

 

「そうか……ありがとう、雪泉殿……」

 

「あら? 私も看病していたけど?」

 

「無論、春花殿にも感謝している。ありがとう」

 

「ふふ、どういたしまして」

 

「春花さん、代えの手拭いを持ってきたので――兄さま!?」

 

 ネコネが桶と手拭いを持って部屋に入ってきた。目が覚めている某に気付くと、一目散にこちらまで来た。

 

「兄さま、もう大丈夫なのです!?」

 

「ああ、心配かけたな、ネコネ……」

 

「良かったのです……兄さま……」

 

 ネコネの頭を優しく撫でる。

 すると、ネコネは某の隣で寝ている雪泉殿に目を向けた。

 

「雪泉姉さまは……まだ寝ているようですね」

 

「あ、そうだ!」

 

 春花殿が手をパンと鳴らし、何やらニヤニヤと笑みを浮かべていた。

 

「どうした、春花殿?」

 

「ふふ、オシュトルさん、雪泉ちゃんに目覚めの接吻(くちづけ)でもしてあげたら?」

 

「うなっ!?///」

 

「な、何を言っているのか判りかねるのだが……」

 

 先程の春花殿の言葉に、ネコネは顔が紅潮してしまっている。

 

「あら? もしかして、ネコネちゃんには刺激が強すぎたかしら?」

 

「あ、兄さまと雪泉姉さまが……ああ///」

 

「……ネコネ、何を想像している?」

 

「ん、んっ……」

 

 某達がそんな雑談をしていると、雪泉殿が目を覚ました。

 

「ん……春花さんにネコネさん?」

 

 雪泉殿は目を擦りながら、起き上がった。

 

「ふふ、おはよう雪泉ちゃん♪ 丁度オシュトルさん気がついたところよ」

 

「えっ!」

 

 寝ぼけ眼だったせいか、どうやら某が目を覚ましていることに気が付いていなかったようだ。

 雪泉殿は、春花殿に教えられるとすぐさまこちらに目を向けた。

 

「オシュトル様……その」

 

「春花殿から聞いた。其方は某をずっと見てくれていたようだな、礼を言う」

 

「……いえ、元はと言えば私のせいですから……礼を言われるようなことはしておりません……」

 

(成程。せめてものの罪滅ぼしというわけか。某としては、この子を護ることが出来てそれで十分なのだがな)

 

 その時、春花殿がスッと立ち上がって言った。

 

「さて、私は皆にオシュトルさんが気がついたことを知らせてくるわ。ネコネちゃんも来てくれるかしら?」

 

「は、はいなのですっ」

 

「あ、雪泉ちゃん」

 

 春花殿は雪泉殿にツツッと近づくと、こちらに聞こえない声の大きさでそっと耳打ちした。

 

「夜這いするなら、今夜がチャンスかもよ?」

 

「は、春花さん!?///」

 

(はて、なんの話をしているのやら……)

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 オシュトルが目覚めてから数日後、大蛇山のある場所――

 そこには三人の少女達がいた。服装も同じで、どうやら巫女の三姉妹らしい。

 その少女達は人探しをしているようだ。

 

「可笑しいな……私の気のせいだったか?」

 

「うーん……ウチには何も感じなかったっすよ?」

 

「蓮華お姉ちゃん、本当に間違いないでしょうね? あの子の気配がしたって」

 

「ほ、本当だって! 華毘と華風流はあの子の気配を感じなかったのか?」

 

 蓮華が慌てた様子で二人に問いかける。しかし、二人は首を横に振るだけだった。

 

「でも蓮華お姉ちゃん、あの子は確か……私達の目の前で……」

 

「蓮華お姉ちゃん……本当に気配を感じたんすか?」

 

「べらんめぇ! 確かにあの子の気配がしたんだ! それに、あの子――『かぐら』ではない何か大きな存在も感じた……」

 

「えっ? つまり、あの子一人だけじゃないってこと?」

 

「それが妖魔や悪漢だとしたら……とんでもないっす」

 

「ああ、だから早くかぐらを見つけねえと……ってアイツは何処行ったんだ?」

 

「あれ? そういえばいないっすね……」

 

「もうっ、あれだけはぐれるなって言ったのに……あ、来たわ」

 

 蓮華達がキョロキョロと周りを見渡していると、白塗りの男が今にも死にそうな顔で息切れをしながらやってきた。

 

「ハァ……ハヒ……ちょっと待って欲しいでおじゃるよ〜」

 

「べらぼうめぇ! 今まで何処で遊んでやがった!?」

 

「あ、遊んでいたわけではないでおじゃる……マロは山道は苦手なのでおじゃ……」

 

「まさかここまで体力が無いなんて……情けないっすよ?」

 

「はぁ……小百合様に私達の補佐をさせてやってくれと頼まれてなかったら、あんたをとっくに見限ってるわよ」

 

「ひぐ……華風流殿、面目無いでおじゃる……」

 

 白塗りの男は、蓮華達三姉妹に頭が上がらないようだ。ここまで来ると可哀想になってくる。

 

「まあ、こいつを責めても仕方ない。次の目的地に向かうぞ」

 

「次の目的地?」

 

「まさか……華毘お姉ちゃん、この後は城下町のお城に行くって忘れたわけじゃないわよね?」

 

「ふぇっ!? わ、忘れてるわけないじゃないっすか! ちゃんと覚えてるっすよ!」

 

 そう言いつつも、華毘の額には汗が出ている。どうやら本当に忘れていたらしい。

 蓮華はその様子に呆れつつも、話を戻した。

 

「小百合様は、私達にも戦の手助けを求めている。その期待に応えねえとな」

 

「それと同時に、かぐらも探さなくちゃいけないわね」

 

「にょほ? 城下町に行くということは、またこの山道を……?」

 

「ああ、さっき来た道を戻ることになるな」

 

「おじゃ!?」

 

 ニッといい笑顔で答える蓮華と対照に、白塗りの男の顔が真っ青になる。彼に休む暇は無さそうだ。

 

 

 




ちなみに、このヒエンはロスフラの姿を変えた方です。原作のままの方でもよかったのですが、こっちにしました!

正直、ヒエンよりもマロの登場の方が衝撃的だったのではないでしょうか?


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巫神楽三姉妹と白塗りの采配師

自分が巫神楽の中で一番好きなのは華風流です←聞いてない

もしミカヅチが閃乱カグラの世界に来たら美野里のこと気に入りそうですね(ロスフラで50連回しましたがミカヅチ爆死しました)


「オシュトルさん、こちらが今回の報告書になります」

 

 斑鳩殿の報告書に目を通す。妖魔の襲撃から数日が経ち、民達の混乱も落ち着きつつあり、被害の把握も滞りなく進んだ。

 連中は『異界の門』というものを開き、城下町の外れに侵入していたのだ。奴らの狙いは、住民を襲うことで某達を誘き寄せるといったものだった。なんとも卑劣な行為をしてくれたものだ……。

 

(結果的に奴らの思う壺というわけか……)

 

 死者も少なからず出てしまった。戦と無関係な民を襲うなど、正気の沙汰ではない。これが妖魔という存在か……もうこのような惨劇を繰り返すわけにはいかぬ。

 

「住処を失った民の皆さんは半蔵学院、月閃女学館で保護することにしました。私以外の――雪泉さんや飛鳥さん達選抜メンバーは、民達を連れてそれぞれの学校に案内しています」

 

「ふむ……そうか、焔紅蓮隊の皆はどうしている?」

 

「焔さん達にはまだ城下町に、怪しい人物や妖魔がいないか視察してもらっています。もうすぐ戻る頃合いだと思いますが……」

 

 そう言うと、斑鳩殿は顔を俯かせてポツリと呟いた。

 

「……この戦、果たして勝利することができるのでしょうか。なんだか不安になってきました……」

 

 前の戦で、斑鳩殿は自信を失くしている。無理もない、実践経験の少ない者が初めて戦場に立ったのだ。むしろ、こうならない方がおかしい。

 

「……斑鳩殿」

 

 どう言葉掛けをしようかと考えていると、扉の向こうから声が聞こえてきた。

 

「兄さま、少しよろしいですか?」

 

「ネコネか、どうした?」

 

「失礼するのです」

 

 襖を開け、ネコネが神妙な面持ちで入ってきた。斑鳩殿がいるのに気づき、ネコネが微妙に躊躇っている。

 

「ではオシュトルさん、私は忍学生達に指南をしてきますね」

 

 そう言うと、斑鳩殿はこちらとネコネに会釈をして部屋を出て行ってしまった。どうやら気を遣わせたようだ。

 

「ご、ごめんなさいです……お邪魔でしたか?」

 

「いや、ネコネが気にする必要はない。それよりどうしたのだ?」

 

「え、えっと……兄さまにお目通りしたいという方々がいらしているのです」

 

「某にか? 確か前に小百合殿が『忍の戦力を増やす』と言っていたな……して、その者達は?」

 

「謁見の間でお待ちしてもらっているです。兄さま、どうするですか?」

 

「ふむ……とりあえず、会ってみるしかないようだな」

 

「わかりましたです」

 

 

 ネコネと共に謁見の間に入ると、巫女らしき三人の少女達が座して待っていた。

 

「待たせてしまって申し訳ない。貴公らが某に、お目通ししたいと言っていた者達か」

 

「お前が大将のオシュトルだな? 私は巫神楽の蓮華だ、この二人は私の妹の華毘と華風流。小百合様に言われてあんた達に力を貸すことになった。よろしくな」

 

「華毘っす! これからよろしくっす!」

 

「華風流よ……よろしく」

 

「実はもう一人いるんだが、途中でそいつが倒れちまってな。今は医務室で休ませてるぜ」

 

「ふむ……とにかく、ご協力感謝する。この状況で戦力が増えるのは正直有難い」

 

「巫神楽……確か、この世界の本で読んだことがあるのです。様々な世界と交信する力を持った一族だと……」

 

 ネコネがそういうと、三姉妹の末っ子であるだろう華風流殿が、笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「ふーん、あんた、子どもの癖に良く知ってるのね」

 

「うなっ! 子どもじゃないのです! 私はもう大人なのです!」

 

「ふん、そうやってすぐにムキになるところが子どもそのものよ。はい、論破」

 

「うにゅぐぐぐ……! うるさいのです、この……チンチクリン!!」

 

「は、はあぁぁ!? 誰がチンチクリンよ! 年下のあんたに言われたくないわよ!!」

 

「……その年下相手に煽って、年上が聞いて呆れるのです。精神面では私の方が上だと言うことが証明されたです」

 

 ネコネは得意げに胸を反らし、続けて言った。

 

「はい、論破なのです♪」

 

「あんた……喧嘩うってんの?」

 

「な、何ですか、やるつもりですか? 相手になってやるのですっ!」

 

 そしてとうとう、二人の取っ組み合いの喧嘩が始まってしまった。

 

「このっ、お子様の癖にぃ〜!!」

 

「うなっ〜! お子様にお子様と言われたくないのです!」

 

 二人がお互いの頬や髪を引っ張っている。このままでは不味いと思い、某はネコネを華風流殿から離す。

 

「あ、兄さま……」

 

「ネコネ、その辺にしておくのだ」

 

「華風流、お前もだ。喧嘩をしに此処に来たわけじゃないだろ?」

 

「華風流ちゃん、落ち着いて欲しいっす……」

 

「うう……」

 

 すると、蓮華殿と華毘殿も華風流殿をネコネから引き離した。

 某は華風流殿に頭を下げた。

 

「すまぬ、華風流殿。ネコネは人付き合いが苦手なものでな、それでも、これからネコネと仲良くしてやってほしい」

 

 チラリとネコネを見る。すると、ネコネもこちらの視線に気づいたが、慌てて目を逸らしていた。

 

「ネコネ」

 

「う、うう……」

 

 ネコネは何やら頭を抱え、葛藤しているようだったが、ようやく決心がついたようだ。

 

「……ご、ごめんなさい。言いすぎたのです……」

 

 ネコネは華風流殿に頭を下げた。どうやら、自分で思っていたより立派になっていたようだな。兄としては嬉しい限りである。某の知らぬところで、ネコネは随分成長していたようだ。

 意外だったのだろう。華風流殿の方を見ると、ネコネが謝ったのを見て驚きの表情を見せている。

 

「……これじゃあ、私の方が子どもみたいじゃない」

 

「華風流、あの嬢ちゃんはちゃんと謝ったぜ。お前も年上らしいところを見せたらどうだ?」

 

「わ、わかってるわよ、蓮華お姉ちゃん……」

 

「華風流ちゃん! ファイトっす!」

 

「う……」

 

 二人の姉たちに背中を押され、華風流殿はこちらに歩み寄ってきた。この子も良い姉達を持っているな。

 

「……ごめん、流石にさっきのは失礼だったわ」

 

「よし! それじゃあ仲直りの証に握手だ、できるな? 二人とも」

 

 蓮華殿がそう言うとネコネと華風流殿はお互いに顔を合わせ、照れくさそうに握手をした。

 華毘殿の方を見ると、彼女の目には涙が溢れており、感動しているようだった。

 

「うち、モーレツに感動したっす! あの小さかった華風流ちゃんがこんなに立派になるなんて……」

 

 どうやら考えてることは同じらしい。

 

「仲直りもしたし、まあとにかく、これからよろしくな。大将」

 

 笑顔でスッと右手を差し出す蓮華殿。拒む理由がないので、某も握手をすることにした。

 

「蓮華殿、こちらこそ宜しく頼む」

 

「蓮華でいい。殿なんて付けられたらくすぐったくて敵わん」

 

「そうか。では、そうさせてもらおう」

 

「うちも華毘でいいっすよ、オシュトルさん!」

 

「私は……好きに呼ぶといいわ」

 

「………」

 

 視線を感じネコネの方をみると目を細め、こちらをジロリと睨んでいるように見える。

 

「どうかしたか?」

 

「……なんでもないのです、兄さま」

 

(おかしなネコネだな。言いたいことがあれば、はっきりと言えばよいものを)

 

 そんなことを思っていると、扉が開いた音が聞こえた。皆が一斉にそちらに振り返った。そこにいたのは――

 

「遅れてすまぬでおじゃる……今参上つかまつったでおじゃ」

 

「「――!?」」

 

 聞き慣れた声、見慣れた白塗りの顔の男が謁見の間に入ってきた。それを見た某とネコネは動揺を隠せない。

 

(な、何故マロロが……?)

 

 マロロがこの世界に来ていたということは、ヤマト――帝都で何かあったのだろうか。

 次いでネコネの方を見てみるが、信じられないと言った目でマロロを見ていた。

 

「紹介するぜ、こいつはマロロ。私達の補佐をしてもらってる」

 

「マロロでおじゃる――おじゃ?」

 

 マロロがこちらに気がつくと、某とネコネを交互に見ていた。

 

「何か?」

 

「その仮面……貴殿とそこのお嬢さんとは、初めて会った気がしないでおじゃる……名前を聞いても良いでおじゃるか?」

 

「……某はオシュトル。小百合殿により、忍大将を任されている者だ」

 

「私は兄さま――オシュトル様の妹のネコネなのです」

 

「オシュトル殿にネコネ殿でおじゃるか……やっぱり何処かで……」

 

 今のマロロには某やハク達と一緒にギギリを退治したことや、男達だけで大騒ぎをしていたときのことを覚えていない。しかし、こうして既視感を感じているということは、頭の片隅では覚えているという可能性がある。ならば、今は無理に思い出さそうとせず、思い出すその時まで待てば良い。

 傍らにいるネコネがこちらに近づき、目配せをした。

 

「……マロロ、私達のこと覚えてないのですね」

 

「そのようだな。だが、奴にとってはその方が良いやもしれん」

 

「兄さま……」

 

「なに、記憶がなくてもマロロはマロロだ。今まで通りに接していけばいい」

 

「……はいです」

 

 某の言葉にネコネはどこか寂しそうな顔をして頷いていた。

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

「イライライライライラ……! あー! もうっ、ムカつく!」

 

(ん? あれは華風流か?)

 

 皆の様子を見に外で見回りをしていると、何やら不機嫌そうな波動を纏っている華風流を見つけた。

 

(いや、不機嫌そうではなく不機嫌そのものであるな。これは声をかけぬ方がよいだろう)

 

 『障らぬ神に祟りなし』という言葉を思い出し、静かにその場を過ぎ去ることにした。しかし――

 

「あ! ちょっと、オシュトル!」

 

 逆に華風流がこちらに気付いてしまった。内心で思っていることを華風流に気取られぬよう、いつも通りの口調で声をかける。

 

「華風流か、一体どうしたのだ?」

 

「どうしたもこうしたもないわよ! あんた、ネコネにどういう教育してんのよっ!?」

 

「ネコネと何かあったのか?」

 

 おそるおそる華風流に聞いてみると、彼女は口を歪めながら言った。

 

「あいつ、私に対してだけすっごく生意気な態度で接してくるんだけど、なんなのあれ!!」

 

「そう…なのか?」

 

「そうよ! さっきだって私がチューチューアイス食べてるところを見て、『まるで子どもみたいなのです』って言われたわ!」

 

「……」

 

 あまりにも華風流のネコネの物真似が凄く似ていたので、話の内容が入ってこない。むしろ、仲が良いのではないか?

 

「ちょっと聞いてるの!?」

 

「あ、ああ、もちろん聞いている」

 

「イライライライラ……あー思い出しただけでムカついてきたわ……」

 

 華風流の機嫌がより不機嫌になってしまった。彼女の愚痴を一方的に聞かされ、某にできることは相槌をうつしかない。

 

「ふむ、あのネコネがな。もしかして、其方には心を許しているのかもしれぬな」

 

「はあ!? 何処をどう見たらそう見えるのよ! あんたの目って節穴なの?」

 

(以前にネコネにもそう言われたな……いや、某の目は節穴ではないはずだ)

 

「やっと見つけたのです、兄さま。探したので……あ」

 

 噂をすれば何とやら――間の悪いところに、ネコネが来てしまった。ネコネは華風流を視界に入れると、すぐさま彼女を睨んでいた。

 

「ネ、ネコネ?」

 

「華風流……兄さまと何を話してたですか?」

 

「ふんっ、お子様には関係のないことよ。お子様はお子様らしく、そこにいるお兄ちゃんにでも甘えてたら?」

 

「……氷菓子を子どもみたいに食べていた人に、お子様と言われたくないのです!」

 

「……ッ! 言ったわね……!」

 

(ま、不味い……このままだと……)

 

「時にネコネ、某に何か用事があったのではないか?」

 

 再び喧嘩にならぬよう、某はネコネに話を振った。すると、ネコネは思い出したかのように言った。

 

「あ……えっと、焔さんが呼んでいたです。暇なら私の相手をしてくれと言っていたのです」

 

「そうか。決して暇ではないが……焔殿は修練場か?」

 

「はい、『私が怖いなら逃げても構わん』とも言っていました」

 

「ふむ、そこまで言われては行かぬわけにもいかぬな。焔殿に後で行くと伝えておいてくれ」

 

「わかりましたです」

 

「ちょ、ちょっと!」

 

 ネコネは華風流の言葉を無視し、この場を後にした――と思いきや、遠くで急に立ち止まり、こちらに振り返った。

 

(ん? なんだ?)

 

 よくみると某にではなく、華風流の方を見ているようだ。すると、ネコネは遠くにいる華風流に向かって手で下瞼を引き下げ、舌を出した。

 

「べー! なのです」

 

「あいつッ!」

 

 去っていくネコネを追いかけようとする華風流を手で制した。

 

「オシュトルッ……! あんた、邪魔する気!? 言われっぱなしじゃ私がすたるわっ!」

 

「許してやってくれ、ネコネは幼い頃から本の虫でな。あまり人付き合いが慣れておらぬせいで、加減がよく判っていないのだ」

 

「……」

 

 返事はないが、立ち止まっているということは聞いているということだろう。某は続けて華風流に言った。

 

「ネコネには某からよく言っておく。其方の機嫌を損ねてすまぬな」

 

「……別に、あんたが謝ることじゃないわ。私もよくない点があったし……ねえ、オシュトルに聞きたいことがあるんだけど」

 

「聞きたいこと?」

 

「うん……あんたは私のこと、子どもっぽいと思う?」

 

 いつになく華風流は真剣な表情で某を見据えている。年下であるネコネに子どもと言われ、気にしているようだ。

 

(おそらくそういう年頃なのだろう。この時期の子は背伸びをしたがる傾向があるからな)

 

 これは他の忍達と関わって判ったことだ。思えば某も小さい頃、背伸びをしている時期があったな。母上や父上にはまだまだ子どもと言われたが。

 

「やっぱり、子どもだって思ってるでしょ!」

 

「ん? 別に思っておらぬが」

 

「嘘っ! なんか優しい目で私を見てた!」

 

「考えすぎではないか? 某は其方のことを、しっかりした女子だと思っている」

 

 実際に優しい目をしていたかどうかは判らぬが、今言ったことは本当だ。

 

「……本当?」

 

「ああ、嘘だと思うのであれば某の目を見てほしい」

 

「じぃ〜……」

 

 すると、華風流はこちらに近寄り、前のめりに某の顔を覗き込むように見ていた。

 

「どうだ、嘘をついているような目をしているか?」

 

「仮面をしてるから表情が読み取りにくい……外してくれる?」

 

 言われた通り、仮面(アクルカ)を外す。

 

「……これで良いか?」

 

「………」

 

「華風流?」

 

「えっ!? あ、あぁ! 嘘はついていないようね!」

 

 確認が終わると、華風流はズサっと某から距離を取った。どうやら信じてもらえたらしい。

 

「じゃ、じゃあオシュトル! また!」

 

 そう言うと華風流はタタタッと走って去ってしまった。心なしか去り際に見た彼女の顔が赤く見えたのは気のせいだろうか。

 

(急にどうしたというのだ? まあ、気にしていても仕方がない。焔殿の元に向かうとしよう)

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 夕刻、深い山奥――

 一人の男と一人の幼女が山奥の広い場所にいた。

 

「ハアァッ!!」

 

「わあ、おじちゃんすごーい!」

 

 ヴライの気によって倒れた木々を見て、かぐらはパチパチと拍手をしている。ヴライにとってはもはや見慣れた光景であるが、しかし……。

 

(うぬ)がいると気が散る。洞穴に戻っていろ」

 

「やだよ、おじちゃんいないと暇だし。それに私、おじちゃんの修行の邪魔してないもん」

 

 このように、かぐらはヴライに懐いている為、彼の側を離れようとしない。

 洞穴に戻っていろと言ったのは、かぐらがヴライの修行に巻き込まないようにする為でもあった。

 ヴライはこの場を後にし、ゆっくりと歩き出した。

 

「……」

 

「あ! 待ってよぉ〜!」

 

 

 そして夜。

 ヴライは洞穴で、ドラム缶を持って何やら考え事をしている。このドラム缶は帰り道に偶然見つけたものだ。

 

「………」

 

「おじちゃん? どうするのそれ?」

 

 すると、ヴライは燃えている薪の上にドラム缶を置いた。

 

「ちょうどよいか。この小娘一人くらいは入るだろう」

 

 再びドラム缶を持ち、洞穴を出る。

 

「ど、どこいくのっ!?」

 

「案ずるな、すぐに戻ってくる。大人しく待っているがいい」

 

 

 待つこと数分、ヴライは水を入れたドラム缶を持って戻ってきた。かぐらに風呂に入らせるためである。ヴライは燃えている薪の上にドラム缶を置いた。

 

「……」

 

 ヴライは能力で火を強めにし、ドラム缶に入っている水をあっという間にお湯に変えた。

 

「ひょっとして、私のためにお風呂用意してくれたの?」

 

「フン……」

 

 かぐらのその問いかけにヴライは答えることはなかった。替わりにかぐらに背を向けて言った。

 

「早く入らねば、湯が冷める。さっさと入れ」

 

「ありがとう! おじちゃん!」

 

 すると、かぐらは着ている服を脱ぎ出した。ヴライが、かぐらが風呂から出るまで外で待とうとしたその時、かぐらが揶揄うような笑みを浮かべて言った。

 

「覗かないでね?」

 

「例え頼まれても覗かぬわッ」

 

 




ネコネと華風流はいい喧嘩友達になると思います。


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泰平の世〜フギト仮面現る〜

ユズっちが…ユズっちがロスフラで巨乳の忍に…!

平和な日常回をお届けします♪


 それは、ある日の昼下がりのことだった。

 

「某に其方達の公演に出て欲しいと?」

 

 斑鳩殿と詠殿の唐突な要請に、思わず書類をしたためていた筆が止まる。

 

「はい、オシュトル様。あの戦があった日、城下町で開催していた公演が妖魔のせいでやむを得ず中止になってしまって……」

 

「そこで、民の皆さんが避難している半蔵学院の運動場で、その続きをやろうと詠さんとお話していました。いずれは月閃の方でもやるつもりです」

 

「成程。しかし何故、某なのだ?」

 

 舞台に出るのであれば、雪泉殿や飛鳥殿が出た方が盛り上がるだろう。焔殿や蓮華に至っては喜んで出てくれそうでもある。

 某が二人にそう言うと、詠殿は首をブンブンと横に振り、こちらに顔をずいっと近づけて言った。

 

「いいえ! オシュトル様が出てくだされば、子ども達もきっと喜ぶと思いますわ! 私が保証します!」

 

「私からもお願いします。どうかヒーローショーに出てもらえませんか? 人手不足でもあるんです」

 

「……二人がそう言ってくれるのは嬉しいが、生憎今は政務が忙しくてな。すまぬ」

 

「いや、それには心配無用じゃ」

 

 声のした方に目を向けると、ジャスミン殿が入ってきていた。

 

「政務ならあたしが代わりにやっておこう。お前はその間に、芝居の練習でもしているといい。半蔵学院を盛り上げてくれるなら本望じゃからな」

 

「ジャスミン様……ありがとうございます! さあ、オシュトル様! 空き部屋で今後についてお話し致しましょう!」

 

 詠殿はこちらの手を掴んでくると、引っ張るように歩き出す。その様子を見た斑鳩殿は、何故か笑っていた。

 

「ふふっ、詠さんは相変わらず強引ですね」

 

 

 空き部屋。

 詠殿から公演の台本を渡され、それを読んでいた。正義の味方が悪者を懲らしめるという子どもに人気な典型的な芝居である。

 

「オシュトル様のヒーローショーでの名前は……うーん……」

 

 詠殿が顎に指を当てて考える仕草をする。

 二人にはそれぞれ公演に使う名前があるらしく、斑鳩殿は『KP仮面』、詠殿が『パツキンもやしマスク』という妙ちきりんな名前だ。それでも、聞く限りでは子ども達に人気のようなので、水を差すのはよすとしよう。

 

「斑鳩さん、何かあります?」

 

「そう、ですね……『フギト仮面』はいかがでしょう?」

 

「フギト仮面?」

 

 思わず聞き直してしまった。

 

「はい、『風来人』から取りました。お気に召しませんでしたか…?」

 

「いや、それで良い。むしろ気に入った」

 

「そうですか? ありがとうございます……」

 

「……むぅ」

 

「どうした、詠殿?」

 

「……いいえ、どうかお気になさらず」

 

 見れば詠殿が少し不機嫌になっており、こちらを睨みつけていた。何か気に入らないことでもあったのだろうか。

 

「公演は三日後ですが、台詞とか大丈夫でしょうか?」

 

「この程度の台詞の量であれば問題ない。なんならもう覚えたが」

 

「さ、流石はオシュトルさん……早いですね」

 

「公演でのオシュトル様の衣装は私が仕立てて差し上げますわ。私、これでも裁縫は得意ですのよ?」

 

「ありがとう、詠殿。楽しみにしている」

 

「は、はい! お任せください!///」

 

 

 それから三日後の公演に向けて、某達は練習をすることになった。練習をすると言っても鍛錬に支障が出ぬ範囲で、主に夜に始めていた。最初は慣れぬ言葉に戸惑うことも多々あったが、段々と練習を重ねていくうちに違和感なく言えるようになった。

 

 そして――公演当日。

 半蔵学院の運動部に用意されてある舞台裏で、詠殿の用意した衣装に着替えていた。某の着物によく似ているが、緑色を基調とした落ち着いた感じの衣装だ。仮面はいつものではなく、片方の目元を隠した黒い面を使っている。これも彼女の趣味なのかは判断し難い。

 ちなみに、詠殿と斑鳩殿も芝居用の衣装に着替えている。

 

「とてもお似合いですわ、オシュトル様♪」

 

「そ、そうか? それはよかった」

 

「正直なところ、詠さんが仕立てると言った時はどうなることかと思いましたが、なんとか大丈夫みたいですね」

 

「まあ、ひどい! 焔ちゃん達は喜んで、私の仕立てた服を着てくれていますよ?」

 

 二人がそう言い合っている中、某は舞台裏の隙間から外の様子を覗いた。子どもから大人まで、かなりの数が集まっている。

 

(確か、ネコネも来ると言っていたな。妹に格好悪い所を見せるわけにはいかぬ)

 

 そう思っていると、不意に後ろから肩に手を置かれた。

 

「お? アンちゃんじゃねえか?」

 

「テオロ殿、貴殿もこの公演に出演を?」

 

「ああ、人手不足ってんで俺も悪役として出ることにしたんだ。それにしてもアンちゃん、その格好似合ってんぜ。こりゃ女の子にモテモテ間違いなしだな! ダッハハハ!」

 

 笑いながら、某の背中を叩いている。

 

「んじゃ、今日は宜しく頼むぜ」

 

 テオロ殿は肩を組みニカッと笑うと、某から離れ、裏方の者と打ち合わせを始めた。

 

(某も本番の前に色々と確認をしておくか……ん?)

 

「う〜、緊張するでおじゃる緊張するでおじゃる……」

 

 後ろ姿ではあるが、某にとっては間違えようもない。見知った姿があった。

 

「マロロ」

 

「にょほうっ!?」

 

 マロロは急に声をかけられ、驚いたのか肩をビクリとさせていた。

 そして、ゆっくりとこちらに振り返る――

 

「マ、ロロ……?」

 

 今度はこちらが驚いてしまった。何故なら、いつもの化粧ではなく、禍々しく修羅の如き形相の化粧をしていたからだ。

 

「オ、オシュトル殿でおじゃるか……びっくりさせないでほしいでおじゃるよ……」

 

「それはこちらの台詞でもあるのだが――なんだ……その化粧は?」

 

「こ、これは城を出る前……葛城殿に『悪役なんだから怖い顔の方がウケるぞ』と言われて、無理矢理……」

 

「そ、そうか、それは災難だったな……」

 

「ひぐ……此処の女性達は些か強引がすぎるでおじゃるよ……」

 

 泣くと化粧が取れるため、マロロは必死に涙を堪えている。

 

(今回ばかりは、マロロに同情する他ない……)

 

 もし無事にこの公演が終われば、久しぶりにウコンの姿で呑みに誘うとしよう。

 

 

 ついに公演が始まった。

 某の出番は後半である為、舞台裏から彼女達の劇を静観している。

 

「黒髪なびかせ今日も舞う! 人呼んで……KP仮面!」

 

「一つ、ひもじさバネにして……二つ、不幸せだと思わずに……三つ、見事な花を咲かせましょう! パツキンもやしマスク、いざ見参!」

 

 KP仮面とパツキンもやしマスクの登場に、子どもだけでなく大人までもが、うおおお!と声を上げる。それは凄まじい熱狂であり、観客達の反応から彼女達が人気であることが窺える。

 

「悪の怪人ヤマユーラ! 泰平の世のためにも、貴方を野放しにしておけません!」

 

「大人しくお縄につくといいですわ!」

 

「だっはははは! オメーらなんかに俺は止められねぇよ! どおりゃああああ!」

 

 ヤマユーラ(テオロ殿)が二人に斧で襲いかかる。それを二人はゆらりと交わし、反撃に出た。

 

「なにぃ!?」

 

「甘いッ!」

 

「これで最後ですわ!」

 

 KP仮面が足払いをし、ヤマユーラの体勢を崩す。その隙をつき、パツキンもやしマスクはヤマユーラの腹に蹴りをお見舞いした。芝居であるため、手加減はしていると思うが、テオロ殿が一瞬青ざめた表情をしていたのは気のせいだろうか。

 すると、ヤマユーラはその場でバタンと倒れてしまった。観客達は二人の勝利に、さらに盛り上がっている。

 

「私達の勝利ですね。パツキンもやしマスク、これも貴女の協力があったからこそです。ありがとうございます」

 

「いいえ、礼には及びませんわ。泰平の世を守りたいという気持ちは貴女と同じで――ッ!?」

 

 ボオオオッ!

 突如、彼女達の周りを覆うように炎が現れた。ちなみにこの火はマロロの術なので、燃え広がらないように調整されている。

 

「にょーほっほっほ! 正義のヒロインともあろう者が、油断は禁物でおじゃるよ!」

 

 声と同時にマロロが不気味な笑みを浮かべ、登場した。芝居の前はあんなに緊張していたというのに、随分とノリノリである。

 

「くっ、まだ仲間がいましたか……!」

 

「この炎……迂闊に近寄ると危険ですわね」

 

「さあ、このまま地獄(ディネボクシリ)の業火で焼かれるがいいでおじゃる! KP仮面とパツキンもやしマスクの活躍はこれで終わりでおじゃ!!」

 

「そうはさせぬッ!!」

 

 某は舞台裏から高く飛躍し、二人の前に降り立った。

 

「あ、貴方は……?」

 

「味方……ですの?」

 

「な、何者でおじゃるか!? 仲間がいるなどマロは聞いていないでおじゃるよ!」

 

「某は、愛と正義の美丈夫侍! フギト仮面である!」

 

 この言い文句は某が考えたわけではなく、台本に書いてあった言葉だが、自分で美丈夫というのは流石に恥ずかしい。

 

「何あの人! 凄くカッコいい!」

 

「なんてイケメンなの……どうしよう、ファンになっちゃった///」

 

「フギト仮面様〜!」

 

 某が登場したことによって民達が何やら黄色い声で騒いでいるが、今は芝居に集中することにしよう。

 

「其方を――天に代わりて成敗致す!」

 

「やれるものならやってみるがいいでおじゃるッ!」

 

 マロロが両手を振り上げる。呪法を繰り出すと同時に、それは合図でもあった。

 

「おおおおっ!」

 

 マロロの持っている笏を刀で払い、地面に落とす。そしてそのまま膝をついているマロロに刀を向ける。

 

「ひょほ……まだ終わりではないでおじゃる。次に相見えた時こそ、貴公を討ち取るでおじゃ――!」

 

 マロロがそう言うと、彼を覆い隠すように煙が上がった。

 マロロが舞台裏まで戻るのを確認すると、KP仮面とパツキンもやしマスクがこちらに駆け寄った。

 

「ありがとうございます、フギト仮面。助かりました……」

 

「ですが、どうして見ず知らずの私達を助けてくれたのですか?」

 

 某は二人に背を向けて言った。

 

「それは其方らと同じ、正義の道を歩む者だからだ。助けるのは当然であろう。では、また会おうぞ」

 

 そう言うと、某は瞬時に舞台裏まで戻った。

 

「フギト仮面……彼は一体……」

 

 そして、KP仮面の呟きで公演は幕を閉じたのだった。

 

 

 

「公演の成功を祝って、乾杯!」

 

「「「乾杯〜!」」」

 

 カランとコップを打ち鳴らす音が鳴る。

 公演も無事に終わり某とマロロ、そして斑鳩殿と詠殿の四人で焼肉屋で打ち上げをしていた。当然、こういう席はウコンの姿だ。

 

(おやっさんが来れなかったのは残念だな……まあ、仕方ねえか)

 

 あの時の詠殿の蹴りが溝落ちに炸裂したらしく、今頃はソポク殿に介抱されていることだろう。公演が終わった直後、詠殿は必死に謝っていたが、テオロ殿は『むしろ公演に出れて嬉しかったぜ。また誘ってくれよ』と笑顔で言っていた。

 

(ったく、大人の対応すぎるぜ。俺も見習わなきゃな)

 

 チラリと前の席にいる詠殿を見る。いつもは笑顔でいる彼女がシュンと落ち込んでいるのがわかる。

 

「おいおい、下向いて水ばっか飲んでねぇで、肉も食えって」

 

「………」

 

 飄々とした口調で話しかけてみるが、返事がない。これは相当だ。

 

「詠さん……お気持ちはわかりますが、そろそろ切り替えないと」

 

「斑鳩殿の言う通りでおじゃる。それに今日はウコン殿の奢り、飲み食いしないと勿体ないでおじゃるよ」

 

「おうよ、どんどん頼んでくれていいぜ。それにネェちゃんも腹空いてるだろ。空きっ腹だと、ろくな考えしか浮かばねぇしな」

 

 皿に盛ってある肉を焼いていく。ジュージューと肉の焼く音が食欲を掻き立てる。

 

「こりゃ美味そうだな。ネェちゃんが食わねえなら、俺とマロロと斑鳩のネェちゃんで全部平らげちまうぜ?」

 

「ウコンさん、野菜も食べないと駄目ですよ?」

 

「にょほ! 良い匂いでおじゃるな〜」

 

 某とマロロが肉を焼いていく中、斑鳩殿も野菜を焼いていく。それでも詠殿は下を向いていた。健啖家である彼女が美味いものを目の前にして珍しい。

 

(こりゃ、思ったより重症だな……しゃーねぇ)

 

 ちょうど食べ頃の肉を箸で摘み、彼女の皿に運ぶ。すると、詠殿の視線が僅かに肉の方へと向いた。

 

「……(ゴクッ)」

 

 唾を飲む音が聞こえた。落ち込んでいても、やはり腹は空いているようだ。しかし、まだ詠殿は箸を持とうとしなかった。あともう一押し必要か。

 

「まあ、食わねえってんなら俺が貰うけどよ。肉が無くなっても文句言うなよ?」

 

 もちろん追加は頼むつもりだが、こうでも言わないと食い付かないだろう。

 某は先程彼女の皿に入れた肉を箸で掴み、口に運んだ。

 

「あ!」

 

「むぐむぐ……うめえなぁ! 飯にも合うし、高い肉を注文した甲斐があったぜ」

 

「う、うぅ……」

 

 ギュルルル……

 腹の鳴る音が聞こえた。それもかなりの音だ。当然マロロと斑鳩殿にも聞こえたようでクスクスと笑っていた。

 

「ふふ、偶には贅沢してもバチは当たらないと思いますよ。それに、最近野草しか食べていないと聞いていますが」

 

「にょほっ!? そうだったのでおじゃるか! それでは体を壊してしまうでおじゃるよ!」

 

「ったく、前に栄養のあるモンを食べろって言っただろ。お前さんはホンっトに頑固なお嬢さんだな」

 

「………」

 

 最近食堂で見かけないと思ったが、やはりそうだったか……いや、今はそのような事を追及すべきではない。話を戻そう。

 

「おやっさんも気にしてねえって言ってたし、いつまでもしょげてんなよ。せっかくの美人さんが台無しだぜ? お前さんには笑顔が似合う」

 

「え……び、美人っ!?///」

 

「う、ウコンさん! 貴方はいきなり何を言っているのですか!?」

 

「は? いや、詠の姉ちゃんを元気付けようとしているだけだが……俺なんか不味いこと言ったか?」

 

「じ、自覚無しですか……そうですか……」

 

 斑鳩殿はこめかみ辺りを押さえて呆れているようだ。自覚無しとはどう言うことだろうか……。

 一方でマロロの方を見ると、幸せそうに酒を呷っていた。しかももう酔っている。下戸なのは前と変わらないらしい。

 

「にょほ〜」

 

「まあ、とにかくだ。腹が膨れりゃ自然と笑顔になるもんだぜ。遠慮なんかしねえでどんどん食いな」

 

「ウコン様……でも私、このような贅沢――」

 

「もしこれで食わないなんて言ったら、無理矢理にでも口に突っ込むからな? うどんは食うのに肉は駄目なのかい?」

 

「うぅ〜……」

 

「ふふっ、詠さんの負けですね」

 

「い、斑鳩さん……」

 

「ほら、食え食え。ちょうど焼けたところだぜ」

 

 某の促しに詠殿はようやく箸を持ち、焼き網の上に乗っている肉へとその手を伸ばし、タレを付けて肉を口に運んだ。

 

「はむ……んんっ!?」

 

 肉を口に入れた途端、彼女の目が見開いた。

 そして、肉を咀嚼し飲み込むとワナワナと体を震わした。

 

「んぉ? どうしたい、ネェちゃん?」

 

「こ、こんな美味しいお肉…生まれて初めてですわ……!」

 

「ふっ、なんたって一番高い肉だからな。斑鳩のネェちゃんも遠慮しねえでどんどん食べろよ」

 

「何から何まで……本当にありがとうございます」

 

「マロロも……って、寝てらぁ」

 

「ごぉ〜……すぴぃ〜……」

 

 どうやらもう潰れたらしい。今日の公演が無事に終わって疲れたのだろう。仕方あるまい、帰りは担いで行くとしよう。

 

「あの、ウコン様、注文したいものがあるんですがその……」

 

「おう、別に注文して構わねえぜ。ひょっとして、もやしか?」

 

 某がにやけながらそう言うと、詠殿は驚いた表情で言った。

 

「ど、どうして判ったんですの!?」

 

「姉ちゃんの考えることなんざお見通しよ。いや、俺じゃなくとも判るかもな。ガハハハ!」

 

「もう……ウコン様は相変わらず意地悪です! こうなったらヤケ食いですわ!」

 

「ふふ、いつもの詠さんに戻って良かったです」

 

「ああ、それでこそ、詠のネェちゃんだ!」

 

「にょほ〜……」

 

 

 

 それから暫くして、フギト仮面は瞬く間に大人気となった。突然現れたイケメンの正義の味方――特に女性ファンが急増し、幼女から年配の方までもが彼の虜になった。次の公演はまだかまだかと言っている程である。彼はまた、女性達の心を射止めたのだ。

 だが、当人であるオシュトルはそんなことなど知る由もない。後日……斑鳩と詠がオシュトルにまた公演に出て欲しいと頼むことになったのだが、それはまた別の話である。

 

 




最後のナレーションはハクボイスで脳内再生お願いします!

今回のような日常回ネタを皆さんにリクエストして貰おうかと迷っている今日この頃…


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紅白試合

ロスフラでムネチカ様実装されましたけど自分の運では引けそうにないのでオシュトルかアトゥイ出るまで待機します。

今回はふたはくの機能であった紅白試合を閃乱カグラのメンバーで再現して見たいと思います!(人数が多いですが頑張ります!)


 晴れ渡る空の下、主立った者達が修練場にて一堂に会している。

 

「どうしたんだよオシュトル、こんな朝っぱらからアタイ達を呼び出してさ。ひょっとして、此処にいる忍達のおっぱいを揉ませてくれるのか!?」

 

「バカじゃないの? なんでそんな結論に辿り着くのよ」

 

 嬉々として言う葛城殿に呆れた目をしながら華風流は言った。

 そんな様子を見て、某は咳払いをし話を戻す。

 

「皆に集まってもらったのは他でも無い。其方達それぞれの選抜者に鍛錬の場を設けようと思ったからだ。忍学生を鍛えるだけでなく、我等自身もより強くならねばならぬ」

 

 皆を見ながら言葉を続ける。

 

「そこで、より実戦に近い形で鍛えられるよう、紅白試合をやろうと思ったのだ」

 

「紅白試合……ですか?」

 

 雪泉が首を傾げている中、四季が質問をしてきた。

 

「へぇ、面白そうじゃん! でもさ、オシュトルちん、組み合わせはどうするの?」

 

「籤引きを作ってあるのです。籤を引いて赤と書いていれば赤組、白なら白組なのですよ」

 

 四季の質問と同時にネコネがスッと籤の入った箱を出した。ちなみにこの紅白試合はネコネの出した案である。

 

「なるほど、私が飛鳥や雪泉と同じチームになる可能性もあるってわけだな」

 

「反対に、わしが焔さんや未来達と敵対することもあるわけやな」

 

「うぅ……春花様や詠お姉ちゃんが敵になったらどうしよう……」

 

「ふふ、敵になったらたっぷりと可愛がってあげるわ♪」

 

「まだ敵とは決まっていませんが、その時はその時ですわ」

 

「焔ちゃんと敵対するのも良いけど、一緒のチームになるのも悪くないかも! どうなるのかなぁ」

 

「よし、敵になった忍はアタイのモミニウム光線を喰らわせてやる!」

 

「そんなことしたら、例え味方になっても止めますからね、葛城さん」

 

「雲雀と敵対するのだけは避けたいな……」

 

「柳生ちゃん、ひばりが敵になっても手加減なんてしないでね?」

 

 次々と三角に折り畳まれた紙の籤を引いていく。

 どうやら焔紅蓮隊と半蔵学院の皆は割り切っているようだ。次はいよいよ、月閃の者達の引く番がまわってきた。

 

「ねえ、お兄ちゃんは赤組? それとも白組?」

 

「いや、まだ引いておらぬ。某は最後に引くのでな」

 

「そうなんだ。みのりはお兄ちゃんと一緒のチームがいいなぁ」

 

「さっさと引くですよ、美野里さん」

 

「あたしも出来ればオシュトルちんと一緒になりたいかな。雪泉ちんだって……雪泉ちん?」

 

「オシュトル様と同じ、オシュトル様と同じ、オシュトル様と……」

 

 四季が話しかけるが、雪泉はブツブツと何かを呟いており、聞いていないようだ。

 

「なんか……ちょー怖いんだけど」

 

「雪泉、いつになく真剣のようじゃな……気持ちは判らなくもないですけど」

 

「ああ、我も雪泉の気持ちはよくわかる。少し不気味ではあるが……」

 

 

 雪泉達が引き終わった後、巫神楽三姉妹、ネコネ、マロロ、某の順番で引いていき、それぞれ結果を見ていた。

 

「ふむ、某は……白組か」

 

「良かったのです……兄さまと同じで」

 

「偶然でおじゃるなぁ、マロも白組でおじゃるよ!」

 

 そう言いながら、二人は白組と書かれた籤をこちらに見せる。ネコネやマロロが敵になることは覚悟していたが、杞憂に終わったようだ。

 皆の結果はどうなったのだろうか。

 

「あ! 焔ちゃん、私と一緒だ!」

 

「どうやらそのようだな。できれば、お前やオシュトルと戦いたかったが……こうなってしまった以上仕方ないな」

 

(飛鳥殿と焔殿はこちらと同じか)

 

 随分と頼もしい二人が同じ組になったものだ。某も遅れを取るわけにはいかぬな。

 

「うぅ……蓮華お姉ちゃんと華毘お姉ちゃんが敵になっちゃった……」

 

「華風流が敵でも手加減なんかしないからな。私に成長した姿を見せてくれよ」

 

「うちにも見せて欲しいっす! 華風流ちゃん!」

 

 三姉妹で微笑ましい姉妹愛を感じさせている中、近くで空気がどよんと沈んでいるのを感じた。

 

「あ……あぁ……そんな……オシュトル様が敵……」

 

「ゆ、雪泉ちん……取り敢えず、あたしとむらっちも一緒だし、元気だしてってば」

 

「オシュトル殿と分かれたのは残念だったな。だが、早く気持ちを切り替えた方がいい」

 

(あの子達は赤組のようだな。気を引き締まねば……)

 

 最終的に結果はこうなった。赤組は雪泉、四季、叢、蓮華、華毘、葛城殿、柳生殿、雲雀殿、詠、春花殿、未来殿の十一人。

 白組は某、ネコネ、マロロ、夜桜、美野里、華風流、飛鳥殿、斑鳩殿、焔殿、日影殿の十人だ。

 赤組に人数が一人多い分、油断は禁物である。

 

 審判は小百合殿にお願いし、とうとう紅白試合が始まった。

 

「ネコネ、マロロ、華風流は後衛にまわり援護を! それ以外は前線にて突貫せよ!」

 

「そうはさせるか! アタイの蹴りでぶっ飛ばしてやるぜ!」

 

「オシュトルちん! 覚悟しなよ!」

 

「手加減はしないぞ――!」

 

「オシュトルさん、まずは私達が相手よ!」

 

「華風流! 兄さまの足を引っ張るような真似はしてはダメですよ!」

 

「それはこっちの台詞よ! あんたこそしっかり付いて来なさいよね!」

 

「マロも一生懸命戦うでおじゃる!」

 

 こちらに距離を詰めようとする葛城殿、四季、叢、春花殿に後援の華風流が得物から水流を放ち、それをネコネが風の呪法で増幅していく。そこにマロロの呪法も加わり、相手からすればネコネ達に簡単に近づけない筈だ。

 

「うお!? なかなかやるじゃねえか。アタイ達を楽に近付けさせないつもりだな」

 

「ネコネちんと華風流ちん、意外と良いコンビかも……」

 

「二人だけではない。マロロの術も侮れぬ……」

 

「これは結構鬱陶しいわね。ネコネちゃん、こうなったら私も遠慮しないわよ!」

 

 四人が怯んだこの機を逃すまいと、今度はこちらから行く。しかし、詠が大型剣を構えながら某の前に立った。

 

「うふふ♪ オシュトル様とは『もやし同盟』を契った仲ですけど、勝負となれば話は別ですわ!」

 

(はて? そのような同盟に入った覚えなど無いが……)

 

 そのまま彼女は、勢いよくその大きな剣を軽々と振り回してこちらに攻撃する。それを刀で受け流し、隙ができるのを待つことにした。

 

「やはりオシュトル様には私の斬撃なんて効いていない様ですわね。でしたら……これはどうでしょう!」

 

 そう言うな否や、詠は懐から何かを取り出すと某から距離を取り、ソレをこちらに投げた。某に投げつけられた物――それは火薬だった。

 

(まさか、こんな物を用意していたとはッ――)

 

 いち早く気付き、なんとかギリギリで躱すが火薬が爆発し、ほんの僅かに某に隙が出来てしまう。詠はこの好機を見逃さず、再びこちらに間合いを詰める。

 

「お覚悟ですわ!」

 

「まさかあのような隠し玉を持っていたとは驚いた。だが、甘いッ!」

 

 体勢を立て直し、詠の一撃を食い止める。彼女の表情が真剣なものに変わった。

 

「これでもまだ貴方を追い詰める事が出来ないなんて……相変わらずお強い殿方ですわねっ……!」

 

「確かに爆薬を使う事に驚きはしたが、ただそれだけだ」

 

 背後に目配せをする。鍔迫り合いから詠の大剣を弾き、距離を取ってその者と変わる。

 

「ここから先は私が相手です、詠さん!」

 

「斑鳩さん!? いつの間に!?」

 

「詠、其方の目には某しか映ってなかったようだな」

 

「まさか斑鳩さんがいたなんて……それなら私にも考えがあります――未来さん! お願いします!」

 

「任せて詠お姉ちゃん! 二人とも、これでも喰らいなさいっ!」

 

 未来殿がこちらに向けて術の誘導弾を打ち出す。それを斑鳩殿は避け、某は刀で振り払う。

 

「ほう……」

 

「流石は詠さんです。ただ闇雲に剣を振っていたわけでは無かったのですね」

 

(未来殿の射程距離までおびき寄せたと言うことか。こちらも少々熱くなっていた)

 

 一旦冷静になり、状況を確認する。ネコネ達後衛は葛城殿、四季、叢、春花殿の相手をしている。一方で飛鳥殿と焔殿、日影殿の三人は蓮華と華毘と交戦中で、残りの夜桜と美野里は柳生殿と雲雀殿の相手をしている。

 今戦っている詠と未来殿は、某と斑鳩殿で相手をするしかない。

 

(待て……そう言えば雪泉は何処にいる? まさか――)

 

「はあぁぁ!!」

 

「ぬっ――」

 

 雪泉の姿を探そうとした刹那――目の前に彼女の姿が現れ、某と対峙する。始めのうちは後衛に居たはずだが、前線まで来たようだ。相手の赤組に後衛が少ない分、雪泉は後衛に徹底すると思っていた。

 

(思えば、前衛にも後衛にもなれる雪泉が一番厄介であるな……最後まで気の抜けぬ試合になりそうだ)

 

 某の刀と雪泉の扇が交わる。攻撃を往なしていくうちに、雪泉が強くなっているのを感じた。

 

「腕を上げたか、雪泉」

 

「そう言って貰えて光栄です。私だって日々精進していましたから」

 

 氷を纏い、まるで舞踊のような美しい動きで攻撃をしてくる。相変わらず邪道を感じさせない戦い方で、思わず魅入られそうになる。だが、今は試合の最中なので集中せねばなるまい。

 雪泉の攻撃もそうだが、未来殿の術も厄介だ。某は横で詠の相手をしている斑鳩殿に声を上げる。

 

「斑鳩殿、其方は未来殿の相手を頼めるか? 某がこの二人の相手を引き受ける故」

 

「え? ですが、お一人で詠さんと雪泉さんの相手は厳しいのでは……」

 

「このままだと未来殿の格好の的になる。其方は未来殿の注意を引き付けてほしい。頼む」

 

「オシュトルさん……そういうことなら、ここは任せます! 未来さんの相手は私にお任せを」

 

 そういうと斑鳩殿は高く跳躍し、未来殿の所まで行った。

 

「未来さん! 私が相手です!」

 

「ふん、斑鳩なんてあたしが返り討ちにしてあげるわ!」

 

 抗戦に入る斑鳩殿と未来殿。

 そして、目の前には得物を構え、某を見ている雪泉と詠が。

 

「成程、後衛からの攻撃を防ぐために斑鳩さんに未来さんの相手をさせたというわけですね」

 

「ですが宜しいのですか? これでオシュトル様は私と雪泉さん二人を相手にしないといけませんよ?」

 

 ジリジリと距離を詰める二人。

 

「それとも……私と雪泉さん程度なら一人でも問題無いとおっしゃりたいのでしょうか?」

 

「………」

 

 あえて何も言わずに、ただ二人を見る。別に二人をそのように侮ってなどおらぬが、果たしてこの子達はどう捉えるか。

 

「うふふ、では私から参りますわ!」

 

(来るッ――)

 

「シグムンドッ!」

 

 詠は剣を振り上げ、そのままこちらに叩きつける。それを刀で受け止め、詠の剣ごと押し返した。

 

「そ、そんな……」

 

「詠さんの一撃を軽々と……流石はオシュトル様です……」

 

「次はこちらから行かせてもらおう」

 

 

 

「そこまで! 二組とも良い勝負じゃったが白組の勝ちじゃな」

 

 小百合殿の判定に、皆が途中だった試合を止める。そして、次々と皆が思いを口にした。

 

「ハァ、ハァ、ハヒ……つ、疲れたでおじゃるよ……」

 

「良い汗かいたぜ。やっぱ喧嘩は最高だな! 偶にはこのメンバーでやり合うのも悪くない」

 

「うちも久々にどっかーんしまくりだったっす! ストレス発散にもなったっすよ!」

 

「……ネコネ、あんた意外とやるじゃない。少し……いえ、ちょびっとだけ見直したわ」

 

「華風流こそ……貴女のことをちょっとだけ、ほんのちょっとだけなら認めてあげてもいいのです」

 

(素直ではないな、二人とも)

 

 ネコネと華風流のやり取りに笑みが溢れる。これを機に上手くやっていけるといいがな。

 

「良い連携だったぞ飛鳥と日影。まあ、私が上手く合わせたおかげだがな」

 

「良い連携が取れたのは否定しないけど、最後のは聞き捨てならないかなあ。私の方が焔ちゃんより上手くやってたよ! 日影ちゃんはどう思う?」

 

「そんなこと言われてもな。わしは焔さんも飛鳥さんも良い動きしてたと思うで」

 

「それにしても、オシュトルちんマジヤバいって……雪泉ちんと詠ちんの相手をしていたはずなのにさ、ネコネちん達を援護するためにあたしらの方に来たんだもん……」

 

「ああ、四人で攻めていたというのに、まるで歯が立たないとは……流石はオシュトル殿だったぞ」

 

「改めてオシュトルは凄いって思ったぜ。アタイの渾身の蹴りまで余裕で受け止められたしな」

 

「ほんと、見事な剣捌きだったわ。私の傀儡もお手上げね」

 

「いや、其方達も最初の頃と比べて強くなっていた。某自身はそれほど変わっておらぬよ」

 

「いえ、思わず見惚れてしまうような太刀筋でした。この後、私に稽古をつけてはもらえないでしょうか?」

 

「「――ッ!」」

 

 ピクッ――

 斑鳩殿のその言葉に何名かの肩がピクリと動いたような気がした。

 そんななか、四季がニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべ、揶揄うように言った。

 

「おっと? あの斑鳩ちんがアプローチをするとはね。これは新たなライバル出現かも」

 

「ち、違います! 私はただ、オシュトルさんの太刀筋を参考にしたいと思っただけで別に他意は……///」

 

「あ、あの、オシュトル様! 私にもどうか稽古をつけてください!」

 

「わ、私も是非お願い致しますわっ!」

 

 斑鳩殿だけではなく、雪泉と詠まで稽古をつけて欲しいと言ってきた。だが、これ以上この子達に無理をさせるようなことをしたくはないのでやんわりと断ることにした。

 

「実に良い心掛けだが、稽古であれば後日つけるとしよう。其方らも疲れているはずだ」

 

「「「……判りました」」」

 

 三人とも残念そうにしていたが仕方がない。ここで無理をして倒れでもしたら元も子もないのでな。

 

 しばらくそれぞれの反省すべき点や良かった点を言い合っていると、夜桜と美野里が何重もある弁当箱二つを持って来ていた。居なかったと思っていたら弁当を作ってくれていたようだ。

 

「みんなー! お弁当だよー!」

 

「皆さんがお腹空いていると思って美野里と一緒に作って来ました。どうぞ遠慮せず召し上がってください」

 

 そう言うと、夜桜は一旦弁当箱を置くと何処からか大きな敷物を敷いて、その上に弁当箱を移動させた。それに皆も次々と履物を脱ぎ、敷物の上に座っていく。

 未だに座っていない某に気付き、美野里は座るように促した。

 

「お兄ちゃんも早く来て! 一緒に食べようよ!」

 

「ああ」

 

 某も履物を脱ぎ、敷物の上に座る。

 夜桜の作った弁当は彩りで食欲をそそる見た目をしている。まずは、握り飯を手に取って口に運ぶ。塩が絶妙に効いており、中身は鮭だった。

 

「そのおにぎり、みのりが作ったんだよ?」

 

「そうだったのか。なかなかに美味かったぞ」

 

 握り飯を触っていない左手で美野里の頭を撫でる。

 

「えへへ……ありがとう、お兄ちゃん///」

 

「お、オシュトルさん、わしの頭も撫でてはもらえんか…?」

 

「何か言ったか? 夜桜」

 

「な、なんでもないです! 忘れてください!」

 

「はぁ……夜桜ちんがせっかく勇気を振り絞ったのに、相変わらず超鈍ちんだよ。あたしがどんなにアプローチしても全然気付いてくれないしさ……」

 

「オシュトル殿が鈍いのは今に始まった事ではない。我も何度躱されたことか……」

 

「はい、オシュトル様の鈍さは病気を疑うレベルだと思います」

 

(何か酷い事を言われているような気がするのだが……)

 

 美野里を除く月閃の子達に、ジトッと冷たい視線を向けられているのが判る。特に雪泉のが一番くるものがある……某が一体何をしたと言うのだ……。

 雪泉達の視線に耐えることが出来ず、隣にいるネコネを見る。ネコネはというと夜桜の作った弁当のおかずを美味しそうに食べていた。

 

「いっただきぃ!」

 

「うなぁぁ!? ちょっと葛城さん! 私のエビフライ取らないで欲しいのですっ!」

 

「なあに言ってんだ、こういうのは早い者勝ちだろ? それにまだいっぱいあるじゃないか」

 

「それは…そうなのですが……」

 

 すると、その様子を見ていた華風流がニヤリと笑った。嫌な予感がしかしない……

 

「へぇ、ネコネってエビフライ好きなんだ。ふっ、やっぱ子どもね」

 

「……どういう意味なのです?」

 

「言葉通りの意味だけど? お子様には判らなかったようね」

 

「お子様のような体形の華風流にお子様と言われたくないのです!」

 

「は、はあぁぁ!? あんたより百倍はマシよ! ばーか!!」

 

「バカとは何ですか! バカって言った方がバカなのですっ!」

 

「何ですってぇ!?」

 

「二人とも、落ち着くのだ」

 

 言い合いになっている二人を止める。すると、矛先がこちらに向いてしまった。

 

「兄さまは私と華風流、どっちの体形が良いと思いますか?」

 

「は?」

 

「ちょっと待ちなさいよ、オシュトルの事だから絶対あんたって言うに決まってるでしょ!」

 

(おいおい……話がなんだか変な方向に転がっちゃあいねえか?)

 

「じゃあどうするですか?」

 

「せっかくだから、此処にいる皆に決めてもらうってのはどう?」

 

 華風流の視線が皆に向けられる。皆も急な事で戸惑っているようだ。しかし、二人はそれを気にも留めなかった。

 

「なるほど、良い考えなのです。私はそれで構わないですよ」

 

「ねえ、皆! 私とネコネ、どっちのスタイルが良いと思うか答えて!」

 

 シーン……

 皆は二人を見ることなく、ただ目を逸らしていた。そして、それは某も同じだった。何故なら――答えれば二人のどちらかの機嫌がより悪くなってしまうからである。

 

「「どうして皆(さん)目を逸らすのよ(ですか)……」」

 




もっと上手く戦闘描写を書けたら良かったのですが、これが自分の限界でした……すみません!
( ;∀;)
エビフライは自分も大好きです、ハイ。


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妖兵

ついにロスフラでゲンジマルが実装されましたね!飯塚さんの激渋ボイスはまだのようですが…

羅刹って意外と丁寧口調なんですね。(中の人がノスリと同じなのも驚き)


 深夜、皆が寝静まった頃――

 執務が終わり、見回りに出ようとした時だった。扉の向こうから誰かの気配を感じ、ゆっくりと襖を開ける。

 

「あ……」

 

「雪泉か。どうした、このような夜更けに」

 

「え、えっと……私にも何か出来ることはないかと思いまして……」

 

「其方は十分にやってくれている。それよりも明日の訓練に備えて早く寝なさい」

 

 そう言い残し、この場を後にしようと歩き出すと雪泉が追いかけてきた。

 

「オシュトル様はお休みにならないのですか?」

 

「ああ、寝る前に見回りをしておこうと思ってな。まだ此処が割れていないと思うが、いつ妖魔が襲ってくるか判らぬ故」

 

 戦というのはいつ起こるか判らない。一瞬の油断が命取りとなり、常に死と隣合わせなのだ。戦が終わるまで気を緩めてはならない。

 奴等が夜襲をしてくる可能性もある――その時は、某が皆を護らねば……そう、この身が再び砕け散ろうと――

 

「あ、あの、私も一緒に見回りに行ってもよいでしょうか?」

 

「『部屋で休んでいろ』と言っても聞かぬだろうな、其方は」

 

「………」

 

(この眼差しはおそらくそうだな。『目は口ほどに物を言う』とはまさにこのことだ)

 

 雪泉は真面目な女子であるが、某と同じで言い出したら聞かないところがある。ならば、某が折れた方がよいだろう。

 

「好きにするがいい」

 

「はい、好きにします!」

 

 そして、雪泉と廊下をしばらく歩き、外に出る。最近は暖かくなってきたが、それでも夜は冷えるものだ。

 

「雪泉、寒くはないか? 冷えるのであれば上着を貸すが……」

 

「ご心配には及びません。私、寒いのには慣れ――ッ!?」

 

「雪泉?」

 

「い、いえ……さすがに上着を貸してもらうのはオシュトル様に申し訳ないです……なので、代わりにもっと近くに寄ってもいいですか?」

 

(拒む理由が無いな。この子の頼みはできるだけ聞いてやりたい)

 

「構わぬよ。おいで、雪泉」

 

「は、はい…失礼します……///」

 

 おずおずといった感じで雪泉がこちらに寄ってくる。

 その時だった――

 

「敵襲! 敵襲――!!」

 

 カンカンカンカン!!

 鉦の鳴る音が聞こえる。一人の忍学生が某を見つけるとこちらまで走ってきた。

 

「何事か!」

 

「オシュトル様! 雪泉様! 大変です! 森で妖魔が確認されました! 現在、こちらまで進軍中とのこと!」

 

「なっ……」

 

(いつかは来ると思っていたが、まさか今やって来るとは……)

 

 よく耳をすますと、森から武器の交わる音が聞こえる。奴らが近くに来ている証拠である。どうやら妖魔は森の中で異界の扉を開いたようだ。

 

「某が先に援護に向かう! 其方らは急ぎ皆を起こしてくるのだ!」

 

「お、オシュトル様! お一人では危険です! 私も一緒に――」

 

「雪泉までいなくなったら誰が忍の指揮を取る? 其方は皆を引き連れて後から来てほしい、頼む」

 

「……判りました。オシュトル様、絶対に死なないでくださいね……」

 

「――承知」

 

 

 森の中。

 一人の男が忍達を一蹴していた。薙刀を用い、その男の実力は圧倒的だった。ただの忍では太刀打ちできるような相手ではない。

 

「クク…ククク……クカカカッ! 忍など恐るるに足らず、余の敵ではないわッ!」

 

 そう言いつつも、男の表情はどこかつまらなそうにしていた。自分を楽しませてくれるような忍がいないことに憤りを感じているのだ。

 そこに、男の前に雪不帰の腹心であるゲンジマルが現れた。今回、ゲンジマルが出陣しているのは、雪不帰のもう一人の腹心の羅刹が戻ったからである。

 

「守備は上々のようだな、ニウェ」

 

「クク……貴様に言われると嫌味にしか聞こえぬぞ。一人くらいは余を楽しませてくれるような奴がいると思っていたが、見込み違いだったようだ。お前もそう思わぬか?」

 

「某は聖上の命に従う。ただそれだけのこと」

 

「クカカカカッ、相変わらずつまらぬ男だ」

 

 ゲンジマルはニウェの小言を意にも介さず、再び歩き出す。すると、そこへまた複数の忍が現れ、ゲンジマルを囲む。

 

「覚悟しやがれ、この妖魔が!!」

 

 複数の忍がゲンジマルに一斉に攻撃を仕掛ける。しかし、相手が悪かった。ただの妖魔であれば、容易く退治できただろうが、彼の場合そうはいかない。

 

「ぬんッ!」

 

 それは一瞬の出来事だった。忍達は何が起こったのか判らず、バタバタと倒れていった。しかし、死んではおらず、どうやら峰打ちのようだ。

 

「ククク……其方は甘いな。こんな忍供は殺せばよいものを」

 

「無意味な殺生は好まぬのでな。此処からは二手に分かれるぞ、其方はこのまま森にいる忍の相手を……某は城に向かい、選抜メンバーである忍達の相手を致す故」

 

「クカカカッ! よかろう、どちらが先に片を付けるか勝負といこうか」

 

 

 

 忍結界が張られている森の中、某は次々と湧いて出てくる妖魔を片っ端から斬っていた。雪泉達が来るまで、某が此処で奴等の足を止めねば……。

 

「ンキィエアァァェエゥギェァァ!」

 

 ブンッ――

 こちらに向かってくる妖魔の大群を一刀両断にする。一匹残らず妖魔の四肢はバラバラになり、死んでいった。

 一通り幼魔を倒した後、何者かの気配を感じ、某は後ろを振り向く。そこには薙刀を持った男が佇んでいた。男の傍らには妖魔の姿もある。

 

「ク…ククク……あれだけいた妖魔を一人で片付けるか。クッカカカッ! どうやら余を楽しませてくれる者がいたようだな! そうか、其方が仮面の者か」

 

「……お前は何者だ?」

 

「余はニウェ。雪不帰様に仕える者の一人よッ!」

 

 そう言うと、ニウェと名乗った男は姿勢を低くし武器を構えた。そしてニウェは薙刀をこちらに振りかざした。

 

「くっ……」

 

「どうした、仮面の者よ。その仮面はただの飾りか!」

 

(強い……ヤマトの八柱将と変わらぬ手応えだ)

 

 ニウェと武器を交える。一心不乱に喰らい付いている某に対し、ニウェは某との勝負に楽しんでいるように見える。

 

「そうだ、もっと余を楽しませるのだ! 我らの間にあるのは喰うか喰われるかよ――ぬぅ!?」

 

 その時、ニウェのまわりに風がぶわぁぁと吹き、氷の礫が奴に目掛けて飛んでいった。ニウェはそれに気付き、一早く某から距離を取った。

 

(来てくれたか――)

 

「兄さま! 援護するです!」

 

「オシュトル様! 遅くなって申し訳ありません!」

 

 見ればネコネと月閃の選抜者だけでなく、焔紅蓮隊の皆も駆けつけてくれていた。半蔵学院の者と巫神楽三姉妹はおそらく城で待機しているのであろう。

 

「皆、気をつけよ。この男はただ者ではない」

 

「ふっ、面白い。強い奴は大歓迎だ」

 

 焔殿は目の前にいるニウェに向けて不適な笑みを浮かべる。

 

「日影、叢は左右から奴を攻撃しろ。私は正面から仕掛ける!」

 

「任せとき」

 

「相判った」

 

 しかし。三人がニウェに攻撃を仕掛けるが、奴は容易く薙刀で焔殿らを振り払った。

 

「な、に……」

 

「忍の小娘風情が、余に勝てるなどと思うな。余の興味はそこの仮面の者にしか向いておらぬのでな」

 

「なんだと……ッ」

 

「待て」

 

 焔殿が立ち上がり、再びニウェに向かおうとしたがそれを制止する。

 

「クカカカッ! 小娘よ、それ程相手をしたいのであればこの妖魔達にしてもらうがいい。さあ、行くのだ!」

 

「グギィィアァ!!」

 

 ニウェの一声でそれまで動かなかった妖魔達が雪泉達に向かって走り出した。某も身構えるが、こちらとネコネには向かってこず、まるで意思があるように見える。

 

「くっ! そこを退きなさい!」

 

「またこの妖魔ですか……わしの拳で粉砕してやりますよ!」

 

「こっちに来ないで! あっちいけー!」

 

「これじゃオシュトルちんのところに行けないんだけど……!」

 

「邪魔だ……! 消えろッ!」

 

「これは……ちょっと厄介やな。早めにケリをつけんと」

 

「ええ、弱音を吐いている場合ではないですわ」

 

「……未来、私に合わせなさい! 一気に片付けるわよ!」

 

「う、うん! 判った!」

 

「私達はこんなところで負けられん。皆、やるぞ!」

 

 雪泉達は少々苦戦しているが、今の彼女達であれば無事に妖魔を倒すことができるだろう。そう信じて某とネコネはニウェと対峙する。

 

「クククッ……これでしばらく邪魔は入らぬ。存分に楽しもうぞ」

 

「オシュトル、いざ参る!」

 

「私もやってやるです!」

 

 

 

 オシュトルや雪泉達がニウェ達と戦っている頃、城の前では半蔵のメンバーと巫神楽三姉妹が見張っていた。

 

「一時はどうなるかと思ったでおじゃるが、小百合殿がいち早く忍結界を張ってくれてよかったでおじゃるよ」

 

「おいマロロ、お前ちゃんと見張ってんのか?」

 

「ちゃんと見張っているでおじゃる! 蓮華殿、マロはそんなにも信用がないのでおじゃるか……」

 

 ガックリと肩を落とすマロロに蓮華は慌てて訂正した。

 

「い、いや、ちゃんとしてるんならいいんだ……悪りぃな」

 

「蓮華お姉ちゃーん、こっちは異常無しっす!」

 

「あっちの方も異常無しだったわ。どうやらオシュトル達が食い止めてくれているようね」

 

 巫神楽が揃い、それぞれ報告をし合う。

 そんななか、蓮華は退屈そうに呟いた。

 

「はぁ……私も出陣したかったぜ。雪泉は融通が効かないから参っちまうよ」

 

 そう、半蔵学院や巫神楽三姉妹に待機の指示を出したのは雪泉だ。万が一、皆がいない間に城に攻め入られでもしたら忍学生に被害が出るからとのこと。

 

「うちは雪泉先輩の言うことは正しいと思うっすよ? まあ、うちも出たかったっすけど」

 

「華毘お姉ちゃんまで……」

 

「いっそのこと今からでも――誰だ!?」

 

 蓮華は気配を感じ、暗闇に目を向ける。そこには大太刀を腰に納めている老人の姿があった。

 

「某の気配に気付かれましたか。では、仕方ありますまい」

 

「お前、侵入者だな? 私達が相手になってやる!」

 

 騒ぎを聞きつけたのか、半蔵学院のメンバーがやってきた。飛鳥達はゲンジマルの姿を見て目を見開いている。

 

「あ、あの人! 半蔵学院を襲った人だ!」

 

「あの時はやられたが、今回はそうはいかないぞ」

 

「ひばりも今度は負けない!」

 

「リベンジだ……! アタイらが強くなったのを見せつけてやる」

 

「はい、霧夜先生のためにも…! 此処は私達が守りましょう」

 

 飛鳥達は得物を手に取りゲンジマルを取り囲む。しかし、彼に焦っている様子はなく、むしろ落ち着いている。

 

「確かに以前とは雰囲気が少し変わりましたな。鍛錬を怠らずにやってきたのが判る――だが」

 

 ゲンジマルは低く構えを取る。

 

「それではまだ、某には遠く及びませぬ」

 

 そう言うと、ゲンジマルは目にも止まらぬ速さでまわりを一閃した。これも峰打ちであり、彼女達は生きている。

 すると、飛鳥達は地に伏してしまった。

 

「なっ……」

 

「嘘…だろっ……」

 

「動けっ…! 動きなさいよ……!」

 

 飛鳥達は立ち上がろうとするが、体が言うことをきかず立つことができない。

 

「………」

 

 ゲンジマルが城の門を潜ろうとする。それまで見ていることしか出来なかったマロロは意を決してゲンジマルの前に立った。

 

「こ、ここは絶対に通さぬでおじゃる! マロの命に変えてでも!」

 

「……そうですか、では通させて貰えるように致しましょう」

 

(マ、マロはここで死ぬのでおじゃるか……志半ばで……)

 

 マロロは思わず目を瞑る。その時だった。

 

「おおおおっ!!」

 

「む?」

 

 刀を用いてゲンジマルに果敢に向かう白髪の男がいた。その男は見た目からして四十代くらいだろうか。男が不意をついたのにも関わらず、ゲンジマルは片手で受け止めていた。

 

「き、霧夜先生!?」

 

 男の姿を見て、飛鳥達半蔵の選抜メンバーは驚いていた。

 

「久しいですな、半蔵学院の教師殿」

 

「ああ…貴様があの日に襲撃して以来だな……!」

 

「霧夜、下がってな。お前はまだ病み上がりだろう」

 

 門の上からジャスミンが大きな煙管を持ちながら飛び降りる。その際に砂煙がまわりに舞った。

 

「そいつは……あたしの獲物さね」

 

 ジャスミンはゲンジマルを鋭い眼差しで睨んでいた。そして彼女はゲンジマルに飛び掛かかった。

 

「はああああっ!」

 

「――お相手いたす」

 

 ジャスミンとゲンジマルの鬩ぎ合いの攻防が続く。二人の動きは神速のように速く、素人の目では追えない。飛鳥達は目の前の光景をただ見ることしか出来なかった。

 

「ばっちゃん……凄い」

 

「これが小百合様の本気でおじゃるか……マロも加勢したいでおじゃるが足手まといにしかならないでおじゃるよ……」

 

 その時、ジャスミンとゲンジマルの攻撃による流れ弾がマロロに向かって一直線に飛んでいった。

 

「ひぃ!?」

 

「おっと! 無事かお前!?」

 

 間一髪のところで霧夜に助けられる。マロロの目には霧夜の背中が頼もしく見えた。

 

「うぅぅ…霧夜殿ぉぉぉぉ!」

 

「お、おい! 涙と鼻水垂らしながら引っ付くなって!」

 

 二人のやり取りを見ていた華風流は冷ややかな目をしながら言った。

 

「……バカじゃないの?」

 

 

 

「クカカカカッ! 良いぞ! 貴様こそが最高の獣よ!」

 

 ニウェと対峙してどれだけの刻が流れただろうか。ネコネにも援護をして貰ってはいるが、未だに決着はつかぬままだ。このままでは妖魔と戦っている雪泉達が保たない……。

 ふと、仮面(アクルカ)の存在に気付く。こうなれば……仮面の力を使ってニウェごと薙ぎ払うか? いや、解放してしまえば雪泉達が巻き込まれてしまう……それに、仮面の力を使う時は一瞬の隙が生まれる。この者に隙は見せられまい。

 

「カーカッカッカッ! どうした、宴はまだまだこれからぞ!」

 

「くっ……」

 

「あ、兄さまぁぁぁ!」

 

「クッカッカッカッ! 討ち取ったりぃぃぃ!」

 

 ニウェが薙刀を振り被ろうとした瞬間、太陽が昇ろうとしていた。

 

「ぬぅ……もう夜明けか。これからが良いところだと言うのに……皆の者、一旦退くぞ!」

 

 そう言うと某から距離を取り、雪泉達と戦っていた妖魔の群れを従えていた。

 

「ど、どういうことですの? 妖魔があっという間に……」

 

「ククク……妖兵である余にとっては造作も無いことよ」

 

 よく判らぬが、どうやらニウェは退くつもりのようだ。こちら側も既に満身創痍だ。深追いは禁物だろう。

 

「……全忍、これより撤退する。怪我が軽い者は動けぬ者を担ぐのだ!」

 

「おいオシュトル! このまま指を加えて奴等を見逃すと言うのか!」

 

「焔さん、私達の総大将によるオシュトル様のご判断です。ここは従いましょう。それに、貴女も怪我をしているではありませんか」

 

「くっ……判った」

 

「すまぬな……焔殿」

 

 撤退をしようとしたその時、ニウェに後ろから声を掛けられた。

 

「オシュトルとやら、また相見えようぞ」

 

「………」

 

「クク…ククク……カーカッカッカッカッ!!!」

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 ここは妖魔達が住む異界にある城――

 ニウェは雪不帰にこれまでの顛末を報告していた。

 

「ククク……それにしても面白い漢であった。雪不帰様、またあの仮面の者と戦わせてはくれぬか」

 

「ニウェ! 雪不帰に対してなんですかその口の聞き方は!」

 

 ニウェの態度に喰ってかかる羅刹に雪不帰は手で制した。

 

「雪不帰……」

 

「……考えておこう」

 

「聖上、ただ今戻りました」

 

 そこに大老であるゲンジマルが帰還していた。ゲンジマルの顔には擦り傷程度の傷があった。それ程ジャスミンが強敵だったということだろう。

 いつもは無傷で帰還するゲンジマルに、雪不帰は表情には出していないものの、内心では彼を気にかけている。

 

「クク……遅かったではないか、ゲンジマル。其方程の漢が珍しいな」

 

「………」

 

「報告は後でよい……ゲンジマル、お前は暫く休んでいろ」

 

「……御意」

 

「ヒエン」

 

「はっ」

 

 雪不帰の呼びかけにゲンジマルと酷似した姿を見せるヒエン。

 

「ゲンジマルに肩を貸してやりなさい……」

 

「御心のままに。大老、自分の肩に」

 

 別に一人で歩けるのだが、腹心のゲンジマルにとって雪不帰の言うことは絶対なので孫であるヒエンに肩を預けることにした。

 

「かたじけない、ヒエン」

 

「いえ、大老もどうか無理はなさらず、ご自愛ください……」

 

 下がっていく二人にそれまで黙っていたハウエンクアは鼻で笑っていた。

 

「ハハ、まさかゲンジマルが手こずる相手がいるとはねえ。僕もうかうかしてられないな」

 

「そうね、これからは奴等を侮らないようにしないといけないようね」

 

 珍しくスオンカスが同意する。

 ニウェは雪不帰の隣にいる羅刹に笑みを浮かべながら声を上げた。

 

「ククク……羅刹よ、暇であれば余の相手をせぬか? まだ余は戦い足りぬ」

 

「……残念ですが、貴方と違って暇ではありません。ですので、貴方の相手はできません」

 

「クカカカッ、それは残念だ。では、これから余はガウンジでも狩ってくるとしよう」

 

 そう言うとニウェは出て行ってしまった。羅刹は思わず、小さく溜め息をつく。

 

(どうして私のまわりは雪不帰とゲンジマル以外、協調性のない奴等ばかりなのですか……)

 

 




この二次創作における妖兵は妖魔を従える武士ということです、ハイ。


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沈思黙考

思い付きで書いているこの二次創作を、ここまで読んでくださっている人はどれだけいるのでしょうか……自分はその人達のために頑張って書いていきます!


 異界にある城の一室。

 背丈が高い男が目の前にいる威風堂々たる偉丈夫に酒と如何にも豪華な料理を献上している。

 

「――以上を、謹んで御献上させていただきますであります」

 

「………」

 

 それを聞いていた男が黙って杯を突き出すと、背丈の高い男は慌ててそれに酒を注ぐ。

 

「おい、ボコイナンテ」

 

「な、なんでありますか?」

 

「何か面白い事を言え。俺様を笑わせるようなものをな」

 

「お、面白い事を……でありますか」

 

「なんだ、言えねェのか?」

 

「いえ、そのようなことは……」

 

 ボコイナンテと呼ばれた男は、目前の男に気圧されながらも面白い話を考えるが、咄嗟に言われた為にすぐには思いつかないでいた。もし、この男を笑わせることが出来なければ自分は酷い目に遭わされる。それだけは避けねばならない。

 

「そ、それでは僭越ながら、このような話は如何でありましょう?」

 

「ほう、聞かせろ。つまらん話をしたらタダじゃおかねェぞ」

 

 ボコイナンテはさっそく話を始める。彼は必死に話を面白くしようと試みるが、目の前の男は終始無表情で聞いていた。このままでは不味い。

 

(せ、拙者の話にまったく笑っていないのであります……)

 

「こ、ここからでございます! ここからが――」

 

「……もういい」

 

 男はそういうと、ボコイナンテの首を掴むと易々と持ち上げる。

 

「ぐぅっ!?」

 

手前(てめえ)、俺様一人も満足に笑わす事も出来ねえのか」

 

「ど、どうか、、お許しをッ……カンホルダリ様――」

 

「ふん……糞蟲が」

 

 カンホルダリはボコイナンテの首から手を離す。ボコイナンテは思わずゴホゴホとむせてしまった。

 

「そう言えばボコイナンテ、あの女は今何をしている?」

 

「ゴホッ…あの女……と言いますと、聖上のことでありますか?」

 

「ああそうだ」

 

 自分達の長である雪不帰を『あの女』と呼ぶカンホルダリ。彼女に対しての忠義は無いに等しい。

 

「聖上ならゲンジマル様と稽古中でございますが……あの、聖上に何か――」

 

「……ふん、あの老いぼれジジィではなく俺様を呼べば良いものを。そうすれば可愛がってやるというのに」

 

「カ、カンホルダリ様?」

 

「ボコイナンテよ。何故この俺様があの女の下に付いていると思う?」

 

「それは……聖上とは利害が一致しているから、でありますか?」

 

 ボコイナンテの言葉にカンホルダリは不適な笑みを浮かべる。

 

「クク……違うな。あの女を俺様の物にするためよ。彼奴とて女だ、俺様が本気で襲えば簡単に屈するだろうな」

 

「なっ……」

 

「妖魔とか忍とか俺様にとってはどうでもいい。いつか絶対にあの体を好きにしてやる。その好機が来るのを待っているというわけだ」

 

(ま、まさか聖上にそのようなことを……!? カンホルダリ様には恐れというものが無いのでありますか!?)

 

 ボコイナンテはカンホルダリの言葉に畏怖していた。あの雪不帰を……仮面の力を使わずとも、ヒエンやニウェがかかってきても一人であしらうことができる雪不帰を彼は襲おうとしている。何と命知らずなことか。

 

「グハハハハ! その時が来るのが楽しみだ」

 

 部屋中に響き渡るカンホルダリの笑い声をボコイナンテは黙って聞くことしかできなかった。

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 妖魔の夜襲から数週間が過ぎた。

 被害を受けた忍が多く、小百合殿も医務室で安静にしており、状況は芳しくない。こちらがニウェに気を取られている間にゲンジマルは城で飛鳥殿らと対峙していたようで、駆け付けた頃には皆が地に伏して倒れていた。自分で自分が情け無く思う。

 そして今、某は医務室に顔を出していた。飛鳥殿が先に来ており、小百合殿と話をしていた。

 

「小百合殿、お加減は如何か?」

 

「おや、オシュトルかい。お前さんが来るとは珍しいのう、この通りぴんぴんしておるよ」

 

「オシュトルさんもばっちゃんのお見舞いに来てくれたんだ」

 

「ああ、小百合殿も老躯なのだ。心配もする――」

 

「……なんだって?」

 

 ゾクリ……

 怪我人と思えない程の波動が小百合殿から発せられていた。これ以上口を開くと危険な目に遭うかもしれない。

 

「あたしを年寄り扱いするとはいい度胸だねえ。怪我が完治していたらお前さんをぶっ飛ばすところじゃったわい」

 

 そう言ってニコニコと笑う小百合殿だが、目が笑っていない。おそらく本気だ。

 

「オシュトルさん、ばっちゃんは怒ると怖いから謝った方が良いですよ?」

 

「……小百合殿、不適切な発言をした事を謝罪致す」

 

「次は無いぞ、オシュトルや」

 

 そんな会話がしばらく続いた後、数週間前に来た医務室の担当者がやってきた。この薬師の腕は確かであり、飛鳥殿らの怪我も早期に治らせた。春花殿も見事な手際であったが、この者はそれ以上に上回っている。

 

「小百合や、調子はどうかぇ?」

 

「この通り上々じゃ、トゥスクルのおかげでの」

 

 前に聞いた話なのだが、二人は古い友人同士で若い頃は一緒に忍務をこなしていたとのことだ。

 

(確か、クオン殿の故郷もトゥスクルという名であったな。いや、おそらく偶然であろう)

 

「今思えば、昔もこうしてお主の怪我を治療していたのう。ワシも小百合も歳を取ったものじゃ」

 

「年寄りみたいな事を言わんでおくれ。それに、あたしはまだまだ現役じゃよ」

 

「ふふ、なんだかばっちゃん、楽しそう」

 

(確かに、いつもの小百合殿とは違うな。雰囲気が柔らかくなっている気がする)

 

 トゥスクル殿が小百合殿を診察する。その手際の良さは、見事と言わざるを得ない。

 

「ふむ……これだと後三日で完治じゃな。いいかぇ? もう若くないんじゃから無理するんじゃないよ?」

 

「良かった……トゥスクルさん、ばっちゃんの怪我を治療してくれてありがとうございます!」

 

「ほほほ、ワシは大したことはしておらぬよ。飛鳥ちゃんはお婆ちゃん想いのええ子じゃな」

 

 トゥスクル殿は飛鳥殿に微笑みかけると、再び小百合殿に向き直った。

 

「ええかぇ? 後三日は安静にしとるんじゃぞ、これ以上飛鳥ちゃんに心配させたらただじゃおかないからねぇ」

 

「……言われずとも判っておる。昔からトゥスクルは口うるさいのぅ」

 

「どの口が言うんだい。大体小百合は昔から――」

 

 それから二人の老人による小言が始まった。此処にいつまでもいると火の粉が飛んできそうなので、某と飛鳥殿は医務室から出ることにした。

 

「まあ、小百合殿が元気そうで何よりだ。トゥスクル殿には感謝せねばな」

 

「私も安心しました! 今度トゥスクルさんの所に行く時はお礼の品を持って行こうと思います」

 

 それからしばらく無言で廊下を歩く。先に口を開いたのは飛鳥殿だった。

 

「……私、何も出来ませんでした」

 

 声が震え、双眸の目には涙を浮かべている。あの時の戦を思い出したのであろう。飛鳥殿の悔しさが伝わってくる。

 

「ばっちゃんが戦っているのに、私は見ていることしか出来ませんでした……これじゃあ半蔵学院のリーダー失格だよ……」

 

「飛鳥殿……」

 

 すると顔を俯かせていた飛鳥殿は涙を拭いて、こちらに目線を向けた。

 

「私、もっともっと強くなります! 妖魔から皆を護れるような忍になりたいです! だから……これからも私達に稽古をつけてくれますか?」

 

「ああ、飛鳥殿なら一人前の忍になれる。某にできる事があれば遠慮なく言って欲しい。某で良ければ力になろう」

 

「は、はい! ありがとうございます!」

 

 飛鳥殿と握手を交わす。忍を強くする前に自分もより強くならねば。

 

「おやおや、随分と見せつけてくれるじゃないか」

 

 声のした方へ振り向く。今は慣れたが、その声の主は某のかつての友の声に似ているので最初は少し動揺したものだ。

 

「き、霧夜先生!? こ、これは違うんです!///」

 

 飛鳥殿は手をパッと離し、手をバタつかせており、顔が見る見るうちに赤くなっている。

 

「ははは、これは教師として応援してやるべきか?」

 

「霧夜先生……」

 

「霧夜殿、飛鳥殿とは貴殿が思っているような関係ではありませぬ。それに某のような男では飛鳥殿とは釣り合わぬよ」

 

 流石に可哀想になってきたので助け舟を出すことにした。

 

「そこまではっきり言われると何も言えないな……」

 

「あはは……雪泉ちゃんの気持ちが判った気がする……」

 

「まあ、いいさ。俺は忍学生達に稽古をつけてくるとするよ、じゃあな」

 

 そう言うと、霧夜殿は去ってしまった。

 

「……霧夜殿、か」

 

 

 

 その日の夜。

 執務が終わり、縁側で月を眺めながら酒を呷っていた。満月ではないのは残念だが綺麗で美しい月である事に変わりはない。

 

「なあ、隣いいか?」

 

 声をかけられた方へ向く。するとそこには一升瓶を持った霧夜殿の姿があった。

 

「ちょうどお前のとこに行こうとしてたんだ。一緒に飲まないか」

 

「ああ、某も一人で飲むのは味気ないと思っていたところだ」

 

「ふっ、そうこないとな」

 

 霧夜殿は某の隣に座り、こちらの盃に酒を注ぐ。

 

「霧夜殿も」

 

「おっと、すまんな」

 

 今度は某が霧夜殿の盃に酒を注いでいく。すると一気に霧夜殿は盃を呷った。

 

「ぷはぁ、ところでマロロの事なんだが……」

 

「マロロ? マロロが何か」

 

「おお、霧夜殿、ここに居たでおじゃるか。それにオシュトル殿も」

 

「げ…噂をすれば……」

 

 心なしか霧夜殿の顔が引きつっているような気がするが気のせいだろう。某はマロロも誘うことにした。今宵は賑やかになりそうだ。

 

「マロロか、其方も付き合わぬか?」

 

「にょほ! マロも仲間に入って良いのでおじゃるか! もちろんマロもお供させていただくでおじゃるよ!」

 

 マロロは小気味よい返事とともにイソイソと霧夜殿の隣に座った。どうやら霧夜殿はマロロに懐かれてしまったらしい。

 

「なんでそこに座るんだ……」

 

「霧夜殿はマロの恩人でおじゃるからして♪ お酌をするでおじゃるよ」

 

(ふっ、なんだかあの頃を思い出すな)

 

 この世に来てしばらく経つが、友と過ごした日々を某は一度たりとも忘れてなどいなかった。叶うのであれば……もう一度ハクやミカヅチ達と馬鹿騒ぎをしたいものだ。満月を眺め、某は思い耽っていた。

 

(いや、これ以上は贅沢というものか。)

 

 雪泉や飛鳥殿らとの新しい出会い――それに、ネコネやマロロとも再び会うことができた。もし神様というものがいるのなら、礼を言わねばならない。これはネコネから聞いた話なのだが、ハクは――

 

「おい…あまりくっつかないでくれよ……」

 

「そんな邪険にしないで欲しいでおじゃるよ霧夜殿〜」

 

 見ると、酔っているマロロが霧夜殿に引っ付いていた。とても仲が良さそうで何よりである。

 

「オシュトル、お前も笑って見てないでどうにかしてくれ……」

 

「はて、某には仲が良さそうに見えるが?」

 

「にょほ! いや〜嬉しいでおじゃるな〜」

 

「何処をどう見たらそう見える……お前さては面白がってるだろ」

 

「? 違うのか?」

 

「お前って、堅物そうに見えて意外と天然なところがあるよな……」

 

(堅苦しい男とは言われた事があるが『天然』と言われたのは初めてかもしれぬ)

 

 こうして、男達の夜は更けていった。

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

「揃ったみたいだね」

 

 夜、時計の針が十一時を過ぎた頃。

 四季が月閃の選抜メンバーを自分の部屋に呼び出していた。何やらその表情は、いつにも増して真剣味を帯びていた。

 

「四季さん、こんな夜遅くに一体どうしたのですか?」

 

「まったくだ。漫画を描いていた最中だったというのに……我達に何の用だ?」

 

「うぅ……ねむいよ……」

 

 美野里はごしごしと手で瞼を擦り、夢の世界に行ったり来たりしている。美野里にとってこの時間帯はもう寝る時間なのだ。

 そんな美野里に夜桜は自分の膝をポンポンと叩くと、優しい声で言った。

 

「美野里、こっちにおいで」

 

 夜桜がそう言うと、美野里は彼女の膝の上に頭を置きそのまま『すぅすぅ』と寝息を立てる。

 

「うーん、流石に美野里ちんも呼んだのは無理があったかな……」

 

「わしが後で部屋まで運びますから安心してください。ところで四季、話というのはなんじゃ?」

 

 すると、四季は思い出したかのように言った。

 

「そうだった! 皆に集まってもらったのはね、オシュトルちんの事なんだけどさ」

 

「オシュトル様の事……ですか?」

 

「うん。皆はさ、オシュトルちんのタイプの女性ってどんなのか知ってる?」

 

 四季のその言葉に雪泉達はピクリと反応する。オシュトルの好みの女性――それは、彼を想う忍達誰もが知りたい事だ。

 

「し、知っているのですか!!」

 

「わわっ!?」

 

 雪泉が四季に勢いよくにじり寄る。そんな雪泉に夜桜はなだめるように言った。

 

「雪泉、落ち着いてください……四季が困ってるじゃろ……」

 

「うむ、らしくないぞ」

 

「……すみません、四季さん」

 

 そういうと雪泉は四季から離れ、元の位置に座った。

 

「えっとね? 実はあたしも知らなくてさ……知ってたら教えて欲しいなーと思ってて……」

 

「つまり、四季もオシュトルさんの好みは知らないと?」

 

「うん……紛らわしいこと言ってごめん……」

 

「オシュトル殿の好きな女性のタイプか。我も気になるな」

 

 しばらく沈黙の時間が続く。先に口を開いたのは雪泉だった。

 

「やっぱり……可愛い女の子でしょうか?」

 

「オシュトルちんも男の人だし、スタイルの良い人じゃないかな?」

 

「オシュトル殿はスタイルで決めるような男ではないと思うが……夜桜はどう思う?」

 

「わ、わしにも振るんですかっ? ……そうですね、肝っ玉が太い人とか」

 

 再び沈黙の時間が訪れる。すると、四季は何故か落ち着いた口調で言った。

 

「……みんな、ちょっと待って」

 

「四季さん、どうしたんですか?」

 

「最近、オシュトルちんと霧夜先生が仲良いなぁって思ってて」

 

「……何が言いたい?」

 

「オシュトルちんって……男色だったりす――」

 

 ダンッ――

 その時、雪泉がとても怖い形相で再び四季に迫った。

 

「四季さん! いい加減な事を言わないでください! オシュトル様がそんな……絶対に有り得ません!!」

 

「雪泉の言うとおりじゃ! いくら四季でも言って良い事と悪い事があります!」

 

「……四季、とうとうそのような戯言を抜かすようになったか」

 

 美野里が膝の上で寝ているので夜桜は動いていないものの、声を上げて怒っている。叢は般若の面をしているので、どんな表情をしているか判らないが不機嫌になっているのは間違いない。

 これだけ騒いでいるにもかかわらず、美野里は起きていない。

 

「むにゃむにゃ……おにい…ちゃん……」

 

 美野里が幸せそうに寝ているなか、四季は三人に謝っていた。

 

「ご、ごめん、冗談だってば! そうだよね! オシュトルちんに限ってそんなことあるはずないよねっ!」

 

 この空気をなんとかするべく、四季は咳払いをし話を変えることにした。

 

「んんっ! それにしても改めてオシュトルちんってカッコいいと思わない? イケメンの上に性格良しで強いって反則っしょ!」

 

「確かに。あの雪泉と夜桜が時々、彼に見惚れている程だからな」

 

「「なっ!///」」

 

 二人の顔が真っ赤になる。どうやら本当の事のようだ。

 すると四季はニヤニヤしながら二人を見る。

 

「まあ、二人がオシュトルちんに見惚れるのは無理ないよ。右目の方にある泣きぼくろとかたまんないよね♪」

 

「しかも月閃(うち)の忍学生達にも人気だ。オシュトル殿が月閃の先生になってくれないかなと話していたのを聞いたことがある」

 

「おお〜! もし先生になったら毎日学校が楽しいじゃん! 雪泉ちんと夜桜ちんもそう思わない?」

 

 四季にそう言われ二人は、オシュトルが自分達の先生になっているところを想像する。

 

「オシュトル様が…私達の先生……」

 

「悪く……いえ、ありと言えばありですね……」

 

「もしオシュトルちんが本当に先生になったらさ、わざと成績を落として二人で個人レッスンとかよくない? 『四季、其方は今日居残りで某と特訓だ』とかさ! きゃっ///」

 

「悪くない……そうだ、我も思いついたのだが――」

 

「わ、わしも思いつきましたよ!」

 

「えっと…私も、その……///」

 

 ガールズトークに華が咲き、オシュトルを想う女の子達は彼の話で持ちきりだった。結局、その話は深夜の三時くらい続き、美野里以外のメンバーが朝の訓練に遅刻してしまったのはまた別の話である。

 

 




カンホルダリってあんな感じで合ってますよね…?
何故ゲンジマルが雪不帰の腹心をしているかもそのうち書きたいですね〜

あと、活動報告にて日常回案の募集を致しますので、このキャラとのこんな話がみたい!というのがあれば是非!(無ければ自分が一生懸命考えます)


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花鳥風月

オシュトルのスペック。紳士、イケメン、強い、優しい、頭良い、家事ができるetc……なんだこの完璧超人は!?(でも女の子の気持ちに鈍感そう)

ロスフラに新しく登場したマツリさん、閃乱カグラに出てもおかしくないくらいの立派なモノを持っておられますね…


 修練場。日も沈みかけ夜に差し掛かった頃、雪泉から稽古をつけて欲しいと頼まれ、二人で鍛錬を行なっていた。今日は休めと言ったのだが、雪泉の真剣な眼差しに負けてしまい、訓練に付き合っている。

 もう三時間は経っただろうか。辺りは暗くなり、すっかり夜になってしまっている。見れば雪泉も息切れをしており、疲れているようだ。

 某は刀を納め、雪泉に呼びかける。

 

「今日はここまでにしよう。其方も明日に備えて早く休むといい」

 

「いえっ! 私はまだ――」

 

「雪泉」

 

「……判りました」

 

 そういうと雪泉も得物である扇子をしまう。

 

「熱心なのは良いことだが、体を壊しては元も子もないからな。無理は禁物だ」

 

「……そうですね、あっ――」

 

「っと……」

 

 雪泉が危うく転びそうになり、寸でのところで彼女の体を支える。やはり、無理をさせていたようだ。この子にもう少し早く休ませなかった自分に憤りを感じる。

 

「雪泉、大丈夫か?」

 

「ハァ、ハァ……は、はい、大丈夫……です」

 

(なんだか様子がおかしい……これは……)

 

 自分の額と雪泉の額に手を添える。思った通り雪泉の額は熱く、体調を崩してしまっている。

 

「わ、私は本当に大丈夫ですからっ! 私の事はお気になさらずオシュトル様は自分の部屋にお戻りになられてください!」

 

「………」

 

「お、オシュトル…さま?」

 

 雪泉の前でしゃがむ。この子を置いて先に戻るのは流石に寝覚めが悪い。

 

「某の背におぶさるといい、部屋まで運ぼう」

 

「え――ええっ!?///」

 

「其方がこうなってしまったのは某の責任でもあるのでな」

 

「で、ですが///」

 

「それとも、某の背になど乗りたくないか?」

 

「そんな事ありません! むしろ、その……」

 

 何故か顔を赤くしてモジモジとしている。熱が上がってしまったのか、それとも厠にでも行きたいのだろうか。

 

「……では、お願いします///」

 

 ようやく決心がついたのか、雪泉は某の背に身を預ける。その際に背中に柔らかい感触がしたが気にしない事にした。

 

「あの、重く…ありませんか?」

 

「いや、むしろ軽いくらいだ」

 

(女子というのは自分の体重に神経質なのだな)

 

 ここで『もしや太ったのか?』と聞くと、しばらく口を聞いてくれなくなりそうになるので言わないことにした。口は災いの元とはよく言ったものだ。

 

「なんだか子どもの頃の事を思い出します。おじい様にもこうしておんぶしてくれました」

 

 雪泉はそう言いながら、頭を某の背に預ける。

 雪泉の祖父君、伝説の善忍と呼ばれた黒影殿は、忍務で両親を喪った雪泉や美野里達を引き取り、様々な忍の知識や業を教えたそうだ。以前、四季に写真を見せてもらったことがあるが、とても優しそうな御仁だった。しかし病で亡くなり、今は故人だという。

 

「オシュトル様」

 

「ん?」

 

「貴方には色々な事を教わってばかりで……何か恩を返せたら良いのですが……」

 

 雪泉のその言葉にウコンの口調で返す。

 

「はは、何言ってんだ? 恩を返すのは俺の方さ。ネェちゃんには返しても返し切れねえ恩があるからな。お前さんや皆のおかげで毎日が楽しいぜ」

 

「オシュトル様……」

 

「まあ、戦が無ければの話だけどよ。平和を取り戻すためにも妖魔との戦、必ず勝つぞ」

 

「は、はい!」

 

 

 そして色々と話しているうちに、城の中に戻り雪泉の部屋まで辿りつく。某は雪泉を背から下ろし、布団に寝かせた。雪泉は術で氷が出せるので、彼女の額を冷やすための氷を持ってくる手間が省けたとかもちろん思っていない。

 

「とにかく、三日間は安静にしているといい。無理をさせて悪化してしまったら困るのでな」

 

「……すみません、オシュトル様」

 

「気にする事はない。しばらく安静にしていたらすぐに治る――」

 

 ぐぅ〜

 可愛らしい音が部屋に響く。それは雪泉の腹の虫が鳴る音だった。さっきまで体を動かしていたので体調が悪くとも腹が空くのは当然だろう。

 

「!?///」

 

「ふっ、ふふふ……」

 

 笑いを堪えようとするが耐えられない。そんな某に見て雪泉は顔を真っ赤にさせて腹を押さえている。

 

「わ、笑わないでください!///」

 

「ふふ…すまぬ、あまりにも可愛らしい音だったのでな」

 

「うぅ……///」

 

「思えば昼から何も食していなかったな。食堂は……流石に今は誰もおらぬか」

 

 もしいたとしてもこの状態の雪泉を連れて行くわけにはいかない。となれば、残る選択肢は一つ。

 

「仕方がない、某が厨房で粥でも作ってこよう。雪泉は大人しくここで待っているといい」

 

「で、ですが……貴方に迷惑を……」

 

「いいから」

 

 某は起き上がっている雪泉を半ば強引に寝かせ、布団を被せた。

 

「困った時はお互い様だ。少しの間故、寝て待っててくれ」

 

「あ……」

 

 襖を開けて雪泉の部屋から出る。さて、あの子が美味しいと言うような粥を作るとしよう。

 

 ようやく出来たので粥を入れた小さな鍋を盆に乗せて雪泉の部屋まで持っていく。卵がたくさんあったのでせっかくだと思い、卵粥にしてみた。粥なので不味いということはない――と思う。

 

「雪泉、入るぞ」

 

「ど、どうぞ」

 

 許可を得て、襖を開けて部屋に入る。鍋の乗った盆を雪泉の前に置いた。

 

「美味しそうです……」

 

「雪泉の口に合うかどうかは判らぬが、このような物で良ければ食べて欲しい。其方のために作ったのだからな」

 

「オシュトル様が私のために……///」

 

「雪泉?」

 

「い、いえ…それではいただきます」

 

 匙を手に取り、粥を口に運ぼうとした雪泉に某は言った。

 

「ああ、出来立て故に少し冷ましてからの方が――」

 

「……ッ〜〜〜!」

 

(遅かったか……)

 

 余程熱かったのだろう……見れば口元を手で押さえて悶えていた。先に言わなかった自分が悪かったという罪悪感を感じている反面、彼女のこのような光景を見れて面白いと思っている自分がいる――と口に出さず内心で思うだけにすることにした。

 

「だ、大丈夫か?」

 

 すると、雪泉は涙目で応えた。

 

「ひゃい……だいひょーぶれふ……」

 

「すまぬ……先に気をつけろと注意しておくべきだったか」

 

「うぅ〜……」

 

 

 湯気がおさまり、粥が冷めたのを確認すると、雪泉は今度こそ粥を口に運んだ。上手く出来ていると良いのだが……

 

「ん……なんだか優しい味がします」

 

「優しい味?」

 

「はい、どう言ったら良いのでしょうか……まるでお母様が作ってくださったような……そんなお味です」

 

 そう言いながら、雪泉はこちらに微笑む。早くに母親を亡くした雪泉にとっては懐かしい味だったのだろうか。

 某も父上が亡くなった時は悲しんだが、まだ母上やネコネがいる某は幸せな方なのかもしれない。出来るならば……某はこの子の支えになってやりたい――

 

 そのような事を思い耽っていると、雪泉に話しかけられた。

 

「あのう、オシュトル様はもうお召し上がりになられたのですか?」

 

「晩飯の事か? それならまだだが」

 

「えっ! で、では…私だけこんな……」

 

「気にしなくとも後で握り飯でもして食べるので問題ない。それより、早く食わぬと冷たくなってしまうぞ?」

 

 そう言って、雪泉にこちらの事は気にするなと微笑みかける。この子は優しいのでこうでもしないと納得しないだろう。某には判る。

 

 雪泉は某の作った粥を残すことなく食べてくれた。こちらからしたら作った甲斐があったというものだ。

 

「ご馳走様でした」

 

「空になった鍋は某が洗ってこよう。雪泉はもう寝るといい」

 

「ありがとうございます……いつか必ずお礼を致します」

 

「気にするな、某にとって其方が元気でいてくれる事こそが何よりの礼だ」

 

 部屋から出ようと襖に手をかけたその時、後ろから雪泉に声をかけられた。

 

「……あの、オシュトル様」

 

「何か?」

 

「い、いえ、なんでもないです……おやすみなさい」

 

「ああ、おやすみ。明日はゆっくりと休むのだぞ」

 

 そう言って雪泉の部屋から出る。

 今日はもう遅いので雪泉が熱を出したことをネコネや夜桜達には明日の朝に伝えるとしよう。彼女には早く良くなってもらいたいものだ。

 

 

 

 そして翌日。

 皆に雪泉のことを伝え、訓練は早めに切り上げた。特に四季達月閃の選抜者が彼女のことを心配しており、訓練どころではなかったからだ。某もネコネを伴い、雪泉を見舞うことにした。

 

「兄さま、雪泉姉さまは本当に大したことないのです?」

 

「ああ、安静にしていればすぐに治るだろう。雪泉次第であろうな」

 

「良かったのです……雪泉姉さまには早くよくなって欲しいです」

 

「某も同じだ。ところでそれは見舞いの品か?」

 

 ネコネの持っているそれは包み紙がしてある四角い箱だった。おそらく菓子か何かだろう。

 

「はいです。雪泉姉さまは餡が好きなのでおはぎを持ってきたのです」

 

「ふむ、見舞いの品か。某も今からでも持っていくべきか……」

 

「いえ、雪泉姉さまは兄さまが来てくれるだけで嬉しいと思うですよ? こういうのは気持ちが大事ですから」

 

 ネコネと話しているうちに雪泉の部屋の前まで辿り着く。ネコネはさっそく襖を開けた。

 

「失礼しますで……あっ」

 

「雪泉、具合の方はどう……ッ!?」

 

「あ! お兄ちゃんとネコネちゃんも来たんだ!」

 

 部屋に入った瞬間、目に入ったのは夜桜に体を拭いてもらっている上半身下着姿の雪泉だった。雪泉はこちらに気付くと、胸を両腕で隠しながら徐々に顔を真っ赤にさせていた。

 

「……え? あ…あぁ……///」

 

「オ、オシュトルちん! 見ちゃダメぇぇぇぇ!!」

 

 既に雪泉の部屋に来ていた四季に目元を手で覆い隠される。見事に何も見えない。

 夜桜が雪泉の体を拭き終わった後、四季の目隠しから解放された。雪泉の両隣には美野里と夜桜がいたため、某とネコネは正面に座った。雪泉は顔を赤くしており、某と目を合わせようとしない。逆に夜桜と四季に至ってはこちらを刺すような目付きで見ている。

 

「その、なんだ……すまなかった」

 

「雪泉姉さま……確認もせずにごめんなさいです……」

 

「……ふふ、気にしないでください。私はもう気にしてませんから」

 

「オシュトルさん? 女の子の部屋を訪ねる時はちゃんと確認してからにしてくださいね?」

 

「夜桜ちんの言う通りだよ。でも、今回は雪泉ちんに免じて特別にお咎め無しにしてあげる」

 

 扉を開けたのは某ではなくネコネだが、二人の言っている事は最もなので深く反省する事にした。

 

「……かたじけない、次からは気をつけるとしよう」

 

「あの……これお見舞いの品なのです。良かったら後で召し上がってくださいです」

 

 ネコネはスッとおはぎの入った箱を差し出す。すると、雪泉は嬉しそうにそれを受け取った。

 

「熱と言っても大したことではありませんのに……ですが、ありがとうございます」

 

「ねえねえ、お兄ちゃんは何か持ってきてないのー?」

 

「こら! 美野里!」

 

 美野里が期待した目でこちらを見ている。さっきネコネは気持ちだけで十分と言ってくれたが、見舞いの品を持って来なかったことに少し後悔した。別の日に持ってこようと思ってもその時には治っているだろう。

 

「生憎だが……やはり何か持ってくるべきだったか?」

 

「い、いえ! そこまでしなくても大丈夫ですから! それに……昨日は色々としてくれたではありませんか///」

 

「聞いたよオシュトルちん、昨日は雪泉ちんにお粥作ってあげたそうじゃん?」

 

「ああ、食堂には誰もいなかったのでな。某が作るしかなかろう」

 

「それでしたらわしに言ってくださってもよろしかったのに」

 

「夜遅くに夜桜を呼び出すのもな。いつも掃除や洗濯をしてくれている分、其方に負担はかけさせぬよ。これでも夜桜には感謝している」

 

「……///」

 

「あれ? 夜桜ちゃん、ほっぺたが赤くなってるけどどうしたの?」

 

「な、なな何言っとるんじゃ!? わしはいつも通りじゃぞ!///」

 

「あはは、そりゃオシュトルちんにそう言われちゃったら照れるよね〜」

 

「………」

 

 何やら冷たい視線を感じ、振り向いてみるとネコネがこちらにジトっとした目線を向けていた。

 

「……どうかしたか?」

 

 すると、ネコネはこちらにしか聞こえないような声で呟いた。

 

「……私の本当の兄さまが、知らない間に女たらしの真似事をするようになっていたです」

 

「ネ、ネコネ?」

 

「邪魔をする」

 

「失礼するわ」

 

 ネコネにどういった反応をしようかと思ったその時、叢と未来殿が部屋に入ってきており、叢の手には漫画の本があった。

 

「未来と協力して漫画を描いた。暇な時に読むがいい」

 

「あたし達の自信作なんだから! 絶対に面白いわよ!」

 

 叢は雪泉に漫画を渡す。叢はともかく、未来殿まで見舞いにくるとは意外だ。

 

「叢さん、未来さん、ありがとうございます」

 

 すると、再び足音が聞こえ、振り返ってみると飛鳥殿ら半蔵の者達が入ってきていた。

 

「雪泉ちゃん大丈夫? オシュトルさんからは熱だって聞いたけど……」

 

「熱は甘くみたら痛い目に遭うからな。俺も経験したことあるから判る」

 

「雪泉ちゃん、ひばり達にできることがあったら遠慮なく言ってね?」

 

「そうそう! なんなら元気が出るようにアタイがそのたわわで大きなおっぱいを揉んで――」

 

「葛城さん? 病人の雪泉さんにそんな事したら貴女の持っている秘蔵の本を全て没収して斬り捨てますよ?」

 

「なんだってっ!? 頼む!! それだけはやめてくれ〜!」

 

 葛城殿と斑鳩殿のやり取りに思わず皆が笑う。いつの間にか賑やかになっており、雪泉も笑顔になっている。

 

「ちょいと邪魔するぜ」

 

「お邪魔するっす!」

 

「失礼するわ」

 

「なんだオシュトルや飛鳥達も来てたのか」

 

 そこには巫神楽三姉妹と焔紅蓮隊の皆がいた。

 

「お? 結構盛り上がってんじゃねえか。こういうの嫌いじゃないぜ?」

 

「うちもっす! なんだかんだで皆も雪泉先輩の事が心配なんすね〜」

 

「私は別に心配じゃないけど……お姉ちゃん達が一緒に行こうって言うから来ただけだから……」

 

「華風流さん嘘はよくないで? さっきまでそわそわしとったやないか」

 

「う、うるさい!!」

 

「雪泉ちゃん、トゥスクル様から薬をもらってきたわ。これでより早く治るわよ」

 

「ありがとうございます、春花さん。トゥスクル様にも後でお礼を言わないといけませんね」

 

 春花殿が、雪泉に薬の入った瓶を渡す。見る限り、いつもの春花殿が作る怪しげな薬ではないようだ。トゥスクル殿からもらってきたのは本当だろう。

 

「雪泉さん、私は栽培していた採れたてのもやしを持ってきましたわ。体調の悪い時はもやしを食べると元気になりますわ!」

 

 そう言って、詠はもやしの入った籠を雪泉に手渡した。例え見舞いの品だろうと、もやしを推すのは実に彼女らしい。

 

「あ、ありがとうございます……」

 

「早く元気になってくださいね。でないと、私が抜け駆けしてしまいますよ?」

 

 詠はチラリとこちらを見る。抜け駆けとは一体どういう意味だろうか。すると、雪泉は一転し詠を睨みつけていた。

 

「……絶対にそんな事はさせません」

 

「ふふっ♪」

 

 目と目が合っている雪泉と詠の視線がバチバチと鳴っているような……そんな気がした。

 

 それから三日後、雪泉は体調を取り戻し、訓練にも出られるようになった――のはいいのだが、雪泉と詠の二人が稽古をしているのを見ると『試合』ではなく『死合い』を感じさせるのは某の気のせいだと思いたい。

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

「……本当にこのままで良いのかしら」

 

 異界にある城の広い廊下で一人の少女が考え事をしていた。その少女は人形のように可憐な容姿をしており、その辺の雪不帰の配下とは違う雰囲気を纏っている。

 

「月光、こんな所にいたのか」

 

「閃光……」

 

 そこへ、また先ほどの少女と似たような容姿の女の子が現れた。どうやら二人は双子のようである。

 

「ねえ閃光、ちょっと訊いてもいい?」

 

「ん? なんだ?」

 

「雪不帰様の全ての忍を滅ぼすという考え方、あなたはどう思う?」

 

「それは……」

 

 月光の問いに閃光は思わず黙ってしまう。雪不帰の目的、それは『この世にいる忍を抹殺すること』だ。それを忍である自分達が加担している……まさに同胞を裏切っているようなもの。しかし、雪不帰の側についているのは理由があった。

 

「留学先で私達は雪不帰様に命を救われた。この恩は返さないといけない……」

 

「それは判っているわ。判ってるけど…でも……」

 

「二人とも、そこで何をしている」

 

 閃光と月光の前に現れたのは、ゲンジマルだった。

 

「お祖父様……」

 

「……いつ戻られたのですか?」

 

「今しがた着いたところだ。それより閃光、月光、何かあったのではないのか?」

 

 ゲンジマルにそう言われ、月光は神妙な面持ちで問いかけた。

 

「先程閃光とも話していましたが、お祖父様は……雪不帰様のお考えにどうお思いですか?」

 

「………」

 

 月光はさらに言葉を続ける。

 

「思えば、お祖父様は出陣しても誰一人忍を殺めておりません。それは……どうしてですか?」

 

「………」

 

「おいおい、お前がそんな事を訊ける立場かよ?」

 

 ゲンジマルに質問を繰り返している月光の前にヒエンが現れる。どうやらヒエンも仕事から戻ったようだ。

 

「そもそも大老がこんなこと(・・・・・)をやっているのはお前らのせいだろうが。お前らが妖魔の群れなんかにヘマしやがったからよぉ」

 

「「――ッ」」

 

「ハハッ! 図星を突かれて黙っちまいやがったぜ。まあ、俺は強い奴と死合えればそれでいいけどな!」

 

「ヒエン、その辺にしておけ」

 

 ゲンジマルのその一言でヒエンはさっきまでとは違い、大人しくなる。一瞬苛立ちを覚えたヒエンだったが、それでも祖父であり師でもあるゲンジマルの事は尊敬しているため、渋々と引き下がった。

 

「……チッ、大老は相変わらずこいつらには甘い」

 

 そう言って、ヒエンは閃光と月光を睨めつけるとその場から去ってしまった。どうやら兄妹仲はあまり良く無いようだ。

 

「……確かに、ヒエン兄様の言う通り私達のせいだ」

 

「あの、お祖父様……」

 

「某が雪不帰様に仕えるようになったのは自分自身で決めたことだ。其方達は関係ない」

 

「うぅぅ…お祖父様……ごめん、なさい……」

 

 月光は涙を溢しながらゲンジマルの胸板に飛びつく。ゲンジマルは月光の頭をそっと優しく撫でた。その様子を見ていた閃光も目頭が熱くなっていた。

 

「っく……」

 

「閃光、お前にも辛い思いをさせたな……」

 

「お、じい、さま……っ」

 

 いつもは感情を表に出さない閃光も思わず涙を流し、ゲンジマルに抱きつく。今まで抑え込んでいだ感情が爆発したのだろう……しばらくの間、ゲンジマルはそんな二人を泣き止むまで抱きしめたのだった。

 

 




まず謝罪を。あの双子はウルサラ枠にします!と言っておきながら路線を変更しまい申し訳ないです……ゲンジマルの孫という設定にしました。


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ひと夏の出来事 前編

今回は夏らしい話を書いてみました!
それはそうとシノマスで雪不帰様の水着が登場しましたが……あれ、えちえちすぎません?


 夜。自室にて。

 今日の分の執務も終わり、そろそろ寝ようかと思った時だった。

 

「兄さま、入ってもよろしいです?」

 

「ネコネか。入るといい」

 

「失礼するです」

 

 ネコネは部屋に入ると、おずおずとこちらに近づいた。何やら足をソワソワと動かしている。

 

「ネコネがこの時間帯に来るとは珍しい。某に用でもあるのか?」

 

「その……お願いがあるのです」

 

 どこか遠慮しがちのネコネに某は言うように促した。

 

「遠慮せずともよい。申してみよ」

 

「い、一緒に……」

 

「一緒に?」

 

「お、お手洗いに来て欲しいのです……///」

 

 

 ネコネが某の部屋を訪ねてきた理由はこうだ。さっきまで雪泉達と集まって怪談話をしていたという。特に雪泉の話が一番怖かったらしく、それで一人で厠に行くのが怖くなってしまったという事だろう。成長して大人っぽくなっていたと思っていたが、まだまだ怖がりなのは変わっていないらしい。

 

「ううぅぅ……」

 

(それにしても、部屋を出てからぴったりとくっついているな。それ程怖かったのか?)

 

「ネコネ――」

 

 ギシ、ミシッ――

 数歩歩くと廊下の床の軋む音がした。すると、ネコネは体をビクンと跳ね、悲鳴を上げてこちらに思いっきりしがみついた。

 

「ひゃうぅっ!!」

 

「っと……怖がる事はない、ただの床が軋んだ音だ」

 

「……へ?」

 

「あら、オシュトル様。それにネコネさんも」

 

「ひぃぃぃ…っ!」

 

 ネコネがさらに強くしがみついてくる。後ろを振り返ってみると、詠と未来殿が立っていた。

 

「なんか悲鳴が聴こえたと思ったらネコネだったのね……」

 

「ふふ、ごめんなさい。脅かしたつもりは無かったのですが」

 

「び、びっくりしたのです……」

 

「二人とも、このような時間に一体どうしたのだ?」

 

 すると、詠はいつもの笑顔をしながら応えた。

 

「実はさっき、未来さんに起こされまして。一緒にお手洗いに来て欲しいと――」

 

「ちょっと詠お姉ちゃん!? わーわーわーわー!!!」

 

 未来殿が顔を赤くしながら詠の言葉を遮ろうとするが、最後の方までこちらには聞こえてしまったので意味が無い。未来殿はネコネより年上らしいが、どうやら見た目通りのようだ。

 

「そこ! 生暖かい目で見ない!」

 

「む? 某はそのような目をしているか?」

 

「してる! しかも仮面をしていないから尚更判るわ!」

 

 そう未来殿に指摘され、指をビシッと差される。某は一体どういう目をしていたのだろうか。

 

「あれ? こんな所で皆集まってどうかしたの?」

 

「なんだか不思議な組み合わせだな。密会でもしてるのか?」

 

 そこへ、また人が現れる。声の主は雲雀殿と柳生殿だった。

 

「あら、柳生さんと雲雀さんではないですか。もしかして貴女達もお手洗いですの?」

 

「えっ! 詠ちゃんなんで判ったの!? もしかして超能力者!?」

 

「そんなわけないだろ。『も』って事はお前達もそうなのか?」

 

「ま、まあ、そんなところよ」

 

「そうか、実は俺も雲雀に起こされてな。お手洗いについて来て欲しいと言われた」

 

「や、柳生ちゃん! バラしちゃだめぇ〜!」

 

 先程まで静かだった廊下が一気に賑やかになる。やはり、忍の子達は個性的で一緒に居て退屈しない。これならネコネも怖がることはないだろう。某はチラリとネコネの方を見る。

 

「兄さま……そろそろ、限界なのです……」

 

「む……では、早く行くとしよう」

 

 

「それで焔ちゃんが――」

 

「ほう、そのような事があったのか」

 

「やれやれ、アイツと言えばアイツらしいな」

 

 早足で目的地まで辿り着き、早速向かったネコネ達を待ちながら詠と柳生殿とで他愛のない話をしていると、華毘と華風流が手巾(ハンカチ)で手を拭きながら中から出てきた。

 

「お? 皆さん偶然っすね!」

 

「詠と柳生はともかく、どうしてオシュトルがいるのよ?」

 

「ああ、それは――」

 

(いや待て、ここで華風流に本当の事を言えばネコネと喧嘩になる可能性がある……妹の名誉のためにも話を逸らすべきか)

 

 そうこう考えているうちに、詠がちょうど良く華風流達に話しかけてくれていた。

 

「そう言えば、蓮華さんは一緒ではないのですか?」

 

「蓮華お姉ちゃんなら寝てるっすよ。華風流ちゃんが起こそうとしたらしいっすけど、起きなかったからうちにまわって来たってわけっす」

 

「は、華毘お姉ちゃん! それは言わないって約束だったでしょ!!」

 

(ふむ、巫神楽と言ってもやはり女の子なのだな)

 

 しみじみとそのような事を思っていると、華風流がこちらを睨んでいた。なんだこの既視感は……

 

「オシュトル……今心の中で私の事バカにしてたでしょ?」

 

「別に馬鹿になどしておらぬよ。其方はいつも考えすぎだ」

 

「……ふん」

 

「兄さま、お待たせしたので……」

 

「「あ」」

 

 恐れていたこと……ネコネと華風流が鉢合わせてしまった。二人が顔を合わせると高確率で言い合いになるので、なんとかせねばなるまい……それは詠達も思っていることだろう。

 

「柳生ちゃん、待たせてごめ〜ん……あれ? 華毘ちゃんに華風流ちゃん?」

 

「貴女達も来てたのね」

 

「ちっす! 雲雀ちゃんに未来ちゃん……って、今はそれどころじゃないっすよ!」

 

(これは……不味いな)

 

「どうしてオシュトルがいるのかと思ったけど判ったわ。どうせあんたが『お兄ちゃん来て〜』って言ったんでしょ。まあでも、見た目も精神年齢もお子ちゃまだから仕方ないわね。はい、論破」

 

「……ふぅ〜」

 

 ネコネは華風流の言葉にカチンと来ているようだったが、なんとか自分を落ち着かせている。

 

「未来さんに教わったです。これはブーメランと言うやつですね? 人の事をよく言えたものなのです。華風流は自分の事を棚に上げる天才だったのですね♪」

 

「あはは――ぶっ飛ばしてあげるわ」

 

「それはこっちの台詞なのですっ、華風流なんてけちょんけちょんにしてやるのです!」

 

「そこまでだ」

 

 ネコネと華風流の間に割って入る。そろそろ止めないと城の中が大変な事になるだろうからな。

 

「華風流ちゃん、落ち着いて欲しいっす。そりゃ、喧嘩するほど仲が良いとは言うっすけど――」

 

「「良くない(のです)!!」」

 

 二人は息ぴったりに華毘に言い放った。流石の華毘もネコネと華風流の勢いにたじろいでいるようだ。

 

「ネコネちゃんも華風流ちゃんも喧嘩はダメだよ? 他の子が起きちゃうよ」

 

「雲雀の言う通りだ。俺達はともかく、お前達の声や音で他の忍が起きたらどうするんだ?」

 

「「う……」」

 

 雲雀殿と柳生殿の言う事は最もだと思ったのか、二人はお互いの顔を見て気まずそうにしている。本来なら某が言わなければならない事なのだが……やはり某は甘いな。

 

「まったく……あたし達は今は味方なのよ? 今だけでも仲良くしなさいよ」

 

「ふふっ、私達にとっては既に日常と化していますけど」

 

(思えば、今までネコネには『対等』な友がいなかったな。学徒の時と比べるとネコネは楽しそうにしている)

 

「ふあぁ……そろそろ戻らない? ひばり、もう眠いよ……」

 

 そう言って欠伸をしながら眠そうにしている雲雀殿。確かに今は遅い時間だと思いながらネコネの方を見る。

 

「ネコネ、今日は某と寝るか?」

 

「え、いいのです…?」

 

「そう言えば……皆さんこんな話をご存知でしょうか?」

 

 皆が詠に注目する。詠は皆が自分の方へ向いたのを確認すると、やや暗い雰囲気で話を続けた。

 

「深夜、廊下を歩いているとお化けが追いかけてくるという噂……しかもただ追いかけてくるわけではありません。不気味な呻き声を上げながら人を襲うらしいですの……忍学生の間では有名な話ですわ」

 

「ひぃっ…! よ、詠さん、怪談はもうやめて欲しいのです……!」

 

「そ、そうだよ! ひばりもう十分涼しくなったからいいよ!!」

 

「おい詠、雲雀を怖がらせるんじゃない!」

 

「詠お姉ちゃん! 何も今話さなくても良いじゃない!」

 

「そ、それって……お化けってやつっすか?」

 

「ふ、ふん! お化けなんか迷信よ迷信! バカバカしいったらないわ!」

 

 詠の話に怖がっている(?)女性陣。こう言った話は眉唾物がほとんどなのだが、果たしてどうなのだろうか。

 

「うふふ♪ まあ、所詮は噂話ですわ。もし本当なら今頃私達も――」

 

 ガタンッ――

 

『うあ''〜〜〜〜……』

 

 その時、廊下の奥の方から不気味な声が聴こえてきた。皆にも聴こえたようで、華風流に至っては何故かこちらに視線を向けていた。

 

「ちょっとオシュトル! 突然変な声出さないでよ!」

 

「む? いや、某ではないが」

 

「え? ということは……」

 

「「「…………」」」

 

 皆が静まり、先程声の聞こえた暗闇の方へと目を向ける。さらには足音がだんだんとこちらに近づいているような気がする。

 

 ギシ、ミシッ――ドドドッ

 その時、馬の被り物をした者が某達の方に一直線に走ってきた。

 

(あれは、もしや……)

 

「た、助けて欲しいでおじゃるぅぅぅぅ!!」

 

「「「きゃあああああああああああっ!!!」」」

 

 

 あの後、女性陣にお化けと思われた者はマロロだということが判った。マロロは余程酔っていたのか厠に行く途中に壁にぶつかり、馬の顔をした飾り物が頭上から落ちてきたという。あとは知っての通りだ。

 その次の日、マロロはネコネと華風流に一方的に無視されることになるのだが、それはまた別の話である。

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

「あっつ〜〜〜〜い!!」

 

 昼下がり。

 午前の訓練を終えての休憩中のことだった。四季はとうとうこの夏の暑さに限界が来たようで愚痴をこぼし始めた。

 

「てかさ、この暑さの中で訓練やってたらマジで熱中症になるって……」

 

「午後からはもっと暑くなるのです。具合が悪くならないように水分補給をこまめにするですよ」

 

 ネコネはそういうと、水の入った水筒を四季に渡した。

 

「用意周到じゃん♪ ありがとネコネちん」

 

「兄さまもどうぞなのです」

 

「ああ、すまぬな」

 

 ネコネから水筒を受け取ると、早速水を飲む。その瞬間、喉が潤うのを感じた。見れば、某の他にもネコネは選抜者達に水筒を配っていた。

 

(本当にネコネは某にはもったいないくらいの出来る妹であるな。兄として誇らしく思う)

 

「あ! そう言えば!」

 

 四季は何かに気がついたかのように言うと、こちらに近寄って来た。

 

「此処っておっきいプールがあったよね! 皆で入ろうよ!」

 

「わあ、みのりもプール入りた〜い!」

 

「ぷうる、とは何だ?」

 

「えっ!? オシュトルちんプール知らないの!? いい? プールって言うのはねえ――」

 

 聞けばプールとは海や川と違い、人為的に溜められた大きい水たまりのようなものだと言う。夏には多くの人が泳ぎに来る人気の場所らしい。そういや、此処に来て初めて視察をしていた時に、何やら広い場所があったがあれはプールだったのか。あの時はまだ水がまだ入っていなかったような気がしたが、今はどうだろう。

 

「四季、そのプールとやらに水は入っているのか?」

 

「ちゃんと確認したけど入ってた! 入るならマジで今だよオシュトルちん!」

 

 そういうと四季はずいっと前のめりになり、こちらに顔を近づける。随分と必死だが、それほど入りたいということだろうか。

 

「なんかプールと聞こえた気がしたが、もしかして入らせてくれるのかい?」

 

「ほ、本当!?」

 

 こちらの会話が聞こえたようで蓮華と飛鳥殿だけでなく、皆もぞろぞろと集まってきた。

 

「プールですって…! そんな贅沢、いけない事ですわ!」

 

「いやいや詠さん、前に皆でリゾートプールに行ったやないか。今更や」

 

「そう言えばあの時入って以来だな。なんだか懐かしいな」

 

「あの時は色々あったわねぇ、色々と…ふふ」

 

「春花様……」

 

 一体何があったのか気になるところだが追及しないでおこう。追及してはならぬ気がする。

 

 

 駄目元で皆がプールに入れるよう、小百合殿に頼んでみるとあっさりと許可を得ることができた。偶には羽を伸ばすのも必要だという事だ。他の忍学生にも休暇を与え、プールに入れるようになったと伝えると早々にプールへと駆け出していった。

 

「では皆も思いっきり楽しんでくるといい」

 

「あの、兄さまは入らないのですか?」

 

「えー! お兄ちゃんも入ろうよー!」

 

「某もそうしたいところなのだが、生憎執務が残っていてな。今日は遠慮しておこう」

 

「執務なんて後でいいじゃん! オシュトルちんはあたし達と執務、どっちが大事なの?」

 

「ぬ……しかしだな……」

 

 某が四季の言葉に立ち往生していると、雪泉が神妙な面持ちをしながら会話に入ってきた。

 

「オシュトル様が入らないと仰るのなら私も入りません。私達だけ楽しんで、オシュトル様に仕事をさせるのは酷ですから」

 

「雪泉、其方……」

 

「私も兄さまが入らないなら入らないのです。それに、書類仕事でしたらこの後お手伝いするのです」

 

(ネコネ……)

 

「……判った。某も一緒に入るとしよう」

 

 某が入らないなら自分も入らないとは。そう言われたら入るしかないではないか。この子らに羽を伸ばさせたいのは某も同じである。

 

(これは……一本取られたな)

 

 

 オシュトルと分かれた後、ネコネ達は更衣室で水着に着替えていた。ちなみにオシュトルはと言うとしばらく経ってから行くとのことだ。

 

「それにしても雪泉ちん、ナイスだったよ。雪泉ちんがああ言ってくれてなかったら、堅物なオシュトルちんは折れなかったね」

 

「確かに。ていうか雪泉ってあたしでも判るくらいオシュトルの事好きすぎるわよね」

 

「なっ…! 未来さんどうして知っているのですか……?」

 

「え…ひょっとして気付かれてないって思ってたの……? 雪泉ってオシュトルと同じで天然なところがあるわね……」

 

「私がオシュトル様と同じ……///」

 

「あの、雪泉さん? どうして嬉しそうなんですの?」

 

「えー! 雪泉先輩ってオシュトルさんのこと好きだったんすか!? うち、全然判らなかったっすよ……」

 

「マジか! こいつは応援してやらねえとな!」

 

 会話を聞いていた華毘と蓮華が何故か驚いている。二人はどうやら気付いてなかったらしい。

 

「………」

 

 話がだんだんと盛り上がっている中、ネコネは自分の胸と雪泉達の胸を交互に見ていた。まわりが大きいせいで自分の胸を気にしているようだ。そこで、ちょうど視界に入った華風流をじぃっと見た。

 

(私も少しずつですが確実に大きくなっているのです……! いずれは華風流より大きくなってやるです!)

 

「ちょっと、何ジロジロ見てんのよ?」

 

「な、なんでもないのです」

 

「言っとくけど、あんたは私に一生勝てないから。諦めて」

 

「うなっ! そんな事ないのです! 私だっていつかは雪泉姉さまみたいに…!」

 

「夢を見るのは勝手だけど、現実は厳しいものよ? 絶対無理。はい、論破」

 

「うぅ〜……」

 

 華風流にそう指摘され、ネコネは思わず涙目になる。そして、そのまま長椅子に座っていた雪泉の胸に顔をうずめた。

 

「ネコネさん? どうかしたのですか?」

 

「聞いてください雪泉姉さま……華風流が、華風流が私をいじめるのです……」

 

「ちょ、ちょっと……!」

 

 それを聞いた雪泉は華風流の方に目線を向け、静かに問いかけた。どうやらネコネの言う事を鵜呑みにしているようだ。雪泉はネコネの事を妹のように思っているので尚更である。

 

「華風流さん、本当ですか?」

 

「ちがっ――もうっ、ネコネ!」

 

 すると、ネコネは雪泉にバレないように華風流の方を向いて、舌を出した。

 

「……(べー)」

 

「……あんた、後で覚えてなさいよ!」

 

 

 残っていた執務を終わらせてから、泳衣に着替えてプールに行くと皆が楽しそうにしていた。

 ちなみにオシュトルではなくウコンの姿で来ている。総大将が水遊びにうつつを抜かしていたなどと言われでもしたら、たまったものではないからだ。

 

「あ! こっちこっちー」

 

「お兄ちゃ〜ん!」

 

 四季達がこちらに気付くと、手を振りながら迎えてくれた。

 

「お? 叢はいつもの面してないのな」

 

「わ、我の顔なんか見ないでください! ウコン殿の目が腐っちゃいますよ!///」

 

 そういうと、叢は顔を手で隠しながらしゃがんでしまった。叢はもう少し自分に自信を持ってもいいと思うのだが……やはり面が無いと恥ずかしがりな性格になるのだな。

 

「てかウコンちんの姿なんだね。てっきりオシュトルちんの方かと思ってたんだけど」

 

「総大将が浮かれているところを見られるわけにはいかねえからな」

 

「別にあたしは気にしないんだけどな〜、それよりオシュ――ウコンちんにお願いがあるんだけど……」

 

 そういうと、四季はこちらの腹辺りをじぃっと見ていた。

 

「んぉ? 俺の腹に何かついてんのか?」

 

「あのね、ウコンちんの腹筋触ってみたいなーって――あ! ダメなら別にいいんだよ?」

 

(腹筋? 最近の女子は判んねえな……俺の腹なんて触れても面白くないだろ……とはいえ)

 

 四季の目を見る。子どものようにキラキラと純粋な目をしており、どうも断れそうにない。

 

「……好きにしな」

 

「やった! それじゃあ早速……」

 

「みのりもみのりも〜!」

 

 ペタペタと四季と美野里が夢中になって某の腹を触っている。四季に至っては二の腕まで触ってくる始末だ。触るだけなら別に構わないのだが……

 

「ウコンちんってやっぱ着痩せするタイプなんだね♪」

 

「すごーい♪ カチカチだぁ〜」

 

 むにゅ、むにゅ――

 

 さっきから柔らかいものが体に当たっている。二人は気にしていないのか、気付いていないのかどちらかだろう。いや、考えるのはよそう。

 何やら後ろから気配を感じ、振り返ってみるとそこには雪泉と夜桜がいた。

 

「……ウコン様、後でお話があります」

 

「随分と嬉しそうですね……破廉恥な」

 

(……なんで俺が責められてるんだ?)

 

 




プールパートが長くなりそうなので二分割にすることにしました。
次はプール前半、なんか夏らしい話後半です!(九月に投稿することになってもお許しください…)


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ひと夏の出来事 後編

今回のロスフラのガチャ更新はネコネ(衣装違い)でしたね〜(ゲンジマルのボイス追加でテンション上がりました)
キウルも配布でいるし後半はオシュトルなのでは!?


 忍達がプールで楽しそうに騒いでいる中、某は雪泉、飛鳥殿、焔殿の三人とで誰が一番早く向こう岸まで泳げるか競争をしていた。手を抜いては失礼だと思ったので全力で泳ぐ事にした。一兵卒の頃に色々な訓練をやってのけたので、勝つ自信はある。

 

「よっしゃあ! 俺が一番だな」

 

「流石は兄さまなのです!」

 

 そして、次々と雪泉達が辿り着く。着いた順番は某、焔殿で雪泉と飛鳥殿はほぼ同着だった。

 

「くぅっ! 飛鳥と雪泉には勝ったが、ウコンに負けてしまったか……私もまだまだだな」

 

「ウコンさんはともかく焔ちゃんに負けちゃったのは悔しいなあ……雪泉ちゃんには僅差で私の勝ちだね!」

 

「ちょっと待ってください飛鳥さん。私の方が少し速かったように思いますが」

 

「ええ〜、そんな事ないよ。私の方が速かったもん!」

 

「いいえ! 私の方が速かったです!」

 

「あ、飛鳥さん、雪泉姉さまも……!」

 

 雪泉と飛鳥殿のやり取りを見兼ね、ネコネが割って入る。普段はネコネが仲裁『される』側なのだが、今回は『する』側にまわっているという珍しい光景だ。

 

「ねえ、ネコネちゃんの目には私と雪泉ちゃんどっちが速かったように見えた?」

 

「え……」

 

「そうですね……審判であるネコネさんに決めてもらいましょうか」

 

「え、えっと……私は……」

 

 ネコネは二人を交互に見ながら葛藤している。某の目からしても本当に同着だったので決めるのは無理があるだろう。二人に迫られ、困っている妹に助け舟を出すことにした。

 

「兄さま……」

 

 ネコネの頭をポンポンと撫でながら、某は言った。

 

「俺からしたら同着だったと思うがな。いいじゃねえか、同着でもよ。なんならもう一回競争するかい? 満足するまで付き合ってやるぜ」

 

「それはいいな。私もウコンに負けてしまったからリベンジしたいと思っていたところだ」

 

 焔殿も合わせてくれている。彼女の場合、素で言っているのかそれとも合わせて言ってくれているのか判らないが、このまま流れに乗るとしよう。某は雪泉と飛鳥殿を見ながら言葉を投げかけた。

 

「で、どうする? 納得できないならもう一度やるかい?」

 

「確かにウコンさんの言う通り、もう一度勝負すれば良いだけの話だね。もちろんするに決まってます!」

 

「私も同意です。次こそはウコン様や焔さんにも勝ってみせます」

 

「うしっ! なら早速始めるとしようぜ。ネコネ、審判よろしくな」

 

「は、はいです!」

 

 

 

 あれから七往復泳ぎ、プールから出ると隅の方に人集りが出来ているのを見つけた。よく見ると、かき氷の売られている屋台のようだった。おそらく、プールに便乗した商売なのだろう。女子が明るく元気な声で客を呼び寄せている。

 

「いらっしゃいませ〜、かき氷は如何ですかぁ? 今なら五十円引きでサービスしておきますよぉ!」

 

「あれ? あの子もしかして……菖蒲ちゃん?」

 

「飛鳥のネェちゃん、知ってんのか?」

 

「はい、菖蒲ちゃんは半蔵学院で購買部を担当してた子なんです。いつの間にこっちに来てたんだろう……」

 

 菖蒲という少女の方を見る。客を呼び寄せるような笑顔でかき氷を振る舞っており、かなりの商売上手と伺える。

 

「かき氷……」

 

(そういや、かき氷は雪泉の好物だったな。食いたそうにしてんのが丸判りだ)

 

 見ればネコネも屋台のかき氷を食い入るように見ていた。

 

「ネコネ、雪泉、一緒に屋台に行くか? 俺が奢ってやるからよ」

 

「兄さま、いいのです?」

 

「え? ですが……」

 

「ずる〜い! ネコネちゃんと雪泉ちゃんにだけなんて贔屓だよ!」

 

「ははは、判ってるって。飛鳥のネェちゃんや他の皆にも奢ってやるから安心しな」

 

「何っ!? 本当かウコン!?」

 

 某の言葉に焔殿が勢いよく食いついた。どことなく顔が近い。

 

「あ、ああ……とりあえず、皆を呼びに行かねえとな」

 

「そういう事なら私は斑鳩さん達を呼んで来ます!」

 

「うむ、私は日影達を呼んでくるとするか」

 

 飛鳥殿と焔殿はそれぞれ皆のところに呼びに行った。

 

「では私も夜桜さん達を呼んで来ますね」

 

「そ、それでしたら私が呼んでくるのです! ついでに華風流達も……だから雪泉姉さまは兄さまと一緒に待っててくださいです!」

 

「え? ネコネさ――」

 

 雪泉が呼び止める前にネコネはそそくさと行ってしまった。ちらりと雪泉の方を見ると、なんだかそわそわとしているようだった。

 

「あ〜、なんだ……ちょっくら屋台を覗いてみるか?」

 

「そ、そうですね。ただ待っているというのもあれですし……」

 

 屋台に人が少なくなったのを確認すると、某と雪泉は屋台に赴いた。すると、こちらに気が付いた菖蒲殿は笑顔で迎えてくれた。

 

「いらっしゃいませ〜! あ、雪泉先輩じゃないですかぁ!」

 

「お久しぶりです、菖蒲さん。一応お訊きしますが何をなさっているのですか?」

 

「見ての通り、商売ですぅ。最近誰も半蔵学院の購買部に来てくれないからこっちに来ちゃいましたよぉ! かつ姉さまにも会えなくて菖蒲は寂しかったんですぅ……」

 

 菖蒲殿はしくしくと泣いていたかと思うと、今度はニヤニヤした表情でこちらを見た。表情がころころと変わるので見ていて面白い。

 

「ところで、そちらの人は雪泉先輩の彼氏さんですかぁ? 内緒にしてたなんて水臭いですよぅ!」

 

「えっ! あ、えっと……その!///」

 

「初めまして、菖蒲と言いますぅ! これからよろしくお願いしますね!」

 

「俺はウコンってモンだ。残念ながら雪泉とはそんな関係じゃあなくてね、ネェちゃんの期待に添えず悪りぃな」

 

「……」

 

「そうなんですかぁ。てっきり彼氏さんだと思ったのに……さて、ご注文は何に致しますかぁ?」

 

(切り替え早ぇな……俺も見習いてぇもんだ)

 

 こちらも切り替えることにし、屋台の品書きを見る。イチゴやメロン、そしてブルーハワイというものもあった。

 

「雪泉はどれが良いんだ?」

 

「………」

 

 何故か無視された。いや、聞こえなかったという可能性もあり、もう一度訊くことにした。

 

「な、なぁ……」

 

「菖蒲さん、小豆をお願いします」

 

 雪泉はそう言うと、菖蒲殿にお金を払った。雪泉の分も某が払おうとしていたが先に出されてしまった。

 

「ありがとうございますぅ! そちらの方は何に致します?」

 

「んじゃあ……ブルーハワイとやらを頼む」

 

「はーい! 少々お待ちくださいね〜」

 

 菖蒲殿は雪泉と某の注文を受けて、かき氷を作り始める。

 心なしか、雪泉の機嫌が急に悪くなっているように見えた。その証拠に雪泉はこちらと全く目を合わせようとしない。それどころか微妙に距離を取られている。

 

「ゆ、雪泉?」

 

「……(プイッ)」

 

「兄さま、皆さんを呼んで来たのです」

 

「ウコンち〜ん! ネコネちんから聞いたよ〜、あたし達にかき氷奢って――あれ? 二人とも、どったの?」

 

 この空気を変えるかのようにネコネ達が皆を連れてやってきた。某は皆に金を渡してかき氷を買うように促した。

 

「かつ姉さま〜! 会いたかったですぅ!」

 

「げっ…!」

 

「あぁ! 逃げることないじゃないですかぁ! 本当なら今すぐかつ姉さまのお胸にダイブしたいところですけど……今は商売中なので自重しますよぉ〜!」

 

「あはは……かつ姉ってセクハラされる方には慣れてないからなぁ」

 

 そんな中、夜桜と四季はこちらにそっと近づき雪泉に聞こえぬよう、静かな声で某に耳打ちした。ちなみに雪泉はネコネと話をしているのでこちらの方には気付いていない。

 

「雪泉と何かあったんですか?」

 

「あたし達に言ってみなよ」

 

「別に何かあったわけじゃないんだが……実はな――」

 

 某は先程あった事を二人に説明した。すると、二人はどこか呆れたような顔をしながら言った。

 

「一から十までウコンさんが悪いですね。自業自得です」

 

「そうだね。乙女心を全然判っていないウコンちんが完全に悪いよ」

 

(……なんか今日、やたら女子に責められてねえか?)

 

 

 皆にかき氷を振る舞った後、四季から雪泉に謝るようにと釘を刺されてしまった。プールから少し離れた木陰で雪泉を呼び出した。

 

「どうやら知らないうちに、雪泉の気分を悪くさせちまったようだな。本当にすまねえ」

 

「え?」

 

 深々と頭を下げる。

 

「詫びと言っちゃあなんだが……俺に出来る事があれば何でも言ってくれ。出来る限りの事はするつもりだ」

 

 先程、四季にこのように言えば大丈夫と言われたので言う通りにしたが、これで彼女の機嫌が直るとは思えない。そう思っていたのだが――

 

「で、では……今度一緒にお昼なんてどうでしょうか?///」

 

 予想外の返答が返ってきた。雪泉は顔を赤らめながらこちらの目を真っ直ぐに見ている。

 

「……ん? そんなんでいいのか?」

 

「は、はい…ウコン様――オシュトル様さえ良かったらですが///」

 

(俺と一緒に飯? 他の娘達と一緒に食った方が楽しいと思うがなぁ……変わってんな、姉ちゃんも)

 

 とはいえ、拒絶する理由もないのでその誘いを受けることにした。

 

「判った。お前さんがそれでいいなら」

 

「(グッ!)」

 

「んぉ? 拳を突き出したりしてどうかしたか?」

 

「な、なんでもないです! そ、そろそろプールに戻りましょうか――きゃっ!?」

 

 プールへと踵を返そうとした雪泉は、ちょうど振り返った所に大きめの石に躓き、ぐらりと傾いた。

 

「危ねえ!」

 

 彼女が転ぶ前になんとか受け止めることができた。

 

「無事か?」

 

「あ、ありがとう…ございま――え?」

 

 むにゅ――

 右手に柔らかい感触があった。

 

(おいおい……嘘だろ)

 

 左手は腹の辺りを押さえているので問題(?)はない。嫌な予感をしながら、おずおずと右手の方を確かめてみる。

 

 むにゅぅ。

 雪泉は顔をゆで鮹のように赤くさせて、自分の胸と某の手を見ながら体をワナワナと震わせていた。

 

「あ、ああ…ぁ……///」

 

「ち、違うんだ! 話せばわか――!」

 

「きゃあああああああああああっ!!///」

 

 バチーン!

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 ある日の午後。

 華毘が大量の書類を持ちながら、書斎に入ってきた。書類が華毘の頭を隠すくらいの高さまである。視界が悪いせいか彼女はよろよろとふらついておりどこか危なげだ。

 

「オシュトルさん、小百合様が今日中にこの書類に目を通して欲しいって言ってたっす――あわわっ!」

 

「おっと……」

 

 こけそうになる華毘を支える。書類もなんとか床に落とさずに済み、気を張っていて正解だったようだ。

 

「あ、ありがとうっす……///」

 

「なに、気にするな」

 

 華毘から書類の山を受け取り、机の上に置く。それにしても華毘が持ってくるとは珍しい。いつもは雪泉や斑鳩殿が報告書を持ってくるのだが彼女達はどうやら忙しいようだ。

 

「華毘さん、これはどういう事なのです?」

 

 今まで黙って作業をしていたネコネが書類に指を差しながら華毘に問いかけた。華毘はキョトンとしながらネコネから渡された書類を見つめている。

 

「え? 何がっすか?」

 

「武器の補給についてなのです。予定では矢と苦無はよく使うため多く仕入れるよう申請したはずだったのですが、これでは少ないのです。小百合様にもっと仕入れてもらえるよう頼んで来てもらってもよろしいですか?」

 

「わ、判ったっす! 多めに頼んでくればいいんすね!」

 

「あ! 待って欲しいのです! まだ気になるところが……」

 

 今にも駆け出しそうな華毘を、ネコネは慌てて引き止めた。

 

「まだあるんすか?」

 

「はいです。忍学生による調練と練度についてですが――」

 

 ネコネはまた違う報告書を取り出し、華毘に見せる。次々と気になる点を尋問のように指摘している姿はまるで厳しい上官のようだった。ネコネの方が年下のはずだが、華毘はネコネに対して気圧されている。

 

「――以上なのです。もう一度復唱した方が良いでしょうか?」

 

「え、えっと、まず……矢と苦無を多めに小百合様に頼んで……それからっ、それからっ……」

 

「華毘さん?」

 

「だ、ダメっす……これ以上考えたら、うち……もう!」

 

「華毘、一体どうし――」

 

 次の瞬間、華毘の体が光った。

 

「どっかーーーーーーーーーーーーーん!!!」

 

 

 何故か華毘が爆発した。いち早く危険を察知した某はネコネを庇い、床に伏せた。ネコネが無事だったのは安心したが、部屋が煤だらけになっている。書類も黒焦げになりボロボロだ。ちなみに爆発した華毘は何故かピンピンとしている。

 ネコネは華毘をジロリと睨んでいた。

 

「……華毘さん、この惨状をどうしてくれるですか?」

 

「あわわっ…! ごめんなさいっす! ごめんなさいっす!」

 

 どういうことかと問いただしたところ、華毘は難しいことを考えると爆発してしまう仕組みになっているらしい。一見馬鹿馬鹿しいと思うやもしれぬが、実際に爆発したところをみると信用するしかあるまい。

 華毘は心の底から反省しているようで、土下座までされてしまった。ガンガンと頭を何度もぶつけながら謝っているため、彼女の額が赤くなってしまっている。

 

「ほ、本当にごめんなさいっす…! うちのせいで大事な書類が……」

 

「それより其方が無事で何よりだ。書類はまた作成すれば良い」

 

「……わざとでないのでしたら仕方ないのです。次からはお互い気をつけるのですよ」

 

「オシュトルさん、ネコネちゃん……」

 

 すると、ネコネは小さくため息をついた。

 

「全てやり直しなのです……華毘さんに頼んだ私がバカだったのです」

 

「うぐぅっ……」

 

 ネコネの容赦無い言葉に華毘はグサリときているようだった。

 

 夜。あれから二日が過ぎた。

 政務室は修理中で使えなくなってしまったため、今は自室にて政をする羽目になった。

 

「ふぅ……やっと終わったのです」

 

 ネコネはそう言うと、ググッと背伸びをした。

 

「ネコネ、いつも手伝ってくれてすまぬな。明日の政は某に任せ、羽を伸ばすつもりで休むといい」

 

「兄さまが頑張っているのに私だけが休むわけにはいかないのです。それに、前にも言ったように二人でした方が早く終わるのです」

 

「それはそうだが、ネコネも疲れているだろう。其方は十分よく働いている。明日くらいは休め」

 

「ですが――」

 

『どっかーーーーーーーーん!!!!』

 

「な、なんなのですっ!?」

 

 外から大きな音が聴こえた。硝子越しに外を見てみると、綺麗な花火が夜空に浮かんでいた。

 ネコネを伴い、裏庭に出ると美野里と日影殿が空を仰ぎ見ていた。

 

「たーーまやーーーー!」

 

「おー、綺麗な花火やなぁ」

 

「二人とも、これは一体?」

 

「あ! お兄ちゃんとネコネちゃん!」

 

 美野里はこちらに気が付くと、すぐさま抱きついてきた。

 

「なんや? あんさん達も見に来たん?」

 

「見に来たってどう言うことなのです?」

 

 日影殿が空に向かって指を差す。その先に目線を向けてみると華毘がいた。打ち上げるのではなく、彼女自身が花火を起こしている。部屋が爆発したあの時はよく判らかったが、どうやらあれは花火だったらしい。

 

(それはそうと、綺麗なものだな)

 

 まるで日輪花のような花火が次々と上がっている。花火が好きな者なら思わず心奪われるだろう。隣にいるネコネも夢中になって見ている。

 

「凄いのです。色々な形の花火が次々と……あれは三日月の形なのです!」

 

「頭はええけど、こういうところを見るとネコネさんも年相応なんやな」

 

「日影さん、それどういう意味なのです?」

 

「ねぇねぇ! ネコネちゃんも一緒に叫ぼうよ! たーーまやーーー!!」

 

「うぅ…か、かぎや〜〜!」

 

 ネコネは恥ずかしそうにしていたが、意を決して叫んだ。二人が掛け声をしている中、日影殿に声をかけられた。

 

「あんさんは叫ばんでいいん?」

 

「なに、静かに見るのも一興というものだ。日影殿もそう思わぬか?」

 

 そう言うと、日影殿は空に上がる花火を見ながら静かに言った。その表情はどこか微笑んでいるように見えた。

 

「……まあ、そうやな」

 

 

 そしてとうとう花火が終わり、華毘が戻ってきた。聞けば、この前迷惑をかけたので花火を打ち上げたという。彼女なりの罪滅ぼしという事だろう。ネコネと美野里も満足していたようで華毘も嬉しそうにしていた。次に華毘の花火を見る時は皆も一緒に連れて来るとしよう。

 




可愛いは正義…即ちネコネは正義…


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豪腕のヴライ

今回はヴライと神楽の話ですよ〜!


 深い山の中。

 ヴライは瞑想の中にあった。

 

「………」

 

 まるで周囲の木々と一体になったかのように、その孤影は微動だにしない。彼の邪魔をする者がいれば、どんな者だろうと返り討ちに遭うことだろう。しかし、ただ一人を除いて。

 

「おじちゃーん! おじちゃーんっ!」

 

 ぺちぺちぺち……。

 彼の瞑想はある幼子によってやめざるを得なくなった。

 

「……かぐら、今すぐに我の顔を叩くのを止めろ」

 

「ええ〜」

 

 ぺちぺちぺち。

 かぐらは面白そうにヴライの顔を叩いている。しかもどことなく楽しげだ。

 

「貴様、いい加減にしろ」

 

 そう言うとヴライはかぐらを易々と持ち上げる。持ち上げられたかぐらは怖がる事なく、頬を膨らませており、手足をバタつかせている。

 

「だって〜! 最近のおじちゃん、全然私の相手してくれないんだもん。そろそろ私グレちゃうよ?」

 

(うぬ)がグレようと我の知った事ではない。我はただ、彼奴(オシュトル)を屠るために己を磨き上げるのみ」

 

「ぶー! おじちゃんの意地悪!」

 

「……ハァ」

 

 ヴライの口から溜め息が出る。すると、ヴライはかぐらの足を地につかせ手を離した。

 

「向こうで遊んでいろ。我の邪魔をするな」

 

「むぅ……おじちゃんなんてもう知らないんだから!」

 

 かぐらはその場から走り去ってしまった。いつものことだ、どうせ洞穴に戻っている――この時のヴライはそう思っていた。

 

 陽も傾き、ヴライは帰りに捕ってきた猪を片手に持ち、洞穴に戻る。しかし、いつも笑顔で迎えてくれるかぐらの姿が無かった。

 

(おかしい……夕方には戻っている筈だが)

 

 外に出て、まわりを見渡す。しかし、かぐらの姿はない。

 

「あの小娘……何処へ行った」

 

 

 時は二時間程遡る――

 ヴライと分かれた後、かぐらは洞穴の寝床でうずくまっていた。その大きな瞳からは涙がポロポロと溢れ落ちている。

 

「おじちゃん……私の事、嫌いなのかな……」

 

 先程のやり取りを思い出す。最近のヴライは自分に冷たく感じる。私はただ、おじちゃんと仲良くしたいだけなのに……

 

「そうだ! おじちゃんに甘い木の実を採ってこよう! この前あげた時は美味しいって言ってくれたし!」

 

 涙を拭き、善は急げとばかりに森へと駆け出すかぐら。木の実がある所へは少し距離があるが、今から行けば夕方までには帰れるだろう。

 そして無事にかぐらはその場所へと辿り着く。木に登って木の実を取り、籠に入れる。籠がいっぱいになると、かぐらは満足そうに呟いた。

 

「これだけあれば大丈夫だよね。前はおじちゃんに足りないって言われて困ったし」

 

(ふふ♪ 待っててね、おじちゃん)

 

 かぐらが踵を返したその時だった。

 

「むぐっ!?」

 

 後ろから何者かに口を布で覆われる。すると、かぐらは木の実の入った籠を手放し、ぐったりと意識を失ってしまった。かぐらを襲ったのは人相の悪そうな男達だった。

 

「まさかこんな所に子どもがいるなんてなァ。こいつぁツイてるぜ」

 

「ああ、おそらく里や集落のガキだろうな。しかも健康そうだ」

 

「ヒヒヒッ! こりゃ高値で売れそうじゃねえか。そうと決まりゃさっさとアジトに持って帰るぜ」

 

 

「ん……んんっ!?」

 

 暗闇の中、かぐらは目を覚ます。体中には縄を巻かれており、口には猿ぐつわされている。これでは動くことも喋ることも出来ない。

 

(あれ!? なんで私縛られてるの!? 確か木の実を持って帰ろうとして……それから覚えてないや)

 

「お、起きたようだな?」

 

 男の声がし、灯りが付けられる。どうやらここは洞窟のようだ。

 

(え……何、これ……)

 

 かぐらは目の前の光景を思わず疑う。そこには自分と同じくらいの子どもが二十人ほど居たのだ。その子ども達もかぐらと同じく拘束されている。

 

「俺たちは山賊でな。子どもの臓器を売り渡して金儲けをしてんだよ」

 

「――っ!?」

 

「ヒャハハ! これが儲かる儲かる! 特にお前のは高く売れそうだぜ!」

 

「んっ! んん――っ!! んーっ!!」

 

「ハハハ! 無駄無駄! ガキの力じゃ解くことなんか出来ねえよ!」

 

「う、うぅ……」

 

 絶望的な状況にかぐらはとうとう泣いてしまう。この状況で浮かんだのはヴライの顔だった。

 

(おじちゃん……たすけて……)

 

 

「何処にいるっ! かぐらぁぁぁ!!」

 

 ヴライは夜空へ身を躍らせる。強靭な筋力は、信じられぬほどの跳躍を可能とし、ヴライは山々を軽々と越えていく。ヴライの頭にはかぐらの事しか考えておらず、彼女を大切に想っているのが判る。

 

「……」

 

 一旦冷静になり、その場に立ち止まる。目を瞑り、かぐらの気配を探すためだ。

 

「……むんっ!」

 

 再びヴライは跳躍する。かぐらの居場所を感じ取ることが出来たのか、先ほどより速さが増している。

 そして、とてつもない速さで地面に突き刺さるように落下した。

 

 ドガアァァ!

 張りをしていた山賊達は突然の侵入者に動揺を隠せない。やがて土煙とともにヴライがゆらりと現れる。

 

「な、なんだお前は!? 何者だ!」

 

「……貴様らか」

 

「ああ? 何の事だよ? 袋の鼠とはテメエのことだ! お前らやっちまえ!」

 

「俺たちの事を嗅ぎつけたのか? だが、ここを知られてしまったら生かしておくわけにはいかねえな!」

 

 ヴライの前に三十人ほどの賊が呼ばれ、ヴライのまわりを囲むようにして追い詰める。

 そして、一斉にヴライに攻撃を仕掛ける。ある者は矢を放ち、ある者は斧を振りかぶる。しかし――

 

「なっ……」

 

「……」

 

 あれだけ攻撃をしたのにも関わらず、ヴライの体には傷一つ付いていない。最初、山賊達は余裕だと思っていたが、今は驚愕の表情をしている。

 

「何者なんだよ……こいつ……」

 

「それで終わりか? 今の我は機嫌が悪い。貴様ら諸共消し炭にしてくれるわッ――!!」

 

「ひ、ひぃっ〜!! 逃げろぉぉぉぉ!」

 

 ヴライの心臓を潰されるような凄まじい殺気に山賊達は一目散に逃げ出してしまう。しかし、相手が悪かった。ヴライは賊を見逃す程、甘い漢ではない。余程苛立っているのか、ヴライはとうとう顔にある仮面に手を添えた。どうやら容赦無しのようだ。

 

「……仮面(アクルカ)よ、我が魂魄を喰らいて、その力を差し出せィ!」

 

 その瞬間、ヴライの体は異形の巨体へと姿を変える。その赤黒い巨体は賊達に一瞬で追いついた。

 

「言ッタハズ、今ノ我ハ機嫌ガ悪イト……纏メテ砕ケ散ルガイイ!!」

 

「う、うわああああああああぁあぁ!!?」

 

「逃サヌッ!」

 

 ヴライの腕の一振りで、賊達は一瞬で脆くも弾け飛んだ。残りの賊達も容赦なくヴライは消し炭にした。

 

「雑魚ドモガ……拳ガ汚レタ」

 

 そう言うと、ヴライは元の姿に戻り、洞窟の中へと入る。しばらく進んだ行くと、拘束されているかぐらを見つけることが出来た。かぐらはヴライの姿を見ると安心したように声にならないような声を上げた。

 

「んっ! んん!」

 

「………」

 

 ヴライは手早く縄を解き、口にある布を取ってやる。すると、かぐらはヴライに抱きついた。

 

「おじちゃん……怖かったよぉ……」

 

「……帰るぞ、かぐら」

 

「ま、待って! その前にあの子達も助けてあげて!」

 

 そう言うと、かぐらはまわりにいる子ども達の方に視線を向ける。その子ども達も助けを請うような目でヴライらを見ていた。だが、ヴライはかぐらを脇に抱え、気にも留めずに洞窟から出ようとする。

 

「お、おじちゃん!?」

 

「態々助ける義理も無い。捨て置け」

 

「で、でもっ……助けてあげようよ!」

 

 納得がいかないらしく、かぐらは体をジタバタとさせる。

 

「おじちゃんが助けないなら私が助ける…っ!」

 

「………」

 

 

「本当にっ、本当にありがとうございました!」

 

 朝。ヴライは賊達に囚われていた子ども達を近くの村に送り届けた。子ども達の親は何度も頭を下げ、感謝の言葉を述べた。

 

「……ふん、次からは目を離さぬよう気をつけろ」

 

 それだけ言うとヴライは背を向け、その場から去る。かぐらも慌ててヴライについていく。

 帰りの道中、ヴライは隣でトコトコと歩いているかぐらに声をかけた。

 

「かぐら」

 

「なあに?」

 

(うぬ)はあの村の子どもではないのか?」

 

「えっとね……私、記憶がなくて(・・・・・・)……いつ何処で生まれたのかも判らないの」

 

「……そうか」

 

「えっ、何!? わわっ!」

 

 ヴライはかぐらを肩の上に乗せる。

 

「ど、どうしたの?」

 

「落ちぬよう、しっかり捕まっていろ」

 

「え? それってどういう――」

 

 ヴライは地面を叩きつけるように跳躍した。これが一番帰るのが早いと思ったのか次々と木々の間を跳躍していった。

 

「わあっ! すごーい!」

 

(ヒトに感謝されるのは悪くないやもしれぬ)

 

 その強面の表情は微かに笑っていた。

 

 

 

「これは……」

 

 ここは山賊のアジトの近く。

 変わり果てた光景に一人の少女は驚愕を隠せなかった。まわりには賊達の血が所々に飛び散っており、血で赤く染まっている木もあった。

 

(一体何があったんだ? ここに神楽の気配を感じたが、私の気のせいだったのか?)

 

 少女は小さく首を振る。

 

「いや、私が神楽を間違えるはずがない。きっと近くにいる」

 

(とにかく、早く探した方がいいかもしれないな。今の神楽が妖魔に襲われでもしたら洒落にならない)

 

 少女はこの場を後にした。

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 昼下がり。

 ヴライはかぐらを連れて浅めの川に来ていた。目的は食料――魚を捕るためである。最初は来るなと言っていたのだが、かぐらが一緒に行くと駄々をこね始め、連れてこざるを得なくなった。

 

「川の流れには注意しろ。あと、あまり遠くへ行くな」

 

「判ってるって! おじちゃんの目に入る所で捕れば良いんでしょ?」

 

 かぐらは靴を脱ぎ、裸足で川に入る。

 

「冷たくて気持ちいい〜、あ! お魚だ!」

 

 早速魚を見つけたかぐらは、そっと近づき、一気に掴みにかかる。だが……

 

「逃げられちゃった……」

 

 しょんぼりとしているかぐらとは裏腹に、ヴライは既に十数匹の魚を袋の中に入れていた。

 

「えっ! おじちゃん、いつの間にそんなに捕まえてたの!?」

 

「これだけ捕れれば十分だろう。目的は果たした、帰るとしよう」

 

「来たばっかりだよ!? それに私まだ一匹も捕まえてない……」

 

「……かぐら、今から我の言う通りにしろ」

 

 拗ねているかぐらに魚の捕まえ方を伝授する。

 まずは、魚を石の下に追い詰め、その後に静かに手を入れる。魚が潜んでいる石の下にそっと手を近づけ、魚に触れた瞬間に一気に掴みあげる。一通りの事を教えたが、コツがいるためまだ小さなかぐらには難しいだろう。

 

「追い込んで……静かに水に手を入れる……えいっ!」

 

 先程教えた事をかぐらは実践する。最初は失敗するかと思っていたが、その手には魚がピチピチと動いていた。

 

「捕れた! 捕れたよー!」

 

 ヴライに自分で捕れた魚を見せるかぐら。ヴライの捕まえた魚と比べて小さいが、捕まえることが出来たことの方が嬉しいようだ。かぐらは早速袋の中に魚を入れた。

 

「気は済んだか?」

 

「うん! 本当はまだ捕りたいけど今度にする! また来ようね!」

 

「……そうだな」

 

「えへへ///」

 

 洞穴に戻るため、引き上げようとしたその時だった。ヴライの前に緑色の目をした小柄の少女が現れる。その少女は容姿こそは可愛らしいが、どこか凛とした雰囲気を漂わせている。

 

「神楽! やっと見つけました!」

 

「ふぇ?」

 

 少女は息切れをしながらかぐらの方に近づいて来る。ヴライはかぐらを護るようにして背に隠した。

 

「貴様、何者だ?」

 

 ヴライが睨むようにして少女を見る。少女の方もヴライを睨み返していた。

 

「……お前こそ誰だ? 何故神楽と一緒にいる?」

 

「ふん、貴様のような得体の知れぬ者に答えると思うか。我の前から消え失せろ」

 

「そうか……お前が神楽を……!」

 

 どうやら少女は、ヴライがかぐらを手込めにしたと思い込んでいるようだ。今にもヴライに飛びかかりそうにしている。

 

「待っててください、神楽。今助けてあげますからね」

 

「え?」

 

「ハアァァッ!!」

 

「お、おじちゃん――!」

 

 少女は一気にヴライに間合いを詰める。そして、強烈な蹴りを何発も入れた。

 

「……」

 

「なっ……」

 

 しかし、ヴライには全く効いていない。ずっと同じ姿勢で立っているだけだ。ヴライはただ、少女を見下ろしている。

 

「どうした? もう終わりか?」

 

「くっ!」

 

 今度は足につけている鉄球でヴライの顔面を狙う。足に付いている鉄球は段々大きくなり、そのまま蹴りとともにヴライにぶつける! しかし……

 

「馬鹿な……」

 

 ヴライは鉄球を軽々と片手で止めてしまう。少女は信じられないといったような目でヴライを見ていた。

 

「次はこちらから行くぞ――」

 

 そのまま鉄球ごと少女を投げ飛ばす。少女の体は宙を舞い、大きな木に叩きつけられ、その木も折れてしまった。

 そして、ヴライはゆっくりと倒れている少女に近づき、首根っこを掴む。

 

「ぐうっ…!」

 

「我の問いに答えよ。答えねばその細い首をへし折ることになる」

 

 ググッ……!

 ヴライはいつでも少女に止めを刺すことが出来る。すぐに殺さないのは情報を聞き出すためだ。

 

「もう一度問う。貴様、何者だ?」

 

「……ッ、絶対に答えるものか……」

 

「その意気や良し。ならば――」

 

 ヴライが少女の首に力を入れようとしたその時だった。それまで見ていたかぐらがヴライにしがみついた。

 

「この子が可哀想だよ! おじちゃん、離してあげて!」

 

「……」

 

 かぐらにそう言われ、少女の首から手を離す。余程苦しかったのか、少女は思わず咽せてしまっている。

 すると、かぐらは心配そうに少女に近づいた。

 

「大丈夫?」

 

「平気…です。このくら、い――」

 

 そう言うと、少女は意識を失ってしまう。ヴライに投げ飛ばれた際に後頭部を打っていたのだ。

 

「た、大変! 早く帰って手当てしないと! おじちゃんも運んで!」

 

「何故敵に情けをかけねばならぬ? このような小蟲は放っておけ」

 

「やだ!」

 

「……目が覚めればすぐに出て行かす。それで構わぬな?」

 

 

「く…うぅ……」

 

 二日後。洞穴で少女は目を覚ます。

 

「ここは一体……」

 

「あ! 気がついたみたいだね!」

 

 少女がかぐらに視線を向ける。すると、少女は近づいて来たかぐらをそっと抱きしめた。

 

「良かった……よく無事でいてくれました」

 

「え、えっ?」

 

「貴様、そこで何をやっている!」

 

 戻ってきたヴライが少女に怒声を上げる。少女はかぐらを庇うようにして抱きしめていた。

 

「神楽に手出しは――」

 

「おじちゃ〜ん!」

 

「神楽!? ダメです!」

 

 少女に抱きしめられていたかぐらだったが、それを振り解きヴライの方へと駆け出した。

 

「……あの女に何かされたか?」

 

「ううん! 何もされてないよ」

 

「そうか」

 

「お前、神楽から離れろ!」

 

 怪我をしているというのに、立ち上がる少女。何が少女をそこまでさせているのか、ヴライには判らない。

 

「ほう、その怪我で我と死合おうと言うのか?」

 

「ダメだよ! おじちゃんは強いからお姉ちゃん(・・・・・)じゃ敵わないって!」

 

「そんなこ――え?」

 

 少女は驚いた表情をしながら、よろよろと後ずさっていく。

 

「神楽……今何とおっしゃいましたか?」

 

「え? おじちゃんは強いから……」

 

「その後です!」

 

「お、お姉ちゃんじゃ敵わない……」

 

「……神楽、私の事覚えてますか?」

 

「え?」

 

 かぐらはキョトンと首を傾げると、困ったように言った。

 

「えっと……お姉ちゃん(・・・・・)だあれ(・・・)? どうして私の名前知ってるの?」

 

「そん、な……」

 

 かぐらの言葉に、少女は立つ力を失ったかのように膝をつく。

 

「貴様、かぐらを知っているのか?」

 

「……」

 

 少女は何も答えない。それほどショックだったようだ。虚な目をしており、下を向いている。

 

「お姉ちゃん?」

 

「奈楽です! 本当に、本当に……私を覚えていないのですか?」

 

「う、うん……ごめんなさい……奈楽お姉ちゃん」

 

(此奴が目覚めたら追い出そうと思っていたが、気が変わった。しばらく様子を見ることにしよう)

 

 

 その日の夜。

 かぐらが寝付いた頃、ヴライは隅っこでうずくまっている少女に声をかけた。

 

「奈楽と言ったか。(うぬ)はかぐらとどのような関係だ?」

 

「……大事な友達、とでも言っておこうか」

 

 意外とあっさりと答えた。あの時、ヴライにあっさりとやられたのが相当堪えているのだろうか。

 

「見たところ、神楽はお前に随分と懐いているのだな。羨ましい……」

 

「ふん……我としては迷惑なだけだ。いつも我に付き纏ってくる」

 

「それだけ信頼されているということだ。私としては羨ましい事この上ないぞ」

 

 そう言ってかぐらの頭をそっと優しく撫でる奈楽。すると、一呼吸置いて、奈楽はヴライの方を見て続けて言った。

 

「そう言えば、お前の名前は何て言うんだ?」

 

 一瞬言うか迷ったが、知られたからと困るものではない。もしこの女が妙な動きをしたら息の根を止めればいいだけだ。

 

「我はヴライ」

 

「ヴライか……お前、私を殺さなくていいのか?」

 

「ふん、今の貴様(・・・・)は敵ではない。だが、また我と敵対するとなれば今度は容赦せぬ」

 

「そうか……」

 

「我はもう寝る。火を消すぞ」

 

 その場に座り、壁に凭れる。

 

「もし寝ている間に、私がお前を殺そうとしたらどうするんだ?」

 

「問題ない。貴様如きの力では我に傷を付けることはできぬ」

 

「……っ」

 

 ヴライのその言葉に、奈楽は唇を噛み締めていた。

 




今のヴライは神楽に危害を加えるものには容赦しません。完全にボディーガードです!


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ハロウィンの日

今回はハロウィン回です!リクエストくれた方に感謝を!
ちょっと長めになりましたm(_ _)m


 ある日の午後。

 外で見回りにでも行こうと思い、襖に手を掛けて部屋から出ようとしたときだった。

 

「お兄ちゃーん!」

 

「オシュトルさーん!」

 

 スターン!と勢いよく襖が開けられる。そこには何やら妙な…カボチャのような格好をした美野里と雲雀殿がニコニコしながら立っていた。

 

「「トリック・オア・トリート!」」

 

 そう言うと、二人が何かをくれと言わんばかりに手を出してきた。

 

(とりっくおあとりーと? 一体なんのことだ?)

 

 何かの呪文なのだろうか……此処に来て結構経つが、未だ某の知らぬことが多い。そんなことを考えていると、二人が首を傾げながら声を掛けてきた。

 

「お兄ちゃん、『ハッピーハロウィン』って言わないの?」

 

「あれ? ひばり達にお菓子くれないの?」

 

「お菓子?」

 

 思わず聞き返してしまう。すると、美野里は気にした様子もなく答えてくれた。

 

「うん! 今日はハロウィンだよ? ひょっとして忘れてたの?」

 

「はろうぃん? なんだそれは?」

 

「オシュトルさん知らないの!? んーと……ハロウィンって言うのは――」

 

 雲雀殿は嫌な顔一つせずハロウィンについて説明してくれた。ハロウィンとは子ども達が精霊やお化けに仮装してお菓子を貰ったりする行事のことらしい。ちなみにお菓子をやらないと悪戯されるようだ。

 

「というわけでお兄ちゃん♪」

 

「オシュトルさん♪」

 

「「お菓子くれないと悪戯しちゃうよ!!」」

 

 美野里と雲雀殿は声を揃えて再びこちらに手を出す。

 

「ふっ、困った子達だ。少し待っているといい」

 

「「わーい♪」」

 

 戸棚に仕舞ってある菓子を出していく。よく皆がくれるので増えていく一方だ。無論、ネコネには部屋に来た時にいつもやっている。ネコネにも今日は菓子をくれと言われそうだ。

 二人にチョコレートとクッキー、飴を渡す。

 

「これで良いか? 足りなければもっと――」

 

「ありがとう! お兄ちゃんだーいすき!」

 

 美野里がガバッと抱きついてくる。某は美野里の頭をそっと優しく撫でた。

 

「美野里ちゃん本当に幸せそうだなぁ」

 

「何か言ったか、雲雀殿」

 

「え? ううん! なんでもないよ!」

 

「ねえねえ雲雀ちゃん! 今度は小百合お婆ちゃんの所に行こ!」

 

「そ、そうだね! 早く行こっか」

 

「じゃあお兄ちゃん! またね!」

 

 二人はドタドタと廊下を走っていった。今が戦中とは考えられない程平和で、思わず微笑してしまう。しばらくはこのような日々が続いて欲しいものだ。今日はハロウィンのようなので、部屋を出る前に菓子を持参した方がよいかもしれない。いつ何処で誰に遭遇するか判らないからな。見回りも兼ねて誰かに会ったら渡していくとしよう。

 そう考えながら、某はやや大きめの紙袋の中に菓子を詰め込んだ。

 

(……果たしてこれで足りるだろうか)

 

 皆の顔を思い浮かべて不安を募らせながら某は部屋を出た。

 

 

「あ、オシュトルちんじゃーん♪」

 

 中庭。

 四季が某に気付くと、こちらに歩み寄ってきた。どうやら随分と機嫌が良いようだ。

 

「どう? あたしのドラキュラコス、似合ってるっしょ」

 

 そう言うと、四季はくるりと回り、衣装を見せてくる。いつもの忍衣装と違い、長めの赤い外套を羽織っており、肌の露出も落ち着いている衣装だ。よくよく見ると、八重歯を付けているのが判った。

 

「ああ、四季らしさが出ている。着こなしていると思うぞ」

 

「っ……! えへへ…そう?///」

 

 四季は体をくねらせて、顔を赤く染めた。照れているようだ。

 

「そうだ! ねえ、オシュトルちん」

 

「何か?」

 

 ニヤニヤと笑みを浮かべ、こちらに顔を近づける四季。

 

「ふっふ〜ん♪ お菓子くれないとこのままイタズラしちゃうよー?」

 

 どうやら四季も菓子目当てのようだ。予め用意をしておいて正解だった。袋の中にあるラムネという菓子を四季に渡す。

 

「菓子ならある。持っていくと良い」

 

「うぇ? あ、ありがとう……」

 

 受け取る四季だが、なんだかあまり嬉しそうにしていない。美野里達は喜んでくれたのだが……好みの菓子ではなかったのか?

 

「む? 気に入らなかったか?」

 

「気に入らないとかそうじゃなくて! まさか本当にお菓子持ってるなんて思わなかったから……」

 

「さっき美野里と雲雀殿が部屋に来てな。ハロウィンについて色々と教わったのだ。某も見回りも兼ねて皆に菓子を配るつもりだ」

 

「へ、へぇ…そうなんだ」

 

 どうやら四季は気に入らなかったのではなく、某が菓子を持っていた事に意外だっただけらしい。

 

「オシュトルちんの事だから絶対知らないって思ってたのにぃ〜!」

 

「何をそんなに怒っているのだ?」

 

「だってぇ、せっかくイタズラするチャンスが……あ」

 

「……」

 

(そういうことか……)

 

 それほど某に悪戯をしたかったらしい。菓子を持っていなかったら一体どんな悪戯をされたのだろうか。ここまでガッカリされると少し気になってくる。

 

「因みに、何をするつもりだったのか聞かせてもらえるか」

 

「そ、それは……もうっ! 乙女の口から言えるわけないじゃん!///」

 

「つまり、言えないような事なのか?」

 

「オ、オシュトルちんって意外とSだよね……」

 

「えす?」

 

「あー! あたし未来ちんに呼ばれてたんだったー! じゃあまたね、オシュトルちん!」

 

 如何にもな棒読みの台詞を言いながら、そそくさとこの場から去っていってしまった。相変わらず嘘をつくのが下手な子だ。

 

「っと、某も見回りを続けねば……」

 

 

 

「あら? オシュトル様、偶然ですわね!」

 

 横から声をかけられ、視線を向けてみると、そこには頭に猫の耳をつけた詠の姿があった。さらには白いもこもこした服を着ており、尻尾までつけている。詠もハロウィンを楽しんでいるみたいだ。

 

「お仕事の方は終わりましたの?」

 

「ああ、一区切りついたところでな。今は見回りをしている」

 

「ふふっ、いつもお疲れ様ですわ。私に出来る事があればなんなりと申し付けてくださいね」

 

「気遣い痛み入る。その時は是非頼らせてもらうとしよう」

 

「お任せください♪」

 

 そこでふと、詠にまだ菓子をやっていないことを思い出す。詠の方も『菓子をくれ』と強請って来ぬが遠慮しているのか?

 

(少しカマを掛けてみるか)

 

「詠、其方はハロウィンと言えば何が思い浮かぶ?」

 

 すると、詠は顎に人差し指を当てて考えていた。

 

「そうですね……やはり仮装、でしょうか。この衣装も私が仕立てましたのよ?」

 

「ふむ……」

 

(そういえばこの子は裁縫が趣味であったな。四季のあの衣装も詠が繕ったのだろうか。いや、そっちではなく……)

 

「オシュトル様も仮装します? 黒猫の仮装が一着余っているので、良かったら着てみてくださいまし♪」

 

 そう言って、詠は鞄から一つの衣装を取り出した。黒い服に頭巾(フード)がついてあるもので、その頭巾には猫耳がついていた。さらに下袴には猫の尻尾まである。これを某が着ろと……? 流石に猫の仮装をするのは抵抗がある。

 詠は笑顔でこちらに迫り、衣装を押しつけてきた。

 

「さあ、オシュトル様! 受け取ってくださいまし!」

 

「……せっかくだが遠慮しておこう。この衣装を某が着ても何の面白味も無いであろう」

 

「そんな事ありませんわ! きっと似合いますわ!」

 

 互いが猫の衣装を押し付け合う形になる。詠は本気で似合っていると思っているのか? それとも、面白がっているのか……

 

(だんだん話がおかしな方向へと向かっている気がするのだが……ん? おかし?)

 

 この状況を何とかすべく、某は咳払いをし話題を変えた。

 

「時に詠、菓子は欲しくないか?」

 

「お菓子――」

 

 どうやら食い付いたようだ。このまま話を続けるとしよう。

 

「大人は菓子をやらねばならぬのだろう? 某も用意をしておいた。受け取ってはくれぬか?」

 

「……」

 

「もやしではなくてすまぬな」

 

 紙袋から卵菓子を取り出し、詠の前に差し出す。詠はそれを見て唾を飲み込むと、卵菓子に手を伸ばす――

 

「――ハッ!? い、いけませんわ! そんな贅沢!」

 

「む?」

 

 しかし、菓子に触れる寸前、詠は伸ばした手を引っ込めてしまった。

 

「は、早く仕舞ってくださいまし! そのフワフワしてて美味しそうな卵菓子を……!」

 

「いらないのか?」

 

「欲しがりません! 勝つまではッ!」

 

 随分と立派な事を言ってはいるが、菓子をチラチラと見ながら言っても説得力がない。本当は食べたいのが丸判りだ。その証拠に腹の虫まで鳴っている。

 

「っ!?///」

 

 詠も気付いたのか、顔を赤くしながら自分の腹を押さえている。押さえても鳴るものなので無駄な努力だとは思うが。

 

(と言っても詠は強情だからな。このまま言っても聞き入れてくれぬだろう――それに)

 

 チラリと詠を見る。この子を見ていると虐めたくなるのは何故だろうか?

 

「要らぬと言うのであれば、この卵菓子は他の者にやるとしよう。女子の間では美味しいと評判だったのだがな」

 

「え?」

 

 ちなみにこれは嘘ではない。前にネコネや美野里達がそう言っていたのだ。

 

「とろけるような甘さで絶品だそうだ」

 

「うぅ……」

 

 詠の心が揺れ動いている。あともう一押し必要か。

 

「本当に食べたくはないのか?」

 

「ゆ、誘惑するのはおやめください! そんなに私に意地悪して楽しいんですの!?」

 

 どうやらバレてしまったようだ。某は心の内を悟られぬよう、平然とした口調で言った。

 

「人聞きの悪い事を言わないで頂きたい。菓子をやろうとしただけで、そこまで言われるのは心外だ」

 

「た、確かにその通りですわね……ごめんなさい……」

 

 詠は深々と頭を下げた。素直に謝られると、こちらまで申し訳ないと言う気持ちになってきた……そろそろやめておくとしよう。

 某は再び、卵菓子を詠の目の前に差し出した。

 

「判ってくれれば良い。では、受け取ってはくれぬか?」

 

「……はい」

 

 おずおずと卵菓子に手を伸ばす詠。

 

「あ、あの、オシュトル様」

 

「む?」

 

「この事は、焔ちゃん達には内緒に……」

 

 成程、焔殿らには色々と言っているので後ろめたいということか。そう考えながら、詠に菓子を渡したその時だった――

 

「あらー? 詠ちゃんにオシュトルさんじゃない」

 

「は、春花さん!?」

 

 声の主は春花殿だった。詠は某から受け取った卵菓子を咄嗟に鞄の中に隠していた。

 

「ごめんなさいね、詠ちゃん。お邪魔だったかしら?」

 

「そ、そんな事はありませんわっ!」

 

「春花殿、詠に何か用事でもあるのか?」

 

「別に用事ってわけでもないけど、二人がそこにいたから声を掛けただけよ」

 

 どうやら菓子をやっていた所を見ていないようだ。

 春花殿は大人びてはいるが、年は十八だと聞く。一応、春花殿にもやるべきか。

 

「オシュトルさん、今失礼な事を考えていなかったかしら?」

 

「気のせいだ」

 

 

 詠達と別れ、再び見回りを続ける。

 あの後、春花殿にも菓子を手渡した――にもかかわらず、某に悪戯をしようと迫ってきたのだが、詠が止めてくれたので事なきを得た。あの子には感謝せねばな。今度またもやしうどんを作ってやるとしよう。

 

「兄さま、こんな所にいたですか」

 

「ネコネか。ん? その格好は……」

 

 見ると、赤色の官服のような格好をしており、帽子まで被っていた。その帽子には札らしきものが貼られている。これは一体何の仮装だろうか?

 

「これは『キョンシー』というお化けの仮装らしいのです。出くわした詠さんに無理矢理着せられたですよ……」

 

 そう言うネコネだが、満更でもない様子。もし本気で嫌がっているのなら、今頃元の服に着替えているはずだ。

 

「その……兄さま、似合っていますか?」

 

「ああ、似合っている。良いと思うぞ」

 

「そ、そうですか? ふふふ……」

 

 ネコネは似合っていると言われたのが嬉しかったようで、ブンブンと尻尾を揺らしている。本当に可愛い妹だ。

 

「ところで、ネコネは今日がどういう日が知っているのか?」

 

 すると、ネコネは胸を張りながら自慢げに語り始めた。

 

「この前に本で読んだ事があるのでもちろん知っているのです。そもそもハロウィンというのは、元々は新しい年を迎える前に悪霊を追い払うためのお祭りだったのですが、今では仮装をしながら子どもから大人まで――」

 

「わ、判った、判ったからもういい」

 

「むぅ……そうですか」

 

(今では某よりネコネの方がこの世界に詳しい気がする……いや、ただ単に某が勉強不足ということか……)

 

「兄さま? どうかしたですか?」

 

「いや、何でもない。それよりネコネにも菓子をやらねばな」

 

「……っ」

 

 ネコネの耳がピクンと動き、尻尾もハタハタとさせている。

 ガサガサと袋からチョコレートの入った包装を取り出す。最近のネコネはチョコレートが気に入っていることを知っていたため、とっておいたのだ。

 

「それは……チョコパイなのですっ!」

 

「前にこれを食した時、大層気に入っていたようであったからな」

 

「ありがとうなのです、兄さま! 後で大事に食べるのです!」

 

(ネコネが喜んでくれて何よりだ。あげた身としては嬉しくなる)

 

 妹のそんな姿を見て心の中で和んでいると、後ろから声をかけられた。

 

「あ、オシュトルじゃない。丁度良かったわ」

 

(今一番鉢合わせてはならない者が来てしまった……)

 

「……華風流、何しに来たですか」

 

「あら? あんた居たの?」

 

 案の定、二人の間に不穏な空気が流れ始める。気付いた頃にはもう遅かった。

 

「……どういう意味なのです?」

 

「こっちから見たらオシュトルに隠れてて全然見えなかったわ。まあ、ネコネはお子様でちっこいから仕方ないのかもしれないわね」

 

「はっ、それ以前に心が小さい華風流が何を言ってるですか。邪魔だからもう失せてほしいのです」

 

「はぁー? てか、あんたじゃなくてオシュトルに用があるんだけど? 子どもは向こうに行って遊んでなさいよ。あ、それともお兄ちゃんがいないと寂しいとか?」

 

「うなっ! 私はもうそんな子どもじゃないのです。しっかりとした大人なのです!」

 

「あはは、大人にしては随分とチンチクリンね〜」

 

「〜〜〜〜!!!」

 

 こちらを挟んで言い合いをしているネコネと華風流。正直、会う度に喧嘩をするのはやめてもらいたい。そろそろ止めねば収拾が付かなくなりそうだ。

 

「華風流、妹を虐めてくれるな。某に用があると言っていただろう」

 

「兄さまぁ……」

 

 ネコネが涙目になってこちらに抱きついて来る。某も優しく頭を撫でてやった。

 

「う……だ、だってネコネが……ふん! このシスコン! やっぱり妹の味方をするのね!」

 

「華風流?」

 

「ふんっだ! オシュトルのバーカ!」

 

 華風流はそう言って走り去ってしまった。

 

(怒らせてしまったか……)

 

「おや? 華風流は一緒じゃないのかい?」

 

 声の主は小百合殿だった。小百合殿はキョロキョロと回りを見渡すと、再びこちらに向き直った。

 

「小百合様? 何かあったのです?」

 

「すまんのう、ネコネちゃんや。兄妹水入らずのところ邪魔して」

 

「いえ、気にしないで欲しいのです。それで何かあったですか?」

 

「なに、飛鳥や雪泉達だけでなく、お前さん達もお茶会に誘おうと思っての。華風流に声を掛けるように言ったんじゃが……いないようじゃな」

 

「「……」」

 

 思わず息を呑む。その様子を見た小百合殿は何かに気付いた様子だった。

 

「オシュトルや、何かあったのかい?」

 

 小百合殿に誤魔化しは通用しないので、さっきあった事をそのまま話すことにした。全てを話し終えると、小百合殿は頭を押さえて呆れたように言った。

 

「ふーむ……あの子にも困ったものだね。喧嘩をするようにと言ったわけでは無いんじゃが……」

 

「いえ、華風流の言い分を聞こうとしなかった某に責任があります。叱るのであれば某に――」

 

「あ、兄さまは悪くないのです! 悪いのは……」

 

「……そうじゃのう、ここはオシュトルに任せるとしようかの。これはあたしの勘じゃが、華風流は高台にいるような気がしてならんわい」

 

「小百合殿?」

 

 小百合殿は何故そのような事を?――そういうことか。

 

「あたし達は一足先に忍部屋で待っておるからの。ちゃんと華風流を連れて来ておくれ」

 

「承知した」

 

「あ、兄さま! 私も一緒に行くです!」

 

「ネコネちゃんはこっちじゃ、あたしと一緒に先に行くんじゃよ」

 

 小百合殿はネコネの手を掴み、行こうとするのを制した。ネコネがいると都合が悪いということだろう。某は一目散に高台へと駆け出した。

 

「兄さまぁーー!」

 

 

「居た」

 

 高台に着くと本当に華風流がいた。長椅子に腰をかけて丸くなっている。おそらく小百合殿は、華風流が此処にいる事を知っていたのだろう。何故知らない振りをしていたのかは不明だが……それよりも今は華風流の事だ。

 

「華風流」

 

「え……オ、オシュトル!?」

 

 華風流は目を腕でゴシゴシと擦っていた。よく見ると泣き腫らした目をしており、目元が赤くなっているのが判った。

 

「……何よ、ネコネの分まで文句言いに来たの?」

 

「そうではない。其方に謝りに来たのだ」

 

「え?」

 

 某は華風流に頭を下げた。

 

「其方の言い分も聞かずにすまなかった。華風流が気分を悪くするのも当然だった」

 

「……もう良いわよ。今回は私がネコネに突っかかったんだし……あんたは何も悪くないわ」

 

 予想外の反応だった。てっきり華風流は某に怒っていると思っていたのだが、どうやら怒っていないらしい。

 華風流はそのまま続けて言った。

 

「私ね、初めてだったの。あんなに言い合える間柄が……だから、少し調子に乗ってたのかも」

 

「ネコネも同じだ。少なくとも、ネコネが其方以外と口喧嘩をしている所は見た事がない」

 

 ちなみに例外としてハクへの場合は、じゃれついていただけだったので言い合っていたわけではない。正真正銘、華風流が初めての対等な関係の仲だと思う。

 それを華風流に伝えた。

 

「ふ、ふ〜ん……ネコネもなんだ」

 

「ああ、喧嘩は程々にしてもらいたいが、これからもネコネの相手をしてくれるとこちらとしては嬉しい。頼めるか?」

 

「……ほんとにオシュトルってシスコンなのね……考えておくわ」

 

 しすこんと言うのが何か判らぬが、あまり良い意味でないことは雰囲気で判った。

 

「そう言えば、小百合殿が其方も茶会に来るようにと言っていた。行ったらどうだ?」

 

「……オシュトルは行かないの?」

 

「見回りがまだ済んでおらぬのでな。後で向かうとするよ」

 

「それじゃあ私も一緒に行ってあげるわ。元々は私があんたを連れて来るようにって言われたんだし」

 

「すまぬが、その申し出には応じることが出来ない。其方には先にやるべき事があるだろう?」

 

「やるべきことって何よ?」

 

「さっき言った筈だが」

 

「……あ」

 

「そう、まずはネコネと話をつけておくことだ。某が戻って来る間に」

 

 華風流は苦虫を噛み潰したような顔をしながら葛藤していたが、ついに覚悟を決めたようだ。

 

「……判ったわよ、つければ良いんでしょつければ」

 

「頼む」

 

 今はこう言うことしか出来ない。後は、ネコネと華風流を信じる、それだけだ。

 

「ところで、さっきから持ってるその紙袋は何なの?」

 

「む、これか」

 

(すっかり忘れていた。それどころでは無かったからな……)

 

「実は皆に菓子を配っていてな。其方もどうだ?」

 

「……チューチューアイスある?」

 

「すまぬ、アイスは持参しておらぬのだ……代わりにこれはどうだ?」

 

 華風流に見せたのは林檎飴だ。すると、華風流は溜め息をしながら言った。

 

「まあいいわ。貰っておく」

 

「今度はきちんと用意しておこう」

 

「あまり期待はしてないけど、色々ありがと……」

 

「ん? 最後の方よく聞こえなかったが」

 

「な、何も言ってないわよばーか! あんたも見回りなんか早く終わらせてさっさと来なさいよねっ!///」

 

 そう言い捨てて、華風流は走り去ってしまった。一人残された某は、見回りを続けることにした。

 

 この後、ネコネと華風流は仲直り出来たのか――それは皆の想像に任せるとしよう。

 

 




ネコネと華風流の言い合いを書くときが一番楽しい気がします笑

ついにオシュトル実装されましたね!自分はなんとかお迎え出来ましたぞぉぉ!(ナトリちゃんは来ませんでした)


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蠢く闇

いい加減話進めないとですね!

ミト欲しさに思わず4万課金と残っていた宝珠で180連しましたが……ピックアップって何なんですかね、、サラサラ…


「うーん、なかなか上手くいかないものですね」

 

 異界にある宮廷。

 研究室のような部屋で、何やらある男が唸っていた。その男は秀麗な見た目をしており、背中に白い羽が生えている。他の雪不帰の部下とは違う雰囲気を纏っている。

 男は注射器を持ち上げたり、机に置いたりをしばらく繰り返す。男の手に持っている注射器の中身は、桃色の濁ったような怪しい色をしており、見る限りとても危険そうだ。

 

「っと、用があるなら出て来たらどうです?」

 

「ッ――」

 

 男は扉の方に向かって愛想の良さそうな笑顔で話しかけた。

 すると、男に声をかけられた者は扉を静かに開ける。

 

「……これでも気配は消していたつもりだったんだが」

 

「ふふ、心が乱れていますよ。それでは赤ちゃんにすら気付かれます」

 

 そこにいたのは双子の姉の方、閃光だった。閃光は小さく溜め息をついた。そんな閃光の言葉の意味を知ってか知らずか、男はただニコニコとしている。

 

「悲しいですね、私達仲間じゃないですか。気配なんて消そうとせずに気軽に話しかけてくださいよ、お嬢さん」

 

「馴れ馴れしい……気安く話しかけるな」

 

「そちらから来たのに『話しかけるな』は無いでしょう? 私に何かご用があるんじゃないですか?」

 

 すると、閃光は頭を押さえ不機嫌そうに言った。

 

「……雪不帰様が呼んでいる。今すぐ雪不帰様の部屋に行け、それだけだ」

 

「雪不帰さんが? ああ、もしかしてコレの事でしょうか。まだまだ未完成なのですが……」

 

 男はそう言うと、机に置いてあった注射器に視線を向けた。

 

「一人で行くのもなんですし、閃光さんも一緒に行きませんか? その方がきっと楽しいと思いますよ」

 

「こう見えて私は忙しい。一人で行くんだな」

 

 閃光の刺々しい言葉を言って、その場から即座にシュッと消えた。一人残された男は、怒るわけでもなく残念そうにしている。本当に一緒に行くつもりだったらしい。

 

「やれやれ……つれないお嬢さんですね。親の顔が見てみたいものです」

 

 

 

 そして、男は雪不帰の部屋の前まで辿り着く。部屋の前では当然衛士がおり、男の姿に気がつくと一礼した。

 

「いつもご苦労様です」

 

 男は衛士に会釈をしながら雪不帰の部屋に入る。部屋の中には雪不帰が座しており、その付近には羅刹とゲンジマルが立っていた。もちろん、その三人に隙は微塵も無い。

 

「どうも雪不帰さん、今日も良いお天気ですね」

 

「……」

 

 重苦しい空気も関係ないのか男は気さくに話しかける。まるで友人に声をかけるような感じで話している。

 

「おや、無視ですか? 挨拶は常識ですよ? 長である貴女がそんなので良いんですか?」

 

「……言葉を弁えなさい、雪不帰を侮辱しているのですか?」

 

 男の態度に見兼ねた羅刹が咎める。しかし、男は反省した様子もなく笑顔で答えた。

 

「侮辱なんてとんでもない。これでも雪不帰さんには感謝してますよ、私」

 

「……私にはそう見えませんが?」

 

「ふふふ、だとしたら貴女の目は節穴ですね。その三つもある目はただの飾りですか?」

 

 声のトーンを変えず、揶揄うように言う男に羅刹は苛立ちを覚えた。羅刹は思わず男に、黒く鋭い爪を向ける。

 

「貴様ッ――」

 

 すると、今まで黙っていたゲンジマルは興奮している羅刹を制した。

 

「羅刹、落ち着かれよ。聖上の前であるぞ」

 

「ゲンジマル……」

 

 ゲンジマルにそう言われ、羅刹は男に向けていた爪を下ろす。男は今もニコニコと笑みを絶やさない。

 

「……いい加減、本題に入りましょうか」

 

 今まで無言で様子を見ていた雪不帰だったが、話が全く進まないので切り出すことにした。雪不帰の闇のように黒い瞳は目の前にいる男を映し出す。

 

「例のアレはどこまで進んでいる?」

 

 雪不帰に問い掛けられ、男は先ほどとは違い、渋い顔をした。

 

「それがまだ試作段階でして……まだかかると思います」

 

「そうか……本当は今すぐにでも妖魔に投与したい所だが、無理なのか?」

 

「実はさっき、実験でギギリに打って来たのですが一分ほど暴れてすぐに死んでしまったんですよ。だから実戦に使うにはまだ早いでしょう」

 

 雪不帰は思わず腕を組んだ。

 男が作っていたのは、肉体を大幅に強化する薬だ。打つと今より何倍も強い力を得られるという代物で、雪不帰が妖魔の強化の為に男に頼んだのだ。

 

「次に奴等に仕掛けるときまでには使えるように出来ないか?」

 

「出来なくはないですが……完成を急ぎ過ぎると副作用が出る確率が高まります。それでも構いませんか?」

 

「……構わぬ、急ぎ開発せよ」

 

 雪不帰の言葉に男は膝を折り、頭を垂れた。

 

「御心のままに……このディーにお任せを」

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

「オシュトルさん、これが午前の報告書になります」

 

 斑鳩殿から報告書を受け取る。門の補強や今の戦支度の状況などなど、重要な事が判りやすく纏めてある。

 じっくりと報告書を見ていくうちに、目を疑った文があった。

 

「……」

 

「……見てしまいましたか」

 

「ああ、見てしまった……」

 

 報告書の隅の方に書いてあったのは、『葛城によるセクハラ被害が絶えないから何とかして欲しい』というものだった。こめかみを押さえたくなる程の内容である。執務が少ない日は某も忍学生らに指南をしているのだが、その時に葛城殿が雪泉達にセクハラをしていない日を某は知らぬ。

 

「……この件については某も目を見張っておこう。斑鳩殿も協力頼めるか?」

 

「はい、私も次に見たときは全力で阻止しようと思います」

 

「うむ、頼りにしている」

 

「ところで話は変わりますが、オシュトルさん――」

 

「何か?」

 

 斑鳩殿はジトっとした目をすると、視線をこちらの膝に映した。いや、正確には膝の上ですやすやと寝息を立てている者にだが……

 

「どうして美野里さんがあなたの膝の上でぐっすりと寝ているのでしょう?」

 

「む……」

 

(気付かれているとは思っていたが、あえて気付かないフリをしていたということか……)

 

 色々と誤解をされては困るので、某は正直に話すことにした。

 

「実は其方が来るより一時間程前に美野里が部屋に来てな。遊んでと言われたので執務が終わるまで待ってくれと言ったのだ」

 

「それで、膝の上で寝るように促したと?」

 

「最後まで聞いて欲しい。待っている美野里はしばらく一人で遊んだ後、疲れて某の膝の上で眠ってしまっただけなのだ」

 

「そうですか、それなら仕方ありませんね」

 

(半信半疑と言ったところか……斑鳩殿の目がそう語っている)

 

 さらに弁明をしようと思ったが、これ以上言うと誤解が広まる危険性があるので、無言で残りの報告書に目を通す事にした。

 しばし静かな時が流れる――その沈黙な雰囲気の中、部屋に入って来たのは小百合殿だった。

 

「いるようだね、ちょいと邪魔するよ」

 

「小百合様? 一体どうしたのですか?」

 

「おやおや、斑鳩に美野里までいるのかい。相変わらずオシュトルはモテモテじゃのう」

 

「……小百合殿、某に何か用件があるのではありませぬか?」

 

「おお、そうじゃった。これをお前さんに届けに来たのじゃ」

 

 小百合殿が差し出したのは、一通の書簡だった。某はそれを受け取り、目を通す。書簡に書かれていたのは……

 

「これは……」

 

「オシュトルさん?」

 

「見ての通り、シノビ村からの協力申請じゃよ。いわゆる同盟と言うやつじゃな」

 

 もう一度文を読む。最初の挨拶を除き、簡単に言うと『貴方方に戦の協力をしたい。来訪賜れたし』との内容だ。もちろん、こちらとしては有難い申し出なのだが、罠だということもあり得る。小百合殿は不敵な笑みを浮かべているだけだ。

 すると、小百合殿はこちらの考えを読んだのか、淡々と言った。

 

「言っておくが、罠の心配はないさね。シノビ村には半蔵学院の卒業生でカグラの称号を持つ者がいるからの」

 

「カグラの称号……」

 

 斑鳩殿がその言葉に反応する。カグラというのは忍の最高段位で、忍学生らはそれを目指していると。

 

「ふむ……」

 

 整理の付かない頭で某は考える。シノビ村には優秀な忍も多く、戦力には申し分ないだろう。それにカグラの者もいるとなると、戦力を強化したいというこちら側としては願ったり叶ったりだ。

 

「この申し出を受ける。出発は明後日、明朝に出る」

 

「決まりじゃな。斑鳩も他の半蔵学院の選抜メンバーには行くように声を掛けておくれ」

 

「はい、判りました」

 

「ん…んん……」

 

 さっきまで寝ていた美野里が起きてしまった。美野里は目を擦りながら某と斑鳩殿と小百合殿を見ている。

 

「おや、起こしてしまったようじゃな。すまんの美野里」

 

「小百合おばあちゃんに斑鳩ちゃんがいるー! あ、お兄ちゃん!」

 

 美野里はガバッとこちらに抱きついて来た。

 

「お仕事終わった? みのりと遊ぼ!」

 

 無邪気な笑顔をそう言われ、某はまだ残っている書簡に目を向けた。

 

「すまぬな、まだ終わっておらぬのだ。区切りがつくまでもう少し待ってほしい」

 

「えー! お兄ちゃんいつも忙しい忙しいって……」

 

 美野里は頬を膨らませ、こちらを睨んだ。そういえば、最後に美野里と遊んだのはいつだったか――

 

「あれ? これ……」

 

 美野里が机にあった書簡に気付き、読み始める。

 

「お兄ちゃんシノビ村に行くの?」

 

「ああ、そのつもりだが」

 

「みのりも行くー! 夜桜ちゃん達にも声掛けてくるね!」

 

「み、美野里! 待っ――」

 

 某の呼びかけも虚しく、美野里は素早く部屋を出てしまった。

 

 

 

 そして明後日。

 大蛇山の外れにあるシノビ村に向けて、出発した。某とネコネにマロロ、そして飛鳥殿ら半蔵学院の選抜者達で行こうと思ったのだが――

 

「ふふっ、雨四光で上がりです」

 

「流石は雪泉姉さまなのです! 遊戯もお強いなんて感服するのです♪」

 

「負けちゃった〜……待って、これで雪泉七連勝じゃないの?」

 

「よーし! 次は私が未来の敵を討ち取ってやる!」

 

「焔ちん、あたしの分も敵取ってね!」

 

「ファイトですわ、焔ちゃん!」

 

 背後から花札で盛り上がっている女性陣の姦しい声が聞こえてくる。あのとき美野里が月閃や焔紅蓮隊、巫神楽の者達にも声をかけたため、かなりの大所帯で行く事になった。二台も荷車を用意することになり、後ろのもう一台の荷車には霧夜殿が馬の手綱を引いている。

 ちなみにこちらの車にはネコネに月閃選抜者と焔紅蓮隊、霧夜殿の車には半蔵学院の選抜者、巫神楽の子達にマロロが乗っている。

 

(霧夜殿の方はどうだろうか)

 

 前に障害物がないかどうか確認しながら、後ろを見る。霧夜殿の隣にマロロが座っていた。

 

「大丈夫かマロロ。吐きそうなら吐いたらどうだ?」

 

「うっぷ……吐くわけにはいかぬでおじゃる……」

 

 どこかで見た光景だ。マロロは山道が苦手であったな。ハクとクジュウリの近くでギギリ退治をしたときの事を思い出す。あの頃が懐かしい。

 

「では焔さん、上がらせていただきます」

 

「ぐああぁぁ! 青タンに花見酒と月見酒だとお!?」

 

「惨いわね……ここまで来ると焔ちゃんが可哀想になってくるわ」

 

「一気に焔さんの持ち点が無くなってしもうたな」

 

「雪泉は本当に強いですね……わしも完敗でしたし」

 

「みのりも……」

 

「次は我が挑もう。雪泉、もうお前の勝ちは無い」

 

「ふふ、叢さん、手は抜きませんよ?」

 

「雪泉姉さま、全勝頑張って欲しいのです!」

 

 ネコネ達の明るい声に思わず微笑しながら、某は引き続き馬の手綱を引くことにした。

 

 

 日を沈み暗くなって来たので、今日はこのまま野宿をする事にした。彼女達は腕の立つ忍といえど女子なのだ。無理はさせられぬ。

 水のある場所――河原の近くで天幕を張り、焚き火を起こす。先ずは食事の準備をせねばと思い、水を鍋がいっぱいになるまで汲んできた。

 

「おかえり、お兄ちゃん!」

 

「お疲れ様です、オシュトルさん」

 

「其方らもな。どれ、某も野菜を切るのを手伝おう」

 

「オシュトルちんも手伝ってくれるんだー!」

 

「いやオシュトル殿、ここは我達に任せて休んでくれ」

 

「そうはいかぬ。皆が働いている中、一人だけ休むわけにもな」

 

 霧夜殿とマロロ、巫神楽三姉妹には歩哨班。焔紅蓮隊には魚の調達。

半蔵の者たちは皆の分の米を炊く。そしてネコネと夜桜達月閃の者達は野菜を切るのと汁物を担当して貰っている。一番時間がかかりそうなこちらを手伝った方がいいだろう。

 

「雪泉、美野里、ネコネ、皮を剥いた野菜を渡してくれ。某も切ろう」

 

「は、はい」

 

「うん♪」

 

「判ったのですっ」

 

 

 野菜も切り終わり、後は汁物を混ぜながら煮込むのを待つだけだ。巨大な鍋には野菜がグツグツと煮えている。少し離れた所では飛鳥殿らが大量のクッカーで米を炊いていた。

 

「おーい! 魚捕って来たぞー!」

 

「それも大量ですわ♪」

 

 焔紅蓮隊の皆が魚の入った網を持ちながら帰って来た。焔殿は捕ってきた魚を皆に見せびらかすように持って来た。

 

「どうだ飛鳥。お前にはこんなに捕れないだろう?」

 

「うわ凄い! 流石焔ちゃんだよ!」

 

「ねえ雲雀、どの魚が良いかしら?」

 

「選んでいいの春花さん!? えっとね、えっとね……」

 

「雲雀、選んだやつはオレが焼いてやるぞ」

 

「ちょっと待ちなさい! 捕ってきたのはあたし達よ!?」

 

「まあまあ未来、こんなにようけあるならええやないか」

 

 日影殿の言う通り、確かに沢山ある。これだけの魚があれば皆の腹もこと足りるだろう。

 

「お、どうやら順調みたいだな」

 

 警邏から戻って来た霧夜殿が声をかけてきた。その後ろからマロロも駆け足でこちらまで来た。

 

「ふぅ…疲れたでおじゃるよ」

 

「む? その袋は?」

 

 気づけば見回りに行く時には持っていなかった白い袋を霧夜殿が持っていた。

 

「ああ、これか? 警邏ついでにマロロと取ってきてな」

 

「取って来た?」

 

「まあ見てみろ」

 

 すると、霧夜殿は袋を某に近づける。某はそっと袋の中を覗き込んだ。

 

「これは……」

 

 中に入っていたのは蜂の幼虫だった。蜂の子は袋の中で蠢いており、中には蛹になっているのもいる。この蜂の子を焼いてタレをつけると酒菜に丁度良いのだ。

 

「女供が寝静まったら、こいつで一献やるとしようぜ?」

 

「良い提案だが今夜は呑み過ぎぬよう気を付けねばな」

 

「いや〜、楽しみでおじゃるな〜」

 

「あれ〜? 霧夜先生達そこで何コソコソとやってるんですかー?」

 

「ああいや、なんでもない。それより米はきちんと綺麗に研いだのか?」

 

 霧夜殿は一瞬で袋を懐にしまうと、何気ない顔で飛鳥殿の方へ向かった。

 

「そう言えば蓮華殿達は帰っていないでおじゃるな」

 

「一緒では無かったのか?」

 

「それぞれ反対方向でおじゃったから一緒では無いでおじゃるよ」

 

「ふむ……」

 

 もうすぐ飯の用意が出来る。そろそろ呼んで来た方がいいだろう。

 

(もしかして道に迷っているのやもしれん。様子を見に行くとしよう)

 

「マロロ、蓮華達はどの方向に――」

 

 捜しに行こうとしたその時、蓮華達の声が聞こえた。どうやら某の心配は杞憂に終わったようだ。

 

「すまないね、今戻った」

 

「こっちの方は異常無しっすよー!」

 

「……遅くなってごめん」

 

 見ると、三人の服のあちこちに葉っぱがくっ付いていた。一体どこまで行っていたのだろうか……。

 

「何だい?」

 

「いや、服を汚すほど熱心に警邏をしていたのだなと思ってな」

 

「え? あ、ああ…! まあな!」

 

「う、うち達実は探しモノをしていたんす!」

 

「探しモノ?」

 

「ちょ、ちょっと華毘お姉ちゃん!」

 

「やば…!」

 

 華毘はしまったとばかりに口を押さえた。

 すると、華風流と蓮華は慌てた様子でこちらに言った。

 

「あ、あのねオシュトル。探しモノって言うのは華毘お姉ちゃんの財布なの!」

 

「財布?」

 

「そ、そうなんだよ! いやぁ、華毘にも困ったもんだぜ〜」

 

「待って欲しいっす! うちはそんなうっかりじゃ――ぐふっ!」

 

 気のせいだろうか……華風流の肘打ちが華毘の溝落ちに決まったように見えた。

 

「と、とにかく! 私達は華毘お姉ちゃんの財布を探してただけだから!」

 

 そう言い残すと蓮華達はそそくさと飛鳥殿らや雪泉達の方に歩いて行った。

 

「な、なんだったでおじゃるか? なんだか様子が変だったでおじゃるよ……」

 

(財布、か……そういうことにしておこう)

 

 自分にそう言い聞かせながら、某も皆の所に行く事にした。




乗っ取られる前のディーがどんなキャラか知ることができたので出すことにしました! 乗っ取られた方のディーでは次元が違うので出せなかったんですよね。


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シノビ村へ

ハクがついにロスフラで実装されましたね!しかも藤原さんボイスで泣きそうになりましたよ…


 ついに夕餉が出来上がり、皆で焚き火を囲みながら食べることになった。炊き立ての白い米に、沢山の野菜が入った味噌汁。さらには魚の塩焼きだ。食堂で食べている時とは違い、なんだかいつもより美味しく感じた。

 食事は賑やかな雰囲気で皆も満足そうにしていた。焔殿と未来殿に至っては涙を流していた。詠による節約習慣とやらのせいでろくな物を食べていなかったと聞いた。さぞ美味く感じたに違いない。詠にはもう少し贅沢をさせようと思った瞬間だった。

 

 食事の後は後片付けをし、皆がそれぞれの天幕へ潜り込む。見張りは某と霧夜殿で交代しながらする事になった。雪泉や飛鳥殿らは『私達も火の番をします』と言ってくれたが、やんわりと断った。何故ならいつ獣や妖魔に襲われてもおかしくないため、彼女達には体を休めて欲しいからだ。『もし何者かが襲って来たら必ず起こす』と食い下がる雪泉達に約束すると、渋々ながら聞いてくれた。

 ちなみに今は霧夜殿が火の番をしている。

 

「……」

 

「ごぉ〜……」

 

 やや暗い天幕の中を見渡す。傍らにはマロロが鼾をしながら寝ている。

 

(……もう交代の時間だな)

 

 マロロを起こさぬよう、物音を立てずに静かに天幕から出る。火の近くには当然ながら霧夜殿がいた。霧夜殿はこちらに気がつくと、笑みを浮かべながら話しかけてきた。

 

「よぉ、待ってたぞ」

 

「ああ、霧夜殿は暫く休んでいるといい」

 

「何言ってんだ? まだこれやってないだろ」

 

 霧夜殿はそういうと、盃で呑む仕草をした。

 

「ふっ、そうであったな」

 

「こいつもちょうど綺麗に焼けたぜ」

 

 見ると、焦げ目のついている蜂の子が皿の上に盛っていた。霧夜殿は用意していた酒瓶を取り出し、盃をこちらに渡した。

 

「そういやマロロはどうしたんだ?」

 

「疲れているところを起こすのも忍びないと思ってな。中でぐっすりと寝ている」

 

「なら仕方ない。俺らだけで楽しむとするか、ほら」

 

 ぐいっと酒瓶を差し出され、こちらも盃を出すと、霧夜殿はトクトクとこちらの盃に酒を注いだ。

 

「乾杯だ」

 

 互いにカランと盃を当てると、酒を一気に呷った。

 霧夜殿は盃に入った酒を飲み干すと、ニヤニヤしながら言った。

 

「ふぅ、それにしてもなかなかの策士だったぞお前」

 

「何の事だ?」

 

「とぼけんなって、こうやって呑む為に飛鳥達に火番をさせなかったんだろ?」

 

「待て、それは誤解だ。某は本当に――」

 

「ははは、判ってるって。そら、盃が渇いてしまうぞ」

 

「む……」

 

 霧夜殿に促され、盃を差し出すと静かに酒が注がれる。弁明をしようと試みたが、取りつく島もないので、説得は諦めることにした。

 酒をチビチビと呑みながら焼いた蜂の子を口に運ぶ。すると、霧夜殿が神妙な面持ちで問い掛けてきた。

 

「なあ、聞いてもいいか?」

 

「ん? どうした、改まって」

 

「なんで俺達にここまで協力してくれるんだ? 妖魔との戦いなんてよ、お前に利点(メリット)があるわけじゃないだろ」

 

「……」

 

「オシュトル?」

 

「戦いとは無縁な……平穏な日々を取り戻すためだ」

 

「はは、もっともらしい理由だな。俺はそんな建前じゃなくて本当の事を言って欲しかったんだが」

 

「ふっ、抜け目のない男よな。其方は」

 

「これでも教師でね。本音かどうかぐらい判るさ」

 

 霧夜殿は微笑みながらそう言うと、すぐに真剣な表情に戻った。

 

「で、実際はどうなんだ?」

 

 今の霧夜殿に嘘や誤魔化しは通用しないだろう。特に隠す程でもないので言う事にした。

 

「某が森で倒れているところを雪泉に救われてな。それ以来、あの子に返しきれぬ恩を返すと誓った」

 

「なるほど、戦っているのは雪泉の為でもあるってことか」

 

「それだけではないが……減滅したか?」

 

「いや、女の為に戦うのは別におかしいことじゃない。むしろ格好良いと思うぜ?」

 

「……」

 

「ところでよ、雪泉に恋人が出来たらどうするつもりだ?」

 

「どうするも何も祝福する以外ないであろう」

 

「反対しないのか?」

 

「何故反対する必要がある? あの子が幸せになるのであれば某はそれで構わぬ」

 

「……はぁ」

 

 何故か霧夜殿は大きく溜め息を吐いた。某は何か呆れられるようなことを言っただろうか……。

 

こりゃ、こいつに惚れた女は苦労しかしないな……」

 

「霧夜殿、よく聞こえないのだが」

 

「何でもねえよ、ただの独り言だ」

 

 そう言いながら霧夜殿は一気に酒を呷ると、ゆっくりと立ち上がった。

 

「さて、俺はそろそろ休ませてもらう。交代の時間になったら起こしてくれ」

 

「ああ」

 

 天幕に戻る霧夜殿。

 某は引き続き、火に薪を焚べながら火番をすることにした。

 

 

 

 日が昇り朝が来た。

 それぞれの天幕に声をかけ、皆を起こすと早速出発し、シノビ村に向かうことにした。途中で道が悪いところがあったが、何とか事なきを得た。

 三時間程森の中を進んで行くと、開けた土地に行き当たった。広い田畑と身を寄せ合うように立つ家々が、大きくもなく小さいわけでもない村を形成している。

 

(のどかな所であるな、某の故郷を思い出す……)

 

 そんな事を思い耽っていると、忍装束を着た目付きの悪い男が話しかけてきた。その様子からどこか萎縮しているように見える。

 

「その仮面……もしかして貴方がオシュトル殿でしょうか?」

 

 男の視線がこちらに向いてる。某は前へ進み出て、一礼をした。

 

「お初にお目にかかる。貴殿の言う通り、某がオシュトルである。貴公らの協力の申請を受けるため、参上仕った」

 

「おお…! やはり貴方がオシュトル殿! しかも我々の申し出を受けてくれるのですか!?」

 

「ああ、そのためにもこの文を書いた者と直接対談したい」

 

 そう言うと、男はどこか申し訳なさそうな顔をしながら言った。

 

「……すみません、その手紙を書いた者――カグラの称号を持っている我らがリーダーは留守にしております……」

 

「え! いないんですか!?」

 

 飛鳥殿が思わず男に訊く。

 

「その制服は半蔵学院のものですね? はい、急な忍務が入ってしまい、戻られるのは三日後になるかと……リーダーもあなた方と話せるのを楽しみにしておりました」

 

「そっかぁ……残念」

 

「ひばりも会ってみたかったな……」

 

 肩を落とす半蔵の者達。自分達の先輩に会えないことに落胆しているようだ。その様子を見て、男は気を取り直すように言った。

 

「代わりと言っては何ですが、この村を案内することは出来ます。どうか今日は見学なさってください」

 

 

 言われた通りに今日は村を見学する事にした。辺を見渡すと老人が畑を耕していたり、子どもが稽古をしていたりしている。普通の村でもよく見る光景だ。

 村の者達は某らが通り過ぎる度に好奇心のある目を向けていた。額に付けている仮面のせいか、それともこの大所帯のせいか。

 

「あの方がオシュトル様……?」

 

「きっとそうだよ、行ってみよ!」

 

「あっ!」

 

 二人の女子(おなご)がこちらに近づいて来た。歳はネコネより一つ下くらいか。

 

「あ、あの! わたしと握手してください!」

 

「わ、私もお願いしますっ!」

 

 頭を下げて言う女子達に、某は手を差し出しながら言った。

 

「某で良ければ構わぬよ」

 

「「わあ……!」」

 

 二人とも両手で包み込むように某の手を取る。このくらいで喜んでくれるのならこちらとしても嬉しい限りだ。

 

「オシュトル様と握手するなんて夢みたい……私、もう一生手を洗いません!」

 

「わたしも!」

 

「流石に手は洗った方がよい。握手ならこの村にいる限り、いくらでもしよう」

 

「「あ、ありがとうございますっ」」

 

 二人の少女はそう言って、お辞儀をするとそのまま走って行った。

 ふと、背中に何やら冷たい視線を感じた。

 

「……」

 

 振り返ってみると、雪泉がこちらを睨んでいた。おそらく時間を取らせたことを怒っているのだろう。そう思い、某は謝ることにした。

 

「村を観ている最中にすまぬな。其方の機嫌を損ねてしまった」

 

「兄さま、きっと……いえ、絶対に謝るところを間違えているのです」

 

 

 

 陽も暮れ、最後に案内されたのは旅籠屋だった。白楼閣のような大きなものではないが、この大所帯でも十分に泊まれそうな立派な宿だ。

 

「皆様、遠い所からお越し頂き大変お疲れでしょう。今夜はこの宿にて泊まっていってください」

 

「何から何まで申し訳ない。貴殿に感謝を」

 

 すると、焔殿が小声で耳打ちしてきた。

 

「な、なあオシュトル……私達は宿に泊まる金なんて無いぞ?」

 

「心配せずともそれくらいは某が出そう。この時期は冷えるからな」

 

 会話が聞こえてきたのか、忍の男がこちらに近寄ってきた。どうやら耳が良いようだ。

 

「ご安心ください。ここの女将とは話をつけておりますので、お代は結構ですよ。しかも貸切です」

 

「なにぃ! つまり……タダということか!?」

 

「は、はい……」

 

 タダと聞いて舞い上がっている焔殿に迫られ、男は後ろに引いた。見ると、焔殿だけでなく他の皆も喜んでおり、早速宿に入って行った。

 

「みのり、いっちばーん!」

 

「あっ! 美野里ちんずるい!」

 

「ひゃっほーい! 風呂はアタイが一番乗りだ!」

 

「何おう? 一番はこの蓮華が頂くぜ!」

 

「み、皆さん! これは修学旅行ではないんですよ!?」

 

「斑鳩さんの言う通りです! わしらは遊びに来たわけじゃ……」

 

「ふふっ、まあまあ斑鳩さんに夜桜さん、偶にはこういうのもよいではありませんか。私達も行きましょう?」

 

「詠さん……」

 

「むぅ……今回だけじゃぞ」

 

 今の雰囲気に思わず微笑する。

 すると、男も微笑みながらこちらに話しかけてきた。

 

「賑やかな人達ですね」

 

「ああ、まったくだ。あの子達といると退屈せぬよ」

 

「ではオシュトル殿。俺――じゃねえ……私はこの辺で失礼します。明日にまたお伺いしますね」

 

 最後に聞きたい事があり、去ろうとする男の背中を呼び止めた。

 

「その前に聞きたいことがある」

 

「はい、なんでしょうか?」

 

「――貴殿の名は何と言うのだ?」

 

 男は思い出したかのような顔をすると、こちらに向き直り、自分の名を言った。

 

「申し遅れました……私はヌワンギと申します。以後、お見知り置きを――」

 

 

 

 

 それぞれ荷物を部屋に置いた後、女性陣は露天風呂へと向かった。この旅籠屋の風呂は男湯と女湯が時間制であり、今は女湯の時間というわけだ。ちなみにオシュトルは美少女達のいる魅惑の女湯を覗いて……いるはずもなく、部屋で霧夜やマロロと話しながら待っている。

 そして今、ネコネや雪泉達は湯船に浸かる前にゴシゴシと石鹸で体を洗っていた。

 

「ああ…! ああぁぁあぁあ!?」

 

 突然の未来の叫びに雪泉達は一斉にそちらを向いた。未来はネコネを指差してワナワナと震えている。

 

「あ、あんた…! あたしを裏切ったのね!?」

 

「う、裏切ったって何のことなのです……?」

 

 何のことか判らず、ネコネは戸惑いながら首を傾げる。その様子に未来はさらに声を荒げた。

 

「とぼけるつもり!? あんただけはあたしの味方だって思ってたのに!!」

 

「だから、何の事ですか……」

 

「決まってんでしょ! 胸よ胸! 何大きくしてんのよッ!」

 

 未来は激昂しながらネコネの胸に指をビシっと差した。

 

「こ、これは勝手に大きくなるものなのですっ! 私が大きくしたわけではないのです」

 

「勝手に大きくなるもの……ですって〜!?」

 

 そうは言っているが、ネコネは毎日のように牛乳を飲んでいたのだ。この世界の本で得た知識(?)である。

 未来は恨めしそうにネコネの膨らみ始めている胸を凝視していた。

 

「なんで……なんで……あたしも色々努力してるのに……」

 

「み、未来さん……そんなに見ないで欲しいのです……///」

 

「なんて不公平な世の中なの!? ていうか……このままいったら華風流より大きくなるんじゃない?」

 

「ッ!?」

 

 未来の台詞が偶然聞こえた華風流は体をビクリとさせた。華風流は自分の胸とネコネの胸をおそるおそる比べるように見る。

 

「……」

 

「華風流ちゃんどうしたんすか?」

 

「顔色悪いぞ、上がった方が良いんじゃないのか?」

 

「な、なんでもないわ……気にしないで」

 

(華毘お姉ちゃんと蓮華お姉ちゃんは大きいのに何で私はこんななのよ…!)

 

 華風流は二人のように大きくもなく、しかもネコネにも抜かれそうなので内心焦っているようだ。

 

「おお……」

 

 胸の話に葛城が食い付く。葛城はフゥーフゥーと鼻息を荒くしながらネコネに駆け寄るとネコネの胸に顔を近づけた。

 

「今まで大きなおっぱいにしか興味無かったアタイだが……これはこれでアリ……」

 

 ゴクッと唾を飲み、手をわしわしと動かす葛城。ネコネは思わず胸を桶で隠した。

 

「か、葛城さん、目が怖いのです……」

 

「何も心配いらない! アタイが揉んで大きくしてやるからなっ!」

 

「うなっ!?」

 

 葛城がガバッとネコネに飛びかかろうとするが、ネコネはそれをなんとか躱す。

 

「どうしてアタイのスキンシップを避ける!?」

 

「犯罪者のような目をしながら襲われたら誰でも逃げるのです!」

 

「犯罪者とは失礼だな! アタイのはちゃんと愛があるぞ!」

 

「こ、こっちに来ないで欲しいのです!」

 

「いひひひ……安心しろネコネ。たっぷり可愛がってやるからさ〜」

 

 葛城はまるで誘拐犯のような台詞を吐きながらジリジリとネコネに詰め寄る。ネコネも葛城が近付いてくる度に後退っていく。

 それを見兼ねて、雪泉は止めようとしたが先に葛城を咎めたのは意外な人物だった。

 

「……ねえ、いい加減にしなさいよ。ネコネが嫌がってるじゃない」

 

「え……」

 

 ネコネも意外そうな表情をする。何故なら、声の主は雪泉でも斑鳩でもなく、華風流だったからだ。華風流はネコネの前に立ち、庇うように背中に隠す。様子を見ていた他のメンバーも何も言葉が出ず、その場を見守ることにした。

 

「葛城、あんただって菖蒲にセクハラされたら嫌がるでしょ? それと同じでネコネも嫌なのよ。特にネコネぐらいの思春期の女の子はね」

 

「……」

 

 突然の華風流の正論に葛城は固まってしまった。ネコネは華風流を見つめる。

 

「華風流……」

 

「か、勘違いしないでっ! これはその……私の気まぐれだから」

 

「華風流、ありがとうなのです……」

 

「ふんっ! べ、別に感謝されるほどでもないわよ……///」

 

 ネコネの素直な感謝の言葉に照れる華風流。これで一見落着かと思われたが、そうはいかなかった。

 

「じゃあ華風流、お前のおっぱいなら揉んで良いって事だな?」

 

「……え?」

 

「そーれ! ネコネの分も揉みしだいてやるぜ!」

 

 葛城は一瞬で華風流の背後を取ると、両手で華風流の慎ましい胸をガシっと掴み、揉み始めた。華風流の言っていることが葛城には伝わっていなかったようである。

 

ち、違うからあああぁぁぁぁぁ!!

 

「……風呂は騒ぐものやないで」

 

 葛城による暴走はしばらく続いた。

 

 

 

 女性陣が風呂から上がった後、某とマロロ、霧夜殿は早速風呂に入ることにした。夜空に浮かぶ星と月を見ながら入る風呂は格別で、湯船に浸かっている時間も忘れそうな程だった。

 夕餉の時間は賑やかなものだった。美野里が苦手な野菜をこちらの皿にそっと置いてきたり、それを見た夜桜に美野里が怒られていたり、ネコネと華風流が喧嘩もせず普通に話していたりと色々あったものだ。

 

 それから一時間ほど経った後、厠から部屋に戻ろうと廊下を歩いていると、四季と鉢合わせた。

 

「あ、オシュトルちん! 部屋に行ってもいなかったから探したよ〜。霧夜先生の言う通りトイレだったみたいだね」

 

「某に何か用でもあるのか? 明日の予定については伝えたはずだが」

 

「その事じゃなくてさ、暇ならあたし達の部屋に来ない? 飛鳥ちんや焔ちんも来てるよ」

 

 女子会と言うやつだろう。流石に水を刺すのは悪いのでやんわりと断ることにした。

 

「遠慮しておこう。某がいては盛り下がるだけだ」

 

「そんなことないし! オシュトルちんが来てくれればあたしは嬉しいよ! いやマジで!」

 

 四季はずいっと顔をこちらに近づけ、そのまま手を掴まれる。随分と必死に見えるが何故だろうか……。

 

「し、四季?」

 

「とにかく! オシュトルちんに拒否権なんか無いから! ほら行くよ」

 

 半ば強引に手を引っ張られる。振り解く事自体は出来るのだが、それはやめておいた。途中から四季は腕に抱きつくような形になったが敢えて気にしない事にした。

 部屋まで辿り着き、四季は勢いよく扉を開けた。

 

(やれやれ……まあ、何も起きないとは思うがな)

 

「みんな〜! オシュトルちん連れて来たよ〜!」

 




ヌワンギはササンテが引き取らなかったら正義感溢れる優しい青年になってたでしょうなぁ


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一触即発

永劫の定めが神曲すぎて毎日聴いております。


「そうですか……奴等がシノビ村に……」

 

「はい、どうやら同盟を組むつもりらしいです。 雪不帰様、如何致しましょう?」

 

 部下の報告に壇上の玉座に座っている雪不帰は目を瞑り考える。シノビ村にはその名の通り、忍を生業としている者が多く住んでいる。いつかは攻め落とそうとしていた集落だ。

 

「……ディー」

 

「ここに」

 

 雪不帰に呼ばれ、姿を現すディー。相変わらず笑みを浮かべているが、ここ数日あまり寝ていないようで目にクマができ始めていた。

 

「例のアレは完成したか?」

 

「ええ、雪不帰さんがすぐに完成させろとおっしゃっていましたから……とは言え、まだ二百体分のしかありませんがね……」

 

「今はそれで十分だ。妖魔に投与し、シノビ村に仕掛ける。今回は私も出陣よう……里の奴等に、忍は妖魔に勝てぬと思い知らせる……」

 

 雪不帰の仮面の力は強力なもので、変身すれば例えカグラの称号を持つ者でも相手ではない。しかし、使った後に体力を消耗するのは雪不帰とて同じだ。

 傍らにいた羅刹が雪不帰の出撃に異議を唱える。

 

「待ってください、シノビ村の連中など雪不帰が出る幕でもありません。出撃でしたら私が――」

 

 羅刹が言いかけたその時、ヒエンがそれを遮る。

 

「聖上、今回の戦は自分を指名して頂きたい」

 

 すると、雪不帰はヒエンの方へ視線を向けた。

 

「ヒエンか……そうですね」

 

「皆殺しなら僕も混ぜてくださいよ。最近暴れていないからムシャクシャしてるんだよね」

 

 そこへハウエンクアも戦に志願する。すると、ヒエンは不機嫌そうにハウエンクアに言った。

 

「……俺一人で十分だ。ハウエンクア、お前はすっこんでろ」

 

「冷たいねぇヒエン。僕たち友達じゃないか、仲良くしようよ」

 

「勝手に友達認定するな」

 

 ヒエンとハウエンクアの険悪な雰囲気に、ディーが止めに入る。それも軽い感じで笑みを浮かべながら。

 

「まあまあ、ヒエンさん、仲良くしようというハウエンクアさんの主張は正しいと思いますよ。ほら、笑顔笑顔♪」

 

 そう言って、ディーはヒエンの口元を引っ張った。

 

「て、てめえ! 斬られてぇのか!?」

 

「おっと――」

 

 ディーを突き飛ばし、鞘から赤い刀を抜くヒエン。流石のディーも思わず距離を取った。

 

「おお怖い……何もそんなに睨まなくてもいいじゃないですか」

 

「あ、兄上……落ち着いてくだ――」

 

 月光がヒエンを宥めようと近づく。しかし、ヒエンは月光を睨みつけると、一瞬で刀を月光の喉元に向けた。あと少しでも近づけば斬るという意味だろう。月光は涙目になり、小さい悲鳴を上げた。

 

「ひっ!」

 

「お前も俺に近づくな……虫唾が走る……」

 

 ヒエンはそういうと刀を鞘に納める。

 すると、月光は尻餅をつきながらそのまま泣き出してしまった。閃光は思わず、月光に駆け寄った。

 

「大丈夫か、月光……?」

 

「うっ…うぅ……」

 

「あーあ、泣いちゃったじゃないか。ヒエンも酷な事をするねぇ……まあ、僕もこんな奴らどうでもいいけどね」

 

「ハァ……この女(月光)の啜り泣く声が耳障りで仕方ないわ。さっさと出て行ってもらえると嬉しいのだけど」

 

 二人は双子の方を見ながらそう言った。どうやらハウエンクアとスオンカスも双子の事を快く思ってないらしい。

 様子を見ていた雪不帰は傍らにいるゲンジマルに声をかけた。

 

「ゲンジマル、月光を部屋に連れて行きなさい……」

 

「御意」

 

「お祖父様……」

 

「行くぞ、閃光、月光」

 

「……はい」

 

 泣いている月光と一緒にゲンジマルと閃光はこの場から離れる。ゲンジマルがいなくなった途端、ヒエンは舌打ちをした。

 

「チッ……」

 

「ヒエンさん、兄妹なんですから仲良くしないと駄目ですよ? 月光さんとても可哀想でしたよ」

 

「……うるせぇ、ディーに俺の何が判るんだよ」

 

「あはは、荒れてるねぇ」

 

「皆の者、静粛に! 静まりなさい!!」

 

 羅刹が怒った口調でヒエンらを注意する。しかし、羅刹が言っても静かになることはなかった。

 雪不帰は静かに玉座から立ち上がり、ヒエン達を見下ろす。そして、得物である白の黒の扇子を取り出すと、ヒエン達の方に振りかざした。

 

「なっ…!」

 

「ちょ…!」

 

 突如ヒエンとハウエンクアに目掛けて幾本の大きな氷柱が襲いかかる。その氷柱は鋭利で尖がっており、当たれば怪我だけではすまない。二人は間一髪のところで避ける事が出来た。

 

「雪不帰……」

 

 羅刹が驚いた表情をする。羅刹以上に驚きを隠せないでいたのはヒエンとハウエンクアだった。

 

「「せ、聖上……」」

 

「これでもお前達の多少の無礼には目を瞑ってきたつもりだが……次は外さんぞ……」

 

 ゾクリ――

 雪不帰の心臓を抉られるかのような視線に二人は、膝を折り、頭を深々と下げた。

 

「申し訳ありませんでした……」

 

「ぼ、僕も次からは気をつけます……」

 

「……判ればよい」

 

 流石の二人も雪不帰が本気になれば敵わないと悟ったのだろう。あのディーでさえいつもの笑みが消えている。

 

「今回の戦はディー、ヒエン、ハウエンクアに加え、羅刹――お前に出撃してもらう……構わないな?」

 

「は、はい!」

 

「四人とも、ただちに異界の門を開け、出撃せよ……」

 

「「「「御心のままに……」」」」

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 昨晩は散々な目にあった……。

 四季に部屋に連れて来られたまでは良かったのだが……問題はそれからだ。四季が突然『王様ゲームしよ!』と言い出して……この先は思い出したくもない。

 

「お、オシュトル様……///」

 

 雪泉にプイッと顔を背けられてしまう。彼女に至っては某と目を合わせてくれなくなってしまった。無理もあるまい……。

 隣で歩いていた霧夜殿が怪訝そうな顔をして話しかけて来た。

 

「うぉ? 珍しいな、お前が窶れた顔するなんてよ」

 

「……色々あってな」

 

「にょほほ、まさか遠足気分で眠れなかったでおじゃるか?」

 

「……そんなところだ」

 

「何があったのかは知らんが、敢えて言及はしないでおくよ」

 

「そうしてもらえると助かる……」

 

 そんな会話をしているうちに、シノビ村の入口まで辿り着く。すると、ヌワンギ殿はこちらを振り返り、名残り惜しそうに言った。

 

「では、皆さん……ここでお別れです。後日に物資などお届けいたしますね」

 

「すまない、貴公らが城に来たときは歓迎しよう」

 

「ありがとうございます。それでは道中お気をつけて」

 

「ああ」

 

 ヌワンギ殿と握手をしようとしたその時だった。村中に鐘の音が鳴り響くとともに、村の者達が慌ただしく行き交っている。

 

「妖魔だぁぁ! 妖魔が攻めてきたぞおおぉ!!!」

 

「「!?」」

 

(妖魔だと……)

 

「チィ! リーダーもいないこんな時にかよッ! オシュトル殿らは早く村から出てください。俺達が片付けますんで!」

 

「……」

 

 某は雪泉達に目線を向ける。

 

「皆、戦の準備はよいか?」

 

「はい、オシュトル様」

 

「私もいつでも良いですよ!」

 

「ふっ、私達を誰だと思っている? この焔様にかかれば妖魔など敵ではない!」

 

「皆、出陣るぞ!」

 

「「「応っ!!!」」」

 

 某らはそれぞれ分かれ妖魔討伐に向かった。

 

 

 

「う、うわああああああ!!?」

 

 忍が次々と血を吹き出して倒れていく。そんな中、大きな笑い声を出して楽しんでいる男がいた。

 

「アッハハハ! やっぱ忍を殺すのは気持ち良いねぇ! 最高の気分だよォォ!」

 

 三つの鋭い刃がある赤い籠手を両手に付けているハウエンクア。もはやこれは残虐に等しい。まるで忍に恨みでもあるみたいだ。

 ハウエンクアは逃げ惑っている二人の少女に目をつけた。

 

「みーつけた♪」

 

 ハウエンクアは瞬時に少女を追い、目の前に立った。

 

「ひぃっ……」

 

「ごめんねえ? 忍の玉子でも僕達妖魔にとって邪魔でしかないんだ……死んでもらうよ!」

 

「させるか!」

 

 キィン――

 ハウエンクアの前に焔紅蓮隊が現れる。未来が後ろから誘導弾を放ち、ハウエンクアと距離を取らせた。

 詠が二人の少女に言った。

 

「あなた達はお逃げなさい! 春花さん、未来さん、この子達をお願いしますわ!」

 

「判った! あなたたち、こっちよ!」

 

「安心して! あたし達が護るから!」

 

 少女達は春花と未来についていく。それを見たハウエンクアは逃すまいと追いかけようとするが、焔、詠、日影が行手を遮る。

 

「おやおや、これはこれは……元蛇女の選抜メンバーの奴等じゃないか。僕の至福の邪魔をした意味を判っているんだろうね?」

 

「さあ、知らないな」

 

「貴方こそ、私達を怒らせた事をご存知ですの?」

 

「わし、感情無いけど今すっごいアンタが煩わしく感じるわ」

 

「ああそうかい……なら、お前達から殺そうかなぁ」

 

 

 

「た、助け――」

 

 ザシュ――忍の首が切られ、血飛沫を吹き出しながらゴロッと地面に落ちる。血で出来た水溜りの上でヒエンは退屈そうにしていた。

 

「この村の連中は雑魚ばかりか……ん?」

 

「あ、あれは!」

 

 霧夜と飛鳥達の目の前には忍や村人の死体がその辺に転がっていた。

 この男が殺った――飛鳥達はそう確信した。

 

「酷い……」

 

「……雲雀、見るな」

 

「おい、覚悟は出来てるんだろうなぁ?」

 

 葛城はヒエンを睨む。すると、ヒエンは不敵な笑みを浮かべながら言い放つ。

 

「ハハハッ! ようやく現れやがったか! 遅えっつの」

 

「なんですって……!」

 

「ほう……お前、良い刀持ってんじゃねえか……」

 

「え?」

 

 ヒエンは斑鳩の刀に注目する。すると、霧夜は痺れを切らしたかのように言った。

 

「御託はいい。さっさと退いて貰おうか」

 

「てめえに用はねえよ――おい」

 

 ヒエンが後ろの木々の方に向かって声をかける。すると、霧夜の背丈以上もある妖魔がゾロゾロと出て来た。その妖魔は灰色の屈強な体をしており、口を大きく開けていた。まるで異形の化物のような見た目をしている。

 

「ヴル…グルル……」

 

「ヒュゥ…ウゥゥ……」

 

「な、なんなの……あれ……」

 

「……やれ」

 

「ガァウルァア!!」

 

 ヒエンの合図で妖魔は一斉に飛鳥達に襲いかかる。斑鳩も武器を構えるが彼女の方には何故か一匹も突進して来ない。

 

「どうして私だけ……」

 

「さあ、剣を抜けよ。名門の忍一族様なら……俺を満足させてくれるのだろう?」

 

「……!」

 

 斑鳩は鞘から刀を抜くと、ヒエンと対峙する。

 

「いつでもいいぜ……来いよ!」

 

「なら……遠慮なく行かせて頂きます」

 

 斑鳩の抜き打ちの一閃をヒエンは軽々と受け止める。さらに一閃、二閃と刀を振るうが、ヒエンをいつまでも斬る事が出来ない。 

 

「この強さ…! 貴方何者です!」

 

「ククク……死合いの最中にお話とは呑気なものだな。すぐに喋る事の出来ねえ体にしてやるぜ!」

 

 受け止めていただけのヒエンだったが、次第にヒエンからも攻めるようになった。斑鳩はヒエンの猛攻に受け流すことに精一杯だ。

 

「斑鳩さん! くっ!」

 

 飛鳥も斑鳩に加勢したいところだが、目の前の妖魔がそれを許してくれない。

 

「グゥアァァ!」

 

 この妖魔は体こそ大きなものの動きが速く、力も桁違いだ。斬り刻んでも斬り刻んでもほとんど損傷しておらず、耐久面も優れている。

 

「このっ!」

 

 葛城が妖魔に上から蹴りを入れる。すると、妖魔はフラフラと体を揺らし、そこに隙が出来た。

 

「アタイの渾身の蹴りを喰ら――!?」

 

「ブハァァアァ!!」

 

 近くにいた妖魔が葛城に向かって紫色の息を吐きかける。それをモロに喰らってしまった葛城は思わず膝をついてしまった。

 

「な、んだ…これ……」

 

「葛城!? まさかさっきのは……体を痺れさせる毒息か!」

 

「霧夜先生! このままだとかつ姉は――」

 

「ぐっ……お前達は葛城を連れて撤退しろ! 俺が時間を稼ぐ!」

 

「そ、そんな事出来ません! 斑鳩さんだってあの人の相手で……」

 

「飛鳥、それでもお前は半蔵学院のリーダーか! リーダーなら今出来る事をやれ!」

 

「霧夜先生……私は」

 

「ぐはっ!」

 

 柳生が妖魔に足を掴まれ、そのまま投げ飛ばされる。そして羽目板に打ち付けられてしまう。

 

「柳生ちゃん! 待ってて、ひばりが助けに――」

 

「雲雀! 後ろだ!」

 

 霧夜が叫ぶが、妖魔の手が雲雀の方へ伸びる。雲雀も振り向いた刹那――

 

「グルアァァアァ!!」

 

 一瞬の出来事だった……何者かが妖魔へと攻撃する。すると、妖魔はゆっくりと倒れ、崩れ落ちた。

 

「い、一撃で妖魔を……」

 

「間に合って良かった……」

 

 チリンと鈴の音が鳴る。

 後ろに二つの鈴をつけたゴムで髪を結んでいる美しい女性が現れた。その女性は自分の背丈くらいの長さの棒を持っている。どうやら彼女の得物のようだ。

 女性は霧夜や飛鳥達を見る。

 

「あなたは……?」

 

「クスッ、その制服懐かしいですね。霧夜先生もお久しぶりです」

 

「ああ、久しぶりだな。だが……再会を喜んでいる暇はないようだ」

 

「そのようですね……今は妖魔を殲滅することにしましょうか」

 

「あっ――」

 

 女性は妖魔の大群の中に向かって行く。妖魔が次々と攻撃を仕掛けるが、彼女は美しく鮮やかな軽い身のこなしで躱していく。そして妖魔に再び強烈な一撃をお見舞いした。

 飛鳥はその人が半蔵学院の先輩でカグラの称号を持つ者だと判った。

 

「凄い……」

 

 女性は複数の妖魔を倒して飛鳥達の元に戻ってくる。

 

「飛鳥さん…ですよね?」

 

「え、あ、はい!」

 

 女性は飛鳥の腕でぐったりとしている葛城を見る。

 

「この薬をその子に飲ませてあげてください。少しはマシになると思います」

 

 そういうと、女性は懐から小さな瓶を取り出し、飛鳥に手渡した。

 

「その子を安全な所に連れて早く離脱してください。妖魔なら私が引き受けます」

 

「で、でも……まだ斑鳩さんが……」

 

 飛鳥はヒエンと対峙している斑鳩の方へ視線を向ける。見ると、斑鳩の方が追い詰められていた。

 

「……霧夜先生、妖魔の方はお願いできますか?」

 

「任せろ。時間を稼ぐ事ぐらいは出来る」

 

「では、お願いします――」

 

 霧夜に目配せすると、女性は即座に斑鳩の方に向かう。途中で妖魔に攻撃されるが、しなやかな動きで避けていく――。

 

「ハハハッ! 正直ここまでやれるとは思ってなかったぜ!」

 

「っ……貴方方の好きなようにはさせません!」

 

 鍔迫り合うがヒエンの方が力強く、このままでは押し切られてしまう。斑鳩はそう思い、距離を取ろうとするがなかなかその隙が見つからない。

 

「楽しかったぜ、斑鳩さんよォ……」

 

「!?」

 

 斑鳩の刀が弾き飛ばされ、数メートル程離れた地面に落ちてしまった。

 

「ククク……じゃあな、今楽にしてやるぜ!」

 

 尽かさずヒエンは一閃する。しかし、それは間一髪のところで女性に棒で受け止められた。

 

「てめぇは……」

 

 あと少しのところで殺せたのを邪魔されたヒエンは、目の前の気高く美しい女性を睨みつけた。

 

「ユズハ、正義の為に舞い忍びます――」

 

 

 

 その頃、巫神楽三姉妹とマロロの四人は村の人達を避難させながら、妖魔の相手をしていた。

 

「本当に数が多いな……しかも再生しやがる」

 

「未だに油断出来ないっすね……なんなんすかこの妖魔は」

 

「見た目も不気味だわ……夢に出そうなんだけど……」

 

 三姉妹を後ろから援護をしながら、マロロはどうすればいいのか考える。

 

(妖魔と戦っていても、こちらの体力が消耗するだけでおじゃる……このままだと不味いでおじゃ……)

 

 そこでふと、蓮華達の戦っているところを見ていたマロロはあることに気がつく。

 

(待つでおじゃる……さっきからマロ達が攻撃しているのは胴や腕や脚ばかり……となると)

 

 マロロは蓮華達に聞こえるよう、大声で叫んだ。

 

「頭でおじゃる! 頭を攻撃するでおじゃるよ!!」

 

「頭? 頭を攻撃してどうするんだよ」

 

「蓮華お姉ちゃん、もう考えている暇はないわ! マロロの言う通りにするわよ!」

 

「そうだな……私達の采配師を信じるとするか!」

 

「よーし、どっかーん!」

 

 三人はマロロの言った通り、重点的に妖魔の頭を攻撃する。一匹の妖魔の頭を、華毘は得物である大きいハンマーで叩き込んだ。すると、妖魔はそのまま動かなくなった。

 

「や、やっつけたっす!」

 

「やっぱり……他の四肢は再生出来ても、頭は再生出来なかったでおじゃるな。活路が見えたでおじゃる!」

 

「やるじゃねえかマロロ! 思わず見直したぜ」

 

「まあ、今回は褒めてやってもいいわ」

 

「にょほ! それほどでもないでおじゃるよ〜」

 

 マロロの知恵によって妖魔も苦戦することなく、順調に倒していった。

 

「燃えるでおじゃ!」

 

「グオァァォ!?」

 

「これでこの辺りの妖魔は倒したわね」

 

 マロロの術で最後の妖魔も再生せず黒焦げになって灰になった。あとはオシュトル達の援護に行くだけだ――蓮華達が仲間の救護に向かおうとしたその時だった。

 

 パチパチパチ――

 上から拍手の音が聞こえてくる。

 

「流石は巫神楽の方達ですね。急いで完成させた薬とはいえ、強化された妖魔を退治するとは」

 

「誰だ!」

 

 蓮華達は空を見上げる。そこにいたのは白い羽を背中に生やした男――ディーだった。

 

「と、飛んでるっす!」

 

「ちょっとあんた! 降りて来なさいよ!」

 

「ふふふ、仕方ありませんね」

 

 ディーは緊張感のない声でそういうと蓮華達の前に降り立った。

 

「おい、この妖魔はお前の差し金か?」

 

「はい、そうですよ」

 

「な……」

 

「このようなやり方は不本意ではありますけどね。本当にこの子達には悪いことをしました……さぞ苦しかったことでしょう」

 

 屍となった妖魔を見て、ディーは気の毒そうな顔をする。

 

「さて、レディと戦うのは気が引けますが……これも命令です、悪く思わないでくださいね」

 

「うちらを舐めないで欲しいっす!」

 

「……」

 

 ディーはパチンと指を鳴らす。すると、ディーの後ろに二十体ほどの妖魔が出現した。異界にいた妖魔を転移術で連れて来たようだ。

 

「グルゥルアァ!」

 

「こ、これは…さっきよりも多いでおじゃる……」

 

「べらんめぇ! 男がこのくらいで()をあげるんじゃねぇ!」

 

「そうよ! 弱点はもう判ってるんだから!」

 

「またうちのハンマーで叩き込んでやるっすよ!」

 

 やる気の三姉妹にディーは静かに問うた。

 

「……本当に今の状況を判ってますか? 私もいるのですよ?」

 

 ディーはそう言うと鞘から刀を引き抜く。

 

「手荒な真似は好きではありませんが、やむを得ませんね……」

 




今回の妖魔はグトゥアルダルでした。原作で倒したと思って放置してたら復活して苦労した覚えがあります。


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一触即発・弐

戦パートはやはり難しいですね……


「しまっ――!」

 

 妖魔の猛攻撃に叢の体勢が崩れてしまう。

 

「ぬんッ!」

 

 隙が出来てしまった叢に襲いかかる妖魔を頭部ごと斬る。すると妖魔はさらさらと崩れさり、その場で塩になった。この光景……何処かで見たような……。

 

(これは……仮面の者の最期と同じ……?)

 

「す、すまないオシュトル殿……助かった」

 

「いや、それより其方が無事で何よりだ。最後まで気を抜いてはならぬぞ」

 

「ああ……」

 

 すると、村の者達を避難させていた四季と雪泉が戻って来た。

 

「オシュトルちん! 村の人達を忍結界の外に出して来たよ!」

 

「ここからは私も参戦します、オシュトル様」

 

「うむ、必ず妖魔を倒しきるぞ」

 

 ちなみにネコネと美野里は忍結界の外で、負傷した忍を手当てしている。ここにいるのは某を含めた五人だけだが、不思議と負ける気はしない。

 

「雪泉は後方にて術で援護を! 叢と夜桜は左翼側! 某と四季は右翼側の妖魔を叩く!」

 

「「「「はい(応、判りました、了解)!」」」」

 

 皆で次々と妖魔を退治していく。流石と言うべきか雪泉達の連携は息がぴったりと合っており、苦戦することなく妖魔の数を減らしていく。いつの間にやらこの子達も頼もしい忍に成長したものだ。

 

 そして、最後の妖魔を倒して奴等の体が一匹残らず塩になっていった。

 

(やはり……これは)

 

「ま、いくら強くなった妖魔とはいえ、あたしらの敵じゃなかったね♪」

 

「……我達が苦戦しなかったのはオシュトル殿のおかげだと思うが」

 

「叢の言う通りじゃ。さっきもわしらをフォローしてくれましたし」

 

「オシュトル様、本当に貴方にはどうお礼を言えば良いか……」

 

「妖魔を倒すことが出来たのは其方らの力だ。某は大したことはしておらぬよ」

 

 雪泉達はどうやら某の手柄だと思っているようだが、決してそんな事はない。彼女達の力があってこそだと思う。雪泉達はもう少し自分に自信を持つべきだ。

 

「オシュトルちんってマジで謙虚だよね〜。そういうところも大好きだけど♪」

 

「し、四季! 突然何を言っとるんじゃ! 破廉恥にも程がありますよ!!」

 

「そ、そうです! 戦場の真っ只中ですよ!」

 

 夜桜と雪泉が同時に四季に詰め寄る。はて、二人は一体何に対して怒っているのだろうか。

 

「うぇっ!? ふ、二人とも妖魔より怖いんだけど……」

 

 流石の四季も二人の剣幕にたじろいでいる様子。そんな中、叢はお面の下でフッと笑っていた。

 

「戦の中、三人の女の子が一人の男を取り合う……ふむ、新しい漫画のネタが思い浮かんだ……」

 

 時折、女子の話についていけない時がある。いや、理解出来ぬと言った方が正しいか……。

 

「……随分と楽しそうですね」

 

 声のした方へ振り返ると、そこには全身が黒い一人の女が立っていた。某より一回り大きな体格をしており、肩や膝部分に刺々しいものがあった。額には角と縦向きの目があり、ヒトではないと確信した。

 此奴は――妖魔だ。

 

「お前は……」

 

「……」

 

 その者は何も言わず、建物の屋根から降りてくるとそのままこちらに近づいて来た。

 

「……貴様がオシュトルですか」

 

「答えてもらおう。お前は何者だ?」

 

「私は羅刹。雪不帰に命じられ、お前達の首を取りに来ました」

 

「雪不帰さんに……」

 

「ふぅん……返り討ちに遭うのがオチだと思うよ?」

 

 四季が挑発するが羅刹はそれを無視し、こちらに目線を向けたままだ。その目からは憎悪……憤りを感じとれる。

 

「オシュトル……貴様さえ殺せば、我ら妖魔が勝ったも同然……雪不帰のためにここで死んでもらいます――ヌォォォォォ!!」

 

 その時、羅刹の体が巨大化し、こちらに向かってその大腕で攻撃をする。砂埃が宙を舞う。躱したのは良いのだが、今の状況は最悪だ。

 雪泉達も妖魔との戦いで疲弊している……この状況を打開するには、もう方法は一つしかあるまい……。

 

「……皆、今すぐに此処から離れるのだ」

 

「いえ、私達も一緒に戦わせてください! お願いです!」

 

「わしもまだ戦えます…! ですから……」

 

「仮面の力を使う。巻き込まれればただではすまぬ」

 

「オシュトル様!――」

 

「其方らはネコネ達と合流し、民を守ってくれ! 某も奴を倒したらすぐに行く」

 

「オシュトルちん……約束だかんね!」

 

「くっ……雪泉、行くぞ」

 

「は、離してください叢さん! 私は……!」

 

「雪泉! オシュトルさんなら必ず勝って戻ってきます。それまで待ちましょう……」

 

「……判りました」

 

 雪泉達がこの場から撤退する。残されたのは某と禍々しい姿に変身した羅刹のみ。

 

仮面(アクルカ)よ! 扉となりて、根源への道を開け放てッ!!」

 

 額にある仮面に手を添えて力を解放する。なんとしてでもここで羅刹を止めねばなるまい…!

 

「今生ノ別レハ済マセマシタカ?」

 

「否、別レ等デハナイ……某ハオマエヲ倒シ、アノ子ラノ元ヘ戻ルト約束シタ――」

 

「残念デスガ、ソノ約束ガ果タサレル事ハナイデショウ。何故ナラ、貴様ハ此処デ私ニ殺サレルノデスカラ……」

 

 羅刹が巨大な体とは思えぬほどの速さでこちらに向かって来る。そして、忍結界の中で巨体同士の拳と拳がぶつかり合う。こちらの方がやや優勢でこのまま押し切りたいところだが、羅刹も負けじと対抗してくる。

 

「クッ……一筋縄デハイキマセンカ」

 

「オオオォォォォォォォッ!!」

 

「何ィ!?」

 

 隙が出来たのを見逃さず、羅刹の腹に思いっきり殴打し、そのまま反対の拳でもう一発殴打を入れる。

 

「ガハッ――ソンナ馬鹿ナ……!」

 

「羅刹、オマエノ思イ通リニハサセヌッ!」

 

「貴様コソ……雪不帰ノ邪魔ヲスルナァァ!」

 

 羅刹が体勢を立て直し、尻尾をこちらに目掛けて振り下ろす。咄嗟に腕で受け止め、距離を取る。しかし羅刹は尽かさずこちらに体当たりを仕掛け、思わず突き飛ばされてしまった。

 

「仮面ノ者ヨ……私ニ早ク殺サレテ楽ニナリナサイ」

 

「……マダマダァ!」

 

 こちらも体勢を立て直し、羅刹の懐に飛び込む。再び殴り合いの攻防が続く。

 渾身の裏拳を羅刹の顔面にお見舞いする。すると、羅刹はよろよろと体がふらついた。

 

「――グ!? マダソンナ力がアッタノデスカ……」

 

「某ハ必ズオマエニ勝ッテミセル! 某ニモ待ッテクレル者ガイルノデナ――」

 

 

 

 オシュトルと羅刹の対決の少し前――集落から少し離れた小屋にて。

 ネコネと美野里が負傷した人達の手当てに専念していた。ネコネの術で傷を癒し、美野里が包帯などで止血をするという形だ。

 

「ネコネちゃん、こっちは終わったよー」

 

「ありがとうなのです。これで一通りは診れたのです」

 

(兄さま……)

 

 ネコネはオシュトルの事で頭がいっぱいだった。大丈夫、必ず兄さまは無事に帰ってくる――ネコネはそう自分に言い聞かせた。

 兄を信じる事にしたネコネは踵を返し、先程治療をしたばかりの葛城のところへ行った。

 

「飛鳥さん、葛城さんの具合はどうですか?」

 

「それが……」

 

 飛鳥はチラリと葛城の方を見る。すると、もう起きている葛城の姿があった。

 

「おーう、ネコネ! アタイはもう元気だぜ!」

 

「葛城さん、安静にしておかないとダメなのです。まだ解毒剤が体全体に行き渡っていないのですから」

 

「なぁに言ってんだよ♪ この通りアタイは――ゔ……」

 

 立ち上がろうとした途端に、顔色が悪くなってしまう。飛鳥は無理矢理に葛城を寝かせた。

 

「もう……無理しちゃダメだってば」

 

「おぉぉぉ……きぼちわるい''」

 

「か、葛城ちゃん大丈夫……?」

 

「美野里……頼みがあるんだ」

 

「な、何? 美野里に出来ることなら何でも言って!」

 

「そうか……なら、今すぐアタイの顔に美野里とネコネの成長しているぱいぱいを――」

 

「とっとと寝やがれなのです」

 

 ネコネはそういうと葛城の額に中指で思いっきり弾いた――俗に言うデコピンである。

 

「いてっ!? おいネコネ……病人には優しくしろ……」

 

「自業自得なのです。これ以上変な事を言うと、うんと苦い薬を飲ませるですよ」

 

「うぐ……ネコネがアタイに冷たい……反抗期か?」

 

 思わず額を手で押さえる葛城。その様子を見ていた飛鳥は思わず苦笑した。

 

「あは、あはは……かつ姉は相変わらずだなぁ」

 

 すると、近くにいた柳生と雲雀も葛城の様子に呆れから苦笑に変わった。

 

「全くだ……さっきまでぐったりしていたというのに」

 

「でもまあ、元気になってくれてよかったよ。あの人のおかげだね」

 

 雲雀が言う『あの人』とは、半蔵学院の卒業生であり『カグラ』の称号を持っている美しい女性――ユズハの事である。

 

「ユズハ先輩……かっこよかったなぁ」

 

 どうやら雲雀はユズハに憧れているようだった。目をキラキラとさせており、完全にうわの空である。

 雲雀の呟きを聞いた飛鳥は、思い出したかのように声を上げた。

 

「あ! そういえば霧夜先生達はどうなったんだろう……無事なのかな……」

 

「……霧夜先生の事だ。きっと無事だ」

 

「私、今すぐ加勢に言ってくる! 霧夜先生達を助けないと…!」

 

「ま、待って! 一人で行くつもりなの!?」

 

 美野里は飛鳥の手を掴み、引き止める。飛鳥は今にも駆け出さんとするばかりだ。

 

「は、離して美野里ちゃん! 早く行かないと皆が――」

 

 ドゴゴゴゴゴ……

 

「わわっ! 地震…?」

 

 地面が揺れ、地鳴りが回りに響く。立っていた飛鳥と美野里が体がふらつき床に手をついてしまった。しばらくすると地響きが収まり、ネコネ達はそれぞれ口を開いた。

 

「な、なんなのです……? 今の地震は……」

 

「自然の地震……なわけないよな? 外で一体何が起こってるんだ……」

 

「み、皆さん!」

 

 すると、外で妖魔が近付かないよう小屋の護衛をしていたヌワンギが、他の忍を連れて慌てた様子で入って来た。

 

「すぐにここから離れます! 忍結界が壊れるのも時間の問題かもしれません!」

 

「ど、どういう意味なのですか? 忍結界が壊れるなんてあるはずが……」

 

「……」

 

 ネコネの問いにヌワンギは言った。

 

「外を見てみれば判ります……」

 

 ヌワンギの言葉を聞き、警戒しながら一人で外に出るネコネ。ネコネは思わず目を見開き、視界に入った光景を疑った。

 

「あ…ぁ……」

 

 瞳から涙が溢れてくるとともに、目の前で兄を失った記憶がフラッシュバックする。オシュトルがヴライとの戦いで果てたあの時だ。

 

「あに、さま……?」

 

 ――ネコネ、幸せにな……。

 ネコネは大切な『兄』を二度も目の前で失っている。こちらの世界で生き別れた兄と逢えた事は彼女にとって幸せな毎日だった。だが、その幸せをまた失うかもしれない……今のネコネには考えることなど出来ない。気がつけば、あの時と同じように兄の元へ向かおうとしていた。

 

「嫌なのです……また、私を一人にするですか……兄さまっ!!!」

 

「ネコネちゃん待って――!!」

 

 飛鳥の制止の声も聞かずに、ネコネは小屋から飛び出して駆けて行く。まるであの日のように……。

 

 

 

「おやおやこれは……予想外ですね」

 

 巫神楽三姉妹+マロロとの勝負の最中、ディーが空から羅刹とオシュトルの対決を見ていた。

 

「どちらも力を解放されていますね。勝つのは羅刹さんか……それともあの仮面の者か……とても気になります」

 

 ディーが余所見をして喋っている間に、蓮華達は次々と妖魔を倒していった。

 

「おい! 妖魔はもういないぞ!」

 

「さっさと降りて来てうちらと決着付けるっす!」

 

「ふん、私達も舐められたものね」

 

「後は貴殿一人でおじゃるよ!」

 

「――ハッ!? 妖魔達に十回程蘇生する術をかけるのを忘れていました……自らの手で女の子を傷付けるのは嫌なんですが……」

 

 ディーはしばらく空中で考えた後、潔く地面に降り立った。

 

「これでも喰らいなさい!! プリンセスバキューム!!!」

 

 華風流が得物である水鉄砲で、圧もあり勢いのある水流をディーに目掛けて撃つ。しかし――

 

「ふふふ……なかなか良い攻撃です。流石は巫神楽……ですが」

 

 ピタリと華風流の放った水流は空中で勢いが消え、やがてシャボン玉のような丸い形となり宙に浮いている状態となった。

 

「そんな!? 私の最大の攻撃を……なんでなのよ!?」

 

 ディーは笑みを浮かべ、呪文を唱え始めた。

 

「大気に漂う水よ。我に攻撃を放った者の元へと還れ――」

 

「えっ!?」

 

 ディーに目掛けて撃ったはずの華風流の水流は、方向を変え華風流の方へと勢いよく向かう。

 何が起こったのか判らない華風流は考える暇もなく、自らの放った水流を喰らってしまった。

 

「きゃああああああっ!」

 

「華風流殿!」

 

 華風流の華奢な体は容赦なく壁に叩きつけられた。

 

「てんめぇ! よくも華風流をッ!」

 

「許さないっす! 今度はうちらが相手っすよ!!」

 

 蓮華と華毘がキッと空に浮いているディーを睨む。しかし、ディーは臆することなく……むしろ二人を見ることなくオシュトルと羅刹の対決を見ていた。

 

「やはりあちらが気になります……この場から離脱すると致しましょうか」

 

「どっかーーーん!」

 

 離脱しようとしたその時、空中にもかかわらず華毘がディーの後ろでハンマーを振り下ろそうとしていた。

 

「成る程、花火を使ってここまで来ましたか……」

 

「あと少しで仕留めたって言うのに……! 惜しかったっす!」

 

 間一髪でディーは、刀で華毘のハンマーを受け止めていた。ディーは地の方を見ると、バチで衝撃波を起こしている蓮華と呪文を唱えているマロロの姿を発見した。

 

「衝撃波でなるべく宙に居れるようにし、呪法で花火の勢いを強めたと……ほう、なかなかに面白い」

 

「どうするっすか? 降参するなら今のうちっすよ?」

 

「降参ですか……ふふ」

 

 すると、ディーは笑みを浮かべながら言った。

 

「気が変わりました。離脱するのは貴女方ともう少し遊んでからにしましょうか」

 

 

 

 

「アッハハハハハ! 君たち最高だねぇ! ますます殺したくなったよ……」

 

 目の前の敵に果敢に挑む焔、詠、日影。こちらの方が人数が多いにも関わらず、ハウエンクアは笑い声を上げながら楽しそうに赤い籠手で三人の攻撃を受け流している。

 

「強いなこいつ…!」

 

「ただの妖魔では無さそうやな。ほんまに厄介や」

 

「しぶとい方ですわねッ! あまりしつこいとレディに嫌われますわよ!」

 

「おやぁ? もう終わりかい? 今度はこっちから行くよ!」

 

 ハウエンクアは素早い動きで焔に距離を詰めると、そのまま籠手で斬り裂こうとする。

 

「させませんわ!」

 

 詠が大剣をブンッと振り下ろす。焔を引き裂こうとし、突っ込もうとしたハウエンクアは大きく後ろへ下がった。地に振り下ろされた大剣は大きな音を立て砂埃を舞わせた。

 

「――フッ!」

 

「ッ!?」

 

 僅かに出来た隙を日影は見逃さなかった。砂埃で視界を遮られたハウエンクアに得物で攻撃をする。

 

「覚悟しぃや!」

 

 ハウエンクアの脇腹を斬りつける。すると、彼の脇腹から血が溢れ、地面にポタポタと落ちはじめた。

 

「ぐっ……! 貴様らぁぁ!」

 

「よし! 詠、日影! 合わせるぞ!!」

 

「「判りましたわ(応っ)!!」」

 

 焔達は一斉にハウエンクアに総攻撃を仕掛ける。

 

 スッ――

 突然何かが焔達の前を横切る。三人が攻撃をした時には、ハウエンクアの姿が無かった。

 

「消えただと!? 何処に行ったんだアイツ!」

 

「焔さん、気をつけた方がええで。術か何かで姿を消しているかもしれへん」

 

 キョロキョロと警戒してまわりを見てみるが、襲って来る様子は無い。

 

「気配はありませんわよ? 逃げたのではないでしょうか……」

 

「そういえば、さっきに何かわしらの前を通った気がするわ。もしかしてアイツの仲間ちゃう?」

 

「……つまり、あいつの仲間が逃したってことか。くそっ!」

 

 焔は拳を握りしめ、地面を思いっきり叩く。

 

「……ともかく、逃げたと言うことは私達の勝ちですわ」

 

「詠さんの言う通りやな。わしらは負けたわけではない」

 

「とりあえず、他の皆さんと合流しませんこと? もし苦戦を強いられているなら援護に行きませんと!」

 

「……だな、皆を助けに行くぞ!」

 

 意気込みし、皆の元へ駆けつけようとすると、三人はある光景を目にして言葉を失った。

 

「あれは……オシュトル、か?」

 

「そういえばオシュトル様は仮面の者……でしたわね」

 

「あれが、あんさんの本気ということやな……」

 

 

 

 

 

「――はぁっ!」

 

「チィッ! うっぜえなぁ!! お前!!!」

 

 激しい攻防――ユズハとヒエンの一騎打ちが続く。今押しているのはユズハだ。

 

「ユズハ先輩凄い……」

 

「余所見をするな斑鳩。まだ妖魔が残っているぞ」

 

「はい! 霧夜先生」

 

 そんな中、斑鳩と霧夜は残りの妖魔を倒していた。確かにヒエンは強い武士だが、ユズハなら勝てるかもしれないと斑鳩は思っていた。

 

「調子乗ってんじゃねえぞクソが!!」

 

 苛立つヒエンはユズハから距離を取ると懐から苦無を取り出し、それを投げつける。しかし、ユズハは難なくと華麗な動きで躱していき、再びヒエンに距離を詰める。

 

「覚悟なさい!」

 

「甘いぜ!」

 

 一見ユズハの有利かと思われたが、避けられたのはヒエンの計算通りで逆に誘い込んでいた。ユズハに容赦のない一閃が打ち込まれる。

 

「あの世に逝きな! クソッタレが!」

 

 ヒエンの誘い込みに対し、ユズハは寸でのところで棒を使い攻撃を凌いだ。

 

「これで――お終いです!」

 

「チィ!」

 

 ユズハはヒエンの脳天に目掛けて棒を振り下ろしとどめの一撃を!

 

「……え?」

 

 ユズハの一撃は何者かによって受け止められていた。

 

「――むんっ!」

 

「くっ…!」

 

 何者かに押し返され、ユズハは思わず下がる。砂埃が舞う中、彼女の前に立っていた人物は……。

 

大老(タゥロ)……何故?」

 

 そこには大きな布で覆われた何かを脇に抱えているゲンジマルの姿があった。

 

「……聖上の勅命でお前達の様子を見に来た。どうやら劣勢だったようだな」

 

「それは……」

 

 ヒエンはゲンジマルの抱えている物に注目する。そっと布を捲ってみると気絶しているハウエンクアだった。

 

「……ハウエンクア」

 

「退くぞヒエン」

 

「……はい」

 

「待ちなさい!」

 

 ユズハがゲンジマルらを呼び止める。しかし、ゲンジマルは振り返る事なく背中を向けて言った。

 

「残念ながら、その得物で某らを相手は無理でしょうな」

 

「なんですって――」

 

 ボロッ……。

 持っていた棒がバラバラになり、地面に落ちた。

 

「勝負は一時お預けですな。ではこれにて失礼致しまする」

 

 次の瞬間、ゲンジマルとヒエンは一瞬にしてその場から居なくなってしまう。

 

(易々と敵を逃すなんて……! 私もまだまだ未熟と言うわけですね……)

 

 ユズハはボロボロになった得物を強く握り締め、悔しそうに唇を噛んでいた。

 




オシュトルは羅刹に勝てる事が出来るのか…続きは次回です!


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戦いの果てに

羅刹との決着です!


 ネコネは杖を持ち、ひたすら走っていた。妖魔と忍の屍がある道を息を切らせながら走る。もはやまわりなど見る余裕すらない。

 

「はぁ、はぁ……あぅっ!」

 

 石に躓き転んでしまう。立ち上がり、再びオシュトルの所へ行こうとするネコネだが、右膝を擦り剥いてしまい先程のように走ることが出来ない。

 

(兄さまが……兄さまがまた死んじゃう……)

 

 あの時の事を思い出し、大粒の涙が溢れてくる。杖をつき、よろよろとしながらも向かおうとするがどこかぎこちない。自分で治癒することを忘れているようだった。

 

「あれ? ネコネちんなんでこんな所にいるの!?」

 

 声のした方に振り向いてみると、そこには美野里を除く月閃の選抜メンバーの姿があった。四季達は疑問に思いながらネコネに駆け寄った。

 

「ネコネさん、どうしてここに……?」

 

「それは……」

 

 雪泉の問いかけに言い淀むネコネ。何故なら、彼女らに事実を言うか迷っていたからだ。仮面の力は諸刃の剣……使い過ぎると命を落とすことになる。他の誰でもない、ネコネは一番よく知っている。

 

「とにかく、此処は危険だ。我たちと一緒に戻るぞ」

 

「そうじゃぞ。ネコネさんにもしもの事があったらオシュトルさんが悲しみますよ」

 

「オシュトルちんってシスコンだからね〜」

 

「あ……兄さま……」

 

 オシュトルの名を出され、ネコネは今にでも走りだそうとする。

 

「待ってください! 本当に危ないですから!」

 

 雪泉は咄嗟にネコネの手を掴む。

 

「は、離してくださいですっ! 雪泉姉さま!! 私は兄さまの所に――」

 

 ネコネは雪泉の手を振り解こうとするが、歳の差の力のせいか振り解く事が出来ずにいた。雪泉も絶対に離そうとせず、ずっと掴んでいる。

 すると、四季は優しい口調でネコネを諭した。

 

「心配要らないって。オシュトルちんなら必ず戻って来るからさ、あたし達と戻ろうよ? ね?」

 

「――ッ!」

 

「ハァ……や、やっと追いついたよ〜……」

 

 ネコネが反論しようと同時に、飛鳥が息を切らしながらやってきた。息を整い、一呼吸置いてから言った。

 

「雪泉ちゃん達が引き止めてくれてたんだね」

 

「飛鳥、一体どうしたのだ?」

 

「ネコネちゃんが急に小屋から出て行ったから急いで追いかけたんだ。ほっとくことなんて出来ないし……」

 

 そう言いながら飛鳥はちらりと雪泉に手を掴まれているネコネの方を見る。

 

「……皆さんは判っていないのです。仮面の力を使いすぎるとどうなるかを……」

 

 ネコネの異様な雰囲気に雪泉は神妙な面持ちで問いかけた。

 

「どういう…意味ですか?」

 

 

 

 

「どっかーーーーーん!!!!」

 

「おっと――」

 

 華毘の振り下ろす大型のハンマーを、ディーは刀で受け流す。華毘がガンガンと攻めており、術法を使わせないためか猛攻撃をしている。

 

「ふふふ……私を楽しませてくれますね。正直、ここまで出来るとは予想外でしたよ」

 

「ホントしぶといっすね……!」

 

「華毘殿! その者から離れるでおじゃる!」

 

 ディーの飛んでいる高さがマロロの攻撃範囲になり、尽かさず呪法を放つ。ディーの真下に大きな炎の柱が現れ、それは一瞬で大きくなった。

 

「さらにこれも追加っす!!」

 

「なっ――」

 

 距離をかなり開けて華毘がスイカくらいの大きさの花火の玉を投げつける。すると……。

 ドーンッ!!!

 花火の玉がマロロの炎と合わさり、爆発を起こした。これだけの爆発であれば助からないだろう。ディーから離れていた華毘は無事に着地し、蓮華達の元へと向かった。

 

「やったな華毘! 大勝利じゃねえか!」

 

「へっへーん! うちに掛かればこんなもんっすよ!」

 

 蓮華とハイタッチを交わし、自慢げに大きく胸を張る華毘。その様子を見て、華風流も嬉しそうに二人の間に入る。

 

「華毘お姉ちゃん大活躍だったじゃない。凄かったわ!」

 

「えへへ……まあ、マロロさんのおかげでもあるっすけど」

 

「おお、確かにマロロもナイスアシストだったぜ。やっぱお前は私達の采配師だ!」

 

 三人はマロロの方を見る。しかし、マロロは嬉しそうにしておらず、怪訝そうな表情をして空を見上げていた。

 

「……おかしいでおじゃる」

 

「おいマロロ、おかしいって何がだよ?」

 

あの者の血が(・・・・・・)……落ちていない(・・・・・・)のでおじゃるよ。普通はバラバラになった手や足が血と同時に落ちて来るはずでおじゃるが……どれも無いでおじゃ……」

 

 マロロの言葉に華風流の体が少し震えた。

 

「ちょ、ちょっとマロロ……気分が悪くなるようなこと言わないでよ」

 

「てか、ただ単に違う所に飛んでっただけじゃねえか? 結構な爆発力だったしな」

 

「そうっすよ。マロロさんは考えすぎっす」

 

「うぅ……そうだといいでおじゃるが」

 

 ドゴォォォォ!!

 マロロ達が話し合っていると、急に大きな音が響いた。

 

「な、なんなの!?」

 

「お、おい……あれは……」

 

 蓮華達の見たもの――それは異形の巨体に変身したオシュトルが羅刹と戦っている光景だった。

 

 

 

 

「オオォォォォォォォ!!!」

 

「ハァァァァァァァァ!!」

 

 未だにつかぬ決着。羅刹は思った以上の力を持っており、こちらも気が抜けない。仮面の力を解放しているとはいえ、油断をしているとこちらが殺られるのは目に見えている。これまでの敵とは桁違いだ。

 

(だが、負けるわけにはゆかぬ! もう約束を(たが)うことはせぬと決めたのだ…!)

 

 それだけではない。某がここで朽ちれば、シノビ村が妖魔達の手によって滅ぼされる。それだけは避けねばならない。

 

「羅刹ゥゥゥゥゥゥッ!!」

 

「忍風情ガ……私ヲ舐メルナァァ!」

 

 力を溜め、拳で奴の心臓を貫こうとするが、空振りとなってしまう。羅刹はそのまま某の懐に入り、ギラギラとした歯で脇腹を噛み付かれてしまった。

 

「ガハッ――」

 

「グル…グルル……」

 

 羅刹の噛み付く力がどんどん強くなる。既に脇腹から血が吹き出しており、徐々に痛みへと変わっていった。

 

「クッ…! オオォォォォ――!」

 

「ナニッ――」

 

 仮面の力で少しでも傷を癒す。羅刹の頭にある角を掴み、無理矢理引き剥がす。そして大きく振りかぶり、羅刹の巨体を地面に叩きつけた。

 

「グアァッ――!?」

 

「散ルガイイ! 羅刹!!」

 

「調子ニ……乗ルナッ!」

 

 一気に攻めようとしたその時だった。羅刹は地に這いつくばっている体勢を一瞬で変えてこちらに向くと、そのまま鋭い爪で引き裂こうとする。

 

「ヌッ!?」

 

 咄嗟に防御するも、羅刹に右腕を引き裂かれる。思わず距離を取るが羅刹は素早い動きでこちらに詰めて来た。

 

「死ニナサイ――オシュトルゥゥゥゥ!」

 

 首を強く掴まれ壁際まで追いやられてしまう。羅刹はもう片方の手の爪で某の腹を思いっきり刺した。

 

「グ……ゥ……」

 

 羅刹はぐりぐりと腹を抉るようにして手を動かす。意識が遠のいて行くのを感じた。

 

(これまで……なのか……? 某は……また……約束…を――)

 

「フ……フハハハハ! 雪不帰、ヤリマシタヨ……コレデ忍ナド脅威デハナイ!!」

 

 高らかに笑う羅刹。ネコネや雪泉達の顔が思い浮かぶ。

 皆、すまぬ――某、は……。

 

「兄さまぁ!!」

 

「ヌゥ!?」

 

 どこからか飛んで来た炎の球が羅刹の頭に直撃する。さらに氷の礫が羅刹に目掛けて遅いかかった。羅刹は某の首と腹から手を離すと同時に後ろへと下がった。

 

「ソウイウコトデスカ……」

 

「兄さま!」

 

「オシュトル様! ご無事ですか!?」

 

「ネコネ、雪泉……何故来タノダ!」

 

「あたし達もいるよ!!」

 

 そう言って四季達は某を護るようにして、得物を構えながら某の前に立った。

 

「モウ少シダッタトイウノニ……! ヨクモ邪魔ヲシテクレマシタネ……!」

 

 羅刹は雪泉達を見下ろし、殺気の孕んだ眼差しを向けた。

 

「ネコネさん、オシュトル様の手当てをお願いします」

 

「は、ハイです!」

 

「それとオシュトル様」

 

 雪泉はこちらに目線を向けると、感情の込めていない口調で言った。

 

「貴方はそこで休んでてください。あとで皆さんでお説教です」

 

「ム……」

 

「皆さん、行きますよ! オシュトル様を護ります!」

 

「「「「「応っ!!!」」」」」

 

 雪泉の号令とともに皆が羅刹に向かって行く。こちらも応戦したいところだが、身体が思い通りに動かすことが出来ない。

 

「兄さま、手当てするです!」

 

 ネコネが呪法を使う。すると、傷の痛みが少し和らいだ。

 

「……スマヌ、ネコネ」

 

「兄さま……兄さまぁぁぁ!」

 

 ネコネが涙を浮かべて某の指に抱きつく。某はそっと親指で妹の頭を撫でた。

 

「某ハ兄失格ダ……妹ヲモウ何度モ泣カセテシマッテイル……」

 

「いえそんな事はないのです…! 兄さまは私の自慢なのです……だから、だから……」

 

「ネコネ……某ハ――」

 

 羅刹と戦っている雪泉達を見る。どうやら雪泉達も抑えるのが精一杯のようだ。

 

「アリガトウ、ネコネ。待ッテイロ、スグニコノ戦ヲ終ワラセテクル」

 

「え……」

 

 地面を蹴り跳躍すると、再び羅刹の前に立った。

 

「オシュトル……マダ動ケルノデスカ」

 

「羅刹、今度ハ負ケヌッ!」

 

「オシュトル様!? 休んでくださいと言ったはずです!」

 

「モウ大丈夫ダ。心配要ラヌヨ、某ハ必ズ勝ッテミセル――」

 

「オシュトル様……」

 

 そして、某は羅刹と向き直る。

 

「ホウ……サッキマデ無様ナ姿ヲ晒シタ貴様ガ私ヲ倒ス? ハッ、何カノ冗談デショウカ?」

 

「否、冗談デハナイ。某ハ本気ダ……」

 

「ナラ、ソノ言葉が誠カ嘘カ……確カメサセテモラウ!」

 

仮面(アクルカ)ヨ、我ニ力ヲ!」

 

 拳と拳が再びぶつかりあう。ネコネに治療して貰ったおかげか体が軽い。こちらの方が勢いが勝っており、不思議と負けそうにない。

 

「クッ……貴様ノ何処ニソンナ力ガ……コレガ……コレガ仮面ノ力トデモイウノデスカ……」

 

「ウオォォォォォ!!」

 

 力を込めた渾身の殴打で羅刹を突き飛ばす。羅刹は体勢を崩し、地に膝をついた。

 

「馬鹿…ナ……私ガ…人間如キニ…!」

 

「コレデ終ワリダ――羅刹ッ!!」

 

「チィッ――」

 

 羅刹にとどめの一撃を喰らわせようと――。

 ガァァン!

 するが……その攻撃は羅刹の直前で止まることになった。まるで見えない壁にでも当たったかのように拳が羅刹の前で防がれる。

 

(どういう事だ? これは……)

 

「ふぅ、間に合ってよかったです」

 

 羅刹の頭上から男の声がする。目を向けると背中に羽の生えた男が笑みを浮かべながら、地上に降りて来ていた。

 

「ディー……」

 

「羅刹さん、この仮面の者に敗れたみたいですね」

 

「マダ負ケテナドイナイ……! ディー、何ヲシニ来タ? 私ヲ嘲笑イニ来タノデスカ?」

 

「違います違います。助けに来たに決まってるじゃないですか。さあ、我々は敗れたのです。異界に戻るといたしましょう」

 

「クッ――」

 

「待テッ! 逃スモノカ!」

 

 幾度も見えない壁を殴るが、まったく壊れそうにない。

 

「ふふふ……仮面の者よ。いずれまた会いましょう…では」

 

 光に包まれ、羅刹とディーと呼ばれた男の姿が消える。あの男は一体何者だ……?

 

「クッ…!」

 

 力が抜けると同時に元の姿へと戻る。戦という緊張の糸が途切れ、膝をついてしまう。

 

「兄さま!」

 

「「「オシュトル様(さん、殿、ちん)!」」」

 

 仲間が某に駆け寄る。

 何はともあれ戦は終わった――皆を安心させてやりたいところだが、羅刹にやられた脇腹の痛みが今になって酷くなり、立ち上がることが出来ない。

 

「オシュトルちん酷い怪我じゃん!? 早く治療しないと…!」

 

「おーい! お前ら無事か!?」

 

 霧夜殿の声がする。どうやら彼も大事には至ってなかったようだ。

 

「オシュトル!? 今すぐ俺の背に! 早く運ぶぞ!」

 

 皆が応急で手当てをしてくれている中、某は意識を失ってしまった……。

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 異界にある城。

 雪不帰は壇上でディーから今回の戦についての報告をしていた。大怪我を負ったハウエンクアと羅刹の姿はこの場におらず、部屋で治療を受けている。ちなみに二人だけでなくヒエンもいない。おそらく会わせる顔がないという事だろう。

 

「つまり、全員敗北したと……」

 

「はい、思ったよりも忍の皆さんが強くなっています。これもあの仮面の者の存在が大きいでしょう」

 

「……ハウエンクアはともかく羅刹までやられるとはな。少々奴らの力を侮っていたか……」

 

「クカカカカカカッ! そうか、強くなっていたか。良いぞ……仮面の者よ……それでこそ余が討ち取るにふさわしい獣よ……」

 

 ニウェが不適な笑みを浮かべ高揚感を感じている。その横でスオンカスが呆れたように言った。

 

「笑い事ではないわ。これ以上強くなったら私らもやばいじゃないの……」

 

 すると、スオンカスの言葉にカンホルダリは鼻で笑った。

 

「ふん、揃いも揃ってなさけねェ……俺様はあんな奴等に負ける気はしないがな。お前もそう思わんか? ボコイナンテ」

 

「お、おっしゃる通りであります! カンホルダリ様にかかれば忍の連中なんぞ一捻りかと!」

 

「……」

 

 雪不帰は冷静を装っているが、拳を強く握りしめており、どうやら内心は怒りに震えているようだ。

 

(オシュトル……貴様さえ居なければ……!)

 

「あ、そうそう!」

 

 すると、ディーが思い出したかのように言った。

 

「昔、雪不帰さんと一緒に暮らしてた人をお見かけしましたよ。お名前は確か……雪泉さん、でしたっけ?」

 

「ッ……」

 

(馬鹿な……何故ディーがそれを知っている……? 羅刹とゲンジマルしか知らぬはずだが……)

 

 とはいえ、あの二人が言ったとは考えにくい。この男はどこまで知っている(・・・・・・・・・)のだろうか。

 雪不帰の沈黙に、流石のディーも触れてはならない話だと思ったのか言葉を撤回した。

 

「おっと……これは失礼、少々お喋りがすぎましたね」

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

「ぬ……ここは……?」

 

 夜。

 目が覚めると、部屋の一室にいた。どうやらシノビ村の宿のようだ。羅刹との戦いから某はいつまで寝ていたのだろうか……腹の辺りには丁寧に包帯が巻かれている。

 

「む? 仮面が……無い?」

 

 額にある仮面の感触がなく、辺りを見回してみるも仮面は何処にも無かった。

 

(いや……手当をするときに取るのは当然であるな。誰かが預かってくれているに違いない)

 

「あ、兄さま! もう大丈夫なのですか!?」

 

「……ネコネ」

 

 ネコネの手には治療具の入っている箱があった。ネコネはこちらに駆け寄るとそのまま抱きついて来た。

 

「兄さま……」

 

「心配……かけたな」

 

 頭を優しく撫で、そっと抱きしめる。

 

「……今晩、兄さまと一緒に寝ても良いですか?」

 

「ふふ、成長したと思っていたがネコネは甘えん坊だな」

 

「ダメ…なのです……?」

 

 ウルウルとした目でこちらを見るネコネ。そんな目で訴えられたら断れるわけがない。

 

「構わぬよ。だが、布団に地図を書かぬようにすることだ」

 

「うなっ! もうおねしょなんてしてないのですっ!///」

 

 ネコネはプンプンと怒り、頬を膨らましている。その表情が何処となく可愛かった。

 

「おーおー、兄妹でお熱いことで」

 

 ニヤニヤとした霧夜殿が襖を開けて廊下で立っていた。ネコネは霧夜殿に気がつくと、パッと某から離れた。

 

「よっ、気がついたようだなオシュトル」

 

「き、きききき霧夜さん!? もしかして今の会話聞いていたですか……?」

 

「今来たから聞いてないな。どんな会話してたんだ?」

 

「うなっ!? 絶対に言わないのです!///」

 

「ネコネちゃんは意地悪だなぁ、俺にも教えてくれてもいいだろ?」

 

「ダメなものはダメダメですっ!」

 

「そっか。せっかくだから御見舞いの品の甘い果物をネコネちゃんにもやろうと思ったんだがなぁ……」

 

「え?」

 

 霧夜殿の手にはイチゴやバナナ、リンゴ等が入った籠を持っていた。中身をネコネに見せるような形で揺すっている。

 

「オシュトル、ネコネちゃんにやっても別に良いだろ?」

 

「ああ、勿論だ」

 

「ごくっ……」

 

 ネコネの唾を飲み込む音がした。それだけでなく尻尾もハタハタと揺れている。食べたいのが丸判りだ。

 

「でもなぁ、教えてくれなかったしなぁ……やっぱり俺とオシュトルの二人で食うとするか」

 

「そ、そんなぁ……」

 

「ふっ、霧夜殿。ネコネが可愛いからといって、虐めるのはやめてもらいたい」

 

「はは、仕方ないな。ほら」

 

 霧夜殿はネコネに果実の入った籠を差し出した。

 

「……」

 

 チラリとこちらをうかがうネコネ。某は微笑みながら頷いた。

 

「あ、ありがとうなのですっ!」

 

「ははは、オシュトルの見舞いだったんだが、まあいいか」

 

 

 それからしばらく、霧夜殿を加えた三人で話をした。明日にでもシノビ村の者達の修復作業を手伝おうと二人に言うと、明日も体を休めておけと言われてしまった。某はもう大丈夫なのだが、それでも心配をするネコネに反対された。

 

 そして次の日朝。

 布団に何か違和感を感じ、おそるおそるめくって見る。膝も何故か湿っぽい。

 

(これは……皆にどう説明をすればよいのか……)

 

「すぅ〜すぅ〜……」

 

 傍らにはネコネが気持ちよさげな顔で良く寝ており、思わず笑みを浮かべた。

 




ネコネは可愛い!はい論破!(華風流風)


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今回のロスフラの配布イベント鏡(オシュトルとネコネのやつ)が個人的にエモく感じました!


 妖魔の奇襲から数日後。

 村の修復は意外と順調に進んでいた。妖魔が攻めて来たときに早めに忍結界を張っていたということもあり、損害は少なかった。それは良かったのだが、一つだけ気がかりな事がある。そう、未だに仮面(アクルカ)が見つかっていないのだ。もし誰かが預かってくれているのであれば、そろそろ返してほしいところだが……ちなみに今は紙で作った仮面を付けている。

 

「オシュトル様」

 

 声をかけられ振り返ってみると、そこには髪を後ろに結んだ女性が立っていた。

 

「む? 其方は?」

 

「すみません、慌ただしくて紹介が遅れましたね……私はユズハです。同盟の手紙も私が出しました」

 

「そうであったか。某はオシュトル……っと、既に知っているか。同盟の件、感謝する」

 

「いえ、こちらこそありがとうございます。妖魔を倒すという目的は同じ、とても心強いです」

 

「ユズハせんぱ〜〜い!」

 

 元気な声が聞こえてくると同時に雲雀殿がこちらまで走って来た。

 

「ユズハ先輩! こっちは終わったよ〜!」

 

「クスッ、お疲れ様です。今日の仕事はもうありませんので雲雀さんは休んでてください」

 

「でも先輩はまだやる事があるんでしょ? ひばりもお手伝いします!」

 

「え? 雲雀さんもお疲れでしょうし悪いです……」

 

「そんな事ないもん! ひばりはこの通りまだまだ元気だよ!」

 

 ユズハ殿がチラリとこちらを見る。どうやら雲雀殿に申し訳ないと思っているようだが、こうなった雲雀殿は止められぬ。某は『諦めろ』といった感じで笑った。

 

「クスッ、じゃあ一緒に行きましょうか。オシュトル様、また夜に」

 

「またね! オシュトルさん!」

 

「ああ」

 

 二人はこの場から離れる。

 ちなみに夜には宴が開催される事になっており、皆で宿に集まる予定なのだ。

 

「ん?」

 

 少し離れた所の木で柳生殿を見つけた。柳生殿の視線には楽しそうに話しているユズハ殿と雲雀殿をじっと眺めている。

 

「どうした、柳生殿」

 

「ぬわぁ!?」

 

 突然声をかけられ驚く柳生殿。この者のこういった表情を見るのは初めてだ。

 

「なんだオシュトルか……びっくりしたじゃないか」

 

「す、すまぬ……配慮が足らなかったな」

 

「いや、別に謝らなくてもいい。それよりも……」

 

 柳生殿は再びユズハ殿らを見る。

 

「聞いてくれよ……雲雀が、雲雀が……」

 

「雲雀殿がどうかしたか?」

 

「雲雀が……最近俺に構ってくれないんだ…!」

 

「……」

 

 すると、柳生殿はやや涙目になりながら某に訴えかけた。おそらく相当傷ついているのだろう……。

 某は親身に話を聞くことにした。

 

「戦の後ユズハ先輩にベッタリで……それで……俺には素っ気ない返事しかしないんだ……」

 

「素っ気ない返事?」

 

「ああ……昨日だって――」

 

 ――雲雀、お前の大好きなお菓子持って来たから一緒に食べないか?

 

 ――ありがとう柳生ちゃん、でも今はいいかな。ユズハ先輩に教わりたい事があるからまた今度ね!

 

「という感じなんだ……」

 

(至って普通の会話だと思うが……)

 

「おかしいだろう! 大好きなお菓子を目の前にしてそれをスルーしたんだぞ! 絶対におかしい!」

 

「ま、まあ菓子に目がない雲雀殿にしては珍しい事であるな」

 

「だろ!?」

 

 いつも冷静な柳生殿が珍しく乱心している。余程堪えたのだろう。某も急にネコネが『お菓子なんて要らないのです』と言われたら何事かと思う。

 

「とにかく、雲雀殿と直接話し合ってはどうだ? きちんと言葉にして伝えればあの子なら其方の気持ちを判ってくれるだろう」

 

「……判った。今晩、雲雀と話し合ってみるよ」

 

「ああ、健闘を祈る」

 

 

 

 宿に帰ると、ちょうど通りがかった詠と鉢合わせした。花柄の可愛らしい前掛け(エプロン)をしており、どうやら厨房の手伝いをしているようだった。

 

「おかえりなさいませ、オシュトル様! 今ようやく支度が終わったところですのよ♪」

 

「それは楽しみだ。其方の料理は美味いからな、さぞ箸が進むことだろう」

 

「うふふ♪ 宴会場で皆さん待っています。早く行きましょう!」

 

 詠は某の手を掴み、引っ張るようにして歩き出した。

 

「あ、オシュトルさん! 今帰っ――!?」

 

 そこに間が悪いのか良いのか……夜桜と鉢合わせてしまった。夜桜は詠と某の繋がっている手を見ながら、何故か顔を赤くさせて言った。

 

「な、ななっ!? い、今すぐ二人とも手を離さんか! 破廉恥じゃぞ!?///」

 

「いや某が繋いだわけでは……」

 

 すると、詠はいつものふわっとした笑みを浮かべて夜桜に言った。

 

「あらまあ……手を繋ぐだけで破廉恥だなんて……夜桜さんの頭の中が破廉恥ではないのですか?」

 

「んなっ…! わ、わしが破廉恥じゃと!?」

 

 二人に挟まれたまま言い合いになってしまう。話が大きくなる前に某は話題を逸らすことにした。

 

「時に夜桜。その格好を見るに其方も料理を作ったようだな、ありがとう」

 

「えっ! あ、いえそんな……えへへ///」

 

 礼を言われたのが嬉しかったのか、夜桜は照れながら体をくねらせている。一方で、詠の方を見ると冷ややかな視線をこちらに向けていた。

 

「……本当に貴方は女たらしですわね」

 

「む……何のことだ?」

 

 

 

 宴会場でようやく宴が行われることになった。某より後に来たユズハ殿も加わり、宴はすぐに盛り上がった。某としては『ウコン』の姿で霧夜殿やマロロとで騒ぎたかったところだが、ユズハ殿やヌワンギ殿といったシノビ村の者がいるので諦めることにした。

 まあ、女子が多い関係上どのみち大騒ぎ出来ないことには変わりないのだが……。

 

「……」

 

「どうしたんです? せっかくの宴なのに浮かない顔してますよ」

 

「ヌワンギ殿か。某はそんな顔をしていたか?」

 

「ええ、仮面を付けていても判るくらいには」

 

 ヌワンギ殿は杯を呷ると続けて言った。

 

「それにしても凄いですね……仮面の力というのは……私初めて目の当たりにしましたよ」

 

「初めて?」

 

「はい。バァちゃ――祖母から仮面という存在は聞いていたのですが、てっきり言い伝えか何かだと思いまして」

 

 以前から気にはなっていた。人があのように変身するなど本来ならありえぬこと――今は亡きあのお方ならそれも判るだろうが……。

 ともあれ、あれは帝より賜った大切な物――遺品でもあるのだ。城に帰る前に一刻も早く見つけねばならぬ……。

 

「ささ、オシュトル殿、一献」

 

「ああ、かたじけない――」

 

「にょひぃぃっ!? か、辛いでおじゃる〜!」

 

「ごめーんマロロちん! それタバスコだったよ〜」

 

「普通醤油とタバスコ間違えるか!? ほら、水だ」

 

 マロロは霧夜殿の用意した水の入ったコップをぶんどるとそのまま口に持っていった。

 

「ぷは〜…! た、助かったでおじゃる霧夜殿……」

 

「マロロも酔ってるからってちゃんと確認しろよ……」

 

「……一気に酔いが覚めたでおじゃるよ」

 

(賑やかだな)

 

 思わずこちらまで笑みが溢れてしまう。

 一方、ネコネや雪泉達も賑やかに会話していた。

 

「ネコネさん、私のエビフライ要ります?」

 

「え? で、ですが……」

 

「ふふっ、構いませんよ。どうぞ」

 

 雪泉はそう言うと、ネコネにエビフライの乗った皿を差し出した。

 

「雪泉姉さま……ありがとうなのです!」

 

 その様子を向かい側の席で見ていた華風流は何か言いたげな顔をしている。これはもしや……。

 

「……ねぇ、ネコネ、私のエビフライもいる?」

 

 華風流の意外な言葉に雪泉達は目を丸くさせていた。

 

「……華風流が私に?」

 

「そ、そうよ。要らないなら別にいいけど……」

 

「華風流……」

 

「な、何?」

 

「ありがとうなのです!」

 

 ネコネはそう言うと華風流の皿にあったエビフライを箸で掴み、口に運んだ。とても幸せそうな表情で食べている。

 華風流はというと、必死に無表情を装っているが口元がにやけてしまっている。

 

「……ふんっ、やっぱ子どもね」

 

「華風流ちゃん、良かったっすね!」

 

「お前ネコネと仲良くなりたそうにしてたもんな〜……くぅ〜! めでたすぎて泣けてきやがったぜ、こんちくしょー!」

 

「お姉ちゃん二人うるさい! それに誰がこんな……」

 

 ちらりとネコネの方を見る華風流。ネコネは外野など気にせず、華風流から貰ったエビフライを夢中で頬張っていた。

 

「あむっあむっ!」

 

「っ……///」

 

 華風流の反応を見た飛鳥殿達がヒソヒソと話し始めた。

 

「今華風流ちゃん、ネコネちゃんのこと可愛いとか絶対思ってるよね」

 

「思ってますね、完全に。目がそう語ってました」

 

「ひばりもそう思うなー、なんか一瞬ドキッてしてたしー」

 

「確かに、雲雀と同じくらい華風流は判りやすいな」

 

「ちょっとそこの半蔵組うるさい! 全部聞こえてるわよさっきから!!」

 

 すると、半蔵組ということで霧夜殿とユズハ殿も反応していた。

 

「ん? もしかして俺も入ってるのか?」

 

「私もですか?」

 

「ち、違っ……あー! もう!! 面倒くさい!!!」

 

 皆が一斉に笑う。やはり華風流はネコネと友人関係になりたいと思っていたようだ。ネコネには今まで対等な関係が居なかったので華風流がそれになってくれるのは率直に言って嬉しい。

 

「ネコネはほんとにエビフライ大好きだよな。しゃあない、アタイのもやるぜ!」

 

「……葛城さんもくれるのです?」

 

「おうよ! ほら、遠慮はいらないぜ?」

 

 葛城殿もエビフライの乗った自分の皿を差し出すが、ネコネは怪しいものを見るような目で葛城殿を見ている。

 

「……もしかして、変なこと企んでたりしてないですか?」

 

「な、なんだよいきなり……何も企んでないぞ?」

 

「葛城さんが私に優しくするのはきっと裏があるに違いないのです。胡散臭いのです」

 

「雪泉のときとは偉い違いだな!? 流石のアタイでも傷付くぞ!?」

 

「日頃の行いというやつです。信用出来ないですよ」

 

 何があったのか判らぬがネコネの葛城殿に対する態度が冷たいものになっている。

 

「……おい、ネコネ」

 

「な、何なのです?」

 

「アタイはお前にエビフライをやって、懐柔させてから膨らみかけのおっぱいを揉ませてもらおうとか微塵も思ってないぞ!!!」

 

「うなっ! そんなことだろうと思っていたのです!! この変態っ!」

 

「しまった!? つい口が滑って……」

 

 皆の笑いが絶えない宴――常に大盛り上がりである。先日に戦をしていた雰囲気とは思えぬ程だ。

 そして、時間が二時間程経過した。

 

「ぬ? これは……カラオケマイクじゃないか」

 

 叢が何やら黒い棒を見つけたようだ。すると、ユズハ殿は思い出したかのように言った。

 

「すっかり忘れてました! この宿にはカラオケも付いてますのでご自由にお歌いください」

 

「マジ!? むらっちの次あたしね、『不安定な神様』歌う!」

 

「みのりも歌うー!」

 

「焔ちゃん! 私とデュエットしない?」

 

「おっ、いいな。ところで飛鳥、何歌うんだ?」

 

「えっとねー……『天かける星』で!」

 

「ふっ、ここは俺の『北埼玉ブルース』を披露する時が来たか……」

 

「霧夜殿もノリノリでおじゃるな〜、マロも歌うでおじゃるよ!」

 

 どうやらカラオケとはあの黒い棒を持ちながら歌う事のようだ。

 

(……酔いを覚ます為に外の空気でも吸ってこよう)

 

 歌は四季達に任せるとしよう。

 席を立ち、皆に気づかれぬようそっと襖を開けて廊下に出る。肌に当たる冷たい風が心地よい。

 

「ふぅ……」

 

 しばらく縁側を歩いていると、後ろに誰かの気配を感じた。某はその場で立ち止まり、後ろにいる者に声をかける。

 

「どうしたのだ、雪泉」

 

「……気付いていたのですね」

 

 一瞬、驚いていた雪泉だったがすぐに表情を戻した。

 

「皆と歌ってこなくてもよいのか?」

 

「その言葉そっくりそのままお返しします。今日の宴の主役はオシュトル様なのですよ? それなのに何処に行くつもりなんです?」

 

「……酔いを覚ますために風に当たりに来ただけだ」

 

「……そうですか」

 

「……」

 

 沈黙の時間が過ぎる。

 今は某と雪泉しかいない――仮面の事を彼女に言うべきだろうか。

 

(そうだ。雪泉には本当の事を言おう……)

 

「で、では私はこれで――」

 

「雪泉」

 

 こちらに背を向けた雪泉にそのまま話しかける。立ち止まっているということは聞いてはいるのだろう。

 

「実はな……仮面が何処にも見当たらないのだ。其方は何か知っているか?」

 

 雪泉はゆっくりとこちらに振り向きながら言った。

 

「仮面が無いって……今付けているではありませんか」

 

「いや、これは紙だ。本物ではない」

 

 紙の仮面を額から外す。

 

「部屋中をくまなく探したが仮面が無かった……もし誰かが預かってくれているのであれば、誰が持っているのか教えてほしい」

 

「……」

 

 雪泉は何も言わず、視線を下に逸らした。

 

「……やはり、其方が持っているのだな?」

 

「わ、私は何も知りませんっ!」

 

「……嘘をついても某には判る」

 

「う、嘘じゃありません! 本当です!」

 

「では何故さっきから某と目を合わせようとしない? 本当ならば某と目を合わせて話してほしい」

 

「それは……」

 

 未だに目を逸らす雪泉。これでは自分がやったと自白しているようなものだ。

 

「雪泉……仮面を返してもらえるか?」

 

「……嫌です」

 

「雪泉――」

 

嫌です!!

 

 大声を出して拒む雪泉に某は思わず固まってしまう。普段の彼女から考えられぬ行動だった。

 すると、雪泉は体を震わせながら言った。

 

「ネコネさんから聞きました……仮面の力は諸刃の剣だと。使い過ぎれば命を落とすと……本当なんですか?」

 

「……」

 

「……沈黙は肯定と受け取らせていただきます。今までどうして黙ってたんですか?」

 

 いつまでも黙ってはおられぬ。誤魔化しても雪泉には通用しないだろう。某は正直に自分の気持ちを語った。

 

「仮面がなければ其方達を護る事が出来ぬと判断したからだ。某の命と引き換えに其方らが助かるならば本望――」

 

 バチィンッ!

 頬に重い衝撃が走る。状況を理解するのに時間がかかり、目の前には双峰に涙を浮かべてこちらを睨んでいる雪泉の姿があった。

 

「馬鹿……なんですか? 私達を護るために貴方が死ねば私達が喜ぶとでも? とんだ大馬鹿ですね……オシュトル様は」

 

「……」

 

「お願いですから……そう簡単にっ……ご自分の命を捨てようとしないでください……!」

 

 雪泉は某の胸板に飛び込み、頭を預けると同時にギュッとしがみついた。某はゆっくりと雪泉を抱きしめる。

 

「もう……嫌なんです……これ以上、大切な人を喪うのは……っ」

 

(そうか……某はこの子を傷付けてしまったのか……)

 

「すまぬ……」

 

「う……っ……うわああぁぁぁぁぁぁぁぁ…!」

 

 あやすように、泣きじゃくる雪泉の頭を撫でる。今の某にはこうする事しか出来ない……情けなく思う。

 

「貴方までっ……居なくなってしまったら……私、私ぃぃ…っ!」

 

「雪泉……」

 

 雪泉は色々な感情が爆発してしまっているようだった。今、某がすべきことはこの子を安心させてやることだ。

 

「某は皆を護りたい一心で仮面の力を使った。後悔はしておらぬ」

 

「オシュトル様……」

 

「だが、死んでしまったらもう其方を護ることすら出来なくなってしまうな……」

 

 雪泉の目に溜まっている涙を手で拭った。

 

「もう無理はせぬと、仮面の力で死ぬ事はないと約束しよう」

 

「信じて……いいんですか?」

 

「ああ、どうか信じて欲しい」

 

「はい……約束、ですからね? あっ…!///」

 

 今の自分の状況を思い出したのか、雪泉は顔を真っ赤にしながら某からパッと離れた。

 

「す、すみません! 私……オシュトル様に色々と失礼な事ばかり……」

 

「いや、それは某の台詞だ。こちらこそすまなかった」

 

「い、いえ! 元はといえば私がオシュトル様の仮面を勝手に……あろうことか頬まで叩いてしまって……本当にごめんなさい!」

 

 雪泉が何度も頭を深く下げる。

 互いが謝ってばかりの状態に思わず笑みが出てしまった。

 

「……ふっ」

 

「お、オシュトル様?」

 

「宴の日にこのような話はやめよう。それに、そろそろ戻らねば皆が不審に思うことだろう」

 

「それもそうですね……仮面、後でお返しします」

 

「ああ……すまない」

 

 

 

 宴会場に戻ると、まだ宴は盛り上がっているようだった。部屋には曲が流れており、皆はカラオケとやらを楽しんでいた。

 

「「〜♪」」

 

 今は夜桜と美野里が歌っている。

 この様子だと某らが抜けていたことに気付かれていないだろう。某と雪泉は何気ない様子でそっと席に座った。

 

「ん? どうしたんだ兄者(・・)。胸のところが濡れてるぞ」

 

「!?」

 

 焔殿の指摘に雪泉の顔が強張る。雪泉の涙で濡れていたことをすっかり忘れていた。

 

「大したことはない。宴に浮かれて酒を溢しただけだ――ん?」

 

(今何か焔殿の言葉に違和感があったような……)

 

「飲み過ぎには注意しろよ、兄者(・・)が二日酔いとかになったら困るのは私達だからな」

 

(やはり……)

 

「兄者とは……某の事か?」

 

「ああそうだ。前の戦が終わってから考えたんだが、衣食住を提供してくれている上に指導までしてもらってるからな。だから兄と呼ぶのは当然だろう?」

 

「……そういうものか?」

 

「おう、これからもよろしく頼むな、兄者」

 

(複雑な気持ちだが、まあよしとしよう……)

 

 そう思っていると、曲が止まった。どうやら夜桜と美野里が歌い終わったみたいだ。

 

「久しぶりに歌うと気持ちいいですね、スッキリしました」

 

「うんうん! 歌うと元気になるー!」

 

「はーい! じゃあ次、雪泉ちんねー!」

 

「えっ! わ、私ですか!?」

 

 雪泉は突然の指名に戸惑ってしまう。四季はそれを知ってか知らずか半ば無理矢理マイクを渡した。

 

「雪泉ちん何歌う? あたしがセットするよ♪」

 

「えっと……では『永久に』でお願いします」

 

「おっけぃ♪」

 

「雪泉姉さまの声は素敵なので楽しみなのです!」

 

(さて、雪泉の歌声を聴きながら晩酌としよう……)

 

 

 その後、宴は日付けが変わるまで続いた。

 次の日の朝には支度をして村を出る予定だったが、起きれぬ者が後を絶たず、結果出発が遅れてしまったことは言うまでもない。

 




未だにアトゥイと雪泉ちゃんの声優が同じなのを意外に思ってます。


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雪泉の想い

偶には甘い展開も必要だと思いませんか!?


「雪泉……」

 

「え、あ、あの……///」 

 

 オシュトル様に壁際まで追い詰められる。恥ずかしくなり、思わず目を逸らしてしまう。

 すると、彼は私の顔近くの壁に手をつきながら言いました。

 

「好きだ……其方を愛している。某の妻になってほしい」

 

「え…えぇっ!?///」

 

(き、聞き間違いじゃありませんよね……? オシュトルが私を愛してると……それに妻って……もしかしてプロポーズですか!?///)

 

 突然のオシュトル様の告白に思考が停止してしまう。今の私の顔は真っ赤になっていることでしょう……。

 

「……返事を聞かせてくれぬか?」

 

「あっ……///」

 

 彼は私の顎をクイっと持ち上げ顔を逸らすことのできない状態にした。まるで逃げるのは許さないとばかりに……こうなったら私の想いを伝えるしかありません…! 私は勇気を出して答えることにしました。

 

「わ、私も……貴方の事をお慕いしています! ですから……私の旦那様になってください!///」

 

 私の返事を聞いたオシュトル様は仮面を外すと、目を閉じて私の唇にキスを――

 

「雪泉、起きろ」

 

「……………………はい?」

 

・・・・・

・・

 

「雪泉起きろ。もうすぐ朝食の時間だぞ」

 

「ん…んんっ……?」

 

 チュンチュンと鳥の囀りが聴こえてくる。

 目の前にはオシュトル様ではなく叢さんがいました。

 

(今のは……夢?)

 

「随分幸せそうな寝顔をしていたが、何か良い夢でも見たのか?」

 

「……」

 

「雪泉?」

 

どうして起こしたんですかっ!!!

 

 気が付けば、私の顔を覗き込んできた叢さんの首元を掴み、ゆさゆさと揺さぶっていた。

 

「待て雪泉っ……ギブだ! ギブギブ!! 首が絞まる!!!」

 

 

 シノビ村から戻ってしばらくが経ちました。

 無事に同盟を結成する事が出来ましたが、私達が為すべきことは未だに山積みです。

 

(はぁ……夢の続きって都合良く見れないものでしょうか……)

 

 顔を洗い着替えて食堂に行くと、既に皆さんが集まっていました。私に気付いた飛鳥さんに笑顔で話しかけられる。

 

「おはよう雪泉ちゃん! 今日も訓練頑張ろうね!」

 

「おはようございます……」

 

(飛鳥さんはいつも元気ですね。そこが彼女の良いところでもありますけど)

 

 すると、飛鳥さんは怪訝そうに私の顔を覗き込んだ。

 

「あれ? 元気なさそうだけどどうしたの?」

 

「心配しないでください。それより、いつまでもお盆を持っていると危ないですよ? せっかくのお食事も冷めてしまいます」

 

「あ! そうだった! 雪泉ちゃんも早く並んだ方がいいよ!」

 

 飛鳥さんはそういうと斑鳩さん達のいるテーブルに向かっていきました。

 女官さんの前に忍学生が並んでおり行列が出来ている。これは確かに早く並んだ方が良さそうです……。

 

(少しでも遅れるとこうなりますからね……

まさにもう一つの戦場……)

 

 そこでふと思い出す。

 

(そう言えばオシュトル様がいませんね。既に済ませたのでしょうか)

 

 キョロキョロと辺りのテーブルを見回しますが、オシュトル様の姿はありません。

 

「寝坊したのです……私のエビフライ定食が無くなってしまうのです……」

 

 振り返ると息切れをしているネコネさんの姿がありました。オシュトル様の妹というのを抜きにしても可愛らしい女の子です。

 私は微笑みながら挨拶を交わした。

 

「おはようございます、ネコネさん」

 

「はぁはぁ……おはようございますです……

あれ? 雪泉姉さまも寝坊なのです?」

 

「う……寝坊ではありません。少し起きるのが遅れただけです」

 

「それを寝坊というのです、雪泉姉さま」

 

 ネコネさんの指摘に思わず黙ってしまう。ぐうの音もないとはまさにこの事ですね……。

 

「ふふん♪ そうですか、いつも真面目な雪泉姉さまも寝坊するのですね」

 

 何故か機嫌の良くなるネコネさん。どうしてそんなに嬉しそうなんでしょう……。

 

 ようやく私達の順番が回り、それぞれ定食の注文を済ませる。せっかくなので一緒のテーブルに座って食事をする事にしました。

 

「……」

 

「ね、ネコネさん……元気出してください」

 

 ネコネさんが落ち込んでいるのは、目当てのエビフライ定食が無かったからだ。私は必死に元気づけようとしますが、ネコネさんは俯いてて反応がありません。

 

「ほ、ほら、野菜炒め定食も美味しいですよ? これしか残ってなかったとはいえ、残り物には福があると言います。このコンソメスープもなかなか……」

 

「……」

 

 目が虚になっている。ネコネさんのエビフライ好きは知っておりましたが、まさかここまでなんて……元気づけるにはもうあの手しかないようです。

 

「エビフライなら私も作れます。今度一緒にやってみませんか?」

 

「……え」

 

 徐々にネコネさんの目に光が戻る。

 以前に小百合様に花嫁修行の指導を受けていたのである程度の料理なら私にも作れます。もちろんエビフライも。

 

「雪泉姉さまと……ですか?」

 

「はい。ネコネさんさえよかったらですけど」

 

「つ、作りたいです! 雪泉姉さまと一緒に!」

 

(ふふっ、元気になってくれてよかったです)

 

 こうしてネコネさんとエビフライを作る約束をしました。それぞれ時間の空いている時に作ろうと思います。

 

 朝食を済まし、ネコネさんと話しながら廊下を歩く。

 

「あの、もし私に出来ることがあれば遠慮なく言ってほしいのです」

 

「え?」

 

「雪泉姉さまにはいつもお世話になっていますし、私も何か役に立ちたいなぁと……」

 

 これは……前からずっとネコネさんにお願いしたかったことを言うチャンスなのではないでしょうか? 引かれるかもしれませんがこのチャンスを逃す手はありません。なるようになれです。

 

「ネコネさん……では一つお願いがあります」

 

「はいです!」

 

「語尾に『プリ』を付けてみてください」

 

「……はい?」

 

 聞こえなかったのでしょうか。もう一度聞こえるように丁寧に。

 

「語尾に『プリ』を付けてみてください。きっと可愛いと思うんです」

 

 そう。可愛いは正義――ネコネさんがプリを言うと正義そのものになるに違いありません。

 

「え、えーと……雪泉姉さま?」

 

「なんでしょう?」

 

「ひょっとして冗談なのです?」

 

「冗談ではありません、私は本気です」

 

「えぇ……」

 

(やっぱりダメでしょうか……絶対に可愛いと思うんですが)

 

 私が諦めようとしたその時だった。

 

「わ、判ったのです、雪泉姉さまの頼みでしたら言うのです! やってやるです!」

 

「ほ、本当ですか!」

 

「ハイです……ンンッ!」

 

 ネコネさんはまわりに誰かいないか確認し、咳払いをすると、私に上目遣いをしながら言いました。

 

「……これでどうですかプリ?」

 

くふっ…!

 

 その場でうずくまりそうになるのを何とか留まる。

 なんという破壊力……あまりの可愛さに気絶しそうになりました……。

 

「雪泉姉さま!? もし体調が悪いようでしたら、今日はお休みになられた方が……」

 

「ご心配には及びません。お気遣いありがとうございます」

 

「は、はぁ……あ、私はここで失礼しますです」

 

「はい。ではまた」

 

 ネコネさんと分かれる。

 私は月閃の後輩達に指南を教えるべく修練場に向かうことにした。

 

 キキンッ!

 修練場から武器のぶつかる音が聞こえる。先に訓練を始めているのでしょうか。そう思い、早足で向かうと修練場に人集りが出来ていました。

 

「雪泉じゃないか。お前にしては来るのが遅かったな」

 

「焔さん、この人集りは一体何でしょうか?」

 

「兄者と霧夜先生が手合いをしてるんだ。雪泉も見物して――」

 

「「「きゃあああああああ!!!」」」

 

 黄色い声援が上がり、気がつくと決着がついていた。オシュトル様が霧夜先生に刀を向けており、霧夜先生は地面に膝をついています。

 

「そこまででおじゃる! オシュトル殿の勝ちでおじゃ!」

 

「「「オシュトル様ぁぁぁ!!!」」」

 

 再び黄色い声援が上がる。オシュトル様の人気は相変わらず凄いですね……。

 

「良い勝負であった、霧夜殿」

 

「負けちまったか……俺もあと十五年若けりゃな。仕方ない、負けは負けだ」

 

 固い握手をする二人。

 すると、私の近くにいた忍学生が話し始めた。

 

「オシュトル様と霧夜先生……どっちも良いよねぇー!」

 

「ねえねえ! オシュトル様と霧夜先生ならどっち派? 私はオシュトル様!」

 

「やっぱり霧夜先生でしょ! ダンディで素敵だもん!」

 

 どうやらオシュトル様派と霧夜先生派に分かれているみたいです。

 

「兄者! 次は私と勝負だ! 前より成長した姿を見せてやる」

 

「焔ちゃんが挑むなら私も! オシュトルさんにどれだけ通用するか試したいです!」

 

「てやんでぃ! 私も暴れたい気分だぜ! 大将、私とも手合わせしろってんだ!」

 

 皆さんがどんどんオシュトル様に挑もうとする。私もオシュトル様に稽古をつけてほしいところですが、既に今日の予定が決まっているため、ぐっと堪えます。

 

「いや、すまぬ。某にも政務があるのでな。手合わせなら日を改めて受けるとしよう」

 

「え〜! せっかくやる気だったのに〜」

 

「そう言うな飛鳥。実は俺が無理矢理手合わせしろと言ったんだ。本当はオシュトルも忙しかっただろうに」

 

「く……忙しいなら仕方ねぇな。おい大将! 絶対に埋め合わせしろよな!」

 

「ああ、必ず」

 

 そう言って、オシュトル様はこの場をあとにする。遠くからですが、去り際の彼の横顔に目を奪われてしまいました。今日も素敵です……見ると、私意外の忍学生達もオシュトル様に見惚れています。

 

(――はっ!? いけないいけない! 気を取り直して早く訓練を始めないとですね)

 

 我に返り、忍学生達に号令をかける。

 

「では皆さん! まずは一の型から始めます!」

 

 

 それから数時間にかけて訓練を行った。月閃の生徒達は私が指南をしており、いつも通り徹底的に行っています。妖魔との戦いで死ぬ事がないように。前に飛鳥さんに『ちょっと厳しくない?』と言われたことがありますが、緩めるつもりはありません。

 

 午後からは飛鳥さんや焔さん達との合同で紅白試合。それぞれのリーダーから籤を引き、後は他のメンバーが引くことになっています。飛鳥さん、蓮華さんの居る紅組、私、焔さんが白組です。結果は私の連携ミスのせいで白組が負けてしまいました……私もまだまだ強くならないとですね……これでは月閃のリーダー失格です。

 

 

 そして夜。

 報告書を届ける為にオシュトル様のいる政務室に向かう。いつも私達のために頑張ってくれているので、彼の好物である胡桃饅頭を持って行くことにしました。喜んでくれるとよいのですが。

 

「あれは……春花さん?」

 

 政務室から出て来た春花さんの姿がありました。一体何をしていたのでしょう……こちらに気付いた春花さんが話しかけて来た。

 

「あら、雪泉ちゃんじゃない。もしかして報告書の提出かしら?」

 

「ええまあ……あの、オシュトル様に何の用事だったんですか?」

 

「別に大したことないわよ? 頼まれた薬を調合して持っていっただけで……本当だから睨むのやめてくれる?」

 

「え!? 私そんな顔してました!?」

 

 無自覚に春花さんを睨んでいたらしい。

 

「すっごい形相で睨んでいたわ……まるで叢ちゃんの般若のお面のようにね」

 

「す、すみません! 私ったら……」

 

「ふふ、いいわよ別に。でも雲雀や美野里には同じ目をしないようにしなさい。あの子達だったらきっと泣いてるわよ?」

 

「うぅ……」

 

 すると、春花さんは意地の悪いの笑みを浮かべながら言った。

 

「ところで話しは変わるけど聞いてもいいかしら?」

 

「なんでしょう?」

 

「どうして報告書を提出するだけなのに、お風呂上がりなの?」

 

「えっ、そ、それは……汗をかいたままだと――」

 

「ひょっとして雪泉ちゃん、あわよくばオシュトルさんに夜這――」

 

「違います!!///」

 

(な、何を言ってるんですかこの人は……!///)

 

「雪泉ちゃんって真面目なイメージがあったのにね〜。実はむっつりだったなんて意外だわ」

 

「ですから! 違います!! 私はただ報告書を提出し――」

 

「……さっきから何を騒いでいるのだ?」

 

 声のした方におそるおそる見てみると、オシュトル様がすぐ側に立っていた。突然のことで声を出すことが出来ない。

 すると、春花さんは笑顔で答えた。

 

「あらごめんなさいね。オシュトルさんさっきの会話聞いてた?」

 

「いや、騒いでいたのは知っているが内容までは聞いておらぬ。他の忍の迷惑になる故、声量は程々にな」

 

「はい……すみませんでした……」

 

「はーい、じゃあ私はこの辺で。二人ともおやすみなさい♪」

 

 春花さんは廊下をスタスタと歩いていった。オシュトル様と二人きりになれたのは嬉しいですけど気まずいです……。

 

「雪泉」

 

「ひゃい!」

 

 声をかけられ、変な声が出てしまう。しかし、彼は引くことなく優しい口調で言った。

 

「報告書、いつもすまぬな。其方には感謝している」

 

「いえ、そんな……///」

 

 思わず照れてしまう。オシュトル様の顔をまともに見ることが出来ず、顔を合わせられないまま胡桃饅頭の入った包み紙を差し出す。

 

「これ、どうぞ召し上がってください……///」

 

 緊張で手が震える。

 オシュトル様は私の用意した胡桃饅頭を受け取ってくれました。

 

「ありがとう、後で頂くとしよう」

 

「は、はい!」

 

「其方も報告書のまとめと訓練で疲れただろう。今日はもう休むといい」

 

(むぅ……)

 

 そう言って、オシュトル様は政務室に戻ろうとする。相変わらずお堅い殿方です。お忙しいのは判っていますが、もう少し相手にしてくれても……最近はまったくと言っていい程、構ってくれません。私の不満も溜まる一方です。

 

(はっ!? もしかして……オシュトル様が素っ気ないのは、あの時感情に任せて頬を叩いたからでしょうか……?)

 

 彼の後ろ姿を見ながらシノビ村での出来事を思い出す。実はあの後、とても後悔した。私達を妖魔から命懸けで護ってくれたというのにあの仕打ち……恩を仇で返したようなものです。オシュトル様は気にしていないと言っていましたが内心はどう思っているのでしょう……。

 

(オシュトル様……///)

 

 胸が締め付けられる。

 いくら嫌われようと彼が好きだと言う気持ちは変わらないだろう。

 

(またあの日の時みたいに抱き締めて貰えないでしょうか……)

 

 厚かましいと自分でも思います。ですが、オシュトル様の温もりを感じたい……これは我儘でしょうか?

 気が付くと私はオシュトル様を呼び止めてしまいました。

 

「あ、あの!」

 

「ん? どうした?」

 

「あっ…え、えっと……」

 

「雪泉?」

 

(な、何か言わないと……)

 

 胸に手を当てると、ドクンドクンと心臓の鼓動が早くなっていくのを感じた。どうにかなってしまいそうです。

 私は咄嗟に頭の中に出て来た言葉を言った。

 

「か、肩凝ってませんか? よろしければお揉みします!」

 

「ありがとう、気持ちだけ受け取っておこう。よく働いてくれている雪泉に肩を揉ませるのは気が引けるのでな」

 

 お優しいオシュトル様の事ですから断られるのは想定内です。これで引く私ではありません。

 

「心配は無用です。それに私結構上手いんですよ? 子どもの頃、おじい様に褒められたことだってあります!」

 

 これは嘘ではありません。夜桜さん達もいる中で、『雪泉が一番上手い』と言ってくれました。あれは身内贔屓ではないと……思います。

 オシュトル様は少し考えた後、優しげに微笑みながら言った。

 

「……そうだな、ではその言葉に甘えよう。部屋に入るといい」

 

「はい!」

 

 オシュトル様と一緒に政務室に入る。机の上は大分片付いており、執務は終わりの方のようです。

 

「では頼む、その間某は報告書に目を通すとしよう」

 

「任せてください」

 

 ゆっくりとオシュトル様の肩を揉み解していく。場所によっては力を入れたり緩くしたりを繰り返す。

 

「どうでしょうか?」

 

「力の加減が出来ていてとても気持ち良い……つい眠ってしまいそうだ」

 

「ふふっ、ありがとうございます」

 

 それから五分くらい経過し、前に四季さんから借りた雑誌に書いていたことを思い出した。

 

(確か……肩を揉んでいる時に胸を当てると殿方が喜ぶと……)

 

 実践をしようか悩む。そんなことをしたら、はしたない女だと思われるかもしれません……いえ、オシュトル様にはこれくらいしないと異性として認識してもらえないでしょう……なんというジレンマ。

 

(……えいっ!)

 

 むにっ、むにゅ――

 私は意を決してオシュトル様の後頭部に胸を当てて押し付ける。わざとと思われないように適度に当てる。彼はどういう反応をするのでしょうか。

 

「……」

 

「あ、あれ?」

 

 無反応。おかしいと思い、オシュトル様の顔をそっと覗き込んだ。

 

「……」

 

「もぅ……」

 

 そんな事だろうと思いました……残念と思うと同時にホッとしてる自分がいた。

 

「オシュトル様? オシュトルさまー?」

 

 声をかけて本当に寝ているかどうか確認します。肩をそっと揺すってみますが、それでも起きません。どうやら熟睡しているようです。

 

「……ふふっ」

 

 寝ている今が好機と思い、仮面を取って机の上に置く。近くで彼の顔をまじまじと見た。

 

(こ、これは隙を見せているオシュトル様がいけないんです! あっ…意外とまつ毛長いんですね……///)

 

 そこでふと、私の中で一つの考えがよぎった。皆さんがいない今なら……。

 

「少しだけ……少しだけなら触ってもいいですよね……?」

 

 つんつんとオシュトル様の頬を触る。それでも起きる気配はありません。少しだけのつもりがどんどんエスカレートしてしまう。

 

(つ、次は手を握るだけ……少し握ってすぐに離せば大丈夫でしょう///)

 

 そう自分に言い聞かせ、彼の両手を手に取り指を絡ませる。

 

(オシュトル様と……恋人繋ぎしちゃいました……///)

 

 出来ればこのままずっと握っていたい……そんな手です。

 まるでオシュトル様を一人占めしている気分になってきました。ずるいと自分でも思いますが、こんなチャンスは滅多にありません。

 

(私だって……美野里さんみたいにオシュトル様に甘えたり、後ろから抱き付いたりしたいです。頭を撫でてもらったりとか……)

 

 最近、オシュトル様が焔さんや飛鳥さん達と話しているのを見ると、いたたまれない気持ちになります。胸が締め付けられるような……もしかして、これが嫉妬というものでしょうか?

 

「く〜……」

 

 ギュッと手を握っていてもオシュトル様は起きません。気がつくと私の視線はオシュトル様の唇に注いでいた。今朝見た夢のせいでしょうか?

 私は起きるか起きないかの声量で彼に話しかけていた。

 

「オシュトル様! このまま起きないと……キス、しちゃいますよ?///」

 

(……はっ! 私ったら一体何を口走って…! これでもしオシュトル様が起きていたら……)

 

 ジッと彼の顔を確認するようにして見る。寝息を立てており、私の心配は杞憂だったようです。

 

「……なんなら本当にしちゃいますよ? 良いんですか?」

 

「………」

 

「ほ、本当の本当にしちゃいますよ! それが嫌なら起きることを推奨します///」

 

「……」

 

「沈黙は肯定と判断しますっ……!」

 

 これは……オシュトル様直々に許可を得たということでよろしいのでしょうか。自分の言葉には責任を持たないといけませんね……これはもう実行するしかありません。

 

「オシュトル様……///」

 

 息も荒くなり、なんだか体が熱い……。

 意を決して、彼の唇にキスをしようとしたその時でした。

 

「ん……寝てしまったか」

 

(!?)

 

「ぬ? 何故仮面が机の上にあるのだ? 雪泉は……おや?」

 

「すぅ〜……」

 

 私は咄嗟にその場で寝転がり、寝ているフリをしました。いわゆる狸寝入りというやつです。

 

「参ったな……政務室には毛布も布団もない。部屋に運ぶしかないか……」

 

(ど、どうやらバレていないみたいですね……)

 

 そろそろ起きようと思ったその時だった。

 

「よっと……」

 

(え、えぇぇぇぇぇぇ!?///)

 

 オシュトル様に体を持ち上げられる。しかもお姫様抱っこで。

 

「やはり軽いな。ちゃんと食べているのだろうか」

 

(はわわわっ! 私……どうなってしまうのでしょう……///)

 

 

 この後、オシュトル様は私を部屋まで運び、布団を敷いて寝かせてくれました。判ってはいた事ですが何も起こることはありませんでした……私の淡い期待を返してほしいくらいです。因みに、一睡も眠ることが出来ずにそのまま朝を迎えることとなったのは言うまでもないでしょう。

 




恋する乙女の雪泉ちゃんでした!
そろそろイチャイチャや甘い雰囲気(?)が書きたいと思い、書いた次第であります。


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蛇女のメンバー

いよいよ雅緋達の登場です!蛇女の登場させるのが遅れに遅れて申し訳ないです。


 ある日の午後。

 秘立蛇女子学園の選抜者達が回復したということで、広間にてその者らと対面していた。既に面識のある雪泉や飛鳥殿、焔殿らも呼んでいる。

 某は用意されていた上座に座り、蛇女の選抜者を見ながら言った。

 

「お初にお目にかかる。某はオシュトル、訳あって小百合殿から総大将を任されている者だ」

 

 すると、白髪で黄色い目をした者が口を開いた。

 

「私は秘立蛇女子学園三年の雅緋だ。選抜メンバーの筆頭を務めている。そうか……あなたがあの」

 

 雅緋と名乗った女性に、眼鏡をかけた女性が軽く肘をつき、何やら話し始めた。

 

「雅緋、知っているのか?」

 

「ああ、忍の間では知らない人は少ないだろう。むしろ忌夢は知らなかったのか?」

 

「や、やだなぁ! もちろん知ってたさ! ただ覚えてなかっただけで……」

 

「ハァ……紹介しよう。この眼鏡をかけた奴は忌夢、私と同じく選抜メンバーの一人だ」

 

「忌夢だ、これからよろしく頼む……」

 

「ああ、よろし――」

 

(な、何か視線を感じる……)

 

 視線を感じた方に目を向けると、大きなぬいぐるみを持った少女がこちらをじっと見つめていた。

 

「……!」

 

 視線が合うと、少女は顔を逸らしてしまった。

 

(……何だ?)

 

 不審に思っていると、何故か忌夢殿に怒鳴られてしまった。

 

「おい! ボクの妹になに色目を使ってるんだ!」

 

「いや、そういうわけでは……ん? 妹だと?」

 

「ああ、ボクの妹の紫だ。それよりやらしい目で紫を見てただろ!! ボクの目は誤魔化せないぞ!」

 

「お、お姉ちゃん……やめて……」

 

 誤解をされてしまう。先に見られたのはこちらの方だが、信用してはくれぬだろう。雪泉も忌夢殿の言葉を真に受けて、恐い目で某を見るのはやめてもらいたい。

 途方に暮れていると、隣に座っていたネコネが席を立ち、忌夢殿に向かって言った。

 

「あ、兄さまはやらしい目でなんて見ないのです! 妄想も大概にするですよ!」

 

「いーや、見ていたな! 不潔なやつめ!」

 

「そもそも兄さまは不潔な考えなんかしないのです! 発言の撤回を求めるのです!」

 

 ネコネも某を庇ってくれるのは嬉しいが、これ以上騒ぎを大きくするのは良くない。そう思い、制止しようとすると、今まで黙っていた髪を両方に結んだ少女が口を開く。以前一度会ったことがある……確か、両備殿だったか。

 

「はいはい、話しが進まないからその辺にしなさいよ」

 

「そうだよ〜! これからオシュトルさんに両奈ちゃん達をアピールするんだから!」

 

「まあ、私達すでに面識あるから紹介しなくてもいいけど。一応言っておこうかしらね」

 

 両備殿と両奈殿がこちらに向き直った。

 

「改めて、私は両備。趣味は狙撃をすることよ、狩りに出かけるなら是非私を誘いなさい」

 

「両奈だよ! 両備ちゃんの双子の姉で、趣味は虐めてもらうことだよ! オシュトルさんも両奈ちゃんをたっぷり虐めてね!」

 

(後半に関しては聞かなかったことにしよう……)

 

 こうしてそれぞれ自己紹介が終わり、さっそく本題に入った。

 

「単刀直入に言おう。其方らさえよければ、妖魔を倒すために力を貸してほしい。奴等の戦力は侮れぬ、故に其方らが協力してくれるのであれば心強いのだが……」

 

 某らも日々精進しているが、今の戦力では厳しい。少しでも人数は増やしておきたい。戦力は多いに越したことはないのでな。

 

「ふっ」

 

 すると、雅緋殿は軽い笑みを浮かべて言った。

 

「言わずもがなな事を。協力するに決まっているだろう。私も奴等には腹を立てているからな……」

 

 そういうと、雅緋殿は拳を強く握り締める。

 

「殺された私の後輩達の分まで……オシュトル殿、あなた達と共に戦おう。忌夢、紫、両備、両奈、お前達も異論はないな?」

 

「雅緋がそういうならまあ……紫は?」

 

「怖い…けど……精一杯…頑張る…」

 

「両備も異論はないわ。奴等にはこの銃でしっかりお礼しないと」

 

「さんせーい! 妖魔を倒したいという目的は同じだもんね」

 

 蛇女の皆は快く協力を受けてくれた。仲間が増えたのはいい事だが、総大将である某が上手く纏めていかねばな。

 

 

 次の日。

 某は雅緋殿らの実力を見るため、一人ずつ相手をした。まず雅緋殿――彼女は剣と炎を巧みに扱う戦い方であり、筆頭なだけあって実力も申し分がなく、実に頼もしい。

 忌夢殿――彼女はユズハ殿と同じく如意棒の使い手。何よりも目を惹いたのは彼女の『速さ』だ。油断をすると懐に入られてしまいそうになり、気の抜けなかった……ただ、『アチョー』と叫びながら立ち回るのはどうにかならないものだろうか。

 両備殿――長い銃での遠距離攻撃を得意とし、接近してきた相手には、銃床に取り付けた斧で応戦する戦い方だ。遠近と対応出来るのは雪泉と同じである。

 残りの二人についてだが……少々問題が。紫殿は某と目を合わせただけで気絶し医務室に運ばれ、両奈殿に至ってはこちらの攻撃をまったく避けない。どういうことか聞いてみると『オシュトルさんの攻撃を避けるなんて勿体無い』との事だった。こめかみを押さえたくなる程の案件である。

 

(何故こんなにも個性的な子が多いのか……)

 

 人数も増えているので個性的なのは悪い事ではない。悪い事ではないのだが……もう少し場を考えてほしいものだ。

 

(おや? あそこにいるのはネコネと両奈殿?)

 

 裏庭を歩いていると、二人を見かけた。何やら話し込んでいるようだ。

 

「なあに? 両奈ちゃんに何か用?」

 

「両奈さん、先程の兄さまとの手合わせは何ですか? 見るに耐えなかったのです。真面目にしてもらえますか? そんなんじゃ勝てるものも勝てな――」

 

「はぅ〜ん!」

 

「急に変な声を出さないで欲しいのです!」

 

「いいよ、ネコネちゃん! そのゴミを見るような目……もっと両奈ちゃんを罵ってぇぇ!」

 

「うなっ! 気味が悪いのです!」

 

「はあはあ……お願い! 罵倒しながら両奈ちゃんを踏んで!」

 

「ふ……ふしゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 ゲシゲシゲシッ!

 ネコネは何度も何度も両奈殿の脛を思いっきり蹴っていた。遠くから見ているため会話がよく聞こえない。一体何があったのだろう……両奈殿は蹴られているにもかかわらず、どこか喜んでいるように見える。

 

「あふぅん! 良い! 良いよ! 罵ってくれるだけじゃなくて蹴ってもらえるなんて、ネコネちゃん最高だよぉ!」

 

「こっちを見るなこっちに来るななのです! さもないと呪法で焼き尽くすですよ!!」

 

 ネコネはフゥーフゥーと息が荒れており、杖を両奈殿に向けた。

 

「焼き尽くす!? それ興味あります〜! こんがり焼かれてみたいですー!」

 

「ひいっ……この変態! あっちに行けなのです!」 

 

「ネコネちゃんが両奈ちゃんを踏んでくれるまで絶対離れないもん!」

 

「春花さんにでも頼んでくださいです! 貴女みたいな変態とは関与したくないのです!」

 

 ネコネは青い顔をして両奈殿から逃げ出した。すると、両奈殿もネコネの跡を追っていく。

 

「待ってよぉ〜! 逃げるくらいなら踏んで! 踏むのが嫌なら罵倒だけでもいいよ!」

 

「や、やめてください!」

 

「やめます! やめるから両奈ちゃんをさっきみたいに蹴って! 絶対、絶対、痛くしてぇ〜!」

 

「うなあああぁっ!!!」

 

 二人の追いかけっこが始まる。心なしかネコネの脚が速くなったように思えた。なんだか楽しそうな様子だったので、二人をそのままにし、この場を後にすることにした。

 

 朝の手合(?)で倒れた紫殿の様子を見る為、医務室前に来た。もし倒れたのが某のせいであれば謝らねばならぬ。そう思い、扉を開ける。

 

「紫殿、具合はどうか」

 

「……!」

 

 どうやら起きていたようだ。紫殿は某に気付くとぬいぐるみで自分の顔を隠した。紫殿の隣には忌夢殿がおり、某をキッと睨む。

 

「もしかしてお前……紫に手を出そうとしているな!?」

 

「……ただ様子を見に来ただけだ。その様子だと心配は要らぬようだな」

 

 忌夢殿は余程妹が心配なのか某から紫殿を護るように後ろへ隠した。某も妹がいるので気持ちは判らない事もないが、もう少し信用してほしいものだ。

 

「某は失礼するとしよう。姉妹水入らずのところ邪魔をして悪かった」

 

「……あっ」

 

 これ以上居座るのはよくないだろう。紫殿の様子も見たので医務室から出ようとしたその時だった。

 

「ま、待って……ください……」

 

 紫殿に呼び止められる。某は扉に伸ばした手を引っ込め、振り返った。

 

「何か?」

 

 すると、今度は忌夢殿に声をかけた。

 

「お姉ちゃん……ちょっと……出てもらえる?」

 

「なんだって!? ボクが出ていったらこの男何するか判らな――」

 

「いいから……早く出て……じゃないと……嫌いになる……」

 

「うぐ……! わ、判った、紫が言うなら……おいお前! 紫に手を出したら承知しないぞ!」

 

 そういうと、忌夢殿はこちらを睨みながら医務室から出る。どうやら某は忌夢殿の中で『会って間もない女子に手を出すような男』と思われているようだ。いつか誤解が解ける日が来るといいが。

 

「あ、あの……オシュトルさんは…ゲームは好き…ですか…?」

 

「ゲームか? した事はあるが……」

 

 以前、四季や雲雀殿に『格闘ゲーム』とやらを半ば無理矢理やらされたことがある。コントローラー……だったか。あのような遊具は初めてな故、すぐにやられてしまったが。

 

(そういえば、ネコネは華風流に勝つことは出来たのだろうか)

 

 ネコネは華風流に全敗してから、寝る間も惜しんでゲームをしていた時期があったのだ。負けず嫌いなのは誰に似たのやら……雪泉か?

 

・・・・・

 

 その頃――修練場で焔と手合わせをしている雪泉は……。

 

「……くちゅんっ!」

 

 焔の剣戟を扇子で受け流していた雪泉だが、途中でくしゃみが出てしまい、手で口を抑える。それを見た焔も思わず手を止めた。

 

「ん? ひょっとして風邪か?」

 

「いえ……何となくですけど、誰かに失礼な事を言われたような……気のせいでしょうか」

 

・・・・・

 

 そんなことを考えながら、ふと紫殿の方を見ると、ぬいぐるみの上から顔を出して熱い視線をこちらに向けているのが判った。某の自意識過剰ではない――と思う。

 

「……某の顔に何か付いているか?」

 

私の…王子様……///」

 

「む?」

 

 何か言ったような気がしたがおそらく気のせいであろう。それよりもだ……。

 

(紫殿の顔が赤く、どこかぼおっとしている……やはり体調が優れぬのか)

 

 心配になり、少し離れていたところで帳簿を付けているトゥスクル殿に声をかけた。

 

「トゥスクル殿、紫殿の様子を見てもらえぬか? 何やら顔が赤い」

 

 すると、トゥスクル殿は手を止め、こちらに目を向ける。

 トゥスクル殿は『よっこいしょ』と言いながら椅子から立ち上がり、紫殿の様子を診る。

 

「診ている間、お前さんは外で待っててくれるかえ? 何か判ったら知らせるさね」

 

「……判った、お頼み申す」

 

 それから十分ほど経過した――

 トゥスクル殿が扉を開け、待っていた某に淡々と言った。

 

「一応薬を飲ませて寝かせたが、特に異常は無く健康そのものじゃ。お前さんの早とちりだったようじゃの」

 

「そうであったか……」

 

 ホッと胸を撫で下ろす某に、トゥスクル殿はどこか呆れた感じで言った。

 

「あの子より、ワシはおまえさんの鈍感さが心配さね。一体どれだけの女子(おなご)を泣かしてきたのやら……」

 

「む?」

 

「とにかく、年頃の女子には気を遣うんじゃぞ」

 

 それだけ言うとトゥスクル殿は医務室に戻っていった。某が鈍感とはどういう意味であろうか……女子を泣かせたというのは否定できぬ。某は疑問を浮かべながらも見回りを続けることにした。

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 夜。

 政務が早めに終わり、自室にて月を見ながら酒を呷っていた。満月ではなくやや欠けている月だが、それでも綺麗なことには変わりない。もしかしたら、あちらも一杯やっているやもしれぬ。

 

(霧夜殿やマロロも誘うべきであったな。いっそ今からでも……)

 

 そう思い、立ち上がろうとしたその時、外に誰かの気配を感じた。某は襖の向こうにいる者に声をかけた。

 

「雅緋殿か?」

 

「ふっ、流石はオシュトル殿といったところか……知り合って一週間しか経っていないのに私の気配を感じるとは」

 

「世辞はいい。入ってはどうだ?」

 

「ああ、ではそうさせてもらおう」

 

 雅緋殿は襖を開けて某の部屋に入る。某は座布団を用意し、座るように促した。

 

「して、どのような用件か?」

 

 わざわざ某の部屋に来たのだ。きっと大事な用事があるに違いない。

 すると、雅緋殿は困ったような顔をしながら言った。

 

「い、いや……特にこれといって用事は無いんだ。私はただ通りがかっただけで……」

 

(つまり、引き留めたのは某の方か……)

 

 とはいえ、このまますげなく帰すのも悪い気がする。何か無いかとまわりを見渡すと酒の入った瓶が目に入った。

 

(そういえば……雅緋殿は二十一歳であったな)

 

 彼女が成人済みだということを思い出し、早速誘うことにした。

 

「雅緋殿、よかったら一献やらぬか?」

 

「わ、私とだと?」

 

「嫌なら別に断っても構わない。強要はせぬよ」

 

「……ちょっと待ってくれ」

 

 雅緋殿は立ち上がると襖を開けて、何やらキョロキョロとしていた。

 

「雪泉は……いないな」

 

 そういうと、静かに襖を閉めた。何故今、雪泉の名が出てくるのだろうか。思わず雅緋殿に聞いてみた。

 

「雪泉がどうかしたか?」

 

「いや、気にするな。こっちの話だ」

 

「ん?」

 

 すると、雅緋殿は咳払いをしながら言った。

 

「こほん……オシュトル殿、私でよければご一緒させてもらおう。しかし、貴方も私を誘うなんて変わった人だな」

 

「なに、積もる話もあろう。其方も某に色々吐き出すといい」

 

 雅緋殿に盃を渡してそれに酒を注ぐ。人を纏める立場として愚痴の一つや二つくらいあるだろう。その時は親身になって聞くことにしよう。

 

 しばらくして――

 

「ヒック……もう一本だ! もう一本持ってこいッ!」

 

 そういうと雅緋殿はダンッと音を立てながら、床に盃を置いた。

 

「雅緋殿…その辺でやめて置いた方が……」

 

「うるさいっ! さっさと持ってこないとその仮面叩き割るぞ!」

 

(困った……まさかここまで酒癖が悪いとは……)

 

 最初の方は他愛もない話で盛り上がっていた。趣味についてだったり、忌夢殿や両奈殿らの事についてだったり……そこまではよかった。途中からは酔いもまわり、タチの悪い酔っぱらいになってしまったのだ。どうやら彼女は絡み酒のようだ。そんな雅緋殿を某はなだめることしか出来ずにいる。

 棚から代わりの酒の入った瓶を取り出して雅緋殿の近くに置いた。

 

「うっ…ぐす……」

 

(今度は泣き出してしまった……)

 

 すると、雅緋殿は泣きながら某に言った。

 

「皆が私に言うんだ……雅緋は学生には見えないだの、大人っぽいだの……私は好きで大人になったわけじゃないんだ!! 放っておいてくれ!」

 

 瓶を開けて自分で盃に酒を注ぐ雅緋殿。それを一気に飲み干すと、こちらをジロッと睨みながら近づいてきた。

 

「正直に応えてくれ! オシュトル殿は私の事をどう思っている!?」

 

「ぬ――」

 

 雅緋殿はそう言いながら某の肩を掴む。随分と顔が近いが、雅緋殿は酔っているせいか全く気にしていない様子である。このまま黙っていても離してくれそうにない――ならば、率直なところを言うしかあるまいか。

 

「そうだな……誠実で仲間達に優しく、忌夢殿らにも慕われており、実力もある。某は其方のことを立派で頼りになる女性だと思っているよ」

 

「なっ…!///」

 

 それを聞いた雅緋殿は体をワナワナと震えさせ、某から勢いよく離れると指を差しながら言った。

 

「よ、よくもまあ、そんな台詞を次々と言えるな!?」

 

(其方が言えと言ったのではないか……)

 

 彼女が自信を持つように言った台詞でもあるが、本音でもある。某は瓶を持ちながら、話を変えるように雅緋殿に言った。

 

「ほら、まだ酒が残っている。さっき其方の開けたこの酒は秘蔵の品でな、滅多に手に入らぬ貴重な酒なのだ。無論、最後まで付き合ってくれるのであろう?」

 

「あ、ああ……」

 

 それから雅緋殿は瓶が空になるまで付き合ってくれたのだが……急に大人しくなって口数も減り、静かな時間だけが流れた。原因は先程某が彼女に言ったことだろう。嘘を付くのはどうかと思い、正直なところを言ったのだが雅緋殿はどう思ったか……最も、一番良いのは今夜寝て忘れてくれることだな……。

 

・・・・

 

 雅緋の部屋。

 雅緋は布団にくるまり、先程のオシュトルの言葉を思い出していた。

 

 ――其方のことを立派で頼りになる女性だと思っているよ。

 

 初めてだったのだ。私を女性として見てくれたのは。

 私は髪を伸ばしたことがないため、よく『あの人イケメンじゃない?』と道行く人に言われたり、実際に男と間違われることもあった。その度に不快に思うことも少なくなかった。

 だが、あの人は違った。私を最初から女として見てくれていたのだ。たったそれだけだと言うのにこの胸の高鳴りは何だ?

 

(……少し飲み過ぎたか。オシュトル殿に見栄を張ってしまったな)

 

 それにしても恥ずかしい醜態を晒してしまった。オシュトル殿に引かれただろうか? オシュトル殿のあの言葉で酔いは一気に覚めたものの……。

 

「オシュトル殿……か」

 

 飛鳥はともかく、あの焔が信頼しているのも判る気がする。雪泉に至っては彼に好意を抱いている程だ――当の本人は気付いてすらいないが。そう言えば、紫もオシュトル殿のことを気にしているようだったな。私に付け入る隙はあるのだろうか……?

 

(――って! 私は一体何を考えている!? 私は誇り高き蛇女の選抜メンバーなのだぞ……恋愛にうつつを抜かすなど)

 

 あってはならない事だ――今までそう思っていたのに。

 

(くそ…!)

 

 私は余計な事は考えず、そのまま眠ることにした。朝、オシュトル殿に会ったら何食わぬ顔で挨拶をすればいい……それだけだ。




両奈の過激発言はどこまでがセーフなんでしょう!?

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怪しげな商人

今回は皆さんの知るチのつくあの男が登場します。(原作で存命してますが、『この世界線』での彼と思ってくれると幸いです)


「ほら、キリキリ歩け」

 

「あぃたた、痛いですよぉ。歩きますから、そんなに叩かないでください……」

 

 広場にある地下牢近くを歩いていると、雅緋殿が怪しげな男を連れて歩いていた。その光景を見た飛鳥殿や焔も集まってくる。

 男は糸目の善人面で如何にも胡散臭いといった風貌をしている。

 

「雅緋さん、どうしたんですか?」

 

「……その男は一体?」

 

「雪泉にオシュトル殿か。こいつ、塀を登ってきたのか知らないが、門の前で探るようにうろついててな。今牢屋に連行しているところだ」

 

「だから誤解ですってば。私はただ、行商のために来ただけなんです」

 

「見るからに怪しい奴だな……飛鳥、お前はどう思う?」

 

「私もなんか信じられないかな……この人本当に商人なの?」

 

「……オシュトル殿、どうする?」

 

「ふむ……」

 

「もう勘弁してください。本当に私はただの商人(あきんど)なんです……なんなら今此処で裸にして調べてもらっても構いませんから!」

 

 なりはこんなだが、嘘を吐いているようには見えない。商人であれば何かしら取り扱っているだろう。そう思い、男に話しかける。

 

「ならば貴公に問う。具体的にはどんな物を商っているのか教えてもらいたい」

 

 すると、男は待ってましたと言わんばかりに大きな(ケース)を取り出して、こちらに見せるように開けながら言った。

 

「お頼みになられれば、人身売買以外は何でも扱いますですハイ」

 

 箱の中には薬品に武器や装飾品、さらには衣類に食物や酒も売られている。この男の言う通り、何でも売っているようだ。

 

「そうですねぇ、例えばこんなのは如何です?」

 

 男が取り出したのは手の平くらいの大きさの瓶だ。中には白色の錠剤がいくつも入っている。一体何の薬だろうか。

 

「それは?」

 

「とある裏ルートにて手に入れた媚薬にございますです、ハイ。旦那様も色々溜まっているのではないですか?」

 

「「「「なっ…!///」」」」

 

 媚薬という言葉に雪泉らの顔が赤くなる。そういった類は大方偽物だと聞くがな。

 

「お、おい! 兄者になんてものを売り付けてるんだ!///」

 

「あわわわ、お嬢さん、落ち着いて武器をお納めください……そうです、貴女にはこれとかどうでしょう?」

 

 そう言って男が取り出したのは、高級そうな霜降り肉だ。見た限りおそらく三キロはあるだろう。

 男に得物を向けていた焔だったが、肉を目の前に固まってしまっている。

 

「このお肉はA5級黒毛和牛の極上品でございまして、滅多に仕入れないんですよ。それはそれはジューシーな味わいをお楽しみいただけますです、ハイ」

 

「黒毛和牛……だと……?」

 

「ハイ、しかもサーロインでお肉が好きな方にはたまらないでしょうなぁ」

 

 唾の飲む音が聞こえる。しまいには涎まで垂らしており、刀を落としてまで肉に手を伸ばそうと――するが、某らに見られているのに気付き、その手を引っ込める。

 

「ハッ!? わ、私はこんなので屈しないぞ!」

 

 口ではそう言っているが、物欲しそうに肉から目を離さない。目は口程にものを言うとはこの事だ。

 

(もしかしてこの男……焔が肉好きだというのを見抜いたのか? だとすれば凄い観察眼だな、自分で商人と言うだけある)

 

 思わず感心してしまう。

 

「……ちなみに聞くが、いくらするんだ?」

 

 財布を取り出す焔。先程までの威勢は何処に行ったのか、どうやら誘惑に負けたらしい。

 

「そうですねぇ、こちらになりますです」

 

 男は電卓を持って焔に見せた。

 

「六万五千円だと!? 買えるか!!!」

 

「そうは言われましてもこちらも商売ですので。お金が無いなら諦める他ありませんなぁ」

 

「くっ…うぅぅぅ……」

 

 焔は膝から崩れて手をついた。それほどまでに食べたかったのか、皆の前だというのに涙まで流している。なんだか可哀想になり、某は焔の肩に手を置きながら言った。

 

「その、なんだ。いつか其方を焼肉屋に連れて行く、だから泣き止んでほしい」

 

「ぐすっ……兄者ぁぁぁ!」

 

「焔ちゃんばっかずるい! 私も連れて行ってください!」

 

「あ、飛鳥さん……」

 

「どさくさに紛れて何を言ってるんだ……」

 

「いや、構わぬよ。なんなら雪泉と雅緋殿も来るといい。某が奢ろう」

 

「これはなんと懐の大きな御仁。ますます気に入りましたです」

 

(貴公に気に入られても困るのだが……)

 

 すると、男はまたさっきの瓶を取り出して、こちらに差し出してきた。どこか楽しそうに見える。

 

「返事をもらって無かったのでもう一度。如何です? 気になる子を三日三晩寝かせませんですよ」

 

破廉恥です、オシュトル様……///

 

「……せっかくだが遠慮しておこう。そこまで飢えていないのでな」

 

 だから雪泉もチラチラとこちらを見るのはやめてもらいたい。買わぬから。

 話を戻すため、他の物にも追及することにした。

 

「この髪飾り、雪泉に似合いそうだな」

 

「似合うかどうかはさておき……確かに可愛いですね」

 

 某が手に取ったのは水色の雪の結晶の形をした髪飾りだ。彼女にぴったりだと思う。

 

「なんとお目が高い! 実はその髪飾り、壊れにくいように出来ている特注の品でございますよ」

 

「値段は?」

 

「えーと、こちらになります」

 

 電卓には四千円と書かれている。髪飾りとしては高いが、さっきの肉と比べれば安いものだ。某は懐から財布を出して、男に金を払う。

 

「どうもありがとうございますです、ハイ」

 

「そ、そんなっ! お金でしたら私が――」

 

「付けてみてはくれぬか?」

 

「え……?」

 

 髪飾りを渡す。雪泉はしばらく髪飾りを見つめると、右耳の上辺りの髪に雪の結晶を付けた。

 

「どう、でしょうか?///」

 

「ああ、似合っている」

 

「あ、ありがとうございます……///」

 

「お似合いでございますです、ハイ」

 

「じぃ〜……」

 

 視線が突き刺さる。振り向いてみると、飛鳥殿がジトっとした目でこちらを見ていた。

 

「オシュトルさんって雪泉ちゃんには優しいよね」

 

「別にそういうわけでは……飛鳥殿は何か欲しいものがあるのか?」

 

「私?! えーと……そうだ! 雅緋ちゃんは――雅緋ちゃん?」

 

「……」

 

 見ると雅緋殿はある物を手に取ってそれを凝視していた。

 

(黒い仮面?)

 

 右頬辺りの部分だけ無く、他は覆われている変わった仮面だ。左目辺りには銀色の蝶のような飾りものがある。

 すると、雅緋殿は真剣な眼差しで男に言った。

 

「……これはいくらするんだ?」

 

「どうやらお気に召したようで、こちらの方になります」

 

 男は雅緋殿に電卓を見せる。

 

「よし、買おう」

 

「「「即決(ですか、か)!?」」」

 

「ありがとうございますです、ハイ!」

 

 驚いている雪泉達を尻目に、仮面を買った雅緋殿は嬉しそうにしている。良い買い物をしたといった表情だ。

 

「そういえば、飛鳥殿は何か無いのか?」

 

「うーん……やっぱり私はい――あ!」

 

 何かを見つけたようだが、飛鳥殿はそれから先は何も言わなかった。男も不審に思い、彼女に話しかける。

 

「あの、どうかなさいました?」

 

「えっと…今はいいかな……オシュトルさんもいるし……

 

 ちらりとこちらを見る飛鳥殿。欲しいものがあれば遠慮せず言ってもよいのだが……。

 

「作用で。ではこれで私が商人だと信用してもらえましたか?」

 

「ああ、勝手に入った件についてはともかく、貴公が商人というのがよく判った」

 

 すると、雅緋殿もこちらの話に便乗して男に聞いた。

 

「そうだった。何で勝手に入ったりしたんだ?」

 

「実はこのお城には忍がいると聞きまして。何か物資が必要かと思い参上致した次第です、ハイ」

 

「なるほど、さっきみたいに高い肉を売り付けようとしたわけか」

 

 肉が高くて買えなかったので根に持っているようだ。食べ物の恨みは恐ろしいものである。

 男はそれを気にも留めず続けて話す。

 

「これからはいつでも呼んでもらって結構です。私も妖魔は嫌いですので、ご協力させていただきますです、ハイ」

 

「うむ、こちらとしても助かる」

 

「ああ、そうそう。オシュトル殿……僭越ながらご忠告を」

 

 殺気――男は某の後ろに回り込み、喉元に刃物を突き立てようとするが、刀でなんとかそれを阻止した。

 

(油断していた――)

 

「ほう……私の不意打ちを受け止めますか。いやはや、噂通りの漢でございますです、ハイ」

 

「お前は……」

 

「いえね、油断をなされていたので、ご忠告をと思ったのですが、どうやらその必要はありませ……っとととと」

 

(なんだ?)

 

 男は慌てて武器をしまうと、焦ったように言った。

 

「あ、あの、娘さん方? 何もしませんから、その手に持った得物を仕舞っていただけませんか?」

 

「……」

 

 見れば、雪泉達はそれぞれ得物を持って、男に向けていた。雪泉に至っては髪が白く、目もいつもの水色ではなく赤くなっている。扇子と氷で出来た剣を持ち、どうやら本気で男を殺すつもりだったのが判る。まるで凍るように空気が冷たくなっていたのは、この子が術を使っていたからのようだ。

 

「ふふっ……もし嘘なら、その場で氷漬けにして存在ごと抹消しますから」

 

 雪泉のただならぬ殺気に、流石の男も怯んでいる。ネコネなら涙目で腰を抜かしているだろう。

 

「う、嘘じゃないですって、本当にございますです……ハイ」

 

(この男より雪泉の方が恐いのだが……)

 

 他の三人も雪泉とやや距離を取っている。某と同じ気持ちのようだ。

 

「これはいけませんです、ハイ。では私はこれで退散させていただきますです」

 

 男は何かを地面に叩きつけると、眩い光が視界を襲う。目を開けたときには男の姿は無かった。

 

「ん?」

 

 襟元に違和感を感じ、探ってみると折り畳まれている小さな紙を見つけた。いつの間にかあの男が忍ばせていたらしい。開けてみると『近いうちまた来ますです、ハイ』と書かれており、端の方に名前も添えてあった。

 

(『チキナロ』と言うのだな……というかまた来るのか……)

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 あれから五日後――

 本当にチキナロがやって来た。相変わらず、やたらニコニコと笑みを浮かべており、何を考えているのか判らない。

 謁見の間には某にネコネ、それぞれの選抜者達が集まっていた。この前の一件があるので、念のため皆にいつでも得物を出せる状態にしている。

 

「皆さん随分と物々しいですねぇ。私、信用されていないようで少し傷付きましたです」

 

 その割には、まったく悲しそうに見えない。

 

「……兄さまに手をかけておいて、よくそんな事が言えるのです」

 

「おや? 前はお見かけしなかったお嬢さん。兄さまということは……オシュトル殿の妹さんですか?」

 

「……そうだ」

 

「やはりそうですか。通りで似ていらっしゃる」

 

 チキナロはそういうと、前よりずっと大きなケースを開けて、卓上に並べ始めた。途端に皆から感心したような呻きが上がり、商品に目を奪われている。

 すると、未来殿が何か見つけたようで、声を上げた。

 

「ちょっとこれ……一週間後に発売されるゲームじゃない! 一体何処で手に入れたのよ!?」

 

「ゲーム会社に友人がいまして、特別にお取り寄せした次第です、ハイ」

 

「買うわ! まさかフラゲ出来るなんて思わなかった」

 

「私も……欲しいです……」

 

「毎度ありがとうございますです、ハイ!」

 

 未来殿に続き、紫殿もゲームを買う。二人とも嬉しそうにしていた。二人が買ったのを見ていた雪泉、雅緋以外の皆は、早速ケースの方へと駆け寄った。

 

「ねえ、チキナロさんって言ったかしら? この薬いくらになる?」

 

「ハイ、それはですねぇ……」

 

 春花殿も何やら青色の液体の入った小瓶を持って交渉している。おそらく実験に使うのだろう。

 

「んーと……今のうちに買っちゃお!」

 

「この本、丁度読みたかったところです」

 

「おいおい……こりゃあ現地でしか売っていないラーメンセットじゃないか! ここからここまでのやつ全部買うぜ!」

 

「ケーキも売ってるんだぁ、美味しそうだし買う!」

 

「雲雀、俺が買ってやるぞ」

 

「おお、このGペン凄いな……絵がすらすらと描ける……」

 

「このお洋服可愛い〜! みのりこれにするー!」

 

「いいのぅ、この釜戸。御飯が美味しく炊けそうじゃ♪」

 

「肉……やはり高いな……諦めるしかないのか!」

 

「この研ぎ石ええなぁ。わしの得物の手入れに持ってこいや」

 

「なんて事ですの……もやしの栽培キットがこんなに安く……!」

 

「はぅ〜ん! 両奈ちゃんの欲しかったものがいっぱいだよぉ!」

 

「ちょっと待ちなさい。アンタそんなもの買うの……?」

 

 警戒を解き、たちまち商品に夢中になっている女性陣達を見て、つい苦笑が浮かんだ。前にも感じたが、チキナロはヒトの懐に入り込むのが得意に思える。

 

「執事服なんてあるんだね〜。あ、これをいつかオシュトルちんに着せて色々と……いひひ……」

 

(なんだ? 寒気が……)

 

「メイド服まであるのか。待てよ? ボクが雅緋に着せてそれから……ぐふふ……」

 

「……ッ」

 

 雅緋殿を見ると、心なしか顔が青ざめているように見えた。なんなら鳥肌まで立っている。雅緋殿も何かを感じ取ったのだろうか?

 

「み、皆さん、その男に乗せられているのです。隙なんて見せたら……あっ!」

 

 急にネコネは席を立つと、そのままケースをまさぐる。某と雪泉も思わずネコネに駆け寄る。

 

「ネコネさん、どうかしましたか?」

 

「何か見つけたのか?」

 

「私の……大好物の…!」

 

 ネコネが手に取っていたのは、エビフライの入った袋だ。小さなものから大きなものもあり、ネコネにはたまらないだろう。

 

「こ、これいくらするですかっ!」

 

 ネコネが特に警戒をしていたにも関わらず、エビフライを見て心変わりしている。その様子に某と雪泉は、顔を合わせながら失笑してしまった。

 

「ふふん、ほんとにネコネって子どもなんだから」

 

 そう言ってネコネを鼻で笑う華風流だが、彼女の両手にはチューペットと呼ばれる氷菓子があった。説得力が皆無である。

 こちらの視線に気付いた華風流は慌てるように言った。

 

「違うの! いつもより安かったから買っただけで……」

 

「その割には華風流ちゃん喜んでたっすけど」

 

「そ、そんなことないわよ!」

 

「いや嬉しそうにしてたのを私は見たぜ。さっきのネコネみたいな顔してた――」

 

あーあー! 聞ーこーえーなーいー!!///」

 

 華風流は耳を塞ぎながら大きめな声を出した。二人の姉に暴露されて恥ずかしいようで、聞かざると言った感じだ。

 

 女性陣が商品を見ていた間、某は巻物に用立てて欲しい物を纏めた。武具や食料、衣類に薬……どれも戦をするに必要不可欠なものだ。

 一通り買い終わるのを待つと、某はチキナロに注文をしたためた巻物を渡した。

 

「出来れば早急に頼む」

 

「ふむふむ……意外とオシュトル殿は人使いが荒いですねぇ。ですが、ご注文とあらば用意させていただきますです、ハイ」

 

 未だに信用しがたいところはあるが、背に腹は変えられぬ。この男を通して、用意してもらう他無いだろう。去って行くチキナロの後ろ姿を見て某はそう思った。

 

 

 

 城から少し離れた街道――

 チキナロは気配を感じて後ろを振り返ると、そこにいたのはジャスミンだった。どうやら出て行ってから追って来ていたようだ。

 

「チキナロ、例の人物の足取りを掴むことは出来たかい?」

 

「いいえ。私も一生懸命探しているのですが、なかなか見つからず……申し訳ありませんです、ハイ」

 

「そうか……彼奴が居れば妖魔が仕掛けてきたときに、先回りすることが出来るんじゃがの。一体何処にいるのやら……」

 

「『妖魔を滅する者』……私も噂でしか聞いたことが無いですが、かの者は妖魔を感知、探知出来るみたいですね」

 

「ああ、巫神楽三姉妹にも探させてはいるが、尻尾すら掴めんよ……本当に復活しているのかい?

まさか偽の情報なんてことはないだろうね?」

 

「かの地で転生の珠が無くなっていたので間違いないかと思われますです、ハイ。この写真をご覧ください」

 

 そういって、チキナロは写真をジャスミンに見せた。写真には純白の変わった服を着て、髪を赤いリボンで結んでいる小さな女の子がぼやけて写しだされている。

 ジャスミンは写真をしばらく見たあと、疑うようにチキナロを見た。

 

「これが他人の空似で実は本人ではない……という可能性は?」

 

「その可能性はゼロ……とは言い難いですねぇ。世の中には自分とそっくりな人間が三人はいるらしいですから」

 

(お前みたいなのが三人もいたらゾッとするさね……)

 

「あぁ、そうそう。話は変わるんですけど、ジャスミン様のおっしゃっていたオシュトル殿についてなのですが――」

 

「オシュトルがどうかしたかの?」

 

 そう問いかけると、チキナロは先程とは違う笑みを浮かべて言った。

 

「てっきりジゴロな方だとばかり思っていましたが、なかなかに面白い御仁にございますです。それだけでなく、何処となく惹きつけられるのです、ハイ」

 

「ほう、お前が人に興味を持つとは珍しいのう」

 

「いやはや、仮面の者ですか。しばらくは退屈しなくて済みそうです、ハイ」

 




雅緋が買った仮面はペルソナ2のフィレモンがしていた仮面の色違いみたいな感じです。
ちなみにネコネはこのチキナロを前の世界とは別人だと看破しています。


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動き出す刻

神楽篇突入です!

今年に入ってからロスフラのガチャですり抜けがエグいのでユズハ(配布)を星5にしてやりました。トゥスクルさん欲しいなぁ(遠い目)


「ぶつぶつ……」

 

 ヴライ達のいる山奥にある洞穴。

 奈楽が地面に手をついて何やら呪文らしきものを唱えている。ヴライはそれが終わるのを待つと、奈楽に問いかけた。

 

「貴様、何をした?」

 

「此処に結界を張った。これでこの洞穴にいる間は、妖魔や獣に襲われる心配はないだろう」

 

「笑止、我がそんなものに遅れを取ると……(うぬ)はそう思っているのか?」

 

「誰もお前の心配などしていない。私は神楽の心配をしている」

 

「むにゃ……」

 

 奈楽はすやすやと寝息を立てて、昼寝をしているかぐらに目を向ける。

 

「神楽を狙う人間も少なからずいるからな。そもそも、お前が神楽を四六時中見ていればこんなことをしなくて済むというのに。ヴライは神楽よりも体を鍛える事の方が大事なのか?」

 

「……」

 

 無言で立ち上がり、奈楽の前まで行くと、ヴライは見下ろしながら言った。

 

「……汝は己が立場を理解しておらぬようだな」

 

「何――」

 

「汝ごときが我に意見しようなどと片腹痛いわ。忘れるな、我はいつでも貴様の首をへし折ったり、消し炭にすることも出来るのだと」

 

「……」

 

 ヴライの圧力にあの奈楽も黙ってしまう。何か言い返そうとも思ったが、奈楽もそこまで命知らずではない。言葉を選び、何処か納得していないような表情でヴライに言った。

 

「……悪かった」

 

「フン……」

 

「あ〜! また喧嘩してるー!」

 

 いつの間に起きていたのか、かぐらは二人の間に割って入り、頬を膨らませながら言った。

 

「おじちゃんもダメダメだよ! 奈楽お姉ちゃんをいじめちゃ……めっ!」

 

「……」

 

 叱っているつもりなのだろうが、まったく怖くなくむしろ可愛い。かぐらに叱られ(?)ヴライは何も言わず奈楽から離れると、近くにある岩に腰掛けた。

 

「ん〜! 届かないー!」

 

 かぐらもヴライの座っている岩の上に登ろうとするが、かぐらには大きいので登ることが出来ない。ヴライはそんな様子を見て、かぐらの後ろ首の方の服を摘むとそのまま岩の上に乗せた。

 

「えへへ〜、おじちゃんありがとう!」

 

「……我の膝の上に乗っていいとは言っておらんぞ」

 

「乗っちゃダメとも言ってないよね? ちゃんと言わなかったおじちゃんが悪いんだもーん♪」

 

「ハァ……ああ言えばこう言う」

 

(神楽……)

 

 その光景を黙って見ている奈楽。あのような、心の底から無邪気に笑っているかぐらは見たことが無かった。あの男と共にいると楽しいのがよく判る。記憶を失っているのも関係があるのだろう。

 

(今の神楽には何のしがらみも無い。ならいっそこのままでも……)

 

 彼女をただの女の子として成長を見守るのもいいかもしれない――奈楽は腰に着けていた小物入れの中を見ながらそう思った。

 

 

 夜も更けてフクロウの鳴き声が聴こえる頃――

 かぐらが寝た後、奈楽は焚き火に薪を焚べているヴライに話しかけた。

 

「ヴライ……頼みがある」

 

「二度も言わせるな。汝が我に……」

 

 奈楽に目を向けた瞬間、彼女は地に頭をつけていた。

 

「お願いだ! これから先もずっと……神楽を護ってやってくれ! この通りだ…!」

 

「貴様……」

 

 ヴライは意外に思っていた。あの奈楽が……あの奈楽が我に頭を下げて土下座までしているのだ。何がこの女にそこまでさせているのか、その必死さは十分に伝わる程だ。

 

「私よりも強い――それも仮面の者のお前が近くに居れば神楽の身は安全だ。だから……頼む!」

 

 その言葉にヴライは静かに首を横に振った。

 

「それは出来ぬ」

 

「ッ……何故だ?」

 

 ヴライの返答に声を上げそうになるも、神楽を起こさないために声をできるだけ抑えた。

 

「我は、宿敵である漢と決着をつけねばならぬ。故に、いつまでもこの小娘の面倒をみることができぬのだ」

 

「な、なら、その漢と決着をつけた後ならどうだ? それなら問題ないのではないか?」

 

「否、奴を倒す時、同時に我も死ぬことになる。その刻がくれば、我は何も言わずに此処を去るつもりだ」

 

「巫山戯るな! 神楽は……お前に懐いているのだぞ!? その神楽を置いて勝手に死ぬ気か!」

 

巫山戯るな(・・・・・)……だと?」

 

 ヴライの目がギロリと奈楽を睨む。漢の戦いを侮辱されたと思ったのだろう。

 ヴライの両手には火……炎がメラメラと燃えており、今にも火の玉を奈楽に投げようとする。

 

「ッ!」

 

 奈楽も思わず後ずさる。

 

「あまり図に乗るな……小娘が」

 

 そう言いながら、ヴライはかぐらを見る。此処にかぐらがいなければ、奈楽の頭は今頃吹き飛んでいたことだろう。

 

「……奈楽、外へ出ろ」

 

「私を、殺すつもりか?」

 

「汝を鍛えてやろう。汝一人でかぐらを護れるようにな」

 

「何だとッ――」

 

(……どういう風の吹き回しだ? この男は一体何を考えて……)

 

 殺されるとばかり思っていたが、ヴライからそんな言葉が出て驚く奈楽。少なからず、ヴライもかぐらのことを思っているようだ。でなければそんな事を言うはずがない。

 戸惑っていた奈楽だが、神楽を護るためにヴライの指南を受けることにした。

 

「……頼む」

 

「フン……せいぜい根をあげぬようすることだな」

 

「――望むところだ」

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

「どうしたものか……」

 

 ついそう口に出してしまう。

 某はこれまでの妖魔との戦を振り返っていた。前のシノビ村での戦の時もだが、奴等はいつも突然現れる――故にこちらから攻めることができず、常に先手を打たれている。こちらに出来ることは、妖魔が現れた所へ急いで駆け付けることくらいだ。このままではいずれ破綻することになるだろう。

 

(異界の扉、か……)

 

 奴等はそれを使い、いつでも攻め入ることができる。もし、あの時に攻めて来た相手がゲンジマルやニウェであったらこちらが負けていただろう。それにあの羽の生えた男……ディーと言ったか。

 

(仮面の力を解放していたにも関わらず、あの見えぬ壁を壊すことが出来なかった……奴は一体何者だ?)

 

 そう、羅刹を逃したのはディーが原因なのだ。羅刹を仕留め損なったのはこちらにとって後々、苦しい戦いを強いられることとなろう。

 これからの事を考えていると、いつの間にか帰って来ていたネコネに話しかけられる。

 

「どうしたですか兄さま。険しい顔をして……」

 

(いかんな……某がこんなことではネコネ達を不安にさせてしまう)

 

「少し考え事をしていてな。それよりも門番からの報告とは何だったのだ?」

 

「シノビ村からの支援物資が届いたとのことなのです。そして、兄さまに御目通り願いたいとおっしゃられている方が……」

 

「判った。すぐに向かおう」

 

 

 

 広間……へと向かおうとしたが、物資が多すぎて入りきらないとのことで、大広間へと足を運ぶ。中に入ると、反物や武器、食糧などが大量に積まれていた。

 

(これは……チキナロに頼んでいた量の倍はあるのではないか?)

 

 とはいえ、物資は多いに越したことはない。そう思い、荷物の方へと歩み寄る――

 

「すごーい!」

 

「む?」

 

 声のした方へと視線を向けてみると、荷物の上から頭をひょっこりと出している雲雀殿の姿があった。見れば未来殿や華風流に葛城殿もいる。おそらく手が空いていたので運ぶのを手伝っていたのだろう。

 すると、ネコネはそんな雲雀殿に呆れたように窘めた。

 

「雲雀さん何してるですか……みっともないのです」

 

「ネコネちゃんも見てみてよ! お菓子もいっぱいあるよ!」

 

「えっ!? う……あ、後にするのです! もう時期シノビ村の人がお目見えに……」

 

「クスッ――本当に賑やかな方達ですね」

 

 扉の方には荷物の箱を持っているユズハ殿の姿があった。物資をここまで運んでくれたのはどうやら彼女のようだ。雲雀殿もそれに気づくと、慌てて荷物を置いてユズハ殿に歩み寄った。

 

「ゆ、ユズハ先輩! お、お久しぶりです……」

 

「お久しぶりです、雲雀さん。他の皆さんもお元気そうで何よりです」

 

「ユズハ殿、息災である。この度の支援、感謝致す」

 

「いえ、このくらいは当然です。オシュトル様はシノビ村を救ってくださいましたから。本当に感謝してもしきれません」

 

(そう言われると面映いものを感じるな――っと、いつまでも彼女に荷物を持たせてるわけにはいかぬな)

 

「ユズハ殿、持とう」

 

「クスッ、オシュトル様は優しいですね。ですがそこに置けば良いので大丈夫ですよ」

 

 そう言ってユズハ殿は荷物の積んである所まで歩き、『よいしょ』と言いながら置いた。それと同時に雲雀殿と未来殿がユズハ殿に駆け寄る。久しぶりに会って色々と話したいことがあるのだろう。

 すると、今まで荷物を見ていた葛城殿と華風流がこちらにやって来た。

 

「いや〜、それにしても良いなぁユズハ先輩。オシュトルもそう思わないか?」

 

「ん? まあ、そうだな」

 

(実力もあり、気配りも出来て、シノビ村の者達からの信頼も厚い。良いところはあっても悪いところは無い)

 

「そうか! オシュトルもユズハ先輩のおっぱい良いと思うか!」

 

「待て、何故そうなる」

 

 忘れていた。葛城殿はこのような者だということを。近くにいたネコネと華風流は会話が聞こえていたようで、こちらに冷たい視線を向けられていた。

 

「……不潔なのです、兄さま」

 

「オシュトル最低ね……そんなに大きい方が良いの?」

 

 最近は喧嘩も少なく仲の良いこの二人。葛城殿の言う事を鵜呑みにしないでもらいたい。二人の視線に耐え切れず、誤解を解くために葛城殿に弁明することにした。

 

「葛城殿、某はユズハ殿の人柄が良いと言っただけだ。そのような事は考えておらぬ」

 

 すると、葛城殿は某の背中を叩きながら言った。

 

「おいおい、隠すなって! アタイには判ってるぜ。オシュトルもユズハ先輩のハリのあるおっぱいを揉みしだきたいと思っているはずだ!」

 

「判っておらぬではないか……其方の中では某はどのような男なのだ?」

 

 葛城はその問いには答えず、そそくさとユズハ殿のところへ行ってしまう。もし葛城殿がユズハ殿にセクハラをしようとすれば全力で止めることにしよう。

 

「ユズハ先輩! 今日は泊まっていくんですよね!」

 

「ユズハさんそれ本当!?」

 

 すると、ユズハ殿は申し訳なさそうな顔をして言った。

 

「……ごめんなさい。私も出来ればもう少し居たいですが、今日はもうこれで帰り――」

 

「た、大変ですユズハ様!」

 

「……ホコロ、どうしたの?」

 

 その時、ユズハ殿の供をしていた忍装束を着た女性が取り乱しながら入ってくると、そのままユズハ殿に近づき耳打ちをする。それを聞いたユズハ殿は驚愕した表情となった。

 

「えっ! 落石!?」

 

「はい……様子を見に行ってみましたが、あの道は通れなくなっていました……」

 

「そんな……どうしましょう……」

 

 ここからシノビ村へ向かう道はもう一つあるのだが、問題がある。それはヒトが両腕を横に伸ばしたくらいの幅しかない狭い橋だ。荷車もある中で通るのは無理な話だろう。

 

「ユズハ殿、提案なのだが道が修復するまでの間この城に居てはどうか」

 

「え? 此処に、ですか?」

 

「ああ、部屋は余っているのでな。好きにしてくれても構わない」

 

「オシュトルさんの言う通り! ひばりもそうするべきだと思うなー!」

 

 雲雀殿にも後押しされ、ユズハ殿は考えると苦笑しながら言った。

 

「では……しばらくの間お世話になりますね」

 

「「やったー!」」

 

 二人で手を叩いて喜ぶ雲雀殿と未来殿。雲雀殿はともかく未来殿があそこまで喜ぶとは。やはり憧れの者がいると嬉しいようだ。

 

(しかし珍しいな。落石など滅多に無いのだが……ん?)

 

 ユズハ殿を案内しようとしたその時だった。

 キィン……仮面が少し振動し小さな音が鳴った――ような気がした。急に立ち止まった某にユズハ殿は怪訝そうに尋ねる。

 

「オシュトル様、どうかなさいましたか?」

 

「……いや、気にしないでくれ」

 

(今のは……一体?)

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

「なるほど……アレが目覚めた、と」

 

「はい、まだ力は戻っていないようですが、このままでは危険かと」

 

「妖魔を滅する者……ですか」

 

「はい、居場所は未だに掴めておりませぬが……」

 

 部下の言葉に雪不帰は目を瞑り、しばし考える。仮面の者だけでなく神楽まで出てくるとなると我らは芳しくない状況となる。いや、今の神楽は力を取り戻していないのだ。となれば考える事は一つ……隣にいるゲンジマルと目を合わせる。

 まだ部下が膝を折り、頭を垂れている事に気付き、下がらせた。

 

「ご苦労様です、オリカカン。下がりなさい」

 

「はっ」

 

 雪不帰にそう言われ、オリカカンと呼ばれた男は素早く下がる。それと同時にディーがやって来た。ディーはいつもの笑みを浮かべて羅刹に問うた。

 

「おや、何かあったんですか?」

 

 すると、閃光は冷ややかな目を向けながら言った。

 

「くだらない演技はやめたらどうだ? 話は全部聞いていたのだろう?」

 

「演技だなんてとんでもない。それに途中からでしか聞いておりませんよ?」

 

 ディーの反省の色を微塵も感じさせない態度に閃光が咎める。

 

「……お前は遅れてやって来たんだ。雪不帰様に何か言う事はないのか?」

 

「そう言われましても、遅れてしまったのには理由がありますし。過ぎたことを言っても仕方がないと思いません?」

 

 ディーの物言いに、閃光は思わず腹を立てた。

 

「お前――ッ」

 

「自分を抑えて、閃光。雪不帰様の前なのよ?」

 

「くっ……」

 

 妹である月光の言葉に閃光はなんとか抑えた。

 今までその様子を黙って見ていた雪不帰は話を戻す。

 

「皆も聞いた通り妖魔を滅する者の反応があった――が、場所までは判らぬ。何としてでも見つけだし、アレが覚醒していないうちに排除せねば……」

 

「クカカカカカッ! しかし雪不帰様、小さき赤子を狩っても意味が無いというもの。余としては完全体になるまで待った方が良いと思うが?」

 

「はぁ? 何を言ってるのよこの戦狂いは……完全に覚醒でもされたら、雪不帰様やゲンジマルはともかく私達でも手がつけられなくなるわ」

 

「ククク……血に飢えた獣を相手にするは余の生き甲斐よ……今日もガウンジを十八体狩ってやったわ」

 

 呆れるスオンカスを前に高笑いをするニウェ。完全に覚醒すれば自分達が危ないと言う事に気付いていないようだ。

 すると、カンホルダリは自分を出陣させるように雪不帰に名乗りを上げた。

 

「ここは俺に任せてもらおう。要は反応があった場所を片っ端からぶっ壊せば良い話だ」

 

「クソッタレが。聖上はンな事言ってねえだろうが」

 

「ああ? 今なんか言ったかヒエン」

 

「ハッ! 脳無し野郎だって言ったんだよ。脳だけじゃなくて耳までイカれちまったか」

 

「手前、どうやら俺様に殺されてェようだな……前の戦では無様に敗北したくせに」

 

「……死ねよ、クソ野郎」

 

 ヒエンは鞘から刀を抜き、カンホルダリに向ける。

 

「ほう……この俺様に刀を向けるか。いい度胸だ、死ぬ覚悟は出来てんだろうな?」

 

「あ、兄上! カンホルダリさん! 落ち着いてください!!」

 

 今にも喰ってかかりそうな二人を月光は止めようとするが、二人の耳には入っていない。収拾がつかなくなりそうになってきたその時、ついに見兼ねたのか今まで静観していたゲンジマルが声を荒げた。

 

「皆の者静まれぃ! 御前であるぞ!」

 

「「ッ――」」

 

 ヒエンとカンホルダリだけでなく、他の者達も静かになる。この中で一番老いているというのにその威厳と迫力は誰にも負けていない。

 

「では聖上、続きを」

 

「……」

 

 ゲンジマルにそう言われ、玉座から立ち上がる。そして、雪不帰は壇上から皆を見下ろす。

 すると、カンホルダリの部下であるボコイナンテが息を切らせてやってきた。

 

「ご、ご報告であります! 大蛇山にて仮面を着けた男が目撃されたとのこと!」

 

 ボコイナンテの報告に城内がざわつく。しかし、雪不帰だけは表情を変えず、ボコイナンテに静かな口調で問うた。

 

「その仮面を着けた男というのは……オシュトルか?」

 

「いえ、聞いたところによりますとオシュトルではないようであります。聞けば炎を操っていたと……」

 

「……」

 

 炎……奴は水を用いた技を使っていたので別人だ。となると、仮面の者はオシュトルともう一人いることになる。羅刹も動けない今、もしこの仮面の者も奴等の仲間だとしたら、我等にとっては芳しくない状況となる。

 

「聖上、如何なさいますか?」

 

「……」

 

 側で控えていたゲンジマルに言われ、雪不帰は間を空けてから言った。

 

「……しばらく様子を見る。して、ボコイナンテよ……その仮面の者の居場所は判っているのか?」

 

「それが……おそらくですが、拠点に結界を張られていて正確な位置が判らないのであります……」

 

「ふむ……そうか。ご苦労だった、下がるがよい……」

 

「はっ……」

 

 ボコイナンテは下がり、配置につく。

 

「ディー」

 

「はい。何でしょう?」

 

「お前に急ぎ用意して欲しいものがある。頼めるか?」

 

 そう言われると、ディーは膝を折り頭を垂れる。

 

「御心のままに……」

 




おのれ悪漢ラクシャイン!(言ってみたかっただけですすみません)


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かぐら

斬2…やりたい…でもPS4持ってない…


 夕方――

 巫神楽三姉妹が森の中を歩いていた。三人ともどれだけ歩いたのか疲れが出ている。

 

「今日も結構歩いたっすね」

 

「ああ、もう探せるところはないぜ……どうなってんだ?」

 

「それでもあの子はいなかった……」

 

 すると、華毘は納得のいかない口調で憤慨した。

 

「そんなのおかしいっすよ! 小百合様から此処にいるから探してくれって言われた筈っすよね!?」

 

「「……」」

 

 蓮華と華風流も黙ってしまう。

 

「どうしてっすか……どうして……ど、ど、ど……」

 

 華毘の様子がおかしい。彼女は考えると爆発するという謎の性質があり、蓮華と華風流は不味いといった表情をしている。

 

「ちょ、ちょっと華毘お姉ちゃん!?」

 

「不味い! 発作だ! どっかーんってなるぞ!」

 

「どどどどどど……」

 

「くっ……最近腹踊りで笑わなくなってしまったしな……こうなったら華風流! あれ(・・)をやれ!」

 

あれ(・・)!? 嫌だけど……ものすっごく嫌だけど……背に腹は変えられないわ」

 

 華風流は咳払いをして、ある者の口調を真似した。それもかなり完成度が高く。

 

「うなぁぁぁ! 華毘さん……爆発したら反省文五千枚書かせるですよ? あと、今持っている花火も全て没収なのです!」

 

「そ、それだけはダメっす!」

 

 ある日に政務室を爆発させてからというもの、華毘はネコネに頭が上がらないのだ。

 ネコネの口調を真似た華風流に、華毘が涙目になって懇願するようにしがみついた。それを見た蓮華は思わず吹き出している。

 

「ぷっ、ははははは!」

 

「ちょ……離してよ、華毘お姉ちゃん!」

 

「うちが悪かったっす……ネコネちゃん許して欲しいっす!! 反省文五千枚と花火没収は死んでしまうっす!!!」

 

「私はネコネじゃない!」

 

「ネコネちゃん、ごめんなさいっす……ごめんなさいっす……」

 

「いい加減に――しなさい!」

 

 ドゴッ。

 華風流の肘打ちが、華毘の鳩尾に決まる。

 

「ぐふっ……」

 

 あまりの痛みにうずくまる華毘。

 蓮華はというと、まだ笑いがおさまらないのかピクピクと体を震えさせている。

 

「蓮華お姉ちゃんも何がそんなに可笑しいのよ?」

 

「いやだって……くく、ほんとにお前とネコネって似てるよな」

 

「は、はぁ!? あんな子どもと一緒にしないでよ!」

 

「一昨日の紅白試合だってネコネと息ぴったりだったぜ。しかも試合が終わったときにハイタッチしてたじゃねえか」

 

「あ、あれは……ネコネがどうしてもしたいって言うからしただけで、私は別にしたくなかったし……」

 

「この前だって一緒にチューペット食べてたじゃないか」

 

「う……ネコネが欲しそうにしてたからあげただけよ。私はあげたくなかったけど」

 

 素直ではない華風流に、蓮華は折れるようなに聞き流すことにした。

 

「へいへい、そうかいそうかい」

 

「絶対適当に流してるでしょ?」

 

「流してないって、華毘もいつまでもうずくまってないで立ちな」

 

 蓮華は手を差し伸べると、華毘は鳩尾を抑えながらその手を取る。そしてゆっくりと立ち上がった。

 

「いたた……今日はもう戻るっすかね。陽も暮れそうだし」

 

「……そうだな、大将にも日没までには帰るって言ったしな」

 

「……」

 

 

 

 帰り道。

 華風流は数年前の事を思い出していた。

 

 ――明日の午前0時、妖魔がここに来るよ! だから、村のみんなに逃げるように言って! でないと、みんな殺されちゃうよ。

 

 ――えっ!? じゃ、じゃああなたも逃げないと!

 

 ――華風流ちゃん、心配してくれてありがとう。でもね、私は妖魔と戦わないといけないから……それが私の使命だから!

 

 あの子は私達にちゃんと警告してくれていたのだ――にも関わらず、私達は……。

 私達の村には掟があった。それは『村にいる以外の人と接してはならない』といったものだ。だから妖魔の事を話せば『誰から聞いた?』と村の人達にキツく問い詰められることだろう。それが怖くて私達は何も言うことができなかった。あの頃はまだ幼く、勇気というものが出せなかったのだ。

 妖魔の存在も半信半疑ではあった。あの子の警告を軽んじてしまった私達は口々に『妖魔なんていない』と言い合った。

 

 そして、次の日。

 午前0時、あの子に言われた時間になった。私は布団に入ったまま眠れなかった。それはお姉ちゃん達も同じだった。

 私達は親に隠れて家から出ると、あの子が入っていった山の奥を目指した。

 

 真っ暗な山道を走っているうちに気味の悪い声が聞こえてきた。動物や鳥の鳴き声じゃない。

 

「ァ……ァァァ!」

 

(この声……まさか本当に?)

 

 私達が茂みの奥を覗くと、そこには目を疑うような光景が広がっていた。全身が赤くにゅるにゅるとした気持ち悪い塊で出来た生き物……いや、あれは生き物と言っていいのか。おそらくあれが妖魔なのだろう。

 その妖魔とあの子が……小さな女の子が戦っている。女の子の顔つきは遊んでいる時とは別人のようだ。

 

「絶対に……ここは通さないッ!!」

 

 その瞬間、妖魔が変形し、腕の形になってそれを振り回す。女の子は紙一重で躱しながら、小さな腕で反撃する。小枝のように細い腕なのに、拳が当たると妖魔は悲鳴を上げて苦しんだ。

 

「グゥ……ガァァァ――」

 

 だが、妖魔は苦しみはするものの、次の瞬間にはなんとも無かったかのような状態となり、再び女の子を襲う。長い戦いだったのか、女の子は息が上がってきたようで、次第に劣勢になってくる。

 女の子はついに妖魔の攻撃を喰らってしまい、頬と腿から血が流れ始める。それでも女の子は必死に戦い続ける。

 

(そんなボロボロになってまで……どうしてそこまでして……)

 

 使命だから? ううん、違うわ。あの子は私達を、村の人達を護ろうとしている。

 今私達に出来る事は――

 

「お姉ちゃん達! あの子を助けなくちゃ!」

 

「おう!」

 

「言われなくてもっす!」

 

 戦う覚悟を決めて茂みから飛び出す。あんな妖魔を相手にどこまでやれるか判らない。だけど、あの子をここで見捨てるようじゃ――

 

「私がすたるのよ!」

 

「グォォッ!」

 

 私達が妖魔に飛びかかろうとしたときだった。妖魔はあの子を魚を飲み込む鳥のように丸呑みにした。あまりの一瞬の出来事で私達は立ちすくむしかなかった。

 

「この!」

 

 華毘お姉ちゃんの顔が怒りで真っ赤になる。今にも妖魔に一撃を加えそうな雰囲気だ。私も同じ気持ちだ。ここで逃げる真似なんてできない。

 私も華毘お姉ちゃんと一緒に妖魔に向かって走った――ときだった。妖魔が急に光だす。白い桜の花弁のようなものが宙を舞っており、気が付けば目の前の妖魔は消えていた。

 

 私は思った。きっとあの子が最後の力を振り絞ってやっつけてくれたんだろうと。そう思うと涙が止まらなかった。

 勇気がなくてごめん、信じてあげなくてごめん、助けることができなくてごめん……どれだけ心の中で謝ろうとあの子はもういない。私は自分の無力さを恨んだ。

 

・・・

 

 そして時を経て――

 私達は小百合様に頼まれてカグラ千年祭を開いた。違う世界で死んだ忍を常世から呼び戻すというものだ。だが、その時に隈なく探してもあの子はいない――つまり、生きていると判った瞬間だった。

 

 それからというもの、大蛇山であの子の反応があったと聞いた私達は懸命になって探しているが見つからず……いつか必ず見つけてみせる。

 辺りもすっかり暗くなり、私達はようやく城へと戻った。

 

「やっと着いたぜー」

 

「最近は毎日っすからね。疲れたっす……御飯食べて休みたいっす」

 

「そうね」

 

 そう言いながらお姉ちゃん達と門を潜る。すると、今まで待っていたのか、オシュトルの姿があった。普段のオシュトルなら感情を面に出すことはあまりないけど、今は私でも判った。雰囲気からして絶対怒ってる。

 

「こんな時間まで何処に行っていた? 日没までには戻るという話ではなかったか?」

 

「た、大将……それは、だな……」

 

 オシュトルに問い詰められ、蓮華お姉ちゃんは助けを求めるように華毘お姉ちゃんを見た。

 

「うぇ!?」

 

 今度は私に目線が来る。お姉ちゃん達じゃ、まともな言い訳出来ないでしょうし、私が言うしかないか。

 

「実はね、山に綺麗な景色の見える丘があって、そこでお昼寝してたらこんな時間になっちゃったの」

 

 咄嗟に出てきた理由としては十分だと思う。基本オシュトルって仲間のことは信用しているし、きっと納得して――

 

「……」

 

(あ、あれ?)

 

 オシュトルは変わらず腕組みをして、疑うように私達を見ている。そして容赦のない口調で言い放った。

 

「罰として……三人とも、夜飯は抜きだ。食堂は早めに閉めさせた故、今から行っても無駄であろう」

 

「えぇっ!?」

 

「そりゃないぜ大将! 私達、腹ペコペコだってのに!!」

 

「ひ、酷いっす! うちら飢え死にするっす!」

 

「人は一食抜いただけでは死なぬ。明日の朝まで我慢するのだな」

 

 オシュトルはそう言い残し、私達から去っていく。釘を刺されただけじゃなく論破されたわ……この私が……。

 

 その夜。私達のお腹は壊れた玩具のように鳴りっぱなしだった。

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

「何をしている。立てぃ」

 

 ヴライは奈楽に稽古をつけていた。ヴライは自分が宿敵と戦うその時まで奈楽を鍛えることにしたのだ。いつまでもかぐらの側にはいられない――そう思い、ヴライは奈楽を少しでも強くさせるために鍛え上げている。

 ヴライの腕に蹴りを入れていた奈楽だったが、体力が尽き始めて息を上げている。

 

「はぁ、はっ……少し……休ませてくれ……」

 

「情けない。かぐらを護るのではなかったのか?」

 

「くっ……はあぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 ヴライの『かぐら』という言葉に再び、奈楽は立ち、ヴライの腕に目掛けて渾身の蹴りをいれる。

 

「フン、悪くない。続けるぞ」

 

 

 それから休憩無しで三時間ほどが経過した。。とうとう限界を迎えたのか、奈楽は地面に手をついた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 ヴライは奈楽を見下ろす。奈楽に稽古をつけてからしばらく経つが、この女は一度も根を上げていない。ヴライはそこだけは評価していた。

 

「おじちゃーん!」

 

 後ろから元気で明るい声が聞こえてくる。振り返ってみると、笑顔のかぐらがそこにいた。

 

「留守番していろと言ったはずだが?」

 

「だって〜、洞穴で一人トントン相撲するのも飽きたもん。おじちゃんいつも奈楽お姉ちゃんと一緒に出かけてるし」

 

 ペタペタ……ガシッ、ペタペタ……。

 

「……何をしている?」

 

 見れば、かぐらはヴライの足にしがみついて登ろうとしている。

 

「何って、おじちゃん登りだよ! おじちゃんのてっぺんを目指して登る遊びなんだ!」

 

「変な遊びをするな。降りろ」

 

 ヴライは片手でかぐらの襟首を掴んで持ち上げる。すると、かぐらは頬を膨らまして言った。

 

「ぶー! まだてっぺんに登ってないのにー!」

 

「……」

 

 奈楽はどこか羨ましそうにヴライを見る。

 やはり、記憶を失っている今の神楽にはこの男が必要だ。私ではこの男の代わりは出来ない、私では神楽を心から笑顔にさせてやることが出来ない――奈楽は下を俯きながら、そう思っていた。

 ヴライは奈楽の視線に気がつくと、かぐらを片手に持ったまま奈楽の方に歩きだす。

 

「汝は先にかぐらと洞穴に戻っていろ」

 

 そう言いながらヴライはかぐらを奈楽に押し付ける。すると、ヴライは洞穴とは別方向に歩き始めた。

 

「おじちゃんは一緒に戻らないの!?」

 

「我もすぐに戻る。大人しく待っていろ」

 

「……うん」

 

「……戻りましょう、神楽」

 

 

 一刻程経つとヴライが大きな猪を片手に担いで戻ってきた。ヴライが帰ってくると、かぐらは目を輝かせてヴライの近くに駆け寄る。

 

「おかえりなさい! わあ、すっごいおっきい!」

 

「こいつはもしかして……ヌシじゃないのか?」

 

「何をしている。汝も捌け」

 

 奈楽と猪を捌いていくヴライ。一定の大きさで捌くと、焚き火の上で炙っていく。十分に焼けてくると、奈楽とかぐらの前に投げる。

 

「喰え。喰らって糧とするがいい」

 

「おじちゃんありがとう! いっただきまーす!」

 

 かぐらは猪の肉に齧りつく。一方で肉を見ているだけで食べない奈楽に、ヴライは食すように促した。

 

「何故喰わぬ。喰わねば力が付かぬぞ、喰え」

 

「あ、ああ……」

 

 肉は嫌いではない――が、こうも肉ばかりでは飽きがくるというもの。しかし、用意してもらった身分で文句など言えない。奈楽は今度野草や木の実でも取りにいこうと決心した。

 

「はむはむっ」

 

 かぐらは嫌そうな顔をせず、幸せそうに肉を頬張っている。かぐらも毎日肉を食べているが、飽きていないのだろうか。

 肉を用意したヴライはというとまるで燃料を入れるかのように、豪快に肉を齧りついている。

 

(ヴライもよく飽きないものだな。ひょっとして食った肉はそのまま筋肉になっているのか?)

 

 奈楽は自分の腹を見る。肉ばかりの生活のせいか少しぷにっとして来ており、このままでは不味い。

 

「奈楽お姉ちゃん食べないの? 私が貰っちゃうよ?」

 

「よく食べられますね……」

 

「だってお肉美味しいんだもん♪」

 

 小さい体の何処にそんな食欲があるのか。かぐらは四つ目の肉を手に取り、むしゃむしゃと頬張り始めた。

 

(……神楽が羨ましいな)

 

 神楽はいくら食べても太らないのだ。肉をどんなに食べようが、飲み物をどんなに飲もうが太らない。実に羨ましい。

 美味しそうに食べているかぐらを見習って、奈楽は肉を食べることにした。

 

 

 深夜。

 かぐらと奈楽が眠っている中、ヴライは洞穴の外に出て星空を見ていた。大きく頑丈な手を天へと伸ばして拳を握る。

 

(オシュトル……)

 

 既に三度――ヴライはオシュトルにやられている。一度目は御前試合、二度目は帝暗殺の時、三度目はエントゥアにオシュトルを呼び出してもらった時だ。一度は死んだ身だが、またこうして生きている。なれば、やる事は一つだ。

 

「次こそは……貴様の首を取ってやろうぞ」

 

 今度こそ――必ず。

 

「おじちゃん……何してるの?」

 

 振り返ると、そこには瞼を擦って眠そうにしているかぐらの姿があった。

 

「何もしておらぬ」

 

「嘘だー、だってかっこつけながら手をこんな風に伸ばしてたの見たもん」

 

 そういいながら、かぐらは先程ヴライがやっていた仕草を真似した。

 

「我の事はいい。それよりも汝は早く寝ろ」

 

「じゃあ、おしっこしたいから付いて来てよ。奈楽お姉ちゃん、疲れてて起きなかったから……」

 

「……」

 

 何故我が幼子の厠に付いて行かねばならないのか。ヴライは心の中でそう思いつつも、渋々で嫌々ながら付いていくことにした。

 

 かぐらが用を足すのを離れた所で待つ。しばらくすると、かぐらが戻って来た。途中で目が完全に覚めたのか、目がパッチリとしている。

 

「お待たせー!」

 

「……さっさと戻るぞ」

 

「あ! 待ってよぉ!」

 

 ヴライは早歩きで去っていき、かぐらも続く。洞穴まで戻るとかぐらはポツリと呟いた。

 

「奈楽お姉ちゃん寝てるねー」

 

「そうだな」

 

 ヴライはその場で座り込み、横になる。すると、かぐらもヴライの隣に寝っ転がる。

 

「えへへ」

 

「……」

 

 気にせず、目を瞑り寝ようとしたヴライに、かぐらは声をかける。

 

「ねえ、おじちゃん――」

 

「汝も早く寝ろ。起きれぬようになるぞ」

 

 かぐらはヴライの言う事を無視して言った。

 

「絶対にいなくならないでね……私、おじちゃんがいなくなったら寂しくて泣いちゃうと思うんだ……」

 

 そう言って瞳から涙を流すかぐら。近いうち、我はオシュトルと戦うことになろう。再び仮面の者(アクルトゥルカ)同士との戦いともなれば、死を覚悟せねばならない――前回がそうだったように。

 それでもヴライはかぐらを安心させるように言った。

 

「……フン、汝は余計な心配などせず早く寝ろ」

 

「うん……約束だよ?」

 

 かぐらはヴライの背中に抱きつく。そして、か細い声で言った。

 

「このまま寝てもいい……?」

 

「……かぐらの好きにしろ」

 

 

「……」

 

 かぐらが寝息を立て始めた頃、奈楽は目を開ける。実はヴライ達が戻ったときに起きていたのだ。

 

(神楽……やはりヴライのことを慕って……)

 

 それを知ったところで自分にはどうすることもできない。そう思い、奈楽は再び眠りについたのだった。

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 その頃――

 暗い山道。一人の男がスマホを耳に当てて誰かと話していた。

 

「夜分遅く申し訳ありませんです、ジャスミン様」

 

『チキナロか、どうしたんじゃ?』

 

「至急お話したいことがありまして……構いませんか?」

 

『至急じゃと……? まさか――』

 

「ハイ、ようやくお目にかかることが出来ましたです。『妖魔を滅する者』を」

 




このヴライはハクがオシュトルに成り代わっていたことを知りません。ハクと戦った三度目もオシュトル本人だと思っています。


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炎を扱う戦鬼

ロスフラでウコンの強化が来て歓喜に震えてました。


「大将、今日も私達出掛ける用があるんだ」

 

「だから許可証を貰いに来たっす!」

 

 朝餉が終わった後、巫神楽三姉妹が政務室で外出の許可をするように頼んで来た。最近よく出掛けており、いつもは昼から抜けているのだが、朝からとは珍しい。

 某は許可をする前に理由を聞いておくことにした。

 

「それは構わぬが、そろそろ話してもらおう。其方らは一体何をしているのだ?」

 

「……オシュトルには関係ないでしょ? 急いでるの、早く許可証ちょうだいよ」

 

(成る程。某には言えぬと……)

 

 これ以上追及しても、この子らは口を割らぬだろう。いや、蓮華や華毘に誘導尋問すれば、簡単に自滅して答えてくれそうでもあるが……やめておこう。

 某は許可証を出して名前を書き、蓮華達に渡した。

 

「んじゃ大将! またな! 昼過ぎには戻ってくるぜ!」

 

 三人は許可証を受け取ると、この場から走り去っていった。すると、入れ替わりにネコネが入ってきた。

 

「華風流達、今日も出かけるのです?」

 

「そのようだ。相変わらず理由は言わなかったがな」

 

「そうですか……ふん、今日も華風流の顔見なくていいので気分が良いのです」

 

 そういうネコネだが、何処か寂しそうにしている。

 皆からは仲が良いと思われているが、ネコネと華風流は素直ではないため、お互いこういう風な態度を取っている。似た者同士な故、素直になれないというのもあるやもしれぬ。

 

「あの三人なら心配要らぬ。あの子らは忍であり巫女なのだ。獣やゴロツキに襲われても返り討ちにするであろう」

 

「だから……心配なんてしてないのです。特に華風流の」

 

 ネコネと華風流はもはや親友と言ってもいいだろう。それを本人達に言うと怒るので言わないようにしている。

 

「時にネコネ、某に何か用があるのではないか?」

 

「あ……そうだったのです。ユズハさんから伝言を預かっているのです」

 

「伝言?」

 

「はいです。『今日の訓練は私も参加してもよいですか?』と」

 

 ユズハ殿はカグラの称号を持つ者。彼女が皆の鍛錬に付き合うとなれば、より力を付けることになるだろう。こちらとしても願いたい。

 

「ふむ、ではユズハ殿に『お願いしたい』と伝えてくれぬか?」

 

「判りましたです」

 

 ネコネは某の伝言を伝えるため、ユズハ殿のところに行った。

 一人で黙々と書簡を検める。片付けていくうちに、巫神楽三姉妹のことを思い浮かんだ。

 

(ネコネにはああ言ったが……某とて心配はしている)

 

 前にも夜中まで戻らぬ時があった。あの時は探しに行こうとしていたが、そのタイミングで戻って来たのだった。

 

(今回はツガイ蟲を忍ばせておいた。いざとなったら探し出せるように)

 

 ツガイ蟲とはその名の通り、一度ツガイを決めるとその生涯を終えるまで同じ相手と過ごすという――蟲としては極めて珍しい習性を持つ甲虫である。

 また、その雄はどれだけ遠くの雌と離されてもそのツガイの元へと帰る。この蟲を夫婦の絆の象徴とする地方もあるらしい。

 

(……今は執務に集中するとしよう)

 

 蓮華達が危ない橋を渡っていないことを祈るばかりだ。某は自分にそう言い聞かせ、書簡に筆を走らせた。

 

 

 

 その頃、巫神楽三姉妹は――

 オシュトルから許可証を貰った後、山道を走っていた。写真を手に持ち、蓮華が口を開く。

 

「あの子だ! あの子はやっぱ生きてたぜ!」

 

「今まで信じてきてよかったっす!」

 

「うん! 本当によかった……」

 

・・・

 

 時は昨夜まで遡る――

 小百合が巫神楽三姉妹を部屋に呼び出していた。

 

「小百合様、こんな夜中にうちらを呼び出してどうかしたんすか?」

 

「お前達にこの写真を見て欲しいんじゃ」

 

 懐から写真を取り出して、蓮華達に見せる。すると、写真を見た蓮華達は目を見開いた。

 

「こ、この子はッ!?」

 

「他人の空似じゃ……ないっすよね!」

 

「ええ、間違いないわ! あの子よ!」

 

「お前さん達に目撃されたと思われる場所の地図を渡しておく。なんとしてでも見つけてくるんだよ」

 

「「「はい!」」」

 

・・・

 

 あの子が生きている、そしてこの山の何処にいるという勘が確信へと変わった。これほど嬉しいことはない。蓮華達の表情は嬉々としていた。

 

「っと、この辺りだな」

 

 目的の位置まで着き、足を止める。近くには川が流れており、野宿するには持ってこいの場所である。

 

「本当にいるんすね……あの子が」

 

「ああ、やっと会える……」

 

「早速探しましょう。案外すぐに見つかるかもしれな――」

 

 華風流の目が見開く。蓮華と華毘もどうしたのかと思い、華風流の視線の先を見た。少し離れた開いた場所……そこには一人の女の子がいた。赤いリボンに変わった純白の服――三人は間違えようがなかった。

 気が付けば、蓮華達は女の子の元へと向かっていた。

 

「かぐら!」

 

「え? な、なに!?」

 

 かぐらは警戒するように後ろへと後退る。蓮華達は会えた喜びの方が大きく、かぐらの様子を気にしていなかった。

 

「かぐらちゃん、やっと会えたっす!!」

 

「あの時はごめん……私、あなたの事を信じてあげなくて……」

 

「積もる話は後だ! とにかく一緒に行こうぜ!」

 

 そういうと蓮華はかぐらの手を握って歩く。

 

「お姉ちゃん達誰なの!? は、離してッ!――」

 

 ドゴォォォ!

 その時だった――蓮華達の行く道に、突然炎の塊が飛んでくる。木々が崩れ落ち、メラメラと燃え上がる。あまりの事態に蓮華は思わず手を離してしまう。

 

「助けておじちゃんっ……!」

 

 かぐらは蓮華達から離れて、一目散に走っていった。

 

「しまった……かぐら!」

 

「……なんなの、この威圧感」

 

「し、心臓が握り潰されそうっす……」

 

 蓮華達の前にヴライが現れる。ヴライの手は炎に包まれており、巫神楽三姉妹を睨みつけていた。

 

「……かぐら、あの小娘供に何かされたか?」

 

「連れて行かれそうになって……怖かった……」

 

「……そうか、汝は洞穴に戻っていろ。我が何とかする」

 

「……うん」

 

 かぐらはヴライの来た方向へと駆け出す。それを見た華風流は追いかけようとするが、ヴライが行く手を遮る。

 

「退いて、アンタなんかに構ってる余裕はないの」

 

 せっかく見つけることが出来たのだ。華風流は内心ではまずいと思いつつも、虚勢を張った。

 ヴライは昔のように怒りに任せて攻撃するようなことはなく、華風流達を見下ろして淡々と言った。

 

「……今ならまだ見逃してやろう。命惜しくば引き返せ」

 

 ただならぬ威圧感を放つヴライ。しかし、三人は屈することなく目の前の漢から逃げずにいた。

 

「それは私達の台詞だ! せっかくここまで来たんだ、引き返せるわけねえだろ」

 

「その通りっす!」

 

「アンタ、いつまでもそこにいるとぶっ飛ばすことになるわよ? いいの?」

 

 すると、ヴライは不敵な笑みを浮かべて言った。

 

「ほう……汝ら如きが我を愚弄するか。いいだろう、少し遊んでやる」

 

 ヴライの全身から炎が燃え上がる。それを見た蓮華達も得物を構えて、戦闘態勢に入った。

 

「華毘、華風流! 気をつけろ、こいつは今までの相手とは違う!」

 

「うちら……勝てるっすかね……!」

 

「やるしかないわ! あの子を連れて行くためにも絶対に勝つのよ!」

 

 そう言っている間にも、徐々に距離を詰めてくるヴライ。思わず蓮華達は後ろへ下がるように距離を離していく。

 ふと、華毘が口を開いた。

 

「アレに触ったら熱そうっすね……火傷どころじゃ済まなさそうっす」

 

「確かにアレじゃあ容易に近づけねえな……華風流、お前の武器でなんとかできないか?」

 

「私の得物でも難しいと思うけど……やってみるわ! お姉ちゃん達、彼奴の注意を引き付けて!」

 

「判った!」

 

「了解っす!」

 

 山火事にならないよう、三人は周囲に忍結界を張り、赤透明の空間が周囲を覆う。

 蓮華と華毘は華風流から気を逸らすように、それぞれ別方向へと散らばった。

 

「こっちだデカブツ!」

 

「ここまで来てみるっす!」

 

「……」

 

 ヴライは両手に炎を出すと、木や岩をつたって移動している蓮華と華毘に炎で出来た球を幾つも投げつける。

 

「うおっ!?」

 

「――危なっ!」

 

 二人は飛んでくる火球を避け続ける。当たれば確実に火達磨状態となってしまうことだろう。こうしてヴライに近付く事も出来ず、奴の攻撃を避けることしかできない。

 だが、それは華風流がいなければの話だ。

 

「今だわっ!」

 

 ヴライの視線が蓮華と華毘に集中しており、視界から外れる。その隙に華風流はヴライに狙いを定めた。

 

「――喰らいなさい!」

 

 そのおもちゃのような見た目の水鉄砲からは、想像のできないおびただしい水流が放たれる。華風流の攻撃はヴライに見事に命中した。

 

「グッ…!」

 

「よし! 炎が消えた!」

 

「うちらも仕掛けるっすよ!」

 

 華風流の攻撃を喰らって僅かな隙が出来るヴライ。蓮華と華毘は一斉にここぞとばかりに得物を振るう――

 

「どっせーい!」

 

「どっかーーーーん!!」

 

 蓮華のバチと華毘のハンマーがヴライの頭に目掛けて振り下ろされる。手応えはあった。これであの子を追いかけることが出来る――そう思っている三人は勝ったと確信した。

 だが――

 

「……この程度で」

 

「――なっ!?」

 

「し、信じられないっす……うちらの攻撃を受けて、何ともない……?」

 

 なんと、ヴライは片腕だけで二人の攻撃を受け止めていたのだ。本来なら致命傷の筈が、ヴライの腕には傷一つも無く、血すら流れていない。

 

「この程度の力で我を屠ろうとは片腹痛いわ――ハアァッ!!」

 

 掛け声とともに思いっきり腕を振り上げて二人を払い退ける。飛ばされた蓮華と華毘は体勢を変えてなんとか怪我をせずに着地した。

 

「くそっ……」

 

「この男……やっぱただ者じゃないっす」

 

 またヴライの体から炎が出る。今度は先程とは違い、炎の勢いが増している。

 

「……そういうことね」

 

「華風流?」

 

「どういうことっすか?」

 

「お姉ちゃんたち、あの男の顔をよく見て」

 

 華風流に言われヴライの顔を見る二人。すると、今気付いたように蓮華と華毘の目が見開いた。

 

「おいおい……あれってもしかして……」

 

「仮面……っすね」

 

「あいつ、オシュトルと同じ仮面の者だわ」

 

 仮面の者――忍界ではカグラの更に上の実力の者に、仮面とその称号を与えられるという。仮面の存在を知る忍は蓮華達のような高段位の巫女か、ごく僅かの者だけだったが、オシュトルが現れてからそうでもなくなった。

 

「べらんめぇ! ンなことで一々ビビっていられるかってんだ!」

 

「相手が仮面の者だろうと関係ないっす!」

 

「……そうね、あの子とまた話すためにも負けられない!」

 

 華風流は再びヴライに撃った水流を放つ。それもさっきより威力が上がっており、おそらく本気の一撃なのだろう。

 

「爆ぜるがいい……貪欲な炎の牙よ、貫けィ!」

 

 すると、ヴライは炎で出来た自身より倍以上もある大きな槍を創り出すと、そのまま自分に向かってくる水流に投げ付けた。

 水流と炎の槍がぶつかり合う。華風流も負けじと得物から水を出し続ける。

 

「くっ!」

 

 こちらは水を放ち続けているにもかかわらず、一本だけのヴライの放った炎の槍は消えずに押し続けている。

 そしてついに華風流は押し負けてしまう。華奢な体は吹き飛ばされ、地面に転がる。

 

「華風流ちゃん! 大丈夫っすか!?」

 

「貴様らも余所見をしている場合か?」

 

「んだと!? しまっ――」

 

 ヴライは一瞬にして蓮華と華毘の前に移動し、拳を地面に叩き付ける。すると、その衝撃で二人も飛ばされることとなった。

 

「「ぐああっ!」」

 

 二人の体は石の上を転がり、その弾みで肩や脚に怪我を負ってしまう。擦り傷から血も流れており、起き上がることも出来ない。

 

「蓮華お姉ちゃん……華毘お姉ちゃん……ごめんな、さい……」

 

 倒れている二人を見ながら華風流の意識は途切れてしまった。

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

「何? 蓮華達がまだ帰って来ない?」

 

 政務室の中、ネコネが息を切らせながら報告する。昼過ぎには帰ってくると言っていたが、あれは嘘だったのか?

 

「はい……もうすぐ日が沈むというのに……一体何処をほっつき歩いているのですか……」

 

 ソワソワと落ち着かないネコネ。やはりネコネも心配なのだろう。

 彼女らを探しに行くため、某は机の下に置いてあったツガイ蟲の入った筒を出した。某が言うのも何だが、妹を心配させた罰として説教の一つでもしてやろう。

 そう思いながら、某は襖を開けて廊下を走り、屋敷の外へと出た。

 

「あ、兄さま! 私も行くのです!」

 

 杖を持ち、ネコネが付いてくる。この様子では『屋敷で待っていろ』と言っても大人しく引き下がらぬな。心配という気持ちもあるが、ツガイ蟲について行くだけなのでネコネが迷子になることはないはずだ。

 

「……そうだな。一緒に行くとしよう」

 

「はいです! 見つけたら華風流にお説教してやるのです!」

 

 喧嘩になるかもしれぬが、説教はネコネに任せるとしよう。以前と違い、取っ組み合いになることはないだろう。

 筒から栓を外してツガイ蟲を出す。すると、ツガイ蟲はブーンと軽い音を立てた飛んでいった。

 

「行くぞ」

 

「……必ず見つけるのです」

 

 外は暗くなっているため飛んでいくツガイ蟲を見失わぬよう、提灯で辺りを照らしながら進んで行く。

 

「大丈夫か、ネコネ」

 

「だ、大丈夫なのです……」

 

 道の狭いところに入ってしまい、枝を掻き分けながら跡を追うことになってしまった。ネコネも何処か覚束ない足取りだ。

 このままでは見失ってしまうと思った矢先、開けたところへと出た。水の流れる音が聞こえる……川原のようだ。

 

「や、やっと抜けたのです……」

 

 ネコネも頭やら服に葉っぱをつけて出てきた。

 

(……っと、ツガイ蟲は――なっ!?)

 

 少し離れた茂みの中に入っていく。某とネコネも跡を追うと、そこには蓮華達が倒れており、ボロボロの状態だった。

 倒れている三人に駆け寄り、声をかける。

 

「蓮華、華毘、華風流! 何があった!?」

 

「し、しっかりするのです!!!」

 

 三人とも気絶している。見ると体中が煤だらけになっており、怪我もしているが、命に別状はないようだ。まわりを見渡すと、木々が倒れ、地面がひび割れていたりと争った形跡があった。

 ネコネと共に応急の手当てをして、それぞれ運ぶことにした。某は蓮華と華毘を、ネコネは華風流に肩を貸すようにゆっくりと歩く。

 

「ぅ……大…将……?」

 

 蓮華が気がつく。某はそのまま歩き続けながら言った。

 

「今は何も聞くまい。次に目覚めた時、洗いざらい話を聞かせてもらう。良いな?」

 

「……あぁ、悪りぃな」

 

 それだけ言うと、蓮華は目蓋を閉じて眠った。あそこで一体何が起こっていたのだろうか……?

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

「……」

 

「あ! おじちゃんっ!」

 

 今日は奈楽がおらず、洞穴に一人でヴライの帰りを待っていたかぐらは顔を綻ばせるが、すぐに暗い表情になる。

 

「……ねえ、あのお姉ちゃん達はどうしたの?」

 

「汝が知る必要はない」

 

 そう言って焚き火の近くに座るヴライ。保存していた肉を手に取ると、そのまま炙り始めた。

 会話もなく時間が経過する。肉に焦げ目がつくと、ヴライはかぐらに焼けた肉を差し出した。いつもは笑顔で『ありがとう!』と言いながら受け取るかぐらだが、無言で首を横に振った。

 

「どうした、要らぬのか?」

 

「……食欲ない」

 

「ふん、かぐらが食欲が無いとは、明日は雨が降るのではないか?」

 

「私だって食欲の無い時くらいあるよ」

 

「……そうか」

 

 かぐらに要らないと突き返された骨付き肉を豪快に口に入れる。まるで燃料を入れるかのような感じだ。

 すると、かぐらは不安そうな声でヴライに話しかける。

 

「おじちゃんは……あのお姉ちゃん達を殺してないよね?」

 

「……随分と気にかけるのだな。もしや、あの小娘らを知っておるのか?」

 

「判んない……でも何処かで会った気はする……」

 

「汝の失った記憶と関係しているのではないか?」

 

「そうかもしれない……って、話を変えようとしてない? おじちゃん、あの子達殺してないよね……?」

 

「……」

 

「ねえ! 聞いてるの!?」

 

 答えないヴライに不安になっているかぐら。彼女の問いに静かに答えた。

 

「……殺してなどおらぬ。あのような小娘共、我が手にかける価値も無い」

 

 それを聞いたかぐらは安心そうにホッと息を吐いた。

 

「そ、そうだよねっ! おじちゃんがそんな酷いことするはずないもんね! よかった……」

 

 グゥ〜……

 

「あっ……」

 

 かぐらのお腹から可愛いらしい音が鳴る。どうやら殺しをしなかったヴライに安心して、急にお腹が空いたらしい。

 

「……喰え」

 

 既に焼いてあった肉をかぐらに差し出すと、今度は嬉しそうに受け取った。

 

「おじちゃん……さっきはごめんなさい! そしてありがとう!」

 

 まるでリスのように肉を頬張るかぐら。それを見ていたヴライの表情に若干の変化があった。

 

「……フッ」

 

 微笑ましいと思ったのか、頬を緩ませるヴライ。ヤマトで八柱将をしていた頃と比べれば、目を疑う光景である。

 

「ほう、お前が笑うとは珍しいな」

 

 声がした入り口の方へ向いてみると、そこには両腕に野草や果実を抱えている奈楽の姿があった。

 

「おかえりなさい! わあ、凄い!」

 

「肉だけでは栄養も偏りますので、神楽の為に採ってきました。どれも日持ちするものばかりです」

 

「おいしそー!」

 

 かぐらは肉を食べ終え、果実に手に取ってむしゃむしゃと食べ始める。

 変わらず黙々と肉をかぶり付いているヴライの前に、奈楽は白色の果実を置いた。

 

「その…なんだ……お前にもやる」

 

「……」

 

 普通なら『どういう風の吹き回しだ?』と聞くところだが、ヴライは無言で果実を手に取り、口に入れた。それも一口である。

 

「……美味い」

 

「そうか。もう一つ食うか?」

 

「一つだけでは足りぬ。どんどん替りを持てい」

 

「……おい、神楽の分も残しておくんだぞ」

 




うたわれの世界だと水神は火神に弱いって不思議ですね!


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邂逅

 倒れていた蓮華達を屋敷まで運んだ後、某とネコネは彼女達をトゥスクル殿のいる医務室に運んだ。

 

「トゥスクル殿、夜分遅くに申し訳ない。この子達を診てくれぬだろうか?」

 

「お、お願いするのです、トゥスクル様!」

 

「おやおや、今日はもう寝ようかと思ったんじゃが……仕方が無いの」

 

 蓮華達を医務室に敷いてある布団に寝かせる。トゥスクル殿は薬箱といくつかの野草を持って、蓮華達をじっと見た。

 

「……これはただの怪我じゃなさそうじゃの。ネコネちゃんや、少し手伝ってくれるかぇ?」

 

「もちろんなのです!」

 

「トゥスクル殿、某も何か手伝えることはないだろうか……?」

 

 何もしないのはバツが悪いと思い、手伝うよう提言するが、トゥスクル殿はあっけらんと言った。

 

「お主はもう自分の部屋に戻るとええ。お主も疲れているはずじゃ」

 

「しかし……」

 

「それとも何かい? ワシらが診察しているのを良いことに、この子達の体を舐め回すように見たいというのかぇ? やらしいのう」

 

「……兄さま」

 

 ネコネがまるで道端に落ちているゴミを見るような目でこちらを見る。決してそういうつもりはなかったのだが、どうやら誤解をしているらしい。

 

(ネコネ……兄をそんな目で見ないでくれ)

 

 これ以上ここに残っていると、さらに変な言いがかりをされそうなのでトゥスクル殿の言う通り出て行くことにした。

 

「……ではトゥスクル殿、後はお頼み申す」

 

「任せとき。ああ、そうじゃ、ワシが言っておいてなんじゃが部屋に戻る前に春花を呼んでくれるかぇ?」

 

「春花殿を?」

 

「うむ、春花にも手伝ってもらおうと思っての。では頼んだよ」

 

 半ば無理矢理医務室から追い出される形になる。ところで春花殿は起きているだろうか。

 しばらく廊下を歩き、春花殿の部屋の前まで辿り着いた。灯りがついているため起きてはいると思う。某は襖を開ける前にまずは声をかけた。

 

「春花殿、起きているか?」

 

『オシュトルさん? ちょっと待ってね〜』

 

 五秒くらいで春花殿が部屋から出てくる。一瞬部屋の奥で、瓶から妖しげな紫色の煙が見えた気がしたが、気にしないことにした。

 

「珍しいわね。オシュトルさんが私の部屋に訪ねてくるなんて。雪泉ちゃんにバレたら大変な事になりそうだわ」

 

 そう言いながらクスりと笑う春花殿。

 

(何故そこで雪泉が出てくる?)

 

 以前に雅緋殿と初めて一緒に酒を飲んだ晩も似たような事を言っていたな。某の知らぬうちに雪泉は一体どんな権限を持ったのだろうか? いや、そんな事より――

 

「トゥスクル殿が其方を呼んでいる。蓮華、華毘、華風流が怪我をしていてな。其方にも手伝って欲しいとのことだ」

 

「蓮華ちゃん達が怪我を? 判ったわ、今すぐ行く」

 

 そう言うと、春花殿は医務室に向かうため廊下を歩いていった。彼女らの役に立てない自分が口惜しく思う――とはいえ、某に出来る事はここまでだ。後は彼女達に任せるとしよう。

 

 

 翌日の昼下がり。

 仕事の合間を縫って医務室へと向かう。扉を開けてみると、大人しく眠っている蓮華達の姿があった。治療は滞りなく進んでいるようで、これなら目を覚ますのも早いだろう。ネコネや春花殿も治療には長けているが、トゥスクル殿はそれ以上である。

 患者について色々と書いているであろうトゥスクル殿。某は邪魔をしてはいけないと思い、静かに扉を閉めようとすると横から声をかけられた。

 

「おや、お前さんも蓮華達の見舞いかい?」

 

「小百合殿……」

 

「ちょうどいい。お前さんにもそろそろ話しておかねばならんことがあってな」

 

「話?」

 

「そうじゃ。まあとりあえず今は中に入るとするかねぇ」

 

 そういうと、小百合殿は襖を開けて医務室に入っていった。

 

「トゥスクルや、蓮華達はどうだい?」

 

「ネコネちゃんと春花も手伝ってくれたからのう。今は安静にしてぐっすりと眠っておるよ。今晩か明日の朝にでも目を覚ますじゃろう」

 

「そうかい、それはよかった」

 

 見れば小百合殿はホッと息を吐いている。小百合殿も蓮華達を心配していたようだ。

 

「ほれ、差し入れじゃ。後で食べるとええ」

 

「大福かい? 丁度甘いものが欲しかったところさね。小百合も気が利くようになったのぅ」

 

「まるであたしが、普段から気が利かないみたいな言い方だねぇ。有り難く受け取りな」

 

 小百合殿はトゥスクル殿に紙で包んでいる箱を手渡した。どうやら菓子のようである。

 

(某も何か持ってくればよかったか……?)

 

 蓮華達の治療に専念してくれていたトゥスクル殿に、何も持ってきていないことに後悔した。以前にもこんなことがあった気がする……そうだ、雪泉が熱を出して見舞いに行った時だ。次からは某も気を利かせて何かを持ってくることにしよう。

 

「オシュトルや、いつまでもそこに立ってないで入ってきたらどうじゃ? 襖が開けっ放しだと部屋の中が冷え込むでの」

 

「す、すまぬ、今閉める故……」

 

 トゥスクル殿に注意され、某は中に入り襖を閉める。

 

「小百合、オシュトルにしっかりと事情を話すんだよ」

 

「判っておる。そのつもりじゃよ」

 

「立ち話もなんじゃ。二人ともそこにある座布団を引っ張って適当に座るとええ」

 

 トゥスクル殿に促されて某と小百合殿は、隅にある積まれていた座布団を一枚ずつ持ってその場に腰掛けた。改まって一体なんの話だろうか……?

 

「ふむ、どこから話そうかね……オシュトルは妖魔を滅する者の存在を知っているかい?」

 

「妖魔を滅する者……?」

 

 小百合殿から聞く話だと、妖魔を滅する者とはその名の通り、妖魔を倒すためだけに生まれた存在らしい。人を超越した唯一無二の存在であり、古い文献では九百年ほど前からその存在が明らかとなっているようだ。

 その者の名は『神楽』。てっきり男かと思ったが女性の風貌をしているという。ある場所に保管してあったはずの『転生の珠』というものが無くなっているらしく、小百合殿曰く目覚めたとのことだ。

 神楽は一定の妖魔を倒すと、神楽の体は砕け散って消滅し、再び転生の珠に戻ってしまうが、百年後にまた復活するという性質を持っている。この転生を繰り返し、時代をまたぎながら妖魔を倒しているらしい。

 実は数年前に一度目覚めたのだが、結局珠に戻ってしまった。小百合殿が言うには妖魔を倒したからだと推測しているようだった。だが、ここしばらくしてまた復活したらしく、小百合殿は神楽の力を貸りようとしていたわけだ。

 

「大蛇山で神楽の反応があったと聞いて蓮華達にも探させていたが……この有り様じゃ」

 

 小百合殿はそう言って蓮華達を見やる。

 

「まさか……これは神楽がやったと?」

 

「いや、そうではないさね。おそらくこれは……神楽を護る者にやられたんじゃろう。傷を診ていたワシには判る」

 

「神楽を護る者?」

 

 トゥスクル殿は神妙な面持ちをしながら続けて言った。

 

「ああ、神楽は目覚めた時に選ぶんじゃ。自分の眷属となる強い者をな」

 

「……蓮華達はその者にやられたというわけか」

 

「ああ……オシュトルや、驚かずに聞いておくれ。神楽を護っている者はの――お主と同じ仮面の者じゃ」

 

「なっ――」

 

「本来なら蓮華らと同じ巫神楽がその役目なんじゃがの。今回は仮面の者を選んだらしい」

 

「……」

 

(某以外にもいたのか……仮面の者が)

 

 自分の額にある仮面(アクルカ)に手を当てる。そういえば前に仮面が反応したことがあった。やはりあれは仮面が共鳴していたのだろう。

 仮面の者(アクルトゥルカ)……ある一つの可能性が某の頭によぎる。

 

「……まさか、な」

 

「おや、そこにいるのは誰だい?」

 

『っ!?』

 

 襖に向かって話しかける小百合殿。だが向こうからの返事はない。某が襖を開けようとすると、すぐにスタタッと走り去ってしまった。一応開けて確認したが、見渡しても既に誰もおらず、某は襖を閉めた。

 

「放っておくとええ。別に聞かれても困ることではないさね」

 

「う、うぅ……」

 

 呻き声がした方へと向く。見ると華風流が目を覚ましていた。

 

「華風流、目が覚めたのかい」

 

「もう目が覚めるまで回復したんだね。これも若さかねぇ」

 

「小百合様にトゥスクル様……あと、オシュトル」

 

「華風流、具合はどうだ?」

 

「悪くはないけど……あっ! お姉ちゃん達は!?」

 

 華風流は焦ったようにまわりを見る。すると、隣で寝ている蓮華と華毘を見てホッと息を吐いた。

 

「華風流や、ネコネちゃんに感謝しておくんだね。あの子はお主を一生懸命治療をしていたのじゃからな」

 

「ネコネが……?」

 

 トゥスクル殿の言葉に戸惑う華風流。内心複雑のようだが、悪い気はしていないようだ。

 

「華風流、事情は聞いた。某も神楽を探すのに協力しよう」

 

「えっ!?」

 

 華風流はまるで『喋ったの!?』と言った顔で小百合殿とトゥスクル殿を見る。二人はただ華風流の視線を前にうなずくだけだった。

 

「……私達で何とかする。オシュトルの手なんか借りなくても、あの子を連れて来て見せるわ」

 

「だがその結果、其方らは神楽の守護をしている者に敗れた――そうなのだろう?」

 

「……」

 

 俯いて黙ってしまった。

 

「その者は某が何とか説得させよう。それならば……」

 

「話し合いとか無駄だと思う……あいつ、めちゃくちゃ強いわよ。いくらオシュトルが私達より強いからって危険だわ」

 

「ほう、珍しいな。其方が某を心配するとは」

 

「そ、そうじゃなくてっ……」

 

 すると、やり取りを見ていた小百合殿が口を開いた。

 

「のぅ華風流。お前達が相手したのはどんな奴だったんじゃ?」

 

「……大きくて筋肉質の体(・・・・・・・・・)炎を操る男(・・・・・)だったわ。三人がかりで相手したんだけどまったく歯が立たなかった……」

 

「なっ――」

 

(体の大きい、炎を操る男……だと?)

 

 いや、もしかしたら別人やもしれぬ。某は華風流に確認のために尋ねた。

 

「……華風流、その者は顔の右側に仮面をしていたか?」

 

「ええ、していたわ。ん? どうして判ったの?」

 

(やはり…そうか……)

 

「……なんとなくだ」

 

 そう言って某は立ち上がって医務室から出ようすると、小百合殿に声をかけられた。

 

「おや? 何処に行くんだい?」

 

「……そろそろ執務に戻らねばと思った故」

 

「そうかい、無理はしたらいかんよ」

 

「承知した」

 

 医務室から出る。

 彼奴がいる――どことなくそんな気はしていた。しかも神楽に選ばれていたとは予想外であった。

 

(……ネコネには言わぬようにしないとな)

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 深い山の奥――ヴライは一人立っていた。

 

「……」

 

 余程集中しているのだろう。まるで立派な柱のように微動だにしない。ただ静かに息を吸って吐くのみ。

 このまま何事も無く、時間が過ぎていくだけかと思われたが……

 

「ガルルル……」

 

「「ガウ! ガァウ!」」

 

 幾匹の大柄の狼がヴライの周りに集まってくる。腹が空いて飢えているのか狼達の目はギラギラとしており、今にもヴライに飛びかかりそうだった。しかし、ヴライは意にも介さない。

 

「……」

 

「ワオォォォオン!」

 

 おそらく合図だろう。他のよりひと回り大きな一匹の狼の咆哮により、他の狼がヴライに飛びかかろうと――

 

「――失せろ」

 

 目を開きようやく言葉を発する。狼はヴライの鋭い眼差しと迫力に気圧されたように静止した。

 

「グ…グルル……」

 

 群れの主らしき狼は『こいつを狙うのは不味い』と判断したのか、即座に方向転換をして去っていき、他の野犬もそれに続いた。賢明な判断だろう――もしヴライに仕掛けていたら命ごとその炎に焼きつくされていた。彼等は生きることを選んだのだ。

 

「時は満ちた……待っておれよ、オシュトル」

 

 逃げた狼など目に入っておらず、ヴライは不適な笑みを浮かべて宿敵の名を呟く。

 ガサガサ――茂みを掻き分け、かぐらが現れた。

 

「おじちゃんこんなところにいた! 探したんだよー」

 

 かぐらはヴライの姿を見つけると嬉しそうにそのまま抱きついた。いつもの見慣れた光景だ。

 

「何しに来た?」

 

「何しにって、お迎えに来たんだよ! 奈楽お姉ちゃんがね、お夕飯作ってくれてるの! だから早く帰ろ!」

 

 かぐらはグイグイっとヴライの手を引っ張るが、幼子の力では引っ張って歩くことが出来ない。

 

「んん〜〜! おじちゃん動いてよぉ〜!」

 

「……かぐら」

 

「なあに?」

 

 しばらく悩んだ末、ヴライは口を開いた。

 

「かぐら、ここで別れだ」

 

「……え?」

 

 突然のヴライの言葉に固まるかぐら。

 

「汝と過ごした日々、悪くはなかった。我がおらずとも奈楽が貴様を守るだろう」

 

 その時、ヴライは初めてかぐらの頭に手をポンと置いた。

 反対側の手を掴まれているかぐらの手を振り解き、背を向ける。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 

 かぐらは状況が飲み込めず大粒の涙を流している。何故こんなことを言うのか、嘘だと思いたい――かぐらはそんなことを思っていた。

 

「おじちゃん……私を驚かせようとしてるんだよね? 本当はお別れなんて嘘なんでしょ?」

 

「……」

 

「待って!!!」

 

 ヴライはかぐらに背を向けたまま歩き出した。かぐらは追いかけようとするが――

 

「貴様はもう我に近寄るなッ!!」

 

「ひっ……!」

 

 ヴライはかぐらに怒鳴るように言った。何としてでもこちらについて来させないためだ。かぐらはその場に座り込んでしまう。溢れる涙が止まらない。

 

「お、おじちゃんっ……」

 

「……ガアアアアアァァァァァッ!!」

 

 ヴライは仮面の力を解放する。この姿を見せれば怖がって逃げ出すと思ったのだ。

 かぐらを見下ろしながら威圧するように言った。

 

「コレガ我ダ。コレヲ見テモマダ我ヲ『オジチャン』ト呼ビ慕ウカ?」

 

「あ、ああぁ……」

 

「幻滅シタダロウ。サッサト我ノ前カラ去ルガイイ」

 

 仮面の力を解放した姿を見たかぐらは、自分を化け物だと思ってこの場から去って行くだろう。しかし、かぐらの口から出た言葉はヴライの予想とは遥かに違った。

 

「げ、幻滅なんかしないよ! どんな姿になってもおじちゃんは……私の大好きな(・・・・)おじちゃんだもん!! 私が一番よく知ってるもん!!」

 

「……」

 

 かぐらの言葉にヴライは押し黙ってしまう。

 その時ある少女の言葉をヴライは思い出していた。以前に自分の看病をしてくれたあの少女だ。

 

 ――もしも、あなたが娘を残して死地に赴くなら、最期に何を伝えますか?

 

 彼女にそう聞かれ、ヴライはこう答えた。『我独り生き、我独り戦い、我独り死す――他の生き様など考えたこともない』と、それ自体は今も変わっていない。

 ヴライは彼女に言った事をかぐらにも言った。

 

「カグラ、汝ハ何モ縛ラレルコトナク好キニ生キヨ。色々ナモノヲ見テ、感ジロ――」

 

 そう言ってヴライはかぐらの元を去っていく。宿敵と相見えるために。

 

「おじちゃん……ぐすっ……う、うぇぇぇ……」

 

・・・

 

 キィィィン……仮面から甲高い音がなる。

 今日の華風流の話で確信した。以前にも感じたこの狂おしいまでの破壊への衝動――間違いない、ヴライだ。奴がこちらに近づいている。奴は生きていたのだ。

 此処にいては皆を巻き込むこととなる。某は部屋を出ると、一気に門の所まで走り城外へ出た。

 

(出来るだけ遠くに行かねば……)

 

「何処に行かれるのですか?」

 

 後ろを振り返るとそこには雪泉の姿があった。

 仮面の者同士の戦いともなればこの子にも危険が及ぶ。日々の稽古で力を付けてきているとはいえ、ヴライはヤマト最強とうたわれた武人(もののふ)なのだ。今回は相手が悪過ぎる……そう思い、某は何気なく質問に答えた。

 

「星空を見ながら散歩にでも行こうと思ってな。今日はもう遅い、早く休まぬと明日に響くぞ」

 

 早くここから離れないとヴライが来る。それだけは避けねばならない。某はただ雪泉達を巻き込ませないようにすることしか頭に無かった。

 

「……私も行きます」

 

 雪泉のことだ。何か勘付いたのだろう。

 だがそれでも――この子を付いて来させるわけにはいかぬのだ。

 

「駄目だ。来てはならぬ」

 

「オシュトル様――」

 

「すぐに戻る。某を信じてほしい」

 

「判りました……貴方の帰りを、待ってますから」

 

「……すまない」

 

「必ず……帰って来てください……」

 

 こうしている間にもヴライはこちらに近付いている。某は雪泉に背を向けて走り出した。

 

 暗い森の中、出来るだけ皆をヴライから遠ざけるように某はひたすら走っていた。

 木々の合間を、目を凝らしながら注意深く進むと唐突に開けた場所へ出た。まわりに木が囲んでおり、円のような場所――月の光が直接あたる。ここが奥地だろうか?

 

(此処で……待つとしよう)

 

 仮面がより甲高く音が鳴っている。

 辺りが急に静かになる。奴は近くにいる――

 

「オオォォォォォォォ!!」

 

 雄叫びとともに、何かが頭上から降ってくる。砂煙が宙を舞い、収まるとその姿を見せた。赤黒い巨体にジリジリとした炎の熱さが肌に感じる。

 

「……久シイナ、オシュトル」

 

「ヴライ……」




次回、オシュトルVSヴライです!


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覇道をゆくもの

ロスフラ2周年おめでとうございます。
オシュトルの過去が描かれるであろうモノクロームメビウス、とても気になります(-.-;)
あ、更新となります!


「っ……ひっぐ……っ……!」

 

 かぐらは暗い夜道を一人で歩いていた。ヴライと別れてからずっと泣いている。かぐらにとってヴライは家族も同然だった。その今まで一緒にいた家族が突然別れを告げて去っていったのだ……辛くないわけがない。

 泣きながらもかぐらは洞穴に辿り着くことが出来た。

 

「神楽! ようやく帰って来たんですね!」

 

「……」

 

「神楽、どうかしたんですか?」

 

 よく見れば泣き腫らした目をしている。いつも笑顔を見せてくれる神楽が珍しい。もしかしたらヴライが神楽を泣かしたんだろうか――だとすれば私が許さない。流石に看過することが出来ない。奈楽はまわりを見渡し、ヴライの姿を確認しようとするが、奴はどこにもいない。戻ってきたら色々と話を聞かせてもらおうと思っていると、かぐらがガバッと私にすがると咽び泣き出した。

 

「奈楽……お姉ちゃ……っ」

 

「……ヴライに何かされたんですか?」

 

 神楽は首を横に振る。

 

「おじ、ちゃん……もう、帰って……来ないっ……」

 

「それは……どういうことでしょうか?」

 

 神楽に事情を聞くと、ヴライは突然神楽に別れを告げたらしい。神楽に別れを言う時は『黙って出て行く』と言っていたヴライだが、直接伝えることにしたようだ。

 

(それにしても突然すぎる……別れを言うならせめて神楽の気持ちの整理が出来てからだろうに……)

 

 ヴライは私に後を任せた。だが、私はまだ納得しておらず、ヴライのような神楽を護れる力を持っていない。そもそも記憶喪失とはいえ、神楽は巫神楽の私ではなくアイツを選んだ。本来、神楽に選ばれた時点で責務を全うするものだと言うにヴライはそれを放棄した。あまりにも無責任だ。ただでさえ神楽は記憶を失って不安定な状態だというのに――となると私に出来ることは一つだ。ヴライを見つけてやる。

 私は神楽の手を掴むと、立ち上がって言った。

 

「奈楽、お姉ちゃん……?」

 

「……神楽、あの大馬鹿無責任野郎を探しに行きますよ」

 

「っ……うん!」

 

・・・・・

 

 

「……久シイナ、オシュトル」

 

「ヴライ……」

 

 力を解放しているヴライと対面する。以前に対峙した時とは比べものにならぬ程の気を感じ、炎の勢いも増している。

 よく見るとヴライの鳩尾には前に某が貫いた時の傷跡があった。

 

「……まさか、また其方と相見えることとなろうとはな」

 

「フフ……我ハコノ時ガ来ルノヲ待ッテイタ。汝トマタ死合イガ出来ルコトヲ嬉シク思ウゾ」

 

「……」

 

「コレモ、アノ御方ガ我ニ与エタモウタ試練ヤモ知レヌ……今度コソ、汝ノ首ヲ取ッテヤロウッ!」

 

 ただならぬ殺気。正面からぶつかり合えば勝つのは困難だろう。前に怪我をしている中勝つ事が出来たのは、仮面の最後の扉を開いたからだ。ハクとネコネを護るために――

 

「今回はお前と相討ちになるわけにはいかぬ――某にも帰りを待ってくれる者がいるのでなッ!」

 

 額にある仮面に手を当てる。

 

(……大丈夫だ、今仮面の力を使っても死にはしない。前のように最後の扉を開かぬ限りは――)

 

仮面(アクルカ)よ、扉となりて……根源への扉を開け放てッ!!!」

 

 力を解放して某も巨体へと変貌する。それを見たヴライは不敵な笑みを浮かべている。

 

「クク……ソウダ、ソレデイイ。マタ汝ガ我ノ命ヲ喰ラウカ、ソレトモ我ガ汝ノ命ヲ喰ラウカ……互イニ果テルマデ闘オウゾッ!!!」

 

「……ヴライ、ソノ前ニ一ツダケ聞カセテホシイ」

 

「ム?」

 

「オマエハ、神楽ヲ知ッテイルカ?」

 

「何ダト……?」

 

 暫しの沈黙の後、ヴライは高らかに笑う。

 

「クク……ウハハハハハ!! ソノヨウナ事、我ガ知ル由モナイッ!」

 

 そう言った瞬間、その巨体からは想像もつかぬ突進を某に目掛けてやってくる。なんとかそれを受け止めて、ヴライの巨体を押し返す。

 

「グッ…!」

 

(答えるのに少しの間があった。おそらくだが、ヴライは神楽を知っている……)

 

 思考を巡らせようとするが、ヴライが尽かさず攻撃を仕掛けてくる。それを紙一重で躱して、互いが大きく拳を振りかぶって殴打する。

 

「ハアァッ!」

 

(くっ! 今は考えている余裕などない。ヴライとの戦いに集中せねばこちらが殺られる……!)

 

「我ト汝トノ間ニ、モハヤ言葉ナド無用! 此ノ世デモ存分ニ死合オウゾ……オシュトルゥゥゥ!!」

 

 拳と拳がぶつかり合い、衝撃が走る。互いに後退り、距離を置く。

 以前戦ったときよりも格段に強くなっている。このまま応戦していてもいつか、こちらの力が衰えていくだけだ。

 やはりヴライは強い――

 

「ククク……コノ高揚感、コレホドマデニ心ガ踊ルノハ前ニ貴様ト対峙シテ以来ゾッ! ヤハリ貴様ハ、我ノ生涯ノ好敵手――」

 

 ドゴッ――ドガッ、ゴゴゴゴ――

 間髪入れずにヴライは殴打し続ける。某もなんとか受け流し、ヴライに隙が出来るのを窺うが中々その時が来ない。

 

「クハハハハッ!! 良イゾ、汝モ遊ンデイタトイウワケデハナカッタヨウダナッ!」

 

「……オオオオォォォォォォ!!!」

 

 無理矢理地面を蹴って跳躍すると、そのままヴライの顔目掛けて何度も蹴りを入れた。その時、一瞬だが怯んだように見えた。

 

「グッ……アアアアァァァ!!」

 

(ぬ、これは!?)

 

 危険を察知してヴライから距離を取る。すると、ヴライの体はまるで噴火する火山のように燃え盛る炎を所々に弾け飛ばした。ヴライのまわりには炎の柱が幾本もメラメラと燃えている。

 

「フフ、誘イニ乗ラナカッタカ」

 

(危なかった……もう少しであの爆発に巻き込まれるところであった)

 

「ソレデコソ、オシュトル。我ガ欲スル敵ゾッ!」

 

 薄氷の上で演舞するような鬩ぎ合いが続く。既に大地はひび割れており、炎と水の攻撃によってまわりは悲惨な状態となっている。

 ヴライが火神なのに対し某は水神……相性が悪い上、力も向こうの方が上だ。我武者羅に戦って勝てる相手ではない……この状況を打破するのは策を講じるしかあるまい。

 だが――

 

「足リヌ……足リヌワッ!!」

 

「グッ……ガ――」

 

「仮面ヨ! 我ガ魂魄ヲ喰ライテ、ソノ力ヲ寄越セィ!」

 

「ガハ――」

 

 考えようにもそのような時間など全くと言っていい程ない。ヴライは仮面の力を引き出せるだけ引き出している。某もそうしたいのだが……。

 彼女との約束が脳裏によぎる。

 

 ――必ず……帰って来てください……

 

(……雪泉――)

 

「ドウシタ、汝ノ力ハコンナモノデハナイハズダ。我ヲモット楽シマセロッ!!」

 

 ヴライの剥き出しの闘気が、大地をびりびりと震わせる。

 

「我ノ手ニヨッテ地獄(ディネボクシリ)ヘ落チルガイイッ! オシュトルゥゥゥゥ!!!」

 

オシュトル様っ!!!

 

 鋭く澄んだ声が響き、一瞬戦場を圧した。上の方を見ると、そこには木の上に見知った顔ぶれがあった。

 

「其方達……」

 

 そこにいたのは雪泉達月閃の五人だ。彼女らは某を守るように集まってくる。

 

「何故ダ……何故来タ!?」

 

「すみません、オシュトル様……嫌な予感がしたもので、心配で来てしまいました」

 

「ああ、寝ようかと思った時に雪泉が切羽詰まった顔で我達の部屋に押し掛けてな」

 

「うん。オシュトルちんが危険だって……雪泉ちんの予感は当たったね」

 

「まったく……無茶ばかりしないでください、オシュトルさん」

 

「お兄ちゃん! みのりが助けに来たから大丈夫だよ!」

 

 背後から足跡が聞こえる。ぞろぞろとこちらにやって来ているようだ。

 

「雪泉ちゃん達だけじゃないよ!」

 

「兄者! 私も助太刀するぞ!」

 

「まさかこんな事になっているとはな……やれやれ、オシュトル殿といると退屈しそうにない」

 

 飛鳥殿に焔、それに雅緋殿らまでも来た。もしかしたらネコネも来ているのではないかと思ったが、来ていないようだ。少し安堵したが、そうも言っておられぬ。

 

「皆判ッテオルノカ? 相手ハ某ト同ジ仮面ノ者ダ……早ク避難ヲ――」

 

 逃げるように言うが、覚悟は出来ているとばかりに、それぞれが得物を構える。

 

「うふふ、心配は無用ですわ。私達はこれでも忍ですのよ? 少しは私達を信用してくださいまし」

 

 詠が片目を閉じてこちらに笑みを浮かべながら言う。

 すると、静観していたヴライが口を開く。

 

「見タ事ノ無イ顔ブレダガ、我ノ知ラヌ間ニ大勢ノ女ヲ供ニシタヨウダナ」

 

「………」

 

「マア良イ、些細ナ事カ……纏メテ相手ヲシテクレルワッ!! 幾ラ集マッタトコロデ、所詮ハ烏合ノ衆ダト思イ知ルガイイ!!!」

 

 ヴライが煉獄の炎を体に纏う。目の前で見る仮面の力を解放したヴライの迫力に、皆が怯む。

 

「……ねえ、これ無理ゲーじゃないの?」

 

「今までで一番厄介な相手ね……」

 

「未来、両備、俺と合わせろ。遠距離から攻撃を仕掛けるぞ」

 

「あたし達の攻撃なんて効かないとは思うけど……やってみるわ!」

 

「ふん、誰にものを言ってんのよ」

 

 柳生殿、未来殿、両備殿がそれぞれヴライを囲むようにして、三方向から誘導弾を放つ。見事に命中はしたものの――

 

「――フンッ!」

 

 しかし、ヴライの炎で全ての誘導弾が燃え尽きてしてしまう。すると仕返しといったばかりに、色々な方向に炎の塊を投げた。

 皆はなんとかギリギリで避けるが、辺りが炎に包まれている。某は水を出して辺りの炎を消した。

 

「ソノヨウナ攻撃……痛クモ痒クモナイワ。雑魚ハ引ッ込ンデイルガイイ!」

 

「雑魚かどうか……試してみますか?」

 

 氷の入り混じった風が雪泉のまわりに吹いており、それが消えると髪が白く、目も赤くなっていた。どうやら本気を出さないと勝てないと踏んだのだろう。

 

「はあぁぁ!」

 

「――ヌッ」

 

 あっという間にヴライに近付く雪泉。ヴライは腕や足を使って雪泉を押し潰そうとするが、地面を滑るように移動する雪泉は華麗に、奴の攻撃を躱していく。

 

「小癪ナッ!」

 

「喰らいなさい!」

 

 雪泉はヴライの懐に入り、氷で出来た鋭く尖った刀をヴライの腹に刺した。

 

「ウゥ…! オオオオォォォ!」

 

「っ!?」

 

 雪泉の氷の刀が体中から出たヴライの炎によって溶けてしまう。いち早く危険を察知した雪泉はヴライから距離を取った。

 

「手応えはあったのですが……これが仮面の者の力……」

 

 腹から血を流していたヴライだったが、一瞬のうちに治っていた。奴の炎の勢いは増していくばかりだ。

 

「飛鳥! 私達も雪泉に続くぞ!」

 

「おっけぃ! 油断なんてしてる暇ないもんね!」

 

 気を溜めている焔と飛鳥殿。すると、二人の髪が解け、焔に至っては今まで見たことのない赤い目と赤い長髪の姿となった。

 

「兄者はそこで見てな! 私達でこのデカブツを倒す!」

 

「焔ちゃん、行くよ!」

 

 ヴライの体を斬りつけていく焔と飛鳥殿。だが、ヴライの炎で火傷を負わないように隙を見て仕掛けているせいか、仮面による治癒の方が早い。

 二人は距離を取ろうとするが、ヴライに先手を打たれてしまい、移動しようとした所に炎の塊を投げられる。二人は炎の壁に阻まれてしまった。

 

「こいつ……」

 

「わ、私達の攻撃が効いてない……!」

 

「気ガ済ンダカ、小娘供……今度はコチラカラ行クゾ――」

 

「ソウハサセヌッ!」

 

 焔と飛鳥殿に、一気に距離を詰めるヴライに、某は横から思いっきり体当たりをする。それはヴライに見事に当たり、距離を取らせる。

 

「グッ……オシュトル……!」

 

「某ノ大事ナ仲間ニ……手ヲ出スナッ!!」

 

「ククク…仲間カ……甘イワ、オシュトル。コレダケノ供ガ参ジテイル中デ、果タシテイツマデ守リキレルカ見モノゾ……」

 

 

・・・

 

 その頃。屋敷の医務室では――トゥスクルとネコネが巫神楽三姉妹の治療をしていた。蓮華と華毘にはトゥスクルが、華風流にはネコネが担当している。

 すると、ネコネに消毒液のついた綿を、ちょんちょんと傷口に当てられていた華風流が声を上げた。

 

「痛た……もうちょっと優しくしなさいよっ」

 

「これでも優しくしているのです。多少は我慢するです」

 

「いやだって本当に……沁みるっ!」

 

 それでもネコネはお構い無しに続ける。華風流の反応が面白いのか、ネコネの表情は緩んでいた。

 その様子を見ていた蓮華、華毘、トゥスクルの三人は温かい目をして見守っている。

 

「ホントに仲がいいな。華風流とネコネは」

 

「うんうん、華風流ちゃんとネコネちゃんはお似合いっす」

 

「ほっほ、微笑ましいのう」

 

 そのようなやり取りがしばらく続いた後、トゥスクルは薬で蓮華達を寝かせた。

 医務室の襖が勢いよく開けられる。医務室に入って来たのは、険しい顔をしたジャスミンに変身していた小百合であった。ジャスミンはトゥスクルに目を向けると、真剣な口調で言った。

 

「トゥスクル、ちょいと良いかい? 急ぎの用事さね」

 

 ジャスミンの目を見る。その様子から、ただ事ではないということが窺える。トゥスクルは手を止めると、ネコネの方を向いて声をかけた。

 

「……ネコネちゃんや。しばらく蓮華達を診ててくれるかぇ?」

 

「わ、判ったのです」

 

 トゥスクルはネコネに診療記簿を渡して、医務室から出る。廊下を少し歩き外に出ると、ジャスミンが話を切り出した。

 

「オシュトル達が仮面の者と戦っておる」

 

「……なんじゃと?」

 

「それだけならまだいい。じゃが……妖魔を滅する者も近くにいるようなんじゃ」

 

「……」

 

「トゥスクル……また力を貸してもらえんか? 昔みたいに」

 

 そう言ってトゥスクルに背中を向けていたジャスミンは、後ろにいるトゥスクルに向き直る。

 妖魔を滅する者――もしアレが完全に目覚めれば、いくらオシュトル達だろうと無事では済まないだろう。何故ならアレは……名の通り、妖魔を滅することに長けている。しかも側にはもう一人の仮面の者もいるのだ。

 もしかしたら彼奴と戦闘になるかもしれない。そうなれば被害も出る。そう思った小百合は、妖魔を滅する者を抑えるためにトゥスクルに協力をお願い出たのだ。

 

「……この通りじゃ」

 

「……」

 

 頭を下げるジャスミン。トゥスクルは何も言わず、ただジャスミンを見ていた。

 無言のトゥスクルだったが、やがて口を開いた。

 

「……小百合、頭を上げな」

 

「トゥスクル……」

 

「ほっほっ、その姿を見ていると、昔お主とよく喧嘩したのを思い出すのぅ……」

 

 しみじみと語り、目を閉じる。トゥスクルはジャスミンの顔を見つめながら続けて言った。

 

「いいじゃろう。ワシも手を貸そう」

 

「本当かい!?」

 

「友にそこまで言われてはの……スゥゥゥ」

 

 トゥスクルは空気を深く吸って集中すると、目をカッと開いて気を放った。

 

「はぁぁぁッ!!」

 

 光に包まれるトゥスクル。光が消えると、彼女は若々しい姿になっていた。癖っ毛のある長い髪に、美しい見た目をしている。武器をところどころに仕込んでおり、苦無や薬瓶まである。

 小百合と同じ『絶・忍転身』を使って若返ったトゥスクルは、首や腕を動かしていた。

 

「ふぅ……」

 

「ふふ、懐かしいの。トゥスクルのその姿」

 

「体が軽くなった気がする……どれ」

 

 トゥスクルはそう言うと、懐から銀色の鉄扇を出した。開いたり閉じたりを繰り返している。

 

「鉄扇は問題ないようじゃの。こっちは……」

 

 今度は棒に紐で繋がれた香炉を出して、勢いよくひゅんひゅんと振り回す。

 

「問題無し」

 

「確認はもういいかい?」

 

「ん」

 

 香炉を振り回すのをやめると、ジャスミンが暗闇に向かって声をかけた。

 

「チキナロ」

 

「お呼びにございますか、ハイ」

 

「妖魔を滅する者がいるところまで案内お願いできるかい?」

 

 ジャスミンが金の入った巾着袋をチキナロに投げ渡すと、彼はいつもの笑みを浮かべて言った。

 

「ありがとうございますです、ハイ。ではご案内しますです」

 

「一秒たりとも時間が惜しい、出来るだけ急いでくれ。このままだとオシュトル達が危ない……」

 

「かしこまりましたです、ハイ」

 

 ジャスミン達は一斉に走り出す。門を一気に越えて、三人は山道を駆けていく。すると、トゥスクルがジャスミンに小さな声で話しかけた。

 

「ジャスミン」

 

「何じゃ?」

 

「無事に帰ってこれたら……久しぶりに手合わせをしたい」

 

 トゥスクルの言葉に、面を食らった表情をしたジャスミンだったが、すぐに笑みを浮かべて言った。

 

「ああ、必ず」

 

・・・・

 

「ククク……ハーッハッハッハッ! 愉快! 実ニ愉快ナリ! 全身ノ血ガ滾ってオルワ!」

 

 気持ちが昂っているヴライに対し、雪泉達には疲れが見え始めていた。

 

「くっ…はぁ、はぁ……今まで戦ってきた妖魔よりも手強い……」

 

 隙を見て背後から支援をしてくれてはいたが、雪泉達は既に満身創痍だ。無理もあるまい。相手はヴライなのだ……生半可な力では押し切られる。こうなれば――考えは一つ。

 このままこの子達を戦わせるわけにはいかぬ。そう思い、某は雪泉達に呼びかけた。

 

「皆、此ノ場カラ退クノダ。ナルベク巻キ込マレヌヨウニ遠クヘ!」

 

「そんな!? オシュトル様、まだ私は戦えます!」

 

「はぁ……そうだぜ兄者。私達の力はこんなものじゃ――」

 

退ケッ!!!

 

 強めの口調で某は言う。

 戦場では人が死ぬ……それは判り切ったことだ。今までも某の仲間が大勢死んだ。某自身が、そして仲間が死んでいく覚悟など当に決まっていた。ヒトはいつか死ぬ……それが世の理。

 だが――

 

(まだこの子達には、死んでほしくないのだッ!)

 

「仮面ヨ! 我ハ更ニ求ム! 我ガ魂ヲ喰ライテ――天元ヲ越エシ、天外ノ力ヲ示セッ!!」

 

「ムッ!」

 

 護りたい。ただそれだけだ。そのためであれば、某は根元への扉を開き、片足を入れるのも躊躇わぬ。

 

「散レェ!」

 

 ヴライに一気に距離を詰めて、懐に一発、二発と殴打を決める。

 

「グフゥ……」

 

 某の攻撃を喰らい、蹌踉めくヴライ。勢いに乗って、某はさらに追撃をする。

 

「ヴライィィィィ!!!」

 

 最後の殴打でヴライを飛ばす。すると、ヴライは岩にぶつかり、地に膝をついていた。慎重に近づいた某に、ヴライは不適な笑みを浮かべて言った。

 

「ククク……オシュトル、汝トマタ闘ウコトガ出来テ、実ニ楽シカッタゾ。戦ハコウデナクテハナ」

 

「……」

 

「汝ノ勝利ダ。サァ、トドメヲ刺スガイイ。ソシテ我ノ首ヲ取レ!」

 

 前はヴライにとどめを刺さずに去ってしまった。結果、某の甘さ故にあのような事態を招いてしまった。そのせいで、ネコネは……ハクは――

 ヴライは命より名を惜しむ漢。それが今はよく判っている。ならば某がすべきことは、ヴライにとどめを刺すことだ。

 

「……元ヨリ、ソノツモリ」

 

 拳を握り、思いきり振り被る。ヴライの心臓を目掛けて、そのまま渾身の一撃を見舞う――

 その時だった。

 

 ドガアァァァァァ!!

 

「ヌッ!? グオォ……」

 

 何処からの攻撃に、思わず地面に手を付いてしまう。いきなりの状況を理解できずに、某は思考を巡らせる。

 

(何故だ…! ヴライは目の前にいた……それに某は仮面の力を解放しているのだぞ……)

 

 砂埃が宙を舞う。

 砂埃が収まり、倒れていたであろうヴライの方を見る。すると、そこに……ヴライの前にいたのは一人の長い黒髪の少女(・・・・・・・)だった。少女の赤く光っている瞳は憎悪を感じさせる程にこちらを睨んでいる。

 

「おじちゃんをいじめる奴……許さない……!」

 




今回は頑張りました。頑張り物語でした。
しかし自分の力量ではこれが限界でした…。


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神楽の力

お久しぶりです、きつつきです。かなーり時間が経ちましたが続きを


 時は少し遡る――

 オシュトル達とヴライが対峙している間、かぐらと奈楽は山の中を走っていた。大きな音がまわりに響いたので音が聞こえた方向に向かって進んでいるのだ。

 

「確かこっちの方からだったはず……」

 

「はぁ……はぁ……」

 

 二人は息切れをしながらも走る。かぐらの体力もそろそろ限界がきており、思わずその場に座り込んでしまう。

 

「神楽!? 大丈夫ですか!?」

 

「だ、大丈夫だよ……はぁ、はぁ……」

 

「少し休みましょう。そこの木陰に――」

 

「ううん、休んでなんかいられないよ。早くおじちゃんを見つけなきゃ……」

 

 あれが最後なんて嫌だ。これからもずっとおじちゃんと過ごしたい。まだいっぱいお話したいことあるもん――かぐらの中にあるのはそれだけだった。

 その時、近くで何かがぶつかるような大きな音を聞いた。

 

「行かなきゃ……!」

 

 かぐらは立ち上がり、一目散に音が響いた方向へと駆け出す。奈楽も後を追う。

 すると、崖に出て下の方には二つの巨体が互いを攻撃し合っていた。いや、死合っていると言った方が正しい。赤黒い巨体に青く白い巨体――赤黒い方はかぐらも見たのですぐにわかった。

 

「おじちゃん!!!」

 

「かぐら! 危ないです!」

 

 奈楽は身を乗り出そうとしているかぐらを無理矢理止める。そうしないと、かぐらの体は崖から落ちていたからだ。

 

「は、離してっ! おじちゃんが……おじちゃんが!!!」

 

 腕の中で暴れるかぐらを抑える奈楽。崖から降りようとするだけではなく、あれの中に入ろうとするなど自殺行為に等しい。例え奈楽が入ったとしても、二人の仮面の者に太刀打ちができるわけもない。

 奈楽はかぐらに説得を試みる。

 

「神楽…! 今の貴女では仮面の者を止めるなんて無理です! 私も悔しいですが……ここは見守るしかありません」

 

「でも…でも! 私にだって何かできることが――」

 

「出来ません! 少なくとも今の神楽では到底……」

 

 そこまで言いかけると、かぐらはピタッと暴れるのをやめた。奈楽は怪訝そうにかぐらの顔を覗き込む。

 

「神楽?」

 

「今の私じゃ……無理、う…うぅ……」

 

 かぐらはポツポツと涙をこぼす。

 奈楽と同じく彼女も悔しいのだ。自分はヴライから守ってもらってばかりで力もなく何もできない子ども……それが堪らなく悔しいのだ。

 

「私に力があったら……おじちゃんを助けられるのに……私が凄く強かったら……」

 

 崖の上からヴライと対峙している青く白い巨体を睨みつける。

 

「そうしたら……あいつだって倒せるのに……!」

 

「神楽……」

 

 奈楽も二人の仮面の者を見る。

 

(私では止められるわけがない。だが、神楽なら……覚醒した神楽ならあの仮面の者ももしかしたら――)

 

 しばらく考えた後、奈楽は懐から巾着袋を取り出し、その中身をかぐらの手の平に置いた。赤い飴玉のようなものだった。

 

「……何これ?」

 

「本当はこのまま何も背負っていない神楽と暮らしたかったのですが……神楽、ヴライを助けたいですか?」

 

「当たり前だよ! でも奈楽お姉ちゃんが私じゃ無理だって――」

 

「その赤珠を飲み込めば、神楽は本来の力を取り戻せます。あの仮面の者を止めることができるかもしれません」

 

「ッ……!」

 

 かぐらは迷うことなく三つの赤珠を飲み込んだ。おじちゃんを助けたい――そう願って。

「おじちゃんをいじめるやつ……許せない」

 

「ウグッ……」

 

 腹に先程までにはなかった切り傷があり、血が出ている。某はヴライではない攻撃を仕掛けてきたであろう人物に目を向けた。

 

(この者……ただ者ではない)

 

「死んじゃえ……!」

 

 瞳を赤く光らせる少女は某に向けて手を振り上げる。するといくつもの赤い刃が出てきて某を八つ裂きにしようと襲いかかってきたのだ。

 

「ヌ――」

 

 かろうじて赤い刃を避けるが、次の刃が襲いかかる。それと同時に少女がこちらに接近して、腕を振り上げた。

 

「よくもおじちゃんを…! お前なんか殺してやる!!」

 

 流石に避け切れない。となればすることは一つだ。

 

「オオオォォォォッ!!」

 

 一つの赤い刃が当たる前に、上から拳を振り下ろし、地面に叩きつける。さらに水神の力でまわりに波の壁を作り、赤い刃ごと少女を制した。

 

「くっ……」

 

 少女はこちらと距離を取る。相変わらず殺気を放った目で某を睨んでいるが、この者は一体何者だろうか。

 

「……」

 

 ヴライが立っていた。奴はこの混乱に乗じて攻撃をしてくるような漢ではない。そうわかっているのだが、身構えてしまう。

 

「貴様……」

 

「おじちゃん! 助けに――」

 

 ドゴォ!!

 ヴライは少女に腕を上げてそのまま勢いよく振り下ろした。惨状を目にすることになると思いきや、ヴライの腕は少女の横の地面に突き刺さっている。

 

「あ、あぁ……」

 

 砂埃が落ち着くと少女は思わずその場で尻もちをついてしまう。

 

「何シニ来タ……貴様ガシタコトノ意味、ワカッテイヨウナ……」

 

「ひっ!」

 

「漢ノ戦イヲ穢シテドウシテクレル。例エ誰デアロウト我ハ許サヌゾッ!」

 

「待ってくれ!」

 

 声と同時に別の少女が現れる。どういう状況なのか判らず、某は様子を見ることにした。こちらも一旦下がり、雪泉達にも様子を見るようにと伝える。

 

「神楽はお前を助けに来たんだ! その神楽をどうして攻撃する!?」

 

「ナンダト……貴様ガカグラダト言ウノカ?」

 

「おじ、ちゃん……」

 

 あの者は神楽だったのだな。通りで強い。だが、某にはまだ力を使いこなせていないように見えた。『妖魔を滅する者』と言われる程であれば、あの程度の力ではないはずだ。何かわけでもあるのだろうか。

 

「けほっ…けほっ……!」

 

「神楽! 大丈夫ですか!?」

 

 突然神楽は咽せ始めたと思いきや、なにやら赤い珠のようなものが吐き出される、とさらに神楽の躰は見る見ると小さくなった。

 

「我ハ助ケテクレナド頼ンダ覚エハナイ。既ニ決着ハツイタ、後ハオシュトルニ我ノ首ヲヤルダケダ」

 

「やだ! もっとおじちゃんと一緒にいたいもん……死なないで……」

 

「……フン」

 

 ヴライの姿が元に戻る。ヴライの神楽を見る目が少しだけ優しげがあった気がした。

 すると、ヴライはこちらに向かって歩き出した。神楽ともう一人の少女が何かを必死に言っているが、ヴライは聞く耳を持たずだ。

 近くまで来ると、まだ仮面の力を解放している某を見上げてヴライは言った。

 

「オシュトル、我の首を取れ」

 

「……」

 

 某は以前ヴライを見逃した。見逃した結果、ネコネやハクに全てを背負わせてしまった。己の甘さ故に……もうあのようなことは――

 

「……」

 

 某は元の姿に戻った。するとヴライは一瞬戸惑った反応をしたが、すぐに笑みを浮かべた。

 

「ククッ、そうか……(うぬ)の手で直接ということか。悪くない……やれ――オシュトル!」

 

「……ああ」

 

 某は鞘を抜き、刀を抜刀する。そしてヴライの首に向けて一閃を――

 

「何の真似だ、オシュトル」

 

「……」

 

 刀はヴライの首元直前に寸止めしている。そのまま某は刀を鞘に収め、ヴライを真っ直ぐ見る。当然このままというわけにもいかず、ヴライは声を荒げた。

 

「オシュトルッ! 一度ならず二度までも、我に生き恥を晒させようというのか! もしそうであれば我は貴様を――」

 

「某は……」

 

「おやおや、お取り込み中でしたか」

 

 声のした方へ目を向ける。某はそのままその者に声を掛けた。

 

「チキナロ……何故其方がここに?」

 

「あたし達もいるさね」

 

「思った通り厄介なことになっているようじゃの」

 

 チキナロの立っている近くの木の上から見知った姿があった。ジャスミン殿と……その隣に立っている者はもしや……トゥスクル殿?

 

「今はお前さん達にワシのこの姿の事を説明する暇が無いさね。それよりもそいつが妖魔を滅する者で間違いなさそうじゃの」

 

 幼子の姿になってしまった神楽をトゥスクル殿とジャスミン殿は見逃さなかった。おそらく二人は某達を追って来たのだろう。案内はチキナロに頼んだといったところか。

 すると、トゥスクル殿とジャスミン殿が木の上から降りてこちらに向かってくる。

 

「神楽なら話を聞いとくれ。あたし達は別にお主達の敵じゃない。むしろ力を借りたいと思っている」

 

 ジャスミン殿は単刀直入にヴライの近くにいる神楽に向けて言う。トゥスクル殿も続けて言った。

 

「急に言われても信じられないと思うのじゃが本当さね。お前さんの妖魔を、異界の門が開く事前に察知する力と妖魔を滅ぼすことのできる力が必要じゃ」

 

 頭を下げる二人。しかし、神楽の返事は期待したものではなかった。

 

「……やだ」

 

「な、何故じゃ? ワシ達は嘘をついておらんぞ」

 

「だって……」

 

 そう言いながら、神楽はこちらを指を差して睨みつける。

 

(成る程……そういう事か)

 

「だって貴女達もその人の味方なんでしょ? おじちゃんをいじめた悪い人の仲間だから貴女達を信じられない」

 

 すると、トゥスクル殿でもジャスミン殿でもなく、さっきまで静観をしていたヴライが口を開いた。

 

「……聞き捨てならぬ」

 

「おじちゃん……」

 

「これは死合いである。互いに命を賭け、闘い、そして勝者のみが喰らう。汝はそれを邪魔した」

 

「それはだって……おじちゃんを助けたかったんだもんっ……! おじちゃんともっと一緒にっ、うぅ……」

 

「……」

 

 泣き出す神楽に沈黙するヴライ。某の知っているヴライであれば、此処で子だろうと容赦無く消し炭にしたであろう。だが、そうしない。

 

「お主、オシュトルと同じ仮面の者のようじゃな。その異様な雰囲気で判るさね」

 

「……」

 

 するとヴライは神楽を後ろに隠すようにし、口を開いた。

 

「なんだ、貴様らは」

 

「あたしは……今はジャスミンと名乗っておこう。出来ればお主の力も借りたいところじゃがのう。妖魔を殲滅するのも夢ではないかもしれん」

 

「ワシはトゥスクル。薬師をしておる。お前さん怪我をしているようじゃが……手当てするかぇ?」

 

「手当てなど――ぬ?」

 

 ヴライが最後まで言おうとした刹那、トゥスクル殿は素早い動きでヴライの躰に薬を塗り、腕に包帯を巻いた。

 

「ほい、出来た。お前さんは仮面の者じゃからこれですぐ治るじゃろうて」

 

「……」

 

 すると、トゥスクル殿は今度はこちらに近付いてきた。

 

「あっちが先ですまんの。さ、次はお前さんの番じゃ」

 

「某は別に大した怪我では……」

 

「何を言っておる。無理をしているのバレバレじゃぞ? 早く見せんか」

 

 どうやら見抜かれていたらしい。トゥスクル殿の目は誤魔化せないようだ。

 

(流石は一流の薬師殿であるな)

 

「ほれ、しばらく安静にしとるんじゃよ、って言っても無駄じゃろうな」

 

「かたじけない、トゥスクル殿」

 

「これも薬師の務めじゃ」

 

 某の手当が終わると、トゥスクル殿は再びヴライ達に近寄って話しかけた。

 

「……」

 

「とりあえず、ワシの話を聞いてもらってもええかの? それからどうするかはお前さん達に任せるということでどうじゃ?」

「――ということさね」

 

 トゥスクル殿の話を聞いていたヴライ、神楽、そしてもう一人いた少女が顔を見合わせる。

 

「つまり、貴女達は妖魔と戦をしていて私達に手を貸して欲しいってこと?」

 

「そうじゃ。協力してくれるかぇ?」

 

「確かにおじちゃん強いもんね! お姉さんはおじちゃんの怪我だって手当てしてくれたし……でも」

 

 ちらっとこちらを見る神楽。神楽はヴライをあんなに慕っているのだ。宿敵である某を嫌うのは当然といえば当然ではあるのだが……

 

「某からも頼む。其方の協力が必要不可欠なのだ」

 

 無理を承知で神楽に頭を下げる。

 

「……もうおじちゃんをいじめない?」

 

「ぬ?」

 

「貴方がもうおじちゃんをいじめないって約束するなら手伝ってもいいよ。私も妖魔は見たくないし嫌いだし」

 

「私は……神楽がそう言うのなら何処までも付いて行きます」

 

「……」

 

 ヴライは無言でいる。さっきまで死合いをしていた者に協力してくれと言うのは考えてみればおかしなことだ。確かにヴライがいれば妖魔と戦になった時に頼もしくはある。

 だが……それ以前に思うところがあるのだ……

 

(ネコネがヴライを見ても平静を保っていられるかだ。某はもうネコネに辛い思いをさせたくない)

 

 そう考えていると、ヴライが口を開いた。

 

「オシュトルと共に戦う? 笑止、それは何の冗談か」

 

「おじちゃん?」

 

「我はそんなものに興味などない。我が欲するはオシュトルの首のみ――故にそのようなことに従う理由も無し」

 

「……じゃあなんで私と一緒にいてくれたの? いつも私を護ってくれたの? おじちゃんの目的がこの仮面の人を倒すことなのは知ってたけど」

 

「……」

 

 神楽の言うことに少し黙っていたヴライだが、やがて口を開けて言った。

 

「かぐら、汝は好きにしろ」

 

 そう言い、背を向けてここから去ろうとするヴライ。すると、思い出したかのように立ち止まり、神楽に目を向けて言った。

 

「またいつでも来るがよい、遊んでやる。そしてオシュトル」

 

「む?」

 

「貴様を討つのは我だ。それまでにくたばることは許さんぞ」

 

「ああ、某もまだ死ぬつもりはないのでな」

 

「おじちゃん! 待っ――」

 

 一気に跳躍し、ここから去るヴライ。奴が某に手を貸すことはないだろうとは思ってはいたが。

 神楽の方はどうなのだろう。ヴライが去り、しばらく顔を俯いていたが涙を溜めた目で某をキッと睨んだ。

 

「妖魔を倒すまでは協力してあげる。でも貴方のことは許すつもりないから」

 

「かたじけない」

 

・・・・・・

 

「……」

 

 あれからヴライは洞穴に戻っていた。つい最近まで騒がしかった光景がヴライの脳裏に浮かぶ。いつも元気だったかぐらやそれに手を焼いていた奈楽はもういない。

 

「フッ、やっと五月蝿い奴等がいなくなったか」

 

 これで修行も捗るだろう――そう思いながらヴライは洞穴から出て宿敵を倒すため、己を鍛え直そうとした矢先。

 

『おじちゃ〜〜ん!』

 

 かぐらの声が聞こえてくる。幻聴だろうか? いや、かぐらの声はどんどんと大きくなって近づいてきた。

 

「おじちゃん! やっぱりここだったよ!」

 

「は?」

 

 あまりの早すぎる再会に思わず声を出してしまったヴライ。少し遅れて奈楽もやって来ていた。

 

「……どういう事だ? オシュトルと行ったのではないのか?」

 

「それはそうなんだが神楽が途中で引き返してしまって……それでジャスミン様達の拠点の地図を渡されて、妖魔の気配を察知したら矢文を送り私達も協力してくれと」

 

「おじちゃんがいないとやだもん! おじちゃんと一緒にいる! あの人達に協力はするけど、一緒に行くなんて言ってないし」

 

 ヴライに抱きつきながらそう言うかぐら。彼女はあくまでもヴライと離れるのが嫌なようだ。

 

「それにね、この赤珠を飲めば私だっておじちゃんと稽古できるんだよ? なんならおじちゃんより強いかもね♪」

 

 ヴライと闘い手負いだったとはいえ、変身したオシュトルとなんとか戦えたのだ。突然大きな力が使えて自信があるのかもしれない。

 

「ほう……」

 

 だがかぐらからそう聞いた途端、ヴライは不敵な笑みを浮かべる。しかし、奈楽は慌ててそれを止める。

 

「ま、待て! 神楽は今日久しぶりに力を使ったばかりなんだ! 今じゃなくても別にいい――」

 

「あーん。もぐもぐ……」

 

 奈楽が最後まで言う前に、かぐらは奈楽の持っていた赤い珠を全部口に入れて飲み込む。すると、たちまちかぐらはオシュトルと殺りあっていた時の姿になった。

 

「おじちゃん、早速しない? 忍結界は張っておくから存分にやってもいいよ!」

 

「神楽! またいきなりその姿になって……」

 

「止めないで奈楽お姉ちゃん! 私もおじちゃんを守れるように強くならなきゃ! 今度は私がおじちゃんを守るもん!」

 

「先程から聞いていれば……幼子の汝が我に勝てると? 片腹痛いわ」

 

 かぐらの挑発に乗ってしまったヴライ。今までかぐらと試合をすることなんて考えてなかったヴライだが、自分に勝てるとまで言われてしまったら黙っているわけにもいかない。しかし、クオンに言われた時と違い、殺気立ってるわけでもなく、純粋にかぐらと戦ってみたいとこの漢は思っていた。

 

「よかろう、汝の強さ、我が確かめてやる」

 

「負けないよ! 奈楽お姉ちゃんは審判宜しくね!」

 

「はぁ……わかりました。危なくなったら止めますからね? 私じゃ止められるか判りませんが」

 

 それから忍結界の中で、激しい戦いが繰り広げるが決着がつく。最後に立っていたのはヴライだった。息を切らせながら、手を地面に付いているかぐらを見下ろしている。

 

「はっ……はぁ…!」

 

「汝はいきなり大きな力を手にして過信しているところがある。力を扱えなければ意味はない」

 

「うぅ……」

 

「神楽!」

 

 奈楽がかぐらに手を貸す。すると、かぐらは咳き込んで赤珠を吐き出した。いつもの見慣れた幼子の姿に戻っていく。

 

「おじちゃんほんとに強いね……もう一回やって! こんなのじゃダメダメだよ!」

 

「ふん、少し休め。今の汝では何度やっても無駄だ」

 

「でもっ……」

 

「ヴライの言う通りです。今日のところはもう休んでください。お願いですから……」

 

 奈楽にそう言われて渋っている顔をしていたかぐらだったが、諦めて言うことをきくことにした。

 

「……わかった」

 

「稽古には付き合ってやる。いつでも言うがいい」

 

「おじちゃん……じゃあ今から!」

 

駄目です!!!

 




神楽の口調が赤珠を飲み込んでも幼いままなのは、記憶が無くて威厳を取り戻してないからです!いつかあの威厳のある口調になると思います。


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