元うちはによる鬼殺道中記 (卑の呼吸・卑劣切り)
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元マダラ鬼狩りになる

 書いてて若干それぞれの元のキャラが思い出せなくなった小説始まります。
 
 


 雪の中を気絶した少女を少年が背負いながら歩く。その少年の顔は一般人が見ればはだしで逃げ出すほどの鬼気迫るものだった。

 

「禰豆子……お前は絶対に俺が救って見せる。イズナと同じことは繰り返させはしない!!」

 

 少年は妹がどのような経緯で変貌したのかはまだ分からない。もしかしたら、元に戻す方法などありはしないのかもしれない。だが、少年…炭治郎に諦めるという選択肢は微塵も存在しなかった。

 かつては守り切ることができなかった家族…例えどのような犠牲を払おうとも構いはしない。血でできた川など前世で散々泳いできたのだ、今更躊躇いなどありはしない。

 

 「そしてこの匂いの持ち主…こいつは絶対に生まれてきたことを後悔させて嬲り殺しにしてやる!!」

 

 悍ましいほどの憎しみをまだ見ぬ敵に向けて炭治郎は放つ。そもそもこの少年が真の意味で今生に"目覚めた"のは禰豆子以外の家族を殺されたことによる深い悲しみと憎しみによるものだった。

 かつてこことは異なる世界において大きな戦があった。その戦の中心人物の一人は古くから続く因縁深き兄弟のうちの兄の魂を受け継いでおり、最終的には六道と呼ばれる神の領域にいたりさえした。そして六道まで至ったその魂は戦が終わりし後も力をある程度保ち続けさまよい、ついには異世界の炭治郎という少年に宿る。

 

 無論生まれ変わりは生まれ変わりなのでその魂は本来目覚めることはないはずだったのだが、あまりにも深い悲しみと憎しみは炭治郎の魂にある影響を及ぼすこととなる。その影響による体の変化をこことは異なる世界の人々はこう呼んでいた《写輪眼の開眼》と…

 

 「…だれかこっちに近づいてくるな、この匂いは人間か」

 

 それもただの人間ではないこの匂いは…戦場に身を置くもの独特のにおいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「なぜ鬼をかばう?」

 

 「…最後の家族だからだ。」

 

 鬼殺隊の要。最高位の柱の一人である冨岡義勇は目の前の少年に足止めされていた。少年の後ろには未だ鬼の気配があり一刻も早く切り捨てに行かなければいけない状況下の中、義勇は動けずに居た。

 

 (この少年、隙がない……一体何者なんだ?)

 

 強者というものは相対した時点で、ある程度相手の力量を推し量る事が出来る。冨岡義勇は実戦、模擬戦共に数多くの戦いを切り抜けてきたが、目の前の少年のような存在は見たことがなかった。鬼ならば子供ぐらいの見た目でも長い年月を生き歴戦を潜り抜けてきたという存在が現れる可能性はあったが、この少年は見たところ鬼にされているわけではなさそうだ。

 にもかかわらずその身は柱と同等かそれ以上の歴戦の勇士のような雰囲気を携えておりどうにも不気味な印象を感じる。

 

 (この男、なかなかに強いな。今の俺の身体能力では勝つのは難しいか…)

 

 一方の炭治郎も自分と相手を比べて考える。この世界では法則や勝手が違うのか、前世では皆が当たり前のように扱っていたチャクラなる力が使えず、その力はかつてとは比べるべくもない。無論それでも持ち前の戦闘センスと経験があれば、近接戦闘で後れを取ることなどよほどのことがない限りありはしないのだが、今の自分は多少運動能力の高い炭焼き少年でしかない。

 つまりは体がイメージに全くと言っていいほど追いつかないというとんでもないハンデを背負っているということになる。

 

 (だからと言ってここで終わるわけにはいかん。)

 

 一方攻めてくる様子を一向に見せない少年に義勇は内心舌打ちをする。守りを固めた強者を打ち崩すには圧倒的な力が必要だ。しかし、僅かの油断も無くこちらを見据える少年にはただならぬものを感じ取り膠着していた。

 

 

 

 しかしそんな状態が長く続くはずもなく戦いは不意に始まった。

 

 

 

「漆ノ型・雫波紋突き」

 

 数ある水の呼吸の型の中で最速の攻撃。神速の突きが腕を狙う。それを炭次郎は攻撃を受け下がるのではなく、前に踏み出す。突きが肉を裂くがまるで痛みというものを感じていないかのように炭治郎は冷静に"目覚めた"目をもってして対応する。 

 

「陸ノ型・ねじれ渦」

 

 それに対し義勇は上半身と下半身の激しいねじりによって生み出された強い渦動を炭治郎に叩き込む。

 

 (攻防一体の技…やはり厄介だな。)

 

 上下左右絶え間なく襲いかかる剣戟を弾く中、炭治郎の動きは一手ごとに最適化される。義勇は知る由もないが、こことは異なる地では体中の神経伝達を滅茶苦茶に乱されたにもかかわらず、わずかな時間で適応した忍がいたぐらいだ。炭治郎(元マダラ)からすればそれぐらいのことは造作もない。

 

 (少しわかりづらいがこの男、呼吸の仕方が独特だ…これが奴の力の源か。この世界独自の技法といったところか。昔親父が言っていた疲れない呼吸法なのかもしれない。)

 

 相手が技を仕掛けるときや維持する際に見せる鼻や口、喉の動きがほんのわずかに変わることから、相手の力の源が呼吸にあると看破する。

 

 (相手の呼吸を乱すことが出来れば一番いいが、それは今のところ難しいか…ならばその技を真似るまで!)

 

 相手が行っている呼吸法が自分にも使えるものかは全く定かではなかったが、試す価値はあると睨んだ炭治郎は鼻や口の動きからその呼吸法を真似る。すると体が先ほどまでよりは思考と反射に付いてこれるようになり、負担も軽減された。

 

 「ほう…こいつはなかなかに面白い技だな。」

 

 「何だと!?(この少年動きが一手ごとに正確になってきている……しかも呼吸まで…これほどとは)」

 

 しかしながら攻撃を防がれながらも義勇は焦ることはなかった。水の呼吸はその名の通り、水の如く変幻自在。どんな相手にも対応できる。

 

 「参ノ型 流流舞い」

 

 水流のごとく流れるような足運びによる、回避と攻撃を合わせた技に対し炭治郎の体力は確実に削られる。そうして無理やりつくられた隙の中に…

 

 「全集中・漆ノ型 雫波紋突き」

 

 突きは本来ならば鬼の頸を斬り落とすには向かないが、今の義勇の目的は目の前の少年の牽制及び無力化なのでこの技をもう一度選択した。

 

 「ぐっ……体が追い付かないか!!」

 

 炭治郎はその突きを目と反射神経では追うことは出来たが、体がそれに対応しきれるわけではない。しかし持ち前の経験と勘で何とか突きの軌道を斧で反らし、軽傷で済ませる。

 

 (不味いな…このままではこちらがジリ貧に追い込まれる。)

 

 相手の身体能力はこちらのずっと上。もしも"目覚めた"のがもっと前ならばなんとかなったであろうが、現状の体ではそれを覆すにはこれまでの経験値でもまだ足りない。しかしだからと言ってあきらめるわけにはいかない。

 

 (チャクラがおそらくこの世界に存在しない概念である以上、かつての術はまず使えない。この世界にあるものだけで奴に対抗するしか…この世界の技術?)

 

 一秒にも満たない思考の中で炭治郎はあることを思い出す。

 

 (この少年…恐らく間もなく何か仕掛けてくるな)

 

 義勇は長年の勘から炭次郎から発せられる雰囲気が微妙に穏やかになったことを感じ取り、攻撃に備える。

 

 (これは一か八かの賭けだ。親父が死ぬ少し前に一度しか見たことがないうえ練習もしたことは当然ないがそれでもやるしかない。)

 

 今生の父が生前最後に見せてくれた奥義。この技ならば今の状況を打開する手立てになると踏んだ炭治郎は呼吸を整え斧を構えそして…

 

 (気配が消え!?いつの間に!!)

 

 ごく自然にかつ全く違和感を感じさせないほどに少年の気配が消えたと思えばいつ近づかれたかもわからないうちに接近していたことに義勇は表面には一切出さないにせよ焦る。その昔一度しか見たことがない技だったが炭治郎はうちはマダラとしての天才的な戦闘センスをもってしてその技をある程度再現して見せた。そして十分に近づいた炭次郎は斧を義勇に向かって振り下ろす。

 

 「…今の一撃は実に見事だったぞ。」

 

 「これでも届かないか…」

 

 斧は義勇の服と皮膚を切り裂き血を流させるところまで行けたが完全に届くことはなかった。炭治郎の体がその技をふるうには足りていなかったことと、義勇の経験に基づいた警戒による結果だった。

 

 「一つ聞きたい、その娘はお前の家族か?」

 

 「そうだ…」

 

 「俺のことは恨んでくれて構わん。だが鬼は必ず斬らねばならない。」

 

 「貴様ぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 憎しみだけで呪い殺せそうなほどの赤い目に睨まれながらも義勇は己の本分を忘れることはない。鬼は人に仇為すもの、ゆえに必ず斬らねばならない…例えそれでどんな恨みを買おうともだ。

 

 「ううううう!」

 

 しかしここで信じられない事態が発生する。目覚めた禰豆子は義勇にも炭治郎にも襲い掛かることなく不格好ながらも炭治郎に付き添い、義勇を威嚇したのだ。

 

 (馬鹿な⁉明らかな飢餓状態のはずなのに人を襲わぬ鬼など聞いたことがない)

 

 これまでの常識からは考えられない事態に義勇は困惑する。

 

 (この少年といいこいつらは明らかに今までの者たちとは違う…こいつらならばもしかすると…)

 

 しばらく思考したのち義勇はその手に持った刀を納める。

 

 (刀を納めた?一体どういうつもりだ…)

 

 「お前…」

 

 「何だ?」

 

 「お前はその娘のためにどこまでできる?」

 

 「全てだ!!禰豆子を人に戻すならば泥だって喜んですするし何であろうと切り捨ててやる!!たとえ俺の命であってもだ!!」

 

 「ではその娘が人を喰らった場合はどうする。」

 

 その言葉に炭治郎は少し考える。禰豆子は自分とは違い善良で心優しく芯は強いが、それ故に忍びはおろか戦いにも向かない性分だ。例え人に戻れたとしてもそれまでに人を喰らったとすれば生きてはいけないだろう。だから…

 

 「言ったはずだ、人に戻すと。体だけではない、心と人生もだ!それが叶わないというならば俺の命とともに全てを消し去ってやる!!」

 

 その答えを聞いて義勇は…

 

「狭霧山の麓に住んでいる鱗滝左近次という、老人を訪ねろ。」

 

 とだけ言い残しその場を去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 狭霧山にて炭治郎の修業を見ることになった鱗滝は少し疲れていた。この二年間で炭治郎は背丈が大きくなり髪も伸びた。しかし一番大きく変わったのはその実力だ。

 

 「儂もそろそろ年かな。」

 

 「その年齢でそこまで動けるならば健康状態に問題はないだろ。」

 

 模擬戦を経て疲れ気味な鱗滝を他所に炭治郎は余裕がありまだ戦いたいといった風だった。それを見て鱗滝は仮面の下で苦笑いを浮かべる。

 

 『この二人には今までにないものを感じました。もしかしたらこれまでにない風を吹かせられるかもしれません。』

 

 義勇から届いた手紙にはそう書いてあったがそれと同時に

 

 『鬼である妹以上に少年の方の扱いは非常に気を付けてください』

 

 とも記載されていたが、鱗滝は義勇のその言葉の意味をこの二年間で痛感した。

 竈門炭治郎、鬼に家族が惨殺される前は炭焼き職人の長男坊として家族と生活していたらしいが、この少年は異常だった。敬語をほとんど使わないのは置いておくとして、初めて会った時からお堂にいた鬼を手持ちの斧でバラバラに解体し鬼がどのくらいで死ぬかを実験していたのには驚いた。そこまでは家族を鬼に殺された恨みもあるのだろうと無理やり納得したが、いざ修業を始めると本当の異常性が垣間見えてきた。

 …成長があまりにも早すぎるのである。罠を使っての基礎体力向上も慣れているとばかりにこなし、全集中の呼吸を信じられない程の短期間で身に着けたかと思えば、常中を独力で会得し、更に父から少しだけ教わったというそれまでに見たことがない呼吸法まで編み出したのだ。ハッキリ言って天才という言葉だけでは到底片付けられるものではない。

 

 「お前に教えられることはもはやない。ゆえに最終選別に挑んでもらうことになるのだが最後にどうしても聞いておきたいことがある。」

 

 「聞きたいこと?それは何だ?」

 

 鱗滝は珍しく面を外すと真剣な面持ちで話し始めた。

 

 「お前は一体何者なんだ?なぜそんなに戦いなれている?もはやただの天才という言葉では片づけられない程にな。」

 

 鱗滝の言葉に少し考えながら炭治郎はこう答える。

 

「それを語るにはこちらの質問に答えてもらいたい」

 

 「何だ?」

 

 「なぜあんたはそんな得体のしれない奴を引き取ろうと思った?しかもそいつは鬼になった妹がいて、その妹を守るためなら人を殺すのもためらわなさそうときた。冨岡義勇もそうだが悪鬼滅殺を標榜する組織に属する人間なら正直ありえないと思うが。」

 

 「…すべて承知の上だ。だがお前ならばこの停滞した状況に新しい風を吹かせられるかもしれないとも思った。」

 

 「ほう、だが俺のことがすべて明るみに出ればアンタは間違いなくただではすまんぞ。おそらくは自害を命じられるか、暗殺者を差し向けられるかはするだろうな。」

 

 「それも承知の上だ。もしもその時が来れば儂は腹を切ることになるだろう。」

 

 「覚悟の上というわけか、アンタも相当だな。いいだろうそこまで言われれば俺としても話さないわけにはいかないな。ただし長くなるうえに突拍子も無い内容になるがそれでも聞くか?」

 

 「無論だ、話してくれ。」

 

 「いいだろう、ではどこから話そうか…」

 

 そうして炭治郎は過去を語りだす。無論竈門炭治郎としての過去ではない、うちはマダラとしての過去だ。かつてこことは違う世界の戦乱が続く時代の傭兵一族の頭目の長男として生を受けたこと。そうした生い立ちもあって戦いに明け暮れていたこと。兄弟の死、宿敵との死闘、隠れ里の設立、一族に失望し里を抜け愚かしい計画を始めたこと、闇を育て一度死んだ身を生き返し、最後は自らも裏切られもう一度死んだ人生を語った。

 

 「確かに俄かには信じられんな。」

 

 「まぁそうだろうな。俺としても信じてもらいたいとは思わん。頭のおかしい砂利の戯言だと解釈してもらっても結構だ。」

 

 「だがその話が真実だとしたらお前がやたらと戦闘慣れしていることにも納得できる。だからこそ聞きたい、お前はこの世界で何をなそうというのだ炭治郎…いやうちはマダラ。」

 

 「…俺は一度失敗した身だ、この世界で何かをなそうとは思わん。叶うならば三度目はいい加減静かに暮らしたい。」

 

 鱗滝はそう呟く炭治郎の目を見る。その目にはどこか後悔と疲れが浮かんでいた。

 

 「ひと先ずは信じよう。」

 

 「腹を切る羽目になるやもしれんのに随分とお人好しなことだ。…そういえばそんなお人好しなアンタに対して一つ伝言を頼まれていたな。」

 

 「伝言?儂にか?」

 

 「錆兎と真菰とかいう砂利の伝言だ『必ず帰ってくると約束したのに帰ってこれなくてごめんなさい。でも言わせてください、ただいまと』だそうだ。」

 

 「…!!その名前は…一体どこで!?」

 

 鱗滝は炭治郎の言葉に大きく驚く。それもそうだろう。その名は炭治郎には一度も出したことがないはずの名前だったものだからだ。

 

 「確かに伝えたぞ。」

 

 そう言い残し炭治郎は部屋を後にする。一人残された鱗滝は炭次郎の言葉に静かに涙した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「錆兎…」

 

 「何だ?」

 

 「炭治郎…いやマダラさん大丈夫かな?」

 

 「あの山にいる鬼程度なら相手にすらならないだろ。寧ろ鬼を全滅させて次の試験を開催するのが大変になるくらいだ。」

 

 「ううん、そうじゃなくてその先のことだよ。」

 

 「ああ、なるほどそれは確かに心配だ。」

 

 錆兎が炭治郎に抱いた印象は語られた過去とは裏腹に彼は決して優しさを知らない人間などではなく寧ろ誰よりも情に深い人物だろうというものだった。しかしだからこそただ一人自分に残された妹を守るため、そして家族を惨殺した無残に復讐をなすためならばどんなことでもしかねない恐ろしさがあった。

 

 「口は悪いし言うことは結構物騒なところが多かったけどなんだかんだ悪い人じゃないんだけどね。先生にも自分のこと正直に話してたし、私たちの言葉もちゃんと伝えてくれたから。」

 

 「それはわかってる。ただ霊になってしまった俺が言うことじゃないかもしれないが俺はあいつの剣が恐ろしい…」

 

 「…そうだね怖いね。」

 

 修行を重ねる中で炭治郎は恐ろしいほどの速度で成長を遂げていった。いや成長というのは少し語弊があるのかもしれない、彼はもともと歴戦の戦士だったのだ。この場合は元に戻っていっているという表現のほうがふさわしいのかもしれない。ただその中で炭治郎が編み出した呼吸、本人曰く『親父が生きていた時に見せてくれたのをやってみた』というものだったが…

 

 「あれは太陽だよ…しかもただの太陽じゃない、触れるもの全てを焼き尽くしかねない真っ黒な太陽だよ。」

 

 「鬼舞辻無惨…奴はとんでもないものを目覚めさせてしまったんじゃないだろうか。」

 

 本来ならばいくら前世で戦いに明け暮れていた傭兵一族の頭目であったとしても今生においては家族に囲まれて平和に暮らすはずの炭焼き少年だったのだ。それをよりにもよって鬼の頭目である鬼舞辻無惨は目覚めさせてしまった…本来ならば目覚める必要がないあの真っ黒な太陽を。

 

 

 

 

 一方そんな風に噂されているとは知らない炭治郎は藤襲山にて元気いっぱいに最終選別中だった。 

 

 「や、止めてくれ!!頼むからもう止めてくれ!!」

 

 「ふむ、この位置だとまだ死なないようだな。」

 

 手足を何度も何度も切り飛ばされ再生力が衰え泣き叫ぶ鬼を無視して炭治郎は鱗滝から借りた刀を鬼の顎…多分顎であろうという位置から少し下に突き立てる。そしてそのまま刃を引くと鬼から鮮血が噴出した。

 

 「死ぬ!死んじまうぅぅぅぅ!!」

 

 「この辺りまでは耐えるみたいだな。つまり完全に殺しきるには今より少し上を切ればいいというわけか。」

 

 「兄ちゃん助けて!兄ちゃん!!」

 

 「鬼舞辻無惨について話せない鬼の価値など実験材料ぐらいしかないのが相場と決まっている。運がなかったとあきらめろ。」

 

 鬼という生物は顎から首のあたりを日輪刀で切れば死ぬとは聞いていたが、どうせならどこまでを耐えどこから死ぬかを知っておいて損はないだろうと考えた炭治郎は手ごろな鬼を使って実験を行っていた。実際今目の前にいる鬼のように異形化して弱点がわかりづらくなっている鬼もいるのでこういった実験は必要だった。

 

 「そうだ生体サンプルも取っておこう。もしかしたら禰豆子のために役立つかもしれないからな。」

 

 炭治郎は今しがた切ったばかりの鬼の傷口に持ってきた小瓶を当て血を回収し、封をする。

 

 「こいつはもういらないな。」

 

 そしてもう役目は済んだとばかりに鬼の首を確実に殺せる位置で跳ね飛ばす。そんな一連の動作を草葉の陰から見守っていた黄髪の少年がいた。

 

 「やべぇよ…やべぇよ。あいつ何なんだよ?鬼よりやべぇんじゃないの…」

 

 ガミガミ師匠に無理やりこの試験に放り込まれてただでさえSAN値が低かったその少年は鬼よりやばそうな同じくらいの年頃の少年を見つけてさらにSAN値が下がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (生き残ったのは俺を含めて4人か…)

 

 こうしてやることをあらかたやって最終日を迎えた炭治郎は集合場所に来ていた。

 

 (にしても随分と個性的な連中が集まったものだ。)

 

 モヒカンヘアーの目つきが悪い餓鬼(目つきは自分のことを棚に上げて)にやたらと『死ぬわ、俺死ぬわ…』といいまくる黄髪の餓鬼(こいつはもう駄目だな…と炭治郎は思った)、いずれも前の世界ならともかくこの日本においてはかなり変わった個性の持ち主たちだった。

 

 (だが問題はあの女の砂利だ。)

 

 その少女はほかの二人と比較して割と普通の見た目だったが、傷どころか土汚れひとつなく涼しい顔でいるところからそれなりには訓練を受け実力もあるものだと推測できる。しかしそんなことはどうでもよかった。

 問題なのはその少女がまとう雰囲気だった。

 

 (あの砂利の人形のような雰囲気、木の葉の《根》や血霧の里の連中と同じ匂いがするな。鬼殺隊にもそういった暗部が存在する可能性があるということか…)

 

 炭治郎はその少女からかつていた世界に存在した闇組織の連中と同じ匂いを感じ取り、鬼殺隊に対する警戒を強める。一方、そんな勘違いを知らない少女は蝶と戯れていた。…が突如として蝶が何かを感じ取ったのか逃げていく。

 

 (あら…蝶が逃げてく。何か粗相をしてしまったかな?どうでもいいけど…アレ?あの人…懐かしい雰囲気。どこかで見たっけ…思い出したらいけない気がする。)

 

 その少女が感じ取ったのは死のイメージ。普通の人ならばそれに絶対に気づくことはなかったが、少女は幼少時代の体験からそういったものに感づくことができる。それによって炭治郎が持つうちはマダラとしての死のイメージを朧気ながら感じ取ることができたのだ。

 

 (あの人普通じゃない…まぁどうでもいいか。)

 

 その後モヒカンヘアーの少年が案内役とひと悶着あったりしたが、それ以外は滞りなく進み玉鋼を選んだ一行はそれぞれ帰路についた。

 

 

 

 「今戻ったぞ。」

 

 「おお、炭治郎か無事で何よりだ。」

 

 「当然だ、"目覚めたばかり"ならともかく今更あんな連中に後れを取るつもりは毛頭ない。ああ、それと砂利共の仇と思しき鬼がいたから殺しておいたぞ。」

 

 「...そうかそれは何よりだ。これであの子たちも少しは安心して生まれ変われるだろう…礼を言おう。」

 

 「俺は礼を言われるようなことなど何もしていないのだがな。それより禰豆子は!?」

 

 「家の中にいる。」

 

 長い間目を覚まさなかった禰豆子に対して内心気が気でなかったシスコンは一週間以上離れていて不安が爆発しすぐに会いに行こうとする。するとそんな思いが通じたのか家の扉が見知った足に蹴破られ中から禰豆子が出てきた。

 

 「禰豆子!!お前起きたのか!!ずっと起きなかったから心配したんだぞ!!」

 

 炭治郎はすぐさま禰豆子に駆け寄る。その顔は普段の人を殺してそうな顔でも、宿敵と久々に会った時のようなマジキチスマイルでもなく妹を心配する一人の兄としての顔だった。

 

 (こうしてみると本当に妹思いの兄で済むのだがな。いや、あいつの過去を考えればこれもまたあいつの本当の顔なのかもしれん。)

 

 この先この奇妙な兄妹に幸あれ、鱗滝はそう強く願った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてそれから約二週間後…炭治郎は自分のために打たれた刀を持ってきたというひょっとこの面をつけた男と話をしていた。

 

 「赫灼の子…それは一体なんだ」

 

 「頭の毛が赤みがかって、目ん玉が赤いだろう。火仕事をする家はそういう子が生まれると縁起がいいって喜ぶんだぜ。」

 

 「なるほど、確かに身に覚えがある。」

 

 かつては写輪眼が開眼した日には一族はお祝いをしていたものだと炭治郎は懐かしむ。…どこぞの卑劣はこれを病気などとのたまっていたがやはりめでたいことなのだ。

 

 「これならきっと刀も赤くなるかもしれん。日輪刀は別名色変わりの刀と言ってな、持ち主によって色が変わるのさ。」

 

 「なるほどそいつは楽しみだ。」

 

 以前も今生も火を扱う家系に生まれた自分ならばまず間違いなく赤色の刀になるだろうと思った炭治郎は若干ウキウキしながらもらった刀を抜く。すると刀は赤ではなく黒に変色した。

 

 「黒っ!?」

 

 「黒だな…」

 

 予想に反して黒に変色した刀を見て炭治郎はなぜそうなったかを考える。そして一つの答えにたどり着いた。

 

 (そういえば俺の生まれ変わり…正確にはインドラの次の生まれ変わりであるうちはサスケは黒い炎を操っていたな。だとすれば同じインドラの因子を継ぐ俺も黒くなる理由はあるか…) 

 

 「何にせよなかなかにいい刀だな。鍛冶職人としての腕は確かなようだ。」

 

 炭治郎は刀の出来に素直に感嘆する。これほどの職人は前いた世界でもなかなかお目にかかることはなかった。そんな人物が自身の担当になったことに対して得をした気分になる。

 

 「キーッ俺は鮮やかな赤い刀身が見られると思って楽しみにしてたのにぃ!!クソガァ!!」

 

 一方納得し満足ができた炭治郎を他所に鋼鐵塚は暴れだす。そしてそれを炭治郎が取り押さえる。

 

 「落ち着け、アンタ一体何歳なんだ?」

 

 「三十七だ!!」

 

 「三十七!?大人げなさすぎるぞ!!少しは冷静さというものを身に着けろ!」

 

 三十七どころか老人になっても大人げなかった黒歴史を棚に上げ炭治郎はあきれ返る。こうして炭治郎もとい元マダラの鬼狩りとしての人生が始まるのだった。




 《大正こそこそ話し》

 炭次郎(元マダラ)の見た目は最初は目つきが悪い炭次郎だったが修業期間中に伸びた髪の影響で若干マダラに近づいてるぞ。
 後、目はマダラの万華鏡写輪眼と同じに見た目になっているがチャクラの概念が存在しないため異常な動体視力と先読み能力と夜闇が見えやすくなっている以外は完全にオミットされているという超弱体化仕様だぞ。
 ただし、前世での経験+今生での幸せな記憶によりブラコン力改めシスコン力は強化されており、禰豆子のためなら殺人も辞さないぞ。…原作どこ行った?
 ちなみに鬼がやってこなかった場合はのちの時代での世界恐慌か戦争で覚醒していて面倒なことになっていたが、無惨様が体を張って憎しみを一身に浴びたため何も問題はなくなったぞ。




 …最初は卑劣様でやろうと思ったのですがいくら何でも本編が終わってない状態でRTAを書くのは無理でしたのは内緒です。


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元マダラ大誤算

 こんなガバ小説なのに評価とお気に入りがとんでもないことになってて驚きです!!これ夢じゃないよな…

 なのに大遅刻もいいところですがそれでも宜しければどうぞ。


 「フ…こうして実際に見ると心躍るものだな。」 

 

 任務として鎹鴉に導かれてやって来た東京は今世での故郷とも前世での木の葉やうちはの集落とはまさに別の世界だった。

 まず、もう日は完全に落ちているというのに昼間のように明るい。それは術によるものでも戦乱によるものでもなく照明の大きさや数が尋常ではないからだ。

 次に炭治郎が住んでいた場所とは違い西洋風の建築物と和風の建物が混在し建物も今まで見てきたものとよりも高いものが多い。特に路面を走る列車など前の世界ではまず考えられないものだ、前の世界ならばあんなものを走らせるなど忍術の餌食にしてくださいと言っているようなものだったからだ。

 

 「絵巻の中に飛び込んだみたいだ、いい任務もあったものだ。」

 

 まるで物語の中に入り込んでしまったような光景に炭治郎は年甲斐もなく心の中ではしゃいでいた。もちろん、ここに遊びに来たわけではないことはわかっている。

 だが炭治郎はうちはマダラとしての記憶が蘇ってからというもの、ぜひここに来てみたいと思っていたのだ。今までは力を付けるのが先決だったため、そして禰豆子を放っておくわけにはいかなかったのでなかなか来ることはできなかったが任務としてここに堂々とこれたのは行幸だった。

 

 「これならば俺の探し求めている物も見つかりそうだな、まずはここからだ。」

 

 そう呟き、目的地まで移動した炭治郎の目の前には赤レンガ作りの建物が聳え立っていた。

 

 「さて、禰豆子お前はここで待っていてくれこの場所ならばしばらくは人目に付くことはないだろう。…何、もしかしてお前も一緒に行きたいのか?しかしだな…」

 

 禰豆子から置いていかれるのは悲しいといった目で見つめられ、袖を引っ張られどうしたものかと思案する。そして数刻悩んだ末に出した結論は…

 

 「…分かった、分かったからそんな目をするな。」

 

 炭治郎として十数年過ごしたマダラは最後に残った家族には少々甘かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果として潜入は上手くいった。チャクラを感知する結界も忍びもおらず、超人的な感覚器官に恵まれた存在がそうそうおらず、それを補いきれるほどまだ技術力が高まっていない今生のセキュリティはうちはマダラとしての観点からすればザルと言ってもよかった。

 ただ、途中『女の子がどうしてこんなところに!?』というやり取りになりかけたが、禰豆子の小さくなる術のおかげで『俺疲れてるんだ…』状態に持っていくことが出来た。

 つまりはおおむね順調だったという訳だが炭治郎は不機嫌だった。

 

 「これは不味いな…予想以上に時間が無い。」

 

 東京に来てから入手した辞典をもとに拝借した資料を翻訳した炭治郎だったが、その内容に思わず毒づく。それに伴い自然と険しい顔をした炭治郎だったがその顔を見て心配そうにした禰豆子に頭を撫でられ少し表情が和らぐ。

 

 「…そうだな、今焦ってもどうしようもない。元々時間はあまりない前提でいたんだからな。」

 

 確かに思っていたよりも時間はなかったが、事前知識から察せられる範囲でも自分たちに残された時間は多いわけではないと予想していたため精神を落ち着かせる。

 

 「腹も少々減ったことだし食事にするか…」

 

 気分転換に何か食べるかと考えた炭治郎は禰豆子をつれ店を探すことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (血と人が焼ける臭いには慣れているがこれは少々キツイな。)

 

 常人より鼻が優れた炭治郎は街道ゆく人々の香水や整髪料などの臭いにうんざりしていた。

 長い人生の中でいろいろなものを見てきたがここまで雑多なにおいに囲まれたのは今回が初めてであることは言うまでもない。

 

 (稲荷寿司の匂いが判別しきれない。折角東京に来たのだからいい店を探し当てたいがどうしたものか)

 

 自慢の鼻で好物である稲荷寿司を探し当てる。そんなことを考えていた炭治郎だったが当てが少々外れたためどうしたものかと悩むことになった。

 

 (さてどうしたものか。んこの匂いは!?)

 

 そんな中炭治郎はあるにおいを感じ取る。その先には質の良さそうなモダンな服装をした端正な男と妻と娘と思われる人間がいた。

 

 「禰豆子、俺から離れるなよ」

 

 小声で禰豆子にそう呟いた炭治郎は手を強く握り、一度裏通りへと入る。

 

 「…間違いない!この匂いは!!禰豆子いったんはこの中に入っていろ。」

 

 炭治郎の言葉に禰豆子は頷き体を小さくさせ、箱に入る。人ごみの中でもはっきりとわかるほどの強い血の匂い、腐ったドブ川よりもなお酷い悪臭を放つ存在は炭治郎の知る限りでは一人しかいない。

 

 (今すぐ殺してやりたいが、どうしたものか…)

 

 煮えたぎるような憎悪を理性で無理やり抑え込みながら炭治郎は考える。今戦うべきか否かで言えば否だろう。人が多すぎる、巻き込みたくないとかいう話ではない、鬼という存在があまりにも多くの人の目に付きすぎる。それは炭治郎の一番かなえたい目的にとっては不都合極まりないものだった。

 

 (だが、目立ちたくないのは奴も同じはず。)

 

 無惨は数百年にわたり鬼狩りから身を隠し続けていることはすでに聞いている。それはあのモダンな格好と態々妻役と娘役と思しき人間を用意していることからもまず間違いはないだろう。

 

 (禰豆子はほぼ確実に奴の呪いの埒外にいる。つまりは今の奴には俺がどういった存在かを知ることは出来ないということだ)

 

 鬼狩りと普通の人間を判別できるなんてことが出来るならばとっくの昔に鬼殺隊は潰されているはずだ。なにせ十二鬼月の上弦は柱でさえ情報を持ち帰らせることなく殺すことが可能なのだから。群れることが出来ないというデメリットを除いてもなおそれは揺るがない。

 

 (まずは奴の動向を詳しく知ることだ、人ごみに隠れながらな。)

 

 情報は何よりも大事だ。無惨の潜伏先を気付かれることなく突き止めることが出来ればそれは大きなアドバンテージとなる。最悪戦う可能性も考えて杖に偽装させた日輪刀もいつでも使えるようにしておく。

 そして人ごみに隠れた炭治郎は追跡を開始する。幸いにして強いにおいのおかげで見失うということはない。

 

 (あの女どもはこの匂いに気付かないのか?匂いじゃなくても雰囲気で分かりそうなものだが…)

 

 一瞬あの女どももグルかと考えるが成人している妻役はともかく娘役にそこまでのことを期待はしないだろうと考え直す。

 そして人間というのは長く戦場にいてそういった感覚に優れていないと案外気づかないものだなと考えていると、突如として何かの視線を感じ取る。その視線の方向にはあの嫌なにおいがある。

 

 (気づかれた!?だが殺意と敵意は隠していたはず。)

 

 いくら炭治郎として十数年過ごしたといっても気配の消し方まで忘れるほど平和ボケした記憶はない。だが事実として無惨は明らかにこちらに何らかのものを感じ取っている。そしてその敵意は徐々に強くなっていっている。最悪戦るしかないか、炭治郎は戦闘に入ることを覚悟しながら刀に手を伸ばす。だがここで予想だにしなかったことが起こる。

 

 (…は!?)

 

 無惨がやったことに対して炭治郎は一瞬理解が追い付かなかった。なぜならその行動は炭治郎が鱗滝のもとで学んだ鬼殺隊と鬼の歴史から考えてまず取るとは思いもしなかった行動だったからだ。

 

 (奴は正気なのか!?こんな…こんな都会のしかも裏通りでもない人が多い街道で堂々と鬼を作るだと!!)

 

 炭治郎の驚愕を他所に無惨は妻役と娘役と思しき女を連れてこの場から立ち去ろうとする。そこはいい、いや良くはないのだがまだそこは理解ができる。ここはあまりにも目立ちすぎる、正体を隠したがっているであろう無惨がこの場での戦いを避けようとするのはある意味自然といえよう。だからこそ分からない、なぜこいつはこんな愚かしい行動を態々するのかと。

 

 「チッ、今考えても仕方がない、まずはこの場を収めるのが先決か。」

 

 鬼にされた男はそのまま隣にいた妻であろう女性に襲い掛かろうとする。それを予想していた炭治郎は人ごみの中を正確にかき分け、一瞬の内に男のもとまで到達すると組み伏せる。正直いっそのことこの男の首を日輪刀で刎ねてしまえれば楽ではあったが、こんな衆勢の中で刀を振り回し人間だった者を切ろうものなら鬼殺隊の隠の者共に後でかなり身の回りを調べられる可能性があり、それでは禰豆子に不都合が及ぶ可能性があったためこの場はただの喧騒で納める必要があった。

 

 「あ、あなたどうしたの!?あなた!!」

 

 「黙ってろ、気が散る。」

 

 明らかに眼が完全に正気を失っている旦那を見て、何らかの異常事態が起こっているということだけはかろうじて理解できた女性は慌てふためくが、炭治郎はそれを一喝し布を男の口に突っ込み男の後頭部を殴りつけ気絶させる。

 

 「貴様ら!!これは何の騒ぎだ!?」

 

 だが、ひと段落したのもつかの間、騒ぎに気付いた警官たちがこちらへとやってくる。

 

 (無知な狗共が、もう嗅ぎ付けてきたのか。)

 

 近づく警官に対して炭治郎は悪態をつく。

 

 「糞、こいつに罪を被られるわけにはいかん…戦るか、いやこの場を離れるのが賢明か。」

 

 もしも警官たちにこの男の身柄が確保されてしまえばこの先どういうことになるか分かったものではない。幸いにしてやってきているのは一般人に毛が生えた程度の身体能力しか持たない警官であったため、炭治郎は気絶した男を担ぐとその場から離れようとする。

 しかしその時思いもよらぬことが発生する。

 

 

 

 ――惑血。視覚夢幻の香

 

 

 

 何処からともなく不思議な香りが漂ってきたと同時に、華を基とした不思議な文様が現れ自分たちと警官たちを分断する。

 

「幻術だと!!」

 

 幻術、元居た世界では人の感覚器官に作用することで対象者に様々な幻惑を見せる術全般を指す言葉だったが、この世界で見るのは初めてだった。無論この世界にチャクラの概念はないので正確には血鬼術の一種であるのは間違いがないが、それでも幻術というものにかかるというのは久しく体験したことがないためどこか新鮮な気持ちさえある。

 しかし感心している場合ではない、視覚に作用しているということは、それに乗じて襲撃がある可能性が高いということに他ならない、ゆえにいつでも迎撃可能なように素早く戦闘態勢に入る。

 そして案の定誰かが近づいて来る気配がした。だが、予想に反し女性は優しい声色でこう言った。

 

 「あなた方は、鬼となった者にも『罪を被られるわけにはいかない』と言ってくださるのですね。そして助けようとしている、ならば私も、あなた方を手助けしましょう。」

 

 意外にも正面から現れたそいつらは一人の美しい女性と、目つきが鋭い少年の鬼の二人組だった。女性の腕からは血が流れだしておりその血がこの幻術のトリガーになっていると炭治郎は判断する。

 

 「貴様らは鬼舞辻の部下ではないようだが、この匂いは…」

 

 炭治郎の言葉に、女性の鬼は頷き肯定する。

 

 「そう。私は鬼ですが医者でもあります。そしてあの男、鬼舞辻を抹殺したいと思っている。」

 

 「詳しく話せ…」

 

 話を聞く価値はあると判断した炭治郎は一度臨戦態勢を解く。

 

 「いいでしょう。その人と一緒についてきてください。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 珠世に連れられてやってきたのは、普通の人からすれば何の変哲もない袋小路だった。

炭治郎はそれを見ると面白いものを見たといった様子でそのまま壁に向かって突き進んだ。すると不思議なことに、彼の体は溶けるように壁に吸い込まれていった。

 

「面白い仕掛けだな、これはなかなかに見つけにくい。貴様の血鬼術か?」

 

 「…見ればわかるだろ。それより鬼狩り覚えてろよ…」

 

 愈史郎は酷くやつれていた、原因は道中箱から出た禰豆子に対して下した愈史郎の評価だった。その評価を聞いた炭治郎の顔は悪鬼よりなお恐ろしいものだったと珠世はのちに語ったという。

 

 「よしなさい、あれはどう考えてもあなたが悪いです。そういえばまだ名乗っていませんでしたね。私は珠世と申します。その子は愈史郎。仲良くしてやってくださいね。」

 

 珠世がそういうと、炭治郎はギロリと愈史郎を見る。対する愈史郎は恨めしそうに炭治郎を見る。

 

 「こいつの目が正常に機能するようになったら一考してやろう。医者だと言っていたが、鬼は治療など必要としないはず。となると相手は自然と人間になるが人の血肉を見てもお前たちは平気なのか?」

 

 「鬼の俺たちが血肉の匂いに涎を垂らして耐えながら、人間の治療をしているとでも?」

 

 「それは無いな、いくら何でも怪しすぎる。ゆえに貴様たちは自分の体に何らかの細工を施しているか、禰豆子のように特異な存在かだ。」

 

 「お察しのように辛くはないですよ。普通の鬼よりかなり楽かと思います。私は自分の体を随分弄っていますから。鬼舞辻の呪いも外しています。」

 

 「ほう…そいつは非常に興味深い。是非詳細を聞きたいものだ。」

 

 「続きは別室で話しましょう。」

 

 一行は鬼となった男を安全な場所に監禁した後応接のための部屋に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「禰豆子、行儀悪いぞ」

 

疲れたのか部屋につくなり、禰豆子はごろりと畳に寝転がる。

 

「いえ楽にしてくださって構いませんよ。先ほどの続きですが、私たちは人を食らうことなく暮らしていけるようにしました。人の血を少量飲むだけで事足りる。不快に思われるかもしれませんが、金銭に余裕のない方から輸血と称して血を買っています。もちろん、彼らの体に支障が出ない量です。」

 

 その言葉を聞いて炭治郎は薄く笑う。だが次に珠世から発せられた言葉は炭治郎をして驚く内容だった。

 

「愈史郎はもっと少量の血で足ります。この子は私が鬼にしました」

 

 「…何だと、それは本当か?」

 

 鱗滝の話では鬼を増やすことができる鬼は鬼舞辻だけだったはずで、それが鬼殺隊の共通認識であったはずだった。しかしここにはそれを覆す存在がいたことに少なくない衝撃を受ける。

 

 「鬼舞辻以外は鬼を増やすことができないと言われている。それは概ね正しいです。二百年以上かかって鬼にできたのは、愈史郎ただ一人ですから…」

 

 「だが、技術としては確実に存在するという訳か。」

 

「一つ、誤解しないでほしいのですが、私は鬼を増やそうとはしていません。不治の病や怪我を負って、余命いくばくもない人にしかその処置はしません。その際は必ず本人に、鬼となっても生きながらえたいか尋ねてからします」

 

 そんな珠世の眼を炭治郎はじっと見据える。彼女の眼は、嘘偽りのないものであり、匂いも清らかなものであった。炭治郎は確信した彼らは予想以上の存在でこれ以上ないくらい自分が必要とする存在だと。

 

 「ククク…ハハハハハ!!」

 

 「貴様、一体何がそんなに可笑しい!!」

 

 「素晴らしい、ただただ素晴らしいぞ!!これは予想以上だ。」

 

 突然不気味に笑い出した炭治郎に愈史郎はもとより珠世も若干引き気味になる。

 

 「失礼ですが、あなたは鬼殺隊でありながら私たちを見ても何か思ったりしないんですか?」

 

 「勘違いしているようだが俺が直接的に恨みと殺意を抱いている鬼は鬼舞辻無惨だけだ。それ以外はただの障害物もしくはサンプルにすぎん。」

 

 「…あなたは随分変わった人のようですね。普通の人たちは人を喰らう鬼という生き物を知れば恐れ嫌悪するというのに。」

 

 「俺からすれば鬼なんてのは食性と生命力以外は人の一面が肥大化した存在にすぎんものだ。人を喰らう?人間も個人集団にかかわらず自分たちの都合で同じ人間を殺し騙す。それも総合的な件数では鬼が人を喰らう場合よりも多いはずだ。」

 

 前世で殺し殺され、その対価で自分たちの家族や一族の糧食を得る。かつてそんな時代と一族に生まれ育った炭治郎からすれば鬼と人間の違いなどそこまで無いと思っている。ましてや自分が殺してきた人間の数などこの世界のどの鬼よりも多いだろう。

 

 「…お前本当に鬼殺隊の隊員なのか?」

 

 この炭治郎の物言いにはさすがに愈史郎も困惑するが炭治郎はそんな様子を無視して話を続ける。

 

 「俺にとって鬼殺隊は目的達成のための後ろ盾になれば御の字というものでしかない。もしも鬼殺隊に禰豆子の存在が認識され抹殺対象となるならば対決も辞さないつもりだ。幸いにしてそのための材料もあるにはある。…まぁよほど追い詰められない限りはやるつもりはないがな。」

 

 炭治郎は口には出さなかったが鬼殺隊自体はそこまでは信用はしていないが、腹を切る覚悟を見せた鱗滝にはさすがに信を置いている。なので可能な限り対立は避けたいというのは本心だった。

 

 「全くとんでもない奴だ…よく鬼殺隊に入れたものだ。」

 

 「精神鑑定もない常時人手不足の組織など力があれば入るのは容易い。そしてその人手不足は今後さらに加速していくだろう。ちなみにこの話は今後のお前たちにもかかわってくるのだがな。」

 

 「それはある意味助かりそうだな、鬼殺隊が小さくなれば見つかる可能性は少なくなるから逃亡生活が少しは楽になりそうだ。…いや鬼舞辻の活動が活発になるから結局は一緒か。」

 

 愈史郎は炭治郎の言葉に複雑な気分となるが、炭治郎はそれを否定する。

 

 「違う、そういう意味じゃない。」

 

 「じゃあどういう意味だ?」

 

 「お前たちの技術は確かに素晴らしいがそれゆえに時間が無いということがさらにはっきりした。」

 

 「時間?もしかしてここを嗅ぎつけられた可能性があるのですか!!だとしたら早く離れないと。」

 

 「落ち着いてください珠世様!」

 

 「話は最後まで聞け、俺が言いたい時間とはそのことではない。詳しくはここに書かれたことを読んでみろ。」

 

 炭治郎はそう言って荷物の中からいくつかの紙をテーブルに置く。

 

 「東京に来てから俺が集めた資料を翻訳したものだ。ここには俺たちにあとどのくらい時間が残されているかの大まかなことが乗っている。」

 

 「翻訳ということは元は外国の資料ですか。…書かれているのは各国の情勢とこの国の情勢のことですね。」

 

 炭治郎はイギリス、ドイツ、イタリア、アメリカ様々な国の大使館に忍び込み情勢が書かれた資料を拝借してそれを辞書を使って纏めていた。さすがに翻訳には骨が折れたが、暗号解読よりはマシだったので大まかにどういった情勢であるかまでは理解できるようにしてある。

 

 「おい鬼狩り、こんなもの見せて何が言いたい?具体的にどう時間が無いんだ?」

 

 「判らないか?では説明してやろう。」

 

 炭治郎は置いた資料について説明を始める。欧州列島の小さな小競り合いが積み重なった結果、野火のごとく瞬く間に大きく広がり、血で血を洗うどころか流血の大河が生まれるほどの戦いへと変貌するというものだった。

 

 「外国しかも遠い場所の話じゃないか、それが何だって言うんだ?」

 

 「順番に話すぞ、戦争には二つの側面がある。一つは言うまでもなく戦争を行った国は基本的に疲弊するということ。そして、二つ目は巨万の富を得る者が出現すること。」

 

 「富ですか…」

 

 更に話は続く、戦争は国や企業にとってビジネスのチャンスでもあり、食料、衣服、医療品、弾薬など間接的に参入することで莫大な金を稼ぐことも可能となると。もっと言うならば疲弊した国の生産力は確実に落ち、そこに空きができることでさらに稼げる可能性すら出てくる。今この時代はまさに戦争がもたらすビジネス最盛期を迎えようとしているとも付け足して。

 

 「…今が激動の時代というのは理解したがそれがどう影響してくるのだ?」

 

 「この国はしばらくは戦争の良い面だけを甘受することが出来、好景気に身を浸せるだろうが、人間というのは一度手に入れば簡単には元には戻れない。必ず前へ前へと進もうとする…その先に何が待っているのかも知らずにな。」

 

 「…なるほど何となく理解できました。つまりその先に待つのは…」

 

 「他国から奪い去ってでも上に行きたい、だが欧州はそれを決して許さないだろう。そうなれば直接戦争をするしかない。」

 

 そして進退窮まったこの国がどういった行動に出るのか、炭治郎以外の二人にもここまでくれば容易に想像できた。

 

 「鬼殺隊は一応は証拠隠滅や政治家共への裏工作をやってはいるみたいだが、今日の鬼舞辻無惨の無作為振りを鑑みるに鬼という存在は到底隠しきれるものではない。そして鬼という存在は鬼舞辻無惨だけの専売特許ではないということはそこの小僧が証明している。」

 

 「…何てこと。私はそんなことのためにこの技術を…ごめんなさい愈史郎、私は…」

 

 「珠世様!!貴様、なぜこんなこと話した!!」

 

 愈史郎は目を鋭くさせ炭治郎をにらみつけるが、炭治郎はそれを一喝する。

 

 「では知らなかった方がよかったか?いつの日か実験動物と同等の扱いを受けるのがお前たちの望みなのならこちらとしても言うことはないが。」

 

 「ぐ…」

 

 「勘違いするなよ、お前たちが技術を封印しても技術である以上別の誰かが発見する可能性はある。だからそこまで気に病む必要はない。それでようやく本題に入るが俺たちに残された少ない時間の中で鬼を人に戻す方法はあると考えられるか?これはお前たちにとっても必要なことだということは理解できていると思うが。」

 

 腕を組みながら嘘偽りは絶対に許さないといった口調で告げられた言葉に何とか立ち直った珠世は答える。

 

 「可能性はあります。ただそのために必要なものをそろえるのは極めて困難といえるでしょう。」

 

 「必要なもの…俺の予想が正しければ血清を作るための生体資料と思うが。」

 

 「その認識で問題ありません。その中でも禰豆子さんは極めて稀で特殊な状態です。二年間眠り続けたとのお話でしたが、おそらくはその際に体が変化している。通常それほど長い間、人の血肉や獣の肉を口にできなければ、まず間違いなく狂暴化します。しかし、驚くことに禰豆子さんにはその症状がない。この奇跡は今後の鍵となるでしょう」

 

 「そうか…」

 

 「しかしそれだけでは完全とは言えません。鬼舞辻の血が濃い鬼とは即ち、鬼舞辻により近い強さを持つ鬼ということです。その鬼から血を奪るのは、容易ではありませんがそれでもあなたは、この願いを聞いてくださいますか?」

 

 炭治郎は先ほどまでとは違い優しげな瞳で禰豆子を見つめそっと手を伸ばす。すると禰豆子は嬉しそうにその手を取ると、ぎゅっと握った。

 

 「愚問だな、必要とあらば何だって獲ってきてやる。ちょうど素材がやってきたみたいだしな。」

 

 「素材?それは…」

 

 「珠世様伏せてください!!」

 

 珠世が最後まで言い切る前に突然屋敷の壁が砕け何かが飛んできた。それは頭上を縦横無尽に駆け、あたりのものを次々に破壊していく。

突然愈史郎は鋭く叫び、かばうように頭を抱え床へと伏せる。炭治郎も禰豆子を抱えその場を少し離れる。明かりが消え、暗闇に包まれた部屋の中で、轟音と共に砂煙がもうもうと立ち上る。

 

(思った通り刺客がやってきたな。)

 

 屋敷の砕けた壁の向こう側に襲撃者の姿が見える。相手は二人、狂気じみた笑みを浮かべた女と目を閉じた男だ。

 

 「キャハハ!矢琶羽のいう通りじゃ。何もなかったところに建物が現れたぞ」

 

 女の鬼の楽しげな声が響くと同時に、再び轟音が鳴り響く。それに対して矢琶羽と呼ばれた男の鬼は着物を払いながら、忌々しそうに女の鬼に悪態をつく。

 

「巧妙に物を隠す血鬼術が使われていたようだな。しかし、鬼狩りと鬼が一緒にいるのはどういうことじゃ?だが、それにしても朱紗丸。お前はやることが幼いというか短絡的というか。儂の着物が塵で汚れたぞ」

 

「うるさいのぅ。私の毬のおかげですぐに見つかったのだからよいだろう。たくさん遊べるしのう!」

 

 そう言って朱紗丸は再び毬を屋敷の壁に投げつける。轟音と砂塵を上げて毬は壁を砕くと、再び彼女の手元へ戻った。

 

「ちっ。またしても汚れたぞ」

 

 矢琶羽はさらに顔をしかめ、再び着物を払う。

 

「神経質な奴じゃのう、着物は汚れて等おらぬわ。」

 

朱紗丸は楽しそうに笑いながら再び毬を投げつける。毬は不規則な動きをしながら縦横無尽に飛び回り、あちこちを破壊する。

 そして毬の一つが愈史郎に向かって飛んできたため体をひねってよけようとしたが、毬は空中で一瞬停止すると急に方向を変え愈史郎の頭部に命中しそうになる。だが…

 

 「お前たちは隙を見て禰豆子を安全なところへ運べ。」

 

 毬をいとも簡単に切り裂き威力を大きく落とした炭治郎は二人にそう言うと、珠世は外は危険であるから地下室を使うように促し愈史郎はうなずく。

 

 「炭治郎さん、私たちのことは気にせず戦ってください。守っていただかなくて結構です…鬼ですから」

 

 「そんなことは知っている、だがお前らに万一のことがあると俺としても禰豆子としても困る。」

 

 「ん?耳に花札のような飾りのついた鬼狩りはお前じゃのう?それに裏切り者の女まで…運がいいのう。」

 

 珠世とやり取りしながらも相手から決して注意をそらさなかった朱紗丸の言葉に炭治郎は聞き逃せないものを聞いた。

 

(耳に花札?親父の遺品か…炭治郎としての生活のせいか付けることに何ら違和感を感じてこなかったが、これが原因で鬼舞辻に特定されたのか。)

 

 改めて考えると父親には不自然な点があった。なぜ炭職人であるのに鬼殺隊の元柱も知らない呼吸を身に着けていたのか。それに死の間際に見せた技、もしかすると何か鬼舞辻無惨と因縁があったのかもしれない。

 だがそれは今考えることではない。そして多分目の前の鬼たちも詳しいことは知らないだろう。

 

 「キャハハハ!十二鬼月である私に殺されることを、光栄に思うがいい。」

 

 「十二鬼月というともしや…」

 

 「鬼舞辻直属の配下、危険な相手です!!」

 

 「やはりそうか…いやそんなわけはないだろう。全く雑な刺客を送ってくれたものだ。」

 

 ノリ突込みのようなやり取りをした炭治郎は溜息を吐きながら期待外れといった様子を見せる。

 

 「何だと?私が違うだと!!」

 

 明らかに機嫌が悪くなる朱紗丸に対して、炭治郎は呆れたように答える。

 

 「まだ鬼共の基準に詳しいわけではないが貴様等程度の匂いが幹部連中な訳がないことは俺でもわかる。大方おだてられて体のいい駒として使われているだけだろ。そもそも十二鬼月は眼球に数字が刻まれていると聞くが。」

 

 「殺す!!」

 

 朱紗丸は憤怒の表情を浮かべると体に力を込める。すると胸元が震えたかと思うと、新たな二対の腕が生えてきた。六本になった腕に、先ほどの毬を持ち身構える。

 

「貴様は思いっきりいたぶってやる!!朝になるまで、命尽きるまで!!」

 

 怒りの声を挙げながら朱紗丸は毬を投げてきた。数が増えた毬はそのままの威力であちこちを飛び回る。その破壊力は、先ほどの比ではない。

 

(ここで私の術を使うと、お二人にもかかってしまう…)

 

 珠世が自分も戦おうと思う中、炭治郎は必要最低限の動きで生き物のように襲ってくる毬をよけ、珠世と愈史郎に向かう毬は刀で斬る。

 

 「矢印の奴の前にとりあえず一匹片づけるか。」

 

 水の呼吸――参ノ型 流流舞

 

 矢印の動きを巴柄の目で完全に見切り水の呼吸独特の流れるような斬撃で毬をすべて断ち切ると、炭治郎はそのまま朱紗丸に近づき容易に首を跳ね飛ばした。

 

 「な!?馬鹿な!!十二鬼月である私が…」

 

 「血の回収は頼むぞ。そんな奴でも少しは足しになるだろう。」

 

 「朱紗丸!?糞、儂はそう簡単にはいかんぞ!!」

 

 矢琶羽は突然の出来事に焦りながらも再び矢印を炭治郎に向けて放つ。放たれた無数の矢は、時間差で炭治郎をとらえようと飛んでくる。この矢印は対象に当たるまで消えないし、斬ることもできない。刃に触れさせても矢印の方向へ飛ばしてしまう自慢の技だ。

 …無論相手が規格外でなければこの上なく効果的だという注訳は付くが。

 

 「便利な技ではあるが、根本的に地力不足だ。」

 

 ――水の呼吸 ねじれ渦・流流

 

 水流のごとく流れるような足運びで回避と攻撃を合わせた参ノ型と、上半身と下半身を強くねじった状態から勢いを伴って斬撃を繰り出す陸ノ型を組み合わせることで、相手の攻撃をいなしながら距離を詰められる技。飛来してくる矢印を巻き取りそのまま炭治郎は矢琶羽へと一気に近づく。

 

 「ば、馬鹿な!!儂の術が…」

 

 「終わりだ、死んで糧となれ。」

 

 ――水の呼吸 弐ノ型・改 横水車

 

 本来は垂直方向に身体ごと一回転しながら斬りつける水車を、水平方向に回転しながら斬りつける形に改式した技をもってして矢琶羽の首をこともなげに跳ね飛ばす。

 

 「あっけないものだ、これでは生体資料としてはあまり期待できんな。」

 

 簡単な作業をこなしたといった風に炭治郎は刀を納刀し、珠世は注射器を取り出すと矢琶羽の体からも採血する。

 

 「炭治郎さんの言う通りこの方たちは十二鬼月ではありません、弱すぎる。」

 

 珠世の言葉通りこの鬼たちは弱すぎた。故に炭治郎の中で疑問が生まれる。

 

 「…妙だな。」

 

 「妙とは?」

 

 「奴らの言葉が真実ならば鬼舞辻はこの耳飾りを付けたものに嫌な思い出があると推測できるが、それにしては雑過ぎる。まぁあんな場所で鬼を作るような情報管理もまともにできていない奴なら仕方がないと言えばそれまでだが、いくら何でも送られてきた刺客が弱すぎる。」

 

 「確かに、それは言えますね。」

 

 炭治郎は先祖代々竈門家に伝わる耳飾りを撫でながら思案にふけっていた。そしておそらく鬼舞辻に煮え湯を飲ませた存在は父親が使っていた呼吸かそれに近いものだろうと推測した。

 

 「昔鬼舞辻に嫌な思いをさせられる存在がいてそいつがこの耳飾りと同じようなものを付けていたとしたならば、あのような奴らでは威力偵察にもならないだろう。つまりは…」

 

 「より強力な刺客がすぐにでもやってくると?」

 

 「そう考えるのが妥当ではある。ただそれでも不自然だが。」

 

 威力偵察にもならない駒を無駄に消費するくらいならば普通はもっと強いか隠密行動に長けた存在をよこすはずだという点がどうにも炭治郎には引っかかった。だがこれ以上は時間を無駄にはしていられないと思考をいったん止めることにする。

 

 「そろそろ戻るか禰豆子が心配だ。」

 

 「そうですね、二人とも無事でしょうが早く戻るに越したことはありません。」

 

 そして二人はボロボロになってしまった屋敷に足を踏み入れる。

 

 「珠世様!!ご無事で何よりです(無事な珠世様はやはり美しい)。思ったよりは早かったな。大言吐くだけあって腕はまずまずのようだ。もっとも本物の十二鬼月はああはいかないぞ。まぁ珠世様にけががなかったという一点だけは褒めてやってもいいがな。」

 

 炭治郎が地下室の階段を下りていくと、愈史郎は珠世には優しく、炭治郎には目を鋭くさせ出迎える。

 そして一緒にいた禰豆子が炭治郎に飛びつく。二人はしばらく抱きしめあったが、禰豆子は炭治郎から離れると元の道を戻っていく。

 そして珠世に炭治郎にしたのと同様に抱き着いた。それを見た愈史郎が激昂するが珠世はそっと静止した。

 

「禰豆子さんがこのような状態なのですが、大丈夫でしょうか?」

 

困惑する珠世に炭治郎は答える。

 

「心配いらん、おそらくはお前らのことを家族のだれかだと思っているのだろう。」

 

 禰豆子はそばにいた愈史郎の頭をなでようと手を伸ばし、それを本人に阻止されていた。

 

「禰豆子そいつの頭はなでなくていいぞ」

 

「…俺としても別に撫でてもらいたいわけではない。」

 

「家族?しかし禰豆子さんのかかっている暗示は、人間が家族に見えるものでは?私たちは鬼ですが・・・」

 

「だがお前たちを人間だと判断した。禰豆子には俺と鱗滝で暗示をかけたが、今回は本人の意思によるものだな。…だから禰豆子に免じて俺もお前たちを信用することに」

 

 途中まで言いかけた炭治郎の言葉が不意に途切れた。珠世の薄紫色の瞳から、大粒の涙がこぼれだしたからだ。それを見た炭治郎はどうすればいいのか分からなかった。一方珠世は禰豆子をぎゅっと抱きしめる。それを愈史郎は複雑そうに眺める。

 

 「私たちはこの土地を去ります。鬼舞辻に近づきすぎました。早く身を隠さなければ危険な状況です。それに医者として人と関わると鬼だと気づかれることもある。特に子供や年配者は勘が鋭いです。」

 

 「それがいいだろう。いくら鬼舞辻が雑でも次はさすがに強力なのが来るだろう。」

 

 「ところで炭治郎さん。禰豆子さんは私たちがお預かりしましょうか?」

 

 「珠世様!?」

 

 珠世の提案に愈史郎が同時に声を上げ心底いやそうな顔で首を振る。

 

「絶対に安全とは言い切れませんが、戦いの場に連れていくには危険が少ないかと。」

 

 鬼舞辻にマークされた以上、炭治郎はそのほうが禰豆子にとっては安全である可能性が高いかもしれないと考える。

するとそんな考えを見抜いたのか禰豆子が炭治郎の手をそっと握った。

 

(そうだな…)

 

 炭治郎は禰豆子の手を握り返す。そしていつも通り仏頂面ではなく少しだけ微笑み珠世と向き合う。

 

 「気遣いはありがたいが、俺たちは一緒に行く。もう、二度と離れ離れにはならん。」

 

 かつて自分は一緒に戦ってきた弟を死なせてしまった、かつて自分は守るべきだった母と弟や妹を守れなかった。そんな中で最後に残ったのが禰豆子だ。今度こそは必ず守り通して見せる、炭治郎の言葉にも表情にも一切の迷いはなかった。それを見た珠世は納得したようにうなずく。

 

 「では俺たちはもう行く。鬼からとった血はお前の猫に渡せばいいんだな?」

 

 「はい、よろしくお願いします。」

 

 「じゃあな、全員人間に戻ることが出来れば…禰豆子が望むならばだが祝いをするのも吝かではないぞ。」

 

 「待て鬼狩り。」

 

 愈史郎が別れ際に二人を呼び止める。

 

 「何だ?」

 

 「お前はいけ好かない奴だが、一つだけ訂正しておくことがある。お前の妹は美人だよ。」

 

 そっぽを向いたまま、愈史郎はぶっきらぼうに言葉を紡ぐ。そんな彼にたいして炭治郎はじめてうれしそうに愈史郎を見る。

 

 「フン、そんなことは分かり切ったことだ。」




 無一郎が分割されて俺はつらい!!
 鬼滅アニメが終わって俺はつらい!!
 鬼滅映画待つのが俺はつらい!! 
耐えられないから次遅れても許してくれ!!


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元マダラ猪を拾う

 三話目にして日常回…大丈夫かコレ?
 ちなみに原作と変わらない部分は飛ばすかサクサク進みます。


「いいねいいね!!強者の気配だ!テメェとなら楽しめそうだぜ!!」

 

 (…何だコイツは?)

 

 炭治郎は困惑する。先ほど元とはいえ!"十二鬼月"だった鬼をサクッと討伐し、血も手に入れ少し気分がよかった炭治郎の前に現れたのは猪の皮をかぶった上半身裸の謎の生物だった。手にはギザギザに刃こぼれを起こした日輪刀を二本持っている。

 

 「アハハハハハハ!! 猪突猛進! 猪突猛進!!」

 

 いきなり襲い掛かってきた生物に対して、炭治郎はその攻撃を最小限の動きでかわしながら詳しく観察する。下半身は衣服を履いており、よく見るとそれは鬼殺隊が履いている隊服と同じものであった。つまりこの謎の生物も鬼殺隊の一人という可能性がある。

 

 (いきなり襲ってはきたが刺客ではなさそうだな…いくら何でも直情的すぎる。)

 

 観察を続ける炭治郎に対し、いつまでも避けに徹しやる気を見せようともしない様子にイラついた謎の生物は怒鳴る。

 

 「テメェ何で刀を抜かねぇ⁉同じ鬼殺隊なら戦って見せろ!」 

 

 「隊員同士で刀を抜くのはご法度と言っても聞かなさそうだな…なれば人語を介さぬ獣には教育が必要なようだ。」

 

 その言葉とともにそれまで避けに徹していた炭治郎が瞬時に飛び出し、右拳を猪男の鳩尾に叩き込んだ。凄まじい打撃音とともに彼の体は後方に吹き飛ぶ。むろん手加減はかなりしている。

 

 「ガハッ…やるじゃねぇか…やっぱ俺の目に狂いはなかったぜ‼」

 

 倒れ伏した猪男は二三度せきこむと、突如かすれた声で笑い出した。

 

 「今日は気分がいい…少しの間だが遊んでやる砂利。」

 

 「上等じゃねぇかよぉ‼」

 

 起き上がった猪男は猛獣のごとき動きで飛び掛かる。相手の戦い方は人のものではない。どの一撃も炭治郎の臍より下の位置ばかりを重点的に狙っており、まるで獣と戦っているようだった。

 しかしただの獣の動きが元は一流の忍であった炭治郎相手にどうにかできるはずもなく地面を転がされるばかりであった。 

 

「テメ……うおっ!?」

 

「どうした?もっと踊って見せろ…」

 

「ぬおお、なにくそぉ……おわぁ!?どうなってやがる畜生!!」

 

 この伊之助という少年は、肌感覚が人より優れているので相手の動作をある程度読み取ることもできる。しかしながら戦っている男の動きはまるで読めたものではなく、逆に自分の動きは完全に読み切られている。それは生まれてこのかた初めての経験であった。

 

 (とりあえず、もうしばらく転がしておくか…)

 

 獣に近い習性だというのならば、上下関係をしっかりと教え込むのに一番適した方法は体に教え込むことだ、炭治郎はそう考え伊之助を地面に転がし続ける。

伊之助はその後も抵抗を続けていたであったが、体力と地力の差はどうあがいても覆すことはかなわずとうとう力尽きる。

 

 「もう終わりか…随分とあっけないものだな」

 

 「……うるせぇ…つかテメェ、一体何なんだ?鬼殺隊員かと思ったがその箱の中には鬼が…」

 

 言い終える前に伊之助の言葉は途切れる。炭治郎がまとう空気が明らかに変わったからだ。

 

 「…おい砂利、どうしてそれが分かった?答えろ、正直にな。」

 

 (何だコイツ、ヤベェ感じがビンビンしやがる…)

 

 嘘偽りを述べれば有無を言わさず殺される。そう確信できるほど今までに感じたことがない濃い空気があたり一帯を支配していた。伊之助は本能的に何故箱の中身が分かったかを話し出す。

 

 「…んなもん、肌で感じ取ったからに決まってるだろ。」

 

 「肌…だと?」

 

 匂いからして嘘をついている様子はなかった。つまりこいつは常人とは並外れた鋭い触覚を持ち、上半身を常に晒しているのは肌面積を増やすことで己の能力を最大限に有効化させるためだということだ。正直興味深い能力だ。

 

 「では次の質問だ、お前は箱の中身を知ってどうする…本部に報告するつもりか?」

 

 その質問に対し、伊之助は正直に答える…というよりは別にうそをつく理由もなかった。

 

 「別にどうもしねぇよ、俺は単に強ぇやつと戦って勝って俺が最強になりたいだけだ!!それがかなうならなんだって構いやしねぇ。」

 

 「…なるほど唯の獣、いや獣は戦ってはいけない相手は見極められるか。」

 

 伊之助の言い分にさすがに炭治郎も呆れの色を見せ殺気を解く。それと同時にある考えが頭の中によぎる。

 

 (こいつを調教すれば口寄せ動物変わりにはなるか。)

 

 今はまだまだ弱いが己が鍛え上げればこいつは伸びるだろう。それだけの資質が伊之助にはあった。それに自分とは違う感知能力を持っており索敵やサポート役としての使い道も考えられる。

 思想も愚かしいにもほどがあるものだったが、逆に言えば鬼に対して差別意識もなく組織への執着心も薄いので自分と行動を共にするには悪くない。

 

 「…貴様はさらなる力が欲しいか?」

 

 「は?」

 

 「強くなりたいのかと聞いているんだ。」

 

 「ったり前だ!!いつまでも負けっぱなしとか我慢ならねぇ!」

 

 「いいだろう、望み通り貴様を使い物になるくらいにはしてやろう。」

 

 ……これが伊之助にとっての地獄の始まりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 伊之助は必死にもがく、それがどれだけ不格好であっても生物の本能から見れば正しい姿だった。

 

 「ごぼぶふぉぼごごごごっ!?げべぇばびじががる(てめぇ何しやがる)!!」

 

 伊之助は現在川の中にいた。無論水中で息を吸おうとすれば水が身体の中に入ってくる、するとどうだろうか?肺に水が入り込み人間…というか肺呼吸を行う生物は基本溺れもだえ苦しむこととなる。今の伊之助がまさにそうだ。

 

 「決まっている、肺の容量を底上げするためだ。今の貴様の肺は貧弱すぎる、これでは常中を習得することなど夢のまた夢だからな。」

 

 伊之助を岸に上がれないように拘束してから適当な川に投げ捨てる。伊之助はどうにか川岸まで上がり、ゴホッゴホッと肺の中に入ってしまった水を吐き出していると…

 

 「最初よりはマシにはなってきたがまだまだ使い物にはならんな…もう一度だ。」

 

 炭治郎は無情にも顔色一つ変えずに伊之助を掴み上げるとまた川に放り投げた。

 

 「げべぇ‼ぶばげぶば(てめぇ‼ふざけるな)‼」

 

 「本当なら真冬の川に放り投げたかったが、さすがにそれを待っている余裕はない。だから回数を重ねることで調整する。」

 

 「ぜぇ…ぜぇ…死ぬかと思ったぜ…」

 

 もう一度岸に上がった伊之助に対し炭治郎は再度川に放り込むことはしなかった。次放り込むとおぼれ死ぬ可能性があったためだ。 

 

 「最初の頃よりは少しはマシになったか…まだまだだがな。」

 

 「畜生‼なんでこんなことしなくちゃいけねぇんだよ…これで本当に強くなれんのかよ?」

 

 「呼吸法を使うと身体能力が上がる、そして常中とはその活性化状態を四六時中維持することだ。それが戦闘においてどれほど有利に働くかぐらいは貴様の脳でも理解できるだろう。」

 

 「馬鹿にすんなよ!それくらい分かるぜ。」

 

 「とはいえ具体的に常中ができるようになればどうなるかは実践してなかったな。いいだろう貴様に少しばかりわかりやすい例を見せてやる。」

 

 炭治郎は実践のためにおもむろに瓢箪を取り出す。そして息を吸い込むと瓢箪を吹き破裂させ、破片をあたりに飛び散らせる。

 

 「スゲェ、スゲェ!!なんだそれ?面白れぇじゃねぇかよ!!俺にもやらせろ!」

 

 「いいだろう。ただし今の貴様は少々疲弊している、回復してからやったほうが無力さを痛感できるがどうする?」

 

 「なめんじゃねぇぞ‼そのくらい楽勝だぜ!」

 

 炭治郎はもう一つ瓢箪を取り出し伊之助に渡す。伊之助は瓢箪を吹き、先ほど炭治郎がやったみたいに破裂させようと息を吹くが、思った以上に瓢箪は固く一向に割れる気配を見せなかった。

 

 「ぜぇぜぇ…なんだコレ…固ぇ…全然割れねぇじゃねぇか…もう一回だもう一回‼」

 

 「…気が済むまでやってみろ。」

 

 その後も何度か挑戦するがやはり瓢箪は固く一向に割れる気配を見せなかった。 

 

 「駄目だ…硬すぎる…」

 

 「…これは初歩的な技術なんだがな。これくらいならできると思ったのだが、出来て当然なのだが…こんな小さい瓢箪も割れないとは…まぁ出来ないなら仕方がないな…俺はできるが、出来ないなら仕方ないな。」

 

 息絶え絶えな伊之助のほうを向き炭治郎はあきれたかのような口調で伊之助を煽り立てる。その言いように伊之助は親猪のマスクの下で青筋を立てた。

 

 「…上等じゃねーか!!出来てやるっつーの、当然に!!舐めんじゃねーぞコラ!!」

 

 自分と同年代ぐらいのぐらいの男にここまで煽られて引き下がるような精神構造をしていない伊之助は炭治郎の煽りに大奮起する。しかしそんな伊之助に対し炭治郎は死刑宣告を下す。

 

 「では今から屋敷から山の頂上まで軽く往復した後、打ち込み稽古だな…昨日よりは簡単に壊れてくれるなよ?」

 

 「えっ⁉」

 

 炭治郎の人を人とは思わない嗜虐的な表情を見て、猪突猛進を是として今まで生きてきた伊之助もさすがにドン引きだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 伊之助の修業は肉体面だけではない。最低限人と接せられるように教育を施すようにもしたがこちらは随分と手間取りそうであった。何せ今の今まで山で野生動物同然の暮らしをしてきており、言葉を教えたのもボケ老人だというのだから当然といえよう。炭治郎からすればまだ口寄せ動物のほうが社交性があるとさえ思えた。

 そんな伊之助には普通に教えるのではやる気を出させるのに月単位の時間がかかってしまうと考えた炭治郎はちょっと趣向を変えて教えることにした。

 

 「スゲェ‼スゲェ‼世界ってそんなに広ぇんか‼俺らこんなちっこい島の中にいたんだな‼」

 

 「そうだな、これで貴様がいかに井の中の蛙かが理解できただろう。」

 

 「そんでもってよ、この中で一番強ぇとこってどこだよ?」

 

伊之助の質問に対し炭治郎は大使館からくすねた地図に記載された一つの国を指さす。

 

 「潜在的に見るならばアメリカだな。ヨーロッパの国々が殺しあい疲弊する中でさらなる成長を遂げる可能性が非常に高い。」

 

 「じゃあよ、"あめりか"って国に行けばさらにとんでもねぇ奴に会えるってわけだな?」

 

 「…貴様が考えているような個人的に強い力を持った者がいるかどうかは定かではない。ただ…鬼という生物が"作られていた"以上案外海外にも似たような存在はいるかもしれんがな。」

 

 「そいつは鬼より強ぇのか?」

 

 「さあな、ただ日本にいる鬼より強いのがいてもおかしくはない。」

 

 「いいぜ!いいぜ!燃えてくるじゃねぇか!!俺も戦いに行ってみたいぜ!」

 

 「…まぁ今のお前がそのまま行けば日本だろうが海外だろうが確実に力比べする前に駆除されるだろうがな。」

 

 「ハァ‼何でだよ⁉」

 

 「貴様は蟻という生き物は知っているか?蜂でもいいが…」

 

 「馬鹿にするな‼ちっこくて弱っちくて群れてるやつだろ、蜂は群れてて刺されると痛ぇやつだ。」

 

 「奴らは体は小さくとも自分よりも大きく強い生物相手に群れで勝利する。人間もまぁ…似たようなものだ。」

 

 『人間はもっと複雑だがな』と炭治郎は心の中で付け足すがあえて口にはしなかった。変に情報を付け足すと伊之助のキャパをオーバーしかねるためだ。

 

 「確かにそうだが、それがなんか関係あんのかよ?」

 

 「今の貴様の振舞そのままだと確実に集団に殺されるということだ。そうならないためにはある程度の常識を身につけなければならない。…一つ言っておくと、仮に俺がお前のような振る舞いを続けた場合でもやはりいずれ殺される。こう言えばどれだけ不味いかが伝わるな?」

 

 「…マジかよ、お前でも殺されるのか!!」

 

 炭治郎の言葉にさすがに伊之助も戦慄する。認めたくはないが炭治郎は今まであってきた生物の中で断トツで強い、しかも癪なことにまだまだ本気というものを一切見せていない。その炭治郎でさえ正しくない振る舞いを続けたら不味いというのだから驚きだ。

 

 「それが社会というものだ。強い奴と力比べする前に死ぬのは貴様の本望ではないだろう。」

 

 「…分かったよ、やりゃいいんだろやりゃ!!」

 

 こうして伊之助は少しだけ社会というものに興味を持つことになった。そしてまた地獄を見る羽目になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 修行漬けの彼らにも人間である以上休息というものは一応存在する。そんな貴重な時間を使い炭治郎は禰豆子を風呂に入れていた。

 

「頭を流すぞ。目を閉じておけ…」

 

 兄の言葉に禰豆子は言われたとおりに両目を閉じる。それを確認した炭治郎は、風呂桶の湯を禰豆子の頭にゆっくりかけてゆく。

 

「鬼であろうと体は綺麗にしなくてはな…目に沁みたりしてないか?」

 

 禰豆子は大丈夫だというように首を横に振った。忍ならともかく禰豆子は元は普通の女の子だ。ゆえに鬼であろうと洗うべきだと炭治郎は考えていた。 

 

(こうやって見ると、普通の女子そのものだな。)

 

 口に竹を咥えている以外は、顔立ちが整った普通の少女そのものだ。それは鬼が人間に紛れて暮らしているという生態だから当然だとかそういう話ではない、目が違うのだ…

 

 (やはり俺とは違うな…)

 

 覗き込んだ妹の眼は優しい眼だった。鬼とは思えないくらいどこまでも優しくて綺麗な眼。思えば記憶の中にある今はもういない今生での他の兄弟や親も優しい眼をしていたと。その中で当然だが自分だけが違う。桶に入った湯に映る自分の目をふと見てみる。映っていたのは人を傷つけ殺すことに躊躇いを全く持たない目、鬼である妹よりも遥かに鬼らしい目……自分だけがどうしようもなく違う。

 

「俺はちゃんとお前の兄に…いや愚問だったな…」

 

 その気持ちを察してか知らずか、禰豆子は立ち上がり手を炭治郎の頭の上に置き撫でる。

 

 (それは俺に効くから止めてほしいのだがな…)

 

 触れることができるほど限りなく近いはずなのにどうしようもない世界の隔たりを感じてしまう。とても心苦しかった。

 

 (俺は禰豆子が人間に戻った後どうすべきなのだろうな…)

 

 炭治郎は思いはせる。本来ならば異物である自分は禰豆子が人間に戻った後は姿を消すべきなのだろう。いくら温かい思い出があろうとも自分と禰豆子は魂からして違いすぎる、一緒にいるべきではない。

 しかし前世同様、血と死体の腐臭だらけのこの世界で禰豆子一人にするべきではないということも感じている。それと同時に血と死体の腐臭だらけのこの世界で妹を守り切るために必要なのは前世での経験ということも理解している。

 

 そしてそんな風に思いはせているとその考えを邪魔するものがいた。

 

 

 「鬼の気配はここかぁ!!」

 

 いつもの猪の面をしておらず顔だけは整った女子…実際は声と体で明らかに男な伊之助の声が風呂場に木霊する。

 

 「よっしゃー!その首もらっ…」

 

 伊之助は最後まで言い切ることができなかった。これまでに感じたことがないほどの殺気…それこそ最初に炭治郎に出会ったときにさえ感じたことがない程のものだった。

 

 「貴様…そこで何をしている…」

 

 無表情の炭治郎の口から洩れる言葉は、地の底から響いてくるように低い声だった。伊之助にとっての不幸はここ最近の修練で炭治郎が鬼を連れているということが頭からすっかり抜け落ちていたことだった。加えて禰豆子は基本的に活動をあまりしておらず、修練でマヒした感覚ではそれをとらえきることも困難だったことも拍車をかけていた。そんな中で久々に活動している鬼の気配を感じ取ったのが不運だった。

 

 (あぁ…俺は…今ここで殺される…)

 

 蛇ににらまれた蛙とはこのことだろう、伊之助は目の前に存在する"死"に対して一歩も動くことができなかった。時間が圧縮されたかのような感覚が伊之助を襲う。しかし質問に答えなければよりひどいことになると本能的に察した伊之助は何とか言葉を絞り出す。

 

 「お、鬼の気配がしたから来てみただけだが…お前こそ鬼を洗って一体何がしてーんだ?何が何だか訳が分かんねぇぜ…」

 

 心底混乱している様子の伊之助に対して炭治郎は殺気を少しだけ弱める。これがただ覗きに…例を挙げるならばどこぞの黄色い髪色の少年のような場合であれば、そいつは今頃ボロ雑巾になっていたことだろう。しかしこと今回に限っては伊之助は首の皮一枚で助かる理由があった。

 

 (そういえばまだ常識については教えている途中だったな…しまったなこれは俺のミスか。)

 

 思えば事情をちゃんと説明してこなかった自分にも少しは非があると思った炭治郎は反省する。

 

 「…次はないと思え。」

 

 その言葉に伊之助は壊れた傀儡人形のようにカクカクと頷く。それはそれとして伊之助の次の日の訓練はそれまでよりもさらにキツイものとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな感じで日常が過ぎ去った頃、緊急の依頼が飛び込むこととなる

 

「カァ~カァ~緊急事態~緊急事態~‼北北東。次ノ場所ハ北北東!"那田蜘蛛山"ヘ行ケー!那田蜘蛛山ヘ行ケー!」

 

 鴉はそれだけを告げると、窓の外へ飛び去る。ただ事ではないことは確かだった。二人はすぐさま隊服に着替え(伊之助はズボンのみだったが)身支度を整える。

 

 

「では俺たちはもう行く。いろいろと世話になったな…」

 

 炭治郎は見送りに出てくれた宿の主の老女に向かって頭を下げる。それに合わせて伊之助もぎこちなくとはいえ頭を下げる。

 老女も彼らにこたえるように深々と頭を下げる。そして頭を上げると、袂から火打石を取り出した。

 

「では、切り火を・・・」

 

「ああ、礼を言おう。」

 

 炭治郎がそういうと、伊之助は不思議なものを見るように、老女に顔を向けた。そして老女が火打石を二回打ち鳴らすと、カチカチという音と共に火花が飛び散る。それを見た伊之助は驚きの声を上げる。

 

 

「何すんだババア!!」

 

 いきなり大声を上げて老女に殴りかかろうとしたのを炭治郎が止める。

 

 「これは切り火というものでお清めの一種だ、害はない。だからおとなしくしていろ。」

 

 「よく分かんねぇけど、害がないなら別にいいか。」

 

 「どのような時でも誇り高く生きてくださいませ」

 

 「誇り高く?ご武運?どういう意味だ?」

 

 伊之助の言葉に炭治郎は手を顎に当て少し考えながら答える。

 

「改めて聞かれると難しいな。誇り高く…自分の立場を理解して、その立場であることが恥ずかしくないように正しく振舞うこと…というべきか。」

 

 炭治郎が説明するが、伊之助はわけがわからないと言った様子でさらに口を開く。

 

 「その立場ってなんだ?恥ずかしくないってどういうことだ?責任っていったい何のことだ?」

 

 「この場合は俺たちに鬼殺隊として正しく振舞えということだ。」

 

 自分自身は鬼殺隊の誇りというものに頓着もしていなければ、必要とあらば切り捨てると考えている炭治郎は若干投げやりに説明する。

 

 「正しい振舞って具体的にどうするんだ?なんでババアが俺たちの無事を祈るんだよ?何も関係ないババアなのになんでだよ?ババアは立場を理解してねえだろ?」

 

 「他人を思いやり願掛けするのが人間というものだ。今は理解はできなくともそういうものだということは覚えておけ。」

 

 「…やっぱ訳分かんねぇ。」

 

 「そんなことより、急ぐぞ…何かが起こりそうな予感がする。」

 

 「あ…俺が先に行くんだ!!というか何かって何だよ⁉」

 

 炭治郎は言葉を切り上げるとそのまま急加速した。そしてそんな炭治郎に対して闘争心に火が付いた伊之助が追いかける。

 

  (…この胸騒ぎ、まさかな。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時が少し流れ、炭治郎達とは別のどこかのあぜ道を腰に届くほどの髪を伸ばした小柄で中性的な少年の双子とぱっつんを重ねたような短髪で日本人離れした黄色い髪色の少年がいた。

 

 「なぁ無一郎ちょっといいかな?」

 

 「何、善逸?鬼に遭遇しても自分の身は自分で守ってね。駄目だったときは…一応埋葬ぐらいはしてあげるから心配しないで」

 

 「まだ何も言ってねぇし‼つか、見捨てる気満々じゃねぇか‼そうじゃなくてだな、有一郎のことなんだけど…」

 

 「兄さんがどうかしたの?」

 

 「有一郎のところに鎹烏が来ていたみたいなんだけど、それからというものどこかあいつ変なんだ。何か心当たりある?」

 

 話の内容がいつものヘタレた内容ではなかったため無一郎は少し考える。

 

 「…心当たりはないかな。そもそも兄さんはいつもゆるくて変人じゃないか。」

 

 「お前…実の兄にさらっとひどいこと言うな。でも有一郎の音…鎹烏の報告聞いてから随分と変わっていたぞ。いつもはじいちゃんみたいな音しているのに今はまるで子供のようにはしゃいだ音に変わってて、でもそれと同じくらい今までに聞いたことがないくらい重々しくて力強い音にもなってた。」

 

 その言葉を聞き無一郎はけだるそうな顔から一転して真剣な顔つきになる。善逸は『本当にお前鬼殺隊員か?』と言いたいくらいにヘタレだったが、並外れた鋭い聴覚を持つ。 この聴覚をもってすれば暗闇でも周囲の状況を正確にいち早く察知し、鬼が発する独特の音を聞き分け、鬼であれば人に紛れていようが荷物に隠れていようがある程度近くまで行けば判別でき、相手から聴こえてくる音で人柄や心理状態すら読み解ける。

 ゆえに“柱”である兄ですらそのような状態になるということは今回の任務は普通じゃない可能性が高いということになる。

 

 「…善逸、お墓はなるべくいいものを作ってあげるし、きれいに埋葬してあげるよ。」

 

 「えええーッ! 俺もう死ぬこと確定!!嫌だァァァァァッ!死にたくねぇよぉぉぉ!!!」

 

 絶望の表情を浮かべた一人の少年の絶叫があぜ道にむなしく鳴り響く。そんな様子を無一郎は珍しく同情的な目で見ていた。

 そしてそんなカオスな様相を他所に有一郎という名の髪の長い双子の兄はどこか懐かしむようにつぶやく。

 

 「久方ぶりに旧い友に会えるやもしれぬ、今度は同じ道を歩みたいものだ。とはいえゆっくりしていられないのもまた事実…無一郎、善逸少し急ぐぞ!!行先は"那田蜘蛛山"だ。」

 

 「分かった、兄さん。ほら善逸も走るよ。」

 

 「無理ィィィィィィィィィィィ!!俺走れない、恐怖が八割膝に来てるから走れないィィィィィィィィィィィ!!」

 

 「心配するな善逸!お前は強い!できる男だ!俺が保証する!!だから大丈夫だ!!」

 

 有一郎はガハハと笑いながら善逸を鼓舞するが、善逸の怯えは当然のごとく止まらなかった。

 

 「何言っちゃってるの‼音だけじゃなくて頭までおじいさんになっちゃったの!?俺はな、知っての通りもの凄く弱いんだぜ、舐めるなよ!」

 

 「えぇ…」

 

 どう考えても威張るべき部分ではない部分で威張る善逸に無一郎はドン引きする。しかし有一郎の主張は変わらない。

 

 「問題はない、それに万が一のことがあっても俺は俺の仲間を目の前でそう簡単には死なせたりはせぬよ。」

 

 「え!?守ってくれるの!!しょ…しょーがねーなー…」

 

 柱としての実力とそれにたがわぬ力強い音を発する有一郎の言葉を聞いた善逸はなけなしの勇気を振り絞り掌を返す。

 

 「やっぱり無理ぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 

 かと思われたが、やはりそう簡単に恐怖は払拭できるものではなかった。




 以下補足…

・時透有一郎
 双子の兄で本編では故人だがこちらでは存命。超がつくほどおおらかで、とんでもないお人よし。ただし現実主義な考えに理解がないわけでは決してない。実は賭け事が好きだが弟にマジギレされてからは一応自重するようにしている。
14歳とは到底思えないほど老練な技量を有しており最年少の"柱"となった経歴がある。称号は"樹柱" 
 これまでの経歴に不審な点は技量以外にないはずなのだが、なぜか"音柱"からは警戒されている。そして本人もそれもやむなしとみなしている節がある。
 今作のメインヒロイン(多分大嘘)

・時透無一郎
 みんな大好き双子の弟で霞の呼吸の使い手。本編では当初記憶を失っていたが、こちらでは失っていない。ただし本編と違い兄が親に輪をかけたお人よしという頭ハッピーセットな家庭で育ったため、『自分がしっかりしなくては』と逆にひねた部分が形成された。とはいえ兄弟仲は良好。ちなみにひねたといっても鬼を解体して生態を調べたり、爆弾括り付けたり、RTAしだしたりはしない。
一時"音柱"から警戒されていたが今はされていない。
彼らのご先祖も有望な子孫が二人も残っていることに対して、ニッコリすること間違いなしだろう。

・我妻善逸
 みんな大好き汚い高音発生装置で雷の呼吸の使い手。本編と違い炭治郎ではなく時透兄弟と出会い付いていくことになる。出会いは本編の時と同じで初対面の女の子に無理矢理求婚しているというもので無一郎は無の表情を浮かべ、有一郎もさすがに困惑したが、話を聞くうちに心の奥にある強さを有一郎に見いだされ調教…もとい訓練を受ける羽目になる。とはいえ有一郎からは"じいちゃん"と同じような音がしたため安心感を感じている部分もある。


 『次回!!累死す…蟲柱vs元マダラ』


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元マダラ蜘蛛と蝶と遊ぶ

 せっかくの二次創作なのだからある程度自由にしてみっか…そんな頭の悪い感じで書いた話

 …今回結構無茶苦茶していると思います


 それはそうと、18巻…まったくワニは人の心を的確にえぐってきやがるぜ…


  

 

「これは不味いことになったね…」

 

 時は少しさかのぼり…鬼殺隊棟梁こと産屋敷耀哉は采配ミスに思い悩んでいた。

 一応補足しておくと竈門炭治郎を那田蜘蛛山に向かわせるよう指示したのは産屋敷耀哉ではない。仮に向かわせたのが産屋敷耀哉だったとしたら追加で送る柱は冨岡義勇か時透有一郎のどちらかで胡蝶しのぶを送ることは見送っただろう。

 

 

 ではなぜこんなことになったか?理由は単純、竈門炭治郎を那田蜘蛛山に向かわせるよう指示したのが鬼殺隊所属の別の事務員だからだ。

 それはそうだ、資金繰りや組織運営の方針を決めている状態で、柱や甲などの高い階級の者たちへの指示ならともかく鬼殺隊に入り日が浅く階級の低い者への任務指示などまで行っていては例え持病が無かろうと過労死しかねない。今回このことに気づけたのは持ち前の感のおかげだった。

 

 「あまね、彼は今現在どのあたりの位置にいるか分かるかい?」

 

 「時透有一郎でしたら、那田蜘蛛山に近い場所にいるかと思われます。」

 

 「なるべく速い鎹烏を使って那田蜘蛛山に向かうよう伝えてくれ、もしも竈門炭治郎が彼の予想通りの人物だとしたらしのぶが危険かもしれない。」

 

 

 何事もなければと思う反面、自身の感はよくないものを感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「蜘蛛の巣だらけじゃねえか!邪魔くせえ!」

 

 山へと入った伊之助は被り物の下で顔を思い切り顔をしかめる。ふとあたりを見回すと、あちこちに蜘蛛の糸が絡みつき、かすかな月明かりで不気味に光っていた。手についた蜘蛛の巣を乱暴に振り払い悪態をついた。そんな彼の背中に、炭治郎は声をかける。

 

 「あまり不用意にその蜘蛛を触るなよ…何かがおかしい…っと生存者か。」

 

 伊之助と炭治郎は生存者を発見する。その眼には絶望が浮かんでいた。

 

 「援軍なのか…階級は!?」

 

 「…両方とも癸だ。」

 

「なんで柱じゃないんだ。癸なんて何人来ても同じだ!意味がない!」

 

 炭治郎の言葉に対して隊員がそう言った瞬間、伊之助は隊士の頭を掴んで大声を上げた。

 

 「うるせえ!!意味のあるなしでいったらお前の存在自体意味がねえんだよ。さっさと状況を説明しやがれ弱味噌が」

 

 「そのあたりにしておけ、一応は情報を持った生存者だ。情報を聞き出すまでは生きていてもらわねば困る。」

 

 あまりのぞんざいさに隊士はドン引きするが情報の共有は大事だと思い二人に状況を説明する。

 曰く彼も炭治郎達同様鴉からの指令を受け、十人ほどの集団でこの山に入った。だが、しばらくして隊員たちが突如斬りあいを始めたという。そして彼も巻き込まれそうになり、命からがらここまで逃げてきたということだった。

 

 「隊員同士の斬り合い、考えられるのはやはりさっきの蜘蛛か…」

 

 炭治郎が持論を言いかけたとき、あたりから奇妙な音が聞こえてきた。それは山に引きずりこまれた隊士が消える寸前に聞こえてきた音と同じであった。生存者の隊員も、音に聞き覚えがあるのか瞬時に顔が青くなる。

 

 「近いな、すぐそこだろう。」

 

 「ハハッ、いいぜ!腹が鳴るぜ!!」

 

 「…腕が鳴るだ。」

 

 「そんなこと言ってる場合かよ!!」

 

 炭治郎の言葉にそれぞれが刀を構える。音はこちらに近づく様にどんどん大きくなっていく。そして不意に、彼らの背後で何かが動く気配がした。反射的にその方を向くと森の奥から一人の隊士がこちらに向かってくる。さらに森の奥から次々と他の隊士たちも現れた。全員口から血を流し、目の焦点が合っていない者もいる。

 

 

 そしてそのうちの一人が刀を構え、三人に斬りかかってきた。

 

 「ヒぃ!!来た‼」

 

 「ハッハ!こいつらみんな馬鹿だぜ。隊員同士でやりあうのはご法度だって知らねえんだ!」

 

 「違うなこいつら操られている。」

 

 炭治郎は身をかわしながら伊之助に説明する。実際彼らの動きは明らかにおかしく、人間ならばありえない動きをしているのだ。

 

 「よし、じゃあぶった斬ってやるぜ!」

 

 「悪くはない考えだが、それでは能率が悪すぎる。」

 

 「何でだよ!?」

 

 「よく見ろ、あの中にはすでに死んでいる奴もいる。にもかかわらず歪な形とはいえ動いている以上相手は傀儡と同じようなものと考えるべきだ。」

 

 「傀儡…何じゃそりゃ?」

 

 「操り人形のようなものだと考えればいい。とにかく殺す程度に切ったくらいでは動きは止まらん、かといってバラバラに分解するのは時間の無駄が多すぎる。」

 

 「否定ばっかしてんじゃねぇ!!」

 

 業を煮やした伊之助が、怒りの声を荒げる。

 

 「とりあえず糸を切れ、応急的には何とかなる。」

 

 

 目を凝らすとそこには、やっと見えるくらいの糸が何本もつながっていた。その糸を断ち切ると隊士の体は解放された様に地面に吸い込まれていった。

 

 

「お前より先に俺が気づいてたね!」

 

伊之助は得意げに言うと、跳躍しながら二本の刀を振るい複数の隊士の糸を切り捨てた。

 

 

「とはいえ糸を切るだけではだめだ。蜘蛛が操り糸をつなぐ。」

 

「じゃあ蜘蛛を皆殺しにすればいいんだな!?」

 

 「蜘蛛は血鬼術の類で作られているから本体を叩かないとあまり意味がない。なのでさっさと本体を探索しろ。」

 

 「んなもんお前がやれよ!!」

 

 「刺激臭が強すぎて俺の鼻が利かん。それにそこそこ離れた距離にいるのか俺の目でも見つからん。だからお前がやれ。」

 

 襲い来る隊士たちの攻撃を適当にいなし、炭治郎が命令する。

 

 「…つまりお前ができねぇことを俺ならやれるってことだな?」

 

 

 「そういう認識で構わん。操られている奴は俺が適当に何とかする、その間に探せ。」

 

 

 そこまで言ったとき、炭治郎の第六感が何かの気配を感じ取った。上を向くと真白な肌に赤い文様。真白に蜘蛛の巣を彷彿とさせる文様が入った着物をまとった少年だった。

 

 (そこそこは高位の鬼のようだな。こいつは治療薬のいい材料になってくれそうだ。)

 

 無惨を抜きにすれば、これまでの鬼よりも格段に濃い鬼の匂いに、炭治郎はほくそ笑む。

 

 

「僕たち家族の静かな暮らしを邪魔するな」

 

 

 そんな考えを知らずか、少年の鬼は淡々とそう告げ、炭治郎達を冷ややかに見降ろす。

 

 

「お前等なんてすぐに母さんが殺すから」

 

 炭治郎は彼が言った言葉に違和感を感じた。彼は確かに今、母さんと言った。もし彼の言葉が正しければ、今隊士達を操っている鬼は別にいることになる。そしてこの山に漂う刺激臭もまた別の鬼の仕業なのだろう。

 

(一族のように徒党を組む鬼がいるとはな…こいつら程度ならまだ問題はないが、より上位の鬼が徒党を組む可能性があるとしたら少々厄介だな。)

 

 

 上弦と呼ばれる長い年月、一体も討伐されていない鬼たちもそういったことができるなら面倒なことになりそうだと考える炭治郎。それをよそに伊之助が、操られている隊士を踏みつけ飛び上がり、少年の鬼に斬りかかった。

 だがその刃は高所にいる彼には届かず、見事に空振りをする。少年の鬼は何をするまでもなく糸の上を歩いてどこかへと去っていった。

 

 

「アイツ一体、何のために出てきたんだ!」

 

 伊之助はそのまま背中から地面に落ちる。そんな伊之助に向かう隊士を牽制すべく、炭治郎は動く。

 

「今は気にするな、奴はおそらく傀儡廻しの鬼ではない。だからさっさと続きを再開しろ。」

 

「わかったっつうの!俺は今からもう一度、鬼の居場所を探る。だからそいつらを俺のそばに近づけんじゃねえぞ!」

 

 伊之助はそういうと、持っていた二本の刀を地面に突き刺し両手を広げ感覚を研ぎ澄ませる。

 

 

――獣の呼吸―― 漆ノ型 空間識覚

 

 

 伊之助の最大の特技は、触覚が人並外れて優れていること。意識を集中すれば僅かな空気の揺らぎすら感知することができる。ただしその場から動けなくなり無防備になってしまうため、一人での使用には危険を伴うが、炭治郎ならばそこらへんも織り込んでいるだろうと考えていた伊之助は気にせず捜索を続ける。

 

 

 

 「…見つけたぞ!そこか!!」

 

 しばらくした後、伊之助は大声で叫びその方向に指を向けた。

 

 「ほう、チャクラによる探知もなしによくやる。」

 

 炭治郎が感心すると、伊之助は誇らしげに胸を張る。

 

 「へっへー、お前にできないことが俺にはできた!!やっぱ俺はすげぇ!」

 

 「この場は貴様の能力を当てにしていた。次も同じようなことがあったら頼むぞ。」

 

 炭治郎がそういうと、伊之助はまた胸を張ってきた。それを見て炭治郎は『扱いやすいな、コイツ』と心の中で思った。

 

 

 そんな彼らを見て村田は何かを決心したように口を引き結ぶと、襲い掛かってくる隊士の太刀を受け止め、で絞り出すように叫んだ。

 

「ここは俺に任せて先に行け!!」

 

「小便漏らしが何言ってんだ!?」

 

 伊之助が返すと村田は顔を真っ赤にし、叫ぶ。

 

「誰が漏らしたこのクソ猪!テメエに話しかけてねえわ黙っとけ…情けない所を見せたが、俺も鬼殺隊の剣士だ!!ここは何とかする!!」

 

 「いいのか?高確率で貴様は死ぬぞ。」

 

 「とにかく!糸を切ればいいというのが分かったし、ここで操られている者達は動きも単純だ。蜘蛛にも気を付ける。鬼の近くにはもっと強力に操られている者がいるはず。先に行ってくれ!!」

 

 「いいだろう。死に場所を決めたのなら好きにしろ。」

 

 「勝手に俺を殺すな!!」

 

 村田の叫びを無視して炭治郎はそのまま伊之助を連れて駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 探知した方角に進むたびに本体にちかづいている証拠か、蜘蛛が増え、糸も多くなる。その様子に伊之助は苛立つ。

 するとすっかりおなじみのキリキリという金属音が聞こえ、二人は足を止める。暗がりの中からすすり泣く声と共に、糸に繋がれた隊士が現れた。

 

 

 

「駄目…こっちに来ないで…」

 

 今にも死にそうなか細い声で隊士がそう嘆願するのは、黒髪を一つにまとめた女性の隊士だった。顔色が悪く、右手には他の隊士が突き刺さったままの刀を持ち、左手は同じく血まみれになった隊士の屍を掴んでいる。

 

「階級が上の人を連れてきて!!そうじゃないと、みんな殺してしまう!お願い、お願い!!」

 

 女性隊士の刀が振り上げられ、炭治郎達を襲う。

 

「さっきの傀儡よりも力が強いな。」

 

「操られているから、動きが全然、違うのよ!私たち、こんなに強くなかった!!」

 

 

 

 その無理な動きで彼女の骨が砕ける音が響き、潰れたようなうめき声が上がった。おそらくはもう長くはもたないだろう。

 さらに全身から血を噴き出し、体のあちこちが人体の構造上あり得ない方向に曲がった三人の隊士が現れる。

 

 

 「頼む。こ、殺して…くれ…」

 

 一人の隊士が息も絶え絶えに懇願する。彼の右腕からは骨が飛び出しているが、それでも糸がお構いなしに持っている刀を振り上げさせようと、無理やり彼の腕を引き上げていた。

 

 「骨が内臓に刺さっているんだ…どのみち、もう死ぬ…だから…助けてくれ。止めを、刺してくれ」

 

 「よしわかったァ!」

 

 その言葉に伊之助が飛び出し、隊士達に止めを刺そうとする。それを炭治郎がそれを静止した。

 

 「待て…さすがにこの数の人間を殺すと後が面倒だ。」

 

 一応は操られている隊士から殺害の懇願は下りているが、残念ながら死体は『自分が頼みました。』とは弁護を語ってくれない。なので、あまり考えなしに殺し過ぎるとさすがに事情聴取が面倒なことになる。

 そう結論付けた炭治郎は考えを巡らせた。傀儡の術者までは近いとはいえまだ距離がある、糸は斬ってもすぐにつながる、動きを止めるには…

 

(傀儡と同じ原理ならば上手くいくかもしれん…試してみるか。)

 

 

 炭治郎は刀を納めると、女性隊士に突進する。そしてそのまま懐に入り彼女を抱え女性隊士を真上に放り投げた。そしてそのまま木の枝に糸が引っ掛かり、宙ぶらりんの状態になった。

糸が複雑に絡み合いこれでは刀を振るうどころか、動くことさえままならない。

 それを見て伊之助は

 

 「なんじゃああそれええ!!俺もやりてええ!!」

 

 子供の様にはしゃぎだし、同じ様に隊士を放り投げた。木の上で絡まる隊士を見て、伊之助は小躍りしながら声を上げる。

 

 「見たかよ!!俺にだってできるんだぜ!?」

 

 しかし炭治郎はそれを無視しながら黙々と隊士を放り投げる。

 

 「無視してんじゃねぇ!!つか、負けてらんねぇ!!」

 

 憤慨した伊之助は再び隊士を掴むと、再び渾身の力で放り投げた。そして負けじと次々と放り投げてゆく。

 

 「がはははは!!まだまだ行くぜ!!」

 

 しかしそんな楽しい時間もすぐに終わることとなる。彼の前にいた隊士の頸が鈍い嫌な音を立てて反対方向へ曲がった。

 

 「っ!!」

 

 伊之助が一瞬ひるむ中、吊り上げられていた他の隊士達の頸も同じように逆方向へ捻じ曲げられた。

 

 「何だよ!これじゃあ意味無かったじゃないか!!」

 

 伊之助が声を荒げ、怒りを露にする。それに対し、炭治郎は持論を述べる。

 

 「いや、無意味ではない。見たところ苛ついて傀儡の操作をやめたようだから、鬱陶しい人形どもをこれ以上相手にしなくていい。それに事後処理も鬼がやってくれたおかげで後が楽だ。下手に生き残った人間は死体よりもはるかに厄介だからな。」

 

 「お、おう…」

 

 「…おっとこれは人前では言うなよ、こういう時は他の隊士には表面上は自身の無力感を出しておくのが余計な詮索を避ける秘訣だ。」

 

 淡々とした声で炭治郎は説明する。その冷たさにはさすがに伊之助も戦慄き、『あ、ああ…覚えておく。』としか言うことができなかった。

 そしてそんな伊之助を無視して炭治郎はあたりに散らばっていた刀の中から、状態の良いものを鞘とセットで一本拾う。

 

 「おいおい何やってんだ?刀ならもう持ってるじゃねぇか。」

 

 「予備がこの先必要になるかもしれないからな、どのみち死体となったこいつらにはもう無用の長物だろう。」

 

 「予備?」

 

 「この先相手するかもしれないやつのためだ。」

 

 『それはおそらく鬼ではないがな…』と炭治郎は心の中で付け足すが、口にはしなかった。炭治郎の刀はあまり例を見ない黒だ。もしもそれを❝厄介な輩❞に見られたらすぐに身元が特定される危険性がある。ゆえに❝厄介な輩❞と戦うための武器が必要だったのだ。

 

 「そうだ、ついでだ貴様もここで武器を新調しておけ。その刀はもうそろそろ限界だろう。」

 

 「そうなのか?まだまだいける気がすっけど。」

 

 「そんな刃こぼれだらけの刀だと次鬼と戦った時、折れかねん。そんな理由で死にたくはなかろう。」

 

 「それもそうだな、どれにしようか…より取り見取りだぜ!」

 

 伊之助も炭治郎にならい、刀を二本拾う。そして何を思ったのかその刀をそこら辺の石でたたき始めた。

 

 「…おい、貴様…いったい何をしている?」

 

 何がしたいのか分からない炭治郎は困惑の声を上げる。それに対して伊之助はさも当然のようにこう答える。

 

 「見て分かんねぇのかよ!?こっちのほうが千切り裂くような切れ味になるからに決まってるからだろうが!!」

 

 その意味不明さにはさすがに炭治郎も呆れ、『そうか…』としか言うことができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こっちだ!かなり近づいているぜぇ!」

 

 そんなこんなで遺品漁りを終えた二人は月明かりだけに照らされたうっそうな森の中を走る。鬼の気配が強くなると同時に、二人の視界に黒い影が映った。

 

「来るぞ。」

 

「俺の方が先に気づいてたぜ!早速試し切りができるってもんよ!!」

 

 伊之助は高らかに叫ぶと、新調した刀を構えなおしていち早く先陣を切った。しかし目の前の相手を見て、伊之助は困惑する。立ちはだかった相手は、頭部がなく鎌のような腕を接がれた鬼の屍だったからだ。

 

 「こいつ、頸が無ぇぇぇぇぇ!?」

 

 伊之助は混乱しているが、炭治郎は冷静な声色で言った。

 

 「ちょうどいい、こいつをお前が何とかして見せろ。俺が本体を殺すまでの間にな…」 

 

 「んなこと言われたってあいつ急所が無ェぞ!無いものは斬れねえ!!どうすんだどうすんだ!?」

 

 「それは自分で考えろ。ただまぁ…ヒントぐらいはくれてやろう。相手はさっきまでとは違い一体だ、そして一番最初に貴様は人形どもにどう対処しようとしていた?」

 

 「…最初、そうだ!!ぶっ壊そうとしたんだ!!」

 

 思い出したかのように伊之助は叫ぶ。

 

 「…相手は人型だ、どう壊せば動きを止められるかは言わなくてもわかるな?」

 

 

 広範囲に右の頸の付け根から左脇下まで斬ってみようと考える。

 

 「やってやらぁ!!」

 

 伊之助は鬼の攻撃を避けつつ反撃の隙を伺うが、それに気をとられていたせいで小さな蜘蛛の存在に気づくことが遅れた。

 

 「勇み足は構わんが、蜘蛛には気をつけろ。そしてあとは自分でやれ…」

 

 しかしそれを炭治郎は切り払い、アシストする。

 

 「うるせぇ!ちゃんと気づいてたっつうの!!こいつ思ったより遅いぜ!!」

 

 短い間とはいえ炭治郎に調教…もとい鍛えられていた伊之助は傀儡の鬼の攻撃を楽にかわし、そのまま二本の刀は、鬼の右肩から左脇下を切り裂く。すると鬼の体は崩れ、灰となって消えていった。

 

 「見たか!!ってアイツいねぇ!?」

 

 声高らかに炭治郎に自慢しようとする伊之助だったがそこには誰の姿もなかった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方伊之助を置いて傀儡使いの本体をサクッと殺した炭治郎は山の中を歩いていると何とも言えない場面に立ち会うことになった。

  

「お願いだから、もうやめて累…」

 

 嘆願する声に交じってすすり泣くような声も聞こえてきたのでのぞいてみると、そこには顔から血を流してすすり泣く少女の鬼と、その傍らで冷徹な眼で彼女を見下ろす少年の鬼の姿があった。少年の手には、血の付いたままの糸があやとりをするように指にかかっていた。

 

 

「何見てるの?見世物じゃないんだけど」

 

 累は炭治郎に視線を向けさほど興味がないといった口調で言った。

 

「仲間割れ…烏合の衆だったか。」

 

 炭治郎がつぶやくと累は首をかしげながら答えた。

 

 

「烏合の衆でもなければ、仲間などというそんな薄っぺらなものと同じにするな。僕たちは家族だ。強い絆で結ばれているんだ…それにこれは僕と姉さんとの問題だよ。余計な口出しするなら、刻むよ。」

 

 累の言葉に炭治郎は呆れを覚えた。少なくとも自分の感覚では家族というのは今生も前世も温かみがあった大切なものだという認識があったからだ。

 

 (まぁ、どうでもいいか…)

 

 これから治療薬の材料になるやつのことなど考えても仕方がないと、考えた炭治郎は刀を抜く。

 そんな時、不意に背後から草が揺れる音がした。

 

「お?ちょうどいいくらいの鬼がいるじゃねえか」

 

 炭治郎が視線を向けると、そこには一人の鬼殺隊士が笑いながら近づいてきた。

 

 「こんなガキの鬼なら俺でも殺れるぜ!!俺は安全に出世したいんだよ。出世すりゃあ上から支給される金も多くなるからな。俺の隊は殆ど全滅状態だが、とりあえず俺はそこそこの鬼一匹倒して下山するぜ」

 

 彼はそう言って刀を累へとむけた。むろんこれは勇気などではない。

 

 (…愚かな実力の違いも理解できないのか?)

 

 どう考えても無謀だということに炭治郎はその言葉に呆れを覚える。しかしそんな考えをよそにその男はそのまま背後から累に斬りかかった。

 累は手の指に絡まっていた糸を隊士の方へ伸ばした。その糸は一瞬で隊士の全身を細切れに刻み、哀れ愚かな隊士をサイコロステーキへと変えてしまった…

 

 

 

 

 

 

 

 「不味い!!何をしている禰豆子!!」

 

 かに思われたが、ここで思いもよらぬ救いの手が差し伸べられることになる。鱗滝だけでなく、炭治郎からも人間を守るよう二重に暗示をかけられていた禰豆子は生物学上、一応は人間である愚かな隊士を救うべく、箱から飛び出し、隊士を蹴飛ばしてこの場から遠ざけたのだ。 

 無論それだと禰豆子が累の糸によって切られることになってしまうのだが、とっさに炭治郎は刀で累の糸をすべて切り落とし、全員無事となった。

 なお、蹴り飛ばされた隊士は何が起こったか理解することなく気絶したため、禰豆子が鬼であることに気づくことはなかった。

 

 「大丈夫か!?こんな愚かな奴のために無茶をする必要などないのだぞ!!」

 

 炭治郎が少し怒った口調で禰豆子を叱ると、禰豆子は落ち込んだ様子を見せる。

 

 「…いや、俺の暗示がきつ過ぎたのが悪かったか…」

 

 その様子を見て炭治郎は言い過ぎたかとこれ以上何かを言うのを控える。するとそこに鬼を倒した伊之助が駆けつけてきた。

 

 「俺を置いて前を行きやがって!!…ってそいつ箱から出てるじゃねぇか!?いったい何があった?…つかあの鬼なんだ!?やべぇのが肌でわかるぜ!!」

 

 訳が分からないといった感じに混乱する伊之助に対し、炭治郎は一から説明する。

 

 「禰豆子は馬鹿を助けるために箱から出てきた、そしてあの鬼はおそらくこの山の鬼どもの頭目だ。」

 

 「よっしゃー!つまりあの鬼を倒せばいいんだな‼」

 

 「…今のお前では肉片になるだけだ。」

 

 「何だとぉ!!馬鹿にするなよ!!」

 

 

 言い争いを始める二人、一方の鬼サイドは…累が何とも言えない感じになっていた。

 

 

「箱から出てきたのは鬼…でもあの人間はそれを助けた…もしかして兄妹…妹は鬼で兄は人間…それでも一緒にいる!?」

 

「る、累?」

 

「兄は妹を救った。身を挺して…本物の絆だ!!欲しい!!!

 

「ちょっ、ちょっと待って!!」

 

 累の様子のおかしさに姉鬼は思わず前に飛び出して言った。

 

 「待ってよお願い!!私が姉さんよ!!姉さんを捨てないで!!」

 

 「黙れ!!結局お前たちは、自分たちの役割もこなせなかった。いつもどんな時も・・・」

 

 累は糸を姉鬼に向かって飛ばし、彼女の体を斬り飛ばした。頸だけになった姉鬼に、累は吐き捨てるようにキレる。

 

「ま、待って。ちゃんと私は姉さんだったでしょ?挽回させてよ…」

 

 姉鬼は涙を流しながら累を見上げ、かすれた声で言った。

 

「だったら山の中をチョロチョロする奴らを殺してこい。そうしたらさっきのことも許してやる。」

 

 累は目も合わせないまま姉鬼に冷たく言い放つ。

 

 

 

「わ、わかった。殺してくるわ」

 

 姉鬼は再生した体で頭部を抱えると、森の中へと消えていった。

 

 (…役立たずが…どいつもこいつも…だがまぁいい…ようやく本物の絆を手に入れられそうだ。)

 

 本人は記憶があいまいだが、累の元となった少年は生まれつき体が弱かった。走るどころか、歩くことさえ辛い程。彼の両親は彼を治そうとあちこちの医者へかかったが、皆匙を投げてしまっていた。

そんな中、少年の下にある一人の男が現れた。洋風の服を着た、白い肌に血のような赤い目の男。

 

 『可哀そうに。私が救ってあげよう』

 

 

 

その男の血によって少年の体は強くなった。しかし、彼の両親は喜ばなかった。強い体を手に入れた代わりに日の光に当たれなくなり、人を食わねばならなくなったからだ。父親は酷く怒り、母親は泣き崩れた。

 少年には意味が分からなかった。何故この二人は、息子である自分に笑いかけてくれないのだろうと。

 

 かつて聞いた川でおぼれた子を助けて死んだ親がいたという話。彼は感動した。親の愛、絆。その親は立派に親の役目を果たしたからだ。

 だが、少年の父親は彼を殺そうと刃を向けた。母親は泣くばかりで殺されそうになっているわが子を助けようともしない。

 

 …偽物だったのだろう。俺達の絆は。本物じゃなかった。

 

 それからは毎日が虚しくて虚しくてたまらなかった。他の鬼の姿を作り変えても作り物の家族を作っても、その虚しさが消えることはなかった。家族にはそれぞれ役割がある、父には父の役割があり、母には母の役割がある。親は子を守り、兄や姉は下の弟妹を守る…何があってもだ。なのにどいつもこいつも与えられた役割を果たすことが出来なかった。

 

 しかし今その役割を果たせそうな人材にようやく出会えた。鬼と人間、通常ならば相いれない関係、それは累も自身の体験からよく知っている。にもかかわらず少年の素性は分からないが、鬼であるはずの少女を自分の糸から素早く庇った。おそらくは兄妹なのだろう。

 何という家族愛‼自身が欲していたものがついに目の前に現れたのだ、興奮しないわけがない!

 

 

 「坊や。話をしよう。出ておいで…僕はね、感動したんだよ。君たちの‘絆’を見て、体が震えた。この感動を表す言葉はきっとこの世にないと思う。」

 

 先程の冷徹な声とは裏腹に穏やかな声で累は言った。

 

 「でも、君たちは僕に殺されるしかない。悲しいよね、そんなことになったら。だけど、回避する方法が一つだけある…」

 

 そして累は炭治郎に一つの提案を出す。

 

 「君が僕の兄さんになってよ。大人しくなってくれれば、その鬼の女の子も猪の子も命だけは助けてあげる。大丈夫、無惨様には僕からも誠心誠意、君を鬼にしてもらえるよう頼みこむから…」

 

 

 「五月蠅い…先程から聞いてもいないことをベラベラと…」

 

 累の話をバッサリと炭治郎は切り捨てる。十二鬼月というだけあって少しは情報を得られるかと思って聞いていたが有益そうな情報は全くないと判断し、心底鬱陶しそうに刀を構える。

 

 

 「…大人しく僕の兄さんになってくれないみたいだね。いいよ、暴れられても面倒だし手足の二三本は斬ることにするよ。ついでに恐怖の“絆”を紡いで逆らうとどうなるか、ちゃんと教えてあげるよ。」

 

 それに対して気分が乗っていた累はそこまで怒ることなく、余りにも身勝手且つ意味不明な言葉と共に累の血を含んだ真っ赤な糸を炭治郎の周りに張り巡らす。

 普通の糸はすでに斬られていることを累は先ほどのやり取りで知っているため確実に炭治郎に“絆”を与えるために本気で攻撃する必要があると判断したようだ。

 

 

 「先ほどまでの糸と匂いがまるで違う…まぁ関係ないがな。」

 

 ――水の呼吸―― 拾ノ型 生生流転

 

 張り巡らされる糸を回転しながら繰り出される連撃で炭治郎は次々と斬り落としていく。それはまるで荒れ狂う竜の如き動きで、しかも回転を増すごとに威力が増すというおまけ付きで一度に斬られる糸の数が明らかに増していることに累は気づく。

 

 (奴の間合いに入った瞬間、糸がばらけた。一本も届かなかったのか?最硬度の糸を複数本斬られた?…しかも威力が上がっている!?)

 

 自身の本命の糸が次々と断ち切られたことに、累の眼が見開かれる。

 

 「そんなはずはない!これならどうだ!!」

 

――血鬼術・刻糸輪転――

 

 ここにきて焦りに焦った累の手にいくつもの糸が集まり、輪のようになっていく。最高硬度の糸をさらに密集させた文字通りの本気の攻撃、その糸の束を累は炭治郎に向かって放った。糸の嵐が、轟音を立てて彼に向かう。当たれば骨付きサイコロステーキ確実の攻撃、しかし威力が最大限に上がった“生生流転”の前では相手が悪すぎた。

 

 「もう一度だ!もう一度・・・!」

 

 糸がパラパラと彼の周りを漂った累は再び術を放とうと手を伸ばす。だが、不意に彼が累の視線から消えた。

 

 「俺の妹のために血をよこせ…それが貴様の役割だ。」

 

 炭治郎はすれ違いざまに累の頸に刃を滑らせた。累の頸がずれ、ごろりと頭が地面に落ちる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「そういえば炭治郎、コイツ訳の分からねぇことベラベラ喋ってたが一体何だったんだ?」

 

 「さぁな、あくまでも推測になるが人間だった時の記憶と鬼になったことによる欲望の歪みが混ざったことによる結果だろう。」

 

 倒した累の体から血液を採取しながら炭治郎は話す。下弦とはいえ十二鬼月の鬼から血を手に入れることが出来たためその顔はどことなく嬉しそうだった。

 一方の伊之助は説明を聞いても何が何だかよく分からないといった様子だった。

 

 「人間の時の記憶?欲望?…どういうことだ?」

 

 「鬼となって家族を食い殺したが、食い殺した後で家族の大切さを思い出しそれを歪んだ形で再現しようとしたのだろう。…それが無意味であるということを知らずにな。」

 

 「やっぱよく分かんねぇ…」

 

 「そのうち貴様にもわかる時が来るかもな…貴様とて木の股から…ましてやイノシシの中から生まれたわけでは…」

 

 

 炭治郎が最後まで言おうとした瞬間、こちらに向かってくる何かの匂いがした。伊之助も何かを感じ取り臨戦態勢に入る。炭治郎は懐から仮面を出して被る。

 

 「…禰豆子を連れてここから離れろ。」

 

 「ま、待ていったい何が、どうなってんだ⁉」

 

 「いいからここから離れろ…」

 

 「お、おう…わかった。」

 

 伊之助に小さく、しかし有無を言わせない声で禰豆子を預けると、瞬時に❝死体から拝借した刀❞を抜き、その襲撃者を迎撃する。伊之助はその間に禰豆子を連れて森の中を駆け巡っていった。

 

「あら?」

 

 襲撃者は空中でくるりと体勢を立て直すと、炭治郎を見た。その女性は蝶を彷彿とさせる羽織を纏い、蝶の髪飾りを付けた小柄な女性。その髪飾りには炭治郎は見覚えがあった、選別試験の最後に見た人形のような少女と同じものだ。

 

 「すみません、先ほどの鬼を斬りに行きたいのでどいていただきたいのですが?」

 

 頼み込む口調とは裏腹にしのぶは刀を炭治郎に向ける。刀身が針のように細く尖っているその日輪刀は、どう見ても斬ることには適していない形状をしていた。

 

 (微かな毒の匂い…鬼用か。それにあの刀の形状、明らかに対人戦用ではないな。)

 

 得られた情報から目の前の女は自分を抹殺しに来たわけではなくあくまでもこの山にいた鬼を殺しに来たのだと判断する。だからと言って安全という訳ではない。

 

「どくつもりはないと…それにしても鬼と仲良くしようとしている方がいらっしゃるとは…冨岡さんが見たら大層驚きそうですね。」

 

 炭治郎は一言も答えずに

 

「…もしかして元家族の方ですか?だとしたら可哀そうに…」

 

 一方しのぶは事情を察したらしく気の毒そうに口元に手を当てた。しかし炭治郎は仮面の下でため息をつく。どう考えても憎しみが漏れ出している、しかもそれを無駄に隠そうとしている。こいつには話が通じそうにない、話すだけ無駄だと炭治郎は判断した。

 

 

「苦しまないよう、優しい毒で殺してあげましょうね」

 

 先に動いたのは炭治郎だった。しのぶの刀と炭治郎の刀がぶつかり合い、火花を上げる。体格的には男性である炭治郎が有利であるが、しのぶは小柄な分かなり素早いようだ。

 

「日輪刀…隊士の方でしたか。…では切腹は覚悟してくださいね。」

 

 体勢を立て直しながらしのぶは淡々と言葉を紡ぐ。それに対し炭治郎も心の中で状況を分析する。

 

 (ヒノカミ神楽で手っ取り早く片づけるか…いやあまり手の内はさらすべきではないか…)

 

 戦力を推測するに、この女ともう一人の柱である冨岡義勇がいればここにいた鬼どもを殲滅するのは容易であっただろう。鬼殺隊とて暇人集団ではないはずだ、ゆえにここに柱二人以上の過剰戦力を投入する可能性はかなり低いと考えた。

 冨岡義勇はよほどの自殺志願者でなければこちら側、つまりはこの女さえ何とかすればかなり状況は好転する。無論だからと言って時間をかけすぎてもいいわけではない。正体を隠している状態ならば冨岡義勇はあちらに味方する恐れがある。そうなっては非常に面倒だった。

 そう考えていると戦況に動きがあった。

 

 「仕方ありません…あなたは厄介そうなのでここで戦闘不能になってもらいます。」

 

  ――蟲の呼吸―― 蝶ノ舞 戯れ

 

 その動きを炭治郎は可能な限り圧縮した体感時間の中で冷静に分析する。

 

 (蝶か…見たところ水の呼吸に近いが、奴独特の型なのだろう…丁度いい。)

 

 この技に対してどう対応すべきか結論付けた炭治郎はさっそく行動に移る。自分の手札を見せたくないのならば、相手の手札を使って戦えばいい。

 

  ――蟲の呼吸―― 蝶ノ舞 戯れ

 

 「え…!?」

 

 その光景にしのぶは目を見開く。

 

 (…あり得ない…これは…こんなことが…)

 

 二つの蝶がぶつかり合い、体重と筋力の差からしのぶは後ろへと下がり、ぎりぎりと手足を震わせながら心の中で言葉を紡ぐ。その顔には先程の笑みは消え、驚愕の表情が浮かぶ。

 

 「あなた一体…何者ですか?」

 

 目の前の男はしのぶの質問に対して何も答えなかった。

 しのぶが使う“蟲の呼吸”は“水の呼吸”から派生した“花の呼吸”を更に自身に適したスタイルへと派生させた、彼女独自の流派である。だからこそ、この流派を使用するのは自分だけのはず、それが大原則のはずだった。しかし相手は継ぐ子であるカナヲも継承していない“蟲の呼吸”を確かに使ってきた。

 …故に目の前の人物がいったい何者なのか本格的に分からなくなってきた。

 

 「…どうやらあなたには聞かねばならないことが山ほどあるようですね。」

 

 ――蜂牙の舞い―― 真靡き

 

 今戦っている相手が何者なのか分からないが、それでもしのぶが行うべきことは変わらない。さっきの鬼の少女を倒し、正体不明の仮面の人物を尋問するべく連行する。そのためにも

相手を行動不能にする必要があった。

 しかし現実は非情なものだった…

 

 ――蜂牙の舞い―― 真靡き

 

 突きの威力に特化した刺突技、その威力は上位の鬼の頭蓋すらも余裕で貫通せしめるものであったが、相手はまるで最初から見切っていたかのように、それを避けると、先と同じようにその技を複製して見せる。

 

 (またですか!?) 

 

 自分の太刀筋故、その動きを理解していたしのぶはギリギリのところで躱し、上着を少し切るぐらいに抑えたが、動揺はさらに大きくなる。

 しかも自身の勘違いでなければ一つ目の技の時よりもさらに、模倣にかかる時間が少なくなっている。

 

 (まるで自分の分身と戦っているよう…いえ違いますね…)

 

 相手はまるで鏡のように自身の動きを模倣してくるが、決定的に自身と違う部分があった。…それは相手の姿、より正確には体格と筋力である。相手はずば抜けて筋力が高いわけでも、背が高いわけでもなかったが、それでも自身よりは勝る。故に同じ技が同じ精度でぶつかり合えば、不利になっていくのがどちらかは明白だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (時間をかければかけるほど不利…)

 

 幾度か剣を交えるたびに、自身が徐々に不利になっていくことを感じたしのぶはここで勝負に出ることにする。

 

 ――蜈蚣の舞い―― 百足蛇腹

 

 蜈蚣の如く、四方八方にうねる変則的な足運びで無軌道に動きを見せるしのぶ。変則的故に、これまでの技以上に模倣が難しい技。

 

 (面白い技だ…だがそろそろ余裕がなくなってきているな。)

 

 ――蜈蚣の舞い―― 百足蛇腹

 

 もしも、ここに一般の隊士がいれば一体何をやっているのかまるで分からないくらいに変則的な動きで、二人はぶつかり合う。ただ一つわかることがあるとすれば、段々と追い詰められているのはしのぶの方だということだ。

 

 (さすがに予想は出来ていましたが、やはりこの技も…この人を倒すにはどうしてもあと一人必要ですね…)

 

 結果をある程度予測していたしのぶは苦々しい感情を抱きながらも、あくまで冷静であろうとする。

 目の前の相手を倒すことは自分だけでは厳しいだろう。無論、増援が柱級の腕前でもなければ彼の相手などお話にならないことはしのぶも重々承知していたが、今回ばかりはその増援にアテがあった。十二鬼月がいるかもしれないということで柱が二人派遣されていたことが思わぬところで役に立つ可能性があったのだ。

 …まぁ、しのぶとしてはその増援は大きくは期待してはいないし、したいとは思っていないのだが。

 

 (こいつの動きはおおよそ掴んだ…そろそろ仕上げだな。)

 

 一方の炭治郎はこの踊りを終わらせようとしていた。

 狙い所はすでに決まっている。毒を相手に打ち込むという性質上刀の強度は決して高いものではない。無論彼女もそれは重々承知しているため、戦闘の際には破損してしまわないようにしているのだが、今回ばかりは相手が悪かった。理由は至極単純、戦闘経験値に大きすぎる差があったためだ。

 変則的に動く相手の動きも、自身のペースに乗せてしまえばコントロールすることはさほど難しくはない。

 

 (不味い…この人の動きに完全に乗せられている!?しかも振りほどくことが出来る気がしない!!)

 

 かつてこことは違う世界の戦国の世で、写輪眼を開眼する以前の少年時代から強大な戦闘部族の大人を幾人も刈り取ってきた炭治郎(元マダラ)からすれば目の前の女の動きを自分の都合のいいように誘導することは容易いものだった。こうなってしまってはしのぶの持ち味である、動きの変幻自在さも意味をなさない。隙の糸で絡めとってしまえば後は捕食するだけ、胡蝶しのぶは既に蜘蛛の巣に絡めとられた蝶も同然だった。

 そしてその時は訪れる…

 

 ――蜂牙の舞い―― 真靡き

 

 自らの技で、自らの武器を壊される…おそらく後にも先にもそんな経験をするのは今回だけだろう。しのぶは壊れてゆく自身の刀を見て心の中で考える。

 

 (これほどとは…最後までこの人の正体がわからなかった。)

 

 せめて手掛かりだけでもつかみたかった…そして死を覚悟したとき、突如相手の動きが止まる。

 

 (動きが止まった⁉何故…)

 

 何故かはわからないが、明らかに相手は別の方向を向いている。その微かな隙をしのぶは見逃さなかった。草鞋の裏の部分に仕込まれた小刀で相手の不意を突こうとするが…

 

 「あぁっっっっ‼」

 

 かつて千住扉間の不意打ち(卑劣ゼミ)からすら生き残った炭治郎は一瞥もせずにしのぶの足をつかみ取り、そのまま体を地面にたたきつける。

 

 (この匂いは…まさか⁉不味いぞ‼)

 

 しかし何かの異変を察知した炭治郎はしのぶにとどめを刺すことなく、その場を走り去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 白い羽織を纏った、黒髪の蝶の飾りを付けた少女が森をかける。年齢は炭治郎とさほど変わらないように見える。

 イノシシの被り物をした奇妙な人物を退けた彼女は刀をほかの鬼にもやるように躊躇なく鬼の少女の頸へ刃を振るう。だが、その刃が鬼の少女の頸を穿とうとしたその時、鬼は身体を縮ませ幼子の姿になった。

 

(小さく、子供になった)

 

小さくなった鬼はそのままとてとてと足音を立てながら走り出す。少女もその後を追い、何度か刀を振るうが禰豆子は小さな体でそれを巧みに躱す。

 

 

(逃げるばかりで少しも攻撃してこない。どうして?まぁいいか…) 

 

 少女は一向に反撃してこない禰豆子に疑念を抱くが、言われたとおりに鬼を斬るだけと考えを固定し鬼の少女をひたすら追う。

 しかしここである異変を彼女が襲う。

 

 (…この感覚は…あの時と同じ…)

 

 最終選別の時にわずかに感じた感覚、否その時よりもさらに大きな感覚…感情が死んで以来久しく感じてこなかった感情。

 

 (誰⁉まさか最終選別の時の…)

 

 覚えのある感覚を確かめようとふと振り向く、そこに立っていたのは過去の記憶、その中でも最悪の記憶がフラッシュバックし❝うちはマダラ❞に精神が完全に立ち戻っていた炭治郎だった。




 


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