あなたに会えてよかった (珈琲月)
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イエイヌの思い
人間の皆さんが、このおうちから離れてどれほど経ったでしょうか。春には桜が舞い、夏は太陽が歌い、秋は紅葉が色づいて、冬は雪が下りてくる。そんな景色を、気が遠くなるほど目と鼻で追いながら繰り返していく。
私は、いつまでこんなことを繰り返していればいいのだろう。ご主人様の顔は、もう覚えていない。ただ、悲しそうに泣きながら私に「ごめんね。ごめんね」と抱き着いていたことと、優しい匂いを覚えている。
もう、戻ってこないんじゃないかな。お留守番はもう疲れたな。でも、ここで人を待つのが私の使命だ。
「おい。ずい分、つまらなそうな
ふと、ヒトとは違う匂いが鼻をかすめた。ヒトでなければ、敵だ。ヒトの匂いを覚えておくためにも、余計な
「いきなり威嚇かよ。私は、偶然通りすがっただけだって」
「ヒトでなければ、敵です!それ以上入ったら……」
「ヒト?ああ、かばんとか言う……」
この、青い鳥のフレンズ。何か知っているのでしょうか。
「そのかばんというヒトを、ここに連れて来てはいただけませんか?」
「そこは、自分で探しに行けよ。そいつなら、博士や助手と一緒に森の中に住んでるらしいぜ」
「私は、ここでヒトを待たなければいけないんです。それが、私の使命ですから」
「やなこったあ。どうしてもっていうなら、このロードランナー様に付いてきな」
ロードランナーというらしい青い鳥のフレンズはそう言ってため息を吐くと、地面に降り「BEEP!BEEP!」と鳴くと私を一
「それは、お前にとって楽しいことか?」
「イヌという生き物は、わざわざ自らを鎖で締め付けるらしい」
今度は、二羽の黒い鳥のフレンズだ。今日はよく、招かねざる客が来る。
「イヌならお散歩ぐらい、いいんじゃないか?」
「使命とは、やらなければならないことでやりたいことではないだろう?」
お散歩。なんだか素敵な響きだ。思わず、尻尾が揺れる。
気が付くと、私はロードランナーの匂いを追って走り出していた。帰り道、大丈夫でしょうか。とはいえ、かばんというヒトは、案外早く見つかった。セルリアンの女王の
ここで、全員が自己紹介をした。かばんというヒトと、その助手の博士のオオミミズクとその助手のオオコノハズク。そして
「これが、女王の死骸」
奥の方に、大きなマユらしきものがあった。かばんさんがピカピカする棒から光を出して照らすと、なるほどこれはセルリアンともいうべき代物が転がっていた。
「ふ化する前に、壊すよ。長い間無事だったとはいえ、これは女王の雛を宿した卵かもしれないんだ」
そう言って、かばんさんはバスという乗り物から巨大なハンマーを取り出した。あれなら確かに破壊できるだろう。だが、私の中で一つの確信があった。
「ダメです、かばんさん!この中に入っているのは、ヒトです!!」
私は、卵にしがみついてクンクンと鼻を鳴らした。間違いない。この匂いはヒトだ。
「ヒト?セルリアンの女王から、ヒトが生まれるっていうの?」
「ばかばかしいのです。でも、イエイヌの嗅覚は鋭いのです」
「サンドスターの配置によっては……、可能性はなくはないのです」
私だって、セルリアンとは何度も対峙してる。この匂いは、明らかにそれじゃない。だから自信を持って言える。かばんさんは、もう別におうちがある以上あそこに一緒に住んでもらうわけにはいかない。であるならば、ヒトと一緒に住む可能性はこの子にしかないのだ。
ただじっと無言でかばんさんを見ていたら、彼女は「分かった」と一言だけ言った。
「ここでのことは、見なかったことにするよ。イエイヌ」
かばんさんは振り返ることなくここを立ち去り、私も無事におうちに帰ることができた。それから何日かして、探偵を名乗る二人組のフレンズが尋ねてきた。もう来客については諦めている。何より、そのおかげで救いも得られたのだから。
「探し物はないですか?探しますよ」
「困っていることがあれば、お聞きします」
「では、ヒトの卵の様子を見てもらえませんか?」
あの、四角いおうちにある女王の卵。あれに、ヒトが入っているはずだ。その様子を調べてほしい。彼女らはその言葉を聞くと、喜んで四角のおうちがある方向へと走っていった。だが、私は数日後悲しい知らせを聞くことになった。
「あの卵、どうやらふ化したようです」
「中には、サンドスターしかなかったよ。ふ化する前は、確かに殻の外から生き物の匂いがしてたのよね」
「じゃあ。その中身を探してきてください。それが、ヒトです」
私は内心苛ついていたらしく、「ううう……」と二人に牙をむいて唸っていた。この二人が悪いわけではないのに。反省。
でも、彼女たちは、なんとか卵の中身であるヒトを連れて来てくれた。お礼にジャパリスティックをあげたら喜んでくれたのはいいけど、向こうの方にある妙に硬そうな棒とか板は何だろう。まあ、いいか。
それよりも……。ああ、懐かしい匂い。そう言って抱き着くもヒト(キュルルさんというらしい)は戸惑いの声を上げるだけだ。
「ぼく、おうちを探してるんだけど……あ、おうちっていうのは」
「おうちですか!では、行きましょう!」
キュルルさんをおうちに招待したら、「ここは違う」とのこと。かばんさんのように決まった家があるのではなく、場所が分からないから探してるとかなんとか。
よし、決めた。分からないなら、ここに住んでもらおう。だって、ここはもともとヒトが住んでるおうちだったわけだし、間違いじゃないと思う。多分。
そんなこんなでキュルルさんとフライングディスクで遊んでいると、キュルルさんと今まで旅をしてたというネコ科のフレンズが二人やって来た。キュルルさんによると、サーバルとカラカルというらしい。
キュルルさんの一緒に遊ぼうよという問いかけにサーバルは頷いたが、カラカルは反発しているみたいだ。急にいなくなって心配していたら、当の本人は遊んでたとくれば確かに怒るかもしれない。
挙句の果て、キュルルさんはカラカルと口げんかをしておうちへと帰っていった。これは、あの二人より私を選んだと考えていいのかな。あの探偵コンビとは後でじっくりとお話しする必要がありそうだけど、とりあえず私はサーバルとカラカルのふたりに今までの労をねぎらい、これからは私がキュルルさんを守る旨を伝えておうちに帰ることにしたのだった。
「人間の皆さんは、葉っぱにお湯をかけたものを飲んで落ち着いていたんですよ。どうぞ」
「ありがとう。大丈夫」
キュルルさん、ちっとも大丈夫に見えないのは私だけ?まあ、あれ美味しくないしなあ。――うん。こういうときは、共通の話題で盛り上がろう。ええっと……。
「カラカルさんも、私ほどではないですがヒトの
「うおおおおおおおおおおおお!!!」
「……あいつと違って」
うう……、一番来てほしくない客が来た。
でも、キュルルさんはビーストのことを知ると二人に知らせてくると外に出てしまった。ひょっとしてバカですか、あなたは。
「危ない!危険です!」
キュルルさんは森の中に入ると、すぐ見つかった。匂いを嗅ぐまでもなく、サーバルとカラカルの名前を叫びながら無警戒に歩いていたのだ。襲って欲しいと言わんばかりに。
「あの二人のことは、忘れてください!」
自分の身を優先してください。あの二人はネコ科なんだから、ビーストの叫び声がした時点でどこかに逃げてるはずだ。キュルルさんが聞こえて、あの二人が聞こえないなんてあるはずがない。どうせ今頃、一目散に自分たちの縄張りに逃げ帰っているだろう。
それよりも、今はこいつを何とかしなくては。私達の前では「ぐおお……」とビーストが唸り声をあげている。見た目はフレンズのはずなのに、中身は言葉の通じない野生動物だ。
「イエイヌさん、ここは逃げよう!」
キュルルさん、それは無理です。ここにいるのが私だけなら、必死に走れば逃げられるかもしれない。でも、それはキュルルさんを見捨てることになる。この子を見捨てられるなら、卵が壊されるのを守った意味がない。
とは言っても、私では歯が立たないようだった。地面に何度も転がされ、ボロボロになっているのに当の私は奴に爪ひとつ立てることができないのだから。
「もういいよ!イエイヌさん!」
「そうだ……。何か、ヒトの知恵は……?ひょっとして……ビーストへの対策があって、外に出たとかでは――」
「――ごめん。二人が心配だっただけで……」
ああ、何の策もないんですか?それでは、仕方ないですね。
「そうですか。では、キュルルさんだけ逃げてください。おうちに入れば、安全なはずです」
「ずい分頼りないのね。そんなんじゃ、キュルルを任せるなんてできないわ」
「うおおおおおおおおお!!」
体がふわりと浮かび、ビーストの爪が空を切った。私達を持ち上げたのは、カラカルだ。そして、サーバルがビーストと同じような気配を放つと彼女はどこかへと走り去っていった。キュルルさんは、そんなサーバルさんに全力ですごいすごいとほめたたえている。なんか、色々カナワナイなあ。
「カラカルさん、引き離すような真似をしてすみませんでした。仲間を失う悲しみは、私も知っていたはずなのに」
「え?」
私は、キュルルさんの所まで歩く。ダメだ、ここでよろめいては。
「キュルルさん」
「あ?」
「キュルルさんは、やはり自分のおうちを見つけるべきです。だから、私は一人で帰ります。そうだ、最後に言ってくれませんか?「おうちにお帰り」って」
これは、賭けだ。これをキュルルさんがためらわずに私に言ったら、全てを諦めよう。
「おうちにお帰り」
キュルルさんは、確かにそう言った。この子の目に、私は映ってない。これから私はおうちに帰って泥を落とし、貯めてあるじゃぱりまんを食べて傷をいやしながらまた
「ありがとう!!」
私はできるだけ笑顔でこの子に礼を言うと、おうちに駆け出した。歩くより走る方が得意だ。だって、イヌだもの。後ろからサーバルとカラカルに礼を言うあの子の言葉が耳に入ってくる。あの子はやはり、私に感謝してはいないんだな。そんな思いが、私の脚をのめさせる。その時、両腕がふわりと持ち上げられた。
「お前は、それで満足か?」
「これをやろう。あいつが、戻ってくるかもしれんぞ」
そう言って、いつかの黒い鳥のフレンズが私に見慣れないものを渡してきた。板とも違う。紙をたくさん重ねたものだ。
「あいつが、自分のおうちを探すために使っていたものだ」
「お前があの時、女王のマユを壊すのを止めなければなくなっていたものだ。好きにするがいい」
ということは、これはあの子の持ち物か。なら、答えはもう決まっている。
「あの子に、返してあげてください」
「正気か?何故、そこまであいつに尽くす?」
「あの子は、関係ありません。これを感情的にボロボロにしたら、私はきっと私を許さないでしょう」
「――そうか」
二羽の黒い鳥のフレンズはそう言ってにやりと笑うと、私を地面に下ろし二人で旋回しながら空へと浮かんでいく。ちゃんと返してくれるといいけど。
「ありがとう!!カラスのフレンズさんたち!!」
「カタカケフウチョウだ!!」
「カンザシフウチョウだ!!」
それは、失礼しました。
夜になり、日が昇って、また夜になり、日が中天に昇ったころかばんさんが尋ねてきた。なんだか懐かしい感じもする。
「ようこそ、かばんさん。葉っぱにお湯をいれたやつを作るので、待っててもらっていいですか?」
「あなた、お茶を淹れられるの?」
「お茶?」
聞いた覚えがあるような、ないような?思わず首を傾げると、かばんさんは困った顔を一瞬浮かべたがそれは後でいいと言い出した。急ぎの用があるのだという。
「イエイヌ、一緒にホテルに来て欲しいの。キュルルの描いた絵からセルリアンが出ることが分かって、それに対応するために来て欲しいんだ。あの子たちのピンチで……。あー、キュルルっていうのはあの卵からふ化した子で……」
あの子がセルリアンを?ということはやっぱり、ヒトでありながら女王の雛でもあるってことか。心配じゃない。気にならないと言ったら嘘になる。でも、私の答えはもう決まっていた。
「すみません、かばんさん。私は、このおうちでヒトを待つ使命があるので行けません」
「それなら、ラッキービーストにお留守番を……」
「もう決めたことなんです。あの子には、もう会わないって。キュルルさんに会ったら、ここには決して来ないよう伝えてもらえますか?」
私たちは、あの時のように再び見つめ合うとかばんさんはため息をついた。
「キュルルに、ひどい目にあわされたとかじゃないんだね」
「はい。それは全く」
むしろ、ひどい目に合わせたのはこちらの方だ。かばんさんが乗って来たのであろうトラクターの方に目をやると、探偵コンビが慌てて丸まっていた。
「探偵さん二人には、後でお話があります。無事に帰ってきたら、おうちに来て下さいね」
「「は、はい!!」」
「こいつら、どこでも問題を起こしてるのか……」
私は、かばんさんを見送っておうちに戻り金庫を開けると中に入っていた紙の束を取り出した。文字の意味は分からないが、これを見ているとなんだか温かい気持ちになれる。あの子にすら見せなかった、私の宝物だ。
「お?」
そう言えば、この紙はなんだろう。丁寧に4つにおられている紙を開くと、そこにはあの子たちや人間の皆さんが笑顔で描かれている絵が描いてあった。
「素敵な絵」
そこには私も描かれているが、記憶にない。きっと別個体だろう。これを冷静にみられる私は、きっと前進したんだと思う。何からかって?さあ。
余談として、次の日から博士と助手にお茶の木の栽培方法やらお茶の淹れ方やらを厳しくレッスンされることになるのだがそれは別の話。
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サーバルの想い
・キュルルが、海に落ちてない。
・かばんさんが、3人をいいチームだと言ってない。
・キュルルの本名が、作者のオリジナル。
いつも、何かが足りない気がしていた。ヒトと一緒に冒険していた記憶がある。それかな?分かんないけど、キュルルちゃんという子のおうちを探そうと持ち掛けたのも失った何かを探すいい機会だという下心もあったのかもしれない。
ジャングルに行ったとき、ビーストという
「セルリアンに食べられたフレンズは、記憶をなくしてしまうのです」
「それは、寂しいね」
「そうだね」
難しいことは分からない。私にできることは、元気にはしゃぐことだけだ。でも、キュルルちゃんを例のふたりにさらわれたときは、頑張って頭を使ってカラカルにアドバイスした。ケンカぐらいでキュルルちゃんを見限られたら、私はどうやってあの子から離れればいいのか分からなくなる。
「もし、僕のおうちなんて本当は無かったら僕はどこに行けばいいんだろう?」
「大丈夫。なかったら探せないよ。でも探してるんだから、きっと見つかるよ」
「サーバルと話してたら分かんなくなっちゃったよ」
去っていくキュルルちゃんの背中を見ながら、私はある決心を固めていた。
「僕のおうちは、見つかったよ。思ってたのとは違うけど、いいんだ。温かくて優しくて――そんな素敵な皆がいるここが、僕のおうちだったんだ」
キュルルちゃんのおうちが見つかったら、私はキュルルちゃんのもとを去ろうという決意を。
「サーバル、ここにいたんだね。ちょっと聞きたいんだけど、ビーストがどこに行ったか知らない?」
キュルルちゃんにどう別れを切り出そうか考えていると、かばんがやって来た。いいタイミングなのか悪いそれなのか分からないなあ。――え?ビースト。
「一番最後に、ホテルを出たのはサーバルだよね。あの子を見てない?」
「がれきの向こうに消えたけど、逃げたかどうかは分からない」
「そう……。じゃあ、一緒に来てくれないかな。もし、ビーストが埋まっていたらガレキを持ち上げてもらいたいんだ」
「うん、わかったよ」
確かにあの子は色んな所で暴れてたけど、あの重そうな石の下でつぶされてるかもしれないのはさすがに可哀そうだ。
またあのボートに乗り、大量のセルリアンとの戦いで壊れたホテルの上で鼻を鳴らす。潮風が邪魔だけど、血の匂いは独特だ。間違いない。彼女は、ここにいる。
「やっぱり、あの子は死を選んだのね」
かばんの視線の先には、大量の血が流れている。きっと、あの子の血だ。大きな板を持ち上げようとするも重すぎて、博士と助手と私だけじゃ少しだけ持ち上げるのがやっとでどかせない。
「ちゃんと人数分あるから、これを入れてこの棒の端を下に押してみて。それで、このヘリポートは持ち上がるはずだから」
かばんは、丸い玉を下のがれきと棒の間に挟んでそう言った。よく分からないけど、これで持ち上がるなら試してみよう。
「じゃあ。せーので、持ち上げるよ。……せーの!!」
4人同時に棒を下に下げるとヘリポートというらしい大きな板に挟んでいた向こう端が大きく上がり、ヘリポートは斜めになって半分近くが海に沈んだのだった。
「ビースト!!」
日の光を浴びたからか、ビーストはホッとしたような笑顔を見せたかと思うとサンドスターを大量にはじき出して虎の死体になったのだった。
「この子は、アムールトラだね。今、海には大量のサンドスターが入っているから海に投げればフレンズになれるかもしれないよ」
ラッキービーストは、そんなことを言った。この子なりに、ビーストの死を悼んでいるのかもしれない。
「ごめんなさい。私……」
「サーバル。ビーストは、あなたに助けを求めていたのかな?」
私は、かばんの問いに首を横に振る。あのときビーストは、この子は、振り向くことすらしなかった。
もしかして、こうなることを望んでいたの?ビースト。かばんは、この子を海にビーストを流そうと言った。この子は、本当はみんなと仲良くしたかったかもしれない。そうであってほしいだけかもしれないけどねと自分に言い聞かせている姿が私に何かを思い起こさせた。
かばんが……かばんちゃんが……昔、私と旅をしていたフレンズなのかもしれない。
「いいよ。でもその代わり、かばんのことをかばんちゃんって呼んでもいい?」
「え?……ええ!?」
「私のことも、サーバルちゃんって呼んで欲しいな」
「――サーバル……ちゃん」
泣きそうな、嬉しそうな笑顔でそう言ってくれた。何だ、この可愛い生き物。思わずかばんちゃんに抱き着こうとしたその時、ビービーとラッキービーストが変な鳴き声を上げた。
「危険!危険!人間に、危機が迫っています!水難事故!水難事故を感知」
このラッキービースト、私がかばんちゃんを食べると思ってない?でも、スイナンジコって……?
「うぱ!?ぶふっ!?誰か……タス!?」
ここから浜辺に近い少し離れた場所で、誰かが溺れてるのが見えた。
「サーバル……ちゃん!助けに行こう!」
「うん!!」
船に乗って虎の死体をふたりで海へと投げると、かばんちゃんが長い棒に捕まらせて私がその子を持ち上げた。その子は、ぱっと見た感じキュルルちゃんの様に見える。でも、あの子とは違って前髪が長いし毛皮の模様も違う。誰だろう。
浜辺に挙がり、キュルルちゃんにこの子のことを知らないか聞いても知らないとのこと。でも、キュルルちゃんと同じ帽子をかぶってるよね、この子。
「こいつ、キュルルと同じ帽子をかぶってるけど……あんたは、帽子どうしたの?」
「風で飛ばされちゃって……」
それを聞いてか、キュルルちゃんみたいな子は帽子を脱ぐとそれをぎゅっと絞った。海の水がぼたぼたと垂れていく。
「これ、あなたのじゃないんですか?」
「私もそう思う。多分、キュルルの帽子に付いていた髪の毛がサンドスターに触れてこの子になったんだよ。ガレキより浜辺に近いところにヒトがいたら、私が気づくはずだし」
「キュルルちゃんのフレンズってこと?」
帽子を外したキュルルちゃんのフレンズは、帽子の裏側を見てから「はい。トモエユウキさん」とキュルルちゃんにそれを渡し、キュルルちゃんは「え?」という表情をしてそれの裏側を見ると「ああ!!」と声を上げた。
「本当だ!!マジックで、トモエユウキって書いてある!!」
「ええ!?なんで、確認しなかったのよ?」
「ああ。そう言えば、キュルルぐらいの子の持ち物なら自分の名前が書いてあるよね」
かばんちゃん、気づこうよ。
「じゃあ。これからキュルルのことは、トモエとかユウキって呼べばいいのかな?」
「はんたーい。今更変えられても、違和感しかないわよ。ねえ、サーバル」
「――キュルルちゃんは、どうしたいの?」
キュルルちゃんは、「あなたは何ていう名前なんですか?」とキュルルちゃんのフレンズに聞くと、「分かりません」と返ってきた。当然だ。かばんちゃんの予想通りなら、この子は生まれたばかりのフレンズなんだから。
「じゃあ。君が、トモエユウキの名前を使ってよ。僕はキュルルという名前と一緒にサーバルやカラカルと旅をして、皆と仲良くなったんだ。だから、僕はキュルルがいい」
そっか。キュルルちゃんは、そこまでのことを考えられるようになったんだ。じゃあ、私がキュルルちゃんに別れを告げる言葉はあれしかないよね。
「かばん。そろそろ、空が暗くなってきたのです。今日の所はみんなをイエイヌが管理しているおうちで休ませて、日が昇ったらそれぞれの縄張りに帰すのです。あそこなら、夜露も防げるので」
「そうだね。あ、でもキュルルは二度と来ないでくれってイエイヌに伝言を預かってるんだよね」
博士とかばんちゃんの会話に、キュルルちゃんは「ええ!?」と驚きの声を上げたが、カラカルは「ああやっぱり」と声にこそ出してはいないけど、納得しているように見える。
「じゃあ。私たちは、別の場所に移動することにするわ。行きましょう。キュルル、サーバル」
「ちょっと待ってよ。意味が分からないよ」
そうだよね。キュルルちゃんは、言われた通りにしただけだもんね。
「かばんちゃん。私、かばんちゃんと一緒に暮らしたい。いいかな?」
「え?」
『ええーっ!!』
私の言葉を聞いて、浜辺にいたフレンズたちが一斉に驚きの声を上げた。
「サーバル!!お前、記憶が戻ったのですか!?」
「博士。記憶……は分からないけど、かばんちゃんと一緒にいれば何か私に足りないものが分かるかなあって」
「お前、ヒトの手下ちゃうんか!?いや、かばんもヒトやけど……」
「クロヒョウ。私は、手下じゃないよ」
「分かったぞ!!お前だけ、絵に描かれなかったんだな!?あれ、地味に凹むんだよ」
「描かれなかったんだ、ロードランナー。……でも、違うよ。キュルルちゃんがおうちを見つけたらお別れしようって、決めてたんだ」
「本気……なの?」
「うん。だから、かばんちゃん。私、かばんちゃんと一緒にいてもいい?」
かばんちゃんは、涙を流しながら私を抱きしめると「いいよ。それがサーバルちゃんの選択なら……ううん、違う。ぼくも、サーバルちゃんと一緒にいたい」と言ってくれた。
そのぬくもりが、匂いが、声が……なんだかすごく懐かしくて。私も、知らず知らずに涙を流していた。
「サーバル。僕のおうち……まだ、見つかってないよ。僕にとってのおうちは、サーバルとカラカルの3人で旅をすることだから」
「それって、私だけじゃ物足りないってこと?」
「違うよ!僕は……」
ああ、やっぱり言わないとダメか。
「キュルルちゃん。もう決めたことだから。キュルルちゃんよりかばんちゃんといたいって、わかっちゃったから……。大丈夫、同じ島にいるんだから会いたくなったらいつだって会えるよ。だから、今は言ってくれないかな?……おうちにお帰りって」
キュルルちゃんは、はっと息をのんだ。今なら、イエイヌの気持ちが分かる。この言葉は、お互いに踏ん切りをつけるための言葉だったんだ。
「おうちに、お帰り」
キュルルちゃんはそう言うと、一目散にどこかへと走っていった。
「サーバル。本気なのね」
「うん。キュルルちゃんを、よろしくね」
招き猫ぐーをする私の顔をじっと見ていたカラカルはふっとため息を吐くと、「分かった」と招き猫ぐーを返してキュルルを追いかけていった。
「わたくしも、キュルルさんを追いかけますわ。仲間、ですから」
リョコウバトも、キュルルちゃんを飛びながら追いかけていった。うん。あれなら、きっと大丈夫。キュルルちゃんは、強い子だもん。きっと、わかってくれるよ。
この後、皆でイエイヌのおうちに行き「何ですか!?このフレン
「茶葉を分けるので、お前も日が昇ったら研究所に来るのです」
「その辺の葉っぱには、毒があるものもあるので危険なのです」
「じゃあ、私と一緒にお茶の勉強しようよ。イエイヌさん」
「ありがとうございます。トモエユウキさん」
私たちは出会いと別れを繰り返し、今日を生きていくのだろう。私とかばんちゃんは、窓の向こうにある空に浮かぶ月を見ていた。
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アムールトラの想い
ここは、海だ。それは分かる。でも、どうして私はここにいるのだろう。何かを追いかけていたような気もするが、よく分からない。とにかく、泳ぐのも疲れてきたし陸にあがろうか。
砂のあるところまで来ると、毛皮にまとわりついている海の水をぶるるッと降り払う。うまくできなかったか。まあいい。歩いていれば、そのうち乾くだろう。近くでハッと息をのむ声がしてそちらを見ると、知らない誰かが二人ほど海の方へと泳いでいった。
何かあったのだろうか。とは言え、変に追いかけても面倒なことになるだけな気もする。気を取り直して適当に歩いていると、何やらいい匂いのするものをたくさん頭に乗せた青いのが近くに来た。
腹も減ってるし、少し分けてもらおう。
「一つ、もらってもいいか?」
返事がない。とは言え、去る様子もないということは好きにしろということだろう。一つ手に取ると、そいつは無言で去っていった。――うまいな、これ。一つと言ったのは、失敗だったかもしれん。
それでも十分腹は膨れたのでまた歩き出すと、つるつるした木がたくさん生えているところに出た。よく分からんが、落ち着く場所だな。中に入ってしばらく歩き続ける内に、なんだか眠くなってきた。開けた場所に出ると、そこに白黒の誰かが気持ちよさそうに寝ているじゃないか。
もう限界だ。今はゆっくりと、寝させてもらうとしようか。
「セルリアンと一緒に寝てた時はどうしようかと思ったけど、これは本当にどうしよう」
どれ位経ったのか、知らない声がする。困っているようだ。やはり、勝手に寝てはいけなかったのか?目を覚ますと、横で寝ている白黒の他に赤茶けたのがいる。
「ここは、君たちの縄張りか?」
「うわあああああ!!!しゃべったあああああああ!!!」
「んー……。誰え?」
それは、私が知りたいんだがな。気が付くと海にいて、右も左も分からないのだというと先ほど起きた白黒は「フレンズになったばかりの子かなあ」と目をこすりながら言ってきた。
「ジャイアントパンダちゃん。フレンズっていうか、この子はビーストじゃないの?」
赤茶けたのは、そう言いながら警戒した声を発している。やはり、私がおびえられているのか。フレンズ?ビースト?どういう意味なんだろう。
「よく分かんないけど、喋られるんだから違うと思うよお」
「まあ、そうかもね。私はレッサー……じゃなかった。レッドパンダだよ。で、この子はジャイアントパンダちゃん」
赤茶けたのは、レッドパンダというらしい。彼女によると、フレンズっていうのはサンドスターを浴びてヒト化した個体で、ビーストは肉体がヒト化しても心は野生動物のままの個体なのだそう。問題は、私と同じ虎がビーストとして暴れていたのだとか。なるほど、そりゃあ逃げるわ。
「あなたは、虎だと思うけどお……。詳しいことは博士か、この辺では一番長生きのイエイヌに聞いた方がいいんじゃないかなあ」
「でも、このまま歩いていてもビーストと間違われるんじゃない?」
「うーん。――そうだあ。私に、いい考えがあるの」
ジャイアントパンダのいい考えとは、かごというものを背負うことだった。そこには、たくさんの竹とかいうつるつるした木が数本入っている。
「これで大丈夫。竹を背負って歩くビーストなんて、いるわけないもの」
「もう。キュルルさんに感化されちゃって。ああ、そうだ。キュルルさんに会ったら、また遊びに来てくださいって伝えておいてもらえますか?」
「私からもー、お願いするねえ」
私はそれに分かったと頷くと、ジャイアントパンダに博士のいる
「とりあえず、世話になった。またいつか、遊びに来てもいいか?」
「うん。友達は、大歓迎ー」
「一緒に遊べるなら友達です。また会いましょう」
竹林を抜けて歩いても、怖がられている視線は感じない。どちらかというと、困惑されている気配があるがまあいい。ちょうど正面から3人のフレンズが来ているし、彼女たちに尋ねるとしよう。
「君たち、ちょっといいか?」
「うわっ。しゃべった」
「喋ったということは、アムールトラのフレンズということでよろしいのかしら」
アムールトラ?それが、私の名前か?ということは、この鳥のフレンズが博士なのだろうか。
「いや。私は目覚めたばかりで、自分が何者か分からんのだ。そこで、博士かイエイヌに私のことを尋ねにいくところなんだが、君が博士か?」
「いいえ。私は、リョコウバトですわ。名前の通り色んな場所を旅していますので、様々なフレンズの名前を知っているんです」
「そういうことか」
取りあえず、ひょんなことから自分がアムールトラのフレンズと分かったがこれからどうしようか。竹林に戻ってもいいが。
「あの……、ビーストさん」
青いフレンズは、私をビーストだと思っているらしい。ここは、訂正した方がいいだろう。
「私は一応、アムールトラのフレンズらしいぞ」
「ごめんなさい。アムールトラさん、イエイヌさんの所に行くんですか?」
青いフレンズは、イエイヌに二度と来るなと言われたらしい。でも、どうしてそんなことを言ったのか分からず、悪いことをしたなら謝りたいから付いて来て欲しいとのことだ。
「イエイヌって、ひょっとして気難しいのか?」
パンダたちによると、イエイヌは一番長生きとか言っていたしその可能性はあるだろう。もし、イエイヌが意地悪そうな老婆とかだと会話が面倒になる恐れもあるな。
「そうじゃないわ。だけど、イエイヌに二度と来るなと言われた挙句に一緒に旅をしていたサーバルから別れを告げられてしょんぼりしてるのよ。この子」
カラカルと名乗ったピンクのフレンズは、そう言ってため息をついた。それと、青いフレンズはキュルルというらしい。なんだろう、何かが引っかかる。――ああ、そうか。こいつが、パンダたちの言っていたキュルルだな。
ちなみに、サーバルとは何者か聞くとジャンプ力が凄くて強い「すっごーい」が口癖のフレンズなんだとか。その子は、他に一緒にいたいフレンズができたのでキュルル達と別れたのだそう。それなら、仕方ないな。会いに行くなら、理由の分からない方を優先するべきだろう。
「分かった。一緒にイエイヌの所に行こうか」
「……うん!」
先ほどまで浮かない顔をしていたキュルルが、ようやく笑顔を見せてくれたところで私たちはイエイヌの家に向かうことにした。
「それで。なんであんた、竹なんかを背負ってるのよ?」
「ジャイアントパンダに、これを背負えばビーストと思われないと言われてな」
「ああ。確かに、そうですわね」
そうそう、忘れる前に伝えておかないとな。
「キュルル。パンダたちが、また遊びに来いと言っていたぞ」
「うん、ありがとう。でも今は、イエイヌさんを優先したい。そっか、伝言って悲しいことばかりじゃないんだよね」
「――?そうだな」
そんな話をしていると、イエイヌのおうちとやらに到着した。とはいえ、会いに来るなと言っていたのは本当のようで、こちらを見る彼女の目は歓迎しているとはとても言い難いものだ。
「そういえば、あなたには来るなと言ってませんでしたね。無理な話ですけど」
「私……。いや、違うな。ビーストがらみの話か」
「――あなた……」
一瞬の沈黙の後、彼女の横で円盤を持っていたキュルルに似たフレンズがそれを破った。
「イエイヌさん。かばんさんからもらったキノコ茶、淹れる?」
「そうですね、長い話になるかもしれませんし。……って、トモエさん。お茶は、私が淹れますう」
てっきり門前払いを食うかと思いきや、イエイヌはあっさりと一つの建物の中に私たちを入れてくれた。トモエというらしいキュルルに似たフレンズは私の横に座ると、一緒にお茶とやらを飲みだした。イエイヌに名前を呼ばれている彼女が飲んでいる物なら、口にしても平気だろう。
うん、うまい。キノコの風味がよいアクセントになっている。
「二度と来るなと言えば、キュルルさんはこちらに来ないかと思いました」
「だから、なんでそんなことを言ったのよ」
「未練を断つためです」
彼女は気の遠くなる時間、ご主人様とやらを待ち続けているらしい。そのうち、ヒトそのものを求めるようになっていた。そんな中、初めて会ったヒトがかばんというヒトのフレンズだったそうだ。だが、彼女は既に自分のおうちを手に入れていて、パークガイドとして博士や助手と一緒にパークの保全に努めていたのだそう。
「さすがに、ヒトの居場所を奪ってまで一緒にいてもらおうとは思っていません」
「そうか」
そして、次に会ったのがキュルル。キュルルはおうちの場所を探していて、二人のフレンズを護衛にパーク内を
「キュルルさんは、かばんさんと違ってひとりだし、どこに行けばいいのかもよく分かってないみたいだからいっそのことうちで暮らしてもらおうと思ったわけです」
「よく分からんが、カラカルとリョコウバトはキュルルの仲間だと思わなかったのか?」
「カラカルさんとサーバルさんは、後から仲間だと分かりました。でも、リョコウバトさんは初めましてですね」
「そうですね。初めまして、イエイヌさん。ただ、今はサーバルさんに触れないでもらえるとありがたいですわ」
「……?分かりました」
別れを告げられたばかりだという話だし、それが賢明だろう。話を戻すと、ビーストの
「キュルルさんは、
「あの……!!僕は、その……。イエイヌさんと、仲良くしたいです」
自分を守って傷だらけになった相手を、そいつに頼まれたからって理由で
「無理しなくてもいいですよ。ここにいる誰も、あなたを責めたりしません。あの時も言いましたが、キュルルさんは私のことなんか気にせずに自分のおうちを見つけるべきです」
「違うよ!!……見つけたんだ!みんなのいるここが、僕のおうちだって。僕は、僕は、みんなが大好きだから!!」
キュルルが、そう叫びながら頭を下げてくれて助かった。私が思考するよりも先に自分の座っていた椅子を足で払い、キュルルの頭上に拳を打ち抜いていたからだ。この子が頭を下げなかったら確実に殴り飛ばしていた。
「アムールトラ……さん?」
「すまない。頭より先に体が動いていた」
「あんた!!やっぱり、ビーストなんじゃないの!?」
私の脳裏に、白い毛皮の見知らぬフレンズやキュルルの姿がフラッシュバックした。共通しているのは、獣の耳も蛇のフードも尻尾もないフレンズというだけだ。
「分からない。ただ、キュルルに大好きと言われたときにあるのは……怒りだけだった。どうしてかは、分からない」
「大好きと言われて怒るって、どういう……」
イエイヌはじっとそんな私を見ていたが、静かに語りかけるように言った。
「アムールトラ。あなたは、かばんさんに会うべきだと思います。彼女は、このパークについていろいろな研究をしていますから。だからこそ、キュルルさんの卵を見つけたわけですし。ビーストについても、調べがついているはずです」
そんなイエイヌの言葉に驚きの声を上げたのは、キュルルとカラカルだった。
「「僕(キュルル)の卵お!?」」
確かに、気になるな。行ってみるか。
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