諸行無常の響きあり (優鶴)
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紺瑠璃の華
1


―――縹家。

大巫女・瑠花の娘である瑠璃姫は、室にいた。

まだ10歳でありながらも、彼女はじゅうぶんに美しい。紺瑠璃の瞳と輝く漆黒の髪。しかし、彼女の容姿は他の縹家の者と比べれば異色であった。瑠花が自分の娘だというから瑠花の出産を目にした者がいなくても瑠璃は娘だと思われてきたが・・・。

瑠璃は部屋の窓から、空を見上げた。母や祖先たちが守ってきたこの地の、見慣れた空。でも―――それは、閉じ込められているようにも思えて。

何かを決心したように頷くと、瑠璃は部屋を出て扉を閉めた。

 

「お母様。」

瑠璃が声をかけると、瑠花は片眉をあげた。それ以外に何も反応しないが、瑠璃はそんなことは気にしない。いつものことだ。

「・・・賭けを、いたししましょう。」

その言葉で、瑠花はようやく顔をあげた。瑠璃に視線を向ける。それは先を促す合図。

「私が勝ったら、縹家から私を勘当してください。」

「―――そなたが負けたら。」

口を開いた瑠花に満足げに笑むと、瑠璃は嫣然と微笑んだ。

「私はこれから貴女の意に従いましょう。」

齢10歳にして、人生を分かつ賭けに出た瑠璃。

さすがは自分の娘と、瑠花は口の端を持ちあげた。

「良い。して、内容は。」

「・・・いずれ羽羽は、縹家(ここ)を出ます。それが一年以内に起こったら私の勝ち、起こらなければ母様、貴女の勝ちです。運試しとでもいいましょうか?」

「・・・なるほど・・・。良い、受ける。」

「しっかり言質は取りましたからね。そのような約束しなかった、などと言わないでくださいませ?」

 

「瑠璃!」

「英姫姉様。」

姉とも慕う英姫に声をかけられて、瑠璃は振り向いてふわりと笑みを浮かべた。

「英姫姉様、母様と賭けをしてきました。」

「瑠花様と?!瑠璃・・・何を賭けたの。」

「羽羽が、いつ縹家を出るか。私が勝ったらこの家から勘当してもらいます。」

「・・・瑠璃っ!」

声を荒げた英姫に、瑠璃は微笑んでみせた。

「大丈夫ですよ、英姫姉様。下手なことはしません。」

英姫はそれでもなお心配そうに見てくる。瑠璃は思わず苦笑した。

「瑠璃、いくら貴女だからといって・・・縹家を出たらどうするつもりなの?」

「縹の名は使いませんよ。大丈夫、どうにかします。」

英姫は眉を寄せた。

確かに、瑠璃は縹家を出ても自分でどうにかできるだろう。異能はないが、歌や楽、画と碧宝に値するほどの芸才を持つ瑠璃のことだ。それでも・・・妹のように可愛がってきた彼女のことは、やはり心配で。

「・・・瑠璃、心配はさせてね。」

英姫の言葉に、瑠璃は一瞬だけ顔を歪めた。

 

 




プロローグ。
捏造過多です。原作描写がないのをいいことに捏造しまくっております。


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2

―――一年後。

瑠璃は、瑠花のいる室の前に立っていた。

羽羽は、数日前に縹家を出た。

一年前にした賭けを、母が忘れるはずがない。瑠璃は瞑目した。次に彼女が目を開けた時、その瞳に宿っていたのは強い決意だった。

 

「―――母様。」

入ってきた瑠璃に、瑠花は顔をあげた。

「羽羽が、縹家を出ました。」

「知っておる。・・・そなたの勝ちじゃ、瑠璃。」

あっさりと認めた母に、瑠璃は一瞬だけ瞠目した。

まさか、母がこんなにあっさり認めるとは。

「・・・そなたを縹家から勘当する。縹家にいることを許すのは明日中じゃ。良いな。」

「はい。」

頷き、瑠璃は踵を返した。

 

「英姫姉様!」

「・・・瑠璃、羽羽が・・・縹家から、出たわよ。」

「知っています。先刻、母様に勘当されました。」

「瑠璃!」

ハッと目を見開いて、英姫は瑠璃を食い入るように見つめた。

「・・・英姫姉様。送っていただけませんか、縹家の外へ。」

「・・・わかったわ。瑠璃。絶対に、元気でいてね・・・。」

おそらく、これが今生の別れになる。

英姫に抱き締められて、瑠璃は不覚にも泣きそうになった。

母に勘当された時は、何も感じなかったのに。

「瑠璃。泣いていいのよ。」

英姫の言葉は、瑠璃の最後の砦を崩すのに充分すぎた。

「英姫姉様・・・っ!」

瞳から涙を溢れださせてしがみついてくる瑠璃の背をあやすようにトントンと叩きながら、英姫の瞳からも雫が零れ落ちた。

異能を持っていなくても、瑠璃は英姫にとって可愛い妹分。11歳で重い決断を下した瑠璃は、これから縹家外で過ごすことになる。だから―――英姫はもう、瑠璃を助けられない。それが口惜しくて。

その様子を見ていた璃桜はすぐに興味をなくしたように視線を外すと、姉のもとへ行くべく身を翻した。

 

「では、英姫姉様・・・。」

振り返った瑠璃を見つめて、英姫は一つため息をついた。

「わかっているわ、送るわよ。だけど、一つだけ聞かせてちょうだい。」

「何を、ですか?」

「なぜ、瑠花様とあんな賭けをしたのか。それだけ、教えてちょうだい。」

「・・・縹家を出る理由、ですか?」

「ええ。縹家に生まれた普通の者ならば、縹家を出ようなどとは考えない。―――それに、今、“外”は滅茶苦茶よ。わざわざこの時期を選んだ理由を聞いてみたいの。」

確かに、英姫の言うとおりだった。

特に女性は。

縹家では、女性が上に立っている。男性が上に立つ社会にわざわざ出ようなどとは、普通は考えない。

そう――。

縹家では男女問わず学問を学べ、直系筋ともなれば衣食住の保障くらいはされる。

それに、直系筋の女性は異能を持っていなくても縹家の血を伝えることができる貴重な存在だから大切にされる。

仙洞令君や仙洞令尹のように縹一門としてあらかじめ用意された席に行くこともあるが、それとて“縹一門として”だ。

瑠璃のように自分から縹家を出ようとするものは、本当に―――ごく稀なのだ。

「・・・閉じ込められているみたいで、嫌だったんです。」

「・・・閉じ込め、られて?」

わからないというように首を傾げた英姫を真っ直ぐに見て、瑠璃は言葉を紡ぐ。

「―――守られるだけじゃ、嫌なんです。自分で、何かをしてみたかったんです。自分で、何が、どこまでできるか。試してみたかったんです・・・。」

「・・・瑠璃、貴女らしいわ。」

苦笑した英姫に、瑠璃は微笑み返す。

「・・・わかってもらえました?」

「ええ。わかったわ。貴女の気持ち―――。送るわ。頑張ってきなさい、瑠璃。」

「・・・ありがとうございます、英姫姉様。」

「縹家を勘当されても・・・。いつでも、辛かったら私のところに来なさい。縹英姫じゃなくて、ただの英姫のところに。」

「・・・英姫姉様・・・。本当に、英姫姉様には感謝してもしきれない。」

英姫はその言葉に笑むと、瑠璃の頭を撫でた。まだ自分より少し低い身長。

「・・・行ってらっしゃい、瑠璃。」

その瞬間―――瑠璃の目の前が、白く発光した。

 

「・・・ここは・・・。」

投げ出された場所に座り込んで、瑠璃は呟いた。

あたり一面、緑。

「・・・えーっと、“野原”かしら、“荒れ地”かしら。ん・・・それとも、“麓”?」

縹家の土地はどこもよく整備されていたから、よくわからない。

「・・・ここからが、私の人生よ。」

もう、縹家にはとらわれない。

瑠璃として、生きる―――。

 




瑠璃は単語の知識だけは物凄くありますが実際に目にしたことのあるものはほとんどありません。
なので川と海と湖の区別もつかないような子です。
縹家の本邸にほとんど閉じ込められるようにして育っているのできちんと整備された場所しかしらなくて、サバイバルには本来向かないはず。
これからご都合主義な展開になることが目に見えていますがどうか生暖かい目で見守ってやってください。


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3

「・・・何、しようかしら。」

瑠璃は一人、歩いていた。

そもそも、ここがどこかすらわからない。誰かに聞こうにも、人がいない。どうしてこんなところに縹家の入り口があるんだろう・・・。それに、英姫姉様はどうして私をここに飛ばしたんだろう・・・。

疑問が頭をよぎるが、すべて振り払う。とりあえず人を探そう。幸い、縹家で武術をたしなんでいたため体力はある。

―――と。

視界を何かがかすめた。

「・・・って何だ、猿じゃない・・・。人がいなけりゃ意味ないのに・・・。」

っていうか、さっきから階段が続いている此処、いったい何なのかしら。

隠し階段もあるし奇妙な仕掛けもあるし。

この先に人いるのかしら?

さっきから猿しか出てこないし。

まあ、食料は色々あるから確保できそうだけど・・・。

悶々と考えて階段を一段飛ばしで駆けあがっていると、いつのまにか頂上にたどりついていたらしい。

「・・・なんっにもない・・・。」

っていうか。

ここ、何?暗闇迷路?

しかも絶対奇妙な仕掛けあるよね?本当に何なの此処?

縹家の書物の中にこんな場所があるなんて書いていなかったし。

まさか異世界?!

・・・そんなわけ、ないか。

にしてもすっごい頭脳戦・・・。

武術やっていて良かった・・・。天つ才持っていて良かった・・・。

どちらか一つが欠けていれば、間違いなく瑠璃は途方に暮れていた。

―――そう思った瞬間、ふっとある光景が見えた。

自分と同じくらいの少女が、立っている姿。

すぐに消えたそれに、瑠璃はため息を吐く。

「・・・疲れているのかしら・・・?幻覚?」

 

―――結局、瑠璃は迷路を踏破するのに一日まるまる費やしてしまった。

でも、その後に民家が見えてきたからよしとする!うん。

まあ、この時間じゃ尋ねていっても迷惑か・・・そう考えていると。

「―――貴女は?」

同い年くらいの少女に問いかけれて、面喰った。

―――誰?

というかさっきまで誰もいなかったはずなのにどっから出てきたの、この子?

混乱する瑠璃に、少女はクスリと微笑んだ。

「名を、教えてください。」

優しい、優しい笑みを浮かべて。

その笑みに見覚えがある気がして、瑠璃は内心首を傾げながら微笑んだ。

「―――瑠璃、です。」

「瑠璃さん、ですね。どうやってここに来たのです?」

「・・・どう、って・・・。そこの、奇妙な仕掛けと迷路を解いてですけれど。」

「・・・貴女に解かれるなんて。・・・紅家の姫ではありませんよね?」

「・・・ええ、そうですけれど。」

紅家の血なんて入っているはずもない。

なぜ、紅家の名が出てくるのだろうか?




彼女の正体も完全にご都合主義となります。
瑠璃は無駄に(?)知識と体力と運はありますが世間知らずの箱入り娘です。


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4

なぜ、紅家の名が出てくるのだろうか?・・・いや、それより。

「ここは―――どこですか。」

「ご存じないのですか?・・・ああ、貴女、縹家と関わりがあるのですね。」

「・・・っ、どうしてわかったのですか・・・?」

「直系筋の姫君でしょう?・・・簪に、月食金環が刻まれています。」

「・・・ああ、不注意でしたね・・・。」

本当に不注意だった、と瑠璃は心の中でため息を吐いた。

「なるほど、ここがどこかわからないのですね?」

「ええ。」

「今日は私の家に泊まられません?」

「良いのですか?」

「ええ、そのご様子では宿を探していらっしゃるようでしたから。このあたりに宿はありません。」

「ありがとうございます。」

とりあえず、瑠璃は少女の厚意に甘えることにした。

罠であったとしても、瑠璃の武術の腕と頭があれば抜け出せる。

―――そう、考えて。

「貴女は、何という名なの?」

「本来ならば教えませんが、貴女は特別です。教えましょう。―――悠玉、です。敬称などはいりませんよ。」

「では、悠玉。私のことも敬称はいりません。お世話になりますので―――こちらを。」

「これは?」

「見ればわかりますが―――できれば、私が去ってからにして、いただけると。」

「では、あとでゆっくり見させていただきますね。」

口元に笑みを佩いて、少女―――悠玉は瑠璃の手をとった。

「どうぞ。」

「ありがとうございます。・・・あの、悠玉。」

「どうしましたか、瑠璃。」

「あの・・・お父さんとか、お母さんとか、いないの?」

「知りません。」

「えっ?!」

「何かおかしいですか?」

小首を傾げた悠玉に、瑠璃はここがどこなのかをようやく悟った。

紅山の紅門姫家だ。縹家の書物で読んだことがある。

だから、さっき紅家という単語が出たのだと今更ながらにわかった。確かに髪は紅家によく似た黒髪だし、紅家に連なると思われても不思議はない。

「あの・・・長に挨拶とか、した方が良いの、でしょうか。」

長といえば、鳳麟。

瑠璃は思わず緊張した。

「構いませんよ。私が勝手に泊めるだけですから。」

瑠璃の緊張は、すぐに悠玉の言葉で打ち砕かれることになった。

「じゃあよろしくお願いします、悠玉。」

縹家を出たと思ったら、紅山の性悪一族姫家の集落に転がりこんでしまった。

波瀾万丈の予感しかしない、と思って瑠璃は苦笑した。

そして、少女を見てふと気づく。

先ほど見えた幻覚と同じ少女。

「・・・まさか、“先見”・・・?」

後天的な異能の出現。

あるわけないと、瑠璃はその考えを打ち消した。

 

 




英姫に飛ばされた場所は紅山でしたとさ。ちゃんちゃん。
瑠璃は世間知らずですが常識以外のことは知っています。悠玉も似たようなものです。常識なんて知ったこっちゃありません。や、姫家の常識(=正直者が馬鹿を見る)とか縹家の常識(=男は基本“無能”)とかいうのは知ってるんですけど。
縹家も姫家もよくも悪くも男尊女卑とかないですよね。閉ざされた場所の姫同士で出会わせてみる。
・・・ああ、言ってることが支離滅裂ですね。


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5

「瑠璃、それ素じゃないでしょう。敬語はなしで構いませんよ。」

「えっ?」

「慣れてはいるようですけれど・・・。別に私に飾る必要もないでしょう。」

「・・・そうだったわね。偽りと分かる者に偽っても意味がなかったわ。」

くすりと笑って、瑠璃は口調を崩した。それを見て、悠玉が僅かに口角をあげる。

「でもそれは貴女もじゃないの、悠玉?」

悠玉は瑠璃の言葉に微笑んだ。

「私の敬語は、貴女とは違いますから。」

「でも、もとは違うでしょう?」

「―――ああ、どうして見抜くのですか瑠璃。」

「あら、認めてくれたわね。だから悠玉、私にも敬語はなしよ?」

良いわね?そう言って悪戯っぽく笑う悠玉に、瑠璃も微笑んだ。

「あなたには本当に敵わないわ、瑠璃。こんなこと、初めてよ。」

「ねえ、悠玉。」

「何ですか。」

「だから敬語はなしって言ったでしょ。」

「ああ、そうだったわね。ごめんなさい。」

「謝ることなんてないわ、悠玉。ねえ、貴女は―――“鳳麟”でしょう?」

「・・・どう、して。」

「図星なのね。どうしてそんなに驚くの?」

「私が、当代の“鳳麟”だと知っているのはほとんどいないわ。みんな、見破れない。うちの一族さえ知らないのに、どうしてわかったの?」

「うーん・・・強いていえば、直感、かしら?」

「直感?」

悠玉は訝しげに眉を寄せた。

それもそうだ、“直感”だけで当てられては困る。

「冗談よ。」

「じゃあ、何なの?」

少しいらだった様子の悠玉に、瑠璃は微笑んだ。

「同じ者には、隠れている方がわかりやすいのよ、悠玉。」

「・・・やっぱり、そうなのね、瑠璃。貴女も、天つ才なのね。」

「さすがにここまで言っちゃえばわかるわよね。」

「・・・嘘、気づかなかったわ。」

悠玉は、あらためて瑠璃をまじまじと見た。

縹色のふわりと波打つ髪に、強い意志を秘めた黒紫の瞳。あらためて観察してみれば、顔立ちは相当整っているし傾国と言っても過言でないほどの美貌だった。

が、そんなことがわかっただけでは意味がない。

「貴女はどこまでわかっているの、瑠璃。」

なぜかは、わからなかった。

それでも、悠玉には瑠璃の底知れなさがはっきりとわかった。この非凡な少女の才を、人は“天つ才”と呼ぶ。

理屈ではない、それでも感覚で分かった。

理屈で解決できないなんて、悠玉にははじめての経験だった。それだけに、とても新鮮だった。

「面白いわ、瑠璃って。」

知らない自分を引き出してくれる瑠璃は、悠玉からすれば新鮮だった。

それは、瑠璃も同じで。

話しているうちに、新しい己を教えてくれる悠玉の言葉が、新鮮だった。

 




悠玉姫は先代“鳳麟”だったりします。先代ってのは悠舜から見て。
骸骨を乞うを読んであのお婆が先代って明記されてないのをいいことに捏造しました。お婆の後を継いだのが悠玉です。


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6

早朝、瑠璃は悠玉を手伝って朝餉をつくっていた。

「瑠璃、手際が良いですね。」

悠玉に褒められて良い気分になった瑠璃は、パアッと顔を輝かせた。

「えへへ、ありがとう悠玉。実は当主様にお話しに行く時、絶対何か手料理つくっていかないと相手してもらえなかったんだ。」

「瑠璃の料理がそれだけ上手だったということですね。」

「ええっ、ちょっとやめてよ悠玉っ!恥ずかしい!それほどでもないからっ!」

そう言ってから、瑠璃はあることに気づき、ぐるんと悠玉の方に振り向いた。

「悠玉っ!」

「な・・・何ですか、瑠璃。」

若干瑠璃に気圧されながらも、悠玉は問う。

それを見て、瑠璃は不機嫌そうに顔をしかめた。

「忘れているんじゃないでしょうけど。悠玉、その口調は何なの?」

「・・・あっ。」

今気づいたというような顔をした悠玉に、瑠璃ははあっとため息をついた。

「まったく。わかる人相手につくったり飾ったりしても無駄だっていうことよ。」

「・・・そうね、そうだったわ。でもこれ、一回つくるとなかなか戻らないのよ。」

「でも一回崩してもなかなか戻らないわよね。」

「―――そうだけど。」

今度は悠玉が不機嫌そうに顔をしかめる。

瑠璃はくすりと笑い、それをなだめにかかった。

 

「・・・美味しいっ!」

「えへへ、ありがとう悠玉。でも悠玉の料理も美味しいわよ?」

「嫌味にしかならないから褒めてくれなくて結構。何、料理を美味しくする異能とかあるの?」

「あるわけないでしょ!だいたい、縹家直系が全員異能の持ち主なんて馬鹿なことないわよ。むしろ異能持ちの方が圧倒的に少ないし。私は“無能”よ。」

「・・・どこをどうしたら、瑠璃が“無能”になるのやら。」

一緒に過ごしたのはまだ一晩だけだが、悠玉は瑠璃の非凡さを嫌というほど見せられていた。瑠璃にその自覚はないが―――。

ためしに悠玉が漢詩を出してみたりすれば、それに簡単に乗っかって教養高さを見せられるし。楽器を弾いてといえば、彩雲国で一、二を争えるんじゃないかというくらいの腕を見せられるし。台所に立たせてみれば、王族でも食べられるかというくらいの高度な料理をつくるし。

「だって、縹家では“異能”がなければ意味がないのよ。」

「だからといってねえ・・・。瑠璃、その歳でそれだけの教養と料理と楽器の腕を持っている人がどれくらいいるか考えてみなさいよ。それに天つ才なんて普通は持っていないからね?天は二物を与えずっていうけど、二物も三物も与えるわよねえ。」

「えっ?天つ才って珍しいの?」

「・・・へ?」

瑠璃の突拍子もない発言に、悠玉は間抜けな声を出した。

すべてにおいて非凡、そう思っていたが常識まで非凡とはどういうことだ。

「そっか、天つ才って・・・珍しいんだ。」

「・・・そっか、環境が非凡だからすべてにおいて非凡なわけね、わかったわ。」

「何一人で勝手に納得しているのよ・・・。」

悠玉だって非凡じゃないくせに、と思って瑠璃は止めていた箸を動かしはじめた。

几帳面に切りそろえられた野菜とか、きっちり量って正確に入れられた調味料とか、悠玉の料理もじゅうぶん美味しい。自分は適当に目分量でつくっているのに美味しいなんていうのはお世辞なんじゃないのかな、などと思いながら。

 

 




悠玉の方がまだ世間一般的な常識はあります。
瑠璃は身の回りの世話は自分でやれますけどやっぱり常識がごそっと抜け落ちてる。


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7

瑠璃が姫家の隠れ里、紅山に放り出されて悠玉と出会ってからちょうど30日が経っていた。

 

「うーん。随分長居しちゃっているわねえ、私。」

「別に構わないわよ。瑠璃さえよければずっといてちょうだい。」

姫一族は、肉親の情が果てしなく薄い。

肉親の情が薄いにも関わらず、瑠璃は悠玉に気に入られて引き止められるまでになっていた。

短くも濃厚な付き合いをしてきたせいか、今や瑠璃と悠玉は十年来の友人といっても誰もが信じるだろうというくらい親しくなっていた。―――同い年、というのもあるかもしれないが。

「でも、もう30日よ?」

「まだ30日よ。」

「まったく・・・こう言えばああ言うんだから。」

苦笑しながらも、瑠璃は楽しげだった。

何しろ、縹家では同い年の友人などいなかったのだ。英姫はいたが、彼女は友人というより姉のような存在だったし。

それは悠玉も同じで、“鳳麟”でありながら姫家らしくない異端の人間であったからか、ほとんど人との関わりを持つことがなかった彼女にとっても初めての友人だった。

「ねえ、悠玉。貴女には、婚約者とかいるの?」

「たぶんいるんじゃない?」

「・・・何、他人事みたいに言っているのよ。」

「そういう瑠璃はどうだったの?」

「・・・私?」

「ええ。」

「・・・そう、ね。うーん・・・たぶんいたんじゃないかしら?」

「ほら、瑠璃だって他人事みたいじゃない。」

「だって・・・他人事みたいだったもの。私は、大巫女の娘でしかなかった。体の良い政略の駒だったわよ。」

「・・・そうだったのね。」

「悠玉が羨ましいわ、異端とはいっても“鳳麟”として認められているもの。」

「・・・でも、所詮私は“鳳麟”でしかないわ。私を、悠玉を見てくれたのは瑠璃が初めてだもの。」

母も、祖母も、自分を“鳳麟”としてしか扱わない中で、初めて個人としての、ただの人間としての、“悠玉”を見つめてくれたのよ。

そう言ってくすぐったそうに笑う悠玉を見て、瑠璃も微笑んだ。

「私たち、似たもの同士ね、悠玉。」

「えっ?・・・あ、そういえばそうかもしれない、わね?」

瑠璃の言葉に、今気づいたというような顔をして―――悠玉は、吹き出した。次いで、堰を切ったように笑いだす。

「・・・何笑っているの、いきなり。―――不気味だわ。」

「ふふっ・・・あら仮にも友人に対して不気味なんてひどいわねえ、瑠璃。・・・ふふふっ。」

笑いつづける友人を見て、瑠璃はこれを不気味と言わずに何というのだろうか、などということを考えてしまった。

悠玉に言わせたら、また『・・・さらにひどい。』とか言われるんだろうけど。

「それにしても悠玉・・・貴女、表情豊かになったわね。」

最初は読めない、穏やかな笑みだけしか見せたことがなかったのに。この一カ月で、悠玉は驚くほど表情が豊かになっていた。

くるくると動く表情はいきいきとしていて可愛らしく、まるで姉のような心境になったりもする。

「・・・姉って何なのよ。」

「・・・悠玉って読心術持ってたっけ。」

「読唇術は持っているけど読心術なんて持った覚えはないわ。」

「・・・嘘つき。」

「言いがかりよ。さっきのは、心の声ダダ漏れだったからよ。“最初は読めない、穏やかな笑みは~”のくだりからずっと聞いているわ。」

「ええっ!?嘘っ?!本当?!もう、何なのよー!」

縹家にいた頃は心の声が漏れないように細心の注意を払っていたのに、悠玉の前ではつい気を抜いてしまう。

でも、そんなのも良いか、と思って瑠璃は唇に笑みを刻んだ。

 

 




瑠璃にも一応婚約者はいましたが彼女が紅家を出奔した時に瑠花が白紙にしてます。
悠玉と瑠璃を書くのが楽しいので姫家にはもう少し滞在しそうです。


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8(1)

瑠璃視点です。


「・・・悠玉。」

「どうしたの、瑠璃?」

「私、明日―――紅山をおりようかと思うの。」

「どうして?!」

声を荒げた悠玉に、瑠璃は微笑む。

悠玉がそう言うことは、予想がついていた。

でも、先に言って彼女が別れを惜しむような態度をとり続けたら、ここから離れられなくなってしまうから。この、心地よい場所にいつまでもいられるわけではないから。

「ごめんなさい、悠玉、自分勝手で。」

本当の理由は告げずにただ、謝る。

自分勝手でずるいけれど、そうしないと瑠璃が耐えられなかった。

「瑠璃、知っているわ。貴女の目的地はここじゃないって、ことくらい。でも、どうして?!急すぎるわ。なぜ、いきなり明日なんていうの?」

「悠玉・・・。」

「ずるいわ・・・。まだ二カ月よ、来たばかりじゃない。そりゃあ、瑠璃は心の準備ができているのかもしれないけれど。私はできていないのよ、心の準備なんて。貴女が明日いなくなるなんて、想像できないわ。貴女は私の心にこれだけのものを残して、行くの?自分で、一人で勝手に決めちゃって、私の気持ちなんて考えていないでしょ・・・っ!」

わかっていた。自分勝手だということも、ずるいということも。悠玉の心に瑠璃という存在だけを残して行くのは、彼女が瑠璃を最も深く覚えるやり方で、この上なく傲慢だということも。

「ごめんなさい・・・。自分勝手だっていうのは、わかってる。でも、行かせて?いつか・・・また、来るから。」

「そんなずるい約束しないで!明日、ここをおりるんでしょう?!そしたらもう私と瑠璃の関係なんて無にも等しいじゃない。もう知らないっ!」

その科白を最後に荒々しい音をたてて閉まった扉を、瑠璃は茫然と見つめた。

「・・・悠、玉。」

喧嘩なんて、初めてだった。

悠玉が怒る姿なんて、見たことがなかった。

瑠璃が悠玉にとって、あんなに激昂して感情をあらわにするほど大きい存在だったのを、嬉しいと思うのは傲慢だろうか。

このまま別れて紅山をおりたら、悠玉との関係は彼女の言った通り無に等しくなる。それだけは、嫌だった。

生まれて初めてできた“友人”を、大切にしたいのに。初めてだからこそ、手探りの状態で、どうすればいいのか全然わからなくて。

喧嘩だって、したのは初めてだった。

悠玉と出会ってからは“初めて”ばかりで新鮮で楽しくて、毎日が色づいていた。その日々を失うなんて、考えられない―――否、考えたくなかった。

この喧嘩の要因―――悠玉を怒らせた原因は、十中八九瑠璃にある。

瑠璃はどうやってこの状況を脱するかを考えはじめた。

明日までに、何としてでも悠玉の怒りを解かなければ。

見送ってほしいと思ってしまうのは、やはり傲慢で。別れがたくなるのに見送ってほしいと思うなんて、矛盾に満ち溢れていた。

 

 




絶対にこの二人で喧嘩を書きたかったんです・・・。


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8(2)

悠玉視点です。


「・・・悠玉。」

瑠璃に名を呼ばれて、悠玉は視線を瑠璃に向けた。

「どうしたの、瑠璃?」

「私、明日―――紅山をおりようかと思うの。」

今日の夕飯の献立でも話すかのように軽く告げられた言葉に、一瞬呼吸を忘れた。

「どうして?!」

思わず声を荒げた悠玉に、瑠璃は微笑んだ。

その笑みに、悠玉は手を握りしめる。この微笑を浮かべられたら、瑠璃から本当の答えは得られない。でも、ここで引き下がるわけにもいかなかった。

「ごめんなさい、悠玉。自分勝手で。」

その言葉で確信した。

瑠璃は本心を告げるつもりはないのだと―――。

私たちの仲はそんなものだったの、と悲しみが付きあげてくる。彼女と別れるなんて、耐えきれないのに、どうして瑠璃はそんなに簡単に言えるの。

「瑠璃、知っているわ。貴女の目的地はここじゃないって、ことくらい。でも、どうして?!急すぎるわ。なぜ、いきなり明日なんていうの?」

「悠玉・・・。」

困惑したようにこちらを見る瑠璃に、悲しみよりも怒りが先だった。

彼女なら悠玉の気持ちを察すことなど造作もないはずなのに、その態度が癪にさわった。姫家らしくない感情だった、―――執着なんて。

「ずるいわ・・・。まだ二カ月よ。来たばかりじゃない。そりゃあ、瑠璃は心の準備ができているのかもしれないけれど。私はできていないのよ、心の準備なんて。貴女が明日いなくなるなんて、想像できないわ。貴女は私の心にこれだけのものを残して、行くの?自分で、一人で勝手に決めちゃって、私の気持ちなんて考えていないでしょ・・・っ!」

瑠璃にとって、悠玉というのはその程度の価値だったのか、それならば彼女にここまで執着していた自分は何だったのか。問うように目を向けても、彼女は謝るだけ。

「ごめんなさい・・・。自分勝手だっていうのは、わかってる。でも、行かせて?いつか・・・また、来るから。」

彼女の言葉に、我慢できなくなった。

高ぶってくる感情、それに比例して欠けていく理性、わかっていたけれど止められなかった。

「そんなずるい約束しないで!明日、ここをおりるんでしょう!?そしたら私と瑠璃の関係なんて無にも等しいじゃない。もう知らないっ!」

バタンと、荒々しく扉を閉めて自室へ向かう。最後に、茫然とこちらを見る瑠璃が見えた。

歩きだした瞬間、スウッと頭が冷えた。感情がおさまり、理性が回復してくる。

「瑠璃・・・。」

“鳳麟”らしくない、姫家らしくない。

“執着”なんて、鳳麟の持つべきものじゃない。

他の人間には淡泊に接していられるのに、瑠璃だけは無理だった。感情をそのままぶつけてしまったのなんて、初めてだった。怒りをあらわにして、あれほど荒々しく怒ったのも初めて。瑠璃といる時は“初めて”ばかりだったけれど、こんな“初めて”はいらなかった。

瑠璃にも、何かしらの考えがあって黙っていたはずなのに。私はそれを受け止めきれずに、理性さえ繋ぎとめられなかった。

どうすれば、この“喧嘩”を終わらせられるのだろうか。

初めてばかりで、だからこそ不器用に、手探りになってしまって。天つ才だって、こんな時には何の役にも立たない。

「何が、天つ才よ・・・。」

大切な友人との仲が壊れるくらいなら、天つ才なんてものも“鳳麟”なんて称号もいらなかった。

 




はい、悠玉に大切な友人と言わせたかっただけです。ただそれだけです。


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9(1)

瑠璃視点です。


悠玉が出ていってから、私は悶々と考えつづけていた。

このまま彼女との関係を終わりにするなんてことは、できなかった。

確かにこのままなにもしないで黙って出ていくのが一番楽な方法だっていうのはわかっていたけれど。

今、悠玉の手を離して関係を絶って、さよならも言わずに出ていったら絶対後悔する。

「天つ才なんてもの、役に立たないじゃない。」

ひとりごちて、天井を見上げた。

何をすればいいのか本当にわからない。書物はさまざまな知識を教えてくれたけど、仲直りの方法は教えてくれなかった。答えのない問いがあるのよ、って英姫姉様が言っていた。あのときはどういうことかわからなかったけど、今ならわかる。喧嘩して、どうやって仲直りするか。書物が教えてくれない、答えのない問いだ。人それぞれ、十人十色の答えがある問い。

そうして考えること、約一刻。

「やっぱり、謝りに行こ。」

今回の件の非はこちらにある。それなら、こちらから行くのが筋というものなのだろう。

 

悠玉の室の前まできて、深呼吸をする。

気持ちを落ち着けて、目を瞑った後―――静かに、扉を叩いた。

「悠玉、いる?・・・ごめんなさい。」

返事をしてくれなかったら、待つつもりだった。

「る、り・・・?」

そっと、扉が開けられる。そこにいたのは、迷子になった幼子のように頼りない瞳をした悠玉だった。

息を吸い込んで、口を開く。

「悠玉、ごめんなさい。私・・・。」

「違うのっ!・・・私が言いすぎたわ。ごめんなさい、瑠璃。」

私の言葉に悠玉の声がかぶせられて、続きを言えなくなった。泣きそうな顔をしている悠玉に、胸が痛む。本当に私は、自分のことしか考えていなかった。悠玉がこんなに傷つくなんて、思わずに。

「そんなことないわ。元はといえば私が一人で勝手に決めたからだもの。悠玉の言う通り、自分のことしか考えていなかったわ。」

一息に言いきって、私は悠玉を見た。

「瑠璃・・・。」

「だから、ごめんね、悠玉。」

謝って済むことじゃないけれど、謝らずにはいられない。

「ううん。・・・ね、瑠璃。」

私を罵るどころか、笑みさえ浮かべてくれた。

「悠玉・・・。」

「また来てくれる?」

虚をつかれて、一瞬言葉に詰まった。

「無理いってごめんね、瑠璃。」

悠玉の言葉に、我に返った。

「来るわ。」

「・・・えっ?」

「また来るわ、悠玉。」

駄目押しとばかりに言えば、悠玉は目をみはった後笑みを浮かべる。

「待ってる。」

微笑んで言われた言葉は、最高の言葉だった

 




仲直り編。
明日は悠玉視点です。


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9(2)

予告通り、悠玉視点です。


感情を瑠璃にぶつけて部屋を出てから、一刻。

私は、悶々と考えつづけていた。

「・・・天つ才とか鳳麟とかいう称号なんて、いらないのに・・・。」

瑠璃が、大事な友がいてくれれば構わないのに。

瑠璃だって、自分なりに考えて直前まで黙っていただろうに。私はそれを、壊してしまった。瑠璃に嫌われるのが怖かった。

自分の思い通りにならないことなんて、はじめて・・・。姫家のみんなとは特段付き合う必要もなかった。そもそも人の交流自体があまりなくて、みんながろくでもない運命(さだめ)を持っている里だ。

そんな中、姫家の仕掛けを抜けてきた瑠璃は荒んだ村に吹いた新緑の風みたいだった。

最初は面白いと思って、少し様子を見ようとしてみただけだった。でもくるくると動く表情、似た者同士だねという言葉、彼女の言動すべてが新鮮で・・・とても、慕わしかった。

瑠璃は、このままここを出ていってしまうの?それでいいの?

はじめての友達を手放していいの?

・・・友達(トモダチ)なんて言葉、一生縁がないとおもっていた。心に新しい風を吹かせてくれた瑠璃、あの子との関係をこのまま絶つなんて絶対に嫌・・・!

そうして答えが出ないまま考え続けて、一刻。

突然、扉が叩かれた。

「悠玉、いる?・・・ごめんなさい。」

そんな、瑠璃の言葉と共に。

「る、り・・・?」

思考がひどく不安定になり、瑠璃の名を紡ぐことしかできなかった。

扉を開ければ、瑠璃がいてくれた。

「悠玉、ごめんなさい。私・・・。」

瑠璃の言葉を遮るように、私は口を開いた。

「違うのっ!・・・私が言いすぎたわ。ごめんなさい、瑠璃・・・。」

「そんなことないわ、元はといえば私が一人で勝手に決めたからだもの。悠玉のいう通り、自分のことしか考えていなかったわ。」

「瑠璃・・・。」

ううん、違うの瑠璃。自分のことしか考えてなかったのは私の方。

「だから、ごめんね、悠玉。」

「ううん。・・・ね、瑠璃。」

「悠玉・・・。」

「また来てくれる?」

面喰ったように、瑠璃の言葉が詰まる。

やっぱり―――これは、無理な話だったか。

分かっていたけれど、聞かずにはいられなかった。初めてできた“友”という存在を失うなんて考えたくなかったし、がらにもなく“約束”がほしいと思ってしまった。

「・・・無理いってごめんね、瑠璃。」

「来るわ。」

「・・えっ?」

言われた意味が、一瞬わからなかった。

「また来るわ、悠玉。」

二度目に言われた言葉で、ようやくそれを理解して。

知らず、笑みを浮かべていた。

「待ってる。」

何年でも何十年でもいい、その約束があれば私は“悠玉”でいられる。

紅門姫家の鳳麟は、ただの悠玉を失わずにすむ。

 

 




姫家編もそろそろ終わりです。
悠玉をもっと書きたいとおもっても手は動いてくれず・・・。


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10

「・・・もう行くの、瑠璃?」

「うん。」

「寂しくなるわ。」

そんなこと言われたら行けなくなるでしょ、と瑠璃は苦笑した。

悠玉もそれに微笑を返す。

「ねえ、瑠璃。二か月だったけど、楽しかった。」

「うん、私も。」

「本当?」

「本当よ。縹家を出てからはじめに飛ばされたのがここで良かったって思うくらいにはね。」

「瑠璃、これからどこに行くの?」

「うーん・・・。全国津々浦々点心修行?」

「なんで点心・・・。」

後に義息子の養い子が言うことになる言葉とは知らずに、瑠璃は何となくそう言ってみた。

実際のところ、別にこれといった目的はなかったのだが―――悠玉の反応が面白そうで。

「確かに、どうして点心なのかしら・・・。」

「じゃあ点心修行が終わったらここに来て私につくり方を教えてちょうだい。」

「・・・悠玉。」

「何?」

「点心修行って冗談だったのだけれど・・・。」

「・・・あ、そうなの。」

真面目に受け止めて真面目に返答していた悠玉は間の抜けた返事をした。

「悠玉って、本当冗談通じないわねー・・・。」

「だってほぼほぼ人との交流なんてないもの。」

「うん、それは知ってる。」

瑠璃は二カ月ほどに滞在していたが、悠玉以外に人に会ったことはない。二か月もあれば一人くらい来訪者がいてもおかしくないものを、悠玉の庵には誰一人として来なかった。

「二か月とも他人と共同生活したのなんて本当に初めてだわ。・・・楽しかったから良いんだけど。」

「悠玉。」

「ん?」

「文、書くわね。」

「・・・どうやって届ける気なのよ。」

「・・・あ゛。」

「・・・『あ゛』じゃないわよ!まったく瑠璃ってば変なところで抜けてるんだから。」

「・・・たぶんどうにかなるわ、だから大丈夫よ―――たぶん。」

「“たぶん”って何よ。あーもう、瑠璃が抜けてるっていうのはわかった。だからまたここに来なさい。」

「えっ?!何その脈絡ない文章?!」

「一刻も早く私に会いにくるためにさっさと全国津々浦々点心修行に行きなさい。」

「だから点心修行行かないってば!」

本気とも冗談とも判別のつかない悠玉の言葉に、瑠璃は顔をひきつらせた。

しかも悠玉は真顔だ。

―――さっき彼女は瑠璃を抜けているといったが、悠玉もかなり抜けているのではないだろうか。

「・・・うん・・・。じゃ、行ってくるわね、悠玉・・・。」

「行ってらっしゃい。あ、仕掛け頑張ってね。」

「・・・下山する分には大丈夫よね?」

「たぶん。下りたことないけれど。」

「・・・頑張るわ。」

「応援しているわよ。」

「うん、じゃ・・・さよならは言わないわ、悠玉。」

「ええ、瑠璃。・・・またね。」

瑠璃は悠玉に手を振り、二か月過ごした庵をあとにした。

 




全国津々浦々点心修行!
絳攸のボケ(?)を遣ってみたかったのです!

絳攸が瑠璃にとって『義息子の養い子』になる日はまだだいぶ遠そうですが。(何気にちょっとネタバレしてしまいましたね。)


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11

「・・・下山も下山で迷路ね・・・。」

考えてみれば、行きに迷路だったところが帰りに迷路じゃなくなっているなんて考えられなかった。

下山まで罠をしかけているとは姫家、恐るべし・・・。自分の一族さえも罠にかける気か。あ、でもあんまり降りないから別に被害なんてほぼほぼないのかな。

それでも山を踏破した瑠璃のこと、下山は苦でも何でもなかった。

ただ、面倒くさいというだけで。

 

「―――あーっ、もう!ほんっとうに面倒くさいわねこれぇっ!」

何も仕掛けこんなに七面倒なものにしなくてもいいのに、と瑠璃は思った。

いちいち無効にして罠をくぐりぬけなければいけないのだから七面倒なことこのうえない。しかも、一つでも罠を見逃したら普通に死に至ってもおかしくないほどだから気が抜けない。

下りる時は登る時と違って下にずるずると滑りやすいものだからこれがまた面倒で仕方がない。

「・・・悠玉の言葉、やっぱり正しかったわね・・・。下山にも罠あるかもって・・・。」

登る人だけならともかく、下りる人まで引っ掛かる罠をつくってどうする。下山する時に姫一族は引っかからないのか、もしそうならどれだけ身体能力高いんだ。あ、もしかして姫一族には別の抜け道あったりするのかな?それとも仕掛け知ってるから気を付ければいいだけの話?もしかして仕掛けを一発に無効にできる装置とかあったりしちゃう?

罠をどうにかして無効にしながら紅山の斜面を下り、尚且つ独り言をつぶやいたり考え事をしたりする暇がある瑠璃は縹家でいくら“無能”とされようとも縹家を出てみれば万能に違いなかった。

 

「・・・あれ?これで最後?」

思いのほかはやく下山できてしまったと、瑠璃は首を傾げた。

空を見れば、ちょうど夕暮れに差しかかるところだった。庵を出たのは早朝、ということは約半日しかかからなかったということだ。

「・・・やっぱり下山の方が楽なのかしら・・・?」

単純に瑠璃の体が二カ月前に解除した罠や仕掛けを覚えていたからことが早く進んだのだが、瑠璃はそれに全く気づいていない。

とりあえず下山はできたのだから本格的に旅に出てみようかと思い、瑠璃は歩きだすのだった。

幸い縹家で頭に叩き込んだ全州の地図は未だに記憶の中に健在だ。とりあえず方角を確かめておこう。えーっと、たしか太陽のある方が南だったかな?

ここは紅州、紅山の山麓。

とりあえずは適当にどこかをふらついてみようかと、瑠璃は歩きだすのだった。

すぐ先に、運命の出会いがあるとも知らずに―――。

 




ここで閉ざされた世界から飛び出すので、欠けてる常識というものが露見しそうです。


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12

大業年間の最中、活気を失った街を瑠璃は歩いていた。とはいっても、街を歩くのはこれが初めてなので画期があるとかないとかはよくわからない。

店はあるものの、そこまで賑わっているわけではない。

これでも、他の州と比べてかなりいい方なのだろうが―――。それでも、紅家の力は行き届いていないと聞いた覚えがある。

考え事をしていてついとよそ見をした瞬間、何かにぶつかった感じがした。

ハッと我に返れば、ぶつかったとおぼしき人影が見える。

「大丈夫ですか?」

「・・・っ、はい・・・。」

優しく微笑んだ美青年に手を差し伸べられ、思わずその手をとって見惚れていた瑠璃は謝っていないことに気づき、姿勢を正した。

「すみません、よそ見をしていたようで・・・。」

「大丈夫ですよ。お嬢さん、怪我はありませんか?」

「はい、大丈夫です・・・。」

「道に迷われてしまいましたか?」

確かに、瑠璃の装いを見ればそう見えるかもしれない。かなりの高品質の布で仕立てられた上質そうな服に、高価な簪。簪をさしていたのは失敗だったかと、瑠璃は心の中で頭を抱えた。簪には縹家の家紋が描かれているのだ。

「いえ・・・。」

うつむいた拍子に揺れた簪に彫られた紋を目にすると、青年は目を細めた。

縹家の姫か―――。

「私は櫂喩といいます―――お嬢さんのお名前を教えてもらっても?」

「・・・瑠璃、といいます。」

あえて姓は省いた。そもそも、縹家を勘当された瑠璃にはその姓を名乗る権利があるかさえ怪しいのだから。

「瑠璃姫・・・ですね。」

「不躾ですみません。貴方はここで何をしているのですか?」

その問いに目を見開き、次いで櫂喩は甘く微笑んだ。

「瑠璃姫に会わせたい人がいます。」

「私に会わせたい人、ですか?」

「ええ。瑠璃姫に時間があればでよいのですが。」

「喜んで会わせていただきますわ。」

瑠璃は面白そうに笑みを浮かべた。

 

櫂喩に引きあわされたのは、緩く波打つ金色の髪の、青年と少年の狭間にいるような男性。

彼は、“紫戩華”と名乗った―――。

「・・・あー、もう、何か色々わかりました。」

「“色々”?」

片眉をあげた戩華に、瑠璃はため息を吐く。

「最終目的は朝廷でしょう?」

「何が言いたい?」

「・・・協力しましょうって話ですよ。」

「・・・どんな見返りを求めている。」

「何も求めていません。」

瑠璃の言葉に、戩華の傍らにいた女性がくすりと笑った。

「いいんじゃないの、戩華?私が責任もって面倒を見よう。」

「・・・わかった、お前に任せる。」

訪れた運命の出会いの先にあるのは、希望か絶望か―――。

面白そうだと、瑠璃はわずかに口の端をあげた。

 




櫂喩と出会ったのち、戩華に出会ってみる・・・。
瑠璃は無駄に運がいいです。(この話、前にもした気がしますが)


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13

「確か君は瑠璃姫、といったかな。」

「ええ。―――まあ、隠しても無駄なようなので言いますけど。私の姓は“縹”です。」

「なるほど。」

「もう勘当された身ですけれどね。」

「勘当されてもなお、これを身につけられるっていうことは・・・直系筋かな?」

「ええ、大巫女の娘です。」

「―――瑠璃。」

「はい?」

「私は、旺栗花落。―――旺などと名乗る資格はもうないのだろうけどね。“風の狼”を束ねる“黒狼”だ。」

「暗殺集団・・・ですか。では貴女は、私を“風の狼”に入れようと?」

「その前に、君の器量がどれくらいなのか見ておきたいと思ってね。」

「・・・言っておきます。自慢でも自惚れでもありませんけれど、私、武術方面の腕に関してはかなり自信ありますからね。」

瑠璃は自信満々にそう言い切った。その中に、自惚れや自慢の類は確かに見られない。自分に確固たる自信のある者の瞳だった。

「それはまた・・・随分、自信があるね。」

驚いたように少女―――栗花落は目をみはった。

「あります。疑うなら手合わせしますけど?」

直系筋の姫が武術など、縹家ではまるでいらないものだった。

縹家の女は異能の継承の道具に使われる。

かつて、瑠璃もそうだった。何の気まぐれか、“無能”であっても瑠花や璃桜が瑠璃を洗脳することはなかったが、幼い頃はほとんど幽閉に近い生活を送らされていた。

何の役にも立たなかったはずの武術。

―――もしそれが必要とされるのなら、縹家を出た甲斐があると思えた。

「それでは、手合わせをしようか。」

 

数合で宙を舞った剣に、栗花落は茫然とした。

あまりにも強い。

そして、あまりにも慣れている。

「―――瑠璃、をどこで身につけた?」

「縹家で。」

「・・・縹家。」

「・・・あの・・・。」

「瑠璃?」

「・・・いえ・・・。えっと、・・・あの、何とお呼びすれば?」

「栗花落で構わないよ。・・・鬼姫や黒狼とは、呼ばれているけれどね。」

「栗花落さん。」

「うん?」

「公子はどこにいらっしゃるんですか?」

「・・・会いに行くつもりかい?」

「ええ―――だって、まったく話す時間がとられなかったのですよ。話したいこともあるのに。」

「アレに話したいこと?」

「はい。まあ、人目を盗んで話した方がいいことなのであの場で話す時間がとられなかったのは良かったのかもしれませんけど。」

「・・・瑠璃。」

「何ですか?」

「聞きたい。―――君は、“何”を知っている?」

栗花落は、“知っている”と言った。

何もかもが見抜かれているような気がするのははじめてで、瑠璃はため息を吐く。

悠玉の姿が見えたことから始まって、何度か“先見”らしき幻影が瑠璃の前に現れている。

おそらく、この能力は“先見”。

間違いないだろう。

縹家で書物を読みあさっていた次期もあるし、慕っていた英姫が先見の巫女でもあったことからその力の制御法を瑠璃はよく知っていた。

だから救われた、とも言える。制御できなければ瑠花に見つかって連れ戻されるだろうから―――。

そう、だから瑠璃は先を“見抜く”のではなく、先を“知っている”のだ。

「戩華公子にすべてを話すつもりです。―――必要とあらば、戩華公子から栗花落さんに話が行くかと。」

「そうか―――わかった。じゃあ、戩華を訪ねるのは・・・明日でも良いかな?」

「・・・わかりました。」

瑠璃一人で行くのではなく、栗花落に連れて行ってもらった方が確実に早く面会できる。

そう考えた瑠璃は、栗花落に素直に従った。

 




異能が顕現。
縹家で書物を読み漁って英姫にひっついたのが功を奏して異能の操りかたはわかってます。


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14

「おはようございます、栗花落さん。」

「おはよう、瑠璃。―――今日、戩華に会いに行こうか。早ければ早いほどいいだろう?」

「はい。」

「それと。」

「何ですか?」

「私に敬語や敬称はいらないよ。それは君の素ではないだろう。」

まったく―――縹家を出てから、どうしてこうも素の自分を見破られるようになったのか。

ため息を吐いてから、瑠璃は口調を変えた。

「わかったわ、栗花落。戩華公子にはどうすればいいの?」

「不満があればヤツが勝手に言ってくるさ。」

「まあ、そうでしょうね。・・・それで栗花落、聞きたいのだけれど?」

「何か?」

「私は、“風の狼”でどのように見られているか。」

「そうだね・・・。あれだけの強さを誇る君のことだ、一日でもう次期“黒狼”と目されているよ。」

「実力主義なのね。」

実力があればいくらでものし上がれる―――。

瑠璃は、それが別に嫌いなわけではなかった。

 

「一応礼はした方がいいの?」

周りに誰もいないのを見て、瑠璃は栗花落にそう聞いた。

「・・・っは、やっぱり君は面白いね、瑠璃。」

「・・・“風の狼”に引き入れる気か?」

「その前に。この子が君に話があるっていうから連れてきたんだよ、戩華。」

栗花落はそう言って楽しそうに笑う。

彼女に促されて、瑠璃は戩華に目を向けた。

「知っていると思いますけれど、私は縹家の出です。もう勘当された身ですが・・・。それで、不思議な話なのですが勘当されてからなぜか異能が顕現しまして・・・。“先見”と呼ばれる類のものですわね。」

淡々と続ける瑠璃に、戩華は面白そうに先を促す。

「それで?」

「昨日も言いましたが、見返りは求めませんわ。私は貴方を支えましょう。・・・そもそも、私は縹家が大嫌いなのですし。」

姉のように慕った英姫がいなければ、縹家で瑠璃は壊れていただろう。

それほどに、瑠璃にとって縹家は窮屈で、―――嫌いな場所だった。

「母へのささやかな反抗にもなりますわ。それに、腐敗しきった朝廷を貴方が建て直すというのならばなおさら協力しようと思います。」

最初から最後まで、まったく表情を変えずに瑠璃は言い切った。

ただただ、硝子のような瞳で。

「・・・見返りは求めない、とな。」

「ええ。」

「面白い。・・・そうだな。・・・瑠璃。」

「何でしょう。」

「敬称も敬語もいらない。」

「・・・栗花落と同じことを、言いますのね。」

「敬語はいらないと言ったはずだが。」

「さて。どうしてでしょうか、戩華相手だと私は敬語の方が自然体になる気がするのですわ。そう思わないかしら、栗花落。」

「・・・確かにそうかもしれないね。」

「ほら、栗花落もこう言っていますわ。これが私の自然体ですの。ですから私に敬語を外すことは求めないでくださいませ?」

「・・・わかった。」

面白い、もう一度口の中で呟くと戩華は頬杖を突いて口を開いた。

「軍師でもやるか?」

 




やっぱり瑠璃ちゃんの居場所は縹家じゃないと書いてる本人ながら再確認。
瑠璃ちゃんは縹家を飛び出せば規格外です。


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15

「・・・あの・・・戩華。」

「何だ。」

「・・・軍師って、軍師ですわよね?」

「その他に何がある?」

「私は栗花落のもとで働きたいのですわ。・・・貴方のもとが嫌というわけではないのですが。」

「・・・戩華、君が瑠璃を気に入ったのはわかるけどさ。」

―――わかるの?!

とでも問いたげな瑠璃の視線を見なかったことにすると、栗花落はため息を吐いた。

「いきなり入ってきたコに軍師なんて任せてみなよ。昨日の今日だよ?本当に話がわかる奴ならともかく、軍が乱れる。」

栗花落の言葉は、現状を言い表していた。

瑠璃にとって侮辱のような言葉であっても、瑠璃はそれを当たり前のように受け取る。

「栗花落の言う通りですわよ、戩華。私がある程度功績を立ててからでないと乱れて、・・・収拾がつかなくなりますわ。それがわからぬほど莫迦でもないでしょう。」

「ああ。」

「・・・何だ、試しただけか。紛らわしいことしないでよ、戩華。」

栗花落が再度溜息を吐く。

戩華は栗花落から視線を外すと、瑠璃を見た。

「・・・だが、お前が栗花落と同等の実力を持つのは同じ。」

「私は影で手伝うだけでいいです。私がしたいのは、この腐敗しきった国を建て直すこと。建て直すというより、一度完全に破壊して一から作り直すというべきでしょうか?私、そういう考え方、結構好きですの。私が縹家を飛び出したのも一度すべてを壊したかったからですし?」

それを聞いていた戩華が、突如として笑いだした。

「何ですの・・・戩華。」

「いや。・・・お前は、面白い奴だと思ってな。」

「面白いですか?縹家ではつまらないと言われていましたが。」

「そうだとしたら、縹家は見る目がないな。」

「まあ、随分な言いようですのね。・・・それで、戩華。」

「何だ。」

「私、これから何をすればよろしいんですの?何も指示されていませんが。」

「・・・そうだな、しばらくは栗花落の下についておけ。黒狼の補佐を誰にするか迷っていたところだったが、ちょうど良かった。」

「それは・・・隠れて、補佐をしろということでしょうか?」

「補佐というより、補佐の“ようなもの”というのが正しいか。」

「わかりました。栗花落の補佐、務めあげて見せますわ。」

「頼もしいね、瑠璃。」

「伊達に“無能”でありながら縹家で洗脳されないでいたわけじゃありませんわよ?頼りにしてね、栗花落。」

「そうさせてもらうよ。頼もしくて可愛い補佐を連れてきてくれた櫂喩殿にお礼を言わなければならないね。」

その言葉に、瑠璃はピキッと固まった。

 




戩華王に気に入られてみました。


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16

「えっと・・・あの、その、ね?栗花落。」

「うん?どうしたんだい、瑠璃。」

「櫂喩殿って・・・。」

「櫂喩殿がどうかしたかい?」

「・・・その・・・色男というものなの?」

「・・・うん、まったく否定はできないね。」

「へぇ!色男って、ああいうのを言うのね!」

「そうだよ。」

「そっかぁ。」

胸の前で両手を組む瑠璃を見て、栗花落は首を傾げた。

「・・・まさか、瑠璃。」

「栗花落?」

「・・・櫂喩殿に恋でもした?」

「へっ?恋?」

「すごく瞳がキラキラしている・・・。」

「あっ、あのね。縹家じゃ色男っていうの、単語と定義しか知らなかったから実物を見れてすごく新鮮で嬉しいのよ。」

「・・・そう、かい。」

相変わらず瞳をキラキラさせている瑠璃を見て、栗花落は溜息を吐いた。

これが恋じゃないというか。

・・・いや、本当に恋ではないのだろう。だって瑠璃なのだから。

「瑠璃。」

「うん?」

「色男の定義って?」

「1.〔女性から好かれる〕美男子。2.情夫。いろ。・・・これが色男、の定義だよ。櫂喩殿が当てはまるのは1の意味の方ね。2の意味の情夫ってどういうことなのかしら?」

きょとんと首を傾げる瑠璃に栗花落は本日何度目かわからない溜息を吐いた。

こんなに小さな少女の口から無邪気に“情夫”なんて言葉が出るとは思わなかった。

「それをどこで知ったんだい?」

「えっ?あ、ちょっと辞書暗唱してた時に覚えたの。」

さらっと言われた内容に栗花落は呆れたような息を吐いた。

一に、辞書とは読むものなのか。二に、辞書とは覚えるものなのか。

目の前の少女のあまりの規格外ぶりはわかっていたがと、栗花落は肩を落とした。本当にこの子を自分の補佐として使っていけるのだろうか、だいぶ心配になってきた。

・・・そりゃ、戩華に命じられた以上、補佐として使ってはみせるが。

 

「栗花落、一つ聞いてもいい?」

「私に答えられることならね。」

「栗花落は・・・どういう暗器、使う?」

「・・・暗器?」

「うん。だって栗花落、白兵戦より暗殺の方が専門でしょ?」

「よくわかったね。」

苦笑する栗花落を瑠璃はじっと見つめた。

「・・・私もね、暗殺の方が専門なんだ。そりゃ白兵戦だって得意だし策謀も得意だけど、専門は暗殺分野。戩華も栗花落もそれを見抜いて、私を栗花落の下に付けたんでしょ?」

やっぱり見抜いていたか、と栗花落は笑みを浮かべた。

初めて会った時から彼女の聡明さには気づいていたが、今また再確認させられる。

「鋼糸もクナイも使うよ。使えるものは何でも使う。」

「・・・そっか。」

 




辞書を読んで暗唱してたような子です。瑠璃ちゃんは。
そして、世間知らずなのが少し・・・出せた、かな?


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