魔王バラモスは逃げ出した! (黄金の鮭)
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バラモスよ、今は逃げる時だ

 この二次創作小説には、ドラゴンクエストシリーズに関しての大きなネタバレや、主にバラモスのキャラ崩壊が含まれています。ご注意ください。


「──もはや ふたたび いきかえらぬよう そなたらの はらわたを くらいつくしてくれるわっ!」

 

 (わし)が一晩くらいかけて考えた、勇者共と戦う前に使う予定の台詞。実際の階級は魔王だが、大魔王と名乗って威圧することがポイントだ。

 しかし、残念なことにこの台詞を使う機会は訪れないかもしれない。勇者共は現在ネクロゴンドの洞窟にいるそうだが、その勇者共が兎に角強い。

 アリアハンとかいう田舎に勇者を名乗る者が現れたという情報は、すぐに儂の耳にも届いた。前のオルテガという勇者はここに来ることなく死んだとの報告を受けたため、どうせ大したことないと暫く放っておいたのが間違いだった。

 

 奴らはアリアハンの魔物という魔物を狩りつくし、奴の仲間が高度な呪文である(儂でも覚えてない)鍵開けの呪文を習得したとの報告を受けた際には、玉座から転げ落ちそうになってしまっ

た。儂が各地に配置した屈強な魔物たちも無慈悲にも討伐されたとのこと。

 

 どれだけ勇者がヤバいかの話は置いておいて、今度は儂についての説明もさせてもらおう。魔物を統べる王、魔王たる存在がこの儂バラモスである。自分で言うのは何だが、この地位に立ってい

ることは必然であると自負している。

 イオナズンやメラゾーマといった最上級の呪文を操り、メダパニやバシルーラといった補助呪文を習得し、物理攻撃力も悪くない。まあ、それだけ強くても真の魔王であるゾーマ様には敵わない

が、上の世界では一番強いと言っても過言ではないだろう。

 

 そう、儂は()()()()()()()()()()()は、上の世界で一番強かった。各地に魔物を派遣し同時進行で侵略を開始し、上の世界全域に魔王バラモスの名前が届くことにそう時間はかからなかった。

 儂の手腕は確かにゾーマ様にも評価され、バラモス城周辺に住む魔物も儂に忠誠を誓ってくれていた。魔物の侵略を退けそうと人間が反乱を起こすことは多々あったが、武力に関してはこちらが

圧倒的に有利、鎮圧することは簡単だった。

 

 あの勇者が現れてからといったら、状況は最悪と言ってもいいだろう。アリアハンで奴らを食い止めることが出来なかったのが最大の失敗だった。

 これに関しては儂にも責任があるのだが、詳細は後述させてもらう。奴らは魔物という魔物を討伐しどんどん経験を積み、各地の混乱を解決しオーブを集め始めている。

 報告によれば残りのオーブは1つ、おそらくシルバーオーブだけのはずだが、経験を積んだ奴らは簡単に入手するだろう。

 

 そうなってしまっては上の世界は一巻の終わりだ。儂は勇者共に倒され、魔王を失った魔物たちは秩序を失い、人間と立場が逆転してしまうだろう。

 こんな事は本人の前では口が裂けても言えないが、闇の衣を纏うゾーマ様でも勝てるかどうかは怪しいと考えている。勿論闇の衣を剥がされてしまえばそれまでだが、奴らなら闇の衣があっても討伐しかねない強さを持っているのだ。

 

 先ほど話した、アリアハンで勇者を止められなかった責任が儂にある、との話だが、これは儂の予想が大きく外れたからである。魔王軍は完全な縦社会、魔王城の近くに住む魔物は大きく二つに

分けられ、これのどちらかに当てはまらないものは生き残ることができない。

 

 一つは知恵のある者。魔法が使えるだとかそういう類では無く、単純に生き残る知恵が優れているかどうかだ。魔王軍に忠誠を誓いつつ、人間とも魔物とも戦うことなく過ごすことができる魔物

は当然ながら生き残る。最も、それが出来る魔物は数少ないが。

 もう一つは力のある者。こちらの方がもっと単純だろう。人間とも魔物とも争っても勝利し、生き抜ける魔物。彼らは知恵がなくとも他の種族より優れた魔法や力を振るい、他の種族を下すこと

で生き残ってきた、ある意味魔物らしい種族。知恵がなく力だけはある魔物といえば、トロルあたりが有名だろうか。

 

 そうなれば当然、魔王城に近ければ近いほど魔物は強くなり、離れれば離れるほどに魔物たちの社会性が薄れ、生き残るためのハードルが低くなっていく。

 人間にも勝てないような魔物も数多くいるが、繁殖力が上回っているのか数を減らすことはない。

 そして、最も種が生き残るハードルが低かったのがアリアハンだ。あの水色のプルプルした生き物、スライムが生息していることが何よりもの証拠だろう。人間に多少討伐されても、どこから生

まれているのか不思議と数を減らすことはない。中には人間と仲良くなる魔物もいるが、それに関しては儂は特に思うことは無い。魔物にもそういう生き方があるものだと考えている。

 

 アリアハンから勇者が生まれたなら、アリアハンに強い魔物を派遣すればいいと考える者も数多くいるだろう。実際、儂の軍でもそういった意見を持つものは多くいた。

 結果的にはそれが正解だったのだが、儂からするとこれはいただけないものがある。それは、先ほど話した魔物の社会が破壊されてしまう点だ。

 屈強な魔物をアリアハンに派遣すれば、勇者はおろか大陸までもが魔物のものになるだろう。しかし、儂にはそういったことはできなかった。街を滅ぼした魔物がどうするかの想像は安易にでき

る。

 実績を盾にアリアハンへの異動を儂に提案し、大陸を自身の種族のものにする。その際には、邪魔になった力を持たない魔物は一方的に虐殺される可能性も多いにあると考えている。

 

 元々儂はゾーマ様の部下、従わなければ生きていくことは出来なかった。知能と実力を評価され上の世界の侵略を任されたはいいものの、儂からすればそういった決まりだとか社会から解放され

て、自由にのんびりと暮らしたかった。もう結構な歳だし。

 とはいえ従わなければ処刑されてしまうため、極力早く、犠牲が出ないように魔物を派遣したと自分でも考えている。世界征服を素早く進めた背景には、極力犠牲が出ないようやまたのおろち

に生け贄を捧げる制度を提案したり、特に凶悪だったボストロールにサマンオサを差し出し、王政を行わせ極力殺人を行わせないようにしたり(これは全くと言っていいほど効果が無かった)、メタルな魔物には極力人間の前にはれないように、出会ったらすぐに逃げるように指示をしたりした。

 全ての魔物が共存して生きていくために人里から離れた山脈地帯に城を建て、魔王を守る軍である魔王軍を結成し、他の種族に大きな影響を及ぼす魔物を呼び込むことに成功した。癖の強い魔物

ばかりだが、何とか全ての魔物が共存していく環境が整ったかのように思えた。

 

 だが、それは全て勇者という者の出現によって打ち砕かれた。儂からしても性根が腐っているんじゃないかと思う魔物も勿論いるし、積極的に人間を攻撃するような魔物もいる。分かってはいた

 が、関係のない魔物まで倒されてしまうのは結構辛いものがある。奴の出現により、魔物の中でも魔王を支持するものと支持しないものにはっきりと分かれ、魔物間でも争いが起こる始末。

 こんなことになるなら、アリアハンに住む弱い魔物が滅んでも勇者を止めるべきだったかと悩まない日は無い。何が魔物のためで、何が魔物のためにならないのかを常に考えてきたが、窮地に立

たされていることを実感している。

 

 儂自身、勇者を恨んでいないと言えば嘘になる。奴が儂の城に近づくごとに多くの魔物が減り、儂の立場も危うくなっていることも事実だ。

 だが、人間にも人間なりの言い分があることは分かっている。多分魔王を討伐できなければ死刑ということは無いだろうが、黙って侵略されるわけにもいかないのだろう。

 こうして愚痴を話している間にも、勇者一行はこちらに刻一刻と迫っている。玉座に座り込みどうしたものかと考えていたら、部下の魔物が現状の報告に現れた。勇者はもうすぐ近くに来ている

のだろうか。

 

「バラモス様! ゾーマ様より伝言が届いております!」

「……ゾーマ様から儂に伝言? 申してみよ」

「はっ! バラモス様は早急にアレフガルドに向かえとのことです! 重要な話があるそうですが……」

 

 おっとゾーマ様に呼び出された。緊急の連絡なら魔法ですぐに行えるはずだが、部下から伝えられるというのは珍しい。報告に訪れた魔物は確かにゾーマ様のお言葉を聞いてきたらしい。儂の予

想ではあるが、話の内容にはおおよそ見当が付く。

 ずばり、この度の数々の不祥事を身をもって償わなければならないだろう。本人の前では凍える吹雪を吐かれても、凍てつく波動を受けても言えないが、ゾーマ様はいわゆるパワハラ上司という

やつだ。本人は魔物の中でもカリスマ的存在だが、儂は何人も同じ職場の魔物が処刑されるのを見てきている。

 

 部下に対しての暴言といったものは一切ないが(これに関しては儂の弟やキングヒドラの方が多いらしい)、とにかく失敗を許さない魔物なのだ。

 儂たち魔王軍は、失敗すればすぐに処刑されるようなブラックな軍。部下のことを部下だと考えていないのではと思うほどに、ゾーマ様は誰に対しても冷酷で、残忍なのである。

 

「あー、もう今日は帰っていいよ。儂は今からアレフガルドに行ってくるから、あとは適当にやっててくれ。多分儂二度と帰ってこないと思うし」

 

 欲を言うようだが、正直に言ってもう少し生きたかった。儂は部下に帰るよう伝えて、玉座から重い腰を上げてギアガの大穴へと向かう準備をする。先ほどの部下は今では珍しく儂に味方をする

貴重な魔物だが、今の儂に出来るのはせいぜい勇者に倒されないように祈ることだけだ。

 

「結局勇者を犠牲を出してでも倒すのが正解だったのか……儂には何が正解か分からんな」

 

 思わず独り言を話してしまう。こうなったのは仕方がないと自分に言い聞かせるしかない。人間の反感を買うことは絶対に分かっていたが、様々な魔物が生きていける世の中にしたいとの考えは

儂のわがままだったらしい。

 遺書を書こうか迷ったが、儂をそれほど支持する魔物もいないし、遺産なんて物は無いに等しいため、さっさとアレフガルドに行くことに決めた。

 ルーラを使ってもよかったが、歩いてもそれほど時間がかからないため、最後の景色をゆっくりと楽しませてもらおう。

 

「ついにバラモス様が処刑されるのか……勇者にいつ倒されるんだと思ってたが、ゾーマ様に処刑されるなんて滑稽だな」

「取るに足らない魔物共を優先した結果だろ。俺たちみたいな優秀な魔物を放って、全ての魔物が生きていける世の中にしたいだとか、出来るわけがないよな」

 

 こいつら、儂にわざと聞こえるように喋っているな。じごくのきしもエビルマージも確かに優秀だが、儂のやる事は気に入らなかったらしく、ここ最近は種族全体が反バラモスを掲げ、儂をすぐ

に魔王の座から引きずり下ろすように儂の行動をバラモスブロスやキングヒドラに報告していた。

 儂の処刑が決まったというのは一瞬で城の中に広がり、歩くだけでひそひそと城内の魔物の会話が耳に入る。部下からの信用を失うのは辛いが、どうせもうすぐ殺される身、そのうち気にならな

くなる……と、思いたい。実際今も辛いのだ。

 

 どうせ処刑されるならこいつらを数匹ぶっ飛ばしてもいいが、そんなことをしてしまえば今度は儂の悪評が世界中に広がりかねない。そもそも全ての魔物が生きていける世の中を自分から壊すようなことは絶対にしないが。

 ぼちぼち城の外まで歩き、適当にギアガの大穴へ向かおうかと思ったが、儂への悪口が結構心にきたのでルーラで飛ぶことにする。道中も儂に対しての悪口を聞いていたくないし。

 

 

 

 天井があるためどの道城の中では使えなかったが、一瞬でギアガの大穴まで辿りついた。便利な呪文だと常々思っていたが、もうルーラを使うことが無いのことが残念でならない。

 ギアガの大穴にはいつも2人の兵士が立っていて、人間が飛び込むのを防止している。儂としては別に魔物を攻撃するわけでもないし、勝手に穴に落ちて儂や魔物のせいにされてしまっては困る

ため、彼らには密かに感謝している。

 

 最後くらいは彼らにありがとうとでも言おうと考えていたが、洞窟の中から何やら焦げ臭い臭いがする。普段は魔物でも用事が無い限り近づくような場所なので、おそらく人間が焚火でもしてい

るのだろう。そう考えてはいたが、儂の予想は大きく裏切られることになった。

 

「グギャオオオオオオオオ!!」

 

 何を言っているのかさっぱり分からないが、儂の目の前にはゾーマ様直属の部下、キングヒドラが佇んでいる。上の世界に何か用でもあるのかとも考えたが、儂に向けて吐かれた火炎の息で、上

の世界ではなく儂に用があると理解できた。

 

「……そうか。ゾーマ様はお前に儂の処刑を命じたのだな」

「グギュルルルルル……」

 

 五つの首を器用に集め、話し合いを始めるキングヒドラ。会話の内容は知らないが、奴は相当口が悪いと魔物の中では評判になっている。きっと儂をどう殺そうか五つの首で話し合っているに違

いない。単に儂の予想だが。

 会話が盛り上がったのか、奴はその巨体をこちらに突撃させてくる。奴が一歩進めるたびに地面が揺れ、突進を避けるのにも一苦労だが、老体に鞭を打ち横に飛びのく。長い首の噛みつきも距離

を取り回避するが、流石に火炎の息は避けきれない。咄嗟に火炎の息に合わせ儂も炎を吐き、何とか炎をやり過ごすことに成功する。

 

 その後もキングヒドラの攻撃を避け続けているが、ここで1つの疑問が浮かぶ。どうして儂は勝てもしないのに大人しく奴に殺されないのだろうか。

 答えは簡単、儂もまだ死にたくないのだろう。儂より格上のキングヒドラ相手ならいつかは殺されるだろうが、正直に言って儂はまだ生きたい。この状況を何とかできないかと周囲を見渡した

時、儂の動きがピタリと止まる。

 

 視線の先には、無残にも焼け焦げた二人の兵士の死体があった。奴がこの場に立つ前に、きっと邪魔だと火を吐いて殺害したのだ。

 キングヒドラは儂の隙を見逃さず、強烈な炎を儂に吐き出した。兵士の死体に気を取られていた儂はまともに炎を受け、全身に深い火傷を負った。声に出ないような痛みに悶えながら倒れた儂

に、奴は一歩一歩ゆっくりと、首を集め話し合いながらこちらに近づいてくる。

 

 立つこともままならなくなった儂は、地を這いながら洞窟の外へと向けて進む。その時、地面に耳を付けていた儂は、この場に近づく大量の足音を聞き逃さなかった。

 

「バラモスの首をゾーマ様に捧げた者は、魔王軍幹部の地位を約束される!」

「俺がバラモスを処刑してやるぜぇぇ!!」

 

 そういうことか。少なくとも、ここに向かう魔物は全員儂を殺すつもりらしい。魔物たちの声を聞いたのか、背後のキングヒドラはけらけらと笑っている。

 あの顔に一発メラゾーマを撃ち込んでやりたいが、今の儂には到底できそうにない。

 ここで抵抗すればゾーマ様を裏切ることと同意だが、儂自身はここで死にたくない。だが、奴は満身創痍の儂を転がして遊ぶように首を操り、器用に儂を洞窟の出口へと近づけていく。

 

 地鳴りのような足音がこちらに向かうのを聞き、儂の命が長くはないと察した。最後に一発メラゾーマを撃ち込もうにも、この状態ではまともに呪文を使うこともできない。

 仮に詠唱が出来たとしても、正確に奴の首に直撃させられる確証は無い。

 儂はキングヒドラ性格の悪さを今現在身を持って実感している。奴は自身でなく儂の部下に処刑させるつもりなのだろう。奴は儂を洞窟の出口に転がすと、少し後ろに下がり儂に手を出そうとし

ない。儂がもう動けないと考えたのだろう。

 

 だが、儂にも考えがある。この身体ではまともに呪文を撃てないが、それを上手く利用させてもらうことにする。奴に分からないように静かにバシルーラを詠唱し、いつでも放てるように待機。

 格上のキングヒドラを吹き飛ばすこともできないし、間もなくこちらに到着する儂の元部下を吹き飛ばすには力が足りないが、儂自身をどこかに吹き飛ばすことは出来る。

 

 行先は不明で、魔力次第ではこの場で殺されてもおかしくはないし、逃げたところでいつかは殺されることが目に見えている。だが、儂はもう少しだけ時間が欲しかった。

 

「今この時に儂を処刑すべきだったと後悔することになるぞ……ぐうっ、『バシルーラ!!』」

 

 後悔すると言ったものの、どうせこの場で殺されることは目に見えていた。儂の行動に一瞬キングヒドラは驚いた様子を見せたが、ギアガの大穴に向けて吹き飛んだ儂を見て追うことを止めた。

 儂は勢い良く洞窟の天井に頭をぶつけ、ギアガの大穴へと転落する。儂は頭を打った衝撃で意識を失い、そのままギアガの大穴へと落ちて行った……

 

 

 

 ~~~

 

 

「はあ、なんでオレさまがこんなしわしわな魔物の治療をしなくちゃいけないんだ……高そうなやくそうも分けてもらったけど、ぶっちゃけオレさまじゃなくてもいいよな……」

 

 しわしわで悪かったな……と言いたいところだが、儂は何があったのか生きている。全身を包むひりひりとした火傷の感覚も無く、最後に覚えているのは天井に頭をぶつけた所まで。

 今は横になっている身体を起き上がらせ、周囲を見渡してみる。

 

「あっ、ようやく起きたんだな。この辺じゃ火を扱う魔物なんていないのに、どうしてそんなにひどい火傷を負ったんだ? もしかして、トラペッタの火事に巻き込まれたとか……いや、無いか」

「もしかして儂のことを言っているのか? 儂はついさっきまでキングヒドラと戦っていて、アレフガルドに落ちたはずなんだが」

「アレフガルドって何だ? 落ちてきたってことは、お空にはそんな名前の国があるのか? あんた、すごいところから来たんだなー」

 

 さっきから話しているこいつは一体何なんだ。儂に対してあんたと呼ぶ魔物など見た事も聞いたこともない。紫の毛に大きな木づちを持っているその姿を儂は見た事が無いため、無いとは思うが

かなり強い種族である可能性がある。そもそもアレフガルドを知らないなんて、自分の住んでいる場所を知らないようなものだ。そんな魔物が儂より強いとは到底考えられない。

 

「そうだ、これってあんたの持ち物だろ? とりあえずここにこれまでの出来事を記録すればいいんだってさ」

 

 この大きな木づちを持った魔物は分厚い本を儂に向けて差し出した。その見た目からして、この本は冒険の書だろう。儂はこんなもの持った覚えはないが、絶対に書いておけとしつこく木づちの

魔物に迫られたため、一応これまでの事を忘れないため記録しておくことにする。

 儂、魔王バラモスはキングヒドラに殺される寸前に魔法を放ち、訳の分からない場所に流れ着いた。日記のようなものだが、ボケ防止にはいいかもしれないな……

 

「なあ、とりあえず名前から教えてくれよ! この辺じゃ見ない顔だしな」

 

 儂の名前を知らないと来ると、本当に天国……いや、地獄に落ちてしまったのかもしれない。儂は冒険の記録を書き終えると、大きな木づちを持った魔物に事情を説明し始めるのだった。

 




・冒険の書
 おおきづちから渡された、冒険の記録をする本。過去に書かれた記録も無く、新品同様の輝きを放っている。だいじなもの。

 冒険の書を知らない方はいないと思いますが、上のように前書きや後書きにバラモスの持ち物などに簡単な解説を付けていく予定です。
 これからもゆっくりですが投稿していきます。前の作品から見てくださった方も、この作品から見てくださった方も楽しんでもらえる小説に出来ればと思っています。


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トラペッタのおおきづちのお話
バラモスよ、その宝石も大事な物だぞ


 儂は魔王バラモス。正直今何が起こっているのか理解できないし、自分が生きているのか、はたまた死んでいるのかも分からない。今の儂に分かることは、自分が目の前にいる魔物に助けられ、

森の中で治療を受けたことだけだ。

 

「へー、あんたはバラモスっていうんだな。オレさまはおおきづち。あんたの生まれはトラペッタじゃないってことは、結構遠いところから来たのか?」

「ネクロゴンドが儂の……そう、住んでいた場所だ。魔物なら一応聞いたことがあるはずだと思うのだが」

 

 この魔物、名をおおきづちというらしいが、その名はおそらく種族の名前だろう。儂の知る限りではそんな魔物聞いたことがないため、ここはネクロゴンドでもアレフガルドでもない可能性が高

まった。今更だがおおきづちに敵意が無いことは奇跡のようなものだと考えられる。食料に困った魔物なら、丁度良く焼けた獲物が目の前に現れればすぐに口にするだろう。

 下手な質問をして気分を損ねてしまえば厄介なことになるのは確実。儂はどうにか周囲を観察し、怪しまれないような質問を考える。切り株を背もたれにした状態で、呪文を使わずに重傷を

負った儂をここまで治療したとなると、おおきづちはとても高級なやくそうを使用したことは間違いない。

 

「儂はかなりの傷を負っていたはずだが、お前はどうやって儂を治療したんだ?」

「実はオレさま、通りかかった人間から高価なやくそうを渡されてさ。森の方に火傷を負った魔物がいるから助けて欲しいって頼まれたんだ。そのやくそうを使えば直ぐにあんたの傷は治ったよ」

 

 儂を助けるように頼んだ人間がいたらしい。儂は明らかに人間とはかけ離れた見た目をしているため、その人間は儂を人だと勘違いして助けを求めた可能性は低い。お人好しな人間が火傷を負っ

た儂を見るに見かねたのなら、その場で儂の治療を始めるはず。その人間はどうしてこいつにやくそうを渡して、儂の治療を行わせたのだろうか。

 

「その人間、すごく急いでたみたいでさ。オレさまにやくそうと冒険の書を渡してどこかに行っちゃったんだ」

「冒険の書まで持っていたのか。儂の物ではないとはいえ、これはそう簡単に渡すことは無い代物。気になるな……」

 

 儂を知っている人間は数多くいるが、儂を助ける人間となると数はゼロに等しいだろう。人間に化けた魔物かもしれないが、会っていない以上何も言えることがない。

 

「あとさ、これもその人間から聞いたんだけど、あんたって何かやる事があるんだろ?身体が治ったなら、あんたのやらなきゃいけないことをするべきじゃないか?」

 

 儂がやらなければならない事といえば、上の世界を征服し勇者を討伐すること。だが、それも今では出来そうにない話だ。ギアガの大穴を落ちてアレフガルドに辿り着くはずが、全く知らない場

所に来てしまったのだからどうしようもない。もし仮に元の場所に戻っても、もう一度処刑されることが目に見えている。

 そこまで考えていると、ふと移動呪文であるルーラの存在を思い出した。ここがどこか分からなくとも、ルーラさえ使えれば元の世界に戻ることが出来るはず。儂はのっそりと立ち上がり、ルー

ラを詠唱する。

 

「おおきづちと言ったな。儂を助けたことはこれからも忘れはしない。この恩はいつか必ず返すと約束しよう」

「おっ、元気になったみたいだな。それじゃ、元気でなー」

 

 と、言ったもののネクロゴンドに帰ってしまえば処刑から逃れられない。もう少し生きたいと思ったが、ここに居てもゾーマ様の部下が儂を処刑しに来るかも知れないし、このおおきづちに迷

惑を掛けられない。死に物狂いで逃げたことを無駄にするようだが、それ以上にゾーマ様に対しての恐怖心が大きいのだ。

 儂は空高く飛び上がり、ネクロゴンドへ……いや、よく考えれば儂はまだ行先を選んでないぞ。

 

 空高く舞い上がった儂は必死に行先をネクロゴンドにするように呪文を唱え続けているが、魔法が不思議な力によって上手く制御出来ず、どこに着地するのかを制御できない。身体が空中で激し

く回転するため気分も最悪、吐き気を催すほどにまで至ったが、一定の高さまで上昇したと思えば、今度は急激に落下を開始する。

 

 儂はどうすることもできないまま地面に叩きつけられ、もう一度大怪我を負うのかとも考えたが、その心配は無用に終わった。

 

「……あれ、どこかに行くんじゃなかったのか?」

「ちょっと待って、儂、今すごく気分が悪いから……」

 

 着地には失敗しなかったものの、どうやら元居た場所に戻ってきてしまったらしい。行先がこの場所しか選択できないのなら、ルーラでネクロゴンドに帰ることは出来ないと判断しても良さそう

だ。しかし、上空で激しく身体を揺さぶられたり回転すれば当然酔う。吐き気を必死に誤魔化しながら、おおきづちに向けて今は欠片もないであろう威厳をこめて伝える。

 

「も、もう少しだけ休憩させてくれ……」

「いやいや、本当に大丈夫か?別にここはオレさまの住処でもないし、おじちゃんは好きなだけ休んでくれていいよ」

 

 儂をおじちゃんと呼ぶ魔物はこのおおきづちが始めてだ。おじいちゃんではないだけ良いと考えながら、儂はもう少し木陰で休憩を続けるのだった。

 

 

~~~

 

 

「よし、もう大丈夫だ。お前には感謝してもしきれないな」

「別にオレさまは大したことしてないからなー。お礼を言うならたまたま通りかかった人間に言うべきだと思うぞ」

 

 休憩を終えた頃には日が沈みかけていて、もう少しで夜になるかといった具合だった。周囲からは様々な魔物の気配が感じられ、この場所でも夜に魔物の行動が活発になると分かる。儂の実力を

察してか狂暴な魔物は襲い掛かってこないが、少し離れた場所では戦闘が起こっていてもおかしくはないだろう。

 体調はすっかり元に戻り、魔力も気力も十分に回復した。だが、ネクロゴンドに戻る手段は相変わらず無く、今ここでやるべきことが何か単純に思い浮かばない。要するに、今の儂には目標とい

う目標が無く、何のためにここに居るのかも分からなかった。

 

「おじちゃんはまだここに居ていいのか?もうすぐ夜だし、巣があるなら帰ったほうがいいぞ。いっかくウサギとかプークプックに喧嘩を売られたら面倒だしな」

「あー、実は儂には巣に帰れなくてな。ルーラでも戻れないならどうしようもないし、やりたい事もできないんだ。もしかしたら、暫くここに住むかもしれない」

 

 儂は自身が魔王であると話すか一瞬迷ったが、このご時世に儂のことを知らない魔物がいるのは珍しいし、何よりこれ以上侵略を失敗した魔王に名が広まって欲しくないと思い、おおきづちに儂

の真実を伝えないことに決めた。

 

「それならさ、一つおじちゃんに頼み事があるんだよ。オレさまの宝物を探してほしいんだ」

「探すくらいなら構わんよ。一体何を探せばいいんだ?」

「えっと、緑色の綺麗な宝石なんだ。オレさまの住んでる滝の洞窟で落としちゃったんだけど、探しても探しても見つからなくて……」

 

 このおおきづちに命を救われたのだから、協力するしかないだろう。幸いなことに、探し物は目立つ形状をしているらしいし、落とした場所もはっきりとしているそうだ。ここ一帯には宝石を好

んで集める魔物はいないそうなので、きちんと探せばすぐに見つかるだろう。

 

「それに、それを使えばおじちゃんが巣に帰る方法も分かるかもしれないんだよ。オレさまはいっつもその宝石に助けられててさー」

 

 こいつ、聞き捨てならないことを話したな。帰りたいかどうかは別として、ネクロゴンドに帰る手段があるなら尚更手伝わないといけないだろう。

 滝の洞窟もここからそれほど離れていないらしく、今から向かえば夜になる前に到着できるとのこと。

 

「それなら儂も手伝おう。洞窟の中ならここより安全かもしれん」

「ありがとう!オレさまのだいじなものなんだ。それじゃあ早速滝の洞窟へ行こう!」

 

 おおきづちに連れられるまま森を出発した儂は、人間が作ったと思われる街道に沿って滝の洞窟へと向かう。

 道中に危険な魔物がいるかと身構えたが、魔物がおおきづちを見たとたん逃げ出した様子を見ると、このおおきづちは相当この地域に影響を与えていると考えても良さそうだ。

 道を塞ごうとする魔物は皆おおきづちか儂を見て逃げ出したため、洞窟に到着するにはそう時間がかからなかった。おおきづち曰く、この洞窟は自分の領地のような物らしい。儂なりに解釈すれ

ば、洞窟の主のようなものだろうか。

 

「落としたのはここの一番奥なんだ。ここにはオレさまより強い奴は……そんなにいないし、きっと何事も無く進めると思うぞ」

 

 洞窟に一歩入ると、明らかに空気が変わったように感じた。気温が一段と下がり、暗く湿ったいかにも水辺の洞窟のような雰囲気である。儂の個人的な意見としては、こんな洞窟のような場所に

住むよりかは日光の当たる暖かい場所に住みたいものだ。そういった面では、ゾーマ様とは考え方が違うのだろう。

 儂自身は地上の侵略を任された時は嬉しく思ったものだ。太陽が出ない場所とおさらばできるし、何よりゾーマ様の圧を感じずにいられるのは大きい。もっとも、今はゾーマ様どころか故郷の

魔物の気配すら感じることはない。ここまでされると少し寂しいものがある。

 

 ここに居る魔物は儂の世界でも見た事が無いものが多く、空を飛ぶ黒い魔物や、赤く耳の尖った悪魔のような魔物といった種族が堂々と洞窟の中を歩いている。バブルスライムはこの洞窟にも住

んでいるようで、奇妙な感覚だが妙に安心してしまった。

 

「儂も結構色々な魔物を見てきたが、こんな魔物もいるなんてな……。おおきづちもここに同じ種族の仲間はいるのか?」

「えっ!?いや、ここにはいないよ。オレさまは一匹でここに住んでいるんだ」

 

 このおおきづちには何かがあると儂の勘が働いたので、これ以上は何も聞かないことにする。魔物二匹で歩きながら話していると、行き止まりのような、洞窟の中に大きな滝が流れるだだっ広い

空間に辿り着いた。これ以上は進みようがないが、ここに宝石を落としたのだろうか。

 

「えっと……実はオレさま、ここの滝壺に宝石を落としちゃって……。その、何というか……」

「落としたのなら下まで取りに行くのか?直接取りに行くのは難しいと思うぞ」

 

 そうじゃなくて、と急に怯えるような素振りを見せるおおきづち。儂にはどうして怯えているのか理解できないが、とりあえず緑の宝石とやらを探すべ突き当りまで進む。水しぶきが若干顔にか

かるが、下に降りるよりかはましだと腹をくくり、顔を突き出して宝石を捜索する。

 滝に打たれながらも水中から地上にかけて隈なく確認するが、それらしき物は見られない。もう既に流されて別の場所に移動した可能性もある。ひとまず別の場所を探そうかと思い、背後で儂を

心配そうに眺めていたおおきづちにそれを伝える。

 

「もうどこかに流されてしまったかもしれんぞ。別の場所に心当たりは――」

「あっ!バラモスのおじちゃん!後ろ、後ろ!」

 

 おおきづちの只事では無い様子を見て、儂は後ろの滝に目を向ける。目の前にはそこそこ大きい水晶玉が滝の中に浮かび上がっていた。これはお前の物ではないのか、おおきづちに尋ねた瞬間

に、水中から大きな気配がこちらに向かってくる。敵意があるか分からないが、滝の中に住む魔物が接近していると見て間違いないだろう。

 儂は一歩滝から後ろに下がり、念のために戦闘に備えておく。水晶玉を浮かび上がらせたのは何かの攻撃の予兆なのか、もしくは今に至っても攻撃してこないために儂やおおきづちと話をしたい

だけかもしれない。儂が滝を鋭く睨むと、一匹の魔物が力強く飛び上がってきた。

 

「ふぁっふぁっふぁ!驚いて……はいないようだな。わしはこの滝の主ザバンじゃ」

 

 海に生息するマーマンに似た容姿で、身体は青では無く赤い色をしている。見た所儂に勝てるほどではないが、滝の主と言うからには相当な実力があるのだろう。儂の背中に隠れ極端に怯えるお

おきづちがそれを証明している。

 

「いいか、正直に答えるのだぞ。お前がこの水晶玉の持ち主か?」

「儂は水晶玉など持っていないぞ。おおきづちは……違うようだな」

「ザ、ザバンさん、オレ緑色の宝石を落としちゃって。もし知っていたら教えてほしいんだ」

 

 儂たちが水晶玉の持ち主ではないと知り、少し落ち込んだ様子を見せるザバン。だが、おおきづちの問いに答えるように、懐から緑色の美しい宝石を取り出した。

 

「お前がこの宝石を落としたのか!丁度いい、水晶玉の落とし主が見つからんうえ、滝に物を落とされるこの怒り、いやというほど味わわせてくれるわっ!」

 

 ザバンはおおきづちに飛び掛かるようにして爪を振り下ろす。致命傷とまで傷は深くならないだろうが、まともに受けるのはまずい。儂が怒鳴るように避けろと叫ぶと、怯えた様子のおおきづちは更に縮こまり、攻撃を紙一重で躱した。

 この後もザバンはおおきづちに攻撃を続けるようだが、負けじと自らの木づちを構え、ザバンの攻撃に対抗しようとするおおきづちを見るに、逃げるつもりはないらしい。へっぴり腰なのが気に

かかるが、儂が補助をすればザバンを返り討ちにすることもできるだろう。

 

 この戦闘に儂が本格的に参戦すれば、一瞬で戦闘を終わらせることも簡単にできるだろう。儂は一応魔王だし。だが、おおきづちも自分なりに戦おうとする意志を見せている。余程宝石が大事な

のか、ここで必ず取り返すという強い意志を感じた。

 

「儂が奴の攻撃を受ける!その隙にお前は攻撃を続けるのだっ!」

「ありがとうおじちゃん!それじゃ、オレさまは力を溜めるから上手く攻撃を受け止めてくれ!」

 

 儂はザバンの目の前に立ちふさがり、攻撃をさせまいと奴の腕を軽く掴む。身体をくねらせ儂の腕を振り払うと、両手から不気味な瘴気を発生させ、仁王立ちする儂に向けて放った。

 呪いの霧と言ったところだが、儂は魔王、この程度の呪いなど屁でもないのだ。おおきづちの分まで霧を受け止めると、流石に予想外だったのかザバンの表情が曇る。

 

「わしの攻撃を一切受け付けないだと!?ここでは見ない顔だが、お前は一体何者なのだ!?」

「丁寧に話すと長くなる。それに、儂に話をしている暇はないぞ?」

 

 おおきづちが必死に力を溜め、十分に力が溜まったのか毛が逆立ち、恰好も戦う前より堂々としているように見える。おおきづちはザバンの頭めがけて飛び掛かり、全身全霊を込めた一撃を打ち

込んだ。どしんと大きな音が洞窟に響き、儂に気を取られて直撃を受けたザバンはふらふらとその場に座り込む。

 力を溜めて攻撃する魔物は数多くいるし、実際に儂も見た事がある。しかし、このおおきづちの力の溜め方は一味違った。元の攻撃では到底ザバンを一撃で戦闘に支障をきたすほどのダメージを

与えることは不可能だろう。ただ、おおきづちの力溜めは何かが違う。力を溜めれば溜めるほどに、攻撃の威力が段違いに上昇しているように見えた。

 

「ぐあああっ!よりによって頭を狙いよって……古傷が痛むわい。ほれ、もう滝壺に物をおとすんじゃないぞ」

 

 おおきづちの一撃にすっかり戦意を喪失したのか、ザバンはずるずると尾びれを引きずりながら滝へ戻っていく。ザバンから宝石を返してもらったおおきづちは大層喜んでいた。魔物が喜ぶ姿は

いつ見てもいいものだな、などと考えていると、突然緑の宝石に何かが集まりだす。

 儂とおおきづちはその様子をじっと見つめていたが、宝石に少し光った所で元に戻ってしまった。この宝石、おそらくただの石ではないな。魔力の類ではないが、もっと大きな何かを感じるた

め、何かとんでもない物を秘めているのかもしれない。

 

「力溜めといい、その宝石といい、お前には謎が多いな……」

「力を溜めるくらいならおじちゃんにも出来ると思うよ。それと、謎が多いのはおじちゃんも同じだろ?呪いも効かないし、ザバンさんと一対一でも怯まないなんて、相当強いんだな!」

 

 魔王だし、と口が滑りそうになるが、鍛えているからと適当に誤魔化しておく。先ほどの戦闘でのおおきづちが放った一撃、あれを再現できれば勇者を葬ることもできる可能性があるため、あの

力溜めは身に着けておくべき技能だろう。思わぬ所でいいものを見ることができた。

 

「そういえば、おおきづち……いや、お前にも名前があるだろう?いつまでもお前だとか種族名で呼ぶわけにもいかんし、名前を教えてはくれんか?」

「おじちゃんならいいか。オレさまはしげまるっていうんだ。後、おじちゃんが気になってるのはこれだろ?オレさまにもあんまり分かんないけど、そうだな――」

 

 変わった名前だが、悪くない名前だと思うぞ。しげまるは緑色の宝石を取り出すと、しげまるの知る宝石の知識を語り始めた。

 

「これって、宝石に紐がくっついてるんだよ。昔、オレさまが仲間の魔物を助けたりしたら、宝石がちょっとだけ光ったんだ。

 最近は光らなくなっちゃったけど、多分おじちゃんがオレさまを助けてくれたから宝石が光ったんだと思う」

「その紐には何か意味があるのか?説明を聞けば、儂には人助けすると光る宝石にしか思えんが」

「紐自体には何にもないけど、宝石が光った後にこの紐を持って宝石を垂らすとちょっと動いてるような気がするぐらいかな。試しに……ほら、出口の方を向いてるだろ?」

 

 風が吹いているのか確かめてみても、宝石を動かすほどの風は吹いていない。しげまるの手元から垂れた宝石は、確かにこの空間の出口に向けて若干引っ張られている。

 正直だからどうしたという話だが、しげまるによるとこの宝石の示す向きに進めば何かが起こるらしい。それが本当なら、ここから地上に戻るまでの間に何かが起こるということだろうか。

 

 事前に何かがある、と言われればついつい警戒してしまう。儂はしげまるに少し待つよう頼み、冒険の書にこれまでの記録をつける。

 重要な出来事の前には冒険の記録を付けると勇者と学ぶらしいが、まさか儂が記録をすることになるとは思わなかった。儂は全ての記録を終えると、洞窟から脱出するべく足を進めるのだった。

 




・しげまる
 DQ8に登場する、あの滝の洞窟のおおきづちです。作中ではいつまでもおおきづちと呼ぶわけにもいかないため、色々と設定を追加してしげまると名前をつけています。ご了承ください。
 余談ですが、名前の元ネタはDQ5の仲間モンスターとなっています。


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バラモスよ、ツボを割るのは勇者の特権だぞ

 儂、魔王バラモス。つい先ほど儂の隣にいる魔物、しげまるの宝物である宝石を手に入れたのだが、これから出口に向かうにあたって何かが起こると言われ、冒険の書に記録していた。

 

 記録が終わったので、冒険の書をふくろに入れ、一度滝の洞窟の出口へと向かう。洞窟に入った時は既に日が落ちていたため、現在は相当夜遅い時間になっているとはず。

 こんな時間には夜型の魔物以外うろついていないと思うのだが、はたしてこの先に何が待っているのだろうか。

 

「オレさま、正直もう眠いし今日は眠ってもばちは当たらないと思うな……」

「この先に何かあるって言ったのはお前だろう……。まあ、儂も確かに眠たいが」

 

 ザバンとの戦闘で疲労しているのか、しげまるはうつらうつらと洞窟の中を歩いている。適当な場所を見つけて野宿してもいいが、儂としてはしげまるの持つ緑の宝石が気になって仕方がない。

 こういった道具に関して詳しいわけでは無いが、この宝石からはやはりただならぬ力を感じる。

 

 宝石に気を配りつつ、野宿に丁度良さそうな場所を見渡していると、洞窟の奥からコツコツと足音が聞こえてくる。儂としげまるはその足音に敏感に反応し、先ほどまでの眠気が一気に吹き飛ん

だ。視界の奥から火の粉が見えるように、この場所に魔物ではない者が近づいてきているのだ。

 この地面に何かがぶつかるような足音は、おおよそ人間の足音であることが多い。靴を履く魔物はそれほどいないし、足が無い魔物もいる。おまけに先ほど見えた火の粉、あれは確実に人間によ

るものと見て間違いない。自身の視界を確保するために火を使う生き物など、ここ周辺では人間くらいだろう。

 

「ここらの宝箱を回収したら、今日は一度帰って休憩した方が良さそうでがすね……むっ!?」

 

 少し離れた奥の階段から、二人の人間が現れた。一人は丸い体系をしたごろつきのような人間、もう片方は赤っぽいバンダナを身に着けた人間。

 お互いにこちらに気付いたらしく、向こう側も戦闘を避けられないと判断したのか、武器を取り出しこちらへ進んで行く。

 

「お、おじちゃん!人間が来るけど、どうするんだ!?戦うのか!?」

「落ち着け。一応言っておくが儂は相当強いぞ。たまたまこの洞窟に立ち寄ったような若者に負けはせん」

 

 儂は騒ぐしげまるを背に、一歩ずつ静かに足を進めていく。儂とて魔王ではあるが、その辺の人間を一方的に殺害するほど殺戮に飢えてはいない。

 ここはどうにか穏便に解決するべく、適当に誤魔化すのが一番だろう。

 

「そこのバンダナの若者よ。この洞窟の奥に用があるのか?」

「はい」

 

 はい、という二文字だけで答えられた。儂の予想では、仮に違った場合はいいえと答えるはず。儂はこの場でこの人間を始末するべきかを一瞬考えたが、まだ確信が持てないためにもう少し質問

を続ける。

 

「この先に通りたければ儂の質問に正直に答えるのだ。まず一つ、お前は他人の家のタンスや袋を漁り、ツボやタルを壊したことはあるか?」

「いいえ」

「ええっ!?あ、兄貴?」

 

 こいつ絶対やってるな。隣の人間の反応が分かりやすすぎるが、これでこのバンダナの若者が儂の知っている勇者と酷似していることが分かった。

 質問にはい、いいえだけで答え、他人の家や街のツボやタルを壊す者など、勇者以外にいない。

 

「二つ目の質問だ。お前の両親は一体どんな人間だった……いや、そっちじゃない、バンダナの方だ」

「そういや、兄貴の小さい頃の話って聞いたことがないでげす」

 

 目の前に魔物が居る事をそっちのけで、バンダナの若者の出自に傾ける丸い人間。儂がこの質問をした理由は、儂の知る勇者は父親も同じく勇者だったためだ。これは儂の勘だが、勇者と呼ばれ

る人物は大抵何かしらの秘密を秘めているものだと思っている。それにしても、バンダナの若者はえらく悩んでいるな。

 

「……答えづらい質問だったか?それとも、両親のことを覚えていないとか?」

「はい」

 

 両親のことを覚えていないとなると、こいつは確実に何かを秘めていると判断しても良さそうだ。現段階では不明だが、この人間はそのうち確実に魔物を脅かす存在になるだろう。確実な根拠

は一切無いが、儂の勘はだいたい当たる。

 魔王たる儂からしたらこいつを放っておくことはできないが、こんな見知らぬ場所で人間を殺せば面倒な事になるのは間違いない。そもそもこちらが人間を攻撃すれば、勿論人間側も負けじと魔

物を攻撃し、結果的に魔物達が平和に暮らす世界の実現から遠のいてしまう。

 

 少しの間迷ったが、儂はここでこの人間を見逃すという選択を取ることに決めた。こいつらがもし勇者と同じ存在でも、儂の事を何も知らないなら、儂を話に耳を傾けてくれるかもしれない。

 

「最後の質問だ。お前たちはこれから成長するために、襲い掛かる魔物を討伐し続けるのか?」

「はい」

 

 即答だった。儂は徐々にこみ上げてくる怒りを静かに抑え、冷静に状況を判断する。詳しくは知らないが、魔物は基本的に本能のままに戦いを求めている。いわゆる闘争本能というやつだ。

 人間からして邪悪な心を持つと言われている、己の本能のままに通りかかる人間を襲う魔物は、決して魔物全てにあてはまる話ではない。人の言葉を話し人間と共存する魔物もいるし、メタルな

モンスターのように戦う気がないんじゃないかと思われるような魔物もいる。

 

 儂も人間からすれば許されないであろうことを幾度となく繰り返してきた。その結果が上の世界の侵略を中途半端に進め、勇者たる者を生み出してしまったのだろう。今更人間に共存しようと持

ち掛けても、儂の存在を知る人間は答えてはくれない。だが、何も知らないこの若者なら……

 

「若者よ、一つ頼みを聞いてくれないか。お前はこれからも沢山の魔物と戦い、成長し、目的に向かって行くだろう。だが、魔物全てが悪いというわけではない。魔物たちの中でも、人間と共に暮

らしていけるような、そんな魔物がいることを覚えておいて欲しい」

「……はい」

「あっしも魔物を片っ端から倒そうなんて考えちゃいないでがすよ。あんたみたいな良い魔物がいるってのも、ちゃんと覚えておくでげす」

 

 この人間からすれば、儂は良い魔物に見えるらしい。人間からすれば悪そのもののような非道を行ってきた儂が、良い魔物と呼ばれてもいいのだろうか。

 

「オレさまもおじちゃんはその辺の魔物とは一味違うと思うな。何というか、威厳とかそういう物を感じるよ。それにしても、お前たちはこんな所に何か用なのか?」

「そうだった!あっしと兄貴は水晶玉を取りに来たんでげす」

「それならこの先にあると思うよ。ただ、ザバンさん滅茶苦茶怒ってたから、戦わないといけないかもな」

 

 道案内を終えたしげまるに丸い人間が感謝すると、駆け足で洞窟の奥へと走って行った。儂は二人を見送りながら、自身について考える。二人は儂を良い魔物と言ってくれたが、もし本当に儂が

良い魔物なら、魔物と人間が共存する世界を作ることもできるだろうか。しかし、ゾーマ様に指示に逆らってしまえば、魔物と人間のどちらも敵に回してしまうことは簡単に想像できた。

 

「おじちゃん、宝石がまた光って……うわっ!あの二人の方に引っ張られてるみたいだ」

 

 しげまるの宝石が洞窟の奥へと引っ張られるように独りでに動き、じろまるは紐を持って宝石を観察している。魔物と人間、どちらかの力になれば宝石は光り、次の目的地へと導いてくれるのだ

ろうか。と言っても、今どこにいるのかも分からない儂に目的など無い。強いて言えば元の世界に帰る方法が知りたいというくらい(方法が知りたいだけで帰りたいわけでは無い)だ。

 

「まあ、大体予想できるけどなあ。多分あの人間二人がザバンと戦うはずだ。儂に出来ることは……仲裁することくらいか?」

「ふわぁ……。オレさま、もう寝たいんだけど、宝石が動くんなら行くしかないかな」

 

 そう言ったしげまるは、二人を追うようにして洞窟の奥へと進んで行く。儂も一緒についてくが、しげまるが睡眠より宝石を重視したことは中々驚くべきことだと言ってもいいだろう。

 大体の魔物は眠りたくなれば眠り、腹が減ったら食事をするように、本能に従う生き物だ。しかし、しげまるは睡眠より宝石の動向を優先しているとなると、この宝石が余程しげまるの生活に影

響を及ぼしているということだろうか。ますますこの宝石の正体が気になるばかりだ。

 

 一度来た道を戻っていくと、洞窟の奥からついさっき聞いた呪いの霧が巻き上がる音や、人間の声が聞こえてくる。既に戦闘は始まっているようだが、一体どちらが優勢なのか気になるところ

だ。儂の勘では、勇者と似たようなバンダナの若者が勝つと予想しているが。

 

「おじちゃん、ちょっと急いだほうがいいんじゃないか?ザバンさん、オレさまの木づちをまともに受けたし、きっと危ない状況で戦ってるんじゃ……」

 

 しげまるの言葉を聞いた儂は、洞窟の奥、滝壺に向けて全速力で走りだした。自分でも理由は良く分からないが、おそらくザバンが死ぬことを恐れているのだろう。この世界で知り合った、縁と

いうものを感じているのかもしれない。

 

「お、おじちゃーん!待ってよ、そんなに急がなくても……」

 

 予想通り、いや、予想が当たってしまったというべきか。儂としげまると戦った時と同じように、呪いの霧を受け付けない……いやいや、何でただの人間が魔物の呪いを受けないんだ?滝壺の

空間に飛び出し、儂の目に最初に入ったのは、バンダナの若者に向けて放たれた呪いの霧が、その人間にたどり着くこと無く消滅した光景だった。

 儂が呪いを防ぎ、しげまるが大きな一撃を打ちこんだ先ほどの戦闘のような光景だったが、バンダナの若者は自身が呪いをかき消したことに戸惑っている様子をみると、あの若者自身もどうして

呪いを受け付けないのか理由を分かっていないらしい。

 

 最早この人間に何かがあると決まった、言わば証拠のようなものを目にした儂だったが、それに気を取られている時間は無かった。丸い人間はザバンの頭に狙いを定め、しげまるのように自身の

棍棒を叩きつけようとしているため、とりあえずこの攻撃を中断させなければならない。

 

「ぬぅんっ!『メラゾーマ』ッ!!」

「うわあ!おじちゃん、ちゃんと真ん中狙ってよ!?」

 

 儂はきっちりとザバンと人間の間に巨大な火球を放ち、一匹と二人の戦闘を中断させることに成功する。地面が焼け焦げ、着弾地点からは煙が上がっているが、全員の注目を集めることには成功

しただろう。ここは一つ、平和的に解決してほしいものだ。

 

「お、おっさん、いつの間に!……ってさっきの魔物でげすか」

「やはり戦っていたな。ザバン、お前の怒りも分かるが、先ほど頭に攻撃を受けたばかりだろう」

「ぐぅ、古傷が痛むわい……そうだな、お主の言う通りじゃ。それに、わしの偉大なる攻撃を受けつけぬその体質、お前も水晶使いの占い師ではなかろう」

 

 ザバンが倒れる前に介入できて安心したが、ザバンの話はもう少し続くらしい。水の流れに乗って、とある噂話を聞いたようだが……

 

「トロデーンという城が呪いによって一瞬のうちに茨に包まれた。ただ一人の生き残りを残してな。その一人は何故か御者を乗せた馬車に乗って旅に出たという」

 

 儂には全く縁のない話に聞こえるが、ここでの地理や、世界の中で何が起こったかは聞いていて損はない。まず、儂の知る限りではトロデーンという城は聞いたことがないため、やはりここはど

こか遠く離れた場所だと決まったも同然だろう。

 次に城を一瞬で包んだという茨の呪い。これもまた聞いたことが無いが、この世界にも人間を襲い、甚大な被害をもたらす邪悪な心を持った魔物がいると予想できる。

 

 儂もテドンの村で同じようなことをしたが、オーブを手に入れるためとはいえ、あれだけの人間を殺す必要はなかったと思っている。ただ、従わなければ儂が死ぬことになるため、どうすればよ

かったのかを今でも考えるほどだ。話が逸れてしまったが、ザバンの話はまだ終わっていない。

 

「まさかお前がそうだったとはな……。その水晶玉を何に使うかは知らないが、持って行くがよい」

 

 ザバンから水晶玉を受け取ったバンダナの若者は、仲間の人間を連れて洞窟の外へと出ていくのかと思ったが、戦いの経験からか脱出の呪文を習得したらしく、光に包まれるようにして消えてい

った。

 ザバンも立て続けの戦闘で疲労がかなり溜まっているようで、人間が帰るのを見送った後、儂たちに別れを告げ、滝壺に戻っていく。

 

「別に徹夜が珍しかったわけではないが、さすがに儂ももう眠いぞ。しげまる、お前は……」

 

 儂がしげまるに目を向けると、自分の木づちを大事に抱えたまま眠っている姿が目に入った。こんな場所で寝ては体調を壊してしまうかもしれないが、儂もこのような野宿には多少憧れている。

 いつもいつも玉座や椅子に座って眠り、快適な場所で眠ったことなど無かったし、常にゾーマ様の指示や仕事に追われていて、安心して眠ったことなどここしばらく無かった。

 

 地面が柔らかくも無ければ寒さや暑さをしのげる場所では無い。だが、自分に課せられた命令から解放され、何も考えずに眠ることができることを考えると、ただの洞窟の空間でも非常に魅力的

に見えた。儂は二匹から少し離れた場所に火を起こすと、しげまるの隣に寝転んだ。

 

 儂はもう疲れたが、この洞窟では明日がやってくることがいつもより嬉しく感じられる。ぐっすりと眠るしげまるを確認すると、儂も同じように目を閉じ、静かに眠りにつくのだった。

 

 

~~~

 

「おはようおじちゃん!起きて!宝石が光ってるんだって!」

「もう朝か……?おはようしげまる」

 

 のっそりと起き上がる儂の顔に、突然強い光が向けられる。しげまるの持つ宝石が昨日よりも強い光を放っている。誰かを助けたかと記憶を遡ってみるが、最後に助けた……と言っていいのか疑

わしいが、ザバンとバンダナの若者の戦いを止めたことくらいだろうか。

 これまで以上に強く引っ張るように洞窟の外に向く宝石に応えるためか、しげまるが走って洞窟の外に向かって行く。夜と比べると比較的魔物の活動も大人しく、そのせいかしげまるの勢いが止

まることは無い。元気なのはいいが、如何せん儂はそれほど走るのは早くないため、少し遅れてついていくのがやっとだった。

 

 あっという間に洞窟を抜け出すと、朝日が差し込む平原が姿を見せる。ついつい見とれてしまいそうになるが、そんなことをしていてはしげまるに追いつけない。

 

「こっちこっち!川を下ったところに何かあるんだよ!」

「わ、分かったからちょっと待て……ぐぅ、朝から走らされるのか……」

 

 儂のぼやきも耳に入らず、しげまるは颯爽と宝石に引っ張られるまま走っていく。夜には見られなかった草原の風景と、丁度良い気温で吹く風が気持ちいいが、座ってばかりだったためか体力の

衰えを身を持って実感した川を下って走り続けると、何やら人間の建てたであろう関所が見えてくる。

 

「おいしげまる!それ以上走ると人間に見つかるぞっ!」

 

 儂の大声が耳に届いたのか、しげまるは走るのを止め、儂の下へ駆け寄ってくる。宝石はどうやら関所に向けて引っ張られているらしく、ここには何かがあると信じて疑わない。

 儂からしてみれば人間の前に用も無く姿を現すなど、自分を倒してくださいと言っているようなもの。ましてや関所を守る兵となれば、こちらを見かければすぐに襲い掛かってくるだろう。

 

 とはいえ儂もその宝石の事が気になるし、どうにか関所に近づけないかと考えていると、ある一人の人間が関所に接近していた。……いや、あの人間は宙に浮いているし、道化師のような見た目

をしているため奇術でも使っているのかと思ったが、あの人間の持つ杖からは何かを感じる。身の毛がよだつようなこの感覚は、少しゾーマ様と似ているようでもあった。

 

「しげまる、少しここで待っていてくれ。儂は少し関所の様子を見るから、ここから動くんじゃないぞ」

「えっ?オレさまは行かない方がいいの?」

 

 道化師はふらふらと関所に近づくのを見た儂は、関所の兵士を手にかけるつもりだと判断し、体力を振り絞って走っていく。

 

 あの道化師からは何か狂気のようなものを感じるが、それはあの人間によるものなのか、それとも持っている杖によるものだろうか。

 答えは分からないが、儂は道化師の男を止めるべく呪文を詠唱する。

 

「悲しい……悲しいなぁ……おや?」

 

 空を飛んでいるのなら、わざわざ関所を通らなくても行きたい場所へ向かえるはず。儂はこいつの目的は殺人だと予想し、一発だけ奴に向けて火球を飛ばす。メラゾーマほどの呪文を唱える時間

は無かったため、一段階下げた呪文を奴に打ち込む。

 儂の攻撃に気付いた道化師の男は、迫る火球をまともに受けた……はずだが、奴の姿はどこにも見当たらない。儂をきょとんと見つめる関所の兵士に向けて、儂は怒鳴るように叫ぶ。

 

「貴様らッ!命が惜しいなら今すぐ逃げろ!儂がどうにか注意を引き付ける!」

 

 儂の怒号を聞いた兵士は怯えた様子で逃げ出した。道化師の男が兵士を追うのを防ぐべく、兵士の背後にイオラを唱え爆発を起こす。背後から爆音が響いたのを聞いた兵士はさらに速度を上げて

逃げ出しすぐに見えなくなった。

 どうして人間を助けたのか自分でも分からないが、問題はここからだ。儂の呪文を受けたはずの道化師は姿を消したまま。自分の獲物を逃がされたため儂を狙って突然姿を現してもおかしくはな

いが、一瞬見ただけでも、ただの人間ではないことは簡単に分かる。

 

 儂は次に唱えるべき呪文を必死に考えた。当たる保証が無いメラ系の呪文は無しとして、範囲を纏めて攻撃できるイオ系、通用するかはさておきバシルーラやメダパニ、炎を吐くという手もあ

る。色々と可能性は考えられるが、儂は背後から近づく足音に気付き、すぐに考えを固めた。

 

「しげまるよ!木づちをしっかりと持っておけっ!『ルーラ!!』」

「お、おじちゃん急にどうしたんだよ、うわあああっ!」

 

 奴のことに関しては一方的な予想ばかりだが、最後ばかりは確実に当たったようだ。儂はしげまるを抱き寄せルーラを唱えた直後、道化師が突然現れしげまるに杖を刺突すべく突き出すが、儂の

呪文のほうが一瞬早かった。

 儂では無くしげまるを狙うと予想が当たったのはいいが、行先を決めずに飛んだせいでどこに飛んでいくのか全く予想できない。もう一度ネクロゴンドに戻るのか、この世界のどこかに飛んでい

くのか、またどこかも知らない場所に飛ばされるのか。

 

 儂の不安を煽るように、道化師の男の狂気的な笑い声が辺りに響くのだった。

 




 バラモスにはこれから様々な場所に向かってもらいます。おおきづちのしげまるも、これからバラモスと行動を共にする魔物です。


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フォロッドのからくり兵のお話
バラモスよ、そのスープはまだ温かいぞ


 儂、魔王バラモス。奇妙な道化師からしげまるを守るべくルーラを唱えたが、行先は全く予想できず、どこに飛ぶかも分からないまま飛んで行ってしまった。

 命の危機であったとはいえ、勝手にしげまるを巻き込んでしまったのも事実。どう釈明しようか考えていたところで、身体が急激に落下する。儂はしげまるを抱えながら、衝撃に備えていた。

 

「ぐえっ!お、おじちゃん急にどうしたの?オレさま急に飛んだりして訳が分からないんだけど」

 

 訳が分からないのはこちらも同じである。何とか地面に着地したものの、風景は相変わらず草原のまま。目的地を決めていなかっただけだが、ここがまだトラペッタ周辺なのか、全く別の場所な

のかを判断するには、いささか厳しいものがあった。

 

「すまないな、しげまる。お前に攻撃が当たる前にルーラを唱えたんだが、場所までは決められなかった」

「別にオレさまがトラペッタに留まる理由も無いし、気にしなくていいよ。それよりおじちゃん、ここは多分トラペッタじゃないと思う。ほら、あそこにいる魔物なんて、オレさま見た事ないよ」

 

 しげまるが指す方向を観察すると、青い身体をした機械のような魔物がうろついている。確かにトラペッタでは見かけなかった魔物だが、少し様子がおかしいようにも感じる。何かを探している

ようにふらふらと移動しては、周囲を見渡す行動を繰り返していた。

 儂の憶測での話になってしまうが、あの魔物は自立して動いているわけでは無いはずと予想している。儂の知るうごくせきぞうや、滝の洞窟で見かけた鳥の機械の魔物――名前は確かメタッピー

だったか――といった機械や物質の魔物は、誰にも命令されず自由に生活している。しかし、あの青い機械の魔物は何か目的のようなものを持っているような動きを見ると、儂は一つの結論にたどり着いた。

 

「しげまる、あの魔物に関わるんじゃないぞ。見つかったら十中八九面倒なことになる」

「ええ?あれのことならこっちに向かって来てるけど。オレさま、目を合わせちゃったかなー」

「……何!?魔物までも襲うのか!?」

 

 儂の予想では、見つかったら見つかったであの機械の頭領のような魔物に報告され、ここ一帯の行動が厳しくなることを考えていた。だが、奴の行動は到って単純なもので、発見した儂たちを手

に持った斧と棍棒で始末しようとしていることは明白だった。

 機械の魔物はどんどんこちらに近づいてきているが、それでも儂はこの地域や環境について考えることを止めなかった。儂としげまる、どちらを襲おうとしているのかは区別できないが、少なく

とも見かけた他の種族を攻撃するように命令されていることは確実。非力な魔物と違い積極的に儂に攻撃を仕掛けるということは、ここ一帯で奴に勝てる魔物はいないか、もしくは恐怖そのものを

感じることがないかのどちらかだ。

 

 こうして考えているうちにさらに距離を詰めてくるが、儂はしげまるの前に立ちさらに魔物についての考察を続ける。現在は草原らしき場所に降り立ったばかりで、この地域に関しての知識は全

くと言っていいほど無い。この点はトラペッタで目覚めた時と同じだ。あの時はしげまるのような魔物が居たが、こいつは恐らく儂を殺すつもりでこちらに向かっている。なら、やる事は一つだ。

 

「おじちゃんっ!あいつが襲って来るよ!――す、すげぇ……一撃で倒しちゃった……」

「まあ、大した相手では無いな。専門的な魔物なら簡単に直せる程度の損傷に抑えてあるし、一度回収しても……む?」

 

 儂がいつも敵を目の前にして悠々と考え事をしているわけではない。儂に敵うほどの魔物では無かっただけだ。同じ魔物として完全に破壊するまで攻撃はしなかったが、これからもし魔物に襲わ

れたらどうすればいいのかを考えておく必要がありそうだ。儂の理想である魔物が安心して暮らせる世界を自ら遠ざけているような気もするが、奴を放っておけば別の魔物が被害に遭うのも事実。

 

 この辺りの線引きを考えておく必要があるなと思っていると、草原の向こうから再び数匹の機械の魔物がこちらに向かって来ている。仲間が電波を発信していたのか、正確にこちらを捉えている

ようだが、流石に襲い来る魔物全てを戦闘不能にまで追い込めば、確実に騒ぎになるだろう。

 

「どうするしげまる。戦うか?」

「オレさまじゃ戦力になれるか分からないし、一旦逃げたほうがいいんじゃないかな」

 

 逃げるとなると、見つからないであろう場所を探しながら移動するべきだろう。今は開けた草原に立っているが、少し離れた場所に街道らしきものが見えるように、人間がいない場所ではないと

分かる。そうなれば、ここから街道に進むべきではないだろう。本来の目的でありそうな人間の住処に近づくことになるし、何より今は真っ昼間。この時間に開けた場所を歩いていては、あの魔物

に襲われ続けるようなものだ。

 機械の魔物を見張りつつ、しげまるに辺りを見渡してもらうと、街道から反対の方向に森があることが分かった。もし戦うことになっても、大群を相手にすることは無いはず。

 

「でかしたぞしげまる。あの森まで走るが、大丈夫か?」

「戦えなくても走るぐらいならできるよ。それじゃあ逃げよう!」

 

 儂としげまるは森に向かって一目散に走るが、儂は走り出した直後に違和感に気付いた。普通標的が背を向けたのだから全力で追うものだと儂は思っていたが、追いかけもしなければ回り込もうともしない。とりあえずは積極的に儂を襲うつもりはないと見ていいだろう。

 

 とはいえしげまるも居るため逃げない訳にもいかず、息切れするほどの勢いの逃走をする羽目になってしまった。時間にしてたった数十秒だが、玉座に座っている時間が長かったためか、体力が

落ちているような気がする。息も絶え絶えとした儂と違い、しげまるはまだまだ走れそうだ。

 

「おじちゃん大丈夫?もう追いかけてこないし、森に入ったから少し休んでもいいと思う」

「わ、儂も休もうと思っていたところだ……。少し気合を入れ過ぎたか……」

 

 戦力的な面では心配されていないとは思うが、体力的な面では心配されているようだ。しげまるの気遣いに感謝し、儂は適当な切り株に座り休憩するが、休んでいるとはいえ周囲の観察を怠って

はならない。別に魔物に襲われても問題は無いが、一体ここはどこなのか気が気でないのだ。

 

「しげまるよ。お前はトラペッタ以外の地理はどれほど知っているんだ?」

「えーっと、隣のリーザスに、トロデーンでしょ?あとは人間の港町……ごめんおじちゃん、オレさまあんまり知らないや」

 

「謝ることは無い、儂も全く知らない世界があると思い知らされているところだ。もう一度聞くが、本当にこの場所やここをうろつく魔物に見覚えが無いんだな?」

「うん。あんな機械は見た事ないし、近くの地域でも見たって話は聞いたことないよ。さっぱり見当が付かないし、本当にここはどこなんだろうね」

 

 やはりここは遠く離れた場所と見て間違いないか。最も可能性が高いのはしげまるの知らない地域に飛んだということだが、最悪儂がトラペッタに居たように、誰も知らない別の世界に飛んでし

まった可能性がある。ルーラに別の世界に移動する力など無いはずだが、しげまるが持つ緑の宝石、あれが何かしら作用しているのかもしれない。

 

 それに、気がかりなことはもう一つある。しげまるの態度だ。至って普通、これまでの行動からして情に厚い性格なのは間違いないだろうが、人間と戦っているような素振りは一切見せない。

 人間と戦わないのなら生き残るために集団で生活しているものだと儂は思っていたが、トラペッタや滝の洞窟にはしげまると同じ種族の魔物はいなかった。ここまできて一体何が問題なのかと思ってしまうが、儂はしげまるが帰りたいだとか、元の場所に戻りたがるような言動や行動を取らないことがひどく気にかかる。

 

 元の場所に帰りたいと思うことは魔王たる儂にだってある。帰ったところで待っているのは死だが、かつての記憶というか、寂しさを紛らわすためにあの場所のことを考えたりもする。単純にし

げまるは肝が据わっているだけかもしれないが、それならザバンと戦うことを恐れたりはしなかっただろう。儂が心配症なだけなことを祈るが、これだけ行動を共にしている以上、しげまるのこと

を心配しない訳がない。

 

 慣れない場所に腰掛けてしまったせいか腰が痛くなってきたので、そろそろ周辺の散策を再開することにした。儂は腰を抑えながら立ち上がり、自然を装ってしげまるに声を掛ける。

 

「しげまるよ、トラペッタに帰りたいか?」

「別に。オレさまは帰らなくてもいいかなー、宝石のことが気になるし」

「そうか。なら、散策を再開するぞ」

 

 儂にきっと何かを隠しているだろうが、儂から聞くのも良くないだろう。だが、今すぐに聞きたいことが一つだけあった儂は、隣を歩くしげまるに質問をする。

 

「……儂と一緒に行動していていいのか?儂は結構訳ありな身でな。お前と一緒にいると迷惑を掛けるかもしれんぞ」

「いいんだ。おじちゃんと一緒なら、もう一回宝石の冒険ができるからさ」

 

 儂が魔王ならきっと配下にしていただろうが、生憎今の儂はさすらいの魔物。しげまるの持つ宝石を頼りに行先を決めているため、今後も行動を共にするだろう。儂は森を隅々まで観察しなが

ら、儂の未来を想像するのだった。

 

 

~~

 

 

 未来を想像すると言ったものの、現在の時刻はあっという間に夕方まで進み、何も食べていない儂としげまるは食料を探していた。本当に危なければふくろに入っているやくそうだのどくけしそ

うだのを食べればいいが、あれは傷を負った時に使用するもので、食料として使っていたら本当に使いたいときに困るし、この問題にまた直面するだけだ。

 

「ぐうう、お腹が減ったよ。おじちゃん、あんまりお腹が空いたからってオレさまのきづちを食べちゃダメだからね?」

「食べないし、その唸り声を出すのをやめろ。ふくろを探せば食べられる物があるかも知れんが……む?しげまる、あそこに小屋があるぞ」

 

 森の中にある小屋といえば、森で生活か仕事をしている人間が建てたものとみていいだろう。もちろん略奪するつもりはないが、頼み込めば食料を分けてもらえるかもしれない。

 

「おじちゃん、小屋をじっと見つめるなんて……まさか襲撃でもするつもり?」

「言っておくが、儂は人間を襲ったりはしない。儂が人間と絡むと確実に何か問題を起こすぞ」

 

 その場で思いついた適当な言い訳をするが、人間を襲うつもりはないことは本当だ。問題を起こすのはもちろん、こちらから戦いを仕掛けていてはいつまでたっても平和は訪れないだろう。

 今は食料の危機なため、儂としげまるどちらかを小屋に向かわせるか考えたが、ここは二匹で食料をねだることが効果的かもしれない。傍からみれば老人と孫のようなもの……なはず。

 

「よし、儂が玄関の前に立つから、お前は隣で立っているんだ。いいな?」

「大丈夫だって、オレさまも人間を襲うようなことしないし」

 

 小屋の扉までたどり着いた儂としげまるは、小屋の中から美味しそうな匂いが漂っていることに気が付き、思わず腹を抑えてしまう。儂は若干緊張しながら扉を叩き、食料を分けて欲しいと伝え

た。その直後、何かを落としたような音がしたかと思えば、住民が大きな足音を立てながらこちらへ向かってくる。

 

「はーい、一体どちらさま……きゃあああっ!」

「うわあああっ!さっきの機械の魔物だあああ!」

「騒ぐのもほどほどにしてくれ。……儂はここを人間の住む小屋だと思っていたが、儂の思い違いだったらしい。こんな場所に小屋を建て、言葉を話す機械の魔物……色々と事情がありそうだな」

 

 儂としげまるを出迎えたのは、人間ではなく先ほど戦った機械の魔物だった。言葉を話し、色が他の個体と若干違う様子を見ると、この魔物は別の種族である可能性がある。そもそも扉の先に居

た儂に驚き甲高い悲鳴を上げたため、敵意も無いのかもしれない。

 

「ご、ごめんなさい!私取り乱しちゃって。私はエリー……じゃなかった、プロットです」

「儂はバラモス。こっちの驚いていた魔物はおおきづちのしげまるだ」

「ごめんねプロット、オレさまびっくりしてさ」

 

「えっと、お腹が空いてるんですよね。私、スープを作ってますので、よかったら如何ですか?」

「ありがとう!おじちゃんもオレさまも運がいいなぁ」

 

 確かに儂の運は悪くは無いかもしれない。ただ、儂はこの魔物のことで気になる点が幾つか見つかった。名前を言い間違えたのは些細な問題……だと予想しているが、それよりも料理が出来、こ

こまで言葉を話し意思疎通ができる魔物がいるとは本当に珍しいように感じる。人間から影響を受けた魔物ならともかく、料理という文化が機械の魔物にもあるのだろうか。それとも、この地域に

は人間がおらず、機械のみが生活し、独自の文化を築いているのか……?

 

 儂としげまるは案内されたテーブルに座ると、暫くして暖かそうなスープが目の前に差し出された。椅子やテーブルといった家具や調理器具、他にも様々な物が小屋の中に置かれているため、人

間が住んでいたような小屋だな、と儂は考える。

 元の住人が居て、それをプロットが何かしらの事情でここに移ったのか、考えたくはないが元の住民を殺害した可能性も無くはない。適当な毒では死にはしないだろうが、一応スープを飲む際に

は気を付けることにする。

 

「はいどうぞ、出来立てが一番ですよ」

「やったぁ!早速いただきます!……んん、美味しい!」

 

 気を付けようと思った直後にしげまるはスープを口にしたようだ。毒消し草はふくろに入っていただろうかと考えていると、しげまるからスープを飲まないのかと尋ねられる。

 

「どうかされましたか?スープが冷めちゃいますよ」

「いや、少し考え事をしていただけだ。……うむ、いい味だな」

 

 空腹は最高の調味料だと聞いたことがあるが、それも相まってスープがとても美味しく感じられる。味はそれほど濃くなく優しい味と言ったところだろうか、具材は野菜を中心としたもので、人

肉のような物騒な物は入っていないと信じたい。……儂は人肉など絶対食べないし、勇者に話す予定だったはらわたを食らうという表現は比喩だと一応説明しておく。

 

「そういえばさ、プロットはこの辺の地域に詳しいの?」

「儂としげまるはこの辺りの地理に疎くてな。良ければ、少し話してくれないだろうか」

「ええ、良いですよ。これがこの大陸……フォロッドの地図です」

 

 こいつ、地図を差し出したな。道案内のような内容では無く、地図の方が分かりやすいと判断し、そしてそれを上手く使い説明しようとする様子を見ると、かなり知能が高いと言っても過言ではないだろう。人間では普通かもしれないが、これは恐らく誰かに作られた機械の魔物。製作者の顔を見てみたいものだ。

 

「私の小屋は、この大陸の西の森にあります。そこから東に進むとフォロッド城、さらに東に進むとフォーリッシュの町があります」

「一応聞いておくが、それは人間の町か?」

「はい、人間の住む町……ですが、バラモスさんは事情を知らないようですね」

 

「フォロッド城、及びフォーリッシュの町は、現在からくり兵と呼ばれる魔物に侵攻を受けています。圧倒的な物量と兵力により、フォーリッシュの町はいつ陥落してもおかしくはないでしょう」

「そのからくり兵という魔物、お主と同じ見た目をしているのではないか?」

「……ええ、今では外を歩いていても見かけるのはからくり兵ばかり。あなたも見た目は知っているようですね」

 

 ちらりと見せた悲し気な表情、と言っていいものだろうか。それでも、儂の発言を聞いたプロットに感情の動きを感じられたのは間違いない。とりあえず謝罪するとするが、機械というのに人間味を感じるとは、一体どうなっているのだろうか。

 

「すまない、一緒にしているつもりでは無いのだ。プロットはそのからくり兵とは違うことはよく分かる。こうして少し話しただけでもな」

「ありがとうございます。実はそのからくり兵は、町からさらに東にある場所から出発し、町を延々と襲撃しています。そこでと言っては何ですが、バラモスさんとしげまるさんにお願いがある

のです」

「スープをくれたし、オレさまに出来ることなら協力するよ」

 

 儂としてもしげまると同意見だが、頼みは恐らくからくり兵と関連した問題だろう。とりあえず予想できるのは、そのからくり兵の拠点を儂としげまるで襲撃し、町への侵攻を止めることだろう

か。プロットと同じ種族であるはずだが、ここまで差が生まれることは考えづらい。これにはきっと深い理由があるはずだが。

 

「その……フォーリッシュの町をからくり兵から守って欲しいのです」

「ほう、人間が住むという町を魔物である儂に守れと?構わんが、理由を聞かせて欲しいものだ」

「オレさまも気になるなー。プロットが人間を守ろうとしているんでしょ?」

 

 この世界、と言っていいのか分からないが、儂のしてきた事を大半は知らない人間ばかりだろう。そのため、別に人間を守るだとかそういったことは全く問題は無いし、仮に人間から出ていけ

と言われようが町に近づくからくり兵は全て討伐するつもりだ。個々の力は儂からすれば大したことはないので、適当にイオナズンや激しい炎を吐いていればどうにかなるだろう。

 それに、プロットには助けてもらった恩もあるが、ここで力になれば緑の宝石が再び力を発揮するかもしれない。というわけで、儂にはこの依頼を断る理由はない。

 

「今日はもう遅いですし、また明日に詳しくお話します。もしよければ泊まって行ってください」

「……む、もうそんな時間だったか。安全な場所で眠れるのは久しぶりだな」

「そうだね。あっおじちゃん、明日に備えて冒険の書に記録しておいたほうがいいんじゃない?」

 

 確かにそうだと思ったわしは、ふくろから冒険の書を取り出し、これまでの冒険の記録をつける。色々と気になる所があるが、今は明日からの戦闘に備えておくとしよう。

 




・プロット
 この二次創作オリジナルの魔物。見た目はからくり兵と同じだが、身体の色が若干異なっている。言葉を話し、意思疎通をすることが可能。


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バラモスよ、今こそテンションをためろ

 儂、魔王バラモス。ふかふかな布団に身を包まれ、ほんのり暖かい日差しが儂に優しく朝が来たことを伝えていた。天国なのかとも思えるような居心地なので、もう少しぐっすりと……

 

「おじちゃん!朝だから!布団に籠ろうとするのはやめて起きてよ!」

「儂、多分魔王バラモス……誰だ?儂の眠りを妨げるのは……」

 

「変なこと言ってないで!ほら、プロットも起きて欲しそうに見てるからさ!」

「え?ええ……確かに、出来るだけ早く出発したいですが」

 

 魔王たる威厳の欠片もないようだったが、儂はここが天国ではなくプロットの家だと思い出しはっと飛び起きる。昨日の夜に久しぶりに寝具で眠ってから、あまりの気持ちよさに我を見失う所

だった。いつからくり兵が襲撃を始めてもおかしくないため、儂はすました顔をして布団を畳む。

 

「……あまりに気持ち良かったのでつい離れたくなくなってしまってな。それでは、詳しい話を聞かせてもらおう」

「分かりました。スープとパンを用意していますので、朝食にしながらお話しましょう」

 

 いつものような厳格な雰囲気……は、出ているだろうか。もうただの年を取った魔物にしか思われていないかもしれないが、それはそれで気が楽かもしれない。儂は畳んだ布団を片付けつつ、窓

の外を確認する。アレフガルドのように暗い世界ではないらしいが、不思議なことに部屋に差し込んだ日光を浴びるだけでも不思議と力が湧いてくるようだった。

 はっきり言って、儂は魔物の中でも異端なのかもしれない。魔法や力で魔王という地位までのし上がったが、闇の世界のように暗い場所は好きではないし、そもそも人間と対立することも余り好

んではいない。恐らく儂の弟も同じだろうが、あいつはゾーマ様により近い立場のため儂よりも辛い思いをしているだろう。とにかく、儂はゾーマ様とはそりが合わないのだ。まあ、それを表に出

すことは一切なかったが。

 

 用意されたパンとスープを食べるために椅子に座り、程よい温度になったスープを飲みながら、儂自身の立場について今一度考えてみる。どうせゾーマ様とは考え方が違うのだから、仮に勇者を

討伐してもその後に処刑されてもおかしくは無いだろう。死にゆくものを美しいと考えるゾーマ様と、小さな小屋に差し込む日光に心を支えられる魔物など気が合うわけがない。

 

「何か悲しそうな顔をされていますが、大丈夫でしょうか?口に合わなかったのでしょうか……」

「すまない、少し考え事をしていただけだ。スープも儂好みの優しい味だし、とても美味しいよ」

「それじゃあからくり兵のお話を聞かないとね!町を襲うやつを倒せばいいんだったっけ?」

 

 確かに、それが今回の本題だった。考え事などしている場合ではないと自分に言い聞かせ、プロットの話に真剣に耳を傾ける。宝石が気になるだけではなく、一宿一飯の恩を返すことも儂にと

っては重要なのだ。

 

「バラモスさんとしげまるさんに向かって欲しいのは、ここから近くにあるフォロッド城ではなく、からくり兵の襲撃を最も受けている、フォーリッシュの町を護衛してもらいたいのです。

 今は街の兵士や住民が辛うじて退けていますが、あと数回襲撃を受ければ町は陥落してしまうでしょう。からくり兵を討伐することはもちろんですが、住民を守ることを最優先にお願いします」

 

「三つ質問をさせてもらおう。まずは期限、いつまで町を守り続ければいいのか。次はどうしてからくり兵の拠点を襲撃しないのか。最後に、どうして人間を守るのかを聞かせて欲しい」

「分かりません。数日か、それ以上の期間は町を守ってもらうことになると思います」

 

 どうやら何も決まっていないらしい。淡々と話すプロットからは、機械だとは思えないような覚悟が伝わってくる。儂から何を感じ取ったのかは知らないが、儂にこの案件を頼んだことは正解だ

ろう。からくり兵の強さがあの時戦った程度なら、数日守ることなど容易いこと。町のあらゆの方向から侵攻されても、儂の呪文で一網打尽にできることは目に見えるようだ。

 

「バラモスさんにはからくり兵の拠点を襲撃する準備が整うまで、町を守っていて欲しいのです。私が人間を守りたいのは……私の生みの親も、きっとそう思っているから。私は、人間の命を奪う

からくりたちを食い止めたい……」

「分かった。必ず町を守ることを約束しよう。スープとパン、どちらも美味だったぞ」

「よしっ!それじゃあオレさまも出発するぞ!」

 

 儂はこのやり取りではっきりと理解できた。プロットを作った者とからくり兵を作った者は別人だろう。親を思う子というわけではないかもしれないが、これほど悲しそうな表情をする機械など

見たことが無い。顔が動くわけでもないし、声が震えているわけでもない。だが、儂にはこの機械が泣いているように見えた。

 プロットからここ周辺の地図を受け取ると、儂はしげまると共に小屋を出発し、フォーリッシュへの方角を確認する。体力が持つ限り走れば、今日中にはたどり着くことが可能だろう。しかし、

人間を守れとの願いなので、からくり兵に儂の顔を覚えてもらう必要がある。

 

「しげまるよ。今から目についたからくり兵全てに喧嘩を売るが、絶対に歩くのを止めるなよ」

「おじちゃんが戦うならいいけど、オレさまが後始末するんだったらやだよ」

 

 しげまるだけが戦うことは無いと伝え、儂は歩きながらからくり兵が視界にいないか注意深く観察する。奴らも同じ魔物だが、儂が何の立場や地位にも縛られず、ただのバラモスだった場合は必

ずからくり兵を止めるだろう。

 絶滅を目的とした虐殺など絶対に許すことはできない。儂が魔王だった時でも、それだけは絶対にしなかった。あってはならないと、常に自分に言い聞かせてきたのだ。

 

 しかし、儂がこれから行うのはそれと同じようなものなのかもしれない。絶滅させてはいけないとの倫理観を持ちながら、自分は町を守るという大義名分を持ちからくり兵と戦おうとしている。

 自身の中の矛盾に葛藤することなど珍しいことではないし、いつもは逆らったら死ぬのだと、下手に考えないようにしてきた。あてもなくさまよう魔物と化した今、己のするべきこと、やりたい

ことと向き合う時が来ているのかもしれない。

 

「おじちゃん!前の方に二匹のからくり兵がいるよっ!」

「良し!儂が注意を引き付けよう……『イオ』!!」

 

 前方で小規模の爆発が起き、爆発が収まる頃に目に入ったのは、激しく部位を損傷し動けなくなった二匹のからくり兵だった。注意を引き付けようと下級の呪文を使ったつもりだが、まともに

受けた結果動けなくなるほどのダメージを受けたらしい。一瞬で痛々しい姿に変わったからくり兵を見て、思わず後ろめたい気持ちになってしまう。

 

「……魔物を倒すのって、やっぱり抵抗があるの?」

 

 じっとからくり兵を見ていた儂に、しげまるがそう質問する。歩みを止めたつもりはないが、少し進むのが遅くなっていたかもしれない。

 

「ああ。倒さなくても良かったんじゃないかと思ってしまうよ」

「おじちゃんって強いんだね。オレさまは何とも思わないや」

 

 焦げたようなからくり兵を目の前にした時より衝撃的な感覚が儂を襲う。しげまるは、同じ魔物と戦っても何とも思わないのか?儂はその発言を聞き、町へと進めるはずの足を止めてしまった。

 

「……本当に何も思わないのか?同じ魔物なんだぞ?」

「オレはおじちゃんみたいに強くないから、戦うってことは死ぬことと限りなく近いんだ。オレは死にたくないから、どんな魔物に襲われても必死に逃げるか戦うかを選ぶよ。

 だけど、おじちゃんは本当に強いんだろうね。別に魔物と戦わなくたって生きていけるってことでしょ?そんなこと考えたこともなかったな。生きるために戦うもんだと思ってたよ」

 

 儂は今、全く違う意見を持つ魔物と行動を共にしていることを理解した。生まれながらの才能だとか、そういったことは意識したことが無かったが、少なくとも儂は()()魔物だったのだろう。

 儂自身、自分より強い弟やゾーマ様といった存在を意識したことは少なからずあったが、弱肉強食の世であるに野生の魔物の事情からは目をそらし続けていたのかもしれない。フォーリッシュへ

と向かうため再び歩き始めたが、儂の足取りは重たいものだった。

 

「守るために戦うっていいよね、なんだか御伽噺みたいでさ。オレは……からくり兵と戦うよ。誰かのために戦うなんて初めてだし、何よりプロットと約束したからね。おじちゃんはどう?」

「……そうだな。迷っている時間など無いことは分かっている。なに、儂が着いたら一人も犠牲など出させないさ」

 

 しげまるの言葉を聞いて、儂の中で何かが途切れたような気がした。それが何かは分からないが、今はフォーリッシュへ向かい人間を守るのが儂のするべきことなのだ。そう、ただ一匹の魔物

として、それを頭に叩き込む。

 

「急ぐぞしげまる、この時間もからくり兵が町を襲っているかもしれない」

「そう来なくっちゃ!オレさまも頑張って守って見せるぞー!」

 

 木づちを振り上げながら走りだしたしげまるの後を追う儂は、自分の中で何が途切れたのかを理解した。儂はゾーマ様の部下では無くなったのだ。

 大魔王の部下が世界の果てまでも儂を追いかけてきたとしても、今という時間が儂にとってとても有意義なものであったと誇ることができるだろう。本当に終わりが来るその日まで、好きなよう

に生きる事を決断するのであった。

 

 

 

~~

 

 堅牢な城らしきものを通り過ぎ、そこから暫く移動を続けると、城とも見劣りしないほどの要塞のような町が見えてきた。恐らくフォーリッシュの町はここで間違いないだろう。入口に群がるか

らくり兵を見れば、町の特徴を知らなくても一目で危険な町だと認識できる。

 

 からくり兵と食い止めようと数人の兵士が立ち向かうが、遠目から見ても不利な状態であることは一目瞭然だ。放っておけばいつ陥落してもおかしくは無いと聞いていたが、ここまで危ない状態

だったとは、自分の認識の甘さを思い知らされる。

 

「しげまるよ、少しだがふくろに入っているやくそうを持って行け。今から町の入口にいるからくり兵を全て吹き飛ばすから、しげまるは怪我人を頼む」

「分かった。オレさまは先に向かってるね!」

 

 しげまるを先に向かわせたものの、儂もぼーっと立ってその姿を眺めているわけではない。同じく町に向かいながら、兵士を巻き込まないように手加減しつつ一番の威力の呪文を放つ。

 人間を巻き込まないことなど簡単だが、問題はその後、儂たちを人間が受け入れるかどうかだ。本当に同族を守りたいのなら儂としげまるの力は喉から手が出るほど欲しいだろうが、そう上手く

いくだろうか。

 

 予定通りに入口のからくり兵を全て吹き飛ばし、目の前で大爆発が起きたためか兵士が腰を抜かしていることが確認できる。

 あれほどまでに苦戦したからくり兵を一撃で、それも一掃してしまうなど考えもしなかっただろう。

 

 周辺の地形に一切影響を与えず、からくり兵だけを吹き飛ばすように詠唱したつもりだったが、それがかえって恐怖心を煽っている可能性がある。

 もう少し手前に爆発を起こすべきだったかと考えつつ、儂は腰を抜かした兵士の前に立ち、しげまるに背後に立つように伝え、要件を単刀直入に話した。

 

「ま、魔物がこの町に何の用だ!?それ以上前に出てみろ、容赦はしないぞ!」

「……儂はこの町を襲いに来たわけではない。からくり兵から守るように伝えられている」

「別にからくり兵と一緒に襲撃しに来たわけじゃないよ……ほら、やくそうをどうぞ」

 

 はたしてこの言葉だけで納得するだろうか。儂に対してひどく怯えた態度だし、容赦はしないと言いつつ腰を抜かしたままだ。別の兵士は一応槍を握っているが、先端は細かく震え、恐怖心を隠

そうともしていないようだった。

 

「一体何が目的なんだ!?この町を守ってどうするつもりだ!?」

「別に儂たちに協力しなくても勝手に守らせてもらう。そっちの方がやりやすいか?」

「おじちゃんもそんなこと言わないでさ、兵士さんも落ち着いてよー」

 

 しげまるが間に立っているが、きっと話が嚙み合うことはないだろう。適当に近寄るからくり兵と討伐するかと思った時、町の奥から一人の男がこちらに向かってくる。

 兵士という割に消耗した様子ではないが、一般的な人間とは違う雰囲気を感じる。その男はその場にいた兵士全員に詰所に戻るように伝え、儂の目の前に立ちふさがった。

 

「私はトラッド。フォロッド城で兵士長を務めている。お前たちは何故ここに?」

「最初から話していた通り、この町をからくり兵から守るためだ。簡単に納得はできないだろうが、儂も頼まれた以上、からくり兵の脅威から町を守るつもりでいる」

「そうそう、このおじちゃんの名前はバラモス、オレさまはしげまるっていうんだ」

 

 話が分かりそうな人物が現れたが、儂の言葉を聞いても怪訝な表情を変えはしなかった。今のところはからくり兵の姿は見えないが、いつどこから襲ってくるかは分からない。

 

「町全域を見渡せる場所に案内してほしい。儂はそこから呪文を放ち、町をからくり兵から守ってみせよう」

「えっと、オレさまは……やくそうを配りながら戦うよ。うん」

 

 この言葉に噓偽りはないし、裏の目的など一切ない。この人物、トラッドが儂たちを信頼するのか、儂からしても興味はあった。儂の顔をじっと見つめているが、こいつは人の目を見て判断する

ような人間なのだろうか。儂は嘘などついていないので、同じくトラッドの顔を見つめ続ける。

 

「今は四の五の言っている場合ではないだろう。バラモスと言ったな、この町一番の見晴らしのいい場所に案内しよう。しげまるは怪我をした子供たちを見てやってくれ」

 

 このトラッドという人物には、儂の目がどう見えたのだろうか。とにかく効率良く町を守ることができることは喜ぶべきことだろう。儂はトラッドに礼を言うと、建物の中へと案内された。

 しげまるとは一旦別行動になるが、あいつに子供の怪我を任せるのは正解だろう。治療できるかはさておき、儂のようなしわしわな魔物が向かっても子供は怖がってしまう。しげまるのような可愛げのある魔物の方が向いている。

 

 空が若干赤みがかってきた頃、儂は建物の屋上に待機し、からくり兵の襲来に備えていた。あれからトラッドは儂に対して何も言うことは無く、しげまるもなぜか子供と遊ぶほど打ち解けている

らしい。

 夜になればからくり兵の発光している部分を頼りに呪文を放つしかないが、流石に正確に破壊できるか不安が残るため、松明や照明になるものを用意してもらった方がいいかもしれない。トラッ

ドは既に城に戻ったらしいが、そうなると誰に頼むことが適切だろうか。

 

 屋上には教会が立っておりそこに居る神父やシスターに頼む手もあるが、儂のような魔物でも話が通じる相手だろうか。ここで住民と問題を起こすのは面倒なので、話しかける人物は慎重に決め

る必要があるだろう。見晴らしもいい場所なので、少し地上を見下ろしながら周囲を見渡してみる。すると、人間が目に入る前に青いからくり兵を発見した。

 

 すかさず儂は呪文を唱えると、小規模の爆発とともにからくり兵は動かなくなった。一体だけで攻めてきたとは考えづらいため、これから戦闘が始まる可能性が高いと判断できる。爆音に気が付

いたのか屋内から複数人の兵士が現れ、焦げたからくり兵を見たあと、屋上にいる儂を見つめた。

 

「からくり兵が来たぞぉ!戦える者は戦闘に備えるのだ!!」

 

 儂がからくり兵の存在を伝えるより早く、からくり兵を監視していた兵士がそれの襲来を伝える。血相を変えて武器を取りに行く兵士と同じように、儂もひとまず数を確認するべく目撃された

方向に向かうが、儂にはそこにあるものが良く理解できなかった。

 

 草原を覆いつくすほどの青、海が広がっているのかとも見えるような、想像を絶する数のからくり兵が町へと進軍していた。

 よく耳を澄ませると、部品同士がこすれ合うような音が徐々に近づいて聞こえてくるため、魔法で姿を誤魔化しているわけではないらしい。

 

 儂とてあの大群を一撃で消し飛ばすような魔法を放つことができるかは怪しい。数回に分けて討伐してもいいが、それでは倒しきれなかったからくり兵が町に侵入する可能性がある。

 一時的に儂の呪文を強化できるような都合のいい手段など……いや、無くは無いかもしれないぞ。儂は一旦建物の中に戻り、子供の怪我を任されたしげまるを捜索する。

 

「あーもう、頭をわしゃわしゃするのはやめてよー!オレさま、ぬいぐるみじゃないんだからね!」

 

 子供たちに大分気に入られたらしい。しげまるを借りるのは少し悪いが、今はしげまるの行った、全身に力を溜めるあの技術が必要になると考えている。儂は子供に気付かれないように、離れた場所からしげまるにこちらへ来るように指示した。

 

「オレさまからくり兵と戦わなくちゃいけないから、またね!……ふう、おじちゃんどうしたの?もうこっちにからくり兵は来てるんでしょ?」

「草原を覆い尽くすほどの大群が来たが、ここに到着するまで少し時間がある。だが、儂でも一度に相手するには数が多すぎてな……そこでだ、あの時の力を溜める技術を教えて欲しい」

 

「えええ、あれでしょ?こう、感覚でいつも力を溜めてるから、上手く教えられるか分かんないや……時間もないし、屋上でいつでも迎撃できるようにして練習しよう」

「ああ、頼む。時間が長引けば夜になってしまうからな。儂も真夜中に戦うことは避けたい」

 

 急いで屋上へと向かうと、からくり兵の大群はもうすぐそこに迫っていた。弓のような武器を持っていたらもう少し早く対応しなければならないが、幸い近接武器しか持ち合わせていないよう

だ。とはいえ本当に時間がない。最悪儂が習得できなければすぐにイオナズンを放つが、出来れば一掃して被害は最小限にしたいところだ。

 

「いい?時間がないからコツだけを伝えるからね。まず、身体の一部分じゃなくて全身に力を溜めるんだ。オレさまの真似をして覚えてね。

 二つ目に、一気に力を溜めようとしないこと。段階に分けると効果があるんじゃないかな」

 

 見よう見まねで力を溜めるが、からくり兵の先兵がついに門を守る兵士に攻撃を始めたため、中途半端だが撃つしかないだろう。しげまるは門を襲うからくり兵に突撃していき、自分の木づちで

からくり兵を一撃で粉砕した。

 一発だけでいい、儂もしげまるのように自分の魔力と力の全てを込め、最上位の呪文を唱える。

 

「絶対に人間を巻き込まないように……儂ならできる。……『イオナズン!!』」

 

 目先のからくり兵に喧嘩を売るような、小手調べの呪文ではない。儂の実力全てを込めた呪文は街の外周を爆炎で包み、町に迫るからくり兵の大群を巻き込むように爆風が広がっていく。

 鼓膜が破れそうなほどの轟音を放ちながら、儂の呪文は町に近づくからくり兵全てを飲み込んでいき、しばらくして町は驚くほどに静まり返った。

 

 儂はすぐに屋上から外の様子を確認すると、かなり離れた場所に居るからくり兵を倒すことは出来なかったが、あのからくり兵の海を消し飛ばすことに成功したのだろう。あれほどの数のからく

り兵は、破片を残すことなく消え去っていた。

 

「おじちゃーん!何!?何をやったの!?兵士さんはみんなびっくりしてるよ!?」

「しげまるよ、今の爆発で人間に被害は出たか?」

 

「全然。からくり兵が勝手に爆発したんじゃないかって言われるくらいだよ。でも、おじちゃんがやったんでしょ?」

「ああ、儂の呪文だ。しげまるのおかげで町をからくり兵から守ることが出来た」

「えへへ、すぐに力溜めを覚えるなんて、やっぱりおじちゃんはすごいや!オレさまも負けてられないね」

 

 自分の目でも確認したいが、とりあえず今の爆発で人間に被害を出すことは無かったらしい。仕事をこなせたことに安心しつつ、儂は次の襲来に備える。沈む太陽を眺めながら、儂は再び力を溜

めるのだった。

 




・力を溜める
 DQ5のような力溜めではなく、しげまるの力溜めはDQ8のテンションを上げる方のためると同じ扱いです。なので、バラモスもためるを完璧に習得すべく努力を続けていきます。


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バラモスよ、そのからくりはとても強いぞ

 おかげさまで評価バーに色が付きました。この作品を評価してくださりありがとうございます。
 原作から逸れた展開が多くなりますが、完結までお付き合いいただけると嬉しいです。


 儂、さすらいの魔物バラモス。からくり兵の大軍を一掃した後、夜通しフォーリッシュの警護にあたるつもりでいたが、住民に仮眠しろと進められ、目覚めた頃には朝になっていた。

 朝日に気付いた瞬間に冷や汗が流れたが、あれからからくり兵が町を襲ってはいないらしく、兵士も監視役を代わる代わる勤めている様子や、全く変わっていない町を見れば、警戒はしているが

襲ってきていることはないと判断してもいいだろう。

 

 昨夜の間に何が起きたか知りたいなら、監視役の兵士に尋ねるのが得策だと考えた儂は、一度屋内に入り、兵士詰所に移動しようかと考えた。だが、屋内に入る最中に町の入口に四人組の人間が

立っていることを確認した儂は、注意深くその人間たちを見つめる。

 一目見ただけでこの町の住民ではないことが分かるが、こんな危ない町に一体どんな用事があるのだろうか。屋上から見つめる儂に気付いてはいないが、そのまま町の様子を見て回るとなると、

儂やしげまるがいつ見つかってもおかしくはない。

 

 この町の住民は儂としげまるを信用してくれている……と思いたいが、よそ者からすれば町に居座る魔物など警戒しないわけがない。ひとまずしげまるに知られて、身を隠すべきだろう。

 

「おはようおじちゃん!昨日は凄かったねぇ!」

「ああもう、お前はこういう時に限って……!いいかしげまる、一旦教会に入るぞ」

 

 四人組の人間をちらりと確認するが、こちらに気付いてはいないらしい。ひとまず問題を起こさないようにしげまるを担ぐと、近場の教会へと入っていく。

 ここで教会に入ったことは正解だと信じたい。神父もシスターも魔物を嫌っていそうな印象を勝手に抱いていたが、しげまるや儂に休憩するように勧めたのは教会の人々だった。四人組の人間も

わざわざ二階にある教会まで登ってこないだろうし、しげまると今後の話をするとしよう。

 

「おやバラモスさん、昨日は本当にありがとうございました。あなたがいなければ町はどうなっていたか……」

「いいんだ。儂をこの場所に置いてくれた兵士長に感謝してくれ……そうだ神父さん、あなたはこの宝石を知っているか?」

 

 儂はしげまるに緑の宝石を差し出すように伝え、神父にそれを見せた。まじまじと見つめていたが心当たりはないらしく、価値があるものだとは分かるが、詳細はさっぱり分からないとのこと。

 

「やっぱり分からないかー。オレさまもさっぱり……あれ?おじちゃん、外から足音がするよ」

「いい?ちゃんとここで冒険の書に記録しておくの……きゃああ!?魔物じゃない!なんでこんなところに!?」

 

 勢い良く扉が開かれたと思えば、賑やかな四人組の人間が現れた。近くから見ると大人が集まっているわけではないようだが、こんな場所に一体何の用事なのだろうか。

 

「あ、アルス!早くこんな魔物やっちゃいなさいよ!」

「待て。儂は別に戦うつもりではないぞ」

「そんなの信じられるわけないじゃない!ああもう、あんたたちも早く戦いなさい!」

 

 四人組のうち一人が騒いでいるが、他の三人は特に戦う素振りを見せず、逆に騒ぐ人間をなだめることに必死になっているようだ。念のためしげまるを隣に呼んでおくが、そもそもお互い街中で

戦闘する気など無いため、儂に出来るのは騒ぎが収まるまで待つことだけだ。

 

「……冒険の書に記録しに来たのではないのか?さっさと済ませたほうがいいと思うが」

「ほら、あの魔物の言ってる通りさっさと記録しようぜ。俺たちと戦う気はないみたいだしな」

 

 あの金髪の若者は儂の話に理解を示しているようだし、他の二人もそれに同意している。が、それでも魔物が教会に居ることに納得いかないらしく、まだ騒ぎは落ち着かない。

 

「それにしても、からくり兵だらけなのによくここまで来たよね。どんな用事があって来たの?」

「俺たち四人はフォロッド城で雇われた傭兵でさ。これからからくり兵の拠点に侵入して、奴らを壊滅にまで追い込むところなんだ」

「ちょっとキーファ!魔物相手に喋りすぎよ!」

 

 子供を傭兵にするほど余裕が無いのかとも考えたが、からくり兵だらけの地域を四人で行動できるだけあって腕には自信があるようだ。しかし、キーファと呼ばれた少年と隣の少女は良く喋る

が、野生児のような恰好をした子供ともう一人の少年は本当に口を開かないな。

 

「儂たちはこの町の護衛として滞在しているのだが……お前たちが来たということは、儂の仕事は終わったと判断してもいいのか?」

「ああ、この町を守った魔物ってやっぱりあんただったんだな!ゼボットさんのからくり兵のおかげで戦わなくても済むし、もう町から離れても良さそうだけど……」

 

 思っていたよりかなり早かったが、からくり兵を完全に撃退する算段が整っていたようだ。キーファ曰く、儂がからくり兵の大軍を一掃してから、侵攻が一時的に止まっていたらしい。

 詳しい話はゼボットという男に尋ねればいいそうだが……

 

「ゼボットさんなら俺達の後からついてきてるし、町の様子を一旦見ているかもな。今なら町の近くにいるかもしれないぜ?」

「おじちゃん、オレさまたちがいない間に何があったか気になるし、ゼボットに会ってみようよ!」

「そうだな。キーファと言ったな、冒険の書にはこまめに記録しておくのだぞ……」

 

 儂はしげまるを連れ教会を出ると、急いで町の入口まで走っていく。儂としげまるの姿に住民は驚いていたが、その後とやかく言うようなことは無く、儂たちを静かに見送ってくれた。

 ゼボットという名がどうしても気になった儂は、からくり兵を探す時と同じように注意深く周囲を見渡し、機械を連れた人間がいないか観察する。

 すると、町に向かってくる二人の人間を確認できた。一人は兵士長のトラッド、そしてその隣には……プロットだろうか。

 

「……バラモスとしげまるか!町を守ってくれて本当に感謝している」

「ふん、魔物が町を守るなんて、変わった奴だな」

 

 兵士長の隣にいるのはゼボットだろう。二人に挟まれるようにプロットが歩いているが、儂としげまるの顔を見ても挨拶どころか目線を合わせることさえしなかった。

 

「町を守って欲しいと頼まれたものでな……プロットはこんな場所にどうした?その二人とは知り合いなのか?」

「オレさま……というよりおじちゃんが大半をやっつけたけど、ちゃんと町を守ったよ!」

「待て、どうしてその名を……トラッド、この魔物たちと少しだけ話をしたい。いいか?」

 

 儂たちに興味を示さなかったゼボットの目の色が代わり、突然儂たちと話がしたいと言い出した。儂たちの実力を知っているからか、トラッドからも許可が下りる。

 

「人がいない場所に行くぞ。誰かに聞かれたら面倒だ……エリー、行こう」

 

 見た目はプロットそっくりだが、エリーという名のからくり兵らしい。手に持っていた武器は取り外されている所もプロットと共通しているが、声を発することは一切無かった。

 儂としげまるは町の外壁の外側、人が寄り付かないような場所まで移動した。他人に聞かれてはいけない話となると、プロットは何か秘密を抱えていると考えても良さそうだ。

 

「どうしてお前たちはその名前を知っているんだ?プロットは僕が……いや、質問に答えてくれ」

「腹を空かせて彷徨っていた時、プロットに助けられてな。食事と寝床を用意してもらった後に、町を守って欲しいと頼まれた」

 

「プロットはそこで何をしていた?どんな姿だった?」

「詳しいことは儂も知らん。姿はそこにいるからくり兵と瓜二つだったぞ」

 

 質問をすればするほど、ゼボットの顔色が悪くなり、表情が曇っていく。儂からしても何が起こっているのか分からないが、プロットはゼボットにとって何かがあるのだろう。そうでなけれ

ば、からくり兵の名前一つでここまで辛そうな表情はしない。

 

「……プロットは生きていたのか。誰にも話す事は無いと思っていたけど……あなたには伝えておくよ。確か、バラモスという名前だったね」

「聞こう。お前が話したいのなら、儂はその話を聞くぞ」

 

「ありがとう。……僕はこのエリーを改造する前に、一度だけからくり兵を改造したことがある。それが三人目のエリー……プロットだ。

 僕は永遠に死なない存在であるからくり兵に興味があってね。とにかく……僕はプロットの改造に夢中になって取り組んだ。

 初めてからくり兵に触れたから、色々と試してみたんだ。破壊の言葉を取り除いて人を襲わないようにしたり、武器を取り外したりした。僕は、それからさらに感情……気持ちが理解できるのか

を試してみた。結果は大成功だったよ。

 

 だけど、それがいけなかった。確かに、プロットが喋るようになって生きることが楽しくなったよ。それから暫くして、プロットと散歩していた時……僕は魔物に襲われてね。僕をプロットが庇って、機体のかなりの部分が損傷したんだ」

 

「ちょっと会っただけでも優しそうだなって分かったよ。ゼボットと一緒に居た頃も優しい性格だったんだね」

「ああ、本当にその通りだった。僕はプロットを担いで研究所まで帰って、プロットを修理したんだ。それから、プロットは僕を守るために自分を改造しだしてね。

 僕はそれを見て……怖くなった。また僕を庇って、今度はいなくなるんじゃないかって」

 

 襲ってきた魔物を憎んでもおかしくはないが、こいつはプロットを失うことを何よりも恐れている。確かに、ずっとそばにいて欲しいなら、そこにプロットがいるだけでいいのかもしれない。

 

「僕は二度とエリーを失いたくなかった……だから、僕は名前をプロットに変えて、二度と起動しないようにした。どこかも分からないような森に置いて、僕は別のからくりの研究を始めた」

「えええ!?プロットを捨てちゃったってこと!?でも、どうしてプロットは動いてたんだろ?」

 

「そういうことになる。それから時間が経って、トラッドが僕に協力しろと言ってきた時、研究所にまた一匹のからくり兵が迷い込んできてね。あまり乗り気じゃなかったけど、僕はもう一度から

くり兵の研究を始めたんだ。

 プロットを改造しているから、エリーの改造にはそう時間がかからなかった。新たに発見したからくり兵を自由にするための装置を付けて、今度は感情を……死を理解させなかった」

「どうりでそのからくり兵が喋らない訳か。プロットと比べて大人しいと思っていたんだ」

 

 若干挑発するような意図を込めてはいるが、儂はゼボットが今、プロットのことをどう思っているのかを知りたかった。捨てられたも同然のプロットに、何も思わないはずがない。

 

「そうだろう。僕はこのエリーとずっと一緒に居るよ。……だけど、もしあなたがプロットにもう一度会うことがあったら――僕を守ってくれて本当にありがとうと、そう伝えてくれ」

 

 儂としては自分で言って欲しいものだが、もうゼボットはこのからくり兵、四人目のエリーと共に暮らしていくのだろう。儂は話を聞き終えると、しげまるを連れプロットの小屋へと向かう。

 

「では、儂はもう行くぞ。ゼボットも時間は無いだろう、からくり兵から町を救ってやってくれ」

「ええっと……ゼボットさんもエリーも、元気でね」

 

「ああ。バラモスさんも、プロットの願いを聞いてくれて……ありがとう」

 

 儂はゼボットに背を向け、地図に小さく示されたプロットの小屋まで歩きながら、しげまるに尋ねる。

 

「なあしげまるよ、あのゼボットという男をどう思う?」

「お、オレさまに聞くの?そうだなぁ……ちょっとプロットと似てると思った。ゼボットのからくりに対しての優しさは、プロットの人間に対しての優しさなんだと思う。それをちゃんと受け継い

だから、プロットはおじちゃんとオレさまに町を守るように頼んだんだよ、きっと」

 

 あの寂しそうな顔も、優しい心も、プロットの生みの親だと聞いて納得できた。だからこそ失うことが怖くなったのだろうが、儂には何も声を掛けてやることはできない。

 儂は離れていくフォーリッシュの町を見守りつつ、ゼボットが静かに生きていくことと、生涯エリーがゼボットを支え続けることを願うのだった。

 

 

~~~

 

「お腹減ったよう……おじちゃーん、何か食べる物持ってない?」

「持っていたらとっくに食事にしている。ああ、こんなことになるなら住民に食べ物を譲ってもらうべきだったか……」

 

 プロットの小屋まで近づいた時には、時刻は日が沈む直前まで過ぎ去っていた。かなりの期間町に滞在することを覚悟していたが、ゼボットとエリ―、そして城の傭兵によってからくり兵の騒動

は収まっていくだろう。

 その報告をするべく、極力急いで向かってはいるのだが……何時かのようにまた腹を空かせて向かっている儂たちだった。あの後非常食をいくらか買い込んでおくべきだったと後悔している。

 

「ほら、小屋が見えたぞ……っておい、しげまるよ急に走るんじゃない!」

 

 小屋が見えたとたん突然走り出したしげまるを追って儂も走るが、全速力のしげまるに追いつけるはずもなく、息切れしたまま少し遅れてプロットの小屋に到着した。

 

「あら、バラモスさんとしげまるさん!町はどうなったのか、お話を聞かせてもらえますか?」

「ああ分かった。とりあえず少し待ってくれ……」

 

 体の調子が戻るまで少し休憩すると、儂としげまるはテーブルへと案内される。間もなくして、あの時と同じようにパンとスープが用意された。

 

「とりあえず町のからくり兵だが……ゼボットの発明によって解決するだろう。儂たちはもうフォーリッシュに居なくてもいいと判断して帰ってきた」

「ゼボットさんが……そうですか。やはり彼が解決してくれたのですね」

 

「それとゼボットからの伝言だ。守ってくれて本当に本当にありがとう、と」

「……私がいなくても、もう大丈夫なんですね」

 

 伝言を聞いたプロットは俯き、小屋の中は一段と静かな空間になった。儂もプロットを励ましてやりたいが、掛ける言葉が思い浮かばない。何も知らない儂が励ましてもいいのだろうか。しげま

るも同じように、プロットにどう接したらいいのかを考えているようだった。

 

「彼を責めないであげてください。何も知らない人からすれば、彼の行ったことは非道に思えるでしょう。でも……私には分かります。私は、知ってはいけないことを知ってしまったのですね」

 

 それは、まさしくゼボットを愛していたからくりだった。プロットは怒りもせず、ただただ静かに頷いていた。それを見つめていた儂は、二度と起動しないようにされていたはずなのに、どうし

て小屋で生活していたのか気になり、プロットに質問した。

 

「私は、外部からの強い衝撃を受けない限り死にません。食事も必要ないですし、燃料も不要です。私は彼を守ろうと思って、自分自身をさらに改造しました……彼は私を二度と起動しなくした

つもりでしょうが、私はあらゆる外部からの干渉に対しての対抗策を考えていました」

「ゼボットを守るために自分を強化した結果、ゼボットの干渉でも死ななくなってしまったのか」

 

「彼は孤独です。私が隠れて彼を助けようと思っていたのですが……それももう必要ないでしょう。きっと、彼には新しいからくりが付いているはず」

 

 誰もいない森の中に小屋を建て、からくりである自身には不要であるはずの料理の技術を習得し、人間のように生活していたのは、ゼボットを守るためだったのだろう。結果的にプロットの存

在そのものが、フォーリッシュやフォロッド城の人々を守ることに役立ったのだ。プロットの研究をしていたからこそ、早急に街を襲うからくり兵に対して対抗できたのだと信じたい。

 

「ごめんなさい、変な話をして。スープが冷めちゃいましたね。温め直してきます」

「あのさ!プロットはこれからどうするの?ここにずっと住むの?」

 

 儂としげまるのスープを手に持ったところで、しげまるがそう発言した。スープを持つ手が止まったことから、プロットが動揺していることは間違いない。だが、儂たちにどうすることが出来

るだろうか。

 プロットがこの場に留まりたいなら何も言わずにここを去るべきだと思っているが、このしげまるの自信ありげな様子からして、何か変な事を言い出しそうな予感がする。

 

「オレさまとおじちゃんと一緒に来ない?宝石を頼りに冒険してて、ここにも宝石に引っ張られてきたんだ」

 

 こいつ、プロットの気持ちも考えず無責任なことを言いおって。どの道誘うつもりだったのかは知らないが、プロットの話も聞かずに誘うのは良くないだろう。儂がしげまるにそれを伝えようと

するが、その前にプロットが反応する。

 

「宝石というと、どんな物なのでしょう?少し見せてもらえますか?」

「確かおじちゃんに預けてたよね。おじちゃん、袋から取り出して……うわああ!」

 

 フォーリッシュからの帰り道にしげまるから宝石を預かっていたことを思い出した儂は、袋から緑の宝石を取り出した。すると、その宝石にどこからか光が集まっていき、とても強い力で天井へ

と引っ張られる。

 

「おいおい、しげまるこれはどうなって……一旦袋に入れるぞ!このままではどこに飛んでいくか分からん」

「綺麗な宝石ですが、それの指す方向に向かうと何があるのでしょうか?」

「詳しくは分からないけど、()()があるんだよ。誰かを助けると宝石が光って、どこかの場所に向かって動くんだ。でも、上に向かうなんで初めてだよね?どうしてかなぁ」

 

 宝石が光ったのはプロットと……ゼボットを助けたためだろうか。上に動いたとなると、空へと飛びたつかルーラで移動するかのどちらかだろう。事実、儂もトラペッタから全く知らないこの場

所にルーラで降り立ったためだ。

 ひとまず儂たちはスープを食べ終えると、落ち着いた様子の二匹の魔物へ儂は話しかける。

 

「プロット、お前は別に儂たちと一緒に来てもいいし、来なくてもいい。自分が思った方を選んでほしい。……しげまるも、急に仲間に誘うのは止めてくれ。相手の事情をまず考えるべきだ」

「分かったよおじちゃん。プロットはどう?」

 

「私がここに居続ける理由はもうありません。ここで延々と過ごすよりも、あなたたちと一緒に冒険したほうが役に立つかも知れませんね。……では改めまして、プロットと申します。これからよ

ろしくお願いしますね」

「やったぁ!よろしくね、プロット!」

「そうか。お主がそういうなら、儂は何も言わぬ。これからよろしく頼むぞ」

 

 しげまると儂の二人から、新たにプロットが仲間に加わった……が、正直これからの目標といった物が無いため、まずは話し合う必要があるな。

 

「出発は明日の朝でいいよね?次もおじちゃんのルーラ頼りになりそうだなぁ」

「えええ?目的だとか、目標は決まっていないのですか?」

「大雑把に言えば人、いや魔物助けだろうか。ルーラの行先には……むう、やはり知らない行先があるな」

 

 本来であれば自身が訪れた場所にしか移動できない呪文だが、宝石の力が働いているのか行先は全く知らないような場所が頭の中に浮かんでくる。

 

 出発はやはり明日の朝になるだろう。ひとまず儂は冒険の書に記録をつけ、これからの方針をしげまる、そしてプロットに話すのだった。

 




 ゼボットならもっと高度なからくり兵を作れただろうに、どうして作らなかったのかと妄想した結果、プロットが誕生しました。
 原作からかなり改変していますが、ここから先である現代のフォロッドのお話は何も変わらず、大陸のどこかに小屋が残っているだけです。


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タイジュに潜む大蛇のお話
バラモスよ、お前はメラ系の呪文が得意だぞ


・錬金釜
 プロットが作成した簡単な錬金釜。高度な錬金は出来ないが、簡単な錬金なら難なく行うことができる。


 儂、さすらいの魔物バラモス。プロットとも一緒に行動するようになったとはいえ、これからどこに行くのか予定もなく、ひとまず旅立ちの準備を進めているところだった。

 

「バラモスさんのふくろって便利ですね。これならいくらでも物が入りそうな気がします」

「ある程度持っていく物は選んでくれよ……これは儂の大切な物だからな。調理器具や食材を持って行くことは賛成だが、その変な釜は何だ?それも料理に使うのか?」

 

 昨晩に一度眠ってから出発しようと伝え、ぐっすり眠った朝に出発の準備をしようとしたのはいいものの、プロットの持ち物が多く中々出発することが出来ない。

 これまでと同じなら得体の知れない場所まで飛んでいくことが予想できるが、あらゆる事態に備えようとしているのかプロットは沢山の物を持って行きたがる。特にふくろの容量を多く使うであ

ろう謎の釜、一体何の役に立つのであろうか。

 

「錬金釜ですよ、錬金釜!これを使って私は色々な家具だとか道具を作って生活してたんです!これ、私の手作りなんですよ!」

「へぇー、色んな道具を作れるってことは、もっと強い木槌も作れるのかな?」

「自分で作れるなら材料を持って行けばいいんじゃないか?それを儂のふくろに入れると、多分調理器具が入らなくなるぞ」

 

「錬金釜を作るのはとても大変なので、出来ればそのまま持って行きたいです……材料もとても貴重ですし」

 

 儂からすれば、好きな物を持って行ってくれとしか言いようがない。錬金釜とやらがどれほどの物なのか知らないが、本当はとんでもない物をプロットが作った可能性もある。知らないことが多

すぎるので、ここは錬金釜の説明を求めるべきだろうか。

 

「錬金釜というのは、二つの物を入れて新しい道具を作り出す魔法の道具です。釜を作ることも、錬金する技術も必要ですし、道具を錬金するためのレシピも必要ですが、上手く使えば凄い道具を

錬金することができますよ!」

「じゃあさ、食べ物を入れたらどうなるの?料理が出来上がるのかな?」

 

 しげまるの素朴な疑問に黙り込むプロットだが、自分は食事が必要無いため試したことは無いらしい。正直、釜に食材を二つ入れたところで碌な料理が出来る気がしない。

 肉と胡椒を入れ、程よい温度で美味しく焼き上げる程度の調理が出来るのなら是非とも持って行きたいが、そう上手くはいかないだろう。

 

 ここはやはり実用的な食糧と調理器具あたりを優先するべきだと発言しようとするが、何故かプロットが錬金釜を抱えながら儂の顔を見つめてくる。こいつ、どちらかがいいか尋ねておきながら

本当は錬金釜を持って行くと決めているな。

 

「……儂もその気持ちは少し分かる。錬金釜を持って行くとしよう」

「そうですよね!ありがとうございます、バラモスさん!」

「オレさまはおじちゃんのふくろに頼りすぎるのもどうかと思うけどなー。まあ、その錬金釜も結構大きいし、何でも入りそうなおじちゃんのふくろに頼りたくなっちゃうよね」

 

 しげまるの言うことにも一理あるだろう。儂の道具ふくろは勇者が使っているものと同じで、あらゆる道具をふくろに収納することが出来る。ただ、勇者のふくろと違い儂のふくろは未完成の品

らしく、容量に制限がありあらゆる道具を魔法の力で収納し放題というわけにはいかない。

 

 魔王になってからしばらくの期間、とりあえず使えそうな物はまとめてふくろに押し込み続けた結果、いつ使うのかも分からないような物が儂のふくろの中に大量に入っている。

 主に人間の町の侵略を進めた際に儂に献上されたものと、部下に持たせられないような道具が詰まっている……が、数が多すぎて儂も良く覚えていない。

 

「どこかに商人がいれば、ふくろの中も整理できそうなんだがな……」

 

 プロットから錬金釜を受け取った儂は、小屋の外にプロットとしげまるを連れ出す。トラペッタの時と違い、ここフォロッドでは一刻も争うような事件が起こっていた。

 次に降り立つ場所でも何か事件が起こっていることを考えると、すぐに出発するべきだ。しかし、儂は最後にプロットに聞いておきたいことがある。

 

「今からルーラを唱えるが、儂にも本当に行先が分からんぞ。恐らくここへは二度と戻ってこられないだろう……プロット、本当に儂についてきていいんだな?」

「ええ、勿論。からくり兵の私がここにいても、いつか誰かに見つかってしまうでしょう」

 

 自分でもしつこいとは思ってはいるが、本当に帰ってこれないかもしれないので聞かずにはいられなかった。ルーラの行先に浮かぶのは知らない場所一つのみで、儂の記憶に残っているネクロゴ

ンドやトラペッタに飛ぶことはできない。

 おまけに儂の魔力が衰えたのか、宝石が光を宿した状態でなければ呪文(ルーラ)そのものが扱えない。

 緊急時に逃走手段として使用できないのは不便だが、一度死にかけた時に力を失ってしまったのだろうか。

 

 いやしかし、しげまるが奇妙な道化師の男に襲われそうになった時はルーラが使えたか。確か宝石は光っていて、かつ不審な者に襲われるという限定的な状況であったが、宝石が光ってからいつ

までルーラが使えるのか試しておきたい所だな……

 

「おじちゃーん、出発するんじゃないの?怖い顔してどうしたのさ?」

「すまん、少し考え事をしていてな。しげまるもプロットも、儂から離れるんじゃないぞ……『ルーラ!』」

 

 ふわりと三匹の魔物の身体が浮き上がり、どこか知らない目的地へと飛び上がる。目まぐるしく風景が変化するわけでもないが、とにかくしげまるとプロットがはぐれないように精神を集中さ

せ、無事に着地できるように魔力を調整し続ける。

 速過ぎる移動速度ゆえに周りの様子など全く分からないが、二匹の魔物の姿はしっかりと確認できる。目的地さえ決まっていればこれほど気合を入れなくてもいいのだが、如何せん行先不明であるためにこれからは苦労させられそうだ。

 

 儂が真剣な表情をしているからかしげまるもプロットも一切声を出さないが、移動を続けていると突然がらりと景色が変わり、移動速度も少し落ち着いたのか景色を見る余裕が生まれた。

 いざ確認すると時刻は夜、周囲は雲海に包まれているため相当高い場所に向かっていると予想できる。星空がはっきりと見えるため、発展した都市に向かっているわけでは無いだろう。

 

「バラモスさん、あれを見てください!とても大きな木ですよ!」

「あれほど巨大な木は見た事がないな……まさか、あの木に向かっているのか?」

 

 雲海に存在した圧倒的な大樹からは、きらりと装飾のような明かりがあることが確認できた。何かの生き物が住んでいるのかもしれないが、そうなると宝石の指す地点はあの大樹なのだろうか。

 

「おじちゃん、多分あの木に着地するよこれ!大丈夫なの?ちゃんと着地できる?」

「地面に着地する時にどうにかなるはずだ……儂にも分からんよ」

 

 二匹の魔物から不安そうに見つめられる。こればっかりは儂にもどうしようもないが、宝石の力が作用しているとはいえ、今回もきっと落下の衝撃を受けることはないはず。

 風を切るような速度のまま大樹に迫る儂たちだったが、幹に衝突するかとも思われた時、ふわりと移動が止まりゆっくりと地面へ落下する。

 

 自身の足元を確認すると、人口的に作られた石畳や木材の床が張り巡らされ、まさに大樹そのものと共に生活しているような場所だと分かる。少し辺りを見渡すだけでも結構か数の家屋が見える

ので、かなりの数の生き物が住んでいると予想できるが……

 

「……上手く着地できたけど、人間が住む場所だったんだね。魔物の集落だと勝手に思ってたけよ」

 

 広場のような石畳に着地した儂たちを、屋台のような建物から人間が見つめている。突如空から魔物が降ってきたのだから誰だって驚くだろうが、これは中々厄介な状況になってしまった。

 

 これまで着地した二か所はどちらも人間があまり通らないような場所、いわば町や村の外だった。しかし今回は街中に着地してしまったのか、上空からは見えなかった屋台にて商売を行う人間

や、窓からこちらを除く子供など、多くの人が儂を見つめている。

 

 戦闘が巻き起こるのかと身構えるが、住民は皆武器を取ることも無く自分の仕事に戻っていく。儂だけが身構えている状態だが、人間はそれほど儂に関心が無いのか儂に対して何も行動を起こそ

うとしない。

 儂はこの状況から、しょっちゅう魔物が大樹にやって来るか、そもそも魔物が人間を襲うことが無いのかと色々と可能性を考えたが、特に襲ってくる様子が無いので最も近くに居た屋台の商人に

尋ねてみることにする。

 

「お客さん、タイジュの国に来るのは初めてって顔だね?三日後に星降りの大会が開催されるから、今ここに来たのは大正解だ……それで、何か買って行くかい?」

 

 新たな言葉が二つほど飛び出してきた。まず、この国はタイジュの国という名前のようだが、この中の誰も知っている者はいない。

 星降りの大会とやらも知らないが、店の看板に書かれた通貨の単位はゴールドと書かれているし、人間の言葉が聞きとれるために言語の心配はいらないだろう。どうやらこの店では肉を取り扱

っているらしく、しげまるが食い入るように看板を見つめている。

 

「……この骨付き肉を一つ。ここに来たばかりで地理が良く分かっていないんだが、どこか地図を貰える場所は知らないか?」

「毎度あり!地図が欲しいなら図書館に行くといいぞ。他にも色々情報が集まっているし、この広場からも近い」

 

 儂が着地したのは屋台が集まる広場だったらしく、図書館への道も丁寧に教えてくれた。この商人の魔物に対しての対応には驚かされるが、こうして人間と変わらず買い物ができるのは実に気分

がいい。儂の理想のように、魔物と人間が手を取り合って生活しているのだろうか。

 

「おじちゃん、このお肉凄く美味しいよ!オレさま好みというか、魔物好みの味付けになってて最高だよ!ありがとうねおじちゃん!」

「そこまでがつがつ食べる必要はないだろう、喉に詰まるぞ。……すまないが、同じ物を一つ」

 

 しげまるがあまりに美味しそうに食べるため、ついつい食欲をそそられてしまった。儂は商人から骨付き肉を受け取り、一口食べてみる……確かに良くできた食べ物だ。しげまるの言う通り、魔

物好みの味になっているとはこのことだろう。

 お金に関してはふくろに結構な額が入っているためこの先困ることは無いとは思うが、毎日食べても飽きないような味なため、財布の紐が緩くなっているかもしれない。儂は骨付き肉を食べ終え

ると、案内を頼りに図書館へと足を進めるのだった。

 

 

~~~

 

 

「見てくださいバラモスさん!本がこんなに沢山も!」

「図書館なんだから本が置いてあるに決まってるでしょ……オレさま細かい字を読むの苦手なんだよね」

 

 案内の通りに図書館へたどり着いた儂たちは、地図を受け取って町を見回ってみようかとも思っていたが、プロットがえらく本に反応しているために出発できずにいた。

 確かにこの図書館にある情報は膨大で確実に役に立つだろう。しかし、如何せん数が多すぎるためにかなりの時間を読書に費やす必要があるだろう。儂とて図書館の本には興味があるが、ここに延々と居座れるほど時間があるのだろうか。

 

 ふと緑の宝石を確認すると、光を失ったいつものような宝石に戻っている。今までこの宝石の力で移動していたため、ルーラを一度唱えると力を使い果たすのだろうか。そうなると、このタイジ

ュの国でも人や魔物を助ける必要があるのかもしれないな。

 

「ほら、見てくださいバラモスさん!これ、とっても有益な情報じゃないですか!?」

 

 子供のようにははしゃぐプロットがこちらへ駆け寄ってくる。まだ閉館していないとはいえ、図書館では静かに過ごすことが人間と魔物の共通したルールだったはず。人間の図書館では少し騒い

だところで注意されるぐらいで済むだろうが、相手が魔物の場合では自分の命が危なくなる。

 

 プロットが見せた本には、驚いたことに魔物の生態についてが詳しく記されていた。人間の図書館なのだから人の文化や歴史が記されているものだとばかり考えていたが、こうも詳しく魔物につ

いて書かれているとは思わなかった。

 

「中々詳しく書かれているが……もう少し読んでみる価値がありそうだな。しげまる、少しここで情報収集をしようじゃないか」

「うげえ、頑張って眠らないようにするよ……」

 

 しげまるの反応は良くないが、一目見ただけでも居座る価値がある場所だと分かる。人間からの視点から見た魔物、儂たちが考えもしなかったような情報があるかもしれないとなれば、簡単に読

んでおくだけでも貴重な経験が出来るに違いない。

 プロットから本を借りてもいいかと尋ねると、もう読んだので大丈夫だと本を差し出された。機械の魔物は理解が早いのか、本を一瞬で読み終えては内容を記憶しているのだろうか。

 

 係員から本を読んでもいいと許可を得たプロットはすぐさま次なる本を探しに行ってしまった。別に図書館なのだから好きに本を読んでいいとは思うが、それでも許可を得ようとするのは生真面

目な性格ゆえだろうか。

 

 儂はプロットから受け取った本の目次を開き、特に重要そうな箇所がないかを探してみると、一か所だけ儂の知りもしないような情報が記載されていることを発見した。

 ぱらぱらと本をめくり、モンスターの()()という箇所を読み進める。種族が持つ生物的な特徴ではなく、魔法の力でも働いていることを疑わせるような、摩訶不思議な現象を引き起こすことが確

認されているらしい。

 

 種族ごとにおおよそ区別されているが、呪文を扱うことが得意な魔物はそれに見合った特性、例えば消費する魔力を減らしたりする力を持っていると、この本には書かれている。

 どの魔物がどのような特性を持っているのかを詳しく記したわけではないようだが、著者によるとこの特性には変わった現象が確認されているらしい。

 

 まず、魔物自身がこの特性という概念を持っているという事を知っていないと、上手く効果を発揮することは出来ないらしい。著者の表現のためどのような場所かは分からないが、少なくとも()()()()()では特性を持った魔物を見かけることは無かったとのこと。

 だがしかし、タイジュの国に設置された旅の扉の先に居る魔物や、この国で卵から孵った魔物は、まるで自分がそれを最初から持っていることを知っているかのように存在し、それを活かして

戦闘したり生活したりしているらしい。

 

 ここまでざっくりと本を読んだが、この特性という概念は確かに全ての魔物に存在するが、自身がそれを理解していないと上手く利用することができないとなれば、儂やしげまる、プロットにも

その特性とやらが存在するのだろう。実感は湧かないが、この本の内容が本当ならそういうことになる。

 

 しかし、この本の著者であるメリーという人物は、魔物たる儂からしても大した人物だと本を軽く読んだだけでも伝わってくる。儂たちは魔物だが、何も声を掛けられずに図書館に居座っている

うえ、人間相手に何不自由なく買い物をすることが出来たことから、この国自体が魔物に関してとても寛容であると見ていいだろう。

 

 これだけ新たな情報が記載されているとなると、今度はこの本の著者が気になってくる。巻末にはモンスターマスターであると紹介されているが、魔物の生態を知り尽くしたためマスターと書か

れているのか、そういった職業があるのだろうか。

 

「バラモスさん、すごい剣幕で本を読んでますけど、何かあったんですか?」

「……プロットか。いや、この本の著者が何者だったのか気になっただけだ」

「それなら、また興味深い本を見つけたんですよ!著者のメリーさんのことは良く分からないんですけど、すごい発見ばかりでとっても新鮮ですよね!」

 

 プロットの手には一冊の本があり、儂が一部分を読んでいる間に何冊か本を読み終えたようで、儂にまた新たな本を差し出してきた。先ほどの特性のように価値のある情報であることは間違いな

いが、ここで儂はちらりとしげまるの様子を見てみた。……間違いなく眠っている。

 

 プロットから新たに渡された本には、技能を効率よく習得することが出来る画期的な方法を解説しており、著者はスキルポイントと呼ぶ独自の方法を使用して魔物を強く育てているらしい。

 戦いの経験を十分に積んだ魔物に、習得した技能を()()()()ように考えることで、より早く、様々な呪文や特技を習得することが可能になったそうだ。技能を伸ばす種も発見されているらし

く、食べればそれだけで少し成長できるとのこと。

 

 儂の部下にもこのように指導すればさらに強力な軍を作れたのだろうか、と思ってしまったが、二冊の本を読んで儂は何か違和感のようなものを感じていた。それは、恐らく人間が魔物を育てる

という行為によるものだろうか。このメリーという人物は、何故そこまでして魔物を育て、成長させる方法を研究していたのか。

 

 この国そのものが魔物と共存しているとも考えられるが、それならわざわざ魔物を強化して戦わせる必要なんてないだろうし、魔物と人間の共通した敵が存在する可能性もあるな。

 そうなると、このモンスターマスターと呼ばれた職業を調べる必要がありそうだ。儂の理想と限りなく近い、人間と魔物が共存する世界。宝石が儂をこのタイジュの国に飛ばしたのは、この国に

何かヒントのようなものが存在するためかもしれない。

 

「プロット、確かに有益な情報が書かれていてためになったが、この本はどこに戻せば――プロットよ、今何か聞こえなかったか?」

「いいえ、私には何も……外で誰かが話しているんじゃないですか?」

 

 遠いどこかから聞こえたような、微かな物音。プロットは外の人間が話しているだけだと言うが、図書館の扉の向こうから聞こえたような気がしたため、ついつい警戒してしまう。

 それからは何も聞こえなくなったため、ただ単に儂の勘違いかと本を戻そうとしたその時。

 

「うわあっおじちゃん、ここ街中の図書館だよね!?何でこんな音聞こえてくるの!?」

「竜、でしょうか。ただの魔物ではないような、そんな気がします」

 

 眠っていたしげまるが飛び起きるほどの叫び声が図書館に響く。明らかに人間の物ではない、聞いた者を恐怖に陥れるようなおぞましい叫び声が図書館の奥から聞こえてくる。

 外が少し騒がしくなり、係員が不安そうな表情を浮かべているのを見ると、儂たちだけに聞こえたわけではないらしい。そして、この騒がしい外の様子からして異常なことが巻き起こったことが

良く分かる。

 

 儂を心配するような目線でしげまるとプロットがこちらを見つめてくるが、儂はそこまで怯えたような表情をしているのだろうか。二人を安心させるため前に進みたいが、足が上手く動かない。

 

 儂はこの唸り声を知っているからだろうか。ジパングを支配したゾーマ様の部下の一人、やまたのおろちが獲物を待ちわびている声と酷似しているその音は、ゾーマ様から逃げ切ったと思い込ん

でいた儂を絶望に引きずり込むことに十分な効果があった。




・特性
 主にモンスターズシリーズの仕様のため、このような形で扱うことにしました。自分がその特性を持っていると知れば、その効果を発揮することが可能です。

・スキルポイント
 原作でもスキルに関して言及するキャラクターが存在するため、こちらも成長する手段という設定にしています。血筋や種族固有の物だけでなく、技能(原作でのスキルの証)を学ぶことでも特技や呪文を習得することが可能です。


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バラモスよ、お前にその姉弟はどう見える?

 アンケートの結果を参考に、そのままの文体を保ちつつ、気になった箇所に空白を入れ、改行する形を取っていきます。
 皆さま、アンケートにご協力いただきありがとうございました。


 儂、さすらいの魔物バラモス。このタイジュの国で新たな魔物の性質を学んでいた最中、聞き慣れた魔物の声を聞いた。

 

 ありえない話だが、こんな聞いたこともないような土地にまでゾーマの部下が侵攻しているのだろうか。いや、やまたのおろちは既に勇者に倒されていたはず。

 もう遠い昔の話に思えるが、儂は魔王として世界を侵略した過去がある。その時はどんな状況でも冷静であることを意識し、心掛けてきた。

 

 ゾーマ様の目の前でも、勇者が徐々に力をつけていても、いつだって冷静に状況を判断し、最善の手を選択したと思っている。冷静でなければ、今この場に儂は立っていないだろう。

 

「……おじちゃん、本当に大丈夫?あの声に心当たりがあるの?」

「ああ大丈夫だ。……ひとまず、あれをどうするのか考えねばならんな」

 

 凍てついたような身体が徐々に動き出し、儂は何とか落ち着きを取り戻した。怯えているのは儂だけではないようで、図書館の係員も取り乱している様子を見るに、只事では無いらしい。

 とはいえ、分からないことが多すぎる現状、儂には何ができるのかを慎重に考える必要がある。このまま無作為に図書館の奥へと突撃しても、碌な結果にはならないことが目に見える。

 

「しげまる、プロット、儂は外に出て色々と話を聞いて回る。戦闘の準備をしてもいいが、恐らく仮眠できるのは今のうちだ。夜も遅いし休憩するか、戦闘の準備をするかをよく考えてくれ」

「また難しい選択だなあ。オレさまは結構寝ちゃったしおじちゃんについていこうかな」

「私も一緒に行きます。……先ほどの声の主と戦うつもりのようですね」

 

 嬉しいことに二匹ともまだ気力は残っているようだ。やまたのおろちは儂より格下の相手だが、決して一対一で確実に勝てる相手では無い。ここはタイジュの国の者にも協力を依頼して、一気に

討伐を推し進めるのが最善の策だろうか。

 

 そうなると、まずは最も人間が集まる場所に移動する必要がありそうだ。この国には詳しくないが、夜中にわざわざ人が集まっている場所など酒場ぐらいだろう。場所によってはやまたのおろち

の咆哮が聞こえていないかもしれないものの、移動する価値はあるはず。

 

「一体何事じゃ!?図書館から恐ろしい声が聞こえたぞ!」

 

 図書館から移動しようかと扉に向かうが、どたどたと足音を立てながら豪華な服装を身に纏った人物が室内に突撃してくる。赤いローブに王冠のようなものを被っているためかなり地位が高い人

物であるだろうが、こんな場所に王族が現れるはずも無いだろう。

 

「図書館の奥で魔物が暴れているのだろう……ここはもう安全とは言い切れないぞ」

「これからオレさまたちが魔物をやっつけに行こうと思ったんだけど、もう少し人手が欲しいんだよね」

 

 儂としげまるの意見を聞くと、何やら豪華な服装の人物は考え事を始めた。人が良さそうな顔をしているが、表情は到って真剣な様子。この奥にやまたのおろちが居ることを知っているのだろうか。

 

「一応自己紹介をしておこう……わしはメダルおじさんじゃ。小さなメダルを集めておるが、今はそれどころじゃないな。一度わしの家に来てくれないか?詳しい話はそこでしよう」

 

「オレさまはしげまるって名前で、からくり兵のプロット、バラモスは……あれ?おじちゃんは何て種族だったっけ?それとも名前?」

「別にどっちでもいいぞ。儂の名前はバラモス。他にバラモスと名の付く魔物は、儂の知る限りでは一匹しかいない」

 

 自己紹介を終えた儂たちは、案内させるがままにメダルおじさんの家へと移動していく。心配そうに儂たちを見つめる住民たちからは、これまで同じような事件が起きていないことと、このメダ

ルおじさんという人物がそれなりに住民に知られていることが分かる。

 

 巨大な木の枝にそって作られた階段を上がり、大樹の上層にある家まで到着した。この人物、タイジュの国の地理を知り尽くしているのか行動に迷いが無い。身なりからして只者ではないだろう

が、今は余計な詮索をしている場合ではない。

 

「儂から話をさせてもらうぞ。あの図書館の奥にはやまたのおろちが潜んでいる。儂たちは今すぐにでも討伐に出られるが、このままでは少々戦力に不安が残るのだ。

 そこでと言っては何だが、お主から戦えそうな者を紹介して欲しい。恐らく奥の旅の扉から聞こえてくるのだろう?すぐに向かわねば厄介なことになるぞ」

 

「うう、そうは言ってもじゃな……タイジュの国の代表のマスターは今、かがみの扉へ向かっていてな。今すぐに強敵と戦ってくれるようなマスターはおらん。

 星降りの大会が迫っておるというのに……厄介なことになったな」

 

「ねぇねぇメダルおじさん、そのマスタ―って何なの?オレさまもできる?」

「モンスターマスターを知らないだと!?お前たちは一体どこから来たというのだ!?……いや、今はバラモスやしげまるが頼りだ。心苦しいが、先に向かっていてもらおうか――」

 

 この国ではモンスターマスターを知らない者はいないのだろうか。意外な者を見る目に変わったが、直接魔物と戦える者がいないのは厳しいかもしれないな。しげまるやプロットもついてくると

なると、二匹を守りながら戦わねばならない。ここに居る二匹がどれだけ戦えるかで結果は大きく変わるだろう。

 

 誰も戦えないのなら儂が今すぐに向かうべきだと判断し、外へ出ようと扉へ向かったその時。図書館の時と同じように勢い良く扉が開かれたかと思えば、少女が目の前に立っていた。

 

「待ってください、わたしも行きます!わたしもマスターですから!」

「……ただの子供かと思ったが、お主は只者じゃないな。外に居る魔物は何だ?」

「魔物を連れ、魔物を従えて戦う……それがモンスターマスターだったんですね」

 

 突然現れた金髪の少女は、背後に三匹の魔物を連れてやってきた。メタルな色をしたスライムに、少し大きなドラゴン、虹色に輝く羽を持った獣。かなりいかつい見た目をした魔物がその少女

に従っているとなれば、このモンスターマスターの力は相当なものだろう。

 

「ここで行くと言っているということは、儂たちの話を聞いていたと解釈していいな?メダルおじさんよ、儂はもう行くぞ」

「皆すまない、わしももう少し増援を頼めないか様々な人物に尋ねておこう……イソ、イソ、イソ……」

 

 奇妙な声を発しながら、家の奥へと向かうメダルおじさん。この国で出来ることは彼に任せるとして、儂たちも図書館へ向かわねばならない。

 

 そして何より、この魔物を連れた少女にも興味がある。なぜこの少女に魔物が従うのか、どうして魔物を従わせているのかと気になることがあるが、今はやまたのおろちの討伐を優先するべきだ

ろう。

 

「わたしはミレーユといいます。よろしくお願いしますね」

「ああ。もう夜も遅いし、余り無理はするなよ」

 

 態度には出さないが、今はもう普通の子供なら既に眠っている時間。無理はさせたくはないが、モンスターマスターの実力をこの目で見る絶好の機会であることは間違いない。

 

 興味を表に出さないようにしつつ、儂たちは図書館へと急いで向かう。様子を見に来た住民は既に家に帰っているらしく、騒動が起きた時のような人々の姿は無かった。

 流石に閉館していてもおかしくはない時間だったが、なんとタイジュの国王直々の命令により、特別に入ることを許されているとのこと。国王と関わりがあるとは、やはりあのメダルおじさんと

やらは只者では無かったか。

 

 図書館に儂たちは、音を立てないように奥へと進み、ひっそりとその場に佇む旅の扉を発見した。さらに奥にも同じような扉があるらしいが、滞在していた係員によればそちらに異常は無かっ

たそうだ。

 

「儂が最初に飛び込む。皆は儂の後ろをついてきてくれ」

 

 戦闘の経験が一番豊富である儂が先陣を切るべきだと判断し、了解を得ないまま旅の扉へ突入する。驚いたしげまるたちも後を追うように飛び込むが、これもやまたのおろちが着地地点に待ち伏

せしている可能性を考えてのことだ。奴に炎を吐かれる前に、火球を直撃させる程度の力はある。

 

「おじちゃーん!行くなら行くって言ってよー!勝手に進んだら危ないよ?」

 

 真っ当な意見を聞き流しながら、儂は空間の移動を終えるのを待つのであった。

 

 

~~~

 

「……奴はいないか。やまたのおろちを見つけたらすぐに報告するんだぞ」

「暑い……暑いよおじちゃん……みんな平気なの?図書館からいきなりこんな場所に行くなんて……」

 

「私は機械ですし、暑さは問題ありませんよ。ミレーユちゃんは大丈夫?」

「ちょっと厳しいけど……大丈夫よ。私の仲間も大丈夫そうだし、急いで奥に向かいましょう!」

 

 図書館からの短い旅を終えた儂たちは、溶岩が流れるような灼熱の洞窟へとたどり着いた。毛深いしげまるが特に暑さを気にしているため、身体を冷やす道具を渡したほうがいいだろう。確かふ

くろの中に何か役に立つ物があったような気がするが……

 

「あっ、待っておじちゃん!なんだか急に暑く無くなった!」

「……確かに暑さが和らいだような感覚があるな。……ミレーユか?」

 

「ええ。レインがフバーハを唱えてくれたのよ。ありがとう、レイン」

 

 虹色の羽を持った魔物はレインと言うらしく、フバーハで暑さを和らげてくれたそうだ。機転が利くというか、フバーハを炎や吹雪を防ぐという目的ではなく、外気から身を守るために唱えると

いうのは盲点だった。

 

 そもそも儂はフバーハを覚えていないが、もしミレーユがすぐにレインに命令しフバーハを唱えさせたとしたら、相当旅に慣れていると言ってもいいだろう。人間が寄り付かないような場所でも

平気で探検するのは、モンスターマスターではよくあることなのだろうか。

 

「バラモスさん、今は時間が無いわ。とにかく井戸を探して、見つけたらみんなに知らせて欲しいの。どんどん降りていけば一番奥までたどり着けるはずよ」

「井戸を見つければいいんだな。手分けして探すか?」

「先に進むときは同時に進んだほうがいいと思うし、わたしは一緒に行動するべきだと思うわ」

 

 儂を目の前にしても怯えもせず自分の意見を発することが出来るとは驚きだ。特に反対する理由もないため、魔物の襲撃に注意しつつ井戸の捜索を開始する。

 

「私たちを見た魔物が逃げていますね。バラモスさんや、ミレーユちゃんの魔物には勝てないと思っているのでしょうか」

「確かにオレさまを見て怯えてるのかもしれないね!ちょっと試してみる!」

「おいしげまる、急に走るな……」

 

 儂の言うことも聞かずに走り出したとたん、儂たちを見て逃げて行った魔物がしげまるに向けて一斉に動き出し、炎を吐いたり舌なめずりをしたりと明らかにしげまるを襲う気のようだ。

 

 助けに行こうと儂が走る前に、しげまるが木づちを抱え一目散にこちらへ飛び込んでくる。

 

「絶対魔物を選んでるよあれ!オレさまのこと絶対格下に見てるよね!?悔しいよおじちゃん!」

「あー、分かった分かった。強くなりたいならタイジュの国で鍛え方を調べればいいだろう、今は儂から離れるんじゃないぞ」

 

 涙目になり必死に訴えかけるしげまるを落ち着いてなだめるが、確かにしげまるが実力において儂より劣っていることは間違いないだろう。

 厳しいことを言うようだが、儂とて生まれてからずっと強かったわけではないし、今の時点では何も言えないというのが現実だ。

 

 とはいえ全ての魔物が儂や魔王軍のように強くはないため、強くなりたいと願う魔物も大勢いるはず。武器をより良いものに持ち替え、自身の戦闘の技術を磨く以外にも魔物を強くする方法を知

っておいた方がいいかもしれないな。

 

「しげまるさん、あまりバラモスさんを困らせちゃダメですよ……あら、あれが井戸じゃないですか?」

「ええ、あれが奥に進むための井戸ね。魔物も寄ってこないし、急いで向かいましょう」

 

 プロットが井戸を発見したようだ。本来勇者がこのような場所を通れば魔物に絡まれること間違いないが、幸いなことに魔物は儂たちのことを格上と見て手を出さない。

 

 こうなればさっさと井戸を降り奥に進むだけだが、井戸を降りるというのも新鮮な気分だな。こんなことを行うのは勇者ぐらいだと思っていたが、割とモンスターマスターにも浸透していると考えても良さそうだ。

 

 万が一のことを考え儂が最初に井戸に飛び込み、しげまる、プロット、ミレーユと魔物たちと順番に井戸の中へ降りて行く。

 真っ暗な空間をしばらく通ったと思えば、そこに広がっていたのは……

 

「……いや、分かってはいたけど別に場所は変わらないんだね」

「これでも急に景色が変わったりすることがあるのよ?そうなっても対応できるように、気を引き締めて進みましょう」

 

 相変わらず暑い洞窟のままだが、これを繰り返せばいずれはやまたのおろちの潜む場所へ乗り込めるというわけだな。

 儂としてはミレーユが先を急いでいることが気にかかるが、こんな子供が深夜に出歩く時点で何か事情があることは確実だ。下手に首を突っ込んでは、やまたのおろちとの戦いに支障が出るかも知れん。

 

 

 魔物に邪魔されることなく数回井戸を降りたが、一向に最深部にたどり着ける予感はしない。魔物に襲われることもないため探索はかなり早く進んではいるが、このまま数日と井戸を降りること

にならないように祈るしかない。

 

「……バラモスさん、星降りの大会ってご存知でしょうか?」

 

 探索に余裕が出てきたのか、ミレーユが儂に質問をしてきた。もちろんタイジュに来たばかりのため知らないが、このまま知らないと答えてはそれまでだろう。

 

 確か肉を売る商人も同じような話をしていたな。大会、と言うからには何かを競い合うはずだが、あの話し方からしてしょっちゅう行うような行事ではないはず。

 

「星降りの夜に各国が戦うモンスターマスターの戦い……ですよね?私も図書館で読んで気になったのですが、モンスターを従えて一番強いマスターを決める戦いなのでしょうか」

「ええ、その通りです。実はわたしもマルタの国の代表で……バラモスさん?どうかなさいましたか?」

 

「多分おじちゃんは深く考えすぎてるだけだと思うよ。ほらおじちゃん、怖い顔になってるから!」

「……ああすまない。しげまるの言う通り考えすぎていた」

 

 各国に分かれて一番強い者を決めるとなれば、それには何か目的のような物がきっとある。ありがちなのは強い魔物、強力な武器、莫大な賞金、確固たる権力といったところだろうか。

 ミレーユがちらりとマルタの国の代表と言っていたが、こんな少女が国という重荷を背負って戦おうとしているのか。いわゆる天才というやつなのか、実力はかなり高いのだろう。

 

「その大会で優勝すればどうなる?国の代表というからには、とんでもない物が賞品なのだろうな」

「そうです。この星降りの大会で優勝すれば……願いが叶うと言われています」

 

「えええ!?それってすごいことだよね?オレさまだったら何を願おうかなー!」

「しげまるさん落ち着いて。ミレーユちゃんはもし優勝したら、何を願うの?」

 

 願いが叶うと話されただけで興奮するしげまるをプロットが抑えながら、ミレーユにそう尋ねた。願いが叶うという漠然とした賞品だが、本当にそうならとんでもない物だぞ。

 叶えられる願いにもよるだろうが、こんなものをゾーマが見逃すはずはない。しかし、確実に己の願いを叶えられるとは限らないため自ら動くことは無いと見た。

 

 そう考えると今回の騒動が繋がるかもしれない。何らかの手段でゾーマがやまたのおろちを呼び出し、この国を襲わせ願いを叶える権利だけを横取りするつもりだろうか。

 なぜゾーマがこの星降りの大会のことを知っているのか、なぜタイジュの国を狙ったのかと疑問は色々と残るが、ゾーマが関わっている可能性があるとなれば儂にも無関係とはいえない。

 

 ぐるぐると頭の中を様々な可能性が駆け巡り、考えられる最善の手段は何か考え続ける儂だったが、ミレーユが自身の願いを口にした時、一瞬で儂の思考が止まる。

 

「私は……弟に会いたいの。急にマルタの国に攫われて、星降りの大会で優勝しろって言われて……もし願いが叶うなら、二人で元の場所に帰りたい」

 

 歩くことを止めないが、ミレーユは悲し気な表情のまま話す。励ますというわけではないが、儂も同じような話ができるので、歩きながら話すとするか。

 

「……儂にも弟がいる。お主と同じように、会えるか分からないような遠い場所で今も生きているはずだ」

「バラモスさんにも弟がいるんですね。それも、わたしと同じような境遇なんて……」

 

「ああ、儂よりも優れた魔物でな。今も魔王の側近として働いているはずだ……兄らしいことをしてやれることは無かったし、そもそも儂を必要としないくらい優秀な弟だったよ。

 儂だけが遠い場所に向かい、二度と会えないかもしれないと思うほどに離れていても、儂はもう一度会えると信じ続けている。……何故か分かるか?」

 

 話すつもりなど無かったのに、口が勝手にぺらぺらと言葉を発し続けているようだ。

 弟のことなど誰にも話すつもりも無かったし、別に会えなくなったことを後悔したつもりもない。だが、儂は、心の奥底で儂の希望として信じていたのかもしれない。

 

「兄弟だから……でしょうか。何となくですけど、分かるような気がします」

「ああ。たったそれだけの理由で、儂は必ず会えると信じ続けているんだ」

 

 支離滅裂なことを言っているのは自分でも理解できている。参ったな、儂はそれほどこのような話をするのが得意ではないらしい。

 ここから訳の分からない話に脱線していく前に、ミレーユにちゃんと儂が話したいことを伝えておかなくては。

 

「ミレーユよ、弟に再会できると信じて、進むことをやめるな。儂が言いたいのは……そう、今やまたのおろちと戦おうとしているのも、お主がこれまで大会で優勝するために努力してきたこと

も、全て無駄ではないということだ」

 

 まるで自分に言い聞かせているようだった。何のために生きているのか分からないような儂を必死に肯定して、今生きている事が無駄ではないと信じたいようだ。

 だが、そんなことはミレーユに聞かせるべきではない。誰かから伝えられた言葉は、少なからず影響があることを分かっている。ならば、儂がミレーユに言えることは……

 

「きっと会えるさ。ミレーユが会いたいと願うなら会える。弟と再開することを信じるのだ」

「ありがとうございます。私を信じてくれて……ふふっ、なんだかおじいさんみたいですね。」

 

「おじちゃんに弟がいるなんて驚きだなー。どんな顔してるんだろ?」

 

 何とかミレーユは笑ってくれたが、儂も口が滑りすぎて変な話をしてしまったのは反省しなくてはいけないな。

 自分でも意外に思うのだが、結構弟のことを気にかけていたらしい。できると信じ続けていれば、我が弟と再開することや、人間と魔物が共存する世界を作る事が可能なのだろうか。

 

 こうして考えていると、本当にゾーマとは考えが合わないな。儂自身がここまで希望とやらを抱いているとは思わなかったぞ。

 

「……おじちゃん、あの井戸の奥から凄い気配を感じるよ」

「数時間程度でしょうか。ずっと洞窟の中で時間の感覚がおかしくなりそうですが、ようやく奥までたどり着いたのでしょう」

 

 奇妙な話だが、少し離れた井戸の奥にやまたのおろちがいることは間違いなさそうだ。ジパングで奴と対面した時と同じような気配を感じるが、妙に大人しいことが気にかかる。

 

 目的の魔物はすぐそこに居るが、このまま突撃するのは危険すぎる。奴の習性や弱点が無いか頭を張り巡らせるが、戦いに向けて儂は少し不安を感じるのであった。

 




・ミレーユ
 星降りの大会にマルタの国の代表として参加する少女。
 にじくじゃくのレイン、コアトルのアルト、メタルキングのタルングを連れ、星降りの大会へと挑む。


 何やら、私の小説が多くの方の目に留まったのは、日刊ランキングに記載されたことが原因のようですね。
 今はもう記載されていませんが、黄金の鮭的には……
 
 いい夢 見させてもらったぜ!


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バラモスよ、恐怖というものは誰にでも存在するぞ

いつもありがとうございます。これからもゆっくりと執筆していきます。


 儂、さすらいの魔物バラモス。

 

 灼熱の洞窟を進み続けた儂たちは、ついにやまたのおろちの潜む地までたどり着いた。

 道中特に魔物との戦闘は無かったが、これからの戦闘のことを考えれば悪くない結果だっただろう。これで戦闘が起こっていたら、大幅に討伐が遅れる可能性がある。

 

 ただ、ミレーユの連れる魔物の実力が未だに分からないことは不安な点だ。国を代表しているため極端に弱いことは無いと思うが、特技などを詳しく知っておいた方が戦闘が有利に進むことは間

違いない。

 

 儂が個人的に気になっているのはメタルな色をした巨大なスライム。もし本当にメタル系の魔物と同じ特徴を持っているとした場合、戦場に立っているだけで活躍することは明らかだろう。

 

「ミレーユよ、そのスライムのことを教えてくれないか?特徴を知っておきたくてな」

「私も知りたいです。本にも書いていませんし、見たこともないスライム系ですよね」

 

「タルングのこと?彼はメタルスライムの王様、メタルキングよ。見た目通り炎も氷も物理攻撃も効かないから安心して」

「なにそれ?無敵じゃないの?」

 

 いつもならしげまるの素っ頓狂な発言として放っておくが、今回ばかりは儂も同意見だ。

 ミレーユによれば弱点が無いわけではないそうだが、大半の攻撃はタルングが防いでくれるとのこと。何しろ他のモンスターの身代わりになることを得意としているらしいので、奴を相手にする

時には頼りになるだろう。

 

「わたしたちはいつでも戦えるわ。アルトもレインもやる気満々みたいね……レイン?マダンテは使わないようにね?」

「オレさまも大丈夫だよ。急がないと、星降りの大会が始まっちゃうんじゃない?」

 

「タルングがどれだけ耐えられるかによるが、儂は前線に立つ。しげまるはテンションを上げ切ってから攻撃するんだぞ?プロット、お前は回復呪文が使えたはずだ。もしもの時は頼む」

「任せてください!タルングさんの傷もすぐに治してみせます!」

 

 ゼボットの怪我を治すことまで考えていたのか、プロットは回復呪文を習得している。これでミレーユの魔物が回復のことを考えなくて済むため、攻撃に加われるはずだ。

 

 それにしても、ここまで戦力が揃ってしまえばやまたのおろちも敵ではないような気がしてくるな。実力に差はあれど六対一、ここまでくるとどれだけ被害を出さずに勝つかを考えるべきかもしれない。

 

「儂の隣はタルングに立っていてもらおう……行くぞ、討伐するなら早い方がいいだろう」

 

 儂たちと同様にミレーユも話し合いを終え、井戸を降りる儂についてくる。旅の扉の奥に存在するモンスターなのか、ジパングに居る個体と同じかどうかでこの先の戦いが決まりそうだ。

 もしこの場所に元々存在するモンスターだった場合、特性やら特技やらが儂の知っているものと異なる可能性がある。異国のやまたのおろちなのだ、別におかしいことではない。

 

 ジパングに居た個体が蘇っていた場合も厄介だ。かつての部下なので戦闘力は大したことがないものの、倒された魔物を復活させ異国に派遣させる仕組みが整っているとなれば話は別。

 どれだけ倒しても蘇るのなら、大魔王でさえも復活し続けているのか……いや、今は考えるべきではないな。

 

 注意深く井戸を降りた先には、少し広い空洞が広がっていて、目の前には緑色の巨大な魔物の姿がはっきりと確認できた。頭は全て向こう側に向いているようだが、こちらにはまだ気づいていな

いのだろうか?

 

 背後にはこれからしげまるたちが降ってくるのだろうが、不意をつき致命的な一撃を放つことができるこの状況は捨てがたい。

 すこしばかり距離が離れても問題ないと判断した儂は、攻撃を加えるべくやまたのおろちへ近づいていく。

 

 足音を立てないように忍び足で歩くよりも、一気に近づき一撃だけでも加えてやりたい。距離がある程度離れていても攻撃できるようメラゾーマを詠唱し、やまたのおろちに向けて照準を合わせた。

 

 背後から足音がするため、後から井戸に入った者が着地しているのだろう。儂は振り向きもせず火球をぶつけるべくさらに距離を詰めるが、ここで儂は思わぬ魔物を目にすることになる。

 

「バラモスさんっ!?ミレーユちゃん、タルングをお願い!」

「分かってるわ!タルング、バラモスさんに身代わり!レインをアルトも急いで頂戴!」

 

 背後から援護が来ているが、儂はやまたのおろちの隣をするりと通り抜け、()()()に居た魔物へ向けて全力の火球を放つ。

 

「ぐおっ!何ごとじゃ……むぅ、これはこれは……」

「貴様、どうして儂と同じ姿を……!ゾーマは新たなバラモスを生み出したのか!?」

 

 姿は儂と瓜二つなその魔物は不意をつかれたのか姿勢を大きく崩す。攻撃をまともに受けたはずだが、余裕綽々な表情を変える様子はない。

 

 やまたのおろちの身体に隠れていたとはいえ、突然現れた儂の火球が通用したのは理由があるはず。

 やまたのおろちが儂に気付くことが無かったため、こいつが何らかの呪術を使っていたのかもしれないが、今の問題はそこではない。

 

「えぇ!?おじちゃんが二匹も……うわあ、やまたのおろちが動きだしたよ!どうするの!?」

「しげまる、そいつはミレーユとお前たちに任せる!儂はこの魔物を……くそっ、逃がしたか」

 

 新たなバラモスは儂がしげまるに指示を出した間に姿を消し、戦場には儂たちとやまたのおろちだけが残った。

 メダパニを受けてもいないのに頭の中がひどく混乱している。あれは儂の代わりに用意された魔物なのか?今奴が儂の存在をゾーマに報告すれば、確実に儂たちは追われる身となるだろう。

 

 ゾーマの城での出来事や、ネクロゴンドでの情景が頭の中に浮かび上がったかと思えば、全てが焼き尽くされるようにキングヒドラの火炎で消えていく。

 儂はもう一度処刑されるのか?このままあの時と同じように自分の死へと進むだけなのだろうか?負の感情が儂の中を蝕んでいくようだ。

 

 周囲が何も見えなくなっていき、恐怖そのものに閉じ込められてしまうのかとも考えた時、頭部に激しい痛みが走ると同時に、一瞬で視界が灼熱の洞窟の情景に移っていった。

 

「ボーっとしないでよおじちゃん!次は本気で叩くからね!?今はお説教してる時間もないんだよ!」

「っぐう、まさか木づちで殴ったんじゃないだろうな?……いや、本当に助かった。ありがとうよしげまる」

 

「ええ……頭を殴られて感謝するって、ほんとに大丈夫なの?混乱してるんじゃない?」

 

 違うわいと一応言っておくが、しげまるの一撃が無ければ戦場で突っ立ったままの老いぼれた魔物になっていたことは間違いなかった。自分の死を考える前に、炎で焼き尽くされるのがオチだ。

 

 自身に蘇る恐怖を抑え込み、目の前の敵に集中する。ゾーマの手下を少し見ただけでここまで精神を乱されるとは思わなかったが、それが今の儂だということだろう。

 落ち着いて状況を把握しようと観察すると、タルングがありとあらゆる攻撃を受け止めていることが分かる。今儂としげまるが攻撃を受けていないのも、タルングがしっかりと守ってくれているからに違いない。

 

 ゾーマの手下を見つけた儂がやまたのおろちの隣へ進んで行ったため、現在は儂たちが奴を囲んでいるような状況だ。四方八方から攻撃を与えているため上手く抑え込めているように見える。

 

「バラモスさん!ブレスが来るので私達の方へ集まってくださいっ!」

「身代わりを確実にこなすためか!走るぞしげまる!」

 

 五つの首からそれぞれの方向に炎を吐かれた場合、メタル系特有の瞬足を誇るタルングでも守り切れるか怪しい。囲んで攻撃を続ける儂たちを面倒に感じたためか、炎のブレスで一毛打尽にしよ

うという作戦だろう。

 

 息を切らしながらミレーユの居る場所まで走り切り、辛うじてタルングを盾にブレスを凌ぐが、ここで疲れている場合ではない。

 

「しげまる!ミレーユ!攻撃はブレスの後だっ、儂に合わせろ!」

「分かりました!レイン、しげまるさんとアルトにバイキルト!バラモスさんの号令を待つのよ!」

 

「おじちゃんも力溜めに慣れてきたよねー。プロットも戦うの?」

「私はあまり攻撃が得意じゃなくて……ちょっとの火傷なら私が治しますから、しげまるさんは全力で叩いてくださいね!」

 

 各々の行動をこなしつつ、儂の号令を待つ魔物たち。しげまると共に力を全身に溜め好機を待つ。

 タルングの身代わりを意地でも突破しようとしているのか、ブレスの威力がどんどん上がっていくが、メタルボディには焦げ跡一つも付かない。

 

 あの火力も長くは続かないはず。儂が全力で攻撃するとすれば、ブレスを吐ききった時だ。

 

 

 攻め時を観察していたが、奴のブレスの威力は一向に収まる気配がない。儂の記憶ではやまたのおろちの炎はこれほど強力ではなかったし、長く吐き続けられるようなものでもない。

 

 恐らく儂にそっくりの魔物の仕業だとは思うが、身体能力や魔力を強化されているなどと考えると、このままではタルングを盾にしたまま時間だけが過ぎ去っていくだろう。

 

「埒が明かん!儂が奴の頭を爆破する……行くぞ!」

「もう撃っちゃうんだね!?オレさまも準備ばっちりだよ!」

 

 まずは最初の一撃。儂のこれまでの威力を遥かに超えたイオナズンが奴の頭全てを覆い尽くし、炎を吐くどころでは無くなった。

 爆音が轟く中、真っ直ぐにアルトとしげまるが胴体へ目掛けて突撃する。儂の呪文で怯んでいるため強烈な一撃を叩きこめるはず。

 

「レインも追撃の準備をするのよっ!アルト、そのまま攻撃しなさい!」

 

 騒音に負けじとミレーユの指示が空間に響き渡る。指令を聞いたアルトは強靭な爪で胴体をえぐり、やまたのおろちも痛みからか唸り声を漏らした。

 傷を与えたアルトを攻撃しようとやまたのおろちは必死に頭を動かし、一つの頭がアルトを発見したかと思えば、そのまま火球を吐き出すべく炎を集めていく。

 

 だがしかし、胴体へ突撃したしげまるはそれを見逃さなかった。

 

「火傷しちゃうだろうけど、後は頼むよ……どりゃああ!」

 

 火球を放つ直前の頭にしげまる渾身の一撃が直撃し、頭を中心に小規模な爆発が巻き起こる。アルトの一撃と比べれば少し劣るかもしれないが、火球を放つ直前に衝撃を与えたため、あの頭はも

う使い物にならないだろう。

 

「あっつい!熱い!多分焦げてるから、早く治療してぇ!」

「無茶しおって……プロット、しげまるの治療を頼む」

 

 爆発に巻き込まれたしげまるは見事に儂の手元へ着地するが、ちりちりと焦げた臭いがするため、爆発に巻き込まれて傷を負ってしまったのだろう。

 性格こそ明るく、他人に気を使える優しい魔物だと思っているが、しげまるの判断力や迷いの無さには目を見張るものがある。

 

 戦場で意識が離れた儂を木づちで攻撃し、アルトを狙う頭を瞬時に察知し殴りつける等とやる事は中々えげつないが、それに助けられていることも事実。

 プロットが傷をある程度治すまで戦闘は厳しいだろうが、あとは儂とミレーユの魔物たちでも奴を討伐することは不可能ではないはずだ。

 

「弱っている今が攻め時だろう。ミレーユ、魔物はまだ戦えそうか?」

「バッチリよ。わたしが育てた魔物だもの、これぐらいじゃへこたれないわ!」

 

 まだ戦えるようで何よりだ。やまたのおろちも頭の一つが垂れ下がり、胴体に傷を負った現状全力で攻撃することは不可能。今のうちにとどめを刺しておきたいな。

 

「バラモスさん、あれを見てください!傷がどんどん塞がっていきますよ!」

「いっ、プロット、よそ見しないでよ……って、なにあれ!?オレさま頑張って頭を叩いたんだけど!?」

 

 これまで与えた傷全てが見る見るうちに消えていき、戦闘する前と変わらない状態まで回復していることに驚きを隠せない。

 タルングはやる気に満ちているとはいえ、もう少しだけ考える時間が欲しいぞ。

 

「……脅威的なまでの治癒能力が備わっているというわけか?きりがないと言うか、このままではタイジュに戻れんな」

 

 タイジュに戻れない、という一言にミレーユが強く反応する。本人は隠しているつもりだろうが、三日後……いや、どれだけ時間が過ぎたか分からない以上、動揺してしまっても仕方がない。

 ゾーマの手下がやまたのおろちに細工を加えたとしたら、恐らくこれがその結果だろう。理由は不明だが圧倒的な治癒能力を授け、何かしらの目的で……いや、待てよ。

 

 あの手下は儂の存在を知らなかったため、儂を始末することが目的ではない。となると、魔物に対しての実験を兼ねた目的があるはず。

 奴らがどこまで知っているのか不明だが、今はこう考えるべきだろうか……()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。

 

「ミレーユ、気持ちは分かるが落ち着くのだ。心当たりが多すぎて判断が付かないが儂は二つの可能性に絞る。一つは開催国のタイジュを壊滅させること。二つ目は……お前をここで引き留めるこ

とかもしれん」

 

 一つ目は簡単に思いついたが、二つ目は儂にも理由はさっぱり分からん……が、タイジュの国のマスターが不在であるこのタイミングでやまたのおろちを暴れさせているとすれば、ミレーユを大

会に参加させないか、この場で始末することが目的かもしれない。

 

「どうすれば……このままだと、大会に出られないわ」

「今から戻ってもいいが、危機を先延ばしにするだけだな。大会中にタイジュに攻めてくることを考えると……今この場でどうにかする必要がある」

 

 再生が追いつかないほどの攻撃を加えることが正攻法なのだろうが、儂たちにはそれほどの攻撃力は無い。あれだけ攻撃を叩きこんでも再生されてしまうのなら、別の手段を考えるしかない。

 

「はあ、お肉をあげて大人しくなればいいんだけどなー」

「……それよ!倒せないなら、仲間にしてしまえばいいわ。みんな、もう一度集まって!」

 

 モンスターマスターならではの発想だろうか、この魔物を仲間にするなど一切考えることは無かった。上手く従えさえすれば大会が邪魔されることもないし、タイジュも安全になる。

 

「儂は素晴らしい案だとは思うが、一体どうするのだ?話は絶対に通じない相手だぞ」

「話せなくても大丈夫よ。失敗しちゃうかもしれないけど、今はまず実行するべきね……タルングに時間を稼いでもらっている間に説明しましょうか」

 

 やまたのおろちの攻撃を一手に引き受けるタルングは本当に頼もしいな。それはさておき、ミレーユのようなモンスターマスターには、スカウトアタックという特殊な行動を行うことが出来る

らしく、それを使えばこちらに従う可能性があるらしい。

 

 難しい手順を踏む必要は一切無く、こちらは己の力を相手に示せばいいだけらしい。要するに、全力の一撃をもう一度行えばいいということ。

 

「しげまるはもう大丈夫そうだな……一応プロットも参加してくれ。今度はミレーユの指示に従えばいいんだな?」

「ええ。わたしが指示するから、アルトたちの後に続いて欲しいの」

 

 タルングの相手に嫌気がさしたのか、力任せに通り抜けようとこちらへ突進するやまたのおろち。

 

「今よ!『スカウトアタック!』……成功してっ!お願い!」

 

 突進する巨体に向けてこちらも駆け出し、一匹ずつ思い思いの行動を行っていく。ミレーユの声に応じて儂たちに不思議な力が宿ったかのような妙な感覚だ。

 

 皆の攻撃を受けたやまたのおろちは歩みを止め、じっとこちらを見つめている。熱気が漂う洞窟だが、この瞬間だけは熱も感じないほどに緊張が走る。

 ちらりとミレーユの方向を見ると、表情はあまり良くないことが確認できた。儂たちの力が足りなかったのか、とにかく次の作戦を考えなければと頭を回転させ始めたその時。

 

「喰らえっ!オレさまの食べかけのお肉だああ!」

「おいしげまる、妙な真似はよせ!今更肉なんぞ投げてもどうしようもならん……というか殆ど骨だけではないか!」

 

 何を思ったのかしげまるは自身の食べかけの肉を頭に向けて投げつけ、口の中へと放り込んでしまった。

 ダメ押しのつもりなのかは知らんが、無駄な事は止めて次の作戦を考えて欲しいものだ……

 

「儂たちが相手を続ける……ミレーユはタイジュに戻るのだ」

「ま、待ってくださいバラモスさん!ほら、見て下さい!」

 

 あれだけ暴れていたやまたのおろちが全ての首を下げ、攻撃することを止めている。疑り深い儂はまだ攻撃の機会を伺っているのかと睨みつけるが、ミレーユは儂に心配しなくていいと話す。

 

「もう大丈夫なの?やっぱりお肉が効いたのかな?」

「さっぱり分からんと言っているだろうに……ミレーユのスカウトアタックが通じたのだろう。大会までまだ時間はあると思うが、直ぐに帰ったほうがいいだろう」

 

「やりましたね、ミレーユちゃん!私はあまり活躍できなくて……ごめんなさいね」

「そんなことないわプロットさん。あなたが傷を治してくれるから、皆は全力で戦えたのよ?――それじゃあ、一緒に帰りましょうか……『リレミト!』」

 

 言わずと知れた脱出の呪文をミレーユは唱え、儂を含めた全ての魔物が光に包まれていく。

 やまたのおろちにも光が届いたところを見ると、本当に仲間になったらしいな……モンスターマスターの凄さを存分に見せつけられた戦いだった。

 

 これで一件落着となればいいが、改めて魔物を従えるという存在に驚かされる。全ての魔物がこうなればいいとは限らないが、少なくとも人間と魔物との間で戦いは起こらないだろう。

 ゾーマの手がここまで届いていることに不安はあるが、今はタイジュに戻るべきだと、儂は静かに目を瞑るのであった。

 

 

~~~

 

「おお、バラモスたちよ!まさかやまたのおろちを仲間にしてくるとはな!お主たち、その魔物でこの国を侵略するつもりではあるまいな?」

 

 いきなりタイジュに城に飛んで行ったと思えば、王様らしき人物から質の悪い冗談が飛んでくる始末。表情の動かないプロットでさえ、顔が引きつっているように見えるが。

 どう反応すればいいのか迷っていると、玉座から少し離れた場所に居た道化師がくるくると王に近づいていく。

 

「それ いいすぎ」

 

 ……儂は何を見せられているのだ。王族の前なので下手な態度は取れないが、とりあえず儂の伝えたいことを伝えさせてもらうとするか。

 

「ミレーユには一番いい宿を用意してやってくれ。代金は全て儂が払う。儂たちはとりあえず寝床があればいいが……」

「いえ、わたしはもう宿を予約しているのでそこで休憩します。ふわぁ……おやすみなさい、みなさん」

 

「むう、そうか。では、バラモスたちも今日のところは休むがよい!明日は星降りの大会、共に我がタイジュの優勝を見届けようぞ!」

 

 ミレーユが目の前にいるのだが、わざと言っているのだろうか……いや、この顔は何も知らない顔だ。悪意は何も感じられない。

 宿の場所はプロットが覚えているらしいのでついていくとして、儂たちも宿に向かわねばならんな。

 

 玉座の間から退出すると、先に宿に戻っていたはずのミレーユの姿が目に入った。

 

「ミレーユよ、宿は城の外だぞ?思っていたほど大会まで時間が無い、休憩した方がいいのではないか?」

「……ええ、そうね。私は優勝しなければならないもの。寝不足で勝てませんでした、なんて皆に顔向けできないわ」

 

 全員揃って宿に向かっている最中、儂はミレーユに尋ねようと思っていたことを思い出した。眠たい今聞くのは酷かもしれないが、一応尋ねてみることにする。

 

「ミレーユ、難ければ答えなくていい。……人間と魔物、どうすれば共存できると思う?」

「うふふ、そうね……あなたが教えてくれたじゃない。お互いを信じること、だと思うわ」

 

 微笑みながら答えるミレーユ。儂はこれまで人間というものを信じたことがあっただろうか。

 

 全く違う方向からの意見、というものだろうか。複雑な感覚だが、新しい理想を成し遂げるには、新たな考えが必要になるようなものなのかもしれない。

 悩みと不安を抱えつつ、星降りの大会の前夜を過ごすのであった。




・身代わりメタル(身がメタ)
 耐性の優秀はメタル系モンスターに身代わりをさせ、その間に他のモンスターで攻撃を行う戦法。
 主に対人戦やストーリーの攻略でプレイヤーが使用することが多いが、テリーのワンダーランド3Dにてミレーユが使用した。


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バラモスよ、ふくろと気持ちを整理するのだ

 いつもありがとうございます。今回でタイジュのお話はおしまいとなります。

 追記 タイトルを若干変更しました


『星降りの大会を制したのは……テリー選手だーっっ!!」

 

「ひゃあー惜しかったねぇ!おじちゃん見てた?あのタルングを封じ込めたところ!」

「メタル系にも弱点があると本で読みましたけど、テリーさんは上手く対応していましたね」

 

「うむ……どちらも見事な戦いだった。こうして魔物同士の戦いを眺めることも勉強になるな。出場した魔物の殆どが儂の知らない魔物だった」

 

 儂、さすらいの魔物バラモス。

 

 星降りの大会の当日、儂たちはタイジュの国の危機を未然に防いだ功績を認められ、こうして特等席で大会を観戦していた。

 人間が魔物を従えるという仕組みそのものに未だ慣れないが、こうして観戦していると中々奥が深い。

 

 ミレーユと共に戦わなければ、儂は人間が後ろに立ったまま一切戦いに参加しないものだと勘違いしたまま試合を観戦していただろう。

 だが、人間は確かに共に戦っていた。状況を見極め適切な指示を伝え、臨機応変に作戦を考え上手く戦闘をこなしている。

 

 言わば軍の司令塔のようなものだったが、このモンスターマスター同士がぶつかり合うというのはとても見応えがあり、こうして長々と気持ちを語るくらいには満足している。

 

「ミレーユちゃん、残念でしたね。タイジュの国にとってこの優勝はとても嬉しいことなのでしょうけど、ついつい私はミレーユちゃんを応援してしまいました」

「一緒にやまたのおろちと戦ったんだから、ついつい応援しちゃうよね」

 

 大会の結果は惜しくもミレーユが敗れてしまったが、決勝戦の対戦相手であるテリーという少年、彼はミレーユとの何らかの関わりがありそうだ。

 普通あれくらいの歳の少女なら、決勝戦で自分を負かした相手と関わる事などそうそうないはずだが、二人は元から知り合いだったかのような振る舞いを見せるあたり……

 

「ミレーユは既に願いが叶っているかもしれんな……ふふ、偶然とはいえ面白い結果になったものだ」

「それってまさか、あのテリーって子は……」

 

 タイジュの国代表であるテリーは、ミレーユよりも少し幼い外見をした男の子。もしミレーユと同じくテリー少年が攫われていたとすれば、偶然決勝戦で再開してもおかしくはない。

 

 詳しい話は試合終了後に聞けばいいだろうが、規模の大きい大会を優勝したのだから、色々とやる事が残っているかもしれないな。

 ミレーユも優勝出来なかったとはいえ、会場を去る時の満足そうな顔を見るに、この結果に思うところはないのだろう。

 

「大会は終わっちゃいましたけど……これからどうします?まだお昼時ですし、星降りの夜まで時間はありますよ」

 

 ミレーユやテリーのことを考えていたが、確かに儂もこれからの目的を決めなければいけないな。こうして一つの事件が解決したのだから、宝石が何か反応しているはずだが。

 

「……少し輝きを取り戻したとはいえ、まだ完全に光ってはいないな。せっかくだから、星降りの夜までタイジュを観光するとしようか」

「賛成!おじちゃんのふくろも整理しないといけないからねー」

 

 中々痛いところをついてくるな。長年整理せず放っておいたふくろの中身を整理するとすれば、大会のために各国から商人が集まる今がその時だろう。

 生活費も工面しないといけないし、この世界の物の価値を知っておいても損はない。

 

 タイジュに着陸した時の広場に商人が集まっていたし、とりあえずあの場所に向かえば旅に役立つような品が売られているかもしれないため、ひとまず広場に向かうとするか。

 

 

~~~

 

「前に来た時よりも賑わっていますね!バラモスさん、何から買います?」

「買い物より先に道具の整理をさせてくれ……何ならある程度の資金を渡すから、自由に買い物でもしてくるか?」

 

「いいんですか!?私、買い物するのって初めてで……!これまで人前に出られなかったので、全部錬金釜で工面していたんですよ」

「おじちゃん、このままプロットを買い物に行かせちゃまずい気がするんだけど。多分金銭感覚を分かってないよこれ」

 

 そういえばプロットはからくり兵、フォーリッシュの町やフォロッドの城でまともに行動が出来るとは思えないな。確かに野放しにしておけば碌な目に合わないよう気がするぞ。

 

「買い物が初めてなら、まず儂を手本にして基本を覚えておくといい。プロットは人間と問題を引き起こす性格ではないし、勝手を分かれば上手く買い物できるだろう」

「はい!よろしくお願いします!」

 

 儂を手本にと言ってはいるが、商人に金を払って商品を買う一連の流れを見せるだけだ。儂は根っからの商売人ではないため、こうした金銭や物品のやり取りに慣れているわけではない。

 

 しかし、一応こうして説明しておかないと問題を起こす魔物を何度も見てきた。もっと安くしろと脅したり、そもそも商品を強奪するような魔物を存在する。

 わざわざ取引をしなくとも力づくで解決できる為ある意味当然かもしれないが、このご時世魔物や人間相手に買い物することくらいは少なくないだろうし、もし儂がネクロゴンドに戻ったら、こ

うした取引の方法を大々的に伝えるべきだろうな。

 

「とりあえずふくろの中を圧迫している資材から手放していきたいな……よし、あの商人にしよう。わざわざ異国に商売をしに来たのだ、物を運ぶことくらいは慣れていないと困るな」

「おじちゃん何を売りつけるつもりなの?人間が扱っても大丈夫な物だよね?」

 

 人聞きの悪いことを言うなと注意しておく。しげまるは心配しているが、呪いがかかった武具や辺りに影響を及ぼす危険物を売りつけるつもりは全くない。

 

「色々あって資材がふくろを圧迫していてな。それさえ売り払ってしまえば、ある程度ふくろに余裕ができるのだが」

 

 色々とは言ったものの、実はおおよそバラモス城内でのトラブルが原因である。部下同士の喧嘩で城の一部分が崩れることは結構あったので、その度に儂が破片や瓦礫をふくろに回収していた。

 

 一々魔物を呼んで掃除させるのも面倒だったし、儂のふくろを誰かに渡すことなど絶対にできなかったため、泣く泣く魔王の儂が城内の掃除を行っていた。

 覚えている範囲では城を作る時に結構上等な素材を使っていたし、砕けていても価値は残っているはず。今となってはいい思い出だが、今度は掃除専門の部下を増やしてもいいかもしれない。

 

 広場で見つけた旅に慣れていそうな商人に向けて歩いて行き、儂は崩れた城の資材を示した。

 

「すまないが、この資材は幾らで買い取ってもらえるだろうか?建材としては優秀な素材なのだが」

「いらっしゃい。……そいつはただの欠けた石にしか見えないし、物の名前が分かれば値段を決められるんだがねぇ。どんな素材なんだ?」

 

 分かってはいたが、儂は商売に長けた魔物でもなければ建築に長けた魔物でもない。城を作る時にある程度襲撃に備えて改装したことは覚えているが、この素材がどのような物かは覚えていない

し、名前すら覚えていない。

 

 記憶を辿っていくと、確か儂に合わせて魔法に強い素材で作られていたような気がする。強度によるが、この場で魔法に対して強いことを証明すれば多少は価値が上がるだろうか。

 

「この石材は魔法に強くてな。ほれ、『メラゾーマ!』」

「どわあっ、急に何てことを……おお、中々丈夫な素材らしいな」

 

 記憶の通り、この資材が魔法に強いことを思い出した。……何故これが壊れていたのかも思い出したが、商人に強靭な魔物の物理的な衝撃には耐えられないことくらいは伝えておくか。

 

「だが、丈夫と言っても俺は大工じゃないんでな。それをどう使うかまで考えると、買い取るわけにはいかないな」

 

 商人からの至極真っ当な意見、恐らく他の商人に話を聞いても同じような答えが返ってくるだろう。さて、これがふくろを圧迫しているためどうにかして売って資金にしたい所だが……

 

「バラモスさん、それを錬金釜で錬金すればいいんじゃないですか?家具なら使い道がはっきりしていますし、より価値も上がると思います」

「本当にできるのか?あの釜にこの素材を入れればそんなことが出来るのか?」

 

「すごい疑うなあおじちゃん。プロットの言う通り試してみたらいいのに」

「……一体何が始まるんだ?その石を家具にするだって?」

 

 儂はふくろから錬金釜を取り出し、蓋を開け一つの破片を入れる。カランカランと音が鳴ったものの、中身を覗いても資材の姿は見えない。

 プロットがまだ足りないと話すため、ふくろからありったけの破片と瓦礫を釜に投入していくが、一向に釜の中身が埋まる気配がない。

 

「まだなのか?まだ必要なのか?」

「家具には十分ですけど……もうこの際全部入れてしまえばいいんじゃないですか?」

 

 形の無い破片が適当な物に変わるのなら、この際いらないものは全て釜に放り込んでしまってもいいだろう。もう既に容量には余裕があるが、これからのことを考えてどんどんいらない物を放り込んでいく。

 

「俺としてはその釜とふくろの方が欲しいんだがなぁ」

「だよねー。オレさまも見てて訳が分からなくなってくるよ」

 

「ダメですからね!?これは私の大事な大事な錬金釜ですから!」

「……商人よ、何か錬金するものに希望はあるか?」

 

 錬金釜を大事そうに抱えるプロット。儂はひとまず商人に何を錬金すればいいか尋ねると、丈夫な作業台が欲しいとのこと。

 

「作業台ですね。これだけの資材を入れたんですから、とっても丈夫な物が出来上がるはずです……ちょっと待ってくださいね」

 

 錬金釜がごぼごぼと奇妙な音を立て始め、小刻みに震えている。プロットが商人に細かい要望を尋ねるたびに、慣れた手つきで錬金釜を調整しているが……爆発したりしないだろうか。

 

「おじちゃん今失礼なこと考えてるね?多分オレさまも同じこと思ってるけど」

 

 あれだけ資材を投入したのだから別に爆発が起きても驚きはしないものの、資金になりそうな資材を失うことは避けたい。

 プロットは買い物した事が無いと言っていたし、道具は全て錬金釜で作成していたに違いない。上手くできればいいが。

 

「……はい、出来ましたよ!幾らで買い取っていただけるのでしょうか?」

 

「うわあ、釜の大きさと噛み合ってない家具が出てきたんだけどどうなってるの……」

「そりゃあ俺も聞きたいよ……まあいい、面白い物を見せてもらったし、五万ゴールドでどうだい?強度も形も問題無さそうだ」

 

「価値の分からん瓦礫が五万ゴールドになるとはな……よし、是非買い取ってもらおう」

 

 プロット曰く、釜の中の仕組みは考えなくていいらしい。明らかに釜よりも大きいものが出てきたため、目の前の商人だけでなく行きかう様々な人間が驚いているような気もするが、気にしなくてもいいだろう。

 

 この瓦礫が莫大な価値を秘めている可能性を否定できないが、いつか価値が分かる物よりも今役に立つ方がいいと儂は思った。

 価値が分かる頃に儂が生きているかどうかも分からないし、何より今はふくろの容量が欲しい。

 

「毎度あり!それで、何か買っていくかい?マルタやカレキの商品も扱ってるよ」

「そうか、まだ商品を買っていなかったな。結構な量を錬金釜に入れたし、容量の心配は必要ないか」

 

「あれだけ瓦礫とか破片を持ってるのって、おじちゃんって前は何してたの?掃除?」

「……色々、とだけ言っておく」

 

 肩書きだけの魔王だった過去を話してもどうにもならないし、今はその肩書きすら存在しない。しげまるには適当に誤魔化しておくとして、まずはどんな道具を買うかだな。

 

 見た所主に取り扱っているのは道具、武器や防具は実用的なものが見当たらないが、異国の事情を知らないため下手な買い物はできない。

 特に数が多いのは金色の勲章のようなもの、剣や杖といった形が刻まれているため、戦闘に関連した道具なのだろうか。

 

「この道具について教えてくれないか?こういった物には疎くてな」

「スキルの証のことだね?これは使うとその証に応じたスキル……まあ、特技や呪文が覚えられる便利な道具だ。他の店じゃ余り扱っていないし、これは結構お勧めだよ」

 

「へえー、……結構値段に差があるんだね。おじちゃんは何か買うの?」

 

 この国では道具を使うだけで呪文を覚えられるらしい。この前にスキル振り分けとやらを知ったばかりだが、少なくともここ周辺の国には浸透しているもののようだ。

 儂たちにも使えるのかが重要だが、誰がどのような証を使うのかを考えて購入しなくてはいけない。

 

「この証と……もう一つ、これも頼む」

「全体回復と戦士の証だね。二万ゴールドと言いたいが、作業台も作ってもらったし、一万五千ゴールドでどうだい?」

 

「買った。ほれ、代金だ……プロット、商品を買う時は必ず代金を払うんだぞ?人間との取引は人間のルールに従うのだ」

「本で読んだ通りですね!肝に銘じておきます!」

 

 人間なら常識なのだろうが、実は魔物の間でも意見が分かれている問題でもある。強奪派と取引派という魔物の性格よってに分かれているため、根が深い問題だったりする。

 儂と言えば、中立を装って他の事業に手を回していたばかりで、この問題からは目をそらし続けてきた。もう戻ることは無いとはいえ、こうして振り返ると悔いが残っているのが辛いところである。

 

「証の詳しい使い方はミレーユに聞くとして……自由時間としよう。集合は星降りの夜、モンスター牧場だ。別に何をしてもいいが、人間と問題を起こすことは避けて欲しい」

「それなら、オレさまは新しい木づちを見てこようかな。それじゃあ、またね!」

「私ももっと買い物してきます!それでは!」

 

 あっという間に解散した儂たちは、ひと時の自由時間を過ごすこととなった。思えば、城を出てからずっと誰かと過ごしていたし、魔王と呼ばれていた頃も常に部下と行動を共にしていたような

気がする。

 

 久々の一人の時間、別に何をしてもいいのだろうが、自分でああ言っておいてやる事は全く決まっていない。

 とりあえず、やまたのおろちの様子が気になるので先にモンスター牧場へ向かうとするか。

 

 若干日が傾いてきただろうか。星降りの夜まで時間があるとはいえ、己の自由時間を過ごさなければいけない、という感情を抱いてしまう。

 これまでの生活のせいなのだろうが、常にいつも何かの下で生きてきた身としては、こうした自由な時間を過ごすということも不思議な気分ではある。

 

 大会の後というだけあって、様々な人間がタイジュに集まっていた。普段の儂なら気にも留めないような人々だが、こうして眺めていると新たな発見があるのかもしれない。

 

 儂のように町中を歩く魔物などいないが、誰も儂に怯えもせずに自分の時間を過ごしている。

 儂からすれば自分が明らかに異端な存在であることは重々理解しているのだが、こうして儂に全く関心が無いところを見ると、魔物という存在がいかに考えの違いで生き方が変わってくるか思い知らされる。

 

 ここに生まれていればきっと苦労せずに生きられただろう。だが、タイジュに生まれた儂が魔王としての理想を叶えることは到底できない……と思いたい。

 いくら考えても無駄な事なのは分かっているが、こうして答えのない問いに悩まされることなどよくあることだ。

 

 階段を上り、頂上の近くのモンスター牧場に到着した儂は、先日この場所に送られたやまたのおろちを探すべく探索を始めた。

 驚異的な治癒力を持ったやまたのおろちも今はミレーユに従い、見違えるほどに大人しくなったらしい。儂としても色々と気になっているので、出来れば詳しく状態を知りたいところだが……

 

「わたわた。ねえ、何か探してるの?」

「つい最近ここに来たやまたのおろちを探していてな。お主もここの魔物なのか?」

 

「ぼく、わたぼう。タイジュの国の精霊なんだけど、ぼくもその魔物が気になってたんだ。偶然だね」

「儂はバラモス……旅をしている魔物だ。もしよければ案内して欲しいのだが」

 

 突然隣に綿帽子のような魔物が現れ、儂に話しかけてきた。タイジュの精霊とやらは良く分からないが、自身を魔物と表現しないあたり何か違う点があるに違いない。

 幼い口調のように思えるが、この魔物には強い力を感じる。悪い予感で無ければいいのだが。

 

「それならこっちだよ。あの魔物、とても強い呪文にかかっていてね。意識まで乗っ取られていたみたいだけど、ミレーユが解決したみたいだ」

「そうらしいな。その強い呪文とやらも教えて欲しいのだが」

 

「さあ?ホイミみたいに名前が無いからよく分からないけど、傷があっという間に治る身体になったみたいだね」

「他人事のように言うのだな。心配になったりしないのか?」

 

 どこか冷たい印象を受けるが、正直なところこの魔物は儂の勘が只者ではないと警告しているためあまり関わりたくはない。

 魔王とは違う、邪悪な力とはかけ離れた何か。儂と対極に存在しているようで鼓動が落ち着かない。

 

「わたわた、そんなことないよ。でも、ぼくが心配なのは悪い魔物がタイジュに入ってきたことなんだよね。精霊の友達に聞いても見たっていう子も多かったし、悪い魔物がタイジュに来るっていうのは見過ごせないなぁ」

「……その悪い魔物の話を詳しく聞かせてくれ」

 

「いいよ。丁度キミみたいな見た目の魔物なんだよね」

 

 あの時の儂に似た魔物のことだと分かってはいるが、この精霊、明らかに儂に対しての敵意をむき出しにしている。

 一触即発の状態に陥った儂だが、本能が危ないと儂自身に警告をしているようで、こちらから攻撃する気にはなれない。

 

 やまたのおろちの様子を見に行きたかっただけだが、厄介な魔物に絡まれてしまったぞ。儂と同等、もしくはそれ以上の実力があると見えるが、表情を一切変えないところが非常に不気味だ。

 

「うーん、でも、キミからは邪悪な力を全く感じないんだよね。それに……タイジュを守ってくれたんだし、やっぱり悪い魔物じゃないよね」

 

 またもや一瞬で雰囲気が変化し、穏やかな表情に変わったように見える。それにしても、タイジュを守ったと発言したということは、儂がやまたのおろちと戦ったことを知っていると思っていいだろう。

 

 そうなると、何故わざわざ儂を試すような事を話すのかが理解できない。精霊というのは気まぐれな生き物なのだろうか。

 

「まあいいや。これから星降りの夜だし、存分に楽しんでね。もしかするとタイジュに居る所に会えるかもしれない。それじゃあね、わたわた」

 

 わたぼうは一方的に儂に別れを告げると、瞬く間にその場から消え去った。奴の目的は不明だが、とにかく話していて疲れる奴だ。

 

 これから何が起こるか分からないため、儂ははやる気持ちを抑え、ひとまず星降りの夜になる前に冒険の書に記録しておくのだった。




・スキルの証
 使用すればスキルを覚えられる便利な道具。
 誰にでも呪文や特技を覚えられる強力な品だが、モンスターマスターの居ない地域では全くと言っていいほど流通していない。

・せいかく
 バラモスは新しい物事に対してひどく警戒しますが、プロットは何に対しても意欲的です。
 一方で、しげまるはバラモスほど警戒心は強くありませんが、誰かの後に行動すると安心するようです。

 次回、星降りの夜の後に新しい地へと旅立ちます。


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溢れる魔障と運命の振り子のお話
バラモスよ、大魔王の手はすぐそこに迫っているぞ


 お待たせして申し訳ございません。第11話となります。


 儂、さすらいの魔物バラモス。

 

 変わった道具を購入したり、突如現れたわたぼうなる精霊と出会ったりとタイジュの国を観光していたが、その時間もついに終わりになりそうだ。

 

 討伐したやまたのおろちの様子を見たが、特段変化があるわけでもなく、至って大人しい魔物、という印象を抱いただけだった。

 呪術による影響が残っているのか、一瞬にして傷が治ることは相変わらずらしい。一応ミレーユに従う魔物となったそうだが、何かに悪用されないことを願おう。

 

 色々とタイジュの魔物を見て回っているうちに、日がかなり傾いていることに気が付いた儂だったが、集合場所はこのモンスター牧場。

 別に急ぐ必要はないし、入口近くで適当に見知らぬ種族の魔物を眺めておくとするか。

 

 人間とは異なった見た目をした生物全てが魔物というわけではないが、少なくともこの場所にいる生物は一応全てが魔物と判断してもいいだろう。

 儂は見たことがないが、世の中にはエルフだとか妖精だとか、魔物に属さない種族の生き物をいると聞いたことがある。

 

 これまでの旅路で儂の知る世界が極々一部だと思い知らされたし、そういった種族と手を取り合う日がくるかもしれないな。

 

「……あれ?バラモスさんはもう来てたんですね」

「早いねおじちゃん!やっぱり星降りの夜が楽しみなんだ?」

 

「もうそんな時間なのか?買い物が終わったようで何よりだ」

 

 こちらへ走る二匹の魔物。プロットとしげまるが買い物を終えて集合場所に戻ってきた。しげまるは軽装だが、プロットは大きな荷物を持っているようだ。

 まだ夕方だと思っていたが、上を見上げるとちらちらと星が見えてくる。空は一気に光景を変え、沢山の流れ星が輝く夜へと移り変わっていく。

 

「もう始まったのかな?これが星降りの夜かぁ、凄いね」

「フォロッドでは見られない空ですね。とっても綺麗……」

 

 モンスター牧場に居る人々がざわめいているため、これから本格的に星降りの夜が始まるということか。

 開催国のタイジュが大会で優勝したため、さぞかし賑やかな夜になるだろう。儂自身も、こうして美しい星空を眺めることなど滅多になかったので、新鮮な気分ではある。

 

 人々が集まるのはいいが、この場所だとどうしてもやまたのおろちのことが気にかかってしまう。

 今は静かでも、実はまだ呪文が解けておらず、人間を襲う瞬間を伺っていると考えると気が気でない。

 

 儂の考えすぎであることを祈るが、こうした盛り上がるべき場所でも悪いように考えてしまうのは良くない癖だと思っている。

 しかし、嘘や裏切りなどがよくあった魔王軍の時代に比べれば、もう少し魔物や人間を信用してもいいのかもしれないな。

 

「バラモスさーん!ここに居たんですね!」

「その声、ミレーユか!結果は残念だったが、本当によく頑張ったな」

 

 ミレーユもモンスター牧場に来ていたらしく、大きく手を振りながらこちらへ駆け寄ってきた。

 少しも落ち込んでいない様子だが、これは儂の勘が当たったと思ってもいいんじゃないだろうか?

 

「決勝戦では負けちゃいましたけど、対戦相手が私の弟で……!うふふ、もう願いが叶っちゃいました」

 

「すごい偶然もあるんだねぇ。オレさま、対戦相手が弟だったこともびっくりだけど、おじちゃんの勘が当たったこともびっくりだよ」

「事実は小説より奇なり、とはよく言ったものですね。ミレーユちゃんが喜ぶ顔が見られて良かったです!」

 

 テリーとは後で合流するらしく、今は別々に居るらしい。久しぶりに姉弟の時間を過ごしてもらいたいし、儂が話すことなど……と思ったが、スキルの証の使い方を教わらねばならんな。

 

 プロットとしげまると仲良く話すミレーユに話しかけるべく身を乗り出すが、突如それを遮るようにあの時の白い精霊が現れた。

 

「わたわた。ミレーユ、お話も程々に。バラモスにはやらなきゃいけないことがあるんだよ?キミもそれを忘れないようにね」

 

「忘れたつもりなど……まさか!」

「ああっ!光ってる!」

 

 若干胡散臭い雰囲気を漂わせる精霊の言う通り、儂のふくろに保管していた緑の宝石が光を放ち始めた。星空に負けないほどに眩い光を放っているが、これほど光ったことなど一度も無いぞ。

 

「綺麗な宝石……!バラモスさん、これって一体どんな宝石なんですか?」

「悪いが、詳しくは儂も分からんのだ。人助けをすると光って、儂たちを別の場所へと導いていく……まあ、旅の道しるべのようなものだ」

 

「ふーん、それからも強い力を感じる。この場所に集まった皆の思いや気持ちが集まっているのかもしれないね」

 

 これまで光を宿すと言えば、何かの問題を解決した時だった。

 やまたのおろちからタイジュを守っても光を宿さなかったことを考えると、ミレーユがテリーと再開したことが鍵になっているのかもしれない。

 

「……ねえおじちゃん、さっきから喋ってるこの白い魔物は誰?」

「魔物じゃないよ、タイジュの国の精霊さ。ぼくも良く知らないけど、急いだほうがいいんじゃない?」

 

 あっけらかんとした表情を崩さないまま、わたぼうは儂に向けてそう告げた。儂の何かを知っているような態度は見過ごせないが、同じく何処かで誰かが困っているとなると放ってはおけない。

 儂の力で助けられるなら、なおさらだ。

 

「色々と言いたいが、それはまた出会った時に尋ねるとしよう。……しげまる、プロット、荷物をふくろに入れたらすぐ出発するぞ」

「急だね!?オレさま色々食べ歩いただけだから、いつでも出発できるよ」

「そうでした!バラモスさん、これの保管をお願いします!」

 

 背負っていた荷物を床に置くと、ずしんと地面が揺れるような気がした。かなりの重量がありそうだが、ひとまず儂は荷物を包む布を少しほどいてみる。

 埃っぽい空気が周囲に散乱し、儂は布をほどいたことを少し後悔した。ちらりと見えた中身から察するに、プロットは古いものから新しいものまで、あらゆる本を買い漁ったのだろう。

 

「まったく、ふくろの容量が心配になるぞ……ミレーユ、儂たちはこの本をふくろに入れたらすぐに別の場所へと旅立つ。

 この場所にもう一度来れるか確証は無いが、もう一度会える日を楽しみにしているぞ。――弟を大切にな」

 

「もう行ってしまうのね。……またね、バラモスさん!あなたも仲間を大切に!」

 

 別れが惜しいのか、しげまるが出発をもう少し後にしないかと駄々をこねているが、またどこかで事件――それこそゾーマが関わっているとすれば、儂はすぐに向かわねばならない。

 

 せっせと本をふくろに詰め込みながら、牧場の奥へと向かうミレーユを見送った。彼女にもこれから数々の困難が待ち受けているだろうが、人間同士、そして魔物とも協力して解決することを願

おう。

 

「よし、詰め終わったぞ。しげまる、プロット、やり残したことは無いか?」

「オレさまは……特にないよ。プロットは?」

「私もないですよ。この世界のことは買った本に書いてありますし、スキルの証の使い方もきっと書いてあるでしょう」

 

 二匹ともすぐに準備は万端らしい。儂としても特にやり残したことは無いし、気兼ねなくルーラを詠唱出来る。

 

 行き先にはやはり未知の場所が存在し、また同じく別の世界へと繋がっているのだろう。

 

「では行くぞ……『ルーラ!』」

「ひゃあ!結構飛んだけど未だに緊張するんだよね」

 

 情けない声を挙げるしげまるだが、呪文の制御のため一々構っていられない。儂とてちゃんと目的地に到着させるために神経をすり減らしているので、出来れば大人しくしていて欲しいぞ。

 

 詠唱を終え身体が浮き上がり、儂たちは一瞬にして空へと飛んで行った。

 遠く離れた星空に少しでも近づけたかと思った時、幾多の星が流れる空の様子がはっきりと切り替わる。

 

 目に入った光景も悪くない星空だったが、先程までの星降りの夜に比べればどうしても物足りなく感じてしまう。

 

 空の様子が切り替わったということは、無事に場所を移動できたと判断してもいいだろう。儂は呪文の制御を続けつつ、今度の世界はどのような場所かを確認すべく周囲を見渡すが……

 

「おじちゃん、聞こえてる!?この先ってとっても危ない予感がするんだけど!紫色をした雲っておかしいよ!」

「行先は本当にあの方向なのですか!?はっきりとは分かりませんが、とても邪悪な力を感じます……!」

 

 突如声を挙げる二匹に応えるべく、儂も視線の先を見つめると、確かに周囲と比べると異色な紫の雲を発見した。

 遥か上空に居る儂たちは、その紫の雲を見下ろしている状態だ。身体は降下を始めているため、このままだとあの雲に突っ込むことになる。

 

 しげまるの言う通り、あのような色をした雲など碌な物は無いと言ってもいいだろう。

 単純にそうした気候の場所ならいいが、毒が混じっていたり有害な物質が混ざっていれば、これからあの場所を通り抜ける儂たちはただでは済まない。

 

 何故毒の雲を、と考えていたが、距離が近づくと徐々にその正体が明らかになってきた。プロットの感じた邪悪な力、というのは恐らくこの雲の本質を見抜いていると言ってもいいだろう。

 

「まさか魔障かっ!プロットとしげまるは念のため息を止めろ!いいか、出来るだけ通り抜けるまで吸い込むなよ!」

 

「元からそのつもりだよ!通っても大丈夫かなぁ……」

「私に毒は通じませんが、それでも危険な物なんですね?」

 

 プロットの考えは間違っていない。人間にとっては毒のような物だが、魔物にとっては少し違う物質なのだ。

 

 魔障。それは魔物の力を何倍にも引き出す謎の多い物質で、一部に結晶となったものが見られるが、大半はこのような紫がかったもやのようなものだ。

 

 人間がこれに包まれるとたちまち命を落とすことが実験で分かっているが、魔物の場合は全くの逆で、凄まじい力を発揮することが可能になるらしい。

 儂がこれを知っているのは理由があり、これと同じものがアレフガルドで発見されたことを魔王になる少し前に知っていた。

 

 発見された魔障はごく少量だが、それでも人間に悪影響を及ぼすことは変わりなかったし、ある質の悪い魔物の実験により魔物に対しての効果が確認されている。

 

 決して魔物に対してメリットしかないわけではないが、儂が考えの整理を終える前に身体は魔障の雲へと突入していき、周囲に見える景色も同様に魔障しか見えなくなった。

 

 自然と身体が二匹の魔物を守るように動き、儂はしげまるとプロットを抱き寄せ、浴びる魔障を極力減らすように身体を動かすが、儂の意識がゆっくりと薄れていく。

 せめて移動(ルーラ)を終えるまではと必死に耐えていても、魔障をまともに浴び続けた儂は呪文の制御すらもできなくなり、そのまま身体は重力に従い落下を始める。

 

「……ちょっと!おじちゃん大丈夫!?」

「バラモスさん!?もう魔障の雲は抜けましたよ!?」

 

 うっすらと何処かから声が聞こえるように感じた儂は、最後の力を振り絞りコントロールを続けた。魔障の雲を通り抜けたらしいが、正直今は何も見えないため状況が理解できない。

 

「ぐうう、おじちゃん、着地が荒いよ……って、やっぱり意識が無いじゃん!」

「どうしましょう!?ここに話の通じる生き物がいればいいのですが……」

 

 突如強い衝撃を受けた儂だったが、起き上がる気にもなれずそのまま眠りにつくのだった。

 

 

~~~

 

 

 土にしては柔らかい地面に違和感を感じ、儂は意識を取り戻した。目を開けるとしげまるとプロットの姿が見えたため、儂はまだ生きていると思ってもよさそうだ。

 

 少なくとも地面に着地できたようだが、最後に見えた光景は辺り一面紫の雲に包まれた光景のみだったので、儂が今どこに居るのかは全く把握できない。

 

 自分が今どのような状況に置かれているのか判断できないため、ひとまず周囲を確認する。

 部屋にうっすらと日光が入っているため、あれから半日以上は経過しているらしい。儂はやたらと装飾の多い寝具で眠っていて、部屋の家具の一つ一つを見るとかなり裕福な者の部屋だと分かる。

 

 みしみしと音を立てそうな身体を捻ると、小さな取っ手の付いた食器が見えた。少なくとも魔物向けに作られた物ではなさそうなので、ここはまさか人間の住処なのだろうか。

 

「……あっ!おじちゃん大丈夫?身体とか変じゃない?狂暴になったりしてない?」

「無事で本当に良かったです!ルシェンダさんの素早い判断のおかげですね」

 

 儂は何やらルシェンダという名前……聞いたことがないので多分人間だろうが、その人間に助けられたそうだ。

 魔王として名の知れ渡っているとすれば儂を助ける者などいないだろうし、ここはタイジュと同じ異国なのだろうな。

 

「お前たちも無事のようで良かった。ここの場所は分かるか?何があったのかを教えて欲しいのだが」

 

 ひとまずしげまるとプロットの無事を確認できたことに安心した儂は、この場所についての説明を求めた。プロットが儂が眠っている間何もしていないとは思えないし、きっと何か情報を掴んでいるはずだろう。

 

「えっと……私もバラモスさんが眠っている間にお城の書庫で調べたのですが、ここもまた知らない場所のようです」

「だろうな。儂をわざわざ助けるなど儂の知っている地域ではありえないことだ」

 

 もう少し具体的な情報が無いか尋ねる前に、儂の眠っていた部屋の扉から小さなノックの音が聞こえてきた。

 既に意識が戻っているため、儂は特に何も考えず入っていいと答えた。儂を助けた物好きな人間が現れるものだと思っていたが、扉を開けたのは人とは明らかに違う生物だった。

 

「目を覚ましたのなら早く知らせて欲しかったが……意外と早く目が覚めたようだな」

「儂を助けてくれたのはお主だろうか……すまなかったな」

 

 赤い皮膚に頭部や肩に生えた角、足元に尻尾が見えるものの、骨格は人間とほぼ同じだろうか。

 こうした場合、儂はどちらの生き物として接するべきか非常に悩ましい。魔物として接するのか、人間と同じようにして接するべきか。

 

 どちらでも無いとさらに面倒だが、ひとまずこの赤い人の形をした生き物の種族を教わる必要があるな。

 

「お主は……その、一体どんな種族なんだ?悪いが、遠く離れた場所から来たのでこうした知識に疎くてな」

「オーガを知らないのか?今はどの大陸にも居ると思っていたが、魔物の中には知らない者もいるのだな」

 

「なんだか若く見えるけどおじちゃんと口調が似てるんだよね。プロットはオーガって知ってる?」

「ついさっき本で読みましたけど……簡単に説明すると、人間と同じように生活する種族、でしょうか」

 

 体格は大きい人間の女性と言ってもいいため、生活や文化も独自の物がありそうだが、人間と共存している種族と判断しても良さそうだ。

 おおよそ宝石のせいだとはいえ、一々知らない場所に飛ばされ、全く知らない地域や町を覚えるというのは若干辛いものがあるので、できれば手短にお願いしたいところだが。

 

「……そうだな。簡単に自己紹介すると、私は賢者ルシェンダ。グランゼドーラ王に使える王宮直属の賢者だ」

 

「儂はバラモス。この木づちを持ったのがしげまるで、機械の身体をしているのがプロットだ。

 信じてもらえるかは分からんが、儂はこの地域や事情を何も知らない。……何故儂を助けたかを教えてはくれんか?」

 

 当たり障りのないように話したつもりではあるが、それでも上手く話が進むかどうかは賭けのようなものだ。

 

「なら、私の質問に答えるだけでいい。まずは……この大陸、レンダーシアは大魔王マデサゴーラによって侵攻を受けている。これは知っているか?」

「知らん。儂の知る大魔王はゾーマのみ、そんな名の魔王など聞いたことないぞ」

 

 儂の話した内容に若干の驚きを見せるルシェンダ。この国も儂の知らない別の魔王から侵攻を受けているそうだが、遠く離れた場所でも同じようなこともあるらしい。

 どこの国も魔物と争っているのは変わらないのだなと少し気分が沈むが、今の儂はルシェンダの質問に正確に答えなければならない。

 

「だったら話は早い。私は今各地で確認された、お前と似た魔物の調査を行っている……奴らは魔障の溢れる地域に現れ、現状町や村に被害を及ぼすことは無いが、いづれにしても危険なことに変わりはない」

 

「おじちゃんとそっくりな魔物?ここにも居るんだね」

「……大体見えてきたぞ。賢者ルシェンダ、お主の知りたいことは儂には分からぬが、儂は恐らくその魔物と無関係ではない」

 

 もし儂がルシェンダだったらこの回答をどう思うだろうか。

 ふざけたことを言っているように思われるかもしれないが、事実なのだからどうしようもない。

 

 儂が魔王軍から実質的に居なくなった後に起こった出来事なのだから、元々儂が関わっていたとはいえ、今は内部の事情など知る由もないのだ。

 

「なら別の質問をしよう。これに見覚えは?」

「ああーっ!それ、オレさまと同じ宝石じゃないの!?何でこんな所に!?」

 

 ルシェンダが懐から取り出したそれは、まさしくしげまるが持っていた緑の宝石。しげまるが突然騒ぎ出すのも無理はないが、儂としてもルシェンダが何故あの宝石を持っているのかを知りたい。

 

「元々は儂の……いや、今もそこのしげまるが持っていた宝石だ。人助けをすると光り、儂をどこか知らない場所に案内する……これでいいか?儂はこれだけしか知らんぞ」

 

「成程、模造品かとも思ったが力は本物らしいな……私がお前を助けた理由は、この宝石にある」

 

 騒いでいたしげまるも黙り込み、部屋には神妙な空気が漂う。謎を多く秘めた緑の宝石を、この賢者は知っていると判断していいのだろうか。

 

「恐らくこの……()()()()()()に導かれたのだろう。私がこれを手放すとは到底思えないが、お前は遅かれ早かれここに来る運命だったというわけだ」

 

 紐の部分を持ち、じゃらりと宝石の部分を垂れ下げたルシェンダ。

 この宝石の名は運命の振り子。大層な名前の通り、儂はとても大きなものに巻き込まれているということを感じるのだった。

 




・運命の振り子
 ドラゴンクエスト10に登場。賢者ルシェンダより主人公に手渡されるますが、振り子の力は概ねこの二次創作小説と同じです。
 


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バラモスよ、お前が眠っている間のお話だぞ

 投稿が遅れてしまい申し訳ありません。

 ようやく小説を投稿できる環境になってきたため、ゆっくりですがこれからも執筆していきたいと思います。

 今回はプロット視点、DQ10を知らない方に向けたレンダーシアについての解説を兼ねたお話になります。
 いつもの半分程度の文章量なので、既にDQ10をご存知の方でも、おまけのお話として読んでいただければ幸いです。


 大変なことになってしまいました。

 

 私はプロット。色々な事情でバラモスさんとしげまるさんと旅をしているからくり兵です。

 

 タイジュの国から魔法の力で移動したと思えば、突然空から落下して魔障と呼ばれるものを浴びてしまいました。

 幸い私としげまるさんは影響が小さくすぐに目を覚ましたそうですが、私たちを庇ったバラモスさんはかなり危ない状態だそうです。

 

「はあ、なんで俺が魔物なんかを助けなくちゃいけないんだ……おい、身体はもう大丈夫か?」

 

 私達の治療を行ったと思われる人物が、ため息を吐きながら私を睨んでいますが、私には頭を下げて感謝を述べることしかできませんでした。

 

「……別にそこまで言う必要もねえよ。ルシェンダ様の指令に従っただけだからな」

「ルシェンダという方が私達を助けてくれたんですか?あと、ここは一体どこかも教えて欲しいのですが」

 

 私の発言を聞いた途端に目の前の人物が顔をしかめ、うーんと唸った後に口を開きました。

 

「お前には俺としては反対だが、何故か、特別に、グランゼドーラ城の書庫に入る許可が下りている……俺は反対だがな」

「城?ここはどこかの国のお城なのでしょうか?」

 

 さらに大きなため息を吐いたと思えば、地図らしきものを私に差し出し、うんざりした様子で私の質問に答えます。

 

「質問は全部この場所で調べろ。お前はもう歩き回っても全く問題は無いし、さっさと行ってくれ。俺はこいつの面倒も見なきゃいけないんだ」

 

 そう言いながらしげまるさんの方を指差し、私に書庫に行くよう念押しした様子を見ると、私に割く時間は本当に無いのかもしれません。

 

「ありがとうございました!では!」

 

 改めて礼を伝え、駆け足で部屋を出ていき、地図に示された書庫へと向かいました。

 身体の調子も以前と変わらず、特に不調は感じませんでした。道中様々な人間に不審な目で見られましたが、ここに魔物が居ることは相当珍しいのでしょう。 

 

 内装や地図の大きさから判断すると、フォロッドの城と比べても一回り大きい国の城のように思えてなりません。

 ここに滞在する人間からすれば、確かに私のような魔物を助けたことに疑問を感じるのもしょうがないでしょう。

 

 

 面倒事にならないよう祈りながら進み、どうにか書庫へと到着。

 

 書庫と名前が付いているだけあり、棚にぎっしりと詰められた本が壁一面に並んでいます。

 流石に機械の私でもこの本全ての内容を覚えることはできないでしょうが、これからこの場所で過ごすにあたって必要な知識ばかりに違いありません。

 

 とりあえずバラモスさんが目覚めるまで、片っ端から有用そうな本を読んでいきましょう。

 

 

~~~

 

「アストルティアのおはなし」

 

 明らかに子供向けの本ですが、この世界について何も知らない私にとってこれくらいの方が分かりやすいでしょうし……早速読んでみましょう。

 

 絵本を手に取り一枚ページをめくり、描かれた絵や文字を見つめると、頭の中に情報が記録されていくような感覚を感じます。

 一応私はからくり兵、普通の人と違って記憶力もいいはずです。

 

 

 なるほど。この世界は六つの大陸に分かれていて……人間を含め六つの種族が暮らしていると。

 

 どれも角が生えていたり、ヒレが存在したり、何かしらの特徴を持っていることが子供にもわかりやすく示されています。

 最後のページには、全ての種族が手を取り合っている絵と、どんな種族でも仲良くなれるとメッセージがあり、絵本ながら強く印象に残りました。

 

 この手を取り合う種族の中に、魔物が入る日がいつか来ると信じたいですね……

 では、次の本を探しましょう。

 

 

~~

 

「ゆうしゃのでんせつ」

 

 先ほどの子供向けの絵本が分かりやすかったので、他の絵本を探してみたところ、何度も読まれたであろう絵本が見つかりました。

 題名からして、おとぎ話を本にしたものでしょうか。余り有益な情報が得られるかは不明ですが、とりあえず読んでみましょう。

 

 ページとめくろうと腕を動かしたところ、遠くからどたどたと騒がしい足音が聞こえてきます。

 本を読むことに集中したかった私でしたが、足音が部屋の前で止まり、バタンと扉が開かれると同時に騒がしい声が部屋に響きました。

 

「プロット!書庫に居るって言われたけどここに居るの!?身体は大丈夫!?」

 

 しげまるさんが私を心配してか書庫まで来てくれたようです。あれだけの音を立てて走れるのですから、身体はかなり回復したと見ていいでしょう。

 

「しげまるさん!元気になって良かったです」

「プロットも元気そうで良かったよ~。ここで何してるの?って、絵本を読んでるんだね。ちょっと見せて!」

 

 しげまるさんに絵本を譲ると、興味深そうに頷きながら、一つ一つページをめくっていきます。

 後ろから本を読むと、このお話の概要が理解できました。どうやら、グランゼドーラ……このお城を舞台に、魔王と呼ばれる魔物を勇者と盟友とされた人間が討伐する話のようです。

 

「ねぇプロット、魔王って何か知ってる?勇者も分かんないんだけど」

「最初の方に書いていますよ。人間からして、魔物を従える王様のような魔物ですね。一方的に町や村を襲ったり、世界を征服しようとしているみたいです」

 

「えええ!?じゃあ滅茶苦茶悪い奴じゃん!じゃあ、それを勇者と盟友って人がやっつけるお話なのか!オレさまもう一回読んでみる!」

「分かりました。その本はこの棚にあったので、読み終わったらここに戻してくださいね……おや?」

 

 絵本の裏表紙に名前のようなものが見えた私は、しげまるさんの邪魔にならないようにちらりと確認。

 

「しげまるさん、この絵本はアンルシアさんとトーマさんの絵本のようですから、大事に扱ってくださいね。裏に名前が書いてあります」

「分かった!気を付けるよ!」

 

 しげまるさんに本を譲ったので、私は別の本を探しましょう。

 それにしても、魔王という肩書き、どこかで聞き覚えが……そうだ。

 

 からくり兵をフォロッドに襲撃させていたのも、魔王の配下でした。

 

 

~~

 

「グランゼドーラ歴史書」

 

 もしあの絵本のことが本当なら、からくり兵を操りフォロッドを襲撃した魔王のことが何か分かるかもしれません。

 

 どこかにこの国の歴史を扱った物が無いか探していくと、いかにも歴史を記していそうな書物を発見。

 急いで読み始め、それらしき項目は幾つか発見しましたが、「魔王」や「偽りの太陽」など曖昧な記述のみで、堅苦しい文章でしたが、先程の絵本と内容はそれほど差異はありませんでした。

 

 その「偽りの太陽」も勇敢な人間によって破壊され、「魔王」は勇者と呼ばれる人間に……いや、これは「勇者」を探した方が速いかも知れませんね。

 

 もし、魔王を倒した人物が勇者と呼ばれるのではなく、理由はともかく()()()()()()()()が勇者と呼ばれるとしたら……

 

「……プロット!プロット!この人がオレさまたちに用があるって!」

「熱心に研究していたようだが、そろそろ魔障を浴びた魔物が目を覚ますはずだ。様子を見てくれないか?」

 

 人間より一回り大きい身体に、頭や肩から生えた角。オーガの女性が私にバラモスさんが目覚めそうであることを知らせてくれたようです。

 

「ありがとうございます!すぐに向かいます!」

「本は私が戻しておく。少し用事があるから、私は後から向かうよ」

 

 しげまるさんを連れ、オーガの女性に部屋を教えてもらった私は、直ぐに部屋へと向かいました。

 倒れた時はどうなることかと思いましたが、無事で本当に良かったです。

 

 

「ふむ、あの二匹の魔物……全く邪悪な気配を感じない。魔王の配下では無いだろうが、それはそれで疑問が残るな」

 

~~~

 

 

「しげまるさん、あなたは魔物の王様についてどう思いますか?」

「ううん……オレさま、一匹で過ごしてきたからよくわかんないなぁ。人間の王様が色々いるみたいに、魔物にも色々あるんじゃないの?」

 

「そう……ですよね。魔物を統べる王が、全員邪悪なはずないですよね」

 

 私が居る世界と全く別の世界があるのだったら、きっと()()魔王もどこかに居るはず。

 

 それでも……私は人間のために作られた魔物。フォーリッシュやフォロッドでの行いを許すことは出来ませんし、世界を征服しようとするなどあってはならないことです。

 

 魔王と勇者、それぞれもう少し調べる必要がありそうですね。

 

「……あっ!おじちゃん大丈夫?身体とか変じゃない?狂暴になったりしてない?」

 

 バラモスさんが目を覚ましたようです。もしかしたら、バラモスさんと一緒に冒険すれば、魔王と勇者についてもっと知れるかもしれない。

 人間のため。そして無残に散って行ったからくり兵のためにも……

 

 

 

「本当に無事でよかったです!ルシェンダさんの素早い判断のおかげですね!」

 

 




おまけ それほど重要じゃない設定集

 プロット
・機械なので記憶力が良く、直ぐに本を読み終える。
・ゼボットが人に迷惑を掛けないように開発した結果、真面目なからくりになった。

 しげまる
・愛用の木づちを枕にして眠っている。
・力を溜めることが大好き。

 バラモス
・最近近くが見づらくなった。
・日向ぼっこが好き。

 本作について
・もし勇者がゾーマと戦わなかったらという妄想より誕生
・魔王ってなんだという妄想も一緒に脳内の錬金釜に投入した結果が本作


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バラモスよ、もう一度立ち上がれ

お待たせしました。本編十二話でございます。


 儂、元魔王バラモス。

 

 魔障を浴びた儂を治療してくれた賢者ルシェンダの話によると、しげまるの持っていた宝石は運命の振り子と言うらしい。

 

「えっーと、オレさまが持ってた宝石ってそんなに凄い物だったんだね」

「……本当に価値が分かっているかはさておき、この振り子を持ったお前たちがここに来たということは、ここに運命のチカラが集まっているということだろう」

 

「どの道儂と関わりのある魔物が悪さをしているのだ、放っておくわけにはいかん」

 

 たとえ振り子の力を取り戻せなくとも、ゾーマの配下が悪さをしているのなら向かうしかないだろう。

 

「その魔物が見つかった場所はどこだ?プロット、しげまる、すぐに出発するぞ」

「やけに協力的だな。場所はグランゼドーラ領を街道沿いに南に下り、ロヴォス高地をさらに南下した地点にあるゼドラ洞。洞窟内で奇妙な術を使っていたという報告だ」

 

 同じだ。図書館の旅の扉の先にいた魔物のように、魔物に魔術を使用して実験をしている可能性が高い。

 

 身体はまだ本調子ではないが、移動しているうちに回復すると踏んで急いでゼドラ洞へ向かうと決めた。全身を火傷しても魔障を浴びても生きているんだ、これぐらいは何ともない。

 

「お前たちが街中を歩くと目立つだろう、城に町の外に向かう旅の扉があるからそれを使うといい。地図はそこのからくり兵に渡している」

 

 至れり尽くせりというか、儂自身魔物だというのにこれほどの待遇を受ければ少々困惑してしまう。この振り子のおかげだろうか、それともしげまるとプロットに邪気が全くないからか?

 

 寝具の横に置かれた儂のふくろ……よくよく考えてみれば、これに大概の道具を入れているし、変な道具を持っていないか調べられることもありえる。

 

「勿論妙な道具が無いか調べたが、中身は生活用品と食料ばかり。お前たちは本当にここに何をしにきたんだ?」

 

 儂の心情を読み取ったかのようにルシェンダが口を開く。タイジュで武具などを売り払っておいて良かった。

 

 しげまるとプロットも準備を終えたため、改めてルシェンダに礼を言うと、プロットの指示に従い儂たちは旅の扉に向かう。

 儂の城と違って不気味な雰囲気など一切なく、装飾にまみれた王族のための城。廊下を歩くと嫌でも儂たちが異物であるということを感じさせる。

 

 どの道この国も儂の知らない魔王による脅威にさらされている現状、王族もうかうかしていられないとは思うが。

 

「ありましたよバラモスさん!ここに入れば一気にグランゼドーラ領に向かえるようです」

「ああ。この国も魔物による脅威に怯えているようだし、関わらないでいられるのは双方にとって嬉しいだろう」

 

 城の一角にあるテラスに旅の扉が設置されていた。安全のため儂から旅の扉に入り、その後しげまるとプロットが続いていく。

 本当は堂々と街中を歩いていたいものだが、魔物が人間を襲っている以上しょうがないこと。ここもいずれタイジュのように魔物と和解できる日が来るといいのだがな。

 

 全身がうねるような感覚。視界が真っ青に染まり、旅の扉独特の感覚に耐え続けると、徐々にうねりが収まっていく。

 暖かい日の光を感じて空を見上げると、雲一つない晴天が広がっていた。遠く離れた場所に巨大な城が見え、足元の石畳は城下町へと繋がっている。

 

 ネクロゴンドのように厳しい気候というわけではなさそうだな。この暖かく、平坦な草原……アリアハン周辺が似たような気候だったか。

 

「この道をずっと進めばいいんだよね?ふわぁ、なんだか眠くなっちゃうな」

「確かに快適な環境ですからね……しげまるさん、今は歩かないとだめですよ」

 

 プロットの言う通り、儂たちは出来る限り早くゼドラ洞の調査を終えなくてはいけない。またこの前のように非人道的……これは人間の言葉か。

 とにかく魔物を使った実験など阻止しなくては。また面倒な戦闘は避けたいし、出来るだけ話し合いで解決したい。

 

 街道を堂々と歩いていても、フォロッドと違い周辺の魔物が襲い掛かってくる気配はない。

 棘の生えた人形のような魔物、トラペッタに居た羊の角をはやした魔人と数も種類も多いものの、儂たちに興味はないようだ。

 

 街道を歩く儂たちは明らかに目立っているし、足音や気配も感じているはず。それでも襲ってこないということは、魔物同士で戦うことは無い……と考えていいのだろうか。

 

 魔王の影響を受けた魔物は狂暴化し、同族ですら襲うようになるとの話を聞いたことがある。

 少なくとも儂の周りではそういったことは無かったが、ゾーマの周辺では頻繁に起こっていたと聞く。少なくともここの魔物はまだ魔王の影響を受けていないのだろう。

 

 ……そういえば、儂の周りに居た魔物は皆儂に影響されることは無かったな。やはり儂の肩書きなど大した意味も無かったのだと考えると結構辛いものがある。

 

「どうしたのおじちゃん?何かあった?……って、あれ見てよあれ!オレさまとそっくり!」

 

 しげまるが指す方向を見つめると、確かにしげまると似た種族の魔物が見える。体色は黒と白、手に持っている木づちには棘が付いている所がしげまるとの違いだな。

 

「そうだ!ちょっとあいつにゼドラ洞の事聞いてみる!待ってて!」

 

 引き留める間も無くしげまるが走り出す。元気が良くすぐに行動に移ることは利点ではあるが、肝心な目的を見失ってはいけない。

 とはいえ既にしげまるとの距離はかなり離れており、儂が大声で叫んでやっと振り向くかどうかだろう。儂では話が通じない可能性もあるし、帰ってくるまで見守るしかなさそうだ。

 

「プロットよ、地図を見せてくれないか。念のためもう一度道を確認しておきたいのだが」

 

 確認したところ特に道を間違えていることも無く、このまま南下すれば日が落ちる前にゼドラ洞に到着できそうだ。確認を終えちらりとしげまるの方を見ると、何やら力を溜めている。

 

 話し合っているはずなのにどうして力を溜める必要があるのかと考える間も無く、何としげまるの目の前にいた魔物がぐるりと回転し武器を振り回した。

 振り下ろすのではなく横方向の回転。驚いたことに、打撃を受けたしげまるが恐ろしい速度でこちらへ吹き飛ばされてくる。

 

 考える時間も無く儂は吹き飛んできたしげまるを受け止めた瞬間、頭が一瞬しげまるを受け止めたことを後悔する。

 腹に激しい痛みを感じ、儂が口を開く暇も無く地に着いていた足が地面から離れる。

 

「ぐぅっ……しげまる、大丈夫か?何があった?生きているか?」

「な、なんとか生きてるよ……ごめんおじちゃん、巻き込んじゃった」

 

 こちらに向けて走るプロットから大分距離が離れているため、かなりの力で吹き飛ばされたらしい。未だに腹に衝撃が残っているが、何を話していたらこうなるのだ……

 回復の呪文は確かプロットが使えたはず。しげまるの応急処置はプロットに頼めばいいが、しげまるを吹き飛ばした張本人はまだ近くにいる。

 

「怪我は無いですか!?……いやいやいや、絶対ありますよね!今すぐ治します!」

「すまない。ひとまずしげまるを優先してやってくれ」

 

 ぷるぷると震えているしげまるだが、特に目立った傷が見当たらないため身を守ることには成功したらしい。

 

「あー、オレさまちゃんと防御したからさ。多分当たったおじちゃんの方が痛いんじゃないかな……」

「ゼドラ洞に向かわんといかんと言っているだろうに……どうして突然こうなるんだ」

 

 ようやく痛みが引き立ち上がることが出来たが、しげまるを吹き飛ばした白黒のおおきづちがこちらに歩いてくるではないか。

 儂に追撃を加えるつもりなのかと身構える.あれほどの力を秘めた魔物、何をしでかすか全くわからん所が不気味でしかたない。

 

「ごめんおじちゃん!悪いのはオレのほうなんだ。力比べしようって言っちゃってさ。

 ブラックチャックも悪い事をしたって言ってるし、許してあげて欲しいな」

 

 悪いと思っているとは理解したし、この白黒おおきづちことブラックチャックも敵意はないらしい。

 力比べも種族の習性と考えれば何とか納得できる。ただ、先程から聞き取れない言語でしげまるが会話している点が気にかかる。ブラックチャックの謝罪も全く分からなかった。

 

「しげまるよ、ブラックチャックが何か話しているが」

「えっと、おおきづち同士の言葉だからみんなには分からないと思う。それで……うん、ええええ!?」

 

 わざとらしく驚くしげまる。儂は腹を抑えながらしげまるに訳してもらうように頼む。

 

「おじちゃん。ここ、見た感じ何の変哲もない草原だけど結構危ない場所だと思う」

「はあ。一体何が危ないんだ?」

 

「この辺の魔物はオレなんかより強い奴ばっかりだ、って言ってるから……下手したら殺されちゃうかも」

「つまりしげまるを吹き飛ばしたこいつより屈強な魔物が集まっていると言いたい訳か。それは分かるが、おおきづち同士で力比べをしたんだ。相手も全力で力を溜めたんじゃないか?」

 

 儂の発言を聞いたしげまるは少し俯き、小さな声でこう話した。

 

「全力で力を溜めてたのはオレさまだけで……この子は普通に叩いただけなんだって」

 

 笑顔で棘の付いた木づちを振り回すブラックチャック。戦闘して勝てるかではなく、そもそも戦わないことを考えた方が速いだろう。

 まさか、アレフガルドに匹敵するような屈強な魔物の生息地があるとは思わなかったが……今はゼドラ洞へ行くことが最優先だ。

 

「気にするなしげまる、同じ種族なんだから、ここまで鍛えて強くなればいいのだ。戦闘を避ける必要があると分かったし、収穫がないわけではないぞ」

 

 ほんの少ししげまるの表情が明るくなっただろうか。それにしても、強い魔物が生息するこの地で良くあの国は発展することができたな。

 きっと何か理由があるはず……だめだ、また考え事を始める所だった。儂はブラックチャックに別れを告げ、出来るだけ魔物を避けるようにして街道を歩いて行った。

 

 

 

~~~

 

 何度か手元の地図と地形を照らし合わせる。目の前に見える洞窟がゼドラ洞で間違いないだろう。

 保存した食料を少し食べ、洞窟の探索に入るつもりだったが、洞窟の奥から妙な魔力を感じる。

 

「プロット、しげまる、洞窟の奥から何か感じないか?魔力というか、気配というか」

「私は何も。しげまるさんは魔法が使えませんし、バラモスさんがそう感じるなら、洞窟の中で何かが起こっているのだと思います」

 

 この中で魔法に精通しているというか、戦闘の場数を最も踏んでいるのは儂だ。ここは儂の勘を信じて、手早く奥まで進むしかないな。

 

 洞窟はほぼ一本道になっていた。喧嘩っ早い魔物もいなくて助かるが、どうにも探索が簡単すぎる気がしてならない。

 儂たちが魔物だからそう感じるだけで、人間かこの洞窟に入ると一斉に魔物に襲われるのだろうか。そう考えると、儂たち魔物を利用した理由も分かる。

 

「おじちゃん、なんだか歩くのが速いよね?怒ってるの?」

「いや、儂は洞窟があまり好きでは無くてな。閉鎖的で暗い場所は……何というか、調子が出ん」

 

 慣れたら快適だよ?としげまるが話す。そういえばしげまるも洞窟に住んでいたような……やはり魔物は暗い場所や洞窟を好むのか。

 バラモス城の照明をもう少し暗くしておけば、魔物の反感も買わなかっただろうか。いや、過ぎた事を思っても仕方がないな。

 

 洞窟の内部は静まり返っていて、聞こえる音といえば儂たちの足音や水滴の垂れる音ぐらいだが、嫌な魔力が漂っている。

 儂の感覚を頼りに進むしかないが、歩けば歩くほどに魔力が濃くなっているため方向は正解だと信じたい。

 

「おじちゃん、魔物の声だ。苦しそうな声!奥から聞こえてくる!」

 

 しげまるはしげまるで何かを感じていたのか、()()()()()()()が聞こえた場所へと駆け出した。

 プロットと儂が走るしげまるを追うと、儂にもその声が聞こえてくる。びりびりと空気が震えているのを肌で感じた儂は、タイジュと同様に大型の魔物を使った実験が行われていると予想した。

 

「止まれ、しげまる!儂が先頭を走る!!

「わ、わかった。ごめんね」

 

 ひとまず儂が先頭に行き様子を見ようと叫んだ儂だったが、何故か魔物の声がピタリと止む。

 自分の声に反応したのかと違和感を感じたが、今は魔物の安否とゾーマの手下を止めることが最優先。老体に鞭を打ちひたすらに洞窟の奥へと走る。

 

 少し走るとすぐに洞窟の最深部が見えてきた。広い空洞には紫の尻尾と翼、かなり大きい魔物が紫のもやに包まれている。

 

「やはりゾーマの目当ては魔障か。ろくでもない事を企んでいると分かるが……」

「バラモスさん、あそこに居るのはあの時のそっくりさんではないでしょうか。多分魔障を操っているのは彼です」

 

 タイジュで見た儂の偽物……いや、同族か。プロットが指す方向には、儂をもっと茶色くしたような魔物が立っていると思い込んでいた。

 だが、儂の目に入ったのはあの時と同様に儂と姿は同じ。だが、体色は不気味なほどに青い。

 

「ちっこい部下を引き連れて魔王ごっこか?ふふ、死んでいた方が良かったと後悔しているかと思ったが……」

「え?おじちゃん知り合いなの?」

 

 バラモスブロス。儂の弟であり、儂より遥かに優れた魔物。

 どこがどう優れていると語らなくても、奴の地位が全てを物語っている。儂は辺境(上の世界)を管理する魔王だが、奴は世界の支配を目論む大魔王の側近。

 

「ここに兄者が来た事は心底驚いたが……安心しろ、お前が居なくてもアレフガルドは何も変わっていない」

「口が悪いのは相変わらずだな、ブロス。ここで何をしているか全て話してもらおう」

 

「そうだな……俺が話すよりも手っ取り早い方法があるぞ」

 

 儂は何をしているか話せと言ったんだが。魔障を浴びている魔物を一刻も早く救出せねばならんが、奴は全く儂の話を聞こうとしない。

 苛立ちを隠せない儂を見てにやりとブロスは笑う。奴のペースに乗せられてはいけない。しげまるもプロットもいる、冷静に、冷静に……

 

「アレフガルドに帰りたくはないか? お前がアレフガルドで()()()()()、上の世界はどう変わったのか……」

「お前が話せばいいだろうに、まずお前のすべきことはあの魔物を解放することだ」

 

 落ち着いた口調になっているだろうか。拳を握りしめ、苛立ちを少しづつ魔力に変え感情を抑える。

 一触即発な状態にあると察したのか、プロットとしげまるが儂の背後に隠れた。背後に立っていても怯えていることが何となく分かる。

 

 観念したのかブロスは魔物を魔障から解放し、その巨体た地に落ちた。空洞に大きな振動と音が響き、暫くして神妙な空気に戻っていく。

 

「おいちっこいの、あれが兄者の堪忍袋の緒が切れる一歩手前の顔だ……貴重だから見ておいた方がいい」

「本当!?見せて見せて!」

 

 まさかこいつ、最初から儂をおちょくるために……いや、口ではああ言っておきながら魔物の治療を行っている辺り、儂がここに来たことでかなり状況が変わったらしい。

 

「そしてこれが堪忍袋の緒が切れた顔……いやいや兄者俺を殴る気か?俺の方が強いぞ?兄者より俺の方が強いし賢いからって静かに手を握って近づいてくるのはやめような?な?」

「覚えておけブロス、これが儂の力を溜めた後の顔だ」

 

 苛立って力を溜めておいて正解だったかもしれない。儂は大きく振りかぶり――

 

「へへっ俺は兄者の平手打ちに210回連続で防いでることを忘れて……んぎゃあぁ!」

「はぁ、しげまるの力溜めがここで役に立つとは。211回目は無かったな……おい、そろそろ真面目に話したらどうだ」

 

 油断しきっていたとはいえ、奴に一発当てることが出来たのは驚きだ。

 いつもなら防御魔法で防がれたあと、兄者はここがダメだあれがダメだと散々聞かされたあげく話を忘れるという最悪の展開に持ち込まれるため、ここで大人しくなったのは幸運だったな。

 

「くそっ、次は無いぞ。あー、簡単に言えば、兄者が行方不明になって()()()()()()()何も変わっていない。逆に上の世界は平和そのものだ」

「だろうな。魔王である儂が居ないのなら、当然勇者によって世界の平和は守られる。当然じゃないか?」

 

「分からないのか兄者?上は平和でも下は何も変わっていない。上の世界の人間どもは、大魔王ゾーマに()()()()()()()だけだ」

 

 ブロスは儂だけでなく、プロットとしげまるをこちらへ呼びこみ、誰にも聞かれたくないのか小さな声で続きを話す。

 

「ちっこいのとからくり、今からする話をよぉーく覚えておけ。少なくともここじゃ安全なはずだ。

 ――兄者の死体が見つからないと知ったゾーマ様は、すぐさまギアガの大穴を閉じた。大勢の魔物を残してな。これでゾーマ様は、上の世界を一時的に……人間の視点からして、平和にした。

 今じゃごく一部の魔物しか連絡が取れないが、魔物はかなり危ない立ち位置らしい。そんでもって、何でゾーマ様がこんな事をしたのかというと」

 

「やはり勇者に勝てないと判断したか」

「ご名答。ゾーマ様は勇者を倒す力をつけるべく、上の世界に仮初めの平和を作り上げて時間を稼ぐおつもりだ。()()()()()は終わったんだ、今じゃのうのうと王宮暮らしだろうな」

 

 城で暮らしているのはお前もだろと言いたくなったが、ぐっとこらえてブロスの話を聞き続ける。

 プロットとしげまるは全く理解できないだろうが、この場所で話すということはよっぽどの事情があるに違いない。断片的でもいいので覚えておいて欲しいが……

 

「で、勇者を倒す手段を見つけるために異世界にまで部下を向かわせたって訳だ。俺の他には……確かタイジュとフォロッドだったか。

 向かわせ方もひどいもんだぜ?空間が不安定になったり、世界そのものが歪んでいる場所へ無理矢理魔力を通して送り込んでる。この世界のお目当ては魔障だな。……俺だってこんなことやりたくないよ」

 

「あの、ゾーマという魔物は勇者を倒してどうするおつもりなのでしょうか?」

「からくり、良い質問だ。当然気になるよな。まあ俺の勘だし、ここが異世界だから話すが……多分ゾーマ様は世界の全てを自分の手中に収めようとしている。

 そして残るのは「無」そのもの。俺達魔物も、人間も、全てを滅ぼすと俺は睨んでいる」

 

「恐ろしい話だ。たった一人でそこまでたどり着いたお前も十分恐ろしいがな。

 大魔王を倒す勇者も当てにならんし、どうするべきか……」

 

 魔物として受け入れがたい話ではあるが、実際にゾーマ様に仕えたからこそ納得できる。

 それが本当なら一刻も早く何か行動を起こしたいが、儂に一体何が出来るだろうか。目の前でへらへらと笑うブロスを見るに、何か策があると思ってもいいのだろうか。

 

「ああ、策がある。ただ時間もないし、たった今思いついた策だがな。

 

 

 ――バラモスよ、もう一度世界を征服してみないか?」




 
・ブラックチャック
 棘の付いた木づち(棍棒)をぶんぶん振り回す陽気な妖精。
 おおきづちと比べ遥かに力が強く、種族の中でも最上位に当たる。
 見た目とは裏腹に陽気な性格で、しげまるともすぐに打ち解けた。
 

 ようやく話が進んできました。投稿も展開もゆっくりですが、これからもお読みいただければ嬉しいです。


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