Mystery of Nameless (hilite989)
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First Mystery Report side RAVEN

Mystery of Nameless

 

 

 

 補填ランカー。

 

 アリーナに登録されているランカーが「何らか」の要因でランキングから除外された際に、補充されるランカーレイヴンの名称。

 その多くはMTからACへ機種転換した新人兼元MTパイロットが多いが、アリーナに登録していないレイヴンも周囲の薦めや諸事情で補填ランカーとして登録される場合もある。

 

 レイヴンネーム:ネームレス

 ACネーム:ミステリー

 自分自身の情報は全く公開しようとせず素顔から経歴に至るまで、全て謎に包まれているレイヴン。

 依頼しか受けず、アリーナには参加しない事で有名だったが、最近、参戦を始めた。

 その理由すら謎のこのレイヴンについて、分かっていることは飛びぬけた強さのみである。

 

 備考:補填ランカー。

 

 

 

 First Mystery Report side RAVEN

 

 

 

「ネームレス、ね。確かにあいつはずば抜けて強かったよ」

 

 神妙な面持ちで当時の様子を語ってくれたのは、現役のレイヴンであるR氏(仮称・男性)だった。

 五ヶ月前、クレスト社の依頼を受諾した彼は地下セクション「NK-987」で展開している同社軍事部隊の護衛任務として、出撃。

 護衛対象は二個小隊のカイノスEO/2と輸送車両が五両。

 作戦目標の達成は、クレスト社AC部隊が「NK-987」に到着するまで一時間弱の護衛。

 

「まぁこれだけの護衛戦力だと、こっちも気楽さ。そりゃ襲撃されれば、AC一機に高性能MTのカイノスが来るんだ。どう考えても、同等の戦力もしくはACを五機ぐらい無ければ、飛んで火に入る夏の虫ってやつだな」

 

 ロメオ氏が言うように、敵対勢力の襲撃は無く――作戦開始から一時間後、クレスト社AC部隊が到着。

 そして、十分後のことだった。

 時刻:十八時五十六分。

 セクション「MK-987」はドーム型の大規模地下都市区画。下層のセクションのため、基本的に同区への進入は北と南に設けられた、物流カーゴのみとなっている。

 R氏は北方面の物流搬入カーゴを経由して、作戦エリアから離脱しようとしていた。

 

 ここから先の文章並びに映像、音声はR氏の証言並びに、アーマード・コアのシミュレーターソフトで再現したものとなっている。

 

 当時の状況。

 

 作戦日時:地球暦204年8月21日(サイレントライン紛争から半年が経過)

 戦力:カイノスEO/2、六機。

 パッケージ仕様AC(PAC)「クレスト重装型」二機、「クレスト白兵戦型」二機。

 R氏のAC(中量二脚型)、一機。

 

 その他:輸送車両、五両。指揮通信車、二両。

 コールサイン詳細:コマンダー1、2は指揮通信車。

 ウルフ1、2はクレスト重装型、3、4は白兵戦型。ドッグチームはカイノスEO/2小隊。

 レイヴン1はR氏のAC。なお、R氏は可読性を重視し、「ロメオ」という仮称を付けている。

 

 備考:セクション「MK-987」は中央区を中心に都市が発展しており、郊外は主に物流関係の施設が配置されているため、環状道路が展開。

 

「コマンダー1より各機へ。南カーゴより熱源反応を一つ感知。IFF(識別反応)を照会するも、該当する機体なし。敵勢力と認定、速やかにこれを迎撃せよ」

 

「コマンダー2より各機。敵熱源反応にビーコンをマーク。距離八二〇〇。感知される熱源を測定した結果、ACと判明」

 

「ウルフ1、了解。ウルフ3は俺に続け。ウルフ2、4はコマンダーの護衛を。ドッグチームはコマンダーの指示に従って行動しろ」

 

「コマンダー1より、レイヴン1へ。車両部隊を北カーゴへ退避させる。こちらのガイドビーコンに従って移動する車両部隊を護衛せよ」

 

 矢継ぎ早に受信される無線通信に、ロメオは気を引き締めた。作戦終了間際、それも中規模なAC/MT部隊が合流したタイミングでの襲撃。

 それが意味するのは二つ。よっぽどのバカか、それとも――とてつもなく、腕に自信があるレイヴンか。

 クレスト社AC部隊は指揮通信車のビーコンを目印に、前進。カイノスチームは南カーゴに向けて迂回する形で、まずは郊外の環状道路へ向かう。

 

「オペレーター、こちらが受諾した依頼内容は完遂したと見做していいだろうか」

 

 本来の作戦目標は既に達成されており、現在の状況は依頼の範疇に収まり切れない、想定外の事態だった。

 ロメオはそのことをオペレーターに告げる。

 

「完遂されておりますが、クレスト社のリクルーター(渉外担当者)より、依頼内容の更新を確認。報酬を五割増し。追加事項は、輸送車両を安全地帯までの護衛及び敵ACの撃破。リクルーターが作戦規定112-98の適応を求めています」

 

「拒否権は無い、か。駄賃が出るだけでマシか。規定112-98、了解」

 

「了解しました。リクルーターに通告します」

 

 過去幾度繰り返した問答に、ロメオは肩を竦めた。同時に彼が装着しているHMD上に、オペレーターがガイドビーコンを表示。

 ロメオは操縦桿を握り締め、ガイドビーコンに従って移動する車両部隊の先頭にACを移動させた。

 

「こちらドッグチーム、171号線に沿って移動中」

 

「コマンダー2より各機へ。敵AC、移動を開始。進行ルート及び敵機体を分析中」

 

「ウルフ1、19号線を通過」

 

 刻一刻と状況が報告されていく中、ロメオは輸送車両の護衛よりも後方で交戦しようとしている部隊の動向が気になっていた。

 万が一、部隊の損耗が激しければ――こちらが迎撃に向かうことになる。

 

「コマンダー2より敵ACの分析データを受信――照合開始」

 

 そんなロメオの心境を察しているのか、オペレーターは敵ACの詳細――搭乗しているレイヴンを分析。企業が保管しているデータよりも、精度が高い――それこそ、傭兵斡旋企業「グローバルコーテックス」が独自で収集しているデータベース。

 

 相手がもし腕に自信があるランカーであれば、対応が出来る。

 逆に「名無しの権兵衛」であれば、少しは気は楽になる。

 

「解析完了。敵AC『ミステリー』です」

 

 称号を開始して、十数秒経った後、オペレーターから聞いたことが無いACが告げられた。 

 

「聞いたことが無いな。非合法か」

 

 傭兵稼業を営んで、十数年。ベテランという箔が付いたロメオにとって、初めて聞く名前だった。ここ最近、ミステリーと名乗るACが噂に上がったことは耳に入っていない。

 そのため、グローバルコーテックスに登録していない、非合法のレイヴンということを尋ねた。

 

「いいえ。正規で登録しているレイヴンです。詳細を読み上げましょうか」

 

「データを送ってくれ。こっちで確認する」

 

 幸い、こちらは輸送車両の護衛。件のミステリーとの交戦には――どう見繕っても時間がある。

 音声で情報を共有するより、自分の目でじっくりと情報を確認したかった。そんなロメオの要望に応えるかのように、膝上で展開しているコンソールからデータ受信のサウンドが鳴った。

 

「受信パッケージ、開封」

 

 両手は操縦桿を握っているため、ロメオはAIに音声指示を出す。

 二三回ほど通知サウンドが鳴った後、モニターにウィンドウが小さく表示。ミステリーのアセンブルと詳細が記載されていた。

 ネームレス自身の詳細は「つい先月、レイヴン登録済み。アリーナには未登録」、ということしか書かれていない。

 

「コマンダー2より各機へ。敵ACは判別不能。繰り返す――」

 

 ロメオがデータを黙読している間に、企業側から遅れて情報が共有される。企業独自のデータベースでは無理もない結果に、ロメオはため息をついた。

 

「ミステリーについての情報を知りたい。そちらで把握していることを教えろ」

 

「アリーナでの参戦が無く、直近三ヶ月で該当すると思われるACの交戦記録は無し。確実性を高めるために、詳細検索しても三十分以上かかります」

 

「期待はしない方が良さそうだな。新人のくせに、やたらと羽振りが良い装備が気になるが――せいぜいカイノスがやられるぐらいだ。ACもどき(PAC)相手には致命的だろう」

 

 ロメオはミステリーを分析し、持論を述べる。オペレーターはその通りと思っているのか、何も異議を唱えない。

 新人だからこそ、カタログスペックを重視した機体構成。

 カイノスを相手に遅れを取ることはないが、それなりの実戦経験があるPAC部隊には為す術もないだろう。

 

 ロメオはアセンブルの知識に関しては自他共に「分かっている」と認めている。そのため、ミステリーの機体構成は――はっきり言って、ジェネレーター出力の観点から、「息切れしやすい」と分析していた。

 

 更に言えば、二脚型であるのに関わらず、キャノンウェポンを搭載。その場で立ち止まって、発射体勢に移行しなければ砲撃できない。

 

 カイノスを相手に間抜け面を晒しながら、発射態勢へ移行。その隙に合流したPACが攻撃を仕掛ける。慌てて回避行動に徹するが、ジェネレーターが底尽きてしまい――大破。

 その光景が容易に想像できた。

 

「輸送車両の進行ルート報告を最優先に。迎撃に向かっている味方部隊の動向も頼む」

 

「了解」

 

 持論を頭の中で張り巡らしながら、ロメオはオペレーターに指示を送る。

 ひとまず、輸送車両が襲撃されないように立ち回るだけ。無難に動けば、勝手に終わると考えた。

 

「コマンダー1より各機へ。敵AC、移動を開始。11号線を時速二〇〇キロで進行。このまま進めば、16号線を経由して、ドッグチームと交戦予定。会敵予想時刻五分」

 

「ドッグチーム、了解。交戦準備に移る」

 

「コマンダー2よりウルフチームへ。ドッグチームと合流し、敵を迎撃せよ」

 

「ウルフ1、了解。ルート変更、移動開始」

 

 通信を聞く限りでは、事は順調に進んでいる。輸送部隊も順調に目的地まで進んでおり、ロメオは途切れることなく交信される無線通信を聞く。

 

「北カーゴまで残り十分」

 

 輸送部隊が北ゲート到着まで残り五分を切ったことをオペレーターが報告した瞬間だった。

 ACという鋼鉄製の鎧から、その内部に搭乗しているロメオの操縦シート越しにはっきりと伝わる「衝撃」と、「爆発音」。それが立て続けに襲い掛かる。

 

 ロメオは直感的に、ドッグチームが交戦、敵ACを撃破したと感じる。しかし、すぐに彼は冷静になって、立て続けに響いた衝撃と爆発音の意味を悟った。

 

「コマンダー1より全機へ。ドッグチーム、壊滅。繰り返す、ドッグチーム壊滅」

 

「コマンダー2より全機へ。敵ACの予想進路をデータリンクする。敵ACは現在、16号線を突破し、13号線に向けて進行中。ウルフ1、3、会敵予想時刻五分」

 

「ウルフ1、了解」

 

 コクピットに反響する無線通信を聞くと、脂汗が額から伝って顎先に滴り落ちる。

 ロメオは手の甲でそれを拭いながら、自動操縦からマニュアル操縦に移行した。

 

 小隊規模のカイノスが、一瞬のうちに壊滅。

 ドッグチームから交戦開始の通信は入ってきていないため、奇襲の可能性は非常に高い。それでも十数秒と経たないうちに壊滅。

 ロメオの悪い予感――とてつもなく、「強大な力」を持った相手――は最悪の形で実現した。

 

「オペレーター、敵ACの動向を逐次報告しろ。レイヴン1より輸送部隊へ。万が一を想定し、こちらは迎撃態勢を取る」

 

 輸送車両の進路方向から反転し、ロメオのACは殿を務める。彼のACのモノアイは、これから戦闘が始まるであろう11号線に向けられた。

 

「レイヴン、こちらオペレーター。ミステリーは現在、11号線に向けて時速二五〇キロで進行中。なお、UAVでドッグチームの壊滅地点を偵察しました。恐らく、レーザーキャノンによる砲撃で大破したものだと断定」

 

「了解だ」

 

 オペレーターからの報告を聞き、ロメオは焦燥感を募らせた。

 二脚型ACである故に、背部で搭載されるキャノン・ウェポンはその場で発射体勢を取らないといけない。そのため、ネームレスは見通しが良い高層ビルなどを狙撃地点にした可能性が高い。

 恐らく、マニュアルによる照準狙撃。立て続けに二個小隊規模のカイノスを壊滅させるだけの、技量。

 

「オペレーター。カイノスを壊滅させたのは、恐らく見通しが良い地点での狙撃だ。奴が狙撃で利用しそうなスポットを調べろ」

 

「了解。そちらが居る地点を中心に、狙撃地点をマークします」

 

 ロメオは危惧していることをオペレーターに伝えると、すぐさまコンソール上のレーダーマップやHUDに狙撃地点を示すマークが表示される。

 ロメオのACは狙撃地点からの射線を逸らすように、移動を開始した。

 

(ネームレスの目的は、クライアントの意向。つまりは――クレスト社部隊の壊滅。傭兵である俺の扱いは、単純なコーム上乗せの扱いだ)

 

 あくまで向こうの作戦目標――クレスト社の輸送部隊及び護衛部隊の壊滅――をロメオは分析した。無論、自分自身も「撃破対象」であるのに変わりがないが、最優先目標ではない。

 ロメオの「護衛対象」が全滅した時点で、彼の任務は終了――敵前逃亡の大義名分は立つ。

 

 相手は恐らくトップランカー級の実力。ロメオは自身をBランクの「中の上」レベルだと自称しているが、それでも互角に戦える気がしない。

 

「コマンダー2よりレイヴン1。護衛対象から離れている。至急、こちらが指定した地点に移動してくれ」

 

 クレスト社には悪いが、命あっての物種。

 実際、ロメオは殿を務めると言っていたが、彼のACは既に、輸送車両の護衛からかけ離れた場所へ移動。

 ミステリーからの狙撃に対応した地点へ移動し続けた結果だった。 

 

「オペレーターよりコマンダー2へ。敵ACの脅威レベルが非常に高いため、独自で行動を取っています。作戦規定115-17の適用を求めます」

 

 オペレーターはすかさず、「傭兵である以上、任務の完遂には全力を尽くす。しかし、自身の身の安全も確保する」ことを伝える。

 

「――コマンダー2、了解」

 

 オペレーターからの淡々とした返答に、コマンダー2は舌打ち交じりに了承した。

 

「上出来だ、オペレーター。ミステリーの動向だけに注視してくれ。こちらは――」

 

 しがらみが消えたことによって、ある程度は自由に行動が出来る。ロメオはオペレーターの機転に感謝しながら、指示を送った矢先だった。

 

「こちらウルフ1、敵ACと交戦――」

 

 爆発と衝撃。

 

「ウルフ3、奇襲を――」

 

 爆発と衝撃。再度、爆発と衝撃。

 その間、僅か十数秒だった。データリンクされている、ウルフチームの熱源反応が立て続けに消失。

 蒸し暑いパイロットスーツを着ているのにも関わらず、ロメオの身体全体に悪寒が走った。そんな彼の生理現象をAIがパイロットスーツ越しに感知し、コクピット内の空調を温かくする。

 

「このクソAIが、空調を元に戻せ。オペレーター、ミステリーは何処に居る」

 

「ミステリー、16号線を経由して市内中央へ。進行ルートから、コマンダー1、2に向かっている模様」

 

「こちらコマンダー1よりレイヴン1へ。敵ACがこちらに向かっている。至急、護衛を要請」

 

「コマンダー2、セクション156で駐留している部隊に援護を要請」

 

 めぐるましく状況が変わっていく中、ミステリーがこちらに向かっていないのを確認して、ロメオのACは一旦、その場で制止する。

 

「コマンダー1、2との距離は北西の四五〇〇」

 

 こちらの心境を悟ったのか、オペレーターが距離を報告。それを聞いたロメオは、ACを再び輸送車両部隊の方向へ転換。

 場所、環状線に連なったジャンクション。付近に障害物は無し。

 

「指揮通信車はもう駄目だ。輸送車両部隊と合流して、本来の任務を遂行する」

 

 状況に応じて、最適な行動を取る。それがロメオのポリシーだった。

 ネームレスがコマンダー各車を襲撃している間に、輸送車両部隊は北カーゴへ到着。それと同時にロメオも乗り込み、このセクションから退避。

 ネームレスと交戦する必要は全くない。依頼を達成し、無事に帰還する。

 

 絶対にネームレスとの交戦は回避する。

 ロメオは額の汗を手で拭い終えると、操縦桿を強く握った。

 

「北カーゴ到着まで残り五分。ミステリー、市内中央区へ到達。コマンダーとの会敵予想時刻三分」

 

 ロメオのACは輸送車両へ到達すると、オペレーターが北カーゴへの到達時間やミステリーの現在地を報告。

 少なくとも、ネームレスは近場に滞在している敵を攻撃している節を感じていた。

 

 もちろん、本来の作戦目標である輸送車両部隊は失念していないはず。指揮通信車を先に潰すことによって、増援の可能性を潰している、とロメオは思っていた。

 

 AC三機を十数秒で壊滅させていることから、指揮通信車と護衛のACを破壊して、こちらに向かってきても、お釣りが出てくる。

 こちらが出来ることは、少なく見積もっても二分間、ネームレスと交戦し生存すること――ではなかった。

 

「北カーゴのシステムにアクセス完了。そちらのACにコードを転送。赤外線通信で、カーゴの操作が可能です」

 

 オペレーターからの通信を聞いて、ロメオはこの場から脱出できる算段を付けられたことに安堵する。

 北カーゴの操作は、現地部隊でしか操作できない。しかし、オペレーターがレイヴンとクライアントにおける作戦規定を盾に、いわゆる「言い様に」交渉してくれたおかげでアクセスできるようになった。

 

 クレスト社との信頼関係に軋轢を生むかもしれないが、命あって物種。

 万が一、ネームレスが指揮通信車の破壊に手間取れば、一台でも無事に輸送車両を持って帰ってくることができる。齟齬は生じるが、一応の任務は達成。

 

「出来る限り輸送車両部隊の護衛をするが、当機の脱出を最優先に行動する」

 

 しかし、あくまでロメオは自身の身の安全が第一だと考える。

 

「了解しました。ミステリー、残り三十秒で攻撃可能距離に到達――いや、進路を変更。OB(オーバード・ブースト)の可能性有り。そちらに向かっています。距離、七〇〇〇」

 

 オペレーターが報告している間に、ロメオのACが搭載しているレーダーに敵反応を示す赤い三角形のマークが出現した。

 ロメオはその報告を聞いた瞬間に、ジャンクションから退避した。彼のACは道路から飛び出し、約十メートルの高さから落下。

 複雑に入り組んだジャンクションの高架下へ隠れるように、ブースターを駆動。

 直後、レーダーが「高熱源接近」を示すアラームをコクピットに響かせる。同時に、直上で移動していた輸送車両部隊の反応が立て続けに消失した。

 

「輸送車両部隊、壊滅しました。任務失敗。ミステリー、なおも接近。距離五〇〇〇」

 

「先にこっちを潰すつもりか――」

 

 恐らく、レーザーキャノンによる砲撃で輸送車両部隊は壊滅。作戦目標を達成したのに関わらず、こちらに向かってくるネームレスに、ロメオは舌打ちを鳴らした瞬間だった。

 

「緊急。ミステリー、強化ACの可能性有り。OBを使用しながらレーザーキャノンによる砲撃を確認」

 

 ロメオがオペレーターからの通信を理解するよりも早く、彼のACの頭部レーダーがミステリーの熱源反応を確認。

 レーダーの索敵範囲は、最大二〇〇〇メートル。ミステリーは交戦距離に到達。

 

「ミステリー、距離一〇〇〇」

 

 オペレーターの報告と同時に、ロメオはミステリーの熱源反応が既に一〇〇〇メートル地点に到達していたことに気付く。

 刹那、破裂音のような砲声が轟いた。

 

 ロメオのACは高架下の柱を転々としながら、後退。その最中、一発の砲弾が数秒前まで隠れていた柱に直撃。等間隔で、ロメオのACの周辺に着弾した。

 ロメオのACは反撃を一切せず、後退。だが砲撃の精度は正確で、常に彼のACを追っているかのように放たれていた。

 レーザー照射に伴うロックオン感知は無し。目視、あるいは複雑に入り組んだジャンクション下の地形を把握し、こちらの位置を予測したマニュアル射撃。

 

「強化ACだと、ふざけるな。奴はルーキーだぞ」

 

 強化AC――「特別なオプショナルパーツ」と調整をすることによって、有脚部による移動中のキャノン系武器発射や各種出力関係の削減などを可能としたAC。

 主にトップランカーや、「レイヤード騒乱」で流出した「特別なオプショナルパーツ」を所有している「古参」が多い。

 数か月前にレイヴンへなった新人が持っているはずでない。ロメオは焦燥に駆られた。

 

「先程の砲撃は、背部リニアキャノンによるものだと確認。移動をしつつ――」

 

「もういい。そっちで北カーゴのゲートは解放できるか」

 

「アクセスは完了しております」

 

 オペレーターの返答を聞いたロメオは、一度も引くことが出来なかったトリガーボタンを力いっぱい引いた。

 直後、彼のACはFCS(火器管制システム)でミステリーをロックオンしていないのにも関わらず、右手に装備された四五ミリメートル対ACライフルを乱射。

 

 ネームレスほどの射撃精度は無いにしても、こちらが慌てて応射してきたと思わせることが大事だった。

 一方、ミステリーは距離を詰めている。それに伴い、リニアキャノンの射撃精度も正確になっていた。ロメオのACから十数メートル離れた地面に、いくつかが着弾。

 

「距離八五〇。ミステリー、ロックオン感知。目標をマーク。ビーコンを設置」

 

 オペレーターがミステリーの現在位置をリアルタイムで報告し、HUDにビーコンを設置した。

 方角、北西。距離八二〇。レーザー照射、確認。ロックオン警告。

 

 FCSによる予測射撃補正も加わり、ロメオのACが遮蔽物にしている高架下の柱にいくつかの砲弾が直撃。

 ロメオは慌てて別の柱へ身を隠そうと移動をするが、ミステリーからの砲撃がそれを遮る。釘付けになった状態で、ロメオのACは柱の陰に待機せざるを得なかった。

 

「距離五〇〇」

 

 柱という盾が徐々に破損していく状況の中、着実に近づくミステリー。ロメオは左右へと慌ただしく動くミステリーの熱源反応を柱越しにロックオンしており、HUDで追っていた。

 背部に搭載された十連装ミサイルランチャーは射出準備を迎えているが、不定期にロック数が前後している。

 ミステリーはレーザー照射の解除パルスを搭載しており、ミサイルの最大射出数に到達するまで時間がかかっていた。

 

「オペレーター、北カーゴのゲートを解放しろ」

 

 ロメオはオペレーターに指示を出しながら、柱の陰から飛び出すようにACを後退。同時に、十連装ミサイルランチャーから立て続けに十基の小型ミサイル及び肩部エクステンションから四発の小型ミサイルが射出された。

 

 白煙を挙げながら、直進するミサイル群。飛び出したタイミングで、リニアキャノンの砲弾がロメオのACの右肩部へ直撃。

 それでも、ロメオのACは機体制御を行う。機体各所のスラスターと背部に埋め込まれたメインブースターを器用に使って、後退し続ける。

 

「右肩部、中破。エネルギー供給率が低下」

 

「AI、ダメージコントロール。エクステンション、パージ」

 

 AIからの報告にロメオは冷静に音声ガイドによるダメージコントロールを命令。同時に、二次災害の恐れ――誘爆の危険性を孕んだエクステンションをロメオはパージする。

 発射したミサイル群は、高架下の柱に直撃することはあったが、その大半がミステリーへと向かって行く。

 

 デコイやコア搭載の迎撃機銃による対策はあるにしても、ミステリーは後退しないといけない。上空への回避行動から、こちらに向かって行く可能性はゼロ。なぜなら、ここはジャンクションの真下。閉鎖空間故に、まず不可能。

 

「北カーゴ、解放しました」

 

 オペレーターからの通信を聞いて、ロメオは北カーゴとの距離を整理。距離は五〇〇メートル。一度、ジャンクションに上がって、そのまま直進。時間にして十数秒。

 この十数秒間、全神経を研ぎ澄ませて北カーゴへ向かう。それで任務が完了する。 

 

「ミステリー、接近。距離四〇〇」

 

 ロメオがそう思った瞬間だった。オペレーターからの通信と同時に、無数の砲弾がモニターの前に映った。それらはまず、ミサイル群を瞬く間に撃ち落とし、高架下の柱を一瞬の内に蜂の巣のように仕立て上げられる。

 ミステリーが装備している、腕部武装のマシンガンからの砲撃。ロメオのACにもその「おこぼれ」が襲い掛かった。

 

「機体、損傷軽微。影響無し」

 

「ミサイル、全て迎撃されました。ミステリー、接近。距離三〇〇」

 

(高速接近するミサイルを撃ち落とすだと。距離を詰めてくるか)

 

 矢継ぎ早にAI、オペレーターからの報告が聞こえてくるが、ロメオの耳には入ってこない。

 ミステリーの動体反応とリンクしているロックオンマーカーが、障害物越しに揺れ動いている。HUDでそれを確認した彼は、目的を見失うことはしなかった。

 

「ミステリーとの距離を報告し続けろ」

 

 そのままブースターの出力を上げ、上空に。ジャンクションへ着地。その間に無数の砲弾が直撃。機体にダメージが蓄積し、AIが警告を促す。

 

「AI、背部兵装を全てパージ」

 

 マシンガンの流れ弾で、搭載しているミサイルランチャーとロケットランチャーに誘爆するリスクと、既に撤退に入っているため、不要となっている。

 ロメオのACは背部兵装をパージし、身軽になった。高架下で最接近――距離二〇〇メートルに到達したミステリーをロックオンし続けながら、両手に装備された対ACライフルとマシンガンを下に構える。

 

「北カーゴ、距離四〇〇」

 

 戦術的優位な位置を確保したが、予断は許されない。北カーゴまでのルートは、直進。ミステリーに対して向かい合わせになりながら、後退するだけで到着できる。

 

(奴はどこから仕掛ける)

 

 高架下、左右に飛び出さない限り、攻撃は不可能。

 

「ミステリー、距離を維持。二〇〇」

 

 ミステリーからのロックオンは未だ続いている。ロメオにとってそれは、ネームレスが何かを「仕掛けてくる」サインであることを分かっていた。

 一瞬でも気を緩めれば、仕掛けてくる。気を緩められない状況。

 

「尚も距離を維持」

 

 しかし北カーゴのゲートは直前に迫っていた。このままミステリーが北カーゴまで来たら?

 一瞬、悪夢のような事態を想定するが――ネームレスがこちらに執着する理由は無い。そのことが脳裏に過った瞬間、ふとロメオは気を緩めた。

 

 ほんの少し、気を緩めただけだった。操縦には全く問題が無かった。そんなロメオの心理状況を読み取ったかのように、目の前の道路が細長い緑の閃光によって破壊された。

 

「ミステリー、高架下からレーザーキャノンによる砲撃を開始」

 

 オペレーターが現状を報告する中、一定のリズムを刻みながら、レーザーキャノンがロメオのACの数メートル先から襲い掛かる。

 ロメオはまるでこちらの心理を透かしたネームレスの行動に、焦りが生まれた。それは操縦桿からACの挙動に伝わる。

 

(北カーゴまで残り二十秒。最大出力で行けば、十秒に)

 

 彼は最大出力で操縦桿のトリガーを引き絞る。それに伴い、ロメオのACは一気に加速。北カーゴまでに、ジェネレーターのレッドゾーン到達までは行かない。

 ネームレスからの砲撃も、急激な加速にFCSの演算処理も遅れる。

 だが、それは間違いだった。

 

「―――」

 

  まるでタイミングを見計らったかのように、直上から襲い掛かる衝撃と爆発音。コクピットの計器類が危険信号を示す赤色へ変化し、AIがアラームを鳴り響かせる。

 ロメオは機体に何が起こったのか理解できない。ただ、コンソールには彼のACが大きくバランスを崩して、転倒しようとしているのが分かった。

 

「左腕――大破」

 

 通信は正常だが、途切れ途切れに聞こえてしまうオペレーターからの報告に、ロメオはようやく理解する。

 こちらが速度を上げたタイミングを見計らって、レーザーキャノンによる狙撃。幸いにもコアブロックには直撃しなかった。

 

「AI、ダメージコントロール。オートからマニュアルへ操縦を切り替え」

 

 機体をより安定化させるため、複雑な操作を要するマニュアルモードにロメオは変更。彼は操縦桿とサイドスティック、そしてペダルを同時に操縦しながら、更にミステリーの動向を把握しようとした。

 

「ミステリー、正面。距離二〇〇。北カーゴまで残り十五秒」

 

 必然、というべきか。

 隙を突き、攻勢の機会を作り出し、膠着状態を打破したネームレスは詰めてきた。

 モニターには、はっきりとACと分かる物体が映りだしている。FCSは健気にもそれをロックオンしていた。

 

「腕部武装を全てパージ」

 

 ロメオの叫び声と同時に、彼のACは左手首に装着したレーザーブレードと右手に装備していた対ACライフルを放棄。ミステリーを撃退することは不可能であり、少しでも身軽になることをロメオは判断した。

 それと同じくして、ミステリーの両手に装備された<MWG-MGL/300>と<MWG-MG/FINGER>からの砲撃が始まった。

 

「各所の内部機構に異常発生。回避行動を推奨します」

 

 それは、一発の威力が微々たるものだったとしても、飽和と例えるべきおびただしい弾幕。モニターを覆い尽くす砲弾は、一瞬にしてロメオのACの装甲を危険領域に達する。

 

「ムーヴ・プリセット、フォー」

 

 AIからの忠告を無視し、正面から降り注がれる「雷雨」に対して、ロメオはあらかじめプリセットしていた、ある動作を起動させた。それに連動し、彼のACは両腕を使って、コアブロックの被弾を防ぐ。

 致命傷を防ぐロメオのACに対して、弾幕の密度が一瞬だけ薄くなった。

 

「そう来ると思ったよ」

 

 こちらの思惑通りに動いたネームレスに、ロメオは思わず笑った。

 

「ムーヴ・プリセット、ナイン」

 

 右腕部の<MWG-MG/FINGER>から背部兵装のリニアキャノンもしくはレーザーキャノンに切り替えたミステリーに対して、ロメオはある動作を叫んだ。

 

 同時に、前方のミステリーから緑色の閃光が放たれる。

 レーザーキャノン<MWC-LQ/15>から発射された高熱量弾は、真っすぐにロメオのACのコアブロックを貫こうとした。

 だが、ロメオのACは「対ショック姿勢」――極端な前屈みになることによって、コアブロックを狙った一撃を回避。頭部を、高熱量弾が飛来した。

 

「北カーゴ、残り一〇〇」

 

「AI、ゲートを閉めろ」

 

 機体各所のスラスターと、マニュアル操作による機体制御。スキージャンプのような不格好な姿勢だが、そのまま速度を維持したまま、北カーゴが目前に迫っていた。

 オペレーターからの報告と同時に、ロメオはAIにゲートの閉鎖を指示する。このままの速度を維持すれば、ゲートが閉鎖する寸前でロメオのACが進入できる。ミステリーによる追撃のリスクをゼロにした、リスクの高い「チキンレース」ということを彼は理解していた。

 

 一方のミステリーは、先程のレーザーキャノンでジェネレーターの容量が切迫しているのか、速度を低下。

 すぐにリニアキャンえ武装を切り替えようとするが、それよりも先にロメオのACはゲートに進入。その数秒後に、ゲートは閉鎖した。

 

「作戦領域離脱を確認。作戦中止。なおミステリーは反転し、前進しています」

 

「――了解だ」

 

 生き延びた。

 

 ロメオはそれを表現するために、安堵のため息をついた。直後、オペレーターから送られてきた映像がコンソールに表示されている。

 それには、OBを駆動しながら最後に残った指揮通信車とPAC部隊に迫ってくる紫色のAC――ミステリーが映っていた。

 

 クレスト社損害

 指揮通信車、二両。PAC、四機。カイノスEO/2、六機――壊滅。

 依頼を受諾したロメオのACは中破したが、作戦領域を離脱。撤退。 

 

 対するミステリーは無傷だった。

 

 

 

「今思うと、本当に生き延びたことが不思議でしょうがなかった。短時間で小隊規模のACとMTを壊滅させるレイヴンなんて、トップランカーレベルだ」

 

 R氏は一呼吸置くと、ため息をついた。

 

「あいつは紛れもなく、トップランカーレベルの実力を持ったレイヴンだ。が、アセンの知識は素人だな。あんなピーキーな機体構成、強化ACのおかげで動かしているようなものさ」

 

 そう言いながら、R氏は両肩を竦めると軽く笑った。

 

 

 

 現時点で判明したネームレスの情報。

 

 地球暦204年8月以前から活動を開始?

 強化AC「ミステリー」に搭乗。非常に扱いづらいアセンブルをしている模様。

 トップランカーレベルの実力を持っている。

 

 

 取材協力:R氏(レイヴン)及びグローバルコーテックス



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Second Mystery Report side BAIN

 筆者、ベイン・クロフォードは紛争ジャーナリストである。なぜ自分が紛争のことではなく、一人のレイヴンに焦点を当てた取材をするには理由があった。

 軍事企業ミラージュ社の基地にて、いつ終わるかも分からない紛争で疲弊している兵士たちの日常を取材しているときだった。

 

 突如、襲撃した一機のACによって、筆者が駐留していた軍事基地が壊滅した。

 筆者は同伴していたカメラマンと共に、なんとか生き延びた。もうお分かりかと思うが、そのACを操縦していたのは間違いなくネームレスだった。

 

 ここから先の映像コンテンツは、同伴していたカメラマン、シンジ・ムラカミが撮影した映像や生存者の証言及びACのシミュレーターソフトを基に、再現したものである。

 

 

 

 当時の状況。

 

 日時:地球歴204年9月1日。午前11時32分。

 場所:ミラージュ社軍事基地「コサイタス」

 備考:資源採掘地域「フロンティア」より二〇キロ地点の前線基地。ミラージュ社軍事部隊が駐留。戦力としては、PAC部隊及びMT部隊を主流とした機甲大隊を保有。

 

 筆者は基地中央部の兵舎にて、歩兵部隊の小隊長にインタビューしていたところから事が始まる。

 

「その時に負った傷が、ここさ。まぁ名誉の負傷ってことだな――」

 

「ボーダーラインに未確認勢力の侵入を確認。総員、第二種警戒態勢。繰り返す、第二種警戒態勢」

 

 クリスチーノ少尉のインタビューを、彼の個室で受けていたところだった。

 不安を煽るかのようなサイレンが鳴り響き、それに驚く自分とは対照的に、今まで温和な表情を浮かべていたクリスチーノ少尉の目つきが険しく変わった。

 

「少尉、アンノウン(未確認機)です」

 

 インタビューに同伴していた、クリスチーノ少尉の部下である曹長が、我々に悟られないように彼に耳打ちをした。

 

「曹長、記者たちをセーフゾーンへ。俺は部隊を集結させる」

 

「了解。ここは危険です、急いで付いて来てください」

 

 私は一瞬にして、ここが戦場と化したのを察した。無論、戦場ジャーナリストという経験上、パニックになることはない。私は曹長の指示に従い、セーフゾーンと呼ばれる場所へ誘導されることになった。

 その間、カメラマンのシンジ・ムラカミには「カメラを止めるな」と指示を出す。

 私とムラカミのやり取りを聞いていたのか、曹長は苛立った表情を見せながら、立ち止まってこちらに振り返った。

 

「緊急事態ですので、取材は――」

 

 曹長が撮影を止めようとした矢先だった。

 私たちが居た兵舎からちょうど、窓際から見える五十メートルほど離れた格納庫。それが、頭上から降り注ぐ一本の「光」に貫かれた。直後、内側から爆発。

 さらに周囲の兵舎に、真紅の閃光が襲い掛かった。それは瞬く間に兵舎を蜂の巣に仕立て上げると、遅れて「砲声」が鳴り響いた。

 

 爆発によって煽られた破片は、周囲の――私たちが居る兵舎に向かってくるのは明白だった。

 反射的に私とムラカミは、地べたに這いつくばる。無論、目の前に居た曹長もほぼ同時のタイミングで、身を屈めようとした。

 

「――」

 

 轟音、衝撃。

 意識を失いかけた私を、ムラカミが呼び戻す。

 

「ベイン、大丈夫か」

 

 ずっしりと圧し掛かる何かを払いのける、ムラカミの声が遠くから聞こえる。

 同時に、失っていた感覚が濁流のように押し寄せた。

 痛み、重み、耳鳴り――そして、ここが今、戦場になったということを実感した瞬間。

 

「しっかりしろ」

 

 身体が軽くなると同時に、ぼやけていた視界が徐々に晴れてきた。

 声が聞こえる方向に、視線を向ける。そこには、土埃で塗れたムラカミの顔があった。

 

「ここは危険だ、外に出よう」

 

 ムラカミに支えながら、薄らと聞こえてくるサイレンや砲声にようやく現実が戻ってきながら、私はぼそりと呟いた。

 

「カメラは無事か」

 

 

 

 元ミラージュ社ACパイロット、ルシールは神妙な面持ちで当時の様子を語ってくれた。

 

「コシュマールは『TYPE-008』と『TYPE-002』によって編成されたPAC部隊だ。六機編成で、ACパイロットは全員、未踏査地区紛争で何かしらの実戦経験を積んでいる。もちろん、俺もだ」

 

 やや呂律が回らない口調で、ルシールは震えた手で紙コップに入ったコーヒーを啜った。

 坊主頭に、筋骨隆々の肉体。身に着けているシャツの上からでも、その筋肉が浮かび上がっている。

 ルシールはミラージュ社を退職した後、民間警備会社に再就職。現在はシティガードとして、勤務している。未だ現役の風貌を醸し出しているが、ネームレスの話をしている間はその気迫は微塵も感じられなかった。

 

 状況説明。

 午前11時35分(ネームレスによるコサイタス強襲から三分が経過)

 部隊:ミラージュ社軍事PAC部隊「コシュマール」元所属ACパイロット「ルシール」

 状況補足:コサイタスから十キロ離れたエリアにて、コシュマールは哨戒任務を遂行。当該基地が所属不明のACによる襲撃を受け、急遽帰投命令が下される。

 

「哨戒中の全ユニットへ。即時帰投せよ。即時帰投せよ。緊急防衛戦闘の要あり」

 

「コサイタスは所属不明のACによる襲撃を受けており、現在も応戦中。基地の防衛戦力では敵ACの対処が極めて難しい。即時帰投せよ」

 

「――全機、通信は聞いたな。オートマティック操作によるルート移動は継続し、目的地をコサイタスに変更。ジェネレーター出力、六十パーセントまで使用許可。隊列を維持し、コサイタスへ帰投する」

 

 ルシールは部隊に指示を出しながら、すぐさまコサイタスへ帰投しようとしていた。

 帰投命令から五分後、コシュマールはコサイタスから五キロ圏内まで近づいたところで、通信が入った。

 

「哨戒中の全ユニットへ。敵ACは撤退した模様。繰り返す、敵ACは撤退した模様。帰投命令は継続。至急、帰投せよ」

 

「隊長、我が隊は十分後にコサイタスへ到着します。哨戒に出ている部隊からの通信を集約すると、我が隊はコサイタスに先着です。二分後にエキュロイユ及びルートルが到着予定」

 

 長距離偵察用レーダーを搭載した002式に搭乗しているジョルジュからの報告と同時に、ルシールは「了解」と返事した。

 ルシールが隊長を務めるコシュマールは、ジョルジュの偵察型TYPE-002を除ければ、最新鋭のPAC「TYPE-008」が支給されており、部隊の練度も申し分ない。

 しかし、コサイタスがものの数分で甚大な被害を出すこととなったレイヴンに、ルシールは底知れぬ違和感を覚えていた。

 

「ジョルジュ、敵ACが撤退した方角は報告されているか」

 

「コサイタス及び各方面から帰投している部隊からの通信が錯綜としており、情報の精査に遅れが生じております」

 

「不確定でもいい、何か情報はあるか」

 

「了解。敵機はECMメイカーを展開し、撤退した模様。北西方面及び北東、我々の進行ルートへ撤退したという報告が挙がっています。なお、北西方面にはエキュロイユのルートです。通信は繋げます」

 

 ジョルジュからの報告を聞き、ルシールは即断する。

 

「キュロイユに繋げてくれ。全機、敵ACと会敵する可能性がある。オートマティック操作からマニュアル操作へ移行。隊列はそのまま。レーダーに気を配れ」

 

 現状、コサイタス司令部の指揮系統は麻痺しており、各部隊による判断が任せされている。

 ジョルジュからの情報を基に、敵ACと接敵する可能性が考えられるコシュマールとキュロイユは連携が必要だとルシールは判断した。

 

 ルシールは操縦桿を握り締めると、コンソール上にキュロイユとの通信許可を求める通知が表示される。

 

「通信、繋げました。どうぞ」

 

「こちらコシュマール、隊長のルシールだ。応答を願う」

 

「コシュマール、こちらキュロイユ。隊長のベネリだ」

 

 キュロイユは、カイノスEO/2とTYPE-002による混成AC/MT小隊。その隊長であるベネリとは多少の面識があった。ベネリは先の未踏査地区紛争で、クレスト社によるミラージュ本社強襲事件に立ち会ったという経歴を持っている。

 

「敵ACの撤退した方角が、コシュマール及びキュロイユの進行ルートとこちらでは計算している。情報の精査は不十分だが、データリンクを求める」

 

「了解。コシュマールの指示に従う。データリンク、開始」

 

 ジョルジュのACを通じて、キュロイユとのデータリンクを同期させる通知がコンソールに表示。ルシールはすぐにデータリンク権限を許可した。

 コシュマール及びキュロイユとの距離、部隊数や詳細な機体の状況――それら全てが双方に共有される。

 

 ベネリ、他ACパイロットが操縦しているTYPE-002、計三機。MTパイロットが操縦している、カイノスEO/02三機の部隊編成。カイノスの速度に合わせているため、時速約70キロのペースでコサイタスに向かっている。

 なお、キュロイス周辺にIFF(敵味方識別装置)に反応する熱源反応無し。

 データリンクによって得られた情報を、ルシールは確認。

 

(キュロイユのルート上で敵ACと会敵した場合、こちらのOBによる巡航機動で即応できる。しかし、こちらのルート上で遭遇した場合、キュロイユは――)

 

 ルシールは想定している事態に備え、ベネリとの通信を行うことにした。

 

「こちらルシール。ベネリ、そちらのルート上で敵ACと会敵した場合、こちらはすぐに即応できるが――」

 

「こちら、ベネリ。分かっている。俺を含めたTYPE-002でそちらに即応する予定だ。随伴しているカイノスには、コサイタスへの急行を命令させている」

 

 ベネリはルシールの意向を汲んでいた。それを聞いたルシールは、少しだけ緊張の糸が解れたのか、鼻で笑う。

 

「すまない、ベネリ。それを聞いて安心したよ」

 

「旧式のTYPE-002、三機じゃ分が悪いかもしれないが――」

 

 それが、ベネリからの最後の通信だった。彼が話そうとした刹那、ノイズが走ると同時にデータリンクしているベネリのACの反応が消失。

 ルシールが驚きの余りに瞬きをしている間に、随伴している二機のTYPE-002からのデータリンクが消失。

 

「メーデー、メーデー。こちらキュロイユ、周辺の全ユニットに通達。遠距離からの砲撃を受けている。即時救援を求める」

 

 残存しているカイノスのパイロットから、緊急通信の発信。その間にも、カイノスからの反応消失。残り二機。

 

「キュロイユ、TYPE-002全機及びカイノス一機反応消失。高熱量弾による狙撃と断定――熱源反応感知。パターン赤、AC。方角西、キュロイユとの距離約五〇〇〇」

 

 ジョルジュが詳細な情報と、敵ACを感知したことを報告。

 

「敵ACはこちらの存在を認知しているか」

 

「キュロイユとのデータリンクが傍受されている場合、こちらを確認している可能性が非常に高いです」

 

 敵ACに奇襲を仕掛けるプランを実行しようとしたが、ルシールはジョルジュからの報告を聞いて断念する。

 

「全機、キュロイユの救援に向かう。OBの使用を許可。AIによる最適路を計算し、ルート共有。ジョルジュはコサイタス及び全ユニットに現状を報告」

 

 数的有利を活かして、正攻法で行くしかない。ルシールはキュロイユと合流を第一とし、その間に救援へ駆けつける他部隊との合流を繰り返し、数的有利によって敵ACを撤退させる考えへ至った。

 

「ルート設定、完了。十五秒後、ポイント246にてOB巡航機動が終了」

 

 ルシールはキュロイユと合流するために、OBによる巡航機動を部隊に通告。その間に、AIが最適路を計算し、キュロイユから四キロ地点で巡航機動が終了すると報告した。

 

「ルート設定を開始。OBによるオート操作で、マークした地点へ向かう。カウントダウン開始」

 

 隊列を揃えるために、AIによる自動操縦を設定。そうでなくても、OBによる巡航機動は特別な技量や知識を要するため、殆どのACパイロットは自動操縦を推奨されている。

 

「3、2、1、OB駆動します」

 

 AIによるアナウンスと同時に、六機のPACはOBによる時速四〇〇キロを維持した巡航機動を開始。身体に襲い掛かるGにルシールは慣れてしまった痛みを感じた。

 キュロイユへの襲撃からOBによる即応行動開始。約一分間の出来事。その間に、残存しているキュロイユのカイノス部隊は一機となっていた。

 

「ジョルジュは敵熱源反応を監視。ECMジャマーの使用が考えられる。常に動きを報告。現状はどうなっている」

 

 ルシールはコシュマール周辺のレーダーを確認しながら、敵ACの状況をジョルジュに一任。

 

「敵AC、キュロイユに接近中。距離三〇〇〇。残存しているカイノス、コールサインはブラボー1-2。回避行動を続けています」

 

「ブラボー1-2に、こちらと合流するように通信を」

 

 残存している味方を見捨てるわけにはいかない。ルシールは焦る気持ちを抑えながら、操縦桿を強く握り締めた。

 

「ポイント246まで残り五秒」

 

「目的地到達後は、フォーメーションDに移行し交戦開始」

 

 AIが設定したルートに到達することを報告。その通信を聞きながら、ルシールは部隊に交戦後の指示を伝える。

 モニター上には、エキュロイユの部隊のものだと思われる、黒煙が点在するように靡いていた。

 

「敵ACよりECMジャマー反応。エキュロイユを含む、周囲三〇〇〇メートルにジャミングが発生。カウンターECM起動。ジャマー除去まで十秒」

 

「ポイント到達。OB、駆動停止」

 

 想定通りの敵ACの動きに、ルシールは動揺しない。同時に、目的地へ到達したことをAIは報告した。

 一斉に散開しながらも、コシュマールは互いの距離を二〇〇メートルに維持したフォーメーションDの陣形を構築。

 ルシールはジョルジュのPACと共に、後衛へ。残る四機のPACはエキュロイユのブラボー1-2と合流するために、前進。

 

「ノイズキャンセリング(NC)通信を開始。ブラボー1-2とのデータリンク開始」

 

 ジョルジュの報告と共に、ECM下の影響を受けないNC通信によるデータリンクが開始。しかし、ブラボー1-2からの通信が来ない。

 

「こちらコシュマール。ブラボー1-2、現状を報告しろ」

 

 レーダー上には、ブラボー1-2は感知されている。だが敵ACの熱源反応はデータ上ではカウントされているのに関わらずその所在が掴めなかった。

 ジョルジュはブラボー1-2からの返答を求めるが、帰ってこない。

 

「ECMジャマー指数がレベル5の可能性がある。確認しろ」

 

「ネガティー。ECMレベル3と確定。NC通信は良好」

 

 ジョルジュからの報告を余所に、先行しているPAC、ドルリュー機が敵ACにロックオンされていることを告げるアラームが鳴り響いた。

 ドルリューは急いで回避行動を取ろうとするが、爆発が鳴り響く。同時に、彼とのデータリンクが消失した。

 突然の事態だが、コシュマールは隊列を維持。しかし、パイロット間での動揺が波紋のように広がった。

 

「攻撃だと。どこからだ」

 

「レーザー照射、距離三〇〇〇。ブラボー1-2から――違う、敵ACはブラボー1-2を盾にしています」

 

 ドルリュー機に次いで、先行しているバルビゼからの報告と同時に望遠カメラによる映像がコンソール上で表示された。

 距離三〇〇〇、棒立ちしているブラボー1-2のカイノス。その後ろに、一機のACが見え隠れしていた。

 

 しかしその映像は、すぐに途切れる。バルビゼからのデータリンク消失。

 

「後退、後退しろ。各機、散開」

 

 どうやって敵ACがブラボー1-2の反応を欺瞞していたかの精査よりも、ルシールは部隊に後退を促す。ECMジャミングが除去され、ブラボー1-2の反応が消失するのと同時に、爆発音が鳴り響く。

 刻一刻と状況が変化し、ジョルジュがそれを報告する。ルシールは無意識にそれに対する返答を送りながら、操縦桿を慌しく動かしていた。

 

 自身の生存を第一とする本能が、そうさせていた。

 なぜなら、敵ACは強化仕様だったからだ。

 

(敵ACのスキャン完了。移動しながらの、レーザーキャノンの使用を確認。強化仕様です)

 

 数分前の、ジョルジュからの報告が耳の中にこびりついている。

 特殊なデバイスを埋め込むことによって、ACの各種リミッターを解除した強化仕様AC。それならまだしも、パイロット――レイヴン自身に特殊な手術を施し、ACに適合させる技術。

 強化人間。その可能性が大いにあった。

 眉唾話ではない。現に敵対するACは、コサイタスという軍事基地を陥落させていた。

 

 ジョルジュが思考を張り巡らせている間に、既に前衛のジスカールとラクルテルからの反応は消失。残存するのは、ジョルジュと自分だけになった。が、その時には、コシュマールからの通信に駆けつけた友軍の部隊が合流していた。

 

 PAC部隊、混成機甲部隊、更にはミラージュ本社から要請を受けたレイヴン――それら全てを、敵ACは「破壊」した。

 

 レーザーキャノンで数キロ先から狙撃し、それでも仕留められなかったのをリニアガンで砲撃。肉薄するPACに対して、両手に装備されたマシンガンで文字通り蜂の巣にする。

 味方からの、砲撃やミサイルによる攻撃は、まるで戦闘機のような機動で回避。

 

 操縦の大半をAIによるオートマティック操作で任せている、ACパイロットでは出来ないことだった。

 並大抵のレイヴンでも、この敵ACの機動は出来ないと断定できる。

 その時、ルシールは確信した。このACのパイロット――レイヴンは強化人間だと。

 紫色に塗装された中量二脚ACに、ルシールは恐怖を通り越した感情を抱いた。

 

 

 

状況報告。

 

 損害:通常のAC一機、PAC及びMT部隊、損害過多。コサイタスが保有する機甲部隊の三分の一が大破として認められた。

 備考:ルシールは独断で撤退した責を取られ、ミラージュ社軍規違反として懲戒解雇を受ける。

 追記:ミラージュ社に雇用され、破壊されたACのブラックボックスから、コサイタスを襲撃したACのスキャンデータが確認された。

 ACネーム:ミステリー。

 レイヴンネーム:ネームレス。

 

 

 

「当時の現場検証で、ネームレスは残存したブラボー1-2のパイロットだけを殺害したんだ。恐らく、コクピットだけを狙ってマシンガンで狙撃したんだろう。カイノスを盾にし、その熱源反応を自身の熱源反応に重ねた。当時の熱感知レーダー技術の、裏を掻いた戦術だ」

 

 自慢げに語るルシールだったが、その目は恐怖に駆られているようだった。

 

「あんたも、あの場に居合わせたのなら分かるだろう。あいつは、一体何者だろうってな」

 

 一呼吸突きながら、ルシールは椅子に背中を預ける。天井に吊り下げられた、間接照明をしばらくの間、見つめていた。

 

「レイヴンの恐ろしさは俺も知っている。だが、ネームレスは別格だ」

 

「たった一機で軍事基地を壊滅させた。文字通りだよ。ただのレイヴンじゃそんなことできない。軍事ニュースでも、滅多に聞かない文面だ」

 

「ああ、そうかもしれないな。たまに『聞くかもしれない』文面だ。だが俺やあんたは、そいつに出会ってしまった」

 

「俺は今でも悪夢にうなされるよ。あんたはどうだ」

 

 私は、今でもそれを尋ねてきたルシールの顔を忘れることはできない。

 恐怖を通り越して、まるで「憧れ」を感じられる瞳で話しかけてきたルシールの表情は、不気味だった。

 

 

 現時点で判明したネームレスの情報。

 

 地球暦204年8月以前から活動を開始。

 その一か月後に、筆者ベインが取材していたミラージュ軍事基地を強襲。

 強化AC「ミステリー」に搭乗。非常に扱いづらいアセンブルをしている模様。

 暫定的だが、ネームレスに強化人間の可能性が浮上。

 

 

 

 取材協力:ルシール氏及びグローバルコーテックス、ミラージュ社。

 

 追記。

 

 ルシールはインタビュー後、民間警備会社を退職し、レイヴンとして活動。

 企業間紛争が激化しているエリアでの依頼を受け続けていた。彼を知るレイヴンは皆、「何者」かに会うかのように、激戦区へ赴いていたとのこと。

 地球歴207年12月20日、作戦遂行中に戦死が確認された。

 

 

 

 To Next Mystery Report side OPERATOR

 

 




 Mystery Report side OPERATOR



 状況説明。

 日時:地球歴205年2月12日
 
 ジャーナリストの仕事と並行しているネームレスの取材は、難航していた。
 筆者は単刀直入に、ネームレスを担当していたオペレーターへの取材を申し込むため、傭兵斡旋企業「グローバルコーテックス」へアポを申し込んだ。しかしながら、守秘義務のため、取材の方は門前払いされてしまう。
 
 暗礁に乗り上げた取材だったが、私はあるレイヴンに取材を申し込んだ。
 それは、アリーナという舞台で、ネームレスと戦ったことがあるという一人のレイヴン。

 エクレールと名乗る人物だった。
 


 To Next Mystery Report side ECLAIR


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ThirdMystery Report side ECLAIR

 地球歴205年3月1日から3月15日。

 

 ネームレスがアリーナに参戦し、登録を抹消するまでの日付である。

 3月15日以降、アリーナの登録を抹消したネームレスは戦場からも消え去った。以後、ネームレスに関する交戦、目撃証言、その他関する記録は一切見つかっていない。

 

 筆者、ベインがその事実に気づいたのは、地球歴205年4月1日のことだった。まるで嵐が過ぎ去ったかのように、ネームレスに関する情報が途絶えてしまう。

 

 不審に思った私は、ネームレスに関する情報を、それこそ虚偽が混じったものまで徹底的に調べ上げた。しかし、彼に関する「生きた」情報は何一つ出てこなかった。もしかして、ネームレスは人知れず戦場で命を落としてしまったのではないかと、思ってしまう程に。

 そんな私の不安を拭うかのように、ネームレスが参加したとされるアリーナの情報を入手した。

 

 彼あるいは彼女が参加したとされる、十試合のアリーナバトルのログ。

 そもそもネームレスの試合は、興行的な意味合いが強いアリーナバトルの中で、その試合内容は一般市民には閲覧できないようにされていた。

 それは決して珍しいことではない。ネームレスのような「企業間紛争」に参加しているレイヴンは、市民感情もあり、同業者であるレイヴンや軍事企業のみしか試合を閲覧できないようになっている。

 

 ネームレスがどの相手と対戦したのか、試合の映像も含めて非公開となっていた。

 しかしその結果だけは、確認できた。

 十試合中十勝--つまり、ネームレスは噂通りの実力を持っていたことが証明された。

 

 だがその情報しか得られず、暗礁に乗り上げた取材だったが、私はあるレイヴンとのコンタクトが取れた。

 

 彼女の名は、エクレール。

 3月10日に、ネームレスとアリーナバトルを行った、アリーナランカー。彼女は、当時のアリーナバトルを語ってくれた。

 

 

 状況説明。

 

 日時:地球歴205年6月27日。13時00分。

 場所:某地下都市某所。

 人物:レイヴンネーム「エクレール」。欧亜ハーフ系女性。

 補足説明:エクレール氏との取材は、本来はビデオ通話を予定していた。しかし筆者、ベインの事情により、私のみ音声通話に急遽変更された。

 

 

「エクレールです。よろしく」

 

 切れ長の瞳は、欧州系の。肩まで伸びる艶やかな黒髪は、亜系の。まさしくハーフという言葉がよく似合う女性だった。今まで出会ってきたレイヴンの中で、どことなく「それらしくない」風格。

 しかし、彼女から漂う「レイヴン」としての匂いは、端麗な容姿から見え隠れしていた。

 

 レイヴンランク:Bランク(取材当時)

 ACネーム:ラファール。

 

 女性レイヴンでは珍しく、接近戦を得意とする。

 ゆらゆらした動きは捉え所がなく、気を抜いた瞬間にデュアルブレードで切り捨てられてしまう。

 一見、単調な動きをしているようにしか見えないため、

 彼女の本当の恐ろしさは、戦った者にしか理解できないだろう。

 

 現役のランカーレイヴンとの取材はこれが初めてではなかったが、エクレールとの対談は今まで一番緊張した。それは、彼女があの未踏査地区紛争を経験し、生存したレイヴンのもある。

 

 私は不躾ながらも、未踏査地区紛争のことを彼女に少しだけ取材し、本題へ入ることとなった。

 

「ネームレス、『彼女』とは一度だけの対戦でしたが――噂通りの人物でしたね」

 

 エクレールはネームレスのことを、はっきりと「彼女」――つまり女性だと言い切った。

 その言葉の真実を、私は聞くことなる。

 

  ここから先の映像コンテンツは、エクレール氏の証言を基に、ACのシミュレーターソフトで再現したものである

 

 

 

 状況説明。

 

 日時:地球歴205年3月10日。12時15分。

 場所:グローバルコーテックス管轄エリア「TROPICAL FOREST」

 対戦:エクレール対ネームレス(ランキングアリーナバトル)

 備考:ネームレスはアリーナ登録から9日で、ランクE-21(当時の最低ランキング)から、B-3まで上げている。当時、アリーナランクB-1のエクレールにとって、ネームレスとの対戦は「降格」もありうることだった。

 

 エクレールは深く深呼吸を繰り返しながら、両手の指を組んでいた。暗闇の中、彼女は「禅」と呼ばれている、一瞬の瞑想法を取り組んでいた。

 血筋に刻まれた、東洋の行い。エクレールは出撃前、どんな時でも禅をおろそかにすることはなかった。

 

 心を無にして、一切の邪念を払う。それは、スタンバイモードに移行し必要最低限の動力を駆動させているAC「ラファール」の、ジェネレーターの音さえも聞こえてこない。

 彼女の耳に入ってくるのは、自身の呼吸のみ。

 

「試合開始まで、残り五分です」

 

 エクレールは指を組むのを止めて、コントロールスティックを握るのと同時に通信が入った。

 担当オペレーターから、アリーナの対戦開始が迫っていることを告げてきた。無論、オペレーターもエクレールのルーティン――禅については理解している。彼女の禅が終わるタイミングをあらかじめ把握していた。

 

「了解した」

 

「それでは、失礼致します。ご武運を」

 

 必要最低限の報告を済ませて、オペレーターからの通信が終了する。エクレールは膝上に設置された、9インチサイズのコンソールモニターに左手の指を使って、操作する。

 

「メインシステム、戦闘モードへ移行します。パイロット保護プログラムは正常に作動中。試合開始まで、操縦系統システムをハイバネーション中」

 

 AIが、アリーナバトルにおけるパイロット保護プログラムが正常に動作されていることをアナウンスする。遠隔操作によって、試合開始までラファールの操縦は完全にロックされている。

 同時に、エクレールの上下左右を衝撃が走った。同時に、彼女の周囲を囲っていた計器類に通電がされ、一斉に光る。

 彼女が今、コクピットシートに座っており、上半身をベルトで拘束されていること。多種多様な計器類に囲まれている、見慣れた光景が照らされる。

 

「ノイズキャンセリング、作動。システム、正常に稼働」

 

 彼女が装着しているHMD内蔵型ヘッドセットから、ラファールの耳障りな駆動音が一瞬にして聞こえなくなる。無論、聴覚による補助が必要とされる各種操作に差し支えがないように、エクレールはノイズキャンセリングの設定をしている。

 

 目の前に設置された大型モニターから、外の様子が映し出された。全長8メートルのラファールと同じ高さか、あるいはそれ以下の生い茂った木々。気候によるものか、霧が漂っている。

 

 挑戦される側である、エクレールが指定したエリア「TROPICAL FOREST」は、彼女にとって戦いやすい場所だった。

 一帯を覆う霧によって、ラファールの軌道を捉えることを困難とし、さらに、生い茂る木々は、ACの動きを阻害させる。無論、エクレールはこのエリアの地形は網羅しており、スムーズにラファールを操縦できた。

 

(しかし、相手はあのネームレス。こちらが有利な環境に設定したとはいえ、油断はできない)

 

 地の利はこちら。しかし、油断はできない。

 現にネームレスはアリーナに参戦してから、僅か一週間ほどでランクBに到達。その実力は並大抵のものではなく、もし今回の試合でエクレールが負けることになれば、ランクAに昇格。晴れてトップランカー入り。

 

 無論、そんなことをさせるつもりはない。

 ベテランランカーとしての意地と、もう一度、あの「レイヴン」に挑戦するために、ここで負けるわけにはいかない。

 

「これよりアリーナバトルを開始します。十秒後に、操縦系統システムのハイバネーション解除」

 

 AIからのアナウンスが、コクピットに響く。逸る気持ちを抑えながら、操縦桿をエクレールは強く握りしめる。

 

「レディゴー」

 

 戦闘開始を告げるアナウンスとともに、ラファールは右方向へブースト移動を開始。同時に、エクステンションに装備された「MEST-MX/CROW」を起動した。

 データリンクされた兵器でなければ、FCS及び対ステルスされていない索敵レーダーから完全に「消える」ことができる。明確なジャマーとしての反応は全く、ネームレス側は目視による確認しなければ、エクレールがアクティヴステルスを使用したという確証を得られない。

 

「右方約二〇メートルに、高エネルギー反応飛来」

 

「早いな」

 

 しかし、移動するラファールに向かって熱源反応が飛来したことをAIが警告。幸いにも飛来物はエクレールから二〇メートル付近を通過。消失。

 

「イベントを録画しました」

 

「ラファール、再生しろ」

 

 熱源の急接近に伴う、イベント記録をラファールのサブカメラが録画したことをAIが知らせる。エクレールは手前に設置されたコンソールで、映像を確認した。

 ラファールの脇を横切る、一筋の光弾――間違いなく、レーザーキャノンによる砲撃だった。

 

 密林地帯という、視界不良の地形の中。さらに、アクティヴステルスを起動し、機動力を生かした攪乱行動を取るラファールの動きを捉えた一撃。

 エクレールは慌てることなく、操縦桿を忙しく動かす。

 

(ミステリーは、強化AC。そのため、対ステルスセンサーを追加搭載。私の動きは、レーダー上のみ把握済み。想定内だ)

 

 相手のアセンブルは把握済みで、このアクティブステルスもミステリーのFCSを阻害するのみ。それすらも無意味だと錯覚してしまう、ネームレスの「揺さぶり」にエクレールは飲み込まれなかった。

 ミステリーとの距離、二〇〇〇メートル。対角線上の方角。近距離戦に接近した瞬間、アクティヴステルスは停止。約数秒間のリチャージに入る。

 

「レーザー照射。ロックオン警告」

 

 ミステリーがこちらを捕捉したことを、AIが報告。コクピットに、警告アラームが鳴り響く。

 エクレールは変則的な回避行動をしながら、ミステリーが居る方角から砲声と同時に、オレンジ色に輝く弾頭が木々をなぎ倒しながら接近。

 

 背部リニアガンによる砲撃。等間隔で発射される砲弾に対して、ラファールは一発たりとも直撃を受けずに、回避。ミステリーとの距離一五〇〇メートル。

 エクレールは、ラファールの背部に搭載された小型ロケットランチャー「CWR-S50」に武装を切り替える。メインモニターに照準ガイドが表示されると、エクレールは右手で握っているコントロールスティックの、親指に当たっている部分に設けられたスティックバーを器用に回した。

 スティックの動きと連動して、照準ガイドを設定しトリガーを引く。

 

 ドン、ドン、ドン、とノイズキャンセリングによる補正がかかった砲声が鳴り響き、無誘導の砲弾が発射。

 時速二〇〇キロ後半で移動するミステリーを相手に、それも視界不良な密林地帯での目視射撃。

 

 数秒後、小規模な爆発音を遠方で感知したのか、HMD越しに限りなくそれに近い合成された音が流れた。

 しかし、砲弾が木々や地面に直撃をしたものと明確に違う感覚をエクレールは察する。彼女はその感覚を信じるかのように、ラファールは回避行動などを一切せずにミステリーへ肉薄した。

 

 距離一二〇〇、九〇〇、六〇〇と接近するラファールに対して、ミステリーからの攻撃はぴたりと止んだ。エクレールの直感が証明されるかのように、生い茂った木々の隙間から黒煙が零れている。

 ラファールのAIが、五〇〇メートル先で動く物体を捕捉し、頭部カメラアイの倍率スコープとAIによるCG補正を実行。メインモニター上部に、ウィンドウが表示されるとそこには左腕部の肘から先が完全に大破し、黒煙を燻ぶらせるミステリーの機影を捉えた。

 

 ダメージコントロールをしているのか、ミステリーはラファールに対してFCSによるレーザー照射をしているものの、反撃してこない。しかし、近距離戦の間合いに入ってきたこちらに、ミステリーはダメージコントロールを中断。右手に装備された「MWG-MG/FINGER」から無数の砲弾を発射、応戦する。

 

 ラファールはその寸前に、「MEST-MX/CROW」を起動。

 FCSを介したロックオン射撃は途中で解除され、何発かの砲弾が命中した程度だった。残った砲弾は見当違いな方向へ飛来し、木々を切り裂き、なぎ倒す。

 ネームレスにトップランカー級の技量があったとしても、アクティブステルス中のラファールの軌道を目視射撃で命中させることは難しいことを証明させた。

 

 ラファールは一旦大きく後退した直後、迂回するように前進。緩急をつけた動き。そして、ゆらゆらと動く軌道に、ミステリーは射撃を中断。

 アクティブステルス、残り五秒。

 エクレール、コントロールスティックを握る左手の小指にあたる位置に設けられたサイドボタンを触れた。それは彼女の直感をラファールにより早く反応させるため、フェザータッチ仕様にカスタマイズされた――オーバード・ブーストの起動ボタンだった。

 

 通常のボタン感度との差はコンマという微々たるものだったが、エクレールにとってはそれが何よりも重要だった。

 

「オーバードブースト、レディ、ゴー」

 

 ラファールの音声ガイドと共に、コア背部に搭載されたオーバードブースターを駆動。

 AC用コアブロック――型式番号「MCL-SS/RAY」は、OB時の速度を追求したコア。その出力は仮に重武装を施した重量型ACでさえ、易々とマッハ0.5を越える速度で巡航機動が可能。

 

 軽量型のACであるラファールは通常のブースター移動時でも、それなりの速度を出せる。それに加えて、「MCL-SS/RAY」によるOB時の速度は――まさしく殺人的だった。

 

 突貫、という言葉が相応しい速度――マッハ0.8、時速八〇〇キロでミステリーに接近するラファール。

 同時に、アクティブステルスによって、どこから接近するのかも分からない。それはネームレスですら、エクレールの動向を捉えることができない。

 

 ミステリーは円形上に動くことで、周囲をカバーし、ラファールを迎撃しようとする。だがそれは、エクレールにとっては、ただの悪あがきに過ぎなかった。

 無意味な回避行動を取っているミステリーの背後。しかし、両肩部に装着されたサイドブースター「KEBT-TB-UN5」を作動。機体を90度方向に急速旋回、接近戦を仕掛けるラファールと向かい合う形になった。

 

 距離三〇〇メートル。ラファールはウェポンアーム(武器腕)と称される「KAW-SAMURAI2」をアクティヴにさせた。菱形の腕部の先端にエネルギー供給が開始。同時に、アクティヴステルスの駆動時間が終了する。

 

 対峙するラファールとミステリー。彼我の距離から、ラファールは格闘戦に持ち込めない。

 ミステリー、右手の「MWG-MG/FINGER」から砲弾を発射。おびただしい量の砲弾がラファールに直撃するが、数秒も経たないうちに弾切れを起こした。

 

「予想通り」

 

 弾切れを引き起こし、攻撃の手が緩んだミステリーにエクレールはほくそ笑んだ。

 

 ラファール、三〇ミリメートル砲弾の直撃を受けながらも、右腕部を袈裟切りの要領で振り払う。

「KAW-SAMURAI2」のブレードユニットから、紫色に輝く三日月状の光波が三方向へ射出。武装を切り替えようと回避行動に移ったミステリーのコアブロックに、光波が直撃した。

 

 エネルギーウェーブ(光波)。

 ブレード(刃)として形成されるエネルギー出力を、高熱量弾に変換する射出機能。「KAW-SAMURAI2」は通常のレーザーブレード機能のほかに、2種類のエネルギーウェーブを射出することが可能。

 ラファールは三方向へ低出力の光波を射出するモード2に切り替えており、いずれかの方向へ回避するミステリーの動向と上手く噛み合った。

 

 低出力とはいえ、その威力はミステリーのコアブロックに亀裂を刻んでおり、たまらずに後退。ラファールは手負いのミステリーを見逃すはずはなく、追撃する。

 後退するミステリーに対して、ラファールは一気に距離を詰める。

 一〇〇メートル。白兵戦の間合い。

 

 ミステリーは正面へ突貫するラファールに対して、背部兵装のレーザーキャノン「MWC-LQ/15」を展開。折り畳まれた細長い砲身が展開されると、ラファールに突きつけた。

 砲身の展開中を見計らって、ラファールはその場で、上空に向かって回避行動を取った。直後、「MWC-LQ/15」から青緑に輝くレーザー弾が空を切り裂く。

 

 上空で滞空するラファールに、ミステリーは後退をしながら距離を稼ぐ。

 アウェイ・ショット(引いて撃つ)。通称、引き撃ち。一定間隔の距離を維持しながら、射撃と後退移動を続ける戦法。

 多目的な武器の使用と立体的な機動力を持つACの強みを活かした戦術に対して、ラファールは不利な状況に追い込まれた。

 

(両手武器のマシンガンが無くなった以上、中遠距離での装備しかないミステリーは引き撃ちに頼らざるを得なくなる)

 

 ラファールの射撃兵装は、目視射撃によるロケットランチャー及びエネルギーウェーブ射出装置しか搭載されていない。中距離はともかく、遠距離戦になるとミステリーに軍配が上がる。

 

(それが最良の選択――いや、貴方はそれしか選ぶしかなかった)

 

 中近距離に対応するマシンガンが残っていれば、アクティヴステルスで攪乱するラファールの動きに対応しやすくなり、戦い方のパターンも増える。そうすれば、おのずと勝ち筋は増えていく。

 しかし、今のネームレスはラファールの有効射程外を維持しながら、キャノン兵装で狙撃するしか戦い方が限られた。

 

 上空のラファールはOBを駆動し、降下するように後退するミステリーへ再度、突貫。ミステリーはレーザーキャノンによる狙撃をせず、OBを駆動。強引にラファールとの距離を引き剥がそうとした。

 

 熾烈なドッグファイト。

 地上でのブースター移動から上空へと、そして地上に着地。

 アーマードコアだからこそできる、立体機動。お互いをけん制、あるいは一撃を叩き込もうと放たれる砲弾や高熱量弾が地上や上空を行き交う。

 

 ラファールとミステリー、両機は複雑な軌道をしながらも、決して被弾はしなかった。

 FCSの索敵外への退避、ロックオン機能を阻害する複雑な機動、あるいは、寸前のところで回避。

 

(追い詰めた)

 

 しかし、着実にエクレールはミステリーを追い込んだ。

 強化ACといえども、ジェネレーターに負担を強いるターンブースターやキャノン兵装を搭載している。一時的とはいえ、ジェネレーターの消費と供給が追い付かないタイミングがあった。

 その間、約数秒。ミステリーは地上での移動を余儀なくされる。機体を隠せるほどの障害物がない以上、その数秒という時間は無防備になる。

 

 そのタイミングをエクレールは狙っていた。そして、その瞬間を捉えた。

 地上でブースター移動を続けているラファール、これが最後となるアクティヴステルスを起動。

 対するミステリー、先ほどまでレーザーキャノンによる狙撃を続けていたが、ラファールがアクティヴステルスを起動すると、上空へ滞空行動に入った。

 

 ミステリーの動向を目視で確認し、エクレールはOBの駆動トリガーに触れた。

 エクレールの研ぎ澄まされた反射神経は、傍から見ればまるでネームレスの行動を予知していると錯覚するほどだった。

 

「もらった」

 

 エクレールは声を上げる。

 上り坂を駆け上がるような角度で滑空するラファールは、ミステリーの足元から接近。アクティヴステルスも起動されており、ネームレスがラファールに気づいたときには、彼我の距離は二十メートル――白兵戦の間合いだった。

 

 ミステリーは後退しようとするがブースターの推力が機体の滞空に使用されており、ラファールを引き剥がすほどの後退ができない。

 さらに言えば、OBによる離脱もジェネレーターの出力が滞空によるブースター出力に回されているため、駆動すらもできない。

 

 ラファール、両手のブレードユニットから、紫色に輝く刀身を形成。両腕を交差させながら、ミステリーに襲い掛かる。その動きと連動して、瞬発的にブースターが出力を上げた。

 二十メートルの距離から、一気にゼロ距離まで。紫色に輝くレーザーブレードの向かう先は、ミステリーのコアブロック。

 

 ミステリーは右足を上げながら、機体を宙返りさせる。咄嗟の判断、むしろあらかじめプリセットされた動きだった。その結果、レーザーブレードはミステリーの右足を切断する。

 

「悪あがきを」

 

 すんなりと勝たせてはくれないネームレスに、エクレールは苦笑いを浮かべながら、悪態を突く。

 右足を失ったミステリーは地上に向けて降下しながら、背部兵装のリニアガン「CWC-LIC/100」を乱射した。

 

 ラファールはOBによる滑空を続けており、難なくリニアガンの砲弾を回避しながら、ミステリーの降下地点を予想し、回り込むために距離を離した。

 

 右足が大破したミステリーは降下してもブースターによる機体の水平調整をしなければ、転倒し擱座判定を受ける。つまり、ジェネレーターがチャージング状態になった瞬間、ネームレスは負けてしまう。

 

(ジェネレーターの効率が最適化されている強化ACとはいえ、おおよそ四十秒が限界。虎の子のレーザーキャノンを打ってしまえば、二十秒を切る)

 

(アクティブステルスは使い切った。ここからが、勝負)

 

 エクレールは考えを張り巡らしながら、操縦桿を固く握った。

 残り三十五秒。

 ラファール、着地と同時にエクステンションの「MEST-MX/CROW」をパージ。先に降下したミステリーとの距離は一〇〇〇メートル。

 

 木々をなぎ倒しながら、ラファールに襲い掛かるリニアガンの砲弾。FCSによる照準補正も相まって、必中ともいうべき精度。しかし、ラファールは機体を機敏に揺らしながら、ブースターによる姿勢制御を行う。

 エクレールの繊細なマニュアル操作によって、鋼鉄の塊であるACが、ゆらゆらとした動きをしながら前進。

 その独特な機動は、FCSの照準補正に軽微な阻害効果を生んでおり、ラファールは砲弾を危なげなく回避した。

 

 残り二十五秒。

 距離五〇〇メートル。

 エクレールはけん制も兼ねて、背部兵装の小型ロケットランチャーに切り替えると、レーダー上で映っているミステリーの位置に向けて、トリガーを引いた。

 

 等間隔で発射される小型砲弾に対して、ミステリーは回避行動に専念するのか、砲撃を中断。

 その時、ミステリーはアリーナエリアの、領域外警告ラインまで追い込まれていた。

 これ以上、後退すればエリアオーバーで負ける。エクレールはそれを見越して、ネームレスを追い詰めていた。

 

 残り十五秒。

 距離三五〇メートル。

 カメラアイがミステリーの機影を捉えると、サブモニターに表示された。

 レーザーキャノンを展開し、こちらに突き付けながら、右へ迂回するように後退するミステリーの姿を見た瞬間、エクレールはOB駆動のトリガーに指先を触れた。

 

 残り十秒。

 距離二〇〇メートル。

 

(レーザーキャノンはブラフ。時間稼ぎ。これで決める)

 

 直撃すれば擱座判定は免れないレーザーキャノンに捉えられているが、ジェネレーターの供給が機体を維持するためのブースターで精一杯なのを、エクレールは見切っていた。

 OBによる巡航機動。

 何をしてくるかまだ未知数のネームレスを相手に、最短で決着をつける。

 

 残り八秒。

 距離五十メートル。

 目視でミステリーを確認。レーザーキャノンを撃つ気配はないだろうと確信したエクレールは、OBの駆動を停止。ブースター移動に切り替えるが、OB時の慣性が残っており、まるで滑り込むようにミステリーに肉薄した。

 

 残り六秒。

 距離三十メートル。

 耳障りなアラーム――領域外警告――にエクレールは全く気にしない。

 ラファール、レーザーブレードユニットを起動。右腕を横に振りかざす。斬撃には僅かに届かない距離だったが、円形上の光波が射出された。

 

 三方向へ射出する低出力のものではなく、通常のレーザーブレードと同程度の高出力で射出した光波。

 レーザーブレードによる格闘戦とみせかけた、エクレールのフェイント。

 円形状の光波は、まっすぐにミステリーのコアブロックに飛来。直撃する寸前で、ミステリーはターンブースターを起動。その場で半回転し、右腕を盾にした。

 

「悪あがきをするな」

 

 エクレールの怒号。後退するミステリーに追撃するラファール。

 

 残り数秒。

 距離十五メートル。

 満身創痍のミステリーは迂回するタイミングを逃し、バランスを崩しながらも後退。それに追撃するラファール。

 

 ブレードユニットの出力は通常のブレードに切り替えており、紫色の刀身が両腕に形成。

 ラファールはまるで宣告するかのように、ミステリーに見せびらかす。そして、両腕を交差させた。

 

 ブレードユニットの動きと連動して、ラファールの背部に搭載されたブースターが機体を押し出す。

 ミステリーは最後の力を振り絞るように、OBを駆動させる駆動音が鳴り響いた。

 

 右方向へ瞬発的に飛び出すミステリー。その動きは、ブレードによる斬撃を仕掛けたラファールを寸前で避ける。同時に、ジェネレーターの供給が途絶えてしまい、機体を維持することができず、滑り込むように転倒。

 

 エクレールはそれをコンソールで確認しながら、ミステリーを仕留め損なったラファールの操縦が遠隔操作によって一切の入力を受け付けなくなる。

 

 決着がついた証拠。

 エクレールは深呼吸するのと同時に、アリーナの進行AIからの通信が入った。

 

(勝者、エクレール)

 

「勝者、ネームレス。試合時間五分三十一秒。ラファールのエリアオーバーによる、判定勝ち」

 

 無機質なAIの音声が、コクピットに響いた。

 

 

「実力は私が上だった。これは間違いない。でも、ネームレスは一歩上手だった」

 

「正攻法で勝てないと確信し、領域外での戦闘。突っ込んでくる私をうまく躱して、エリアオーバー負けを誘った。悔しすぎて、数日間は何もする気が起きなかったです」

 

「私に勝ったネームレスは、そのままB-1に昇進。その後の動向は噂程度ですが、Aランクのトップランカーになったとか。確か、ベインさんがおっしゃっていたように、3月15日付近だったと思います」

 

 心なしか、今でも悔しそうな表情を浮かべるエクレールだった。筆者、ベインはネームレスについての新たな情報を手に入れることができたが、それよりも「彼女」というワードの意味を知りたかった。

 

「ネームレスのことをなぜ私が彼女、と呼ぶのか。それはあの試合が終わったときのことです」

 

 そんな私の心境を見透かしたかのように、エクレールは「彼女」についてのことを話し出した。

 

「その日のアリーナバトルは私とネームレス以外、組み込まれていませんでした。もちろん、出場ランカーの控室も、私たちしか利用しない」

 

「トラブル防止とアリーナの慣習のため、先にネームレスが控室を利用して、その後、私が利用すると――香水の匂いがあったのです」

 

 エクレールはそこで一呼吸入れると、半笑いを浮かべる。

 

「すみません。これだけで、ネームレスが女性だという証拠にはなりませんね」

 

「とんでもない。少しでもそういったネームレスに関する情報が欲しかったのですから――そろそろお時間ですので、最後に一つだけ聞いてもいいでしょうか」

 

「はい、どうぞ」

 

「エクレールさんにとって、ネームレスはもう一度、戦いたい相手でしょうか」

 

 私の質問に、エクレールは腕組みをしながら、しばらく黙り込む。

 数秒ほど経った後、彼女は口を開いた。

 

「正直に言うと、二度と戦いたくはありません」

 

「先程、述べたようにあの試合はネームレスの辛勝、でしょう。でもネームレスは、どこか私の『クセ』や他戦い方を観察しているようにも見えた」

 

「底が見えない不気味な感触。それを後から感じました」

 

 エクレールはゆっくりと息を吐きだしながら、顔を上げて――しばらく静止した。

 

「アリーナでも、戦場でも、ネームレスが行方知らずになって、私は安堵しています」

 

 

 

 現時点で判明したネームレスの情報。

 

 地球暦204年8月以前から活動を開始。

 204年9月1日、筆者ベインが取材していたミラージュ軍事基地を強襲。

 205年3月10日、アリーナバトルにて、エクレールに勝利。B-1に昇進後、Aランクに。

 その後、205年3月15日に消息を絶つ(トップランカーになったのを機に?)

 強化AC「ミステリー」に搭乗。非常に扱いづらいアセンブルをしている模様。

 また、アリーナバトルでは対戦相手のクセや戦術を収集している可能性?

 暫定的だが、ネームレスに強化人間の可能性が浮上。性別も女性とする要素がある。

 

 

 

 取材協力:エクレール氏及びグローバルコーテックス社。

 

 

 

 追記。

 

 エクレールはその後、アリーナのトップランカーとして活動を続けていたが、205年8月にレイヴンを引退している。

 彼女の戦い方は特にAC白兵戦の分野において評価が高く、現在はクレスト社の戦技教官という役職の下、同社のACパイロットを育成している。

 

 

 





 状況説明。

 日時:地球歴205年9月12日
 
 エクレールを取材したことによって得られた様々な情報。
 筆者、ベインはエクレールが言っていた「ある情報」に違和感を覚えた。その情報を基に、私はキサラギ社のAI分野で下請け事業で勤務していた人物に取材を申し込む。

 彼との話を聞いているうちに、私はネームレスについて、一つの確証を得ることができた。
 

 To Next Mystery Report side ARTIFICIAL INTELLIGENCE OFFICE


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Fourth Mystery Report side ARTIFICIAL INTELLIGENCE OFFICE

 前回、エクレールからの証言を整理した筆者、ベインは消息を絶ったネームレスへ近づく手がかりを得られた。

 得られた証言を基に、私はある「疑問」を抱いていた。その疑惑を確証にするため、ある人物とコンタクトを取った。

 

 キサラギ社関連グループ「カカシ総研」の元AI部門で勤務されていた、タナカ氏(仮名)。

 彼は未踏査地区紛争で問題視された、「軍事AI」の専門家でもあった。なぜ、私がAI分野のタナカ氏に取材を申し込んだのか。

 それは、ネームレスがAIという可能性があったからだ。

 

 

 

 状況説明。

 

 日時:地球歴205年9月12日14時20分。

 場所:オンライン通話。

 人物:タナカ氏(元カカシ総研AI部門軍事AI課部長)

 補足説明:「カカシ総研」は三大企業キサラギ社の関連グループの一つで、主に軍事AIを専門とする企業である。

 

 

 

「今日は取材に応じていただき、ありがとうございます。早速ですが、送信致しました資料のご確認はお済みでしょうか」

 

「ああ、確認している。実に興味深いし、ベインさんのその仮説は充分に立証できるかもしれない」

 

 タナカ氏は興味深い、といった口調で事前に渡していた資料――これまでのネームレスの動向及びACシミュレーターで再現したミステリーの戦闘に対して、肯定的な意見を述べた。

 

「ありがとうございます。私が思うに、ネームレスは未踏査地区紛争の元凶でもあったAI研究所と何か関係があると思っているのですが」

 

 レイヤード紛争以前から、MTの無人化は牛歩であるが進んでいたものの、複雑な操作を要求するACの無人化は時の支配者であった「管理者」を除き、三大企業ですら実用化に至らなかった。

 

 AI研究所。

 レイヤード紛争後に設立された研究機関。ネットワーク上での活動のみで、その実体を知るものは皆無であった。しかし、AI研究所は複雑な操作を要求されるACの無人化に成功し、そのプログラムを三大企業であるミラージュ、クレスト、キサラギに技術提供することによって、爆発的な技術革新と信頼を得ることとなる。

 私は、ネームレスがAI研究所に関係した人物あるいはプログラム、という仮定を立てていた。

 

「AI研究所は先の紛争で消滅されており、お尋ね者状態だ。地下に潜っても、三大企業が目を光らせている。その可能性については、限りなく少ないものだと思っている」

 

 タナカ氏は客観的な意見を淡々と述べた。無論、氏が述べる意見は全く持って正しい。

 AC/MTを問わず、AI機は現時点で三大企業でしか運用できていない。特にプログラム関係のメンテナンスは、専門スタッフが必要不可欠であり、その傾向は未踏査地区紛争以降根強く残っている。

 

「ACのAI運用については現時点で二つの手段しかない。一つは、あらかじめプログラミングされたプリセットと併用した『環境適応型』。ある程度、行動パターンが設定しやすい施設などで用いられるものだ」

 

「もう一つは、基幹AIを搭載したACを実戦やアリーナなどを経験することによって、ありとあらゆる環境に適応できる『自己学習型』。仮にネームレスがAIであるのなら、この自己学習型だと私は思う」

 

「なるほど。自己学習型ですか。殆どのAI搭載ACは、その自己学習型であるとお聞きしています」

 

「その通り。元々AI研究所から提供された学習型AIソフトを、『フォーミュラブレイン』と呼ばれる基幹AIとして三大企業が改良したものだ」

 

 フォーミュラブレイン。

 自己学習型基幹AIの通称。これを搭載したACは、レイヴン/パイロット搭乗時にその時の行動・制御・結果(フォーミュラ)を集約し、思考学習(ブレイン)する。

 ありとあらゆる環境において適応できる柔軟な行動パターンや、AIならではの正確無比な射撃及び操作技術などが特徴されるが、その領域に達するには「気が遠くなるほどの自己学習」が必要とされる。

 

「ネームレスのような動きができるAI機は、作れることは容易ではないが可能だ。トップランカーを対象に、アリーナバトルをしていたのというのも、その説を立証するのに充分だ。しかし、個人的見解を述べるとすれば三大企業のいずれかが関わっている可能性が非常に高い」

 

「AI研究所ではなく、三大企業、と」

 

「先の紛争の発端であるAI研究所が絡んでいると思いたくなるが、確証に至るのには達していない。AI機の学習及び保有する資金面や設備メンテナンスなどを考慮した結果だ」

 

「ネームレスが傭兵斡旋企業にレイヴンとして活動している以上、自社にも被害が及んでいます」

 

 私は、ネームレスが企業間紛争に絡んでいる点を述べた。

 ネームレスはミラージュ、クレスト、キサラギ、三大企業の依頼を受けており、どの企業も完膚なきまで軍事基地、施設、保有する兵力――甚大な被害を受けている。

 特定の企業に肩入れをされておらず、仮にどちらかの企業がバックアップしているにしても、それをカモフラージュにするには尋常でない自演をしていた。

 

「問題はそこだ。ベイン氏の資料の通り、ネームレスによる企業間紛争への参加によってスポンサー候補である三大企業は手痛い被害を受けている。そうなると、やはりネームレスというのはAIではなく、ずば抜けた素質を持つレイヴンの大立ち回りとしか――失礼、それでは取材の意味がなくなるな」

 

「とんでもありません。あくまで、私個人の意見ですから。少し本題から外れますが、AI研究所についてお聞きしてもよろしいでしょうか」

 

「もちろん」

 

「ありがとうございます。先の紛争で大規模なAI暴走事件の首謀者であるAI研究所ですが、タナカ氏が務めていたカカシ総研でもそういった暴走事件の影響は受けましたか」

 

「ああ。勤務していたAI工場で暴走事件が発生してね。あれは、うん。中々大変だったよ」

 

 

 

 ここから先の映像コンテンツは、タナカ氏の証言を基に、ACのシミュレーターソフトで再現したものである

 

 

 

 状況説明。

 

 日時:地球歴204年1月10日(サイレントライン紛争終結まで残り2ヶ月)

 場所:キサラギ社関連グループ「カカシ総研」AI工場「ヤンイェン」内オペレーティングルーム。

 補足:AI工場「ヤンイェン」は主に軍事MT「カイノス/E02」の量産及びAI化作業に特化している。同工場で生産、AI設定がされた カイノス/E02は提携先であるミラージュ社に納品されていた。

 

「カイノスの生産ラインに不正規アクセス。ブリッジ接続による分散型ウィルスを検知」

 

「抗ウィルスプログラム、ロード中――該当するウィルス無し」

 

「生産ラインのメインシステムをフォーマット開始。入力受け付けず」

 

「端末による物理停止はどうだ」

 

「物理装置、完全にシャットダウン。操作不可」

 

「分散型ウィルス、合体進行中。出荷可能及びAI部隊の カイノス/E02計三十機に未確認の戦闘用AIデータが転送」

 

 複数のオペレーターから報告される状況にタナカは冷や汗を一筋、こめかみから垂らす。

 この施設に就任してから早二年、敵対企業によるクラッキング攻撃はその対応も含めて幾度となく対処し、処理していた。しかし、今回は異常事態だった。

 まるで、あらかじめ組み込まれていた「プログラム」のように。

 

「本社より緊急連絡。キサラギ社及び、ミラージュ、クレストの各AI施設で大規模な暴走事故が発生中。また、ミラージュがアクセスしようとしていた衛星砲も同様の暴走を起こしており、地上の軍事施設を無差別に砲撃しているとのこと。緊急避難が発令」

 

 キサラギ本社からの緊急指示を聞き、いよいよこれが事故ではなく、仕組まれた「事件」だとタナカは確信する。

 

「カイノス、起動しました。施設各所に配置されているガードメカ及びターレットなどの無人防衛設備、遠隔操作不可」

 

「セキュリティレベルBクラスのゲート封鎖、急げ」

 

「遠隔操作でのゲート封鎖受け付けず。緊急物理端末による入力を開始――セキュリティレベルBクラスのゲートの封鎖は完了。なお、二層と三層を繋ぐゲートは既に破壊されているため、封鎖できず」

 

 無人機及び防衛設備の掌握――まるで、「AIの反乱」ともいうべき出来事。しかし、目的が不可解だった。

 

「有人の全防衛部隊に出撃命令。AI搭載型で暴走を引き起こしていない機体の照会を急げ。非戦闘員に避難命令及び各所の緊急脱出カーゴに防衛部隊は配備できるか」

 

 現状は「ヤンイェン」からの脱出が最優先。だが、ヤンイェンは大規模地下施設のゆえに、地上への脱出口は限られている。

 有人の防衛部隊は人件費の都合とAI部隊がその肩代わりをすることによって、大幅にその人員を削減されていた。

 そのため、暴走したAI部隊との戦力差は3:1を想定。もし、クラッキングされていないAI機を動員できれば、2:1に持ち込めるが――状況は中々厳しい。

 

「カーゴ1から7まで配備完了予定。8から10までは暴走したカイノス部隊及び防衛設備の阻害を受けている模様。訂正、カーゴ6の防衛部隊、ガードメカによる攻撃を受けています」

 

「現時点でクラッキングされていないAI機、『ミロク』及び『ホウトウ』が搭載されたAC並びに カイノス/E02です」

 

 AI機の照会をしていたオペレーターからの報告に、タナカは僅かながらこの状況を打破できる糸口を見つけたと確信する。だが、クラッキングを受けていないAI機に、ある疑問を抱いた。

 

「自社製のフォーミュラブレイン搭載機。AI研究所から提供されたデータに仕込まれていた、か」

 

 AI研究所から提供されたデータを「参考」に、カカシ総研以下複数のキサラギ社関連グループで作り上げたフォーミュラブレイン「ミロク」、「ホウトウ」。

 現在、暴走しているAI機や防衛設備はいずれもAI研究所から支給されたAIプログラムがインプットされていると仮定すれば――。

 

「ミロク、ホウトウが搭載されているAI機で出撃可能な機体に、こちらから遠隔操作で出撃させる」

 

 今は首謀者の詮索よりも、この状況の対処が最優先、とタナカは気持ちを切り替える。

 自社製のAI機が無事なら、タナカを含めてこのオペレーティングルームで操作可能な人員は把握している。

 

「部長、本社からは『AI機の使用の一切を禁じる』と通告が出ています。三十分後に、本社経由で雇用したレイヴンが本工場に到着予定」

 

「レイヴンの到着までに、カーゴの安全性を保障できない。ACの遠隔操作が可能なスタッフは、こちらが割り当てた機体に遠隔操作する。以後、避難系統の指示は――」

 

 本社からの通告をタナカは一蹴する。この判断が、タナカの命運を分けることなどその当時は彼すらも思ってもみなかった。

 

 

 

 機体:ミロク/ホウトウ搭載型AIAC「マイトレーヤ」

 備考:キサラギ社が独自に開発したフォーミュラブレインを搭載したAC。フレームパーツに関してはAI事業において提携しているミラージュ社のパーツを使用。一部の武器及び内部パーツはキサラギ社のものに統一。

 件のAI暴走事件の際、AI研究所から提供されたデータを参考にしたもののキサラギ社内で独自に作成しているため、ミロク及びホウトウと名付けられたフォーミュラブレインは難を免れていた。

 

「01、データリンク完了。操作に異状なし」

 

 ヘッドセットを装着したタナカはオペレーター専用のデスクでモニターに映し出されている、マイトレーヤの主観視点を見ながら報告する。

 HUDが共有され、マイトレーヤが搭載している武装の状況やレーダーサイトが順次表示された。

 タナカが操作するのは、腕部兵装にロングレンジライフル、実体シールド。背部兵装には、六連装ミサイルランチャー、パルスキャノンを装備したミロク搭載型重量二脚AC。

 

(予期せぬ実戦だが、自分たちは安全地帯にいる)

 

 タナカは心の中で、これが遠隔操作による「生死のやり取り」が発生しない、安全地帯にいることを認識させられた。

 現場の防衛部隊は既に死傷者が出ている。一刻も早く防衛部隊と合流し、各所に配置されたカーゴの安全を確保しなければならない。

 

「オペレーターより、01へ。そちらの位置を確認。二層のE-33区画。一帯の区画には、二個小隊のカイノスを確認」

 

 オペレーターからの状況報告を聞きながら、タナカは「ヤンイェン」の区画を再確認する。

 ヤンイェンは、三層に分けられた大規模地下生産工場。

 一層、生産ライン。二層、納品ライン。三層、検品ライン。

 以上、三つの順に分けられており、地上に近い一層、組み立て生産ラインの人員は既に退避済み。

 問題は二層の――納品ラインだった。暴走を引き起こした カイノス/E02はこの納品ラインを経由して、三層の検品ラインに侵入している。

 既に人員が脱出した一層には数機のみのカイノスを残して、残りは三層や二層に留まっている。恐らく、工場内のシステムにアクセスして、こちらの動きを把握していると思われた。

 

 指揮系統及びタナカが在中する三層のオペレータールームは最下層に位置しており、そこまでのルートはゲートによって封鎖。

 クラッキングを仕掛けた敵対勢力が工場のシステム基幹を掌握した事態も含めて、少なくともキサラギ社が雇い入れたレイヴンが到着するまでは物理的に耐えきれる計算だった。

 しかし、二層に取り残された本社スタッフや関連グループから出向してきた研究職――いわゆる、「人材」の退避は完了していない。現に、人的被害を告げる報告はタナカの耳に入ってきた。

 

「オペレーターよりAI部隊へ。ユニットリーダーの01から03は、ガイドラインに沿って、最寄の緊急脱出カーゴへ向かえ。04は三層の直営部隊と合流し、警戒警備にあたれ」

 

「01より各員へ。マニュアル通りに操作すればいい。交戦はなるべく控えろ。避難カーゴを防衛している部隊との合流及び人命最優先だ。いいな」

 

 タナカが操作するマイトレーヤの後ろには、ホウトウが搭載されたカイノスが待機しており、そのうちの一機は、身の丈が隠れるほどの実体シールドを左手に持っており、右手にはパルスライフルを。もう片方は、左手にレーザーブレード、右手にレーザーライフルを装備していた。

 

「遠隔操作といっても、操作の殆どはオートだから簡略化されている。それでも慣れなければ、AIによる自律機モードに切り替えても構わないが、オーダーチップとガイドラインによるこちらからの指示は徹底しろ」

 

 後方で控えているカイノスを操作するスタッフに、タナカは指示を送った。遠隔操作そのものは、マウスとキーボードで操作可能な簡略化されたものだが、AI部隊を操作するオペレーターの練度は素人に毛が生えた程度。何万通りという思考パターンと戦闘用AIを導入したカイノス部隊を相手には、弾除け程度が関の山だった。

 

「99、了解」

 

「98、了解しました。これより前進します」

 

 コールサイン98の、実体シールドを前へ構えたカイノスがゆっくり歩きながら、マイトレーヤの前を追い越すと同時にブースターを点火させ、前方へ滑走した。その後を、マイトレーヤが。それに続いて、もう一機のカイノスが後を追う。

 通路のスペースは、検品されたカイノス等のAI機の搬入搬出をスムーズにさせるために、AC/MTが二機立ち並んでも、支障はない。

 HUDに共有されたカーゴまでのガイドラインと、データリンクされた位置情報を基にマイトレーヤとカイノスは、その間隔を三メートルを厳守しながら移動を開始した。

 

「オペレーターより01へ。進行ルート上に、車両トラブルで停止中のトラック一台有り。コールサインは『ヒグマ』。そこから区画を2つほど離れた地点に、二機のカイノスを確認。当該車両の安全性を確保するために、敵性部隊の排除せよ」

 

「01、了解。こちら、01。ヒグマ、応答しろ」

 

「ヒグマより01――防衛隊か、助かった。車両の修理はもうすぐ終わる予定。指示を頼む」

 

 無線に出たトラックの添乗員は、安堵のため息を漏らしながら現状を報告する。

 当該車両、キサラギ社関連グループ阿吽運送製2tトラック。主に物資などの運搬用車両だったが、現状では納品ラインで勤務しているスタッフたちの避難車両となっていた。その人数、二十名。

 

「了解した。護衛を一機、そちらに付ける。周囲の安全を確保できるまで、その場で待機。01より98、ヒグマの護衛を。敵性部隊排除後は、ヒグマと随伴しカーゴへ向かえ」

 

「98、了解です」

 

「01が先導する。99は後を追え」

 

「99、了解」

 

 タナカは矢継ぎ早に指示を出すと、彼のマイトレーヤはブースターの速度を上げ、前方のカイノスを追い越し、敵のカイノス部隊へ向かう。その際に、立ち往生している2tトラック――ヒグマを数メートル離れたところから横切った。

 

「――ヒグマより、01。通過する際は、ブースターの出力を最小限に抑えるか、歩行してくれ。噴射炎でタイヤが損傷した」

 

 ヒグマから悲痛な叫びが、ヘッドセット越しにタナカの耳を劈いた。ACによるブースターの噴射炎及び衝撃は、人体及び対策をされていない車両などにとって、「損傷」を与える。

 

 タナカはそれを知らず、それなりの速度で横切れば――トラックが損傷するのは当然の結果だった。

 後から続いている99のカイノスはヒグマの悲惨な状況を確認したのか、歩行しながら通過。事なきを得る。

 

「オペレーターよりAI部隊へ。車両等ソフトターゲットに接近もしくは通過する際は、必ず歩行状態にせよ。移動時のプリセットデータを各ユニットへ転送。必ずインストールせよ。繰り返す――」

 

 事の一部始終をモニタリングしていたオペレーターから、すぐさま今回の事故に対しての注意喚起と同時に、ソフトターゲットに対する歩行時のプリセットデータが送信された。

 タナカはすぐにそれをインストールし、額から流れる脂汗を手の甲で拭う。報告を聞く限りでは、死傷者は出ていないのが幸いだった。

 

 やってしまったことは仕方がない。タナカは気を取り直して、マイトレーヤの頭部レーダーから収集されている、熱源反応の位置を確認する。

 カイノスはこちらの位置を特定したのか、待ち伏せなどをせずに最短距離でこちらと会敵するために移動中。マイトレーヤはカイノスとの会敵予想時刻を計算し、二分後には交戦距離に入ると報告した。

 

「このまま速度を維持し、カイノスと交戦する。後ろからバックアップ、頼むぞ」

 

 タナカのマイトレーヤは速度を上げるとすると、レーダーサイトに熱源反応が感知され、数百メートル圏内を補足するFCSが、それを感知した。

 正面上、距離五〇メートル――天井から出てきたガン・ターレットを補足する。施設内の防衛設備は既に敵とインプットされており、AIによる即時射撃をタナカは許可していた。

 マイトレーヤは自己判断プログラムに沿って、タナカの操作よりも早く、右手に装備されたロングレンジライフル「MWG-RF/220」のトリガーを引いた。同時に、ガン・ターレットも二門の機関砲から、砲弾を掃射。

 

 マイトレーヤから立て続けに発射された三発の四十五ミリメートル徹甲弾は、寸分の狂いなく、ガン・ターレットに直撃。小規模な爆発と同時に、破片を撒き散らした。

 

 一方、破壊されたガン・ターレットから掃射された無数の三〇ミリメートル口径弾に、マイトレーヤは左手首に装着された実体シールド「KSS-SS/707A」を突き出した。

 マイトレーヤの上半身を的確に狙った砲弾は、対実弾防御に特化した「KSS-SS/707A」によって、軽快な音と同時に弾き返された。

 一部の砲弾は肩部や脚部に命中するものの、重装甲を施したフレームパーツであるマイトレーヤにとって、微々たるダメージだった。

 

「防衛装置か。厄介だな。くそっ」

 

 タナカはマイトレーヤの挙動を追うのに必死で、既に交戦距離へ侵入していたカイノスの存在を失念していた。敵のカイノスは既にこちらを補足しており、マイトレーヤがロックオン警告のアラームを鳴らしている。

 

「距離は一〇〇メートル、曲がり角を――」

 

 レーダーサイトに感知される熱源反応を目で追うが、スキャン間隔とのラグが生じているのをタナカは知らなかった。彼が悠長に確認している間に、既にカイノスは正面のT字路の右手から飛び出ていた。

 カイノスはブースターを使用し、滑り込むように横へ滑走しながら、右手のレーザーライフルから熱量弾を放つ。

 

「腕部損害軽微」

 

 一筋の熱量弾はマイトレーヤの右肩部に直撃。ミラージュ社製腕部「MAM-MX/REE」は対熱量弾の威力を分散させる流形構造と特殊コーティング剤を塗布しているおかげで、軽微の損傷だとAIが報告。

 

 反応が出遅れたタナカはすぐさま反撃しようとするが、攻撃を仕掛けたカイノスは既に曲がり角の向こう側へ、姿を隠していた。

 典型的なヒットアンドアウェイ戦法。遮蔽物がない位置にいるマイトレーヤは、重量二脚AC特有の装甲の厚さを武器に前進。接近戦を仕掛けようとする。

 

 ロックオン警告。遮蔽物に隠れた先程のカイノスからとタナカは思った瞬間、再度、右手のT字路からカイノスが飛び出してきた。

 二機目のカイノス。意識が完全に先制攻撃を仕掛けてきたカイノスに向かってしまい、タナカはその存在を認知出来なかった。

 

 マイトレーヤとカイノスの距離、一〇〇メートル。「MWG-RF/220」では、向かい側の角へ隠れる前にカイノスを仕留めることが不可能だとタナカは確信し、背部兵装のパルスキャノン「MWC-XP/80」に切り替えた。

 

「ミロク」と技術スタッフによる機体制御システムの最適化により、強化ACではなくても有脚タイプでもキャノン系武装の移動発射が可能。パルスキャノンの速射性と高熱量弾で一気に畳みかけようと判断した。

 

 FCSが武器の切り替えをしている一秒ほどの間に、飛び出してきたカイノスはバックパックに搭載されたミサイルランチャーから八基の小型ミサイルを射出した。

 

「な、ミサイル」

 

 至近距離。まず避けられない。

 白煙を靡かせながら、小型ミサイル群に突っ込んでくるマイトレーヤ。辛うじて、パルスキャノンがアクティブになると、AIによる自動照準によって向かってくるミサイル群を撃ち落とすために高熱両弾が発射された。

 

 マイトレーヤは大半のミサイルを撃ち落とすが、その半分は機体に向かっていく。

 

 次の瞬間、タナカがモニタリングしている画面にノイズが走る。四基の小型ミサイル全てが直撃したマイトレーヤはその重装甲によって、なんとか持ちこたえていた。

 右腕部の損傷、左腕部中破、各種機体動作に支障が発生――AIが即座に最適化されたダメージコントロールを行う。

 その間に、タナカはマイトレーヤを後退させようとした。ミサイルの信管が爆発した影響で、自機とカイノスの間には黒煙が生じている。熱感知による補足もままならない状況、態勢を整えようとした。

 

 しかし、黒煙を切り裂きながら突貫していくカイノスの姿が現れた。

 左腕部に内蔵されたブレードユニットから、レーザーブレードを形成したカイノスはそのまま突きの要領でマイトレーヤのコアブロックを突き刺した。

 

 モニタリングしていたマイトレーヤの画面にノイズが走り、一切の操作を受け付けなくなる。

 

「こちら、01。機体大破。以後の指揮は99に移行――」

 

 タナカは唇を噛み締めながら、状況を報告し指示を出した。

 

 

 

「今思うと、判断ミスだった。素人が遠隔操作といえども、ACを操縦して、暴走したAI部隊に抵抗する。到底、無理なことだった」

 

 自嘲とも取れる口調で、タナカ氏は鼻で笑った。

 

「結局、予定よりも十分早く、駆け付けたレイヴンが工場を占拠した全てのカイノス部隊を排除しつつ、カーゴに避難するスタッフを救助した。そう、たった一機でだ。私が率いたAI部隊は、完全にお荷物だったよ」

 

 タナカ氏のAI部隊が護衛していたヒグマも、レイヴンによって無事に救助された。しかし、氏が指揮したAI部隊はその大半が暴走したカイノスやガードメカによって大破された。

 

「本社から禁止されていたAI部隊の無断使用及びそれの損害の責で、私はカカシ総研に退職訓勧告を受けた。懲戒解雇にならなかっただけ、マシだったが。ははっ」

 

 タナカ氏は乾いた笑いをあげるが、私はなんとも反応に困るしかなかった。

 

 

 

 現時点で判明したネームレスの情報。

 

 地球暦204年8月以前から活動を開始。

 204年9月1日、筆者ベインが取材していたミラージュ軍事基地を強襲。

 205年3月10日、アリーナバトルにて、エクレールに勝利。

 205年3月15日に消息を絶つ(トップランカーになったのを機に?)

 強化AC「ミステリー」に搭乗。AI研究所の関与も考えられるが、現状ではその可能性は限りなく低い。しかし、AI機である説は否定できないとも専門家は述べる。

 

 

 






「そういえば、ベインさん。あなたは、『アフターペイン』と呼ばれているACを知っていますか」

「まぁ無理もないでしょう。そのACを搭乗していたレイヴンはレイヤード紛争終結後に活動を確認され、一か月も経たないうちに消息を絶ったのですから」

「そう。つまり、あのネームレスと全く同じ経歴を持つレイヴンなのですよ。『エグザイル』は」


 
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Fifth Mystery Report side EXILE

 地球歴186年。大破壊による環境汚染から数百年が経過し、人類は地下都市レイヤードに囚われていた。

 

 レイヤードを統括していたAI「管理者」が秘匿していた地上環境の回復、それに伴う反体制組織「ユニオン」との衝突。

 

 結果、管理者は打ち倒され、人類は地上へ進出する。

 

 それが、今から十七年前の出来事――『レイヤード紛争』である。

 

 そして以下のレイヴンは、そんな騒乱の時代に活動していたとされていた。

 

 レイヴンネーム:エグザイル

 ACネーム:アフターペイン

 

 幾多の戦場に出没し、数多くのレイヴンを葬ってきた。

 倒したACのコアに大きな風穴をあけていくらしい。

 その実力はランク1のエースをも凌ぐという。

 

 備考:補填ランカー。

 

 

 状況説明。

 

 日時:地球歴187年4月1日。午後15時34分(レイヤード紛争終結から一ヶ月が経過)

 場所:レイヤード第三層産業区内封鎖セクション「114」。

 戦力:AC、一機。MT「スクターム」、六機。

 補足説明:レイヤード紛争終結後、企業の部隊や管轄セクションが所属不明のAC/MT部隊に襲撃をされる事件が多発していた。

 特に地下セクション業務に注力していたクレスト社はこの事態を重く受け止め、セクション544を襲撃した敵部隊を追跡。その結果、レイヤード第三層産業区内封鎖セクションで活動しているのを突き止めた。

 クレスト社は自社の戦力に加えて、アリーナランカーである「アップルボーイ」に部隊の壊滅を依頼する。

 

 レイヴンネーム:アップルボーイ(B-4ランカー)

 

 ACネーム:エスペランザ

 

「未熟な新人レイヴンだったが、今ではその素質が開花し、飛躍的な成長を遂げつつある。機体はシンプルなものだが、操縦技術の向上と持ち前のセンスの良さによって、性能以上の結果を発揮している」

 

 ここから先の映像コンテンツは、ACのシミュレーターソフトで再現したものである。

 

 

 

「エコーよりHQ(ヘッドクォーター)。現在、二部隊に分けて物流カーゴに搭乗中。セクション114には三分後に到着予定」

 

「HQ、了解」

 

 データリンクされたスクターム部隊及びクレスト社のオペレーターとのやり取りが、HMDに内蔵された骨伝導スピーカーから聞こえてくる。

 

 アップルボーイはそれを聞きながら、モニターに映し出される光景――前方に三機のスクタームが隊列を組んで待機しているの、背後から眺めていた。

 

「オペレーターよりレイヴンへ。クレスト社からセクション114のマップデータを受信。転送させます」

 

「了解」

 

 女性オペレーターから作戦領域であるセクション114のデータが転送されたことを、コクピットシート手前のコンソールが通知音と共に知らせる。

 アップルボーイは人差し指でタッチパネル式のコンソールを操作し、転送されたデータをダウンロードする。

 

 メインモニターの右上にサブウィンドウが表示されると、3DCGで描写されたセクション114が映し出された。

 

「セクション114はCランクの地下都市です。北部は鉱物資源の採掘場を兼ねているため、約3キロに及ぶトンネルが設けられています」

 

 データリンクしているオペレーターからの補足説明をアップルボーイは聞きながら、セクション114の構造を確認する。

 ありきたりな正方形の構造をした地下都市だが、その北部は凸型を彷彿させるような、巨大なトンネルが区画を繰り抜いていた。

 

「敵部隊はトンネル内に拠点を敷いているあるいは待ち伏せをしている、と見ていますが」

 

 都市部に拠点を置くよりかは、待ち伏せにうってつけなトンネル内に潜伏しているとアップルボーイはオペレーターに意見を求めた。

 

「その通りです。トンネル内には、いくつかの資材保管庫や工業用MTの格納スペースが設けられています。また、トンネルの規模は複数のACが戦闘を行っても支障がありません」

 

「市街地での戦闘は不利と見越して、閉所での待ち伏せ戦法――トンネルには近隣のセクションに続く通路やカーゴなどは配置されていますか」

 

 敵の増援、あるいは退路の可能性――アップルボーイはトンネル内での戦闘に備えて、想定外の可能性をオペレーターに確認する。

 

「いいえ。少なくとも、一年前に廃棄された時点でそのような設備等はクレスト社から提供されたデータには確認していません。この短期間で近隣セクションのルートを形成することは不可能です」

 

 オペレーターは淡々とクレスト社から提供されたデータを分析し、アップルボーイに報告した。先の紛争を辛くも生き残ったのも、このオペレーターの冷静な分析や報告に他ならない。

 増援や撤退する敵部隊の追撃などの可能性はない、という彼女の言葉を聞いて、懸念事項の一つが消えた。

 

「敵部隊の詳細について、何か更新はありますか」

 

「情報の更新はされておりません。敵戦力、重量二脚型AC及びフィーンド-NB、ギボンの報告のみ」

 

 ごくありきたりな、AC/MT混成部隊。しかし、その目的は不明瞭だった。クレストだけではなく、ミラージュ、キサラギの三大企業のセクションを襲撃している。

「管理者崇拝主義」、あるいはそれの皮を被った「ユニオン」の残党――その目的を探るのは、アップルボーイの仕事ではない。

 

「エコーよりレイヴンへ。まもなくセクション114に到着する。我々の部隊は二手に分かれて、まずは市街地を探索する」

 

「了解です。こちらは自由行動を取らせてもらいます」

 

 アップルボーイはエコーに返事をすると、上下に揺さぶる衝撃が襲い掛かる。それは敵襲ではなく、カーゴがセクション114に到着したことを知らせる音だった。

 ゲートが開く動作音と共に、文字通り廃れている光景がモニターに映し出される。

 

 ボロボロになったビルの外壁、乗り捨てられた車両の数々、アスファルトの道路は穴が穿っていたり、亀裂が生じている。

 セクション114はレイヤード紛争以前から資源採掘――主にレアメタル――を巡る企業間紛争に巻き込まれていた。

 

「資源を巡る戦いは、悲惨ですね」

 

 朽ち果てたビルをモニターで確認しながら、アップルボーイは呟く。

 セクション114はクレスト社による自社部隊やレイヴンを雇っての防衛部隊を配置していたものの、他企業による襲撃によって、補修すらままならない状況になっていた。

 

 レイヤード紛争時にはレアメタルの採掘も目途がつき、情勢不安も相まってクレスト社はセクション114の廃棄を決定――以後、一年余り放置されている。

 

「エコー1は市街中央に向けて移動中。異常なし」

 

「デルタより各ユニットへ。こちらは西方面から採掘トンネルに向けて進行中。特に目立った形跡は見られず」

 

 中央、西方面と進行しているスクターム部隊からの報告をアップルボーイは聞きながら、エスペランザの左背部に搭載された索敵レーダー「MRL-RE/111」から収集される熱源反応を確認する。

 

 レーダーの索敵範囲は市街中央部の熱源反応まで感知しているが、エスペランザよりも前方に進んでいる六機のスクタームしか反応していない。つまり、索敵範囲内には友軍機しか居ないということだった。

 

 市街中央部に到達すれば、レーダーの索敵範囲が採掘トンネルを感知できる。

 通常の歩行では、約三分後には中央部に到達。ブースト移動をすれば、一分もかからずに到達できるが――あくまで、スクターム部隊を先頭にするのに変わりはない。

 

 敵部隊がAC/MTである以上、先陣を切って交戦するにはリスクが高い。物は言いようだが、スクターム部隊は斥候――アップルボーイにとって囮だった。

 

「エコーは市街中央部に到達。周辺に熱源反応は見当たらない」

 

 先行していたエコーチームのスクターム部隊が、市街中央部に到達。しかし、敵の反応が無いことを告げる。

 アップルボーイは傭兵という立場の都合上、依頼元の部隊からの戦術データリンクは提供されていない。そのため、先導しているスクタームから収集された索敵情報をアップルボーイは精査できなかった。

 

「こちらデルタ。大破直後だと思われるMTの残骸を確認。機体の損壊が激しいが――恐らくギボンだ。画像を転送。精査を求める」

 

 西方面に進行しているスクターム部隊、デルタチームからの報告を聞いてアップルボーイはエスペランザを停止させた。

 

「こちらオペレーター。データを受信した。画像照会を開始――ギボンで間違いない。デルタは周囲を索敵し安全が確認次第、エコーと合流しろ」

 

「了解。これよりデルタ1-1は一帯の偵察に移る」

 

 クレスト社のオペレーターとデルタのやり取りを聞いたアップルボーイは、意図的にエスペランザの移動速度を遅くした。

 

「オペレーター、ここ直近でセクション114にて発生した戦闘はありますか?」

 

 デルタの報告が正しければ、破壊されたギボンがアップルボーイが追っている武装集団である可能性があった。

 

「先客」がいるのか、それとも過去の紛争の名残なのか、彼はオペレーターに情報を求める。

 

「ネガティヴ。直近でセクション114及び近辺で発生した交戦データ無し」

 

「了解。大破したMTに向かいます。周辺の索敵をお願いします」

 

 オペレーターからの報告を聞いたアップルボーイは操縦桿を慌ただしく操作し、エスペランザのブースターを駆動。

 推力によって押し出された機体は放棄された車両を足底で踏みつぶし、ブースターの噴射で建築物の破片を吹き飛ばしながら前進する。

 

 セクション114の地形データはあらかじめインプットされており、AIによる補助動作を受けたアップルボーイはエスペランザを器用に進ませていた。

 時速三〇〇キロの速度でなおかつ、入り組んだ市街地の道路を左右に切り返し。一歩間違えば衝突し、機体が大破してしまうかもしれない移動。

 

 一分もしないうちにエスペランザは盾とバズーカを腕部に装備した、ACよりも一回り小さい二脚型MT「スクターム」が集団で辺りを偵察している地点に到達。

 しかしアップルボーイはスクタームを気にもかけずに通り過ぎ、オペレーターがビーコンを置いた――大破したギボンの残骸の手前に到着した。

 

「大破したMTを確認。これよりスキャンします」

 

 エスペランザのカメラアイに映っている、ほぼ鉄くず同様の無残な正方形の残骸になったギボンの映像からオペレーターが情報を収集することを報告。

 

「スキャン完了しました。ギボンで間違いありません。装甲のダメージを分析するに、恐らく大破から数時間が経過している模様」

 

「厄介なミッションになりそうですね。エスペランザは市街中央のスクターム部隊と合流して、情報収集を行う」

 

 アップルボーイは本来交戦するべき相手だったギボンの残骸を一瞥し、市内中央に到達しているスクターム部隊、エコーと合流しようと操縦桿を動かした瞬間だった。

 モニター上部に表示されているレーダーサイトから北の方角――採掘トンネル付近に「赤い点」が浮かび上がった。

 

「採掘エリアにて敵熱源反応を確認。パターン分析――完了。ACのようです」

 

「生き残り、それとも先客ですか」

 

 オペレーターが感知された熱源反応の詳細をACと特定し、それを聞いたアップルボーイは考察めいた独り言をつぶやいた。

 もしこれが本来の目標である敵勢力の重量二脚ACであれば、なんらかの理由で随伴機であるギボンが故障、大破したのか。

 

 もしこれが第三者のACとしたら――敵か味方か――恐らく、敵だろう。

 アップルボーイはこちらとは敵対する関係だと思っていた。

 

「HQより全部隊へ。トンネル内に熱源反応を感知した。このまま前進し、採掘トンネルに向かえ」

 

 クレスト社のオペレーターも敵ACの反応をキャッチし、スクターム部隊に前進を命じる。

 一方のアップルボーイは脇道に逸れるようにエスペランザを移動させ、スクターム部隊に先行させた。

 

「敵ACは採掘トンネル内一〇〇〇メートル地点で停止」

 

「了解しました。向こうの詳細は掴めますか?」

 

「ネガティヴ。画像照会が必要です」

 

 そこまで聞いてアップルボーイはため息をつきながら、先行するスクターム部隊の後を追う。

 感知されたACがはたして本来の目標である武装勢力の重量二脚ACなのか、それとも「同業者」なのか見当がつかない。

 

 前進するスクターム部隊に追従する形でアップルボーイはエスペランザを操縦し、数分後には採掘トンネルの入り口に到達した。

 

「デルタはエコーと合流した。これより採掘トンネルに進入する」

 

 合流した計六機のスクターム部隊が採掘トンネルの手前で集結しているが、アップルボーイはレーダーサイトに微動だにしない熱源反応を凝視していた。

 

「こちらはクレスト社だ。敵機に告ぐ。投降する意志があるのなら、応答しろ」

 

 外部出力で投降を促すスクタームのパイロットが声がトンネル内に響く。しかし、応答は返ってこない。

 

「敵機より応答なし。デルタが先導してトンネル内を偵察する。エコーは後に続け」

 

「了解。追従する」

 

 それが罠である可能性も考えずにスクターム部隊は前進し、トンネルへと進入。返ってそちらの方が好都合だと言わんばかりに、アップルボーイのエスペランザは後続のスクターム部隊の後に続いた。

 

「AI、色調補正を」

 

「了解。モニターに色調補正開始――設定完了」

 

 採掘トンネル内は照明が落とされており、暗闇状態だった。アップルボーイはAIに命令して、色調補正――メインカメラを通して表示されるトンネル内の明るさを調整した。

 

 そのおかげで五〇〇メートル内は日中と変わらない明度でモニターに表示される。

 雑多に積まれたコンテナの中に砲撃の跡が壁や床を穿っており、それが過去のものなのか直近のものなのかは断定ができない。

 

「五〇〇メートルが限界ですね。敵AC視認まで残り十数秒。先行しているスクターム部隊がまもなく到着します」 

 

「破壊されたACを確認。作戦目標である重量二脚ACと断定」

 

 状況を説明するオペレーターの後に、先導するスクターム部隊からの報告が入った。それを聞いたアップルボーイはすぐさま操縦桿を動かし、エスペランザはブースト移動を開始した。

 あっという間に五〇〇メートル先で「それ」を囲んでいるスクターム部隊に追いつく。

 

「なんとまぁ、酷いやり方だ」

 

 アップルボーイは「それ」を見るなり、眉間に皺を寄せて嫌悪感を露わにした。

 片膝を突いて起動停止状態となった重量二脚ACのコアブロックに、大きな「穴」が穿っていた。それは誰が見ても操縦者の生死は分かってしまう。

 

「目標の敵ACで間違いはないです。それにしてもこの損傷、見たことがありません」

 

 オペレーターは珍しく感情的な言葉を出しながら、「それ」が作戦目標である重量二脚ACだと判断する。

 

「ギボンと同じく大破からの時間差が――先程の熱源反応の特定を急ぎます」

 

 オペレーターはレーダーサイトに感知された熱源反応がつまり――残骸となった重量二脚ACではないことを察した。アップルボーイが指摘するよりも早くオペレーターは動く。

 

 悪い予感がする。

 アップルボーイは「ざわめき」を感じてしまい、直感的にエスペランザを後退させようとした。

 

「距離約八〇〇、熱源反応を感知。ACです」

 

 ほぼ同時のタイミングでレーダーサイトに熱源反応が感知され、オペレーターが切羽詰まった声色でそれを伝える。

 

 刹那、けたたましい砲声が鳴り響き、エスペランザの前方に居たスクタームに襲い掛かった。

 対弾シールドを前面に突き出していたが、一瞬にしてそれが意味をなさない程に破壊され――スクタームは機体の各所から黒煙をくすぶらせながら起動停止する。

 

「砲撃、マシンガン」

 

 アップルボーイは先程の砲撃がAC用のマシンガンだと断定するとすぐさまエスペランザのブースターを起動し、機体を前に向いたまま後退。

 その間にFCS(火器管制装置)がメインモニターに感知された熱源反応を捕捉し、エスペランザの右手に装備された対ACライフル「MWG-RF/220」のロックオンマーカーを映し出された。

 

 アップルボーイは右手で握っている操縦桿の人差し指にあたるトリガーボタンを引いて、応戦射撃を行うとするが――レーダーサイトから熱源反応が消失し、FCSもそれにならってマーカーが非表示となる。

 

「FCS、レーダーサイトにも映らない。ステルスと見ていいですか」

 

 突然の事態にアップルボーイは慌てることなく、オペレーターに是非を問いかけた。

 レーダーやFCSに感知された自機の反応を妨害電波やノイズで「塗りつぶす」ことで、特定を防ぐECM攻撃。しかし、今の状況はECMによる妨害攻撃は感知されていなかった。

 

 残り二機となったスクタームは浮足立つが、その隙を逃がさずにマシンガンの砲撃が襲い掛かり、あっという間に壊滅する。

 

「ミラージュ社製のアクティヴステルスパーツだと思われます。駆動間隔を計算――五秒後に感知予定」

 

 オペレーターからの報告が終わると同時に大破されたスクタームから黒煙が立ち込め、トンネルに充満する。

 たださえ暗闇という視界不良の空間に追い打ちをかける環境の変化。

 このまま採掘トンネル内で戦うのは不利だと判断したアップルボーイはエスペランザを後退させつつ、アクティヴステルスが解除されるタイミングを見計らった。

 

「レーダーサイトに敵機感知。距離七〇〇」

 

 オペレーターの通信とほぼ同じタイミングでFCSが七〇〇メートル先の敵機を捕捉し、自動照準が完了したことをアラームで知らせる。

 アップルボーイは間髪を入れずに右トリガーを引いた。

「MWG-RF/220」から発射された四十五ミリメートル砲弾が飛来するも、遥か遠くの場所で着弾した爆発音が木霊する。

 

 FCSのロックオンマーカーは回避行動を取る熱源反応と連動し、左右に慌ただしく揺れ動く。つまり、回避されたということだった。

 するとお返しとばかりにマシンガンの砲弾がエスペランザに向かってくるが、アップルボーイは点在する機体の全長とほぼ同じ大きさのコンテナブロックの陰に隠れ、やり過ごす。

 

「敵AC、フロートタイプです」

 

 擬似重力装置を埋め込み、海上や荒地といった地形の影響を受けずに移動可能なホバリング型脚部「フロート」タイプの敵ACであるとオペレーターが報告した。

 滑り込むような機動で移動するフロートタイプは擬似重力装置を搭載している観点から、装甲や積載に弱点があった。

 

「フロートタイプですか。閉所にしろ市街戦にしろ、こちらの火力次第か」

 

 アップルボーイは冷静にフロートタイプの対処法――閉所やビルが乱立した市街戦ではフロートの機動力が潰されるため、こちらは火力を叩きこめばいいと考える。

 

「その認識で問題ないと思います。アクティヴステルスとの兼ね合いもありますが、ミサイル攻撃を推奨」

 

 オペレーターもアップルボーイの見方に忖度なく賛同した。

 彼の機体、エスペランザは背部兵装には垂直落下式のミサイルランチャーを搭載していた。しかし密閉型であるセクション114の地形を考慮し、ミラージュ社製小型ミサイルランチャー「MWM-S42/6」とエクステンションも同社の「MWEM-R/24」に換装。最大八基の小型ミサイルを射出可能だった。

 

 アクティヴステルスも使用回数に限りがあり、少なくとも敵ACは二回起動――最低でも残り三回ほどしか使用できない。

 

「デルタが全滅した。エコーはこれより敵と交戦する」

 

 冷静に状況を分析するアップルボーイの後ろから、残っているスクターム部隊が追撃を開始。それを尻目にエスペランザは武装を背部兵装のミサイルランチャーに切り替え、コンテナ越しに熱源反応を索敵した。

 

 モニター上に映し出されたロックオンマーカーが慌ただしく動きながら、連動してアラームがコクピット内に響く。

 熱源反応を示す逆三角形のマーカーが映し出されると、ロックオンマーカーが重なり合う。

 

 距離八〇〇。射出数三基。

 

「敵ACを視認。これより攻撃開始」

 

 同時にこちらの火力支援を受けずに突貫したスクターム部隊が敵ACと交戦する。

 

 距離二〇〇。射出数五基――熱源、ロスト。

 

「何かを切り裂くような鈍い音」と爆発音が同時に発生。爆風でコンテナが煽られ、その振動がモニターを揺さぶる。

さらに三基居たスクタームの反応がレーダサイトから消失。少なくとも、敵ACの大破ではないことは確実だった。

 

「スクターム部隊、全滅」

 

 アクティヴステルスの使用と同時に三機のスクタームが破壊されたことをオペレーターが報告。戦術も何もない戦法を取ったとはいえ、一瞬で三機も破壊できるのはアップルボーイにとって予想外だった。

 

 悪寒が走り、汗が垂れる。しかしアップルボーイはすぐさま生理的反応を抑えるために大きく息を吸いながら、エスペランザを後退させた。

 

「敵ACの照合、終わりました――Eランクレイヴン、エグザイル。ACネーム、アフターペインです」

 

 オペレーターが敵ACとレイヴンの詳細を口頭で伝え、手前のコンソールモニターにアフターペインのアセンブルを簡易表示させた。

 フロートタイプ、マシンガンと高出力のレーザーブレード「MLB-MOONLIGHT」とアクティヴステルスを装備した、機動力を活かしたアセンブル。

 

「Eランクですか。明らかに下位ランカーの動きではありません」

 

 見たことも聞いたことがないレイヴンとAC、それに目の当たりにした実力に対してランクが低すぎる。アップルボーイは思わず感情的になった。

 

「オペレーター、後方のコンテナにスポットを。市街戦に持ち込みます」

 

 全滅したスクタームから燻る黒煙がトンネル内に充満する前に、アップルボーイは見通しのよいセクション内での交戦を考えた。

 コンテナをカバーポジションにしながら後退し、エグザイルと名乗るレイヴンの攻撃を凌ごうとする。

 

 エスペランザはミサイルランチャーをアクティブにさせたまま、オペレーターがマークしたコンテナに姿を隠そうとブースト移動する。するとFCSが熱源反応を感知し、ロックオンマーカーが敵の位置と距離を表示させた。

 

 正面、距離七〇〇。射出数二基。

 

 色調補正したモニターの範囲外であり、その姿を視認することはできない。

 アクティヴステルスを使用する気配は見えない。恐らく、使用回数に達したか否か。

 相手の思惑――つまり火力でエスペランザに押し負けることを悟って距離を取った、という見方を浮かべた。

 

 もしアクティヴステルスがまだ残っているのなら、そのまま追撃をしてこちらを追い詰めるべきだった。

 そうでなければ、エスペランザのキルゾーンである中遠距離戦で否応にも戦わざるを得ないこの状況はどうみても悪手。

 

 こちらは後退しながらじっくりとミサイルを発射し、火力を叩きこむ。もし相手がミサイルの有効射程距離外に退避するのであれば、見通しが効く市街地で有利なポジションで交戦ができる。トンネル内に籠城するのであれば、部隊全滅を知ったクレスト社の増援が来るだろう。

 

(買い被りすぎましたか。対AC戦の戦術がまるでなってない)

 

 アップルボーイはエグザイルの戦い方が、やはりランクに相応しい実力だと再認識した瞬間だった。

 

 距離八〇〇、射出数四基――FCSがエグザイルのAC、アフターペインの熱源反応を消失したことをアラームで知らせた。

 

「アクティヴステルスの発動を確認。タイマーセット、残り六秒」

 

 オペレーターが即座にエグザイルがアクティヴステルスを作動させたことを報告し、解除までの残り時間をカウントダウンする。

 アップルボーイはエグザイルが距離を詰めて白兵戦を仕掛けてくるのだと想定していた。つまり、「MLB-MOONLIGHT」による一撃必殺の攻撃。

 

(可能性が高いのは、OBによる急速接近――仕掛けてきた)

 

 ブースターの速度を上げながら後退するアップルボーイだったが、外部スピーカーがOBの駆動音を拾ったのかそれが骨伝導イヤホンに伝わってくる。

 

「アクティヴステルス、解除されました。距離二〇〇」

 

 OBによる巡航機動を行うアフターペインの姿はモニターには表示されず、代わりに熱源反応を示すマーカーがなぜか右方向――トンネルの壁に映し出されている。

 独特なOBの駆動音がトンネル内に木霊する中、蒼い閃光を背にダークカラーの塗装を施したフロートタイプのAC――アフターペインの姿をAIがハイライトで強調させつつ捉えた。

 

 頭部「MHD-MM/003」の特徴的な四ツ目のモノアイが不気味な残光を描きつつ、アフターペインはトンネルの壁を「走っていた」

 

「まるで――『彼』を見ているかのようだ」

 

 丸みを帯びた壁を、鋼鉄の塊であるACが重力を無視して滑空。常識離れしたその操作を見て、アップルボーイはかつて共に戦った「あのレイヴン」のことが脳裏に浮かび、口に出す。

 アフターペインはOBによる推力とフロートタイプの疑似重力装置を利用して、渦を巻くように壁から天井を横断。

 

 アップルボーイは変則的すぎる機動力に思考が追い付かず、反応が遅れる。その間にアフターペインは左側、反対方向の壁に到達した。

 

 アフターペインは右手に装備されたマシンガンを前に突き出し、射撃を開始。さらにOBを駆動したまま、そのまま一直線にエスペランザに向かった。

 

「そんなバカな」

 

 アップルボーイは悪態を突きながら、マシンガンの弾幕を盾に接近するアフターペインとの距離を引き離すことはできないと考えた。

 エグザイルから放たれるマシンガンの砲弾は、立ち昇る黒煙を切り裂きながらエスペランザに襲い掛かる。

 

 エスペランザはそれらを回避しつつ、左手首に搭載されたレーザーブレード「MLB-LS/003」を起動させた。

 桃色の細長い刀身が形成され、あらかじめ登録された動き――袈裟斬りをエスペランザは行う。だがそれよりも早くアフターペインは左手首の「MLB-MOONLIGHT」をまるで「穴を穿つ」ように突き出した。

 

 その動作を見てアップルボーイは直感的に――大破されたACの姿がフラッシュバックする。

 直後、プリセット動作で袈裟斬りを放ったエスペランザの動きはアフターペインの突きに対して防御するような形となった。

 

「MLB-MOONLIGHT」の蒼白の刀身によってエスペランザの腕部と、「MLB-LS/003」の発振器が融解。そのまま刀身はエスペランザのコアを突き刺そうとしたが、現在進行形でジェネレーターの供給を受けていた「MLB-LS/003」の発振器が誘爆を引き起こす。

 

 アフターペインとエグザイルの間を割って入るかのように爆発が発生し、アップルボーイはシートベルトをしていたのにも関わらず上半身が引きちぎれるかと思うぐらいの衝撃を受けた。

 

「衝撃を感知。自動操縦による機体制御を実施――制御不可」

 

 AIがエスペランザが転倒しないように自動で機体制御を行っているのをアナウンスするが、無慈悲にもそれが出来なかったと伝えた。

 

「しまった――」

 

 平衡感覚が失ってしまうほどの衝撃が襲い掛かり、重力の流れが下から右に移ったことを伝えるかのように右半身を計器類に打ち付けた。

 アップルボーイは痛みで歪んでしまった視界を開けつつ、メインモニターを注視した。

 十メートルほどの高さから見下ろしていたモニターの光景は、燃え盛るエスペランザの左腕部の残骸を地面と同じ高さで映し出している。

 そしてその炎を遮るかのように、アフターペインの機影が現れた。

 

 豪炎に照らされながら、四ツ目のモノアイでこちらを見降ろす。そして、あの重量二脚ACと同じようにするためか、左腕部から「MLB-MOONLIGHT」の刀身が形成された。

 

「ここまで、ですか」

 

 アップルボーイは意を決心して、眼を閉じようとした瞬間だった。

 アフターペインは急にエスペランザから離れるように前進。同時に花火が打ちあがるかのような軽快な音が鳴り響き、周囲に爆発音や衝撃が木霊する。

 

「な、何が」

 

 アップルボーイは諦めかけていた意識を覚醒させ、すぐさまレーダーサイトを確認した。

 エグザイルを示す赤い点は採掘トンネルを抜けて、なぜか市街地に向かう。それもそのはず、市街地には所属不明の熱源反応が感知されていた。

 

「こちらカイザー。これより作戦開始」

 

 聞き覚えのある男性の声と単語が通信として入っていき、所属不明の熱源反応は味方を示す緑色に切り替わった。

 

「――レイヴン、聞こえますか? クレスト社より援護のレイヴン、ランカーAC『カイザー』を確認しました」

 

「トップランカーのロイヤルミスト、ですか」

 

 切羽詰まった声色で状況を報告するオペレーターの声を聞いて、アップルボーイはそれがトップランカーであり、レイヤード紛争で共に戦った「憧れの存在」であるロイヤルミストだということに気づいた。

 

「ルーキー、詳しい話は後だ。カイザー、敵ACと交戦する」

 

 ロイヤルミストはアップルボーイを窘めつつ、エグザイルを交戦することを報告した。

 砲声と爆発音が聞こえてくる中、アップルボーイはその間に転倒したエスペランザを起き上がらせようと機体制御を行う。

 

 手負いの状態とはいえ、あのエグザイルの実力を思い知ったアップルボーイはすぐにロイヤルミストの援護に入りたいと思う。

 しかしその逸る気持ちとは対照的に、エスペランザの機体制御が上手くいかず、横着してしまう。

 

 その間にもロイヤルミストとエグザイルが交戦する音が聞こえてくるが、エスペランザは一向に立ち上がる気配を見せない。

 やがて砲声や爆発音が聞こえなくなり、しばらくして静寂が訪れた。

 レーダーサイトにはエグザイルを示す熱源反応が物流カーゴに乗ったのか、赤い点から高度が上がったこと示す青い点となり――やがて索敵範囲外に離脱したのか消失する。

 

「逃げられたか。おいルーキー、命拾いしたな」

 

 舌打ち交じりにロイヤルミストからの通信が入ると、アップルボーイは乱雑に動かしていた操縦桿から手を離し、大きく深呼吸をした。

 助かった、と思わず声に出して呟き、汗で濡れたHMDヘルメットを脱ぐ。

 

 これでロイヤルミストに助けられるのは、三回目だった。幼少期の頃の思い出と、レイヤード紛争末期の出来事が走馬灯のように脳内を駆け巡りながら、アップルボーイは額にこびりついた脂汗を拭う。

 

「『あいつ』より先にエグザイルを倒すと決めている。お前も気をつけろよ」

 ロイヤルミストは意味深な言葉を言いながら、エグザイルを知っているかのような素振りを見せた。

 

 

 

 状況説明。

 

 日時:地球歴205年11月3日9時50分。

 場所:オンライン通話。

 人物:アップルボーイ氏(元レイヴン)

 

「ロイヤルミストさんが居なければ、僕は死んでいたでしょう。それほどまでにエグザイルの実力は本物だった」

 

 アップルボーイ氏は語り終えると、深いため息を突いた。

 キサラギ社グループのカカシ総研に勤めていたタナカ氏(仮名)から提供された、エグザイルと名乗るレイヴンについて筆者ベインは調べていた。

 

 経歴から実力に至るまで、あのネームレスと類似点がありすぎるそのレイヴンの情報はほぼ都市伝説あるいはゴシップ程の信憑性しかなかった。

 

 レイヤード紛争を経験し、表立って活動している元レイヴンは少ないものの――その中で著名人物であるアップルボーイ氏とコンタクトを取ることによってようやくエグザイルの情報を得ることができた。

 

「エグザイルのその後ですか? 少なくともアリーナでトップランカーであった彼――そう、レイヤード紛争を終結に導いたイレギュラーレイヴンと対戦し敗北。その後の消息を絶ったみたいです」

 

「なるほど。それで、何かロイヤルミストはエグザイルと因縁があったようですが、それについて何か知っていますか?」

 

 ネームレスとまったく同じ経歴を辿るエグザイルの情報に私は悪寒を感じながらも、次なる手掛かりを求めるべく、かつてトップランカーであったロイヤルミスト氏の詳細を尋ねた。

 

「ロイヤルミストさんはあの後、ひっそりとレイヴンを引退。今でも連絡を取り合っていますが、本人の意向もありますので教えることはできません」

 

 それだけは譲れないと言いたげなアップルボーイ氏の言葉を聞いて、私はこれ以上の言及は良くないと悟った。

 

「お互いにもう『傭兵業はこりごりだ』だと連絡を取る度に言い合っていますよ」

 

 アップルボーイ氏は笑みを浮かべながら、過去の戦闘で負傷し切断することになった義足を右手でコツンと叩いたのか軽快な音が聞こえた。

 

 

 アップルボーイ氏は現在も民間系列のMT運送会社の経営者として活動している。

 

 

 






「そのネームレスと名乗っているレイヴンですが、エグザイルとの共通がもう二つありますね」

「ええ、そうです。『管理者』です。どちらも管理者が倒されたことによって活動し、なおかつ紛争を終結させたレイヴン――」

「つまり、イレギュラーが関わっていることを」



 取材協力:グローバルコーテックス社、クレスト社、アップルボーイ氏。



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LAST Mystery Report side SILENT LINE

 

 

 

 地球歴207年3月29日。

 

 

 

 筆者、ベインは未踏査地区――サイレントラインの境界線手前に来ていた。

 サイレントライン紛争終結から三年が経とうとしているが、未だに未踏査地区は立ち入り禁止区域に設定されている。

 

 三大企業による合同調査は今現在も慎重に進められており、この一帯が再開発されるのはまだまだ先のことだろう。

 

 そして、このサイレントライン紛争を終結に導いたレイヴンの消息は不明のままだ。

 私が把握している限りでは、サイレントライン紛争最初期にレイヴンとして活動。

 傭兵としてのキャリアを地道に積み重ねつつ、アリーナでもランカーと称されるほどの非凡な才能を発揮。

 

 サイレントライン紛争では軍事企業のパワーバランスをも左右するほどの実力を発揮し、同紛争を終結させた。 

 ここから先の映像コンテンツは、唯一私が入手することができた「彼女」の記録映像である。

 

 

 日時:地球歴204年1月31日(サイレントライン紛争終結まで残り1ヶ月半)

 

 場所:衛星砲内部

 

 補足:AI兵器の暴走事件と同時期にミラージュ社が掌握していた衛星砲は同社のコントロール下を離れてしまった。

 各軍事企業の施設や基地は衛星砲による掃射を受け、地上は甚大な被害を被ることなり、事態を重く見たミラージュ社は衛星砲の強制停止を行うため、内部に設けられたエネルギー増幅炉の破壊を多数のレイヴンに依頼する。

 

 Aランクランカーの「フォグシャドウ」も、同作戦に参加したレイヴンの一人だった。

 

 

「全設備へのエネルギー補充を開始 カウントダウンを開始します。全設備の起動再開まで5分」

 

「未確認部隊の侵入を確認。ガード部隊を起動します」

 

 衛星砲内部に到達すると館内アナウンスとともに内部の照明が非常灯に切り替わったのか、施設内がオレンジ色に染まる。

 フォグシャドウは操縦桿を握り締めながら、機敏に四肢を動かすとそれに連動して彼の愛機「ミスト」は両脚を交互に動かしながら前進し、施錠されたゲートの前で停止した。

 

 刻一刻と迫るタイムリミット――衛星砲の照準は地上及び地下のインフラ施設だと分析されており、もし施設に被害が出れば、「大破壊」の再来だと言われている。

 フォグシャドウはそんな「噂」に対して焦燥した気持ちを押さえるように、コントロールスティックを強く握る。

 

 ミストのAIが施錠されたゲートの通信端末にコンタクトを行ったのか、フォグシャドウの腰の位置に設置された9インチサイズのコンソールパネルに進捗状況が表示された。

 

 しばらくして、「COMPLETE」という文字が表記されると同時に、メインモニターを覆っていた頑丈なゲートがゆっくりと開放された。

 

「ゲートロック解除。このまま前進する。オペレータ、情報を頼む」

 

 フォグシャドウは状況を報告しながらミストを前進させ、ゲートを潜った。

 

「オペレーターよりミストへ。衛星砲内の地図はこちらで全て把握しており、ガイドビーコンに従って移動してください」

 

 作戦を指揮する統括オペレーター、エマ・シアーズから通信が入るとメインモニターに進行ルートのガイドラインが表示された。

 ミストはブースターを駆動させ、それに従って移動を開始。狭い連絡通路を駆けていくが、数十メートル先の天井から熱源反応が感知。

 

 格納されていた固定砲台が機関砲の砲口をこちらに向けるが、ミストのFCSがそれを捕捉。

 ロックオンマーカーと固定砲台が重なった瞬間、フォグシャドウは操縦桿に設けられたトリガーを引いた。

 

 ミストは両手に装備されたショットガンをやや上方に突き出すと同時に、砲口から面状に広がる散弾が発射された。

 無数の砲弾は綿を引き裂くように固定砲台を破壊。その残骸が床に落ちよりも早く、ミストはその直下を駆け抜ける。

 

「そちらは大丈夫か?」

 

 別の地点で進行しているレイヴン、ローテーションから本作戦に参加しているレイヴンに向けて全体通信が入った。フォグシャドウは特に返事もせず、一刻も早くガイドラインの執着地点――エネルギー増幅器が設置されたエリアに向かう。

 

「ランデブーポイントを抜けて、目標地点に繋ぐ軌道回廊を進行中。敵と交戦中だが、問題はない」

 

 数秒ほど経った後、「彼女」からローテーションへの通信が入った。フォグシャドウはその声に少しだけ意識を向けつつ、ミストは彼女が進行ルートと同じ軌道回廊に繋ぐゲートに到達した。

 すぐにゲートのロックが解除されると、特殊樹脂で形成された透明な通路がモニターに映し出される。

 自分が居る場所が宇宙であることを実感してしまう、漆黒の空間と遥か彼方で輝く星々。

 

 感傷に浸りたくなる気持ちを追い払って、フォグシャドウはミストを前進させる。

 チューブ状の通路はある程度の法則性を持って張り巡らされており、その他のレイヴンが操縦するACも同様に進行しているのがレーダーやサブモニター上で表示されていた。

 

「くそ!敵が邪魔で進めない このままでは進めない!! オペレータ、どうなってる!?」

 

 別ルートで進行しているイディオットから苛立ちを隠しきれず、オペレーターに説明を求めた。

 そんな通信を聞き流しながら、S字に伸びている軌道回廊をミストは進む。しかし、その進路を可変型のガードメカが行く手を阻んだ。

 しかしフォグシャドウは歯牙にもかけず、ミストを操縦しながらトリガーを引く。

 背部兵装に搭載されたロケットランチャーからHEAT弾が立て続けに速射。

 折り畳まれた機体を展開し収納されたレーザーキャノンの砲身を展開及び射撃しようとしていた可変ガードメカに立て続けに砲弾が直撃した。

 

 爆散するガードメカをミストは飛び越えるようにブースターを駆動させるが、その先、数十メートル先にもう一機のガードメカが待ち構える。

 既にレーザーキャノンの砲身を展開しており、その砲口の照準をミストに向けてようとする。しかし、フォグシャドウはそれの動向を把握していた。

 

 ミストの両手に装備されたショットガンの雨あられがガードメカに吸い込まれていく。一瞬にして爆散するガードメカをミストはまた飛び越えるようにブースターを使って跳躍し、軌道回廊とエネルギー増幅器に繋ぐステーションのゲートを遠隔操作で解放した。

 

「敵を殲滅中、きりが無い!!」

 

 ローテーションからの焦りが伺える通信が入ると同時に、ゲートの向こう側には高性能MT「カイノスEO/2」が待ち構えていた。

 

 フォグシャドウは焦ることなくトリガーを引き、レーザーブレードによる斬撃を繰り出そうとしていたカイノスの胴体にミストはショットガンの砲弾を浴びせた。

 至近距離で放たれた砲弾に、カイノスの胴体は文字通り真っ二つに引き裂かれる。

 

「・・・機体の損傷が激しい。敵・・・!」

 

 ノイズが混じったローテーションの報告と同時に、彼のACを示す識別反応が消失した。

 仲間の消失にフォグシャドウは感傷的にならず、ミストは立ち止まることなく前進。進行ルートを進んでいく。

 

 再度、ゲートを抜けて通路を駆けていく道中、ガードメカや固定砲台がミストの進行を阻むが、フォグシャドウは歯牙にもかけない。

 目標地点を繋ぐゲートを抜けると、同時に「彼女」が操縦する軽量二脚ACも別方向のカーゴブロックに到達。どうやら、二人しか間に合わなかったらしい。

 

「衛星砲につながるエネルギー増幅器を全て破壊する」

 

 フォグシャドウは彼女に通信を行いながら、モニターに映し出される空間を睨みつけた。

 特殊樹脂で形成されたガラス越しに宇宙空間が映し出され、遥か遠くから太陽が浮かび上がる。

 眩しい光は自分たちと、高さ数十メートルの高台に等間隔で設置された筒状の物体――地上を焦土と化そうとしている衛星砲のエネルギー増幅器を照らしていた。

 

「時間がない、急ぐぞ!」

 

 衛星砲の出力が回復するまで残り数分。焦る気持ちを思わずフォグシャドウは声に出しながら、ミストはエネルギー増幅器を破壊しようと前進する。

 しかし、AIがロックオン警告を告げるアラームをコクピットに響かせた。

 

 フォグシャドウは反射的にミストを後退させると、まるで振り落とされるかのようにリニア弾らしき砲弾が床に直撃する。

 

「無人ACを確認。ミラージュが残していった機体です!」

 

 ブースターを使って滞空行動をしながらこちらを見下ろす一機のACについて、オペレーターのエマが詳細を報告。二脚型だが、キャノン系ウェポンの空中制御――間違いなく強化ACだった。

 機体性能では通常のACであるミストでは分が悪いが、合理的な判断でしか行動しない無人AIとこちらはこの紛争を今日まで生き残っているレイヴンが二人。分が悪い勝負ではない。

 

 こちらの思惑を汲み取っているかのように、彼女のACはハイ・レーザーライフル「KARASAWA」の重量感ある銃身を前に突き出しながら、高熱量弾を射出。

 蒼く、そして白銀に輝く閃光は滞空している無人ACに飛来。しかしその頭上の遙か遠くを通り過ぎた。

 

「アクティブステルス。厄介だな」

 

 FCSによる自動照準と補正射撃に対して回避行動を取らずに、まるでこちらを見下すように滞空している無人ACの肩部に装着したアクティブステルス「MEST-MX/CROW」を起動させており、FCSとレーダーによる感知から逃れていた。

 

「全設備の起動再開まで3分」

 

 まるで煽り立てるかのように、衛星砲起動までのカウントダウンを告げる館内放送が受信される。

 無人ACのロジックはつまりステルスを起動して、時間を稼ぐ――性根の悪い戦術にフォグシャドウは歯軋りをしながらミストを前進させた。

 

「レイヴン、奴は時間を稼ぐつもりだ」

 

 フォグシャドウは彼女に通信を行いながら、ミストの両手に装備されたショットガンから散弾が射出。数十メートル先のエネルギー増幅器にそれらが直撃し、爆発する。

 

「俺はエネルギー増幅器を破壊していく。レイヴンは向こうの注意を引いてくれ」

 

 無人ACがそのロジックで動くならば、こちらは目標を破壊していくのみ。ミストは淡々とエネルギー増幅器を破壊しようとするが、ロックオン警告と共に砲弾がまるで雷雨の如く降り注いだ。

 いくつかの砲弾がミストに直撃し、AIがアラームをまくしたてる。

 

「どうやら目標の破壊も許してくれそうにないな」

 

 彼女は鼻で笑いながら、KARASAWAによる牽制射撃を開始。アクティブステルスの有効時間が超過したのか、無人ACはすぐさま後退。直撃はしなかったものの、ミストから無人ACを引き剝がした。

 

「数的有利はこちらにある。行くぞ」

 

 ミストの機体状況を一瞥し、特に支障はないと判断したフォグシャドウは両腕を機敏に動かす。

 それに連動したミストは小刻みにブースターを使った移動を行いながら、滞空行動を続けている無人ACの直下に向かった。

 

「了解した」

 

 彼女は返事をしながら、ミストの背後を追従。彼女のACはKARASAWAを構えながら、その砲口を無人ACに突きつける。

 前進するこちらに対して無人ACは一旦、降下。

 距離955メートル。ロックオン警告とともに背部兵装であるレーザーキャノンの折り畳まれた砲身を展開し、無人ACはミストに照準を合わせる。

 フォグシャドウはすぐさま回避行動を行い、ミストはゆらゆらと煙のように揺れ動いた。

 

 変則的かつ軽量二脚特有の高機動と相まって、FCSに「誤差」を生じるその軌道は――無人ACから放たれた高熱量弾をあらぬ方向へ向かわせるのに充分すぎるほどだった。

 お返しとばかりにミストは背部兵装のロケットランチャーに切り替え、HEAT弾を断続的に発射。

 

 重装甲を施したフレームパーツで構成された無人ACとはいえ、致命傷とは言わないまでも一定の損傷を受けるロケットランチャーの砲撃に右方向へ滑り込むように回避。

 だがその移動先を彼女のACがKARASAWAによる一撃を叩きこもうとする。

 

「――アクティブステルス。間の良いタイミング」

 

 舌打ち交じりに彼女が報告するとともに無人ACはアクティブステルスを起動。胴体(コア)に内蔵されたイクシード・オービット(EO)を展開しながら、ミストに対して一気に距離を詰める。

 前進する無人ACからジェネレーターによるバッテリー供給の範囲内で射出されるEOの低熱量弾と、マシンガンによる弾幕がミストに襲い掛かった。

 

「ダメージコントロールを開始します」

 

 機動力と反比例するかのように装甲を削ぎ落したミストの機体に損傷が蓄積したのか、AIが即座にダメージコントロールを開始。

 エネルギー供給の調整や破損個所の取捨選択をAIが報告し、騙し騙しでミストの機体制御を行った。

 

「全設備の起動再開まで1分」

 

 タイムリミットを告げる館内アナウンスが一帯に響き渡った。

 六十秒後には衛星砲の掃射が開始されるという現実を突きつけられるが、フォグシャドウは冷静だった。無人ACはロジックを変更したのか、手負いのミストを仕留めようと前進。

 

 それに対してミストは後退をしながら、がむしゃらにショットガンのトリガーを引いた。

 でたらめな方向に発射される散弾は無人ACには掠りもせず、その向こう側――増幅器に直撃。後方から援護射撃をしている名目だった彼女のACも、発射されるKARASAWAの高熱量弾は端にある増幅器を狙撃していた。

 次々と破壊されていく増幅器に無人ACは状況を理解したのか、ミストへの追撃を中断。

 

 後退しつつ、こちらを見下ろせる高度まで滞空しながら、背部兵装のリニアキャノンを発射モードに移行。中距離から狙撃を行う。標的は、KARASAWAを装備している彼女のACだった。

 ミストは背部兵装のロケットランチャーに火器管制を切り替える。フォグシャドウはメインモニターに表示された照準ガイドを大雑把に無人ACに合わせると、トリガーを引いた。

 

 断続的に発射される砲弾は無人ACの周囲を横切り、そのまま天井に向かって行く。一方、彼女のACはリニアキャノンによる砲撃に晒されながらも回避行動を取りつつ、KARASAWAによる反撃を開始。

 

 無人ACはアクティブステルスを起動し、KARASAWAから放たれた高熱量弾は直撃もかなわずにその頭上を飛来した。

 しかし、フォグシャドウと彼女は半ば自暴自棄ともいえるような、がむしゃらにロケットランチャーとKARASAWAによる射撃を続けていた。

 特殊樹脂で形成されたガラス天井に続々と砲弾、高熱量弾が直撃。

 

 大破壊後の地上の技術では再現できない特殊樹脂とはいえ、立て続けに着弾していく衝撃に耐えきれなかったのか、破裂音と同時にぽっかりと天井に穴が穿たれた。

 

「緊急事態発生。施設内の気圧の低下及び障壁に損傷を確認。サプライドローンによる修復作業を開始します」

 

 館内アナウンスと同時にアラームが鳴り響き、フォグシャドウと彼女が仕組んでいた状況が発生する。

 限りなくゼロに近い気圧である宇宙空間と、1気圧の空間が衝突しあう特異点。

 圧力が高いスフォグシャドウたちが居る空間の空気が、圧力の低い宇宙空間に向かって猛烈な勢いで流れていく。

 

 破壊された箇所に一番近い場所で滞空している無人ACも例外ではなかった。宇宙空間に吸い込まれていくのをなんとかブースターを使って機体を制御するものの、埒があかない。

 その瞬間をフォグシャドウと彼女が見過ごさなかった。

 

 照準スティックを撫でるように動かすと、それに連動してモニター上の照準ガイドラインが無人ACと重なり合う。その瞬間、フォグシャドウはトリガーを引いた。

 ロケットランチャーから速射される砲弾は寸分の狂いなく、真っすぐに無人ACの胴体に直撃した。

 

 断続的な爆発とともに重装甲を施したコアブロックや腕部が破損するものの、五体満足で無人ACは健在だった。

 だが無情にもKARASAWAから放たれる蒼白の閃光が、無人ACのコアブロックを貫く。

 

「月まで吹っ飛んで行くんだな」

 

 その場で爆散する無人ACの残骸が、まるで掃除機で吸い取られるゴミのように宇宙空間へと放出されるのを見ながら、フォグシャドウは思わず悪態を突いた。

 すると衛星砲の周囲で巡回していたサプライドローンが続々と集結し、破損した天井を瞬く間に修復していく。

 フォグシャドウはそれを見届ける余裕もなく、彼女のACと協同してエネルギー増幅器を破壊していった。

 

「目標の撃破を確認、お疲れ様。帰還しましょう」

 

 すべての増幅器を破壊できたのか、オペレーターのエマが作戦が無事に完遂できたことを労いの言葉とともに送る。

 それを聞いたフォグシャドウは大きく息を吸い込み、そして吐き出しながら――コントロールスティックから両手を離した。

 

「よくやってくれた。次はアリーナで戦いたいものだな」

 

 ミストの背後で直立不動のまま一歩も動かない軽量二脚AC、そのパイロットである彼女にフォグシャドウは言葉を投げかけた。

 トップランカーとしての「壁」である自分の目前に迫る彼女の活躍はどうやら嘘ではないと、この作戦をもって思い知った。

 はたして彼女がアリーナのチャンピオンであるメビウスリングを倒せるのか、あるいは断念してしまうのか――その試金石としての役割をフォグシャドウは自負している。

 

「そのつもりだ」

 

 短くも、力強い口調で彼女からの返事を聞き、フォグシャドウは鼻で笑う。

 これ以上の問答は野暮だ――そう思った彼はもう一度深呼吸をしながら、コントロールスティックを握った。

 

 

 

 以上が恐らく現存する「彼女」の記録映像である。フォグシャドウ氏とのインタビューをもちろん行ったが、氏の意向でその内容は非公開であるとあらかじめ断っておく。

 確認されている情報を照らし合わせると、未踏査地区に存在していた第二のレイヤードの機能を停止させたのは彼女だということは公然の事実だ。

 その後、彼女はアリーナのチャンピオンとして君臨し――あのネームレスと戦った。

 

 当時活動していたレイヴンたちは彼女のことを、新たな時代を切り開いた「イレギュラー」と呼んだ

 少なくともネームレスはイレギュラーと称された彼女の実力を図るために現れた人物、といって過言ではないだろう。

 

 そして、彼女の行方を知る者は居ない。

 

 ネームレスの正体は恐らくイレギュラーである「彼女」の実力を確かめるために存在した、名もなきレイヴンなのか、それとも第二のレイヤードの管理者が遺したAIなのか――断定ではできない。

 しかし、ネームレスは確実に存在した。

 

 名無しの謎について、私は取材を終えようと思う。

 

 

 この著書を、ベイン・クロフォードに捧げます。

 

 

 

 ベイン・クロフォード

 

 

 

 地球歴207年12月未明。取材中に戦闘に巻き込まれ、死亡。

 

 

 

 この著書はベイン氏の意向を汲み取り、本人と交友がありカメラマンであるムラカミ氏及びグローバルコーテックス社が編集校正をして発刊致しました。

 

 著書の売り上げはベイン氏が在籍していた軍事ジャーナリスト協会に寄付されています。

 

 執筆者:ベイン・クロフォード

 取材協力:クレスト社、ミラージュ社、キサラギ社、グローバルコーテックス社。

 

*当コンテンツは地球暦209年~211年にグローバルコーテックス発刊の機関紙「ヒストリー・コーテックス」にて連載された「名無しの謎」に加筆修正を加えたものとなっております。

 

 

 

 

 

 






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 差出人:名無し
 件名:ネームレス
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