【完結】習作断片=魔境現代奇譚 (豚ゴリラ)
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戦争奴隷エルフ

ズブの素人が思いつきで書いただけの練習作品。

それと最近男の娘もイケるようになりました。
このまま強くなっていって森羅万象でヌけるようになりたいです。
宇宙ってエロくない?


『お前は死んだ』

 

「えぇ……?」

 

白い部屋。

 

机も、椅子も、ドアも、花瓶も。

何もかもが純粋な白に染め上げられた空間に、二人の人間が向かい合って座っていた。

 

色素の抜けた長髪と、同色の切り揃えられた顎髭を蓄え、威厳に溢れた屈強な初老の男性。

 

対するは髪も肌も身に纏う貫頭衣も無垢な白に染められた、唯一青い瞳だけに色を宿す性別すら不明な十代半ばの子供。

 

その文言にさえ目を瞑れば、祖父と孫の心温まる交流にでも見えていただろう。

 

 

『お前という私好みの男は、つい先程自然死した』

 

「前半の情報いらないんですけど」

 

『そんないい男のお前に転生の権利を持ってきた』

 

「転生は嬉しいけど素直に喜べないのは何故か……」

 

しかし現実として、その男はどう見ても変態であった。

至極当然の感想をサラリと受け流し、何事もないように口を動かし続ける屈強爺さん。

子供は眉を顰めたまま男を睨みつけるが何処吹く風。

『生前』とは見た目も勝手も違う霊体を駆動し、それとなく右足で男性の足にちょっかいをかけようとするが――

 

 

『ふふ……お前からのアプローチは嬉しいが、今のお前に体はない故触れられんぞ』

 

「アッハイ、スミマセン」

 

『さあ、話を戻そう。お前は私の趣味によって転生する。当然……といえば語弊があるが、来世で有利に働く特典も付けておく』

 

 

ゴソゴソと懐をまさぐり、無駄に荘厳な装飾の輝くローブから質量保存の法則をまるっきり無視して一つのホワイトボードが取り出された。

 

えぇ……まじかよこいつ。と眼で語る子供を尻目に、同じく取り出した黒のマジックペンを大きく滑らせた。

白の中にある黒が描いたのは、ただ一言。

 

『さあ、ガチャれ。』

 

「―――――えっ」

 

『ガチャれ。』

 

「…………は、はは。ないすじょーく……」

 

『本気だ』

 

子供は激怒した。

必ず、かの邪智暴虐に見えるけど特典をくれる聖人になんとか取り入って、ガチャをSレア確定にして貰わねばならぬと決意した。

 

『レアリティとか特典毎によるメリットに大きな差はないから安心しろ』

 

「さっすが!いやぁ~神様分かってるぅ!」

 

それまでの戦慄は何処へやら。

安堵に包まれた声音でとりあえず神様を持て囃した。

神の視線が何処かギラついていることにも気づかず、ひとまず目の前に瞬間移動してきた白いガチャガチャマシンへ歩み寄る。

 

『ここは伝統に敬って一転生者三個までとしてもらおう。』

 

「そんな通販みたいに言わんでも……」

 

文言では呆れたように、しかし実際は踊りださんばかりに弾んだ調子で声にしつつ、唯一の黒色――レバーを捻り込んだ。

 

ガコン!と鈍い音を立てつつ、引き渡し口へと落下してきたのは金の玉。

手に握ってみれば何処か温かく、程よい重さだ。

 

コレはどうすればいいんだろうか?

……ガチャ、というからには、この玉の内部に特典が入っているということか。

 

「よっ」

 

ソレを握り込む。

生暖かく……なんかキモい!ナニコレ!キンタ●だ!

割らなきゃ(使命感)

 

「ふん!」

 

唸れ黄金の右手――!

バキリ!

 

「うおっ!眩し!」

 

割れ目から漏れ出た白い燐光が眼球を焼く!

イッタァイ!と悶える子供を他所にソレは急速に外界を侵食し、純白が一室を埋め尽くす。

 

『むっ―――……これは……!』

 

「むぅ!?あたりか!?」

 

『何となく言っただけだ。』

 

「………………。」

 

かくして、純白は五センチ四方の薄い平面体となり、子供の眼前へ収束する。

その表層に浮かび上がる文字とは――!

 

【戦争奴隷】

 

「…………うん?」

 

 

…………うん?

 

『―――あっ、忘れていたがマイナス要素が付いてくることもあるぞ』

 

「ちょっとまって」

 

『すまない、だがこのカードに設定されたメリットであればお前の肉体は著しく強化されるだろう』

 

「……なら、いい……のか?――……いや駄目だわ。なんだよコレ!ハードモードじゃん!?」

 

『お、次のカードが出たぞ』

 

「待って!!」

 

涙ながら叫んだ超極大音声での訴えを右から左に受け流し、何もしていないのにもかかわらず、勝手に排出されてきたカプセルが一人でに割れる。

 

【美少女エルフ化】

 

「………………………………。」

 

『そんなに筆舌に尽くし難い顔をせずともよいではないか。TSだぞ!性転換だぞ!素晴らしいじゃあないか』

 

「アッハイ」

 

次いでの日本文明性癖隙間攻め。

子供は困惑した。

神は歓喜した。

 

微妙に苦い感じの虫を噛み潰し、そこに安堵と若干の怒りと、そこそこあんまり笑えない失笑が入り混じった表情で立ち尽くす。

 

――pon!

 

そして再び勝手に出しゃばる特典カプセル。

最後の金玉を若干の恐怖が入り混じった視線で見守る(彼女)は、其処に現れた文字を視認して――思わず笑顔になった。

 

【テロリスト出身】

 

人とは、その人が想像しうる限界すらも無為に飛び越えられると、自分でもよくわからない心情になるものである。

TSエルフ戦争奴隷系テロリスト―――もはや闇鍋である。訳がわからない。

 

もう何も考えることのできない子供――少女となった青年は、霊体のくせに痙攣する声帯を駆使して言葉を紡ぐ。

 

「―――チェンジで。」

 

『駄目です。』

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛――――――――――!!」

 

そうして、少女は生まれ落ちた。

 

 

――。

 

――――。

 

 

いつの間にか閉じられていた意識と瞼を大きく見開く。

 

生前暮らしたそこそこの作りのマンション、その自室はどこへやら。

周囲には赤錆に塗れた鉄の壁と、同じく劣化しきった鉄パイプのベッド。

 

なぜ、こうなったのか。

それは今の今まで脳内を駆け回った記録が全てを語っていた。

 

ひとつ、自分が死んだこと。

ふたつ、神に出会ったこと。

みっつ、特典とは名ばかりのしょっぱい品々を受け取ったこと。

 

そして―――

 

「おい!417番!出ろッ!!」

 

よっつ、申し訳程度の前情報のみ頭蓋に注ぎ込んで、本来あるべき居場所――戦争地帯の地下深くに建造された軍事基地へ生まれたこと。

 

加えて、転生に際して得られた知識で言えば、自分は8歳相当の女児でありつい先日この拠点へと拉致された――という設定になっていること。

 

ついさっきまでは二十代半ばの男の肉体で、死んだら無性の霊体になり、かと思えば8歳児の肉体。

本当に厄日だ。

 

「はぁー……きっつ……。」

 

養育施設に戻りたい……実際に経験した訳じゃないけど、作り物の記憶曰く、そこそこ充実した生活を送っていたと言うことになっている。

 

所詮それは偽物だが。そもそも昨日生まれたばっかりのこの体であることは果たして幸運なのか。

 

人間関係に悩むことのないことを喜べば良いのか、それとも最初からテロリストの道しか存在しないことを悲しめば良いのか。

 

おそらく後者だろう。

 

「おい!聞いているのか!?」

 

「は、はい!」

 

怒鳴りつける大声に体と喉を震わせる。

417番。

俺を表す記号。

名前は呼ばれることは無いのか。なにそれ奴隷っぽい。

 

まあそもそもこの身についた本名とて馴染みのない……言ってしまえば別人の名みたいなもの。どちらも己を指し示すものとは言えないのだから、結局同じことか。

 

ハァ。と2つ目のため息を小さく漏らしつつも、小汚い鉄扉を押し開けて声の持ち主に会いに行く。

 

「遅い!呼ばれたのならばどんな理由があろうともすぐに返事をしろッ!」

 

ビクッ、と撥ねた体を気合で抑えつつ了承の返事を返す。

何だこのゴリラ……ちょっと怖すぎだろ。

 

角刈りの黒髪と、顔の表皮を斜めに横断する大きな傷跡。

浅黒い肌が形作るその凶相も相まって実に恐ろしい。

 

「今日より戦闘訓練を始める!ついてこい!!」

 

「はい……」

 

カツン、と黒い革靴を打ち鳴らして踵を返す男の背中を慌てて追いかけ、どこか寂れた雰囲気の鉄の通路を踏みしめる。

 

「スケジュールの説明をする。一度しか言わない、よく覚えろ」

 

「はい」

 

「朝は4時起床。7時まで工作訓練、後に朝食。7時10分から15時まで格闘訓練、15時から20時まで銃器訓練、そして夕食を済ませて20時10分から24時まで座学、後に就寝。」

 

目を剝いた。

嘘だろう、という言葉が喉元まで迫り上がってくるのを必死に堪え、代わりにか細く震える吐息を漏らす。

 

自由時間は欠片もない。

食事睡眠時間も、幼子には限りなく不可能に近いほどに困難。

此れは正しく奴隷の身分として扱われているのだろう。

 

「そのまま3年だ。泣き言は許さん。甘えも禁ずる。ただ、俺達の駒となれ。」

 

地獄かな?

これは中々クソ指数が高い。

こんな第二の人生求めてない……。

 

 

 

 

 

 

 

 

『8月10日 天気、不明』

 

今日から記録帳を付けることを教官に命じられたので、ひとまずソレらしく第1ページを使用する。

しかし昨日始まった訓練がとてもつらいので、もう寝ようと思う。

 

 

『8月11日 天気、不明』

 

教官は賢いゴリラである。

 

 

『8月13日 天気、不明』

 

同郷の少年から脱走計画の話を聞いた

 

 

『8月14日 天気、ゴリラ』

 

第13練兵所にて集会

 

 

『8月16日 天気、チンパンジー』

 

どうやら、この日記帳は誰にも閲覧されていないらしい。

少しばかり命をかけた実験を行ったが、教官含め周りの大人達にはなんの変化も見られない。

大人から渡された日記帳だったがために、少年少女の人心を把握するための道具かと思っていたが……違ったようだ。

ちょっと……いや、かなり考えなしに試したけど結果オーライ。

偽りの集会(一人)にも事実確認の人員も機械類も一切無かったので、一先ずは安心しておこう。

 

『8月17日 天気、オランウータン』

 

大人たちに気付かれないようにそれとなく施設を観察してみたが、脱走はまず不可能と思われる。

どこへ行っても死角が無いように監視カメラが配置され、警備員は皆重装備。

部屋を区切る門にはそれぞれに電子ロックで施錠されており、壁や床、天井に至るまで合金で作られている。

自室は鉄錆塗れなのにソレ以外が堅固過ぎる。

これは逃げられんなぁ……

 

『8月18日 天気、サル』

 

とりあえず普通の日記帳として活用しようと思う。

毎日格闘、銃器、工作とクソみたいにイベントがてんこ盛りだが、印象に残った事や良かった事などをここに記す。

 

『8月19日 天気、拳の雨』

 

今日は387番――おそらくフランス系の少年とタッグを組んでの格闘訓練があった。

彼は今年で11歳になり、ここでの訓練は二年目らしい。

短いクールタイムで聞いた事だが、ちょうど二年間ピッタリの訓練を完了すると戦地への配属――『出荷』が行われるそうだ。

彼も4ヶ月後にはロシアに向かうらしい。

せっかく仲良くなった――言うなればはじめての友達が、出会った瞬間には別れが決まっている。

なんだか、ちょっと寂しい。

 

『8月22日 天気、工作日和』

 

今日の工作訓練で218番と387番、110番と一緒にグループを組んで電気式ワイヤートラップを作成した。

途中で起きた些細なミスで電気バリバリの配線に触れてしまったが、エルフボディのおかげか何のダメージも受けなかった。すごい。

110番曰く、前の417番も同じことをしたらしい。すごい。

今も世界の何処かで戦っているのだろうか……。でもテロリストだし寿命短いだろしなあ。

いつか、会ってみたい。

 

『9月5日 天気、くそゴリラ』

 

今日は教官がくそゴリラだった。

お前……いくらなんでも耐久訓練とか言って電気流すのはおかしいよ……

エルフじゃなかったら死んでたぞゴリラ。

 

『9月6日 天気、くそくそゴリラ』

 

精鋭兵士育成組に加入させられた。

我ながら人間離れした戦闘能力を持ってると思っていたが、昨日見せた耐久力が決め手になったらしい。

訓練増えるのやだぁ!働きたくない!

だめ?だめですよねぇうんち!

 

『11月12日 天気、たぶん雨』

 

気付けばかなりの日数が経過していた。それも無駄にハードな訓練が悪い。

それはそうと今日、387番が『出荷』された。

この施設にいる時点で、近い将来に別れが来ることは覚悟していたが、やっぱり寂しい。

 

 

■■

 

『a月b日 天気不明』

 

今日、教官から鉄造りの短槍を支給された。

時代錯誤に過ぎるソレに思わず唖然としていると、俺の身体能力と白兵戦の技術を活かすために特別に作られたものだと教えられた。

人外クラスの俺が十全に扱うためにかなりの額を掛けて製造された短槍。確かにつよそうである。

しかし何故そんなにも手間を掛けるのか疑問に思っていると、俺には現段階でも他の子供たちとは違う、キチンとした戦術的運用が可能な『兵器』らしい。

これは武器強化的なサムシングなのだろうか。

とりあえず明日からはエルフ戦士ムーヴを鍛えたい。

 

■■

 

『x月y日 天気ナイフ』

 

どんどんケルティック(マジキチ)風に育っていく俺を見てどう思ったのか、今度はナイフで銃弾を切り落とせと言われた。頭おかしい。

いくらケルト魂を掲げるエルフでもソレは無理だと言ったら、やるだけやれと言われて拳銃で撃たれた。頭おかしい。

しかし意外となんとかなるもので、普通に目で見てから対処余裕だった。頭おかしいの俺では?

ちなみにこんな感じの人間は戦場にちょくちょくいるらしい。人間やばくね?

教官からはお前一人でも要塞を潰せるだろうとお墨付きをもらった。でも首に取り付けられた制御装置のせいで、この訓練施設とは名ばかりの要塞からは逃げられないんだよなぁ……。

 

 

■■

 

『』

 

今日、110番が死んだ

 

■■

 

『o月a日』

 

最近はあまり日記を書けていない。

立て続けに友人達が戦地へと『出荷』されたこともあって、気分が落ち込んでいたせいだ。

 

この前も書いたが、110番が耐久訓練で死んだらしい。

《らしい》というのは、耐久訓練は他とは違い教官との一対一で行われ、ほか訓練生の視界の外で行われるためだ。

……ほんとに、耐久訓練で死んだのか?

それにしては……彼の遺体からは変な感じがした。

……言葉としては書けないな。あれは何なのだろうか。

 

■■

 

『o月d日』

 

最近、やけに胸騒ぎがする。

原因はわからない。俺の『出荷』はまだしばらく先の事だし、後輩達にも異変はない。

かといって、創作にありがちな奴隷の大量処分というには違和感がなさすぎる。

……違和感がないのが問題なのか?いや……うーん。それも何か違う気がする。

とりあえず注意しておこう。

 

■■

 

『o月g日』

 

やたらと大人達が騒がしい。

ああ、物理的にじゃなくて感覚的な意味で。

表面はいつもと何ら変わらない無愛想の極みだが、どこかピリピリしているようだ。

警戒心がとてつもなく強まっているように感じた。

何なんだろう?ついに治安組織のガサ入れかな?

でも、胸騒ぎが収まらない。

 

■■

 

『』

 

くそ、クソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソ。

 

クソったれ。なんで皆を殺しやがった。

教官を名乗るのなら、子供を導いてくれよ。

なんであの子達が戦わなくちゃ行けなかったんだ。

どうして俺を戦わせてくれなかったんだ。

俺が、俺なら―――

 

 

■■

 

 

『417番、出ろ』

 

「――はい」

 

ギシリと重苦しい音を鳴らし、鈍重な鋼のドアを押し退ける。

三年前とは違う、清潔な印象を受ける個室を一瞥した。

いい成績を残した者は、質の良い待遇を受けることができる。

己は人外。故に、最も優れた兵士となるのは当然であり、必然待遇も最も良い。

 

……だからどうした、という話だが。

 

 

 

 

 

 

 

この独白かっこ良くない?

やっべ!なんかクールキャラっぽい!

エルフさんこれからクールキャラでやってくわ!

可愛い女の子達から「417さんかっこいい!」「素敵!」「抱いて!」って言われること間違いないですね!

 

「おい、顔が緩んでるぞ」

 

「やば!」

 

「……ハァ」

 

おっと!その間抜けなゴリラを見るような瞳はやめてもらおうか!ゴリラはお前だぞばーかばーか!

 

「締めるぞ」

 

「やばたにえん」

 

チッ、チュ!

教官の舌打ちに合わせてリップ音を鳴らす。

 

 

――アイアンクローをされた。

 

 

 

 

 

ヒリヒリと痛む頭を抑えながら、俺を先導するゴリラの背中を追いかける。

気分はさながら母ゴリラを追いかける子ゴリラのようだ。

 

「……………。」

 

無防備な背中……。

 

 

……一瞬。

ほんの少しだけ脳裏を掠めた怨念を無理やり抑え込み、少しばかり小さく見える背を追いかける。

 

――足元にバナナの皮を放り投げたい。だめ?だめですよねぇ……。

 

 

 

コツリ、コツリ。

ただ硬質な音が廊下に反響し、己と教官の口が開かれることは無かった。

 

――そのまま、目標地点――外部、地上へ繋がる巨大なリフトの目前に至るまで鉛のような空気は変わらず。

 

リフトに乗り、『出荷』の時を待つ。

気分は荷馬車に載せられた牛のよう。

とりあえずつぶらな瞳で教官を見つめた。

 

目を逸らされた。

つらたん。

 

「……本日、7月21日をもって『417番』の教育を修了する。今後の扱いについては地上に居る担当者に聞け。以上」

 

「お世話になりゴリラ」

 

「―――んんっ!では、達者でな。417番。長生きすることを祈っている」

 

そう言ったきり、さっさとこちらに背を向けて歩いていってしまった。

うーん……何だかんだ言っていい人だよなぁ……。

こんな口聞いても変わらず接してくれるし、結構気を遣ってくれる。

そんな人間だからこそ俺も、他の子供達も彼を慕うのだ。

 

「…………。」

 

甲高い電子音が響く。

視界の端にはリフト起動を表す緑のランプ。

急速に浮上してゆく視界。

 

「ばいばい。おとうさん」

 

 

 

 

 

 

「……生き残れよ、バカ娘」

 

 

 

そうして、俺は世界各地の戦地を渡り歩く事となる。

争いを彩る――というよりも、争いを生み出す兵士の一人として戦い始めた。

 

所属する組織の名は『意義ある痛み(Meaningful pain)』。

世界中に数え切れない程存在する『汚れ』を、強制的に人間社会から排除する『掃除屋』である。

ここで言う『汚れ』とは、早い話が悪人的な存在を指す。

意味が広すぎる?それはその通り。ぶっちゃけかなり曖昧だ。

 

例えば、独裁政治によって人民を虐げる政府の役人。

例えば、麻薬によって善人も悪人も食い物にして私腹を肥やす商人達。

 

時には善なる目的のために悪行を積み重ねる存在も対象になることがある。

例として挙げれば、二つに別れた国を統合するために、敵対勢力を根切りにしてしまった革命家。

他にも決して治らぬ病を癒やす為、人道的観点からは『外道』と称されるであろう実験を行う科学者も対象となった。

 

そうそう、この科学者に関しては実にホットな話題だ。

今この瞬間、俺がナメクジのように這い蹲っている元凶さ!クソッタレ!

 

この腐れ科学者の実験のせいで何処もかしこも意思を持った植物まみれ!右を見れば同士たる上官殿が蔓に首を絞め上げられ、左を向けば敵対勢力である科学者が雇った用心棒が茨に抱擁され真紅に染まった愛の噴水を撒き散らす。

はっはー!地獄だなぁ!

 

……んん、話を戻そう。

 

そんなこんなで『殺し』を生業とする血腥い正義の味方のようにも見えるが、取る手段は一律して『殺害』のみ。

そんな組織が国際社会で受け入れられるはずもなく、当然のように『違法組織』の一角に名を連ねている。

まあ自身から犯罪の種を生み出すわけではないので、俺の精神衛生上はまだ優しいもんだ。

 

はい!回想(現実逃避)終わり!

 

「おわったぁあaaあ?」

 

「もう帰ってもいいかな?」

 

「daあめ」

 

うにょうにょと触腕の撓らせバツ印を作る怪物。

……そう、怪物。

比喩でもなんでも無い。この現代で、明らかに物理法則に喧嘩を売っている正真正銘のファンタジックなモンスターだ。

恐らく5メートルは在ると思われる高い背丈に、茨や樹木を束ね撚り合わせ形作られた緑の巨人。

顔があると思わしき場所にはただ空虚な虚が佇んでいる。

ちなみに自我を有している。

 

「ながiyoー?」

 

「帰らせてくれたらやめる」

 

「eえ?yaだなa」

 

驚くことに会話さえも成立するコイツはさっき話した科学者が造り上げた生物兵器……らしい。

コイツを、量産実験が行われる明日の朝までに処理するというのが今回の任務。

 

しかし……これが科学によって作られた兵器?それにしてはやたらとファンタジーすぎないか?

こいつ明らかに物理法則を無視した成りをしてるし自我あるし、しかも植物操作できるし。

 

「きmiもできるでsyo?」

 

「できるけどさぁ……俺は特殊だからなぁ」

 

「ワタsiも特殊daよ?」

 

「ああ、確かに」

 

ははは、と二人?して笑う。

互いの間に漂う空気は弛緩しており、先程までこの土地――『研究所』内部の中庭を埋め尽くしていた剣呑さは何処かへと旅立っていた。そのまま帰ってこないでほしい。

 

「じゃa、殺しあoっか!」

 

帰ってきたわ。旅終わるの早くない?もうしばらくゆっくりしてて?むしろ帰ってこないで?あ、無理?そうですよね!

 

「あははhaは!」

 

巨人の右腕が大きく振り上げーー次の瞬間、大地が砕けた。

 

「なん、とぉ!?」

 

轟く雷鳴の如く、甲高く鼓膜を乱打する。

ドォン、ドォン、ドォン!右腕左腕、数秒の隙間に幾十度も交互に地を鳴らし周囲の建造物は微塵と成る。

 

「がんばeー!」

 

左にステップ、右にジャンプ。

微かに残った瓦礫を足場に反転し、中を舞う瓦礫共を踏み台に中空を駆け上がる。

地上は正しく地獄の入り口と化していた。

左右前後、何処を見渡しても人の痕跡は破壊され、代わりか大小様々多種多様な植物が狂った様にのた打ち回る。

 

「まずっ!」

 

体の下、周囲数十メートルの土壌が盛り上がる。

その光景には見覚えがある。何故なら俺自身もやる事があるからだ。

それはつまり、面制圧――一気に腐るほど大量の木を生やせばこうなるのだ。

 

「―――!」

 

次の瞬間、視界の隅々をゴツゴツとした茶色が埋め尽くす。

 

メキメキメキ!

物理法則を無視した異常な急成長。

鈍く軋む音を響かせながら、多様な木々が小柄な肉体を追って縦横無尽に駆け巡る。

 

「やるしか無いかぁ……!」

 

背部の固定具をスイッチ一つで取り外し、鋼鉄の短槍と――長大極まる銃身を誇る黒塗りの拳銃に視線を向けたが、すぐにホルスターに戻した。――今回は不要だろう(・・・・・・・・)

機械仕掛けの槍を構える。

テロリストとして戦い続けて早5年!

この程度の修羅場なぞ幾らでも乗り越えて来たのだ、「戦うの怖いですぅ」なんて漏らしてたクソ雑魚ムーブをキメてたのは昔も昔。

そんなクソみたいな心構えはとうに投げ捨てている!

 

「ああaあ■■■■あ■……」

 

不規則かつ意味不明な軌跡を追って幾百条の枝が殺到する。

そのどれもが人を殺すのに十二分な威力と速度を有しているが、しかしエルフを殺すには力不足!

 

一つ一つの先端に右手に握る短槍を重ね、反らし、砕く。

秒間百突。

全方位へ向け只管に連射を繰り返す。

 

「そぉい!」

 

枝の一つを蹴り飛ばし、その反動で巨体を串刺しにせんと跳躍した。

一瞬の空の旅を超高速で楽しみ、槍を構え、思いっきり身体を引き絞る。

ギチチチ、と身体が軋み――その圧を全て槍へ込め、渾身の一撃を『巨人』へと食らわせた。

 

「aAaaaA!?」

 

「もういっちょぉ!」

 

身体の半ばまで突き刺さった短槍から手を離して、空中で脚を振りかぶり――

 

パァン!

 

――短槍の石突を強烈に蹴り付けた。

切っ先から一尺は体内に侵入していると言うのに、そんな事をされて無事なはずも無い。

抉られていた彼の脇腹は綺麗に消し飛び、緑色の肉無き断面を見せつけていた。

 

すぐさま背部へ移動し、地面に刺さった獲物を回収し再び構えた。

 

すぐに間を置かず、幾千の枝葉が切っ先をこちらに向ける。

 

「この程度!今更効かんぞ!」

 

鋼が煌めく。

あらゆる災禍を、己の牙を持って尽くを払い除ける。

一秒、百突き。

二秒に三百の風を払う。

五秒、千の銀閃を持って結界を張り巡らせた。

 

突き、払い、薙ぎ、斬る!

ただ其れのみ。其れだけを考えれば勝てるのだ!

 

「AaaAaaaa■■■aA■■■■ッッッ!!!」

 

ごぽり。

 

「……は?」

 

百を超え、千に迫る枝葉の隙間から届いた妙な音。

まるで泡が破裂する様に、或いは過分な栄養を与えられた有機物が腐って発酵するかのように。

 

「下か……!」

 

大地が沸騰した。

そして裂けた。

咄嗟に近場の枝を蹴り抜き、一足に30メートルを跳躍する。

数瞬の間を開けて、元いた場所が大きな大きな樹木に削り取られていった。

 

「な、なんつーデタラメ……俺にもできねえぞ……」

 

それは成長するという過程を省き、生まれた瞬間から巨木という異常存在。

樹高百メートルという巨体を表すまで掛かる時間は数秒か。

まさに異常。

 

……けれど、そんな異常現象を現代の科学で産み出された被造物が引き起こせる筈もなく。

よしんば執念と偶然が掛け合わされ奇跡が起きて、それが連続したとしても、何の代償もなしに引き起こせるほど世界は優しいものではない。

 

「やっぱりか」

 

「AaaaAh……あ……あは……!」

 

「……惨い、な」

 

トン。

軽い音を立てて、枯れた枝に埋め尽くされた地上に着地した。

最初と同じ構図だ。

しかし、特に怪我をしたわけでもない俺とは違い、巨人の姿は見るも無惨なナリへ変わり果ててしまった。

その巨躯は萎み枯れ果て、所々腐り落ちてしまっている。

 

「あ、あ……mo…う、オシmaい……かぁ」

 

「最初から、分かってたのか?」

 

「u、ん。元々、明日の朝には苗床に……なって死んでる筈だった、から。だから、まだ動ける今のうちに出し尽くそうと、思って」

 

拙かった言葉が、徐々に滑らかに紡がれ出した。

枯れ果て萎んだ肉体となって、なぜ今なのか。

……きっと、全部を出し尽くして、疲れ果てて、余分な力が抜けたのだろうか。

 

俺にも経験があるぞ。

 

嘗てのクソ上司に対して、この口調じゃまずいから無理矢理敬語を使ってた時期があってな。

とはいえ、ぶっちゃけ基本的に殺意を抱きまくってるせいで言葉にもソレが現れてて……まあ、コロシアイになったわけですよ。

なんやかんやで全力の殴り合い(12歳幼女対35歳男)をして、殺意を抱くのも億劫になるぐらい疲れたら普通に会話ができたのさ。

 

「へ、ぇ……そうなん、だ」

 

でもその出し切った後の虚脱感も、余分な血や力が抜け落ちたからこその身軽な感覚も、とても気持ちがいいものだろう?

 

「うん。確かに」

 

気付けば、言葉に混じっていた筈のノイズさえも消えていた。

ほぼ人と変わらないほどに流暢になった言葉と、幼気な少年のような声音。

しかし対象的に急速に劣化していくその巨躯は、止まることなく迫る終わりを示唆しているようだ。

 

「ねぇ」

 

「……なんだ?」

 

「楽しかったよ」

 

「そっか……」

 

「あり、が――とう――」

 

サラサラ、と。

炭のように水分の抜けきった身体の端から砂へ還り、数秒の時間を掛けて完全に宙へ溶けた。

 

懐から取り出した携帯端末を操作し、任務達成を知らせる電文を本部へ発信する。

 

『植物兵器EB-417、排除完了』

 

 

 

 

ほぼ毎回、こんなノリで殺し合って、ゴミのように死んでいく同士(大体クソ)と敵(殆どクズ)の死体を踏み越えながら生を掴んでいる。

なんせ、任務失敗=死or捕虜だ。そりゃあ必死にもなる。

仮に捕虜になったとして、基本的にはクズしかいない敵の元で普通に生きることが出来るとは思えない。

 

そんな生活ももう五年。

今年で(多分)16歳になる。

 

この年にもなれば、やることも大体パターンが決まっている。

 

1、小さな国の紛争地帯で争いを止める(物理)。

2、平和な大国にテロリストとして参戦。

3、汚職に塗れた政治家共を暗殺。

4、治安部隊に追い掛けられる。

 

楽しいな!(白目)

こんな日常だが、コレはコレで趣深く……は無いですね。うんこかな?

本部や支部で待機する時以外、大体衣食住はクソの化身。

くっそまずいレーションと寝袋とテントで野宿!

 

日本食が恋しい……中華料理の辛味も味わいたい、甘味を口いっぱい頬張りたい……ああ!クソ!

 

本部にある自室の備え付けのベッドの上でビタンビタンと跳ね回る。

 

「エルフ、16歳の秋。故郷の食事に()焦がれて()になる……ふふっ」

 

あ!まって!石を投げないで!

だってほら!三食クソマズ軍用レーションなんだよ!?ちょっとぐらい茶化してもいいでしょ?ね?

 

「くっ……暴れたらお腹すいた」

 

くてー、と身体を投げ出す。

以前、前世では当たり前のものとして当たり前に食していたが、今となってはその当たり前が恋しくてたまらない。

肉じゃが、カレー、フライドポテト、ハンバーガー……どれも素晴らしい食事だった。

 

「……報酬として要求したらダメかな……」

 

担当者であるアイルという無骨な男の顔を思い出し、即座に無理を悟る。

だってあいつ、超合理主義だもん。

軍用レーションとサプリメントさえあれば一切問題ないしそれこそが理想という変人だ。

きっと、ジャンクフードを要求した所でまともに取り合ってはくれまい。

 

「ああ、でも……あの粗雑でジャンクな油っこさを味わいたい……」

 

……言うだけならタダか。

一先ず言うだけ言ってみよう。

ジャンクの魅力には勝てない。

 

《緊急事態発生!緊急事態発生!!》

 

「ぬわぁ!?」

 

《我々は襲撃されている!繰り返す!我々は襲撃されている!A区画、B区画は既に制圧された!総員即座に戦闘配置につけ!》

 

「うっそぉ……」

 

今俺が居る本部は徹底的に隠蔽されており、俺達戦闘員が本部に来るのだって目隠しを施し聴力に嗅覚を封じた状態で、尚且徹底的に情報漏洩対策を施された特務隊が移送するしか移動法が存在しない。

それ故に一般所属員は何処の国に存在するのかさえ知りもしない。

 

「装備、オッケー……だけど」

 

まずい。

マズすぎる。

何がマズイってこんな状況から巻き返せるほどの戦力がないのだ。

ぶっちゃけどいつもこいつも此処が見つかる筈がないって高を括ったせいで碌な戦闘員が存在しない。

使い物になるヤツなんて、俺を含めて30人そこら。

そして、こんな違法組織に攻め込んでくる敵が、少ない人数で攻め込むはずがない。

 

……つんだ?

 

《何としてでも食い止めろ!我々はこんな所で止まるわけには――う、何だ貴様!何故此処に――!?》

 

「あっ(察し)」

 

ガガ、ブツン。

僅かな余韻を残して放送が終わった。

……放送室の所在地は本部の中枢に位置する。

つまりアレだ。

組織!制圧完了☆!

 

 

 

 

「逃げなきゃ……!」

 

 

『こちらベータ、組織のトップである『先導者』を確保した。繰り返す、『先導者』を確保した。』

 

『作戦本部より全部隊に次ぐ。監禁されている少年兵たちを保護せよ。』

 

『こちらアルファ、了解した』

 

『こちらデルタ、了解しました』

 

部屋の前の隠し通路、その入口から無線の会話が聞こえる。エルフイヤーの聴力はすごいのだ!他人の受話器越しの会話も聞き取れるぞ!

 

つらたん(絶望)

 

俺がエルフなの知ってる?国家権力には近づきたくないの。実験動物になりそうで!

だからこっち来ないで?部屋スルーして?

 

そろそろ一般人として民衆の中で生きたいの。

見逃して?

 

「おい、こっちから物音がしたぞ!」

 

「この部屋にいるのか?」

 

「鍵が閉まってるな……よし、刺激しないようにそーっと、そーっと開けるぞ。間違っても銃でぶち抜くんじゃあないぞ」

 

オフィスの隠し通路からしか入れない少年兵たちの寮。

その内部から男たちの声が聞こえた。

というか、俺の部屋の前から聞こえる。

 

「………逃げよう」

 

ひとまず何も考えず、床にある隠し脱出口から逃げることにした。

俺の冒険はこれからだ!(絶望)

 

■■

 

 

世界、最も発展したという声高き米国。

成熟した町並みという輝かしい表の光、その対極に位置する暗黒面。

つまり仄暗い裏側には、深く入り組んだ薄汚い路地裏も含まれる。

 

そんな裏側にも下水道は建造されており、必然的に整備工の入り口たるマンホールも無数にある。

 

ズリ、ズリ……ガコン!

 

鈍い音と共に赤錆の浮く落し蓋が開いた。

 

同時に、軽やかな動作で飛び出すのは……そう、俺!

戦争奴隷エルフです!テロリストはやめました!いやぁ、平和が一番!

 

「ふぅ……すごい臭かったぁ……」

 

ぐしぐしと鼻をこする。

 

組織に隠れて造り上げた脱出路は地下に張り巡らせているが、やはり一個人が設計するのは無理がある。

故にすでにあるもの――下水道を利用した。

その御蔭で、衛生環境と引き換えではあるものの安全な旅を提供してくれた。

 

「さて、と……」

 

何処の所属かは知らないが、おそらく正規の兵士に制圧された時点で傭兵としてでも働けないだろう。

特記戦力だった俺の情報なんて向こうに渡ってる。間違いなく。

その上、一般人として生きるにもいくつもの問題が立ちはだかる。

まず国籍不明、身分証明不可、未成年(国に依る)、所持金ゼロ!あと下手したら警察機関にも追われる!

というかココ何処の国だ!

 

……やべぇよ、何もねえよ。リアル家なき子(ハードコア)だよ。

 

 

 

どうしよう。

俺は悲嘆に暮れ、まずは道の端で土下座物乞いをすることにした。

 




続かない。
誰かこんな感じの書いてください。
お願い♡


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社畜兵士エルフ

練習は何回かやるものなので続かない初話の続かない続編書きました
今度こそ続きません(確信)


英語圏内のどこぞの国。とりあえず言語が通じない魔境(ガチ)。

そこそこの都会の、大きな大きな血管たる大通りの隅っこで深く頭をうずめる。

長く伸びた耳を周囲から見えないよう深くフードを被り、只管に土下座。

そのまま微動だにせず待ち続ける事数十分。

 

カランカラン、と。目の前の空き缶が甲高い音を鳴らした。

 

「……Do your best(頑張りな)

 

「アリガトウ……アリガトウ……」

 

何をしているのか、気になるじゃろ?

……そう、みんなもやったことある筈……。

 

――物乞いじゃよ!

……ハァ?プライドが無い?

それでご飯が食えるのですか?(人外特有の心のない眼)

世の中金なンすよ!金がなけりゃあ生きてけねェ!金が全てだこのNEET!

あっ、まって、生言ってすみません!お腹が空いて余裕がないんです!ホントはこんな事が言いたいんじゃあありません!嘘じゃない!

ほら!この澄んだ目を見てください!(人外特有の心のない眼)

こんな目を持つエルフが卑しいわけがない!(人外特有の以下略)

 

Eat even bread with this(これでパンでも食いな)

 

「アリガトウ……何言ってるのかわからないけどアリガトウ……」

 

この町の住人優しいやつばかりかぁ~?

こんなクッソブカブカのコートを着て姿を隠した怪しいガキにお金を恵んでくれる!

女の姿で物乞いしてるとアンダーグラウンドなお兄ちゃんに絡まれる事を危惧して姿を隠してるが、これなら問題なかったかもしれんなぁ!

いや、むしろ俺の美少女っぷりなら養ってくれる人もいるのでは?

金砂の如く煌めく御髪!(長い戦場暮らしで傷んでる)

女神に匹敵する(面識なし)凛々しく整った美貌!(ガチ)

四足獣のように靭やかで均整の取れた肉体!(モース硬度9)

これは強い!

いい人っぽい人にそれとなくすり寄って――

 

hey!uncle!(おい!おっさん!)What are you looking at!?(さっきから何こっち見てんだよ)

 

「…………」

 

What is it?(何だよ、だんまりか) Say something!(何か言えよコラ)

 

おっと、なんかそこはかとなくいい人っぽいおじさんがヤンキーに絡まれてる!

何言ってるのかわかんないけどロクでもなさそう!

 

「ふっ、これはチャンスだな」

 

作戦はこうだ!

 

1,おじさんを助ける

2,おじさん「なんて親切な美少女だ!ありがとう!」

3,俺、そこはかとなく家なき子であることを伝える

4,おじさん、俺を養う!

 

良し!完璧だな!

そうと決まればあのチャラ男を締め上げて恩を売――

 

shut up(黙りなさい)

 

チャキ。

チャラ男のくせに豪勢な金の頭髪に、黒光りする鉄の棒が押し当てられた。

それまで興味を持たずにいた周囲の人々さえにわかに足を止める。

ソレは大きく、太く、見るものを威圧する圧迫感を放っている。

今世では幾度となく触れ、そしてその先端を向けられた武力の象徴――

 

If you don't want to make a hole in that empty head(その空っぽの頭に穴を開けられたくないなら), you can leave here(此処から立ち去るといい。)

 

「h...a...」

 

「ヒェッ……」

 

クソでかい拳銃を突き付け、おじさんは低く唸った。

チャラ男は怯え、ただ後退る。

俺はチビッた。

 

「aAAAaa!!」

 

「に、逃げた……」

 

Goofy(愚か者め)...」

 

サッと拳銃を一回転させ、腰にあるホルスターに納めた。

周囲の野次馬達も興味を無くしたのか、またすぐに元の生活へ戻っていく。

……動じなさすぎでは……?

えぇ……この街怖……もう物乞い辞めよ……。

 

Hi lady(そこのお嬢さん)

 

「へ……!?俺!?」

 

気付くと、目の前に例の怖いおじさんが膝を付いている。

その視線は間違いなく俺を見つめていた。

 

Russian(ふむ。ロシア語か)……お嬢さん、こんな所で何故物乞いをしているんだい?」

 

「え…!?え、えっと、仕事がない、から……」

 

「ほう、仕事がない?今ここでは何処も働き手不足で困っていると言うのに、君を雇わないのかい?」

 

「ええっと、そのぉ……」

 

やばいやばいやばい!

何かわかんないけどめっちゃ怪しまれてる!

目が昏い!こんなレイプ目してるとかぜってぇヤベえやつだよ!

誰だいい人っぽいって言ったやつは!

俺だ!

 

「身分証明、できないんだね?」

 

「ぴっ……」

 

「ふむ、それだけでは無い……国籍がないのか。そして不法入国……」

 

「なななななにを言って―――」

 

「しかも、純正の人間ではない」

 

カタカタと体が震える。

漆黒の瞳は瞬く間に俺という存在を解体し検品してしまった。

 

脳裏をこれまで見た景色が駆け巡る。

これは走馬灯――記憶の海を泳ぎ回り、この危機を乗り越えるべく過去を想起する。

 

俺を先導する教官(ゴリラ)

銃の持ち方をバナナで指南する教官(ゴリラ)

俺達子供組にバナナで餌付けし、管理官に叱られる教官(ゴリラ)――

 

心の中のゴリラが、おもむろにこちらへ振り向いた。

ゆっくりと口が開く。

 

『逆に考えるんだ。バナナを渡すことで仲良くなってしまえ、と』

 

あっ。

こいつよく見たら教官(ゴリラ)じゃなくてコンゴ共和国などに生息するニシローランドゴリラ、学名ゴリラ・ゴリラ・ゴリラ[1]のジョンだわ。

ははは、あまりにも厳つい顔と毛深い体躯で勘違いしてしまった。

ジョンは教官と違って抑えきれない優しさが目に現れてるからね。目を見ればクソゴリラとジョンの違いなんて一目瞭然――

 

「沈黙は肯定と受け取ろう」

 

「えっ」

 

「では、異種のお嬢さん。一緒に来てもらおうか」

 

「お断りしま――」

 

「ダメだ。一緒に来てもらおう」

 

おじさんが手を伸ばしてくる。

……え?強制?それまじ?誘拐ですよ誘拐!法律的にマズイですよおまわりさん――って!俺不法入国の犯罪者だったわ!どっちにしても捕まっちまうぜ!それは勘弁!

おら!収監回避パンチ!

 

ぺし!

 

「…………」

 

「……ふっ」

 

再び手を伸ばす。

ぺし!

 

「……ふむ」

 

「(無駄ですよ!)」

 

さっきよりも早く――具体的に言うと時速180kmの速さで右手が伸びる。

 

パァン!

 

「チッ」

 

「チュ!」

 

――アイアンクローされた。

 

ミシミシと頭蓋が悲鳴を上げる。

これはどうしようもなくダメなヤツではあるが――そこはかとない既視感と安心感を胸に、僅かな時間を掛けて意識を落とした。

 

 

 

 

「知らない天井だ」

 

鋼色と青く発光するラインの入り混じった、SFチックな天井が視界を占領している。

鈍く痛む頭を抑えつつ、仕立てのいいフカフカのベッドから体を起こした。

空っぽの白い花瓶と、小さな木造の机があるばかりの小さな部屋。

生憎と見覚えがない光景に首を傾げる。

 

「俺、何してたんだっけ……」

 

よくわからん言葉の通じない街で物乞いしてて、いい人っぽい渋いおじさんが実は超危険人物であることに戦慄して、それで――。

 

「キミはこの私を煽り、アイアンクローで沈められたのさ」

 

「あっ!何故か心を読む沸点が低いおじさん!」

 

「……ほう」

 

「あ!まって!それは良くない!」

 

本当に煽り耐性低いなぁ。

下手すりゃ孫ぐらいの年嵩の小娘にガチになっちゃうなんて!ぷんすか!

 

「チッ」

 

「チュ!」

 

――アイアンクローされた。

 

 

 

「ふおおおぉぉぉ………頭が軋むぅ……」

 

「まったく……」

 

結局、最初と同じベッドの上でおじさんから介抱を受けていた。

ヒリヒリと痛む額に冷たい湿布を貼られる。

 

「さて……そろそろ本題に入ろう」

 

「はぁい……」

 

よっこらせ、と。

おじさんは壁にある隠し収納のドアを開き、そこから取り出した椅子に座った。

懐から取り出した資料をパラパラとめくりながら口を開く。

 

「まず、キミはテロ組織『意義ある痛み(Meaningful pain)』の元構成員で間違いないね?」

 

「そこまでバレてるってマジ?」

 

「キミが『意義ある痛み(Meaningful pain)』の特務戦闘員である『E-417番』であり、先日の本部制圧から脱走した数少ない少年兵であることまでは分かっている」

 

「ほぼ全部じゃないっすか」

 

ほぼ(・・)……ね?」

 

「あっ」

 

昏い瞳が俺を射抜く。

背筋が痺れ身体が固まったせいで顔をそらすことが出来ぬままに、光を拒む心のない視線を人外特有の心のない瞳で見つめ返した。

 

「……その耳」

 

「……はい」

 

「エルフだね。一度見たことがあるよ」

 

「はい」

 

「今は実験体として飼われているらしい」

 

「ヒェッ……」

 

予想はしていた。

確信もしていた。

やはりエルフとかいうファンタジーな生命体は、くっそつらすぎる現実に直面しているらしい。

高い身体能力、植物との感応・操作能力。限りなく不老に近い――或いは不老そのもの。

GodPedia曰くそんな特殊極まる生命なのが俺たちエルフ。

まあ研究対象になりますよね、残当(残念ながら当然)

 

「そこで、だ。キミと取引がしたい」

 

な、なんでしょうか(嫌な予感しかしない)

 

「私達直属の兵士として3年間働いてもらいたい。報酬として戸籍、経歴、資金……人並みの生活が送れるように手配しよう。」

 

「何!?」

 

その差し伸べられた救いの手は赤黒い肉片がこびり着いていそうだが、コレ以上なく魅力的。血に塗れまくってるけど!断ったら実験動物ルートに突入しそうだけど!けど!

あ――やばいやばい。俺タダでさえこういう交渉事弱いのに!絶対コレ系のってなんかの穴があるって!

『騙して悪いが……』なんて未来が見える!

間違いないね!俺はちょろいんだ!

ここは何とかして穏便に断って別の方法で――

 

「ちなみに拠点で提供される食事は元一流ホテルレストランの料理長が担当している」

 

「やりますぅ♡」

 

おいしいご飯には勝てなかったよ……。

 

 

 

 

「……おかしい」

 

「あん?」

 

対面に座る強面イケメンのお兄さんが胡乱げに顔を向けてくる。

ガタンゴトンと不規則に揺れる軍用ジープの中で、一番早くに仲を深められたであろう青年――ライル・ヘーゼンにじゅうごさいは、ピッチピチの新人であるエルフ界トップクラスの美少女である俺に、アホを見るような失礼極まりない瞳で見つめてきた。

 

「今度は何だ?さっきまでカニ味のレーションを食えてご満悦だったじゃねえか。またハラが減ったのか?」

 

「確かにそろそろお腹が――ってちがぁう!」

 

「おっと、また我らのお姫様がご乱心だ!」

 

「なんだなんだ?」

 

「大丈夫か?大胸筋が歩くの見る?」

 

「マジ!?確かに見たい――ってちがう!そうじゃない!」

 

パシン!と眼の前に迫りくる大きな胸板を叩き付け、思わずその勢いのままに部隊長であるライルに詰め寄った。

 

「ライルたいちょー!俺達がこの国の戦地に到着して!14日間!なんで!休みもなしに戦ってんすか!」

 

「あー、たしかに長いなぁ。でもまあ、今は休憩時間みたいなもんだから」

 

「ちゃうねん!普通こんなに短い時間じゃなくて!傭兵なんだし一日ぐらい休みあるでしょ!」

 

「無いぞ」

 

「えっ」

 

「契約書、見たか?」

 

感情の消え失せた青い瞳に見つめられ、とっさに過去を思い返す。

あのガチこわおじさん――ローランド社長の手渡された契約書には至極真っ当な――言ってしまえば常識、人道を配慮して戦いましょう。かつ、上官の戦闘命令は絶対です。敵前逃亡はいけません。とだけ書いてあった。

そこに今のオーバーワークを許容する文面はなかった筈だ。

 

「その戦闘命令遵守……前後の流れからサボらず戦えっていう風に解釈するアホどもが多いようだが……実際は違う。『上官に戦うことを命令されたら拒否できない』ってことだ。何処に間違える要素があるんだ……?」

 

「……えっ」

 

つまり、あれだ。

上官が「休め!」って言わない限り延々と働かなきゃいけないってこと……?

ブラックでは?

 

「今気付いたのか……?」

 

「アホの子かな?」

 

「しっ!言ってやんな!」

 

上官のさじ加減によっては、契約した三年間休みなく戦い続けなくてはならない。そういうことか……。

……拠点のご飯、いつになったら食えるんですか?

え?ずっと食えない?

 

……もぅマジむり……。

 

「……チョコバー食うか?」

 

「たべる……」

 

「417番はよく食うなあ」

 

「これが戦場暮らし唯一の娯楽よ……」

 

甘さが染み渡るぅ……。

どれだけ荒んでも、どれだけ傷付いても食事は変わらず美味しい。

美味しいっていうのはそれだけで心を癒やす。

ああ、素晴らしいなぁ。だからその手に持ってるクッキーも喰わせてくれ!

 

「どんだけだよ……」

 

「でも太らねえし……その栄養何処に行ってんだ?」

 

「胸……じゃねえな。貧乳だし」

 

「――は?」

 

――部隊全員にアイアンクロー食らわせた。

 

 

 

エンゲージ(接敵)!」

 

「いけ!シーナ(・・・)!」

 

「エルフキイイィィック!!」

 

鉄板が仕込まれた黒い軍用ブーツが、鋼鉄の塊である装甲車の前面()を容易く抉りこみ、まるで豆腐を踏みつけるような僅かな抵抗を受け――受けただけで、前面から突入し、後面から飛び出した。つまり貫通した。

 

「装甲兵だ!いけ、シーナ!」

 

「エルフパアァァンチ!!」

 

最新鋭の人体工学によって作り出された強化外骨格を纏う兵士に一足とびで接近し、その勢いのまま顔に右ストレートをぶっぱなす。

 

ポーン。

 

鋼の加護を無視し、遍く生命の急所である首を弾き飛ばした。

 

「10時の方向、ビルの影!市街地特化駆動兵器を3機発見!」

 

「いけ!シーナ!」

 

「エルフスピアアアァ!」

 

テロリスト時代から愛用している愛槍を右手に握り締め、道路に打ち捨てられた乗用車を踏みつけ加速していく。

 

荒廃した都市ではあるが、過去の栄光の面影を微かに残したこの地形に何度目かになる感謝を捧げる。

大都市と言うには一歩及ばないが、それに迫る発展を幾重にも重ね複雑に入り組んだ地形は俺にとってこれ以上なく戦いやすい戦場だ。

だからこそ、視界が通り辛い地形の中、敵に発見されづらい小さな体躯で超高速で飛び回れば――

 

「はいドーン!」

 

――こうやって奇襲で吹き飛ばせる!

界隈では二足歩行ロボットとも呼ばれる6メートルほどの体躯を持つ鋼鉄の巨人の群れ、その先頭の首をドロップキックで吹き飛ばし、そのまま空中で身体をギチギチと引き絞り中枢部分であるコアを串刺しにする。

 

エンゲージ(接敵)。マニュアル《EE-009》に従い戦闘を開始します。付近の友軍は注意してください』

 

それを見た残りモノである二機の巨人の右腕部が花開き、内部に格納されていた大口径ライフルを構えた。

それは対物ライフルであって人に向けるものではない――そんな心の呟きは当然ながら無視され、重低音を響かせながら鉛玉の雨を降らせる――前に。

 

ロボットの片割れに向けて咄嗟に槍を投擲する。

 

Code(命令)QuickBoost(瞬時加速)!」

 

鋼の短槍――その柄の頂点、石突が爆発した。

時代錯誤な短槍――『C8式合金特殊近接兵装』には極少量の火薬を装填したカートリッジを仕込んでおり、命令に応じた手順を辿って起爆する。

今回であればその名の通り、投擲の際に瞬間的な推進力を得ることが出来る。

 

そう、つまり――エルフ力×火薬の爆発力×俺の美少女力により幾何学的な破壊力を生み出すことが出来るのだ――!

 

ドぱァ!

 

鋼鉄の巨躯は液体のように(・・・・・・)脆く崩れて弾け飛んだ。

 

『僚機『E=CONBAT=ST0721』のシグナル途絶。敵性戦闘員に対する警戒レベルを《7》に設――設定sssssしmmmあああまsu』

 

ギィ。

最後の一機の合成音声を掻き消し、その体の内側から鋼の軋む音が響く。

 

『error。erroreeeEEEErRREroooo―――』

 

バァン!

内部を蹂躙した樹木の枝葉(・・・・・)の体積はついに機体を超え、外殻を中から破壊することで陽光に身体を晒した。

他の戦場ではブイブイ言わせていたであろう無人小型化されたガ●ダムとて、この戦場では少しだけ強いタダの兵器だ。

この戦場での王は!エルフ界のトップアイドルたるこの俺よ――!

 

「次は12時の方向!小型駆動兵器二十、市街地特化駆動兵器十、戦車二十五!多分本隊に対する支援部隊だ!気付かれていない今のうちだぞ!いけぇシーナ!!」

 

「ちょっと待って……」

 

「うん?どうしたんだ?」

 

「大丈夫大丈夫!もうワンセットいけるぞ!」

 

「いけるいける!もっといける!まだまだやれる!もっと熱くなれ!」

 

何だこのトレーニングコーチみたいな連中は!

さっきの戦い見ておかしいと思わんのか!?

そう!俺しか戦ってねえよ!

なんでお前ら索敵だけなの!?その手の銃は飾りか!?

 

「いや、まぁ……」

 

「シーナだけのほうがさっさと片付くし」

 

「はぁ!?」

 

「シーナは給料が増える。俺たちは楽ができる。win-winだな!」

 

「ジーザス……」

 

思わず天を仰いだ。

 

――ああ、なんて綺麗な青空だ。

この野郎どもとは違って美しい。まるで俺の心の写し身のようだ……。

 

あっ、あの雲ゴリラにそっくりだなぁ!すっげぇ!なんか毛深くて賢そうな彫りの深い顔だ!

 

「ほら!行くぞ!」

 

「やだ!もう此処でお空眺めてる!」

 

「そんな事言わずに!な?」

 

「やだぁ!」

 

そのまま地面に寝っ転がる。

ひび割れたアスファルトではあるが、なるほどこれはこれで趣深い。

寝心地は悪くないが大きな道路のど真ん中で寝っ転がる非日常感が素晴らしい!

クソッタレな仕事なんて放り投げてここで寝ようぜおっさん!

さあ、だからその懇願する視線をやめて――

 

「ほら!本部戻ったら『ラ・コルテ』の限定ケーキ5セット買ってやるから!」

 

「――敵いっぱいコロすぅ♡」

 

「よォし!行くぞシーナァ!むしろ行けシーナァ!!」

 

「おオオォォォぉぉ!!!」

 

――この後、めちゃくちゃ暴れて紛争の原因の政府潰した。

 

 




ちなみに主人公くんちゃんのバストはBカップ
こう、キュッ、キュッ、キュッ。って感じで全体的に小さくて華奢

でも続かないぞ
誰かこんなの書いて♡


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ポンコツ社畜兵士エルフ

練習三回目なので初投稿です
評価バーが赤に染まって困惑しました
胃がイタイ……とりあえずかき揚げ……じゃなくて書き上げました
困ったら乳首占いで書いたのでガバってるかもしれません ゆるして


カチ、カチ、カチ。

広い室内に秒針の音が固く響き、赤い絨毯に吸い込まれて消えていく。

全体的に黒と白に統一された高級感あふれる執務室で、俺は静かに正座していた。

そんな俺をもはやお馴染み、そこはかとなくゴリラっぽい雰囲気を出すローランド社長が見下ろしている。

 

「さて、417番……いや、シーナと名付けられたんだったか。何故こうなっているのかわかるかい?」

 

「俺のエルフ力が高すぎるからかなぁ」

 

「……はぁ」

 

「おっと、それはマズイ」

 

事あるごとにアイアンクローで俺を鎮めようとするのは良くないぞ!

この可愛いお顔に跡がついたらどうしてくれるんだ!ぷんすか!シーナ怒っちゃうぞ!

 

「チッ」

 

「あのさぁ!舌打ちするのは良くないですよ!そんな事するから社長みんなに嫌われ――」

 

――アイアンクローされた。

 

 

 

「さて、力しか無いシーナくんには分からないようだから、今回の問題点を教えてあげよう」

 

「はい」

 

「……やりすぎなんだよ、キミ」

 

「えぇ~?やれって行ったのは上司くんですよ?俺は命令に従っただけ――」

 

「依頼内容、『各PMCには反政府レジスタンスの支援に努めてもらう』。主に市街地を占領する政府軍を撃破し、政府の持つ兵力を削っていく、というのが今回のミッションだった」

 

東南アジアにある『アルヘス国』は長年の独裁政治を執り行い、高度に発展はしたものの人民達は常に搾取され続けていた。

あの市街地の発展とてハリボテの栄光だ。

だからこそ、自然的な流れとして人々は武装蜂起した。

彼らに依頼された複数社のPMCは、レジスタンスが首都にある大統領を拘束するまでの露払いをする――はず、だった。

 

「そこで何を思ったのかキミは単独で、まだまだ兵力を削れていないにもかかわらず首都中心部へ突貫し、なぜか護衛隊ごと大統領を潰してしまった」

 

「わぁ、俺つよぉい」

 

「……明らかな越権行為、契約違反だ」

 

社長は重々しく呟いた。

しかめっ面は更に影を濃く落とし、目元は昏さのあまり闇に飲まれて見えなくなった。

 

ホラーかな?社長こわ……今度バナナ投げようと思ったけどやめるわ……。

 

いや、でも俺もちょっとまずいかなって思ったんですよ。

流石に一傭兵が完全に仕事内容から逸脱して動いてもいいのかなって。

けど仕事内容を遵守する場合じゃ明らかにレジスタンスや傭兵の命が無為に落とされる。

だから俺がまるっと潰してみんなの命を……ね?ほら、この言い訳じゃあダメですか?

 

「ダメだ」

 

「あっ、そっかぁ」

 

「……はぁ」

 

社長は静かに椅子へ向かい、ギシリ、と軋む音を立てて腰掛けた。

頭が痛い、と言わんばかりに目頭を揉む姿をみて、若干申し訳なくなった。

 

「……今回は、向こう方は悪い印象を受けなかったようだ。むしろ報酬はかなり多くに支払われた」

 

「マジ?俺がやったの正解じゃないですか」

 

「今回はたまたまだ。偶然、相手が『子供が悪の首魁を打ち倒す』という事実を手に入れたから良かった。分かりやすい宣伝文句にも使える。『アイツは無垢な子供でさえ殺意を覚える悪魔だ』とな」

 

「ははーぁ、それで周辺国から印象を操作するんですねー。賢い」

 

思いがけず彼等への助力を為せたからこそのお咎めなしで報酬アップ、と。

……そう考えると今回はかなりのレアケースになるのか。

うーん。やっぱり命令に従ったほうが角は立たないし丸く収まりやすのかなぁ……残念。

エルフ無双とか楽しかったんだがなぁ。

 

「分かって貰えたようで何よりだよ。……そして、命令違反の社員に対してこのままお咎めなしというわけにも行かない」

 

「ヴェ!?」

 

「お仕置きだ」

 

椅子に座る社長の姿がブレたと思えば――すぐ目の前に社長の顔がある。

え!?ウッソだろ!お仕置きってマジ!?まさか俺に酷いことをするのか!?エロ同人みたいに!エロ同人みたいに!いやん!俺まだ16さ――

 

「うん?」

 

カチャリ。

一瞬で身体の重みが変わる。

何事かと思えば普段の戦闘用スーツの上にいくつかのベルトが巻かれ、背には大きなバッグが鎮座していた。

そして両手には手錠。

 

「連れて行け」

 

「了解!」

 

「うん?」

 

知り合いの屈強な男兵士――確か名前はジョンだったか。彼に俵担ぎで抱えられ、スタコラサッサと通路を小走りで駆けていく。

右に左にと幾つかの角を曲がっていき、一分足らずで大きな飛行場に連れて行かれた。

早すぎる流れに唖然としていると、ジョンは俺をポーン!と放り投げ、輸送ヘリにスタイリッシュ運搬を果たした。

俺は荷物だった……?

 

「おう!シーナ!こっからは時間勝負だ!しっかり捕まっとけよ!」

 

「ヘ!?」

 

キュイイイイイン!

ヘリコプターのローターが命令を受け超高速で回転し、少しずつ機体が持ち上がっていく。

 

「ちょっと待って!お仕置きってなんなんだ!?」

 

「クーデターで死にそうな王国にささっと助けに行って!反乱分子をぶっ潰せ!頑張れよ!」

 

「待てジョン!俺の武器は!?」

 

「後でAmozonで送る!グッドラック!」

 

阿呆か!?

いくら何でも通販で送るとか無理があるだろ!?

え?それもお仕置きの内?

社長キレすぎだろ……こわ……。

 

 

『そろそろ目的地のヘステル王国だ。準備しておけ!』

 

「はぁい。ていっても着の身着のままだからすることねぇぞ……あっ、そういえばこの手錠っていつになったら外れるんだ?ていうか何故手錠?」

 

『ヘリから降下した勝手に外れるぞ。あと何故手錠なのかといえば……社長の趣味だ』

 

社長こわ……(ガチ)。

変態だったのかあの人……もう不用意に近づくのやめとくわ。

 

『ドアオープン!』

 

ヘリの外――先程までは海色一色だった視界に、いつの間にか広大な陸地が写っていた。

『ヘステル王国』は海に面する国だったのか……食料も現地調達らしいし、途中でカニでも食おうかな……へへ。

 

『さあ!到着だ!行って来い!』

 

「シーナ、いっきまーす!」

 

 

 

 

 

「それがどうしてこうなったんだ?」

 

右を見る。銃弾の雨を曲剣一振りで切り抜ける細マッチョの変態。

左を見る。何故か服を纏わず、両手に持った二丁の固定機銃(・・・・)をぶん回す巨漢の変態。

 

上空から降下し、パラシュートによる補助を受けて降り立ったのはのどかな草原だった。

王室から指定された地点であることを確認し、一先ず今回共にミッションを熟す向こう側の人員を待っている――筈だった。

 

数分もせずに現れた二人の男は何故か此方に見向きもせず、お互いを見つめ合ったかと思えば唐突に殺し合いを繰り広げた。血気盛んという次元ではない。

 

「アラスウウゥゥ!ナンで裏切り者のテメェがいやがンだァ!」

 

「黙れ、セイジ。大局も見れぬ愚か者が」

 

「……うーん」

 

何だろうか、この。

俺、どうしようもなくアウェーだ。

でもな、そもそもクーデターを収めることが仕事のはず……。

とりあえず落ち着かせる(物理)か。

 

「そぉい!」

 

「グム!?」

 

一歩、足音を立てぬよう靭やかに跳び立ち、巨漢の背後から首を狙う。

そう、伝統の『首トン』である。

一瞬で意識を落とし、崩れ落ちる巨体をそのままに次の相手――未だ呆然としている黒スーツを着た青年に飛びかかった。

 

「何――!?」

 

「おるぁ!」

 

鳩尾一閃。

滑らかな体重移動によって放たれる熟練の正拳突きで、血気盛んなあなたを安らかな夢の旅路へご案内いたします!

 

「ぐっ……」

 

ドサリ、と鈍い音を立てて倒れ込む青年を咄嗟に抱えあげ、申し訳程度に頭を庇う。

その間5秒足らずである。

とりあえず『異種』と思われる二人を鎮圧した俺は彼等を日陰に運び、暴れないように亀甲縛りを施した。

 

 

『a月p日 天気 バナナ』

今日の訓練では『異種』同士での格闘を行った。

とはいえ『異種』とは何なのだろう、よくわからなかった。

教官(ゴリラ)曰く『人類の突然変異種』らしい。

途轍もなく強靭な肉体を持っていたり、超能力を持ってるスーパーマン。

ケモミミ美少女も実在するのだろうか?むしろ教官はゴリラっぽい『異種』ではないのか?

そう聞いたらアイアンクローされた。

 

 

「ここ、は?」

 

「ぐ……俺、は……一体……?」

 

「おお、起きたのか」

 

午後12時ジャスト。

よほど正確な腹時計を持っているのか、二人同時に起き上がった彼等の前に川魚の串焼きを持って近寄る。

 

「オマエは……ああ、PMCから派遣された『異種』か」

 

「ふん。こんな子供にさえ頼らねばならんとは……我が国も落ちたものだ」

 

「その子供に負けたんだぞゴリラ」

 

「ぐぅ……!」

 

「はッハァ!ザマアねえなアラスゥ!」

 

「煽るなボケ」

 

「がは!?」

 

仰け反り突き出された腹を軽く蹴る。

亀甲縛りの効果で碌な防御姿勢も取れず、ゲホゲホと咳き込んだ。

それを見た巨漢は「クク、愚か者め……」とご満悦。何だコイツら……。

あほくさ。一先ず二人の亀さんを引き摺って、この1時間で作った急造の野営地の焚き火付近へ運搬する。

地面との摩擦?知りませんねぇ……。

 

「待て、まずはこの奇っ怪な縛り方の縄を解け」

 

「このハゲと同意見だ。もう暴れねえから開放しろ」

 

「しょうがねぇな……」

 

渋々二人を開放し、キャンプファイアでじっくり弱火で焼き上げていた川魚を放り投げる。

 

「うおっと、サンキュー」

 

「頂こう」

 

「あと、食べながらでいいから俺に説明してほしい。なんでお前ら俺そっちのけで殺し合ってたんだ」

 

「む、そういえば細かい事は此方が伝えねばならんのだったな」

 

「そうだよ(半ギレ)」

 

「ふむ……とは言え、そう複雑な事情があるわけでもない。我が国は君主制であり、間違いなく善政を敷く王の下で平和に暮らしていた、が……戦争を飯の種とするとある武器商人が民衆を扇動し、クーデターを起こそうとしている。今回、我ら三人の『異種』の仕事は旗印に立つある男を処理する事だ。」

 

「正規の軍人はどうしたんだ?」

 

「反乱した連中の装備が強すぎてな……型遅れの中古品しか持っていない我が国の軍では相手にならんのだ」

 

「えぇ……」

 

腹が減っていたのか、ムシャムシャと魚を頭からまるごと食らった男達は揃って伸びをし、さも今思い出したと言わんばかりに同時に声を上げた。

 

「「そう言えば自己紹介がまだだった――何だ、オマエ」」

 

「君等ホントは仲いいでしょ」

 

「ありえねェ!こんな裏切り者――!」

 

「大馬鹿者めが……!」

 

「ハイハイハイ!ストップ!ストップ!!それ以上やるんならケツにバナナ三本突っ込むぞ!」

 

「「えぇ……」」

 

何だお前ら!またそうやって同時に困惑しやがって!ホントは仲いいだろ!

っていうかなんでそんなに喧嘩腰なんだ!ほら、お姉さんに話してみ?

 

「何いってんだこの貧乳」

 

――この後めちゃくちゃアイアンクローした。

 

 

 

 

「なるほど。アラスおじさんとセイジな」

 

「ああ……俺はまだ二十代なのだが……」

 

「はっはっは!良かったじゃねえか!アラスお・じ・さ・ん!」

 

「いい加減喧嘩腰やめろやぁ!」

 

懲りずに煽るセイジ。ああ!もうダメだ!悪い子にはお仕置きの時間だ!

先が摩擦で丸くなった木の枝(制作時間30秒)を持ってセイジの後ろに回り込む。

反応すら出来ず、さっきまで俺が居たところへ視線を送るセイジ……すまないが、いい加減我慢の限界なんだ……!ひゃあ!辛抱できねえ!

 

両足のバネを使って目標めがけて抉りこむように突き刺した。

 

菊の門(ケツのアナ)に。

 

「――――あ――が!」

 

ビクリ、と身体が強く痙攣する。

ガクガクと震える両足の振動は次第に腰から上半身へ登っていき、ついには地面に崩れ落ちた。

 

「ミッション、コンプリート」

 

「なんと……」

 

申し訳程度にエルフ力を使った治癒の力を送り込みながら棒を引き抜く。

セイジは白目を剥きながらビクンビクンを身体を跳ねさせていた。

 

「アラスおじさんも、次はないから」

 

「了解」

 

アラスは、ケツの穴がぐっと引き締まることを感じた。

これからはセイジにも広い心で対応しよう……きっと、事の原因たるあの少年(・・・・)もそう願っている。

 

――ヘンリー、これからも軍人として恥じないように清く生きようと思う。

 

 

『8月21日 天気 晴れ』

Amozonの空輸便から複合弓(コンパウンドボウ)と幾つかの矢。そして食料と、何故か日記帳が届いたので記録しようと思う。

今日はアラスおじさんとセイジと一緒に近くの街へ移動した。

基本的に潜入アンド暗殺の任務になるらしいので、ドンパチ賑やかにやることはダメらしい。残念。

移動中もこの男達は懲りずに騒ぐんじゃないかと危惧して例の棒(・・・)を構えていたのだが、何故か二人とも粛々と会話し、街につく頃には意外と仲良く話せていた。実に不思議だ。

ともかく、このまま一日掛けて町から町へ移動し、今回のターゲットである『パラスト・レーガル』という男の潜伏する街へ向かう。

あとは潜伏拠点を探し出し、サクッと暗殺したら俺のお仕事は完了だ。早く帰ってシェフの料理食いたい。

 

 

「ふぅ……」

 

パタン、と日記帳を閉じる。

記念すべき1ページ目が任務中というのも中々不思議なものだが、このまま書き続けていればそう珍しいものでもなくなるのだろう。うちの職場ブラックだし。

 

「書き終わったか」

 

「そろそろ目的地の街に着くぞ」

 

「おっけー!」

 

荷台からキャリーケースを下ろす。

カモフラージュ用の、『一般的な旅行者の少女』というベールが剥がれないように注意しながら席を立つ。

歩く際にひらひらと舞うワンピースの裾にも慣れたものだ。

最初、着たばかりの頃は落ち着かなかったが、これはこれでいいものだ。

着ているのが可愛い女の子じゃなくて自分というのが難点だが、まあ仕方ない。

 

何故、今更人生初のワンピースデビューをしたのか?きっと気になる人もいるだろう。

正直俺も着る予定はなかった。だって元は男だし。

でも、さ。ほら、バリバリ戦闘しますよ!これ軍事用ですよ!みたいな黒いスーツ着ているガキとか、目立つじゃん?

だから、今回の潜入任務にあたってそこらへんの店で市井に溶け込める服を用意したのだ。

キャリーバックも合わせれば完全に一般市民だな。装備を変えたのは賢かった!

 

しかもほら!俺かわいい!!

 

「はいはい。降りるぞ」

 

「なんて適当な……まあいいや」

 

駅のホームを通り抜け、かなり高度に発展した町並みを眺める。

背の高いビルが密集し、その足元を多くの人々が行き交う。

何処を見ても活気に満ちた姿は、とてもクーデターの最中とは思えなかった。

 

「極一部の武装勢力以外は普段どおりの生活を送っている……ね。王様や軍隊は今にも死にそうなのに、まるで対岸の火事みたいな面してんな」

 

「それもそうだろう。未だ何処かで戦闘が起きているわけでもない。我等とてただ最新鋭の装備を身に纏った、必ず勝てない(・・・・・・)兵士がクーデターをすることが分かっているだけ。其の事すら民衆は知らんのだ」

 

「ま、いざ事が始まれば話は別だがなァ」

 

「ふーん……じゃあ殺られる前に殺らなきゃな」

 

とは言えその件の首魁の居場所すらわからない。

まずは情報収集をして、攻め込むべき場所を探さなければ。

そこら辺にいる人に聞いたら教えてくれないだろうか?おじさんどう思う?え?無駄?

そもそもクーデターがあることすら知らんって言っただろうこのサルゥ?は、きれそう(全ギレ)。

 

「あん?クーデターの首謀者の場所?そりゃあアレだな。レーガル家のお屋敷だろ。最近ずっと宣伝しまくってたからなぁ」

 

「…………。」

 

「おじさーん?無駄?無駄って言ったよねぇ?でも見つかりましたけどぉ?あれれ~?おっかしいぞぉ!」

 

「ザマアねぇなあアラスゥ!所詮俺の()の求婚すら受け入れられねぇ情けないおっさんだァ!」

 

セイジと二人でアラスを囲み、衛星のようにグルグル回る。

気分はさながらレスバトルに勝利したネット掲示板の住人だ。んん!!!!ギモジイイイイイ!!!!!

 

「…………。」

 

「ん?どうしたおじさん!急に顔が怖く……お、おい。待て待て待て、どうした。急に何で俺を抱えたんだ。何で走り出した!おい!そっちは屋台の『激辛!真紅の漢飯』しか無いぞ!まって!やめろ!俺は辛いもの食えないんだ!やめろ!やめ――」

 

「あっ……」

 

 

 

 

時は変わって、深夜。

月が空高く登り、淡い光で照らされる家屋の隙間に三人の人影があった。

俺達潜入チームである。何故か自然な流れでリーダーとなった俺は、ついさっきメンバーに反撃食らいました。

 

「こ、これより潜入しましゅ……く、くちがいひゃい……」

 

「口は災いの元だ」

 

「これ終わったら甘いもんおごってやンよ……」

 

「敵いっぱいコロすぅ♡」

 

先手必勝。甘いものこそ優先すべき至高の存在。間にある無駄な作戦なんぞ邪魔なのだ。

大きな鋼鉄の正門を守る、二人の強化外骨格を纏った兵士の首をへし折った。

閑散とした住宅街に僅かにも音を漏らさないように注意しつつ、二人の亡骸をエルフパワーで作った穴に埋める。

『異種』としての機能は不足なく稼働し、常人では叶わぬ植物操作の能力が発揮され――そのタンパク質の塊は無駄なく、丹念に分解されて大地の栄養となる。

 

「うわ、こわ……」

 

「……うむ、まあいい。このまま制圧しよう」

 

「りょうかい!」

 

中庭を誰にも見られないように注意しながら通過し、各個撃破できそうな孤立した存在はドンドン締めて装備を剥ぎ、見つからないように影に転がす。

合間にある監視カメラなどの機械は壁からはやした木の葉っぱでレンズを塞ぎ、どうしても植物が届かないものは複合弓の一撃で物理的に排除する。

 

「ん……?なんだ、あのデカイのは……?グッ!?」

 

「セーフ……」

 

「アラス、役に立たねェな。縮めよ」

 

「くっ……無念」

 

時折アラスの巨体が仇となって見つかりそうになるが、その度に一瞬で生やした樹木で締め上げ強制的に眠らせ難を逃れる。

 

「ん?なんだ、あれ……グハ!?」

 

「お?あそこにあるのは……ぬぁ!?」

 

「うわ、クマかありゃ……おぅ!?」

 

「すまん……」

 

「し、仕方ないね……」

 

繰り返すこと70人。

幾度となく繰り返された工程は回を追うごとに効率化されていき、60人を数える頃には一秒を切る!

もはやテイクダウンRTAである。動画投稿したら一躍有名人になるのではなかろうか。

え?だめ?すぐ炎上する?知ってた。

 

そんな中でも、完全防備で肌の露出すら存在しないフルアーマー式の外骨格を纏う兵士も存在したが――

 

「圧殺!」

 

「――――!?」

 

地面から蔓を伸ばし、一瞬で拘束。

そのまま地面の中へ引きずり込んで――残念だが、そのまま押し潰す。

この国を混乱に陥れようとした自分を恨め。

 

いくら強力極まりない装備を纏った所で、彼等は所詮人間なのだ。気付けなければどうしようもない。

だから、そう――

 

「な、何だ貴様ら――ぐ!?」

 

「しーっ。静かに……」

 

「ぐ、ぅ……」

 

「よし、運ぶぞ」

 

「俺が先導する」

 

「俺は見てる」

 

彼等のリーダーがいつの間にか眠らされて誘拐されても、どうしようもないのだ。

中肉中背の男をアラスが背負い、俺が先導し、セイジは横で見守る。

フォーメーションを維持しながら行きと同じルートを辿って再び元の住宅街へ。

そのまま変わらず静かな住宅街へと舞い戻った。

作戦時間、十分!

 

少しばかり離れた地点にある回収ポイントで、目立たない私服を着た軍人に身柄を引き渡す。

 

「指導者の居ない反乱組織なんぞ烏合の衆だ。あとは俺達に任せるといい……依頼は完了だ」

 

「俺達居ないほうが良かったんじゃねェか……?」

 

「いや、ほら……保護者枠?」

 

「俺、鍛え直すわ……」

 

セイジはガックリと肩を落とした。

しかし保護者枠も大事だと思うのだ。

今回、少しばかり街を移動したが保護者が居なければこうもスムーズに事が運べなかった。

一人で旅行する白人の美少女(ここ重要)なんて、よからぬ輩に目をつけられてしまう。

そうなったら……おお、恐ろしい。またこの相棒(・・)でそんな彼等の菊の門を突き上げねばならなかった。

 

「まあ、アレだ……世話ンなったな。気いつけて帰れよ」

 

「達者でな」

 

二人共、最初の隔意は何処へ行ったのか仲良く此方へ手を振っている。

今回の任務が二人のすれ違いを無くしたのだろう。

 

……そして忘れてはならない事がある。

 

「甘いもの、奢ってくれるんだったよな?」

 

「お、おう」

 

「じゃあ手始めに十軒ぐらいハシゴしよっか」

 

「えっ」

 

「ああ、でも今は夜か……じゃあ、居酒屋で腹拵えしてからだな。もちろんお前の奢りな」

 

「えっ」

 

「日が昇ったら甘いもん巡りだぞ。逃げるなよ」

 

――その後、途中金が足りないことに気付いたセイジとシーナ。店主に土下座をする中、颯爽と登場したアラスにお金を借りることで乗り切った。しかしアラスは対価を要求する。シーナを庇いすべての責任を負ったセイジに対し、職業軍人アラスが言い渡した示談の条件とは……。

 

 

 

 

 

 

『作戦報告書』

 

今日はヘステル王国にある甘味処を巡りました。

何処のお店も非常に高度な技術を持って作られたお菓子を提供していましたが、中でも『ゴルーザ』という店のショートケーキが美味しかったです。

材料から厳正に拘った店主の作品は、まさに芸術そのもの。中でもクリームのキメ細かさと言えば――

 

 

――ローランド社長はアイアンクローと二度目のお仕置き任務を言い渡した。

 

 




ガバいところは後から修正するかもしれない ゆるして

ちなみにアラスくんは身長195cm、体重126kg、筋肉モリモリマッチョマンの変態です
趣味はお菓子作りと水切り


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負傷社畜兵士エルフ

夢の中で女の子になったので初投稿です
続ける予定なんてなかったのに続きました
なんで?(困惑)


ドォン!ドォン!ドォン!

四方八方で極大の爆発は大地を砕き、巻き上げられた砂埃が広大極まる荒野を覆い隠す。

しかし視界不良なんて、現代科学を緻密に組み合わせた軍用ゴーグルには意味を成さない。

同僚達も、敵のテロリスト達も変わらず銃撃の応酬を繰り広げていた。

 

「おるァ!」

 

《右腕部に致命的な損傷を確認。パージします》

 

血気盛んな同僚達に負けじとスコア(撃破数)を稼ぐため、新たに戦場に参入した鋼の巨人に踊りかかった。

以前戦った市街地特化型駆動兵器によく似た色違いの人型ロボット――凡そ8メートルはあろうかという鈍重な巨体を蹴り飛ばし、其の反動を使って一気に距離を取る。

そのまま空中で身体を弓なりに反らした。

ギリリリリ、と体中が軋む音が、喧しく騒ぐ荒野の隅で僅かに響く。

 

《――マニュアル『EE-079』に従い特殊防護フィールドを展――》

 

「遅い!Code:FullBoost(白兵機構:最大加速)!」

 

パァン!

石突と柄、そして刃元にあるそれぞれ4つの突起から同時に破裂音が響く。

日々、欠かさず行っている手入れと信頼を裏切らず、愛槍の絡繰り仕掛けは十全に発動した。

淡い緑に輝くバリアを一瞬の抵抗の後に貫通し、そのまま鋼を削る音を鳴らしコアを抉り抜く。

 

「これで三十一……!ジョン!そろそろ絡繰り用の火薬が切れる!補給したいんだが!」

 

「おう!奇遇だな、俺のAKちゃんのオマンマもそろそろ無くなりそうだ!」

 

「俺もだ!けど敵の勢いが強すぎる!このままじゃ下がれねぇ!」

 

屈強な男達が揃って弱音を吐き出す。現在、此方の兵力は30人弱。対してテロリスト達は戦闘を始めたこの2時間で数を減らして尚、100人を超える兵力を保有していた。

加えて、人間達そのものは貧弱な装備だが、後方から続々とやってくる機動兵器の質が問題だ。

大槌重工作、二足歩行駆動兵器2024年モデルのミドルアッパー。主に侵攻作戦を得意とする結構強いガン●ムが腐るほどやってくる。

 

俺や一部の特に戦闘力に特化した同僚が潰して回っているが、いくら倒してもきりが無い。

 

日系の知人――最近仲良くなったハルトなんて、もう弾が尽きたのか打刀でテロリスト達や駆動兵器を切り倒していた。

 

「シーナ!お得意の植物操作でなんとかならねえか!?」

 

「やってみる!」

 

故に求められるのは広範囲殲滅。

戦場を見つめたまま、地中深くへ意識を潜らせる。

自分がエルフとなり、その自覚を持った瞬間から身に宿る植物操作の力。

訓練施設でも、テロリストだった時も、今の働き場――『ウェスト・ローランド』の任務先でも変わらず傍にあり、長年親しみ続けてきたズッ友達――多種多様な植物との接続を開始する。

 

この辺りは一面荒野であり、草一つ生えていないが――無いなら作ればいい。これ転生主人公の特権ね!

 

一つ、二つ、四つ、二十、八十、二百――新たな接続先が爆発的に増加し、戦場の隅々に触覚が広がっていく。

種子が生まれてしまえば後はこっちのもの!繋げて操作するだけだ!

 

「接続、完――」

 

――ビリッ。

 

脳髄に痛みを伴う痺れが走る。

それと同時に、地中に生みだした数百数千の種子とのリンクが大きく揺らいだ。

 

「おい!どうした!」

 

「……なん、か……おかし――」

 

バチィ!

脳裏で、雷が弾けた。

手が震える。脚がガクガクと振動し、謎の衝撃の負荷が我が身の自由を根こそぎ奪っていった。

 

「シーナ!?おい、誰かシーナを後ろに下げろ!」

 

「こっちだ!よし、下がるぞ!」

 

ジョンがマシンガンの弾をバラ撒きながら駆け寄ってきた。

揺らぐ身体を抑え、脇の下に太く逞しい腕を通された。

薄らいだ意識と視界の中で、ドンドンと戦場が遠ざかっていく。

 

「ま、まって……まだ、戦える……」

 

「馬鹿か!そんな真っ青なツラして何言ってやがる!後は俺達大人に任せとけ!」

 

後方の塹壕に連れ込まれ、そこらへんの土嚢を簡易的な枕に寝かしつけられた。

筋肉の盛り上がる背中が、あっという間に遠ざかっていく。

 

――まって、俺まだ戦えるから。

 

「……ぅ……ぁ……」

 

ドンドン遠ざかる。置いていってしまう。

背負っていたマシンガンはついに弾が切れたのか、そこら辺に放り投げて腰のナタを構えた。

ジョンはタダの傭兵だ。そんなので勝てるはずがない。

待って。それじゃあジョンが――死――。

 

 

 

――バチリ。

 

 

 

ピッ、ピッ、ピッ。

無機質な電子音が鼓膜を刺激する。

直ぐ側で鳴り響くソレの妨害で、うっすらぼんやりと視界が開けた。

 

「うん……?ここは……」

 

横に首を傾けると、そこは白を基調とした――というか、大体白色しか無い一室。

ベッドと小さな机、そしてパイプ椅子しかない……いや、訂正だ。机の上にバナナが豪勢に乗っかったバスケットが置かれていた。

……さっきまで俺は戦場に居たはず……んん?

んんー……あー、なるほどそういうことね完全に理解した(理解してない)。

 

つまりこれは……どういうことだ?

 

「医務室に来る用事とは一体……?って、怪我しか無いか。俺怪我したんだっけ……覚えてない」

 

一先ずナースコール……なんて存在しないようなので、部屋の壁にあるであろう内線を使おう。

あっ、その前にバナナ食べておこ!

 

「よっこらせ―――ッ!?」

 

上半身を起こした刹那。

ガチリ、と身体が固まる。

 

――痛い。それはもう、凄まじく。

腹、腹が……!

腹部で鋭い痛みが!

これまで電流を流されまくったり、耐久訓練で意図的に手足へ銃弾を打ち込まれたりしたことがあったが、それらの痛みとは完全に別種の物だ。

――つまり、耐性がなくて凄まじく痛い!

 

「ふおおおぉぉおぉ………」

 

何これ。何これ!?

めっちゃ腹が痛い!

なんか腹を負傷したのか!?だからこんな一度も来ることがなかった医務室に!?

一体どんな傷を――!

 

――布団を捲くりあげると、股間が赤く染まっていた。

 

「……What?」

 

シャツの裾を捲くりあげる。

そこにはただきめ細かいなめらかな肌が広がっているばかりで、この赤……血の原因になり得る傷口なんて何処にもない。

 

天井を仰ぎ見る。

 

……そうだ、俺は戦場で倒れた。傷を負ったわけではなく、病を患ったわけでもない。きっと、俺を後方に下がらせたジョン達も予想外だろう。どうして血が出ているのか?

 

――傷ではなくとも、血液を排出する場所がある事を俺は知っていた。

 

「目が覚めたのかい、シーナ――ん?」

 

「あ、社長」

 

「――んんん!失礼した!医務官を呼んでくるから安静にしていなさい!」

 

ドアを開き、俺の顔を見て、次に広がる赤色の日本地図を見て、そして言葉を投げかける間もなくいそいそっと去っていった。

ポツンと置いてけぼりだ。

……自分よりオロオロとした情けない顔を見て、何となく慌てる間もなく冷静になれた気がする。

 

いやぁ、しかし、これ……アレか。女子特有の月の物。

この年になるまで無縁だったからもう来ないのかと思っていた。

 

「エルフだから成長が遅いのか……?この年になっても未だにちっこいし」

 

これまで自分以外のエルフと出会ったことがない故に、《エルフ》という存在の生態自体かなりあやふやだ。

データの元なんて自分しか存在しないし、それすらも未だ成長途中の少女の身。わからないことだらけだ。

女の子の生態?前世の俺はDTだったので分かりません(全ギレ)

 

「あら、シーナちゃん起きたのね……っと、あら」

 

「あっ、先生」

 

「あらあら、まあ!そういうことだったのねえ……」

 

再び開かれたドアから顔を覗かせたのは白衣を纏う女性だった。

そこそこ丁寧にセットされた茶髪を掻き上げ、医務官のお姉さんはうんうんとひとり頷いた。

何がうんうんなのだろうか。それはそうと俺は動けないのでバナナをとってほしい。猛烈にお腹が空いている。

 

「あ、バナナってそういう……ほら、今はそれよりもすべき事があるでしょう?(後で男共締める)

 

「うっ、はーい……っと!その前に!ジョン達はどうなったんですか!?」

 

「ああ、あのゴリラ共ね……なんか素手で鎮圧したらしいわ。上半身裸で帰ってきたときは何事かと思ったわ」

 

「うぇ!?あれを素手で!?」

 

スッ、とヒラヒラとしたチラシにも見える紙を手渡された。

社内報……?

見出しにはデカデカと『我が社の漢達、重武装テロリストを素手で鎮圧!』と書かれている。

カラー写真には、ブーメランパンツ一丁の顔見知りの男達が妙にテカテカした筋肉を披露していた。

 

「お、俺の決意は一体……」

 

「まあ、ほら……彼等ぶっとんでるから……心配するだけ無駄ってもんよ」

 

前にも似たようなことがあったらしいが、その時は偶然持っていた大量のダンベルを投げつけることで難を逃れたようだ。なんで戦場にそんなもん持っていってんだ?頭がやばたにえん。

 

「そんな訳だから安心して!とりあえず処置をしたいんだけど……今回が初めてよね?」

 

「そうなんですよ!アイアンクローより痛くて死ぬかと思いました!」

 

「ああ、まあ初めてだものねぇ……ちなみに生理用品の使い方はわかるかしら?」

 

分かるわけないんだよなぁ。

前世は男だし、今世はテロリスト育ちの少年兵にそんな教育を施す筈がなかった。

ナプキン?『ナプキンを最初に取るのはこの俺だ!』的な?あ、違う?そう……。

 

「じゃあ、まずはここにある生理用品の使い方を覚えてもらうわね?」

 

ドサリ、と、背負っていたのだろうバックから数々の生理用品(女子の波動)を机に並べ、手始めにナプキンを手にとった。

あっ――最初に取ったものに従わなきゃ……!(使命感)

 

「まずはこのナプキンなんだけど――」

 

「それでこのタンポンは――」

 

40分後――

 

「お腹が痛い時は下腹部に手を当てて――」

 

60分後――

 

「男共には配慮するように言っておくから!」

 

69分後――

 

「拠点の中には隠れた洋菓子店があるのよ!」

 

「社長、実はヅラなのよ……」

 

「ジョンとジャック、実はカップルっていう疑惑があるのよ」

 

120分後――

 

「それでね!アンったらなんて言ったと思う?棒を突っ込むんなら突っ込まれる覚悟を持てって言ったのよ!?それでもちろん有言実行!今じゃベンはアンの奴隷なのよ!それでね――」

 

「お姉さん許して……!」

 

 

『9月15日』

昨日、戦場で倒れた時、月の物が来ていたらしい。

気になっていたジョン達の安否だが、なんか筋肉の力でまるっと解決したらしい。何だアイツら(素)

とりあえず、今日は医務官のお姉さんにレクチャーを受けた。けどよくわからなかった!(IQ69)

けど!ずっと接触がなかったクソGODがお告げをしてきた。

『少女が女性に成長する過程を見守りたい』だってさ!きもい!

そんな訳で、今後唐突に配信される予定の『脳内GodPedia』。

エルフは40歳になると成人としての身体に成長するようだが、それまでは不定期で知識面の補助を行ってくれるらしい。でもなんかキモい……キモくない?(俺はお前のことが好きなだけだと言うのに……)

うわ、なんか文字が浮かんできた……こわ……今日はもうやめとこ……。

 

 

「うーん、うまく行かねえな……」

 

次の日。

流石にこの状態で任務に向かわせることはマズイと思ってくれたのか、珍しく……というか、勤務開始3ヶ月たって初めての休暇を貰えたのだ。

惰眠を貪り昼前に起床、そのまま部屋でゴロゴロと転がり、昼食としてシェフの料理をお腹いっぱい食べて……素晴らしい。実に素晴らしい休日を謳歌している!

 

「まあ、落ち着かないから訓練場に来たんですけどね」

 

もはや動かないと落ち着いてられない。

お腹が痛かろうと血が出てようと社畜精神は止まらんのだ。

 

つらたん(白目)。

 

とはいえ激しい運動はしたくないので、あの日、倒れた間際の『植物操作能力』の違和感を探るべくエルフ力を行使していた……の、だが。

 

「……むん!」

 

ググググ、とエルフ力を送り込むイメージでアスファルトの床に掌を向ける。

確かに種子が生まれ、地中で育っているが……樹木達は一向にアスファルトを割ってくれない。

……純粋に、馬力というか……操作する力が弱まっている?

これまでであれば一秒もかからず出来ていたはず、だったけど……。

……普段と違うことなんて、やはりこれ(月の物)しか無い。こんなトラップがあったのか……?

 

「これがなけりゃ仕事にならないのに……」

 

『週刊God通信!お困りエルフのあなたに!耳寄りの情報をお持ちしましたァ!』

 

「ぬぁ!?びっくりした……あのファッキンゴッドの言ってたヤツか?」

 

『エルフは初潮を迎えた際、自然との感応能力が一時的に弱まります。これは能力そのものが成長するためのモノなので、特に心配することはないでしょう。しかし第6特記世界[1]のエンシェントエルフ[2]達はこの工程はそれだけではなく、魂其の物の位階が進化した際におきる成長痛であるとも考えているようです。神界の書記官ゴッズ・ペリー氏[3]曰く、魂の位階が上がるほどに運命力が収束する傾向にあり、試練の前触れとも言われるそうです。つまり進化=試練の訪れという訳なんですね。頑張れ!以上、God通信でした!次回の配信は未定となっております!』

 

「謎の注釈……コピペかな?」

 

人の人生がかかっているっていうのに!やっぱり神ってヤベー奴だわ!

いくら俺を転生させてくれた恩があるっていってもねぇ?こんなハードモードを強制する神なんて――

 

『私の妻になるか?いつでも私の隣は空いているぞ……ククク』

 

誠にごめんなさい(やばたにえん)

へへ、言葉の綾なんすよ!

まさか俺が神には向かうわけない!ありえないっす!

『清く正しく貪欲に』が座右の銘なんでさぁ!だから安心なすってくだせえ!

 

『いいだろう……忘れるな。私はいつでもお前を見ているぞ……文字通り、な。ククク……』

 

――少しチビった。

 

 

 

なにはともあれ心配するべき事ではないと神のお墨付きが貰えた。

一先ず安心したので、再び自室でダラダラ惰眠を貪ることにする。

 

「まあ、落ち着かないんですけどね」

 

ああ、まるで社畜のようだ。

日々、労働のみを繰り返し、自由意志を雁字搦めに縛り付けられた労働マシーン。

勿論日々の労働の対価として給金は貰える……が。しかし、終わらない作業によって失われた自由の元では使い道もない。

前世や今世と似たようなものである。

激おこぷんぷん丸である。こんないたいけな少女の自由意志を縛るなんて!社長にバナナの皮を投げつけまくってやるぜ!

 

モグモグモグ。

部屋に積み上げていたバナナを十本程食べ、生産した皮を両手に執務室へ向かっていく。

これは崇高なる反逆行為であり、決してイタズラをしたいなんて幼稚な行為ではない!

 

「お邪魔しまぁす!」

 

何ヅラ手入れしてんだ!

喰らえ!バナナスプラッシュ!

 

――アイアンクローされた。

 

 

痛む頭を抱えながら、執務室で報告していたジョンと一緒に食堂までの道を歩く。

話には聞いていたが、どうやら本当に無傷で切り抜けたようだ。さらけ出された上半身には輝く筋肉の鎧が鎮座している。筋肉の力ってすげー。

頭にもそんな筋肉がほしい……アイアンクローってすごく痛いんだよ。

 

「くっそぉ……おのれ社長め。一応体調が悪い俺に対してなんて酷い仕打ちを……」

 

「いやまぁ、イタズラしたシーナが悪いだろ」

 

「はぁ~?はぁ~?外見上は12歳そこらのガキを騙して無理やり働かせてる外道に対する反逆です!これは正義!正義は我にあり!的な?」

 

「絵面的には確かに……でも、ここでそれは無理がある」

 

「チェ!ジョンったら無駄に大人ぶって!よくプロテインバーつまみ食いしてるくせに!」

 

「な!?ばっか!シェフに聞こえたらどうすんだ!もう食堂の前だぞ!」

 

ジョンは逞しすぎる巨体を小刻みに震わせて、キョロキョロと周囲を見渡した。

右を見ても左を見ても、鉄の廊下には俺達のような一般社員しか存在しない。

シェフはここでは珍しく細身の男性。普通すぎて逆に目立つ彼だが、何処を見てもそんな人影存在しない……にもかかわらず、ジョンは未だに警戒していた。

小動物っぽくてかわいく見え……見え……いや、無理だわ。

さっさと入るぞ!とジョンを急かし、食堂のドアを潜る。

 

 

「あー……お腹すいた。シェフー!今日の晩御飯はー?」

 

「その前に手ェ洗えや!」

 

――アイアンクローされた。

 

 

痛む頭を抑えながらベンチに腰掛ける。

ジョンは事前に手を洗っていたらしく、俺だけがアイアンクローを食らわされた。

これひどくない?あ、通過儀礼なの?みんな一緒なのか……社長も?ウッソだろお前……。

 

「あー、なる程そういうことね。完全に理解した。食事ガチ勢ね。あーはいはいはい。だから俺の頭こんなに痛いんだ……ふおおおおぉぉ……」

 

「シェフ、手を洗ったのか匂いで判別できるらしいぞ。気持ち悪いな」

 

「確かに……匂いフェチってやつか?」

 

「しかも男も女も両方行ける……やべえな!上級者過ぎて付いてけねえぜ!」

 

「うわ、変態かよ……こっわ。近寄らんとこ……」

 

「お、おい。お前ら……後ろ、後ろ」

 

隣の席に座る知り合いが肩を小突いてきた。

お?なんだなんだ、そんな怯えたような顔して!

一体何が――

 

「激辛麻婆豆腐、紅蓮地獄……全部食えよ。残したら今後一切飯を食わせねえ」

 

ゴトリ、と音を立てて目の前に皿が置かれる。

白い丼に並々と注がれたソレは、あまりにも赤く、あまりにも多く、あまりにも刺激的だった。

到底料理とは思えない。というか兵器では?え?これ食えって?

 

……ウッソだろお前……?

 

「ま……まって、待って!俺辛いもの食えないんだ!こんなのひどすぎる!許して!お願い!許せって言ってんだろお!?(豹変)児童虐待ですよこれ!ありえん罪が深すぎる!だからこれとは別の――」

 

「食え。ジョンもな」

 

「はい」

 

「あっ――」

 

――料理人は決して怒らせてはならない。そう、胃袋と舌をもって理解した。

 

 

 

 

『9月16日 天気 赤い雨』

今日はGod通信を初めて受信した。

非常に為になる神々の叡智が込められていました(コピペとか大学生のレポートかよ)

そのあと植物操作能力問題は解決したので、自分の部屋でゴロゴロしてた。けど落ち着けなかった(社畜特有の感情を失った瞳)

いつも使ってる短槍とたまにしか使わない拳銃を手入れして、そのあとなんとなく社長のところにイタズラしに行った。

アイアンクローは連発するが何だかんだ優しく扱ってくれるので、社長のことは嫌いじゃないのだ。

まるでお爺ちゃんのように思えて仕方ない。顔もゴリラっぽいし、アイアンクロー捌きといい……なんかゴリラ教官によく似ている。

そしてその後……食堂で……うっ、胃袋が!

 

 

 

 




酒の力で生まれたガバポイントは後で修正します ゆるして

ちなみに痛みを和らげるのに豆腐や納豆と言った豆製品が有効らしいです
僕も男の子の日にはよく食べてます


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決意を満たせ。覚悟ガンギマリにするのだ――!

続きィ!練習ゥ!!初投稿ゥ!!!!
脳味噌を……空っぽにしろ……!ガバっても……止まるんじゃねえぞ……!!!ちくわ大明神


カチ、カチ、カチ。

白と黒に統一された広い室内。

金細工が施された置き時計の鳴らす音が固く響き、赤い絨毯に吸い込まれて消えていく。

そんなオシャレで品良く高級感あふれる執務室で、例によって静かに正座している俺。

そんな俺を最近ますます握力ムキムキになったローランド社長が見下ろしている。

 

「ふぅ……さて、シーナくん。キミはいつになったら学ぶんだい?」

 

「いやぁ、不思議ですねぇ!まさかこんなに怒られるとはこのエルフの目をしても見抜けなかった!」

 

「エルフの目というのは節穴なのかい?」

 

「は?(半ギレ)」

 

きれそう(全ギレ)

昼前に勝手に呼び出しておきながらいきなり罵倒!?これは温厚な美少女エルフでもキレますねぇ!

こうなったら最近ますます強くなった植物さんの力で亀甲縛りにしてやる!

 

「節穴、幼児脳、学習能力ゼロ……つまるところアホでは?」

 

「なんだァ、てめぇ……?」

 

☆エルフ、キレた――!

 

 

「ではキミが壊した訓練所の修理費、給料から引いておくね?」

 

「ごめんなさい」

 

お金の力には勝てなかったよ……。

いやでも、ほら!強くなった植物操作の力はちゃんと訓練して、戦場でも十全に扱えるようにするのは社員の義務でしょ?

だから訓練所がミント塗れになるのは仕方がないのでは?

ね?だからこの話はおしまい!本題に入りましょう!

 

「……ふむ、いいだろう。では本題だが……昨日のやらかした事について、何か弁明はあるかね?」

 

「昨日……?ああ!社長のヅラに接着剤を付けたことですか?」

 

「ほう、アレはキミだったのか……それは知らなかった」

 

「やばたにえん」

 

ガシリ、と頭が強く振動する。

真っ暗になった視界と頭蓋骨を覆う圧迫感。

あーっ、なるほど!いつものですね!全て理解した!

さあ来い。潔く受け止めてやろう……!

 

 

………。

 

………………。

 

…………………………?

 

首を落とされる間際の武士のように静謐な心構えで待ち構えるが、いつになっても痛みも何も感じない。

どころか、徐々に頭を締め付ける掌から力が抜けているようだ。

 

「社長どうしたんですか?いつもなら俺に構わずギュギュッと締めてくるのに」

 

「――あ、ああ。いや……随分と大きくなったな、と思ってね」

 

あぁ、はいはいはい!アイアンクローで実感されるのは予想外!社長(ゴリラ)め!けれどなるほど、理解した。

確かに最近肉体の成長が著しい。

一年前、『ウェスト・ローランド』に入社した時は精々140cmとちょっとしかなかった……が、しかし!

今ではなんと!聞いて驚け、150cmの壁を突破したのだ!

最近ではグングンと伸び過ぎて逆に心配されてるけど、これまでがおかしかっただけだと思う。

 

『ククク、私は小さいままで良かったのだがな……』

 

ちょくちょく電波出すなよクソ神(変態)

こんなのが神様ってマジ?科学信者になります。

 

「……成長痛、大丈夫なのかね?」

 

「え?ああ、めっちゃ痛いです。最近立ち幅跳びも20メートルしか飛べなくて……」

 

「任務に支障はないのかい?先週だって大怪我したばかりだろう」

 

「あー、確かに結構きついですねー。まあ仕事なんで頑張りますけど!」

 

「……体調が優れない場合、休暇を取れるようにしている筈だが?それに昨日の任務だって受けなくてもいいと伝えた。無理をする必要はないというのに、キミは負傷して帰って来たね」

 

「でも一般人に戻った後の生活資金が――て、ん?まさか今回のお説教って――」

 

んん?

んんんんんん~?

ほうほうほう!これはつまり俺を心配してくれていると!?

このブラック企業を経営しているお人が俺を気遣ってくれる!?

なんだよもう!最初からそう言ってくれればよかったのに!

おお!顔がちょっと赤い!無表情レイプ目がデフォの社長が!

これはレアいですねぇ!

 

「大丈夫かい?すごく顔が赤くなっているが……?」

 

「な、何を仰る!それは社長では!?」

 

「耳まで真っ赤になっているよ、キミ」

 

あー!あー!あーあーあー!

やめろ!仕方ないじゃん!

なんか厳格な祖父が珍しくデレた感じだよ!?俺のことを気遣ってくれたんだぞ!?そりゃあ恥ずかしくなるに決まってるじゃん!

ああ!もうダメだ!社長のケツにバナナぶっさす!

 

「ちょ、待ちたまえ!?一体何を!?」

 

「照れ隠しだ!諦めて受け止めろ!」

 

「ま、そんなの入らな―――」

 

ズボッ。

完熟の、バナナ映えるは、菊の門。

エルフ17歳、渾身の一句。

 

―――めちゃくちゃアイアンクローされた。

 

 

 

「ふおおぉおぉぉ……結局アイアンクローするのかよ……くっそ、珍しくデレたと思ったらこれだよ」

 

「いや、悪いのはシーナじゃねえか」

 

「えー?ジョンだってあんな事言われてみ?絶対照れ隠しで突っ込みたくなるって!」

 

「ならないぞ。ってかバナナをケツに突っ込むって……ククッ、ちょっと見たい」

 

あいも変わらず無機質力カンストの廊下を連れ立って歩く。

カツンカツン、ムキムキ、トコトコ。

隣に立つはもはやお馴染み、レギュラー勢のジョン。いつも通り筋肉ムキムキな大きな肉体を揺らしている。

しかし……なるほど。俺のバナナ突きを見たいと?

なるほどなるほど、理解した。

 

「おい待てシーナ。唐突にバナナを構えるな」

 

「え?見たいんでしょ?」

 

「確かにそう言ったが!いやまて!急に走り出すな!まさか通行人に襲いかかるつもりか!?」

 

「へい!ベン!こんにちバナナァァァァ!!」

 

一歩、無音で踏み込む。

周囲の景色を置き去りに宙へ身体を踊らせた。

勢いのままに20メートル先のターゲット――無防備に弱点(ケツ)をこちらに向ける獲物(エサ)へ肉薄する。

俺の呼び声に驚いたのか、肩を跳ねさせながら此方へ振り向こうとするが――遅い!

 

ズボォ!

 

「あ――ふぅ――!」

 

「やったぜ」

 

――めっちゃ逆エビ固めされた。

 

 

「うごごごご……めっちゃ身体が痛い……」

 

「そらそうよ」

 

「俺なんかまだケツ穴がヒリヒリするぜ」

 

食堂への道をベンを加えた三人で移動する。

今は昼時。珍しく休日が重なった故のメンバーだからか、とても新鮮な気分だ。

まあジョンとはよく仕事で一緒になることが多いが、ベンとはあまり話したことがなかった。

日に焼けた肌、焦げ茶色の短髪、筋肉モリモリマッチョマンの変態……パッと見そこまでは一緒だが、ベンのほうがより身体が大きく筋肉質だ。というかこの会社の筋肉率が高すぎると思う。ジョンもベンも、リチャードもジョージもヘラートも、みんなみんな筋肉モリモリソルジャーだ。

あ、むしろ俺が異端なだけか……?

この会社最年少で、戦闘員唯一の女性……ん?これってソルジャーサークル、略してソルサーの姫になれるのでは?もしかしたらチヤホヤされる勝利者になれる!?

 

「いや、無理でしょ」

 

「ぶっちゃけ娘みたいなもんだよな」

 

「えー!もっと甘やかしてよ!ちやほやしてよ!そして甘味をしこたま貢いでよ!」

 

「よーしよし、後でケーキ食わせてやるからちゃんとご飯を食べてからにしようなぁ」

 

「わぁい!」

 

「これは幼児」

 

「17歳児」

 

「何小声で言ってんだ?食堂についたぞ!飯食おうぜ!」

 

何か小声で会話している二人の手を引っ張り、常時開いている食堂の入り口をくぐって配膳の列に並ぶ。

鉄と鉄と申し訳程度の焦げ茶色の模様が踊るカーペット。草木香る花瓶とまんまるお月様の置き時計!

このシャトー・ディフ……は盛りすぎたけど、牢獄みたいな血腥い拠点で数少ない彩り豊富な一室だ。

非戦闘員の皆様方と非番らしき数人の戦闘員達(マッチョ)と挨拶を交わしながら、本日のメニュー『焼き肉麻婆定食』のトレーを抱えて席に着く。

 

「久しぶりのシェフの料理だぁ!やたら麻婆が出てくるけど美味しいんだよな!」

 

「普段はレーションしか食えねえしな。拠点に戻れない日が多すぎんだよ、ブラックか?」

 

「今更だろ。ヘラートなんかもう一ヶ月帰ってこれてねえぞ」

 

「うわぁ……俺達はまだ長くても半月で帰れるのが大半だからマシだな」

 

「シーナがいりゃ仕事も早く終るしな」

 

「違いねぇ」

 

「もっと褒めろ!」

 

頭をジョンの脇腹にグリグリとねじり込む。

おら!もっと褒めろ!そんで甘味食わせろ!

 

「よぉーしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよし!」

 

「犬かな?」

 

「むふー!」

 

「しかも嬉しいのかよ」

 

 

 

『6月19日 天気 曇り』

朝起きるとすぐに社長に呼び出された。

イタズラがバレたのかと思ったが、昨日の負傷について心配された。あ、ダメだ。書いてるだけでニヤける。

照れ隠しでバナナ突きをしたのは流石にまずかっただろうか?

今日だけで二回も披露してしまった。とばっちりを食らってしまったベンには申し訳ないことをしたな。

でも飯を食った後のデザートタイムで俺のプリンを一個分けたから許してほしい。

ご飯を食べた後はジョン、ベン、そして武器の整備の為に戻ってきたリチャードと一緒に映画を見た。

『空飛ぶスパゲッティ・モンスター』の啓示を受け、スパゲッティの使徒となるナードの主人公のお話だった。日本刀とチェーンソーで悪魔と戦いを繰り広げる姿は圧巻だ。また見たい!

 

明日は朝早くから会議室で新しい任務の説明があるらしいので、まだ9時だけど寝ようと思う。

 

 

 

ジョン――『ジョン・バッカス』という男は、俗に言う傭兵だ。

俺の仕事は鉛玉と硝煙を恋人として戦場を練り歩き、ドンパチ賑やかに祭りを提供する事。

危険はある――というよりも危険しかないが、その分だけリターンも膨大だ。

とにかく金がいる俺にはまさに天職だった。

 

……何故、金が必要か?

はっ、なんの事はない。ただ今日のパンに困らない為、そして弟にペン()を持たせる為。

 

他の方法?んなもんねぇよ。リスク無しに生きれる程俺と俺の弟の周りは優しくなかった。

そうだ、俺の身体しか頼れるものはない。親という名の腐った犬の糞みたいなクソッタレと、親戚を名乗るハイエナ共……そして祖父(化物)から逃れて生きる。

ただその為に血塗れの道を歩いた。

 

そしてそのお陰で弟に暖かい寝床と美味い飯、キレイな服を用立ててやれる。

だからこそ弟に夢を見せて、実現できるようにさせてやれるんだ。

それだけで良い。それだけで良かった。

 

「おっす!ジョン、おはよう!今日も良い筋肉してんな!」

 

敵を殺して、殺して、殺して、殺して、そしてより効率的に殺せるように肉体を改造する。そしてまた殺す為に戦地に立つ。

血を流し、血を撒き散らさせ、そして血を飲み干す。血、血、血、血――――。

どこを見ても、俺の体さえ血塗れだ。

 

……しかし、そんな赤色しかなかった視界に、いつの間にかそいつが居た。

 

417番。俺がシーナと名付けた少女。

 

金砂の頭髪に、碧色の瞳を持つ美しい娘だった。

まさかこの世にこんな人類が存在するのかとさえ感じた。産まれて初めて何かに感動した。

 

……ああ……しかし、そいつは神秘的で美しい外見を持つが、中身はどうしようもなく無邪気で純粋で――早い話が子供だった。

変な子供。それが最初に抱いた印象。

 

「おーい?ジョン!ジョーンー!構えー!」

 

――後から聞くと、驚くべき事にそいつは人間ですら無かった。

長く伸びた鋭い耳。

人類を超越した身体能力、獣よりも鋭敏な五感。そして自然と対話し、自然から庇護される特殊な魂。

 

俺も――というか、俺の所属する『ウェスト.ローランド』の戦闘員は全員異種だ。純度の低いものが多いが、それでも並み居る雑兵では相手にならないだろう。

だからこそ分かる。

あいつは異種という括りからすら外れている。

……そう、あまりにも純度が高すぎる。

あれはもはや異種(雑種)ではなく――『原種』だ。

 

――守らねば。

世界で唯一の『原種』であり、ありとあらゆる欲深き者共に狙われる彼女を。

 

導かねば。

あらゆる苦境から。あらゆる苦難から生き延びる力を育てねばならない。

 

……大人である俺達が、無垢な子供を穢すなどあってはならない。

 

「おら!バナナを喰らえ!」

 

ずぷっ。

 

―――サソリ固めを喰らわせた。

 

 

 

「ふおおぉぉぉ………体中痛い……」

 

「アイアンクローから始まって逆エビ固め、サソリ固め、コブラツイスト、アキレス腱固め……すごいな、どんどん増えてくぞ」

 

「関節技コンプリートできそうだな!」

 

「いたいけな美少女になんて事を……!う、イタタ……」

 

「そんならイタズラすんなよ……」

 

「お、抑えきれぬ本能……!」

 

「なんだ?お仕置きされるのが好きなのか?」

 

ないです(真顔)

俺は!あくまで俺のイタズラで呆れながらも笑顔になってほしいの!

決して叱られる事に快感を覚えているわけではない!

むしろお仕置きしたい!(唐突な覚醒)

 

「でもさぁ、お前アイアンクローされてる時笑ってたぞ」

 

「えっ、うそ」

 

「マジマジ。なんかこう、花が咲く感じで……」

 

「花?えっ、そんなグロいことになってたの?」

 

くぱぁ(物理)ってやつ?

うわ、マジかよ。俺いつの間にかゾンビとかパニックホラーモノのモンスターになったんだ?

咄嗟に懐から取り出した手鏡を見る。

 

……うん、特に変わりなく美少女だ。顔に切れ目が入ってる訳でもない。なんだ?花が咲く(物理)とか大嘘じゃねえか!

 

「違うんだけどなぁ……まぁいいか」

 

「おい、もう会議室だ。そろそろ静かにしろ」

 

「はーいお母さん」

 

「誰がお母さんだ!」

 

「怒らないでよママー!(裏声)ばぶぅ(地声)」

 

――この時、ベンは死を覚悟した。

まさか便乗して煽った自分の言葉がここまで気持ち悪く、それがジョンの怒りのツボを強打するとは予想出来なかったのだ。

盛り上がる筋肉が迫る中、ベンは後悔した。……後悔。後悔?ああ、なんて嫌な言葉だ。

 

……小学生の頃の事だ。給食の食べ残しに厳しい先生が居たことがあった。

彼はとても厳しく、給食を食べきれなかった生徒は強制居残り。

 

……ある日の事。

クラスの男子が牛乳を飲み切ることができなかった。「これ以上飲むことはできない!もう入らないのぉ!らめぇ!」と懇願されたベンは、先生にバレないよう代わりに飲み干した。

すると何故かクラスメイトから『世話焼きの父(Caring father)』と呼ばれ……どこでどう間違ったのか、学校中で『父の牛乳(Daddy Milk)』と呼ばれるようになった。なんでも股間にミルクが出る場所があるらしい。誰だその噂を流したのは。なんだそれは?お前は誰だ?ホントに小学生か?マセ過ぎだろう。

 

死ぬほど後悔した。

むしろ死にたいと思った。

当人達は訳も分からぬであろうに、皆こぞって俺をそう呼ぶ。だがマセガキの俺は知っていた。それがドスケベえっちっちである事を。

 

……あの時、助けなければよかったのだ。

後悔先に立たず……ああ、ホントにその通り。俺の人生はそんな事ばかりだ。

思えば、後悔ばかりの人生だったなぁ……。

 

 

「何やってんだコイツら……ミーティングの事忘れてんじゃねぇのか?ほっといて会議室はいろ」

 

6月20日。

今日は朝早くに招集があり、戦闘員全員――そう、任務に向かっていた兵士達も全員が拠点は帰って来ており、その全てが会議室に集合する手筈となっていた。

ジョンとベンも一段落したら入って来るだろう。

様々な関節技を極めるジョンからそっと目を逸らし、何十列にも並べられた長机の最前列に向かう。

既に席の殆どは埋められており、おそらく300人を超える数の兵士達が一同に介していた。ちなみにその殆どには軽度のイタズラをしたことがある。

 

「ん、9時25分……そろそろかな」

 

っと、噂をすればなんとやら。

そう言っているうちにいつも通りの装いの社長(ゴリラ)がドアを潜ってきた。

 

「ふむ、大体集まっているようだね……ジョン、ベン。早く入ってきなさい」

 

バキボキベキ!

社長が背後に向かって拳を鳴らす。ただ掌を握り締めているだけだと言うのに、腹に響く地鳴りの音が響き渡った。こわい。

彼等もさすがに怖かったのか、全く間を置かずに入室してきた。お顔真っ青である(よくわかる!)

 

「よし、では会議を始める。資料は手元にあるね?それを見ながら話を聞きなさい」

 

カツ、カツ、カツ。

正面に立った社長が告げた通り、幾つかのプリントがまとめられた冊子が机の上に置かれている。

 

A4サイズの表紙には白黒でビッシリと文字が描かれており、最上段には……『6月19日に急浮上した新大陸について』――?

 

………『6月19日に急浮上した新大陸について』。

 

『6月19日に急浮上した新大陸について』?

 

 

 

は?

 

 

………は?

 

 

☆―――は?

 

 

「さて、諸君らはテレビ等のメディアに触れる機会が少ないから知らぬものが殆どだろうが……昨日、拠点のあるアメリカ合衆国時間の夕方から深夜……およそ6時間を掛けて太平洋に謎の陸地が浮上した。これは既存の大陸と遜色ない規模を持つと見られている」

 

ザワザワザワ――。

周囲がどよめきの声を上げる。

かく言う俺も困惑している。

陸地?しかも大陸と同じサイズの?アトランティスやムー、レムリアのように?しかしあれらは偽り、虚構の存在であるという説が有力であり……そもそも在るとしても遥かな過去に沈んだものだ。

そして――それが一夜にして浮上した?

そんな事あり得る筈が――

 

「そして、その大陸は海底から浮上したにもかかわらず豊かな植生を保持し、現存の動物達とは全く異なる特徴を有した生命体が多数確認された。加えて言えば、その情報を齎したとある個人(・・・・・)の有する無人ヘリが即座に撃墜されている……最後に確認できた映像曰く、ドラゴン(・・・・)が写ったそうだ」

 

――今度こそ、会議室から音が消えた。

皆、あまりにも非現実的な情報を知らされて呆然としている。

 

パッ、と正面の壁に掛けられたスクリーンに映像が投影された。

悠々と空を飛ぶ視界には豊か極まる見たこともない(・・・・・・・・)植物達と、異常という他ない身体的特徴を備えた動物達。

背に生えた鰭から雷を放出する狼、口から針を飛ばすことで狩りをするうさぎ……そして空を我が物顔で飛行し、ヘリへ襲いかかる巨大な赤龍。

 

……頭がショートしそうだ。むしろそうなった方が気が楽なんだが。

 

「そして、これらの生命体は我々に対して非常に敵対的である」

 

「ちょ、ちょっと待ってください。なんでそんな事がわかったんですか?」

 

右前方でガタリ、と巨体を揺らして男が立ち上がる。

……確か、以前レーションの中身を全て甘味に変えた事がある。名前はアルバートだったか。

 

「オーストラリア、アジア、北アメリカ……世界中の国々が攻め込まれているからだ」

 

ふぁっ(心停止)

 

 

 

ふぁっ?(蘇生)

 

いくら何でもフットワークが軽すぎじゃない?軽いのは俺の頭だけで十分だぞ!

君等さぁ!急に浮上して急に襲いかかるとか何考えてんねん!野蛮人か!?非文明人か!?

 

……そういや動物だったわ……。

 

「オーストラリアなんかは特に酷いらしくてね……かなり劣勢らしい。何処も彼処も大騒ぎで、世界中の軍隊が動く事態になっている。我々や他のPMCもだが、手あたり次第に戦力提供の依頼が来ているよ。まったく……胃が痛い」

 

「あのっ……つまりこの会議は……?」

 

「……君達にはまず、オーストラリアで竜殺し(ドラゴンスレイ)に挑んでもらう。戦車砲すら効かないらしいが……異種である諸君に期待している(がんばれ♡)……!」

 

「えっ」

 

「わぁお」

 

「オイオイオイ、死んだわ俺」

 

「盛り上がって参りました!」

 

☆死んだわ俺――!

 

 

 




シーナくんちゃんはお仕置きされることではなく、『叱られる』『悪いことをしたら正してくれる』『邪険にされない』『愛されている』とい実感を得るためにイタズラをしています。
前世、家族からの愛情を受けることができなかったシーナくんちゃんは盛大に歪みました。SAN値フルバーストです。役満吹っ飛びマンです。
辛すぎる現実に耐えきれなくなったので、意図的に精神を造り変えて耐えられるように自分自身を改造したという過去があります。
本編で出なさそうなので此処に書きました。忘れてもいいです!それはそうとTS美少女のおパンツ被りたいのぅ!


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精神断片、絡繰りの少女

おじさんはね、主人公には苦労してほしいんだ。
血を吐き出しまくって、死にそうな試練を踏破し、絶望を乗り越えてこその主人公だと思うんだ。
決してTS美少女の瞳を曇らせたいからではない 作者の性癖ではないです


ババババババ、と超高速回転するプロペラが吐き出した風切り音が鼓膜を乱打する。

連射速度が早すぎるあまり、もはや間延びした一つの破裂音にも聞こえた。

ガタガタと鋼の揺らす音も相まって一種の音楽のように――聞こえる訳ねえな。

空飛ぶ大鳥、最新鋭輸送機の座席の一角――と言うには中心部に過ぎるかもしれないが、ともかく輸送機の中の一席に座っているのは――そう、俺!

時代が望んだサイカワエルフ!古今東西天下無双のスーパーウーマン!

 

……。

 

………。

 

手鏡を取り出す。

真を映し出す銀色には、これっぽっちも笑いの浮かばない少女の(かんばせ)が見つめ返すばかり。

 

「……はぁ」

 

駄目だ……これじゃ元気でねえわ。馬力が足らん。

いつも見たく勝手に燃料作って、自分で点火するって真似が出来ない。

文字通りの意味で運ばれていく子牛(戦士)だからか、つい心境まで家畜さんサイドに寄せてしまっているのだろうか?わぁ、つぶらな瞳だぁ。

 

「どうした、シーナ。随分と落ち着かねえじゃんか」

 

「あ……ジョン」

 

「不安か?」

 

「そりゃそうでしょ。今からドラゴンハントだぞ……?それに…………いや……何でもない」

 

……駄目だ。咄嗟に口を閉じる。

不満や怯えを漏らすのは簡単だが、ここに居るのは俺だけじゃない。

多くの同僚達の中で恐怖に震えたところで、ただ皆の士気を低下させるだけ。百害あって一利なしと言う奴だ。

キュッと口端を結び、指遊びの一環でバナナを取り出す――と、そこで普段使うポーチがないことに気付く。そういえば完全に戦闘用フル装備で来たせいで余剰パーツ――早い話が遊び要素が欠片もない。

……仕方なく、指遊びの代わりとしてミントを宙で踊らせる。

……そうだ、思えば一切余裕が無い戦場は初めてかもしれない。

これまではただあるがままに振る舞うだけで自ずと勝利がやってきた。全てが勝利への布石となり、どんな強力な敵だろうと自然(かあさん)が守ってくれたから。

……でも、今回ばかりはそうじゃない。

流石に火を吐き空を飛ぶ化け物に自然(かあさん)の力が無条件に通づると思えるはずが無い。

それが、それこそが。

負ける事ではなく、命を失うことでもなく。

自然(かあさん)が俺を守れない』という事実こそがどうしようもなく恐ろしいのだ。

 

「……震えてるな。大丈夫か?大胸筋が歩くの見るか?」

 

「ぷふっ……懐かしいな。久しぶりに見たいかも」

 

「よぉし!そら!大胸筋歩行マラソン耐久レースだ!」

 

ピクピクピクピクピクピクピクピクピクピク!

コンバットスーツの上からでもわかる程隆起した胸板が超高速で痙攣する。

やっべぇ、懐かしい……そして安心する。

思わず、無意識のままにジョンの震える胸板に掌を乗せた。

 

ビクンビクンという筋肉の震えと、ドクンドクンという心臓の打ち鳴らす脈動の音が掌を叩きつける。

それらはジョンはそこにいるという事実を、より深みを持った実感として理解させてくれた。

 

筋肉……あぁ、筋肉に触れ、筋肉の存在を感じる程に心が安らぐ。

なんでだろうか?とにかく不安がほぐれる事を実感できる。

 

「よーし!お兄さん頑張っちゃうぞ!」

 

「お?筋肉祭りか!」

 

「ええ!?輸送機の中で筋肉コンテストを!?」

 

「できらぁ!」

 

「むん!ダブルバイセップス!!」

 

「なんの!サイドチェストォ!」

 

いつの間にか、周囲が筋肉に溢れていた。

大男達は嬉しそうに、そして不安を振り切るかの様に必死で筋肉を収縮させる。

どいつも必死な顔をして、けれど俺を元気付ける為にか頑張ってくれている。

 

……懐かしい。そして安心する。まるであの時みたいに―――

 

 

 

……あの時?あの時って、何だ?

 

待って。

 

そんなのは今関係ないだろう?今考えることじゃない。

だから無視して、あの時のことなんて思い出す必要――

 

――待って。

 

脳髄が震える。

ニコニコと固定された表情の下で心がグネグネとのたうち回る。

 

――あの時なんて知らない。

知らない人たちが脳裏に浮かぶ。

誰?誰が俺を――ぼく(・・)を叩いているの?

ぼく(・・)をドロドロとした目で見ているのは誰?

笑っているあなたは誰なんだ?

ぼく(・・)を守ってくれたあなたは誰?

――あなたは、あの時ぼく(・・)を見つけてくれた。そう、ぼく(・・)ぼく(・・)として見て、ぬくもりをくれた。けどあの時―――

 

 

――あの時。

 

あの時、あの時、あの時?

あの時?あの時?過去?いつ?俺の?あの時?そんなの知らないよ?記憶にない、覚えてない!知らない、知らない、知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない!なのにあの時?あの時、あの時、あの時、あの時あの時あの時あの時あの時あの時あの時あの時あの時あの時あの時あの時あの時あの時あの時あの時あの時あの時あの時あの時あの時あの時あの時あの時あの時あの時あの時あの時あの時あの時ってあの時あの時あの時あの時あの時ってああああ(?????)「知らない」なにそ「れああああ(わかんない)なんだなに「がなに」をなにナニなにだどうでもいい(思い出すな)なにがなにを?なになに何俺は(あはは)なにあの時ってなんだ―――

 

 

――あの時って、いつだ?

 

……ぼく(・・)は、覚えてる?

 

『どうしたんだ坊主!なんで泣いてんだ!?』

 

――ぼくは、いつもの様に家の外で蹲っていた。

おかあさんは何故かぼくを叱りつけて、新しいおとうさんと裸で絡まりながらベットに寝っ転がっていた。それが何だか怖くて、それから逃れるように、目を逸らすように着の身着のまま飛び出した。

家の近所にある、閑散とした公園のベンチに座り込んで道路を眺めてた。

 

『おーい!大丈夫か!?』

 

うるさいな。そしてしつこい。

騒音の元凶に首を向けると、そこには冬だと言うにも関わらずタンクトップ姿の大男がこちらを見つめていた。

何だろうか?知らない人だ。おとうさんやおかあさんの知り合いかな?

ただ首を傾げる。

 

『冬だっつうのにそんな薄着でどうしたんだ!?なあ坊主!お母さんやお父さんはどうした?』

 

『……おかあさん、ぼくが家にいると怒って叩いてくるから……だから、いつもここに居るの』

 

『なんと……それは、いつもか?お父さんは?』

 

『……おとうさんは、ぼくを助けてくれなかった……。なんだか……ぼくの体のいろんな所を触ってくるけど、おかあさんには何も言ってくれないの』

 

大きな力こぶをピクピクと震えさせ、大男――おにいさんは口をパクパクと振動させた。

どうしてそんな顔をしているのだろう?なんだろう、その目は。

 

……はじめて見るな。

おかあさんは、いつもぼくのことをモノを見るみたいに無機質な目を向けてくる。

前のおとうさんは、そもそもぼくを見なかった。

今のおとうさんは、なんだかドロドロとしている。ぼくとおかあさんを見るときと同じ色で、なんだか怖くて、嫌いな色だった。

 

おにいさんの目は不思議だ。

暖かくて、柔らかい。

 

『……誰か、家族にお父さんとお母さん以外の大人はいないのか?』

 

『……うん、見たことない』

 

『そっか……』

 

おにいさんは片膝をついて、視線を合わせてくれた。

……うん、やっぱりきれいな目だ。すごいなぁ。

 

『明日もここにいるのか?』

 

『うん』

 

『……分かった。明日もここに来るからな』

 

そう言うと、おにいさんは温かい小袋をぼくに押し付けて去っていった。

近所の同い年で――ぼくは通う事ができなかった小学校の服を着た子供が持っているのを見たことがある。たしかカイロだったっけ。こんなのもあるんだ、不思議だなぁ。

 

 

――それから、おにいさんは毎日同じ時間にやって来た。

毎日温かいご飯を持って来てくれて、かっこいい大きな体を使ったショーを開いてくれた。

演者は一人、観客も一人。だけど、ぼくにとって何物にも代えがたい、世界一のショーだった。

 

この時から、ぼくにとっておにいさんは――筋肉や男らしさと言うものは、優しさの象徴になっていた。

 

『■■!おら!サイドチェストォ!』

 

『すごい!』

 

『バックラットスプレッドォ!』

 

『ええっと……き、きれてるよー!』

 

『バックダブルバイセップス!』

 

『背中に鬼神がやどってるー!』

 

辛かったけど、苦しかったけど。

おにいさんと過ごす時間だけは幸せだった。

 

 

『急がなきゃ……おにいさんが待ってる』

 

何だかいつもよりおかあさんが怒ってたから、普段とは少しズレた時間になってしまった。

おにいさんが待ってるって、そう思って急いでいつもの公園に走っていく。

 

けど、そこには赤い何かに塗れた、大きな人が倒れていただけ。周囲には少しの人集りと、青い服を着た――ぼくを助けてくれなかった人達。

 

大きな人に近づく。

冬なのにタンクトップを着ている。おにいさんみたいだ。

筋肉がすごく盛り上がっている。おにいさんみたいに。

……顔が優しげで、とてもかっこいい。おにいさんと同じ顔だ。

……その人は――おにいさんは、公園のど真ん中で寝っ転がっていた。

 

ややあって、おにいさんが身に纏う赤色は、おにいさんの命そのものである事にようやく気付いた。

そして、仰向けに倒れたおにいさんは微動だにせず、いつも大きく動いていた胸さえ完全に静止している。

 

『ああ――』

 

おにいさん。

 

……おにいさんは。

ぼくのヒーローは、死んでしまっていた。

 

 

それからの事は、ぼんやりとしか覚えていない。

おにいさんを殺したのはおとうさん。理由はよく覚えていないけど……すごく気持ち悪かった記憶がある。

それからの日々は地獄だった。

おかあさんは来る日も来る日もぼくを叩いて、縛って、禄にご飯を食べることもできず。

 

……そして、おにいさんに会えなくなって。

 

苦しくて、苦しくて、苦しくて、苦しくて、苦しくて、苦しくて、苦しくて、苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて――

 

――だから、ぼくは自分を造り変えた。めちゃくちゃに分解して、削って付け足して、辛くないように、苦しくないように組み立てた。

 

 

 

――そして()になったんだ。

 

「よぉし!どうだシーナ!仕上がってるかぁ!?」

 

「――うん、かっこいい」

 

ほにゃり、と顔がにやけた。

いつの間にか忘れてしまっていた笑い方だけど、おにいさんみたいなジョン達相手だからかとても自然に笑えたと思う。

ぼくは優しい人達に会えて幸せだ。

前のおかあさんとおとうさんはどうしようもなく怖かったけど、今のこの瞬間に続いたと思えば感謝したくなる。

 

「バックラットスプレッド!」

 

「サイドトライセップスゥ!」

 

「モストマスキュラーッ!!」

 

何故「ぼく」に戻ったんだろう――ああ、いいや。原因は分かった。多分、「シーナ」としてのぼくの中のイメージで、おにいさんと完全に重なってしまったジョン達の影響かな。

そのせいで本来無くなった筈の、忘れていた元々の形に戻ってしまったのだ。

 

おバカで間抜け、苦しみや辛さ、憎悪や恐怖に極度に鈍く、しかし底抜けに無邪気。そんなもっとも子供らしいというコンセプトで設計した「シーナ」だったが――きっと、その精神のおかげでここに居られるんだろうな。

 

ぼくは、造り変わった精神に気付かれないように振る舞いながら、いつかの懐かしい優しさを噛み締めた。

 

『おいお前ら!マッスルショーはその辺にしとけ!もうすぐ到着だ!』

 

「なにぃ!?まだ俺の筋肉様は物足りないと叫んでいるぞ!」

 

「俺の大臀筋を見ろォ!!」

 

「三角筋ッ!」

 

「俺の腹斜筋で大根擦り下ろせェ!」

 

「ドラゴンにその筋肉パワーを打ち付けるといいんじゃない?」

 

「おお!それもそうだな!」

 

「マッスル!!」

 

助言とも呼べぬ助言を投げ掛けるだけで際限なく盛り上がった。

もう数分で戦地に着くが、モチベーションは言うまでもなく極まっている。

これなら「シーナ」として怯えることも無さそうだ。……安心した。

 

「ふふっ」

 

恐怖なんて必要ない。苦しみも、殺意も、憎悪も、全部「シーナ」には不要な物だ。

 

――造り変える。

精神を端からドンドンとバラバラに取り外し、その一つ一つに不調や損耗が無いか検分する。

 

今回、精神が不調をきたした事でセーフティが作動してしまった。

やはり、おにいさんの事を忘却して負の感情を薄めるという試みは良くなかった。今度はキチンと稼働するように調整しておこう。

 

バラバラバラ。ココロの中に散らばったパーツを一つ一つ手に取って改造を施す。

少しでもへこみや歪みがあるのなら付け足して、飛び出した部分はヤスリにかけて削っていく。時には出力や入力の回路を組み換え、より洗練させていく。

そうして調整したパーツを「シーナ」の設計図通りに組み立て、接合部を『思い出』という接着剤で固定した。

 

――そうすると、ほら。元通りの無邪気な(シーナ)だ。

 

「頑張ろうな!ジョン!」

 

「おう!」

 

しししっ、と笑いかける。

不安や怯えはもうどこにもない。

だって、俺は「シーナ」だから。

 

 

 

 

大気が目に見えて振動した。

前線基地に着地した輸送機を降りた俺達を出迎えたのは、基地の建物のすぐ目の前で極大の咆哮を上げる赤龍だった。

恐ろしく巨大な――おそらく全長60メートルを超えるだろう四足歩行の爬虫類。

しかし背には巨大な翼があり、見れば見るほどファンタジーの世界から飛び出してきたドラゴンだった。

 

「撃て!撃て!とにかく撃て!」

 

そこら中に数え切れない程大量の固定機銃から無数の鉛玉が吐き出され、沢山の兵士が両手に構えるロケットランチャーで乱打する。

 

空からは多くの戦闘用ヘリコプターや戦闘機がミサイルの雨を降らせるものの、赤龍は未だに大した傷を負っていない。

 

――バケモノだ。

 

「シーナ、いっきまぁす!」

 

けれど――(シーナ)に恐怖なんて無い。

短槍と超大型の黒い拳銃を両手に構え、銃弾の隙間を潜り抜けて赤龍に肉薄する。

いつかの成長痛のような軋みの代わりに、溢れ出んばかりの力が体の隅々までいき渡っていた。その力に従い、赤龍へ音を立てずに疾走する。

 

「プランA!作戦通りだ!ベン、リチャード!準備しろ!」

 

「了解!」

 

「ジョンも気をつけろよ!」

 

背後でジョンの鋭い声が空気を裂く。

プランA――何の難しいことはない。唯一の原種(・・)である俺をメインアタッカーとして主軸に添え、只管に錯乱と徹底した時間稼ぎを行う。

その間に各々が持つレールガンをチャージ、そしてスキを見て500を超える兵士が持つソレと基地に設置された固定砲台としてのレールガンをぶっ放す。

なんともシンプルで力一辺倒のゴリ押しのようだが、こんな規格外の生命体に既存の作戦が通じるとは誰も思えなかったのだ。むしろこのような作戦とは呼べない作戦こそが最も有効と思われる、なんて言われたらやるしかない。

 

……大丈夫。もう怖くない。

 

『AAAAaaAaaA―――!!』

 

咄嗟にステップを踏む。

左に避けた次の瞬間、元いた場所を豪!と灼熱の火球が呑み込んだ。その後には削り取られた大地が在るだけだった。

 

『AAAAAAAAAAAAAAA!!!!!』

 

ザワリ、と肌が栗立つ。

直感に従い全力で大地を踏み砕き、マッハに迫る速度で宙へ跳んだ!

 

一瞬後に赤龍の口腔や周囲の大気から生み出される無数の火球が襲い掛かる。どれを見ても3メートル程のサイズであり、熱量と合わせて考えると――ああ、本当に異常生物だな!お前は!

 

トン、ドン、ダァン!

踏み込む毎に加速を重ねる。

周辺に散らばる瓦礫や、打ち捨てられた軍用車を足場として宙を駆け回った。

雨あられと降り注ぐ火球は虚空を通り過ぎ、虚しく酸素を飲み込み消えていく。

 

ダァン!ダ!―――!

蹴り抜く時間は限りなく無へ近づけろ。

力の全てを推進力へ変換しろ。

無駄を生むな!使えるモノは全て利用しろ!

 

『GUuuuUaA……!!』

 

火球が止んだ。

高速で移り変わる視界の中、赤龍は開いた口腔からプスプスと煙を吐き出している。

 

「好機!」

 

遂に音の壁さえぶち抜いた勢いを活かす。

上空に拳銃を放り投げ、短槍を両手に構えて飛行する。

 

Code:Impact(刺突強化:榴弾加工)!」

 

白熱した穂先を、渾身の力を持って首の付根に打ち込んだ――

 

――ガリ!

 

けれど、与えた損害は数枚の鱗と、僅かな血と肉片を撒き散らすだけ。到底致命傷とは言えない。

 

「チッ!」

 

後方に飛び退き、空から落ちてきた拳銃を掴み取った。

どうする、どうする、どうする――。このままではチャージ完了まで周囲を守りきれるか――。

 

『A...AAaaA....』

 

そこで赤龍の様子がおかしい事に気付いた。

やけに巨体が震えており、その赤黒い瞳は驚く程血走っている。

 

…………。

 

……思い出した。

 

そう言えば、ドラゴンのアゴの下には一枚だけ逆さに生えている鱗が存在するんだったか。

そして逆鱗に触れた場合激しく激昂し、触れたものを即座に殺す。

 

「やっば……」

 

――ガパァ。

 

そんな気の抜けた音が聞こえてくる。

同時に、顔に吹き付ける生暖かい、そして何とも言えぬ悪臭を含んだ空気。

 

大きく裂けたソレが何なのか――

 

 

「―――づァ!!!」

 

 

――理解しようとする前に、俺の意思による命令を受けず反射的に駆動した両脚が瞬時に大地を蹴り上げる。危機一髪、危うく捕食される直前で目の前を抉り取る『口腔』から大きく距離を離した。牽制として狙いを付けずに乱射した銃弾は、チュインチュインと音を立てて弾かれた。

 

「……おいおい……」

 

銃弾の打ち鳴らした音でようやく俺が居ないことに気付いたのか、その大きな頭をグルリと回す。

 

『―――■■』

 

ソレは俺を見つけたのかその瞳孔を細く開いて、頭の動きを停止した。

先ほどの俺よりも尚早いその速度に余程自信があったのか、血走った目には色濃い憎悪が浮かんでいる。

ギチリ、と鋼が擦れ合う音が聞こえる。

その不快な音が牙が軋む音と気付いた頃には――

 

『■■■■■■■■』

 

赤龍は空間を削り取りながら、俺へと飛びかかっていた。

 

 

「――の、おおおおぉぉおおぉッ!?」

 

爆音と共に大地へ強く踏み込み、真後ろへ向けて超高速の回避運動を取った。一歩目にしてマッハ1に相当する速度でありながら、かなりスレスレでの危機回避。

瞬きの時間も掛けず元いた空間が白杭によって削り取られた。

 

無事避けることが出来たことに安堵するのも束の間。

次の瞬間には強靭極まる前脚が、辺りに転がる障害物ごと磨り潰さんと襲い掛かる。

 

「ッ……!」

 

『■■■■!!』

 

右フック。噛みつき。鎌のように周囲ごと刈り取る尾。土とコンクリートを巻き上げ迫る左前脚。からの巨大過ぎる体躯をそのままに超高速のタックル。

 

それら全てが数秒という僅かな時間に圧縮され放たれる。

 

――ザワワ。

 

自然(かあさん)の力を借りて周囲に広大な森を作る。

当然の事だが後方で待機している兵士達には危害を加え無いよう調整しつつ、即座に最も活動しやすい環境を築き上げた。

 

――しかし、赤龍の巨体にとっては邪魔にもならない。

変わらず無茶苦茶に暴れ、その強すぎる力を振り回し木々を砕いた。

 

それらをまるで猿ましらのように飛び跳ね回避する。

数秒先の生存の為力を尽くす。

時には両脚で位置をずらし、それでは不足と両手や大木の幹や枝も使い、果ては砕かれ散らばる大地の破片すら足場へ変える。

 

僅かな狂いが死へ直結する。

 

ジワリと冷や汗が額に浮かんだ。

 

――レールガンはまだか!?

 

「危なッ!?」 

 

咄嗟に頭を振り下げる。

 

その勢いのまま体を前方に投げ出す。

バキバキバキィ!

樹木を燃やして溶かし、頭のあった空間をナニカが通り過ぎた。危機の原因たる『ソレ』に砕かれ倒れた大樹を足場に、両の手で安全地帯――後方80メートルまで跳ぶ。

 

視界の端で、足場だった幹が周囲の土ごと削り取られて消滅するのが認識できた。

 

俺が危機を脱したことを理解したのだろう、ドラゴンは苛立たしげに喉を鳴らし、再び『ソレ』を放たんと身構える。

 

「また火……ッ!」

 

『ソレ』とは、つまり謎のエネルギー――ファンタジーチックに言うのであれば『魔力』の類によって編み込まれた、先程も用いられた大きな火球であった。しかし先程までとは違い、赤い燐光は青や白に変化している。

明らかに強化され、決定的に物理法則を無視したソレが宙を漂った。

 

「クソッタレ……!」

 

『■■■――』

 

ドラゴンが愉快そうに喉を鳴らす。そして機嫌良さげに目を細めたまま、『火球』を周囲の空間へ撒き散らすように展開した。

その数、およそ300。 

 

「Fuck……!」

 

頬が引きつるのを自覚した。

あの『火球』は途轍もなく高速で飛行する。

音速を超える凶器が、そんな――。

 

『準備完了!何時でも撃てる!合図をくれ!』

 

――しかし、天運は俺を見捨てていなかった。

即座に赤龍の足元に大穴を空けた。

咄嗟の事過ぎるが故か、ものの見事に下半身を地中に埋める。

そのまま数千を超える根で巨体や両翼を絡み取って固定し、その上に100メートルというキングサイズのスギを乗せ――即座に後方へ退避した。

 

『■■■■■■――!?』

 

藻掻く。

大地がブルブルと振動し、次々と拘束具を引き千切っていく姿は否応なしに規格外の力を見せつけてくれた。

 

……しかし、それももうお終い。

 

「撃って!」

 

『一斉掃射ァ―――!!』

 

 

 

――この日、現生人類は初めて龍に勝利した。

世界12箇所に飛来した龍達。

区域によって大小の差はあれど、いずれにしろ膨大な量の血を流した果ての勝利だった。

ここオーストラリアだって、俺が来る前までに数百の兵士が命を落としている。

 

……まず間違いなく、このままでは人類は――。

 

「おいシーナ!無事か!?怪我は!?」

 

「大丈夫だって!最強無敵のシーナちゃんだぜ!?そらもう完璧よ!」

 

だけど、今はジョン達の無事を喜びたい。

とりあえず再会と勝利のお祝いとしてバナナを――

 




よく見たら初めてお仕置きされてねえぞコイツ(驚愕)
唐突にシリアスっぽくなったけど求めてない人ゆるして……ゆるして……!
もっと脳味噌をからっぽにしたかったのに……!どうしてこうなった?

TS美少女のおパンツ被りたい!(強引な締めの挨拶)


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限界

うっ……練習……練習した…けど描写力が足りな……

ヒャァ!もう限界だッ!投稿するぞッッ!!
ガバガバは許してェ!!


謎の大陸の浮上、そして赤龍との戦いから2週間。

俺達『ウェスト・ローランド』の社員百名は変わらずオーストラリアの地に足を着けていた。

 

一番最初に足を踏み入れた海岸沿いの基地から離れ、各地に散らばる拠点を転々と移動し、海を越えてくる謎生命体と戦う日々。

空を飛ぶ小さな蛇の群れ、海を高速で泳ぐ水を吐く猫のような四足獣、或いは影其の物で形作られたヒトガタ。

どいつもこいつも奇想天外極まるバケモノだった。まあ皆殺しにしたんだけど。

 

3階建ての基地の屋上、その端っこに腰掛けて脚をブラブラ、宙を蹴る。

 

見晴らしの良い視界の大半は真っ赤に染まっていた。

その大本である謎生命体――仮称『魔物』達の骸は粗方撤去されているものの、流れ出た痕跡はどうしても拭い切れずにいる。

 

「おーい!こっち手伝ってくれシーナ!」

 

「おー!わかったぁ!――よっと」

 

バナナを右手に飛び降り、壁を蹴り移動しながら基地前の平地で清掃中のジョンに駆け寄った。

右手はゴツイ手袋に覆われ、左手にはバカでかい麻袋。口には防毒マスク……まるで証拠隠滅中のヤーさんみたいだぁ(目逸らし)

 

「この辺の友軍の遺体や瓦礫は撤去し終わった。あとはお前の仕事だ」

 

「あいあい!」

 

ちなみに俺達が何をしているのかと言えば……うん、早い話が清掃業者だ。

今みたいに四方数百メートルに渡って血みどろというのはいくら何でもマズイ。

なので襲撃時以外は非戦闘員、戦闘員問わず清掃業務に駆り出されている。……さっきの俺?あくまで休憩中であってサボりではない(無言の腹パン)

 

というかもう一週間とちょっとの間洗浄を続けているっるーのにさぁ、しょっちゅう『魔物』が攻めて来るせいでちっとも元の土色に戻らない。戻った端からまたぶちまけてしまうのだ。まっことクソである。

これ謎の疫病とか発生しないんだろうか……?いい加減怖い……怖くない?バイオハザードとか発生しない?そこらへんの犬が火を吐き出したりとか!あ、でもそれはそれで可愛いかも!

 

「よし、そうだな……ここと、ここに例の草生やしてくれ」

 

「おっけー!」

 

ジョンの顔にバナナを放り投げ、両掌を地面に向けた。

そして後は力むだけ!

 

っしゃあオラア!!

 

――ぴょこり。

 

途端に、瑞々しい葉を持つ芽が顔を出す。

 ココに来て戦いを繰り広げる内に()()()生やせる様になった『未知の植物』の一つ。名前も知らないが、とりあえず有用であることに違いはない。

何せ『血』や『肉片』といった有機物を吸い取って成長し、生存領域を広げ、そしてある程度成長した後は種を残してさっさと枯れていくというトンデモ特徴を持っているのだ。

だから俺の仕事はコイツを生やして――

 

あとは、ないです(ホワイト社畜感)

 

「おお、よぉし!これが終われば北方100メートルは清掃完了!」

 

うーん!と背筋を大きく伸ばしたジョンの腹をつつく……かたぁい!

 

その間にもぴょこぴょこと生える小さな野草は加速度的に数を増やし、土に多分に含まれてしまった血液をドンドンと吸い取っていく。

あとは彼らに任せてしまえば大体の血液が栄養となって消えていく。

これが俺の最近の清掃における役目だ。他にやること?何度でも言うが、ないです……(震え声)

 

「そろそろ昼時だし食堂でも行くか。今日のメニューはシーナの好きなハンバーグだぞ!」

 

「やったぜ」

 

「おいおい転ぶぞ!もう17歳だし少しは落ち着けよ!」

 

「はぁ~?まだ外見上は14、5歳だからセーフです~!……セーフだよな?」

 

「うーん、まだ2アウトってところか……?」

 

「きれそう」

 

腰のポーチから取り出したバナナの房を構えた。

無警戒に俺の横を歩きおって……!おら、喰らえ!

 

ズポ!

 

ジョンの上の口にバナナをしこたま突っ込んだ。

即座に反応した豪腕が頭蓋を掴み取る。

 

ふぁふふぉはひいな(覚悟は良いな)?」

 

「はい」

 

ギリギリギリ!

頭蓋骨を強く圧迫し、けれども決して後に残らない絶妙な力でお仕置きされる。

 

 

 

――そんな痛みの中、読心能力を持つ異種でさえ見通せぬ心の奥底。

 

 何重にも設計した秘匿思考回路を辿り、バラバラに配置した()()のパーツを繋げる。

脳漿の送る信号を操作し各部位を連携、増幅、変換……そして脳髄の熟す思考回路を少しずつ、正しく歪めた。

 繰り返されるソレは次第に形を変え、(シーナ)の構造を保ったまま()()として頭蓋が変性していく。

 

 

――ガチリ。と脳裏で歯車が噛み合った。

 

 

 脳髄の使用効率が爆発的に跳ね上がり、(シーナ)()()に成る。

やはり一々分解する必要がない分、こちらのほうが圧倒的に楽だな。あの時のぼくは実に良い仕事をした。

 

――さあさあ、考えよう。

今回ジョンに指摘されたように、やはり(シーナ)の精神面が幼すぎるようだ。

 

……言われて思い返せば、最初に設計してから7年は経っている。

 

……『無邪気な子供』という設定を使うにしてもイタズラが多かったかな……。

うーん……『無邪気な子供』という面を意識しすぎたかな。テロリストや兵士として働く特殊な状況に対して、『無邪気な子供』そのままに振る舞ったせいで返って異質だったかもしれない。本当の子供なら怯えや恐怖、不安を感じた精神が相応に成長する筈だ。

 

でも、ぼくは苦労を苦労と思いたくないし、辛いものなんて認識したくない。苦しいモノなんて邪魔極まりない。

 

……けど……うん、そもそも十七歳というに年齢に対してソレはもうマズイかな。規格が古すぎたんだろう。

そろそろ年齢に合わせてアップグレードを図ったほうが良いな……。

 

バサリと脳漿の片隅に開いた大きな白紙に線を引く。

 

新しい『シーナ』はどういう風にしようかな。

環境からの情動の入力はもっともっと小さくしても良いか。

感情の変換器もいっそ小さくしてしまおう。

……けどあまり元の精神構造を無視してしまえば皆が不安になってしまう。

 

うーん……そうだな、あくまで『成長』の範疇に収まるようにしよう。

 

 

――少しばかり意識を逸らして、肉体が予備(自我のない精神)によって稼働し、自動でジョンとの会話を熟すのをぼうっと眺める。

いつの間にかお仕置き(アイアンクロー)が終わっており、たった今ジョンと一緒に食堂のドアを潜った。

 

 

それを尻目に――同じ肉体なのに変な言い方だが――作業を続行する。

外面はあくまで(シーナ)のまま、どんどんと『成長先』の設計図を描いた。

 

確か……幼いときはわんぱくでも、成長後には恐ろしく冷静沈着という人も多いらしい。

ならそれを利用しよう。

基本時には物静かであり、感情は表に出しにくい。

負の感情には鈍いままでいいだろう。そんなものは不要(邪魔)だ。

あとは……そうだな、やはり元の要素はある程度残した方が良いだろう。

時折お茶目な悪戯をすると言った風が良いかな……?

 

カリカリカリ。

何処にも響かない音を脳髄で鳴らし、黙々と存在しないペンを走らせる。

パーツごとに施す処理と組み立て手順を記述した設計図。

誰にも見えないソレを、ぼくだけが見える精神世界に安置する。

 

――うん、まあ此処を終着点にしよう。20歳まで時間を掛けて徐々に変化する形式でいこうかな。そうでないと不自然だ。

 

 

 

「シーナ、どうしたんだ?フォークが止まってるぞ」

 

「――あっ。わり、ちょっとボーッとしてた!大丈夫だ!」

 

バチリ。

回路の接続を切り離し、早速一部分に手を加えた(シーナ)に切り替えた。

 

元の動作をなぞって食べかけの、まだまだ温かいハンバーグにナイフを差し込む。

じゅわぁと肉汁が溢れ出し、肉と香料の香ばしい匂いが食欲をこれ以上なく刺激する。

 

それを口に頬張れば、期待を寸分も裏切らず『肉』という濃厚な旨味が口の中を蹂躙する。

芳ばしさ、濃厚さ、塩気、甘み。それらを味蕾に余さず伝えてくれた。

うん、やっぱりご飯というのは素晴らしい!

 

「ほんと美味そうに食うよなぁ」

 

「ふぁっふぇほんふぉにほいひいはら……」

 

「食うか喋るかどっちかにしろ」

 

「ハフッ、ハフッ!」

 

「食うのかよ!」

 

「何?俺と話がしたいのか?」

 

クスリ、と口元が静かに綻んだ。

無意識に形造られたそれは、何時の日か医務官の女性が口元に浮かべた妖艶な笑み。

何となくおちょくると、ジョンは若干驚いてこっちを――

 

 

………?

何故驚いた顔を?

 

……待て、今、俺は何をした?どんな表情をしていた?

女性的な笑み?子供の無邪気な笑顔ではなく?

 

 

……駄目だ。駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ今のは駄目だ(・・・・・・)!こんなのは『シーナ』じゃない!

 

しくじった、間違えた、失敗した……!

 

 失敗なんて駄目だ。マズイ。あってはならない。()()()()()

女性的な笑い方なんて成長するまで使う筈じゃなかったのに!まだそんなものは俺に実装してない!

 

 これでは()()ではない、綻びなんてあっちゃいけない!子供らしい子供の(シーナ)が使う筈がないのに――ああ、もう!何でこういうときばかりうまく行かないんだ……!

 ほら、ジョンだってぽかんとしてる。何で()()()()()()ジョンに……!

 

「シーナ、そんな笑い方も出来たんだな……」

 

「え――っと、何のこと?俺はいつもどおりだぞー!」

 

動揺を即座に抑え殺す。決して外に漏らさないように、腹芸の出来ない俺の一部を組み替えて演技の機能を強化した。

 ほんの僅かな違和感さえも許しちゃいけない。()()それを糸口に()()を見つけられたら――

 

「……ふーん。まあいいか!それよりも次の襲撃がある迄は寝て体力を回復した方が良いんじゃないか?迎撃の主戦力はお前なんだ。誰も文句言わねえさ」

 

「ああ、そうだな!じゃあバナナ食ってから一眠りしとく!」

 

「おう、そうしとけ」

 

……ギリギリセーフか?

少しばかり訝しんだようだが、さほど気にしたようには見えなかった。

 

…………。

まあ大丈夫だという過程で進むしか無いな……今更印象の修正なんて不可能だ。

一先ず、ちゃんと休んでから考えよう。なに、これまでの積み重ねのお蔭でまだ『背伸びしがちな子供』という程度だろう。

 

 

 

 

 ―――()()からは『セーフティ』と呼ばれる後付装置は、自我の宿らない思考で本体の状況を監視している。

 

万が一、精神構造に異常が見つかれば。

億が一、精神が崩壊してしまったら。

 

そんな状況に陥った際、『セーフティ』は本体の精神を初期化する役目を担っていた。つまり、一度精神を完全に分解して――というより、するだけだ。

 例え精神が完全に砕け散ってしまっても、()()のパーツはそれぞれの役割を理解した上で勝手に動作する。言ってしまえば、一度身体がバラバラに解体されても手足が勝手に動いてお互いがお互いをくっつけ合うような状態だ。

だから『セーフティ』は極単純で、故に強靭な実行力を持っている。

 

―――『セーフティ』は、ただ監視するだけの簡素な存在。

 

で、あるが――だからこそ理解していた。

 ()()はどうしようもなく、致命的なまでのエラーを抱えて狂い始めている。

 

けれど、まだ『条件』を満たしていない。

『セーフティ』は、本体をただ眺めていた。

 

 

 

 

 

 

更に3日後。

オーストラリア北部、海岸線。

大規模『魔物』対策前線基地にて。

 

 

「『ウェスト・ローランド』所属、ジョン・バッカス。以下四名入室致します」

 

「ああ、よく来てくれたね。さあ、こっちへ」

 

「「「「「失礼致します」」」」」

 

何ともSFチックな作戦会議室――超高密度に機能性を凝縮した一室に用意されたホログラム台に歩みを進める。

俺達以外にも存在する三名の兵士の隣に並び、一列となってホログラムと議長を務めるご老人に顔を向けた。

 

「……さて、人員は揃った……『大陸α侵攻作戦』の会議を始めようか。私はエスター・バッカス。今回の作戦の司令官となる。よろしく頼むよ。……では、まずはこの資料を見てほしい」

 

空中に投影されたホログラムに活字と画像が舞い踊り、世界中の『今』を映し出す。

 

――世界中で突如始まった侵攻の原因――仮称、大陸α。

余りにも巨大に過ぎる樹木と険しい山岳で構成され、凡そオーストラリア大陸と同等の規模を誇る。

その『中心部』には見るも悍ましい極大の肉塊で構成された『卵』が存在する。全高700メートル。直径300メートル。

巨大なソレは僅かに浮遊しており、その表層から夥しい数の肉片を放出する。

地に落ちた肉片は数時間掛けて変形し、昨今人類に危害を及ぼし続けている『魔物』へと成長する。

 

「ここまでは先週あった情報開示通りだが……ここからは先日判明したばかりの情報だ」

 

曰く、『卵』は有機物無機物問わずあらゆる物体を吸収する。

それらは内部で数日掛けて侵食を受け、そして『卵』の血肉と成る。

つまり、もし『卵』がある程度動けるのであれば――

 

「もしそうならば、産み出される『魔物』は尽きることが無い。それはそうだ。地面にその巨体を擦り付けるだけで無尽蔵に大地を吸収して血肉にすることができるのだから」

 

「故に、ここに宣言しよう」

 

「我々は、滅ぼされる前に敵の首魁たる『卵』――『魔性母胎』を破壊する」

 

「敵地は夥しい数の『魔物』が存在し、現在の兵力では完全に殲滅する事は不可能だ。故に気取られぬ様に侵入し、極力消耗を抑え、戦闘は避けて作戦を進行する――『スニーキングミッション』だ」

 

「人員は少数精鋭。世界で最も個の力に長けた8人に全てを掛ける」

 

 

…………。

 

 

……なんとまぁ。

確かにキリがないとは思っていた。

現状のままでは消耗戦になり、兵力も物資も有限であるこちら側が先に体力切れになるとも思っていたが……うん。まぁ敵の首を叩くのが最も正しいし有効なんだろう。

しかし、だ。たった8人で攻め込む?

そもそも人力である必要は?

弾道ミサイルを打ち込むのは駄目なのか?

 

「諸君は思っただろう。何故直接赴く必要が?人力であるのは何故?」

 

「………。」

 

「無論、そう考えたさ。世界で、国籍を問わず武力を持つ国々が弾道ミサイルを発射し、迫る危機を粉砕しようとした。……だが、無駄だった。奴らは対空機能さえ有しているのさ。コレを見給え」

 

新たな映像が空中に投影される。

これはドローンだろうか。中空を泳ぐ視界は、様々な方位から飛来する大きなミサイルを映している。

見えているだけでも百を超えるソレは、見るも悍ましい『魔性母胎』へ迫り――しかし、到達できず爆散した。

 

「……これは?」

 

列の右端に居る男性が動揺の声を漏らす。

恐らく――ミサイルを迎撃した幾百も煌めく緑の光条に対してか。

或いは敵の見せた理性にか……ホントにどうなってんだ?

 

コレまで遭遇したヤツらは――『魔物』は基本的に原始の本能に従う動物そのものだ。

そこに理性は介在しないし、知性なんて何処にもなかった。

 それが、『魔性母胎』を()()為に迎撃する?

 

……明らかにコレまでとは違う。

 

「……うむ。これが人員を送り込む理由だ。全くもって不可解だが……『魔物』は『魔性母胎』を守護し、高い対空能力を保持している。とてもではないがミサイルでは破壊できない」

 

「核は、使えないのですか?」

 

「ああ……人類の危機に瀕する中、最もなのだがね……保管施設が『魔物』に攻め込まれているそうだ。人員の防衛そのものは問題ないが、()()()サイロに『魔物』が屯している、核には手を付けずにな。今は問題なくとも()()排除する際に核に手を出されたら……」

 

「……人質ですか」

 

「そうだ。明らかに何らかの知性在るものが指揮している。それが何なのかは分からないがね」

 

「理由は分かりました。しかしながらたった8人での作戦遂行とは……現実味がありませんね。申し訳ないが私共、『ライリッヒ社』はお断りを――」

 

「ああ、ああ。分かっているとも。成功率がそう高くないこともな……」

 

「なら……!」

 

「たが……それしか道は無い。この任務を受けてもらおう」

 

 

 

ガチャ。

虚空から無数の硬い音が響く。

……これは聞いた事があるぞ?

そう、具体的に言うと同僚達が戦闘時に皆して鳴らす……銃を構える音ねー。はい。

 

 

――ガチリ。脳髄が噛み合う。

ギリギリと精神が軋みを上げ、想定外の負荷を受けた回路が悲鳴を上げた。

 

それもこれもこの(クソ)のせい。

なんだ、このクズは?

態々無関係の爺の為に出張ったというのに、言うに事欠いて脅しだと?

 

ニヤニヤと薄ら笑みを浮かべる皺くちゃの肌。なんと悍ましい嗤い顔だ、反吐が出る。

 

「無論、強制だ。君達は兵士だ。当然だろう?」

 

巫山戯るな。戯けるな。

何だ、この穢らわしい枯れ枝は。

手折ってしまおうか……!

 

「最新鋭のステルス迷彩だ。すごいだろう?私の目にもこれっぽっちも見えやしない。ああ

、抵抗などは考えないように。今君たちに向けられている『特殊突撃小銃REG021』は自動追尾機能を持つ。君達には避けられまい。……まぁ、シーナくんには避けられるかも知れないが……君の同僚達は無事ではすまないだろうねぇ」

 

ギリギリギリ。

出力回路が初期の想定を超えた熱を放つ。

怒り、憎悪、悪意――嘗て『不要』と断定した感情が沸々と湧き上がった。

 

ギリギリ、脳髄も、歯の擦り合わす音も変わらず響く。

 きっと今の()()は凄い形相だろう。

隣のジョンから息を呑む音が聞こえた。

 

ああ、足元が揺らいでいるようだ。

意識が白熱するあまり、現状を理解する機能が少しずつ欠けていく。

 

………。

 

おかしい。

『セーフティ』の効力で異常は初期化されるはずが、未だにぼくは熱を放っている。

コレまで感じたことの無かった激情は、まるで目にしたことのない世界を彩った。

 

「さあ、答えはどうする?YESか、ハイか」

 

まるで今のぼくみたいに、『湿った炎』が足元を憎悪のままに這い回った。

青いソレが、狂ったようにのたうち回る姿は幻覚なのだろう。

 

だが、それは。

間違いなくそこに在るように感じられる。

 

「答えを出すのは今だよ。君達を待たない。――ああ、シーナくん。分かっているとは思うが此処には植物を生やすことは出来ないよ。周囲や下方数十メートルに土壌は存在しない。もし生やした所で、此処に到達する前に君達を殺す」

 

「ああ、そうだ……ジョン。キミの弟……大学に行き始めたばかりだったねえ。ちょっと前には仲良くなった女の子がいるって喜んでて……ああ、もし()()()()彼女が命を落としたら。もし、夢を諦めざるを得ない事情があったなら……そう。学費を払えなくなるとかね。ああ、ああ。実に可哀想なことになる」

 

「――さあ、選びなさい」

 

『湿った炎』。これは狂い始めたぼくの見る幻覚か?

 

 いいや、違うな。だって――()()()()()

 

ぬるり、と。

 地面を這う青い揺らめきは、爺の両足を()()()()()

 

「――は?」

 

邪魔だ。

お前達は邪魔(不要)だ。

だから――

 

「ま、待て。何だこれは――!?」

 

「ひぃ!わ、私の腕が!」

 

「何で!見えないはずなのに!」

 

「あああああ!指が!骨が!?」

 

「おお、神よ……!」

 

くねくねと。

けれど轟々と。

 激しさと柔らかさを両立するソレは現実へと実態を伴って顕現し、()()()を次々と舐め取っていく。

ははは、いい気味だ。

ぼくに牙を見せたんだ。じゃあ不安の種は取り除かなきゃ――

 

「おい!シーナ!」

 

楽には死なせない。

まずは両足を外して、両腕も溶かして、じわじわと炙り殺してやる。

 

「シーナ!落ち着け!」

 

ほら、ぼくの火は優しいだろう?

オマエ達(人間)の火なんかとは違う。

甘く、優しく腐らせるのだから――

 

 

「シーナァ!」

 

 

パァン!

 

 

乾いた音が鼓膜を叩く。

同時に、ヒリヒリとした熱が頬に篭もる。

 

気付くと、青い炎は時が止まったように静止した。

両足や四肢全てを失ったゴミ(人間)共はただ苦痛に呻く音ばかりが響く。

 

「……シーナ」

 

 

目の前で、焦げ茶色の瞳がぼくを見つめている。

まるで揺らぐことのない強い意思を秘めた瞳を見つめ、感じる温もりを感じて徐々に心が安らいでいった。

 

 

「シーナ……」

 

「……なに?」

 

「落ち着いたか?」

 

「……うん」

 

「そうか」

 

「……謝らないし、後悔はないよ」

 

「ああ……それでいい。お前が手を汚すよりもよっぽどな」

 

クツクツと喉を鳴らす。

やはりジョンは優しいなあ。

 

――ぼくの手なんて、とっくの昔に汚れきっているというのに。

 

「さて……まずは話をつけなきゃな」

 

「コレに?」

 

「ああ、そうだ。血は……流れてないな。焼いたからか」

 

しかし気を失っているようだ。

随分とのんきなことだ、この外道は。

腹に蹴りを入れ、強制的に気付けを行う。

 

「ウごッ!?」

 

「よう、目が覚めたかい?()()()()()()()?」

 

「……ああ、おはよう。愚かな()よ」

 

「……!?」

 

咄嗟に二人を見比べた。

祖父と孫。

 

……?

 

……そういう割には似てないし、間に漂う空気は只管に険悪だ。

先程の脅迫のことを勘定に入れても、恐ろしいほどに冷たい空気を放っている。

複雑な家庭環境か……こうなりたくはないな。

 

「おい、ジジイ」

 

「何かね。今私はどうやって生き延びようかと悩んでいるのだが」

 

「おうそうか、どうでもいいな。それで……だ。任務の件だが――」

 

「ああ、言わずとも良い。こうなった以上強制は――」

 

「受けるぞ。俺は……な」

 

「ジョン!?」

 

まあ落ち着け、とジョンが手振りで伝えてくる。

落ち着け、落ち着けって!?

何処に落ち着ける要素があるっていうんだ!?

 

「どうせ誰かがやらにゃいかんのだ。なら、どうせならその貧乏くじは自分が……自分の意志で選ぶさ」

 

「何を言って……!?」

 

「俺も受けるぞ」

 

「俺も俺も」

 

「僕もぉ♡」

 

「な!?ベン、ヘラート、リチャードまで!?」

 

「どうせ俺には失うものなんてないしな」

 

「便乗したっていう理由だけで逝けるぐらいには何もねえし」

 

「僕は可愛い女の子達がいるこの世界を守りたい」

 

理解できない(やめて)意味不明(死にたいのか)分かるように言え(取り消せ)

何もお前達が戦う必要はないだろう!?

ぼくは、ただお前達(あなたたち)に――!

 

「あ、シーナは来んなよ?」

 

「――は?」

 

「身体はでっかくなっても子供だしな」

 

「は?」

 

「さすがに娘分を苦難の道に連れ出すのはちょっと……」

 

「は?」

 

「貧乳だしね」

 

「……はぁ……!?」

 

額に青筋が浮かぶ。

コイツラはよりによってぼくを除け者にしようとしているようだ。

こんな時に()がどういう反応をするのか、分かっているだろうに!

 ()()()も本質は変わらない!だから……。

 

「うお!?」

 

「ちょ!?」

 

「うヒャア!?」

 

「あぁん!」

 

「このまま行くぞ。あんま口開くなよ。舌噛むぞ」

 

「え!?簀巻きのまま運搬を!?」

 

「できらぁ!?」

 

「エルフならもっと安く簀巻き運搬できるって言ったんだよ!」

 

「お前ら余裕あるだろ」

 

「おや、私は放置かね?……おぉーい」

 

罵りながら熱を持たない『湿った炎』で抱え上げた。

よくわからないが自然と息をするように扱えるし、よくわからない由来だし、よくわからない存在だけど……何故か決して悪いモノでは無いという確信を持てる。

 

何故だろうか?

……ぼく、考えなしではなかろうか?

……………まあいっか。

 

とりあえずマッチョ4人を縛り上げたまま輸送機まで運んでいく。

 

 

 

……道すがら、出会う人々は先導したり、装備を渡してきたりと協力をしてくれる。

正直あの爺の脚を奪った時点でお尋ね者だと思ったけど……。

 

「……?バッカス司令官の指示ですが?……何かございましたか?」

 

「いいえ、何も……」

 

ぼく達の反逆は隠しているのか。

優先すべきは人類の安全、ということか。

個人感情を優先して即刻拘束もありえると思ったけど……いや、帰った後がマズイのかな?

任務達成できるのか、生きて帰れるかもわからないけどね!

 

『レイブン1、離陸準備完了。さあ、乗ってくれ!』

 

「ほいっ」

 

「ぐぉ!?」

 

「ヌア!?」

 

「ぬっ!?」

 

「ああん!」

 

各種備品が所狭しと積み込まれた格納庫、そのベンチに腰を下ろす。

正直もちょっとゆっくり出来ると思ったが……まああのままでは爺の心遣いを無駄にしそうだ。

さすがに足が無くなったこと、そしてその理由を長々と隠せるとは思えない。

 

だからまあ、これが正解だろう。

そもそも脅しが無ければ良かったんだけど。

 

「おおーい!待て待て待て!」

 

「俺達も行くぞ!」

 

「僕もぉ♡」

 

「あなた達はライリッヒ社の……」

 

いそいそと滑り込みセーフと言わんばかりに乗り込んできたのは、先程の会議室で先に任務を断った3人だった。

 

「俺はアスター!さっきは断ろうとしたが……正直特に命を惜しむ理由がなかった!」

 

「俺はカルライ!妹の居る世界を守りたい!決して便乗したわけではない!」

 

「僕はピエール。便乗しました。それと足舐めていいですか?」

 

「あっ、えっ……?」

 

いの一番に理由が語られる。

待て!いくら何でも急すぎじゃない!?そんなに尺とか詰めたいの!?分かる!

あんまり長いとダレるよね!

 

 

『離陸するぞ!舌噛むなよ!』

 

「りょ、了解!」

 

「シーナリーダー!命を預けるぜ!」

 

「え!?何で俺!?」

 

「やったぜ!いよっ、貧乏くじ!」

 

「美少女が上司ってマジ?……うっ」

 

「くっ、シーナ……立派になって……!」

 

「何親面してんだ!?ジョンがやれよ!」

 

「無いです(真顔)」

 

「マッチョが上司とか嫌だわー」

 

「士気が低くなるんでNG」

 

「ええ……」

 

君等仲良くなりすぎじゃない……?

出会って数分だよ?

え、これが筋肉パワー……?

うっそ……あ、プロテインまで持ってきてるの?

飲んでいいの?あ、ありがとう……。

 

 

 

到着まで12時間。

筋肉式懇親会が開かれた。

 

……え!一発芸!?

よーし!持ち芸としてジョンのケツにバナナをぶっ刺し――

 

 

 

――は、やめて……バナナの早食いします。

 




何処かに在るガバを探してる
アドバイスとかなんかあったら教えてくださるとウレシイ……ウレシイ……

アンケート機能……そういうのもあるのか


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無我の気付き

アンケート結果
(9) メス堕ち(病み)ルート
(21) メス堕ち(純愛)ルート
(12) 友愛ルート
(5) 絶望ルート

あ、そっかぁ
じゃあ恋愛描写の練習がてらメス堕ちさせますんで(歓喜)




『ランディングゾーンに到着。ご武運を』

 

「了解……よし、行くぞ」

 

「おっけーリーダー」

 

「やっぱ美少女の上司とか最高だわ」

 

「わかる」

 

トン。

軽い音を鳴らすブーツの数、16。

爺曰く人類側の最高戦力の8人は敵地――大陸アルファの最南端の海岸に足を踏み入れた。

恐らくは人類としては初なんだろうが……正直こんな機会はいらなかった。

もっと平和に生きたい。一日百本感謝のバナナ突きみたいな。ダメ?ダメですよねぇ。

 

「シーナ、例の『爆薬』はここから200メートル東だ。グーグラ先生が言うんだ間違いない」

 

「よし……じゃあこっそり……いいか、こっそり取りに行くぞ。『魔性母胎』の所に向かうプランはそっから実行だ」

 

「おっ、フリか?」

 

「やめろよ!?絶対にやめろよ!?」

 

「もしやったらケツ穴バナナチャレンジだ……」

 

「やめます(キュッ)」

 

この顔はケツ穴をぐっと引き締めた顔だな。よくわかるぞ。

ケツ穴の彼――初対面で足を舐めたいとほざいた新顔その1のアスターを先頭に、ベン、リチャード、ジョン、俺、ヘラート、新顔その2のカルライ、新顔その3のピエールの順で道なき道を進む。

 

「くっそ、恐ろしく緑豊かだな……」

 

「うわ、何だこの葉っぱ。俺のほっぺたが斬れたぞ」

 

「焼きてぇ……」

 

バサッ、バサッ。

草を掻き分ける音と同僚の愚痴の声が鼓膜を震わせる。

それ以外――敵が居るかも知れない筈の周囲は不気味なほどに静かで、どうしても俺たちの進軍の歩みは恐ろしく目立ってしまう。

 

……どうしようもない。

どうしようもないが嫌でも警戒心が高まってしまう。

 

「リーダー、この辺の植物操って道作れねえか?」

 

「ああ、そういやリーダーは植物操作ができるって言ってたな。しかしこいつらは未知の植生だぞ、大丈夫か?」

 

「あっ、そうだな……とりあえず試してみるか」

 

掌を眼前に向け、軽く丹田に力を込める。

 

「おお、リーダーがエルフっぽい」

 

「舐めたい」

 

うわ、きっも……。

んん!間違えた。お気持ちが悪いですわね。悔い改めて……。

 

「丁寧に言っても罵倒であることに違いないぞ」

 

「ああ、そう。何か問題でも?」

 

「無いな」

 

「そうか、なら黙ってろ」

 

「アイサー」

 

……ふぅ……。

くっそ汚い笑顔のピエールから視線を逸し、改めて意識を集中させる。

何時もと同じように、霊的ラインを「内界」から外部へ伸ばす。

 

白く淡い、肉眼に映らないソレを生い茂る緑に向け、自然(かあさん)にコンタクトを取――

 

 

『―――――?』

 

「な――!?」

 

――バチ!と、両手に衝撃が走る。

弾ける視界に意識が跳ね、思わず両足でたたらを踏んだ。

 

「うお、大丈夫かリーダー?」

 

……何だ今の……?

何時もとは違って、誰かしらない人の声が聞こえた……気がする。

自然(かあさん)じゃない……一体誰が?

 

「シーナ、大丈夫か?何かあったのか?」

 

「え、あ……うん」

 

ジョンが隣から顔を覗き込んで来た。

なんとなしに感じる安心感のお蔭か、若干さざ波を立てた心が落ち着いていく。

 

両手が――いや、違う。

霊体?アストラル体?それに準ずるモノが微かに痛む。

手をブラブラと振って僅かな痺れを振り払った。

 

「ん?おお、道が拓けて行くぞ」

 

ザワザワ。

軽く葉が擦れる音を鳴らしながら、繁る草木が揺れ動き道を作る。

不可思議な現象は起こった物の、助力そのものは得られたらしい。

 

「道できたな!さすがリーダー!」

 

嬉しげなベンの声に頷きを返しつつ、一先ず足を動かす。

……今のは何だったんだろう。

 

 

 

「おっし、このケースに入ってんのか……おも!?」

 

「リチャード、一旦離れて……ベン、ジョン、二人で固定具を外してくれ。その間はそれ以外で円陣を組んで警戒しよう」

 

「了解」

 

大きな長方形のブラックケースに取り付けられたパラシュートとビーコン。

それらを繋ぐ鎖を外す作業を、他の6人で囲み警戒する。

 

「うわ、これ大國工業のビーコンか……めっちゃ高えやつじゃねえか」

 

「それだけ今回の作戦は重要ってこった」

 

「これを使い捨てかぁ……もったいねぇな」

 

ぼやきながらも着々と作業を進めること数分。

大きな付属品を取り外した本命のケースが俺のもとに運ばれてくる――かと思えば、断念したのか二人が両手をブラブラ振りながら歩み寄ってくる。

 

「シーナ……これは俺らじゃ運べねえわ。多分お前が持つことを前提にしてるな」

 

「お願いリーダー♡」

 

「うへぇ、まじかよ……。しょうがねぇな――おも!?」

 

……おおぉ………。

両足を強く踏ん張り、腰や背中の力を使うことを強く意識することでようやく姿勢が安定する。

きっと数百キロは在るだろう長方形のケースを、側部に付けられたベルトを利用して背部に固定した。

何でこんなのを用意したんだ……?

これ筋力特化か、相当純度が高い異種じゃなければ待ち上げることすら出来んだろ……。

 

「……それ、背負ったまま戦えそうか?」

 

「う、うーん……ちょっと厳しいかも。普段どおりに跳んだり跳ねたりっていうのは無理だな……」

 

「うーむ、そうか」

 

「リーダーの植物操作とか、あの青い炎での遠距離戦ならいけるんじゃないか?」

 

「むしろあの速すぎる挙動が無い分安心かもな」

 

「わかる。目で追えねえもん」

 

「俺は目で追えるぞ!」

 

「マウントとるな糞が……舐めてると潰すぞ」

 

「ぷぷぷ!(裏声)ざぁあぁぁこ↑↑↑↑!!(高音)」

 

「きれそう」

 

ピエール VS リチャード、ファイ!

いやぁ、始まりましたね!

変態VS変態!どちらがより上の産業廃棄物か!今回の任務で白黒はっきりしそうです!

どちらも異種としての純度はかなり高いそうですが、隠密中であり、重火器を使えない現状でどちらが勝つのか?音は立てるなよクズどもが(素)

 

「いや黙らせろよ。口にバナナ突っ込んどけ」

 

「しょうがないにゃあ……」

 

いいよ♡(猫かぶり)

 

 

 

 

「いやぁ、唐辛子ミント味のバナナは強敵でしたね」

 

「まだ口の中いてえよ……」

 

「おら、黙って動け」

 

「あいさー」

 

カサカサ。

軽い衣擦れの音のみを残し、順調に北方へ歩みを進める。

かなりの速度で進軍しているものの、未だに目的地は遥か彼方。

上空に浮かぶ『魔性母胎』は、最初この大陸に到着したときから変わらぬサイズ感を保っている。

果たして近づけているのか……どうしても不安になってしまう。

 

目的の方角が一目瞭然で分かりやすいのはありがたいが……な。

 

「しっかし暑いな……熱帯雨林かよ」

 

「まあ地理的には可笑しくない。それにもう十三時だ、太陽もガンガンノってる頃だろうさ……北風さん頑張ってくんねえかな」

 

小銃を構える左手首にチラリと視線を送る。

この大陸に到着したのは午前八時。未だ日が昇り始めた頃だったが、それから約五時間経っている。

 

……そして、その間敵性生命体との遭遇は一切ない。

存在さえ、確認できていない。

 

――不気味だ。

 

「おい、シーナ……」

 

「ん?」

 

「こいつを見ろ」

 

前に立つジョンが直ぐ側の木の幹を指差す。

 

「うわぁ……」

 

ツンと鼻を突く刺激臭と、その発生源である――腐り続ける赤黒い粘液がこびり着いている。

些か鼻に対するダメージが大きいが……仕方なく、本当に仕方なく確認のために歩み寄る。

 

「うぐっ……これは……うん、分かりやすい魔物の痕跡だな……くっさ……!」

 

こうして見ている間にもドンドン磨り減っていく木の幹は、明らかに既存の動物達の法則を無視した酸性を有している。

そして地面には三本指の足跡……しかしこれは……。

 

「うわ、何だこの足跡……1メートル近くはありそうだ」

 

「ううむ……この粘液の降りかかり方からして上方から垂れてきた、といった様相だな……あれだ、ちょっと飛び散っただけのヨダレだろうな」

 

「ゾッとしねえな……」

 

足跡は俺達の進路――『魔性母胎』の方向へ続いている。

この木の腐り方からして、おそらく通り掛かったのはついさっきだろう。

……このまま進んでしまえば鉢合わせになる可能性があるな……。

 

「同感だ。一旦時間を置くか、迂回するのが良いだろうな」

 

「ああ……しかし迂回となるとだいぶ時間を食いそうだな」

 

「まあ元々それなりの日数を掛けて進軍する予定だったんだ。多少は変わるまい」

 

「……やっぱり距離が、なぁ……」

 

「1000キロメートル……途中でリチャードのアレを使うにしても遠いな」

 

「やだ……俺の責任重すぎ……?」

 

「おー、たしかにリチャードがしくじればそれだけ作戦遂行が遅れるなぁ」

 

「胃が痛い」

 

右手を腐りかけの木に向ける。

流石に見て見ぬ振りというのも目覚めが悪い……。

 

ぬるり、と足元から這い出た『湿った炎』で腐食性の粘液のみを焼き、その上でパスを通して気合っぽいなにかを注ぎ込んだ。おら!頑張れ!負けるな!もっと熱くなれお前ならやれるやれるどうしてそこで諦めるんだまだまだまだまだもっと頑張れ!never give up!(ネイティブ)

 

メキメキメキ、と死にかけだった木が震える。

 

「……よし、治ったな」

 

数秒の時間を掛け失った部位を再生した幹に、申し訳程度の獣避けの香りを付けておく。無いよりはマシだろ……マシだよな?

 

「……進むぞ。十時の方向に行こう」

 

「オーケイ。ちなみに途中で遭遇したらどうする?」

 

「迅速に仕留めることが出来そうなら殺るぞ。そうでないなら……まあ他のバケモノ共に見つからないことを祈っといて」

 

「じゃあ世界中の美少女達のおててに祈るわ……おお、我らを救い給え……そしてそのおててを舐めさせたまえ……」

 

「じゃあ俺は世界中の美少女達のおみ足に祈る」

 

「きっも」

 

「なんだこいつら」

 

「こわ」

 

「リーダーに近寄るなよ?」

 

「うるせえ舐めるぞ」

 

「「「「「ヒェッ……」」」」」

 

とりあえずジョンを傍に置くことにした。

何かあったらジョン投げるからな!覚悟しとけよ!

 

 

 

 

 

午後17時。

変わらず茂りに茂った深すぎる森の中。

あまりにも景色が代わり映えしないが、衛星先生曰くきちんと移動できているらしい……。ほんとか?

さっきから『魔性母胎』のサイズも変わってないように見えるんだけど?あ、もう50キロは移動してんのか……はえーすごいよくわからん(無知)

 

「よし……ここをキャンプ地とする」

 

「了解。工事は任せろ」

 

「俺も工事する」

 

「俺は警戒しとく」

 

「俺は見守ってる」

 

「俺はリーダー見てる」

 

「リチャード、ピエール、ベン。お前らはこっちで警戒組だ。ちゃんと働けよ……さもなくばキンタマ潰す」

 

「はい……」

 

ジョンが二人を連れて警戒に赴くのを見送りつつ、肩に背負ったケースを地面に下ろす。

あ゛ー……すっげえ疲れた。軽く伸びをするだけでボキボキいってら……おおー、あああー……。

 

ボギ、ゴリュ、ベギ!

あっ、なんかマズそうな音……まあいっか!(重労働後特有の思考停止)

 

「リーダーはそこで休んでてくれ。すぐに終わる」

 

「おおおー……頼んだ」

 

ポスリ、とすぐ後ろに倒れ込む。

空は軽く赤みがかっており、もうじき日が落ちることが見て取れる。

 

……そう、夜だ。

既存の知識が有効でない未知の領域で夜を明かす。

これが如何に危険な行為か、さほど知識のない素人でも分かるだろう。

 

……しかしどうしようもない。

この超長距離を徒歩で移動し、日が昇っている内に全てを終わらせ帰路につく……そんなの不可能だ。

だからこそ野営というのは避けられない。

 

今日は結局一度も魔物に遭遇することはなかった。些か……いや、完全に異常事態だ。しかしその異常事態が今夜中も続くことを祈る他ないだろう。

 

「リーダー、とりあえず人数分のテントは用意できた。一応周囲にも簡易的な罠も仕掛けた……が。効果があるとは思えんな」

 

「消音性のあるトラップだしな……まあしょうがないよ」

 

「ジョン達を呼ぼう。軽く飯を食って……そっから明日のことを考えればいいさ」

 

「ああ、そうだな。そうと決まれば俺が飯の用意を――」

 

uhdiugeuyg

 

ぽたり。

足の直ぐ側に、赤黒い雫が滴る。

ジュウウウ、と空気の抜ける音が響き――

 

「敵襲――!!」

 

シュルシュルシュル。

四方八方から飛び出す幾百の枝がその()()を縛り付ける。

 

三本指の四足。

六本腕を生やす人体によく似た上半身。

その頭部には全方位に大小の口が有り、その全身からは甘い、脳髄が震えるような瘴気が漂っている。

8メートルはあろうかという灰色の巨体を細かく震わせ、そいつは意味不明な()を撒き散らした。

 

uhdthoieig――!』

 

――つまり、この大陸に着いて初の接敵だった。

 

「リーダー!」

 

アスターの焦った声が響く。

 

六腕が撓る。

灰色の鈍く地面を強打し――そして周囲の樹木ごと地面が捲くりあげられる。

 

「――!」

 

生やす。

生やす。

より速く、より多く、より強く!

枝ではすぐに溶かされ、容易く振りほどかれる。

ならば幹をもって拘束してしまえ――!

 

「うお!?やっば……!いつの間に此処に来たんだこのデカブツ!?燃やさなきゃ!(使命感)」

 

メキメキメキ!

とぐろを巻くように幾重にも重ねられた拘束に重ね、更に上から直径3メートルの大樹を覆いかぶせる。

……そしてこいつらは既存のモノではなく、『燃えやすさ』を念頭に置いて作られた新種である。

 

ポーン。とヘラートとアスター、カルライの三人が円筒を投げつける。

それらは缶のようであるが――人類の造った偉大なる思想『燃やせばなんとかなる』を体現した正真正銘の兵器である。

 

「いっけぇ!大國工業製105式焼夷手榴弾12万円(自腹)!」

 

豪、業、轟!!

三段重ねの科学の炎は忽ち木々を燃やし、巨大過ぎるキャンプファイアーを作り上げた。

俺の避難誘導が間に合わなければこの周囲一体は火の海になっていたかもしれない。

 

「すまん遅れた――ってなんだこりゃ!?」

 

「アツゥイ!」

 

「アッツゥイ!!」

 

「なんかいつの間にかデカイのに襲撃されてた。今はそいつを縛って燃やしてるところ」

 

「……これでくたばりそうか?」

 

「それは――ダメみたいですね」

 

「ま、そうなるわな」

 

腐る。

その体を縛り付ける樹木が。

その体を乗せる大地が。

その体を蝕む炎が!

取り巻く全てを腐らせ、呑み込み、蝕んで、その灰色の巨体を再び表す。

 

ソレは僅かな手傷を負ったようだが……変わらず屹立している。

 

tudystwdfytsfsvxuvsuytxguqywg!!!』

 

腐食の風が吹き荒んだ。

大気が目に見えて変色して――なんだあれ!気持ち悪!

つぶつぶとした赤くて丸い球体が敵性生命体の口から飛び出し風に乗っている……きもい……。

 

「舐めんな!馬鹿野郎俺は勝つぞお前!行け、我が風!」

 

ベンが掌底を放つ。

 

――パァン、と破裂音が鼓膜を叩き――

 

 

――そして、空気が裂けた。

 

文字通り、赤黒いヤツの領域を縦断し、明確にただの空気と腐食の風が領域を分ける。

ベンの後方にいる俺達の周囲、清浄な空気を避け腐食の風が通り過ぎる。

 

瘴気に触れてしまった周囲に立つ木々は、途端に腐り落ちてしまった。

 

「いいぞベン!そのまま連打してくれ!」

 

「俺達を腐らせないでくれ!」

 

「その間に作戦会議だ!」

 

「おおおおお!急いでくれええええぇ!!」

 

大急ぎでベンを除いた七人で円陣を組む。

……議題、どうやってあの灰の巨人をぶちのめすか。

 

「どうする?」

 

「まあ逃げられんだろうし……倒すしか無いな」

 

「どうやってだ……?」

 

「それがわかれば苦労しない」

 

「俺の槍をぶん投げるのは?」

 

「駄目だ。そいつが腐ったら後で困る」

 

「鉛玉ぶっ放すのは?」

 

「俺達警戒組が帰ってきた瞬間、ぶち込んでないと思ったか?」

 

「効果の程は……って、まあ効いてないんだよな……」

 

「おう。やっこさんの身体、かなり硬いらしい。大体弾かれた」

 

あーだこーだと案を出し合うも、会議は踊るばかりで何も実を結ばない。

背後では掌底の連射音と空気の裂ける音が響くが、ベンの体力と比例して明らかに速度が落ちている。

 

――マズイ。

 

何がマズイって、時間という値千金ともいえる貴重品をただ浪費している現状だ。

 

……いっそ、腐ってしまっても仕方がない。先々を見据えても、今を生き延びることさえ出来なければ意味がない。

こうなったらこの相棒()を突っ込むしか……。

 

「……一つ。突破口になり得るものが在る」

 

「ジョン?」

 

「俺の異能は知っているか?ハイ、リチャードくん」

 

「絶倫」

 

「ぶっぶー。正解は『物質化』です。お前どつき回したろうか」

 

初めて聞いたジョンの異能。

物質化……物質化?気体を固体に的な?

 

「アスター、まだ焼夷手榴弾は残ってるな?」

 

「おう、まだあるぞ……って、ああ!なるほど!」

 

「まずはクソ火力の手榴弾の火を凝縮して固体にする。そんで、それをシーナの拳銃――何だったか、とにかく出番のないアレに装填してぶっ放す」

 

なるほど……。

腰部のホルスターからその出番のない拳銃こと『ソリッド・ソリッド』くんをクルリと取り出す。

俺が白兵戦を好むせいで滅多に出番がないが――こいつは事『頑丈さ』に置いて右に出る者がいない。

コイツを造った『意義ある痛み(Meaningful pain)』所有の銃器の中でも随一の特殊性を誇っていた。

 

集弾性――普通。

反動――並。

携行性――そこそこ。

弾薬互換性――微妙。

頑丈さ――天下一品。

 

「よし。シーナ、簡易的にでも良いから篝火を造ってくれ。そんであの青い炎を灯せ。そんでその他はそこに105式と手持ちの可燃物をバラ撒け」

 

「了解!」

 

「ガッテン!」

 

「おっけー!」

 

右足で地面を叩きつける。

より濃く、より強く。植物操作の純度を深め、その意思を衝撃に乗せて送り込む。

 

――メキ、メキメキメキメキ!ゴキ、ボキ!

超高速の成長を果たしたが故の異音が響き、再び木の幹が顔を出す。

ウネウネとくねりながら絡み合い、通気性を確保したオブジェが出来上がった。

次いで、足元を這い回る『湿った炎』を薪に焚べる。

 

じわり、と。新鮮な樹木を這い回り、湿り気を帯びた青い火を灯す。

 

「燃えろぉ!」

 

ピンを跳ね飛ばす甲高い音に続き、極大の爆音が耳を揺さぶる。

青い火に重ね、赤い科学の炎が合わさった。

 

それの鳴らす音は腹の底から頭頂まで響き渡り、否応なく全身を乱打してくる。

 

そして、俺はエルフであるが故に長く伸びた耳は鋭い聴力を有している……そう、耳が良いのだ。

――つまりめっちゃ耳が痛い!

 

それを見たジョンは、その灼熱の光に両手を翳した。

 

「概念固定……!」

 

――バクリ。

 

ジョンから発せられる()()()()()()()が炎を呑み込む。

ギチチチチチ、と空間ごと圧し潰し、物理法則を無視した超常の摂理が顔を覗かせ――

 

 

―――青い炎が、結晶化した。

 

 

「概念構成補強……事象誘導完了……物質界指向性決定……!」

 

赫灼の炎が渦を巻き、中空の力場一点に収束し圧縮される。

……眩しい。

あまりにも光量が多すぎて、一体何が起きているのか視界に映らない……が、しかし。

僅かに見えた断片から、その炎は大口径の銃弾らしき形状へ固定化されている……ように見える。

 

「よし、よし……!出来るぞ!シーナ!準備しろ!」

 

「分かった!」

 

パァン!ぱぁん!パアン!と背後で響く空気の破裂する音をBGMに『ソリッド・ソリッド』略してソリソリを構える。

()()()()()()力で構成された弾薬を受け入れるため、重厚な薬室を開いた。

さほど使う機会に恵まれずとも、丹精込めて整備を続けたお陰で不具合なく、スムーズに受け入れの体制への移行を完了させる。

 

「これを装填し――――!?」

 

「――危ねえ!!」

 

ベンの怒声が響く。

――危ない?

 

咄嗟に振り向く。

 

「……あ」

 

巨人が、目の前に立っていた。

何処にも目が無いのに、たしかにソイツは俺を凝視している。

 

じぃっと、まるで俺の奥深くを検分しているように。

 

――ギシリ、と身体が固まる。

手足の神経伝達が停止し、指の一つすら動かせない。

瞬きさえ封じられた視界で、ソイツの顔に在る無数の口が開口するのを黙って見つめた。

 

『aaaAAAAaaaAaaa……』

 

「あ、ぁ?」

 

大樹の如き強靭な腕がこちらへ向けられる。

大きな大きな掌を広げ、まるで俺を掴むかのように――

 

「シーナァ!」

 

「ぇ」

 

ドン!

体躯の芯まで衝撃が奔る。

視界が一気に吹き飛び、硬い何かに身体をぶつけてようやく停止した。

大きくて硬いそれは、ヘラートの身体だった。

俺を受け止めたままの体勢で怒声を発する。

 

「ジョン!大丈夫か!?」

 

「ぐ…ぅ……!だ、大丈夫だ……それより――!」

 

「お前……腕が……!」

 

巨腕の巻き上げた土埃が晴れる。

ジョンは細かい切り傷を全身に負いながら、片腕を庇っていた。

必死に左腕を抑えて――?

……左腕じゃ、ない?まるで肘までしか無いように、短い腕の先を掴んでいる。

 

………腕が、腕は?何処にあるんだ?

左腕が見当たらない。

 

右腕はある、じゃあもう片方は?

どこに行ったんだ?

 

「ピエール!ジョンを運ぶの手伝え!リチャード!ヘラートに結晶をぶん投げろ!それ以外!頑張ってコイツを抑えるぞ!」

 

「おう!ヘラート!ちゃんとリーダーに渡せよ!」

 

「急いでくれ!もう腕が限界だ!イきそう!」

 

連続する乾いた発砲音とベンの放つ掌底空気砲。

それらが空間を遠慮なく蹂躙する中、鈍い火を灯す銃弾が軽い弧を描いて放られた。

それを目の前でヘラートがキャッチする。

 

「っし!受け取った!」

 

「ジョン……ジョンの、腕は?」

 

……………。

 

なあ、なんで黙るんだ?

おい、ヘラート……?

 

「リーダー……いや、シーナ。今はとにかくヤツを斃す事だけ考えろ。どうしても気になるなら――ジョンの腕の借りは、ヤツの死で贖わせろ」

 

 

…………。

 

……ああ。

 

 

……うん。そっか――

 

 

――ああ、ああ。いいとも。

 

ジョンに、()()を導いてくれた人に傷をつけたんだ。

()()の大切なものに手を出したんだ。それぐらいは当然だよね?

うん、そうだ。決して変なことじゃない。

 

だから、殺す。

 

ぐちゃぐちゃに、バラバラに引き裂いて殺してやる。

必ず殺す。何をしてでも殺す。何処まででも追い詰めて、殺す。

 

殺す。

殺す。

殺す。

殺す。

殺す。

殺す。

殺す。

殺す。

殺す。

殺す。

殺す。

殺す。

殺す。

殺す。

殺す。

殺す。

殺す。

殺す。

殺す。

殺す。

殺す。

殺す。

殺す。

 

必ず、殺す。

 

「ヘラート。それ貸して」

 

「お、おう……なんか間違えた?(小声)」

 

受け取った結晶弾を薬室に叩き込む。

ガチャリ、と。甲高い鋼の音を立ててその姿を隠した。

それまで温度の無かったソレは密閉された途端に強すぎる熱を放ち、握ったグリップに伝わる熱が掌を軽く焼く。

 

……けど、それがなんだっていうんだ。

ジョンはもっと痛いに違いない。だからこの程度どうでもいい。

 

ベンが放つ掌打の連撃に抑え込まれていた巨人がこちらに向いた。

 

ytgfeyudtfywtf――!?

 

顔中にある口をパクパクと開閉させ、聞くに堪えない悲鳴じみた雑音を高らかに叫ぶ。

気持ち悪い。

唾を飛ばすなよ、空気が腐る。

 

中指を突き立てた。

 

utfswytfdsytewfwytftdreftrdfweqtfsudxuerygufy!!

 

走る。

 

奔る。

 

その巨体を雨あられと乱打する攻撃に目もくれず、ただ此方を目掛けて疾走する。

黒い銃身に込められた『殺意』が自分を害しうると気付いたのか、六腕を振り回しながらがむしゃらに、無様に。

ソイツは体中から撒き散らす瘴気を更に増やし、周囲をこれまで以上に腐らせ、宙空を漂う赤い果実が破裂し撒き散らす瘴気がその腐れを加速させる。

 

 

 

――だが、もう遅い。

 

引き金を引く指にあらん限りの憎悪を乗せる。

 

「死ね」

 

小さな小さな青い太陽が、愚かな灰の巨人を灼き殺した。

 

 




堕ちろぉ!
あ、今はヤンに見えても純愛になると思うんで……多分
ガバっても許して?


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メス堕ちの始まり

恋愛とは、一体何なのか。
どのような工程を経て、どんな事を考えてその思いは実を結ぶのか。
作者にはわからないので想像で書きました。

経 験 値 が 足 り な い !


森林の中心地。

川にほど近く、同時に野営地としては好立地とも言える開けた土地の中。

樹木が避ける空白地帯の中、背の低い迷彩柄のテントが8つ拵えられている。

軍用品特有の機能性に特化したフォルムだが、これが意外と――いや、意外でもないが隠蔽性が高く役に立つ。

……まあ昨夜襲撃してきた塵屑以外の敵と遭遇していないから、正直意味があるのか分からないが。

 

 

そう。昨夜受けた襲撃だ。

あの後、直様リチャードの『異能』――『流体移動』によって川に乗り、超長距離――およそ200km前後を移動した。

 

この異能は『とある物質』が必要な為回数が限られおり、使い所は予め決めていたのだが……今回の事情的にも致し方無し。緊急退避として実行した。

そして辿り着いた先で設置したのがこの野営地。

ここで負傷者の治療――つまり、片腕を失ってしまったジョンの手当てをしている最中だ。

 

 

……もう既に夜が明け、太陽が登り始めているというのに……まだ、ジョンは目を覚ましていない。

 

「……こんなもんでいいか」

 

近くの川で水を汲み、とぼとぼとテントに戻る。

憂鬱だ……これ以上なく。

心も顔も下を向いている。

 

……ジョン。ジョンの腕が無くなった。俺を庇ったせいで。

俺がもっと強ければ、俺がもっとしっかりしていればジョンにあんな傷を負わせることなんてなかったのに。

俺がジョンの足を引っ張ったから、俺を気にかけてくれて、俺の頭を撫でてくれていたその手が――。

 

………。

…………後悔ばかりだなぁ……。

 

 

……背の低いテントの垂れ幕をくぐり、水の入ったボトルを隅に置く。

 

「ぐ…ぅ……」

 

「ジョン……」

 

体中から汗を吹き出し、真っ赤に染まった顔を苦しげに歪めている。

あの塵屑の手によって――毒を含む体躯によって傷を負ったのがまずいのか、体内の免疫機能が全力で励起している。

異種の身でそうなのだ、おそらく只人が食らえば即座に死に至る筈だ。

 

――けど、まだ生きてる。

 

「………まだ熱い」

 

額に手を乗せると、焼け付くような熱気を感じる。

とても辛そうで、人体に良いとは思えないが……それこそが、ジョンがまだ負けていないという証明でもあった。

 

「……リーダー、そろそろ休んだほうがいいぞ」

 

「ヘラート……」

 

すぐ側のテントからヘラートの声が響く。

それはこちらを気遣ってのものだろうけど、ハイそうですかと頷けるものでもない。

……だって、俺のせいでジョンは今も苦しんでいるというのに、今俺が休むわけにも行かない。

そんなの、(ぼく)が許せない。

 

「酷い顔してるぞ、いいから寝とけよ」

 

「でも……」

 

「そんな死にそうな顔を寝起きに見たんじゃジョンだって気が滅入るさ」

 

「……………」

 

「……あー、ほら……じゃああれだ。ジョンはかわいい女の子が好きだからな。元気なシーナを見ながら目覚められたらさぞ気分が良くなるだろうさ」

 

戯けながら手振りを交えるヘラートは、自分だって疲れているだろうにこちらに言葉を投げてくれた。

 

……しかし、そうか。

ジョン、あまりにも異性に興味を見せないからホモかと思ってたけど、そういう訳じゃないのか……!

ジョンって未だに独り身なのに女の子には興味あったんだな。

 

ははは、俺が女だったらジョンの事好きになったかもな!

 

気前良いし!懐でかいし!顔も悪くないし収入もある!意外とこれ優良物件じゃ――

 

 

 

――今の俺、女じゃん。

あれ、これは暗に好きって言ってるような……。

 

 

あ、いや……でも俺の中身は男だった……。

 

……………。

 

でも今の俺は女だし……ジョンには嫌われないかな……?

 

 

………んん?

 

っていうか何で好きだ嫌いだの話をしてるんだ?

俺はあくまで傷付いたジョンに罪滅ぼしをしたいだけだってのに!

そりゃあジョンが望むなら――いやいや、違う違う!

ジョンは俺を導いてくれてた兄貴分であってそれ以上じゃない!

第一俺もジョンも男同士――いや俺女だけど!そこに恋愛感情は――

 

 

 

無いのか?

本当に?

 

 

「お、おい……シーナ?」

 

恋愛感情――「恋愛感情」は、恋したときに発生する感情。特定の誰かの価値を高く感じ、肉体や精神的な接触を持ちたいと願う心理のこと。

 

肉体的な接触――良くジョンのケツ穴にバナナを突っ込んだのは、その後の「お仕置き」に期待していたから……?

精神的な接触っていうのは……言葉を交わすこととか?

いや、でも確かに………ジョンと話しているときは胸が高鳴って………。

 

 

………。

 

 

………………。

 

 

…………………。

 

 

………………………いや、まさかね。

まさか……ねぇ。

 

 

「ぐ……シーナ、か?」

 

「――ジョン!?」

 

不意打ち気味なジョンの目覚めに、思わず上ずった声を上げてしまう。

次いで、ジョンの寝ていた場所に視線を向けると、残った右腕で目元を抑えているジョンの姿が目に映る。

 

――思わず、腰から力が抜ける。

 

「お、おお……大丈夫か?」

 

「この……ああ、ほんとに、心配させやがって……」

 

……ああ、良かった。本当に良かった……。

未知の生物の未知の毒素が体を蝕んでるなんて、どうしようもなく不安だった。

ふるふると瞼を震わせながら目を開いた焦げ茶の瞳には、いつも通り生気に満ち溢れた優しい眼差しが宿っている。

 

「なんと!ジョンの目が覚めたのか!」

 

「おお!やっとか!」

 

「リーダーめっちゃ落ち込んでたぞ!土下座しろ!」

 

「服を脱いでケツドアップで土下座配信しろ!」

 

「なんだオメェラ……!」

 

「☆ジョン、キレた――!」

 

ジョンが目覚めたことで昨日までのように、陽気なやり取りが交わされる。

何処までも頭が悪い小学生男子のような会話だが……ああ、心が落ち着いていく。

じっとりと頭の片隅にこびり着いて離れなかった「もしも」の不安が、ようやく離れて消えていった。

 

「……よし。おら、部下共。飯にするぞー。ジョン、食欲はあるか?」

 

「「「わぁい!」」」

 

「ああ、死ぬほど腹が減ってる。身体がカロリーを求めてる」

 

「よーし!シーナちゃんが飯作ってやるからなぁ!見てろよ!」

 

えー、本日用意するのはヨモギ、タンポポ、ユキノシタ、ドクダミ。この四つの野草になります。

鳥類の卵(無精卵)を溶いたものに突っ込んで、タプタプと入浴させた後に白い粉をまぶします。

 

そしてアッチアチに熱した油の中にドボンと投げ込む。油がはねた?すごく熱い?我慢しろ、心頭滅却すれば火もまた熱し!

 

「あとはなんかこう……ね!そう、それっぽくなるまで揚げて……ハイ!なんか出来た!」

 

「ええ……何これは」

 

「メシマズかな?」

 

「これは嫁の貰い手に困りますねぇ」

 

「料理上手な美少女エルフはどこ……ここ……?」

 

はぁ~?

はぁ~?

きつね色になるまできちんと揚げられた天ぷらだぞ?そらあもうご褒美よ。無論美味しいに決まってるよなぁ?美味しいって言え。

 

やいのやいのと(小声で)騒ぎながら七人で焚き火を囲み、それぞれに山盛りに積まれた天ぷらの皿を配膳する。

美味いか?美味いな?良し!(強引)

 

「なぁ……シーナ……」

 

「ん?どうしたジョン」

 

ただ一人、テントの中で寝っ転がっていたジョンが情けないような、悲嘆に暮れたような声を上げる。

なんだろう、捨てられた犬のような顔しやがって。

 

「手が動かん」

 

「あっ……」

 

残された右手……は、異常がないように見えるが、極度の疲労……或いは毒の後遺症だろうか。

別に不思議なことではない――が……どうしたもんか――

 

 

ジョンの分の皿を手にとった。

 

よく考えたら、俺がジョンに食わせたら良いじゃん。

あーん、ってやつだな。

別に、動けない兄貴分に看病してもおかしくはないしな。

 

「ほら、口開けて」

 

「ちょ!?流石にそれは恥ずい!」

 

「うるせえ、黙って食え」

 

「むぐぅ!?」

 

不服そうな顔ではあるものの、むぐむぐと口を動かしている事からきちんと飯を食うことはできている。

ならよし。

 

「ほら、あーん」

 

「なんだこれ……すげぇ恥ずかしい」

 

ジョンの顔は真っ赤に染まっている。

これは焚き火のせい……という訳じゃなさそうだ。ははは、可愛いところあるじゃないか。

 

「あーん」

 

「んむ………。なぁ、シーナ……顔赤いぞ?無理しなくても――」

 

「あーん」

 

「いや、あの……シーナさん?」

 

「あーん!」

 

「あっはい……むぐ」

 

ジョンのくせに生意気だな。

なんだよ顔が赤いって!確かに顔熱いけど!けどさっき変な事考えてたからってだけで!決して――決して…………。

 

………決して、なんなんだ?

 

「シーナ?大丈夫か?」

 

「――っ!あ、ああ。もう食い終わったな。明日になったら引くか進むか、どっちかに動くんだし早く寝ろよ」

 

「お、おう」

 

茹で上がった顔を見られないように、必死で顔を反らしながらテントを出る。

 

………さっきまで小声で騒いでいた大きな子供達は自分の領域に籠もっているらしい。

変な気を利かせたのか……いや、しかし今の俺にとってありがたい。

 

「………はぁ……」

 

消えかけの焚き火の前に座り込む。

あー、駄目だ。顔が赤くなっているのが自分でも分かる。

なんでこんな風になってるんだ?

 

コレまでだってジョンとの交流は楽しくて――楽しい、だけだったのに。

 

……分からない。

なんで俺は、ぼくは――こんな不思議な知らない()()()を感じているんだろうか?

どうして未知のモノに振り回されている?

 

「ばらばらばら……」

 

熱で鈍化したままの頭蓋にメスを入れて分解し、ぼくの各部位を虫眼鏡に写す。

 

大我と小我。

思い出、情動、感性、多様性、接続性持続性、完全性、秘匿性、保全性………。

何処を見てもいつも通り。

計算され尽くした入力系統と出力系統。

 

完璧だ。どこをとっても完璧だ。

全て計算して、そういう風に加工したんだから当然だけど。

 

「…………」

 

何処を見ても変わりない。不変そのものだ。

 

なのに、どうしてこんなに胸が疼くんだ?

 

 

 

 

「よし、朝だな……リーダー、起きろ」

 

「ん……ん?」

 

閉ざされた瞼をぼんやりと柔らかい日差しが貫いた。

 

二度、三度瞬きを繰り返す。

 

……ベンが焚き火の後始末をしている。

どうやら眠った俺に変わって見張りをしていたのか、直様戦えるる様に、咄嗟に取りやすい位置に銃器とコンバットナイフが並んでいる。

 

「……大丈夫か?」

 

「あ、ああ……大丈夫」

 

「そうか。これから他の連中を起こしてくる。飯の準備をしといてくれ」

 

「分かった」

 

それぞれのテントに回っていっているベンの後ろ姿を尻目に、昨夜用意した野草を使って天ぷらを――と行きたいところだが、生憎油の手持ちがないのだ。

正直昨夜のアレは景気付けに用意した物であって、量のかさばる油はそう多く持ち運べない。

 

……つまり、今日から毎食くっそ不味いレーションとシーナちゃん特性日替わりスープだ。

 

 

まずは携帯コンロを設置します。

鍋に満たした真水にだしの素を突っ込み、卵、醤油、食えそうな野草をぶちこんで……ね、こう、それっぽく……はい、できた!

 

 

見た目は美味しそうだ。匂いも悪くないし見栄えもいい。よっしゃアイツらに毒味――んん!食わせてみるか!

 

――と、そこで背後から草を踏み締める音が聞こえた。

 

「お、もう出来たのか……いてて」

 

「ジョン!もう大丈夫なのか?」

 

「おう、とりあえず左腕以外は元通りだ」

 

「そ……そっか……」

 

ジョンだ。

 

いつの間にテントから這い出ていたのか……。

昨日まで死に瀕したような土気色だった肌は元の血色を取り戻し、いつもと変わらない骨太な笑みを浮かべている。

 

「どうした?ジョンジョークだぞ!笑え……っていうのは無理か……」

 

「……当たり前だろ」

 

ジョンは、いつもみたいに軽い調子で笑い飛ばした。

いつもと同じ声音。いつもと同じ仕草。

 

 

………けれど、昨日から一つだけ違うことがある。

 

 

 

――左腕。

 

左腕は、俺を庇った時に失われたまま。

 

昨日と同じ軍服を着ているが、しかし左腕のあるべき空間はただ風が揺らぐのみだ。

本来鎮座している筈の筋骨隆々の腕部、その片割れが失われた事を様々と見せつける。

 

………ジョンは優しいから、いつもと同じ様に笑っているけど…………ああ、せめて俺を詰ってくれるのなら、許される様な気にもなれたのだろうか。

 

………けれど……それは逃げ、かな……。

 

「……ジョン……その……」

 

「シーナ」

 

ビクリと体が跳ねる。

いつの間にか俯いていた顔を上げると、いつもの様に優しい瞳が俺を見つめている。

 

優しくて、こちらを見守るような温かい眼差し。

 

「俺は、後悔していない」

 

ニカリと笑う。

ただいつものような、日常を思い出させる仕草。

俺がバカをやらかして、ジョンはそれにお仕置きして、ヒリヒリ痛む身体を庇っていじけている(シーナ)を見守る。

 

……彼にとって、これはそんな日常の延長線なのだろうか。

 

命をかけて戦って、命をかけて俺を守って。

 

 

ああ――。

 

……やっぱり、アナタは優しいなぁ……。

 

「俺はお前を守りたかったから守った。その結果に必要なのはお前が無事だという事実のみだ。……これは俺にとって勲章だからよ……気にすんじゃねぇぞ」

 

「そんなの、無理に決まってんだろ……」

 

「ははは……まぁ、お前ならそうだよなぁ……」

 

「その状態じゃ戦う事だって出来ないだろ……?」

 

「んー?いやぁ、そうでもねえ。物質化を上手いこと使えば短期間の戦闘は可能だ……もっとも、以前通りとはいかねえがな」

 

「そっか……」

 

 

俺達の間に重苦しい沈黙が横たわる。

どうにも息苦しくて、ただただ心が締め付けられるように痛みを感じた。

 

 

「まぁあれだ!この仕事は完遂するけどよ、それが終わりゃあ退役だ。どうしても気になるなら俺を養ってくれや!――って、なんてな――」

 

「わかった」

 

「へ?」

 

 

……そうだ、そうだった。その手段があった。

 

そもそも俺は何だ。バカという風にデザインした精神で何を無意味な思考をこねくり回してるんだ?

 

無駄だ。そんなの無意味だ。

何も俺が一人で思い悩んでも何にも変わらないんだから。

 

俺はなんだ?『シーナ』だろう。考え無しでおバカで、底抜けに無邪気な子供――という設定はもうやめたけど、根本的なデザインは変わらない。

 

……()()として、であっても変わらない。

そんな小難しい理論はこの場に持ち出すべきじゃあない。不要なものだ。

 

――つまり、行動在るのみ。

 

「この作戦が終わったらお前を養う」

 

「ちょ、えっ」

 

「何があっても、お前を支えるから」

 

「シ、シーナ?」

 

「――約束だよ?」

 

「   」

 

心なしかジョンが白目を剥いているように見える。

……まあ見間違いだろう。

今の俺は心がウキウキしているからな!多少視覚がおかしくなっても不思議じゃない!

 

ああ!ほんと、何故俺は悩んでいたんだ!

 

そうだ。

俺はただジョンを支えたいと思った。

責任を感じるな、とか。自己満足だ、とか。

そういったことはどうでもいい。

 

俺がそう感じた。

だからそうするまでのこと。

 

「ヒェ……マズイとこ見ちゃった……」

 

「や、やむ……?」

 

「しっとできがくるう」

 

「  」

 

「シーナ……!立派になって……!」

 

外野から口々に囁く声が聞こえる――普段ならば問答無用でバナナを突っ込んでいたのだろうが……ああ!今は気分がいい!

 

さっきまでは散々な精神状態だっただろうって?

確かにそうだな。

 

でも、ジョンの左腕を奪った罪悪感よりも。ジョンが苦しんでいるという悲しみよりも。ジョンの腕を奪う遠因となった己の無力に抱いた赫怒よりも。

俺の頭蓋はもっと深い爽快感を覚えている。

 

それは――そうだな。喉元まででかかっていたあやふやな考えを、はっきりとした形に変えることが出来た様だ!

 

俺は、ぼくはやりたいことを見つけた。

大切な人をこれ以上危険に近づけずに済むし、ぼくはいつまでもそれを守ることが出来る。

ずっと傍で、いつでも、いつまでも、ジョンのことを守り続ける。

大事に大事に囲って蓋をして、あらゆる害意から隔離してあげる。

 

なぁに、ぼくはエルフだ。時間なんて腐るほどあるし、いつまでもぼくの力が劣化することはない。

これなら何の心置きなく守れる。

 

 

 

――それこそ、ジョンの寿命が尽きるまで。

 

 

 

だからね、ジョン。

ぼくはこの疼く気持ちがなんだか分からないけれど、ジョンと一緒に居たいっていう事に間違いないんだ。

間違いないよ。

間違いない。

 

だから、離さない。

 

ずっと、一緒にいようね。

 

 

ずっと、ずぅっと。

いつまでも。

 

 




これは病みルートではない(震え声)
純愛ルート……純、愛?

………こっから純愛になります。作者を信じろ


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純愛(鋼鉄の意思)

クッソ遅くなって申し訳ない
私生活が忙しかった(小学生並みの報告)
内定式に出ちゃったからもう働くしかないねぇ……

あっ(絶命)


カサ、カサ。

 

軽い衣擦れの音が木々や草花に溶け込み消えていく。

昨日から変わらない鬱蒼と茂る樹海を航行する8人の人影……つまり作戦行動中の俺達は相変わらずのフォーメーションを組んで移動している。

 

「………現在十五時ジャスト、敵影なし……」

 

……ここは『魔性母胎』が上空に鎮座する文字通りの敵地であり、本来であれば今この瞬間にも魔物共と切った張ったの殺し合いを繰り広げるべきなのだろう。

正直作戦が始まる前はそう思っていた。

 

しかし、何もいない。

昨日の塵屑以降何ら音沙汰が無いのだ。

いないならいないでこのまま出てこないで欲しいけど……さて、どうなる事やら。

 

「あのー……シーナさん?」

 

「なぁに?ジョン」

 

「その、流石にこの格好はいかがなものかと……!」

 

すぐ後ろにいるジョンへ視線を向けた。

昨日以降、より深みを増した湿った炎で縛り上げられ、青白い揺りかごに包まれた姿。

……何かまずいのかな?安全だろう?

俺の炎は外界に対する抵抗力は抜群だし、一撃の破壊力を高めた今のジョンはチームにとっても重要な存在だ。

 

だからな、ジョンを入念に守るのも変な話じゃないんだ。な?

 

「た、確かに俺を携行型のミサイルなんかと考えれば……いや無理だろ!」

 

失われた左腕の代わりに鎮座する、青く煌めく結晶をサラリと撫でた。

 

まだジョンのソレは不安定だ。

湿った炎を物質化してバカ火力の兵装に加工したはいいけど、いざという時に暴発したんじゃかなわない。

だからジョンは腕の維持に注力してもらって、移動は俺に任せるといい。

 

ね?

 

大丈夫だよ、俺が守るから。

怖がらなくて良い。お前が傷付くなんて、許さないから。

 

「どうしてこうなった……?」

 

「リーダー目覚めてんなぁ」

 

「目の光どこいった?」

 

「シーナ……立派になったなぁ……!」

 

「ああ……昔はこんなにちっちゃかったのに……」

 

「お前らぁ……!他人事だと思って!」

 

「「「実際他人事ですんで」」」

 

「くっそォ!」

 

「ふふふ……」

 

繭の中でただ不満は漏らせど、決して俺に当たることも暴れることもない。

それは俺に害意がないと知るが故か、それとも俺が傷付かないように思いやってか。どちらでも良いが……ああ、やはりジョンは優しい。

その暖かい瞳を見るだけで不思議と胸が高鳴る。

 

その不満げな表情も、どことなく愛らしさを感じる。不思議だなぁ。こんな事今まで無かったのに………。

 

悪くない気分だ。

 

「そ、そうだシーナ!昨日みたいな襲撃があるかも知れないしさ、何時もより入念に警戒しようぜ!な!」

 

「それもそうだな……ああ、本当に……」

 

ギシリ、と歯を擦り鳴らす。

 

ああ……そうだ。

忘れてはならない……!あの塵屑が……!

アイツのせいだ。

昨日、あの塵屑の接近に気付けず、初動で遅れを取ってしまったのが敗因だ。

 

――けれど、本当に悪いのは俺自身だ。

俺が、気付けなかったから。

俺が、安全を確保できなかったから。

俺が、弱かったから。

 

そのせいで、ジョンの腕が……!

 

「シーナさん……?」

 

………もう、そんなミスを犯してはならない。

今、ジョンは不安定な腕の維持に注力していて、咄嗟の反応が取れないだろう。

 

するとどうなる?

もし、俺や周囲のフォローが遅れれば、ジョンが怪我を負うか――あるいは死か。

 

……死、死?

死ぬ?俺のミスで?俺のせいで?

 

「し、シーナの目が濁った……!?」

 

駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ!!!そんなの、許せない(駄目だ)

あり得ない(ぼくのせいで死ぬ)許さない(ぼくのせいで死ぬ)

そんなのあり得てはならない(ぼくのせいで死ぬなんて許さない)

 

ジョンが死んでもいいのは此処じゃない。

年老いてベッドの上で皺くちゃな顔で笑って、孫やひ孫に囲まれて、そして俺が見守る中でなきゃダメだ。

それ以外の最期なんてクソだ。戦場で死ぬなんてクソ食らえだ。

 

何が何でも、絶対に傷付けさせない。

大丈夫だよ、ジョンは俺が守って、ずっと養ってあげるから。

邪魔なものは全部磨り潰して、必要なものは全部俺が与えてあげる。

 

「大丈夫だよ。ジョンは俺が守るから」

 

「アッハイ」

 

霊体としての、無色の腕をスルリと伸ばした。

周囲の木々を通じ、自然(かあさん)に接続する。

 

パチリ、と。

微かな電流が脳髄を走る。

僅かなフィードバックと引き換えに、あまりにも広大すぎる視覚が脳裏に浮かび上がった。

木々を伝わり俺が広がっていく。

 

木々の隙間。

木漏れ日の注ぐ草の影。

河原に無造作に転がる石の表面。

 

加速的に散らばった俺の意識が、あらゆる外敵の手掛かりを探そうと木の洞の中まで見通し尽くす。

 

 

――が、しかし。

 

 

「どこにも、いない……?」

 

半径10キロメートル。魔物どころか小動物さえ存在しない。

半径30キロメートル。変わらず森林が続くものの、小さな虫やうさぎが幾らか動き回るだけ。

 

 

――更に広げる。

広く、どこまでも染み込むように()を拡げて、拡げて――どんな些細な痕跡も見落とさないように目を凝らす。

 

チリチリチリ。

 

俺の処理能力の範疇を越え始めたせいで頭蓋が焼ける――けど、この程度問題ない。

この痛みも、ジョン――と、部隊員の安全の為と思えばどうってこと無い。

 

「………………」

 

……だが、いない。

魔物達の影一つ――いや、それどころではない。存在したという痕跡すら見つけられない。

 

――ゾワゾワ、と背筋に震えが走った。

 

なんだ、これは。

『魔性母胎』は今尚忌み子を産み落とし続けているというのに、何故その存在を見つけられない?

 

上を見上げる。

そこに鎮座する肉の卵は、ボトボトと肉片を撒き散らし続けている。

よく見れば空中で既に形を変え始めており、幾つかはコレまでも何度か戦った事のある「魔物」へと姿を変えていた。

 

――下を見る。

それら「魔物」の姿は何処にもなく――それどころか、そこに居たという痕跡すら存在しない。

 

 

………。

 

 

静かにパスを切断し、思わず眉間を抑えた。

 

…………不気味だ。不可解だし不愉快だ。

見えないが、しかし何処かに、確かに存在するはずのバケモノ(塵屑)共。

 

これぞまさしく異常事態というやつか。

まあ魔物なんてとんでも生命体が人類侵攻を進めてる時点で異常事態だが。

 

「……どうだった?」

 

「どこにも居ない。産み落とされ続けてるのに、その痕跡さえ無い」

 

「むぅ……」

 

「不気味だな……これは今日一日でそうなったのか、或いは以前からそうなのか」

 

「……こりゃ考えても仕方がない。とりあえず川まで進もう。野営地にあった川は目的地と向きが違ったが、しばらく探せば方向が同じ川もあるだろ」

 

「……そうだな。でも警戒だけはしておこう」

 

もう一度軽くパスを繋ぎ、広く浅く監視の目を広げる。

相変わらず変化の無い視界だが、やはり無いよりは遥かにマシだろう。

 

Go move(前進)

 

I copy(了解)

 

「俺このまま?」

 

足を踏み出す。

未だ不可解極まる現状だが、俺達に立ち止まるという選択肢は存在しないのだから。

 

 

 

中天に座す太陽は、下界の変容を素知らぬ顔で見つめていた。

 

 

 

 

某国、山岳地帯に隠された基地。

この半ばまで地中に埋まった鋼鉄の砦は『ウェスト・ローランド社』の本拠地である。

 

エルフの少女率いる特務組の派遣元である此処は普段通り閑散としており、多くの非戦闘員とほんの僅かな非番の戦闘員が暮らしている。

 

自宅通勤?そんな社員は存在しない。

住み込みで働け、寮費食費水道代電気代諸々は無料だ。給料もいいし残業代も出るぞ!その代わり休日は会社が決めるけど!

 

……尚、その条件すら知らずに入社する社員が跡を絶たない。なんでだろうなぁ(大体ゴリラのせい)

 

 

そして普段通りの食堂では、現時刻は昼時という事も相まって100人を超えるほどの社員が食事を共にしていた。

ちなみに恒例行事として、一つしかないテレビのチャンネル選択権を奪い合っている(フードバトル)

 

「うおおおおお!マイハートオアシス『魔法酒造マジカル・ノンベエ』の時間だぞ!」

 

「者共出会え出会えッ!!!」

 

「勝つッ!」

 

「バカね!この時間は『エスタルの診療所』に決まってるでしょう!」

 

「今季最高のドラマを舐めんじゃないわよ!」

 

「――絶対ッ!ドラマ組には負けないんだからっ!」

 

 

 

 

 

 

 

「ドラマ組には勝てなかったよ……」

 

食堂の隅っこに固まる黒いオーラ。

それは見果てぬ夢(美少女アニメ)を求めて遂に破れた敗残兵達の心そのものである。

ちなみにチームごとに食した料理の重さで勝負をするのだが、ドラマ組は86人、アニメ組は12人である。勝てる訳がない。……それでも尚夢を求められずには居られないのだろうが。

 

「あっ、社長じゃないですか。珍しいですね、此処に来るの」

 

そして現れる社長。最近握力がますます鍛えられ、調子がいいと400kgの怪力を発揮するらしい。そんな馬鹿力でシーナの頭は一年につき363回締め上げられている。死ぞ。

 

「ああ、ちょっと用があってね……少しテレビを借りるよ」

 

「ぐッ―――くぅ……!」

 

リモコンを握りしめていた白衣の女性が、まるで痛みを堪えるように歯を食いしばる。

原作連載初期から初め、長く続いたシリーズを追いかけ続け、遂には原作者の努力によって勝ち取ったドラマ化――それを長い間見守り続けた、こよなく愛するドラマのことを思ってか。

 

しかし、この会社においては上司の命令こそが絶対なのである。

それが非人道的なものでない限り拒否権は存在しない。

 

「ぬ……ぅ――!」

 

ギリギリギリ。

歯を擦り鳴らす音が響く。

 

リモコンを握る左腕がプルプルと震えた。

 

……しかし、己は組織人なのだ。上司の命令は絶対……!

 

般若の形相のまま社長に黒塗りのリモコンを、手渡した。手渡してしまった。

バキリ、と何かが罅割れる音が鳴ったのは幻聴だろう。

 

社長は少しチビっていた。きっと年齢のせいだ。

 

「よ、よし……たしかこのチャンネルだったね……」

 

 

『時刻は13:00になりました。ニュース・ヘイズの時間です――』

 

非戦闘員――整備班所属のジェシカは訝しんだ。

ありふれたニュース番組だ。特に変哲のない、ただの国営テレビ。

この番組は態々社長が見るようなモノでも無かったはずだ。

それに何が――

 

『本日のトップニュース――早朝、様々な報道機関で報じられていた『怪現象』についての続報をお送り致します』

 

「へ……?」

 

「ふむ……エスターからの報せはこれか……」

 

『――事の起こりは三日前の早朝。アメリカ合衆国オハイオ州在住の一般男性が放り投げたスプーンが、()()()()()()()()()上へ向かって落ちていったことを始めとし、世界中で似たような現象が次々と――』

 

「ちょ、ちょっと待ってよ……上に向かって落ちる?なにそれ……実はその男性ってのは異種なんじゃないの?」

 

ジェシカは思わずと言った風に声に出した。

 

それもその筈。現代において一見超常現象のようなモノが発見されたなら大概異種の仕業だ。

より厳密に言うならば、異種の発する『力場』のようなものが物質に作用し、その結果として様々な事象が発生する。

 

……そして、それらは一つの例外もなく―――訂正。唯一の例外を除いて、正しく物理法則に従った挙動を見せる。

言うなれば、科学で言う機械の役割が異種で、動力源とするのが電力か力場か。その程度の違いでしか無い。

――まあ、それだけで十分異常だが。

 

『各機関の調査に依ると、その事象に携わった人物はほぼ全員が純正の一般人であり、『力場』による干渉は確認されなかったとの事です。――本日は専門家のハインリヒ・ライヒ氏にお越し頂き、この怪奇現象の真相に迫ります』

 

『どうも。怪奇現象マニアのライヒです。どうぞよろしく』

 

『よろしくお願いします……さて、早速ですが、この現状をどう見ますか?』

 

『うん、早いねえ――まあいい。この現象についてだね?うんうん、気になるよねえ……分かるとも。とはいえ、現状分かっていることはさほど多くない。まず念頭に置いてほしいのは、あくまで僕の専門分野に()()()()で、この現状に関しての専門家は誰も居ないことを頭に入れておいてほしい……』

 

テレビの中で、金髪に緑の目を持ち、お高そうな眼鏡を掛けた青年がつらつらと語り始める。

淡々とした声音だが、その中には疲労の色が見え隠れしている。

ジェシカにもこの声に覚えがある。というか、毎日――と言う程ではないが、頻繁にこんな声を出している。

 

自分が。

 

――何故かって?人使いの荒いゴリラのせいよ!

 

「何かね?」

 

「何でも無いです……」

 

そんな事を言えば仕事を増やされてしまいそうで黙るしかないのだが。

 

『この怪奇現象は何れも『力場』の影響を受けていない……というのはさっき言われた通りだけど、更に付け加えると()()()()()()()()()()発生する』

 

『ちょ、ちょっと待って下さい。って事は……人以外、魔物の干渉って事じゃ――』

 

『いいや、そうでもない。さっき言っただろ?一般人の手で起こされた物もある。けれど、人の手なしでも発生する』

 

『なんと……』

 

『つまりだね、これはある種の自然法則として動作している。その法則というのが既存のものでは無いというだけの話さ』

 

――未知の法則。

それがこの専門家の出した答え。

……ジェシカは、そのあまりにも突拍子の無い推論を百歩譲って理解はすれども納得できなかった。

 

だって、いくらなんでも話が大きすぎる。

世界規模で物理法則が変わるなんて、それこそ前代未聞だ。教科書に載るとか、そんなことだけじゃ済まない。下手するとこれまで人類が積み上げた、偉大なる功績のいくつかが無駄になるかもしれないのだから。

 

「なるほど……通りでエスターが連絡してきた筈だ……。もうすぐ、か」

 

「社長……一体何が……?」

 

「そうだね――」

 

物理法則が敗北する日、それが近いという話さ。

 

 

 

 

 

薪の爆ぜる音が森林の間を突き刺す。

淡い赤色が8つのテントを照らし、兵士たちの休息を見守っていた。

兵士たちの長である少女は重い荷物を長い間運んでいた為か、早々に自分のテントに潜り込んで早めの休息をとっている。

 

そして――他の7人、男衆は篝火を囲んで細やかな雑談を楽しんでいた。

見張り?そんなの万能シーナちゃん謹製植物「警報くん」にお任せである。伸びた蔓が千切れると破裂音を撒き散らしてくれる便利な子だ。すごい!

 

 

「それで……ジョン、結局どうなんだ?」

 

「どうってなにがだよ……」

 

「そりゃあ勿論シーナの事さ!あんなに言い寄られてさ!クッソ羨ましい限りだ!」

 

リチャードがバンバンとジョンの背中を叩いた。

その姿を見て他の男達も頷きを返す。

 

「前も言っただろ……シーナは娘みたいなもんだ。そういった感情は抱けねえよ」

 

「おいおい、そうは言ってもあんな情熱的に言い寄られて満更じゃねえのはバレバレだぜ?顔がニヤついてるもんな!」

 

「なっ……!」

 

「いやぁ、いいねえ。俺もあんな風に好いてくれる女の子がいりゃあなあ……」

 

ヘラートは静かに嘆いた。

今年で28歳となる彼だが、未だに恋人が出来たことないチェリーボーイだ。というかそもそもハイパーブラック企業勤めで自由時間の欠片もない現状で恋人ができるわけ無い。つまり不可能、可能性ゼロ……!

辛いが現実!これが現実………ッ!!

 

 

リチャードはヘラートの未来を思って涙した。しかしリチャードも同じ穴の狢である。

そんなリチャードを思いアスターは涙した。しかしアスターも同じ穴の狢である。

そんなアスターを思いカルライは涙した。しかしカルライも同じ穴の狢である。

 

 

……そんな悲しみの連鎖を傍から眺め、ピエールは愉快そうに手元のワイングラス――は無いので、マグカップを揺らしワイン――も無いので代用品のぶどうジュースを口に含む。

 

 

 

ピエール32歳。ライリッヒ社所属エリート戦闘員。筋肉モリモリの日系アメリカ人。

この集団で唯一の既婚者である。

 

 

 

「……確かに悪い気がしてねえのは認めるさ……」

 

「お、そりゃつまり――」

 

「だがなぁ、今応えるわけにはいかんだろ」

 

「……んん?何でだ?」

 

「シーナのアレは……俺の腕に対する負い目が強い――強すぎる。そんなの対等じゃねえだろ」

 

ボトルに入った水を呷る。

チラリとシーナがいるテントを見遣り、少しばかり目を細めた。

 

「……まあ、あれだ。そもそも今は任務中だ。仕事に色恋を持ち込むのは間違いだろ。シーナだってそれをある程度は弁えてるさ……多分」

 

「正論だな」

 

「しゃあねえか……」

 

……それに、アイツはそれの正体が何なのかすら理解してないガキだ。

シーナ自身が気付いてからの方がいいだろう。それならジョンも心置きなく接することが出来るだろうし―――()()()()()()()()

ベンは任務が終わった後の楽しみが一つ増え、心が弾むのを感じた。

 

 

 

 

 

そして、また朝日は登る。

 

 

 

「……3つ目の川だ」

 

「よっしゃ、順調だな」

 

「ああ、だが()()を使う前に小休止だ。ここで5分休むぞ」

 

「了解」

 

アスターとベンが突撃小銃を両手で抱え周囲を警戒する。

その間に他の全員で軽くしゃがみ込み、可能な限り息を抜いた。

いくら敵の姿が見えなくともここは敵地であり、色々と不可解な現象が自分達を取り巻いているのに違いはない。

否が応でも警戒心を掻き立てる状況は、どうしても精神的な消耗を招いていた。

 

「…………よし、リチャード。使ってくれ」

 

「おーけィ、『真球』くれ」

 

「ほら」

 

腰に取り付けたポーチから取り出したのは強化ガラスケース。

その中で固定器具に包まれた『真球(もどき)』を手渡す。

現代の科学力によって製造された誤差10万分の8ミリ以下の鋼の球体。厳密には『真球』とは呼べないが――まあ使えればどうだって良い。

そんな《モドキ》がリチャードの異能――『流体移動』の燃料だ。

 

上流が存在する河口が有ればそれを移動用の媒体とし、時速380キロメートルで移動できる。

しかもその間、途中に存在する障害物さえ自動で避けてくれるというオマケ付きだ。

燃料が尽きる迄のタイムリミットは凡そ一時間。

出来る限り『魔性母胎』まで近づいて、上限いっぱいまで距離を稼ぎたいところ。

 

「手順ヨシ!安定ヨシ!連結綱、ヨシ!人数、ヨシ!ご安全に!」

 

「工場員かな?」

 

「リチャードはんちょー、さっさと移動しようぜ」

 

「1メートルは1命取る!――さあ、行くぞォ!」

 

 

 

ちなみに()()()()()便()は乗り心地最悪である。

上下左右回転半回転を繰り返し、三半規管を容赦なく甚振ってくる。

 

あっ、吐きそう……。

 

 

 

 

―――乙女の尊厳は守られなかった。




これは純愛です。
純愛です。

……純、愛?

…………………?


あ、紹介的なナニカもここに置いときますね


『シーナ』

齢十代半ばの少女。
今作の主人公であり、神を名乗る異形によって黄泉返りを果たした元少年。

金髪碧眼。
身長150センチ、体重13キロ。バストはB。

スレンダーな肉体に釣り合わぬ体重を持っている。或いはそれこそが魂の重みか。

現代日本に産まれた過去を有しながら、あまりにも恵まれぬ環境に身を置いたことにより精神が歪む。
そんな生活の中で唯一の救いであった『お兄さん』を義父に殺された事で、彼の精神は破綻を迎える。

それ以降、苦痛や悲しみといった情動を感じることのないよう精神を組み立て直し、一般人に紛れて暮らしていた。

転生後はエルフの少女として生まれ変わり、兵士としての生を送る。
人権と戸籍、そして名前を与えられ、兵士として過酷ながらも楽しい日々を送っていたが………。


メス堕ち枠。


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触れるな

ヨシ!(純愛確認)


キュイイイイイイィィン。甲高く硬質な音が木々の隙間を切り裂いていく。

遥か彼方まで変わらず大地を覆う樹木の割れ目を這い回る、三千の川の一つを()()()()()が転がり滑っていった。

縦横無尽、上下左右に乱回転を加えながら疾走する。

ドンドンと川を逆流していくコレは、恐ろしいことに時速400kmをキープしている。

 

右斜め前に回転しつつ跳び流木を避け無駄に右回転、からの左回転を加えてカーブ。

そして遭遇した川の急カーブに対してはドリフト走行をする事で対処する。

偶々突き出していた岩を砕いたことを気にしてはいけない。障害物を砕けるならなんで避けてんだこいつ?

 

それでも走る。

ひたすら奔る。

ただエキセントリックに疾走する!

 

キイイイイン、という音を残響としてその場に奏で、川というレールを登って行ったソレは――

 

 

――唐突に現れた木々の避ける開けた空間で、ゴポリと真円を崩し膨らみバチンと()()()

 

「――ゔぉえ」

 

 

――キラキラキラ(放送禁止コード)

 

 

そして間髪入れずに、空間を貫く八条の■■。

真球の代わり、というべきか。

その内より現れた七人の屈強な男達と一人の少女は盛大に撒き散らした。それはもう激しく。

 

「ごふっ……」

 

「こ、これ……っ、毎回吐くの、やめない?」

 

「リチャード便だししょうがない……うっ」

 

「リチャード便はやく改良しろぉ……!」

 

「……お、俺のコレ……うぷっ。の、乗り心地の代わりに早いから……」

 

「んんん……!ジ、ジョン……大丈夫?」

 

 

「   」

 

 

「ジョン!?」

 

白目を剥いたまま微動だにしないジョンを見て、少し顔を青ざめさせたシーナがガクガクと揺さぶった。

 

――あっ、駄目だこれ。

 

シーナは急いで近場の草むらに簡易のベッドを枝を編み込んで作り出し、横抱きにしたジョンの巨体を横たえる。

ついでに造った椅子の上にその他の男共を座らせて、即席の竹で出来たボトルに水を汲み出した。

 

「ジョン、他の皆も飲んで」

 

「   」

 

「さ、さんきゅー……」

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛………」

 

「ああ^~生き返るぅ^~」

 

……この状態ですぐに行動開始というのは無理がある。シーナは静かに嘆息した。

前回も前々回もそうだったが、流石にあの変態機動を生身で味わうには生身には苦しすぎた。

そのリチャード便の運転手さんさえ仰向けに大の字で倒れているのだから手に負えない。

アスターに至っては体の末端が光の粒子に――

 

「何世界に還ろうとしてんだ生き返れ!」

 

「ま゜!」

 

斜め45度。

鋭く繰り出した手刀で後頭部を強打。もちろん対人間仕様である。

やや強引な気付けでも効果はあったのか、途端に光の粒子が収まったことでようやく一安心。

シーナは零れそうになるため息を必死で抑え――やっぱ無理だった。

長々とクソデカため息を吐き出す。

 

「まったく……五分休んだら移動するぞ。それまでは俺が警戒するからお前らは休め」

 

「う~い……」

 

まったく……。

もう一度、小さな悪態をつく。

 

しかしリチャード便がひどいのは確かなので、休憩中の彼等を守るために背中にマウントしていた短槍を手に構える。

薄く拡げた知覚領域には何も――それこそ生物の影の跡すら掴めないが、それでも警戒を解くわけには行かない。

先日の二の舞なんてゴメンだ、と。固く決意した。

 

「シーナは大丈夫なの?」

 

「ん?ああ、こんなのすぐ治るさ。エルフ舐めんな」

 

「へえー……?エルフってそんなのだっけ?あれ、感応能力が高いとか魔法の力が強いとかそういうんじゃないの?」

 

「エルフの身体スペックは天下無双。今なら蹴りで山も崩せそう」

 

背後から響くアルトボイスにそれとなく自慢する。

実際彼の言ったことは違いないが、シーナの身体能力は驚くほどに強力極まる。

音速挙動が出来る人類なんて前にも先にも居ない――と言おう思ったが、神話の英雄達なら出来るかもしれない。

その例としてはケルト神話、アルスターサイクルのクー・フーリン。仏教の韋駄天。ギリシア神話のアキレウス――何時の世にもトンデモ俊足オバケはいる物だ。

 

そこまで考えて、はて、と軽く首を傾げた。

こんな情報、任務開始前にすり合わせたばかりだろう。

今更こんなのに驚くなんてクソ情弱なメンバーなんて――

 

 

「リーダー……誰と話してんだ?」

 

 

「は?誰って――」

 

 

 

――ギシリ。

 

体の末端まで凝り固まる。

 

嫌に高く澄んだ男の声。そんな声の持ち主、シーナの記憶には遥かな故郷――牢獄の友人たち以外には誰一人該当しなかった。

今此処にいる部隊のヤツラは、どいつもこいつも野太い漢の喉だ。

 

 

……この声、誰の声?

 

 

Code:QuickBoost(Slash)(瞬時加速:一振)!!」

 

脳髄が考える前に。

脊椎が指示を伝える前に。

 

何よりも早い反射の域で槍が振るわれた。

それは肉体の限界である神経伝達速度の限界(0.1秒)さえ突破する神速の一撃だった。

 

「あは」

 

 

――しかし、無駄である。

 

 

ぬるり、と。

ソレは――純黒のヒトガタは上半身を後ろへ120度()()()()()回避した。

 

シーナはそのあんまりにも人体から逸脱した挙動に眉を顰める。

とりあえず敵なのか?ここに居るなら敵だな!よし!殺せ!

 

Open Fire(撃て)!!」

 

シーナが大地を蹴り飛ばし距離を離した直後、無数の鉛玉が黒い人形に向かって空気を穿き抉りながら突進する。

 

「もっと!もっとだ!どんどん弾を突っ込めェッ!!」

 

連続する破裂音が六丁のアサルトライフル(HK416)から放たれ、それと同数の殺意の塊が大きく巻き上がった土埃の内部へ突入する。

魔物に常識なんて通用しないんだ、だから殺せ。

さっきの話し声?そんなの奴等の毒か瘴気による幻覚だ。だから殺せ。

――奴等はジョンの敵だ。だから殺す。

 

 

ドン。

 

強く、余りにも強く踏み抜かれた地表は大きな蜘蛛の巣のように罅割れ、それを造った脚力は多大な加速を齎した。

 

 

Code(命令):OverBoost(Double)(過重強化:二襲)!!」

 

 

一振り、槍の側部に備えられた四基のブースターに灯された火が土埃を振り払う。

弐突き、赫灼に染まった石突が炎を吐き出す。

音の壁を軽々と突き破った切っ先は、その刃元、そしてシーナの肩に対する多大な負荷と引き換えに莫大な破壊力を宿す。

 

土のカーテンの向こう側。数百の銃弾を全て避けていたのか、クネクネと捻じれ折れ曲がった五体は見るも悍ましい。

本来関節が存在しない部位であろうともお構いなしで、やはりコレは人類ではない――魔物であるという認識を深めた。

 

 

――だから、死ね。

 

 

「あ、は!」

 

 

ずぷり。

その漆黒で凹凸の無い――まるで闇其の物の様な胴体に槍を埋める。

深く、深く。柄まで通れ!

 

「ははっははははhaああははqsqwsはasjwiaasjhguははははh!!!」

 

声が濁った。

何処に在るかもわからない口から囀る愉しげな嬌笑にノイズが混じり、意味不明な言語がシーナ達の鼓膜に入り込んでくる。

 

「―――っ!Code:Impact(吹き飛べ)!!」

 

轟音が響く。

闇の中で煌めいた筈の爆発は、内部はともかく外傷を一切与えることが出来なかった。

通常攻撃は全て、不発に終わってしまった。

 

ならば。

次に使うのは必殺技だ。

そんな時の為の携行型ミサイル(ジョン・バッカス)

 

コレまで後方で待機していたジョンが動き出した。

今こそ己の出るべき時だと感じ取ったのだ。

後でシーナに何と言われるかわからないが――まあ致し方なし!多分食い物で釣れば何とかなるという打算もある。

 

さあ、いざ射出だ――と、その時。

 

 

 

――嗤い声が、ピタリと止まった。

ケタケタ、ケラケラと神経を逆撫でする挙動も全て停止する。

 

「なんっ!?」

 

 

「ねえ」

 

 

ズイ、とシーナに顔を近づけた。

目も、鼻も、口も。

顔のパーツが何一つとして存在しないのっぺらぼうは、しかし少女に笑いかけた。

 

「ぼく、大体の人間は調べたけど、エルフはまだなんだ」

 

ごぽごぽ。

膨らみも萎みもしない胸が泡立つ。

 

 

「ぼくのココロ、まだ未完成なんだぁ」

 

 

だから、と。

 

槍の刺さった胸からドロリと闇が流れ出す。

0.1秒という僅かな時間に、周囲一体を飲み込むほどの『呪詛』を氾濫させ、その未完成品は囁いた。

 

 

キミのココロ。見せてもらうね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーい、417?どうしたんだぼーっとして」

 

「え?」

 

幼げな少年の声が長い耳にするりと絡まる。

咄嗟に声の方向へ首を捻ると、茶髪とアメジストの瞳を持った少年――410番がこちらを心配そうに見つめていた。

 

咄嗟に大丈夫だと返答して周囲を見渡す。

ここはいつも通りの訓練場だ。

数百メートル四方の面積を頑丈で重厚な鋼で押し固め、俺達訓練生を強化する為の工場。

幾十列もの長机と、その上に無造作に積み上げられた数々のパーツ。

俺はそれらを駆使して何時も通り工兵訓練を…………何時も通り……?

 

 

……?

 

いやいや、違うだろ。

俺はさっきまであそこで……あそこ、で。

 

……あそこって……何処だ?

なんで俺はここに……さっきまで俺は……俺は、なんだっけ?

 

 

………なんだっけ?

 

 

「417、もう出来たのか!相変わらず早いな!」

 

「え、ああ……うん」

 

「ちょっと俺のも見てくれないか?このレバーが動かなくてさ」

 

「いいぞ」

 

それまで考えていた事がまるで霞のように薄れて消えた。

……なんだったっけ。

忘れるってことは大事なことじゃないのか?

まあ後で考えればいいだろう。

 

軽く頭を振って、410番の手によって組み上げられた簡易的な即席手榴弾――爆薬は入っていない――を受け取る。

いかにも簡素なボルトの起爆レバーを引き、原因を探る。

カチンカチンと何かに突っかかった様に固まっているが……さて。

取り敢えずレバー付近を分解するか……。

 

「お、やっぱ417は手先が器用だなぁ」

 

「218なんかはもっと凄い。俺の6倍の速さで爆弾作るぞ」 

 

「あいつはほら、規格外だから……」*1

 

レバー付近のパーツがズレて取り付けられていたのを正し、もう一度組み立てた。

カチャン、とレバーがスムーズに動く事を確認し、410に返却する。

 

「お、サンキュー!これで飯抜きは回避できた!」

 

「ははは!それは良かった!じゃあ立役者の俺に……判るよなぁ?」

 

「なん……だと……?」

 

「あいにーどぷりん」

 

「ぐぬぅ……!」

 

まだ習い始めたばかりの拙い英語で要求し、それに対して渋々ながらデザートを渡す。

これが最近の俺達の日課だった。

だってこうしておちゃらけてなければ心が持ちそうに無い。

 

チラリと訓練場の隅に視線を向ける。

そこでは濃くて暗い緑色の軍服を身に纏った線の細い男が訓練の監督を行っている。

いつもの敬愛すべき教官(ゴリラ)は何らかの任務に従事しているのか、ここ最近まったく見かけることが無い。

 

「今回の担当官も、なんかピリピリしてんな……」

 

「最近どの大人も殺気立ってるよな……教官(ゴリラ)もどっか行ってるし、どうなってんだろ」

 

「……警察のガサ入れ警戒、とか?」

 

「それなら良いなあ。俺達だって自由になれる」

 

さて、それはどうかな……。

喉元まで迫り上がった言葉を咄嗟に飲み込み、曖昧に笑いかけた。

このまま何事もなければそれも良し。ガサ入れがあったとしても、まあ俺達は拉致された被害者ということにもなるし悪くは扱われないだろう。

 

…………けど、それ以外だったら?

 

この広い訓練場には500人近くの少年兵が存在するが――正直その大半が無戸籍児童だったり孤児、或いは売られた子供たちだ。

この基地は徹底的に秘匿され、設備も人員もそれなり以上に良質な配備をされている。

 

俺達の、社会的弱者の為にここを襲撃する人間なんて居るのか?

 

……どう転んだっていい結果にはなりやしない。

そうとしか思えない。

 

その時、俺はどうすれば良いんだろう。

 

「おーい、417!それなら俺ともプリンを掛けて勝負しようぜ!」

 

「それなら私もだ!」

 

197番(日系の少女)401番(ドイツ人の少年)が前の席から勝負をふっかけてくる。

俺と410番と合わせての四人は、いつも訓練では一緒のグループか、或いは近くの席に配置される。

だからか、俺達は監督者の目を盗んでは交友を深め、度々こうして勝負事をするのが常の事だった。

 

「はい、よーいスタート」

 

「待てそれは良くない待て待て早すぎる!」

 

「卑怯よ……!この、この……エルフめ!」

 

勝負をふっかけてきたのは君達だし?

別に合図をしたのには違いないし?

ほら、問題ない!

ははは、油断したねえ、プリンは俺のモノになっちゃうねえ!

 

「くっそ!」

 

「ああああああ……!」

 

 

 

「ほら、出来たぞ」

 

「……What?」

 

横から少女の声が響く。

少し視線をずらすと器用度ガン振りの赤毛の少女――218番が197番の手元を弄り終えた所だった。

 

「手助けなしとは言ってないわよねえ?」

 

「ウッソだろお前……!」

 

「197と私で山分けということで話はついている。ごちそうになるよ、417」

 

その日の番、沢山あった筈の俺のプリンは二人の少女の口に入ってしまった。

争いは、やめようね!(教訓)

 

 

 

 

 

 

 

 

―――。

 

――――――。

 

 

3日後。

 

 

 

 

「417番!訓練兵番号417番!!」

 

「へぁ!?は、はい!」

 

ボロボロの自室の、コレまたボロボロのベッドから飛び起きてドアに向かう。

ついさっき全訓練が終了して休んでたっていうのに、はぁー。あほくさ。

一体何なんですかねえ!うんこ担当官!

 

「よし、居るな。現在この基地は襲撃されている。貴様はこれから現れる引き継ぎの者についていき、兵器保護シェルターに向かうように。以上だ」

 

「へ……!?ちょ、ちょっと待って下さい……!」

 

襲撃!?

こんな基地に!?

設備も装備も人員もクッソ多いのに!?

 

っていうか、襲撃されているのに俺は戦わないの?訓練兵って一応兵器の扱いでは?

 

「無論、戦闘運用が可能な訓練兵は作戦に出す。しかし、この防衛戦で貴様が参加しなかった場合消耗するであろう人員と装備と、貴様を出して死傷した場合のリスクを計算した結果だ」

 

「な……!でも皆は戦うんでしょう!?なら俺だって――!」

 

ギョロリ、と爬虫類のように鋭い瞳が俺を射抜く。

神経質そうな口元を少しも歪めず、淡々と喉を震わせた。

 

「貴様は我々の主力兵器となる。それを完成前に、こんな些事で失う訳にはいかん。それは『意義ある痛み(Meaningful pain)』の、ひいては人類の損失だ。貴様は黙って引っ込んでいろ」

 

「そんな!」

 

「話は終わりだ。少し待て」

 

甲高い音を立ててドアの覗き口は閉じられ、再び外界との接触が閉ざされた。

 

「……なんで」

 

俺は戦っちゃいけない?

他の皆は戦うのに?

こんな時のための訓練じゃないのか……!?

 

……駄目だろ、そんなの。

それで皆が死んだら、その所為で友達が消えたらどうするんだ。

 

「417番だな。出ろ。これより貴様を移送する」

 

「……はい」

 

別の男が覗き穴から声をかけてきた。

ドアの向こうでガチャリと錠を外す音が聞こえる。

 

……動くなら、今だ。

この男にいくら訴えた所で無意味だろう。

だから気絶させてその隙に――!

 

「見え見えだ」

 

「は」

 

バチ。

四肢が勝手に跳ね上がる。

視界が青白く染まり、腹部で何かが弾け――。

 

 

 

 

 

 

――気付けば、全てが終わった後。

 

 

「――あぁ」

 

寝かされていたベッドから跳ね起きた。

夢うつつなまま、格納庫と思われる部屋と外界をつなぐドアをゆっくり開くと、そこには一面血化粧が施されている。

 

「―――。」

 

右を見ても左を見ても赤い何かが飛び散って、所々には小さな塊がへばり付いている。

ぷかぷかと、赤い水たまりにも大きな塊が転がっていた。

 

 

――歩く。

 

 

普段は手枷を嵌められて歩くこの道は、俺達は立入禁止のオフィスや職員用区画、そして食堂と俺達の宿舎を結ぶ十字路だ。

……そこら中に、大小様々なヒトガタが転がっている。

その殆どは武装していたり、或いは何も身に纏っていなかった。

 

でも共通して、赤い液体を流すばかりで微動だにもしない。

 

 

――歩く。

 

 

食堂の大扉を開いた。

大きなテーブルには沢山の赤い液体が流れている。

 

……その出所なのだろうか。

小さな人影が机の上に横たわっていた。

 

「……1、97?」

 

美しい黒髪と、美しい顔はそのままに。

けれど一切の服を身に纏わない少女は、これ以上なく苦しそうに表情を歪めたまま事切れていた。

……体には、痛々しい暴行の跡が見て取れる。

 

「ああ……」

 

ふらふらと、足元がよろめいた。

だって、こんなの現実味がなさ過ぎるよ。

さっきまでプリンの奪い合いをしていたばっかりなのに。

 

 

ぼくは、揺らめく視界のまま再び歩き出す。

 

 

410番は、多くの少年兵と一緒に、訓練場に続く大きな通路のど真ん中で事切れていた。

皆の体には多くの銃弾が空けた穴が散りばめられている。

410番の綺麗なアメジストの瞳は、もう二度と見れなくなってしまった。

 

 

――歩いた。

 

訓練場のドアを潜る。

もともとはセキュリティキーしか空けることの出来ない堅牢な扉も、物理的に破壊されたせいでぼくの道を阻めない。

広い、余りにも広すぎる訓練場は様々な障害物が転がっていて、おそらく防衛戦を試みたのであろうことが見て取れた。

 

大きなテーブル、物品運搬用の箱、積み上げられたガンケース、工事用の重機。

それらの隙間を縫ってゆっくり中心部に向かう。

 

 

218番は、銃口を前に向けて、立ったまま命を燃やし尽くしていた。

顔はまるで生きているように覇気に溢れていて、しかし生者にあるはずの血色や生気が欠片も残っていなかった。

 

よたよたと近づいて、218番を横に寝かせて瞼を閉じてあげた。

最期の最期まで死力を尽くして戦ったのだろう彼女を労るように頭を撫でる。

 

 

………。

 

 

……いくらか、表情が和らいだみたいだ。

 

そんなになってまで何で戦ったんだ?

……彼女の後ろにあった、小さな小さな骸を守ってたのか。

今となってはわからないけれど。

 

 

「みんな、しんじゃった」

 

 

唇が震えた。

これで、またひとりぼっち。

ぼくの大切なものは全部この日に―――

 

 

 

 

 

 

 

 

触れたな

 

 

ギシリ。ギシリ。ギシリ。

視界の全てを覆い尽くす黒い泥。

それらの汚物を灼き尽くさんと、体から溢れる『湿った炎』が這い回る。

吸い込んで、取り込んで、燃やして。

 

 

「ぼくの、記憶に」

 

 

キリキリキリ。

脳髄が熱く軋み、コレまでにない程に気炎を上げる精神が熱を放つ。

視界の隅っこでは『湿った炎』の内部に保護したジョン達が眠りについていた。

 

……ああ、そうだとも。燃やす。

浄化なんてしない。

キレイな終わりなんて与えない。

塵も残さず、痕跡も残さず灼き尽くす。

 

限界を超えた出力で殺意の炎を廻す。

もはやこれ迄の数十メートルという運用範囲を超えて、半径数キロメートルにも及ぶ大地を余さず呑み込んだ。

 

 

「土足で入り込んだな?」

 

 

この土壌の隅々まで。

木々の内側まで。

そして、人間の奥底まで入り込んだ黒い汚物。ぼくの炎で、その穢れのみを取り除いて灼き尽くした。

 

ああ、何だこの汚物は。

黒く粘ついて、まるで腐った人間のように汚らわしい。

そんな汚物でぼくの大切な人に触れるなよ。

 

あまつさえお前は何だ。

何を囀っていた?

 

ココロを知りたい?

何だそれは。アホを抜かすな。貴様にそんなものは必要ない。

 

 

お前は敵だ。だから死ね。

 

 

「殺す」

 

 

「これは、なんで――!?」

 

 

体から漏れ出す『湿った炎』は、次第に質量を伴っていった。

金剛石よりも固く、綿のように柔らかく、鉛よりも重く、吐息のように軽く。

 

星の内部のように熱くて、けれど空の果ての如く冷たい。

まるで()のように粘ついていて、けれど死の如くスルリと通り過ぎていく。

 

 

だから、お前を磨り潰せる。

 

 

「待っ――」

 

時間からも切り離された須臾の間際。

如何様にも変化するコレが、()()された。

ぼくのココロを表すように。

 

だから死ねよ。

今すぐ死ねよ。

 

死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね――――!

 

 

世樹断片残響顕現(ウルザブルン・ノルニル)

 

 

 

見るモノの魂を揺さぶる青褪めた大樹が、母なる星の表層を貫いた。

 

 

 

*1
全力を出した場合1秒に1個のパイプガンを作れるぐらい




埃被ってたペンタブ珍しくいじってみたら遅れました(素直な自白)
これで自分で自分に対して支援絵を書きました!(美術3)
やったぁ!

でも画力は申し訳程度の和え物なので見ないほうが良いかもしれないしそうじゃないかもしれないしびろびろウホウホ!


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初恋の人

ヨシ!ご安全に!!


『ニュース・ヘイズの時間です!今日も世界中の話題をお伝えしていきます』

 

「あら、もうこんな時間なのね」

 

 

ザワザワと雑多な喧騒が鳴り止まない大きな食堂。

その壁に取り付けられている特大の液晶テレビでは、昼のニュースの時間がやってきたことをスピーカーで伝えてきた。

今日も今日とて世界各地に派遣された兵士達のため、そして何よりも大事な給金のためにデスマーチを繰り広げていた整備兵ジェシカ。

彼女はこの時間に見るテレビと盆栽が数少ない癒やしだった。

 

 

『本日、7月9日であの大異変から4日目になり、『物理法則変性』がどの様な影響を引き起こしているのか!?専門家のハインリヒ・ライヒ氏と共に解説したいと思います!』

 

『はい、どうも。ライヒです。今日もよろしく』

 

『よろしくお願い致します。それでは早速ですが――』

 

 

出たわね。

ジェシカは静かに嘆息する。

 

別に彼等が悪いというわけではないし、このニュース自体も嫌いではない。

けれど、昨日のあのニュースからこぞって世界中の報道機関がこの話題を取り上げ、何処も彼処もこの話で持ちきりだ。

 

まあ確かに?この異変はこの世に生きる全ての人類にとって身近で他人事では済まない話だから、皆気にせずに居られないという気持ちは痛いほどにわかる。

 

しかし、しかしだ。

余りにもこのニュースばかりで気が滅入ってしまうのだ。何事にも適切な量というのは存在しないのだ。

 

だからね、アリーゼ。このチャンネル変えましょう?

 

え?無理?

他のチャンネルも全部これ?そんなぁ……。

 

 

『――という話は先日も述べたとおりです。では、それから一日たった今日判明した新たな情報を解説して頂きたいと思います』

 

『はい。えー、まず最初に述べたい事として、これは一人の研究者の見解であるということを念頭に置いて頂きたい。それでは新たに判明した事実として……ですが……そうですね、簡潔に述べると、この異変は徐々に範囲や規模を拡げていっているようなのです』

 

『規模が大きく……?それは一体、どういう事なのでしょうか』

 

『そうですねぇ……昨日の情報では、上に放り投げたスプーンが上に落ちるだとか、蹴ったボールが重力に逆らって真っすぐ飛び続けるだとか、そういう話でしたね?』

 

『ええ、それに加えて頭部の毛根が死滅したはずの男性に、新しい髪の毛が生えたという話もございましたね』

 

 

ぶふっ!

 

 

ジェシカとアリーゼはほぼ同時に揃って吹き出してしまった。

 

そして一瞬肩を跳ねさせた後、いそいそと周囲に視線を向ける。

この話題に敏感で、誰よりも気にしているであろう人物が居ないことを確認してほっと胸を撫で下ろす。

 

……そう、何故かと言えば……この会社にも一人いるのだ。

悲しい運命(ハゲ)の宿命を背負った漢が。

 

それは社員にはあまり知られていないし、知っている者たちも揃って口を閉ざす極秘情報。

 

――社長は、ヅラなのだ。

 

 

―――社長は、ヅラなのだ……っ!

 

 

いくらブラック企業の社長であるとは言え、それ以外の部分はそこそこ好ましい人物に鳴らされた福音。

それをジェシカは嬉しく思う。

 

 

「これは……社長には朗報ね」

 

「ええ!これが実際の薬品なんかで引き起こせるようになれば革命が起きるわよ!」

 

『そんな奇想天外な事が立て続けに起きていますが……今日、アメリカからとある報せを受け取りましてね。電気工事系の知り合いからなんですが……』

 

 

――バッテリーのコンセントには何も手を加えていないにも関わらず、急に電気の球となって飛び出してきたらしいんですよ。

 

ピシリ、と。

ジェシカのフォークを握る指が固まった。

 

 

『これが事実ならとんでもない事ですよねぇ……。これまでは基本的に害がなかったから良いものの、これは下手をすれば――いや、下手をしなくても人死が出る』

 

『そ、そんなバカな……っ!?……んんっ、失礼………。えー、それはつまり、電気を扱う機械系統は危険物であるということですか?』

 

『ええ、そうなります。とはいっても、この現代では電気は非常に身近なもの……と、言いますか。この現代社会は電気や機械の上で成り立っています。もし仮に電気の力が使えなくなったとすれば……まあ、数百年ほど文明が後退しても不思議じゃないですね……』

 

 

それは正直、こんな一テレビの解説コーナーで発表するべきでは無いと思うのだけれど……?

 

あまりにもスケールが大きく膨らみすぎて、一周回って失われた現実感のままにツッコミを入れた。

周りの社員たちもやはり実感が無いのか、ザワザワと喧騒を生み出してはいても、決して建設的な会話を出来るわけでもない。

最も、所詮国家には劣るPMCの一食堂の中で、どれほど建設的で意義のある言葉を発した所で意味など無いが。

 

 

『そ、それは穏やかじゃないですね……。そrrrrrrrrrに加え――――ttttttttttttttttttttt―――――』

 

「あ、あら?テレビの調子が変ね……どうしたのかしら。これまだ発売されて1年も経ってない新型なのだけれど……」

 

「……ジェシカ。アレ、見て……」

 

 

え?

 

呆けた声を発した口はそのままに、ジェシカはアリーゼに促されるままテレビの配線が伸びる天井の隅に視線を送る。

 

 

「わぁお……」

 

 

バチ、バチ!

 

 

幾筋も伸びる配線は天井裏を通り、各部屋に備えられた電源から動力供給を受ける。

それがこの基地の基本的構造だ。

当然それらの施行は専門家が実施しており、定期的にそれらのメンテナンスを実施している。

 

――にも、関わらず。

 

十全な工事を受けているはずが、()()()裂けている黒い被膜の隙間から青白い電気が弾けている。

 

テレビで専門家が語らっていたさっきの今である。

この場にいる数百の社員達は誰に言われるでもなく、速やかに自分が為すべきことを理解していた。

 

 

「いきましょ……」

 

「ええ」

 

 

静かに、焦らず、丁寧に、けれど迅速に。

非戦闘員ではあるが、欠かさず行われていた団体行動の訓練のお蔭で特に動作に困ることもなく、ただ速やかに食堂を後にした。

 

 

「これから、どうなるのかしらね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

青い燐光が宙を舞う。

それらは辺り一面を覆い尽くし、微かな温もりをその場に残して解けていく。

鬱蒼と茂る木々ばかりだったこの場所も、今となっては存在しないはずの青い雪がはらはらと降り注いでいる。

この景色は現代の何処を探しても知る事の叶わない、この世ならざる妖しい美しさを見せていた。

 

 

「――。」

 

 

シーナは、己の裡から這い出た古い理――青褪めた大樹(過去の残響)が母なる大地を貫き、その断片を周囲に散らすその様をただ穏やかに見つめていた。

 

先程までの狂おしいまでの憎悪や悲嘆は中心部まで解けて流れ出し、苦しみに歪んだ表情は微かな笑みへ転じている。

 

 

「……きれい」

 

 

前に突き出した掌を握りしめれば、粒子がスルリとすり抜ける。

しかし、美しかろうとこれらはシーナの感情を養分として育ち、その上『本物』には遠く及ばない『贋物』、或いは本家から枝分かれし続けた果ての残り滓。

 

そう、コレはあくまで《もどき》に過ぎない。

 

……とは言え、シーナはこの大樹が何なのかを詳しく知っているわけではない。

理屈を超えた本能の域であやふやな認識を抱いているのみ。

ただ――どうしようもない懐かしさ、もどかしさ、切なさが胸に刺さった。

 

 

「……終わった、のか?」

 

「ぐぅ……なんか胃がムカムカする……」

 

「あー、なんかダルイ……」

 

 

背後から届く男達の声に、ようやっと我を取り戻したように後ろへ振り向く。

裏返った背後で微かに感じる温もりが、緩やかに解けていくのを感じながら歩みを進めた。

 

 

「大丈夫か?『泥』は俺の炎でできるだけ灼いたけど、なんかおかしい所はない?」

 

「あー……うん、大丈夫そうだ」

 

「俺も……大丈夫だ」

 

「僕はトイレに行きたいぐらいだ!」

 

「行って来いよ!」

 

「しゃーねえ、連れションと洒落込むか」

 

 

アスター、ベン、リチャード、ヘラート、カルライ、ピエール。

屈強な肉体を静かに隆起させ、しっかりと大地を二の足で掴んでいる。

僅かな揺らぎもないその姿を見る限り、確かに無事なようで―――

 

 

 

 

 

――ジョンは?

 

 

「ぐ、ゥ……!」

 

「ジョン……っ!」

 

 

ジョンは大きな胸を激しく上下させ、激しい苦痛に必死に堪えるように歯を食いしばっていた。

 

なんで、どうして!?

誰に向けたわけでもない怒声を漏らす。

すぐさま駆け寄ったシーナは動揺を隠せなかった。

 

 

――たしかに俺の炎でジョンの体内まで灼いたのに……!なんでまだヤツの影響が……!?

 

 

ゴウ!

必死に生を訴える胸部に青褪めた炎が煌々と灯る。

あらゆる不浄を清め――けれどシーナの『決意』によって絶対に外敵を磨り潰すという意思を秘めた『湿った炎』が体内を走り回った。

 

胸部から心臓へ。

そして心臓から伸びる血流に乗る。

 

――肺、腎臓、膵臓、肝臓、胃、腸、膀胱、そして脳髄。

 

筋繊維の隅々まで、骨の髄の奥底まで。

コレまでにない――正直、先程の『汚物』を殺した時よりも高い集中力を以って精査するも、ジョンを蝕む存在は見つけることが出来なかった。

 

 

「なんで……っ!」

 

「ガぁ――!」

 

 

強靭な四肢が跳ね回る。

声にもならない獣染みた音を撒き散らし、口の端からは泡が吹き出る。

いよいよ危険な領域に突入している肉体を見て、シーナの思考回路は更に加速する。

 

脳髄が熱を放ち、精神は重い負荷を受け続ける。

次第に『シーナ』のままでは思考領域が足りないと、『ぼく』に切り替えてまで解決策を模索する。

 

 

「ジョンまで失うわけには行かない……でも、どうすれば――!」

 

 

肉体の何処にも異常はなく。

周囲にも害を及ぼすものは認識できない。

そもそも害を及ぼす先さえ認識できていないのだから―――

 

 

――認識できない場所?

 

 

「そうだ――」

 

 

唯一、ぼくが触れていない、触れることの出来ない場所がある。

なら、そこに異常が――ジョンの身体を蝕む『寄生虫』が存在する――!

 

 

「……ごめんね」

 

 

ジョンの頭部を持ち上げた。

静かに瞼を下ろし、か細く息を吐く。

 

 

「……よしっ」

 

 

ゆっくりと顔を近づける。

苦悶に喘ぎ、ジタバタと跳ね回る身体と頭を押さえつけ――唇を重ね合わせた。

閉じようとする唇を自分の舌でこじ開け、粘膜の接触を通じて()()()という存在の核へと繋がりを作る。

 

 

――深く、もっと深く。存在の奥底まで――。

 

 

肉体ではなく、魂の内部へと。

深く触れ合った肉体を経路とし、ジョンの核へと炎を廻す。

 

 

深く。

 

深く。

 

深く。

 

深く。

 

深く。

 

深く。

 

深く。

 

深く。

 

深く。

 

深く。

 

深く。

 

深く。

 

深く。

 

――奥底まで。

 

 

 

トクン、トクン。

 

 

――ああ。

 

見つけた。

 

 

 

トクン、トクン。暖かく、力強く鼓動する眩い光がぼくの瞼に映り込む。

輝かしく、ぼくの■■な人の髄。

人間らしい醜さと美しさという矛盾を内包する美しい魂。

 

綺麗だ、と思った。

決して失いたくない、ぼくに残された唯一の宝物だ。

大切な、大切な輝き――

 

 

そして、それを侵す外敵。

 

ジョンの魂に触れ、接する箇所から徐々に『呪い』のような穢れが広がっていく。

黒く粘ついているソレは、まるで何処かから伸ばされた掌のよう。

 

不快だ。

不快だ。

これ以上無く不快だ……!

 

口腔を通じて炎を吹き込む。

強く、大きく、そしてより純度の高いものを。

ジョンを守り、邪魔なものを焼き尽くすために。

 

 

「ア……ぁ――」

 

 

黒い掌が燃え上がる。

青褪めた火の粉を散らしながら慌てたように離れていく。

はは、ざまあみろ!いい気味だ!

 

追い打ちとして炎で追いかけてみるが、超高速で蛇行しながら去っていった。

 

……だが、掌があるということは、手首があり、腕がある。

そして引き戻されるということは、腕の繋がる本体へ通じるということ。

 

 

――ああ、()()()()()

ぼくの敵。

ぼくからジョンを奪おうとしたクソ野郎。

 

緩やかに四肢の力が抜けていくジョンの頭を抱えながら、敵の居る遥か彼方――『魔性母胎』の内部を睨みつける。

 

そしてぼくが睨みつけているように、そこに居るナニカもこちらを見つめた。

一体アレは何なのか?敵であることしか分からない、分からないが……なんでだろう。

とても、()()()()がする。不吉な、仄暗い匂い。

 

 

「何なんだ、オマエ……」

 

 

……この距離だ。届かないし、返事なんてこないだろうけど口にせずには居られない。

ああ、本当に不気味な――

 

 

『ようこそ、我が領域へ』

 

「は?」

 

 

――不明瞭な声が鼓膜を叩く。

それと同時に無性に不快な違和感が脳裏を占めた。

 

 

「なんだコレ……!?」

 

 

……違和感。

そうだ、違和感だ。

何かがおかしい。なんだ……。

 

………感触。匂い?

 

地面に視線を向ける。

 

やや硬質な繊維を含み、短い葉をもつ雑草。

それがさっきから座り込んだお尻の下で感じる草の感触だった。

 

――それが、変わっている。

 

乾ききってパリパリの長い葉っぱ。

気付けば視界に映る全ての雑草は全くの別物になっている。

 

……ぼくは移動なんてしていない。

植物操作だってしていない……筈、なのに。

 

 

――背筋に冷たいものが走る。

 

 

バッ、と後ろへ振り向いた。

そこには行動を共にしていた六人がいる筈。

 

……けれど、さっきまで居たはずの森の広場には何処にも居ない。

 

 

「そんな、バカな……」

 

 

……ジョンの存在を膝の上に感じたまま、完全に変わってしまった周囲の植生に目を剥いた。

純黒の幹に赤い葉っぱ。その葉っぱは微かに透けていて、幹からは脈動の音が重く響いている。

 

……そんな樹木なんて、当然ながら見たこと無いし聞いたこともない。

 

 

「は、はは……」

 

 

ああ、なるほど。

 

ようやく、世界そのものが()()()()()であることに気付いた。

まっことクソッタレである。

なんで今さら?

ぼくたちは一体何時から此処に居たんだ?

何故――ああ、くそ!さっきからパチパチと奔る電流が鬱陶しい。

 

 

「なんだよ、これ……異世界?別位相?」

 

 

バチリバチリ。

脳髄で電気が断続的に走り続ける。

 

ああ、ウザったい……!こんな意味不明な現象――?

 

……待って。

 

………これを、ぼくは知っている……?

 

空は真っ赤に焼けていて、二つの小さな太陽が地上を照らしている。

……少なくともここは従来の地球とは別物だけど。

こんなの、知らない。知らない筈だ。

 

ああ、どうしよう。

ここからどう動けば良いんだろうか。

他の六人がどうしているのかもわからない。

同じ土地に居るのか、それとも元の場所に居るのか。

 

――バチ、バチ!

脳裏を見知らぬ(見慣れた)景色がぐるぐる回る。

 

 

「なに、これ」

 

 

こんなの知らない(私は知ってる)

これは何?(同期開始)

 

……頭が、痛い(知識挿入)

 

 

――ピクリ、と。

膝の上に乗せていたジョンの頭部が微かに動いた。

 

 

「……あ……あー。シーナ……?」

 

「……っ、ジョン、起きた?」

 

「あ、ああ……これは、一体……?」

 

「わかんない……多分、別の位相……異界?」

 

「な、なんつーファンタジーな……!っと、悪い。起き上がる」

 

「……うん」

 

 

きちんと収縮する筋肉の力で起き上がるジョンを見る限り、先程まで死の危険に晒されていたとは思えない程に活力に溢れていて、どうも体調はすこぶる良いらしい。

 

……けど。さっきまで、死にそうだったんだ。

白目を剥いて、体中痙攣して、口からは泡を吹いて。

 

呼吸だって止まっていたし、心臓はほとんど止まりかけだった。

 

あの、黒い手のひら。

 

魂を掴んでいたアレを追い払うのが遅かったら、多分ジョンは死んでいた。

ぼくの■■な人は死んでいた。

 

410番、401番、197番、218番――

沢山の大切な人たちみたいに、ぼくの手の届かない場所に行っていたかもしれない。

 

 

『技術導入:最適化:適応』

 

 

「わっ、シーナ……!?ど、どうしたんだ?」

 

「ん……」

 

 

チリチリと焦げる頭蓋を意識の隅に置いてジョンの胸に抱きつく。

耳を胸に当てると、その大きな心臓のドクンドクンって必死に動いてる音が聞こえる。

 

この音を聞いているとジョンがまだ生きていて、ぼくの傍にいてくれるって実感できた。

 

ジョンは生きてる……生きていなきゃ、触れ合えない。

触れ合えないってことは、口だって聞けやしない。

言葉を交わせないのなら、想いを交わすことだって出来ない。

 

そんなの辛すぎる。

口に出せなかった想いは、ただその場に留まって膿んでいくだけなのだから。

 

 

――言葉にしなきゃ、後悔しちゃうよね。

 

だから。

 

 

『因子活性化』

 

「ジョン」

 

「………なんだ?」

 

「ぼくね、ほんとは嘘ついてた」

 

「―――。」

 

 

ジョンが静かに息を呑む。

 

 

「『ぼく』は、『シーナ』は……ね。造り物だったんだ。『シーナ』は、どんなに苦しい環境でも苦しみを感じないように『ぼく』が造ったの」

 

「…………」

 

「でも『ぼく』もその前のぼくが造ったんだ。ほんとのぼくはもう何処にもなくて、思い出すことも出来ないんだけど……」

 

「………そう、か」

 

「ぼく、つぎはぎだらけだ。ばらばらに分解したり、好き勝手に繋げかえて作り変えて、あなたたちの仲間として生きてたの。………軽蔑、しちゃった?」

 

 

少し顔を持ち上げてジョンの瞳を覗き込む。

いつか見たキレイな瞳。

凪いだ海のように穏やかで、ぼくの心を落ち着かせてくれる。

 

 

「……それでも」

 

「……うん」

 

「それでもお前は『シーナ』だ。その全てを、ツギハギの心をひっくるめての『シーナ』だろう?掛け替えのない俺達の仲間だ」

 

 

ジョンの両腕がぼくの背中に回された。

まるで壊れ物を扱うように優しい手付きを感じて、どうしようもなく泣きたくなってしまう。

ジョンならそう言ってくれるって、なんとなく分かってた。

だからこそぼくは思いを打ち明けた。

 

……卑怯だなぁ、ぼく……。

 

 

「……ジョン」

 

「なんだ?」

 

 

……でも。

 

こっから先に連れて行く事はできない。

今だって周囲にいる魔物達の感知網を欺くのに精一杯で、あくまで単発の必殺兵装であるジョンはついていけない。

 

…………。

 

胸が張り裂けそうだ。

流入し続ける『思念』が声高らかに叫ぶんだ。

ぼくは、戦わなくちゃいけないって。

だから、ぼくは進んで、ジョンは故郷へ帰る。それが正しい姿。

 

 

――その前に。

きっと後回しにしたら後悔する。言葉にするのなら今しかない。誰よりも()()を見てくれたあなたに、この瞬間に伝えたいことがある。

 

 

「ジョン」

 

「む――!?」

 

 

唇を重ねる。

強く押し付けて、自分でも分かる程に拙い求愛行動を押し付ける。

3秒間のキスは、その瞬間を何倍にも引き延ばしたいほどに幸せだった。

 

 

「ぷぁ……」

 

「ちょ、おま……!?」

 

 

僅かに糸を引く口元はそのままに、頭をジョンと同じ高さまで持ち上げる。

ああ、顔が自分でも分かるほどに熱い。

 

けれど、あなたに伝えたい。

 

 

「ぼくは、あなたに恋しています」

 

「な……シーナ……?」

 

「ぼくは、あなたが好き。きっとぼくの初恋」

 

「……シーナ」

 

 

ジョンが何かに焦がされるように発する声を無視して、自分で出来るありったけの熱と想いを言葉に固めて想いを伝える。

 

ほにゃり、と。

顔がほころぶのを感じる。

うまく笑えているだろうか?

 

 

「ぼくはあなたに死んで欲しくない……だから――」

 

「シーナ……!」

 

「おやすみ、ジョン。きっと、あなたが起きたときには全部終わってるから。その時は、またぼくを叱ってね?」

 

「シ――!?」

 

 

フラリ。

揺らいで倒れ込んできた巨体を優しく抑え、青い結晶の棺に静かに寝かせる。

 

ぼくの好きな人。愛する人。

あなたを傷付けたくないから……ごめんね。

 

決して破られないように堅く結晶を重ね、『ルーン』を刻む。

 

 

大神術式(ガグンラーズ)終局変性・太陰の光剣(イングナル・フレイ・フロージ)。発動まで15秒』

 

 

チリチリチリ。

熱を放つ脳味噌が、次第にぼくの知らない(知ってる)ナニカ――ああ、違うな。()()()()。ぼくの肉体はエーテルに置き換えられているんだ。

肉を持って世界に根ざしていたはずの『シーナ』が世界に溶け込み、どんどん、どんどん拡大されてる。

 

両手を目の前に翳す。

一瞬だけ黄金の粒子に解けて――次の瞬間、元通り(造り変わった)素肌が視界に映る。

 

 

「……ジョン、先に帰ってて」

 

 

――ごくん。

『湿った炎』がジョンが入った棺を呑み込んで、本来彼があるべき場所に連れて行った。

 

 

『湿った炎』――

 

これは何なのか。少し考えたことがあった。

あの時は結局なんなのか分からなかったけど……なんてことはない、こいつの正体は『星の血液』だった。

ぼくたちの足元、その遙か下方で流れ続ける()()()()

如何様にも変化する可能性そのもの。

 

そして、何故ぼくが扱えていたのかと言えば――

 

 

『迎撃しろ。迎え撃て。侵攻しろ。我ら、神々の加護を受けたモノよ。この『星』を守り抜け』

 

 

……とのこと。

早い話、ぼくはあの神にいいように扱われていたんだろう。

きっと、自分たちの領地を侵略から守り抜く兵器を求めていた。

神々(彼等)自身が現代に現れる(よすが)がもう何処にもないけれど、一つの生命として生まれ変わることが出来る人間ならば扱える。

 

……だから、()()兵器として扱える精神の持ち主が居て。

()()、兵器としての力を受容できる魂を持っていて。

()()、それがぼくだったというだけの事。

 

 

「……いやになっちゃうなぁ」

 

 

――もう、熱なんて感じない。

感じる部位がないのだから。

 

でも、心が痛いや。

 

 

遥か彼方の『魔性母胎』――それも、ぼくらの星で見た鏡に写った『虚像』ではない本体を見据える。

それと同時、ぼくを転生させた神の匂いがする光輝のレールが敷かれた。

 

 

「これも、計画の内なのかな?」

 

 

軽く地面を蹴って足を乗せると、途端に身体が移動し始める。

風を切り、空気の壁を無抵抗なままに突破し、グングンと景色が引き伸ばされていく。

 

 

 

 

 

――どれだけの時間が掛かるのかと思いきや、数百キロは離れていた筈の『卵』に僅か数秒で対面してしまった。

ごぽごぽと泡立つ肉塊がボロボロと崩れ地面へ降り注ぐ。

一秒の間に幾百もの大小様々な肉体が宙を舞い、忽ちの間に形を変え、骨肉を整形して魔物と成った。

そうやって生まれた彼等こそが、ぼくらの星への侵略者……その尖兵。

 

なら、兵が居るのなら、間違いなく将がいる。

 

 

「それが、オマエか」

 

『そうだとも――歓迎しよう。異世界の同胞よ』

 

 

魔性母胎の内側。

その奥底から這い出るように一人の影が卵を突き破って姿を表した。

 

 

白い肌。

赤い瞳。

緑の長髪。

そして美しく尖った長い耳。

 

 

――『エルフ』の青年は、麗しき造形の口端を釣り上げる。

 

 

口では友好的であろうとも、その目は己の『敵』を見定めた瞳だ。

それはきっとぼくも同じだろう。

 

 

ぼくは侵略者を迎撃するために。

彼はぼくらの星を侵略して自分達の土地とするために。

 

 

初めて見る同胞は、決して許してはならない敵だった。

 

 

 

 



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死ね、死ね、死ね

遅くなった……(小声)
みんなに枕営業するから許して……!


二つの太陽が照らす光を、数え切れぬ程に増殖を重ねた異形の樹木が天を飲み干そうと枝葉を伸ばす。

ザワザワ、ザワザワと赤い葉を波立たせるその様は、遙か上空から見渡せばまるで赤い絨毯か――あるいは小麦畑の稲穂が風に揺らめくように優美だ。

 

けれど、それを光輝の上から眺めるぼくは知っている(教えられた)

 

それら一つ一つが母を侵そうと悪意を孕んだ、蝕みの忌木である事を。

()()()()()()()殺意が無かろうと、その有様を知って尚心穏やかで居るなんてことは不可能だったろう。

 

 

《シーナ……いや、アンサラー(迎撃装置)よ。やるべきことは分かっているな?》

 

「……うん。侵略者を殺して、この異界を星から引き剥がす、でしょ?」

 

《そうとも。今回の侵攻によって引き起こされた()()()は、こちら側で処理しよう。キミは戦いに専念しなさい》

 

 

ふん、と軽く鼻を鳴らして眼前を見据える。

魂に直接語りかけてくるこの神格はどうもいけ好かない。

転生に際して――いや、それ以降の全ての流れがこの大神の手のひらの上の事だったと思うと、どうしようもなくイライラする。

あの白い空間で相対したときだって、態々その()()を隠して正体を隠蔽する徹底ぶりだ。

ぼくには理解できないあらゆる障害を生み出さないための措置なのだろうが、自分の正体を隠して近づいてきて、意味もわからぬままに迎撃装置に仕立て上げられて……なんて、それでも尚友好的になれるほどぼくは大人じゃない。

 

 

「クク、なんだ。ここの迎撃装置は神々によって強引に運用されている口か」

 

 

エルフの青年はおかしそうに笑い声を喉から鳴らした。

赤い双眸を細める姿を見る限り、どうしてか敵対関係にある侵略装置には見えない。

 

 

「だとしたら何。オマエは大人しく自分の星に帰ってくれるの?」

 

「いいや?それは無理な話だ。()の星は半分滅んでいるのでね。ここを呑み込んで移住するしか道はないのだ」

 

「そう」

 

 

右手に握りしめた短槍を腰だめに構える。

流入し続ける神々の力。

際限なく注がれ続けるそれを魂が飲み干し、自身の肉体に溶かし込む。

外法か、あるいはただ旧いだけの異法か。

だがどうあがいても避けられぬ結末としてか、より旧い――神代にて輝きを放っていた光の妖精(エルフ)としての本性が顔を覗かせ始めている。

 

 

「……はは」

 

 

キシリ。

長い間使い続けたせいで、既にボロボロで傷がない所など無い愛槍が僅かに軋んだ。

 

 

……ぼくは、もう人間としての残り滓すら残ってないんだろうな。

 

 

「…………」

 

 

どこかで走った小さな痛みを振り切るように、柄を持つ拳に力を込めた。

 

 

『王よ、何故――』

 

『敵を殺せ』

 

『いいかい、■■■■。森とともに生きて――』

 

『ドワーフ達の造った弓だ、美しいだろう?』

 

『おかあさん』

 

『世界樹を守れ!』

 

『ああ……旧いとされた私達は、不要なのか?だからここで死ぬのか……?』

 

 

ギチギチギチ。

脳髄が軋む。

過去に生きて、活きて、そして死んでいった同胞達。彼等の思念が注ぎ込まれる。

 

 

『生きて、あなただけは生きて』

 

『ああ、俺達の世界が、歴史が消えていく……』

 

『黄昏が訪れた』

 

『何故、俺達は、俺達だけが――!』

 

 

《ふん、時が過ぎれば枝葉というのは腐っていくモノ。それは世界樹(ユグドラシル)とて例外ではあるまいよ。それを、こやつらは何時までも――まあ、もう死んでいるのだがな》

 

 

大神――北欧に於ける主神『オーディン』は、腐った息を吐き出すように嘲笑した。

ああ、確かに傍から見ているだけのオマエならそうやって嗤えるんだろうけど……ねえ?現在進行系でその断末魔を聞かせられてるぼくとしては中々キツイんだけど?

 

 

《まあ待て。そろそろ同調率もいい具合だ。》

 

 

脳内で反響する、耳を塞ぎたくなるような、心が籠もりすぎている数多の木霊が色を変えていく。

十把一絡げに脳髄に叩き込まれていた残響が、ひとりひとりの思いを込められた記憶の残滓に。

 

 

気付けば、長槍を携えた壮年の男が傍に立っていた。

 

 

『いいか?槍はこうやって持つんだ』

 

 

右手を持ち手に。

高い脇構えの先に、見知らぬ男が導くままに左手を添えた。

鮭のように靭やかで、蛇のように狡猾な複雑怪奇なる槍技。

多種多様、猪のように大胆で、猫のように軽やかな情景を脳裏に刻んだ。

 

きっと、最も後の世に生まれたぼくだから言える。

彼が磨き上げた戦場で槍を愛でる技倆は、後先を見てもエルフに於いての頂点に立っていた。

 

 

――キチ、キチ。

過度の流入で引き起こされた、思考が加速を重ねた果て。

止まった時の中で行き交う多くの人影が、人生で築き上げた(最期に残した)成果(宝物)をぼくに刻み込んでは消えていく。

 

 

『いい?言葉はこうして紡ぐのよ』

 

 

母のように嫋やかな声音が鼓膜を震わせる。

美しく、妖艶で、あどけない。

無垢な童女のようで、しかし悪辣な悪女の如き音が脳髄を甘く揺さぶった。

柔らかに差し出された残響の掌はぼくの喉を優しく撫で付け、優美な、しかし勇猛なノルドの言葉を刻み付けていく。

 

文芸を愛し、織物を紡ぎ、飾り物を磨き――だが他の何よりも、誰もがその身に許された権能――言の葉に込められた深淵の澱みにこそ輝きを見出した愚者(賢者)

魂に自身の築いた全てを余すこと無く刻んだ彼女は、輪郭のぼやけた(かんばせ)に笑顔を浮かべて消えていった。

 

 

『敵はこうして見るんだ』

 

 

丸眼鏡を掛けた学者の青年が瞼に掌を翳す。

 

彼は研究者だった。

森羅を尊び、世界樹(ユグドラシル)をより栄えさせる技法を求めた。

……けれど所詮は一生命体の知恵。

枝葉は地に落ち、幹は腐り果ててしまったが。

 

 

『弓はこうして扱え』

 

 

大弓を背負う狩人が狩りの心得、あらゆる障害を利用する思考法を語る。

 

神代の獣を狩ることを生業とした彼は、あらゆる物質を狩りの道具として利用することに長けていた。

魔性の猪を狩るためにイチイの巨木で鋼よりも硬い皮膚を貫き、微かな神性を宿す白狼を仕留めるために巣穴ごと湖の底に沈めた。

結局、最期はあらゆる罠を力のみで押し通る巨人に屠殺されたのだったか。

 

 

『魔術の基礎を、奥義を、深みを――貴様に刻んでやろう』

 

 

魔導を追い求めた大魔術師は瞳を瞬かせた。

昏い双眸に危うげで何かに餓えたような、ギラギラとした光を宿している。

なんてことはない。

魔術、或いは神秘そのものが発する輝きに瞳を焼かれ、以降盲目的に求道の道を歩んだ愚か者。

これ以上語ることなど無い。

平穏な日々を、大切なはずの家族を塵のように吹き飛ばした外道なんぞ。

 

 

『歩法、その奥義。偉大なる知恵の鮭をその身に宿そう』

 

 

北欧の地より始まり、ケルトの地まで勇名を轟かせた武人。

戦に生き、戦に死んだ。

ただそれだけの男。

殺して殺して、殺された。

それだけで十分だ。あなたは、それで満足のようだし。

 

 

『私が遺した秘宝を』

 

『俺が成した功業を』

 

『儂の紡いだ秘奥を』

 

流入が止まらない。

目の奥がチカチカと震える。

鋭い痺れが体中を這い回って、先人達の遺した宝物を刻み込んでいく。

数え切れないほど多くのエルフが入れ替わり立ち替わりにぼくの魂に触れて――。

 

ああ――気持ち悪い。

 

 

「ぐ」

 

 

ゴリ、ゴリ、ゴリ!

 

頭蓋が負荷に歪む。

体中四肢の末端まで伸びる仮想神経が、負荷の余りに火花のような雷を迸らせた。

 

しかし血肉を失った後のエーテル体は決して割れず、壊れず、毀れず。

 

ギリギリ、ギチギチと、今にも死に絶えそうな断末魔を声高らかに叫んでいても、彼等とは違って――ぼくには、死ぬことさえ許されない。

 

 

《こんなものか》

 

「……っ、……そう」

 

 

赤鉄の様な熱を孕む、微かに造り物の血が混じった息を吐き出す。

多段階の加速を終えて時の流れは正常に戻った。

 

 

「………」

 

 

右手でルーンを描いた。

16の文字にはそれぞれ異なった意味が存在する。

ルーン魔術はそれらを組み合わせて、自分勝手な解釈を押し付けて発動する秘蹟の類だ。

クソッタレの魔術師の知恵を得た今ならば、不足なく――それこそ、実戦で使用可能な程度には扱える。

 

 

fé、þurs、nauð、týr(軍神よ、我が槍に勝利の輝きを)――」

 

 

光が灯る。

壊れかけの機械仕掛けの槍に神秘を重ね、神威を溶かし込む。

 

借り物の輝きだろうが……なに、この戦いを乗り切るまでだ。

なら、その後の事は考えずに置こう。

 

 

「余裕を持てるような優しい相手でもないしね……」

 

 

輝く槍の切っ先で中空を貫き、ぼくが打ち倒すべき敵を今一度見つめ直した。

 

異世界の同胞。

彼はこちらから打って出るのを待っているのか何なのか、ただじっとこちらを見つめている。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

……気味が悪い。

 

ぼくが関係のない(どうでもいい)他人が置いていった力を呑み込んでいる最中も、なにかに備えるでもなくただぼうっとこちらを眺めていた。

ぼくから見た外の時間は止まっているに等しい速さだったけれど、別に完全に停止している訳ではなかった。

流石に向こうから攻撃できるような時間は無いけれど、何らかの措置――それこそ、今ぼくがやったような自身の強化などはいくらでも出来たはずだ。

けれど何もせず、あまつさえ今発動したルーンさえ見守っていた。

まあ、ぼくが置き土産を駆使したように、相手とて()()()()――それこそ、こちらからは見えないだけの外法を用いているのかもしれない。

能天気に「ぼくは強くなったぞ!これで勝てる!」なんて、口が裂けても言えないな。

 

 

「――では、いこうか」

 

「は」

 

 

始まりは唐突。

赤い瞳が細められた。

瞬間背筋が凍りつくような――確信めいた予感が思考回路に躍り出る。

 

 

「づぁッ!!」

 

 

上体を後ろに反らし――次の瞬間、首があった場所を黒い泥が呑み込んだ。

 

 

《後ろだ、アンサラー(迎撃装置)!》

 

 

「……!!」

 

足場となっていた光の塊を蹴りぬく。

空気の壁を突き破りながら上空へ身体を踊らせ、オーディンが新たに作った足場に上下逆さに着地した。

 

 

「呑め、『星の羊水』よ」

 

「ちィ――!」

 

 

刹那、再び悍ましい予感が思考を埋め尽くす。

直感に従って再び空へ身体を投げ出した。

 

上方、下方、右斜め前、左。

四方から迫る槍に、あらん限りの力を込めた薙ぎ払いの一撃をぶつける。

 

「はァ!!」

 

ゴリ!

異音を撒き散らしながら純黒が弾け跳ぶ。

明らかに外見を無視した硬度を有する泥の飛沫を槍の柄で回転させることではたき落とした。

 

――が、再び形を整えた黒槍が先程よりも更に速く迫りくる。

 

一突き。

二振り。

三払い。

 

ルーンの加護を受けることで更に強化された肉体を駆使して光輝の槍を振るう。

 

 

「キリがない……ッ!」

 

 

上から曲線を描いて鋭い刺突。大気を抉りこむように槍を叩きつけ、空気を揺らす衝撃で粉微塵に打ち砕く。

 

右からの鞭のように撓る薙ぎ払い。十分に引きつけた上で鞭の下に槍を差し込み、背中の力を存分に生かして跳ね上げる。――持ち手の右腕が微かに痛んだ。

 

対処を重ねる度に、身体の何処かに痛みが弾けた。

 

合間合間で息を吐こうにも、徐々に攻勢は苛烈さを増していく。

段々と対応が追いつかなくなりそうに成るが、途中で挟まれるオーディンの魔術支援のおかげで戦いが成り立っているのも事実だった。

 

――気持ち悪い。

 

 

「チッ――オーディン!」

 

《分かっている》

 

 

視界の左から大きな大きな泥の弾が迫りくる。

遥か彼方から射出されたそれは、目測で三百メートルを超える極大の殺意の現れ。

 

……まことにクソだ。

 

 

hagall、ýr、fé、óss、kaun(神さえ阻む毒蛇の巣)

 

 

大気に光が収束する。

オーディン――ミーミルの泉に瞳を捧げた、彼の神の高すぎる啓蒙によって編み込まれた秘蹟。

脅威の到達まで3秒もかからないが、彼にとってはそれすらも十分に長い猶予だった。

 

 

「神の盾か……忌々しい」

 

「奇遇だね、ぼくもだ」

 

 

精細な意匠が施された7百メートル程の巨大な盾がぼくの前に立ちはだかる。

一秒後、泥の弾は爆音を打ち鳴らして衝突し、その清廉な白を穢さんとへばり付くが――しかし、ぼくが出した『湿った炎』で盾の表面を舐め取ってしまえば、何もなかったかのようにあっさりと姿を溶かしてしまった。

 

 

「これならばどうだ?」

 

 

黒が天を衝く。

 

蝕みの忌木を突き破って、異界の腹から更に大量の粘ついた泥が飛び出した。

黒々とした輝きを放つソレは見るからに重たそうな質感を放っているが、安々と音の壁を突き破る。

加速、加速、加速。

そして更に加速を重ねて音速の3倍という馬鹿げた速度を叩き出し、僅かな抵抗を受けた後に光の盾を呑み込んだ。

 

 

《このままではジリ貧だぞ》

 

「分かってる」

 

 

侵略装置はその場から一切移動せず、変わらず無防備に浮遊しているのみ。

泥――おそらく、ぼくの『湿った炎』と同じ星の血液を操作することに注力しているのか、もしくはこちらの動きを分析しているのか。

 

何にせよ、こちらから打って出るしかない――

 

 

「っと」

 

 

真横へ跳ぶ。

僅かな間を開け、『星の羊水』が足場となっていた光の塊をバクリと呑み込んだ。

 

一つ、また一つと増える黒い槍。

そろって音の速度を超えた凶器がぼくへ襲いかかってくる。

 

 

「は」

 

 

視界の尽くを埋め尽くす、黒く輝く三千の『星の羊水』。

 

……どうやら彼も本腰を入れ始めたのか、明らかに量と密度が常識を逸している。

 

 

bjarkan、fé、úr(白樺の家、記憶の残滓)ár、hagall、þurs、reið(それはあなたを災いから守る縁)

 

 

ぼくが悪意と踊る上空を、光り輝く枝葉が黒にも負けじと張り巡る。

純黒の海を泳ぐ白は、微かな浄化の力を振り撒きながら徐々に体を大きく成長させていく。

 

泥の存在しない隙間を縫い裂き滑空し、轟音と共に光の枝に足を着けた。

僅かに撓むが、しかし一切の損耗をせずにぼくの身体を受け止めてくれた。

 

しかし、間髪入れずに泥がぼくを貫こうと殺到し――

 

 

《防衛機構展開》

 

 

オーディンの号令によって変形した幾百の白い枝が流線形の結界を形作り、瞬時に組み上げられた防御陣地が大量の泥を弾き飛ばした。

 

 

「……さすがは大神印の魔術防壁」

 

《とはいえ、遠隔地からの起動だ。流石に星の血液を受け止め続けられる程では無い……もって十秒だ》

 

「十分……」

 

 

左手を胸に置く。

トクン、トクンと、鼓動を伝える心臓(エーテルで出来た偽物)

左手を伝う『魔力』を深層に走らせルーンを象る。

 

……不思議な感じ。

魔力なんて使った事も意識した事もないのに、無い筈の経験がぼくの体を導いてくれる。

 

 

――気持ち悪い。

 

 

ýr、sól、óss、fé、bjarkan、nauð (イチイの心臓、山羊の肋骨、白樺の手)týr、fé、(我が指輪こそは)lǫgr、þurs、hagall 、úr、maðr(あなたの命を救う唯一の手立て)――」

 

 

赫灼の炎が身体を渦巻く。

 

……いや、そう錯覚する程の熱を感じた。

右手中指に光輪が廻り、心臓を起点として理外の魔が収束する。

 

ああ、身体が熱い。

 

 

熱い。

熱い。

熱い。

熱い。

熱い。

熱い。

熱い。

熱い。

熱い。

熱い。

熱い。

熱い――。

 

 

けど、ああ。それ以上に気持ち悪い……!

 

くそったれの神々も、勝手に死んだ同胞も、目の前でぼくを睨む仇敵も、揃いも揃って気持ち悪い!

 

どいつもこいつもぼくに押し付けやがって――ああ、腹が立つ!

ギリギリと奥歯が軋む。視界が赤く染まり、臨海間際の気炎が心を炙った。

 

 

殺せ。

 

殺せ。

 

敵を殺せ。

 

ぼくの先に立つあらゆる障害を砕いて潰して、血肉を山羊にでも食わせてしまえ。

 

殺意を奮い立たせろ。

悪意を研ぎ澄ませ。

それら全てを薪に焚べて、貴様の喉笛を切り裂いてやる……!

 

 

 

黄昏の槍、天降りの血涙(ムスペル・ヘーリアント・ヴィーグリーズ)

 

 

 

――光輝の槍が沈む。

 

 

 

太陽のように光を放っていた純白が澱み、穢れ、そして命の芽を息吹かせる。

 

穢れこそが命の本質。

澱みこそが命の輝き。

だからこそ、ヤツを殺すのにこれ以上無いほどに適役だ。

 

そうだろう?

世界樹(かあさん)だって、無惨に腐ってしまった。

なら、お前達の世界だって腐らせることが出来るとも。

 

 

「貴様……」

 

 

微かな笑みを浮かべていた美貌が、憎々しげに形を歪めた。

ははは、そうか。お前でもこれは嫌なのか?

 

なら、その腐れを、その滅びをここに再現する。

穢してやろう。犯してやろう。踏み躙ってやろう。

生存競争。適者生存。

侵略者の世界を滅ぼして、ぼくらが生き残ってやる。

 

 

かつて二匹の狼が太陽と月を呑み込んだように、星々が天から堕ちたように、世界と共にあらゆる命が滅んだように。

別の世界を滅ぼして、ぼくはぼくの為に生きる。

傍迷惑な侵略者なんぞ、いくら穢れようが死のうが苦しもうがどうだっていい。

 

 

「だから、死ねよ」

 

「愚か者めが……!」

 

 

既に始まった腐れが、ぼくと彼を甘く包んだ。

ぼくを速く殺さないと、あなたの大切なもの、全部なくなっちゃうねえ?

ふふ、かわいそうに――。

 

 

 

 

――かわいそうだから、死ね。

 

 




三人称と一人称。どっちで書くのが正解なんですかね……?
とにかく私にはよくわからないので、普段は乳首占いでどう書くか決めてます!


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未来に向けて

バトルフィールドしてました(懺悔)
レインボーシックスしてました(懺悔)
隻狼トロコンしました(懺悔)


大気が仄暗く侵されていく。

徐々に、徐々に。

赤く燃える空と双子の太陽が灰色に染まり、異界そのものが穢れていく。

 

遙か下方。

大神の白枝越しに見つめる下界の忌み木達は、途端に生気を失いほろほろと形を崩していった。

 

 

「貴様、それが何なのか分かっているのか……!?」

 

「もちろん」

 

アンサラー(迎撃装置)!キミはそれを分かって使うというのかね!?やめなさい、今すぐに――》

 

「うるさいなぁ、黙っててよ」

 

《まっ――!?》

 

 

接続をブツリと切断する。

同時に小うるさい大神に向かって穢れを流し込み、一時的に全能を不能に貶めた。

 

あっ、もしかすると溢れるかな?

辛うじて穢れから逃れているだけの、無駄にキレイな神々の世界が穢れに沈む?

そうなるとこの星で唯一残された最後の神秘が失われる事になる。

 

…………ま、どうでもいいか。

 

 

ギュッと右手を握りしめる。

白くて、黒くて、けれど青みを帯びている。そして腐ったような香りを放つ黄昏の槍だけが今のぼくを支える味方。

 

 

この子は彼等に対する特効兵器だ。あらゆる不浄を撒き散らしあらゆる神秘を生命の域に貶める。

 

侵略者達の世界は今、異界としてぼく達の世界に重なり合って存在している。

ぼく達の世界はいい。

だって、もう既にあらゆる神秘は穢れに侵された後で、生命の機能として――ただの臓器にしか過ぎない域まで存在を変質させている。

だから今更こんな穢れが表側に漏れ出たとしても、過去に通り過ぎた道を再び歩むだけだ。何も変わらない。

 

だが、彼等は?

 

発展しすぎたのか。

長く生き過ぎたのか。

はたまた過去に受けた侵略によって星の損傷が激しいのか。

彼等の状況は殆ど分からない。

 

 

ただひとつ、分かっているのは――彼等は神秘の中で生きている。

 

その神秘が途端に形を変え、姿を崩せばどうなる?

全く耐性のない穢れの中に放り込まれたら?

 

 

答えは、目の前の彼が身を持って証明してくれている。

 

 

 

「がッ」

 

 

 

ごぽり。

形の良い唇から赤い液体が溢れ出す。

赤い目は更に赤く充血し、苦痛に喘ぎ苦しむ姿を空中で踊らせた。

 

 

「おの、れェ……!!」

 

 

泥が殺到する。

空を裂き、大地を砕き、木々を薙ぎ払い。四方八方、世界のあらゆる位相から星の羊水が圧殺せんと襲い掛かる。

ぐねぐね、うぞうぞと大きな柱のような図体をくねらせ、圧倒的な物量が視界を覆い隠す。

 

 

――だが、無意味だ。

 

 

「はははっ」

 

 

右手を力任せに振り払う。

四方から襲い来る黒い槍を纏めて薙ぎ払うように、ぐるんと体ごと回し周囲を抉り込んだ。

 

 

ジュ。

 

焦げるような、擦れるような鈍い音が空気を鳴らす。

あとはもう、コマ送りのように切り替わった景色が広がっているだけ。

僅かな熱を空間に残して、全ての泥は腐って崩れて姿を無くした。

 

 

「が、ごほッ……は、はっ……」

 

「大丈夫?ほらほら、頑張らないと腐っちゃうよ?ねえねえ、ねえねえ。死ぬの?死ぬよ?」

 

「バケモノ、がァ……!!」

 

 

青年が空に向けて両手を掲げる。

 

迸る燐光。

輝く極光。

その長躯から立ち上った紫の光が、赤く燃える空をキャンパスに巨大な魔法陣を描いた。

拡がり続ける複雑怪奇な文様は瞬く間に数キロの視界を占領し、遥か彼方まで体積を成長させていく。

 

 

「へえ、まだ頑張るんだね!あはは、頑張って!ぼくも頑張ってキミを殺すから!殺して、侵して、ぐちゃぐちゃに嬲ってあげる!ぼくのために――ぼくとジョンのためだけに!」

 

「言ってろ、狂人!」

 

 

大気に踊る幾何学模様。

空間を侵す神秘の言霊が、穢れに侵されながらも健気に己の法を主張する。

彼のエルフ、異世界の同胞は、やはりこちら側のそれとは全く別種の――文字通り、根本から異なる異界法則を物質界に引きずり出した。

 

 

aygsduygduyguaygtsqaa(白魚の娘は巨人の瞳を蝕んだ。)nfrnjgvnjjbnldfbyqaa(彼女の魂を、善性を証明するため。)syctfrttewwaxxcva(罪なき人に災いを齎したのだ。)

 

 

――大地が、鳴いた。

赤い絨毯がざわざわと震え、涙を零すように次々とその葉を散らしてゆく。

葉を失った忌み木の黒い表皮が大地を覆い隠し、上空から見下ろすぼくには大地が黒く染まったようにも見える。

 

 

ugdygcuygrredpmc(悪性腫瘍:星食みの娘)

 

 

大きい。

大きな大きな白い光が陣から飛び出した。

 

それは直様形を変え、姿を整え、巨大な人形へ变化する。

白い肌、三対の腕、七房に縛られた極彩色の頭髪。

純黒の角膜をキョロキョロと彷徨わせる少女の姿をした異形の巨人。

 

 

「……わぁ、これがそっちの魔法……魔法であってるのかな?すごいねえ」

 

「忌々しい……ああ、忌々しいな。人外の身でありながら何故神秘を否定する?何故こんな穢れに満ちた星を守ろうとする?」

 

「別に、この世界を守りたい訳じゃないよ?確かに教官や社長、リチャード達同僚も大事だし、大切なものであることに変わりはないけど……だからといって、『兵器』に身を落としたいかって言うと……どうだろうね」

 

「なら何故!」

 

「ジョンが、ぼくの好きな人がいるから。ほんとは、彼さえいれば他はどうでもいいんだ」

 

 

彼の表情が歪む。

まるで理解不能といわんばかりに目尻を釣り上げ、赤い瞳でぼくを睨みつけた。

そう、理解は出来ない。納得もできない。でも、だからこそ殺す。

そう云わんばかりに殺意を膨らませて、敵意をこちらに向けて、ただ純粋にあらゆる攻撃という手段を模索する。

戦争というのはそういうモノ、そう云わんかのようだ。

 

 

あはは、こわーい。

こわいから、殺さなきゃ。

ぼく達のこの先に、君達はいらない。

 

 

「シイイィィィ………!」

 

 

ギチギチギチギチ……!

 

弦を引くような音が身体のそこかしこで鳴る。

筋繊維が引きちぎれそうな、悲鳴にも似た雑音。

 

そんな身体の訴えを無視して軸ごと強く捻る。

槍の切っ先を中空に掲げ、ぼくが扱える限界域の穢れを押し込めた。

 

 

――深く、より昏く。

 

 

まるで現代世界の生み出した核の炎のように、神話の時代が生み出した最悪の禁忌を手中に咲かせる。

 

 

「星食みの娘、起動」

 

『aaAaaAaa……』

 

 

視界の向こう、空を泳ぐ異形の巨人は四肢に力を込めた。

ただそれだけ、それだけでぼくの知る限りでもっとも理から外れた結果を齎す。

 

バキリ、ゴキリ。

視界の下方。彼の故郷たる異界の大地で重苦しい異音が響く。

葉を落とすだけには飽き足らず、黒い幹まで全て枯らし、黒く粘ついた血液さえも蒸発する。

まるで世界が水分を失ったように、乾き切った大地がひび割れた。

 

 

「地を裂き、山を割り、海を枯らす。それは誉れ高き略奪の業なれば」

 

『おo、偉大naるヨトゥン。あnaたの宿業をこkoに!』

 

 

大地が、生まれたての象のように力強い鼓動を伝える。

ドクドク、ドクドクと巡る災いを世界中に流し込んで、彼等にとっての核の炎を灯そうとしているのか。

殺意と敵意と叛意と害意。

ただぼくを()()という意思のみが世界に刻まれるよう。

 

 

――なら、潰さなきゃ。

 

 

Einn daginn féll móðir mín(いつかの日、母に降り掛かった滅び)

 

 

「霧の世界を、今再び――」

 

 

右手が冷たい。

チリチリと焦がれるように震えた。

正真正銘、最後のぶつかり合いだ。

 

彼は正真正銘世界のために戦っている。

そのためになりふり構わず、手段も選ばず殺意を振りまいた。

 

ぼくはどうだろう?

ぼくは世界なんてどうでもいい。

神々の思惑なんてクソ食らえだ。

徹頭徹尾、あの日、あの()()()()()()に恋した彼の為に生きてきた。

 

どちらが高潔だろうかとか、そういった事を考えているわけではない。

 

……ほら、ぼくの方が低次元な考えで戦いに望んでいるのかもしれないけどさ。

 

 

でも、さ。それって、まるで人間みたいじゃない?

 

 

 

麗しき終末、神話の落日(ラグナロク)

 

白霧に沈め、母なる大地(ラグナロク)

 

 

ばくり。

大地が、空が、大気が。

白い霧に飲み込まれる。

四方八方を白い霧が――極小の炎がひしめき合い、僅かな隙間のみを残して世界を蝕んでいく。

 

 

ジュウジュウと肌の焼ける音が炎をすり抜けて鼓膜に届いた。

超高温――きっと、星の内部に流れる溶岩にすら届く霧は、ぼくの身体を余さず焦がす。

 

でも、ぼくがいくら焼けたところで()()()()()()()()()後なんだよ。

 

いくらぼくが痛みに苦しもうが、断末魔の叫びで喉を酷使しようが関係ない。

 

もう既に閉じた瞼を通り越して眼球が灼かれていようが、ついさっきまで焦げる音を受け止めていた鼓膜が破裂しようが、賽は投げられた後。

 

 

「――――――!?」

 

『……………』

 

 

なら、なら。

 

灰色の流星に君達が貫かれるのもさ、君達の世界が滅びるのもさ。

ぼくの想いが勝っているのなら、当然の帰結。

それこそ、運命ってやつじゃないかな?

 

 

 

 

――世界が、震える。

 

光を無くした視界の中で、確かに視えた。

空がガラガラと崩れ落ちて、地面がグズグズに解けきって。

 

真っ赤な瞳からもっと赤い血の涙の流すオマエの顔を!

 

ああ、ああ!とても気分がいい!

あとはもう、ぼくを縛る鎖はなにもない。

精々神々の介入があるか否かだが――何、そんなものねじ伏せてしまえばいい。

必要なものは既に受け取った。

 

もう用済みだ。

 

けど安心してほしい。この世界を侵略できないようにぼくがきちんと守るし、ぼくら側の侵略装置のバックアップも引き継ごう。

 

ぼくの未来は開けた。

遮るものはないにもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

ねえ、そのはずなんだよ?

 

なのに、何でキミはまだ生きているんだい?

 

 

 

 

 

 

「―――だ」

 

 

白霧が晴れていく。

危機を脱した肉体は途端に再生を始め、身体の表層から内部まで急激な回復を促す。

 

 

そんな再生途中の鼓膜が震えた。

 

 

血を吐く様に振り絞った声音が、目の前で左半身のほとんどを失った彼から聞こえてくる。

もはや気力だけで――とか、そんな次元じゃない。

はみ出した心臓はズタボロに傷付いていて、いくらエーテル体で構成された偽物だとしても既に死んでいなければおかしい。

 

なのに。

 

 

 

「――まだ」

 

 

目が死んでいない。

ギラギラと輝いている。

それは、まるで風前の灯火が最後に一際輝く姿。

人が宿すべき黄金の意思。

 

 

「まだだ――!!」

 

『星食miの娘、臨界起動』

 

 

血塗れの肉体が光を立ち上らせる。

 

 

「諦めない……諦めなければ――道は、開けるのだから――!!」

 

 

それはさながら瀑布のようだ。

穢れを押し退け、灼き尽くす。

神秘に生きる者の特権――自分勝手な都合を押し付けるという権利を強引に酷使し、今際に残された全てを駆使して反逆の牙を剥く。

 

彼の全て――魂、精神、記憶――あらゆる重みを燃料に、炎の様な黄金の魔力が空へ飛び出した。

それは微かな軌跡を残して、異形の巨人へ最期の命令を伝えて――魂を、喰わせた。

 

 

「そんなの、あり?」

 

 

La、La、la――――。

 

 

――娘が歌う。

 

最期に遺された意思を想い、か細く、けれど情熱的に。

 

巨人は死した彼を悼むように、短い鎮魂の歌を高らかに喉を震わせ――ギョロリ、と。その黒い眼球でこちらを見つめた。

 

 

『これは、私達の全て。私達が成しうる過去と未来の熱量』

 

 

仄暗い空に光が奔る。

穢れに満ちた大気を灼き尽くすような黄金の光。

 

ははは、めんどくさいなぁ……。

 

 

「鬱陶しいんだよ、オマエ」

 

 

再び禁忌の炎を咲かせる。

さっきと同じ限界ギリギリの――いや、いや。

もうそんな自重なんていらないか。

 

全部、全部腐らせてしまえ。

 

 

バキ、バキ、ゴリ!!

 

 

右手の中、触媒となっていた愛槍が折れる音が響く。

……ま、もう一回は持つだろう。

だから、使い潰してあげるよ。ごめんね。

 

そして、ありがとう。

 

 

『滅びろ、そして私達の糧となれ――!』

 

「うるさい、死ね」

 

 

黄金の太陽が大地を焦がし、空を腐らせる不浄が世界に氾濫した。

それはさながら神話に生きた修羅神仏と、未来を目指す人の対比。

 

 

 

――なら、それならば。

過去と未来であればどちらが勝るのか。

それは誰でも分かる当然の結末だろう。

後に残った者こそが勝者だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、ぉ……?」

 

 

仄かな光を瞼の向こうに感じる。

自分の体の重みに思わずうめき声を上げて、自堕落な肉体に苛立ちを覚えた。

どうも感触的には仰向けに寝っ転がっているらしいが、その状態から起き上がれない。

なんの為に鍛えてると思ってんだ?こんな時にも万全に動く為だろうが……!

 

 

「は、はっ……」

 

 

鉛のような瞼をこじ開ける。

ギリ、と。そんな擦れる音さえ聞こえるようだ。

 

多大な労力を費やして瞳を外気に晒せば、チカチカと差し込む光に目が眩んだ。

 

 

「ここは、何処だ?シーナはどこに……」

 

 

右手で目頭を抑えながら、深く息を吐く。

四肢の末端に血液を送り込み、筋繊維を収縮させることで徐々に錆を落としていく。

ギシギシと軋みを上げる関節に活を入れ、勢いを付けて起き上がった。

 

 

「これは……棺?」

 

 

俺が眠ってたのは青い棺の中だった。

天板は無く、もはやその役割を為していないが……何故俺はこんな所に?

 

………ほんと、なんでだ?

 

何か、忘れてる。

何を?

俺はここに来るまで何をしていた?

 

……そうだ、周囲に鬱蒼と茂る森。

こんな土地を延々と探索してた。

仲間たちと一緒に、人類の明暗を分ける任務に就いていた。

それで、途中で化け物に………!

 

 

――そうだ。シーナが、俺を逃した。

 

あの告白に答える間もなく、さっさと表の世界に返されたのだ。

 

 

「くそッ……!」

 

 

なんで……俺は、肝心な時に役に立てないんだ?

シーナは無事なのか?

 

俺は、どうしたらいい。

もしアイツが帰って来なければ……。

 

 

粘ついた絶望感が、胸を蝕む。

 

 

 

「……ぁ」

 

 

トスリ。

膝の上に何かが着地する。

とても軽い、けれど人間大の大きさを持つ肌色。

 

 

「ただいま、ジョン」

 

「………あぁ」

 

 

ズタボロの服――というか、殆ど布地を失ったナニカを身に纏う少女が俺を見つめていた。

体中に傷を負い、左手の先は焼け焦げ炭になり、その左目は抉られたように空洞を晒している。

 

シーナは、嫋やかな笑みを浮かべて嬉しそうに目尻を落とした。

 

しかしその身は満身創痍。

もはや死に体。

 

それでも、その姿を見たお陰でつい先程までの焦燥感は薄い泡のように弾けて消えた。

 

……ああ、安心した。生きている。

 

 

その小さな体を抱きしめる。

傷を労るように優しく、けれどもう離さないように強く。

 

 

「わわっ……」

 

 

シーナは成すが儘に俺を受け入れ、ややあって背中に微かな熱が伝わってきた。

腕の中の小さな体は傷だらけ。

血は流れていないようだが、それでも見ているだけで心が張り裂けそうになる。

 

 

……どんな戦いを繰り広げたのだろう、このお転婆娘は。

ただの人に過ぎない俺には想像もつかない。

それに、その場を見ることすら出来なかったし、肝心な時に支えることができなかった。

 

……けど。それでも、そんな駄目な俺なのに。

こいつは俺のもとに現れた。

いつかの日、自分を装ってまで俺達と過ごしていた時よりも、更に生気に溢れた一つの瞳を輝かせた。

 

 

「おかえり」

 

 

ほんとうに、よく帰ってきてくれた。

 

生きている。

ただ未来を見て、今を生きる。

それすらも出来なかった子供は、ようやくその()()()()を手に入れてくれた。

 

 

 

――遥か彼方、上空に浮かぶ肉の塊がグズグズに解け、急速に姿を空間に溶かして消えゆく姿を尻目に立ち上がる。

 

俺達が為すべき事は為された。

もう、ここにいる必要は無い。

後の事は政治家連中がやってくれるだろう。

 

 

「じゃ、いこっか。リチャード達と合流して……それから、お話しよ?」

 

「ああ、そうだな。聞きたいことが腐るほどあるんだ」

 

「奇遇だね、ぼくもだ」

 

 

ニコニコと笑みを零す。

その様を見ていると、これからの展望も明るい物になるだろうという確信も持てる。

 

……だが、その前にだ。

 

 

「まずは服を着ろ。殆ど隠せてないぞ」

 

「えっ、あっ……え、えっち」

 

「ハッ」

 

「あー!鼻で笑ったな!?もう怒った!パンツ奪うぞ!」

 

「ちょ、ま!やめ、待て!やめろ!やめ……!辞めろっつってんだろぉ!?」

 

「ジョンのトランクス、ゲットだぜ!!―――え、うわっ……でかっ……」

 

 

 

 

 

――めちゃくちゃアイアンクローした。

 

 

 

 

 

 




くぅ疲(以下略)

でも、もうちょっとだけ続くんじゃよ


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エピローグ

「そうしてぼくは戦いを終えました、っと」

 

 

多くのゴタゴタを処理し終えてようやっと得ることが出来た(いとま)

今は新居と次の職を探す中間期間。今ぼくが居るこの私室――訂正、()私室を仮の住まいとして、家賃を支払うことで変わらず生活している。

 

科学の光が照らす中机に向かい、サラサラと分厚い本に文字を書き連ねた。

何時からだったか、長い間日記帳として使い続けているこの本は、気付けば色褪せて使用感に満ちた古さを帯びている。

ぼくと一緒に人生を見つめてきたと思えば中々感慨深いものがあるなあ。

 

 

「あー、っと。それからそれから……」

 

 

ぼくは戦いを終えた後、ジョンとすぐに結ばれた――と、思いきや。

 

 

あの野郎チキリやがった。

 

 

いやね、正直あのシチュエーションで告白して、あんな印象的な再開を果たしてさ……まさか返事しないとは思いませんでしたよ。

あの手この手でのらりくらりと明言を避けるあのマッチョのなんと卑しいことか。

 

基地に帰還した直後、「それで答えを聞きたいな」って問いかけたらなんて返したと思います?

 

 

「うー、あぁー……あっ、そうだ。クッキー食うか?」

 

 

はぁー!!!

 

はぁああぁ!?!?

 

 

ぼくはそんな返答を全く考えていなかった事もあって、思わず半ギレしました。

もうね、お前は玉ついてんのかと。

ぼくなんてさっさと無くしたっていうのに!

 

その日から三日間、あの手この手で返事を聞こうと策を尽くした。

 

正直ぼくは断られることはないと踏んでいた。

この美少女に言い寄られて嫌な気分になるだろうか?

こんな献身的に一途に想っているし、心の底から全力で恋しているぼくが断られると?

 

 

いいや、ありえない。

 

 

ぼくのエルフ流精神分析によると、ジョンはなんだかんだで心地よく感じていた。

だからこそ心置きなく攻めた。

 

具体的にいうとバナナを握りしめて背後を取り、「答えを言わなければ菊の門を壊す」って感じで。

 

……ああ、しかし。無情である。それでも尚回答拒否。

協力者のリチャードやヘラート、ジェシカもこれには呆れた。あとめちゃくちゃバナナを突き刺した。

 

あらゆる手段を実行したがもはや打つ手なし。さあどうするか……。

ぼくは悩んだ。

それはもう、たっぷりと。

そしてばくは一つの結論を出した。

 

 

実力行使にでればいい。

 

 

ジョンを一時的に眠らせ、そのスキにベッドにくくりつけて剥く。

あとはもう、力尽くだ。

 

 

――コトリ。

 

 

ペンを置き、古びた本を丁寧に閉じる。

回転椅子で後ろへ振り向き、悠々と立ち上がった。

 

視線の先には、両手足をベッドの縁から伸びるロープで拘束されたジョンが居る。

まるで食われる前の子羊?いやいや、そんなまさか。

今のジョンはきっと来たるべき輝かしい未来にときめいているハズさ。

 

 

 

「と、言う訳で。ジョン、そろそろ年貢の納め時だよ」

 

「いや待て。それはおかしい!何故そこで実力行使に出る!?」

 

「何故……?何故だって?それをあなたが聞くの?」

 

「もちろんだ!いいかシーナ!俺達が結ばれるっていうのは中々にハードルが高い!あと俺の心情的にもキツイ!いくらなんでも絵面がやばい!」

 

「なにさ、そんなの今更でしょ。法律的な問題は特に無いし、部外者の事情(原種の柵)なんか力尽くで乗り越えるから関係ない。絵面だって()()()平気だし、ジョンの心情だって問題ないでしょ?だってほら、今だってそんなに嫌がってないじゃないか」

 

 

口先や表情は頑固に拒否している体を成しているが魂は素直だ。

ジョンはほとんど堕ちている。ああ、間違いない。

あらゆる障害は障害ではなく、理論武装さえ覚束ない。

なら、これは確実だ。

あとは、ぼくがもうひと押しするだけで容易く陥落する。

 

そうすれば後は書類を出して、ぼくとジョンの二人で新生活を始めるだけでいい。

それだけでいい。

 

ジョンの巨体を載せている大きな大きな白いベッドに腰掛け、空気に晒されている大胸筋をサラリと撫でた。

 

うーん、これはせくしー!!

 

 

「というわけで、今からあなたをぶち犯して責任取らせるから」

 

「待って!?今女の子の口から飛び出しちゃいけない言葉が聞こえたぞ!?しかも責任を取るのは俺なの!?」

 

 

みっともない、相変わらずの抵抗の悲鳴が鼓膜を叩く。

手足は縛られたままであるにも関わらず、なんとか必死に振り解こうと藻掻いている。無駄なのにね。

 

というか、ここまで来ても拒否するなんてどういう神経をしているのだろうか。

女の子がここまでさせて恥ずかしくないのか?元が男ということはいいっこなしで。

 

これはあれだ、据え膳食わぬは男の恥という奴だよ?

ほんとはそんなに嫌なの?ぼく泣いちゃうよ?いいの?

 

 

「……ぼくにはそんなに魅力がないの?」

 

「なっ……い、いや!そんな訳ないじゃないか!シーナは魅力に溢れてる!すげえ美人だし可愛いぞ!」

 

「じゃあ、ぼくのこと抱けるよね?」

 

「えっ……」

 

「抱けるよね?」

 

 

トスリ。

 

ベッドの縁からジョンの腹の上に移動し、その動揺に満ちた顔を見つめた。

 

少しばかり強引だが……いや、ここで躊躇するな。いい加減引き延ばすのはよろしくない。

だから迷わないぞ……そうだ。

苦節数年の重みを思い出せ。

ぼくの初恋はこの瞬間に成就するものと信じ抜く。

勇気を持って、ジョンを堕とす……!!

 

 

「えーっと……ほら、俺童貞だから……」

 

「はぁぁああぁ………(クソでかため息)。あのさぁ、そこは黙ってトゥクン、俺を抱いてください!って言うか、もしくはお前を抱いてやるよ……(イケボ)とかそんな場面でしょ?舐めてるの?」

 

「いや、違――っていうか、え。なんで服脱いでんだ?マジ?本気なの?」

 

「もちろん」

 

「あっ、そっかぁ……」

 

 

ぱさ、ぱさ。

身に纏っていたTシャツとジーパンを脱ぎ捨てた!

見よ、この肉体美を……!

これはジョンも虜になること間違いなし!

は、巨乳がいい?犯すぞてめえ……。

 

 

「もうそれ脅しになってなくね?」

 

 

それはもちろん。

有言実行さ。

今のジョンはまな板の上の鯉。

そう表現するのがピッタリだろう。

 

もう逃げ場などない。

 

 

「これ以上は無駄……いや、害だな」

 

「よく分かってるね」

 

 

やっとそれを悟ったのか、ジョンの体と瞳から力が抜けていく。

まるで万物を慈しむ菩薩のような、あるいは万象を諦めた咎人のように脱力した笑み。

 

……つまり、受け入れる体制ということだ。

反対意見は出尽くしたようなので、心置きなく実行できるというもの。

 

 

「顔も知らぬお父さん、お母さん、それとおかあさん。ぼくはこれから大人になります……!」

 

 

 

 

ジョンをぶち犯した。

もう、離さない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『シーナ・バッカス』

元ウェストローランド社所属特務戦闘員であり、エルフの原種でもある。

魔性母胎討滅作戦の後、瀕死の状態で本基地に帰還した。

左目、左腕は失われていたものの、肉を捨てていたこともあって直様復元された。

また、その直後に依願退職が為され、受理。

後述のジョン・バッカスと共に日本へ移住し、夫婦として生活する。

その後の生涯は戦乱に関わることは殆ど無く、稀に訪れる侵略者を撃退するのみであった。

伴侶が老いさらばえ、自身の子や孫と共に見守る中往生する姿を見送った。

子々孫々を見守りながら、またいつか、輪廻の果てに伴侶に出会える日を心待ちにしている。

 

 

『ジョン・バッカス』

元ウェストローランド社所属特務戦闘員。

また、ドワーフの因子を有する異種でもあった。

かの作戦の後、シーナと共に退職。ともに日本へ移住する。

その左手は腐り落ちてしまったが、シーナが気合と根性で義手を生成。その『銀腕』は日本の青少年たちの心をがっちり掴んだ。

なんだかんだで拵えた子供達を育て、子供達が子を成し、またその子が子を成した所を見守り、そして彼らに見守られる中大往生。

享年141歳。

 

 

『子供達』

ファミコン。

しっかりとした教育ママと飴役の父にたっぷり愛情を注がれて育った7人兄弟。ハーフエルフ。

マザコンでありファザコン。

母の英才教育によって戦闘機より強い。

尚、彼らの子供たち――シーナ達から見た孫は21人。ひ孫はもっとたくさん。大家族である。世界がエルフ族に侵略される日は近い。汝、隣人の貧乳を愛せ。

 

 

『ローランド・G・ニシ』

ウェストローランド社の代表取締役社長。

日本人とアメリカ人のハーフ。

実はゴリラの因子が混ざった異種である。握力はその賜物。あ、知ってた?そう……。

その後も会社をドンドン大きく育てながら、たまに遊びに来るシーナ達を暖かく見守っていた。おじいちゃんポジション。

なんだかんだ息子夫婦とシーナ夫婦に見守られる中往生。享年91歳。

 

 

ゴーラ・G・ニシ(教官)

ローランドの息子。

とあるテロ組織にて教官を努めていたが、ある日組織は崩壊。無職になってしまった。

仕方なく故郷に戻り……と言いたかったが、当時父との仲があまり良くなく戻るに戻れなかった。

結局某大国の裏路地で途方に暮れていたところを心優しいおじさまに拾われ、パン屋勤めに。

なんだかんだ同僚でもある恋人ができ、結婚した。

父親とも再会を果たして孫の顔を見せることができた。うれしい。

結構気にかけていたシーナとも再会できた。うれしい。

 

 

 

『社員一同』

社畜。

永遠の社畜。

次期社長にリチャードが就任しても変わらず社畜。諸行無常である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あれ?ここは……」

 

 

日本にある住宅街。

ジョンと共に日本へ移住し、新たな新居を見繕っている最中。

整然とした家々の間を網羅する道路を歩いていると、何故か不思議な既視感を覚えた。

当然のことながらこれまで日本に来たことはない。

そもそも、戦場かテロ組織の訓練基地、あるいは会社所有の基地にしか足を運んだことはない。

人々が暮らす、平穏極まる街すら見たことがないのだ。

 

……そのはず、だけど。

 

 

「……どうした?」

 

「う、ん……なんでもないや」

 

 

止まっていた足を再び進める。

 

ジョンと連れ立って目的地の一軒家を目指すが、やはり脳裏にへばり付いた既視感はどうにも剥がれてくれない。

何も変哲のない道路。

特色のない普通の家屋が連なっている。

でも、それがどうしようもなく記憶を刺激する。

 

なんだろう、やはりぼくは此処を見たことがあるのか?

……どうやって?

 

 

「お、公園もあるのか。中々整備も行き届いて、いい公園だな」

 

 

ジョンが指を伸ばす。

その先には言葉の通り、綺麗に保たれた緑溢れる広場―――。

 

 

「あ」

 

 

目を見開く。

大きな茶色いベンチ。

公園の隅に置かれた蛇口。

大きなジャングルジム。

5段階のサイズに分かれた鉄棒。

そのどれもに、その配置に、その光景に見覚えがあった。

 

 

――だって、ここは。おにいさんが死んだところだ。

 

 

指先に震えが走る。

表情が強張って、心が軋む。

 

ぼくの、最初の失敗が見せつけられているようだった。

何故此処があるのだろうか。

過去のぼくは此処とは違う世界に居たはずなのに、何故?

 

 

 

――駄目だ。

 

 

駄目だ。

駄目だ。

駄目だ。

駄目だ。

駄目だ。

駄目だ。

駄目だ。

駄目だ。

駄目だ。

駄目だ。

駄目だ。

駄目だ。

駄目だ。

駄目だ。

駄目だ。

駄目だ。

駄目だ。

駄目だ。

駄目だ。

 

エラーを磨り潰せ。

ぼくはもう失敗しない。

もう間違えない。

こんな光景不要だ。

 

 

でも、ああ。

ぼくは、幸せになってもいいのだろうか?

おにいさんはもういない。

あの時助けてくれたおにいさんは、もう。

 

 

「あー、懐かしいなあ。あの時のガキとまた此処に来るなんて…………ん?あの時のガキってなんだ?」

 

「……え?」

 

「んんん……?おっかしいな――ああ、どうしたんだシーナ。なんか顔が青白いぞ?ちょっと休むか?」

 

 

 

ジョンは変わらず笑顔を見せた。

白い歯を覗かせて、まるで太陽のようにぼくを照らす。

 

 

その笑顔が、重なった。

 

いつかの日、ぼくを照らしてくれたあの笑顔と。

 

ジョンの手を取り、また歩き出す。

公園に背を向けて、ころころと笑った。

 

 

「んーん。大丈夫。いこっか、ジョン」

 

「おっ、そうだな」

 

 

そうだとも。

ぼくはもう間違えない。

失敗しない。

もう二度と、この人を失わない。

 

何があっても。

 

ね……だから、末永くよろしくね?

 

 

ジョン(おにいさん)

 

 

 

 

 

 

 

 

 




くぅつか

これにて完結です

正直2、3話投稿するだけの練習作品のつもりでしたがなぜか続いて、それでも完結できてよかったです!
ここまで見てくれたよいこの皆!ありがとう!
これからもあらゆるメス堕ちを、愛してね!


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