かの悪党はヒーローへ (bbbb.)
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一話

 「……っ」

 

 垣根帝督はゆっくりと目を覚ました。目を開けてからまず視界に入ってきたのは覚えのない天井だった。ゆっくりと身体を起こしあたりを見渡す。まず見えたモノは自分が横たわっているベッドだ。そして同じようなベッドがいくつかと右奥の方にスライド式の扉が一つあることを確認する。まるでどこかの病院の一室のようだ。

 

 (ここはどこだ………?)

 

ふと自分の格好に目を向けた。すると自分が今着ているモノは、病院で入院している患者が着ている患者衣であることに気がついた。また、枕元に時計が置いてあることに気付き、見てみると10月10日午前九時を示していた。

 

 (……どうやらどっかの病院で朝まで寝てたみてえだな…………。だがなぜだ?なんで俺がこんな所にいる?)

 

垣根は今自分がなぜ病院と思わしき場所にいるのか、その理由を探るため昨日の記憶を呼び起こす。

 

 (昨日、俺は……確か………)

 

断片的に浮かんでくる記憶のかけらをつなぎ合わせ、頭の中を整理していく。そして

 

 (そうだ…思い出した……!!)

 

10月9日、暗部組織『スクール』のリーダー・垣根帝督はアレイスターの情報網の正体を掴むために〈ピンセット〉を強奪した。その際、レベル5の第4位・麦野沈理を中心とする暗部組織の『アイテム』と交戦するも撃退に成功。その後ピンセットの解析を進めるも、これだけではかねてから垣根の目的であったアレイスターとの直接交渉権は得られないと考え、直接交渉権をより確実なモノにするために自分より序列が上であり、アレイスターの計画の「第一候補(メインプラン)」である一方通行を殺害することを決意した。そして彼は学園都市最強と謳われる一方通行と相対することとなった――――――――――。

 

(……っ!?)

 

突如、頭に強烈な痛みが走る。一方通行との戦いを思い出そうとすると頭が割れるように痛み、吐き気にまで襲われた。

 

(…………)

 

垣根は思わず思い起こした記憶をシャットする。

 

(俺は、あいつに……一方通行に負けた)

 

チッと舌打ちをしイライラを募らせる垣根。自分が一方通行によって打ち負かされたという事実。いや、「打ち負かされた」という言葉では済まされないほどの圧倒的な「敗北」。「死」というものをあんなにも間近で実感できたのは人生初だっただろう。垣根は一方通行による文字通りの「虐殺」を味わったのだ。すると、ここまで思い出した垣根の頭にふと、一つの疑問が浮かぶ。

 

(どうして俺は五体満足でいる?)

 

昨日の一方通行との戦い、暴走した一方通行にただただ蹂躙され肉塊同然になるまでその「暴力」は続いた。垣根自身も薄れゆく意識の中で自分が既に人の形をしていないほど壊されている自覚くらいはあったのだろう。なのに今自分は五体満足で存在している。見たところ身体に傷が残っているわけでもない。いくら学園都市の科学力が優れているからと言っても肉塊状態にまで壊された状態から一晩でここまで完璧に治すことは不可能だ。垣根は以前、学園都市の医者の中には死人以外なら誰でも治してしまうというカエル顔の医者が存在するという噂を聞いたことがあるが、そいつにだって一晩でこんなことは出来ないだろう。

 

(どうなってやがる………?ん?ていうか俺以外誰もいねーのかこの部屋)

 

改めて辺りを見回すと先ほど確認したいくつかのベッドが並んでいるだけで誰も患者らしき人はいない。どうやらこの病室には自分しかいないのだと再認識し、これからどうするか考えようとした時、

 

 「まったく、年寄りに朝から病院まで迎えに来させるとはとんだ馬鹿息子だな。」

 

なじるような言葉と共に、部屋の右奥にあった扉から小さな老人が部屋に入ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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二話

「…誰だ、テメェ」

 

 垣根は今し方ドアから入ってきた老人に向かって敵意を向けながら言い放つ。老人の正体として考えられる可能性は二つ。一つは垣根を誰かと勘違いしているただの一般人。これだったらまだ良い。人違いだと言うことを伝えればそれで解決する。ただもう一つの可能性の場合、垣根は直ちに戦闘態勢に入るつもりでいた。もう一つの可能性とはこの老人がアレイスターの手の者だという可能性だ。垣根はこっちの可能性の方が高いと思っていた。昨日のクーデター未遂事件が発覚しアレイスターが俺を始末しようと考えた、あるいは一方通行との戦いで敗北を喫した俺をもう用済みだと処分しに来たか、いや、処分ではなく何かの実験に利用しようと考えたのか、などなど思い当たる節が多すぎる。これらの理由から垣根はいつでも目の前の老人を殺せるように身構える。すると、

 

 「何寝ぼけたこと言っとるんだ。さっさと支度せんか。こちとら朝から老骨にむち打ってお前を迎えに来てやったんだぞ。感謝せんかい。」

 

老人は不機嫌そうな顔で言葉を放つ。

 

 「あァ?さっきからテメェ何言って――――――――」

 「あぁ!!よかった~!!垣根さん目覚めたんですね!!」

 

突然、聞き覚えのない女の声が二人の会話に割り込んできた。今度は何だ?と、垣根は心底面倒くさそうに声のした方向を見ると、そこには一人の看護婦が目を潤ませながら立っていた。

 

 「昨日の夜突然病院に運ばれて来てからずーと意識不明だったんで心配してたんです~!」

 「すいませんなぁ、看護婦さん。ウチの馬鹿息子が迷惑かけて。」

 「いえいえ~。こういうのは病院ではしょっちゅうですから慣れてます!」

 「いやぁ~色々大変そうですな~」

 

今度は老人と看護婦が笑いながら話し始めた。

 

 (なんだこれは?一体何がどうなってやがる・・・?)

 

目の前の情報量を処理できずにいた垣根はぉ困惑しながらも、少しでも情報を整理しようと、まずは看護婦に話しかけた。

 

 「おいあんた」

 「はい?私ですか?」

 「あぁそうだ。俺が昨日の夜にこの病院に運び込まれたっつったな」

 「はい、そうですけど・・・」

 「どういうことだ、詳しく説明しろ」

 「具体的にって言われましても・・・」

 

突然の垣根の質問に口ごもる看護婦。すると、

 

 「帝督!!お前看護婦さんになんて口の利き方をしとるんだ!!」

 

老人が垣根の口の利き方を厳しくたしなめる。

 

 「うるせえ。てめえは黙ってろ。」

 「なんだと!?」

 「まあまあ。私は気にしてませんので、大丈夫ですよ。喧嘩はよしましょ?ね?グラントリノさん」

 

憤慨する老人を上手くなだめつつ、看護婦は昨夜の出来事について話し始める。

 

 「うーん、説明って言ってもねぇ~、昨日の夜に『道端に人が倒れています』っていう連絡が病院に入って救急車でその場所に行ったら君が倒れてたっていうところかしら。」

 

看護婦は顎に手を当て、大体の説明をし終える。

 

 (道端に倒れてた?それはつまり、一方通行との戦いの後、倒れていた俺を誰かが見つけて病院に連絡したってことか?いや待て、それはおかしい。あの戦いの後くたばった俺を学園都市の奴らが放っておくわけがねえ。すぐ回収に動くはずだ。それに100歩譲って俺がこの病院に運ばれたとしてもあの重症の状態から一日でここまで回復するわけがない)

 

看護婦の話を聞いた垣根は、さらによく分からなくなり、もう少し掘り下げて聞くことにした。

 

 「…昨日運ばれてきた俺の身体はどんな状態だった?」

 「どんな状態って別に普通でしたよ?ただ先生が何をしても意識が戻らなかったから結構皆心配してたんですよ~」

 「おい待て、今俺の身体の状態は普通だったって言ったか!?」

 「ええ、そうですけど・・・」

 

 (おかしい・・・何もかもが)

 

こうなったら考えられる可能性は一つ。

 

 「おいてめえ、まさか嘘言ってんじゃねえだろうな」

 「いい加減にせんか!!帝督!!」

 

垣根の失礼な物言いにとうとう老人の怒りに火が付いた。

 

 「この人は一晩中お前の看護をしてくれていたんだぞ!それにお前が病院に運ばれたことを電話でわしに伝えてくれたんだ。だからこうしてお前を迎えに来られておる。もっと感謝せんか!感謝を!」

 「…なんでてめえに連絡がいくんだよ」

 

まずは自分の状況把握を優先していた垣根はこの老人に再び注意を向ける。こいつは結局誰だ?俺の名前を知ってるってことはどうやら人違いでは無さそうだ。となるとやはりアレイスターの手先ということになるがどうやらそんな素振りも見せない。ふと先ほどからこの老人が口にしている言葉を思い出す。「馬鹿息子」。確かにそう言った。普通に考えたらあり得ないことだ。なぜなら垣根の親はこの老人ではないのだから。どれだけクソッタレな暗部に落ちようと自分の親をこんな老人と間違えるほど脳みそは腐っちゃいない。だが、既に意味不明ででたらめなこの状況下ならばまだ何かおかしなことが起こってもおかしくはない。垣根はそのようなことを考えながら老人の返答を待っていると、

 

 「子供が病院に運ばれたら親である俺に連絡が行くのは当たり前だろうが。」

 

 

 

 

 

 「……は?」

 

衝撃的な答えが返ってきた。

 

 




グラントリノの口調を調べようとアニメのシーンを見てたんですけど、語尾に「じゃ」付けないんですね。てっきり付けてると思っていました・・・


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三話

「……」

 

 垣根は現在、病院を退院し、ある目的地へ向かって歩いていた。グラントリノとかいう老人と共に。ここで言う目的地とはグラントリノが住んでいる家であるが、それは同時にグラントリノの息子である垣根も住んでいる家であるという。つまり彼らは今、我が家に帰宅している最中なのである。

 

 「はぁ…」

 

垣根はため息を吐きながらグラントリノの後ろを歩き続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「身体の方は何も異常はありません。無事退院できますよ」

 「そうですか。ありがとうございます、先生」

 

 診察室でグラントリノと医師が話していた。垣根が目覚めたと知った医師が垣根の身体に何か問題がないかを検査し、その結果を保護者であるグラントリノに伝えていたのだ。ちゃんと退院できると知ったグラントリノはひとまず安堵に胸をなで下ろす。

 

 「ただ、一つだけお伝えしたいことがあります。」

 「?」

 

無事に退院できると知って安心していたグラントリノだが、医師の言葉にまだ続きがあると知った彼は再び耳を傾ける。

 

 「帝督さんは記憶が混濁しているようなのです。」

 「記憶が混乱!?」

 

グラントリノは医師の思わぬ一言に思わず驚きの声を上げた。

 

 「どういうことですか!?先生!」

 「先ほど身体の検査を終えた後、記憶の方にも何か問題がないか確認するためにいくつか帝督さんに質問させていただいたんですが・・・いまいちこちらの情報とは違うことばかりお答えしていました。それとグラントリノさんのことや通っている学校などについて聞いても全く身に覚えがないとのことでした」

 「!?」

 

医師の口から出た言葉に、思わず言葉を失うグラントリノ。

 

 「…俺のことを忘れちまってるって言うんですか?」

 「ええ、そのようでした」

 

思えば今日病室で会った時、いつもと様子が違うと薄々思ってはいたが、事故のせいだろうということで自分の中で結論づけていた。しかしまさか記憶がおかしくなっていたからだったとは思いもしなかった。

 

 「自分の名前はしっかり覚えていましたけどね。それ以外はほとんど噛み合いませんでした。年齢も18歳だと勘違いされていましたし」

 「…」

 「何か不可解なことを仰っていましたね…えーと、ガクエン…トシ?だとか私にはよく分からない言葉を仰っていたんですが、グラントリノさんは何か心当たりはありますか?」

 「?いえ、まったく」

 

ガクエントシ?聞いたこともない言葉だ。何かと間違えているのだろうか。グラントリノはしばらく考え込んだが、全く見当が付かなかった。

 

 「先生、あいつの記憶は元に戻るんでしょうか?」

 

グラントリノは心配そうに医師に尋ねる。もし記憶が元に戻らないままだったらどうすれば良いのかとグラントリノの内心は穏やかではなかった。しかし医師はそんなグラントリノの心配を吹き飛ばすようにこう言った。

 

 「それについては心配いらないと思いますよ。こう言った記憶の混乱は事故に遭われた方によく見られるケースです。恐らく昨日なんらかの事故に遭い、その影響で一時的に記憶が混乱しているだけだと思います。また普通の暮らしに戻れば自然と記憶は戻っていくケースが多いです」

 「そうですか。良かった…」

 

医師の言葉に再び胸をなで下ろすグラントリノ。一生治らない症状ではないだけまだマシと言えよう。とにかく退院は問題なく出来るのだ。家に帰って色々あいつに教えてやればいい。グラントリノはそう考えていた。

 

 「一応、グラントリノさんのことや帝督さんについての基本的な情報はこちらから伝えてありますので。後のことはご自宅に帰ってからグラントリノさんの方から伝えてあげた方が良いかと思います」

 「はい。そうします。先生、色々ありがとうございました」

 「いえいえ。お大事になさってください。」

 

グラントリノが再び医師に感謝の言葉を述べると医師は穏やかな笑顔を浮かべ返事を返した。そしてグラントリノは垣根を連れて病院を後にすることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 垣根はグラントリノの後ろを歩きながら病院での出来事を反芻していた。身体検査の後、医師から記憶が正常かどうかチェックすると言われいくつか質問をされた。最初は垣根自身についての質問をされ、垣根もそれに答えていったのだがその答えのほとんどがデータの情報と違うと言われた。合っているのは名前くらいだという。まず年齢。垣根は18歳だと答えたが、医師は戸籍上のデータを見ると15歳だと言う。また、通っている学校についても聞かれたため、学校には通っていないと答えると医師は困ったような顔をし、××中学校という学校に聞き覚えは?と聞かれた。垣根が「ない」と答えると、この学校は今俺が通っている学校の名前だと医師は告げた。他にも今までの経歴について聞かれたため、暗部の情報や自分の能力以外のことは一通り答えた。しかし話していくごとに医師はますます困惑していった様子だった。学園都市の名前を出してもガクエントシ?と首をかしげるだけ。これらのことから垣根は最初「ここは学園都市の外部のどこか」だと思った。しかし外部と言っても日本語が通じているためまず日本国内であることには間違いない。更に学園都市の外部の人間とはいえ、日本に住んでいて学園都市の名前を聞いたことがないのはありえない。とするとここが学園都市の外部だという線はなくなる。ここで垣根が導き出したもう一つの可能性。それは

 

 ”ここが現実世界ではない、バーチャルな世界である”

 

ということだ。いわゆる仮想現実(VR)というやつだ。これなら色々説明が付く。学園都市ではない全く新しい世界を設定し、垣根はその中に放り込まれた。年齢や生い立ちについてもVR内で新たに設定され直したのだろう。なぜそんなことをしたのか、また、垣根自身がその設定を共有できていなかった理由は不明ではあるが。いずれにせよ、この仮説が一番しっくりくることは確かだ。学園都市の科学力ならVRを創り出すことなど造作もないだろう。

 

 (恐らく昨日の戦いの後、科学者の連中に回収された俺は何かの目的の為にこの世界に送り込まれた。アレイスターの指示によるものかもしれねえ。しかし奴ら、この期に及んで何を企んでやがる・・・?まぁいいか、あんなゴミ野郎どもの考えなんざ知りたくもねえ。それよりも俺があいつらに利用されてるっつう事実の方が大事だ。とりあえずこの件に関わってるやつ全員皆殺しパーティー決定だ)

 

垣根は考えを巡らせながらも自分のことを利用している科学者に対して殺意を露わにする。

 

 (つっても、こっから出れねえ以上はどうしようもないんだがな)

 

科学者を殺すと言ってもここから出られなければ何も始まらない。まずはこの世界から出る方法を探さなければならないと垣根は考えた。

 

 (俺を何かの目的の為にここに送り込んだなら何か達成すべき目標があるはずだ。それが達成された時、恐らく俺はここから出られる。だが何だ?何をすればいい?)

 

垣根はこの世界から出るために何をすべきかいろいろ考えを巡らす。だが

 

 (だめだ、分からねえ。手がかりがなさ過ぎる…)

 

一向に思いつく気配はなかった。

 

 (それにここがVR世界だって確定したわけじゃねえ。チッ、めんどくせーな)

 

垣根が現状についてあれこれ思案していると、前を歩いていたグラントリノが足を止める。そして、

 

 「着いたぞ。ここがお前と俺の家だ。」

 

グラントリノは垣根に対しそう言った。

 

 




ていとくん、あれこれ考えてますけど、ただ異世界転生しちゃっただけなんですけどもねw


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四話

「さて、何から話せば良いのやら」

 「…」

 

 垣根は今、丸テーブルの椅子に座っている。その向かいに座っているのがグラントリノ。グラントリノに家まで案内され、取り敢えず腰を据えて話そうということで、二人は今こうして座っている。

 

 「取り敢えず、お前さんは今どのくらい自分のことを理解しておるのか話してみ」

 「はぁ?」

 「自己紹介ってやつだよ。ホレホレ」

 

グラントリノはニヤニヤしながら垣根に催促する。そのニヤけ顔に若干イラッとした垣根だが、自分が何を知っているのかこの老人に話さないことには何も始まらないので苛立ちを押し殺して話し始めた。

 

 「垣根帝督。15歳らしい。なんとか中学ってあの医者が言ってたから多分中三だ。そして俺はあんたの息子。知ってるのこれだけだ」

 

簡潔に、そして不機嫌そうに垣根は自分の知っている情報を開示した。それを聞いたグラントリノは、

 

 「なんだつまらん。なんか面白いこと言えんのかい」

 

と呆れるようにつぶやいた。

 

 「うるせーぞコラ。で、今度はてめえの番だ。俺やこの世界のことについて知ってること全部話せ」

 「この世界のこと?…よく分からんがお前さんのことについてなら大体それで全部だ」

 

グラントリノは話を続ける。

 

 「お前は垣根帝督。4歳の頃から俺が育て、今は××中学に通っとるクソ生意気なガキ。それが俺の知るお前だ」

 「ん?4歳の頃から育てた?どういうことだ?」

 

グラントリノの話を黙って聞いていた垣根はひっかかりを覚え、思わずグラントリノに疑問を投げつける。

 

 「ん?あぁ、言ってなかったか?お前は4歳の頃、両親を亡くしておる。そのときお前の父親の親戚である俺がお前を引き取って育てることになったんだ。つまり、俺はお前の育ての親ということだ」

 「…なるほど。そういうことか。」

 

そういう設定か、と垣根は心の中でつぶやく。どうやらこのVR世界(まだ仮説だが)では垣根は4歳の頃から11年間、義理の父親のグラントリノに育てられ今に至るそうだ。何だこのダルい設定は、と垣根は内心で科学者達のセンスのなさにあきれ果てながら、再び考え始めた。

 

 (取り敢えず俺の現状は大方理解できた。だが問題は次だ。俺はこれからどうすればいい?どうすれば元の世界に帰れる?あいつらは一体俺に何をさせてえ・・?まさかこのまま学生ライフを満喫しろってか?冗談じゃねえ。俺は速攻で学園都市に戻ってこんなふざけた真似してやがる連中とあのクソ忌々しい第一位をぶち殺さなきゃならねえんだ)

 

垣根が頭であれこれ考えていると、、

 

 「まぁ何にせよ身体はなんともなくて一安心だな。明日から学校には行けるだろう。明日は三者面談で休むわけにはいかんからな」

 

グラントリノが言った。

 

 「三者面談だと?」

 「そう。三者面談。なんでも、お前の成績や進路について話すとか…って、あーーーー!!!」

 

突然グラントリノが何かを思い出したかのように叫びだす。

 

 「何だ、いきなりデケェ声出しやがって」

 「そうだ忘れるところだった。昨日お前が学校から帰ってきたら聞こうと思っとったんだ」

 

 「何を?」

 「あー…でも今のお前に聞いても意味ないな…」

 

勝手に自己完結するグラントリノに垣根は、自分に何を聞こうとしたのかを聞き出そうとする。

 

 「教えろ。俺に何を聞こうとしたんだ?」

 「今のお前に言っても分からんと思うが、まぁ良いか…お前の進路のことだ」

 「進路?」

 「ああ、そうだ。三者面談の前にお前に色々聞いときたかったんだ。」

 

なるほど。今日は10月10日、確かにそろそろ学生は自分の進路について考えなければならない時期だ。進学するのか、社会に出て働くのか、進学するとしたらどの高校を受験するのか、そういった自分の将来に関する決断をする時期である。もっとも垣根はそういったことに今まで無縁だったため、あまり実感は沸かなかったがグラントリノの言っていることは理解できた。

 

 「進路ね。前の俺は何か言ってなかったのか?」

 「お前は家では全然そういった話はしなかったからな。俺は何も聞いとらん」

 

グラントリノが垣根の質問に答える。垣根はそれを聞きながら、俺らしいなと妙に納得してしまった。多分前の俺も進路とか将来とかあまり興味なかったのだろうと垣根は考える。学園都市にいた垣根もまた似たような感じだったからだ。すると、

 

 「せめて雄英を受けるかどうかだけでも知れてたら良かったんだが…」

 

グラントリノがボソリと呟く。

 

 「雄英?なんだそりゃ?」

 

垣根はグラントリノが呟いた言葉に反応し、質問を返すとグラントリノがそれに答えた。

 

 「高校の名前だ。雄英高校。お前には雄英高校のヒーロー科を受けるのかどうか聞いておきたかったんだ」

 「雄英高校…ヒーロー科…?」

 

今目の前の老人が言った言葉を反芻する垣根。ふざけているとしか思えないような学科名だった。

 

 「ヒーロー科だと?ヒーローってあのヒーローのことか?」

 「?そうだが?」

 

垣根の質問にグラントリノは至って普通の様子で答える。冗談を言っているようには見えない、本気で言っているようだと垣根は悟る。

 

 「おいおい、冗談だろ。この世界にはそんなふざけた学科があんのかよ。で?何をするんだ?そのヒーロー科ってとこでは。まさか、皆で仲良くヒーローごっこでもすんのか?」

 

垣根は鼻で笑い、茶化しながらグラントリノに尋ねる。すると、

 

 「何を笑ってるんだお前は。ヒーロー科がヒーローを目指すのは当たり前だろ」

至って真面目な様子でに答えるグラントリノ。なにがおかしいのか理解できないという様子だ。

 

 「ヒーローを目指すだぁ?本気で言ってんのか?ジジイ。」

 「本気も何も当たり前のことだろう。何を言ってるんださっきから。社会で活躍しているヒーローのようになりたくて皆ヒーロー科に入ろうとするんだ」

 「はぁ??」

 

グラントリノの言葉はまたもや垣根の頭を困惑させる。

 

(社会で活躍するヒーローだと??何を言ってやがる?それじゃあまるで本当に「ヒーロー」という存在が具体的な形でいるみたいじゃねえか。ヒーローってのは英雄的な行動をした奴のことを指す名称じゃねえってのか?)

 

垣根は何か違和感を感じていた。さっきから妙にグラントリノとの会話が噛み合っていない気がする、自分は何か大きな勘違いをしている可能性がある、と。

 

 「…おい、ヒーローってのは何だ?」

 「はぁ??お前何言って――――――――――」

 「…」

 「…まさかお前、ヒーローを知らんのか?」

 「……」

 「そうか…確かに言われてみればそうだったな。自分のことも忘れてるお前がヒーローのことを知ってるはずなかったな…ん?てことはお前さん、まさか『個性』についても知らない感じか?」

 「個性?個性ってアレか?個人の性質や特徴のことを指す言葉のことか?」

 「…なるほど、分かった。どうやらお前には全部説明する必要があるらしい」

 

大きく息を吐くと、グラントリノは一から説明を始めた。この世界の仕組み、つまり、個性やヒーロー、そして「(ヴィラン)」についてを。すべてを聞き終えた垣根はしばらく黙っていたが、やがてグラントリノの方を向き、口を開いた。

 

 「つまり、この世界の大半の人間はガキの頃からなにかしら能力を持っていて、それを『個性』と呼ぶ。その個性を使って社会奉仕を行ったり『敵』って奴らをぶっ倒してんのが『ヒーロー』。そのヒーローになるための養成所みたいなとこが『ヒーロー科』。こういうことか?」

 「ああ、そうだ。」

 

なるほどな、やっと全てが繋がった、と垣根は心の中で呟いた。普通ならあまりの突拍子のなさに理解に時間が掛かるはずだが、垣根にはなぜかすんなり受け入れられた。その理由としては恐らく、似たような環境に身を置いていたからだろう。そう、学園都市だ。学園都市という場所では子供達を集め、能力開発プログラムというものを実施している。これは子供達に能力を発現させ、それを調整・強化していくプログラムのことである。垣根自身もその実験の対象者であり、その実験によって強大な力を手に入れた一人でもある。「能力者」という者達と触れ合い、かつ自身も「能力者」の一人である垣根にとってみれば、個性の話も特別驚くようなことでは無かった。もっとも垣根は「能力者」は「能力者」でも、その中で頂点の存在とされている「超能力者」である。ただ、「能力」は人為的に生み出されるものであるのに対し、「個性」は生まれたときから人に備わっているものであるという明確な違いがある。一見似ている両者ではあるが、実は根本的な部分で違いが発生している。なかなか興味深いな、などと考えていると、再びグラントリノが口を開いた。

 

 「それで数あるヒーロー科の中で最も入ることが難しいとされておるのが雄英高校ヒーロー科というわけだ。社会で活躍しているヒーローの多くはこの学校を出ている」

 「なるほど。そこを俺が受験するかどうか聞きたかったわけか」

 「そういうことだ」

 

日本最難関高校である雄英ヒーロー科を志望するかどうか。グラントリノは垣根に尋ねた。自分の将来が決まる選択である。普通ならば熟考する場面であろうが、垣根帝督にその常識は当てはまらない。グラントリノの目を見ながら垣根は、すぐに、短く次のように答えた。

 

 「答えはノーだ。」

 

 

 

 




グラントリノの口調が難しいです、、、
違和感がある人、申し訳ありません。
「ワシ」とか「じゃ」を使わず、普通の言葉遣いをする老人てイメージなんですが、どうもしっくりこない、、、


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五話

3000字書くのがどれほど大変か身をもって知りました…


「…ノー?っつーことはお前、雄英を受けんてことか?」

 「ああ」

 

グラントリノの言葉に、垣根は否定すること無く答えた。グラントリノにとって、垣根の返答は予想外のものだった。いきなりヒーローだの個性だの言われて困惑しているだろうし、垣根が決断を下すのにはまだ時間が掛かるだろうと思っていた。しかし垣根は考える素振りさえ見せずに答えを出した。さらにその返答の内容は、なんと拒否。これにはグラントリノも面を食らってしまった。

 

 「…するってーと、他のヒーロー科を受けるってことか?」

 「いやそれも違ぇ。つーかヒーロー科は受けねぇ」

 「!?」

 

垣根の口から衝撃の言葉が出る。ヒーロー科は受験しない、つまりそれはヒーローにはならない、と言う意味である。これは、11年間垣根を育ててきたグラントリノを驚かすのには十分だった。

 

 「お前…ヒーローになりたいんじゃなかったのか…?」

 「はぁ?なんでそうなる」

 「だってお前さん、ガキの頃ずっと俊典に憧れとっただろ」

「俊典?」

 「あぁ、そうか。覚えてないんだったな。オールマイトっつうヒーローがおってな、そいつの本名のことだ。お前はガキの頃ずっと『オールマイトみたいになりたい!!』って言っておったぞ。あいつの台詞を真似したりもしてたしな。あいつがテレビに出てる時はテレビにかじりつくように見ていたわい」

 「なん…だと…!?」

 

グラントリノの口から衝撃的な垣根の過去が明かされた。なんだその黒歴史は!?と垣根は自身の過去の言動に戦慄する。想像するだけでも身の毛がよだつほど悍ましいことだった。

 

 「お前なんかいっつも『私が来た!!』とか言ってはしゃいでおった。さらには…」

 「忘れろ…」

「ん?」

 「忘れろ。今すぐ忘れろ。そんな過去は無かった。いいな?」

 「何をそんなに必死になってんだお前」

 

なぜか昔の思い出を忘れようとさせてくる垣根に対し、若干困惑気味のグラントリノだったが、なんとか話を続ける。

 

 「で、お前、ヒーロー科に行かねえってことは普通の高校に進学するってのか?」

 「それはまだ決めてねえ。ただヒーロー科だけはねぇ」

 「じゃあお前の選択肢は二つだ。一つは高校や大学に進学し、そのまま社会人として働く。もう一つは中卒で働く。ヒーロー科に行かないってんならこのどっちかだ」

 「…」

 「仮にどちらかの道に進んだとして、その先にお前のやりたいことはあるのか?」

 

グラントリノは静かに垣根に問う。確かにどっちの道に転んでもそれは垣根の望む形ではない。このまま高校・大学に進学し、呑気に学生ライフを謳歌する気になんてなれないし、かといって働く気もない。垣根の望みは一刻も早くこの世界から抜け出すこと。これは単なる直感だが、どちらの道に行ってもこの世界から抜け出す方法は見つからないだろうと垣根は感じていた。だが、それとヒーローを目指すことは別だ。

 

 (俺が、よりによってこの俺がヒーローだぁ?ハッ、冗談にしても笑えねぇよ、笑えねぇぜ。こんなクソッたれの外道がヒーローになんて成れるわけねえだろ)

 

学園都市の暗部組織『スクール』のリーダーであった垣根帝督。垣根は学園都市の「闇」を見続け、触れ続けてきた。自身の持つ強大な力を振るい、人をたくさん殺めてきた。気づいた頃には既に彼の身体は闇の中にどっぷりと沈み込んでいた。そんなどうしようもなく、根っからの悪党であるこの自分が、誰もが憧れ夢見る存在、「ヒーロー」という名の光の象徴になどなれるわけがない。むしろ「敵」の方がまだしっくりくる。

 

 「どうしてそこまでヒーローを拒む?危険の伴う仕事ではあるが、給料も安定してるし、テレビとかにも出れるし、人からはチヤホヤされるしで良いことも多いぞ?」

 「んなことはどうでもいい。俺には…ヒーローなんてのになれる資格はねえんだよ。」

 「資格?何を言ってんだお前は。そんなものは必要ない。いや、プロヒーローになるためにはいくつか資格がいるか…。だが、ヒーローを目指すために必要な資格なんてものはない。必要なものはヒーローになりたいという強い意志だけだ」

 「別にヒーローになりたいとも思わねえよ」

 「今はなくとも、いずれそう思うようになるかもしれんぞ」

 「あ?」

 「例えば雄英なんかには全国から優秀な生徒が集まる。そして皆が立派なヒーローになりたいという強い気持ちを持っておる。そういった仲間達と3年間共に過ごしていくうちにお前の中にもヒーローになりたいという気持ちや理由が生まれるかもしれん。今は無くともな。俺は1年間だけ雄英で教えていた時期がある。だからこれは雄英経験者として言うが、雄英で時を過ごすことは決して無駄にはならないと俺は自信を持って言える。たとえ将来ヒーローにならなくともその経験は必ずどこかで役に立つはずだ」

 「…」

 

垣根はグラントリノを静かに見つめると、ある疑問を口にした。

 

 「…分からねえな。なぜそんなに俺にヒーローを勧める?別に俺が何になろうがあんたには関係ねえだろ」

 

そう言った途端、グラントリノの顔には寂しそうな表情が浮かぶ。そしてどこか寂しげに笑いながら静かに口を開いた。

 

 「そうだな…確かにお前が何になろうと俺にはあまり関係ないかもしれん。俺は別にお前にヒーローになることを強制するつもりはない。何か他にやりたいことがあるならそれをやってほしいと思っとる。だから…これは俺の夢なのかもしれん。」

 「夢?」

 「お前がヒーローに夢中になっていた頃から俺が抱いていた夢。いつかお前が立派なヒーローになった姿を見てみたいという俺の夢だ」

 「…」

 

グラントリノは穏やかにそう口にする。垣根は何も言わずにグラントリノを見つめる。

 

 「すまんな。なんか湿っぽくなってしまったな。まぁまだ明日まで時間はある。ゆっくり考えろ」

 

そう言ってグラントリノは話を終わらせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グラントリノとの話し合いの後、垣根は自分の部屋まで案内された。その後グラントリノは自分の部屋に帰っていった。きっと昼寝でもしているのだろう。垣根は部屋の中で立ったまま静かに目をつぶる。学園都市の能力開発によって獲得した「自分だけの現実(パーソナル・リアリティ)」。その「自分だけの現実(パーソナル・リアリティ)」によって観測したミクロの世界を歪めてマクロの世界を変質させる。これが能力開発の根底である。そしてミクロの世界を歪める際、自身で設定した演算式を入力することで歪め方に方向性を見いだし、自身の観測した可能性を現実に引き出す。これが能力発現のメカニズムである。垣根はいつものように演算を開始する。すると

 

 ファサッ!!

 

垣根の背中から三対6枚の純白の翼が出現した。

 

 (演算は問題なく出来る。能力についても学園都市にいたときとなんら変わりねぇ。つまりこの世界でも俺の能力は使えるってことだな)

 

垣根は自分の能力が何ら問題なく使えると分かると、演算を止め能力を解除し、そしてゆっくり目を開けた。部屋を見渡してみるが、特に何の変哲も無い普通の部屋だということが分かった。そして全身を映し出せる鏡があることに気付き、鏡の前に立ってみる。見たところ、顔も身体も学園都市時代と何ら変わりは無い。だがなんとなく、背は少し縮んだように思えた。まぁそんなことはどうでも良い。垣根は自分のベッドに腰掛け、これからどうすべきかについて考えた。具体的にはヒーロー科に進むかどうかだ。垣根としてはヒーローなんて薄ら寒いことやってられないという気持ちが強かった。しかし、先ほどの話し合いの中で一つの可能性を思いついたのだ。ずっと考えていた。どうすれば元の世界に帰れるのか、もしこれが科学者どもの実験なら何かゴールがあるはずだ、と。ではそのゴールとは一体何だ?その疑問とさっきの話し合いを照らし合わせたとき、一つの解が思い浮かんでしまった、垣根が元の世界に戻るためのゴール、それは

 

 垣根がヒーローになること。

 

この考えを思いついたとき、最初は我ながら安直すぎるなと心の中で笑ったが、現に他の可能性が全く思いつかない今、この考えが最有力な説となっている。これが正しいとすると事情が変わってくる。死ぬほど乗り気ではないがやらないわけにはいかなくなる。それに垣根の心を揺らしているものはもう一つ。

 

 (あのジジイ・・・)

 

グラントリノが語った彼の夢。いつもの垣根なら鼻で笑い飛ばして一蹴しているところだが、なぜか頭に残っている。あんな話で絆されるほどおめでたい人間ではないという自覚はあるのだが、一体なぜだ?

 

 (…もしかしたらあいつが俺の「親」っつう設定が関係してんのかもな)

 

グラントリノの「息子」という設定が思いのほか垣根自身の考え方に影響を及ぼしているのかもしれないと垣根は考えた。だがいいのだろうか。垣根は思った。グラントリノはヒーローを目指すのに資格などいらないと言っていたが、それでも人殺しのクソ野郎がヒーローを目指しても良いって意味ではないだろう、と。

 

 (だが、もし、もし許されるならば…)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、その日は夕食を二人で食べ、特に話すことも無く二人はそれぞれの部屋で床についた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、垣根が目覚め居間に向かうとグラントリノが朝食の準備をしていた。そして垣根の方を見るなり不機嫌そうに言った。

 

 「まったく、遅いぞ。おかげで俺が朝食の準備をしなきゃならんかったろうが。いいか、朝食の準備はお前の役目だ。明日からはしっかりやれよ」

 「…」

 

いや知らねぇよクソジジイと心の中で毒づくきながらも、垣根はグラントリノに話しかける。

 

 「おいジジイ。」

 「ん?なんだ?」

 「決めたぜ。俺は雄英に行く」

 「ユー…エイ…?」

 

グラントリノは一瞬、垣根が何を言ったのか分からないといった様子で垣根が発した言葉を反芻する。そんなグラントリノに構わず、さらに垣根は言った。

 

 「ヒーローになってやるって言ってんだよ」

 




そろそろ導入終わりますかね


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六話

「え~、であるからして~、この問題は…」

 

 教師の声が教室に響き渡る。数学の教師が二次関数の問題を解説していて、クラスの生徒は黙って先生の話を聞いている。その生徒の中には垣根の姿もあった。垣根は病院から退院した次の日、つまり、10月11日から学校に通っていた。グラントリノがあらかじめ事情を説明してくれていたのか、担任の先生からは休んだ理由などを追及されることも無く、「大丈夫か?」と声をかけられる程度で終わった。そして何事も無かったかのように学生生活が始まった。その日あった三者面談では成績や進路について話し合った。成績に関しては非常に優秀らしく、学校始まって以来の才能だと先生は言っていた。進路について、雄英に行く旨を伝えたが先生は特別驚いた様子も無く、むしろ快く後押ししてくれた。垣根の成績と才能ならば何の問題もないなと先生は笑いながら垣根に言った。そうして三者面談は終わり、あとは雄英の入試に向けて準備するだけといった流れだ。雄英の入試は筆記と実技に分かれているそうだ。その合計の出来で合格か不合格かが決まる、というシステムだ。と言っても、垣根にとって筆記試験などあってないようなもの。学園都市のレベル5の脳みそは一般人のそれとはそれこそ次元が違う。勉強などしなくても大して問題は無い。やるとすれば暗記系の分野になるだろうが、恐らく垣根ならば一度か二度も見れば完璧に覚えてしまうだろう。続いて実技試験。実技試験がどのようなものなのかは誰も知らない。なぜなら内容は試験当日に知らされるためである。しかしどのような内容であれ、「個性」を利用しなければならないものであるのは間違いないと思われる。また、この実技試験の出来が合否に大きく影響することも間違いない。

 

 (個性、ね)

 

垣根は授業を聞き流しながら、ふとグラントリノとの会話を思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ん?お前の個性だと?」

 「あぁ。以前の俺はどんな個性だったんだ?」

 

 時は遡り、三者面談の日の朝。二人は朝食を食べ終え、片付けをしようとした時に不意に垣根はグラントリノにそう尋ねた。記憶を失う前の俺はどんな個性だったのか知る必要があった。もしその個性が今の俺の能力『未元物質』と違ったものであるならば今のうちに確認した方が良いと思ったからだ。するとグラントリノが答えた。

 

 「お前の個性は確か~…そう、『作製』だ!」

 「作製?」

 「そうだ。なんだか色んなものを作れる個性だった。でもなぜか作られるものは全部白い色をしとった。原因を調べようと色んな施設で調べてもらったが、てんで分からんかった」

 「…」

 「あ、そうそう。あとなぜかお前が作ったものは周りに変な影響を及ぼすんだわ。例えばお前が作った植木鉢にアサガオを土ごと移し替えた時があってな、でも次の日見たらそのアサガオが枯れてたんだ。一日でアサガオが枯れちまってそりゃあビックリしたぜぇあのときは」

 「…」

 「おまけにな~んか趣味の悪い翼?みてえのが最近生えてくるようになってなぁ。お前さん曰く、気づいたら勝手に生えてきたんだとよ。もうとにかく似合ってねえことこの上なくてなあ。見るたびに笑っちまったぜ」

 「…」

 

垣根はグラントリノの話を聞き、確信した。間違いない、前の俺の個性(能力)も『未元物質』だと。グラントリノが話した個性の特徴は全て未元物質のそれと合致する。様々な施設で調べても原因が分からないのは当然だ。なんせ、学園都市という科学が究極的に発展した街でさえ、未元物質の正体は解明できていないのだから。ただ一つ、分かっていることは未元物質とは「この世に存在しない物質」であるということ。この世に存在しない物質が既存の物質と混じり合ったとき、既存の物質は"歪む"。この世の物理法則から考えたらとても考えられないような変化を起こす。アサガオは、土に未元物質が混じることで、土が何か別の性質を帯びてしまい、その性質がアサガオにとって有害なものだったためアサガオは枯れてしまったのだろう。そこまで考えると、今度はグラントリノの方から垣根に話しかける。

 

 「そういやお前、個性はちゃんと使えんのか?」

 「あぁ。昨日試した。今の俺の個性と前の俺の個性が違ってねえか確かめたくてな。どうやら大丈夫らしい」

 「ふーん、そうか。ん?てことは翼もちゃんと生えてくるってことか?…プッ」

 「ぶっ殺すぞクソジジイ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 といった感じで垣根は自分の個性とやらの確認も出来た。あとは特にやることもない。入試当日まで待つだけだ。垣根はふと窓の外に目をやる。12月も中盤に差し掛かり、外では雪が降っている。入試まであと2ヶ月。まだまだ先のことのように思えるが、意外とあっという間に過ぎてしまうのではないか、などと垣根は考えながら再び数学教師に目を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、2月26日。いよいよ入試本番の日を迎える。

 




やっっと本編に入ります。導入長くてすいませんでした。書いていくうちに色々思いついてしまって・・・。未元物質の話の所、何かおかしかったら言ってください。未元物質についてちゃんと理解できている自信あんまりないので・・・。


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雄英高校 入試~
七話


2月26日。雄英高校ヒーロー科入試当日。垣根はというと特に変わった様子も無く、いつもと同じようにグラントリノと共に朝食を食べていた。朝食はいつも垣根が作ることになっていた。初めは慣れない作業に悪戦苦闘し、なんで俺がこんなことしなきゃならねえんだ、などと悪態をついていたが今では慣れたものである。朝食を済ませ、身支度を整えた垣根は家を出る準備をする。玄関で靴を履いているとグラントリノがやってきた。

 

 「もう行くのか?」

 「ああ」

 「そうか。まぁ、その、なんだ、あんまり気負いすぎるなよ」

 「なんだそれ。励ましてんのか?気持ち悪ィ」

 「なんだとこのガキ」

 

いつもの様に軽口を言い合う二人。いつもの、見慣れた光景だ。

 

 「心配ねーよ。楽勝だ。俺を誰だと思ってやがる」

 「…誰も心配なんかしてないわい」

 「そうかい…んじゃま、行ってくるとするか」

 

そう言って垣根は玄関の扉に手をかける。すると、

 

 「帝督」

 

グラントリノは垣根を呼び止める。

 

 「あ?何だよ」

 「…気を付けてな」

 

そう一言言ってグラントリノは家の中へと戻っていく。フッと笑いながら垣根は家を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 "雄英高等学校入学試験会場"

 

 校門らしき場所にはそう書かれた立て看板が立てられていた。

 

 (ここか…)

 

時刻は8時30分。垣根は校門の前に立ちながら辺りを見る。恐らく自分と同じであろう雄英志望の受験生達が続々と校舎の中へ足を運んでいた。雄英のヒーロー科の入試倍率は約300倍。つまりこの中からほんの一握りしか合格出来ない。自分以外はすべて敵、少ない枠をかけて争う敵同士という訳だ。

 

 (フッ、分かりやすくていいじゃねえか)

 

垣根は心の中でそう思いながら校舎の中へと足を踏み入れた。校舎の中に入るとゲートのようなものが三つ並んでいた。まるで受験生の通り道を作るかのように。そこを抜けると前方に扉が三つ。そしてそれぞれの扉に数字の1~3が記してあった。左から順に1,2,3といった感じだ。恐らくどこから入っても問題ないのだろう。

 

 (何つーか、無駄に豪華だな)

 

垣根はそんなことを思いながら真ん中の扉、2と書いてある扉を開けて中に入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 "雄英高校ヒーロー科試験説明会場"

 

 垣根はそう書かれた立て看板を見つけ、会場に入っていく。中はとても広いホールのようだった。自分の受験番号の席を探し当てると、垣根は静かに席に着いた。先ほど筆記試験が終わり、次の実技試験の説明を受けるために彼はここにいる。実技試験の方に目が行きがちではあるが雄英の筆記試験もかなり難しい。なんせ倍率300倍の学校だ。簡単なはずがない。だが垣根帝督、学園都市という科学の結晶が作り上げた最高級の頭脳を持つこの男の前ではそんなものは意味を成さない。垣根は顔色一つ変えること無く、筆記試験を終えた。そして次は実技試験。内容について思案していると、一人の男が壇上に現れた。

 

 「受験生のリスナー!!今日は俺のライヴにようこそー!!エヴィバディセイヘイ!!!」

 

突然現れた男はいきなりそう叫びながら、両手を高らかに挙げた。会場が静まりかえる。

 

 「こいつはシヴィー!!なら受験生のリスナーに実技試験の概要をサクッとプレゼンするぜ!!!アーユーレディ!?」

 

さらに男は続けて声を張り上げるも、依然沈黙が保たれる会場。

 

 (なんだコイツ)

 

垣根はいきなり出てきたかと思えば急に叫び声を上げ続けている壇上の男に冷ややかな視線を向ける。しかし男は会場の反応などは気にもとめずに話を続けた。

 

 「入試要項通り!リスナーはこの後!10分間の、模擬市街地演習を行ってもらうぜ!!!」

 

そうして実技試験の説明が始まった。概要はこうだ。まず各自指定された会場に向かう。そして市街地を模した各会場に設置してある仮想敵を撃破しポイントを稼ぐ。ポイントは敵の攻略難易度によって異なり、1P,2P,3Pの敵に分けられている。撃破と言っても行動不能にすればOKらしい。成績は倒した敵のポイントの合計で決められるということだ。その際、他人への攻撃などアンチヒーローな行為は禁止。壇上の男がそこまで説明した所で、

 

 「質問よろしいでしょうか!!」

 

一人の少年が挙手をし、壇上の男に質問の許可を求めた。眼鏡をかけ、いかにも優等生といったような真面目そうな少年だった。

 

 「オーケェ!!」

 

その少年に対し、壇上の男は質問の許可を出す。

 

 「プリントには4種の敵が記載されております!誤載であれば日本最高峰である雄英において恥ずべき痴態!!我々受験者は基盤となるヒーローのご指導を求めてこの場に座しているのです!!」

 

激しく熱弁する眼鏡の少年。すると、話の途中でいきなり振り返り、

 

 「ついでにそこの縮れ毛の君!!先ほどからボソボソと、気が散る!!物見遊山のつもりなら即刻、ここから去りたまえ!!!」

 「すみません…」

 

指を指しながら別の少年に注意する。眼鏡の少年に公然と注意された縮れ毛の少年は恥ずかしそうに小さくなりながら謝った。

 

 (あー、いるよなあーゆー奴。正義感に満ちあふれてる奴だ。いかにもヒーロー志望って感じだな。あいつとは絶対同じクラスになりたくねえ。てか落ちろ)

 

垣根が心の中で呟くと、再び壇上の男が話し始めた。

 

 「オーケーオーケー!!そこの受験番号7111君、ナイスなお便りサンキューな!!4種目の敵は0P!そいつは言わばお邪魔虫!各会場に1体!所狭しと大暴れしているギミックよ!!倒せないことはないが、倒しても意味が無い!リスナーには上手く避けることをおすすめするぜ!!!」

 「ありがとうございます!!!失礼いたしました!!!」

 

眼鏡の少年は勢いよく謝るとそのまま席に着いた。

 

 (なるほど。要はギミックを避けながらスライムをプチプチ潰していけばいい訳か)

 「俺からは以上だ!!最後にリスナーへ我が校"校訓"をプレゼントしよう!かの英雄ナポレオン=ボナパルトは言った!『真の英雄とは人生の不幸を乗り越えてゆく者』と!!…"Plus Ultra"!!!それでは皆、良い受難を!」

 

壇上の男が勢いよく叫び、説明会は終わった。垣根は自分の受験票を見る。垣根の会場はC。それを確認すると垣根はホールを後にした。

 

 

 

 




いよいよ本編!!でも本編はいるとアニメで台詞とか状況とかいちいち確認しなきゃいけないので大変です・・・。漫画持ってれば・・・。


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八話

ヒロイン…


「うお~すっげえ…何だよこれ…」

 「ほぼ街じゃん…」

 「敷地内にこんなんがいくつもあんのか…」

 「雄英すっげえ…」

 

 受験生達はバスで演習場まで連れてこられ、入り口の前で待機していた。バスから降りて演習場を目の当たりにした受験生達はそのあまりのスケールの大きさに感嘆の声を上げる。垣根も他の生徒同様、入り口で待機していたが同時に周りの生徒に目を向けていた。

 

 (色んなヤツがいるもんだな)

 

受験生の中には顔が鳥みたいな人、頭にブドウみたいなモノがついてる人、髪の毛がトゲ状になってい人など個性的な人がたくさん見受けられた。どんな個性使うんだろうか、などと考えていると突然、

 

 「ハイ!スタァァトォォォォ!!!!」

 「「???」」

 

マイクから先ほどの男の声が聞こえる。だが受験生一同は何が起こったか全く分かっていない様子。すると、男が言葉を続ける。

 

 「どうしたあ!?実践じゃカ――――――――」

 

 轟!!!

 

マイクの男の話の途中に、突然激しい音を立てながら受験生達の間に強烈な風が吹き荒れる。あまりの激しさに皆思わず顔を覆ってしまった。風がやみ、目を開けると皆の視界には一人の受験生が白い翼を背に宿し、飛び去っていく姿が見えた。全員何が起こったか分からず、呆然としていたが、

 

 「…ウントなんざねえんだよ!!!走れ走れぇ!!賽は投げられてんぞ!?」

 

というマイクからの声で再び我に返った受験生達は、その言葉の意味を理解し一斉に走り始めた。

 

 

 

 

―――――――――――――――これより、実技試験開始。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 試験内容は市街地にいる仮想敵の撃破。そのため、開始から5分もすると演習場は受験生と仮想敵が入り乱れた状況になっていた。仮想敵は無限に沸いてくる訳では無く、数に制限がある。そのため早く市街地に入った者程、有利になる。C会場にて、誰よりも早く演習場に足を踏み入れた垣根は自身が操る六枚の翼で仮想敵を次々と屠っていた。垣根の翼はいわば攻守一体型の武器のようなモノである。防御に使えばほとんどの物理攻撃からその身を守る盾となり、攻撃に使えばあらゆるモノを粉砕する矛となる。垣根は上空から仮想敵を見つけてはその翼で叩き潰していた。仮想敵がいなくなると上空を移動し、別のスポットを探す。その作業を繰り返す。この試験では受験生の様々な資質が問われる。状況をいち早く把握する「情報力」。あらゆる局面に対応する「機動力」。どんな状況でも冷静でいられる「判断力」。そして純然たる「戦闘力」。これらをすべて持ち合わせていなければ高得点は望めない。その点から見れば垣根はこれらを全て満たしていると言えるだろう。常に戦場を俯瞰し、どこを狙えば効率よくポイントを稼げるかを分析し、実行に移す。垣根は誰よりもハイペースでポイント数を積み上げていく。

 

 ズガガッ!!

 

と鈍い音を立てながら、もう何体目になるか分からない仮想敵をその翼で貫く垣根。

 

 (これで何体目だ?覚えてねえな…まぁいいか)

 

ここで辺りを見回す垣根。さすがにもうあまり仮想敵は残ってなさそうだ。自分もそうだが、他の受験生達の頑張りもあってか大体の仮想敵は大体狩り尽くされてしまったようだ。あとは適当に時間潰してタイムアップまで待つか、などと考えていると、

 

 ズドドドドドドドドォォォォォォォォォ!!!!!

 

突然、強い地震が起こったのかと勘違いするような地鳴りが会場中に響き渡る。垣根を含む全ての受験生は一斉に強い地鳴りの発生源に目を向けると、そこには20メートルはあろうかと言うくらいとてつもないデカさの仮想敵が出現していた。これが説明会の時言っていた0Pの仮想敵というヤツだ。

 

 (ほー。あれが例のヤツか)

 

垣根が少し離れたところから巨大ロボを見つめていると、不意にその巨大敵が腕を振り上げ、その巨大な腕を目の前の道路に勢いよく叩きつけた。その瞬間、すさまじい土煙と衝撃が受験生達を襲う。多くの受験生が悲鳴を上げ、一斉にその場から逃げ出した。受験生達の頭の中に浮かんでいた言葉は一つだけ。

 

 逃げなければ。

 

今の一撃だけで多くの受験生は感じてしまった。頭よりも先に身体が感じ取ってしまったのだ。勝てるわけがない、と。それに仮にこの仮想敵を倒したとしても、得られるポイントは0。勝てる勝てない以前に意味が無い。逃げることは恥などでは無くむしろ合理的だと言えよう。誰もが逃げるという選択肢をとった。しかし皆が我先に逃げようと必死になれば、混乱状態になるのもまた必須。そんな中、

 

 「痛っ!!」

 

オレンジ髪でサイドテールの女子生が道路に投げ出された。逃げ惑う人の群れの中で誰かとぶつかり、転んでしまったのだ。

 

 「いったいなぁ…」

 

転んだ女子生徒が起き上がろうとしたとき、自分の背後から、

 

 ゴロゴロゴロ

 

と、車輪の回る音が聞こえてきた。恐る恐る後ろを振り返ると、そこには自分を見下ろす巨大敵が大きくそびえ立っていた。

 

 ブォッ!!

 

風を巻き起こしながら、巨大敵はゆっくりと右腕を振り上げる。逃げなければ、今すぐに。そう思うと女子生徒はすぐさま立ち上がり逃げようとした。しかし、どういう訳か足が全く動かない。恐怖に身がすくんで身体が動かないのだ。

 

 (嘘!?ヤバッ…)

 

恐怖の表情を浮かべる女子生徒目掛けて、巨大敵は振り上げた右腕を大気を切り裂くように豪快に振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死んだ。と拳藤一佳は思った。巨大敵の前に放り出され、自分めがけて振るわれた攻撃を為す術もなく受け入れることしか出来なかった彼女は、思わず閉じてしまった目をゆっくりと開いた。

 

 (生き…てる…?)

 

まず自分が死んでいないことを確認した彼女は次に目の前の光景に目を向ける。彼女の目の前には茶色がかったスーツのようなズボンと、背中から出ている白いナニカ、そして金髪の頭部が見て取れた。そして徐々に今の状況を理解し始める。この目の前の人が自分のことを守ってくれたのだと。背中から出ている白いモノで巨大敵の拳をしっかりと受け止めていた。

 

 「あ…あの!!!」

 

思わず声をかけてしまった拳藤。その言葉に反応したのか目の前の男が振り向き、

 

 「邪魔だ。とっとと失せろ。」

 

と一言言い放つ。

 

 「えっ…?」

 

拳藤は困惑気味に聞き返したが、もう目の前の男は既に目の前の巨大ロボと向き合っていて、拳藤に反応してくれる様子はない。数秒考えた後、拳藤は素早くその場を離れることを選択した。そしてその気配を察知する垣根。

 

 「行ったか…」

 

そう呟くや否や、垣根は、

 

 バサッッッッ!!!

 

と、ガードするために閉じていた六枚の翼を勢いよく広げる。すると巨大敵の右腕が高く上がり、その衝撃で巨大敵はバランスを崩した。そして垣根は六枚の翼で飛翔の準備を整える。

 

 「さぁて…スクラップの時間だぜェ!!」

 

六枚の翼を一斉に羽ばたかせ、天高く飛翔する垣根。一気に巨大敵の頭上まで飛ぶと空中で静止し、六枚の翼を広げる。翼はグングン大きくなっていき、遂には20メートル程にまで成長すると、垣根はそれら六枚の翼を巨大敵に向けて放つ。

 

 轟ッッッ!!!

 

轟音を唸らせながら、一つ一つが巨大敵程のサイズになる翼が六方向から一斉に巨大敵を貫いた。機体に大ダメージを負った巨大敵はあちこちがショートし最後には、

 

 ボォォォォォォォォン!!!

 

大爆発を起こし、巨大敵は完全に破壊されてしまった。その光景に他の受験生達が呆然と眺める中、

 

 「試験終了ーーー!!!!!」

 

マイクの男の聞き覚えのある声が会場に響き渡った。

 

 

こうして雄英高校ヒーロー科の入試は幕を閉じた。

 




戦闘シーンて難しいな・・・
禁書15巻を買って読んだのですが、ていとくんの翼ってめちゃくちゃ大っきいんですね・・・・。


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九話

感想書いてくれてありがとう御座います!!
とても励みになります!!


 雄英高校ヒーロー科の入学試験が終わり、一週間が過ぎた。実技試験の後、受験生はバスで雄英高校まで運ばれ、そこで解散となった。入試の結果は一週間後くらいに手紙で通達すると言っていたので、今日か明日くらいには結果が分かるだろう。入試が終わって家に帰宅するとグラントリノは居間でテレビを見ていた。垣根が帰ってきたのをみても、「…帰ったか。手洗って来いよ」と声をかけるだけで試験については何も聞かなかった。垣根としても色々聞かれるのも面倒だったのでありがたかったのだが。次の日からはまた普通に学校に通った。卒業式は3月10日なのでまだ学校はある。ぶっちゃけもう行かなくても良いのだが、家にいてもやることはないので何となく学校に行っているという感じだ。朝起きて、学校に通い、授業を受け、下校する。そんないつも通りの平和な日々を過ごしていた。

 

 そして現在、垣根は下校の最中であった。家に向かって歩きながら垣根は一週間前の実技試験のことを思い出していた。あの時、巨大敵が女子生徒を攻撃しようとした時、なぜ自分はあんな庇うような真似をしたのか?巨大敵が現れ、その力を見て、僅かながら興味を持ったのは確かだ。あの力は果たして俺の『未元物質』を貫けるのか。学園都市時代ではどんな攻撃も通さなかったが、こちらの世界でも同じような結果になるとは限らない。垣根としては自分の能力が実戦レベルで前と今ではどれほど差があるのか知る必要があった。そのための実験道具としてあの巨大敵はちょうど良かったのだ。結果は垣根の予想を裏切る形にはならなかったが。だが、それにしてもそれは彼女を助けた理由にはなっていない。巨大敵を相手にするだけだったら彼女が巨大敵に潰された後でもできたはずである。彼女に死なれては困る理由が何かあるのならば別だが、そんなものも特にない。彼女を助けたところで自分に益もない。ならば一体なぜ助けたのか。いくら考えても釈然とする答えは得られなかった。気付いたら彼女の前に立っていた、あの時の状況を説明するのに最も適した言葉だった。

 

 (それこそまるで、ヒーローみたいだな)

 

垣根は心の中で自嘲気味に笑っていると、気づけば家に着いていた。ドアを開け、家の中に入るとグラントリノが丸テーブルに座っていた。グラントリノは垣根が帰ってきたことに気づき、

 

 「さっき郵便受けの中を覗いたらこんなんが入っておった」

 

そう言いながら一通の手紙を見せる。手紙を手に取り裏面を見ると、右下に「雄英高等学校」という文字が書かれていた。

 

 (入試の結果か。そういや、そろそろだったな)

 「…俺は席を外した方がいいか?」

 「いや、別にいいだろ」

 

気遣いを見せるグラントリノに構わず垣根はその場で手紙を開けだした。

 

 「お、おい!?」

 

垣根があまりにも躊躇いなく開封するのを見て、グラントリノは慌てた素振りを見せる。

 

(なんでテメエが慌ててんだよ…)

 

と呆れる垣根だが構わず開けると、中からメダルのようなものが出てきた。垣根が訝しげにそれを見ていると、メダルから急に映像が映し出され、そして

 

 『私が投影された!!!!!!』

 

と、叫ぶ黄色いスーツを着た超ムキムキのおっさんが現れた。

 

 「…は?」

 

訳が分からずポカンとしている垣根を他所に、マッチョな男は構わず続けた。

 

 『HAHAHA!!なんで私が投影されたのかって?実は今年度から雄英で教師として働くことになってね!!』

 

意気揚々と喋り続ける謎の男。垣根はグラントリノの方を見て、

 

 「誰だコイツ」

 

と尋ねる。グラントリノは眉間に手を当て、やれやれといった様子で

 

 「俊典…」

 

と小さく呟いた。

 

 (俊典…?どっかで聞いたことあるような…?)

 「そいつは八木俊典。ほら、前話しただろ?オールマイトって呼ばれとるヒーローだ」

 「あぁ、コイツが」

 

この家に来たばかりの時にグラントリノとの話に出たヒーローのことかと垣根は納得した。アメコミに出てきそうなヤツだなと垣根が感じていると、目の前のオールマイトの映像が再び話し始めた。

 

 『それじゃあ結果について話そう!!まずは筆記試験についてだが、なんと500/500!!!満点だ!スゴいぜこれは!今回は勿論、歴代で見てもトップの成績だ!まったく、どんな脳みそしてるんだ!!次に実技試験。こっちもスゲェぜ~、なんと敵P80!!これも今回の受験者の中でトップだ!これだけでももう君は合格ラインを余裕で超えている。だがしかし!!!まだまだ君にはポイントが加算されるぜぇ~、それは救助P!!』

 「救助P?」

 『先日の入試にて我々が見ていたのは敵Pのみにあらず!我々雄英が見ていたもう一つの基礎能力。それは他人を助けるために自らの身を犠牲にする心意気!!素晴らしいよ、垣根少年!!救助P58!!!つまり合計138P!!!!堂々たる一位通過だ!』

 『さあ来いよ、垣根少年!!ここが君のヒーローアカデミアだ!!』

 

最後にそう言い残して映像は消えた。数秒間、居間には沈黙が訪れた。

 

 「まぁ、どうやら受かったらしい」

 

垣根が気まずそうにしながらも、事の概要をとても大雑把にグラントリノに伝える。

 

 「…そうらしいな」

 

グラントリノもそれに答える。さらに、

 

 「何はともあれ、これで高校が決まったな。一件落着だ。ふぅ~、それにしても俊典め、こんな悪趣味なビデオを送ってくるとは。今度会ったらたっぷりしごいてやる…」

 

と最後の方はオールマイトが可哀想な目に遭う未来しか見えないような言葉を呟きながら、いつものように夕飯の準備に取りかかるグラントリノ。垣根も特に浮かれた様子も無かった。

 

 (なんてことはねえ。ただ進学先が決まっただけだ)

 

本番はこれからだ、と垣根はかえって気を引き締めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――その日の夕飯はいつもより豪華な気がした。




オールマイトのキャラ、こんなかんじかなあって感じで書いてみました。

垣根って白垣根もいいですけど、やっぱり自分はチンピラでイキッてる垣根の方が好きなんすよね。


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十話

「実技総合成績出ました」

 

 時は遡ること、一週間。場所はモニター室。ここでは全会場の実技試験の様子を映し出すことができ、雄英の教師陣はそこから受験生を観察していた。教師陣がモニター室で試験の様子を見る目的として、どのような生徒がいるのか見極める為というのもあるが、それに加え救助Pの審査をしなければならないという理由もある。この救助Pの存在は受験生達には知らされていない。もし知らせてしまえば、当然皆他人を助けることを意識して試験に臨むだろう。しかしそれではあまり意味が無い。何も知らされていない状況で、何が起きるか分からない状況で、目の前に脅威が存在する状況で、いかにその精神を発揮できるか。雄英が見たいのはそういう「資質」。実技試験の進行を見ながら雄英の教師陣は主にその点に着目して採点していた。そして実技試験が終了し、教師陣の採点も全て完了した結果がモニターに今、映し出されている。

 

 「今年は結構レベル高くないか?」

 「えぇ、そうね。特に敵Pに関しては1位と2位の子達が図抜けているわね。2位の子なんて救助P0よ。それで2位って凄いわね」

 「仮想敵は標的を捕捉し近寄ってくる。後半他が鈍っていく中、派手な個性で寄せ付け迎撃し続けた。タフネスの賜物だ」

 「対照的に敵P0で7位」

 「大型敵に立ち向かった受験生は過去にもいたけど、あんな爽快にぶっ飛ばしちゃったヤツは久しく見てないねえ~」

 「分かるわ~。私も見ててスカッとしちゃった」

 「しかし自身の衝撃で甚大な負傷、まるで個性を発現させたばかりの幼児だ」

 「……」

 「まぁでもやっぱり、ダントツだったのはやっぱり一位の子だな」

 「ああ。まず本人の判断力や分析力が素晴らしい。加えてかなりの強個性。機動力よし、防御力よし、攻撃力よし。文句のつけどころが無かった」

 「私、巨大敵が串刺しになってる姿なんて初めて見たわ。巨大敵を完全に壊しちゃったし。プロでも中々出来ることじゃない。あれでまだ中学生でしょ?信じられないわ」

 「総合成績も抜きん出ているし、とんでもない逸材が入ってきたな」

 

モニター室で教師陣の間で交わされる会話。彼らはこの見事試験に合格した40名の生徒達に教鞭を執ることになる。果たして彼らにはどのような学園生活が待っているのか――――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――四月。

 

 雄英高校新学期初日。垣根は朝の支度を済ませ、家を出る。受験の時と同じ道筋をたどり雄英に向かう。20分程歩くと雄英の校門までたどり着いた。中に入ろうと、

 

 「おーい、そこの金髪の君!」

 

後方から女の声がする。

 

 「…」

 「君だよ、白い翼の人!」

 「あ?」

 

垣根は振り向く。金髪だけならまだしも、白い翼という言葉に合致する人間など自分しかいない。垣根が振り返った先には見覚えのある、オレンジ色の髪の毛でサイドテールの女が立っていた。彼女も自分と同じ制服を着ているので、恐らく同じ雄英生なのだろうと垣根は推測する。

 

 (どっかで見たような…?)

 

記憶を辿る垣根だったが、イマイチ思い出せない。そこで、

 

 「誰だ?」

 

垣根が尋ねると、

 

 「ってありゃ!?覚えてないかー…ほら、実技の時あなたに助けてもらった者です」

 「…あー、なるほど」

 

垣根はようやく目の前の女子生徒が誰なのか理解する。

 

 「あの時のお礼言えてなかったから『どうしようかな~』なんて思ってたら、ちょうど目の前にあなたがいてさ~、そこで声をかけたってわけ」

 

そして

 

 「あの時助けてくれてありがと!」

 

彼女は垣根に感謝の言葉を述べた。

 

 「…ハイハイ」

 

適当な返事を残して垣根は再び足を動かす。女子生徒は、

 

 「えっ!?ちょ、ちょっとぉ!!」

 

慌てて垣根に追いつく。

 

 「私、拳藤一佳。1年B組、よろしくね!あなたの名前は?」

 「…垣根。垣根帝督」

 「へぇ~、垣根っていうんだ~。クラスは?」

 「A」

 「あー、A組かー。残念。違うクラスだね。あ、そうそう、垣根の個性ってどういうものなの?あの白い翼みたいなのが個性?あんな個性初めて見たよアタシ」

 「…」

 

と垣根と拳藤が会話(?)しながら歩いていると「1ーA」と大きく書かれてあるドアの教室に着いた。

 

 「ここがA組か。じゃあここでお別れだね」

 

またね~と手を振りながら拳藤はB組の教室の方へ歩いて行った。

 

 (朝からやかましい奴だな)

 

初めて話すと言うのに想像以上にグイグイ来る拳藤に若干戸惑いを覚えつつも、垣根は目の前の教室に意識を向ける。垣根が教室に入ろうとすると、

 

 「あ、あの!!君も1年A組の人ですか!?」

 「あ?」

 

またもや後ろから声をかけられる。振り返るとそこには背が低く、モジャモジャ頭の少年が緊張した様子で垣根の後ろに立っていた。

 

 「ああ、そうだが?」

 「そ、そうですか…あ、あの!僕も1年A組の生徒で、緑谷出久って言います!!よろしくお願いします!!!」

 

そう言うと緑谷と名乗る少年は勢いよく頭を下げた。

 

 「…ああ、垣根だ、よろしく」

 

垣根も一応自分の名前を名乗ると、緑谷は嬉しそうな様子で、

 

 「…っ!はい!!よろしくお願いします!!垣根君!!」

 

再度勢いよく頭を下げた。

 

 (…この学校には変人しかいねえのか?)

 

垣根は心の中でそのような疑問を持ちつつ、教室のドアを開ける。するとまず垣根の視界に入ってきたのは二人の男子生徒が言い争っている場面だった。

 

 「机に足をかけるな!!」

 「あぁん?」

 「雄英の先輩方に、机の制作者方に申し訳ないと思わないか!?」

 「思わねーよ、てめーどこ中だよ端役が!!」

 「…っ、ぼ…俺は私立聡明中学出身、飯田天哉だ」

 「聡明?クソエリートじゃねーか、ブッ殺しがいがありそうだな!!」

 「なっ!?ぶっ殺しがい…!?君ひどいな、本当にヒーロー志望か!?」 

 「ケッ…あ?」

 

新たなクラスメイトの存在に気づいたのか、言い争いをしていたふたりがこちらの方に目を向ける。

 

 「ん?君は…」

 「「???」」

 

二人につられてクラス中の視線が二人に集まる。

 

 「あっ…えっと…」

 

そばにいる緑谷が動揺しキョドっていると、先ほど言い争っていた内の一人、飯田がこちらまで歩いてきて、

 

 「おはよう!!俺は私立聡明中学の…」

 「聞いてたよ!!」

 「おっ…」

 「…あ、えっと、僕、緑谷出久。よろしく飯田君」

 「…緑谷君、君はあの実技試験の構造に気づいていたのか」

 「えっ?」

 「俺は気づけなかった…君を見誤っていたよ。悔しいが君の方が上手だったようだ…」

 「…ごめん、気づいてなかったよ…」

 

飯田が緑谷に話しかけ終わると、

 

 「そしておはよう!!俺はし―――――――――」

 「聞いてたぜ。垣根だ」

 「お、そうだったか。よろしく!!垣根君!!」

 (よりによってコイツと一緒のクラスかよ)

 

垣根は説明会での記憶を思い出し、ため息を吐く。

 

 「ん?ところで垣根君、第一ボタンが外れているぞ。しっかり閉めなければ。」

 「…」

 

早速来たか、と垣根が思っていると、またもや後ろから声がする。

 

 「あっ!そのモサモサ頭は地味目の!!!」

 「あっ!!!」

 

緑谷はその女子の姿を確認するといきなりテンパり始めた。女子も女子でなんだか嬉しそうに話している。どうやら知り合いらしい。そしてそばにいる垣根にも話しかけようと

 

 「あなたは――――――――――――」

 「お友達ごっこがしたいならよそへ行け」

 

突然女子生徒のうしろに黄色い寝袋が現れ、そこから不機嫌そうな声が聞こえる。よく見ると寝袋から顔だけが出ていた。

 

 「ここはヒーロー科だぞ」

 

そして、

 

 「はい、静かになるまで8秒かかりました。時間は有限、君たちは合理性に欠くねえ」

 

と言って寝袋を脱ぐ。全身黒のコスチュームで髪はボサボサ、いかにも低血圧って感じの顔をした男が立っていた。そして一言、

 

 「担任の相澤消太だ。よろしくね」

 「「担任!?」」

 (……)

 「早速だがこれ着てグラウンドに出ろ」

 

相澤は体操着のようなモノを取り出しながら言った。

 

 「「えっ?」」

 

 

 (やっぱり変人しかいねえじゃねか)

 

 

 

 

 

 

 

 




会話文大変すぎて草。
拳藤ちゃんのキャラ分かんないっす・・・。すんません・・・。
何となく絡ませてみました。


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十一話

「「個性把握テスト!?」」

 

 一年A組の生徒達は担任の相澤に言われたとおりに体操着に着替え、グランドに集まっていた。そこで相澤からこれからすることを伝えられる。その内容があまりにも予想外だったので、思わず皆が聞き返してしまった。

 

 「入学式は?ガイダンスは?」

 「ヒーローになるならそんな悠長な行事、出る時間ないよ~」

 

麗日の質問に相澤は気怠そうに答える。

 

 「雄英は自由な校風が売り文句。そしてそれは先生側もまた然り。」

 「「……」」

 「お前達の中学の頃からやってるだろ?個性使用禁止の体力テスト。国は未だ画一的な記録をとって平均を作り続けている。合理的じゃない。ま、文部科学省の怠慢だな」

 

そこまで話すと相澤は一呼吸置いてから、

 

 「実技試験成績のトップは垣根だったな?」

 「あ?」

 

唐突に名指しされたされる垣根。すると

 

 「なっ!?なんだと…!!!」

 

先ほど飯田と喧嘩をしていた少年が驚愕の声をあげるも、相澤はそのまま話を続け、

 

 「中学の頃、ソフトボール投げ何メートルだった?」

 

垣根に尋ねる。

 

 「中学の頃?」

 

思わず聞き返してしまう垣根。垣根は知らない。自分が中学の頃の体力測定の記録を。なぜなら垣根には中学の記憶は中三の10月からしかないからだ。以前の自分の記録など知るよしもない。困った垣根は

 

 「あー、確か、50メートルくらいだったな」

 

ととりあえず適当に答えた。

 

 「…フン、まあいい。じゃ、個性使ってやってみろ」

 (…なるほど。そういうことか)

 

垣根はひとりでに心の中で何かを納得すると、ソフトボールを投げるために円の中に入った。

 

 「円から出なければ何してもいい。はよ、思いっきりな」

 

相澤が円の中の垣根に言う。

 

 (思いっきりねえ)

 

垣根はソフトボールを右手の中で二、三度転がせると、軽く上へ放った。そして

 

 ファサッ!!

 

垣根の背中から六枚の翼が現れる。翼一枚一枚が5メートル程の大きさで、そのどれもが純白に輝いている。皆が呆気にとられてその光景を見ている中、六枚の翼がゆっくりと動いた。それはまるで弓をしならせるかのようなゆっくりとした動き。垣根は十分に力が込められた六枚の翼を、頂点にまで到達し今にも自由落下を始めようとするソフトボールに向かって、勢いよく羽ばたかせる。

 

 轟!!

 

凄まじい唸り声をあげ、翼から放たれた烈風はソフトボールを飲み込み、空の彼方へ運んでいく。それは風というより最早竜巻。あまりの風圧に見ていた他の生徒達も、必死で踏ん張らなければ飛ばされてしまいそうだった。風が止み、落ち着いてくると相澤は端末に示された記録を見せた。そこには、

 

 852.2メートル

 

「「うおーーーーー!!!!」」

 「852!?おかしいだろそれ!!」

 「なにこれ!?おもしろそう!!」

 「個性思いっきりつかえんだ!?流石ヒーロー科!!!」

 

とテンションが上がる一年A組。その様子を見た相澤は静かに呟く。

 

 「…おもしろそう、か」

 「「???」」

 「ヒーローになるための三年間、そんな腹づもりで過ごす気でいるのかい?」

 「「…」」

 「よし決めた。八種目トータル成績最下位の者は見込みなしと判断し、除籍処分としよう。」

 「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」」

 

突然の相澤の宣告に衝撃を受ける一年A組一同。

 

 「生徒の如何は俺たちの自由」

 

そんな生徒達に構わず、相澤は不気味な笑みを浮かべながら告げる。

 

 「ようこそ。これが雄英高校ヒーロー科だ」

 

勿論、抗議の声は出る。

 

 「最下位除籍って!?入学初日ですよ!?いや、初日じゃなくても理不尽すぎる!!」

 

だが相澤も一切譲らない。

 

 「自然災害、大事故、そして身勝手な敵達、いつどこから来るか分からない厄災、日本は理不尽にまみれている。そういうピンチを覆していくのがヒーロー。放課後マックで談笑したかったのならお生憎。これから三年間、雄英は全力で君たちに苦難を与え続ける。"Plus Ultra"さ。全力で乗り越えてこい」

 

その台詞を聞いた生徒達の反応は様々。気を引き締める者、不敵に笑う者、ネガティブになる者。様々な思いが交差する中、こうして除籍をかけた体力測定が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第一種目 50メートル走。

 

 まずこの競技で目立ったのは飯田だ。飯田の個性は『エンジン』。その名の通り、足にエンジンが付いている。彼とこの競技の相性は言わずもがな。記録は3秒04。次に速かったのが爆豪と呼ばれる少年。両手のひらで爆破を起こし、その反動によってスピードを上げるという工夫を見せた。記録は4秒13。他にも蛙吹や尾白などが好タイムを残した。現在、12人が走り終えて、トップは飯田の記録。そして次に走るのが垣根。

 

 「位置について、よーい、どん!」

 

スタートの合図を聞くと同時に、六枚の翼を一斉に羽ばたかせ、亜音速で駆け抜ける。先ほどは烈風を前方に飛ばしたが、今度はその逆。自身の後方に暴風を巻き起こし爆発的なスピードを得た垣根は誰よりも速いタイムを叩き出した。

 

 1秒78。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第二種目 握力

 

 この種目では障子という生徒が目立った成績を残していた。元々ガタイが良いのもあるが彼には腕が6本ある。右腕が三本、左腕が三本だ。筋肉質な三つの手で握られた握力計は540㎏を示していた。

 

 「スゲー!!540㎏ってあんたゴリラ!?はっ!タコか!!」

 

一人の生徒が障子の記録を見て騒いでいる。垣根はそれを横目で見ながら

 

 (腕三本で握力計握るとかそんなのありかよ)

 

と思いつつ、自分の握力計を見る。

 

 (この競技はあんまむいてねえかもな。未元物質で腕のようなモノを形作ればあいつみたいにいけるかもだが…)

 

垣根の頭にふとアイデアが浮かんだが、

 

 (まあ面倒くせえし、いいか)

 

結局実行に移すのをやめ、垣根は握力計を握る。

 

 72㎏

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第三種目 立ち幅跳び

 

 この種目でも爆豪は爆発を利用し、好記録をマークしていた。一方、

 

 「…」

 

垣根は翼によって空に浮かんでいた。

 

 「…」

 

しばらく考えていた相澤だが端末に何かを打ち込み、垣根にそれを見せた。

 

 記録 ∞

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後も様々な種目を行い、皆それぞれ自分の個性を活かして好記録を残そうと頑張った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第八種目 ボール投げ

 

 最後の種目はボール投げ。といっても垣根は既に終わっているので見ているだけだった。爆豪なんかはここでも好記録を出した。爆風にソフトボールを乗せ、記録は705.2メートル。垣根以来の大記録だ。だが爆豪はニコリともせず、不満そうに舌打ちをし、垣根のことをまるで食い殺すかのように睨み付ける。

 

 (イカツく眼飛ばしてきやがって。野良犬が)

 

数秒二人は見つめ合ったままだったが、やがて爆豪の方から去って行った。するといきなり、

 

 「「おぉぉぉぉ!!!!また無限が出たぞ!!!」」

 

と歓声が上がった。垣根が競技の方を見ると緑谷の知り合いの女子生徒がボール投げで∞の記録を出していた。

 

 (ほぉー、マジかよ、まさか抜かれるとはな)

 

垣根が珍しく感心していると、競技を終えたその女子生徒がこちらの方に歩いて来た。

 

 「ふぅ~、終わった~」

 

と体力測定が終わったことに安心している様子だった。

 

 「おもしれぇ個性だな。アンタ」

 「えっ?」

 「まさか抜かれるとは思わなかったぜ」

 「え、あー、たまたま個性と競技の相性が良かっただけだよ」

 「だとしても∞なんて記録中々出せねえよ」

 「えへへ、ありがと。えーっと…」

 「垣根だ。垣根帝督。アンタは…」

 「私は麗日お茶子。よろしく垣根君!あ、そうだ!垣根君も緑谷デク君の知り合いなの?朝一緒にいたけど…」

 「あ?緑谷デク?あぁ、緑谷のことか。っつかデクって…お前何気にひでーな」

 「えっ?違うの?さっき爆発する人にそう呼ばれてたけど…」

 「…蔑称だろ明らかに」

 「えっ!?そ、そうなんだ…気を付けなきゃ…」

 「…別に知り合いって程でもねえよ。朝偶然教室の前で会っただけだ。そう言うお前はアイツと知り合いなのか?」

 「うん。実技試験の時、助けてもらったんだ」

 「へえ」

 「巨大敵が現れたとき逃げ遅れちゃって。そのときあの子がすごい力で巨大敵をふっ飛ばしてくれたんだ」

 「アイツが巨大敵をぶっ飛ばしただと?」

 「うん!」

 

垣根はボール投げするために円の中に立っている緑谷の方を見た。身体は小さいし、筋肉が特別あるわけでもない。何か突き抜けた個性を持っているのかもと思ったが、今までの体力測定の様子を見てもそんな感じにも見えなかった。そのとき爆豪の声が耳に入ってきた。

 

 「あぁ?ったりめーだろ、無個性の雑魚だぞ」

 (無個性だと?)

 

思わず爆豪の方を見る。爆豪は緑谷の方へ指を指しながら飯田と話していた。違う誰かのことを言っているかとも思ったがどうやら緑谷のことで間違いないらしい。

 

 (無個性があの巨大敵をぶっ飛ばしただと?いやありえねえ。世界最強の肉体を持っているとかならもしかしたらあり得るかもしれねえが見たところその可能性もない)

 「なあ、本当にアイツに助けられたのか?人違いじゃねえのか?」

 「えー?そんなことないよ。あれは絶対デク君だった!」

 「…」

 (どうなってんだ…?つかまたデクって言ってるしコイツ)

 

そうこうしている間に緑谷が一投目を投げた。だが、

 

 『46メートル』

 「…」

 

普通だ。至って普通の記録。個性を使った様子も無し。垣根が訝しげに緑谷を見ていると、

 

 「個性を消した。つくづくあの入試は合理性を欠くよ。お前のようなヤツでも入学できてしまうのだからな」

 

これまでの様子とは一変した、異様な雰囲気の相澤が緑谷に言う。

 

 「個性を消した…はっ!あのゴーグル、あなたは抹消ヒーロー、イレイザーヘッド!!」

 

緑谷は驚いた様子でそう呟いた。

 

 「イレイザー?俺知らない」

 「聞いたことあるわ。アングラ系ヒーローよ」

 

周りの生徒が相澤について口々に喋る中、垣根は黙って考える。

 

 (個性を消した…あの相澤って野郎の言ってることが本当なら緑谷は投げる寸前まで個性を使おうとしてたって事になる。なぜ相澤が個性の発動を止めさせたのかは分からねえが、とすれば緑谷はやはり何か個性を持ってるって事だ。…ったく、どっちなんだよ、お前)

 

相澤の纏っているマフラーの様なモノで相澤の元へ引き寄せられた緑谷は何か言われた後、また円の中に戻された。円の中で何かブツブツと呟いている緑谷。

 

 「大丈夫かな…?デク君…」

 

隣の麗日は不安そうに緑谷を見つめる。投擲はあと一度だけ。これがラストチャンスだ。

 

 (さて、どうする…)

 

皆が見つめる中、緑谷が顔を上げる。そして勢いよく踏み込み、

 

 「SMASH!!!!!!!」

 

そう叫びながら斜め上へ放ったボールは、鈍い唸り声を上げながら大気を切り裂くかのようにどこまでも直進して行く。記録は

 

 705.3メートル

 

 「先生…まだ、動けます」

 

緑谷は右手を握りしめ、歯を食いしばりながらそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




禁書詳しい人に質問なのですが、垣根って一方通行の反射みたいに未元物質の自動防御ってあるんでしたっけ?分かる方いましたら教えてくれると助かります。


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十二話

「んじゃあパパッと結果発表。トータルは単純に各種目の評点を合計した数だ。口頭で説明するのは時間の無駄なんで、一括開示する」

 

 相澤はそう言って端末のボタンを押した。すると全員の結果が順位順に映し出される。上位三人は垣根、八百万、轟の順だった。八百万は応用性に富んだ個性の使い手で、競技に合わせた対策を練ることが出来たため、轟は個性そのものが強力であり、かつ本人のスペックも高いため、見事上位にランクインした。一方、肝心の最下位はと言うと、そこには"緑谷"と書かれた文字が浮かんでいた。自分が最下位だということを知り、落胆する緑谷。だが、

 

 「ちなみに除籍は嘘な」

 「「???」」

 「君らの個性を最大限引き出すための合理的虚偽」

 「「はぁぁぁぁぁ!!??」」

 

主に緑谷、麗日、飯田による絶叫。

 

 「あんなの嘘に決まってるじゃない…ちょっと考えれば分かりますわ」

 ((気づかなかった…))

 「ちょっとヒヤッとしたな」

 「俺はいつでも受けて立つぜ!」

 

相澤のネタばらしにホッとする一年A組一同。除籍処分の話は生徒が本気で体力測定に臨むようにするための嘘だったのだと。自分は気付いてた、気付かなかったと騒いでいる生徒達。そんな中、

 

 (いや違うな。アイツは本気だった。見込みが無いと思ったら本気で俺たちを除籍処分にするつもりだった。あれはそういう眼だ)

 

垣根は一人、確信めいたモノを感じていた。根拠は無い。いわゆる"カン"というやつだろうか。そんな中、相澤が生徒達に次の指示を出す。

 

 「これにて終わりだ。教室にカリキュラムなどの書類があるから、戻ったら目通しておけ」

 

こうして雄英式体力テストは終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は正午。下校時刻となった。今日は新学期初日ということで昼にはどの学年も下校することになっている。体力テストの後、A組の生徒達は教室に戻りカリキュラムについて相澤から説明を聞き、それが終わると下校という形になった。ちなみに緑谷は体力テストの後、相澤から保健室に行くよう言われたため、教室にはいなかった。垣根が教室を後にし、下駄箱に向かっていると、

 

 「おーーい、垣根くーん!!」

 「?」

 「よかった、間に合った。良かったら一緒に帰らないか?」

 

そう垣根に話しかけてきたのは同じクラスの飯田だった。

 

 「…」

 「?どうかしたか?」

 「いや、別に」

 「そうか。ならば一緒に帰ろう!!」

 「…ああ、そうだな」

 

あまり気は進まない垣根であったが、断るのも面倒くさかったので垣根は承諾した。

 

 「しかし垣根君は凄いな!体力テストで一位だなんて。しかも入試実技の成績も一位とは」

 「たまたまだ」

 「いやいや、そんなに謙遜することないぞ垣根君!君はもっと自分の力を誇るべきだ!!」

 「…」

 「でもまさか50メートル走まで君に負けてしまうとは正直思わなかったよ。足の速さには人一倍自信があったのだがな」

 「…100だったら違ったかもな」

 「?」

 「お前、50だとトップスピードに上がりきる前にゴールしちまうんだろ?もう少し距離がなけりゃお前はトップスピードは乗れない。だからもし仮に100メートル走とかだったら、お前の方がもしかしたら速かったかもな」

 「…そこまで気付いていたのか。やはり凄いな、君は」

 「もしかしたら、だがな」

 「…フッ」

 

垣根と飯田は今日の体力テストについて話しながら、下駄箱まで来た。下駄箱で靴を履き替え、再び歩きながら話を再開する。

 

 「凄いと言えば、緑谷君の個性は一体何なんだ?」

 「ああ、あれか」

 「今日のは実技の時よりは抑えめだったが、それでもすごい威力だった。」

 「…もしかしてお前も見たのか?緑谷が巨大敵をブッ飛ばしたところ」

 「ああ、すぐ近くで見ていたよ。それはもうとにかく凄かった!あんな巨大な敵を一発で殴り飛ばしていたよ、彼は」

 「…」

 

麗日同様、飯田も緑谷が巨大敵を吹っ飛ばしたのを見たという。どうやら麗日の話は嘘でも間違いでもなかったらしい。

 

 「しかしあの個性は確かに強大だが、毎回毎回あんな風に怪我をしていては身が持たんぞ」

 「確か今日は指ぶっ壊してたな。前もそうだったのか?」

 「あの時は指なんてもんじゃない。右腕と左足が使い物にならなくなっていた。」

 (ほぉ…)

 

そこまで聞いた垣根は緑谷の個性の正体について一つの推論を立てた。

 

 (緑谷の個性は恐らく、爆発的なパワーを瞬間的に解放するモノだ。どういうメカニズムでそんなパワーが発生してんのかは分からねえがな。だがその力にまだ身体がついて行けていないのか、個性を行使した後は身体がぶっ壊れちまう。何も考えずに力を解放した結果が実技の時だったってわけか)

 

ここまで考えた時、垣根は今日の相澤の不可解な行動についても得心がいった。

 

 (相澤は恐らく実技の時に緑谷の個性を見た。そして今日、ボール投げの時、緑谷がまた全力で力を解放しようとしたのを察知し、個性を消したってわけだな。もし緑谷が実技の時と何も変わらないままだったら、相澤は本気で緑谷を除籍処分にしてただろうな。だがアイツは指先に力を集約させる術を土壇場で思いつき、何とか生き残ったと)

 

そう考えながら垣根は昇降口を出る。すると横を歩いている飯田が、

 

 「あれは…緑谷君じゃないか?」

 「あ?」

 

垣根が前方を見ると、そこには緑谷がぐったりしながら一人で歩いて行く姿が見える。飯田が緑谷の元へ足を運び、垣根もそれについて行った。飯田が緑谷の方に手を置くと、こちらを振り返り、

 

 「あっ、飯田君に垣根君!」

 「指は治ったのかい?」

 「うん。リカバリーガールのおかげで」

 「難儀な個性だな」

 「う、うん。そうだね…」

 

垣根、緑谷、飯田が並んで一緒に歩く。

 

 「しかし相澤先生にはやられたよ。俺は『これが最高峰!』とか思ってしまった。教師が嘘で鼓舞するとは」

 「おーい、お三方~、駅まで~?待って~!」

 

飯田が先ほどの体力テストについて改めて思い返していると後ろから麗日の声が聞こえた。

 

 「麗日さん!?」

 「君は…無限女子!」

 (まんまじゃねぇかよ…)

 「麗日お茶子です!」

 「えっと、飯田天哉君に垣根帝督君、それに緑谷…デク君!だよね」

 「デク!?」

 「ん?って、あっ!?間違えた!!」

 「…馬鹿なのかお前は」

 

またもや緑谷のことをデクと呼ぶ麗火に呆れる垣根。麗日も気恥ずかしそうに頭をかきながら緑谷に謝る。

 

 「いずく君だったね、ごめんごめん~。でもデクって『頑張れ!』って感じでなんか好きだ私。ね?垣根君もそう思わない?」

 「1㎜も思わねえ」

 「え~」

 「デクです!!!!」

 「緑谷君!?」

 

そうして結局、垣根を含む4人は一緒に帰り道を共にすることとなった。

 

 「でも名前と言えば、垣根君の名前も変わってるよね」

 「お前にだけは言われたくねえ。お茶子なんて名前、世界中探してもお前ぐらいしかいねえよ」

 「え~、そんなことないと思うけどなぁ~?あ、そうだ!ていとくんっていうのはどう?」

 「は?」

 「垣根君の呼び名。うん、良い響き~!」

 「ふざけんな。殺すぞコラ」

 「なるほど…確かに語呂が良いな。」

 「呑気に感心してんじゃねぇ」

 「よし、ていとくんに決定~!!」

 「ハハハ…」

 

こうして雄英高校ヒーロー科初日が終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雄英高校ヒーロー科2日目。午前は英語などの必修授業が行われた。雄英のカリキュラムとして、午前は必修科目、午後はヒーロー基礎学を学ぶことになっており、これはずっと変わらない。ヒーロー科といえど、普通の高校のような授業も行われているのだ。昼は大食堂で一流の料理を食べることが出来る。垣根は昨日の三人と昼を共にした。垣根曰く、結構美味しかったらしい。そして午後のヒーロー基礎学。

 

 「私が~~~~~~~普通にドアから来た~!!!」

 「「「おおおおおおおおおお」」」

 「オールマイトだ…!!!」

 「すげぇや!本当に先生やってるんだな!」

 「あれシルバーエイジのコスチュームね」

 「画風違いすぎて鳥肌が…」

 (あいつ、普通に登場出来ねえのか?)

 

クラスのほとんどの生徒達がオールマイトの登場に胸を躍らせている中、垣根は冷静にツッコミを入れる。

 

 「私の担当はヒーロー基礎学。ヒーローの素地を作るためにさまざまな訓練を行う科目だ。単位数ももっとも多いぞ。早速だが、今日はこれ!戦闘訓練!」

 「戦闘!!」

 「訓練…」

 「そしてそいつに伴って~、こちら!入学前に送ってもらった個性届と要望に沿ってあつらえたコスチューム!」

 「「「おおおおおおおおおお!!!」」」

 「コスチューム…!!」

 「着替えたら順次、グラウンドβに集まるんだ!」

 

コスチュームを見て目を輝かせている生徒達にオールマイトが指示を出す。

 

 

 

 

 いよいよ戦闘訓練が始まる。

 

 




ヒロアカで一番好きな女子は梅雨ちゃんです。


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十三話

 「格好から入るってのも大切なことだぜ少年少女!自覚するのだ。今日から自分は、ヒーローなんだと!」

 

 一年A組の生徒達はそれぞれがあらかじめオーダーしていたコスチュームを身に纏い、グラウンドβに集合していた。その様子は三者三様。武器の様なモノを搭載している者もいれば、普通の私服とあまり変わらない格好の者もいる。どんな格好であれ、各自が自分の個性を最大限活かせるような仕様になっているのは確かだ。オールマイトは生徒達のコスチューム姿を見ながら嬉しそうに言った。

 

 「いいじゃないか、かっこいいぜ!さあ始めようか有精卵ども!!」

 

皆がグラウンドに集まっている中、垣根は一人遅れてグラウンドに入る。垣根の格好は、赤紫のジャケットとボタンを全て外した白いYシャツを上から纏い、その中にさらに赤い服を着込んだモノ。ズボンもジャケットに合わせた赤紫色。その端正な顔立ちも相まってか、まるでホストのような見た目をしていた。すると麗日が垣根が来たことに気付き、

 

 「あ、ていと君!おぉ~、なんかホストっぽい格好だね!」

 「うるせえ。っつかお前こそなんて格好してんだ」

 「要望ちゃんと書けば良かったよ~。パツパツスーツんなった。恥ずかしい…」

 「相変わらずアホだなお前」

 「ヒーロー科最高」

 

垣根と麗日がお互いのコスチュームについて話していると、全員そろったことを確認したオールマイトが話しを始める。

 

 「さあ、戦闘訓練のお時間だ!君らにはこれから敵組とヒーロー組に分かれて2対2の屋内戦を行ってもらう」

 「基礎訓練なしに?」

 「その基礎を知るための実践さ。ただし、今回はぶっ壊せばOKなロボじゃないのがミソだ」

 

 すると、

 

 「勝敗のシステムはどうなります?」

 「ぶっ飛ばしてもいいんすか?」

 「また相澤先生みたいな除籍とかあるんですか?」

 「分かれるとはどのような分かれ方をすればよろしいですか?」

 

矢次に質問を飛ばす生徒達。

 

 「んんんん聖徳太子~!」

 

オールマイトは唸りながら、さらに詳しい説明をする。

 

 「いいかい?状況設定は敵がアジトのどこかに核兵器を隠していてヒーローはそれを処理しようとしている。ヒーローは時間内に敵を捕まえるか核兵器を回収すること。敵は制限時間内までに核兵器を守るかヒーローを捕まえること。コンビ及び対戦相手はくじで決める!」

 

オールマイトがそう言うと、皆くじを引き、コンビが決まった。

 

A:緑谷&麗日

B:障子&轟

C:峰田&八百万

D:爆豪&飯田

E:芦戸&垣根

F:口田&砂藤

G:上鳴&耳朗

H:常闇&蛙吹

I:尾白&葉隠

J:瀬呂&切島

 

コンビが決まるとオールマイトは次に最初の対戦カードを決める。

 

 「最初の対戦カードはこいつらだァ!!AとD!!AがヒーローでDが敵だ!他の者はモニタールームに向かってくれ」

 「「「はい!!」」」 

 

オールマイトの指示通りAとD以外の生徒はモニタールームに向かった。垣根がチラッと緑谷の方を見ると、そこには爆豪に睨まれて萎縮している緑谷の姿が目に映る。爆豪は緑谷に対して明らかに敵意を持っているし、緑谷も爆豪にひどく苦手意識を持っている。過去に何かあったのだろうか。だが緑谷とてヒーロー科の生徒の一人。いつまでも爆豪にビビってるようでは到底ヒーローなんかにはなれはしない。それは本人が一番よく分かっているはずだ。

 

 (さて、どうなるか)

 

そう思いながら垣根はモニター室に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒達は初戦の様子をモニター室から眺めていた。A組が建物に侵入してまもなく、敵側である爆豪が奇襲をかける。かろうじてよける緑谷と麗日。爆豪はそのまま緑谷に追撃しようとするも、それを逆手に取られ、逆に自身がダメージを負ってしまう。どうやら、いつまでも爆豪に対して怖じ気づいたままという訳ではないらしい。それを受けた爆豪は再度、緑谷に襲いかかる。最早、緑谷のことしか見えていないのだろう。その隙に麗日は核確保に向かった。そんなことは気にも止めず、緑谷に攻撃を繰り出す爆豪。緑谷もギリギリでかわし、一旦身を隠す。爆豪もそれを追うが、中々見つからない緑谷に対してさらに苛立ちを募らせる。

 

 「どこだ!!!クソナードが!!!」

 

緑谷を探し回る爆豪。おそらく、相方の飯田とは全く連携を取っていない。それどころか、この訓練の趣旨を完全に忘れている。私怨に身を委ね、緑谷を潰すことしか考えていない。

 

 (何やってんだアイツ。ありゃダメだな)

 

垣根が呆れながら見ていると、再度爆豪と緑谷が遭遇。すると爆豪は自分の手に装着してある武器を構え、

 

 「てめえのストーキングならもう知ってんだろうがよぉ、俺の爆破は手のひらからニトロみてえなもん出して爆発させてる。要望通りの設計ならこの籠手はそいつを内部にためて…」

 

そう言いながら爆豪は緑谷に向けて今にも何かを放とうとする。それを見たオールマイトは、

 

 「爆豪少年ストップだ!!殺す気か!?」

 「当たんなきゃ死なねえよ!!」

 

オールマイトの静止を無視し、爆豪は籠手に付いている引き金を引いた。

 

 ドゴォォォォォォォォォン!!!!!

 

すさまじい音を立てながらその籠手から爆破の塊が放たれた。その威力はあまりにも強大で緑谷達がいたフロアが丸ごと吹き飛ばされる。緑谷は勿論、その光景を見ていたモニター室の生徒達も唖然とした様子だった。直撃しなかったから良いものの、一歩間違えば死んでいたかも知れない。爆煙の中からゆっくりと爆豪が姿を現す。

 

 「全力のテメエをねじ伏せる…!!」

 

爆豪が今にも緑谷に襲いかかろうとしていたその時、オールマイトの声が響く。

 

 「爆豪少年。次それを撃ったら強制終了で君らの負けとする。屋内戦において大規模な攻撃は守るべき牙城の損壊を招く。ヒーローとしては勿論、敵としても愚策だぞそれは。大幅減点だからな」

 「…チッ、しゃーねえなァ…じゃあ殴り合いだァ!!」

 

叫びながら一気に緑谷との距離を縮め、緑谷に攻めかかる。爆豪の攻撃にカウンターを合わせようとする緑谷だったが、爆豪はそれを爆破でかわすと同時に背後に回り、そのまま背後から爆撃を食らわせる。

 

 「考えるタイプには見えねえが意外と繊細だな」

 「ええ。慣性を殺しつつ、有効打を加えるには爆破力を微調整しなければなりませんしね」

 

モニターを見ていた轟と八百万が呟く。そしてさらに緑谷に対して攻撃を加えていく爆豪。もはや戦闘とは呼べない。一方的な暴力だ。モニター室の生徒達はもう止めさせるべきだとオールマイトに主張するが、何を躊躇っているのか、オールマイトは中止の声を発しない。

 

 「止めねえのか?オールマイトさんよ」

 

垣根はオールマイトに問いかける。他の生徒達も皆、オールマイトの方を見ている。

 

 「…」

 

それでも何も言わないオールマイト。何か必死に葛藤している様子だ。そうしている間に二人は右腕を振り上げながら同時に距離を詰めていく。両者とも渾身の一撃を相手に食らわせようとしていた。

 

 「DETROIT…」

 「うおぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

それを見た切島が

 

 「やばそうだってこれ!先生!」

 

そしてついにオールマイトも腹を決め、

 

 「双方中止――――――――――」

 「行くぞ!麗日さん!!」

 「!?」

 「SMASH!!!!!!!!」

 

両者の技が激突する、かに思われた。しかし、実際に直撃したのは爆豪の技だけ。緑谷は左腕で爆豪の技を受けきり、右腕は爆豪に向けてではなく、上に向かって振り抜いた。緑谷の右腕から放たれた超パワーはビルの各階層を破壊しながら次々と突き抜けていく。5階でそれを待っていた麗日はビルの柱でフルスイングしながら、

 

 「即興必殺・彗星ホームラン!!」

 

そう叫び、浮き上がってくる瓦礫を飯田めがけて放った。飯田が瓦礫に気を取られている間に麗日は核に飛びつき、

 

 「回収!」

 「うわああああああああああ核うううううううううううう!」

 

響き渡る飯田の絶叫。タイムアップを知らせるモニター。そして

 

 「ヒーローチーム・・・WIIIIIIIIIIIIIIIN!!!!!!!」

 

轟くオ-ルマイトの声。

 

初戦終了。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「さて、講評の時間だ」

 

 モニター室では初戦の講評をするため、モニターの前で生徒達に向かって話し始めた。オールマイトの横には緑谷以外の初戦参加者が並んで立っている。

 

 「つっても今戦のベストは飯田少年だけどな」

 「なっ!?」

 

突然自分の名前を出され、驚く飯田。

 

 「勝った緑谷ちゃんかお茶子ちゃんじゃないの?」

 

オールマイトに質問する蛙吹。

 

 「なぜだろうなぁ?分かる人!」

 「はいオールマイト先生。それは飯田さんが一番状況設定に順応していたからです。爆豪さんの行動は戦闘を見た限り、私怨丸出しの独断。そして先ほど先生が仰っていた通り、屋内での大規模戦闘は愚策。緑谷さんも同様、受けたダメージから鑑みてもあの作戦は無謀としか言いようがありませんわ。麗日さんは中盤の気の緩み。そして最後の攻撃が乱暴すぎたこと。ハリボテを核として扱っていたらあんな危険な行為は出来ませんわ。相手への対策をこなし、核の争奪をきちんと想定していたからこそ飯田さんは最後対応に遅れた。ヒーローチームの勝ちは訓練だという甘えから生じた反則のようなものですわ」

 

 「…ま、まぁ飯田少年もまだ固すぎる節はあったりするわけだが…まあ正解だよ。くぅ~」

 「常に下学上達。一意専心に励まねばトップヒーローになどなれませんので」

 

オールマイトの質問に完璧に答える八百万。流石は推薦入学者といったところだ。

 

 「…くだらねえ。」

 

垣根が一言、そう呟く。皆一斉に垣根の方を向くが垣根は構わず続けた。

 

 「実にくだらねえ茶番だな。そいつの言うとおりだ。訓練の目的を忘れ、己の感情のままに行動し、その結果がこれだ。無様だなぁ、爆豪勝己」

 「…っ!?」

 

垣根に卑下され、敵意を剥き出しにする爆豪。しかし垣根は微塵も気にする様子は無く、さらに続ける。

 

 「まぁ、緑谷も緑谷だがな。自分の身体をぶっ壊してまであんな成功するかも分からない博打打ちやがって。結果的に上手くいって、『Dチームに勝った』という結果は手に入ったかもしれねえが、それは自分の右腕ぶっ壊してまで手に入れるほどの価値はあったのか?いやねぇな、間違いなく。得るモノと失うモノを正しく天秤にかけられてねえ。馬鹿だな」

 

そう言うと再び爆豪の方を向き、

 

 「お似合いだぜお前ら。馬鹿同士な」

 「テメェ…!!」

 

流石に我慢の限界だったのか爆豪が垣根に襲いかかろうとする。しかしオールマイトが後ろから爆豪をしっかり捕まえてそれを止めた。

 

 「やめるんだ爆豪少年。垣根少年も言い過ぎだ」

 

暴れる爆豪を押さえつけ、垣根のこともたしなめる。

 

 「…オールマイト、アンタは爆豪が暴走気味になってた時でさえ、訓練を止めようとしなかったな。あきらかに訓練の趣旨に反していたのに、だ。まぁでもこれは対敵を想定した訓練だ、今後爆豪みたいに暴力的な敵に遭遇した時のためだって言われれば納得は出来なくも無い。だが、緑谷の個性発動を止めるのを最後まで渋ったのはなぜだ?」

 「…!?」

 「知ってたんだろ?緑谷の個性のこと。個性を発動したら身体が保たねえってことも。相澤でさえ知ってたんだ、アンタが知らないわけねえよな?」

 「…」

 「そしてこのまま行けば緑谷は個性を使うことになるかもしれないってのも分かってたはずだ。なのにアンタは直前まで止めようとしなかった。いくらでもチャンスはあったのに。危険な目に遭う前にちゃんと止めることがアンタの役目じゃねえのかよ」

 「…」

 

訪れる沈黙。誰も言葉を発しなかった。

 

 「とんだ茶番だ。何もかもがくだらねえ。反吐が出るな」

 

垣根は吐き捨てるようにそう言い放つ。すると、

 

 「もういいだろ。そのへんにしとけ」

 

轟が垣根の肩に手を置き、諫めるように言う。

 

 「…フン」

 

垣根は鼻を鳴らすと黙って引き下がった。

 

 「ま、まぁ取り敢えず次行きましょうよ、オールマイト先生」

 

気まずい雰囲気の中、切島がオールマイトに切り出す。

 

 「あ、あぁ。そうだったな、スマン」

 

切島の言葉で我に返ったオールマイトは次の対戦カードを決めた。

 

 「第二戦はヒーローチームBと敵チームIでスタートしよう。さっきとは別の場所でやるからな。さあ、準備してくれ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分の組が呼ばれるまで、垣根はモニター室で他のチームの様子を見ていた。一見、退屈そうに思われるが意外とそうでもなかったりする。他のクラスメイトがどんな個性を持っているのかを観察できるからだ。その中には学園都市時代には見たこともない様なモノも見られた。例えば異形系の個性。これは蛙吹梅雨の個性が一例として挙げられる。生まれたときから常に個性が発動し、特徴的な姿をしている。ちなみに蛙吹梅雨の個性は蛙で蛙っぽいことはなんでも出来るらしい。このような能力は学園都市ではお目に掛かることが出来ない。他にも透明人間の葉隠や複製腕を持つ障子、ダークシャドウと呼ばれる生き物(?)を操る常闇なんかもこの世界ならではの能力だ。他にもおもしろそうな個性はあったが、中でも垣根が興味を持ったのは轟焦凍だ。轟はBチームで第二戦目だったが、開始早々、一瞬でビル全体を凍らせ、一戦も交えること無く勝利したのだ。個性は半冷半燃。右で凍らし左で燃やす。正確な範囲は不明だが、今のを見る限り相当なモノだろう。

 

 「す、すげえ!」

 「なんて個性だよ!」

 「さすが推薦入学者ね」

 

モニター室から見ていた生徒達が感心している中、垣根もまた別の意味で感心する。

 

 (一瞬であの規模を凍らせるか。加えて燃やす方も同等くらいの力があると考えると…『大能力者(レベル4)』クラスはあるな)

 

大能力者(レベル4)』。学園都市の能力者が持つ能力を規模や大きさ、精密さなどを基準に段階的に分けた場合、上から二番目の階層に位置する能力の持つ者たちのことを言う。戦闘面においては軍隊で戦術的価値を得られる程の能力がこれに相当する。垣根は轟の個性がレベル4に相当すると考えた。

 

 (しかもレベル4でも上位にくるんじゃねーか?あれ)

 

などと考えていたら、いつの間にか第四戦の講評が終わり、いよいよ第5戦、最後の組み合わせが発表された。

 

 「最後の対戦カードはCチームとEチーム!!ヒーローはEチームで敵はCチームだ。さあ、それでは準備をしてくれ。」

 

いよいよ垣根の番が回ってきた。

 

 




垣根君をなんとか絡ませようとしたらこうなっちゃいました。


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十四話

 

 戦闘訓練最後の組み合わせ。ヒーロー側EチームVS敵側Cチーム。場所は演習用ビルE。制限時間は15分。ヒーロー側は核を回収すること、敵側は核を守り抜くことがそれぞれの勝利条件だ。持ち物は建物の見取り図と小型無線、そして確保用テープの三つだ。相手にテープを巻き付けた時点で捕らえた証明になる。時間が少ない上に、核の場所はヒーロー側には知らされていないため、ヒーロー側の方が不利な条件となっている。そのヒーロー側である垣根と芦戸は開始の合図があるまでビルの外で待機していた。垣根はその間に渡されたビルの見取り図を黙って眺めていた。この見取り図は普通の見取り図よりも複雑に書かれている仕様となっており、他の生徒達も構造を覚えるのに大分苦労していた。事実、パートナーである芦戸が、

 

 「あ~~もう覚えらんな~~い!!」

 

と横でさじを投げていた。一方、垣根は全部見終えたのか、見取り図を折りたたみポケットの中にしまってしまった。そこで芦戸は垣根に話しかける。

 

 「ねーねー、作戦とかどうする?」

 「作戦?そうだな、ありそうな所を順番に探してくってとこだな」

 「ん~まぁそれしかないよね。もう目星は付いてるの?」

 「ああ。六つ程な」

 「おぉ~すっごーい!流石入試一位だね!」

 

作戦について話し合う垣根と芦戸。大体の方針は決まったようだ。

 

 「あとは相手の個性がどんなのか分かれば楽なんだがな。お前何か知ってるか?」

 「んーとね、ヤオモモは確か、色んな物を作れる個性だったよ。体力テストの時、私聞いたんだ。峰田はよく分かんないけど、なんか頭のボールちぎってた」

 「あー、頭に付いてるブドウみたいなやつか」

 「そうそう!何に使うのかは分かんないけど」

 

芦戸の話から二人の個性の特徴が判明した。八百万は物質を作り出す個性で峰田は頭部の球体を使用する個性。峰田の方はまだ謎が残るが、八百万の個性について聞いたとき、垣根は自分の個性と似ているなと感じた。

 

 (俺の個性は一応『作製』だしな、似た者同士対決って訳か。もっとも、創り出す物質がこの世のモノかそうでないかの違いはあるが)

 

すると、ついにオ-ルマイトから合図が出る。

 

 「それでは屋内対人戦闘訓練最終戦、スタート!!!」

 

開始の合図とともに垣根と芦戸はビルの中に入った。

 

 「核のありそうな場所は3階に三ヵ所,4階に二ヵ所,5階に一ヵ所だ。手分けして当たった方が効率が良い。俺が3階に行くから、お前は4階を調べろ。核が見つかったら各自無線で知らせる、いいな?」

 「アイアイサー!!!」

 

垣根が段取りを決め、元気よく返事をする芦戸。二人は素早く階段を上って1階と2階を後にし、垣根は3階、芦戸は4階を調べに行った。モニター室では、

 

 「おいおい、アイツら1階と2階すっ飛ばしたぞ」

 「まったく調べなかったわね」

 「何か考えがあるんじゃないかな?」

 

二人の行動に注目する生徒達。

 

 「おそらく、建物の見取り図を見て1階と2階には核が置かれてそうな場所はないと判断したんだろう。そして探索では効率性を考え、分担して探す。いいじゃないかEチーム!賢いぞ!」

 

モニターを見ながら解説するオールマイト。

 

 (流石は先生の息子さんだ)

 

オールマイトは心の中でそう呟く。恐らくこれは垣根の指示によるものだろうとオールマイトは考えていた。入試の時、実技でも筆記でも飛び抜けていた彼ならこの程度のことは造作もないだろう。

 

 (さっきは彼に痛いところを突かれてしまったし…なんか、先生に似ているような…)

 

オールマイトは苦笑いしながらそう思った。一方、その垣根はと言うと3階は大方調べ尽くし、核が無いことを確認したので無線で芦戸に連絡していた。

 

 「こっちは無かった。そっちはどうだ?」

 「うん、垣根に言われた場所見たけど、何も無かったよ」

 「そうか。じゃあ残るは5階だけだな。今から合流する。階段付近で待ってろ」

 「おっけ~」

 

そう言って垣根は3階を後にし、4階にいる芦戸と合流する。時間はあと半分。

 

 「じゃあ行くか」

 「おーー!!…って、ん?何あれ?」

 「あ?」

 

芦戸が5階へと繋がる階段の方を指さして垣根に尋ねる。垣根もその方向を見ると、階段の至る所にボールのようなモノが散りばめられているのが見えた。

 

 「なんかいっぱい落ちてるけど、もしかしてあれ…」

 「ああ、峰田の頭のヤツだな」

 

階段に散りばめられている物体の正体は峰田の頭部から生えている紫色の球体だった。

 

 「これじゃあ上れないよ~。どうする?無視して踏んづけて行っちゃう?」

 「…」

 

垣根はそばに落ちていた石ころを拾い、近くのボールに向かって投げる。するとボールに当たった石ころはそのままボールにくっついてしまった。垣根はしゃがみながらその石ころを引っ張るが一向に取れる気配はない。

 

 「こういうことらしいぜ?」

 「ありゃ~、石がくっついちゃった!取れないの?それ」

 「ああ、多分取れねえ。もし無理にでも階段を上ろうとしてたら、ここで時間いっぱいまで動けなくなってたってわけだ。だが同時にこれで核はこの先にあることが決まったな」

 「でも階段使わないと上行けないじゃん。どうするの?」

 「おいおい、俺の個性忘れたのか?」

 「えっ?…あ、そっか!」

 「そういうこった、行くぞ」

 

垣根はそう言うと背中から六枚の翼を出し、そのまま芦戸の腰に手を回す。

 

 「ひゃあ!?ちょっと何すんの!?」

 「は?何って飛ぶに決まってんだろ」

 「え、いや、ちょっと待っ――――――」

 

芦戸が何か言い終わる前に垣根は芦戸を抱え飛び立った。そして5階に着地すると、芦戸のこともその場で降ろす。

 

 「よし、着いたな。行くぞ」

 「…」

 

そう言いながら芦戸の方を見たが、なぜか無言で垣根のことを睨んでいる。

 

 「あ?何だよ?」

 「何だよ、じゃなーーーい!!いきなりビックリするでしょ!?」

 「はぁ?時間無いんだからしゃーねぇだろ。ホラ行くぞ」

 「あっ!?ちょ、ちょっとぉ!!」

 

構わず進んでいく垣根に慌てて付いていく芦戸。

 

 「…あれは垣根だから許されるヤツだよな」

 「イケメンだからな」

 「取り敢えず垣根くたばれ」

 

モニター室にいる、主に男子陣の口から出る恨み言。そんなモニター室の様子などはいざ知らず、目的の部屋まで進んでいく垣根と芦戸。部屋の入り口が見え、入ろうとしたその時、

 

 バッッ!!

 

突如、上から風呂敷のようなものが天井から落ちてきて二人に覆い被さる。そして、

 

 「よっしゃ!!大成功だぜ!これであいつらは風呂敷の中から出られぇ!」

 「ええ、そうですわね。私の個性で創り出した布と峰田さんが生み出した吸着性のあるボール。この二つを組み合わせ上から落とせば、ボールの吸着性によって布をどかすことが出来なくなり、身動きも取れなくなる。即興にしてはいいトラップでしたわね」

 

峰田と八百万は満足げな様子で部屋の奥から出てくる。しかし、

 

 「なるほどな。階段のトラップは足下を意識させるための陽動。本命はこっちだったってわけか。まぁまぁ考えたじゃねぇか」

 

風呂敷の中から声が聞こえる。峰田と八百万が風呂敷への下へ目を向けると、

 

 バサッッッ!!!

 

風呂敷が勢いよく飛び去り、中から純白の翼を広げた垣根と芦戸が姿を現した。それを見た二人は驚きに目を見開く。

 

 「そんな!?どうして…はっ!?峰田さん!!もしかして個性を解除なされたんですか?」

 「い、いやしてないしてない!!大体、オイラのボールは一度くっつくと効力がきれるまでオイラでも外すことは出来ない!な、なのに、なんでオイラのボールがくっついてないんだ!?」

 

垣根と芦戸にどころか、垣根の背から生えている翼にさえ峰田のボールは付いていなかった。仮に風呂敷が落ちてくる直前にあの翼が垣根と芦戸を守ったにしても、その時は翼にボールがくっつくはずだ。あの状況でボールがどこにも付いていないのはどう考えてもおかしい。峰田の個性は『もぎもぎ』。頭から吸着性の強い球体状の物体を無尽蔵に生み出すことが出来る個性だ。峰田の体調が良ければ1日中くっついたままで水に濡れても粘着力は落ちない程、吸着力が高いのだ。そのため、基本何かにボールが触れたらくっついてしまう。そのはずだった。

 

 「さあ、何でだろうな?」

 

垣根は笑みを浮かべながら部屋の中に足を踏み入れる。そして部屋の中を見渡し、あるところに目をとめる。そこには一つの小部屋があった。そしてその小部屋の前には、鉄の板のようなモノが何段も縦に積み上げられていてて、その小部屋に入る為のドアを塞いでいる。どうやら鉄の板をどうにかしなければあの小部屋の中には入れない仕様になっているようだ。

 

 「核はあの部屋の中だな。それにしても、まだ策があったのか。ずいぶんと抜かりがねぇな」

 

八百万は垣根達に警戒をしながらに峰田に話しかける。

 

 「峰田さん、こうなったらやるしかありませんわ。よろしいですね?」

 「えぇ~、マジかよぉ…」

 

覚悟を決める八百万に完全にビビっている峰田。と、ここで垣根が芦戸に指示を出す。

 

 「おい芦戸、お前は峰田の相手をしろ。アイツにチョロチョロされると面倒だ」

 「いいけど、垣根はどうすんの?」

 「あんま時間もねえし、核を回収するって言いたいとこだがな。あの女が黙って見過ごしてくれるはずもねぇ。だからアイツを先に潰す。核を回収するのはその後だ」 

「オッケー!」

 

垣根と芦戸は打ち合わせを済ませる。打ち合わせと言っても要は芦戸と峰田、垣根と八百万で戦うようにするというだけの話なのだが。そして準備が整うや否や、芦戸は峰田の方へ突っ込み、

 

 「いっくよ~、それ!!」

 

彼女の個性である『酸』をぶちまける。

 

 「ぎやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

逃げ惑う峰田を追う芦戸。近くから二人がいなくなったことを確認した垣根は八百万に向き直る。

 

 「さて、やるか」

 「…っ!!」

 

とっさに盾を創造する八百万。垣根の白い翼の内の一枚が八百万めがけて伸びてきた。八百万はとっさに盾を突き出しガードしようとするも、

 

 ガシャァァァン!!!

 

翼と盾が直撃した瞬間、盾は粉々に壊され、その衝撃で八百万自身も後ろに吹き飛ばされてしまった。

 

 「くっ…!!!なんて力…!?」

 「終わりか?」

 

よろめきながら立ち上がる八百万の下へゆっくりと近づく垣根。

 

 「いいえ、まだですわ!」

 

そう言うと今度は槍のような長さの鉄の棒を創造し、一気に垣根との距離を詰める。

 

 (懐に入りさえすれば…!!)

 

八百万は身をかがめながら垣根の懐に入り、そのまま垣根の顎めがけて勢いよく棒を振り抜く。

 

 「もらいましたわ!!」

 

勝利を確信する八百万。だが、

 

 ガキンッッ!!

 

金属音が鳴り響く。そして同時に八百万は自分の攻撃が垣根に止められていることに気付く。しかも翼で防がれたのではない。八百万の攻撃を防いだのは垣根の右手に握られている白い剣のようなモノだった。

 

 「なっ!?」

 

八百万が気を取られている一瞬、垣根は右腕に力を込め、剣を振り抜いた。押し返された八百万は体勢を立て直そうとするが、垣根はそんな暇を与えるつもりはないらしく、八百万に対して追撃を加える。

 

 ガキンッ!ガキンッ!ガキンッ!

 

八百万の持つ鉄の棒に力一杯剣を叩きつけていく垣根。必死に攻撃を受けきる八百万だが、やはり男と女の筋力の差は歴然。八百万はどんどん追い詰められていった。

 

 (このままでは…!?)

 

何とか打開策を考えなければと思っていた矢先、ついに垣根の剣によって武器が叩き折られてしまった。

 

 「しまっ――――」

 

武器を破壊された衝撃でよろめく八百万に垣根は足をかけ、転ばせる。仰向けに転んでしまった八百万が起き上がろうとすると、そこには自分の喉元に剣先を突きつけている垣根の姿が目に入った。

 

 「お前の負けだな」

 「…っ!?」

 

そう言われ悔しそうな表情を浮かべる八百万だが抵抗する素振りは見せない。それを確認した垣根は八百万に捕縛用のテープを巻き付ける。

 

 「さて、あとは核だな」

 

テープを巻き付け終わると垣根は立ち上がって小部屋の方へ向かった。

 

 (まだ、まだ終わっていませんわ!)

 

身動きの取れない八百万だったが、まだ勝負を諦めたわけでは無かった。

 

 (ヒーロー側は核を回収することが勝利条件。私が垣根さんに負けても、垣根さんが時間内に核の下へたどり着けなければ私たちの勝ち!残り時間はあと僅かのはず。その短時間であの鉄の壁を突破できるはずが――――――――――――――)

 

 ドゴォォォォォォォォォォォン!!!

 

もの凄い爆音が部屋中に響き渡る。何事かと八百万は音のした方を見ると、爆煙と共に六枚の翼を広げながら小部屋の前に立っている垣根の姿と、小部屋のドアの前にバリケードのように立ちはだかっていた鉄板の壁が粉々に粉砕されている光景が見て取れた。呆然としている八百万を他所に垣根は小部屋の中に入り、核に触れる。そして一瞬の静寂の後、オールマイトの声がビル内に響き渡った。

 

 「ヒーローチーム、WIIIIIIIIN!!!!!」

 

こうして戦闘訓練は幕を閉じた。

 

 

 



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十五話

 「お疲れさん!初めての訓練にしちゃあみんな上出来だったぜ!それじゃあ私は緑谷少年に講評を聞かせねば!着替えて教室にお戻り!」

 

 最後の組の戦闘訓練が終わり、その講評も済むとオールマイトは生徒達にそう言い残し、目にもとまらぬ速さで走り去っていった。

 

 「オールマイトすっげぇ!」

 「なんであんなに急いで」

 「かっけぇ…」

 

最後までオールマイトに感心させられっぱなしの生徒達であった。そんなこんなで戦闘訓練の授業は終わり、その後、一年A組の生徒達はクラスに戻ると、残りの授業を受けた。結局、緑谷は保健室から戻ってくることは無かった。そして下校時刻。帰りのHRが終わると爆豪はすぐに教室から出て行ってしまった。切島や瀬呂らが止めたが、まったく耳に入っていない様子だった。垣根もまた、帰り支度が済んだので教室を後にしようとしていた。すると

 

 「おいおい、垣根まで帰っちまうのかよ」

 「あ?」

 

切島が垣根を呼び止め、垣根もそれに反応する。

 

 「俺達、今からさっきの戦闘訓練の反省会やるんだけどよ、垣根も一緒にやらねーか?」

 「反省会だぁ?」

 「おうよ!やっぱもう一回自分達で振り返った方が良いと思ってよ。」

 「良い考えだと思わないか?垣根君!是非君も一緒に参加しようじゃないか!」

 「…」

 

ここで飯田までもが垣根に言い寄ってくる。しかし、

 

 「悪いが俺はパス」

 「えっ!?なんでだよ!?」

 「どうしてだ!!垣根君!!」

 

垣根の返答に驚き、理由を聞く二人。他のクラスメイトもこちらの方を見ている中、垣根が短く答える。

 

 「俺反省することねえし」

 「「「!!!???」」」

 

涼しい顔でそう言う垣根に対し、切島や飯田は勿論、他の生徒達も思わず言葉を失った。確かに最終戦の後の講評でも垣根が一番高く評価されてはいたが、それでも普通ここはクラスメイトとの親交を深めると言う意味でも、付き合ってくれてもいい場面ではないか。それに断るにしても、言い方というモノがあるだろ言い方!とほとんどのクラスメイトが思っている中、垣根は、

 

 「じゃあな」

 

と言い残し、再び教室を出ようとする。しかし、そこで諦めないのが切島という男。

 

 「お、おい!待てってば!」

 

垣根の前に滑り込み、説得を続ける。

 

 「何だ?まだ何かあんのか?」

 

若干鬱陶しそうにする垣根だったが、切島は臆せず話を続けた。

 

 「まぁそう言うなって。なら俺達にアドバイスしてくれるだけでもいいからさ、一緒にやろうぜ?な?」

 「アドバイス?んなこと言われてもな、一々覚えてねえよそんなの」

 

 (((コ、コイツ…!!)))

 

悪びれる様子も無く答える垣根に段々他のクラスメイト達はイライラを募らせていく。

 

 (ちょっとイケメンだからって調子に乗りやがってぇ…!!)

 (ちょっと強いからって調子に乗りやがってぇ…!!)

 (ちょっと頭良いからって調子に乗りやがってぇ…!!)

 

主に男子陣からの壮大な妬みを買っている垣根であったが、そんなことは本人の知る由も無い。

 

 「っつうか誰だお前?」

 「ってそっからかよ!!まぁいいか…俺は切島鋭児郎!よろしくな!」

 「ああ、そうか。よろしく」

 「そうだ!垣根、お互いのことを知るいい機会だと思ってさ、一緒に反省会やろうぜ!俺達はお前の事知りたいし、お前にも俺達のことを知ってもらいたいしな!な?」

 「…分かったよ、うるせえな」

 

垣根は切島のあまりのしつこさに根負けし、渋々承諾する。すると、

 

 「よっしゃぁぁ!!じゃ、早速やろうぜ!!」

 

切島は大きくガッツポーズをし、早速反省会を始めようとした。しかしその時ちょうど緑谷が保健室から教室に戻ってきた。

 

 「おぉ~緑谷来た!お疲れ!」

 

切島達は緑谷が戻ってきたのを見ると、今度は緑谷の方へ向かった。そして今回の緑谷の活躍を褒め称える生徒達。そして先生に用事を頼まれていた麗日と上鳴も教室に戻ってきて、特に麗日なんかは緑谷が戻ってきているのを確認すると、すぐに駆け寄り身体のことを心配していた。緑谷は若干戸惑いながらそれらに対応していたが、爆豪がいないことに気付くと急いで教室から出て行ってしまった。そして校門の前で爆豪に追いつくと何やら話し始めた二人。それを教室の窓から見ていた垣根は、

 

 (やっぱりお似合いじゃねえか)

 

心の中でそう呟いた。しばらくすると、もう話し終えたのか、爆豪は再び帰り始め、緑谷も引き返してきた。そして緑谷が教室に戻ると改めて今日の反省会が行われた。皆で第一戦から順番に振り返っていったが、垣根はほとんど何も聞いていなかった。早く帰りてえ、内心で思いながらボーッとしていると、

 

 「おい垣根!聞いてんのかよ!」

 「あ?」

 「あ?じゃねーよ!何かアドバイスとかないのか?緑谷達に」

 

切島に声をかけられ、我に返る垣根。どうやら今は自分が緑谷達に対してアドバイスを言う番らしい。

 

 「アドバイスっつってもな、八百万が講評の時に言ってたのが全てだろ」

 「けどよぉ、何かあんだろ、何か」

 

何かって何だよと心の中で思いつつ、垣根は緑谷・麗日・飯田の顔を順番に見る。

 

 「…相澤も言ってたが、緑谷はまず個性の制御だな。これが上手く出来ない内は話にならねえ。リカバリーガールがいなくなったら終わりだぞ、お前。いや、例えいたとしてもこのままの調子で身体ぶっ壊してけばいずれ取り返しの付かないことになる。普通の生活すらまともに出来ねえ身体になっちまうかもな」

 「…」

 「それから麗日、八百万も言ってたがお前には緊張感が足りてねえ。温和な性格はお前の良さなのかも知れねえが、戦場でもそんな調子でいたらあっという間に死ぬぞ。戦場に立ったら気持ちを切り替えろ、相手を潰すことに全神経を注げ。ただの間抜けのまま死にたくなかったらな」

 「…」

 「最後に飯田だが、お前は、まぁ、真面目すぎんのも考えものだなって感じだ」

 「なんだか俺だけ雑ではないか!?」

 

垣根による3人へのアドバイスは飯田のツッコミによって終わった。それ聞いていた他の生徒は、

 

 「垣根って結構キツいことバンバン言うよな…」

 「ウチ耐えられる気しないんだけど…」

 「でもそんなドSなとこもいい!!!」

 

様々な反応を見せる。

 

 「ま、まぁでもこうやって思ってる事を包み隠さず言うとこはお前の良いとこだと思うぜ、俺は」

 「でも流石にオールマイトにも意見したときはビビったぜぇ」

 「あれは私もビックリした!」

 

切島が垣根にフォローを入れるも、瀬呂と葉隠がオールマイトに垣根が言い返した事を思い出しながら言う。

 

 「あれは、確かに俺も驚いた。よくオールマイトにあんなこと言えるよなお前。俺だったら絶対無理だぜ」

 「別に大したこと言ってねえだろ」

 「…やっぱ入試一位は違うぜ」

 

それからも反省会は続き、垣根もそれなりに参加するようになった。そして垣根達の戦いについて皆で振り返っていたとき、八百万が垣根に質問した。

 

 「垣根さん、あなたの個性は一体どのようなモノなのでしょうか?」

 

それは垣根の個性に関する質問だった。まぁ当然と言えば当然だ。八百万が質問するとそれに便乗して

 

 「あ!それ私も気になってたんだ~。」

 「あの翼?みたいなのが垣根の個性なのか?」

 「あの翼綺麗だよねぇ~」

 「あんまり似合ってないけどなw」

 

次々と垣根に質問していると、八百万が再度口を開く。

 

 「私は垣根さんの個性はあの翼のようなモノを操る個性だと思っていました。しかし、あの戦闘の最中、垣根さんは白い剣のようなモノも持っていた。あれも垣根さんの個性によるものなのでしょうか?」

 

八百万との戦いの際、垣根はどこからともなく白い剣のようなモノを突然持ち出し、それで八百万を攻撃した。そのシーンは他の生徒達も確認している。皆が垣根の答えを待ってる中、垣根はゆっくりと語り出す。

 

 「俺の個性は『作製』だ」

 「「「『作製』?」」」

 

皆が聞き返す。垣根は説明を続ける。

 

 「そうだ。読んで字の通り、色んなものを作り出す個性。ただ、どういう訳か、俺の作り出すモノは全部白くなっちまう。なぜだかは分からねぇ」

 「ということは…」

 「ああ、そうだ八百万、お前の個性と俺の個性は似た者同士ってことだ」

 「で、ですが!あの翼は一体…?」

 「あれは俺もよく分からねえ」

 「分からない?」

 「気付いたら勝手に生えてきてた」

 「勝手に!?」

 

垣根の説明に驚きを隠せない八百万。他の生徒も困惑気味だ。

 

 「え~っと、つまり、垣根の個性は八百万と同じで物体を作ること。でもなぜか作るモノは全部白くなっちまう。こういうことか?」

 「ま、概ね正解だな」

 

切島が腕を組みながら垣根に個性の概要を確認し、それに答える垣根。

 

 「んであの翼は勝手に生えてきたと?」

 「そうだ」

 

垣根が自分の個性について説明するも、まだピンときていない生徒は多かった。

 

 「随分と不思議な個性ね」

 「ああ。勝手に翼が生えてくるなど聞いたことが無い」

 「翼が勝手に…?ひょっとしてこれは個性の変質が起こったからでは?いやそれとも…」

 

蛙吹や飯田は不思議そうな顔をしていて、緑谷はブツブツと何か一人で呟いている。

 

 「おい、そろそろ帰りたいんだが?」

 

垣根がそう切り出すと切島も時計に目を遣り、

 

 「そういやもうこんな時間か!よし、今日はこの辺で解散にするか!」

 

切島が皆に呼びかけ、その日はお開きになった。色々なことがあったが、入学二日目はこれで終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 入学三日目の朝のHR。

 

 「昨日の戦闘訓練、お疲れ~。VTRと成績見させてもらった。爆豪、お前もうガキみてえな真似するな。能力あるんだから。」

 「…分かってる」

 「で緑谷は、また腕ぶっ壊して一件落着か。個性の制御、いつまでも出来ないから仕方ないじゃ通させねえぞ」

 「…っ!!」

 「俺は同じ事を言うのが嫌いだ。それさえクリアすればやれることは多い。焦れよ、緑谷」

 「…はい!」

 

相澤が昨日の戦闘訓練の総括のようなモノを述べる。と言っても。主に緑谷と爆豪に関してのみだったが。そして相澤は話を続ける。

 

 「HRの本題だ。急で悪いが今日は君らに…」

 (((また臨時テスト!?)))

 「学級委員長を決めてもらう」

 (((学校っぽいのきた~)))

 

相澤のからまた無茶なことを言われるのでは無いかと皆身構えていたが、普通っぽいことを言われホッとする一同。そして、

 

 「委員長!やりたいです!それ俺!」

 「俺も!」

 「ウチのやりたいっす」

 「リーダーやろやろ!!」

 「俺にやらせろ!!俺に!!」

 

次々と立候補する。普通の学校なら生徒に敬遠されがちな役職だが、ヒーロー科では集団を導くというトップヒーローの素地を鍛えられる場なのだ。なのでこんなにも人気が殺到している。すると、

 

 「静粛にしたまえ!!他を牽引する責任重大な仕事だぞ!やりたい者がやれるモノではないだろう。周囲からの信頼あってこそ務まる聖務!民主主義にのっとり、真のリーダーを皆で決めると言うならば、これは投票で決めるべき議案!」

 「「「腕そびえ立ってるじゃねえか!!」」」

 

飯田が収まりの付かなくなっていたクラスを鎮めようとし、投票によって決めるべきだと主張する。しかし、飯田と言えどやはり自分の気持ちは隠しきれなかったようである。まだ学校生活が始まって日が浅いのに信頼も何もないと言う反対意見も挙がったが、飯田が押し切り、投票によって決まることとなった。結果、緑谷3票、八百万2票、その他1or0票。

 

 「くっ…!?1票…誰かは分からぬが、俺に入れてくれた人がいたのか!!だがそれでも一歩及ばず…!流石に聖職と言ったところか…」

 「と言うことは他に入れたのね…」

 「お前もやりたがってたのに何がしたいんだ?飯田」

 

目の前の結果に悔しがる飯田。もし自分に入れていたら2票になり、まだ成れる可能性はあったかもしれないのに飯田は他の人に投票したのだ。

 

 (だから言ったろ。真面目すぎんのも考えモノだって)

 

垣根は心の中で呟くと、票の多かった二人が前に出て相澤が言った。

 

 「じゃあ委員長は緑谷、副委員長は八百万だ」

 「悔しい…」

 

ガチガチに震えている緑谷を横目で見ながら、八百万はボソッと呟いた。

 

 

 

 そして午前の授業が終わり、昼食の時間。いつもの4人で昼食を食べていると、

 

 「はぁ~、いざ委員長をやるとなると務まるかどうか不安だよ…」

 「大丈夫さ。緑谷君のここぞという時の胆力や判断力は他を牽引するのに値する。だから君に投票したのだ」

 「うん!デク君なら大丈夫だよ!私もそう思って投票したし」

 

委員長に抜擢され、不安そうにしている緑谷に対して飯田と麗日が鼓舞する。どうやらこの二人が緑谷に投票したらしい。

 

 「そう言えばていと君も私と同じ0票だったよね?誰に投票したの?」

 

麗日が投票の結果について思い出したのか、ふと垣根に聞いてきた。

 

 「さあな」

 「え~、教えてよ~」

 

しらばっくれる垣根に対し不満そうな麗日。すると、

 

 「君も他の人に投票したのか垣根君。君ほどの人に投票されるなんて…」

 「うん、僕もちょっと気になるな」

 

飯田と緑谷までもが垣根が誰に投票したのかについて興味を持ってきた。すると垣根は面倒くさそうに答えた。

 

 「…こういう面倒くさそうな仕事が一番似合うヤツに投票しただけだ。」

 (それってもしかして…)

 

垣根の言葉に何か心当たりがありそうな緑谷。

 

 「でも飯田君も委員長やりたかったんじゃないの?眼鏡だし」

 「やりたいとふさわしいか否かは別の話。僕は僕の正しいと思う判断をしたまでだ」

 「『僕』?いつもは『俺』って…ちょっと思ってたけど、飯田君て坊ちゃん!?」

 「……そう言われるのが嫌で一人称を変えていたんだが…」

 

麗日に指摘され、自分の育ちについて語り出す飯田。飯田の家は代々ヒーロー一家で飯田はその次男。ターボヒーローインゲニウムと呼ばれるヒーローが飯田の兄らしい。垣根には誰のことか全く分からなかったが、緑谷は何やら興奮した様子だったので、有名なヒーローなのだろう。飯田はそんな兄のようになりたくてヒーローを志したと言う。

 

 「しかし人を導く立場はまだ俺には早いのだと思う。俺と違って実技入試の構造に気付いていた上手の緑谷君が就任すべきだ」

 「なんか、初めて笑ったかもね飯田君」

 「そうか?笑うぞ俺は」

 

そんなことを話している最中、急に食堂にサイレンが響き渡る。

 

 〈セキュリティー3が突破されました。生徒の皆さんは速やかに屋外へ退避してください。繰り返します…〉

 

ざわつく食堂。飯田が隣に座っていた学生に問う。

 

 「セキュリティー3って何ですか?」

 「校内に誰かが侵入してきたって事だよ。3年間でこんなのは初めてだ。君らも早く!」

 

そう言ってその学生は急いで走り去ってしまった。ようやく垣根達も何が起きているのか理解する。

 

 (侵入者…)

 

食堂は我先に逃げようとする生徒達であふれかえっていた。出入り口が人の群れで塞がれてしまい、かえって身動きが取れなくなるという状況に陥った。緑谷や飯田、麗日もその人の群れに飲まれしまい、ぎゅうぎゅうに押しつぶされそうになっている。しかし垣根はというと、背中から翼を広げ、食堂の窓から一人飛び去ると、校門の近くの校舎の上に着地し、眼下を眺める。そこには雄英の校舎内に侵入し、プレゼントマイクと相澤にオールマイトを出せと詰め寄る多数のマスコミの姿が見えた。実は最近雄英では、オールマイトの様子が知りたいと言って連日マスコミが押し寄せていた。今回はそれが暴走してしまった結果という訳だ。

 

 (何だよくだらねえな)

 

垣根は事の顛末を知り、食堂に引き返そうとしていたその時、ふと垣根の目にとまるモノがあった。それは校門の警備システムが破壊されている光景。それを見た垣根は疑問に思う。

 

 (おかしい…いくらオールマイトの話が聞きたいとは言っても、ありゃ明らかにやり過ぎだ。雄英の教師陣に敵と見なされ、攻撃されても文句は言えねぇぞ。それは流石に馬鹿なマスコミ共でも分かってるハズだ。と言うか、そもそもマスコミごときが雄英の警備システムをああも粉々に出来る力を持ってるハズもねぇ。となれば答えは一つ。力を貸したヤツがいるな。その目的は…)

 

垣根はそこまで推理すると、笑みを浮かべながら静かに呟いた。

 

 「宣戦布告か」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日、朝のHRでは他の委員会のメンバーを決めることとなった。とその前に学級委員長である緑谷からある提案が出された。それは学級委員長の座を飯田に譲りたいとのことだった。他のクラスメイト達もそれに賛成していた。何でも、昨日の昼の騒ぎを静めるために一役買ったらしく、その姿を見て心を動かされた者が多かったのだろう。こうして、一年A組の学級委員長は飯田に決定することとなった。

 

 




次はいよいよUSJ篇です。
ところで、またまた質問なのですが、垣根の翼を麦野は破壊することが出来たと聞いたことがあるのですが、原子崩しレベルの攻撃だったら垣根の防御は突破できるのですか?


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雄英高校 USJ~
十六話


麦野おばさんも結構強いんすね・・・


 「今日のヒーロー基礎学だが俺とオールマイト、そしてもう一人の3人体制で見ることとなった」

 

 午後12時50分。ヒーロー基礎学の授業を受けるため、席に着いていた一年A組の生徒達の前で相澤がそう伝える。瀬呂が何をするのかについて尋ねると、

 

 「災害水害なんでもござれ、レスキュー訓練だ」

 

「RESCUE」と書かれたカードをかざしながら相澤が答えた。さらに相澤はコスチュームの着用は個人の判断に任せる旨を伝え、

 

 「訓練場はすこし離れた場所にあるからバスに乗っていく。以上、準備開始」

 

とだけ言うと教室から出て行ったしまった。そして生徒達も各自準備を始める。今回、コスチュームの着用は強制では無いが、A組のほとんどの生徒はコスチュームを着用していた。やはり出来るだけコスチュームを着たいと皆思っているのだろうか。緑谷だけは先の戦闘訓練でコスチュームが壊れてしまったため、体操服を着ていた。垣根も自身のコスチュームに着替えると、そのままバスの下へ向かう。そしてA組の生徒がバスに全員乗ったことが確認されると、バスが出発した。目的地まで到着する間、気楽に雑談を楽しむ生徒達。

 

 「私、思ったことをなんでも言っちゃうの。緑谷ちゃん」

 「は、はい!蛙吹さん!」

 「梅雨ちゃんと呼んで」

 「う、うん…」

 「あなたの個性、オールマイトに似ている」

 「えっ!?そうかな?いやでもあの…僕はえっと、その…」

 (なるほど、オールマイトか。言われれば確かにそうかもな。映像で何回か見たことある程度だが、オールマイトも意味不明なパワーで敵をぶっ飛ばしてた。まったく同じとは言わないまでも、オールマイトと同じ系統の個性っつう可能性はありそうだな)

 

蛙吹の言葉にキョドる緑谷を見ながら垣根が考えていると、今度は切島が蛙吹に話しかける。

 

 「待てよ梅雨ちゃん。オールマイトは怪我しねえぞ。似て非なるあれだぜ」

 「はぁ…」

 

どこか安心した様子の緑谷。切島はそのまま続け、

 

 「しっかし増強型のシンプルな個性はいいな。派手で出来ることが多い。俺の硬化は対人じゃ強ぇけどいかんせん地味なんだよなぁ」

 「僕はすごいかっこいいと思うよ!プロにも十分通用する個性だよ」

 「プロな~。しかしやっぱヒーローも人気商売みてぇなところあるぜ?まぁ派手で強ぇっつったらやっぱり轟と爆豪、そして垣根だな!」

 「爆豪ちゃんはキレてばっかだから人気出なさそう」

 「んだとコラ!出すわ!」

 「ほら」

 

蛙吹の言葉に憤慨する爆豪。さらに上鳴も蛙吹に同調する。

 

 「この付き合いの浅さで既にクソを下水で煮込んだような性格と認識されてるってすげぇよ」

 「てめぇのボキャブラリーはなんだコラ!殺すぞ!!」

 (かっちゃんがいじられてる…!?信じられない光景だ…さすが雄英!)

 

今まででは考えられない光景に頭を抱える緑谷。その後しばらくするとバスは目的地へと到着する。生徒達がバスから降りると、宇宙服のようなものを着た人物が一人、垣根達を待ち構えていた。

 

 「皆さん、待っていましたよ」

 「「「おぉぉぉぉぉ!!!」」」

 「わぁ~!私好きなの13号!」

 

その人物を見るなり、生徒達は思わず声を上げる。緑谷は言わずもがなだが、今回は麗日も同じように興奮している様子だった。このような周囲の反応から、この人物も有名なヒーローなのだろうと垣根は推測する。

 

 「さあ、早速中へ入りましょう」

 「「「よろしくお願いします!!」」」

 

13号はそう言いながら生徒達を施設の中へ誘導する。中に入るとそこにはテーマパークのような光景が広がっていた。あちこちにアトラクションのようなモノが点在していた。

 

 「すっげぇ~、USJかよ!!」

 

中の様子を見た切島は思わずそう口にする。

 

 「水難事故、土砂災害、火災、暴風、etc。あらゆる事故や災害を想定し、僕が作った演習場です。その名も・・・ウソの災害や事故ルーム!略して『USJ』!」

 (((ほんとにUSJだった!?)))

 

生徒達がUSJの名前の由来について、衝撃を受ける中、相澤が13号に尋ねた。

 

 「13号、オールマイトは?ここで待ち合わせるはずだが?」

 「先輩、それが…通勤時に制限ギリギリまで活動してしまったみたいで、仮眠室で休んでます」

 「不合理の極みだなオイ…仕方ない、始めるか」

 

相澤と13号は何やら二人で話していたが、話が終わったのか、相澤がそう呟くと、今度は13号が生徒達に語りかける。

 

 「え~、始める前にお小言を1つ、2つ、3つ4つ5つ6つ…」

 (((増える…)))

 「皆さんご存じとは思いますが、僕の個性はブラックホール。どんなモノでも吸い込んで塵にしてしまいます」

 「その個性でどんな災害からも人を救い上げるんですよね?」

 「ええ。しかし簡単に人を殺せる力です。皆さんの中にもそういう個性のがいるでしょう?」

 

そう言われ、自身の個性について考える生徒達。13号は言葉を続ける。

 

 「超人社会は個性の使用を資格制にし、厳しく規制することで一見成り立っているようには見えます。しかし、一歩間違えば容易に人を殺せる行き過ぎた個性を個々が持っているということを忘れないでください。相澤先生の体力テストで自身の力が秘めている可能性を知り、オールマイトの対人戦闘訓練でそれを人に向ける危うさを体験したかと思います。この授業では心機一転!人命の為に個性をどう活用するかを学んでいきましょう!君たちの力は人を傷つけるためにあるのではない、助けるためにあるのだと心得て帰ってくださいな」

 

そこまで言うと13号は一息吐き、

 

 「以上、ご静聴ありがとうございました」

 

と自身の話を締めくくる。それまで静かに聞いていた生徒達は、

 

 「素敵!」

 「ブラボー!ブラボー!」

 

13号のスピーチに感激する生徒達。そんな中、

 

 「よーし、そんじゃまずは・・・」

 

相澤が生徒達に指示を出そうと、そこまで言いかけた所で突然、照明の明かりが一斉に消える。すぐに何かを察知したのか、相澤は急いで振り返ると、そこにはこの施設の中央に位置する噴水の前に黒いモヤが出現しているのを相澤は確認した。さらにそのモヤの中から人の顔が覗いているのを視認し、相澤は生徒と13号に指示を飛ばした。

 

 「一塊になって動くな!13号、生徒を守れ!」

 「なんだ?また入試の時みたいな、もう始まってんぞパターン?」

 

切島が噴水の方を見ながそう呟く中、黒いモヤの中から次々と人らしき者達が現れていく。よく見ようと身を乗り出す生徒達だが、

 

 「動くな!」

 

相澤が生徒達に一喝する。ビックリした生徒達が相澤の方を見ると相澤は一言、

 

 「あれは…敵だ…!」

 「「「なっ!?」」」

 

ゴーグルを装着しながら生徒達に伝える。相澤の言葉に驚愕の色を隠せない生徒達。彼らが再び噴水の方を見ると、そこにはまだまだ数を増やし続ける敵達の姿があった。

 

 (昨日の今日でもうお出ましか。思ったより早かったな)

 

達観した様子で噴水場を見下ろす垣根。そして、

 

 「見せてもらうぜ、お前らの力を」

 

口元に笑みを浮かべ、静かにそう呟いた。

 



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十七話

 (ヴィラン)

 

 それは個性を悪用して社会をかき乱す犯罪者達のこと。そして同時にヒーローが立ち向かって行かなくてはならない存在でもある。生徒達の眼下に広がる敵達の群れ。本来レスキュー訓練を行うはずだった時間は今この瞬間から、ヒーローの卵達がこれから戦っていくことになる者達と初めて相対する時間となったのだ。生徒達が噴水の方を見ていると、黒いモヤの中から脳みそが剥き出しになっている怪物と顔に手がくっついている人間が姿を現した。そして黒いモヤも何か形を成し始め、それ以降敵が増える事は無くなった。どうやら最後に出てきた三体があの集団のボスキャラらしい。その三体以外の敵がゆっくりとこちらを目指して進行し始める。その光景を見た切島が、

 

 「は?敵!?馬鹿だろ!ヒーローの学校に入り込んでくるなんてアホすぎるぞ!?」

 

今になって状況の深刻さを理解したのか、慌てて声を張り上げる。

 

 「先生!侵入者用センサーは?」

 「勿論ありますが…」

 

どうやらセンサーは設置されているらしい。しかしセンサーは何の反応も見せなかった。ということは、

 

 「センサーが反応しねぇなら向こうにそういうことが出来るヤツがいるってことだ。校舎と離れた隔離空間、そこにクラスが入る時間割、馬鹿だがアホじゃねぇ。これは何らかの目的があって用意周到に画策された奇襲だ」

 

轟がこの状況を要約する。他の生徒達も轟の説明によってようやく自分達の置かれている状況を理解した様子だ。そんな中、ゴーグルを付け戦闘態勢に入っていた相澤が皆に指示を出す。

 

 「13号、避難開始。学校に電話試せ。センサーの対策も頭にある敵だ、電波系のヤツが妨害している可能性がある。上鳴!お前も個性で連絡試せ」

 「うっす」 

 「先生は?一人で戦うんですか!?あの数じゃいくら個性を消すと言っても…イレイザーヘッドの戦闘スタイルは敵の個性を消してからの捕縛だ。正面戦闘は…」

 

相澤の身を案ずる緑谷。しかし、それを聞いた相澤は、

 

 「一芸だけじゃヒーローは務まらん。任せた、13号」

 

一言そう呟くと敵の群れの中に飛び込んでいった。ツッコんでくる相澤を見ると、敵達は個性を発動して相澤を迎え撃とうとする。だが、相澤は眼力によって個性の発動を抹消し、敵が戸惑っている一瞬の隙を突いてマフラーのような布で次々と縛り上げていった。相澤は異形系の個性は抹消できないようだが、そのような敵には自身の高い近接戦闘スキルをお見舞いし、ノックダウンの山を築き上げていく。流石プロヒーロー。そこいらの敵ではてんで話にならないようだ。13号は相澤が敵を引きつけている今のうちに生徒達の避難を促す。言われた通り、生徒達は出口に向かおうとするも、突如進行方向に黒いナニカが道を塞ぐように現れる。先ほどまで噴水の前にいたボスキャラ三体の内の一体である。

 

 (まるで突然ワープしてきたかのような動き。これがコイツの個性か。その個性の力で敵軍をここまで運んだって訳だな)

 

垣根が目の前の敵の能力を冷静に分析している中、黒い敵は生徒達に向けて丁寧に喋り始めた。

 

 「はじめまして。我々はヴィラン連合。僭越ながらこの度ヒーローの巣窟、雄英高校に入らせていただいたのは平和の象徴オールマイトに息絶えていただきたいと思ってのことでして。本来ならばここにオールマイトがいらっしゃるはず。ですが何か変更があったのでしょうか?まあ、それとは関係なく私の役目はこれ――――――――――――」

 

黒い敵が最後まで言い終わるのを待たずに、爆豪と切島が敵に襲いかかる。爆豪の爆破によって起こった煙の中で、

 

 「その前に俺達にやられることは考えなかったか?」

 

切島が敵に対して吠える。しかし

 

 「…危ない危ない。生徒といえど、優秀な金の卵」

 

無傷。目の前の敵は何のダメージも負っていない様子。そこで13号が叫ぶ。

 

 「ダメだ!どきなさい、二人とも!」

 

しかし時既に遅し。黒いモヤが激しく揺らぎ始め、

 

 「私の役目はあなたたちを散らしてなぶり殺す!」

 

そう言った次の瞬間、生徒達を包囲するかのように黒い霧が生徒達の周りを囲い閉じ込めた。生徒達が悲鳴を上げる。

 

 「チッ…!」

 

垣根は咄嗟に翼を展開させ、空中に避難する。しばらくして黒い霧が晴れると、その中には障子、芦戸、瀬呂の姿のみが確認された。どうやら黒い敵からの攻撃から逃れたのはその三人と、垣根と同様、自身の個性で黒い霧の外に出た飯田、その飯田に助けられた麗日と砂藤、そして垣根の7名だけのようだった。

 

 (他の奴らはあの野郎に飛ばされたか…)

 

垣根は状況の整理を付けるとゆっくりと地面に着地し、黒い敵と相対した。他の6名も臨戦態勢をとる。

 

 「障子君!みんなは!?いるか?確認できるか?」

 「散り散りになってはいるがこの施設内にいる」

 

飯田が障子に皆の所在を問い、障子は複製腕を使ってそれを確認する。どうやらこの施設内には全員いるらしい。それを聞いてホッとする一同。

 

 「くそっ!物理攻撃無効でワープって最悪の個性だぜおい!」

 

瀬呂が忌々しそうににそう呟く。

 

 「…」

 

垣根は黙って何か考えている様子だったが、その時13号による指示が飛んだ。

 

 「委員長、君に託します。学校まで走ってこのことを伝えてください!」

 「なっ!?」

 「警報も鳴らず、そして電話も圏外になっていました。警報器は赤外線式。先輩…いや、イレイザーヘッドが下で個性を消し回っているにもかかわらず、無作動なのは恐らくそれらを妨害可能な個性がいて即座に隠したのでしょう。とすると、それを見つけ出すより君が走る方が早い!」

 「しかしクラスの皆を置いていくなど委員長の風上にも…」

 

13号の指示に抗議する飯田。だが、

 

 「行けって非常口!外に出れば警報がある。だからこいつはこん中だけで事を起こしてんだろ?」

 「外にさえ出りゃ追っちゃこれねぇよ。お前の足でこのモヤを振り切れ!」

 「食堂の時みたくサポートなら私超出来るから!する!から!お願いね、委員長!」

 

飯田を後押しする他の生徒達。それでもまだ決心が固まらない飯田に対し、垣根が一言、

 

 「これは委員長であるお前の仕事だ。腹決めろ」

 

飯田は一瞬驚いた様子で垣根を見たが、その言葉で完全に決意が固まったのか、飯田は走る構えをとる。

 

 「手段が無いとはいえ、敵前で策を語る阿呆がいますか!」

 「バレても問題ないから語ったんでしょうが!ブラックホール!」

 

黒い敵が再び攻撃を仕掛けてきたが、13号が個性を発動させ、それを迎え撃つ。13号の指先に黒い霧がどんどん吸い込まれていく。このまま吸いきって13号の勝利かと思われた刹那、

 

 「全てを飲み込み塵にするブラックホール…なるほど、驚異的な個性です。しかし13号、あなたは災害救助で活躍するヒーロー。やはり戦闘経験は一般ヒーローに比べて半歩劣る!」

 「…!?ワープゲート!?」

 

突如13号の背後に現れたワープゲート。そしてその中からブラックホールによる引力が発生する。どうやら黒い敵が今いる地点と13号の背後の空間をワープゲートでつなぎ合わせたのだろう。結果、敵に対してブラックホールを発動している13号は逆に背後から自分の個性によって吸い込まれる形となった。どんどん引きずられて行く13号。ついに13号の背中の部分が塵になってしまうと、そのまま13号は地に伏した。

 

 「飯田!走れって!」

 

砂藤の叱咤で我に返った飯田は、一気に出口へと駆け出す。しかしその途中でワープゲートが飯田の目の前に出現し、飯田の道を塞いだ。

 

 (みんなを…僕が任されたクラスを…僕が!)

 「くっ!?…行け!早く!」

 

飯田がワープゲートに飲み込まれる直前、障子がワープゲートを抱え込み、飯田の道を作る。そして再度走り出した飯田。だが、

 

 「ちょこざいな!外には出させない!」

 

今度は黒い敵本体が飯田を追う為に身体を伸ばす。

 

 「生意気だぞ、眼鏡。消えろ!」

 

飯田に追いつき、叫ぶ敵。今度こそもうダメかと思われたその時、

 

 「……っ!?がは……っっ!?」

 

突如、黒い敵の身体が沈み込む。ミシミシミシッと鈍い音を立てながらその黒い敵は地面に叩きつけられる。

 

 「な、何だ!?私の身体に何かが……かは…っっ!?」

 

まるで自分の身体に何トンもする重りを乗せられたかの様な感覚だった。必死に首を回して自分の身体の方を見るも、そこには何も無い。だが現在進行形でナニカが黒い敵の身体を上から圧迫しているのは事実。あまりの重圧に倒れ込んでいる地面の付近にひびが入っている程だ。他の生徒達も何が起きているのか分かっていない様子。その中で、赤紫色のジャケットを着た一人の生徒が黒い敵の近くまで歩み寄り、飯田の方を一瞥すると

 

 「さっさと行け」

 

こちらの方を振り返ったまま呆然としている飯田に垣根は声をかけた。その一言で飯田はハッとするとそのまま出口の扉をこじ開け、USJを後にした。

 

 (やっと行ったか)

 

垣根はやれやれという気持ちで飯田を見送ると、足下に転がっている敵に目を向ける。

 

 「よう。地面とキスした感想はどうだ?」

 「あなたの…仕業ですか…!?」

 

黒い敵は笑みを浮かべながらこちらを見下している垣根の方へ必死に首を回す。

 

 「ワープゲートだか何だか知らねえがお前も元は人間だろ。だったらどこかに実体ががあるはずだ。異形型にだって実体はあるからな」

 

そう言いながら垣根は黒い敵が着けている鎧を足でコンコンと小突く。

 

 「……っ!?」

 「お前が身体に唯一着けている装備。こんなもん、自分の弱点はココですって素直に教えてるようなモンだぜ」

 

そして垣根はその鎧部分を横から思いっきり蹴飛ばす。

 

 「ぐは……っっ!?」

 「はっ、良い声で鳴くじゃねえか」

 

そう言いながら垣根は何度も蹴りを入れていく。黒い敵はその度にうめき声を上げる。

 

 (くそっ…このままでは…)

 「どうした?もう終わりか?お得意のワープゲートで何とかしてみろよオラ」

 

攻撃の手を緩めない垣根。黒い敵は必死に動こうとするも、身体にのし掛かっているナニカが重すぎて何も出来ないでいた。すると、

 

 「はぁ、つまんねえな。もう飽きたしそろそろ殺すか」

 

垣根はため息をつき、諦観したようにそう呟くと、

 

 「ぐ、ぐああああああああああああああああ!!!!!」

 

黒い敵がいきなり叫び声を上げる。ミシミシミシミシッ!と音を立てながら再び身体が圧迫される敵。まるで何十台ものトラックが自分の身体にのし掛かっているのではないかと錯覚するほどの圧力。地面には更に大きなひびが刻まれていく。

 

 (このままでは…私は…死ぬ!)

 

自身の死を明確に感じ取った。目だけを動かし、再び目の前の人物の顔を見る。その表情からは何の感情も読み取ることは出来なかった。この光景に喜びを見いだしている訳でも怒りを覚えているわけでもない。その男はまるでいつもの見慣れた景色を見ているかのように表情一つ動かすこと無く、潰れていく敵の姿を黙って見つめていた。ここで私は死ぬ。敵がそう思っていたとき、

 

 「ていと君!やり過ぎ!このままじゃ死んじゃうよ!」

 「あ?」

 

一人の少女が目の前の少年に駆け寄り、その腕を掴みながら言った。垣根も思わずそちらへ振り向く。

 

 「せめて捕縛にせんと!殺しちゃうのはダメだよ!」

 「捕縛だと?どこでもワープ出来るこいつにそんなモン意味ねえよ」

 

垣根は麗日の訴えを退ける。

 

 「でも!」

 「コイツは俺達の敵だ。だったら排除すんのは道理だろ」

 「それじゃあ敵と同じだよ!」

 

中々引き下がらない麗日にイライラを募らせる垣根。だが垣根が麗日に気を取られた一瞬、敵にかけられている圧力が少しだけ弱まった。その一瞬を見逃さなかった敵は、

 

 

 「うおおおおおおおおおおおおおお!!」

 「!?」

 

ありったけの力を込めて自分が寝ている地面に向かって個性を発動し、ワープゲートを作るとそのままその中に姿を消してしまった。

 

 「チッ、逃がしたか…」

 

垣根は思わず悪態を吐くもすぐに噴水の方へ振り返る。すると顔に手を付けている男の横に黒い敵が姿を現した。

 

 (まあいい。どの道ヤツらは全員ここで殺す。一ヵ所に集まってくれてた方がやりや易いってモンだ)

 

そう思い直し、気持ちを切り替えると垣根は噴水の方へ向かって歩き出した。すると後ろから麗日の声がし、垣根の足が止まる。

 

 「ていと君!」

 「…麗日お茶子。お前のその甘さはいつか死を招くぞ。」

 

垣根は振り返る事なく一言、麗日にそう言い残すと垣根は再び歩き出した。

 




旧約15巻は買って読んだのですが、新約の6巻はまだ買えてない・・・
あそこらへんの内容もゆくゆくは出していきたいと思っているのですが・・・

ところで思ったんですけど、御坂って電磁バリアでみさきちの能力防げるじゃないですか?垣根も未元物質バリアで防げるんですかね?


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十八話

USJ篇ラストです。


 垣根は噴水のある広場に目を向ける。そこには相澤が倒れ、緑谷、蛙吹、峰田が顔に手のある男と化け物のような敵と交戦している姿が見えた。交戦と言っても、状況は緑谷達の圧倒的劣勢。このままでは三人とも殺されてしまう。そう思われたその時、

 

 ドゴォォォォォォォォォォォン!!

 

USJの入り口がすごい勢いで壊され、誰かがゆっくりと歩いてくる。敵も味方も動きを止め、皆入り口の方を見る。そして、

 

 「もう大丈夫。私が来た!」

 

オールマイトが高らかに宣言する。その顔にいつもの笑みは無い。あるのは生徒達が危険にさらされていることに対する怒り。この日、生徒達は現役No.1ヒーローの本気を目の当たりにすることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆が注目する中、オールマイトは上着を脱ぎ捨てると一瞬で階段下に降り立ち、雑魚敵を一蹴。そして相澤、緑谷、蛙吹、峰田を目にもとまらぬ速さで敵の手から回収する。そして緑谷達に退避を命じると、怪物の敵との戦いを始めた。全力で拳を叩きつけるオールマイト。しかし目の前の怪物には一向に効いている様子が無い。オールマイトが思わず首を傾げると、

 

 「効かないのはショック吸収だからさ」

 

顔に手が付いている敵が口を開く。敵であるオールマイトに個性のタネを明かすとはそれだけ自信があると言うことか。ともかく、これで敵の個性が分かった。

 

 「わざわざサンキュー!そういうことならやりやすい!」

 

と言ってオールマイトは敵の背後を取ると、そこから強烈なバックドロップを繰り出した。すさまじい轟音と爆発が発生する。どうやったらただのバックドロップからあんな爆発が生まれるのだろうか。しかしオールマイトは敵を地面に叩きつけた瞬間、自分の両脇腹に鋭い痛みが走るのを感じた。

 

 「ッ…!そういう感じか」

 

よくよく見ると敵は地面に叩きつけられてはいなく、ワープゲートを利用して逆に自分に攻撃してきたのだ。

 

 「私の中に臓物があふれるので嫌なのですがあなたほどの者ならば喜んで受け入れる」

 

そう言って黒い敵はワープゲートを閉じ、オールマイトの半身を引きちぎろうとする。何とか抜け出そうとしているオールマイトの視界に緑谷が駆け寄ってくる姿が見えた。

 

 (緑谷少年!?)

 

しかしそこに黒い敵が立ち塞がる。すると、

 

 「どけ邪魔だデク!」

 

爆豪が突然現れ、黒い敵を強襲し、そのまま地面に叩きつけた。更に轟が個性を使ってオールマイトを捕らえている敵の半身を凍らせ、オールマイトの脱出を助ける。そして最後に切島が手の敵に飛びかかる。

 

 「クソッ!いいとこねぇ!」

 「スカしてんじゃねぇぞモヤモブがァ!」

 「平和の象徴はてめぇらごときじゃ殺れねぇよ」

 「かっちゃん…みんな…!」

 

緑谷、爆豪、轟、切島の4人がオールマイトの応援に駆けつけたのだ。この状況を見た手の敵が、

 

 「攻略された上にほぼ無傷。すごいなぁ最近の子供は。恥ずかしくなってくるぜヴィラン連合」

 

ボソッと自虐気味に呟くと、轟によって凍らされていた脳無が突然動き出し、凍った部分を切り離すとまた新たに身体を再生させた。その場にいる者達が驚いた様子で見ていると、

 

 「これは超再生だな。脳無はお前の100%に耐えられるように改造された超高性能サンドバック人間さ」

 

またもや手の敵が個性のタネを明かす。そして続けて脳無に指示を送る。

 

 「まずは出入り口の奪還だ。行け、脳無」

 

そう言われた途端、脳無は目にもとまらぬ速さで黒い敵を押さえつけている爆豪の下へ走り出す。その動きに反応出来たのはこの場ではオールマイトのみ。オールマイトが爆豪を守ろうと動こうとしたとき、

 

 「…ッ!?」

 

左脇腹に痛みが走る。さっき脳無に捕まれたときの傷が広がったのだ。その痛みに気を取られ動き出すのが一瞬遅れたオールマイト。

 

 (まずい…!!間に合わない…!!)

 

高く振りかぶられた脳無の右腕はそのまま爆豪に振り下ろされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 爆豪は自分が緑谷達の側で座っている状態であることに気がついた。そして視界には腕を振り抜いた状態の脳無が映っていた。

 

 「かっちゃん!?よけたの!?すごい!」

 「違ぇよ。黙れカス」

 

緑谷が驚いたように聞いてくるのに対し、罵倒を混ぜながら返す。

 

 (何も…見えなかった…)

 

今一体何が起きた?覚えているのは眼前に広がる黒い光景。恐らく脳無の拳だろう。自分は脳無の拳が振り下ろされるまで何も知覚出来なかった。なのに今こうして自分は生きている。オールマイトが助けてくれたのかと思ったが、オールマイトも先ほどの位置から動いていない。何が何だか分からないと思っていると、

 

 「ったく、手間取らせやがって」

 

自身の後方から聞き慣れた声がした。

 

 「…!テメェは!?」

 「垣根!?」

 

爆豪と切島が驚いていると、緑谷や轟も振り返る。そこには背中に翼を生やして立っている、見慣れた垣根の姿があった。

 

 「えっ?ってことは、垣根君がかっちゃんを…?」

 「まさに間一髪ってやつだな。よかったなお前、奇跡的に生きてて」

 「…ッ!?」

 

垣根にそう言われ、にらみつける爆豪だったが垣根は気にも止めず、そのまま前に出て敵達と相対した。

 

 「よう、中々楽しそうじゃねぇか。俺とも遊んでけよ」

 「…何だお前」

 

手の敵は眉をひそめながら垣根を見る。すると黒い敵が手の敵に何やら耳打ちをする。それを聞いた手の敵は、

 

 「へぇ~、お前が黒霧をボコったってヤツか」

 「「「「!?」」」」

 

敵の言葉に驚く4人。だが、

 

「黒霧?ああ、そこにいる雑魚か」

 

垣根は大して興味もなさそうに黒霧を一瞥すると、再び手の敵に目を戻す。

 

 「あと一歩で殺せたんだがな。生憎逃げられちまった。まぁそんなことはどうでもいい。どの道てめぇらはここで皆殺しだ」

 「オイオイ、本当にヒーロー志望かお前?ヒーローを目指すヤツの台詞とはとても思えないねぇ」

 「うるせえぞ三下。とっととかかって来いよ、相手してやるから」

 

垣根はそう言って相手を挑発する。垣根の物言いに、手の敵は苛つきを募らせる。

 「あー、最近のガキはホンッットにムカつくなぁ。なら望み通り、死ねよお前。」

 

首元を掻きむしりながら脳無に合図をすると、脳無が叫び声を上げ、勢いよく垣根に向かって突進する。そしてそのまま再度右腕を振り上げ、今度は垣根に向かって振り下ろした。

 

 ドゴォォォォォォォォォォォォォォン!!

 

爆発と衝撃が生まれる。今度はさっきのように空振りではない。確かに垣根に直撃した。普通ならば即死。オールマイト並みのパワーだ、無事であるはずが無い。しかし、爆風と衝撃に耐えながらも後ろの4人が必死に目を見開いてみると、脳無の拳の先に白い繭の様なモノが立っていることに気がつく。それは垣根の翼が、垣根の身体の回りを何重にも巻き付いた姿。あの翼で脳無の攻撃をガードしたらしい。垣根は六枚の翼に力を込めて解き放つ。

 

 ブォォォォン!!!

 

衝撃と風圧で後ろに飛ばされる脳無だったが、すぐに体勢を整えながら前を向くと、その目線の先には全長十メートルはあろうかという巨大な翼を六枚、背中から出現させている少年の姿があった。

 

 「なっ!?馬鹿な!?脳無の攻撃を耐えただと!?オールマイト並みのパワーだぞ!?それに何だ…?その翼は!?」

 「さあな。説明したところでテメエには一生分からねえよ」

 「…っ!?脳無!!アイツを殺せ!!今すぐに!!」

 

手の敵が焦ったように脳無に指示を出す。すると脳無は再び雄叫びを上げ、垣根に向かって走り出す。垣根がゆっくりと空中に浮上していくと、脳無もそれに合わせて高く跳躍する。たが、

 

 「バカが」

 

垣根は小さく呟くと、六枚の翼を空中にいる敵に向けて一斉に放つ。

 

 ズガンッッッッ!!!

 

脳無は垣根の攻撃をよけることが出来ず、全ての翼が身体に食い込み、そのまま後方にあった岩盤に叩きつけられた。そして垣根は六枚の翼の内、四枚の翼を敵の身体から引き抜き、残りの二枚は敵の両手首に楔のように差し込んだまま、脳無を岩盤に固定した。脳無は何とか抜け出そうとするも、一向に手首に刺さっている翼が外れる様子は無く、身をよじる度に手首から血が流れ出る。

 

 「お前、頑丈さに自信があんだよな?どれどれ、俺が直々に視てやるよ」

 

邪悪な笑みを浮かべながら、垣根は自由に動かせる四枚の翼で一斉に殴打のラッシュを繰り出した。

 

 ズガガガガガガガガガガ!!!!!

 

目にもとまらぬ速さで巨大な翼が次々と脳無の身体に打ち込まれていく。

 

 「GYAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」

 

怪物の絶叫が響き渡る。今度の叫びはさっきまでのとはまるで別物。自身の肉体に発生している痛み、苦痛故の叫び。翼に打ち込まれる度に肉体は再生をしているが、翼によるラッシュはその再生速度よりも遙かに速いスピードで打ち込まれているため、再生が追いついていない。

 

 「オラオラどうした?ご自慢のボディに傷が付いてるぜ?」

 

鮮血が空を舞う。脳無の再生速度とショック吸収の限度を未元物質の翼が上回り、翼が脳無の肉体を貫いていく。それは最早殴打のラッシュではなく、刺突のラッシュ。次々と脳無の肉体を翼が貫いていき、その翼は鮮血で染まっていく。その光景はとても戦いと呼べるモノではない。一方的な虐殺。蹂躙するとは正にこのことを言うのだろう。この異様な光景を前にし、オールマイトも含め誰も声を発しない。いや、声を出すことさえ出来なかった。

 

 (なんだ…一体、何が起こっている…?)

 

言葉を無くしているのは敵サイドも同様で、手の敵はただ呆然とこの光景を眺めるほかなかった。そしてついに脳無が叫び声を上げなくなると、

 

 グシャッ!!

 

四枚の翼を脳無の身体に突き立てた。六枚の翼は脳無の身体を貫き、後ろの岩盤に深々と突き刺さる。脳無はぐったりとしていて動く気配は無い。

 

 「何だよもう終わりか。つまんねえな」

 

そう言うながら垣根は翼を脳無から引っこ抜くと、脳無はそのまま重力に逆らうことなく、前のめりに倒れた。そして今度は黒霧達の方へ向き直り、

 

 「さてと。次はお前らの番だな」

 

垣根は静かに宣告する。思わず、後ずさりする敵達。

 

 「ふ、ふざけるな…脳無は対オールマイト用敵だぞ…!それが、こんな…な、何だよお前!!」

 

自分達の最終兵器がいとも簡単に破壊され、混乱する手の敵。脳無は対オールマイトを想定した兵器。ただの学生如きに何とか出来る代物ではない。だが実際に目の前の少年はいとも容易く脳無を壊して見せた。そして今度は自分達を標的にしている。手の敵はいつのまにか全身が強張っていることに気付く。両の手は握られ、手汗をびっしょりかいている。

 

 (まさか、恐怖しているというのか…!この俺が!こんなガキ相手に!)

 

手の敵は必死に頭でその事実を否定したが、身体はウソをつけない。そんな中、垣根が静かに答える。

 

 「俺が何者かなんてどうでもいいだろ。どうせもうお前らもアイツみたいにここで死ぬんだからな」

 

顎で脳無の方を指しながらゆっくりと距離を縮めてくる垣根。それに伴い、ジリジリと後退する敵達だったが、突然、ガラッと瓦礫が動くような音が聞こえる。

 

 「あ?…何だまだ生きてたのか」

 

垣根は後方へと振り返り、ため息を吐きながら面倒くさそうに呟く。そこには、全身ボロボロの状態だったが、なんとか立ち上がる脳無の姿。目は白目を剥いていて、最早意識がはっきりしているのかすら怪しい状態だ。垣根はとどめを刺そう脳無に向き直ると、

 

 「待つんだ垣根少年。あとは私に任せなさい」

 

オールマイトが垣根の肩に手を置き、静かに言う。

 

 「美味しいとこ取りしようってか?」

 「ハハハッ、まぁそうとも言うな。だが、それ以上やると君は本当に戻ってこれなくなる。君は将来ヒーローになるんだろう?だったらこんな所で道を踏み外してはいけない。」

 「……」

 

垣根はしばらくオールマイトを無言で見つめたが、やがて背中の翼を引っ込めると黙って後ろに下がった。

 

 「ありがとう!垣根少年!さて…」

 

オールマイトは脳無に向き直る。

 

 「GYAAAAAAAAAAA!!!!」

 

脳無は雄叫びを上げながらオールマイトに突進する。全身から血を流し叫ぶながら走ってくる姿は最早恐怖そのものだ。脳無は腕を振り上げ、オールマイト目掛けて勢いよくその拳を振り切る。オールマイトはギリギリまで敵の拳を引きつけ、拳が直撃する瞬間に身体を沈み込ませて回避すると、がら空きになったボディ目掛けて渾身の一撃をたたき込む。

 

 「SMAAAAAASH!!!!」

 

オールマイトの全力のパンチを喰らった脳無はジェット機のような速さで後方に飛んでいき、そのままUSJの壁を貫いて空の彼方へ飛んでいった。

 

 「ヒュゥ~、すげえパワーだな」

 

口笛を吹きながら脳無が飛んでいくのを呑気に眺める垣根。そこでふと黒霧達がいた場所をみるとその姿は完全に消えていた。どうやら脳無が最後の力を振り絞ってこちらの注意を引いている隙にワープゲートで逃げたのだろう。

 

 (あーあ、逃がしちまった。まぁいいか)

 

逃がしたことを少し残念に思う垣根だったが、すぐに気持ちを切り替える。そしてその後、しばらくすると雄英の他の教師達も応援に駆けつけ。敵の残党は皆捕らえられた。

 

 

こうして波乱に満ちたレスキュー訓練は幕を閉じた。

 




テンポ悪いのはすいんません。自分でも自覚しているのですが、どうしても詰め込みたくなっちゃうので・・・
改善できるよう善処します。


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雄英高校 体育祭~
十九話


 午前4時。薄暗い部屋の中でテレビを付けながら、一人の老人が椅子に座っていた。テレビでは昨日に起きたUSJ事件のことを報道している。USJ事件は全国のテレビで報道され、ちょっとした騒ぎになった。敵の襲撃を受けた雄英は生徒達の安全を考え、今日は休校日にしたようである。そしてテレビの報道を聞きながらその老人、グラントリノは手元の手紙を読む。それはある教え子がグラントリノ宛に書いた手紙である。一通り読み終えるとグラントリノはその手紙を静かにテーブルの上に置きながら呟いた。

 

 「俊典が認めた少年か…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガラガラッと音を立てて保健室の扉が開く。ベッドに横たわった相澤がその方向を見ると、そこにはオールマイトの姿があった。

 

 「やぁ、相澤君。身体の方はどうだい?」

 「ボロボロですよ」

 

全身包帯でぐるぐる巻きの相澤がオールマイトの問いに答える。

 

 「しばらく教壇に立つのは無理そうか…」

 「いや、それは立ちます」

 「!?し、しかし…」

 「仕事ですから」

 

相澤の返答に驚くオールマイト。すると今度は相澤がオールマイトに尋ねる。

 

 「で、何の用です?」

 「何の用って、そりゃあ君のお見舞いだよ」

 「何か用があって来たんでしょう?じゃなきゃわざわざこんな所に来ないでしょう」

 「…君の中の私に対する評価はどうなってるんだ」

 

オールマイトは若干戸惑い気味に言いつつも、話を続ける。

 

 「まぁ用がないわけでもない。実は先ほど先日の事件に関する会議が終わってね。そこで話し合ったことを君にも教えておこうと思って来たのさ」

 「…わざわざどうも。」

 

そう言ってオールマイトは会議の内容を話し始めた。相澤も特に口を挟まず、黙ってそれを聞く。

 

 「なるほど。死柄木ってヤツは見た目は大人で中身は子供、つまり幼稚な大人って訳ですか」

 「そういうことになる」

 「確かにヤツと相対したときに何か変な感じはしましたが、そういうことだったとは」

 「……」

 

相澤が考え込んでいると、オールマイトが黙ってこちらを見ていることに気づく。そして突然オールマイトが頭を下げて相澤に謝罪した。

 

 「相澤君、本当にすまなかった!私が予定通りあの訓練に同行していれば君がそんな重傷を負うことは無かった」

 「何ですかいきなり。別にあなたのせいじゃ無いですよ。全ては私の未熟さ故に起きたことです」

 

相澤は頭を下げるオールマイトを見て、オールマイトがここに来た理由を察する。オールマイトはあの襲撃で相澤が重傷を負ったことに責任を感じていたのだ。だからこうして謝りに来た。

 

 「それにあなたがあの化け物を倒してくれたんでしょう?ならそれでチャラってことで」

 

相澤がオールマイトに気を遣ってかそのように提言する。しかし、

 「いや、確かにトドメを刺したのは私だがそれ以外はほとんど何もしていない。あの脳無を追い詰めた人物は他にいる」

 

オールマイトはゆっくり首を振りながら、相澤の言葉を否定した。思わず目を丸くする相澤。

 

 「…あなた以外があの敵を?一体誰が?」

 

脳無の恐ろしさについて相澤はよく知っている。相澤の怪我はほとんど脳無によってもたらされたものだ。すべてをねじ伏せるあの圧倒的なパワー。それを直に体感している相澤はあの敵をどうにか出来る人物はオールマイトしか思い浮かばなかった。オールマイトでないなら一体誰が?と相澤が考えていると、

 「垣根少年さ」

 「!?」

 

オールマイトが短く答える。予想外の名前に思わず驚いた相澤。最低でもプロヒーローの名前を予想していたのでまさか自分の生徒の名前が出てくるとは思わなかったのだ。垣根の優秀さについては相澤はもちろん把握していた。入試の実技や体力テストの時は直に垣根のポテンシャルを確認できたし、戦闘訓練の様子もビデオで見た。その実力はクラスの中でも頭抜けていると言っても良いだろう。だが、プロヒーローである自分でさえ歯が立たなかった敵を一生徒が追い詰めたなんてことは、いくら垣根が優秀であってもにわかには信じられなかった。

 

 「…本当ですか?」

 「信じられないという顔だね。無理もない。私も逆の立場だったらきっと同じような反応をしていただろう。だが事実だ」

 「……」

 「私でさえ苦戦を強いられていた敵を、彼は涼しい顔して追い詰めていった。戦闘と呼ぶにはあまりにも一方的な展開。正直、背筋が寒くなったよ。あの力、あの才能…このまま行くと彼はとんでもないヒーローになる。いや、現時点でも彼に勝てるプロが何人いるか…」

 「あなたがそこまで言うとは…」

 「それぐらい彼はすごい才能を秘めているってことさ。だが同時に私は垣根少年に対してある危機感も覚えた」

 「危機感?」

 

相澤がオールマイトの言葉を聞き返し、オールマイトはそれに頷きながら続ける。

 

 「ああ。躊躇がなさ過ぎるんだよ、彼。脳無を破壊することに一切の迷いが無かった。普通の子ならば相手の命を奪ってしまうような行為には無意識的に心の中でセーブが掛かるモノだ。例え相手が敵だとしても。だが彼には恐らくそれが無い。もし私が割って入らなければ、恐らく彼は脳無を殺していただろう。そして脳無を攻撃しているときのあの冷徹な目。とても15歳の子供のする目ではない。私はね相澤君、もし彼が敵側に堕ちたらという危惧を抱えているんだ」

 「…!?」

 「彼のあの力と残虐さは敵側からしたら魅力的なモノに映ったのではないだろうか。だからもし何者かの手によって垣根少年が誑かされ、敵側の思想に染まってしまったとしたら…その先はあまり考えたくないね」

 

オールマイトが静かにそう呟く。相澤も黙ってそれを聞いていた。一瞬の沈黙の後、オールマイトが再び口を開く。

 

 「まぁそれは何も垣根少年に限った話では無い。どの生徒にもその可能性はある。多感な時期だからね、周囲に悪い大人がいればその影響を受けてしまうかもしれない。だからこそ、我々教師陣は生徒達が道を踏み外さぬよう、精一杯フォローして行こう!って話さ。そう、これを言いに来たんだ!」

 「…えらく回りくどかった気がしますが、まぁ心に留めておきます」

 「それは良かった。来た甲斐があったよ。それじゃあそろそろ私は失礼する。お大事にね」

 

そう言ってオールマイトは保健室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 臨時休校で学校が休みだった日の翌日、垣根はいつも通り学校に登校した。教室に入ると、昨日のニュースのことで盛り上がっていた。どこのニュースでもUSJ事件を大きく扱っており、その折に生徒達の姿もテレビに映ったこともあってか、クラスのほとんどの生徒がその話をしていた。そんな中、

 

 「今日のHR誰がやるんだろ?」

 「そうね。相澤先生は怪我で入院中のはずだし…」

 

芦戸と蛙吹が話していると、

 

 「おはよう」

 「「「相澤先生復帰早ええええ!!」」」 

 

皆の予想を裏切り、包帯を全身に巻いている相澤がドアから入ってくる。どう見ても動ける状態じゃ無いのにそれでもHRに来る相澤のプロ意識に驚く生徒一同。そんな生徒達の心配を他所に相澤はいつも通り教壇に立つと、いつものように話し始めた。

 

 「俺の安否はどうでもいい。何よりまだ戦いは終わってねぇ」

 

相澤の言葉に身を固くする生徒達。まさかまた敵が!?などと心配している生徒もいる中、相澤が一言。

 

 「雄英体育祭が迫ってる」

 

 

 「「「クソ学校っぽいの来たああああ!!!」」」

 

クラス中が歓喜に沸く。しかしその後、敵に襲撃された直後にそんなことやって大丈夫なのかという質問が出た。これに対し相澤は、逆に開催することで雄英の警備体制は盤石だと世間に示すためだと答え、警備も例年の5倍にする旨を伝えた。それに何より、雄英の体育祭は日本のビッグイベントの一つ。国民の注目度がすごく高い。更に全国のトップヒーローもスカウト目的で見に来る。将来プロヒーローを目指している生徒達にとっては絶好のアピールの場になるわけだ。いずれにせよ、敵の襲撃如きで中止していい催しじゃないというのが雄英の考えらしい。相澤は気合いに満ちた様子の生徒達を見渡しながら、

 

 「年に一回、計三回だけのチャンス。ヒーロー志すなら絶対に外せないイベントだ。その気があるなら準備は怠るな!」

 「「「はい!」」」

 

最後にそう言ってHRを終える。午前の授業が終わり、昼休みになっても教室では体育祭の話題で持ちきりだった。特に麗日なんかはいつものキャラが崩れるほど張り切っていた。

 

 「…テンション高すぎだろコイツら」

 「君は違うのか?ヒーローになるために在籍しているのだから燃えるのは当然だろう!?」

 「別に。大して興味ねぇな」

 

垣根がつまらなそうに答えるのを聞いた緑谷はふと思った。

 

 (そういえば垣根君や麗日さんには聞いてなかったな…)

 

 

 

 

 

 「麗日さんと垣根君はどうしてプロヒーローになろうとしてるの?」

 

いつもの4人で食堂に向かっている最中、緑谷が二人に尋ねる。

 

 「え~っと、それは…」

 

突然緑谷に質問され、一瞬驚いた様子だったがその後遠慮がちに答える麗日。

 

 「お…お金!?お金欲しいからヒーローに?」

 「究極的に言えば…」

 

思わず聞き返してしまう緑谷に恥ずかしそうな感じで答える麗日。何でも、麗日の実家は建設会社を営んでるらしいが、あまり上手くいってないらしい。そこで麗日は将来自分がヒーローになり、たくさんお金を稼ぐことで両親に楽させてやりたいと思ってヒーローを目指したのだという。麗日の家族愛に緑谷と飯田が感心していると、

 

 「緑谷少年がいた!ご飯一緒に食べよ」

 

突然オールマイトが現れ、緑谷を連れてどこかへ行ってしまった。そんなこんなで3人で食堂に行くことになり、券売機の前で並んでいると、

 

 「垣根君はなぜヒーローを志しているんだい?」

 

飯田がふと思い出したかのように垣根に尋ねる。

 

 「あ、私も気になる!」

 

麗日も身を乗り出して聞いてくる。黙り込む垣根。元の世界に戻り一方通行を殺すためだ、と言うのが本音だが当然そんなことを言えるはずもない。何と答えようか考えたが、どうしても良い答えが浮かんでこないので、

 

 「さあな。理由は特にねぇ」

 

正直に答える垣根。垣根の思わぬ答えに驚く二人。

 

 「特に無いと言うことは、理由なしにヒーローを目指しているということかい?」

 「そうだ。お前らみたいに誰かに憧れてるわけでも、何か欲しいものがあるわけでもねえ。強いて理由を挙げるなら、何となくだな」

 「驚いたな…」

 

飯田が意外そうに垣根を見る。垣根の優秀については飯田もよく知っている。だからこそ飯田は、きっと垣根には何か目標があり、その目標を達成するために人一倍努力してきたのだろうと勝手に思い込んでいた。すると、

 

 「じゃあ、これから何か見つけられると良いね!ヒーローになりたい理由!」

 「……」

 

麗日が笑顔で垣根に声をかける。

 

 (ジジイと同じ事言ってやがる)

 

麗日の言葉は垣根にグラントリノを想起させ、思わずフッと笑う。

 

 「?どうしたの?ていと君?」

 「…何でもねえよ。そうだな、何か見つかるといいな」

 「うん!」

 

またもや笑顔で頷く麗日。その後、いつものように食事をとり、昼休みが終わると午後の授業が始まった。緑谷も午後の授業が始まる前には教室に戻ってきた。そして授業が終わり、A組生徒達が下校しようとした時、

 

 「な、ななな何事だぁ!?」

 「何だよ出れねぇじゃん!何しに来たんだよ!」

 

麗日と峰田が教室の前の光景を見て声を上げる。扉の前で他の科と思われる生徒達がA組のクラス前に集まり、皆が教室の中を覗いていた。思わず面食らうA組生徒達だったが、

 

 「敵情視察だろザコ」

 

爆豪が吐き捨てるように言い、たむろしている生徒達の前に行くと

 

 「敵の襲撃を耐え抜いたヤツらだもんな、体育祭の前に見ときたいんだろ。そんなことしたって意味ねぇから。どけモブ共!」

 「知らない人のこととりあえずモブって言うの止めなよ!」

 

相変わらずの爆豪に対し、後ろからツッコミを入れる飯田。すると、

 

 「噂のA組、どんなもんかと見に来たが随分と偉そうだよなぁ。ヒーロー科に在籍するヤツは皆こんななのかい?」

 「あァ?」

 

生徒の群れを後ろからかき分けて一人の生徒が前に出る。青い髪の毛で眠そうな顔をした少年だった。

 

 「こういうの見ると幻滅するなぁ。普通科とか他の科ってヒーロー科落ちたから入ったって奴結構いるんだ」

 「…」

 「そんな俺らにも学校側はチャンスを残してくれてる。体育祭のリザルトによっちゃヒーロー科編入も検討してくれるんだって。その逆もまた然りらしいよ」

 「「「!?」」」

 「敵情視察?少なくとも俺はいくらヒーロー科とはいえ、調子に乗ってっと足下ゴッソリ掬っちゃうぞっつー宣戦布告しにきたつもり」

 (((この人も大胆不敵だぁ!!)))

 

爆豪と謎の生徒が黙ってにらみ合う。すると、

 

 「おうおう!隣のB組のモンだけどよぉ!敵と戦ったっつうから話聞こうと思ったんだがエラく調子づいちゃってんなぁオイ!!」

 (また不敵な人来た!!)

 

B組の生徒だというガラの悪そうな少年まで割り込んできた。爆豪に対して何か喚いていたが、それを無視して爆豪は帰ろうとする。

 

 「待てこら爆豪。おめーのせいでヘイト集まりまくってんじゃねーか!どうしてくれんだ!」

 

切島は慌てて帰ろうとする爆豪を呼び止める。

 

 「関係ねェよ」

 「あぁ?」

 「上に上がりゃ関係ねェ」

 

切島にそう言い残して爆豪は教室を後にした。その言葉を聞いたA組の生徒達は静かに闘志を燃やす。そして、

 

 「邪魔だ。そこどけ」

 

今度は垣根が前に出て青い髪の生徒に言い放つ。

 

 「…っ!?」

 

垣根と目を合わせた青髪の生徒は気圧されたのか、素直に道を空けた。垣根は緑谷達の方へ振り返り、

 

 「帰るぞ」

 

一言そう言うと教室から出て行った。緑谷達も急いでその後を追った。こうして敵襲撃開けの初めての学校は終わった。

 

 

 

 

 

 その後二週間、皆各自でトレーニングをして、日本最大の催しである雄英体育祭に向けて準備を進めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして二週間後、ついに体育祭当日。いよいよ祭典の幕が開く。

 



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二十話

切島ってマジいい奴


 

 雄英高校体育祭当日。会場には多くの人であふれかえっていた。日本を代表する催しなので毎年人はたくさん集まるのだが、今年は例年に比べてもその数は多い。その理由は一つ。先の敵襲撃事件だ。雄英は敵襲撃を受け、ヒーローによる警備を例年の五倍にすることを決めた。そのため、今年は全国各地からプロヒーローが集まっている。そして何より、敵襲撃を受けたのにもかかわらず全員生き延びた一年A組の注目度が世間的に高く、会場には多くの観客が足を運んでいると言う訳だ。そんな大注目の一年A組の生徒はと言うと、控え室で全員待機していた。入場の知らせがあるまでここにいなければならないらしい。格好は皆体操着。何でも公平を期すためにコスチュームの着用は不可だそうだ。人それぞれだが大半の生徒達は緊張している面持ちだった。そんな中、轟が緑谷の方へ歩み寄り声をかける。

 

 「緑谷。」

 「轟君…何?」

 

皆が二人の方を見つめる中、轟は言葉を続ける。

 

 「客観的に見ても実力は俺の方が上だと思う」

 「えっ…うん」

 「けどお前、オールマイトから目かけられてるよな。別にそこ詮索するつもりはねぇが…お前には勝つぞ」

 「!?」

 

轟が緑谷にそう言い放ち、じっと見据える。控え室に緊張が走る。

 

 「おお~クラス最強候補の一人が宣戦布告?」

 

上鳴がボソッと呟くと、座って見ていた切島が立ち上がって仲裁に入った。

 

 「おいおい急にけんか腰でどうした!?直前に止めろって」

 「仲良しごっこじゃねぇんだ。何だっていいだろ」

 

切島の手を振りほどき、轟は自分の席に戻っていく。すると

 

 「轟君が何を思って僕に勝つって言ってんのかは分かんないけど…そりゃ君の方が上だよ。実力なんて大半の人に敵わないと思う。客観的に見ても」

 「…」

 「緑谷もそういうネガティブなこと言わない方が…」

 「でも…!みんな…本気でトップを狙ってるんだ。遅れをとるわけにはいかないんだ。僕も本気で獲りに行く」

 

緑谷が静かに、しかし強い意志をこめてそう宣言する。緑谷の言葉を聞くために足を止めていた轟だったが、再び自分の席まで歩き出す。そしてチラッと垣根の方を見るも、特に何も言わずそのまま着席した。

 

そしていよいよ入場の時が来る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《ヘイ!!刮目しろオーディエンス!群がれマスメディア!一年ステージの入場だ!》

 

プレゼントマイクが実況を始め、それに伴い会場のボルテージも一気に上がる。ヒーロー科、普通科、サポート科、経営科の順で入場を始めるが、特に一年A組が入場するときは会場は大盛り上がりを見せた。それほど注目されていると言う事なのだろう。そしてすべての一年生が整列し終わると前にある壇の上に立っているミッドナイトが声を張り上げる。

 

 「選手宣誓!1ーA代表!垣根帝督!」

 

名前が呼ばれ、この場にいる生徒全員に注目される中、垣根は前に出た。

 

 「垣根君なんだ…!!」

 「ま、入試一位通過だしな。当然だろ」

 「ヒーロー科の入試、な?」

 

緑谷と瀬呂が話していると、他の科の生徒が嫌みっぽく絡んできた。

 

 「対抗心剥き出しだな…」

 「それもこれも全部お前のせいだぞ爆豪」

 「うるせぇ」

 

瀬呂や上鳴などが声を落として喋っていると、垣根が宣誓の言葉を述べ始めた。あらかじめ原稿を用意していたのだろう。そして宣誓が終わると観客の拍手の中、垣根は自分の列へ戻る。

 

 「さあて、それじゃあ早速始めましょう!第一種目はいわゆる予選よ!毎年多くの者がティアドリンク!さて運命の第一種目、今年は障害物競走!」

 

再びミッドナイトが話し始め、第一種目について説明を始めた。

 

 「計11クラス全員参加のレースよ!コースはこのスタジアムの外周約4㎞!我が校は自由が売り文句!コースを守れば何をしたって構わないわ!さあさあ、位置につきまくりなさい!」

 

ミッドナイトが説明を終えると全ての生徒達はスタート位置に付く。そしてゲートに付いている三つのランプの明かりが消えたその瞬間、

 

 「スタート!!!」

 

ミッドナイトが開始の合図をする。開始の合図が聞こえた途端、全ての生徒はゲートの入り口になだれ込んだ。

 

 《さ~て実況していくぜ!解説Are you ready?ミイラマン!》

 《無理矢理呼んだんだろうが》

 《早速だがミイラマン、序盤の見所は!?》

 《今だよ》

 

相澤はゲートの様子を見ながらそう呟く。ゲートの中は一斉に生徒がなだれ込んだため、却って皆身動きが取れない状態になっていた。最初の見所はこの密集地帯をどう切り抜けていいスタートに繋げるかということらしい。観客や実況組が見守る中、

 

 ヒュオォォォォォォォォォ!!!

 

突然風の唸り声の様なモノが聞こえた、その直後、大勢の生徒ごとゲートが凍り付く。そして急冷によって引き起こされた白い煙のなかから出てくる人影が一つ。その正体は、この氷を生み出した人物であり、地上をその足で駆ける轟焦凍。

 

 「悪いな」

 

そう言い残して走る轟。だが、

 

 「どりゃああああああ」

 「甘いわ轟さん!」

 「そう上手くは行かせねぇ!半分野郎!」

 

轟の戦術を読んでいたA組の生徒達は各々の個性を駆使し轟の後を追う。振り返りながらその様子を見た轟は、

 

 「クラス連中は当然として、思ったより避けられたな」

 

ひとりでに呟く轟。そして、

 

 (チッ、空飛べるアイツには有利だなこの競技。一位で逃げ切りたかったが…)

 

轟は一人悠々と空を飛ぶ垣根を見上げる。轟は生徒の足下を凍るように個性を発動させたが、恐らく垣根は開始の合図と共に羽を広げ、宙に浮かんでいたのだろう。それ故に轟の攻撃に全く反応することなくスタート出来たのだ。何とかしなければと轟が考えていると、垣根が空中で止まる。何事かと思い、前方を見るとそこには何と巨大ロボが何体も進行方向に立ち塞がっていた。

 

 《さあいきなり障害物だ!まずは手始めに第一関門ロボ・インフェルノ!》

 

マイクの実況がこだまする。そして巨大ロボの一体が一番近くにいた垣根を捕まえようと右手を伸ばす。垣根はロボの手のひらが近づくのをギリギリまで引きつけ、垣根を掴もうと指を閉じようとした瞬間、

 

 ヒュンッッッ!!!

 

六枚の翼を勢いよくはためかせ、親指と人差し指の間の隙間を超高速ですり抜けると、弾丸のように一直線にロボの左肩目掛けて加速し、一秒後にはロボを後ろに置き去りにした。

 

 《1ーA垣根!ロボの手を掻い潜り、一瞬で抜き去ったぁぁ!!すげぇぞ一抜けだ!ってか空飛ぶってそんなのアリかよ!!??》

 《相手するだけ時間の無駄だと判断した上での行動。合理的な行動だ》

 《流石は入試成績一位の男!このまま一位独走FINISHか!?》

 

垣根は一体目のロボを避けた後、他のロボが手出しできないような高度まで飛び、先を急ぐ。しばらくすると後ろで大きな音がしたので振り返ると、そこには氷漬けにされているロボが見える。恐らく轟の仕業だろう。轟も第一関門を突破したというわけだ。そして早くも第二関門に到達した垣根。しかし、

 

 《1ーA垣根帝督!早くも第二関門、ザ・フォールに到達!っつっても垣根にはほぼ意味ねぇ!!》

 

第二関門は一言で言えば綱渡りフィールドだった。落ちたら即ゲームオーバーな第二関門。しかし空を飛んでる垣根には何の意味も無かった。垣根はそのまましれっと通過し、後続との差を更に広げていく。観客は勿論、スカウト目的で体育祭を見にきたプロヒーロー達もまた、興奮した様子でレースを見ていた。

 

 「一位の奴圧倒的すぎないか!?」

 「まさかあれが噂のエンデヴァーの息子さん?」

 「いや、エンデヴァーの息子は今2位の奴だ。一位は全く別の奴だよ」

 「すげぇ~、エンデヴァーの息子を抑えてトップ独走かよ…」

 「確か、今年の入試の実技で歴代最高クラスの得点を叩き出した生徒がいるって話を聞いたことがあるが、あの子のことじゃないか?」

 「マジかよ!?早くも相棒(サイドキック)争奪戦だな!」

 

そしてマイクの実況がまたもや会場に轟く。

 

 《さあ、早くも最終関門!一面地雷原!してその実体は…ってまたしても意味ねぇ!!垣根帝督!セコすぎるぞその個性!!!!》

 

またしても垣根には関係のない関門だった。その関門も何事も無かったかのように通過した垣根は一気にゴールのスタジアムの前まで加速し、そこで地面に着地しゴールであるスタジアムの中へ走り出す。そして、

 

 《雄英体育祭!一年ステージ!!最初っから最後までトップ独走!!強すぎるぜぇ!!!余裕綽々で一番にスタジアムに帰ってきたのは1-A垣根帝督だぁぁぁぁぁぁ!!!》

 

マイクの絶叫がスタジアムに響き渡り、大歓声の中垣根帝督は第一種目を一位で終えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次は騎馬戦。

うーむ、難しい・・・


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二十一話

 「予選通過は42名!残念ながら落ちちゃった人も安心なさい、まだ見せ場は用意されてるわ!そして次からいよいよ本戦よ!」

 

 ミッドナイトが話し始めた。どうやら第一種目の通過者は42名らしい。そして次は第二種目。その競技が今、発表されようとしていた。

 

 「さあて、第二種目は…これよ!」

 

ミッドナイトがそう言いながら前のモニターを指さす。そこには『騎馬戦』という文字がデカデカと表示されていた。皆がモニターを見つめる中、ミッドナイトが説明を始める。

 

 「参加者は2人~4人のチームを自由に組んで騎馬を作ってもらうわ。基本は普通の騎馬戦と同じルールだけど一つ違うのが、先ほどの結果に従い各自にポイントが振り当てられること!与えられるポイントは下から5ずつ!42位が5ポイント、41位が10ポイントといった具合よ!そして一位に与えられるポイントは…」

 

そこまで説明するとミッドナイトは一呼吸置き、そして、

 

 「1000万ポイント!!」

 

一層声を張り上げる。一瞬の沈黙の後、全ての生徒の視線がある一点に集中する。第一種目を一位で終えた男、垣根帝督の下に。

 

 (1000万、ね)

 (つまり一位の騎馬を落とせば…)

 (((どんな順位からでもトップに立てる!!!!)))

 

今この瞬間、この場にいる全員が第二種目の種目の概要を理解する。それは上位の人間ほど狙われる下克上のサバイバルゲームだということ。そして実質、1000万ポイントの奪い合い合戦だということも。

 

 「上を行く者には更なる受難を。雄英に在籍する以上何度でも聞かされるよ。これぞ"Plus Ultra"!予選通過一位の垣根帝督君、持ちポイント1000万!!」

 

ミッドナイトがこちらに鞭を向けながら宣言する。全生徒から狩られる対象となった垣根。全生徒の視線が集まる中、垣根は笑みを浮かべ、

 

 「一位潰しか。さすがは雄英。洒落たことしてくれるじゃねえか。いいぜ、受けてやるよ。やれるもんならやってみろ」

 

不遜な態度で言い放つ。その言葉は他の生徒は打倒垣根の心に更に火を付けた。

 

 (ぜってぇ潰す!)

 (調子乗りやがって…!!B組の恐ろしさ思い知らせてやる!!)

 (ちょっとイケメンだからって調子づいてんじゃねえぞ!!)

 

皆が垣根に対し、闘志を燃やしている中、ミッドナイトが再び競技の説明を続ける。

 

 「制限時間は15分。ポイントの合計が騎馬のポイントとなり騎手はそのポイントの数が表示されたハチマキを装着。終了までハチマキを奪い合い、保持ポイントを競うのよ。取ったハチマキは首から上に巻くこと。取りまくれば取りまくる程、管理が大変になるわよ。そして重要なのはハチマキを取られても、また、騎馬が崩れてもアウトにはならないってところ!競技中は個性発動アリの残虐ファイト!でもあくまで騎馬戦、悪質な崩し目的での攻撃は一発退場とします!それじゃこれより15分!チーム決めの交渉スタートよ!」

 

ミッドナイトはルール説明を終えるとチーム決めの合図をした。早速動き出す生徒達。この種目は個人戦では無く団体戦。なので他のメンバーとの連携も大事になってくる。そうすると皆自然とよく知っている者同士、つまり同じクラスメイト同士組むようになる。そして最も狙われるであろう一位の生徒とは皆組みたがらない。この二つの傾向がこの種目にはあるのだが、

 

 「垣根!俺と組め!」

 「私と組も!垣根!」

 「ウチと組もうよ垣根ぇ~」

 

なぜだか一位である垣根の周りにA組の生徒が集まった。

 

 「…お前ら分かってんのか?俺が一番狙われるんだぞ?」

 「おう!でもお前の個性なら負けねえだろ!」

 「空飛べるしね!」

 「逃げ切ればウチらの勝ちじゃん」

 「……」

 

どうやら垣根と組んで逃げ切る方が本戦に行ける確率が高いと考えた生徒が思いのほか多いようだ。当初、メンバー探しに苦労するだろうと予想していた垣根は、

 

 (これはこれで面倒くせえな…)

 

と予想外の事態に辟易する。そんな中、

 

 「垣根君…!」

 

垣根が声のした方をみるとそこには緑谷と麗日が立っていた。

 

 「僕たちと組もう!」

 「…」

 

緑谷と麗日までもが垣根にメンバー申請してきた。垣根は黙って自分の周囲にいる人達を見渡し、しばらく考えていたが答えが出たのか、ゆっくりと口を開く。

 

 「俺が組むのは…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「それじゃいよいよ始めるわよ!!」

 

 交渉時間の15分が過ぎ、ミッドナイトが開始の笛を鳴らす準備をしながら生徒達に言う。

 

 《さあ起きろイレイザー!15分のチーム決め兼作戦タイムを経て、フィールドに12組の騎馬が並び立ったぁぁ!!》

 《…中々面白い組が揃ったな。》

 《おーーーっと、これは!?なんと予選通過一位の垣根と二位の緑谷が一緒のチームにいるぜぇぇ!!??》

 「「「!?」」」

 

観客がどよめき、一斉に垣根チームを見る。垣根を騎手とし、騎馬の内の一人に緑谷がいる。普通は上位の奴等ほど同じチームになることを拒む傾向にある。なぜなら合計ポイントが高くなるため、他のチームに狙われるからだ。しかもそれが一位と二位なら尚更だ。しかし彼らは現に同じチームとして準備している。一体何を考えているのだろうか。

 

 《まぁそれはさておき……さあ上げてけ鬨の声!血で血を洗う雄英の合戦が今の狼煙を上げる!!》

 

会場にマイクの声が響き渡ると、垣根は騎馬の4人に声をかける。

 

 「緑谷は索敵、麗日は俺の身体を軽く、常闇はダークシャドウで敵を牽制。いいな?」

 「「「はい!」」」

 

垣根は騎馬三人の役割を確認し終えると、ちょうどマイクの声が再度響く。

 

 《よ~し組み終わったな!準備はいいかなんて聞かねえぞ!!さあ行くぜ!残虐バトルロワイヤルカウントダウン!》

 

 《スリー!》

 「狙いはァ…」

 

 《ツー!》

 「一つ…!!」

 

 《ワン!》

 「へっ…」

 

 

 

 「スタート!!!」

 

ミッドナイトが合図がした途端、一斉に全ての騎馬が走り出す。狙いは勿論、

 

 「実質1000万の争奪戦だ!!」

 「ハッハッハッ~!垣根君いっただくよ~!」

 

垣根が持っている1000万ポイント。例外なくすべての騎馬がこちらに向かって押し寄せる。

 

 「いきなり襲来とはな…追われし者の運命」

 (サダメ…)

 「選択しろ垣根!」

 (センタク…)

 「んなモン決まってんだろ。逃げ切りだ」

 「させねぇ!!!」

 

B組の生徒と思われる騎手が叫ぶと突然、地面が柔らかくなり、騎馬3人の足が地中に沈み込んでいく。

 

 「何これ!?」

 「沈んでる…!?あの人の個性か!?」

 

そう言いながら緑谷はその騎馬の先頭にいる男を見た。騎手は雄叫びを上げながら、騎馬ごとこちらに迫ってきている。

 

 「あかん…!!抜けへん…!!」

 「…麗日、緑谷と常闇の身体も軽くしろ。」

 「えっ!?…う、うん!」

 

麗日が地中から足を引き抜こうと躍起になっていると垣根が指示を出す。麗日は言われた通り二人の身体を軽くし、そのことを垣根に伝える、

 

 「よし。お前ら全員俺の足に掴まれ。こっから出るぞ」

 

瞬時に垣根のしようとしていることを理解し足に掴まる三人。すると垣根は背中から六枚の翼を出し、思いっきりはためかせると地面に埋まりかけていた三人ごと空高く舞い上がった。

 

 「飛んだ!?一位の個性か!追え!!」

 「耳朗ちゃん!!」

 「わぁってる!!」

 

耳朗のイヤホンジャックが空中の垣根達に向かって伸びてくる。だがそれを察知した常闇がダークシャドウで迎え撃つ。

 

 「…っ!?常闇!?」

 「いいぞダークシャドウ。常に俺達の死角を見張れ!」

 『あいよ!』

 「ナイスだ常闇。お前を選んで良かったぜ」

 「そいつはどうも」

 「麗日、体調は?」

 「うん!まだ大丈夫!」

 「そうか。一旦降りるぞ」

 

そう言って垣根達は地面に着地し、騎馬を整える。翼も一旦しまった。

 

 「緑谷、後ろの状況は?」

 「うん、三方向から敵が来てる。でもまだ距離がある」

 

緑谷から後方の確認をとり前を向く垣根。前からは爆豪チームや先ほどのB組のチームなどがこちらに迫ってきていた。

 

 《さあ、まだ開始から2分と経ってねえが早くも混戦混戦!1000万を狙わず3位と4位狙いってのも悪くねえ!》

 

マイクの実況が会場に響き渡る中、

 

 「奪い合い?違うぜ!これは一方的な略奪よ!」

 

垣根達の後ろの方から不気味な声が聞こえてくる。

 

 「垣根君!右斜め後ろから騎馬が接近!…ってあれ!?障子君一人!?騎馬戦だよ!?」

 

緑谷が垣根に敵の接近を知らせるも、予想外の敵に驚いていた。とにかく距離を取るため、騎馬が動こうとするも、

 

 「う…とれへん!」

 

麗日の左足に何かがくっつき、動きを封じられる。

 

 「それは峰田君の!!一体どこから!?」

 「ここだよぉ緑谷」

 「それありィ!!??」

 

障子の広げた腕の隙間から顔を覗かせる峰田。驚きの声を上げる緑谷だったがミッドナイトはアリだと判断した。さらに、

 

 ヒュンッッ!!

 

空を裂き、その隙間から何かがすごい速さで打ち出される。

 

 「おっと…」

 

咄嗟に避ける垣根。出所の方へ目を向けるとそこには蛙吹の姿。障子の腕の中には峰田と蛙吹が隠れていたのだ。

 

 「流石ね垣根ちゃん」

 「蛙吹と峰田を匿いながら障子が突撃…よく考えついたもんだな」

 「梅雨ちゃんと呼んで」

 

そう言いながら蛙吹と峰田は次々と攻撃を仕掛けてくる。蛙吹の舌攻撃と峰田のボールを躱しながら、

 

 「麗日、ここから離れる。二人を軽くしとけ」

 「で、でも!このボールが…」

 

垣根が麗日に指示を出すも、左足にくっついたボールが邪魔で身動きが取れない麗日はそう言って垣根の方を見るが、

 

 「大丈夫だ。いいからやれ。それと左足上げたままでいろ」

 「…はい!」

 

力強く返事をし麗日は言われた通り二人を軽くし、ボールがくっついた左足を上げた状態で待機する。そして再度六枚の翼を出現させた垣根は、その内の一枚を麗日の左足に付いているボール目掛けて突き立てる。

 

 ズガァァァン!!

 

放たれた翼の先端はボールを貫き、そのまま地面に突き刺さる。ボールごと地面を貫いたのだ。これで麗日の左足からボールがちぎり取れて自由になった。

 

 「飛ぶぞ!掴まれ。」

 

そう言うや否や垣根は再び騎馬ごと空に舞う。

 

 「これで離れられた…!」

 

緑谷が下を見ながらそう呟くと、

 

 バァァァァン!!

 

何かが爆発するような、聞き慣れた音がした。緑谷が嫌な予感を抱えながら爆発音の方向を見る。そこには爆豪が爆破によって空を飛び、こちらに向かってくる姿。

 

 「か、かっちゃん!?」

 「調子乗ってんじゃねえぞ!メルヘン野郎!!」

 

そう叫びながらあっという間に垣根に追いついた爆豪は垣根のハチマキに手を伸ばす。

 

 「常闇君!」

 『のわっ!?』

 

緑谷が咄嗟に叫び、それを聞いた常闇は素早くダークシャドウを出現させ爆豪から垣根を守る。爆豪の爆破攻撃を喰らい、怯んだダークシャドーだったがそれでも垣根を守り通した。

 

 「惜しかったなぁ?爆豪君」

 「チッ…!」

 

悔しそうに舌打ちする爆豪はそのまま落下していき、瀬呂のテープで回収され騎馬に戻った。

 

 《騎馬から離れたぞ!?いいのかアレ!?》

 「テクニカルなのでオッケーよ!地面に付いてたらダメだったけど。って言うか垣根君がオッケーなら爆豪君のもオッケーじゃないと、ね?」

 

マイクがミッドナイトに尋ねるもミッドナイトはオッケーサインを出す。そして垣根は再び地面に着地し翼もしまう。

 

 「麗日、体調は?」

 「うん!まだまだいける!」

 「そうか。ナイス判断だったぞ緑谷。そしてよくガードしたな常闇」

 

垣根は緑谷や常闇を労うと再び前を向く。と、ここでマイクの声が再び聞こえる。

 

 《さあ各チームのポイントはどうなっているのか?7分経過した現在のランクをスクリーンに表示するぜえ!ってあら?ちょっと待てよコレ。A組垣根以外パッとしてねぇってか…爆豪…あれ!?》

 

会場にどよめきが走る。垣根がスクリーンに目を向けると、垣根と轟以外のA組チームのポイントが0であることが確認できる。その代わりに高ランクにいるのはB組の面々。

 

 「B組は予選を捨てた長期スパンの策って訳か。でもそれは発想から察するに僕たちを狙うことに必ずしも固執していない…」

 

緑谷がいつものようにブツブツ一人で呟く。

 

 (クラスぐるみで俺らを潰そうってか。ハッ、雑魚の考えそうなことだ)

 

そう思いながら、垣根は騎馬の3人に指示を出そうとする。するとその時、

 

 ギィィィィィィィン!!!

 

急ブレーキをきかせながら一つのチームが垣根達の前に立ち塞がった。

 

 《さあ残り時間半分を切ったぞ!いよいよ騎馬戦は後半戦に突入!予想だにしないB組優勢の中、果たして1000万ポイントは誰に頭を垂れるのか!?》

 

マイクの実況の中、二つのチームが相対する。一方は垣根達のチーム。そしてもう一方は予選三位通過の男、轟のチームだ。両者がにらみ合う中、

 

 「そろそろ奪るぞ」

 

轟が先に口を開き、宣戦布告する。

 

「やってみろよ」

 

不敵に笑いながら言葉を返す垣根であった。

 




騎馬は発目の位置に緑谷が入った感じです。


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二十二話

 「……」

 「……」

 

 しばらく無言で見つめ合う両チーム。するとここで常闇が口を開く。

 

 「もう少々終盤で相対するのではと踏んでいたが、随分買われたな、垣根」

 「つっても残り半分切ったしな。そりゃ来るだろ」

 

常闇の言葉に返事を返す垣根。すると、

 

 「飯田!前進!」

 「ああ!」

 

轟が先頭の飯田に指示を出す。先に仕掛けたのは轟チームだ。

 

 「八百万、ガードと伝導を準備」

 「ええ!」

 「上鳴は…」

 「いいよ分かってる!」

 

前に進みながら八百万と上鳴にも指示を飛ばす轟。何か企んでいる様子だ。

 

 「垣根君!周囲に気をつけて!仕掛けてくるのは一組だけじゃない!」

 「ああ、分かってる」

 

轟がこちらに仕掛けに行くのを見るや、葉隠や蛙吹、それにB組のチームまでもが一斉に垣根達の下へ迫ってくる。しかし、

 

 「しっかり防げよ~、無差別放電130万ボルト!」

 「「「あああああああああ!!!」」」

 

フィールドに電撃が走り、他チームの悲鳴が響き渡る。轟は八百万が作った絶縁シートで自身と騎馬を覆うことで自分のチームがダメージを負うこと防ぎ、垣根達もまた咄嗟にダークシャドウが防御してくれたおかげで難を逃れた。

 

 「残り6分弱…後には引かねぇ!」

 

そう呟くと八百万が作った棒を通して地面に氷をつたらせ、他のチームの騎馬の足を凍らせる。

 

 《な、何だ!?何した!?群がる騎馬を轟一蹴!!》

 《上鳴の放電で確実に動きを止めてから凍らせた。流石というか、障害物競走で結構な数に避けられたのを顧みてるな》

 《ナイス解説!》

 

相澤が珍しく解説している間に轟は動けなくなったチームのハチマキを奪い、垣根達に迫る。

 

 「牽制する!」

 

そう言って常闇がダークシャドウで攻撃を仕掛ける。

 

 「八百万!」

 「くっ…!!」

 

轟の呼びかけに反応し、素早く盾を作る八百万。攻撃を防がれ唸る常闇。常闇はダークシャドウを引き戻し、体勢を整える。

 

 「八百万の創造で防御。上鳴の放電でダークシャドウを弱体化。面倒だな」

 「ああ…!上鳴さえいなければ…!!」

 

常闇が忌々しそうに呟く。常闇の個性『ダークシャドウ』は闇が深いほど攻撃力を増すが逆に日光下や明るい場所では攻撃力が下がってしまうのだ。つまり上鳴の雷光とダークシャドウは相性最悪。

 

 「攻撃力低下、それ向こうのチームには知られてないよね?」

 「恐らくな。この欠点はUSJで口田に話したのみ。そしてヤツは無口だ」

 「知られてないなら牽制にはなる。大丈夫、何としても1000万は守ろう!」

 

緑谷が常闇に声をかける。

 

 「それに上鳴の放電も無限に出来るわけじゃねえ。勝機は十分にある」

 

垣根もチームに声をかける。そして向かってくる轟チームを見ながら騎馬4人に指示を出す。

 

 「いいか?ヤツらとの距離を保ちながら常に右側に位置を取れ。そうすりゃ轟は飯田が邪魔で氷を出せねえ」

 「「「了解!」」」

 

三人が即座に反応し、相手の右側にずれながら距離を取るように動く。近づこうとする飯田達だがその度に緑谷達が位置取りを変え、中々近づけない。上鳴の放電もダークシャドウの頑張りで何とか防いでいた。

 

 「チッ…!」

 

思わず舌打ちをする轟。

 

 (見抜かれてるな…どうする…?)

 

垣根達との距離を縮められないまま時間はどんどん過ぎていき、時間は残り2分を切った。すると、

 

 「みんな、残り2分。この後俺は使えなくなる。頼んだぞ!」

 「飯田?」

 

突然飯田がよく分からないことを言い出し、思わず聞き返す轟。だが飯田はそれには答えず、左足を前に出し、前傾姿勢を取りながら他の三人に声をかける。

 

 「しっかり掴まっていろ!奪れよ、轟君!」

 

 ウィィィィィィィィィィィン!!

 

エンジンが音を立てながら出力をどんどん上げていく。そして

 

 ブォッッッッッ!!

 

青い炎が飯田の足の噴射口から勢いよく吹き出す。

 

 「トルクオーバー!レシプロバースト!!」

 「!?」

 

飯田がそう叫んだ次の瞬間、一瞬で垣根達との距離をゼロにし、そして抜き去る。その抜き去る瞬間に轟は垣根の頭に手を伸ばし、そして――――――――――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 飯田は噴射口から黒い煙をまき散らしながら、垣根達から離れたところで停止した、

 

 《なあ~~~~~!!??何が起きた!?はや~~~~~!!!飯田!そんな超加速があんなら予選で見せろよ!!》

 

実況のマイクが興奮した様子で声を上げる。そして何が起こったのか分からないのは轟達も同じ。三人が戸惑ったように飯田を見ていると、

 

 「トルクと回転数を無理矢理上げ、爆発力を生んだのだ。反動でしばらくするとエンストするがな。クラスメイトにはまだ見せていない裏技さ」

 

驚きの表情を浮かべてこちらを見る緑谷達。そして飯田もその三人の方を向きながら、

 

 「言っただろう?緑谷君。君に挑戦すると」

 「「「うおおおおおおおおおお!!」」」

 

一気に沸く会場。残り2分弱。ここに来て順位が一気に逆転された。会場の誰もがそう思った。

 

 《これで轟チームが逆て…って、ん?こ、これはどういうことだ!?順位が変わってねえぞ!!》

 「何!?」

 

実況の声を聞いた飯田がスクリーンを見る。そこには以前と変わらぬ順位表が映し出されていた。機械のミスか?と思ったがそんなはずは無い。となれば考えられることは一つ。それに思い当たった瞬間、飯田は慌てて轟の方を振り返る。

 

 「轟君!まさか!?」

 「……」

 

轟がその問いには答えず自分の手のひらを見つめた後、垣根の方をゆっくりと見る。そこにはハチマキをしたまま垣根の姿があった。

 

 《な、なんと!?轟まさかの取り損ね!?あまりのスピードにタイミングを外してしまったか!?》

 《……》

 

マイクの声が会場に響く。

 

 「いや違ぇ。確かにとんでもねえスピードだったが、タイミングはバッチリだった」

 

轟はマイクの言葉を静かに否定する。。

 

 「で、ではなぜハチマキが取れなかったのですか?」

 

八百万が困惑気味に聞く。

 

 「弾かれた…」

 「「「!?」」」

 

轟の答えに驚く三人。

 

 「は、弾かれたってどういう事だよ轟!」

 「垣根君は個性を発動していなかったハズだぞ!」

 「そうですわ!あの白い翼も出していませんでしたし…」

 

信じられないと言わんばかりに轟に聞き返す三人だが、轟本人が一番困惑してる様子だった。

 

 「分からねぇ。ただアイツのハチマキに触れようとした瞬間、何か見えない壁に阻まれたかのような感触を受けた」

 「見えない壁…はっ!垣根君の個性は作製!まさか見えない壁をあらかじめ作っていたのか!?」

 「いえ、それはないかと思われますわ飯田さん。垣根さんの個性は確かに作製ですが、垣根さんの作るモノは白い色をしているはずです。私との戦闘訓練の時に生み出した剣のように。本人にも確認済みですし間違いないはずです。それに飯田さんの超加速を見てからそのようなモノを作り上げるのはまず不可能。前もって知っていたならまだしも、私たちにさえ知らされていなかったのですから尚更あり得ませんわ」

 「じゃあ、一体何なんだ?」

 

困惑する轟チーム。対して垣根チームでは、

 

 「垣根君…あれ避けたの!?」

 「すっごーい!!私なんて目で追うことも出来なかったよ!」

 「ああ、俺もだ。気付いたら抜かれていた」

 

垣根が轟の手を咄嗟に避けたと思っている様子。そして垣根は騎馬を動かし、ゆっくり轟達と向かい合う。

 

 「ったく危ねぇな。エゲつねえ技出しやがって。究極の初見殺しじゃねえか」

 「…どうやって防いだ?」

 「さあな。咄嗟に首振ったら避けれたって感じか」

 (…嘘つきが)

 

轟は内心で毒づいているとまたもやマイクの声が響く。

 

 《残り時間1分!依然として1000万ポイントは垣根チームの手の中だ!!このまま垣根チームの逃げ切りか!?》

 (チッ…!時間がねぇ!!)

 

残り時間がもう僅かしか残っていないと知った轟はとりあえず騎馬を前進させることを選ぶ。

 

 「飯田!前進してくれ!まだ諦めねぇ!」

 「分かった!!」

 

飯田はエンストしかかっている足を動かし、垣根達に接近を試みる。しかし、

 

 「距離を取れ。騎馬を右側に寄せろ。焦らなくていい。さっきと一緒だ」

 「「「了解」」」

 

常闇達は素早く対応し、轟達を近づけさせない。

 

 「くっ…!仕方ねぇ、死ぬほど嫌だが…」

 

垣根達との距離が縮まらないのを見ると轟は顔を歪ませながら

 

 (()を使う!!)

 

そう決心すると自身の左腕に炎を纏わせながら個性発動の準備をする。そして垣根達に放とうとしたその時、

 

 バォォォォォォォォォォン!!

 

聞き慣れた爆発音が聞こえ、思わず動きを止める両騎馬。音がした方角からは、手のひらの爆発によって轟の作った氷のバリケードを飛び越え、垣根達の方へ向かってくる爆豪の姿が見える。

 

 「メルヘン野郎!!!!!!」

 

そう叫ぶながら飛んでくる爆豪を見ると

 

 (チッ!ここに来て面倒くせえのが来やがった…!仕方ねぇ…)

 

垣根は内心で舌打ちしながら、すぐに麗日に本日三度目の指示を出す。

 

 「麗日、二人を軽くしろ」

 「はい!」

 

即座に返事をして二人を軽くする麗日。

 

 「しっかり掴まってろよお前ら。こっから40秒弱、あの爆破野郎と鬼ごっこだ」

 

そう言うや否や、垣根は背中から翼を出すと勢いよく空に舞い上がった。それを見た爆豪も爆破で軌道を変え、垣根達に追いすがる。

 

 「まてゴラァァ!!」

 

白い翼で空を空を駆ける垣根と黒煙をまき散らしながらそれを追う爆豪。他の生徒達も動きを止め、二人の動きを目で追っていた。

 

 《おーーーーーーっとぉぉ!!ここに来て垣根と爆豪の空中チキンレースが始まったぞ!!!こんな展開誰が予想した!?もはや騎馬戦じゃねえ!!!》

 「うおおおおおおお!!すげえぞアイツら!!騎馬戦なのに空飛んでやがる!!!」

 「すげえな今年の一年!?」

 「どっちも頑張れーーー!!」

 

最高潮の盛り上がりを見せる会場。最早観客を含め、この会場にいる全員が空中を飛んでいる二人に注目していた。

 

 「「「うわあああああああああ!!!」」」

 

そんな会場の盛り上がりを他所に、緑谷達は絶叫しながら必死に垣根の足に掴まる。さっきまでの飛翔とは全然違い、垣根はもの凄いスピードを出しながら空中を移動しているので振り落とされないようにするのが精一杯な三人。垣根の背後には必死に追いすがろうとしている爆豪の姿があったが、一向にその差は縮まらない。

 

 (クッソ!!!このままじゃ…)

 

爆豪が内心で焦りを感じていると、突然前を飛んでいる垣根が身体を振り向かせ、ヒュォンッ!と翼をはためかせる。

 

 (あァ…?)

 

一瞬垣根が何をしたのか分からなかった爆豪だが、すぐに垣根の下から多数の白い礫のようなものがスピードを上げて飛来してくるのを視認する。

 

 「くそがァァァァ!!!!!」

 

悪態をつきながら掌を爆破させ、次々と飛来する礫を避ける爆豪。しかし、

 

 「ガッ…!?」

 

礫の一つを避けきれず、直撃してしまった爆豪はそのまま空中から落下していく。そして地面に激突する寸前、瀬呂のテープによって回収されるとその瞬間、

 

 《タイムアップ!!!第二種目・騎馬戦終了!!!》

 

マイクの声が会場に鳴り響いた。その声を聞いた生徒達はその場で騎馬を崩す。そして垣根達もゆっくり地上に着地した。

 

 《んじゃ早速上位4チーム見てみようか!》

 《一位、垣根チーム!》

 

マイクが垣根チームを呼び上げると緑谷達は大きく喜んだ。

 

 「やったね皆!!一位死守だよ!!」

 「うん!ほんとに凄いよ皆!」

 「ああ。ここにいる全員で勝ち取った勝利だ!」

 「ま、当然だな。俺が組んだチームが負けるはずねえ」

 

 《二位、轟チーム!》

 「はあ。まぁ二位なら上々と言ったところでしょうか」

 「すまない。俺のせいで迷惑をかけた」

 「いや、俺がハチマキ取れなかったせいだ。スマン」

 「そんなこと…お二人がいてこそのこの順位ですわ」

 「うぇ~い…」

 

 《三位、爆豪チーム!》

 「あ~んもう少しだったのに!」

 「まあ三位なら良いだろ。結果オーライ」

 「そんなこと思うかよ…アイツが」

 「だァァァァァァァ!!」

 

 《四位、鉄て…オォイ!心操チーム!?いつの間に逆転してたんだよ!?》

 「フッ…ご苦労様。」

 

 《以上の四組が最終種目へ進出だァ!!それじゃあ一時間ほど昼休憩挟んで午後の部だぜ!じゃあな!おいイレイザーヘッド、飯行こうぜ》

 《寝る》

 

マイクが午後の部の開始時刻を告げると会場にいる人全員昼休憩の時間となった。

 

 

これにて第二種目及び午前の部終了。

 

 

 




まあ垣根君が空にいれば終わりだったんですが、それじゃつまんないので・・・
あと未元物質の自動防御も使ってみたかったので・・・


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二十三話

 第二種目が終わり昼休憩。A組の生徒が食堂に向かう中、垣根はスタジアムの中を彷徨っていた。用を足すためトイレを探していたのだが、中々見つからず、気がついたら自分が今どこにいるのか分からなくなっていた。要は迷子である。

 

 (ったく、広すぎんだろこのスタジアム!どこだここは!?)

 

垣根が心の中で悪態を吐きながら歩いていると、通路の先に誰かの人影が見えた。気になって近づいてみると、

 

 (爆豪…?)

 

その人影は同じクラスの爆豪であることが分かった。更に歩を進めると、爆豪も何かの気配を感じたのか、こちらを振り返る。垣根の顔を見た爆豪は一瞬驚いた様子を見せたが、すぐに露骨に嫌そうな表情を浮かべる。こんなとこで何してんだ?と垣根が爆豪に聞こうとすると、

 

 「しっ!」

 

爆豪は人差し指を唇に当て、垣根に言葉を飲み込ませた。

 

 (あ?)

 

怪訝そうな表情を浮かべながら垣根は爆豪の側に行き、

 

 「何だよ?」

 

小声で爆豪に尋ねる。爆豪はその質問に答えることはせず、代わりに曲がり角の先の方へ顎をしゃくる。垣根が顔を覗かせる形でその方角を見ると、轟と緑谷が向かい合って何か話している。

 

 (何だこりゃ?)

 

垣根は爆豪の方を見るが爆豪も、俺に聞くな!という表情。すると

 

 「緑谷、お前、オールマイトの隠し子か何かか?」

 

轟の話し声が唐突に聞こえてくる。

 

 「ち、違うよそれは!もし本当に隠し子だったら違うって言うに決まってるから納得しないと思うけどとにかくそんなんじゃなくて…」

 「そんなんじゃなくて、って言い方は少なくとも何かしら言えない繋がりがあるってことだな?」

 「…っ!?」

 

緑谷に追求する轟。この一連の会話で垣根は目の前の光景についておおよその見当が付ける。

 

 (なるほど。控え室の続きか)

 

体育祭開会式前、轟が緑谷に突っかかったシーン。恐らく、その時の続きが今行われているということだろう。轟が更に続ける。

 

 「俺の親父はエンデヴァー。知ってるだろ、万年No.2のヒーローだ。お前がNo.1ヒーローの何かを持ってるなら俺は尚更勝たなきゃならねえ」

 

轟はそう言うと、自身の過去を語った。No.2ヒーローにまで上り詰めた轟の父・エンデヴァーはオールマイトを超える逸材を生み出すために『個性婚』という手段に出た。個性婚とは自身の個性をより強化して子供に継がせる為だけに配偶者を選び、結婚を強いること。そうやって生まれてきたのが轟焦凍という訳である。だから轟はオールマイトに気に入られている緑谷に妙に突っかかっていたのだ。そこまで話すと轟は、

 

 「お前がオールマイトの何であろうと俺は右だけでお前の上を行く。時間取らせたな」

 

最後にそう言い残しその場を去ろうとする。しかし、

 

 「僕は…!僕はずっと助けられてきた。さっきだってそうだ。僕は誰かに助けられてここにいる。笑って人を助ける最高のヒーロー、オールマイト。彼のようになりたい!その為には一番になるくらい強くならなきゃいけない。君に比べたら些細な動機かも知れない。でも僕だって負けられない。僕を助けてくれた人達に応えるためにも」

 

去りゆく轟を追いかけ、緑谷ははっきりと告げる。そして、

 

 「さっき受けた宣戦布告、改めて僕からも。僕も君に勝つ!」

 

緑谷の決意が響く。轟は黙って聞いていたが、そのまま何も言わずに去って行った。そしてこの光景を見ていた爆豪も無言でこの場を後にする。

 

 「No.2、か…」

 

一人残った垣根はひとりでに呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《さあ昼休憩も終わっていよいよ最終種目発表だ!》

 

 昼休憩が終わりいよいよ午後の部開始時刻。会場にマイクの実況の声が響き渡り、盛り上がりを見せる会場。

 

 《最終種目は総勢16名からなるトーナメント形式!1対1のガチバトルだ~!!》

 

この最終種目は毎年違う種目だが、サシで勝負する形式なのは共通なのだそうだ。ちなみに去年はスポーツチャンバラをしていたらしい。

 

 「それじゃ組み合わせ決めのくじ引きしちゃうよ!組が決まったらレクリエーションを挟んで開始となります。レクに関しては進出者16名は参加するもしないも個人の判断に任せるわ。じゃ一位のチームから」

 

ミッドナイトが前で説明し、早速垣根達がくじを引こうとしていると、

 

 「すいません。俺辞退します」

 

尾白が突然挙手し、辞退を宣言する。

 

 「「「え~~!?」」」

 「尾白君何で!?」

 「せっかくプロに見てもらえる場なのに!」

 「…騎馬戦の記憶、終盤ギリギリまでほぼボンヤリとしかないんだ。多分ヤツの個性で…チャンスの場だってのは分かってる。それをふいにするなんて愚かなことだってのも。でもさ、皆が力を出し合って争ってきた場なんだ。こんな…訳分かんないままそこに並ぶなんて俺には出来ない」

 「……」

 

尾白が辞退の理由を口にすると、尾白と同じチームだったB組の庄田という人物も同じ理由で辞退を申請。皆がミッドナイトを見つめる。

 

 「そういう青臭い話はさ…好み!!!」

 

ということで二人の辞退は認められた。その代わりとして鉄哲と塩崎が繰り上がってトーナメント進出という形になった。そしてくじ引きが再開され、全員が引き終えると、

 

 「抽選の結果、組はこうなりました!」

 

ミッドナイトの言葉に合わせ、モニターにトーナメント表が映し出された。

 

1回戦: 心操VS緑谷

    轟VS瀬呂

    塩崎VS上鳴

    飯田VS発目

    芦戸VS垣根

    常闇VS八百万

    鉄哲VS切島

    麗日VS爆豪

 

 「「またか!被りすぎだろ!」」

 

 「全力で行く!」

 「の、望むところですわ!」

 

 「え~~!?初戦から垣根!?終わったぁ~~~~!!!」

 「…また芦戸かよ」

 

 「あァ?麗日?」

 「ヒィィィィィ!!!」

 

トーナメントを見た生徒達は様々な反応をしている中、マイクの声が会場に響く。

 

 《それじゃあトーナメントはひとまず置いといて。it'sつかの間!楽しく遊ぶぞレクリエーション!!》

 

そのかけ声と共にレクリエーションゲームが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《Hey guys!Are you ready!?》

 「「「おおおおおおおお!!!!」」」

 

 レクリエーションの時間が終わり、ついにトーナメントが始まろうとしていた。会場はトーナメントの開始を今か今かと待ちきれない様子で、マイクの呼びかけにノリノリで応える。

 

 《いよいよやってきましたが、結局コレだぜガチンコ勝負!!!頼れるのは己のみ!心・技・体に知識、総動員して駆け上がれぇ!!!》

 

マイクが会場のボルテージを最大限に盛り上げる。そしてフィールドの四方の隅から炎が吹き出すと、いよいよ一回戦第一試合のアナウンスが流れる。

 

 《オーディエンス共!待ちに待った最終種目がついに始まるぜ!第一回戦!成績の割には何だその顔!ヒーロー科・緑谷出久!VSごめん、まだ目立つ活躍なし!普通科・心操人使!》

 

マイクに紹介された両選手が大勢の歓声を浴びながら入場する。

 

 《ルールは簡単!相手を場外に落とすか行動不能にする!あとは「参った!」とか言わせても勝ちのガチンコだ!怪我上等!こちとら、我らがリカバリーガールが待機してっから!道徳・倫理は一旦捨て置け!!だが勿論命に関わるようなのはアウト!ヒーローは敵を捕まえるために拳を振るうのだ!レディィィィィ!スタート!!!》

 

マイクのかけ声と共に一回戦第一試合が始まった。垣根はスタンドのクラス席でその様子を眺める。緑谷は最初、相手と何か話しているかと思えば、急に相手に歩み寄り始める。しかしその瞬間、緑谷の身体が突然硬直する。会場も何が起きたのか分からない様子で、

 

 《オイオイどうした!?大事な初戦だ。盛り上げてくれよ!緑谷!開始早々完全停止!?》

 

とマイクも困惑気味な様子。

 

 「デク君…?」

 「一体どうしたというのだ…?」

 

麗日と飯田は思わず立ち上がりながら緑谷を見る。飯田と麗日だけではない。A組の皆が緑谷に何が起きているのか分からない様子だった。そんな中、

 

 「精神系能力者、いや、精神操作系個性か」

 「「「!?」」」

 

垣根がボソリと呟く。

 

 「精神系…?それって…」

 「だろ?尾白」

 

麗日が垣根に尋ねるも、垣根はそれには応えず代わりに尾白に話を振った。今度は皆が尾白の方を向き、尾白に尋ねる。

 

 「尾白君、何か知ってるの?」

 「ああ。ヤツの個性で俺は騎馬戦の時、操られていたんだ。」

 「「「!?」」」

 「ヤツの問いかけに答えてからの記憶が無いことから推察するに、多分人を操るトリガーはそれだ。ヤツの問いかけに答えたらその瞬間からヤツに操られることになる」

 「そんな…」

 「強すぎだろ…」

 「でも万能ってわけでも無い。騎馬戦の時、終盤に鉄哲のチームとぶつかったんだが、その時に目覚めた。だから衝撃を与えれば洗脳は解ける、って緑谷にもちゃんと言ったんだが…」

 「緑谷君…!!」

 

垣根は尾白の話を聞きながら、ふと別のことを想起していた。

 

 (そういや超能力者(レベル5)にもいたな。精神系能力者が)

 

超能力者(レベル5)第五位・食蜂操祈。能力名は心理掌握(メンタルアウト)。学園都市最強の精神系能力者らしい。垣根は会ったことが無いので詳しいことは知らないが。あいつの個性も食蜂と似ているのか、などと考えていると、

 

 「デク君!」

 

麗日の声により再びフィールドに視線を戻す垣根。なんと緑谷が自ら場外へ進んでいっているのだ。

 

 (アイツら厄介だからな。これは緑谷も終わったか?)

 

垣根がそう思ったその時、

 

 ブォォォォォォォォォォン!!!

 

突然衝撃波がフィールドを襲い、強い風が吹き荒れる。強風が収まると、その衝撃で洗脳が解けたのか、寸前の所で緑谷が場外になるの堪えている姿があった。

 

 《緑谷とどまったァァァ!!!》

 「「「うおおおおおおお!!!」」」

 「緑谷君!!!」

 「よ、よかったぁ!!」

 

緑谷が耐えたことに沸く会場。飯田と麗日も大きく喜んでいた。

 

 (暴発させたのか?相変わらず無茶すんなアイツ)

 

そして緑谷は心操の下へ再度詰め寄り、指や顔面に攻撃されながらも背負い投げを喰らわせ、心操を場外に押し出した。

 

 「心操君場外!緑谷君、2回戦進出!」

 

こうして緑谷は2回戦進出を決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《続きましてはこいつらだ!優秀!優秀なのに拭いきれないその地味さは何だ!?ヒーロー科瀬呂範太!VS予選3位2位と推薦入学者の名に恥じぬ成績のこの男!同じくヒーロー科轟焦凍!!それでは最終種目第二試合レディースタート!》

 

開始の合図が鳴った直後、瀬呂がテープを射出し、轟の身体に巻き付ける。そしてそのまま場外に引っ張り出そうとする。

 

 《場外狙いの不意打ち!この選択は最善じゃないか!?正直やっちまえ瀬呂!!》

 

このまま轟が引きずり出され、瀬呂の勝利かと思われたその時、

 

 ピキピキピキピキピキピキッッッッッッッ!!

 

音を立てながら地面が急速に凍っていき、次の瞬間、

 

 ドゴォォォォォォォォォン!!!!

 

地鳴りのような音が会場中に響き渡ると同時に、フィールドには巨大な氷塊が出現していた。その大きさはこの会場には収まらず、天井を突き抜けてしまう程のモノだった。唖然としてその光景を見る観客及び生徒達。解説と実況ですら言葉を失っていた。

 

 「瀬呂君行動不能!轟君二回戦進出!」

 

ミッドナイトが半身を凍らせながら宣言すると、瀬呂に対して観客からドンマイコールが発生。皆が言葉をなくす中、

 

 「ヒュ~。流石はサラブレッド」

 

垣根は口笛を吹き、愉快そうにそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 



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二十四話

誤字多くてすみません・・・
報告してくれた方、ありがとうございます!

そしてお気に入り1000超えました!ありがとうございます!
これからもよろしくお願いします!


 最終種目一回戦第三試合は上鳴VS塩崎の試合となった。開始直後、上鳴が放電攻撃を仕掛けるが、塩崎の個性・ツルによって防がれる。そして逆にそのツルによって上鳴が拘束され、塩崎の勝ちとなった。有り体に言う瞬殺である。

 

 「あれあれ~?一瞬で決めるんじゃ無かったっけ~?おかしいな?一瞬でやられたよね?A組はB組より優秀なはずなのにおっかしいな~ハハハハ!!……ウッ」

 

上鳴が負けたと見るや否やA組に対して煽ってきた物間だったが、突然気絶してしまう。

 

 「ごめんな」

 

そして物間の首根っこを掴みながら、オレンジ髪の生徒の拳藤がA組に対して謝罪する。

 

 (((今の何…?)))

 

A組の生徒達が引き気味にその光景を見ていると、拳藤がふと何かに気付いた様子でA組のある一点を見つめ、笑いながらその方向に手を振った。皆が拳藤の視線の先を追うとその先には垣根がいることに気付く。

 

 「えっ、垣根あの子と知り合いなの!?」

 「いつの間に知り合ったの!?」

 「どういうことだよ垣根!!!」

 

皆が驚いた様子で垣根に尋ねると、

 

 「…ちょっと話したことあるだけだ。」

 

垣根は面倒くさそうに答える。

 

 「ちっくしょぉぉぉ~~~!!なんで垣根ばっかり!!!」

 

峰田は心底悔しそうな様子で叫ぶ。そんなことをしている内に第四試合が始まった。第四試合は飯田VS発目。この試合は先ほどまでの試合とは異なり、発目のサポートアイテム披露会となった。サポート科である彼女は元より試合の勝敗などはどうでも良く、ただ自分の発明品をサポート会社にアピールすることが目的だったのだ。10分間自分の発明品を余すところなく紹介し終えた彼女は満足そうに自ら場外に出た。第四試合、飯田の勝利。そして第五試合。

 

 《さてさて気を取り直して第五試合!あのツノから何か出んの?ねぇ出んの?ヒーロー科芦戸三奈!VS予選順位ダブル一位とかマジかよそれ!入試一位は伊達じゃないってか!ヒーロー科垣根帝督!》

 

第五試合芦戸VS垣根。両者がフィールドに入場し、準備を整える。観客席にいる緑谷が自筆のノートを片手にこの試合の展開を予想する。

 

 「垣根君と芦戸さんの対戦…二人の個性から考えると垣根君は長距離からの翼による攻撃を主体にしてくるはず。芦戸さんが垣根君の攻撃を掻い潜っていかに接近戦に持ち込めるかが勝負の分かれ目か。いや、垣根君の翼は防御にも使えるから接近戦に持ち込んだだけでは不十分。やっぱりあの翼を攻略しないと芦戸さんに勝ちは転がってこない…」

 

ノートを見ながら一人ブツブツと呟く緑谷。

 

 「垣根やっちまえーー!!格闘ゲームみたいに服が破ける感じで倒せー!!」

 「クソかよ!」

 

峰田のゲスい叫びにツッコミをいれる耳郎。そして

 

 《さあ行ってみようか!第五試合スタート!》

 

マイクの合図と共に試合が始まる。

 

 「いっくよ~!先手必勝!」

 

開始早々、芦戸がいきなり仕掛ける。足から酸の液を出し、滑るようにフィールドを移動していく。

 

 《お~っとォ!!先に仕掛けたのは芦戸の方だァ!!素早くフィールド上を滑り、垣根を翻弄する気かァ!?》

 

マイクの言うとおり、芦戸は垣根の周りを滑り回ることで翻弄し、隙を作り出そうとする。さらに、

 

 「そぉれ!!」

 

芦戸は元気なかけ声と共に、垣根に対し酸を放つ。すかさず壁を生成し、酸を防ぐ垣根。酸を防がれた芦戸はまたもフィールドを滑り始めた。

 

 (ちょこまかと面倒くせぇな)

 

自身の周りを素早く滑り回る芦戸に鬱陶しさを感じる垣根。恐らく、芦戸はまず移動スピードで垣根を攪乱し、さらに酸を飛ばすことで垣根に酸を防ぐための壁を作らせる。その動きを繰り返すことで、垣根の動きに隙を生み出し、一気に勝負を決める魂胆なのであろう。

 

 (シンプルだが、悪くねぇ戦術だ。なら…)

 

垣根は唐突にその場に膝をつき、地面に手を当てる。すると数秒後、

 

 ガシャァァァァァァァァン!!!

 

地震のような揺れと共に、フィールド全体の地面が一斉に砕け散る。

 

 「おわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」

 

突然の出来事に、身体のバランスを大きく崩す芦戸。その隙を垣根は見逃さない。

 

 ダンッッッッッ!!!

 

力一杯地を蹴り上げ、瞬く間に芦戸との距離を詰める。そして、腕を大きく振りかぶった。

 

 (ヤバっ!?)

 

体勢がまだ整っていない芦戸は咄嗟に垣根の攻撃をガードしようと顔の前で腕を組む。すると、

 

 ポンッ

 

腹部の辺りを押される感触を感じる芦戸。不安定な体勢にさらに垣根の押し出す力が加わったことで、芦戸の身体は後方へと傾いていき、

 

 「うわぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

可愛らしい悲鳴を上げながら、芦戸は尻もちをついた。

 

 「いててて…って、あっ!」

 

腰の辺りをさすりながら芦戸は自身の周りに目を向けると、自分が座り込んでいる位置がフィールドの外であることに気がつき、思わず声を上げる。そして、

 

 「芦戸さん場外!よって二回戦進出は垣根君!」

 

ミッドナイトの宣告が響き渡る。こうして垣根は二回戦進出を決めた。

 

 

 

 そして第六試合。常闇VS八百万の試合は常闇のダークシャドウが序盤から八百万に攻めまくり、八百万に考える時間を与える事無く場外に押し出した。結果、常闇の勝利。第七試合は切島VS鉄哲の個性ダダかぶり対決。どちらも真正面からの殴り合い。お互い一歩も引くこと無く攻撃を続けたが、両者ともにダウン。回復後に腕相撲で勝敗を決めることになる。その回復の間、一回戦最後の試合、爆豪VS麗日戦が行われることとなった。

 

 《第一回戦最後の第八試合!中学からちょっとした有名人!堅気の顔じゃねえ!ヒーロー科爆豪勝己!VS俺こっち応援してえ。ヒーロー科麗日お茶子!》

 

爆豪と麗日がマイクの紹介の中フィールドに入場する。

 

 《それでは第八試合スタート!!!》

 

開始の合図が響く。それと同時に麗日が爆豪に向かって走り出す。恐らく爆豪に触れて身体を浮かし、主導権を握るつもり間のだろう。だが、

 

 ボンッッ!!

 

爆豪が右手を振るうと同時に麗日目掛けて爆破を浴びせる。黒煙の中、麗日が爆豪に再度迫るもそれを爆破で迎撃する爆豪。麗日はジャージを囮にして爆豪の裏をとったが、それにも爆豪は反応し、爆破をもろに喰らう麗日。その後も麗日は果敢に突撃を続けるがその度に爆豪の攻撃を食らい続ける。あまりの一方的な展開に客席からはブーイングが巻き起こる。すると、

 

 《今遊んでるっつったのプロか?何年目だ?素面で言ってんならもう見る意味ねぇから帰れ!帰って転職サイトでも見てろ!爆豪はここまで上がってきた相手の力を認めてるから警戒してんだろ。本気で勝とうしてるからこそ、手加減も油断も出来ねえんだろうが!》

 

解説席から相澤が怒気を含んだ声でそう言った。

 

 (ま、アイツはそんなもん気にしてねえだろうがな。それに…)

 

垣根は空中の一点を見つめながら笑みを浮かべる。

 

 (まだ終わってねえぞ、この勝負)

 

空中にはいくつもの瓦礫が浮かんでいた。麗日は低姿勢での突進で爆豪の打点を下に集めさせ、爆破によって壊れたフィールドの欠片を空中に蓄え続けた。絶え間ない突進と爆煙で爆豪の視野を狭め、それを悟らせなかった。

 

 「勝あああああああつ!!」

 

叫びながら麗日は能力を解除する。すると空中に浮かんでいた瓦礫の山が一斉に地面に向かって落下していく。それと同時に麗日は爆豪に最後の突進を仕掛ける。だが、

 

 バオォォォォォォォォン!!!

 

爆豪が空に向かって掲げた手のひらから超火力の爆破が打ち出された。放たれた爆発は物凄い音を立てながら空中の瓦礫を一掃する。その衝撃波に麗日本人も巻き込まれ、吹き飛ばされてしまった。それでも諦めなかった麗日だが、最後には身体が限界を迎え、倒れ込んだ。麗日の気絶を確認すると、

 

 「麗日さん行動不能!二回戦進出爆豪くん!」

 

ミッドナイトが高らかにそう告げる。爆豪勝己の二回戦進出が決まった。こうして一回戦の全ての試合が終わった。



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二十五話

《二回戦第一試合!今回の体育祭両者トップクラスの成績!みぃどぉりぃやぁ!VSとぉどぉろぉきぃ!まさしく両雄並び立ち…今!スタァートッ!!!》

 

マイクの合図と同時に轟が氷結攻撃を仕掛けるも、指を犠牲にしてそれを迎え撃つ緑谷。氷結攻撃を防がれた轟だがなおも氷結を出し続ける。そのたびに指を犠牲にして氷結を砕く緑谷だったが、気付けば早くも右手の親指以外の指は全滅していた。それでも轟の攻撃の手は緩まず、ついには左腕をも個性によって壊してしまった緑谷。しかし轟は緑谷のその渾身の一撃も自身の背後に氷を生み出すことで場外負けになるのを防いでいた。そして轟がトドメを刺そうと氷結攻撃を緑谷に浴びせたが、

 

 バリバリバリバリバリバリッッッッッッ!!!

 

再び防がれる轟の攻撃。轟を含めA組の生徒達が驚いて緑谷を見る。どうやら壊れた指で個性を発動させたらしい。そして緑谷は痛々しいまでに変色した右手の指を握りしめ、

 

 「全力でかかって来い!!」

 

大きな声で轟に宣言した。轟は再び緑谷に接近を試みる。しかし、

 

 (鈍ってんな…明らかに)

 

轟の動きに違和感を覚えた垣根は同時に轟の右半身に注目する。

 

 (右半身に霜が降りてる…なるほど、()を使い続けるとアイツ自身の身体にも影響が出ちまうってことか。だが恐らくそれは()にも言えることだ。つまり今左を使えばヤツの体温は上がり、身体は元に戻る。なのにアイツは使わない…)

 「舐めてやがるなあの野郎」

 

垣根は静かに呟く。

 

 「ん?どうしたの?ていと君?」

 「いや、何でもねえよ。」

 

垣根は誤魔化しながら答えると再び戦いに目を向ける。状況は先ほどとは異なり、轟が緑谷に押されていた。いや、緑谷の両手は既にボロボロなので押しているという表現は適切では無いかもしれないが、それでもダメージを与えているのは緑谷の方だ。何か轟に訴えるように叫びながらその拳をたたき込む緑谷。そして、

 

 「君の!力じゃないか!」

 

緑谷が轟に言い放つ。すると、

 

 ブォォォォォォォォォ!!!

 

轟の身体からすさまじい量の炎が一気に放出された。

 

 《こ、これはーーーーー!!》

 

マイクが驚いたように声を上げる。いや、マイクだけでは無い。A組の生徒や会場の観客も皆目の前の光景に目を奪われる。緑谷と轟は二人は数秒の間何か話していたが、それが終わるや否や同時に攻撃態勢に入る。轟が炎を出しながら大氷塊を緑谷にぶつけるも、足での個性発動によって超跳躍を可能にした緑谷はそれをかわし、轟との距離を一気に詰めながら渾身の一撃を放つ。それに対し、緑谷が向かってくるのを目で捕らえた轟もまた、今度は炎を全開にして緑谷の攻撃を迎え撃つ。そして、

 

 ドゴォォォォォォォォォン!!!

 

二人の大技が激突し、会場にすさまじい衝撃が走る。爆風が収まると、フィールドにはなんとか止まっている轟、そして場外で気を失っている緑谷の姿があった。

 

 「み、緑谷君場外。轟君三回戦進出!!」

 

こうして轟の勝利が決まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二回戦第二試合。塩崎VS飯田は飯田が超加速で塩崎の後ろに回り込み、そのまま塩崎を場外に押し出した飯田の勝利に終わった。そして二回戦第三試合。垣根VS常闇。両者がマイクのアナウンスの中フィールドに入場し向かい合う。

 

 (ダークシャドウの弱点は既に垣根に知られている。垣根の個性は『作製』。もし何か光る物体でも作られたら厄介だ。そうなる前に勝負を決める!)

 

常闇が心の中で呟く。そして、

 

 「それでは二回戦第二試合、開始!」

 

ミッドナイトの合図と共に常闇が仕掛ける。

 

 「ダークシャドウ!」

 「アイヨ!」

 

常闇の体から出現したダークシャドウが垣根に襲いかかる。

 

 「オラァ!」

 

 ズガンッ!

 

ダークシャドウの大きな手が地面を抉る。咄嗟にバックステップで躱す垣根。

 

 「フッ…」

 「!」

 

常闇は不敵な笑みを浮かべている垣根に気付き、思わず体を硬くする。

 

 「開始直後の速攻。当然だよな。俺に個性のこと知られてる以上、長期戦は不利になるだけだ」

 「……」

 

次々と攻撃を繰り出していくダークシャドウだが、垣根は涼しげな表情で躱していく。

 

 「しっかし、中々いい個性じゃねぇか。攻防を一体で担える中・遠距離型個性。俺と似てるな」

 「…戦闘中にこうも喋るとは、随分と余裕だな」

 「余裕?あぁ、あるぜ。なんせ…」

 

そこまで言うと垣根は足を止める。気付けば垣根は、フィールドの瀬戸際まで追い詰められていた。そして、

 

 「コレデシマイダァァァ!!!」

 

ダークシャドウが叫びながら、その右手を振るう。もはや直撃は必須。そんな危機的な状況だというのに、垣根は不敵な笑みを崩すことなく、先ほどの言葉の続きを紡ぎ出す。

 

 「なんせ、お前の個性は弱点が明確すぎる」

 

そう言うと同時に、突如垣根の左手の中に小さな白い塊が生み出される。そして、迫り来るダークシャドウに対し、垣根はその創造物を放り投げた。すると、、

 

 ピカッ!!!

 

垣根が放り投げた創造物から眩い光が発せられ、フィールド全体を包み込む。

 

 「ガァァァァァァァッ…!?」

 

ダークシャドウは悲鳴を上げ苦しみ出す。ダークシャドウの弱点は光。光に当てられてしまうと、一気に弱体化してしまう。

 

 「くっ…!?光…!?眩しい…!」

 

垣根達から距離が離れている常闇でさえ、目を覆わねばならない光量。そんな光を至近距離で浴びてしまったダークシャドウは、

 

 「ガァァァ……キュウン」

 「ダークシャドウ!!…はっ!?」

 

当然戦闘不能となる。慌ててダークシャドウに声をかける常闇だが、同時に自身の目の前まで既に距離を詰めている垣根の存在に気が付く。光に視界を奪われ、気付くのが遅れてしまったのだ。急いで体勢を立て直そうとした常闇だが、

 

 「遅ぇよ」

 

 ドゴッ!

 

常闇の腹部に掌底を叩き込む垣根。

 

 「カハッ……!?」

 

まともに喰らった常闇は思わず呻き声を上げ、その場で膝をつく。さらに、肩にドンッ!と軽く蹴りを入れられた常闇はその勢いで仰向けに倒れた。そして、

 

 「まだやるか?」

 「くっ…!参った…」

 

喉元に手を添えられてしまった常闇は、悔しさを滲ませながらそう宣言する。

 

 「常闇君降参!垣根君三回戦進出!」

 《決まったァァァァ!!!勝ったのは垣根帝督だァァ!!またも翼を出さずに勝利ィ!それにしてもアイツ、近接もいけんのかァ!?》

 《状況に応じた素早く的確な状況判断。派手な個性に目がいきがちだが、垣根の強さの本質はむしろそっちにある》

 《おぉ~?珍しいな。お前がそこまで褒めるとは》

 

マイクと相澤の声が響く中、スタンドの切島達もフィールドに立つ垣根を見つめる。

 

 「凄ェ…!翼を使わなくともこんなに強ぇのかよ…」

 「遠距離だけじゃねぇのかアイツ…」

 「実力は本物だね」

 

口々に垣根の噂がされる中、垣根は黙って踵を返す。こうして垣根の準決勝進出が決まった。

 

 そして二回戦第四試合は爆豪VS切島の試合が行われた。切島は一回戦で鉄哲と引き分けに終わったが、その後の腕相撲対決で見事鉄哲に勝利し、二回戦進出を決めていたのだ。そして爆豪と切島の試合は序盤は切島が自身の頑丈さを発揮し、爆豪を追い詰めていったが、時間が経つにつれその堅牢さに綻びが出始め、最後は爆豪の猛攻に耐えられなくなり切島はダウンした。結果、爆豪が三回戦進出を決めた。これですべての二回戦の試合が終わり、三回戦のカードが確定した。

 

準決勝の対戦カードは

 第一試合・轟VS飯田

 

 第二試合・垣根VS爆豪




未元物質でスタングレネードとか作れるんですかね?
どこまで作れるか分からん…


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二十六話

 《準決勝第一試合、お互いヒーロー家出身のエリート対決だ!ヒーロー科飯田天哉VS同じくヒーロー科轟焦凍!!スタート!!》

 

 マイクの合図と共に轟が氷結攻撃を繰り出すも、飯田は走りながらそれを躱す。それを見た轟は再度氷結攻撃を繰り出し、牽制すると同時に飯田の走るコースを狭めた。そして一気にトドメを刺そうと飯田に氷結をぶつけに行った轟だったが、足のエンジンを利用した跳躍で轟の攻撃を躱すと同時に轟との距離を一瞬で縮める。そして切り札のレシプロを発動し、レシプロの勢いを乗せた蹴りを轟にお見舞いした。もろに直撃し地面に倒れた轟の襟を掴み、一気に場外へ走り出す飯田。あともう少しで轟を場外に引っ張り出せるという所まで来て突然、飯田の足が止まる。飯田が何事かと自分の足を見ると、エンジンが氷によって詰まらされている光景が目に入った。そして轟が飯田の腕を掴むとそこから飯田の身体が凍っていき、飯田は行動不能となった。

 

 「飯田君行動不能!轟君の勝利!」

 《轟、炎を見せず決勝戦進出決定だ!!!》

 

ミッドナイトとマイクのアナウンスと共に轟は決勝へ駒を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《さあ続いて準決勝第二試合!さっきがエリート対決なら今度はチンピラ対決だ!ヒーロー科爆豪勝己!VSヒーロー科垣根帝督!》

 

 マイクの実況と共に両選手が入場し、にらみ合うかのように向かい合う。

 

 「緑谷、お前この戦いどう見る?」

 

爆豪との戦いで負った傷を治療してもらい、スタンド席に戻ってきた切島が緑谷に尋ねる。

 

 「正直どうなるか分からない。かっちゃんが勝つためには恐らく垣根君のあの翼の攻略は必須。かっちゃんが何か弱点を見抜いていれば勝機はあるんだろうけど…」

 「弱点か。アイツそういうとこ突くの得意だよな」

 

切島が爆豪に負わされた傷をさすりながら呟く。皆が真剣な眼差しで見つめる中、

 

 《準決勝第二試合スタート!!》

 

マイクによる開始の合図が轟く。すると、

 

 ボン!ボン!ボン!

 

開始と同時に爆豪が手のひらで爆破を連発させ、一気に垣根に迫る。そして垣根と激突する直前、

 

 ボォン!!

 

大きめの爆破によって軌道を変え、垣根の頭上を通過するように飛ぶと、そのまま垣根の背後に着地した。垣根が振り返って爆豪の方へ向くより早く、爆豪は攻撃を仕掛ける。

 

 「閃光弾(スタングレネード)!!」

 

爆豪の手のひらからピカッ!っと眩い光が放たれ、同時にすさまじい爆発が起こる。文字通り相手の視界を奪う技であり、さらに高威力の爆破攻撃も喰らわせることが出来る一石二鳥な技だ。巻き上がる黒煙の中、爆豪は垣根との距離を一気に詰めると、

 

 「死ねェ!!」

 

 ボォォォォォォォォン!!

 

爆豪が爆破の威力も乗せながら自身の右手を垣根に叩きつけた。

 

 (手応えアリ!!!)

 

爆豪は立ちこめる黒煙の中で自身の攻撃が確かに命中したことを感じ、顔に笑みを浮かべる。しかし、

 

 「痛ってえな」

 「!?」

 

予想だにしない声に思わず驚く爆豪。黒煙が徐々に晴れていくと、そこには開始前となにも変わらず立っている垣根の姿。いつもの翼を展開させている様子も無ければ、こちらを振り向くことすらもしていない。爆豪は垣根が個性を使う前に攻撃をしたはずだった。防ぐ手段など無かったはずだ。なのに爆豪の目の前に立っている垣根は傷一つ付いていない。

 

 (ありえねェ…!!こいつが個性を使った形跡は無かった。なのに、無傷だと!?)

 

爆豪が狼狽している中、垣根はゆっくりと振り向き、

 

 「つくづくムカつく野郎だなテメエは」

 

静かに呟くと、自身の右手を爆豪にかざそうとする垣根。だがその動作が終わる前に我に返った爆豪が垣根に再度攻撃を仕掛ける。

 

 「オォォォォラァァァァ!!!」

 

今度は左手の爆破攻撃を勢いよく振り下ろす。

 

 ドゴォォォォォン!!

 

轟音と共に大きな爆発が起きる。この爆発も爆豪によるもの。誰もがそう思っていた。しかし、

 

 「ぐは……っ!?」

 

黒煙の中から吹き飛ばされる様に出てきたのはなんとその爆豪。観客や生徒達が驚愕の表情を浮かべる中、ラインギリギリの所まで飛ばされた爆豪はそのまま仰向けに倒れこむ。

 

 《おーーーっとこれは!?爆豪が突然吹っ飛んできたぞ!?何が起きたんだ!?》

 「ありゃ?場外までいかなかったか。ちと弱かったかな?」

 

呑気に呟きながら、垣根が爆煙の中からゆっくりと姿を現す。

 

 「テメェ…!何しやがった!?」

 「さぁな。自分(てめえ)の起こした爆風に呑まれでもしたんじゃねえのか?」

 「ざけんな!なわけねえだろカス!!」

 

爆豪は何とか立ち上がりながら垣根の方を睨み付ける。

 

(俺が攻撃する直前、別の爆発が起きやがった…!何だコイツの個性は!?んなことも出来んのかよ!?)

 

爆豪は歯がみしながらも更に考える。

 

 (あの爆発がある以上、迂闊には近づけねぇ。ある程度距離を保ちながらも高威力の攻撃をぶつける必要がある。スタングレネード程度の攻撃じゃダメだ。なら…アレしかねぇ!)

 

爆豪が次の手について思案していると、

 

 「何だよ。来ねえのか?ならこっちから行くぞ」

 

垣根が攻撃宣告をした直後、垣根の足下から白いナニカが4つほど射出され、それら全てが爆豪目掛けて一斉に襲いかかった。

 

 「!?」

 

咄嗟に爆破によって空中へ逃れる爆豪。標的を見失った白いナニカはそのまま直進し、ズガァン!と派手な音を立てながら観客席の壁に深々と刺さる。

 

 (あれは…槍かァ?)

 

爆豪が白い射出物に注意を向けていると、

 

 「よそ見してる暇はねぇぞ。次だ」

 「!?」

 

垣根の声が聞こえ、すぐに視線を移す爆豪。すると垣根の足下から新たに4本の槍が射出され、再び空中にいる爆豪目掛けて進んでいく。

 

 「クソが!」

 

悪態を吐きながら爆破によって回避する爆豪だったが、避けたはずの槍は軌道を変え再度爆豪に襲いかかる。

 

 「追尾機能(ホーミング)!?面倒くせぇ!」

 

 ボォン!ボォン!

 

連続的な爆破によって空中を移動し、追尾してくる槍から逃れようとする爆豪。だが4本の槍は執拗に標的を追いかけ、止まる様子は無い。

 

 (俺をブッ刺すまで止まらねぇってか。ハッ、なら本体のクソ野郎を先にぶっ殺す!)

 

爆豪は一瞬空中で静止し進行方向を変えると、今度は逆に迫り来る槍に自ら飛び込んでいく。このまま槍と爆豪がぶつかると思われた刹那、

 

 ボォォン!!

 

大きめな爆破によって爆豪は自身の身体の軌道をそらすと、間一髪の所で槍を回避した。

 

 《おぉっと爆豪!垣根の攻撃をギリギリで回避!痺れるぜェェ!!》

 「おおおおおお!!」

 「スゲェぞあいつ!なんつー戦闘センスだ!」

 

息つく暇も無い二人の攻防に実況や観客のボルテージが上がっていく中、爆破によって一気にスピードを上げ地上の垣根に迫る爆豪。さらに、

 

 ボン!ボン!ボン!ボン!ボン!ボン!

 

更なる連続的な爆破によって、巨大な爆風を身に纏いながら自身の身体にも回転を加えていく。

 

 「死ねェェェェェェェ!!メルヘン野郎!!」

 

重力による自由落下の速度+爆風による加速によって、爆豪は凄まじいスピードで垣根に接近し、垣根との距離が十分に縮まると両手を突き出し、

 

 「榴弾砲・着弾(ハウザーインパクト)!!」

 

 ドガァァァァァァァァァァァァァァン!!!

 

凄まじい爆音を立てながら特大火力の爆風が垣根に襲いかかった。爆発による風圧が観客席にまで及び、その技の威力を体感するスタジアムの観客達。

 

 《麗日戦で見せた特大火力に勢いと回転を加えたまさに人間榴弾!あんなの喰らったらひとたまりもないぜ!!勝敗の行方は果たして~!?》

 

マイクの実況が響き渡り、スタジアムにいる全員がフィールドを注視する。フィールドに存在している影は二人分。一人は先の大技を放った爆豪。そしてもう一人は、白い繭の様なモノを身に纏い姿が隠れている。すると、

 

 ファサッ!!

 

白い翼が開かれ、もう一人の生徒である垣根の姿が露わとなった。

 

 《両者未だ健在!!なんと垣根!あの超火力攻撃を翼によって防いでいた~!!なんだコイツら!?強すぎだろ!!》

 「マジかよ。あれ耐えきったのか…」

 「コイツらほんとに一年か?」

 「爆豪の火力パネェな…」

 「ハイレベル過ぎだろ今年の一年…」

 

超ハイレベルな戦いにどよめく観客達。確かにどちらもレベルが高く、それはもう一年同士の戦いのレベルではない。その両者睨み合う中、唐突に爆豪がニヤリと笑う。

 

 「何笑ってんだテメェ。気持ち悪ぃ」

 「うるせぇ黙れ…へっ、やっと出しやがったな」

 「あ?」

 「その翼だ!舐めプのテメェに勝っても意味ねぇ。俺が獲るのは完膚なきまでのまでの一位だからな!」

 「…ケッ、くだらねぇ」

 

心底くだらないといった様子で吐き捨てる垣根。

 

 「でもお前、さっきの技が全力なんだろ?それが通じなかった今、テメェが俺に勝てる確率なんざ万に一つもねぇってのは誰が見ても分かることだと思うんだが?」

 「関係ねぇ!ようやく身体が温まってきたとこだ!テメェをぶっ潰して俺は上に行く!」

 

両手のひらからバチバチッ!っと火花を散らしながら爆豪は垣根に吠える。その顔には微塵も諦めている様子は無かった。そして、ボォン!!と爆発音を鳴らし垣根に迫る爆豪。

 

 「第二ラウンド、開始だァ!!」

 

吠えながら距離を詰めてくる爆豪に対し、垣根は二枚の翼を繰り出すことでそれを迎撃する。しかし、

 

 「遠距離持ちはやることがワンパターンなんだよォ!!!」

 

爆豪は最小限の動きで翼を躱すと、一気に垣根の目の前まで接近する。垣根が別の二枚の翼で目の前に迫る爆豪を穿とうとするが、その前に両手で左右一枚ずつの翼の根本をガッチリ掴み、翼だけで無く垣根の動きも止める爆豪。そして、

 

 「っらぁぁ!!」

 

身動きを封じた垣根に思いっきり蹴りを放つ。

 

 (分解(パージ)!)

 

垣根はすかさず爆豪に掴まれている翼を分解(パージ)することで自身の拘束を解き、後ろに飛ぶことで爆豪の攻撃を回避した。

 

 「チッ!んなことも出来んのかよ」

 

忌々しそうに舌打ちする爆豪。すると、

 

 「第二ラウンド、ね」

 「あァ?」

 

垣根のつぶやきに訝しげに反応する爆豪だったが、突然垣根が爆豪に話を振った。

 

 「お前戦闘訓練の時言ってたよな?お前の個性は手のひらの汗腺からニトロのようなものを分泌し、それを着火することで爆破を起こしてるって」

 「…だったら何だ?」

 「いや、別に。ただ…」

 「?」

 「お前が勝手に始めた第二ラウンドだが、早くもこれにて終了だ。まぁよく頑張ったぜお前は」

 「!」

 

爆豪に言い放つと、再び六枚の翼を展開し翼に力をためていく。

 

 「あァ!?舐めたことぬかしてんじゃねぇぞメルヘン野郎がァ!!」

 

垣根に罵声を浴びせながらも爆豪は、垣根の背の翼に神経を集中させた。

 

 (あれは、烈風攻撃か!喰らうかよんなモン!!)

 

垣根の攻撃を予測し、腰を沈める爆豪。タイミングを見誤らなければ爆破で十分避けられる。烈風が放たれるタイミングを計るため、爆豪は神経を研ぎ澄ます。そして

 

 「じゃあな」

 

垣根のつぶやきと共に六枚の翼が一斉に羽ばたかれ、烈風が放たれた。

 

 轟ッッッ!!

 

轟音と共に迫り来る風の塊。爆豪はすかさず反応し、爆破によって烈風を回避しようとする。だが、

 

 「!?個性が発動しねぇ!?」

 

思わず自分の手のひらを見つめる爆豪。いつものように個性を発動させているのだが一向に爆破が出ない。

 

 (なんでだ…!?)

 

原因を考えようとする爆豪だったが、前方からどんどん大きくなって聞こえてくる音の存在に気がつき、慌てて前に向き直る。

 

 「しまっ―――――――――――――――!?」

 

最後まで言い終わらないうちに爆豪の身体が宙を舞う。垣根の烈風によって身体ごと吹き飛ばされた爆豪は、そのまま場外まで飛ばされ観客席の壁に激突した。

 

 「爆豪君場外!垣根君決勝戦進出!」

 

ミッドナイトの宣告が響き渡り、会場もそれにつられて湧き上がった。

 

準決勝第二試合、垣根の勝利。そして決勝戦の対戦カードは

 

   轟 VS 垣根

 

 

 

 




新約6巻読んだんですが、「えっ、未元物質って何でもありじゃね!?」って思ってしまい、中々バトル内容が決まりませんでした。翼なんか出さなくても大体のヤツに勝てるじゃん!?

でもあの翼すきなんですよね・・・


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二十七話

 

 準決勝第二試合は垣根の勝利に終わった。垣根がフィールドを去ろうとすると、

 

 「待てや、コラ…!」

 

身体を振るわせ、起き上がりながら垣根を呼び止める爆豪。垣根も動きを止める。

 

 「何、しやがった…?」

 「……」

 「個性を、消したのか!?」

 

爆豪が垣根に問い詰める。個性を消す。そんなことはイレイザーヘッドの個性でない限り無理な話だ。あり得ないことだと言うことは分かっている。だが実際垣根の攻撃を食らう直前、爆豪の個性は確かに発動しなかった。ならば垣根が何らかの手段で爆豪の個性を消したとしか考えられない。爆豪が歯を食いしばりながら見つめる中、垣根が口を開いた。

 

 「個性を消す?馬鹿言え。相澤じゃねぇんだ。んなこと出来るわけねぇだろ」

 「あァ!?じゃなんで――――――」

 「んなことはどうでもいいんだよ」

 「!」

 

爆豪の言葉を遮るようにして垣根が言葉を挟む。

 

 「個性が消えただか何だか知れねぇが、お前は俺に負けたんだよ」

 「…ッ!?」

 「それで十分だろ?じゃあな」

 

そう言い残すと垣根はフィールドから去って行ってしまった。

 

 「クッソォ…」

 

残された爆豪はただ一人、垣根に敗北したという事実を噛みしめ、膝を突きながら地面を悔しそうに見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《雄英高校体育祭もいよいよラストバトル!一年の頂点がこの一戦で決まる!いわゆる決勝戦!ヒーロー科轟焦凍VSヒーロー科垣根帝督!》

 

 マイクの実況に沸くスタンド。いよいよ決勝戦。片や推薦入学者でかつNo.2ヒーロー・エンデヴァーの息子である轟。その実力は折り紙付き。そしてもう片方は入試成績トップで、一部では歴代最強新人(ルーキー)とも呼ばれている垣根。文字通り頂点を決める戦いが今、始まろうとしていた。観客や生徒達は勿論、警備に来たプロヒーロー達もモニター越しでこの戦いに注目している。そして

 

 《今、スタート!!》

 

マイクの合図が響き渡った直後、轟が動く。

 

 ピキピキピキピキッッッッッ!!!!

 

地面に手を当て大氷塊を生み出し、目の前の垣根目掛けて一気にぶつけた。瀬呂戦で見せた氷結程ではなかったがそれでも凄まじい規模の氷塊がスタジアムに形成される。

 

 《轟いきなりかましたァ!!早速優勝者決定かァァ!?》

 「瀬呂君戦ほどの規模じゃない!?一撃を狙いつつ、次を警戒した!?」

 

緑谷の言うとおり、轟は既に警戒態勢を取っていた。皆がフィールドを見守っていると、突然、

 

 ドガァァァァァァァァァァァン!!!

 

凄まじい轟音を響かせながら大爆発が起こり、大氷塊は粉々に崩れ去る。皆が驚きの目で見つめる中、爆煙の中からポケットに手を突っ込みながら歩いてくる垣根の姿が現れる。

 

 《と思ったら垣根またしても無傷!?しかもあの氷結を一瞬で粉々にしちまったぜ!!どっちもチートかよ!!》

 「おいおい、流石に冗談だろ!?あの氷結喰らって無傷はねぇだろ…」

 「何だ今の大爆発!?」

 「雄英のレベル高すぎだろ…」

 

最初の攻防だけでレベルが違うと分かる二人。スタジアムのボルテージが上がっていくのとは裏腹にフィールドの二人を取り巻く空気は至って静かなモノだった。しばらく見つめ合ったまま動かなかった二人だが、またもや轟が氷塊をぶつけに行く。

 

 「はぁ」

 

垣根はため息を吐きながら目を閉じると、突如垣根の目の前に大きな白い壁が現れる。

 

 ドンッ!!

 

衝撃と共に白い壁にぶつかった氷結は、その進行が止まる。

 

 「馬鹿の一つ覚えみてぇに氷ばっか出しやがって…舐めてんのかテメェ」

 「くっ…!?」

 「察しが悪いみたいだな。だったら直接言ってやる。お前の氷じゃ俺に傷一つ付けらんねえよ」

 

垣根はそう言いながら背中から翼を出し白い壁を消すと、目の前の氷塊に対して烈風を放つ。

 

 轟ッ!!

 

 バリバリバリバリバリバリッッッッッ!!!!

 

次々と氷塊が砕かれ、その風圧が轟を飲み込む。

 

 「くっ…!」

 

後方に吹き飛ばされそうになるも、自身の真後ろに氷の壁を作り、なんとか踏みとどまった。

 

 「ほぉ、中々しぶといな。流石はNo.2の息子」

 「……っ!」

 「ほら、お前の親父さんも見てるぜ?息子のカッコいいところが見たいってな」

 「うるせぇ!!」

 

垣根の挑発に激昂した轟は足下から三度目の氷結攻撃を繰り出す。すると、今度は垣根が足を一歩前に踏み出した。すると、

 

 ドッッッッッ!!!

 

強い振動と共に垣根の足下から巨大な白い塊が出現し、轟の方目掛けて迫っていく。そして、

 

 ゴッッッッ!!

 

轟による氷の塊と垣根による白い塊が轟音と共に衝突した。会場全体に衝撃が走る。

 

 「うおおおお…!すげぇ衝撃…!」

 「地震かよ!?」

 

観客達は伝わり来る振動に驚きつつも、試合に目を向ける。二つの巨大な攻撃。一見互角に見えたが、均衡を保っていたのはほんの一瞬。ガリガリガリッッ!!と音を立て、白い塊はみるみる氷塊を飲み込んでいく。そのまま轟に直撃するかと思われたが、氷の壁を自身の真横に射出するように出現させ、それに乗ることで直撃を回避した。轟を捉え損ねた白い塊はゴォォォォォン!!という轟音と共に観客席の壁に激突し、何人かの観客は悲鳴を上げる。轟を含め、会場にいる人々は唖然とした様子でこの光景を眺める。

 

 《なんと垣根!轟の氷結攻撃に応えるように白い塊攻撃をぶつけたァ!!つーか何だありゃ!?》

 《あれは槍だ》

 《槍?》

 《ああ。準決の時、垣根が爆豪に放った槍。それを大量に生み出し放った結果がこれだ…ざっと百本以上ってとこか。数が多すぎて遠くから見ると白い塊にしか見えないな》

 《ほうほう…って、百本!?》

 

相澤の解説にどよめく観客達。それは生徒達とて例外ではなかった。

 

 「そんな…!?一度にそれだけの数のモノを作り上げるなんて…!?」

 

八百万が驚嘆の声を上げる。

 

 「確かに構造が単純なモノほど作る時間は少なくて済みますが…それでも一瞬で数百も作り上げるなんて…そんなことが…!」

 「いや、それだけじゃない」

 「ん?どうした緑谷?」

 「さっきの白い壁やこの白い槍、そしてあの翼。恐るべきはその強度だよ」

 「って言うと…」

 「あの白い物質はかっちゃんの爆破や轟君の氷、そしてオールマイトと同等のパワーを持っていた脳無の一撃をも完璧に防いでいた」

 「脳無の攻撃を!?ウチ別の場所で戦ってたから知らなかった…」

 「一体あの白い物質の正体は何なんだ?…八百万さん、何か心当たりとかない?」

 「…いえ、まったく見当が付きませんわ。例えばダイヤモンドはこの世でトップクラスに硬い物質だと言われていますけど、垣根さんの白い物質の正体がダイヤモンドだとは思えません。それにもし仮に白い物質の正体がダイヤモンドだとしても、先ほど緑谷さんが挙げた方々、特にオールマイト先生並みのパワーの持ち主である脳無の攻撃を無傷で防ぐなどとは考えにくい」

 「ん~、確かにな」

 

垣根の個性の正体について色々考えるA組の生徒達。一方で、フィールドでは再び垣根と轟の戦いが再開していた。背中の翼を伸ばし、轟を穿とうとする垣根。轟は氷の盾を作り上げ翼から身を守ろうとするが、

 

 「ぐは……っ!!」

 

紙くずのように砕かれ、轟の腹に重い一撃が入る。肺に息が詰まり、一瞬息が出来なくなる轟。そのまま地面に叩きつけられ仰向けに倒れる轟。

 

 「ハァ…ガッカリだ。多少はやるかと思ってたが、これだったらまだあの犬野郎の方が楽しめたぜ」

 (くっ…!?強い…!俺の氷結が紙くずみてぇに砕かれる…!このままじゃ…!)

 「とっとと終われ」

 

垣根は吐き捨てるように言うとその翼に力を込めていく。誰もが轟の敗北を察したその時、

 

 「頑張れ!轟君!!」

 

スタンド席から緑谷の声が聞こえた。その声の方を思わず振り返る垣根。

 

 「あの野郎…」

 

垣根の視線を感じた緑谷は、

 

 「あ…えっと、もちろん垣根君も頑張って!」

 

慌ててフォローを入れる緑谷。すると、

 

 ボウッッッッッッ!!!

 

音を立てながら激しく炎が吹き荒れる。垣根が再び視線をやると、左半身に炎を纏いながら立ち上がる轟の姿があった。

 

 「何だよ。やる気になったのか?」

 「……」

 

垣根の問いかけには答えず、そのまま左腕を突き出す轟。どうやら緑谷戦で見せた爆風攻撃を垣根に向けて放とうとしているらしい。

 

 「そうか」

 

垣根は轟の構えを見て一言呟くと、そのまま空に上昇していく。そしてある程度の高さで静止すると背中の翼を五メートル程の長さにまで伸ばす。皆が空中に浮かぶ垣根の姿に注視する。日差しを浴びて輝く純白の翼を広げて飛んでいる垣根の姿はどこか神々しさを感じさせ、見る者達を魅了した。

 

 《天、使?》

 

思わず口から言葉が漏れるマイク。皆の視線を一手に受ける中、

 

 「行くぜ」

 

地上の轟に声をかけ、垣根は六枚の翼に力を込める。そして、

 

 轟!!!

 

凄まじい轟音を響かせながら放たれた烈風の塊は一気に轟に襲いかかる。ハリケーンでも発生したのかと思うくらいの風圧がスタジアム全体を襲う。轟は迫り来る嵐の塊を見上げながら左手をかざし、

 

 ドゴォォォォォォォン!!!

 

派手な音と共に観客席の壁に何かが激突した。土煙の中ミッドナイトが近くに寄ると、気絶した轟が壁にもたれかかっている姿を確認した。

 

 「轟君場外!よって、垣根君の勝ち!」

 

ミッドナイトの宣告が響き渡ると同時にスタジアムが歓喜に沸く。

 

 《決まったぁぁ!!以上で全ての競技が終了!!今年度雄英体育祭一年優勝はA組垣根帝督!》

 

歓声の中、垣根は静かに地上に降り立ち、先ほどの光景を思い出す。垣根が攻撃を放ち、その攻撃が轟に直撃する直前、轟が左手を下ろしながら火を消す瞬間を垣根はしっかりと見た。

 

 「チッ、くだらねえ」

 

垣根は吐き捨てるようにそう言うとフィールドを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「今年度雄英体育祭一年の全日程が終了!それではこれより表彰式に移ります!」

 

ミッドナイトがそう言うと白い煙と花吹雪を舞わせながら表彰台が現れた。一位~三位までの生徒がその台の上には立っており、観客や生徒達から拍手で迎えられた。

 

 「三位には爆豪くんと飯田君がいるんだけどちょっとおうちの都合で早退になっちゃったのでご了承くださいな♡」

 

ミッドナイトは飯田が表彰台にいないわけを手短に話すと次に進む。

 

 「それではメダル授与よ!今年メダルを贈呈するのはもちろんこの人!」

 「ハーッハッハッハッ!!」

 

突然空から高らかな笑い声が聞こえてきた。その声を聞くと

 

 「うおおおおおおおお!!!」

 「オールマイトだ!」

 「オールマイトよ!」

 

観客のボルテージは更に上がる。

 

 「私がメダルを持って「我らがオールマイト!」きた~!」

 

いつもの決め台詞と共に空からオールマイトが降ってきたが、ミッドナイトの言葉と被ってしまい、微妙な空気が漂う。

 

 「それではオールマイト、三位からメダルの授与を…」

 

若干気まずそうに申し立てるミッドナイト。オールマイトもそれに従いメダルを渡していく。

 

 「爆豪少年おめでとう!と言っても全然満足してない様子だね…だが爆豪少年!君の戦闘センスは本物だ!間違いなく入学時から成長しているよ!ちょっとアツくなりすぎてしまう所もあるが…このまま磨き続ければ君は立派なヒーローになれる!頑張っていこうな!」

 「……」

 

オールマイトの言葉に反応すること無く、終始下を向いていた爆豪。オールマイトは爆豪にそっとメダルをかけ、ハグをすると次は轟の下へ向かう。

 

 「轟少年おめでとう。決勝で左側を収めてしまったのはワケがあるのかな?」

 「緑谷戦できっかけをもらって分からなくなってしまいました。あなたがヤツを気にかけるのも少し分かった気がします。あなたの様なヒーローになりたかった。ただ…俺だけ吹っ切れてそれで終わりじゃダメだと思った。清算しなきゃならないものがまだある」

 「うん・・・顔が以前と全然違う。深くは聞くまいよ。今の君ならきっと清算できる」

 「…はい」

 

轟の言葉を最後まで聞き終えると先と同様メダルを首にかけ、ハグをして次に進むオールマイト。そして、

 

 「さて垣根少年!いや~君は本当に強いね!予選ダブル一位でトーナメントも優勝。文句の付け所の無い成績だ!正直ちょっと引いたぐらいさ。流石は先生の息子さんだ!」

 「なんだ、俺がジジイの息子だって知ってたのか」

 「勿論さ!君が幼い頃、一度会っているんだが憶えてないかな?」

 「生憎と」

 「そっかぁ~。まぁいいよ、うん!とにかく優勝おめでとう!垣根少年!」

 「どうも」

 

垣根にメダルをかけハグをするとオールマイトは前に向き直り、

 

 「さあ!今回の勝者は彼らだった!しかし皆さん!この場の誰にもここに立つ可能性はあった!競い、高め合い、さらに先へ登っていくその姿!次代のヒーローは確実にその芽を伸ばしている!てな感じで最後に一言!皆さんご唱和ください!せーのっ!」

 「お疲れ様でした~!」

 「「「Plus Ultra!!!」」」

 

こうして今年度の雄英体育祭は終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガチャッと扉を開けて垣根は自分の家の中に入る。体育祭の後の帰りのHRが終わり、今帰宅してきたところだ。ちなみに明日は振替休日で休みらしい。垣根がリビングに向かうと、

 

 「おぉ~帰ったか」

 「ん」

 

テレビでニュースを見ていたグラントリノが垣根に気付き声をかけ、それに答える垣根。

 

 「見てたのか?体育祭」

 「ん?ああ、まぁちょっとだけな。飯出来てるぞ。食うか?」

 「ああ」

 

そう短く返事すると垣根は椅子に腰を下ろした。そしていつものように二人で夕食を食べ、一日を終える。長かった体育祭もこれで本当の終わりを迎えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夕食はこれまたいつもの夕食よりも豪華な気がしたが、恐らく気のせいだろう。

 

 




長かった体育祭もついに終わりです。こんなに長くなるとは・・・

あと世界一硬い物質ってダイヤモンドじゃないらしいですね


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雄英高校 職場体験~
二十八話


 

 体育祭の後の振替休日が終わり、今日から普通の学校生活が戻る。垣根が教室に入ると

 

 「やっぱテレビで中継されると違うね~。超声かけられたよ来る途中!」

 「あぁ俺も!」

 「私もジロジロ見られて何か恥ずかしかった///」

 「葉隠さんはいつもなんじゃ…」

 「俺なんか小学生にドンマイコールされたぜ」

 「たった一日ですげぇ人気になっちまったな!」

 「やっぱ雄英すげぇな!」

 

A組の生徒達が盛り上がりながら喋っていた。一昨日の体育祭を機に多くの生徒が一般人に声をかけられるようになった。雄英の体育祭は全国で放送されるため、その影響力は大きい。改めて雄英のスゴさを実感する生徒達。かくいう垣根も多くの視線が自身に注がれているのを感じながら登校してきた。注目されるのが好きな人ならば喜ばしい事なのかも知れないが、生憎垣根はそういったタイプではなく、鬱陶しさすら感じていた。盛り上がっているクラスを尻目に見ながら垣根は自分の席に着く。するとその直後に担任の相澤がクラスに入ってきた。

 

 「おはよう」

 「「「おはようございます!」」」

 

相澤の挨拶に元気よく挨拶を返すA組の生徒達。

 

 「早速だが今日のヒーロー情報学、ちょっと特別だぞ」

 (((きた!!)))

 

クラスに緊張が走る。

 

 (特別!?小テストか!?やめてくれよ~)

 (ヒーロー関連の法律やらただでさえ苦手なのに…)

 

どんなことを言われるか不安でいっぱいな生徒達。静けさの中、相澤が口を開いた

 

 「コードネーム。ヒーロー名の考案だ」

 「「「胸膨らむヤツきたァ!!!」」」

 

歓喜に沸くA組だが相澤の圧により一瞬で静かになる生徒達。相澤が説明を続ける。

 

 「というのも先日話したプロヒーローからのドラフト指名に関係してくる。指名が本格化するのは経験を積み、即戦力として判断される2~3年から。つまり今回一年のお前らに来た指名は将来性に対する興味が高い。卒業までにその興味がそがれたら一方的にキャンセルなんてことはよくある」

 「頂いた指名がそのまま自身へのハードルになるんですね!」

 「そう。で、その集計結果がこれだ」

 

相澤が手に持っているリモコンのスイッチを押すと、黒板に「A組指名件数」という文字が浮かび上がり、その下に各生徒への指名結果が横棒グラフで映し出された。上から、

 

 垣根:8032

 轟 :2742

 爆豪:2023

 飯田:360

 常闇:301

 上鳴:272

 八百万:108

 切島:68

 麗日:20

 瀬呂:14

 

 「例年はもっとバラけるんだが、三人に注目が偏った。いや、一人と二人だな」

 

相澤が出した集計結果を見た生徒達は

 

 「だぁ~、白黒ついた…」

 「垣根8000って、お前マジかよ…」

 「二位の轟にほぼトリプルスコアじゃねーか…」

 「つかヒーロー事務所ってこんなにあんのな」

 「…流石ですわ轟さん」

 「ほとんど親の話題ありきだろ」

 「わぁ~指名来てる~!わぁ~!」

 「緑谷!無いな!あんな無茶な戦い方すっから怖がられたんだ」

 「うん…」

 

などなど各自様々な反応を示していると、再び相澤が口を開く。

 

 「この結果を踏まえ、指名の有無に関係なくいわゆる職場体験に行ってもらう」

 「職場体験?」

 「ああ。お前らはUSJん時一足先に(ヴィラン)との戦闘を経験してしまったが、プロとの活動を実際に体験してより実りある訓練をしようってことだ」

 「それでヒーロー名か!」

 「俄然楽しみになってきた!」

 「まあそのヒーロー名はまだ仮ではあるが、適当なモンは…」

 「付けたら地獄を見ちゃうよ!」

 

突然教室の扉を開き、中に入ってきたミッドナイトが相澤の言葉を横取りする。

 

 「学生時代に付けたヒーロー名が世に認知されそのままプロ名になってる人多いからね!」

 「…まあそういうことだ。その辺のセンスをミッドナイトさんに査定してもらう。俺はそういうの出来ん。将来自分がどうなるのか。名を付けることでイメージが固まりそこに近づいていく。それが『名は体を表す』ってことだ。オールマイトとかな」

 

相澤の説明が終わると生徒達は自分のヒーロー名を考え始めた。一部の生徒を除き、大体はスムーズに決まっていき、一時間目が終わる頃には全員のヒーロー名が決まった。

 

 「さて、全員のヒーロー名が決まったところで話を職場体験に戻す。期間は一週間。肝心の職場だが、指名のあった者は個別でリストを渡すからその中から自分で選択しろ。指名の無かった者はあらかじめこちらからオファーした全国の受け入れ可の事務所40件、この中から選んでもらう。それぞれ活動地域や得意なジャンルが異なる」

 「例えば13号なら対敵より災害・事故などの人命救助中心、とかね」

 「よく考えて選べよ」

 「「「はい!」」」

 

生徒達が元気よく返事をすると、相澤は生徒一人一人にリストを配り、一時間目を終える。提出期限は今週末まで。つまりあと二日で決めなければならないらしい。その後の二時間目からはいつも通りの授業が再開した。そして昼休み。教室では職場体験の話でもちきりだった。

 

 「ねーねー。みんなどのプロ事務所に行くか決めた?」

 「オイラはMt.レディ!」

 「峰田ちゃん、やらしいこと考えてるわね?」

 「おい垣根!お前はどこに行くのか決めたのか?」

 

切島が垣根の席に近づきながら尋ねる。瀬呂や上鳴、耳郎もそれにつられて垣根の席に来る。

 

 「んなもん決めてねぇよ」

 「いいよなーお前は。選り取り見取りじゃねえか。どれどれ…って多過ぎだろ!!」

 

切島が垣根のリストを見るや否や、大きく声を上げる。瀬呂達も垣根のリスト表を覗き込む。

 

 「うひょ~。すげぇなこれ!有名なプロ事務所ほとんどあるじゃねーか」

 「エンデヴァー以外は大体あるね。こんなにあると逆に選ぶの大変そう」

 「ギャングオルカやベストジーニスト、それにホークスまで…!とんでもねぇな」

 

何やら楽しそうに騒いでいる中、切島が垣根に尋ねる。

 

 「垣根お前、どっか行きたい所ないのか?」

 「ない。つーか全く興味ねえ。これって絶対行かなきゃいけないモンなのか?」

 「そりゃそうでしょ」

 「ありすぎて選べないとか贅沢すぎるぞお前。」

 「いやそういうわけじゃ無くてだな…第一、ここに書かれてる奴ら誰も知らねえし」

 「えっ!?じゃあベストジーニストやホークスのことも知らないのかお前!?」

 「あ?誰だそいつら」

 

垣根の言葉に衝撃を受ける切島達。

 

 「ベストジーニストやホークスっつったらヒーローランキングNo.4とNo.3の超有名ヒーローだろ!特にホークスなんか史上最年少でトップ10入りを果たしたヒーローなんだぞ」

 「ちなみにさっき瀬呂が言ってたギャングオルカはヒーローランキングNo.10のヒーローね」

 「ほーん」

 「お前そんなことも知らなかったのかよ…」

 

切島や耳郎から説明を受ける垣根。上鳴ですら垣根の無知さにはため息を吐くほどだった。

 

 「でも垣根の個性ってなんかホークスに似てるかも」

 「?」

 「ほら、垣根って白い翼使うでしょ?ホークスも翼を使う個性なんだよ」

 「あー!確かにそうだな。垣根のとはちょっと形状は違うけど翼であることには変わりないしな」

 「垣根ホークスんとこ行けば?」

 「…だから俺の個性は翼じゃねぇって」

 

垣根はそう呟きつつ、改めてリストを眺める。

 

 (どこにすっかねぇ…ん?待てよ。これってプロだったらどこでもいいんだよな。だったら…)

 

そこまで考えた時、授業前の予鈴が鳴る。立っていた生徒達は席に着き、しばらくすると先生が教室に入ってきて午後の授業が始まった。そして放課後。垣根はいつもの面子で帰ろうとするが、飯田がいないことに気付く。下駄箱に行き、緑谷が飯田の靴を確認した所、既に帰宅していることが分かった。

 

 「先に帰ったのか。珍しいな」

 「う、うん…」

 

垣根が何気なく呟くと浮かない表情を浮かべながら相づちを打つ緑谷。麗日もどこか元気が無い様子だった。

 

 「どうかしたのか?」

 「い、いや別に!何もないけど…その、垣根君テレビ見てない?」

 「テレビ?見てねえけど。」

 「そ、そっか。じゃあ知らないか…」

 「何だよ。何かあったのか?」

 「実は…」

 

そう言って緑谷は歩きながら話し始めた。飯田の兄・インゲ二ウムが東京の保須市で敵に襲われ、再起不能になってしまったそうだ。敵の正体は神出鬼没、過去17名ものヒーローを殺害し23名ものヒーローを再起不能に陥れたヒーロー殺し。(ヴィラン)名は「ステイン」と呼ばれているそうだ。飯田が体育祭の表彰式を欠席したのはこの事件が理由だったらしい。緑谷と麗日は事前に聞かされていたようだ。

 

 「ヒーロー殺し、ねぇ」

 

緑谷からの説明を聞いた垣根がひとりでに呟く。

 

 「飯田君大丈夫かな…」

 「僕、朝飯田君に話しかけたんだけど何だか無理してるような気がして…」

 

垣根の横を歩いている緑谷と麗日の二人は心配そうな表情で言う。

 

 (そういやアイツ、確か兄貴に憧れてるみたいな事言ってたからな。まぁまず大丈夫じゃねえだろうな)

 

そう思いながら、いつだったか昼食時に飯田がヒーローを志す理由を聞いたときのことを思い出す。そして、

 

 「ほんとにヤバくなったら言ってくんだろ。そんな思い詰めんなよ」

 

垣根は緑谷達へフォローを入れる。

 

 「…うん、そうだね。」

 「きっとそうだよ!私たち友達だもんね!」

 

顔を上げ少し笑いながら答える緑谷と麗日。こうして体育祭後初の学校は若干の不安要素を残しながらも終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜、垣根は夕飯を食べている最中、突然グラントリノに対して切り出す。

 

 「なぁジジイ」

 「ん?」

 「職場体験って知ってるか?」

 「おお、知っとる知っとる。プロヒーローの事務所に行くアレだろ?」

 「ああそうだ。話が早ぇな。っつーことでジジイ、俺を指名しろ」

 「はぁ?」

 「いや何キョトンとした顔してんだよ。指名だ指名。プロだったら誰でもいいんだろ?だったらジジイが俺を指名すればいいじゃねぇか。そうすりゃ俺は遠くまで行かなくて済むし一週間家でグータラ出来るしで万々歳だ。プロ事務所なんてどこも興味ねえしな」

 

昼休みに思いついた、垣根にとって最も楽できる選択肢。それが親であるグラントリノの指名を受けることだ。一言グラントリノにお願いすればすぐ了承してくれるだろう、そう思っていた。だが、

 

 「悪いが無理だそれ」

 「…は?」

 

予想だにしていなかったグラントリノの返答に固まる垣根。そしてグラントリノは続ける。

 

 「俺は既に一人指名しちゃったからお前は別のとこ行け」

 「は?…オイオイオイ待て待て。どういうことだジジイ?」

 「だからもう指名しちゃったって…」

 「そういうことじゃねぇ!なんでテメェが指名なんかしてんだってことだ!とっくに表舞台からは降りてんだろアンタ」

 「表舞台から降りたつもりなんぞないわ。生涯現役だよ俺は」

 

グラントリノが胸を張って答えるのに対し、垣根はしばらく口を閉ざしながら目の前の老人を睨みつける。そして

 

 「誰だ?」

 「ん?」

 「誰を指名したんだっつってんだよ」

 「それは教えられん。企業秘密ってやつだ」

 「テメェ…!!」

 

垣根が恨めしそうにグラントリノを見るも、グラントリノは素知らぬ顔で続ける。

 

 「大体、グータラするために指名しろなんて言う奴を指名するわけないだろ。観念して職場体験に行ってくるんだな。たっぷりとシゴいてもらえ。どうせ指名いっぱい来たんだろ?」

 「…このクソジジイが。」

 

垣根はグラントリノに悪態を吐くも、これ以上言っても無駄だと悟り、夕飯の残りを食べきって自分の部屋に向かった。もしここで垣根がプロヒーローは2名まで生徒を指名できるということを知っていれば、まだ食らいついていたのだろうが、生憎と垣根はそのことを知らない。部屋に入った垣根は改めて職場体験先について考える。リストに目を通していると、ふとあるヒーローに目がとまる。いや、そのヒーロー事務所の所在地に目がとまったと言った方が正確だろう。

 

 (東京の保須市…確かヒーロー殺しとかいう奴が出たトコか。マニュアル?聞いたことねぇヒーローだが…)

 

緑谷の話を思い出しながら垣根はしばらく考えると、やがてリストを閉じる。そして明日の準備を整え、就寝し、その日を終える。

 

 

 

そして時は流れ、いよいよ職場体験当日。

 




うーん・・・
垣根の職場体験先どうしようかな・・・。最初はホークスのとこ行かせようかなとも思ったんですが、あの人九州にいるらしいし・・・
ミルコとか結構好きなんですけど、まだあんま出てきてないし・・・

あと垣根のヒーロー名なんですが、いいの思いつかなかったんでボかしました。まぁ爆豪のヒーロー名も明らかになってないし、多少はね?


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二十九話

オリジナルの話です。


 「全員コスチューム持ったな?本来なら公共の場じゃ着用禁止の身だ。落としたりするなよ」

 「は~い!!」

 「伸ばすな!はい!だ、芦戸」

 「はい…」

 

 職場体験当日。A組の生徒達はそれぞれの職場体験先に向かうべく、駅に集合していた。相澤は芦戸に軽く注意した後、生徒達を送り出す言葉をかける。

 

 「くれぐれも体験先のヒーローに失礼の無いように。じゃあ行け」

 「「「はい!!!」」」

 

元気よく返事をした生徒達はそれぞれの職場体験先へと向かう準備をする。垣根は空港行きの電車に乗る為に改札を通ろうとすると、

 

 「飯田君!本当にどうしようもなくなったら言ってね?友達だろ?」

 

緑谷が飯田に声をかけているのを目撃する。その横で麗日も心配そうに飯田を見つめていたが、

 

 「ああ」

 

一言返事をすると飯田はそのまま行ってしまった。

 

 「……」

 

そんな飯田の様子をしばらく見つめていた垣根だったが、

 

 「垣根も空港行くんだろ?一緒に行こうぜ!」

 

不意に上鳴に声をかけられ、我に返る。

 

 「…ああ」

 

そう返事をすると垣根は上鳴と共に改札を通った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ようこそ。俺の事務所へ。垣根君」

 「……」

 

 垣根の目の前に立っているNo.3ヒーロー・ホークスが垣根に声をかける。垣根は現在、プロヒーロー・ホークスの事務所の一室にいた。なぜかと問われれば、それはここが垣根の職場体験先だからだ。垣根は結局、ホークスの事務所を体験先として選んだ。理由はいくつかあるが、オールマイト以外のトップヒーローがどの程度のモノなのか見ておきたいというのが大きかった。故に垣根のリストの中でヒーローランクが最も高かったホークスの事務所に行く事を決めた。ヒーロー殺しが出たという保須市のヒーロー事務所に行くことも考えたが、この一週間の内にまた保須市にヒーロー殺しが出現する保証は無い。一ヶ月くらい滞在できるならまだしも、一週間は短すぎる。なので今回は消去法でNo.3ヒーローの下に行く方を取った。そんな訳で垣根は九州のホークスの事務所までこうしてやってきたわけである。

 

 「ああ、ヒーロー名は違ったね。えーっと…」

 「いや、垣根でいい。よろしく」

 「あ、そう。よろしくね」

 

二人は挨拶を済ませると、ホークスが続ける。

 

 「んじゃ早速で悪いんだけど、行こうか」

 「は?どこに?」

 「どこって、敵退治だよ」

 「…ああ、なるほど」

 「そ。つっても、もう準備できてるっぽいね」

 

ホークスが垣根のコスチューム姿に目を向けながら言う。

 

 「まぁな」

 「よし、じゃあ出発だ」

 

ホークスが部屋を出ると垣根もそれに続く。そして事務所の外に出ると、外では二人の男がホークス達を待っていた。

 

 「この二人は俺の相棒(サイドキック)。何か分かんないこととかあったらこの二人に聞くと良いよ」

 

ホークスが二人の男の事を垣根に紹介する。そして今度は二人の相棒に垣根のことを紹介するホークス。

 

 「一週間よろしくな!垣根君!」

 「…よろしく」

 

垣根が相棒に挨拶を済ませると、早速ホークスが三人に指示を出す。

 

 「先ほど、敵一体が現金の入った鞄を持って逃走したとの通報がありました。今からその敵を追います。んじゃついてきて下さいね」

 

そう言うとホークスは背中の翼をバッ!!と広げ、一気に飛んで行ってしまった。

 

 「なんだアレ。飛んで行っちまったけど?」

 「ほら!行くよ垣根君!グズグズしてると見失っちゃう」

 「見失う?」

 「ああ。『速すぎる男』。それがホークスの異名さ。その名の通り、彼は全ての事件をもの凄いスピードで解決していく。一人でね。だから我々相棒の仕事は彼が片付けた仕事の後処理をすることなんだ。モタモタしてるとどんどん距離を離されちゃう」

 

相棒達は垣根に説明すると急いでホークスの後を追って走り始めた。

 

 「冗談じゃねえ。なんで俺が必死こいて走らなきゃならねえんだ?」

 

そう言いながら垣根は、ファサッ!!っと背中から六枚の翼を出現させる。それらの翼をはためかせ、垣根は空中に飛び立つ。

 

 「って、垣根君!?」

 

相棒の一人が宙に浮く垣根を見て驚いたように声を上げる。

 

 「お先に」

 

垣根はそう一言言い残すとホークスの後を追っていく。しばらく進むと電柱の上に立っているホークスの姿が見えた。ホークスが垣根の接近に気付くと、

 

 「お、速かったね。流石は優勝者」

 「…どうも」

 

垣根は一応礼を言いながらホークスの隣へ目をやると、ホークスの翼から生み出された思われる羽根が敵を空中で拘束していた。敵が持っていたであろうナイフや金の入った鞄も羽によって浮かされている。

 

 「その羽…それがアンタの個性か?」

 「ん?ああ、そうだよ。そう言う君はその白い翼が個性なのかな?いやー、近くで見ると一層綺麗だねそれ」

 「俺の個性は『作製』。物質を作り出す個性だ。この翼は勝手に生えてきたモノであって俺の個性の本質ではない」

 「へぇ~。勝手に生えてきたんだその翼。なんか凄いね」

 「アンタの個性は…」

 「俺の個性は『剛翼』。翼に生えてる羽根を一枚一枚自在に操ることが出来る個性さ。こんな風にね」

 

ホークスは羽根で吊されている敵を指さしながら自身の個性について説明する。

 

 「ただの鳥の羽根って訳じゃなさそうだな。硬く、それでいてしなやか。良い羽根だな」

 「ハハ、そいつはどうも…ん?」

 

垣根との話の途中で、相棒の二人が追いついてきたことに気がつくホークス。

 

 「遅いですって」

 

ホークスは肩で息をしている相棒達に声をかけ、更に

 

 「完庭那のバーで客が暴れてるらしいから次そこで!事後処理よろしくお願いしまーす」

 

と言い残し、再度飛び立っていく。そして、

 

 「あ、垣根君も相棒達と一緒に事後処理やっといてね。これもお勉強の内だよ」

 

顔だけ振り返りながら、垣根に事後処理に参加するよう伝えると次の目的地に向かって飛んでいった。

 

 (なるほどな。最初は雑用やれって訳か。面倒くせぇ…)

 

ため息をつきながら垣根は地上に降りると、言われたとおりに事後処理に参加する。と言っても垣根は初めて参加するので、二人の相棒の内、一人が事後処理をし、もう一人が垣根に事後処理の仕方を解説する役目になった。流石はホークスの相棒と言うべきか、一人でもスムーズにこなしていき、5分と掛からずに事後処理は終わった。事後処理を終えた三人は再びホークスのいる場所に向かう。今度も空を飛んでいった垣根が最初にホークスのいる現場にたどり着いた。ホークスは垣根が来たのを見ると、次に現場の場所を伝え、また一人で飛んでいった。その姿を見送った垣根は相棒達の到着を待たずにこの現場の事後処理を進めていく。まだ一度しか事後処理の現場を見ていないし、説明も一回しか受けていないが、垣根にとっては一度見て聞けばそれで十分だった。手際よく事後処理をこなし、相棒達が到着する頃には全て完了させていた。そしてホークスの次の現場を伝えると、再び空を舞う垣根。この日は、ホークスを追っては事後処理をし、追っては事後処理をし、という作業をひたすら繰り返した。事件は全てホークスが解決していったため、直接戦闘する機会は無かったが、その分ホークスの戦い方について観察できた。ホークスの羽根は色々な使い道がある。羽根を飛ばして敵に攻撃したり、剣のような長い羽根を作ることも出来る。更に羽根を使って人の身体を浮かすことも出来るので、敵から逃げ遅れた人々を助けたり、老婆が階段を上るのを助けたりするなどサポート機能としても優秀だ。

 

 (ほぉ~、結構器用だなアイツ)

 

垣根は珍しく感心した様子でホークスが羽根を操る姿を眺めていた。そしてもう何件目か分からない事件の後処理を垣根がしていると、

 

 「次が今日ラストの事件かな。まぁ最後だし、全員揃ってから行こう」

 

ホークスが垣根に言う。そして垣根が事後処理を終え、相棒達が二人に追いつくとホークスは最後の現場に向かった。垣根達もその後を追う。最後の現場は銀行だった。銀行の前で敵が人質を取りながら大声で何か喚いている。

 

 「ん?銀行強盗って聞いたんだけどな」

 

ホークスは首をかしげながら呟くも、

 

 「ま、取り敢えず人質は助けないとね」

 

そう言って敵の前に降り立った。突然目の前に現れたホークスに対して動揺を見せる敵。そしてホークスが何やら敵に話しかけていく。その敵は勿論、周りの野次馬も最早ホークスにしか注意を向けていないので敵の頭上に並んでいる五枚の羽根の存在には誰も気付かなかった。その五枚の羽根はホークスが降り立つ直前に空中に置いてきたモノで、敵に話しかけながら遠隔操作でセットしたのだ。そしてホークスが話し終わると、

 

 シュッ!

 

五枚の羽根が一斉に飛来し、敵の首筋に直撃した。突然攻撃を受けた敵はそのまま前のめりに倒れ、気絶した。地上では相棒達が到着し、事後処理を行い始めた。しばらく眺めていたホークスだったが、、

 

 「あれ?垣根君は?」

 

事後処理をしているのが相棒達だけで垣根の姿が見当たらない事に気付く。迷子にでもなったのか?と思っていると、

 

 ドゴォォォォォォォン!!

 

銀行の裏から大きな音が鳴り響く。ホークスが慌てて銀行の裏へ回ると、そこにはぺしゃんこになった小型トラックと泡を吹いて気絶している男二人、そしてポケットに手を突っ込んだまま突っ立っている垣根の姿があった。

 

 「よう。こっちも終わったぜ」

 

垣根はホークスに気付くと涼しげに伝える。

 

 「これは…」

 「表で注意を引きつけてる間にトンズラしようって魂胆だったみたいだが、やっすい手だな。考えがチープすぎる」

 「へぇー。真っ先に陽動に気付き、俺が表の奴を相手してる間に本命をボコってたのか。君、相当慣れてるね」

 「まぁ、ちょっとな」

 

ホークスの言葉を受け流すと、垣根は事後処理を始める。そしてそれらを全て終え、ホークス一行が事務所への帰途につく頃には辺りはすっかり日が暮れていた。垣根とホークス達は事務所の前で別れた。まだ事務所でやることが残っているそうだが、それらはホークス達が片づけるからと言って垣根は帰らされたのだ。垣根も別に仕事がしたいわけではなかったので言われたとおりに宿泊場所であるビジネスホテルに帰った。流石は雄英と言うべきか、宿泊代もちゃんと出してくれるし、割と良いところで宿泊させてくれる。垣根は自分の部屋に戻ると夕飯や入浴などを済ませ、テレビを付けた。別に何か目的があったわけではない。ただ何となく付けただけなのだが、偶然にもそのチャンネルではヒーロー殺しについての特集番組が放送されていた。

 

 (こいつが噂のヒーロー殺しか…)

 

そのコーナーではヒーロー殺しのこれまでの行いについてをおさらいしたり、どういった場所でヒーロー殺しは出現しやすいのか推測したりしていた。スマホをいじりながら興味半分で見ていた垣根だったが、解説者がヒーロー殺しの個性について話し始めたときはテレビの方へ注意を向けた。何でも全員の被害者が、ヒーロー殺しに切りつけられてから突然身体が動かなくなってしまったと証言したという。このことから、ヒーロー殺しの個性は剣で切りつけた相手の身体の自由を奪うモノはないかと解説者は推測していた。

 

 「割と初見殺しな個性だな。どこまで当てになるかは分かんねぇが」

 

ひとりでに呟く垣根。その後もテレビを付けていた垣根だったが後はそんなに面白そうなことはなかったので番組の途中でテレビを消し就寝した。

 

職業体験一日目、終了。

 




常闇ちゃんは別のとこです。ホークスは垣根と轟指名したって感じで。
まぁ常闇ちゃんインターンではちゃんとホークスのとこ行かせるんで…
えっ、行けるよね?


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三十話

 「あ?ヒーロー殺し?」

 「そ」

 

 職業体験三日目の朝、事務所に来た垣根にホークスが告げる。二日目は一日目と同様、ホークスの尻拭いをさせられて終わった。いい加減面倒になってきたと感じていた垣根だったが、朝からいきなりヒーロー殺しの名前を出され、流石の垣根もいささか面食らう。

 

 「今日の夕方、飛行機で羽田に向かう。んで、そのまま電車で保須に向かい、ヒーロー殺しを探索する予定なんだけど、どう?来る?」

 「いきなり何言ってんだアンタ」

 「いやー、俺もどうしようか迷ってたんだけどね。ここ二日間の垣根君の頑張り見てたら連れてってもいいかなーと思って」

 「…この街はどうすんだ?」

 「それは俺の相棒達に任せるさ。大丈夫、彼ら十分強いから。心配はいらない」

 

垣根は黙ってホークスを見つめる。笑ってはいるがどうやら冗談で言ってるわけではないらしい。

 

 「保須にまたヒーロー殺しが出るっつう確証はあんのか?出なかったらただの無駄足じゃねえか」

 「100%じゃないけど、再び保須に出現する可能性は高いと思うよ。データ通りなら奴はまだ保須でヒーロー狩りをするはず。噂じゃエンデヴァーも動くって話だ」

 「エンデヴァー?ああ、No.2か」

 「そうそう。これは行ってみる価値ありかなーって思ってさ」

 

ホークスが垣根に説明する。一体どこからエンデヴァーが動くなどという情報を仕入れているのかも気になるところではあるが、垣根は今回は違う事を尋ねた。

 

 「分からねえな。エンデヴァーが動くなら奴に任せればいいだろ。なんでわざわざこんな遠いとこからアンタが出張る必要がある?」

 「まぁ確かにそうかもね。強いて言うなら、興味かな」

 「は?」

 「数々のヒーローを葬ってきたヒーロー殺しステイン。その面を一回拝んでみたくてね」

 「…何だそりゃ」

 

呆れたようにつぶやく垣根。だがホークスはそのまま続ける。

 

 「まぁ半分冗談だけどさ。ヒーロー殺しのやっていることは看過されるべきモノではない。そろそろ仕留めないと他のヒーロー達に示しがつかない。今後のヒーロー社会のために重い腰を上げたってわけ」

 「……」

 「ただ、ヒーロー殺しを捕まえに行く仕事だ。言うまでもなく危険は伴う。最悪、命を落とすかも知れない。まぁそうさせないために全力は尽くすけども。だから強制は出来ない。選ぶのは垣根君だ。俺とヒーロー殺しを追うか、相棒達とこの街に残るか。どっちがいい?」

 

そう言ってホークスは垣根に選択肢を提示する。この街で相棒達の手伝いをするか、あるいはホークスに付いていってヒーロー殺しを追うか。垣根が選んだのは――――――――――――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 電車に揺られながら垣根とホークスは保須に向かっていた。30分程前に羽田に到着し、そこから電車に乗り換えて今に至る。垣根は結局、ヒーロー殺しを追うことを選んだ。垣根自身、ヒーロー殺しには少し興味があった。彼が一体どんな矜恃を持ってヒーロー狩りをしているのか。同じ悪党同士、彼の為す『悪』について見定めたい気持ちがあったのだろう。そんな訳で、ここ東京までホークスと共にやってきたのだ。垣根は電車の席に座りながらスマホをいじっていたがふと電車が止まり、横に座っていたホークスに肘でつつかれ、

 

 「着いたよ垣根君」

 

目的の駅に到着したことを知らされる。それを聞いた垣根はそのまま立ち上がり、ホークスと共に電車を降りる。

 

 「さてと。じゃあまずは――――――」

 

ホークスが何か言おうとした瞬間、

 

 ドゴォォォォォン!!!

 

突然爆音が鳴り響く。二人が音のした方角を見ると、建物の間から放たれる炎の赤い輝きとそれに伴う煙が立ち昇っていた。きっと何かあったのだろう。それを見たホークスは、

 

 「あらら。いきなりおでましかな?垣根君、行くよ」

 

垣根にそう言うと背中の翼を広げ、闇夜に飛び立った。垣根も背中から純白の翼を出し、ホークスを追うように飛び立つ。二人は煙が立ち上っている場所の上空に着くと、眼下を眺める。地上では周囲のモノを破壊しながら暴れ回っている化け物達が数多くいる。プロヒーロー達が応戦しているが全く歯が立っていない。

 

 「あれは確か、脳無とかいう奴か」

 「え?それって飛行機の中で垣根君が話してた奴のこと?」

 

垣根のつぶやきに反応したホークスが尋ねる。羽田に向かう飛行機の中でホークスはUSJ襲撃時の様子を垣根から聞いていたのだ。ホークスからの問いに頷いて答える垣根。

 

 「なるほど。なら下の連中だけじゃキツいかな。こっからは俺も参戦する。垣根君は逃げ遅れた人のフォローお願いね」

 

そう言うとホークスは両手に羽で出来た剣を握り、暴れている脳無達目掛けて一気に急降下していった。

 

 (結局ここでも雑用かよ。あの野郎…)

 

垣根は内心で文句を垂れるもホークスの言うとおりに避難している人々のフォローに回った。あちこちに飛び回り、避難を誘導していると、突如女性の悲鳴が耳に入る。垣根が空からそこへ向かうと、怯えたまま身動きできずにいる一人の女子高生と、その女子高生の前に立ちはだかる一体の脳無を視認した。

 

 「あ?脳無だと?まさかあの野郎、逃がしたのか?」

 

垣根が呟いていると、その脳無が女子高生目掛けて走り出し、その拳を振るわんとする。そして拳が女子高生に振り下ろされようとしたその時、

 

 グサッッ!

 

六枚の白い翼が脳無の身体に突き刺さり、ノーバウンドで吹っ飛ばされながら後方のビルに激突した。そして女子高生の前に降り立った垣根はその子の安否を確認する。

 

 「怪我は?」

 「えっ…あ、はい、大丈夫です」

 

何が起きたのか分からない様子で困惑気味に垣根の問いに答えると、

 

 「そうか。ならとっととここから去れ。邪魔だ」

 「え…」

 「聞こえなかったか?失せろっつったんだが」

 「は、はい!」

 

しばらく呆けた様子でいた女の子だったが垣根の叱責で我に返ると急いで立ち去っていった。それを確認した垣根は再び脳無に目を向ける。脳無は既に起き上がっていて先ほど垣根が与えた傷も癒えている。どうやらUSJの時と同じく、回復の個性持ちらしい。そしてUSJの脳無とは違い、腕は4本ある。そして体勢を整えると垣根に向かって走り出す脳無。

 

 「面倒くせえな。また回復持ちか。悪ぃが今回は遊んでる暇はねぇ。とっとと死ね」

 

そう呟くと垣根は足下から未元物質で作り上げた槍の大群を一斉に放出する。突然出てきた大量の槍を脳無は躱すことが出来ず、もろに直撃し、再び後方のビルに叩きつけられる。脳無の身体には無数の槍が後方のビルごと貫いており、動くことすら出来ない。何とか脱出しようともがいている脳無だったが、剥き出しになっている脳みそに白い翼が突き立てられると、脳無は完全に動きを停止した。

 

 「さて、面倒くせぇが次行くか。つか今どこにいんだ俺」

 

脳無が動かなくなったのを確認すると、次の場所へ向かおうとする垣根。その前に現在位置をスマホで調べようとポケットからスマホを取り出すと、LINEの通知が一件来ていることに気付く。緑谷がA組全員が所属しているグループに何やら投稿したらしい。垣根は何気なくその投稿内容を見ると

 

 「あ?何だコレ」

 

思わず眉をひそめる。グループラインに投稿されていたのは位置情報だった。一瞬意味が分からなかった垣根だが、その地図をよくよく見ると、それは今垣根がいる場所のすぐ近くであることに気付く。しばらく何やら考えていた垣根だが、やがてスマホを片手に飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東京都保須市。街が突如現れた脳無達によって混乱の渦にある中、ある路地裏でもう一つの戦いが行われていた。場にいるのは五人。そのうちの三人は地に伏していて、残りの二人は戦闘を繰り広げていた。二人の内の一人、轟焦凍は氷と炎を交互に繰り出し、目の前の敵、ヒーロー殺し・ステインに攻撃する。だが、ステインは建物の壁や轟の氷を足場にし、縦横無尽に動き回ることで轟の攻撃を全て躱していた。

 

 「右から!!」

 

地に伏している内の一人である緑谷が轟に向かって叫ぶ。それを聞いた轟はすぐさま自身の右斜め前に炎を噴射するも、これを躱される。その後も氷と炎でステイン目掛けて放つが一向に当たる気配が無い。もう今日何度目かも分からない炎の噴射をまたしても躱され、

 

 (んでこれを避けられんだよ!?)

 

思わず歯噛みする轟。ステインは轟の氷攻撃を躱しつつ、轟との距離をどんどん詰めていく。

 

 「氷と炎…言われたことは無いか?個性にかまけ、挙動が大雑把だと!」

 

轟の弱点を指摘しながら走るステイン。そしてもう後数秒で轟との距離がゼロになるという所まで来たその時、

 

 「!?」

 

まるで何かを避けるように咄嗟に後ろに飛ぶステイン。その直後、今さっきまでステインがいた場所に、

 

 ズガァァァァン!!

 

と派手な音を立てながらコンクリートに何かが炸裂した。その衝撃で煙が宙に舞う。全員が注視すると、そこには白い羽のようなモノが十枚ほどコンクリートの地面にヒビを入れながら突き刺さっていた。この場にいる全員今何が起きたのか分からず、情報を整理しようとしていた時、突然空から声が聞こえる。

 

 「よう。随分盛り上がってるじゃねえか。俺も交ぜろよ」

 

皆が空を見上げると、真っ白に輝く満月を背にしながら、純白の翼を展開して宙に浮かんでいる垣根がこちらを見下ろしていた。

 

 



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三十一話

 

 夜空に浮かんでいた垣根はゆっくりと路地裏に着地する。

 

 「垣根…!お前、何で…?」

 

轟が驚きの表情を浮かべながら垣根に尋ねる。

 

 「まぁ色々あってな。ヒーロー殺しとやらを追ってこの街に来たんだが、緑谷のLINEに気付いてここまで来たってとこだ」

 

垣根が自分がここにいる訳を手短に説明し、更に目の前の敵らしき人物に目を向けながら轟に尋ねる。

 

 「で?コイツがヒーロー殺しってやつか?」

 「ああ、そうだ」

 「おぉ~、マジでビンゴじゃねぇか」

 

目の前の人物がヒーロー殺しだと判明し、楽しそうな表情を浮かべる垣根。すると、

 

 「…チッ、またガキの新手か。今日は厄日だな」

 

忌々しそうに呟くステイン。一方垣根はあたりを見渡しながら状況確認を始める。

 

 「戦闘可能なのは俺と轟だけみたいだな」

 「ああ。他の三人は奴の個性によって動けねぇ。アイツの個性は…」

 「血液の経口摂取によって他人の動きを封じる個性だ」

 

轟の言葉の続きを飯田が引き継ぎながら二人の下へ歩いて行く。

 

 「飯田!解けたか。意外と大したことない個性だな」

 「轟君も緑谷君も関係ないことで、申し訳ない…だからもう…二人にこれ以上血を流させる訳にはいかない!」

 

決意に満ちた様子でそう宣言する飯田。

 

 「身体の自由を奪う個性か。テレビの特番ってのも馬鹿には出来ねぇな。マジで合ってやがる」

 

飯田の言葉を聞いた垣根は、テレビでやっていたヒーロー殺しの特番について思い出し、感心したように呟く。すると飯田が復活したのを見たステインが憎しげに言う。

 

 「感化され取り繕おうとも無駄だ。人間の本質はそうやすやすとは変わらない。お前は私欲を優先させる偽物にしかならない!ヒーローを歪ませる社会の癌だ。誰かが正さねばならないんだ!」

 「時代錯誤の原理主義だ。飯田、人殺しの理屈に耳貸すな」

 「いや、奴の言うとおりさ。僕にヒーローを名乗る資格は無い。それでも…折れるわけにはいかない。俺が折れればインゲニウムは死んでしまう!」

 

静かな闘志を胸に宿し、堂々と言い放つ飯田。

 

 (俺が仕留めてもいいが…)

 

垣根が飯田を見て何やら考えていると、

 

 「論外!」

 

ステインは吐き捨てるようにそう言うと再び攻撃を仕掛ける。それをいち早く察知した轟は炎で牽制。ステインを近づけさせない。更に氷攻撃を食らわせようとする轟だったが、自前の刀で次々と氷を砕いていくステイン。

 

 「個性よりも本体の戦闘能力の方が厄介なパターンだなコイツ。この機動力と俊敏性に身体の自由を奪う個性が合わさりゃ、確かに厄介そうだ」

 

垣根はステインの能力を冷静に分析すると、今度は轟と飯田の方を向いて尋ねる。

 

 「で?お前らはどうするつもりだったんだ?」

 「どうするっつっても、プロが来るまで粘るしかねえだろ。俺の攻撃は躱されてるが牽制にはなる。このまま奴に攻撃し続けて凌ぐ!」

 「ああも動かれていては僕のレシプロも狙いが定まらない…何とか奴の動きが止まれば…」

 「なら、動きを止めちまえばいい」

 「「!!」」

 

垣根の言葉に驚きの様子を見せる二人。

 

 「んなことが出来りゃとっくにやってる。アイツに攻撃が当たらないんじゃ捕縛も出来ねぇだろ」

 「相手は人殺しのプロだぞ?お前の一辺倒な攻撃だけじゃそりゃ当たらねぇよ」

 「…」

 「何か考えがあるのかい?」

 「別にやることは単純だ。俺が奴の動きを一瞬止める。その隙に轟の氷でアイツの身体を凍らせ、んでもってフィニッシュはお前だ飯田」

 

垣根が離れたところにいる少年の方をチラッと見ながら作戦を説明する。

 

 「動きを止めるって、そんなこと出来んのか?」

 「楽勝だな。とにかくお前はその後の事に集中しろ。凍らせるタイミングミスんじゃねえぞ。最後はテメェが決めろ飯田。殺す気で仕留めろ」

 「…ああ!了解した!」

 

飯田が力強く返事をし、それを確認した垣根は

 

 「交代だ轟。こっからは俺の番だ」

 

今までずっとステインに攻撃を浴びせていた轟と代わり、前に出る。そして背中の六枚の翼を一斉にはためかせた。

 

 轟ッ!

 

烈風がステインを襲う。高い跳躍によって躱すステインだったが、垣根はさらに翼をはためかせ追撃を行なう。

 

 ビュン!

 

白い翼の一振りによって、いくつもの白い礫がステイン目掛けて迫っていく。

 

 「チッ!今度はお前か。しつこい奴らめ!」

 「まぁそう言うなって。俺とも遊ぼうぜ」

 

ステインは悪態をつきながらも垣根の攻撃を躱していく。そのたびに地面や建物の壁が削り取られ、辺りにはコンクリートの破片が次々に散乱していった。

 

 「フン、遊び、か。ヒーローの戦いとは常に弱きを助け、導くためにあるもの。それを遊びなどと揶揄する貴様はヒーロー失格だ。俺が裁いてやる!」

 「悪党のテメェが偉そうにヒーロー語りしてんじゃねぇよ。それこそ論外ってやつだ」

 「黙れ!お前も社会の供物にしてやる!」

 

ステインは地面を力強く蹴り上げ、一気に垣根との距離を詰めていく。迫り来る六枚の翼を全てくぐり抜け、瞬く間に垣根の目の前まで到達すると、一気に垣根に斬り掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「なっ…!」

 

 ステインは思わず驚きの声を漏らす。垣根に斬り掛かるために足を踏み込もうとした瞬間、突如自身の身体がピタッと止まる。いや、身体が動かないというよりは身体の一部、ステインの足が動かなくなってしまった。急いで足下に視線を向けるステイン。すると、

 

 カチカチカチッ!

 

両足が凍り付いていることに気付くステイン。 

 

 (馬鹿な!?氷!?後ろにいる氷と炎使いの動きはちゃんと捉えていた!アイツは確かに個性を使っていなかった!なのに、なぜ…!?なんで氷が…)

 「つーかまえた」

 「!?」

 

ステインが動揺している中、垣根の涼しげな声が聞こえ、再び向き直る。

 

 「ったく、ちょこちょこ動き回りやがって。ゴキブリかテメェは」

 「貴様ッ…!何をした!?」

 「フッ…さぁてな」

 

ステインに問われた垣根だが、その質問には答えない。

 

 (ただ無駄に翼パタパタさせてたわけじゃねぇんだよ。タネは撒いといた)

 

垣根の余裕そうな表情に顔を歪めるステイン。ここからでは刀を振るってもギリギリ垣根には届かない。そこで、

 

 ヒュン!

 

左手で素早く短刀を抜き去り、ほぼノーモーションで垣根に投げつけたステイン。しかし、

 

 「おっと!」

 

垣根に届く前に彼の白い翼が短刀を撃ち落とした。

 

 「危ねぇやつだな。こりゃとっとと氷漬けにしちまわねぇとなぁ」

 

垣根がそこまで言うと、

 

 ピキピキピキピキッッッ!!

 

地面が凍り付く音が聞こえ、急いで地面を見るステインだったがその時にはすでに自分の足下に氷結が到着し、みるみるステインの身体に氷結が登っていく。

 

 「しまっ!?」

 

身体がどんどん氷で覆われていき、ついには顔から下の部分全てが凍り付いてしまったステイン。

 

 「貴様…!!まさか最初からこれが狙いで…!わざと俺を近づけさせたのか!?」

 「さぁな。そんな事よりテメェは他にもっと心配することがあんだろ?」

 「!?」

 「これから自分がどうなっちまうか、とかな」

 

垣根の言葉の直後、彼の後ろから、

 

 ブォォォォォォン!!

 

大きなエンジン音が聞こえる。ステインが視線を送ると、足のエンジンにエネルギーを溜めながらクラウチングスタートの姿勢を取っている飯田の姿があった。そして、

 

 「レシプロバースト!!!」

 

爆速でスタートを切り、氷漬けにされているステインに迫る。そして飯田がスタートを切った直後、ステインの斜め前にいた垣根がボソッと呟く。

 

 「あ、そうそう。親切心で教えてやるが、後方注意だぜ」

 (後方…?まさか!?)

 

垣根の言葉にあることが頭をよぎる。ステインの後方にいるのは動けなくなった緑谷一人。だが緑谷に対してはステインの個性は効きにくい。緑谷が動けなくなった時間を考えれば、今頃また動けるようになっていてもおかしくはない。と、ここまでステインが考えた時、飯田は既にステインの目の前にたどり着き、十分すぎるスピードを乗せた右足をステインの鳩尾にたたき込む。

 

 「ご、は……っ!!!」

 

あまりの蹴りの重さに意識が飛びかけるステイン。ステインの身体を覆っている氷が蹴りの衝撃によって砕かれ、ステイン自身も後方へ吹っ飛ばされる。更に、ステインが吹っ飛ばされている最中、

 

 「SMASH!!!」

 

と叫び声と共にステインの背中に緑谷の拳がたたき込まれる。

 

 「ぐ、は……っ!!!」

 

今度は背中に衝撃が走り、白目を剥くステイン。飯田の攻撃によって、逆に緑谷の方へ吹っ飛ばされる形になったため、その推進力分のダメージが上乗せされる。緑谷の攻撃を受け、空中で海老反りする形になったステイン。これで終わりかと思われたが、ステインはぼやける視界の中で飯田が再度加速し、自身の下へ再接近してくる光景を捕らえた。

 

 「ヒーロー殺しィィィィィィィィィ!!!」

 

ヒーロー殺しの名前を叫びながら飯田は、空中にいるステインに今度は自身の左足を思いっきりたたき込む。これももろに喰らったステインは今度こそ後ろに吹っ飛ばされ、ビルに激突した。それでもまだステインは立ち上がろうとしていたが、すかさず炎を浴びせて追撃する轟。それを受けたステインは力尽きるように地面に倒れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




飯田の攻撃って、当たり所悪かったら死ぬと思うんですけど。


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三十二話

 

 轟と飯田は気絶したステインを縄で縛り上げ、彼が所持していた武器を全て地面に置いた。そして縛り上げたステインを引きずりながら路地裏から出て先に出ていた垣根や緑谷と合流する。怪我が酷い緑谷はプロヒーローであるネイティブに背負われていた。するとそこへ、

 

 「む!?んなっ…なぜお前がここに!!」

 

新たな声がする。

 

 「あ!グラントリノ!」

 

その声に反応する緑谷。緑谷の視線の先には、一人の背の低い老人、グラントリノの姿があった。グラントリノは跳躍し、緑谷の顔面に蹴りを入れ、

 

 「座ってろっつったろ!!」

 

一言緑谷を叱りつける。

 

 「誰?」

 「僕の職場体験の担当ヒーロー、グラントリノ」

 

ネイティブの背中でぐったりしながら轟の質問に答える緑谷。

 

 「まァ…よぅ分からんがとりあえず無事なら良かった」

 「ごめんなさい…」

 

緑谷は申し訳なさそうにグラントリノに謝罪する。すると、

 

 「オイジジイ、こりゃどういうことだ?」

 「ん?」

 

聞き覚えのある声がグラントリノの耳に聞こえ、思わず振り返るとそこには垣根が立っていることに気付いた。

 

 「て、帝督!?なんでお前がここに!?」

 「そりゃこっちの台詞だ。それに緑谷の担当ヒーローだと?どういうことか全部説明しろ」

 「そ、それは…」

 

垣根の追及に言葉を詰まらせるグラントリノ。その様子を見た緑谷が遠慮がちに口を挟む。

 

 「あの~、ひょっとして垣根君とグラントリノってお知り合い、ですか?」

 「ま、まァそんなとこだな…」

 「……」

 

グラントリノは気まずそうに答えるが、垣根は緑谷の質問には答えず、グラントリノを睨み付けている。しかし、その先の会話が行われる前に数人の大人がこちらに駆けつけてくるのに皆が気付く。

 

 「エンデヴァーさんから応援要請承ったんだが…」

 「子供?」

 「ひどい怪我じゃないか!?今すぐ救急車呼ぶから!」

 「?おい、こいつ…」

 「えっ!?まさかヒーロー殺し!?」

 

駆けつけたプロヒーロー達が縄で縛られているステインに気付く。その後すぐに病院と警察に連絡するプロ達。その間に緑谷と轟、飯田は怪我の具合を聞かれていた。

 

 (なんだか騒がしくなってきたな。面倒くさくなる前に退散するか)

 

一人離れたところに移動していた垣根が今のうちに退散しようと考えていたところ、

 

 「おい帝督。どこへ行く?」

 

グラントリノに見つかり呼び止められる。

 

 「うるせぇな。どこだっていいだろ」

 「よくないわ!大体お前、職場体験はどうした?まさかすっぽかしたのか!?」

 「俺がその質問に答えたらテメェが緑谷を指名した理由も教えてくれんのか?」

 「むっ…!?」

 

垣根に痛いところを突かれ、またもや黙り込んでしまうグラントリノ。

 

 「まぁ今この場であれこれ詮索するつもりはねえ。俺も早くアイツのとこに戻らなきゃならねえしな。だが…」

 「(ヴィラン)!?」

 

垣根の言葉を遮るかのように突如、プロヒーローの声が響く。垣根とグラントリノが会話を止め声の方を見ると、空から羽の生えた脳無がこちらに急降下し、足で緑谷を捕まえて飛び去っていく。

 

 「緑谷君!」

 「血が…!やられて逃げて来たのか!?」

 (いかん…!あまり上空に行かれると、俺の個性じゃ届かなくなる!)

 (チッ、仕方ねぇ…)

 

心の中で舌打ちしつつ、垣根が翼を出そうとしたその時、バッッ!!っと黒い影が垣根達の横を駆け抜け、脳無の方へ向かって行く。すると突然、空中の脳無はまるで金縛りにでもあったかのように急に動きを止め、そのまま落下していった。そして、黒い影の正体であるステインが脳無の脳みそにナイフを突き立て、脳無を地面に組み伏せる。

 

 「少年を助けた!?」

 「バカ!人質とったんだ!」

 「躊躇無く人殺しやがったぜ!」

 「いいから戦闘態勢取れとりあえず!」

 

プロ達がステインに対して戦闘態勢をとると、

 

 「なぜ一塊で突っ立っている?こっちに敵が逃げてきたはずだが…」

 

炎を纏ったヒーロー、エンデヴァーが駆けつけた。

 

 「あちらは、もう…?」

 「多少手荒になってしまったがな。後始末はホークス達に任せてここまで来たのだが…して、あの男はまさかの…」

 「ハァハァハァ…エンデヴァー…!!」

 「ヒーロー殺し!」

 「待て!轟!」

 

ヒーロー殺しだと分かるや否や、早速攻撃を仕掛けようとするエンデヴァーだったが慌ててそれを止めるグラントリノ。するとステインがゆっくりと立ち上がり、こちらに振り向く。

 

 「偽者…!!」

 

顔の包帯は取れ、素顔が露わになる。鬼の形相を浮かべながら、ステインは憎悪とともに言葉を放つ。

 

 「正さねば…誰かが…血に染まらねば…!!ヒーローを、取り戻さねば!!!」

 

言葉を発する度に一歩一歩、歩を進めるステイン。相手は既に戦える身体ではない。そんなことは分かりきっていることなのに、

 

 「「「……っ!?」」」

 

この場にいる誰もがステインの姿に畏怖を覚える。

 

 「来い!来てみろ偽者共!!俺を殺していいのは本物の英雄(ヒーロー)、オールマイトだけだ!!」

 

力強く叫ぶステイン。圧倒的狂気。ステインから発せられる狂気は百戦錬磨のグラントリノやエンデヴァーでさえ、思わず気圧されている。蛇に睨まれた蛙のように、ステインの圧に呑まれたヒーロー達は完全に動けなくなってしまった。

 

 「なるほど。ただのイカれた殺人鬼だと思ってたが、どうやらテメェにもテメェなりの大義があるらしい。その執念だけは認めてやる。大した『悪』だ」

 

皆がその場で佇む中、垣根は一歩前に出て言葉を放つ。そして、

 

 「だが一つだけ間違いがある。テメェを殺すのはオールマイトなんかじゃねぇ。この俺だ」

 

静かにそう言い放つと、垣根の背中から一斉に翼が出現する。そしてゆっくりとステインに歩み寄っていく垣根。だが、

 

 「あ?…こいつ、もしかして…」

 「気を…失ってる…」

 

エンデヴァーが言葉の先を引き継ぐ。そう、ステインは立ったまま気を失っていたのだ。それが分かった途端、どっと息を吐き出すヒーローや飯田達。中には座り込んでしまう者もいた。垣根は舌打ちをしながら翼を引っ込めた。

 

 その後、改めてステインを拘束し、警察へ引き渡した。轟、緑谷、飯田は怪我の手当てのため、病院に運ばれた。事件の事情聴取なども受けるのだろう。一方垣根はと言うと、警察や救急車が来る前にこっそりホークスの下へ戻っていった。面倒くさい事情聴取に巻き込まれるのはごめんだったし、プロヒーローの観察外で個性を使用したことはあまり褒められたことではないだろう。勿論、垣根がここで逃げたところで、緑谷達かプロヒーローの誰かが警察に告げ口したら終わりな訳だが、そこはそうならないよう祈るしかない。ともかく、広場の方で怪我人の手当てなどに当たっていたホークスの下へ垣根が帰還すると、初めはどこ行ってたんだとか連絡をちゃんとしろとかグチグチ怒られた。そして、今まで何があったかをホークスに説明すると、更にグチグチ言ってきたが、垣根が全然真面目に聞いていないことを察すると大きくため息を吐きながら説教を終えた。その後は垣根もホークスの仕事の手伝いをし、それが終わると近くのビジネスホテルに泊まった。そして明朝、垣根とホークスは再度空港に行き、九州に向かって飛び立った。九州に戻った後は本来の職場体験が再び始まった。ホークスの手伝いで奔走しているとあっという間に期間の一週間が過ぎ、垣根の職場体験は終わりを告げた。

 

 




職場体験篇終わりです!次は期末試験ですね!ここから徐々に新約の内容を入れていこうかなと思ってます!今後もよろしくお願いします。


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雄英高校 期末試験~
三十三話


 職場体験期間が終わり、再び学校生活が始まった。久々に学校に登校すると、教室では職場体験の話で持ちきりだった。思っていた以上に刺激になった者もいれば、期待していたようなものではなかった者もいる。そして職場体験の話となれば当然、緑谷達にも注目がいった。彼らは職場体験の際、あのヒーロー殺しと遭遇したのだ。皆が気になるのも無理はない。ヒーロー殺しについてあれこれ聞かれた緑谷達だったが、無難な返答をして乗り切る三人。飯田も心の折り合いが付いたのか、元の元気を取り戻したみたいだった。そんなわけで、職場体験の熱が覚めやらぬまま学校生活は再開することとなった。再開初日は何も目新しいことは無かったが、強いて言うならヒーロー基礎学だろうか。その日のヒーロー基礎学では救助訓練レースを行うことになった。複雑に入り組んだ迷路のような密集工業地帯を模した運動場で、誰が最初にオールマイトを助け出せるか競う訓練だ。レースは五人四組に分かれて一組ずつ行われる。その中で一際目立っていたのが緑谷だった。以前のように一か八かの超パワーではなく、全身に力を行き渡らせ、自在に密集地帯を動き回っていた。その姿に思わず驚きの声を上げるクラスメイト達。だが動いている最中に足を滑らせてしまったため、惜しくも勝利には繋がらず、その組では瀬呂が勝利した。しかしそれでも、緑谷が成長していることはしっかりと他のクラスメイト達にも分かっただろう。ちなみに垣根はと言うと、別の組でいつものように空を飛び、余裕綽々で勝利した。ヒーロー基礎学が終わると、後は普通の座学が行われ、その日は終わった。

 

 そして次の日。朝のHRで相澤が生徒達に向かって話す。

 

 「え~、そろそろ夏休みも近いが、もちろん君らが一ヶ月休める道理は無い」

 「まさか…!」

 

一瞬の静寂の後、相澤が再び口を開く。

 

 「夏休み、林間合宿やるぞ」

 「「知ってたよ!やった~!!」」

 「肝試そ~!」

 「風呂!」

 「花火」

 「行水!」

 「カレーだな」

 「湯浴み!」

 「自然環境ですとまた活動条件が変わってきますわね。」

 「いかなる環境でも正しい選択を、か…面白い」

 「寝食みんなと!ワクワクしてきた!」

 「ただし!!!」

 

皆が騒いでいる中、相澤が強めの口調で口を挟み、再び静まりかえる教室。

 

 「その前の期末テストで合格点に満たなかった奴は補習地獄だ」

 「みんな!頑張ろうぜ!」

 「クソくだらねぇ」

 「女子!頑張れよ!」

 「…マジでくだらねえな」

 

その後HRは終わり、通常授業が始まった。こうしてしばらくは普通の学校生活が続いた。体育祭や職場体験と慌ただしい日々を過ごしていた生徒達には、久しぶりの心地よい平穏だった。そして時は過ぎ、期末試験一週間前。相澤が授業終わりに生徒達に伝える。

 

 「よし、授業はここまでにする。期末テストまで残すところ一週間だが、お前らちゃんと勉強してるだろうな?当然知ってるだろうが、テストは筆記だけでなく演習もある。頭と身体を同時に鍛えておけ。以上だ」

 

そう言い残し、教室から出て行く相澤。その瞬間、

 

 「「全く勉強してな~い!!」」←中間19位&20位

 

上鳴と芦戸が声を上げる。上鳴は危機感を覚えてそうだったが、芦戸に関してはなぜだか楽しそうに笑っていた。

 

 「確かに、行事続きではあったが…」←15位

 「中間はまぁ、入学したてで範囲狭いし、特に苦労なかったんだけどな。行事が重なったこともあるけど、やっぱ、期末は中間と違って…」←13位

 「……」←12位

 「演習試験もあるのが辛ぇとこだよな」←10位

 「「中間10位!?」」

 「あんたは同族だと思ってたのに~!!」

 「お前みたいな奴はバカで初めて愛嬌が出るんだろうが!!どこに需要あんだよ!!」

 「世界、かな」

 

期末試験が間近に迫り、焦り出す成績下者達。

 

 「芦戸さん上鳴君!頑張ろうよ!やっぱ全員で林間合宿行きたいもん!ね!?」←5位

 「うん!俺もクラス委員長として皆の奮起を期待している!」←3位

 「普通に授業出てりゃ赤点は出ねぇだろ」←6位

 「言葉には気をつけろ…!!」

 

成績上位陣から励ましの言葉を受けるも、逆に心にダメージを負う上鳴。すると上鳴と芦戸はある人物の下へ行き、。

 

 「頼む垣根!勉強教えてくれ!」

 「垣根~、お願~い!」

 「あ?」

 

中間テスト一位の男に頭を下げる。面倒くさそうに振り向く垣根。

 

 「俺達このままじゃ林間合宿行けねぇんだよ!だから頼む!お前のその賢さを俺達にも分けてくれ!」

 「なんでそんな面倒くさいこと俺がやらなきゃならねぇんだ?悪いがお断りだ。大体、あのレベルの授業で何が分からねえのか俺にはさっぱり分からねぇよ」

 「ってお前酷すぎるだろ!?ダチがこんなに必死で頭下げてんだぞ!ちっとは手貸してくれても良いだろうが!!情ってモンがねえのかお前には!?」

 「そーだそーだ!」

 「1㎜もねえな」

 「「この悪魔ーー!!!」」

 「うぜぇ…」

 

垣根の席の前で騒ぎ立てる芦戸達。すると、

 

 「お二人とも、座学なら私、お力添え出来るかも知れません」←2位

 「「ヤオモモ~!!!」」

 「演習の方はからっきしでしょうけど…」

 「ん?」

 

成績がヤバめの二人に八百万が声をかけ、それに感激する芦戸達。さらに、

 

 「お二人じゃないけどさ、ウチもいいかな?二次関数、ちょっと応用躓いちゃってて」←8位

 「えっ?」

 「悪ぃ俺も!八百万、古文分かる?」←18位

 「えっ?」

 「俺もいいかな?いくつか分からない部分あってさ」←9位

 「「「お願い!!!」」」

 

耳郎や瀬呂、尾白までもが八百万に勉強について教えてほしいと頼みこむ。それを聞いた八百万は感激のあまり目を輝かせながら、

 

 「皆さん…!!いいですともぉ~!!」

 

嬉しそうに声を上げる。快諾してくれた八百万に対し、安堵する耳郎達。

 

 「やったぁーー!!」

 「では、週末にでも私の家でお勉強会を催しましょう!」

 「マジで!?ヤオモモん家超楽しみィ~!」

 「あぁ、そうなるとまずお母様に報告して講堂を空けていただかないと…!」

 ((講堂!?))

 「皆さん、お紅茶はどこかご贔屓がありまして?」

 ((お紅茶!?))

 「我が家はいつもハロッズかウェッジウッドなのでご希望がありましたら用意しますわ!もちろん勉強のことも任せてください!必ずお力になって見せますわ!」

 (ナチュラルに生まれの違いを見せつけられたけど…)

 (なんか超プリプリしてんの超カァイイからどうでもいいや)

 

一人張り切る八百万の姿を和やかな気持ちで見守る上鳴達。

 

 「何やってんだコイツら」

 

垣根は目の前の奇妙な光景を見て呆れながら呟くと、八百万が躊躇いがちに垣根に声をかける。

 

 「あの…もしよろしかったら垣根さんもご一緒にどうでしょうか?」

 「あ?」

 「私より成績が上の垣根さんがいた方が皆さんも心強いと思いますし、私も垣根さんにお力添えしてもらえると嬉しいですわ」

 「…いや、悪いが俺はパスだ。そういうのはガラじゃねぇ」

 「そ、そうですか…」

 

垣根に断られて気を落とす八百万。すると、

 

 「おい垣根テメェ!!せっかく八百万が誘ってくれてんのにその態度はなんだコラァァァ!!」

 「そーだよ!!少しくらいウチらのこと手伝ってくれもいいじゃん!!」

 「女泣かすのは最低だぞお前!」

 「いや、別にヤオモモ泣いてないけどね」

 「…何なんだよお前らは」

 

さっきまで和んでいた上鳴達が凄い剣幕で垣根に詰め寄る。その圧に少し気圧されながらも八百万の方を見ると、誰が見ても分かるようにションボリと肩を落としている八百万。そして目の前には無言の圧力をかけてくるクラスメイト達。何やら考えていた垣根だが、やがてため息を吐き、

 

 「仕方ねえな。まぁ、暇だったら行ってやるよ」

 

諦めたようにそう呟く。それを聞いた八百万はパッ!と顔を輝かせ、

 

 「本当ですか!?ありがとうございます垣根さん!」

 

嬉しそうにそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして昼休み。垣根はA組の生徒達と昼食をとっていた。その中で緑谷が不安そうに呟く。

 

 「演習試験かぁ。内容不透明で怖いね」

 「突飛なことはしないと思うがなぁ」

 「筆記試験は授業範囲内から出るから、まだ何とかなるけど」

 「まだ、何とかなるんやな…」←14位

 「演習試験、ほんと何するんだろう?」

 「一学期でやった総合的内容」←17位

 「…とだけしか教えてくれないんだもの相澤先生」←7位

 「今までやった事って、戦闘訓練と救助訓練、あとは基礎トレ…」

 「試験勉強に加えて体力面でも万全に…うっ!?」

 

緑谷が言葉の途中で突然うめき声を上げる。

 

 「ああゴメン。頭大きいから当たってしまった」

 「B組の!?…えぇっと、物間君!!」

 

緑谷が頭を押さえながら側に立っている金髪の青年の方を見る。

 

 「よくも…」

 「君ら、ヒーロー殺しに遭遇したんだってね。体育祭に続いて注目浴びる要素ばっかり増えていくよねA組って。ただその注目って決して期待値とかじゃなくてトラブルを引きつける的なものだよね。あ~怖い。いつか君たちが呼ぶトラブルに巻き込まれて僕らまで被害が及ぶかもしれないなぁ!疫病神にたたられたみたいに、あ~怖…こふっ!?」

 

A組の生徒達に対して盛大に毒を吐いていた物間の言葉が突如とぎれる。そして物間の身体が沈み込むと同時に、こちらも聞き覚えのある声が聞こえる。

 

 「物間シャレにならん。飯田の件知らないの?」

 「拳藤君!」

 「ゴメンなA組。コイツちょっと心がアレなんだよ」

 (心が!?)

 

B組の拳藤が物間の首根っこを掴みながらA組の生徒達に謝罪する。その光景に何となく既視感を覚えたA組。拳藤が更に続ける。

 

 「アンタらさ、さっき期末の演習試験、不透明とか言ってたね。入試の時みたいな対ロボットの実践演習らしいよ」

 「えっ!?本当!?何で知ってるの!?」

 「私先輩に知り合いいるからさ、聞いた。ちょっとズルだけど」

 「いやズルじゃないよ。そうだきっと前情報の収集も試験の一環に織り込まれてたんだ。そっか先輩に聞けば良かったんだ。何で気付かなかったんだブツブツ…」

 

いつもの緑谷現象が発生し、引き気味にそれを見ていた拳藤だったが、

 

 「ま、アンタなら楽勝でしょ?入試の時みたいにパパッと終わっちゃうんじゃない?」

 「…だといいがな。」

 

ふと垣根に気さくに話しかけ、それに答える垣根。すると、

 

 「バカなのかい拳藤?せっかくの情報アドバンテージを!ココこそ憎きA組を出し抜くチャンスだったん…だっ!?」

 

さっきまでダウンしていた物間が起き上がりながら拳藤に文句をつける。

 

 「憎くはないっつ~の!」

 

拳藤は再び物間に手刀を決め、強制的に黙らせ、その身体を引きずりながらその場を去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「「やったぁ~~~!!」」

 

 教室では上鳴と芦戸が喜びの声を上げていた。緑谷達が拳藤から聞いた話を聞いたのだ。

 

 「んだよロボなら楽ちんだぜ!」

 「ほーんとほんと!」

 「お前らは対人だと個性の調整大変そうだからな。」

 「ああ!ロボならブッパで楽勝だ!」

 「私は溶かして楽勝だ!」

 「あとは八百万と垣根に勉強教えてもらえば期末はクリアだ!」

 「「これで林間合宿バッチリだぁ~!!」」

 

上鳴や芦戸を始めとする生徒達が期末試験について楽観視し始めたその時、

 

 「人でもロボでもぶっ飛ばすのは同じだろ。何が楽ちんだアホか!」

 

爆豪が苛つきながら上鳴達に言い放つ。

 

 「アホとは何だアホとは!」

 「うっせぇな!!!調整なんか勝手に出来るもんだろアホだろ!!なぁ!?デク!」

 「…!?」

 

上鳴達に噛みついた後、急に緑谷に話を振る爆豪。ハッとしながら緑谷は爆豪の方を見る。

 

 「個性の使い方、ちょっと分かってきたか知らねぇけどよォ、テメェはつくづく俺の神経逆なでするな!体育祭みたいな半端な結果はいらねぇ。次の期末なら個人成績で否が応にも優劣が付く。完膚なきまでに差ァつけてテメェぶち殺してやる!!!」

 「…っ!?」

 「轟!垣根!テメェらもだ!!」

 

爆豪は緑谷だけでなく、轟と垣根に対しても宣戦布告する。すると、

 

 「フッ…」

 

垣根が一人、下を向きながら鼻で笑う。

 

 「何がおかしいんだテメェ!!!」

 

当然、爆豪が垣根に噛みつく。

 

 「あ?何がおかしいってお前、そりゃお前自身だよ」

 「あァ!?何言って…」

 「――――――そんなに怖いか?緑谷の成長は?」

 「…っ!?」

 

爆豪の言葉を遮るように呟かれた垣根の言葉に思わずビクリとする爆豪。それを見た垣根はニヤつきながら爆豪に尋ねる。

 

 「何だよ。図星か?」

 「…はァ!?んなわけねぇだろ!いくら成長しようがこんなクソナードどうでもいいんだよ!!」

 「そう。どうでもいい。いくら緑谷が成長しようが、他の奴が成長しようがそんなものは関係ねえ。それ以上に自分が強くなればそれでいい。違うか?」

 「何が言いてェんだテメェ…」

 「小せぇっつってんだよ」

 「あァ!?」

 「ちょっと緑谷が動けるようになったからってピーピー喚きやがって。ガキかテメェは。だからお前は三下なんだよ野良犬が」

 「んだとテメェ…!!!」

 

もう我慢の限界だったのか、爆豪が垣根に詰め寄っていく。そして垣根に掴みかかろうとする直前、切島や瀬呂が爆豪を止めに入る。

 

 「おい爆豪!やめろって!」

 「今喧嘩なんかしたら期末どころじゃなくなるぞ!」

 「離せコラ!!!」

 

今にも垣根に殴りかかろうとしている爆豪を必死に押さえつける切島達。

 

 「何だよやるってのか?別にいいぜ俺は。また体育祭(あの時)みたいにボコボコにしてやるよ」

 

爆豪を見下ろしながら垣根は更に爆豪を挑発する。

 

 「垣根もこれ以上煽るのはよせって!マジで爆豪が手ェ付けられなくなるから!」

 「大体、お前らが()りあったらただの喧嘩じゃ済まなくなるだろ!!」

 「心配すんな。俺だって限度は弁えてる。半殺し程度で済ませてやるよ」

 「そーゆう問題じゃねぇ!!それに全然限度弁えてねぇじゃねーか!!」

 「はァなァせェェェェ!!!」

 

そんな風に騒いでいると、突然教室の扉がガラッと開く。

 

 「何やってんだお前ら!」

 

教室に入ってきた相澤が垣根達の方を睨み付けながら言う。それを見た爆豪は暴れるのを止め、切島達も動きを止める。しばらく教室に沈黙が訪れるが、チッ!と爆豪が派手に舌打ちをすると、そのまま教室を出て行った。

 

 「おい待て爆豪!」

 

相澤が爆豪を呼び止めるも、爆豪は無視して帰ってしまった。呆れたようにため息を吐いた相澤は生徒達を見回すと、

 

 「お前ら今日はもう授業無いだろ。だったらもう帰れ。それと垣根は後で職員室に来るように」

 

垣根以外に帰宅を命じて自分も職員室に戻っていった。

 

 

 

 

 



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三十四話

なぜ拳藤ちゃんはA組じゃないのか・・・


 

「うはぁ~…セレブだとは思ってたけどまさかこれほどとは…!」

 

 上鳴が八百万の家を見上げながら呟く。豪邸とはこのような家のことを言うのだろう。あまりの大きさにただただ圧倒される上鳴達。今から目の前の家で勉強会を行うのだが、全然実感がわかない。とりあえずインターホンを押すと、そこから八百万の声が聞こえる。

 

 「皆さんお待ちしておりました!どうぞ中へ!」

 

八百万が嬉しそうに言うと、突然門が開かれた。

 

 「どこの貴族だよ」

 

これには流石の垣根も少し驚いたようだ。それは皆も同様でポカーンとしながら八百万の家の中に入っていく。そして皆は大きな長方形のテーブルのある部屋に通された。天井にはシャンデリアが備え付けてあり、暖炉のようなものも設置してある。壁には大きな肖像画が掛かっており、そこはまるで漫画に出てくるお金持ちの人が住んでいるような部屋だった。圧倒的場違い感を感じながら、上鳴達は長テーブルに腰掛ける。

 

 「なんか場違いすぎて緊張してきた…」

 「俺も…」

 

尾白と瀬呂がソワソワしていると、八百万が台の上に紅茶とティーカップを載せて運んできた。

 

 「なにか?」

 「「「ううん何でも」」」

 

幸せそうに部屋に入ってくる八百万の姿を見て、さっきまで緊張していたのが嘘のようにホッコリしている上鳴達。八百万が一人一人のティーカップに紅茶を注ぎ、全員に渡す。皆が一息吐くと早速勉強会が始まった。基本は八百万が授業のように前で上鳴達に解説し、上鳴達はそれを聞きながら問題を解いていくという流れだ。もしどこか分からない部分があったら八百万か垣根に尋ねる。八百万が解説している間は基本的に垣根が教えて回ることになる。しかし、

 

 「はぁ?さっきとほぼ一緒の問題じゃねえか。何が分からねえんだよ?」

 「…」

 「こんなもんbに決まってんだろ。逆にどうやったらb以外の答えが出てくんだ?」

 「…」

 「いや解き方っつってもな。普通に計算すりゃ出るだろ」

 「…」

 「お前、こんなのも解けねえでよく雄英受かったな」

 「…」

 「なぁ、お前って個性使わなくてもアホになんのか?お前の思考回路が俺には全く分からねえ。ある意味すげーなお前。」

 「…」

 

 「「「……」」」

 

勉強会開始時の活気に満ちあふれた雰囲気とは一転、部屋には重苦しく、どんよりとした空気が漂う。流石に垣根もこのただならぬ雰囲気に気付き、上鳴達に尋ねる。

 

 「何だお前ら。どっか具合でも悪いのか?」

 「「「お前のせいだろ!!!」」」

 

上鳴達が一斉に垣根に対して叫び、いささか面食らう垣根。

 

 「は、はぁ?何で俺のせいなんだよ?」

 「お前は一々disらないと俺らに教えられないのか!?」

 「このペースでdisられ続けたら勉強以前に俺らの身が持たねえよ!」

 「なんか、あんまり悪意がない分、より傷つくよね…」

 「もうちょっと平和的にお願いしたいなぁ…」

 「そーだそーだ!!もっと優しく教えろコノーーー!!」

 

垣根の辛辣な教え方に対して、不満を爆発させる上鳴達。垣根自身としては上鳴達を傷つけたりする意図は全く無かっただけに一層困惑する。

 

 「いや、別にdisってねえだろ。ただ事実を言っただけで…」

 「それが傷つくって言ってんだろ!!」

 

上鳴達が必死に心の叫びを訴えていたが、垣根には全く意味が分からなかった。そこで、

 

 「ま、まあまあ皆さん落ち着いて。それよりそろそろお昼の時間ですので昼食を持って参りますわ」

 

八百万が場を諫め、昼休憩を取る。相変わらず見たことも無い豪華すぎる食事が運ばれきて、皆のテンションは再び上がり、先ほどまでの鬱屈とした雰囲気は見事に吹き飛んだ。そして八百万家の豪華な食事を堪能した後、再び勉強会を再開する。だが今度は皆、分からないことがあったら八百万に聞くようにし、垣根には聞こうとしなかった。

 

 (結局俺は除け者かよ。意味が分からねぇ)

 

自分が避けられていることに未だに納得していない様子の垣根は、席を立ち、用を足しに部屋を出る。それが済み、トイレから出ると垣根の目にある部屋が目にとまった。特別目立っていた部屋というわけでは無かったが、何となく気になって入ってみると、その部屋は巨大な書斎であることに気付いた。

 

 (すげぇな。こりゃまるで図書館だ)

 

何列もある本棚を見上げながら垣根は驚いた様子を見せる。それぞれの本棚にはぎっしりと本が詰められていて、あらゆる分野に関する書物が揃っている。垣根は何冊か手に取り、目を通していると、、

 

 「ああ、こんな所にいらしたのですか」

 「ん?」

 

八百万の声がし、振り返る垣根。

 

 「お手洗いから全然戻ってきませんので心配しましたのよ?」

 「あぁ悪いな。勝手に入っちまって」

 

そう言いながら垣根は手元の本を本棚に戻す。

 

 「いえ、それは全然構いませんけれど…どうしてこんな所に?」

 「トイレから出たらちょうど目に入ってな。気になって入っちまった」

 「ああ、そうでしたか」

 

八百万が得心のいった表情を見せると、垣根は八百万に尋ねる。

 

 「ここにある本、全部読んだのか?」

 「いえ。全部ではないですけれど、7割方は読みましたわ」

 「マジか。すげぇな」

 「私の個性は『創造』。対象の分子構造まで正確に把握していなければその物体を創り出すことが出来ません。ですからあらゆる物質についての知識を蓄えておかなければなりません。そのために日々これらの本を読んでいるのです」

 「ほぉー、なるほどな」

 「ですが…」

 

急に伏し目がちになった八百万。垣根が怪訝そうに八百万のことを見つめている中、八百万が言葉を続ける。

 

 「垣根さんは本当にすごいですわね。入試成績も一位で体育祭の順位もトップ。常に冷静で咄嗟の判断力にも優れています。一方で私は雄英の推薦入学者でありながら、ヒーローとしての実技において特筆すべき結果を何も残せていません。体育祭では騎馬戦は轟さんの指示下についただけ。本戦では常闇さんに為す術なく敗退しました。同じ推薦入学者でも轟さんとは大違いですわ」

 「……」

 「それに戦闘訓練では垣根さんに直接打ち負かされてしまいましたね。同じ系統の個性を持つ者同士だというのにこうも差が出るなんて…」

 

垣根は黙って八百万を見つめる。主に原因は体育祭なのだろうが、自分の実力に自信が持てなくなってしまったのだろう。おまけに『推薦入学者』という肩書きが彼女にとってプレッシャーになっているのも起因している。気丈に振る舞ってはいたが、ずっと悩んでいたのだろうと垣根は推測する。

 

 「ふむ。要は挫折ってヤツだな」

 「えっ?…ええ、そうですわね」

 「その様子から察するに、挫折を味わったのは初めてだな?」

 「…ええ、それも当たりですわ。流石ですわね垣根さん。何でもお見通しというわけですか」

 「アホか。今のお前を見てれば、んなもん誰だって分かるわ」

 「……」

 「でも良かったじゃねぇか。誰だってどこかで経験するもんなんだからよ。だったら早めに済ましちまった方がいい」

 「誰だってって…そういう垣根さんは挫折なさったことがありますの?」

 「…あぁ、あるぜ」

 「えっ!?」

 

垣根の答えに思わず目を丸くする八百万。何でも完璧にこなしているように見える垣根に挫折の経験があるとは思わなかったからだ。

 

 「いや、アレは挫折なんて言葉で片づけられるようなモンじゃねえ。今でもはっきり覚えている。俺の全てを叩き潰された、あの瞬間を」

 「垣根さん…?」

 

どこか遠くを見るような、それでいて強い憎悪の念を目の奥に宿した垣根を見て心配そうに垣根に呼びかける八百万。すると垣根も我に返り、再び八百万の方を向く。

 

 「まぁ俺の事はどうでもいい。要するに落ち込んでも仕方ねえってことだ」

 「はぁ…」

 「いいか?物質を生み出す個性ってのは無限の可能性を秘めている。何でも創れるってことは何でもアリってのとほぼ同義だからな。つまり、その潜在能力(ポテンシャル)を最大限引き出せれば最強なんだよ」

 「最、強…」

 「ああ。特に弱点もねぇだろ?。唯一あるとすれば馬鹿には扱えねえってことぐらいだろ。生み出す物質について正確に理解してなきゃいけねえからな。その点、お前は中々賢いし知識もある。だから、そんなに悲観しなくてもいいとは思うがな」

 「賢いって…あなたに言われても嫌味にしか聞こえませんわ。私、座学には人一倍自信がありましたのよ?それなのにその座学でさえも垣根さんに遅れを取るなんて、ショックでしたわ」

 「ああ、まぁ俺に勝てないことは気にすんな。頭で俺に勝てるヤツなんざこの世界にいねえからよ。お前は十分賢いと思うぜ」

 「…何だか、素直に喜んで良いのかよく分かりませんけれど…でもありがとうございます垣根さん!垣根さんの励ましのおかげで少し元気が出ましたわ!」

 「……やっぱり挫折ってのは人をおかしくしちまうらしい。いつ俺がお前を励ましたって?」

 「ではそういうことにしておきますわ」

 

八百万がクスッと笑いながら呟く。

 

 「それでは私は皆さんの元へ戻りますが、垣根さんはどうなさいます?このままここに居られますか?」

 「ここにいてもいいのか?」

 「勿論いいですとも。好きなだけ本をお読みになってくれていいですよ」

 「そうか。じゃあ好意に甘えさせてもらうとするか。どうせ俺が戻ってもアイツら俺には聞きに来ねぇしな」

 「フフッ、ではごゆっくり」

 

垣根の言葉に笑いながら八百万は書斎を後にした。それから垣根は色々な本を物色し始めた。本当に様々な分野の本が所蔵されていて改めて驚いた垣根だが、ふと足を止める。垣根の目の前の本棚に様々な武器についての本がずらりと並んでいた。どうやらこのエリアには武器に関する本を集めてあるらしい。垣根がいくつかの本を手に取ってみる。垣根も戦う際には武器を創り出すことがあるので、このような本は割と役に立ったりするのだ。斧や槍や剣などの書物に目を通していく垣根。だが、ふと本棚のある場所に目がとまる。

 

 「火薬、か…」

 

そこには火薬を使った武器の本がたくさん並んでいた。

 

 (俺の未元物質(ダークマター)はなぜだか火薬は製造できねえからな。こっち方面はあんま興味なかったが…)

 

それらの本を手に取り眺めながらそう思う垣根。未元物質といえど、創り出せないモノはあるのだ。なぜ火薬が作れないのかは垣根にも分からない。未元物質とは垣根にとっても、まだまだ謎だらけの物質なのである。垣根が他の本にも目を通していくと、ある本が垣根の興味を引く。それは一昔前の武器について詳しく書かれた本で、今では使われていない技術や製造方法がいくつも載っていた。しばらく黙って読み進めていく垣根。すると、

 

 (なるほど。この技術を応用すれば未元物質でも砲撃武器が作れるかもな)

 

思わぬ収穫に垣根は笑みをこぼしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 期末試験前最後の週末が終わり、いよいよ期末試験が始まった。期末試験は3日間に渡る筆記試験と一回の演習試験に分かれており、最初は筆記試験を受けることになる。顔色一つ変えずに解いていく者もいれば、暗い表情で解いていく者もいる。そしてついに最後の科目の試験時間が終わると、試験官の相澤が終了の合図をする。

 

 「全員手を止めろ!各列の一番後ろ、答案を集めて持って来い」

 

相澤の指示通り、各列の一番後ろの生徒達が答案を回収して行く。

 

 「ありがとー!ヤオモモーーー!!」

 「とりあえず全部埋めたぜ!」

 

まだ回収し終わっていないというのに、上鳴と芦戸が喜びの声を上げ、勉強を教えてくれた八百万に感謝する。他の生徒達も筆記が終わってホッとした様子だった。こうして3日間の筆記試験は終了したが、間を置かずに演習試験の日がやってきた。場所は実技試験会場中央広場。そこではコスチュームを着たA組の生徒達と雄英の教師陣が相対していた。するとおもむろに相澤が話し始める。

 

 「それじゃあ演習試験を始めていく。この試験でももちろん赤点はある。林間合宿に行きたきゃみっともねぇヘマはするなよ。諸君なら事前に情報を仕入れて何するか薄々分かってると思うが…」

 「入試みてぇなロボ無双だろ!?」

 「花火!カレー!肝試し!」

 

上鳴と芦戸がテンション高めで叫ぶ。もう合格を確信している様子だった。他の生徒達もこの二人ほどではないが、演習試験を楽観視している生徒は多かった。しかし、

 

 「残念!諸事情があって今回から内容を変更しちゃうのさ!」

 

相澤が首に巻いているマフラーのような武器の中から校長が顔を出しながら生徒達に告げる。

 

 「これからは対人戦闘・活動を見据えた、より実戦に近い教えを重視するのさ!」

 

試験内容の変更を告げられ、驚きを隠せない生徒達。上鳴と芦戸に至ってはリアクションが取れないほど固まってしまっていた。そして相澤が説明を続ける。

 

 「というわけで諸君らはこれから二人一組でここにいる教師一人と戦闘を行ってもらう!」

 「先生方と!?」

 

相澤の言葉を聞いた麗日が驚きの声を上げる。麗日だけでなく、他の生徒達も驚愕の色を露わにしていた。いきなりプロヒーローである先生達と戦えと言われたのだ。当然のリアクションである。

 

 「なお、ペアの組と対戦する教師は既に決定済み。動きの傾向や成績、親密度、諸々を踏まえて独断で組ませてもらったから発表していくぞ」

 

前置きを終えた相澤は早速対戦カードを発表する。

 

 「まずは轟と八百万がチームで、俺とだ」

 「「!?」」

 

ニヤリと不気味に笑いながら轟と八百万の方を見る相澤。そして更に次のカードを告げる。

 

 「そして垣根と爆豪がチーム」

 「「!?」」

 「で、相手は…」

 

相澤がそこまで言うと、突然上空から巨体が降りてくる。そしてその巨体がゆっくりと立ち上がりながら相澤の言葉を引き継いだ。

 

 「私が…する!」

 「オールマイトが!?」

 「……」

 「協力して勝ちに来いよお二人さん!」

 

No.1ヒーローが二人の前に立ちはだかった。

 

 

 

 

 



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三十五話

 

 「ヒーロー殺しステインと(ヴィラン)連合の繋がりによる敵達の活性化の恐れ、か」

 

 時は遡り、演習試験の数日前。会議室で校長が手元の資料を見ながら呟く。会議室には校長先生だけでなく、雄英の教師陣が全員居合わせており、期末の演習試験について話し合いが行われていた。

 

 「もちろんそれを未然に防ぐことが最善ですが、学校としては万全を期したい。これからの社会、現状以上に対敵戦闘が激化すると考えればロボとの戦闘訓練は実戦的ではない。そもそもロボは『入学試験という場で人に危害を加えるのか』等のクレームを回避するため」

 「無視しときゃいいんだそんなもん。言いたいだけなんだから」

 「そういう訳にもいかないでしょ」

 「試験の変更理由は分かりましたが、生徒を二人一組にし、我々教師陣と戦わせるというのは…」

 「ええ、少し酷だと思います」

 「俺らがあっさり勝っちまったら点数もつけられないYO?」

 「もちろんその辺りを考慮して教師側にはハンデを付ける予定だ」

 「校長、いかがでしょうか?」

 「いかがも何も、僕は演習試験の内容変更に賛成してるよ。これ以上生徒達を危険に遭わせないために我々は何をすれば良いか。答えは簡単!生徒自身に強くなってもらうことさ」

 「ですね」

 「異論ありません」

 

校長の賛同によって演習試験の変更が決まった。他の教師陣もそれに納得している様子だった。そして次に相澤が生徒のペアと対戦する教師の割り振りについて説明していく。

 

 「では組の采配についてですが、まずは轟。ひと通り申し分無いが、全体的に力押しのきらいがあります。そして、八百万は万能ですが咄嗟の判断力や応用力に欠ける。よって俺が二人の個性を消し、接近戦闘で弱みを突きます」

 「「異議なし!」」

 「次に垣根と爆豪ですが…オールマイトさん頼みます」

 「!」

 「この二人に関しては能力や成績で組んではいません。ひとえに仲の悪さ。とは言え、正直迷いました。爆豪と緑谷も同じくらい仲が悪いですからね。爆豪と緑谷に関しては、まぁ昔から仲が悪かったというのもあるでしょうが、最近では緑谷の急成長が爆豪の苛つきを助長している節があります。一方、垣根と爆豪はシンプルに相性が最悪。犬猿の仲とはまさにアイツらのことを言うんでしょう。全く、困った奴らです」

 「じゃあ、何でオールマイトの相手を爆豪くん緑谷くんペアじゃなくて垣根くん爆豪くんペアにしたの?」

 

相澤の説明を聞いたミッドナイトが尋ねる。

 

 「垣根を相手できるのがオールマイトさんくらいしか思いつかなかったからだよ」

 「…へぇ~、そういうこと」

 

相澤の答えを聞いたミッドナイトは得心がいったというような表情を浮かべる。体育祭での彼の活躍を見れば、相澤の評価が特別過大評価ではないことはこの場にいる誰もが理解していた。そして相澤はオールマイトの方を向きながら確認を取る。

 

 「オールマイトさん、お願いしていいですか?」

 「…ああ、了解した」

 

オールマイトは力強く頷きながらこれを了承した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして現在に至る。垣根・爆豪ペアが発表されたところで校長が残りの対戦カードを一気に発表していく。

 

一戦目:セメントスVS砂藤・切島

二戦目:エクトプラズムVS蛙吹・常闇

三戦目:パワーローダーVS飯田・尾白

四戦目:相澤VS轟・八百万

五戦目:13号VS緑谷・麗日

六戦目:根津VS芦戸・上鳴

七戦目:プレゼントマイクVS耳郎・口田

八戦目:スナイプVS葉隠・障子

九戦目:ミッドナイトVS瀬呂・峰田

十戦目:オールマイトVS垣根・爆豪

 

 「試験の制限時間は三十分!君たちの目的はこのハンドカフスを教師にかけるorどちらか一人がステージから脱出することさ!」

 

根津校長がそう言いながらハンドカフスをかざし、生徒達に見せる。

 

 「先生を捕らえるか脱出するか…何か戦闘訓練に似てるな」

 「ホントに逃げてもいいんですか?」

 「うん!」

 「とは言え戦闘訓練とは訳が違うからな!相手はちょ~~~~格上!!」

 「格、上?イメージないんスけど」

 「今回は極めて実戦に近い状況での試験。僕らを敵そのものだと考えてください」

 「会敵したと仮定し、そこで戦い勝てるなら良し。だが…」

 「実力差が大きすぎる場合、逃げて応援を呼んだ方が賢明。轟、飯田、緑谷、お前らはよく分かってるハズだ」

 「「「……!!」」」

 「戦って勝つか、逃げて勝つか…!」

 

生徒達が試験の概要について理解する。逃げるか戦うか、その判断力がこの試験の鍵になってくるのだ。

 

 「そう!君らの判断力が試される。けどこんなルール逃げの一択じゃね?って思っちゃいますよね。そこで私たち、サポート科にこんなの作ってもらっちゃいました」

 

そう言ってオールマイトが何かを取り出して生徒達に見せる。

 

 「超圧縮お~も~り~!体重の約半分の重量を装着する。ハンデってやつさ。古典だが動きづらいし体力は削られる。あっヤッバ…思ったより重っ…」

 「戦闘を視野に入れさせるためか。ナメてんな」

 「ああ、舐め腐ってやがる」

 「HAHAHAHA!どうかな?」

 

垣根と爆豪を挑発するかのように強い目で見つめるオールマイト。説明が終わると相澤が段取りについて話し始める。

 

 「よし。チームごとに用意したステージで一戦目から演習試験を始める。砂藤・切島、用意しろ」

 「はい!」

 「出番がまだの者は試験を見学するなり、チームで作戦を相談するなり好きにしろ。以上だ」

 

相澤の話が終わると教師陣は建物の中へ入っていく。そして生徒達も基本的にペア同士で作戦会議に移っていった。一方で垣根と爆豪に関しては、相澤の話が終わるとすぐに爆豪はどこかへ行ってしまった。そして垣根もそれを特に気に留めている様子はなく、建物の中に入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 垣根はモニター室にいた。普通は作戦会議をしている時間だろうが、爆豪がどこかへ行ってしまったのでそれが出来ない。たとえ爆豪がいたとしてもそんなことをする気がないのは垣根であったが。とにかく、何もすることが無くて暇だったので、他の者達の戦いを見ながら時間を潰そうと考えた垣根。モニター室には垣根の他にもう一人、リカバリーガールが椅子の座りながら垣根と共にモニターを眺めていた。

 

 「さて、今日は激務になりそうだね」

 

モニターを見ながら呟くリカバリーガール。垣根も黙ってモニターを見つめていると、第一戦目が始まった。切島・砂藤の相手はセメントス。コンクリートを操る個性の使い手だ。二人が会場に入った途端、いきなりセメントスが攻撃を仕掛ける。二人はギリギリの所でそれを躱すと、切島は身体を硬化させ、砂藤は糖分摂取によってパワーを増し、一気にセメントスまで迫ろうとする。セメントスが生み出すコンクリートの壁を次々と破壊していく二人。一瞬、このまま突破してしまうのではないかと思われたが、そう甘くはなかった。二人が壁を壊し続けても一向にその数は減らない。二人が壁を壊すスピードより早く壁を生成しているのだ。このままでは二人は負けてしまう。なぜなら二人の個性には時間制限があるからだ。垣根はそこまで考えると、

 

 「なるほど。俺達にとって相性が不利な教師をぶつけてるってことか」

 

ふと気がついたかのように呟く。すると、

 

 「その通りだよ。自分の出番が来るまで対戦する教師との相性をじっくり考えるこったね」

 

リカバリーガールが垣根のつぶやきに反応し、助言した。

 

 (相性ねぇ…)

 

垣根はオールマイトについて暫し考えていたが、やがてモニターに目線を戻す。モニターでは個性の制限時間が切れ、切島達がコンクリートの壁に押しつぶされていく様が映し出され、ついに気絶してしまう切島達。切島達のダウンが確認されると、両者の敗北をしらせるアナウンスが場内に響いた。

 

 「やれやれ、初戦から出番かい」

 

面倒くさそうに立ち上がりながら、二人の治療に向かうリカバリーガール。

 

 「中々いい個性だな。流石はプロってとこか」

 

垣根は画面に映っているセメントスを見ながら、愉快そうに口にする。そしてリカバリーガールは治療を終えると、再びモニター室に帰ってきた。すると時間をおかずに第二戦目が始まった。第二戦目はエクトプラズムVS蛙吹・常闇。エクトプラズムの個性は分身。開始の合図と共にエクトプラズムの個性が発動し、何体ものエクトプラズムが出現する。それを見た垣根はあることを思いつく。

 

 (分身か…その発想は無かったな。俺の未元物質(ダークマター)で俺自身の分身体を作ることは可能なのか?)

 

垣根は考える。垣根の外見を未元物質でなぞれば、それっぽいモノは確かに出来上がるだろう。だが、垣根が思いついたのはそんなチープなモノではなかった

 

 (ただの人形じゃねぇ。この俺(オリジナル)と同等の力を振るい、俺の制御下の範囲で自由に動けるモノ。いわば俺自身の複製。果たして未元物質でそれは実現出来るのか?)

 

垣根が思いついたことはクローンの製造に近い。恐らく今の最先端技術を集約しても、人間のクローンを創り出すことは不可能だろう。それ程、高度で未知数な概念なのだ。垣根はそれを未元物質で行う可能性について模索する。

 

 (俺と同等の力を振るうためにはまず脳がいる。でなきゃ能力は発動できないからな。つまり俺の複製体を創るには未元物質で脳を創り出さなきゃならねぇ)

 

武器や道具などを創り出すことは造作もないし、今までもやってきたことではあるが、人間の臓器を創り出すなどということはやったことはおろか、考えたことすらなかった。とんでもない領域に足を踏み入れようとしている垣根。普通ならたとえ思いついたとしても、すぐに絵空事だと諦めてしまうだろう。だが、垣根帝督にその普通(常識)は通用しない。学園都市が生んだ怪物は静かに笑いながら、その目に火を灯す。

 

 (もし脳を創り出すことが出来れば、他の臓器を創ることも出来るようになるはず。いや、逆かもしれねぇな。まぁどっちでもいいが。そしてさらには筋肉や骨、神経までもが複製可能となれば、俺は人体を生成できるようになったと言っても過言ではない。未元物質による人体複製。おもしれぇ…やってやろうじゃねぇか)

 

尤も、たとえ脳を生成出来たとしてもそれだけで能力を使えるようになるわけではないが、それはまた後で考えれることとする。新たな目標について垣根が考えを巡らせていると、第二戦終了を告げるアナウンスが響いた。蛙吹・常闇チームの勝利に終わったらしい。その後も演習試験はどんどん進んでいき、緑谷・麗日チームが13号に勝利すると、先ほど試験を終えた飯田と八百万がモニター室に入ってきた。初めからモニター室にいた垣根と、一足先に試験を終えて垣根と共にモニター室にいた蛙吹がそちらを振り返る。

 

 「麗日君クリアしたのか!流石だな!」

 「ケロ!二人ともおめでとう!」

 「蛙吹君もな!」

 

祝福し合う三人。垣根以外は全員試験を受け終わり、そして合格している。八百万は垣根の方を見ると軽くお辞儀をし、垣根もその場で小さく笑う。続く第六戦が始まったが上鳴・芦戸チームは根津の策略を突破できずに敗北。敗北を知らせるアナウンスが鳴り響くと今度は緑谷と麗日がモニター室に入ってきた。芦戸達の敗北を知り、残念がる二人。だが息を吐く暇も無く第七戦が始まる。耳郎・口田と音に関する個性持ちの二人に対して、相手はプレゼントマイク。その圧倒的な音圧で二人を苦しめるも口田が虫を操ることでプレゼントマイクに勝利した。

 

 (音波か…そういうのもアリだな)

 

垣根はプレゼントマイクの個性を見ながらまたもやヒントを得る。そして第八戦・第九戦も教師達に苦しめられながらも生徒達が勝利した。峰田チームの勝利のアナウンスが流れると、垣根はモニター室を出ようとする。すると、

 

 「垣根君!頑張って!」

 「応援しているぞ垣根君!」

 

緑谷と飯田が垣根にエールを送る。緑谷達だけでなく女子三人も垣根の方を見つめていたが、垣根は振り返ることなくモニター室を出る。するとちょうどモニター室に入ろうしてきた轟と遭遇した。一瞬驚いた表情を浮かべる両者だったが何も言葉を交わすことなく、再び歩き出す垣根。すると、

 

 「垣根」

 

轟が垣根を呼び止める。

 

 「あ?」

 「頑張れよ」

 「…はいはい」

 

面倒くさそうに返事をしながら垣根は会場に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「轟君!」

 

 緑谷はモニター室に入ってきた轟を見ると驚いたように言う。

 

 「緑谷か。通ったんだってな。」

 「うん!轟君もおめでとう!」

 「あぁ。お前もな」

 

二人が互いの合格を祝っていると、轟はモニターを見ながら皆に尋ねる。

 

 「次の試験、オールマイト対垣根・爆豪の試験だがお前らはどう見る?」

 「うん…まだ何とも言えないけど、少なくともかっちゃんが逃げに回るとは思えない。多分、全力でオールマイトを倒しに行くと思う」

 「でも、相手はオールマイトよ。いくら爆豪ちゃんが強いとは言え、一人で勝てるような相手じゃないわ。仮に倒すとしても垣根ちゃんと協力しなきゃいけないと思うけど…」

 「あのお二人、とても仲が悪いですからね。現に今まで何の作戦会議も行っていない様子でしたし…」

 「ていと君と爆豪君ってデク君と爆豪君とは違う仲の悪さだよね」

 「えっ!?そ、そうかな…」

 「何にせよ、これまでの試験同様クリアするためには二人の協力が不可欠ということだな」

 

最強のヒーロー・オールマイト相手に二人はどう立ち回るのか。あらゆる憶測を立てながらモニター室にいる生徒達は試験開始の合図を待っていた。

 

 

 一方、モニター室を出た垣根が演習試験の会場に着くと、既に爆豪は扉の前で待機していた。爆豪が垣根の到着に気付くと、後ろを振り返り垣根をギロリと睨み付けるがすぐに前にむき直る。垣根も特に何も言わずにその場で待機する。そしてしばらくすると、最後の試験開始の合図が鳴り響いた。

 

 《垣根・爆豪チーム、演習試験レディ・ゴー!》

 

アナウンスと共に目の前の扉が開く。今この瞬間、No.1ヒーローへの挑戦が始まった。




旧約15巻と新約6巻しか読んでないんですけど、垣根が未元体になる話って他の巻で詳しい説明とかありますかね?(どうやって臓器作ったのかとか)あるなら読んだ方が良いのかなぁ・・・


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三十六話

ふーむ・・・やっぱり木原一族級のサポートが無いと未元体は無理ですかね?


 

 「……」

 

 カツカツカツと靴底を鳴らしながら爆豪は無言で歩いて行く。その後ろをついて行く垣根だったがとうとう爆豪に声をかける。

 

 「おい爆豪。このまま行けばヤツにぶち当たる。何か策でもあんのかよ」

 「……」

 「オイオイ無視はねぇだろ爆豪君よ。俺達は同じチームだぜ?」

 「……」

 「おい聞いてん…」

 「ついて来んな!!」

 

爆豪が歩みを止めること無く垣根に怒鳴り散らす。どうやら垣根の言うことは全く聞く気はないらしい。

 

 「別に俺だって好きでテメェのストーキングしてるわけじゃねえよ。さっきも言ったろ?俺達はチームなんだとよ。『協力』ってのが大事らしいぜ?」

 「…テメェの力なんざ借りねぇ。俺一人の力でオールマイトをぶっ倒す!だからついてくんじゃねぇメルヘン野郎!」

 「はぁ?倒す?オールマイトを?お前が?一人で?オイオイオイ、今は冗談を言ってる場合じゃねえんだが」

 「…ッ!?」

 「お前な、ちょっとは大人になれって。テメェ程度で倒せるようなヤツじゃないことくらい分かんだろ?馬鹿じゃねぇんだからよ」

 「うるせぇなァ!!終盤まで翻弄すればオールマイトだって疲弊する!そこを俺がぶっ潰すんだよ!!分かったらとっとと失せろ!!」

 「んなもん疲弊する前にテメェが潰されて終わるに決まってんだろ。ったくマジで単細胞だなお前」

 

垣根が呆れるように言うと、突然爆豪が自身の右腕を垣根目掛けて振るう。

 

 「おっと」

 

バックステップすることでそれを回避する垣根。爆豪は、まるで親の敵でも見るかのように垣根を睨み付け、

 

 「これ以上喋んな…ッ!!ちょっと調子が良いからって調子乗ってんじゃねぇブッ殺すぞ!!!」

 

吐き捨てるかのようにそう言うと再び歩き始めた。

 

 (ハァ…やっぱダメだな。慣れねえことはするもんじゃねぇ。あの様子じゃ期待できそうにねぇし、俺がやるしかねぇか)

 

ため息をつきながら垣根が歩き出した瞬間、

 

 ゴォォォォォォ!!!!!

 

轟音を響かせ、前方から巨大な風圧が凄まじいスピードで迫る。あまりの衝撃に辺り一帯が吹き飛ばされ、ビル群は半壊し、信号機や歩道橋などは跡形も無く消し飛ばされた。爆豪はその風圧を受け後ろに吹っ飛ばされたが何とか踏みとどまり、垣根は咄嗟に翼でガードして凌ぐ。そして舞い上がる土煙の中から、カツカツカツという足音と野太い声が聞こえる。

 

 「街への被害などクソ食らえだ!」

 (何だ…この…威圧感は!?)

 (拳圧だけで街が粉々かよ。イカレてやがるな第一位)

 

オールマイトは二人の前に姿を現し、右足で地面を強く踏みつけると、再度かなりの風圧が二人を襲う。

 

 「試験だなどと考えていると痛い目見るぞ。私は(ヴィラン)だヒーローよ。真心込めてかかって来い!」

 

ゆっくりこちらに向かってくるオールマイト。そのオールマイトをギリギリまで引きつけると、爆豪は左手を前にかざし、

 

 「閃光弾(スタングレネード)!」

 

爆豪の左手が眩く輝き、オールマイトの視界を奪う。

 

 「かかって来いだと?オールマイト!言われねぇでも、ハナから…ゴッ!?」

 

オールマイトが目を覆った隙を突いて飛びかかる爆豪だったが突然言葉が途切れる。オールマイトが爆豪の顔面を掴んだからだ。すると、顔を掴まれた状態のまま、爆豪はオールマイトに爆破の連打を繰り出した。だが、

 

 「あ痛たたたたたたたたたたたたたたっ!」

 

オールマイトには全く効いていない。そしてオールマイトは爆豪の顔を掴んだまま思いっきり地面に叩きつける。

 

 「か、は……っ!!」

 「そんな弱連打じゃちょい痛いだけだがな。そして…」

 「……」

 「君も君だ垣根少年。仲間がやられるのを黙ってみているのかい?」

 

一瞬で垣根の目の前に移動したオールマイトはその拳を垣根に振り下ろす。だが垣根は少しも動じることなく、翼でそれを受け止める。

 

 ブォォォォォォォォン!!

 

翼と拳がぶつかった瞬間、衝撃波が発生する。

 

 「硬いねぇその翼」

 「そりゃどうも」

 「…ッ!?」

 

とっさにその場を離れるオールマイト。次の瞬間、オールマイトがいた場所に二本の槍が交差するように地面から伸びていた。

 

 「危ない危ない。油断も隙も無いね全く…ん?」

 

オールマイトが視線をずらすと、こちらに歩いて向かってくる爆豪の姿が見える。まだオールマイトを倒すことを諦めていないようだ。

 

 「おい引っ込んでろくたばり損ない。テメェのレベルが通用する所じゃねえんだよ」

 「うるせェ…引っ込むのはテメェの方だ!勝つんだよ!俺は…ヒーローなんだから!」

 「テメェいい加減に…」

 「取り敢えず!君にはコイツをプレゼントだ!」

 

二人の会話中にオールマイトが空から車を垣根に投げつける。垣根は翼で車を粉砕するも、

 

 ボォォォォォン!!

 

ガソリンが引火し爆発を起こす。そのまま地面に着地したオールマイトは爆豪に迫ると、鳩尾に強烈な一発をたたき込む。

 

 「がは……っ!?」

 

モロに喰らった爆豪はうめき声と共に後ろまで吹っ飛び、空中で胃の中身を全てぶちまけながら地面に倒れ込んだ。

 

 「まぁ無理に仲良くしろとは言わないけどさ、君たちは今敵と対峙しているわけだぜ?だったらここは好き嫌い関係なく、協力してこの状況を打開していくもんなんじゃないのかい?君に今足りない部分はまさにそういう所だよ。もったいないんだ君は!力は十分あるのに!」

 「黙れオールマイト…俺は、俺の力でアンタを倒す…!!アイツじゃねぇ…俺が、トップだ!!!」

 「そっか…後悔はないようにな」

 

低い声と共にゆっくりと右腕を振り上げるオールマイト。そしてその右腕が爆豪に振り下ろされようとしたその時、

 

 「!?」

 

 ズガァァァァァァァァァン!!!

 

派手な音を立てながらオールマイトが立っていた場所にナニカが激突する。直前に察知したオールマイトは即座にその場を離れたため、直撃を回避。土煙が晴れると、先ほどまで自分が立っていた場所に白い翼が深々と突き刺さっているのが見える。その翼が地面から引き抜かれ、ゆっくりと空に昇っていく。オールマイトが空を見上げると、十五メートルはあろうかという巨大な六枚の翼を携えながら浮かんでいる垣根の姿があった。両者睨み合う中、垣根が右腕を前に出し、クイッと手のひらを動かす。すると空中に白い鳥居の様なモノが突如として現れ、そのまま地上目掛けて落下し、爆豪に直撃した。

 

 「ご、は……っ!?」

 

完全に不意を突かれた爆豪は地面に叩きつけられ、その鳥居は爆豪を地面に固定するかのように地面に深々と突き刺さる。

 

 「…何すんだテメェ!!!」

 

爆豪は必死に抜け出そうと身体をよじりながら垣根に怒鳴り散らすも、

 

 「寝てろ」

 

垣根は冷めた声音で言い放ち、今度はオールマイトの方へ向き直る。

 

 「…何の真似だい?垣根少年」

 「別に。足手まといを片づけただけだが?」

 「ハァ…全く、何で君たちはそうなっちゃうかなぁ…それで?まさか君一人で私を突破すると?」

 「ま、そういうことになるな」

 「ほぅ…安く見られたもんだな私も」

 

オールマイトは脅しをかけるかのように低い声を出すが垣根は全く動じない。

 

 (重りをつけた状態であのパワー…全速力で突っ切って強引にゴールしようかとも思ったが、残念ながら追いつかれない保証はねぇな。やっぱここで闘り合うしかねぇ。だが…)

 

垣根は不敵に笑いながらオールマイトを見据えると、

 

 「良い機会だ。見せてもらうぜNo.1。平和の象徴の実力ってヤツをよ!!」

 

力強く言い放った垣根は一斉に六枚の翼をオールマイトに向けて放つ。一方でオールマイトは後ろに跳躍することでそれらを躱した。標的を見失った六枚の翼は、

 

 ズガァァァァァァァン!!!

 

爆裂音と共にコンクリートの大地に炸裂し、いとも容易く崩壊させる。オールマイトはそのまま背後のビルを足場にしすると今度は一気に垣根との距離を詰め、その拳を垣根に叩きつける。すかさず垣根は翼で防御するもオールマイトの攻撃は止まらない。

 

 「一度でダメでもこれならどうかな?」

 

 ドドドドドドドッッ!!!

 

目にもとまらぬ速さで拳のラッシュをたたき込んでいくオールマイト。最強の(パワー)による連続攻撃は垣根の翼の羽根をどんどん削り取っていく。すると突如翼の羽根が槍の形に変化し、

 

 ズバッッッ!!!

 

ゼロ距離からオールマイトに一斉に放たれる。

 

 「くっ…」

 

とっさに身体をひねることでなんとか直撃は免れたが、いくつかのかすり傷を負ってしまうオールマイト。オールマイトは再び地上に着地し、垣根の方を見上げる。先ほど削り取った羽根の分はすっかり再生し、涼しい顔してオールマイトを見下ろしていた。

 

 「あんだけ削ったのにもう再生したのか。とんでもない速さだな」

 

オールマイトが垣根の翼について驚いていると垣根が不意に左手を前に出す。そして、

 

 「潰れとけ」

 

そう言った途端、

 

 ゴッッッッ!!!

 

突如オールマイトの身体に謎の負荷がかかる。

 

 「んお…!?何だこの圧力は…!?」

 

オールマイトの身体にかかる圧力はどんどん大きくなっていき、オールマイトは片膝をつく。だが、

 

 「何のこれしき!!!」

 「!?」

 

野太い声を上げると、

 

 ダッッッ!!!

 

勢いよくは前方に駆け出した。自力であの重圧から逃れたのだ。そして再び垣根の元へ跳躍すると回し蹴りを放つも、とっさに回避する垣根。攻撃が当たらずまたもや地面に着地するオールマイト。すると、

 

 ズシンッ!

 

鈍い音を立て、何かが地面に落ちる。オールマイトが足下を見ると、地面に自分の足に付けていた重りが転がっていた。先ほど垣根の攻撃による負荷とオールマイトが踏ん張った際の力に耐えきれず重りが壊れてしまったのだろう。どうしようかとオールマイトが考えていると、垣根の声が聞こえる。

 

 「流石に驚いたぜ。まさかアレを自力で抜け出すとはな。どんな身体してんだよ」

 「驚いたのはこっちの方さ。何だい?あのエゲつない攻撃は。マジで潰れるかと思ったよ。おかげで重りも壊れちゃったし」

 「別に俺は構わねえぜ?重りなんか無くてもよ。第一、予想外の事態なんてのは常に起こりうるもんだ。それを含めて対処し、社会を守るのがヒーローなんだろ?オールマイト先生」

 「…ああそうだな。よく分かってきたじゃないか垣根少年。では、試験は続行ってことでいいかね?」

 「あぁ」

 

垣根はオールマイトの問いに答えると同時に二枚の翼をオールマイトに向けて放つ。またもや跳躍で躱すオールマイトだったが、

 

 「!?」

 

地面に着地する寸前に今度は残りの四枚の翼がオールマイトを襲いにかかる。咄嗟に腕をクロスし、防御の姿勢を取るオールマイトだったが、

 

 「くっ…!?」

 

重い衝撃がオールマイトを襲い、ガードしきれずに一気に後方まで吹っ飛ばされてしまうオールマイト。そして十五メートル級の四枚の翼はそのままオールマイトを既に半壊していたビルへと叩きつけた。

 

 ドシンッッッ!!

 

派手な激突音を聞きながら、垣根は翼を自分の下に戻し様子を見る。すると土煙の中から一つの影が勢いよく飛び出し、一気にこちらに向かってくる。その正体はオールマイト以外あり得ない。垣根はニヤリと笑いながら再び翼を振るう。

 

 「オラァァ!!」

 「ふん!!」

 

純白の翼と最強の拳が激突する。その瞬間、

 

 ブォォォォォォォン!!

 

巨大な衝撃波(ソニックブーム)が発生し、辺りのビル群を一斉になぎ払う。辺りはすっかり荒野と化すも、尚も攻撃の手を緩めない二人。互いの攻撃がぶつかるごとに大気が揺らぐ。そしてついには、オールマイトの腕についていた重りも度重なる衝撃に耐えられず、壊れ落ちてしまう。この異常な光景を、モニター室にいる生徒達はただ圧倒されながらモニター越しで見つめていた。

 

 「垣根ちゃん…本当に凄いわ…!」

 「相手はあのオールマイト先生だぞ!?どうなってるんだ…!?」

 「次元が違いますわ…!!」

 「…アイツ、今まで全然本気じゃなかったんだな。これを見るとよく分かるぜ」

 

一緒に見ていたリカバリーガールでさえ、信じられないといった表情を浮かべている。

 

 「信じられない…あのオールマイトと互角に渡り合える子が一年にいるなんて…あたしゃ夢でも見てんのかね。垣根帝督。入試や体育祭を見たときから優秀な子だとは思ってはいたが、まさかこれほどとは…」

 

垣根帝督という存在がいかに規格外か、改めて実感する生徒達。そしてそれは爆豪にも当てはまる。地に伏しながら目の前で行われている規格外の戦闘を呆然と見つめる爆豪。自分が一番でなければ気が済まない。彼はそういう人間だった。その負けん気故にここまでの力を手に入れることが出来たのだ。だが、だからこそ垣根が気にくわなかった。入試成績でも体育祭でも垣根には及ばなかったという事実が爆豪の自尊心に傷を付けた。この試験でオールマイトを倒すことが出来れば垣根の上を行ける。そう思っていたのに結果はこのざまだ。認めたくはない。こんなことを認めるのならば死んだ方がマシだと思うくらい認めたくなかったが、それでも心のどこかで気付いてしまう。垣根の方が『上』だと。

 

 「くっそォ…!!!」

 

爆豪は歯を食いしばりながら悔しそうに呟く。一方その垣根は、数十にも及ぶオールマイトとの打ち合いを終え、一息ついていた。辺りは瓦礫の山。二人の放つ攻撃の余波に建物が耐えきれなかったのだ。最後は垣根の六枚の翼がオールマイトをガードごと吹っ飛ばし、打ち合いは小休止を迎えている。これだけ辺りをめちゃくちゃにしたため、減点は免れないなと考えつつ、垣根は爆豪の方を振り向く。

 

 (そろそろかな)

 

垣根は心の中で呟きながら、爆豪の下へ移動し着地する。そして鳥居の拘束を解き、爆豪を見下ろしながら話しかけた。

 

 「頭は冷えたかよ」

 「…何しに来た?」

 「決まってんだろ?作戦会議ってヤツだ」

 「あァ!?」

 「この試験はアイツに手錠をかけるか出口にたどり着くかしねえと合格出来ねぇ。前者はほぼ無理だとして、俺かお前かどっちかが出口にたどり着かなきゃならねえ訳だ」

 「……」

 「だからお前がゴールしろ」

 「!?」

 

爆豪は驚いた様子で垣根を見る。垣根が爆豪にゴールを託すというのだ。

 

 「…ゴールするっつってもオールマイトをどうにかしなきゃ邪魔されて終わりだろうがァ」

 「まぁそこら辺は俺が何とかする。お前は何も考えず黙って人間砲弾してればいい」

 「はァ?人間砲弾?何言ってんだテメェ…」

 「ほら、両手についてるそれだソレ」

 

垣根はそう言いながら爆豪の両手の方を示す。爆豪の両手には超火力の爆破を撃つための籠手があった。それを見て数秒考えた爆豪だがやがて垣根の言っている意味が分かったのか驚いた様子で垣根を見る。

 

 「まさかテメェ…!?」

 「ああそうだ。それを二つ同時にぶっ放して一気にゴールまで飛んでいけ。」

 「はァ!?馬鹿かテメェは!!そんなんでオールマイトを出し抜けるわけねぇだろ!!大体、テメェがオールマイトの重りぶっ壊したせいで更に速くなってんだぞ!?追いつかれる可能性だってある!それに籠手は引き金を引かなきゃ発動できねえ。だから二つ同時にぶっ放すのは無理だ」

 「大丈夫だ。それも俺のサポートで何とかする」

 

そう言うと垣根は自身の翼から二本の白い糸を垂れ流し、籠手の引き金に結びつける。

 

 「これで俺が引き金を引けば二つ同時に撃てるだろ?」

 「!?」

 「じゃあ俺がアイツを引きつけてる間に…」

 「作戦会議は終わったかい?」

 

垣根が最後まで言い終わる前に土煙の中からオールマイトが姿を現す。

 

 「さあ!残り時間は少ないぞ!どうするお二人さん?」

 「爆豪…」

 「……ッ!?」

 

歯ぎしりしながら必死に葛藤している爆豪。勝つためには仕方ないと思う一方で垣根の指示に従うのも気にくわない。数秒間身体を震わせながら考えていた爆豪だが、

 

 「あーーーーーー!!!」

 

突然叫び声を上げ、

 

 ボンッ!!

 

顔の前で両手を合わせながら爆発させる。そして、

 

 「…今回限りだメルヘン野郎!」

 

今度は落ち着いた声音で呟くと、いきなりオールマイトの方へ走り出した。

 

 (何だ?今度は体力を温存した爆豪少年が来るのか?)

 

オールマイトが怪訝に思っていると、突如爆豪の背後で轟ッ!!と音を立てながら一気に飛翔していく垣根の姿が見える。

 

 (なるほど!爆豪少年を囮に垣根少年が空からゴールを目指すって作戦か!あまり高く飛ばれると私でも手が出せなくなる。なので優先順位としてはまず…)

 

オールマイトは膝を思いっきり曲げて力をためた後、一気にその力を開放することで天高く跳躍し、一瞬で垣根の目の前に現れる。

 

 「垣根少年からだ!!」

 

オールマイトが垣根の目の前に再度立ち塞がる。垣根はそれを確認すると小さく笑いながら糸を引っ張った。すると、

 

 

 ドガァァァァァァァァァァァァァン!!!

 

地上でものすごい爆発音が鳴り響いた。オールマイトが地上を見ると、爆豪の身体が凄まじい速さで射出されていくのを視認する。オールマイトは一瞬で何が起きたのか悟り、垣根に回し蹴りを放つ。それを翼で防御する垣根だったが、オールマイトは翼を足場にし近くのビルへ飛び移ると、全身のバネの力を両足に集約させ、

 

 ビュンッッッ!!!

 

大きな風切り音と共に勢いよくその身体を射出させた。オールマイトは音速を軽く超越し、前を飛んでいる爆豪に迫っていく。そしてあっという間に爆豪のすぐ隣に躍り出ると拳を構え、

 

 「良い策だったが惜しかったね!」

 

笑いながらそう言うと、オールマイトは超高速で移動している中、爆豪の顔面目掛けて拳を振り抜いた。だが、

 

 轟ッ!!!

 

 「…っ!?」

 

凄まじい風圧と共に爆豪の姿が突然目の前から消え、オールマイトの拳は空を切る。オールマイトは状況把握のためにその場で止まり、前方を見るとここより遙か向こうに爆豪の身体が空を舞っている光景が見えた。そして爆豪は次第に地面に着地した。

 

 (何が起きたのだ…突然もの凄い風が吹いて…ハッ!まさか!?)

 

オールマイトが理解するのと同時にその頭上を大きな影が通り過ぎ、オールマイトの目の前に着地した。

 

 「垣根少年…君の仕業か。」

 「へっ」

 「私が爆豪少年に攻撃する瞬間、爆豪少年に烈風を当てることで更に加速させたって訳かい…」

 「ま、そーゆうこったな。割と一か八かだったが結果オーライだ」

 「全く、なんて子だ…」

 

オールマイトは目の前の少年に驚愕する。ほんの僅かでもタイミングをミスれば終わり。しかもあんなに高速で動いている中でという条件付き。そんな難易度MAXの所業をこの少年は顔色一つ変えずに平然とやってのけたのだ。驚かないわけがない。

 

 「さて、立場が逆になったなオールマイト。アイツがゴールするまでの間、今度は俺がアンタを食い止める番だ」

 「フッ、そうだな。ここからは、ちょっと先生も本気で行かないとかな」

 「いいねぇ。来いよ第一位」

 

垣根の言葉と共に背中の翼が音も無く伸びていく。二十メートルは優に超えるくらいまで翼が伸びると、垣根はそれらの翼に力を込めていく。

 

 「いやいや流石に…デカすぎやしないか?」

 

苦笑いを浮かべながら翼を見上げるオールマイト。六枚の翼が弓のようにしなっていく。オールマイトも目の色を変え、どっしりと前に踏み込むと右手をグッと引き込み力をためていく。再び拳圧を放つ気でいるようだ。対して垣根は特大の烈風攻撃の準備を整える。拳圧か、烈風か。どちらが勝ってもおかしくはないが、ただ一つ言えるのは両者の技がぶつかればとんでもない被害が生まれるということだ。その光景を見ているモニター室の生徒達は慌てたように騒ぎ出した。

 

 「マズいよこれは!!演習場が吹き飛んじゃう!!!」

 「まだ爆豪君はゴールしないのか!?急ぐんだ爆豪君!!!」

 「ひぇーーーー!!!」

 「…ッ!?爆豪…!!」

 

手に汗握る思いでモニターを見つめる生徒達。そしてついに両者の技が放たれようとしたその時、

 

 《垣根・爆豪チーム、条件達成!一年A組期末テスト、演習試験の全演習終了》

 

試験終了を知らせるアナウンスが響き、二人は直前で技を止める。そしてオールマイトが垣根に声をかけた。

 

 「おめでとう垣根少年。君たちの勝ちだ」

 

垣根は黙ってオールマイトを見つめていたがそのまま踵を返して歩き出した。

 

これにて期末試験、終了。

 

 

 

 

 

 

 




僕はかっちゃん大好きですよ?ただやっぱり垣根とオールマイトの戦闘描きたいなぁと思いまして・・・ゴメンかっちゃん。
爆豪勝己:オリジン、めっちゃ好きですし・・・

まぁ取り敢えず期末試験は終わりですね。オールマイト戦は頑張って考えたので、楽しんでいただければなと思います!
あと私は見てないんですが、期末試験の後にちょうど映画の話があるらしいですね。映画もやろうかなぁ


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三十七話

期末試験編ラストです。


 「みんな…合宿の土産話楽しみに…してるっ…から…っ!」

 

 芦戸が涙ながらに言う。芦戸だけでなく、期末の実技でしくじった他の者達も死んだような面持ちで佇んでいた。

 

 「ま、まだ分からないよ。どんでん返しがあるかもしれないよ!」

 「よせ緑谷。それ口にしたらなくなるパターンだ」

 「試験で赤点取ったら林間合宿行けずに補習地獄…そして俺達は実技クリアならず…これでまだ分からんのなら貴様の偏差値は猿以下だ!!」

 「落ち着け長ぇ…ったく、分かんねぇのは俺もさ。峰田のおかげでクリアしたけど寝てただけだ。とにかく採点基準が明かされてない以上は…」

 「同情するなら何かもう色々くれえええ!!!」

 

上鳴がやけくそ気味に叫んでいると教室のドアが勢いよく開かれ、相澤が入ってくる。

 

 「予鈴が鳴ったら席に着け」

 

ものの一秒と掛からず全員の着席が完了するA組。相澤はそれを確認すると教卓の前でしゃべり出した。

 

 「おはよう。今回の期末テストだが、残念ながら赤点が出た。したがって林間合宿は…全員行きます!」

 「「「どんでん返しだぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」」

 

相澤の言葉に歓喜に震える落第組。

 「行っていいんスか俺ら!?」

 「本当に!?」

 「ああ。赤点者だが筆記の方は0。実技で切島砂藤芦戸上鳴、あと瀬呂が赤点だ」

 「えっ!?やっぱり…!確かにクリアしたら合格とは言ってなかったもんなぁ…」

 「今回の試験、我々敵側は生徒に勝ち筋を残しつつ、どう課題と向き合うかを見るよう動いた。でなければ、課題うんぬんの前に詰むヤツばかりだったろうからな」

 「本気で叩き潰すと仰っていたのは?」

 「追い込むためさ。そもそも林間合宿は強化合宿だ。赤点取ったヤツこそここで力をつけてもらわなきゃならん。合理的虚偽ってやつさ!」

 「「「ゴーリテキキョギーーー!!!」」」

 「またしてもやられた…!!流石雄英だ…!!しかし二度も虚偽を重ねられると信頼に揺らぎが生じるかと!!!」

 「わぁ~水差す飯田君。」

 「確かにな。顧みるよ。ただ全部嘘って訳じゃない。赤点は赤点だ。お前らには別途で補習時間を設けている。ぶっちゃけ学校に残っての補習よりキツいからな」

 

浮かれ気分の補習組に鋭い目つきで宣告する相澤。そして朝のHRは終わり授業が始まった。全ての授業が終わり、帰りのHRも済むと帰宅時間となる。

 

 「まぁ何はともあれ全員で行けて良かったね」

 「一週間の強化合宿か!」

 「結構な大荷物になるね。」

 「俺水着とか持ってねぇよ。色々と買わねぇとな」

 「暗視ゴーグル!!」

 「あ!じゃあさ、明日休みだし、テスト明けだしっていうことでA組皆で買い物行こうよ!」

 「おぉ~いい!何気にそういうの初じゃね?」

 「おい爆豪お前も来い!」

 「行ってたまるかかったりぃ」

 「轟君も行かない?」

 「休日は見舞いだ」

 「ノリが悪いよ。空気読めよKY男子共ォ!」

 「ていと君は?来るよね?」

 

麗日が垣根に話を振る。

 

 「行かねぇよ」

 「えーーーー!?」

 「おいお前もか垣根!なんで成績上位陣はこうもノリが悪いんだよ!」

 「そうだぞー!たまには付き合え垣根ー!」

 「垣根君、一緒に行かない?」

 「…面倒くせぇ」

 

結局買い物に行くことになった垣根。そして翌日。

 

 「てな感じでやって来ました!県内最多店舗数を誇るナウでヤングな最先端木椰区ショッピングモール!」

 「個性による多様な形態を数でカバーするだけじゃなくブツブツブツブツ…」

 「幼子が怖がるぞ。よせ」

 

ショッピングモールにやって来たA組の生徒達。すると

 

 「おっ!?あれ雄英生徒じゃん!?」

 「一年!?」

 「テレビで見てたぜ!」

 「うぉ~!まだ覚えてる人いるんだ…!!」

 

周りの人達がA組生徒に気付き声をあげる。体育祭の影響力にのスゴさを改めて実感する生徒達。

 

 「とりあえずウチ大きめのキャリーバッグ買わなきゃ」

 「あら、なら一緒に回りましょうか」

 「ピッキング用品と小型ドリルってどこに?」

 「俺アウトドア系の靴ねえから買いてんだけど」

 「あ!アタシもアタシも!」

 「靴は履き慣れたモノとしおりに書いて!…いや、しかしなるほど。用途に合ったモノを選ぶべきなのか…」

 「皆目的バラけてっし時間決めて自由行動すっか!」

 「賛成~!!」

 「じゃ三時にここ集合だ!」

 「「「異議な~し!!!」」」

 

切島の決定に賛成し、それぞれ自由行動を取る生徒達。

 

 「垣根!お前服何着か買いたいっつってたよな。俺も買っときたいし一緒に回ろうぜ!」

 「…あぁ」

 

切島に誘われ、垣根は彼と共に林間合宿で着る服を買いに行く。そして二人とも必要な分だけ買うとその店を後にした。

 

 「よし!こんなもんだな。次どうする?」

 「あー、俺はもう特に欲しいモンはねぇな」

 「そうか。じゃあさ、靴見にいかね?俺今履いてんの結構傷んでてさ。林間合宿までに新しいの揃えときてぇんだ」

 「ああ、まぁいいぜ」

 「よっしゃ!」

 

そして次に二人は靴が売っている店に向かう。すると二人は店に向かっている途中で耳郎・八百万組とばったり鉢合わせた。

 

 「あれ、切島に垣根じゃん。二人ともどこ行くの?」

 「ちょっと俺の靴を見にな。お前らは?」

 「ウチらも靴見にいくとこ。ヤオモモが買いたいって」

 「おお!じゃあ一緒に行こうぜ!」

 「オッケー!」

 

行き先が同じだった耳郎・八百万と一緒に店に向かうことになった切島と垣根。すると切島がため息を吐きながら呟く。

 

 「しっかし、林間合宿行けんのは嬉しいけど補習キチィなー…」

 「あははは…切島の相手ってセメントス先生だったっけ?」

 「そうそう。セメントス先生強すぎだってアレ」

 「お前が脳筋すぎんだよ」

 「ぐほ…っ!?爆豪にも言われたソレ…」

 「コンクリートを自在に操る個性。現代では物凄く強力な個性ですわね」

 「ああ。アイツの個性は中々だな」

 「おぉ…垣根が褒めるなんて何か珍しいな。明日辺り雪でも降るんじゃねぇか」

 「うるせえぞコラ」

 「まぁでも今回の試験で改めて先生達のスゴさを実感できたよね。ウチらの相手はプレゼントマイク先生で最初はあんま強敵って感じしなかったけど、いざ始まったら凄く強くてさ。口田がいなかったら終わってたよ」

 「そうですわね。何とか合格できましたが、同時に自身の課題についても明確になりましたわ。まだまだ精進していかなければなりません」

 

四人は店に向かう間、期末試験について話し合っていた。皆それぞれ思うところがあるようだ。

 

 「まぁそれでも、やっぱ合格したお前らはスゲェよ…あ、そういや垣根は期末どんな感じだったんだよ?お前オールマイトが相手だったんだろ?最難関じゃねぇか。しかも爆豪とペアで」

 「あっ!それウチも気になる」

 

切島と耳郎が垣根の戦いに興味を示す。

 

 「どうって言われてもな。普通に終わったとしか」

 「はぁ?何だよそれ。もっと教えてくれよ。爆豪に聞いても全然答えてくれねぇし…」

 「そういえばヤオモモは垣根達の試験見てたんだっけ?」

 「ええ、まぁ…」

 「ホントか!?どんな感じだったんだ?」

 「どうと言われましても…とにかく凄い戦いでしたわ。言葉を失うくらいに」

 「そんなに凄かったんだ?」

 「ええ。垣根さんの凄さについては既に存じ上げていましたが、まさかオールマイト先生と互角に渡り合うだなんて…」

 「えっ!?オールマイトと互角に!?」

 「マジかよ垣根!?」

 「…渡り合ったっつったって所詮試験だぞ。あっちも本気で()りに来てたわけじゃねぇしな。そんな騒ぐ事じゃねぇよ」

 「いや試験だとか関係ねぇよ…十分騒ぐ事だぞお前」

 

垣根がオールマイトと互角に戦ったと聞いて驚きを隠せない切島と耳郎。すると耳郎が垣根に尋ねる。

 

 「垣根ってさ、これ以上強化するところあんの?」

 「あん?」

 「ほら、林間合宿ってウチらの強化合宿な訳じゃん?期末で弱点が浮き彫りになったウチらはまだしも、垣根はどこを強化すんのかなって思ってさ」

 「ああそれ俺も気になる。お前弱点とかあんのか?」

 

耳郎だけでなく切島も垣根に尋ねる。八百万も垣根の方を見つめて答えを待っていた。

 

 「弱点とかは知らねぇが合宿でやることはあるぜ」

 「どんなことをお考えなのですか?」

 「それはまだ言えねぇ。だが流石にこればっかりは俺一人の力だけではちと厳しくてな。それをどうすっかが今悩みのタネだな」

 「へぇ、お前でも出来ないことか。なんかすげぇ気になる」

 「ま、完成したら見せてやるよ」

 

垣根が質問に答えると、八百万がゆっくりと口を開く。

 

 「…やはり垣根さんは凄いお方ですね」

 「あ?」

 「既に十分すぎる力をお持ちですのに、現状に甘んずることなく更にステップアップすることを考えていらっしゃる。本当に尊敬いたしますわ」

 「いやいや、コイツがおかしいだけで八百万も十分凄いぜ?」

 「そうだよ!USJの時はヤオモモに助けられたし、ウチはヤオモモのこと尊敬してるよ!」

 「お二人とも…!!ありがとうございます!」

 「つーかまだまだこれからだろ俺達!林間合宿で絶対パワーアップしてやろうぜ!」

 「まぁ、パワーアップ以前にお前はまず補習という関門をクリアしなきゃいけない訳なんだが」

 「オォイ!!せっかく良いこと言ったのに現実見せるのやめろ垣根ェ!!」

 

切島が垣根にツッコミを入れ、それを見て笑う耳郎と八百万。四人が談笑しながら歩いていると目的の店に着く。店内に入り切島と八百万が目当ての品を買い終わると四人は店を出た。そしてふと切島が携帯のLINEを見る。すると切島が驚いたように声を上げながら垣根達にその内容を知らせた。

 

 「おい大変だ!今麗日から連絡があったんだが緑谷と敵が接触したって!」

 「えっ!?敵!?」

 「どういうことですの切島さん!?」

 「俺も詳しいことは分かんねぇけど、死柄木が緑谷に絡んできたらしい」

 「死柄木!?死柄木って敵連合の!?」

 「……」

 「それで緑谷さん達は無事ですの?」

 「ああ、それは心配ないらしい。今広場にいるって。とにかく俺達も向かおうぜ!」

 

そう言って四人は緑谷達の下へ向かった。その後麗日の通報によりショッピングモールは一時的に封鎖。区内のヒーローと警察が緊急捜査にあたるも結局死柄木は見つからなかった。緑谷は警察署に連れて行かれ事情聴取を受けることになり、他の生徒達は帰宅を余儀なくされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 七月末。雄英高校一学期の終業式が行われた。色々ありすぎた一学期だがこうして無事終了することが出来た一年A組。いよいよ夏休みが始まるのだ。その日は終業式だけで学校は早めに終わり、垣根もいつもより早くに帰宅する。垣根が帰るとリビングでテレビを見ていたグラントリノが垣根に声をかけた。

 

 「おい帝督。お前宛に手紙が来とったぞ」

 「あ?手紙?」

 「ほれ」

 

グラントリノが垣根にその手紙を手渡す。それを受け取った垣根は早速封を開けて中身を読み始める。しばらく黙って読んでいた垣根だったがやがて顔を上げるとグラントリノに尋ねた。

 

 「なぁジジイ、I・アイランドって何だ?」

 「I・アイランドってのは世界中のヒーロー関連会社が出資して個性の研究やヒーローアイテムの発明などを行うために作られた学術研究都市のことだが、それがどうかしたのか?」

 「…なんか招待券が届いたんだが?」

 「ほぉ…」

 

グラントリノが目を丸くしながらそれを見る。

 

 「体育祭で優勝した記念だとよ」

 「おぉー良かったな。行ってこいよ。お土産忘れないようにな」

 「いや行くわけねえだろ」

 「ほぇ?なんで?中々無いぞこんな機会。行ってくりゃいいじゃんか」

 「面倒くせぇし興味ねぇ」

 「まーたお前はそういうこと言う。世界中から最先端の技術を持った研究機関がこぞって集まる夢の島だぞ?普通なら泣いて喜ぶところだろうに」

 「だから興味ねえって…」

 

面倒くさそうに言う垣根だったが途中でその言葉を止める。

 

 (最先端の技術、か…)

 

垣根はしばらく思案する。先ほどまで面倒くさがっていたのに突然黙って何やら考えている垣根を不思議そうに見つめているグラントリノ。そして垣根は再びグラントリノの顔を見ると、

 

 「そうだな。こんな機会滅多にあるもんじゃねぇ。行ってくるぜ」

 

先ほどまでとは打って変わり、その顔に笑みを浮かべながらそう告げた。

 




ってことで、映画編やってもいいっスか・・・?


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I・アイランド~
三十八話


お気に入り2000突破です!これからもよろしくお願いします!


 「おおお!!すっげぇーーーー!!!」

 

 切島が目の前に広がる光景に驚きの声を漏らす。空港を出てすぐだというのに、そこにはまるで遊園地のような光景が広がっていた。切島だけでなく、後ろにいた垣根や爆豪も思わず目を丸くする。垣根達は今、I・アイランドに来ているのだ。体育祭の優勝者としてこの地への招待券が送られた垣根だったが、実はもう二枚招待券が同封されていたのだ。おそらく、友人や家族と来ても良いという運営側からの心遣いなのだろう。そのことをたまたま切島と話している際に口にしてしまい、切島に一緒に連れて行くようにせがまれた。面倒だし最初は断っていた垣根だったが、あまりにもしつこく頼んでくる為、渋々了承してしまった。さらに彼はもう一人連れて行きたいヤツがいることを垣根に伝え、色々面倒くさくなった垣根は切島の好きにするよう言った。そして当日、待ち合わせ場所で待っていた垣根の前に現れたのは爆豪を連れた切島だったというわけだ。垣根と共に旅行に行くなど爆豪ならば秒で断りそうな案件だが、おそらく切島が頑張りまくったのだろう。そんな訳でI・アイランドの地に降り立つことになった三人であった。

 

 「行くぞ。まずはホテルにチェックインする」

 

垣根は先頭を歩いて行き、切島爆豪もそれに続く。I・アイランド。それは世界中から選りすぐりの才能を集め、個性やコスチュームについての研究を行う人工島である。そのセキュリティーはとても頑丈で、敵達を収容しているタルタロスにも匹敵するらしい。そしてI・アイランドでは個性の使用が自由なのも特徴の一つだ。パビリオンには個性を使ったアトラクションも多いという。そんな夢のような島がこのI・アイランドな訳であるが、生憎と垣根は観光目的でこの地を訪れたわけではない。垣根の能力の更なる飛躍のためにここに赴いたのである。

 

 (今夜のI・エキスポのパーティー…そこには世界的な科学者も多く出席するはずだ。コンタクトを取るとしたらその時だな)

 

垣根が今後の計画を立てながら滞在用のホテルにたどり着く。ホテルのフロントに話を通し、チェックインを済ませた三人。夜のパーティーまではまだまだ時間があり、どうしようかと考えていると、

 

 「じゃあさ、観光しようぜ観光!」

 

切島が二人に提案する。

 

 「あァ?観光?んなモン明日いくらでも出来ンだろ」

 「そうだけどよ。出来るだけ色んなモン見ときてぇだろやっぱ。どうせ暇なんだしいいだろ?な?」

 「…チッ、面倒くせぇ」

 「ま、暇なのは事実だしな。ブラつくのも悪くねぇか」

 「よっしゃ!じゃあ早速行こうぜ!」

 

結局パーティーの時間までI・アイランドを観光することにした三人。しばらく街中を歩いて色々な場所を見に行った垣根達だったがふと切島が足を止めて目の前の岩の形をしたスタジアムを見上げる。中からは時折歓声が聞こえてくるので恐らく何らかの競技を行っている最中なのであろう。どんな事をやっているのか気になった三人は観客席に足を運ぶ。そこからフィールドを見ると、何やらゲームのような催しをしていることが分かった。実況の声などからルールを推察するに、目の前の岩山にいくつかの仮想敵が設置されていて、それらをいかに早く撃破できるかを競っている様子だった。それを見ていた切島が、

 

 「何か面白そうだな!おい爆豪、垣根!誰が一番早いタイム出せるか競争しようぜ!」

 

垣根と爆豪にゲーム参加を促す。爆豪も珍しく乗り気な様子でそれに答える。

 

 「上等だクソ髪!おいメルヘン野郎!今度こそぶっ潰してやるから覚悟しとけよ!!」

 「はいはい」

 

垣根が適当に返事を返すと切島と爆豪は下に行き準備を整える。しばらくすると切島がゲートから出てきてスタートの合図を待つ。そしてスタートの合図が鳴らされると共に勢いよく岩山まで走ると、全身を硬化させ、次々と仮想敵達を破壊していく切島。全ての敵を倒し終えると実況の声が会場にこだました。

 

 《クリアタイム33秒!第八位です!》

 「「「おおぉ~!」」」

 

会場では切島のパフォーマンスに感心の声が上がる。すると、

 

 「切島君!?」

 

垣根の耳に聞き慣れた声が聞こえ、思わずその方向を見るとそこには緑谷の姿があった。いや、緑谷だけではない。その後ろには麗日、八百万、耳郎、飯田の姿までもが確認できる。

 

 「お前ら、こんなとこで何してんだ?」

 「って垣根君まで!?」

 「おぉ~!ていと君!」

 

垣根は緑谷達の下へ歩み寄りながら尋ね、緑谷達も垣根に気付き反応する。だが緑谷が何か言葉を発する前に実況が次の対戦相手のアナウンスをし、再びフィールドに目を向ける緑谷。そしてまたもや驚きの声を上げた。

 

 「かっちゃん!?」

 《それでは敵アタック、レディーゴー!!》

 

緑谷の反応などお構いなしにゲームのスタート合図が鳴らされる。開始の合図と共に爆豪は爆破によって勢いよく空を飛び、一気に岩山まで迫ると目にもとまらぬ速さで敵を撃破していく。

 

 《これは凄い…!!クリアタイム15秒!?トップです!!》

 「「「おおおおおお!!!」」」

 

実況や会場が驚きの声を上げる。平然とこちらに帰ってくる爆豪だが切島の声で緑谷達の存在に気付くと途端に血相を変え、一直線に緑谷の下へ飛んでいき、吠える。

 

 「何でテメェがここにいるんだァ!!??」

 「や、やめようよかっちゃん…人が見て…」

 「だから何だっつぅんだァ!?」

 「やめたまえ爆豪君!!」

 

飯田が二人の間に割って入り、爆豪を諫める。緑谷の後ろでそれを見ていた金髪の女性は不思議そうに呟いた。

 

 「あの子どうして怒ってるの?」

 「いつものことです…」

 「男の因縁ってやつです!」

 

耳郎と麗日がそれに答える。

 

 (コイツ誰だ?)

 

しれっと緑谷達と一緒にいるが一体何者なのか。垣根がそれを聞こうとする前に八百万が垣根に尋ねてきた。

 

 「垣根さん達もエキスポに招待を受けたんですの?」

 「達っつーか招待されたのは俺だけだがな。コイツらは俺の付き添いだ」

 「んで何?これから皆でアレ挑戦すんの?」

 

切島がそう言いながら後ろの岩山を指で示す。

 

 「やるだけ無駄だ!俺の方が上に決まってんだからな!」

 「うんそうだねぇうん…」

 「でも、やってみなきゃ分からないんじゃないかなぁ」

 「うんそうだねぇ…って!?」

 「だったらはよ出て惨めな結果出してこいやクソナードがァ!!!」

 「は、はい…」

 

こうしてなぜだか緑谷がゲームに挑戦することとなった。

 

 《さて、飛び入りで参加してくれたチャレンジャー!一体どんな記録を出してくれるのでしょうか!?敵アタック、レディーゴー!!》

 

開始の合図と共に緑谷は凄い速さで走り出し、一気に岩山を飛び越えていく。そしてその拳で仮想敵をどんどん壊していき会場の注目を集めた。

 

 《これは凄い!16秒!第二位です!!》

 「「「おおおおおお!!」」」

 

拍手を浴びながら帰還してくる緑谷。

 

 「ん~~~惜しい!!」

 「流石だな緑谷君!」

 「まさかかっちゃんの記録にここまで迫れるなんて…」

 「だァーーーーーありえねぇ!!!もっかい突き放したらァ!!!!」

 

爆豪が闘志を燃やしながら再び吠えると、突如会場に震えが走る。皆がフィールドに目線を戻すとそこには岩山が凍り漬けにされている光景が広がっていた。

 

 《きゃあーーーーー!!!凄い凄い凄い!!!じゅ、14秒!?現在トップに躍り出ました!!》

 「「「おおおおおおおおおおおおおお!!!」」」

 「轟君!?」

 

白い息を吐く轟を緑谷が驚いた様子で見る。轟もこの地に来ていたのだ。そしてまたもや金髪の女性が尋ねる。

 

 「彼もクラスメイト?」

 「はい!」

 「皆凄いわね!流石ヒーローの卵!」

 「そんなこと…//」

 

八百万達が照れながら答えていると、またしても爆豪が爆破で飛び出し、轟に食ってかかる。

 

 「テメェ!!この半分野郎!!!」

 「爆豪…」

 「いきなり出てきて俺スゲェアピールかコラ!?」

 「緑谷達も来てんのか…」

 「無視すんな!!大体何でテメェがここにいんだよ?」

 「招待受けた親父の代理で」

 「あ、あの~、次の方が待って…」

 「うっせェ!!次は俺だァ!!!」

 

すっかり頭に血が上ってしまっている爆豪。それを見た飯田が急いで爆豪の下に向かいながら皆にも声をかける。

 

 「皆!止めるんだ!!雄英の恥部が世間にさらされてしまうぞ!!」

 「お、おう!」

 

切島や緑谷も慌てて爆豪を止めに入る。その間に垣根は謎の金髪女性の下へ近づき、接触を図った。

 

 「よう。俺は垣根帝督。コイツらと同じ雄英生徒だ。アンタはコイツらと知り合いみたいだが…」

 「あ、初めまして!私はメリッサ・シールドです!デク君をこの街に案内している最中に彼女たちとお会いしたの!」

 「へぇ~緑谷を…ってことはアレか?アンタ、緑谷の彼女か何かか?」

 「かっ…彼女!?」

 

会話を聞いていた麗日がなぜだか酷く動揺していたがメリッサは笑いながら否定する。

 

 「いやいやそんなんじゃないよ。ただ、マイt…じゃなかった、えっと…パパの招待でデク君がこの島に来たから私が案内してたってわけ」

 「パパ?」

 「そ。私のパパ。デビット・シールドよ」

 「デビット・シールド…」

 

垣根は聞き慣れない名前に疑問を抱く。すると耳郎が驚いた様子で垣根に言った。

 

 「えっ!?もしかして垣根、デビット・シールド博士の事知らないの!?」

 「?知らねぇけど?」

 「嘘でしょ!?デビット・シールド博士と言えばノーベル個性賞を受賞した個性研究のトップランナー。あのオールマイトのアメリカ時代の相棒でオールマイトのコスチューム全てを発明した超天才発明家だよ」

 「へぇー。」

 「ていと君相変わらず世間に疎いんやね…」

 

耳郎が垣根にデビットについて説明する。それを聞いた垣根は、

 

 (天才発明家か。よし決めた。まずはコイツからだな)

 

小さく笑いながら心の中でそう呟くと再びメリッサに声をかける。

 

 「なぁ、アンタの父親に…」

 「オイ垣根ェ!!!!」

 

垣根がメリッサに話しかけている途中に爆豪の声が割って入る。垣根が面倒くさそうにフィールドの方へ目を向けると、切島達に押さえつけられながらも、凄い形相でこちらを見ている爆豪の姿。

 

 「あ?何だようるせぇな」

 「何だよじゃねェ!!テメェもとっととコレやりやがれ!!じゃねぇと勝負つけらんねぇだろうが!!!」

 

爆豪が垣根に向かって吠える。垣根は心底面倒くさそうにため息を吐き、

 

 「…ったく、キャンキャンキャンキャン吠えやがって。本当に犬野郎だなアイツは」

 

そう言いながら下へ降りた。そしてゲートから垣根が入場すると実況のアナウンスが鳴り響く。

 

 《さあ!今日午前の部最後の挑戦者です!!一体どんなパフォーマンスを見せてくれるのでしょうか!?》

 「おいメルヘン野郎!!本気でやれよテメェ!!」

 「垣根ー!!いったれーーー!!」

 「ていと君頑張れー!!」

 

観客は勿論、生徒達も垣根に注目する。そんな中、メリッサが八百万に尋ねる。

 

 「あの子も凄い子なの?」

 「クスッ、それは見てからのお楽しみですわ」

 「?」

 

笑いながら答える八百万に怪訝そうな顔をするメリッサ。と、ここで実況の開始の合図が鳴り響く。

 

 《それでは敵アタック、レディーゴー!!》

 

開始と同時に垣根の背中から純白の白い翼が現れる。そして一瞬で天高くまで昇っていき、眼下の岩山を眺めながら敵の数を数えた。

 

 (2,4…6か。ちょうどだな)

 

瞬時に敵が六体であることを確認すると、背中の六枚の翼を一斉に伸ばし、全機に同時に攻撃する。

 

 ズガァァァァン!!

 

轟音を立てながら各翼は仮想敵を貫き、一斉に爆発を起こした。そしてゆっくりと地上に降り立つ垣根。一瞬の静寂の後。実況が我に返ったかのように慌ててタイムをアナウンスする。

 

 《き、記録は…えっ!?ご、5秒!!??な、なんとまさかの一桁台が出ましたーーーー!!!信じられません!?》

 「「「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」

 

会場がどっと沸く。そして生徒達も驚きの表情を浮かべていた。

 

 「ご、5秒!?はっっっや!!!」

 「一瞬だったな…」

 「わーい!ていと君すごーーい!!」

 「流石は垣根だね」

 「やっぱり凄いや垣根君!」

 「ぐぬぬぬ……!!」

 

悔しそうに歯ぎしりしながら垣根の方を睨めつけている爆豪以外は皆垣根に賛辞を送る。一方同じくそれを見ていたメリッサも驚いた様子で言葉を口にした。

 

 「す、凄い…!!!本当に一瞬で終わっちゃった…とんでもない人ね!」

 「ええ。本当に凄いお方ですわ」

 

八百万が笑顔でそう返す。その後この催しは一旦終わり、昼食休憩を挟んだ。垣根達もそこで緑谷達と別れ、また色々な場所を回っていった。

 




轟って絶対14秒もかかってないと思うんですけど・・・


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三十九話

 18時53分。垣根はセントラルタワー2階のレセプション会場にいた。エキスポのパーティーの招待客として招かれたからだ。飯田に18時30分に皆で待ち合わせしてから行こうと提案されたが、垣根は会場に集まる様々な学者について前もって見ておきたかったので一足先に会場に足を運ぶことにしたのだ。服装も先ほどのコスチューム姿ではなく、ちゃんとした正装に着替えている。だが、もう飯田達も会場についても良い頃なのに一向に現れる気配は無い。何をやっているのだろうかと考えていると、垣根の耳に聞き慣れた声が聞こえる。

 

 「やあ垣根少年!元気そうだね!」

 「…オールマイトか。あんたも来てたんだな」

 「ああ。私の友人の紹介でね」

 

そう言いながらオールマイトは隣に立っている男の方を示す。

 

 「紹介しよう。私の古くからの友人でありかつての相棒、デビット・シールドさ!」

 「はじめまして。垣根君、だったかな?よろしく」

 

オールマイトに紹介された男、デビットが垣根に挨拶し握手を求めると垣根も黙ってそれに応じた。

 

 (デビット・シールド…耳郎が昼間言ってたヤツか。まさかこんなに早く会えるとはな。ツいてるぜ)

 

思わぬ巡り合わせに笑みを浮かべる垣根。そして垣根もデビットに話しかける。

 

 「噂はかねがね。貴方ほどの人にお会いできるとは光栄ですね」

 「ハハハ!よしてくれ。照れるじゃないか」

 (垣根少年が敬語を使ってる!?私にもあまり使ってくれないのに…!)

 

こうして垣根はデビットとコンタクトを取ることに成功した。二人はその後も軽く話し、主に今デビットがどんな研究を行っているのかなどを垣根は聞き出す。そして垣根が本題に入ろうとしたとき、司会のアナウンスが会場に響いた。

 

 《えー、ご来場の皆様、I・エキスポのレセプションパーティーにようこそお越しくださいました。乾杯の音頭とご挨拶は来賓でお越し頂いたNo.1ヒーロー・オールマイトさんにお願いしたいと思います。皆様、盛大なる拍手を!》

 

司会の言葉と共に会場に拍手の音が鳴らされ、オールマイトは若干戸惑いつつもステージに向かい壇上で話し始めた。

 

 「ご紹介にあずかりましたオールマイトです。堅苦しい挨拶は…」

 

しかし、オールマイトの言葉が最後まで紡がれることはなかった。オールマイトの言葉の途中で突然甲高い警報音が鳴り響き、オールマイトの背後のモニターにも緊急事態を示す画面が表示された。何事かと皆が戸惑っている中、アナウンスが会場に響く。

 

 《I・アイランド、管理システムよりお知らせします。警備システムにより、I・エキスポエリアに爆発物が仕掛けられたという情報を入手。I・アイランドは現時刻をもって厳重警戒モードに移行します》

 

緊急アナウンスの途中で突如会場の扉が開かれ、覆面を被り銃を構えた兵士達が会場に入ってきた。会場の人々が悲鳴を上げる中、主犯格と思われる男が最後に入ってきてそのままゆっくりと告げる。

 

 「聞いた通りだ。警備システムは俺達が掌握した。反抗しようなどとは思うな。そんなことをしたら警備マシーンがこの島にいる善良な人々に牙を剥くことになる。そう、人質はこの島にいる全ての人間だ!当然お前らもな。…やれ!」

 

主犯格らしき人物が合図をすると、床から縄のようなモノが一斉に射出され、会場にいたヒーロー達を縛り上げてしまった。オールマイトもその例外ではなく、オールマイトが縄から逃れようとしていると会場に銃声が響き渡る。

 

 「動くな!一歩でも動けば即座に住民共を殺すぞ」

 「SHIT!うっ…!?」

 「良い子だ。全員オールマイトを見習って無駄な抵抗は止めるんだな」

 

オールマイトは縛り上げられたまま床に転がされてしまった。他のヒーロー達も縛られているので動けない。垣根は縛られてはいなかったが、だからといって動けるわけでもなかった。

 

 (銃ぶっ放されでもしたら流石に死人が出る。ここはしばらく様子見だな)

 

しばらくの間垣根を含む人質達はおとなしく座らされていたが、やがて主犯格の男がデビットの助手に目を付け連行していこうとすると、デビットが止めに入ろうとした。しかし主犯格の男はその男がデビットであることに気付くと、助手とデビットをどこかに連行させる。そしてそれから少し時間が経ち、ふと垣根が天井のガラス板を見上げると、なんとそこには緑谷の姿があった。オールマイトの方を見つめていた緑谷だったが、何やら力強く頷くと後ろへ走って姿を消した。それを見ていた垣根は

 

 (アイツ、何か考えてやがるな…そろそろ俺も動くか)

 

垣根はおもむろに立ち上がると主犯格の男に近づく。それに気付いた男は銃を構え垣根に警告する。

 

 「動くなガキ!座ってろと言ったハズだが?」

 「すみません。でもどうしてもトイレに行きたくて」

 「…今は我慢しろ。解放した後にゆっくりとするんだな」

 「いや、それがパーティー始まる前からずっと我慢してて。割とマジで漏れそうなんですよ」

 

銃を向けられた垣根は両手を挙げながら男に話す。抵抗の意思はないことを表明するためだ。

 

 「大丈夫ですよ。逃げ出したりなんかしませんって。そんなことしたら殺されるって事くらいガキの俺でも分かります。っていうか、今すぐにでも漏らしちゃうかもなんですけど」

 「チッ!…おい、トイレまで連れて行ってやれ」

 

主犯格の男は部下に垣根をトイレまで連れて行くように指示した。本来なら許可しなかっただろうが、相手は所詮子供。何かあってもすぐに対処出来ると思ったのだろう。それにここで漏らされると敵側としても気分が悪い。垣根は拳銃を背中に突きつけられながら会場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「さてと…」

 

 垣根は会場の外のトイレ前で一息つく。目の前には気絶した兵士が転がっていた。しばらくその兵士の持ち物などを漁り、情報を得ようとしていた垣根だったが、会場の方から走る足音が聞こえたので即座に身を隠す。最初は垣根達を探しに来たのかと思ったが、会場から出てきた兵士二人はトイレ前を素通りしそのままエレベーターに乗り込むと上の階へ行ってしまった。

 

 (あの急ぎよう…緑谷達がバレたか。なら、あのエレベーターの先にアイツらがいるってこったな)

 

垣根はそう推測すると、気絶した敵を縛り上げて見つからないように隠してからエレベーターの扉の前に立つ。強引に破壊してもいいが、それでは会場の敵達に気付かれてしまう。物音を立てず、かつ迅速にエレベーターの扉を破壊しなければならない。垣根は扉に手を当て、

 

 (確か、オジギソウとか言ったか。『メンバー』のジジイと殺り合ったときにそう聞いたんだが、まぁいい。あんな感じで…)

 

垣根が集中力を高めていく。すると突然、扉がパラパラパラッと音を立てながらゆっくりと消失していく。そして二分もすればエレベーターの扉は跡形も無く消えてなくなっていた。

 

 「つくづく便利なモンだな。未元物質ってのは」

 

笑いながらそう呟くと垣根は背中から翼を出現させ、本来エレベーターが通る通路をその翼で駆け上がっていく。しばらく飛んでいるとエレベーターが止まっている地点にまでたどり着いた垣根。垣根はそのエレベーターを翼でなぎ払い、粉々に破壊してその階に降り立つとそこには切島、轟、爆豪の姿があった。そして側には地面に伸びている敵と凍らされている敵達の姿。どうやら三人で敵を倒してしまったらしい。轟達も突然現れた垣根を驚いた様子で見つめていた。

 

 「垣根!?お前なんでここに?」

 「随分と派手なご登場だなメルヘン野郎!今までどこいたんだテメェ!!」

 「…何がどうなってんだこりゃ」

 

垣根は三人と情報交換をし、それらをまとめる。

 

 「なるほど。つまり緑谷達は警備システムを抑えるために最上階へ向かってると。そういうわけだな?」

 「そうだ。俺らも早く緑谷達を追わねぇと」

 「だな。じゃ行くか」

 「って、なんでテメェが仕切ってんだよ!!」

 

急いで緑谷達の後を追う四人。だが彼らの前に多数の警備ロボが立ち塞がった。

 

 「奴ら本気になったようだな」

 「邪魔だどけコラァ!!」

 

爆豪の叫び声と共にロボとの戦闘が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 138階 サーバールーム。ここでは飯田・耳郎・八百万・峰田・上鳴達が警備マシンと戦闘を繰り広げていた。飯田はレシプロで警備ロボを次々と破壊していったが、数が多すぎてエンジンがエンストしてしまう。耳郎は八百万の作った大砲で警備ロボに向かって弾を撃っていたが、弾を製造していた八百万に限界が訪れて攻撃できなくなってしまった。峰田も頭の球をちぎりすぎて頭部から出血しているし上鳴は既にアホになってるしでもう誰も戦うことが出来なくなっていた。そして警備ロボが飯田達を拘束し、もうダメかと思われたその時、

 

 ザシュッ!!

 

警備ロボ達に白い羽根のようなものが突き刺さり、その場で小さな爆発を起こす。飯田達が顔を上げると、空中に見慣れた翼を背に携えている垣根の姿があった。

 

 「垣根君!?どうして君がここに!?」

 「ま、色々あってな」

 

そう言いながら垣根は彼らの側に着地すると皆の顔を見渡す。

 

 「ヘロヘロじゃねぇかお前ら」

 「…垣根、さん…?」

 「いい所に来てくれたよ垣根!結構ヤバくてさ、ちょっと助けてくんない?」

 「垣根ぇ…おせぇんだよお前ぇ!!!」

 「ウェーイ…」

 

垣根の救援に安堵する耳郎達。垣根はチラりと八百万の作った大砲を見ると、瞬時に同じような形をした大砲を創り出す。ただ八百万の大砲と違うのは色が純白であることと、その数が五機であることだ。そして垣根が合図すると、

 

 ボンッ!!

 

五機の大砲から一斉に砲撃音が炸裂した。すると前方にいたロボの大軍が激しい轟音と共に盛大に飛び散っていく。なおも垣根は砲撃の手を緩めずひたすらに砲弾を撃ち続け、全てのロボが破壊されて動かなくなったのを見ると垣根も攻撃を止めた。砲撃を止めた大砲の口からはなぜだか煙のようなモノは出ていない。火薬を使っていないのだろうか?と八百万が考えていると、

 

 「先に轟達を行かせた。俺達も後を追うぞ」

 

垣根が八百万達に呼びかける。

 

 「は、はい!」

 「了解した!」

 

拘束が解けた飯田達は垣根と共に進んでいく。垣根達がタワーから外に出ると轟達が麗日と共に警備ロボと戦っているのが見え、皆でそれに加勢する。そして最後の三機を倒そうとしたときにロボ達が急に動きを止めた。

 

 「あァ?何だァ?」

 「止まった…?ってことはデク君達がやったんだ!」

 「ああ、そのようだな。どうやら無事警備システムを書き換えたらしい」

 「あーーやっと終わったー…」

 

麗日達が緑谷の成功を察し、安堵の表情を浮かべる。

 

 「あとはオールマイト達が何とかしてくれるよな」

 「ああ。会場にいる他のプロヒーローの拘束も解けているだろうから敵達の制圧は時間の問題だろう」

 「皆で緑谷とメリッサさんを迎えに行ってやろうぜ!」

 「「「うん!」」」

 「ケッ!」

 「……」

 

皆が一安心している中、垣根は思案する。

 

 (デビット・シールドは見つからなかったか…恐らく管制室だな。助け出して恩の一つでも売りつけてやりたかったが、まぁプロが復活した以上任せるしかねぇか)

 

垣根の能力アップには科学者の協力が不可欠だ。そこで今回の件でデビットに恩を売れば頼み事もしやすくなると垣根は考えていたのだが、残念ながらそれは実現しそうになかった。そして垣根は皆と一緒に緑谷達がいる塔の入り口に向かうとしたとき、突然その塔の屋上で爆発が起きた。

 

 「な、何だ!?」

 「今屋上で凄い爆発が…!?」

 「終わったんじゃなかったのかよ~」

 

慌てて屋上の方へ目を向ける生徒達。しばらくするとその塔の上の部分一帯に青い稲妻模様が何本も現れ、宙には塔の破片がいくつも浮かびあがる。そしてそれらの破片が屋上のある一点に集約していき、巨大な怪物のようなモノを形成した。

 

 「オイオイオイ、何だよアレ…」

 「でけぇな…」

 「そんな…まだ戦いは終わってないってこと!?」

 

唖然とその光景を見つめる生徒達。そんな中、突然垣根が背中から六枚の翼を出現させ一気に飛び立つ。

 

 「待ちやがれメルヘン野郎!!」

 

それを見た爆豪も爆破で空を飛び垣根の後を追うと、

 

 「俺達も行くぞ!」 

 

轟も皆に屋上へ向かうよう促し、塔を登っていく。

いよいよ最終決戦。




映画の敵絶対本編の敵より強そうなんですけど


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四十話

 

 「こ、これがデイブの…!?」

 「パパの作った装置の力…」

 

オールマイトとメリッサが目の前の敵の姿を見て言葉をなくす。緑谷達の下にオールマイトが駆けつけて一気に形勢逆転かと思われたが、敵がデビットの作り出した装置を起動させたことで、敵の力が何倍にも膨れ上がってしまった。周囲のあらゆる金属を取り込みながらどんどん巨大化していく敵。

 

 「さぁて、装置の価値をつり上げるためにもオールマイトをぶっ倒すデモンストレーションと行こうか」

 

敵はそう告げるとオールマイトに向けて金属の塊を次々と放っていく。それらを躱していくオールマイトだったが、跳躍した瞬間を狙われ、思わず拳で迎え撃つオールマイト。だが破壊しきることは出来ず、オールマイトは金属の塊に押し込まれてしまう。

 

 (オールマイト…やっぱりそうだ!活動限界なんだ!)

 

メリッサを抱え、敵の攻撃の余波を凌ぎながら緑谷はオールマイトの身を案じる。血を吐きながら敵の攻撃に耐えているオールマイトだったがこのままでは時間の問題。そして更なる追加攻撃がオールマイト目掛けて発射され、勢いよく迫っていく。

 

 「オールマイトォ!!!」

 

緑谷が思わず叫んだ刹那、突然敵の攻撃が一斉に凍り付く。これには敵も驚き、一瞬動きを止めた。すると今度は聞き慣れた爆発音と声が響きわたる。

 

 「くたばりやがれ!」

 「チッ!」

 

爆豪が爆破による連続攻撃を仕掛けるも、金属の壁を作り防御する敵。

 

 「くっ…!?あんなクソだせぇラスボスに何やられてんだよ!?えぇ?オールマイト!!」

 「爆豪少年!?」

 「今のうちに…敵を…っ!」

 「轟君・・・!!皆・・・!!」

 「金属の塊は俺達が引き受けます!」

 「八百万君!ここを頼む!」

 「はい!」

 

爆豪達が加勢に加わる。すると、

 

 「邪魔だガキ共!」

 

それを見た敵が苛ついたように叫びながら金属の塊を生徒達に向けて一斉に放つ。緑谷の下にもいくつもの金属の塊が襲来し反応が遅れる緑谷。何とか直撃は避けたが、その衝撃でメリッサの身体が宙に舞う。

 

 「キャーーーー!!!」

 「メリッサさん!?」

 

慌ててメリッサをキャッチしに行こうとする緑谷だったがその行く手を金属の塊が阻む。

 

 (ダメだ!間に合わない…!)

 

メリッサの身体が塔から落ちてしまうと思われた瞬間、ヒュッ!と白いナニカが通過しメリッサの身体をさらう。

 

 「あなたは…垣根君?」

 

自身を抱えて飛んでいる人物を認識したメリッサは、その人物、昼間に出会った垣根だということに気がつく。垣根は腕の中のメリッサに視線を移し、

 

 「無事か?」

 

一言尋ねる。

 

 「え、ええ…」

 「そうか。なら良かった。アンタに死なれちゃ困るんでな」

 

垣根はメリッサが無事であることを確認すると八百万達の下へ行き、ゆっくりと彼女を降ろす。

 

 「八百万、コイツも頼む」

 「ええ。分かりましたわ!」

 

八百万にメリッサの保護を頼むと再び敵の方へ向かう垣根。一方、教え子達に発破をかけられ再び奮起したオールマイトは迫り来る金属の塊を悉く粉砕していき、一気に勝負を決めに行った。

 

 「観念しろ!敵よ!」

 

渾身の右ストレートを敵にお見舞いしようとしたオールマイトだったが、その拳が当たる直前に身体が縛り上げられ、動きを止められてしまう。

 

 「この程度…!!ぐお……っ!?」

 「観念しろ?そりゃお前だオールマイト!」

 (何だ!?この力は!?)

 

突然何倍にも太くなった敵の左手で喉を掴まれているオールマイトはその異質なまでの力に違和感を覚える。そして敵は同じように太くなった右手でオールマイトの左脇腹を握りつぶすかのように掴んだ。

 

 「うぐ…っ!?ぐ、ぐあああああああああああああああ!!!!」

 

オールマイトの苦痛にもだえる声が戦場に響き渡る。緑谷が駆け寄ろうとするも、個性の反動による痛みに思わず顔を歪める。

 

 (この力は…筋力増強!個性の複数持ち…!ハッ、まさか!?)

 「ああ。この強奪計画を練っているときあの方から連絡が来た。是非とも協力したいと言った。なぜかと聞いたらあの方はこう言ったよ!『オールマイトの親友が悪に手を染めるというのなら是が非でもそれを手伝いたい。その事実を知ったときのオールマイトの苦痛に歪む顔が見られないのが残念だけれどね。』とな!」

 「オールフォーワン…!!!」

 「ようやくにやけヅラが取れたか!」

 「ああああああああ!!!」

 

激昂にかられたオールマイトは拳を振り抜こうとするも、逆に金属の塊をぶつけられ後方に吹っ飛ばされてしまう。そして間髪入れずにいくつもの巨大な立方体型の金属の塊が同時に迫り、オールマイトを押し潰そうとしたその時、オールマイトの後方から突然、六枚の巨大な白い翼が伸びてきて金属の塊を全て破壊する。

 

 「これは…」

 「よう。結構ヤバそうじゃねぇか」

 

巨大な白い翼を広げながら空を飛んでいる垣根はオールマイトに声をかける。垣根はオールマイトを縛り付けているものを翼で切断し、その拘束を解く。

 

 「すまない。助かったよ垣根少年」

 「オールマイト!」

 

拘束の取れたオールマイトの下へ緑谷が駆け寄ってくる。

 

 「緑谷少年!」

 「大丈夫ですか!?」

 「ああ、何とかね。君こそ随分と無茶をしたようだな」

 「アハハ…」

 

緑谷がオールマイトの様子に安堵していると垣根が地上に着地する。すると

 

 「ガキが…!邪魔をするなァ!!」

 

オールマイトを仕留め損なった敵が怒りを露わにしながら垣根に攻撃を仕掛する。敵から放たれた金属の塊が垣根を飲み込もうとした瞬間、白い壁が垣根の目の前に現れ、ドォン!!という衝撃音を響かせながら激突した。だが砕かれたのは金属の方で白い壁には傷一つついていない。

 

 「……!?」

 「何がどうパワーアップしたのかは知らねぇが、結局お前は金属を操ることしか出来ない。どんだけ規模がデカくなろうと所詮は金属。俺の敵じゃねぇな」

 「くっ…!黙れぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

激昂した敵が全力で垣根を潰しに掛かる。先ほどとは比べものにならない数の金属の塊が垣根を押しつぶすために迫っていく。静かにその光景を見ていた垣根はそのまま片膝をつき、地面に右手を当てる。すると

 

 ドッッッッ!!!

 

振動と共に地表から一斉に『白』が飛び出した。迫り来る無数の金属の塊と地面から放たれた白い未元物質の大群が空中で激突し、大気に衝撃が走る。敵が放った金属の塊は未元物質の塊と衝突した瞬間に悉く破壊され、地上に金属の破片の雨が降る。

 

 「馬鹿な!?あの数の攻撃を全て…!?」

 「喰らっとけ」

 「!?」

 

垣根はゆっくり立ち上がり、足を前に踏み出す。すると垣根の足下から一本の巨大な槍が敵目掛けて発射された。直径1.5メートル程の巨大な槍は一直線に進んでいく。敵はすかさず巨大な金属の壁を三つほど作り上げ防御しようと試みるも、

 

 スガン!ズガン!ズガン!

 

派手な音と共に、一瞬でそれらを突き破った白い槍はそのまま敵の本体付近に激突する。垣根はしばらく槍が激突した場所を見つめていたが、轟と爆豪が近づいて来るのを確認するとそちらに視線を移す。

 

 「垣根、終わったのか?」

 「だといいがな」

 「?」

 

轟が垣根の言葉に首をかしげていると突如、地鳴りが響く。すると周辺の金属が敵の下へどんどん集まっていき、敵の身体を覆っている金属タワーが更に大きくなっていった。

 

 「…ケッ!どうやら仕留め損なったみてぇだなメルヘン野郎!」

 「これは…暴走か」

 「暴走?」

 

オールマイトが呟いた言葉に緑谷が反応し、垣根達も耳を傾ける。

 

 「ああ。デイブの作った装置は個性をパワーアップさせるようだが、それにも限度があるのだろう。その限度を超えて無理矢理力を得ようとした結果、個性が暴走状態になってしまったんだ」

 「そんな…」

 「面倒くせぇな」

 「どうする?」

 「ハッ!んなモン決まってんだろ!本体を直接ぶっ叩く!!」

 

爆豪が手のひらから火花を散らせながら意気込む。

 

 「しかし君たちにはあまりにも危険だ。ここは私に任せて…」

 「いくらオールマイトでも流石に一人でこれを突破していくのは厳しいでしょ。俺達がサポートに入りますよ」

 「轟少年…」

 「オールマイト、僕も行きます!行かせてください!僕は…博士を助けたい!それが、ヒーローだから!」

 「緑谷少年まで…」

 

オールマイトは決意に満ちた生徒達の目を見ると何を思ったのか、突然豪快に笑い出した。

 

 「ハハハハッ!全く、大した生徒達だよ君たちは!でもありがとう!確かに私だけでアレを突破するのはいささか骨が折れそうだ。手を貸してくれ少年達よ!」

 「はい!」

 

緑谷が大きく返事をすると轟が呟く。

 

 「緑谷達が突撃して俺がサポート。三人分をカバーすんのはしんどいな…垣根、頼めるか?」

 「ま、しゃーねぇな」

 「そうか。助かる」

 「よし!頼んだぞ二人とも!…では二人とも、行くぞ!」

 

オールマイトのかけ声と共にオールマイト・緑谷・爆豪が一斉にスタートを切る。すると、

 

 「くたばり損ないとガキ共が…!ゴミの分際で…!!往生際が悪ィんだよ!!!!」

 「そりゃこっちの台詞だ三下が」

 

叫び声を上げながら敵が金属の塊を一斉に放つ。だが垣根は未元物質の塊をぶつけることでそれを迎え撃ち、三人に攻撃が当たることを防ぐ。すると別方向からも鉄の塊が飛来する。

 

 「させねぇ!!!」

 

 ピキピキピキピキッッッッ!!

 

轟が巨大な氷の壁を作り上げ攻撃の進行を止める。その隙にオールマイトと緑谷は敵が作り上げた金属の塔に飛び移り、爆豪は爆破で空を飛び、敵の本体まで進んでいく。オールマイトが拳で敵の攻撃を粉砕すると緑谷は蹴りで鉄塊を破壊し、爆豪は爆破で金属塊を吹き飛ばす。三人への視界外からの攻撃は垣根と轟で対応し、三人の道を作っていく。完璧な連携によってあっという間に中盤過ぎまで進んだ三人だったが、突如オールマイトに攻撃が集中するようになる。オールマイトが迫り来る金属塊を破壊した直後に十を超える立方体型の鉄塊を一斉に放つ敵。

 

 「まずは貴様からだァァ!!オールマイト!!!」

 (この数は…!?)

 

しかしオールマイトに攻撃が飛来する数秒前、爆豪がチラリと地上の垣根の方を見る。それを感じた垣根は足下から未元物質の塊を瞬時に生み出し、一気に爆豪の下まで放った。そして爆豪は空中で方向転換し更に速度を上げ、オールマイトの下へ向かう。爆豪の進路を阻もうと金属塊が立ちはだかるも、

 

 ドォォォン!!

 

垣根の未元物質が迎え撃つことで爆豪の進路をこじ開ける。そしてオールマイトに鉄塊が放たれた瞬間、垣根の未元物質を足場にして勢いよく飛び出し、加速しながら自身に回転を加えていく。オールマイトを追い越し、鉄塊にぶつかりそうになったその時、爆豪は大技を繰り出した。

 

 「榴弾砲・着弾(ハウザーインパクト)!」

 

轟音と共にもの凄い爆風が空中で巻き起こり、目の前の鉄塊群を一掃する。全力を込めて撃った爆豪は腕に痛みを覚えながらオールマイトに向かって叫ぶ。

 

 「行け!オールマイト!」

 「爆豪少年…!!サンキューな!!!」

 

オールマイトは爆豪に一言感謝すると再び本体目掛けて爆進する。緑谷とオールマイト、二人が金属の道を駆け上がり敵まで一気に迫っていくと突如敵が雄叫びを上げる。

 

 「くっ、うおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

敵はありったけの金属を一点に集中させ、超巨大な立方体の金属塊を形成する。麗日達が唖然と見上げているのとは対照的に二人の顔には笑みが浮かんでいた。

 

 (目の前にあるピンチを…)

 (全力で乗り越え…)

 (人々を…)

 (全力で助ける!!)

 (それこそが!!)

 (ヒーロー!!!)

 

拳を握りながら向かってくる二人の英雄(ヒーロー)

 

 「タワーごと潰れちまえぇぇぇ!!!」

 「「W・DETROIT SMASH!!!!」」

 

お互いの技が正面から激突する。目の前に立ちはだかる巨大な障害を全力でねじ伏せに行く緑谷達。すると突如下方からもの凄い風圧を受け、二人の身体を押し上げる。翼によって巨大な風圧を生み出した垣根がボソリと呟く。

 

 「サービスだ。とっとと決めろ」

 「「うおおおおおおおおおお!!!」」

 「くっ…!?」

 

雄叫びを上げながらついに目の前の鉄塊を打ち砕いた緑谷達。そして二人はその勢いのまま天高く駆け上がる。

 

 「行けぇぇぇぇぇぇ!!!」

 「「オールマイト!!!」」

 「「「緑谷!!」」」

 「「ブチかませ!!!!」」

 

皆の声援を受けながら二人は最後の攻撃に移る。

 

 「さらに!」

 「向こうへ!!」

 「「Plus Ultra!!!!!」」

 

オールマイトと緑谷の渾身の拳が敵の身体に直撃した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 デビットは病院の一室で横になっていた。先日の敵襲撃事件の際に傷を負ってしまい、その治療のため入院しているのだ。外の景色を眺めていると部屋のドアをノックする音がした。デビットが返事をするとドアが開かれ二人の人物が入ってきた。一人は自分の愛娘であるメリッサ。そしてもう一人はパーティー会場で少し喋った少年、垣根帝督だった。二人はデビットの下まで近づき、メリッサが声をかける。

 

 「パパ、傷の方はどう?」

 「動かすとまだ痛いけど、大分楽になったよ」

 「そっか。よかったわ」

 

メリッサがデビットの答えにホッとした様子を見せる。そして一緒に入ってきた垣根について紹介しようとした。

 

 「あ、えっと彼は…」

 「知っているよメリッサ。垣根君だろ?彼とは既に面識がある」

 「え!?パパと知り合いだったの?」

 「…まぁな。」

 「なぁんだ~初めから言ってくれれば良いのに…でね、垣根君がパパと話したいことがあるって言うから連れてきたんだけど…」

 「私に話したいこと?」

 「ああ。アンタに頼みがある」

 「頼み…」

 

デビットはこちらをじっと見据える垣根の目を受け止める。するとメリッサが、

 

 「あ、じゃあ私はデク君達の所に行ってくるね。今日皆を案内するって約束したから」

 

気を遣ってのことか、そう言うと一人退出していった。

 

 「…本当に済まなかったね垣根君。せっかく招待を受けてこの島に来てくれたのに私のせいでとんでもない迷惑をかけてしまった」

 「ああ、全くだ。せっかくの休み期間にまさか敵と戦わされるとはな。勘弁して欲しいもんだぜ」

 「ハハハッ…それで垣根君、私に頼み事とは一体何かね?今回のお詫びと言っては何だが、私に出来ることなら何でも協力するよ」

 「そうか。それはありがたい」

 

そう言って垣根は話し始めた。自分の個性の正体やこれから垣根が行おうとしていることを。黙って聞いていたデビットだが垣根が話し終えると何やら考え始めた。

 

 「未元物質…この世界に存在しない物質を生成する個性…そんなデタラメな個性がこの世に存在するなんて…!しかもソレを用いて人体の複製…ダメだ、情報量が多すぎてなんてリアクションすれば良いのか分からないな」

 「流石に人体の複製なんてのは俺にもまだ出来ない。そこで世界的発明家であるアンタに協力を依頼しようと思ったんだが、どうだ?」

 「…協力してあげたいのは山々だが、君の個性は謎が多すぎる。それこそ専門の研究機関などでまずその未元物質とやらを分析するところから始めなければならない。だが私は治療が終わったら今回の事件の事で警察に出頭しなければならない為そんな時間も無い」

 「……」

 「それに君は個性の研究と言うよりどちらかというと人体についての、世界最先端レベルの研究に携わりたいということなんだろう?私の専門分野は残念ながらそっち方面ではなくてね。残念ながら私では期待に応えられそうにない」

 「…そうか。邪魔したな」

 

垣根はそう言うとデビットに背を向けてこの場から去ろうとするも、

 

 「待ちたまえ垣根君。まだ話は終わっていない」

 

デビットが垣根を呼び止める。

 

 「あ?協力出来ねぇんだろ?なら話は終わりだ」

 「私では、ね。私では君の力になれないが、私の知り合いなら君の力になれるかも知れない」

 「?」

 「まぁこれでも一応、私は割と有名人でね。世界的な科学者達や研究機関にはそれなりにツテがあるのさ。その中から一つ君に紹介するよ」

 

そう言ってデビットは左手にペンを持つとメモ用紙に何やら書いていき、書き終わるとそれを垣根に渡した。

 

 「これは…」

 「私の知る限り、人体科学においてこの研究機関ほど優れた所は無いよ。ここを訪れてみるといい。私がここの所長に話を通しておくから」

 「…感謝する。アンタを救って良かったぜ」

 

垣根はデビットに礼を言うと再度去ろうとするも、またもやデビットに呼び止められる。

 

 「垣根君!いつ飛び立つんだい?」

 「あ?今からだけど?」

 「い、今から!?そんな急がなくても…」

 

デビットの言葉に垣根はゆっくり振り返ると

 

 「急ぐさ。何せ、林間合宿が迫ってるからな」

 

笑みを浮かべながらそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




映画編終わりです。次から本編に戻ります。


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雄英高校 林間合宿~
四十一話


合宿~!


 「雄英校は一学期を終え、現在夏休み期間中に入っている。だが、ヒーローを目指す諸君らに安息の日々は訪れない。この林間合宿でさらなる高みへ、Plus Ultraを目指してもらう!」

 「「「はい!!」」」

 

 八月中盤、A組生徒達はバスロータリーで相澤の話を聞いていた。いよいよ林間合宿が始まるのだ。そこには垣根の姿もある。垣根はちょうど前日に帰国してきたばかりで、それまでずっとデビットに紹介された研究機関にいた。完成はしなかったが、大方の理論は構築できたため、あとはこの合宿中に完成させられることが出来るかどうかといった所だろう。相澤の話が終わると合宿が楽しみすぎて楽しそうに踊り出す芦戸達。すると、

 

 「え?なになに?A組補習いるの!?つまり期末で赤点取った人がいるってこと?えぇ!?おかしくないおかしくない?A組はB組よりずっと優秀なはずなのに!?あれれれれ…」

 

毎度の事ながらB組の物間がA組を馬鹿にしてくるも、今回もまたその言葉が最後まで紡がれることはなかった。

 

 「ゴメンな~」

 

物間にチョップをかまし、気絶した彼を引きずりながらA組に謝る拳藤。

 

 「物間怖…」

 「あ!B組の!?」

 「体育祭じゃなんやかんやあったけど、ま、よろしくねA組!」

 「うん…」

 「バス乗るよ~」

 

拳藤の指示によりバスに乗り込んでいくB組の生徒達。するとA組の委員長である飯田もA組生徒達をバスに乗るよう指示を出す。全員がバスに乗り込むとバスは発車した。そして1時間ほど走ったところで一度バスは停止し、全員外に出る。

 

 「ようやく休憩か~」

 「おしっこおしっこ!!」

 「つか何ここ?パーキングじゃなくね?」

 「あれ?B組は?」

 

バスから降りたは良いものの、今自分達がいる場所について違和感を感じる生徒達。B組のバスも見当たらないしどうしたのだろうと思っていると相澤が口を開く。

 

 「何の目的も無くでは意味が薄いからな」

 「え?」

 「トイレは…?」

 

生徒達が怪訝そうな様子で相澤を見ていると、突然バスのすぐ側に止まっていた車の扉が開き、中から女の人の声が聞こえる。

 

 「ようイレイザー」

 「ご無沙汰してます」

 「煌めく眼で~ロックオン!」

 「キュートにキャットにスティンガー!」

 「「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!!」」

 

 「「「……」」」

 

皆が唖然として車の中から出てきた女二人組を見ていると相澤が紹介する。

 

 「今回お世話になるプロヒーロ-、プッシーキャッツの皆さんだ」

 「連盟事務所を構える4名1チームのヒーロー集団!山岳救助などを得意とするベテランチームだよ!キャリアは今年で12年にもなるゴフ…」

 「心は18!!!…心は?」

 「18!」

 ((必死かよ…))

 「お前ら!あいさつしろ」

 「「「よろしくお願いします!!」」」

 

A組一同がプッシーキャッツに挨拶すると赤い服の女の人が説明を始める。

 

 「ここら一帯は私らの所有地なんだけどね。あんたらの宿泊施設はあの山の麓ね」

 「「「遠っ!?」」」

 

女の人が指さした方角を見て思わずそう口にしてしまった生徒達。すると麗日がある疑問を口にする。

 

 「え?じゃあなんでこんな半端な所に?」

 「これってもしかして……」

 「いやいや~…」

 「アハハハ…バス戻ろうか。な?早く…」

 「そ、そうだな…そうすっか!」

 

一部の生徒達は何やら不穏な気配を察知しバスへと引き返そうとするも、赤い女の人が構わず言葉を続ける。

 

 「今は午前9時30分。早ければ…12時前後かしら」

 「ダメだ…!おい!」

 「戻ろっ!!」

 「バスに戻れ!!早く!!」

 「12時半までかかったキティはお昼抜きね~」

 

今から何をさせられるのか何となく察した生徒達は急いでバスへとダッシュするが、プッシーキャッツの片割れである青い女の人が生徒達の前に立ちはだかった。

 

 「悪いね諸君。合宿は既に始まっている」

 

相澤が一言そう言うと突如生徒達の足下の土が盛り上がる。そして盛り上がった大量の土はそのまま生徒達を崖下まで運んでいった。悲鳴を上げながら落ちていく生徒達。皆が地面に落下すると上から赤い服の女が声をかける。

 

 「おーい。私有地につき個性の使用は自由だよ!今から三時間、自分の足で施設までおいでませ!この魔獣の森を抜けて!」

 「魔獣の森!?」

 「何だそのドラクエめいた名称は!?」

 「雄英こういうの多過ぎだろ!」

 「こういうパターンかよ。面倒くせぇ…」

 「文句言ってもしゃーねぇよ。行くっきゃねぇ!」

 

すると側の木陰からグルルッ!と何かのうめき声のようなモノが聞こえ、そちらに視線を向ける生徒達。木々の隙間からこちらを見ているのは、漫画などに出てくるような魔獣型のモンスター達だった。

 

 「魔獣だあああああああ!!」

 「あっ…」

 「静まりなさい獣よ!下がるのです!」

 「グォォォォォ!!!」

 

口田の声を無視して目の前にいる峰田にその腕を振り下ろす魔獣だったが、とっさに緑谷が峰田を抱えて回避する。

 

 (動物を従える口田君の個性が通じてない!?…ハッ!土塊…そうか!ピクシーボブの個性で…!)

 (何だよ。ただの泥人形じゃねぇか。くだらねぇ)

 

垣根がため息をついていると、魔獣に対して爆豪・飯田・轟・緑谷が動く。轟が氷結で凍らせ、爆豪と飯田で部位破壊、そして緑谷がトドメを刺すという完璧な連携で魔獣を仕留めて見せた。

 

 「あの魔獣を瞬殺かよ!?」

 「やったな!」

 「やった・・・オイラやっちまった…」

 「流石だぜ爆豪!!」

 「まだだ!!」

 「お?」

 

爆豪の視線の先には今の魔獣とは違うタイプの魔獣がいた。どうやらまだまだ魔獣はたくさんいるらしい。

 

 「おいおい…一体何匹いるんだよ…」

 「どうする?逃げる?」

 「冗談!12時までに施設に行かなきゃ昼飯抜きだぜ!」

 「なら、ここを突破して最短ルートで施設を目指すしかありませんわ!」

 「ケロ!」

 「よし!行くぞA組!!」

 「「「おーーー!!!」」」

 

気合いを入れて魔獣達に立ち向かっていくA組の生徒達。それぞれの個性を活かしながら仲間と連携していくことでどんどん魔獣を倒していく。それを後ろから見ていた垣根は小さく息を吐き出すと、背中から翼を出してそのまま宙に浮き上がる。

 

 「コイツらに合わせてたら確実に昼までに間に合わねぇ。悪いなお前ら」

 

そう呟くと垣根は空を移動する。しかし、

 

 「!」

 「残念~。イレイザーから聞いてたんだ。空を飛べる子がいるって。だから対空用の魔獣もわんさか作っちゃったよ~」

 

ピクシーボブが丘から垣根の方を見つめニヤけながらそう呟く。すると、ピクシーボブの言うとおり、垣根の前にドラゴン型の魔獣が何体も立ちはだかった。

 

 「…ざっと50ってとこか。まだまだ潜んでそうだが…まぁいい」

 

敵の位置・数を把握すると垣根は六枚の翼を盛大に広げる。そして翼に生えている羽根の多くを槍の形に変えると、

 

 ドッッッ!!!

 

爆裂音と共に一斉に放った。翼から放たれた無数の槍は勢いよく伸び、次々と魔獣共の身体を貫いていく。そして、垣根の前に立ちはだかっていた魔獣の群れは一瞬で崩壊し、跡形も無く消え去ってしまった。

 

 「嘘でしょ!?あの数を一瞬で!?…マジ?」

 

ピクシーボブが唖然とする中、垣根は先に進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あれ?ねーねーイレイザー、あれって…」

 「…垣根か」

 

 先に施設に着いていた相澤とマンダレイが車の外で話し合っていると、マンダレイが空から何かが近づいてくるのを見つけ相澤に声をかける。相澤もそれが垣根だということにすぐ気付く。そして垣根も相澤達に気付くと、相澤達の下へゆっくりと空から降りてくる。

 

 「ここか?」

 「ああ、そうだ」

 「え!?いやちょっと…まだ11時過ぎよ!?いくら何でも早すぎない!?」

 「11時か。意外とかかったな。いい暇つぶしになったぜ」

 「暇つぶしって…」

 「…ま、お前にはヌルかったか」

 

マンダレイが絶句しながら垣根を見ている隣で相澤が呟く。そしてしばらくするとピクシーボブも三人の下へ合流し、昼食をとった。昼食の間、ピクシーボブは興味津々と言った様子で垣根に話しかける。

 

 「いや~凄いね君!私の土魔獣をあんなにあっさり倒しちゃうなんて!お姉さんビックリだよ!他にも良さそうな子は何人かいたけど君は別格だねぇ。3年後が超楽しみ!!ツバつけとこ~!ペッペッペッペッ!」

 「オイやめろ汚ぇ殺すぞ」

 「…マンダレイ、あの人あんなでしたっけ?」

 「彼女焦ってるの。適齢期的なアレで」

 

昼食を食べ終わった後、垣根はバスから自分の荷物を降ろし、部屋に向かう。他の生徒達が到着するまで自由行動をして良いと相澤から言われたため、垣根は部屋の中で資料を見返す。資料とは垣根が研究機関から持ち帰ってきたモノであり、これらのデータや情報を下に垣根は人体複製に挑戦するのだ。しばらく読みふけっていた垣根だが突然、相澤が部屋に訪れ垣根に下に来るよう言い渡す。時刻はジャスト17時。外に出ると日が沈みかけていてること、そしてようやく緑谷達が到着したことに気付く垣根。皆満身創痍な様子で宿舎の前にへたり込んだ。

 

 「何が三時間ですか~!?」

 「それ私たちならって意味。悪いね!」

 「実力差自慢のためか…やらしいな…」

 「腹減ったァ!死ぬぅー!!」

 「そうは言うけど垣根君は一時間半くらいでゴールしてたわよ?」

 「ああそうだ!おい垣根テメェ!?お前いつの間にゴールしてたんだよ!?」

 「俺らが必死こいて魔獣共倒してる時に、お前は優雅に空中闊歩か!ちっとは手伝おうとか思わねぇのかお前はよ!」

 「…お前らに合わせてたら昼飯食えねぇだろ。大体、俺が空飛ぶ系の魔獣はあらかた倒しといてやったんだ。むしろ感謝して欲しいもんだな」

 「ああ、そういや途中からドラゴンみたいな魔獣は全然出てこなかったな」

 「ネコネコネコネコ!でも正直もっとかかると思ってた。私の土魔獣が思ったより簡単に攻略されちゃった。いいよ君ら。特にそこ四人!躊躇のなさは経験値によるモノかしら~?3年後が楽しみ!ツバつけとこ~!!ペッペッペッペッ!」

 

ピクシーボブが緑谷・飯田・轟・爆豪にツバをかけていく。

 

 「あ!適齢期と言えばあの…ゴフッ!」

 「『と言えば』って?」

 「ず…ずっと気になってたんですが、その子はどの方のお子さんですか?」

 

ピクシーボブに顔面を掴まれながら緑谷は、マンダレイの横に立っている少年を指さして質問した。

 

 「ああ、違う。この子はアタシの従兄弟の子供だよ。洸汰、ほら挨拶しな。一週間一緒に過ごすんだから」

 「……」

 「あ、えっと僕雄英高校ヒーロー科の緑谷。よろしくね」

 「ふん!」

 

洸汰と呼ばれる少年は緑谷の握手には応じず、緑谷の睾丸に拳をたたき込む。悶絶しながら倒れ込む緑谷に飯田が慌てて駆け寄る。

 

 「緑谷君!?おのれ従甥!なぜ緑谷君の陰嚢を!?」

 「ヒーローになりたいなんて連中とつるむ気はねぇよ!」

 「つるむ!?いくつだ君は!?」

 「マセガキ」

 「…お前に似てねぇか?」

 「ああ、そっくりだな」

 「あァん!?似てねぇよ!ぶっ殺すぞテメェら!!」

 「茶番はいい。バスから荷物を降ろせ。部屋に荷物を運んだら食堂にて夕食。その後就寝だ。本格的なスタートは明日からだ。さ、早くしろ」

 

相澤の指示の下、生徒達は宿舎に入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 合宿二日目。時刻は午前五時半。A組生徒達は朝早くから体操着姿で外に集合していた。

 

 「おはよう諸君。本日から本格的に強化合宿を始める。今合宿の目的は全員の強化及びそれによる仮免の取得。具体的になりつつある敵意に立ち向かう為の準備だ。心して臨むように。というわけで、そうだな…爆豪!そいつを投げてみろ」

 「これ、体力テストの…」

 「前回の、入学直後の記録は705.2m。どんだけ伸びてるかな?」

 「おぉ~!成長具合かぁ~!」

 「この三ヶ月色々と濃かったからなぁ!1㎞とか行くんじゃねぇの!?」

 「いったれ爆豪!!」

 「んじゃァ、よっこら…くたばれェ!!!」

 (くたばれ…)

 

爆風に乗ったボールは体力テストの時と同様、遙か彼方まで飛んでいく。これは好記録が期待できるのでは?と皆が思っている中、相澤の口から出た記録は意外なモノだった。

 

 「709.6m」

 「な…っ!?」

 「あれ?思ったより…」

 「入学からおよそ三ヶ月、様々な経験を経て確かに君らは成長している。だがそれはあくまでも精神面や技術面。あとは多少の体力的な成長がメインで個性そのものは見たとおり、そこまで成長していない。だから今日から君らの個性を伸ばす。フッ…死ぬほどキツいがくれぐれも死なないように」

 

地獄の林間合宿が幕を開けた。

 

 

 

 




・・・人体の作り方レシピ教えてください鎌池先生。


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四十二話

 

 合宿二日目。生徒達は自分達の個性を強化するため、様々なトレーニングを行っていた。

 

 「んんんんあああああああ!!!クッソがァァァァァァァ!!!」

 《爆豪勝己。熱湯に両手を突っ込んで汗腺の拡大及び爆破を繰り返して規模を大きくする特訓!》

 

 「ハァ…ハァ…くっ…!?」

 《轟焦凍。凍結と炎を交互に出し風呂の温度を一定にする。凍結に体を慣れさせ、炎の温度調節を試みる特訓!二つの個性を同時に出せるかも!?》

 

 「ああああああああああああああああ!?」

 《瀬呂範太。テープを出し続ける事で容量の拡大、テープ強度と射出速度を強化する特訓!》

 

 「くっ…!?来い!」

 「はァ!!」

 《切島鋭児郎・尾白猿夫。硬化した切島を尾白の尻尾で殴ることで互いの個性強度を高める特訓!》

 

 「ギィィィィィィィィヤァァァァァァ!!!」

 《上鳴電気。大容量バッテリーと通電することで大きな電力にも耐えられる体にする特訓!》

 

 「はぁ~~~~~~~~~!!!」

 《口田甲司。生き物を操る声が遠くまで届くように声帯を鍛える発声の特訓!内気な性格を直すのにも効果的!》

 

 「うあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

 《常闇踏影。暗闇で暴走するダークシャドウを制御する特訓!》

 

 「ん~~~~~!!!」

 《麗日お茶子。無重力で回転し続ける事によって三半規管の鍛錬と酔いの軽減、また限界重量を増やす特訓!》

 

 「ふんふんふん!ふんんんんんんん!!!!!」

 《飯田天哉。脚力と持久力を高めるために走り込みの特訓!》

 

 「ケロッ……ケロッ…!」

 《蛙吹梅雨。全身の筋肉と長い舌を鍛える特訓!》

 

 「はぐっ…ほぐっ…!モグモグ」

 《砂藤力道。個性発動に必要な甘い物を食べながら筋トレしパワーアップを図る特訓!》

 

 「んっ…むっ…!モグモグ」

 《八百万百。同じく食べながら個性を発動させて創造物の拡大、また創造時間の短縮を目指す特訓!》

 

 「んぎゃあああああああ!!!」

 《耳郎響香。ピンジャックを鍛えることで音質を高める特訓!》

 

 「うぐぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」

 《芦戸三奈。断続的に酸を出し続けて皮膚の耐久度を上げる特訓!》

 

 「ううぅ…ヒグッ…いでぇぇよぉぉ…」

 《峰田実。もぎってももぎっても血が出ないように頭皮を強くする特訓!》

 

 「……」

 「……キョロキョロ」

 《葉隠透・障子目蔵。気配を消す葉隠を複製腕を素早く同時に変化させ探すことで互いの個性を強化する特訓!》

 

何も知らない人が見たら思わず悲鳴を上げそうな光景がそこにはあった。一方垣根はと言うと、創造物のレパートリーを増やす特訓を言い渡されていた。特に創造物のジャンル指定などは受けなかったので、垣根は自由に作ることにした。その結果作り上がったモノの内の一つがカブトムシ型兵器である。それは全長10~15m程でその表面は新車のようなつるりとした光沢を放っていた。瞳が不気味な緑色をしていて、角の『芯』がくり貫かれ砲身になっているのが普通のカブトムシとは違う所だろう。要は白いカブトムシ型の戦車である。なぜカブトムシ型にしたのかは垣根にも分からないが。他にもいくつか動物型の兵器を作ってみたり、あるいは他の生徒の個性を参考にして未元物質で似たようなモノを再現してみるという事も試みた。あらかた試し終わると、いよいよ今合宿での最終目標である『人体複製』に挑戦する垣根。垣根はより演算に集中し、未元物質で人体を形取っていく。そして出来上がったのは垣根本人と寸分違わぬモノ。ただ一つ違う点は全身が真っ白であるということ。早くも人体複製が完成したのかと思われたが、垣根の顔は険しいままだった。

 

 (ダメだな。これじゃ俺の外見をなぞったのと大して変わらねぇ。中身がペラッペラだ。何より、脳の構築が全然なってねぇのが問題だ)

 

そう考えながら垣根は目の前の未元体を消し、再び新たな未元体の構築を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜は皆でカレーを食べた。過酷なトレーニングの後だったからか、皆がっつくように食べていた。垣根はあまり体を動かしていないので皆のように疲労困憊というわけではなかったが、ずっと演算に集中していたので流石に少し疲労感は感じた。あの後も未元体を作り続けていた垣根だったが、まだ完成には至っていない。夕食中も未元体についてひたすら考えを巡らせていた。

 

 (ぶっちゃけ脳の複製が出来るなら他の臓器などどうでもいい。脳さえ出来れば未元物質は実装可能だからな。しかし流石にムズい。科学の助けもあったし、正直割とすぐ出来上がると思ったんだが…そう上手くは行かねぇか。だが、確実に進歩はしている。方向性は間違ってねぇ。このままトライ&エラーを続けていけば、いずれは至るはずだ)

 

垣根は目標達成の難しさを再認識すると同時に、確かな手応えも実感してその日を終える。翌日も基本的にやることは一緒で、皆ひたすら自身の個性を伸ばす特訓を行った。垣根も未元体完成の為、ひたすら作っては消し作っては消しの繰り返し。そして前日と同様、あっという間に日が暮れて生徒達が夕食を食べ終わると、クラス対抗肝試しが始まろうとしていた。

 

 「さて、腹も膨れた!皿も洗った!お次は…」

 「肝を試す時間だぁぁぁぁぁぁ!!!」

 「「「試すー!!!」」」

 「その前に、大変心苦しいが補習連中はこれから俺と授業だ」

 「……うっそだろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」

 「スマンな。日中の訓練が思ったより疎かになってたのでこっちを削る」

 「試させてくれーーーーーー!!!」

 

相澤に縛られ、痛々しい悲鳴を上げながら校舎への方へと姿を消す補習組。その補習組がいなくなるとピクシーボブがルール説明を始める。

 

 「はい。というわけで脅かす側先攻はB組!A組は二人一組で三分おきに出発。ルートの真ん中に名前を書いたお札があるからそれを持って帰ること!」

 「…闇の饗宴」

 (また言ってる…)

 「脅かす側は直接接触禁止で個性を使った脅かしネタを披露してくるよ!」

 「創意工夫でより多くの生徒を失禁させたクラスが勝者だ!」

 「やめてください汚い」

 「なるほど!競争させることでアイデアを推敲させ、その結果個性に更なる幅が生まれるというわけか…!流石は雄英!!」

 「さあ!くじ引きでパートナーを決めるよ!」

 

ピクシーボブにそう言われ、A組生徒達がくじを引いていく。結果がこちら。

 

 一組目:常闇・障子

 二組目:爆豪・轟

 三組目:耳郎・葉隠

 四組目:垣根・八百万

 五組目:麗日・蛙吹

 六組目:尾白・峰田

 七組目:飯田・口田

 八組目:緑谷

 

 「よろしくお願いしますわ垣根さん」

 「ああ。ま、ぱっぱと終わらせようぜ」

 

垣根と八百万が話していると、ユラリユラリと体を揺らしながらゆっくり峰田が近寄ってきて垣根にペア変更を迫る。

 

 「垣根~オイラと代わってくれよぉ~!!」

 「うぜぇキモい近寄んな」

 

各々決まった組み合わせに様々な感想を抱いていたが、ペア変更は行われることなく肝試しが始まった。耳郎・葉隠ペアが出発して数分後に垣根達もスタートし、森の中を進んでいく。前の方から絶えず悲鳴が聞こえてきて思わず八百万が苦笑する。

 

 「耳郎さんの声ですわね。耳郎さん、怖いのが苦手だと仰っていましたし」

 「へぇ、アイツにもそんな女っぽいとこあんのな」

 「…垣根さん、耳郎さんの前では言ってはいけませんよ?それ」

 「あ?なんでだよ?」

 「…なんでもです。そういえば、垣根さんはどうなのですか?怖いものとか」

 「別に。特にどうということもねぇ。お前はどうなんだよ?」

 「そうですね。私も特に苦手意識は無いですわ。人並みと言ったところでしょうか」

 「ほーん…あ?」

 「えっ…!?」

 

垣根達は思わず足を止める。B組の小大の首が突然地面から生えてきたのだ。数秒間小大と見つめ合う垣根達だったが、またすぐに先へ進み出す。

 

 「驚きましたわ。まさか地面から小大さんの顔が出てくるなんて…」

 「お前、割とビビってたよな」

 「び、びびってなどいませんわ!垣根さんの方こそ結構驚かれていたのではなくて?」

 「んなわけあるか。俺があんなんでビビるわけねぇだろコラ」

 「わ、私だってあの程度では驚きませんわ……ヒッ!?」

 

今度は拳藤が手を巨大化させて八百万を驚かせ、思わず小さな悲鳴を上げてしまう八百万。その後、八百万は垣根と一瞬目が合ったが気まずそうに目をそらした。

 

 「……」

 「……」

 「…まぁ、行くか」

 「…ええ、そうですわね。」

 

先を進んでいく垣根達は再び話し始め、今度は合宿について話していた。

 

 「今回の合宿、思っていたよりずっとハードですわ。個性を伸ばすということがこうも大変だとは…」

 「そういやお前、何かずっと食ってたな」

 「ええ。前にも申しましたが、私の個性は脂質を様々な原子に変換して物質を生み出すのでその脂質を取り入れていたのです。そういえば垣根さんはどのような特訓を行っているのでしょうか?特訓中、あまり姿が見えませんが…」

 「まぁ簡単に言うと創造物のレパートリーを増やす特訓だな。色んなモン作ってんだよ」

 「なるほど、確かに我々創造系の個性は様々な物質を作り出せてこそですからね…では、合宿中ずっと考え込んでいたのはその特訓のことなのですか?」

 「あ?考え込む?」

 「?ええ。垣根さん、何やらずっと考え込んでいらっしゃる様子でしたので、もしかしたらその事かと」

 「…そんなにか。まぁそうだな。中々上手くいかねぇもんでな。色々と試行錯誤中だ」

 「垣根さんでも上手くいかないことがあるのですね。ですが、何か私にお手伝いできることがあればいくらでも言ってください!同じ創造系の個性持ちとして精一杯お力添え致しますわ!」

 「…あぁ」

 

垣根と八百万は話しながら森の中を進んでいく。すると突然何かが焦げるような匂いが二人の鼻腔を刺激する。

 

 「?何だか少し焦げ臭くありませんか?」

 「ああ。何か妙だな」

 

垣根達が怪訝に思って足を止めると、二人の周りを霧のようなものが覆い始める。すると、

 

 「八百万、今すぐガスマスクでも作って口と鼻を覆え」

 「えっ?」

 

垣根はとっさに八百万に指示を出す。

 

 「この煙は有毒だ。吸ったら何が起きるか分からねぇ。早くしろ」

 「は、はい!」

 

垣根の言うとおり八百万は急いでガスマスクを創造し、装着する。

 

 「垣根さんも早くこれを…!」

 「いや、俺は大丈夫だ。そいつは他の奴らにくれてやれ。今この状況でアイツらを助けられんのはお前だけだ」

 「…分かりましたわ」

 

力強く頷くと八百万は他の生徒達を助けに向かった。

 

 (さて、これはどういう状況だ?)

 

八百万を見送った垣根が改めて状況確認をしようとした時、突然体に電流が走ったかのような感覚を覚える。その直後、垣根の頭の中にマンダレイの声が響いた。

 

 〈みんな!(ヴィラン)二名襲来!他にも複数いる可能性あり!動ける者は直ちに施設へ!会敵しても決して交戦せず撤退を!〉

 「…そういう事かよ」

 

マンダレイの通信を聞いた垣根は静かに呟くと翼を広げて飛び立った。




青山っていいポジションにいるんですよね。


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四十三話

お久しぶりです。


 

 空に浮上した垣根はぐるりと地上を見渡す。前方には毒ガスの竜巻と思われるものが森の中から立ち上っており、そこから四方八方に向けて毒ガスがばらまかれていた。そして森を青々と燃やし尽くす青い炎。いずれも敵の個性による仕業だろう。とりあえず辺りの状況を把握しようと思った垣根は、能力で偵察用のトンボ型兵器をいくつか作りそれらを森の中へ飛ばす。トンボたちの視界を共有し、森の中を見ていく垣根。この状況に戸惑っている生徒や毒ガスにより気絶している生徒、八百万を始め他の生徒達を救出している生徒など、森の中の生徒達は様々な行動をとっていた。しばらくトンボたちを通して森の中を見ていた垣根だったが、突如後方から

 

 ドゴォォォォォォォォン!!!

 

大きな轟音が鳴り響いた。垣根は振り返って後方を見ると、少し離れた崖のある場所で土煙が舞っているのに気付く。

 

 (始まったか…) 

 

それは紛れもなく敵と雄英生徒との交戦が始まった合図。垣根は数秒の間考えていたが、

 

 「ま、とりあえず毒ガス野郎をぶっ殺すのが先だな。今のところコイツが一番迷惑だ」

 

そう決めると毒ガスを振りまいている敵の下へ向かおうとする。しかし、偶然にもトンボの視界を通して二人の生徒が毒ガスの発信元に向かっている姿を確認する垣根。

 

 「あれは、B組の拳籐と…誰だっけアイツ」

 

地上を走りながら移動している男女二人組は恐らく八百万からもらったであろうガスマスクを装着していた。黙って見つめていた垣根だがやがて二人の下へ向かっていった。

 

 「おい」

 

拳籐達の近くまで空から接近した垣根は不意に声をかける。二人は足を止め、垣根の方へ振り返った。

 

 「誰!?って垣根!?」

 「お前は、A組の!?」

 

垣根の急な出現に驚いた様子を見せる二人。しかし構わず垣根は二人に尋ねる。

 

 「そんなに急いでどこ行くんだよお前ら」

 「えっ!?いやまあこれは、その…」

 「……」

 「こっちは施設とは反対の方角。どうみても逃げてる感じじゃねぇよな。んで、この先にいんのは毒ガスばらまいてる奴な訳だが…」

 「「……」」

 

気まずそうに目をそらす二人。資格未取得者が保護管理者の監視外で個性を使うことは認められていない。雄英生徒一年は全員まだ仮免を取っていないので、個性を勝手に使うことは勿論禁止だし、敵を倒しに行こうとするなんてことは言語道断である。ましてや先ほどマンダレイのテレパスで戦闘は避けるようと念を押されたにも関わらず、拳籐と鉄哲はその決まりを破ろうとしているのだ。そのことを垣根に言及されると思い、二人は黙り込んでしまった。だがそれでも、鉄哲は意を決したように顔を上げ、口を開いた。

 

 「おうそうだ!俺達はこんなふざけた真似してやがる敵をぶっ倒しに行くところだ!何か文句あるか?」

 「ちょっ!鉄哲!?」

 「ほぉ、吠えたな。やれんのか?お前に」

 

垣根は鉄哲の方をじろりと見ながら問いただす。だが鉄哲も今度は目をそらすことはせず、垣根の目を見つめ返しながら堂々と答えた。

 

 「ああ!人に仇為す敵を退けてこそのヒーロー!必ず敵をぶっ叩いて、俺達がこの危機(ピンチ)を救ってみせるぜ!!」

 「鉄哲…」

 「フン」

 

鼻を鳴らすと垣根はくるりと背を向けてこの場を去ろうとし、それを見た拳籐は慌てて垣根に尋ねた。

 

 「えっ!?ちょ、ちょっとどこ行くの垣根?」

 「あ?どこって別の敵見つけに行くんだよ」

 「はぁ!?お前、俺達のこと止めに来たんじゃねぇのかよ!?」

 「は?何だそりゃ?俺は単にお前らが何するつもりなのか確認するために寄っただけだ。俺も毒ガス野郎を殺りに行くつもりだったが、お前らが向かうなら俺はいらねぇだろ。敵は他にもいることだし、効率よくいかねぇとな」

 「効率よくって…」

 「んなことより、俺が譲ってやったんだ。しくじんじゃねぇぞテメェら」

 「誰がしくじるかよ!お前の方こそやらかすんじゃねぇぞ!」

 

鉄哲の怒鳴り声を背に再び空に舞い上がる垣根。

 

 (さて、毒ガス野郎をとられちまったからには別の奴を狙うしかない。今んとこ存在が確定してんのは森を燃やしてる敵と崖で暴れてる敵だけだが…まぁあっちは誰かが対処してるみてぇだし、放火魔野郎の方にしとくか)

 

垣根は新たな標的を定めると、トンボたちを使って敵の居場所を探し始めた。しばらく空中で静止していた垣根だが突然ニヤリと笑い、

 

 「見つけたよん」

 

と楽しげに言いながら森へ降下していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あ~ダメだ荼毘!お前やられた!弱ッ!ザコかよ!」

 「もうか…弱ぇな俺」

 「バカ言え!結論を急ぐな。お前は強いさ!この場合はプロが流石に強かったと考えるべきだ」

 

 敵連合開闢行動隊の二人、トゥワイスと荼毘が森の中にいた。荼毘は青白い炎で森を燃やすことで生徒達を閉じ込め、トゥワイスは荼毘の分身を作り、プロ達を足止めしていた。

 

 「もう一回俺を増やせ。プロの足止めは必要だ」

 「ザコが何度やっても同じだっての!任せろ!」

 

トゥワイスが再び荼毘の分身を作り、プロの下へ向かわせようとしたその時、荼毘目掛けてナニカが飛来する。

 

 「……ッ!?」

 

荼毘は咄嗟に後方に飛び回避する。すると、標的を見失ったナニカは直前まで荼毘が立っていた場所に直撃し、

 

 ズガァァン!!

 

派手な音と共に地面に穴を開ける。荼毘に攻撃を仕掛けた垣根はゆっくりと白い翼を自分の下へ引き戻し、地上に着地しながら二人に尋ねる。

 

 「一応聞いておくが、お前らは敵で間違いねぇんだよな?」

 「あぁ?知らねえなそんなこと!ああそうだ!!」

 「……」

 

荼毘は無言で目の前の少年を見つめているとトゥワイスが荼毘に耳打ちする。

 

 「おい荼毘!こいつアレだろ!?死柄木が連れてこいっつってた奴!言ってなかったがな!」

 「ああ。垣根帝督…まさか向こうから来てくれるとはな。おかげで探す手間が省けた」

 

死柄木が開闢行動隊に命じた任務は雄英生徒の垣根の誘拐。荼毘達やマスタードはどちらかというと生徒やプロ達を邪魔する役目だったので、この思わぬ僥倖にほくそ笑む荼毘。すると垣根が再び口を開く。

 

 「ったく探したぜ。こんなとこにいやがったとはな」

 「それはご苦労さん。せっかく来てくれたとこ悪いがこっちもあんまり時間がなくてな。さっさと済まさせてもらう」

 「あ?」

 「よっしゃ!ここは俺に任せろ!さあやるんだ荼毘!」

 「多少は手荒になるが…くれぐれも死んでくれるなよ」

 

そう呟くと荼毘は右手を前にかざし、青白い炎を勢いよく噴射した。

 

 ブォォォォォォォォォォン!!!

 

と派手な燃焼音を立てながら炎の塊は垣根に直撃し、垣根の体は青白い炎に包まれる。が、突然炎の中から六枚の翼が勢いよく開かれる。

 

 (翼で守ったか…)

 「オイオイ、いきなり仕掛けてくるなんて些か大人げねぇんじゃねぇか?」

 

白い翼を身に纏い、荼毘の攻撃を凌いだ垣根はニヤリと笑いながら言う。荼毘はかなり気を張って垣根の方を見ていたが、突然何かに気がついたように上を見る。すると、空から巨大な白い物体二つが荼毘とトゥワイス目掛けて急接近してくるのを視認した。

 

 「トゥワイス!上だ!避けろ!」

 「あ?ってうぉ!?」

 

荼毘とトゥワイスが慌ててその場から飛び退くと、白い物体は周りの木々をなぎ倒しながらそれぞれ地面に激突する。土煙の中が晴れるとその姿が明らかになる。それは巨大なカブトムシだった。全長十メートルほどでその体は真っ白。角と思われるべきモノの先端はなぜだかくりぬかれていて、不気味な緑色の眼光を放っている。

 

 「…何だこれは」

 「おいおいおい、空からでっけぇカブトムシが降ってきたぞ!どうなってんだよ一体!?」

 「そりゃ試作品だ」

 

垣根はポケットに手を突っ込みゆっくりと歩きながら口を開く。

 

 「今回の合宿は強化合宿ってやつでな。この三日間能r…じゃねぇや、個性を強化する為に色々試してたんだが、その時に何となく作ったモンがこれだ」

 「……」

 「試運転はまだ先だと思ってたが、ちょうどいい機会だ。お前らで試させてもらうとするか」

 

垣根の言葉と共に、二機のカブトムシ型兵器はゆっくりと前進し始める。すると荼毘が両手を前にかざし、両掌から青白い炎を勢いよく噴射した。二機のカブトムシが青白い炎に見込まれる。しばらく蒼炎に飲み込まれていたカブトムシだったが、突然、

 

 ドォォォォォン!!!!

 

凄まじい砲撃音が鳴り響き、激しい衝撃と共に荼毘とトゥワイスは後ろに吹き飛ばされた。

 

 「か、は……っ!?」

 「な、何だ!?何が起こったってんだ!?」

 「チッ、ちと逸れたか…」

 

二人の体は木々に激突する。荼毘とトゥワイスがなんとか体を起こしながら前方を見ると、さっきまで自分達が立っていた場所辺りが粉々に吹き飛ばされていた。まるで何かが炸裂したかのように。荼毘はじっとカブトムシの角の先端を見つめていたが、やがて得心のいった様子で呟く。

 

 「なるほど。砲撃か」

 「あ?砲撃?どういうことだよ荼毘!俺は全然分からねぇぞ!なるほど、そういうことか」

 「あのカブトムシの角の先端を見てみろ。穴が空いてんだろ。あそこから砲撃が出来る仕組みになってんだよあれは。」

 「マジかよ!?なんだそりゃ!?」

 (それに俺の炎が全く効いてねぇ…アレの攻撃力よりもむしろそっちの方が問題だ。どうする…)

 

荼毘が何か対策案を考えている間に垣根は敵に追い打ちをかけようとしたが、その前に再び垣根の頭にテレパスが繋がれる。

 

 〈A組B組総員!プロヒーロー・イレイザーヘッドの名において戦闘を許可する!繰り返す!A組B組総員!戦闘を許可する!〉

 

垣根の頭の中にマンダレイの声が響く。

 

 「ああ、そういや勝手に個性使ったらマズかったんだっけか。まぁ今更気にしても遅いが」

 

呑気に呟く垣根。そしてまだマンダレイの言葉は続く。

 

 〈敵の狙いの一つが判明!狙いは生徒の垣根君!垣根君はなるべく戦闘を避けて!単独では動かないこと!わかった!?垣根君!〉

 

そう言ってマンダレイのテレパスは切れた。

 

 「へぇ…何だお前ら、俺を殺しに来たのか」

 「は?」

 「たった今情報が入ってよ、お前ら敵連合の狙いは俺だって言ってたぜ。どうなんだよ?」

 「…もうそこまでバレてんのかよ。ならもう隠す必要もないか。ああそうだ、俺達の狙いはお前だよ垣根帝督。だが俺達はお前を殺しに来たんじゃない。お前をスカウトしに来たんだ」

 「あ?スカウト?」

 「ああ。俺達のリーダーがお前と話がしたいらしい。だから俺達と一緒に来い。そうすれば俺達はこの場から手を引く」

 「…そういうことか」

 

荼毘の話を聞いた垣根は一瞬間を置いてから返事を返した。

 

 「せっかくのお誘いだが答えはノーだ。くだらねぇ茶番に手を貸してやるほど俺はお人好しじゃねぇ。そもそも、死柄木とか言ったか。あんな無能な奴をリーダーにしてる時点で論外だ。お前らに未来はねぇよ」

 「…ま、そうくるよな。こちらとしてもそう簡単に引き抜けるとは端から思ってねぇよ。悪いが力ずくで連れて行く」

 「出来るといいな、それ」

 

垣根は不敵に笑いながら敵達を見据え、

 

 「潰せ」

 

そう一言ぼそりと呟くと、二機のカブトムシが荼毘達に迫っていった。

 

 「おい荼毘!あのとんでもカブトムシ達がどんどん近づいてくるぞ!どうすんだよ!?」

 「俺の炎が効かないって事は今この場であれに対する有効打は無い。チッ、あの女(・・・)の力を借りるのは癪だが仕方ねぇ。プランBだ」

 「おお!あれか、プランBか!なんだそれ?」

 「行くぞ。奴を誘い込む」

 

そう言うと荼毘とトゥワイスは逃げるようにして走って行った。

 

 「あ?何だ?」

 

垣根は走り去っていく荼毘達を見ながら思考する。

 

 (流石にただ逃げてるだけってのはねぇだろ。何か策があるはずだ。恐らく俺をどこかに誘導するための行動…いいぜ、乗ってやるよ)

 「追え」

 

垣根はカブトムシたちに指示を下すと自身も敵達を追っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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四十四話

 

 「急に切りかかってくるなんてひどいじゃない。何なのあなた」

 

 蛙吹と麗日もまた、敵と対峙していた。相手はマスクを着けた謎の女。いきなり切り掛かられ、麗日はかすり傷を負ってしまった。すると女の敵が口を開く。

 

 「トガです!二人ともカァイイねぇ。麗日さんと蛙吹さん」

 「名前バレとる・・・」

 「体育祭かしら・・・何にせよ、情報は割れてるってことね。不利よ」

 「血が少ないとダメです。普段は切り口からチウチウと吸い出しちゃうのですが・・・この機械は刺すだけでチウチウするそうで、お仕事が大変捗るとの事でした。刺すね」

 (来た・・・・・!!)

 

 

トガと名乗る敵が二人に攻撃を仕掛けようとした瞬間、蛙吹が麗日の体に舌を巻き付けると思いっきり遠くまで飛ばした。

 

 「お茶子ちゃん!施設へ走って!戦闘許可は敵を倒せじゃなくて身を守れって事よ!相澤先生はそういう人よ」

 「梅雨ちゃんも!」

 「もちろん私も――――――――――――」

 

蛙吹もこの場から離脱しようとしたが、その前にトガが蛙吹に切り掛かった。ギリギリで身を躱そうとするも躱しきれず、舌に傷を負ってしまう蛙吹。

 

 「ケロォ・・・」

 「梅雨ちゃん・・・梅雨ちゃん・・・・梅雨ちゃん!カァイイ呼び方!私もそう呼ぶね」

 「やめて。そう呼んで欲しいのはお友達になりたい人だけなの」

 

するとトガは今度はチューブのようなものを蛙吹に投げつけると、チューブは蛙吹の髪ごと後ろの木に刺さり、蛙吹の身動きを封じた。

 

 「じゃあ私もお友達ね!やったぁ!」

 

トガはぴょんぴょん跳びはねながら嬉しそうに蛙吹に近づいていく。

 

 「血ィ出てるねぇお友達の梅雨ちゃん。カァイイねぇ・・・血って私大好きだよ」

 「離れて!」

 

トガが蛙吹に楽しげに語りかけていると後ろから麗日が叫びながら駆け寄る。トガが振り向きざまにナイフで切りつけるも麗日は体を反らすことでそれを躱した。

 

 (ナイフ相手は片足軸回転で相手の直線上から消え・・・手首と首根っこをおもっくそ引き!押す!)

 

麗日はトガの攻撃を躱すと同時にその力を利用してトガを地面に組み伏せた。

 

 (職場体験で教わった近接格闘術、ガンヘッド・マーシャル・アーツ!!)

 「凄いわ・・・!お茶子ちゃん」

 「梅雨ちゃん!ベロで手を拘束、出来る?痛い?」

 「ベロは少し待って・・・」

 

動きを封じられたトガだが体は地に伏したまま、顔だけを麗日の方を向けて不気味に笑いながら呟く。

 

 「お茶子ちゃん、あなたも素敵。私と同じ匂いがする。好きな人がいますね?」

 「!?」

 「そしてその人みたくなりたいって思ってますよね?分かるんです。乙女だもん」

 (何・・・この人・・・!)

 「好きな人と同じになりたいよねぇ。当然だよね。同じものを身につけちゃったりしちゃうよね。でもだんだん満足できなくなっちゃうよね。その人そのものになりたくなっちゃうよね。しょうがないよね~。あなたの好みはどんな人?私はボロボロで血の香りがする人大好きです。だから最後はいっつも切り刻むの。ねぇお茶子ちゃん、楽しいね。恋バナ楽しいねぇ!」

 「・・・・・!」

 

圧倒的不利な状況にもかかわらず、悦に浸りながら語りかけてくるトガに対して言い様もない不気味さを覚える麗日。すると突然、左太ももにチクッとした痛みが走る。

 

 「ッ!?」

 「お茶子ちゃん!?」

 「チウチウ・・・チウチウチウチウ・・・」

 

注射器のようなもので麗日の太ももから血液を採取していくトガ。何とかしようと麗日動こうとしたとき、後ろから自分の名を呼ぶ声がした。

 

 「麗日!?」

 「障子ちゃん!?皆!」

 

声のした方へ二人が振り返ると、そこにはボロボロの緑谷を背負った障子の姿と同じく誰かを背負った轟、そして爆豪・常闇の姿があった。だが麗日が後ろに気を取られた一瞬でトガは麗日の組伏せから抜けだし、

 

 「人が増えたので殺されるのは嫌だから・・・バイバイ」

 

と呟いてどこかへ行ってしまった。

 

 「何だ?今の女」

 「敵よ。クレイジーよ」

 「麗日さん、怪我を!?」

 「大丈夫。全然歩けるし・・・って言うかデク君の方が!?」

 「立ち止まってる場合か!早く行こう!」

 「とりあえず無事で良かった・・・はっ!そうだ!一緒に来て!僕ら今垣根君を探してるんだ。敵の目的が垣根君だから僕らが守らないと!」

 「分かった!私たちも手伝うよデク君!ね?梅雨ちゃん」

 「勿論よ。お友達のピンチだもの。私も協力するわ」

 「ありがとう二人とも!」

 「しかし垣根は一体どこにいるんだ?垣根と八百万は4番スタート。コースを戻れば出くわすと思ったんだが・・・」

 「なぜか麗日達と先に出会ってしまった」

 「と、とにかくもう一度この辺を探して―――――――――――――――――」

 「おい黙れクソデク」

 

突然爆豪が緑谷の話を遮る。皆が爆豪の方を見ると、爆豪は何やら耳をそばだてている様子だった。些かの静寂の後、爆豪がぼそりと呟いた。

 

 「この音は・・・・砲撃音か?」

 「音?」

 

轟が爆豪の言葉に反応し、同じく耳を澄ます。緑谷達もそれに倣って耳を澄ますと、かすかにドォン!ドォン!という鈍い音が聞こえてきた。

 

 「本当だ!確かに何か音がする!」

 「爆豪の言うとおり、砲撃音に似ているな」

 「砲撃・・・・・はっ!もしかして八百万さんかも!」

 「八百万?・・・あぁなるほど。確かにアイツは大砲を作れるな」

 「うん!もしかしたら今敵と交戦中なのかも。だとしたら・・・・」

 「そこに垣根もいる可能性が高い」

 

轟が緑谷の言葉を引き継ぐと緑谷は力強く頷いた。

 

 「決まりね。とりあえずこの音をたどっていきましょう」

 「うん!急ごう皆!」

 「何でテメェが仕切ってんだクソデク殺すぞ!」

 

緑谷達は垣根と接触するために再び走り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおおおおおおお!!やべぇってこれ!?死ぬぅぅぅぅぅぅぅぅ!!生きるぅぅぅぅぅ!」

 

 荼毘とトゥワイスは森の中を激走していた。二人の後ろからは全長十メートルの生物兵器が木々をなぎ倒しながらぐんぐん迫ってくる。巨大な翅をはためかせながら二人を叩き潰さんとばかりに迫ってくるカブトムシの姿は最早恐怖そのものだ。荼毘は走りながら炎を噴射してカブトムシを牽制するも全く効いている様子は無い。カブトムシは砲身を二人に向けると砲撃態勢を整える。

 

ドォォォォン!!

ドォォォォン!!

 

派手な音と共に砲撃が放たれ、近くの木々が木っ端微塵に吹き飛ばされる。荼毘達が直撃を免れたと識別するや否や更なる砲撃に移行する二機のカブトムシ。

 

ドォォォォン!!

ドォォォォン!!

ドォォォォン!!

ドォォォォン!!

ドォォォォン!!

ドォォォォン!!

 

激しい砲撃が荼毘達を襲う。木々や地面が次々と吹き飛ばされていく。間一髪の所で直撃を免れている二人だがこのままでは時間の問題だ。

 

 「おい荼毘!これマジやばいって!!マジ死ぬぞコレ!!まだ着かねぇのかよ!?」

 「もう少しだ。黙って走れ」

 

荼毘はトゥワイスをたしなめながら無線を繋ぐ。

 

 〈ミスター、アレの準備は?〉

 〈準備完了だ。いつでもいいぞ〉

 〈そうか。もうすぐそっちに着く。俺が合図したら仕掛けろ〉

 〈了解〉

 

荼毘は無線を切ると後ろを振り返る。二機のカブトムシの背後には空を飛びながら愉快そうにこちらを見下ろしている垣根の姿。垣根自身はまだ何もしていない。

 

 「ガキが・・・舐めやがって」

 「オイオイ、ケツ振って逃げ回ることしかできねぇのかお前ら。あんまり俺をガッカリさせんなよ」

 

垣根は荼毘達を挑発するように言葉を発する。荼毘は走りながら空中にいる垣根目掛けて炎を噴射するも、カブトムシが垣根の前に割って入り代わりに攻撃を受ける。

 

 「チッ!」

 「おーおー惜しい惜しい。もうちょっとだったな」

 

ニヤリと笑いながら相手を挑発する垣根。そしてカブトムシたちによる砲撃は激しさを増していき、遂に二人の真後ろに直撃する。

 

 「どわあああああああ!!!」

 「くっ・・・・・・・・!!」

 

爆発による衝撃を受けた荼毘とトゥワイスの体は前方へ飛ばされ、開けた場所に叩きつけられた。

 

 「いってぇぇぇ。気持ちいぃぃぃぃぃぃ」

 「ッ!どうにか着いたか・・・・」

 

ダメージは受けたが何とか立ち上がる荼毘達。二人がもう逃げる素振りを見せなくなったので垣根もゆっくりと地上に着地する。

 

 「何だ?鬼ごっこはもう終わりか?」

 「・・・ああ。終わりだよお前は。ノコノコとついて来やがって、バカが」

 「ほぉ~そうかよ。で?何を見せてくれるんだ?わざわざお前らに乗ってやったんだ、あんま退屈させんじゃねぇぞ」

 「安心しろ、そんな暇はねぇよ」

 

そう言いながら荼毘はゆっくりと右手を挙げ、指をパチンと鳴らした。

 

 (さあ、何が来る?)

 

垣根が周囲に気を張っていると、キィィィィン!という甲高い音が聞こえ始めた。その直後、垣根は異変に気付く。

 

 (なんだ、この音!?頭が・・・・・!!)

 

垣根は突然自身の頭に手を当て、顔を歪ませる。

 

 (演算が上手く出来ねぇ・・・!!)

 

謎の音で演算を阻害されたことにより垣根の背中の翼が消失し、二機のカブトムシもドロリと崩れ落ちてしまった。

 

 「ほぉ、マジで効いてやがる。アイツが言ってたことは本当だったみたいだな」

 「な、に・・・・・・?」

 「気になるか?まぁすぐに会えるさ。だから今はおとなしく捕まっとけ」

 「誰が・・・・!」

 

垣根は素早く距離を取り、考えを巡らせる。

 

 (どういうことだ?能力について知ってる奴が敵側にいるってことか?だとしたらなぜ?なぜ俺以外の学園都市の人間がこの世界にいる?・・・・いや、落ち着け。まずは目の前の敵に集中しろ。とりあえず、理屈は知らねぇがこの音のせいで演算に集中出来ないのは確かだ。まずはこの音の出元を探す。どこだ?どこから出てる?)

 「なぁ荼毘、なんでこの音聞いた途端アイツ個性使えなくなっちまったんだ?」

 「さあな。んなもんあの女に聞け。それよりトゥワイス、俺のコピーを作っとけ。念のためだ」

 「オーケーだ!やだね!」

 

荼毘が垣根に向かって歩を進める。垣根が歯ぎしりしながら後退していると、突如思わぬ声が聞こえた。

 

 「垣根君!!!」

 「!?」

 

振り返ると少し離れた場所に緑谷を始めとする生徒達がいることに気付く垣根。荼毘達も緑谷の声に反応しそちらを見た。

 

 「あれは・・・・・」

 「オイオイオイオイ!知ってるぜこのガキ共!誰だ!?」

 

緑谷を背負った障子達が垣根の下へ駆け寄ろうとするも、

 

 「来るんじゃねぇ!!」

 「「「!?」」」

 

垣根の怒鳴り声を聞き、思わず立ち止まる。

 

 「友達は巻き込めないってか?ハッ、泣けるねぇ。だがいい判断だ」

 「黙っとけクソボケ」

 

スッっと右手をかざし、荼毘が垣根に向けて炎を噴射しようとする。炎を喰らったら今の彼では一巻の終わり。荼毘の攻撃に神経を集中させる垣根だったが、不意に自身の背後に何かが降り立つのを察知した。

 

 「ごきげんよう、垣根帝督」

 「!?」

 

背後の男は反応が遅れた垣根の隙を突き、彼の肩にそっと手を触れる。すると垣根の体が一瞬にして消えてしまった。

 

 「「「なっ・・・・・・・!?」」」

 

緑谷達が驚いた様子で仮面の男を見る。男の掌にはビー玉のようなものが握られており、垣根は恐らくそれに変えられてしまったのだ。

 

 「回収完了だ」

 「よし、撤退だ。他の奴らにも知らせろ」

 「了解」

 

そして仮面の男は荼毘の言うとおり、他の敵達に連絡した。

 

 〈開闢行動隊、目標回収達成だ。短い間だったがこれにて幕引き!予定通り五分以内に回収地点へ向かえ!〉

 

無線で他の敵達に連絡し終えると仮面の男はこの場を去ろうとするも、巨大な氷塊が甲高い音を立てながらが彼に襲いかかる。

 

 「おっと・・・」

 「させねぇ!!」

 「舐めてんじゃねぇぞ三下がァ!!!」

 

氷塊を避けた仮面の男の下に続けて爆豪が爆破しながら迫る。しかし下から青白い炎が噴射され、爆豪の行く手を阻んだ。

 

 「クソが・・・・!」

 「ミスター、先に行け。コイツらは俺達が足止めする」

 「頼んだよ」

 

仮面の男は木を使って飛びながら去ってしまった。

 

 「ダメだ!逃げられる!かっちゃん!」

 「うっせェな!分かってんだよクソが!」

 

この中で唯一空を飛べる爆豪が最大火力で飛べば仮面の男に追いつける。しかし荼毘も爆豪の機動力を警戒してか執拗に炎で爆豪を狙い、その暇を与えない。

 

 「こんの・・・!」

 「行かせねぇよ爆豪勝己」

 

爆豪が荼毘に手を焼いている一方で轟はトゥワイスと対峙していた。

 

 「死柄木の殺せリストにあった顔だ!その地味ボロ君とお前!なかったけどな!」

 「くっ!」

 「熱ッ!?」

 

轟の氷結攻撃をメジャーのような武器を使って防いでいくトゥワイス。

 

 「やるな!楽勝だぜ!かかってこいよ!いい加減にしろって!」

 「何なんだコイツ・・・」

 

轟はトゥワイスの奇っ怪な言動に困惑しながらも緑谷達に伝える。

 

 「俺達でコイツらを引きつける!お前らはあの仮面を追え!」

 「・・・うん!皆、行こう!」

 

緑谷達はこの場を後にしようと森に入ろうとしたとき、青白い炎が彼らを襲う。そして驚くことに、木の陰から荼毘が姿を現した。

 

 「行かせねぇって言ったろ?卵共」

 「なんでここに!?爆豪が相手してるはずじゃ・・・・」

 「あっちで爆豪君と戦ってるはずの人と同じ人がここにもいるってことは・・・」

 「分身系の個性かしらね」

 

荼毘の分身と思われるモノが緑谷達の前に立ちはだかった。

 

 「垣根帝督を確実に捕らえるためにトゥワイスに作らせたが、作っといて良かったな」

 

横目で緑谷達の方を見ながら呟く荼毘。これで緑谷達は皆、完全に先に進めなくなってしまった。皆何とか突破しようと試みるも、足止めに徹した敵の牙城は崩せなかった。そして戦闘開始から五分後、突如黒いワープゲートと共に黒霧が姿を現した。

 

 「合図から五分経ちました。行きますよ荼毘」

 「ああ」

 

黒霧が発生させたワープゲートの中に荼毘とトゥワイスが入っていく。

 

 「待てえええええええ!」

 「待てやコラァァァァァ!!」

 

緑谷と爆豪は絶叫しながら荼毘達に迫るも、その姿は完全にこの場から消えてしまった。

 

 「ああああああああああああ!!!」

 

緑谷の絶叫は虚しく虚空にこだまする。

 

 

 

緑谷達はこの日、ヒーローを目指す者として敵達に完全敗北した。

 

 

 

 

 

 




今年はコレで最後ですかね。
皆さん良いお年を!


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四十五話

 「もう一度言うが、ヒーロー志望の垣根帝督君。俺の仲間にならないか?」

 「……」

 

 そこはとあるバーの室内。先日雄英高校ヒーロー科一年の林間合宿を襲った敵連合の面々と、彼らにさらわれた生徒である垣根帝督が対面していた。垣根は拘束具を身につけられながら椅子に固定されている。だが、まだ手は加えられていない。なぜなら彼らが垣根をさらった目的はただ一つ、垣根を懐柔することだったからだ。敵連合のリーダーである死柄木の問いかけに対し、無言のままでいる垣根。すると死柄木はふとテレビの電源をつける。そこには雄英の教師陣による記者会見が映し出されていた。今回の事件について記者人から鋭い質問攻めを受ける相澤達。それを見ながら死柄木はおちょくったように垣根に話しかける。

 

 「不思議なもんだよなぁ。なぜヒーローが責められてる?奴らは少し対応がずれてただけだ。守るのが仕事だから?誰にだってミスの一つや二つはある。『お前らは完璧でいろ』って?現代ヒーローは堅っ苦しいなぁ垣根君よ!」

 「守るという行為に対価が発生した時点でヒーローはヒーローでなくなった。これがステインのご教示」

 「人の命を金や自己顕示に変換する異様。それをルールでギチギチと守る社会。敗北者を励ますどころか責め立てる国民。俺達の戦いは"問い"。ヒーローとは、正義とは何か。この社会が本当に正しいのか一人一人に考えてもらう」

 「問い、か…」

 

死柄木の言葉を意味ありげに呟く垣根。一瞬の沈黙の後、今度は垣根がMr.コンプレス達に話しかける。

 

 「お前の質問に答える前に俺も一つ、その"問い"ってのをしていいか?」

 「…まぁ、答えられる範囲なら。何かな?」

 「お前らに力を貸したのは誰だ?」

 「「!?」」

 

垣根の問いに室内に緊張が走る。その空気を察した垣根は更に言葉を続ける。

 

 「あの現象…テメェらがあんなこと出来るはずがねぇ。あれは俺の能力、いや能力開発に精通した野郎にしか出来ねぇ芸当だ。つまり、お前達の仲間に俺側(・・)の人間がいる。そうだろ?」

 「……」

 「誰だ。答えろよ死柄木」

 「私ですよ」

 

突如室内に響き渡る無機質な女性の声がカウンターの奥にある黒い画面から発せられた。画面には「SOUND ONLY」の文字。皆が画面の方を見る中、垣根は怒気を宿した眼光で画面の方を睨み付ける。一言だけだったが、確かに垣根には聞き覚えのある声。その声を聞いた垣根は吐き捨てるように言い放った。

 

 「その声…やっぱりテメェか…!木原、病理!!」

 「お久しぶりです垣根帝督。いやー覚えててくれたみたいで何よりですー。忘れられてるんじゃないかってヒヤヒヤしてましたよ」

 「テメェみたいなイカレ女、忘れろって方が無理あんだよ」

 「イカレ女とは酷いですねー」

 

機械越しにて行われる垣根と木原のやりとり。どうやら二人は旧知の仲らしいということはコンプレス達にも分かった。だが。再会を喜び合う中では決してないのだということも同時に悟る。そして垣根が再び口を開く。

 

 「木原、テメェには色々聞きたいことがあるがまず一つ、なんでテメェがこの世界にいやがる?」

 「おや?いきなりですね。もっとこう、過去の思い出話に花を咲かせたりしても…」

 「うるせぇよクソ女。俺はテメェと楽しく雑談しゃれ込む気はねぇんだよ。さっさと質問に答えろ」

 「…はぁ、せっかちな人ですねぇ。死柄木、いいですか?」

 「ま、大切なゲストだしな。答えてやれ」

 「そうですか。ええっと、この世界に私が存在する理由でしたっけ?残念ながら分かりません、というのが回答ですね」

 「あ?分からないだと?」

 「ええ、むしろ私が教えて欲しいくらいですよー。私も気付いたらこの世界に飛ばされていましてね。原因についてあれこれ考えましたがどれもピンと来ないんですよねーこれが」

 

垣根は木原のどこか呑気そうな返答に苛立ちながらも思考し始める。木原一族。それは学園都市の闇の底に巣くうマッドサイエンティスト達の名だ。学園都市の『闇』には大抵何かしら彼らが絡んでいると見ていい。常人には想像も出来ないような実験や研究を日々行っている彼らなら何か知っているのではないか、あるいは直接関与している可能性があると垣根は考えたが病理曰く違うという。勿論病理が嘘を言っている可能性もあるが、もし嘘を言っていないとするとあの木原ですら説明できない現象が起こっていることになる。無言になった垣根を見ながらトゥワイスは荼毘にひっそり話しかける。

 

 「おい荼毘、あいつら何話してんだ?こっちの世界ってどういうことだよ?」

 「さぁな。俺に聞かれても分かんねーよ。お前があの女に聞いてこいよ」

 「ヤだよ!あの女なんかこえーし!」

 

トゥワイスが荼毘と話していると垣根が再び口を開いた。

 

 「じゃあ次の質問だ。何でテメェが敵連合にいんだよ」

 「ふーむ、何でと言われると難しいんですが、簡単にお答えしますと貴方の存在を体育祭で知ったのがきっかけですね」

 「あ?体育祭?」

 「ええ、テレビで大々的に放送していたアレですよー。いやー貴方の存在を知ったときは流石の私も驚きましたよ色んな意味で」

 「……」

 「それから貴方の周辺情報、主に雄英高校について調べていったのですがその時にここの方達の存在を知りましてね、何とか活動に加えさせてもらいました。貴方に会うために」

 「…あの不快な音もテメェの仕業か」

 「ええ。最近学園都市で能力者の能力を阻害する装置が密かに出回ってましてね、興味深かったのでちょっと調べてたんですよー。この世界に飛ばされる直前に。あれはこの前私が作り上げた装置によるものです。もっとも、私が"貴方用"にちょこちょこっと手を加えましたので従来のモノとは少し異なりますがね」

 「なるほどな。確かに俺の能力開発を担当したことのあるテメェなら不可能じゃねぇかもな」 

 「そういうことです」

 

垣根はようやく合点がいったと様子を見せると今度は木原が垣根に話しかける。

 

 「さぁ垣根帝督、次は貴方の番ですよ」

 「あ?」

 「あ?ではありませんよー全く。貴方が私たちの仲間になるかどうかということです」

 「あーそれね」

 「私としても貴方には敵連合に入っていただけると都合がいいのですがどうでしょう」

 「そうか。だが生憎俺はテメェがいるってだけで死んでも入りたくなくなったけどな」

 「そうつれないこと言わないでくださいよー。私はあなたの能力『未元物質』についてもっと研究したいんです。ね?いいでしょう?」

 「結局テメェの目的はそれかよクソ女」

 

木原病理の目的を知った垣根は呆れたようにため息をつきながら言い放つ。すると木原は今度は不思議そうに垣根に問いかけた。

 

 「というか、ずっと疑問だったのですがなぜ貴方が雄英高校などと言う場所にいるのですか?」

 「!」

 「だってそうでしょう?学園都市の闇の象徴である暗部組織、その一つである『スクール』のリーダーだった貴方がなぜ雄英高校という"表"の世界で活動しているのですか?」

 

垣根は口をつぐむ。木原の言うとおり垣根帝督は学園都市では暗部組織の人間だ。『スクール』のリーダーであり、学園都市の闇に長年触れ続けて来た男である。人には公言できないような事も過去には何度も経験し、表の世界からは一線を画していた垣根がなぜ今更雄英高校に居場所を見いだしているのかと木原は暗に問うているのだ。黙ったままでいる垣根に対し、木原は更に言葉を続ける。

 

 「あなたは明らかにこっち側の人間です。そんなことは自分でも分かっていますよね?ならばなぜ、あんな学生ごっこ(・・・・・)に興じているのですか?まさか…」

 「――――――今更戻れる、とでも考えているのですか?」

 「……」

 「考えてみればおかしな話です。今回の襲撃に関して、学園都市第二位の垣根帝督とあろう者がこうも簡単に捕まってしまうとは思ってもみませんでしたよ私は。私が敵連合に手を貸したことを差し引いてもです。ですが、なるほど。どうやらあなたはぬるま湯に浸っている間に牙が抜け落ちてしまったようだ。鈍りましたねぇ随分と。彼らに、雄英のお仲間さん達に感化でもされましたか。ならば私が教えてあげます。あなたの居場所は雄英()ではなく敵連合()です。"諦め"なさい垣根帝督」

 

機械越しの木原の声が室内に響く。垣根は黙ったまま、木原もこれ以上話すつもりはないらしく再び室内に静寂が訪れる。ずっと二人のやりとりを静観していた死柄木だがおもむろに口を開いた。

 

 「荼毘、拘束外せ」

 「は?暴れるだろコイツ」

 「いいんだよ。対等に扱わなきゃな。スカウトだもの。それにいざとなりゃ木原が作った装置がある。この状況で暴れて勝てるかどうか分からない男じゃないだろう?雄英生」

 「…トゥワイス、外せ」

 「はぁ?俺!?嫌だし!」

 「外せ」

 「もうヤだ~」

 「強引な手段だったのは謝るよ。けどな、悪事と言われる行為にいそしむただの暴徒じゃねぇってのを分かってくれ。君をさらったのはたまたまじゃねぇ。」

 「ここにいる者、事情は違えど人に、ルールに、ヒーローに縛られ苦しんだ。君ならそれを――――――」

 

ゴフッ!っと鈍い音が鳴り死柄木は話を中断する。それは拘束を解いたトゥワイスが垣根に蹴り飛ばされた音だった。垣根は首に手を当てながらコキコキと鳴らし、退屈そうに死柄木を見る。

 

 「あーもうそういうのいいよ。お前らの言い分は大体分かったから。その上で回答するが返事はノーだ。残念だったな」

 「ほう、それはなぜですか垣根帝督。まさか本当に淡い希望でも抱いているのですか?」

 「…別にそんなんじゃねぇよ。テメェに言われなくても自分が最低のクソ野郎だっつー自覚はあるし、今更戻れるとも思ってねぇ。雄英にいるのもヒーロー側の人間に拾われたからってだけだ。けどな、デカい貸し作ったまま裏切るなんて真似するほど墜ちてもいねーよ俺は」

 「……」

 「だが確かにテメェの言うとおり、俺はぬるま湯につかりすぎちまったのかもしれねぇな。お前に言われて目が覚めたよ。そこだけは感謝するぜ木原」

  「…」

 

こちらを静かに睨み付ける死柄木に対し、垣根は言葉を続ける

 

 「俺は俺の邪魔する奴は何があろうと容赦しない主義でね。こんな舐めた真似したお前らはここで潰す」

 「…そうか。君とはわかり合えると思っていたが…仕方ない。ヒーロー達も調査を進めると言っていた。悠長に説得してられない。はぁ、出来れば使いたくなかったのに残念だよ垣根帝督君」

 「……」

 

死柄木が起動スイッチを押そうとしたその時、突然室内にトントントンとドアをノックする音が聞こえ、死柄木の手が止まる。

 

 「ど~も~ピザーラ神野店です」

 

室内にいる全員の意識がドアに向く。一瞬の硬直。その直後、

 

 「SMASH!!!!!」

 

オールマイトの叫び声と共にバーの壁が吹き飛ばされた。

 

 「なんだァ!?」

 「黒霧!ゲート!」

 「先制必縛!ウルシ鎖牢!」

 

黒霧が個性を発動する前にシンリンカムイが個性によって敵連合全員の身柄を拘束する。

 

 「木ィ?んなもん――――――――――」

 「逸んなよ。大人しくしといた方が身のためだぜ」

 

荼毘がカムイの木を燃やそうとする前にグラントリノが速攻を仕掛け、荼毘を気絶させる。

 

 「流石は若手実力派だシンリンカムイ!そして目にもとまらぬ古豪グラントリノ!もう逃げられんぞ敵連合…なぜって?我々が来た!!!」

 

オールマイトは鋭い眼光で睨み付けながら敵連合に力強く言い放った。

 

 

 

 




木原病理のキャラよく分かんないので何か違ったらごめんなさい。垣根の能力開発やってたってのも違ったらオリ設定ってことで勘弁してください。


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四十六話

 

 「あの会見後に、まさかタイミング示し合わせて……!?」

 「うわぁぁぁ!」

 「木の人!引っ張んなってば!押せよ!」

 

敵達はシンリンカムイの木によって縛られ呻いていた。拘束をほどこうと身をよじっているが中々抜け出せそうにない。

 

 「攻勢時ほど守りが疎かになるものだ。ピザーラ神野店は俺達だけじゃない。外はあのエンデヴァーを始め、手練れのヒーローと警察が包囲している」

 

そう言いながらエッジショットを筆頭に警官達がドアからバーの室内に入ってきた。こうして敵包囲網が出来上がるとオールマイトは側にいた垣根に優しく声をかける。

 

 「怖かったろうによく耐えた!ごめんな……もう大丈夫だ少年!」

 「…ケッ」

 「こんのアホたれが!!!」

 「ブフォッ!!!」

 

突然後頭部に蹴りを入れられ、思わず呻く垣根。垣根は蹴られた後頭部に手を当てながら今垣根を蹴ったであろう人物を睨み付ける。

 

 「てんめぇ…!何しやがんだクソジジイィ!!マジで効いたぞ今の!」

 「そりゃこっちの台詞だこの馬鹿モン!敵連合なんぞに捕まりおって!おかげでこんな大がかりな突入作戦をやる羽目になったんだぞ!」

 「チッ……んなことテメェに言われなくても分かってるようるせぇな」

 「な、何だその態度は!?お前本当に自分のしでかしたこと理解しとるんだろうな!?」

 「しつけーなァ!分かってるっつってんだろ!」

 「ま、まあまあ二人とも落ち着いて」

 

グラントリノと垣根が言い争っているのをオールマイトが横からそっとなだめる。相変わらずグラントリノはスパルタだなぁなどとオールマイトが心の中で思っていると、木に縛られている死柄木がオールマイト達を睨みながらボソッと呟いた。

 

 「せっかく色々こねくり回したのに何そっちから来てくれてんだよラスボス!……仕方ない、俺達だけじゃない?そりゃこっちもだ。黒霧!持ってこれるだけ持って来い!!」

 「脳無だな!」

 

オールマイト達はすぐさま目の前の死柄木に意識を戻し警戒態勢を取る。しかし室内には何の変化も起こらない。

 

 「どうした黒霧!?」

 「すみません死柄木弔、所定の位置にあるはずの脳無が………ない!?」

 「は?」

 

黒霧の報告に困惑する死柄木。すると今度はオールマイトが垣根の肩に手を乗せながらゆっくりと話しはじめた。

 

 「やはり君はまだまだ青二才だ死柄木」

 「あァ!?」

 「敵連合よ、君らは舐めすぎだ。少年の魂を、警察のたゆまぬ捜査を、そして…我々の怒りを!!!おいたが過ぎたな。ここで終わりだ死柄木弔!」

 「「!?」」

 

そこにはNo.1ヒーロー、平和の象徴と謳われるオールマイトが自分達敵連合を鋭い眼光で睨めつけながら仁王立ちしている姿があった。その圧倒的存在感、威圧感に誰もがすくむ。

 

 「いィ!?オールマイト!?これがステインの求めたヒーロー!!」

 「終わりだと?ふざけるな…始まったばかりだ。正義だの平和だの、あやふやなモンで蓋されたこの掃きだめをぶっ壊す!その為にオールマイトを取り除く!仲間も集まり始めた…ふざけるな!ここからなんだよ…!黒霧!」

 「うっ…」

 「なっ!?」

 「キャア!やだぁもう!見えなかったわ!」なに?殺したの!?」

 「中を少々いじり気絶させた。死にはしない」

 

その技で黒霧を一瞬で気絶させたエッジショットが糸状から元の形に戻りながら答える。

 

 「忍法千枚通し。この男は最も厄介……眠っててもらう」

 「さっき言ったろう。大人しくしといた方が身のためだって。引石健磁。迫圧紘。伊口秀一。渡我被身子。分倍河原仁。少ない情報と時間の中、おまわりさんが夜なべして素性を突き止めたそうだ。分かるかね?もう逃げ場はねぇってことよ」

 「「…………」」

 「なぁ死柄木、聞きてぇんだがお前さんのボスはどこにいる?」

 

グラントリノは死柄木に尋ねる。一方死柄木は呆然と目の前の光景を見渡しながらある記憶を思い起こす。死柄木達のボス。その人物との出会い。自分に手を差し伸べてくれたあの人の姿を。

 

 (こんな…こんな、呆気なく…ふざけるな……ふざけるな!)

 「奴は今どこにいる?」

 「失せろ…!消えろ…!」

 「死柄木ィ!!」

 「お前が!嫌いだぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

室内に響き渡る死柄木の絶叫。その直後、

 

 バシュウゥゥ!!

 

水のような音と共に、突然死柄木の両隣の空間から黒いナニカが出現する。そしてその黒い断面から覗いて見えるのは、

 

 「脳無!?何も無いところから!?何だあれは!?」

 「エッジショット!黒霧は!?」

 「気絶してる!コイツの仕業ではないぞ!」

 「どんどん出てくるぞ!」

 

突然出現した黒いナニカは部屋中に現れる程数を増し、それぞれから脳無が出てきている。

 

 「シンリンカムイ!絶対に放すんじゃないぞ!」

 「は!」

 

オールマイトが急いでシンリンカムイに指示を出す。すると、

 

 「ごはっ……!?口の中か………ら!!」

 

垣根の口の中からも黒いナニカが吐き出されるように現れた。

 

 「!?垣根少年!」

 

慌てて垣根を助け出そうとしたオールマイトだが黒いナニカはあっという間に垣根を飲み込み、その場から消えてしまった。

 

 「NOOOOOOOOOOOOOO!!!」

 「帝督!!」

 「エンデヴァー!応援を………はっ!?」

 

慟哭するオールマイト。事態を見たシンリンカムイが外の部隊に増援を求めようとしたが外の様子を見て口をつぐむ。外も既に黒いナニカから出現した何体もの脳無で溢れかえっており、エンデヴァー達は交戦を強いられていた。一方、グラントリノとオールマイトは脳無を撃退しながら状況把握を行っていた。

 

 「俊典!こいつは…」

 「ワープなど持ってはいなかったはず……対応も早すぎる!まさか…この流れを……」

 「先生………」

 

状況が渾沌としていく中、死柄木は宙を見つめながらひとりでに呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ゲホッゲホッ……!何だこりゃ…………空間転移(テレポート)か?」

 

 黒いナニカによってバーから別の場所へ飛ばされた垣根は嘔吐きながら辺りを見渡す。垣根は廃墟のような場所にいた。辺りは崩れた建物ばかりで退廃した空気が漂っている。そして垣根の目の前にはおそらく垣根をここに連れてきたであろう人物が立っていた。スーツ姿で顔には厳ついマスクを装着しているその人物からは不気味な雰囲気が漂っていた。

 

 「悪いね垣根君」

 「…誰だテメェは」

 

口元を拭いながら目の前の人物を睨み付ける垣根だったがその直後、いくつもの黒いナニカが垣根達の周りに出現した。その黒いナニカから出てきたのは垣根と同じくバーにいた敵達である。彼らも黒いナニカによってここまで飛ばされてきたのである。そして敵達もこの状況には困惑している様子だった。

 

 「うえぇぇぇ……」

 「何なんですか…」

 「何かクッセー!いい匂い!」

 「先生………」

 「また失敗したね弔。でも決してめげてはいけないよ。またやり直せばいい。こうして仲間も取り返した。この子もね。君が大切な駒だと考え、判断したからだ。いくらでもやり直せ。その為に僕がいるんだよ。全ては君のためにある」

 

そう言いながらマスクの男、死柄木が先生と呼ぶ男はゆっくりと死柄木に歩み寄り手を差し伸べた。その場に数秒の静寂が訪れる。そしてその静寂を破ったのはまたしてもマスク男だった。

 

 「やはり、来てるな」

 

ひとりでにそう呟いた直後、彼方からナニカがマスク男目掛けて飛来し、二者がその場で激突した。

 

 「全てを返してもらうぞ!オールフォーワン!!!」

 「また僕を殺すか?オールマイト!!!」

 

 ドゴォォォォォォォォォン!!!!

 

凄まじい衝撃が辺り一帯を襲い、瓦礫やその場にいた者達がその風圧によって吹き飛ばされる。垣根はとっさに自分の体の正面に壁を作り、風圧を防ぎながら激突地をじっと見据える。視線の先では先ほどまで一緒にいたオールマイトの姿とオールフォーワンと呼ばれるマスクの男が対峙していた。

 

 「随分と遅かったじゃないか。バーからここまで5㎞余り。僕が脳無を送り優に30秒は経過しての到着…衰えたねオールマイト」

 「貴様こそ何だその工業地帯のようなマスクは。大分無理してるんじゃないのか?」

 (オールマイトのパワーと互角……それに死柄木のあの台詞…アイツが親玉で間違いなさそうだな)

 

垣根はオールフォーワンについて憶測を立てながら再び周囲に目を配る。するとオールマイトが更に続けた。

 

 「六年前と同じ過ちは犯さん。オールフォーワン!垣根少年を取り返す。そして貴様を今度こそ刑務所にぶち込む!貴様の操る敵連合もろとも!!」

 「それはやることが多くて大変だな。お互いに」

 

オールマイトが雄叫びと共に砲弾のごとくその身を発射させ、一瞬でオールフォーワンとの間合いを詰める。それに対しオールフォーワンはゆっくりと片手を前に突き出し、大規模な衝撃波をオールマイト目掛けて発射した。衝撃波をもろに受けたオールマイトは倒壊していたビル群を突き破りながら勢いよく後方へ吹き飛ばされた。

 

 「『空気を押し出す』+『筋骨バネ化』、『瞬発力×4』、『膂力増強×3』。この組み合わせは楽しいなぁ。増強系をもう少し足すか……」

 

自身の腕を見ながら何やらブツブツ呟くオールフォーワン。すると、

 

 「おいマスク野郎」

 

垣根がオールフォーワンに声をかける。

 

 「心配しなくてもオールマイトはあの程度では死なないよ」

 「んなこと聞いてねぇよ。木原はどこだ?」

 「ここですよ垣根帝督」

 

垣根の問いに答えたのは無機質な女の声。垣根は忌々しそうに声のした方へ振り向くと、車椅子に乗った一人の女がいた。栗毛色の髪にパジャマ服が特徴的であり、一見おしとやかで可憐な女性に見えるがその漆黒に染まった瞳が一気に不気味さを引き立てていく。垣根の前に現れた木原は微笑みを浮かべながら垣根に話しかける。

 

 「改めまして、お久しぶりです」

 「……相変わらずブチ殺したくなるような面してんなァ、テメェは」

 

久方ぶりに再会した女性に垣根は辛辣な言葉をぶつける。垣根から純度100%の殺気をぶつけられているというのに木原病理はその顔に笑みを浮かべたままだ。まるで久しぶりに会った旧友と話をするかのように、木原は穏やかな口調で話しかける。

 

 「そんな怖い顔しないでください垣根帝督。再会の挨拶くらい―――――――――」

 

しかし、木原がセリフを言い終える前に垣根の足下から二本の鋭い槍が木原目掛けて放たれ、ズガンッッ!!と音を立てながら木原に直撃した。垣根は依然険しい顔のまま木原の方を注視していたが、

 

 「まったく、レディの話の途中に攻撃とはマナーがなってませんね。せっかちな男は嫌われるらしいですよ?」

 

垣根の神経を逆なでするようなフワリとした声が聞こえてくる。土煙が晴れると、垣根が生み出した槍を車椅子から伸びた盾のような物で防いでいる木原の姿があった。

 

 「防いだか…」

 「先ほども言いましたよね?あなたの能力開発に携わったのは私です。未元物質の強度も把握済みですよ」

 「ほぉ、おもしれぇ。潰し甲斐があるじゃねぇか木原君よ」

 

木原の言葉に更に闘志を燃やす垣根であったが、それまで静観していたオールフォーワンが木原に声をかける。

 

 「再会を喜び合っているところ悪いが木原、今はここを離れることを優先してもらいたいんだ。その子を連れて」

 「ええ、分かっていますよオールフォーワン」

 「黒霧、皆を逃がすんだ」

 

オールフォーワンはそう言いながら五指の先から赤黒い線状のモノを伸ばし、気絶している黒霧の体に刺した。それを見ていたマグネは慌てたようにオールフォーワンに抗議する。

 

 「ちょ……アナタ!彼やられて気絶してんのよ!?よく分かんないけどワープを使えるならアナタが逃がしてちょうだいよ!」

 「僕のはまだ出来たてでねマグネ。転送距離はひどく短い上に彼の座標移動と違い、僕の元へ持ってくるか僕の元から送り出すことしか出来ないんだ。ついでに送り先は人、馴染み深い人物でないと機能しない。だから黒霧にやってもらう」

 

オールフォーワンがマグネに返答した直後、黒霧の体の真上にワープゲートが出現した。

 

 「個性強制発動!さぁ行け!」

 「先生は………」

 

そう死柄木が呟いた直後、遠方でボォォォォン!!と爆発音のような音がし、皆がその音の方向を見る。そこには先ほど吹っ飛ばされたオールマイトが凄いスピードでオールフォーワン目掛けて向かってくる姿が見て取れた。オールフォーワンはゆっくりと浮遊を開始しながら死柄木に言葉をかける。

 

 「常に考えろ弔。君はまだまだ成長できるんだ」

 「逃がさん!!!」

 

そして再びオールフォーワンとオールマイトが激突した。

 

 「先生………」

 「行こう死柄木!あのパイプ仮面がオールマイトを食い止めてくれてる間に!駒持ってよ!」

 

未だにオールフォーワンの方を見つめている死柄木に、コンプレスが気絶している荼毘をビー玉に変化させながら言った。そしてコンプレス・トガ・トゥワイス・スピナー・マグネが垣根と相対する。垣根は目の前に立ちはだかる敵連合の面々を一瞥しながら言い放った。

 

 「退けコラ。俺が殺してぇのはそこのクソ女だけだ。お前ら雑魚共に興味はねぇんだよ」

 「お前に興味は無くても俺達はお前に興味津々でね。コイツをヤりたきゃ俺達を倒してからにするんだな。…………木原、例のヤツを」

 「はい」

 

木原はコンプレスの指示に返事をすると、車椅子の仕掛けを起動させ、駆動音を鳴らしながら背面からスピーカーのようなモノを出現させる。そして林間合宿の時と同様、キーン!という甲高い音を響かせた。

 

 「これでお前は個性が使えなくなった」

 

トガ・トゥワイス・スピナー・マグネはゆっくりと垣根を囲むように移動し、包囲網を整える。そして、

 

 「やれ!」

 

コンプレスの合図と共に5人が一斉に垣根に飛びかかる。そして、敵達と垣根の距離がほぼゼロになるであろう瞬間、

 

 「はぁ…………」

 

垣根は大きくため息をつき、その直後眼をカッ!と見開いた。

 

 ドゴォォォォォォォォォン!!!!

 

轟音を響かせながら垣根のいた場所に大爆発が起こる。垣根に攻撃を仕掛けた敵達は爆発に巻き込まれ、その体は四方八方へと吹き飛ばされた。爆煙の中、垣根は歩きながらゆっくりとその姿を見せる。

 

 「俺は外道だが一般人や格下を見逃すくらいの良心は持ってる。だがな、俺の邪魔するヤツは誰だろうと容赦はしない」

 「うぅ…バカな……!?」

 「どうして……個性が…………」

 「…………」

 

吹き飛ばされた敵連合はうめき声を上げながら地面に横たわっていた。木原はその場でスッと眼を細めながら黙って垣根を見つめる。

 

 「同じ技が俺に通用するかよ。木原が元の機械(おもちゃ)をどう弄って俺の自動防御を突破したのか知らねぇよ。自動防御つったって万能じゃねぇし、恐らく過去の実験データから穴でも見つけたんだろ。だがそれは未元物質自体を攻略したわけじゃない。あくまで防御演算式の穴を見つけただけ。つまり、未元物質自体は依然通用する」

 「………」

 「じゃあ……どうやって防いだのよ……」

 「音ってのは空気を伝わるもんだろ?だから、大気中に未元物質をバラ捲いといたんだよ。未元物質と触れ合った音波は全く別の異物に変質する」

 「なっ………!?」

 「俺の未元物質はこの世のどんなモノにも影響しうる。音さえもその例外じゃねぇ。ま、お前らには分かんねぇよ。なぁ?木原」

 「フッ、やはりそう上手くはいきませんか。予想より対策されるのが速かったですが、まぁいいでしょう。こんなもので超能力者(レベル5)が攻略されたとあってはそれはそれで興ざめですしね」

 「何だよ、負け惜しみか?いいぜ。いくらでも言えよ今のうちに。どのみちお前はここで死んじまうんだからよ」

 「そうなるといいですね」

 

そう言いながら木原は手元のボタンを押す。すると車椅子がガチャッガチャッ!と音を立てながらその姿を変形させていった。車椅子の足が蜘蛛の足のように複数に分かれ、多脚ユニットが構成される。車椅子の背面やアーム部分からはいくつもの重火器がその姿を現した。一方の垣根も轟ッ!という派手な音と共に純白の翼を出現させる。両者は睨み合い、沈黙がその場を支配する。そして、

 

 「木ィィィィィィィィィィ原ァァァァァァァァァァァ!!!」

 「それでは、アナタを『諦め』させるとしましょう」

 

垣根は怒号をあげながら、木原は冷徹な声音で呟きながら、両者は激突した。

 

 

 

 




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四十七話

 

 「おい・・・どうするよ、これ」

 

 神野区のとある廃墟では今、二つの戦いが繰り広げられていた。一つはオールマイトと敵の大将であろうオールフォーワンとの戦い。もう一つは雄英生徒の垣根帝督と敵側であろう車椅子に座っている謎の女性。その光景をすぐ側の建物の残骸に身を隠しながら観ていた切島はボソリと呟いた。同じくその場には他五人の生徒がいたが、誰も切島の言葉には返答しなかった。他五人とは、緑谷・飯田・八百万・轟・そして爆豪である。彼ら六人がこの場にいる理由は、垣根を助けに来たからである。切島と轟がこの作戦をクラスメイトに立案し、賛同を得られたのがこのメンバーだった。もっとも、飯田はこの作戦には強く反対していたのだが、緑谷達の監視役という名目で同行することとなり、八百万もその役を担っている。緑谷にとって意外だったことは爆豪が一緒に来たことだった。A組生徒なら垣根と爆豪の犬猿の仲を知らぬ者はいないというくらい、この二人の相性は最悪だった。そんな爆豪が今作戦に参加すると知れば驚くのも無理はない。彼にも何か思うところはあったのだろうか。しかし、緑谷をはじめ、他のメンバーも特には追求せず作戦決行に至った。そんな訳で今に至る緑谷達である。緑谷達の目的は垣根の救出。しかし、その垣根はと言えば車椅子の女性と交戦を始めてしまった。二人の様子を見る限り、何やら因縁めいた関係であるらしいが、詳細については分からない。そんな中、切島が言葉を続ける。

 

 「垣根の奴、敵と戦い始めやがった・・・これじゃ救出なんて出来ねぇぞ・・・」

 「垣根さん・・・」

 「今敵側で戦闘可能な奴はマスク野郎と車椅子野郎、それに死柄木の三人。マスク野郎はオールマイトが相手してるっつーことを考えりゃ実質二人。俺らが加勢すりゃ十分勝機はあるなァ・・・」

 「駄目だ爆豪君!忘れたのか!?戦闘皆無での救出!それがこの作戦の条件だったはずだ!」

 「ならどうすんだァ!?このまま黙って見てろってのか!?あァ!?」

 「ッ!?それは・・・」

 「・・・助けようにもこれじゃ手が出せねぇな」

 「・・・うん。でも、オールマイトにとっても最優先目標は垣根君保護のはず。とすれば、垣根君をここから逃がすよう動くと思うんだけど・・・」

 

緑谷の予想通り、オールマイトはオールフォーワンと交戦しながらここから離脱するよう垣根に伝えていた。

 

 「垣根少年!今すぐここから逃げるんだ!戦闘可能な敵の数が少ない今なら・・・クッ!?」

 「戦闘中によそ見とは随分と余裕だねぇオールマイト」

 

オールマイトが最後まで言い終わらないうちにオールフォーワンの攻撃がオールマイトに直撃する。一方の垣根は、

 

 「逃げる?オイオイ冗談よせよオールマイト。木原病理(コイツ)を直接()れる絶好のチャンスだぜ?こんな美味しいチャンス、逃すわけねぇだろうが、よッ!!!」

 

と、空中でオールマイトに返答しながら純白の翼を木原に叩きつける。しかし放たれた翼が木原を捉えることはなく、標的を見失った翼はコンクリートの地面を深々と削りとる。車椅子から伸びている多脚ユニットが素早く動き、垣根の攻撃を躱したのだ。垣根は休むことなく攻撃を仕掛けるも、多脚ユニットによって普通の車椅子では絶対にあり得ない動きを見せながら悉く躱していく木原。

 

 「チッ!ちょこまかと・・・」

 

木原の素早い動きに苛つきを見せる垣根。すると木原は多脚ユニットと同様、車椅子に装備された重火器、具体的には軽機関銃と大口径散弾銃をセットし、垣根に標準を合わせる。二つの重火器の側面には『Made_in_KIHARA』という悪魔の文字列。そして、

 

ドドドドドドドドドドッッッッッッ!!!!!

 

爆音を響かせながら銃を発射した。すかさず翼で身を守る垣根。木原の銃撃を受ける垣根であったがふとあることに気付く。

 

 (削れてやがる・・・!)

 

垣根の翼を弾丸の嵐は少しずつではあるが、確実に翼の表面を削り取っていたのだ。

 

 (どうやら、未元物質の強度も織り込み済みってのはあながち嘘でもないらしいな・・・)

 

垣根は心の中で呟くと、今度は翼の羽の何枚かを槍の形に変形させ、一斉に木原に放った。垣根の槍を視認した木原は手元のボタンをポチッと押す。すると木原の車椅子が天高く、勢いよく跳躍し、本体ごと垣根に襲いかかった。

 

 「うおっ!?」

 

慌てて回避した垣根は一旦地面に着地する。標的を見失った木原も重力のなすがまま落下し、ガシャンッ!と大きな音を立てながら地面に着地した。

 

 「・・・蜘蛛みてぇにちょこちょこ動き回るわ、いきなりジャンプするわ、銃器出してくるわ、普通の車椅子がしていい動きじゃねぇなそれ。流石は木原製。イカレてやがる」

 「お褒めに預かり光栄ですー」

 「褒めてねぇよクソ女」

 「クソ女とは酷いですねぇ・・・ところで、良いのですか?私と戦っていても。No.1ヒーローさんの言うとおり、逃げた方が良いのでは?」

 「逃がす気もねぇくせによく言うぜ」

 「まぁそれもそうなんですけどねー。でもそうなると、あのヒーローさんは大変そうですねー」

 「あ?」

 「だってあれ、明らかに力をセーブしながら戦ってますよね。アナタを気遣ってのことなのかは知りませんけど」

 

木原の言葉を聞いた垣根はオールマイトの方を見る。言われてみれば確かにいつもほど威力が出ていない。どこか窮屈そうに戦っているようにも見える。しかしなるほど、それが自分への気遣い故だとすれば筋が通るし理解も出来るが、それは同時に垣根をイラつかせる要因ともなった。これは、オールマイトにとって今の垣根が足枷になっているということだからだ。常に強者側であった垣根にとって、それは屈辱的なことだった。垣根はその場で大きく舌打ちをしながら悪態をつく。

 

 「チッ、余計なことしやがってあの筋肉ダルマ・・・なら、教えてやるよ。俺に気遣いなんて無用だって事をな」

 

そして垣根は片膝をつきながら地面に手を当てる。数秒の沈黙の後、ゴゴゴゴゴゴッッッ!!と突然地鳴りのような音が辺り一面に鳴り響く。そしてオールマイト側と垣根側を隔てるかのように、未元物質で出来た巨大な壁が出現した。壁は境界線のような役割を担い、その範囲は数㎞先まで及び、高さはおよそ十メートル程。巨大な壁が突如出現したことで、オールマイトとオールフォーワンも流石に手を止め、壁の方へ目を向けた。

 

 「これは・・・垣根少年の仕業か・・・?」

 「ほぅ・・・これは中々・・・」

 「・・・ハッ!垣根少年!今すぐここから逃げるんだ!」

 「・・・って言ってますけど?」

 「うるせぇよ。これで戦いに集中出来るってもんだ。そろそろ潰される覚悟は出来たかよ?」

 「それはまだ出来ていませんが・・・そうですね、今度はこちらから行かせて頂きましょう」

 

木原は不気味に笑いながら言うと、車椅子の背面が突如開く。そして複数のナニカが勢いよく上空へ発射され、ある程度の高さまで上がったそれらは突如急降下し垣根に襲いかかった。

 

 「あれは・・・ミサイルか!?」

 

何か嫌な予感がした垣根は翼を広げ上空へ逃れる。しかしミサイルは軌道を変え、上空の垣根目掛けて再度襲いかかる。ミサイルが追尾してくることを確認した垣根は背中の翼をはためかせ、空を駆け回り、垣根とミサイルの空中レースが開始した。逃げても逃げても追ってくるミサイルのしつこさに舌打ちをする垣根。

 

 (撃ち落とすか)

 

迫り来るミサイルを迎撃しようと体勢を整えようとしたがその時、視界の隅に人らしきものを捉えた垣根。しかも一人ではなく、おそらく五人ほど。あまりに一瞬だったため、得られた情報は少なかったが、その中のある情報が垣根を混乱させる。それは髪色。複数人の内の一人の髪色が白と赤色の二つの分かれていたのだ。そんな特徴的な髪色をしている人物を垣根は一人しか知らない。それは同じクラスの轟焦凍。もしあれが轟だとすれば他の人物達もA組のクラスメイトの可能性が高い。では一体なぜ?なぜクラスメイトがこんな場所にいるのだろうか。思考によって割かれた一瞬の時間が垣根の準備を遅らせる。ハッと意識を戻した垣根の目の前には迫り来るミサイルの姿があった。

 

 「しまっ・・・・!?」

 

ボォォォォォォォォォォォォォン!!!!

 

ミサイルが垣根に直撃し、空中で大爆発が起きる。爆煙の中、白い塊が落下していき、土埃を舞わせながら地面に落ちた。

 

 「意外と当たるものですねー。では行きますか」

 

垣根が地上に落下したことを確認すると、落下地点に向けて車椅子を動かした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドサァァァ!!!

 

 緑谷達が背にしている壁のすぐ裏側に、ミサイルで撃たれた垣根が落下する。

 

 「か、垣根君!!」

 「大丈夫か垣根!」

 

緑谷と切島が壁越しに不安そうに声をかける。しばらくすると垣根は立ち上がり、翼を目一杯広げた。緑谷が再度声をかけようとしたが、垣根がそれを制す。

 

 「騒ぐな。黙ってろ。奴にバレる」

 「!?」

 

有無を言わせない垣根の口調に思わず黙りこくる緑谷達。垣根は前方に目をやる。少し遠くから木原が車椅子を動かし、こちらに向かってくるのが見える。このままこちらにきてしまったら緑谷達の存在がバレかねない。そう考えた垣根は演算を開始し、未元物質で目的のモノを形成していく。数秒後、垣根の前に現れたのは二体のカブトムシ型兵器だった。いずれも全長五~十メートル程で、角の先端はくりぬかれ砲身となっている。垣根はカブトムシ型兵器を生み出すと、

 

 「行け」

 

一言そう命じた。途端に二体の兵器は翅をはばたかせながら木原へと向かっていった。木原もカブトムシの存在を視認すると再び戦闘を開始した。そして垣根は木原から目をそらさずにまっすぐ立ちながら、口元をほとんど動かさずに緑谷達に話しかける。

 

 「で?なんでお前らがここにいる?」

 「何でって、助けにきたんだよお前を!」

 「は?なんだそりゃ。んなもん頼んだ覚えはねぇぞ」

 「頼むとか頼まねぇとか関係ねぇよ!ダチが攫われたんだ、助けに行くのは当たり前だろ!」

 「は、相変わらず甘いなお前ら。反吐が出るくらいによ・・・・・さっさと帰れ。戦いの邪魔だ」

 「そんな・・・!皆キミのことを想い、危険を冒してまでここに来たんだぞ!そんな言い方はあんまりじゃないか!」

 「だから頼んでねぇっつってんだろ。それに今回の騒動は俺のミスだ。自分のケツは自分で拭くさ。お前らには関係ねぇ」

 「関係あるよ!友達だもん」

 「垣根さん!私たちと共にここから脱出しましょう」

 「それは無理だ」

 

木原に怪しまれないよう、垣根は木原の動きを目で追いながら緑谷達と会話する。木原は二体のカブトムシと交戦中で、垣根には近づけていない。今のところ木原はカブトムシ兵器と戦うことに意識が削がれているため問題ないが、それも時間が経てば垣根が全く動かないことに違和感を覚えるだろう。このスタンスもそう長くは続かないと見ていい。すると飯田が先ほどの垣根の言葉に対し疑問を投げかける。

 

 「どうしてだ!?オールマイトは君を保護するために懸命に戦っているんだぞ!なら君は一刻も早くここから逃げるべきだろう!?」

 「その理屈は確かに正しいが、それを押しのけてでも俺には倒さなきゃならねぇ奴が目の前にいるんだよ」

 「あの女か・・・」

 「あの敵は一体・・・?」

 「今話してる時間はねぇ。とにかく俺は今手が放せねぇんだよ。分かったらとっとと帰れ」

 「待ってよ垣根君!オールマイトがここに到着したってことはきっと他のプロヒーロー達もここへ向かっているはず。だから後のことはプロに任せれば・・・」

 「他のプロに任せる?じゃあそいつらはいつ来るんだ?それまでにコイツらがここから逃げないでいる保証はどこにある?

 「そ、それは・・・」

 「ほらな?不確定要素が多すぎる。それに仮にプロが来たとして、あの女を捕らえられるとも思えねぇ。だから俺がやるんだよ」

 「・・・今回の作戦にはベスト・ジーニストやギャングオルカ程のヒーローも出張ってきてる。なら、他にも大物ヒーローが絡んでると見ていい。あの敵がどれほど強いかは知らねぇが、増援が来れば捕らえることも可能だと思うぜ」

 「どれだけ大物が来たって変わらねぇよ。お前らは木原病理(あの女)を、いや、木原一族(アイツら)の事を知らない。死柄木よりも、敵連合よりもよっぽど厄介な脅威。もしここで逃がしたら、この先間違いなくデカい脅威となって俺達の前に立ち塞がる。そういう存在なんだよ、アレは」

 「・・・ッ!それでも!君が今戦闘を行っていい理由にはならないだろう垣根君!僕たち資格未取得者は保護管理者の指示無く個性を使って危害を加えることは許されない・・・!それが規則なんだ!」

 

飯田が必死に垣根に訴えかける。保須での事件を経た飯田だからこそ、自分達が学校外で個性を戦いに行使することへの危機感を何より感じており、同じ過ちを犯そうとしている垣根を止めようとしているのだ。

 

 「クラス委員長として、僕には今の君を止める義務が――――――――――」

 「しつけぇなァ・・・」

 「「「!?」」」

 「あと何秒テメェらに時間割けばいいんだ?」

 

今までの口調とは明確に違い、怒気の籠もった低いトーンで言葉を放つ垣根。壁越しで顔は見えていないが、その冷徹な声のトーンだけで分かる垣根の苛立ちが伝わってきた。垣根の冷徹さは彼が敵と対峙している時にちょくちょく目にしてきたが、その冷徹さが今自分達に向けられていることを知る。背中に冷や汗が流れ、言葉を発することが出来ない緑谷達に垣根は言葉を続ける。

 

 「規則違反なんざ知ったことか。退学でも何でも好きにすりゃいい。アイツをここで()るためなら仕方ねぇ」

 

事情がどうであれ、資格未取得者が敵と交戦し、かつその敵を殺めてしまったとなっては流石に未処分という訳には行かないだろう。最悪、退学になってもおかしくはない。だが、垣根はそんなことはどうでもいいと一蹴し、会話を切り上げようとする。そして木原との戦闘を再開しようと歩き出した途端、爆豪の声がした。

 

 「待てよメルヘン野郎」

 「・・・まだ何かあんのか。いい加減マジでキレるぞ」

 

呆れと苛立ちが入り交じり、心底うっとうしそうに答える垣根。爆豪は続ける。

 

 「テメェが規則違反でどうなろうが知ったこっちゃねぇがな、このまま勝ち逃げってのは許さねェ」

 「はぁ?」

 「テメェはいつか必ず俺が超える!その前にテメェが蒸発したらこっちが困ンだよ!だからここは黙って俺らの話に乗れや!」

 「・・・何言ってんだお前。話にならねぇな」

 「っるせェ!大体、あの敵がどんだけ脅威だろうと関係ねェンだよ!!俺らがそれ以上強くなりゃいい!ビビってんじゃねェぞメルヘン野郎」

 「・・・ムカついた。誰がビビってるって?」

 「お、おい!二人とも落ち着けって!今は喧嘩してる場合じゃねぇだろ!」

 「「・・・」」

 「・・・垣根君、僕もかっちゃんと同じ意見だ。この先も垣根君や皆と一緒に学校生活を送っていきたい・・・君と一緒に雄英に帰りたいんだ!だからどうか今はその矛を収めて欲しい」

 「ええ。私も同意見ですわ」

 「あぁ、僕もだ」

 「勿論俺らもだよな?轟?」

 「・・・ああ、まぁな」

 「ケッ!」

 「それで、その為の作戦も考えた。垣根君、君に聞いて欲しい」

 「・・・・・・・・・」

 

垣根の沈黙を肯定と捉えた緑谷は考え出した作戦をこの場全員に伝える。緑谷が伝え終わると、垣根は黙って木原の元へ歩いて行った。

 

 「何も反応がなかったが、大丈夫だろうか・・・?」

 「きっと大丈夫だぜ飯田!アイツはやるときゃやる男だ」

 「ええ!垣根さんを信じましょう

 「・・・ああ、そうだな」

 「よし、僕らは準備に取りかかろう」

 

緑谷は作戦決行のため、準備に取りかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おや?見物は終わりですか?中々おもしろい玩具(おもちゃ)でしたので、もう少し遊んでいても良かったのですが」

 「ああ。そろそろ退屈してきたところだし俺も参戦しようかと思ってな」

 「そうですか。私はてっきり先ほどのダメージ故、休息でもしていたのかと思っていましたが」

 「抜かせ。ちゃんと防御はしたさ。まぁ衝撃を完全に殺すことは出来なかったが、大したダメージじゃねぇ」

 「それにしては随分と長い見物でしたねー」

 「いや何、テメェのその蜘蛛みてぇな気色悪ぃ動きを分析しようと思ってな。ちょろちょろ動き回りやがってウザかったからよ」

 「ほぅ・・・ちゃんとその成果が出るといいですねー」

 

 垣根は木原と軽口をたたき合いながら頭の中では別のこと考えていた。

 

 (くだらねぇ・・・どう考えても俺がこの場でコイツを殺すことが最適解。相澤風に言う、『合理的』ってやつだ。規則違反なんざ関係ねぇ。それをアイツら、薄ら寒い綺麗事をペラペラペラペラと・・・反吐が出る)

 

一方、木原は新たな重火器を起動し、攻撃態勢を整える。

 

 (アイツらの言うことなんざ無視して俺はコイツを仕留めることだけに集中してればいい。そう、今も昔も変わらねぇ。俺は俺の好きなようにやればいいんだ。なのに・・・何だこの苛つきは!?)

 

どうしようもない苛つきが垣根の体を蝕む。頭では何をすべきか分かっているのに、何かが引っかかる。だがその正体は分からない。その不明瞭さへの苛立ち。垣根が考えれば考える程、なぜか緑谷達の言葉が浮かび上がり、その思考を妨げる。故に思考がまとまらず、イライラは更に増すばかり。

 

 (・・・今は木原に集中しろ。コイツを殺すことだけ考えてりゃいい。俺が、コイツを・・・・・・)

 (ふむ。そろそろ仕留めにかかりますか。現在の形態では流石に無理そうなので、第三形態で―――――――)

 

垣根と木原の戦いが再び始まろうとしたその時、バカンッッ!!という音と共に崩落しかけていた建物の壁が壊れ、飯田・緑谷・切島が姿を見せる。思わぬ人物達の出現に思わず気を取られる木原。同時に垣根もオールマイト側と自分達とを隔てる壁を解除した。その直後、すぐさま轟が氷結によって天高く道を形成し、飯田と緑谷が切島を抱えながら個性を利用してその道を駆け上がっていく。そして最高到達点で勢いよくジャンプした三人は一気に戦場を横断し、声高に叫びを上げる。

 

 「「垣根君!!!」」

 「来い!!!」

 

戦場にいる全員が空中の三人に目を向ける中、一人下を向く垣根。唇をかみ、刹那の間葛藤する。

 

 「クッ・・・!」

 

木原が緑谷達の意図を理解し、慌てて垣根に視線を戻した瞬間、純白の六枚の翼が力一杯羽ばたかれ、その場で暴風が吹き荒れる。全力で飛翔した垣根は一気に緑谷達の下へ駆け上っていった。それを見た木原も瞬時に対応する。

 

 「逃がしませんよ垣根帝督・・・形態変化、スカイフィッシュ参照」

 

木原のかけ声と共に、木原の腕からプラスチックに亀裂が入るような、嫌な音が鳴る。さらに木原の下半身のパジャマが破け、足全体を覆う合成樹脂の機械が露わになると共に彼女はその場で立ち上がった。右腕の側面にひだのようなものが生まれ、足下に落ちていた鉄パイプをその腕で拾い上げ、緑谷達へ狙いを定めると、機械の足で強く前に踏み込んだ。そして空中の垣根目掛けて力一杯腕を振り抜こうとしたその時、爆豪が木原の視界の斜め上に躍り出る。木原が投擲のために腕を振り始め、かつキャンセルできない絶妙のタイミングで木原の前に飛び出した爆豪は両手を木原の目の前にかざして声高に叫んだ。

 

 「閃光弾(スタングレネード)!!!」

 「くっ・・・!?」

 

ピカッ!と辺り一面に眩い光と大きな爆発が発生する。突然の閃光と爆風により投照準がズレてしまった木原の投擲は垣根からはややずれ、あさっての方向へ飛んでいってしまった。視界が戻ると共に態勢を立て直した木原だが、その時には既に爆豪も爆発による推進力で遠くへ飛んでいっていた。しかし木原病理は諦めない。

 

 「スカイフィッシュ形態の能力を甘く見てもらっては困ります。その気になれば1000メートル先の獲物も正確に撃ち抜けるのですから。まだチャンスは・・・・・・」

 

再び投擲を行おうとした木原だったが、

 

 「!?」

 

バシッ!と何者かに蹴りを放たれ、間一髪で右腕でガードする。

 

 「チッ!勘がいいのぉお前」

 「危ないですねーご老体」

 

足の裏のジェットを吹かせながらグラントリノと木原病理が相対する。するとオールマイトがこちらに駆けつけて来た。

 

 「グラントリノ!遅いですよ」

 「お前が速すぎんだ。なぁ緑谷!ほんっとますますお前に似てきとる。悪い方向に!」

 「保須での経験を経てまさか現場に来ているとは・・・十代!」

 「志村の友人か・・・」

 

オールフォーワンが起き上がり、こちらに歩みながら呟く。先ほど、緑谷達が現れた一瞬、オールフォーワンの気が逸れたところをオールマイトが一発入れたため、吹っ飛ばされていたが再び立ち上がってきたのだ。

 

 「だがこれで本当に心置きなくお前を倒せる。オールフォーワン!」

 「こっちもあと二人!終わらせる!」

 「ふーむ・・・増援はまだ来そうですし、垣根帝督の即時奪還はほぼ不可能。中々面倒ですねー」

 「やられたな。一手で綺麗に形勢逆転だ」

 

そう言いながらオールフォーワンは先ほどと同様、五指の先から赤黒い線状のモノを伸ばし、今度はマグネの体に突き刺す。

 

 「個性強制発動・磁力!」

 

すると女性である木原とトガにはN極の磁場が発生し、男の敵達にはS極の磁場が発生した。男の敵は木原に吸い寄せられるように移動し、トガはその男達に引き寄せられていった。死柄木は体を引きずられながらも、オールフォーワンへ必死に呼びかける。

 

 「待て・・・ダメだ!先生・・・!その体じゃアンタ・・・ダメだ!俺・・・まだ・・・!」

 「弔、君は戦い続けろ・・・そして木原、ドクターを頼んだよ」

 「はい」

 

オールフォーワンに短く返事をすると木原はワープゲートの中へ入っていく。

 

 「しばしの別れです垣根帝督。いずれまた会う日その日まで、せいぜい生き延びてて下さいねー」

 

そしてオールフォーワン以外の敵全員がワープゲートの中へ消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




死柄木・・・絡ませてやれなくてスマンかった。


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四十八話

短いです


 

 神野区での戦いは結論から言えば、ヒーロー側の勝利に終わった。ただその代償は余りに大きなモノだった。それはNo.1ヒーロー・オールマイトの限界の露呈。オールマイトとオールフォーワンの戦いは全国ネットで放送されたが、その際にオールマイトが既に戦える身体ではないことが国民に発覚してしまったのだ。それでも死力を尽くし、持てる力全てを使ってオールフォーワンを撃退せしめたその姿はまさしくNo.1ヒーローの名に恥じない、誇り高き姿であり、日本全体が歓喜に震えた夜であった。しかしこれから先、長年平和の象徴として街の平和を守り続けてきた偉大な存在をこれまで通り頼りにすることは出来なくなってしまった。オールマイトは事実上の引退。平和の象徴は死んだのだと全国民が認識することとなったのだ。

 今回の事件の当事者、垣根はと言うと緑谷達と脱出し、オールマイトの勇姿を駅のパブリックビューイングで見届けた後、警察で事情聴取を受けた。夕方頃までかかった事情聴取後、帰宅した垣根を迎えたのは包帯がぐるぐる巻きの状態のグラントリノだった。グラントリノは帰宅した垣根を一瞥したが、特に何も聞かずいつものようにぶっきらぼうに言った。

 

 「ほれ、早く飯作ってくれ。見ての通り体中痛くてかなわん」

 「・・・へいへい」

 

いつものように食卓を囲い、その日を終えた。長かった林間合宿も本当の意味で終わったんだなと実感する垣根であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後、垣根の家にオールマイトと相澤が訪れた。なんでも、今回や今までの敵襲撃を受け、生徒に対する更なる保護強化の必要性を強く実感した雄英高校は本格的な全寮制に切り替えることにしたらしい。今回は生徒の入寮に関する保護者の同意を得に来たというわけだ。垣根とグラントリノ、オールマイトと相澤が対面する形で向き合い、話し合いが行われた。一通り相澤の説明が終わった後、グラントリノが声を発する。

 

 「寮か・・・確かにそっちの方が安全かもしれんな。俺は賛成だが帝督、お前はどうだ?」

 「あ?・・・あぁ、いいんじゃねぇか」

 「?」

 「それと、順序が逆になってしまいましたがグラントリノさん。この度は帝督さんを危険な目に遭わせてしまい、大変申し訳ございませんでした。現場にいながら誘拐を阻止できなかった私の責任です」

 「私からも謝罪させて頂きます。垣根少年、本当にすまなかった」

 

相澤とオールマイトが深々と頭を下げる。するとグラントリノはそれを軽くあしらった。

 

 「あーもういいわいそんな事。色々あったが結果的にコイツは無事だった訳だし、まぁ良しとするわい」

 「し、しかし・・・」

 「大体、自分の身くらい自分で守るのが普通だろうが。この馬鹿息子が!」

 「ってぇ!?」

 

いきなりグラントリノに頭をはたかれ思わず呻く垣根。それを見たオールマイトは相変わらずだなと苦笑する。

 

 「こんのクソジジイ・・・!」

 「まぁしかし、何だ・・・こんなんでも一応ウチの一人息子だからな。しっかり頼んだぞ」

 「「はい!」」

 

グラントリノの言葉に強く返事を返すオールマイトと相澤。一方垣根は先ほどからずっと浮かない表情をしていたので思わずオールマイトが尋ねる。

 

 「垣根少年?さっきから浮かない様子だが何かあったのかい?何か不明点があるとか?」

 「・・・いや、別に何でもねぇよ」

 「そ、そうか・・・」

 

若干の違和感を覚えつつも、それ以上は詮索することはしなかったオールマイト。その後もいくつか両者の間で話し合いが行われたが、数十分後には家庭訪問は終わりとなった。そして数日が経過し、いよいよ入寮日を朝を迎えると垣根は出発の準備をする。グラントリノも垣根を送り出そうと玄関までやって来た。

 

 「忘れ物ないか?後から『送ってくれー』とか言うなよ。面倒くさいし」

 「ねぇよそんなもん」

 

靴紐をしっかり結ぶとスッと立ち上がる垣根。ドアを開けて家を出ようとした時、ふとグラントリノの方へ振り返り一言呟いた。

 

 「あー・・・行ってくる」

 「・・・気をつけてな」

 

グラントリノの言葉を聞くと垣根は家の外へ足を踏み出した。

 

ここから新たな学校生活が始まる

 




林間合宿編終わりです
やっと終わった・・・


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雄英高校 仮免試験~
四十九話


 

 「取り敢えず一年A組、無事にまた集まれて何よりだ」

 

 相澤が学校の校門前に集まった生徒達に向けて話し始める。

 

 「みんな入寮の許可降りたんだな」

 「ふぅ…私は苦戦したよぉ~」

 「普通そうだよね…」

 「二人はかつて直接被害あったもんね」

 「無事集まれたのは先生もよ。会見を見たときはいなくなってしまうのかと思って悲しかったわ」

 「うん」

 「俺もビックリさ。まぁ、色々あんだろうよ」

 (全体的に下手に動かすより、泳がせて尻尾を掴む…って感じだろうな)

 

軽く頭をかきながら相澤は今回の全寮制の意図について自身なりの見解を立てる。先の事件で雄英に内通者がいる疑惑が発生し、その犯人をあぶり出すという目的もこの全寮制にはある。だが、それはそれとして相澤は話を続けた。

 

 「これから寮について軽く説明するがその前に一つ。当面は合宿で取る予定だった仮免取得に向けて動いていく」

 「そういやあったなぁそんな話」

 「色々起こりすぎて頭から抜けてたわ」

 「大事な話だ。いいか。切島・八百万・飯田・緑谷・爆豪・轟。この六人はあの晩あの場所へ垣根救出へ赴いた」

 「ケロッ…!」

 「「「・・・・・・」」」

 「・・・その素振りだと行く素振りはみんなも把握していたわけだ。色々棚上げした上で言わせてもらうよ。オールマイトの引退がなけりゃ俺は、垣根・耳郎・葉隠以外全員除籍処分にしてる。行った六人は勿論、把握しながら止められなかった十一人も理由はどうあれ、俺達の信頼を裏切ったことには変わりない。正規の手続きを踏み、正規の活躍をして、信頼を取り戻してくれるとありがたい。以上。さ、中に入るぞ。元気に行こう」

 (((いや、待って・・・行けないです・・・)))

 

相澤から厳しいことを言われ、ドンヨリとした雰囲気が漂うA組。すると垣根が上鳴に声をかける

 

 「・・・おい、ちょっと面貸せ」

 「え?何?やだ・・・・・・ウェ~イ」

 「ブフッ!!」

 「え?ちょ、垣根何?」

 「それと切島」

 「えっ怖!何!カツアゲ!?」

 「ちげぇよ馬鹿。金使ったんだろ?」

 「おめぇ、俺が暗視鏡買ったのどこで聞い・・・」

 「借りは作らねぇ主義なんだよ俺は」

 

垣根は切島に持ってきた金を渡すと、一人寮の中へ入っていった。

 

 「ウェ~イ・・・」

 「「「わはははははははっ!!!」」」

 「皆すまねぇ!!詫びにもなんねぇけど今夜はこの金で焼き肉だぁー!!」

 「うぉーーー!!まじかーー!?」

 「・・・茶番、も時には必要か」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「学生寮は一棟一クラス。右が女子、左が男子と分かれている。ただし一階は共同スペースだ。食堂や風呂、洗濯などはここで行う」

 「おおおおおおおお!!!」

 「中庭もあんじゃん!」

 「広っ!キレイ!ソファー!」

 「豪邸やないかぃ~・・・」

 「麗日君!?」

 「聞き間違いかなぁ・・・風呂、洗濯が共同スペース?夢か・・・?」

 「男女別だ。お前いい加減にしとけよ?」

 「はい・・・」

 

寮の中に入り相澤は施設の説明を始める。その豪華さに感嘆するA組生徒達。相澤は続いて部屋の説明に入った

 

 「部屋は二階から。一フロアに男女各四人の五階建て。一人一部屋。エアコン、トイレ、冷蔵庫にクローゼット付きの贅沢空間だ」

 「ベランダもある!凄い!」

 「我が家のクローゼットと同じくらいの広さですわね」

 「豪邸やないかい!!」

 「麗日君!!」

 「部屋割りはこちらで決めたとおり。各自事前に送ってもらった荷物が部屋に入ってるからとりあえず今日は部屋作ってろ。明日また今後の動きを説明する。以上!解散!」

 「「「ハイ先生!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は進み夜。他のクラスメイトは何やら各生徒達の部屋を見て回って盛り上がっているようだが、垣根は自室のベッドで人体に関する資料を再度読み込み、思考にふけっていた。林間合宿では敵襲来もあり、完成させることが出来なかったモノ、未元物質による人体精製。早く完成させたいとは以前から思っていたが、先日の事件で木原病理という存在に気付いた時点でそれは、一刻も早く完成させなければならない、という義務感に変わった。アレがこの世界に存在する以上、垣根帝督に平穏など訪れはしない。来る再戦の時に備え、垣根ももうワンランク上のステージに行く必要があるのだ。その為の第一歩としてまず、未元体を完成させることが必要不可欠である。垣根はふと顔を上げ、眼を細める。

 

 (そろそろ仕上げだ)

 

壁をじっと見つめながら垣根は心の中でそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「昨日話したと思うが、ヒーロー科一年A組は仮免取得を当面の目標にする」

 「「「ハイ!」」」

 

 朝のHRで相澤が教壇に立ち、生徒達に改めて仮免の話をする。

 

 「ヒーロー免許ってのは人命に直接関わる責任重大な資格だ。当然取得のための試験はとても厳しい。仮免といえど、その合格率は例年五割を切る」

 「仮免でそんなキツいのかよ・・・」

 「そこで今日から君らには一人最低でも二つ・・・」

 「必殺技を作ってもらう!」

 

相澤が言うと同時に教室のドアが開き、セメントス・エクトプラズム・ミッドナイトが入室してきた。

 

 「「必殺技!?」」

 「「学校っぽくてそれでいて!」」

 「「ヒーローっぽいのキタァァァァァ!!!」」

 「必殺!コレ即チ必勝ノ型、技ノコトナリ!」

 「その身に染みつかせた技、型は他の追随を許さない。戦闘とはいかに自分の得意を押しつけるか」

 「技は己を象徴する。今日日必殺技を持たないプロヒーローなど絶滅危惧種よ!」

 「詳しい話は実演を交え合理的に行いたい。コスチュームに着替え体育館γへ集合だ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒達はコスチュームに着替えると、言われたとおり体育館γに集まった。

 

 「体育館γ。通称トレーニングの台所ランド。略してTDL」

 (TDLはマズそうだ!)

 「ここは俺考案の施設。生徒一人一人に合わせた地形やモノを用意できる。台所ってのはそういう意味だよ」

 

セメントスが自身の個性で実演しながら説明する。

 

 「な~る」

 「質問をお許しください!なぜ仮免取得に必殺技が必要なのか!意図をお聞かせ願います!」

 「順を追って話すよ。落ち着け。ヒーローとは、事件・事故・天災・人災、あらゆるトラブルから人々を救い出すのが仕事だ。取得試験では当然その適性を見られることになる。情報力・判断力・機動力・戦闘力、他にもコミュニケーション能力・魅力・統率力など別の適性は毎年違う試験内容で試される」

 「その中でも戦闘力はこれからのヒーローにとって極めて重視される項目となります。備えあれば憂いなし!技の有無は合否に大きく影響する」

 「状況に左右されることなく安定行動を取れれば、それは高い戦闘力を有していることになるんだよ」

 「技は必ずしも攻撃である必要は無い。例えば飯田君のレシプロバースト。一時的な超速移動、それ自体が脅威である為必殺技と呼ぶに値する」

 「あれ必殺技でいいのか・・・!」

 「なるほど、自分の中にこれさえやれば有利!勝てる!って型を作ろうって話か」

 「その通り。先日大活躍したシンリンカムイのウルシ鎖牢なんか模範的必殺技よ。相手が何かする前に縛っちゃう」

 「中断されてしまったが、林間合宿での個性を伸ばす訓練は必殺技を作り上げるためのプロセスだった。つまり、これから後期始業まで残り10日あまりの夏休みは個性を伸ばしつつ、必殺技を編み出す圧縮訓練となる!なお、個性の伸びや技の改良に合わせてコスチュームの改良も平行して考えていくように。プルスウルトラの精神で乗り越えろ。準備はいいか?」

 「「「はい!!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セメントスが地形を動かし、各自の練習場としての足場を作る。そしてエクトプラズムが生徒一人につき一体ずつ分身を出し、つきっきりで指導するという形である。皆自分だけの必殺技を編み出そうと必死に試行錯誤していた。垣根にも一体のエクトプラズムがついていた。

 

 「それで、君の必殺技だが・・・」

 「ああ、案はある」

 「?」

 「まぁ見てろよ」

 

そう言うと垣根は目を閉じ集中する。数秒後、垣根の目の前に白いナニカが現れ、みるみる形を変えていく。うねり渦巻きながらその白い物体は、気付けばヒトの形を形成していた。その姿は目の前の垣根帝督と瓜二つで全身が白で包まれている事以外に相違点はない。それを見たエクトプラズムはひどく驚いた様子だった。

 

 「こ、これは・・・なるほど。私と同じ分身か」

 「まぁそんなとこだ・・・まだ完全体じゃねぇがな」

 「というと?」

 「んー?ま、色々あんだよ。そんなことより、コイツの相手してくれるか?」

 「・・・いいだろう」

 

そう言うとエクトプラズムの分身と未元体が戦闘を始める。垣根はそれを観察しながら未元体について思案する。

 

 (ふむ・・・出力は問題なさそうだな。機動力も十分だ。脳波もリンクしてるし、制御も可能だ。とりあえずスペックに関しちゃ文句はねぇな。だが残念ながら、仮免までに『未元物質』を実装するのはキツそうだな。一応案はあるんだが・・・まぁ今は中途半端にあれこれ付け加えるより、未元体自体のクオリティ上げた方が賢明だろ・・・・・・ってあれ)

 

しかし垣根が未元体について分析をしている途中で、突如未元体の身体が崩れ去ってしまった。これではまだ完成と呼ぶことは出来ない。

 

 「・・・肉体の構成が甘かったか。まだ演算式に穴がありそうだな。もう一度見直すか」

 

垣根はひとりでに呟くと再び未元体精製にとりかかった。一方相澤とオールマイトは下の方から垣根の訓練場を目を丸くしながら見ていた。垣根の技が余りに想像を超えるモノだったからだ。

 

 「あれは・・・分身体か?」

 「その類いかと。エクトプラズムから着想を得たんでしょうかね。普通分身体なんて個性の応用レベルで出来る範疇の技じゃありませんよ」

 「ああ。垣根少年の個性の根幹を成すあの白い物質・・・あれは一体何なんだ?相澤君、あの不可思議な物質について何か心当たりは?」

 「あるわけないでしょう。個性届けにも詳しいことは何も書いてなかったですからね。武器や物を形取るだけならまだしも、自律型カブトムシ兵器や分身体をも創り出せるなんてデタラメな物質、少なくとも俺は聞いたことがない。そこら辺に詳しい八百万なら何か知ってるかも知れませんが。ていうか、アナタの方が詳しいんじゃないですか?期末試験で垣根とやり合ったんでしょう?」

 「残念ながら何も分からないよ。分かったことと言えば、彼はあの場で私と互角に渡り合ったということだけ。以前から薄々そうではないかと思っていたが、あの時に完全に確信に変わったよ。彼はそこらのプロを遙かに凌駕する力を持っているということ。なんなら、現時点でもTOP10にすら入ってしまう程かもしれない」

 「・・・・・・」

 

相澤は神妙な面持ちでオールマイトの話を聞いていた。するとオールマイトが茶化すように相澤に言う。

 

 「おや?いくら何でも買いかぶりすぎだ、とか言ってくるもんだと思っていたが」

 「・・・私は一応クラスメイト全員の期末試験のビデオを見ています。ですから、アナタが冗談で言っているわけでないことも分かりますよ」

 「ははっ。そうか。流石は相澤君だ」

 「この歳であの完成度・・・正直、背筋がぞっとしますね」

 「ああ。彼はきっと凄いヒーローになるよ」

 

オールマイトと相澤は未だ底が知れない15歳の少年を見上げながらそっと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は流れ、圧縮訓練から9日目。いよいよ仮免試験を明日に迎える中、各自が訓練の最終調整に入っていた。爆豪のようにトントン拍子で必殺技の開発が進んだ奴はそうはいなかったが、それでも何か一つは独自の必殺技として形に出来た者は多かった。かくいう垣根はと言うと、目の前の未元体を眺めながら満足気な表情を浮かべていた。

 

 「ま、こんなもんだな」

 

我ながら上出来だ、と言わんばかりの様子でそう呟くと垣根の様子を見ていた切島と上鳴が興味津々そうに話しかけてきた。

 

 「うぉい!何だよ垣根それ!?エクトプラズムみたいな分身か?」

 「お前そんなことも出来んのかよ!?才能マンすぎだろ!!」

 「あ?あぁ、まぁそうかもな」

 「少しは謙遜しろよ!」

 

垣根の適当な返事に上鳴がツッコミを入れる。上鳴と切島は自身のコスチュームに改良を入れることで、個性を更に有効に使う道を選んだ。コスチュームを改良したのは何もこの二人だけではなく、緑谷や轟なども自身の戦闘スタイルに合わせて改良を加えていた。その事を垣根が指摘すると上鳴が得意そうに言った。

 

 「おうよ!特に俺のスタイルチェンジは群を抜く!度肝ブチ抜かれっぞマジで!見るか?いいよ!すっごいよマジで!」

 「いや、別にいいわ」

 「何でだよ!!??俺様の超カッケェ新技を見たくねーのかよお前はよ!!」

 「あーはいはいスゴいスゴい」

 「てんめぇぇぇぇ!!!少しは興味もてや!!!」

 

上鳴が悔しそうに絶叫していると横から切島が垣根に質問する。

 

 「なぁ垣根。お前の作ったソレ、分身っぽいのは分かるんだけど、どんくらいつえーんだ?」

 「・・・試してみるか?」

 「えっ!?それって・・・」

 「いつまでもあの分身相手じゃ、いい加減退屈してきたとこだしな」

 「むっ」

 「けどよ、生徒同士がやり合うのはマズいんじゃねぇか?相澤先生が許してくれねぇだろ」

 「そうか?意外と分かってくれそうだけどな。いや、どうせなら他の奴も誘った方がいい検証になるな。おい上鳴、お前もやれ」

 「えぇ!?俺もかよ!?」

 「なんだよ。超カッケェ新技見せてくれるんじゃなかったのか?」

 「・・・!おっしゃあ!やってやろうじゃんか!」

 「他は誰か呼ぶか?」

 「そうだな・・・適当に火力ある奴ら集めてくれたらそれでいいわ。俺はちょっくら相澤のとこ行ってくるからよ」

 「りょーかい!上鳴、行こうぜ」

 

そう言うと切島と上鳴は一緒にやる仲間を集めに行った。垣根も相澤とオールマイトの元へ行き、事情を説明する。

 

 「訓練の成果を試したいから戦闘許可が欲しい、だと?」

 「ああ。戦闘っつってもガチでやり合うわけじゃねぇ。ちょっくらコイツの性能を確かめたくてな」

 

垣根は自身の後ろに立っている未元体のことを指しながら説明する。

 

 「エクトプラズムの分身じゃイマイチ測りきれねぇし、アイツらに頼みたい。それにアイツらとしても訓練の成果を実感できるいい機会だと思うんだが・・・」

 「・・・・・・」

 「ダメか?」

 「・・・いいだろう。ただし、俺も立ち会う。もし俺が危険だと判断すれば即刻止めさせるからな」

 「ああ、それでいい。頼んだぜ」

 

相澤の了承を得ると垣根と未元体はその場を去る。横で二人の様子を見ていたオールマイトはそっと相澤に話しかけた。

 

 「意外だね。君なら却下すると思っていたよ」

 「あいつの言うとおり、訓練の成果を生徒自身が実感することも大事なことです。それに危なくなったら俺の個性で止めますよ」

 

そう言いながら相澤も垣根達の下へ歩き出し、オールマイトもその後に続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 未元体垣根と六名のA組クラスメイトが10メートルほど距離を空けて相対していた。未元体と相対しているのは切島と上鳴は勿論のこと、彼らの誘いに乗った緑谷・轟・常闇・爆豪であった。垣根に言われたとおり、A組の中でも火力が高い者達を集めてきた切島達。今から行われる催しは他のクラスメイトにも知れ渡り、当事者七名以外は観戦に来ていた。

 

 「お、おい、何が始まんだよこれ」

 「なんか、訓練の成果を試すらしいぞ」

 「おぉ~。なんかA組の派手な個性持ち勢揃いって感じだね」

 「それにしても垣根ちゃんの白い造形物、あれは一体何なのかしら?」

 

蛙吹が垣根の未元体を指さしながら疑問を提示する。だが、その疑問に答えられる者はいなかった。

 

 「何だあれ?等身大の人形でも作ったのか?」

 「にしては凄いリアルだよね」

 「あれが垣根君の必殺技って事なのかな?」

 「飯田君、ていとくんのあれ、何だろうね」

 「うーむ。何だろう?エクトプラズム先生のような分身、のようなものか?」

 「・・・・・・」

 

垣根の未元体に様々な憶測が飛び交う中で八百万百は一人、真剣な顔をして静観していた。それを見た耳郎は八百万に声をかける。

 

 「どうしたのヤオモモ?なんか凄い考え込んでる様子だけど」

 「い、いえ!何でもありませんわ。ちょっと垣根さんの新技について考えていたのですけど・・・」

 「何か分かった?」

 「いえ、それが全く分からなくて・・・」

 「そっか。まぁまだ情報が少なすぎるしね。戦いが始まれば何か分かるかも」

 「そうですわね」

 

八百万は耳郎に相槌を打ちながら、なぜか不安な気持ちに駆られていた。

 

 (なんですの・・・?この胸騒ぎは。何か、見てはいけないモノを見ているときのような、そんな感じがします)

 

不安そうに切島達を見る八百万。一方垣根達も準備が出来たようなので、それを確認した相澤は開始の合図を発した。

 

 「あくまでこれは成果の確認だ。危険と判断したら俺が即止めるからな・・・では、始め!」

 「っしゃあ!」

 

相澤の合図と共に切島が一番乗りで未元体目掛けて走り出す。そして未元体が切島の間合いに入ると、切島は硬化で拳を硬くし未元体に殴打のラッシュをたたき込む。

 

 「オォォォォォォォォラァァァァァァァ!!!」

 

全力で拳を撃ち込み続ける切島。切島はオールマイトにゴリ押し戦法をアドバイスされて以来、圧縮訓練では体を硬化させ、攻撃の手数を増やす訓練をメインで行っていた。結果として切島の硬化による攻撃力は訓練前と比べて飛躍的に上昇した。攻撃の手を緩めないことで相手に反撃の機会を作らせない。事実、未元体は何も出来ず切島に殴られるがままになっていた。そして切島は一気に勝負を決めに行く。

 

 「必殺ー!!烈怒頑斗裂屠(レッドガントレット)!!!」

 

雄叫びと共に切島の右拳が未元体の鳩尾に入り、その体を吹っ飛ばす。その光景を見ていたクラスメイト達は感嘆の声を上げた。

 

 「おぉー!!すっげぇな切島!!」

 「硬化を活かしたごり押し戦法!シンプルだが強い!切島君ならではの作戦だな!」

 「垣根の人形、吹っ飛んじまったけど大丈夫か?」

 

皆が未元体の方を見つめる。切島から少し離れたところに仰向けで地面に転がっている未元体。すると、

 

 スッ…

 

突然未元体の体がまるで天井から糸で引っ張られているかのような不自然な動きで地面から起き上がった。その動きにも驚いた一同だったが、何よりも驚いたことは未元体の体が全くの無傷であったことだ。

 

 「なっ!?効いてねぇ!!」

 「なら次は俺の番だぜ!」

 

意気揚々と声を張りながら上鳴が動く。上鳴の個性は帯電。しかし電気を操れるわけではなく、攻撃方法も放電に限られるという欠点があった。そこで今回の圧縮訓練でコスチュームを改良することでその難点を克服しようと考えた上鳴。上鳴の相談を受けた発目は上鳴のコスチュームにシューターとポインターを装着したのだ。シューターにポインターをセットし、発射するとポインターは着弾箇所に引っ付く仕組みになっている。ポインターと上鳴の距離が10メートル以内であれば上鳴の放電は一直線上に収束するため、上鳴は周りを巻き込まずに戦うことが可能になったのだ。というわけで、上鳴は早速ポインターを未元体の真後ろの壁に射出すると、全力の放電を放った。

 

 「指向性放電、130万V!!!」

 

上鳴の指先からポインターまで一直線に雷電が走り、未元体の垣根に直撃する。

 

 「っしゃあ!!・・・ってあれ?」

 

技が成功し、思わず喜んでいた上鳴だったがすぐさま我に返る。130万Vもの電気を浴びているというのに目の前の白い人形は微動だにしていない。それどころか未元体はゆっくりとこちらに歩を進めてきた。

 

 「嘘だろ!?これもノーダメ!?どんな体してんだよあれ!?」

 (切島君の硬化の強度でも上鳴君の電撃でもダメージがないなんて・・・!?どうなってるんだアレは!?)

 (ダメージがないわけじゃねぇけどな)

 

垣根本体の方は戦いを静観していたが、一言緑谷達に声をかける。

 

 「おい。コイツは俺の個性で創り出したモノだ。生身の人間じゃねぇ。だから遠慮無くやっていいんだぜ。それこそ、ぐちゃぐちゃにする気ぐらいでやってくれ」

 「・・・承知した。緑谷、仕掛けるぞ!」

 「う、うん!」

 

常闇は緑谷に声をかけると、緑谷もそれに呼応する。常闇はダークシャドウを身に纏い、訓練で身につけた必殺技を披露する。

 

 「深淵暗駆(ブラックアンク)!」

 

そして緑谷もワンフォーオールを発動させ、二人同時に飛び出すと無防備な未元体に攻撃を放った。

 

 「宵闇よりし穿つ爪!」

 「ワンフォーオール・フルカウル、シュートスタイル!!」

 

巨大化したダークシャドウの手が、緑谷の蹴りが未元体を直撃し、再び後方まで吹っ飛ばされた未元体は激しく壁に激突した。それを見ていたクラスメイトは感嘆の声を上げるも、二人の顔に安堵の様子は無く、以前警戒態勢のままだ。そして二人の予想通り、またもや何事もなかったかのように土煙の中から未元体が姿を現す。

 

 「くっ・・・!?」

 「連携攻撃でもダメか・・・!」

 「あれだけの攻撃を受けながら効いている素振りすらないとは・・・にわかには信じがたいな」

 「ええ。気味悪いわね」

 

観戦しているセメントスとミッドナイトですら驚いている様子だった。その場にいる全員が固唾を呑んで見守っている中、今度は未元体が動いた。いきなり走り出し、緑谷達との距離がみるみる縮まっていく。

 

 「緑谷!来るぞ!」

 「うん!」

 

常闇と緑谷は再度構え、迎え撃つ姿勢を整えた。しかし、

 

 「「!?」」

 

驚きべき事に未元体は緑谷達の目の前まで迫るとその場で勢いよくジャンプし、二人を通り越したのだ。

 

 「「なっ!?」」

 

慌てて後方を振り返る二人。しかし未元体は緑谷達の背後を取ったわけではなく、そのまま切島達の下へ向かっていく。迫り来る未元体を視認した轟はすかさず氷結攻撃を繰り出し、未元体にぶつける。未元体は走りながら腕を体の前でクロスさせ、その勢いのまま迫り来る氷結にツッコんだ。

 

 バリバリバリバリッッッッッ!!!!!!

 

未元体が轟の氷結を砕き散らしながら走る。次々と氷結を生み出し未元体にぶつけるもそれらは全て、突進してくる未元体とぶつかった瞬間に砕かれてしまい、その足を止めることが出来ない。

 

 「オイオイオイオイ流石に冗談だろ!?やべぇってこれ!?」

 「くっ・・・・・・!?」

 

轟が歯ぎしりしながらも必死に未元体を止めようするも、その努力を嘲笑うかのように未元体は氷結から抜け出し、切島の目の前に躍り出る。

 

 「切島ぁ!!!」

 「おう!!」

 

未元体が右腕を振り上げると同時に腰を沈め、硬化した両腕をクロスし防御姿勢を取る切島。そして未元体は切島に向かって右腕を振り下ろした。

 

 「が、はっ・・・・・・・・・!!??」

 

凄く重い衝撃が切島を襲う。未元体の拳を受けた切島は吹っ飛ばされ、そのまま後方の壁に激突した。あまりの衝撃的な光景に一同唖然とする。近接戦闘にはめっぽう強く、その頑強さはクラス一の切島が一撃で吹き飛ばされてしまったのだ。驚くのも無理はない。

 

 「そんな・・・!相手は切島だぞ!?」

 「なんつーパワーだよ・・・」

 「な、なんなんだよあの化け物はぁ!?」

 「ヤオモモ、どうなってんのあれ?」

 「私にもまるで分かりません。構成要素、原理、法則・・・私の持ちうる知識を総動員しても、あの創造物に関しては何一つ説明できるものがありませんわ・・・!」

 

戦慄するA組クラスメイト。特に八百万はどのクラスメイトよりも困惑気に戦いを見つめていた。昔から知識を蓄え続け、知識量では誰にも負けない自信があった彼女が、目の前で起きている事象について何一つ原理が解明できないのだ。八百万は生まれて初めて『理解不能』という壁に出会う。一方相澤も少し焦った様子で垣根の方へ振り向いた。

 

 「垣根!」

 「大丈夫だ。ちゃんと出力は抑えてる。あいつの頑丈さだったら問題ねぇはずだ」

 (・・・あれで抑えてる、だと!?)

 

垣根の言葉に驚きを隠せない相澤。それはオールマイトも同様だった。一方フィールドではまだ戦いは続いており、未元体にまたもや攻撃を仕掛ける轟。今度は氷結攻撃を放ちながら同時に左腕から炎も噴射した。轟はこの圧縮訓練で氷と炎の同時使用をこなせるよう訓練していたため、その成果が出る形となった。しかし、

 

 「くっ…!」

 

氷と炎を同時に喰らっても平然としている未元体に轟は思わず歯ぎしりする。そして未元体は氷結を砕き、炎の噴射をモノともせずに轟との距離を詰め、またもや跳躍すると轟の顔を踏みつけるように落下してきた。轟はすかさずその場から離れ回避したが、その直後、

 

 ズガンッッッッ!!!

 

派手な音がしたので今さっき自分のいた場所を見ると、未元体が踏みつけた場所にクレーターのようなへこみが地面にで出来ていることに気付く。もしあれをまともに喰らっていたら・・・と考えると背筋が寒くなる轟。するとそこに、ボンッ!!と爆発音が聞こえ、音の方向を見ると爆豪が爆発で宙を飛んでる姿が見えた。ここまで静観していた爆豪だったが、とうとう参戦しにきた。

 

 「人形のクセにいつまでも調子乗ってんじゃねェぞ!!!」

 

未元体に向かって怒鳴り散らしながら爆豪は左手で小さな丸の形を作り、掌を開いた右手をそばに添える。そして照準を未元体に定めると出来たばかりの新技を放った。

 

 「徹甲弾(A・Pショット)!!」

 

掌全体ではなく一点に集中させて放った爆発が未元体を襲う。一点集中の爆発にすることで貫通力をあげることに成功し、その威力は分厚いコンクリートの塊を貫通する程だ。

 

 ボン!ボン!ボン!ボン!ボン!ボン!

 

爆豪は連続で何発もA・Pショットを放ち、未元体に反撃の隙を与えない。立ちこめる黒煙の中、未元体が後ろへ跳躍しながら姿を現す。しかしそのタイミングを狙っていたかのように緑谷と常闇が未元体の後ろから攻撃を仕掛ける。爆豪も未元体を追っていたため、緑谷・常闇と爆豪で挟撃する形となった。

 

 「SMAAAAASH!!!」

 

緑谷が右足で力一杯蹴りを放つ直前、未元体は緑谷の方へ向き直ると左腕を立ててガードの姿勢をとった。ドンッ!!という衝撃が未元体を襲い、未元体の体が一瞬右に揺れるもすぐに体勢を立て直し、逆に緑谷の右足をがっしりと掴んだ。

 

 「えっ!?・・・うわぁぁぁ!!!」

 

戸惑う緑谷をよそに、未元体は腰を回転させて緑谷を投げ飛ばした。

 

 「な…っ!デク…!」

 

緑谷が投げ飛ばされた先には、驚きの表情を浮かべながら爆破でこちらに進んでくる爆豪の姿。爆豪は緑谷のあまりに急な飛来に反応出来ず、二人は空中で激突した。そして未元体が常闇へと標的を移したところで、ちょうど相澤の声が掛かる。

 

 「そこまでだ」

 

すると全員の動きが止まり、戦いが止まる。先ほど激突した爆豪と緑谷は呻きながら立ち上がる。

 

 「クソデクテメェ・・・!!!」

 「ご、ごめんかっちゃん!!」

 

慌てて謝罪する緑谷。一方相澤は垣根に確認を取る。

 

 「もう十分だろ?終わるぞ」

 「ああ、十分だ。サンキューな」

 

垣根も満足そうな様子で相澤に礼を言った。その後、切島は念のため医務室に連れて行かれたが、リカバリーガールの治療を受けた後、無事復帰してきた。特に問題はないようなので明日の仮免にも普通に行けるそうだ。こうして仮免試験前最後の圧縮訓練が終了した。



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五十話

 仮免試験当日。場所は今回の仮免取得試験会場である国立多古場競技場。A組生徒達は相澤の引率の下、スクールバスでこの地に到着した。全員バスから降り、会場を眺める。多くの受験生が会場へ入っていく姿を見ながら不安そうな様子を見せる雄英生徒達。

 

 「うぅ・・・緊張してきたぁ~」

 「試験て何やるんだろう・・・?はぁぁ・・・仮免取れっかなぁ」

 「峰田、取れるかじゃない。取ってこい」

 「お、おう!モロチンだぜ!!」

 

相澤は峰田に発破をかけると、全体に向けても彼なりの激励の言葉を伝える。

 

 「この試験に合格し仮免許を取得できれば、お前ら卵は晴れてヒヨッ子セミプロへ孵化できる。頑張ってこい」

 「っしゃあ!なってやろうぜヒヨッ子によ!」

 「いつもの一発決めて行こーぜ!せーの、プルス・・・」

 「ウルトラァ~!!!!!」

 

突然見知らぬ男が切島のかけ声に合わせて割って入ってきた。身長はかなり大きく、ガタイもいい。雄英生徒らが誰だコイツ的な視線を向けていると、

 

 「勝手に他所様の円陣へ加わるのは良くないよイナサ」

 

その男と同学校の生徒らしき人物が注意する。すると、

 

 「あっ!しまった!どうも、大変、失礼いたしましたぁぁぁぁぁぁ!!」

 

イナサと呼ばれる大男が唐突に地面に頭をこすりつけながら謝罪し始め、呆気にとられる雄英生達。

 

 「な、なんだこのテンションだけで乗り切る感じの人は!?」

 (!?この男・・・)

 「待って!あの制服・・・」

 

イナサの制服を見て何かに気がつく耳郎。すると、他の何人か生徒達も察し始める。

 

 「あれか。西の有名な・・・」

 「・・・東の雄英、西の士傑」

 (数あるヒーロー科の中でも、雄英に匹敵するほどの難関校・・・士傑高校!)

 

彼らが雄英高校と並び立つほどの難関校である、士傑高校の生徒だと気がつく緑谷達。そんな緑谷達の様子を他所に、イナサは依然変わらぬ調子のまま、一人で元気よく喋っていた。

 

 「一度言ってみたかったッス!プルスウルトラ!自分、雄英高校大好きッス!雄英の皆さんと競えるなんて光栄の極みッス!よろしくお願いします!」

 「あ、血」

 「行くぞ」

 

先ほど大男に注意した生徒がイナサにそう促すと、彼らは会場の方へ去って行っていく。その後ろ姿を見ながら、

 

 「・・・夜嵐イナサ」

 

相澤がボソッと呟いた。

 

 「先生、知ってる人ですか?」

 「ありゃあ、強いぞ」

 「「「!?」」」

 

相澤が珍しく生徒の実力、それも他校の生徒をそこまで認めていることに驚くA組生徒達。生徒達の視線を集める中、相澤は言葉を続ける。

 

 「夜嵐。昨年度・・・つまりお前らの年の推薦入試、トップの成績で合格したにもかかわらずなぜか入学を辞退した男だ」

 「えっ!?じゃあ、一年!?」

 (っていうか推薦トップの成績って・・・実力は轟君以上!?士傑高校の夜嵐イナサ・・・!)

 「へぇ・・・」

 

イナサの意外な素性に垣根も少し興味を示す。

 

 「夜嵐イナサ、だっけ?雄英大好きとか言ってた割に、入学は蹴るってよくわかんねぇな」

 「ね~変なのぉ~」

 「変だが本物だ。マークしとけよ」

 

イナサについて不思議に思っている様子の瀬呂と芦戸の注意を促す相澤。するとそこへ、

 

 「イレイザー?イレイザーじゃないか!」

 

どこからか相澤を呼ぶ女性の声が聞こえる。思わず体をビクッ!と震わせる相澤がゆっくり振り向くと、向こうからバンダナを頭に巻いた快活そうな女性がこちらに歩いてくるのが見えた。

 

 「テレビや体育祭で姿は見てたけどこうして直で会うのは久しぶりだな!」

 「うっ・・・」

 

その女性に話しかけられ、思わずうめき声を上げる相澤。彼の顔にはいかにも嫌そうな表情が浮かんでいた。

 

 「結婚しようぜ」

 「しない」

 「ブッハー!しないのかよ!ウケる!」

 「相変わらず絡みづらいな、ジョーク」

 

相澤が話しかけてきた女性のヒーロー名を口にする。どうやら二人は旧知の仲らしい。

 

 「スマイルヒーローMs.ジョーク!個性は爆笑!近くの人を強制的に爆笑させ、思考・行動共に鈍らせるんだ!彼女の敵退治は狂気に満ちているよ!」

 

例のごとく、緑谷が嬉しそうに彼女についてのヒーロー知識を解説すると、

 

 「私と結婚したら笑いの絶えない幸せな家庭が築けるんだぞ!」

 

親指を立て、満面の笑みを浮かべながらジョークは宣言する。

 

 「その家庭、絶対幸せじゃないだろ」

 「ブハハッ!」

 

相澤のツッコミに腹を抱えて笑い出すジョーク。何が面白いのか全く分からなかった垣根だが、二人の間ではいつものことなのだろう。

 

 「仲がいいんですね」

 「昔事務所が近くてな。助け、助けられを繰り返す内に相思相愛の仲へと・・・」

 「なってない」

 「いいな!その速攻のツッコミ!いじりがいがあるんだよなイレイザーは!」

 

ジョークのあまりのテンションの高さに、相澤は疲れた様子でため息をつく。そして、一息ついたところで今度は相澤がジョークに尋ねた。

 

 「ジョーク、お前がここにいるって事は・・・」

 「そうそう!・・・おいで皆!雄英だよ」

 

ジョークの合図と共に、彼女の後ろから生徒達とおぼしき集団が現れた。

 

 「おお!本物じゃないか!」

 「すごいよすごいよ!テレビで見た人ばっかり!」

 

突然現れた生徒達が、A組生徒達を見てテンションを上げる中、ジョークは垣根達に彼らの紹介を行う。

 

 「傑物学園高校二年二組!私の受け持ち。よろしくな」

 「俺は真堂!今年の雄英はトラブル続きで大変だったね。しかし君たちはこうしてヒーローを志し続けているんだね。素晴らしいよ!不屈の心こそこれからのヒーローが持つべき素養だと思う!」

 (まぶしい・・・!)

 (ドストレートに爽やかなイケメンだ・・・)

 

傑物学園高校の真堂が早速緑谷達と親しげに接してくる。その爽やかさに好印象を持つ緑谷達だったが、その真堂は垣根を見つけると、

 

 「その中でも神野事件を中心で経験した垣根君。君は特別に強い心を持っている。今日は君たちの胸を借りるつもりで頑張らせてもらうよ」

 

言葉に含みを持たせながら、垣根に手を差し伸べた。握手の意だろう。垣根は黙ってその手を見つめるも、握手を返すことなく真堂に返事を返した。

 

 「そうか。ま、せいぜい頑張れよ」

 「・・・・・・」

 「ねぇ轟君!サインちょうだい!体育祭カッコよかったんだ~。あっ!あと垣根君も!」

 「やめなよ。ミーハーだな」

 「オイラのサインもあげますよ」

 「おい!コスチュームに着替えてから説明会だぞ。時間を無駄にするな」

 「「「はい!」」」

 

傑物高の生徒達と親しげに交流していた緑谷達だったが、相澤の指示により会場へと移動し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「え~・・・では、アレ・・・仮免のヤツをやります。あ~・・・ヒーロー公安委員会の目良です。好きな睡眠はノンレム催眠。よろしく」

 

 受験者達は説明会場にいた。会場には会場がギッチリ埋まるほどの人数が集い、かなり居心地の悪い状況となっていた。そんな中、今回の試験の責任者らしき人物である目良から試験の説明が行われた。試験内容は簡単に言えば勝ち抜けのサバイバル演習。なんでも、現代社会において、ヒーローに求められているモノは迅速さであり、そのスピードに対応できない人材は求められていない。よって今試験では、スピードという素養を測るためにこの方式を導入したらしい。条件達成者は全受験生1540名中、先着100名。つまり合格率は一割を切るということだ。そしてその条件についてだが、受験者は体の常にさらされている部分三箇所に丸い形をしたターゲットを取り付ける。そして各受験者は赤い色をしたボールを六つ保持し、ターゲットにボールが当たるとそのターゲットは赤く発光する仕組みになっている。三つのターゲットが発光した時点でその受験者は失格となり、逆に三つ目のターゲットにボールを当てた人はその人を倒したこととする。このルールの下、二人倒した者が勝ち抜けとして認められる、ということだ。

 

 (なんだよ、ただのボール当てゲームじゃねぇか・・・)

 

予想外の試験内容にいささか拍子抜けした様子の垣根。すると、

 

 「え~じゃあ展開後、ターゲットとボール配るんで全員に行き渡ってから一分後にスタートとします」

 「展開?」

 

目良から不可解な言葉が聞こえた直後、会場の天井と壁が突然開いていく。完全に開ききった後、辺りを見回すと高層ビル群や工業地帯、岩場など多様なステージが用意されていた。

 

 「各々苦手な地形、好きな地形あると思います。自分の個性を活かして頑張ってくださ~い」

 

目良による説明が終わり、各位にターゲットとボールが行き渡ると学校ごとに移動し始める。雄英生達は岩場の場所に位置していた。

 

 (先着で合格なら同校でつぶし合いは無い。むしろ手の内を知った仲でチームアップが勝ち筋!)

 

そう考えた緑谷はクラスメイトに声をかける。

 

 「みんな!あまり離れずかたまりで動こう!」

 「うん!」

 「そうだな!」

 

皆が緑谷の提案に賛同している中、

 

 「フザけろ。遠足じゃねぇんだよ!」

 「バカッ!?待て、待て!」

 「かっちゃん・・・」

 「切島君!」

 

緑谷の提案に即反対した爆豪は一人でどこかへ行ってしまい、それを追った切島も緑谷達とは離れてしまった。そして、

 

 「俺も抜けさせてもらう。大所帯じゃ却って力が発揮できねぇ」

 「轟君!」

 

轟も緑谷達から離れる選択を取った、さらに、

 

 「つーわけだ。お前らも頑張れよ」

 「垣根君まで!?」

 

垣根も轟達と同様に一人で戦う選択をし、緑谷達から離れていく。そしてしばらくすると、甲高い音と共に試験開始の合図が発せられた。

 

 《第一次試験、スタート》



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五十一話

 第一次試験が開始された。早速敵と交戦している人達もいれば、いまはまだ様子を見ている人達もいる。この試験は先着順と言うことで一見早く攻めた者ほど有利という印象を受けるが、大体の受験者は学校単位で固まって動くことが多いため、団結力や連携、そして情報力が鍵を握る試験となっている。そしてもう一つ、各受験者は基本的に同校の生徒以外の個性は把握していないハズであり、逆に言えば自分達の個性は同校の人以外には知られていないというアドバンテージを有している事になるが、ある高校だけそのアドバンテージを放棄している。それは、全国放送で体育祭の様子を中継した雄英高校である。つまり、雄英生徒達の個性は既に他校の生徒にバレており、緑谷達はそのハンディキャップを背負った状態で試験に臨まなければいけないのだ。これらのことを踏まえると見えてくることが一つ。

 

 「雄英潰し・・・」

 

白い翼をはためかせ、高層ビル群の隙間を飛びながら垣根は呟く。まず最初に雄英生徒が集中的に狙われることはほぼ間違いないだろう。その証拠にこうして空中を移動している間にもかなりの視線を感じた。

 

 「ったく、人気すぎんのも考えものだな」

 

余裕の表れなのか、珍しく冗談めいたことを呟く垣根。そして、数ある高層ビルの中で一番高いビルに目を付けると、垣根は更に速度を上げビルの屋上まで上昇していった。

 

 (ここにすっか)

 

屋上に着地した垣根は、すぐに能力を発動させ、未元物質で偵察用の小型トンボを20体創り出すと、多方向に飛ばした。それに合わせて各トンボの視界に対応する小型鏡も20個創り出し、空中に設置する垣根。この鏡によって垣根がこのビルから動かなくとも、各トンボが捉えた視覚情報を一度に確認できる仕組みになっている。トンボを飛ばし終えた垣根は次に未元体を精製しにかかる。演算に神経を注ぎ、全部で六体の未元体を目の前に創り出すと、一体につき一つずつ赤いボールを渡した。

 

 「行け」

 

垣根から指示を受けた六体の未元体は一斉に屋上から飛び降ると、

 

 ドシンッ!

 

鈍い音と共にコンクリートの地面に着地する。普通の人間だったら間違いなくペシャンコになってしまうが、未元物質で構成されている未元体には何の問題もない。地上に着地した各未元体はそのまま一斉に散会し、それを見届けた垣根は片膝を立てながら座り込むと、各地の戦場の様子を映した鏡に目を向ける。

 

 「さぁて、じっくり見させてもらうか」

 

一通り鏡を見回した垣根が、まだ試験開始からあまり時間が経っていないこともあってか、動きがあるところは少なく、様子見をしている生徒が多い。しかし、その中でも早速戦闘が過熱している場所が緑谷達のいる場所。予想通り個性の割れている緑谷達は集中的に狙われていた。しかし相手側の果敢な攻めにも動じず、しっかりと対応できていた所を見ると早速脱落者が出るという状況にはならなそうだ。

 

 「何とか凌いでるじゃねぇか。まだ合格者は出そうにねぇなこりゃ」

 

そして垣根は他の鏡へ目を向ける。垣根は遠方へのみトンボを飛ばしたのではなく、自身の周囲にもトンボを配置していた。垣根がここへ移動する姿は多くの者に見られているハズなので、当然何か仕掛けてくるだろう。定石としては他の高層ビルの屋上に位置取って遠距離攻撃を仕掛けるか、真正面からこのビルへ入り、エレベーターでここまで上ってくるかの二択だろう。空を飛べる個性持ちがいれば垣根と同じく直接登ってこれるが、そのような個性持ちはどちらかと言えば少数派だろうし、集団行動が前提のこの試験を考えるとまずないだろう。なので垣根は周囲の建物の周りにもトンボを配置し、状況を確認出来るようにしていた。垣根の想定通り、ビルの屋上に陣取っている受験生の姿が何人か確認でき、いずれも垣根を照準に据えて構えている。そしてその中の、垣根から見て南西方面のビルの屋上に位置する受験生が垣根に対して攻撃を放つと、

 

 ドパンッ!

 

小さな爆発と共に垣根に直撃した。思わずガッツポーズを決める狙撃主だが、爆煙が晴れると撃たれる前と何一つ変わらぬ様子で座っている垣根の姿が確認でき、困惑した表情を浮かべる。

 

 「まぁそう来るよな。意味はねぇが」

 

遠隔攻撃は全て未元物質による自動防御が防ぐため、結局の所無意味なものに終わってしまう。となれば、垣根を狙う受験者の選択肢は一つ。真っ正面からこのビルへ入ってくるしかない。まだしばらくは遠隔攻撃を続けてくるだろうが、垣根には効かないと気付くとビルへ入ってくる受験者集団も現れるはずだ。

 

 「それはそれで却って好都合だがな。獲物を探す手間が省ける。それまで俺が残っていれば、の話だが・・・」

 (にしても緑谷のとこ以外、動きがなくてつまんねぇな・・・ん?)

 

垣根が退屈そうに鏡を見ていると、ふと一つの映像に目がいく。その鏡には、相澤がマークしておけと言っていた士傑学園高校の生徒の姿が映っていた。

 

 (こいつは確か・・・夜嵐イナサ、とかいったか?相澤曰く、推薦トップで合格したエリートらしいが・・・)

 

相澤の言葉を思い出しながらイナサの映る鏡を見る。イナサは建物の屋上に立ち、道路にいる人達を見下ろしていた。すると突然イナサが右腕を空に掲げ、辺り一帯に強風が吹き荒れる。イナサが生み出した風は受験生達の持っている赤いボールを全て巻き上げていく。風はイナサを中心に時計回りに回転し、その光景はまるで竜巻が発生しているかのようだった。ボールを取られた受験生達が唖然としながらイナサを見上げていると、突如イナサが掲げていた右腕を振り下ろした。するとイナサを取り巻いていた風とその風に乗っていたボールが一斉に受験者目掛けて襲いかかる。

 

 「「「うわああああああああああああ!!!!」」」

 

受験者は悲鳴を上げ、次々とターゲットにボールを当てられていった。その光景は正に圧巻。土煙の中、立っていたのはイナサ一人。その場にいたイナサ以外の受験者は誰一人何も出来ず、イナサ一人の手によって脱落させられてしまったのだ。これには目良もひどく驚いた様子でアナウンスする。

 

 《うぉー!?だ・・・脱落者120名!?一人で120名を脱落させて通過したぁ!!え~~~さて、ちょっとビックリして目が覚めて参りました。ここからドンドン来そうです。皆さん早めに頑張ってくださ~い》

 「ヒュゥ~♪派手にかますじゃねぇか」

 

イナサの力を見た垣根はご機嫌そうに口笛を吹きながらそう呟く。

 

 (学園都市(あっち)で言うところの『風力操作(エアロハンド)』か・・・それも大能力者(レベル4)相当。なるほど、相澤の言ってたことはあながち嘘でもなさそうだな・・・しかし、風を従える、か)

 

イナサの個性を見て垣根は学園都市第一位のことを思い出す。彼の能力はベクトル操作で風力操作(エアロハンド)ではないが、その性質上大気をも支配することができるため、イナサのように風も自在に操れるのだ。実際、一方通行と戦ったときも風を操りながら一方通行と空中戦を繰り広げた。そのことを思い出した垣根は思わず舌打ちをしながら悪態をつく。

 

 「チッ、ウゼぇこと思い出させやがって・・・まぁいい。にしても、そろそろだとは思うんだがな」

 

そう呟いた直後、垣根のターゲットがピコピコピコと音を立てながら青く点灯し、機械音声が流れる。

 

 《通過者は控え室へ移動してください。はよ》

 「おっ!終わったか。さっすがは俺のクローン。優秀だな」

 

垣根は先ほど放った未元体がしっかりと役目を完遂したことを確認すると上機嫌な様子で口にした。そして背中から翼を現出させると控え室に向かって飛び立った。垣根帝督、開始から一度も会敵することなく一次試験をクリア。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 垣根が控え室に入った時には既に何人かの受験生が室内にいた。その中には夜嵐イナサの姿もあり、元気に他校の生徒に話しかけていた。室内を一通り見渡しながら、近くのベンチに腰を下ろす垣根。試験の様子を映し出すモニターを眺めながら垣根は未元体について考えていた。

 

 (しっかし、便利なモンだよな未元物質の体ってのは。頑丈だの何だのメリットはいくつかあるが、何よりの利点はたとえ破壊されても俺の脳が機能してれば即再生可能ってところにある)

 

モニターに雄英生徒達の姿が映し出される。やはり個性がバレていて対策が練られていることもあってか、中々苦戦している様子だ。

 

 (今はまだ未元体に未元物質を実装できてないから俺がやるしかねぇが、もし各未元体に未元物質が実装できたとしたら肉体の再生も個体ごとに自動で行える。マジモンのゾンビ軍団の完成だな。流石に『自分だけの現実』(パーソナルリアリティ)そのものを実装するのは難しいが、能力の「噴出点」を設けてやることは出来るはずだ。そうすりゃ完全とは行かないまでも、それなりに未元物質の力を再現できる)

 

控え室にいる人の数が時間が経つにつれてどんどん増えていく中、垣根は一人思案する。

 

 (未元物質製の肉体・・・これがあれば、生身の肉体なんかもういらないかもな。そっちの方が便利だし、つぇーし。いっそ俺も全身未元物質人間にでもなっちまうかー)

 「なんつってな」

 「何がだ?」

 

唐突に声をかけられる垣根。思わず振り向くと、そこには轟の姿があった。

 

 「・・・盗み聞きとは趣味が悪ぃな」

 「いや、たまたま聞こえただけだ。悪ぃ」

 

そう言いながら轟は垣根の横に腰を下ろす。

 

 「随分遅かったな」

 「体育祭で個性バレてたからか、かなり対策練られてて苦戦した。流石にお前は早ぇな。一位通過って垣根か?」

 「いや。一位通過はアイツだよ。夜嵐イナサ」

 

顎でイナサの方を示す垣根。轟はイナサの方を黙って見つめる。

 

 「・・・」

 「そういやお前も推薦だったろ。会ったことあんだよな?」

 「・・・その筈なんだが、あんま覚えてねぇ」

 「覚えてねぇってお前、あんな強烈なヤツ、一回会ったら忘れねぇだろ」

 「・・・」

 「まぁいいけどよ・・・つか、お前以外誰も来ねぇけど大丈夫なのかアイツら」

 「やっぱ個性知られてんのは厳しいか・・・」

 

アナウンスによると現時点で70人の通過が確定したらしい。とすれば残りの枠は30。あまり悠長なことも言ってられない時間帯になってきた。垣根達がクラスメイト達の合否を案じ始めたとき、八百万・蛙吹・耳郎・障子の四人がこちらに歩いてくるのを確認する。八百万達もこちらの存在に気付き、ホッとした様子で話しかけてきた。

 

 「轟さんに垣根さん!通過していたのですね!」

 「流石ね!」

 「他の皆は?」

 「・・・来てない。一番最初が垣根で次が俺、その次がお前らだ」

 「そうか・・・まだか」

 「一緒に行動してたんじゃなかったのか?」

 「それが、傑物学園の方の個性で分断されてしまって・・・」

 「・・・」

 「残り30人・・・」

 「みんな通過できるといいんだけど・・・」

 

垣根達と八百万達が合流して少しすると緑谷・麗日・瀬呂、爆豪・切島・上鳴の二組が通過し、控え室で垣根達と合流する。さらに傑物学園の生徒が一気に8人通過したことで残席が9となり、もう全員通過は無理かと思われたが、最後の最後に残りのクラスメイト達が再び合流することに成功し、抜群の連携を見せた。結果、A組生徒残り八人全員滑り込み合格となった。

 

 「「いよっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」」

 「雄英全員一次通っちゃったぁーーー!!!」

 「スゲェ!!こんなんスゲえよ!!!」

 「ケケロ~!!」

 「良かった・・・!」

 「ああ!」

 「マジかよ」

 

まさかあそこから全員通過するとは、これには流石の垣根も少し驚いていた様子だった。ともあれ、見事雄英生徒は全員合格という形で一次試験は幕を閉じた。

 

 



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五十二話

 

 無事一次試験は全員合格した雄英生だったが、その喜びに浸る余韻もなく目良のアナウンスが控え室に響き渡る。

 

 《え~一次選考を通過した100名の皆さん、コレをご覧下さい》

 

すると画面には先ほどの一次試験で使ったフィールドが映し出された。皆怪訝そうに画面を見ている中、突如フィールドのあらゆる造形物が派手な音を立てて爆発した。

 

 (((なぜ!?)))

 

あまりに突然の出来事に動揺を隠せない受験生達。そんな中、目良が説明を開始する。

 

 《次の試験でラストになります。皆さんにはこれから、この被災現場でバイスタンダーとして救助演習を行ってもらいます》

 「「パイスライダー??」」

 「バイスタンダー!現場に居合わせた人のことだよ。授業でやったでしょ!」

 「一般市民を指す意味でも使われたりしますが・・・」

 《一次選考を通過した皆さんは仮免許を取得していると仮定し、どれだけ適切な救助が出来るか試させてもらいます》

 

目良の説明を聞きながら画面を眺めていた受験生達だったが、ふとあることに気付く。

 

 「ん?人がいる…」

 「!?老人に子供・・・!」

 「危ねぇ何やってんだ!?」

 

なぜか爆発したフィールドにいる一般人とおぼしき人達。皆が訝しげに見つめていると、目良が解説する。

 

 《彼らはあらゆる訓練において今引っ張りダコの要救助者のプロ。Help us company、略してフック(Huc)の皆さんです!》

 「・・・要救助者のプロって何だよ。ピンポイントすぎねぇか」

 

垣根は目良の説明にツッコミを入れるも、説明はまだ続いていく。

 

 《フックの皆さんは傷病者に扮して被災現場の全域にスタンバイ中。皆さんにはこれから彼らの救助を行ってもらいます。なお、今回は皆さんの救助活動をポイントで採点していき、演習終了時に基準値を超えていれば合格とします。10分後には始めますのでトイレなど済ましといて下さいね~》

 

目良による二次試験の説明が終わると、試験開始時刻まで自由に過ごす受験生達。垣根は用意されていた飲み物を適当に手に取り飲みながら時間を潰していると、そこへ八百万がやって来た。

 

 「垣根さん、少しよろしいですか?」

 「あ?何だよ」

 「その、垣根さんの個性についてなのですが…」

 

八百万が遠慮がちに切り出し、垣根は八百万の方へと向き直る。しばらく迷っていたみたいだが、意を決して八百万は垣根に質問を投げかけた。

 

 「単刀直入にお聞きしますわ垣根さん。垣根さんが作り出すあの白い物質は一体何なのでしょうか?」

 「…」

 「垣根さんの個性は『作製』。そう仰ってましたわよね?」

 「ああ。言ったな」

 「作製、つまり個性発現の仕組みは違えど、私と同系統の個性。創造系の個性は特段珍しくもないので垣根さんの話を聞いても、最初は『やや変わった個性』、程度の感想しか抱きませんでした。しかし…」

 「・・・」

 「どう考えても辻褄が合わないのです!垣根さんが生み出してきたモノは全て、私の知っている原理や法則に当てはまらないモノばかり。先日のあの人型造形物だってそうです。どれだけ考えても理論のりの字すら分かりませんでした。分かっていることと言えばただ一つ。それは、垣根さんの造形物は全てあの白い物質によって構成されているということ。ですから…」

 「それが何なのか解明できれば全ての謎が解ける、か?」

 「えっ…?えぇ、そうですわ」

 

垣根に言葉を先取りされ、一瞬驚いた様子の八百万だったが、垣根の言葉を肯定する形で返事を返した。八百万から疑問をぶつけられた垣根であったが、彼の表情には特に驚いた様子は無かった。すると、

 

 「聞いてどうすんだ?」

 「え…?」

 

垣根は逆に八百万に質問を返した。

 

 「俺からその答えを聞いて、どうするんだよ?俺が隠し事してるっつって相澤にチクりでもすんのか?」

 「そ、そんなこと致しませんわ!私はただ、気になってだけで…」

 

垣根の意地の悪い質問に戸惑う八百万。シュンとした様子の八百万があまりにも面白く、垣根は思わず吹き出してしまった。

 

 「冗談だよ。真に受けんな」

 「…!も、もう!からかわないでくださいまし!」

 「ハイハイ悪かったよ。だが今はどっちにしろ無理だ。もうすぐ試験始まるしな。だからまぁ、俺の気が向いたらいつか話すわ」

 「はい!ではその時までお待ちしておりますわ!」

 

垣根の答えに満足そうな様子を見せる八百万だったがその時、控え室中にけたましいサイレンが鳴り響き、目良のアナウンスが流れた。

 

 《敵により大規模テロが発生。規模は○○市全域。建物倒壊により傷病者数多数!》

 「これは…演習のシナリオ!?」

 「開始のゴングだな」

 

そして目良のアナウンス中に先ほどの一次試験の時と同様に控え室の天井と壁が開いていく。

 

 「また開くシステム!?」

 《道路の損壊が激しく、救急先着隊の到着に著しい遅れ。到着するまでの救助活動はその場にいるヒーロー達が指揮を執り行う。一人でも多くの命を救い出すこと。それでは…スタート!》

 

目良のかけ声と共に一斉に受験者達が走り出す。

 

 (人命救助…!それこそがヒーローの本懐!)

 (ちゃんとやるんだ!ちゃんと!)

 (採点とは言っていたが基準は一切明かされず…)

 (分からん以上は訓練通りやるだけだ)

 (まぁとりあえずは様子見だな)

 「やるぞやるぞやるぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

一次試験の時と同様、各学校単位で固まって動く生徒達。A組生徒達も固まって走っており、その中でクラス委員長の飯田が皆に指示を出す。

 

 「取り敢えず一番近くの都市部ゾーンへ行こう!なるべくチームで動くぞ!」

 「「「おお!!」」」

 

だが爆豪は一次試験の時と同様に一人チームから離れていき、その後を切島と上鳴も追っていった。開始からしばらく救助者を探して走っていたA組だが、緑谷が子供の泣き声らしき音を聞いたというのでその場へ直行するA組。すると瓦礫の真ん中に泣きじゃくっている救助者の姿を確認した。

 

 「いた!あそこだ!」

 「うぇ~ん助けてぇ~!!おじいちゃんが潰されてぇ~!!」

 「え!?大変だ!どっち!?」

 「なんだよそれ!減点だよォ!」

 「えっ!?」

 

今さっきまで泣きじゃくっていた救助者役のフックが急にしかめっ面で緑谷にダメ出しする。あまりの豹変っぷりに面食らうA組生徒達。だがフックは構わず続ける。

 

 「まず、私が歩行可能かどうか確認しろよ!呼吸の数もおかしいだろ!?頭部の出血もかなりの量だぞ!仮免持ちなら被害者の状態は瞬時に判断して動くぞ!」

 (この演習…フック自身が採点するのか!?)

 「こればかりは訓練の数が物を言う!視野広く、周りを見ろ!救出救助だけじゃない。消防や警察が到着するまでの間、その代わりを務める権限を行使し、スムーズに橋渡しを行えるように最善を尽くす。ヒーローは人々を助けるためあらゆる事をこなさなきゃならん!何よりアンタ…私たちは怖くて痛くて不安でたまらないんだぜ?かける第一声が『え!?大変だ!』じゃダメだろ?」

 「あ…」

 

緑谷だけでなく、その場にいたA組生徒達全員がこの試験の本質を理解する。求められるのは的確な判断力・素早い状況判断・臨機応変な対応。そして救助者を勇気づけるヒーローとしてのあり方。それらを各々が発揮した上での周りとの適切な連携。この訓練には文字通り、ヒーローとしての素質が試されているというわけである。

 

 (これまた面倒くせぇ試験だなオイ)

 

心の中でため息交じりにそう呟きつつ、垣根は未元体を作成し始める。そして、未元体を創りながら飯田達に声をかけた。

 

 「おい。とりあえずこのまま固まってても効率が悪い。何チームかに分かれるぞ」

 「なら、私は得意な川の方へ行くわ」

 「俺も行こう」

 「私も!」

 「よし!俺達も!」

 「ああ」

 「おー!口田、要救助者動物を使って探せる?」

 「…」コクリ

 「俺も探そう。峰田、手伝ってくれ」

 「オッケー」

 「私たちはこの辺を中心に救助活動を行っていきましょう!」

 「うん!」

 「よし!状況によっては他校ともコミュニケーションを取り、より多くの命を救わん!」

 「「「おう!」」」

 

飯田のかけ声に力強く応じるA組生徒達。そして垣根も未元体を四体作り終えると背後から翼を出し、宙に浮かんでいく。

 

 「各チーム一体ずつやる。好きに使え」

 「うぉい!何かと思えばあのトンデモ分身体じゃねぇか!!!」

 『うるせぇぞ峰田。さっさと行くぞ』

 「って喋ったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」

 「会話も出来るのか・・・!」

 「垣根はどうするんだ?」

 「俺は(これ)があるからな。上空から手が足りてねぇとこ見つけてヘルプに入る。オラ時間ねぇぞ。とっとと散れ。緑谷は・・・」

 「うん!僕はこの子を救護所まで運んでくるよ!」

 

そして各チームごと自分達の分担地域目指して一斉に散っていった。垣根は先ほど自分で言ったように上空からフィールドを俯瞰し、手が足りていない所やまだ救助が行われていない場所を見つけて救助活動に当たった。その際に特に役立ったのは、I・アイランドで見せた、未元物質の疑似オジギソウとしての力だ。対象物の分子をむしり取り、無音で跡形もなく塵にしてしまう為、どれだけ大きい障害物に挟まれていようともいとも簡単に救助者を助け出すことができた。

 

 (クソジジイ…テメェの死は無駄じゃなかったぜ。おかげでコイツを知れたからな)

 

垣根は学園都市での暗部抗争の際に葬った『メンバー』の博士に心の中で礼を言う。そして負傷者を救護所に運ぶのにも垣根の翼による飛行能力は大いに役立ち、垣根の立ち回りは全体的に良好だと言えよう。しかし、そんな垣根にも苦戦していた部分があり、それは救助者への声かけだ。救護所へ運ぶ最中などに励ましの言葉をかけることが一般的なのだが、垣根の場合はそこがイマイチだった、特に子供のコスプレをしたおっさんを抱えて飛んでいるときに、垣根の無愛想対応に散々小言を言われた挙句、垣根の引きつった笑顔をしかめっ面で見つめた後、「心がこもってない。減点」と言われたときには思わず空中から投げ捨ててやろうかと思ったくらい腹が立った。そういうわけで全てが順調かと言われればそんなことはないのだが、概ね上手く対応できていた垣根は、再び上空から旋回し救助ポイントを探していた。すると突然、

 

 ボォォォン!!!

 

フィールドの複数の場所で同時に爆発が起きる。受験者のほとんどは困惑した表情を浮かべ、垣根も一旦地上に降り立つ。すると目良のアナウンスがフィールドに響き渡った。

 

 《敵により大規模テロが発生。敵が姿を現し追撃を開始。現場のヒーロー候補生は敵を制圧しつつ、救助を続行して下さい》

 「戦いながら救助を続行・・・」

 「あーーーもう正気かよ!?ハードル高くねぇ~か!?」

 

近くにいた峰田が頭を抱えながらその場で絶叫する。しかし叫びたくなるのも無理はない。敵と戦いつつ救助を続行するなどプロヒーローでも難しいことだ。それを仮免候補生にこなせと言うのだから、運営はなかなかのスパルタっぷりだ。しかし、多くの受験生が戸惑う中、ただ一人その口角を上げる者がいた。

 

 「いいね。中々気合い入ってるじゃねぇか運営さんよ。慣れねぇ人助けとグチグチうるせぇおっさん共のせいで、いい感じにストレス溜まって来たところだ。俺が行くまでやられんじゃねぇぞ?」

 

垣根は不敵に笑いながらその場で能力を発動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ぐっ…あっ…!?」

 

ギャングオルカの大きな手によって首を掴まれた轟はうめき声を上げる。突如、敵役として試験に乱入してきたギャングオルカとその部下達から救護所を守るために轟とイナサはギャングオルカと交戦した。しかし、二人の間の確執は互いの足を引っ張り合う形となり、あろうことか戦闘中だというのに二人は口論を始めてしまったのだ。そんな隙をギャングオルカが見逃してくれるはずもなく、超音波攻撃によって二人の体は自由がきかなくなってしまった。二人が戦闘不能になっている隙に敵達が救護所を襲いに行く。

 

 「ヤバい!突破されてる…こっち来る!」

 

芦戸が後ろを振り返りながら慌てて叫ぶ。まだ救護者達の避難は完了しておらず、さらには傑物学園の真堂もノックアウト状態であるため、ヒーロー側としては大変マズい状況ということになる。真堂を抱えて移動していた緑谷だが、追っ手がすぐ側まで迫っているのを確認すると真堂を地面に降ろし戦闘態勢に入ろうとする。

 

 (距離的に僕が戦線を作らないとマズい…!)

 

緑谷が個性を発動させようとしたその時、突然脇から白の大群が緑谷と敵達の間に割って入ってきた。

 

 「えっ!?」

 「な、何だコイツら!?」

 

予想外の横やりに思わず敵達の足が止まる。緑谷も一瞬驚いた様子だったが、よくよく目の前の軍勢を見るとそれらが見覚えのあるモノだということに気付く。

 

 「これは、垣根君の…!?」

 「お、ギリ間に合ったな」

 

空から垣根の声が聞こえると、翼を広げながらゆっくりと緑谷達の下へ降りてきた。

 

 「垣根君!?」

 「おう緑谷。悪いな遅くなって。ちと数作るのに時間食っちまってよ」

 「これ、全部個性で作ったの!?」

 

驚愕の声を上げながら目の前の未元体の軍勢を見る緑谷、その数はざっと見積もっても30はあり、敵達とほぼ同数くらいだ。緑谷が目を丸くしていると、

 

 「ここは俺が受け持つ。お前は救護所の避難手伝ってこい」

 

垣根が緑谷に言う。

 

 「で、でもこの数相手に一人は流石に…」

 「大丈夫だ。一匹たりとも通さねぇよ。いいから行ってこい」

 「わ、分かった!避難が完了したら必ず加勢に来るよ!」

 

そう言って緑谷は真堂を抱えながら救護所の方へ向かった。すると敵達の奥からギャングオルカが姿を現す。

 

 「ほぅ・・・分身体か。それだけの数をこの短時間でよく作り上げたものだな」

 「光栄だね。No.10からお褒め頂けるとは」

 「だが結果は同じだ。お前も轟達と同様、この手で沈めるまで!」

 「あ?轟?…って何だよアイツ、負けてんじゃねぇか…あれ?それに確かアイツは士傑の…へぇ、流石はNo.10ってとこか。中々出来そうだな」

 

ニヤリと笑う垣根と鋭い目つきのギャングオルカがにらみ合い、同時にかけ声を放った。

 

 「「行け」」

 

途端に未元体達が一斉に動き出し、敵達に向かって走り出す。一方の敵達はセメントガンを構えながら発砲の叫びを上げた。

 

 「撃てぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!

 

大量のセメントガンが未元体に飛来する。放たれたセメントガンの何発かが未元体に直撃し、未元体の動きを止めることに成功した。しかし数秒後、未元体にこびりついたセメントがだんだん白く変色していき、ドロドロの状態になりながらベチョリと音を立てて地面に落下した。そして再び走り出す未元体。敵達は困惑したように声を上げる。

 

 「お、おい!セメントガンが溶けちまったぞ!?どうなってんだ!?」

 「わ、分からねぇ!!とにかく撃ちまくれぇ!!」

 「うわああああああああ!!!」

 

未元体の群れがとうとう敵達の下へ到達し、一斉に襲いかかった。対人戦闘で未元体が敵達を圧倒し、次々と敵を戦闘不能へ追いやっていく。敵達も諦めずにセメントガンを撃っているがそれでも未元体は止まらない。そして敵の最深部までたどり着いた二体の未元体がギャングオルカに襲いかかった。

 

 「舐めるなァ!!!」

 

迫り来る未元体に一喝しながらギャングオルカは超音波攻撃を繰り出した。

 

 キュィィィィィィィィィィン!!

 

甲高い音を立てながら激しい超音波が未元体を襲い、その衝撃で後方へ軽く飛ばされる。そしてギャングオルカは全力で駆け出し、されに三体の未元体を超音波の衝撃で退けると思いっきり跳躍し、一気に垣根本体を射程に捉える場所まで距離を詰める。すると突如、上空から二体、何かが飛来し、

 

 ズドンッッッ!!

 

という衝撃と共に垣根の両隣に降り立った。それは全長五メートル程の緑色の目をした大きな白いカブトムシ型の兵器だった。その二体のカブトムシの装甲がパックリと開き、巨大な薄い羽を展開すると空中のギャングオルカの方へ体を向ける。対するギャングオルカは空中から再び超音波攻撃を放った。

 

 キュィィィィィィィィィィン!!

 

甲高い音と共に発せられた超音波が垣根達を襲う。すると、

 

 「!」

 

二機のカブトムシが展開した巨大な羽根を高速振動させ始め、空気に振動を生み出す。まき散らされた空気の振動はギャングオルカ超音波とぶつかり合い、相殺させることに成功した。

 

 「なんだと!?」

 「やっぱ音波の類いか。けどよ、残念ながらそんなんじゃ俺には届かねぇ。いや、俺どころかアイツらにもな」

 「!?」

 

ギャングオルカは急いで自分の後ろを振り返ると、先ほど倒したはずの未元体達がゆっくりと起き上がってくる。ギャングオルカは目の前の尋常ならざる光景に思わず声を漏らす。

 

 「馬鹿な…!?俺の超音波を喰らいながらもう動けるようになるなど…ありえん!!」

 「超音波ねぇ・・・脳に振動を起こして体の自由を奪う仕組みなんだろうが、生憎とそいつらの脳は特別製でな。せいぜいちょっと強めの衝撃波程度にしかならねぇよ」

 「何を言っている・・・!?」

 「理解する必要はねぇよ。そんなことより、アンタは自分の心配をした方がいい。なんせ、俺の兵隊共はまだピンピンしてるからな」

 「くっ…!?」

 

再起した未元体がギャングオルカに対して一斉に襲いかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おいおいイレイザー、こいつは何の冗談だ?」

 「…」

 

 観覧席で試験の様子を見ていたジョークは同席していた相澤に目の前の光景の説明を求めるも、相澤も黙ったままだ。今回の二次試験、要救助者を救助すると同時に敵とも対敵し、救助者に敵による被害が出ないように適切な対応をしなければならないという非常に難解な試験となった。しかもその敵役がプロヒーローの中でも指折りの実力者であるギャングオルカとその部下達。はっきり言ってプロがこの試験を行なったとしても、その合格率は高くはないだろう。それを仮免も取得していない学生達がこなさなければならないのだからその難易度は言うまでも無い。特にギャングオルカという強敵の対応を行った者への評価の基準としては、「どこまで善戦できたか」という枠の中で行なわれるはずである。しかし、ジョークや相澤が目にしている光景はその前提を覆すものであった。No.10ヒーロー・ギャングオルカが垣根の生み出した5体の白い人型造形物に押されている。ギャングオルカの部下達はとっくに制圧されており、部下達一人一人を未元体が押さえ込んでいた。何回地に伏せさせても何度でも立ち上がりギャングオルカに迫っていく未元体達。そして彼らの振るう拳は壁に穴を開け、彼らの繰り出す蹴りは地面にクレーターを生み出すほど強烈で、それが5体分ともなれば流石のギャングオルカも劣勢になるのは必至。さらに、垣根の両隣にある二機のカブトムシもその砲撃によってギャングオルカを追い詰めている。そして当の垣根本体は突っ立ったまま、ただギャングオルカが追い詰められていくのを黙って見つめている。この異様な光景についてジョークは相澤に説明を求めたのだ。

 

 「相手はNo.10だぜ?それを一生徒がここまで圧倒するとか、おかしいでしょどう考えても。しかも一年坊と来た」

 「…ああ。俺もそう思うよ」

 

相澤が噛みしめるように言葉を発する。この光景に驚いていたのはジョーク達だけではなく、別室でこの試験を監督していた目良までもが驚きを隠せない様子でいた。

 

 (どーなってんのコレ…ギャングオルカがこうも一方的に押されるなんて、流石に予想できませんよ。垣根帝督…先の神野区事件の当事者。体育祭での活躍から優秀な生徒であることは認識していましたが、まさかここまでとは…残りのフックの数も僅かとなってきたのでそろそろ試験も終わりですが、これは最後まで目が離せませんよぉ~)

 

画面に映し出された映像を見ながら目良は心の中で呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「チッ!鬱陶しい…!」

 

 ギャングオルカが思わず悪態をつく。ギャングオルカは五体の未元体を相手にしていた。こちらがいくら攻撃しても全く効いている様子は無く、攻撃の手は一向に緩まなかった。加えて一体ごとの攻撃力がかなり高く、一撃一撃をガードする度に重い衝撃がギャングオルカを襲った。

 

 (それにしても、俺の部下達を一人残らず制圧し、その上で俺の相手をする余力があるとは…なんという少年だ…!)

 

未元体の攻撃を躱しながら、ギャングオルカは垣根帝督の実力に瞠目する。未元体達は休むことなくギャングオルカに攻撃を仕掛けていく。ギャングオルカに殴り飛ばされても、超音波攻撃を食らっても、次の瞬間には立ち上がり、再び攻撃体勢に入るのだ。最早ゾンビのようなものである。一体相手取るだけでも厄介なのに五体同時に来られては流石のギャングオルカも防戦気味になり、ジリジリと後退していく。ギャングオルカがハンデとして身につけさせられている拘束用プロテクターは未元体の絶え間ない攻撃により、あちこちにヒビが入っていた。さらに、定期的に放たれるカブトムシ砲撃もかなり面倒で、未元体を相手取りながらこちらにも注意を払い続けなければならない。そんな劣勢の中でギャングオルカは打開策を考える。

 

 (やはり垣根本体を叩くしかない。超音波が通じない以上、直接拳をたたき込む!)

 

ギャングオルカは指針を決めると迫り来る五体の未元体達の足下に向けて超音波攻撃を放った。すると、

 

 ガシャンッッ!!

 

超音波を受けた地面が崩落し、未元体達はバランスを崩した。その隙を狙い、ギャングオルカは一気に未元体達を飛び越えると、ジグザグな軌道を描きながら垣根に迫っていく。カブトムシは、

 

 ドォン!!ドォン!

 

轟音を響かせながら砲撃でギャングオルカを撃ち続けるも、不規則な走りをするギャングオルカには中々命中しなかった。そして垣根とギャングオルカの距離が残り五メートル程になったその時、

 

 「!」

 

突如片方のカブトムシが羽を広げながら飛び出し、ギャングオルカに突進した。

 

 「何…!?」

 

意表を突かれたギャングオルカだったが、その両手でカブトムシの角をガッシリと受け止める。しかしカブトムシの勢いは止まらず、みるみるギャングオルカを後方へ押し戻していく。

 

 「なんという力だ!?」

 

両手で角を受け止め、必死に足に踏ん張りをきかせているギャングオルカだったが、どんどん押し込まれていく。するとギャングオルカはカブトムシの角を自身の脇に締めながらガッチリと固定し更に腰を落とすと、

 

 「舐めるなァァァァァァ!!!!!」

 

雄叫びをあげなが渾身の力で白い巨体を持ち上げ、そのままバックドロップをかますかのようにカブトムシを後ろの地面に叩きつけた。ズシンッッッ!!と大きな衝撃が辺り一帯に響き渡る。

 

 「おーおーすげぇ力だな。大したもんだよ。だが、これで隙だらけだ」

 

垣根の言葉の直後、ドォォォォォォォン!!という轟音が鳴り響き、砲撃がギャングオルカを襲う。

 

 「ガハッ……!?」

 

砲撃はギャングオルカの足下に炸裂し、その衝撃でギャングオルカの体は宙を舞い、後方へ吹き飛ばされた。

 

 「やーっとまともに当たったか?デカい割に俊敏で面倒かったぜ」

 

やれやれと言わんばかりにそう呟くと、吹き飛んだギャングオルカに追撃するため垣根は歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「くっそっ…!!」

 「ちっくしょう…!!」

 

 轟と夜嵐は地に伏し、呻きながら垣根とギャングオルカの戦いを見ていた。自分達を打ち負かしたギャングオルカ相手に一人でタメ張っている垣根のスゴさは勿論感じていたが、それ以上に自分達が犯した失態に腹を立てていた二人。最初からきちんと連携を取れていればこんな事態になっていなかったかもしれない。垣根が出張るまでもなく、二人で何とか抑えられていたかもしれない。小さなつまらない意地をお互いが張り合い、試験に集中出来ず、その結果がこの醜態だ。こんなことでプロになることなど到底出来はしない。二人は垣根の戦いを見ながら己の愚かさを痛感していた。

 

 (嫌だったモノに自分がなっていたよ…!)

 (俺のしてきたことがこの事態を招いた…!俺が!)

 ((取り返さねぇと!!))

 

その時、凄まじい轟音が聞こえ、ギャングオルカがこちらに飛ばされてくることに気付く。ギャングオルカはそのまま轟達の近くの地面に激突し、呻きながら立ち上がる。それを見た轟はある策を思いつく。だがそれは同じく地に伏しているイナサ次第の策でもあった。

 

 (無駄に張り合って、相性最悪・・・連携ゼロ・・・こんなんで、トップヒーローに敵うわけがねぇ・・・もしお前もそう思ってんなら・・・下から掬い取れ!!)

 

突如、轟の体から激しい炎が吹き荒れる。それを見たイナサは瞬間的に轟の考えを理解し、個性を発動する。

 

 (痺れて力が入らない…!しかし!やるっきゃない!!)

 

イナサの体からも烈風が吹き出し、轟の炎へと向かう。イナサの烈風によって掬い取られた轟の炎熱がギャングオルカに襲いかかった。

 

 「!?」

 (炎と!)

 (風で!)

 ((閉じ込めろ!!!))

 

烈風によって下から掬い上げられた炎はギャングオルカの体を覆うように渦を巻き、その体を閉じ込める。それはさながら、炎の竜巻のよう。ギャングオルカは炎の渦の中で轟とイナサの方を見ながら冷静に分析する。

 

 (体は動かせずとも・・・。威力精度は減退しているが、麻痺の効きが充分ではなかった。かろうじて個性をコントロールできている。一方で、完全に動けない轟は炎をくべることで夜嵐の威力をカバー。先ほどまでの愚行が消えるわけではない。だが・・・いいじゃないか!雨降って地固まる。過ちに気付き、取り返さんとする。そういう足掻きは嫌いじゃない)

 

轟とイナサの連携をギャングオルカなりに評価すると、唐突にポケットからペットボトルを一本取り出し自らの体にかける。そして、

 

 「炎と風の熱風牢獄か。いいアイデアだ。並の敵なら泣いて許しを請うだろう。ただ・・・そうでなかった場合は?打ったときには既に次の手を講じておくものだ!」

 「くっ…!?」

 「うっ…!?」

 

キュィィィィィィィィン!!と甲高い音と共に突如熱風牢獄がはじけ飛ぶ。ギャングオルカの超音波攻撃によって炎の渦が打ち消されてしまった、牢獄の中から姿を現したギャングオルカは鬼気迫る表情で轟達に問う。

 

 「で?次はァ!?」

 (ねぇよ…)

 「オイオイ、よそ見してんじゃねぇよ」

 「!?」

 

ギャングオルカが垣根の声に反応しハッとした様子で顔を上げると、五体の未元体が一斉に跳び蹴りしてくる光景が視界に入る。急いで防御態勢を作るも、

 

 「ぐ……っ!?」

 

衝撃を殺しきれず後ろへ吹っ飛び壁に激突した。

 

 「垣根ェ・・・!!」

 「何勝手におっぱじめようとしてんだよ。お前の相手は俺だろ」

 「いいだろう・・・!まずは貴様からだ垣根ェ!!」

 

ギャングオルカは全速力で駆け出し、垣根に向かっていく、だが、

 

 「!」

 

不意にナニカを目の端で捉えたギャングオルカは無意識に右腕をあげる、するとその直後、右腕に衝撃が走った。

 

 「SMAAAAAAAASH!!!」

 (緑谷ァ…!)

 

緑谷の乱入に目を見開くギャングオルカ。しかし驚いていたのは垣根も同様だった。

 

 「緑谷、お前なんで…」

 「救護所の避難が終わったから手伝いに来たよ!」

 「俺達もな!」

 

垣根の背後からも声が聞こえ、振り返るとそこには尾白や芦戸、常闇や蛙吹などの姿。士傑や傑物学園の生徒の姿もある。

 

 「垣根が敵全員食い止めてくれてたおかげで早めに避難を完了させることが出来た!サンキューな」

 「ここからは私たちも加勢するわ」

 「…ああ、そう」

 「むぅ…これは厄介だな」

 

ギャングオルカvs受験生達が始まろうとしていたその時、ブザー音のような音が鳴り響くと共に目良のアナウンスが響き渡った。

 

 《え~只今をもちまして配置された全てのフックが危険区域より救助されました。誠に勝手ではありますが、これにて仮免試験全行程終了となります》

 「終わった…?」

 《集計の後、この場で合否の発表を行ないます。怪我をされた方は医務室へ、他の方は着替えて暫し待機でお願いします》

 

会場に響く試験終了のアナウンス、これにて仮免試験、終了。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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五十三話

 

 「シャチョー…」

 「すいません。仕事できませんでした…やっぱ拘束用プロテクターは動きづらいですね」

 (いや、プロテクターの問題ではない。炎の渦も緑谷の奇襲も見事だったが、何より驚嘆すべきはあの分身体の質。俺の部下達を一瞬で無力化するだけでなく、俺が押し込まれるほどの攻撃力…その証拠に)

 

 突然、ギャングオルカが右腕に付けていたプロテクターが割れ、ズシンッ!と鈍重な音を立てながら地面に落ちる。緑谷の攻撃が決定打になったのだろう。他の箇所に付けていたプロテクターも、未元体に攻撃を受けた箇所はすべてヒビが入っていた。

 

 (プロテクターに助けられていたのは俺の方かもしれんな…そして何より、垣根本人は何もしていない(・・・・・・・)という事実。奴はただ見ていただけ。にわかには信じられんな。これほどの制圧力を持った学生がいるとは…垣根帝督、底が知れない…)

 

ギャングオルカは控え室へ戻っていく垣根の背中を静かに見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 仮免試験が終わり、受験者一同は制服に着替えると再びフィールドに集まった。そして目良が合否に関してのアナウンスを始めた。

 

 《え~皆さん、長いことお疲れ様でした。これより発表を行ないますがその前に一言、採点方式についてです。我々ヒーロー公安委員会とフックの皆さんによる二重の減点方式であなた方を見させてもらいました。つまり、危機的状況でどれだけ間違いの無い行動を取れたかを審査しています。とりあえず、合格者の方は五十音順で名前が載っています。今の言葉を踏まえた上でご確認下さい》

 

目良がそう言うと後方の大きな電光掲示板に合格者の名前が映し出される。皆不安そうな様子で自らの名前を探しだす。そして、

 

 「あったぜ!峰田実!!!」

 「あったぁ~…!」

 「あるぞ!」

 「よし!」

 「麗日!」

 「こぇ~…」

 「フッ…」

 「良かったぁ…」

 「あったぜ!」

 「わぁーーーー!!」

 「…!」

 「点滴穿石ですわ!」

 「ケロォ~!」

 「やったぁ~!」

 「しぇ~い!!」

 「あったァ!けど…」

 「…ねェ!!」

 「……」

 「ま、当然だな」

 

A組生徒のほとんどは無事合格しており、歓喜の声を上げる。垣根も無事自身の名前を見つけ出す。すると士傑の夜嵐イナサが轟の名を呼びながらこちらにやって来た。しばらく無言で向き合う二人だったが、いきなりイナサが勢いよく頭を下げた。

 

 「ごめん!あんたが合格逃したのは俺のせいだ!俺の心の狭さの…!!」

 「……」

 「ごめん!!!」

 「元々俺が蒔いた種だし、よせよ」

 「けど…!」

 「お前が直球でぶつけてきて気づけたこともあるから」

 

轟とイナサの会話を聞いていたA組生徒達は驚きの表情で彼らを見つめていた。

 

 「轟、落ちたの…!?」

 「ウチのスリートップの内二人が落ちてんのかよ…!」

 「暴言改めよ?言葉って大事よぉ?」

 「黙ってろ殺すぞォォォ!!」

 「」ガクブル

 「両方ともトップクラスであるが故に自分本位な部分が仇となったわけである。ヒエラルキー、崩れたり!うぐっ…!?」

 

飯田が調子に乗り始めた峰田の口をすかさず塞ぐ。

 

 「轟君…」

 「轟さん…」

 

緑谷と八百万が心配そうに轟を見つめる中、目良が話を再開した。

 

 《え~続きましてプリントをお配りします。採点内容が詳しく記載されてますのでしっかり目を通していて下さい》

 

目良がそう言うと黒服の人達が合格者達にプリントを手渡ししていく。各自配られたプリントの内容に目を通す。

 

 「切島君」

 「あざっす!」

 「よぉこぉせぇやァ~…」

 「そういうんじゃねぇからコレ」

 「上鳴~見して~」

 「ちょい待て!まだ俺見てない」

 

合格者達が手渡されたプリントに目を通していく中、目良が採点方式について説明する。

 

 《ボーダーラインは50点。減点方式で採点しております。どの行動が何点引かれたなど、下記にズラーッと並んでいます》

 「61点。ギリギリ…」

 「俺84!見て俺スゴくね!?地味に優秀なのよね俺って」

 「待って!ヤオモモ94点!?」

 「ウフフ」

 「飯田君どうだった?」

 「80点だ。全体的に応用が利かないという感じだったな。緑谷君は?」

 「僕71点。行動自体ってより行動前の挙動とか足止まってたりするところで減点されてる」

 「こうして至らなかった点を補足してくれるのは有り難いな!」

 「うん」

 「ねぇねぇていとくん、何点だった?」

 

A組生徒達が各々の点数について共有し合っている中、麗日が垣根の下へ点数を聞きにやって来た。

 

 「私74点。個性はちゃんと有効活用できてるけど、まだまだ状況判断が甘いって」

 「まぁお前らしい点数だな」

 「アハハ…で!ていとくんはどうだったの?」

 「…ほれ」

 

そう言って垣根が見せてくれたプリントに目を通す麗日。

 

 「どれどれぇ~……って97点!?高すぎやろーーーーー!?」

 

麗日が思わず大声を出すと、他のクラスメイト達もやって来て垣根のプリントを見出した。

 

 「えっ!?垣根マジ!?どれどれ見せて~!うわホントだ!」

 「97って…ヤオモモより高いじゃん…」

 「流石ですわね垣根さん」

 「逆に何で減点されたんだお前。どれどれ~…『救助者の声かけにイマイチ心がこもっていません。もっと熱意ある声かけを心がけましょう』……プッ!」

 「おい上鳴、今笑ったか?」

 「」ブルブルブル

 

プリントを受け取った生徒達が自分の点数や他の人の点数を見て一喜一憂している中、目良が話を続ける。

 

 《え~合格した皆さんはこれから緊急時に限り、ヒーローと同等の権利を行使できる立場となります。すなわち、敵との戦闘・事件事故からの救助など、ヒーローの指示がなくとも君たちの判断で動けるようになります。しかしそれは、君たちの行動一つ一つにより大きな社会的責任が生じることでもあります。皆さんご存じの通り、オールマイトというグレイトフルヒーローが力尽きました。彼の存在は犯罪の抑制になるほど大きなものでした。心のブレーキが消え去り、増長する者はこれから必ず現れる。均衡が崩れ、世の中が大きく変化していく中、いずれ皆さん若者が社会の中心になっていきます。次は皆さんがヒーローとして規範となり、抑制できるような存在とならねばなりません。今回はあくまで仮のヒーロー活動認可資格免許。半人前程度に考え、各々の学舎で更なる精進に励んで頂きたい。え~そして不合格になってしまった方々。点数が満たなかったからとしょげてる暇はありません。君たちにもまだチャンスは残っています三ヶ月の特別講習を受講の後、個別テストで結果を出せば君たちにも仮免許を発行する予定です》

 「「「おぉ~!!!」」」

 《今私が述べた”これから”に対応するためにはより質の高いヒーローがなるべく多く欲しい。一次選考はいわゆる『落とす試験』でしたが、選んだ100名はなるべく育てていきたいのです。そういうわけで全員を最後まで見ました。結果、決して見込みがないわけではなくむしろ至らぬ点を修正すれば合格者以上の実力者になる者ばかりです。学業との並行でかなり忙しくなるとは思います。次回四月の試験で再挑戦しても構いませんが…》

 「当然!!」

 「お願いします!!」

 

不合格になってしまった爆豪達が気合いの入った返事を返す。

 

 「やったね轟君!」

 「やめとけよぉ。取らんでいいよ楽に行こ?ヒエラルキ…」パン

 「待ってるぞ!」

 「うん!」

 「すぐ…追いつく」

 

緑谷達から暖かい声援を受ける轟に、ふと垣根が尋ねた。

 

 「お前、あの士傑の奴と何かあったのか?」

 「まぁ、ちょっとな」

 「ふーん…」

 

しかし、轟ははっきりと答えはしなかった。垣根も特に言及はせず、今回の試験について自分なりに振り返った。

 

 (今回の仮免試験は未元体の実践的運用を試すことが俺の目的のメインだったが、その意味では上出来だな)

 

垣根は今後の更なるステップアップを決意しながら会場を後にした。こうしてようやく、仮免試験の全日程が終了。垣根達にとっての長い一日が終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 仮免試験が終わるとA組生徒達は学生寮に帰った。夜になり、食事や風呂を済ませた後は一階の共同スペースでくつろぐ生徒が多かった。しかし、その中に垣根の姿はない。それは、垣根が一人相澤の部屋に向かっていたからだ。垣根は部屋の前に着くとコンコンとノックをする。

 

 「入れ」

 

相澤の返事と共にドアを開ける垣根。中には部屋着の相澤とオールマイトがソファーに腰掛けていた。垣根は二人の姿を確認すると部屋の中に入っていく。するとオールマイトが怪訝そうに相澤に尋ねた。

 

 「相澤君、これは一体…?」

 「仮免試験場から寮に着いたとき、垣根に頼まれましてね。俺とオールマイトさんに話したいことがあると」

 「話したいこと?」

 「ええ。その内容は俺もまだ知りません。それを今から話してくれるんだろ?」

 「ああ」

 「一体、何を話してくれると言うんだい?」

 

オールマイトが垣根の顔を見つめながら質問し、相澤も黙って垣根の顔を見つめている。二人の視線を受けながら垣根はその口を開き、言葉を発した。

 

 「俺の『個性』の話だ」

 

そう言って垣根は自身の能力や学園都市について話し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バタン

 

 相澤の部屋から出た垣根は扉を閉めると自分の部屋へと歩を進める。歩きながら垣根は先ほどまでの出来事を回顧していた。垣根は仮免試験が終わり宿舎に戻ると相澤に頼み、相澤とオールマイトに話をする場を設けてもらったのだ。そして垣根は二人に話した。自分の出自と能力について。垣根の話を聞いた二人は終始呆気にとられていた様子だったが、いきなり自分の生徒が「実は自分、この世界の人間じゃありません」などと言ってきたら誰でも面食らってしまうだろう。しかしそれでも垣根は今まで隠していたことの大体を二人に話したのだ。理由としては先日の神野区事件だ。そこで垣根は『木原』という脅威の存在を知った。敵側に木原が関わっている以上、もしこのまま情報を隠していたらそのうち取り返しのつかない被害がヒーロー側に出てしまうかもしれない。木原とはそういう(・・・・)脅威なのだ。これから迫り来るであろう敵連合との衝突に向けてこれ以上情報を隠しているのは得策ではない、と判断し垣根はまず身近にいて比較的信頼できるこの二人に話すことにしたのだ。オールマイトは勿論だが、普段はポーカーフェイスの相澤も流石に困惑していた様子だったが、それでも最後まで話を聞いてくれた。話を終え二人の疑問に全て答えた後、垣根は早々に部屋を後にした。まだ完全に呑み込めたわけではないだろうし、きちんと整理する時間が必要だろうと思ってのことだ。とにかく、これで垣根の秘密を知る者がこの世界にも出来た。垣根は自身のクラスメイト達にもそのうち話そうと考えているが、

 

 (さて、いつ話すかねぇ・・・)

 

彼らに話すタイミングについて頭を悩ませる。どのタイミイングで話すのがベストか色々考えている内に自身の部屋までたどり着いてしまった垣根。

 

 「・・・ま、ウダウダ考えてても仕方ねぇな。なるようになるってやつだ」

 

ひとりでにそう呟きながらドアに手をかけ部屋に入ると、静かにドアを閉めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




仮免編終わり~


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雄英高校 インターン~
五十四話


 

 「「「えぇぇぇ~!?」」」

 「喧嘩して・・・」

 「謹慎!?」

 

 仮免試験翌日、一回の共同スペースにてA組クラスメイト達による驚きの声が響き渡る。彼らの視線の先には、顔に湿布を貼り、腕に包帯を巻きながら掃除機をかけている緑谷と爆豪の姿があった。何でも、この二人は昨夜遅くに演習場に無断で入り、個性を使い派手に喧嘩したのだという。その罰として緑谷は3日、爆豪は4日の謹慎処分が下されたらしい。しかも謹慎中は掃除やゴミ捨てなど寮での雑務をこなさなけらばならないらしい。

 

 「馬鹿じゃん」

 「馬鹿かよ・・・」

 「骨頂・・・」

 「「・・・・・・」」

 

切島達は呆れたように言い放つ。爆豪はイライラしながら、緑谷はいたたまれなさそうにしながら黙って掃除機を動かしていた。

 

 「それで、仲直りしたの?」

 「仲直り・・・っていうものでも・・・うーん、言語化が難しい・・・」

 「よく謹慎で済んだものだ!では、これからの始業式は君ら欠席だな」ヒュンヒュン

 「爆豪、仮免の補習どうすんだ?」

 「うるせェ!!テメェには関係ねェだろ!?」

 「お前、本物の馬鹿だったんだな」

 「うるせェェェェ!!!とっとと行きやがれクソ野郎共!!!」

 「じゃ、掃除よろしくな~」

 

そういう訳で緑谷と爆豪を寮に残したまま垣根達は始業式へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「皆いいか!列は乱さずそれでいて迅速に!グランドへ向かうんだ!」ピシッピシッ

 「や、お前が乱れてるよ」

 「はッ・・・!?委員長のジレンマ・・・!!」ブルブル

 

 飯田のかけ声の下、A組生徒達は教室から始業式へと向かっていた。すると、

 

 「聞いたよA組ィ」

 「!?」

 

廊下の柱にもたれかかり、まるでA組生徒達がくるのを待っていたかのように佇んでいるB組の物間が声をかけてきた。上鳴達を始めとするA組生徒達が思わず立ち止まると、心底こちらを馬鹿にしたような顔で勢いよく煽り始める物間。

 

 「二名!?そちら仮免落ち二名も出たんだってぇぇぇ!!??」

 「B組物間!?」

 「相変わらずイカれてやがる・・・」

 「さてはまたオメェだけ落ちたな?期末試験の時みたいに」

 「フフフフフ・・・」バッ

 「いやどっちだよ!?」

 

問いをスルーし、突然後ろを向いた物間にツッコミ気味に尋ねる切島だったが返ってきた答えは意外なものだった。

 

 「ヘッ・・・こちとら、全員合格!水が空いたねA組」

 「なっ・・・!?マジか!?」

 「・・・悪ィ、みんな・・・」ズーン

 「向こうが一方的に競ってるだけだから気に病むなよ」

 「まったくだ。あんなポンコツでさえ受かってるってのにお前らときたら・・・」ハア

 「」ズーン

 「おい垣根テメェ!追い打ちかけてどうすんだよ!!鬼かお前は!」

 「・・・っていうか君、今僕のことポンコツって言ったよね?言ったよね!?」ピキピキ

 

物間とA組生徒達が話しているとB組生徒だと思われる、頭に角を生やした金髪の女子生徒がこちらに歩み寄ってきて話しかけてくる。

 

 「ブラドティーチャーによるぅと、後期ィはクラストゥゲザージュギョーあるデスミタイ。楽シミしテマス!」

 「へぇー!そりゃ腕が鳴るぜ!」

 「つぅか留学生さんなのねぇ」

 「・・・・・・」ゴニョゴニョゴニョ

 「?・・・ボコボコォに打ちのめしてヤンヨ!」

 「「あッ・・・!?」」ガビーン

 「プハハハハハハハッッ!」

 「変な言葉教えんな!」ビシッ!

 「アッ」

 

物間が調子に乗っていると、お目付役である拳藤が物間に手刀を食らわせ黙らせる。新学期早々B組の生徒達と絡むことになった垣根達。すると、

 

 「おい、後ろ詰まってんだけど」

 

後方から垣根達に対して文句を言う声が聞こえる。声の主を見ると、それは体育祭で緑谷が戦った普通科の心操だった。

 

 「スミマセン!さぁさぁ皆!私語は慎むんだ!迷惑掛かっているぞ!」

 

飯田が申し訳なさそうに心操に謝るとA組生徒達をグラウンドへ向かうよう促し、皆もそれに従い歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 校長による新学期に向けての激励、生活指導ハウンドドッグ先生による昨晩の事件についての報告と注意喚起で始業式は終わった。ヒーローインターンやら何やら気になるワードもチラホラ聞こえてきたが、それはそうと教室への帰途につく生徒達。垣根達も教室へ戻り自身の席へと着席する。皆が着席したことを確認すると相澤が教壇で話し始めた。

 

 「じゃあまぁ、今日からまた通常通り授業を続けていく。かつてない程に色々あったが、上手く切り替えて学生の本分を全うするように。今日は座学のみだが、後期はより厳しい訓練になっていくからな」

 「話ないねぇ・・・」コソコソ

 「何だ芦戸・・・」

 「ヒィ!?久々の感覚!」ビクッ

 

不意に相澤に指摘され。思わず身を固くする芦戸。すると、

 

 「ごめんなさい。いいかしら先生」スッ

 「!」

 

蛙吹が手を挙げて相澤に質問する。

 

 「さっき始業式でお話に出た、ヒーローインターンってどういうものか聞かせてもらえないかしら?」

 「そういや校長が何か言ってたな・・・」

 「俺も気になっていた」

 「先輩方の多くが取り組んでらっしゃるとか」

 

生徒達からインターンについての疑問が出ると、相澤は首の裏を軽くかき数秒考えた後、再び口を開いた。

 

 「それについては後日やるつもりだったが・・・そうだな。先に言っておく方が合理的か。平たく言うと校外でのヒーロー活動。以前行なったプロヒーローの下での職場体験、本格版だ」

 (はぁ・・・そんな制度あるのか・・・ん?・・・・・・・・・・・・ハッ!)

 「体育祭での頑張りは何だったんですかぁぁぁ!?」クワッ!

 

麗日が突然立ち上がりながらそう叫ぶ。

 

 「確かに・・・インターンがあるなら体育祭でスカウトを頂かなくとも道が開けるか」

 「まぁ落ち着けよ・・・麗らかじゃねぇぞ」

 「しかしィ~!!」

 「・・・ヒーローインターンは体育祭で得たスカウトをコネクションとして使うんだ。これは授業の一環ではなく生徒の任意で行なう活動だ。むしろ体育祭で指名を頂けなかった者は活動自体難しいんだよ。元々は各事務所が募集する形だったが、雄英生徒引き入れのためにいざこざが多発し、このような形になったそうだ。分かったら座れ」

 「早とちりしてすみませんでした・・・」

 

申し訳なさそうに謝りながら席に座る麗日。相澤は更に話を続ける。

 

 「仮免を取得したことでより本格的・長期的に活動に加担できる。ただ一年生での仮免取得はあまり例がないこと。敵の活性化も相まってお前らの参加は慎重に考えてるのが現状だ。まぁ体験談なども含め、後日ちゃんとした説明と今後の方針を話す。こっちも都合があるんでな。じゃ、待たせて悪かったマイク」

 

ガラッ!と教室のドアが開くとプレゼントマイクは教室に入ってきて、いつものように大きな声で喋り始めた。こうして二学期の授業が始まった。垣根はというと、マイクの授業を話半分で聞きながら相澤の話を思い返していた。

 

 (インターンねぇ・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ご迷惑お掛けしましたぁぁぁぁ!!!」フンス-!

 「デク君!お勤めご苦労様!」

 「お勤めって・・・つか何息巻いてんの?」

 

 三日間の謹慎が解け、緑谷が授業に復帰した。爆豪は4日の謹慎なので明日復帰予定である。三日間でついた皆との差を埋めようと朝から息巻いている様子である。

 

 「飯田君ゴメンね!失望させてしまって!!」フンス-!

 「お、おぉ・・・反省してくれればいいが・・・しかしどぉした?」

 「この三日間でついた差を取り戻すんだぁぁぁぁぁ!!」

 「あぁいいなそういうの!好き俺!」

 「全員席に着け」

 「」ビクッ!

 

気合いが充分すぎるほど入っていた緑谷だったが相澤の一言を聞くと静かに席に着いた。全員が席に着いたことを確認すると、相澤は話し始めた。

 

 「おはよう。じゃあ緑谷も戻ったところで本格的にインターンの話をしていこう。入っておいで」

 「?」

 

相澤の合図と共に教室のドアが開かれる。そして三人の雄英生生徒が教室の中にゆっくりと入ってきた。

 

 「職場体験とどういう違いがあるのか。直に体験している人間から話してもらおう。心して聞くように」

 「!!」

 「現雄英生の中でもトップに君臨する3年生3名。通称”ビッグ3”のみんなだ」

 「ビッグ・・・3・・・!」

 「ほぉ・・・」

 

相澤に紹介されたビッグ3と呼ばれる三名が相澤の横に並ぶ。『トップ』という言葉に惹かれ、珍しく興味を向ける垣根であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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五十五話

 「雄英生のトップ・・・!」

 「ビッグ3・・・!」

 「ビッグ3!!!」

 「栄えある雄英生の中の頂点・・・!」

 「学校の中で一番プロヒーローに近い存在・・・」

 「あの人達が・・・的な人がいるとは聞いてたけど・・・」

 「めっちゃ綺麗な人いるし、そんな感じには見えねーな」

 (目標、捕捉!)

 (あの人・・・あの時の!顔だけしか見えなかったから分かんなかったけど、思い出した!去年テレビで見た体育祭で成績こそ振るってないものの、妙なインパクトを残してた人だ。隣の二人も確か上位にはいなかったと思うけど・・・雄英ビッグ3か。どんなヒーローなんだろう)

 (コイツらがこの学校のトップって訳か)

 

 雄英ビッグ3を前に様々な感想を持つA組生徒達。

 

 「じゃ、手短に自己紹介よろしいか?まず天喰から」

 「・・・・・・!」クワッッッッッ!!!

 「「「ヒィ・・・!?」」」

 (なんて目つきだ!!!)

 (一瞥だけでこの迫力・・・!!おおおおおおおお!!!)

 

天喰の醸し出す威圧感に緊張が走るA組。しかし、

 

 「・・・ダメだ。ミリオ、波動さん・・・ジャガイモだと思って臨んでも頭部以外が人間のまま、依然人間にしか見えない・・・どうしたらいい?言葉が出てこない・・・!頭が真っ白だ、つらい・・・帰りたい・・・!」

 「「「ええええ!?」」」

 「あの・・・雄英、ヒーロー科のトップ・・・ですよね?」

 

天喰の予想外の豹変に面食らう垣根達。すると横にいた青いロングヘアーの女子生徒が楽しそうな様子で喋り始めた。

 

 「あ!聞いて天喰君!そういうのをね、ノミの心臓って言うんだって!ね!人間なのにね~!不っ思議~!」

 「彼はノミの天喰環。それで私が波動ねじれ。今日はインターンについてみんなにお話しして欲しいと頼まれてきました!けどしかし・・・ねぇねぇ、ところで君は何でマスクを?風邪?オシャレ?」

 「これは・・・昔・・・」

 「あら!あとアナタ轟君だよね?ねぇ?なんでそんなところ火傷したの?」

 「それは・・・」

 「あ!芦戸さんはその角折れちゃったら生えてくる?動くのねぇ?」

 「あぅ・・・」

 「峰田君のボールみたいのは髪の毛?散髪はどうやるの?」

 「ボ、ボール・・・」

 「蛙吹さんはアマガエル?ヒキガエルじゃないよね?どの子もみんな気になることばっかり~!不っ思議~!」

 

マシンガントークさながら、いきなり色々な生徒に話しかけてくる波動の姿に最初は呆気にとられるも、その柔和な雰囲気期にどこか和んでしまう。そして今度は尾白の尻尾に興味を持ったらしく、質問の標的を尾白に移す。

 

 「ねぇねぇ!尾白君は尻尾で体を支えられる?」

 「えっ・・・あ、あの・・・」

 「ねぇねぇ答えて!気になるの!」

 「それは・・・」

 「それで――――――――――」

 

尾白の答えを聞く前に急に一息ついた波動はテクテクと歩き、垣根の席の前に立つと垣根にも質問を投げかけた。

 

 「君が噂の歴代最強ルーキー、垣根君?」

 「・・・そんな呼ばれ方してんのは知らなかったが、まぁそうだな」

 「へぇ~そう、君が~・・・ねぇねぇねぇ!体育祭の映像で見たよあの翼!綺麗だよね~。あれはどういう個性なの?動物系の個性?それとも何か別の・・・」

 

今度は垣根を質問攻めにする波動。流石に見かねたのか、相澤がミリオに圧をかける。

 

 「・・・合理性に欠くね」ゴゴゴゴゴ

 「あっ!?イレイザーヘッド!安心して下さい!大トリは俺なんだよね!・・・・・・・・・・・・前途ォ~?」

 「「「・・・・・・」」」シーン・・・

 「前途・・・?」

 「多難~!!っつってね!よォし!ツカミは大失敗だ~!」アハハハハ

 「・・・三人とも変だよな?ビッグ3という割には・・・何かさ」

 「風格が感じられん」

 (何なんだコイツら・・・ふざけてんのか?)

 

生徒達は想像とは違うビッグ3の姿に困惑していた。するとミリオが再び話しはじめる。

 

 「まぁ何が何やらって顔してるよね。必修ってわけでも無いインターンの説明に突如現れた三年生だ。そりゃ訳もないよね。うーん・・・一年から仮免取得、だよね・・・今年の一年ってすごく元気があるよね。そうだね、何やらスベり倒してしまったようだし・・・」

 「?」

 「ミリオ・・・?」

 「君たちまとめて俺と戦ってみようよ!!!」

 「「「え

    ええええええええええ!!??」」」

 

唐突なミリオの提案に驚きの声を上げる生徒達。

 

 「戦って・・・」

 「っいきなりかよ!!」

 「俺達の経験をその身で経験した方が合理的でしょ?どうでしょうねイレイザーヘッド?」

 「・・・好きにしな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あの・・・マジすか?」

 「マジだよね!」

 

 A組生徒とビッグ3の三人全員体操着に着替え、演習場に集まっていた。先ほどミリオが提案したとおり、ミリオとA組生徒達が戦うためだ。演習場では未だに戦う実感がわかず戸惑い気味のA組生徒達と準備運動をし、戦う気満々のミリオが相対していた。波動は芦戸にちょっかいをだし、天喰は何故だか壁に頭をこすりつける姿勢で端っこの方に立っている。するとその天喰がボソッと言葉を呟く。

 

 「ミリオ・・・やめておいた方がいい」

 「遠っ!」

 「・・・インターンについては形式的に、『こういう具合でとても有意義です』と語るだけで充分だ。みんながみんな、上昇志向に満ち満ちているわけじゃない。立ち直れなくなる子が出てはいけない」

 「え?」

 「立ち直れなくなるって・・・」

 「あ!聞いて知ってる!昔挫折しちゃってヒーロー諦めちゃって問題起こした子がいたんだよ。大変だよねぇ通形。ちゃんと考えないとつらいよ。これはつらいよ~」

 「おやめ下さい・・・」

 

芦戸の角を弄りながらA組生徒達に優しく警告のようなものを伝える波動。すると、

 

 「待って下さい。我々はハンデありとはいえ、プロとも戦っている」

 「そして敵との戦いも経験しています!そんな心配されるほど俺ら雑魚に見えますか?」

 

舐められている、と感じた常闇と切島が言葉を返すと、それを聞いたミリオは力強く頷きながら言葉を返した。

 

 「うん。いつどっから来てもいいよね。一番手は誰だ?」

 「俺がァ・・・」

 「僕、行きます!」

 「意外な緑谷!」

 (・・・デク君!)

 

意外にも緑谷が一番手を名乗り上げた。垣根は無言でジロリとミリオを睨めつける。

 

 「お前ら!いい機会だ、しっかり揉んでもらえ!」

 「問題児!いいねぇ君!やっぱり元気があるなぁ!」

 (雄英トップの人・・・手合わせ願えるなんて願ってもない話だ。雄英トップと今の僕、距離はどの程度か!)

 

ドンッ!と前に足を大きく踏み込み、ワンフォーオールを発動させる緑谷。他の生徒も臨戦態勢に入った。

 

 「近接隊は一斉に囲んだろうぜ!」

 「よっしゃあ!そいじゃあ先輩!せっかくのご厚意ですんでご指導、よろしくお願いしまぁぁぁぁす!!!」

 

切島のかけ声と同時に緑谷が飛び出す。ミリオとの距離を一瞬で詰めた緑谷はそのまま蹴りを繰り出そうと右足を振り上げた。しかし、

 

 「あ!」

 「うおおおおおああああああ!!??」

 「今服が落ちたぞ!?」

 「・・・・・・」

 「あああ失礼!調整が難しくてね」

 

いきなりミリオの体から体操着がずり落ち、生身の姿が露わになる。急いで体操着を着ようとするミリオ。その隙を緑谷は見逃さない。

 

 (隙、だらけ!)

 

 ブオッ!!

 

超パワーを乗せた蹴りが風圧と共にミリオの顔目掛けて繰り出される。このタイミングで回避も防御も不可能。誰もがミリオの顔面が吹き飛ばされる未来を想像した。だが、

 

 「!?」

 

緑谷の蹴りはミリオの顔に当たることはなく、すり抜けた(・・・・・)。攻撃が当たらず、そのままミリオの後方に着地した緑谷は急いで体勢を立て直す。

 

 (すり抜け…念動能力(サイコキネシス)の応用か?いや、あれはマジで実体が消えてやがる。となれば原理は全く別物か…)

 

垣根が目を細め、ミリオの個性を分析している間に、瀬呂・芦戸がテープと酸を射出し攻撃を仕掛けるもまたもや攻撃がすり抜ける。そしてすり抜けた攻撃は緑谷の近くのコンクリート壁に激突した。

 

 「待て!・・・いないぞ!?」

 

黒煙が晴れると先ほどまでそこに目の前にいたはずのミリオが姿を消していた。皆がミリオの姿を探していると、

 

 「まずは遠距離持ちからだよね!!」

 

突然後方からミリオの声が聞こえる。皆が一斉に後方へ振り返ると、

 

 「いやあああああああああ!!!」

 

近くにいた耳郎が思わず悲鳴を上げる。どういう訳か、A組集団の一番後方から突然全裸姿のミリオが姿を現したのだ。切島達は訳が分からないといった表情を浮かべていた。

 

 「ワープした!?」

 「すり抜けるだけじゃねぇのか!?」

 「どんな強個性だよォ!!??」

 「・・・違う。ミリオの個性は決して羨まれるモノじゃない。僻むべきはその技術だよ一年坊」

 

天喰はミリオの戦いを見ながら一人そう呟く。ミリオは宣言通り、次々と遠距離系個性持ちの生徒達に拳をたたき込み戦闘不能にしていく。その光景は正に圧巻。個性を使わず、ただ拳をたたき込んでいるだけなのに生徒達は誰もミリオを捉えることは出来なかった。

 

 「POWERRRRRRRRRRRR!!!」

 「通形ミリオ・・・」

 「!」

 

呆気にとられている轟を他所に相澤がボソリと呟く。

 

 「あの男は俺に知る限り、最もNo.1に近い男だ。プロも含めてな」

 「一瞬で半数以上が・・・!?あれがNo.1に最も近い男・・・!」

 

轟が目を見開く横で、相澤もフィールドの方をじっと見つめていた。

 

 (…だと今まではそう思っていたが…)

 

そこまで心の中で呟くと、相澤はフィールドのある人物の方へ視線を向け、

 

 (どうする?垣根)

 

垣根に問いかける。すると、ふと何かを思いだしたかのように、相澤は隣の轟に質問を投げた。

 

 「お前行かないのか?No.1に興味が無いわけじゃないだろう?」

 「・・・俺は仮免取ってないんで」

 (丸くなりやがって・・・)

 

 

 

 一方のミリオ達はと言うと、遠距離個性持ちをほとんどノックアウトしたミリオは近接隊と向き合っていた。

 

 「遠距離はあらかた片付いた。あとは近接主体ばかりだよね!」

 「何したのかさっぱり分かんねぇ!」

 「すり抜けるだけでも強いのに、ワープとか・・・」

 「それってもう、無敵じゃないですか!」

 「よせやい!」

 

ミリオの反則めいた力に戦くA組生徒達。その様子を見ていた天喰は、

 

 (・・・無敵か。その一言だけで君らのレベルが推し量れる。例えば素人がプロの技術を見ても何が凄いのかすら分からないように、ミリオがしてきた努力を感じ取れないのなら一矢報いることすら出来ない)

 

諦観したように心の中で呟いた。すると、

 

 「な訳ねぇだろ。ちっとは頭使って考えろ」

 「!」

 

突然垣根の声が聞こえ、天喰は思わず目線を向ける。切島達や天喰達の視線が集まる中、垣根は言葉を続けた。

 

 「この世に無敵のやつなんざいねぇ。どんだけ強い個性だろうと、必ずそこには理論が存在する」

 「理論・・・?」

 「垣根君の言うとおりだ。何かからくりがあると思うよ。すり抜けの応用でワープしてるのか、ワープの応用ですり抜けてるのか、どっちにしろ直接攻撃されるわけだからカウンター狙いで行けばこっちも触れられるときがあるはず!何してるか分かんないなら分かってる範囲で仮説を立ててとにかく勝ち筋を探っていこう!」

 「おォ!サンキュー!謹慎明けの緑谷スゲェいい!!」

 「だったら探ってみなよ!」

 

言うと同時にミリオが走り出す。そして走っている最中にまたしてもミリオの体が沈み、目の前から姿を消した。

 

 「沈んだ!」

 (現れるとすれば・・・)

 (・・・・・・)

 

一瞬の静寂の後、緑谷の背後の地面から全裸のミリオが勢いよく浮上する。ミリオの動きに反応出来たのはたった二人。

 

 (ここ!!!)

 

背後へ振り向くと同時にミリオに向けて蹴りを放つ緑谷。

 

 (反応じゃない!俺がここに現れるのを予測した!?)

 

緑谷の動きに一瞬驚きを見せるもすぐさま次の手を打つミリオ。

 

 「だが・・・必殺!ブラインドタッチ目潰し!」

 「!?」

 

すり抜けを利用した目潰し攻撃。すり抜けると分かっていても思わず目をつぶってしまった緑谷。ミリオはその隙を逃さず、自身の右拳を緑谷の腹部に勢いよくたたき込んだ。

 

 「ウッ・・・!?」

 「ほとんどがそうやってカウンターを画策するよね!ならば当然、そいつを狩る訓練!するさ!」

 「緑谷君!?」

 

緑谷に拳をたたき込んだ直後、再び地中へ潜るミリオ。そして今度は飯田の背後に出現し、飯田の不意をついて攻撃した。

 

 「うあっ・・・!?」

 「クッソォ・・・!!」

 

ミリオの動きを捉えようとしてもすぐに地中へ消えてしまい、全く捉えられない。そして一瞬で地上に現れては生徒達の腹部に的確に、力強く攻撃を入れていく。気付けば垣根以外の生徒達は全員地面に伸されていた。そしてミリオは最後のターゲット、垣根に向かって攻撃を仕掛ける。

 

 「さぁラストだスーパールーキー!最後まで残しておいたんだ、楽しませてくれるよね!」

 

言うが早いか、ミリオの体が地中に沈む。数秒後、垣根の背後から勢いよく浮上するミリオ。だがミリオの体がジャンプの頂点に達する前に垣根も振り返り、ミリオの顔を見据える。

 

 「何度も何度も馬鹿の一つ覚えみてぇに背後から現れやがって。猿でも読めるぞ」

 「お!君も予測してきたか!なら!」

 

垣根がミリオの方へ右手を伸ばす。対してミリオは先ほど緑谷に喰らわせたのと同じ要領でブラインドタッチ目潰しを喰らわせようとした。

 

 「ブラインドタッチ目潰し!」

 

ミリオの左腕が垣根の伸ばしてきた右腕をすり抜けて、あっという間に垣根の眼前まで到達し、垣根の顔をすり抜ける。そしてミリオは体をひねらせ、ノーガード状態の腹部に勢いよくパンチをたたき込んだ。

 

 ゴシュッ!

 

 (手応えアリ!)

 

ミリオは腹部に確かな手応えを感じるとゆっくりとその右腕を引き抜こうとした。だがその時、

 

 ガシッ!

 

突然自身の腕が何かに掴まれる感触を覚えるミリオ。そして、

 

 「痛ってぇな」

 「!?」

 

垣根の声が聞こえ、慌てて自身の右腕を見ると垣根の左腕にガッチリ掴まれていた。

 

 (馬鹿な!?俺のパンチを耐えた?いやそんなはずはない。当たり所が浅かったなら分かるけど、あの感触は確かに腹を穿つ感触だった。俺の拳をまともに食らって平気でいられるわけがない。だとしたらなぜ・・・?)

 「フッ・・・」

 「!」

 

考えるより先に個性を発動したミリオ。それとほぼ同時にミリオの体を純白の翼が貫いた。ミリオの察知の方がほんの僅かに早く、そのおかげで何とか垣根の攻撃をすり抜けさせることに成功した。

 

 「チッ」

 

垣根は仕留め損なったことに思わず舌打ちをする。するとミリオは掴まれている右腕も透過させ、すり抜けることで垣根の拘束から逃れ、再び地中へと潜った。そして垣根から距離を取った場所へ浮上すると、背から白い翼を顕現させている垣根と向き合った。

 

 「馬鹿な!?ミリオが仕留め損なった・・・」

 「えぇ~!ビックリ~!!」

 

天喰と波動は信じられないという表情で垣根を見つめる。そしてミリオもこれには少し驚いた様子だった。

 

 「驚いたよね。確かに入ったと思ったんだけど、どうやって防いだんだい?」

 「さぁな」

 「えー教えてくれたっていいじゃんか~ケチ!」

 「ガキかアンタは」

 「ハハハ!それに君、俺の攻撃を凌ぐばかりか仕留めようとしてきたよね?マジでギリギリだったよ、危ない危ない」

 「ああ。結構本気で()りにいったんだが、やるじゃねぇか。ハッ、ビッグ3の名は伊達じゃねぇってか?」

 「・・・全く、おっかない後輩がいたもんだ」

 

会話を交わしながら両者は再び臨戦態勢に入り、考えを巡らせる。

 

 (どうやって俺の攻撃を防いだのか分からないけど、とりあえずその防御手段がある以上、迂闊に近づけないよね。やっぱり隙を作るしかない。透過移動で攪乱し、隙が出来たら今度こそそこを叩く!)

 

頭の中で指針を立てたミリオは再び地中へ潜る。対する垣根は純白の翼を羽ばたかせ、宙へ浮上していき、ミリオが地中に潜った地点を見下ろしながら思考を巡らせる。

 

 (能力は『透過』。どんな攻撃もすり抜ける。ただし攻撃する際は実体化をしなければならないってとこか。普通の攻撃が効かない以上、実体化したときのカウンター狙いってのがセオリー。実際緑谷がやってたのがそれだ。だが……)

 (その”セオリー”が通じねぇのが『未元物質』。そのインチキじみたすり抜け、正面から突破してやるよ)

 

垣根は演算を開始する。翼に力を込め、ミリオの出現を待つ。すると突然地中からミリオが勢いよく飛び出した。だが肝心の垣根の姿が見当たらなく、地面に着地しながら困惑気味に周囲を見渡すミリオ。

 

 「あれぇ~?どこいった…って上か!」

 

垣根が上空からこちらを見下ろしている姿を視認すると力強く地面を蹴り、一気に跳躍する。対する垣根も巨大な翼をしならせ、ミリオに烈風攻撃を放った。

 

 「効かないよ!」

 

垣根が放った烈風をすり抜け、垣根との距離を詰めるミリオ。だが垣根は表情を崩さず、向かってくるミリオをじっと観察する。

 

 (一方通行の時と要領は同じだ。どんな攻撃もすり抜けるとは言ってもそれは”普通”の攻撃ならの話。俺の未元物質はこの世界に存在しない物質。既存の常識は通用しない。つまり、奴の透明化に未元物質が干渉できる可能性はあるはずだ)

 

垣根は高速で演算を行ないながら、

 

 「この烈風の意味がお前には分かるか?」

 

ボソッと呟くも、透過しているミリオには届かない。そしてミリオが垣根と接近する直前、ミリオの髪の毛が不自然に揺れる。まるで風に吹かれたように。それを視認した垣根はニヤリと笑みを浮かべた。

 

 「――――逆算、終わるぞ」

 

垣根の言葉をよそに、ミリオが拳を振り抜く。全身を透過している今のミリオには垣根の姿は見えていないのでほとんど勘だったが、その拳は確かに垣根を捉えるものだった。拳が垣根の下へ届くまでの一瞬で垣根は逆算から得た情報を元に自身の翼を再構築し、白い翼を叩きつけた。

 

 「ごっ、はぁ……………………ッッッ!?」

 

三枚の翼がミリオの腹部に直撃し、思わずうめき声を上げるミリオ。白い鈍器に射貫かれたミリオの体は強い衝撃と共にそのまま地面に叩きつけられた。

 

 「どうして……?個性は解除してないはず…………何で攻撃が当たった?」

 

戸惑いを隠せない様子のミリオ。取り敢えず起き上がろうとするも自身の体が動かないことに気がつく。視線をずらすと三枚の白い翼がミリオの体を抑えつけ、身動きできないようにしていたのだ。何とか抜けだそうと体をよじっていると、上から更に一枚の翼が伸びてきてミリオの喉元に突きつけられ、思わず動きを止めるミリオ。

 

 「どうするよ。まだやるか?」

 

垣根はミリオを見つめながら問いを投げる。するとミリオもゆっくり息を吐き出しながら観念したように答えた。

 

 「参った。降参だ」

 

その言葉と共にミリオによる模擬戦は終了した。

 

 

 

 




ちょっと内容変えました。


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五十六話

 「ギリギリチンチン見えないように努めたけどすみませんね女性陣!・・・とまぁこんな感じなんだよね」

 「垣根君以外訳分からず全員が腹パンされただけなんですが・・・」

 

 ミリオとの戦闘を終えたA組。ほとんどがミリオの腹パンを喰らってしまい、腹部に手を当てながら呻いていた。

 

 「俺の個性、強かった?」

 「強すぎッス!」

 「ズルイや!私のことも考えて!」

 「すり抜けるしワープだし、轟みたいなハイブリッドですか~!?」

 「いや、一つ!」

 「えっ・・・一つ!?」

 「は~い!私知ってるよ個性!ねぇねえ言っていい?言っていい?」

 

予想外の答えに思わず聞き返してしまう緑谷。するとミリオの隣にいた波動が朗らかに手を挙げ会話に割って入る。

 

 「透過!」

 「波動さん・・・今はミリオの時間だ」

 「そう!俺の個性は透過なんだよね!君たちがワープと言うあの移動は推察されたとおりその応用さ!・・・あぁゴメンて」

 「」プク-

 

ミリオに言葉を奪われ、ふくれっ面でミリオの体操着を引っ張る波動。ミリオから種明かしされた緑谷達だったが、それでもまだピンときていない様子だった。

 

 「どういう原理でワープを?」

 「全身個性発動すると俺はあらゆるモノをすり抜ける。あらゆる、即ち地面もさ!」

 「はっ・・・!じゃああれ、地面に落っこちてたってこと!?」

 「そう!地中に落ちる!そして落下中に個性を解除すると不思議なことが起こる。質量のあるモノが重なり合うことは出来ないらしく、弾かれてしまうんだよね!つまり俺は瞬時に地上へ弾き出されているのさ!これがワープの原理。体の向きやポーズで角度を調整して、弾かれた先を狙うことが出来る!」

 

ミリオが自身の個性についてネタ明かしをしている様を黙って聞くA組生徒達。緑谷の仮説通り、あのワープはすり抜けの応用だったのだ。ミリオの話を黙って聞いていた垣根だったが、ここで初めて口を挟む。

 

 「だから浮上する瞬間は実体化する必要があったってことか」

 「そう!」

 「ゲームのバグみたい」

 「イイエテミョー!」ブフォ

 「攻撃は全て透かせて自由に瞬時に動けるのね。やっぱりとても強い個性・・・」

 

蛙吹がミリオの個性について感嘆していると、ミリオは静かに答える。

 

 「・・・いいや。強い個性にしたんだよね」

 「?」

 「個性発動中は肺が酸素を取り込めない。吸っても透過しているからね。同様に鼓膜は振動を、網膜は光を透過する。あらゆるものがすり抜ける。それは何も感じることが出来ず、ただただ質量を持ったまま落下の感覚があるということなんだ。分かるかな?そんな感じだから壁一つ抜けるにしても、片足以外発動、もう片方の足を解除して設置、そして残った足を発動させすり抜け。簡単な動きにもいくつか工程がいるんだよね」

 「急いでるときほどミスるなぁ俺だったら」

 「おまけに何も感じなくなってるんじゃ動けねぇ・・・」

 「そう。案の定俺は遅れた。ビリッけつまであっという間に落っこちた。服も落ちた。この個性で上に行くためには遅れだけはとっちゃダメだった。予測!周囲よりも早く!時に欺く!何より予測が必要だった。そしてその予測を可能にするのは経験。経験則から予測を立てる。長くなったけどコレが手合わせの理由。言葉よりも経験で伝えたかった!インターンにおいて、我々はお客ではなく一人のサイドキック、プロとして扱われるんだよね。それはとても恐ろしいよ?プロの現場では時に人の死にも立ち会う。けれども、怖い思いもつらい思いも全て学校じゃ手に入らない一線級の経験!俺はインターンで得た経験を力に変えてトップを掴んだ!ので!怖くてもやるべきだと思うよ一年生!」

 (経験を、力に・・・!)

 

ミリオの力強い演説に感激し、思わず拍手を送るA組生徒達。

 

 「話し方もプロっぽい!」

 「一分で終わる話をここまでかけてくださるなんて!」

 「・・・お前それ何気にdisってるだろ」

 「お客か・・・確かに職場体験はそんな感じだった」

 「危ないことはさせないようにしてたよね」

 「インターンはそうじゃないってことか・・・」

 「仮免を取得した以上、現場に出ればプロと同格に扱われる」

 「・・・うん!」

 「覚悟しとかなきゃな・・・」

 「上等だっての!」

 「そうだよ!私たちプロになるために雄英入ったんだがら!」

 「そうだな」

 「上昇あるのみ」

 「プルスウルトラ」

 

ミリオの話に感化され、生徒達はインターンへの参加意欲が高まっていた。そんな中、相澤が生徒達に声をかける。

 

 「そろそろ戻るぞ。挨拶」

 「「「ありがとうございました!!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 A組生徒達との模擬戦闘が終わり、制服に着替え教室へ戻るビッグ3の三人。廊下を歩きながら三人は先の戦闘について話していた。

 

 「ねぇねえ!無駄に怪我させるかと思ってたの知らなかったでしょ?でも全員怪我なしでエラいなぁと思ったの今」

 「いやしかし危なかったんだよねチンチン――――」

 「誰かおもしろい子いた?気になるの。不思議ィ~!私はやっぱり垣根君かなぁ~。まさかミリオを倒しちゃうなんてね~驚きだよね~!」

 「あぁ。完敗だった。実戦だったら俺死んでたかも。判断力、分析力、そしてあの個性、どれを取っても申し分なかったね。流石はスーパールーキー君だよ!あとは・・・あっ!件の問題児君!最後列の人間から倒していく俺の対敵基本戦法だ。あの子、俺の初手を分析し予測を立てた行動だった。両方ともサーが好きそうだ!」

 

ミリオは晴れやかな顔でそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、ホームルームで相澤が再びインターンについて触れる。

 

 「プロヒーローの職場に出向き、その活動に協力する職場体験の本格版『ヒーローインターン』ですが、昨日職員会議で協議した結果、校長始め多くの先生が・・・”やめとけ”という意見でした」

  シーン・・・

 「「「ええええええええええ!!??」」」

 

いきなりの発言に驚きを隠せない生徒達。昨日の今日でこの発言だ、生徒達が困惑するのも無理はない。

 

 「あんな説明会までして!?」

 「でも、全寮制になった経緯から考えたらそうなるか・・・」

 「ザマァ!!!!」

 「参加できないからって・・・」

 「・・・が、今の保護下方針では強いヒーローは育たないという意見もあり、方針としてインターン受け入れ実績が多い事務所に限り一年生の実施を許可する、という結論に至りました」

 「・・・っ!クソがァァァァ!!!」

 (・・・インターン受け入れ実績の多い事務所=上位のプロヒーロー事務所みたいなもんだろ。そんなレベル高いとこに一年が入れてもらえんのかは疑問だがな)

 

という訳で一年生は限定付きではあるが、一応インターンに行くことが出来るようになった。職場体験で得たコネを使えるかどうか不安を胸中に抱く生徒が多かったが、インターンの話はそこで終わり授業に移った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新学期が始まり、初めての週末。垣根は午前中から演習場を借り、未元体への『未元物質』実装に取り組んでいた。といっても、『自分だけの現実』を実装するのはまだ難しいので、能力の噴出点を設けることで擬似的な『未元物質』の発現を可能にさせようと垣根は考えていた。まだ完成には至っていないが、明確な目標がある分、以前よりはやり易い。この調子でいけば完成する日もそう遠くはないだろう。確かな手応えを掴みながら演習場を後にし、寮へと戻る垣根。そして緑谷達がいるテーブルまで行き、蛙吹の横の空いているソファに腰掛けた。すると同じくソファに座っていた麗日が垣根に声をかける。

 

 「あ!ていとくん!ねぇねぇ聞いてデク君凄いんだよ!」

 「あ?」

 「なんとデク君、インターン先決まったんだって〜」

 「へぇ」

 

目を丸くして緑谷の方を見ると、緑谷は恥ずかしそうに下を向く。

 

 「やったじゃねぇか。一番乗りってか」

 「ほんと!凄いじゃん!」

 「おめでとう緑谷君!」

 「ありがとう」

 「俺もうかうかしてられないな!」

 

すると上鳴達も垣根達のいるテーブルに近づいてきて、緑谷を祝福しにくる。

 

 「けどホントすげぇよ緑谷」

 「ああ!なんたってあのサー・ナイトアイの事務所だもんな」

 「通形先輩の推薦だって!?」

 「よくやったな!」

 「あはは・・・」

 

頬をかきながらどこか気まずそうな様子の緑谷。一方の麗日や蛙吹、切島はどこか浮かない顔つきでいた。

 

 「学校側からガンヘッドさんインターンの実績が少ないからダメやって言われた・・・」

 「私も。セルキーさんのとこに行きたかったわ」

 「フォースカインドさん、インターン募集してねぇんだもんな・・・」

 

どうやら職場体験で得たコネは使えなかったらしい三人組。やはりインターン実績の多い事務所に限り、という条件付きでは中々希望通りにとはいかないのだろう。

 

 「つーか元から敷居が高いんだよ」

 「インターンの受け入れ実績があるプロにしか頼めないからなぁ・・・」

 「仕方ないよ。職場体験と違ってインターンは実戦。もし何かあった場合・・・」

 「プロ側の責任問題に発展する」

 「相澤先生・・・!」

 

尾白の言葉を継ぐかのように会話に入ってきた相澤に全員視線を向ける。相澤は構わず気怠げな様子で言葉を続けた。

 

 「リスクを承知の上でインターンを受け入れるプロこそ本物。常闇、その本物からインターンへの誘いが来ている。九州で活動するホークスだ」

 「ホークス!?」

 「ヒーローランキング3位の!?」

 「すげぇ!!」

 「流石だな!」

 「どうする?常闇」

 「謹んで受諾を」

 「分かった。後でインターン手続き用の書類を渡す。九州に行く日が決まったら教えろ。公欠扱いにしておく」

 

常闇に対し、プロヒーロー界きっての実力者から指名がきたことに驚く生徒達だったが、相澤の話はそれだけで終わらず今度は切島に声をかける。

 

 「それから切島、ビッグ3の天喰がお前に会いたいそうだ」

 「俺ッスか!?」

 「麗日と蛙吹にも波動から話があるらしい。明日にでも会って話を聞いてこい」

 「天喰先輩、何の用だろ?」

 「やはりインターン絡みの話じゃないかしら?」

 「うそ!?もしそうなら期待してまう!」

 

三人がビッグ3からの指名に期待を膨らませる中、相澤は最後に垣根に声をかける。

 

 「そして垣根、お前にもインターンの誘いが来てるが・・・少々数が多い。後で俺の部屋に来い」

 「あ?」

 「えぇ!?複数指名が来ることなんてあるんすか!?」

 「・・・ま、インターンや職場体験なんてのは生徒側にとってもプロ側にとってもコネ作りの場でもある。お前らは卒業後、どこの事務所に入りたいか人それぞれ願望を持ってるだろうが、それはプロ側も同じ。将来サイドキックとして雇いたい有望な若手がいれば学生のうちから手を付けておく。三年なんかでは指名が被るのはよくあることだ」

 「えぇ・・・ってことはこの時期からもう目付けられてんのかよお前・・・」

 「体育祭優勝者だしな・・・」

 (・・まぁ、一年のこの時期にこんだけ上位陣から指名が来てる奴は俺も見たことないがな)

 「へいへい。分かりましたよ。後で行きますわ」

 「そうか。以上だ」

 

そう言うと相澤はロビーから去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「これがお前を指名してきたヒーロー事務所一覧だ」

 「・・・・・・」

 

 相澤の部屋を訪れた垣根は相澤から一枚の紙を手渡される。そこには垣根をインターンに指名したヒーロー事務所の名前がズラッと並んでおり、職場体験の時に世話になったホークスの名前や先ほど緑谷の話に中で挙がっていたナイトアイの名前もあった。

 

 「お前は確か、職場体験の時にホークスのとこ行ったんだったな。ホークスからも指名来てるし、順当に考えればホークスのとこか」

 「ホークスねぇ・・・」

 「?何だ、気が乗らないのか?」

 「個人的にいけ好かねぇ」

 「・・・・・・他の上位陣となればエッジショットやミルコあたりだが・・・」

 「ミルコ?」

 「?どうした?」

 「確かソイツ、サイドキックも雇わず事務所も構えねぇイカれた野郎じゃなかったか?」

 

垣根が相澤の口にしたヒーロー名に反応し尋ねると相澤が返答した。以前時間のある時に上位のプロヒーローについては大方調べた垣根だったので、ミルコという名前がここで出ることに違和感を覚えたのだ。

 

 「そうだな。プロヒーローの中でもかなり特殊な活動体系だ」

 「おかしいじゃねぇか先生よ、今回のインターンはインターンの受け入れ実績の多い事務所のみに限定されてるはず。コイツがその条件に当てはまるとは思えねぇが。つか事務所ないとか論外だろ」

 「あぁ、まぁそうだ。実際過去にもミルコがインターン指名してきたことはない。そういう意味じゃ今回の選考から外れるのが合理的だ。だがどういう訳か、今回は急にお前だけ指名してきてな。色々事情を話したが、聞き入れてくれなかったらしい」

 「何だよそれ」

 「学校側としても協議したんだが、ミルコは確かにインターン受け入れ経験は無いが、その実力はヒーローランキングで毎回必ずトップ10入りする程。女性プロの中じゃNo.1の実力者ってのもあり、信頼できるだろうというのが学校側としての結論だ。それに・・・」

 「・・・?」

 「ミルコの指名がお前だったからな。他の奴ならともかく、お前の実力ならどこでもやれそうだと」

 「・・・ちとガバガバすぎねぇか?」

 「分かってるよ。別に行けと言ってるわけじゃない。あくまで一応選択肢の一つとして認められたって事だ。俺個人としてもオススメはしない。もっとインターン実績があって信頼できる事務所の方が合理的だ」

 「ふむ。最終的には俺次第だしってことか」

 「そうだな」

 

相澤が目をつむりながら言う。しかし垣根はまだ疑問が尽きないでいた。

 

 「しかし妙だよな。サイドキックを雇わねぇって奴がなぜ俺を指名する?一人で活動したいってタイプなんだろ?」

 「確かにそうだが、『TU(チームアップミッション)』にも同意してくれたことを鑑みると後輩の育成に興味ゼロって訳でもないんだろう」

 「チームアップミッション?何だそれ?」

 「いや、何でもない。こっちの話だ。ま、あの人のことだ、どうせ『面白そう』とかそんな単純な理由だろうよ」

 「何だそりゃ」

 

 

まだ完全には腑に落ちていない様子の垣根だったが、相澤が話を締める。

 

 「とにかくだ、もしインターン行くんだったらその中から選べ。決まったら俺に教えろ」

 「あいよ」

 

相澤の話が終わると、垣根は部屋を後にした。

 

 




インターン先、どうするか迷ってます。
サーのとこでもいいけど、うーん・・・どうしよう
ミルコ出したのは個人的に好きだからですw

あと、「あれ?常闇って職場体験ホークスのとこ行ってないから指名来ないんじゃね?」的疑問は、そういうもんだと思ってスルーしてくれると嬉し・・・


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五十七話

オリジナルってムズカシッ


 

 「ここか・・・」

 

 垣根はとあるホテルのロビーにいた。なぜそんな場所に垣根がいるのかと聞かれれば答えは簡単で、インターンに来たからである。インターンの日程が決まり、集合場所として指定されたのがこのホテルだったのだ。普通はヒーロー事務所で落ち合うものだが、今回垣根がインターンに参加させてもらうヒーローは所謂『普通』じゃない。事務所を構えず、サイドキックも雇わず、日本中を単独で飛び回る新形態のヒーロー、ラビットヒーロー・『ミルコ』。なぜミルコをインターン先に選んだのかと聞かれれば、一言で言えば気まぐれというやつだろうか。垣根からしてみれば、どの事務所に行こうと大して変わらないと考えており、選ぶ基準としてはやり易いかどうかで選んでいた。この観点で言えばやはりグラントリノが最適であり、勿論いの一番に電話したのだが、『悪い。俺やることあるから無理だわ』と言われそのまま電話を切られてしまった。その為、他のヒーローから選ぶしかなくなったのだ。その点を鑑みると、ミルコのインターン先はミルコと垣根の二人だけ。他のインターン生もいなければサイドキックもいない。これなら他の所よりは幾ばくか自由に動けそうだなと感じ、ミルコを選ぶに至った。それに、サイドキックを持たない彼女がなぜ自分を指名したのかも若干気になったというのもある。

 そんな訳でミルコをインターン先に選び、いざその集合場所に到着した垣根。ロビーを見渡したがミルコはまだ到着していないみたいなので、空いている席に腰掛け待つことにした。ホテルに着いてから10分程たった頃、突然背後から力強い女性の声が聞こえる。

 

 「お前が垣根だな!」

 

垣根が振り返ると、バニーガールのような格好をした褐色肌で筋肉質な女性が仁王立ちしていた。垣根はこの人物がミルコだと認識すると、自分も椅子から立ち上がりミルコと向き合う。

 

 「ああ。そういうアンタはミルコでいいんだよな」

 「そうだ!何か文句あるか!」

 「ねぇよ。んで?俺は何をすればいい?アンタのサポートか?」

 「知らん!そしてサポートもいらん!」

 「はぁ?」

 

早くも予想外のことを言われ、困惑する垣根。

 

 「私は一人で自由にやるのが性に合ってるんだ!」

 「おいテメェ、じゃ何で俺を指名したんだよ」

 「なんで?さァな。理由なんて特にねェよ」

 「は?」

 「ま、強いて言うなら中々生意気そうで面白そうだったからだ!」

 「・・・言葉も出ねぇってのはこのことだな」

 

垣根が呆れたようにつぶやく。すると、

 

 「私は自由にやるしお前に指導もしない!だが、付いてくんなら好きにしな!」

 「!」

 

そう言うとミルコはくるりと後ろを向き、出口の方まで歩いていった。

 

 「・・・なるほど。そういうスタイルか」

 

一人で何か納得した様子を見せると、垣根も後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「グホッ・・・!!??」

 

 ミルコの鋭い蹴りが敵に直撃する。ミルコと垣根がホテルを出てからまだ二時間と経っていないが、敵と遭遇するのはもうこれで四件目だ。敵と遭遇する度にミルコが一瞬で蹴り飛ばしてしまうので垣根の出番は今のところ無い。垣根は少し離れたところで、周りの一般人に向けてファンサービスをしているミルコを見つめていた。

 

 (しかし動物系の個性ってのはあそこまで身体能力が上がるモンなのか。野生の化身だなありゃ)

 

ミルコの個性は『兎』。兎っぽいことが兎以上に出来る。特にその俊敏さと蹴りの力はヒーロー界の中でもトップクラスだ。その蹴りの力で今日は既に四体もの敵を制圧している。言動は中々ぶっとんでいるがその実力は本物であることを実感した垣根。するとファンサを終えたミルコがこちらに近づいてきた。

 

 「よし次だ!次に行くぞ!」

 「次に行くのはいいんだがよ、一つ聞いていいか?」

 「何だ!」

 「見回り始めてから二時間弱で敵四体。流石に治安が悪すぎねぇか?それともこの世界ってのはこれが普通なのか?」

 「知らん!悪ぃ奴は全員ぶっ飛ばす!それだけ考えてればいいんだよ!」

 「・・・はぁ」

 

垣根がため息をついていると、

 

 「キャアァァァァァァァァ!!!!」

 

突如女性の悲鳴が聞こえてくる。垣根とミルコは急いでその現場に駆けつけると、その悲鳴の主は空を指さしながら必死に叫んでいた。

 

 「ひったくり!ひったくりよ!」

 

女性が指す方を見ると、鳥のような翼を生やした男が荷物を抱えこの場から急いで去ろうとしていた。ミルコが腰をグッと沈めた矢先、

 

 ファサッ!

 

横にいた垣根が背中から翼を出現させ、勢いよく飛び立った。

 

 「!」

 「よう。残念だったな」

 「なっ・・・!?」ホゴッ

 

垣根に空中から撃ち落とされた敵はそのまま地上へ落下し、顔から地面に激突する。垣根はそのままゆっくりと着地し、

 

 「学園都市(あっち)も相当世紀末だったが、こっちも負けてねぇな。いや、それ以上か?」

 

この世界の治安の悪さを改めて実感していると向こうからミルコが笑みを浮かべながら歩み寄ってきた。

 

 「お前、中々速いな!」

 「そりゃどーも」

 「こっからは速度あげるぞ!迷子になっても助けてやらねぇからな!」

 「誰に言ってんだよ」

 

ニッ!と笑うとミルコは背を向けて走り出す。今までよりも更に数段ギアを上げ、街の中を駆けていく。時にはジャンプしたり、壁を足場にしたり、ビルとビルの間を跳躍したりと、その動きは変幻自在。一瞬でも気を抜けばあっという間に見失ってしまいそうな速さだったが、垣根のスピードも負けていない。翼をはためかせ、ミルコにしっかりとついて行きながら街の様子にも常に気を配る。すると、

 

 「ガァァァァァ!!!」

 

前方で巨大化した何かが雄叫びを上げながら、建物の前で暴れ回っている光景が目に入る。全長は約五メートルはあるだろうか。人々は悲鳴を上げ、一目散に逃げ惑っていた。ミルコは巨大敵を視認すると一直線に向かっていき、垣根もそれに続こうとする。しかしその時、

 

 「!あれは…」

 

垣根の視界に一台のトラックとそれを追う複数のパトカーが映る。恐らく何か違法な物を積んでいて警察に追われているのだろう。そのまま垣根が見ていると、突然トラックの窓から助手席の男が顔を出し、拳銃を構えると、

 

 パン!パン!

 

パトカーの車輪目掛けて拳銃を発砲し、撃たれたパトカーは他数台のパトカーを巻き込む形でスリップしていった。

 

 「チッ、世紀末なんてもんじゃねぇなこれは」

 

舌打ちをしつつも、このままではトラックに逃げられてしまうと考えた垣根は進路を変え、空からトラックを追いかける。

 

 「私のシマで好き勝手やってんじゃねぇ!!」

 

一方のミルコは巨大敵の手を掻い潜り、あっという間に敵の頭上に到達すると、自身の右足を高く上げ、勢いよく振り下ろした。

 

 「ガハッ・・・!?」

 

ミルコのかかと落としが直撃し、巨大な敵は短いうめき声と共に気を失う。そして、ミルコが敵を気絶させたと同時に垣根もトラックを追い越し、前方にある横断歩道の前で着地する。突然前方の道路に立ち塞がるように現れた垣根にトラックの運転手は驚愕するも、先ほどパトカーを撃った男が窓から再び顔を出し、垣根に対して怒鳴りつけた。

 

 「そこどけコラァ!!死にてぇのかガキィィ!!!」

 

怒号を浴びせられた垣根だが、反応する素振りは見せず、スッと右手を前に突き出す。

 

 「こんの!!!」

 

垣根に無視された男は拳銃を垣根に向けると、バンバン!!!と大きな銃声を鳴らしながら銃弾を放つ。しかし不思議なことに、放たれた銃弾は垣根の体を貫くことはなくなぜか突き出した右手の前で静止した。

 

 「な、何だコイツ!?くっ・・・!構わん!ひき殺せェぇぇぇ!!!」

 

スピードは120㎞/hを超え、20トンを超える鉄の塊が垣根に勢いよく激突する。

 

 ドパンッッッッッ!!!!

 

垣根の右手の数十センチ手前でトラックのフロント部分が突然グシャリとひしげる。まるで何か見えない壁に勢いよく激突したかのように、トラックの後輪が一瞬宙に浮き、そして大きな衝撃と共に再び地面に落下した。

 

 「ったく、治安悪すぎだっつの」

 

垣根は呟きながらトラックのドアをこじ開け、中の男達を外へ引っ張り出す。先ほどの衝撃で頭でも強く打ったのか、全員虫の息だったのですぐに拘束できた。全員の身柄を拘束し終えたところにミルコが垣根と合流しに来る。

 

 「おう!こっちも片付いたか!」

 「あぁ、そっちも終わったのか。それじゃとっとと警察に・・・」

 「「「うおおおおおおおおおお!!!」」」

 「!」

 

突如垣根達の周りから歓声が上がる。辺りを見渡すと、一般市民達が自分達の方を見ながら歓声を上げていることに気付く垣根。どうやら先の光景を見ていた野次馬達がはやし立てているのだろう。

 

 「見たかよアレ!暴走トラックを一人で止めちまったぞ!」

 「あれ?確かあの子、雄英の体育祭で優勝した子じゃない?」

 「そうだよ!私テレビで見てたもん!確か垣根君だったはず!直に見るとめっちゃイケメンじゃん//」

 「ってかあれミルコだよな!?スゲェ!!生で見るの初めてだ・・・!」

 「ミルコってサイドキック雇ってないって聞いたけど・・・」

 「おいミルコ、なんでアンタが雄英生と一緒にいるんだ?」

 

群衆の内の一人がミルコに問いを投げる。するとミルコは鬱陶しそうな様子の垣根の腕をグイッと引き寄せると、そのまま垣根の肩に腕を回しながら高らかに言い放つ。

 

 「コイツが私のとこのインターン生だからだ!名は垣根ってんだ!覚えときな!」

 「おおお!ミルコのインターン生だったか!」

 「頑張れよ雄英生!!」

 「格好よかったぞ垣根ェ!」

 「格好いい・・・///」

 「・・・ウゼェ。放せ筋肉女」

 

強引にミルコの腕から逃れ、一息つく垣根。すると、

 

 「おい垣根!」

 「・・・今度は何だ?」

 

ミルコの呼びかけに、垣根は鬱陶しそうに向き直ると、ミルコは何事もなかったかのように告げる。

 

 「飯だ!飯食いに行くぞ!」

 「・・・・・・」

 

ため息をつく垣根だったが、時計を見るともう正午を過ぎていたので特に反対することもなく昼食休憩に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午後も午前と同様、ミルコと共に街を駆け巡りながら問題を解決していった。一見無茶苦茶なように見えるミルコだったが、やり辛いかと言われれば実はそうではなかった。ミルコは基本垣根のことを気にかけず、自由に行動しているので垣根もある程度自由に振る舞えた。誰かに指示されたり命令されたりするのが性に合わない垣根にとってはこっちの方が合っていたのかもしれない。二人は町中を駆け回り、気付けば時刻は夜8時を回っていた。もうそろそろ活動も終わりだという頃合いの中、垣根達はある男を追っていた。と言うのも、近頃この付近では敵グループ同士の争いが頻繁に起きていて、今夜もその争いが起きた為、先ほどまでミルコと垣根で敵達を制圧していたのだが、その中の一人が逃げ出したために垣根とミルコがその後を追っていた。男は必死の形相で走り、細い曲がり角を曲がり、暗い裏道へ入っていった。走りながら恐る恐る振り返ると、そこにはラビットヒーロー・ミルコが獲物を見つけた野獣のような目でこちらを睨んでいるのが見える。

 

 「見つけたぞォォ!!!」

 「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」

 

ミルコが爆速で裏道を駆け抜け、一気に男との距離を詰める。男は死に物狂いで走ろうと前に目を向けたその時、前方から白い礫のようなものが自分目掛けて何個も飛んでくるのを視認し、慌てて足を止める。

 

 「な、何ィィィィ!!??」

 「ぶっ飛べ!!」

 

ミルコの蹴りと白い礫が同時に男に直撃し、そのまま男は地に伏した。すると上空から垣根がゆっくりと地面に降り立った。

 

 「何だ今のは!羽根か?」

 「あぁ。ホークスの野郎っぽくちょいとやってみたんだが、悪くなかったろ?」

 「ハッ!あァ!ついでにその生意気さもホークスの野郎そっくりだ!」

 「ざけんな。あんな奴と一緒にすんじゃねぇ…ってこんなこと言ってる場合じゃねぇな。よし、コイツを警察に引き渡してとっとと終わりに・・・あん?」

 

垣根が地に伏している男に目をやるとその男と目線が合う。なぜだが男の目元が笑っていた。一瞬眉をひそめた垣根が目線を下げると、その理由を理解する。男の手元には拳銃が握られており、その銃口は垣根の方を向いていたからだ。そして男は一言呟きながらその引き金を引いた。

 

 「くたばれクソヒーロー共が!」

 「・・・・・・」

 

バン!!!っとけたましい銃声が路地裏に鳴り響く。ミルコはすぐ様男の手元の銃を蹴飛ばし、返す足でかかと落としを決め、男を失神させると急いで垣根の方を見る。しかし見たところ垣根の体に傷はなく、先ほどと変わらず普通に立っていた。

 

 「無事か!」

 「あぁ。ちと詰めが甘かったか」

 「あの距離から防いだのか!やるなお前!」

 「まぁそんなとこ・・・ん?」

 

話を途中で切り、垣根は地面に目を向ける。そこには先ほど男が垣根に向かって発砲したと思われる銃弾が地面に転がっていた。垣根の防御壁によって防がれ地面に転がったのだが、垣根が妙に思ったのはその形状だ。それは普通の銃弾とは違い、2~3㎝ほどの赤い筒状の形をしていた。垣根がそれを拾い上げると先端には細い針がくっついているのが確認できる。

 

 「何だコレ?普通の銃弾じゃねぇな」

 「何だソレは!オイお前!起きろ!」

 「・・・アンタが伸しちまったから当分起きねぇだろ」

 「むっ、そうか。チッ!色々聞き出してやろうと思ったが、まぁいい。そいつとその銃弾を警察に引き渡したら今日の仕事は終わりだ!行くぞ」

 「あいよ」

 

垣根とミルコはそれらを警察に届けると、一日の仕事を終えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 初のインターンを終え、学校生活に戻る垣根。インターンから学校の授業に戻るとその温度差に些か拍子抜けし、思わず気が緩みそうになってしまう。それはどのインターン経験者も同じであった。昼休みになっても未だに緩みが抜けない切島や緑谷であったが、そんな切島の元に興奮気味の上鳴が訪れる。

 

 「切島コラァァ!!」

 「ん?」

 「お前名前!ネットニュースにヒーロー名載ってるぞスゲェ!!『新米サイドキック裂怒頼雄斗爆誕!初日から市民を背負い単独敵退治!』だってよォ~!」

 「くんっ・・・!!!」

 「梅雨ちゃん!麗日!スゴいよ名前出てる~!えっと、『リューキュウ事務所に新たな相棒!インターンシップで所属した二人!!』」

 「えぇ~!?嬉しいな~ホントだー!!」

 「どこから撮ってたのかしら?」

 「スッゴいねぇ~!!もうMt.レディみたいにファンついてるかもね~!!」

 「羨ま~!!!!」

 

インターン組の活躍がYAPニュースで早速取り上げられ、A組生徒達は盛り上がっていた。

 

 「マジじゃん!?『ルックスもキュート。お手柄!大事件を瞬時に制圧。実力は本物』」

 「ぐぬぬ・・・!!!」

 「おい!垣根の記事もあるぞ!」

 「何ィィィ!!??」

 「えーっとどれどれ・・・『初!ラビットヒーロー・ミルコに新たなサイドキック誕生か!?今までサイドキックを取らなかったミルコが今回初めて採用。ミルコと共に縦横無尽に街を駆け回り、数々の事件を解決!その仕事っぷり、プロと見比べても何ら遜色なし!噂では既にファンがいるという声も・・・!』だって!めっちゃ褒められてんじゃん垣根!!」

 「・・・いつ撮ったんだよ」

 

ネットの記事にされているとは思わず、辟易気味に呟く垣根。

 

 「仮免といえど街へ出れば同じヒーロー。素晴らしい活躍だ・・・だが!学業は学生の本分!居眠りはダメだよ!」

 「おうよ飯田!覚悟の上さ!な?緑谷!」

 「うん!!!」

 

緑谷が頷きながら返事をする。すると上鳴が切島に問いかける。

 

 「お前勉強ヤベぇっつってたのに大丈夫かよ?」

 「先生が補習時間設けてくれるんだってよ」

 

切島が答えると、

 

 「俺も行きゃ良かったなぁ・・・両立キツそうでさぁ・・・」

 

瀬呂が頭を掻きながら呟いた。

 

 「学ぶペースは人それぞれですわ」

 「良いこと仰るぅ~」

 「垣根も行くだろ?補習」

 

切島に話を振られた垣根。すると、

 

 「行くわけねぇだろそんなもん」

 

きっぱりと補習の参加を断った。垣根の言葉に対し、驚く切島達。

 

 「なっ!?でもお前だって公欠で授業休んだだろ?その分の遅れ取り返さねぇと・・・」

 「?教科書あんだろ。何で補習なんか行く必要があんだよ」

 「「「・・・才能の暴力!!」」」



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五十八話

 

 垣根はガチャリと寮の扉を開け外に出る。今日もミルコのインターンに呼ばれた垣根。前回の実施から少し経ったので、久しぶりのインターンとなった。しかし垣根が扉を開けると、すぐ外には緑谷・切島・麗日・蛙吹の四人が集まっているのが目に入る。すると切島達も垣根に気付き、垣根に声をかけた。

 

 「もしかして垣根もインターンか?」

 「あぁ。そうだが・・・その口ぶりから察するにお前らもか?」

 「おう!偶然出くわせてな。お前も途中まで一緒に行かねぇか」

 「・・・あぁ、そうだな」

 「よし!じゃあ出発~!」

 

麗日の軽やかなかけ声と共に学校を発つ垣根達。途中でプロヒーローに駅まで送ってもらったので早めに駅に着くことが出来た。改札の中に入り、ここらで誰か別れることになるかと思いきや、皆同じ電車だという。

 

 「あれ?皆こっち?切島君関西じゃ・・・」

 「なんか、集合場所がいつもと違くてさ」

 「私たちもそうなの」

 「垣根君も?」

 「俺もっつぅか、俺は毎回場所違うからな」

 「あぁそうか。ミルコだもんね」

 

皆が同じ方面であることに些か疑問を持つ五人だったが、そのまま電車に乗りこんだ。さらに、電車の中で五人の降りる駅を確認したがなんと皆同じ駅で降りる予定だという。こんな偶然もあるもんなのかと不思議に思いながら電車に揺られ、目的の駅で下車する緑谷達。だが奇妙なのはそれだけではなく、なんと駅から出て向かう方向も五人全く同じだったのだ。垣根は一番後ろを歩きながらこの状況から導かれる答えを推察していた。

 

 (まさか五人全員向かう先が一緒でしたってオチか?こりゃ)

 

そんなことを考えながら歩いている内に目的の建物へ到着する五人。すると、その建物の前には雄英ビッグ3の三人が揃っているのが確認でき、彼らも緑谷達が到着したのを見ると意外そうな顔でこちらを見つめてきた。どうやら、彼らもこの状況をよく分かっていないようだ。何が何だか分からなかったが、とりあえず中に入ろうということで彼らは建物の中に足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 建物中には大勢のプロヒーローがいた。緑谷達のインターン先のヒーロー達は勿論、他の有名どころのヒーローやご当地ヒーローなどまさに勢揃いという感じだ。垣根はその中にグラントリノの姿を視認すると急いで駆け寄っていった。

 

 「おいジジイ!」

 「ん?おぉ帝督!お前も来たか」

 「来たかって・・・どういうこったよこりゃ」

 「あぁ、それはな・・・」

 「おう垣根!やっと来たか!」

 「ミルコ・・・」

 

垣根がグラントリノと話している途中にミルコが割り込んできた。垣根はミルコに視線を移す。

 

 「どういうことか説明あるよな?」

 「おう!アイツからな!」

 「アイツ?」

 

ミルコが指さす方向を見るとそこにはサー・ナイトアイの姿があった。皆が彼を見つめる中、ナイトアイは話し始めた。

 

 「あなた方に提供して頂いた情報のおかげで調査が大幅に進みました。死穢八斎會という小さな組織が何を企んでいるのか。知り得た情報の共有と共に協議を行なわせてもらいます」

 

 (死穢八斎會?)

 

聞き慣れない言葉に疑問を持つ垣根だったが、ナイトアイが全員に会議室の席に着くよう促したので取り敢えず席に着く。ナイトアイが議長席に座り、他の者達がそれをコの字形で囲むようにして座る形となった。全員が席に着くとナイトアイのサイドキックであるバブルガールが話を進める。

 

 「えー・・・それでは始めて参ります。我々ナイトアイ事務所は約二週間前から死穢八斎會という指定敵団体について独自調査を進めています」

 「きっかけは?」

 「レザボアドッグスと名乗る強盗団の事故からです」

 「ありましたね」

 「警察は事故として片付けてしまいましたが、腑に落ちない点が多く追跡を始めました」

 「私、センチビーダーがナイトアイの指示の下、追跡調査を進めていました。調べたところ、死穢八斎會はここ一年の間に全国の組織外の人間や、同じく裏稼業団体との接触が急増しており、組織の拡大・金集めを目的に動いているものと見ています。そして調査開始からすぐに敵連合の一人、分倍河原仁、敵名『トゥワイス』と接触。尾行を警戒され追跡は叶いませんでしたが、警察に協力して頂き組織間で何らかの争いがあったことを確認」

 「連合に関わる話なら、ということで俺や塚内にも声が掛かったんだ」

 (ふむ。要は死穢なんちゃらとかいう敵団体を調査してる内に連合と関わりがある可能性が出てきたからジジイも呼ばれたってわけか。流れ何となくは理解したが、じゃあ俺らが呼ばれた理由は何だ?つか肝心の死穢なんちゃらってのはまず何なんだよ)

 

いくつかの疑問を残るものの、垣根は今までの話の流れを頭の中で整理する。するとグラントリノが垣根に対し話を振ってきた。

 

 「・・・帝督、小僧。まさかこうなるとは思わなんだ。面倒なことに引き入れちまったな」

 「・・・・・・」

 「面倒だなんて思ってないです」

 (…そして前から思ってたが、緑谷とジジイはどういう関係なんだ?)

 

以前ヒーロー殺しと遭遇した際、緑谷の職場体験先がグラントリノであることを知って以来、二人の関係については気になっていた。バタバタしていて中々聞く機会が無かったので、今度落ち着いたら聞き出してやるかと考えていると、隣に座るミルコが垣根の脇腹をちょんちょんと小突いてきた。

 

 「何だよ?」

 「お前、あのじいさんと知り合いなのか?」

 「・・・あぁ。育ての親みたいなもんだ」

 「へぇ!お前の親なのか!ただもんじゃねぇとは思ってたが、どうりで!やっぱつえーのか?あのじいさん」

 「どうだかな。ただの面倒くせぇジジイだよ」

 「・・・続けて」

 

少し脱線しかけていた所をナイトアイが話を戻す。話を聞いていくとどうやら死穢八斎會は許可されていない薬物の捌きをシノギの一つにしている可能性があり、そこでその道に詳しいヒーロー達を招集したと言う事らしい。だがここまで聞いても垣根の頭の疑問は消えない。なぜ自分達が呼ばれたのか。垣根が呼ばれたのは恐らくミルコが呼ばれたからだと推測できるが、ミルコが薬物取引に精通しているヒーローだとは思えないしそんな話は聞いたこともない。ならなぜ自分達は呼ばれたのだろうかと考えていると、切島のインターン先のヒーローであるファットガムが話し始めた。

 

 「昔はゴリゴリにそういうんぶっ潰しとりました!そんで先日のレッドライオットのデビュー戦。今までに見たことない種類のモンが環に撃ち込まれた。個性を壊すクスリ」

 「個性を壊す!?」

 

ヒーロー達がファットの話に驚愕する中、垣根は頭を働かせる。

 

 (今までに見たことのないもの・・・撃ち込まれる・・・クスリ・・・・・まさか・・・!)

 

何かを思いついた様子の垣根はミルコの方へ顔を向け尋ねる。

 

 「あの弾か」

 「そうだ。あれがファットの言う個性を壊すクスリらしい」

 「なるほどな。だから俺達も呼ばれた訳か」

 

垣根はようやく自分達がここに招集された意味を理解した。一つの疑問が解けたところで垣根は再び会議に意識を戻す。クスリを撃ち込まれた天喰だったが、一日寝たら無事個性を発動することが出来たらしい。このことから回復性があるクスリだということが判明。だが、同系統の個性持ちである相澤の話によると、相澤の『抹消』とは少しメカニズムが違うらしい。相澤は個性発現の元となる個性因子を一次停止させることで能力を消しているらしいが、例のクスリは個性因子そのものを傷つけるものだということが分かったという。そこまで聞くとナイトアイがファットに尋ねた。

 

 「その撃ち込まれた物の解析は?」

 「それが環の体は他に異常なし。ただただ個性のみが攻撃された。打った連中もダンマリ。銃はバラバラ。弾も撃ったっきしか所持してなかった。ただ切島君と垣根君が身を挺して弾を弾いたおかげで中身の入った弾が入手できちゅうわけや。せやな?ミルコ」

 「あぁ!コイツが1発弾いた!」ガシッ

 「・・・・・・」

 

ミルコが垣根の頭をがしっと掴みながら答えると垣根は鬱陶しそうにその手を払う。更にファットが話を続ける。

 

 「そしてしてその中身を調べた結果、むっちゃ気色悪いもんが出てきた。人の血や細胞が入っとった」

 (人の・・・血液・・・)ドクン

 「えぇ・・・」

 「ほぉ・・・」

 「つまりその効果は人由来。個性ってこと?個性による個性破壊・・・」

 「うーん・・・さっきから話が見えてこないんだが、それがどうやって八斎會と繋がる?」

 

その質問にファットが答える。何でも、違法薬物を末端へ売りさばいていた中間組織の一つと死穢八斎會は交流があり、また、リューキュウ達が先日退治した敵グループの内、片方のグループの元締めがその交流のあった中間売買組織だったらしい。これらの事実から、最近多発している違法薬物による組織的犯罪が死穢八斎會に繋がるとナイトアイ達は主張するが、未だに納得しかねているヒーローもいた。そこでナイトアイはモニターに治崎の写真を写しだし、新たな情報を話し始めた。

 

 「若頭・治崎の個性は『オーバーホール』。対象の分解・修復が可能という力です。分解、一度壊し直す個性。そして個性を破壊する弾・・・」

 「「!?」」

 「治崎には壊理という名の娘がいる。出生届もなく詳細は不明ですが、ミリオと緑谷が遭遇したときは手足に夥しい包帯が巻かれていた」

 「まさかそんな悍ましいこと・・・」

 「超人社会だ。やろうと思えば誰もが何だって出来ちまう」

 「なるほどな」

 「・・・何?何の話ッスか?」

 

プロヒーロー達が話の本質を理解し始めた一方で、話しについて行けてない切島がせわしなく周りを見る。その疑問に答えたのは同じ雄英生徒である垣根だった。

 

 「分かんねぇか?切島」

 「えっ?あ、あぁ。どういうことだか全然分からん。何が、どうなってんだよ?」

 「つまりだ、この治崎って奴は娘の体を銃弾に変えて売り飛ばしてるかもしれねぇってことだ」

 「「「そ、そんな・・・!?」」」

 

垣根の口から出た言葉に切島は勿論、麗日や蛙吹も驚愕の表情を浮かべる。ようやく三人にも事の重大さが理解できたようだ。

 

 (人体を銃弾に変える、か。中々に頭のネジが飛んでやがるな。学園都市のイカレ科学者どもが好きそうな発想だ)

 

垣根が心の中で呟く。すると再びナイトアイが話を続ける。

 

 「実際に銃弾を売買しているのかは分かりません。現段階では性能としてあまりに半端です。ただ仮にそれが試作段階にあるとして、プレゼンのためのサンプルを仲間集めに使っていたとしたら・・・確たる証はありません。しかし、全国に渡る仲間集め、資金集め。もしも弾の完成形が完全に個性を破壊するものだとしたら?悪事のアイデアがいくつでも沸いてくる」

 「想像しただけで腸煮えくりかえる!今すぐガサ入れじゃ!」

 「ケッ・・・コイツらが子供保護してりゃ一発解決だったんじゃねぇの?」

 

ロックロックと呼ばれるヒーローが緑谷とミリオの方を見ながら小言を呟く。返す言葉もなく、二人とも歯を食いしばりながら俯いている。するとそこへナイトアイが助けに入った。

 

 「全て私の責任だ。二人を責めないでいただきたい。知らなかったこととはいえ、二人ともその子を助けようと行動したのです。緑谷はリスクを背負いその場で保護しようとし、ミリオは先を考え、より確実に保護できるよう動いた。今この場で一番悔しいのはこの二人です」

 

そこまでナイトアイが言うと、ガタッ!と椅子の倒れる音がし、ミリオと緑谷が同時に立ち上がる。そしてナイトアイを力強く見据えながら宣言した。

 

 「今度こそ必ずエリちゃんを!」

 「「保護する!」」

 「そう。それが私たちの目的となります」

 

ナイトアイがここで初めて今作戦における目的を明らかにする。するとここでまたしてもロックロックが口を挟んだ。

 

 「ケッ・・・ガキがイキがるのもいいけどよ、推測通りだとして若頭にとっちゃその子は隠しておきたかった”核”なんだろ?それが何かしらのトラブルで外に出ちまってた。あまつさえガキんちょヒーローにまで見られちまった。素直に本拠地に置いとくか?俺なら置かない。攻め入るにしてもその子がいませんでした、じゃ話にならねぇぞ。どこにいるのか特定出来てんのか?」

 「確かに・・・どうなの?ナイトアイ」

 「問題はそこです。何をどこまで計画しているか不透明な以上、一度で確実に叩かねばならない。そこで八斎會と接点、名のある組織・グループ及び八斎會の持つ土地・・・可能な限り洗い出し、リストアップしました。皆さんには各自その箇所を探って頂き、拠点となり得るポイントを絞ってもらいたい」

 (・・・見たことねぇヒーローがこんなにも大勢いる理由はこれか)

 

垣根は会議室を見渡しながら心の中で納得する。ナイトアイはリストアップしたポイントと活動地区が被るヒーロー達を全国から集め、そのポイントを探らせようと考えたのだ。だがこれは明らかに時間が掛かりすぎる策である。当然、この非効率的作戦には抗議の声が主にファットから上がり、相澤からもナイトアイに対して質問が投げかけられる。

 

 「どういう性能かは存じませんが、サー・ナイトアイ。未来を予知できるなら俺達の行く末を見ればいいじゃないですか。このままでは少々合理性に欠ける」

 「よく言ったぞイレイザー!じゃあ早速私の未来を見てみろナイトアイ!子供の居場所が分かり次第、即蹴り飛ばしに行く!」

 

ミルコが立ち上がって意気揚々と言い放つも、

 

 「それは・・・出来ない」

 「?」

 

ナイトアイはその提案を却下した。皆の視線を集めながら、ナイトアイが説明する。

 

 「私の予知性能ですが、発動したら24時間のインターバルを要する。つまり、1日1時間1人しか見ることが出来ない。そしてフラッシュバックのように1コマ1コマが脳裏に映される。”発動してから1時間の間、他人の生涯を記録したフィルムを見られる”と考えて頂きたい。ただしそのフィルムは全編人物の近くからの視点。見えるのはあくまで個人の行動と僅かな周辺環境だ」

 「・・・いやそれだけでも十分すぎるほど色々分かるでしょ。出来ないとはどういう事なんですか?」

 「例えばその人物に近い将来、死、ただ無慈悲な死が待っているとしたらどうします?」

 「・・・・・・・・・は?」

 

垣根の口から思わず声が漏れる。何を言っているのか全く分からないという表情で垣根がナイトアイの方を見つめる中、ナイトアイは話を続けた。

 

 「私の個性は行動の成功率を最大まで引き上げた後に勝利のダメ押しとして使うものです。不確定要素の多い間は闇雲に見るべきじゃない」

 「はぁ!?死だって情報だろ!?そうならねぇ為の策を講じられるぜ!」

 「占いとは違う。回避できる確証はない」

 「ナイトアイ!よく分かんねぇな!いいぜ俺を見てみろよ!いくらでも回避してやるよ!」

 「・・・ダメだ!」

 

俯きながらも頑として未来を見ることを固辞するナイトアイ。ロックロックも思わず口をつぐみ、一瞬の静寂が会議室に訪れる。すると今度は垣根が立ち上がり、ナイトアイに言葉を投げかけた。

 

 「オイオイオイオイ冗談じゃねぇぞ。仲間の死を見るのが怖ぇからクソ手間暇掛かる作戦の方を採用しますってか?どう考えてもガキの命が掛かってるって時に取る行動じゃねぇよな?ナイトアイさんよ」

 「・・・・・・」

 「おい、何とか言えよナイトアイ。最短ルートでかつ高確率でガキの居場所の手がかりが分かりそうな手段がありながら、どうしてこんなクソ非効率な手段の方を選ばなきゃいけねぇのか、俺に納得できるように説明しろ。その義務がアンタにはあるだろ」

 「・・・先ほど説明したとおりだ。私の個性は勝利のダメ押しで使うのがベストだからだ」

 「っ!だからァ!それを説明しろって――――」

 「帝督!」

 

ナイトアイの態度に苛つきが募り、ヒートアップしかけていた垣根に対し、グラントリノが口を挟む。話を中断された事で更に苛立ちながらも垣根はグラントリノの方を見る。

 

 「・・・何だよジジイ。俺は今コイツと喋ってんだよ。邪魔すんじゃねぇ」

 「いいから座っとけ。おめぇの気持ちも分かるが、今は抑えろ」

 「あァ?」

 

垣根がグラントリノを睨み付け、グラントリノも垣根を見つめ返す。両者はしばらく睨み合っていたが、やがて垣根が大きく舌打ちしながらドサッと椅子に座る。それを見たリューキュウが小さくため息をつくと共に言葉を発した。

 

 「とりあえずやりましょう”困ってる子がいる”これが最も重要よ」

 「娘の居場所の特定・保護。可能な限り確度を高め、早期解決を目指します。ご協力よろしくお願いします」

 

ナイトアイがそう言って締めると、会議は終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会議が終わり、雄英生徒達は休憩室にある机を囲んで椅子に座っていた。そこで緑谷とミリオがエリちゃんとの間に何があったのかについて皆に話した。話し終えた緑谷とミリオはずっと俯き、後悔に打ちひしがれていた。

 

 「あの時、強引にでも保護しておけば今頃エリちゃんは・・・」

 「そうか・・・そんな事が・・・くっ、悔しいな・・・!」

 (デク君・・・)

 (こんなに落ち込んでいるミリオは初めてだ・・・)

 (エリちゃん・・・)

 「通夜でもしてんのか?」

 

エレベーターが開き、緑谷達へ声をかけながらこちらに向かってくる相澤。生徒達は相澤の方を見つめる。

 

 「ケロ、先生!」

 「学外ではイレイザーヘッドで通せ・・・いやしかし、今日は君たちのインターン中止を提言するつもりだったんだがなぁ」

 「えっ!?今更何で!?」

 

驚きながら質問する麗日達に相澤が答える。

 

 「敵連合が関わってくる可能性があると聞かされたろ。話は変わってくる」

 「っ!」

 「・・・ただなぁ緑谷、お前はまだ俺の信頼を取り戻せていないんだよ」

 「!?」

 「残念なことに、ここで止めたらお前はまた飛び出してしまうと俺は確信してしまった」

 

相澤はそっと緑谷の前にしゃがみ込み、握りこぶしを緑谷の胸に当てながら穏やかに語りかける。

 

 「俺が見ておく。するなら正規の活躍をしよう、緑谷。分かったか?問題児」

 「っ・・・・!?」

 「・・・ミリオ、顔を上げてくれ」

 「ねぇ私知ってるの!ねぇ通形!後悔して落ち込んでも仕方ないんだよ!知ってた?」

 「・・・あぁ!」

 

天喰と波動の励ましにミリオの目にも再び力が入る。そして、

 

 「気休めを言う。掴み損ねたその手はエリちゃんにとって必ずしも絶望だったとは限らない。前向いていこう」

 「はい!」

 「相澤先生・・・!!」

 「ここではイレイザーだ」

 「俺!イレイザーヘッドに一生ついてきます!!!」

 「一生はやめてくれ」

 

相澤の言葉で心を入れ替え、前を向いていく決心をした生徒達。緑谷達が気を奮い立たせている中、相澤は垣根にも声をかける。

 

 「とまぁ、コイツらはやる気満々みたいだ。こんなこと、教師の俺が言うべきではないことは分かっているが、お前がいてくれると助かる」

 

それは、垣根の正体を知った相澤だからこそ言えるセリフ。秘密を打ち明け、打ち明けてもらった者同士の信頼関係故のものだった。

 

 「・・・別に降りるなんて言ってねぇだろ。乗りかかった船だ。言われねぇでもやってやるよ」

 

相澤の言葉にぶっきらぼうに答える垣根。

 

 「・・・そうか」

 「垣根ェ・・・お前って奴は・・・なんだかんだ良い奴だなほんとによォ・・・」

 「ていとくん・・・!!」

 「・・・うぜぇ」

 

大げさな反応をする切島と麗日に若干イラッとする垣根だったが、相澤が再び全員に向き直り話しを始める。

 

 「とは言ってもだ。プロと同等かそれ以上の実力を持つビッグ3や垣根はともかく、お前達の役割は薄いと思う」

 「「「・・・・・・」」」

 「蛙吹・麗日・切島、お前達は自分の意思でここにいるわけでもない。どうしたい?」

 

相澤が麗日・切島・蛙吹に問いかけると、

 

 「先っ・・・イレイザーヘッド!あんな話聞かされてもう止めときましょ、とはいきません!」

 「イレイザーがダメと言わないのならお力添えさせて欲しいわ」

 

作戦参加の意を伝える麗日達。すると天喰もそれを後押しした。

 

 「会議に参加させてる以上、ヒーロー達は一年生の実力を認めていると思う。現に俺なんかよりも一年の方がよっぽど輝かしい」

 「天喰君隙あらばだねぇ」

 「俺らの力が少しでもその子のためになんならやるぜ!イレイザーヘッド!」

 「分かってるならいい。今回はあくまでエリちゃんという子の保護が目的。それ以上は踏み込まない。警察やナイトアイの見解では連合と死穢八斎會は良好な協力関係になく、今回のガサ入れでヤツらも同じ場にいる可能性は低いとみている。だが万が一見当違いで連合にまで目的が及ぶ場合はそこまでだ!」

 「「「了解です!!!」」」

 

相澤による目的の確認を済ませる生徒達。あとは決行日を待つのみだ。



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五十九話

 

  衝撃の事実が発覚してから数日。サー・ナイトアイとチームアップしたプロヒーローたちが死穢八斎會若頭・治崎とエリちゃんの居場所を特定するまでの間 垣根達は待機となった。またインターンに関しては一切の口外を禁止された。授業を受けながら、日々悶々と過ごす緑谷達。垣根はこの数日間、暇さえあれば演習場に入り浸っていた。幸か不幸か、インターン活動が一時休止となったため、自分の時間がさらに確保できるようになった垣根。この時間を利用し、未元体を完成まで仕上げようと考えていた。垣根は授業時・飯時・入浴時・就寝時以外は基本的にずっと演習場で新技を煮詰めていた。

 そしてさらに二日後、時刻は午後8時30分。演習場閉場時間ギリギリにて、その刻は訪れる。肩で息をする垣根の目の前にはいくつもの白い『翼』。それを目にした垣根は満足げに笑みを浮かべたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の深夜一時頃。突如垣根の携帯の画面が光りだす。眠りについていた垣根はその光によって目を覚まし、携帯の画面を開いた。どうやらメールが届いていたみたいで、垣根は新着メールを開くとその内容に目を通す。そのメールに記載されていた内容は本作戦の決行日についてである。決行日は今日の午前8時30分。6時30分にはナイトアイ事務所へ集合とのことだった。いよいよエリちゃん救出作戦が始まるのである。垣根はメールの全文に目を通し終えると、

 

 「……」

 

しばらくの間、無言で何もない空間をじっと見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はぁ!?エリって子が本拠地にいる!?」

 「本拠地っちゅうことは・・・」

 「八斎會のトップ、組長の屋敷」

 

 午前6時30分。エリちゃん救出作戦に参加するプロヒーロー及び垣根達はナイトアイ事務所に集合していた。ナイトアイからエリの居場所を特定したとの報告があったのでどこにいるのか聞いたところ、なんとエリは敵の本拠地にいるのだという。敵の本拠地にはいないだろうという推測の下、これだけ大がかりな作戦を実行したのでこの事実には驚きを隠せないヒーロー達。特にロックロックなどはその不満をありありと見せていた。

 

 「ケッ!なんだよ、俺達の調査は無駄だったわけか」

 「いえ、新たな情報も得られました」

 「どうやって確信に・・・?」

 「八斎會の構成員が先日近くのデパートにて女児向けの玩具を購入していました」

 「・・・は?」

 「何じゃそら・・・」

 「そういう趣味の人かもしれへんやろ!世界は広いんやでナイトアイ!ちゅーか なんでお前も買うとんねん!」ビシッビシッ

 「いえ。そういう趣味を持つ人間ならば確実に言わないセリフを吐いていた」

 

そう言うとナイトアイはデパートで構成員とおぼしき男と接触したときの様子を語り始めた。男のセリフからこの人物が構成員であるということをほぼ確信したナイトアイは自身の個性を使い男の未来を見ると、その男が敵の本拠地に入っていき、さらにその中でエリちゃんと接触している光景が見えたのだという。この話を聞いたロックロックは思わずツッコミを入れた。

 

 「予知使うのかよ!?」

 「確信を得た時にダメ押しで使うと言ったはず」

 「とにかくこれで決まりっちゅうわけやな」

 「ヤツが家にいる時間帯は張り込みによりバッチリでございます」

 「警察との連携ですでに令状も出ています!あとは・・・」

 「踏み込むだけやな!」

 「セリフ取られた!」

 「緑谷君!やるぞ~!やるんだ!やるんだやるんだやるんだやるんだやるんだ!やるぞォォォォォォォ!!!」ブンブンブンブン

 

ここに来て目立った動きをしながら己を奮起させるミリオ。以前までの元気はつらつだったミリオに戻った感じがして、天喰達は勿論、緑谷達もどこか安心するような気持ちになる。そして制服姿だった雄英生達がコスチュームに着替え、再び会議室へ戻るとそれを確認したナイトアイが全員に声をかけた。

 

 「では、行きましょう」

 

いよいよ、エリちゃん救出作戦が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は午前8時。ヒーロー達は警察署前で警察官達と本作戦の最終打ち合わせのようなものを行なっていた。大勢のヒーローの前に立ち、今作戦における警察側の責任者とおぼしき男性が八斎會の敷地内構造について説明する

 

 「ナイトアイが八斎會構成員のその後を見た結果 八斎會組長宅には届け出のない入り組んだ地下施設が存在し、その中の一室に今回の目的である女児が匿われていることが確定した。さすがに地下全体を把握することはかなわなかったが、男の歩いた道はそのまま目的への最短ルートであり、八斎會の広い敷地を捜索するにあたって最も有益な情報となる。しかし目指すにしても個性を駆使されれば捜索は難航する。そこで分かる範囲でだが八斎會の登録個性をリストアップしておいた。頭に入れて置いてくれ」

 

男が話をしながら部下に合図すると、部下はヒーロー達に一枚の紙を配り始めた。そこには男の話したとおり、構成員達がどんな個性を持っているかについての一覧が記してあった。

 

 「こういうのパッと出せるっていいよな」

 「隠蔽の時間を与えぬためにも全構成員の確認・補足など可能な限り迅速に行いたい!」

 

警察の入念な準備と迅速な対応を目の当たりにした切島達は思わず声を漏らす。

 

 「決まったら早いっすね!」

 「君…朝から元気だな…」

 「緊張してきた・・・」

 「探偵業のようなことから警察との協力、知らないことだらけ…」

 「ね!不思議だね!」

 「そうね。こういうのって学校じゃ深く教えてくれなくて新人時代苦労したよ」

 「分かる!」

 「プロはみんな落ち着いてんな。慣れか!」

 

こういう光景を見ていると、やはり現場でしか身につかないモノというのは確かに存在するなと強く実感する生徒達。一方で緑谷は別のことが気になっているようだった。

 

 「ねぇ、今朝からグラントリノの姿が見えないけど どうしたんだろう?」

 「あぁ、そういやいねぇなあのジジイ・・・つかオイ緑谷。お前ジジイとどういう関係なんだよ?」

 「えっ!?あ、いや、それはその・・・」

 「あの人は来られなくなったそうだ」

 「えっ!?」

 

唐突にナイトアイから声をかけられ、驚く緑谷。垣根も黙ってナイトアイを見つめる。

 

 「塚内が行ってる連合の件に大きな動きがあったみたいでな。だがまぁこちらも人手は十分。支障はない」

 「そっか・・・」

 「連合に動き・・・」

 「八斎會とヴィラン連合、一気に捕まったりしてな!」

 「それだ!」

 

グラントリノに聞きたいことがあったのにまたもや機会を逃してしまった垣根。また次の機会にするか、と心の中で呟くとミルコが垣根に近づいてきた。

 

 「おう垣根!なんか元気ねぇな。まさかビビってんじゃねぇだろうな!」

 「朝はみんなこんなもんだろ。アンタが元気すぎんだよ。それに誰がビビるかよ」

 「へッ!」

 「そっちこそこそ変なヘマやらかすんじゃねぇぞ。アンタの尻拭いはゴメンだぜ」

 「ハッ!相変わらずクソ生意気だなお前!」

 

垣根とミルコが話ていると、先ほどヒーロー達に説明していた警察の男が再び全員に向かって話し始めた。

 

 「ヒーロー!多少手荒になっても仕方ない。少しでも怪しい素振りや反抗の意思が見えたらすぐ対応を頼むよ!相手は仮にも今日まで生き延びた極道者。くれぐれも気を緩めずに各員の仕事を全うして欲しい。突入開始時刻は0830とする!総員出動!」

 

男のかけ声と共に全員が敵の本拠地まで移動する。作戦開始まであと30分。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は午前8時30分。ヒーロー及び警察隊は八斎會の本拠地の屋敷の前にいた。警察は武装しながら待機し、ヒーロー達も張り詰めた様子で突入準備している。そんな中、警察の男が一番前に立ちもう一度突入手はずを皆に確認する。

 

 「令状読み上げたらダーッと行くんで。速やかによろしくお願いします!」

 「しつこいな。信用されてねぇのか?」

 「そういう意味やないやろ。意地悪やな」

 「フン!そもそもよ、ヤクザ者なんてコソコソ生きる日陰者だ。ヒーローや警察見て案外縮こまっちまったりしてな」

 

 ダンッッッッッ!!!

 

ロックロックの小言が言い終わるか言い終わないかのタイミングで突然、屋敷のドアが内側から殴り飛ばされ、中から巨大な男が姿を現した。ドア付近にいた警察官数名はその衝撃で吹っ飛ばされたが、相澤と緑谷がサポートに入る。唐突な敵の登場に驚くヒーロー達を、目の前の大男はゆっくり見渡しながら気怠げに言葉を放つ。

 

 「何なんですか?朝から大人数で」

 「おいおいおい待て待て!感づかれたのかよ!?」

 「いいからみんなで取り押さえろ!」

 「少し元気が入ったぞー。おおおおお!!!」

 「離れて!!」

 

大男が右手に力を入ながら拳を振りかぶる。いち早く危機を察知したリューキュウは自身の個性を発動させ、警察官達を守ろうとした。が、

 

 「おォォォォォォらァァァァァァァ!!!」

 「!?」

 

轟く叫び声と共にミルコが大男に飛びかかり、顔面目掛けて蹴りを放つ。大男はすかさず左腕で防御姿勢を取ろうとする。しかし、

 

 「なっ!速っ!?」

 「っっっらァァァァァァァァ!!!」

 

ミルコの右足は大男が防御姿勢を取る前に大男の顔面に到達し、力強い叫びと共に全力で蹴り飛ばした。二メートルは優に超えるであろう巨体がボールのように地面をバウンドし、数メートル程吹っ飛ばされる。地面に着地したミルコは笑みを浮かべながら大男に言い放った。

 

 「中々蹴りがいがあるなお前!決めた!お前は私が蹴り飛ばす!」

 「・・・ったく、いきなりかよ」

 

垣根はため息をつきながらミルコの方へ向かう。しばらく呆然としていたヒーローと警察だったが、そこへリューキュウの声が届く。

 

 「とりあえずここに人員を割くのは違うでしょ。彼はリューキュウ事務所とミルコが対処します。皆さんは今のうちに!」

 

竜化したリューキュウの言葉で我に返ったヒーローと警察達は屋敷の中へ突入を開始した。

 



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六十話

 「オラァァァァァ!!」

 「くっ・・・!?」

 

 怒号と共にミルコの蹴りが大男に炸裂する。ミルコと会敵している大男の敵・活瓶力也はなんとか腕でミルコの蹴りをガードするも、あまりの威力に思わずうめき声を上げる。右足の蹴りを防御されたミルコは間髪入れずに左足を振り抜き、活瓶の顔面を狙うがまたしてもすんでの所で防がれた。すると今度は活瓶の腕を利用し、体をスピンさせながら活瓶のボディ目掛けて勢いよく回し蹴りを放つミルコ。

 

 「ボディががら空きだぜぇぇ!!!」

 「くほっ・・・!?」

 

がら空きになった腹部に鋭い蹴りが直撃し、一瞬意識が飛びかける活瓶。活瓶の体はそのまま後方へと吹っ飛ばされ、地面に仰向けに叩きつけられた。活瓶が目を開き空を見上げると、そこには太陽を背に不敵に笑いながらこちらに飛びかかってくるミルコの姿が目に入る。活瓶に追撃するために空へと飛び上がったミルコは右足を高らかに振り上げると、自由落下に任せて下降し目下の標的へ必殺の一撃を繰り出した。

 

 「月墜蹴(ルナ フォール)!!」

 (やばいやばいやばい!!)

 

本能的に身の危険を感じ取った活瓶はかろうじて身をよじり、直撃を回避する。

 

 ドゴォォォォォォン!!!

 

標的を見失ったミルコの右足はそのまま地面に直撃し、轟音と共にコンクリートを粉々に粉砕した。間一髪でミルコの攻撃を躱した活瓶はすぐさま立ち上がり、ミルコに向かってその巨大なこぶしを振り上げる。だが、

 

 「ごはっ・・・・・!?」

 

突如横腹に重たい衝撃が伝わり、その巨体が宙に舞う。活瓶を吹っ飛ばしたのは六枚の巨大な翼。そしてその持ち主である垣根がミルコの下まで歩み寄ってきた。

 

 「おい垣根、今いいトコなんだから邪魔すんな」

 「んなこと言ってる場合かよ。こんなとこでいつまでもぐずぐずしてると、美味しいところ全部緑谷達(アイツら)に取られちまうぜ?」

 「ん、それは困るな!よし、速攻で終わらせる!」

 「おのれぇぇ・・・!!!」

 

垣根の攻撃を受けた活瓶はミルコ達を睨めつけながら立ち上がろうとした時、ガシッ!っと大きなかぎ爪でその頭部を上から掴まれ再び地に叩きつけられる。

 

 「ごふっ・・・・・・!?」

 「大人しくしていなさい」

 

個性を発動しドラゴンに変身したリューキュウによって地面に押さえつけられる活瓶。少し遅れてお茶子と蛙吹も現場に駆けつけた。全く動く素振りを見せない活瓶を見てリューキュウは周りの警官に合図する。それと同時に警官達が活瓶に近寄り、大きめな拘束具を活瓶に装着させた。

 

 「拘束、完了しました!」

 「インパクトの割に呆気なかったわ・・・」

 「だねぇ。ミルコさん達があっという間に片づけちゃった」

 「活瓶力也。人に触れ、息で活力を吸い取り巨大化します。気を失っている内に隔離させて下さい」

 「はっ!」

 「中も荒れてるよ!急いだ方がいいよ!」

 

リューキュウ達とは少し離れたところで屋敷の方へと指を指しながらねじれが言う。リューキュウもねじれの言葉に頷きながら応える。

 

 「ちょっと遅れたけどナイトアイ達を追うよ」

 「「はいっ!」」

 「よーーーし!私たちも行くぜぇ!遅れんじゃねぇぞ垣根!」

 「こっちのセリフだ」

 

リューキュウやミルコとそのインターン生達が屋敷へ向かっていこうとしたその時、

 

 「えっ・・・?」

 「あらっ・・・?」

 

麗日と蛙吹が突然よろめきながら地面に座り込む。リューキュウは慌てて活瓶の方へ振り返ると一瞬で状況を理解した。

 

 「活力を、吸ってる・・・!?そんな・・・触れてもいないのに!」

 「入中からもらったブースト薬がァ、やっと効いてきた・・・!!」

 

蛙吹や麗日だけでなく、周りの警官達の活力も吸い上げた活瓶はみるみる体を巨大化させていき、自身に付けられていた拘束具をそのパワーで引きちぎると再度臨戦態勢に入った。

 

 「すごく元気が・・・」

 (いけない・・・!)

 「湧いてきたァァ!!!」

 (個性がブーストされてる!!)

 

活瓶が麗日達目掛けて振るった拳をリューキュウは竜化することによって受け止めたが、ブースト薬の効果に驚きを隠せずにいた。ブースト薬によってパワーアップを果たした活瓶は殴打のラッシュをリューキュウに浴びせていく。

 

 (みんな活力を吸われ、立つことすらままならない・・・)

 

へたりこんだ麗日達に攻撃が当たらないよう活瓶の攻撃をいなすリューキュウ。すると突然リューキュウはねじれの名を叫んだ。

 

 「ねじれちゃん!」

 「チャージ満タン!」

 

既に宙に浮かび狙いを定めていたねじれは自身の個性・波動を活瓶に向けて放出するも、ねじれも活力が吸われているのか、ほとんど効いている様子は無かった。

 

 「あ?ハッハッハッハッハ!薬が切れたァ・・・触らせろォ可愛い子ちゃん!」

 「・・・・・・!」

 「なんだァ!?まだ元気そうじゃねぇかこの野郎!!」

 「!」

 

高らかに叫びながら再び活瓶との距離を即座に縮めると、ミルコは自身の右足を活瓶に叩きつけた。だが、

 

 「!」

 「へっ!なんだァ、その程度か?」

 

今度はがっしりと左腕でミルコの攻撃を防いだ活瓶。そしてそのままミルコ目掛けて右腕を豪快に振るう活瓶だったが、ミルコはすかさず後ろへ飛び退くことで回避した。

 

 「おんもしれぇ!!やっぱテメェは私がぶっ飛ばす!!」

 「麗日さん!」

 「!」

 

ミルコと活瓶が再度交戦状態に入ったとほぼ同時に緑谷が屋敷の中から現れ、麗日に声をかける。意識がもうろうとする中、緑谷の方を向く麗日。すると緑谷はあさっての方角を指さしながら言葉を続ける。

 

 「応援を呼びに来た!あっちの十字路の下に目的がいる!プロが戦って足止め中だ!加勢を!」

 「緑谷だぁ?」

 

用件を伝え、自身が指さした方へ走っていく緑谷を見て不審に思う垣根。だがリューキュウとミルコは緑谷の言葉を聞くと素早く動き出す。ミルコが再び活瓶に接近すると、活瓶はミルコ目掛けて右拳を振るう。ミルコは活瓶の拳をギリギリまで引きつけると、一瞬で活瓶のすぐ頭上に跳躍し攻撃を躱した。それを見た活瓶はニヤリと笑い、今度は左腕を振りかぶる。

 

 「空中じゃ避けられねぇぞ!!」

 

頭上のミルコ目掛けて力一杯左腕を振り抜いた活瓶だったが、ミルコは宙でくるりと身をよじりまたもや活瓶の攻撃を躱すと、そのまま素早く活瓶の懐に沈み込む。一瞬で視界から消えたミルコに動揺し、生まれた隙をミルコは見逃さない。

 

 「あんま私を、舐めてんじゃねぇぞコラァァァ!!!」

 

またしてもがら空きになったボディに渾身の右足が突き刺さる。

 

 「ゴホッ・・・・・・!?」

 

凄まじい衝撃と痛みが活瓶の意識を刈り取り、その巨体は後方へ勢いよくバウンドしていく。そして活瓶の体勢が立て直らないうちにリューキュウが活瓶の体に密着し、蛙吹の舌でリューキュウごと縛り上ることで動きを完全に封じた。リューキュウと活瓶の重さを麗日の個性で軽くすると、蛙吹達は緑谷が指した方向へ一斉に向かっていく。一方の垣根は戦況を見ながら先ほどの緑谷について考えていた。何か違和感がある。その違和感の正体について考えていたのだが、そこへミルコの声が聞こえる。

 

 「おい!何してる?さっさと行くぞ!」

 「・・・あぁ、そうだな」

 

まだ思考がまとまっていない垣根だったが、取り敢えず今は現場に急行することが優先だと考え、翼を広げミルコと共に蛙吹達の後を追う。そしてリューキュウは緑谷が示した地点に着くと、再びねじれに指示を出した。

 

 「ねじれちゃん!ありったけを私ごと!」

 「な・・・なんで・・・動けるんだ・・・この・・・女、ども・・・」

 「毎日」

 「言われてるから」

 「さらに向こうへ」

 「「「Plus Ultraって!!!」」」

 

ねじれの渾身の波動によってリューキュウと活瓶の巨体は空中から勢いよく地面へと激突する。

 

 ドゴォォォォォォォン!!!!!

 

二体の巨体の重量に勝てず、コンクリートの地面は派手な音を立てて崩落した。




ミルコ活躍回になっちゃった 
次は垣根君もちゃんと戦います・・・


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六十一話

 

 リューキュウが天井を突き破り、地下に落ちてくる様を緑谷は驚きの表情で見上げていた。また、よく見ると地下へ乱入してきたのはリューキュウだけではなく、麗日と蛙吹も一緒にいることに気付く緑谷。一体どういう状況なのかイマイチ測りかねていた緑谷を差し置き、地下を見渡していた蛙吹が突然声を上げる。

 

 「ウラビティちゃん!」

 「!ナイトアイ!?」

 

二人の視線の先には地面に転がる瀕死の状態のナイトアイの姿があった。治崎との戦闘の結果、ナイトアイは体に重度の怪我を負ってしまったのだ。二人がナイトアイの存在に気付いたことを知ると緑谷は今回の作戦の救助対象であるエリの方を向く。

 

 「ナイトアイの保護頼む!」

 

緑谷は蛙吹達にそう伝えると少女の下へ走り出した。すると突然、

 

 ドッッッッ!!!

 

少女の足下の地面が隆起し少女の体が宙を舞う。治崎が個性を発動させ、地面を隆起させる形へと作り変えた。

 

 「治崎ィィィィィィィィ!!!」

 

緑谷が治崎に怒号を浴びせるも、治崎は構いもせず自身の足下の地面を隆起させるよう変形させることで地上へ逃れようとしていた。

 

 「滅茶苦茶だ!ゴミ共が!!」

 「させるかぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

治崎を逃がさぬようワンフォーオールを発動させ、緑谷は高く飛ぶ。足場と共に上昇していく途中で治崎は宙を舞うエリを捕まえると異形の腕に抱え直した。

 

 (掴め!今度こそ!!!!!)

 「しつこい・・・!」

 

下から迫ってくる緑谷に悪態をつく治崎が目線を横に向けると、治崎の個性によって岩ごと巻き上げられ宙に舞う赤いマントが目に入る。これは緑谷やナイトアイが治崎と交戦する前、たった一人で治崎を追い詰めたヒーローが身につけていた物。忌々しいものが視界に入り、思わず舌打ちをする治崎だったが、それは同時に治崎に抱えられていたエリの目にも入った。

 

 (あれは・・・)

 

呼び起こされる鮮烈な光景。自分を守ろうと治崎の攻撃を体を張って受け止めたヒーローの姿。体中から血を流しながらも決して膝を折らなかったヒーローの姿が鮮明に思い起こされる。

 

 (もう・・・いいの。誰にも・・・死んで欲しくない!望んでなんかない。なのにどうして・・・!)

 

自分のせいで何人もの人が傷ついていく。ミリオだけではない。ナイトアイも緑谷もみんなエリを助けようとして、その度に多くの血を流していく。エリにはもうそんな現実に耐えられなかった。そして一体なぜ彼らがそこまでして自分を助けてくれるのか全く分からなかったのだ。しかし、エリが宙を舞うミリオのマントを見上げていたその時、エリの頭の中にミリオがかけてくれた言葉が響き渡った。

 

 『俺が君のヒーローになる!決して君を悲しませない!』

 

ふと空へ向かって手を伸ばすエリ。それは無意識的に動いた行動。だがエリの伸ばした手は確かにミリオのマントを掴みに行っていた。自身の頭部に生えている角から光があふれ出していることにも気付かずにエリは彼のマントをつかみ取った。そして下から必死に自分を救いに来る緑谷の姿を見てようやく気付いた。

 

 (この人達は諦めない。私が助からないと死んでも諦めない・・・!助からなきゃ・・・もう一度!)

 

エリは自らが助かる覚悟を決め、その場で立ち上がる。そして緑谷をしっかりと見つめ、力強く緑谷の下へ飛び込もうとした直前、治崎が勢いよく振り返りエリに手を伸ばす。

 

 「行かせるかエリィィィィィィィィィ!!!!」

 

必死に伸ばした手はエリの肩をしっかりと捕らえる。

 

 「キャッ!?」

 

自身の服に手が掛かり、強い力で自身の体が引き戻されていくのを感じたエリ。もうダメだと諦めかける。力強い声が上空に響き渡るまでは。

 

 「治ィィィィ崎ィィィィィィィィィィィ~~~!!!!」

 

ゴフッ!!っと鈍い音が後方ですると同時に、エリは自分を引っ張っていた力がなくなるのを感じた。だが急に引っ張る力がなくなったため、エリはバランスを崩しふらつきながら後方へ移動する。そして気付いたときには自分の体が足場ギリギリの場所に位置し、重心が完全に外側へ傾ききっていることを感じるエリ。これではもう自由落下は避けられない。

 

 (やっぱり、ダメだったのかな。私は助かっちゃいけないのかな。もう一度、あの優しい手に抱かれたかったなぁ)

 

心に諦観の念を抱きながら、エリは足場から落下していった。

 

 「エリちゃぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!」

 

落下していくエリを見て緑谷は必死に叫ぶ。エリが落下したのは自分が今位置する場所から見てほぼ反対側の面。落石を足場に軌道を修正し手を伸ばす緑谷だったが、あと一歩エリには届かない。緑谷の必死な叫びを嘲笑うかのようにエリの体は緑谷の目の前で下へと落ちていく。緑谷の顔が絶望に染まるかと思われたその時、一条の白い光が緑谷の目の前を通り過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エリは目を閉じながら違和感を感じていた。足場から落下した際に死を覚悟したエリだったが、いつまで待っても地面に激突する衝撃も痛みもやってこない。こんなにも落下時間が長いものなのか。というか、落下しているという感覚も無い。そして何より、自分はまだ生きている。何が起きたのか分からないエリは状況を確認しようと恐る恐る閉じていた目を開く。目を開いた先にまず目にした光景は一人の青年の顔。金髪で整った顔をした青年がエリのことをじっと見つめている。そしてエリはその次に自分が今、目の前の青年の腕に抱かれていることに気付いた。全く状況が呑み込めていないエリは困惑気味に青年に尋ねる。

 

 「あなたは・・・?」

 「お前がエリか?」

 「え・・・?う、うん・・・」

 

突然名前を聞かれ、戸惑いながらも頷くエリ。

 

 「そうか」

 

垣根はエリの答えを聞くと一言そう呟きながら、ゆっくりとエリを地面に降ろした。

 

 「ったくあの野郎…もう少しスマートに出来ねぇのかよ」

 

上を見上げながらミルコに対して悪態をつく垣根だが、そこへ緑谷が上から現れた。

 

 「エリちゃん!!」

 

垣根達から少し離れた場所に着地した緑谷はエリの名を呼びながら視線を向ける。その声に反応し、二人は緑谷の方へ体を向けた。見たところ、特に怪我も無くエリが無事そうであることを確認した緑谷はホッと息を吐き出す。垣根達の下へ近づこうとしたとき、緑谷は自身の視線の先にゆらりと揺れる人影を確認した。そして、

 

 「エリをォ返せぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

 ガッッッッ!!!

 

治崎は叫びながらコンクリート地面を瞬時に分解し、いくつもの鋭い槍状の塊に修復するとそれらを一斉に射出した。コンクリートの塊が垣根に一斉に襲いかかる。

 

 「エリちゃん!垣根君!!」

 「ひっ!!」

 

 ズガァァァァァァァン!!!

 

轟音が鳴り響く。緑谷が叫び声を上げて僅か一秒もしないうちに、治崎の攻撃が垣根達が立っていた場所へ直撃した。静かに見つめる治崎。しかしここですぐ異変に気付く。土煙が晴れ見えてきた光景は、白く巨大なドーム状のナニカに治崎の攻撃全てが突き刺さっていた光景だった。それを見た治崎は警戒心を高める。

 

 (何だアレは・・・)

 

治崎が訝しげに見つめている中、突如白いドームが開放される。中から出てきたのは先ほどと何ら変わらぬエリと、巨大な白い翼を背中から生やしている垣根の姿。先の白いドームは垣根がこの翼で自分とエリの周りを覆うことで出来たものだった。またもや何が起きたのか分かっていないエリだったが、口を半開きにし目を丸くしながら眼前に広がる純白の翼を見つめていた。

 

 「!」

 

そんなエリの様子を見た垣根は脳裏にある少女の顔が思い起こされる。それは少ない時間ではあるが垣根帝督と行動を共にし、垣根帝督に憧憬を抱き、そして垣根帝督が救えなかった一人の少女の顔。思わず彼女を想起しながらエリの顔をじっと見つけていると、そこへ緑谷が駆け寄ってきた。

 

 「二人とも大丈夫!?」

 

緑谷の声によって我に返った垣根は緑谷へ言葉を返す。

 

 「・・・当たり前だろ」

 「そ、そっか。良かった・・・!」

 「あ・・・」

 「エリちゃん・・・本当に無事で良かった!」

 

緑谷はエリを見ながら心底安堵した様子でそう言った。黙って見ていた垣根だったが、くるりと身を翻すと緑谷に言葉をかける。

 

 「緑谷。そのガキを頼んだぜ」

 「え・・・?う、うん!」

 

緑谷が戸惑いながらも返事を返す一方で、垣根の背中を不安そうに見つめるエリ。するとそんなエリの視線を感じたのか、振り返りはしなかったものの垣根は一言、エリに言い聞かせるように呟いた。

 

 「心配するな。すぐに終わる」

 「!」

 

そう言い残すと垣根は歩き出し、こちらを睨めつける治崎と対峙した。

 

 「さてと。待たせたなマスク野郎。こっからは俺が相手してやるよ」

 「・・・エリを渡せガキ共。そいつは俺のものだ」

 「ハッ、極道のトップがまさかのロリコンかよ。つくづく救えねぇ野郎だな」

 「お前達はエリの力を知らないからそんな正義面が出来る。そいつはな、呪われた子なんだよ」

 「違う!エリちゃんは呪われた子なんかじゃない!」

 

緑谷が大きな声で反論すると治崎はため息をつきながら右方向へ歩き出す。そして先ほど麗日達と一緒に地上から落ち、今は気絶して伸びている活瓶の下へたどり着くと治崎はその手で活瓶の体に触れた。治崎の手が触れた瞬間、血をまき散らしながら活瓶の肉体が消滅する。その血の雨を浴びながら空を見上げていた治崎だったが、突如その体に異変が起きる。治崎の体からこの世のモノとは思えない、巨大な赤黒い蜘蛛のような体が出現したのだ。何本もの巨大な手足が肉体から伸び、その頭部に治崎の体が埋まっているのが見える。恐らく治崎の個性で活瓶と融合したのだろう。活瓶と融合した治崎は巨大蜘蛛の頭部から垣根達を見下ろしながら話を再開する。

 

 「エリの角からあふれ出るその光・・・力を抑え切れていない証拠だ。そうだろ?エリ」

 「・・・・・っ!」

 「人間を巻き戻す。それがエリだ。使いようによっては人を猿にまで戻すことすら可能だろう。触れる者全てが無へと巻き戻される。呪われてるんだよそいつの個性は」

 「・・・・・・」

 「俺に渡せ。分解するしか止める術はない。消滅したくなければエリを渡せ」

 「絶対ヤだ!」

 

治崎の言葉に断固拒否する緑谷。治崎の話はまだ続く。

 

 「お前達もエリも力の価値を分かっていない。個性は伸ばすことで飛躍する。俺は研究を重ね、エリの力を抽出し到達点まで引き出すことに成功した。結果、単に肉体を巻き戻すことに留まらず、もっと大きな流れ・・・種としての流れ、変異が起こる前の状態へと巻き戻す。エリにはそういう力が備わっている。個性因子を消滅させ、人間を正常に戻す力だ。個性で成り立つこの世界を、理を壊すほどの力がエリだ!」

 

治崎はそう言いながら巨大蜘蛛の腕から個性を発動させ、コンクリートの地面を分解する。そして、

 

 「エリの価値も分からんガキに利用できる代物じゃない!!」

 

鬼の形相で叫びながらコンクリートの槍を生成し、垣根の向けて一斉に放った。個性を発動させ、エリを抱えていち早く退避する緑谷。対しては迫り来る攻撃を見つめながら、心の中で静かに呟いた。

 

 (・・・結局この世界も学園都市(あっち)と同じか。自分(テメェ)の都合しか頭にないクソ野郎どものせいで、何の罪もないガキ共が犠牲になる世界・・・エリや林檎(アイツ)のように。俺だって治崎(コイツ)と同じクソ野郎だ。アイツを救えなかった半端者。だがな、それでも・・・・・・)

 

 ドゴォォォォォォォォォン!!!

 

コンクリートの槍が垣根が立っていた場所に直撃し、轟音と衝撃が発生する。土煙が晴れ、治崎が垣根の立っていた場所を見下ろすがそこに垣根の姿はなかった。攻撃が回避されたことを確認した治崎は周囲を見渡し、垣根の姿を探す。すると突然、上空からヒラリヒラリと一枚の白い羽根がゆっくり落ちてくる。そのまま顔を上に向けるとそこには六枚の翼を広げ、宙で静止している垣根の姿があった。日光を背に受け、より煌びやかに輝く純白の翼はどこか神秘的なオーラを放っている。

 

 「……」

 

黙って治崎を見下ろしていた垣根は演算を開始する。すると垣根が纏う六枚の翼はグググッと音を立てながらどんどん大きくなっていき、全ての翼の大きさが二十メートル程にまで達した。治崎の巨大化した体にも引けを取らない大きさだ。

 

 (なんだこの翼は…?)

 

目を丸くしながら頭上の垣根を見上げていた治崎に対し、垣根は挑発するように言葉を放つ。

 

 「さて、スクラップになる覚悟はできたか?治崎ィ」

 「…ガキがァ、図に乗るなァァァァァァァァァァ!!!」

 

激昂と共に治崎が個性を発動させる。無数のコンクリートの棘が一斉に射出され、頭上の垣根に襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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六十二話

 

 無数のコンクリートの棘が一斉に垣根を襲う。対する垣根は全長二十メートルはあろうかという六枚の巨大な翼を広げ、翼の羽根を槍に変換し一斉に放った。

 

 ズガンッッッッッ!!!!

 

空中で垣根と治崎の攻撃が爆音と共に激突する。衝突の余波で発生した土煙が地下一帯に漂う中、今度は垣根が先に動いた。

 

 轟!!!

 

轟音をなびかせながら烈風を放ち、土煙を払うと一気に視界が開けた。治崎は烈風から身を守るように腕をかざしながら頭上の垣根を見上げる。すると太陽の光を背に浴び、煌びやかに輝いて見えた純白の翼が突如より一層輝き出した。

 

 ゴバッッ!!!

 

凄まじい光が翼から放たれる。眩しそうに額に手をかざす治崎だったがすぐに異変に気付く。

 

 「!?」

 

ジリジリと体が焼ける痛みを感じる治崎。垣根の翼が放つ光によって治崎の体が焼かれているのだ。異常が起きているのは治崎の体だけではない。治崎の体と融合している巨体も垣根の謎の光によって焼かれていた。垣根によって攻撃されていること理解した治崎は光の攻撃から逃れるべく目一杯跳躍した。

 

 ズダンッッッ!

 

地鳴りを響かせながら地上に着地する治崎。すると、

 

 「何だよつれねぇな。せっかくこんがり焼いてやろうと思ったのによ」

 

リューキュウ達が崩落させた穴から地上へゆっくりと浮上し再び治崎と相対する垣根。垣根の軽口に対し、治崎は怒気を含んだ目つきで垣根を睨み付けていた。

 

 「こざかしい真似を……叩き潰してやる!」

 

治崎は叫びながら巨大な腕を振り上げ、垣根目掛けて振り落とすも、垣根は空中に逃れることで直撃を回避した。

 

 ゴォォォォン!!

 

標的を失った治崎の拳は地面のコンクリートに直撃し、巨大なヒビを入れる。

 

 「ちょこまかと……!」

 

治崎が忌々しそうに宙を見上げると、垣根は既に次の行動に移っていた。突如、垣根の真下の地面に白い塊が五つほど出現すると一瞬にして人の形を形成していき、気がつくと治崎の目の前には垣根帝督そっくりの人型のナニカが五体も出現していた。一瞬の出来事に思わず目を丸くする治崎。すると空から垣根の声が聞こえる。

 

 「じゃ、行くぞ」

 

その声と共に五体の未元体が一斉に右手を治崎の方へかざす。そして、

 

 ドンッッッッッ!!!

 

轟音が炸裂し、未元体達の腕が巨大な翼へと変じる。その翼を構成する無数の羽根が全て鋭い槍へと変じ、爆発的な射出が繰り出された。一瞬にして視界のほとんどが無数の白によって覆い尽くされた治崎は即座にコンクリートの棘を生成して繰り出すも、あっという間に無数の白い槍によってのみ込まれてしまう。

 

 「ぐおおおおおおおお!!!」

 

未元体の放った槍が治崎の巨体を襲う。五体の未元体から射出された槍の総数は治崎の巨体をものみ込んでしまうほどで、巨体のあらゆる箇所を串刺しにしながら後方へと押し流していく。なんとか槍の波から逃れようとする治崎だったが全く身動きが出来ない。このままでは後方にある家屋に激突すると思われたその時、槍の波の向きが突如上向きになり治崎の巨体を宙へと押し上げていった。

 

 「おーおー高ぇ高ぇ。このまま大気圏突破ってのもアリだな」

 

無数の槍の大群によってどんどん空へと押し上げられていく治崎の姿を呑気に眺める垣根。一方の治崎は槍の波から何とか抜け出そうと空中で必死にもがいていた。

 

 「おおおおおおおおお!!!」

 

雄叫びと共に個性を発動させ、自身の巨体を分解する治崎。巨体が分解されることで槍によって固定化されていた状態を解いたのだ。そして体が自由になった一瞬で身をよじり、槍の波から逃れた。

 

 「あーらら。逃れたか」

 

治崎が槍の波から抜け出したのを視認する垣根。治崎は槍の波から逃れると再び個性を発動させ、赤黒い巨体を身に纏うと今度はさらに巨大な翼まで新たに生成した。

 

 「お前だけが空を飛べると思うなよガキがァ!!!」

 「ほぉ、おもしれぇ」

 

不敵に笑った垣根は翼をはためかせ、治崎との距離を詰める。垣根と治崎との距離が詰まり、治崎の巨大な拳と垣根の純白の翼が空中で激突した。

 

 ドパンッッッッッッ!!!!

 

衝撃と轟音が大気を震わせる。空中を駆け回りながらお互い拳と翼を何度もぶつけ合っていく治崎と垣根。巨大な赤黒い化け物と巨大な白い翼を操る男が繰り広げる激しい舞はこの世のものとは思えない程人間離れした光景だった。

 

 「オラオラどうしたよ治崎くん。そんな紙細工みてぇな強度じゃ、俺の未元物質には届かねぇぞ?」

 「黙れガキィィィ!!!」

 

垣根に破壊された部位を再生させながら、治崎は吠える。両者の激しい打ち合い、最初は互角のように見えたが、徐々にその均衡は崩れていった。数々の打ち合いを経て治崎の巨腕へのダメージが目立つようになってきたのだ。理由は未元物質の強度の高さと再生スピードにある。未元物質の強度が治崎の巨腕のそれを上回り、かつ再生速度も垣根の方が格段に速いため、治崎の方ばかりにダメージが蓄積されていった。

 

 「おらよ!!!!」

 「くっっ……!?」

 

垣根の叫びと共に三枚の翼が繰り出される。射出された翼は治崎の巨腕の付け根に命中し、三本の腕が治崎の巨体から剥がれ落ちた。治崎は全身を分解し即座に再生させることでなんとか体勢を立て直したが、治崎が再生する間、垣根はなぜか追撃しなかった。治崎の再生が終わると垣根はニヤリと笑みを浮かべながら言葉を放つ。

 

 「再生するためには一度バラさなきゃいけないわけか。随分と融通の利かない個性だな」

 「…ッ!?黙れぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

治崎は激昂と共に垣根に襲いかかる。垣根に対して再び拳を振り下ろそうとしたその時、突如巨体の脇腹辺りに右方向から強い衝撃を受けた。

 

 「が、はッッッッッ!!??」

 

うめきながら左方向へ吹き飛ばされるも、すぐに体勢を立て直す治崎。治崎が視線を上げると、そこには白い翼を広げた未元体が宙に浮かんでいる姿が見えた。そしてその後ろには同じように翼を生やした四体の未元体の存在も確認できる。驚きの表情を浮かべている治崎を他所に垣根が話し始めた。

 

 「これが特訓の成果ってやつだ。未元体への未元物質の実装。完璧ってわけではねぇが、ここまで使えれば上出来だな」

 「な、なにを………言っている………!?」

 「知る必要はねぇよ。お前が知る事実はただ一つ。お前は今からコイツらのサンドバックになるってことだけだ」

 

垣根が言い終わるのとほぼ同時に五体の未元体が治崎へ向かって動き出し、一斉に襲いかかった。

 

 「たかが人形を並べた程度でこの俺に勝てると思うなァァァァ!!」

 

怒号と共に拳を振り抜く治崎。すると、

 

 ドパンッ!

 

治崎の振るった拳が鈍い音と共に一体の未元体に直撃し、未元体を後方まで吹っ飛ばす。しかし、吹き飛んだ未元体は何事もなかったかのようにすぐに体勢を立て直すと、またすぐに垣根に向かっていく。そして、五体の未元体は治崎を囲み、次々と攻撃を放っていった。治崎は必死に迎撃しているが、まるで視界が共有されているかのような寸分違わぬ連携をとってくるため、対処が追いつかない。また、治崎が未元体に攻撃を当てても、まるで効いていないかのようにすぐに攻撃の輪に戻ってくるため、再生する暇が無い。

 

 (なんだこの化け物共は…!?こちらの攻撃が全く効かない…!このままでは…!)

 

治崎は未元体の恐ろしさをようやく理解しつつ、その未元体達による総攻撃の連続で治崎の巨体は次々と削り取られていった

 

 「再生するためには分解という工程を踏まなければならない。それがお前の敗因だ」

 「が、はッッッッッッッッ…………!?」

 

垣根の冷徹な声と共に、未元体の巨大な翼が腹部と腕部に直撃し、息を吐く治崎。巨体のほとんどは崩れ去り、勝負はもう決まったかのように思えた。だが、

 

 「まだだ…ッ!!」

 

治崎は最後の力を振り絞り自身の肉体を再生させ、今までの蜘蛛のような巨体を全て両腕と両翼に集約させていく。治崎の腕は先ほどより何倍にも膨れ上がり、全てのパワーを両腕部に注いだのだ。治崎は巨腕を振るい、目の前の二体の未元体を吹っ飛ばすと、目の前に垣根本体への道が開けた。治崎は両翼をはためかせ一気に垣根本体へと向かって行く。治崎が向かってくるのを黙って見下ろしている垣根に対し、治崎は怒号を叩きつけた。

 

 「どいつもこいつも大局を見ようとしない!俺が崩すのはこの世界!その構造そのものだ!目の前の小さな正義だけの、感情論だけのヒーロー気取りが!俺の邪魔をするなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

全身全霊で自身の野望を叫びながら治崎は再度体を分解させ、今度は全てを右腕部に集約させた。右腕部はさらに肥大化し、ビルでも握りつぶせるのではないかという程巨大なものとなる。治崎は頭上の垣根目掛けて目一杯右腕を振り抜いた。

 

 「死ねェェェェェェェェェェ!!!!」

 

治崎が絶叫と共に自身に迫ってくるのを垣根はただ黙って見下ろしていた。そして演算を開始し、自身の背にある巨大な翼を更に巨大化させる。二十メートル程だった翼は更に大きくなっていき、ついには三十メートルを超える程にまで伸びていった。垣根が右翼三枚をそろえて天高くかかげると、全長三十メートルの巨大な白い剣が空に聳え立つ。治崎の腕とは比べものにならない程大きな翼をかかげ、唖然としている治崎に冷徹な視線を向けながら垣根は静かに呟いた。

 

 「お前ごときじゃ世界は壊せねぇよ」

 

その一言と共に垣根は白い翼を振り下ろした。




取り敢えず出来た

緑谷ァ…()


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六十三話

インターン編ラスト


 白い翼をはためかせ、静かに地に降り立つ垣根。リューキュウ達が地面に開けた大穴の近くに着地した垣根は前方に視線を向けるとそこには粉々に砕かれた赤黒い塊と白目を剥いて気絶している治崎の姿があった。垣根が無言で治崎のことを眺めていると、突然大穴の中からミルコが勢いよく飛び出し垣根の目の前に着地する。ミルコの背にはミリオと相澤の二人が担がれていた。

 

 「よう垣根!生きてたか!」

 

相変わらず元気な様子で垣根に話しかけるミルコ。垣根は「ああ」と返事をしつつ、ミルコに問いかけた。

 

 「そういやアンタ何してたんだよ?」

 「ん?あぁ!玄野ぶっ飛ばしてた!」

 「玄野……?あぁ、治崎の側近ってやつか」

 「そうだ。イレイザーが玄野の野郎にやられてたから助けてやってた。情けない奴め!」

 

担いでいる相澤の方をチラリと見ながらガハハッッ!!と笑うミルコ。垣根はミルコが担いでいるもう一人の男、通形ミリオの方を見ながらさらに尋ねる。

 

 「で、そっちの方は大丈夫なのか?」

 「とりあえず応急処置はした。傷は浅くないが命に別状はない」

 「そうか。他の組員共はあらかた片付いたのか?」

 「ああ。ようやく治崎をぶっ飛ばせると思ったらお前が全部もって行きやがって……!ずるいぞお前!」

 「ガキか……けど、なんだかんだしっかりヒーローやってるじゃねぇか。ちょっと見直したぜ」

 「ったりめーだろ。私をなんだと思ってやがる!」

 

垣根とミルコが話していると、大穴から麗日・蛙吹、そしてエリを背負った緑谷が姿を現した。麗日は傷を負ったナイトアイを抱えている。ナイトアイは腹部にもの凄く太いコンクリートの棘が刺さっていて、かなり重傷そうに見えた。

 

 「なぁ」

 「ん?何だ」

 「ナイトアイのあの傷……」

 「…………」

 「……そうか」

 

ミルコが押し黙ったのを見て察する垣根。そして今度はエリについて尋ねた。

 

 「で、あのガキは無事なのか?」

 「ああ。緑谷がちゃんと保護…………」

 

 ピカッッッッ!!!

 

ミルコが言い終わらないうちに突如垣根達の側で眩い光が光り出す。何事かとその方向を見ると、その発光源が緑谷だということが判明。いや。正確には緑谷の背負っているエリの頭部からだった。どうやら力が制御できずに暴走しているらしい。ワンフォーオールを起動させていた緑谷だったが、あまりのエリの個性の強さに思わず膝をついた。

 

 (くっっっっっっっ!!??エリちゃんの個性が……勢いを増してるッッッッ!?ぐッッッ!!)

 

緑谷が膝をついた瞬間、先ほどまで地に伏していた治崎の体が動いた。朦朧とする意識の中、治崎は叫び声を上げながら崩壊寸前の巨大右腕を緑谷の元へ放った。腕が緑谷の身体に覆い被さり、押しつぶしてしまったかに見えた直後、腕の内部から光が漏れ出す。その光はエリが今発している光で、治崎の巨大腕をも飲み込み、あっという間に腕を消失させてしまった。エリの光が治崎の体までたどり着くと活瓶の体が飛び出した。エリの個性の力で治崎と活瓶が合体する前の状態まで強制的に戻されたのだ。そして治崎の体も宙に放り出されたが、麗日がしっかりと拘束技を決め込み取り押さえた。

 

 「おいおい、このままじゃ緑谷が猿になっちまうぜ。どうにかして止めねぇとな」

 

そういいながら垣根は相澤の方をチラリと見ると、僅かに相澤の手がピクリと動いたのを捉えた。

 

 「ミルコ」

 「あ?」

 

こちらを向いたミルコに相澤のことを顎で指す。すると意図を理解したミルコは相澤の頭を掴み、顔をエリの方へ向けた。相澤がまぶたを開き、エリの方へ視線を向ける。

 

 (すまん。緑谷)

 

相澤の個性が発動し、エリの発光が消滅する。個性が止んだエリは力尽きるようにして緑谷の背中に倒れた。

 

 「お、おわった……」

 「……のか?」

 「…………」

 

相澤のおかげで何とか場を収めることが出来た。エリの個性の暴走の危険性がもうないことが分かると、リューキュウや警察を中心に負傷者の搬送や組員の確保が進められていった。こうして死穢八斎会との決戦はようやく終幕となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死穢八斎會の構成員 活瓶力也の活力を奪う個性で半数以上のヒーロー・警官がダウンする中、動ける者は地元ヒーローらと合流。被害の確認に当たっていた。垣根もその内の一人でねじれと同様に空中から被害状況を確認するなど仕事を任され、全部終わる頃にはすっかり日が暮れてしまっていた。後処理の仕事が終わると垣根は病院に向かわされた。垣根は治崎や活瓶と戦闘を交えたため、怪我がないか病院で検査する必要があるのだという。垣根としては自分が怪我などしていないとはっきり分かるし、何より早く寮に帰りたかったので行くのを断ろうとしたのだが、ねじれがしつこく病院へ行くよう言ってきたため、仕方なく病院へ向かうことにしたのだ。一通り検査を終え、どこにも異常は無いと医師から言われると垣根は診察室を出た。診察室を出ると待合室で相澤がいることに気付く垣根。相澤も垣根が出てきたことに気付き、声をかけた。

 

 「おぅ。どうだった?」

 「別に。至って健康だとよ。アンタは大丈夫なのかよ?」

 「10針縫った」

 「おー、それは中々。他のヤツらは?」

 「切島は全身打撲に裂傷が酷いが命に別状はない。天喰も顔面の骨にヒビが入ったものの痕に残るようなものではないとのこと。ファットガムは骨折が何ヶ所か。元気そうだったけどな。ロックロックも幸い内臓を避ける形で刃が刺さっていた。大事には至らない傷だ。緑谷や麗日、波動、蛙吹は大きな怪我はないそうだ」

 「そうか」

 

生徒やプロの安否を相澤から聞いた垣根は短く返事をする。そしてさらに垣根は相澤に尋ねる。

 

 「……あのガキは?」

 「まだ熱も引かず眠ったまま。今は隔離されてる」

 「…………」

 「なに、命に別状はない。熱もじきに下がるだろうとのこと。だから今はとにかく安静にしてあげることが大事らしい」

 「……そうか」

 

エリの状態を聞いてまたしても短い返事を返す垣根。しばらく間を置いた垣根だったが、やがて四度目の質問を相澤にした。

 

 「それで?ナイトアイと通形ミリオは?」

 「…………」

 「むしろ、それを伝えに来たんだろ?」

 「……あぁ」

 

相澤は重苦しそうに口を開き、二人について話し始めた。ミリオは治崎との戦闘中に撃ち込まれた弾によって個性が使えなくなってしまったらしい。エリが個性を操れるようになれば、ミリオの個性が復活する日も訪れるかもしれないが、エリが今そんな状態にない以上、いつになるか分からない。そしてサー・ナイトアイに関しては、先ほど息を引き取ったという。彼の死に目には緑谷やオールマイト、ミリオが立ち会ったらしい。垣根は相澤の話を最後まで黙って聞いていた。

 

 「以上だ。まぁ色々あったが、とにかく今日は休め。明日は事情聴取やらなんやらで忙しくなるだろうからな」

 「あぁ」

 「それと今夜は入院していけよ」

 「は?何でだよ。どこも悪くねぇって言っただろ」

 「念のためだ。これは生徒達全員にそうさせてる。文句はナシだ」

 「……へいへい分かりましたよ」

 

垣根はため息をつきながら返事をすると通路へと歩き出した。すると後ろから相澤の声が掛かる。

 

 「垣根」

 「何だよ?」

 

面倒くさそうに振り向く垣根に相澤が一言伝える。

 

 「治崎を倒せたのはお前のおかげだ。助かった」

 「………………」

 

相澤の言葉を聞いた垣根は再び前に向き直り、通路を歩き出した、ヒラリヒラリと手を振りながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。制服に着替え、帰る準備をする垣根達。ほとんどの生徒はリカバリーガールの頑張りもあってか、今日退院できるようになっていた。唯一ミリオだけがまだ様子見で入院らしい。帰る準備が出来た垣根が病院を出ると、出口付近には緑谷と切島が一緒にいた。

 

 「おっ、垣根。体は大丈夫か?」

 「俺は何ともねぇよ。それよりお前の方が大丈夫なのかよ」

 「おう!なんとかな。緑谷も無事らしい」

 「そうか。良かったな」

 

垣根と切島が話していると、彼らの元に一人の警官が歩み寄ってきた。

 

 「緑谷出久君、切島鋭児郎君、垣根帝督君。退院早々申し訳ありませんが死穢八斎會事件の聴取のため署までご同行願います」

 「はい」

 「分かりました」

 

敬礼と共に事情聴取を求められる垣根達。緑谷と切島が返事をし、警官の元へ歩み寄っていく。垣根もその二人の後に続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 警察での聴取や手続きが立て続けで結局、垣根達が寮へ帰ってこられたのは夜だった。パトカーに送ってもらい、寮前に到着する三人。数日しか離れていないのに何だか久しぶりに帰ってくる気がして何だか変な感じだった。三人が寮へ歩き出したとき、後ろから麗日の声が聞こえた。

 

 「デク君!ていと君!切島君!」

 「麗日!梅雨ちゃん!」

 「麗日さんたちも今戻ってきたの?」

 「うん!」

 「リューキュウの事務所で色々と手続きがあったの」

 「こっちもだよ」

 「なんだか久しぶりに帰ってきた感じがするね」

 「えぇ」

 「……行くぞ」

 「おう!」

 

垣根達は歩き出し、寮の扉に手をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ようやくインターン編終わりです


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雄英高校 文化祭~
六十四話


短いです


 いつの間にか9月も終わり10月を迎え、夏の気配はすっかり消え去り寒暖の差も激しくなってきた。あれから垣根達インターン組はオールマイト、相澤引率のもとナイトアイの葬式へ参列した。インターンは学校とヒーロー事務所の話し合いの末 しばらく様子を見ることになり、ナイトアイの事務所はサイドキックのセンチピーダーが引き継ぎ、ミリオの帰りを待つことになった。また、エリはようやく意識が戻ったものの、まだ精神的に不安定でいつまた暴走してしまうか分からないため面会はできない。しかし、巻き戻す個性を放出していたエリの額の角は熱が引いていくにつれ縮んでいき、今はコブくらいの大きさになったそうだ。インターンで慌ただしい日々を送っていた垣根や緑谷達もようやく平穏な日常に戻ることが出来た。そこにはいつも通り授業に励むA組生徒達の姿があった。

 

 「アマリ美シイ問イデハナイガ コノ定積分ヲ計算セヨ。正解ノ分カル者は挙手ヲ」

 (エクトプラズム先生たまに趣味走るよなぁ)

 「うぇ、わからね~」 

 「………………」ピタッ

 (学力2位の八百万が止まるか。これは闇の問いかけだ)

 

エクトプラズムが出した定積分の応用問題に頭を悩ませる生徒達。上鳴のように完全に思考を放棄している生徒もいれば、緑谷のように懸命に問題に取り組む生徒もいる。そんな中、垣根はというと頬杖をつき、退屈そうな顔をしてあらぬ方向を眺めていた。そんな気の抜けた姿を見せている垣根の姿にエクトプラズムが目を付ける。

 

 「ム。授業中ニ余所見トハ随分ト余裕ダナ垣根。デハコノ問題ヲ解イテミロ」

 

いきなりエクトプラズムに指名された垣根は黒板を一瞥し、エクトプラズムの指す問題を確認すると考える素振りすら見せずに答えを出した。

 

 「107/27」

 「……正解ダ」

 「「おぉ~……!!」」

 

静かに感嘆するA組生徒達。エクトプラズムは若干気まずそうにしながらも授業を進めていった。そして四限目の授業が終わり、昼休みの時間になると垣根は緑谷達と食堂へ向かっていた。

 

 「ていと君凄いねぇ~!私あの問題全然分かんなかったよぉ。デク君分かった?」

 「僕はあとちょっとで答えが出そうだったんだけど……でも結局計算ミスしてた」アハハ

 「え!それでも十分凄いよ~!いいなぁ二人とも頭良くて」

 「しかし!授業中に余所見をするのは先生に失礼だ!もっと気を引き締めて………」ピシッピシッ!!

 

飯田の説教を聞き流しながら食堂に着いた垣根はいつも通り昼食を済ませる。こうして学生としての日常生活を送っていると自分が学生であるという実感がわいてきて何だか不思議だった。学園都市時代にも学校には通っていた垣根だったが、活動のメインは暗部組織としてだったため、ほとんど学校には通っていなかったのである。なのでこうしてまっとうに学校生活を過ごすという体験は、すごく新鮮なものだと改めて感じていた垣根だった。最初は戸惑いを覚えたりしたが、今ではそういったことも少なくなっている。

 

 (これが慣れってやつか)

 

緑谷達の雑談を聞きながら垣根は心の中で呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、垣根が朝学校に行くと上鳴がネットニュースの記事について盛んに話していた。

 

 「おい峰田!知ってる!?これ!」

 「Rは?」

 「全年齢よ!マウントレディがエッジショットとチーム結成!シンリンカムイもいるぜ!」

 「マウントレディ…だと!?」

 「チーム・ラーカーズだよね。前々から噂あったよ」

 「チームアップ多いよな!ここ最近!」

 「レディの躍進すげぇ!」

 「おい垣根ェ!見ろよこの記事!」

 「朝からうるせぇな。聞こえてたわ。チーム組むんだろ?誰か知らねぇけど」

 

垣根が席に着きながら返事を返す。今日は一限から体育館γで必殺技の特訓があるのでコスチューム等の準備を始めた。

 

 「マウントレディがエッジショットな!あ、あとシンリンカムイ」

 「へー」

 「興味薄っ!」

 「私たちもプロになったらチーム組もう!麗日がね 私を浮かしてね酸の雨を降らす!」

 「エグない?」

 「私を瀬呂のテープで操作するんだよ!」

 「は?何の話してんの?」

 「口田と障子と耳郎が偵察ね。名付けてチーム・レイニーデイ!」

 「オー」

 「俺達は!?」」

 「いらない」

 「「…………」」ズーン

 「チームアップは個性だけじゃなく性格の相性も重要ですわ」

 「ヤオモモ それ追い打ち」

 

芦戸にいらないと言われショックを受けた上鳴と峰田は近くにいた垣根に泣きついた。

 

 「垣根ェェェェ!あいつらひでーよぉぉ!」

 「こうなったら俺達で一緒にチーム組もうぜ?な?」

 「は?嫌に決まってんだろ」

 「なんでだよぉぉぉぉぉ!!お前まで俺達を見捨てんのか!?」

 「俺達親友だろォ!?」

 「誰が親友だ。あ、けど……」

 「「??」」

 「部下としてなら雇ってやってもいいぜ。それなりに使えそうだしな」

 「「……ふざけんなーーーー!!」」

 

 

 

 

体育館に着くとセメントスの指示の下、各自で必殺技の開発・向上に向けて取り組みを開始した。垣根は取り敢えず未元体の生成スピードの向上と生み出せる個体数の増大を目指すことにした。未元体は生み出すだけなら何体でも生み出すことが出来るが、それら全てを一律に制御できるかについてはまた別問題だ。未元体は各個体ごとに自立した行動が可能で、未元物質の行使も出来るようになったが、だからこそ大本である垣根本体が全ての個体をしっかりと制御しなければならない。もし垣根の制御外の個体が出現すれば何をしでかすか垣根ですら分からないからだ。なので個体数の増加というよりは”制御可能な”個体数の増加、という言葉の方が正しいかもしれない。

 

 (取り敢えず当面の目標は50体だな)

 

目標数を定めた垣根は早速特訓に取りかかった。

 

 

 

 



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六十五話

 10月。秋の雄英高校ではあるイベントが行われようとしていた。ほとんどの学校で行われるであろうそのイベントは…

 

 「えー、文化祭があります」

 「「ガッポォオォイ!!!」」

 「文化祭!」

 「ガっポイの来ました!!」

 「何するか決めよ~!」

 

相澤による一大イベントの告知に舞い上がる生徒達。そんな中、珍しく切島が戸惑いの様子を見せた。

 

 「先生いいんですか!?この時世にお気楽じゃ!?」

 「切島!?変わっちまったなァ…」

 「でもそうだろ!?ヴィラン隆盛のこの時期に!」

 「確かにもっともな意見だ。しかし雄英もヒーロー科だけで回ってるわけじゃない。体育祭がヒーロー科の晴れ舞台だとしたら文化祭は他のサポート科・普通科・経営科の生徒たちが主役。注目度は体育祭の比にならんが彼らにとって楽しみな催しなんだ。そして現状 全寮制をはじめとしたヒーロー科主体の動きにストレスを感じてる者も少なからずいる」

 「そう考えると申し訳立たねぇな……」

 

言葉通り申し訳なさそうにしながら席に着く切島。さらに相澤が話しを続ける。

 

 「ああ。だからそう簡単に自粛とするわけにもいかないんだ。今年は例年と異なり ごく一部の関係者を除き学内だけでの文化祭になる。主役じゃないとは言ったが決まりとして1クラス1つ出し物をせにゃならん。今日はそれを決めてもらう……」

 ((寝た!))

 

説明を終えた相澤はいつものように寝袋にくるって寝てしまったので、委員長と副委員長である飯田と八百万が教卓にたった。

 

 「ここからはA組委員長 飯田天哉が進行を務めさせていただきます!スムーズにまとめられるよう頑張ります!ではまず出し物の候補を挙げていこう!希望のある者は挙手を!」

 「「はいはいはいはいはいはいはい!!!!」」

 「くぅ…………!?何という変わり身の早さだ!ええい 必ずまとめてやる………!ハイッ!上鳴君!」

 「メイド喫茶にしようぜ!イメージするとこんな感じ!もっと具体的にイメージするとこんな感じ!更に願望込みでイメージするとこんな感じ!というわけでメイド喫茶で!」

 「メイド…奉仕か!悪くない!」

 「ぬるいわ上鳴!」 

 「峰田君!」

 「おっぱ……」

 「重りあるかしら」ギチチッ

 「」チーン

 「お餅屋さん!」

 「なるほど!和風で来たか!」

 「腕相撲大会!」

 「熱いな!」

 「ビックリハウス!」

 「分からんが面白いんだろうな!きっと!」

 「クレープ屋!」

 「食べ歩きにもってこいだ!」

 「ダンス!」

 「華やかだな!」

 「ヒーロークイズ!」

 「緑谷君らしい!」

 「かえるのうたの合唱」

 「微笑ましい!」

 「ふれ合い動物園」

 「ふれ合い動物園!」

 「手打ちそば」

 「大好きだもんな!」

 「デスマッチ!」

 「まさかの殺し合い!?」

 「裏カジノ」

 「ギャンブル!?そして裏って何だ!?」

 「暗黒学徒の宴」

 「ほほーう!」

 「コントとか?」

 「なーる!さぁ他にはないか!?」

 「アジアンカフェ」

 「演舞発表会」

 「たこ焼き屋!」

    ・

    ・

    ・

    ・

    ・

    ・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「一通りみんなからの提案は出揃ったかな」

 

飯田と八百万は皆が出した意見を一通り黒板に表示した。

 

 「不適切、実現不可、よく分からないものは消去させていただきますわ」

 

そう言いながら手元のタブレットを八百万が操作すると、「暗黒学徒の宴」、「オッパ?」、「殺し合い(デスマッチ)」、「カジノ」が削除された。

 

 「無慈悲!」

 「あっ……」

 「端から聞くんじゃねぇ」

 「おい何でカジノもダメなんだよ?」

 「賭け事はちょっと……」

 「郷土史研究発表もなー。地味よねー」

 「確かに」

 「別にいいけど他が楽しそうだし」

 「総意には逆らうまい………」

 「勉強会はいつもやってるしなー」

 「お役に立てればと……つい……」

 「食いもん系は1つにまとめられるくね?」

 「そばとクレープはガチャガチャしねぇか?」

 「だからオリエント系にクレープは違うでしょ」

 「静かに!!!」

 「やっぱりビックリハウスだよー」

 「内容が分かんねぇって!」

 「静かに!!静かに!!!」

 「まとまりませんでしたわね……」

 「静かにぃぃぃぃぃ!!!」

 

収拾が付かなくなってきた教室にHR終了の鐘が響き渡る。鐘の音と共に寝袋から出てきた相澤が扉に向かいながら皆に向かって言葉を残す。

 

 「実に非合理的な会だったな。お前ら明日朝までに決めておけ。決まらなかった場合…公開座学にする!」

 ((公開座学!?))

 「ただの勉強じゃん」

 「冗談っしょ……」

 「ま、別にそれでもいいんじゃねぇの?俺は出ねぇけど」

 「良いわけねぇだろ!!あとなにちゃっかりサボろうとしてんだお前!みんな!今日中に出し物を決めようぜ!」

 「「おー!!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「「エリちゃん!」」

 

 病室の扉を開き、ベッドの上に座っているエリの姿を見た緑谷とミリオが声を上げる。緑谷とミリオははそのまま病室へと入った。

 

 「会いに来れなくてゴメンね」

 「フルーツの盛り合わせよかったら食べて!好きなフルーツある?俺当ててもいい?桃でしょ!ピーチっぽいもんね!」

 「リンゴ……」

 「だと思ったよね!じゃあリンゴ剥こう!アップルっぽくね!」

 

エリに果物の詰め合わせを渡すミリオ。事の発端は昨日の補習での出来事だ。緑谷、垣根、切島、麗日、蛙吹、常闇はインターンで欠席した分の補習授業を受けていた。最初は当然欠席するつもりでいた垣根であったが、切島と麗日に捕まり半ば強引に出席することとなった。その補習の最中に相澤が意外なことを口にした。

 

 「エリちゃんが緑谷ちゃんと垣根ちゃんに会いたがってる?」

 「あぁ。厳密には緑谷・垣根・通形の三人を気にしている。要望を口にしたのは入院生活始まって以来 初めてのことだそうだ」

 

そういう訳で今回の訪問が決まったのだ。緑谷とミリオが早速椅子に座ってエリと向き合っている中、垣根は依然ドア付近に立ったままその光景を眺めていた。すると壁にもたれかかり緑谷達を見ていた相澤が垣根に声をかける。

 

 「ほら、お前も行ってやれ」

 「……ああ」

 

短く返事をした垣根はようやく部屋に入ると、ミリオの左隣の椅子に腰掛けた。そしてエリは細々と話し始めた。

 

 「ずっとね…熱出てた時もね…考えてたの…。助けてくれた時のこと…。でもお名前が分からなかったの…ルミリオンさんしか分からなくて…知りたかったの…」

 

そう言いながら不安気に緑谷と垣根の方を見るエリ。それを聞いた緑谷は自分の名前をエリに教えた。

 

 「緑谷出久だよ。ヒーロー名はデク。えっと…デクの方が短くて覚えやすいかな?デクで。デクです!」

 「ヒーロー名?」

 「あだ名みたいなものだよ」

 「デクさん…」

 「うん!そう!」

 

エリが自分の名前を呼んでくれて嬉しそうに反応する緑谷。緑谷の名前を聞いたエリは、今度は遠慮がちに垣根の方を見る。

 

 「えっと……」

 「……垣根。垣根帝督だ。大体の奴らは垣根って呼ぶぜ」

 「カキネ…さん……」

 「ああ」

 

エリの言葉に垣根はしっかりと反応する。エリは三人の名前を確認するかのように今一度呟いた。

 

 「ルミリオンさん…デクさん…カキネさん…あと…メガネをしてたあの人…」

 「「………」」

 「みんな私のせいでひどい怪我を…」

 

相澤によるとナイトアイが死んだことはエリには伝えてないらしい。何でも自分のせいにして抱え込んでしまうタイプらしいので、ナイトアイのことを知ったらより一層自分のことを責めてしまうかもしれないからだそうだ。現に今、自分のせいでたくさんの人が傷ついたことに心を痛めている姿を見れば、その人物像は間違っていないと言えるだろう。

 

 「私のせいで苦しい思いさせて…ごめんなさい…私の…私のせいでルミリオンさんは力をなくして…」

 

瞳に涙をため、自身を責め続けるエリ。そんなエリの頭に優しく手を置いたミリオは諭すように話し始めた。

 

 「エリちゃん、苦しい思いしたなんて思ってる人はいない。みんなこう思ってる。”エリちゃんが無事でよかった”って。存在しない人に謝っても仕方ない。気楽に行こう。みんな君の笑顔が見たくて戦ったんだよ」

 

ミリオは優しく語りかけた後、エリの頭から手をどかす。すると突然エリが自分の顔を歪ませ始めた。

 

 「うっ…くぅ…」

 「「ん?」」

 

口角を上げたり、頬を引っ張ったりして何かをしようとしているが、いまいち意図を図りかねる三人。するとエリは再び普通の状態に戻り、またしても俯きながら小さな声で呟いた。

 

 「ごめんなさい…笑顔ってどうやればいいのか…」

 (エリちゃん……治崎の影がまだ…)

 (トラウマってのはそう簡単に消えるもんじゃねぇ。傷跡は依然深いままだな)

 (この子はまだ全然救われてやしない!楽しいことを、笑うってことを知らないまま…何かエリちゃんが笑えるようなこと…ん?待てよ。お医者さんの話では個性を発動するための角が縮んでいる。暴走の可能性は低い。他と違って外部から接触される可能性も低い!)

 

何か思いついたのか、緑谷は急に立ち上がると相澤の下へ寄った。

 

 「相澤先生!エリちゃん1日だけでも外出できないですか!?」

 「無理ではないはずだが。というかこの子の引き取り先を今…」

 「じゃあエリちゃんも来れませんか!?」

 「!なるほど……」

 「ハッ、そういうことか」

 

相澤と垣根が同時に緑谷の言わんとしていることを理解する。

 

 「文化祭、エリちゃんも来れませんか!?」

 「あぁ!」

 「文化祭?」

 「エリちゃん!これは名案だよ!文化祭っていうのはね 俺たちの通う学校で行われるお祭りさ!学校中の人が学校中の人に楽しんでもらえるよう 出し物をしたり食べ物を出したり!あ、リンゴ!リンゴ飴とか出るかも!」

 「リンゴ飴?」

 「リンゴをあろうことか更に甘くしちゃったスイーツさ!」

 「さらに……」

 

ミリオの話を聞き、頬を赤らめるエリ。味を想像したからか、口元から少しよだれが垂れていた。

 

 「分かった。校長に掛け合ってみよう」

 

緑谷の提案を聞いた相澤は早速スマホで校長に連絡をとった。緑谷は嬉しそうにエリと向き合う。

 

 「エリちゃん!どうかな!?」

 「私…考えてたの…。助けてくれた時の…助けてくれた人のこと…ルミリオンさんたちのこともっと知りたいなって考えてたの」

 「嫌ってほど教えるよ!校長先生にいい返事がもらえるよう俺たちも働きかけよう」

 「はい!」

 「俺休学中だからエリちゃんと付きっ切りデートできるよね」

 「デート?」

 「蜜月な男女の行楽さ!」

 「みつげつなだんじょのこうらく…?」

 「何を言ってんだアンタは」

 

こうしてエリが文化祭に来ることが決まった。

 

 




文化祭、垣根君のパートはどこだろうねぇ!
ダンスはやらなそう()


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六十六話

とあるIFで今開催されてるアイドルイベントやったんですけど垣根君ノリノリで草


 「インターン組は補習だよね?」

 「あぁ!」

 「ゴメンね!」

 「謝らなくていいよ。文化祭の方はこっちでやっとくから」

 

 下駄箱で尾白と別れる緑谷・切島・垣根。緑谷と切島が尾白に手を振る中、明らかに納得できないという様子で垣根が口を開いた。

 

 「なぁ?なんで俺も補習を受けなきゃならねぇんだ?」

 「いいじゃねぇか。俺達あのインターンを乗り切った仲だろ?だったらこのまま一緒に補習も乗り切ろうぜ!」

 「いや知らねぇし。クソ時間の無駄なんだが」

 「それに相澤先生からも言われてるからよ!『垣根がサボらないよう必ず連れてこい』ってな。お前一回目の補習サボったから目付けられてんだよ」

 「…あの野郎、いっつも合理的合理的言ってるくせに何でこういう時は融通効かねぇんだよ」

 「『決まりには従え』だってさ」

 「チッ」

 

忌々しそうに舌打ちをする垣根。この補習があるせいでインターン組は文化祭の準備にあまり関われていない。文化祭の出し物が決まったのもインターン組が補習を行なっている最中だったので、インターン組は後から知らされることとなった。A組は文化祭で生演奏とダンスを行なう。まだ具体的には何も決まってないが、体育館を借りてド派手なやつをやるつもりらしい。企画について今日具体的に話し合うらしいが、インターン組は本日も補習のため途中参加となる。

 

 「ま、今日で補習最後だしよ、気張っていこうぜ」

 「うん!そうだね!」

 「ハァ…面倒くせぇ……」

 

気合いを入れる切島や緑谷とは対照的に垣根は心底ダルそうな様子を見せながらも二人と共に補習へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は午後19時30分。やっと最後の補習が終わり、垣根達補習組は寮へと帰還した。

 

 「うぃーっす」

 「遅くなってゴメン」

 「補習今日でようやく穴埋まりました。本格参加するよ~!」

 「ケロー!」

 

寮のロビーで話し合っていたクラスメイト達と合流した垣根達は早速話を聞く。

 

 「なるほど。音楽はニューレイヴ系のクラブロックに決まったのね」

 「耳郎がベースで八百万がキーボードってのは分かるんだけど…」

 「爆豪君がドラムっていうのはなんていうか…」

 「クソ笑える」

 「んだとォ!?もういっぺん言ってみろやメルヘン野郎!!」

 「まぁまぁ落ち着いて」

 「それで肝心のボーカルは誰が担当するの?」

 「いやまだ決まってなくて…」

 「えっ?歌は耳郎ちゃんじゃないの?」

 「えぇぇ!?」

 

麗日の言葉を受け、驚きの声を上げる耳郎。するとそこへボーカルへ名乗りを上げる者達がいた。

 

 「ボーカルならオイラがやる!モテる!」

 「おう!楽器はできねぇけど歌なら自信あんぜ!」

 「切島君はジャンルが違くない?」

 「#&%$*@#&%$」

 「がなってるだけじゃない?」

 

峰田と切島に冷静に突っ込みを入れていく麗日。すると葉隠も麗日と同じように耳郎のボーカルを提言しだした。

 

 「私もお茶子ちゃんと同じで耳郎ちゃんだと思うんだよ!前に部屋で教えてくれた時 歌もすっごくカッコよかったんだから!」

 「ちょっと、ハードル上げないでよ。やりづら…」

 「いいからいいから!」

 

耳郎は葉隠に強引に押され、マイクの前に立たされた。

 

 「オイラたちの魂の叫びを差し置いてどんなもんだよコラァ!」

 「耳郎の歌 聴いてみてぇな。いっちょ頼むぜ!」

 

全員が見守る中、耳郎は静かに歌い出した。その美声に思わず聞き入ってしまうクラスメイト達。ハスキー気味の綺麗な高音で歌われるその調べはこの場にいる全ての者の心を魅了した。耳郎が歌い終わり、遠慮がちに皆を見渡した途端、歓喜の声が上がった。

 

 「耳が幸せ!」

 「ハスキーセクシーボイス!」

 「でしょでしょ!」

 「よし!では満場一致で決定だ!」

 「じゃあそれはそれで…で!あとギター!2か3本欲しい!」

 「ウェーイ!やりてぇ!楽器弾けるとかカッケェ!」

 「やらせろ!」

 「やりてぇじゃねぇんだよ。殺る気あんのか!?」

 「あるある!超ある!ギターこそバンドの華だろう!?」

 「んんっ…!キャラデザのせいで手が届かねぇよォォォォ!」

 

峰田がメタ的なセリフと共に放り出したギターを拾い上げ、渋い音を奏でる者がいた。

 

 「なんて切ねぇ音 出しやがる…!」

 「弾けるのか!?なぜ黙ってた!?」

 「Fコードで一度手放した身ゆえ。峰田、お前が諦めるならば俺がお前の分まで爪弾く」

 

こうして峰田の代わりに常闇が弾くこととなった。残る最後のギターを切島は手元に抱え上げながら呟く。

 「俺だと弦切りそう…お!そうだ垣根、お前弾いてみろよ。なんか似合いそうだし」

 「あぁ?」

 

切島から強引にギターを渡された垣根は顔をしかめながらも、現に指をかけ、さらっと音を奏でる。それを見た切島は「おおー!」と感嘆の声を上げた。

 

 「お前弾けんじゃねぇか!やってた経験あんのか!?」

 「昔ちょっと触ったことある程度だ。ガッツリはやってねぇよ」

 「いや、充分だよ!お願いしていいかな?」

 「…ま、他にやる奴いねーならいいぜ」

 「ありがと!」

 

垣根に承諾され、嬉しそうな表情を見せる耳郎。するとそこへ芦戸が近づいてきて垣根の話しかけた。

 

 「垣根ギターやんの?」

 「ああ。そうらしいな」

 「あーそっか…」

 「…なんだよ。言いたいことあんならはっきり言え」

 

垣根が何か言いたげな芦戸に向き直る。少し迷っていた素振りを見せていた芦戸だったが、やがて口を開く。

 

 「えっとね~、さっき話し合ったんだけど切島と垣根には演出を担当してほしなぁ~って!」

 「演出?」

 「そうそう!例えばよくライブで火花とかテープとかミラーボールで盛り上げてるでしょ!空間作りで欠かせないのが演出!夢の国のパレードみたいなやつの参加一体型バージョンをやりたい!」

 「おぉ!なんかおもしろそうだな!な?垣根!」

 「参加一体型…」

 「うん!えっとね、例えば例えば!麗日が轟と切島を浮かしとくでしょ!でね!轟の氷を切島がゴリゴリ削るの!で垣根が飛んでるとこに落とせばスターダストみたく光がキラキラ舞い落ちるんだよ!ズバリ!チーム”スノーマンズ”!」

 「おお!すげぇおもしろそう!やろうぜ垣根!」

 「ふざけんな。やるわけねぇだろ」

 

芦戸の提案を即却下する垣根。垣根に却下された芦戸は驚きの声を上げた。

 

 「ええええ!?なんでーー!やろーよー!」

 「そうだぜ垣根!俺達ですっげぇ演出見せてやろうぜ!」

 「あのなぁ…お前はまだしも、俺は完全に見世物じゃねぇか。なんで俺がそんなことやらなきゃいけねぇんだよ」

 「だってぇー、垣根の羽すっごく綺麗なんだもん!絶対映えるし絶対女子ウケするよ〜!ね、やろ?」

 「こんだけ芦戸が頼んでんだ!引き受けてやるのが漢ってもんだろ!」

 「もんだろもんだろー!!」

 「お前らなぁ」

 

しつこく頼んでくる切島と芦戸に辟易しつつも、垣根はある出来事を思い出す。

 

 (そういや、学園都市にいたときも似たようなことがあったな……)

 

あれはピンセット事件の少し前。いつものエージェントから突然連絡が来た垣根は仕事の話かと思い話を聞くと、大覇星祭の選手宣誓をやらないかと勧誘されたのだ。当然垣根は一蹴したがエージェントも中々しつこく垣根に食らいつき、しまいにはお前の能力はお子様向けのビジュアルだと言われる始末。流石に垣根がブチ切れたので相手も手を引いたが、まさかこの世界に来ても似たような目に遭うとは思いもしなかった。

 

 (メルヘンっぽいっつー自覚はあるが、そんなにか……?)

 

垣根が自身の能力のビジュアルについて思い詰めていると、横から緑谷も話に入ってきた。

 

 「でも、垣根君の個性が映えるっていうのは本当だと思うよ」

 「……そうか緑谷。お前も俺をコケにするのか」

 「えっ!?ち、違うよ!そういう意味じゃなくて。ただ、エリちゃんが……」

 「エリ?」

 「う、うん、エリちゃんがね、この前の戦いの時、垣根君の翼を見て『綺麗』って言ってたんだ」

 「…………」

 「だから、垣根君の個性が見られたらエリちゃんもきっと喜ぶんじゃないかな?」

 

緑谷の言葉を聞き、垣根は思わず口を閉じる。すると瀬呂が何か良い案が思いついたかのようにニヤリと笑いながら垣根に話しかけた。

 

 「まぁそうは言っても本番中垣根はギター弾いてる訳だし?流石にいくら垣根といえど、ギター兼演出なんて超高度な芸当は無理じゃねぇかぁ?」

 「」ピクッ

 「まーこればっかりは仕方ねーよなー。しょうがねぇ。ここはいっちょ爆豪にでも頼んでみるか。あいつの器用さならなんとか出来そうだしな~」チラッ

 「…おい、誰が無理だって?おもしれぇ、やってやるよ。お前らの常識は俺に通用しねぇってことを分からせてやる」

 (コイツも爆豪と一緒でチョレーー!)

 

こうして瀬呂の安っぽい挑発にまんまと乗せられた垣根は演出にも参加することとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして深夜1時を回った頃…

 

 「よぉぉぉし!これで全役割決定だ!」

 

目を血走らせながら飯田が絶叫する。長い話し合いの末、ようやく全員の役職が決まったのだ。

 

 「バンド隊!」

 

バンド隊は耳郎・爆豪・上鳴・八百万・常闇・垣根の六人。

 

 「演出隊!」

 

演出隊は垣根・口田・切島・瀬呂・轟の五人。

 

 「ダンス隊!」

 

ダンス隊は飯田・芦戸・緑谷・麗日・蛙吹・葉隠・尾白・砂藤・障子・峰田の10人。

 

 「皆!明日から忙しくなるぞぉぉ!!!」

 「「おーー!!!」」

 

深夜のロビーにA組生徒の雄叫びが響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ウチらはひたすら…」

 「殺る気で練習!」

 

 翌日のパート分けが決まったその日の午後からA組生徒達は毎日練習に励んでいた。バンド隊は勿論ひたすら曲の練習。皆で合わせながら何度も演奏を繰り返す。音楽経験のある爆豪や八百万とは違い、ギターの上鳴・常闇・垣根は耳郎の指導を受けながら練習していった。耳郎の指導は凄く分かりやすく丁寧なもので、初めは全くの素人だった上鳴も一週間でコード進行までたどり着いていた。垣根もその耳郎のアドバイスの恩恵を受けてた一人で、元々のセンスも相まってかぐんぐんとその腕を上げていき、今ではほぼ完璧に曲を弾きこなせるようになった。

 

 「おいテメェ、リズム狂うから変なアレンジ入れんなって何回言えば分かんだよタコ」

 「知るかボケ!テメェが俺に合わせろやカス!!」

 「ふざけんなよ三下。次勝手なアレンジ入れたら殺すぞ」

 「上等だメルヘン野郎!!クソと一緒に埋めてやるよォ!!」

 「ちょっとお前ら落ち着けって」

 

一日の練習が終わり、ロビーで休憩していたバンド隊。すると早速ギターの垣根とドラムの爆豪が喧嘩を始めたので、上鳴はその仲裁に入る、練習中でもこの二人はよく揉めていてその度に今のように上鳴が二人の仲裁に入っていた。しかし、そんな上鳴にも喧嘩の火の粉が飛び火する。

 

 「うるせェアホ面!!大体テメェ走りすぎなんだよ!俺に続けや!」

 「いやお前が勝手にアレンジすっから混乱すんだよ!」

 「だァからァ!俺に合わせろっつってんだろ!!!」

 「無茶言うなってお前ぇ…」

 「まぁまぁ皆さん少し気を落ち着けましょう」

 

人数分のカップに紅茶を入れて運んできた八百万が爆豪達を諫めると、一人一人にカップを配る。

 

 「お!今日のお茶いい香り!」

 「耳郎さん分かりますの!?お母様から仕送りで頂いた幻の紅茶”ゴールドティップスインペリアル”ですの!皆さんも召し上がってくださいまし!」

 

耳郎から香りを褒められた八百万は目を輝かせ、嬉しそうな様子で紅茶を紹介する。紅茶が運ばれると垣根達も席に着き、幻の紅茶とやらを口に運んだ。

 

 「おぉ!うめぇ!!な?爆豪」

 「ケッ!」

 「闇の祭典…」

 「ゴールドティップスインペリアルか…中々だな」

 

先ほどまでの喧々とした雰囲気はすっかりと消え去り、垣根達はゴールドティップスインペリアルを堪能していた。それを見た耳郎はこっそりと八百万に言葉をかける。

 

 「ヤオモモまじナイス!」

 「?」

 

耳郎の言葉の意味を測りかねた八百万は不思議そうな顔で首をかしげていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして時は過ぎ、文化祭前日。A組生徒達は下校時間を過ぎても体育館閉館ギリギリまで最終確認をしていた。その中には垣根の姿もあった。垣根は曲の後半で演奏を抜けだし、客の邪魔にならない程度に会場内を飛び回りながら場を盛り上げる。なので飛ぶタイミングなどを轟達と確認していた。しかしその最中に生活指導のハウンドドッグに見つかり、生徒達は追い出されるように体育館を後にした。

 いよいよ明日は文化祭当日だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




最初は垣根は演出隊だけにしようと思ったんですけど、本編の映像見たらやっぱギターやらせたいなと思って入れちゃいました()


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六十七話

 いよいよ文化祭当日。時刻は午前8時45分。A組生徒達はもうすぐ行なわれるライブの準備を進めていた。

 

 「そろそろだな!ソワソワしてきた!」

 「明鏡止水、落ち着きましょう上鳴さん」

 「明鏡止水…」

 「っつか爆豪Tシャツ着なよ。作ったんだから」

 「ダンスの衣装もバッチシ!既製品に手加えただけだけど!」

 「くしゃくしゃになっとるよ」

 「エロけりゃいい!」

 

バンド隊や演出隊は『A』と書かれたTシャツを着て、ダンス隊は専用の衣装を着用していた。同じく垣根もクラスTシャツを着て轟と一緒に演奏で使う小道具を体育館へと運んでいた。すると突然轟が口を開く。

 

 「緑谷いねぇな」

 「ああ。あいつなら朝早く買い出しに行ったぜ。何買いに行ったかは聞きそびれたが」

 「こんな時間まで何してんだ?アイツ」

 「さぁな。迷子にでもなったんだろ」

 

垣根と轟が荷物を運び終わりA組生徒達の下へ戻ると、突然学校中にプレゼントマイクの声が響き渡った。

 

 『グッモーニング!ヘイガイズ!準備はここまで!いよいよだ!今日は1日無礼講!学年学科は忘れてはしゃげ!そんじゃ皆さんご唱和ください!雄英文化祭開催!!!』

 

いつものような騒がしいマイクの合図と共に雄英文化祭が開幕した。だが、9時になっても緑谷は戻ってこなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「緑谷が戻ってない?」

 

 ロッカールームにて相澤が思わず聞き返す。時刻は午前9時25分。そろそろ本番の時間だというのに朝早くに買い出しに行った緑谷はまだ戻ってきていなかった。

 

 「買い出し一つで何やってんだアイツ……!?」

 「もーーーーー!!!」

 「……まさか本当に迷子か?」

 

さすがに遅すぎる緑谷の帰還に不安そうな様子を見せる生徒達。そしてその横でようやく上鳴にクラスTシャツを着せられた爆豪は垣根と目が合うと無言で睨み、垣根もまた睨み返す。

 

 「「ケッ!」」

 「大丈夫かなあの二人…」

 

二人の様子を見ていた耳郎が心配そうに呟くと、八百万が「心配ないと思いますわ耳郎さん」と声をかけてきた。

 

 「ヤオモモ!」

 「普段からいがみ合いばかりですけれど、お二人ともいざとなったらもの凄く頼りになる人達ですから」

 「そうそう。喧嘩するほど仲が良いって言うし、それになんだかんだキメてくれる奴らっしょ!」

 「うむ。ただ信じるのみ」

 「…うん!そうだね!」

 

バンド隊達の言葉を受けた耳郎は抱いていた一抹の不安が消え、本番に向けて完全に気持ちを切り替えた。そうこうしている内に気付けば時刻は開演直前まで迫っていた。舞台袖から館内を覗くと予想より遙かに多い人が体育館に集まっていた。

 

 「思ったより人集まってるよ!」

 「朝からご機嫌な連中だぜ」

 「楽しみにしてくれてんだよバカチン」

 「デク君はまだ!?」

 「この期に及んで何してんのじゃ!スットロが!」

 

そして時刻は午前10時を指し示す。館内の照明が落ちると同時にステージの幕が上がった。

 

 「おおおおおおおお!!!」

 「キターーーーーーー!!!」

 「一年頑張れ~!!」

 「ヤオヨロズ~!!」

 「キャーー!!垣根君~!!!」

 「「ヤオヨロズ!ヤオヨロズ!」」

 「「カキネ!カキネ!!」」

 

A組生徒達が姿を現すと館内のボルテージも上がっていく。職業体験の時のCM効果か故か、男性客からは八百万人気が凄まじく、八百万コールが館内に響き渡る。逆に女性客からは垣根人気が高く、垣根に対する黄色い声援が館内を飛び交っていた。飛び交う声援の中、突然ステージの明かりが消え、館内に静寂が訪れる。暗闇の中、爆豪の怒号にも似たかけ声が館内全体に響き渡った。

 

 「いくぞコラァァァァ!!」

 「掴みはド派手に!」

 「雄英全員、音で殺るぞォォォォォ!!!!」

 

ボォォォォォォン!!!

 

爆豪の爆破と共にA組生徒達による演奏が始まった。観客がバンド隊の奏でる音圧に圧倒されている中、

 

 「よろしくお願いしまぁぁぁぁぁぁす!!!!」

 

ボーカルの耳郎が高らかに叫び上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ライブ演奏を終えたA組生徒達は撤収作業に移っていた。結果的にライブは予想を遙かに上回る大盛況となった。最初はA組に不満を抱いていた生徒達も曲の終盤にはノリノリでダンスを踊っている始末。A組の出し物が更に彼らの不満感を煽るのではないかという懸念事項はまったくの杞憂に終わったのだ。大成功となったA組の文化祭だったが、その余韻に浸る時間は今はまだ無く、生徒達はライブで使ったセットや演出で作られた轟の氷結の片付けに勤しんでいた。垣根も片付けを手伝っており、爆豪が個性で氷結溶かし係をしている水道まで氷結を運んでいた。すると、

 

 「A組!」

 「楽しませてもらったよ!」

 

おそらく先のライブを見てくれた人達が次々と暖かい言葉をかけてくれた。

 

 「やった!あざっす!」

 

思わず嬉しそうに返事をする切島だったが、そこへリーゼントの男がヌッと現れる。

 「あぁ。楽しかった。よかったよ」

 「」ギロ

 「ごめん!」

 「こき下ろすつもりで見てた!ホントにすまん!」

 「言わなくていいのに…」

 (勝ったァ……)

 

謝罪の言葉と共になぜか逃げ去るようにこの場を去って行くリーゼント男とツインテール女子。そんな二人の姿を見ながら切島がぽつりと呟いた。

 

 「先生が言ってたストレスを感じてる人だったんかな?だったら飯田!通じたってことだな!」

 「しかし理由はどうあれ見てくれたからこそ!見てない人もいるはずだ!今日で終わらせず気持ちを…!」

 「いいんじゃない?」

 「!」

 「君らがどういう思いで企画したか聞いてるし」

 「俺たちには伝わった。今度は俺らからそいつらに」

 「本当に楽しかったもん!」

 「君らの思いは見た人から伝播していくさ!」

 

周囲の人達の言葉に胸を打たれる飯田達。自分達があの演奏に込めた思いがきちんと伝わったことが彼らにとっては凄く嬉しいことだった。

 

 「嬉しいね~!!」

 「ご厚意痛み入ります!」

 「スカッとしねぇ…!見なかったヤツ炙り出して連れてこい!」

 「いい。やめろ。やめろもう」

 

爆豪を抑える尾白や他の生徒達を見ながら垣根は、

 

 (取り敢えず一件落着…ってことでいいのか?)

 

若干疑問符が付く形ではあるが、そう締めくくる。するとそこへ氷を抱えた峰田がかなりイライラした様子でこちらに走って向かってきた。

 

 「早く氷全部片付け済ませろや!!」

 「ああ悪ぃ!峰田さっきからカリカリだな」

 「早くしねぇと……ミスコンの良い席取られっぞ!!!」クワッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「「うおおおおおおおお!!!!」」

 

 時は少し過ぎ、場所はミスコン会場。会場は男の熱気によって大盛り上がりを見せていた。今舞台に上がっているのはB組の拳藤。水色のドレスを身に纏った彼女は自慢の腕っ節を披露していた。

 

 「はっ!!!」

 

気合いの一声と共に目の前に置かれた四枚の大きな板を一気にたたき割る拳藤。その力強さに会場はさらなる盛り上がりを見せた。

 

 《華麗なドレスを裂いての演舞!強さと美しさの共存!素晴らしいパフォーマンスです!》

 「ふぅ~……」

 

するとそこへピンクのドレスに身を包んだ金髪の謎の女性が見たこともない機械と共に舞台へと躍り出た。

 

 「地味!何も分かっていないようですわね!その程度でこの私と張り合おうなんて!」

 《3年サポート科ミスコン女王!高い技術で顔面力アピール!圧巻のパフォーマンス!》

 (何なんだコイツは……)

 「絢爛豪華こそ美の終着点!オーッホッホッホッホ!」

 

機械に乗り、コマのようにくるくる回っていた彼女はそう叫びながら舞台奥へと引っ込んでいった。ある意味圧巻とも言えるパフォーマンスを前に流石の垣根も言葉を無くしていた。そして絢爛崎が下がると次の候補者がアナウンスされる。

 

 《続いてヒーロー科3年 波動ねじれさんです!》

 「「フォオオオオオオオオオオ!!!」」

 

大きな歓声と共にステージに登場すしたねじれは、個性で波動を生み出しながら青い空を優雅に舞う。それは見る者全員を魅了し、絶えず笑顔で楽しいそうに舞うねじれの姿は純真無垢な妖精のようだった。美しい舞を披露し終えたねじれは静かにステージに降り立った。

 

 《幻想的な空の舞!引き込まれました!》

 「「おおおおおおおお!!!」」

 

実況のアナウンスと共に会場が歓声に包まれた。以上でミスコン出場者全員のアピールが終わり、次は投票タイムへと突入する。

 

 《投票はこちらへ!結果発表は夕方5時!締めのイベントです!》

 

投票のアナウンスが終わるとミスコンは一旦解散となった。

 

 「ルンタッター!今夜は捗るぞー!」

 「C組の心霊迷宮やばそー!行かね!?」

 「行くーーー!!」

 「ウチやだ」

 「アスレチックあるんだ!爆豪!垣根!行こうぜ!」

 「今度こそ叩き潰してやっから覚悟しろやメルヘン野郎ォ!!」

 「上等だコラ。格の違いってやつを教えてやるよ」

 「クレープ!」

 「まだまだ楽しもうね!」

 「うん!」

 

垣根や緑谷達はその後色々な場所を回り、文化祭を満喫した。同伴したエリも終始楽しそうな様子で、その顔には絶えず笑顔が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 楽しかった文化祭もあっという間に時間が過ぎ、あたりはもうすぐ日が暮れそうな時刻になっていた。文化祭もそろそろ閉幕となり、エリともお別れする時間だ。校門の外で相澤、緑谷、垣根がエリとミリオの見送りに来る。

 

 「今日はありがとう!楽しかった!」

 「うん……」

 

楽しかった文化祭が終わり、緑谷達ともお別れしなければならなくなり、寂しそうな表情で俯くエリ。そんなエリを見て緑谷は優しく声をかける。

 

 「エリちゃん、サプラーイズ」

 「リンゴ飴!売ってた!?俺探したよ!?」

 「プログラムを見て無いかもと思ったんで買い出しの時に材料買っといたんです。作り方意外に簡単で。食紅だけコンビニにはなかったんで砂藤君に借りて」

 「お前、まさかそのせいで朝遅刻したのか?」

 「えっ!?あ、いや、それは、その……」

 

垣根の質問にどもりながら誤魔化す緑谷。エリは緑谷から渡されたリンゴ飴を不思議そうに眺めると、カリッと一口囓った。

 

 「さらに甘い…!」

 「また作るよ!楽しみにしてて!」

 「うん!」

 「まぁ近いうちにすぐまた会えるはずだ」

 「そうですね!」

 

相澤の言葉にミリオが元気よく反応する。そんな様子を黙って垣根は見ていると、ふとエリが垣根の前にゆっくりと歩いてきた。

 

 「あの、カキネさん」

 「ん?」

 「えっと……カキネさんの羽、キラキラしててすっごく綺麗だった!あと、ヒューって飛んでてすっごくカッコよかったの!」

 「…あ、ああ。そうか」

 

いきなりライブのことを言われ、垣根は少々面食らいながら返事をすると、

 

 「えっと…だから、その…」

 

口ごもりながら気まずそうに俯いてしまうエリ。そんなエリの様子を見た垣根は小さく笑うと、エリの小さな頭にポンッと手を置いた。

 

 「!」

 「じゃあな。風邪引くんじゃねぇぞ」

 「…っ!うん!」

 

パァッ!と顔を輝かせるとエリは笑顔で頷いた。こうして垣根達一年A組の文化祭は幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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六十八話

文化祭編ラストです


 11月も下旬に差し掛かった頃…

 

 「雄英で預かることになった」

 「近いうちにまた会えるどころか!」

 「早すぎだろ」

 

ソファに座るエリを指し示しながら驚きの事実をあっさり言う相澤に緑谷と垣根はツッコミを入れた。そんな垣根達を他所に切島・麗日・蛙吹はエリに早速話しかけていた。

 

 「よっ!」

 「わっ!エリちゃんやった!」

 「私、妹を思い出しちゃうわ。よろしくね」

 「よろしくお願いします」

 「どういった経緯で…?」

 

ねじれや切島達と楽しそうに話しているエリを見ながら緑谷は相澤に尋ねる。

 

 「いつまでも病院ってわけにはいかないからな」

 「!」

 

相澤はそう答えながら緑谷達に一旦外に出るよう合図する。校舎の外に出た垣根達の前で相澤とミリオが訳を話し始めた。

 

 「エリちゃんは親に捨てられたそうだ。血縁にあたる八斎會組長も長い間 意識不明のままらしく現状寄る辺がない」

 「それでね、先生から聞いたかもしれないけどエリちゃんの個性の放出口になってる角」

 「はい、縮んでて今は大丈夫って聞きました」

 「僅かながらまた伸び始めてるそうなんだ」

 「じゃあまたああならないように…」

 「そういうことだ。で養護施設じゃなく特別にウチが引き取り先となった。教師寮の空き部屋で監督する。様子を見て強大すぎる力との付き合い方も模索していく。検証すべき事もあるし。まぁ追々だ」

 「なるほど。そういうことか」

 「相澤先生が大変そう…」

 「そこは休学中でありエリちゃんとも仲良しなこの俺がいるのさ!忙しいだろうけどみんなも顔を出してよね」

 「「勿論です!!」」

 

するとミリオの隣にいた天喰がミリオの肩に手を乗せて話す。

 

 「エリちゃんが心も体も安定するようになれば無敵の男復活の日も遠くない」

 「そうなれば嬉しいね。あはははっ!」

 「早速で悪いが3年、頼めるか?」

 「らじゃっす!オセロやろっと!」

 「僕らもいいですか!?」

 「A組は寮へ戻ってろ。この後来賓がある」

 

相澤にそう言われた垣根達は一体誰が来るのかと不思議に思いながらも、言われたとおりに寮へと戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「へっちょい!」

 「風邪?大丈夫?」

 「いや息災。我が粘膜が仕事をしたまで」

 「なにそれ?」

 

 A組生徒達は相澤に言われた来賓を迎えるためにロビーで待機していた。常闇が風邪を引いたらしく、麗日が心配するもその独特の返しはいつもとなんら変わりなかった。

 

 「噂されてんじゃね?ファンできたんじゃね!?文化祭の時の”ヤオヨロズー!”や”カキネく~ん!”みたいな!」

 「茶化さないでくださいまし!ありがたいことです!」

 「上鳴、いくら自分がモテないからって僻むのは良くねぇな」

 「僻んでねぇよ!!俺だって本気出せばあんくらい余裕だわ!」

 「いや、無理でしょ…」

 「常闇君はとっくにおるんやない?だってあのホークスのとこインターン行っとったんやし」

 「いいや。ないだろうな。あそこは速すぎるから」

 「…?どういう事ていと君?」

 「後輩に優しくねぇ捻くれた野郎って事だ」

 「へぇ、そうなんや」

 「いや、そういう意味ではなくてだな…」

 

垣根達が雑談していると突然、扉をノックする音がした。

 

 「来たぞみんな!お出迎えだ!」

 

そう言いながら飯田は扉を開けた。すると、

 

 「煌めく眼でロックオン!」

 「猫の手手助けやってくる!」

 「どこからともなくやってくる!」

 「キュートにキャットにスティンガー!」

 「「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!」」

 

林間学校で幾度となく聞いた口上を名乗りながら、プッシーキャッツが扉の前に立っていた。今日の来賓とは彼らのことだったのである。

 

 「プッシーキャッツ!お久しぶりです!」

 「元気そうね!キティたち!」

 

生徒達が嬉しそうにプッシーキャッツに駆け寄る。すると虎が垣根の姿を見つけると、林間合宿での出来事を謝罪しに来た。

 

 「あの時は守り切ってやれずすまなんだ」

 「勘違いすんな。あれは俺のミスだ。あんたらは関係ねぇ」

 「ウチら大丈夫っすよ。ねぇ?」

 「「にくきゅーまんじゅう!にくきゅーまんじゅう!」」

 「どうぞ中へ」

 「あぁいいの。お構いなく」

 「B組にも行かなアカンし」

 

どうやらこの後はB組にも訪問する予定らしい。そこへ人数分のお茶を運んできた砂藤がある疑問を口にする。

 

 「しかしまたなんで雄英に?」

 「復帰のご挨拶に来たのよ」

 「復帰!?」

 「それはおめでとうございます!」

 「ラグドール復帰したんですか!?個性を奪われて活動を見合わせだったんじゃ…」

 「戻ってないよ!アチキは事務仕事で3人をサポートしていくの。OLキャッツ!」

 「タルタロスから報告は頂くんだけどね。どんな、どれだけの個性を内に秘めているか未だ追求している状況。現状 何もさせないことがヤツを抑える唯一の方法らしくてね」

 「ではなぜこのタイミングで復帰を?」

 

八百万が疑問を口にする。するとその質問にはマンダレイが答えた。

 

 「今度発表されるんだけど、ヒーロービルボードチャートJP下半期。私たち411位だったんだ」

 

ヒーロービルボードチャートJP。事件解決数、社会貢献度、国民の支持率などを集計し、毎年2回発表される現役ヒーロー番付。すなわち上位に名を刻んだ者ほど人々に笑顔と平和をもたらしたヒーローなのだ。

 

 「プッシーキャッツは前回32位でした」

 「なるほど急落したからか!ファイトっす!」

 「違うにゃ!全く活動してなかったにもかかわらず3桁ってどういうことってこと!」

 「?」

 「支持率の項目が我々突出していた」

 「待ってくれてる人たちがいる」

 「立ち止まってなんかいられにゃい!」

 「そういうことかよ!漢だ!ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!」

 「うるせぇ…」

 

プッシーキャッツの話を聞いていた垣根は隣にいた耳郎に話しかける。

 

 「ヒーロービルボードチャートJP…要はヒーローの人気投票みたいなもんか」

 「うん。大体そんな感じ」

 「そういえば下半期まだ発表されてなかったもんね」

 「色々あったからな」

 「オールマイトのいないビルボードチャートか。どうなってるんだろう?楽しみだな!」

 

尾白の言葉を聞いた垣根はチラリと轟の顔を見るも、轟は無表情のままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日、ヒーロービルボードチャートJP下半期の結果が発表された。オールマイトの引退後、見事一位に輝いたのは轟の父・エンデヴァーだった。だが、社会のエンデヴァーに対する信頼はオールマイトに向けられていた信頼程強いものではなく、エンデヴァーの実力に懐疑的な者もチラホラと見られた。そんな時に九州である事件が起きた。福岡で新型の脳無とおぼしき個体が突然現れ、市街地を襲ったのだ。その場に居合わせたエンデヴァーとホークスがこれを迎え撃つも、戦いの中でエンデヴァーが重傷を負ってしまう。もうダメだと人々が絶望しかけたその時、エンデヴァーが不屈の闘志で立ち上がる。そしてホークスの力を借りながら、己の全てを脳無にぶつけることで見事逆転勝利を収めたのだった。テレビ・ネット中継を通して流されたエンデヴァーの死闘の様子は人々に勇気と希望を与え、エンデヴァーへの信頼が高まる第一歩となった。

 だがこの事件が新たな戦いに向けての序章に過ぎないということはまだ誰も気付いていなかった。

 

 




文化祭編終わってアニメに追いついちゃった☆


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雄英高校 クラス対抗戦~
六十九話


 「うわぁ!凄いよエリちゃん!全問正解だ!」

 「……//」

 

 ミリオに声高に褒められ、その頬を赤くするエリ。エリの目の前の机上にはいくつもの赤い丸が付けられたテスト用紙があった。先ほど行なった算数のテストが採点され、エリの手元に帰ってきたのだ。満点を取った当の本人よりも嬉しそうな様子のミリオは目の前に座る垣根に身を乗り出しながら尋ねる。

 

 「ね?そうだよね?垣根君もそう思うよね?」

 「…あぁ、そうだな。だから取り敢えず離れろ」

 

顔を近づけてきたミリオをあしらいながら返事をした垣根は面倒くさそうに言葉を返した。

 

 「大体な、なんで昼休み返上してまで俺がエリの勉強をみないといけねぇンだ?あんただけで充分だろ」

 「まぁそう言わないでよ垣根君~。皆で一緒に勉強した方が楽しいじゃんね?」

 「知るか」

 

垣根の言葉通り、垣根はなぜだか昼休みに突然ミリオに呼び出され、寮の一室でエリの勉強をみさせられていた。先ほどのエリの答案を採点したのも垣根である。勉強と言っても、字の書き方だったり足し算引き算だったりと本当に基礎中の基礎を扱っていた。治崎に捕らわれていたことにより、学校に通えていなかったエリは義務教育の義の字も受けていない。その遅れを取り戻すために普段は休学していて暇なミリオがエリに勉強を教えているのだ。いきなり自分を呼び出してきたミリオは一体何を考えているのかと思案していると、エリが不安げな視線を向ける。

 

 「あの…ごめんなさい…また迷惑かけて…もし迷惑なら私、全然…」

 「……」

 「あーー!垣根君エリちゃんのこと泣ーかせたーー!」

 「うるせぇ!!」

 

ヤジを飛ばしてくるミリオに怒鳴りつけると、小さくため息をつきながら垣根はエリに言葉を返した。

 

 「別に迷惑とかじゃねぇよ。ただちょっと予想外だったってだけだ」

 「…ほんと?」

 「あぁ。つか、まだテスト残ってんだろ?ならちゃっちゃとやっちまえ。終わったらまた採点してやる」

 「…!うん!!」

 

エリは笑顔で返事をすると残りの問題に取りかかっていく。その様子をしばらく見ていた垣根はふとエリの頭部へ意識を向ける。

 

 (相澤の言ってた通り、伸びてんな…) 

 

垣根はエリの角を見ながら心の中でそう呟く。この前のインターンでエリが緑谷に対して力を解放した後、エリの頭部の角は小さくなった、だがその角が再び伸び始めているということは、またいつか力を制御できなくなる日が来るかもしれないという事を意味している。もっとも、相澤がいればその暴発も防げるわけではあるが、もし相澤不在の状況で暴発したら…などと垣根がしばらく考えていると、エリが早くも二枚目のテストを解き終え、垣根に渡してきたので採点に取りかかった。こうしてエリの勉強に付き合っていると時間はあっという間に過ぎ、気付けば午後の授業開始15分前になっていた。時刻を確認した垣根は採点し終えたテストをエリに返却しながら席を立つ。

 

 「じゃ、そろそろ授業あるから行くわ。ほれ」

 「うん!今日はありがとね垣根君!じゃあエリちゃん、休憩した後は間違えた箇所の見直しからやろうか!」

 「うん!…あ、あの…垣根さん!今日はありがとう!」

 「あぁ」

 「勿論また来てくれるよね垣根君?」

 「……気が向いたらな」

 

そう言い残すと垣根は部屋をあとにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ついにこの時がキターーーー!!!ワクワクするね~!」

 「葉隠寒くないの?」

 「めっちゃ寒~い!」

 「根性だね」

 「私も冬仕様!かっこいいでしょーが!」

 「ええ!」

 

 A組生徒達はコスチューム姿に着替え、運動場γに集合していた。季節も移ろい、肌寒い頃合いになってきたことによって何人かの生徒は身に纏うコスチュームに変化が見られた。A組生徒達が各自のコスチューム仕様の変化について盛り上がっていると、そこへ水を差すかのように聞き覚えのある声が場に響く。

 

 「おいおい。まぁ随分と弛んだ空気じゃないか。僕らをなめているのかい?」

 「来たな!ワクワクしてんだよ!」

 「そうかい。でも残念。波はいま確実に僕らに来ているんだよ」

 

切島をはじめ、A組生徒達は声のした方へ体を向ける。垣根達の視線の先にはこちらへ歩いてくる一つの集団がある。そしてA組とある程度距離を置いたところで歩みを止め、先頭の男が意気揚々と叫びを上げた。

 

 「さあA組!今日こそシロクロつけようか!」

 

体をのけぞらす勢いで叫んだのはB組の物間。以前から何かとA組に因縁を付けてきていた男だ。そして彼の背後にいる集団は彼と同じB組の生徒達だった。何人かのB組の生徒は物間に冷ややかな視線を浴びせているが、物間は気にせず早速いつものようにA組を煽り始めた。

 

 「ねえねえ見てよ!このアンケート!文化祭でとったんだけどさぁ!A組のライブとB組の超ハイクオリティ演劇どちらがよかったか!見える!? 2票差で僕らの勝利だったんだよねえ!入学時から続く君達の悪目立ち状況が変わりつつあるのさ!」

 「マジかよ。見てねぇから何とも言えねぇ!」

 「そして今日!A組vsB組!初めての合同戦闘訓練!僕らが…キュッ!」

 「黙れ」

 「物間!」

 

やかましく騒いでいた物間の喉を捕縛布で縛り上げ、強制的に口を閉ざさせる相澤。さらに相澤の後ろからB組の担任であるブラドキングも姿を現した。

 

 「今回特別参加者がいます」

 「しょうもない姿はあまり見せないでくれ」

 「特別参加者?」

 「倒す!」

 「女の子!?」

 「「一緒に頑張ろうぜ!!」」

 

皆の期待のまなざしの中、一人の生徒が向こうからゆっくりと歩いてくる。その姿を見ながら相澤が垣根達に紹介した。

 

 「ヒーロー科編入を希望してる…」

 「「あっ!」」

 「普通科C組 心操人使くんだ」

 「「あああああああ!!!」」

 

緑谷と尾白が特別大きな声を上げて反応する。他の生徒もひそひそと話を始め反応を示す中、垣根もその記憶をたどり目の前の人物の情報を呼び起こす。

 

 (こいつは…体育祭のトーナメントで緑谷とやってたやつか。確か呼びかけに答えることで発動する精神系の個性だったか)

 

体育祭での出来事を思い出した垣根。すると相澤が心操に声をかける。

 

 「心操、一言挨拶を」

 「心操人使です。何名かは既に体育祭で接したけれど拳を交えたら友達とかそんなスポーツマンシップ掲げられるような気持ちの良い人間じゃありません。俺はもう何十歩も出遅れてる。悪いけど必死です。俺は立派なヒーローになって俺の個性を人のために使いたい。この場の皆が越えるべき壁です。馴れ合うつもりはありません。よろしくお願いします」

 

それは自己紹介という名の宣戦布告。心操の話が終わると生徒達は拍手を送った。

 

 「お~ギラついてる」

 「引き締まる」

 「初期ろきくんを見ているようだぜ」

 「そうか?」

 「うん。いいね、彼」

 「じゃ早速やりましょうかね」

 

心操と生徒達の顔合わせが終わると相澤は早速ブラドに話を振る。するとブラドが今回の演習について説明を始めた。

 

 「戦闘訓練だ!今回はA組とB組の対抗戦!舞台はここ運動場γの一角!双方5人組を作り1チームずつ戦ってもらう!」

 「5人1チーム?楽しそうだね」

 「楽しそう!」

 「心操を加えると41名。この半端はどう解決するのでしょうか?」

 「心操は今回2回参加させる。A組チームB組チームそれぞれに1回ずつ。つまり4試合中2試合は6対5の訓練となる」

 

宍田の質問にブラドが答えると、反発の声が上がる。

 

 「そんな!?5人が不利じゃん!」

 「ほぼ経験のない心操を5人の中に組みこむ方が不利だろ。6人チームは数的有利を得られるがハンデもある。今回の状況設定はヴィラングループを包囲し確保に動くヒーロー!お互いがお互いをヴィランと認識しろ!5人捕まえた方が勝利となる!」

 「ヴィランも組織化してるって言うもんね!」

 「シンプルでいいぜ!」

 「うおおお!?ヒーローであり相手にとってはヴィラン!?どちらに成りきればいいのだ!?」

 「ヒーローでよろしいかと」

 

さらにブラドが続ける。

 

 「双方の陣営には激カワ据置プリズンを設置。相手を投獄した時点で捕まえた判定になる」

 「緊張感よ!」

 「自陣近くで戦闘不能に陥らせるのが最も効果的。しかしそう上手くはいかんですな」

 「5人捕まえた方…ハンデってそういうことか」

 「確かにそれなら6人の方も面倒くせぇな」

 「えっ?えっ?」

 

宍田や爆豪、垣根の発言の意図を汲み取りかねている上鳴を他所に相澤が頷きながら話す。

 

 「あぁ。慣れないメンバーを入れること。そして6人チームでも5人捕らえられたら負けってことにする」

 「お荷物抱えて戦えってか。クソだな!!」

 「ひでぇ言い方やめなよ!」

 「いいよ、事実だし」

 「徳の高さで何歩も先行かれてるよ!」

 「じゃ」

 「くじな!」

 

そう言いながら相澤とブラドはそれぞれくじの入ったボックスを抱え上げる。A組は相澤のボックスから、B組はブラドのボックスからくじを引き、チームと対戦相手を決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第一戦:(A)切島・上鳴・口田・蛙吹・峰田 vs (B)塩崎・宍田・円場・鱗・庄田

第二戦:(A)轟・尾白・飯田・障子・芦戸 vs (B)鉄哲・角取・骨抜・回原・小大

第三戦:(A)爆豪・耳郎・瀬呂・砂藤・麗日 vs (B)取陰・鎌切・泡瀬・凡戸・柳

第四戦:(A)垣根・八百万・常闇・葉隠・緑谷 vs (B)拳藤・黒色・吹出・小森・物間

 

 

 

各組でのチームが決まると今度は心操にくじを引くようブラドが促す。心操には相澤とブラド両方のボックスからくじを引かせ、引いた二つのチームに入ることとなる、心操が引いたのはAの1とBの4。つまり切島チームと物間チームに加わることとなった。各チームごと、メンバーで集まり顔合わせを行なう。

 

 「皆さん、よろしくお願いいたします。私たちの相手は拳藤さんチームですが、力を合わせて頑張りましょう」

 「御意」

 「よろしくねー!このメンバー凄く心強い!」

 「うん!頑張ろう!」

 「ん」

 

垣根が八百万達と軽く話し終えると、ブラドと相澤が再び話し始めた。

 

 「スタートは自陣からだ。制限時間は20分」

 「時間内に決着のつかない場合は残り人数の多い方を勝ちとする」

 「じゃあ第1試合!スタート!」

 

ブラドのかけ声と共にブザー音が運動場に鳴り響いた。クラス対抗戦第一試合、開始

 

 

 

 

 

 

 



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七十話

短め


 クラス対抗戦第一試合は切島・上鳴・口田・蛙吹・峰田・心操チーム vs 塩崎・宍田・円場・鱗・庄田チーム。開始早々宍田・円場・庄田が先制攻撃を仕掛けた。宍田が個性『ビースト』を発動させ、切島や蛙吹に襲いかかる。その時、A組の窮地を救ったのが心操の新アイテム・『ペルソナコード』。幾多のプレートを変形共鳴させることで心操の声色を変えて直接外部に放出する。これにより、心操は自分の声質を自在に操ることが出来るのだ。ペルソナコードによって変えられた心操の声に反応した宍田は一瞬動きが静止する。急いで円場が宍田を洗脳から解くも、その一瞬で上鳴が反撃に転じた。また、蛙吹と切島も再起し戦線に戻ると両者入り乱れる乱戦となった。

 

 (自身の声に反応させることによって発動する個性。タネが分かっちまえば対策は容易。その弱点を補うための変声機ってわけか。一対一なら初見以外じゃ効果はゼロに等しいが、こういう集団戦闘の場合なら使いどこ次第では良いカードになり得る。おまけに相手側からすれば常に心操の声かどうか判断する必要がある故、精神的疲弊も生まれる。意外と面倒くさそうだな。大丈夫かねあいつら)

 

垣根はモニターの映像を見ながら、自分のチームと対戦することになる心操の技について分析し、まるで他人事であるかのように緑谷達の方をチラリと見る。そして再びモニターに視線を戻す垣根。先の戦闘でA組は切島と口田が、B組は円場が牢に捕らわれると両陣営は一旦距離を取った。そして今度はA組がB組へ攻撃を仕掛けた。A組は上鳴を囮にし、心操のペルソナコードによって塩崎を洗脳、さらに宍田を持ち場から釣り出すとその隙を突いて蛙吹と峰田が鱗と庄田を仕留める。そして釣り出された宍田も心操の捕縛布に不意を突かれ、さらに蛙吹にとどめの一撃を喰らいダウンした。こうして第一戦はA組の勝利に終わった。

 

 「やったぁ!!」

 「うむ!見事だ!」

 「蛙吹さんと上鳴君の機転で心操君が活きた!凄い!」

 「洗脳…思ってた以上に厄介な個性だな」

 

試合を見ていた生徒達が心操の個性の厄介さについて再認識する。そして蛙吹達がB組チーム全員を牢に入れ終わると、

 

 「ぐぬぬぬ…第一試合…A組プラス心操チームの勝利!」

 

苦々しそうなブラドの声が響いた。第一戦チームが全員戻ってくると、相澤・ブラドの下で各チーム反省会が行なわれた。それを見た他の生徒達も各チームごとに集まり、作戦を練り始めた。

 

 「こっちも作戦練らなきゃ!僕たちが今できることアイデア挙げてこう!」

 「おっけー!!」

 

緑谷が垣根達に呼びかけると、地面にノートを広げ作戦会議を始めた。各チーム色んな話し合いが行なわれている中、唐突にブラドの声が再度響き渡る。

 

 「では第二試合準備を!」

 

第二試合は轟率いるAチームと鉄哲率いるBチームが対戦する。ブラドの声を聞いた両チームはそれぞれスタート地点に移動し、開始の合図を待つ。

 

 「両チーム準備完了。それでは…第2試合スタート!」

 

第二試合開始のゴングが鳴る。先に仕掛けたのは轟チームで、轟が鉄哲達目掛けて広範囲の氷塊をぶつけた。これにより相手の動きを止めようとしたAチームだが、その策はBチームの骨抜によって阻止される。骨抜の個性は『柔化』。生物以外の触れたモノを柔らかくする個性だ。骨抜は個性を発動して氷塊を柔らかくすることで、轟の攻撃を無効化させる。さらに骨抜は運動場の足場も柔らかくさせることでAチームの機動力を削いでいった。

 

 「即興だよな…!?読みが良いのか骨抜の奴。柔軟さは伊達じゃねぇ」

 

砂藤がモニターを見ながら感心そうに呟く。同じく垣根も試合をモニター越しから見つめていた。

 

 「あいつも確か推薦だよな?」

 「ええ。そのはずですわ」

 「まぁまぁ使えそうな個性だな。特にこういう集団戦では活きる」

 「でも垣根君は空飛べるしあんまり関係ないんじゃない?」

 「まぁそうだな」

 

骨抜の個性により氷結から逃れたBチームは一気に轟達に襲いかかる。上手い感じに一対一の状況が作り出され、各所で戦闘が開始した。この試合は先の試合とは違い、かなり激しいものとなった。特に骨抜の機転及びサポート力と飯田のスピードが要所で光り、どちらのチームも譲らず結果は1-1の引き分けという形で終わった。気絶者を保健室に運び終えるとブラドは次の試合を行なうチームに準備するよう伝えた。両チーム準備し終えたのを視認すると再び開始の合図を叫んだ。

 

 「第三セットスタートだ!!」

 

爆豪率いるAチームと取陰率いるBチームの試合が始まった。この試合のキーマンはやはり爆豪だ。良い意味でも悪い意味でも我が強すぎる爆豪。Bチームはそんな爆豪の強すぎるエゴの隙を突き、チームワークをかき乱す作戦に出た。そしてその作戦通り、早速爆豪が一人前に出てきたところを取陰が翻弄し、その隙に耳郎達に攻撃を仕掛ける。だがここで意外な光景を目にすることになる。

 

 「あっれぇ?僕の目が変なのかなァ?彼、今耳郎さんを庇ったように見えたなァ」

 「庇ってたな!足蹴で!」

 「物間!大丈夫だ!あいつは意外とそういう奴だ!」

 「キャラを変えたっていうのか!!!!!」

 

物間が忌々しそうな顔をして叫びを上げる。だが驚くのも無理はない。同じ時間を過ごしてきたA組生徒ですら、あんなに身を挺して仲間を庇う爆豪は初めて見る。垣根も意外そうな顔でモニターを見ていた。

 

 「へぇ。なんか変わったかあいつ」

 「あの爆豪さんが…!」

 「なんか凄いね今日の爆豪君!」

 「……!」

 

垣根達が話している中、緑谷は黙ってモニターを見つめていた。攻撃が失敗したBチームは一旦距離を取るもその後をすぐに追っていく爆豪達。またもや爆豪が一人飛び出してきたところを待ち伏せていた泡瀬が狙い、動きを封じることに成功する。しかしすぐさま砂藤が爆豪を解き放つと爆豪はすぐさま泡瀬を追走。そして泡瀬が臨戦態勢を取った瞬間に耳郎・瀬呂にスイッチしさらに先を進んでいく。その先に待っていた凡戸・柳は爆豪に攻撃を迎撃するも、エンジンのかかってきた爆豪を捉えることは出来ず爆撃を喰らってしまう。そこへすかさず麗日・砂藤が飛び出し、二人の身柄を抑えた。爆豪チームは見事な連携で一瞬で三人を拘束してしまったのだ。

 

 「協調性皆無の暴君だっただろ…!?丸くなったどころじゃないぞ!」

 

物間が信じられないといった表情で呟く。今までの独りよがりな行動ではなく、仲間を信頼した上での振る舞い。そしてそれに応えるチームメイト。今までの試合の中で一番完璧な試合運びだった。爆豪は鎌切を瞬殺した後、分裂した取陰の本体を突き止めるとこれまた一瞬でかたをつけた。そしてBチームが全員牢に入れられるのを確認するとブラドの声が響き渡った。

 

 「わずか五分足らず…!!思わぬチームワークでA組5-0の勝利だ!!!」

 

今日最短で試合に勝った爆豪達。反省会でも特に相澤からの指摘もなく、むしろ褒められていた。

 

 「かっちゃん!おめーやりゃ出来るのなァ!耳郎完全ヒロインだったわ!」

 「ウチヒーローだし」

 「不良が子猫拾った感じだよなー」

 

上鳴達が爆豪に駆け寄りながら賞賛の声を浴びせる。そして緑谷も爆豪の下へ駆け寄り何か喋りかけにいった。いつも通り爆豪が緑谷に怒鳴り散らしていたが、緑谷の顔には以前のような怯えはなく、正面から爆豪を向き合っていた。

 

 (なんかあいつら変わったか…?)

 

後ろで二人を見てふとそう感じた垣根。しばらくすると爆豪チームがこちらへ歩いてきて爆豪と垣根の目が合った。

 

 「よう。調子良さそうじゃねぇか」

 「…ッ!」

 「おぉ垣根!見たか俺達のチームワーク!凄かったろ?」

 「あぁ。やれば出来るじゃねぇかよ爆豪君。出来れば俺と組んだ期末試験の時にもその冷静さを発揮してほしかったがな」

 「っるっせーよ!俺はまだまだこんなモンじゃねぇ!今のうちに余裕ぶっこいてろ。いずれテメェもぶっ倒す!!」

 

ギロリと垣根を睨めつけながらそう言い放つと爆豪は歩き去って行った。ニヤリと笑いながら爆豪の背中を見送っていると、八百万から声がかかる。

 

 「垣根さん。そろそろ時間ですわ」

 「ああ。今行く」

 

八百万に返事を返すと、垣根も踵を返し緑谷達の下へ歩いて行った。いよいよ最後の試合が始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次試合です


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七十一話

 

 「で、どうする?」

 

 Bチームの黒色支配がその場にいるチームメイト達に問いかける。クラス対抗戦最終試合に備え、両チームはスタート位置で待機していた。試合開始の合図が鳴るまでの間、作戦を詰めておこうという意図の下発せられた黒色の言葉に拳藤が答える。

 

 「んーとりあえずはさっき話したプランAかな。ダークシャドウを乗っ取って奇襲攻撃!向こうがダークシャドウを飛ばして私たちを探す可能性はかなり高い。リスク低くて強い手だからね。ダークシャドウを操られるとは思ってないだろうし、パーッと誰か捕まえちゃってよ!」

 「簡単に宣う。俺が失敗したら?こっちのリスクは?」

 「お前を相手にするなら必ず”光”を使う。私たち5人はその”光”で居場所が分かる。光あるところではダークシャドウは強い行動を取れない。黒色がミスっても私たちが包囲してたたみかける!」

 「ふむ。なるほど」

 「でもぉ、爆豪()の戦い見ると緑谷が厄介そうノコね?」

 「確かに。機動力と戦闘力で言えば爆豪と同等かそれ以上。最近では遠距離も習得したらしい。こっちがちょっとでも綻んだらさっきと同様、あいつに突破口開かれるよ」

 

小森と吹出が緑谷について懸念していると、そこへ心操が口を挟む。

 

 「じゃあ緑谷を優先的にって感じか。何としてもまず緑谷をいただく。ただ…あいつには洗脳を自力で解かれてる。けど物間の力を合わせれば抑えることは可能だと思うよ」

 「アテにされすぎるとこわいな。僕の方は『スカ』の可能性がある。何にせよ、動きを止めなきゃ始まらない。頼むぜ心操君」

 「…」コクリ

 「んで、最大の問題は…」

 「垣根だね」

 

拳藤が物間の言葉を引き継ぐように言うと他の五人も頷く。

 

 「翼による空からの索敵能力や機動力、そして八百万と同系統の創造系個性を用いた圧倒的な制圧力。轟みたいな強力な範囲攻撃も持ち合わせてるし、一言で言っちゃえば何でもアリ」

 「一人で全部の役割こなせるとかどんなチートだよっつう話」

 「ねぇねぇ拳藤、ダークシャドウじゃなくていきなり垣根が突っ込んできたらどうするノコ?」

 「その時は全員で垣根を叩くよ。一番の脅威だけど、逆に言えば垣根を捕らえられればこっちが一気に有利になるからね」

 「それでその垣根だが、どう抑える拳藤?」

 「うーん…心操の洗脳でワンチャンス狙うのもかなとは思ったけど、緑谷と同時に相手取れるほど甘い相手じゃないし、やっぱり分断しかないかな。結局どんな作戦を立てても。最後にネックになるのは垣根の存在。だから八百万達と分断した上で、小森以外の全員で垣根を叩く!どう?」

 「賛成ノコ!」

 「異論無し」

 「おっけー!じゃ、物間と吹出頼んだよ!」

 「おう!」

 「やれやれ。相変わらず人使いが荒いな拳藤は」

 

物間がため息と共にそう言った直後、ブラドの声が会場に響き渡る。

 

 「第5セット目!本日最後だ!準備はいいか!?最後まで気を抜かずに頑張れよ!!スタートだ!!」

 

本日最後の試合開始の合図が今鳴らされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スタッ!

 

 垣根は静かに煙突の上に着地する。試合開始直後、早速Aチームは動きを見せた。常闇がダークシャドウを発現させ、斥候と偵察を兼ねて前方へと飛ばす。そしてダークシャドウの動きに追従するように緑谷も出撃していった。元々はダークシャドウだけ突撃させ、様子見、あわよくば誰か仕留める算段だったが、心操に自由に動かれるとAチームとしては非常に面倒なのでBチームがばらける前に心操を仕留めるという方針になった。その役を買って出たのが緑谷だった。それになぜだか今回の緑谷はいつもより特に張り切っている様子に見えたので、開始早々ダークシャドウと共に先行させることにしたのだ。八百万達が先行組の後を追う中、ダークシャドウと緑谷は早速Bチームと会敵した。

 

 (早速戦闘開始か。緑谷の方は心操じゃなく物間とらしいが、まぁいい。ここまでは概ね計画通り。あとは相手の出方次第だな)

 

垣根は黙って眼下の運動場を見据える。この位置からだと運動場余す所なく見渡すことが出来るので、全ての戦況を大まかに把握することが出来る。当然これにはデメリットもあり、それは敵にもこの場所は見つかりやすいということ。しかし、だからこそ垣根はこの位置取っていた。垣根を集中的に狙ってくるならそれはそれでやりやすくなるからだ。だが、今のところBチームが垣根に攻撃を仕掛けてくる気配はない。

 

 (仕方ねぇ。こっちから動くか)

 

垣根は翼を広げながら心の中で呟くと、早速翼を広げた垣根は右耳に着けたインカムから八百万に通信を入れた。

 

 「八百万、そっちの状況は?」

 「垣根さん!それが…先ほど先攻していった常闇さんのダークシャドウがB組の黒色さんの個性によって操られてしまいました!今交戦中ですわ!」

 

八百万の報告を受けた垣根はすぐに八百万達の方角に視線を向け、さらにダークシャドウが逆走してきたであろうルートを目でたどると、その先にはちらほらと動き回る影を視認した。

 

 (なるほど…常闇のダークシャドウを操り、八百万達の注意を引いている間に包囲網を敷く気だな。んで俺の事は完全に無視と。いや、むしろ逆か?)

 

垣根は拳藤達の動きを見てしばし何やら考えていたが、やがて八百万に指示を出す。

 

 「八百万、とりあえずお前らはその場で黒色を迎撃しろ。俺は拳藤達を叩きに行く」

 「はい!」

 

八百万の力強い返事と共にインカムの通信は切れる。このインカムは試合開始前、八百万が自身の個性で創り出したものだ。これにより、Aチームは離れていても通信によって連携を図ることが出来る。複雑に入り組んだフィールド・集団戦という状況下において、遠方の仲間とのコミュニケーションを図る手段があるということは大きなアドバンテージになる。垣根は小さく笑うとゆっくり宙へ浮上する。

 

 (さて、行くか)

 

ようやく垣根が動こうとしたその時、

 

 ボンッッッ!!!!!

 

突然彼方から爆発音が聞こえた。垣根が音の方角を見ると、ここから少し離れた場所から黒いナニカがいくつも出現していた。その形状は細長い直線形で、まるで黒い鞭のようなモノだった。垣根が目をこらしながらその正体を探っていると、突如その黒い鞭が垣根目掛けて飛来する。

 

 「!」

 

少し驚きながらも翼をはためかせ、直撃を避けた垣根。垣根に避けられた黒い鞭のようなナニカは派手な音と共に垣根の後方の建造物に直撃した。

 

 「なんだこりゃ?貼り付いてる……?」

 

黒い鞭が直撃した建造物を見ながら垣根は訝しげに呟くと、黒い鞭が飛んできた方角へ目線を向けた。

 

 (あの方角は……緑谷のとこか)

 

緑谷が戦っている方角から謎の攻撃が飛んできたことを確認した垣根はインカムで緑谷に通信を試みるも、返答は無かった。すると垣根のインカムに八百万から通信が入った。

 

 「垣根さん!今しがた突然謎の黒い物体が……」

 「ああ、分かってる。ちょうど俺のとこにも来たとこだ」

 「垣根さんのところにも!?」

 「だが問題ねえ。お前らは?」

 「はい。私を含め全員なんとか回避しましたわ。ですが、これは一体……」

 「俺にも分からんが、発信元は緑谷の戦場付近だ。とりあえず俺が様子見てくる。そっちは頼んだぞ」

 「え!?ちょ…」

 

八百万が言い終わらないうちに通信を切ると垣根は緑谷の下へ向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バンッッッッッ!!!

 

 派手な音と共にタンクに体を叩きつけられる緑谷。物間と戦っている最中に突然緑谷の右腕から噴射されたいくつもの黒い鞭はフィールドの至る所に伸びていき、ついには緑谷の体の自由を奪い、その体をタンクに叩きつけたのだ。

 

 「止まれ!止まれ!」

 

緑谷は必死に叫びながら自身の右腕からあふれ出る黒い鞭を抑えようとする。しかし黒い鞭は収まるどころか、むしろどんどん勢いを増していっていた。

 

 (何だよ!痛い痛い痛い!何で――!)

 

全神経を個性の暴走を鎮めることに注ぎながら緑谷は心の中で悲痛の思いを叫ぶ。

 

 (憧れの人(オールマイト)から譲渡してもらえて、大怪我しながらわかんないことだらけで…それでもようやくモノになてきて。これからだっていうのに…!もう誰にも心配させたくないのに!止まれ!ワン・フォーオール!!)

 

歯を食いしばりながら懸命に右腕を押さえる緑谷。そしてこの目の前の異様な光景を心操は間近で見上げていた。

 

 (なんだこれは……)

 

見たことのない緑谷の変貌ぶりにただ呆然と眺めることしか出来なかった心操だったが、

 

 「おーおー凄ぇなこれ。どうなってやがんだ緑谷の奴」

 「!」

 

突如自分の左側から声が聞こえ、急いで振り向くとそこには翼を生やした垣根帝督が心操の近くに着地していた。

 

 「お前は……!?」

 「あ?あぁ……」

 

一瞬心操の姿に反応するも、すぐに興味を無くしたのか空中の緑谷に視線を戻す。

 

 「個性の暴走か。仕方ねぇ。色々聞きたいことはあるが、とりあえず…」

 

ひとりでに呟きながら垣根は右腕を前にかざす。すると、

 

 「待て!」

 

心操が垣根に叫んだ。垣根は動きを止め、横目で心操の方を見る。

 

 「……」

 「あ、いや…緑谷(あいつ)をどうするつもりだ?」

 

心操が言葉に詰まりながらも垣根に問う。数秒間黙ったままじっと心操を見つめていた垣根だったが、やがて口を開いた。

 

 「…どうするもこうするもねぇだろ。あいつは今、自分の意志で個性を制御出来ない暴走状態だ。このまま放置してたら被害が広がる一方。だから強制的にでもあいつの意識を奪い、行動不能にさせる」

 「意識を奪う…」

 「ああ。この試験が終わるくらいまでは寝ててもらうが」

 「えっ!?」

 「?当たり前だろ。この先緑谷(こいつ)の個性がまた暴走しないっつう保障はねぇ。そんな危険要素を放置できるわけねぇだろ」

 「……ッ!」

 

垣根の返答を聞いた心操は思わず下を向く。そんな心操に垣根はさらに言葉を放つ。

 

 「分かったらとっととそこ退け。巻き込まれ―――」

 「俺が!」

 「!」

 「お、俺が緑谷を洗脳するってのはどうだ?」

 「…あぁ?」

 

垣根の話を遮り、大きな声で発せられた心操の言葉に垣根は疑問符を投げかけると、心操は言葉を続けた。

 

 「俺の個性なら緑谷の意識を一時的に支配下に置くことが出来る。それであいつの個性の暴走が収まるかもしれない」

 「…かもな。だがそれがどうした?別に俺がやったってそれは変わらねぇ。それに、どうして俺が敵チームであるお前の言葉を聞かなきゃならねぇんだ?」

 「そ、それは……」

 

垣根に指摘され、心操は思わず口籠もる。しかし、口をキッと結ぶと意を決したかのように話し始めた。

 

 「…俺は体育祭で緑谷に負けた」

 「は?いきなり何言ってんだテメェは」

 

いきなり違う話をし出した心操に眉をひそめる垣根だったが、心操は構わず続けた。

 

 「ワクワクしてた。あの時と違う俺を見せてやれるって。また戦えるって楽しみにしてたんだ」

 「……」

 「だから頼む!もう一度あいつと戦えるチャンスをくれ!俺の洗脳は衝撃を与えればすぐに解けるから――」

 

 ビュンッッッッ!!!

 

心操が垣根に言葉をぶつけている最中、突如黒い鞭が空を切り裂き、心操と垣根目掛けて飛来する。

 

 「なっ……!?」

 

不意を突かれた心操は動くことが出来ず、腕で顔を覆いながら目をつむり直撃を覚悟した。だが、

 

 ズダンッッッッッッ!!!

 

心操達目掛けて伸びてきた黒い鞭はまるで何か見えない壁にぶつかったかのように、激突音と共に心操達の目の前で静止する。その後何本もの黒い鞭が追い打ちをかけるかのように心操達に向かってくるも、すべて心操達の目の前で止まってしまった。不可思議な目の前の光景に目を見開く心操だったが、ふと何か気付いたかのように自身の左側に立つ垣根の方へ振り向いた。

 

 「これ、お前が……!」

 「俺はあまり気が長くねぇ」

 「えっ?」

 「やるなら早くしろ。ただし、妙な真似したら即座にお前をしとめる」

 「!あ、あぁ!」

 

心操は慌てて返事をすると、空中の緑谷を再び見上げた。そして口元のペルソナコードを外し、深く息を吸うと緑谷に向かって力いっぱい叫んだ。

 

 「緑谷ァ!俺と戦おうぜ!!!」

 「……ッッッ応!!!」

 

緑谷が心操の呼びかけに答えた瞬間、全ての黒い鞭がピンっと伸びきり、その後緑谷の腕の中に収束していった。そして全ての黒い鞭が無くなり、個性の暴走が収まるとそれまで緑谷を支えていた浮力も無くなり、緑谷の体は自由落下に任せて地面へと落ちていく。垣根は翼をはためかせその場を飛び立つと、落下途中の緑谷の体をキャッチし、無造作に近くの足場に降ろした。

 

 「おい起きろコラ」

 「はっ!」

 

垣根の蹴りと声によって目を覚ます緑谷。ぼんやりと辺りを見回し、垣根と目線が合うと急に我に返り、慌てて距離を取ろうとする。

 

 「垣根君!?離れて!危ないよ!」

 「落ち着けアホ。もう収まったわ」

 「えっ!?……あっ、本当だ」

 

垣根の言うとおり、先ほどまで自身の右腕から出ていた正体不明の黒い鞭が無くなっていることに気付く緑谷。個性の暴走が止み、とりあえず一安心していると再び垣根から質問が投げかけられる。

 

 「で?」

 「えっ?」

 「え、じゃねぇよ。さっきのアレは何だ?説明しろ」

 「えっと…それは…」

 

緑谷が答えに詰まっているその時、突如緑谷の背後から物間が襲いかかる。

 

 「え!?まだ終わってないんだけど!!」

 「!?」

 

そう言いながら物間は自身の巨大化させた拳を勢いよく振るった。すんでの所で物間の存在に気付いた緑谷は体をよじって直撃は避けようとしたものの、少し顔にかすめてしまった。

 

 「物間君!!」

 「雑魚は引っ込んでろ。今取り込み中だ」

 

鬱陶しそうに言いながら垣根は物間に翼を繰り出す。しかし、

 

 「おっと!」

 

背後に大きく跳躍することで垣根の翼から逃れた物間。さらに、

 

 「物間!!生きてるー??」

 「拳藤!ナイスタイミングだ!」

 

拳藤を初めとするBチームの面々がこちらに駆けつけてきている。しかしそれはAチームも同様であった。

 

 「垣根さん!緑谷さん!」

 「二人とも大丈夫ー!?」

 

八百万達もまた、垣根と緑谷の下へ向かってきていた、

 

 「拳藤さん達も八百万さん達もこの場に集まった…!」

 「こりゃ…乱戦になるな」

 

すると、

 

 ヒュア!!

 

空を切る音と共に緑谷の下に一本の布が飛来する。対する緑谷もそれに反応しガッシリとその布を掴み、その布の送り主である心操の方をじっと見つめた。しばらく見つめ合っていた両者であったが、その均衡を心操が破る。

 

 「わっ」

 

心操が手元の布をグイッと引き寄せたため、緑谷がバランスを崩した。体勢を崩された緑谷は足場から落ちそうになるのを寸前でこらえながら、咄嗟に背後の垣根に叫ぶ。

 

 「垣根君!僕を心操君の所まで飛ばして!」

 「あ?」

 

思わず言葉を返した垣根だったが、舌打ちをしながら即座に翼を振り抜き、緑谷に対して烈風をぶつけた。

 

 轟ッ!!

 

自身の背後から大気が唸る音が聞こえたと同時に緑谷は足下を思いっきり蹴り、心操目掛けて跳躍した。本来なら届くはずもない跳躍だが、垣根が生み出した烈風が緑谷の背中を後押しすることでその飛距離を充分なものとする。一気に心操の目の前に躍り出た緑谷は、そのまま物間と取っ組み合うようにして奥へと消えていった。二人が奥へと消えていくのを見た垣根はとりあえずこちらに向かってきている八百万達と合流しようと体の向きを変える。しかし、

 

 「今だ!吹出!物間!」

 

拳藤の声が響き渡った直後、、

 

 ドドドドドドドドドドドド!!!!!!

 

凄まじい音と共に巨大なナニカが出現する。現れたのは巨大なカタカナの文字列。周りの建造物と同じくらいの大きさの文字列が突如出現し、周囲の建造物や地面を抉りながら垣根達に襲いかかった。

 

 「なっ……!?これは……!」

 「なんかでたーーーーー!!!」

 「これは……!?」

 

八百万ら三人が驚愕の様相を浮かべながら叫ぶ。迫り来る衝撃に耐え終え、八百万達が改めて前に視線を向けるとそこには巨大なカタカナの文字列がそびえ立つ壁のように目の前に立ちはだかっていた。これにより、八百万達は垣根と完全に分断されてしまった。さらに、

 

 ポムッ!

 

突如周囲の建物や地面からもの凄い勢いでキノコが生え始めた。さらに、

 

 「い、いや……!」

 「うわっ!シルエット見えちゃう恥ずかしい!」

 

八百万達の衣服や肌からもキノコが次々と生えていった。

 

 「うわぁぁああああ!」

 「この繁殖力は…!」

 「菌茸類が大地を埋め尽くしていく」

 

一瞬にして辺りがキノコまみれになってしまい、八百万達は驚愕の表情を浮かべる。

 

 「次から次へと生えてくる~!もう~!」

 (垣根さんと私達を分断、そして小森さんの範囲攻撃を同時に仕掛けてくるとは…流石ですわ拳藤さん。垣根さん……)

 

体に生えてくるキノコを払いながら、八百万は擬音の壁の向こうを見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「チッ、『スカ』かよ」

 

タンクの横に立ちながら物間は思わず悪態をつく。先程緑谷に触れた際、コピーしたので早速発動させようとしたが、稀にある『スカ』の個性だったらしく発動させることは叶わなかった。その場で大きくため息を吐いていた物間だったが、突然、

 

 ドォォォォォォン!!!

 

派手な爆発音と共に、巨大な擬音の壁が崩れ去る。そして土煙の中から垣根がその姿を現した。垣根が辺りを見渡していると

 

 「あれ?もう出てきちゃったよ。ちゃんと直撃したはずなんだけどなぁ」

 

前方右斜め上方向から軽いトーンの声が聞こえて、声の方角を見上げると、タキシード姿に似た格好をした物間がニヤリと笑いながらこちらを見下ろしていた。さらに、

 

 「ま、そう簡単にはいかないでしょ。なんせ相手は垣根だし」

 

新たな声と共に、物間の立っている隣の建築物の影から拳藤が姿を現した。垣根は二人の姿を確認した後、自身の後方にそびえ立つ巨大な擬音の壁を振り返る。そして再び前に向き直るとその口を開いた。

 

 「なるほど。八百万達と俺を分断。んで、まずは全員で俺を仕留めようってか」

 「全員ではないけどね。心操君は緑谷君とどこかへ行っちゃったし、小森と黒色には八百万達を足止めしてもらってるから」

 

垣根の言葉に物間が答える。物間を見上げる垣根に対し、物間はさらに言葉を続ける。

 

 「こっちも色々考えたんだけどさ。どう作戦を練っても、最後には君の存在がネックになる。だから、まず最初に一番面倒くさい君を叩く。ほら、君のクラス担任の相澤先生がよく言ってる、『合理的』ってやつさ」

 「……」

 「あぁそうか!僕が心操君の個性をコピーしてるかもしれない以上、迂闊に反応出来ないよねぇ。まぁいいさ。僕と拳藤、そしてどこかに隠れている吹出の三人で君を捕らえる。卑怯だなんて言わないでくれよ?それだけ君のことを認めている証なんだから」

 

まるで垣根を挑発するかのように笑みを浮かべながら物間は言うと、その両手を巨大化させる。そして近くの拳藤も拳を巨大化させ、臨戦態勢に入る二人。その姿を垣根は黙ってじっと見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「まじかよ……範囲攻撃2人はキツすぎる。あと吹出のオノマトペ海外だとどうなるんだ?」

 「知らん。それに物間がいるから実質3人だろ」

 「あ、そっか」

 

 モニターで垣根達の試合を見ていた砂藤と瀬呂が呟く。砂藤達だけではなく、モニター越しで垣根達の試合を見ている生徒達はクラスの垣根を越えて口々に試合について語り合っていた。

 

 「おいおい体にまで生えるのかよあのキノコ……ホラー過ぎんだろ」

 「彼女のキノコは2~3時間で全部消えるから後に引かないんだ。そのせいでぶっぱ癖がついてるけど」

 「カメラにまでキノコが!」

 「キモッ!」

 「しかしやっぱり物間の個性は厄介だね。ムカつく奴だけど、立派な脅威だ」

 「うん。しかもあれ…」

 「あぁ、うん。文字の壁で垣根がチームから分断された。垣根の方は三対一。大丈夫かあいつ」

 

麗日と瀬呂は分断された垣根の身を案じる。一方、

 

 「アッという間に有利な状況を作り出しやがった!ありゃ恐らく拳藤の作戦だぜ。作戦ドンピシャ。言ったろ?頭の回転早くて咄嗟の判断も冷静だって。これがうちの拳藤さんよ!」

 

モニターから見ていた試合経過を見ていた鉄哲は腕を高く掲げながら嬉しそうに声を上げていた。するとそこへ、同じく鉄哲の側で試合を見ていた轟が小さく呟く。

 

 「それが最善手かはわかんねぇな」

 「えっ?」

 

轟の言葉に素っ頓狂な声をあげながら轟の方を見る鉄哲。そんな鉄哲に構わず、轟は言葉を続けた。

 

 「垣根を警戒し、あいつに人数をかける気持ちは分かるが、小森と黒色だけで抑えられるほど八百万達は甘くねぇ。それに…」

 「それに?」

 

鉄哲が轟に聞き返すと、轟は鉄哲の方へ顔を向け、そして、

 

 「垣根を相手取るのにあれじゃ全然足りねぇだろ」

 

静かにそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 物間は事前にコピーしていた拳藤の個性を発現させ、両拳を巨大化させながら眼下の垣根を見下ろす。その口元には小さな笑みが含まれていた。

 

 (さっき僕が言ったことの中には一つ嘘が混じってる。八百万達の相手は小森と黒色がしていると言ったが、実際に八百万達を足止めしているのは小森一人。つまり…)

 

そこまで考えると、物間は背後の文字の壁の影の部分がゆらりと揺れるのを視認する。その揺れは移動していき、垣根の立つ位置までどんどん迫っていく。

 

 (さっきの僕の言葉と今の僕らの臨戦態勢を見て、背後から黒色が忍び寄っていることなんて意識していないはず。その隙をつかせてもらうよ)

 

物間の思考とリンクするように動く黒い影はあっという間に垣根の背後に到達し、同時に物間と拳藤も垣根との距離を詰めにいく。対する垣根はゆっくりと左手を前にかざした。するとその直後、垣根の背後の影から黒色が飛び出した。

 

 (もらった!)

 

黒色が勝利を確信しながらその両腕で垣根の身体を拘束しようとしたその時、

 

 ズドンッッッッ!!!

 

閃光のようなスピードで白い翼が放たれ、黒色の体を穿つ。翼の先端が腹部に直撃した黒色は肺から思いっきり息を吐き出しながら後方へと吹き飛ばされた。

 

 「「なっ!?」」

 「?」

 

黒色がやられたことに驚く物間達。垣根も何か後ろで異変を察したようだが、構うことなく能力を発動させた。

 

 スゥ…

 

先ほど垣根が爆破し、周囲に飛び散った文字の壁の破片が一斉に宙へと浮かび上がる。そして浮かび上がったいくつもの文字の破片を、物迫り来る物間と拳藤に向けて一斉に放った。

 

 ヒュン!ヒュン!ヒュン!ヒュン!

 

無数の破片が空を切り、スピードを上げながら物間達を襲う。対する二人は巨大化させた拳を振り回し、迫り来る破片を次々と砕いていった。

 

 「鬱陶しいなこれ!」

 「でもこんなんじゃ私たちには効かないよ!」

 

拳藤の言うとおり、放たれる破片の数は多いものの、二人に直撃するはずの破片は次々と巨大な拳によって砕かれているため、二人にダメージはほとんどない。そして一際大きな破片が拳藤と物間に放たれるも、

 

 「「ハァ!!」」

 

二人の気合いの入った掌底によって、大きめの破片も粉々に砕けてしまった。しかし、

 

 「そろそろだな」

 

なぜかニヤリと笑みを浮かべている垣根。すると、

 

 ボボボボボボボボンッッッッ!!!!

 

突然物間と拳藤達の周りの破片が一斉に爆発し始めた。

 

 「「うわああああああああ!!!」」

 

思わず悲鳴を上げる二人。一つ一つの爆破は大したことのない威力でも、これだけの数の爆破を連続して喰らえばかなりのダメージになる。全ての破片を起爆し終えた垣根は二人が地に伏すと、垣根は後ろを振り返った。すると、黒色が少し離れた場所で白目を剥き気絶していることに気付き、垣根は先ほど背後で何が起きたか察した。

 

 「あぁなるほどな。俺に奇襲でも仕掛けようとしたのか。だが残念だったな。俺にそんな小細工は通じねぇよ」

 

そう言いながら垣根は一体の未元体を瞬時に創り上げると、未元体に黒色を抱えさ、

 

 「連れてけ」

 

一言垣根が未元体に命じる。未元体は背中から翼を出現させ牢へと飛び立った。それを見送った垣根は耳のインカムのスイッチを入れ、八百万達に連絡を入れる。

 

 「聞こえるかお前ら」

 「!垣根さん!!」

 「無事か?」

 「あぁ。問題ねぇ。そっちは?」

 「こっちは今キノコと激闘中~!」

 「あ?キノコ?」

 

葉隠の返答に思わず眉をひそめる垣根だったが、八百万が補足して説明する。

 

 「小森さんの個性ですわ。キノコを生やす個性で、今手を焼いていましたの」

 「ほぉ、よく分からんが、なんか面白そうなことになってんな。で?どうなんだよ」

 「?と、申しますと?」

 「そっちは何とかなりそうかよ、八百万」

 

垣根に問われた八百万は一瞬ハッと息を吸い込むも、次の瞬間には力強い声音で答えた。

 

 「えぇ!私、考えがございますわ!」

 

八百万の返事を聞いた垣根は、短く伝える。

 

 「ならそっちはお前に任せる」

 「えっ!?」

 「えっじゃねぇよ。考えがあんだろ?お前の策で小森と吹出捕まえてこい」

 「は、はい!!」

 

甲高い声音で返事をする八百万。すると葉隠が横から尋ねてきた。

 

 「でも垣根君は?そっち数的不利でピンチでしょ?」

 「孤立無援…」

 「誰がピンチだ。もう片づく」

 「えぇ~!?早すぎィ~!!でもさっすがぁ~!」

 「集合場所は牢の前だ。いいな?しくじるんじゃねぇぞ」

 「「「了解!!」」」

 

八百万達の返事と共に通信が切れた。そして垣根は物間達の方へと再び向き直る。

 

 「さてと…」

 「「くっ…!!」」

 

垣根の眼下には必死に身を起こそうとする物間と拳藤の姿があった。全身ボロボロだが、致命傷というわけではない。

 

 「威力は抑えたハズだ。ババアの個性で治癒してもらえば問題なく動けるようになるくらいにはな。降伏すりゃこれ以上手は下さねぇでやる」

 「へぇ…そう…かい。それは随分お優しいことで…」

 「諦めろ。お前らに勝ち目はねぇよ」

 

垣根が忠告を他所に物間と拳藤はなんとか立ち上がる。膝は震え、もう立っているだけでやっとのハズなのに、それでも二人の目から光は消えていなかった。

 

 「生憎、こちとら毎日ウンザリするくらい聞かされててね…君も知ってるだろ?『Plus Ultra』ってやつさ」

 「まだ…やれる…!負けてない!」

 「…その意気込みは買うがよ、勇敢さと蛮勇さを履き違えない方がいいぜ。今のお前らは間違いなく後者だ」

 「どう、かな?それに、忘れてないかい?僕たちの仲間はまだいるってことをさ!」

 

物間が大げさに叫んだ途端、

 

 「『ゴンッ』『ガンッ』『ドガッ』『ズドッ』『ズンッ』!!!」

 

 ドドドドドドドド!!!!

 

垣根から見て右方向から轟音が鳴り響く。そして音の発生から数秒後、巨大な擬音が姿を現し、道中の建造物をなぎ倒しながら凄まじい勢いで垣根に迫っていった。先ほどと同様、吹出による擬音攻撃が垣根に向けて放たれたのだ。今までで一番大きな擬音は垣根を轢き殺さんばかりの勢いで垣根に迫っていく。放たれた擬音が垣根とぶつかる直前、垣根はその場で小さくため息をつくと、自身の右腕を真横にかざした。そして、

 

 ドパンッッッッッッッ!!!!

 

何かがひしゃげたような衝突音がその場に響き渡る。擬音が垣根と衝突した音かと思われたがそうではない。垣根に向けて放たれた一列の巨大な擬音群は、垣根のかざした左手の数十センチ手前で静止していた。まるで何か見えない壁に激突したかのように、一番先頭の位置にある、真っ先に垣根に衝突しに行った『ゴ』という文字は見事にひしゃげていた。絶句する物間達にを見ながら垣根は静かに言葉を発する。

 

 「それで?」

 「馬鹿な……!?受け止めただって…!?」

 「何トンあると思ってんのよ…!」

 

目を見開く二人を前に、垣根は右手の指をパチンと鳴らす。すると、巨大な擬音群が右から順にその形を崩していく。パラパラパラと音を立てながらどんどん分解され、最後には粉状となりあっという間に全ての擬音が跡形も無く消滅してしまった。驚愕の光景の連続に言葉をなくす物間と拳藤。すると突然、物間が苦々しそうな表情を浮かべ垣根に言葉を投げつけた。

 

 「さっきから気になってた…」

 「あ?」

 「どうして…どうして心操君の個性が効かない!?一体君の個性はなんなんだよ!?」

 

心操の個性は自分の言葉に反応した者の意識を支配する『洗脳』。物間は事前に心操の個性をコピーし、垣根に対してもずっと『洗脳』を発動させていたのになぜだか垣根には全く効いていなかった。訳が分からないといった様子で垣根に叫ぶ物間に対し、垣根は静かに呟いた。

 

 「問いかけに反応した者を洗脳し操る能力…よくて強能力者(レベル3)ってとこだな」

 「は?何を言ってる?」

 「その程度の精神系能力じゃ俺には効かねぇっつってんだよ」

 

垣根の言葉によってさらに困惑する物間だったが、垣根はそれ以上のことは説明しなかった。そして、

 

 「あまり時間もかけてられねぇし、そろそろ終わらせっか」

 

そのつぶやきと共に演算を開始し能力を展開していく垣根。物間と拳藤は再度個性を発動させ、垣根に対して構えた。すると、

 

 グラッ…

 

突如物間と拳藤の視界がグニャリと歪み、体が倒れそうになる。なんとか地面に膝をつき、倒れることを防いだ二人だったが、どんどん頭がボーッとしていき意識が遠のいていく感じがした。

 

 「…ッ!?何……これ……意識が…!」

 「何を……した…?」

 

飛びそうになる意識を必死につなぎ止めながら、物間は垣根に問いかける。、

 

 「さぁな」

 

答えをはぐらかす垣根にまだ何か言いたそうな物間だったが、突然隣からバタリと音がしたのでそちらに顔を向けると、拳藤が意識を失いうつ伏せで倒れてしまっていた。

 

 「拳…藤……」

 

なんとか拳藤の名を紡いだ物間だったが、ふと自分の鼻元に違和感を感じ、手を当てて確認すると、鼻血が出ていることに気付く。

 

 「な…ん…この…力…っ…」

 

必死に言葉を紡ぎ出そうとした物間だったが、ついに力尽きバタリと地面に倒れ込む。二人の意識が途切れたことを確認した垣根は能力を停止させた。

 

 「ったく、調整難しいんだよなコレ。あんまりやりすぎると死んじまうし」

 

垣根はひとりでに呟くと、再度能力を発動させ、またもや一体の未元体を出現させた。そして未元体に物間を担がせ、自分は拳藤を抱えると白い翼をはためかせ牢へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あ!垣根さん!緑谷さん!」

 「八百万さん!皆も!」

 

 八百万が一足早く牢で待っていた垣根と緑谷に気付き声を上げる。緑谷がその声に反応し、垣根も彼女らの方を見た。八百万を先頭に、後ろには恐らく八百万によって創り出された拘束具を取り付けられた小森と吹出の姿、そして小森達を横で誘導しながら歩いてくる葉隠と常闇の姿があった。

 

 「お二人ともご無事でなによりです!」

 「心配したんだからねぇ~」

 「なにやら大変そうだったが、体の方は大丈夫なのか?」

 「うん!大丈夫。皆心配かけてごめん!」

 

緑谷の個性暴走について心配する八百万達だったが、どうやら心配なさそうだということが分かり一安心する八百万達。小森と吹出を牢へ入れる際、奥の方で拳藤と物間が横たわったままでいるのを見て葉隠が慌てて垣根に尋ねる。

 

 「ちょっと垣根君!あれ大丈夫なの!?やりすぎてないよね!?」

 「…心配いらねぇよ。ちょっと気絶してるだけだ」

 「…本当にぃ~?」

 「本当だっつぅの。どんだけ信用ねぇんだ俺」

 「ハハハ」

 

葉隠からしつこく問い詰められる垣根を見て笑う緑谷。すると会場にミッドナイトによるアナウンスが響き渡った。

 

 

 「第5セット!なんだか危険な場面もあったけど、5-0でA組の勝利よ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




映画楽しみ


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七十二話

合同訓練編ラスト


 

 「えー、とりあえず緑谷。何なんだお前」

 

 第四試合を終え、講評の時間が始まると、相澤がいきなり皆の前で緑谷に質問する。試合中に緑谷の体から出現した謎の黒い物質。その正体についてだ。

 

 「凄く黒いのが顕現していたが」

 「暴走していたが、技名は?」

 「新技にしちゃ…超パワーから逸脱してねぇか?」

 「どういう原理?」

 「……」

 

他の生徒も気になっていたのか、周囲がザワつく。垣根も緑谷の横に立ちながら、横目で緑谷のことを見つめていた。そんな中、自分の掌を見つめながら緑谷はゆっくりと話始めた。

 

 「僕にも…まだハッキリ分からないです。力が溢れて抑えられなかった。今まで信じていたものが突然牙を剥いたみたいで、僕自身凄く怖かった。でも…」

 

そこで言葉を句切ると、緑谷は顔を上げ言葉を続ける。

 

 「心操君が止めてくれたおかげでそうじゃないってすぐに気付く事が出来ました。心操君が意識を奪ってくれなかったらどうなるか分からなかった。心操君、『ブラフかよ』って言ってたけど…本当に訳分かんない状態だったんだ。心操君、ありがとう」

 (…洗脳かけるためにふっかけただけなんだけどな。気にしてたのか。明らかに演技の範疇超えてたし)

 

緑谷に礼を言われた心操は明後日の方角を見ながら頬をかく。すると、

 

 「ほんとねぇ~!緑谷くんの暴走に対して心操くんはもちろん、垣根君の素早い対応も素晴らしかったわ!暴発を止めたのは心操君だけど、心操君を暴発から守ったのは垣根君だしね!そうよ!そういうのでいいの!好きよ~!」

 

どこでスイッチが入ったのか、ミッドナイトが体をくねらせながら興奮気味にまくし立て、さらに八百万もそれに同調した。

 

 「垣根さんが迅速に動いてくれたからこそ、私たちも落ち着いて対処することが出来ましたわ」

 「そうそう!」

 「…そんなのは別に俺のおかげじゃねぇよ。お前らの実力だ」

 「「「!」」」

 

珍しくも垣根に褒められ、驚く八百万達。これには他のA組生徒も少々驚いていた。

 

 「おっ?」

 「あの垣根が褒めるなんて、珍しい…」

 「垣根もついにデレたか~」

 「ツンデレの垣根…ブホッ!」

 「デレてねぇ。あと上鳴テメェは後で殺す」

 

すると、今度は心操がひとりでに話し始めた。

 

 「俺は別に緑谷のためだけじゃないです。物間たちも黒いのに襲われてるのが見えた。アレが収まんなかったらどのみちこっちの負けは濃厚だった。俺は緑谷と戦って勝ちたかったから止めました。偶々そうなっただけで俺の心は自分の事だけで精一杯で…ウッ!」

 

話の途中で心操の首が絞まり、思わずうめき声を上げる心操。相澤が心操の首下の捕縛布を縛り上げたのだ。皆が驚きながら相澤と心操の方を見つめていると、相澤は静かに話し始めた。

 

 「誰もお前にそこまで求めてないよ。ここにいる皆誰かを救えるヒーローになるための訓練を日々積んでるんだ。いきなりそこまで到達したらそれこそオールマイト級の天才だ。人のためにその思いばかり先行しても人は救えない。自分1人でどうにかする力がなければ他人なんて守れない。その点で言えばおまえの動きは充分及第点だった」

 「でも俺はまだまだです。対戦してみてよく分かりました。ヒーロー科のすごさを実感しました。及第点では満足しません。もっともっと努力して高みを目指します」

 「…それでいい。PlusUltraの精神でいけ」

 「はい!」

 

相澤の言葉に力強く返事をする心操。すると心操の隣にいた緑谷が心操に話しかけた。

 

 「心操くん最後のアレ。乱戦に誘って自分の得意な戦いに戻そうとしてたよね。パイプ落下での足止めもめちゃ速かったし移動時の捕縛布の使い方なんか相澤先生だった。第1セットの時は正直チームの力が心操くんを活かしたと思ってた。けど決してそれだけじゃなかった。心操くんの状況判断も動きもヒーロー科の皆と遜色ないくらいすごくて焦った。誰かのための強さで言うなら僕の方がダメダメだった」

 「そうだな」

 

すると今度はブラドキングが皆に向かって心操の今後について語る。

 

 「これから改めて審査に入るが恐らく、いや十中八九、心操は2年からヒーロー科に入ってくる。お前ら!中途に張り合われてんじゃないぞ!」

 「「「おぉ~!!!」」」

 「先生どっち!?」

 「A?」

 「B?」

 「その辺はおいおいだ。まだ講評続いてるぞ」

 

気がはやる生徒達をたしなめながら、ブラドと相澤による講評が始まった。

 

 「まずA組。緑谷の個性暴走というイレギュラーな事態があったにも関わらず、最後まで落ち着いて試合に臨めていたことは良し。そして吹出によって分断され、チームワークを乱された後でも各々果たすべき役割をしっかりとこなせていた事も良かった。特に八百万」

 「は、はい!」

 「試合を有利に進めるためのインカムや小森の個性を無効化させる滅菌スプレー、常闇用の暗視ゴーグルなど状況を見極めその都度その都度必要なモノを正確に創造できていた。この試合、お前の貢献がかなり大きかった」

 「ありがとうございます!」

 「ただまだ判断スピードが若干遅い。戦場ではその一瞬が命取りになる。これからも励め」

 「はい!」

 「そして常闇と葉隠。常闇はダークシャドウを活かした機動力、葉隠は不可視性を活かした奇襲など持ち味は存分に出せていた。だが二人とも、主に八百万の指示に頼って行動していた場面が多い。司令塔の指示に従うのも大事だが、自分で考え臨機応変に動くことも大事。そこらへんは今後伸ばしていけ」

 「「はい!」」

 「それから緑谷。お前は、まぁさっき自分で言ってたとおりだ。いつも助けてくれる仲間が側にいると思うなよ。誰かのために強くなりたいなら、まずはその力を完璧に制御しろ。入学当初から何度も言ってることだ」

 「はい!」

 「そして垣根。緑谷への迅速な対応、素早い状況把握、分断され、数的不利な状況でもそれを覆す実力、どれも言うことなしだ」

 「「「おぉ~!」」」

 「一つ気になることがあるとすれば、分身技をほとんど使ってなかったことだな。最初からあれを使用していればもっと早くに勝負は決まっていたと思うが…」

 

相澤が疑問を口にすると、垣根は小さく笑いながら答える。

 

 「ま、確かにな。だがそれじゃつまんねぇと思ってよ。せっかくのチーム戦が白けちまう。それに、B組の奴らの個性も見ときたかったしな」 

 「つまらないってお前な…」

 

垣根の答えに呆れた様子を見せた相澤だったが、ため息をついた後改めて垣根チーム全員に向き直った。

 

 「とにかく、各々まだ課題はあるものの、内容は充分に伴っていた。これからも精進しろ」

 「「「はい!!」」」

 

元気な返事と共に、A組とB組の合同訓練授業は終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガララッ

 

 保健室のドアを開け、垣根が部屋の中へと入る。すると、入室してきた垣根の姿に気付いた拳藤は、ベッドの上から上半身を起こした状態で垣根に軽く手を振った。垣根が拳藤の下へ近づくと、拳藤は笑いながら垣根に話しかける。

 

 「どうしたの?もしかして、見舞いに来てくれたとか?」

 「……まぁ、そんなとこだな」

 「えっ、まじ!?なんか意外」

 

頭を掻きながら答える垣根に目を丸くする拳藤。垣根がここに来たのには理由があった。合同訓練が終わり教室へ戻ろうとしたとき、葉隠から拳藤達の見舞いに行くようにとしつこく迫られたのだ。保健室送りになったとは言え、リカバリーガールの治癒個性があればすぐに回復するくらいには加減したので、大丈夫だと主張した垣根だったが、「垣根君の加減したは全然信用できない!」と聞く耳を持たず見舞いに行けの一点張り。挙げ句の果てには芦戸などの女子生徒達らも葉隠の加勢に加わり、流石に根負けした垣根は仕方なく保健室までやって来た。そんな先ほどの出来事を思い出し、思わずため息をつく垣根。すると拳藤が再度口を開く。

 

 「垣根ってさ、見た目に反して意外と優しいとこあるよね」

 「見た目に反してってどういう意味だコラ」

 「だって目つきは悪いし、金髪だし、完全にチンピラじゃん」

 「誰がチンピラだ。ぶっ殺すぞ」

 「アハハハ!冗談だって。でも…」

 「?」

 「優しいって言ったのは本音だよ。入試の時、私の事助けてくれたこともあるし」

 「……そんな事あったっけか。忘れたな」

 

垣根は拳藤から視線を逸らし、あたかも忘れたふりをする。そんな垣根の様子を見てクスッと笑う拳藤だったが、今度は垣根が拳藤に尋ねた。

 

 「で?」

 「?」

 「どうなんだよ怪我の方は」

 「あぁ。もう全然大丈夫!リカバリーガールのおかげでね!一応念のためまだここで休むよう言われてるから、教室に戻るのはもう少し経ってからかな」

 (やっぱり問題ねぇじゃねぇか……)

 

拳藤の言葉を聞き、心の中で呟く垣根。すると突如、拳藤が「んーーーーー!」っと大きな伸びをしながら、先の試合について話し始めた。

 

 「しっかし、悪くない作戦だと思ったんだけどなぁ~。やっぱアンタは凄いね!」

 「あ?あぁ…実際、策としては悪くなかったけどな」

 「あ、やっぱり?でもそれってつまり、ウチらが単に力負けしたって事だよね。私もまだまだだなぁ。やっぱ悔しい!でも、次やるときは負けないからね!」

 「またやるつもりなのかよ」

 

垣根は面倒くせぇと言わんばかりの反応を見せ、それに対し笑う拳藤。すると突如、拳藤のベッドのカーテンがサアッと開かれ、垣根と拳藤が視線を向けるとそこには拳藤と同じくこの保健室に運ばれていた物間の姿があった。キョトンとしている二人を尻目に物間はいつもの調子で意気揚々と喋り始めた。

 

 「その意気さ拳藤!今回は確かに僕らB組に黒星がついた…しかし!内容に於いては決して負けてはいなかった!緑谷くんの個性が『スカ』であるということ、垣根くんの戦闘スタイルについて再度認識を改めればさらに策は練れる!つまりだよ!?今からもう1回やれば次はわからない!」

 「…お前いたのか」

 「いたよ!さっきからずっとね!」

 「物間うるさい…今からなんてやるわけないでしょ。ったく、アンタのそのポジティブさは一体どこから出てくんのよ」

 

相変わらずの物間の様子に呆れる拳藤だったが、そこへ保健室のドアが開き、相澤が入室してくる。

 

 「相澤先生!」

 「おう…って、垣根もいんのか」

 「まぁ、ちょっとな」

 

垣根も保健室にいるとは思っていなかったからか、一瞬驚いた様子を見せた相澤だったが、すぐにいつもの仏頂面に戻ると物間に話しかける。

 

 「怪我の調子はどうだ?」

 「問題ないですよ。僕も拳藤ももう少しで戻れそうです」

 「そうか。なら良かった。そこで物間、早速で悪いが…」

 「?」

 「ちょっと明日エリちゃんのとこ来い」

 

相澤の言葉に首をかしげる物間。他の二人も相澤の意図を汲み取りかねていたが、それ以上の説明はせず相澤は保健室の外へ歩いて行った。そして扉を閉める際、垣根の方へ振り返ると

 

 「もうすぐHRだ。それまでには教室に戻れよ」

 

そう言い残し保健室の扉を閉めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜、A組の寮で今日の合同訓練の反省や今後に向けての交流を兼ねて、A組の生徒と何名かのB組の生徒が夕食を共にした。先の試合についてやお互いの個性について語り合う生徒達。その中には垣根の姿もあったが、夕食を食べ終えいい加減退屈してきた頃合いだったのでそろそろ部屋へ足を運ぼうかと考えていたちょうどその時、寮の扉が開き体育着姿の緑谷が帰ってきた。帰ってきた緑谷に轟が話しかけに行く。恐らく今日の試合中のあの暴走についてだろうと垣根は横目で彼らを見ながら推察すると共に、垣根自身も緑谷の個性について思考を巡らせた。

 

 (緑谷(アイツ)の個性……やはりただの超パワーって訳ではなさそうだな。何か秘密がある。だが、その秘密について緑谷が意図的に隠しているのか、それとただ単にまだ全容を掴めていないだけなのかは分からねぇ。試合後の様子を見る限りだと後者のように見えるが、なぜかジジイと知り合いだっつう事も考えると前者の可能性もある。いずれにせよ、アイツの個性に関して今後も注視していく必要があるな)

 

緑谷の個性の正体について考えながら、垣根は轟と会話する緑谷のことをしばらく見つめていたが、やがて席を立つと自分の部屋へ向かっていった。

 

 

 

 

 

 そして翌日

 

 「ゆうえいのふのめん…」

 「アハハ!何言ってんのかなこの子ォ!アハハハハ!ハハハ!」

 

相澤に言われたとおり、エリの下を訪ねてきた物間だったが、寮の外で待っていたエリにいきなりキツいことを言われ、物間は狂ったように笑う。その姿を見て一層不安になったエリはミリオの後ろに隠れるように体を隠した。

 

 「文化祭のとき君のこと”雄英の負の面”と教えたんだ」

 「僕こそ正道ド真ン中を征く男ですけどォ!?アハハ!」

 「あの…一体何が始まるのでしょうか?」

 「つか相澤の奴はどこにいんだよ」

 

イマイチ状況が呑み込めない緑谷がミリオに尋ねる。そしてそれは垣根も同じで、自分達を呼びつけたくせに中々姿を見せない相澤に若干イライラしてきた垣根だったが、そんな垣根の気持ちが通じたのかついに相澤が現れた。

 

 「おぅ緑谷、通形、垣根。悪いな呼びつけて。物間に頼みたいことがあったんだが如何せんエリちゃんの精神と物間の食い合わせが悪すぎるんでな」

 「僕を何だと思ってるんですかぁ。アハハハ!」

 

相澤にまでぞんざいな扱いをされ、壊れた機械のように笑う物間。とりあえず寮の中へ入るよう言われ、垣根達四人は寮の中へと入った。すると、

 

 「早速で悪いが物間、お前には今からエリちゃんの個性をコピーして欲しい」

 「この子の個性を?」

 「ああ」

 

相澤が物間に対し、エリの個性をコピーするよう依頼する。怪訝そうな表情を浮かべる物間だったが、エリの下まで近づき、目の前でしゃがみ込むとそっと左手を差し出した。エリも自身の右手を差し出し、二人の手が触れ合うと。すると突然、物間の額からニョキッと小さな角が生えた。そのまま数秒間、物間はエリの手を握ったまま静止していたがそこへ相澤が尋ねる。

 

 「どうだ?物間」

 「う~ん…スカですね。残念ながらご期待には添えられませんイレイザー」

 「…そうか。残念だ」

 

相澤が頭に手を当てながら呟く。するとその光景を見ていたミリオと緑谷が声を発した。

 

 「エリちゃんの個性をコピー?一体何を?」

 「物間くん、スカって?」

 「君と同じタイプってこと。君も溜め込む系の個性なんだろ?僕は個性の性質そのものをコピーする。何かしらを蓄積してエネルギーに変えるような個性だった場合その蓄積まではコピーできないんだよ」

 「なるほど…」

 

物間の回答に対し、納得した様子を見せる緑谷。物間が更に続ける。

 

 「たまにスカいるんだよね。僕が君をコピーしたのに力が出せなかったのはそういう理屈」

 「ってことはつまり、お前の個性は何かを蓄積し、それを超パワーのエネルギーに変えてるって事か?」

 「えっ!?あぁ、まぁそんな感じかな。アハハ…」

 「……」

 

慌てて答える緑谷をじっと見つめる垣根。するとミリオが再度相澤に尋ねた。

 

 「で、何でコピーを?」

 「エリちゃんが再び個性を発動させられるようになったとしても使い方がわからない以上またああなるかもしれない。だから物間がコピーして使い方を直に教えられたら彼女も楽かと思ってな。そう上手くはいかないか」

 (…そういうことか)

 

相澤が物間を呼びつけた意図を語ると、それを聞いたエリが自分の額の角に手を当てながら申し訳なさそうに言う。

 

 「ごめんなさい…私のせいで困らせちゃって…。私の力…皆を困らせちゃう…。こんな力なければよかったなぁ…」

 「エリちゃん…」

 「困らせてばかりじゃないよ!」

 

緑谷は暗い面持ちのエリに声をかけると、エリと目線が合うようにしゃがみ込みエリを励ますように話し始めた。

 

 「忘れないで。僕を救けてくれた!使い方だと思うんだ。ほら例えば包丁だってさ。危ないけどよく切れるもの程おいしい料理がつくれるんだ。だから君の力は素晴らしい力だよ!」

 「…っ!私やっぱりがんばる!」

 

緑谷に言葉によって元気を取り戻したエリは緑谷やミリオと楽しそうに喋り始めた。一方の垣根は相澤の近くに寄ると、エリについての話を振った。

 

 「角、伸びてんな」

 「あぁ」

 「個性発現の兆しは?」

 「今のところはない。だがこのまま角が伸びていけば…」

 「また暴発する可能性がある、か」

 

相澤の言葉を引き継いだ垣根に対し、コクリと頷く相澤。相澤はさらに続ける。

 

 「ま、現状では懸念段階といったところだ。今日明日にでも個性が暴発するといったことはないだろう。とはいえ、いずれは対処しなければならない問題。もしその時が来たら、その時は…」

 「あぁ、分かってるよ」

 

相澤に最後まで言わせる前に垣根が返事をする。すると、

 

 「おーい垣根君~!エリちゃんがこの前の宿題見てほしいって~」

 

対して距離が離れているわけでもないのに、ミリオが手を振りながら垣根を呼びつけると、

 

 「へいへい」

 

生返事を返しながら、垣根はエリの下へ歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ヒーローインタビュー、垣根はなんだかんだ上手くやりそう派
それはそうと、垣根君のヒーロー名全然思いつかないっすね…


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雄英高校 インターン2~
七十三話


結局、シンプルなやつにした


 時は移ろい十二月。寒さもより本格化し、いよいよ今年最後の月を迎える中、A組には嬉しい知らせが届いた。それは、爆豪と轟が見事仮免補講を合格し、仮免を取得できたことだ。これでA組の全員が仮免を取得したこととなった。さらに、爆豪と轟は仮免を取得した僅か三十分後に町で遭遇した敵を捕まえることに尽力し、そのことがメディアの間で話題を呼ぶ。将来有望なこの二人を取材しようと、今まで三回ほど取材が申し込まれることなった。しかし、

 

 「「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」」

 「1時間もインタビュー受けてwwwwwwwwww」

 「爆豪丸々カット!画面見切れっぱなしwwww」

 

瀬呂と上鳴が先日行なわれた爆豪と轟のインタビュー映像を見ながら腹を抱えて爆笑する。爆豪のあまりの態度の悪さに、爆豪のシーンがほとんどカットされ、実質轟のインタビューみたいになってしまっていた。

 

 「ぐぬぬぬぬぬ・…!!使えやぁぁぁ…!!」

 

爆笑する二人の側で爆豪は歯が砕け散りそうな勢いで歯ぎしりしながら不満を露わにする。

 

 「ある意味守ってくれたんやね…」

 「もう3本目の取材でしたのに…」

 「仮免事件の好評価が台無し」

 

相変わらずの爆豪の態度に呆れる麗日達。爆豪のインタビューカット件が教室の後ろで盛り上がっている一方で、垣根は携帯で朝のニュース番組を見ていた。そこで報道されていたのは、近頃テレビや新聞で取り上げられていない日はないと言っても過言ではない、九日前に起きた泥花市事件についてである。二十人もの暴徒によって泥花市という一つ地区が壊滅状態に陥った事件だ。その被害規模はあの神野事件以上だという。この事件を受け、世間ではヒーローの社会に対する更なる貢献を期待する機運が高まっているという。以前ではこのような事件が起きようものなら、世間ではヒーローへの非難一色であったろうが、時代と共にヒーローへの風向きは変わってきている。

 

 「”見ろや君”から皆の見方がなんか変わってきたよね」

 「エンデヴァーが頑張ったからかな!?」

 「……」

 

麗日や芦戸の言うとおり、福岡でのエンデヴァーの勇姿がこの流れを創り出したと言っても過言ではないだろう。ヒーロー達は今、まさに時代の転換点にいるのだ。一通りニュースを見終えた垣根が携帯を閉じると、それとほぼ同時にガラガラっと音を立てながら教室の扉が開いた。

 

 「楽観しないで!良い風向きに思えるけれど裏を返せばそこにあるのは”危機”に対する切迫感!勝利を約束された者への声援は果たして勝利を願う祈りだったのでしょうか!?ショービズ色濃くなっていたヒーローに今、真の意味が求められている!」

 

決めポーズと共に二人の女性プロヒーロー、ミッドナイトとMt.レディがA組の教室に入ってきた。

 

 「Mt.レディ!?」

 「わあああああああああ!!!!」

 

緑谷が驚きながらその名を口にし、峰田はなぜかその顔に恐怖の表情を浮かべていた。すると、

 

 「特別講師として彼女を招いた。お前ら露出も増えてきたしな。ミッドナイトは付き添いだ」

 

完全に寝袋にINした状態の相澤も教室へ入ってきて生徒達に説明する。

 

 「露出増えてねんだよ!!!」

 「次から頑張ろうぜ!」

 「オイラが言うのもアレだけど一番ショービズに染まってんだろ!」

 「お黙り!」

 

峰田のツッコミをピシャリと跳ね返すと、Mt.レディが話を進める。

 

 「今日行うは”メディア演習”。現役美麗 注目株であるこの私Mt.レディがヒーローの立ち振る舞いを教授します!」

 「何するか分かんねぇが!みんなプルスウルトラで乗り越えるぜ!」

 「「「おお!!」」」

 

切島のかけ声に呼応し気合いを入れるクラスメイト達。一方で垣根は、

 

 「マジかよ……」

 

と、嘆息と共に小さく呟いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「授業内容は”ヒーローインタビュー”の練習よ!」

 「緩い!」

 

 コスチューム姿で運動場に集まったA組生徒達に対し、どうやって用意したのか分からないヒーローインタビュー用の舞台の上からMt.レディが授業内容を伝える。さらに、

 

 「ヒーロー”ショート”こっちに」

 

轟を手招きし、舞台の上に上がるよう促すMt.レディ。

 

 「はい」

 

皆が見つめる中、轟は言われたとおりに舞台に上がり、Mt.レディの横に立った、そんな轟にMt.レディはマイクを向ける。

 

 「凄いご活躍でしたねショートさん!」

 「?何の話ですか?」

 「なんか一仕事終えた体で!はい!」ヒソヒソ

 「…はい」

 

Mt.レディに小声で注意された轟は小さく返事をすると、模擬ヒーローインタビューが再開する。

 

 「ショートさんはどのようなヒーローを目指しているのでしょう?」

 「俺が来て…皆が安心できるような…」

 「素晴らしい!あなたみたいなイケメンが助けに来てくれたら私逆に心臓バクバクよ!」

 「!心臓…悪いんですか?」

 「(やだなにこの子…カワイイ!欲しい!)どのような必殺技をお持ちで?」

 

Mt.レディに必殺技の質問をされた轟は一度舞台から降りると、右手を勢いよく振り抜き、ピキピキピキッッ!!という甲高い音と共に巨大は氷塊を出現させた。

 

 「穿天氷壁。広域制圧や足止め、足場づくり等幅広く使えます。あとはもう少し手荒な膨冷熱波という技も…」

 「あれ?B組との対抗戦で使ったヤツは?」

 「あれな。エンデヴァーの…」

 「赫灼熱拳!」

 「赫灼熱拳は親父の技だ」

 「ん?」

 「俺はまだアイツに及ばない」

 

技を披露し終えた轟が再び舞台に戻ると、Mt.レディは轟にアドバイスを送った。

 

 「パーソナルなとこまで否定しないけど安心させたいなら笑顔をつくれると良いかもね。あなたの微笑みなんて見たら女性はイチコロよ」

 「俺が笑うと…死ぬ…!?」

 「もういいわ!」

 

とりあえずここで、轟の天然っぷり全開のインタビューが終了する。

 

 「技も披露するのか?インタビューでは?」

 

皆の気持ちを代弁するかのように常闇がMt.レディに尋ねると、

 

 「あらら!ヤだわ雄英生。皆があなたたちのことを知ってるワケじゃありません!必殺技は己の象徴。何ができるのかは技で知ってもらうの。即時チームアップ連携、ヴィラン犯罪への警鐘、命を委ねてもらうための信頼。ヒーローが技名を叫ぶのには大きな意味がある」

 

Mt.レディが真面目な顔で必殺技を公表する意義について語った。皆がインタビューの必要生について認識を改めている中、垣根は心の中でぼやく。

 

 (相変わらずかったりぃ職業だなヒーローってのは)

 「さぁバンバンインタビューしちゃうよ!」

 

こうしてMt.レディによってA組生徒達のインタビュー練習が始まった。だが意外なことに、一部(緑谷・爆豪)を除いた多くの生徒はしっかりとインタビューに答えられており、練習はスムーズに進んでいった。インタビューを終えた切島が垣根の隣に来て、緑谷のインタビューを見ながら垣根に話しかける。

 

 「緑谷の奴めちゃくちゃ緊張してんな…」

 「ああ。論外だな」

 「まぁこういう舞台慣れてなさそうだもんなぁアイツ。別に俺だって慣れてるわけじゃねぇけど」

 「聞かれたこと答えるのに慣れる慣れないもねぇだろ」

 「そりゃそうだけどよ…なんかやけに自信あり気だなお前」

 「あのポンコツ共よりはな。仕方ねぇ。俺が手本ってやつを見せてやるよ」

 「おっ!」

 

そう言いながら緑谷のガチガチインタビューが終わると、垣根は舞台へと上がった。そしてMt.レディが垣根にマイクを向ける。

 

 「『テイトク』さん!事件解決おめでとうございます!素晴らしいご活躍でしたね!」

 「どうも」

 「今回のご活躍、ご自身ではどのようにお考えですか?」

 「そうですね。事件を解決できたことは勿論嬉しいですが、なにより怪我人を出さずに終われたことが一番の収穫だと思います」

 「本当にその通りですね!町の皆さんもきっと感謝していると思います!」

 「ハハハ、そう言っていただけると嬉しいですね」

 (やだなにこの子…爽やか!イケメン!!超欲しい!!!)

 

いつもの様子からは考えられないくらい爽やかな雰囲気でインタビューをこなしていく垣根にクラスメイト達も注目する。

 

 「なんかすげぇ違和感あんだけど……」

 「なんだあの笑顔…悪寒がする…」

 「へぇ、言うだけあって慣れてんな~」

 「ていとくんは人気出そうだよね~」

 「うん。主に女子人気エグそう」

 「ほら爆豪、あれだよあれ」

 「うるせぇ醤油顔!!!」

 

クラスメイト達が垣根のインタビューに様々な印象を受ける中、Mt.レディのインタビューは必殺技の話に入った。

 

 「ところで、テイトクさんはどういった必殺技をお持ちなんですか?」

 「ま、強いて挙げるなら…」

 

そこで垣根は言葉を切ると、脳内で演算を開始する。するとものの数秒後、ステージの端から端に全部で七体もの垣根そっくりの白い分身体、通称『未元体』が瞬時に出現した。呆気にとられるMt.レディに垣根は言葉を続ける。

 

 「コレだな」

 「これは…凄いですね!分身のように見えますが、これはエクトプラズムの個性と似たような感じなのでしょうか?」

 「まぁそんな感じですかね」

 「なるほど。そうなんですね。しかし驚きました。まさかこんな凄いものまで創り出してしまうなんて!ちなみに、この分身は一度にどれくらい生み出せるんですか?」

 「まだムラはありますが、今の段階では最大で七十体ほどといったところでしょうか」

 「えっ!!??」

 「「「七十!?」」」

 

Mt.レディとクラスメイト達が思わず声を上げ驚く。しかし垣根は気に止めることなく、出現させた七体の未元体を消滅させるとMt.レディに問いかけた。

 

 「もう終わって良いか?」

 「えっ…?あ、えぇ、いいわよ。お疲れ様」

 

呆気に取られていたMt.レディだったが、垣根の言葉でハッと我に返ると垣根のインタビューを終了する。その光景を生徒達の後ろから眺めていたミッドナイトが驚きながら呟いた。

 

 「相変わらず凄いわね彼。どんな指導してるのよあなた」

 「……俺は何もしちゃいないよ。あいつが勝手に成長してるだけだ」

 

ミッドナイトの問いに相澤が短く答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後、雄英高校一年A組の寮にて。

 

 「せ~の…」

 「「「Merry Christmas!」」」

 

皆のかけ声と共にクリスマスパーティーが始まった。テーブルには豪華な食事が用意され、赤か緑のサンタコスをした生徒達はそれらの食事を美味しそうに食べながら互いに談笑し、パーティーを楽しんでいた。その中には垣根の姿も見られ、垣根は赤色のサンタコスをしていた。勿論最初は断った垣根だが、芦戸のしつこい圧力に屈し、仕方なく用意された服を着た垣根。その芦戸はと言うと、この中で唯一コスプレをしていない爆豪の下へ行き、なんとかサンタ服を着せようとトライしていた。垣根は自身のサンタ服を見ながら、ふと学園都市時代のある出来事を思い出す。あれは垣根が暗部時代のことで、ちょうどクリスマス当日に任務が入り、とある企業のパーティーに潜入したことがあった。そのパーティー会場に潜入する際、垣根と心理定規は会場の人々の格好と同調させるためにサンタのコスプレをして潜入したのだが、まさかこっちの世界に来てもサンタの格好をさせられるとは夢にも思ってもみなかった垣根。垣根がそんな過去のことを思い出していると、横から麗日が声をかけてきた。

 

 「どうしたのていとくん?」

 「ん?」

 「なんかさっきから黙ってるから…大丈夫?」

 「あぁ。別になんでもねぇよ。ちょっと昔のこと思い出してただけだ」

 「そっか。良かった!あ、これ食べる?」

 「いらねぇ」

 「えー、美味しいのに」

 

垣根にチキンを勧めるも断られた麗日はそのままパクッとチキンを口に運び、幸せそうな表情を浮かべた。

 

 「ん~~~おいひぃ!」

 「…お前、そんなにバクバク食ってると太るぞ?」

 「……ッ!?」ゲホッゲホッ

 

垣根の指摘に思わず喉を詰まらせ、派手にむせる麗日。なんとかチキンを飲み込むと、麗日は頬を赤くし鋭い目つきで垣根のことを睨んだ。

 

 「そんなに食べとらんし!!!」

 「いや、食ってるだろ。俺が見てるだけでも既に5,6個はいってるぜお前」

 「そんなに!!食べてない!!!!」

 「…垣根ちゃん、女の子にそういうこと言うのは良くないわ」

 「はぁ?」

 

憤慨する麗日に加え、麗日の隣に座っている蛙吹にも苦言を呈され困惑する垣根。するとそこへ食事を一通り食べ終えた切島のつぶやきが聞こえてきた。

 

 「インターン行けってよ。雄英史上最も忙しねぇ1年生だろコレ」

 

切島の発言に皆意識を向ける。今日の朝のHRで相澤から話があり、近いうちに生徒達全員にインターンに行ってもらう事が学校の方針として決定されたとのことだった。前までの任意参加のインターンとは違い、今回は参加が義務付けられているらしい。切島の発言をきっかけに、そのインターンについて皆話し始めた。

 

 「2人はまたリューキュウだよね?」

 「そやねぇ。耳郎ちゃんは?」

 「緑谷くんはどうするんだい?その…ナイトアイ事務所」

 「あそこはセンチピーダーが引き継いでるんだろ!?久々に会えるじゃねェか!」

 「うん。僕もそう思ってたんだけど…」

 

そう切り出しながら緑谷が話し始める。なんでも、ナイトアイがやっていた業務を引き継ぐのに手が一杯らしく、今回のインターンは厳しいらしい。

 

 「職場体験でお世話になったグラントリノもダメだから今宙ぶらりん…」

 「そっか…」

 「へぇ、ジジイに断られたのか」

 「うん。今は忙しいから無理だって。でも任意参加だった前回と違って今回は課題だから学校で紹介してくれるって」

 「ほぉ~。あぁ、じゃあ…爆豪はジーニストか!?」

 「あァ!?」

 

芦戸とサンタ服を着るか着ないかのせめぎ合いを行なっていた爆豪は、切島の言葉に切れ気味に反応する。その隙に上鳴によってサンタの帽子をかぶせられた爆豪だったが、一瞬なにか考え込む素振りを見せた後静かに答えた。

 

 「決めてねェ」

 「でもまぁオメェ指名いっぱいあったしな!体育祭で!行きてぇとこ行けんだろ!」

 「今さら有象無象に学ぶ気ィねェわ」

 

上鳴にかぶせられた帽子を脱ぎ去り、そう言いながら踵を返す爆豪。そこへ、今度こそ服を着せるチャンスだと悟った芦戸は爆豪へと飛びかかるも爆豪に動きを察知される。

 

 「着せんじゃねェよ!」

 「着なよ~。同調圧力に屈しなよ~」

 

芦戸と爆豪のやりとりを笑いながら見る切島達。すると、

 

 「インターン先か…垣根はどうすんだ?」

 

轟が垣根に尋ねる。

 

 「あ?俺か?俺はまぁ、あの女のとこだろ」

 「ミルコだよな確か」

 「あぁ」

 

垣根は切島の言葉に頷きながら答える。

 

 「しっかし意外だよなぁ~。お前とミルコって全然合わなそうなのに」

 「ね。それウチも思った。意外と相性良かったりするの?」

 「いや、全然。全く合わねぇよ」

 「えぇ…そうなんだ…」

 「でも、全く違うタイプだからこそ逆に良いのかもしれないわね。互いに補完し合えるという意味では」

 「あ~なるほど!確かになんとなく分かるかも。凹凸コンビ、みたいな?」

 「なんだそりゃ」

 

垣根達がインターンの話に花を咲かせていると、突然峰田がテーブルを叩きながら垣根達に叫んだ。

 

 「おい!清しこの夜だぞ!いつまでも学業に現抜かしてんじゃねぇ!」

 「斬新な視点だなオイ」

 「まぁまぁ峰田の言い分も一理あるぜ。ご馳走を楽しもうや!」

 「「「料理もできるシュガーマン!」」」

 

砂藤が新たに焼き上がったチキンを運んでくると、突如寮の扉がガチャリと開き相澤が姿を見せた。

 

 「遅くなった。もう始まってるか?」

 

相澤の方へ振り返る緑谷達。すると、

 

 「とりっくぉあとり~と?」

 「違う。混ざった」

 

サンタコスをしたエリが相澤と一緒に入ってくるのが見え、緑谷達は歓喜の声を上げた。

 

 「「「サンタのエリちゃん!!!」」」

 「かっ可愛い~!」

 「似合ってるね!」

 「おにわそとおにわうち」

 「違う。それは2か月先」

 

緑谷や蛙吹、切島や麗日が一斉に駆け寄り、嬉しそうな様子でエリに話しかける。エリの同伴者であるミリオはいないのかと切島が相澤に尋ねると、ミリオは三年のクラスでパーティーをしているらしい。相澤に優しく背中を押され、皆の輪の中に入っていくエリ。女子達に囲まれながら楽しそうに話すエリの姿をソファーに座ったまま黙って見ていた垣根だったが、不意に切島に声をかけられる。

 

 「いいのか?行ってやらねぇで。エリちゃん喜ぶぜ?」

 「…面倒くせぇ」

 「面倒くせぇってお前なぁ…」

 「ガキらしく楽しそうにやってんだ、水差す方が野暮ってもんだろ」

 

そう言いながら垣根は席を立ち、新しいドリンクを取りに行った。

 

 「ったく、素直じゃねぇな相変わらず」

 

切島は垣根の後ろ姿を見て、小さく笑いながらそう呟いた。

 

 

 

 

 




インターン編はどうするか考え中。映画ネタとかやるかも


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七十四話

 「フンッ!!」

 「ぶべらっ!?」

 

 褐色で筋肉質な右足が男の顔に直撃する。顔面に蹴りがクリティカルヒットした男は気を失い、そのまま地面に倒れ込んだ。

 

 「ハッ!私に楯突こうなんざ1000年早ぇんだよ!」

 

伸した男を見下ろしながら、蹴りを入れた張本人、ラビットヒーロー・ミルコは高らかに叫ぶ。ミルコは警察に通報し終えるとそのまま後ろを振り返り、ミルコから少し距離を置いた場所に突っ立っている一人の青年に声をかけた。

 

 「おいテイトク!何ボサッと突っ立ってんだ。こっち来てお前も手伝え」

 「…はいはい、分かってるよ」

 

ミルコに呼びつけられた青年・垣根帝督は気怠げな様子で返事をすると、ミルコの元へ近づき現場の処理を手伝う。それから程なくその場に到着した警察に敵の身柄を明け渡し終えると、ミルコはからかうようにニヤニヤしながら垣根を見つめる。

 

 「なんだよテイトク、随分大人しいじゃねぇか。もしかしてもうバテちまったのか?」

 

今の時刻は午後3時30分。本日、垣根とミルコは朝9時から今に至るまで、ひたすら街の中を駆け回り敵退治に奔走していた。昼食も5分程度で済ませている。これはまだ本格的にヒーロー活動を行なっていない学生からすれば、とてつもなくハードなことである。加えて、ミルコのスピードについて行かなければならないことも考慮すれば、今の時点でも体力の限界を迎えていてもなんら不思議ではないのだ。しかし垣根は小さくため息をつくと、面倒くさそうに言葉を返した。

 

 「別にバテてなんかいねぇよ。ただ、いい加減雑魚狩りすんのも飽きてきただけだ」

 「クハハ!言うじゃねぇか」

 

垣根の発言に思わず吹き出すミルコ。そして大きく伸びをしながらミルコは垣根に言う。

 

 「ま、気持ちは分からんでもねぇが、どんな奴だろうと悪さしてる奴らは全員蹴り飛ばす。それが私らの仕事だからな。忘れんなよ」

 「ああ、分かってるよ。別に手抜いたりするつもりはねぇ」

 「ならいい。じゃ、次行くぞ」

 

そう言って次の現場に向かおうとするミルコ達。すると突然、

 

 バンッッッ!!!

 

爆発音がその場に響いた。そしてその直後、ここから100m程離れた、道路を挟んで向かい側の店の中から何人かの悲鳴と叫び声が聞こえてきた。

 

 「宝石強盗よー!!誰か捕まえてー!!」

 

声のした方角へ二人が視線を向けると、二人の男が店から逃げるように遠ざかっていく姿を視認する。そのうちの一人は黒い鞄を抱きかかえながら走っている。瞬時に状況を把握したミルコと垣根は同時に動き出す。ミルコは地面を力強く蹴り上げ、垣根は白銀の翼を勢いよくはためかせ、轟ッッ!!という風圧と共にその場から一瞬で姿を消した。

 

 「待ちやがれェェェェェェ!!!!」

 

怒号と共にミルコが二人の強盗犯を追いかける。最初はかなり開いていた距離だったが、ミルコと垣根の尋常ならざるスピードによって、強盗達との距離はぐんぐんと縮まっていく。すると逃げている二人の強盗の内の一人、アフロの男が走りながらミルコ達の方へ振り向くと、頭からアフロの一部をちぎり取るとミルコ達に投げつけた。

 

 「!」

 

ミルコと垣根は咄嗟に身を躱した直後、二人の背後でバンッッ!!と派手な爆発音がする。

 

 「っぶねぇなァ~」

 

ミルコが呟いた直後、今度はもう一人の、黒い鞄を持ちリーゼントの髪型をした男の方が個性を発動させる。

 

 ヒュオォォォォォ!!!

 

風切り音を響かせながら、リーゼントの男の体の周りに風が収束していき、竜巻のようなものが発生した。その竜巻を身に纏ったリーゼントの男は、宙を浮きながら加速し、前方にあった曲がり角を右に曲がる。一方のアフロの男は曲がり角を曲がらず、そのまま直進していった。二手に分かれたことを確認したミルコは垣根に右手で合図する。垣根は頷くと、曲がり角で右に曲がり、リーゼント男の方を追いかけた。

 

 「キャアアァァ!!!」

 

通行人達が悲鳴を上げながら道を空けていく。垣根はリーゼント男を追いかけながらふと前方に視線を向けると、そこには多くの人々がいる広場があることに気付く。リーゼント男を広場に出させてしまえば、一般人に危害が加わる危険性があると判断した垣根は、翼にグッと力を込め目一杯翼をはためかせた。

 

 轟ッッッ!!!

 

膨大な風圧をその場に発生させ、爆発的な加速を得た垣根は瞬く間にリーゼント男の真横に躍り出る。突然の垣根の出現に、リーゼント男が慌てて顔を真横に向けた瞬間、その顔を手でガシッと掴まれた。

 

 「なっ!?」

 

リーゼント男は思わず声を上げる。そして同時に自身の身体が沈みゆくのを感じた直後、頭部に凄まじい衝撃が走った。

 

 「ゴアアアァァ!!」

 

垣根によって頭部から地面に叩きつけられたリーゼント男は鈍い悲鳴を上げ、そのまま気を失う。垣根は男が気を失った事を確認すると、顔面から手を放しその男を見下ろした。

 

 「俺から逃げ切ろうなんざ、100年早ぇんだよ」

 

そう言葉を吐き捨てると、垣根は男が持っていた黒い鞄を回収した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あ、垣根君!こっちこっち~」

 「あ?」

 

 予想外の人物の声に垣根は思わず声が漏れる。リーゼント男を警察に引き渡し、奪われた宝石を宝石店に返し終わった垣根がミルコの元へ戻ると、そこにはかつて職場体験で垣根が訪れたヒーローであるホークスが自分に手を振っている姿が見えたのだ。

 

 「…なんでテメェがここにいんだ?」

 「いやぁ、偶然この辺りを通りかかったら、ちょうどミルコさんが敵追ってるのが見えてね~。まさか君までいるとは思わなかったけど…って、あれ?今テメェって言わなかった?」

 「コイツ、私の獲物横取りしようとしてきやがったんだぜ」

 「だからそんなんじゃないですって。後輩なりに先輩をサポートしようと思ってですね」

 

ホークスは頭を掻きながらヘラヘラした表情でミルコに言い訳をする。そんなホークスに垣根は更なる疑問をぶつけた。

 

 「常闇は?あいつは確か、アンタのとこでインターンやってんだよな?」

 「それ、今日緑谷君にも同じ事聞かれたよ。ツクヨミには地元でサイドキックと仕事してもらってる。いや~俺も一緒に仕事したかったんだけどね。俺が立て込んじゃってて悪いなァって思ってるよ」

 「…相変わらずクソ適当だな。で、緑谷にも会ったのかよ?」

 「うん。今日の午前中にちょっとね。焦凍君や爆豪君も一緒だったかな。三人ともエンデヴァーさんとこでインターン頑張ってたよ」

 

ホークスが垣根の質問に愉快そうに答えた。すると、今度はミルコがホークスに話しかける。

 

 「そんなことよりおいホークス、敵連合の居場所はまだ見つかんねぇのか?」

 「そうッスねー。探してはいるんですけど。これがなかなか…」

 「チッ!九州じゃ荼毘の野郎に逃げられちまったからな。次会ったら絶対ぶっ飛ばす!」

 「ははっ、そっスねー」

 

と、ここでミルコとホークスの会話を聞いていた垣根が疑問を口にした。

 

 「九州?」

 「ん?ああ。この前九州でエンデヴァーとコイツが脳無とやりあった事件あったろ?」

 「あぁ、テレビでやってたやつだな」

 「そうだ。私もテレビ観て知ってよ、即九州まですっ飛んで行ったんだが、その時に連合の荼毘って野郎に出くわした」

 「荼毘…蒼炎使いか。あの顔面ツギハギの」

 「うん。あの時はエンデヴァーさんは勿論、俺も割と満身創痍でさー。荼毘に襲われそうになって結構ピンチだったんだけど。そこにミルコさんが駆けつけてくれて助かったってわけ。いやぁ、あの時は助かりましたわー。ミルコさんが来てくれてほんと良かった」

 「全然よかねぇんだよ!ぶっ飛ばせなきゃ意味ねぇだろうが!」

 「なるほどね」

 

垣根は彼らの説明を聞いて納得する。九州での事件といえば記憶にも新しく、一般市民にとっては脳無という脅威がどれだけ恐ろしいか身をもって体感したことだろう。しかし、あの事件をきっかけに今までエンデヴァーのNo.1に不信感を抱く声が多かった世論だが、徐々にエンデヴァーをNo.1ヒーローとして認める声も増えるようになってきたのだ。垣根も寮のテレビから中継を観ていたので、当然事件については把握していたが、まだ続きがあったとは思いもしていなかった。

 

 (エンデヴァーとやり合ってたあの脳無…少なくとも俺が今まで戦ってきた個体とは明らかに別物だった。確実に進化してやがる…ハッ、どっかのクソマッドサイエンティストが入れ知恵でもしたか?)

 

そう思案しながら垣根はある人物を想起させていると突然、バサッ!!っと音を立て、赤い羽をはためかせながらホークスは空へ浮上していく。

 

 「じゃあミルコさん、俺はそろそろ行きますわ。久々に垣根君の顔も見れたことだしね。あ、いつでもインターン待ってるからね垣根君」

 「行かねぇよ。とっとと帰れ」

 「二度とくんじゃねぇ!」

 「酷っ!?」

 

最後まで軽口を叩きながらホークスは空高く上昇していき、そのままどこかへ飛び立っていった。ホークスの姿が見えなくなると、ミルコは垣根に話しかける。

 

 「んじゃ、仕事再開だ。いけんな?」

 「ああ」

 

垣根の返事と共に、二人は再び街の中を奔走した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は午後8時30分。日はとうの昔に落ちきっており、街の中は夜の暗闇が支配する。垣根とミルコは一日のパトロールを終え、宿泊先にホテルに向かっているところだ。そんな二人の姿をあるビルの屋上から双眼鏡で覗く一人の女性の姿があった。彼女は車椅子に座りながら、双眼鏡に目を通し二人を、特に垣根帝督の姿を注視していた。

 

 「ふーむ。見たところ今日の仕事は終わったようですね。いやー、まさか本当に彼がヒーローなんてものをやっていようとは。今でも信じられません。人間とはこうも変わるものなんですねー。ま、それはさておき…」

 

そこまで言うと、車椅子の女は双眼鏡を下げ、目を細め薄笑いを浮かべながら呟いた。

 

 「まだ今日の仕事は終わってませんよー垣根帝督。ドクターの試作品、上位個体(ハイエンド)から街を、市民達を守るという大仕事が残っているのですから」

 

木原病理のつぶやきは誰に聞かれることもなく闇の中に消えていく。その直後、街の中で大きな爆発が起きた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




とりあえず。まだ何も決めていないけど


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七十五話

 ドォォォォォン!!!

 

 夜の街に突如爆発音が鳴り響く。広場にいた市民達は何事かと言わんばかりに、一斉に音の方角へ目を向けた。それは垣根とミルコも例外ではない。彼らの目線の先には、燃え上がる高層ビルとそのビルから立ち昇る大量の煙。そして徐々にハッキリと聞こえてくる人々の悲鳴の声。彼らは数秒とかからず察する。この街が敵の襲撃にあったのだと。

 

 「「キャアアァァァァァァ!!!!」」

 

広場の人々は悲鳴を上げながら一斉に逃げ始めた。多くの人が走り乱れる中、ミルコと垣根は群衆の群れから飛び出すと、現場へ急いだ。

 

 「誰だが知らねぇが、なかなかやってくれるじゃねぇかァ!絶対許さねぇからな!」

 

走り来る市民達の間をすり抜け、周囲の建物を足場に跳躍を繰り返しながら、弾丸のようなスピードで走るミルコ。垣根も道路の上空を舞ながらミルコの後を追っていた。すると、

 

 ドゴォォォォォォォン!!!!

 

突如轟音と共に道路を挟んで右手側にあるビルが倒壊し、煙の中から黒いナニカが勢いよく飛び出す。

 

 「脳無!」

 

不意を突かれ、反応がワンテンポ遅れた垣根に対し、脳無が勢いよく衝突した。

 

 「垣根ェ!!」

 

ミルコが慌てて叫ぶ。垣根は咄嗟に翼でガードしたものの、勢いを殺すことは出来ず、そのまま左手側の建物に叩きつけられた。

 

 「白イ翼…標的、補足」

 「くっ…!コイツ…!」

 

垣根が歯ぎしりしながら自身の翼ごと押し込んできている脳無を見る。脳無は背中のまがまがしい翼からジェットを吹き出すことで膨大な推進力を手にし、垣根をどんどんビルの中に押し込んでいった。

 

 パリィィィィィン!!!

 

あっという間に垣根と脳無はビルの中を突き抜け、窓ガラスを砕きながら再びビルの外に出た。

 

 「調子乗ってんじゃねぇぞ三下がァ!!!」

 

垣根の怒号と共に無数の羽が瞬時にその形態を鋭い槍へと変化させ、

 

 ドッッッッッ!!!!

 

炸裂音と共に無数の白い槍が目の前の脳無に対して一斉に放たれる。

 

 「ギャアアアアアア!!」

 

身体の至る箇所に槍が刺さり込み、汚い悲鳴を上げる脳無。そのまま脳無はビルに叩きつけられ、脳無から離れた垣根はヒラリと空高く舞い上がった。

 

 「垣根ェ!無事か!?」

 

ミルコがビルの屋上に姿を現すと、上空の垣根に声をかける。個性による脅威的な跳躍力で一気にビルの屋上まで駆け上がったのだろう。すると垣根がミルコに返事を返す前に、またしても爆発音が大気に響いた。

 

 ドォォォォン!! ドォォォォン!!

 

最初に聞こえた爆発音の方角とは違う方角から、しかも二箇所。それを聞いた垣根はミルコの方を見つめる。

 

 「ミルコ。コイツの相手は俺に任せろ。アンタは現場に急げ」

 「はァ?何言ってんだお前。どう見てもそいつ新型の脳無だろ。九州の時みたいに。それが分かっててほっとけるかよ」

 「コイツの狙いは街の破壊じゃなく俺だ。俺が引きつけた方が街への被害も少なくなる。それにどうやら街を破壊してんのはコイツだけじゃねぇ。脳無は複数いる。そこらのヒーローには荷が重いだろ」

 「……」

 

ミルコが何か言おうとしたとき、煙の中から先ほど吹っ飛ばした脳無が姿を現す。それを見た垣根は身を翻し、上空へ羽ばたいていく。

 

 「おい待て垣根ェ!」

 

ミルコは慌てて叫ぶも既に垣根は空を駆けている。すると、バサバサッ!!っと派手な音を立てながら脳無も空に舞い上がり、ジェットをふかしながら垣根の後を追っていく。

 

 「ったくあの野郎…死んだらぶっ殺すかんな!」

 

ミルコはそう呟くと、現場へ向けて走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「………」

 

 垣根は空を飛びながら後ろを振り向き、自身を追ってきている脳無に目を向ける。

 

 (肉体はさっき穴だらけにしてやったはずだが、もう治ってやがる…再生持ちか。んで、俺の聞き間違いじゃなきゃコイツは人語を喋り、かつ俺を垣根帝督だと認識した上で攻撃を仕掛けてきた。間違いない。コイツには知性がある)

 

そこまで考えると垣根はくるりと身体の向きを変え、追ってくる脳無に向き直ると再び翼をはためかせ、今度は脳無との距離を詰める。

 

 「垣根帝督。抹殺スル。死ネ」

 

 ビュン!!!!! 

 

脳無の腕が勢いよく伸び、垣根の顔面を穿ちに迫る。垣根はすんでの所で身を捩り、脳無の腕を掻い潜る。

 

 「テメェが死ね」

 

 ギュルッ!

 

垣根の背からでる六枚の翼のうち、右側の三枚の翼が一つに絡み合い開花前の花弁のような形になる。その先端を脳無の頭部に向けると、垣根は脳無の剥き出しになった脳みそ目掛けて勢いよく射出した。

 

 ドッッッッッッ!!!

 

炸裂音と共に射出された翼は一直線に脳無の頭部に迫る。しかし、

 

 ヒュン!

 

脳無は間一髪で頭部をひねることで垣根の攻撃を躱した。

 

 「!」

 

垣根は驚きの表情を浮かべながら脳無と空中で交差する。そして少し進んだところで再び身体の向きを変え、脳無と対峙した。

 

 (あのタイミングで躱しやがった…動作開始から攻撃到達まで1秒くらいだったはずだが…あの反応速度も個性によるものか?)

 

垣根は目の前の脳無について頭を巡らせる。すると脳無が何やら低い声で呟き始めた。

 

 「過去ノ戦闘パターント照合…攻撃タイミングノ誤差0.05秒…問題ナシ」

 「あ?何言ってんだテメェ」

 

垣根は脳無のつぶやきに思わず眉をひそめる。

 

 「返答ノ必要ナシ。任務ノ遂行ヲ継続」

 

そこまで言うと脳無は、ガバッと口を大きく開いた。そして、

 

 バチバチバチバチッッッッ!!!

 

膨大な電流が脳無の口内から発生する、時間が経つにつれ電流の輝きと勢いはどんどん増していき、ついに口内から膨大なエネルギー波が放たれた。

 

 ブオォォォォォォォォォン!!!

 

圧縮されたエネルギー波が重苦しい音と共に垣根に迫り来る。一瞬驚いた様子の垣根だったが、すぐに翼を操り防御姿勢に入った。そして脳無のエネルギー波が垣根の白い翼に激突した。

 

 「…っ!!」

 

眩いばかりの電気の塊が垣根を飲み込まんと襲いかかる。しかし、その程度では未元物質の壁は破れない。垣根の翼はしっかりと攻撃を受けきり、再び目の前の敵を睨み付ける垣根。

 

 「超電磁砲(レールガン)…テメェ、随分と愉快なモノ見せてくれんじゃねぇか」

 

超電磁砲《レールガン》と聞くと、学園都市の超能力者(レベル5)第三位、電撃使い(エレクトロマスター)の御坂美琴が思い起こされるが、勿論彼女が放つ超電磁砲(レールガン)程の威力があったわけではない。しかし、それでも相当の威力の電気系個性を持ち得ていることには間違いない。

 

 「もしこのクラスの脳無が大量に量産されたら、ヒーロー共にとっちゃ厄介だろうな」

 

どこか他人事のように呟く垣根。すると、

 

 「攻撃ノ失敗ヲ確認。電撃ハ効果ナシ。プランBヘト移行スル」

 

そう口にし、脳無はググッと背中に力を入れ始める。

 

 (何だ?)

 

垣根は警戒心を強めながら目の前の脳無を注視していると突然、

 

 バサッッ!!

 

と音を立てながら白い翼が脳無の背から出現した。

 

 「なっ…!?」

 

垣根は目を大きく見開き、驚きの声を上げる。それも無理はない。今脳無の背から出現した翼は、垣根の背から生えている翼と同じもの、つまり未元物質の翼であるからだ。未元物質の使用者である垣根だからこそ、一目見た瞬間に理解することが出来た。

 

 「テメェ!!!」

 

叫び声を上げながら垣根は脳無に突撃する。ワンテンポ遅れて脳無も動き出し、白い翼を放つと垣根も同じ翼で迎撃する。

 

 ドンッ!!

 

未元物質同士の衝突により、大気が震え、同時に衝撃波が発生する。これにより、つばぜり合っていた二つの翼はどちらも所有者の下へと弾かれた。

 

 (普通の翼なら今ので粉々だ。間違いねぇ…あれは未元物資で出来ている)

 

苦々しい表情を浮かべながらも脳無の翼について分析を行なう垣根。脳無も体勢を立て直し、今度は脳無の方から垣根との距離を縮めに来た。

 

 「こんな舐めた真似する奴は一人しか思い浮かばねぇ。おもしれェ…最高にムカついてきたぜ。ぶっ潰してやるよ木原ァ!!!」

 

迫り来る脳無を見ながら不敵な笑みと共に叫ぶと、垣根も脳無に突っ込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「オラァァァァァ!!!」

 

 グシャッ!

 

 鈍い音と共に、脳天に勢いよく褐色の踵が振り下ろされる。ミルコの踵落としをモロに受けた脳無は耳障りなうめき声と共に道路に伏した。

 

 「一生寝てろクソ敵」

 

吐き捨てるようにそう言うと、ミルコは辺りを見渡す。

 

 (垣根の言うとおり、脳無がウジャウジャいやがる。だが全部雑魚個体。やはり垣根を狙ってたアイツが親玉だな。九州でエンデヴァーと戦ってたアレと同種の奴か)

 

街を襲う脳無を何体も倒していたミルコだったが、その中に今垣根と戦っている脳無やエンデヴァーが戦っていた脳無のような個体は一体もいなかった。とすれば、街を襲っている脳無達は恐らくミルコ達を地上に足止めするためのもの。この襲撃の本命はやはり垣根だということを示している。

 

 「チッ、空飛んでちゃ加勢に行けねぇ。治崎の時といい、あいつばっかズリィ」

 

ミルコが愚痴のようなものをこぼしていると、

 

 「おーいミルコ!こっちの方にまだ敵がいる!応援頼む!」

 

奥の方からミルコを呼ぶ声がした。恐らく脳無と応戦しているヒーロー達の中の一人だろう。

 

 「オッケー!すぐ行く!」

 

すぐに返事を返すミルコ。

 

 「死ぬんじゃねぇぞ、テイトク」

 

一言そう呟くとミルコは現場へと駆けだしていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「チッ!」

 

 忌々しげに舌打ちをしながら翼を振るう垣根。だが、またしても攻撃を躱される。先ほどから垣根の攻撃は脳無に全く当たらなくなっていた。攻撃を躱した脳無はそのままカウンターで白い翼を垣根にたたき込む。

 

 「くっ…!ちょこまかと!」

 

脳無の攻撃を同じ翼でガードした垣根だが、自身の攻撃が悉く躱されることにイライラを募らせる。

 

 「能力ノ出力値、過去データヨリ30%上昇。データノ修正ヲ実行…修正完了」

 

またしてもなにやら片言で言葉を発すると今度は自身の腕を伸ばして垣根に攻撃を仕掛ける。

 

 ヒュン!!

 

空を裂き、垣根に迫る異形の腕を垣根は身体とギリギリの所で躱すと、翼をはためかせ瞬時に脳無の懐へと潜り込む。そして脳無の腹部目掛けて白い翼を突き立てた。だが、

 

 ヒュルン!

 

まるで垣根の動きを読んでいたかのように、脳無は素早く身体をねじり垣根の攻撃を躱す。そしてその勢いのまま、勢いよく回し蹴りを放った。

 

 「くっ…!」

 

翼でガードはしたものの、後方へと飛ばされる垣根。体勢を立て直し前を向いた垣根だったが、その視界を眩いばかりの光の奔流が覆い尽くした。

 

 ドォォォォォン!!!

 

電撃が垣根に直撃し、轟音と衝撃が辺りを襲う。しばらく土煙の中を見つめていた脳無だったが、煙の中から白い球体のようなモノが見えると、

 

 「未元物質ニヨル防御力…脅威度ヲ更新。攻撃プログラムヲ修正スル」

 「なるほどね。やたら俺の動きが読まれるとは思ってたが、過去の俺の戦闘データを埋め込まれてんのか。まぁ木原のやりそうなこったな」

 

白い翼をゆっくりと開き、防御状態を解除する垣根。黙って垣根を見つめる脳無に、垣根はさらに続ける。

 

 「おまけに俺の未元物質や電気系能力も実装済みとは、相変わらずキメェ科学力してんな木原の野郎」

 「…」

 「だがよ、俺に向かってくるには如何せんちと中途半端だったな」

 「?ドウイウ意味ダ」

 

疑問を呈する脳無に対し、垣根が答える。

 

 「まず電気系能力。第三位をモチーフにしてんのか知らねぇが、本物の第三位がこの程度の火力なわけがねぇ。劣化版もいいとこだ。俺に攻撃を通してぇんなら最低でも第三位(オリジナル)の火力は優に超さねぇとなぁ?」

 「…」

 「んで二つ目。未元物質だ。確かに最初は驚いたぜ。俺以外に未元物質を操れる奴がいるとは思わなかったからな。だがお前、厳密には操ってるわけじゃねぇだろ」

 「ナニ?」

 「お前は体内に埋め込まれた未元物質をただ出力してるだけだ。翼の形にしてな。現にテメェは翼による攻撃以外はなにもしてきてねぇし、そもそも翼も二枚しか出せてねぇ。俺が未元物質を操ってるのとはてんで訳が違う」

 「……」

 「なんだよ図星か?」

 

黙りこくった脳無を見てニヤリと笑う垣根。すると脳無は静かに口を開いた。

 

 「違ウ」

 「あ?」

 「我ハ未元物質ヲ操ル。貴様ノ推測ハ見当違イダ」

 「ほぉ、ならやってみろよ」

 「イイダロウ」

 

垣根の挑発に乗るかのように、脳無は静かに自身の右手を前にかざす。すると、

 

 ニュルン!

 

と白いモヤモヤしたナニカが右掌から現れ、その中から突然何本もの槍が具現化し、一斉に垣根に襲いかかった。垣根は襲い来る未元物質の槍を黙って見つめる。防御姿勢すらとろうとはしない。そして垣根に槍が激突するかと思われたその時、

 

 ブチャリッ!

 

という酷い音と共に白い槍が一斉に消失する。何が起きたのか理解できなかった脳無だったが、ふと自身の右腕に違和感を感じ視線を移すとそこには肘より先の部分が溶解し、無くなりかけていることに気がついた。

 

 「ナンダコレハ!?」

 

予想だにしない光景に驚きの声を口にする脳無。すると、

 

 「だから言っただろ。テメェ如きに操れる代物じゃねぇんだよ」

 

垣根が静かに答える。

 

 「…例エ未元物質ガ使エナクトモ、我ニハマダ他ノ力ガアル!」

 

そう叫びながら腐敗した右腕を切り落とす脳無。すると、持ち前の再生能力で即座に腕が再生し、再生するや否や脳無は垣根に勢いよく襲いかかった。

 

 「死ネ!」

 

叫び声と共に、脳無は太々とした両腕を垣根に放つ。だが、

 

 「!?」

 

突如脳無の動きが空中でピタリと止まる。放たれた両腕も垣根まであと数センチというところで微動だにせず静止している。

 

 (動ケナイ…マルデ全身ヲナニカニ掴マレテイルカノヨウナ圧迫感…!)

 

脳無は身体を動かそうと全力で力を入れるが、文字通り1㎜も動くことは出来なかった。するとそんな脳無を静かに見つめていた垣根が口を開く。

 

 「未元物質の本質はただ翼を生やしたり、物体を創り出すことじゃねぇ」

 「!」

 「未元物質(この力)は…世界を塗り替える力だ」

 

垣根が冷ややかに言い放った直後、

 

 カチカチカチッッッ!!

 

と音を立て、突如脳無の指先が凍り始めた。そして手を伝い、腕を伝い、みるみる脳無の身体が凍っていく。

 

 「ナンダコレハ!コンナ力、過去ノデータニ…ナイ…」

 「テメェらがデータとして採ったのは所詮この力の一部に過ぎない。俺でさえまだこの力の全貌を理解できてねぇんだ。テメェ如きに理解できるわけもねぇ。木原にもな」

 「垣根…帝督…!!」

 

既に首より下の全ての部分が凍り付き、残すは頭部だけとなった脳無。だがそれでも脳無は諦めず、口を大きく開き、激しい電撃を発生させる。最後の足掻きとして再び超電磁砲を垣根に放とうとしたのだ。しかし、

 

 「ガッ…!?」

 

脳無が超電磁砲を放つ前に脳無の頭部が凍り付き、とうとう脳無の全身が凍り付いてしまった。脳無が完全に凍り付いたのを確認した垣根は指をパチン!と鳴らした。すると、

 

 ドゴォォォォォォォォン!!!

 

凄まじい爆音と共に、目の前の巨大な氷塊は粉々に砕け散った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あらら。やっぱりダメでしたか」

 

 望遠鏡から目を離し、木原病理は静かに呟く。自身が仕向けた脳無が敗北したというのに、木原の顔にはなぜか笑みが浮かんでいた。

 

 「うーん、脳無が持つ強靱な肉体なら未元物質実装もイケると思ったんですが、あの程度で肉体に影響が出てしまうようではどうやら諦めた方が良さそうですね。仕方ありません。当分はドクターのお手伝いに専念するとしましょう」

 

そう言うと木原は自身の車椅子を動かし、街の出口へと向かう。

 

 「またアナタと会える日を楽しみにしていますよ。垣根帝督」

 

不穏な言葉を残しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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七十六話

 脳無による襲撃事件から翌日。街ではヒーロー達による復旧作業が行なわれていた。街を襲った脳無の数は総勢二十体を超していたという。建物のあちこちが脳無によって破壊され、負傷者も多く出したが幸いなことに死者は一人も出なかった。これは現場に居合わせたヒーロー達の迅速な対応のおかげであり、特にミルコが地上のほとんどの脳無を無力化してくれたことが大きい。彼女らヒーロー達の活躍によって被害は最小限に抑えられたのだ。そんなミルコ、そして垣根帝督はと言うと、他のヒーロー達と同様に街の復旧作業に勤しんでいた。復旧作業はその日丸一日かかり、明日以降もまだ続くそうだ。その日の作業を終え、見回りも済ませた二人は帰路に就く。しばらく黙って歩いていた二人だったが、突然前を歩くミルコが口を開いた。

 

 「なぁテイトク」

 「あ?何だよ」

 「お前、一体何モンだ?」

 

ストレートに垣根に尋ねるミルコ。垣根は前を歩くミルコに視線を向けるが、ミルコは振り返ることなく続ける。

 

 「お前、ただのガキじゃねぇだろ」

 「そりゃあれか?女の勘ってやつか?」

 「馬鹿言え。お前が普通じゃねぇってことくらい、見てりゃ誰でも分かる」

 「フッ、まぁそれもそうか…いいぜ、教えてやっても」

 「あ?」

 

垣根の言葉に思わず振り返るミルコ。その顔には珍しく驚いている表情が浮かべられていた。

 

 「何だよその顔は」

 「いや、意外とあっさりしてたからよ…てっきりはぐらかされると思ってたぜ」

 「まぁそうしても良かったんだが、既に相澤やオールマイトには言ってるしな。そんな秘密ってもんでもねぇ。それに、一応俺のインターン担当アンタなら知っといた方が良いと思ったんだよ」

 

そして垣根は話し始めた。自分自身について。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ほぉー、なるほど。要はお前はこの世界とは全く別の世界からきた人間だと」

 「あぁ。そういうこったな」

 「ガッハッハ!やっぱお前最高にぶっ飛んでんなァ!いいぞ!流石私が見込んだ奴だ!」

 

垣根の話を聞き、ミルコはひどく楽しそうに笑う。そんなミルコに垣根は尋ねた。

 

 「信じんのかよ、こんな荒唐無稽な話を」

 「あ?嘘なのかよ?」

 「いや、そうじゃねぇけどよ…」

 

あまりにもあっさりと垣根の話を受け入れるミルコに対し、若干の戸惑いを見せる垣根。普通はもっと疑われたり信じてもらうのに時間がかかるものだろうが、こういうあっさりした所がミルコらしさなのかもしれない。すると、

 

 「おっ!そうだ」

 

ふと何か思いついた様子のミルコ。垣根が怪訝そうな様子でミルコを見つめていると、

 

 「おい!ちょっと付き合え」

 

ミルコが垣根に対して言う。

 

 「あ?何だよ」

 「今日は早く仕事終わったしな。寝るにはまだ早ェだろ。だからちょっと付き合え」

 「付き合えって…何すんだよ」

 

ミルコの言葉の意図を図りかねている垣根に対し、ミルコはニヤリと笑いながら一言伝える。

 

 「何ってそりゃお前…生徒指導ってやつだ!」

 「はぁ?」

 

困惑した表情を浮かべている垣根を他所に、ミルコは先を歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「んで、これは何だ?」

 

 垣根は目の前で準備運動をしているミルコに尋ねる。垣根は今、体育館のような施設の中にいる。突然ミルコに付き合えと言われ、何が何だか分からぬまま此処へと連れてこられたのだ。学校の体育館と呼ぶには少し小さい気もするが、それでも人二人で使うには充分すぎるほどの広さだ。中には機材などは何もなく、ただ広い室内空間が広がっているのみ。こんな所で一体何をするのかと考えていた垣根に対し、ミルコは「これ着けろ」と言いながらいきなりいくつかの防具を垣根に放ってよこした。理由を聞いてもまともに答えてはくれず、仕方ないので言われたとおりに防具を着ける垣根。防具を着け終わり先ほどの質問を投げかけたわけだが、相変わらずミルコは答える素振りを見せない。まさか今からミルコと戦り合うのか、などと考えていると、ついにミルコが口を開いた。

 

 「お前の個性、何つったっけ?確か、ダーク…マン?」

 「未元物質(ダークマター)だ」

 「あ、そうそうそれだ!まぁ正直そのダークマターとやらについてはよく分かんねぇけど、要はアレだ、お前は戦闘スタイルは遠距離型だ!」

 「…まぁ中・遠距離型が主体なのは否定しねぇが、それが何だよ」

 

ミルコの言葉を否定せずに答える垣根。確かに自分の得意とする戦闘スタイルは遠距離系が主体だが、それと今のこの状況に一体何の関係があるのか。その答えについて垣根が頭を巡らせていると、ミルコが再び話し始める。

 

 「テイトク。お前は確かにまぁまぁ強い。そこら辺の根性ねぇプロなんかよりはよっぽどよくやる。それは認めてやる」

 「はぁ…」

 「だがな、お前には致命的な欠点がある!!」ドンッ!

 

声を張り上げ、ビシッ!と垣根を指さしながらミルコは堂々と宣言する。

 

 「欠点?」

 

眉をひそめ、思わず聞き返す垣根。そんな垣根を見てミルコはニヤリと顔に笑みを浮かべた。

 

 「そう。欠点だ」

 「…ほぉ、是非ともお聞かせ願おうじゃねぇか。一体この俺のどこに欠点があるってんだ?」

 「お前の欠点…それは、近接戦闘だ!」

 「近接戦闘?」

 

ミルコの答えにまたも眉をひそめる垣根。そして面倒くさそうにため息をつくと、今度は垣根がミルコに言葉を投げる。

 

 「確かに俺は緑谷やアンタみたいに敵と殴り合う戦闘スタイルじゃねぇけどよ、それイコール欠点とはならねぇだろ。というかそもそも、近接が弱点となる場面なんてなかったはずなんだが?」

 「テイトク、アタシはお前のインターン担当としてお前の行動をそれなりに見てきた。そして気付いた。お前は咄嗟の時、遠距離攻撃で場を凌ぐクセがあるってことになァ」

 「…それが?」

 「咄嗟に遠距離攻撃出す奴ァ近距離弱ェと決まってンだよ!!」ビシッ!

 

またしても垣根を指さし、高らかに宣言するミルコにた対し、呆れた表情を見せる垣根。

 

 「いやいや、意味分かんねぇよ。なんだその意味不明な理論。大体、ソースはどこなんだよ」

 「んなモン私の経験だ」

 「ふざけんな」

 「っつーわけだ、構えろテイトク。今日から私がお前に近距離戦闘のイロハを一から叩き込んでやるからよォ!」

 「いや待て待て待て!」

 

勝手に話を進めていくミルコを止めようとする垣根だったが、ミルコは聞き入れる素振りを見せず、ストレッチを進めていく。

 

 「あ、それとお前、個性使うの禁止な」

 「は?」

 「ダークマターとやらは使うなっつってんだよ」

 「何でだよ」

 「訓練にならねぇだろ。翼や超現象のことだけ言ってんじゃねぇぞ?お前が常時展開してる自動防御も含めて禁止だ」

 「はァ!?」

 

思わず声を張り上げる垣根だったが、ちょうど準備運動を終えたミルコは構わず垣根に告げる。

 

 「人に一番良く効く教訓は痛みだっつぅからなァ…よし!準備完了だ。んじゃ行くぞテイトク!」

 「おい待て。さっきから勝手なことばっか言いやがって。ふざけんじゃねぇ。俺はやらねぇぞ。大体、能力アリならまだしも、能力ナシでテメェみたいな筋肉ゴリラとガチで戦り合えるわけねぇだろ!流石に死ぬわ!」

 「安心しろ。最低限の加減はしてやる。それにさっき防具渡したろ。それがありゃ死ぬことはねェ」

 「信用できるか!とにかく俺はやらねぇ!」

 「ほォー、私に逆らうってのかァ?いいのかー?そんなことして。もし私の指示に従えねぇってんなら…」

 「…」

 「お前の親父に言いつける」ニヤリッ

 「なっ…!?汚ェぞテメッ…」

 「行くぞォッ!!」

 

垣根が最後まで言い終わらぬうちに、ミルコの足が床を蹴り瞬く間に垣根との距離が縮まっていく。

 

 

 

 

 「ガァァァァァァァァァァ!!!!!」

 

その日の夜、ある施設内で少年の悲鳴が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 インターンに明け暮れていた垣根達の冬休みはあっという間に過ぎ、三学期が始まった。怒濤の一年時も気付けばもう、残り三ヶ月。

 

 「諸君!あけましておめでとう!」

 「おめでとうございます!」

 

三学期登校初日、朝のHR前に飯田と八百万が教壇に立ち、皆に挨拶する。A組生徒達はいつも通り席に座って二人の話を聞いていた。

 

 「今日の授業は実践報告会だ。冬休みの間に得た成果・課題などを共有する。さぁみんな!スーツを纏い、グラウンドαへ!」

 「おい!いつまで喋って…」ガラッ!

 「先生あけおめ~!」

 「」ペコリ

 「今朝伺ったとおり本日の概要を伝達済みです!」

 「そうか…」

 

呑気に喋っていると思い込み教室に入ってきた相澤は、生徒達の準備・行動の速さに思わず言葉を飲み込む。

 

 「飯田が空回りしてねぇ!」

 「あぁ!インターン先のヒーロー、マニュアルさんが保須でリーダーをしていてね。一週間ではあるが学んだのさ。物腰の柔らかさをね…あっソレ!あっソレソレソレ!はい!」

 「おっ、空回った。すぐチェーン外れる自転車みてぇ」

 「飯田の場合バイクじゃね?エンジン付いてるし」

 「…」

 

グラウンドへと行く生徒達の背中を無言で見送る相澤。相澤が教室にふと視線を戻すと、グラウンドへ行かず未だに机に突っ伏している生徒が約一名いることに気づく。それを見た相澤はその生徒の下へ行き、声をかけた。

 

 「何してる垣根。みんなとっくにグラウンドへ行ったぞ。お前も早く行け」

 「あぁ…?あぁ、相澤か。分かってる…すぐ行く…ンギッ!?」

 「先生を付けろ…ってお前大丈夫か?」

 

相澤は垣根をたしなめながらも、苦痛の表情を浮かべる垣根に思わず声をかける。見たところ、身体の節々が痛んでいるように見える。

 

 「珍しいな。お前がそんな苦しそうにするなんて。何か事件にでも巻き込まれたのか?」

 「事件?あぁ…確かにあれは事件だな…敵退治なんかより遙かに凶悪な事件だ…」

 

そう言いながら垣根は席を立ち、コスチュームの入ったスーツケースを持つとフラフラと歩きだした。

 

 「あの(アマ)…いつか絶対殺す…」

 

なにやらとても物騒なことを呟きながら垣根は教室を出て行った。

 

 (なるほど。どうやらインターン先で相当ミルコにしごかれたと見える)

 

垣根の苦しみの原因を何となく察した相澤は小さく笑った。すると、

 

 ピンポンパンポーン!

 

 『相澤先生。至急職員室までお越し下さい』

 

と放送がかかった。何の呼び出しか怪訝そうにしつつも、相澤は職員室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ひょえ~!?あの暴走をものにした!?」

 「うん!」

 「マジか!はえぇ!」

 

 男子更衣室にて、A組男子生徒達はコスチュームに着替えながら、インターンでの出来事について話し合っていた。その中で、緑谷があの謎の黒い力をモノにした聞き、注目を集めていた。

 

 「暴走ってアレだろ?緑谷の腕からバーッと出た黒いやつ!」

 「うん。黒鞭って名付けた」

 「なんだよソレ、カッケーじゃんか」

 「やっぱNO.1のところでインターンすると違うな!成長が早いっつ~か」

 「って言ってもまだ一瞬しか出せなくて用途は限られるんだけど、強い…!」ブスリッ

 「み、緑谷君!?」

 「爆豪!?何してんだ!?」

 「不快ィ!」

 

爆豪が投げたコスチュームのトサカの部分が緑谷の頭に刺さり、緑谷の頭部から変な汁が飛び出す。皆が慌てて緑谷の様子を心配する中、更衣室の扉が開かれ、

 

 「ウィーッス」

 

気怠げな声と共に垣根が入ってきた。

 

 「遅かったじゃねぇか垣根ェ」

 「何やってたんだよ。もうすぐ授業始まっちまうぞ」

 「あー、わぁってる。ギャーギャー喚くな」

 

心底鬱陶しそうに切島達をいなすと、自身のロッカーまで行きコスチュームに着替え始める垣根。すると上鳴がうわずった声で垣根に話しかける。

 

 「そういや垣根!ニューズで見たぞ。脳無の群れに襲われた街をミルコと一緒に救ったそうじゃねぇか!」

 「あ?」

 「あっ!それオイラも見たぞ!すんげェ数だったんだってな」

 「別にそんな大した数じゃねぇよ」

 「いやいやスゲェって!脳無が二十体くらいいたんだろ?想像するだけでも恐ろしい…」

 

あの事件のニュースについては垣根も後日見た。地上を襲った量産型の脳無が街を襲撃したことは報道されていたが、なぜか垣根が戦った上位個体(ハイエンド)についてはどこも報道していなかった。街に被害が出ないよう垣根は早々に上空へと移動し、あの上位個体と戦っていたせいか、人々には認知されていなかったのだろうか。だとしたらそれは垣根にとっては不幸中の幸いであった。

 

 「報道でもあったろ?襲撃に来た脳無のほとんどはミルコが片付けちまった。俺は何もしてねぇよ」

 「カッケェよなぁ~ミルコ!女性ヒーローなのにあの荒々しさ!漢として憧れるぜ!」

 「ミルコといやぁあの褐色で筋肉質の腕や足がとんでもなくエロ…」

 「峰田君!不適切な発言は慎むように!さぁみんな!そろそろ授業が始まる!グラウンドへ向かおう!」

 

飯田の一言で、A組生徒達は盛り上がっていたインターンの話を切り上げると、ロッカールームから出てグラウンドαへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グラウンドαへ向かうと、そこにはジャージ姿のオールマイトが垣根達を待っていた。なぜか相澤が不在で、その理由をオールマイトに聞いたところ、なにやら急用が出来てしまい授業には来られないそうだ。そういうわけで、実践報告会はオールマイトのみの主導の下行なわれることとなった。形式は至ってシンプル。毎度おなじみの訓練用ロボットに対し、インターンで培った技術や成果をぶつけるというものだ。生徒達への説明が終わると、オールマイトは早速ロボ達を出現させた。

 

 「去ねヤ人類。俺タチがこの世界のスカイネットだ!」

 

なにやら物騒な事を言いながら、こちらへと向かってくるロボ達。そんなロボ達に対し、生徒達は遺憾なく成長っぷりを見せつけた。

 

 「光の屈折をグイッとできちゃうんです!」

 「粘性MAX!アシッドマン!」

 「「手数と!先読みの力!」」

 「「策敵強化中!」」

 「「「最短効率チームプレイ!」」」

 「レシプロ・エクステンド!(物腰!)」

 「円滑なコミュニケーション!」

 「総合力向上。深淵暗躯・夜宴!」

 「いかに早く戦意喪失させるかや!」

 「「コンビネーションと!決定力!」」

 「予測と効率!」

 「能力の底上げ!」

 「スピードの強化!」

 「経験値を増やす!」

 

訓練用ロボ達の哀しき悲鳴を聞きながら、垣根はクラスメイト達のパフォーマンスをボーッと見ていた。成長度合いは人それぞれだが、皆インターン前とくらべると確実に力を付けている。特に、NO.2ヒーロー・エンデヴァーの下へインターンに行っていた三人組は、目に見えて力を付けたように見える。緑谷なんかは冬休み前は全然扱えていなかった黒い力を、今では完全に自分のモノとしている。

 

 「成長期ってやつだな~」

 

などと呑気に呟いていると、オールマイトに声をかけられる垣根。

 

 「垣根少年。次は君の番だよ」

 「あいよ」

 

オールマイトに軽く返事を返すと、垣根はゆっくり前に出る。

 

 「おのれ人類…!貴様ラのような邪悪ナ種族は我ラが必ず滅ぼしてみせる!」

 

最早敵なのでは?と勘違いするようなセリフを吐きながら垣根に突撃するロボの群れ。その内の一機が天高く跳躍し、急降下しながら垣根に迫る。

 

 (仕方ねぇ。ガラじゃねぇが、やるしかねぇな)

 

心の中でそう呟くと、

 

 キュインッ!

 

突然甲高い音が鳴り、同時に、

 

 バキッッ!!

 

垣根の足下の地面が砕ける音が鳴る。そして、垣根は地面を力強く蹴り上げると、一気に急降下してくるロボの下へと跳躍した。

 

 「去ねヤァァァァァァ!!!」

 

ロボが絶叫しながら、振急接近してくる垣根に自身の右装甲を振り下ろす直前、垣根の右足がロボの胴体を横一線に薙ぐ。

 

 グシャァァァァァァン!!!

 

垣根の蹴りをまともに受けたロボのボディは、派手な音を立てながら粉々に砕け散ってしまった。一撃でロボを屠った垣根はそのまま地面に着地すると、再び足に力を入れる。

 

 バキンッ!

 

またしても甲高い音を立て、地面が砕ける。その地面を力強く蹴り上げ、迫り来るロボの群れに突っ込んいく垣根。まるで、肉体強化の個性を使っているのではないかと思うほどの加速力を見せ、一気に一機のロボの懐に入ると、今度はその右拳を力強くボディに叩きこんだ。

 

 ガシャァァァァァン!!!

 

またしても派手な音を立て、一撃で木っ端微塵になるロボ。すると、横にいたロボが垣根に対し左装甲を振るう。

 

 ヒュルン!

 

垣根は身をよじりロボの攻撃を躱すと、がら空きになったボディに左足で蹴り込み、三度一撃で粉砕した。

 

 「よくも我ラの仲間を!!許サン!!」

 

声高に叫び、二体のロボが同時に垣根に攻撃を仕掛ける。四つの機械の装甲が垣根の肉体を穿とうと連撃を繰り出していく。だが、

 

 ヒュン!ヒュン!ヒュン!

 

繰り出された拳が鳴らす音は風切り音ばかり。二体のロボによる同時攻撃の全てを垣根は身をよじり躱し続けていた。

 

 「ちょこまかとぉぉぉ!!!」

 

機械でも感情があるのか、攻撃が当たらないことにイラついたロボが垣根の顔面に右装甲を放つ。しかし、

 

 ヒュン!

 

またしても空振り。だがそれだけではない。目の前から突然垣根の姿が消えたのだ。慌てて垣根の姿を探すも見つからない。すると、

 

 「上ダ!」

 

隣のロボがそう叫び、慌てて上を向くロボ。しかし気付いたときには既に時遅く、ロボの視界に入ってきたのは垣根の踵。それに気付くと同時に、そのロボの頭部に垣根の踵が振り下ろされた。

 

 ゴシャンッッッッッ!!!

 

ロボを縦一閃に粉々にすると、垣根はすぐさま身体を起こし、右隣のロボとの距離を詰める。慌てて左装甲を振るうロボだったが、垣根は右腕を立て上半身を軽くひねることでギリギリで拳を躱し、カウンター気味に力一杯その左腕を振り抜いた。

 

 ガシャァァァァン!!!

 

派手な音と共に頭部が吹っ飛ぶ。さらに、

 

 グシャァン!!!

 

垣根の回し蹴りによってボディまでも粉々に砕け散っていった。

 

 「もう充分だろ。あとは一気に片付ける」

 

そう言うと垣根は地面に手をつく。すると、

 

 ゴゴゴゴゴゴゴッッッッッ!!!

 

と地鳴りのような音が鳴った直後、

 

 ドンッッッッッッ!!!

 

轟音を響かせ、無数の白い槍が一斉に地面から放たれる。

 

 「「「うおおおおあああああああ!!!」」」

 

ロボット達の断末魔がグラウンド中に響き渡る。土煙が晴れると、グラウンドに残っていた全てのロボが、無数の白い槍によって串刺しにされている光景が露わとなった。

 

 「ま、近接戦闘力の向上、といったところだな」

 

皆が唖然とする中、眼前のとんでもない光景を生み出した人物である垣根は、涼しげにそう言って実践報告を終えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おいバクゴー!テメェ冬を克服したのか?」

 「するかアホが!圧縮撃ちだ!」

 「轟くんついに速いイケメンになっちゃったねぇ」

 「いや…まだエンデヴァーには追いつけねぇ」

 「緑谷 黒いの使えてんじゃん!」

 「うん。ご迷惑かけました」

 「やったな!」

 「お前なァ!俺の個性がアレになっちゃうよお前!」

 

報告会を終えると、生徒同士互いの成長っぷりについて感想を言い合っていた。しっかりとお互いを褒め合い、成長し合っていく雰囲気を能動的に生み出しているのがこのクラスの良いところだと言える。

 

 「垣根ェ!お前ミルコから近接習ったのかよ!マジビックリしたぜ!」

 「えぇ。本当に驚きましたわ」

 「いや、習ったっつぅか、ただただタコ殴りにされてただけだけどな」

 

悪夢のような時間を思い起こしながら、思わず苦々しげに呟く垣根。

 

 「でも足技とかミルコのそれっぽかったし、結構イケてたぜ!」

 「垣根に近接も加わるとか、マジで隙なくなっちゃうね」

 「勘弁しろよな~。俺の立場ねぇじゃん」

 「スッゴいね~垣根!あんなパワーあったなんて私知らなかった~。緑谷みたいにロボぶっ壊してたね」

 「…ま、ミルコの野郎にちょっとコツを習ってな」

 

サラッと答えた垣根だが、それは嘘だった。垣根がミルコに、近接戦闘での立ち回り方・相手の動きの読み方など主に技術的な面を実践形式で教わったのみで、パワーの底上げなどは教わっていない。先ほどのロボを破壊したパワーは未元物質を応用させた使い方によるもの。これは学園都市時代、暗部組織『アイテム』の所属メンバーである絹旗最愛の能力を参考にしたのである。彼女の能力は『窒素装甲(オフェンスアーマー)』。大気の窒素を自在に操る能力であり、圧縮した窒素の塊を制御することで自動車を持ち上げるほどのパワーを得たり、弾丸を受け止める壁を生成したり出来る。垣根はその原理を未元物質で応用し、自身の拳や脚力をさせたというわけである。

 

 (あの野郎、近接戦闘レッスンと言う名の後輩イジメだけに飽き足らず、日中敵と戦うときでさえ「近接戦闘以外禁止だ!」とか言ってきやがったからな。イカレてるぜマジで。おかげでこの戦法を編み出す羽目になったわけだが)

 

垣根は能力の性質上、確かにこれまで中・遠距離型スタイルだったが、だからといって近接戦闘が全くダメというわけではなかった。学園都市の暗部時代、幾人もの人間と戦り合っていく中で時には能力を使わずステゴロで相手をぶっ飛ばすこともあったからだ。さらに言えば、学園都市というこの世界に引けを取らないほど治安が世紀末な場所で生活していた垣根は、暗部組織に関係なく日頃からそこらのチンピラに絡まれることも多々あった。そんな相手をボコボコにするなどしていたので、少なくともそれなりの戦闘スキルは持ち合わせていたのだ。しかし、相手がミルコとなるとそんなものは何の役にも立たない。能力を持たない垣根など近接戦闘のプロであるミルコからしてみれば、そこいらのゴロツキとなんら大差無く、ただひたすらミルコの体術をその身で味わうこととなった垣根。

 

 (まぁあのクソ兎に比べりゃ、ロボの動きなんざ止まってるみてぇなもんだけどよ)

 

垣根がミルコとの地獄の日々に思いをはせていると、唐突にオールマイトが生徒達全員に声をかけた。

 

 「よーし!片付けも終わったことだし、実践報告会はこれにて終了!教室へ戻ろうか」

 「「「はぁーい」」」

 

元気よく返事をし、A組生徒達はグラウンドを去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「では”インターン意見交換会兼始業一発気合入魂鍋パだぜ会”をぉぉ始めよう~!」

 「「「イェーーーーイ!!!」」」

 

 寮のロビーに歓声がが響き渡る。実践報告会を終えた日の夜、飯田の言葉の通りインターンの意見交換会を兼ねた鍋パーティがA組生徒達全員によって行なわれた。

 

 「それねえまだ火通ってないよ!フフフッ…」

 「わざとやってるでしょ…」

 「く~!寒い日は鍋に限るよなぁ!」

 「暖かくなったらもうウチら2年生だね」

 

耳郎の言葉に他の生徒達ももう一年が終わってしまうことを実感する。

 

 「あっという間ね」

 「怒濤だったぁ」

 「後輩出来ちゃうねぇ」

 「ヒーロー科部活ムリだからあんま絡みないんじゃね?」

 「有望なコ来ちゃうなぁ!やだ~!」

 

来年度についてあれこれ話していると、

 

 「君たち!まだ約3か月残ってるぞ!期末が控えていることも忘れずに!」

 

飯田の言葉が一部の生徒達に現実を突きつける。

 

 「やめろ飯田!鍋が不味くなる!」

 「味は変わんねぇぞ」

 「お、お前それもう天然とかじゃなくね!?」

 「皮肉でしょ。期末慌ててんの?って」

 「高度!」

 「俺は味方だぞ峰田~。一緒に八百万と垣根に教えてもらおうな!」

 「私で良ければいつでも大歓迎ですわ」

 「ざけんな。自分で何とかしろ」

 「「そりゃないぜ垣根~!!」」

 

 「「「ハハハハハッッッ!!」」」

 

ロビーにA組生徒達の笑い声が響く。楽しそうなクラスメイトの顔を見ながら、垣根も珍しく心が和むような心地がした。だが同時に、垣根の心には一抹の不安感も芽生えていた。確証も根拠もない。ただ、”皆と笑い合えるのはこれが最後なのではないか”という漠然とした不安感が心の中に生まれるのを垣根はしっかりと感じていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




インターン2終わり


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雄英高校 戦争編
七十七話


 

 キュッ!!

 

 白く、だだっ広い屋内トレーニング場の床を、シューズが擦る音が鳴り響く。甲高い音を響かせながら、トレーニング場には二つの人影が激しく動き回っていた。一人はバニー姿とその筋肉質な肉体が特徴的な、No.5ヒーロー・ミルコ。そしてもう一人は、そのミルコの下にインターン生として参加している雄英高校ヒーロー科一年A組・垣根帝督である。二人は今、組み手の最中だ。ミルコは楽しそうな表情を浮かべながら絶え間なく鋭い蹴りを放っていき、一方の垣根は顔を目一杯しかめながらミルコの攻撃をすんでのところで躱していた。

 

 「オラァァ!!」

 「くっ!」

 

風圧とともに迫り来るミルコの左足を顔を逸らすことでなんとか躱した垣根は、そのままカウンター気味に自身の左足をミルコに繰り出す。しかし、

 

 ヒュルンッ!!

 

ミルコは猫のように素早く身体をひねると、垣根の蹴りを難なく躱し、その勢いのまま今度は自身の右足を垣根の身体に叩き込んだ。

 

 「ぐっ…!?」

 

重い衝撃が垣根を襲う。咄嗟に腕でガードした垣根だったが、当然受けきれるはずもなく垣根の身体は数メートル先へと吹っ飛ばされた。

 

 「チッ!」

 

地面に叩きつけられながらも素早く受け身を取った垣根はすぐさま体勢を立て直し、かがみながら目の前を見据えると、こちらに迫り来るミルコを視認した。

 

 「いくぜェェ!!」

 

走りながら声を上げたミルコは一瞬その場でかがむと、ビュンッ!!と力強く跳躍しあっという間に最高到達点にたどり着く。自身の右足を天高く振りかざすと、ミルコは地上の垣根目掛けて勢いよく落下していった。

 

 「オラァァァァァァァ!!!」

 

 ガシャンッッッ!!!

 

振り下ろされたミルコの踵は派手な音をたてながらトレーニング場の床を破壊する。常人がまともに喰らったら間違いなく大怪我程度では済まない威力。しかし、

 

 「くらうかよ」

 

ミルコが踵を振り下ろす瞬間、垣根は前方へと身を投げ出すことでミルコの攻撃を回避し、同時にミルコの背後を取る。そして間髪入れずに起き上がると、そのままミルコの背中目掛けて右足を勢いよく振り抜いた。まだ攻撃態勢から戻れていないミルコに対し、攻撃の直撃を確信した次の瞬間、

 

 シュッ!

 

突如ミルコの身体が視界から消え、垣根の蹴りは空を切る。

 

 「?」

 

一瞬呆気にとられた垣根だが、すぐに視線を下に向ける。するとそこには、180度前後開脚しながら身を沈めることで垣根の蹴りを躱していたミルコの姿があった。ミルコを視認した垣根はすぐにミルコから距離を取ろうとしたが、先に動いたのはミルコの方だった。

 

 ヒュン!

 

 「!」

 

地を這うような回し蹴りを放ち垣根の足を絡め取ると、垣根の身体はバランスを崩し背から地面に倒れ込んだ。そしてミルコは素早く垣根に馬乗りになると、自身の右手を垣根の首に添えた。厳めしい表情でこちらを睨み付ける垣根を、ミルコはニヤリと笑いながら見返した。

 

 「これで私の50勝目だな」

 「…うるせぇ。さっさとそこどけ」

 「へっ」

 

ミルコが立ち上がり垣根から離れると、垣根もゆっくりと起き上がった。不機嫌そうに服を手で払う垣根を見ながらミルコはからかうように言った。

 

 「どうだ?参ったか?」

 「あぁ参った参った。頼むから金輪際俺に近づかねぇでくれると助かる」

 「ハハハ!まぁそういじけんなって。最初の頃に比べりゃ大分動けるようになってきてる。実戦でもそこそこヤれると思うぜ?」

 「んなことどうでもいい。近接戦闘なんざ俺のスタイルじゃねぇんだよ。面倒くせぇ」

 

言葉通り、面倒くさそうな様子で呟く垣根。すると、

 

 「ハッ、そんなザマじゃお前、次の戦いに生き残れねぇぜ」

 

ミルコが鼻を鳴らしながら言った。ミルこの言葉に垣根は眉をひそめる。

 

 「あ?次の戦い?」

 「あ、やべ。まだ秘密だったなコレ」

 

なにやら言ってはいけないことを思わず口を滑らせてしまった様子のミルコ。そんなミルコに対し垣根は言及を続ける。

 

 「おい、次の戦いってどういう意味だ?」

 「あー…ま、いいかァ!どうせ後で知ることになるしな!いいぜ。話してやるよ。ついてこい」

 「は?どこ行くんだよ?」

 「メシだメシ。話は食いながらだ」

 

そう言うとミルコはくるりと身を翻し、トレーニング場の出口へと歩き出した。垣根はミルこの相変わらずの奔放ぶりに小さくため息をつきながらも、その後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「で、次の戦いってなんのことだ?」

 「ああ。それはな….」

 

 カリッ!とにんじんを噛み切りながらミルコが口を開く。垣根もコンビニで買ってきたサンドウィッチの封を切りながらミルコの話を待った。

 

 「私もこの前知らされたばかりなんだが、とうとう警察の野郎共が敵連合の拠点らしきものを突き止めたらしい」

 「へぇ。まじか」

 「あぁ。詳しいことは忘れたが、どうやら拠点は二つ。一つは病院でもう一つは山ん中」

 「病院?」

 

ミルコの言葉に思わず聞き返す垣根。山の中はまだしも、敵のアジトが病院というのは中々聞かない話だ。怪訝そうな表情を浮かべる垣根にミルコは頷きながら話を続ける。

 

 「その病院、殻木ってジジイが創設者らしいんだがな、警察の調べじゃどうやらソイツがAFOの懐刀なんだとよ」

 「ほぉ。医者か…」

 

ミルコの話を聞いた垣根はふと、神野での出来事が想起された。

 

 「そういや以前AFOと会ったとき、顔面にえらくイカついマスクつけてたな。昔オールマイトと戦って敗れたそうだが、恐らくあれはその時の傷を癒すためのもの。だったらその治療の協力者がいたと考えれば辻褄は合う」

 「へぇ。そんなことあったのか。ならやっぱクロ確定かもな」

 「だが証拠はあんのか?そのジジイがAFOの仲間だっつう確かな裏付けは」

 「さぁな。詳しいことは知らん。警察に聞け」

 「……」

 「そんで、敵のアジトが分かった以上、手を打たねぇ道理はねぇ。今度その病院と山中のアジトに私らで殴り込みをかけるって作戦が今動いてるってことだ」

 「なるほどな」

 

ミルコの話に納得の意を示す垣根だったが、一方でまだ疑問に思っていることもあった。

 

 「次の戦いってのは理解したがミルコ、アンタが言ってた『どうせ後で知ることになる』ってのはどういう意味だ?」

 「あァそれはな、今回私らヒーロー達が敵連合に殴り込みかける間、お前らガキ共には後方で住民の避難誘導を手伝ってもらうことになってんだ」

 「あァ?俺らが避難誘導?」

 

垣根はまたもやミルコに聞き返す。後方支援とはいえ、それはつまり敵連合とヒーローの戦争に学生が参加するということだ。仮免を取っているとはいえ、流石に急な話だと感じる。

 

 「…おいおい、大丈夫なのかそれ。いくら後方支援とはいえこれは奴らとの戦争なわけだろ?そんなもんに学徒動員とか流石に世間が黙っちゃいねぇだろ」

 「んなこと私に言われても知らねぇよ。上がなんとかすんだろ…あ、そういや何人かの奴らは前線にも送られるっつってたな」

 「は?」

 「私ら病院カチ込み組にはいなかったが、山の方には何人かガキ共も配置されるらしいぜ。もしかしたらお前も送られるかもな」

 「…まじかよ」

 

垣根が短く呟くと、それを聞いたミルコがニヤリと笑いながらからかうように垣根に言った。

 

 「なんだよ?もしかしてビビったかァ?」

 「そうじゃねぇよ。学生を前線にまで送らなきゃいけない程余裕がねぇプロヒーロー様達に俺は驚いてんだよ」

 「カカッ!そう言われちゃ返す言葉もねぇ。ま、猫の手も借りてぇ状況なのは確かだろうな!」

 

楽しそうに笑いながら言うミルコに対し、垣根はさらに一つ質問をぶつけた。

 

 「病院の方には学生は配置されねぇのか?」

 「あ?あァ。院内には脳無関連の施設があるらしいからな。流石に危険すぎる」

 「脳無、か…」

 

ミルコの話を聞きながら垣根は顎に手を当て考える。警察が掴んだその二つのアジト、間違いなくどちらかに木原はいる。問題はどちらにいるか。ここで垣根はこの前の脳無襲来事件を思い浮かべる。垣根と戦った脳無は間違いなく木原の手によって改造を施された個体。なら木原は今、脳無の改造に従事していると考えてもおかしくはないだろう。それはつまり、病院で殻木と呼ばれる医者と共にいる可能性が高いということになる。

 

 「…いる。いるな。間違いなく病院の方にいやがる」

 「?」

 

垣根がボソリと呟くと、再び顔を上げ怪訝そうな顔でこちらを見つめるミルコに言葉を投げた。

 

 「なぁミルコ」

 「あァ?」

 「一つ頼みがあるんだが…」

 「?なんだよ、頼みって」

 

ミルコが聞き返すと、垣根はゆっくりとその内容を口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――3月中旬。

 

 

 

 

 

 ここはとある警察署内の会議室。中はかなり広く、100人以上人が集まっても収容可能なのではないかと思う程だ。部屋の北側には大型モニターが映像を映し出しており、その映像を多くのヒーロー並びに警官達が見上げていた。部屋にいる全員がモニターを見つめる中、刑事である塚内が口を開いた。

 

 「殻木球大。個性なし。蛇腔総合病院創設者にして現理事長。個性に根ざした地域医療を掲げ、病院設立後すぐ慈善事業に精を出し始める。全国各地に児童養護施設や介護施設の開設、個人病院との提携。気まぐれにも見える沿革だが人々からは敬意と共に受け入れられている」

 「殻木球大…コイツがAFOの懐刀」

 「改人脳無を作ったマッドサイエンティストってわけね」

 

ロックロックとマンダレイがモニターに映し出された殻木の映像を見ながら、苦々しげに呟く。するとここでエンデヴァーが塚内に尋ねた。

 

 「なぜその男だと分かった?」

 「公安からの情報を受け部下を潜入させた。この病院には関係者も用途を知らない立入禁止の空間がある。霊安室からのみ通行可能な空間。出入りするのは殻木のみ。潜入を続け証拠も掴んだ。これがその写真だ」

 

塚内がそこまで言うと、モニターに新たな映像が映し出され、それを見たピクシーボブは小さく声を上げた。

 

 「ちっちゃい脳無!」

 「殻木球大の逮捕自体は難しくない。しかし先走れば超常解放戦線のメンバーに感付かれる。我々には保須や神野でのトラウマがある。都市に壊滅的な被害を受け、多くの市民やヒーローに犠牲を出してしまった。AFOの逮捕拘束ができたもののNo.1ヒーロー オールマイトは実質的な引退に追い込まれた。ゆえに最大戦力を持ってこの事案に臨むこととする」

 

塚内の発言を神妙な面持ちで聞き入るヒーロー達。この場にいる全員が皆、今作戦の重要度について改めて実感していた。すると再びモニターに新たな映像が映し出され、塚内が説明を再開した。

 

 「まずはヒーローたちを2つの班に分ける。エンデヴァー班は蛇腔病院にいる殻木球大の身柄の確保。エッジショット班は超常解放戦線の隠れ家と目される郡訝山荘への突入。これら2つの事案を同時に行う。またそれぞれの班には後方支援としてヒーロー科の学生たちを配置。事態の拡大時における住民の避難や救助活動を担ってもらう」

 

塚内が今作戦の概要について一気に説明すると、ここでロックロックが口を挟んだ。

 

 「要は山荘と病院を同時に攻め込み、後方支援を学生にやらせるって事だよな?」

 「そうだ」

 「それは分かったがよ、俺にはまだ一つ疑問がある。その後方支援担当であるガキが何でこの作戦会議に参加してんだ?」

 

ロックロックはそこまで言うと、この場に学生ながら唯一参加している垣根帝督に目を向けた。他のヒーロー達も同様に垣根に視線を注ぐ。すると塚内がロックロックの質問に答える。

 

 「彼は今作戦において蛇腔病院班に参加することとなった。ミルコの推薦でな」

 「はァ!?」

 

ロックロックが驚きながらミルコの方をミルと、ミルコはニヤッと笑みを浮かべる。するとそこへ13号が口を挟んだ。

 

 「いやしかし、病院は脳無の巣窟かもしれないんですよ。そんなところに学生を参加させるのは危険すぎると思います」

 「私も同意見。彼が優秀なのは知ってるけど流石に今回は…」

 「まったくだ。連合との全面戦争だってのにガキのお守りしながら戦えってか?冗談じゃねぇ!おい刑事さん、本当にコイツいれんのよ!?」

 

13号やマンダレイが難所を示し、ロックロックが異議を唱える中、さらに今度はエンデヴァーが垣根の下へゆっくりと歩み寄ってきた。

 

 「垣根帝督、だったかな。焦凍と同じクラスの」

 「…あぁ」

 「体育祭で見ていたよ。とても優秀だ。だが今回は彼らの言うとおり危険すぎる。同じ前線でも山荘の方へ回って欲しい。君の力が大いに役に立つはずだ」

 「……」

 

エンデヴァーの言葉にしばらく黙りこくる垣根、しかし、やがて顔をあげエンデヴァーの方を見上げると、垣根は静かに告げた。

 

 「……学生だろうがコスチューム着て街出りゃ立派なヒーロー。俺はそう習ったぜ」

 「!」

 「ヒーローにガキもクソもあんのかよ。それに…」

 「……」

 「エンデヴァー、アンタが九州でやり合ったのと同じタイプの脳無と俺はこの前戦った」

 「なにっ!?」

 

垣根の言葉に驚くエンデヴァー。それは他のヒーロー達も同様で、一同目を見開いて垣根を見つめる中垣根が続けた。

 

 「病院が脳無の巣窟だってんなら尚更脳無との戦闘経験者は必要なハズだろ。それをガキだからっつう理由で退けるのは合理的じゃねぇと思うが?」

 「し、しかし…」

 「コイツが脳無仕留めたってのは本当だぜ。私が証人だ」

 「!ミルコ…」

 

ミルコは垣根達の方に近づきながらそう言うと、垣根に肩を回しながらニヤリと笑った。

 

 「心配いらねぇよエンデヴァー。コイツは生意気だがかなり使える。それに、何が起きても私が死なせねぇ!」

 「…だから一々肩組んでくんじゃねぇ」

 

鬱陶しそうにミルコの手を払いのけようする垣根。すると、

 

 「ま、ミルコがそこまで言うならいいんじゃない?私も彼と仕事したことあるけど、実力は充分プロクラスだと思うわ」

 「リューキュウ…!」

 

リューキュウが垣根の参加に賛同の意を示した。とここで、それまで黙って話を聞いていた塚内が再び口を開いた。

 

 「イレイザーヘッド、垣根君はアナタの生徒だ。アナタはどう思う?」

 

そう言いながら、塚内は相澤の方へ視線を向ける。塚内から話を振られた相澤は一瞬僅かに目を見開くも、いつもの気怠げな様子で答えた。

 

 「どう思うって、そりゃ担任としては反対です。ただ、一プロヒーローとして見た場合、リューキュウの言うとおり実力は申し分ないかと」

 「ふむ…」

 「まぁどの道、俺が言って聞く奴じゃないんでね。それに、実際に現場に出て垣根と仕事してるのは俺じゃなくミルコの方だ。俺の判断よりミルコの判断の方が信頼に値するかと思います」

 「…なるほど」

 

相澤の話を聞いた塚内は少し考えていたが、やがて結論が出たのか垣根の方へと向き直った。

 

 「予定通り君には病院の方の班に参加してもらう。ただし、あくまでプロヒーロー達のサポートがメインだ。あまり前に出すぎることはないように」

 「了解」

 

垣根の返事を聞いた塚内はよしっ!と頷いた後、再び全体へ向けて声を張った。

 

 「では改めて。今回の作戦、一度状況が開始されれば当然戦線のメンバーや脳無による抵抗が予想される。それでもやらなければならない。殻木、脳無、死柄木、そして連合…いや超常解放戦線の一斉掃討が我々の命題だ!」

 

 ヒーロー達の眼差しに灯がともる。そして、

 

 (待ってろよ木原ァ…)

 

垣根もまた、来る決戦の日に向けて静かに闘志を燃やしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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七十八話

 

 ――――三月下旬。作戦決行日。

 

 群訝山荘にて。

 

 山の中で、木々に囲まれながらぽつんと立つ大きな館。その館は、敵連合の本拠地であり、今現在多くの敵が館の中に集結している。そんな敵のアジトである館を、少し離れた場所からヒーローの集団がじっと見つめていた。警察主導の下、急遽立案された敵連合のアジトを二方向から同時に奇襲する今作戦。その一端を担うのが、今ここにいるプロヒーロー達なのだ。名だたるヒーロー達が真剣な顔持ちで館を見据える中、彼らの先頭に立ち今作戦のリーダー的存在の内の一人であるエッジショットが低い声で呟いた。

 

 「超常解放戦線の隊長どもの集まる定例会議。それが今あの館で開かれている。敵にはワープを使う者がいるがその発動者は病院側にいるとのこと。逃がしてくれる者が捕らえられたら逃げ場は無くなるというわけだ」

 

エッジショットの言葉を聞きながら、ヒーロー達は気を引き締める。すると、

 

 「ねぇ、私たちここにいて大丈夫?」

 「小森?」

 「敵連合って雄英を狙ってたノコ…?」

 

学生でありながらこの前線に配置された雄英高校1年B組の小森が不安げに呟く。小森の他にも骨抜や常闇、上鳴達もまたこの前線に参加していた。彼らは皆、広範囲に及ぶ個性を持っておりその力を買われてここにいる。とはいえ、いきなりこんな最前線に送り込まれては小森のように不安に思ってしまっても無理はない。そんな不安げな様子の生徒の下に、同じくこの前線に参加していたミッドナイトがゆっくりと近づきながら声をかけた。

 

 「彼らは大きくなりすぎた」

 「ミッナイ先生…」

 「強大な力を手にした今、死柄木は最短で目的を達成するつもりよ。危ないのはもうあなたたちだけじゃない」

 「!」

 「大丈夫よ。初動で少し力を借りたいだけだから。すぐ後方に回します」

 「先生…」

 

ミッドナイトが小森の手をそっと包み込みながら優しく語りかけると、小森は安堵の表情を浮かべた。一方、

 

 「ってかなんで俺が最前線なんっすか!?わぁ~ん!みんなが恋しい!A組が恋しいよぉ~!」

 

A組生徒の方はと言うと、上鳴電気が己が状況を全力で嘆いていた。泣きそうな表情を浮かべながら上鳴は、自身の左隣にいる人物の腕にすがりつく。

 

 「なぁ垣根ェ!俺やだよぉぉぉ!みんなのところに帰りてぇよぉぉぉぉ」

 『黙れ。そして離れろ』

 

腕にすがりつく上鳴を、未元体の垣根は無情にも引き剥がす。すると、

 

 「ってか!お前なんで身体真っ白になってんだぁぁぁぁぁ!?」

 

上鳴が未元体を指指さし叫びながら尋ねると、未元体はため息と共に答えた。

 

 『今更かよ。さっき言ったろ?本体(オリジナル)が来れねぇから分身()が来てんだよ』

 「はぁ?オリジナル?どういうこと??」

 「…先日のインタビュー練習時に披露したあの分身術か」

 『そ』

 

常闇の言葉に頷く未元体。上鳴もようやく「あぁ~あれか」と言いながら納得しかけていたが、「いやマジかよ垣根ェェェ!!」などとまたもや横で騒ぎ出した。いい加減イライラしてきた未元体だったが、その時ちょうどエッジショットの指示が全体に響き渡る。

 

 「これより作戦を決行する。全軍、進軍開始!」

 

エッジショットの号令の下、麓に集まっていたヒーロー達が一斉に動き出し敵が集まる館に向かって進軍を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――エッジショット班 後衛。

 

 エッジショット達が館を見据えながら待機している中、その遙か後方には雄英高校一年の生徒達が待機していた。役割が前衛の後方支援なので、前衛が敵を討ち漏らしたり危機に陥らなければ基本的にやることはない。緊張感はあるが、前線の人達ほどではないというそれなりの緊張感の中、各自時を過ごしていた。すると、

 

 「あの~…ところでさ」

 

B組の拳藤が突然八百万達に話かける。八百万達が拳藤の方を向くと、拳藤は言いづらそうにある方向を指さし戸惑いながら尋ねた。

 

 「あそこに立ってる白い垣根らしきものは一体何なの…?」

 

拳藤の指の先には全身真っ白な垣根、未元体の姿があった。B組生徒は見るのが初めてなためか、拳藤だけでなく他のB組生徒達も戸惑っている様子だった。拳藤の質問に対して八百万が答える。

 

 「彼は垣根さんが作り出した分身、のようなものですわ」

 「分身?エクトプラズム先生みたいな?」

 「まぁそんな感じ?実は俺らもよく分からん」

 「へぇ~。アイツこんなのまで作れちゃうんだ。凄いね相変わらず」

 

拳藤が興味深そうに未元体に近づき、未元体の身体をジロジロと観察していると、

 

 『ジロジロみてんじゃねぇ』

 

突如未元体が不機嫌そうに口を開いた。

 

 「えっ!?うわっ!?喋った!』

 

未元体が喋ったことに驚く拳藤だったが、ちょうどその時、

 

 「始まった」

 

突然現場監督である虎ヒーローが一言呟いた。

 

 「えっ!?」

 「そんなヌルリと!?」

 

峰田が驚いている中、耳郎はイヤホンジャックを地面に差し込み、前線の音を拾う。

 

 「動いてる…」

 

虎ヒーローの言うとおり、イヤホンジャックからは前線の方角から集団が移動する音が聞こえてくる。それは前衛部隊が移動を始め、いよいよ作戦が始まったことを意味していた。皆の表情に緊張が走る中、虎ヒーローが生徒達に向けて語りかける。

 

 「今回かつてない規模でヒーローが集まった。だからといって決して気を抜くな。裏を返せばこれだけ集めなければならぬほど敵は強大ということだ」

 「常闇はともかく上鳴大丈夫かな…」

 「ダイジョウブダイジョウブ!」

 「上鳴も常闇も立派なヒーローだもん!」

 

不安げな耳郎に葉隠と芦戸が励ますように声をかけていたが、一方で八百万もどこか浮かない表情を浮かべていた。瀬呂がそれに気付き八百万に話しかける。

 

 「どした八百万。お前も上鳴が心配なのか?」

 「瀬呂さん…勿論お二人のことも心配ですが…」

 「垣根か」

 「!…はい」

 

八百万は一瞬目を見開くも、暗い表情で頷いた。

 

 「確かに、そりゃそうだよな。なんせアイツの居場所は…」

 「…蛇腔病院。脳無の製造拠点である可能性が高い場所ですわ」

 「一年(俺ら)の中で一人だけ病院の前線組。しかも上鳴達とは違って俺らんとこに戻ってくる訳でもないしな。まぁアイツの分身はいるけど」

 

そう言いながら瀬呂と八百万はチラッと未元体の方を見る。垣根はこの作戦が始まる前、病院以外の全ポイントに未元体を配置していた。なので垣根本体は病院の前線にいるが、病院組の後衛・エッジショット班の前後衛にはそれぞれ必ず未元体がいることになる。未元体の強さは八百万達も確認済みであり、彼の存在を頼もしいと思う気持ちもある一方で、やはりどこか拭いきれない違和感というのも確かに存在していた。複雑な思いを抱きながら八百万が未元体を見つめていると、瀬呂が再び口を開いた。

 

 「まぁでも大丈夫だろあいつは。垣根の強さは俺達が一番良く知ってんだからさ」

 「瀬呂さん…ええ、そうですわね」

 「そうそう。俺らは俺らで出来ることをしようぜ」

 「はい…!」

 

瀬呂の言葉に微笑みながら返事を返す八百万だったが、それでも一抹の不安は彼女の胸の内から完全に消え去ることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――エンデヴァー班 後衛。

 

 群訝山荘のアジトと同様、蛇腔病院の居場所は山の中で周りを木々で囲まれている場所にある。山を下りた麓には一つの町が存在し、今回エンデヴァー班後衛チームはこの町の住民を避難させることだ。実際に後衛班が行動を開始するのは前衛が動いてからなので、現在彼らはは町を見下ろせる位置で待機している。その中には緑谷や爆豪などのA組生徒達の姿もあり、彼らもまた上からの指示を待っていた。

 

 「間もなく作戦の開始時間だ」

 

飯田がひとりでに呟くと、

 

 「クソが!なんでメルヘン野郎が前線で俺様が後方支援なんだよ!俺も前線行かせろや!」

 

待つことにしびれを切らしかけている爆豪が不満げに叫んだ。

 

 「爆豪、俺たちはまだ仮免の身だ」

 「うっせぇ黙ってろ!つかそれ言うならあいつも仮免だろォがァ!!!」

 「落ち着きたまえ!」

 

轟に食ってかかる爆豪を飯田が諫めている一方で、今度は少し離れた場所で緑谷が真剣な面持ちで呟く。

 

 「これだけの規模の作戦だ。連携が重要になる。僕たちは僕たちに与えられた任務を全うしよう」

 「「「うん!」」」

 『おー相変わらずいい子ちゃんだな緑谷』

 「「「!」」」

 

緑谷や麗日達が声の方向へ視線を向けると、一体の未元体がそこに立っていた。緑谷達は思わず目を少し見開きながら未元体を見つめる。

 

 『…ったく、いい加減慣れろよな』

 「ご、ごめん…つい…」

 「それは無理よ垣根ちゃん」

 「そうだよ~。イメチェンってレベルじゃないし」

 「」コクコク

 

未だに未元体の姿に慣れない緑谷達に未元体はため息をつく。すると麗日が未元体に尋ねた。

 

 「ねぇ白ていとくん。本物のていとくんは前線にいるんだよね?」

 『……いろいろツッコミてぇところはあるが、まぁそうだな』

 「アナタ達は垣根ちゃんが作った分身体ってことでいいのよね?」

 『あぁ』

 「達……」

 

そう呟きながら緑谷は視線を動かすと、ここより少し離れた場所にもう一人の未元体がいるのが見え、違う方向に目を向けるとまた別の未元体の存在が確認できる。この後衛班には全部で8体ほどの未元体が存在している。それぞれの未元体に目を配りながら緑谷は、改めて垣根の個性の力の凄さを実感した。

 

 「でも本当に凄いよ垣根くん。エクトプラズム先生の技も再現しちゃうなんて。応用が効くなんてレベルじゃない」

 「確か全部で70体程作れるって言ってた気がするけど…」

 『…作るだけならな。実際に実践で使える数はまだ多くて50くらいだ』

 「そうなんだ…いやでも凄すぎるよていとくん!」

 

緑谷達が垣根の未元体をじっくり観察しながら話していると、

 

 『!』

 

突然目の前の未元体が後ろを振り返った。何事かと緑谷達が怪訝そうに見つめていると、

 

 『始まるぜ』

 

未元体が静かに呟いた。すると、

 

 「前線が動いた!私たちも行くよ!」

 

前方にいたバーニンが後衛班に向けて言い放ち、そのまま崖を下っていく。緑谷達もすぐさまバーニンに続いた。

 

 「区画ごとに分かれて住民の避難!いいね!?」

 「「「はい!」」」

 

バーニンの指示に従い、学生やプロヒーロー達が各自自分の持ち場に散開していく。自分を含め、皆が慌ただしく動いていく様を見ながら緑谷は、戦争が始まったことを改めて肌で実感していた。

 

 (ついに始まる…!)

 

心の中でそう呟きながら、緑谷は持ち場へと急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――そして、エンデヴァー班 前衛

 

 蛇腔病院にて。

 

 

 

 

 バッッッ!!!

 

 

 エンデヴァー率いる選りすぐりの前衛チームが一斉に蛇腔病院に足を踏み入れた。いきなりの出来事に病院内の患者や看護師が困惑気味に声を上げる中、

 

 「エンデヴァー!こちらです!」

 

公安からのスパイとして蛇腔病院に潜入していた男がエンデヴァー達を誘導する。エンデヴァーはすぐさまそれを確認するとミルコに指示を飛ばした。

 

 「ミルコは霊安室へ」

 「おう!」ダッッ

 

ミルコは力強く返事を返すと一気に跳躍し、ロビーにいた一般人の頭上を悠々と超えて霊安室へと向かっていった。そして病院内の人達に向けてマンダレイがテレパスを使いながら呼びかける。

 

 「皆さん外へ避難してください!ここが戦場になる恐れがあります!」

 

マンダレイのテレパスを合図に、前衛班の一部のヒーロー達が人々の避難誘導を開始する。一方、エンデヴァーや相澤達は病院の奥へと進んでいく。奥へと続く廊下を黙々と進んでいくと、ついに標的となる人物の背中を視界に捉えた。そして、

 

 「貴様か」

 「!」

 

エンデヴァーの威圧的な声音に、その人物は身体を震わせながら、ゆっくりとこちらを振りかえった。

 

 「脳無の製造者、オール・フォー・ワンの片腕」

 「うぉぉおおおお!」

 「観念しろ。悪魔の手先よ!」

 

怯えながらこちを見るその老人の顔を、ヒーロー達は確認する。間違いない。この老人こそ今作戦の標的でありAFOの右腕、殻木球大である。

 

 「なんで…なんでぇ~!?」

 

ひどく狼狽した殻木はすぐさま振り返り逃げようとしたが、相澤の布によってバシッ!っと左足を絡め取られ、バランスを崩しその場で転倒した。そして相澤がその目で殻木を見つめると、

 

 「うぅ……」ゲホッゲホッ

 

老人が苦しそうに咳き込みながらうめき声を上げた。

 

 「やはり戸籍登録の通りではないようだな。イレイザーが抹消で見た途端老け込んだ。個性だな」

 「うぅぅ…」

 

うめき声を上げながらこちらを振り返る老人の顔は、エンデヴァーの言うとおり先ほどと比べてかなり老け込んでいた。

 

 「その個性がオール・フォー・ワンの長生きの秘訣か?黒い脳無にのみ搭載されていた超再生。決してありふれた個性じゃない。それを複製したのかあるいは人造したのか。お前はその技術をオール・フォー・ワンに提供していた」

 「……っ」

 

塚内の言葉に動揺の色を見せる殻木。するとそこへ、今度はプレゼントマイクが殻木の肩に手を置きながら静かに語りかけた。

 

 「すげぇじゃん。そういうのよォ再生医療とかよォ、そっちの方面で使えばハイパーチートなんじゃねぇの?なぁ!?」

 「ヒッ!」

 「なんでこんな使い方なんだよ?なんでこんな使い方だよジジイ!俺のダチに…何してくれてんだよジジイィィ!!!!」

 「ひぃぃぃぃぃぃ!!1」

 

激昂するマイクに怯える殻木。すると、

 

 「ちょっと!乱暴はやめてください!」

 「先生が一体何したって言うんですか!?」

 

医師と看護婦が慌ててマイクと殻木の間に入る。何も事情を知らない彼らからしたら、敬愛する理事長がヒーローに暴行を加えられている場面に見えたのだろう。

 

 「下がっていろ」

 

エンデヴァーの言葉と共にヒーローと塚内がその医師と看護婦を外へと連れ出しに行った。動揺する彼らをなだめながら塚内達がこの場から離れると、相澤がバシッ!と布で殻木の身体を縛り上げ静かに口を開いた。

 

 「今ヒーローたちがこの病院にいる人間全員を避難させている。脳無との戦闘に備えてな」

 「……」

 「だが無血制圧できるならそれに越したことはないだろう。脳無が特定の人間の指示でしか動かないよう脳をプログラミングされていること。指示がなければただの遺体であること。これまでに捕らえた個体を調べて分かったそうだ」

 

相澤はそこまで言うと、自身が握っている布を一層力を入れて握りしめた。そして、

 

 「お前たちが弄んでは捨ててきた数多の者が言ってんだ」

 「……」

 「次はこっちが奪う番」

 

相澤が静かな怒気を滲ませながら殻木に言い放つ。すると、

 

 『おいクソジジイ』

 

後ろから一人の青年が前に出ながら殻木に声をかける。その声は垣根帝督のものだが、声が発せられた元は垣根帝督ではなく、垣根帝督の姿をした白い人型・未元体によるものだった。皆が未元体を見つめる中、未元体が殻木に尋ねた。

 

 『木原はどこだ?いるんだろこの病院に』

 「……」

 『ダンマリかよ』

 「いやじゃ…」

 『あ?』

 「いやじゃ…堪忍しておくれぇぇ…」

 

命乞いをする殻木を冷めた目で見つめるヒーロー達。すると突然、殻木が気持ち悪い笑みを浮かべながらヒーロー達を見上げゆっくりと口を動かした。

 

 「堪忍―――…」

 「!」

 

 ドォォォォォン!!!

 

派手な轟音と共に廊下が破壊され、大量の脳無が現れる。驚愕するエンデヴァー達。そんなヒーロー達を殻木は、自身の脇腹が脳無の角によって貫かれているにも関わらず、得意げな顔で見下ろしていた。

 

 「二倍による生成物は末梢でも消えん。いいこと知ったわ。複製技術の存在が分かっていたなら警戒すべきじゃったな。いや無理な話か」

 「トゥワイスの個性!?複製だったか!」

 

脳無に刺された殻木が泥のような状態になり身体の形を崩していく。エンデヴァーの言うとおり、ヒーロー達が今まで相対していた殻木はトゥワイスの個性で作られたものだった。

 

 『ハッ、未元体()と似た力か。やってくれるぜ。いいね、面白くなってきた』

 

大量の脳無が襲い来るこの状況下で未元体は不敵な笑みを浮かべながら脳無達を見据える。こうして、エンデヴァー達と脳無の戦闘が開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――エンデヴァー達と脳無が会敵するほんの少し前。

 

 

 

 「フンッ!!」

 

 バゴッッッッ!!!

 

 ミルコは霊安室へ続く隠し扉を蹴り飛ばし破壊すると、そのまま隠し通路の奥へと進んでいく。そして跳躍しながら自身の後ろを振り返り、ニヤッと笑いながら言った。

 

 「へっ!お前、ヒーローのサポートがメインとか言われてなかったか?」

 「うるせぇ。一応何体かは残してきた。アレも垣根帝督()の一部みてぇなもんだ。文句はねぇだろ」

 「それ、屁理屈ってんだぜ」

 

ミルコが語りかけているのは、背から翼を生やしミルコの後を追っている垣根帝督。彼はエンデヴァーやマンダレイの方に未元体を何体か残し、本体である自分はミルコと共に霊安室へ向かっていた。木原が人から見られるような場所で活動しているとはまず考えられない。だとしたら木原の居場所は人目につかない場所、つまり、脳無の製造場所である霊安室にいる可能性が高いと垣根は推測していた。

 

 (今のところエンデヴァーの方では木原は見つかってねぇか……)

 

垣根は未元体の得た視覚情報から、まだ木原が見つかっていないことを掴む。すると、

 

 「エンデヴァ~~~~!動いてるぞォォォォ!!」

 

前方からミルコの叫びが聞こえ垣根が意識をそちらに向けると、ミルコの言葉通り薄暗い隠し通路の先に何体もの脳無が待ち受けている姿が視認できた。

 

 「「「GYAAAAAAAAA!!!!」」」

 

絶叫を轟かせ脳無の軍勢が二人に襲いかかる。常人ならば絶望し死を覚悟する場面。しかし、

 

 「おーおー、こりゃビンゴかもな」

 「おんもしれェェ!!!」

 

この二人に常識は通じない。ミルコと垣根はそれぞれ不敵な笑みを浮かべながら、襲い来る脳無の中に飛び込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――蛇腔病院 霊安室。

 

 

 

 

 

 「ハッハッ、ワシがマスターピース、死柄木弔に夢中で他事一切分身に任せているなど知らんものなァ」

 

 真っ暗な霊安室の中で不気味に光る巨大なカプセルの前で殻木が呟いた。カプセルの中には水が充満し、人らしき影が映っている。殻木は急いで移動式の椅子に座ると、その椅子を動かした。

 

 (しかし忌々しいヒーローめ。この病院を捨てていいものか。個性を1つ複製培養するのにどれだけの設備とどれだけの時間が必要か。これほどの個性ストックを揃えるのにワシがどれだけ苦労したか)

 

奥の部屋から開けた場所まで移動した殻木は、椅子から飛び降り目的の場所まで走った。殻木が移動してきたこの開けた場所には先ほどのような大きなカプセルがいくつもあり、また、小瓶ほどのサイズの小さなカプセルが無数に置いてある大きな戸棚があった。大きなカプセルの中には満タンの水と異形の怪物の数々。これら全て殻木と木原が生み出した脳無である。

 

 (ここには全てが詰まっておるんじゃ。ワシの人生全てが。AFOとの血香る睦まじい日々が全て)

 

殻木が心の中で今までの苦労の日々を思い返しながら、急いで戸棚からいくつかのミニカプセルを取り出そうとしていると、

 

 「おやおやドクター。そんなに急いでどうかしたんですか?」

 

車椅子に乗った一人の女性が駆動音と共に殻木の背後に現れ、彼に尋ねた。

 

 「おぉ木原君!実はヒーロー共がこの病院を嗅ぎつけたらしい。すぐにここから逃げるんじゃ!」

 「おやおや。それは大変ですねぇ」

 

殻木の言葉にわざとらしく目を丸くした木原だったが、言葉とは裏腹に彼女の表情には余裕そうな笑みが浮かんでいた。

 

 「そうじゃ!だから君も早く逃げる準備をするんじゃ」

 

殻木は木原にそう言いながら目的のカプセルを全て抱え込むと、急いで霊安室の入り口へと走りだした。そして、

 

 「お散歩は終わりじゃよ ジョンちゃん!今すぐワシと死柄木をワープさせるんじゃ!」

 

走りながら入り口付近にいた小さな脳無に指示する殻木。その声を聞き、小さな脳無が動き出そうとした瞬間、

 

 

 ドゴォォォォォォォォォォォォン!!!!!!!

 

 

凄まじい爆音と衝撃によって霊安室の入り口の扉が吹き飛ばされる。壊れた扉の一部が小さな脳無に直撃し、飛び散った扉の破片が戸棚にあるいくつものカプセルを破壊した。突然吹き荒れる破壊の嵐の中、二人の人間がこの霊安室に乗り込んでくるのを殻木と木原はしっかりと目で捉え、乗り込んできた二人、即ちミルコと垣根もまた、霊安室にいる殻木達の姿に気がついた。

 

 「へっ!テメェは本物かぁ!?」

 「ヒェェェ~~~~!!!」

 

不敵に笑いながら言い放つミルコに怯える殻木。そして、

 

 「よぉ、久しぶりだな。殺しに来たぜェ木原クン」

 「……これはこれは。思わぬ再会となりましたねぇ。垣根帝督」

 

垣根と木原。科学によって生まれた二人の怪物が今再び相まみえる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




場面転換が多い


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七十九話

 

 部屋の入り口のドアを吹き飛ばし、ミルコと垣根が勢いよく中に侵入する中、その余波で吹き飛んだドアの破片が一匹の小さな脳無に直撃した。その脳無は殻木が愛情を注ぎ込んで育ててきた脳無であり、彼にとってかけがえのない存在であった。そんな愛する脳無が見るも無惨な姿で潰される光景を、殻木はただ見つめることしか出来なかった。

 

 「あ…あぁ…」

 

殻木が声にならない悲鳴を上げる中、ミルコは怒声と共に勢いよく右足を振り抜き、宙に浮く扉を再度蹴りつけた。

 

 「オォォォォォラァァァァ!!」

 

 ズガァァァァァァン!!!!

 

轟音と共に、コンクリート製の扉が近くにあった大きなカプセルに激突した。カプセルは粉々に砕け散り、中に入っていた液体が漏れ出し異形体のナニカがドサッと手前に倒れ込む。

 

 「やっ…いやっ…」

 「……」

 「いやぁぁあああああああ!」

 

殻木の悲痛の叫びが部屋中に響き渡った。部屋を滅茶苦茶にされたこともそうだが何より、脳無が死んでしまったことが殻木の心に一番の精神的ダメージを与えていた。そんな殻木を見つめながらミルコは耳のインカムに手を当て、全体通信を行なった。

 

 「みんな!強そうな脳無とジジイいた」

 「殻木は本物か?複製か?」

 

ミルコからの通信にエンデヴァーが尋ねた。

 

 「知らね。蹴りゃ分かる」

 「殻木を捕らえろ」

 「その前に蹴る!」

 「と言いたいところだが…少し待ってろ」

 

エンデヴァーがそこで言葉を切ると、次の瞬間インカムの向こうで激しい戦闘音が聞こえ始めた。

 

 「あっちも中々愉快なことになってんな」

 

とここで、それまで黙って聞いていた垣根がおもむろに口を開くと、そのまま歩を進めミルコの横に並んだ。そして、殻木より少し離れた後方から真っ黒な瞳と共にこちらを見つめる女性をじっと睨み付ける。

 

 「まさかこんなにあっさり見つけられるとはねぇ。元気そうでなによりだ。また会えて嬉しいよ木原クン」

 「おっ、奇遇ですねー。私もあなたとこうして再び会うことが出来てとても嬉しいです。ちょっとサプライズではありましたが」

 「なに、待ちに待った感動の再会だ。テメェに少しでも喜んでもらうためにサプライズで会いに来たんだが…気に入ってくれたかな?」

 「えぇ。それはもう、とっても」

 

両者互いに微笑を浮かべながら再開の言葉を交わす。表面的には再会を喜ぶ温厚な会話だが、互いが発している感情は殺意以外の何物でもない。張り詰めるような緊張感が場を支配する中、ついに垣根が動き出そうとしたその時、

 

 ダッッッッ!!!

 

垣根の隣にいたミルコが力強く地を蹴り、殻木目掛けて飛び出した。

 

 「まずは本物か調べる!」

 「あああああ!本物じゃ!ワシ本物じゃ!」

 「蹴りゃ分かる!」

 「ああああああああ~!」

 

子供のように泣きじゃくり、迫り来るミルコを恐怖の眼差しで見つめる殻木。殻木は急いで白衣の内ポケットからリモコンのようなものを取り出し、なにか操作しようした。しかし、殻木がスイッチを押すよりも前にミルコは殻木の下へたどり着くと、間髪入れずその左足を殻木の持つリモコン目掛けて蹴り上げた。しかし、

 

 ドンッ!

 

 「…あぁ!?」

 

ミルコが蹴りを繰り出す直前、突如脇から新たな小さな脳無がミルコ目掛けて飛び出し、そのまま彼女に体当たりを喰らわせる。結果、空中のミルコはバランスを崩し、ブンッ!と唸りを上げて繰り出された左足はその軌道をずらされ殻木の左肩をかすめながら通過した。ミルコは顔だけ振り返り、自身の攻撃を邪魔した脳無を視界に捉える。

 

 「モカちゃ…」

 

突然の脳無の行動に殻木までもが驚きの表情を浮かべていた。さらに

 

 ゴバッッッ!

 

と音を立て、脳無は口から泥のようなものを吐き出していく。それはまるで敵連合の幹部の一人、トゥワイスの個性によるものとそっくりだった。

 

 (コイツが二倍持ちか!)

 

ミルコは脳無の個性を即座に認識すると、脳無目掛けて素早く右足を放った。

 

 「オラッ!!」

 

怒声と共に放たれた右足は泥を貫通し、脳無の身体をしっかりと捉える。「キュンッ…」と小さな悲鳴を上げながら脳無は吹っ飛ばされ、怪しく光るモニター画面に激突した。そのまま地にずり落ちていく脳無をミルコが見つめていると、

 

 ピッポッパッ

 

突如ミルコの耳に小さな電子音が聞こえる。着地したミルコが殻木の方へ目を向けると、倒れながらも手に持つリモコンを操作している殻木の姿があった。

 

 (奇跡じゃ…!指示もなく個性を使用するなんて。守ってくれたんじゃな。ワシを守って…)

 

殻木は先ほど自分の身を守ってくれた脳無の行動に感激しながらもリモコンを操作していく。そして何度かコマンドを入力すると、「プー!」と甲高い音を鳴らしリモコンの画面が赤くなった。すると、

 

 ビリッ!ビリビリッッ!、

 

甲高い音を響かせながら、霊安室になるいくつものカプセルに電流が走っていく。そして、

 

 (モカちゃんの勇気無駄にはせんぞ!忌々しいヒーローどもを蹂躙せよ!ハイエンド!!)

 

 バシャッッッッッ!!

 

カプセルが次々と砕け散り、中の液体が外に勢いよく流れ出た。ミルコが目を見開きながら見つめていると

 

 ブンッッ!!

 

 「!?」

 

外へと出たハイエンドが一瞬でミルコとの距離を詰めその顔を掴むと、思いっきり壁へと投げつけた。

 

 ガシャンッッッ!!!

 

轟音が部屋中に響き渡る。あまりの衝撃に壁の一部が崩れ落ち、そこには大きな穴が空いていた。その光景を下からじっと見上げるハイエンド達。そして、

 

 「久…ぶり…」

 「ヒ…ロ…」

 「暴れらレル…ヒーロー…」

 「全部…コロして…暴れましょ」

 

殻木と木原が生み出した怪物、ハイエンドの群れが戦闘態勢に入った。

 

 「…そいつらがテメェと殻木で作ったハイエンドってやつか。随分と不細工なのが多いな」

 「不細工とは酷い言いようですね。実験による実験を重ねて作った自信作ですよー彼らは。とはいえ、まだ調整段階だったので実戦はもう少し後の予定だったのですが…」

 「…やっぱあの時俺を襲った脳無はテメェの仕業か」

 「フフッ…」

 

木原は微笑を浮かべるも木原の問いには答えず、代わりにまだ床に伏している殻木に語りかける。

 

 「こうなってしまっては仕方ありません。ドクター、ここは私たちに任せてあなたは奥へ。今はアレの覚醒が最優先です」

 「木原君…!分かった。すまんがここは頼む!」

 

そう言うと殻木は急いで立ち上がり、移動式の椅子に座るとそのまま部屋の奥へ消えてしまった。するとそれを見ていた垣根が崩れた壁を見上げ、今し方投げ飛ばされた人物に声をかける。

 

 「おー、生きてっかー?」

 「ったりめーだろーがァ…」

 

壁の中から身を乗り出しうめき声と共に垣根の問いに答えるミルコ。流石に幾分かダメージを喰らった様子だが、動けないほどの怪我ではなさそうだ。頭から血を流しながらミルコは眼下を睨み付けると、不敵な笑みを浮かべながら呟いた。

 

 「逃がすかよジジイ。いいぜ。ちょうど暖まってきたとこだ!」

 「なんだよ生きてたのか。にしても随分しんどそうだな。なんだったらそこでずっと休んでてもいいんだぜ」

 「ふざけろ。この程度でくたばれるんならヒーローなんてやってねぇ。言ったろ?ようやく暖まってきたって」

 

そう言い放つとミルコは自分の両耳をピクピクと動かし始めた。ミルコの耳はヒーロー名通り兎の耳のようになっており、その聴覚は常人の何倍にも相当する。ミルコはその常人ならざる聴覚で霊安室中のかすかな音まで拾い、殻木の所在を掴もうとした。。そして、

 

 「奥にいるなァ。ジジイ逃げずに留まってんなァ。カタカタカタカタやってんなァ!」

 

ニヤリと笑いながらミルコは殻木が消えていった奥の部屋を見つめる。すると、ミルコの様子を見ていたハイエンド達が驚いたように呟いた。

 

 「な、なぜ動ける…?」

 「動きを止めろ。俺ガ殺ル」

 「足で相殺したんだよ。衝撃を」 

 

 ダッッッッ!!1

 

ミルコが両足で力強く壁を蹴り、大きく跳躍するとハイエンド達から離れた場所に着地した。

 

 「バァアアアか!まずジジイだ!」

 

声を張り上げながら、不意を突かれたハイエンドを置き去りにしミルコは一気に奥の部屋へと駆けだした。

 

 「あーあ。行っちまったぜあいつ。いいのか?ありゃ手足捥いだって止まらねェぞ」

 

垣根が他人事のように言う。

 

 「手足を捥いでも止まらないのはハイエンド(こちら)も同じです。彼女には悪いですが、ドクターの下へ行かせるわけにはいきませんので。勿論、それはあなたも」

 「…奥の部屋に何がある?」

 「さぁ?企業秘密ですので」

 

木原は無機質な声でそういうと、ポケットからある物を取り出した。垣根が見ると、それは先ほど殻木が持っていたリモコンとそっくりなものだった。木原は取り出したリモコンにコマンドを入力していく。すると、

 

 バシャッッッッ!

 

またもいくつものカプセルが砕け、中から続々と脳無が出現する。その数は優に二十は超えている。垣根が黙って見つめていると木原がおもむろに口を開いた。

 

 「さて、これで今動かせる脳無は全てですかねー。ただし、さっきとは違って何体かは二ア・ハイエンドも混じっていますが、ま、これだけいれば足止めには充分でしょう」

 「…さっきのが動かせる全部じゃなかったのか」

 「あれはドクターの持分。実は私の方でもちょくちょく作ってましてねー。まぁドクターのと同様、まだテスト段階なものばかりなので出来れば使いたくなかったですが、そうも言ってられません」

 「そんな雑魚共で俺を止められるとでも?」

 「思ってませんよー。ただ、それなりに時間が稼げればいいのです。流石のアナタもすぐにこれだけのハイエンドを全て倒すのは簡単では思いますよー。私お手製のお気に入りちゃん達ですので」

 

Made In Kihara。木原一族によって作られたものの性能は垣根はよく知っている。学園都市随一のマッドサイエンティスト達が生み出すモノは、そのほとんどが最悪を振りまくモノであるということを。そんな木原によって生み出された脳無達をチラリと見ながら垣根は木原に問いかけた。

 

 「解せねぇな」

 「?何がです?」

 「さっきっから聞いてりゃ時間稼ぎだの足止めだの、テメェ本当に戦る気あんのか?」

 「……」

 

垣根の問いには答えず微笑を浮かべる木原。なにか隠している。そしてそれは間違いなく奥の部屋にあるナニカだ。垣根は直感的に感じたが、それを確かめる術は現状ひとつしかない。木原と脳無を全て蹴散らして奥の部屋に進むしか。

 

 「ま、どうでもいいか。そんなこと。テメェが何を企んでようが、俺がテメェをここで殺すことに変わりはねぇしな」

 

垣根はそこまで言うと、演算処理を開始する。ボッ!と垣根の周囲に白いモヤがいくつも出現し、それらはあっという間に形を変えていく。

 

 「…!」

 

木原が驚いた様子で目を見張る中、白いモヤは人型を形成し、ついに垣根帝督本人とそっくりのモノが何体も出現した。未元体。木原がまだ知らなかった、垣根帝督の新たな力である。

 

 「それは…」

 「どうした?そんな鳩が豆鉄砲くらったみたいな顔しやがって」

 「……」

 「俺だってこの世界来てずっと遊んでた訳じゃねぇんだ。そりゃ新技の一つや二つ出来る。そんな驚く事じゃねぇだろ」

 「……ただの人形、という感じではなさそうですね」

 「さぁ?どうだろうな」

 

垣根は不敵に笑いながらそう言うと、

 

 ファサッッッ!!

 

未元体の背中から一斉に純白の翼が展開される。それは垣根帝督が能力を全力で使うときに見せる六枚の翼と全く同じモノだった。言葉を発さずこちらを見据える木原に垣根は静かに呟いた。

 

 「テメェらが生み出した脳無と俺が生み出した未元体(こいつら)、どっちも人外の化け物同士。どっちが強ぇか見物だな」

 「……」

 「レクチャーの時間だぜ木原。本物の化け物ってのがどういうモノか、テメェに教えてやるよ」

 

垣根のその言葉を合図に未元体の軍団が一斉に脳無に襲いかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ウウウウォォォォォ!!!」

 

ハイエンドの一体が唸り声を上げながら自身の頭部から骨を伸ばし、ミルコ目掛けて放つ。対するミルコも脳無の攻撃を察すると軽やかにジャンプし、その攻撃を躱す。そのまま跳躍を繰り返し奥の部屋へと迫るミルコだが、今度は前方から別の大きなハイエンドが一直線にこちらに向かってくるのを目で捉えた。

 

 「チッ!」

 

ミルコは舌打ちをしながら側にあったカプセルを足場にし上方へとジャンプすることでまたもや脳無を躱す。そして再びカプセルの側面に着地すると、今度はカプセルを足場に駆け抜けていく。すると、

 

 ビュンッッ!!

 

下から別の脳無が弾丸のようなスピードでミルコ目掛けて襲いかかった。間一髪で避けたミルコだったが、思わず床に着地させられる。すると、着地点にはさっき突撃してきた大きな脳無が待ち構えており、その長い鼻をミルコに放った。

 

 「ウラァ!!」

 

迫る鼻を蹴りで迎撃したミルコは一旦後ろへと距離を取る。するとそこへ、

 

 ビュンッッッッッ!!!

 

 「!?」

 

最初にミルコを襲ったハイエンドの伸びる骨が再びミルコを襲う。頭部骨の先は鋭利に尖っており、いくつもに枝分かれしながらミルコを穿ちに迫る。ミルコは咄嗟に避けるも、複数の長い骨によって手足を挟まれ身動きを封じられてしまった。

 

 「蹂躙せよト、ソソそういう指令ダ」

 「シ死ネ!」

 「ヒーロー!」

 

動けないミルコに対し、先ほどミルコを襲いに来た二体のハイエンドが前後から挟む形でミルコに迫る。

 

 「誰が!」

 

ミルコはなんとか足だけ拘束から抜け出すと、足をバッ!と前後に180度開脚させ二体のハイエンドに蹴りつけた。

 

 「「ウッ…!」」

 

ミルコの蹴りに怯んだハイエンド達。ミルコはその隙を逃さず、蹴りを放った体勢のままその場で身体を回転させた。

 

 「踵月輪(ルナリング)!」

 

 ブンッッッッ!!

 

回転による遠心力によって威力を増したミルコの両足が、風切り音と共にそれぞれハイエンドの頭部と顎部を削り取る。しかし、

 

 (浅ぇ!ずらされた!)

 

ミルコはズキッ!とした痛みを感じ、自身の太ももに視線を移すと、そこには鋭利なものによって付けられたであろう切り傷。踵月輪(ルナリング)を放つ直前、ハイエンドの鋭い頭部の骨がミルコの太ももを掠め、その痛みで踵月輪(ルナリング)がずらされてしまったのだ。

 

 「テンメェェェ!!」

 

ミルコは先ほどから遠距離攻撃を仕掛けてくるハイエンドに標的を定めると、伸びきった骨を足場に跳躍を繰り返し瞬く間に距離を詰める。

 

 ビュンッッッ!!

 

迫り来るミルコを撃ち落とすべく次々と頭部から骨の槍を放ってくるハイエンドだが、

 

 「邪魔ァ!!」

 

 バキッッッッ!!

 

ミルコはその悉くを蹴り砕いていき、あっという間に両者間の距離は0となった。そしてミルコがハイエンド本体を蹴り飛ばそうとしたその時、

 

 ガッッッッ!

 

目の前のハイエンドの身体が一瞬で形を変える。背中一帯に骨の鎧を纏い、その何本かは相手を迎撃するためなのか鋭く突き出ていた。これでは並の攻撃ではびくともしないだろう。さらに、

 

 グワッッッッ!! 

 

突如、自身の左腕が誰かに捻られるような妙な力を感じるミルコ。その力は次第に強くなっていき、彼女の左腕は雑巾のように捻れていく。ミルコはすぐに別のハイエンドによる個性の力だと理解した。

 

 「チョコマカと…」

 

ミルコの考え通り、一体のハイエンドが右腕を突き出しゆっくりと右手を反時計回りに回していく。右手が回る度にミルコの左腕が捻れていき、完全にねじ切れてしまうと思われたその時、

 

 バキッッ!

 

鈍い音を鳴らしながらハイエンドの顔に白い拳がたたき込まれる。ハイエンドがうめき声と共に吹き飛ばされると、同時にミルコの左腕にかけていた力が消え去った。左腕が元に戻ったことを体感したミルコは再び目の前のハイエンドに意識を戻すと、その右足を勢いよく振り下ろした。

 

 「月堕蹴(ルナフォール)!」

 

 ズドォォォォンンンンッッ!!!

 

ミルコの右足は鎧ごとハイエンドの肉体を破壊し、その衝撃でコンクリートの床までもを崩壊させる。眼下のハイエンドをダウンさせたミルコは素早く跳躍し、今度は先ほど自分の左腕をねじ切ろうとしたハイエンドの頭上までたどり着くと、そのままハイエンドの顔を両足で挟みこんだ。そして、

 

 「咄嗟に遠距離攻撃出すヤツは、近距離弱ェと決まってる!」

 「死ヌゾ」

 「あぁ!死ぬときゃ死ぬんだよ!人間はァ!」

 

ピカッ!とハイエンドの両目が光り、二本のレーザーが頭上のミルコに対し放たれるも、ミルコは素早く身体を捻ることでレーザーを躱す。そしてミルコはその勢いを利用してハイエンドの頭部を後方へと捻り込んだ。そして、

 

 「月頭鋏(ルナティヘラ)!」

 

 ガシャンンッッッッッ!!

 

ハイエンドの頭部を捻り切り、派手な音と共に床へと叩きつけた。またしても床が粉砕される中、頭部を失ったハイエンドの胴体がゆっくりと後方へ倒れ込む。ミルコはゆっくりと立ち上がり振り返ると、ニヤリと笑いながら言った。

 

 「テメェ、余計なことしやがって」

 『心外だな。おかげで貴重な腕一本失わずに済んだんだ。感謝して欲しいもんだぜ』

 

ミルコに一体の未元体が言葉を返す。先ほどねじ切るハイエンドに一撃を喰らわせたのはこの未元体によるものだった。ミルコがふと未元体の背後に目線をやると、離れた場所で多くの脳無と未元体が戦っているのが見える。

 

 「あ?まだ動ける脳無いたのかよ」

 『あぁ。木原の野郎がまだ隠し持っててな。本当はもっと多くの『俺』がここへ来る予定だっんだが、思ったよりハイエンドの数が多くてな』

 「木原…あの車椅子女か」

 『あぁ』

ミルコの言葉に未元体は頷きながら答えると、先ほどからこちらをじっと見つめ警戒している脳無達に向き直った。するとミルコが再度未元体に尋ねる。

 

 「垣根本体の方はどこにいんだ?」

 『(オリジナル)は木原のとこだ。ま、コイツら含め木原の相手は俺達に任せてアンタは殻木を追えってことだ』

 「…そうしてぇのは山々だが、まずはアイツらをぶっ飛ばしてからじゃねぇとなァ」

 

そう言うとミルコは拳をコキコキッと鳴らしながら、未元体同様ハイエンド達と向き直った。

 

 「キ貴様…」

 「ヨヨよくも…」

 

仲間のハイエンドを殺され、三体のハイエンド達が恨み言を口にしながらミルコを睨めつける。しかしミルコはいつもの調子で笑みを浮かべながらハイエンド達に言った。

 

 「ドタマ潰しゃあ止まんならむしろそこらの敵よかよっぽど楽だ。こちとらいつ死んでも後悔ないよう毎日死ぬ気で息してる。ゾンビにヒーロー ミルコは殺れねぇぞ」

 「…ッ」

 『…後ろからもうじゃうじゃ来てやがる。あまり時間はかけてられねぇ。速攻で片付けるぞ』

 「あぁ!」

 

ミルコの力強い返事と共に二人は脳無向かって飛び出した。

 

 

 

 

 

 




始まったようで大して始まってない


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八十話

 

 ドォォォン!!ズガッッッッ!!!ズドォォォォン!

 

 霊安室内で激しい戦闘音が次々と鳴り響き、その度に重苦しい衝撃が室内を駆け巡る。霊安室内入り口付近では未元体と脳無による集団戦闘が開始され、それは時間を経るごとに苛烈さを増していた。ハイエンド及び二ア・ハイエンドは全個体個性複数持ちであり、その中でも特に厄介な個性が再生能力だ。個体ごとに持っている個性は違うものの、再生個性だけは全個体に常備されている。そのためヒーロー達がいくら攻撃を加えても、脳無の傷はすぐに治ってしまう。さらに、脳無の身体能力は個性に関係なくずば抜けたものであり、プロヒーローと比較しても遙か上を行く。それこそ脳無の身体能力に対抗できる人間など現役時のオールナイトくらいのものだ。そんな脳無の中でも最上級のスペックを持つハイエンドと二ア・ハイエンドは未元体との戦いにて暴虐の限りを尽くしていた。

 

 「GYAAAAAAA!!!!」

 

獣じみた唸り声を上げ、丸太のような太い腕を未元体に振るう。ドッッ!!という衝撃と共に未元体が吹き飛ばされ、激しい音と共に霊安室の壁に激突した。壁が破壊され、土煙が立ちこめる中ハイエンドがじっと見つめていると、まるで何事もなかったかのように未元体が歩きながら姿を現した。ハイエンドがその白い身体を観察するも、傷らしい傷は一つも付いていないことに気付きスッと目を細めばがら尋ねる。

 

 「無傷。お前も再生持チ?」

 『…あぁ。そうかもな』

 「…お前、厄介」

 

ハイエンドが低い声で呟くと、スッとその場で腰を沈め両腕部に力を込める。すると、

 

 ボッッッ!!

 

突然ハイエンドの両腕が二回りほど肥大化する。素の状態でさえ丸太のように太く並外れたパワーを持つ腕が、身体強化の個性でさらに力を増したのだ。ハイエンドはそのまま未元体を見据えると、

 

 「殴リ殺ス!」

 

醜く顔を歪ませながら叫び、力強く床を蹴った。

 

 ダッッッッッッ!!!

 

常人ならざる脚力が爆発的加速を生み出し、黒い巨体が猛スピードで未元体目掛けて駆けていく。未元体との距離がみるみる縮まり、またたく間に眼前に迫るとハイエンドはそのまま大きく右腕を振り上げた。未元体は迫り来るハイエンドを冷徹な眼差しで見つめ返す。そして、

 

 ブンッッッッッ!!

 

凄まじい風切り音と共に、ハイエンドの右腕が未元体目掛けて振り下ろされた。巨大な拳が迫る中、未元体は小さく左に跳ねハイエンドの拳を躱すと、そのまま右足をスッと上げ横一線になぎ払った。

 

 スパンッッッッ!!!

 

放たれた未元体の右足はハイエンドの胴体を真っ二つにし、上半身と下半身が別々に地に落ちる。

 

 「ナ、ナにガ…!?」

 

上半身だけの状態になりながらもハイエンドは困惑した様子で呟くと、未元体が上半身だけのハイエンドの前に立った。未元体は無表情のまま眼下のハイエンドを見下ろしている。そんな未元体を見上げながら視線を返すハイエンドだったが、ふと未元体の右足を見ると驚きの声を上げた。

 

 「そノ足…剣…!?」

 『……』

 

変わらず黙ったままハイエンドを見下ろす未元体だが、その右足はハイエンドの言う通り剣の形になっていた。未元体は右足を振り抜く直前に自身の足を剣へと変形させ、ハイエンドの胴体を切り裂いたのだ。

 

 「分裂二再生二変形…人間デソコマデ個性複数持チハあり得ない。何者ダ?」

 『今から死にゆくテメェに教える事なんざねぇよ』

 

そう言いながら未元体は再び右足を上げハイエンドの頭部に狙いを定めると、

 

 ゴッッッ!!

 

轟音と共に剣の形となった右足が発射され、ズチャッ!と音を立てながら剥き出しになったハイエンドの脳を貫いた。

 

 「ギャッ……!?」

 

頭部を貫かれたハイエンドは短い奇声を上げると、そのまま力なく倒れ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ほうほう。なるほど。これは凄いですねぇ」

 

ハイエンドと未元体の戦いを見ながら木原が興味深そうに呟く。すると、

 

 ヒュッッッッッ!!

 

風切り音と共に白い翼が木原へと襲いかかる。攻撃を察知した木原は、車椅子の蜘蛛のような脚部を素早く動かしその場を離れた。

 

 ズガンッッッッッッッッ!!

 

白い翼が直撃し、轟音と共に床を崩壊させる。そして白い翼の持ち主である垣根はゆっくり床に降り立つと、攻撃から退避した木原をじっと睨めつけた。

 

 「チッ、ちょろちょろとウゼェな」

 「それにしても驚きました。まさか未元物質による人体精製を可能にするとは…」

 「…」

 「はじめは形を模しただけのハリボテかと思いましたが、いやはや流石は第二位といったところですか」

 (こいつ…)

 

垣根は心の中で思わず呟く。木原に未元体を見せたのはこの場が初めてであるにもかかわらず、この短い時間で木原はその本質を理解している。垣根は改めて目の前の怪物に対し警戒心を高めていた。

 

 「やはりあなたの能力は素晴らしい。是非私と一緒に…おっと!」

 

木原が言い終わる前に翼の羽が飛来するも、車椅子を動かし躱す木原。すると、

 

 轟ッッ!!

 

垣根の翼がはためき、轟風と共に垣根の身体が射出される。そして瞬く間に木原との距離を詰めると、そのまま勢いよく右足を振り抜いた。

 

 ガンッッッッ!!

 

垣根の右足を木原の車椅子の側部から出た鋼鉄の盾が受け止める。さらに、車椅子の背後から大きな機械のアームのようなものが出現すると、即座に垣根に襲いかかった。

 

 「チッ」

 

舌打ちと共にその場を退避する垣根。垣根を捉えられなかったアームはそのまま床に直撃し、ガシャンッッ!!という派手な音と共に床を破壊した。木原はアームを自身の元へ戻すと、垣根の右足を受け止めた盾を見つめ、平坦な口調で呟いた。

 

 「ふむ…未元物質による物理攻撃の強化。それも威力は上々。このようなスタイルはあまり記憶にありませんが、これもあなたの言う『成長』の内の一つなのでしょうか」

 「いちいちうるせぇ野郎だな。黙って戦うって事が出来ねぇのかテメェはよ」

 

木原の言葉に悪態で返す垣根だが、内心では木原の態度に違和感を覚えていた。

 

 (ちょくちょく迎撃してきてはいるがそれだけ。基本俺の攻撃をいなし、かつ常に俺を先に行かせないような位置取り…よほど俺を殻木の元へ行かせたくねぇのか?)

 「?どうしました?」

 「そんなに俺を殻木の元へ行かせたくねぇか?」

 「えぇ。特に今は困ります」

 「…テメェがそこまで拘る程のものか」

 「……」フッ

 「この先に何がある?」

 

垣根は木原に対し素直に尋ねる。すると、

 

 「そうですねぇ…」

 

木原は顔に笑みを浮かべ、もったいぶりながらも言葉を続けた。

 

 「言うなれば、私とドクターが手塩にかけて育て上げた至極の一品、といったところでしょうか」

 「テメェと殻木が?」

 「えぇ。凄いですよーアレは。もし完璧に起動したとなれば…」

 「……」

 「アレはアナタ達(レベル5)にも匹敵しうる存在」

 「!?」

 

木原の言葉に思わず目を見開く垣根。レベル5。垣根を含め、学園都市に7人しか存在しない最高位の能力者達のことを指す。その力は一国の軍隊にも匹敵するとまで言われる規格外の存在だ。そんな常軌を逸した存在と同等の存在がこの先にいるという木原の言葉に、流石の垣根も驚かずにはいられなかった。そんな垣根の様子を察したのか、木原はさらに満足そうな笑みを浮かべた。

 

 「…レベル5だと?」

 「えぇ」

 「…ほぉ、随分と大きく出たな」

 「フフッ…まぁあなたもすぐに分かりますよ」

 

木原は微笑みながら垣根に言葉を返すと、その態度を見て垣根は直感的に悟る。

 

 (どうやら嘘やハッタリの類いではなさそうだな。少なくともこいつは本気でそう思ってやがる)

 

垣根は木原や周囲の脳無達を視界に入れつつ数秒の間思考を巡らせる、そして、

 

 (今はあれこれ考えても仕方ねぇ。どの道こいつがここにいる以上、俺も先には進めねぇからな。となれば…)

 

思考を切り替えた垣根は、この先のミルコと未元体に意識を向けた。

 

 (今はアイツらをあてにするしかねぇな)

 

そして垣根は再び翼を広げると、木原に向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「オォォォラァァ!!」

 

 ミルコの右足が勢いよく繰り出されるも、身をよじることで難なく躱すハイエンド。すると、

 

 「オォォォォォォ!!」

 

ミルコの背後に回った巨体のハイエンドがミルコに襲いかかった。しかし、

 

 ヒュンッッッ!!

 

風切り音と共に、一枚の白い翼がハイエンド目掛けて一直線に伸びていく。

 

 「!?」

 

自身への攻撃に気付き咄嗟に腕で防御するハイエンドだったが、翼による衝撃を殺しきれずそのまま後方の水槽に叩きつけられた。ガシャンッッ!!と音を立てながら水槽が崩れ落ちる。一方ミルコは、二、三度と後方へ大きく跳躍し体勢を整えると、目一杯足に力を乗せ再びハイエンドに向かって飛び出した。対するハイエンドも頭部から骨を伸ばしミルコに向けて放つ。

 

 「ハァァァァァ!!!」

 

迫り来る骨の鞭を素早い跳躍で何度も躱し、ハイエンドの攻撃をくぐり抜けていくミルコ。そしてハイエンドの目の前まで迫ると、落下の勢いを乗せてその右足を振り下ろした。

 

 「ウォォォラァ!!」

 

雄叫びと共に繰り出された踵落としだったが、ハイエンドは顔を逸らし間一髪の所でそれを躱す。ミルコは思わず口元をつり上げた。

 

 (当たんなくなってきた…!)

 

その直後、背後から再び骨の鞭がミルコに襲いかかってくるも、察知したミルコは跳躍することでそれを躱すと、そのまま空中から三体のハイエンドを見渡した。

 

 (私が削がれたからじゃねぇ。テメェの体はテメェが一番よく分かる。コイツらの目が覚めてきたんだ…!)

 

そして未元体もまた、先ほど吹っ飛ばしたハイエンドが何食わぬ顔で起き上がる姿を見ながら彼らの脅威的な能力に着目していた。

 

 (この頑強さに再生を筆頭とした数多くの個性…時間が惜しい今、面倒くせぇことこの上ねぇな)

 

すると、ミルコが水槽の上にスタッと着地する。

 

 (おもしれぇ。けど…しゃあねぇ」

 

ミルコがボソッと一言呟くと、再びハイエンドが骨の鞭をミルコに放つ。すかさず跳躍し、その場を離れたミルコは地面に着地すると、ダッッ!と力強く地面を蹴り上げハイエンド達との距離を詰めていった。ハイエンド達は思わず構える姿勢を見せるが、そんなハイエンド達を意に介すことなくミルコはハイエンド達を追い越していった。

 

 (目標はジジイ!死柄木!)

 

ハイエンド達もすぐに後ろを振り返り、ミルコが猛スピードで駆けていく方角を見るとミルコの意図を即座に理解した。

 

 「また博士のもとへ。バカな女!」

 

ハイエンドが即座に頭部から骨を伸ばし放つと、骨の鞭が無防備なミルコの背に迫る。そのままミルコの身体を貫かんとしたその時、

 

 ドンッッ!!!

 

突然、目の前に白い塊が現れ骨の鞭を受け止めた。そして六枚の白い翼を勢いよく解放させると、未元体がハイエンド達と対峙した。

 

 『テメェらの相手は俺だ。あの女止めたきゃ俺を殺してからにしな』

 

未元体がハイエンド達に言い放つ。未元体もハイエンド同様、ミルコの意図を一瞬で理解しミルコの代わりにハイエンド達を相手すべく即座に動き出していたのだ。攻撃を阻害されたハイエンドは忌々しげに大きく舌打ちした。

 

 (サンキューテイトク!)

 

ミルコは背後で時を稼いでくれている未元体に心の中で礼を言うと、そのまま奥の部屋へと急ぐ。ミルコを追いかけるため、その行く手を塞ぐ未元体に対し三体のハイエンドが一斉に襲いかかった。

 

 「「GYAAAA!!!!!」」

 

まず巨体・女型の二体のハイエンドが未元体に迫る。すると未元体は両手を前にかざし、それぞれを向かってくる二体のハイエンドに照準を合わせた。二体のハイエンドを十分引きつけると、

 

 ドンッッッッッッッッ!!!

 

轟音と共に未元体の両腕が巨大な翼へと変化する。二翼の羽全てが鋭い槍へと変ずると次の瞬間、爆発的な射出が繰り出された。

 

 「!?」

 「ガァッ……!?」

 

二翼から発射された無数の槍は、一方は巨体のハイエンドの全身を貫き、もう一方は女型のハイエンドの半身をえぐり取った。

 

 『まず一体』

 

串刺しになった巨体ハイエンドを確認しながらそう呟く未元体を、女型ハイエンドは驚愕の表情を浮かべなら見つめていた。

 

 (何…?コイツの個性…体の変形?じゃああの個体数は?あの白い翼は?それらも個性の内の一つ?それとも私たちと同じ、個性の複数持ち?……ワカラナイ)

 

傷を負った箇所を再生させながら女型は思考を巡らせ未元体について考察するも、考えれば考えるほど頭の中に疑問符が増えていく。すると、未元体の視線が女型へと移り未元体の口から無機質な声が発せられた。

 

 『さて、次はテメェかそれとも……』

 

 バチバチバチッッッ!!

 

未元体の言葉を遮るかのように、突如激しい雷撃音が聞こえてきたかと思うと次の瞬間、眩い閃光が未元体に直撃した。

 

 ズドォォォォォォン!!

 

轟音が鳴り響き、未元体周囲に土煙が舞い起こる。女型が上の方を見上げると、水槽の上部に蜘蛛のように貼り付きながら、大口を開けた二ア・ハイエンドがいることに気付いた。口の中から煙が立っているところを見るに、あの二ア・ハイエンドが未元体を急襲したのだろう。女型はこの機会を逃すまいと骨個性のハイエンドに合図を送ると、それに気付いた骨個性のハイエンドはすぐさま駆け出し、ミルコの後を追っていった。すると、

 

 『痛ってぇな』

 

土煙の中から声が響いた次の瞬間、未元体は勢いよく煙の中から飛び出し骨個性のハイエンドの後を追う。しかし、

 

 『!』

 

背後からの殺気を感じ、未元体が咄嗟に翼で身を包んだ直後、女型ハイエンドの回し蹴りが翼に激突し未元体の身体は三メートル程ふき飛ばされてしまった。どうにか勢いを殺し体勢を立て直した未元体だが、目の前には女型のハイエンドと先ほど自分に雷撃を放った二ア・ハイエンドが立ち塞がっていることに気付き、舌打ちをしながら二体のハイエンドを見つめる。

 

 「今度は立場が逆ネ。行かせないワ、アナタ」

 『…テメェら化物と遊んでる時間はねぇんだがな』

 「化物?アナタだってソウじゃなイ」

 

そう言うと、女型ハイエンドと二ア・ハイエンドが同時に駆けだし未元体へ迫った。未元体も二体を迎え撃とうと構えたその時、

 

 ドォォォォォォォォォォン!!!

 

霊安室の入り口が爆発音と共に爆炎に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ハァ…ハァ…ハァ…」

 

 息を切らしながらミルコは暗く狭い一本道を駆け抜ける。ここまでに至るハイエンドとの死闘でミルコの体力はそうとう消耗していた。体中至る所に傷を負い、血がコスチュームに滲んでいる。普通の人間なら歩くことすらままならない傷を負っていても、ミルコの足は止まらない。この先にいる殻木及死柄木を捕らえる、という意志だけがヒーロー・ミルコを突き動かしていた。すると、

 

 「!」

 

ミルコの前方に光が指す。この一本道の出口らしきものであり、同時にこの先に殻木がいるとミルコは本能的に直感した。出口目前まで迫ったミルコは助走の勢いを足に乗せると、勢いよく跳躍しその出口に飛び込んだ。

 

 「…ッ」

 

飛び込んだミルコが出た先は一つの部屋。いくつもの太いパイプが部屋の中央にある巨大な水槽に繋がり、その水槽の中には一人の人間らしきものが入っていた。そして唐突に部屋に侵入してきたミルコを殻木が怯えた表情で見上げ、その口から悲痛な叫びを轟かせた。

 

 「いやぁぁああああ~!」

 

殻木が悲鳴を上げる中、ミルコの視界には既に中央の水槽しか捉えていなかった。水槽の中に入っているのは他でもない死柄木弔。とすればミルコのすることは一つ。

 

 「あれかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

絶叫と共にミルコは右足を高くかかげ眼下の水槽に照準を合わせると、その右足を勢いよく振り下ろした。

 

 



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八十一話

 

 エンデヴァーの灼熱と共にエンデヴァーや相澤達が一斉に霊安室になだれ込む。そこでヒーロー達の目に入ってきた光景は、なんとも言い表しがたい壮絶な光景だった。大量の脳無と未元体があちこちで戦闘を繰り広げ、霊安室の中は壊滅的な状態になっていた。相澤達が呆気にとられてる中、近くにいた一体の未元体が相澤達に呼びかけた。

 

 『エンデヴァー。イレイザー。あんたらは奥の部屋に行ってくれ』

 「テイトク!ミルコは?」

 『奥だ。殻木追って奥の部屋に行ってる』

 「分かった。任せろ!」

 

エンデヴァーが短く返事をすると、足から炎を噴射させ奥の部屋へと向かっていった。相澤達もエンデヴァーを後に続く。それを遠くから見ていた垣根はフッと笑いながら木原に言った。

 

 「どうやらエンデヴァー達が到着したらしい」

 「……」

 「殻木達の方にもまだ動きはねぇ上にこっちには相澤もいる。これはチェックだな」

 

垣根が得意げにそう言うと、木原は大きくため息をつき残念そうな様子で答えた。

 

 「確かに。これ以上はもう持ちそうにありません。私の可愛い子達がこんなに蹂躙されるなんて」

 

そう言いながら木原が辺りを見渡すと、霊安室の床にはハイエンドの死骸や肉片がそこら中に転がっていた。数では木原のハイエンド軍団の方が多かったはずだが、数の劣勢をものとせずみるみるハイエンドの死骸の山を築き上げていった未元体。木原は改めてこの兵隊達の恐ろしさをその身で感じた。

 

 「どうする?降伏するか?ま、したところでスクラップになんのは免れねぇけど」

 「ハァ…残念です…本当に」

 「…?」

 「出来ればアレを100%で覚醒させたかったというのに」

 「あ?」

 

垣根が聞き返すと、木原は車椅子の手すり部分にあったスイッチをポチッと押す。すると、ウィーンと音を立てながら車椅子の背後が開き、そのなかから小さな脳無が出現した。脳無は木原の膝の上に移動すると、その口を開けた。

 

 バシュッッッ!!

 

突如木原の近くに黒いモヤが出現した。これは垣根が以前見た、敵連合の一味である黒霧の個性、ワープを発動させたときに現れるものとまったく同じモノだった。垣根が目を見開いている中、木原が笑みを浮かべながら垣根に言った。

 

 「それではさようならです垣根帝督。また会えるときを楽しみにしていますよ」

 「テメッ…!?」

 「残念ながら今回はまだアナタと殺し合う時ではない。なので今回はここまでです」

 

そう言いながら木原は黒いモヤの中に入っていく。

 

 「ざけてんじゃねぇぞ木原ァ!!」

 

 轟ッッ!!

 

白翼をはためかせ、猛然と木原に迫る垣根。この距離ならば木原がモヤの中に消える前に捉えられる。そう垣根が考えたその時、

 

 ドンッッッ!!

 

大きな地響きと共に、突如頭上から大きなハイエンドが落下し木原と垣根の前に降り立った。

 

 「テメェッ…!」

 「そうそう、一つ私からありがたい忠告です」

 「!」

 「死にたくなければ一刻も早くこの院内から立ち去った方がいいですよー。この先私とまた死合いたいなら、ね」

 「待ちやがれぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

垣根の叫び声も虚しく、木原は謎の忠告を残して闇の中に消えてしまった。すると、

 

 「GAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 

垣根の目の前に立ち塞がったハイエンドが、咆吼と共に垣根に対し襲いかかる。垣根は奥歯を噛みしめ、怒りの表情を滲ませながら目の前のハイエンドを睨み付けると六枚の翼を一斉に放った。

 

 ブシュッッッ!

 

鈍い音を鳴らしながら六枚の翼全てがハイエンドの身体を貫いた。「アッ…!?」とうめき声を漏らしながらハイエンドの足が止まる。そして、

 

 「消えろ」

 

垣根が小さく呟いた直後、

 

 ボォォォォォォォォン!!!

 

派手な音と共に目の前のハイエンドの肉体が盛大にはじけ飛び、上半身の肉片があちこちに飛び散った。残ったのはハイエンドの下半身だけだが、この状態から再生することは流石のハイエンドでも不可能だ。だが、垣根は爆散したハイエンドには目もくれず、翼をはためかせて飛び立つと奥の部屋へと急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (視界に入った瞬間に体が理解しやがった!兎の生存本能!ダメなやつだ!ダメだこれは!これは出しちゃいけねぇ!何を差し置いても!)

 

 ミルコは自身の右足を振り下ろしながら、目の前の死柄木を見つめる。全身の細胞という細胞が警鐘を鳴らす。死柄木を、目の前の生物を殺せと。今までのどの敵とも格が違う。もしこの怪物を世に放てば、想像を絶するような悲劇が生まれてしまうとミルコは肌で理解してしまったのだ。ミルコは自分の本能に従い、目の前の水槽を破壊するべく右足を振り下ろす。

 

 「やめろォォォォォォ!!」

 「ウォォォォォォォォ!!!」

 

 パリンッ!

 

ミルコの踵が水槽に触れ、触れた箇所にヒビが入る。このまま一気に足を振ろうとしたその時、

 

 ブシュッ!ブシュッ!

 

新たな骨の鞭がミルコの下へ飛来し、ミルコの左足と右腕を貫いた。その衝撃でミルコの右足が一瞬止まる。だが、

 

 「あああああああああ!!!」

 

激痛に耐え、骨の鞭によって引き戻されそうになる自分の身体を必死にこらえながらその右足を振り下ろした。

 

 「踵半月輪(ルナアーク)!!」

 

 ズドォォォンッッ!!!

 

水槽が大きなヒビが入り、中から水があふれ出る。と同時に、ミルコの身体が骨の鞭によって引っぱられ部屋から押し出されてしまった。

 

 「アァァァ!クッソォォォ!!」

 

自分の意志とは裏腹に、自身の身体が部屋から遠ざかっていくことに悪態をつくミルコ。そして一本道の入り口付近まで戻されると、ミルコの身体は空中へと投げ出された。

 

 「ぬぅぅぅぅぅ!!」

 

空中ですかさず受け止めたたエンデヴァーは衝撃を殺しながら床に着地すると、ゆっくりとミルコを床に降ろした。

 

 「ミルコ!」

 「うっ…うぅ…」

 「傷を焼く。耐えろ」

 (複数の喋る脳無を相手していたのか)

 

エンデヴァーはミルコがハイエンド相手に死闘を繰り広げていたことを察し、彼女の胆力に思わず舌を巻いた。

 

 「うぅぅ……!!」

 

傷が焼ける痛みに苦悶の声を上げるミルコを見ながら、エンデヴァーは改めて感謝の言葉を口にした。

 

 「九州に続き借りができた。死ぬなよ」

 「何かっ…貸したっけ…?」

 

ミルコが苦痛の表情を浮かべながらもなんとか絞りだすような声で呟くと、

 

 「No.1だ!」

 

突如エンデヴァーの頭上から声が聞こえる。エンデヴァーが上を見上げると天井近くに女型のハイエンドが貼り付きながらこちらを見下ろしている姿が目に入った。すると、女型のハイエンドは顔を歪ませ一直線にエンデヴァー目掛けて落下する。

 

 「もっとキモチ良くサセてくれソうっ!」

 「くっ…!」

 

まだミルコの治療が終わっていないこの状況下で戦いを仕掛けてくるハイエンドに苛立ちながらも、戦闘態勢を取ろうとしたエンデヴァーだったが、

 

 ドッッッッッ!!

 

 「ギャッ……!?」

 

落下してくるハイエンドの顔面が白い足で蹴り飛ばされ、短い悲鳴と共にハイエンドが吹き飛ばされる。エンデヴァーが視線をずらすとそこには一体の未元体の姿があった。

 

 『テメェの相手は俺だろ』

 「あれは…テイトクの個性か」

 

エンデヴァーがひとりでに呟くと、今度は足下のミルコが耳のインカムを弄り通信を行なった。

 

 「みんな聞け…死柄木はカプセルに入ってる。カプセルはおそらく起動装置だ。脳無のヤツら電気が走って動き始めた。バチッつって。死柄木を起こすな!あれはもうただの小悪党じゃねぇ!」

 「…エクスレス、マイク!行ってくれ!」

 「わかってんよ!」

 「任せろ!」

 

相澤の言葉を受けマイクとエクスレスが奥の部屋へと走って行くと、一体の二ア・ハイエンドがカプセルに貼り付きながら彼らの背中を見据える。そして、

 

 バチバチバチバチッッッ!!

 

激しい雷撃音を鳴らしながら口の中にエネルギーを溜めていき、二人の背中に放とうとしたその時、

 

 シュッ!

 

突如二ア・ハイエンドの雷撃が消失する。二ア・ハイエンドは戸惑いながら自分の身体を見るが特に異常は無い。だがどういうわけか、再び電撃の個性を使おうとしても自身の身体から電気が発生することはなかった。二ア・ハイエンドが困惑していると、

 

 シュンッッ!!

 

突然前方から大きなフリスビーのような盾が空を切り裂き、カーブを描きながらこちらに飛来する。個性消失に気を取られた二ア・ハイエンドは迫り来る盾への反応が遅れ、そして、

 

 グシャッ!

 

二ア・ハイエンドの剥き出しになった脳に盾が直撃し、二ア・ハイエンドは短い悲鳴を上げながら地面へと落下した。

 

 「よし!やったなイレイザー!」

 「えぇ」

 

盾を投げたヒーロー・クラストのグッドサインに相澤は短く答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガラッ…

 

 瓦礫の中から女型のハイエンドがユラリと立ち上がると、眼前の未元体を見つめる。そして、

 

 「もっト…キモチ良くサセてくれ!!」

 

叫び声と共にハイエンドの両太ももが一瞬で膨れ上がり、バシュッ!と盛大に炸裂した。弾けた太ももは無数の液体の弾丸へと変化し、一斉に未元体へと襲いかかる。

 

 『……』

 

立ち尽くす未元体の身体を液体の弾丸が次々と切り裂いていき、遂には頭部をも抉り取る。全て打ち終えたハイエンドは傷だらけの未元体の様子を見ると満足げに顔を歪ませた。だが、

 

 「!?」

 

ハインエンドの表情は一瞬で驚きの色に染まる。今し方ハイエンドが未元体の身体に付けたいくつもの傷がシュウゥゥゥ…と音を立てて塞がっていき、数秒後には時でも戻したかのような傷一つない未元体がそこに立っていた。ハイエンドが思わず驚きの声を上げる。

 

 「お前モ再生持チか!?」

 『そのセリフ、今日だけで何回聞きゃいいんだ俺は』

 

未元体がため息をつきながら面倒くさそうに言うと、ハイエンドは表情を歪ませ、そしてダッッ!と地面を蹴り上げた。

 

 「いいわ!いいワよアナタ!やっぱりアナタハ私たちと同ジ化物!」

 

狂ったように叫びながら未元体目掛けて走るハイエンド。未元体は無表情のままじっと見据える。

 

 「もっト…もっト!もっト!!!!」

 

ずば抜けた身体能力故の俊足を活かし、瞬く間に未元体の前に躍り出るとハイエンドは勢いよくその右足を振るった。

 

 ブゥンッッッ!!!

 

激しい風圧を伴うほどの蹴りが振り抜かれる。そのあまりの威力のせいか、直撃を喰らった未元体の上半身は跡形もなく消し飛ばされてしまった。一見ハイエンドの勝ちが決まったかのように思えたが、当のハイエンドはなぜだか首をかしげていた。

 

 (感触ガなかっタ…まるデ自発的二身体ガ消えタヨウナ…)

 

空中で足を振り抜いた体勢のまま、違和感の正体を探ろうと首だけを未元体の方へ向けようとしたその時、

 

 シュッ!

 

消え去った未元体の腰から上が瞬時に形を形成し、瞬く間に身体を元の状態に戻すと、未元体はハイエンドが振り向くより早くハイエンドの背中に手を当てた。すると、

 

 バシュッッッッ!!!

 

突然、ハイエンドの腹部から何本もの白い槍が出現する。まるで背後から刺されたかのように白い槍はハイエンドの背中から腹部を貫通し、傷口からは大量の体液が噴き出した。

 

 「ガハァ……ッッ!!」

 

ハイエンドは思わずうめき声を上げながら地面に倒れ込むと、苦しそうに頭上の未元体を見上げた。そこには先ほどと変わらず、何の感情も読み取れない表情を浮かべながら冷徹な眼差しで自分を見下ろす未元体の姿があった。そして、

 

 グシャッッ!!

 

未元体の翼がハイエンドの剥き出た脳を貫くと、ハイエンドは短く身体を震わせた後そのまま動かなくなった。

 

 「…終わったか」

 

未元体がハイエンドを倒したのを見届けると、相澤はゴーグルを外し眉間をつまみながら一息つく。さらにそこへちょうど垣根も到着し、ボロボロの状態で横たわるミルコの元へ近づいていった。すると、垣根の接近に気付いたエンデヴァー彼に声をかけた。

 

 「ちょうど良いタイミングだ。テイトク、ミルコを看ていてくれ。俺は皆の加勢に加わる!」

 

そう言い残すと、エンデヴァーは垣根の返事も聞かぬうちに足から炎のジェットを吹かせて飛んで行ってしまった。垣根はエンデヴァーを黙って見送った後、床に横たわるミルコへと向き直る。

 

 「……随分酷ぇ有様だが、なんとか生きてたか」

 「…へっ…ったりめーだッ…こんなとこでくたばってたまっかよ」

 「ハッ」

 

いつものように不敵に笑いながら言葉を返すミルコに垣根は口元をつり上げる。すると、

 

 「イレイザー!捕まえたぜ!」

 

奥の部屋へと繋がる廊下からマイクが姿を現し、陽気な声で相澤に言った。出てきたマイクの肩には一人の老人が担がれていた。相澤はその老人が殻木であることを認識する。垣根もまたその様子を見つめていたが、その表情はどこか険しさが残ったままだった。

 

 (なんだ?この嫌な感じは…)

 

垣根は心の中で自問する。ヒーロー達の加勢もあってか、戦況は垣根達ヒーロー側が優位な状況。それに加え、マイクが目標の一人である殻木を捕らえてきてみせた。まだ中からエクスレスが出てきていないがこの様子だと近いうちに死柄木も捕らえて出てくるだろう。負傷者は出したものの、作戦はこの上なく順調に進んでいると言って良い。そんな状況だというのに、なぜか垣根は心の中がザワつくような嫌な感覚を感じていた。垣根は再び木原との会話や先ほどのミルコの通信を思い出す。木原の言っていた『至極の一品』。奥の部屋にいたのは殻木と死柄木。そしてミルコの警告。それらを頭の中で組み合わせ、垣根はあらゆる可能性を探っていく。もし、この不利な状況を一手で覆せるようなナニカが奥の部屋にあるとしたら…

 

 「まさか――――」

 

垣根は呟きながら奥の部屋へと続く廊下を見つめた。すると、

 

 ズドドドドドドッッッッ!!!

 

突如奥へと続く廊下全体にヒビが入り、瞬く間に全てが塵になっていく。突然の事に呆気にとられていたマイクだが、いち早く反応したグラントリノがジェットを吹かしなんとかマイク達を回収すると、間一髪で崩壊の波から逃れた。

 

 (これは死柄木の崩壊!いやしかし接触するモノに伝播している!唯一情報のなかった死柄木の強化内容…このことか!?)

 「全員退避!ヒビに触れるな!死ぬぞ!」

 

グラントリノが叫ぶと、ヒーロー達も慌てて出口へと向かって走り出した。垣根も急いでミルコを抱えると出口へと飛び立った。

 

 パリン!パリン!パリン!パリン!

 ズガガガガガガガガガッッッ!!!

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッ!!!

 

崩壊の波が霊安室内全てを呑み込み、原子レベルから破壊していく。それはヒーロー達だけでなく脳無達にも及び、崩壊の波に触れた脳無達は一瞬で身体が崩れ去っていった。

 

 (これは…死柄木の『崩壊』…。なるほど。これが奴の言ってたものの正体か)

 

垣根は空を飛びながら後ろを振り返り、迫り来る崩壊の波を見つめながら木原の言葉の真意を理解する。木原と殻木が秘密裏に行なっていたことは死柄木弔の個性・『崩壊』の強化。死柄木の個性は五指で触れた箇所を崩壊させるという、元から凶悪な個性だったが範囲が限定的という短所もあった。しかし、木原と殻木によって改造された死柄木は触れた箇所から爆発的なスピードで崩壊を伝播させ、圧倒的広範囲に広げることが出来る。今の死柄木はその気になれば、一瞬で辺り一帯を更地に変えることが出来る、正真正銘の怪物へと変貌したのだ

 

 「…まさに起死回生の一手ってわけか」

 

垣根はひとりでに呟きながらも出口へと急ぐ。崩壊の波はあっという間に霊安室全てを更地にしたが、それでも破壊の連鎖は止まらない。霊安室から出たヒーロー達を追い立てるかのように崩壊の波も霊安室外へと広がり、轟音と共にみるみる院内の全てを崩壊させていく。

 

 「チッ…!」

 

院内の全てを塵にしながら迫り来る崩壊に垣根は思わず舌打ちをすると、

 

 轟ッッッッッ!!

 

六枚の翼を力強くはためかせ爆発的な加速と共に院内を駆け抜ける。そしてなんとか病院の外へ出ると、そのまま上空へと浮上し改めて眼下の蛇腔病院を見下ろした。すると、

 

 ズドォォォォォォォォォォン!!!!

 

地響きのような衝撃と共に蛇腔病院全体が崩れ落ち、崩壊の波が山を下っていく。病院の近くにあったビルや建物にも崩壊が伝播し、伝播した数秒後には轟音と共に崩れ落ちていった。今この瞬間、蛇腔病院一帯は壊滅したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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八十二話

 

 

 ――――――蛇腔病院崩壊より少し前。

 

 郡衙山荘ではヒーローと敵達との壮絶な戦いが繰り広げられていた。ヒーロー側の奇襲を受けた敵側は序盤こそ不意を突かれ浮き足立っていたが、次第に体勢を立て直し今や互角の戦いをしつつある。中でも特に厄介な敵が、『氷操』の個性を使う外典と『ストレス』の個性を持つリ・デストロだ。外典の『氷操』は近場の氷を自在に操る異能で、氷を操り大規模は範囲攻撃を繰り出すことでヒーロー達を蹂躙している。一方のリ・デストロはストレスを体内に溜め込むことでそれらをパワーへと変換する。ストレスを溜め込めば溜め込むほどリ・デストロの身体は大きく強靱なものになっていき、その圧倒的力でヒーロー達をなぎ払っていた。

 

 (見たことねぇ奴らだが、存外手間取りそうだな)

 

暴れ回る外典やリ・デストロを未元体が観察していると、

 

 「氷の山、崩します!!」

 「ここで仕留める!」

 

セメントスとエッジショットが二人の前に踊り出る。セメントスはコンクリートを操り外典の氷に対抗、エッジショットは身体を細くし高い機動力でリ・デストロを攪乱させていった。

 

 「氷嚢にしてやる!」

 「くっ…!?」 

 

近くにいたMt.レディをはじめ、他のヒーロー達も二人に加勢し、彼らの動きを制限した。

 

 (中々やるじゃねぇか。ここは任せても良さそうだな)

 

ヒーロー達の様子を見て大丈夫そうだと判断した未元体は山荘の中へと進んでいく。山荘は先ほどセメントスが個性によってその壁を破壊したため、中の様子が剥き出しになり誰でも入れる状態になっていた。

 

 「レディに続け!がんがん捕らえろ!」

 

Mt.レディ達に感化され、自分達も勢いづこうとしたヒーロー達。しかし、

 

 「ぐあッ……!!」

 「う……っ!!」

 

突如数人のヒーローがもだえながらその場に倒れ込む。何事かと振り返った他のヒーロー達の目の前を、黄色い服のコスチュームをしたヒーローが駆け抜け、彼らの頸動脈にナイフで切りつけていく。切られたヒーロー達は先ほどと同様、短い悲鳴とあげながら地面へと倒れ込む。黄色いヒーローはなおも動きを止めず、今度は前方にいた一人の人物へと狙いを定めると、一気にスピードを上げ迫っていった。

 

 『あ?』

 

異変を感じ振り返った未元体。しかし既に回避不能な間合いまで接近した黄色いヒーローは、白い首目掛けて勢いよくナイフを振り抜いた。

 

 ザシュッ!!

 

ナイフが首を切りつける音と感触が手に伝わる。殺った。黄色いヒーローは間違いなくそう確信した。しかし、

 

 『痛ってぇな』

 「!?」

 

自身の背後から無機質な声音の声が聞こえ、黄色いヒーローは思わず目を見開きながら振り返ると、そこにはたった今切りつけたハズの白い人間が平然とこちらを見据えている姿があった。確かに頸動脈を切りつけたというのに、何事もなかったかのようにその場に立っている。黄色いヒーローは困惑しながら白い人間を見つめていると、

 

 ドロッ…

 

突如黄色いヒーローの顔や身体が泥のように溶け始めた。一瞬驚いた素振りを見せた未元体だが、泥が剥がれ落ち露わになったその顔を見た未元体は納得した表情を浮かべた。

 

 『あぁなるほど。テメェの変装だったか。トガヒミコ』

 「……」

 『どうしたよ、そんな目ぇ血走らせながら睨みやがって。だがちょうどいい。俺もお前達敵連合を探しててな。やっと会えたぜ。まずはお前からだ』

 

未元体がそう言い放ち、トガの方へ歩み出そうとしたその時、

 

 ゴゴゴゴゴッッッ!!

 

突如、山荘全体に地響きのような振動が響き渡る。山荘内外にいる全ての人間が揺れを感知し、驚きながらも警戒心を高めていると、

 

 ドォォォォォォォォンッッッ!!

 

凄まじい音と共に山荘内の地面が砕け散り、地中から巨大な腕が出現した。

 

 『なんだ…?』

 

唐突に出現した巨腕を未元体が驚きの表情で見つめていると、地中からさらに巨大な上半身が姿を現した。上半身だけでも10メートルはあろうかという程の巨躯。未元体含めヒーロー達が呆気にとられて目の前の巨人を見つめていると、その巨人がトガや他の敵連合のメンバーを掴み取り自身の背中に乗せていった。

 

 『なっ…!?』

 

未元体が声を漏らした直後、ズドォォォォォン!!と更なる轟音を鳴らしながらその巨人が地上に立った。完全に立ち上がった巨人を見上げた未元体は改めてその身体の大きさを実感する。全長約25メートル程の巨躯でその身体は岩石のような筋肉で覆われていた。巨人はしばらくぼんやりと彼方を見つめていだったが、次の瞬間、

 

 ダンッッッ!!

 

強大な地響きと共に猛スピードで駆け出した。

 

 「「!?」」

 

誰もが驚きながら見つめる中、ドスン!ドスン!ドスン!と大地を響かせながらその巨人はMt.レディのいる方向へと駆け出し、瞬く間に二人の距離がゼロとなる。そして、

 

 ドパンッッッッッッ!!!

 

郡衙山荘にて二人の巨人が激突した。

 

 「主よ…主よ!」

 「こ…このおぉ~っ!」

 

Mt.レディが全力で巨人の身体を押し戻そうとしているが、それでも巨人の足は止まらない。巨人の圧倒的なパワーにレディはみるみる森の中へと後退させられてしまう。未元体は空へと飛び上がると、目を細めながら巨人の背中をじっと見つめた。

 

 (あの巨人…ホークスの報告にあったギガントマキアって奴だな。確か『災害歩行(ディザスターウォーカー)』とか呼ばれてたか。しかしどういうことだ?アイツは動かねえっつってたが…)

 (それにコイツの進行方向…さっき本体(オリジナル)から同期された情報によると、この先には覚醒した死柄木がいる。死柄木が覚醒した直後にギガントマキアの覚醒。偶然か?いや、にしてはタイミングが良すぎる。間違いない。コイツは死柄木の元へ向かっている)

 『…だとしたらマズいな。こいつと死柄木が揃ったら流石に面倒だ。その前に始末するしかねぇ』

 

 轟ッ!

 

轟音と共に翼をはためかせ、ギガントマキアへ迫る未元体。しかし、

 

 ブンッッッ!!!

 

風切り音と共に巨大な拳が未元体目掛けて振るわれる。咄嗟に躱した未元体は体勢を立て直すと、未元体の行く手を塞ぐもう一体の巨大な敵に向き直った。

 

 「実に不愉快!救世主たる解放者に君たち一体何をした!?」

 

ストレスをパワーに変え、巨大化したリ・デストロの叫びが戦場に轟いた。

 

 「チッ、テメェら雑魚に構ってる暇はねぇんだがな」

 

未元体が舌打ちをしながら苛立ちを露わにすると、さらにそこへ外典も現れる。そして、

 

 「ギガントマキアに続け!解放戦士たちよ!これより解放を!革命を始めよう!」

 

リ・デストロの叫びと共に敵達が一斉にヒーロー達に襲いかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――蛇腔病院一帯。

 

 

 

 死柄木による大規模な崩壊が収まった後、垣根は蛇腔病院の麓の町の上空を飛行していた。死柄木の崩壊は蛇腔病院だけでなく、麓の町にまで広がり街中のあらゆる建造物を塵へと化していた。もはや壊滅状態の町中を垣根は空から見渡し、救急隊を見つけると彼らの側に着地した。救急隊の人達も人を抱えた垣根の存在に気付くと、彼の側に駆け寄った。

 

 「こいつを頼む」

 「は、はい!」

 

慌てた様子で垣根からミルコを受け取る救急隊。彼らがミルコをタンカーに乗せている間、垣根は思考を巡らせる。

 

 (死柄木の崩壊…直接触れたものだけでなく、触れ合う物全てを崩壊させる力。なるほど。木原があそこまで言うだけはある。破壊力という一点だけ見れば確かに超能力者(レベル5)級だ。俺の未元体もアレに触れた個体は全滅した。つまり、奴の個性は俺の未元物質すら崩壊させる)

 

とその時、垣根のインカムからエンデヴァーの声が聞こえた。

 

 「全体通信!こちらエンデヴァー!病院跡地にて死柄木と交戦中!地に触れずとも動ける者はすぐに包囲網を…」

 

 ボウッッッッッ!!

 

エンデヴァーの通信中に、先ほどまで蛇腔病院があった場所で炎が巻き起こる。恐らくあの場所で今エンデヴァーと死柄木が戦っているのだろう。垣根はその方角を見上げながら再び頭を回転させる。

 

 (今の死柄木は手ぇ抜いて勝てるほど甘くねぇ。最優先で潰さなきゃならねぇ、が…)

 

そこまで考えると、垣根は自身の視線を北東の方角へと向ける。

 

 (災害歩行(ディザスターウォーカー)、ギガントマキアがこっちに向かってやがる。Mt.レディを圧倒するあのパワー…恐らく郡衙山荘(あっち)のヒーロー共じゃ相手にならねぇ。それにマキアの進行方向にはアイツらもいる)

 

郡衙山荘後方にて待機している雄英1年の生徒達の顔を思い浮かべた垣根は思わず舌打ちを鳴らす。

 

 (未元体の数を増やせるのは本体である俺だけ。今あっち側の未元体は山荘と後方部隊に一体ずつしか置いてねぇ。山荘にいる方が足止めくらってる以上、対処出来るのは一体だけだ。一体じゃアレは止められねぇ。それなりの数で対処する必要がある、が…)

 

それなりの数といっても、垣根が一度に操れる未元体の数は無限ではない。ただ創り出すだけならまだしも、ハイエンドや死柄木、そしてギガントマキアに対抗できるレベルの未元体を生み出すとなると、制御の難易度が格段に跳ね上がる。そのため、今の垣根では50体が限度だ。さらに数を増やそうとすると、個体のスペックが落ちたり或いは垣根自身の個性が暴走してしまう可能性がある。死柄木とギガントマキア、どちらも手を抜いて良い相手でないが故に、垣根は戦力の割り振り方に頭を悩ませていた。しばらく無言で考えていた垣根だったが、やがて意を決したように顔を上げる。

 

 (仕方ねぇ。事態が事態だ。割り振りだとか悠長な事は言ってられねぇ。50体全てギガントマキアに回す)

 

すると、垣根は早速生き残っている未元体にここへ集結するよう指示を流し、同時に再び未元体の創造を開始する。そして1分後、集結した個体も含め50体もの未元体を創造し終えた垣根は、今度はタンカーで救急車に運ばれていくミルコの下まで歩み寄ると、彼女の耳からインカムを外した。

 

 「……ッ」

 「借りるぜ」

 「かき…ね…」

 「そこでゆっくり休んでろ…心配すんな。後は俺がなんとかする」

 「……」

 

何か言いたげな様子のミルコだったが、垣根は彼女が口を開く前に背を向ける。そして未元体の内の一体にそのインカムを放ってよこすと、その場の全ての未元体の脳に一斉に指示を飛ばした。

 

 「ギガントマキアを止めろ」

 

垣根から指示を受けた未元体達はその場で一斉に翼を広げると、ギガントマキアが迫っている方角へと飛び立った。それを見送った垣根は、今度は自分の翼をはためかせ蛇腔病院跡地へと飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――エッジショット班 後衛部隊。

 

 

 「うわぁ!」

 

 イヤホンジャックを地面に刺し、索敵を行なっていた耳郎が突然素っ頓狂な声を上げる。

 

 「どうした!?耳郎ジャック!」

 

郡衙山荘から戻ってきた上鳴が怪訝そうに尋ねると、

 

 「ヤバイ…」

 「えっ?」

 「なんかめっちゃデカイのが動き出してる!」

 

耳郎が真剣な声音で呟いた。一同が見守る中、耳郎は索敵を続ける。

 

 「なんかめっちゃデカイのが動き出してる!」

 「だからそのデカイのってなに?」

 「わかんないけど…」

 

耳郎が曖昧に答えると、障子が自身の複製腕を木の上まで伸ばし目視にて確認しようと試みた。

 

 「見えるか?」

 「いや…まだ遠い」

 「優勢だったんじゃないの…?」

 「先程の定時連絡では作戦は予定通り進んでいるはずでしたが…」

 

芦戸と八百万が不安げな様子で呟く。すると、

 

 「おい白垣根ェ!そっちからなんか見えたか?」

 

先ほどから空中で静止し、彼方を見つめる未元体を見上げながら上鳴が問いかけた。

 

 『……』

 

しかし未元体は、上鳴の質問には答えずただじっとギガントマキアが迫り来る方角を見つめていた。

 

 (まずいな。あの様子じゃあと5分もすればギガントマキアがここに辿り着く。ちょうど本体(オリジナル)が人手を寄越したとはいえ、到着にはまだ時間がかかる。それまでここがもつか…?)

 

未元体は心の中で呟く。他の未元体との共同視界や各地に散らばらせた未元物質製の偵察用生物兵器からの情報によって、未元体は既にギガントマキアの姿を視界に捕らえていた。Mt.レディを筆頭に、各ヒーロー達が必死にギガントマキアを止めようとしている姿も確認済みだが、残念ながらほとんど意味を成していない。ギガントマキアの規格外さを目の当たりにした未元体はふと自身の手元を見つめた。

 

 (所詮は分身体。本体(オリジナル)程の力は無い。おまけに山荘側の俺は足止め喰らってるこの状況…さて、増援が来るまでどうやってアレを抑えるかね)

 

未元体が残された少ない時間でギガントマキアを止めるための策を考えていると、突如遙か前方で蒼炎が空中で煌めく。未元体が再び顔を上げると、うっすらではあるが既にギガントマキアがここからでも見える距離にまで迫っている。Mt.レディを投げ飛ばしたことにより、ギガントマキアの走行スピードはさらに上がっていた。

 

 『チッ!考える時間もくれねぇってか』

 

未元体が忌々しそうに呟く。すると、

 

 「聞こえるかしら…クリエティ…」

 「ミッドナイト先生!?」

 

突然、未元体のインカムにミッドナイトからの通信が入る。八百万の返答もインカムから聞こえたので、恐らく他の生徒達にも聞こえているだろう。未元体は耳を傾け、ミッドナイトの言葉の続きを待った。

 

 「状況は…わかってるね?」

 「えぇ。耳郎さんの音と障子さんの目で」

 「力押しでは…誰も止められない。眠らせたい…」

 「えっ!?」

 

弱々しく発せられたミッドナイトの言葉に八百万は驚きながら反応するも、ミッドナイトは構わず続ける。

 

 「法律違反になっちゃうけど事態が事態よ…麻酔で眠らせるの」

 「何を仰っているのですか先生!」

 「ヒーローに麻酔を渡してその場を離れなさい…!難しければ…すぐ退避を…!あなたの判断に委ねます」

 「先生?ミッドナイト先生!?」

 

八百万が必死に呼びかけるも、ミッドナイトの言葉がそれ以上発せられることはなかった。どうやらミッドナイトが通信を切ったようだ。

 

 「何だよこの通信…」

 「ヤオモモに委ねる?」

 「眠らせるって何で先生が自分でやらねんだよ…」

 

ミッドナイトの通信に困惑する生徒達。八百万も今の通信内容を必死に頭の中で整理していた。

 

 (麻酔を創造してヒーローに渡す?でもヒーローは前衛の援護に…だとすると避難?どっちにしろ逃げろと…口調からして先生は負傷している。それでも逃げろと。それほどの相手だと…あぁ…先生!)

 

思わず頭を抱える八百万。すると、

 

 ドォォォォォン!!

 

すぐ近くから聞こえる爆発音。その場にいる全員が、一刻の猶予もない状況であることを悟る。

 

 「どうする!?ヤオモモ!」

 「俺たちこのまま尻尾巻いて逃げんのか!?」

 「なにもしないまま!」

 「ミッナイ先生置いて!」

 「……っ!」

 

上鳴達の声を聞きつつ、なお八百万が思考を決めあぐねていると、そこへ今まで空中にいた未元体がゆっくり地面に降り立った。

 

 「垣根さん!」

 

八百万は思わず未元体に声をかける。未元体はゆっくりと八百万の方へ振り向くと、無感情な表情で彼女を見つめた。

 

 「垣根さん…私…」

 『…委ねられたのはお前だろ』

 「えっ?」

 『ならお前が決めろ。これはお前の仕事だ』

 「…!」

 

八百万は一瞬目を丸くしながらも力強く「はいっ!」と返事をし、真剣な表情で生徒達に向き直った。

 

 「イヤホンジャック!テンタコル!音の位置から距離とここへの到達時間を!巨人の大きさを目算でいいのでお伝え下さい!マッドマンあなたの力もお貸し下さい!皆さん動く準備を!」

 

八百万が矢継ぎ早に指示を出し、生徒達も指示に従って動いていく。

 

 「つかもう見えてるし!速いよこっちに来るまで1分もかかんない!……音が変わった!減速した!少し」

 「敵の全長約25メートル。Mt.レディより大きい!」

 

耳郎と障子の報告を聞いた八百万は、麻酔液の入った瓶をいくつも創造し始める。そして、

 

 「雄英に入学してから1年。どの先生からも敵に背を見せるヒーローになれと教わったことはございません」

 

ギガントマキアが迫り来る方角を睨めつけながら、八百万は力強く言い放つ。

 

 「ったりめ~だ!」

 「うん!」

 「決まってるだろそんなこと!」

 

八百万の言葉に切島達が同調すると、八百万は創造した麻酔液入りの小瓶を手に取った。

 

 「私は戦います!?皆さんは…」

 「言うな!ヤボだぜ。コス着て外出りゃヒーローなんだ!」

 

上鳴の言葉を聞き、静かに頷いた八百万は今度は未元体に話しかける。

 

 「垣根さん。お願いがあります」

 『?』

 「垣根さんにはミッドナイト先生の救援に行ってもらいたいのです」

 『あ?』

 

八百万の意外な言葉に思わず聞き返す未元体。生徒達も驚いた表情で八百万を見つめる中、八百万は言葉を続けた。

 

 「通信時の様子からして、ミッドナイト先生は現在負傷している可能性が高いと思われます。そんな状態のまま、もしこの森の中で敵に見つかれば先生の身が危険です」

 『…それで?』

 「この場で最も機動力とスピードに長けた垣根さんならば、ミッドナイト先生をお救いできるかもしれません」

 『おいおい、このだだっ広い森の中からミッドナイトを探して助けろってのか?』

 「垣根さんの個性ならばミッドナイト先生を見つけることも容易いと思います。違いますか?」

 『…まぁ、そうだな』

 「でしたら、どうかお願いします。この状況でミッドナイト先生をお救い出来るのは垣根さんしかいません」

 『かもな。だがギガントマキアはどうする?まさか、俺抜きでアレを止めるつもりか?』

 「…はい。ここは私たちで食い止めます」

 『…本気か?』

 「はい」

 

八百万の迷いなき返答に思わず口を閉ざす未元体。数秒間黙って見つめ合う未元体と八百万だったが、やがて未元体が小さく笑いながら呟いた。

 

 『ま、決めろっつったのは俺だしな。いいぜ。引き受けてやる』

 「垣根さん…!ありがとうございます!」

 

垣根の返事に八百万はパッと顔を輝かせながら礼を言うと、皆の前に出て声高らかに宣言した。

 

 「垣根さんはミッドナイト先生の救出に!私たちは全員、ここで迎え撃ちます!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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八十三話

 

 「ハァ…ハァ……くっ…!」

 

 苦悶の表情を浮かべ、肩で息をしながらミッドナイトは周囲に視線を配る。自身の周りには四人の敵が円を描くように自分を囲んでいる。先刻、ギガントマキアを眠らせようとマキアに近づいたミッドナイトだったが、近くに潜んでいた敵連合の存在に気付かず、奇襲を受けてしまった。空中から落下したため、その体へのダメージは決して軽いものではなかったが、そこへさらにミッドナイトの落下に気付いた敵の襲撃にあってしまったのだ。

 コスチュームの薄いタイツはあちこちが破れ、立っていることもやっとな状態でもなんとか敵の攻撃をいなし続けていたミッドナイトだったが、ついに体力の限界が近づいてきた。ミッドナイトの視界が霞んでいく中、敵の内の一人がゆっくりと前に出ると、エネルギーを集約させた右手を力一杯振るった。

 

 「死ね!ヒーロー!」

 (ここまでか……)

 

ミッドナイトは自身の死を悟り、諦観と共に瞼を閉じる。すると、

 

 ドゴッッ!

 

突然鈍い音が聞こえ、さらに、

 

 「ごはっ……!?」

 

敵の男のうめき声も遅れて聞こえてきた。思わず目を開けたミッドナイトの視界に入ってきたのは、真っ白な後ろ姿と六枚の翼。あまりにも突然の出来事に言葉を無くしていたミッドナイトだったが、特徴的な外見から目の前の人物が垣根の生み出した未元体であることをすぐに理解した。さらに、彼女がふと視線をずらすと先ほどミッドナイトにトドメを刺そうとしてきた敵が気絶して横たわっている姿が目に入る。

 

 「あなた…どうして、ここに……?」

 『クソ真面目な副委員長の命令でね。アンタを助けに来た』

 「助けにって…」

 

ミッドナイトが言葉を詰まらせながら未元体を見上げていると、

 

 「助けに来た?たった一人で?馬鹿かお前」

 「お前みてぇなガキ一人来たところで、何が出来るんだよ」

 

ミッドナイトを囲む敵達が嘲笑と共に戦闘態勢に入る。そして、

 

 「ガキが!あの世で後悔しやがれ!」

 

三人の敵が一斉に未元体に襲いかかった。敵達が距離を詰めてくる中、未元体は左右三枚の翼をそれぞれ一つ重ね合わせ、形を変形させる。二対三枚の翼は一瞬で人一人掴み取れるような巨大な手へと変貌し、後方から迫り来る二人の敵へ襲いかかった。

 

 「なにっ…!?」

 

完全に不意を突かれた敵二人は未元体の攻撃に反応出来ず、どちらもその体を巨大な白い手によって掴み取られてしまった。捕まった敵達は必死にもがくも、拘束する力は一向に緩まない。未元体は後ろが片付いたことを察すると前方より迫る敵に意識を向けた。

 

 「死ねやァァァ!!」

 

敵は絶叫しながら個性によって生えた鋭いかぎ爪を振り下ろし、対する未元体は右腕を盾のように前にかざした。

 

 パキンッッ!!

 

甲高い音とともにかぎ爪を振り抜いた敵が邪悪な笑みを浮かべたその時、振り下ろしたかぎ爪の切っ先が視界に入る。

 

 「!」

 

敵は目を見開いて自身のかぎ爪を見つめる。未元体目掛けて振り下ろしたかぎ爪の切っ先が綺麗に折れてしまっていたのだ。敵は慌てて視線を上げると、未元体の無傷な右腕が目に入った。先ほど自分は確かにかざされた右腕を斬りつけたハズだが、なぜだか目の前の男の腕は無傷で斬り掛かった自身のかぎ爪が折れてしまっている。まさか、鋼鉄のかぎ爪が人間の腕に負けて折られたとでもいうのか。呆気にとられた敵は一瞬無防備な姿を未元体の前にさらす。その隙を未元体は見逃さない。

 

 ドッッッ!

 

鈍い音と共に敵の身体が宙に舞う。下顎部を蹴り上げられた敵はあまりの衝撃に、視界がブラックアウトする。その直後、同じく宙まで飛んだ未元体が敵の顔面をガシッ!と掴むと、そのまま勢いよく地面に叩きつけた。

 

 ガシャンッッ!!

 

派手な音共に地面が砕かれる。叩きつけられた敵は一瞬で意識が刈り取られ、力なく地面に横たわった。

 

 『……』

 

未元体は無言で眼下の敵を見下ろしながら、静かに右手をかざす。すると、白い縄のようなものが掌から出現し、敵の身体に巻き付いていった。さらに、背中越しに捕まえている二人の敵も巨大な手ごと背中から切り離す。

 

 「がはっ……!」

 

うめき声を上げながら地面に落ちる敵二人。必死に身体を捩りながら、二人は未元体を睨み上げるが未元体は無感情な眼差しで見下ろした。すると、

 

 「そこの二人!大丈夫か!?」

 

向こうからヒーローとおぼしき人達が未元体とミッドナイトの元へ駆けつけてくる。未元体は近づいてくる彼らに向き直った。

 

 『こいつらを頼む』

 「敵だな。よし!分かった」

 

ヒーロー達が頷きながら返事をすると、未元体は捕らえた敵の身柄を明け渡した。

 

 (なんて子…たった一人、しかも分身体で四人の敵を倒すなんて…この子が来てくれなかったら私はきっと…)

 『おい』

 「!」

 

突然未元体に声をかけられ、ミッドナイトは顔を上げると未元体は短く彼女に尋ねた。

 

 『怪我は?』

 「え、えぇ。落下したときの打撲がいくつかあるけど、それ以外は大したことないわ。それと、ありがとう。あなたが来てくれなかったら正直かなり危なかった。本当に助かったわ」

 『そうか。まぁそれはそれとして…見たところ、そんな大丈夫そうには見えねぇな』

 「……」

 『あの高さから落ちたんだ。骨も数本逝ってんだろ。つーわけで、あんたはこのまま戦線から離脱しろ』

 「っ!ダメよ!それは出来ないわ!」

 

未元体の言葉にミッドナイトは強く反対する。未元体の言うとおり、先の落下やその後の敵との戦闘によって確かにミッドナイトの身体は弱っているが、それでも前線を離れるわけにはいかなかった。なぜなら、ギガントマキアの存在があるからだ。アレを市街地まで行かせては未曾有の大災害になる。プロヒーローとして、黙って見過ごすわけにはいかない。それに何より、ギガントマキアの進行方向には雄英1年生が待機している場所があった。八百万達がどうのような選択をしたかは分からないが、彼女達の無事を確かめるまで教師である自分が前線を離れるわけにはいかないと、ミッドナイトは強く心に抱いていた。

 

 「ギガントマキアを野放しには出来ないわ。急いで後を追わないと…」

 『マキアなら八百万達が対処してる』

 「えっ…!?あの子達が!?どうして…っ?」

 『敵を前に尻尾巻いて逃げられねぇってよ。あんたが委ねた八百万がそう決めた。尤も、アイツら全員同じ考えだったようだがな』

 「八百万が……」

 

ミッドナイトは静かに呟くと、八百万へ通信したときのことを回顧する。緊急事態だったとはいえ、八百万には大きな重荷を背負わせてしまった。相手はプロが何十人束になっても抑えきれない化物だ。教師としては生徒達を一刻も早く退避させるべきだし、彼女達が退避する選択をしても何ら恥ずべき行動ではない。しかし、生徒達は化物相手に立ち向かうという選択肢を選んだ。なんと勇敢な生徒達だろう。ならば自分も、生徒達を導く教育者として彼らの元へ行かないわけにはいかなかった。

 

 「それなら尚更ここから離れるわけにはいかないわ。教師として、私にはあの子達を生かす責任があるのよ」

 『あんな雑魚共にすら勝てねぇほど弱ったあんたが駆けつけたところで、何が出来るってんだよ?』

 「…それは…」

 『八百万に…アイツらに委ねたんだろ?なら、最後まで信じてやるのも教師の務めなんじゃねぇのか』

 「垣根くん…」

 

悔しいが、確かに未元体の言うとおり今の自分が生徒達の下へ駆けつけたところで、彼らの役に立てそうにない。それどころか、かえって足を引っ張ってしまう可能性だってある。結局自分は生徒達に責任だけ押しつけたまま、なにも助力することが出来ない。そんな自分の不甲斐なさに、ミッドナイトは悔しくて仕方がなかった。すると、

 

 『心配するな』

 「えっ?」

 『この俺がいる限り、アイツらは誰一人として死なせねぇよ』

 「!」

 

不敵な笑みを浮かべる未元体をミッドナイトは驚いた様子で見返す。そしてミッドナイトが何か言葉を返す前に未元体は身を翻し、バサッと翼を広げた。

 

 『悪いがあんたら、ついでにミッドナイトも病院まで連れてってやってくれ』

 「ちょっ…!」

 

敵を連行していこうとしているヒーロー達に未元体が声をかけると、ミッドナイトの言葉を待たずに背中の翼を広げ飛び立って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――side A組・B組対ギガントマキア共同戦線

 

 

 

 ミッドナイト救出のため未元体が皆のもとを離れた直後、八百万達は迫り来るギガントマキアと相対することとなった。八百万は、骨抜の個性を中心にしてマキアの動きを封じ、その間に麻酔液を経口投与することでマキアを眠らせるという作戦を立てた。途中マキアの背中に乗っていた敵連合からの攻撃に苦戦するも、切島の活躍によってなんとか一瓶分の麻酔液を飲み込ませることに成功した。荼毘によって燃やされた森を骨抜が消火している間、生徒達は急いでマキアから離れていき、崖の上から戦況を俯瞰していた八百万はインカムでマジェスティックに無線を繋いだ。

 

 「暴れるほど麻酔の回りが早まるはずです!マジェスティック!」

 「委細承知した!さすが百ちゃん俺の見込んだ女だよ!」

 

八百万からの連絡に意気込んで答えた魔法ヒーロー・マジェスティックは、個性によってリング状のエネルギーをいくつも出現させ、自分含め多くのヒーローをリング状に乗せる。そして、

 

 「さぁ皆さん!インターン生に頼りっぱなしはここまでにしよう!」

 

マジェスティックのかけ声と共に、リングに乗った多数のヒーローがマキアに対し一斉に向かっていった。雄英に入学してまだ1年の生徒達がこれだけ頑張ってくれたのだ。プロや年長である自分達が奮起しないわけにはいかないと、ヒーロー達の闘志に火が灯る。だが、

 

 「小蝿はキリがない。だが払うが最短」

 

突如低い声で呟くマキア。その直後、

 

 ガゴンッ!

 

と音を立て、マキアの顎部を覆っていた分厚い板が額の場所までスライドし仮面のように装着される。顎を覆っていた板がスライドしたことで、マキアの口から生える巨大な牙が露わとなった。

 

 「なんと!」

 

突然のマキアの変化にマジェスティックは思わず進行を止める。さらに、

 

 ゴゴゴゴゴゴッッッ!!!

 

地鳴りのような音を響かせ、次々と身体を変形させていくギガントマキア。背中の岩のような筋肉がさらに肥大化し、両手の指からは長く分厚く鋭い爪が伸び、巨大なかぎ爪に変化する。まるでロボットのように、マキアの身体の様々な部位が変形していく様をヒーロー達は呆然と見つめていた。

 

 「そんな…」

 「マジかよ…」

 「おいおいおい…なんなんだよこいつはぁ!?」

 

生徒達も唖然としながら目の前の怪物を見上げる中、マキアがその左手を掲げ横一線に勢いよくなぎ払った。

 

 ブゥゥゥゥゥゥン!!!

 

爆発的な烈風が辺り一帯に吹き荒れる。左手のかぎ爪に触れた森の木々は木っ端微塵に消し飛ばされ、その余波としての暴風がヒーロー達に襲いかかった。

 

 「なに…っ!これ…っ!?」

 「嘘だろッ…!たった一振りで…!!」

 「この威力かよ…っ!?」

 「今まで全然本気じゃなかったってこと…!?」

 「どうすりゃいいんだよこんな化け物!?」

 「くっ……」

 

吹き荒れる暴風の塊から必死に身を守る生徒達。なんとか自分の身体を飛ばされないよう近くの岩にしがみつきながら、八百万は打開策を模索していた。

 

 (先ほどまでとは違い、明らかに私達やヒーロー達を狙った攻撃…切島さんが投げ入れてくれた麻酔が効くまであの巨人を抑えなければ。ですが…)

 

吹きすさんでいた風がようやく止み、八百万がゆっくりと立ち上がりながら辺りを見渡すと、眼下の木々の悉くが根こそぎ吹き飛ばされ、ほとんど更地のような状態になっていた。腕を一振りするだけでこれだけの被害を出す敵など聞いたことがない。それこそ全盛期のオールマイトでもなければ不可能である。目の前に立ちはだかる規格外の巨人を前に、八百万達はただ呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。

 

 (こんな怪物…私達でどうやって止めれば…)

 

八百万がどれだけ頭を働かせても、戦闘態勢を取ったギガントマキアを抑える策は何一つ浮かんでこなかった。もうダメだと目を閉じ諦めかけたその時、

 

 『聞こえるか、お前ら』

 「!!」

 

突如八百万のインカムに聞き慣れた声が響く。それは、今ミッドナイト先生を救出に行っているはずの者の声。蛇腔病院で敵と戦っているはずの物の声。そして、八百万が最も信頼している者の声だった。

 

 「垣根さん!」

 

八百万は声を弾ませながら垣根の名前を呼ぶ。他の生徒達もインカムから聞こえた声が垣根だと気付くと、嬉しさと驚きが入り混じった反応を見せた。

 

 「垣根ェ!お前遅ぇよォ!」

 「ミッナイ先生は?無事か?」

 『…ミッドナイトは無事だ』

 「「「!」」」

 『だが、俺はミッドナイト救出に行った個体じゃねぇ。蛇腔からテメェらへの増援に来た』

 「えっ?」

 「増援?」

 

インカムから聞こえる未元体の説明に戸惑う生徒達。しかし、そんな彼らを他所に未元体は話を続ける。

 

 『詳しく説明してる時間はねぇ。八百万、とりあえずそっちの状況を聞かせろ』

 「は、はい!先ほどまで私達は超巨大敵とその背中に乗る敵連合と交戦。超巨大敵に対し、経口投与による麻酔の投与に成功いたしました」

 『…麻酔か』

 「はい…しかし、つい先ほど超巨大敵の外観が急速に変化し、戦闘能力の大幅な向上を確認。恐らく私達を明確な攻撃対象として認識したためだと思われます。正直、私達ではもう…」

 『…なるほど。大体分かった』

 

八百万からの報告を聞いた未元体は一呼吸挟むと、再び全員に向けて話し始めた。

 

 『とりあえずお前らは安全なところまで退避しろ。あとは俺達(・・)が引き継ぐ』

 「垣根さん?」

 「俺達って…?」

 「っ!みんな!あれ!」

 

突然上空に浮く取蔭が声を上げ、皆の視線が取蔭に集まる。しかし取蔭の視線は八百万達ではなく、上空の別方向に向けられていた。八百万達が取蔭の視線の先を辿ると、

 

 「「「!!!」」」

 

目を丸く見開いた彼らの視線の先には、数多の未元体と白い翼が広がっていた。彼らはその白い翼をはためかせ、みるみるこちらまで迫ってくる。

 

 「あれって、垣根の!」

 「白垣根じゃん!!」

 「あんなにたくさん…でも何で…?」

 「恐らく先ほど通信で仰っていた通りです。蛇腔病院にいる垣根さんがこちらに増援を寄越してくれたのでしょう」

 「あいつ…マジかよ…」

 「垣根…」

 

八百万達が見上げる中、未元体達は瞬く間に彼女たちの頭上を飛び抜け、そのままギガントマキアに向かってスピードを上げる。一方ギガントマキアもまた、空から迫る未元体の存在に気付くと意識を上空へ向けた。

 

 「新たな小蠅か。だが所詮は些事。全てなぎ払う」

 

ドシン!ドシン!と地を響かせながら、ギガントマキアが走り出す。一歩踏み出すごとに大地が震え、木々が紙細工のように踏み砕かれる。圧倒的な力の塊が迫り来る中、未元体の顔にはいつものように不敵な笑みが浮かんでいた。

 

 『よォデカブツ。選手交代だ。こっからは俺達が相手をしてやる。覚悟はいいか?スクラップになる覚悟はよォ!』

 

猛スピードで走る巨人と風を切りながら空を駆ける数多の白が今、激突した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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